対立と妥協 海事紛争の解決 - gard...

5
© Gard AS Page 1 of 5 Gard Insight 対立と妥協 ― 海事紛争の解決 こちらは、英文記事「Conflict and compromise – maritime dispute resolution」(2017年7月27 日付)の和訳です。 金銭的利害関係を持つ複数の当事者間で意 見の対立が生じた場合、どのように解決を 図るべきでしょうか。 海事関係においては、多くの場合、意見が 対立する当事者間に用船契約や役務提供契 約などの契約関係が存在します。一方で、 船とバースとの衝突や接触損傷事故などの ように、契約関係のない当事者間で紛争が生じることもあります。 海事紛争は、友好的協議によって迅速に解決される単純なものから、多額の費用をかけて複数の裁判管 轄において提訴が行われるような複雑なものまで様々です。以下では、こうした紛争の解決に利用でき る各種の方法を、それぞれの利点とそれをどういう場合に利用すべきかのアドバイスを交えて解説しま す。 紛争解決方法の選択に影響を与える要因 紛争を解決する方法は様々であり、その成否は下記の要因によって左右されます。 紛争の種類 係争 当事者同士の関係 当事者の所在地 当事者の期待の程度 法定代理人の関与の有無 利害を持つ第三者(保険会社者など)の影響度 当事者の考え方 ― 営業面重視か、あくまでも法的に争うのか 紛争の多くは契約を端緒としており、契約書には当事者が合意した紛争解決方法が詳しく書かれていま す。例えば、Asbatankvoyという用船契約書式の第24条には、あらゆる意見の相違と紛争の解決はニュ ーヨークでの仲裁に委ねると明記されています。当事者は、その他の方法で解決することに明示的に合 意しない限り、この用船契約に拘束されます。

Upload: others

Post on 06-Mar-2021

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 対立と妥協 海事紛争の解決 - Gard Insight...す。例えば、Asbatankvoyという用船契約書式の第24条には、あらゆる意見の相違と紛争の解決はニュ

© Gard AS Page 1 of 5

Gard Insight

対立と妥協 ― 海事紛争の解決

こちらは、英文記事「Conflict and compromise

– maritime dispute resolution」(2017年7月27

日付)の和訳です。

金銭的利害関係を持つ複数の当事者間で意

見の対立が生じた場合、どのように解決を

図るべきでしょうか。

海事関係においては、多くの場合、意見が

対立する当事者間に用船契約や役務提供契

約などの契約関係が存在します。一方で、

船とバースとの衝突や接触損傷事故などの

ように、契約関係のない当事者間で紛争が生じることもあります。

海事紛争は、友好的協議によって迅速に解決される単純なものから、多額の費用をかけて複数の裁判管

轄において提訴が行われるような複雑なものまで様々です。以下では、こうした紛争の解決に利用でき

る各種の方法を、それぞれの利点とそれをどういう場合に利用すべきかのアドバイスを交えて解説しま

す。

紛争解決方法の選択に影響を与える要因

紛争を解決する方法は様々であり、その成否は下記の要因によって左右されます。

紛争の種類

係争額

当事者同士の関係

当事者の所在地

当事者の期待の程度

法定代理人の関与の有無

利害を持つ第三者(保険会社者など)の影響度

当事者の考え方 ― 営業面重視か、あくまでも法的に争うのか

紛争の多くは契約を端緒としており、契約書には当事者が合意した紛争解決方法が詳しく書かれていま

す。例えば、Asbatankvoyという用船契約書式の第24条には、あらゆる意見の相違と紛争の解決はニュ

ーヨークでの仲裁に委ねると明記されています。当事者は、その他の方法で解決することに明示的に合

意しない限り、この用船契約に拘束されます。

Page 2: 対立と妥協 海事紛争の解決 - Gard Insight...す。例えば、Asbatankvoyという用船契約書式の第24条には、あらゆる意見の相違と紛争の解決はニュ

© Gard AS Page 2 of 5

P&Iクラブや海上保険会社は、メンバーや保険契約者の代理として、あるいは代位権により、てん補範

囲内のクレームに関する紛争の解決に直接関与することになります。国際P&Iグループに加盟するすべ

てのクラブは、法的費用をカバーするFD&D特約を提供しています。別々のクラブに加入する船舶間の

紛争の場合は、クラブ間で交渉が処理されることもあります。

直接交渉

小規模~中規模の紛争のほとんどは、正式な(法的な)解決方法を必要とせず、直接交渉で解決されま

す。直接対話では、費用を抑えることができます。両当事者が建設的かつ現実的な対応をすることで、

長期的なビジネス関係が保たれるばかりか、さらに強化されることさえあります。

当事者の営業方針が似ていたり、係争額が少額であったり、第三者の影響がほとんど(あるいは全く)

ないような場合には、直接交渉による解決が図りやすいでしょう。各当事者の期待の程度やビジネスの

取り組み方に大きな相違があると、利害を持つ第三者や法定代理人が過度に介入するなどして、直接交

渉が決裂しやすくなります。当事者のいずれか(あるいは双方)が自身の立場を十分に整理しないまま

交渉に臨んでいると、その結果がもたらす損得を十分に評価できずに、歩み寄ることを躊躇してしまう

かもしれません。

支援付きの交渉

場合によっては、当事者が交渉前や交渉中に法律顧問の助けを借りて、それぞれの立場を明確にしよう

とすることがあります。交渉に際して手の内を見せないように、当事者が、法律顧問を関与させている

という事実を相手方に開示しない場合があります。

これの大きな利点は、法律顧問を関与させることで意見に客観性を持たせることができ、その結果、解

決案の交渉に際してより理に適った判断を下せるようになることです。これに加えて、直接交渉が失敗

した場合に、それぞれの法律顧問がスムーズに仲裁や訴訟に移行できるという利点もあります。紛争解

決プロセスの中で社内外の法律顧問に相談することを義務付けている企業さえあります。

この場合には、費用を考慮に入れる必要があります。また、法律顧問に対して、相手の主張を過度に攻

撃したり、立場を固めたりするためではなく、現実的な解決を図るために関与してもらっていることを

念押しすべきです。GardのFD&D特約でカバーされる紛争については、Gardのインハウス弁護士が支援

するため、メンバーは相当額の弁護士費用を抑えることができます。

中立的評価

二者間の交渉から一歩踏み出して、法律や技術の第三者専門家の意見を認め、紛争のメリットを分析

し、裁判や仲裁に移行した結果を中立的に評価するという方法もあります。当事者間で、専門家の下し

Page 3: 対立と妥協 海事紛争の解決 - Gard Insight...す。例えば、Asbatankvoyという用船契約書式の第24条には、あらゆる意見の相違と紛争の解決はニュ

© Gard AS Page 3 of 5

た結論の法的拘束力の有無について合意することも可能です。拘束力を持たせない場合、専門家の評価

は、「権利を損なう」ものではなく、秘密裡の和解交渉を支援するものであることを両当事者が理解す

ることが重要です。この中立的評価を用いることの大きな利点は、費用が抑えられることに加えて、両

当事者が紛争決着の着地点をイメージしやすくなり、どの程度期待できるかの目安になることです。こ

の方法が特に効果的なのは、基本的事実については意見が一致しており、和解の障害となっている法律

あるいは技術面の争点がはっきりしている場合です。

早期の介入

早期の介入とは、紛争の両当事者が、紛争の早期段階で中立的な第三者を指名し、その第三者に今後の

成り行きを描き、真の問題を明らかにするのを支援してもらうという紛争解決の新たな方法です。

介入が早期に行われるほど、費用削減効果も大きくなります。ほとんどのケースがこれで決着します

が、仲裁や訴訟の準備に多額の費用を費やした後で決着する場合もしばしばあります。当事者や契約が

複数絡む複雑なケースの場合、費用の節減効果がより明確になるでしょう。この早期介入の過程で決着

しない場合でも、法廷で扱うべき問題が絞り込まれるという利点があります。

調停

エイブラハム・リンカーンは、弁護士をしていたとき、次のように述べました。

「訴訟を思いとどまらせなさい。説得できると思ったら妥協するよう隣人を説得しなさい。名目上の勝

者が、料金や費用、時間の浪費という点において、実は敗者であることがいかに多いか、彼らに指摘し

てあげなさい」

調停は、妥協点を見いだし、訴訟を回避できるように手助けする中立な第三者(調停者)を介在させる

ことを紛争当事者同士が自主的に合意することによって、交渉を促進させる方法です。調停者はどちら

か一方側に立つのではなく、当事者双方が目の前の問題を理解してそれに集中できるように手助けをし

ます。調停者は、長いビジネス経験を有する、正式な訓練を受けた専門家がなることが多いものの、実

際には、紛争当事者の合意があれば、誰でも調停者を務めることができます。

調停は任意であり、秘密が保持されます。当事者は、紛争解決プロセスのいつでも調停に同意すること

ができます。調停の形式は固定されておらず、全当事者が一室に集まって行う協議と、各当事者がそれ

ぞれの部屋で進捗を協議するブレイクアウトセッションから成るのが一般的です。調停者は、両者間を

行き来して和解の成立を図ります。

調停は、仲裁・訴訟などの正式な方法に比べて、費用対効果が大きくなる場合があります。調停の成否

は、全当事者がどれだけ前向きに、正式な法的手続きを回避し、紛争解決のために譲歩する意思がある

かどうかに大きくかかっています。一般的に、当事者の姿勢や立場が凝り固まっている場合に原則や紛

Page 4: 対立と妥協 海事紛争の解決 - Gard Insight...す。例えば、Asbatankvoyという用船契約書式の第24条には、あらゆる意見の相違と紛争の解決はニュ

© Gard AS Page 4 of 5

争の論点に言及するのは適切ではありません。強い主張を持つ当事者であっても、問題を決着させるた

めに妥協することが見込めるでしょう。エイブラハム・リンカーンが警告したように、訴訟の勝者は最

終的な敗者になり得るのです。優れた調停者は、紛争には時間と回収不能なほどの費用がかかるだけで

はなく、紛争を継続することでビジネス上の関係を損ない、結果として損失が生じてしまうことを指摘

するはずです。

訴訟

裁判所は、訴訟を通じて紛争を解決する正式な法廷を提供しています。裁判官は公平で政治的影響から

自由でなければならず、扱う紛争に利害関係があってはなりません。

管轄する裁判所は、紛争の発生地域、船舶等の所在地、関係する会社の所有者や保険会社の所在地な

ど、多くの要因によって決まります。あるいは、それが認められる場合には、法律・裁判管轄に関する

合意によって決まります。当事者の多くは、よく知られた海運国(英国など)の裁判所と裁判管轄に服

することに同意するでしょうから(なぜなら、そうした国では海事法の体系が確立されており、海事弁

護士などの専門家が利用できるからです)、最後の要因は重要であると言えます。裁判管轄の選択は、

特に責任制限が熟慮すべき課題となる衝突クレームなどで、クレーム処理プロセスにおける布石の一部

となる場合があります。

法廷闘争の可能性に直面した当事者の大きな懸念事項は、よく知られているように、裁判所に提訴する

費用が法外な金額になるのではないか、また、何度か上訴して終局判決を迎えるまでに何年もかかるの

ではないかという点です。しかし、訴訟の費用・時間の削減を眼目とする最近の改革の一環として、英

国法に基づく衝突事故の訴訟において、電子データの証拠のやり取りに関する規則が導入されました。

これは、原告、被告双方がVDRデータのような電子データの証拠を入手できる場合、裁判官は、専門家

の証言と口頭審理を省くことができるというものであり、訴訟事件に伴う費用とリスクが大幅に削減さ

れることから、英国の海事裁判所はこの種の紛争の関係者の注目の的となっています。

法律原理の重要な点が問題となる場合、特に結果が財務面に大きな影響を与える場合には、訴訟が望ま

しい選択肢になり得ます。

仲裁

仲裁は、裁判官の代わりに仲裁人が任命される正式な紛争解決方法です。海事契約書の中に仲裁に関す

る規定がしばしば見受けられますが、通常、ロンドン、ニューヨーク、シンガポールなどが仲裁地とし

て定められています。最近はシンガポールを仲裁地とする契約書が増えています。

仲裁人の数は、契約書で合意するのが一般的であり、一連の規則に従って仲裁人が任命されます。裁判

所への上訴の範囲が限られているため、敗訴当事者が司法審査を要求できる余地はほとんどないかもし

れません。

Page 5: 対立と妥協 海事紛争の解決 - Gard Insight...す。例えば、Asbatankvoyという用船契約書式の第24条には、あらゆる意見の相違と紛争の解決はニュ

© Gard AS Page 5 of 5

独自の海事仲裁機関を持つ法域もあり、中でも最も有名なのはロンドン海事仲裁人協会(LMAA)で

す。各海事仲裁機関は、仲裁手続きの規定を設けており、紛争解決合意書にこれを組み込むことができ

ます。これらには、少額~中規模クレームの特別規定が含まれています。

仲裁裁定は、外国の裁判所の判決よりも執行が容易であるため、国際貿易協定では仲裁の方が好まれて

います。

仲裁費用は事案によって大きく異なります。仲裁廷には差止命令のような仮処分を執行する権限がない

ため、資産を海外へ移転するなど、当事者が裁定の執行を回避するための措置を講じやすくなってしま

います。また、仲裁は、裁判所のような事案管理規則に支配されないため、頑迷な当事者が仲裁プロセ

スの進捗を遅らせるような状況も発生しやくなります。

まとめ

紛争の解決に最もふさわしい方法と法廷を決定する際には、費用とリスクを慎重に考慮に入れる必要が

あります。契約書の中で準拠法と法廷について合意している場合が多いものの、別の紛争解決方法を選

択することに、契約当事者同士で合意するのは自由です。最初は二者間の非公式交渉からスタートし

て、交渉が行き詰まったら調停に移り、最終的に裁判所か仲裁廷に移行するといった具合に、紛争が

様々な法廷を通過することも珍しくはありません。実際、契約書の中には、紛争解決について段階的な

アプローチを明示的に定めているものもあります。また、一部の裁判所(特に、米国の連邦地裁)は、

訴訟前に調停を行うことを求めています。

Gardは、H&M、P&I、FD&Dのいずれにおいてカバーされる事案であるかに関係なく、技術面・法律面

の専門知識をもって、紛争を解決するためのベストな選択肢を判断できるようにサポートいたします。

Nick Coleman

Senior Claims Executive, Bergen

本情報は一般的な情報提供のみを目的としています。発行時において提供する情報の正確性および品質の保証には細心の注意を払っていますが、Gard は本情報に依拠することによ

って生じるいかなる種類の損失または損害に対して一切の責任を負いません。

本情報は日本のメンバー、クライアントおよびその他の利害関係者に対するサービスの一環として、ガードジャパン株式会社により英文から和文に翻訳されております。翻訳の正確

性については十分な注意をしておりますが、翻訳された和文は参考上のものであり、すべての点において原文である英文の完全な翻訳であることを証するものではありません。した

がって、ガードジャパン株式会社は、原文との内容の不一致については、一切責任を負いません。翻訳文についてご不明な点などありましたらガードジャパン株式会社までご連絡く

ださい。