英語教育学におけるマイナーなメソドロジー歴史・二次分析・エスノグラフィー・批判的アプローチ...
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英語教育学における マイナーなメソドロジー
歴史・二次分析・エスノグラフィー・批判的アプローチ
関西学院大学社会学部
寺沢 拓敬
2016年12月10日
外国語メディア学会関西支部メソドロジー研究部会 2016年度第3回研究会@関西大学梅田キャンパス
1
JASELE2016の傾向*0
発表点数
歴史*1 2 0.7%
質的研究*2 17 6.3%
(その内 エスノグラフィー) (1) (0.4%)
社会調査・学校調査の2次分析 0 0.0%
批判的応用言語学*3 1 0.4%
それ以外(実験・質問紙調査・メタ分析・コーパス・思弁的研究・実践報告等)
250 92.6%
計 270*4 100.0%
*0 寺沢単独で2016年12月3日-4日に読了。タイトル・キーワードから明らかに量的研究のものはコーディングせず読み飛ばす。
*1 少なくとも90年代以前の史料を中心とし、できごとの経時的プロセスを考慮したもの *2 他分野(人類学・看護研究・心理学等)の質的研究と共通性のないものは除外(例、談
話分析・ポライトネス) *3 「批判的応用言語学」(CALx)あるいはCALxの代表的な理論を明示しているもの。(なお、
「CALxかつ質的研究」のような重複はあり得るが、同予稿集にはそのような例はなし) *4 全口頭発表・ポスター発表(ワークショップ等は除外)
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既存の調査(社会調査・学校調査)を 「借り」て行う計量分析の総称
教科書
佐藤・池田・石田 (2000) 『社会調査の公開データ:2次分析への招待』(東京大学出版会)
洋書は多数
ググれば解説記事が多数見つかる。
要点1 個票を分析する
集計済み統計ではなく、個票を分析する
要点2 公開データ
コネ経由ではなく、オープンのデータアーカイブを経由して データを入手する
5
伝統的質問紙調査 vs. 2次分析
6
個人実施 質問紙調査
2次分析
調査コストが小さい(金、時間、調査設計能力に要する間接コスト)
× ◎
潤沢なケース数が確保できる ○△ ◎
調査設計の信頼性 ◎○△× ◎○
代表性がある △× ◎○
調査公害の危険性がない ◎○△× ◎
分析結果の透明性(「完全な追試」も可能) × ○
調査者の関心がダイレクトに反映 ◎ ×
客観的な測定(e.g. 行動、経験) △× ×
速報性 ○ ×
言語研究で慣習的に使われている統計手法との親和性
◎ △
「新規性のない調査結果」でも大目に ○△ ×
代表性 高い (狭義の計量研究的)
代表性 低い (事例研究的)
研究デザイン 制約的
研究デザイン 自由
社会調査の 2次分析
教室内アンケート
研究者主導の 大規模学術調査
ウェブアンケート
ウェブアンケート (調査モニター型)
マクロ統計 (例 官庁統計・全学テ)
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データアーカイブ
日本国内のデータアーカイブ
SSJDA: Social Science Japan Data Archive
国際的データアーカイブ
ICPSR: Inter-university Consortium for Political and Social Research
その他(プロジェクト単位のもの等)
国立国語研究所の調査データ
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全編二次分析の寺沢 (2015)
2章 英語力はいつの時代も、出身階層(家庭の学歴・職業・収入、出身地等)による大きな格差があった。
3章 日本人の平均的英語力が低いのは事実。ただし、他の東アジア諸国や南欧諸国も同程度に低い。
4章 日本人の英語使用率は全般的に低く、ジェンダー化されている(仕事の英語使用度は女性で特に低い)。
5章・6章 英語学習熱は日本人全体で見れば限定的。女性の英語熱はごく現代的な現象。
8章 英語使用ニーズを持つ就労者は数%から数割程度だが、三四十代で特に高くなる。
9章 2000年代、英語使用ニーズは上昇していない(むしろ減少トレンドすら示している)。
10章 英語力が賃金を上昇させる因果的効果はないか、ごく小さい。
11章 同程度の英語力(および同水準の就労状況)であっても、男性により英語が必要な仕事があてがわれる。
12章 ビジネスにおける英語力の有用性認知は早期英語賛成を促すが、実際にビジネスで使っているかどうかは影響なし。
13章 出身家庭の影響を統制してもなお、中学校入学前の英語学習経験の有無は成人後の英語力に正の影響を与える。
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寺沢拓敬 2015. 『日本人と英語の社会学』(研究社)
2次分析だからこそできた例
「英語力ランキング話法は経験的に見てもおかしい」
対象:Asia Europe Survey 2000 (無作為抽出) 18地域のうち英語圏でない16地域
縦軸:同調査で「英語力あり」と答えた人の割合
横軸:同年のTOEFLスコア
→悪くない説明力だが、東アジア内比較、EFL国間比較に使えるほど良いわけでもない
寺沢 (2015: p. 71)
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歴史的アプローチ
こういうのは違う × 懐古趣味(「過去の偉人から学ぶ」系)
× 同時代を生きた大先生のリラックストーク
× 教科書・概説書に書いてある「英語教育の 歴史」「SLAの歴史」「○○学の歴史」は だいたい信頼が置けない
違わないけれど本日は除外
○ 歴史的事実の固有性(狭義の歴史学)
本日の焦点
◎過去のできごと・事例・史料を分析することで、現象の経時的
プロセスに焦点をあてたもの
二次文献(さらには、俗説や他の教科書を引き写しただけの話)に基づくような歴史語りは過去のステレオタイプ化につながる。たいていは悪い方向にイメージ化されるので(「過去の悪魔化」)、結局のところ、現代の実践に下駄を履かせる「進歩史観」である。(p. 75).
Smith, R. (2016). Building ‘Applied
Linguistic Historiography’: Rationale,
Scope, and Methods. Applied
Linguistics, 37(1), 71-87.
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メリット
因果推論
「諸要因→帰結」という歴史的な過程を踏まえた分析ができる
非侵襲的
実験や調査をめぐる倫理的問題が起きにくい
(e.g. 低頻度現象、政治問題)
同時代バイアスの除去
制度・慣習の現状 (p) は、過去の状態(p-1, p-2, ... p-i)に規定される
現在の事象だけを分析していても満足に解けない
経路依存性 (path dependence)
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経路依存性
Xp-3
Yp-3
Xp-2
Yp-2
Xp-1
Yp-1
Xp
Yp
例1 Y: 英語教育制度(e.g. 必修) X: 社会状況(e.g. 英語ニーズの低さ)
例2 Y: 「国際語としての英語」の一人勝ち X: 英語によって伝達される知識・情報の
相対的重要性
経路依存性の働いているもの • (英語)教育の公式の制度のすべて • (英語)教育界で行われている非公式的慣習のすべて
• 態度・信念(社会的要因に左右されやすいもの)
• 学問体系・学会制度 14
JASELE2016質的研究(17件)の内訳
対象者数
1人 2-5人 5-9人 10-14人 15人以上 記載なし
2 7 4 2 2 0
ひとりあたりの時間
29分以下 30分 31分以上 記載なし
3 3 2 9
人数×収集時間×調査回数
~1.0h 1.1~4.0h 4.1~10.0h 10.1h~ 計算不能
1 3 3 1 9
データ収集法
半構造化インタビュー
質問紙調査と併用のインタビュー(混合)
出来事の振り返り(録音・筆記)
参与観察
10 (件) 2 4 1
データの量(volume) に無頓着な質的研究が多い
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対話的収集
「データ収集と分析結果の往復運動が可
能」という質的研究の最大の特長をなぜか
放棄しているものが多数→面接回数「1回」が9件
質的データ「分析法」に対する忠実さとは
対照的
理論的飽和
理論的飽和への考慮? なぜ n 人に、なぜ n 回の面接だったのか不明
「最初からその予定だった」というように読める
理論生成に対する志向
予定調和的に知見を生成して終わり?
調査結果を既存の理論(SLA理論・
動機づけ理論等)で説明して終わり?
引用 英語教育では、アプローチのレベルまで考慮してGTAを用いている研究はあまりありません。ただし、データ分析の手順がある程度確立されているので、分析レベルで、質的データの分析法として応用する例は見られます。その場合は、理論が飽和するまで、データ収集、分析のサイクルを繰り返していく手順ではなく、すでに収集したデータの範囲内で分析を行います。」 浦野他 2016. 『はじめての英語教育研究』 p. 105. (下線引用者)
引用 よくある誤解4 最後の方で難しそうな概念をもってきて、調査結果に当てはめるのが分析 理論のあてはめをしてはいけない。何か既成の概念や理論を用いていて、取ってつけたような印象がある場合、余計わからなくなる場合、それは分析が失敗していると考えられる。 小田博志 2010. 『エスノグラフィー入門』pp. 341-2.
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情報量の多い研究
• Horiguchi, Imoto, & Poole. (eds.) 2015. Foreign Language Education in Japan: Exploring Qualitative Approaches. Sense Publishers. (e.g. Chapters 5, 6, & 8)
• Kanno, Y. 2008. Language and Education in Japan: Unequal Access to Bilingualism. Palgrave Macmillan.
• Canagarajah, S. 1999. Resisting Linguistic Imperialism in English Teaching. OUP.
• ウィリス, P. 1978=1996. 『ハマータウンの野郎ども』ちくま学芸文庫
• …
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批判的アプローチ
批判的 (critical)
批判理論 (Critical Theory)
批判理論
葛藤理論 (Conflict Theories)
言語現象を conflict として見る
言語現象の背後に権力作用を見出す
言語現象と密接に絡み合った差異のポリティクスを見出す
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