第Ⅱ章 草創期...

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第Ⅱ章 草創期 −「ちきゅう」建造基本プランの構築 67 第Ⅱ章 草創期 −「ちきゅう」建造基本プランの構築− 1. Ocean Drilling in the 21 st Century OD21計画 1-1. 概論 日本における次世代 ODP(日本呼称 OD21)は 1990 年度の海洋開発審議会第 3 号答申並びに科学技術会議第 17 号答申 に伴い、海洋科学技術センターに海底深部地層サンプリングシステム研究開発費(1990 年度着手)が認可された。続いて 1992 年度に同センターに深海掘削船システム要素技術の開発予算が認可され、1993 年度に海洋開発審議会第 4 号答申があ り、1995 年度の深海掘削船全体システムの研究開発予算が計上されて、ようやく国際的認知度が高まり、1994 2 月京都 に於ける Joint EXCOM‐科学技術庁/JAMSTEC Workshop on Ocean Drilling in the 21st Century”に発展する。折しも、科学 技術庁での担当者は、加藤康宏局長(現・海洋研究開発機構理事長)及び広瀬研吉海洋開発課長である。 それまでとその後の関係者の努力を省みる目的で、巻末に科学技術庁研究開発局並びに文部科学省同局の歴代の研究開 発局長及び海洋開発課長/海洋地球課長の名前、ならびに主要なイベントを一覧する。 1997 年度までに日本政府に対する新掘削船建造提案の基礎資料は揃えられた。1999 年度に新掘削船の建造が決定されて から、新掘削船建造と科学活動に対する事前評価(OD21 Forum'99)が实施された。一方アメリカでは ODP 全体の評価会 議(PEC-V)が開催され、 IODP 開始の背景ができ上がる。この経緯について本稿で説明する。 1-2.経緯 1-2-1. OD21 全体概念 OD21 計画は、21 世紀における地球科学の飛躍的発展を目指して、泥水循環システム(ライザー及び防噴装置)を導入 した新しい深海掘削船を建造し、国際的な協力のもとで運営しようとする科学的深海掘削計画である。本計画は、平成 2 年度より科学技術庁/海洋科学技術センターにおいてその開発研究が開始され、国内外の関係者の協力のもとに研究が進め られている。平成 6 6 月には、科学技術庁研究開発局の深海掘削研究会において本計画の骨子がまとめられ深海掘削計 画(ODP)や国際科学コミュニティーと緊密な連携がもたれている。 1)深海掘削計画の 3 つの意義 1地球環境変動の研究 2新たな全地球ダイナミクスの構築と地震研究の画期的進歩 3原始生命の探求 2)日本にとっての意義 固体地球科学・地球生命科学における国際的研究推進体制の牽引者となる。 •地震調査研究における画期的進歩を期待できる。 世界のトップレベルの研究と大きな国際貢献が比較的小さい資金負担で可能。本計画は「我が国が主導する初め ての主要な国際共同科学プロジェクト」として海外に認識されている(SCIENCE, Vol. 271, No. 8, March 1996 p1358)。 1-2-2. 全体計画について

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第Ⅱ章 草創期 −「ちきゅう」建造基本プランの構築 −

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第Ⅱ章 草創期 −「ちきゅう」建造基本プランの構築− 1. Ocean Drilling in the 21st Century (OD21) 計画

1-1. 概論

日本における次世代 ODP(日本呼称 OD21)は 1990 年度の海洋開発審議会第 3 号答申並びに科学技術会議第 17 号答申

に伴い、海洋科学技術センターに海底深部地層サンプリングシステム研究開発費(1990年度着手)が認可された。続いて

1992 年度に同センターに深海掘削船システム要素技術の開発予算が認可され、1993 年度に海洋開発審議会第 4 号答申があ

り、1995 年度の深海掘削船全体システムの研究開発予算が計上されて、ようやく国際的認知度が高まり、1994 年 2月京都

に於ける Joint EXCOM‐科学技術庁/JAMSTEC Workshop on “Ocean Drilling in the 21st Century”に発展する。折しも、科学

技術庁での担当者は、加藤康宏局長(現・海洋研究開発機構理事長)及び広瀬研吉海洋開発課長である。

それまでとその後の関係者の努力を省みる目的で、巻末に科学技術庁研究開発局並びに文部科学省同局の歴代の研究開

発局長及び海洋開発課長/海洋地球課長の名前、ならびに主要なイベントを一覧する。

1997年度までに日本政府に対する新掘削船建造提案の基礎資料は揃えられた。1999 年度に新掘削船の建造が決定されて

から、新掘削船建造と科学活動に対する事前評価(OD21 Forum'99)が实施された。一方アメリカでは ODP 全体の評価会

議(PEC-V)が開催され、 IODP 開始の背景ができ上がる。この経緯について本稿で説明する。

1-2.経緯

1-2-1. OD21 全体概念

OD21 計画は、21 世紀における地球科学の飛躍的発展を目指して、泥水循環システム(ライザー及び防噴装置)を導入

した新しい深海掘削船を建造し、国際的な協力のもとで運営しようとする科学的深海掘削計画である。本計画は、平成 2

年度より科学技術庁/海洋科学技術センターにおいてその開発研究が開始され、国内外の関係者の協力のもとに研究が進め

られている。平成 6 年 6月には、科学技術庁研究開発局の深海掘削研究会において本計画の骨子がまとめられ深海掘削計

画(ODP)や国際科学コミュニティーと緊密な連携がもたれている。

(1)深海掘削計画の 3つの意義

1) 地球環境変動の研究

2) 新たな全地球ダイナミクスの構築と地震研究の画期的進歩

3) 原始生命の探求

(2)日本にとっての意義

• 固体地球科学・地球生命科学における国際的研究推進体制の牽引者となる。

•地震調査研究における画期的進歩を期待できる。

• 世界のトップレベルの研究と大きな国際貢献が比較的小さい資金負担で可能。本計画は「我が国が主導する初め

ての主要な国際共同科学プロジェクト」として海外に認識されている(SCIENCE, Vol. 271, No. 8, March 1996 p1358)。

1-2-2. 全体計画について

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1) OD21 は、2003 年に終了予定の ODP の次のフェーズとして検討されているポスト ODP 計画と統合して、新しい

国際深海掘削研究計画(IODP: Integrated Ocean Drilling Program, 仮称)へと発展する。

2) IODP 統合計画の科学活動は、世界の科学コミュニティーに広く開かれたものとして、現行 ODP の JOIDES(Joint

Oceanographic Institutions for Deep Earth Sampling)のような科学アドバイザリー組織による指針のもとで推進される。

1-2-3. 進展の年譜

平成元年(1989年)度

• 海洋科学技術センターより深海技術協会に「深海地層探査技術に関する調査」の調査委託を实施した。

平成 2 年(1990年)度

• 海洋科学技術センターにおいてプロジェクト研究

「海底深部地層サンプリングシステムの研究」(13,209 千円)を開始。深海掘削船の技術課題と開発について検討を行う。

平成 3年(1991 年)度

• 科学技術庁の深海掘削研究会が第 5 回会合において検討結果の報告書を審議。

平成 4年(1992年)度

• 都道府県会館において「深海掘削船計画シンポジウム」を開催。米国 JOI べーカー理事長の特別講演の他 10 件の講演。

平成 5年(1993年)度

• 「海洋開発審議会第 4号答申」深海掘削船の開発を含めて貢献していくことが重要であると述べた。

• 「21世紀の深海掘削計画についての国際ワークショップ」

• 平成 6年(1994年)度

• 「日米科学技術協力協定・高級委員会(閣僚級)」で米国側より本構想に関する強い関心が示された。

平成 7年(1995年)度

• 「21世紀の深海掘削計画に関する国際会議(湘南会議)」開催。

平成 8年(1996年)度

• 「ライザー技術に関する国際ワークショップ」を開催。

平成 9年(1997年)度

• CONCORD 本会議開催

1-2-4. 深海掘削船システムの開発

(1) 開発計画

ライザー掘削船の開発目標

掘削時最大稼働水深

a)ライザー掘削時 2,500m

・最終目標 4,000m

b)ライザーレス掘削時 7,000m

・海底下掘削深度 3,500m(ライザー掘削)

・ドリルパイプ長 10,000m

孔内温度

a)掘削中 400oC

b)計測中 300oC

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(2) 船体主要目(案)

全長 190m

垂線間長 172m

幅 30m

深さ 11.8m

計画満載喫水 8.8

1-2-5. OD21 関連国際会議

(1)Joint EXCOM-STA/JAMSTEC Workshop on Ocean Drilling in the 21st Century

• 開催 1994 年 2 月 3-4日 京都宝ヶ池ホテル・京都国際会議場:主催 JOIDES

(2) International Conference on Ocean Drilling in the Twenty-first Century (OD21)

•開催 1996 年 2 月 22–24 日 神奈川県・葉山・湘南国際村

(3)International Workshop on Riser Technology

•開催 1996 年 10 月 28-30日 神奈川県・横浜磯子・磯子プリンスホテル

• 主催 海洋科学技術センター・東京大学海洋研究所・JOIDES/TEDCOM•共催 科学技術庁・文部省

1) 2,500m 級/16 インチライザーシステムを搭載した掘削船が ODP フェーズ III の終了までに实現できるよう、我が国

を含む関係国、関係機関が適切に対応する。

2) 7 つのモデル掘削孔に対して、今回提案された掘削技術の適用性が議論され、深海海盆堆積物の課題のみ現行 JR

号で掘削可能であるが、その他は 2,500mライザー又は 4,000m 級泥水循環システムが不可欠である。

3) 将来の 4,000m級ライザーの開発は、今後の各技術の進捗状況を見極めつつ慎重に検討を進める。

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(4)CONference on Coordinated Ocean Riser Drilling(CONCORD)

• 開催 1997 年 7 月 22-24日 国立オリンピック記念青尐年総合センター・国際交流館

主催:海洋科学技術センター・東京大学海洋研究所・ JOIDES

•参加人員 17 国 約 150 名

(5)OD21 Forum '99 深海地球ドリリング計画フォーラム

• 開催:第 1 回(1998 年 8 月 11 日)~第 4 回(同年 11 月 5 日)

•主催:海洋科学技術センター 後援:科学技術庁、文部省、東京大学海洋研究所、日本財団 •協賛:IODP

国内連絡委員会

•レビューアー

J. Briden (Oxford 大学環境変動領域部長)

S.C.Solomon(Carnegie 研究所長)羽鳥良明 (前海洋学会長)小松正幸 (地質学会長)

門田 元 (前微生物生態学会長)石 弘光 (一橋大学教授)

(6)Fifth Performance Evaluation of the Ocean rilling Program(PEC-V)

• 開催: 第 1 回(1999 年 4月 16/17 日)~第 8 回(同年 7 月

12/14日)

• 場所:JOI 本部, TAMU, Texas, Seattle, Vancouver, •主催:NSF

(7)COMPLEX(Conference on Multiple Platform Exploration of the Ocean)

開催 1999年 5月 25-29 日 カナダ、バンクーバー、 British Columbia 大学

•主催: JOI および米国科学財団

•参加人員 約 350 名

主として以下の問題について検討が行われ、報告が行われた。

1) 地球深部生物圏 Deep Biosphere

2) 固体炭化水素 Gas Hydrate

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3) 知られざる大海・北極海域

4) 地球環境変動のカラクリ

5) 固体地球サイクルと地震発生帯

6) コアとマントルの動態

7) 海洋生物圏

8) 破局的変動

9) 技術

( 8)APLACON ( An International Conference aimed at integrating Alternate Platforms ( Mission

Specific Platforms) as part of the Integrated Ocean Drilling Program

•開催 1999 年 5 月 10-12 日、ポルトガル・リスボン。

•主催 欧州科学財団

(The European Science Foundation: ESF)、欧州委員会欧州海洋掘削計画(EC-project Joint

European Ocean Drilling Initiative: JEODI)。

•目的

この会合は IODP に向けて長期プランを設定するための CONCORD(ライザー掘削船会合、日本、1997 年)

と COMPLEX(多目的掘削プラットフォーム、北米、 1999 年)の両国際会議を受けて開催される欧州主催の

参考文献

Joint EXCOM-STA/JAMSTEC Workshop on Ocean

Drilling in the 21st Century, JAMSTEC, 1994.

International Conference on Ocean Drilling in the Twenty-first Century (OD21), 海洋科学技術センター・日本財

団, 1996.

International Workshop on Riser Technology, JAMSTEC, 1996.

Conference on Cooperative Ocean Riser Drilling (CONCORD), JAMSTEC, ORI and JOIDES, 1997.

OD21 Forum ’99 深海地球ドリリング計画フォーラム(予稿集), 日本財団, 1999.

Fifth Performance Evaluation of the Ocean Drilling Program(PEC-V), Joint Oceanographic Institutions, 1999.

COMPLEX: Conference on Multiple Platform

Exploration of the Ocean, Vancouver, British Columbioa, Iohanna Adams Design and Production, May 1999.

APLACON: An International Conference aimed at integrating Alternate Platforms(Mission Specific Platforms) as

part of the Integrated Ocean Drilling Program, Joint

European Ocean Drilling Initiative, 2001

北極海 Lomonosov 海嶺掘削成果:

publications.iodp.org/preliminary_report/302/302PR.PDF

補足 : IODP 開始の 2003 年以前に開催された

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DSDP/IPOD/ODP に関係する主たる計画立案国際会合報告一覧(一部重複)。これらの資料はインターネット経

由で PDF 記録にアクセスできる。

COSOD I: Conference on Scientific Ocean Drilling (1981).

COSOD II: Conference on Scientific Ocean Drilling (1987).

ODP Long Range Plan (1990).

COMPOST I (1993).

ODP Long Range Plan (1996). CONCORD: Conference on Cooperative Ocean Riser Drilling (1997).

COMPOST II: A New Vision For Scientific Ocean Drilling (1998).

COMPLEX: Multiple Platform Exploration Conference on of the Ocean (1999).

APLACON: Alternate Platforms Conference: Summary (2001).

IODP Initial Science Plan: Earth, Oceans and Life

(2001)

2. 平成 3年度には平成 2 年度の続きとして「海底深部地層サンプリングシステム調査解析」が行われ、

当時の世界的な技術レベルを俯瞰しつつ、また科学掘削船として全盛期にある ODP の JOIDES Resolution

号(以下 JR 号と略称する)を参考にしながら、地球科学者の夢であるモホロビチッチ不連続面貫通(モ

ホ面貫通)=マントル到達を实現するための手段としてのライザー掘削機能を搭載した新鋭科学掘削船概

略が提示された。

2-1. 主要技術の検討状況

2-1-1. ライザーシステム

そこで調査研究と並行して、平成 2年から 6 年にかけてライザーシステムをはじめとする海外サブシー

機器メーカーの訪問調査を行った。

2-1-2. ライザーパイプ既存技術による水深限界が 2,000m前後にあることを改めて認識するとともに、大

胆なコンセプト変更はせずに現状技術の延長戦でブレークスルーを図ったとして、可能性の見える水深限

界は 3,000m 付近にありそうなこと、さらに 4,000m 級の大水深での掘削を实現するには全く新しいコンセ

プトの開発も含めて、鋼以上に比強度の高い材料の採用、安全なハンドリング方法とそのための装置、掘

削孔コントロール方法との関連等総合的に検討しつつ画期的なブレークスルーを必要とするであろうこと

が判明した。

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2-1-3. ライザーハンドリング

ライザーハンドリング作業に必要な主な装置、機能がある。

2-1-4. サブシーシステム(海底下の装置)

2-1-5. 船上掘削システム

2-1-6. 船体システム

2-1-7. 自動船位保持システム(DPS)

2-2. 建造に際しての基本姿勢

日本は船舶の建造量という観点からは世界で 1~2 位を争う造船大国であることは確かであるが、掘削船は

1980年代まではかなり建造していた。しかし掘削船全体の基本計画・基本設計の経験・实績は乏しい。

2-2-1. 国産自動船位保持機能の導入

DPS は 2 種類以上の異なる原理に基づく位置把握機能を有することが求められている。

2-2-2. 国産主機関(日の丸エンジン)の導入

小型中速機関(ADD= Advanced Diesel engine Development)。同じ馬力の同種機関と比較するとかなり小型で

あり、しかも静かで、メンテナンスの機械化・省力化が図られている。

(1)ADDの特徴

セラミックス溶射皮膜の採用及び前出 1弁式給排気システムの開発等により、従来機関に比べて主に以下

の特徴を備えている。

1) 高出力

2) 軽量・コンパクト

3) 窒素酸化物対応: IMO の窒素酸化物第一次規制値をクリアーするなど環境面で優れている。

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(2) 「ちきゅう」の ADD エンジン

「ちきゅう」の基本設計時に、上記 ADD エンジンの開発、製造、稼動实績を踏まえ、主発電用エンジン及

び補助発電用エンジンとして採用が決定された。

科学掘削船は長期間洋上にとどまって掘削作業ならびに研究活動を行う。JR号では普通の航海では出航後

次の入港まで 2 ヶ月間洋上にいる。このために船内での居住環境には業務に支障が出ないよう十分配慮して

おく必要がある。本船では勤務形態に関する種々のシミュレーションを踏まえて、本船は掘削地点におおむ

ね 6 ヶ月はとどまるとして、乗員は適宜 4 週間ピッチで交代していくこととした(2 週間で半数交代)。

3. 「ちきゅう」建造基本プラン(建造仕様書)

3-1. 補給計画と最大搭乗人員。

人員の交代が 2 週間ピッチであることから、補給計画も 2 週間ピッチを選んでいる。ベッドを備えた旅実

船資格が要求される。

3-2. ヘリコプターデッキ

脱出の際も火元となる可能性が最も高いやぐら付近を経由せずに最短で逃避できるという理由で船首に設

ける。

3-3. 推進機構

1990年代末に登場した大型掘削船はほとんどがアジマススラスターを装備して

いる(アジマス=方位。船底に突き出したスラスターの向き=方位を任意の方向

にすばやく変更できる方式)。

3-4. 居室天井高さ

天井高 2,400mm、 ベッド長 2,100mm。

3-5. 許容雑音レベル

2 直 12時間連続勤務であるので、居室内は空室かあるいは就寝中であることが多

い。

パイプ 収納区画

ライザー 収納区画

パイプ 収納区画

ドリルフロアー

パイプ 収納区画 中間 モジュール

機関室 ムーン プール

操舵室・ 居住区画

廃棄物倉庫区画

泥水材料・調整区画

前部補機室

ヘリコプターデッキ

研究区画

泥水 タンク 区画

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3-6. 主要掘削装置およびサブシー装置

これらの機器は大半が米国で作られているかあるいは米国が基準となっているものである。

3-6-1. 掘削地点の選定

科学掘削の場合はデータを携えて、その地点を掘削する科学的意味合いがどれくらい重要であるかを IODP

事務局に申請し、そこで十分意義があると認められることが必要である。

3-6-2. 事前調査

实際に掘削する場合は、長期間その場所に掘削船を固定する。当該海域で連続稼働日数がどれくらい確保

できるかも重要な因子であり、過去十年くらいの気象・海象データ解析から評価される。掘削が開始される

まで数年はかかる。

3-6-3. 掘削

掘った孔を安定に保つか、すでに掘った孔が恒久的に崩れない安定な孔にすることが重要である。

(1)裸孔の安定

地層にはさまざまな力がかかっており、ここに孔を開けることでこの力の場が変化し、孔を押しつぶそう

とする力が発生する。

1)ライザー・泥水循環手法の導入

石油業界で普通に用いられているライザー掘削という手法。むしろ泥水循環手法と言う方が形態を正確に

表している。水に粘土質のベントナイト(Bentonite)を溶かした泥水(「でいすい」と読む)をドリルパイプ

の上端から注入して裸の壁を押すことにより、この比重に伴う大きな圧力(泥柱圧:でいちゅうあつ)で地

層圧とバランスさせ、孔を安定化させる

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2)防噴装置の導入

このようにライザーは孔の底で油やガスが孔の中に侵入するとそのまま船の上まで上がってくることを意味

し、一気に爆発・炎上・沈没の危険を防ぐための安全装置が防噴装置(BOP: Blow out Preventer)である。

(2)恒久的安定孔

恒久的に安定な孔とするために、シールド工法:孔に鋼管を挿入して孔と鋼管の隙間をセメントで固める

方式が用いられる。この挿入される鋼管がケーシングと呼ばれる。

1)ピストンコアリング・APC/HPCS ならびに

XCBの活用

科学掘削船が現地に到着してまず海底の確認である。そして引き続いてピストン式のコアリング(地層の

柱状試料採取)が行われる。

地層は自らの重みで深くなるにつれて圧縮され(圧密という)、硬くなって、上記のような弾丸打ち込みで

は地層試料を飲み込めなくなると掘削刃の回転で掘り進む。地層が堅く締まってくると、掘削場所を尐し変

えて、海水を送り込んだままドリルパイプと掘削刃のみでコアリングしながら掘る。

2)孔口装置の設置

上記の掘り方が使えなくなったところで、場所を多尐ずらして本井戸の掘削である。ドリルパイプに掘削刃

をつけて海水を送り込みながら掘削し、尐し細めの鋼管を挿入して外周をセメントで固めて固定する

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3)ロータリーコアリング

以後はライザーと BOP を孔口装置に接続し、泥水循

環の下でドリルパイプならびに掘削刃を回転させて掘削

しながら地層のコアを採取していく工程に移る。

4)ケーシング設置

この形で所定の長さ(深さ)をコアリングしながら掘り進むと、一旦中止し、今度は次のケーシングパイプ

挿入のために大きな直径の掘削刃で掘りなおして孔の直径を広げる。そしてライザーの中を通してケーシング

パイプが挿入され、セメントで固定される。そして坑口装置のところでその上端部が固定される。

セメントが固まれば、ケーシングを設置したこの部分は恒久的に安定な孔になる。

3-6-4. 循環泥水の流れ

泥水循環手法で掘削を進めると、戻ってくる泥水には大量の削り屑も一緒に上がってくる。この削り屑に

は大きな岩のかけらもあれば砂や微粒子、それにガスも含まれている。これらは地層の状況を示す貴重な指

標ではあるが、指標としてはほんのわずかあれば良く、ほぼ全量が不用物であり、循環泥水から排出しなけ

ればならない。

3-6-6. セメンティング

セメントも粉体輸送で補給船からホースで船内のタンクに送り込まれる。

3-6-7. 廃泥水処理システム

削り屑についてはカッティングスシュートから真空で吸引されて固化ミキサーに運ばれ、ここでセメント

粉と混ざってセメント皮膜の微粒となる。

ライザーパイプの移送

ライザーラックに収納されているライザーパイプは、船尾側にあるデッキクレーンの腕の先端にライザー

パイプ両端を把持する専用の治具を取り付けてライザーラックから吊りだされる。この治具には回転機構も

設けてあり、取り出したライザーパイプを船首尾方向に軸合わせをして船尾側のパイプトランスファーシス

テムに乗せる。その上でこのパイプトランスファーシステムは井戸芯付近まで移動する。

(1) スタンドパイプの組み立て

パイプトランスファーシステムによってドリルフロアーに運び込まれたパイプは、ドリルフロアー上に直

立するパイプラッキングマシンから出ている 3本の腕の 1 本で端部をつかまれ、吊りあげられる。

(5)ガイドレール、ドーリー、トラベリングブロック、パワースイベル

トラベリングブロック(動滑車装置)の下には、掘削中はパワースイベルと呼ばれるドリルパイプを回転さ

せるモーターが吊り下げられる。このパワースイベルも専用の台車に乗り、ガイドレール上を走行する。

(6)ライザーの展張

BOP が井戸芯真下の位置に来ると、ライザーが上から BOP に接続される。 BOP ライザーに沿って張り渡さ

れていく。

(8)ガイドホーンの設置

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ドリルストリングには下端にドリルカラーと呼ばれる厚肉の重いパイプを取り付け、ここに掘削刃やコア

バレル、上下動吸収のバンパーサブなどのさまざまな仕掛けが設けられる。

ドリルストリング上端には強い引っ張り荷重がかかっているが、ドリルフロアー下に大きな曲率半径を有す

るラッパ状のガイドホーンが設けられる。船の傾斜に際してドリルストリングはこのガイドホーンの壁面に沿

って曲り、無理な力が発生しない。

(9)コアの扱い(研究室に行く前まで)

地層試料であるコアは、ドリルストリング最下端に装備されたコアバレルに飲み込まれる。このコアバレ

ルを回収するためのワイヤーラインが投入される。ウィンチでこのワイヤーラインを巻き取り、コアバレル

の上端がドリルフロアーでコアバレルはドリルパイプから抜き取られ、ドリルフロアー上の所定位置に下ろ

される。回収されたコアバレルはドリルフロアー上でコアを飲み込んでいるインナーバレルを抜き出し、こ

のインナーバレルが台車にのって研究区画の上にあるコアカッティングエリアに持ち込まれる。そしてここ

で番号付け等が行われた上で、長さ 1.5mの短いコアに切断され、研究区画に運ばれる。

(10)ドリラーズハウスと掘削チェア

ドリルフロアーでは上記のようにさまざまな作業が行われるが、操作員によって操作される。ドリラーズ

ハウスは前面・側面、ならびに天井もガラス張りであり、ドリルフロアー上の作業状況が一目で見渡せるよ

うな配置になっている。また、あってはならないことであるが時として金属塊が飛び跳ねたり上から落下し

てきたりする。ドリラーズハウスはこの対策として丈夫な鉄格子でも覆われており、またガラスそのものも

極めて丈夫な強化ガラスでできている。「ちきゅう」はこれらのもろもろの新しい技術を満載して建造されて

いる。

4. 建造予算の確保

1989年度に山下前海洋科学技術センター会長、稲葉会長が科学技術庁長官に「深海掘削船」開発の必要性

の説明を行い、海洋科学技術センターより深海技術協会に「深海地層探査技術に関する調査」の委託を行っ

た。

「ちきゅう」建造の予算は主として債務負担行為の枠内で企画されたが、これは、まだ海洋科学技術センタ

ーの身の丈程の予算ではこれほどの大仕事はできないと財政当局が認識していることの表明である。非常に

入り組んだ仕組みの予算配分となっている。建造が完了したのは平成 19年度(2007年度)である。