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昆虫の内部構造の可視化について 千葉大学教育学部 Visualization of Internal Anatomical Structures through Exoskeleton in Intact Insects HATANAKA Tsuneo Faculty of Education, Chiba University, Japan 昆虫類を解剖せずに,内臓をそのままで観察できる透明標本の作製を試みた。ホルマリン固定後,色素を漂白し, エタノールで脱水し,サルチル酸メチルで透徹した。数匹は,固定前にメチレンブルーやニトロブルーテトラゾリウ ム反応を利用して生体で染色した。ショウリョウバッタでは外骨格が漂白しやすく,消化系・生殖系器官を中心とし た内臓が観察できた。フナムシの太い消化管も観察できた。ハチ類は胸部の色が濃く漂白に時間がかかるが,漂白と 透徹のバランスを保つことで,内部構造の観察が可能となった。この透明標本は昆虫の構造に興味を持たせるには有 効と考えられる。 In order to observe the internal anatomical structure of intact insects without dissecting, I tried to make exo- skeleton-cleaned specimens. Adult insect were fixed in formalin, and then the pigment was bleached, before being dehydrated through graded ethanol and cleaned with methyl salicylate. Some specimens were stained vitally with methylene blue or nitro blue tetrazolium reaction before fixation. In longheaded locusts, digestive organs(alimen- tary canal)and genital system can be easily visualized through exoskeleton. Thick straight alimentary canals of wharf roach are also imaged. In honeybees and wasps, pigments of thorax are dark, and it takes long time to bleaching, but a suitable balance of bleaching and clearing permitted the observations of internal anatomy in these insects. These transparent specimens should be useful to have an interest in insect anatomy. キーワード:昆虫(Insect) 外骨格(Exoskeleton) 透明標本(Transparent Specimens) 内部構造(Internal Anatomy) はじめに 小学校3年生の理科で,理科教科として扱う初めての 動物教材として昆虫に出会うが,体のつくりとして外部 形態のみを扱い,内部構造については扱わない。動物の 体の内部のつくりについては,小学校では主に6年生で 人間の体を中心に学び,昆虫の内部構造については扱わ ない。中学校では脊椎動物を中心に動物を扱うが,対比 として節足動物や軟体動物などの無脊椎動物の仲間につ いて学習し,解剖なども行い,無脊椎動物の体のつくり を脊椎動物と比較する。その際,小学校で観察している 昆虫についても体のつくりを詳しく扱うこともできる。 昆虫類には好き嫌いがあり,触れない人たちもいるし, 多くの昆虫は体が小さく観察しにくいし,解剖などは難 しい。 透明標本と呼ばれるものに,脊椎動物の内骨格を染色 し,筋肉などを透明化し,透明樹脂に包埋した透明骨格 標本や昆虫類を透明樹脂に包埋した透明昆虫標本などが 作られている。昆虫類を触ることのできない人でも透明 昆虫標本は観察しやすいと思われる。昆虫類の外骨格を 透明化し,内部構造を観察できる標本を作り,さらにそ れを樹脂包埋できれば,昆虫嫌いの人にも扱える可能性 がある。 宮地( 1998 )はアリの外骨格を漂白し生徒に観察させ たが,但し,複眼や気門等外骨格の構造を観察しやすく するため漂白したので,内部の筋などの構造は加熱した 水酸化カリウム溶液で溶解してしまっている。 今回は昆虫の外骨格を漂白するだけでなく,透明化し, 外骨格そのものの構造を観察しやすくするとともに,内 臓を残し,透けた外骨格から内臓も観察できる透徹標本 の作製を試みた。また,大学の現在の学生実験では草む らの昆虫を採集し,分類し,外部形態の観察を行ってい る。そこで利用した昆虫を透明化し,学生実験のカリ キュラムの範囲内で,昆虫の透明標本を使って内部形態 の観察を行うことができるかどうか検討した。 材料は学生実験で採集した昆虫(おもにショウリョウ バッタ)を主体とし,他の研究のため採集・飼育してい る昆虫(ミツバチ),やフナムシなども用いた。 〈基本手順〉 冷却麻酔あるいは酢酸エチル蒸気で麻酔した材料に, 尾部から 10 %ホルマリン溶液を注入し,そのまま 10 %ホ 連絡先著者:畑中恒夫 千葉大学教育学部研究紀要 63 369 373 頁( 2015 369

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Page 1: 昆虫の内部構造の可視化について - Chiba Uopac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900118661/13482084_63_369...369 ルマリン溶液に浸して固定した。1晩固定後,洗浄し,

昆虫の内部構造の可視化について畑 中 恒 夫千葉大学教育学部

Visualization of Internal Anatomical Structures through Exoskeletonin Intact Insects

HATANAKA TsuneoFaculty of Education, Chiba University, Japan

昆虫類を解剖せずに,内臓をそのままで観察できる透明標本の作製を試みた。ホルマリン固定後,色素を漂白し,エタノールで脱水し,サルチル酸メチルで透徹した。数匹は,固定前にメチレンブルーやニトロブルーテトラゾリウム反応を利用して生体で染色した。ショウリョウバッタでは外骨格が漂白しやすく,消化系・生殖系器官を中心とした内臓が観察できた。フナムシの太い消化管も観察できた。ハチ類は胸部の色が濃く漂白に時間がかかるが,漂白と透徹のバランスを保つことで,内部構造の観察が可能となった。この透明標本は昆虫の構造に興味を持たせるには有効と考えられる。

In order to observe the internal anatomical structure of intact insects without dissecting, I tried to make exo-skeleton-cleaned specimens. Adult insect were fixed in formalin, and then the pigment was bleached, before beingdehydrated through graded ethanol and cleaned with methyl salicylate. Some specimens were stained vitally withmethylene blue or nitro blue tetrazolium reaction before fixation. In longheaded locusts, digestive organs(alimen-tary canal)and genital system can be easily visualized through exoskeleton. Thick straight alimentary canals ofwharf roach are also imaged. In honeybees and wasps, pigments of thorax are dark, and it takes long time tobleaching, but a suitable balance of bleaching and clearing permitted the observations of internal anatomy in theseinsects. These transparent specimens should be useful to have an interest in insect anatomy.

キーワード:昆虫(Insect) 外骨格(Exoskeleton) 透明標本(Transparent Specimens)内部構造(Internal Anatomy)

はじめに

小学校3年生の理科で,理科教科として扱う初めての動物教材として昆虫に出会うが,体のつくりとして外部形態のみを扱い,内部構造については扱わない。動物の体の内部のつくりについては,小学校では主に6年生で人間の体を中心に学び,昆虫の内部構造については扱わない。中学校では脊椎動物を中心に動物を扱うが,対比として節足動物や軟体動物などの無脊椎動物の仲間について学習し,解剖なども行い,無脊椎動物の体のつくりを脊椎動物と比較する。その際,小学校で観察している昆虫についても体のつくりを詳しく扱うこともできる。昆虫類には好き嫌いがあり,触れない人たちもいるし,多くの昆虫は体が小さく観察しにくいし,解剖などは難しい。透明標本と呼ばれるものに,脊椎動物の内骨格を染色

し,筋肉などを透明化し,透明樹脂に包埋した透明骨格標本や昆虫類を透明樹脂に包埋した透明昆虫標本などが作られている。昆虫類を触ることのできない人でも透明昆虫標本は観察しやすいと思われる。昆虫類の外骨格を透明化し,内部構造を観察できる標本を作り,さらにそ

れを樹脂包埋できれば,昆虫嫌いの人にも扱える可能性がある。宮地(1998)はアリの外骨格を漂白し生徒に観察させ

たが,但し,複眼や気門等外骨格の構造を観察しやすくするため漂白したので,内部の筋などの構造は加熱した水酸化カリウム溶液で溶解してしまっている。今回は昆虫の外骨格を漂白するだけでなく,透明化し,

外骨格そのものの構造を観察しやすくするとともに,内臓を残し,透けた外骨格から内臓も観察できる透徹標本の作製を試みた。また,大学の現在の学生実験では草むらの昆虫を採集し,分類し,外部形態の観察を行っている。そこで利用した昆虫を透明化し,学生実験のカリキュラムの範囲内で,昆虫の透明標本を使って内部形態の観察を行うことができるかどうか検討した。

方 法

材料は学生実験で採集した昆虫(おもにショウリョウバッタ)を主体とし,他の研究のため採集・飼育している昆虫(ミツバチ),やフナムシなども用いた。〈基本手順〉冷却麻酔あるいは酢酸エチル蒸気で麻酔した材料に,

尾部から10%ホルマリン溶液を注入し,そのまま10%ホ連絡先著者:畑中恒夫

千葉大学教育学部研究紀要 第63巻 369~373頁(2015)

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Page 2: 昆虫の内部構造の可視化について - Chiba Uopac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900118661/13482084_63_369...369 ルマリン溶液に浸して固定した。1晩固定後,洗浄し,

ルマリン溶液に浸して固定した。1晩固定後,洗浄し,過酸化水素水あるいは塩素系漂白剤溶液に浸して漂白した。漂白剤の濃度及び期間は材料により異なるが、10%~20%程度,数日を要した。その後洗浄し,エタノールで脱水し,サリチル酸メチルで透徹した。〈染色〉内臓が透明化すると観察しにくくなる可能性を考え,

通常,解剖の際の染色に用いるメチレンブルーで染色した標本及びニトロブルーテトラゾリウム(NBT)反応で染色した標本で,透徹標本での可能性を検討した。NBTは脱水素酵素反応の組織化学的検出に用いられ,

コハク酸を基質として用いることで,呼吸に伴うTCAサイクルのコハク酸脱水素酵素の活性化に伴う青色のフォルマザンが生成される。長期に作用させれば,代謝を行っているすべての細胞が染色されるはずだが,短期には代謝の激しい細胞が染色されることとなる。反応液として180mMコハク酸2Na溶液60mL,80mMリン酸緩衝液70mL,昆虫用生理食塩水70mLの混合液を用意し,2mgNBTを0.2mL反応液で溶解し,昆虫腹部内腔に個体の大きさに応じて注入し,20分ぐらいたったのち,倍量位の10%ホルマリン溶液を注入し反応液を洗いだす。昆虫は開放血管系なので注入した反応液は体内をめぐり複部以外の様々なところも染色する。生成されたフォルマザンは組織標本作りの脱水時に使用されるアルコールやキシレンに不溶のため,通常の組織切片で観察可能とされている。

結 果

1.ショウリョウバッタ小さなバッタ類は比較的短時間で漂白しやすく,外骨

格の透明化がしやすかった。ただ,操作途中で脚部が脱落しやすかった。固定液を始め,各種溶液を体内まで浸透させ,体内に気泡が残らないように溶液交換ごとに減圧処理をした。漂白後の空気中では白い標本も液体中では,かなり透明化する。エタノールで脱水する段階で,メチレンブルーはアルコール類に溶けるので,注入の少ない標本ではほとんど残らなかった。アルコールはまたカルシウムを溶解するので,長期間エタノールに付けておくと,外骨格はかなり柔らかくなった。図1はメタノールで脱水中のバッタの体を透過照明で

観察したものである。メチレンブルーは殆ど溶解してしまっているが,頭部の筋の間に多く残っているほか胸部飛翔筋の間,腹部マルピーギ管周辺,あるいは後脚腿節内等に少し残っている。複眼及び消化管は染色されず,やや黄みを帯びた不透明な構造として識別可能である。サリチル酸メチルによる透徹を行うと,初めは透き

通っているが,時間がたつと徐々に飴色に色づいてくる。また,メチレンブルーの残渣も可溶なため,徐々に消えていく。また,メタノール中での柔らかな体も次第に固化してくる。図2の標本は消化管が完全に脱色されずやや褐色を帯びていたが,図に見えるように口から肛門までの消化管が体全体を走っているのがよくわかる。口器の部分は漂白が難しくクチクラの重なりが分かりにくい黒い構造となってしまうことが多い。そこから頭部内を

前方,上方,後方へと回転する細い食道が見え,胸部に入ると太い 嚢となる。腹部に入るとやや色の薄い胃となり,腹部前半3分の1くらいから後ろで腸(小腸)となりその先細い結腸部を通り背側に移り直腸となり肛門に続く。胃の初めの部分は 嚢の周りを取り囲んで並ぶ胃(肝)盲嚢の口が外側に開いているのが見える。胃の背中側には生殖腺が見え,大きさや構造から卵巣と思われる。卵小胞は見えないが,卵小胞の間を走る卵巣靭帯が多数平行に走っているのが見える。卵管は卵小胞同様透明化が進み,側面からみると消化管の上を走るので観察できないが,小腸の後半から直腸にかけて,消化管の下部に色の薄い管状構造として観察可能であり,背部から透過光で観察すると消化管の両側を走っているのが分かる。メチレンブルーが多いと図3のように,かなり染色が

残っている。消化管がくっきり染色されているほか,腹部前方背側の生殖巣,腹部後方腹側の貯精嚢,腹部中央部のマルピーギ管などが濃染されているが,個々の臓器の区別はつきにくい。

2.NBT反応の解剖による観察NBT反応がどの器官等に現れるのか,まず,内臓の

染色を行った標本を透明化せず解剖観察を行った。ミツバチ腹部内臓で目立つのは 嚢,そこから続く中

腸,直腸となるがそれらは半透明の袋で殆ど染色されな

図1 エタノールで脱水中の漂白したバッタを側面からみたもの

頭部,胸部飛翔筋の間,後脚腿節,腹部背側に若干メチレンブルーが残っている。黄色い腹部の消化管が走っているのが見える。複眼は完全に脱色されていない(an:触角 ce:複眼 mp:口器 em:翅下降筋 dm:翅上昇筋 st:胃 sm:腸(中腸)re:直腸 hl:後脚)

図2 透徹したバッタを側面からみたもの頭部の黒い口器から肛門まで消化管がやや黒っぽく見える。胸部には飛翔筋が詰まっている。腹部胃の背側に卵巣が見える。卵管は胃の後ろで腹側に移動するのが分かる。(mp:口器 ep:食道cr: 嚢 st:胃 sm:腸(中 腸)co:結 腸 re:直 腸 hc:肝(胃)盲 嚢fm:飛翔筋 od:卵管 ol:卵巣靭帯)

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いが,中腸に附属する多数のマルピーギ管が濃く染色される。気管は全く染色されず白い管あるいは袋として腹腔内連絡構造を作っている(図4)。背中側の心臓,腹側の神経幹も殆ど染色されない。毒腺は腹部末端に黄色い液の詰まった袋として存在する。反応液の量が少ないと体表の栄養細胞の染色が少ないが,十分あると,クチクラ外骨格の内側に広がる栄養細胞が呈色され,全体に青く染まってしまう。ミツバチ胸部では飛翔筋に挟まれた中央部,消化管の下に1対の唾液腺が濃く染色される)。また,頭部では脳の表面に左右に下咽頭腺が濃く染色される。バッタの内臓では腹側を走る消化管と背中側の生殖巣

が目立つ。特に成熟した雌では,大きな卵を多量に含んだオレンジ色の卵巣が発達している。NBT反応では器官と器官の間の結合組織のような部分に青色の沈着が目立ち,全体として青く見えるが,各器官はあまり染まっていない。消化管( 嚢,胃,腸),精巣,前立腺,腹部神経幹は殆ど呈色していない(図5)。ミツバチ同様腸に附属しているマルピーギ管がよく染まり,また,胃盲嚢が染色されていた。その他,触覚や歩脚内部,場合によっては翅脈の部分が青色に染まることがあった。NBT反応産物はメチレンブルーと異なり,透徹化の過程で消失せず,透徹標本でも残る。

3.ミツバチとスズメバチミツバチやスズメバチは胸部や腹部の漂白に時間がか

かり,漂白液を交換して長時間を要した。その間,漂白液の浸透のため減圧処理を施していくとせっかく固定した内臓類が分断されてしまうものが多かった。図6のミツバチは胸部の色素がまだ強い褐色として

残っている。同じ時間酸素漂白したのであるが,消化管の脱色程度が異なり, 嚢や中腸の色が残っているもの,腸の後半が残っているものと様子が異なっている(直腸部分の漂白が不十分のものと,消化管の透徹が不十分のもので)。方向を変えてみると 嚢,小腸,直腸の重なりが分かる。オオスズメバチはまだ黒色が多く残っているが,頭部の食道,大顎腺,不透明な脳,腹部の消化管( 嚢から中腸)や毒腺が透徹が進まず区別できる(図7)。また,胸部の透明化が進み,飛翔筋の様子がよく分かるものもある(図8)。

4.フナムシ図9は塩素漂白したフナムシで消化管の周辺の結合組

織の黒色がまだ残っている。消化管もまだ脱色せず残っており,その外側に色の薄い中腸腺が寄り添った,非常に単純な構造なのが観察できる。漂白が進むと,消化管が観察できなくなってしまう。

考 察

クチクラ外骨格を透明化するには漂白する必要がある。漂白には一般に過酸化水素水が用いられる。しかし,過酸化水素水は絶えず酸素の小さな泡を生じ,特にクチクラの内側に気泡として溜まってしまう。今回はできるだけクチクラへの開口部を少なくしたいので塩素系漂白剤

図3 NBT反応で呈色したバッタを透徹したもの図2より全体が青く染まっている。口から肛門までの消化管が濃く染まっており,胃の背中側の卵巣も染まっている。(mp:口器 ep:食道 st:胃 sm:腸(中腸) re:直腸 fm:飛翔筋ov:卵巣 sp:貯精嚢)

図5 バッタNBT反応呈色標本の解剖消化管・腹部神経幹・精巣などは染色されないが,マルピーギ管や消化管周辺の結合組織などは青く染まりやすい。(st:胃hc:肝(胃)盲嚢 md:マルピーギ管 vn:腹部神経幹 ts:精巣)

図4 ミツバチ胸部のNBT反応正中線付近の唾液腺が染まっている。(cr: 嚢 sm:腸(中

腸) re:直腸 md:マルピーギ管 ps:毒嚢 tr:気管)

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も用いてみた。どちらも,ショウリョウバッタの様な色素の薄い外骨格の脱色は容易であったが,ハチのような黒い体の脱色は難しかった。宮地は小さなアリの漂白に3.5%過酸化水素水で10分以上の時間でできたが,今回昆虫が大きいので1日~1週間くらいかかった。ただ長時間の漂白は内臓組織をもろくするので,濃い濃度で短時間の方がよいと思われる。また,消化管など完全に色素がなくなると透徹後区別がつかなくなることもあるので,ころあいが難しいかもしれない。透徹液として一般に使われる揮発性の高いキシレンの

代わりに発性が少なく,標本保持がしやすいサリチル酸メチルを用いてみた。匂いはキシレン同様かなり癖があるが,サロメチールなどの医薬品に使われておりなじみはあると思われる。また,キシレンよりは毒性が少ないと思われる。近年,レーザー共焦点顕微鏡を用いた3Dイメージングのため,蛍光を透過しやすく透明化の高い透明化液が様々検討されている(Hamaら,2011)。昆虫やマウス胎児など,そのまままで透明化する方法も開

発されている。McGurk(2007)らはショウジョウバエの脳の3Dイメージングのため過酸化水素水でクチクラの色素を漂白し,Murray組織透明化液(ベンジルアルコール:ベンジルベンゾエート=1:2の混合液)で透明化している。この透明化液はマウス胎児の透明化3DイメージングにSharpe(2002)らが使用したものである。しかし,本研究の目的は,外骨格を透明化しながらも,外骨格の特徴(厚み,模様,孔や重なり具合等)を捉え,また臓器の配置も理解することであり,透明度を上げてしまっては役に立たない。今回の方法でもかなり透明化し,内部構造の区別がつかなくなることもあり,より透過性の高い透明化は必要ないと考えられる。ただ,この標本は現在サリチル酸メチル液をいれた瓶内で保存,観察しているので,透明樹脂包埋を考えるなら,それを可能にするための樹脂となじむ透明化液の検討が必要である。完全な漂白により,あるいは初めからほとんど透明な

器官は透徹後見えなくなってしまう。そこで適当な染色

図7 オオスズメバチの透徹標本頭部複眼下方に大顎腺,腹部の消化管( 嚢,中腸)や毒嚢が

やや不透明な形で残っている。(an:触角 st:針 cr: 嚢sm:腸(中腸) ps:毒嚢 mg:大顎腺)

図9 フナムシ透徹標本複眼及び消化管が黒く残っている。消化管の両側にやや薄い中腸腺らしい構造が見える。(an:触角 ce:複眼 mp:口器ac:消化管 mg:中腸腺)

図8 オオスズメバチの胸部水平に走る翅下降筋と垂直に走る翅上昇筋が分かる。(em:翅下降筋 dm:翅上昇筋)

図6 ミツバチの透徹標本左の個体は消化管の後半部の漂白が不十分であり,右の個体は消化管の透徹が不十分のため,体を回転させ観察すると腹部の消化管の様子が分かる。(ce:複眼 st:針 cr: 嚢 sm:腸(中腸) re:直腸)

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は器官の識別に役立つ。メチレンブルーは可視化の過程で溶解していき,液を青く染めてしまうことが多い。ごく薄い場合はマルピーギ管などが染まるが,濃くなると消化管の周りの結合組織やその他の器官の結合組織を染めるため全体に青くなり,外部から内臓の区別が難しくなる。NBT反応も頭胸部の腺や消化管周辺のマルピーギ管を良く染めるが,濃くなると体表を覆う栄養細胞なども呈色するため全体として青く濃染されてしまう。補助的な染色として,薄い方が観察には適していると思われる。NBT反応は反応時間を短く,5分以内で注入液そのものに色が付き始めたら速やかにホルマリン溶液を注入し,反応液を流しだすとよい。この透明標本は外骨格はできるだけ透明な方がよいが,

内臓はある程度不透明さが残る方がよく(漂白や透徹がある程度不十分),色素などの適度な使用が観察を可能にする。ただ,今回は様々な処理のための試薬の適切な濃度や時間など決定できず,うまく観察できるものを探すという状況である。以前,解剖実験で使ったマウスを用いて,透明骨格標

本作りとその観察を学生実験に組み入れることを計画し,平成11年度と12年度に実践した(畑中,2012,2013)。今回作製した透明化標本は,基本的には溶液の交換であり,昆虫の採集と・観察は実験の2回目もしくは3回目で行うことになっており,組織観察は6回目以降となるので3週間以上の間隔があるので,実験に時間もしくは昼休みの短時間を利用し標本作製は可能である。同時に数個体同じ時間で漂白・透徹しても個体により透明化の程度が異なり,複数の個体を処理し,その中でよいものを観察することになる。そのようにすれば,解剖しにくい小型のバッタでも解剖せず内部構造が観察可能となる。実習室では落射照明付の双眼実体顕微鏡が各自1台ず

つ使用可能なので,細部の構造も観察可能である。従って従来の学生実験の中で組織観察の項目を少し入れ替えるだけでこのような標本観察を追加するとともに,新しい教材としての可能性を秘めた標本作りの方法を体験するカリキュラムを作ることができる。しかし,従来の組織観察では実際解剖したマウスの器官を主体として観察しており,また透明骨格標本も解剖したマウスから作ら

れ構造を理解した上での観察を行っている。透明標本による昆虫の内部構造の観察は,解剖を行わず,外部から透かして見て内部構造を理解する必要があり,解剖図などの助けを得ても臓器のつながりを理解することは難しい。昆虫嫌いの学生に興味をひかせるには役立つが,昆虫の体のつくりをきちんと理解するには実際の解剖の方が有効だと考えられる。

参考文献

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2)畑中恒夫(2012)透明骨格標本の有効利用について千葉大学教育学部研究紀要,60,447―450

3)畑中恒夫(2013)透明骨格標本の樹脂封入法について 千葉大学教育学部研究紀要,61,421―425

4)町田武生(1982)節足動物(バッタ),宇津木和夫・玉野井逸郎・吉田治編「生物の実験法Ⅱ,動植物の解剖」培風館,東京

5)宮地正利(1998)アリの顕微鏡観察,遺伝別冊10,326)McGurk L., H. Morrison, L.P. Keegan, J. Sharpe &M. A. O’Connell(2007)Three-dimensional imagingof Drosophila melanogaster. PLoS ONE : Sept5: 2(9):e834.

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9)Winston M.(1987)The biology of the honey bee.Harvard University press, London.

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