南米の優等生 チリ -...

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南米の優等生 チリ 山下 正人 7 月のコパ・アメリカで初優勝をとげた地球の裏側に位置する南米の新興国、チリへ は空路で約 30 時間を要する。日本からの直行便はなく、北米、豪州などで乗り継ぐ必 要があるが、どこを経由しても時間的には変わらない。 チリは南北に長い特徴的な国土をもつ。そ の長さは約 4,300Km にもなり、東京からシン ガポールまでとほぼ同距離である。また、東 西の幅はアンデス山脈から太平洋岸まで平 均 175Kmであり、世界一細長い国土となって いる。 全人口は約 1,702 万人と日本の約 1/6、 国土面積は 75.7 万平方 Km で日本の約 2 倍だが、地形が起伏に満ちており平地の占 める割合は約 20%、また 2,000 以上の火山が 存在し、その内 50%が活火山である。 南北に長い国であるため、気候もエリアによって多様である。北部は砂漠地帯で年 間降水量はほぼゼロ、年平均気温も16℃以上、中部は比較的過ごしやすく年平均気 温は 12-18℃、農林業に適した気候、南部は年に 200 日以上は降雨があり降水量が 非常に多いが、気温は最低 7℃、最高 23℃、南緯 50°以南は亜寒帯地帯にしては 比較的温暖で乾燥しており最高気温 12℃位までは上昇する。最南端部は氷河地域 であり人類が生活するには困難な環境である国の周囲をアンデス山脈、アタ カマ砂漠、太平洋に囲まれている ため、島国的一面を持ち、他の南 米諸国と比較してチリ人は楽天的 気質が薄く堅実であると言われて いる。他の南米諸国に比べると、 教育水準が高く(チリの識字率 96.5%)、女性の社会進出も進んで おり、労働規律や契約履行に対す る意識も高い。 チリの公用語はスペイン語である。チリもブラジルを除く南米諸国同様に 16 世紀以降スペインの植民地だったが、19 世紀に独立。大統領制による専制 的 統 治 、議 会 制 主 導 政 治 、社 会 主 義 政 権 、軍 事 独 裁 体 制 と 政 治 体 制 は 変 化 し て 首都 サンティアゴの高層ビル群 出所:外務省 HP

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  • 南米の優等生 チリ山下 正人

    7 月のコパ・アメリカで初優勝をとげた地球の裏側に位置する南米の新興国、チリへ

    は空路で約 30 時間を要する。日本からの直行便はなく、北米、豪州などで乗り継ぐ必

    要があるが、どこを経由しても時間的には変わらない。

    チリは南北に長い特徴的な国土をもつ。そ

    の長さは約 4,300Km にもなり、東京からシン

    ガポールまでとほぼ同距離である。また、東

    西の幅はアンデス山脈から太平洋岸まで平

    均 175Kmであり、世界一細長い国土となって

    いる。

    全人口は約 1,702 万人と日本の約 1/6、

    国土面積は 75.7 万平方 Km で日本の約 2

    倍だが、地形が起伏に満ちており平地の占

    める割合は約 20%、また 2,000 以上の火山が

    存在し、その内 50%が活火山である。

    南北に長い国であるため、気候もエリアによって多様である。北部は砂漠地帯で年

    間降水量はほぼゼロ、年平均気温も 16℃以上、中部は比較的過ごしやすく年平均気

    温は 12-18℃、農林業に適した気候、南部は年に 200 日以上は降雨があり降水量が

    非常に多いが、気温は最低 7℃、最高 23℃、南緯 50°以南は亜寒帯地帯にしては

    比較的温暖で乾燥しており最高気温 12℃位までは上昇する。最南端部は氷河地域

    であり人類が生活するには困難な環境である。

    国の周囲をアンデス山脈、アタ

    カマ砂漠、太平洋に囲まれている

    ため、島国的一面を持ち、他の南

    米諸国と比較してチリ人は楽天的

    気質が薄く堅実であると言われて

    いる。他の南米諸国に比べると、

    教育水準が高く(チリの識字率

    96.5%)、女性の社会進出も進んで

    おり、労働規律や契約履行に対す

    る意識も高い。

    チリの公用語はスペイン語である。チリもブラジルを除く南米諸国同様に

    16 世紀以降スペインの植民地だったが、19 世紀に独立。大統領制による専制

    的統治、議会制主導政治、社会主義政権、軍事独裁体制と政治体制は変化して

    首都 サンティアゴの高層ビル群

    出所 :外務省 HP

  • きたが、1990 年に民主的な文民政治へ移管後、様々な経済政策と貧困対策で

    成果をあげ、堅実な経済成長率を維持している。2014 年の国民一人当たりの

    GDP は 14,477USD となっており、南米でも上位に位置している。

    南米で最も経済が健全で安定していると言われるチリは、南米の中でも自由

    化・開放化志向の強い経済政策をとってきた。主なものは、APEC、OECD 加盟、

    メルコスール準加盟に加え、世界 50カ国以上と締結している FTA、EPAである。

    また、経済活動はほとんど輸出によって成り立っており、それを支えるものは、

    北部の世界産出量 1 位の銅をはじめとした豊富な鉱山資源、中部の農林資源、

    90 年以降産業として発展した南部でのサーモン(サケ・マス)養殖産業であ

    る。銅鉱山開発については世界各国の巨大資本がこぞって投資しており、銅を主

    体とした鉱山資源はチリの輸出の根幹を担っている。

    チリは農水産物にも恵まれている。近年、日本においても手ごろな価格で人気

    のワインや、回転寿司の人気メニューとなっているサーモンも主要な輸出品目で

    ある。

    チリワインの歴史は 16 世紀のスペイン植民地時

    代に遡る。キリスト教のミサに不可欠なものとして

    宣教師によって苗木が持ち込まれたのがはじまりと

    言われている。アンデス山脈によって隔絶された地

    形により病虫害の被害を受けにくく、気候風土もぶ

    どうの生育に適したものだった。19 世紀にはフラン

    ス系のカベルネ・スーヴィリオンやメルローといっ

    た品種が拡大。その中でも、ボルドー由来だが本場

    ボルドーを含むヨーロッパでは 19 世紀にフィロキセラという害虫により絶滅し

    た品種であり、現在ではチリでしか栽培されていないとされる「カルメネール」

    という品種が筆者一押しの赤ワインである。日本にも多く輸入されているので、

    機会あれば是非トライされることをお勧めする。

    また、サーモンの養殖事業は南

    部チリの主要産業となっている。

    もともと、チリにはサーモンが存

    在しなかった。この事業は南部チ

    リの産業開発を目的とした 1970

    年代からの日本の国際協力事業団

    (現在の JICA)の ODA によって始

    まった。そして 80 年代後半からお

    よそ 20 年間に南部 10 州及び 11 州でサケ・マス類の養殖が急速に拡大した。現在

    では、チリのサーモン(サケ・マス)生産量は年間 80 万トン超となっており、北

    チリ南部チロエ島の海岸

  • 欧ノルウェーについで世界第 2 位の規模となっている。

    このように、細長い国土に多様な産業を擁して、チリは堅実な成長をとげてき

    た。国内のサービス産業も人口 1,700 万人の市場に甘んじることなく、積極的に

    国外へ進出している。流通業の「Cencosud(センコスッド)」は南米各国へ進出し

    ており、グループ 1,170 店舗の内、7 割近くがチリ国外にある。また、チリ最大

    手の航空会社であるLAN航空も 2012 年にブラジル最大手のTAM航空を傘下

    に収め、南米最大の航空会社となっている。銅を主体とした資源産業にとどまら

    ず、南米各地で事業展開するサービス業においてもチリ企業が強みをもっている

    と言えよう。

    チリと拘わってから早 10 年であるが、この間もこの国はかなりの成長を遂げて

    きた。これからの 10 年、この国がどのように発展していくか目が離せない。

    以上