2013...

13
2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科 4 回生 田原純平 2013 8 19 日より 10 18 日まで、オランダ、アムステルダムにある NKI (the Netherlands Cancer Institute)にてマイコースプログラムを実施しましたので報告します。 教務のレポートの方に研究内容の詳細は書きましたので、このレポートでは出発までの準 備や現地での生活、私が現地で感じたことなどについて主に書こうと思います。このレポ ートが来年以降に同様に留学する方の役に立てれば幸いです。 1.はじめに 今回、私はマイコースプログラムを海外で実施しました。このことは、入学してマ イコースプログラムの存在を知って以来、ずっと希望していたことでした。海外で2 か月という短い間でも、生活することを通して、多くのことを体験し、学ぶことがで きました。もし、マイコースを海外で行うことを少しでも考えている人には、迷わず、 海外研修をおすすめします。 海外での研修を選んだのは、単に、海外で暮らしてみたい、というのが初めの動機 でした。海外でマイコースを行っていた部活の先輩方を見て、単純に楽しそうだな、 と思いました。ただ、回生を重ねるうちに、別の動機もでてきました。まず、このプ ログラム以外に、長期で留学する機会が限られているということです。来年度からは 臨床実習が始まり、医師になってからは、数年間海外で学ぶ機会はありません。医師 になる前に、海外で研究者の生活を体験しておきたいと考えたのです。制度が変わり、 臨床実習期間のイレクティブでも海外研修 をできるかもしれませんが、余裕をもって 海外研修を過ごしたかったので、この機会 を選びました。また、海外で基礎研究を体 験することもよい経験でした。 また、英語の勉強にもなると思って いました。オランダでは、ほとんどの人が 英語を話せるので、スーパーでも英語が通 じます。日本人がいないラボならば、生 きていくために英語を話さざるをえない だろうと思い、このラボを選びました。 2.渡航前の準備から出発まで 留学先である NKI は武田先生に紹介していただきました。昨年の6月の放射線遺伝 学の講義で説明を受けた後、すぐに武田先生のところに行き、留学先の紹介をお願い ↑オランダ名産の木靴 ザーンセスカンスにて

Upload: others

Post on 22-May-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科 4 回生 田原純平

2013 年 8 月 19 日より 10 月 18 日まで、オランダ、アムステルダムにある NKI (the Netherlands Cancer Institute)にてマイコースプログラムを実施しましたので報告します。教務のレポートの方に研究内容の詳細は書きましたので、このレポートでは出発までの準

備や現地での生活、私が現地で感じたことなどについて主に書こうと思います。このレポ

ートが来年以降に同様に留学する方の役に立てれば幸いです。 1.はじめに

今回、私はマイコースプログラムを海外で実施しました。このことは、入学してマ

イコースプログラムの存在を知って以来、ずっと希望していたことでした。海外で2

か月という短い間でも、生活することを通して、多くのことを体験し、学ぶことがで

きました。もし、マイコースを海外で行うことを少しでも考えている人には、迷わず、

海外研修をおすすめします。 海外での研修を選んだのは、単に、海外で暮らしてみたい、というのが初めの動機

でした。海外でマイコースを行っていた部活の先輩方を見て、単純に楽しそうだな、

と思いました。ただ、回生を重ねるうちに、別の動機もでてきました。まず、このプ

ログラム以外に、長期で留学する機会が限られているということです。来年度からは

臨床実習が始まり、医師になってからは、数年間海外で学ぶ機会はありません。医師

になる前に、海外で研究者の生活を体験しておきたいと考えたのです。制度が変わり、

臨床実習期間のイレクティブでも海外研修

をできるかもしれませんが、余裕をもって

海外研修を過ごしたかったので、この機会

を選びました。また、海外で基礎研究を体

験することもよい経験でした。 また、英語の勉強にもなると思って

いました。オランダでは、ほとんどの人が

英語を話せるので、スーパーでも英語が通

じます。日本人がいないラボならば、生

きていくために英語を話さざるをえない

だろうと思い、このラボを選びました。 2.渡航前の準備から出発まで

留学先である NKIは武田先生に紹介していただきました。昨年の6月の放射線遺伝学の講義で説明を受けた後、すぐに武田先生のところに行き、留学先の紹介をお願い

↑オランダ名産の木靴 ザーンセスカンスにて

Page 2: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

しました。はじめは、酵母を扱っているラボに留学する予定だったので、武田先生に

京大の研究室を紹介していただきました。 紹介していただいたのは、放射線生物研究センターの古谷先生の研究室です。古谷

先生と研究室の方々にはとてもよくしていただきました。昨年の12月から通い始め、

留学する直前まで通っていました。部活で幹部をしていたこともあり、週に1度か多

くても2回しか通えず、ご迷惑をおかけしたと思いますが、快く教えてくださいまし

た。それ以前は、研究室に通ったことがなかったので、始めは pipettingから怪しかったのですが、丁寧に教えてくださいました。実験手技だけでなく、論文の精読やヨー

ロッパでの生活のアドバイスまでサポートしていただき、感謝しきれません。いろい

ろなことを教えていただきとても役に立ちましたが、研究室によって器具や、やり方

も変わってくるので、手順を暗記するというより、原理を理解していくほうがいいか

もしれません。古谷先生はそういったことも丁寧に教えてくださったのでありがたか

ったです。 研究面以外での準備としては、航空券と宿舎が必要でした。宿舎については、昨年

の12月ころに NKIの Service Centre の方と連絡を取り、waiting listに載せてもらいました。後述する Louweshoekは NKIが部屋を借りているアパートです。この部屋はいつも借りられるわけではないようで、なるべく早くに連絡を取ったほうがいいで

す。 航空券についても同様で、早ければ早いほど安く予約できます。私の場合、2月ごろ

には旅行代理店を通じて予約しました。6月ごろに、帰りの便が東京着になっている

ことに気づいたときには焦りましたが、なんとか交渉して無料で大阪着の便に変えて

もらえました。ソウル経由のストップオーバーで、往復12万円くらいでした。 お金のもっていき方としては、現金(1300ユーロ)とクレジットカード3枚を

もっていきました。現地についてからわかったことですが、オランダのスーパーでは

クレジットカードが使えません。オランダでは、バンクカードと呼ばれるものが普及

していて、キャッシュカードで買い物をするという感じでした。そのため、オランダ

では、何回かクレジットカードでキャッシングを利用しました。海外でも利用できる

銀行口座を作っておくほうがよいかもしれません。また、宿舎の費用がひと月380

ユーロで、デポジットを含めて3か月分を払う必要があったので、現金は多めに持っ

ていきました。昨年や一昨年なら、円高ユーロ安だったので1ユーロ=100円くら

いだったのが、安倍さんのおかげで1ユーロ=135円くらいになったのは非常につ

らかったです。(日本経済にとってはいいのかもしれませんが) その他の持ち物としては、昨年 NKIに留学された上回生のレポートで瞬間湯沸かし器が重宝すると書いてあったので、海外でも利用できるものをもっていきました。(イ

ンスタントの味噌汁をつくるのにとても重宝しました)電化製品については、電圧が

海外でも利用できるものか確認してから持っていくほうがいいでしょう。また、その

Page 3: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

ほかは海外用のドライヤーや、コンセントのプラグはもっていくほうがいいと思いま

す。研究室へのお土産は悩みましたが、いろいろと調べた結果、カステラをもってい

くことにしました。とても喜んでくれました。2か月間、お世話になるわけですから、

日本からのお土産はもっていったほうがいいですし、印象も変わってくると思います。

3.NKI および研究について NKI はオランダの首都、アムステルダムの郊外に位置しています。日本からアムス

テルダムのスキポール空港までストップオーバーを含めて16 時間、そこからバス(195番か69番)で20~30 分ほどのところにあります。研究所には病院(AVL; Antoni Van Leeuwenhoek Ziekenhuis)が付属しており、エントランスには患者さんがたくさんいました。

また、今年は、レーウェンフック(生物で有名な顕微鏡の人)が NKIを設立して100周年ということで、幸運にも、記念式典に参加できました。研修が終わりかけて

いた10月の初旬に行われ、ランチ、ケーキが無料でふるまわれ、1日中お祭りのよ

うでした。 私がお世話になったグループは、ボス

の Rob、ポスドクが1人、PhD student が4人(1人は出産のため、研修が始まってすぐ

に産休をとっていました。)の計 6 名のラボで、ポスドクはオーストリア人で、ほかはオ

ランダ人でした。産休に入った PhD studentのデスクを使わせていただきました。私の

Supervisorをしてくれた Michielはとても日本好きで常に明るくフレンドリーに接してく

れました。到着の際には、空港まで迎えに来て

くれ、宿舎まで案内してくれました。本当に感

謝しきれないほど面倒を見てくれました。彼ら

は、人のがん細胞の cell lineを用いて cell cycleの研究をしていました。特に、cell cycleの中で変動するタンパクについて研究していました。位相差蛍光顕微鏡を用いて、タ

ンパク質が分解されるタイミングやそのしくみについて明らかにすることが主なター

ゲットでした。大学の研究室でも同じかもしれませんが、独立した研究機関なので学

生が少なく、いてもインターンシップ生でした。そのため、周りの人は働いている、

という感じで、ラボワークの後にどこかに一緒に行くような友達関係を作るのは難し

かったです。週末をすべて旅行に充てていたことも理由の一つかもしれませんが。 初めの一か月は、器具の場所を覚えたり、手順を教わったりしていました。特に、

顕微鏡での写真撮影のデータ処理が難しく、覚えるのに時間がかかりました。ただ、

↑100周年記念式典時の NKIのエントランス

Page 4: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

Michielがソフトウェアの操作のハンドアウトを作ってくれたり、質問にはいつでも答えてくれたので、とても助かりました。後半の一か月は、多少自分なりにデータ処理

などを進められるようになりました。毎週水曜日はグループで work discussionが行われ、担当の人が自分の研究データをほかの人に説明していました。これは、単に見せ

るだけではなく、今後の研究の進め方のアドバイスや、新しいアイデアを取り入れる

ために行っているようでした。データから得られる仮説をみんなで検討したり、その

仮説のよりよい証明方法を検討する、というものでした。Michiel以外の人の研究データの説明は正直さっぱりわかりませんでした。日本語でも背景知識がないことは難し

い(臨床の講義とか)ので、英語で、背景知識のないことの激しい討論についていく

のは厳しかったです。ボスの Robはほかの人の研究結果を受けて、アドバイスをする、アドバイザー的な役割なのかな、と感じました。研究の進め方としてはとても合理的

で、グループを作って研究をする意義がようやくわかりました。9月の中旬に武田先

生が、NKIにお越しくださり、食事をする機会があったのですが、そのときに、「ヨーロッパでは、グループリーダーが一日中電話にかじりついて、ほかの研究者と、論文

に出ていない、最新の研究結果について話をする。それだけで、6か月かかるような

余分な実験をしなくてもすむようになることもある。だから、日本は研究で遅れてし

まう。」とおっしゃっていました。ヨーロッパと日本は、電話で話をするには時差的に

厳しいので、なるほど、と思いました。

そういう面でも、ヨーロッパは研究が

すすみやすいのかなと感じました。

Rob もよく電話をしていたように思い ま す 。 最 後 の 週 に は 、 work discussion で20分くらいのプレゼンテーションを行いました。私自身の

実験結果で、よいものを出すことはで

きなかったのですが、自分なりに論文

を読んだり、Michiel の研究データを見て、自分なりにタンパ

ク質分解のタイミングのモデ

ルを提案できたことはよかったかなと思います。これまでにおそらく誰も考えていな

いようなことをプレゼンテーションで紹介できるということはとても魅力的で、達成

感を感じることができました。ただ、その仮説を証明していくことが研究の主な部分

でもあると思うので、それができなかったことは残念です。二か月では、研究室に慣

れることにかかる時間を含めると、自分で課題を見つけて仮説を立てて、クローニン

グから実験まで行うには少し短かったかなと思いました。プレゼンテーションでモデ

↑work discussionでのプレゼン後 右端が SupervisorのMichiel、その隣がボスの Rob

Page 5: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

ルの仮説を提唱したので、厳しい質問が飛んできて、かなり戸惑ってしまいました。

後で RobやMichielから”Thank you for good suggestion and presentation!” と言われた時は、自分で考えたことで少しは、グループに貢献できたのかなと思いました。

私のプレゼンテーションのあと、新しく実験をするためのディスカッションがあった

と聞き、自分の意見が反映されているようでとても嬉しかったです。誰も考えていな

いような仮説を自ら立てて、それに見合う実験を考え、実行し、仮説が証明される。

そのときの高揚感は何物にも代えられない science researcher にとっての最高の喜びなのだろうと、わずかながら理解できたと思います。

毎週金曜日17時からは、NKI 全体で”borrel(ボロー)”が開かれ、無償でビールやワイン、チーズやポテトチップスがふるまわれました。Borrel は研究室特有のものではなく、いわゆる「飲み会」です。雨の日には主に NKIのスタッフの食堂、晴れの日は、自転車置き場横の広場(Foyer)で開かれ、毎回多くのスタッフが参加していました。そこで知り合った人とピザを食べに行ったこともありました。様々な人と話をして、

改めて、NKI には多くの国から研究者がきているのだな、と実感しました。英語の練習をするのにはちょうど良いので、いけるときはなるべく参加しました。

4.現地での生活、その他について <日常生活と週末の過ごし方について> 月曜から金曜までは9時半前にラボに着き、12時くらいまで実験やデータ解析し

て、グループ全体でランチをとり、その後実験に戻り、17時くらいに帰る、という

感じでした。その後部屋では日本にいる友人と連絡を取ったり、旅行の計画を立てた

りしました。21時くらいまでには食事とシャワーを済ませ、24時か25時には就

寝という感じでした。もっとゆっくり睡眠時間をとったほうが良かったかもしれませ

ん笑。週末はほかの国や都市に行きたかったので、アムステルダムの観光はなるべく

平日にしました。アムステルダムでは、コンツェルトヘボウと呼ばれるオーケストラ

とハイネケンエクスペリエンスというハイネケンのテーマパークに行きました。アム

ステルダムに行く前は全く知らなかったのですが、コンツェルトヘボウは世界的に有

名なオーケストラだそうです。見に行ったのがオペラだったので、オランダ語がわか

らずさっぱりでしたが、わかる人にはわかる

のかもしれません笑。ほかの旅行を通じても、

芸術面に関しては教養のなさを痛感しまし

た。 週末は前述のとおり、旅行に行きまし

た。正直研究と旅行どっちがメインかわから

ないくらい楽しみました。が、旅行につい

て調べれば調べるほど行きたいところが↑F.C. Barcelonaの本拠地 カンプノウ

Page 6: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

増えてしまうもので、到底行き尽せませんでした。

それでも二か月で、スペイン(バルセロナ、グラ

ナダ、マドリード)、スイス(インターラーケン、

ユングフラウヨッホ、ベルン)、オランダ(デン

ハーグ、キンデルダイク、アルクマール、レーワ

ルデン)、ルクセンブルク(ルクセンブルク、エ

ヒテルナッハ)、ハンガリー(ブダペスト、アッ

グテレグ、センテンドレ)、ドイツ(ヴュルツブ

ルク、ローテンブルク、アウクスブルク、ミュン

ヘン、フュッセン)、フランス(モンサンミシェ

ル、パリ)、ベルギー(ブリュッセル、ブルージ

ュ)を回ることができました。個人的には、スペ

イン、スイス、フランス、ベルギーが良かったで

す。ラテン系のほうが人当たりがいいのかな、と

感じました。海外に通じていえることかもしれま

せんが、店に入るときに笑顔であいさつすると対応

が全く変わってくると思いますし、気持ちいいかな

と思います。特にスペインでは、道ですれ違うたび

に誰でも“Hola!”とあいさつをする感じですぐに

仲良くなれる感じでした。ラボの人にお願いして平

日も休ませていただくこともありました。数少ない

ヨーロッパを訪れることができる機会なので、言っ

てみればどうとでもなるものなのだな、と感じまし

た。やはり、海外では遠慮したら損しかないので、

自分の意見をとりあえず言ってみるのがいいかもし

れません。金曜の深夜や、土曜の早朝出発で、日曜

の深夜や月曜の早朝に帰ってくることが多かったで

す。ルクセンブルクに電車で向かうときにバスを乗り過

ごし、死に物狂いで中央駅まで自転車を40分こいだことも、今ではいい思い出です。

タイトなスケジュールで、歩き回ったので、体力的にしんどいこともありましたが、

今しかできないと思って全力で楽しみました。日本からもっと計画していけば、現地

で睡眠時間を削ることもなかったのですが、日程が決まっていなかったので、多少は

↑グラナダのアルハンブラ宮殿

↑モンサンミシェル

Page 7: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

しょうがないのかもしれません。飛行機や電車のチケットは早く予約すればするほど

安く、全く値段が違うので、日程が決まっていれば、早めのご予約をおすすめします。

宿は、場所によって変わりますが、いいホステルは場所や日程によって満室になるこ

ともあるので、早めに予約したほうがいいですし、直前で安くなることもあるので少

し難しいです。安すぎる宿はそれなりに理由もあるのである程度の値段は考えておい

たほうがよいでしょう。マドリードでは、予約していた宿で、予約がないといわれ、

危うく野宿しそうになりました笑。(相手はスペイン語しかできず、必死で英語でクレ

ームをつけて、なんとか野宿せずに済みました。)ヨーロッパのシェンゲン協定域内は

パスポートコントロールなしで旅行できるのでとても快適でした。電車で国境を越え

るということもとても新鮮でした。旅行をする中でも多くの人と出会い、話をするこ

とができました。その土地の文化や人々に触れられて貴重な体験になりました。海外

で、日本人と会うと、自然と話が弾み、バックパッカーや留学している人と話をしま

した。スペインではバルセロナからグラナダに

向かう夜行列車で出会った京都の大学生と知り

合うことができ、日本に帰ってから飲みに行く

約束もできました。バルセロナとミュンヘンで

は念願だったサッカーの試合を見ることもでき

とても満足です。オランダでも VVV の大津選

手の試合を見に行って一緒に写真をとったりと、

とても充実していました。オランダで研究室に

通って、空いた時間を旅行に費やしたので、時

間をフルに活用できたように思います。 <食事について> 朝食は、部屋で、トーストしていないパンにハムとチーズを挟んで食べていました。

それに、ヨーグルトや日本から持ってきたインスタントの味噌汁もよく飲んでいまし

た。ヨーグルトは、牛乳パックの容器に入っていたので、飲むヨーグルトと勘違いし

て買ってしまったのですが、1Lで0.8ユーロくらいと、とても安かったのでずっと買っていました。オランダではチーズが有名ですが、乳製品が安かった印象です。

昼食は、ラボのメンバーと食堂で食べていました。食堂のメニューはとてもおいし

く、しかも非常に安かったです。私の場合、ハムとチーズのサンドイッチ(ラボの人

もよくもってきていました)をもっていっていたので、サラダとスープで2ユーロを

切る感じでした。 夕食は、ほぼ自炊していました。時々ルームメイトと食べることもあり、あまり苦

労はしませんでした。日本よりも時間があったので、鶏肉をワインで煮込むという、

日本では絶対にしなかっただろうことにも挑戦してみました。後半はポトフといろん

↑バイエルン・ミュンヘンの本拠地 アリアンツアレーナ

Page 8: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

な種類のパスタを食べることがほとんどでした。スーパーは Albert Heijnという宿舎から歩いて15分ほどのところを利用していました。Albert Heijn は全国展開しているようで、オランダのいたるところで見つけられました。物価は、正直高いです。円

安のせいかもしれませんが、日本の1.3倍、という感じでした。1ユーロ=100

円でちょうど、という感じです。なので、安いジャガイモ、ベーコンをよく買ってい

ました。果物ではマスカットが異常に安い時があり、安い時には500g 0.7ユーロでした。ヨーロッパではブドウはすべて種無しに品種改良されているらしく、皮ご

と食べるので、食べやすかったです。 外食はほとんどしませんでした。レストランでは20~40ユーロしました。日本

円に換算すると、ここでは食べないな、というところが多い印象でした。2回外食を

して、最初はラボの人とピザを、もう一回は、アムステルダムに来ていた友人とイン

ドネシア料理を食べました。インドネシア料理はとてもおいしく、東南アジアに行き

たくなりました。簡単なものなら、フリッツ(フライドポテト)がおすすめです。 <住居について>

現地では NKI に紹介してもらった研究所付属の宿舎(Louweshoek といいます)に住

んでいました。研究所から徒歩 5 分(自転車を後輩から買ってから 1 分)のところにあり非常に便利で、交通費が浮いたのも大きかったです。部屋は一人部屋でベッドと

机、いす、クローゼットなどがあり、結構広かったです。ゴッホ美術館やアムステル

ダム中央駅などの市内中心部まで家の前からトラム(2番)に乗り40分程度でアク

セスできます。また、研究所自体がスキポール空港に近いため、宿舎からバスで20 分

← 帰国当日の部屋の様子。 置くものがないわりにかなり広

かったです笑

Page 9: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

程度で空港に行くこともできます。このように宿舎の立地が良かったため、週末に旅

行に行くときには本当に便利でした。ただ、安いのにはそれなりの理由があり、シャ

ワー、トイレ、キッチン、冷蔵庫が隣部屋の人と共有で、洗濯機がなかったのでトラ

ム(2番)で 10 分ほどのところにあるコインランドリー(Amstelveelsweg 駅 のMatic Washたぶんそんな名前だったと思います。)に洗濯に行かなければなりませんでした。

また、ネット環境はありません。先輩のレポートでこのことは知っていたので、ル

ームメイトとシェアしました。9月からは先輩のレポートにあるホンジュラス人の放

射線技師さん Arturo(今は Louweshoekには住んでいませんが、ルームメイトのトルコ人医師の紹介で知り合えました)に70ユーロを払ってネットを使うことができま

した。9月からはドイツ人のおばあさん Carola がルームメイトになったので、来年Louweshoek で Wi-Fi を使えるかは怪しいです。オランダでの生活環境に関しては日本で住んでいるところよりいい場所に住めることは絶対にないのでどこかで妥協する

ことが必要かと思います。正直、シャワー、トイレ、キッチンは当初はとても汚かっ

たです。それでも、慣れてしまえばなんてことなかったです。旅行でも安いところは

すごく汚かったので、このヨーロッパでたくましくなれた気がします。(バルセロナで

は水しか出ない共有のシャワー室を使いました笑)ヨーロッパに留学したほかの人の

宿舎が少しうらやましく思ったこともありましたが。そういう宿舎や食事の条件を聞

いてから、研究室を選ぶのも一つの手だと思います。宿舎、昼食が無料、というとこ

ろもあったようです。ドイツ人のおばあさんがルームメイトになってからは、おばあ

さんが NKIの人に言って、キッチンやシャワーがきれいになりました。言えばなんとでもなるんだな、と驚きました。おそるべしおばあさん!!ただ、このおばあさん、

ドイツから旅行で帰った夜に夕食を用意してくれたり、時々余分に作って、ごちそう

してくれました。本当のおばあさんのようで、出発前最後の夜は、スープパスタを私

が作って一緒に食べました。出発当日もお土産をくれたりと、至れり尽くせりでした。 <費用について> 旅行代を除いて航空機代14 万円、宿代10 万円、食費 8 万円、その他生活費 4 万

円程度でしょうか。ただ、私は上記のようにいろいろなところに旅行したので旅行代

が全部で50~60万円ぐらいかかりました。クレジットカードの請求が怖いです。

ただ、日本から個別の国に行くよりは段違いに安く済みますし、本当にいい経験がで

きたので全く後悔していません。円高でさえあればもっと安く済んだのでしょうが、

しょうがないです。 <サッカーについて> ヨーロッパでは非常にサッカーが盛んで、いろんなところでサッカーを楽しめまし

Page 10: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

た。ほとんどの人がどこかのチームのファンで、とても詳しかったです。 火曜日には、時々、研究室の一つ上の階の人たちとサッカーを楽しめました。そこ

で知り合った人の紹介で、一度社会人のクラブのゲームに参加させていただいたこと

があったのですが、おなかの出ているおじさんでもかなり上手くて、足手まといにな

らないようにするのがやっとでした。オランダの人たちはとてもボール、ゴールに対

してアグレッシブで、ゴールはなるべくショートパスをつなぐか、ドリブルで突破し

てきれいに決めるのが好き、という感じでした。まあ、とにかく技術的にもサッカーIQ的にもとても高かったです。ほかにもサッカーをする機会があり、そこでは素人の人

も多かったです。オランダは、というかヨーロッパは、平野が多いのでグラウンドが

たくさんあって、それだけする人も多いのかなと感じました。幅広い年齢で、幅広い

レベルで観るだけの人からプレーする人まで、ヨーロッパの人は本当にサッカーが好

きなのだなと思いましたし、サッカーがヨーロッパの文化のひとつになっているのだ

なと思いました。日本でもサッカーはとても人気がありますが、流行のようなもので、

文化として定着するにはまだまだだなと感じました。個人的にはサッカーでも学ぶこ

とがあり、今後の部活に生かせそうです笑。 <アムステルダムについて> アムステルダムはヨーロッパ大陸のかなり北の方に位置しているので、朝は結構

冷え込みます。上着は必ず持っていきましょう。10月に入ると、ヨーロッパはか

なり冷え込むので、ユニクロのダウンやヒートテックとかでちょうどよかったです。 また、一日に一回は必ず雨が降るので折り畳み傘は必須です。アムステルダムの

街には自転車が多く、自転車専用道路も充実しています。車と同じように右側通行

なので左折するときは二回信号を渡るなど、少し面倒でしたが、専用道は快適でし

た。また、オランダ国内のバス、トラム、国鉄では OV チップカールトという日本の ICOCA みたいなカードが共通で使えます。空港や中央駅の自動販売機で買うことができ、切符を買う手間が省けるので便利です。9292.nlというアプリ、ウェブサイトでは、オランダ国内のすべての公共交通機関(国鉄、メトロ、バス、トラム)

を含めて、目的地までの行き方を調べられます。ただし、オンラインでしか使えま

せん。また、アプリ関連で、Rail Plannerというアプリでは、オフラインでヨーロッパ内のほぼすべての国鉄の移動を調べられます。この二つはともに無料でとても

役立ちました。 治安に関しては、日中は全く問題ありませんでした。夜中も人気の少ないところ

や危ないところ(中央駅周辺、Red light district など)に行かない限り大丈夫です。アムステルダムの街はどこにも運河と橋があって風景が似ており、かつ運河の流れ

る向きが場所によって変わるので方向感覚が狂いやすいです。市の中央に向かう際

は地図を持っていくことをおすすめします。

Page 11: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

話はずれますが、オランダはマリファナ、売春、同性愛などなどいろんなことが

合法の国です。オランダに行かれる方はそういった異文化を体験してみるのも一興

ですが、自分の身は自分で守りましょう。 <英語について> この二か月で少しは英語が上達できたのだろうと思いますが、あまり実感できませ

んでした。考えれば、言いたいことをいえるようにはなったと思いますが、ちょうど

いいタイミングで会話に加わるのは厳しかったです。英語が拙くても、生きていくこ

とはできますが、会話を楽しむのは難しいです。オランダのレーワルデンに行ったと

きに、中国人と韓国人の留学生がいて、話しかけられたのですが、(韓国人と間違えら

れた)彼らが流暢に留学先のオランダ人の学生と英語で話しているのを聞き、少しつ

らかったです。英語が話せないというだけで、自分の意見が言いたいときに言えず、

周りに気負ってしまうのはとても残念なことだと思います。英語が話せないというこ

とで対等に議論できないというのは、本当にもったいないことだと思います!このマ

イコースを通して一番強く思ったのは英語で話すことの大切さかと思います。日本で

過ごすうちにまた忘れてしまうのかもしれませんが、できる限りこの気持ちを忘れず

に、少しずつでも英語の勉強をしていきたいです。それでも、話す、ということに関

しては、日常的に多く練習しないといけないので日本では難しいのかな、と感じまし

た。私は、まずはリスニングにトライしてみようかなと思います。あと、日常会話以

外のところ(博物館のツアーとか)では、専門用語が全く分からず、そういう単語も

覚えないといけないのかなあと感じました。長期で海外に行ける機会が再びあれば、

ぜひ英語圏の国にできるだけ長く行ってみたいと思います。 5.帰国

帰国する一週間前に一通りの実験を終えて最終週の水曜日にプレゼンを行いました。

帰国当日はラボでメンバーとランチを食べ、挨拶を済ませた後、宿舎のカギと研究所

のカードキーを返却して空港に向かいました。天候は、快晴、というわけにはいかず、

秋のヨーロッパらしく曇りでしたが、定刻通り無事離陸しました。ソウル経由で 16時間かかりました。無事帰国し、初めて日本食を食べたときは本当に幸せでした。

6.感想 この研修は、自分の進路を考える上でとても参考になりました。日本でずっと働く

のか、それとも海外に行くのか、また、医師として働くのか、研究者として働くのか。

これまで、ずっと医師として働くのだろうな、と考えていましたが、今回の研修で基

礎研究者にも興味がわきました。自分以外のだれも知らないことを自分の手で、グル

ープで力を合わせて、明らかにしていくことはとても魅力的に映りました。日本での

Page 12: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

基礎研究者の地位がもう少しでも改善されることを願うばかりです。海外の研究所の

多くが寄付金で賄われているようです。日本では寄付の文化があまりないので、もう

少し政府に頑張ってほしいなと思います。そういったところが改善されていけば、も

っと多くの優秀な研究者が日本から輩出されるのではないかな、と感じました。私の

将来についてはまだまだ、医師のほうに重心があります。しかし、今回のことで研究

の面白さを知ったので、今後の学生生活、医師になってからの課題にしておこうと思

います。 この研修には、地球の歩き方以外に二冊の本をもっていきました。旅行先にも持っ

ていき、移動時間や公園でゆったりと読書できました。その二冊は、新渡戸稲造の「武

士道」と内村鑑三の「代表的日本人」です。この二冊は岡倉天心の「茶の本」に加え

て、明治時代に日本を英語で海外に紹介した3大著作です。ヨーロッパの人や土地や

文化に触れて、逆説的にですが日本のことをよく知れたように思います。日本人の特

性がどのように作られたのか、なぜ日本人がほかの国の人と違う考え方を持つように

なったのかが、少しは理解できたように思います。また、明治時代の人が、欧米列強

に負けないようにあらん限りの努力をしていたことも伝わってきました。日本人とい

う一つの民族のプライドをもって、日本人が欧米の人よりも劣っていないことを証明

するために必死でした。今の自分とは比べることも申し訳なく感じました。考え方が

古いのかもしれませんが、私は、日本人として、海外の人に日本のすばらしさ、日本

人の美徳についてもっと知ってもらいたいですし、そのためには日本人がもっと世界

で活躍する必要があるのだなと感じました。 2か月ヨーロッパで暮らしてみて、成長できたこともたくさんありました。様々な

人に出会い、話、色々なことを学ぶことができました。それでも少し自分に甘えが出

て、もっと積極的に英語を話すべきだったなと思います。2か月間の後半になってく

ると、あと少しだけだから、と面倒になっていたこともありました。ベルギーからの

帰りに、バイオリンの勉強で留学し、翌日にアントワープでオーケストラのオーディ

ションを受けるという人と話をする機会がありました。彼女は、5年間ブリュッセル

に住んでいるそうです。ヨーロッパの生活をとても楽しんでいて、今後もヨーロッパ

で暮らしたいと言っていました。海外で仕事をしてそこで生きていくには、やはりそ

れなりの覚悟が必要です。彼女からは、その覚悟と、オーディションにかけるがむし

ゃらさが滲み出ていました。そんな彼女を見て、自分には覚悟が足りなかったのだと

思わずにはいられませんでした。どこか、temporal な観光客気分があったのかもしれません。そのことは後悔しています。今度、海外で勉強するときには、その彼女を見

習って、ハングリー精神をもって学びたいと思いますし、1年や2年といったもっと

長期で留学してみたいです。自分に甘えが出ない環境で一人でやってみたいと思いま

す。そんなことを含めて、いろんなことに気づくことができました。 これまで好き勝手にいろいろと書いてきましたが、全てこのマイコースで感じたこ

Page 13: 2013 年マイコースプログラム活動報告書rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/voluntary/JT2013NL.pdf · 2013 年マイコースプログラム活動報告書 0601-22-6617 医学部医学科4

とです。英語をもっと使えばよかったという後悔はありますが、本当に多くのことを

学ぶことができました。初めにも書いたのですが、迷っているなら、海外に行くべき

だと思います。2か月間海外で暮らすことは、旅行とは別物です。思っている以上の

ことを経験できると思います。もちろん、楽しいことばかりではありません。伝えた

いことがうまく伝えられないもどかしさを感じることもありました。それでも、充実

した2か月でした。何度も書きますが、本当に多くのことを得られた素晴らしい経験

だったと確信しています。 最後になりましたが、この留学先を紹介してくださった武田先生、留学のための準

備をすることを快く許可してくださった高田先生、実験手技を一から教えていただき、

かつ留学に関することなど様々なことを教えてくださった古谷先生および研究室の

方々、2 か月間お世話になった Rob、Michiel、そのほかのグループの方、そして このマイコースで私が関わったすべての方に心から感謝します。本当にありがとうござ

いました。