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第9講 次期5年の計画
次世代のニュートリノ実験としては、建設中もしくは計画が既に固まっていて、おおよそ次の 5~7年で実現できる実験計画と、さらに 10年以上先を見越した将来計画に分けられる。10年先の将来計画については次章以降で述べる。
9.1 スーパービーム I
大体次の5 ∼7年間程度で実現できる次世代ニュートリノ振動実験として、T2K (2009年実験開始)、NOvA (2013年実験開始予定)に原子炉実験の代表として Double-Choozを考察する。T2Kと NOvAは、sin22θ13や CP現象においては、ほぼ同様の解決能力を持つが、後発の NOvAは長基線を利用し質量階層解決をも目指す。原子炉では前章で述べたように、縮退のない理論的にはきれいな実験を行えるが、CP検証能力はなく、加速器実験の補完手段と見なせよう。
9.1.1 T2K
図 9.1: JPARC敷地レイアウト:T2K実験用の 50GeV、770KW陽子加速器からビームを取り出し、295km
離れた岐阜神岡にニュートリノビームを向ける。
T2Kは Tokai to Kamiokaを意味する。構成は、JPARC陽子加速器による、50GeV、770KWの高強度の陽子ビームと改良型前置検出器を使う以外は、K2Kと基本的に同じである。基線長は K2Kでは 250km
であったが、T2Kでは 295kmである。図 9.1に東海村 JPARCのニュートリノビームレイアウトを示す。
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実験装置 T2Kの前置検出器 (図 9.2)は 280m地点に置くが、将来的にはさらに 2km地点にも置いてビームプロファイル再現性の向上を図る。前置検出器はW,Zボソンを発見した実験装置 UA1で使った磁石を再利用して、その中に収める。
図 9.2: T2K前置検出器:UA1電磁石の中にP0D、TPC、FGDなどを組み込み、周りを電磁カロリメターで囲む。前から見てO型の磁石鉄芯はミューオンレンジ検出器を兼ねる。
磁石の鉄芯は前方から見るとO型をしており、コイルは横から見てO型にすなわち磁場はビームに垂直で水平方向である。磁石鉄芯の間壁にはシンチレータを置き、鉄芯との組み合わせで、有限角に放出されたミューオンのレンジ (飛程)測定器として働く。検出器のレイアウトを図 9.2右に示す。中心の前方から、P0D(パイゼロ検出器)、TPC (Time Projection Chamber)、水+FGD、EM(電磁)カロリメター、ミューオン用ホドスコープとなっており、周囲を電磁カロリメターでくるむ。検出器 P0D (2×2×2.4m3)は水を主体に薄い鉛のシートと読み出用のポリスチレン棒の中に波長変換器を組み込み、低エネルギーフォトンの感度を良くしている。電磁カロリメターは鉛とシンチレータのサンドイッチである。FGD(Fine
Grain Detector: 192× 192× 30cm3)は、水をベースにした液体シンチレーター (192× 1× 1cm3)を並べた測定器であり、TPCで軌跡とイオン損失を読む。シンチレータ-の読み出しには、光分解能に優れたMPPC (SiPM) (=Multi Pixel Photo Counter)を使う。全体として、水とシンチレーター主体で 10トンの標的/検出器を構成する。水を主体にした理由は、後置検出器のSKと検出器材料を合わせ、系統誤差を防ぐねらいである。
物理のねらい 振動の近似公式は、前章の式から物質効果を小さいとして得られる。Aの一次までの項を書き、α2の項を省略すると
P(νµ → νe) = sin22θ13sin2 θ23sin2 ∆
+∆m2
12L4E
sin2θ13cosθ13sin2θ12sin2θ23(cosδCPcos∆∓sinδCPsin∆)sin∆
− A∆sin22θ13cos2θ13sin2 θ23sin2∆ (9.1a)
P(νµ → νµ) = 1−cos4 θ13sin2 θ23sin2 ∆−P(νµ → νe) (9.1b)
P(νµ → νe)は、P(νµ → νe)から δ →−δ, A→−Aとして得られる。CP非対称は、物質効果を無視すれば
ACP =P(νµ → νe)−P(νµ → νe)P(νµ → νe)+P(νµ → νe)
≃ ∆m212L
4Eν
sin2θ12
sinθ13sinδ (9.2)
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θ13が小さいので、CP非対称は大きくなり得る。また、エネルギー項が分母にあるので、低エネルギーの方が有利である。図 9.3に、sin22θ13 = 0.01、CPの破れが最大の時 (δ = π/2)の振動確率をエネルギーの関数として表す。赤線がP(νµ → νe)、黒線がP(νµ → νe)を表す。物質効果は点線で示してある。図 9.4
図 9.3: T2K実験における振動確率をニュートリノエネルギーの関数として描いたもの。赤線がニュートリノ、黒線が反ニュートリノデータ。ダッシュ線が物質効果を考慮しないとき、実線が考慮したときを示す。未知の変数は sin22θ13 = 0.01, δCP = π/2を想定している。
に、P(ν)−P(ν)平面で、一点を与えたときに、パラメターがどう決まるかを表す。縮退により変数が一義的に決まらない領域があり、sin22θ13に対する感度を悪化させるが、
図 9.4:左図:P(ν)−P(ν)平面におけるパラメター位置図。二つの緑の線は ∆m213の正負に対応し、線に
付けた数は δの値 (度)、赤線青線は、ν2年間、ν 6年間ランしたときの 90%CLと 3σ到達範囲で、外側の線は 2%の系統誤差を含む。右図: T2Kの実験感度を他の実験と比較する。
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5年ランしたときの sin22θ13−∆m213の除外領域を図 9.4に示す。T2Kで達成できる変数の予想上限値は
νµ → νe : sin22θ13 < 6×10−3 90%CL (9.3a)
νµ → νµ : σ(∆m223) < 1×10−4eV2 at sin22θ23 = 1, ∆m2
13 = 3.2×10−3eV2 (9.3b)
νµ → νµ : σ(δsin22θ223) < 0.01 (9.3c)
9.1.2 NOvA
図 9.5: 左図:NOvA サイト。NuMI ビームから 0.72◦
ずれ、MINOSの遠方測定器からは 11.8kmずれた Ash
Riverに遠方検出器を置く。基線長は 810km。
NOvAは現行のMINOSに次ぐ実験として提案された計画で、同じビーム (NuMI)を使うが、ニュートリノ振動の最大になるところ、E/L = ∆m2/4= π/2に焦点を合わせ、低エネルギーのオフアクシスビーム (Eν ∼ 2GeV)を使うため、遠方検出器設置場所を、基線長にして 810kmの地点ビーム中心線から約 12km
離れたアシュ河に置く。振動効果が最大になるニュートリノエネルギー ∼ 2GeVに合わせ、100%有感の液体シンチレーター 30トン(有効質量 27トン)の標的/検出器 (TASD)を使う。オフアクシスで強度が弱くなるので、主入射器 120GeVの陽子ビーム強度を現在の200KWから 400KWに増強し、さらに 1MW
を目指す。NOvAは、2013年に実験開始を目指す。
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TASD (Totally Active Scintilation Detector) 全体積液体シンチレータで、不感部分を無くした構造をしていて、TASD (Totally Active Scintillation Detector)と呼ばれる。エネルギー領域 1∼数GeV付近にねらいを定めた測定器。νe検出に最適化し、電子同定能力に優れる。磁場はないので電荷は分けられない。
図 9.6: NOvA検出器。全体積がシンチレーションカウンター。右は NOvA検出器による中性カレント事象 (νµ → νµ+π0 + p+X, Eν = 10.6GeV, Ep = 1.04GeV, Eπ0 = 1.97GeV。右側のカラーコードはエネルギー損失の大きさを示す。NOvA検出器の構造は、総重量 30kton(シンチレーターは 27kトン)の液体シンチレーターで、15.7m×15.7m×132mの面が 1984層並ぶ。各面は 1セル 3.8×6.0×1570cm3が、全部で 635,136ある。各セルの中のシンチレーター光は、波長変換材 (図 9.6参照)を通して、一個の APD (Avalanche Photo Diode)に読み込まれる。∼ 20個の光電子が期待される。電子とハドロン、電子とミューオンの区別は容易に付き、またシャワーの最初を見ることによりフォトンと電子の区別も付けられる。電子シャワーは 6%、ミューオンには 3.5%程度のエネルギー分解能を持つ。NOvAの質量階層識別能力
図 9.7:左図:NOvA単独データによる sin22θ13有感領域の質量階層による差。右図:測定値 P(ν = 0.2)が与えられたとき、原子炉データ (P(νe))を併用して解ける sin22θ13の範囲と質量階層を示す。
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NOvAとT2Kとの比較 NOvA実験のねらいは、長い長基線を活かした質量階層の分離にある。sin22θ13
探査やCPの破れ発見能力では、T2KIIとほぼ同等と見て良い。図 9.7左に質量階層の違いによる sin22θ13
有感領域を示す。縮退があるのでCP位相 δの値によっては分離できない領域が大きいが、原子炉のデータ (P(νe)が得られる)を補完すれば、分離能力が大きく向上する様子を右図に示した。図 9.8に NOvA
図 9.8: NOvAと T2Kの比較。(左)実線が NOvA、点線が T2K。右は、CP位相 δのどんな値でも到達できる上限を濃青で、ある値の範囲でのみ到達できる上限を薄青で示し、NOvA単独、T2K単独あるいは組み合わせた場合についてどれだけ感度が増すかを示す。NOvAの感度は 60×1020POT(約5年分)をニュートリノと反ニュートリノランで2分した場合に得られる sin22θ13の上限値。青は正常階層、赤は逆階層を示す。右図最下端の NOvA+PDは Proton Driverが実現した場合の感度を示す。
と T2Kの比較を示す。左図の実線は NOvA、点線で T2Kの感度を示す。
9.2 Double Chooz
原子炉のニュートリノはエネルギーが低く、振動曲線も基線の関数として図 9.9のように振る舞う。基線長は高々数 kmとなる。原子炉実験は、電子反ニュートリノ検出方法としては伝統的に νe+ p→ e+ +n
反応を使う。Double Chooz*1) (以下DChoozと略す)は、Chooz実験と基本的に同じ手法を使うが、2カ所に同一測定器 (図 9.10)を置いて精度の改良を図る。前置検出器は 280mの距離、後置検出器は 1.05km
の距離 (Chooz実験を行ったと同じ場所)におく。共に液体シンチレーターの実効質量は 5.6トンである。ニュートリノエネルギーは< Eν >∼ 4MeV、4.25GWの原子炉が2台隣接しているので、前置検出器は等距離の所に置く。系統誤差 0.6%、3年で sin22θ13 . 0.03*2) を目指す。前置検出器は、設置場所の地下深度が 70-80weで遠方検出器の地下深度 300mweに比べ浅いので、シールド方法が異なる以外は、遠方検出器と全く同一構造をしている。図 9.10右に検出器の構造を示す。検出器は内側から、標的(230cmφ×246cm, 10.3m3のガドリウム添加の液体シンチレーター)、ガンマキャッチャー (55cm厚の液体シンチレーター 22.6m3)、光学的に不活性のバッファー (105cm厚、114.2m3)、3ミリ厚の鉄板に 534
本の8インチ光電子増倍管 (PM)を配置、50cm厚の内部 vetoには 70本の PMを配置し、さらにその外側をプロポーショナルカウンターで覆ってミューオン信号を除外する。
* 1) hep-ex/0606025.sin22θ13 → 0.02−0.03* 2) CHOOZは 0.2
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図 9.9: E=4MeVの電子ニュートリノの」振動パターン。L ∼ 100kmでの大きな振動は、太陽ニュートリノ振動 ∆m2
12で、L ∼数 kmの小さな振動が目的の θ13混合率を含む大気ニュートリノ振動 ∆m213である。
図 9.10:左:Chooz原子炉 (仏)写真。挿入写真は前置・後置検出器。右は測定器構造を示す。中心は標的(230cmφ×246cm, 10.3m3)とガンマキャッチャー (55cm厚、22.6m3)である。共に液体シンチレータで充たし、標的にはGdを添加して中性子捕獲率を向上させる。
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図 9.11:左側は、2008年に実験開始後の進行図。最初は遠方検出器のみで走り、1年半後に前置検出器を加えて実験する。最終感度 sin22θ13 = 0.02。右図:3年間での予想獲得感度。データが sin22θ13 =0.02, ∆m2
13 = 2.5×10−3eV2の時の信頼度曲線 (灰色 1σ、青 90%、マゼンタ 2σ、淡青 3σ)を表す。左側はこれまでの実験値の許容範囲。(hep-ex/0606025)
データ取得開始は2008-2009年を予定している。はじめは、遠方検出器のみで走り、1年半後に前方検出器を加える。3年間走り、sin22θ13感度0.03を目標とする。図9.11右に、sin22θ13 = 0.02, ∆m2
13 = 2.5×10−3
を想定したときの信頼度曲線を表す。
現在世界で計画中の原子炉実験の概要を表に記す。
表 9.1:世界の原子炉実験概要*
国 発電所出力 距離 検出器質量 深さ 到達感度(GWth) (km) (ton) (mwe) (sin22θ13)
DayaBay 中国 11.6 1.75 80 910 0.008
DCHOOZ フランス 8.9 1.07 10.2 300 0.025
RENO 韓国 17.3 1.5 20 675 0.03
*日本の KASKA、米の Braidwoodは DCHOOZに合流した。
9.3 まとめ:次期計画の到達感度とタイムスケール
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図 9.12:現行およびこの章で述べた実験の sin22θ13に対する最終到達感度とタイムスケールを示す。