57 “気を回してくれる” システムの実現 - nttcomkpi 02 特集...

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1日にスマートフォンなどの機器から情報アクセスに費やす時間は年々長くなり、タッチパネルの操作回数も 増大した。便利になったようでその実、気付けば毎回同じような情報を入力したり、相手が人間なら 察してくれることをいちいち情報として与えなければならなかったりと、もどかしく思うことも多い。もちろん 利用者が能動的に操作や設定をしておかなければ、機器側で勝手に情報を提供してくれたりはしない。 もっと今の自分の置かれている状況(=コンテキスト)を理解して、タイムリーに 適切な情報が欲しいと思ったことはないだろうか。こうした、秘書のような“気の回し方”を 実現しようとする考え方は「コンテキストアウェアプログラミング」と呼ばれ、 今後のICTサービスの質を向上させる重要な概念と目されている。 “気を回してくれる” システムの実現 コンテキストアウェアプログラミングが拓 く、人と機器との新たな関係 2

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Page 1: 57 “気を回してくれる” システムの実現 - NTTComKPI 02 特集 “気を回してくれる”システムの実現 07 社長対談[6] IT部門は事業部門の「共謀者」となり

1日にスマートフォンなどの機器から情報アクセスに費やす時間は年々長くなり、タッチパネルの操作回数も増大した。便利になったようでその実、気付けば毎回同じような情報を入力したり、相手が人間なら

察してくれることをいちいち情報として与えなければならなかったりと、もどかしく思うことも多い。もちろん利用者が能動的に操作や設定をしておかなければ、機器側で勝手に情報を提供してくれたりはしない。

もっと今の自分の置かれている状況(=コンテキスト)を理解して、タイムリーに適切な情報が欲しいと思ったことはないだろうか。こうした、秘書のような“気の回し方”を

実現しようとする考え方は「コンテキストアウェアプログラミング」と呼ばれ、今後のICTサービスの質を向上させる重要な概念と目されている。

“気を回してくれる”システムの実現

コンテキストアウェアプログラミングが拓ひ ら

く、人と機器との新たな関係

1 2

▼ 最近、経営戦略やオンラインビジネスの分野で、よく耳

にするようになったのが「KPI」という言葉だ。「KPI」とは

「Key Performance Indicator」を略したビジネス用語

で、「重要業績指標」「重要業績評価指標」などと訳される。

プロジェクトや仕事の目標達成のために、ビジネスの現状を

測定する指標のことをいう。

▼飲食店を例に挙げよう。1カ月の売り上げを20万円増や

す目標があったとすると、単価を上げるか、客数を増やす必

要があるが、客単価を上げるというのも1つの手だ。そこで

例えばセットメニューを充実させ、単品よりもセットで頼む客

を増やして客単価を上げ、最終的に売り上げ増を達成しよう

という戦略を立てたとする。この場合、「月の売り上げ20万

円増」が最終目標で、「セットメニューのオーダー数」がKPI

となる。セットメニューのオーダー数が予測を下回る場合は、

メニュー内容を見直したり、ターゲットとする客層の好みや

注文の傾向を分析したりして改善できる。KPIを設定してお

けば、売上目標から遠のかないよう、軌道修正ができるとい

うわけだ。ちなみに、最終目標の指標のことは、「KGI(Key

Goal Indicator)」と呼ぶ。

▼Webサイトの新規構築やゲームの開発運営においては、

アクセス解析データを基に、新規ユーザーの獲得数や、ユー

ザーのサイト内滞在時間などのKPIを設定する。数値を分

析し、短時間で数多く改良することで、業績を急速に伸ば

す企業が注目された。主にIT用語として認知が拡大したが、

通常のビジネスシーンで使用されるケースも増えつつあり、

IT業界にとどまらず幅広い分野で登場する用語となった。

CO

NT

EN

TS

NTT COMWARECORPORATEMAGAZINE

2013 vol.

『てら』には2つの意味があります。1つは、数量単位で「兆=10の12乗」。これはギガビットの次の大容量伝送処理能力のこと。もう1つは、「地球・大地」(ラテン語)の意味で、環境にやさしい企業活動を続けたいということです。

明日につながる基礎知識COLUMN

KPI▶けーぴーあい ▶ケーピーアイ

コムジン詳しくは… 検索 http://www.nttcom.co.jp/comzine/

5701 COLUMN 明日につながる基礎知識 KPI

02 特集 “気を回してくれる”システムの実現 07 社長対談[6]

IT部門は事業部門の「共謀者」となり 世の中のニーズに応える新たなビジネスを創出 株式会社リクルートマーケティングパートナーズ 執行役員 兼 アド・オプティマイゼーション推進室室長 藤原 章一 氏 NTTコムウェア 代表取締役社長 海野 忍11 COMWARE'S EYE フィッシング対策ソリューション『P

フ ィ ッ シ ュ カ ッ ト

HISHCUT ®』 多様化・巧妙化する手口にいち早く対応し ネットバンク利用者様の情報をフィッシングから守る

15 研究開発部技術レポート 安全で効率的なエネルギー管理を実現するNTTコムウェアのM2M基盤技術

17 ニッポン・ロングセラー考 〈シャボン玉浴用〉健康な体ときれいな水を守る無添加石けんのパイオニア

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整ってきた要素技術と利用環境

 コンテキストアウェアプログラミングを実現する要素技術を、レイヤーごとに整理していくと次のようになる。○通信基盤の整備 一般的モバイル通信網でも最大で75Mbps(FDD-LTE*)の高速通信が可能となり、建物内や地下のような遮蔽された場所でもWi-Fi環境が整備されてきた。結果、都市部でネットワークに接続できない場所は限定的となってきた。通信にかかる費用も比較的安価に抑えられている。こうした条件により、利用者は広帯域のネットワークとデジタル機器を“当たり前に”利用するようになり、特定の場所でしか使えなかった時代と比べて、行動は本質的に変わった。* Frequency Division Duplex Long Term Evolution:3G携帯電話の高速データ通信の仕様LTEの一種。上り/下りの多重化に周波数分割多重方式を採用し、双方向同時の通信を実現した。

○機器への各種センサーの実装 国際市場でもシェアにおいてフィーチャーフォンを上回るほど普及したスマートフォンだが、その本体にはGPS、加速度センサーなど多数のセンサーが実装されている。ここまで高度なセンサー技術を集積した機器が広くゆきわたりどこにでもあるということは、利用者側の利便性向上だけでなく、もっと広い観点で見て、かつてないほど細かい単位で定量的情報収集ができることを意味する。○情報処理技術の高度化 スマートフォンなどの機器から送られ

る各種センサーの情報を蓄積し情報処理すること、つまりビッグデータ分析がリアルタイムで可能となった。利用者から見ると、操作するその場で、有効なフィードバックを即時に得られるようになった。

○機器本体からWebサービス セントリックへの消費者行動の変化

 上記の3つは純粋な要素技術として捉えられるが、もう1つ重要なのは消費者の技術利用に対する行動の変化だ。メール、カレンダー、連絡先などの利用者個人が生成する情報を、手元の機器内だけでなく、クラウド上のWebサービスで管理する人が増えた。それは、クラウドの方が手元の機器内より手間なく安全にデータを保持できると考えられ始め、複数の機器で情報を同期するWebサービスも普及したからだ。また、今やスパムフィルターや検索機能など、機器本体にインストールするアプリよりも多様なサービスがWeb上で提供されており、これも利用者の行動を変えた理由だろう。 以上4つの要素技術は、いずれもこの数年で進化・普及してきた。これらが今という1つの時代に出会い、コンテキストアウェアプログラミングという発想を得て、化学反応を起こそうとしている。

あとは開発者がこの舞台で何を演じるか

 以上のように、コンテキストアウェアプログラミングの要素技術や環境は整っており、あとは開発者がいかにアプリやサービスとして良いアイデアを加味し、実用化していくのかという段階にある。

 こうした新しい技術的実装のアイデアは、「O2Oマーケティング」などの分野で利用が始まっている。利用者の現在地などに応じて適切な情報をタイムリーに提供するNTTドコモの「iコンシェル」は、先駆的なサービスの一例ともいえよう。今後はさらに広く、利用者自身の行動履歴、行動パターン、購買履歴、検索履歴、アドレス帳、スケジュール、ToDoリストなどを総合的に分析して、利用者とサービス提供者の双方に有効な実用的アプリが登場してくるだろう。さらに、外部情報として気象情報、交通情報、経済情報などを組み合わせることで、利用者の情報アクセスへの負担を軽減した方法で、質の向上を図れる。 例えば、現在ではWebサービスのToDoリストに「朝10時にAさんに電話連絡」と書いておいても、10時に電話する際には本体の電話帳から自分で電話番号を探さねばならないが、この操作に疑問を抱く人は少ないだろう。些細なことだが、「コンピュータはこういうもの」という既成概念が技術的な革新を求める発想を阻害しているといえる。 情報のありかがローカルのストレージ内でもクラウド上でも、機器側がアクセス可能な情報は使えるべきだろう。利用者が意識しなくても、各種の履歴から分析した情報も加味してサービスを提供できることが望ましい。そうしたサービスが実現していれば、例えば先の例の場合、利用者が通話アプリを立ち上げた瞬間に、かけるべき電話番号は自動的に選択され、その後、スケジュー

ル帳の記載通り取引先に向かうべくオフィスを出たことを検知した瞬間に「訪問先地域でのゲリラ豪雨に備えて、傘を持って出た方がいい」と通知したり、行き先を設定しなくても、いつも使う公共交通機関に遅れが出たら代替の手段を表示し、早めに出ることを促したり-といったこともサービスとして実現するはずだ(図)。こう考えると、生活のごく基本的な利便性のために、いくつものアプリをインストールし、その都度操作することの方が不自然に思えてくる。 先に例示したようなサービスを開発す

る際の課題は、利用者のコンテキストを認識するために、利用者の情報を1社で集中的に保有する必要があることだ。しかし、WebサービスAPIを使った複数サービスの連携が進めば、各社が得意分野を組み合わせてより質の高いサービスを実現する可能性がある。まだ各社が自社サービスの品質を研ぎ澄ましている段階であるため、他サービスと連携する着想は生じにくいかもしれない。各社のビジネスモデルの維持はもちろん、利用者のプライバシー保護と同意の取得も、何より忘れてはならないポイントだが、これらの

課題が解決できれば、得意分野ごとに研ぎ澄ました“機能分散的な開発”と“サービス連携”が、革新的な実用アプリの可能性、そして産業の拡大を拓くことだろう。 今後、成功事例が国内外でも報告されるようになれば、技術者はもちろん利用者にも、コンテキストアウェアプログラミングの意義が理解され、急速にアプリやサービス間の連携も進むと考えられる。さまざまなアプリやサービスが登場する中で、コンテキストアウェアプログラミングは、利便性の高さを競う実用サービスの核心となると期待されている。

図 コンテキストアウェアサービスの例

整いだした舞台と利用者の意識待望される実サービス利用者が今置かれている状況を、スマートフォンなどの機器が認識し、それを踏まえて必要なサービスを自動的に提供するという「コンテキストアウェアプログラミング」のアイデア自体は、以前からいわれてきた。近年、アイデアを実現するための要素技術が急速に発達・普及したことから、コンテキストアウェアプログラミングの実用化が現実のものになり始めた。実用のアプリケーション(以下、アプリ)の開発が今まさに始まろうとしている。

コンテキストとは何か?

オライリー氏に聞く 技術者はハードウェアの進化をフル活用した開発をさらに推進すべきさまざまな情報を関連付けることでコンテキストを認識し、より利便性の高いサービスやユーザーエクスペリエンスを提供することは、今後のサービス開発で重要な要素となる。情報通信技術の開発の中心地といえる米国西海岸シリコンバレーでは、どのような取り組みが始まっているのだろうか。オープンソースやWeb2.0など今や誰もが知る技術トレンドを産業の動向分析から見いだし、世界に紹介してきた、この分野のエバンジェリストであるオライリーメディア社創業者のティム・オライリー氏にお話を伺った。 ◆取材協力:瀧口範子(米国在住ジャーナリスト)

--利用者がどこにいるかなど、モバイル機器がすでに認識していることを盛り込んで、利用者に情報を提供するプログラムを開発する「コンテキストアウェア

プログラミング」の重要性について、先日ご自身のブログで強調されました。なぜ今、着目しているのでしょうか。オライリー氏:モバイル機器のあり方が

転換期にさしかかっているからです。今やモバイル機器には多様なセンサーが付いていて、できることの可能性が広がりました。それにも関わらず、その利点を開発者は利用していません。ちょうど、25年ほど前、今では当たり前のビットマップ・ディスプレイ(文字や図形情報

もはや利用者本人に何をしたいのか尋ねる必要もないと思っています

会社自宅 取引先A社

外的要素(情報)

コンテキストを収集して

気を回してくれるサービス

●[天気予報] 午後からA社所在地 である××区に ゲリラ豪雨注意報

●ゲリラ豪雨に備えて 傘を持つよう促す

●A社は今日プレゼンテーションを 行う取引先と認識し、関連情報を 自動的に収集、端末に自動通知

●最寄り駅から A社への道順

●時間になったら、自動的に 部長宛に確認を促す●部長の確認により提案書 ファイルのステイタスが 「OK」となった時点で、 自動的に20部出力

●影響する交通機関の 運行情報を認識し、 迂回ルート候補を提案、 出発時間を早める警告

●[経済情報] A社の株価情報 A社の新製品情報

●[スケジュール帳] 要件:プレゼンテーション 日時:○月○日 15:30~ 場所:A社会議室 所在地:XX区YY町Z番地

●[ToDoリスト] 部長確認後 提案書20部出力

予報通りの豪雨

●[運行情報] 私鉄△△△線、豪雨の影響で ××駅※※駅間で速度を落として運行中

●[地図+位置情報]

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特集 “気を回してくれる”システムの実現

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を画素に分解し表示するディスプレイ)で動く、ウィンドウシステムによるグラフィカルユーザーインターフェイス(GUI)が出てきたときに、それまで文字ベースのアプリを作っていた技術者はGUIの有効な使い方を理解できなかったのと同じような状況です。もっと、ユーザーが手間をかけずに、メリットを享受できるようにするべきです。 すでにコンテキストアウェアプログラミングを実践している例はいくつかあります。その1つとして、中小ビジネス向けにクレジットカード・リーダーとアプリを提供するスクウェア(Square)社の例を紹介します。ユーザーがスマートフォンでスクウェアのアプリを立ち上げてさえおけば、スクウェアを決済方法として使っているコーヒー店にユーザーが入ったときに店舗のレジ側にユーザーの顔写真が表示される仕組みです。店員はこれで本人かどうかを確認して課金します。クレジットカードやプリペイドカードによる支払いの手間なく課金され、コーヒーが飲めるというわけです。これは、コンテキストアウェアプログラミング革命への一歩といえます。

●今どこにいるか、何をしたいか--ユーザーがどこにいるか、今何をしたいかをモバイル機器が自動的に読み取るということですね。オライリー氏:そうです。今、私は車の中で話をしています。これも、理想的には車の中でヘッドセットを付ければ、それをきっかけにスケジュールと照合して、自動的に相手と電話がつながるといったようなことができればいい。私としては、もはやユーザー本人に何をしたいのか画面で尋ねる必要もないと思っています。例えば、Google Nowというアプリは、アプリが利用者の居場所とスケジュールを把握して、次の予定まで何分かかるといったことを勝手に表示してくれます。まだうまく機能しない部分もありますが、考え方の方向性と

しては正しいと思います。 要するに、すでに分かっていることを使って、どのようなサービスが提供できるかという問題です。そこには多くの機会があるのです。--コンテキストアウェアプログラミングの正式な定義はありますか。オライリー氏:まだ、それに関する論文を書いていませんので、正式なものはありません。「機器がそのユーザーに関して認識していることを利用して、状況を判断する機能を持つソフトウェアの開発」ということになるでしょうか。

●マジカルなアプリの例に続け--大手ソフトウェア会社でもデスクトップ機器を使って類似の研究開発が行われていました。コンテキストアウェアプログラミングは、モバイル機器だけには限定されず、デスクトップ機器などにも通じるものなのでしょうか。オライリー氏:そうではありますが、特にモバイル機器はソフトウェアやサービス開発のフロンティア的な存在といっていいでしょうし、また、すぐに手が付けられる領域でもあります。分かりやすい例を挙げると、手に持ったモバイル機器を使って、地図アプリで行きたいところまでの道順を表示させるとします。もし目的地が15マイル先ならば車で移動するでしょうが、2マイル先ならばそのまま歩いて行くかもしれない。しかし、現在は歩くかもしれない可能性は無視されます。簡単なことなんですが…。 一方、西海岸で話題となっている、ハイヤーを呼び出す「ユーバー(Uber)」というサービスは、利用者と運転手の居場所を把握して、到着までに何分かかるのかをすぐに表示するという気の利いた仕組みです。コンテキストアウェアプログラミングは、いろいろなところで少しずつ実装されている状況です。--現時点では、コンテキストアウェアプログラミングの重要性を理解している開発者と、そうでない開発者に二分

されている状況なのでしょうか。オライリー氏:「こんなことができるのか!」と驚くようなマジカルなアプリがある場合は、意識的なプログラマーがその背後にいるのでしょう。基本的に、多くのアプリが「インテリジェント・エージェントがユーザーにいろいろなことを知らせる」という方向へ向かっています。 かつては位置情報が表示されることにすら驚いたものです。コンテキストアウェアプログラミングも、先行するマジカルなアプリの例にならって後続する多くのケースが出てくることでしょう。

●複数データの相関に大きな可能性--いずれコンテキストアウェアプログラミングでマジカルなアプリを開発しようとすると、さまざまな個人の情報や利用履歴、そしてそれをビッグデータとして分析することが必要となりそうですが、こうした時代に勝者となるのはどんな企業でしょうか。オライリー氏:今はまだ勝者が誰になるのかというよりも、大きな可能性が広がっているという段階です。病院での受付1つ取っても、今はこまごまと問診票に紙に書き込んでいることが、もっと自動化され、自分の医療データと結びつくといったようなことが起こるはずです。ここだけ見ても、大きな可能性が開いていると想像することは容易です。 ニューヨーク市の情報分析責任者であるマイケル・フラワーズ氏は、市の複数のデータを相互に関連させて、不法に改築して防災上問題のあるアパート建造物をかなり効率的に探し出すことを可能にしました。すべての知識がデータに内包されているのだから、それを働かせないわけはないということです。ある意味では、ヘッジファンドがやっているアルゴリズム・トレーディングも、複数のデータを結びつけて日常的に利用するアプリとなっているのです。 モバイル機器も、今はスクリーンサイズのことばかりが取り沙汰されますが、

これからはコンテキストアウェアプログラミングが重要になります。これまでユーザー・インターフェイスとはデザインのことでしたが、今後はコンテキストアウェアプログラミングを指すようになるでしょう。

●開発用プラットフォーム提供へ--モバイル機器はGPS、加速度計、ジャイロスコープなどのセンサーを内蔵しています。コンテキストアウェアプログラミングを向上させるには、機器上にさらにどんな機能があればいいと思いますか。オライリー氏:機器メーカーはオペレーティングシステムのレイヤーをもう1つ加えて、コンテキストアウェアプログラミングを簡単にするようなソフトウェア的な仕組みを開発者に提供すべきでしょう。マサチューセッツ工科大学(MIT)で研究として始まり、今やベンチャー企業となったプロジェクトがありますが、このプロジェクトはまさにそうしたプラットフォーム・レイヤーをモバイル機器に付け加えるというもの

です。このレイヤーを使うと、スマートフォンに向かって「チェックイン」というだけで、ユーザーが画面でいろいろ面倒な操作をしなくても、クリック1つでその場で必要となる情報が提供されるようになります。--さまざまな個人の情報が関連付けられることで、サービスの利便性が向上することは理解できますが、一方で、プライバシー保護の問題には、どう対処すべきでしょうか。

オライリー氏:コンテキストアウェアプログラミングにおいては、データが収集されることで利用者の利便性が高くなることには異論はないでしょう。ですからそれを前提に議論を進めるべきでしょう。つまり、データを収集すべきか否かではなくて、どの程度の精度や期間でそれを保存し、どのような範囲で共有するのかという点が重要になります。何が最良の解決策かを模索するべきです。--コンテキストアウェアプログラミングのさらに先にはどのような世界が待っていますか?オライリー氏:「ヒューマン・マシン・シンビオシス(人間とコンピュータの共生)」でしょう。グーグル社は自律走行車を開発しましたが、それを可能にするためには、人間が車を運転して、すべての景色を画像に収め計測して、そのデータがコンピュータで統合される段階がありました。このように、新しい方法で人間と機械を組み合わせて機能を提供していくものです。大きな可能性がある領域だと思います。

 高度なモバイル機器を通じて、位置情報はもちろん、それを時系列に収集して移動履歴も得られる時代になった。検索履歴からその人の関心も分析でき、多くの統計により今後関心の向く先も予測可能になりつつある。Webサービスには予定表や連絡先など各ユーザーの生成した情報が溜まり、SNS上には人間関係の密度まで表れる。そしてデジタルヘルス分野で利用が始まっているように、ユーザーのバイタルサイン(脈拍や血圧などの情報)を取得し、その人の覚醒状況や健康状態を情報として活用し始めるのも時間の問題だ。 活用する情報は増えていくものの、今はまだWeb上の個人の情報を基に、デジタルコンテンツなど静

スタティック

的なものを関連付けてプッシュするアイデアが挙がっている段階だ。しかし今後はより動

ダイナミック

的になり、例えば「A氏に仕事上の伝言を送る」という際、送り手は手段を考える必要もなくメッセージ送信のAPIに伝言を放り込むだけになるかもしれない。コンテキストアウェアプログラミングのサービスが、A氏の覚醒状態、電車内かオフィスか、怒っているか冷静か、多忙か暇かといったコンテキストを収集し、最適な通信手段を勝手に選んで伝えてくれる-そんなサービスも実現不可能ではない。 コンテキストアウェアプログラミングとは、Internet of Things(IoT)を超えて、インターネットに人間が直接つながっているのも同然ともいう段階に進む上での、大きな変革の入口にある技術といえるだろう。

ティム・オライリー(Tim O'Reilly)氏米国オライリーメディア社の創業者、最高経営責任者。同社は情報通信技術者に高く評価される技術解説書を多数発行すると共に、先端的な技術テーマを取り上げるコンファレンスを主宰してきた。特に2004年の「第1回Web2.0コンファレンス」は伝説的コンファレンスで、その後のWebでのアプリケーションの技術開発に多大な影響を与えた。同様にオープンソースの推進をはじめ、近年ではいち早くビッグデータ分析技術に着目した。自社のビジネスとしてはインターネット黎明期からWebを使った情報配信、さらには技術者向け書籍の電子出版にも取り組む。シリコンバレーをはじめ、全米の技術者やベンチャー企業との幅広いネットワークを持ち、先端的な情報通信技術トレンドを的確に押さえている人物の1人。

特集 “気を回してくれる”システムの実現これまでU

ユーザー・インターフェイス

Iとはデザインのことでしたが、今後はコンテキストアウェアプログラミングを指すようになるでしょう

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