患者中心の医療 ポートフォリオ

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青木拓也 日本医療福祉生活協同組合連合会 家庭医療学開発センター、東京ほくと医療生活協同組合 北足立生協診療所 患者中心の医療の方法(Patient Centered Clinical MethodPCCM)は、実際の診療場面で効果的かつ効率的に生物心理社会的な要因を統合するため、 1995Stewartらによっ て提案された。この診療構造の枠組みは6つのコンポーネントで構成されており、なかでも常にコアとなる「共通基盤の形成」を目指して各コンポーネントを実践するものである。 今回患者中心の医療を手法として用いた結果、患者・医師間に生じていた齟齬に変化が生じ、共通の理解基盤を構築できた終末期患者の事例を報告する。 考察 本事例においては、患者中心の医療の方法を使用し共通基盤を形成したことで、患 者アウトカムにも良好な影響をもたらした。 特に癌終末期の事例では、家庭医に紹介された時点において「患者・医師間の目標 に関する不一致」が生じやすい傾向があるため、これらの診療モデルは適切なマ ネージメントを行う上で非常に有用と考えられる。 NEXT STEP 共通基盤に達するには、まず患者・医師間の理解基盤における「齟齬」を認識する必要 がある。その上で患者のillnessと同様に重要な因子は、医師のMetacognitionと考える。 PCCMを実践する上で、診療における自身のMetacognitionを習慣付けていきたい。 参考文献 1)藤沼康樹.新・総合診療医学 家庭医療学編.カイ書林;2012 2)Stewart M. 患者中心の医療. 診断と治療社;2002 事例 63歳女性 2006上行結腸癌(stagea)に対し右半結腸 切除術および術後化学療法が行われた。 2008年腹膜播種を指摘され、化学療法が追加。 その後副反応のため化学療法は中止となり、 積極的治療の継続が困難となったことから 201210月当院へ紹介となった。 疾患と病い体験の両方を探る 疾患( disease 病い( illness 病歴 疼痛等自覚症状の聴取 食事・排便状況の聴取 ADL の評価 診察 vital sign 、腹部所見の評価 検査 血液検査や腹水の評価 感情 悲しみ、死に対する恐れ 期待 まだ有効な抗癌剤が存在する 解釈 癌末期という事が信じられない 先祖に祈れば長生きできる 影響 今後一人で生活できない 全人的に理解する 13 41 肝癌で他界 35 6 疾患 病い 人間 Proximal Context Distal Context 現実的になる 予防と健康増進を組み込む 特定の宗教や信仰:なし 趣味:洋服の購入 友人:実家(秋田)に数人幼なじみ 帰省すると必ず集まる これらのコンポーネントの全てを単回 で行うのは現実的に困難 複数回の外来を通して実施する 腸閉塞予防のための食事 指導 インフルエンザ予防接種の実施 共通の理解基盤を見出す 患者・医師関係を強化する 死の受容段階 第一段階「否認」 第三段階「取引」 ・癌終末期であり 有効な治療法はない ・死を受容して 「自分らしい死に方」を 共に模索していきたい 死の受容段階 第五段階「受容」へと 変化し、目標が共通化 Advanced Directives ついてディスカッション 患者 医師 共感的態度を用いたケアリングを 実施、予約外来で十分な診察時間を確保 目標に関する不一致 ②⑤ のコンポーネント が影響し、死に対する 認識に変化

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Health & Medicine


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Page 1: 患者中心の医療 ポートフォリオ

青木拓也

日本医療福祉生活協同組合連合会 家庭医療学開発センター、東京ほくと医療生活協同組合 北足立生協診療所

患者中心の医療の方法(Patient Centered Clinical Method:PCCM)は、実際の診療場面で効果的かつ効率的に生物心理社会的な要因を統合するため、1995年Stewartらによって提案された。この診療構造の枠組みは6つのコンポーネントで構成されており、なかでも常にコアとなる「共通基盤の形成」を目指して各コンポーネントを実践するものである。今回患者中心の医療を手法として用いた結果、患者・医師間に生じていた齟齬に変化が生じ、共通の理解基盤を構築できた終末期患者の事例を報告する。

考察本事例においては、患者中心の医療の方法を使用し共通基盤を形成したことで、患者アウトカムにも良好な影響をもたらした。

特に癌終末期の事例では、家庭医に紹介された時点において「患者・医師間の目標に関する不一致」が生じやすい傾向があるため、これらの診療モデルは適切なマネージメントを行う上で非常に有用と考えられる。

NEXT STEP

共通基盤に達するには、まず患者・医師間の理解基盤における「齟齬」を認識する必要がある。その上で患者のillnessと同様に重要な因子は、医師のMetacognitionと考える。PCCMを実践する上で、診療における自身のMetacognitionを習慣付けていきたい。参考文献1)藤沼康樹.新・総合診療医学 家庭医療学編.カイ書林;2012

2)Stewart M. 患者中心の医療. 診断と治療社;2002

【事例】63歳女性2006年上行結腸癌(stageⅢa)に対し右半結腸切除術および術後化学療法が行われた。2008年腹膜播種を指摘され、化学療法が追加。

その後副反応のため化学療法は中止となり、積極的治療の継続が困難となったことから2012年10月当院へ紹介となった。

①疾患と病い体験の両方を探る

疾患(disease) 病い(illness)

病歴疼痛等自覚症状の聴取食事・排便状況の聴取ADLの評価

診察vital sign、腹部所見の評価

検査血液検査や腹水の評価

感情悲しみ、死に対する恐れ

期待まだ有効な抗癌剤が存在する

解釈癌末期という事が信じられない先祖に祈れば長生きできる

影響今後一人で生活できない

②全人的に理解する

13

41

肝癌で他界

35

6

疾患 病い

人間

Proximal Context

Distal Context

⑥現実的になる④予防と健康増進を組み込む

特定の宗教や信仰:なし趣味:洋服の購入友人:実家(秋田)に数人幼なじみ

帰省すると必ず集まる

これらのコンポーネントの全てを単回で行うのは現実的に困難⇒複数回の外来を通して実施する

腸閉塞予防のための食事指導インフルエンザ予防接種の実施

③共通の理解基盤を見出す

⑤患者・医師関係を強化する

死の受容段階第一段階「否認」第三段階「取引」

・癌終末期であり有効な治療法はない・死を受容して

「自分らしい死に方」を共に模索していきたい

死の受容段階

第五段階「受容」へと変化し、目標が共通化

Advanced Directivesについてディスカッション

患者

医師

共感的態度を用いたケアリングを実施、予約外来で十分な診察時間を確保

目標に関する不一致

②⑤のコンポーネントが影響し、死に対する

認識に変化