子の有無と図書館利用・情報行動の関係

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子の有無と図書館利用・情報行動の関係 How children affect parents’ library use and information behavior 佐藤翔 1 Sho SATO 1 1 同志社大学免許資格課程センター 1 Center for License and Qualification, Doshisha University あらまし:本研究では子の有無が図書館利用と情報行動に与える影響を明らかにするため に、国立国会図書館による「図書館利用者の情報行動の傾向及び図書館に関す る意識調査」データの再分析を行った。結果から、同居する子を持つ親、特に 未就学児と小・中学生の母親は有意に図書館を利用する傾向がある一方、子を 持つ者は本を読む頻度が有意に少なかった。「子の付き添いで図書館を訪れる ようになるが、自分の読書時間は子のために確保できず、自分自身のためには 図書館を利用していない」という利用者像が浮かび上がった。 キーワード:利用者調査、図書館利用、情報行動、家族 1.はじめに 本研究の目的は子の有無が図書館利用と情報行動に与える影響について、図書館の利用者・ 非利用者双方を含む全国規模のオンライン調査結果のデータに基づき明らかにすることである。 自身の成長や子ができること、さらにその子の成長等、ライフステージの進行に伴う図書館 利用行動の変化については、河村らによる札幌市の住民調査に基づく研究で詳しく検討されて いる[1] 。河村らによれば、図書館を最も利用しているのは小学生であり、その後成長に伴っ て図書館利用が減ること、しかし自らに子どもができると、特に女性は子の付き添いのため図 書館利用が増えることがわかっている。さらに、このような母親の利用は子の成長により、付 き添いが不要になると減少するとされている。ここから、親自身に図書館利用習慣が定着する わけではないことが示唆される。 本研究ではこの親による図書館利用習慣が定着しない理由を、親の図書館利用はあくまで子 の付き添いに過ぎず、本人のための利用にはつながっていないことにあると仮定する。この仮 説を検証するとともに、親自身のための利用につながらない要因を明らかにするために、本研 究では国立国会図書館が実施した「図書館利用者の情報行動の傾向及び図書館に関する意識調 査」(以下、「NDL 調査」)[2]のデータの詳細分析を行う。NDL 調査は人々の図書館利用行 動に加え、回答者の属性や日常のメディア利用に関する詳細も尋ねたものである。図書館だけ ではなく、メディア利用等の情報行動についても子の有無によってどう変化しているか分析す ることで、図書館利用者としての子を持つ親の実像のより深い理解につながると考える。 2.調査方法 NDL 調査は 2014 12 12 日から 17 日にかけ、楽天リサーチ株式会社のモニターを対象 に実施されたオンライン調査である。有効サンプル数は 5,000 件であるが、これらのサンプル はモニターの中から完全無作為に抽出されたわけではなく、2014 1 1 日時点の住民基本 台帳の人口に基づいて、11 の地域別・性別・年代別に日本の人口比率に対応した回答者構成 になるよう、割付けが行われている。これらの属性については日本の実態に近い回答者構成と

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Page 1: 子の有無と図書館利用・情報行動の関係

子の有無と図書館利用・情報行動の関係

How children affect parents’ library use and information behavior

佐藤翔 1

Sho SATO1 1 同志社大学免許資格課程センター

1Center for License and Qualification, Doshisha University

あらまし:本研究では子の有無が図書館利用と情報行動に与える影響を明らかにするため

に、国立国会図書館による「図書館利用者の情報行動の傾向及び図書館に関す

る意識調査」データの再分析を行った。結果から、同居する子を持つ親、特に

未就学児と小・中学生の母親は有意に図書館を利用する傾向がある一方、子を

持つ者は本を読む頻度が有意に少なかった。「子の付き添いで図書館を訪れる

ようになるが、自分の読書時間は子のために確保できず、自分自身のためには

図書館を利用していない」という利用者像が浮かび上がった。

キーワード:利用者調査、図書館利用、情報行動、家族

1.はじめに

本研究の目的は子の有無が図書館利用と情報行動に与える影響について、図書館の利用者・

非利用者双方を含む全国規模のオンライン調査結果のデータに基づき明らかにすることである。

自身の成長や子ができること、さらにその子の成長等、ライフステージの進行に伴う図書館

利用行動の変化については、河村らによる札幌市の住民調査に基づく研究で詳しく検討されて

いる[1]。河村らによれば、図書館を最も利用しているのは小学生であり、その後成長に伴っ

て図書館利用が減ること、しかし自らに子どもができると、特に女性は子の付き添いのため図

書館利用が増えることがわかっている。さらに、このような母親の利用は子の成長により、付

き添いが不要になると減少するとされている。ここから、親自身に図書館利用習慣が定着する

わけではないことが示唆される。

本研究ではこの親による図書館利用習慣が定着しない理由を、親の図書館利用はあくまで子

の付き添いに過ぎず、本人のための利用にはつながっていないことにあると仮定する。この仮

説を検証するとともに、親自身のための利用につながらない要因を明らかにするために、本研

究では国立国会図書館が実施した「図書館利用者の情報行動の傾向及び図書館に関する意識調

査」(以下、「NDL 調査」)[2]のデータの詳細分析を行う。NDL 調査は人々の図書館利用行

動に加え、回答者の属性や日常のメディア利用に関する詳細も尋ねたものである。図書館だけ

ではなく、メディア利用等の情報行動についても子の有無によってどう変化しているか分析す

ることで、図書館利用者としての子を持つ親の実像のより深い理解につながると考える。

2.調査方法

NDL 調査は 2014 年 12 月 12 日から 17 日にかけ、楽天リサーチ株式会社のモニターを対象

に実施されたオンライン調査である。有効サンプル数は 5,000 件であるが、これらのサンプル

はモニターの中から完全無作為に抽出されたわけではなく、2014 年 1 月 1 日時点の住民基本

台帳の人口に基づいて、11 の地域別・性別・年代別に日本の人口比率に対応した回答者構成

になるよう、割付けが行われている。これらの属性については日本の実態に近い回答者構成と

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なっていると言えるが、オンライン調査であるため、インターネット利用者の割合は日本の実

態よりも相当程度、高くなっているであろう点に留意が必要である。

質問項目は図書館の利用経験や図書館に対するイメージ等、テレビ・新聞等のメディアの利

用状況やその目的等、家族構成や年齢等の本人の属性等、多岐に渡る。回答については集計結

果を示したレポートや集計表だけではなく、回答データそのものもオンラインで公開されてお

り、利用申請等することなく誰もが自由に再分析し、結果を公開できることになっている[3]。

本研究ではこれらのデータの中で、従属変数として、1) 公共図書館・移動図書館の利用経

験(利用した/この 1 年は利用しなかったが、1 年以上前には利用したことがある/この 1 年

は利用しなかったし、過去にも利用したことはない、の 3 択からの択一式)、2) 各メディア

の利用頻度を採用する。また、独立変数としては 1) 家族構成の中で同居する子の有無(未就

学、小・中学生、高校生、19 歳以上)、2) 性別を採用する。また、図書館の利用経験とメデ

ィアの利用頻度については相互の関係も分析する。

なお、子の有無による分析は、年齢による統制を加えないと若年者(大部分が子を持たな

い)や高齢者(子を持つが、多くは既に成人しており図書館を同伴利用等はしない)の行動の

特徴の影響を区別できなくなる。集計の結果、未就学~高校生の子を持つ親の割合が高いのは

30~40 歳代(いずれも約 39%の回答者が子と同居)であり、それ以外は 20 代・50 歳代で約

16%、60 歳代以上では高校生以下の子との同居者はほとんどいなくなる。そこで以下では、

30~40 歳代の回答者に限定して分析を進める。

3.調査結果

3.1 子の有無と図書館利用の関係

図 1 は子の有無と公共図書館・移動図書館の利用の関係を示したものである。同居する子の

有無によって過去 1 年間の図書館利用には顕著な差があり、子を持つ回答者は持たない回答者

より 10%以上、図書館利用者の割合が高い(カイ二乗検定より、p<0.001 で有意)。さらに同

居する中で最も幼い子どもの年齢層別で見ると、図書館利用者の割合が高いのは未就学児の親

(図書館利用者が 50%)と小・中学生の親(47%)である。高校生の親(36%)や 19 歳以上

の子の親(37.2%)の場合、子を持たない回答者と図書館利用者の割合に大きな差がない。

図 1 子の有無と 2014 年の図書館利用(30~40 代の回答者に限定、N=1,679)

また、男女別に見ると子の有無に関わらず男性よりも女性が図書館を利用している傾向があ

る。特に顕著な差があるのは小・中学生以上の子を持つ回答者の場合で、男女での図書館利用

者の割合に 10%以上の開きがある。一方、同じ性の中では男女ともに子を持つ親の方が図書

館を利用している傾向があり、未就学児と小・中学生の親で最も利用者の割合が高い。

以上のように、30~40 歳代の回答者の中で最も図書館を利用しているのは未就学児と小・

中学生の母親である。この傾向は河村らの先行研究で示されたライフステージ進行に伴う図書

館利用の変化と合致するものである。また、未就学児や小・中学生の父親も、子を持たない男

Page 3: 子の有無と図書館利用・情報行動の関係

女よりも図書館をよく利用している傾向がある。このように、子を持つことは男女問わず、図

書館の利用について正の影響を持つことが、本研究のデータからも確認された。

3.2 子の有無とメディア利用の関係

現在の日本において、公共図書館利用者の主たる利用目的は本を中心とする資料を借りるこ

とであり、それは本研究の結果においても同様である。しかしその本の利用傾向について、子

の存在は図書館利用の場合とは異なる影響を有する。

図 2 は子の有無と「本を読む」頻度の関係を示したものである(ここでいう本の中にはマン

ガ・雑誌を含まない)。同居する子の有無と本の利用頻度には有意な関係があり、子を持つ回

答者では 1 日 1 回以上、本を読む者の割合が子を持たない回答者よりも約 9%、低くなってい

る。本をほぼ読まない回答者の割合も子を持つ者の方が高い。カイ二乗検定より、この傾向の

差は p<0.01 で有意である。他に子の有無によって傾向に有意差が出るメディア利用行動とし

ては新聞閲読、音楽鑑賞、映画鑑賞があり、新聞閲読は子を持つ親の方が、音楽鑑賞と映画鑑

賞は本と同様、子を持たない者の方がよく行っている傾向がある。テレビ視聴、ラジオ視聴、

マンガ・雑誌の閲読、インターネットの利用等には子の有無による有意な差は存在しない。

図 2 子の有無と本を読む頻度(30~40 代の回答者に限定、N=1,596)

同居する中で最も幼い子どもの年齢層別で見ると、子を持つ親同士の間では本を読む頻度に

有意な差は存在しない。また、男女別で見ると、子を持つ親の方が本を読む頻度が有意に減る

のは女性の場合であるが、男性も p>0.05 と有意ではないものの、やはり子を持つ者の方が本

を読まない傾向が見られる。図書館利用の場合とは異なり、子を持つことは本を読むという習

慣にとって負の影響を持つこと、とりわけ母親に対してその影響は顕著であると言える。

3.3 子の有無と図書館利用・メディア利用の関係

図 3 は 2014 年中に図書館を利用した回答者の間での子の有無と本を読む頻度の関係を、図

4 は 1 日 1 回以上本を読む回答者の間での子の有無と図書館利用頻度の関係を見たものである。

図 3 子の有無と本を読む頻度 図 4 子の有無と 2014 年の図書館利用

(図書館利用者に限定、N=640) (毎日本を読む者に限定、N=401)

Page 4: 子の有無と図書館利用・情報行動の関係

図 3 から明らかに、図書館を利用している回答者の間に限っても、子を持つ親は持たない回

答者よりも本を読む頻度が少ない傾向がある。逆に図 4 から、毎日 1 回以上、本を読む回答者

の間に限っても、子を持つ親は持たない回答者よりも図書館を利用する傾向が見られる。

子を持つことは本を読む頻度と関係なく図書館利用に正の影響を与えると言えるが、逆に図

書館利用の有無と関係なく、子を持つことは本を読む頻度に負の影響を与えると言える。

4.考察

本研究の結果から、子を持つことは図書館利用に正の影響を与える一方で、本を読む頻度に

は負の影響を与えること、そしてそれは図書館を使わない人々の間で本を読まない者が増える

のではなく、まさに図書館を使っている人の間でも子を持つ親は読書の頻度が少ない傾向があ

ることがわかった。

この結果は、「はじめに」で述べた、親の図書館利用はあくまで子の付き添いに過ぎず、本

人のための利用にはつながっていないという仮説を支持するものである。子を持つ親は子を図

書館に連れて行くために図書館を訪れるようになるが、自分が本を読む頻度も増えるわけでは

ない。子が成長し親の同伴が不要になると、図書館を利用する者が減っていくのはそのためで

ある。親は子どものために図書館を訪れるのであり、必ずしも自身のために利用しているわけ

ではない。

さらに子のための図書館利用が親自身の利用につながらない理由についても、本研究の結果

から示唆されている。テレビ・ラジオ視聴やインターネットの利用等、多くのメディアのりよ

う頻度と子の有無の間に関係がない中で、読書以外に子の有無が負の影響を持ったのは、音楽

鑑賞と映画鑑賞である。テレビ等が家庭内で利用できるのに対し、映画を鑑賞するためには映

画館に出向く必要がある。また、音楽鑑賞はもちろんコンサート等、複数人でも体験できるも

のであるが、現代においては多くの場合、MP3プレイヤー等で個人単位で鑑賞することが多い

ものである。いわば個人的に、没入する必要があるメディアについて、子を持つことはその利

用頻度に負の影響を与えている。当然と言えば当然であるが、子を持つことは親にとって一人

で自由に使える可処分時間を減らすことであり、個人的なメディア利用を減らすことなのであ

る。

以上の結果から、「子どもに付き添うために図書館を訪れるようになるが、自分の読書のた

めの時間は子のために確保できない、そのため自身のために図書館を利用しているわけではな

い」という利用者像が浮かび上がった。図書館利用習慣の継続につながるような方策を考える

ためには、まずこのような利用者実態を踏まえておくことが必要だろう。

5.謝辞

本研究で用いたデータは国立国会図書館「図書館利用者の情報行動の傾向及び図書館に関す

る意識調査」に基づくものです。

6.引用文献

[1] 河村芳行, 歳森敦, 植松貞夫. 広域利用可能地域における世帯レベルの図書館利用行動:札

幌市住民調査をもとに. 日本図書館情報学会誌. 2010, vol.56, No.2, p.65-82.

[2] 国立国会図書館. “図書館利用者の情報行動の傾向及び図書館に関する意識調査”. カレント

アウェアネス・ポータル. 2015, http://current.ndl.go.jp/FY2014_research, (2015-05-30 参照).

[3] 国立国会図書館. “本調査結果の利用条件について”. カレントアウェアネス・ポータル.

2015, http://current.ndl.go.jp/node/28249, (2015-05-30 参照).