大学―高校間での協調型e ラーニングの ... ·...

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-1- 1.目的 e ラーニング において、学 けれ 一つ ある。こ よう 題に対して、 たち われているインフォーマル するこ により、 プロセスを らかにする い、学 われて いる 育が プロセス いこ してきた。レイヴ、 ェン ガー(1993)における「 体に し、 に変 するこ による われている学 ある している。こ よう プロセスを意 した 育デザイン より かつ から学 し、学 きる あろう。しかし、学 しい 、以 よう (学 する)が する 体を するこ ある。多く において学 あるし、 するま ある。また、 e ラーニングにおいて する 為を維 するこ すら しい。こ 、学 から する ある。 する 、こ し、学 ** 16 19 ** 学大学 ** 大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン A design of Collaborative e-Learning between a high school and an university Maomi UENO*Yuuki YAMADA* Hiroyuki EGUCHI** Key words : e-Learning, Constructivism, Legitimate Peripheral Participation, Zone of Proximal Development ZDP , Information Education, Subject Information, Information Ethics

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Page 1: 大学―高校間での協調型e ラーニングの ... · ここでは、本論で提案する大学-高校間における協調型e ラーニングの方法論 の基盤となる学習理論を整理する。

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1.目的

e ラーニングの実践において、学習者の学習意欲の維持の問題は現在最も解決

しなければならない問題の一つである。このような問題に対して、社会的構成

主義者たちは様々な日常に行われているインフォーマルな学習を分析すること

により、本来の学習プロセスを明らかにする努力を行い、学校現場で行われて

いる教育が自然な学習プロセスではないことを示唆してきた。レイヴ、ウェン

ガー(1993)における「正統的周辺参加」の概念では、新参者が共同体に参加

し、古参者に変化することによる組織の変容が本来行われている学習であると

分析している。このような本来的な学習プロセスを意識した教育デザインは、

何よりも強制的かつ不自然な学習から学習者を解放し、学習動機を自然に発生

できるであろう。しかし、学校教育で難しいのは、以上のような古参者(学習

者が認識する)が存在する共同体を通常授業場面で構築することである。多く

の場合、通常の授業において学習者は新参者であるし、授業が終了するまで新

参者である。また、 e ラーニングにおいても、事実、掲示板を中心とする協調

学習では、協調的学習行為を維持することすら難しい。このことは、学校社会

の現実社会からの乖離を示唆するものでもある。

本論が主に目的とするのは、この実践共同体の発生を如何に促進し、学習者

**原稿受付:平成16年5月19日**長岡技術科学大学**明鏡高校

大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

植 野 真 臣*・山 田 友 貴*・江 口 宏 行**

A design of Collaborative e-Learning between a high school and an university

Maomi UENO*・Yuuki YAMADA* ・Hiroyuki EGUCHI**

Key words : e-Learning, Constructivism, Legitimate Peripheral Participation, Zone ofProximal Development(ZDP), Information Education, Subject Information,Information Ethics

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植野 真臣・山田 友貴・江口 宏行

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の学習意欲を自然発生的に高めるような環境を提供できるかについてであり、

その問題解決のための具体的なデザインを提供することにある。

具体的なアイデアは、大学における e ラーニング授業に新参者である高校生

を参加させることにより、以下のような共同体の内部の変化を誘発し、共同体

の発達を促そうというものである。

① 新参者である大学生を相対的に古参者に押し上げることにより、古参者と

しての共同体の生成を促し、自発的な学習を促す。共同体を生成する過程

において、学習者(大学生)は、真の意味で新参者から古参者へと変化で

きる。

② 古参者において形成された共同体に新参者としての高校生が参加すること

により、短期的なスパンでのヴィゴツキーのいうところの「支援」を受け、

また長期的なスパンでの観察→行動→参加といった古参者への道を歩む。

③ 高校生にとって若干発達レベルの高い大学での授業を教師や大学生の支援

を前提に受講させることにより、高校生の最近接発達領域に適合した教授

もしくは発達を先回りした教授を実現する。

授業実践の結果、以下のような結果を得た。

1.新参者である高校生の参加により、当初、質問や質問に対する回答のみを

行っていた大学生の発言が、自らが調べてきた事実に基づく新規意見や議

論を誘発するような自発的発言に変化していった。

2.新参者である高校生は、当初、古参者である大学生の発言を「観察」し、

古参者が行っていたような「質問」を繰り返した。古参者の発言が「質問」

などからより自発的な発言に変化すると、その後、高校生の発言も古参者

同様に自発的発言に変化していき、掲示板共同体の上では、古参者と新参

者の行動変化に差異がなくなっていった。

3.習熟した共同体での自発的発言は、自然発生的学習の内的要因であると解

釈でき、そのような発言ができるレベルに行き着くことと十分な知識(テ

スト結果より)を得ていることは相関が高いことを示した。

2.先行研究

大学から高校への遠隔授業の配信はこれまでにも行われてきた。それらの目

的は、以下の二つに大別できる。

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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①高校生への科学技術・専門教育への興味・関心の喚起

例えば、牟田 他(2002)では、技術者養成、学生生徒の科学技術への関心

を早期に喚起し、専門教育の創造性に繋げることを目的として、衛星通信を用

いて大学の授業を高校(高専を含む12校)へ配信する試みが報告されている。

②優秀な学生の早期発見と大学への勧誘

例えば、Akinmoladun, A etc(2003)では、より優秀な学生を早期に発見し、

大学への進学を勧める、いわゆるリクルートの目的で高校への大学授業の配信

をインターネット回線を用いて行っている事例が報告されている。

これらは、大学―高校間での遠隔授業の意義・利点を考察するために貴重な

事例を提供するものであるが、その授業デザインについては深く考察されてい

るとはいえない。

一方、電子ネットワークを用いた実践的共同体の理論的研究としての先行研

究では、山内(2003)が Wenger(1998)の提示した実践共同体と学習に関する

基本的枠組みを用い、彼らが実践を行ってきた科学者―学校間の実践共同体

(美馬(1997))について、特に多重性という概念を中心に、共同体への参加、

学習について分析を行っている。この研究は、「①高校生への科学技術・専門教

育への興味・関心の喚起」という目的を達成するための実践共同体への参加の

軌道を理論的に説明する貴重な研究であると考えられる。また、 Wenger の実践

共同体理論は、多くの場合、自然発生的な社会共同体の分析がほとんどであり、

学校現場における適用事例は非常に貴重である。

また、縣 他(2002)でも、教室と専門家との共同的実践の場としてのネッ

トワーク共同体について報告されている。ここでは、特に理論的な解析は行わ

れていないが、専門家とのネットワークを介した様々な活用事例(探求学習や

国際的共同活動等)が実践されており、興味深いものである。

しかし、国際的に認められるような科学者のつくる共同体は、子どもたちが

正統的に参加するためには、その距離が非常に大きく、専門家の共同体に対す

る質問等による参加が中心となると考えられる。レイヴ、ウェンガー(1993)

の正統的周辺参加のアプローチでは、古参者が歴史的に形成してきた共同体に

新参者が正統的に参加できるようになる(成功するとは限らないのではあるが)

までに、共同体におけるメンバの役割の変化そのものが本質的な学習に関係し

ていると分析しており、この観点からは先の実践共同体では、そのような組織

内の役割変化や組織そのものの変化にまでいたるのは非常に難しいと考えられ

るのである。

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植野 真臣・山田 友貴・江口 宏行

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このように自然発生的共同体で通常に行われている学習「正統的周辺参加」

の達成目標を学校に適用することはその環境設定の段階にして非常に難しいし、

実際にレイヴとウェンガーたちの分析は一切、学校に関連したものではなく、

学校と自然発生的学習共同体との差異を見せつけることを暗黙に意図していた

とも解釈できるものであった。

本論文では、大学における e ラーニング授業において、新参者である高校生

を参加させることにより、大学生を古参者に押し上げ、新参者である高校生と

古参者である大学生のインターラクションを通じて、各学習者の役割の変化の

生起とそれによって生起する本質的な学習動機の派生と正統的周辺参加プロセ

スの実現を意図する。また、教材に関する興味の誘発を意図した研究と本研究

の立場の違いにも言及しておく。

例えば、鈴木 他(2002)では、大学生授業での天文に関する掲示板を用い

た共同的問題解決の実践、永井 他(2003)では、複数高校における数学の掲

示板を用いた協調的問題解決について分析している。いずれも、学習者の科学

に対する興味・関心をその学習動機として扱っているが、本研究での関心は、

特に共同体を形成しようとする意図、参加しようとする意図から導き出される

学習動機の喚起を強調している。すなわち、前者の統制要因が学習トピックで

あるのに対して、本研究での統制要因が共同体の初期段階の設定にあることが

研究上の立場の違いであることにも留意されたい。

3.本論で扱う学習理論

ここでは、本論で提案する大学-高校間における協調型 e ラーニングの方法論

の基盤となる学習理論を整理する。

3.1 最近接発達領域

協調学習に関する理論の一つとして、「最近接発達領域」(ヴィゴツキー 1962)

の概念が知られている。ヴィゴツキーは、日常的概念と科学的概念の発達に関

するピアジェの思想を批判しながら、子どもの心理機能の高次なもの、文化的

なもの、社会的なものはまず心理間機能として現れ、その後に心理内機能へと

転化されると考えている。心理間機能では、学習者が独学で独自に学習するの

ではなく、教師や仲間の援助(教授)を受け入れることにより到達できる学習

が日常的概念と科学的概念の接続を実現するための本質であり、真の科学的概

念が暗記や記憶によって得られたりするものではないことを主張した。また、

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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教師や仲間の援助(教授)を受け入れることにより到達できる領域を最近接発

達領域と呼び、その概念の導入により①学校における教授の主導的役割(例え

ば、「発達を先回りする教授」など)、②子どもの最近接発達領域に適合した教

授の必要性(例えば、「最近接発達領域をめやすにした教授」など)の二つの側

面を強調するものと解釈されている。結果として、教師が学校で行う教授も、

教師と学習者の協同で行われるものと解釈できるのである。本論では、大学生

の授業を基調とし、高校生には若干、レベルの高いコンテンツにより学習を行

わせることになるが、研究の前提として今回参加している高校生の最近接発達

領域が十分に大学の当該授業に到達していることを仮定しているし、また、発

達を上回っている大学生の支援が十分に、また適応的に(最近接発達領域のそ

れぞれ異なる学習者に)その役割を果たすことを仮定している。すなわち、最

近接発達領域の概念は、本実践における高校生に対する教授の正当性の基盤と

なっている。

3.2 正統的周辺参加

人びとは実践共同体において、さまざまな役割を担い行為することで、実践

共同体を維持することに貢献する。その際の学習とは、知能や技能を個人が習

得することではなく(学習の古典的定義)、実践共同体への参加を通して得られ

る役割の変化や過程そのものである。レイヴとウェンガー(1993)は、この種

の参加の形式を正統的周辺参加とよび、参加を通しての技能と知識の変化、周

りの外部環境と学習者との関係の変化、学習者自身の自己理解(内部環境)の

変化がみられることを明らかにしている。すなわち、「学習」は、実践共同体に

おいて学習者が新参者から古参者に変化していく過程そのものであると解釈で

きる(正統的周辺参加の概念とその問題点については、高村(1993)がうまく

整理しているので参照されたい)。

ヴィゴツキーが学校の中での学習活動を中心に分析してきたことに対し、レ

イヴとウェンガーは、学校がむしろ現実の共同体から見て特別なものであると

考え、学校以外で行われている自然発生的な学習を分析しており、むしろ、学

校での学習プロセスと本来の学習との乖離が問題であることも指摘している。

ヴィゴツキー(ヴィゴツキー 1962)も同様の提言を行ってはいるが、ヴィゴツ

キーが、最近接発達領域を無視した教授プロセスそのものを問題にしていたの

に対し、彼らは学校そのものの体制を問題にしていることも異なる点である。

また、レイヴとウェンガー(1993)における共同体の分析において、その内

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植野 真臣・山田 友貴・江口 宏行

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的条件の意味でも学校教育の現場は以下のように異なっている。

a 通常の教育現場では、教科知識について新参者である学習者は、古参者で

ある教師と同等になることは短期間にはなしえないので、学校現場では新

参者という地位からの脱却は行われないし、教師(古参者)と学習者(新

参者)という組織の変化は期待できない。

s レイヴとウェンガー(1993)による分析で挙げられた産婆や仕立て屋、操

舵手、肉屋、アル中のカウンセリング共同体などでは、古参者の数が新参

者より多く、古参者が歴史的に作り上げてきた共同体に新参者が参加しよ

うとする過程が分析されてきたが、通常の教育現場では、一人の教師の数

に対し、多数の新参者が横並びに存在しており、古参者の共同体が存在し

ない。よって、彼らの分析で見られたようなプロセスをとる正統的周辺参

加の実現は現状の教育現場では(大学生であれば、ゼミや研究室に配属さ

れるまでは)難しい。

すなわち、最近接発達領域の概念が本実践の教授効果の正当化の根拠かつ前

提であったのに対し、正統的周辺参加は最近接発達領域の条件が満たされた上

での本論の学習デザインの目標であり、その実現化のために大学-高校間におけ

る協調型 e ラーニング環境をデザインするのである。

3.3 本論でのアイデア

本論では、最近接発達領域を考慮した教育、正統的周辺参加の二つを実現す

るために、大学における「情報」に関する授業を高校における教科「情報」の

履修者を参加させて協調的に学習する e ラーニングの実践を提案する。

情報に関連する授業を上の学習理論の実現のために用いることの理由として、

① コンピュータやインターネットに関する知識が現実の日常に用いられる実

践と強くリンクしており、初等教育における科学教育のための学習理論で

あるヴィゴツキーの最近接発達領域の考慮が条件として適合すると考えら

れること

② コンピュータやインターネットを用いることそのものが社会的実践であり、

またその知識が学習者の経験に依存するところが多いことより、文化年齢

が高く、ほぼ同等の知識を持つ大学生が古参者としての共同体を形成しや

すいと考えられること

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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が挙げられる。

本協調型学習の期待する利点は、

¡ 相対的に新参者である大学生を古参者に押し上げることにより、古参者と

しての共同体の生成を促し、自発的な学習を促す。共同体を生成する過程

において、学習者(大学生)は、真の意味で新参者から古参者へと変化で

きる

¡ 古参者において形成された共同体に新参者としての高校生が参加すること

により、短期的なスパンでのヴィゴツキーのいうところの「支援」を受け、

また長期的なスパンでの観察→行動→参加といった古参者への道を歩む

¡ 高校生にとって若干発達レベルの高い大学での授業を教師や大学生の支援

を前提に受講させることにより、高校生の最近接発達領域に適合した教授

もしくは発達を先回りした教授を実現する

等であり、高校生、大学生が本 e ラーニングに参加することにより、お互いの

相互作用によりより高い学習効果(共同体における役割の変化)を生み出すこ

とを意図している。

4.e ラーニング授業の概要

ここでは、本実践における e ラーニング授業における概要を挙げる。概要は

以下のとおりである。

① 授業名

大学:「情報社会と情報倫理」(2単位)

(大学3年生)

高校:教科「情報 A 」(高校1年生)

期間:2003年4月10日-7月31日

② 受講者:

大学生(教科情報の教職課程学生16名)62名

教科情報の授業を受講中の高校生19名

③ 授業形態

e ラーニングによる非同期型遠隔授業

④ 授業内容

第一回  情報倫理とは(90分)

第二回  情報のデジタル化(90分)

第三回  コンピュータ入門(90分)

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植野 真臣・山田 友貴・江口 宏行

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第四回  ネットワークの基礎(90分)

第五回  生活とコンピュータ(90分)

第六回  インターネットによるコミュニケーション(90分)

第七回  情報社会の特性(90分)

第八回  インターネットと個人情報(90分)

第九回  インターネットの知的所有権(90分)

第十回  インターネット情報検索(90分)

第十一回 IT ビジネス(90分)

第十二回 インターネットと犯罪(90分)

第十三回 インターネットとセキュリティ(90分)

第十四回 期末テスト

5.システム構成と授業方法

5.1 LMS( Learning Management System )

有効な WBT システムを効率よく作成し、運用するためには、LMS( Learning

Management System )( LMS については、例えば、伊藤(2002)、仲林(2002)

を参照)の利用が有効である。著者らのグループでも、学習者の成績管理、学

習者履歴管理やコンテンツ管理、テスト項目作成と管理ができるLMSを開発し

てきた(植野 2002 a 、植野 2002 b )。本論での実践のためのコンテンツは、

この LMS によって開発されている。ただし、本論は本 LMS の開発が主目的で

はないので、簡単に紹介することにする。

本 LMS の動作環境は、以下の仕様のサーバー2台の上で動作する。

IBM xSeries 235

C P U:Xeon2.20GHz相当×2

HDD:400GB(RAID5)

RAM:4GB

動画の圧縮は、Real Player 形式を採用し、さまざまな通信環境に対応できるよ

うに、1ユーザーあたり28kbps-512kbpsまでの通信速度を適応的に計算し、配

信できるようにし、大学生や高校生が学校や自宅のネットワーク環境でも受講

できるように工夫した。

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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5.2 授業の具体的方法

著者のひとりは、「情報社会と情報倫理」の e ラーニング非同期型授業を2001

年より開始してきた。図1は、90分授業に相当する e ラーニングコンテンツの

画面であり、画面左のメニューを学習者が逐次クリックすることにより、右側

の教師動画やアニメーション、画像、テキストが同期して表示される仕組みに

なっている。

また、図2のような教育目標に対応した演習問題が提示され、学習者の反応

によって詳細なフィードバックが即時的に返される仕組みになっている。学習

者は4章で示した13トピックを1週間に1トピックごとに進むように支持され

ており、それ以外に特に制約を設けていない。

2002年の実践まで2年間特定の大学の大学生のみで行われてきた e ラーニン

グ授業では特有の文化が形成されつつあるが、以上の授業方法を保持したまま

高校生の参加を受け入れ、授業の実践が行われた。高校生は、高校での授業、

教科「情報」の中で以上の e ラーニング授業が用いられ、授業時間、または自

宅で学習を行った。

また、大学での授業「情報社会と情報倫理」は、高校教科「情報」の教職必

須科目でもあり、本授業でも16名の教職実習生が参加している。

また、学習者は掲示板(図3)を用いて、課題への協調解決、質問、新規意

見などをやり取りすることができる。

掲示板への入力のためには、図4のように入力する内容をカテゴリとして選

択せねばならない。カテゴリは、これまで行われてきた e ラーニング授業にお

ける掲示板データを解析し、以下のようなカテゴリが作成されている。

a授業に対する意見

s新規意見・解答の提示

d引用意見・解答を支持する事例の提示

f引用意見・解答を支持しない事例の提示

g引用意見・解答に対する同意意見

h引用意見・解答に対する反論意見

j引用文に対する注意・叱咤

k引用意見・解答に対する質問

l新規質問

¡0引用質問に対する回答

¡1引用文中の間違いの指摘

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¡2本論とはずれる話の提示

¡3引用文に対する賞賛・激励

¡4教師からの指示

これらのカテゴリは、検索を行う場合および図3のように関連意見を並べて

提示する機能に利用されるだけでなく、学習者がカテゴリを選ぶことによって、

学習者の意図に対応して明確かつ簡潔に意見を書き込みできる能力を育成する

ことも目的としている。

本授業実践では総数830の書き込があったが、ここで用いられたカテゴリとそ

の投稿内容の例を以下に示す。ただし、「a授業に対する意見」「j引用文に対

する注意・叱咤」、「¡1引用文中の間違いの指摘」、「¡2本論とはずれる話の提示」

については特に今回の分析には用いないことし、ここでは示さないことにする。

図1.e ラーニング授業の一例 図2.演習問題提示の一例

図3.掲示板による協調学習 図4.新規投稿におけるカテゴリの選択

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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事例1「(2)新規意見・解答の提示」

大学生 A :「生活の一部としてコンピュータが取り入れられている例として

「住基ネット」が挙げられるのではないかと思います。昨年(平成14年)8月5

日に稼動を開始した住民基本台帳ネットワークで、今年8月からは希望者に IC

カードが配布されるそうです。最近では長野県が住基ネットに関して離脱す

る・しないでニュースになってました。いろいろと問題があって離脱をしてい

る市区町村があるんですが、どうやら基本的には離脱をしても住基ネット上に

は住民基本台帳に関する情報…つまり、氏名・住所・生年月日・性別といった

個人情報の他に、税金や国民健康保険・通院歴などの個人情報が記載されたま

まになっているらしいです。ただ単純に「住基ネットから離脱」と言っても、

個人情報は漏洩する可能性があるみたいです。僕は特に大きな問題は発生して

いないから…といって見逃せない事だと思います。」

事例2「(3)引用意見・解答を支持する事例の提示」

引用文(大学生 B 公的機関の情報はすべて信じれるとは限らないでしょう。)

大学生 C :「確かに公的機関の情報だからといって必ず信用できるとは限らな

い。[自衛隊調査学校の投稿訓練(1993年)]この中では、全国紙の投書欄の傾

向を分析し、実在する隊員の家族の名前を使って、自衛隊に有利になるような

投書をするものや、駐屯地を利用して民間人を装い、建物内部に侵入して宣伝

ビラを張ったりする訓練も含まれていた。卒業文集には、当時の受講生が全国

紙に投稿して掲載された6つの投書も載っている。」

事例3「(4)引用意見・解答を支持しない事例の提示」

引用文(高校生 B :「よい内容のメールはチェーンメールでも送っても良いと

思います。今の時代は携帯などでコミュニケーションをとるようになったので

その一種と考えてもいいのではないでしょうか。」)

大学生 D :「チェーンメールはメールサーバーに負担がかかるので、役立つも

のでもしないほうがいいと思う。 HP で公開すればいいとおもう。」

事例4「(5)引用意見・解答に対する同意意見」

引用文(大学生 E :「倫理観が育つにつれて、徐々に解除していっていいと思

います。最初はフィルタリングが必要だと思います。」)

大学生 F :「私もそう思います。パソコンが一家に一台は当たり前の今、子供

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植野 真臣・山田 友貴・江口 宏行

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たちにとってネットは身近なものでしょう。フィルタリングがなければ、子供

たちにとっては刺激が強すぎるものが多いと思います。初めはある程度、フィ

ルタリングは必要だと思います。」

事例5「(6)引用意見・解答に対する反論意見」

引用文(大学生 G :「(良い医師を紹介するページを WEB で公開したために、

当該医師の病院に多数のいたずら電話などがかけられ、医師が WEB を公開した

ものに対して訴訟を行った事例を受けて)プライバシーの権利に違反するため

そういった行為は行ってはいけない。」)

大学生 H :「ほんとに良くないんでしょうか?それによって、その医師の病院

が繁盛すればいいんじゃないんですか?」

事例6「(8)引用意見・解答に対する質問」

引用文(大学生 I :「知的所有権は、「発明など精神的創作努力の結果としての

知的成果物を保護する権利の総称」です。精神的創作とは本や詩・音楽などの

ことです。これを守るために著作権法などが存在します。これらの法律は複雑

で、さらにいくつもの権利に分かれます。真紀奈さんのサイトに著作権のこと

が分かりやすく解説してありました。」)

高校生 C :高校生「『知的成果物』の意味がわかりません。」

事例7「(9)新規質問」

高校生 D :「プロバイダとは何ですか?」

事例8「(10)引用質問に対する回答」

引用文(高校生 E :「違法商品にはどのような物がありますか?」)

大学生 J 「違法商品とは、法律に違反する商品という意味なので、たくさんある

と思います。

例えば、薬事法(薬に関する法律)に違反するダイエット薬や食品衛生法に違

反する保存料や添加物を使用した食品、パブリシティー権を侵害するタレント

グッズや生写真(今時あるのか謎)などがあります。(その他にもまだまだある

でしょうから考えてみてください)『違法商品(いほうしょうひん)の個人輸

入?応用』で取り上げていたモデルガンの輸入は、「銃刀法に違反する違法商品

なので輸入できない」ということです。」

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

-13-

事例9「(13)引用文に対する賞賛・激励」

引用文(大学生 K 「例えば、情報伝送の能率の問題や、情報伝送の確率の問題

を考えるといいと思います。情報を伝送するとき、多くの情報を早く、確実に

送れる方がいいですよね。それを考えた場合、情報の量を知ることは非常に有

用なことだと思います。」)

大学生 L :「なるほど?!!すごくよく分かりました。確かにこのように情報を

早くたくさん送りたいときは、まず情報の量を考えないといけませんよね、回

答ありがとうございます。」

事例10「(14)教師からの指示」

教師:「この掲示板での学習ですが、一部の優秀な学生さんが一生懸命新しい

情報等を出してくれたり、質問に答えたりしてくれています。見ているだけの

人も、すくなくとも自分の質問に答えてくれた場合は、カテゴリ「賞賛」を選

んで、感謝の意を表したり、さらなる議論に進めるなどを行ってください。人

が話題提供してくれたことにも、なるべく反応してあげてください。やりがい

が出てきます。以上、よろしく。」

教師

大学生

高校生

人数

700

600

500

400

300

200

100

01

教師の発言回数の遷移

発言回数

高校生の発言回数の遷移

発言回数

01 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

5

10

15

20

25

0

2

4

6

8

10

12

14

16

図5. e ラーニングにおける発言頻度分布

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植野 真臣・山田 友貴・江口 宏行

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以上、示したようにすべての掲示板でのやりとりは、用意されたカテゴリに

投稿内容を代表することができ、これまでのところ、カテゴリが該当しないと

いった事例は他の教科をあわせて報告されていない。

6.分析と結果

6.1 概要

前述のように総数830件の発言が行われたが、各発言者の発言頻度は、図5の

とおりであった。大学生発言数は、その人数の比率を考慮しても圧倒的に多い

ことがわかる。このことは、これらの大学生がこれまでに形成してきた e ラー

ニング授業での学習文化に依存していると考えられるが、前年2002年の同じ授

業(大学生のみの参加)のそれに比較し、圧倒的に多く(2002年では13週間で

218の発言)、高校生の参加による相乗効果があったものと推測される。また、

高校生については、このような歴史文化を持つ共同体にいかに正統的に参加し

ていくかのプロセスが重要であると考えられる。

図6の3つの図は、13週間における参加者(教師、大学生、高校生)の発言

頻度の遷移を横軸に授業開始からの週をとり時系列頻度グラフとしてまとめた

ものである。

一週目に教師の指示が始まり、二週目より大学生の発言が始まりだす。5週

目までは、高校生は全く発言していないが、このあたりより高校生の発言が始

まる。また、高校生の発言がなかった5週目までは、教師の発言頻度に対応し

て、大学生の発言頻度も増加していることがわかるが、5週目以降は教師の発

言頻度に独立に高校生の発言頻度に対応して大学生の発言頻度も増えているこ

とがわかるであろう。

大学生の発言回数の遷移

発言回数

01 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

20

60

40

80

100

120

図6.教師、大学生、高校生の発言頻度の遷移

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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6.2 発言カテゴリの遷移に基づく分析

前節5.1.で考察したデータの概要をより詳しく分析するために、ここで

は教師、大学生、高校生の発言カテゴリの遷移について分析することにする。

ここでは、830の総発言から「a授業に対する意見」「j引用文に対する注意・

叱咤」、「¡1引用文中の間違いの指摘」、「¡2本論とはずれる話の提示」を除いて

分析を行う。

図7に教師、大学生、高校生のそれぞれの発言カテゴリの頻度の授業開始か

らの一週ごとの遷移を示した。

教師は、「指示」、「質問への回答」、「引用文への賞賛・激励」のペースを崩さ

ず、一定の期間ごとに行っていることがわかる。

また、大学生は高校生が全く参加していなかった5週目まで、大学生同士で

「新規質問」、「引用質問への回答」のみを繰り返してきたことがわかる。このよ

うな傾向は、2002年度の大学生のみの実践でも多く見られた。一方、高校生は

この共同体の文化を学ぶために「観察」を5週目まで行っていたと解釈できる。

5週目より、古参者である大学生達の方法を観察し、5週目より同様に「新規

質問」を始める。また、6週目、7週目では頻度は少ないが、「回答」を始める

学生も出現してきた。

注目すべきは、高校生の参入により、大学生からの「新規質問」がほとんど

出なくなり、それに代わり、6週目より「新規意見・回答の提示」の頻度が多

くなってくる。それに対応して、さらに9週目より、「引用意見・解答を支持す

る事例の提示」、「引用意見・解答を支持しない事例の提示」、「引用意見・解答

に対する同意意見」、「引用意見・解答に対する反論意見」の頻度も増えてきて

いることがわかる。

これらは、当初、「わからないことへの質問と知識を持っているものが回答」

という機械的なインターラクションから自主的な議論により協調的に知識、文

化を構成していく段階になっていったと解釈できる。

この変化そのものが、今回の提案である「新参者共同体に、さらに新参者を

参加させることにより、相対的に旧新参者を古参者へシフトさせ、組織におけ

る役割分担の変化を覚醒させること」である。

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一方、新参者である高校生も、古参者の大学生の変化に対応しようとする。

11週目より、高校生の「新規質問」の数が急速に激減し、古参者の大学生の行

動に対応した形で、「引用意見・解答を支持する事例の提示」、「引用意見・解答

を支持しない事例の提示」、「引用意見・解答に対する同意意見」、「引用意見・

解答に対する反論意見」、「賞賛、激励」といった活動に変化している。また、

12、13週では、古参者と新参者との活動の差はほぼなくなっていることも重要

な本実践の成果であると考える。

大学生の発言カテゴリの推移

新規意見・回答の提示

引用意見・解答を支持する事実の提示

引用意見・解答を支持しない事実の提示

引用意見・解答に対する同意意見

引用意見・解答に対する反論意見

引用文に対する注意・叱責

引用質問に対する回答

新規質問

引用文に対する賞賛・激励

教師の発言カテゴリの遷移

発言頻度

教師からの指示

引用質問に対する回答

引用文に対する賞賛・ 激励

発言頻度

高校生の発言カテゴリの遷移

発言頻度

新規意見・回答の提示 引用意見・解答を支持する事実の提示 引用意見・解答を支持しない事実の提示 引用意見・解答に対する同意意見 引用意見・解答に対する反論意見 引用文に対する賞賛・激励 引用質問に対する回答 新規質問

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

40

35

30

25

20

15

10

5

0

12

10

8

6

4

2

0

876543210

2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

図7.教師、大学生、高校生の各発言カテゴリの遷移

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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6.3.発言カテゴリの遷移に基づく分析

6.3.1 発言遷移による分析

本節では、本実践における発言者の遷移状況を把握するために、表1の発言

遷移表による分析を行う。掲示板の返信機能について、各行は返信された発言

者の種類、各列は返信した発言者の種類を示している。例えば、二行一列の61

は、大学生の発言に対して教師が61の返信を行っていることがわかる。

本遷移表より、本実践では教師は大学生に対してのみ発言を行っており、高

校生への対応もすべて大学生が行ってきたことがわかる。6.2.で考察した

古参者としての大学生が自立した共同体を構成し、そこに新参者としての高校

生を受け入れるというプロセスの内的要因ともなっていると解釈できる。

6.3.2 発言カテゴリのマルコフ解析

3変数の発言者遷移に比較して、変数の多い発言カテゴリの遷移の解析は非

常に複雑になる。ここでは、発言カテゴリの時系列をマルコフ過程とみなし、

エントロピーを最小化にするマルコフ・グラフを導くことにより、今回の実践

の対話の流れを分析することにする。

多重マルコフ過程(例えば、小河原・坂本(1967)参照)では、系 x(1),…,x(n)

の生起する同時確率が

a

で示されると仮定する。すなわち、時系列における各事象は m 個前までの状態

に依存すると仮定する。

このとき、式aの平均エントロピーを最小にする m と構造が予測を最大にす

るマルコフ・グラフである。

表1.発言者間の発言遷移表

教  師

大 学 生

高 校 生

合 計

教  師

00

61

00

61

大 学 生

047

238

036

321

高 校 生

00

47

12

59

参加者全体

013

286

009

308

合 計

060

632

057

749

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この手法を本データに適用した結果、 m =3で図8の構造の時に最小のエン

トロピーを示す結果となった。すなわち、本実践における対話は状態の3つま

えの状態に依存し、4重のつながりを持つ4重マルコフ過程であることがわか

る。掲示板では、話題が発展したり、議論が維持されることは望ましいと考え

られるが、 本実践では平均的に4つの発言が連鎖していると分析することがで

きる。これまでの著者らの経験からは十分に大きい値であると判断される。

表2は、4重マルコフ過程の中でもっとも多く出現した系列を上から順に10

個取り出して表示している。また、表中の系列の番号は図8のマルコフ・グラ

フの番号に対応している。

1位は、「2.新規意見・解答の提示」が連続する場合である。事例aにも挙

げたような新規事実などの紹介は、ひとつのトピックに対して複数挙げること

が望ましく、本実践でもこのような事例が挙げられると続けて類似の事例が紹

介されるパターン多かった。

2位は、「14.教師からの指示」→「9.新規質問」→「10.引用質問に対す

る回答」→「13.引用文に対する賞賛・激励」のパターンである。

また、図8のマルコフ・グラフより、本実践では「質問→回答」の回答内容

が次の発言を促す材料になっていたことがわかるであろう。特に、大学生が

「引用に対する意見」を投稿し出したのは授業後半で、そのときには大学生の質

表2.頻度順4重系列

4重系列の出現頻度 順TOP10[( )は頻度]

2-2-2-2(12)

14-9-10-13(8)

2-9-2-2(4)

9-9-10-10(4)

9-10-10-5(4)

9-10-12-10(4)

9-10-13-10(4)

10-8-10-13(4)

10-12-10-12(4)

13-10-13-3(4)

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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問はほぼなかったことより、高校生の質問→大学生の回答が様々な意見を誘発

してきたものと解釈できる。授業前半では、大学生の質問→大学生(もしくは

教師)の回答がほとんどであったが、ここでは図7が示すようにほとんど他の

カテゴリが出現しておらず、大学生の質問が議論を誘発することはほとんどな

かったともいえる。これらは、発言者が大学生であったか高校生であったかが

問題ではなく、新参者の高校生が参加したことにより、共同体での役割分担が

変化し、そのことが上のような意見を誘発していることと解釈するのが妥当で

あろう。

6.4.成績との関係

本 e ラーニング授業では、最終テストも遠隔テストを用いて行った。テスト

の内容は、 e ラーニング・コンテンツに対応した問題を50問、無作為抽出する

ことにより作成されている。テストの結果は表3のとおりである。

発言行動等では、最終的に差異がなくなった古参者の大学生と新参者の高校

生であるが、知識の上では完全な差がなくなったわけではなかった。

図8.本実践における掲示板データにより得られた発言カテゴリのマルコフ・

グラフ

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本試験成績と掲示板での発言回数との相関係数を求め表4に示す。ここでは、

発言を以下の3つに分類して相関係数を出すことにする。

① 知識を得るために特に関係のないと考えられるカテゴリ群「a授業に対す

る意見」「j引用文に対する注意・叱咤」、「¡1引用文中の間違いの指摘」、

「¡2本論とはずれる話の提示」

② 知識を得るために直接的に関係するカテゴリ群「新規質問」

③ 自発的な意図で行われる協調的学習行為に関係するカテゴリ群「s新規意

見・解答の提示」、「d引用意見・解答を支持する事例の提示」、「f引用意

見・解答を支持しない事例の提示」、「g引用意見・解答に対する同意意見」、

「h引用意見・解答に対する反論意見」、「k引用意見・解答に対する質問」、

「¡0引用質問に対する回答」、「¡3引用文に対する賞賛・激励」

②と③の違いは、協調学習で比較的初期に見られる発言が②であるのに対し、

③は共同体が成熟してから発言されることが多いカテゴリであることとしても

解釈できる。各学習者の各カテゴリ群に含まれる発話数と成績との相関は表4

のとおりであった。発言数は多くても、①や②の発言を行う学習者は発言数が

多いほどむしろ成績が悪く、③のように熟達した議論に参加できる学習者ほど

成績が良いということがわかるであろう。

以上の結果は、協調学習においてむやみに発言数を増やそうとするような教

師の行為は正しい学習共同体の形成には役に立たないということを示している。

前節までの考察からもわかるように、学習共同体そのものの発達とそれに参加

しようとする学習者の相互作用が自然発生的な学習状況を生み出すものである

と考えられるのである。

表3.テスト成績結果(100点満点とする)

大 学 生

高 校 生

平 均 値

79.07

67.94

標準偏差

10.42

14.12

表4.各カテゴリ群の発言数と成績の相関

カテゴリ群

相関係数

-0.412

-0.264

0.614

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7.アンケートによる評価

7.1 高校生に対するアンケート

本授業終了後、高校生受講生17名に対して以下のようなアンケート調査を行

った。紙面の都合上、回答者数を各アンケート項目の横に( )内で示す。

質問1.この大学授業の内容はどうでしたか

①とてもわかりやすい(4) ②わかりやすい(3) ③普通(7) ④わかりに

くい(3) ⑤非常にわかりにくい(0)

質問2.この大学授業は楽しかったですか

①とても楽しかった(1) ②楽しかった(3) ③普通(11) ④楽しくなかっ

た(2) ⑤ぜんぜん楽しくなかった(0)

質問3.ほかの内容の講義を受けたいと思いますか

①思う(11) ②思わない(6)

質問4.普通の授業と比べてこの授業はどうでしたか

①とてもわかりやすい(5) ②わかりやすい(1) ③普通(8) ④わかりに

くい(4) ⑤非常にわかりにくい(0)

質問5.普通の授業と比べてこの授業は楽しかったですか

①とても楽しかった(1) ②楽しかった(4) ③同じ程度(8) ④楽しくな

かった(4) ⑤ぜんぜん楽しくなかった(0)

質問6.掲示板に積極的に参加することができましたか。

①積極的に参加できた(6) ②やや参加できた(7) ③少ししか参加できな

かった(2) ④参加できなかったが見てはいた(2) ⑤掲示板を見ることも

なかった(0)

質問7.掲示板での議論はあなたの理解や学習に貢献しましたか。

①完全にわからないことが解消された(1) ②ほぼわからないことが解消さ

れた(9) ③ややわからないことが解消された(4) ④ほとんど貢献しなか

った(2) ⑤かえって疑問が増えた(3)

質問9.今後も掲示板での活動に参加したいですか。

①積極的に続けたい(3) ②どちらかといえば続けたい(5) ③どちらでも

良い(5) ④どちらかといえば続けたくない(2) ⑤続けたくない(0)

また、自由記述では、3件の無回答を除き、以下のように肯定的な意見のみで

あった(原文のまま提示する)。

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¡ 大学生との交流が良い。

¡ 面白い

¡ 掲示板では面倒なのに回答があってすごいと思う。回答、質問を見るだけ

で勉強になる。

¡ 親切に回答してもらえて、ちょっと嬉しかった

¡ 掲示板は良いと思う。自分の意見に知らない人からのコメントをもらえる

と嬉しい。

¡ 大学生のひとの意見は最初はわからなかったけどそのうちわかるようにな

ったこともあった。

¡ 高校とは違った知識やそれ以外のことも学べる

7.2 大学生に対するアンケート

前節同様に大学生受講生に対して以下のようなアンケート調査を行った。紙

面の都合上、回答者数を各アンケート項目の横に( )内で示した。

回答は受講者中24名から回収された。

1.どこで主に e ラーニングを用いて勉強しましたか。

①大学(16) ②自宅(6) ③その他(2)

2.通常の授業(対面授業)に対してよく学習できたと思いますか。

①全くできなかった(2) ②ややできなかった(7) ③普通(10) ④ややで

きた(3) ⑤非常にできた(2)

3.教材内容について評価してください。

①非常に悪い(1) ②やや悪い(5) ③普通(8) ④やや良い(9) ⑤非常

によい(1)

4.対面授業に比較して積極的に学習できましたか。

①非常にできなかった(1) ②ややできなかった(8) ③普通(10) ④やや

できた(5) ⑤非常にできた(0)

5.掲示板で発言できましたか。

①非常にできなかった(0) ②ややできなかった(12) ③普通(2) ④やや

できた(10) ⑤非常にできた(0)

6.掲示板での他の人の発言をみていましたか。

①全て見た(1) ②だいたい見た(19) ③普通(3) ④あまり見なかった(1)

⑤全く見なかった(0)

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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7.対面授業に比較して、学習動機はどうでしたか。

①非常になかった(0) ②ややなかった(7) ③普通(9) ④ややあった(7)

⑤非常にあった(0)

8.もっとも学習動機をあげると考えられる学習コンテンツについてひとつ選

んでください。

①動画と画像によるコンテンツ(9) ②掲示板での協調的学習(7) ③演習

問題(6) ④課題(2)

9.高校生に対して十分支援できましたか。

①非常にできなかった(0) ②ややできなかった(13) ③普通(8) ④やや

できた(2) ⑤非常にできた(1)

10.高校生が本授業に参加することについて評価してください。

①非常に悪い(0) ②やや悪い(2) ③普通(7) ④やや良い(9) ⑤非常

によい(6)

本授業についての自由記述については以下のような意見を得た(原文のとおり

提示する)。

¡ 刺激になる

¡ 高専出身の僕にとって、高校生のレベルは未知の世界です。そんな高校に

授業を教えに行く前にレベルを知る良いチャンスだったと思います。もっ

とこのような場を増やして欲しいと思うくらいです。

¡ 大学生と高校生の理解度を考慮しないと、高校生からの質問ばかりになっ

てしまうから。大学生に「教える」という能力(協調学習の一環)を上げ

る上では良かった。

¡ 色んな環境・立場の人がいるといいから

¡ 様々な年齢の人の意見がきけ、自身の理解の見直しにもなる

¡ 人に物を教える際に自分も勉強ができる。人に物を教える勉強も出来る。

¡ インターネットのエチケット(ネチケット)、そしてその他の情報も知る上

で、非常に良いと思う

¡ せっかく e-learning なので、「誰でも」というのが魅力だと思う

¡ 多分、同じものでも各人の立場によって異なった見方ができると思うので、

お互いの為に役立つと思うから。

¡ 自分が先生になれる。質問が簡単で答えやすいから。大学へ行かない生徒

も e-learning を知ってほしい。

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植野 真臣・山田 友貴・江口 宏行

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この他にも自由記述では肯定的な意見のみを得た。多くの自由記述にもある

ように、多くの大学生が「教える」ということを意識し、自己の役割の変化に

気づくことが本実践の中心的な狙いでもあり、これらが新参者の高校生の行動

と相乗効果を持ち、さらなる役割の変化と発達を生み出せると考える。

8.おわりに

本論では、大学生向け e ラーニング授業に高校生を新参者として参加させる

ことにより、大学生を古参者に相対的の押し上げ、古参者と新参者とのかかわ

りの中での役割分担の変化を誘発し、真の意味での自然発生的な学習共同体の

形成を意図した e ラーニングのデザインを提案した。

今回の実践での前提として

¡ 最近接発達領域

¡ 正統的周辺参加

の概念の正当性を仮定した。

しかし、中村(1998)が述べるように、「ヴィゴツキーの最近接発達領域の概

念がすべての教育に安易に一般化されてはいけない。」ことを指摘しているし、

ヴィゴツキーの最近接発達領域による先回り教育の実践(ヴィゴツキー(1962))

でも、初等教育における数学や科学のみでの成功事例が載せられており、これ

らが必ずしも高校レベルの学生の学習に対して適用が可能であるかどうかは全

く保障されていなかった。今回は、教科「情報」についての実践を行ったが、

① 「情報」という科目が、日常的に用いられる現実の道具や社会を対象にし

ており、日常的発達と科学的発達のリンクというヴィゴツキー理論に比較

的適合した材料であったこと

② 高校生がコンピュータやインターネットを用いる初心者であり、現実にコ

ンピュータやインターネットを用いる実践を通して、本授業を学習するこ

とができ、専門家からの「支援」が日常的実践とリンクしながら受け入れ

ることのできる環境であったこと

など前提条件を満たすところが多かったことから今回の実践の計画を行った。

今回のデザインの拡張では、さらに中学生を新参者として、さらには小学生を

新参者として参加させるということが原理的には考えられるが、コンピュータ

やインターネットに対する日常的なかかわりに関する彼らの発達段階が十分に

適合していないと成功しないであろう。

また、本授業は、高校生、大学生からの要望があったため、また学習共同体

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大学―高校間での協調型 e ラーニングのデザイン

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文化の継続のために、現在も継続されており、今後もその方法論の改善、観察

を続け、さらに新しい新参者を受け入れることにより長期的な共同体の変化を

分析していきたいと考える。

参考文献縣 秀彦、戎崎俊一、五島光正、松本直記、千頭一郎、畠中 亮、松浦 匠、川井和彦(2002)「科学教育活動 Hands-On Universe の日本での実践と評価:インターネットを用いた学びの共同体の一例として」、日本教育工学会論文誌 26(3),pp.181-191Akinmoladun, A., Abdellatif, N., Montenegro, L.A.(2003)“Student Recruitment and Retention through

College Academic College level courses in telecommunication offered in High School Students”pp.1278-1281Hersey, P. and Blanchard. H.K(1977)Management of Organizational Behavior, Prentice-Hall.

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小河原正巳・坂本武司共著、北川敏男編(1967)「マルコフ過程」、情報科学講座 A・5・1、共立出版鈴木真理子、永田智子、中原 淳、浦嶋憲明、今井 靖、若林美里、森広浩一郎(2002)電子掲示板を利用した強調的な知識構築過程の図式化による質的分析-高等教育の授業における天文領域学習の事例-日本教育工学会論文誌 26(3),117-127植野真臣(2002 a )双方向型ネット授業の実践とその評価、日本教育工学会研究報告集、JET02-1, pp. 37-44植野真臣(2002 b ) e ラーニングにおける学習履歴データベースとデータマイニング、日本教育工学会18回大会講演論文集、課題研究、pp.181-184ヴィゴツキー(1962)(柴田義松訳)「思考と言語」上下巻、明治図書Wenger, E.(1998)Communities of Practice-Learning, Meaning, and Identity. Cambridge University

Press, Cambridge

[Summary]In according to Lave and Wenger(1991), learners inevitably participate in communities of practitioners and the

mastery of knowledge and skill requires newcomers to move toward full participation in the sociocultural practices

of a community which is constructed by old timers. However, It is very difficult to realize this community in the

actual school situation. In this respect, the main idea of this paper is that participation of high-school students as

new comers into university students e-learning class is expected to derive the following : 1. The position of the

university students will be relatively shifted to old timers from new comers, an old timers community will be

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植野 真臣・山田 友貴・江口 宏行

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constructed, and it will propel the learners’learning by their own motivations. 2. The high-school students will

get some“supports”, which is defined by Vygotsky, from the old timers, and their roles in the community will be

changed to the old timers. From actual practice of this collaborative e-learning design, it was found that the

university students, who had provided only question and answers in the discussion board had at beginning of the

class, had changed to behave various activities by their own motivations. And it derived the change of the high-

school students behaviors, as the results, there became no difference between high-school students behavior. and

university students behaviors.