総 説 ず,救急患者のヘリ搬送はその後も足踏み状態が続 動 … ·...

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はじめに 救急ヘリの現状 11 43 67 24 103 2000 表1 5 6 7 8 10 11 35 3 50 58 63 66 67 18 22 2 35 40 42 43 10 10 370 760 300 50 35

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Page 1: 総 説 ず,救急患者のヘリ搬送はその後も足踏み状態が続 動 … · や僻地では,救急患者が発生しても地元の診療所で 対処せざるをえない。患者が重症で,より本格的な

は じ め に

ヘリコプター(以下,ヘリ)はこれまでも,情報

の収集,山林火災の消火,孤立現場からの救出など

に有効活用されてきた。しかしながら,ヘリを使っ

た救急患者の搬送は,島嶼地区からの病院間搬送を

除けば,ほとんど実施されてこなかった。ところが,

平成7年1月に発生した阪神・淡路大震災を契機と

して,国や自治体が中心となり救急ヘリの実用化に

向けた取り組みが本格化してきている。そこで本稿

では,まず我が国における救急ヘリの現状について

述べ,次いで宮崎県における救急ヘリ体制の必要性

とその実現に向けた救急部の取り組みを紹介するこ

ととする。

救急ヘリの現状

消防・防災ヘリの救急活動に関する歴史を振り返

ると既に平成元年の消防審議会答申で,「全都道府県

に消防・防災ヘリを配備し,救急業務にも活用する」

との方針が示されている。しかし,現実には,ごく

一部の有識者を除いて,消防・防災ヘリの必要性は

全く理解されず,したがって,その配備も遅々とし

て進まなかった。

ところが,この状況は阪神・淡路大震災の発生で

一変し,消防・防災ヘリの全国配備が一気に加速さ

れた。平成 11 年末には,43 都道府県域において 67

機が配備されるに至り,未配備県は残すところ4県

域(宮崎,佐賀,熊本,沖縄)だけとなっている(表

1)。

― 99 ―

宮崎医学会誌 24:99 ~ 103 ,2000

総 説

救急ヘリコプターの現状と宮崎県における今後の展望

寺 井   親 則

宮崎医科大学救急医学講座

表1 消防・防災ヘリコプターの配備状況1)

平成 5 年 平成 6 年 平成 7 年 平成 8 年 平成 9 年平成 10 年平成11年

35 機 39 機 50 機 58 機 63 機 66 機 67 機

18 県域 22 県域 29 県域 35 県域 40 県域 42 県域 43 県域

 ※ 県域とは,都道府県の区域のこと。

また,これと平行するように法律上の整備も行わ

れ,平成 10 年3月には消防法施行令の一部改正が行

われ,ヘリが救急車と同様,救急隊の標準搬送手段

として位置付けられた。

このように,消防・防災ヘリの全国配備とそれに

関連した法律の整備が着実に行われてきたにも拘ら

ず,救急患者のヘリ搬送はその後も足踏み状態が続

いている。たとえば,平成 10 年の全国の年間救急出

動は 370 万回に及ぶが,消防・防災ヘリが出たのは

760 回であり,このうち現場救急は 300 回にも満た

ない2)。救急ヘリの先進国であるドイツでは年間約

5万回の出動があると言われており,我が国との格

差はあまりにも大きい。

この原因の一つは,救急ヘリの出動基準の曖昧さ

にあった。このことを重視した自治省消防庁は,本

年2月に消防・防災ヘリの救急出動に関するガイド

ラインを作成,ヘリによる救急業務をより一層促進

することを各都道府県に要請した(消防庁救急救助

課長通達「ヘリコプターによる救急システムの推進

について」)。このガイドラインの最大の特徴は,現場

の救急隊員や消防本部の司令員の逡巡を払拭するた

め,ヘリの出動基準を具体的に例示したことである。

たとえば,交通事故では,車がおおむね 50 センチ以

上つぶれた事故や時速 35 キロ以上で衝突したオート

バイ事故などが,また交通事故以外では3階以上の

高さからの転落,体の三分の一以上の熱傷,重症が

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疑われる急性中毒など,総計 30 例をヘリ搬送の適応

症例として明示した。

また,ヘリ要請に係わる時間的ロスを極力少なく

するため,救急車と同様,消防本部の司令員がヘリ

出動を判断できるようにするなど,現状に則した運

用モデルも明示してある。

更に,経費の負担,臨時離着陸場の確保など,実

施に向けての環境整備にまで細かい配慮がなされて

いる。このガイドラインの通達をうけて,東京消防

庁,横浜市消防局,川崎市消防局など,各地で消防

・防災ヘリを救急搬送に活用する動きが活発化してい

る。

一方,救急業務にヘリを導入しようという試みは

厚生省でも始まっている。昨年 10 月から始まったド

クターヘリコプター(以下,ドクターヘリ)の試行

的事業がそれである。これは,救急ヘリを防災シス

テムではなく,救急医療システム上に位置づけてい

るところに大きな特徴がある。

ドクターヘリは,民間会社のヘリを病院敷地内に

常駐させ,出動の要請に応じて医師と看護婦がヘリ

に搭乗し,現場もしくは病院間転送では現地指定ヘ

リポートに着陸するもので,現地で治療が開始でき

るうえ,病院への搬送時間も大幅に短縮できる利点

がある。したがって,致死的救急患者の救命率向上

に大きく寄与するものと期待されている。実際,ド

イツでは年間1万 9000 人いた交通事故死が,1970

年のドクターヘリ導入後,7000 人程度に激減したと

いわれている。

この試行的事業は現在,東海大学附属病院と川崎

医大附属病院の2カ所で実施されている。運行開始

後6カ月の出動件数は,それぞれ 87 回と 98 回で,

両施設ともほぼ2日に1件の割りでヘリが出動して

いることになる(表2)。

また,最近これらの施設から中間報告が出された

が,その中で特に注目されたのが患者の予後改善効

果である。即ち,ヘリ搬送患者の死亡率と後遺症率

は救急車搬送患者のそれに比べ、大幅に低下するこ

とが報告されたのである4)。今後,データーのさらなる

蓄積が必要ではあるが,日本においてもドクターヘ

リの有効性は疑う余地のないものになりつつある。

このように極めて有効とされるドクターヘリも民

― 100 ―

宮崎医学会誌 第 24 巻 第2号 2000 年9月

表2 ドクターヘリ試行的事業6か月間の実績3)

東海大学 川崎医科大学

医療機関から

の要請による 24 例(27.6%) 96 例(98.0%)

消防機関から

の要請による 61 例(70.1%) 2例 (2.0%)

そ の 他 2例 (2.3%) 0例

計 87 例 98 例

外 因 性 44 例(51.0%) 38 例(38.8%)

内 因 性 43 例(49.0%) 60 例(61.2%)

(1999 年 10 月1日~ 2000 年3月 31 日)

症例

間機を使用するため,航空法上の規制を受けざるを

えず,全国展開する際の大きな障害になることが危

惧されていた。たとえば,航空法七九条では,「航空

機は,飛行場以外の場所で離着陸してはならない」

旨の規定がある。ヘリコプターが離着陸するヘリポ

ートも飛行場の一つであり,ヘリコプターはヘリポ

ートを使用して離着陸しなければならないことにな

る。これでは現場到着までに時間がかかりすぎ,救

急ヘリの意義が無くなってしまう。

このような規制を緩和するため,今年2月,運輸

省はようやく航空法施行規則の一部改正を行い,ド

クターヘリも捜索や救助にあたる自衛隊や消防,警

察などと同じように離着陸の場所や飛行禁止区域,

安全高度などに関する規定の適用が除外されること

になった。つまり,着陸スペースなどの条件さえ整

えば全国どこでも離着陸できるようになったわけで

ある。今後は内閣内政審議会が設置したドクターヘ

リ調査検討委員会で,経費の負担などの議論をへて,

ドクターヘリをどう配備していくかなどを検討して

いく予定になっている。

宮崎県における救急ヘリ体制の必要性

このように救急ヘリを取り巻く環境が大きく変わ

り,救急ヘリ実用化の動きも一段と加速されつつあ

るが,それはまだ大都市に限った動きにすぎない。

しかし,本当に救急ヘリを必要としている地域は大

都市ではなく,むしろ地方都市,なかんずくその郡

部であろう。

宮崎県を例にとれば,救命救急センターとして県

が認定している医療機関は県立宮崎病院,県立延岡

病院,大学附属病院の3カ所で,そのいずれもが,

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日向灘に面した地域に偏在している。また,それ以

外の基幹病院も,海岸沿いの市や町に位置している

ことが多い。したがって,そこから遠く離れた山村

や僻地では,救急患者が発生しても地元の診療所で

対処せざるをえない。患者が重症で,より本格的な

救急治療を要する場合は,そこから数十キロから 100

キロ以上離れた救命救急センターに搬送しなければ

ならないが,救急車による搬送では時間がかかり過

ぎるため,事実上断念せざるをえない場合も起こり

うる。だからといって,山村や僻地に高額な医療器

材をそろえ,医療スタッフを常時確保した医療施設

を建てることもまた不可能である。したがって,こ

れらの地域の住民が等しく高度の救急医療の恩恵に

浴するためには救急ヘリやドクターヘリがどうして

も必要になる。

実は,宮崎県では,曾て,このドクターヘリの導

入を本格的に検討した時期があった。昭和 60 年に国

土庁のヘリコプター救急輸送システム活用主体育成

実験事業のモデル地域として4つの県が選定され,

宮崎県もその一つに選定されたからである。県の関

係部局,市町村,自衛隊,医療機関,消防機関の代表

が集まり,約1年間の検討期間を経て,ヘリの運用

システム,活用主体,関係機関の協力体制などが取

りまとめられた。その実施要項は,先に述べた「ヘ

リコプターによる救急システムの推進について」の

それと遜色のないもので,当時としては画期的なも

のであったことがわかる。文部省においてもこの事

業の推進を図るため,昭和 62 年に九州の国立大学で

は初めて大学のグランド内にヘリポート(正式には

緊急輸送用場外離着陸場)を設置することを認可し

た。このヘリポートは夜間でも離発着が可能で,現

在でも空港を除けば県内で唯一の本格的ヘリポート

である。

このように実施要項が策定され,ヘリポートも整

備されたが,医療機関,特に医大附属病院の救急医

療体制が十分に整っていなかったことが理由で,実

施にまで至らなかった。しかしながら,この事業の

モデル県に宮崎が選定された背景(県内の 21 市町村

が山村振興法による振興山村の指定をうけ,その面

積は県土の 55%に達している)は現在でも全く変わ

っていない。

― 101 ―

寺井 親則:救急ヘリコプターの現状と宮崎県における今後の展望

図1 ヘリが接近する洋上のタンカー

鹿児島県内の医療機関から派遣された医師と救急

救命士を乗せたヘリコプターがタンカーに接近し

ているところ(油津海上保安部提供)

救急ヘリ体制が必要であるもう一つの理由は,洋

上救急に対する協力・支援である。洋上救急とは,

洋上の船舶上で救急患者が発生した場合に,医師が

海上保安庁のヘリに同乗し,収容した患者に応急処

置を加えつつ,陸上の病院へ搬送するシステムで,

いわば洋上のドクターヘリである。洋上の傷病者数

は昭和 61 年から平成8年までの 11 年間で 352 名,

その内,31 名(10%)が宮崎・鹿児島近海で発症し

ている5)。最近の事例では,昨年6月に都井岬東方約

13 キロの沖合いを走行していたタンカー上で起こっ

た化学薬品暴露事故がある。連絡を受けた油津海上

保安部は当初,宮崎県内の医療機関に医師の派遣を

要請したが,快諾する施設がなく,やむなく鹿児島県

内の医療機関に応援を求めた経緯がある(図1)。こ

の事例の反省に立って,大学附属病院も洋上救急業

務に積極的に支援・協力することを決定した。

現在,県内では大学附属病院を含め5つの協力医

療機関があるが,救急専門医を擁し,常設ヘリポー

トを有する医療機関は,県内は言うに及ばず、南九

州全域を含めても本学附属病院のみである。なお,

日本水難救済会(海上保安庁の外郭団体)と正式に

協定を締結し,協力医療機関となっている国立大学

附属病院も本学のみである。

救急部における取り組み

前述したように宮崎は消防・防災ヘリの未配備県

である。したがって,当面これを利用した救急ヘリ

体制は考えられない。幸い,宮崎県内には航空自衛

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隊の基地がある。それゆえ,航空自衛隊の救難ヘリ

を救急ヘリとして利用させてもらうのが現実的であ

る。我々は昨年来,航空自衛隊とこの問題について

協議を行ってきた。また,自衛隊ヘリが参加する防

災訓練などにも積極的に参加してきた(図2)。

自衛隊ヘリが本学のヘリポートに離着陸した回数

は最近の半年間で6回に及んでいる。これらの実地

訓練を通じて,ヘリに同乗する際の注意点,ヘリに

搭載する医療器材の選定と使用上の問題点,機上で

の医師とパイロットの交信方法,機上と地上との交

信方法,ヘリポートから病院までの搬送法,夜間の

離発着に際しての問題点,などを検討し,現在では,

ほぼ満足すべき結論に達している。

洋上救急に関しては,海上保安庁のヘリ(自衛隊

機よりやや小さい)を使用するため,自衛隊ヘリと

は違った検討が必要である。即ち,狭い機内をどの

ように有効利用するのか,機内に持ち込める必要最

小限の器材は何か,巡視船から離発着する場合の問

題点や注意点(図3),巡視船にある医務室の整備な

どについて現在精力的に協議しているところである。

なお,ヘリを使って広域の救急医療を担当する今

回の取り組みは今後の大学附属病院の一つの有り様

を示すものとして,文部省の国立大学附属病院パイ

ロット事業(平成 11 年~ 12 年度)に採択されてい

る。

お わ り に

阪神・淡路大震災で,ヘリがほとんど役に立たな

― 102 ―

宮崎医学会誌 第 24 巻 第2号 2000 年9月

図2 自衛隊の災害派遣訓練(平成 11 年9月)

救急部の医師を乗せた救難ヘリが洋上に浮かぶ模

擬被災者を救出し,本学のヘリポートに搬送した

ところ。機内における救急処置も併せて行った。

図3 ヘリコプター搭載型巡視船を使った洋上訓練

(平成 11 年 10 月)

巡視船の医務室にある医療器材の調査,点検も併

せて行った。

図4 大学グランド内にあるヘリポート

ヘリポートを中心に「吹き流し」や夜間照明が設

置されている。本年7月に開催されたサミット外

相会合に関連して大幅に拡張された(延べ面積は

400 m2)。同時に,ヘリポートに近接するネット

上にはビーコン・ランプが取り付けられ,ヘリの

離着陸がより安全になった。

かったのはよく知られている。震災発生後 48 時間で

飛んだヘリはわずか3機で,その後も多数の自衛隊

ヘリが応援にかけつけたが,ほとんど役に立たなか

った。その理由はヘリが日常の救急活動に全く使わ

れていなかったためで,だれに頼めば飛んでくれる

のか分らなかったからである。つまり,「ヘリは平時

の救急医療において日常的に活用されていないと,

大規模災害では役に立たない」という大きな教訓を

残した。

残念ながら,宮崎には日常的に救急患者を搬送し

うる消防・防災ヘリが配備されていない。しかしな

がら,㈰県内では,数は少ないものの,自衛隊ヘリ

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を使った患者搬送の実績がある。㈪県医師会を中心

として県内の救急医療体制が構築されつつある。㈫

サミット外相会合を契機として大学のヘリポートが

拡張・整備された(図4)。今後は,これらの利点を

有機的に結び付け,救急・防災ヘリのネットワーク

を可及的速やかに構築することが望まれる。

参 考 文 献

1)自治省消防庁救急救助課:消防防災ヘリコプターを用

いた救急搬送業務.月刊消防2:11 - 14 ,2000 .

2)ヘリコプターによる救急システムの推進に関する検討

委員会報告書.2000 ,p 5.

3)藤井千穂,荻野隆光ほか:ドクターヘリコプター試行

的事業始まる-6カ月間の実績とその展望-.Pre-

hospital Care 37:1-5,2000 .

4)猪口貞樹,山本五十年ほか:厚生省ドクターヘリ試行

的事業について.救急医療ジャーナル 44:13 -

17 ,2000 .

5)海上保安庁警備救難部救難課:洋上救急体制による医

師等の出動事例.1997 .

― 103 ―