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「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査 2019」分析結果報告 ―パネル調査から見る初職への移行、職業キャリア、介護問題― 2020 年 2 月 27 日 石田浩(東京大学社会科学研究所 教授) 石田賢示(東京大学社会科学研究所 准教授) 大久保将貴(東京大学社会科学研究所 助教) 1.発表内容 (以下は、2020 年 2 月 27 日に行ったプレスリリースの詳細版です。) 東京大学社会科学研究所では、若年・壮年者に焦点をあてた総合的な追跡調査である「働 き方とライフスタイルの変化に関するパネル調査」(Japanese Life Course Panel Surveys - JLPS)を実施してきた。この調査は、若年・壮年者の働き方の実態、生活時間の使い方や消 費などのライフスタイル、家族や友人とのネットワークや交流関係、結婚・出産といった家 族形成、人々の考え方や意識の変容について把握することを目的に実施されている。日本全 国に居住する 20-34 歳(若年調査)と 35-40 歳(壮年調査)の男女を母集団として地域・都 市規模・性別・年齢により層化し、対象者を抽出した。2007 年 1 月から 4 月に第 1 回目 (Wave 1)の調査を郵送配布・訪問回収の方法で行い、「若年調査」は3,367、「壮年調査」 は 1,433 のケースを回収した。アタック数に対する回数率は、それぞれ 34.5%と 40.4%で ある。 2007 年からの「継続サンプル」は、毎年少しずつ脱落する者がいるため、アタックでき る数が徐々に少なくなり、サンプルサイズが縮小していく。この点を考慮して、2011 年に は「追加サンプル」を補充した。同年齢の 24-38 歳(若年)と 39-44 歳(壮年)の対象者を 抽出し、郵送配布・郵送回収の方法により、712(若年)、251(壮年)のケースを回収した。 その後これらの対象者も毎年追跡している。2019 年 1 月から 3 月には、「継続サンプル」 の第13 回、「追加サンプル」は第9 回の調査を実施した。前者の「継続サンプル」Wave 13 では、「若年調査」は1,748、「壮年調査」は 890のケースを回収し、追跡することができて いるアタック数に対する回数率は、それぞれ 81.2%と 88.5%である。後者の「追加サンプ ル」Wave 9については、441(若年)、178(壮年)のケースを回収し、回収率はそれぞれ 69.2%と 73.6%である。 JLPS Wave 13 では、「若年調査」対象者は 32-46 歳となり、20 歳代の若年者が対象外 となっている。そこで新たにリフレッシュサンプルとして、継続「若年調査」より若い層で ある 20-31 歳(2019 年時点)を対象として調査を実施した。2007 年の調査と同様に、地 域・都市規模・性別・年齢により層化した上で対象者を全国から抽出し、郵送配布・訪問回

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  • 「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査 2019」分析結果報告

    ―パネル調査から見る初職への移行、職業キャリア、介護問題―

    2020 年 2 月 27 日

    石田浩(東京大学社会科学研究所 教授)

    石田賢示(東京大学社会科学研究所 准教授)

    大久保将貴(東京大学社会科学研究所 助教)

    1.発表内容

    (以下は、2020 年 2 月 27 日に行ったプレスリリースの詳細版です。)

    東京大学社会科学研究所では、若年・壮年者に焦点をあてた総合的な追跡調査である「働

    き方とライフスタイルの変化に関するパネル調査」(Japanese Life Course Panel Surveys -

    JLPS)を実施してきた。この調査は、若年・壮年者の働き方の実態、生活時間の使い方や消

    費などのライフスタイル、家族や友人とのネットワークや交流関係、結婚・出産といった家

    族形成、人々の考え方や意識の変容について把握することを目的に実施されている。日本全

    国に居住する 20-34 歳(若年調査)と 35-40 歳(壮年調査)の男女を母集団として地域・都

    市規模・性別・年齢により層化し、対象者を抽出した。2007 年 1 月から 4 月に第 1 回目

    (Wave 1)の調査を郵送配布・訪問回収の方法で行い、「若年調査」は 3,367、「壮年調査」

    は 1,433 のケースを回収した。アタック数に対する回数率は、それぞれ 34.5%と 40.4%で

    ある。

    2007 年からの「継続サンプル」は、毎年少しずつ脱落する者がいるため、アタックでき

    る数が徐々に少なくなり、サンプルサイズが縮小していく。この点を考慮して、2011 年に

    は「追加サンプル」を補充した。同年齢の 24-38 歳(若年)と 39-44 歳(壮年)の対象者を

    抽出し、郵送配布・郵送回収の方法により、712(若年)、251(壮年)のケースを回収した。

    その後これらの対象者も毎年追跡している。2019 年 1 月から 3 月には、「継続サンプル」

    の第 13 回、「追加サンプル」は第 9 回の調査を実施した。前者の「継続サンプル」Wave 13

    では、「若年調査」は 1,748、「壮年調査」は 890 のケースを回収し、追跡することができて

    いるアタック数に対する回数率は、それぞれ 81.2%と 88.5%である。後者の「追加サンプ

    ル」Wave 9 については、441(若年)、178(壮年)のケースを回収し、回収率はそれぞれ

    69.2%と 73.6%である。

    JLPS の Wave 13 では、「若年調査」対象者は 32-46 歳となり、20 歳代の若年者が対象外

    となっている。そこで新たにリフレッシュサンプルとして、継続「若年調査」より若い層で

    ある 20-31 歳(2019 年時点)を対象として調査を実施した。2007 年の調査と同様に、地

    域・都市規模・性別・年齢により層化した上で対象者を全国から抽出し、郵送配布・訪問回

  • 収の方法で調査を実施した。2380 のケースを回収し、アタック数に対する回収率は 36.1%

    である。回答者のうち次年度 Wave2 の調査に協力することに同意した 2049 ケースを本研

    究の分析対象とし、以下「若年リフレッシュサンプル」と呼ぶ。コーホート比較のため、2007

    年「若年調査」の対象者のうち年齢が 20-31 歳を取り出し、以下「若年継続サンプル」と呼

    ぶ。

    この報告では、若年者の学校から初職への移行と初期の職業キャリアに関して、この 10

    年間ほどにどのような変化が起こっているのかを検証する。さらに、若年期から壮年期への

    移行に伴い、家族の介護と介護サービスの利用についての現状を把握する。

    (石田浩)

    2.学校から初職への移行

    最初に取り上げるテーマは、学校から職場への移行過程に関する若年継続・リフレッシュ

    サンプル比較である。日本では、学校から職場への移行に際して、学校が生徒と就職先のマ

    ッチングの過程に深く関わり、学校を通した推薦―企業での採用という斡旋の仕組み(学校

    経由の就職)が整備されていることが指摘されてきた。

    本分析では、学校の役割が顕著である高校での就職指導に焦点を当て、高卒が最終学歴で

    ある回答者(若年継続サンプル 523 名、若年リフレッシュサンプル 366 名)を分析対象と

    した。初職への入職経路(勤め先へ就職したきっかけ)が「卒業した学校の先生の紹介(学

    校推薦を含む)」を選択した者を「学校経由」の就職者とした。それ以外の方法としては、

    家族・知人の紹介、職安・民間機関の紹介、直接応募、エントリーシートなどが含まれる。

    学校経由により就職した高卒者の比率は、継続サンプルで 38%、リフレッシュサンプル

    で 51%と近年上昇していることがわかる。図1に示したとおり、直近の 2010 年代後半に就

    職した 20 歳代前半(1995-98 年生まれ)のリフレッシュサンプル対象者で比率が特に高い

    ことがわかる。これは近年の労働市場において求人倍率が上昇し売り手市場となっている

    ことから、学校に紹介される求人が豊富になり、生徒の選択肢が増えたことによる可能性が

    ある。また学校での就職指導が、生徒と求人をマッチングするという旧来の斡旋を念頭に置

    いたやり方から、生徒の意思を尊重し生徒が自主的に希望の就職先を決定していく過程を

    重視するやり方へと変化していることも反映していると考えられる。

    学校経由による就職か否かにより、どのように初職のアウトカムが異なるのかを検証する

    ため、3 つの指標を検討した。(1)卒業後 4 月に間断なくすぐに就職したか(間断なし)、

    (2)初職が正規雇用であったか(初職正規)、(3)初職が大企業(従業員 300 人以上)であ

    ったか(初職大企業)である。

  • 図 1 学校経由率の推移(出生コーホート別)

    図 2 に示したように、3 つのアウトカムすべてに関して、学校経由とそれ以外の入職経路

    では大きな違いがある。「間断なく」就職した者の比率は、学校経由の場合には 8 割以上で

    それ以外の場合に比べ 30%以上高い。「初職正規」の比率は、学校経由は 97%でそれ以外よ

    りも 40%以上高い。「初職大企業」についても、学校経由の比率は 46%(リフレッシュ)と

    38%(継続)で、それ以外に比べ 13-16%高い。

    上記のような学校経由による就職の有利さは、継続・リフレッシュサンプルの両方で共

    通であり、有意な違いは確認されない。このことは、学校を通した斡旋の仕組みとメリット

    は 10 年ほど前の対象者と比較しても衰えることなく日本社会に根付いていることを物語っ

    ている。つまり近年においては、学校を通した就職をする比率が上昇しており、その効果も

    依然として高い。

    図 2 学校経由の有無による初職アウトカム(リフレッシュサンプルと継続サンプル別)

    0

    0.1

    0.2

    0.3

    0.4

    0.5

    0.6

    0.7

    0.8

    1975-76 1977-78 1979-80 1981-82 1983-84 1985-86 1987-88 1989-90 1991-92 1993-94 1995-96 1997-98

    0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1

    間断なし 初職正規 初職大企業 間断なし 初職正規 初職大企業

    リフレッシュサンプル (2019) 継続サンプル (2007)

    それ以外 学校経由

    若年継続サンプル 若年リフレッシュサンプル

  • 図 3 はロジスティックス回帰の分析結果である。3 つのアウトカム(間断なし、初職正規、

    初職大企業)への学校経由の効果を対数オッズ比(図の黒丸)とその 95%の信頼区間(上

    下の棒)を示した。「統制無」は他の変数をコントロールしない場合(図 2 と同様の結果)、

    「統制有」は他の変数をコントロールした後の結果である。他の変数として考慮したのは、

    出生コーホート、社会的背景の要因として、父学歴・母学歴(高等教育の有無)、15 歳時の

    暮らし向き(「貧しい」から「豊か」までの 5 段階評価)、15 歳時の家庭にあった本の数(「0

    冊」から「501 冊以上」までの 8 段階評価)。さらに個人の能力を表す指標として、中学 3

    年時の成績(「下の方」から「上の方」までの 5 段階評価)を考慮した。

    対数オッズ比の係数値(黒丸)はすべてプラス(ゼロより上)なので、学校経由での就職

    はそうでない就職と比べて有利であることを示している。特に初職が正規職の確率の違い

    が大きい。この有利さは、他の変数のコントロール前後でほとんど差がなく、リフレッシ

    ュ・継続の間でも違いはみられない。これらの結果は、(1)学校経由の有利さは、学校経

    由を利用する生徒の家庭背景や成績により説明されるのではないこと、(2)この学校経由

    のメリットは、1990 年代から 2000 年代前半に就職した継続サンプルに対象者と 2000 年代

    後半以降に就職した最も若いリフレッシュサンプルの対象者の間でも違いは確認されない

    こと、を明らかにしている。

    図 3 学校経由が 3 つの初職アウトカム(間断なし、初職正規、初職大企業)へ及ぼす影響(リフレッ

    シュサンプルと継続サンプル別)

    -1

    0

    1

    2

    3

    4

    5

    間断なし(統制無)

    間断なし(統制有)

    正規(統制無)

    正規(統制有)

    大企業(統制無)

    大企業(統制有)

    間断なし(統制無)

    間断なし(統制有)

    正規(統制無)

    正規(統制有)

    大企業(統制無)

    大企業(統制有)

    リフレッシュサンプル (2019) 継続サンプル (2007)

  • 図 4 学校経由就職と社会的背景・中学 3年時の成績の関連(リフレッシュサンプルと継続サンプル

    別)

    有利な初職アウトカムに繋がる学校経由の就職は、すべての生徒に開かれているのか、そ

    れとも一部の家庭の出身者や成績良好な者に限られているのであろうか。図 4 は、学校経

    由の就職の機会が出身家庭の背景と中学 3 年の成績に影響されているのかを示したもので

    ある。継続サンプル、リフレッシュサンプルのいずれにおいても、学校経由の就職機会と家

    庭背景の要因及び中 3 時の成績との間に有意な関連はみられない。

    このことは、学校を通した就職の支援体制は、それを希望するすべての生徒に開かれてい

    る可能性を示唆している。高校を卒業してすぐ社会にでていく若者は、若年層全体の中では

    相対的に恵まれない、いわばマイノリティに当たる。このような社会的に不利な立場にある

    若者に対して、学校はより良好な就職の機会を提供し、これ以上不利な状況に陥らないよう

    に支援するセーフティネットの役割を果たしている可能性がある。

    (石田 浩)

    3.初期職業キャリアの移動とその背景

    いわゆる就職氷河期(1990 年代後半〜2000 年代前半)に学校から職業への移行(主に学

    卒あるいは離学後の就職)を経験した若年者の多くは、常用労働者の求人倍率の小ささにみ

    られるように厳しい雇用機会のもとで初期キャリアを歩むこととなった。一方、2010 年代

    は人手不足の影響もあって求人倍率が回復する時期であった。この時期に移行を経験した

    若年者は、少なくとも雇用機会の面では就職氷河期世代と比べ有利な状況に置かれていた

    といえるかもしれない。

    JLPS では、2007 年の wave1 調査における若年者(若年継続サンプル)のうちの多くが

    -1.5

    -1

    -0.5

    0

    0.5

    1

    父学歴

    母学歴

    暮らし向き

    本の数

    中学3年成績

    父学歴

    母学歴

    暮らし向き

    本の数

    中学3年成績

    リフレッシュサンプル (2019) 継続サンプル (2007)

  • 就職氷河期世代と重なる。また、今回新たに加わった 2019 年の若年者の wave1 調査対象者

    (リフレッシュサンプル)の多くは、いわばポスト就職氷河期世代にあたるといって差し支

    えないだろう。

    学校を卒業ないし退学したあとのキャリア移動経験がこれら二つの世代のあいだでどの

    ように異なるのかは、今後のデータの蓄積を待たねばならない。しかし、2007 年の継続サ

    ンプルの wave1 調査と、2019 年のリフレッシュサンプルの wave1 調査の結果からでも、初

    職と現職のあいだの移動状況や、働き方の背景の比較をおこなうことができる。ここでは、

    継続サンプル(以下の図表では「継続」と略記)については 2007 年調査時、リフレッシュ

    サンプル(以下の図表では「リフ」と略記)については 2019 年調査時に 25 歳〜31 歳であ

    った者1を対象に、以下の分析をおこなった。(1)初職と現職の就業状況(雇用形態)の分

    布に関する継続・リフレッシュサンプル間の比較、(2)初職が正規雇用あるいは非正規雇用

    であった者についての、現職への移動状況の比較、(3)調査時の家族的状況と現職の関連の

    比較、(4)継続、リフレッシュサンプル間での雇用形態分布の違いの背景に関する比較、の

    4 点についてである。

    (1)初職・現職の就業状況の分布の比較

    まず、二つのサンプルのあいだでの就業状況の分布について比較しよう。図 5 は性別、お

    よび初職・現職別に集計をした結果を示している。初職についてみると、男女ともに継続、

    リフレッシュサンプルの雇用形態の分布は大きく変わらない。しいていえば、初職が正規雇

    用である者の割合が男女ともに微減し、非正規雇用である者の割合が微増しているという

    変化が指摘できる。

    上記の結果は、日本社会における非正規雇用の増大傾向をふまえると一見不可解である。

    しかし、就業構造基本調査(総務省)の調査票情報および 2015 年 SSM 調査データを分析

    した研究は図 5 の解釈に有益である(阪口 2018)。その研究では、1990 年代に初職非正規

    雇用の割合が上昇し、2000 年代以降はそれが平坦気味に推移していることが示されている。

    継続、リフレッシュサンプル双方に 2000 年代入職者が相当程度存在するため、全体平均で

    みると微増傾向を示すにとどまっているといえる。

    1 年齢の上限は、今回のリフレッシュサンプル調査の対象者年齢である 31 歳に合わせた。

    年齢の下限については、20 歳代前半では大学等の高等教育機関に在学中の対象者も多く含

    まれ、学生を除くと高校までの学歴の対象者の特徴をより強く反映した結果となる。その

    ため、今回の分析では便宜的に下限を 25 歳とした。

  • 図 5 男女および初職・現職別にみた就業状況の分布

    初職に比べ、現職就業状況の分布は特に女性について両サンプル間で違いがみられる。男

    性についても、確かに継続サンプル(2007 年)に比べリフレッシュサンプル(2019 年)で

    は無業率が微減し、正規雇用割合は 5%ポイント上昇している。しかし、無業の減少と正規

    雇用割合の上昇がより明確なのは女性についてである。2007 年の 25〜31 歳女性対象者の

    41%が正規雇用、25%が無業である。一方、2019 年の同条件の集団でみると正規雇用は 57%

    に増加し、無業は 12%に減少している。この結果からは、男性現職については大きな変化

    がみられないのに対し、女性の現職については無業ではなく正規雇用としての働き方が選

    ばれやすくなったと解釈することができる。

    この結果は、JLPS のサンプル特有の傾向を反映したものかもしれない。より精緻な検証

    は今後の課題としたいが、ここでは就業構造基本調査の 2007 年、2017 年の公表値から、

    有業者に占める正規雇用割合との比較を通じて簡易な確認をおこなっておく。年齢層、調査

    年について厳密に条件をそろえることは困難だが、今回の分析対象と重なる 25〜29 歳男女

    の結果についてみると、男性の正規雇用割合は 2007 年で 77%、2017 年で 80%である。女

    性については、2007 年で 58%、2017 年で 65%である。今回の分析サンプルでも有業者に

    絞って集計をしなおすと、男性の正規雇用割合は継続サンプルで 78%、リフレッシュサン

    プルで 82%であり、女性については継続で 55%、リフレッシュで 65%であった。公的統計

    による集計結果にもとづく確認を通じても、今回の分析サンプルにおける現職の就業状況

    の分布が特異なものではない可能性が十分にある。

    (2)初職から現職にかけての就業状態の移動

    図 5 の結果からは、男性については 2007 年、2019 年のサンプルのあいだで就業状況に

    大きな違いがみられない一方、女性については正規雇用割合の増加と無業割合の低下がみ

    られた。また、女性について初職と現職の就業状況の分布を単純に比較すると、継続サンプ

    77% 75% 72% 70%72% 77%

    41%57%

    19% 22% 26% 28% 13% 12%

    29%28%

    7% 5%25%

    12%

    0%10%20%30%40%50%60%70%80%90%100%

    継続(

    n=679)

    リフ(

    n=643)

    継続(

    n=695)

    リフ(

    n=751)

    継続(

    n=729)

    リフ(

    n=661)

    継続(

    n=754)

    リフ(

    n=766)

    男性 女性 男性 女性

    初職 現職経営・自営 正規 非正規 無業(現職のみ)

  • ルでは初職から現職にかけて正規雇用割合が 31%ポイント低下しているのに対し、リフレ

    ッシュサンプルでは 13%ポイントの低下である。いずれのサンプルでも女性が正規雇用の

    働き方を続けにくい結果を示しているが、その程度はリフレッシュサンプルでより小さい。

    図 6 初職の雇用形態別にみた現職の就業状況の分布

    初職から現職にかけて、就業状況の移動がどのように生じているのかを、JLPS では確認

    することができる。図 6 は、初職が正規雇用または非正規雇用であった者に限定し、初職雇

    用形態、性別、サンプル種別に現職の就業状況の分布を示したものである。

    男性サンプルについてみると、初職が正規雇用である場合には現職もほとんどの者が正

    規雇用である。初職を正社員や正規職員として始められると、その後のキャリアでも同様の

    ポジションを占めやすいということが明らかである。初職が非正規雇用である者について

    みると、継続サンプルに比べてリフレッシュサンプルでは正規雇用の割合が大きく、無業割

    合はやや小さい。

    しかし、男性よりも変化が大きいのは女性についてである。初職が正規雇用である女性の

    うち、現職でそのまま正規雇用の働き方であるのは継続サンプルでは 53%だが、リフレッ

    シュサンプルでは 68%である。初職正規雇用から現職無業に移動した者の割合をみると、

    継続サンプルでは 24%、リフレッシュサンプルでは 9%である。初職と現職のあいだのキ

    ャリアについては不明だが、継続サンプルよりも正規雇用としての働き方を続けやすくな

    っているという解釈は十分に成り立つといえるだろう。

    女性で初職が非正規雇用である者についても、上記と同様の傾向が読み取れる。初職正規

    雇用の場合とは異なり、初職が非正規雇用であると現職も同じく非正規雇用である割合が

    継続、リフレッシュサンプルともに半数近くに上る。しかし、リフレッシュサンプルで正規

    雇用への移動割合はより大きく、無業への移動割合はより小さい。

    86% 91%

    53%68%

    31%42%

    20%32%

    21%

    20%

    47%38%

    48%

    49%

    24%9% 15% 13%

    28%16%

    0%

    10%

    20%

    30%

    40%

    50%

    60%

    70%

    80%

    90%

    100%

    継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ

    男性 女性 男性 女性

    初職正規 初職非正規

    経営・自営 正規 非正規 無業(現職のみ)

  • 以上の結果からは、初職・現職のあいだでのキャリア移動という面からみても、女性が正

    規雇用として働き続ける可能性が以前よりも(若干ではあるかもしれないが)高まっている

    と結論づけられる。しかし、この知見には家族的状況という観点で懸念が残る。つまり、正

    規雇用の働き方を維持できている、あるいは非正規雇用から正規雇用の仕事に移動した女

    性には配偶者(多くの場合は夫)がいなかったり、子どもがいなかったりするのではないか

    という疑問である。

    (3)家族的状況を考慮した就業状態の比較

    女性が正規雇用就業しやすくなった背景が配偶状況や子どもの有無によるものなのかを

    検証するため、図 7 では配偶状況別、図 8 では子どもの有無別にみた男女の現職就業状況

    の分布を示している。もし有配偶、あるいは子どものいる女性については就業状況の変化が

    生じていないのだとすれば、図 6 の結果は晩婚化や少子化傾向を反映した見かけ上のもの

    (疑似相関)に過ぎないということになる。

    図 7 配偶状況別にみた現職の就業状況の分布

    家族的状況による疑似相関ではないかという懸念に反し、図 7、図 8 の結果からは、リフ

    レッシュサンプルの女性についてより大きな正規雇用割合を示すことが明らかとなった。

    以下、それぞれの結果について述べるが、男性サンプルについては大きな変化がみられない

    ため説明を割愛する。

    配偶状況別に現職の就業状況をみた図 7 では、確かに有配偶女性の正規雇用割合は継続、

    リフレッシュサンプルともに半数に満たない。しかし、両サンプルのあいだでその割合を比

    較すると、継続で 23%、リフレッシュで 42%とほぼ倍近くに増大している。また、特筆す

    べきは無業割合についてである。継続サンプルでは 49%の有配偶女性が現職無業であるの

    88% 92%

    23%42%

    62% 70%55%

    67%23%

    32%

    18% 17%34%

    25%49%

    22%11% 9% 6% 6%

    0%

    10%

    20%

    30%

    40%

    50%

    60%

    70%

    80%

    90%

    100%

    継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ

    男性 女性 男性 女性

    有配偶 無配偶

    経営・自営 正規 非正規 無業

  • に対し、リフレッシュサンプルの有配偶女性の無業割合は 22%である。ちなみに、無配偶

    女性についても正規雇用割合は 2007 年から 2019 年にかけて 12%ポイント上昇し、非正規

    雇用割合は 9%ポイント低下している。

    図 8 子どもの有無別にみた現職の就業状況の分布

    ほぼ同様の結果は、子どもの有無別に現職就業状況を集計した図 8 からも得られている。

    継続サンプルの有配偶女性では無業割合が 54%であり、仕事の続けにくさは結婚よりも子

    どもを持つことで生じることが確認できる。しかし、リフレッシュサンプルの有配偶女性で

    は正規雇用割合が継続サンプルよりも倍以上に増加し、無業割合は半分以下に減少してい

    る。子どものいない女性については、図 7 の無配偶の場合と同様の傾向を示している。

    以上の分析から、結婚や出産など家族形成にかかわるライフイベントが女性の正規雇用

    就業を難しくしている点を確認しつつも、それにもかかわらず 2007 年から 2019 年にかけ

    て女性の正規雇用就業割合の増加と無業割合の低下が幅広く生じていることを明らかにし

    た。有配偶女性、あるいは子どものいる女性が正規雇用として働くことは、男性と比べて依

    然として明らかに困難である。しかし、時間軸に沿って比較した結果からは、以前に比べれ

    ば女性のキャリア継続のチャンスがやや広がっているという可能性は否定できないだろう。

    (4)職場環境や家事参加状況の比較

    では、なぜ女性の正規雇用就業割合が増加したのだろうか。可能性の一つは近年の人手不

    足や好況など、労働供給側にとって有利な状況が生じたことかもしれない。しかし、女性、

    とりわけ有配偶女性や子どものいる女性が、正規雇用という働き方を家族内の役割から独

    立して自由に選択できるとは想定しづらい。彼女らのキャリアに関する意思決定や行為は、

    自身の就業環境に加えて配偶者の状況にも依存するはずである(不破 2020: 172)。このよ

    85% 93%

    19%40%

    67% 72%

    54%64%22%

    33%

    16% 15%

    34%26%

    54%

    23%9% 7% 9% 7%

    0%

    10%

    20%

    30%

    40%

    50%

    60%

    70%

    80%

    90%

    100%

    継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ

    男性 女性 男性 女性

    子ども有 子ども無

    経営・自営 正規 非正規 無業

  • うな問題意識・指摘をふまえて人々の働き方の変化を分析するためには、職場環境や家庭で

    の家事分担と、就業状況の変化を関連付けるのが一つの手である。

    JLPS では、対象者の職場環境についての質問、また自身に加えて配偶者の家事の活動状

    況に関する質問を設けている。仕事や生活の具体的側面を考慮しながら、人々の就業状況の

    変化について分析できるのは、本調査ならではともいえる。以下では関連するいくつかの分

    析結果を示し、女性が以前よりは正規雇用としての働き方を選択するようになった社会的

    背景について考察する。

    はじめに、人々の職場環境の変化について検討する。JLPS では職場環境についてあては

    まる事項を複数選択する質問が設けられており、そのなかに「ほぼ毎日残業」というものが

    ある。図 9 はその選択割合を、性別、現職雇用形態、サンプル種別によりそれぞれ示したも

    のである。

    図 9 現職の就業状況別にみた「ほぼ毎日残業」にあてはまる者の割合

    図 9 の結果のなかで最も重要なことは、性別、現職の雇用形態を問わず、継続サンプルよ

    りもリフレッシュサンプルの方で「ほぼ毎日残業」と回答する者の割合がより小さいことで

    ある。もちろん、長時間労働とそれによる心身の不調は重大な問題であり、図 9 の結果は単

    純には楽観視できない。

    しかし、女性の正規雇用の働き方の継続という点から考えると、図 9 の結果は 2 通りの

    意味で重要である。1 つは、女性の正規雇用就業者のなかで残業の割合が低下していること

    である。生活時間は 1 日 24 時間であり、その全体を増やすことも減らすこともできず、で

    きるのはその分配を変えることだけである。正規雇用における残業、あるいは長時間労働の

    割合の低下は、労働以外の活動に時間を割ける余地が生じることを意味している。

    もう 1 つ重要な点は、男性の正規雇用就業者の残業割合も低下していることである。2019

    25%

    18%

    60%

    45%

    35%

    26%

    12%

    5%

    43%

    36%

    21%

    9%

    0%

    10%

    20%

    30%

    40%

    50%

    60%

    70%

    継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ

    経営・自営 正規 非正規 経営・自営 正規 非正規

    男性 女性

  • 年でも依然として半数近くの正規雇用男性が「ほぼ毎日残業」と回答している結果は決して

    喜ばしいものではないかもしれない。しかし、男性の生活時間でも若干の余裕が生じること

    で、家事や育児を配偶者と分担する素地も生じうる。言い換えれば、男性の長時間労働の状

    況が改善しない限り家事分担を進めることなど不可能なのである。その意味で、男性の残業

    割合の低下は、女性が働きやすい環境整備にとっても必要な要因と考えられる。

    図 10 現職の就業状況別にみた「生活の必要にあわせた仕事の調整がしやすい」者の割合

    図 9 でみたような残業割合の低下は、個人の労働時間の調整のしやすさに関する若干の

    改善と対応しているように思われる。図 10 はその結果であり、「生活の必要にあわせた仕

    事の調整がしやすい」のか否かに関する調査事項を集計したものである2。これをみると、

    男女ともに、また現職の雇用形態を問わず、継続サンプルよりもリフレッシュサンプルで調

    整がしやすいという者の割合が大きい。数値の現れ方は図 9 と反対だが、その意味すると

    ころは同じである。

    これらの変化の理由についてはさらなる分析が必要だが、長時間労働状況の改善が女性

    の正規雇用としての就業継続に寄与している可能性が示唆された。そして、長時間労働問題

    の改善は、女性自身が働きやすくなることだけでなく、男性の家事参加状況の改善を通じて

    間接的に女性の就業を促進する可能性も示唆する。

    2 正確には、「子育て・家事・勉強など自分の生活の必要にあわせて、時間を短くしたり休

    みを取るなど、仕事を調整しやすい職場である。」という質問文に対し、「かなりあてはま

    る」「ある程度あてはまる」「あまりあてはまらない」「あてはまらない」の選択肢を選ぶ

    形式をとっている。ここでは、「かなりあてはまる」と「ある程度あてはまる」の割合の

    合計を、「生活の必要にあわせた仕事の調整がしやすい」者の割合として定義した。

    48%

    75%

    35%

    57%51%

    61%

    78%

    86%

    38%

    60% 61%

    78%

    0%

    10%

    20%

    30%

    40%

    50%

    60%

    70%

    80%

    90%

    100%

    継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ

    経営・自営 正規 非正規 経営・自営 正規 非正規

    男性 女性

  • 夫の家事参加が消極的であることはすでに知られていることである(不破 2020)。それ

    では、その状態について継続、リフレッシュサンプルのあいだで何らかの変化が認められる

    のだろうか。この点について検討した結果が図 11 である。男性対象者の配偶者(妻)と、

    女性対象者の配偶者(夫)3の家事参加について、「ほとんどしない」または「月に 1〜3 回」

    の割合を合わせた値を集計した。ここでは「食事の用意」「洗濯」「家の掃除」「日用品・食

    料品の買い物」の 4 項目を用いた。この値が高いほど、配偶者の家事参加が消極的であると

    解釈できる。

    図 11 男女の配偶者の家事参加状況の割合

    妻側の家事参加状況について、「ほとんどしない」あるいは「月に 1〜3 回」と回答する男

    性(夫)の割合はきわめて小さい。また、継続、リフレッシュサンプルのあいだでの割合の

    差も小さい4。妻が主たる家事の担い手であるということが明らかであろう。

    一方、夫側の家事参加状況については両サンプルのあいだで差が生じている。家事の内容

    により違いはあるものの、いずれの項目でもリフレッシュサンプルで「ほとんどしない」あ

    るいは「月に 1〜3 回」の回答割合がより小さい。依然として夫と妻のあいだでの家事参加

    3 JLPS の対象者のなかには同性パートナーとの事実婚により有配偶だと回答している者も

    存在しうる(それを明確に区別する質問は、JLPS では設けていない)。ここでの「夫」

    「妻」という名称はあくまで便宜的なものであることを付記しておく。

    4 いずれも、5%の統計的有意水準では有意な差であるとはいえなかった。

    5%2% 3% 3%

    8%12%

    3% 5%

    75%

    66%

    80%

    59%

    79%

    64%59%

    51%

    0%

    10%

    20%

    30%

    40%

    50%

    60%

    70%

    80%

    90%

    継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ 継続 リフ

    食事の用意 洗濯 家の掃除 買い物

    「ほとんどしない」または

    「月に1~3回」の合計%

    男性(妻) 女性(夫)

  • の不均衡は存在するが、夫側で若干の改善がみられることは、2007 年から 2019 年にかけ

    ての変化の 1 つといえる。

    (5)小括

    ここまで、継続サンプル、リフレッシュサンプルのあいだで初職から現職の就業状況に関

    する移動の仕方を比較してきた。その結果、初職については非正規雇用の割合が男女ともに

    若干増加しているが、現職では正規雇用として働く者が以前よりも多くなった。このこと

    は、1990 年代後半から 2000 年代前半にかけて初職を開始した若年者に比べ、それ以降に

    入職した者で正規雇用への移動機会が相対的に開かれていることを意味している。また、そ

    の変化はとりわけ女性において顕著である。

    また、配偶状況と子どもの有無別に現職の就業状況を集計すると、有配偶女性、あるいは

    子どものいる女性であっても以前よりも正規雇用就業者割合が上昇していた。配偶状況や

    子どもの有無が女性の正規雇用就業に対して抑制的に作用することは確かだが、そのなか

    でも正規雇用として働く(働き続ける)女性の割合は増えているといえる。

    女性が正規雇用として以前よりも働きやすくなった背景について、今回の分析では労働

    時間に関する職場環境、および家庭での家事分担について検討した。その結果、男女ともに

    以前よりも恒常的な残業が減少し、生活の必要に応じて仕事を調整できる機会も増えてい

    ることが明らかとなった。また、有配偶者のパートナーの家事参加状況をみると、夫(女性

    対象者の配偶者)の家事参加が以前よりは改善している傾向も見出された。

    女性の正規雇用就業割合の増加とこれらの背景要因の変化のあいだの因果関係は、ここ

    での分析では必ずしも明らかではない。しかし以上の結果は、労働時間の調整可能性を高め

    てゆくことが、女性の働き方に直接影響する可能性だけでなく、男性の働き方および生活行

    動の変化を通じて女性の働きやすさにもつながりうることを示唆している。今回の速報的

    分析結果の妥当性については、今後の追跡調査の蓄積を通じてより精緻な検証が可能とな

    るであろう。

    引用文献

    不破麻紀子, 2020, 「職場のワーク・ライフ・バランス環境とパートナー関係」石田浩・有

    田伸・藤原翔編『人生の歩みを追跡する――東大社研パネル調査でみる現代日本社会』

    勁草書房, 171-94.

    阪口祐介, 2018, 「ジェンダー・学歴と初職非正規雇用リスク――就業構造基本調査を用い

    た趨勢分析――」『桃山学院大学社会学論集』52(1): 55–90.

    (石田賢示)

  • 4.家族介護と介護サービス利用の状況

    2000 年に介護保険制度が創設されて以降,介護のあり方は大きく変化した.介護保険制

    度以前の主な介護提供主体は家族であったが,介護保険制度以降は,主な介護提供主体は家

    族および非家族(公的介護サービスなど)になりつつある.とはいえ,非家族によって提供

    される介護サービスが,家族介護を完全に代替するケースは稀である.介護が必要になった

    場合には,公的介護サービスを利用しながら,在宅や施設で家族介護を継続することが多い

    からである.この点を踏まえると,持続可能な介護提供体制を設計する前段階として,家族

    介護と介護サービス利用の状況を丁寧に把握する必要がある.こうした背景のもと,本稿で

    は,「東大社研パネル調査 2019」の「継続・追加サンプル」を用いて,家族介護と公的介護

    サービス利用の状況を明らかにすることを目的としたい.「東大社研パネル 2019」では,調

    査対象者が介護をする側の年齢に差し掛かっていることを踏まえて,新規項目として「両親

    の住まいへかかる時間」「両親の介護の必要」「両親の要介護状態」「両親へ家族介護をして

    いるか」「両親は介護サービスを利用しているか」について尋ねている.これらの項目を一

    度に尋ねている調査は貴重であり5,「東大社研パネル 2019」を用いることで,家族介護と

    介護サービス利用の現状を詳細に把握できる.以下では,家族介護と介護サービス利用の現

    状を集計し,さらに,どのような属性の人が介護を必要とし,どのような人が介護をしてい

    るのかという点について明らかにしたい.

    (1)両親の状況

    「東大社研パネル 2019」では,両親について健在か他界かを尋ねている.なお,「東大社

    研パネル 2019」における調査対象者の年齢は,33〜53 歳である.表 1 は,これらの対象者

    の父親と母親のそれぞれについて集計した結果である.表 1をみると,「父親生存」が約 67%,

    「母親生存」が約 85%となっており,「母親生存」のほうが 18%ポイントほど高くなってい

    る.また,父母の状況については 2〜5%前後が「わからない」または「無回答」と回答して

    おり,以下では「わからない」「無回答」の対象者を分析から除外している.

    5 例えば,厚生労働省が実施する「中高年者縦断調査」では「家族が介護を必要としてい

    るか」「調査対象者が介護をしているか」について尋ねているが,「介護サービスの利用」

    については尋ねていない.また厚生労働省が実施する「国民生活基礎調査」では調査対象

    が要支援または介護認定を受けている者に限定されるため,介護者に焦点をあてた分析が

    困難である.

  • 表 1 両親の状況

    (2)両親の住まい

    続いて,「両親の住まい」について集計した結果が表 2 である.この質問では,最もよく使

    う交通手段を用いた場合に,対象者の自宅からかかる時間として,「同じ建物内」「同じ敷地

    内の別棟」「30 分未満」「30~60 分未満」「1~3 時間未満」「3 時間以上」の選択肢が与えら

    れている.ここでは,「同居(敷地内の別棟を含む)」「1 時間未満」「1 時間以上」の 3 カテ

    ゴリで集計をした.表 2 からは,対象者の父母ともに 25%程度が同居していることがわか

    る.また,「1 時間未満」に父母の住まいがあるのは約 42%,「1 時間以上」は約 32%である

    ことから,およそ 7 割が「1 時間未満」の場所に父母の住まいがあることがわかる.

    表 2 両親の住まい(最もよく使う交通手段でかかる時間)

    (3)両親の介護の必要

    両親の状況と住まいについて確認した.次に,両親の介護が必要か否かについて確認しよ

    う.表 3 は,父母別に介護の必要について集計した結果である.先述の通り,両親の状況が

    「わからない」もしくは「無回答」と回答した対象者は集計から除いている.表 3 からは,

    父母ともに約 6.5%が「介護が必要である」と対象者が回答している.

    表 3 両親の介護の必要

  • (4)両親の要介護状態

    それでは,両親の介護が必要な対象者のうち,どの程度が要支援または要介護認定を受け

    ているのだろうか6.表 4 の集計では,表 3 において「介護の必要がなし」または「無回答」

    の対象者は集計から除いた. 表 4 の結果からは,介護が必要な父母のうち,父母ともに約

    80%が要支援または要介護認定を受けていることが確認できる.このことは,介護が必要で

    あるのにも関わらず,約 20%の父母が要支援または要介護認定を受けていないことを意味

    する.要支援または要介護認定がなされない軽度の要介護状態が考えられる一方で,本来で

    あれば要支援または要介護認定を受けられるのにも関わらず,要介護認定申請そのものを

    していない可能性も指摘できる.

    表 4 両親の要介護状態(介護の必要ありと回答した対象者のうち)

    (5)誰がどの程度両親に介護をしているか

    両親の介護が必要な場合に,家族や介護サービス事業者はどの程度介護をしているのだ

    ろうか.表 5 は,「調査対象者」「調査対象者の配偶者」「調査対象者の親族」「介護事業者」

    それぞれの介護時間(1 週間平均)を集計した結果である.「介護事業者」は父で約 15 時間,

    母で 18 時間と最も長く,続いて,「調査対象者の親族」が父母ともに約 6.7 時間となってい

    る.「調査対象者」の介護時間は,父親で 1.1 時間,母親で 2 時間である.「調査対象者の配

    偶者」については,父親が 6.7 時間,母親が 1.4 時間となっている7. 平均的な介護時間で

    みた場合には,主な介護提供者は非家族(介護事業者)であることがわかる.

    6 介護保険制度の枠組みでは,介護保険被保険者は,要介護認定申請をすることで,介護

    認定審査会の結果を経て要支援または要介護の認定を受けることができる.最も軽度の要

    支援 1 から,最も重度の要介護 5 まで合計 7 段階の要介護度が設けられている.

    7 サンプルサイズが小さく分散が大きいため,この差が偶然でないのかについては判断を

    保留せざるを得ない.

  • 表 5 1週間平均の介護時間(介護の必要ありと回答した対象者のうち)

    (6)両親が利用している介護サービス

    最後に,両親が利用している介護サービスの詳細について確認しよう.表 6 は,父母のそれ

    ぞれについて,現在利用している介護サービス(複数回答)を集計した結果である.最も利

    用されているサービスは「通所サービス」であり(父親が 43%,母親が 28%),続いて「訪

    問サービス」が利用されている(父親が 22%,母親が 24%).「短期入所サービス」につい

    ては,父母ともに約 10%であり,「居住系サービス」については父親で 10%,母親で 20%

    が利用している.介護の必要があると回答した対象者のうち,いずれの「サービスも利用し

    ていない」と回答したのは父親で 30%,母親で 25%であった.

    表 6 利用している介護サービス(介護の必要ありと回答した対象者の父母のうち)

    (7)誰が介護の必要に直面しているのか

    これまでに,家族介護と介護サービス利用の状況について簡単な要約統計量を確認した.

  • ここでは,父母の介護が必要であることは,父母の属性に規定されているのかを検討する8

    多変量解析における結果変数は「介護を必要としているダミー」であり,予測変数としては

    父母それぞれについての「学歴(大卒ダミー)」「年齢」「(調査対象者が 15 歳時点での父母

    の)正規職ダミー」「(調査対象者が 15 歳時点での)暮らしむき」「(調査対象者が 15 歳時

    点での父母の)喫煙ダミー」を設定する.これらの変数を用いて,最小二乗法によってモデ

    ル推定をした結果が図 1 である.図 1 からは,年齢が高いほど介護が必要な状態になりや

    すく,(調査対象者が 15 歳時点での父母が)正規職であれば介護が必要な状態になりにく

    いことがわかる9.後者の分析結果は,ライフコースの初期における社会経済的地位が,そ

    の後の要介護状態に影響を与えることを示唆している.

    図 1 両親介護が必要である状況の規定要因

    注)最小二乗法による推定値.エラーバーは 95%信頼区間を表している.

    (8)誰が両親の介護をしているのか

    最後に,介護を必要とする両親をもつ対象者のうち,調査対象者が実際に家族介護をする

    かしないかは,どのような要因に規定されるのかを検討する.先の分析では,父母の要介護

    状態を父母の属性に回帰していたのに対して,ここでは子である対象者が介護をしている

    のかを(主に)対象者本人の属性に回帰する.多変量解析における結果変数は「介護を実際

    にしているダミー」であり, 予測変数としては「(子の)性別」「住まい(1:同居,2:1 時間

    未満,3:1 時間以上)10」「(子の)就業ダミー」「(子の)収入」「(子の)婚姻ダミー」「(父母

    8 山田・酒井(2016)や Oshio and Usui (2018)では,周囲に介護の必要があるイベントの

    発生はランダムに生じる(外生的)と想定している.

    9 95%信頼区間が 0 をまたいでいないのは女性のみである.

    10 「住まい」の参照カテゴリは「1:同居」である.

  • の)介護必要ダミー」を設定する.これらの変数を用いて,最小二乗法によってモデル推定

    をした結果が図 2 である.図 2 からは,父母と子の住まいの行き来にかかる時間が長いほ

    ど,子が父母の介護をしなくなる傾向が確認できる.また,父母の介護が必要な状況であれ

    ば,子は介護をする傾向にあることもわかる11.性別に着目すると,男性は女性に比べて父

    親へも母親へも介護をしない傾向がある.

    図 2 介護をすることの規定要因

    注)最小二乗法による推定値.エラーバーは 95%信頼区間を表している.

    (9)小括

    本稿では,「東大社研パネル 2019」調査で新たに尋ねた家族介護と介護サービス利用の質

    問項目を用いて,基礎集計をおこなった.基礎集計結果のポイントは以下の通りである.

    ⚫ 調査対象者のうち「父親生存」は約 67%,「母親生存」は約 85%

    ⚫ 約 70%が「1 時間未満」の場所に父母の住まいがある

    ⚫ 父母ともに約 6.5%が介護が必要な状況にある

    ⚫ 父母の介護が必要な対象者のうち,約 80%が父母ともに要支援または要介護認定

    を受けている

    ⚫ 平均的な介護時間でみた場合には,主な介護提供者は非家族(介護事業者)である

    11 Oshio and Usui (2018)は介護が必要な状況になることはランダムに発生すると想定し,

    この変数を実際に介護をする変数の操作変数として用いている.Oshio and Usui (2018)で

    も本稿の結果と同様に,周囲に介護が必要な者がいると,実際に介護をする確率が高まる

    ことが指摘されている.

  • ⚫ 父母の介護が必要な対象者のうち,いずれの「サービスも利用していない」と回答

    したのは父親で 30%,母親で 25%であった

    以上の基礎集計に加えて,本稿では「誰が介護の必要に直面しているのか?」「誰が両親

    の介護をしているのか?」という点に着目し,多変量解析をおこなった.前者の分析結果は,

    (子が 15 歳時点で父母が)正規職であれば,(非正規職や無職に比べて)父母の介護が必要

    な状態になりにくいことを示している.後者の分析結果からは,父母と子の住まいの行き来

    にかかる時間が長いほど,子が父母の介護をしない確率が高まることが明らかとなった.

    引用文献

    Oshio, T. and E. Usui. (2018), “How does informal caregiving affect daughters’ employment

    and mental T health in Japan?” Journal of The Japanese and International Economics 49:

    1-7.

    山田篤裕・酒井正(2016)「要介護の親と中高年の労働供給制約・収入減少」『経済分析』

    191: 183-212.

    (大久保将貴)