Ⅲ-2. ドイツにおける中小企業・地域産業政策 - …...第Ⅲ部...

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第Ⅲ部 ドイツのマクロ経済 みずほ銀行 産業調査部 264 Ⅲ-22. ドイツにおける中小企業・地域産業政策 1.ドイツの産業基盤 日本では「地方創生」が現安倍内閣における重要課題として認識されている が、その背景には「人口減少」と「東京一極集中」という 2 つの問題が存在して おり、両問題に対し各地域の活性化という共通解による解決が目指されてい る。【図表 1】の日独の地域別 GDP 構成からも、日本は東京に一極集中する 構図となっている一方、ドイツでは局所的な集中はなされておらず、日本に比 して地域分散されていることが見て取れる。 ドイツは各地に産 業が分散 【要約】 ドイツでは各地域に厚みのある産業基盤が形成されている。こうした産業集積が実現し た背景には、大別すると①強い中小企業の存在、②中小企業の不足するリソースを補う 公的研究機関の存在、③州・連邦政府による政策の 3 要素があると想定される。 公的研究機関の中でも、フラウンホーファー研究機構は特に中小企業の競争力強化に 関わりが大きく、研究開発・マーケティングを支援している。また同機構は企業や研究機 関を結び付ける機能を有し、結果として人材流動のハブ機能も担っているとみられる。 州政府は、地域の産業集積を促進するために、産学官連携を促すネットワーク形成機 関の設立や、クラスターの運営を行うクラスターマネジメント会社等の民間組織活用に取 り組んでいる。また連邦政府は、州政府の取組を促す仕組み作りとして、クラスター評 価・公表制度の導入や、段階的に産業クラスター推進エリアの絞り込みを行う制度(多 段階育成コンテスト方式)等の導入を行っている。 ドイツの産業クラスターの評価・公表制度や、主体的取組を促すインセンティブ設計等 の発想は、日本の地域産業政策にも取り入れるべき重要な示唆であり、こうした取組が 中小企業の競争力強化、ひいては地域経済の自律的発展に繋がると考えられよう。 (出所)内閣府「県民経済計算」、ドイツ連邦統計庁より みずほ銀行産業調査部作成 【図表1】 日独の地域別 GDP 水準 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0 14.0 16.0 18.0 20.0 ドイツ:38行政管区別 日本:47都道府県別 (GDPの各地域シェア、%) 14.4倍 52.3倍 東京都 オーバー バイエルン県

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Page 1: Ⅲ-2. ドイツにおける中小企業・地域産業政策 - …...第Ⅲ部 ドイツのマクロ経済 みずほ銀行 産業調査部 264 Ⅲ-2-2.ドイツにおける中小企業・地域産業政策

第Ⅲ部 ドイツのマクロ経済

みずほ銀行 産業調査部

264

Ⅲ-2-2. ドイツにおける中小企業・地域産業政策

1.ドイツの産業基盤

日本では「地方創生」が現安倍内閣における重要課題として認識されている

が、その背景には「人口減少」と「東京一極集中」という 2つの問題が存在して

おり、両問題に対し各地域の活性化という共通解による解決が目指されてい

る。【図表 1】の日独の地域別 GDP 構成からも、日本は東京に一極集中する

構図となっている一方、ドイツでは局所的な集中はなされておらず、日本に比

して地域分散されていることが見て取れる。

ドイツは各地に産

業が分散

【要約】

ドイツでは各地域に厚みのある産業基盤が形成されている。こうした産業集積が実現した背景には、大別すると①強い中小企業の存在、②中小企業の不足するリソースを補う

公的研究機関の存在、③州・連邦政府による政策の 3要素があると想定される。

公的研究機関の中でも、フラウンホーファー研究機構は特に中小企業の競争力強化に関わりが大きく、研究開発・マーケティングを支援している。また同機構は企業や研究機

関を結び付ける機能を有し、結果として人材流動のハブ機能も担っているとみられる。

州政府は、地域の産業集積を促進するために、産学官連携を促すネットワーク形成機関の設立や、クラスターの運営を行うクラスターマネジメント会社等の民間組織活用に取

り組んでいる。また連邦政府は、州政府の取組を促す仕組み作りとして、クラスター評

価・公表制度の導入や、段階的に産業クラスター推進エリアの絞り込みを行う制度(多

段階育成コンテスト方式)等の導入を行っている。

ドイツの産業クラスターの評価・公表制度や、主体的取組を促すインセンティブ設計等の発想は、日本の地域産業政策にも取り入れるべき重要な示唆であり、こうした取組が

中小企業の競争力強化、ひいては地域経済の自律的発展に繋がると考えられよう。

(出所)内閣府「県民経済計算」、ドイツ連邦統計庁より みずほ銀行産業調査部作成

【図表1】 日独の地域別GDP水準

0.0

2.0

4.0

6.0

8.0

10.0

12.0

14.0

16.0

18.0

20.0 ドイツ:38行政管区別

日本:47都道府県別

(GDPの各地域シェア、%)

14.4倍

52.3倍

東京都

オーバー

バイエルン県

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ドイツが、産業の地域分散を実現可能たらしめている背景には、様々な要因

が考えられるが、特に着目すべき要素として大きく以下 3点があると考える。

第一に、産業の担い手たる企業の存在、とりわけドイツに幅広く存在する「強

い中小企業」である。例えば、ドイツの経済学者である Herman Simon氏が提

唱する「Hidden Champion1」についてみてみよう。【図表 2】はドイツに存在する

「Hidden Champion」の本社所在地を地図上に示したものであるが、幅広い地

域に所在していることが見て取れる。ニッチ分野で世界的に高いシェアを有

する「Hidden Champion」をはじめ、高い競争力を有する中小企業が各地域産

業の基礎を形成しているとみられる。

第二に、イノベーション創出や産業クラスターにおいて不可欠な人材や知の

担い手の存在である。ドイツではフラウンホーファー研究機構をはじめとする

公的研究機関や、特定の領域に強みを持つ大学などが各地に分散して存在

している(【図表 3】)。応用研究を担うフラウンホーファー研究機構は企業から

の委託研究や独自の研究のスピンオフ、特許のライセンス供与などを通じ、企

業への技術移転を実施している。また基礎科学研究を担うマックス・プランク

研究所はノーベル賞受賞者を多数輩出するなど高度な研究を行っているが、

研究成果を社会にアクセス可能な形で提供している。加えて、大学について

も工科大学が基礎研究分野、専門大学が産業に目線を置いた実務的な研究

を行っている。

第三に、産業振興をサポートする官の役割である。州政府、連邦政府による

産業振興政策が効果的に行われていると考えられる。例えば、Ⅲ-2-1.「ド

イツの地域政策・総論」でも述べた通り、ドイツ連邦共和国基本法によって産

業振興が州の権限であることが明記されており、行政面からは、州が主体とな

って産業形成に取り組んでいると想定される。その結果と捉えられるのが【図

表 4】であり、人口や産業が特定の地域に極端に偏在することなく比較的分散

された構造となっていると考えられる。

1 Hidden Championの提唱者である Herman Simon氏の定義する基準は、①世界市場で 3位以内、もしくは大陸内で 1位、②売上高 40億 US$以下、③ユーザー等、市場関係者以外からの認知度が低い、の 3点。 (出所)Herman Simon, Hidden Champions of the 21st Century

地域分散を支え

る要素①「強い中

小企業」

【図表2】 「Hidden Champion」所在地分布 【図表3】 FhG 研究所所在地分布

(出所)経済産業省「通商白書 2013」より転載

(出所)ドイツ教育研究省 HP よりみずほ銀行 産業調査部作成

地域分散を支え

る要素②「公的研

究機関」

地域分散を支え

る要素③「州・連

邦政府の政策」

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以上に挙げた、産業集積が相対的に地域分散されている背景として着目す

べき 3つの要素が、どのようにドイツの厚みのある産業基盤の集積に寄与して

いるのか、以下で考察していきたい。

2.ドイツの中小企業

本節では中小企業の日独比較を行い、ドイツの中小企業の強みを考察する。

前述の通り、ドイツには Hidden Champion と呼ばれる、大企業ではないながら

もグローバル展開を行い、特定分野で世界的に高いシェアを有する企業が各

地域に存在し、競争力を発揮している。ではドイツの中小企業全体でみても、

相対的に高い競争力を有しているのであろうか。競争力を測る一つの指標と

して、収益性を比較してみよう。

【図表 6】は、日独の製造業企業を売上高の基準で 4 段階に区分し、各階層

の営業利益率の中央値を比較したものである。同図表から伺えるのは、日本

は大企業の営業利益率が高く、売上規模が小さくなるにつれて営業利益率が

低位となる構造となっている一方、ドイツは売上規模と営業利益率は比例して

おらず、中小企業も大企業に劣らない営業利益率を誇っていることである。

また【図表 7】は営業利益率の水準ごとの企業数の構成比を示したものである

が、中堅企業以下ではすべての階層で 5%以上の利益率を有する企業の比

率が高いことがみてとれる。

(出所)みずほ銀行産業調査部作成

各地に存在する強い中小企業

各地に存在する公的研究機関

州・連邦政府による政策

各地の厚みのある産業集積

× ×

【①ハンブルク及び北独地域】

欧州の商業・貿易の中心地として運輸・海運関係の他にも航空、消費財関係の企業も多い

【②ベルリン及び東独地域】

政治、メディアの中心地。旧東独地域には充実した助成金制度を活用した新産業クラスターが形成。

【⑤BW州】ドイツ自動車産業の中心地。機械、IT関連企業も多数ビジネスを展開。

【⑥バイエルン州】ハイテク産業の中心地。

電機、自動車、機械関係の企業が集中。R&D環境も充実。

【③NRW州】ドイツ産業の中心。鉄鋼、化学、エネルギー関係の大手企業が集中。

【④ヘッセン州】世界有数の国際金融都市フランクフルトを有する。金融関連企業の他にも、化学・製薬関連の大手企業も多く存在。

【図表4】 ドイツの産業集積の概観

(出所)ドイツ貿易・投資振興機関 HP掲載資料より みずほ銀行産業調査部作成

【図表5】 ドイツ各地の厚みのある産業集積の構成要素(仮説)

日本企業は企業

規模と利益率が

比例

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ではこうした日独の製造業・中小企業の収益性の差はどこから生まれたので

あろうか。

まず、日本における企業規模間の収益性の差について考察する。業種によっ

て異なるが、日本の産業構造は、系列取引を中心とした垂直統合的な構造が

多く、自動車産業がその代表例として挙げられる(【図表 8】)。こうした産業で

は、主に大企業がマーケティング、製品の設計開発、最終組立、販売、アフタ

ーサービスを行う役割を担う一方、多くの中小企業は大企業からの発注を受

け、部品の加工組立を主として行うという分業体制により、日本経済の発展に

寄与してきた。一方でその結果として、設計開発やアフターサービス領域等を

主事業としていない中小企業も多く、こうした企業は新製品開発や顧客囲い

込み等による差別化は難しい。このことが収益性の面で大企業対比劣後する

背景の一つになっているのではないかと考えられる。

(出所)経済産業省「イノベーション創出に資する我が国企業の中長期的な研究開発

に関する実態調査」(2012年 2月)よりみずほ銀行産業調査部作成

日本では、組立

加工工程のみを

手掛ける中小企

業の収益性が低

(出所)【図表 6、7】とも、Burearu Van Dijk よりみずほ銀行産業調査部作成 (注 1) 大企業:売上高 10億€以上、中堅企業:1億€以上、10億€未満、中企業:1,000万€以上、1億€未満、 小企業:100万€以上、1,000万€未満 (注 2)対象企業は、上記データベースより決算データが取得でき、且つ、必要な決算項目に欠損のない企業 (注 3)対象決算期は、2010年以降、決算データの取得できる直近の決算期

0.0%

1.0%

2.0%

3.0%

4.0%

5.0%

6.0%

日本 ドイツ

大企業 中堅企業 中企業 小企業

【図表6】 日独の製造業企業・売上規模別 売上高営業利益率(中央値)

【図表7】 日独の製造業企業・売上規模別 売上高営業利益率(企業数・構成比)

【図表8】 日本企業の事業における外部連携比率

垂直連携

66%

水平連携

27%

その他

7%

16%

27%

18%

15%

14%

7%

16%

3%

41%

50%

41%

58%

43%

55%

34%

45%

43%

23%

42%

27%

43%

38%

50%

52%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

0.0%未満(赤字) 0.0%以上5.0%未満 5.0%以上

大企業

中堅企業

中企業

小企業

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では日本と異なり、ドイツの中小企業が大企業並みの収益性を確保できてい

るのはなぜだろうか。

ドイツ企業は、日本ほど垂直統合的な産業構造ではなく中小企業の多くは大

企業と比較的対等な取引関係を維持し、複数企業を顧客として抱え、自社で

独自技術開発を行う志向が高いと言われている2。

例えば前述の Hidden Champion は差別化された製品と、世界各地に設置さ

れた販売網を背景に世界的に高いシェアを有し、概して市場における平均価

格に 10~15%を上乗せした価格で販売し、高い利益率を実現している3。

然しながら、このようなビジネスモデルを展開するには、設計開発、販売網の

構築が出来る人材やノウハウ、或いは設備が必要となる。経営資源が限られ

る中小企業では全てを備えるのは難しいと考えるのが一般的であり、ドイツの

中小企業は、不足するリソースを何かしらの手段で補っていると考えられる。

例えば、中小企業が人材を確保出来ている理由の一つとして、デュアルシス

テムの存在が考えられる。デュアルシステムとは、義務教育を修了した若者を

対象として地域企業で職業訓練を行う教育制度であり、結果として専門人材

が育成され、企業に一定の技能を有する人材を確保する機会を与える制度と

して機能している。

ドイツにおいても日本同様少子高齢化が進む中、技術者の確保は重要な課

題となっているが、訓練生が修了後に自社人材となる可能性が高いことは受

入れ側となる中小企業にとっても大きなメリットとなっている。

ドイツではデュアルシステムのような制度が、各地域における中小企業の継続

的な人材確保の円滑化に寄与すると共に各地域の産業形成にも貢献してい

ると考えられる(なお、デュアルシステムをはじめとする人材育成・雇用確保の

仕組みについては、Ⅲ-3.「ドイツの経済成長を支える労働力」で触れてい

る)。

但し、こうした仕組みが中小企業の技術・専門人材の確保に寄与しているとし

ても、研究開発やマーケティング等については中小企業単独では難しい側面

があると考えられる。こうした観点では、ドイツではフラウンホーファー研究機

構(以下、FhG)をはじめとする公的研究機関等が、サポート機関として存在す

るとみられる。そこで次節では中小企業の競争力をサポートする機能としての

研究機関について考察を行う。

3.ドイツの公的研究機関・技術移転機関

ドイツには、大学のほか、数多くの公的研究機関が存在しているが(【図表 9】)、

その中でも中小企業の競争力強化に関わりの強い機関が FhGである。

2 中小企業庁「平成 22年度 下請中小企業振興政策のあり方に関する調査」(2011年 2月) 3 Herman Simon, Hidden Champions of the 21st Century より

ドイツの中小企業

は自社で設計開

発から販売まで

を手掛けると推

デュアルシステム

は中小企業が人

材確保を行い易

い仕組みとして機

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ドイツ 日本

フラウンホーファー研究機構

マックス・プランク協会

ヘルムホルツ協会

ライプニッツ学術連合

シュタインバイス財団

産業技術総合研究所

主な役割 応用研究コンサルティング

基礎科学研究 大型研究施設を使用した研究

社会・人文科学を含む広範な分野をカバー

コンサルティング

受託開発、国際技術移転、研修、技術・市場評価

産業技術に関わる研究

研究分野 健康、安全、コミュニケーション、運輸交通、エネルギー、環境

自然科学生命科学人文科学社会科学

エネルギー、地球環境、健康、キーテクノロジー、材料構造、運輸・宇宙開発

人文科学、社会科学、経済学、空間科学、生命科学、数学、自然科学、工学、環境学など

- エネルギー・環境、生命工学、情報・人間工学、材料・化学、エレクトロニクス・製造、地質調査、計量標準

研究所数 67カ所 83カ所 18カ所 86カ所 1,006カ所(※拠点数) 10カ所

スタッフ数 約23,000人(うち科学者・技術者・事務員:約16,000人、学生:約6,400人)

約17,000人(うち研究者約5,500人、技術・ITスタッフ:約3,800人、事務:約4,300人、博士課程:約1,300人、学生・助手:約1,500人)

約37,000人(うち研究者:約15,000人、博士課程:約7,000人、事務:約10,000人)

約17,500人 約6,200人 約2,900人(うち研究者:約2,300人)

予算総額 約20億€ 約16億€ 約40億€ 約15億€ 約1.4億€(※収入) 940億円

(1)FhGについて

FhGは1949年に設立された公的研究機関であり、ドイツ全土に67の研究所、

約 2万 3千人の職員を擁し(2013年時点)、主に応用研究を担っている。FhG

は、Mission Statement において自組織のミッションを、「民間企業、公共企業

の利益のために応用研究を実施すること」、「技術革新と新規のシステムソリュ

ーションの開発により、地域経済の競争力強化に資すること」と掲げており、企

業との応用研究での連携を通じ、地域経済への貢献を志向している。

FhGは、研究機能だけでなく、組織内にマーケティング機能を有し、専門人材

を配置しているほか、各研究者も広範なネットワークを活用してマーケティング

活動に積極的に従事(全体時間の 1/4~1/5程度の時間を充当)し、産業界の

ニーズを把握している。こうしたマーケティング活動を基に、市場動向を捉え

た研究開発機能を中小企業に提供することが可能となっており、高い競争力

を有する中小企業の育成に貢献している。

FhGの特徴①ユニークな予算配分・評価制度

FhG は予算配分や研究者の評価制度面でユニークな仕組みを有する。FhG

では民間企業からの受託研究額を予算配分や評価の基準として重視してい

る。中でも最も象徴的な仕組みが、基礎収入金額の算出方法である。

FhG の基礎収入金額の算出方法は【図表 10】の通り、4 つの基準により予算

が決定される。当該基準の一つに産業界からの資金獲得があり、産業界から

の資金獲得額に応じて予算が配分され、基本的には産業界からの資金獲得

が多いほど、政府からの基盤助成が多く配分される仕組みとなっている。加え

て、民間企業からの受託研究が本部による組織評価や人事評価に連動して

いる。研究資金の獲得や組織・人事評価向上をインセンティブとして、民間企

業からの積極的な案件獲得を後押しする仕組みが採用されている。

FhG は、マーケテ

ィング、応用研究

により中小企業

の製品開発をサ

ポート

FhG は、企業の

サポートを通じ地

域経済に貢献す

ることがミッション

ミッションを達成

するために、産業

界からの案件獲

得にインセンティ

ブを付与

(出所)各機関公表資料等よりみずほ銀行産業調査部作成 (注)ドイツの機関は 2013年(マックス・プランク、シュタインバイスは 2014年)、産業技術総合研究所は 2013年

【図表9】 ドイツの公的研究機関・技術移転機関概要

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FhGの特徴②コーディネート機能と人材ハブ機能

FhG は民間企業と公的研究機関、若しくは民間企業同士を繋ぐいわゆる「コ

ーディネート機能」を強化してきた。コーディネート機能とは、企業から技術的

な課題についての相談が持ち込まれた際、当該課題を解決可能な企業や研

究者に紹介することができる機能のことである。コーディネート機能を有する機

関が連携の仲立ちをすることで、企業に新たな技術開発、事業化を促すこと

が可能になると考えられる。

また、FhG では、研究所長をはじめ研究者の多くが近隣の大学の教授を兼任

しており、FhG 内のみならず大学の技術シーズも幅広く把握している。また、

FhGは博士課程学生や博士研究員(ポスドク)を研究スタッフとして受入れ(博

士課程以下の学生は 2013年時点で約 6,400名)、企業との共同研究開発プ

ロジェクトに従事させた後に産業界へと輩出している(年間 8%程度の研究員

が産業界へと転出)。

こうした仕組みによって、大学に在籍する若手研究者は、研究開発ノウハウだ

けでなく、技術シーズの所在についての知見、若しくは技術シーズを把握して

いる研究者とのネットワークを構築することが可能となっている。こうした人材

が産業界に広く転出したあと、各企業に存在する技術シーズを事業化すべく、

FhG をはじめ適切な大学、研究機関との連携が図られる仕組みとなっており、

FhG が人材流動のハブとなることで、結果としてコーディネート機能を発揮で

きる人材が各組織に広く存在する要素になっているとみられる(【図表 11】)。

FhG はコーディネ

ート機能の発揮

も重要な役割

FhG を中心とする

人材交流により、

コーディネート機

能が蓄積、発揮

される

(出所)FhG HP等よりみずほ銀行産業調査部作成

(出所)みずほ銀行産業調査部作成

【図表11】 人材流動のハブとしての FhG

民間企業

フラウンホーファー研究機構

大学

輩出研究者受け入れ

知見等共有 ⇒

育成 産業界のニーズ

産業界のニーズ

【図表10】 FhG における基盤助成の配分方法

Basic1=固定金額(60万€)

Basic2=前年度予算の12%

Basic4=EU資金に応じて追加

基盤収入

金額

Basic3=産業界からの資金の割合に

応じて追加

<Basic1>固定費が各研究所に均等に

60万ユーロ配分

<Basic2>前年度実績予算額の12%が追加

<Basic3>前年度企業資金獲得額の

総実績予算額に占める

割合に応じた配分率の

マッチングファンドが追加

<Basic4>前年度のEUプロジェクトの獲得額の15%が追加

全体事業規模に占める

産業界(またはEU)との契約額の割合

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【図表12】 ドイツ各地の厚みのある産業集積の構成要素(仮説)

(2)シュタインバイス財団(StW)について

シュタインバイス財団(StW)は、現在では民間からの収入のみで運営される

技術移転機関であるが、もともと中小企業への技術コンサルティングを目的と

してバーデン=ヴュルテンベルク州(以下、BW 州)によって設立された組織

である。StW は主として中小企業を顧客とし、企業間の技術マッチングや企業

ニーズに応じた技術移転等を業としている。

StWは企業の課題相談を起点とし、課題を整理した上で、世界各地の大学等

に設けられた約 1,000 ヶ所の技術移転センター内から最適任者によるチーム

を組成し、当該チームで問題解決に寄与しうる具体的な研究成果を提供して

いる。

StW は 1 万社以上の顧客を持ち、年間 2 万件以上のプロジェクトを受託し企

業の求める解決策を提供しているが、殆どが中小企業を顧客とする案件で、1

件あたりの平均は 7,000 ユーロ相当(約 100万円)と言われている。こうした観

点に鑑みると、StW は中小企業の課題解決、ひいては競争力向上において

重要な役割を果たしているとみられる。

上述の取組等により、中小企業が自力では達成困難なグローバルベースで

の情報収集や、当該情報に基づく技術・製品の開発などを支援することで、

StWは中小企業の製品差別化力を支えていると考えられる。

以上を踏まえると、ドイツの FhGや StWは中小企業を直接的に支援するだけ

でなく、技術面での仲介等を通じ企業同士を結び付けており、各企業の連携

を促すネットワーク形成の役割も果たしていると言える(【図表 12】)。

4.ドイツの州政府・連邦政府による政策

(1)州政府による政策

①中小企業のネットワーク形成

州政府は、産学連携や企業間連携の促進等の政策により、新しい技術・製品

の研究、設計、開発が効率的に行われる体制構築をサポートしている。前節

でも触れたが、StWは中小企業への技術コンサルティングを目的としてBW州

によって設立された。StW の例に代表されるように、州政府は産学連携の活

性化を通じ、ネットワークの形成を促してきた面があろう。また、近年では産学

連携の推進だけでなく、企業間連携を推進する活動に注力する動きが見られ

る。

それでは、州政府はどのような手段によって、地域のネットワーク形成を図っ

ているのだろうか。その手段の一つがネットワーク形成推進機関の設立だ。例

顧客ニーズを起

点にソリューショ

ンを提供するStW

(出所)みずほ銀行産業調査部作成

ネットワーク形成

推進機関の例

各地に存在する強い中小企業

各地に存在する公的研究機関

・ 技術移転機関

州・連邦政府による政策

各地の厚みのある産業集積× ×

支援機能ネットワーク形成機能

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えば、ノルトライン=ヴェストファーレン州(NRW 州)は地場に存在する中小企

業間のネットワーク形成が必要という課題意識から、IVAM4というネットワーク

形成を促進する組織を設立した。IVAM はマイクロテクノロジー分野の仲介組

織の役割を担う機関として企業間ネットワーク形成に寄与した成功モデルとさ

れている。IVAM は 1993 年にドイツ企業 12 社により発足したが、魅力ある組

織運営が奏功し、2002年には 8カ国 79社にまで拡大した。

設立から発展を遂げた経緯をみていくと、発展に必要な要素が盛り込まれて

いることが分かる。設立時は少ない参加企業であったが、創設者の中に高い

技術知見や技術活用に向けたアイディアを持つ人材がいたこと、州の強力な

資金面でのバックアップ(初年度は 200 万ユーロのサポート)が前提となって

いる一方で、理事会運営の議決権は民間企業に委ねたこと、同組織の近隣

にはドルトムント大学や FhG等があり、産学連携がし易い立地環境にあったこ

と等が主な要素として挙げられる。つまり、設立時には人材と資金と産学官連

携が出来る素地が整っていたと言えるだろう。

また、運営面においても、参加企業のニーズに合致するよう、運営目的を技

術仲介だけでなく、企業の情報発信や市場のマーケティング等を付加するな

ど、柔軟に設定変更してきたことも重要なポイントになっている。

参加企業は、企業規模に応じて年会費(約 200~2,000 ユーロ)を支払う事に

なるが、課題解決の手段として活用出来るほか、州がバックアップしている

IVAM の会員となることは、企業がビジネスパートナーを開拓する際や資金調

達を行う際の信頼の証となり、企業が参加するインセンティブになっている側

面もあるようだ。

結果、中小企業が IVAM を通じて様々なプロジェクトで交流することで幅広い

ネットワークを構築し、そこで得られた新たなアイディアを製品開発等に活用し

ビジネスを拡大させていったことからも、IVAMが地域におけるマイクロテクノロ

ジー関連産業の振興に大きく寄与したとみられる。

IVAM の設立当初、予算の 80%は州政府の助成金により成り立っていたが、

助成金を基に企業が求めるサービスを提供できる体制を整え、実際に提供し

ていくことで、会員企業やワークショップなどへの参加企業の数を増やし、自

己収入の比率を引き上げていった。設立後 10年で運営資金の約 50%を自己

収入で賄うまでに至っており、順調に運営の自立化が進んだ事例と言える。

次に、ネットワーク形成が進んだ産業集積を基に、州政府が産業クラスターの

形成促進を目指した事例について考察したい。

②州政府による産業クラスター形成への取組

「産業クラスター」とは、1990年代にハーバード大学のマイケル・ポーター教授

が提唱した概念であり、「特定分野における関連企業、専門性の高い供給業

者、サービス提供者、関連業界に属する企業、関連機関(大学、規格団体、

業界団体など)が地理的に集中し、競争しつつ同時に協力している状態」とし

て定義されている。

4 IVAM: Interessengemeinschaft zur Verbreitung von Anwendungen der Mikrostrukturtechnik NRW e.V. の略。

「産業クラスター」

とは

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【図表13】 産業クラスターの主な構成要素

産業クラスターの主な構成要素は、特定分野における①厚みのある企業集積、

②企業と研究機関等の協力、或いは企業同士の競争、協力が行われるネット

ワークの 2点と考えられる(【図表 13】)。州政府は地域の産業集積を基に、前

述のような各主体を繋ぐネットワークを形成し、企業間連携、産学連携を活性

化させることで産業クラスターの形成を図っている。

更にドイツではこうした産業クラスター形成を促進する為に、民間組織の活用

を行っている点が特徴である。具体的には、プロジェクトエージェンシーと呼

ばれる組織が存在し、連邦政府や州政府の委託を受け、科学技術政策に対

するアドバイス・政策策定を行っており、産業クラスターの評価体系の構築等

も担っている(【図表 14】)。

また産業クラスターの運営にあたっては、クラスターマネジメント会社が各地域

に存在し、クラスター参加企業へのアドバイスやネットワーク形成をサポートし

ている。以下では、こうしたプロジェクトエージェンシーやクラスターマネジメン

ト会社の具体的事例について考察する。

ドイツの代表的なプロジェクトエージェンシーの一つには、1978年にVDI(ドイ

ツエンジニアリング協会)と VDE(ドイツ電機電子情報技術協会)の民間 2 社

の JV として設立された VDI/VDE-IT5がある。主要クライアントはドイツ連邦政

府、州政府のほか、海外政府、クラスター運営機関等であり、ドイツや海外政

府のイノベーション政策の策定や、産業クラスターの発展・成長度合を図る評

価体系の構築(ラベリング制度6)やアドバイザリーサービス等を行っている。特

に、同社による評価基準の明確化は、クラスター間に競争原理が働くインセン

ティブになっていると想定される。

5 正式名称はVDI/VDE Innovation+ Technik GmbH。2013年売上高は約 30million EUR、スタッフは 300人強(エンジニアやテクニカルバックグラウンドを有する科学者、経済、法律、政策、社会学等の専門家によって構成)。 6 European Cluster Excellence Initiativeによるクラスター評価制度(Cluster Labelling)、中立的専門家による数十のKPI項目評価により、Gold, Silber, Bronzeの 3段階で評価。

産業クラスターが

効果的に機能す

るための仕組み

作りが重要

産業クラスターの

形成要素は、産

業集積とネットワ

ーク形成

(出所)経済産業省資料よりみずほ銀行産業調査部作成

企業の集積 ネットワーク形成 産業クラスター× =

:研究機関 :企業 :大学 :ネットワーク形成推進機関(凡例)

学産

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【図表14】 ドイツ産業クラスター形成におけるプロジェクトエージェンシー・ クラスターマネジメント会社の主な役割(概観)

連邦政府、州政府

プロジェクトエージェンシー

クラスターマネジメント会社

クラスター参加企業

政策策定、アドバイス

委託

評価/アドバイス

アドバイスサービス

相談要望

【事例】VDI/VDE-IT

【事例】MAI Carbon Cluster Management Company

またクラスターマネジメントの例としては、ドイツの CFRP クラスターである MAI

Carbon の事例がある。同クラスターは CFRP 開発を主目的としており、政府と

産業界が同額を拠出し各種 Project を推進している。同クラスターの運営は

MAI Carbon Cluster Management GmbH というクラスターマネジメント会社が

担い、クラスター経営の戦略策定や企業間のマッチング等を通じたネットワー

ク形成の促進などを行っている。MAI Carbon は前述のラベリング制度でも最

上位の評価(Gold Label Status)を取得している。

こうしたクラスター運営の意義としては、政府だけでなく民間企業から幅広く出

資を仰ぐことにより、民間企業の出資者が主体性に形成促進を図るインセンテ

ィブになること、また幅広い企業に出資を仰ぐことで、特定企業のメリットでは

なく、中立的な立場での運営が醸成されやすいことなどが考えられる(尚、化

学産業の視点からの同クラスターマネジメント会社の意義については、Ⅱ-1

-2.「化学」ご参照)。

上述のように、産業クラスターの政策策定や運営を担う民間組織体が、ドイツ

のクラスター形成において有効に機能していると考えられる。

(2)ドイツ連邦政府による産業クラスター政策

上述の通り、ドイツの州単位での産業クラスター形成に向けた取組をみてきた

が、以降は連邦政府の取組について考察する。ドイツのクラスター政策はあく

まで州政府を中心に取組がなされているとみられるが、連邦政府はこうした州

政府の取組を促すような仕組み作りを実施しており、以下では具体的事例を

みていく。

①多段階育成コンテスト形式

連邦政府が実施する産業クラスター政策において特徴的な枠組みが、多段

階育成コンテスト形式である。

(出所)ヒアリング等よりみずほ銀行産業調査部作成

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当該形式では、まず、第一次選考により選ばれた候補地域が、政府から時間

と資金の支援を受けて計画を練り、試行的に研究を実施する。更に、最終的

な採択地域を選定するまでに一定期間を置くことにより、候補地同士で競わ

せる制度設計になっている。この競争の過程で、クラスター形成の候補地とし

て有力であることをアピールするために、各地で州政府の主導によるネットワ

ーク形成活動が促進される。

こうした制度は連邦政府が主導的に地域を指定しネットワーク形成を推進する

よりも少ない労力で、かつ、広範な地域でネットワーク形成を後押しする効果

が得られる側面があると考えられる。加えて、応募された候補地域の中から、

特に良質なクラスター候補地域に重点的に資金を供給することにより、特定産

業で世界有数の競争力を持つクラスターへと成長することが期待しやすく、合

理的な仕組みと言えよう。

②産業クラスター評価・公表制度

ドイツをはじめ、欧州における産業クラスター政策では、産業育成のパフォー

マンス向上等を目的として産業クラスターの評価制度を導入している。例えば

ドイツの先端クラスターコンペティションでは、中間評価によって助成の継続が

審査され、成果が乏しい産業クラスターに対しては助成金を停止するような仕

組みも存在しており、パフォーマンス向上を促す仕組みとして機能している。

また、産業クラスターの評価・公表によるメリットも大きいと考えられる。産業クラ

スターの評価基準を明確化し公表することで、各クラスターの産業の集積度

合い等を定量的に把握することが可能になる。結果として、他クラスターとの

比較や課題点も明確になり、同課題解決に向けた取組を行うことで、クラスタ

ーの効果的な形成が可能になると考えられる。また、高い評価を得た産業クラ

スターには資金面だけではなく、企業、人材が流入するといった副次的効果

も想定され、加速度的に産業集積の高度化が促進されると考えられ、このこと

も産業クラスター形成のインセンティブとなり得ると想定される。

以上を総括すると、【図表 15】のように纏めることができる。ドイツでは公的研

究機関に加え、州政府が民間組織をうまく活用しながら、ネットワーク形成やク

ラスター形成を推進している。また、連邦政府も州政府の産業クラスター形成

を促進するような、多段階育成コンテスト方式や、評価・公表制度の活用によ

り、産業クラスター形成を後押ししている。

多段階育成コン

テスト形式により

幅広い地域での

ネッ トワーク形

成、良質な候補

地の重点的な支

援が可能

クラスター評価制

度はパフォーマン

ス向上に資する

(出所)みずほ銀行産業調査部作成

【図表15】 ドイツ各地の厚みのある産業集積の構成要素

評価を公表する

ことにより、地域

間の競争を促進

各地に存在する強い中小企業

各地に存在する公的研究機関・技術移転機関

州・連邦政府による政策

各地の厚みのある産業集積× ×

支援機能ネットワーク形成機能

産業クラスター政策

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5.日本へのインプリケーション

以上、ドイツの産業集積の構成要素に係る考察をまとめ、日本の現状と対比

すると、【図表 16】の通りであり、日本は各項目において相対的に劣後してい

ると考えられる。日本の各地域で厚みのある産業集積を構築していくには、こ

の掛け算の意図する部分を的確に理解すること、すなわち、分散された産業

集積は単独要件だけでは成立せず、各要因が相互に絡みあっていることを改

めて認識する必要がある。

そこで以下では、(1)強い中小企業が生まれる土壌の醸成、(2)中小企業を

サポートする機関に求められる機能、(3)効果的な産業振興政策、の 3 つの

観点から、我が国における地域の厚みのある産業集積実現に向けた道筋に

ついて考察をしていきたい。

(1)強い中小企業が生まれる土壌の醸成

ドイツの事例に鑑みると、日本の各地域の中小企業は垂直統合型の系列取

引への依存度を薄め、幅広いバリューチェーンをカバーするビジネスモデル

への転換を目指し、特定企業非依存型の収益構造の構築を図っていくことが

必要と考える。

この場合、中小企業は経営リソースに制約がある事から、幅広いバリューチェ

ーンを単独でカバーする事は難しい。従って、ドイツの FhG のような研究機関

によるサポートが求められよう。具体的には、日本には、産業技術研究を主業

務とする産業技術総合研究所(以下、産総研。前述【図表 9】参照)等の公的

研究機関が存在し、こうした機関の強化が必要と考えられる。既に、2015 年 2

月には中小企業支援を主目的として、産総研と公設試験研究機関(以下、公

設試)の連携が発表されるなど、中小企業へのサポートを強化する方針を明

確にしているが、今後の具体的な支援策の実効性について、注意深く見守る

必要があろう(【図表 17】)。

(出所)みずほ銀行産業調査部作成

【図表16】 産業集積の構成要素についての日独比較

各地に存在する強い中小企業

各地に存在する公的研究機関技術移転機関

州・連邦政府による政策

各地の厚みのある産業集積

× ×

支援機能ネットワーク形成機能

産業クラスター政策

中小企業は大企業並みの利益率を確保

差別化力が高い中小企業が多数存在

産業は東京に一極集中地域の産業集積は薄い

FhG等産学官連携機関、連携のノウハウが充実

産学官連携機能は存在するも、機能等は強化余地あり

産業集積、ネットワーク形成力に加え、クラスター政策を高度化

産業集積やネットワーク形成力が弱く、当初狙っているイノベーション創出が実現出来てない可能性

ネットワーク形成機能

州毎に厚みのある産業集積を形成

中小企業の収益性は総じて低い

中小企業は系列

取引への依存か

らの自立を

リソースの制限を

補完する機能が

必要

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また、FhG は各地に研究所を有しており、これが地域の中小企業との連携を可

能とする一要素となっている。一方、日本の産総研の研究所の立地は全国をカ

バーするには至っておらず、連携相手の公設試も単独で FhG のように高度な

研究開発サポートが可能かといえば現実的には容易ではない。公設試では解

決が困難な課題については産総研へと寄せられることとなり、結局は産総研の

人的リソースがボトルネックとなってしまうことが想定される。こうした事態を避け

るべく、産総研は陣容の拡大、公設試は自組織の課題解決能力の向上を図っ

ていくことが求められよう。

(2)中小企業をサポートする機関に求められる機能

①サポート機関が自律的に機能する仕組み作り

FhG で特筆すべきは、中小企業のサポート機能が充実しているだけでなく、

研究者が主体的に民間企業の課題解決に当たっていくための仕組みが構築

されている点である。具体的には、FhG においては、民間からの資金獲得が

研究所の研究資金や組織・人事評価と連動する制度となっており、これが民

間企業からの案件獲得を積極的に行うことに対するインセンティブとなってい

る。日本においても、公的研究機関を中心とした支援体制の構築、陣容・機

能の強化に加え、当該機関が継続的に中小企業をサポートしていくような運

営制度の高度化を同時並行的に取組んでいくべきと考える。

また、ビジネス化を見据えたアドバイス等を補完する観点では、上述のような

公的研究機関がコンサルティングファームや金融機関等と連携していくことも、

その機能をより充実させていく上で有効な手段ではないだろうか。

②人材流動のハブ機能としての役割

また、FhG は直接的な研究開発サポートだけでなく、企業間を結びつける上

で重要なコーディネート機能を発揮しネットワーク形成に寄与している。主に

応用研究を行う FhG は、基礎研究を行う大学や、ビジネス化を図る企業との

人材交流を通じ、大学、企業を繋ぐ人材や知見等のハブ機能を果たしている。

【図表17】 日本の中小企業のビジネスモデル転換イメージ

(出所)みずほ銀行産業調査部作成

公的機関による

サポートが主体

的に行われる仕

組み作りが重要

企画・設計・開発

生産マーケティング 販売

大企業

中小企業

アフターサービス

○ ○ ○ ○ ○

経営リソースに制約マーケティング等に強化余地

○経営リソースに制約海外販路開拓等は課題

サポート活用(産総研等)

中小企業

○ ○ ○ ○ ○

現状

目標

サポート活用(JETRO等)

海外移転

受発注量減少

バリューチェーン

雇用の創出 雇用の創出

拡大 拡大

人材流動活性化

によるコーディネ

ート機能の強化

ビジネス化を見

据えたアドバイス

機能の強化

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現状の日本において、単純に模倣することは難しいと考えられるが、今後日

本でも産総研などの公的研究機関が産・学から人材を受け入れる体制を整え

人材交流を更に活性化させていくことが求められよう。

(3)効果的な産業振興政策

日本では、産業クラスターの素地となる競争力ある中小企業群の集積が未熟

である地域が多く、ネットワーク形成を含めた産業クラスター政策が効果的に

推進されていたかといえば、必ずしもそうとは言い切れない面もあると考えられ

る。こうした現状を踏まえ、以下では、ドイツの産業クラスター政策の事例に鑑

み、日本の産業クラスター形成促進に向けた 3つの方向性を示したい。

①多段階育成コンテスト形式の採用

日本におけるクラスター政策では、クラスターに指定された地域が多く、予算

が分散されてしまっている側面がある。日本の産業クラスター計画では行政主

導で 19地域を指定、旧知的クラスター創生事業の採択率は 60%(採択 18件

/応募 30 件)であり、結果として浅く広くの予算配賦となっている可能性は否

めない。

一方ドイツでは、例えば 2008 年開始のクラスター政策である、

Spitzencluster-Wettbewerb(Cutting-Edge Cluster Competition)の採択率は

17.6%(採択 15件/応募 85件)となっている。こうした背景には多段階育成コ

ンテスト形式の活用により、良質な産業クラスター形成のポテンシャルを有す

るエリアへの選択と集中をしていることが背景にあると考えられる。日本におい

ても、多段階育成コンテスト方式の採用等により、クラスター形成の支援地域

を少数に絞ることで競争を促進していくことなどが、政策的に求められよう。

②産業クラスター評価・公表制度の導入

次に、産業クラスターの評価・公表制度の導入が考えられよう。各クラスターの

評価基準を明確化することで、各クラスターの課題を明確にし、課題解決に向

けた取組を促す効果が期待されよう。合わせて高い評価を受けたクラスターに

資金・企業・人材が流入するといった副次的効果により、加速度的な産業集

積の促進も起きうると考えられる。

また、評価に伴うインセンティブ、或いはディスインセンティブ設計も重要であ

ろう。パフォーマンス評価による支援額の増減や、場合によっては指定剥奪の

仕組みを整備することで、各産業クラスターの競争を促す効果が期待されよ

う。

③主体性・自律性を促すインセンティブ設計

3 点目に、産業クラスター政策を効果的に運営していく観点から、各主体が積

極的に参画していくインセンティブとなる仕組みの構築が必要であろう。これま

で述べてきたとおり、ドイツの制度設計には、取組主体となる組織体或いは組

織体に所属する人材へのインセンティブ設計が様々なケースで取り入れられ

ている。

その観点においてドイツの取組から示唆されるのは、一つにはプロジェクトエ

ージェンシーやクラスターマネジメント会社のような、民間組織の活用である。

産業クラスター評

価・公表制度の導

多段階育成コンテ

スト形式の採用

主体性・自律性を

促すインセンティブ

設計

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同組織活用に当たっては役割権限や責務を明確化することで、民間組織がク

ラスター形成促進に主体的に取り組む枠組みを構築すること、また IVAM の

事例にみられるように、ネットワーク形成には参加企業の少ない設立初期段

階では国が資金面のサポートを行いつつも、運営を民間にまかせる体制を構

築することなどがポイントとして考えられよう。

またMAI Carbon、IVAMの事例にみられる様に、政府だけでなく民間企業か

ら幅広く出資等を仰ぐことにより、クラスターマネジメント会社やネットワーク形

成機関への出資者が積極的に活動に参画する為の動機づけになることなど

も、主体的なインセンティブ設計と考えられよう。

日本の産業クラスター形成においても、上述のような取組等により主体性・自

律性を促すインセンティブ設計を検討していくことが求められよう。

(4)まとめ

以上、ドイツの事例に鑑みると、各地の厚みのある産業集積は主に、①強い

中小企業の育成、②中小企業をサポートする仕組みの構築、③効果的な産

業振興政策により構成されており、各地域の産業形成のベースとなっている。

日独では行政の体制などに差異があるものの、当該構成要素が相互に連関

している構造自体には大きな違いはないと考える。

そのためドイツの政策をそのまま導入することができるわけではないものの、こ

れまで述べてきた通り、ドイツの政策的視座から学ぶ面は多いと考える。特に

産業クラスター形成を主体的・自律的に促すための各種インセンティブ設計

や、評価・公表制度導入による競争原理の導入等の発想は、日本の地域産

業政策に取り入れるべき重要な示唆ではないだろうか。

こうした取組が地域活性化の中心となるべき中小企業の競争力強化を促し、

ひいては産業クラスターの形成、地域経済の自律的発展に繋がっていくこと

を期待したい。

(自動車・機械チーム 久保田 信太朗/鈴木 裕介)

[email protected]@mizuho-bk.co.jp

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