社会政策,社会保障と社会福祉の課題 - bukkyo...

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社会政策,社会保障 と社会福祉の課題 生活論からみた社会福祉政策研究の視点について 1.研 究 の基本 的 方 向 2.社 会 政 策 と社 会 福祉(政 策)の 位 置 づ けの系 譜 3.社 会 政 策,社 会 福 祉論 にお け る社 会 問題 の検 討 ~孝橋理論における 「社会的諸問題」の批判的検討~ 〔1〕孝橋理論 の構成 〔2〕剰 余 価値 の獲 得 と労働 過 程 〔3〕 「社会的諸 問題」規定 にお ける 《経路》《影響》《序列》 〔4〕生 産 力 的視 点 と社 会政 策 の 必 然性 の理 解 〔5〕孝橋理論における 「社会的問題 」規定の限界 4.生 活 の社 会 化 の展 開 と社 会 保 障 ・社会 福 祉 5.自 助 ・自立 の 前提 条 件 と して の社 会保 障 ・社会 福 祉 6.今 後の研究課題 1.研 究 の 基 本 的 方 向 今 日,福 祉 政 策(社 会 保 障,社 会 福 祉 を含 む もの とす る)の 動 向 は,国 民 生 活 の安 定 的 基 盤 の形 成 に直 接 か か わ る 問題 と して,重 大 な関 心 を も っ て な が め られ て い る。 い わ ゆ る福 祉 問 題 は特 定 の 人 々 の 問題 と して で は な く,国 民 諸 階 層 の 間 に共 通 す る社 会 問題 と して拡 大 して い る。 と くに 高 齢 期 の介 護 や健 康 不 安,孤 立, 生 活 不 安 な ど高 齢 者 問題 につ い て は,そ れ が どの 人 々 に とっ て も いず れ 直 面 す 一82一

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社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

生活論からみた社会福祉政策研究の視点について

岡 崎 祐 司

目 次

1.研 究 の基本的方向

2.社 会政策 と社会福祉(政 策)の 位置づ けの系譜

3.社 会政策,社 会福祉論 における社会問題 の検討

~孝橋理論 における 「社会的諸 問題」の批判的検討~

〔1〕孝橋理論 の構成

〔2〕剰余価値 の獲得 と労働過程

〔3〕 「社会的諸 問題」規定 にお ける 《経路》《影響》《序列》

〔4〕生産力的視 点 と社会政策の必然性 の理解

〔5〕孝橋理論における 「社会的問題 」規定の限界

4.生 活 の社会化の展 開と社会保障 ・社会福祉

5.自 助 ・自立の前提条件 としての社会保 障 ・社会福祉

6.今 後の研究課題

1.研 究 の基本的方向

今 日,福 祉政策(社 会保障,社 会福祉 を含むもの とする)の 動向は,国 民生

活の安定的基盤の形成に直接かかわる問題 として,重 大な関心をもってながめ

られている。

いわゆる福祉問題は特定の人々の問題 としてではなく,国 民諸階層の間に共

通する社会問題 として拡大 している。とくに高齢期の介護や健康不安,孤 立,

生活不安など高齢者問題 については,そ れがどの人々にとってもいずれ直面す

一82一

社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

る共通 したライフサイクル上の生活課題 としてとらえられ,ま た現実に高齢者

の介護や生活不安の問題 に直面 している人々にとっては,い ま緊急に援助 と解

決を要す る切実な問題 となっている。高齢者問題だけでな く,保 育問題,児 童

問題,障 害児者問題な どほかの福祉問題 についても事情 は同じである。

したが って こうした問題に対応する福祉政策のあり方 は,国 民生活の安定を

考 える上で,中 心の位置を占めているといっても過言ではない。

ところでいま社会福祉,社 会保障は大 きな転換期を迎 えている。 とくに社会

福祉においては,「富裕化社会」におけるニーズの多様化の認識を基礎に,公

的責任の解除 と民営化をはか り,サ ービス供給主体の自由競争の展開を図る方

向へ政策転換がお こなわれている。 この政策転換を支 える 「社会福祉改革」論

といわれ る議論の進め方には,戦 後の社会福祉制度の枠組みが今 日の社会変動

に対応 していない点を強調 し,制 度的問題点 とともに戦後の社会福祉の発展の

成果や原則 も一緒に 「総決算」しようという特徴がみられる。それは,一 見社

会変化 に合致しているかのように装われているが,し か し歴史的な社会進歩の

流れに合致する方向とはお もわれない。

いま社会福祉の 「普遍化」 としてすすめられている政策動向は,公 的責任の

解除 と自由化のもとでのそれであ り,現 実にはごく限定された公的福祉 とそれ

とはべつに費用負担をともなって選択されるサービスという二重構造の成立 に

ほかならない。「普遍化」 されているの は後者の方で,前 者よ りは 「限定化」

されてい く方向が とられている。

社会福祉の普遍化や社会保障の拡充はどのような方向をとるべ きなのか。そ

のことを明確 にするには,現 代社会における国民生活の分析を基礎に,社 会保

障 ・社会福祉の公共性 ・権利性が明 らかにされなければな らない。つまり国民

生活にとって社会保障 ・社会福祉は自由化 されるのではなく,よ り公共化され

るべきであることが明らかにされなければならないのである。そのためには,

戦後社会福祉研究の 「総決算」で はな く,そ れを批判的に克服する理論的作業

が不可欠 となる。

そこで,こ れまでの社会福祉政策研究なかで も大河内一男氏 と孝橋正一氏の

社会福祉(社 会事業)理 論を批判的に検討 し,さ らに 「生活の社会化」論から

一83一

佛教大學大學院研究紀要第20號

みた社会保障 ・社会福祉の位置づけについて明 らかにし,今 後の研究の端緒 と

したい というのが小論 のねらいである。

2.社 会政策 と社会福祉(政 策)の 位置づ けの系譜

社会福祉の政策的な位置づけを探る際に問題 にされてきたのは,社 会福祉

(社会事業)と 他の公共施策 との関係,と くに社会政策 と社会福祉(社 会事

業)と の関係についてであった。すなわち資本主義社会 における社会問題の中

で労働問題にたいしては社会政策が対応するとするならば,社 会福祉(社 会事

業)は どのような問題 を対象としているのか,そ してどのような主体がどのよ

うな目的をもって営んでいるのかが問われてきたのである。

憲法の中に生存権が もりこまれ,権 利 としての社会福祉が明確化する戦後に

なって社会福祉研究 は本格的に取 り組 まれるようになるが,社 会福祉の政策的

な位置づけは戦前 における社会政策論の場で検討 され,さ らに戦後になってそ

の影響が社会福祉政策論 として引 き継がれていったことは周知のとお りである。

より具体的にいうな らば,戦 前においては大河内一男氏の社会事業の規定,戦

後においては孝橋正一氏の規定(孝 橋理論)を 基軸 として研究が展開されたの

である1)。

まず大河内一男氏の社会事業 についての規定か らふれておきたい。大河内氏

は戦時統制経済のなかでの社会事業の位置や機能について検討するとした論文,

『我国に於 ける社会事業 の現在及び将来 一 社会事業 と社会政策 の関係 を中心

として一』2)(1938年)を 著 し,社 会政策 と社会事業の対象の相違を明 らかに

し,社 会事業の社会政策への 「補強」を論 じた。

大河内氏 の社会政策理論 は,社 会政策の本質を社会から離れて超越的理念的

に根拠づけようとした道義論的立場や,政 治論的立場 を批判的に克服 し,資 本

主義社会 における経済的必然性 の観点からその成立 を解明しようとした もので

ある。例えば,「 社会的自由」 という理念 を用いて社会的理念の沈殿物 として

社会政策 を論 じたハイマ ンに対する批判論文 『社会政策の形而上学』(1937

年)3)のなかでは,「社会政策 を資本制経済の機構からで はな く,歴 史一般の理

.,

社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

念から導 き出そうとするところに,彼 の社会政策論が 厂理論」ではな くして一

種の形而上学だと言はれる理由が存在 している。」4)とハイマンを特徴づけなが

ら,自 身 は 「社会政策の経済的必然性 は 「労働力」の継続的再生産に対する合

理的配慮 として,労 働者保護,厳 密には 「労働力」保全 として現はる。」5)と規

定 した。

戦後 の名著 『社会政策(総 論)』 において も,社 会政策 は 厂資本制産業の存

立にとって不可欠の生産要素である 厂労働力」 を保全獲得するための総資本 と

しての必要に根ざす政策の体系だと考 え,ま たそれに応 じて,社 会政策の主体

を,個 別 資本に対する総体 としての資本,ま たその意志の執行人 としての近代

国家」6)としてお り,総 体 としての資本 による 「生産政策」あるいは 「労働政

策」 と同義 に社会政策をおいている。

大河内理論では生産要素 として労働力が とりあげられ,資 本主義社会におい

ては個々の資本 は利潤の獲得 をめざして労働力の 厂濫用」 と 厂喰潰し」を無秩

序に行 うが,そ れはやがて国民経済全体からみると労働力の供給 を不可能にし,

産業全体 としての労働力の再生産を阻害することになるので,総 体 としての資

本=社 会 的総資本が長期的かつ安定的に労働力の供給 を保証できるよう,つ ま

り長期的な労働力再生産確保の立場から 「労働力の保全」をはかるところに社

会政策の本質があるととらえたのである。 ここで は個別資本 と総資本が労働力

の充用の点で対立するものとされ,後 者 は労働力の充用については合理的精神

の代表者 であり,さ らに国家 は総資本の利益 とその合理的精神の代表者 として

の性格を もつのであるとされたのである。

こうした社会政策の規定を前提 に,大 河内氏は社会事業の対象を論 じている。

すなわち,社 会政策 も社会事業 もともに要救護性を課題 としているが,前 者は

生産者 としての資格からそれをとりあげるが,後 者 はそれ以外の資格からとり

あげる。つまり 厂社会政策の対象としての生産者たる資格 を永久的にな り一時

的にな り喪失し,斯 くして国民経済的連係から切断されて在 ることが同時に社

会事業 の対象 としての要救護性を創 りだす」7)のであ り,連 係が断たれたとい

うことは 「社会的分業の一環たることを止めた場合に於 ける経済的,保 健的,

道徳的,教 育的等の要救護性であり,こ の意味でそれは資本制経済の再生産の

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機構 か ら一応脱落 した謂わば経済秩序外的存在」8)であり,そ れが社会事業の

対象であるとしたのである。

こうした対象の区分だけではなく,さ らに社会政策 と社会事業 との関係につ

いてふれ,「社会事業は社会政策 の周辺 に働 き,社 会政策の以前 と以後 とにそ

の場所 を持つ」9)とし,例 えば社会事業が産業予備軍の救済を行 うことで現役

労働者の労働条件の引 き下 げを防 ぐという効果への期待,経 済秩序外的存在の

一部の人々を経済的存在 にしてい くこと,ま た要救護性の予防などの活動 を取

り上げ,社 会政策への 「補強」 としての役割をもつ ことを論 じている。

このように生産力説的社会政策論 においては,社 会問題の中心はあ くまで生

産要素 としての 「労働力」の保全 にかかわる問題であり,し たがって生産要素

にかかわっているかどうかがその問題 の社会的影響を決めることになる。そこ

か ら社会政策 と社会事業の対象の相違が区別 され,労 働力の保全に対 しての効

果の点から社会事業の政策的位置づけがなされていく,と いう論理になってい

る。当時の社会事業の発展段階,時 代状況などの歴史的制約を前提にしなけれ

ばならないが,そ こに 「社会政策を資本による 『労働力保全』政策 ととらえる

『生産力説』的な社会政策論か ら直接 に導かれた社会事業論の 「理論的限

界」10)をみないわけにはいかない。

3.社 会政策,社 会福祉論 における社会問題 の検討

~孝橋理論 における 「社会的諸問題」の批判的検討~

〔1〕孝橋理論の構成

戦後 の社会福祉研究においてこうした社会政策論か らの社会福祉の規定の成

果 を受け継 ぎ,深 めようとしたのがいわゆる 「政策論」 といわれる立場である。

それはそのまま 「孝橋理論」を指 していたといっても,決 しておおげさとはい

えないだろう。厂孝橋氏の問題意識が体制内的な技術生産主義的理論体系への

厳 しい批判精神 に支 えられたものであった」11)とい う評価にみられ るように,

歴史的 ・社会的規定の欠けた社会福祉理論の誤 りを批判,克 服するうえでその

歴史的役割には大 きなものがあった。戦後の理論状況のなかで孝橋理論 は社会

:・

社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

福祉の代表的理論のひとつであ り,社 会科学的研究 として理論構築がなされた

のである。

しか し優れた理論的道標ほど後発の研究 にとって批判的に克服すべ き課題を

多 く含む ものであ り,孝 橋理論の学問的意義を再確認することと,そ の理論的

問題点 を指摘することは決 して矛盾する態度 ではない。孝橋理論の問題点は

「資本の論理」的性格,生 産力主義的視点,運 動=階 級闘争視点の欠如 として

批判 され てきた12)。もとよりここでは孝橋理論の全面的検討が課題ではないの

で,現 代 の社会福祉の基本的性格を探ってい くとい う立場から社会的諸問題の

規定に絞 って,検 討をしてお きたい13)。

まず孝橋氏 は社会事業(社 会福祉)に ついて次のような定義を与えている。

厂社 会事業 とは,資 本主義制度の構造的必然の所産である社会的問題にむ

けられた合目的 ・補充的な公 ・私の社会的方策施設の総称であって,そ の本

質の現象的表現 は,労 働者=国 民大衆における社会的必要の欠乏(社 会的障

害)状 態に対応する精神的 ・物質的な救済,保 護および福祉の増進 を,一 定

の社会的手段を通 じて,紺 織的に行うところに存する。」14)

孝橋理論では,「社会的諸問題の構造的分析」(対 象規定)と それに対応す る

社会政策 の限界性 と社会福祉政策の補完 ・代替性の関連づけがその理論的核心

である とされている15)。社会的諸問題は理論的には 「社会問題」e労 働問題 と

「社会的問題」=社 会病理問題,社 会福祉問題か ら構成 され,前 者は 「資本主

義制度の構造的特質か ら,基 本的 ・直接的」'6)にもた らされる社会的困難であ

り,後 者 は社会問題に 厂重ねて,あ るいはそれに関連 してまたはそのことの結

果 として,関 係的に派生 してきて,そ れが社会的人間の典型 としての労働者

(=国 民 大衆)に その担い手 を見い出す ところの,第 二次的な社会的困難」17)

とされている。 この表現 はやや明瞭さに欠 けてお り,読 むほうの誤解をうける

かもしれ ないが,社 会問題 は社会の基礎的 ・本質的課題,社 会的問題 は社会 に

おける関係的 ・派生的課題であるとしている18)。そして社会政策の対象は社会

問題,社 会事業の対象 は社会的問題 とし,社 会事業 は社会政策 を補充 ・代替す

るものとしている。つまり大河内理論で対象が社会層で分けられたのを,孝 橋

理論においては課題の性質の違いか ら対象規定をおこなったのである。

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佛教大學大學院研究紀要第20號

〔2〕剰余価値の獲得 と労働過程

孝橋理論 の対象規定の根拠 は 「賃労働の再生産機構」に求められてお り,直

接的 ・基本的,関 係的 ・派生的の規定 は労働過程 と労働力の再生産過程=生 活

過程 との違 いと関連づけにかかわっているとされている19)。

そこで孝橋理論の検討に入 る前に,資 本主義的生産関係のもとでの労働 と生

活のあり方についてふまえてお く必要があろう。生産手段の所有者 に労働力 を

商品 として販売する賃労働者 の生活過程 は(広 義)は,労 働過程 と(消 費)生

活過程からなる。資本主義的生産関係のもとでは労働過程は労働力の使用(消

費)の 過程であ り,(消 費)生 活過程 は労働力の再生産 の過程である。労働力

の消費 はその所有者である資本 の自由に属する。 しかし労働力 は独特の性質 を

もっている。つまり商品の価値 の実体は労働であるが,労 働力の使用価値=労

働 は価値の源 という独特の性質をもっているのである。そして一 日の労働力の

使用が労働力の価値だけでな く,新 し く剰余価値を産みだす ところに,資 本が

あ くまで価値法則にもとついて運動しなが らも剰余価値 を獲得 し,自 ら増殖で

きる理由がか くされている。剰余価値は資本による労働力 の使用過程=生 産過

程か らしか生み出されないのである。

資本主義のもとでは生産の目的は直接には使用価値や消費などではな く,価

値および剰余価値 の獲得 にあり,資 本はそれを何 らかの社会的規制がなけれぼ

無制限に追及 してい くものである。剰余価値率 を高める方法には,労 働時間の

延長,労 働生産性 の増大,労 働強度の増大があ り,絶 対的剰余価値 と相対的剰

余価値 の獲得が激しく追及されてい くのである(も うひとつには,労 働力の価

値以下への賃金の切 り下 げも具体的方法 として加 えなければならない)。

したがって剰余労働ID強 制がある以上労働条件の悪化 は必至なのであ り,生

産力の発展がたとえ賃金水準の上昇や消費水準の上昇を相対的にもたらした と

しても,そ れは労働問題の解決を意味 しないのである。人間が労働力商品とし

て特殊化 され,生 活 とくに労働が資本主義的生産の手段に転化 し,厂労働が疎

外」 されているもとでは,生 活の諸困難 の根源が労働の在 り方に規定されてい

るといえる。

..

社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

〔3〕 「社会的諸問題」規定における 《経路》《影響》《序列》

ところで,孝 橋氏の 「社会問題」についての規定をよ くみてみると,社 会問

題が資本主義制度の構造的特質か らもたらされるという発生の 《経路》 と,社

会問題が賃労働の再生産機構 に与える 《影響》 と,さ らに他の形態の社会問題

を成 り立 たせている基本的存在であるという 《序列》の三つの相対的に異なる

次元の ものが,「 基本的 ・直接的」あるいは 「基礎的 ・本質的」 という表現で

一括 されているのに気がつく。実は,こ こに問題点が潜んでいる。

《経路》の点でいえば,確 かに労働条件の基本問題が 「資本主義的生産関係

とそれに基づ く剰余価値の生産過程から直接的にうみ出され る」2°)という限 り

では,孝 橋氏が 「社会問題」を 「基本的 ・直接的」 とするのも根拠のあること

である。 しかし,そ れへの社会的対応が 「資本主義制度の恒久持続性を前提 と

する賃金労働の順当な生産 と再生産にとって,同 様 に直接的 ・基本的な影響 と

効果 をあたえる」 という 《影響》 と,「社会的諸問題の構造体系における序列

の相違」 という 《序列》 とは21),理論的に妥当な規定といえるのだろうか。

いま賃労働の再生産を考 える場合 ,労 働者が労働力の販売者 として市場にた

えず立ち現れ るという意味での社会的な労働力の再生産 と,特 定の生産関係の

再生産 という二重の再生産になっていることをおさえなければならない。っま

り資本 一 賃労働関係の再生産である。 その内容 は,賃 金が賃労働者の再生産

の確保 のために景気循環のメカニズムにより一定の許容範囲に押 し込められる

こと22),生 産諸関係 における基礎的な生産手段の所有関係が ,生 産における協

働 関係や生産物の処分関係など他の派生的諸関係の作用により維持 ・再生産 さ

れていることである。特定の生産関係 は,そ れ自身を再生産する機構を内蔵 し

ており,さ らにそれを強化 ・維持する上部構造が機能している。その中心の機

関は国家 である23)。

孝橋氏が社会問題=労 働条件の基本問題 は賃労働の再生産機構に直接的に影

響するというのは,賃 労働者 は賃金が生活手段の購入の唯一の手段であ り,そ

の額 の高低により労働力の再生産が左右されるため,労 働問題 とくに賃金問題

が労働市場への労働力供給を左右するという意味だと解 してよいであろう。た

しかにその意味では 「直接的」 といえる。 しかし,例 えば人間の生物的生存そ

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のものを左右する公害や環境問題,都 市化の進展にともなう地域社会での共同

体機能の崩壊などは賃労働の再生産にとっては 「間接的 ・派生的」影響を与 え

るにすぎないのだろうか。 あるいは,教 育の場への資本主義的競争原理の無制

限な持ち込み,独 占資本の無秩序な投機行為による生活被害 の発生など国民生

活の各局面での諸矛盾の深化,さ らにそれにたいする社会 ・市民運動の発展,

あるい は支配的イデオロギーへの批判や反抗の広が りなどは,「直接的」 とは

いえないのであろうか。

いやむ しろ,現 代資本主義における巨大な生産力が資本主義的生産関係の桎

梏 となっている段階で は,こ れらの問題は独占資本の維持基盤を揺るがす問題

になっている。だか らこそ,生 産関係の維持のための機関はイデオロギー操作

も含めて全力をあげて作用しようとするのであ り24),生活過程における問題で

も賃労働 の再生産機構 に与える影響 は 「直接的」 ともいい得るのである。そも

そも 「直接的」「間接的」 とい う区別自体が,あ る特定 の観点にたたなけれぼ

規定で きないのである。

〔4〕生産力的視点 と社会政策の必然性の理解

それでは孝橋理論における特定の観点 とはなんであろうか。そこで,さ らに

社会政策の成立にかかわる,次 のような論述 に着目してみよう。

すなわち,孝 橋氏 は 「個々の資本の本能的欲求」 による 「無制限な労働力の

濫用は,た とえそれが個々の資本にとってはいかない合目的であるにしても総

体 としての資本一 その権力的表現の機関が近代国家である一 にとっては,資

本主義的生産関係の存続 と発展に対して有害な作用をおよぼす反合 目的な行為

となる」ので社会政策をよびさますし,「個々の資本のすすめる労働力の濫用

は,同 時に労働力の担 い手である労働者の組織的 ・社会的抵抗 をよびさまさず

にはおかない」ので労働組合 および社会主義運動が発展 し,そ れが 「資本主義

制度の構造的危機を意味する」ところに 「労働問題の本質的意義」がある25),

としている。

また孝橋氏 は,「個別資本 はその本能的欲求にしたがって,あ くまで剰余価

値の増大 を目的 として労働力 の濫用の方向をとってすすむが(中 略)同 時にそ

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社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

れは国民経済の主体者 としての社会的総資本に とっては,労 働力資源の総体的

な損傷で あり,ま たそこか ら労働者の本能的 ・意識的反抗 をよびさます契機を

あたえることになろう。 ここにおいて社会的総資本 としての権力的表現として

の近代国家は,そ の政治的機構および手段 を通じて,社 会発展のある一定の段

階において,個 別資本の濫奪か ら防衛するために労働力の保全(労 働者の保

護)を はか り,ま た労働者をどこまで も賃労働者 として生産 ・再生産すること

を確保す る」26)ために社会政策がよびさまされ るとしている。

このように孝橋理論における社会政策の必然性の理解 においては,社 会問題

は 「基本的 ・直接的」であるという規定が,そ れを放置 しておけば 「賃労働の

再生産機構」の維持わけても労働力の供給の確保を困難 にするという総資本の

立場か らみた 《影響》 という観点に絞 られてお り,労 働運動の発展 も総資本の

側か らの 《影響》の観点から重要視されているのである。 もちろん,孝 橋氏自

身,「 賃労働の順当な生産 ・再生産 と私がいう場合 には,そ こには当然に資本

主義制度 の維持存続 と資本主義的労使関係の対立的存在 ならびに資本の運動法

則が予定 されている。 したがってそれは,労 働関係一般 を抽象的 ・超越的に問

題 にしているので もなければ,生 産関係的視点を看過 ・脱落 して,社 会政策の

生産力説 を復活 させようとするもので もない。」27)とされており,一 概に 「生産

力説」 ときめつけることは適切ではないだろう。 しかし,こ のような孝橋氏の

「ある特定の観点」 は,生 産力説的な誤 りか ら十分 に免れていない と指摘せざ

るを得ないのである。

それで はなぜ,こ のような誤 りから免れていないのであろうか。ひとつは,

孝橋氏が個々の資本の無制限な労働力の濫用が,直 ちに社会的にみた労働力の

再生産 を脅かす としているからである。資本主義社会での再生産過程は資本の

集積 ・集中をともなう資本蓄積の過程 として展開し,資 本の規模の拡大だけで

はな く,内 部構成の質的変化をもたらす。つまり資本蓄積 は資本の有機的構成

(不変資本 と可変資本の価値構成)を 高度化 させ,労 働力需要を総体的に減ら

す(一 方で自営業者層や小生産者など他の社会層か らの没落 により労働者が増

加する)の で,労 働力人 口のある部分は労働力の買い手を失う事態に陥ってし

まう。

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佛教大學大學院研究紀要第20號

このような資本主義的生産様式に特有な人口法則 による相対的過剰人口=産

業予備軍の創出を認めるならぼ,た とえ賃金水準 を圧し下げてで も労働力供給

が過剰になる状況 も成立するのであ り,個 々の資本 の労働力の濫用が賃労働の

再生産に直ちに有害な作用を及ぼす とはいえないのである(宮 田和明氏 は孝橋

理論における社会政策の必然性の見解には,個 別資本による無制限的搾取→賃

労働の順当な再生産の阻害→総資本 による政策的干渉 という三段論法があると

指摘 し,「資本蓄積 に必要な新 たな労働力が社会的に供給 されつづけるかぎり,

個別資本による搾取の強化=個 別労働力の再生産の破壊 は直ちに社会的な労働

力の再生産の阻害要因 とはならない」 と批判されている。28))。

そもそも,資 本主義社会 においてはつねに生産力を高めることなしにはその

生産関係を維持し得ないのであ り,個 々の資本 は労働生産性 を高める新 しい生

産技術 ・方法の導入や生産過程 ・労働過程の再編成 を強行 し,旧 来の技術 にた

よる経営 ・生産を駆逐 しそこからまた産業予備軍 を放出させるのである。 した

がって労働力供給の増減 によって拡大再生産 ・資本蓄積の制約を避けようとさ

まざまな手段,方 法を講 じるのである。

このように孝橋理論における 「賃労働 の再生産機構」の維持 という観点 は理

論的問題点をはらんだ観点 といわざるを得ない。

付け加えれば,労 働力の確保 はなにも資本主義社会に限定 されるわけではな

く,封 建社会でも社会主義社会でも共通して必然なのであり,そ れだけでは社

会政策の必然性の根拠にな り得ない。結局,資 本主義的生産関係か ら社会政策

の必然性をどのようにとらえるかが明確でないところに,孝 橋理論の決定的な

問題点が潜んでいるのである29)。

〔5〕孝橋理論 における 「社会的問題」規定の限界

社会的問題の規定について もみておきたいが,そ の論拠は社会問題 と共通 し

ているのだか ら,お およそこれ までの検討で問題点 はあきらかだ とお もう。以

下,重 複しない点について若干の検討 をしてみたい。

社会的問題 は社会事業(社 会福祉)の 対象課題 としての位置に存在 している。

もう一度孝橋理論 における社会的問題の規定をふ りかえっておこう。資本主義

一92一

社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

的生産関係の もとではたえず労働力の価値 は価値以下へ切 り下げられ,賃 金の

僅少性をもたらすが,そ れはそのまま労働者の社会生活 を規定 し,社 会的必要

の欠乏(社 会的障害)状 態におかれる。社会的必要 とは人間が社会生活を営む

ために必要な精神的 ・肉体的ならびに物質的な生活諸手段 に対する需要の総称

であ り,労 働問題の担い手 としての社会的人間は同時 に社会的問題の担い手 と

して存在 している。そして,児 童や高齢者 は必要な購買力獲得のための前提条

件 を欠いているので,ど んな種類の社会的必要 もみたすことのできない社会的

障害の担 い手 としてたたされている。社会政策 と社会事業の対象の相違 は,そ

の種類の相違にあるので はな く,対 象のかかえている課題の相違 にもとめられ

るべ きである。また社会的問題 は社会の構造的必然 として同時的に社会問題 に

重ねて生 み出されており,関 係的 ・派生的課題であ り,そ の存在 は社会の構造

的性質に直接作用す るような種類や性質の ものではない。そして社会事業 は社

会政策 を補充 ・代替 し社会的問題 に対応することによって資本主義的合 目的性

を貫徹 している,と いうものである3°)。

このように社会的問題 について も 《経路》,《影響》,《序列》の三つの次元が

一括 され ている。《経路》 と 《影響》 の点については,こ れ までの社会問題 の

「直接的 ・基本 的」 とい う規定の理論的検討の とお りである。《序列》 につい

てみても,生 活のあ り方や生活問題が労働のあり方や労働問題 に規定 されてい

ることはたしかであるが,し かし生活問題は労働問題か ら派生しているわけで

はない。仮 に社会的に労働力が保全 され賃金が価値 どおりに支払われた として

も,生 活 過程での諸問題が解消するわけではない。社会的問題=生 活問題 は,

厳密にい えば資本主義的生産関係に直接 ・間接 にもとづ きなが ら,生 活過程で

の消費,家 族,地 域などの諸側面で現象 しているものである。

労働者の生活問題 を検討するには,新 たに生産力的基礎が変化 しているなか

で どのような労働過程の再編や変革が生 じているのか,そ れが労働者生活 にど

のような変化をもた らし,生 活障害 を引 き起 こしているのか,さ らに労働過

程 ・生活過程の全面が資本蓄積によりどのように激変にさらされているのか と

いう視点か らの分析が必要であろう。

われわれは,孝 橋理論の成果を生産するのではなく一定の成果を学び とり批

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佛教大學大學院研究紀要第20號

判的に乗 り越 えようとする姿勢で,生 活分析 と社会福祉の政策的位置付けを考

察 していかなければならない。

4.生 活 の社会化 の展開 と社会保障 ・社会福祉

これまでみてきたように大河内理論 も孝橋理論 も社会福祉の固有の対象課題

を明らかにす るうえで,社 会福祉 と社会政策の関連 についての探求を不可欠の

課題 として取 り上 げて きた。

しかし,社 会政策 の概念Eは かつてのそれより,か なり広 くとらえられる

ようになってきている。今 日,社 会政策のおおまかな枠組みは,「今日の資本

主義社会の中に生起する社会的諸問題 のうち,こ の社会の構造的な特質によっ

て規定された,そ の最 も基本的部分である,労 使の対立に集約 された苦役 とし

ての労働 と,こ れによって稼得 された収入を用いての消費 との両面にわたる生

活上の諸問題の解決のために,国 家の行う社会的な対応策である」31)として示

されている。

このように社会政策をひろくとらえる立場にたつ としても,社 会政策の基本

的課題が労働問題でなくなったというわけではな く,ま た労働問題がかつてほ

どの重要性をもっていない ということでもない。むしろ超長時間労働や過労死

問題 に象徴的なように,現 代 日本における 「富裕化社会」の一面的現象 とは裏

腹に労働現場での反人権的状況の拡大 と深化は,い っそう激 しさをましている

のが現実である。したがって労働現場 における人権擁護のための公的規制の実

効ある導入は,労 働者にとって切実な要求であり,依 然現代社会政策の主要課

題の位置を占めている。

ところで上記のように社会政策の枠組みを理解するとすれぼ,社 会政策 は社

会福祉の上位概念 として位置す ることになる。社会福祉 は社会政策 と並立 して

社会問題の緩和 にあたると解 し,社 会福祉 と社会政策の厳密な区別 と関連 によ

って社会福祉の対象領域や固有性 をとらえようとすること,い いかえれば 「労

働力の保全」の一環 として社会福祉 を制度的に理解しようとすることは妥当 と

はいえないだろう32)。それは先に検討したように,生 産力説(あ るいは生産力

一94一

社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

説的)立 場か ら規定された社会福祉理論研究の限界 とも重なっている。

むしろ社会福祉制度 は社会保障の成立 ・発展のなかで,社 会保障制度の一環

(構成要素)と して組み込 まれ,生 活が成立する前提条件 として 「ナショナ

ル ・ミニマム(国 民最低限)」 の保障の役割 をもつようになっている。そこで

現代社会 における 「貧困化」論の認識 を基礎に,生 活の論理 を起点 とした社会

保障 ・社会福祉の性格 と役割を明らかにしてい くことが より重要であろう。

この こととかかわって意義深いのは,里 見賢治氏の示 された 「自助の前提条

件 としての社会保障(社 会福祉)」 の理論化の方向である33)。すなわち,「 まず

「自助」があって,そ れで対応で きない ときに初めてその補完 として社会保障

があるとす るのが伝統的な保守派の福祉観であるが,現 代においてはこの関係

はむしろ逆であり,ま ず社会保障制度があって,各 人はそれを前提 としたうえ

で各人 の生活設計(自 助)を することがで きる」34)とい う視点である。 あるい

は別の論者 から引けば,わ れわれの生活様式が 「社会保障を不可欠 とする生活

様式」35)になっていることだともいえる。 このような現代の生活論か ら社会保

障 ・社会福 祉の社会的基撃 についてみてい きたいとお もうが,生 活論のすべて

にわたって網羅することは到底筆者の能力を越 えている課題 なので,以 下,社

会保障,社 会福祉 とかかわる範囲 に限って展開していきたい。

現代 の生活 をとらえる基本的視点のひとつに 「生活の社会化」論がある。そ

れを定義的に表現すれば,生 活の営みが大家族 と特定範囲の地域的共同体のな

かで自給 自足 され,閉 鎖的な状態,あ るいは交流があって もごく狭い範囲の交

流に限られ,個 々の生活単位の営みが分散的であった状態から,社 会発展にと

もない家族がその規模 を縮小し,地 域的共同体が解体してい くなかで生活が従

来の内的充足では営みえな くなり,社 会的交流や,社 会経済現象 との依存,社

会関係を深め,生 活が家庭の外部での生活手段供給にたよる程度 を高めてい く

ことといえよう36)。

生活の社会化の背景には,資 本主義的生産様式のもとで生産力の発展に とも

なって社会的分業がひろが り,市 場が全国的(世 界的)に 結合 し資本蓄積 とと

もに生産 の社会化=労 働の社会化がすすんだことがある。そのために家族の解

体 と地域的共同体の解体が促進され生活過程が強力に貨幣=商 品関係 にのみこ

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佛教大學大學院研究紀要第20號

まれていった。生活様式 も大 きく変化 したのである(生 活様式論 にもさまざま

な議論がある。 ここでは,生 活様式 とは,一 定の生産様式の もとでの生活の繰

り返 しの型であり,生 活手段体系の獲得 と消費のしかた,生 活行動 とそのため

の時間配分 を基本的要素 とした,労 働様式に規定された労働力の再生産の仕方

として理解 してお くことにしよう37)。そして戦後 日本では憧憬のまなざしのも

と移植されたのが 「アメリカ的生活様式」38)である。それは独 占段階の大量生

産,大 量消費 を基盤 とした個人主義的な生活様式であるが,そ れが 日本的であ

ったのは低賃金 ・長時間労働 と住宅事情の劣悪さなどの条件の もとで展開した

ことにある。)。

さて生活の社会化の進展の背景 をもう少し具体的にさぐれば ,時 間的には高

度経済成長にさかのぼることがで きる。戦後 日本において高度成長を可能にし

た条件 には,技 術革新 と設備投資や間接金融方式による大企業への資金調達の

ほかに,地 域間のスクラップアンドビル ドによる大量の雇用労働者層の放出 と

労働力流動化政策がある。こうした社会的状況のなかで生活の社会化 はより推

進 されたのであ り,(1)雇 用労働者化の進展 と地域的共同体 と家族の解体,(2)生

活諸手段の独占企業による大量供給つ まり商品化の進展,(3)労 働者の都市への

過密な集住による新しい都市 的生活様式の強制 とその全国的拡大が背景 として

あげられる39)。

生活の社会化 は,(1)商 品化 による社会化,(2)公 共化 による社会化,(3)協 同化

による社会化の三つの側面から構成 されている。

資本主義社会である以上,現 代の消費生活は商品としての生活手段の購入 ・

消費 を中心 としているので,商 品化 としての社会化が進展する。しかし,わ れ

われの生活 は商品だけで成立する性格のものではない。 いわゆる公共サービス

を利用(消 費)し なければ,生 活は成立 しない。たとえば公共交通 ・通信手段 ,

上下水道,電 気 ・ガスなど生活手段 として毎 日利用 し,最 終的には個別に消費

するものや,教 育 ・保健 ・医療 ・社会福祉 といった,個 別 の要求に対応するよ

うに現象 しているが,社 会的要求への社会的対応 として共同利用 されるもので

ある(も ちろんこれらの公共サービスはそれぞれ独自に歴史的に形成 され ,固

有性 をもっているものであるが,こ こでは公共化の性質 を明らかにしているの

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社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

で,そ の点が問題ではない)。 これ らは社会的共同消費手段,あ るいは 「共同

消費」つ まり 「住民の狭義の生活過程=労 働力の再生産過程において,不 特定

多数の人 びとによって共同的 ・同時的に消費 され る生活条件のこと」4°)とされ

ている。生活が 「共同消費」に支 えられている側面を 「公共化 による社会化」

という。

協同化 による社会化 は生活協同組合,共 同作業所,学 童保育な どをあげるこ

とがで きるが,そ の展開は前二者に比べて十分 とはいえない。また前二者 にお

いても生活 の社会化 は個人的消費 を中心 としてますます強烈に推 し進められて

お り,公 共サービスの水準はかなり不十分なのが現状である。

ところで,生 活の社会化をそれ まで家庭内でなされていた家事や育児などが

外部化 されたものとしてみる議論 もあるが,そ れは正確 とはいえない。いわゆ

る都市的生活様式のもとでは家族の機能のうち消費以外の機能(生 産や生殖,

家事,育 児など)が 弱まっているのは事実だが,今 日 「公共化 による社会化」

が不可欠なのは,個 人が全体社会へ単に順応 した りそこに埋没するのではな く

主権者 として人間としての自立 と自己実現の要求や,権 利保障,発 達保障への

要求水準 を高めてお り,主 権者 として生活 してい くうえで 「公共化による社会

化」が不可欠の基盤 となっているからである。こうした生活 している人間主体

の発達 の側面を見落 してはならない。 もちろん現状の 「公共化」がそれに対応

しているとはいい難いが,社 会的共同消費の充実はそうした主体による運動に

よらなけれぼ可能ではないし,事 実保育所や老人ホームなど社会福祉施設の拡

充 は主体 による運動の貢献が大 きい。

5.自 助 ・自立の前提条件 としての社会保障 ・社会福祉

このような 「生活の社会化」のなかで,社 会保障,社 会福祉は 「公共化」の

範疇に位置 している。

いうまで もな く,労 働者の生活 はなんの起伏 もな く,な んの障害 もな く営ま

れることはあり得ない。例えば労働者 とその家族 にとって疾病や障害,身 体 と

精神 の障害,妊 娠 と出産,失 業,労 働災害,育 児 ・介護,死 亡(遺 族),さ ら

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佛教大學大學院研究紀要第20號

に高齢 といった問題 は,決 して偶然の一時的アクシデントとしてはかたづけら

れないものである。なぜなら,そ れは一時的にせよ長期的にせ よ労働力商品の

販売 を中断させる問題であり,生 活 をより不安定にするか らである。そして,

そのままでは貧困への転落 は必然 となる。社会的変化の中でそうした問題の解

決 は,大 家族や地域的共同体での閉鎖的な相互扶助や個人的な努力での範囲を

超 えている。 もし生活が こうした問題 もなく,ま った く平坦に営 まれるのであ

れば 「共同消費」の一部が整備されるだけで十分であろう。

いうまでまで もな く資本主義社会は競争社会でもある。それは自然発生的な

競争ではな く,特 定の生産関係 を基礎にした生存競争であ り,産 業間でも個々

の企業の間で も敗者 は容赦な く排除される。ある思想家がどこかでいっている

ように,自 然界の生存競争が何倍 もの強烈さで社会に移 されたもの と表現で き

よう。労働過程 にも生活過程 にもその原理はもちこまれてお り,競 争社会への

適応力を失わない限 りは生活が不安定なままで も一応,一 定の生活を維持する

ことはで きる。しかし適応力を災害であれ病気であれ失う(あ るいは弱める)

事態 になれば,生 活の不安定さは容赦なく時間とともに生活の崩壊へ と行 き着

くのである。今日の労働 と生活のあ り方は,労 働過程での激 しい労働力の消費

→生活過程での不十分な労働力の再生産→労働力の消費が繰 り返される悪循環

のなかにある。 とくに労働力の再生産が不十分なまま労働現場 に出向 くという

事態は,深 刻 な労働者の健康問題 としてあらわれている。過労死問題 はそれが

もっ とも最悪 の形であらわれた ものである。そして疾病 は労働者 にとって最 も

貧困 と結び付 いた問題なのである。

こうした労働者の状態 を基礎に,「 自助」を次のようにとらえるべ きであろ

う。「自助」を支える条件には生産手段 の所有 と自らの労働の二つがある。生

産手段 を所有 していれば,自 ら労働 をしないでも生活 を営むことがで きるので,

生産手段 の所有 は自助の根本条件 をなす。しかし,こ の条件 はごく一部の者 に

限 られる。いうまでもな く,労 働者 は生産手段から疎外されていて,自 らの労

働でしか 「自助」を成立 させることはで きない41)。ところが労働者の労働 その

ものは実に疎外された形態で営 まれており,常 に厳しい生存競争の渦中にある。

労働→生活→労働の繰 り返 しは,疲 労蓄積や健康破壊の悪循環であ り,そ のま

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社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

までは労働者にとっての 「自助」は極めて不安定でやがて 「自助」の崩壊にゆ

きついてしまう。 したがって商品化 による生活の社会化 だけでは,「 自助」を

成立させ ることは不可能であり,さ らに公共的な基盤を必要 としている。つま

り労働者 の 「自助」は労働の安定 と生活の安定 という前提 を,そ の成立の条件

としているのである。前者は労働基本権の確保をはかる政策 により,後 者は社

会保障制度の整備 により社会的に対応すべき課題 として認識 しなければならな

いo

社会保障は不時の社会的事故 に陥ったときの事後的対応 として機能するだけ

ではな く,「ナショナル ・ミニマム(国 民最低限)」 として生活の安定的基盤を

形成す ることにより,労 働者の 「自助の前提条件」 として機能をもっているの

である。 これは生活の社会化が進展 して くるなかで,生 活の存立 にかかわる基

盤的な部分 を社会的 ・共同的 に確保することを意味 している42)。「自助」 とは,

一切 どのような公共サービスにも依存 しないということで はない。「自助」の

成立条件 の労働が生活の安定 を確約するあ り方になっておらず,生 活のあり方

が 「社会化Jさ れている以上,不 安定な原因を規正 し,そ の結果の局面(生 活

困難)を 緩和 ・解決する制度的保障を前提 にしなければ労働者の 「自助」は成

立しないのである。

ところで,社 会福祉 は生活問題への公 ・協の社会的対応であり,所 得保障 と

結びつ きながら生活障害 をもつ人々へ援助 ・保護をおこなうものといえる。公

の部分が社会保障制度の一環 として機能 しているのであ り,自 助の前提条件 と

なってい るが,社 会福祉が生存権保障 と発達保障を目的 としていることか ら

「自助 ・自立 ・自由の前提条件」 とかんがえるべ きではないだろうか。

このことは例 えば,障 害者福祉の分野 を考えてみれぼよくわかる。周知のよ

うに障害者福祉のあり方 は障害者の保護 というレベルではなく,ノ ーマライゼ

イションの理念にもとついて障害者が社会の中でご くあた りまえの人間 として

「自立」 し,「 自由」 に生活 してい くことを可能 にするような展開をすべ きだ

とい う方向性がっよまっている。障害者の 「自立」にとって,援 助や介助,福

祉サー ビスの提供は程度の差 はあれ不可欠の ものである。社会福祉を活用 して

いる状態 は 「自立」ができていないということではない。そもそも 「自立」を

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佛教大學大學院研究紀要第20號

社会的な視野で考えれば,そ れは社会福祉 という社会的前提条件のうえに成 り

立つか らである。 これは障害者に特殊なことではな く,児 童や高齢者などにと

っても,安 定した生活を現実のものにするための共通基盤 として社会福祉が存

在 しているということなのである。労働者にとっても生活上の様々な障害に対

応する社会福祉が整備 されているということは,生 活安定 の条件,「 自助 と自

立の前提条件」 として構成され るのである。

6.今 後の研究課題

このように社会保障 ・社会福祉は一部の限定された人々への特殊な保障 とし

てで はな く,ひ ろく勤労国民 にとって資本主義的生活の成立の前提条件を構成

している。

以上,ご く基本的問題の確認 にとどまったが,今 後 さらに 「自助 と自立の前

提条件」を探求するために(1)社会保障 ・社会福祉の公共性 と権利論の再構成,

(2)生産力説的観点 を克服す るうえで不可欠な社会保障 ・社会福祉の二面性の解

明 とその成立に深 くかかわっている福祉労働者などの専門職労働の役割の解明,

(3)現代の生活分析 と生活問題 の把握など,重 要な課題が残されている。 よりい

っそう研究を深めてい きたい と考える。

1)大 河内理論な らびに孝橋理論 の検討 については,宮 田和明 「社会事業の 「政策論」的

規定 について 一 孝橋 理論の批判的検討を中心 として一 」(『研究紀要』第31厂32号,

日本福祉大学,1977年)を 参照。

2)こ の論文 は 『社会事業』第22巻 第5号,1938年(昭 和13年)8月 号 に掲載 された。

1937年7月 に は盧溝橋事 件が起 こ り日本軍 による中国侵略戦争が開始 され,臨 時資金調

整法,輸 出入品等臨時措置法 によ り戦時統制経済が強化され,1938年4月 に は国家総動

員法 が成 立,社 会運動への抑圧 も厳 し くなっていた。以下,「 同論文」 につ いて は,大

河内 『社会政策の基本 問題 増訂版』 日本評論社,1944年 所収 か ら引用(以 下,『社会

政策 の基本問題』)。

3)こ の論文 は大河内 『基本問題』 に所収されている。

4)大 河内 『社会政策 の基本問題』,88ペ ージ

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社会政策,社 会保障と社会福祉の課題

5)大 河 内 『社会政策 の基本問題』,98ペ ー ジ

6)大 河 内 『社会政策(総 論)増 訂版』有斐閣,1980年,84ペ ー ジ

7)大 河 内 『社会政策 の基本問題』,435ペ ー ジ

8)大 河 内 『社会政策 の基本問題』,436ペ ージ

9)大 河 内 『社会政策 の基本問題』,437ペ ー ジ

10)宮 田 「前掲論文」,388ペ ージ

11)宮 田和 明 「社会福祉研究 の戦後の動向」(『研究紀要』第36号,日 本福祉大学,1978

年)

12)成 瀬龍夫 「社会福祉の本質 と対 象規定」(『総合社会福祉研究』創刊号,総 合社会福祉

研究所,1989年),7ペ ー ジ

13)孝 橋正一氏 の代表的著作 は,『全訂社会事業の基本問題』1962年(以 下,『 基本問題』),

『続社 会事業 の基本 問題』1973年,『 現代 資本主義 と社会事業』1977年,『 社会政策 と

社会保 障』1963年,『 新 ・社会事業概論』1977年(い ずれ もミネルヴ ァ書房)が あげら

れ る。

14)孝 橋 『基本 問題』,24ペ ー ジ~25ペ ージ

15)三 塚 武男 「現代 の社会福祉政策研 究の課題 と方法 その実践 と理論 の展 開,孝 橋

理論 をふ まえて 一 」(孝 橋編 『現 代 「社会福 祉」政策論 「日本型福祉社会」論批

判』 ミネルヴ ァ書房,1982年),242ペ ージ

16)孝 橋 『基本問題』,33ペ ージ

17)孝 橋 『基本問題』,35ペ ージ

18)孝 橋 『基本問題』,36ペ ージ

19)三 塚 武男 「社会福祉研究 の課題 と方法 一 孝橋理論批判への反批判 」(『社会福

祉研究』鉄道弘済会,第25号,1979年,21ペ ージ

20)三 塚 「前掲論文」,22ペ ージ

21)孝 橋 『基本問題』,33~34ペ ージ

22)置 塩信雄,鶴 田満彦,米 田康彦 『経済学』大 月書店,50~52ペ ージ

23)置 塩信雄 『現代資本主義 と経済学』岩波書店,143~159ペ ージ

24)置 塩 『前掲書』85~99ペ ー ジ

25)孝 橋 『基本問題』,40~41ペ ージ

26)孝 橋 『社会政策 と社会保障』(前掲),12ペ ージ~13ペ ージ

27)孝 橋 『社会政策 と社会保障』,40ペ ージ

28)宮 田和明 「社会事業の 「政策論」的規定 について(前 掲)」,400~401ペ ージ

29)井 岡勉氏 は孝橋氏の著書の書評 のなか で,「孝橋理論で は本書 において も階級斗争,

弁証 法的統一,矛 盾的統一 といったこ とが重視 され,実 際 に理論展開 されているが,全

体 としては資本 の論理 の強調 に偏 す るとい う印象をぬ ぐいえない。『資本蓄積 と賃労働

の再生産機構の なか にお ける社会事業政策』(15ペ ー ジ)と 位置づ けるとき,例 の 『機

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佛教大學大學院研究紀要第20號

構的 ・経済的視点』 の トー ンと似 ていて,生 産力説 と本質的 にどのように違 うのか。 そ

の疑 問の ポイ ン トは,氏 の対 象規 定 と くに社会 問題,社 会的問題の分析の ところで,

(『全訂 ・社会事業 の基本問題』),階 級 斗争 とどうかかわ るのか明確でない ところにあ

る。その ことはまた,社 会政策 の理論的お よび実際的限界 とそれに規定 された社会事業

の補充性お よび代替性 の再検討 を要請す る論点 となるか もしれ ない。」 と指摘 され てい

る。(井 岡 「【書評 】孝橋正一著 『現代資本主義 と社会事業』」,『評論 ・社会科学』第14

号,同 社大学人文学会,1978年,141ペ ージ)

30)孝 橋 『社会事業の基本問題』,31ペ ージ~72ペ ー ジ

31)西 村豁通 「社会政策 を学 ぶた めに」(西 村,荒 又重夫編 『新社会政策 を学ぶ』有斐閣,

1989年),3ペ ージ。 なお,前 著ぞあ る 『社会政策 を学ぶ』で は 「今 日の資本主義社会

の中に生起 する社会的諸問題の うち,こ の社会 の構造的な特質 によって規定 された,そ

の最 も基本的部分で ある,労 使 の対立 をめぐる諸問題の解決 のために,国 家 の行 う社会

的な対応策である」(3ペ ージ)と されている。

32)成 瀬 「前掲論文」,5ペ ー ジ~6ペ ージおよび真 田是 『社会保障入門』労働旬報社,

124ペ ー ジ~128ペ ージ参照。

33)里 見賢治 『日本の社会保障を どう読むか』労働旬報社,1990年,同 「社会福祉の公共

性 と効率性」(『都市問題』第80巻 第12号,東 京市政調査会,1989年),同 厂福祉政策

形成論のための覚書」(『総合社会福祉研究』第2号,総 合社会福 祉研究所,1990年)を

参照。

34)里 見 「福祉政策形成論 のための覚書」(前掲),92ペ ージ

35)福 島利夫 「真 の 「豊か さ」 と社会保障」(『経済科学通信』第59号,1989年),19ペ

ー ジ

36)こ の規定 につ いて は,相 沢与一 「戦後 日本の国民生活 の社会化」(江 口英一,相 沢編

『現代の生活 と 「社会化」』労働旬報社,1986年)を 参考にした。

37)伊 藤セ ツ 『家庭経済学』有斐 閣,1990年,8ペ ー ジ

38)ア メ リカ的生 活様式 につ いては,成 瀬龍夫 『生活様式 の経済理論』お茶の水書房,

1988年 を参照。 .°

39)松 村洋子 「生活 の社会化 と生活構造 の変動」(松 村,岩 田正 美,宮 本み ち子 『現代生

活論』有斐閣,1988年),112ペ ージ~113ペ ージ

40)渡 辺満 「消費 の社会化 と生活管理政策」(渡 辺,中 原弘二,来 島浩 『現代 社会政策 の

基礎理論』青木書店,1983年),154ペ ージ

41)松 井栄 一 「日本型福 祉社 会 にお ける自助 と福祉」(『経 済論叢』京都大学経済学部,

1985年),109ペ ージ

42)里 見 「社会福祉の公共性 と効率性」(前掲),30ペ ー ジ~31ペ ー ジ

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