―書評を書く活動(国語科)を通して―4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期)...

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はじめに PISA調査における「読解力」 1) とはOECDの定義に よるリーディングリテラシーのことである。その OECDの定義によれば次のように定められている。 「読解力とは、自らの目標を達成し、自らの知識と 可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、 書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力で ある。」 筆者らは、平成17年度、拙稿「PISA型読解力の向 上をめざした実践研究―新聞の読み比べ(国語科)を 通して―」 2) を発表している。やまぞえ小学校の児童 が平和学習の一環として取り組んだ「原爆稲の刈り取 り」を取り上げた2社の新聞記事をテキストとし、共 通点と相違点を明らかにし、新聞記事の特徴や自分の 体験に基づくとどちらの新聞がよいかを熟考・評価さ せた。その結果、自らの立場と論拠を明確にして、客 観的・批判的にテキストを捉えようとする能力が身に つき、新聞の読み比べは、PISA型読解力の向上につ ながることを明らかにした。 本年度は、物語文をテキストとして扱い、書評を書 くという言語活動を通して、PISA型読解力向上をめ ざした指導方法の改善を試みることにした。 なぜ書評に着目するのか 現行の小学校国語科教科書を調べてみると、本の帯 作り、読後記録、読書発表会、読書ノート、読書郵便 作り、読書新聞作り、読書座談会などの言語活動が行 われている。これらは、活動自体に重きがおかれ、文 175 PISA型読解力の向上をめざした実践研究 ― 書評を書く活動(国語科)を通して― 松川利広 (奈良教育大学国語教育講座) 松本 哲 (奈良県・やまぞえ小学校) 新子慶行 (奈良県・やまぞえ小学校) Examinations of students’ learning for acquiring Reading Literacy advocated by the OECD evidence from the lessons on writing book reviews ― Toshihiro MATSUKAWA (Department of Japanese Language Education,Nara University of Education) Satoshi MATSUMOTO (Yamazoe Elementary School) Yoshiyuki ATARASHI (Yamazoe Elementary School) 要旨:本稿では、連続型テキストとして物語をとりあげ、1冊の本による書評の指導(5年)、複数の本による書評 の指導(4年)を通してPISA型読解力の向上をめざす研究を行った。1冊の本による書評を書く指導では、書評の フォーマットを段階的に与えていくことにより、書評の質を高め、記述の幅を広げることにつながった。複数の本 による書評を書く指導では、2つの物語を比べ読みすることにより、作品の内容を観点を持って客観的に捉えるこ とができるようになった。書評を書くことは、情報を取り出し、熟考・評価という一連の活動を促し、PISA型読解 力の向上につながる言語活動の一つであることを明らかにした。 キーワード:PISA型読解力(reading literacy)、国語科教育(Japanese language educasion)、書評(book review)

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Page 1: ―書評を書く活動(国語科)を通して―4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期) 書評を書くためには、本を多く読むことが要求され る。まず、4月は、読書に慣れ親しむことを目的とし

1.はじめに

PISA調査における「読解力」1)とはOECDの定義に

よるリーディングリテラシーのことである。その

OECDの定義によれば次のように定められている。

「読解力とは、自らの目標を達成し、自らの知識と

可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、

書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力で

ある。」

筆者らは、平成17年度、拙稿「PISA型読解力の向

上をめざした実践研究―新聞の読み比べ(国語科)を

通して―」2)を発表している。やまぞえ小学校の児童

が平和学習の一環として取り組んだ「原爆稲の刈り取

り」を取り上げた2社の新聞記事をテキストとし、共

通点と相違点を明らかにし、新聞記事の特徴や自分の

体験に基づくとどちらの新聞がよいかを熟考・評価さ

せた。その結果、自らの立場と論拠を明確にして、客

観的・批判的にテキストを捉えようとする能力が身に

つき、新聞の読み比べは、PISA型読解力の向上につ

ながることを明らかにした。

本年度は、物語文をテキストとして扱い、書評を書

くという言語活動を通して、PISA型読解力向上をめ

ざした指導方法の改善を試みることにした。

2.なぜ書評に着目するのか

現行の小学校国語科教科書を調べてみると、本の帯

作り、読後記録、読書発表会、読書ノート、読書郵便

作り、読書新聞作り、読書座談会などの言語活動が行

われている。これらは、活動自体に重きがおかれ、文

175

PISA型読解力の向上をめざした実践研究

―書評を書く活動(国語科)を通して―

松川利広

(奈良教育大学国語教育講座)

松本 哲

(奈良県・やまぞえ小学校)

新子慶行

(奈良県・やまぞえ小学校)

Examinations of students’learning for acquiring Reading Literacy advocated by the OECD

― evidence from the lessons on writing book reviews ―

Toshihiro MATSUKAWA

(Department of Japanese Language Education,Nara University of Education)

Satoshi MATSUMOTO

(Yamazoe Elementary School)

Yoshiyuki ATARASHI

(Yamazoe Elementary School)

要旨:本稿では、連続型テキストとして物語をとりあげ、1冊の本による書評の指導(5年)、複数の本による書評

の指導(4年)を通してPISA型読解力の向上をめざす研究を行った。1冊の本による書評を書く指導では、書評の

フォーマットを段階的に与えていくことにより、書評の質を高め、記述の幅を広げることにつながった。複数の本

による書評を書く指導では、2つの物語を比べ読みすることにより、作品の内容を観点を持って客観的に捉えるこ

とができるようになった。書評を書くことは、情報を取り出し、熟考・評価という一連の活動を促し、PISA型読解

力の向上につながる言語活動の一つであることを明らかにした。

キーワード:PISA型読解力(reading literacy)、国語科教育(Japanese language educasion)、書評(book review)

Page 2: ―書評を書く活動(国語科)を通して―4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期) 書評を書くためには、本を多く読むことが要求され る。まず、4月は、読書に慣れ親しむことを目的とし

章を根拠や論拠をもって評価する力の育成という面で

は課題を残しているといえる。

そこで、本を読んで熟考・評価するというPISA型

読解力を育成するためには、感想文で終わらず、従来、

大人たちがしてきた書評を書くという言語活動が有効

ではないかと考えた。

一般的に、書評(ブックレビュー)の意味を調べて

みると、広辞苑では、「書物の内容を批評・紹介する

こと。また、その文章。」(広辞苑第5版)とある。

イングランドの小学校英語教育辞典3)では、「書評

とは、ある文章について書かれた評価のことである。

それは、物語や小説の中の出来事について簡単なアウ

トラインを示している。さらに、長所や欠点に関する

コメントへと続く」と書かれている。そして、指導方

法に関して以下のような記述が続く。「教師は、生徒

に本や書物の書評、感想文を書くように言う。時には、

読書日記の形で。そして、展示するためやクラスブッ

クのために、より長い書評を求めることもある。本を

読んだ後や書物を用いた後に、いつも書評を求めるこ

ともある。また、生徒に読んだことについてじっくり

考え、その質を判定するための基準を作り出してもら

いたいと願っている。十分な長さの書評を求めたいし、

いろいろなタイプの課題別に、興味深いやり方でそれ

らをまとめあげたいと考えている。(後半部略)」

本稿においては、書評という言葉を次の概念で用い

ることにする。書評とは、「多様な表現形式を用いて

本の内容を紹介・批評すること」と定義する。

3.PISA型読解力と書評とのかかわり

先述のように、PISA型読解力においては、情報の

取り出し・熟考・評価という、複合的な能力が求めら

れる。以下に、書評という活動がPISA型読解力とど

のようにかかわっているかを述べる。

書評を書くためには、まず文章を適切に読み取り、

内容を把握することが求められる。続いてそれらの内容

を自分の知識や経験と照らし合わせ、最後に根拠を明確

にしながら評価を下すことが求められる。書評を書く活

動の中で、PISA型読解力の向上に最も寄与するのは、

これらの活動が、個々の児童の主体性や意見、能力を

活かし、反映することができるという側面である。

書評における評価は、①自分の意見や感性をふまえ、

主題をどのように捉えるかというものと、②文体や語

句などの文章表現に関するものという二つの面があ

る。どちらの方法で評価を行っても、論拠が適切に示

されていればよい。また、論拠を示すためには、テキ

ストの内容を読み取り、その情報に対して自分の知識

や経験と照らし合わせ、主張を導き出す必要がある。

情報の取出しから評価までの作業では、常に自分の

意見や記述内容を振り返り、整合性を確かめる必要が

ある。読み取った内容にふさわしい評価を与えていな

ければ、的確な書評とは言えないからである。

以上のことから、書評という活動は、PISA型読解

力を向上させるための有効な手段であると考える。

4.指導の実際

4.1.1冊の本による書評の指導

5年生(23名)では、4月から10月にかけて、書評

を書く活動を進めてきた(指導者:5年担任 松本

哲)。書評を書くため指導過程として、一気に紹介と

批評の両方を兼ね備えた書評を書くことを求めず、段

階的に、①導入期(慣れ親しむ時期)②展開期(紹介

重視型)③充実期(批評重視型)という指導を展開す

ることにした。以下、時系列に沿ってその実践をまと

めてみる。

4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期)

書評を書くためには、本を多く読むことが要求され

る。まず、4月は、読書に慣れ親しむことを目的とし

て1冊の本を読むたびに、以下に示すような観点にも

とづいて短作文を書かせた。一度に多くを求めず、1

週間というインターバルで①②③の順に1つの観点で

書かせることにした。

① 好きな表現はどこか。

② いつ、どこで、だれが、何をしてどうなった話か。

③ この本は、だれにすすめたいか。

これらの観点は、書評を書く要素となるものである。

本のジャンルは物語に限定し、興味のある本を選択す

るように指示した。

4.1.2.展開期(紹介重視型)

「書評」の意味、何をどのように書くのかというこ

とについて、児童はこの段階まで指導を受けていない。

そこで、まず、内容が平易である絵本を読んで書評を

書くという学習をすることにした。書評は「書物の内

容を紹介・批評すること」であるが、展開期の実践は、

紹介することに重きを置くことにした。紹介すること

の方が、過去の学習を生かすことができ、児童にとっ

てなじみやすいと考えたからである。

5月には、「絵本の紹介を2年生にしてみましょう。

2年生が読みたくなるようにうまく紹介しよう。」と

いう単元(3時間)を設定し学習に取り組んだ。

児童の紹介型書評例を、次ページ図1に掲げる。完

成させるまでの指導を、次のような流れで行った。

まず、ワークシートを配付し、以下の順で記入して

いくよう指示した。

①「本の名前」「作者名」「発行社」「発行年」を書く。

② 本の写真を貼る。

③ 書くことは、以下の3点であることを確認し合う。

ア 本の内容

イ どこがおもしろいか どんな点がおすすめか

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松川利広・松本 哲・新子慶行

Page 3: ―書評を書く活動(国語科)を通して―4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期) 書評を書くためには、本を多く読むことが要求され る。まず、4月は、読書に慣れ親しむことを目的とし

ウ だれにすすめたいか

子ども新聞の新刊コーナーの書評欄をモデルとして

示し、具体的なイメージを持たせるようにした。

なお、2年生を読者としているので、読みがなをふ

るように指導した。

図1 紹介型書評例(A児)

6月には、6年生が修学旅行に行ったことと関連さ

せて「戦争をテーマにした本を6年生に紹介しよう」と

いう授業をした。5年生が6年生に紹介したい本を

個々に選び、書評を書いた。その書評を読んだ6年生が

図書室に足を運び、本を読み、その後5年生に感想を送

った。その1つの例として、B児による「つるにのって」

の書評例(図2)と6年生C児の返事(図3)を以下に

示す。C児からの返事が届き、書評を通した交流が生ま

れた。また、周辺的な学習として、総合的な学習と関連

させ、「福祉をテーマにした本を校長先生に紹介しよう」

という書評の要素を組み込んだ実践を行った。児童の

書いた書評は、以下、図4に示すとおりである。

図3 6年からの返事(C児)

図4 紹介型書評例(D児)

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PISA型読解力の向上をめざした実践研究

図2 紹介型書評例(B児)

Page 4: ―書評を書く活動(国語科)を通して―4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期) 書評を書くためには、本を多く読むことが要求され る。まず、4月は、読書に慣れ親しむことを目的とし

このような紹介を目的とした書評を書く活動を5月

から夏休み、そして、9月まで継続して取り組んだ。

1冊の本を紹介するというアウトプットがきまって

いることにより、児童の読書意欲が喚起され、読書量

が増えてきた。情報を読み取るためには、多読するこ

とが必要である。

紹介型の書評を書く活動を通し、以下のような児童

の実態が見られた。

① あらすじの紹介は、前半部分を書いて読者の興味

を引く方法をとっている児童が多い。

② 本を薦めたい人については、「いつも元気いっぱ

いの楽しい人」のような総論的なコメントを記すこ

とができるようになった。

③ 紹介の末尾に、本から受けた印象や感想を書ける

ようになった。

紹介型の書評を書くことによって、あらすじや印象

などの表層的な記述を行うことができるようになっ

た。このことは、論拠の明示を必要とする批評重視型

の書評を書く段階への準備となったと考えられる。

4.1.3.充実期(批評重視型)

上記のような実態から、さらに「本を評価する」と

いう学習に発展させたいと願い、10月に「大造じいさ

んとガン(椋鳩十作)」を学習材として実践を行うこ

とにした。授業の展開は、以下の通りである。

<第1次>

・「大造じいさんとガン」の範読を聞き、初発の感 想

を書く。

・音読練習をする。

・新出漢字の学習、難語句の意味調べをする。

・大まかな内容をとらえ、〈通読後書評〉を書く。

<第2次>

場面ごとに、大造じいさんと残雪のちえ比べの経

過を読み取り、大造じいさんの残雪に対する心情を

読み取る。

・授業後、3次に向けて簡単なコメントを書く

<第3次>

・「大造じいさんとガン」の〈精読後書評〉を書き、

交流会をする。

第1次の書評を書いた後、「これから、各場面ごと

に大造じいさんの残雪に対する心情を読み取っていき

ます。その後、もう一度、大造じいさんとガンという

作品を1冊の本と考えて、書評を書きます。」と指示

し、以下のように何をどのように書くか説明をした。

① 本のあらすじを要約して書くこと。

② 書評は、本の中身を紹介するだけではない。自分

がその本を読んで、どう思ったかを判断することが

必要である。例えば、「好き・嫌い」「おもしろい

・おもしろくない」「楽しい・楽しくない」「明る

い気分・暗い気分」「元気が出てきた・落ち込ん

だ」などの自分自身が判断したことと、その考えた

理由を書くこと。

③ 「○○にすすめたい」という○○は、自分が特定

したある人物を書くこと。そして、そう考えた理由

を書くこと。

③ 本を批判してもかまわない。例えば、作品への注

文も考えてみる、作品の結末を変えてみる、表現を

変えてみるなど自由に発想してよいということ。

2次の学習中は、つねに精読後書評につながるよう

な短いコメントを書かせていった。

では、E児の通読後と精読後の2つの書評を示しな

がら、その変容を見ていくことにする。

① 「この話は、大造じいさんがガンをつかまえよう

といろいろな作戦を考えて、残雪とちえを出し合い、

対決するお話です。」とあらすじが要約されて分か

りやすく書かれるようになった。

② 判断語彙を見ると、通読後書評では「おもしろい」

「明るい気分になってきた」と書き、精読後書評で

は「元気が出てきた」と、どちらにおいても書いて

ある。しかし、根拠については、「なぜなら、じい

さんとガンは仲が悪いけど、ライバルみたいで、二

人の対決を見ているとすごくおもしろいから」と精

読後書評でのみ書かれるようになった。

③ 精読後書評では、すすめたい相手を「いとこの弟」

と限定して書いている。また、相手が「2年生で漢

字を少ししか習っていなく、本好きではない」とい

う実態にあることと、「漢字が多い、情景描写がき

れい」という本の特色とを関連させて、根拠を明ら

かにしている。

④ 作品へ、「会話文を入れてほしい」という提案を

し、さらに、自分なら「ハヤブサなんかに負けない

ぞ。」のような会話を入れるとよいと具体的に書き

表している。

⑤ 作文の量が、A4用紙1枚程度からからA4用紙2

枚まで増えている。

このような変容が見られたのは、第2次の場面ごと

に読み取った段階で、教師から提示した書評の書き方を

取り入れて書いている児童のコメントを全体の前で紹介

し、良さを認めていったからであろう。児童は他者に学

び、自分の学びを発展させていったと考えられる。

また、導入期、展開期(紹介重視型)の学習とうま

く関わり合ったことも理由として挙げられる。

象徴的な例としてD児を取り上げたが、このような

変容ぶりはD児に限らず、他の児童でも見られる。

では、児童は「書評」についてどのような感想を抱

いているのであろうか。「書評を書くことについてど

のように思いますか。」というアンケートを実施し、

意見を求めた。23名中、「好き・興味がある」16名、

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松川利広・松本 哲・新子慶行

Page 5: ―書評を書く活動(国語科)を通して―4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期) 書評を書くためには、本を多く読むことが要求され る。まず、4月は、読書に慣れ親しむことを目的とし

「普通」3名、「嫌い」4名という結果であった。

<おもしろいなど肯定的な判断をした児童の理由>

・書評を読んでもらって、こんな本もあるんだ、この

本を読んでみたいと思ってもらったらうれしいから。

・考える力がついておもしろいから。

・「この本を読みに来て下さい」という招待状みた

いで楽しいから。

・書評を書くことで、本の内容を整理できるから。

・だれにすすめたいかを書くことや、好きな言葉を

選んで書くことが楽しいから。

<嫌いなど否定的にとらえた児童の理由>

・長い文を書くのが嫌いだから。

・書いているうちに何をどのように書けばよいか分

からなくなってくるから。

・思っていることを文章にするのが苦手だから。

多くの児童が「書評」に意味づけし、興味を抱いた

点は評価されるであろう。児童の中には、書評の書き

方が分かり慣れてくるうちに好きになったと記した児

童もおり、学びの成果だと考えている。一方、書くこ

とに対する抵抗感がある児童にとっては「書評を書く」

という活動は、自分の思いや考えを言葉に表すことに

難しさがあったのであろう。読書することを、日常

化・習慣化し、読んだ本を紹介することに時間をかけ

て丁寧に指導していくことによって、書評を書くこと

を楽しむ児童を育てていきたい。

4.2.複数の本による書評の指導(比較型)

4年生では、10月に書評の指導を行った(指導者:

4年担任 新子慶行)。

昨年度の研究において、読み比べによる学習は、

PISA型読解力の向上につながることが明らかになっ

た。そこで、今回の実践においても、読み比べによる

書評を取り入れた。

1冊の本による書評では、作品を深く受け止めるこ

とができ、主体的に評価することができるため、

「誰々(特定の人物)にこの作品をすすめたい」とい

った相手意識をもって書評を書くには適していると考

える。それに対し、複数の本による書評では、各作品

の違いに着目して読むことができるため、より客観的

な視点から書評を書くことができると考える。

学習材としては、同一作者によるもの、登場人物や

主人公が同じであるもの、場面設定が同じであるもの、

主題が類似しているものなど、共通点をもった2作品

が適していると考えられる。共通の要素があることで、

それを表現するための記述の違いに着目することがで

きるからである。

今回の実践では、「聞き耳ずきん」という同じ題名

で、作者の異なる2つの民話作品を用いた。民話には

179

PISA型読解力の向上をめざした実践研究

図5 通読後書評例(E児)

図6-1 精読後書評例(E児)

図6-2 精読後書評例(E児)

Page 6: ―書評を書く活動(国語科)を通して―4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期) 書評を書くためには、本を多く読むことが要求され る。まず、4月は、読書に慣れ親しむことを目的とし

多くの再話があるが、基本的なキャラクター設定やス

トーリーは同じで、場面設定や描写が異なっている。

多くの共通点を持つ作品を読み比べることで、それら

の違いを明確に捉えることができる。

また、「聞き耳ずきん」は、「光村図書 国語3年上」

の巻末に掲載されており、児童にとっては既習作品な

ので理解がしやすいと予想される。本実践では、学校

図書室にある絵本、岩崎京子著『ききみみずきん』

(ポプラ社1967)と教科書作品との読み比べを行った。

「聞き耳ずきん」は、働き者で貧しい若者が小さな

動物を助け、そのお礼にもらった「動物の声がきこえ

るずきん」を使って長者の娘を助けるというお話であ

る。教科書・絵本ともに、このストーリーは共通して

いるが、場所の設定や助ける動物、主人公の性格、文

章量や語彙などに差異が見られ、それらが読み比べの

手がかりとなる。

授業では、2つの作品を比較しやすいよう、1枚の

紙を上下段に分け、2つの作品を並列して書いたプリ

ント(図7)を用意した。また、比較の観点や自分の

意見を整理するための補助教材として、ワークシート

(図8・図9)を用いた。

図7 「聞き耳ずきん」第1場面のプリント(抜粋)

以下は、実際の指導の流れである。

<第1次>

2つの作品の全文の読み聞かせを行い、これからの

学習に興味をもたせた。教科書の挿絵や絵本の実物を

スクリーンに映し、場面を想像しやすいようにした。

「書評」という言葉の意味を説明し、学習の意図を伝

えた。

<第2次>

本文の第1場面とワークシート①を配付し、第1場

面の書評を書かせた。全文ではなく場面を分けて読ん

でいくことで、詳細な記述に目を向けさせ、読みを深

めさせたいと考えた。

始めに、2作品の共通点と相違点を見つけさせる活

動を行った。次に、自分が2つの作品のうち、どちら

の方が楽しい・面白い・続きが読みたい・友達にすす

めたいと思ったかを決めさせ、その理由を記述させた。

児童の評価の視点は、全体の印象・場面やキャラクタ

ーの設定・文章表現など、さまざまである。これら4

つの評価の観点を選択させることで、自分の評価の立

場をより明確にすることができたと考える。

<第3次>

第2場面のテキストとワークシートを配付し、第2

時と同様の学習活動を行い、書評を書かせた。

<第4次>

作品の終わりまでのテキストを配付し、書評を書か

180

松川利広・松本 哲・新子慶行

図8 聞き耳ずきんワークシート①(表)

図9 聞き耳ずきんワークシート①(裏)

Page 7: ―書評を書く活動(国語科)を通して―4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期) 書評を書くためには、本を多く読むことが要求され る。まず、4月は、読書に慣れ親しむことを目的とし

せた。書評には、以下の4つの観点から書くように指

示した。

① 教科書と絵本、どちらが「楽しい・面白い」と思

った か1つ選んで書きましょう。

② 教科書と絵本の違いについて書きましょう。また、

それについて自分はどう思うか書きましょう。

③ 作品の中で、変えたほうがいいと思うところがあ

れば書きましょう。

④ 自分が一番すきな場面を書きましょう。すきな理

由も書きましょう。

これまでのワークシートを用いた書評を書く活動

で、児童は書評についての理解を深めることができた。

1つの場面に着目し、その表現の違いから論拠を導き

出し評価を行うという一連の流れをさらに定着させる

ため、上記の4つの内容で書評を書くようにした。

以下に、児童の書評における具体例(図10)をあげ、

評価の観点について考察する。

図10 全文通読後の書評例(F児)

まず第1場面で、若者が助けたのが「ひめ(小だい)」

と「きつね」である点に着目し、きつねよりひめを助

けた方が、よりよいことがおこりそうであることから、

教科書を評価している。2つの書き方を比べることで、

表現の違いに着目して評価することができている。

助けた動物の違いについては、逆の評価をしている

児童もいた。教科書の小だいは水たまりにいるところ

を海に逃がしてやっただけであることに対し、絵本の

きつねはいじめられているところをお金を出して助け

てやったことから、貧しいのにお金を出して助けた絵

本の方が、若者のやさしさが伝わると評価している。

評価は異なるものの、どちらの書評も論拠が明確に述

べられている。

また、第4場面において、教科書では、長者から話

を聞いた若者が、むすめを助けるためすぐに庭に行っ

ているのに対し、絵本ではわけのわからないこと(奇

妙な呪文)を唱えていることを指摘し、教科書の方が

助けたいという気持ちが伝わってくると述べている。

この部分の比較でも、他の児童の書評では反対の評価

をしているものがある。ふしぎな言葉を言っていてお

もしろいという評価である。

このように、読み比べを行った書評の場合、同じ場

面で異なる評価を下すということが見られる。それぞ

れの児童の知識や経験の違いから、このような評価の

違いが出てきたものと考える。これらの書評の違いを、

児童相互で検討し合うことで、書評を書く力をさらに

高めることができると考える。

「絵本はもっと心が伝わるようにしたらいいと思い

ます。」という内容は、F児の民話観を端的に表して

いる。F児は、民話とは主人公の心が伝わることが重

要であると考えているのである。この自分の考えをも

とに、取り出した情報について熟考し、評価を与えて

いることがわかる。

はじめに4つの観点を与え、書評のフォーマットを

示したことにより、児童にとっては文章を書く手順が

理解しやすく、まとまった文章を書けるようになった。

書評を書くうえで必要となる、自分の考えたことを論

理的に記すという作業の手助けになったと考える。

課題としては、書評の中に「すごい」という抽象的

な日常語が評価語として使用されていることがあげら

れる。「すごい」という言葉は、程度がはなはだしく

高いことや、非常によいことを表す、児童が普段から

よく使用する言葉である。非常に広い範囲の意味を含

んでいるため、自分の意見を表す際には使いやすく、

日常的に頻繁に耳にする。どのように「すごい」と思

ったのか、その内容を具体的に述べる記述ができれば、

書評はさらにいきいきとしたものになると考えられ

る。評価語の選択について、さらに学習を深めていき

たい。

3.成果と課題

本研究において、1冊の本による書評の指導と複数

の本による書評の指導を行ってきた。以下に、それぞ

れの指導の成果を記す。

1冊の本による書評を書く指導では、十分に読書に

親しむ活動を取り入れることにより、児童の読書への

関心が高められ、それを書評を書くことの意欲へとつ

なげていくことができた。また、書評のフォーマット

を段階的に与えていったことも、書評の質を高め、記

述の幅を広げることにつながった。1冊の本による書

評では、「この本をだれにすすめたいか」という文を

書評に取り入れることにより、児童の相手意識が高ま

181

PISA型読解力の向上をめざした実践研究

Page 8: ―書評を書く活動(国語科)を通して―4.1.1.導入期(慣れ親しむ時期) 書評を書くためには、本を多く読むことが要求され る。まず、4月は、読書に慣れ親しむことを目的とし

った。すすめるための特定の相手を設定するためには、

読んだ本の主題や内容を自分なりに解釈しなければな

らないため、評価の整合性を求められることを意識す

るようになったと考えられる。

複数の本による書評を書く指導では、2つの文章を

同時に読んでいくことにより、主人公の行動や場面設

定などに具体的にどのような違いがあるか、把握しや

すくなった。それぞれの具体的な違いについて、自分

はどのような理由から一方を支持するのかを論拠とし

て述べることができた。また、作品の記述内容を観点

を持って客観的に捉えることができるようになった。

これらのことから、先述したPISA型読解力の向上

につながる言語活動の一つとして、書評を書く活動は

有効であることが明らかになった。

課題としては、多様な評価語を用いることができる

ような指導方法の工夫が求められる。また、本研究で

は書評を書くことを個別学習を中心として進めてきた

が、今後は、少人数集団やクラス全体での話し合い活

動を通して自分の書評をどのように練り上げていくか

という指導過程のあり方を考えていきたい。

1)国立教育政策研究所編「生きるための知識と技能」

2004.12.25 pp.16-17

2)奈良教育大学実践センター研究紀要第15号

「PISA型読解力の向上をめざした実践研究-新聞

記事の読み比べ(国語科)を通して-」2006.3

3)Margaret Mallet.(2006.1)The Primary English

Encyclopaedia. David Fulton Pub.

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松川利広・松本 哲・新子慶行