4 拡大生産者責任(epr)をめぐる議論と現状...49 4...

34
49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義 「拡大された生産者責任」 (EPR: Extended Producer Responsibility)1990 年代初めにス ウェーデン・ランド大学 トーマス リンドクビスト(Thomas Lindhqvist)教授(環境経 済学)によって初めて提唱された。 リンドクビストは EPR を製品ライフサイクルのすべてにわたる環境負荷、特に製品の引 取及びリサイクルと処分に対して焦点を当てた生産者責任の拡大であると定義した。 リンドクビストは 1993 3 月マサチューセッツ工科大学における講演会で EPR につい て以下のような定義を示している。 「拡大された生産者責任」(EPR: Extended Producer Responsibility)とは、製造者に製品 に関わるすべてのライフサイクルに対する責任、取り分け製品の引取・リサイクル・最終 処分の段階に対する責任を課すことにより、製品によって生じる総合的な環境負荷の低減 を目指す環境保全における戦略である。 EPR は管理的・経済的・情報的な方法により実施される。これらの方法は EPR の価値 ある形態を構成する要素である。 実際に EPR は多くの場合、製品の「使用済後の」生産者責任を言い表わすために使われ てきた。 したがって、 EPR は従来、自治体が処理責任を負ってきた家庭系廃棄物の一部(使 用済製品廃棄物)に関して収集・処理・処分の責任を、民間企業に移すことを意味する。 民間企業は EPR を実行するために製品価格に製品のリサイクル及び処分のためのコスト を上乗せしたり、使用済み製品を引き取る際に費用の全部または一部を消費者から受け取 ることによって原資を確保し、使用済製品のリサイクル及び処分を実施する。 リンドクビストは同講演会で、EPR は使用済製品の環境負荷に対する責任をすべて製造 者に課すわけではないが、根本的な責任について製造者に課すとしていることの理由は、 唯一製品の設計を変更して製品の環境負荷を低減することができる立場に置かれているの が製造者であるからだと述べている。 リンドクビストは EPR を構成する責任に関して次のような整理を行っている [EPR の構成要素] ●義務的責任(Liability) :法令により定められたことの遵守により製品の環境負荷に対する 責任を履行すること ●経済的責任(Economic responsibility) :製造した製品の使用済み段階に生じる費用の全部 乃至一部を負担すること ●物理的責任(Physical responsibility):使用済製品の引取・リサイクルのトータルシステ

Upload: others

Post on 28-Feb-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

49

4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義 「拡大された生産者責任」(EPR: Extended Producer Responsibility)は 1990年代初めにスウェーデン・ランド大学 トーマス リンドクビスト(Thomas Lindhqvist)教授(環境経済学)によって初めて提唱された。 リンドクビストは EPRを製品ライフサイクルのすべてにわたる環境負荷、特に製品の引取及びリサイクルと処分に対して焦点を当てた生産者責任の拡大であると定義した。 リンドクビストは 1993年 3月マサチューセッツ工科大学における講演会で EPRについて以下のような定義を示している。 「拡大された生産者責任」(EPR: Extended Producer Responsibility)とは、製造者に製品に関わるすべてのライフサイクルに対する責任、取り分け製品の引取・リサイクル・最終

処分の段階に対する責任を課すことにより、製品によって生じる総合的な環境負荷の低減

を目指す環境保全における戦略である。 EPR は管理的・経済的・情報的な方法により実施される。これらの方法は EPR の価値ある形態を構成する要素である。 実際に EPRは多くの場合、製品の「使用済後の」生産者責任を言い表わすために使われてきた。 したがって、EPRは従来、自治体が処理責任を負ってきた家庭系廃棄物の一部(使用済製品廃棄物)に関して収集・処理・処分の責任を、民間企業に移すことを意味する。 民間企業はEPRを実行するために製品価格に製品のリサイクル及び処分のためのコストを上乗せしたり、使用済み製品を引き取る際に費用の全部または一部を消費者から受け取

ることによって原資を確保し、使用済製品のリサイクル及び処分を実施する。 リンドクビストは同講演会で、EPR は使用済製品の環境負荷に対する責任をすべて製造者に課すわけではないが、根本的な責任について製造者に課すとしていることの理由は、

唯一製品の設計を変更して製品の環境負荷を低減することができる立場に置かれているの

が製造者であるからだと述べている。 リンドクビストは EPRを構成する責任に関して次のような整理を行っている [EPRの構成要素] ●義務的責任(Liability):法令により定められたことの遵守により製品の環境負荷に対する責任を履行すること ●経済的責任(Economic responsibility):製造した製品の使用済み段階に生じる費用の全部乃至一部を負担すること ●物理的責任(Physical responsibility):使用済製品の引取・リサイクルのトータルシステ

Page 2: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

50

ムの提供、リサイクル施設や技術の供与等、使用済製品に関わる物理的なオペレーション

に関する責任の履行。 ●所有権をベースにした責任(Ownership):デポジットシステムやレンタル・リース等製品に対する所有権を維持した状態で顧客に製品機能を提供し、使用済段階で引取・リサイク

ル・処分を製造・流通側が行う場合。 ●情報的責任(Informative responsibility):製品の構造、含まれる物質等に関する情報の開示、提供などを行う製造者責任の履行。 以上の構成要素を図示したものを下図に示す。 4-2 世界初の EPR 政策-ドイツ包装政令 世界で初めて EPR が具体化されたのは 1991年のドイツの包装政令である。それは包装廃棄物を管理する責任が生産者にあるとし、包装廃棄物の収集・処理・処分費用に公的資

金を適用しないことを明らかにした。収集・分別・リサイクルについての費用を行政(市

町村)から民間の産業へ移すことにおいて、この革命的な政策は今日に至るまで世界中に

大きな論争の波紋を広げている。 このように産業界による EPRに基づく引取・リサイクル費用の支払及びリサイクルシステムの運営は容器・包装の分野に適用された。これについてドイツ連邦政府は家庭系廃棄

物に占める構成比が最も大きいのが容器・包装であったからだと説明した。 包装政令施行当時のドイツ連邦政府において、EPR の適用は最初に容器包装に対して行

義務的責任

所 有 権 経済的責任 物理的責任

情報的責任

図 4-1-1 拡大生産者責任(EPR)のタイプ分類モデル

(Thomas Lindhqvist 1993)

Page 3: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

51

ったが、それは容器包装のみを標的にしたものではなく、広く「使用済み製品」に適用す

る概念としてすでに考えていた。したがって、ドイツ連邦政府は、EPR を使用済み自動車や使用済み電気・電子機器(コンピュータ、テレビ、家電製品等)等他の使用済み製品品

目にも適用する考えがあることを表明した。 このドイツの包装政令の施行を見るまでは、製品価格に使用済み製品のリサイクルコス

トを取り入れる概念は存在しなかった。 EPR のドイツでの適用は現在、国連環境プログラム(UNEP)の議長を務めるクラウス・テプファー(包装政令制定当時ドイツ国環境大臣)によるものであった。テプファーによればEPR を促進した最も大きな要因は埋立て地不足の顕在化であったという。それに対応すべく廃棄物減量やリサイクルの促進は急を要する問題であったと回顧する。 しかしながら、テプファーが EPRを適用した本来の目的は、単に生産における原材料の消費量と使用済み製品の廃棄物量を減らすこともそうであったが、それよりもむしろ、EPR導入により製品の設計方法がよりリサイクル・リユースされやすく変更されることにより、

物質循環的持続可能性モデルに近付く効力が提供されると考えたところにあった。 テプファーは生産者に廃棄物管理コストを要求することは、廃棄物処理における不経済

性を減らし、一方でより経済的にリサイクルしやすい製品を作るインセンティブを与える

であろうと考えた。 処分からリサイクルに転換することは EPR が生み出す物質循環効果であるのと同時に、生産におけるエネルギー消費とバージン原料の抽出による環境負荷を

低減する可能性も十分に見込めるとテプファーは考えた。テプファーはまた、 EPR が新しいリサイクル技術の開発を刺激して、環境技術の主要な輸出国としてのドイツの競争的

な地位を高めるであろうと主張した。 ドイツの包装政令では容器・包装にデポジットや小売業者自身による引取を含むリサイ

クルシステムの独自の構築および実施に成功すればリサイクル費用の支払いを免除する制

度を設けている。このようなシステムは、種々の容器・包装材料ごとに 64~72パーセントに設定されており、政府によって指定されたリサイクルの目標値を達成し、なおかつ飲料

容器ではリターナブルびん使用率が 72 パーセント以上(牛乳容器については 17 パーセント以上)残存していることを保証しなければならないとしている。 産業界は現在デュアルシステムドイチランド社(DSD)またはグリーンドットシステムとして知られる容器・包装の引取・リサイクルのための企業を設立して包装政令に対応し

た。そしてこのシステムでは料金を支払うことでグリーンのドットを使用するライセンス

が得られる。グリーンドットが付いている容器・包装は、 DSD によって収集・分別されて、リサイクル業者に運ばれる。 料金は材料と容器・包装の重量に基づき決定され、中味メーカー及び輸入業者(通常製品ブランドネームの所有者)が支払う。 このシステムの発足により家庭から排出されるごみには2種類のコンテナー が用意される。 自治体の定期収集ごみ用のコンテナーと DSD が使用済み容器・包装を収集するためのコンテナーである。

Page 4: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

52

4-3 ドイツ・包装政令実施による成果 包装政令の実施によりドイツで年々増加してきた容器・包装消費量の長期的傾向に歯止

めがかかり減少に転じた。1991 年から 1995 年にかけて、百万トン単位の容器・包装消費量が減少した。 これは容器・包装の減量化、不要な容器・包装の削減(はみがきチューブの外箱等)、再

充填可能容器の使用、内容物の濃縮化などにより得られた結果である。リサイクル困難な

複合材容器やプラスチック容器(特に PVC)から紙容器等の経済的にリサイクル可能な材料への移行も進んだ。 DSD が 1996年の発表によればグリーンドットの付いた容器・包装使用量は国民一人当り重量で 1991年から 1995年にかけて 14%削減され、ドイツにおける容器・包装の全体量で見ても 7%削減されたと報告している。 なお、他国の比較可能なデータを引用すると、米国・EPAのデータによる同期間の米国における容器・包装使用量は国民一人当り重量

で 13%増加している。 また、DSD のアニュアルレポートでは容器・包装ングのリサイクル率が 1993年には 52%であったのが 1997 年には 85.8%にまで増加したと報告されている。 特にプラスチック容器において 1996年に前年実績対比で大きくリサイクル率を伸ばし 68%台に乗せる、最新データの 1997年では 68.9%としている。 このプラスチックのおよそ半分が「フィードストックリサイクル」によって処理されて

いる。それはスチール生産技術における還元剤利用、オイルに代わる熱源利用などである。 プラスチック容器・包装に対してドイツ連邦政府が義務づけしているメカニカルリサイク

ル率(マテリアルリサイクル)は 36%である。 テプファーが予測したように、包装政令は赤外線やレーザー光線による素材選別技術等

のハイテクシステムを含むリサイクル技術および選別技術の発展を促進した。 ドイツは日本ですでにそれらの新技術のいくつかをライセンス登録している。そしてヨーロッパやア

ジア、特に巨大な中国のマーケットに向けての輸出の大幅な増加が期待されている。 環境技術の分野におけるドイツの輸出額は、人口と経済規模が3倍の米国よりほんのわ

ずか少ない程度である。 ドイツは環境技術の需要が、 EPR が全世界に広がるに連れ、顕著に伸びるものと見込んでビジネスチャンスを生かそうと考えている。 グリーンドットシステムはリサイクルの増加という環境への利益をもたらした。しかし

それにかかるコストはこのシステムを利用する民間企業から高すぎるとの批判が現在も続

いている。 1998年には、このシステムに費やされたコストは収集された容器・包装の約 545万トンに対し 41億 6654万ドイツマルク(約 2,417億円)であった。これは1トン当りのリサイクルコストは 765ドイツマルク(約 44,368円)である。また、DSD運営のために国民(人口約 8,000万人)が負担する金額は全国民平均で年間一人当り約 52ドイツマルク(約 3,000

Page 5: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

53

円)になる。4人の普通家族で年間 208ドイツマルク(約 12,000円)の負担となる。 なお、こうした DSDへの企業負担(最終的には国民負担)が公的機関(自治体)における廃棄物処理コストを低減させ、税金面で国民の負担を軽減していると言う評価は現れて

いない(むしろ、どちらも値上がりして国民は二重苦を強いられているとするいくつかの

報告がある)。これに対するドイツ政府のコメントは、廃棄物処理費用が包装政令実施以後、

一貫して上昇しており過去の費用データとの比較は全く不可能であり、実際の自治体にお

ける廃棄物処理の負荷は軽減されていると考えられ、非常に長期に見ればトータルでの国

民負担は軽減されると考えられる、としている。 また、プラスチック容器のリサイクルには、ドイツ連邦政府からの助成金が DSD に対して約 13パーセント支払われている。 なお、プラスチックリサイクルに関して、一定量のプラスチックの容器・包装からエネ

ルギー再生を認めるに新包装政令(1998年 6月)は経済コストの面での改善策になるのかまだ明確な評価はなされていない。一方で市民団体からは環境負荷を増加させるとの批判

が現在もなされている。 4-4 ドイツにおける EPR をめぐる論争 ドイツの包装政令は発足当初から産業界や市民団体からの様々な批判の的となった。 飲料メーカーが主体となり設立された環境問題の NPO である欧州リカバリーリサイクリング協会(ERRA :産業界による環境 NPO)は容器・包装のような「短命の消費財」に対する EPR の適用に強く反対した。 ERRA は EPR を容器・包装に適用することは処理コストが高くつき、明確な環境利益を生み出すことなく廃棄物処理産業に官僚制を持ち込

み、異なる製品のための個別システムの構築と運営を行うことにより非効率な断片的廃棄

物収集をもたらすと主張した。 ERRAは生産者ではなく、廃棄物の排出者、すなわち消費者が容器・包装の廃棄物管理費用を払うべきであると強く主張した。 また、ドイツの環境保護団体は産業界が行うリサイクル事業に不信感を示しグリーンド

ットシステムに対して否定的であった。 ドイツの環境 NGO は、飲料についてリターナブル容器使用の推進において強く政府に働きかけた。これによりドイツの包装政令では改正

後もリターナブル容器に関する一定以上の使用率を義務化すべきとする要求が盛り込まれ

ている。 また、他国にもドイツのグリーンドットシステムの影響が及んだ。ドイツの包装廃棄物

がフランス等の他国の埋立地に廃棄されたり、それら国々におけるリサイクル素材のマー

ケットにも悪影響を及ぼしたという苦情が出された。また、リターナブル容器に関するド

イツの要求項目が保護貿易主義的であり、グリーンのドットシステムそれ自体が自由貿易

の障壁になるとの理由から、正式の提訴が欧州連合(EU)に対してなされた。 隣国への容器包装廃棄物の越境移動問題はドイツにおけるリサイクル能力の顕著な伸長

によりほぼ問題を解決したが、貿易障壁に関する問題は現在も未解決であり、EUはドイツ

Page 6: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

54

に対して強硬な法的措置を取る可能性が残されている。 4-5 EPR の実施状況 これまでEPRを導入してきた国ではほとんどの場合、最初に容器・包装に適用してきた。 しかしながら、EPR の適用が検討されたりすでに適用されているのは容器包装に限らない。現在、EPR の適用または検討がなされている主な3つの製品品目に関し概観する。 4-5-1 容器・包装分野 容器・包装分野に対する EPRの適用がヨーロッパで広がり始めた時、EUはメンバー国における政策を調和させるため、1994年に容器・包装指令を公布した。 この指令は EPR の概念を取り入れ、すべての素材についてリサイクル率を下限 15%とし目標のリサイクル率をそれぞれの素材毎に 25~45%の範囲で設定した。 結果として、政策が異なった国で異なった方式をとるにせよ、15 の全メンバー国でこの指令に関する EPR システムを有する準拠法を最終的に容器・包装に対し適用することになる。 従って多くの EUメンバー国ではすでに容器政令が施行されており、まだ実施していない一部のメンバー国でも政令の策定段階にある。 東ヨーロッパ圏では、ポーランド、ハンガリー、チェコ共和国等が容器包装に対する EPR をすでに実施している。またアジアでは日本、韓国、台湾で実施されている。 責任範囲は様々であるが、現在 30 前後の国々で容器・包装のリサイクルに関する EPR法令がすでに制定・実施されている。 容器・包装に対する EPR実施のスキームはおもに以下の項目で相違が見られる。 使用済容器包装に対する EPR実施スキームの主な相違点 1)政府と産業界の間での責任の配分 2)義務化されたリサイクル率のレベル 3)義務化されたリサイクル率を達成するための期限 4)何をリサイクルとして認めるか 5)どの素材の容器・包装を対象とするか 6)使用済み容器包装の収集方法 7)デポジットシステムの採用 8)第三者組織を通しての実施 本報告書ではこれらの問題について後のおもな政策課題に関するセクションで述べる。 4-5-2 電気・電子機器分野 使用済電気・電子機器は、容器包装に次いで EPRの適用対象として活発に検討が進めら

Page 7: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

55

れている製品品目である。ヨーロッパにおけるこれまでの EPR政策の発展はすでに容器・包装に適用された EPR法令をベースに他の品目に拡大する方法が採られてきた。そのような方法で多くの欧州諸国が電気・電子機器に対する EPRの適用を図ってきた。 現在 EU が EU 圏域における各国の政策を調和させる目的で使用済み電気電子機器指令の策定作業を進行させている。この動向を見ながら使用済み電気・電子機器に対する EPR 法令がすでにスイス、オランダ、イタリア、ノルウェーで制定されている。また、その他

の EU諸国においても EPR法令の制定がまもなくなされる見込みのある国が数多くある。 EUは 1998年 4月に 使用済電気・電子機器 にその指令の第一草案を発表した。指令案では、家電、通信・情報機器、電灯、時計、玩具、電気カミソリ等広範な電気・電子製品

を対象としており、その点が産業界との論争の的になっている。 製造業者と輸入業者はこれらの製品の引取、リユース、リサイクル、リサイクル目標(例:

大型家電では 80~90%を収集しその重量の 70~90%をリサイクルしなければならない等)にわたる条件を満足させる責任が課される。現在の指令案では引取コストは新製品価格に

内部化され、引取時無料となる可能性が強い。また、これも論争の的のひとつだが、燃焼

によるエネルギー回収がリサイクル目標にカウントされない可能性が高い。また、草案に

よれば電気・電子機器製品に使用される鉛等の重金属が段階的に使用禁止されることが要

求される。 しかしながら、EUの各メンバー国における使用済電気・電子機器に対する EPR の適用は現指令案に示される程に厳しい内容を望んでいない可能性が高いものと見る向きもある。 スイスは 1998 年に使用済み電気・電子機器全般(100 グラム以上の電気製品すべて)にEPR を適用した。但し、スイスではリサイクル目標値は設定されておらず、電気・電子機器メーカー及び輸入者には「環境に配慮した方法」で素材を処理するように要求される。 環境に配慮した方法に関する内容は主に以下のようである。 1)リサイクルできない使用済み電気製品は適正処分されねばならない。 2)有害物質(カドミウム、PCB、水銀等)を含む部品(電池含む)は分別されて適正処理可能な施設で処理されねばならない。 3)重金属を含む製品は、分別し専門の工場に持ち込み処理されねばならない。 4)有価に販売可能な部品は取り外されリサイクルのために販売することが許される。 5)経済価値のない有機ごみを焼却する場合定められた規定に基づき焼却しなければならない。 オランダでは、1999 年1月から使用済電気・電子機器に対する EPR を実施している。これにより、家電、コンピュータ、通信機器が生産者による引取対象となった。また、小

型電気製品が 2000年1月から引取対象になる。末端消費者に対する料金徴収はなく、新製品にリサイクルシステムの費用が上乗せされることになる。

Page 8: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

56

生産者は使用済み製品の無償引取及び適正処理とそれを保証する義務を負う。 生産者は自社における義務履行の方法をオランダ環境省に届け出なければならず、また

それに関する詳細な実施状況を毎年環境省大臣に報告しなければならない。報告すべき項

目は主に以下のようである。 1) オランダ国内市場に出荷した製品の数量 2) 使用済製品の店舗及び地方自治体からの引き取り方法 3) 使用済製品の具体的なリサイクル方法 4) リサイクルされない残りの部分の処分方法 5) オランダ国内で製品の販売を中止した場合の製品引取を保証する方策 6) 使用済み製品のリサイクルと処分に関する収支報告書 7) 監査方法と監査結果

イタリアでは、1997 年 11 月から産業界による自主的な使用済冷蔵庫の引取プログラムが開始された。 政府は国内の収集センターの設立に資金を提供している、そして生産者はリサイクルと処分のコストに対して責任をもつ。 1996 年 12 月に EU 指令

(91/156/EEC,91/689/EEC,94/62/EC)に準拠した廃棄物管理法の制定を行ったが、この法令において、産業界に冷蔵庫に加え使用済の洗濯機、テレビ、コンピュータの引取リサイク

ルシステムを構築・運営するよう要求している。 ノルウェーでは 1999年 7月に発効された使用済電気製品に係るリサイクル法により、産業界は広範囲の電気製品を対象に引取・リサイクルを行わなければならない。また、この

法令では 1999 年 7 月から 5 年以内に 80%の回収率を要求する。しかしリサイクルの具体的な方法・目標は設定されおらず「環境に安全な処分」が求められるとしている。 以上の国以外にもオーストリア、スウェーデンにおいても使用済み電気・電子機器に対

する EPR法が実施されている。 使用済電気・電子機器分野への EPR の適用が容器・包装引取に関する対応とは異なる問題を生じている。それらのいくつかを以下に示す。 ①リサイクルコストを新製品の販売価格に内部化することに関する議論 リサイクルコストを製品価格に内部化すべきとする考え方の背景には「汚染者負担原則」

から導かれたところの「拡大された生産者責任」に係る戦略的な思想がある。とりわけ「汚染

者=生産者」の考えが出てきた背景には以下のような考え方がある。 使用済製品廃棄物に汚染者負担原則を適用させる場合、だれを汚染者として特定するか

の議論があった。そこで考えられた汚染者として特定可能な対象にはユーザー(排出者)

とメーカー(発生者)を挙げることができると考えられる。そして、汚染者負担の原則が

Page 9: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

57

最も目的とするのが「廃棄物の回避」であるとした場合、どちらを汚染者として特定する

のが目的合理性のもとで有効かが議論された。その結果、汚染者をメーカーにした方が、

廃棄物回避の目的に対して的確な実効策の遂行が成し得るものと考えられた。

その理由として挙げられたものを整理すると以下の3点に集約されるであろう。

a)製品の環境コストが製品価格に内部化されれば、生産者は経済競争の理由からそのコ

ストの低減に最大限チャレンジする。また、それは同時に環境コストの低減が競争上の優

位という利益をもたらすインセンティブとして機能することになる。

b)製品による環境負荷の低減を実行可能な主体はそれを開発・設計する製造者のみであ

る。

c)リサイクル社会の構築という観点から、現在最も脆弱な物質循環の輪の部分は製品の

使用済みから生産の入り口に戻すところである。この輪の部分をつなげるのに最も適任な

主体もまた製造者である。

しかしながら、このような一見合理的とも思える考え方も、電気・電子機器産業からす

れば容器包装のような短命な製品廃棄物と異なり、長寿命の電気・電子製品では排出時点

にどのような環境要件が課せられるかわからない現実的状況において適用不可能であると

する産業界の根強い反対意見がある。それらを整理したのが次頁の表である。

②製品世代に関する議論

製造業者はかなり以前に製造されたリサイクルに未だ適合した設計がなされていない製

品の引き取りについて非常に強い抵抗を示している。この問題はリサイクル政令の施行以

後販売された製品については引取義務の履行を保証するがそれ以前に販売された製品の引

取は認めないという主張となって現れる。

③生産者責任の限界に関する議論

電気・電子機器が長寿命製品であるため、生産者が倒産などでこの世から消滅した場合、

販売後十年以上経過して廃棄される電気製品のなかには、生産者の寿命よりも長生きして

「孤児」製品となる物が出てくる可能性も十分考えられ、そうした使用済み製品の責任の

割り当てまで生産者は責任が負えず、この意味においても EPR はシステムとして欠陥を抱

えているとする指摘がなされている。

Page 10: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

58

政府側意見 産業界側意見

製品価格内部化

排出時消費者負担

1.製品の設計・内容を変更できる生産

者に廃棄物発生回避のインセンティ

ブを与える最も適した方法

2.販売価格にリサイクルコストを含め

るほうが消費者の厳しい目にさらさ

れリサイクルコストの削減に最も圧

力が掛かる

3.拡大生産者責任の適用において不可

欠な選択

4.不法投棄の防止

5.万一、生産者がリサイクル責任を取

れない自体に陥った場合は税金を投

入する方針である(独) 等

1.排出時負担だと不法投棄が増える

2.リサイクルしやすい製品作りに対す

る生産者へのインセンティブ効果が

弱い

⇒廃棄物回避の効果が弱い

3.使用済み製品が費用支払なしで生産

者に戻るシステムでなければ循環型

社会にはならない

4.廃棄時のリサイクルコストは予測が

困難でも不可能ではない 等

1. 商品価格が実質費用以上にかかる(末端価格

はメーカー出荷額に対して流通業のマージ

ンが一定比率で加算される)

⇒販売額が必要以上に値上し、経済に悪影響

2. 排出時でのリサイクルコストがどれくらい

かかるかが販売時点では予測できず、過不

足分の清算ができない方法である。

3. 価格内部化がなされていない近隣国での購

入が増え、自国での購入量が落ちる

4. 企業経営の安定は保証されていないのでリ

サイクル責任は保証できない

5. 預り金に通常の利益と同じ税金がかかるた

め、内部留保は不可能

⇒消費者負担を増加させる要因 等

1. 排出時点の処理・リサイクルの水準に見合

った費用の徴収が可能である。

2. リサイクル・処分の費用が排出時の時価で

徴収できる

3. 排出時に有料引取にした方が修理による製

品のロングライフ化が期待できる

⇒排出抑制につながる 等

表 4-5-2-1使用済み製品のリサイクルコストの徴収方法に関する議論のポイント

Page 11: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

59

4-5-3 自動車分野

自動車は、容器・包装や電気・電子機器等と比較にならない程多くの資源を使用してい

るが、一方で先進諸国において最もリサイクルされてきた使用済製品である。なぜなら、 自

動車全体の鉄部及び金属部は重量で約75パーセントであり、それらは多くの先進諸国で

リサイクルされてきた実績がある。

したがって、その程度のリサイクルが実施されている自動車に対してさらに EPR を適用

させる狙いは残りの25パーセントの部分のリサイクルおよび適正処理に向けられている。

即ち、プラスチック、布地、廃油、液体、重金属(鉛、カドミウム)、PCB 等の有害物質に

汚染される可能性もあるシュレッダーダスト等である。OECD 諸国のなかには、廃車シュレ

ッダーダスト等の廃棄物を有害廃棄物に指定している国もある。

自動車適用する EPR のもうひとつの狙いには路上や空き地に不法投棄される自動車(放

置自動車)を減らすことがある。

使用済み自動車に対する EPR 法の検討は EU においてもなされており、1997 年に発表され

た第一次 EU 使用済自動車(ELV: End of Life Vehicles)指令案以来策定に向け委員会及び

事務局が積極的に取り組んできたが、産業界及び環境 NGO による激しいロビー活動の波を

受けて未だ、ELV 指令はまだ策定段階にある。

最新の草案は生産者が使用済み自動車の無料引取を保証するものとしており、2005 年及

び 2015 年以降に販売した自動車に対して、それぞれ、80 パーセント、85 パーセントのリ

サイクル率を義務付けするというものである。

また、エネルギー回収を含む目標再生率を 2005 年以前に販売された自動車については85%、2005 年以降に販売された自動車または 2015 年以降に廃車された自動車については95%としている。 なお、ユーザーは廃車時の処分費用を支払わなくてもよいように、自動車所有者を認定のリサイクル施設に持ち込み、「登録抹消証明書」を取得する必要がある。 自動車に対する(自主的な目標実施を含む) EPR 政策を実施している国のなかには EUが現在検討中の指令案と同様の再生目標率を掲げている国がすでにある。 フランスとドイツの両国はすでに産業界との ELV 引取に関する公約を取り付けており、ドイツでは1998年に自動車政令及び自主規制が議会を通過した(ドイツの自動車自主

規制及び政令の実施状況に関しては「耐久財における EPR実施上の問題点」で詳しく触れる)。 スウェーデンでは、放置自動車による廃棄物の散乱問題に焦点をあてて成立した 1975年の自動車スクラップ法を補う形で EPR 適用の新たな法律が 1996 年に議会を通過している。 これらに共通のリサイクル目標値は、2015 年までに 95%を再生処理すものとしており、言いかえると 2015年には ELV の5パーセントのみが埋立処分されることを意味している。

Page 12: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

60

ドイツの自動車メーカーでは、1990 年代初頭から EPR 到来に備えて、自動車のデザインを解体・リサイクルしやすいように設計変更してきた。こうした取組にはリサイクル素

材の優先的な使用、プラスチック種類の削減、プラスチック種別のマーク表示、素材が汚

れることなくリサイクルされるための液体の抜き取り処理、そして解体を容易にするファ

スナーの採用等がある。 なお、ドイツの使用済み自動車に関する自主規制及び政令の実施状況に関しては後の「耐

久型製品に対する EPRの適用の問題」で詳しく述べる 自動車に関しては行政・産業界とも EPR に関して消極的な米国においても、自動車工業界が中心となり、リサイクルしやすい新たな自動車設計案等の検討がなされている。 例えば、クライスラー、フォードとゼネラル・モーターズによる自主的な自動車リサイクル同

盟(Vehicle Recycling Partnership)は廃自動車のリサイクル容易にするデザインの変更及び実際の自動車リサイクルに関する研究を進めている。 スウェーデン工業技術協会(The Association of Swedish Engineering Industries)のエリック・ライデン(Erik Ryden)氏が使用済自動車に対する EPRの適用事例を類型化し整理している。 ライデン氏によれば、使用済自動車に対して EPR を適用する目的は以下の 3 つがあり、どの目的遂行を主な狙いにするかによって採用される EPR手法が異なるとしている。 また、欧州諸国ですでに採用されている使用済自動車に対する EPR手法の分類を行っており、それを表にまとめたのが次の表である。

【使用済自動車に対する EPR適用の目的】 ①不法投棄の防止(littering):自然環境等に使用済み自動車の放置・不法投棄を防止する。 ②環境適合型処理の推進(scrap handling):使用済み自動車の資源の有効活用、環境に適合した処理・処分の推進を目指す。 ③スクラップ素材の品質向上(scrapping adaptation):スクラップされた使用済み自動車を再度製造現場で品質の良い素材として使用することを可能とする。

Page 13: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

61

プレミアム方式 スウェーデン 自動車所有者が使用済み自動車を認定された自動車処理

施設に持ち込むと報奨金が与えられる。

受渡義務方式 スウェーデン 法令により、自動車所有者は使用済自動車を認定された

EU、ドイツ 自動車処理施設に受渡することが義務付けられる。

認 定 方 式 スウェーデン 使用済自動車の処理施設に対する要求水準を明確にし

EU、ドイツ それに適合した施設に認定を与え、全体の EPR システム

オランダ の一部として組み込む。

リサイクル証明方式 スウェーデン 使用済自動車の適正な処理の保証を証明する書類が発行さ

EU、ドイツ れ、その証明をもって廃車手続きが完了する。

無償引取方式 ドイツ 最終の自動車所有者に対して廃車時の経済コストを負担

オランダ させず、最終所有者以外の者が処理コストを賄う。

全面的生産者責任 ドイツ 生産者が最終所有者に経済コストの負担をかけず、使用済

方式 自動車の処理に関する物理的・経済的な責任を負う。

個別報告方式 ドイツ 生産者は個別に自社が生産した使用済自動車の処理・処分

台数を報告し、なおかつ再使用・再生利用した量を報告

する。

再生目標の設定 EU、ドイツ 使用済自動車の処理業者も含め、関係主体に使用済自動車

の目標再生率を設定する。

スクラップ価格の オランダ 自動車の処理価格は新車登録時に確保され、スクラップ価

差別化方式 格の支払はスクラップ材の品質によって決定される。

補助金方式 オランダ 認定された自動車処理業者は、再生処理の困難な部品や素

材について補助金の受取を申請できる。

スクラップ素材の品質向上

環境適合処理の推進

不法投棄の防止

採用方式 採用国 具 体 的 措 置

表 4-5-3-1 使用済み自動車に対する EPR の手法と主な実施目的

(Erik Ryden, CAR SCRAP-THROW IT AWAY? OR MAKE IT PAY? 1998 本文より JPC 喜多川が作表)

○ ○

Page 14: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

62

4-6 米国における EPR 米国は主要産業国のなかで、国家レベルで EPR を適用する法律あるいは政策の策定を行っておらず、OECDの EPR普及策に協力的ない国である。 1992 年に連邦議会に提出された資源保護・再生法(the Resource Conservation and Recovery Act : RCRA ) 改正案では容器・包装に適用する EPR の実施が盛り込まれたが、この法案は議会の反対により通過せず、この法案の不成立によって米国での EPR の立法化は近い将来においては見込みにくい状況と観測されている。 米国での EPR に関する国家レベルでの政策論議は「持続可能な発展に関する大統領評議会」(PCSD: the President's Council on Sustainable Development)でなされてきた。 1996 年に、この多くの利害関係者によるグループは報告書、「持続可能なアメリカ」(Sustainable America)のなかで「全米の環境、経済及び社会の目標を達成する政策」を勧告した。そのなかに EPR の検討が含まれていたが、その名称は「拡大された生産物責任」(Extended Product Responsibility)に変更されている。 PCSDでのこの「生産物」責任に関する概念定義は、以下の点で「生産者」責任と異なる。 ①責任範囲は製品の全ライフサイクルにわたる環境負荷とし、特別に使用済段階に焦点を

絞らない。 ②責任は製品のライフサイクルに係る消費者、行政およびすべての産業界によって共有さ

れる。即ち、製造業者あるいは小売業者のような特定の「生産者」へ向けられることはな

い。 ③責任は必ずしも物理的あるいは経済的なものに限定されない。例えば、それは消費者に

対する環境教育の提供である可能性もある。 ④強制的な責任ではなく自主的な責任を基本とする。 明らかに、「生産物責任」は「生産者責任」よりかなり広義の概念である。 広範囲の環境負荷を対象とし責任付けを複数の主体に共有させる政策手法は、EPR 導入の目的を不明確にし、問題視されている製品の使用済段階に対し産業界を巻き込んだ形で

解決していく可能性を損なう危険性があるとの指摘が、環境 NGOなどによりなされている。 米国には連邦レベルで法制化された EPR 政策はないが、唯一全米規模で実施されている自主的なEPR事例が電池工業会により実施されている使用済ニカド電池引取プログラムである。 米国の電池製造業は、8州がニカド電池に対する生産者責任(引取・処理責任)を義務

化しする動向を受けて、一貫性のない州法が制定されてそれらに従わなければならないの

を事前に避けてべくこのプログラムの開始に踏み切った。 1995年に、電池工業会はニカド蓄電池の収集とリサイクルを管理するために非営利組織 RBRC(Rechargeable Battery

Page 15: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

63

Recycling Corporation)を設立した。 RBRCは 2001年までに使用済ニカド電池の 70%をリサイクルすることを目標に掲げている。RBRC による 1997 年のニカド電池のリサイクル率は 22パーセントである。 連邦レベルでは EPRの適用に消極的な米国おいて、いくつかの州政府や州議会では使用済製品に対する EPRの導入を検討すべきとの意見も出ている。そうした州においては、ニカド電池引取プログラム導入の経験は、たとえ少数の州の行動であっても、産業界の利益

には反する全米レベルのEPRプログラムを産業界に導入させ有効な施策を講じることができたという自信を州の議員や行政官に与えたと伝えられる。 州レベルにおける次の EPR 導入のターゲットは、有害物質を含む製品廃棄物(「問題のある製品廃棄物」)に向けられる可能性が高いと見られている。ニカド電池の EPR を導入させた州が中心になり、使用済製品廃棄物の焼却炉から排出される廃棄物の有害性の調査

を行い、埋立地の管理を産業界に行わせる形の EPRの実施可能性に関して調査を行っている。例えば、ミネソタ州は水銀を含む製品に対する EPR を盛り込んだ法律が議会を通過した。 4-7 その他米国における EPR 事例 ゼロックス社によるアセットリサイクリング管理プログラム(Xerox's Asset Recycling Management Program)は、同社の製品設計に大きな影響を与えた EPR プログラムである。 ゼロックスは使用済み段階で引き取ったオフィス機器の物質的な価値を最大限に活用するプログラムを作り上げ利益を生み出した。 コダックの使いきりカメラの引取リサイクルプログラムは埋立地不足を生み出す原因の

ひとつとしてイメージされる問題を払拭し、マーケティング上の価値を生み出すことに成

功した。 世界的なカーペットメーカー、インタフェース社はカーペットをリースし、使用済カー

ペットのリサイクルを行うプログラムを実施している。 また、デュポン、スリーエム、ミリケン、コリンズ&アイクマンもカーペットを引取・リサイクルを実施している。 デュポンは包装フィルムの引取・リサイクルを行っている。デュポンは同社のフィルム

が廃棄物にならない製品であると消費者に認知させることはマーケティング上の優位性を

確保する上で重要だと判断しこのプログラムを実施している。 また、販売形態を従来の売りきり方式からリース・レンタル方式に変更することによっ

て、EPR の目的達成を含む新しいマーケティングが展開されている。こうした販売形態が実施されることにより、生産者は製品を引き渡した後も消費者との関係維持というメリッ

トが得られる。このような手法は特にパーソナル・コンピュータの市場で増加傾向にある。

デルは消費者がパソコンを購入する際にリースプログラムの選択が可能であることを提示

しており、 ゲートウェイは消費者が購入したパソコンを2年おきに買い替えできるチャンスが得られるように特定時期に限った「引取保障付き」製品を販売している。

Page 16: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

64

これらの販売方式が環境負荷に係る製品の残余価値の工場、リユース・リサイクルの促

進に寄与しているかについての正確な評価はなされていないが、これらの販売方式は今後

とも現在も継続されている。 また、生産の現場におけるユニークな取り組み事例として、フォード UK の事例が挙げられる。同社はこれまで塗料代として支払ってきた費用を、新しい方式では自動車一台毎

の塗装サービスに対して支払う方式に改めた。即ち、フォードは自動車に対する塗装工程

をデュポン社に委託したのである。 製品(ペンキ)の販売から自動車塗装というサービスの提供に対して収入を得られるようになったデュポンはこれまでの大量販売の考えから

180度方向転換し、原単位レベルで塗料消費量を抑え、効率よい自動車の塗装が可能であるかを追及することになった。塗料使用量の削減がデュポンに利益をもたらすようになった

のである。これは資源の効率的な活用のインセンティブとなった。その結果、塗料の使用

量が大幅に削減されたと報告されている。 米国に関する最後の事例は合衆国政府により設定された製品調達ガイドラインに関して

である。 米国連邦政府は製品調達ガイドラインで EPR プログラムを採用した企業の製品にマーケティング上の優位性を与える方向性を打ち出している。調達担当官は「使用済」段階の

企業の対応に焦点を合わせた購入を実施している。例えば、米国郵政省は、コンピュータ

の使用済み段階に焦点を当て、リース機器の選択における導入規則を検討しており、それ

には生産者引取が含まれる見通しである。 4-8 OECDにおける EPR ワークショップ 経済協力開発機構(The Organization for Economic Cooperation and Development : OECD )は29の先進諸国による経済及び社会の政策問題を扱う国際組織である。1994年から、日本政府は OECD 諸国における EPR ガイダンスを作成するための3フェーズのプロジェクトの運営資金を OECDに提供してきた。 フェーズ1の報告書には OECD 諸国における EPR の実施状況の報告が盛り込まれている。報告書は、1995年の時点で、OECD諸国の3分の2以上がすでに国家レベルの EPR 政策を実施しているか、あるいは積極的に EPR実施についての検討を行っているとしている。 報告書はまた、EPR プログラムが最も弱い製品ライフサイクルの輪の部分、即ち使用済から再び製造の現場に資源として戻るまでの段階に焦点を合わせた政策であることを指摘

している。フェーズ2の報告書ではオランダとドイツにおける EPR の実施例を取り上げるのと同時にEPRの実施に関する政治的・法的な検討事項についての報告がなされている。 フェーズ3は、EPR に関する4つの国際的なワークショップにより構成され現在進行中である。 1997 年 12 月にカナダのオタワで開催された最初のワークショップにおいて検討された

Page 17: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

65

問題は、「生産者とは誰れか」、「生産者は何に対して責任があるか」であった。2回目のワ

ークショップは、1998年 5月にフィンランドのヘルシンキで開催され、 EPR を実施に伴い起こり得る諸問題、即ち、PRO(Producer Responsibility Organisation)設置による廃棄物市場における独占・寡占、貿易障壁問題、フリーライダー問題(資金を提供せずに EPR プログラムから利益を得る企業)等に関して討議された。3回目のワークショップは、1998年 12 月にワシントン D.C. において開催され、具体的な製品品目における EPR の適用と経済性に関する話し合いに重点が置かれた。 最終ワークショップは、1999 年 5 月パリにおいて開催され、OECD廃棄物最小化グループとの共同ワークショップがもたれた。 OECD EPR プロジェクトの最終的な目的は EPR の法制化を促進することではなく、OECD諸国において EPRを政策手法として選択・実施する国が利用可能なガイダンス文書を作成し提供することにある。 OECD プロジェクトの全過程を通して、米国の産業代表者は EPR のあり方をスウェーデン・ランド大学 リンドクビスト教授が提唱しドイツ、北欧で検討・実施されている「拡大製品責任」とはかなり異なる概念に変えるよう強い主張を繰り返した。 彼等は、重要な問題は「生産者は誰れか」ではなく「汚染者は誰れか」だと主張する。米国産業界の見解

は一般消費者を含むエンドユーザー(製品を使って捨てる人)が「汚染者」であって、エ

ンドユーザーこそが廃棄物管理に対する経済的な責任を負担すべきであるする。 また、米国産業界の代表者たちは、生産者がターゲットにされることに反対して EPR が適用される範囲を製品ライフサイクルの全過程に適用にすべきだと主張し、使用済み段階

に対して議論の焦点を絞ることに真っ向から反対している。この主張には、例えば生産者

が使用済製品に対する何等の責任を取っていない場合でも、製造工程で環境負荷を削減す

るなど、製品のライフサイクルチェーンに沿ったいかなる段階で環境負荷の削減に努力し

ていればその生産者は EPR を履行していると主張できるとする意図が込められている。 4-8-1 EPR 政策に求められる政策要素 前述したように米国では EPRに対して EU及び欧州各国の認識とは異なる概念設定を行おうとする意図が強いが、一般的に通常議論されるところの EPRコンセプトには以下のような3つの共通要素がある。 ①生産者の責任を製品の使用済段階に拡大する。 ②生産者の責任は使用済製品の環境負荷低減を目的とした物理的・経済的な側面において

求められる。 ③通常政府によって許容されるリサイクル方法及び特定のリサイクル目標値が設定され、

結果の報告が求められる。 以下に EPR に関する主要な問題を OECD のフェーズ1及びフェーズ2の報告書の内容

Page 18: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

66

を中心に整理した。 4-8-2 EPR における生産者とは誰れか? 既存のまたは今後導入が予定されている各国の EPRは「生産者」に関する共通の定義を持ち合わせていない。通常は製品のブランドネームを所有する企業(Brand Owner)であるが、生産者を識別する方法に重要な相違がある。 ドイツにおいてはグリーンドット使用料は一般に 容器・包装材メーカーではなく、製品の中味メーカー( おもにブランドネームの所有者)によって支払われる。 また、英国では使用済製品に対する責任が、製品のライフサイクルチェーンに係るすべ

ての主体によって共有されるシステムが運営されている。そしてそのそれぞれの主体は包

装廃棄物を回収しリサイクルする責任を特定の比率で割り当てる。 米国におけるニカド電池引取プログラムでは電池セルの生産者、電池容器の生産者及び

電池を組み込む製品の生産者の間で産業界が自主的に生産者責任における経済的な責任を

割り当てた(共有化した)。 EPR の究極の目的が廃棄物の削減効果の高い製品の生産を促すことであるなら、生産者が製品設計及び材料選択において唯一の権限をもつ主体であると考えられ、このような生

産者に使用済製品のリサイクル責任を付与することが政策の有効性が最も高めると考えら

れる。こうしたシステムでは、生産者はその製品の環境負荷に対する最も大きな責任を引

き受けることになる。しかし使用済み製品に対する責任は製品のライフサイクルチェーン

に係る他の主体と責任比率を変えて共有することも可能である。 4-8-3 責任共有化の方法 複数の主体により使用済製品に対する責任が共有される EPR政策には、官民の間で責任共有されるものと、製品のライフサイクルチェーンに係る異なる産業主体が共有する場合

の両方がある。いずれの場合においても、重要なポイントは物質循環を持続可能なパター

ンに近付けるのに最も有効な対策を取れる能力をもつ主体に十分な責任を移すことである。 ドイツは包装廃棄物を管理するためのすべての責任を産業に移した。日本やフランスは、

自治体に廃棄物収集に係る責任を残し、産業側は特定の材料のリサイクルに関してのみ責

任を負うように定めた。 製品のライフサイクルチェーンに係る様々な産業主体に使用済製品に対する責任割り当

て(共有化)を行うアプローチでは、英国の容器・包装リサイクルの実施システムの例が

ある。英国では、次のように各産業主体に対して責任が割り当てられる。 小売業者:47% 最終容器メーカー及び中味メーカー:36%

Page 19: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

67

容器成形メーカー:11% 容器素材メーカー:6% いかなる EPRにおいても必ず責任の共有化はなされる。そこで、EPR政策の策定に当って、誰がそれぞれの主体に責任を特定の比率で割り当てるべきかが議論になる。政府が決

定して法制化すべきなのか、産業側に自己決定させるべきなのかに関する議論である。 しかし、すべてのEPR政策の実施においては必ず責任の共有がなされている。とりわけ、消費者は EPR実施に伴い、使用済製品に関する物理的責任と経済的責任の両方を必ず引き受けねばならない。即ち、消費者は使用済製品を分別して指定場所に運んだり、小売業者

に戻す等の物理的な責任がある。また EPR実施コストのためにより高い製品価格を支払う経済的な責任も負うことになる。 4-8-4 生産者責任組織(Producer Responsibility Organizations:PRO) EPR の実施において生産者に強力なインセンティブを与えるには、生産者が自社の製品を個別に引取・リサイクルすることを要求するのが最も効果的である。しかしながら、こ

の方法は必ずしも経済的な面から実際的ではない上に、回収のための運送による環境負荷

も大幅に増加する。 また、消費者に製品の容器をメーカー別に分けたり、生産者が引き取り時に自社製品の容器だけを識別することは、現実的にも、経済的にも実行不可能であろ

う。 このため、EPR の実施に当り生産者が使用済製品の回収責任を果たせるよう「生産者責任組織」(PRO)を組織化するのを許可している。 これらの組織はマーク使用のライセンスや生産者の容器使用量の自己申告値に基づき、

引取費用の請求を各生産者に対して行う。通常、PRO に支払われる料金は PRO の運営に要する費用をベースに容器の使用量に比例して加算されるように決定される。 PRO に支払う料金体系を、生産者が廃棄物発生量の削減したり、より経済的にリサイクル可能な製品を設計するで、生産者の経済的負担が軽減されるように設定することは非常

に重要なポイントである。さもなければ、EPR の最も重要な目標が失われることになる。例えば、容器・包装引取システムで、製品の内容量に基づいた料金体系では、容器・包装

を減らしたり、容器・包装のリサイクル性能を増大させるインセンティブを企業に提供し

ないであろう。しかしながら、容器・包装の重量と材料種別に基づいた料金であれば企業

はこのような設計変更により経済的な利益を得ることができる。 EPR が世界中に広がるにつれ、PRO が多くの国々で設立されている。 ドイツの DSD、フランスのエコアンバラージュ (Eco-Emballages)を、オーストリアの ARA(Alstoff Recycling)、英国の VALPAK、ベルギーのフォストプラス(Fost Plu)等はすべて PROである。

Page 20: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

68

4-8-5 EPR における自主的アプローチと強制的アプローチ EPR 政策は法令などによる強制的手法を採るべきか、あるいは産業界の自主規制等による自主的手法で実施すべきが、政府と産業界の間でしばしば議論の対象となる。 しかしながら、あらゆる EPR政策は完全に強制的から完全に自主的の軸上のいずれかの点に位置付けられ、単純に強制的な EPR 乃至は自主的な EPR のいずれか一方に分類が可能ではない。強制的な EPR は法令により生じる。完全に自主的な EPR は、経済原理的な見方をすれば、使用済製品を引き取ることによって、企業の利益が増加するか、マーケテ

ィング上の優位性を得ることが明らかな場合にのみ実施されると考えられる。このような

自主的な EPRには使いきりカメラの富士フィルムやコダックによる引取・リサイクルやゼロックス、リコー、キャノン等の OA 機器メーカーによるリース機器のリサイクル事業等の例がある。 EPR の実施は短期間に利益を生み出さない場合が多い。それにもかかわらず、企業は将来の法律に対する備えとして、またその他の理由で、「自主的な」EPRを検討または実施する可能性は少なからずある。 法律によって強制された EPR であってもやはり自主的-強制的の連続性の間に位置する場合がある。そうした例にはドイツにおける自動車の EPRプログラムがあげられる。この例では法律にのみ頼らずに政府と産業間の協定(自主規制)

が実施のベースになっている。 産業界は通常 EPRの自主的なアプローチを支持する。また、自主的なアプローチをベースにしながら、産業界の自主的な努力だけでは目標達成に支障をきたす場合に、政府が EPRを法制化したり、自主的な EPRのみでは不充分な要素を補完する法制化の手段を取る場合がある。ドイツ、フランスにおいても容器・包装における EPRは当初自主的な形式で行われることが検討されたがが、両方の場合とも政府が産業界の実施予定に対し不満をもち、

法制化されることになった。スイスにおける電気・電子機器に対する EPRの実施ではフリーライダー問題に関する懸念から、政府・産業界とも自主的なアプローチを選択しないこ

とを決定した。 4-8-6 フリーライダー問題 EPR の責任を果たすべき企業が PRO 等に費用の支払いをしないか不充分な費用を支払い、共同の引取・リサイクルシステムの便益だけを得る問題をフリーライダー問題と言う。

この問題は特に自主的な EPRプログラムの実施における大きな問題である。米国におけるの電池メーカーによるニカド電池の自主的な回収・リサイクルプログラム、RBRC では市場シェアのおよそ 75%に当るメーカーがプログラムに参加している。即ち、残りの 25%はフリーライダーである。参加を強制する連邦レベルの規定がなく、州においても法的措置

が採られていない。 強制的なEPRでもフリーライダー問題は起こる。ドイツのDSDは設立後の 2~3年間は、ドイツ国内のマーケットで販売される 90%の製品容器にグリーンドットが付けていたにも

Page 21: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

69

拘らず、費用の回収は、引き取りした容器の量のおよそ 60%分にとどまった。フリーライダー問題は DSD で依然残っており、DSD のシステムに不参加の企業には独自のシステムで参加企業と同じリサイクル目標を達成することを要求する包装政令の改正が、1998 年 6月のドイツの議会を通過した。 フリーライダーの防止策には、罰則規定の設定と EPRに忠実な企業が有利になるような報酬(インセンティブ)を与える 2つの方法がある。 罰則には、フリーライダー企業名を公表する方法があるが、これ関しては産業界からの

圧力に応じて取られる法的措置のあり方が変わってくるに違いない。 また、インセンティブを強化する手段には、EPR に忠実に従い製品廃棄物を削減する努力を行う企業が、経済的負担及び社会的評価の面で報酬が受けられるようにプログラムを

仕組むことで、それらの企業に報酬を与える効果をもたらすのと同時に、フリーライダー

が経済負担を十分行わないことによる競争上の優位性を打ち消す効果がある。 4-8-7 EPR のコスト・ベネフィットの評価に関する問題 各国の EPR プログラムのコスト及びベネフィットを国内的に EPR 導入前と比較してその程度を測定・評価することは難しい。また、異なる国の EPRプログラムを相互に比較してその優劣を評価することはさらに難しい。 その理由は、廃棄物やリサイクル等の概念定義が異なること、廃棄物データの収集方法

における相違があること、人件費など全体的な要因における相違があるからである。にも

かかわらず、EPR を導入するに当り合理的な政策決定のための基礎を発展させるために、各国レベルおよび国際レベルの両方で既存のEPRプログラムの評価をやりやすくする努力は重要である。 EPR のコスト対ベネフィットに関する評価が混乱している原因のひとつは様々な国における EPR プログラムのコスト比較に PRO によって設定された料金表が用いられることにあると考えられる。これらの料金の比較は単に産業が負担する経済コストの比較に過ぎず、

システムが生み出すベネフィットとの正確な比較にはならない。ドイツでは産業が使用済

容器・包装の廃棄物管理コストのすべてを支払い、自治体は費用を一切分担していない。

PRO 料金には使用済容器の廃棄物管理コストのすべてが反映されている。一方、日本やフランスでは自治体が収集に対する事業費用を受け持っており、自治体の収集・選別等のコ

ストを含めて計算しないと比較可能な全体コストにならない。自治体が収集及び選別等に

かかる物理的・経済的な責任を共有する場合、産業界がすべての物理的・経済的な責任を

引き受けるシステムよりも産業界が負担する経済コストが低くなるであろう。 また、EPR プログラムにかかる経済コストがすべて追加コストになるのではない。これは論理的に考えても当然のことであるが、この「新しい」コストを従来のコスト(自治体

が負担してきたコスト)と比較して経済負担が増加しているかどうかを評価することもま

た難しい。

Page 22: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

70

EPR の実施コストは製品価格に上乗せされる。しかしこれらは行政が徴収する税金の減税または増税の延期などにより埋め合わせされる可能性はある。しかし、すぐに税金に反

映するかというと必ずしもそうではない。それは、財政事情に窮していた自治体の財政を

回復するという目に見えにくい形で現れる場合もある。また、廃棄物コストが上昇し続け

ている昨今にあっては、EPR を導入しなくても起こったであろうコスト増があるために過去の廃棄管理コストとの比較が困難な場合もある。 EPR の政策オプションを評価するために、コストを構成要素毎に整理して比較・評価する必要がある。リサイクル率の向上により生じたコスト、分別収集・選別処理に対して支

払われたコスト、リサイクルとして認定された処理技術に要したコスト等である。 ドイツでは、例えばプラスチック容器・包装のおよそ 4%は包装政令の実施前にリサイクルされており、それは2年後 64%に増加した。 この達成には多くのコストを要した。これを DSD ではなく仮に自治体がリサイクル率を 64%まで高めたとしたら、コストをより低く抑えることがかのうであったか。仮にドイツの包装政令が産業界に要求したプラスチッ

ク容器のリサイクル率を 50%としていた場合、経済コストはどの程度であったか。また、サーマルリサイクルが許されていた場合には、プラスチック容器のリサイクル率を 64%にするにはどのくらいのコストがかかったか。 様々な条件におけるシミュレーション研究が EPRのコスト・ベネフィット分析を正確に行うために必要となる。 4-8-8 EPR に関する展望 EPR はすでに3つのR(リデュース、リユース、リサイクル)および製品と容器・包装の設計に影響を与え先進諸国に普及しつつある。いくつかの企業は EPRを実施する利益を認め製品の設計及び流通システムの見直しを行い、また特別に EPR法令がないにもかかわらず、自主的に EPR を検討している企業も多数ある。それらの企業における EPR 実施・検討の目的は、マーケティングの上の優位性確保、将来制定されるであろう EPR法令に対する事前準備等がある。 産業界は、欧州、米国に限らずEPRを自主的な枠組で実施したいと主張する場合が多い。自主的な EPRの実績もあるが、EPRの自主的なアプローチには下記に示す、2つの弱点がある。 ①使用済容器・包装の引取・リサイクルのように、マーケティング的・資源的な利益が非

常に期待しにくく、むしろコストだけを産業界に負わす EPRでは、プログラムへの参加率、目標値の成就等の面で効果的でない場合が多い。 ②自主的な EPRはフリーライダーに対して無防備であり、責任に対し忠実に行動する企業が不利になる。

EPRは埋立て地不足が深刻な国々から検討・実施されてきた。しかし本来の EPRがもた

Page 23: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

71

らす環境ベネフィットは埋立処分の削減よりも資源消費とエネルギー消費の削減にある。

そして、資源とエネルギーの消費が減少するとき、それらの抽出・生産等の活動と結び付

けられた環境負荷(排気、排水等)も減少する。そのため、EPR は廃棄物の処分から物質の流れを変えるためのメカニズムとしてのみならず、持続可能な人間社会構築のため重要

な戦略として位置付ることができる可能性がある。 EPRは市場取引のアプローチだと考えることができる。 廃棄物管理コストを製品価格に内部化し、市場における製品の流れを変えようとする。また、EPRそれ自体は製品や容器・包装の設計をどのようにすべきか、またはどのような素材を使うべきかを示すことはない。 EPR は経済活動に対して適切な信号(インセンティブ)を発し、企業がそれによって変化する自由を与えておく。即ち、EPR の目的は、発生する使用済製品廃棄物の量を減少させ経済効率よくリサイクルできる製品を開発し市場に送り込んだ企業が競争優位を勝ち取る

ことができる経済メカニズムを設定することにある。 4-9 耐久消費財に対する EPR の適用

4-9-1 EPR 導入に抵抗する耐久消費財メーカー EPR はそもそも電気製品や自動車等の複雑な製品に有効な廃棄物管理の手法であると考

えられてきた。しかしながら、現在までのところ EPR の実施例のほとんどは比較的単純な

素材構成である容器包装の分野であり、耐久消費財の分野での適用事例は非常に少ない。

その理由には EPR の導入に反対し産業界側がしばしば主張する以下のような問題がある。

①ライフサイクルの長い耐久消費財では、製品のリサイクル費用を販売時に予測して価格

に内部化することが難しい。

②企業経営の安定は保証されたものではないため、使用済み段階にリサイクル費用が支払

えるとは限らない。

③使用済み段階で引取を実施するにはかなりの初期投資と運営費用がかかる。現在すでに

ある自治体による廃棄物収集のインフラをわざわざなくすには及ばない。

④中古市場が存在し、どの段階の製品を使用済み製品と看做すかが難しい。

EPR を実施しようとする政府側もまたこれらの産業界が指摘した問題に対して十分適切

な回答を提示できていない。したがって、両者は折り合いがつかず、耐久消費財での EPR

はなかなか実施にこぎ着けないというのが実情である。

4-9-2 耐久消費財における EPR の適用に関する問題 EPR により発生する可能性のある生産者の責任を改めて整理すると概ね下記の3点にな

ろう。

①経済的責任:使用済み製品の引取・リサイクル・処分のコスト負担を生産者が行う。基

本的には価格内部化が考えられ、排出時徴収方式の採用も可能性として否定できない。

Page 24: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

72

②物理的責任:使用済み製品の引取に関するシステムの提供とオペレーション並びに使用

済み製品のリサイクル・処分に関する適正基準に見合った取り扱い等。

③情報供与的責任:製品の解体・リサイクル等の作業に必要な情報や製品中に含まれる有

害物質に関する情報を適宜処理業者や自治体に提供する責任。または、製品の解体・リサ

イクルに関する技術供与を行う責任。

これらが生産者に課される責任であることを念頭に置き、次の図により、容器包装や電

池のような比較的短命で単純な構造の使用済み製品と電気・電子製品や自動車等の比較的

長寿命で複雑な製品構造をもった製品の比較を試みる。

① 製品流通 domestic ─▲───┼───●─ international

② 価 格 low price ▲────┼──●── high price

③ 寿 命 short life ▲────┼───●─ long life

④ 使用済製品 w a s t e ─▲───┼───●─ second user/export

(▲:一般消費財 ●:耐久消費財)

【図 4-9-2-1 一般消費財と耐久消費財の比較】

上図で見るように、示された各軸上で容器や電池などの一般消費財と電気製品や自動車

などの耐久消費財とでは対称的な位置関係にあることが分かる。即ち、一般消費財が概ね

国内流通に限られ低価格であり不要になるまでの期間が短く一旦不要になったらごみ以外

のルートがほとんど無いのに対して、耐久消費財の多くは国際的に流通する商品であり比

較的高い経済価値をもち長寿命で一旦使用済みになってもリセールが可能な製品であると

いう違いがある。

そしてこのことが EPR の実施における先にあげた各責任の履行においてその有効性や効

率性の面で影響を与える要因となる。

①の製品流通面における「国内流通が主流か国際流通がかなりあるか」の違いと EPR の

実施との関係は、producer(生産者)という概念の曖昧さ、希薄さに関わる問題として現

われる。そもそも EPR における producer(生産者)の概念はかなりの曖昧さを内包してい

る。例えば PET ボトル入りの清涼飲料の場合、飲料メーカーのみを生産者とするか PET ボ

トルの成形メーカーを生産者とするか、さらに遡って PET 素材の製造者も含むか等議論が

分かれる。このように同一国内で製造された製品であっても生産者の概念には曖昧さが残

るが、輸入品が多く流通する製品品目ではこれに輸入者が加わる。

通常、EPR における生産者(producer)には、製造者、輸入者、流通業者が含まれると定義

される場合が多い。現代のような国際社会ではほとんどの製品品目で国際的な流通が認め

られる。しかし、このような製品の国際流通性の割合(輸入品比率)がどの程度であるか

が多かれ少なかれ EPR の実施に影響を及ぼすことが考えられる。

Page 25: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

73

現在でも自動車乃至家電製品を国内ではほとんど製造しておらず専らそれら製品の供給

を輸入に頼っている国はヨーロッパ圏内も含めまだかなり存在する。それらの国々では EPR

を実施しても物質循環を効率的に促進できる可能性は低いことが指摘されている。例えば

自動車に占める輸入車の割合が9割以上の国において EPR における生産者(producer)の概

念は実質的に非常に希薄であると言わざるを得ない。

次に、②(製品価格)および③(製品寿命)はかなり共通の概念であるが、これらはさ

らに次の③(使用済み製品のルート)の問題と関係する。即ち、消費者が製品を購入して

から廃棄するまでの間隔が耐久消費財の場合長くまた製品の経済的価値もまた長期間持続

する。そして、仮に一次所有者が所有を放棄した後も二次所有者、さらには三次所有者が

製品を使い続ける場合も多い。

以上のことは、EPR の側面から見て2つの問題を指摘できる。

第一の問題は、製品が最初に販売された後もかなり長い期間経済的な価値をもち続ける

ということであり、これは同時にリセール可能な製品であると言い換えることができる。

このことは即ち、製品の寿命が尽きたということを特定するのが難しい問題だと言える。

人間においてもヒトの死を脳死とするか心臓停止とするかに関して議論があるように、例

えば耐久消費財の代表的な製品、自動車の死(end of life)を何によって定義するかもま

た非常に難しい問題である。それらは多くの場合その国の生活水準や個人の要求水準に依

存すると考えられるが、ひとたび他の国に同じ車が輸送されればまだ商品価値をもった中

古車ということになる場合も現実に多くある。

このように、製品の使用済み時点が特定しにくいという特性は生産者が製品のどのライ

フサイクルで使用済み段階として看做して引き取りを実施するか、そのタイミングをつか

むのが難しいという問題につながる。

第二の問題はリセール可能な製品という性格から、外国に中古製品として輸出されると

いうことにある。日本のテレビや冷蔵庫等の大型家電製品も一説には半分近くが輸出され

ていると言われる。輸出先の多くは開発途上国でありそれらの使用済み製品を適正処理す

るインフラが整備されている望みは薄く、またそれらの製品が環境に適合した処分がなさ

れる可能性も低いことが予想される。

以上見てきたように、耐久消費財は、EPR の実施において容器包装等の一般消費財の場合

とかなり異なる条件が付帯することが考えられる。

以上を簡潔な形で整理すると下記のようになる。

a 製 品 の 国 際 流 通 性 → 『生産者』の概念を(一層)曖昧・希薄にする

b 長 期 間 の 製 品 寿 命 → 使用済み時点の特定が困難

c 中古製品の輸出市場の存在 → 一国の法的措置(EPR)に限界

Page 26: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

74

4-9-3 耐久消費財における EPR の有効性・効率性 そもそも EPR とは、製造者が自社の使用済み製品の管理者となり、製品使用の前後に深

く関与することでリサイクルしやすい製品の開発を行い、なおかつ製品に使用する素材の

使用量を減らすなどして廃棄物発生の回避を促す手法として提唱されたものであった。そ

してその責任を構成するのは、経済的責任、物理的責任、情報供与的責任である。これら

は互いに独立した概念ではなく相互に絡み合っている。そして EPR の適用が意味をもつの

はこれらの責任の履行を生産者が効率的に行う条件が整っていることが必要となる。

前述のように、耐久消費財における EPR の適用は様々な面で有効性・効率性を疎外する

要因を含んでいる。

食品や雑貨品などの一般消費財に使用される容器包装のように製品の製造・流通がかな

りの割合で国内において完結し、使用済みになった容器素材をリサイクルできる何等かの

産業を保有しているという条件であれば先進諸国の大半がそれに該当するであろう。使用

済みになった容器包装には中古品市場は存在しないからどこにも寄り道せずに戻ってくる。

そのような条件下では生産者の概念もかなり明確であり、使用済み段階の特定もしやす

く、使用済み製品の流通ルートも管理しやすい。こうした条件が整っていれば上記の3つ

の責任を生産者は効率良く行うことが可能である。

しかしながら、耐久消費財の場合、国内にメーカーをもたない国も多く存在し、代わり

に輸入者がそれを引き取るわけだが、このような場合、使用済み製品を引き取ることによ

り製品を設計する主体である製造者が製品をリサイクルしやすい方向へと改善していくと

いう EPR の目的の有効性は著しく劣る可能性がある。また同時に EPR により促進されると

期待される物質の閉鎖的循環に関しても十分な効果が期待しにくい。元来指摘されている

EPR における「生産者概念」の曖昧さが一層露呈されることとなる。

また、耐久消費財の使用済み時点を特定することの困難さは、(生きた)製品と廃棄物の

境界を極めてぼやけたものにしてしまい、このことが所有を放棄された製品に複数の流通

ルート、即ち、国内中古市場や輸出、または不正な処理業者等へのルートを与えることで、

最も適切な正規の回収・処理ルートに乗ることを難しくする可能性がある。このようにい

くつかの流通ルートを前にどこに進むか迷える製品を、処理費用が必ずしも他のルートと

比較して安くない場合が多い正規のルートに乗せることは容易なことではない。廃棄物の

流れの原理は、最も安くて最も早く目の前から消える処分方法が優先的に選択されるとい

うものであるから、むしろ難しい場合が多い。

仮に消費者から無料で生産者が引き取ったとしても次の中継者(運搬業者、中古製品取

扱店、廃棄物の中間処理業者等)の段階でこのようなルートに紛れ込むケースが多い。

特に、耐久消費財の使用済み後の流通ルートとして問題になるのが輸出である。輸出は

輸出先の国で製品全体が再使用されるのだからむしろ好ましいとする意見もあるが、最終

的な使用済み段階で適正処理されないのだとしたら問題が先送りされたに過ぎない。中古

製品の輸出は多くの場合開発途上国であるからそこで適正処理される可能性は低いであろ

Page 27: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

75

う。

そこで発生元の国の EPR を他国にまで拡大すべきだという議論がドイツではなされ、実

際、循環経済法では、輸出された中古製品が他国で使用済廃棄物となった場合でもドイツ

国内と同基準の処理・処分を保証することを義務づけている。しかし、ドイツはこの条項

に基づきドイツ国外における廃棄物の処理・処分にまでドイツの国内基準を適用しようと

試みたが、EU 当局からそのような適用は不当であるとの指摘を受け諦めざるを得なかった。

EPR には、以上に見てきたようないくつかの問題が実施上の限界ならびに障害となって現

れてくる場合がある。

4-9-4 ドイツの廃自動車政令 さて、以上に示した耐久消費財に対する EPR の適用事例として、ドイツの廃自動車の自

主規制及び政令における実施上の問題点を分析する。

廃自動車自主規制の目標には以下の内容が盛り込まれている。

①リサイクルに配慮した乗用車の設計

②環境に適した廃自動車の取り扱い(液体の完全抜き取り後の解体・リサイクル等)

③シュレッダーダストのリサイクル率の向上(これによって、廃自動車による処分廃棄

物を、2002 年までには全体重量の 15% 以下に、2015 年までには 5% 以下に削減する)

また、自動車の製造者および輸入者は特定条件を満たす使用年数 12 年までの自動車をす

べて無料で引き取ることを義務づけた。

そしてこの自主規制の実施を法的な力で補完するのが「廃自動車の処理と道路交通法上

の規制への適合に関する政令」(1998 年 4 月 1 日 本政令の第1条:「廃自動車の引渡及び

環境と調和する処理処分に関する政令」を通称廃自動車政令という)である。廃自動車政令

ではリサイクルの推進及び放置自動車の防止を目的として、最終所有者が自動車の登録を

登録局に抹消申請を行う際「リサイクル証明書」を添付することを義務づけしており、ま

たリサイクルされずに保管される場合には「所在申告書」の添付を義務づけている。

このドイツの廃自動車政令(以下、自主規制と廃自動車政令を合わせて廃自動車政令と

する)が現在大きな運営上の壁にぶつかっている。

4-9-5 円滑な実施に立ちはだかる障害 最初に問題となったのはこの政令で定める廃自動車を取り扱う処理業者の資格認定の問

題であった。本政令の要求水準を設備等の面で処理業者が十分満足しているかを審査する

専門員が十分な調査をせずに資格認定をしてしまうため、政令の要求水準を満たさない業

者も資格を容易に取得できてしまうのである。このためにしかるべき投資をした処理業者

から不公平であるとの苦情が当局に多く寄せられたとのことである。

次に問題とされたのは登録局が乗用車の抹消手続に当たってリサイクル証明書の提出を

求めない問題である。そもそも処理業者がかなりの投資をしてまで資格認定を取得するの

Page 28: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

76

は、廃自動車の登録抹消手続の際にリサイクル証明書を提示できなければ手続を完了でき

なくなるという危機意識があってのことだった。ところが本政令が施行された後も当局は

多くの場合リサイクル証明書の添付を要求することなく抹消手続を完了してしまう。資格

認定のために真面目に投資をした処理業者にとっては拍子抜けであるし、なによりも無資

格で営業する処理業者との競争では不利な立場になる。

ここにドイツの廃自動車関係の認定処理業者 900 社を対象に、最近行われたアンケート

結果(1999 年 1 月)がある。「認証されていない処理業者と競争させられている」と回答した

処理業者の割合は 75%に及ぶ。また、廃自動車回収センターから廃自動車を受け入れる際

に受け取る処理料金が、政令実施以前よりも目減りしたと回答する処理業者の割合はおよ

そ 8 割にもなる。また、リサイクル証明書乃至所在申請書の添付を当局から求められるこ

とがないと回答した処理業者は 75%であった。

4-9-6 廃自動車の輸出増加問題 そして次の問題として顕在化したのが廃自動車の輸出増加の問題である。政令施行以前

には年間約 200 万台あったドイツの廃自動車数が廃車政令が施行された 1998 年は 150 万台

にまで落ち込んだと推定されている。そのおもな理由はドイツ国内の正規ルートで処理を

すると費用が嵩むため中古車を装った輸出が急増したものと見られている。

先程のアンケート結果でも、「政令実施以後廃自動車の収量が減少した」と回答した割合

は 80%に達し、一方「増加した」と回答した処理業者はわずか 11%に過ぎない。50~60 万

台の廃自動車が外国に流出してしまっているという処理業者にとっての厳しい現実が調査

結果にも反映されていると見ることができる。

ドイツ自動車リサイクル業連盟(ada)は、ドイツ自動車産業連盟(VDA)が自主規制を中止

すると宣言するまでもなく、廃自動車政令は事実上その有効性が失なわれていると述べて

いる。その理由は、廃自動車政令が廃自動車の輸出増大の引き金を引いたことにあるとし

ており、同政令が崩壊する条件は処理業の資格認定に関する審査の甘さや登録局の怠慢を

指摘するまでもなく、廃自動車の輸出量の増大だけで十分であると ada の代表者は述べて

いる。

Page 29: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

77

Q 非認証の処理業との競争を強いられているか?

75

25

YES

NO

Q 認証処理業者の中には廃自動車政令の条件に

見合わない処理業者がいると思うか?

75

25

YES

NO

Q 回収ディーラー等からの廃自動車政令実施以後、

引取料金は値上げできたか?

15

78

7

値上げできた

値下げした

変わらない

Q 廃自動車政令実施後廃自動車の受入数量は増えたか?

11

80

9

増えた

減った

変化なし

Q 個人所有者からの廃自動車政令実施以後、

引取料金は値上げできたか?

39

52

9

値上げできた

値下げした

変わらない

Q 廃自動車政令実施後受け入れる

廃自動車の品質はよくなったか?

7

46

47

良くなった

悪くなった

変化なし

図 4-9-6-1 ドイツ廃自動車処理業 900 社対象アンケート結果 (1999 年 ドイツ自動車リサイクル業連盟)

Page 30: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

78

4-9-7 耐久財への EPR 適用実例としてのドイツ廃自動車政令 このようなドイツにおける廃自動車政令の行き詰まりには、前述した耐久消費財に対す

る EPR の適用の問題を見ることができる。即ち、以下の構図に基づく問題である。

a 製 品 の 国 際 流 通 性 → 『生産者』の概念を(一層)曖昧・希薄にする

b 長 期 間 の 製 品 寿 命 → 使用済み時点の特定が困難

c 中古製品の輸出市場の存在 → 一国の法的措置(EPR)に限界

①に関しては、ドイツにおける自動車の国内製造率はかなり高いので『生産者』は輸入

者に置き換えられることは他の国よりも比較的少ない。従ってこの点では自動車に対する

EPR の可能性は比較的追求しやすい環境にあると考えられる。しかし、問題なのは、自主規

制の実施が自動車に関連する 15 もの団体による共同作業によりなされている点である。こ

れらの団体は廃自動車問題に関して相互に利害を分かつ事業者であり、すでに廃自動車の

正規ルートでさえも「うまいとこ取り」をしようとする一部の業者によって商品価値をも

つ部品の奪い合いが行われているという情報がある。このような実態に加えアウトサイダ

ー(未認可の処理業者や運搬業者及び中古自動車のブローカー等)の存在もあり、廃自動

車の物流コントロールが政令の意図するように行えていない。この原因をたどれば EPR 実

施における(15 団体による共同事業ゆえの)責任の所在の不明確さがこのような事態を引き

起こしているとも考えられ、強いては②に通じる問題でもある。

次に、②および③の問題は現在のドイツの廃自動車政令の行き詰まった現実そのもので

ある。自動車の長い寿命は使用済み時点(自動車の臨終時点 : end of life)の特定を困

難なものとし、50 万台にも登る中古車の輸出の増加につながっている。これらは輸出先の

国々で必ずしも自動車としての機能が持続するものばかりではないことは容易に推察され

る。そしてそれはすでにオランダやベルギーなどで問題となりつつある。

また、③の「一国の法的措置の限界」に関わることであるが、ドイツは循環経済法及び

同政令で国外に輸出された乗用車に関しても同国の基準で資格認定された処理業でのみ処

理される規則を当てはめようと考えていた。即ち、処理業の資格認定を行う審査員を外国

に派遣し、ドイツの基準で資格認定を行いその認定を取得した処理業者のみがドイツから

輸出された廃自動車の処理が可能とする予定だった。

オランダ政府はこの件に関してドイツ政府に直接問い合わせて確認を求めた。それに対

するドイツ政府の回答は「オランダをはじめ他国においてもドイツと同様の法的適用を行

う」というものだった。これに対し EU は「ドイツ法の国外での適用は不可能である」とド

イツの主張を斥けた。

そして、この問題は現在、ドイツの循環経済法の根本的な見直しを迫る問題にまで発展

しつつある。即ち、ドイツが構築した、または構築しつつあるドイツ固有の廃棄物処理シ

ステムが、廃棄物が商品として外国に輸出されることにより崩壊する危機が現実の問題と

Page 31: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

79

なってきたのである。例えばドイツのペンキ工場から出る有害廃棄物としての取扱を要す

る廃棄物が燃料としてベルギーに多く輸出されている。ドイツはこの輸出を差し止めよう

としたが、ベルギー及び EU の抗議を受けて輸出差し止めを断念せざるを得なかった。

こうした廃棄物はドイツの有害廃棄物処理ルートでは高額の処理費用を徴収されるが、

一旦商品としての価値を見い出すことができれば有価物に転ずる。このようにすべての廃

棄物は少しでも安く、あるいは有価に引き取られる道を絶えず探し求めている。もし、ド

イツ国内では有害廃棄物として燃焼処理も許されない物質が外国に持ち出されれば燃料な

どの有価物に変わるならば、ドイツが多額な投資をもって構築した、あるいは構築しつつ

ある有害廃棄物処理システムは、廃棄物を集めることなく崩壊してしまう可能性がある。

このような不安は廃自動車のリサイクルでも現実に起こりつつある。現在、ドイツの自

動車業界が実証実験のために建設中のシュレッダーダストのリサイクル施設に受け入れが

見込まれる廃自動車の収量が大幅に予定を下回りそうだと伝えられる。原因は廃自動車の

輸出問題である。このような集中的な処理施設では収集される廃自動車数量が落ち込むこ

とは1台当りの処理コストを大幅に押し上げ、施設の運営・維持管理に致命的な問題とな

る心配があり、今後の実証実験の成り行きに対する影響が懸念される。このような事態も

③に示した一国のみ法的措置の限界を示す例である。

4-9-8 EPR により生じた物質循環の失われた輪 以上に見てきたように、自動車という国際的に流通する長期耐用型製品では使用済時点

の特定が困難であり様々なルートへの流通の可能性があるために廃自動車の流通ルートを

コントロールできないことがネックになり問題を複雑にしている。

全体製品(中古車)としてのプル、輸出商品としてのプル、中古部品としてのプル、古

鉄としてのプル、アウトサイダーの不正ルートへのプルなどがひとつの使用済製品(廃自

動車)を引っ張っている。そしてタイミングの違いによる偶然的な蓋然性を以て行き先が

決まるという構図が存在する。そこには屑鉄の時価や受入処分場への行き先の有り無しや

その処分価格、また輸出ルートをもつブローカーの売り込み等その時々にひしめく潜在的

な経済要素が複雑に入り組んでいる。

特にドイツの場合には輸出ルートという選択が処理・処分ルートで優先度の高い選択肢

になってしまったことが大きな問題になっている。それがドイツにおける廃自動車処理の

優先的な選択肢になっているのは無論経済的な理由によるものであるが、それが同時に図

らずもドイツ国内の廃棄物の減量化に最も貢献している結果を招いているのは皮肉である。

しかもそれが諸刃の剣となりドイツの廃棄物処理システムを混迷に追い込んでいるのであ

る。

物質循環の最も弱い輪の部分を補強すべく EPR を導入したところ、弱い輪の部分がすべ

て外国に逃げ出してしまったのである。まさに EPR が生んだ物質循環のミッシングリング

と言える。

Page 32: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

80

耐久消費財への EPR の適用には、以上に指摘したような問題が生じる可能性を意識する

必要がある。

4-10 EU における IPP(Integrated Product Policy)の開発 EPR に関する新しい動向のひとつとして EU において検討されている IPP(Integrated Product Policy)がある。 IPPは製品及び製品システム(製品のライフサイクルに関わる生産・流通・販売・回収・処理・処分等のすべてのシステム)に焦点を当て、EU における標準的かつ効果的な EPR適用の統一的なモデルを開発する目的で現在検討が進められている。IPPのコンセプトは、EPR をさらにいくつかのより具体的な構成要素にブレークダウンして具体的な適用レベルにおける道具的手法を設定することにある。 EU は IPP の開発を英国のコンサルタント企業、アーネストヤング社に委託し、その第一次の報告書、「European Commission DGXI Integrated Product Policy」が 1998年 3月に発表されている。同報告書の概要を以下に示す。 ①IPP開発の背景 ・使用済み製品廃棄物に対する政策策定の機運が高まっている。 ・その背景には、使用済み製品廃棄物の処理・処分に対して自治体が財政及び処分場の

調達に窮している状況があること、使用済み製品が環境に与える負荷が非常に大きい

ことがある。 ②IPP開発の目的 ・上記のような背景により各国が EPR政策を策定または実施しているが、これらの政策には一貫性がない。

・したがって、EU圏域の製造業者は、これらの動向に対して、 a.貿易障壁となる危険性 b.一貫性の欠如による対応の困難さ c.EU圏域の製造業における国際競争力の低下 を懸念している。 ・IPPはこれらの政策を一貫性のあるものとするべく製品システムに焦点を当てた包括 的なアプローチを提示することにある。 ・この包括的なアプローチの目標は、資源の有効活用と製品及びサービスの消費による 環境負荷の削減である。 ③IPPの定義 ・IPPとは、製品システムの環境パフォーマンスを修正及び改善する明らかな目的をもっ た公式の政策である。 ・製品に関わる諸政策と IPPの区別は製品の環境配慮を含んでいるかによって行う。

Page 33: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

81

④IPPの構成要素 以上のような目的・定義に沿い、実際の IPP を実施する際に、より具体的な政策の核となる構成要素(IPP Building Blocks)を見極める必要がある。IPPでは下記の 5つの要素(five core packages of policies)を IPPの特定施策項目として掲げる。 a. 使用済製品廃棄物管理:使用済製品廃棄物の削減・管理を目的にした施策 b. 環境配慮型製品の開発:環境配慮型製品の開発を目的とした諸施策 c. 環境配慮型製品市場の創出:素材及び最終製品における環境配慮型製品の市場の創出及び市場規模の拡大を目的とした施策

d. 製品環境情報の伝達:製品のライフサイクルチェーンに沿った製品の環境に関わる情報(例えば、リユース・リサイクルなどに関する情報等)の伝達を促進する施策

e. 製品の環境負荷に対する責任付け:製品システムに係るすべての環境負荷に関する各主体(生産者、行政、消費者等)への責任付け 以上の 5 つの構成要素(building blocks)をそれぞれの産業ごとに最適な手法を取り決めることを IPPは目指す。 ⑤IPP開発の手順 上記の 5つの構成要素を決定するために、以下の手順で IPPの開発を行う予定である。 a. IPPの定義及びビジョンの明確化 b. 最善施策実施の促進 c. 効果的な実施のための支援 d. 5つの構成要素の具体的取り決め

これらの手順を上から下に順を追って図示したものが次の図である。なお、それぞれの

ステップで為すべき課題も図中に示す。

Page 34: 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状...49 4 拡大生産者責任(EPR)をめぐる議論と現状 4-1 EPR の提唱者トーマス リンドクビスト教授による定義

82

共通理解

ビジョンの明確

IPP 報告書の公表

政策策定者のラウンドテーブル

産業界との公開相談会

IPP 会議の結成・開催

最善 IPP施策の普及

IPP最善施策ネットワークの促進

分野別最善施策方式の探求

IPPの効果的な実施に対する支援

EU諸国における政策に製品政策を統合する

製品政策及び EMAS間の連携づけ

IPPによる経済競争及び貿易関係に対する影響に関する研究

IPPの LCA研究の継続

廃棄物管理 環境適合型製品

への革新

環境適合型製品

市場の創出

製品の環境側面

に関する情報伝

製品環境負荷と

各主体の責任の

関連付け

禁止事項の確認

処分・散乱ごみの

ない廃棄物管理シ

ステムの拡大

環境適合型商品

研究開発の重点

EU レベルの環

境適合設計の導

EU 諸国の行政機関

におけるグリーン購

入の基準の統合

電子取引の支援

EU エコファンドの

開発及び融資支援

製品に焦点を当てた

環境会計の開発促進

製品情報政策の開発

消費者への製品環境

情報伝達の最善手段

の分析・評価

IPP の 流 通 及 び

EMASへの適用

エコラベルの開発

EPRの事例別適用

リース方式のビジ

ネスチャンスと環

境利益の研究

特定施策

図 4-10-1 EUにおける IPP実施の概念図(案) (European Commission: DGXI Integrated Product Policyより JPC 喜多川翻訳し作成)