第5話 固溶体の相平衡図とノルム計算 - u-toyama.ac.jp第5...

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5 話では,斜長石,カンラン石など固溶体の相図の読 み方を学び,(1) 火成岩の化学組成の多様性,および (2) 火成岩の全岩化学組成と鉱物組合せとの間の関係について 理解してもらう.今回の話は大学レベルの地質学である. 固溶体の相平衡図 マグマの結晶分化作用の説明に,第 5.1 図のような相平 衡図phase diagram)を用いることがある.例えば,カン ラン石の相平衡図は,フォルステライト(Fo)とファヤラ イト(Fa)を様々なモル比で混合し,様々な温度で平衡状 態に至らせた後に急冷し,できたガラス(≒石基)や結晶 (≒斑晶)の化学組成を測る実験を繰り返して作成される. カンラン石を例に,相平衡図の読み方を説明する. L 1 組成(Fo:Fa=50:50)をもつカンラン石のメルトがゆっく り冷えると,温度 T 1 で組成 S 1 のカンラン石1粒を晶出す る.そのまま,メルトとカンラン石の平衡関係が保たれた まま冷却すると,メルトの組成は L 1 L 2 へ,カンラン石 の組成は S 1 S 2 へと変化し,温度 T 2 では組成 S 2 Fo:Fa= 68:32)のカンラン石と組成 L 2 Fo:Fa=37:63)のメルトが x L :x S の割合で混合するようになる(全体の化学組成は, L 1 のまま).最後に温度 T 3 で,組成 L 3 のメルトの最後の1 滴がなくなって,全体が組成 S 3 =L 1 のカンラン石となる. 一方,メルトとカンラン石との平衡関係が保たれず,例 えば晶出したカンラン石がどんどんマグマ溜まりの底へ沈 殿してしまうと,温度 T 3 になってもメルトはなくならず, 組成 L 3 よりファヤライト成分に富んだメルトから,S 3 りファヤライト成分に富んだカンラン石が晶出するように なる.この非平衡の過程が,前章に記した結晶分化作用と 類似した過程となる. 火成岩の化学組成とノルム ここまでの記述からも推察されると思うが,火成岩の鉱 物組成と分析によって知られる化学組成との間には,密接 5.1 連続固溶体の相平衡図の例 (左)カンラン石,(右)斜長石. 第5話 固溶体 の相平衡 図とノル ム計算 学 (大 藤) – 29 – な関係がある.この関係の理解に役立つものの一つに, ルム norm)と呼ばれるものがある.ノルムとは,火成岩 の全岩化学組成から,一定の規則に従って算出された仮想 的な鉱物組成である.換言すれば,ノルムとは,火成岩中 の主要元素をノルム鉱物 normative minerals)あるいは準鉱物standard minerals)呼ばれる一組の鉱物群(第 5.1 表)に分配することによって得られた,火成岩の仮想的な 鉱物組成といえる. 実際のノルム計算は,以下の様な手 順で行われる.皆さんも,第 5.2 表を見ながら,実際に計 算してみよう. 分子比(積み木の個数)の計算 (a) 岩石の全岩化学分析の結果は,一般に酸化物の重量 パーセントで与えられる(第 5.2 表).その各々の重量 パーセント値を,それぞれの酸化物の分子量で割ると, 岩石中の各酸化物の分子比が求まる.計算しやすいよ うに,一般に分子比の値は 1,000 倍にする(第 5.2 表). スライドの例えでいうと,この値は11 種類の積み木そ れぞれの個数となる. (b) MnO NiO が分析されているときは,それらの積み 木の個数を FeO の積み木の個数に加える.これらは少 量成分なので,独立した成分としては計算しない.ま た,個数が 2 個より小さい積み木(酸化物)は,無視 してしまってもよい. 副成分鉱物の計算 ノルム鉱物の中で,比較的少量に出てくる鉱物の量の計 算は,初めに行っておく(第 5.2 表の左方).(c), (d) 以外 の少量成分の計算法もある. (c) TiO 2 にはそれと同じ個数(分子比)の FeO を付けて, チタン鉄鉱 il: FeOTiO 2 )というおもちゃをつくる.一 般に,TiO 2 より FeO の方が多くて,FeO が残る. (d) P 2 O 5 の分子比には,その 3.3 倍の(実際には,自然数 x L x S

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Page 1: 第5話 固溶体の相平衡図とノルム計算 - u-toyama.ac.jp第5 話では,斜長石,カンラン石など固溶体の相図の読 み方を学び,(1) 火成岩の化学組成の多様性,および(2)

第 5 話では,斜長石,カンラン石など固溶体の相図の読

み方を学び,(1) 火成岩の化学組成の多様性,および (2)

火成岩の全岩化学組成と鉱物組合せとの間の関係について

理解してもらう.今回の話は大学レベルの地質学である.

固 溶 体 の 相 平 衡 図

マグマの結晶分化作用の説明に,第 5.1 図のような相平

衡図(phase diagram)を用いることがある.例えば,カン

ラン石の相平衡図は,フォルステライト(Fo)とファヤラ

イト(Fa)を様々なモル比で混合し,様々な温度で平衡状

態に至らせた後に急冷し,できたガラス(≒石基)や結晶

(≒斑晶)の化学組成を測る実験を繰り返して作成される.

カンラン石を例に,相平衡図の読み方を説明する.L1の

組成(Fo:Fa=50:50)をもつカンラン石のメルトがゆっく

り冷えると,温度 T1で組成 S

1のカンラン石1粒を晶出す

る.そのまま,メルトとカンラン石の平衡関係が保たれた

まま冷却すると,メルトの組成は L1→L

2へ,カンラン石

の組成は S1→ S

2へと変化し,温度 T

2では組成 S

2(Fo:Fa=

68:32)のカンラン石と組成 L2(Fo:Fa=37:63)のメルトが

xL:x

Sの割合で混合するようになる(全体の化学組成は,L

1

のまま).最後に温度 T3で,組成 L

3のメルトの最後の1

滴がなくなって,全体が組成 S3=L

1のカンラン石となる.

一方,メルトとカンラン石との平衡関係が保たれず,例

えば晶出したカンラン石がどんどんマグマ溜まりの底へ沈

殿してしまうと,温度 T3になってもメルトはなくならず,

組成 L3よりファヤライト成分に富んだメルトから,S

3よ

りファヤライト成分に富んだカンラン石が晶出するように

なる.この非平衡の過程が,前章に記した結晶分化作用と

類似した過程となる.

火 成 岩 の 化 学 組 成 と ノ ル ム

ここまでの記述からも推察されると思うが,火成岩の鉱

物組成と分析によって知られる化学組成との間には,密接

第5.1 図 連続固溶体の相平衡図の例 (左)カンラン石,(右)斜長石.

第 5 話 固 溶 体 の 相 平 衡 図 と ノ ル ム 計 算

一 般 地 質 学 (大 藤) – 29 –

な関係がある.この関係の理解に役立つものの一つに,ノ

ルム(norm)と呼ばれるものがある.ノルムとは,火成岩

の全岩化学組成から,一定の規則に従って算出された仮想

的な鉱物組成である.換言すれば,ノルムとは,火成岩中

の主要元素をノルム鉱物(normative minerals)あるいは標

準鉱物(standard minerals)呼ばれる一組の鉱物群(第 5.1

表)に分配することによって得られた,火成岩の仮想的な

鉱物組成といえる. 実際のノルム計算は,以下の様な手

順で行われる.皆さんも,第 5.2 表を見ながら,実際に計

算してみよう.

分子比(積み木の個数)の計算

(a) 岩石の全岩化学分析の結果は,一般に酸化物の重量

パーセントで与えられる(第 5.2 表).その各々の重量

パーセント値を,それぞれの酸化物の分子量で割ると,

岩石中の各酸化物の分子比が求まる.計算しやすいよ

うに,一般に分子比の値は1,000 倍にする(第 5.2 表).

スライドの例えでいうと,この値は11種類の積み木そ

れぞれの個数となる.

(b) MnO や NiO が分析されているときは,それらの積み

木の個数を FeO の積み木の個数に加える.これらは少

量成分なので,独立した成分としては計算しない.ま

た,個数が 2 個より小さい積み木(酸化物)は,無視

してしまってもよい.

副成分鉱物の計算

ノルム鉱物の中で,比較的少量に出てくる鉱物の量の計

算は,初めに行っておく(第 5.2 表の左方).(c), (d) 以外

の少量成分の計算法もある.

(c) TiO2にはそれと同じ個数(分子比)の FeO を付けて,

チタン鉄鉱(il: FeO・TiO2)というおもちゃをつくる.一

般に,TiO2より FeO の方が多くて,FeO が残る.

(d) P2O

5の分子比には,その 3.3 倍の(実際には,自然数

xL

xS

Page 2: 第5話 固溶体の相平衡図とノルム計算 - u-toyama.ac.jp第5 話では,斜長石,カンラン石など固溶体の相図の読 み方を学び,(1) 火成岩の化学組成の多様性,および(2)

– 30 – 第 5 話 固 溶 体 の 相 図 と ノ ル ム 計 算

で近似してよい)CaO を付けて,燐灰石というおもちゃ

(ap: 3(3CaO・P2O

5)・CaF

2)を作る.F の分析値はないが

気にしない...たいていここでCaOが残る.

主成分鉱物の計算

(e) まず,正長石(or: K2O・Al

2O

3・6SiO

2)をつくる.K

2O,

Al2O

3,SiO

2という 3 種類の積み木を 1 : 1 : 6 の割合で

使う.大抵,ここで K2O がなくなり Al

2O

3があまる.

(f) (e) で残った Al2O

3は,Na

2O と付けて,アルバイト(ab:

Na2O・Al

2O

3・6SiO

2)とする.これでも更に,Al

2O

3があ

まるものとして,次に進む.

(g) 残った Al2O

3に,(d) で残った CaO を付けて,アノーサ

イト(an: CaO・Al2O

3・2SiO

2)をつくる.その結果 CaO

が残ったら,(i) でディオプサイドをつくる.逆に,

Al2O

3があまったら,コランダム(C: Al

2O

3)とする.す

なわち,ディオプサイドとコランダムは共存しない.

(h) Fe2O

3は,FeO と結合させて,磁鉄鉱(mt: FeO・Fe

2O

3)

をつくる.磁鉄鉱をつくっても更に Fe2O

3があまった

ら,赤鉄鉱(hm: Fe2O

3)とするが,多くの場合 FeO が

あまって(i) へ進む.

(i) (g) であまった CaO や,(h) であまった FeO に MgO を

入れて,輝石やカンラン石をつくる.まず,ディオプ

サイド(di: CaO : (MgO + FeO) = 1)を計算する.この

場合,これまでの計算をやったあとに残っている MgO

: FeO と同じ比率で,ディオプサイド中に MgO と FeO

が入るように計算する.

(j) ディオプサイドを計算したあとに,更に CaO があまっ

たら,(i) と別個に珪灰石(wo: CaO・SiO2)をつくる.し

かし,多くの場合は,(Mg, Fe)O が残る.この場合,(Mg,

Fe)O に SiO2を結合させて,紫蘇輝石またはカンラン

石をつくるのである.しかし,紫蘇輝石とカンラン石

とのどちらになるか,あるいは両方になるかは,次に

述べる SiO2の量によってきまる.なお,ディオプサイ

ド,紫蘇輝石,カンラン石などは,全てこの時までに

残っている MgO : FeO と同じ比率で,MgO と FeO を

含むように計算する.

SiO2の分配

(k) まず,これまでに計算してきた副成分・主成分鉱物の

全てに,必要なだけの SiO2を分配する.ただし,上記

(j) の計算では,初めはカンラン石をつくらずに,全て

の (Mg, Fe)O が紫蘇輝石となるように SiO2を与える.

こうしてもまだ SiO2があまった場合,石英(Q: SiO

2)

とする.

(l) ところが,(k) で紫蘇輝石をつくるには SiO2が不足す

る場合がある.この場合,(k) の計算をやり直して,紫

蘇輝石とカンラン石の双方をつくることを試みる.紫

蘇輝石(hy: (Mg, Fe)O・SiO2)の分子比を hy とし,カ

ンラン石(ol: 2(Mg, Fe)O・SiO2)の分子比を ol とし,ど

ちらの鉱物の分子比の値も,それぞれの鉱物中に含ま

れる SiO2の分子比の値と同じに数えることにする.そ

うすれば,hy と ol は次の式で計算できる:

hy = 2 ×残っている SiO2-残っている (Mg, Fe)O

ol = 残っている (Mg, Fe)O -残っている SiO2

ただし,ここで使える SiO2および 使える (Mg, Fe)O と

いうのは,これに先行する全ての計算で使ったあとに

残った SiO2および (Mg, Fe)O という意味である.(k),

(l) より,カンラン石と石英は共存しない.

(m)上で,全ての (Mg, Fe)O をカンラン石にしてみても,

まだ SiO2が不足する場合がある.その場合の計算法も

決まっているが,ここでは解説を省略する.

宿題:第 5.3 表の分析値から,ノルム計算をしてみよう.

第 5.1 表(左側の第1群,第2群) 代表的なノル

ム鉱物 珪酸塩鉱物ではない鉱物が含まれて

いるが,大まかにサリック≒フェルシック,

フェミック≒マフィックと考えてよい.第 5 . 3 表 宿題の問題です

第 5.2 表 ノルム計算の例 各欄左上の数字は,その列の鉱物算出に用いたその行の酸化物の分子比.右下は,残りの酸化物の分子比.