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数理水産科学 第9巻(2011) 1 大波高向い波中の造波抵抗について 升也 利一 * On the wave making resistance of ships sailing in large head waves Toshikazu MASUYA *独立行政法人 水産総合研究センター 水産工学研究所 National Research Institute of Fisheries Engineering, Fisheries Research Agency Abstract The present paper discusses about the wave resistance in large head waves based on numerical computations of an immersed body approximation. It is shown that the wave resistance in large waves varies with the wave-length ratio and takes a value as twice as that in calm water at the peak value. Source distributions, Cp-curves, Kelvin wave patterns and profiles are also computed. Especially, the Cp-curves show significant differences between that in calm water conditions and in waves due to the wave profile along the side of the ship. 1.緒言 波浪の存在する実海面を航行する船舶の性能を,数値シミュレーションによって推 定する手法の開発は,船舶流体力学における一つの到達目標と考えられる。しかしな がら現状ではその使用に多くの制約があり,特にトランサム船尾,チャインなどを持つ 高速の漁船船型に対しては,平水中の問題に限ってさえ多くの課題をえてる。 波浪中の問題では,船の航走条件,波浪の条件加わため検討べきこ れらの組み合わせ膨大となり,数値流体力学手法に比べ計算負荷い理論計算法の用がなお有効と考えられる。 従来からの平水中性能ではなく,実海面を定し船型の性能を向上ためは,線上の船型を改良して波浪中の性能低下限するとが考えられる。それ には線上の船型が船体の抵抗える影響を考る波浪中の船体抵抗推定法が必要である。

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数理水産科学 第9巻(2011)

1

大波高向い波中の造波抵抗について

升也 利一*

On the wave making resistance of ships sailing in large head waves

Toshikazu MASUYA

*独立行政法人 水産総合研究センター 水産工学研究所 National Research Institute of Fisheries Engineering,

Fisheries Research Agency

Abstract The present paper discusses about the wave resistance in large head waves

based on numerical computations of an immersed body approximation. It is shown that the wave resistance in large waves varies with the wave-length ratio and takes a value as twice as that in calm water at the peak value. Source distributions, Cp-curves, Kelvin wave patterns and profiles are also computed. Especially, the Cp-curves show significant differences between that in calm water conditions and in waves due to the wave profile along the side of the ship.

1.緒言 波浪の存在する実海面を航行する船舶の性能を,数値シミュレーションによって推

定する手法の開発は,船舶流体力学における一つの到達目標と考えられる。しかしな

がら現状ではその使用に多くの制約があり,特にトランサム船尾,チャインなどを持つ

高速の漁船船型に対しては,平水中の問題に限ってさえ多くの課題を抱えている。 波浪中の問題では,船の航走条件の他,波浪の条件が加わるため,検討すべきこ

れらの組み合わせが膨大となり,数値流体力学的手法に比べて相対的に計算負荷の

小さい理論計算法の活用が今なお有効と考えられる。 従来からの平水中性能ではなく,実海面を想定した船型の性能を向上させるために

は,喫水線上の船型を改良して波浪中の性能低下を局限することが考えられる。それ

には喫水線上の船型が船体の抵抗に与える影響を考慮できる波浪中の船体抵抗の

推定法が必要である。

数理水産科学 第9巻(2011)

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著者は前報[1]において,大波高規則波向い波中を航行する船の周りの流場に対して,有限の変位を考慮した船体表面条件と線形自由表面条件からなる境界値問題を

定式化し,細長船の仮定の下での造波に起因する船体抵抗の表式を求めた。 既報[2]に示したように,時々刻々の物体表面条件を正確に取り扱うために時間領域問題として定式化した場合,得られる船体抵抗の表式には,前報で計算結果を示し

た抵抗増加に相当する成分の他に,造波抵抗に類似の抵抗成分が現れる。その表式

からは,この抵抗成分は平水中の定常造波と同じ所謂 Kelvin 波の発生に依ることは明らかであるから,ここでは仮にこの抵抗成分を波浪中の造波抵抗と呼ぶことにする。 一般に,平水中の造波抵抗を定量的に推定することは限られた場合を除いて極め

て困難であり,波浪中の造波抵抗についても同様と考えられる。しかし,波浪中を航行

する船舶に働く造波に起因する抵抗の内,波浪中の造波抵抗は主要な成分と考えら

れるから,本報ではこの抵抗成分を取り上げ,没水体近似を用いた数値計算により,

その定性的な性質を検討する。

2.計算式 2.1波浪中の造波抵抗

前報[1]によれば,大波高波浪中の造波による抵抗は次式のように表される。

0n w

nR R R

=

= +∑ (1)

前報では,(1)式右辺の nR の内, 1, 2,3,...n = ∞の項と wR の和を,線形流場を仮定し

た場合の波浪中抵抗増加に対応する量として,数式船型に対する数値計算により,喫

水線上の船型が抵抗値に与える影響を検討した。これに対して 0R は線形流場では造波抵抗に相当する量であり,緒言で述べた通り,一般には定量的評価は困難である。 本論では 0R を波浪中の造波抵抗と呼ぶことにする。流体の密度を ρ ,船の前進速

度をU ,重力加速度を g ,定常造波の波数を 20 ( / )K g U= とするとき,Fig.1に示す座

標系に対して,波浪中の造波抵抗 0R は次式で与えられる。

Fig.1 Coordinate systems and variable definitions

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3

0

2

0 0 0 2 20

( )e ( )eikx ikx

K

kR x dx x dx dkk K

ρσ σ

π

∞ ∞ ∞′−

−∞ −∞

′ ′=−

∫ ∫ ∫ (2)

ここで は複素共役を表す。吹出し分布 0σ は,入射波角周波数をω ,入射波波数を2( / )K gω= とするとき,出会い角周波数を ( )e UKω ω= + ,出会い周期を ( 1/ )e eT ω= と

して次式で表される。 /2

0/2

1( ) ( ; ) ( ; )e

e

T

x z we T

x V A x t V B x t dtT x

∂σ

∂−

= +

∫ (3)

ここで, Aは時々刻々の船体没水部の断面積, wB は水線幅であり, xV , zV は船体断

面の前後及び上下方向の流体との相対速度であり,次式で与えられる。

1x wV U uξ= − − +& , 3 5( )z G wV x x wξ ξ= − − −& & (4)

ここで, 1ξ , 3ξ , 5ξ はそれぞれ surge,heave,pitchの動揺変位であり,・は時間微分,

Gx は長さ方向の重心位置 wu , ww は入射波波粒子の前後及び上下方向の速度を表

す。波面下の時々刻々の相対喫水を rd とするとき, rd は d を静止時の喫水, sζ を平

水中航行時の船側波高, aζ を入射波波振幅として次式で与えられる。

3 5( ; ) { ( ) e }e ( )ei tiKxr G a sd x t x x x dωξ ξ ζ ζ= − − − − + + (5)

(3)式の A, wB は船底から rd の位置における船体没水部の断面積と水線幅になる

が,これらの時々刻々の値は,前報[1]と同様に,実際の数値計算では船底からの高さの 6次多項式で表して計算している。このとき(4)式の wu , ww は,波粒子の代表速度を計算する深さ wd を / 2w rd d= として次式で与えている。

( ; ) ( )( ; ) Re[ e ]w eKd x t i Kx tw au x t ωωζ − + += − , ( ; ) ( )( ; ) Re[ e ]w eKd x t i Kx t

w aw x t i ωωζ − + += (6)

(6)式は船体が入射波とは逆位相で変形すると解釈され,これを図示するとFig.2のようになる。図に表すと奇異な印象を受けるが,非線形ストリップ法などで入射波の有

限振幅の影響を近似的に取り入れるため用いられている一般的な手法である。

Fig.2 Scheme of the effect of the finite wave amplitude

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(2)式の積分は,花岡[3],渡辺[4]が非定常問題に対して用いた方法に倣い,2

0( / ) 1k Kλ = − と変換すれば,次式のように積分端点の特異性が除去される。

2 20 0

/2 /22 ( 1) 1( )2 2

0 0 0 0/2 /2 0

( ) ( ) e 1s

L LK d iK x x

L L

R K x dx x dx dλ λρσ σ λ λ

π

∞′− + − + −

− −

′ ′= +∫ ∫ ∫ (7)

平水中の造波抵抗は,(2),(7)式の 0σ の代わりに,次式で与えられるσ を代入する

ことで得られる。

( ) ( )x U A xx

∂σ

∂= − (8)

没水体近似とするため,実際の数値計算では 0σ ,σ に2

0/e sk K d− を乗じ,吹出しの没

水深度 sd は喫水 dの 1/2 とした。また,以下の節では簡単のため,船体の動揺を動揺振幅を ˆ

jξ として, ˆRe[ e ]ein t

j jωξ ξ= , ( j =1,3,5) (9)

と置き,前報で取り上げたmodified Wigley船型を取り上げ,Journéeのレポート[5]から読み取った運動計測結果を用いた。 2.2波紋

非定常波形解析から定常波の成分を求め平水中の定常波(Kelvin 波)と比べると,船首波形が前進しているという報告[6]がある。そこで本論では数値計算でそのような現象が再現できるか否かを,平水中と大波高波浪中の定常波について波形を計算し

て比較した。簡単のため,今回は局部波成分を省略し,自由波成分のみ計算を行っ

た。大波高波浪中の自由波波形は以下のように計算される。 速度ポテンシャルをφ とすると,波形ζ は次式によって得られる。

0z

Ug x

∂φζ

∂ =

= −

(10)

速度ポテンシャルφは,自由波成分のみとると次式で表される。

2 2 2200

0

/2 2( / )/ ( ) 0

0 2 2 2/2 0

/( , , ) ~ ( )e e2 ( / )

s

Li k K k y ikxk K z d ikx

K L

k Kix y z x dx dkk K k

φ σπ

∞− +′− + −

′ ′−

∫ ∫ (11)

(11)式を(7)式と同様に変数変換し(9)式に代入すると,次式が得られる。

2 22 20 00 0

/21 1( 1) 1 20

00 /2

1 ( )e e 12

s

LiK y iK xK d iK x

L

K x dx dU

λ λ λλ λζ σ λ λπ

∞+ + +′− + − +

′ ′= +∫ ∫ (12)

(12)式の 0σ の代わりに(8)式のσ を代入すると,平水中の自由波波形が得られる。

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3.計算結果と考察 3.1波浪中の造波抵抗

前報[1]と同様に,垂直舷側船型の Type-A とフレア付き船型の Type-Eの 2種類の modified Wigley 船型に対して数値計算を行った。これらの船型の正面線図と要目は前報を参照されたい。両船型を比較することにより,喫水線上の船型が波浪中の

造波抵抗に与える影響を推し量ることができる。船体は長さ方向に 20 分割したが,波形,波紋の計算では分割間隔が粗すぎたため,分割区間の中間位置における吹出し

分布の値を線形補間して計算に用いた。尚,前進速度の大小によって定性的な性質

が大きく変化するとは考え難いため,以下の計算では何れの計算項目についても

Froude数は 0.2 としている。 Fig.3,4 に造波抵抗係数を示す。造波抵抗係数は次式の様に定義した。凡例の Lは船長,Hは波高を示し,L/H=∞は平水中の値を示す。

00 2 21/ 2aw

RKB Uρ

= (13)

(7)式に(3)式を代入して得られる波浪中の造波抵抗には,波浪中の抵抗増加成分も含まれている。このため Fig.3,4 に示すように,この抵抗成分は入射波波長,波高によって変化する。Fig.3,4では,船体動揺が同調する波長船長比でピークをとることがわかり,波長によらず抵抗値は増加する傾向にあることがわかる。また,ピーク値に

おける抵抗の増加量は,平水中の造波抵抗と同程度の量に達している。 船長波高比 /L H を 106として,ほぼ平水に近づけた場合にも,波浪中の造波抵抗

と平水中の造波抵抗の間には,なお大きな差のあることがわかる。入射波波高がゼロ

になった場合,(3)式右辺中括弧内第 2 項はゼロとなり,第 1 項の xV も船の前身速度U のみとなるため,計算式上は(8)式に一致するように見えるが,(8)式が静止喫水線下の船型に対して計算されるのに対して,(3)式は航走波形の波面下の船型に対して計算されるため,この差が抵抗値に大きな差異となって現れたものと考えられる。

0 ( )A x , ( )A x の分布形状は所謂 pC カーブであるから,造波抵抗の差は,定常航走波

形を考慮するか否かという pC カーブ計算法の差であるといえる。 このような pC カーブの差を生じる原因となった定常航走波の波形 sζ は,前報[1]と同様に,次の小林等の実験式[7]を用いている。

2 0.35( 1)2 (1 )( ) 0.75 cos e (0.0025 0.005) cos7.2 0.78 2s n n

E n

BL F F LL F

ξπ ξ πξζ ξ −−

= − +−

(14)

上式において, Lは船長, lは半船長( / 2l L= ),bは半幅であり, /x lξ = とし, nF は

Froude数, EL は水線面のエントランス長さである。

Fig.3,4 から明らかなように,波浪中の抵抗増加と同様に,フレア付きの Type-E 船型の方が船体運動の増大に伴う波浪中の造波抵抗の増加が顕著である。

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0.00

0.01

0.02

0.03

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5

λ/L

Kaw

0

L/H=∞

L/H=10^6

L/H=25

Fig.3 Wave resistance coefficients for Type-A modified Wigley hull at Fn=0.2

0.00

0.01

0.02

0.03

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5

λ/L

Kaw

0

L/H=∞L/H=10^6L/H=25

Fig.4 Wave resistance coefficients for Type-E modified Wigley hull at Fn=0.2

3.2吹出し分布と pC カーブ

(3)式と(8)式で表される吹出し分布 0σ とσ について計算を行った。結果を Fig.5,6に示す。 0σ について,船長波高比 L/Hは,平水中航走時の波形の影響のみが現れるL/H=106の場合と,入射波と船体動揺の影響が顕著となるL/H=25の場合とし,何れも波長船長比 / 1.0Lλ = の場合を示している。 Type-A 船型,Type-E 船型共に,航走中の船首波の影響を大きく受けているが,フレアのある Type-E船型の方が影響はより顕著である。 次に,同じケースについて Cpカーブ(横裁面積曲線)を求めた結果を Fig.7,8に示す。図中 maxA は平水中の最大横断面積, 0A は次式で与えられる時間平均の横断面

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-0.6

-0.4

-0.2

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

-0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

x/L

σ/VB

σ(x)

σ0(x) L/H=10^6

σ0(x) L/H=25

Fig.5 Source distributions for type-A modified Wigley hull

-0.6

-0.4

-0.2

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

-0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

x/L

σ/VB

Fig.6 Source distributions for type-E modified Wigley hull

積である。 /2

0/2

1( ) ( ; )e

e

T

e T

A x A x t dtT −

= ∫ (15)

吹出し分布と同様に,航走波,入射波,船体動揺の影響を受けているが,吹出し分

布よりも顕著な変化が見られる。特に船体中央付近の変形が大きいが,計算対象とし

たmodified Wigley船型は,船体中央付近においても断面形状が V字型をしているため,水面変化の影響がより顕著に現れたものと考えられる。

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0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

-0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

x/L

A 0(x )/A maxA(x)

A0(x) L/H=10^6

A0(x) L/H=25

Fig.7 Prismatic curves for type-A modified Wigley hull

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

-0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

x/L

A 0(x )/A max

Fig.8 Prismatic curves for type-E modified Wigley hull 3.3波紋

前節で求めた吹出し分布を基に波紋の計算を行った。Type-A船型に対する結果をFig.9~11 に,Type-E船型に対する結果を Fig.12~14 に示す。波高は吹出しの没水深度 sd で無次元化している。Fig.9,10,12,13 に示す波紋の図では,上側の図(左舷側)が平水中航行時の波紋を示し,下側の図(右舷側)が波浪中の Kelvin 波の波紋を,半月状の黒い部分が船体の範囲を示している。両者の定性的な性質には大

きな差異は無く,位相のズレも殆ど見られないが,波高は平水中よりも波浪中の方が,

船型ではフレア付きの Type-E船型の方がより大きくなっている。 Fig.11,14に船体中心線上の波形を示す。波紋と同様に波浪中の波高の方が高いが,位相には差異が見られず,やはり Type-E船型の方が波高の高いことがわかる。

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-0.3

-0.2

-0.1

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

-0.8 -0.6 -0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6

x/L

ζ/d sL/H=∞

L/H=10^6

L/H=25

Fig.9 Kelvin wave system of type-A modified Wigley hull in calm water(upper) and in head wave(lower:λ/L=1,L/H=106) at Fn=0.2

Fig.10 Kelvin wave system of type-A modified Wigley hull in calm water(upper) and in head wave(lower:λ/L=1,L/H=25) at Fn=0.2

ζ/ds

ζ/ds

Fig.11 Wave profiles of type-A modified Wigley hull along the ship centerline

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-0.3

-0.2

-0.1

0.0

0.1

0.2

0.3

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-0.8 -0.6 -0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6

x/L

ζ/d sL/H=∞

L/H=10^6

L/H=25

Fig.12 Kelvin wave system of type-E modified Wigley hull in calm water(upper) and in head wave(lower:λ/L=1,L/H=106) at Fn=0.2

Fig.14 Wave profiles of type-E modified Wigley hull along the ship centerline

Fig.13 Kelvin wave system of type-E modified Wigley hull in calm water(upper) and in head wave(lower:λ/L=1,L/H=25) at Fn=0.2

ζ/ds

ζ/ds

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4.結言 文献[2]及び前報[1]に示した通り,自由表面条件を線形化した場合においても,船体表面条件を厳密に取り扱えば,平水中の造波抵抗と波浪中の抵抗増加を明確に分

離することが不可能になる。実験的には波浪中の全抵抗から平水中の全抵抗を差し

引いたものを波浪中の抵抗増加とするので,推定計算上も同様に扱うのが妥当である。

しかし,緒言に述べた通り,一般に平水中/波浪中の造波抵抗の推定法は定量的な

精度を持っておらず,推定計算ではこのような取り扱いが困難である。 このため本論では,Kelvin 波の造波による抵抗成分が波浪中でどのように変化す

るかについて,数値計算による定性的な検討を行った。数値計算の結果によると,波

浪中の造波抵抗は入射波波長により変化し,増加量はピーク値で平水中の造波抵抗

と同じオーダーに達する可能性のあることが示された。このことは,本論で取り上げた

造波抵抗成分を考慮しない通常の線形流場を仮定した抵抗増加計算では,大きな推

定誤差を生じる可能性があることを示唆しているものと考えられる。 平水中の波形解析,波浪中の非定常波形解析は,実験的にその分析を行うことが

可能であるが,後者では前者以上に波崩れの影響が大きく,抵抗値の定量的な推定

は困難なようである。このため実在の漁船に対して非定常波形解析を適用した場合に

も定量的な推定精度には疑問があるが,喫水線上の船型の評価,改良には有力なツ

ールとなる可能性がある。現在,刺網漁船について非定常波形解析を実施しデータ

の解析を進めており,今後何らかの知見が得られれば報告したいと考えている。 平水中の問題に限ってみると,船側波形を考慮した没水形状では,船側水位の変

化によるCpカーブの変化量がかなり大きいことがわかる。Cpカーブは造波抵抗に支配

的な影響を与えることが知られており,平水中の船側波形や航走姿勢を考慮した場合,

どのような Cp カーブが造波抵抗を極小化するものとなるのか,特に,沿岸漁船に見ら

れる,静止時にはその上半部が水面上にあるが高速航走時には船首波と航走姿勢の

変化によって全没する船首バルブを持つ船型について,合理的な設計法はどうある

べきかを今後検討する必要がある。 受付日 2011年 3月 29日 受理日 2011年 8月 2日

参考文献 [1] 升也利一: 喫水線上の船型の影響を考慮した波浪中抵抗増加の計算-第 1報:

長波長入射波の場合-,数理水産科学,6,(2008),pp.40-57.

[2] 升也利一: 大波高向波中を航行する薄い船に働く流体力と船体運動の計算法,

水産工学研究所研究報告, 17, (1996), pp.51-63.

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[3] 花岡達郎,安藤定雄: 縦波中の船の運動の計算(その 1 波動関数の数値計算),

船研研究発表会講演集, (1967), pp.18-22.

[4] 渡辺巌: 薄い船の理論に基づく非定常流体力計算法,関西造船協会誌,217,

(1992),pp.85-94.

[5] Journée, J. M. J.: Experiments and calculations on four Wigley hullforms, Delft

University of Technology, (Report/Ship Hydrodynamic Laboratory; 909), (1992).

[6] 柏木正: 非定常波形解析法を用いた波浪中抵抗増加の研究,日本船舶海洋工

学会講演論文集,10,(2010),pp.573-574.

[7] 小林正典, 他: 船舶の耐航性に関する理論計算プログラム(その 1. 理論計算式),

三井造船技報, 82, (1973), pp.18-51.

著者略歴 1983 横浜国立大学工学部船舶海洋工学科卒業 1986 東京大学大学院工学系研究科船舶工学専門課程修士課程修了 1986 水産庁 水産工学研究所 漁船工学部 船体性能研究室 1995 同上 漁船工学部 主任研究官 1997 同上 漁船工学部 海洋測器研究室長 1998 同上 漁業生産工学部 船体研究室長 2010 同上 漁業生産・情報工学部 漁船工学グループ 船体研究チーム長 2011 同上 漁業生産工学部 漁船工学グループ 主幹研究員 研究対象:船舶・海洋構造物の造波問題,水棲生物の音響散乱モデル 所属学会:日本船舶海洋工学会,日本水産工学会,数理水産科学会