2016 マグネシウム空気電池における...

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1 東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2016 年度秋輪講書 マグネシウム空気電池における 電解液の検討 2016 年水曜班 Arai, Y.(1C) ,Kaifu. H,(1K),Kawai, M.(1K),Seto, S.(1OK),Nomura, K.(1K),Yokoyama, K.(1K), Otsuka, H.(2C),Katsumata, K.(2K),Takahashi, Y.(2K),Tokuhiro, K.(2OK), Watanabe, R.(2OK),Negishi, M,(2K),Tsubota, R.(2K),Funai, K.(2OK),Okunaga, T.(2OK) 1. 背景 近年開発が進められているリチウムを用いた電池であるが,希少金属の1つである リチウムを材料としているためコストが高くなっているほか,今後の開発状況によっ ては枯渇する恐れがあるという指摘がある.そのため,リチウムに代わる金属電極を 用いた電池の開発が進められている 1) マグネシウムはイオン化傾向が大きく,資源量が豊富である.そのため,マグネシ ウムを負極材として用いる電池は高いエネルギー密度の高性能な電池となる可能性が ある.それに加え,正極材に空気を用いることでエネルギー密度の上昇,また供給が 常時可能になっているが,マグネシウム表面に酸化物などの不動態が形成されること で反応の持続が困難になることが課題となっている 2) このような背景のもと,近年マグネシウムを電極に用いた電池の開発が進んでお り,その中の 1 つであるマグネシウム空気電池も注目を浴びている.このマグネシウ ム空気電池であるが,マグネシウム板の工夫に関する論文は多いが,電解液の種類に よる評価はあまり行われていない. 2. 目的 先行研究では電解液を変更して電池の性能の比較を行っていたものもあったが,電 解液の種類の少ない比較や濃度の少ない種類での比較であった.そのため,電解液の 種類を増やして比較することで,作製したマグネシウム空気電池の性能をより引き出 す電解液を検討することを今年度の水曜班の目的とした.

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東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2016 年度秋輪講書

マグネシウム空気電池における

電解液の検討 2016 年水曜班

Arai, Y.(1C) ,Kaifu. H,(1K),Kawai, M.(1K),Seto, S.(1OK),Nomura, K.(1K),Yokoyama, K.(1K),

Otsuka, H.(2C),Katsumata, K.(2K),Takahashi, Y.(2K),Tokuhiro, K.(2OK),

Watanabe, R.(2OK),Negishi, M,(2K),Tsubota, R.(2K),Funai, K.(2OK),Okunaga, T.(2OK)

1. 背景

近年開発が進められているリチウムを用いた電池であるが,希少金属の1つである

リチウムを材料としているためコストが高くなっているほか,今後の開発状況によっ

ては枯渇する恐れがあるという指摘がある.そのため,リチウムに代わる金属電極を

用いた電池の開発が進められている 1).

マグネシウムはイオン化傾向が大きく,資源量が豊富である.そのため,マグネシ

ウムを負極材として用いる電池は高いエネルギー密度の高性能な電池となる可能性が

ある.それに加え,正極材に空気を用いることでエネルギー密度の上昇,また供給が

常時可能になっているが,マグネシウム表面に酸化物などの不動態が形成されること

で反応の持続が困難になることが課題となっている 2).

このような背景のもと,近年マグネシウムを電極に用いた電池の開発が進んでお

り,その中の 1つであるマグネシウム空気電池も注目を浴びている.このマグネシウ

ム空気電池であるが,マグネシウム板の工夫に関する論文は多いが,電解液の種類に

よる評価はあまり行われていない.

2. 目的

先行研究では電解液を変更して電池の性能の比較を行っていたものもあったが,電

解液の種類の少ない比較や濃度の少ない種類での比較であった.そのため,電解液の

種類を増やして比較することで,作製したマグネシウム空気電池の性能をより引き出

す電解液を検討することを今年度の水曜班の目的とした.

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3. 原理

3.1. 燃料電池

燃料電池とは空気中の酸素を酸化剤とし,還元剤のみを電池内に収納した構造を

しており,放電にあたって酸素の還元と還元剤の酸化反応によって電子を移動させ

ることで外部に電流を取り出すようにしたものである.空気電池の正極の空気極は

カーボンや炭素繊維などの材料で構成されており,負極には Zn,Al,Mg やその合

金からなる金属電極が用いられている.これには,使用時に酸素が供給される,ま

たは,電解液が注入されるようにしたものであることや,材質的に地殻存在度が高

い原料を用いることができるため,安価な電池の実現を可能にしているという特徴

がある.しかし,電解液が酸性の場合は自己放電が起こり,塩基性の場合は負極表

面に不動態が形成されることが明らかとなっている 1).

3.1.1. 燃料電池の電気出力特性 3)

燃料電池は活性化分極,抵抗分極,そして拡散分極という 3 つの分極により,電

圧が理論電圧より低下してしまう.活性化分極は,燃料電池反応が進行するために

必要な活性化エネルギーに相当し,適切な触媒や操作温度を上げることで小さくす

ることができる.抵抗分極は,電解質や電極の抵抗,電極と電解質との接触抵抗な

どに起因しており,電流に比例した電圧降下が起こる.そして,拡散分極である

が,反応が進行することによって,反応系,生成系ともに平衡からずれ,濃度勾配

を生ずることに起因している.これらの 3 つの分極は,ともに大きな電流を取り出

すほど大きくなる,つまり電圧の降下につながっている.これらにより,燃料電池

は出力が大きいほど電圧効率が低下し,電気を取り出さない場合に最も効率が高く

なる.これが燃料電池の電気出力特性の最も大きな特徴である.

3.2. 定電流測定

定電流測定とは,電池の測定において広く用いられている測定方法である.これ

は,定電流電源を用いて回路内の電流を一定にし,電圧の時間変化を測定すること

で電池の容量(mAh または J)を知ることができる.だが,定電流値を高くするに

つれて過電圧により電池の出力性能は低下することから,測定では 1/20 C あたりが

推奨されている.なお,1 C は 1 時間で放電を終了する(電池の容量がなくなる)

ということを意味しており,1/20 C とは,20 時間で放電が終了するということを意

味している.

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3.3. マグネシウム空気電池

3.3.1. マグネシウム空気電池とは

マグネシウム空気電池は昨年の震災においても活躍した電池である.電池反応式

は以下のようになる.

負極: Mg→Mg2++2e- ①

正極: O2+2H2O+4e-→4OH- ②

全反応: 2Mg+O2+2H2O→2Mg(OH)2 ③

また,副反応としては

Mg+2H2O→Mg2++2OH-+H2 ④

酸性条件下では

Mg+2H+→Mg2++H2 ⑤

塩基性条件下では

Mg2++2OH-→Mg(OH)2 ⑥

が起こると考えられる.

3.3.2. 理論起電力とネルンストの式 4)

反応式①,②より,マグネシウム 1 mol が反応した際,2 mol の電子が負極から

放出されるので,正極から負極に流れる電荷量は 2F C となるはずである(F:ファ

ラデー定数).よって,マグネシウム空気電池の起電力を E とすると,マグネシウ

ム 1 mol の反応によって電池が放出する理想的な電気出力は,

-∆G=2 F E

とあらわすことができる.なお,ここでは,電荷の移動や電極での反応に伴う非可

逆的な損失をすべて無視している.この式を用いると,-ΔG の値を求めることで

起電力 E を求めることができる.

反応式③が進行した際,ΔG は

∆G= μ0Mg(OH)2

-μ0Mg

- 1 2⁄ μ0

O2-μ0

H2O+RTln( p

Mg(OH)2p

Mgp

O2

1 2⁄ pH2O

⁄ )

と書くことができる.これがネルンストの式である.これより,反応気体の圧力と

反応物の活量が高く,生成物の活量が低くなるほどΔG は低くなることを示してい

る.そして,ΔG が大きくなるほど起電力は大きくなるので,起電力を大きく保つ

ためには生成物を除去し,反応気体を供給して圧力を高めることが重要である.

ここで,

ΔG0 = μ0Mg(OH)2

-μ0Mg

- 1 2⁄ μ0

O2-μ0

H2O

であるから,

ΔG = ΔG0 +RTln (pMg(OH)2

pMg

pO2

1 2⁄ pH2O

⁄ )

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ゆえに,

E = E0 + (RT/2F)ln (pMg(OH)2

pMg

pO2

1 2⁄ pH2O

⁄ )

とあらわすことができ,この E0が理論起電力に相当する.

なお,標準電極電位と反応式③より,この電池の E0を求めると,E0=2.77 V であ

る 5).

3.3.3. 理論効率 6)

燃料電池における効率は,熱力学の 2 法則によって決められている.

・熱力学第一法則

熱や機械的仕事,化学,電気などのエネルギーは相互に変換できるが,エネル

ギーの形を変形してもエネルギーの総量は変わらない.

・熱力学第二法則

熱以外のエネルギーはすべて熱に変わるが,熱をそれ以外のエネルギーに変え

ることはできない.

今回作成した電池では,負極のマグネシウムがすべて反応しない場合は,電池自

体や抵抗の発熱によるエネルギーの損失を考慮する必要があるため,理論効率とい

う考え方をとる.

理論反応式③において,生成系のエンタルピーは-199.27 kJ であり,反応系のエ

ンタルピーは-59.59 kJ である.これより,今回作成したマグネシウム空気電池の

理論エンタルピー変化は,142.58 kJ となる 7).この理論エンタルピー変化で測定

したエネルギーを割ったものがこの電池における理論効率となる.

なお,本研究における理論効率の算出は,以下のようになる.

理論効率(%)=内容量(J)

理論エンタルピー変化(J)×100

3.3.4. マグネシウム空気電池における溶液の選択

電解液としてよく知られているものは,NaCl 水溶液やクエン酸溶液である.NaCl

水溶液は手軽な電解液として選ばれており,クエン酸は多価カルボン酸であり,多

価カルボン酸イオンはマグネシウムと錯形成する.これによりマグネシウム空気電

池の問題点である表面を不働態である水酸化マグネシウムが覆うという問題を解消

できると考えらえており,また溶液は pH が 7~11 になるよう調製することで,自己

放電を抑制することができる 8).

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4. 器具・試薬

4.1. 使用した器具・試薬

デジタルマルチメーター:sanwa PC7000

直流定電圧・定電流電源:ニッケテクノシステム PR-A

10 ml ホールピペット,100 ml ビーカー,pH メーター,pH 試験紙,電気伝導率

計,試験管,安全ピペッター,12 Ω 抵抗,ワニ口付きコード

4.2. 試薬情報

・塩化ナトリウム 9) sodium chloride

NaCl = 58.44

融点:800 ℃

沸点:1413 ℃

食塩の主成分をなす無色の結晶であり,動物の生命を維持するためには不可欠な物

質.

・塩化カルシウム 10) calcium chloride

CaCl2 = 110.99

融点:774 ℃

沸点:1600 ℃

無色の結晶で,吸湿・潮解性を有するため,乾燥材としてよく用いられている.水

溶液は冷凍機の冷媒としても用いられている.

・塩化アンモニウム 11) ammonium chloride

NH4Cl = 53.49

無色の立方晶系結晶で,α,β,γ の型を有する.α 型が 184.3 ℃で β 型に,β 型が-

30.5 ℃で γ 型へと転移する.苦みを帯びた辛みを有し,わずかに吸湿性を示す.

・クエン酸 12) citric acid

C6H8O7 = 192.13

融点:約 100 ℃

水・エタノールに易溶で,エーテルに可溶.クエン酸サイクルにおける重要な中間

体である.金属イオンと無色の水溶性錯体を形成する.

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・水酸化ナトリウム 13) sodium hydroxide

NaOH = 40.00

融点:328 ℃

沸点:1388 ℃

代表的な強塩基で,常温では無色,斜方晶系の固体.潮解性を有する.通常,二酸

化炭素や水を少量含んでいるため,融点は 318.4 ℃となる.

5. 実験

5.1. 電池の作成

5.1.1. 電池の材料

マグネシウム板(濃度決定時:0.5×40×90 mm,定電流測定時:0.8×35×90),40 メッシュの銅網(40×85 mm,5×80 mm),活性炭3.0 g,コーヒーフィルター(50×100 mm,20×100 mm),フィルムケース

5.1.2. 電池の作成

コーヒーフィルターの中に銅網を入れ,銅網の上に活性炭を均等に敷き詰める.

その後,上からマグネシウム板,コーヒーフィルター,活性炭,銅網となるようにマ

グネシウム板を置き,丸める.

丸めたものをコーヒーフィルターに入れ,フィルムケースとマグネシウム板の間に細

長い銅網を入れる.

Fig.1 マグネシウム空気電池

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5.2. 電解液の選択

研究前半において,塩化物イオンを含む水溶液を電解液として用いた場合,より

高い電圧を示すことが分かった.これを踏まえ,研究後半では,NaCl,CaCl2,

NH4Cl の 3 種の試薬を塩化物イオンを含む電解液として選択した.また,中性領域

において緩衝域をもつ緩衝液として pKa が 6.4 と中性領域に近く,多価カルボン酸

イオンを有するクエン酸緩衝液を用いることにした.

塩化物イオンを含む 3 種の電解液について,それぞれを電解液として用いた電池

を以下の濃度であらかじめ測定した後,その中でより高電圧を示した濃度の溶液を

定電流測定を行う溶液として選択した.

Table.1 各電解液の濃度の決定に用いた電解液の濃度

電解液 NaCl 水溶液 CaCl2水溶液 NH4Cl 水溶液

濃度① 0.5 0.5 0.5

濃度② 1 1 1

濃度③ 2 2 2

濃度④ 3 3 3

濃度⑤ 4 4 4

濃度⑥ 5 5 5

なお,この時に用いた回路は以下のとおりである.

Fig.2 濃度決定の際に用いた回路図

この結果,以下の濃度で定電流測定を行うことにした.なお,クエン酸緩衝液は

pH が 6.4 のものを選択した.

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Table.2 定電流測定における Cl-を含む電解液の濃度

電解液 濃度(mol dm-3)

塩化ナトリウム水溶液 5

塩化カルシウム水溶液 3

塩化アンモニウム水溶液 1

5.3. 測定

測定は 0.1 A 定電流測定を 1 時間行った.測定は各電解液で 3 回行った.また,

回路は以下のものを用いた.

Fig.3 定電流測定における回路

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6. 実験結果

測定結果は以下のようになった.

Fig.4 定電流測定 結果

これから一時間での内容量(J)を求めると以下のようになった.

Fig.5 各電解液の 1 時間における内容量

0

20

40

60

80

100

120

140

160

NaCl CaCl2 NH4Cl クエン酸緩衝液

1時間での内容量

(J)

各電解液

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得られた結果を用いて各電池における理論効率を計算すると以下のようになった.

Table.3 各電解液における理論効率

各電解液 理論効率(%)

塩化ナトリウム水溶液 0.070

塩化カルシウム水溶液 0.058

塩化アンモニウム水溶液 0.099

クエン酸緩衝液 0.036

以上の結果より,マグネシウム空気電池の電解液として最も適していたものは,塩化

アンモニウム水溶液であり,最適濃度は 1 mol dm-3付近であることが分かった.

7. 考察

7.1. 定電流測定について

本研究では時間の都合上 1 時間の測定を 3 回行った.だが,本来であれば定電流

値を低くして 20 時間測定を行うべきである.これは 3.2.で述べたように過電圧によ

り電池の出力が低下するためである.また,測定回数も 3 回ではなく何百回と測定

するべきである.この問題の改善案として,2 C 以上の測定に変更することも考え

たが,2 C 以上の測定では終点が見分けられない点や,抵抗が過剰に発熱してしま

う点,そして電解液によっては有害物質である塩素やアンモニアが多量に発生して

しまう点など新たな問題点が生じた.このため本研究では本来不適切であると考え

られるこの測定方法を採用することにした.

7.2. 測定結果について

最も高電圧を示した電解液は,NH4Cl 水溶液であった.これは,反応の触媒作用を

有する Cl-に加え,以下のように NH4+と水酸化マグネシウムが反応し,表面を水酸化

マグネシウムが覆いにくくなったためであると考えらえる.

2NH4Cl + Mg(OH)2 → MgCl2 + 2NH3 + 2H2O

なお,塩化マグネシウムは水に極めて溶けやすい性質を有しているため,沈殿するこ

とによる活性炭とマグネシウムとの反応を阻害しないと考えられる.これにより,塩

化アンモニウム水溶液を用いることで,マグネシウム空気電池最大の問題である水酸

化マグネシウムによる不働態形成を抑制することが可能であることが分かった.

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7.2.1. 測定結果に対する電気伝導率の影響

測定開始直前の各電解液における電気伝導率は以下のようになった.

Table.4 各電解液における電気伝導率

電解液 電気伝導率(mS cm-1)

NaCl 水溶液 199

CaCl2水溶液 172

NH4Cl 水溶液 102

クエン酸緩衝液 43

この結果,電気伝導率はあまり電池の出力に影響を及ぼさないことが分かった.これ

より,電解液は触媒としての役割を果たしており,触媒として働く塩化物イオンを含

む電解液が適していると考えられる.

7.2.2. クエン酸緩衝液が他の電解液よりも低い性能を示した点について

クエン酸緩衝液は緩衝液であるため,中性領域において正極の反応に必要となる H+

を供給することが可能である.また,多価カルボン酸であるクエン酸イオンはマグネ

シウムと錯形成するため,マグネシウム板表面を不働態が覆いにくくなるという特徴

があるクエン酸緩衝液である 7).だが,fig.4,5 よりクエン酸緩衝液を用いた電池の

出力は他のものと比べて小さかった.これは,クエン酸イオンとマグネシウムが錯形

成することで pH が上昇したことにより,以下のように電解液の pH が他の電解液よ

り高くなってしまったことが原因であると考えられる.

マグネシウム空気電池において塩基性が強くなるほど,マグネシウム板の表面を不

動態である水酸化マグネシウムが覆いやすくなるため,電気を通しにくくなるため,

クエン酸緩衝液を用いた電池は他のものに劣ったと考えられる.

Table.5 測定開始前と終了時における電解液の pH

電解液 測定前の pH 測定後の pH

NaCl 水溶液 6~7 9~10

CaCl2水溶液 6~7 9~10

NH4Cl 水溶液 6~7 9~10

クエン酸緩衝液 6~7 12~14

なお,pH の測定は,pH 試験紙を用いた.

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7.2.3. 電池の電圧について

いずれの電池においても電圧が理論電圧より低くなった.これは電池の作成時に

おける操作の問題のほかに,抵抗分極,拡散分極に由来するものであると考えられ

る.また,反応が進むにつれて電池が熱を発していたので,発熱によりエネルギー

が損失したと考えられる.

7.2.4. 理論効率について

いずれの電解液においても,理論効率は著しく低い結果となった.これは負極の

マグネシウムがすべて反応しなかったためであると考えられる.また,7.2.3.にお

いて述べた通り,さまざまな電池の出力の損失も原因だと考えられる.

7.3. マグネシウム空気電池における適切な電解液について

測定結果より,マグネシウム空気電池において適切だと考えられる電解液は,塩

化物イオンを含むものであることが分かった.これは塩化物イオンが触媒として働

くためであるが,その量に比例しないことが塩化ナトリウム水溶液と塩化カルシウ

ム水溶液との比較によって分かる.これより,以下の特長を持つ電解液がマグネシ

ウム空気電池に適していると考えられる.

・塩化物イオンを含んでいる,

・水酸化マグネシウムの生成を抑制する

・溶液が中性である

8. 結論

本研究により,マグネシウム空気電池の電解液としてよく知られている塩化ナトリ

ウム水溶液より,塩化アンモニウム水溶液を用いた電池の方が高い出力性能を有する

ことが分かった.

9. 今後の課題

本研究では,時間の都合上,4 種類の電解液でのみ比較を行ったが,今後はより電

解液の種類を増やして実験を行いたいと考えている.また,本研究では時間の都合

上,1 時間での定電流測定を行った.今後はより過電圧が少なくなるよう,定電流値

を低くし,20 時間での測定を行いたい.さらに,今回作成した電池の正極部分をカー

ボンペーパーに変えた電池との比較を行いたいと考えている.

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参考文献

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09-15

2) 安田 剛・山崎 鉄平・高田 耕児・石黒 智明・高辻 則夫,V.マグネシウム燃料電池

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URL:http://www.tonio.or.jp/koryu/ronbunsyu-27/H25-045.pdf,2016/02/27 取得

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年,p1370

10) 『化学大辞典』,p313

11) 『化学大辞典』,p310

12) 『化学大辞典』,p614

13) 『化学大辞典』,p1171,1172

謝辞

この研究を進めるに至り,様々なアドバイスをいただいた春木達郎先輩と三年生の山本涼

輔先輩に深く感謝をいたします.