4 水面波の理論 - u-gakugei.ac.jpkishou.u-gakugei.ac.jp/seminars/ocean_2013/doc04.pdfkh!s...

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22 水面波の理論 海面上では、風浪、うねりのような波浪のほか、津波など、さまざまな 波動が伝播する。前の章では津波の特性について考えた。ここでは、津 波以外の波動を含めて、海面を伝播する波動の一般的な特性を論じる。 4.1 風浪とうねり 海上風によって海面に生じる波を風浪(wind sea)という。風が弱くなっても波 はすぐに消えるわけではなく、波長が長くなめらかな形をした波が残る。これ うねり(swell)という。 波の高さ(波高(wave height)は、水面がもっとも高くなっている場所と低 くなっている場所との高さの差として定義される。波動論における振幅の2倍 の値になるので注意する。一方、津波情報においては、波動論での考え方と同 様に、平均海面からの高さを津波の高さとしているので、この点にも注意が必 要である。実際の風浪やうねりには、さまざまな高さの成分が含まれている。 波高が上位3分の1の波を選んだものを有義波といい、有義波の波高を平均し たものを有義波高(significant wave height)という。 「波の高さ」と有義波高の値との関係 波の高さ 有義波高 やや高い 有義波高が 1.25 m を超える 高い 有義波高が 2.5 m を超える しけ 有義波高が 4 m を超える 大しけ 有義波高が 6 m を超える 猛烈なしけ 有義波高が 9 m を超える 波高は、海上風速だけでなく、 吹走距離(fetch)持続時間(duration)にも依存 する。吹走距離が長いほど、また、持続時間が長いほど、波高は高くなる。ま た、波長が長いうねりは遠方まで伝わりやすいため、台風が遠方の海洋上にあ る場合でも、高いうねりが海岸まで到達することがある。このようなうねりを 土用波とよぶことがある。 海岸に設置された沿岸波浪計による観測では、波高(有義波高)のほか、周

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4 水面波の理論

海面上では、風浪、うねりのような波浪のほか、津波など、さまざまな

波動が伝播する。前の章では津波の特性について考えた。ここでは、津

波以外の波動を含めて、海面を伝播する波動の一般的な特性を論じる。

4.1 風浪とうねり

海上風によって海面に生じる波を風浪(wind sea)という。風が弱くなっても波

はすぐに消えるわけではなく、波長が長くなめらかな形をした波が残る。これ

をうねり(swell)という。

波の高さ(波高)(wave height)は、水面がもっとも高くなっている場所と低

くなっている場所との高さの差として定義される。波動論における振幅の2倍

の値になるので注意する。一方、津波情報においては、波動論での考え方と同

様に、平均海面からの高さを津波の高さとしているので、この点にも注意が必

要である。実際の風浪やうねりには、さまざまな高さの成分が含まれている。

波高が上位3分の1の波を選んだものを有義波といい、有義波の波高を平均し

たものを有義波高(significant wave height)という。

「波の高さ」と有義波高の値との関係

波の高さ 有義波高

やや高い 有義波高が 1.25 mを超える

高い 有義波高が 2.5 mを超える

しけ 有義波高が 4 mを超える

大しけ 有義波高が 6 mを超える

猛烈なしけ 有義波高が 9 mを超える

波高は、海上風速だけでなく、吹走距離(fetch)や持続時間(duration)にも依存

する。吹走距離が長いほど、また、持続時間が長いほど、波高は高くなる。ま

た、波長が長いうねりは遠方まで伝わりやすいため、台風が遠方の海洋上にあ

る場合でも、高いうねりが海岸まで到達することがある。このようなうねりを

土用波とよぶことがある。

海岸に設置された沿岸波浪計による観測では、波高(有義波高)のほか、周

Page 2: 4 水面波の理論 - u-gakugei.ac.jpkishou.u-gakugei.ac.jp/seminars/ocean_2013/doc04.pdfkH!S のとき)には、ほぼ深水波とみな せることがわかる。深水波は、浅水波とは異なり、波数によって位相速度が変

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期(有義波周期)を観測している。波高は、沿岸波浪計のほか、船舶や人工衛

星によっても観測されている。波浪の実況図や予想図には、有義波高のほか、

波の向き(卓越波向)と周期(卓越周期)、海上風向・風速が示される。実況、

予想とも、波向、周期、風向・風速は、観測値ではなく、数値モデルによる推

定値である。

4.2 基本方程式系

ここでは、鉛直構造をもった波の伝播を考察するので、水平-鉛直面( x - z平

面)内での流体の運動を考えることにする。圧力偏差を pとすると、運動方程

式は、

px

uDt

D

1 (1)

pz

wDt

D

1 (2)

と書ける。ただし、海水の密度 は一定とする。また、コリオリ力や粘性は無

視した。さらに、波の振幅が小さいと仮定すれば、2次の量である移流項を無視

することができて、

px

ut

1 (3)

pz

wt

1 (4)

と表せる。このようにして 1 次の項だけを残すことを線形化という。一方、連

続の式は、

0

w

zu

x (5)

と書ける。

また、境界条件としては、底面( 0z )では、鉛直運動はゼロだから、

0w ( 0z ) (6)

が成り立つ。水面( Hz )では、水面の高さの偏差に対応した圧力偏差が生じ

ると考えて、

gwpt

( Hz ) (7)

である。ただし、 gは重力加速度である。

4.3 水面波の分散関係

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方程式系(3)~(5)において、(3)を zで、(4)を xで偏微分すると、

pzx

uzt

1

pzx

wxt

1

となる。これらの式から pを消去すると、

0

u

zw

xt (8)

が得られる。(8)を xで偏微分すると、

02

2

u

zxw

xt

となる。(5)を用いてuを消去すると、

02

2

2

2

w

zxt (9)

が得られる。

また、水面での境界条件(7)を xで偏微分すると、

wx

gpxt

となる。(3)を用いて pを消去すると、

wx

gut

2

2

(10)

が得られる。さらに、 xで偏微分すると、

wx

guxt 2

2

2

2

となる。(5)を用いてuを消去すると、

wx

gwzt 2

2

2

2

( Hz ) (11)

が得られる。

ここで、東西、時間方向には波型を仮定して、

tkxizww expˆRe (12)

とおく。 wは zのみの関数(複素数)であり、は角振動数、k は東西波数であ

る。ただし、 0 、 0k とする。このとき、(9)は

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0ˆ2

22

w

dz

dki

となるから、

0ˆ2

22

w

dz

dk (13)

が得られる。

また、水面での境界条件(11)は、

wgkwdz

dˆˆ 22 ( Hz ) (14)

となる。

ここで、(13)の解を考える。(13)は wについての線形の微分方程式であり、一

般解は、

kzCkzCw expexpˆ21 ( 1C 、 2C は定数) (15)

である。底面( 0z )での境界条件より、

00ˆ21 CCzw

12 CC (16)

となる。(16)を(15)に代入して、

kzCkzkzCw sinhexpexpˆ1 (Cは定数) (17)

が得られる。これを水面( Hz )での境界条件(14)に代入すると、

kHgkkHk sinhcosh 22

kHgk tanh2 (18)

となる。これが水面波の分散関係式である。位相速度 cは、

kHk

g

kc tanh

(19)

である。

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水面波の分散関係

水面波の位相速度

まず、波長が水深に比べてじゅうぶんに長い場合、つまり、水深が波長に比

べてじゅうぶんに浅い場合について、解(18)の性質を検討する。この場合、

1kH だから、一般に、

kHkH tanh

が成り立つ。したがって、分散関係式(18)は

Hgk22

深水波 kgc /

浅水波 gHc

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kgH (20)

となる。このとき、位相速度 cは、

gHk

c

(21)

である。これは、浅水波の分散関係に一致する。

次に、波長が水深に比べてじゅうぶんに短い場合、つまり、水深が波長に比

べてじゅうぶんに深い場合について、解(18)の性質を検討する。この場合、

1kH だから、一般に、

1tanh kH

が成り立つ。したがって、分散関係式(18)は

gk2

gk (22)

となる。このとき、位相速度 cは、

k

g

kc

(23)

である。このような波動を深水波(deep-water wave)という。上の図をみると、

水深が波長の 1/2 倍よりも深いとき( kH のとき)には、ほぼ深水波とみな

せることがわかる。深水波は、浅水波とは異なり、波数によって位相速度が変

化する。このような波動を分散性波動(dispersive wave)という。分散性波動は、

低波数成分と高波数成分とでは進行する速さが異なるので、伝播しながら形が

変わっていく。深水波の場合、高波数(短波長)成分の位相速度が遅くなって

いる。

海洋でみられる波浪は水深が浅い場合を除き、深水波とみなせる。波浪は波

長の長い成分のほうが速く伝播するが、これは、深水波の分散関係式によって

説明できる。波浪のうち、長波長の成分が遠方に伝播したものがうねりである。

また、水面に物を投げ入れたときに生じる波紋も深水波に近い。ただし、波紋

のような短波長の水面波においては表面張力(surface tension)の効果も無視で

きないため、分散関係にずれが生じる。

分散関係式の導出にあたって、振幅は小さいと仮定して 2 次の量である移流

項を無視した。現実には、振幅が大きくなると移流項の効果によって波の形が

歪み、波がしらが崩れ始める。波高の上限は、波長の 7 分の 1 程度であり、こ

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の上限を超えると波がしらが崩れるとされている。

問 4.1 周期が 6 秒、9 秒、12 秒の深水波について、それぞれの波長と位相速

度を有効数字2けたで求めよ。重力加速度は 81.9g m/s2とする。

問 4.2 周期が 6秒、9秒、12秒の水面波について、水深 2 mの場合において、

それぞれの波長と位相速度を有効数字2けたで求めよ。いずれの水面波につい

ても、浅水波であることを仮定してよい。重力加速度は 81.9g m/s2とする。

課題 4.1 水深がじゅうぶんに深い場所で波数0k の水面波が、水深の浅い沿岸の

海域に向かって、水面波の分散関係をみたしながら伝播しているとする。この

とき、水深H の変化とともに波数 k はどのように変化するか。水深H と波数

Hkk がみたすべき関係を数式で示したうえで(必ずしも k の形でなくて

よい)、概形を図示せよ。ただし、重力加速度は gとする。ヒント:振動数を

一定とみなせ。