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新インド読み解き

2  2015. 3

改革へ向けた動きと期待

ボンベイ証券取引所のセンセックス株価指数は、1月29日に史上最高値を更新し終値は2万9681ルピーとなった。これは、1年前の2万ルピーからほぼ50%の上昇。為替も、2013年8月に1ドル68ルピーまで下落したが、現在(1月29日時点)1ドル60ルピー台前半で安定している。為替の安定は金融政策の影響もあるが、株式市場や為替相場のこうした状況は、人々がモディ政権の改革とその結果としての経済成長を強く期待しているからにほかならない。

実際、モディ政権は改革に向けて真剣に取り組んでいる。昨年11月号で商工省産業政策振興局(DIPP)のカント次官にインタビューした際に、次官はさまざまな改革への取り組みに触れたが、そのなかには、保険などの外資規制の緩和、2013年土地収用法の改正も含まれていた。保険分野の外資規制の緩和は、外資出資上限を26%から49%に引き上げるもの。2013年土地収用法の改正は、公共目的のために土地を収用する場合に、民間プロジェクトであれば土地所有者の80%、PPPの場合には70%の同意を必要としていたところを、国防、インフラ、低廉な住居、産業回廊などに関してはこの例外とし、またこれらの分野について、2013年法で追加された複雑な社会影響評価を不要とするものである。これ以外にも、炭鉱法の改正や労働法の改正注1など、モディ政権は多くの困難な改革を進めている。

注1:労働法は多くの細かい法律に分かれており、モディ政権としては、現在まだ一部の改革を終えただけであり、今後さらなる改革を行う必要があるというスタンス。

上院とOrdinance

しかし、すべての改革法案が成立したわけではない。インドは、下院(ロクサバ)と上院(ラジャサバ)

の二院制をとる。与党BJPは、下院では単独過半数を有するが、上院では少数。改革法案のうち労働法の改正などいくつかは両院を通り成立したが、保険分野の外資規制緩和、2013年土地収用法の改正、炭鉱法の改正などは、冬季国会では下院は通過したものの上院は通過しなかった。

上院は議席数が245で、現在空席が3議席あるので242。このうちBJPはわずか45議席、連立政党を含めたNDA全体でも59議席にとどまる。政府は、企業が活動しやすい環境をつくることが国内外からの投資を増やすためには不可欠と認識しており、何としてもこれらの法案を実現したいという立場。そのため、冬季国会が昨年末に会期を終えた直後に、政府は大統領の署名を得て公布できるOrdinance(大統領令)を活用し、これら3つの法案の内容を実現した。

Ordinanceの歴史は古く、英国植民地時代より存在した。初代首相のネルーは、英国植民地下でのOrdinanceを批判したが、独立後に自ら首相となった際には、1947年から3年間で100近いOrdinanceを出した注2。ただ、インド憲法はOrdinanceをあくまで緊急の場合の手段と位置づけており、モディ政権によるOrdinanceの活用に批判の声もある。またOrdinanceは国会閉会中の措置であり、会期が始まれば6週間以内に法律として成立させなければ失効する。次の国会は2月23日に始まる予定の予算国会。同じ内容で再度Ordinanceを出した例はあるが、Ordinanceはあくまで例外的措置とした87年の最高裁の判例もある。

両院の意見が異なる場合の対処として、両院協議会もある。これは両院を合わせた単純過半数で議決でき、与党連合NDAは、議席数の多い下院で543議席中336議席を占めているため、両院合わせれば過半数に届く。しかし、上院が下院案を否決や修正をすれば両院協議会を開けるが、野党が単に上院審議を長引かせれば6カ月経過するまでは両院協議会は開けない。

したがって、やはり本来は上院でも多数を占めるこ

民主主義の中での改革——モディ首相のリーダーシップ——

国際協力銀行 ニューデリー駐在員事務所首席駐在員

大矢 伸

2015. 3  3

アジアビジネス特集

とが望ましい。下院と異なり上院の議席は各州の州議会選挙に基づく間接選挙。上院議員の任期は6年で、原則としてほぼ3分の1ずつが2年ごとに交代していく。与党連合NDAは、マハラシュトラ州、ハリヤナ州、ジャルカンド州と最近の州議会選挙で勝利を収めてきたが、州議会選挙の結果が上院の議席に反映されるまでにはタイムラグがある。上院議員の入替えが大きいのは偶数年。概算だが、入替えは2015年には10人しか予定されておらず、16年は74人、17年は10人、18年は68人。上院議席数が多く今後重要な州議会選挙は15年のビハール州(上院議席16人)、ウッタルプラデシュ州(同31人)だが、この両州を含めてBJPが好成績をあげても、16年までに与党連合NDAで過半数というのは容易ではなく、早くても18年と考えられる。こうしたなか、BJP幹部が与党連合NDAの外に位置するタミルナドの有力政党AIADMK(上院議員11名を有する)に接触するなど、BJPはウィングを広げる努力も続けている。

注2:Arvind P Datar、“Ordinance Factory”、2015年1月17日 Economic Times.

民意の後押し

Ordinance活用への批判の声はあるが、同時に、国民会議派を中心とした前政権が決断力を欠いたために経済を低成長に陥れたと考える人々は、モディ首相の強力リーダーシップや改革をやり遂げる姿勢を評価している。2015年1月初めにモディ首相、高木経産副大臣、パン・ギムン国連事務総長、キム世銀総裁、ケリー米国務長官なども参加してグジャラート州で行われた投資誘致会議「バイブラント・グジャラート」においても、全体セッションの中で外国企業家から、現政権のOrdinanceの活用は改革への強い決意の表れで支持したいとの発言が出た。アルン・ジャイトリー財務大臣も積極的にメディアに登場し、14年の下院選の大勝利や、その後の州議会選挙での好成績を引き合いに、国民は改革支持と強調している。

また、モディ政権は、州レベルでの改革も推進してい る。 ひ と つ は「 競 争 的・ 協 力 的 連 邦 主 義

(competitive and cooperative federalism)」というコンセプト。たとえば、労働法について進んだ改革をラジャスタン州が行ったが、それに触発されて、マッディヤプラデシュ州やマハラシュトラ州も改革に動き出した。労働法については憲法で連邦と州の共管事項

と定められており、大統領の同意があれば州は連邦とは異なる制度を導入できる。州の権限の強さは、しばしばインドの問題点として語られるが、モディ首相はこれを逆に活用して、各州のイニシアチブによる改革を認めることで州同士が企業誘致に向けてよりよい制度を競争するよう促している。もうひとつは、州の裁量をより大きくする方向へのかじ取り。インドではネルー首相時代につくられた計画委員会という組織があり、計画支出(Plan Expenditure)の各州への配分につき大きな力を有していたが、これを廃止したうえで、新たにNITI Aayog(National Institution for Transforming India Aayog)という組織をつくった。詳細は今後決まるが、基本的には資金の配分ではなく、改革のためのシンクタンクという位置づけで、アジア開発銀行のチーフエコノミストも経験したコロンビア大学のアービン・パナガリヤ氏がトップに着任した。

土地収用法、労働法、外資規制といった規制改革や、GST(財サービス税)導入、税の遡

及きゅう

適用の停止といった税制改革、さらにはインフラ整備を通じて、ビジネス環境を改善しなければ高度成長への回帰は困難という認識は多くの国民が共有している。上院の抵抗や、組合の反発はあるものの、改革を旗印に国民の広い支持を得ながら成果をあげ続けることがモディ政権には求められる。民主主義の中で改革を進めるインドは、汚職や宗教対立に足元をすくわれないように注意しながら、改革を進めることで国民の支持を強固にし、強固な国民の支持により改革をさらに進めるという好循環をつくり出す必要がある。そうした好循環に入ったとき、インドは再び他国がうらやむ高い成長の軌道を歩むことだろう。(2015年1月30日、記)

※筆者略歴:1991年日本輸出入銀行入行、98~2001年世界銀行、05~06年日本カーボンファイナンスで南アジアを担当、06~08年国際協力銀行東南アジア地域担当課長、08~11年CEO秘書、11年~石油・天然ガスセクター担当課長、12年5月より現職。休日はインド国内旅行とサッカーを楽しむ。東北大学法学部卒、ボストン大学大学院法学修士。

出所:インド上院HP

上 院 (Rajya Sabha)インド国民会議派:Indian National Congress(INC) 69 国民民主同盟:National Democratic Alliance(NDA) 59  インド人民党:Bharatiya Janata Party(BJP) 45  テルグ・デサム党:Telugu Desam Party(TDP) 6  シローマニ・アカーリー・ダル:Shiromani Akali Dal(SAD) 3  シヴ・セーナー:Shiv Sena(SS) 3  ナガランド人民戦線:Nagaland People‘s Front(NPF) 1  インド共和党:Republican Party of India(A) (RPI(A)) 1社会主義党:Samajwadi Party(SP) 15全インド草の根会議派:All India Trinamool Congress(AITC) 12全インド・アンナ・ドラヴィダ進歩連盟:All India Anna Dravida Munnetra Kazhagam 11その他 76合 計 242

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