人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1...

100
2016年度 修士論文 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係について ~「アスナビ」をケースとした雇用に関する概念抽出を通して~ Examining the Relationship between Corporation and Athlete from a Human Resources Management perspective ~Through Concept Extraction on a Case Study of Empoloyment by Athnavi~ 早稲田大学 大学院スポーツ科学研究科 スポーツ科学専攻 スポーツクラブマネジメントコース 5016A318-0 山中 義博 Yoshihiro Yamanaka 研究指導教員: 間野 義之 教授

Upload: others

Post on 03-Feb-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

2016年度 修士論文

人事労務管理から見た企業とアスリートの

関係について ~「アスナビ」をケースとした雇用に関する概念抽出を通して~

Examining the Relationship between Corporation and Athlete from a

Human Resources Management perspective

~Through Concept Extraction on a Case Study of Empoloyment

by Athnavi~

早稲田大学 大学院スポーツ科学研究科

スポーツ科学専攻 スポーツクラブマネジメントコース

5016A318-0

山中 義博

Yoshihiro Yamanaka

研究指導教員: 間野 義之 教授

Page 2: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

目 次

第1章 序章 .......................................................................................................................... 1

1-1 研究背景 ............................................................................................................... 1

1-2 アスナビについて................................................................................................. 2

第 2 章 先行研究の検討 ........................................................................................................ 5

2-1 企業スポーツに関する研究 .................................................................................. 5

2-2 アスリートのキャリアに関する研究 ................................................................... 6

2-3 先行研究の検討のまとめ ...................................................................................... 7

第3章 研究目的 ................................................................................................................... 8

第4章 研究方法 ................................................................................................................... 9

4-1 インタビューガイド ............................................................................................. 9

4-2 インタビュー企業の選定・属性 ......................................................................... 10

4-3 インタビューの時期・期間 ................................................................................. 11

4-4 データ収集の手続き ........................................................................................... 12

4-5 データ分析の手続き ........................................................................................... 12

第5章 結果 ........................................................................................................................ 13

第6章 考察 ........................................................................................................................ 16

6-1 項目別考察 ......................................................................................................... 16

6-2 考察のまとめ ...................................................................................................... 30

第7章 結論 ........................................................................................................................ 33

7-1 まとめ ................................................................................................................. 33

7-2 研究の限界 ......................................................................................................... 34

7-3 実践への提言 ...................................................................................................... 36

謝辞 ....................................................................................................................................... 39

巻末注 ................................................................................................................................... 40

引用・参考文献リスト.......................................................................................................... 42

【付録】 ............................................................................................................................... 45

逐語録サマリー ................................................................................................................. 46

Page 3: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

1

第1章 序章

1-1 研究背景

これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

ポーツは、1990 年代のバブル崩壊以降に休廃部が相次ぎ、その衰退の流れが指摘されるよ

うになって久しい。そうした中、実業団駅伝のように、同じ時期に寧ろ発展している競技も

あり、また依然として企業スポーツは五輪や世界選手権に選手を送り出す主体であること

から、「企業スポーツについての状況は、一色でも一様でもない」(武藤, 2016)1)という指

摘もある。一方で、競技によってはプロ化したり、或は企業とスポンサー契約を結ぶアスリ

ートも生まれる等、アスリートを取り巻く環境面で、様々な状況が見られるが、依然として

アスリートと企業は切っても切れない関係性にある。

2000 年に制定された「スポーツ振興基本計画」2)の下、財団法人日本オリンピック委員会

(以下 JOC という)は JOC ゴールドプランプロジェクト 3)を発足させ、スポーツ競技者の雇

用も含めた企業とスポーツの新たな環境整備という課題も含め、国際競技力向上に向けた

検討を重ねてきた。その文脈で、文部科学省は、2012 年に策定された「スポーツ基本計画」

4)の中で、デュアルキャリアを「トップアスリートとしてのアスリートライフ(パフォーマン

スやトレーニング)に必要な環境を確保しながら、現役引退後のキャリアに必要な教育や職

業訓練を受け、将来に備える考え方」と定義し、デュアルキャリアについて意識改革を行う

こと、及びアスリートのスポーツキャリア形成のための支援を推進することを定めた。

こうした流れの中、アスリートのキャリア形成支援の新たな取り組みとして、2010 年に

Page 4: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

2

JOC が、オリンピックやパラリンピックを目指す現役トップアスリートと企業をマッチン

グする就職支援制度であるアスナビをスタートさせた。JOC の HP5)によると、「安心して

競技に取り組める環境を望むトップアスリートと彼らを採用し応援することで社内に新た

な活力が生まれること等を期待する企業との間に Win-Win の関係構築を目指している」と

しており、アスリートと企業の関係はスポンサーではなく、雇用契約を基本としている。ま

た、北川(2016)が「企業と選手の新しい関係」と報道しているように 6)、従来型の企業スポ

ーツとは異なる新しいモデルであることが示唆されている。アスナビによる企業のアスリ

ート雇用は、アスリートを雇用する企業の裾野を広げることにもつながる一助としてスポ

ーツの普及や振興の視点からも、社会的に有意義である一方、新しい試みであることから、

現在、学術的に俯瞰した研究は見られない。

1-2 アスナビについて

先ず、表1の通り、直近の企業向け説明会での配布資料に基づき、アスナビの概況を取り

纏めた。次に、アスナビの取り組みについて知見を深めるため、発足に関わった荒木田裕子

氏、岡野貞彦氏、原田尚幸氏、八田茂氏に、当時を振り返ったヒアリング(注 1)を実施し、

アスナビ発足時の初期検討から今日に至るまでの経緯について、表 2 の通り、時系列で整

理した。また、特記すべきこととして、① JOC ゴールドプラン委員会の国際競技力向上の

ための諸問題検討プロジェクト、及びスポーツ将来構想プロジェクトにおけるアスリート

の環境整備問題検討の過程で提示されたワンカンパニー, ワンアスリート構想がアスナビ

の考え方の原点となっていること、② 経済同友会の提案により、2010 年 10 月に第一回企

Page 5: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

3

業向け説明会を実施し、採用第一号が決定したこと、及び以降 2016 年 12 月までに、経済

同友会、経団連、各地商工会議所といった経済団体等の協力を得て、合計 44 回の企業向け

説明会が実施されたこと、③2013 年秋の東京 2020 オリンピック・パラリンピック開催決

定を機に、就職決定数が増加基調に転じ、これに伴い、JOC キャリアアカデミー事業のア

スナビ担当に企業出向者を受け入れ、運営スタッフの人員を増強したこと、④2016 年 4 月

に、JOC 主催 100 名就職記念シンポジウムを開催したこと、が挙げられる。

表 1 アスナビの概況

女子ラグビーと女子アイスホッケーを除き、個人種目夏季:16競技、22種目、70名 冬季:4競技、10種目、39名パラ*:11競技、12種目、20名男性アスリート:59名 (夏季:34名、冬季:8名、パラ:17名)女性アスリート:70名 (夏季:36名、冬季:31名、パラ:70名)

エントリー対象アスリート JOC強化指定選手(新卒の場合、競技団体のみ推薦でも可)【オリンピック】・リオデジャネイロ5名(男1名、女4名)…競泳、シンクロナイズドスイミング

カヌー、女子7人制ラグビー・ロンドン4名(男1名、女3名)・・・競泳、ビーチバレー、ライフル射撃、近代五種・ソチ15名(女15名)・・・女子アイスホッケー、スピードスケート、ショートトラック【パラリンピック】・リオエジャネイロ8名(男6名、女2名)…パワーリフティング、水泳、ローイング

    アーチェリー・ソチ2名(男2名)・・・スキー

地域別採用実績** 首都圏67社、北海道5社、大分6社、愛知5社、岩手2社、大阪2社、兵庫1社新卒比率 57/126名(45%)

採用企業規模 上場企業41社(47%)雇用形態 正社員 79名(63%):契約社員 47名(37%)給与水準 同年代の社員に準ずる月額固定給

費用 競技活動費の選手負担分の一部または全額競技活動費の選手負担 年間50万円~400万円程度

勤務スケジュール 競技活動を優先(大会・合宿・練習を除き、週1~2回程度の勤務配属部署 人事、総務、広報、営業、マーケティングなど

社名の使用 オリンピック、ワールドカップを除き、概ね可能選手肖像利用 ほぼ全ての媒体で可能

引退後の雇用継続 選手との相談により、適宜判断(雇用継続が前提ではない)* パラリンピックを目指すアスリート**採用企業本社(出所) 2016年12月9日付JOC主催企業説明会での配布資料に基づき筆者が作成

2011年3月から2016年12月9日現在まで、計89社、129名夏季:70名、冬季:39名、パラ:20名、(新卒内定者16名を含む)

企業

アスリー

就職決定実績

オリパラ出場実績

男女別

種目

Page 6: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

4

表 2 アスナビの経緯

時系列 イベント 特記事項JOCゴールドプラン委員会 ・アスリートの環境整備を検討国際競技力向上のための諸問題検討プロジェクト ・ワンアスリート・ワンカンパニー構想の推進 2008/8~9 夏季北京・オリパラ

2008/4. ナショナルトレーニングセンター設立 ・キャリアアカデミー事業立ち上げJOCゴールドプラン委員会 ・アスリートの環境整備を検討 2009/10/2 夏季オリパラ2016誘致失敗スポーツ将来構想プロジェクト ・2010/3 中間報告書を発行 2010/2~3 冬季バンクーバー・オリパラ

2010/10/14 第一回企業説明会 ・公益財団法人経済同友会の協力2011/3/1 「アスナビ」採用第1号入社 2011/3/11 東北大震災

2012/7~8 夏季ロンドン・オリパラ・2013/秋以降、就職決定増加基調 2013/9/7 夏季オリパラ2020誘致決定

2014/4. JOCアスナビ担当に企業出向者2名受け入れ ・立ち上げ当初以来の2名体制を強化 2014/2~3 冬季ソチ・オリパラ2015/4. JOCアスナビ担当に企業出向者2名増強 ・JOCアスナビ担当:企業出向者4名体制

2016/4/20 アスナビ100名就職記念シンポジウム 2016/8~9 夏季リオ・オリパラ

社会的出来事

2007/4~2009/3

2009/4~2011/3

Page 7: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

5

第 2 章 先行研究の検討

アスナビに関する取り組みは近年行われたことから、既往研究が皆無であるが、企業スポ

ーツを対象とした研究については、スポーツ産業学やスポーツ社会学を中心とした多くの

知見が確認できる。本研究を進めるにあたり、企業スポーツに関する研究とアスリートのキ

ャリアに関する研究に焦点を当て検討を進めることとした。

2-1 企業スポーツに関する研究

企業スポーツに関する研究は、1990 年代のバブル崩壊以降、休廃部が相次いだ流れを踏

まえ、論じているものが散見される。企業スポーツの起源や変遷、及び衰退の流れを概観し

つつ、今後の方向性を論じた代表的なものとして、佐伯(2004)は、「21 世紀型企業スポーツ

モデル」として「プロ化モデル」「福祉型企業スポーツモデル」、「市民クラブ型企業スポー

ツモデル」、「総合・複合型企業スポーツモデル」を提案し 8)、福田(2010)は、企業スポーツ

の課題として、企業スポーツの持つ価値の再検討、運営体制の問題、組織をデザインする人

材の確保を指摘している 9)。企業スポーツの人事労務管理上の意義に着目した研究例として

は、荻野(2007)は、運動部活動が労働意欲を高めることを明らかにし 10)、CSR に着目した

研究例としては、石井(2006)が CSR の実現に寄与する企業スポーツの事業モデルを示した

11)。また、事例研究として、高橋、浦上(2004)が、資金と認知に着目し、堺ブレーザーズの

クラブチームへの事業展開を明らかにし 12)、鳥羽、海老島(2009)が、A 社ラグビー部をケー

スとして、企業スポーツの意義やあり方を示した 13)。更には、企業スポーツ休廃部に焦点

を当て実態を明らかにした研究として、上林(2009)14)がある。しかしながら、中村(2016)は

Page 8: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

6

「企業スポーツにとって、どのような意味を示すかを決めることは非常に重要だが、それは

スタート地点にすぎない。意義を果たすために、たとえば、組織的な運営の仕組みを作り、

そして実際に運営を回して改善する等、やらねばならない取組みがたくさんある。しかし、

意義を決めたあとの取組みを、既存研究は必ずしも十分に議論していないのである。」と指

摘している 15)。

2-2 アスリートのキャリアに関する研究

アスリートのセカンドキャリア、デュアルキャリアについては、主にアスリートの心理面

に着目した研究、或はアスリートの立場で、現状分析と共に問題解決の方向性を提示した研

究が見られる。前者の代表的なものとしては、競技引退に伴う心理的問題と対策を示した豊

田(2001)16)、J リーガーを事例とし、引退時の問題点とキャリアサポートのあり方を提示し

た高橋、重野(2010)17)等の研究がある。また後者の代表的なものとしては、トップアスリー

トのセカンドキャリア構築を実現するためのモデル化を検討した吉田他(2007)18)、その第 2

報として海外先行事例調査を中心に考察した吉田他(2007)19)がある。これに続き、筑波大学

は「セカンドキャリアプロジェクト」にて、「トップアスリートのセカンドキャリア開発支

援システムの構築に関する研究」20)の成果報告抄録集、及びトップアスリートのキャリア認

識に関する調査等の各研究報告を公開している。他には、独立行政法人日本スポーツ振興セ

ンター(2014)がデュアルキャリアに関する調査報告 21)、更に同センター(2015)は、スポーツ

キャリア形成支援体制に関する研究報告を行い 22)、笹川スポーツ財団、田中ウルヴェ京

(2014)がオリンピアンのキャリアに関する実態調査を報告した 23)。

Page 9: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

7

2-3 先行研究の検討のまとめ

企業スポーツに関する先行研究とアスリートのキャリアに関する先行研究を検討した結

果、企業スポーツの意義やあり方、及びアスリート視点でのキャリアという点において、企

業とアスリートとの関係が明らかになっている。一方、企業がアスリートを雇用する上で、

具体的に生じる組織運営上の問題や企業雇用視点でのアスリートキャリアなど、企業側か

らの視点の不足に課題を残していることがわかった。また、未だ研究蓄積に不足のあるアス

ナビの取り組みは、そうした課題に対して企業とアスリートの関係を企業の観点から確認

できる貴重なケースであると考えられる。更に、一般的に、Abbeglen(1958)24)によって指摘

された終身雇用制、年功序列、企業内組合という「3 種の神器」という特徴が日本的経営の

根幹となってきたと理解されるが、企業スポーツは、「企業がスポーツ選手を従業員として

雇用し、企業の金銭を含む物理的援助・サポートのもとで、仕事の一環として、あるいは終

業後におこなうスポーツ活動」(澤野, 2005)25)として、周知の通り、そうした日本的経営の

下、福利厚生費や労務費という名目で、人事労務管理施策の一環として、日本の経済成長と

共に発展してきた歴史がある。然しながら、アスナビ企業には、そうした企業スポーツの経

験企業、及び未経験企業が含まれるが、前者はアスリートの人事労務施策の運用に係る組織

としての知見やノウハウが蓄積されている一方、後者はそれが無いと想定される。その違い

に着眼し、両者の比較検証を行うことは、企業視点でのアスリート雇用に係わる知見の取得

を試み、人事労務管理の観点から企業とアスリートの関係を明らかにする上で、有効な方法

と考えられる。

Page 10: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

8

第3章 研究目的

本研究では、人事労務管理から見た企業とアスリートの関係を明らかにする。アスナビを

ケースとし、雇用に関する概念抽出を通して、実業団スポーツ(注 2)経験企業と実業団スポ

ーツ未経験企業の比較検証を行う。検証から、実業団スポーツを通したアスリート雇用経験

の有無が、アスナビアスリートを組織に組み込むための各社の人事労務施策の運用にどう

影響しているか、という視点を持って考察を試みる。

Page 11: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

9

第4章 研究方法

インタビュー企業を選定し、半構造化面接により収集した質的データを分析した。

4-1 インタビューガイド

半構化面接においては、表 3 の通り、インタビューガイドを作成した。アスリートの雇用

に関する半構造化面接に対し、「会社全体のスポーツ活動」、「アスナビ」、「採用」、「社内合

意形成」、「運用」、「競技活動への支援」、「キャリア」の 7 つの中項目を設け、各企業におい

て、それぞれ内容の方向性に大きな違いがないように注意し、のちの比較検討に備えた。ま

た、小項目についてもインタビュー内容についてあらかじめ想定をおこない、設定した。

インタビューガイド作成にあたっては、先ずアスナビの基本情報を把握するため、2016

年 4 月以降、JOC 主催のアスナビ企業説明会に 5 回出席し、また JOC の HP に公開され

た 2016 年 4 月 20 日付第 1 回「アスナビ」採用企業実態調査 27)の内容を吟味の上、奥林、

他(2003)28)等の人的資源管理論の知見、及び筆者の企業人事部員と国家資格キャリアコンサ

ルタントとしての知見と経験を活用した。9 月 2 日に実施した B 社との予備調査を兼ねた

初回インタビューで使用した結果、問題が無かったので、以降の各社インタビューにおいて

も、使用した。

中項目毎の主たる問題認識として、「会社全体のスポーツ活動」は実業団スポーツ経験等、

会社としてのスポーツ経験のアスナビアスリート運用への影響、「アスナビ」は JOC の介

在についての人事労務視点からの評価、「採用」は一般社員との違い、「社内合意形成」につ

いては、経営と一般社員の理解に向けた対処、「運用」は競技活動中心の会社生活において

Page 12: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

10

一般社員と異なる人事労務対応の内容、「競技活動支援」は企業負担の内容、「キャリア」は

現役期間中と引退後のキャリアについての考え方、が挙げられる。但し、インタビューにお

いては、半構造化面接により、項目順不同で企業として開示可能な論点を中心にヒアリング

したので、後述する通り、あらためて、逐語録に基づきコーディングを行った。

表 3 インタビューガイド

4-2 インタビュー企業の選定・属性

実業団スポーツ経験企業 5 社、及び 2016 年に JOC が開催したアスナビ関連企業説明会

において、企業取組み事例のプレゼンテーションを行った企業、または JOC の発行したア

スナビ採用企業事例に係わる広報誌とアスナビニュースに協力した実業団スポーツ未経験

・実業団スポーツ・アスナビ以外のアスリート雇用・スポンサー等・会社としてのアスリート雇用の考え方・アスナビアスリートの属性・アスナビの利点・今後の継続方針・経緯・選考のプロセス・経営の理解・一般社員の理解・勤務場所、業務・人事制度 (職種、就業規則、等級制度、考課制度等)・活用、効果・アスリートの悩み、変化・財務支援・怪我等その他の支援・教育訓練・人的サポート・キャリアパス・先行キャリア事例

項目

キャリア

会社全体のスポーツ活動

アスナビ

採用

社内合意形成

運用

競技活動への支援

Page 13: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

11

企業 11 社を候補に挙げ、一部 JOC の協力を得てインタビューの申し入れを行った。申し

入れに際しては、予め依頼文書と表 3 のインタビューガイドを提示し、研究内容を説明す

ると共に、アスリートの企業雇用に係わる会社としての考え方や問題認識を聴くことを目

的とし、人事部長、またはそれに代替する役職者の対応を要望した。候補企業各社の意向と

スケジュールを調整した結果、表 4 と表 5 の通り、12 社を選定した。

表 4 実業団スポーツ経験企業のインタビューリスト及び属性

表 5 実業団スポーツ未経験企業のインタビューリスト及び属性

4-3 インタビューの時期・期間

表 6 の通り、12 社に対し、2016 年 9 月 2 日~11 月 11 日の間にインタビューを実施

した。尚、インタビュー後、メールでの事実関係確認のフォローアップを行った。

No. 社名 本社所在地 創業(年) 資本金 上場別 従業員数 業種

1 A社 愛知県 1937 1000億円超 東証一部 10万人超 製造業(自動車)

2 B社 東京都 1921 1000億円超 東証一部 10万人超 製造業(電機)

3 C社 東京都 1931 1000億円超 東証一部 1万人超~10万人 製造業(化学)

4 D社 愛知県/大阪府 1921 100億円~1000億円 東証一部 1万人超~10万人 製造業(機械)

5 E社 東京都 1952 1000億円超 東証一部 1万人超~10万人 運輸業(航空)

* 各社2016年12月1日付で公表されたHP、最新の有価証券報告書・決算短信、総務省日本標準産業分類に基き、筆者が作成

* 連結の数値が公表されている企業は連結数値を記載

* E社については、グループ企業で採用したアスナビアスリートを含む

表4 実業団スポーツ未経験企業のインタビューリストと属性

No. 社名 本社所在地 創業(年) 資本金 上場別 従業員数 業種

6 F社 兵庫県 2001 1億円~10億円 非上場 1百人~1千人 卸売業、小売業(食品等)

7 G社 千葉県 1917 100億円超~1000億円 東証一部 1千人超~1万人 製造業(食品)

8 H社 東京都 1921 100億円超~1000億円 非上場 1千人超~1万人 金融業(信用金庫)

9 I社 東京都 1984 10億円超~100億円 東証一部 1百人~1千人 サービス業(IT)

10 J社 東京都 2005 10億円超~100億円 東証一部 1百人~1千人 製造業(食品等)

11 K社 千葉県 1965 10億円超~100億円 東証JASDAQ 1百人~1千人 サービス業(教育)

12 L社 東京都 1987 10億円超~100億円 非上場 1千人超~1万人 サービス業(保育、教育)

* 各社2016年12月1日付で公表されたHP、最新の有価証券報告書・決算短信、総務省日本標準産業分類に基き、筆者が作成

* 連結の数値が公表されている企業は連結数値を記載

* H社の資本金に記載した金額は出資総額に相当

*F社の従業員数は2016年5月31日時点

Page 14: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

12

表 6 インタビュー記録

4-4 データ収集の手続き

インタビューガイドに沿って、 個室にて1社あたり60分~90分の半構造化面接を行い、

被インタビュー者の承諾を得た上で、IC レコーダーによる録音を実施した。

4-5 データ分析の手続き

佐藤(2008)29)の「質的分析法」(注 3)に準拠し、次の手順で分析を行った。①(株)大和速

記情報センターの専門家が逐語録原稿を作成し、インタビュー後にメール話フォローアッ

プを行った内容について、逐語録に追記した。②逐語録の文字テキストにコーディングを

実施し、脱文脈化-セグメント化を行った。③コーディング結果に基づき、縦軸に項目、横

軸に企業名を記述した「事例-コードマトリックス」を作成の上、そこから企業単位で共通

フォーマットによる逐語録サマリー【付録】を抽出し、再文脈化-データベース化を行っ

た。④一連の作業を通じ、漸次構造化法(注 4)と継続的比較法(注 5)の考え方に則り、質的

データの分析を行った。

会社 年月日 時間 場所 被インタビュー者

A社 2016年9月13日 15:00-16:30 A社東京本社会議室 人事部担当部長

B社 2016年9月2日 15:00-16:15 B社本社会議室 人事部マネージャー

C社 2016年10月25日 15:30-17:00 C社本社会議室 人事部長

D社 2016年10月19日 13:30-15:00 D社名古屋本社会議室 人事部長

E社 2016年10月13日 10:00-11:15 E社本社会議室 人財担当役員

F社 2016年10月14日 14:00-15:15 筆者手配会議室 M事業本部長

G社 2016年10月26日 13:30-15:00 G社東京本社会議室 人事部長

H社 2016年10月19日 10:00-11:15 H社事業部会議室 C事業部次長

I社 2016年10月11日 14:00-15:10 I社本社会議室 代表取締役社長

J社 2016年10月26日 16:30-18:00 J社本社会議室 P事業本部長

K社 2016年10月28日 13:30-15:00 筆者手配会議室 法務部長(採用時人事部長)

L社 2016年11月11日 14:00-15:00 L社本社会議室 人事本部長

Page 15: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

13

第5章 結果

本研究の目的を踏まえ、先ず、【人事労務管理上の施策】と【人事労務管理上の課題】、

並びにその前提となる会社の方針に係わる【アスリート雇用の意義】を大項目として抽出

した。次に逐語録の文字テキストへのコーディング結果により、【人事労務管理上の施

策】と【人事労務管理上の課題】については、7の中項目と必要に応じ 10 の小項目に分

類した。中項目として、【人事労務管理上の施策】は『採用』、『処遇』、『活用』、『社内認

知度』、『キャリア開発』、【人事労務管理上の課題】は『課題総括』、『個別課題抽出』を抽

出した。更に、小項目として、『採用』は「アスナビの利点」、「経緯」、「選考プロセス」、

「今後の継続方針」、『処遇』は「配属」、「職種」、「制度運用」、「競技力向上支援」、『キャ

リア開発』は「教育・サポート」、「キャリアパス」を抽出した。その上で、表 7 と表 8 の

通り、項目毎のインタビュー結果として、各社の逐語録サマリーから抽出したポイントを

取り纏めた。

Page 16: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

14

表 7 インタビュー結果 1.

A社 B社 C社 D社 E社 F社○ ○ ○ ○ ○ ×

・一致団結、士気高揚・社会貢献・地域活性化・スポーツを応援する会社のイメージ確立

・人材多様化・アスリートの強みの活用・経営理念の浸透・一体感・連帯感の醸成

・一体感醸成・社員を元気にするための活動

・一体感醸成、士気高揚・地域社会でのイメージアップ

・一体感醸成・士気高揚・アスリートの経験の還元

・人材確保・一体感醸成・士気高揚

アスナビの利点

・JOC機能をリスペクト・独自のアスリート・アクセスルート強化

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性・JOCとのパイプ構築

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性・地元大学との関係構築

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性・アスリートへの多重支援

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性

経緯

・経営が認知したスポーツへの取組み方針の下、アスリート採用

・経営トップダウンの下、コーポレートによる新たなスポーツ施策

・経営トップの理解を得て検討・JOCからパラアスリート採用の働きかけ

・経営トップ経由中部経済同友会のアプローチ・地域貢献と身の丈にあった支援を前提

・経営による社員多様化の認知・撤退したサッカークラブOBの社業での活躍・JOCのアプローチ

・経営に認知された「アスリート雇用の意義」の狙い実現

選考プロセス

・実業団スポーツと同じ・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人柄を重視・強化運動部のスカウト中心

・実業団スポーツと異なる・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人柄を重視・仕事と競技の両立への拘り・JOC強化選手を条件

・実業団スポーツと同じ・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人柄を重視・陸上、柔道以外はパラアスリートのみ

・実業団スポーツと異なる・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人柄を重視・採用時点では社業適性より競技への姿勢重視・地元大学の女子レスリング部出身のみ

・一般社員と同じ・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人柄を重視・新卒は競技団体推薦可・種目・夏冬等分散、女性・障がい者に注目

・一般社員と同じ・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人柄を重視・支援可能なコスト範囲内・次回採用時は女性を希望

今後の継続方針

・確定計画無し・アスナビとの関係はケースバイケース

・確定計画無し・是々非々

・確定計画無し・是々非々

・確定計画無し・雇用の是非含め今後の支援のあり方は要検討

・確定計画無し・各代1~2名、グループ全体20名程度のイメージ

・確定計画無し・5名抱える体制を想定

配属

・スケート部活動を考慮 ・練習場所・競技活動へ配慮

・練習場所、競技活動を考慮・アスリート管轄の人事部

・人事部・地元大学での競技活動専念の制度運用を考慮

・練習場所と競技活動を考慮

・練習場所と競技活動を考慮・M事業本部に集中

職種

・正社員 ・嘱託契約社員(引退時本人の意向で正社員へ転換可)

・正社員 ・嘱託契約社員(引退時本人の意向で正社員へ転換可)

・正社員 ・正社員

制度運用

・一般正社員就業規則を適用・午前中仕事、午後練習・競技活動:業務外

・一般嘱託契約社員就業規則に準拠・原則週3日出社・競技活動:業務外

・一般正社員就業規則を適用・原則週2日出社・競技活動:業務とみなす

・一般嘱託契約社員の就業規則を適用・月1~2回出社・競技活動:業務とみなす

・一般正社員就業規則を適用・シーズン中は月1回程度・競技活動:業務とみなす

・一般正社員就業規則を適用・原則週2、3日(1名終日)・競技活動:業務とみなす(1名業務外)

競技力向上支援

・競技団体との兼ね合いでスケート部予算で支援・怪我:傷害保険付保

・競技団体支援との兼ね合い・トップアスリート手当有・怪我:傷害保険付保

・競技団体支援との兼ね合い・年間活動予算の設定・怪我:会社は健保対応

・競技団体支援との関連・社宅補助、報奨、スポーツ手当・怪我:傷害保険付保

・競技団体支援との関連・怪我:会社は健保対応

・競技団体支援との関連・「Hアスリートクラブ」の活動費・怪我:会社は健保対応

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・地域活性化活動

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・本社営業での事例

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・地元イベント事例・技能五輪選手への講演

「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・行動指針推進での事例・グループ会社、自治体イベント

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・「Hアスリートクラブ」活用・地域社会貢献活動

・実業団スポーツOB等アスリート受け入れ土壌有・「アスリート雇用の意義」の狙い実現の施策

・実業団スポーツOB等アスリート受け入れ土壌有・「アスリート雇用の意義」の狙い実現の施策・アスナビアスリート契約内容を社員へ周知

・実業団スポーツOB等アスリート受け入れ土壌有・「アスリート雇用の意義」の狙い実現の施策

・実業団スポーツOB等アスリート受け入れ土壌有・「アスリート雇用の意義」の狙い実現の施策

・元サッカークラブOB等アスリート受け入れ土壌有・「アスリート雇用の意義」の狙い実現の施策・ダイバーシティの実践例

・「アスリート雇用の意義」の狙い実現の施策・「Hアスリートクラブ」による情報発信

教育・サポート

・引退後の社業活用を想定した施策・アスリート用CDP無いが、人事異動有・スケート部での教育、強化運動部用研修・社内ネットワーク作り・地域活性化を教育の場として活用・運動部OBの職場へ配属

・引退後正社員転換を想定した施策・アスリート用CDP無し・人事部相談窓口、職場にメンター設置・社内ネットワーク作り・Eラーニング等研修フォロープログラム有・競技と仕事両立におけるアスリートのケア

・引退後の社業活用を想定した施策・アスリート用CDP無し・社内ネットワーク作り・現場業務での支援重視

・引退後の正社員転換を想定した施策(一体感醸成・士気高揚の意義を指導する段階)・社員導入研修を実施・アスリート用CDP無し

・引退後の社業活用を想定した施策・アスリート用CDP無し・Eラーニング等研修フォローアッププログラム有・人材関連担当役員がグループ全体を俯瞰、将来的な支援体制作り・同期とのコミュニケーション重視

・引退後の社業活用を想定した施策・アスリート用CDP無い。・A事業本部内異動有・「Hアスリートクラブ」プロジェクトを教育の場として活用・「Hアスリートクラブ」事務局長、メンターにアスナビアスリート年長者を指名

キャリアパス

・実業団スポーツOBがロールモデルとして存在・引退時本人と協議、社業専念への転機をケア・引退後、社外セカンドキャリアの多様化

・実業団スポーツOBがロールモデルとして存在等配属職場の厳選・JOC強化選手のみ嘱託社員契約を更新、本人と協議の上、社業専念への転機をケア・引退後、指導者派遣・競技団体出向は消極的

・実業団スポーツOBがロールモデルとして存在・引退時、本人と今後について協議・引退後、指導者・競技団体活用を柔軟に検討

・実業団スポーツOBがロールモデルとして存在・引退時に本人と今後について協議・引退後、指導者・競技団体での活用を柔軟に検討

・元サッカークラブOBがロールモデルとして存在・引退時に本人と今後について協議・引退後、指導者・競技団体での活用に期間限定で柔軟に検討

・引退時、今後について本人と協議・引退後は会社全体で適材適所の活用・引退後、指導者・競技団体の活用を柔軟に検討

・今のところ、実業団スポーツの強化運動部としての課題

・アスナビアスリート雇用は新しいスポーツ支援の形・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・アスナビアスリート雇用は新しいスポーツ支援の形・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・アスナビアスリート雇用は新しいスポーツ支援の形・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・アスナビアスリート雇用は新しいスポーツ支援の形・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・アスナビアスリート雇用は新しいスポーツ支援の取組み・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・配属職場多様化のため社内理解活動の継続・グループ会社と連携、競技団体・大学出向等セカンドキャリア多様化

・地域貢献活動での活用・アスリート用CDPと教育プランの策定検討・競技と仕事の両立を目指したアスリート対応

・競技特性により、想定よりも応援機会が少ないことへの対応・人事制度の最適運用に向けての検討継続

・一体感醸成効果の実現・競技力向上支援、競技力に応じた会社対応の体制検討・教育のあり方、メンター制度の導入の検討

・アスリート用教育プランの策定検討・グループ全体を俯瞰する継続性のあるアスリート支援体制作り

・「Hアスリートクラブ」による主体的プロジェクト推進の進捗、教育効果の検証・引退後の社業でのビジョンを提示

*アスリートの属性を含む、詳細については、【付録】として掲載した各社の「逐語録サマリー」を参照。

実業団スポーツ経験

人事労務管理上の課題

アスリート雇用の意義

項目

課題総括

個別課題抽出

人事労務管理上の施策

採用

処遇

活用

社内認知度

キャリア開発

Page 17: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

15

表 8 インタビュー結果 2.

G社 H社 I社 J社 K社 L社

× × × × × ×

・一体感醸成・社員への刺激と好影響・社内外へ食の重要性の発信

・本業強化に資する地域顧客コミュニケーション・人材多様化の象徴・社員への刺激、好影響

・トップアスリートのメンタリティー、努力する姿勢からの学びによる好影響

・トップアスリートをもの作りに活用・社員への刺激によるモチベーションマネジメント

・一体感醸成・会社全体への刺激・アスリートならではの本業への貢献

・保育・幼児教育現場でアスリートの専門性を活用・幼児教育効果・社内活性化

アスナビの利点

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性・引退後働く意思の確認

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性・働く意思の確認

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性・強化への支援体制

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性

・JOC介在によるアスリートへのアクセスと信頼性・スポーツ発展に寄与

経緯

・経営トップダウン・アスナビ趣旨に賛同・経済同友会を通し、JOCから協力依頼有

・経営トップダウン・JOCのアプローチ

・経営トップダウン・アスナビの趣旨に賛同・身の丈にあったアスリート支援

・経営トップダウン・JOCのアプローチ

・ボトムアップと経営の理解・特異な才能の持ち主の働き方を是とする整理

・経営トップダウンと営業現場のボトムアップ・JOCのアプローチ

選考プロセス

・一般社員と異なる(内定者は一般社員と同じ)・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人柄を重視・会社商品のターゲット層が主婦のため、女性アスリートを優先・オリパラスポンサーとして夏季種目優先

・一般社員と異なる・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人物重視・女性職場環境整備、女性の着眼点活用のため、女性アスリート優先・東京都地域社会の土地柄、夏季種目に偏る傾向

・一般社員と異なる・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人物重視・出社頻度、練習場所により、夏季種目を優先

・一般社員と異なる・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人物重視・JOC強化指定選手を条件・事業とのストーリー性、イメージとの親和性

・一般社員と異なる・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人物重視・JOC強化指定選手を条件・アスリート雇用未経験故、2人同時採用、同性、夏・冬組み合わせ、同大学出身とした

・一般社員と異なる・「アスリート雇用の意義」の狙い、引退後の社業活用から人物重視・幼児教育に使える種目に興味有り、トランポリンのアスリートを内定済み

今後の継続方針・確定計画無い・常時2~3人のイメージ

・確定計画無し・引退後に補充のイメージ

・One Company、OneAthleteの考え方に賛同

・確定計画無し・次の採用是非を検討中

・確定計画無し・成功事例作りに専念

・確定計画無し・パラアスリートに興味

配属

・練習場所・競技活動を考慮

・練習場所・競技活動、本業への貢献を考慮

・練習場所、競技活動を考慮

・練習場所、競技活動、本業での貢献を考慮

・練習場所、競技活動、本業での貢献を考慮

・練習場所、競技活動、本業への貢献を考慮

職種

・嘱託契約社員(引退時本人の意向で正社員へ転換可、内定者は正社員)

・正社員(一般職) ・正社員 ・嘱託契約社員((引退時本人の意向で正社員へ転換可)

・正社員 正社員、嘱託契約社員(引退時本人の意向で正社員へ転換可)

制度運用

・一般嘱託契約社員規則(内定者は一般正社員就業規則)を適用・月1日程度(内定者は午前仕事、午後練習)・競技活動:業務とみなす

・一般正社員就業規則を適用・平均週1~2回出社・競技活動:業務とみなす

・一般正社員就業規則に準拠しアスリート用規定を策定・月数日出社・競技活動:業務外

・一般嘱託契約社員の就業規則を適用・月1回程度出社・競技活動:業務とみなす

・一般正社員就業規則を適用・週2日程度(シーズン中はばらつき有)・競技活動:業務とみなす

・一般正社員就業規則または一般嘱託契約社員規定を適用・正社員:午前練習、午後出社、嘱託:月1回程度出社・競技活動:業務とみなす

競技力向上支援

・競技団体支援との関連・怪我:リハビリ費用は会社負担

・競技団体支援との関連・栄養費、報奨を支給・怪我:傷害保険付保

・競技団体の支援の兼ね合い・怪我:会社は健保対応

・競技団体支援との関連・報奨制度有・怪我:会社は健保対応

・競技団体支援との関連・怪我:会社は健保対応

・競技団体支援との関連・活動費予算内・怪我:会社は健保対応

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・地域貢献活動、営業支援で実績有

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・地域の経営者会合、小学校等へ派遣・「Jアスリートクラブ」活用

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・製品開発での協働

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・学童保育施設のトレーニング開発に取組中

・「アスリート雇用の意義」の狙いに沿った活動施策・社内研究所、大学と連携し、幼児期運動能力向上の教育手法の開発

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・現在顕在化していないが、当初一部社員から不公平感の声有

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・「Jアスリートクラブ」活用・地域顧客コミュニケーションで他社員と協働

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・社員向け競技活動報告体制を確立

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・現在顕在化していないが、採用前に一般社員の不公平感を懸念する声有

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策・新規事業進捗の発信・採用前に社内の否定的な見方の可能性を検証

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策。・現場で専門性発揮・社内全体定例会議での報告実施

教育・サポート

・引退後の社業活用を想定した施策・アスリート用CDP無し・同期とのコミュニケーション重視・人事部長と所属部長が連携し、職場の全面サポート

・引退後の社業活用を想定した施策・アスリート用CDP無し・Eラーニング等研修フォローアッププログラム有・一般社員との幅広いネットワーク作り・アスリート用研修の実施・メンターは「Jアスリートクラブ」の元アスリートマネージャー

・引退後の社業活用を想定した施策(競技から学ぶ意識、他社員への発信を重視)・アスリート用CDPは無し

・引退後の社業活用を想定した施策(引退時に選択肢を持てる教育)・アスリート用CDP無し・直属上司がメンター・同僚とのコミュニケーション重視

・引退後の社業活用を想定した施策(アスリート経験の事業運営活用)・アスリート用CDPは無し・アスリート専用研修実施後、新規事業推進を教育機会として活用

・引退後の社業活用を想定した施策(専門性の追求)・アスリート用CDP無し・所属上長がアスリートをケア

キャリアパス

・引退時本人と今後について協議・引退後は社業活用を重視、指導者や競技団体出向は本来消極的

・引退時に本人と今後について協議・本業強化の非金融系で会社・顧客の接点等社業活用を提示・引退後の指導者、競技団体での活用方針未定

・引退時に今後について協議・本人が継続勤務を選択すれば、仕事の希望に応じトレーニング実施が必要

・引退時に今後について協議・引退後、指導者・競技団体出向での活用に前向き

・引退時に今後について協議・引退後にアスリートの経験を本業で生かすメッセージを提示・引退後、指導者・競技団体出向活用方針未定

・引退時に今後について協議・引退後も保育と幼児教育の現場で専門性発揮のキャリアを提示・引退後、指導者・競技団体出向活用は短期間のみ検討

・アスナビは新しいスポーツ支援の取組み・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・アスナビは新しいスポーツ支援の取組み・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・アスナビは新しいスポーツ支援の取組み・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・アスナビは新しいスポーツ支援の取組み・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・アスナビは新しいスポーツ支援の取組み・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・アスナビは新しいスポーツ支援の取組み・人事労務管理上の施策全般に継続改善が必要

・2017年4月以降、職種が嘱託と正社員の2種類になる制度運用対応・研修を補完するアスリート用教育プランの検討

・引退後の社業でのキャリアを見据えた地域顧客とのコミュニケーション力向上に向けた実践的な場と教育の継続的追求

・本人の希望に応じた会社としての支援のあり方、教育の最適化追求

・アスリートの専門性を生かした製品開発への取組みの進化・オフシーズンの有効活用を含めアスリート用教育プログラムの策定検討

・アスリートの専門性を活用した新規事業推進での成果による成功体験作りと社内へのアピール・現地応援に行き難いことへの対応

・会社本業におけるアスリート専門性の高度化とそれに向けた教育・会社としての競技力支援のあり方の継続検討・メンター等人的支援のあり方の検討

*アスリートの属性を含む、詳細については、【付録】として掲載した各社の「逐語録サマリー」を参照

実業団スポーツ経験

人事労務管理上の課題

アスリート雇用の意義

項目

課題総括

個別課題抽出

人事労務管理上の施策

採用

処遇

活用

社内認知度

キャリア開発

Page 18: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

16

第6章 考察

6-1 項目別考察

先ず表 9 の通り、項目毎に実業団スポーツ経験企業と実業団スポーツ未経験企業の共通

点(全社に共通する点)、及び相違点(実業団スポーツ経験企業と実業団スポーツ未経験企業

の比較における相違点)を一覧に纏めた。この比較表を参照し、実業団スポーツを通じたア

スリート雇用経験の有無が、人事労務管理上の施策の運用と課題にどう影響しているか、と

いう視点を持ち、結果について大項目と中項目単位で考察した。

Page 19: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

17

表 9 実業団スポーツ経験企業と実業団スポーツ未経験企業の比較

(1) 【アスリート雇用の意義】

全社が、一体感醸成、士気高揚等の人事労務管理施策を挙げていることが確認され、

「社員の士気と職場の一体感を大いに高め、企業スポーツは労務施策として重要な位置を

共通点相違点

実業団スポーツ経験企業 実業団スポーツ未経験企業

共通点

アスナビの利点

経緯

選考プロセス

今後の継続方針

配属

職種

制度運用

競技力向上支援

共通点

共通点

教育・サポート 共通点

共通点

相違点 ・実業団スポーツOBのロールモデルの存在有 ・社内にロールモデルが不在

共通点

相違点・実業団スポーツ経験によるアスリート雇用に係わる人事労務施策の経験と知見を有する

・実業団スポーツを通したアスリート雇用に係わる人事労務施策の経験と知見がない

共通点

相違点 ・活用可能なアスリート雇用の経験と知見の蓄積がある ・アスリート雇用の経験と知見の蓄積が十分無い

(注) A社はアスナビアスリートを実業団スポーツの強化運動部であるスケート部に所属させており、「課題総括」の「共通点」に該当しない

・実業団スポーツ経験有無にかかわらず、アスナビアスリート雇用は新しいスポーツ支援の取組みであり、組織運営上の各論点について、一定の運用ルールを定めているが、継続的な改善努力が必要(注)

・選手引退後の社業での活躍を踏まえた教育

個別課題抽出

・一体感醸成、士気高揚、人材多様化、人材確保等の人事労務管理施策

項目

キャリアパス

キャリア開発

社内認知度

活用

アスリート雇用の意義

処遇人事労務管理上の施策

採用

・「アスリート雇用の意義」の狙いの実現のため、また選手引退後の社業活用を考慮し、人柄、人物を重視

・継続に関心はあるが、確定計画は無い

・練習場所と競技活動への配慮

人事労務管理上の課題

課題総括

相違点

・競技団体支援との関連で、企業が競技活動費用を負担

・実業団スポーツOBの存在等により、社内にアスリートを受け入れる土壌がある

・実業団スポーツ経験企業のようなスポーツ経験の蓄積がない中で施策推進中

・競技活動優先の中、選手現役引退後の社業活用への準備としての施策・選手現役期間中のアスリート用CDPは無い

 

・選手現役引退後は、本人の意思を踏まえつつ、正社員として継続雇用を想定

・一般正社員または一般嘱託契約社員の就業規則を適用、またはそれらに準拠したアスリート用規定を策定

・選手現役時代の職種が正社員か嘱託契約社員にかかわらず、引退後に正社員として継続勤務する前提で採用・アスリートが希望すれば、引退後正社員として勤務

・各社の「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策の推進

・各社の「アスリート雇用の意義」を踏まえた施策の推進

共通点

・経営のトップダウン、または経営の理解を得ての推進

JOCの機能への評価

Page 20: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

18

占めることとなった」(荻野,2007)30)という長年認識されてきた企業スポーツの主目的と合

致することが分かった。アスリート雇用の意義として、こうした人事労務管理施策のみを

挙げた企業は 3 社あり、これに加えて別の意義も挙げた企業は 9 社あったが、内容は各社

多様である。このことは、佐伯(2004)31)が「21 世紀企業スポーツモデルの構想」の中で、

「経営資源としての企業スポーツの可能性」として挙げている「成熟志向の経営政策と企

業スポーツの可能性」、「企業ブランドと企業スポーツの可能性」、「企業プライドと企業ス

ポーツの可能性」、「企業市民性の習熟と企業スポーツの可能性」と総じて符合している

が、大きな括りで見ると、実業団スポーツ経験企業 4 社が、「女性アスリートを支援して

いる会社のイメージ確立」(A 社)、「地域社会でのイメージアップ」(D 社)のように、今

の時流に合ったコーポレートとしての意義を加えているのに対し、実業団スポーツ未経験

企業の 6 社は、「子供たちの運動能力を伸ばすプログラムの開発」(K 社)、「保育・教育現

場でアスリートの専門性の活用」(L 社)のように、より具体的な本業の事業での貢献や活

用を挙げている。これは、表 4 と表 5 の通り、実業団スポーツ経験企業が大規模な製造業

が多いことと比べ、実業団スポーツ未経験企業各社の規模、業種、事業内容に拠るところ

もあり、また初めてアスリートを雇用することに係わる株主、社員等のステイクホールダ

ーに対する説明責任とも関連していると考えられる。

(2) 【人事労務管理上の施策】 – 『採用』

全社が、「アスナビの利点」として JOC の機能を評価していること、「経緯」として経営

のトップダウンまたは経営の理解を得て推進したこと、「選考プロセス」において、人柄、

人物を重視していること、並びに「今後の継続方針」については、各社各様のイメージや考

Page 21: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

19

え方はあるものの、今後のアスナビアスリートの採用について確定計画が無いことが確認

された。但し、A 社については、実業団スポーツ強化運動部のスカウト活動が、当該アスリ

ートのアスナビ登録と合致した経緯、及び今後も独自のスカウトルートを強化していく考

えであることが示された。また、「選考プロセス」において、10 社がアスナビアスリートを

一般社員や実業団スポーツ選手と異なるプロセスで採用を進めたのに対し、2 社が一般社員

と同じプロセスを踏んだことが確認されたが、F 社については、元々創業時の知名度が低い

時代に、人材確保の手立てとしてアスリートを採用した経緯があることが示された。

以上のことから、企業がアスナビアスリートの採用を決定する要因として、JOC ブラン

ドに基づくマッチング機能への信用力と経営トップの推進力に拠るところが大きいと考察

される。経営トップの推進力に関しては、初回企業説明会を提案し、開催に協力した経済同

友会の貢献が大きいと考えられる。

また、選考基準として人柄、人物を重視する点は、永野(2003)が日本企業の新卒一括採用

の特徴として述べた「その時点で獲得されている職業能力ではなく、訓練可能性を示す性格

や人柄などが重視された採用」32)と類似していると考えられる。尚、JOC が平成 28 年 12

月 9 日に開催したアスナビ企業説明会の配布資料 33)によると、アスナビの新卒比率は 45%

である。一方で、「事業とのストーリー性、イメージとの親和性を考えて競技種目を先ず決

めた」(実業団スポーツ未経験企業 J 社)というユニークなアプローチをした企業もある。

(3) 【人事労務管理上の施策】- 『処遇』

「配属」については、全社が練習場所と競技活動に配慮していることが示された。「職種」

については、正社員が 7 社、嘱託契約社員が 3 社、正社員と嘱託契約社員混在が 2 社ある

Page 22: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

20

ものの、嘱託契約社員は、現役選手引退時に、本人が希望すれば、正社員に転換可能である

ことが明らかになった。「制度運用」については、一般社員の就業規則を適用するか、また

はそれに準拠しアスリート用の規定を策定していること、「競技力向上支援」については、

競技団体からの支援との関連において、企業の負担額を決めていることが確認された。

特記すべきこととして、第一に、「職種」に関し、現役選手期間中はアスリートを嘱託契

約社員とした会社の事由は、採用決定前に社内で「一般社員が不公平感を持つのでは?と懸

念する声があった」(実業団スポーツ未経験企業 J 社)のように、限定的な出社日数や競技力

向上支援の各種条件等、正社員の就業規則では、他社員との公平性を担保できる運用が難し

いと判断したためと考えられる。

第二に、一般社員の就業規則をアスナビアスリートに適用、またはそれに準拠してアスリ

ート用の規定を策定していることに関して、平野(2006)が「新しい人事管理はまず大企業で

企てられ、その有効性が次第に明らかになるにつれ、多くのフォロワーが出てくる。そして、

広く日本企業全体に「制度」として定着する。その意味で筆者は、大企業で普及した特定の

機能的な人事管理は、規模や産業特性を超えた収斂性・凝集性を持っていると考えている」

34)と述べている点に着目する。通常、日本の企業は、就業規則をマスターとし、各論の規定、

細則、運用マニュアル等を作成し、従業員の人事管理の礎としているが、厚生労働省労働基

準局監督課は、平成 28 年 3 月に「モデル就業規則」35)を発行しており、これが現時点で収

斂された、均質性を持った就業規則のテンプレートとも考えられる。本研究のインタビュー

対象の会社も、そうした収斂された就業規則をベースとして、一般社員の運用を行い、一般

社員とは相当異なる会社生活を送っているアスナビアスリートについても、これに当て嵌

Page 23: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

21

め、試行錯誤しながら運用していると考えられる。但し、A 社は、アスナビアスリートを強

化運動部に所属させ、既存の運用の枠組みで、実業団スポーツの選手と同じ運用をしている

ので、この議論に当てはまらない。

第三に、例えば、競技活動を業務と見做すか、業務外とするかについて、職種との関連に

おいて、表 10 の通り、各社の運用に統一性がないことが分かる。上述の通り、アスナビア

スリートに対して収斂された均質性のある就業規則を適用しながらも、各社が異なる運用

を行っているのが実態と考えられる。その事由として、各社の歴史、規模、業種、事業内容

等の属性に係わることに加え、アスナビアスリートの競技種目が多様な個人種目に分散し

ており、また種目毎にオリンピック・パラリンピックを目指すレベルの練習と試合のパター

ンが異なっており、従来型の実業団スポーツのように、午前中仕事、午後練習という基本パ

ターンで括れないことに関連していると考えられる。

表 10 競技活動の定義と職種の関係

尚、実業団スポーツ未経験企業がアスナビアスリートの社員としての運用を検討した際に、

「実業団スポーツの実績のある企業のやり方を参考にした。」(G 社)、「特に実業団スポーツ

をやっている企業に話を聴きに行ったりしていない。」(I 社)と、異なる発話が確認された。

 職種        競技活動 業務と見做す 業務外

正社員 7社 2社嘱託契約社員 4社 1社

*正社員と嘱託契約社員混在型の2社は夫々1社とカウントした

Page 24: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

22

第四に、「競技力向上支援」については、競技団体による強化施策とそのための予算との

兼ね合いで、アスリート自身が負担するものが生じ、その中で企業が何をどこまで負担する

か、という構図と考えられる。尚、JOC の八田茂氏によれば、「採用決定前に、JOC が介在

し、競技団体の兼ね合いで何をどれ程選手個人が負担するか、企業が負担するか、調整する。」

(注 6)というプロセスが確認された。内定者を含め最も多くのアスナビアスリートを採用し

た実業団スポーツ経験企業 E 社は、「団体によってかなり温度差がある。」「代表で行きなが

ら、自己負担が非常に多いケースもある。団体として良い方向に行って欲しい。」と、述べ

ており、幅広く競技団体の強化体制を知り得る企業として、各競技団体のあり方について問

題認識を持っていると考えられる。

(4) 【人事労務管理上の施策】- 『活用』・『社内認知度』

全社が、『活用』、『社内認知度』について、【アスリート雇用の意義】を踏まえた施策を推

進する考えであることが確認された。また、『社内認知度』については、実業団スポーツ経

験企業が、実業団スポーツ OB の存在等によりアスリート受け入れ土壌があるのに対し、実

業団スポーツ未経験企業には、スポーツ経験の蓄積がない中で試行錯誤していることが確

認された。一方で以下の点が考察される。

第一に、各社とも、例えば、「アスリート自身が試合や遠征の様子を WEB を使って社内

で報告する体制を構築した」(実業団スポーツ未経験企業 I 社)のように、試合の告知、練習・

試合の模様の社内向け発信、社員との接点作り、社員の理解促進については、各社やアスリ

ートの事情に応じて、かなり創意工夫をしていることが分かった。競技特性に拠っては、メ

ジャーな競技種目と異なり、マスコミの露出度が少なく、社員が現地応援する機会が限定的

Page 25: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

23

とならざるを得ない種目もあり、相当腐心していると考えられる。

第二に、実業団スポーツ経験企業からも、「想定より応援機会が少ない。」(C 社)、また「実

業団スポーツで盛んに行っているスポーツ教室等地域貢献活動の実績が無いのが今後の課

題。」(B 社、D 社)といった発話もあり、実業団スポーツ経験企業においても、アスナビアス

リートの入社後、時間が十分に経過していないこともあるが、実業団スポーツでの経験との

違いも踏まえた検討の必要性が示唆される。

第三に、現在各社の社内にアスリートの扱いに対する不公平感の声は顕在化していない

ものの、採用前にそうした懸念を持った企業が 4 社(内、実業団スポーツ経験企業が 2 社、

未経験企業が 2 社)、入社直後にそうした声が上がった企業が 1 社(実業団スポーツ未経験企

業)あった。然しながら、アスナビアスリートを既存の実業団スポーツの仕組みに組み込ん

だ A 社以外の他の企業についても、選手現役期間中のアスナビアスリートの扱いが、かな

り一般社員と比べ特殊であることに鑑みると、社内で公平な制度運用を行うため、「アスリ

ート雇用経験がないので、メリットよりも先に、他の社員からの否定的な声を想定してデメ

リットを検証した」(実業団スポーツ未経験企業 K 社)のように、事前に慎重な検討を重ねた

ものと推察される。こうした状況への実践的な取り組みとして、アスリートの活用に係わる

顕著な事例が見られた時の社内外への発信が肝要と考えられる。その意味では、F 社と H

社が社内組織として、それぞれ「F アスリートクラブ」「H アスリートクラブ」を組成し、

【アスリート雇用の意義】を実践していく活動母体として、また情報発信の媒体として、単

に両クラブを予算管理の器に止まらず、有効活用していることは、一定数以上のアスリート

を雇用することが前提になるが、有効な取組みと考えられる。また、社内の不公平感への懸

Page 26: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

24

念について、「経営課題であるダイバーシティ推進にあたっての実践例として活用していく。

今後会社は、女性、障がい者、育児、介護といった様々な制約要因を持つものの、様々な能

力や価値観を持つ社員に活躍してもらう職場環境、社員間相互理解を整えていく必要があ

る」(実業団スポーツ経験企業 E 社)のように、時流のテーマである働き方改革を踏まえたと

考えられる発話もあった。

(5) 【人事労務管理上の施策】- 『キャリア開発』

全社が、「教育・サポート」について、競技活動優先の中、現役引退後の社業活用を前提

とした施策を考えていること、及び現役選手期間中のアスリート用 CDP(キャリア・ディベ

ロップメント・プログラム)を持っていないことが示された。「キャリアパス」については、

選手現役引退後は、本人と今後について協議の上、本人が希望すれば、正社員として継続雇

用すること、即ち嘱託契約社員の場合は、正社員に転換可能であることが確認された。更に、

「キャリアパス」について、実業団スポーツ経験企業は、実業団スポーツ OB のロールモデ

ルが存在すること、一方で実業団スポーツ未経験企業は、現時点では社内にロールモデルが

不在であることが確認された。以上のことを踏まえ、競技活動最優先の中、選手現役期間中

の施策について、以下の点が考察される。

第一に、一部に入社時の導入研修へ参加した事象は見られるが、以降は、通信教育、E ラ

ーニング等のフォローアッププログラムを用意している企業は 3 社のみ、またアスリート

用の特別研修プログラムを用意している企業も 3 社のみであった。また、アスリート用 CDP

を用意している会社は 1 社も無かった。奥林他(2003)は、「能力開発の方法として、少しず

つではあるが着実に Off-JT を重視する傾向が高まってきており、同時に、これまで主流で

Page 27: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

25

あった OJT を重視する傾向が低下してきている。」36)と述べており、厚生労働省の平成 27

年度能力開発基本調査 37)においても、その傾向は変わっていないことが示されている。Off-

JT の最も一般的な方法が研修であることに鑑みると、他の一般社員向け研修が益々充実し

ていく傾向の中、競技活動最優先という制約要因はあるものの、アスリート用の研修教育プ

ログラムの開発を検討する価値はあると考えられる。また CDP については、競技活動重視

の中、一般社員のプログラムの適用は現実的ではないので、先ずは、現役選手時代に社業で

の業務を通じて、具体的に何をどこまで経験させるかの明確な定義付けが必要と考える。以

下に先行していると考えられる事例を記す。

「CDP として定めたものはないが、アスリートが配属された M 事業本部内に管理、営業、

サービス、内勤、物流、監査といった会社機能が一通りあるので、本人の希望や適性を踏ま

えながら、複数の部署の経験を積ませるようにしている。」「会社が F アスリートクラブに

予算を与えて、アスリート自身が事業を企画立案から実行までやらせるプロジェクトを始

めた。」(実業団スポーツ未経験企業 F 社)

「入社後 2 週間は他の社員と同様の研修を受けた後、以降は、H アスリートクラブのマネ

ージャー(メンター)が、アスリート用研修会、講習会を企画、開催している。」(実業団スポ

ーツ未経験企業 H 社)

第二に、引退後の社内ネットワーク作りのため、同僚とのコミュニケーションを重視して

いる企業が 7 社、その内、同期とのコミュニケーションを重視している企業が 3 社あった。

Page 28: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

26

Louis, M.R.et.al (1983)は、Van Maanen & Schein(1979)38)が定義した「組織社会化」(注 7)

のアイテムとして、訓練( practices ), 経験( experiences ), 人( people )の 3 つを挙げ、特に

ピア、上司、年上との同僚との相互作用( interaction )の重要性を指摘している 39)。また、

競技特性により試合の現地応援の機会が限定的にならざるを得ない競技種目が多いことか

ら JOC の八田茂氏(注 8)は、「アスナビアスリートの同期入社の社員が、試合の応援の時に

一次応援団になり、それが二次応援団につながっていく。」と述べ、同期入社との関係作り

が大事であると示唆している。選手現役時代に作る同期を中心した社内ネットワークは、社

内の試合応援体制作りに直接的に寄与するだけでなく、現役時代のアスリートの社内情報

ソースを広げ、人に拠っては相談相手にもなり得ることもあり、同期意識がお互いに刺激し

合う相乗効果を生み出したり、更には引退後に社業に専念する時に貴重なアセットになり

得ると考えられる。以下に代表的な発話を記す。

「引退後も会社に残ってもらいたいので、社内にコミュニティーを作る必要があると考え、

同期会を中心に、最初は会社がそうしたきっかけ作りを支援している。競技スケジュールと

の関係で、入社が 7 月になってしまったが、その年の 4 月入社の新卒と同期と位置付けて

いる。」(実業団スポーツ未経験企業 G 社)

第三に、社内にメンターを配備している企業は、4 社であった。今回のインタビューを通

して間接的に知り得たアスリートの悩みは、入社年次にも拠るが、概ね①同期入社の社員か

ら仕事のスキル、経験で遅れることへの焦り、②競技実績が思惑通り上がらないことと会社

Page 29: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

27

への貢献との葛藤、③引退後に、今まで情熱を傾けてきた競技との距離感が実際どうなるの

かの不安感、のどれかに該当すると考えられる。Ostroff, C. and S.W. Kozlowski(1993)は、

職場でメンターのいる新人は、メンターのいない新人に比べて、より組織目的を学習し、実

践することができ、組織社会化を促進することを実証した 40)。既にメンター制度の導入を

検討している企業もあり、未導入の企業は、検討価値のある事項と考えられる。また、実業

団未経験企業にとっては、採用したアスナビアスリートが将来的に後進アスリートのメン

ター役やロールモデルとして機能するように、意図的に育成していくことも有意義と考え

られる。以下に代表的な発話を記す。

「人事部に、大学野球部のアスリート出身者をアスナビアスリートの相談窓口として配置

し、職場に実業団スポーツ OB がいる等のアスリート受け入れ環境を厳選の上、各職場にメ

ンターを配置している。人事部相談窓口は、職場のメンターから相談を受けることもあり、

連携している。」(実業団スポーツ経験企業 B 社)

「F アスリートクラブの年長のアスナビアスリートに、年齢や競技力等を考慮し、仕事と競

技活動のバランスを徐々に仕事中心にしていくことにより、クラブの事務局長だけでなく、

他のアスナビアスリートのメンター役もやってもらっている。」(実業団スポーツ未経験企業

F 社)

「引退後のアスリートに後進アスリートのメンター役、ロールモデルとして期待している。」

(実業団未経験企業 G 社)

Page 30: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

28

第四に、引退後のキャリアとして、競技指導者として大学、或は企業人材を求める競技団

体等へ社員として出向させることについて、今から柔軟に考えている企業が 5 社、期間限

定等の条件付きで考える企業が 2 社、現時点では社業専念を想定しているので消極的な企

業が 2 社、その時点で本人の希望を踏まえた上で考える企業が 3 社あり、考え方が分散し

た。実際、「大学スポーツが東高西低の中、強化運動部のスカウト活動としても、母校や強

豪大学への指導者派遣を考えていく。」「社員として A 社流を学んだ上で、長年やってきた

競技の協会へ恩返しすることは、会社の企業スポーツ取組み方針にも合致する。」(実業団ス

ポーツ経験企業 A 社)、「柔道部と陸上部で競技成績が飛び抜けている選手には大学や他の

会社の監督、コーチとして是非来てくれと声が掛かる。」(実業団スポーツ経験企業 C 社)の

ように、寧ろアスリートのキャリアとして、前向きに考えている企業もある一方、採用理由

として、引退後に社業への還元を明確に打ち出した企業の中には、現時点では、規定路線に

基づく発話にならざるを得ない社内事情があったと考えられる。

(6) 【人事労務管理上の課題】- 『課題総括』

アスナビアスリートを実業団スポーツの強化運動部に所属させ、既存の実業団スポーツ

の仕組みに組み込んだ A 社以外の 11 社の共通点として、アスナビを通じたアスリート雇用

は、新しいスポーツ支援の形・取組みであること、及び選手現役時代の扱いについては、競

技優先の生活であるため、出社頻度や会社業務に係わる時間が相当限定的にならざるを得

ない状況下、各社事情、競技特性、アスリートの競技力に応じて、試行錯誤しながら創意工

夫を重ね、一定の運用ルールを定めているものの、人事労務施策上の施策全般に亘り、アス

リートともよく対話を重ねながら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形に

Page 31: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

29

なるよう、継続的な改善が必要であると考えていることが確認された。

実業団スポーツ経験企業には、実業団スポーツの経験を通じたアスリートを雇用する人

事労務施策の知見やノウハウがあり、また社員の中にも実業団スポーツの OB が存在して

いる等、アスリートを受け入れる土壌があるため、それをアスナビアスリートの運用にも生

かすことが可能であるが、実業団スポーツの既存の運用の枠組みをそのまま適用すること

は難しいと考えられる。例えば、B 社は、実業団スポーツの運用は、その歴史的な経緯から、

各事業所に一任しているが、アスナビアスリートの雇用は、コーポレートが運用をコントロ

ールする新しいスポーツの取組みと位置付けている。その主たる理由としては、アスナビア

スリートの競技種目をカバーする既存の運動部が存在しないこと、並びに一部の競技種目

を除き、アスナビアスリートが個人種目の選手であり、オリンピックやパラリンピックのメ

ダルを目指すレベルにおいては、種目に拠って練習や試合の競技活動に、多様なバリュエー

ションがあるため、と考えられる。従って、各社のアスナビアスリートの運用にも、自ずと

多様なバリュエーションが生じている、と考えられる。

(7) 【人事労務管理上の課題】- 『個別課題抽出』

実業団スポーツ経験企業は、活用可能なアスリート雇用の経験と知見が蓄積されている

が、未経験企業には十分蓄積されていないことが示された。一方で、各社には、夫々の会社

事情、アスリートの競技特性や競技力に応じて、多様な個別課題があるが、各社の共通点と

して、選手引退後の社業での活用を想定した教育というテーマが抽出された。教育に関して

は、アスリートがトップレベルでの競技生活を通して、一般社員には出来ない貴重な経験を

していることについては、各社とも同様の認識をしているものの、CDP、教育研修プログラ

Page 32: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

30

ム、人事ローテーション等、一般社員の能力開発に向けた人事労務施策が適用されていない

ことに鑑みた時、現役選手時代に、会社として実施する教育の範囲について、各社の考え方

が異なり、明確に定まっていない企業もあることが示された。

6-2 考察のまとめ

以上の項目別の考察により、実業団スポーツ経験企業と実業団スポーツ未経験企業の間

には、項目毎に、共通点と相違点がある一方で、各社の取組みに多様性があることが分かっ

た。項目別の考察を踏まえ、以下の通り課題となる論点が示された。

第一に、図 1 を参照し、アスナビアスリートの人事労務施策に係わる運用上の課題につ

いて述べる。先ず、実業団スポーツ経験を通して、アスリート雇用の経験を持つ企業、即ち

アスリートを会社組織として受け入れ、その人事労務施策の経験を持つ企業は、アスナビア

スリートを既存の実業団スポーツの運用の枠組みに当て嵌めた A 社、並びにアスナビアス

リートを既存の実業団スポーツの運用の枠組みに当て嵌められないことにより、新しいス

ポーツ支援の形と位置付ける B 社、C 社、D 社、E 社という 2 つのグループに分類される。

一方、実業団スポーツ未経験企業は、元よりアスリートを運用する既存の枠組みを持たない

ため、新しいスポーツ支援の取組みである。A 社は、収斂された一般社員と同じ就業規則の

下、長年実業団スポーツを既存の枠組みを使って運用しているので、そこへアスナビアスリ

ートを当て嵌めても、大きな運用の問題は生じないと考えられる。一方 B 社、C 社、D 社、

E 社と実業団スポーツ未経験企業は、アスナビアスリートを収斂された一般社員と同じ就

業規則に当て嵌める一方、多様な目的と位置付けを以って受け入れ、既存の運用の枠組みが

Page 33: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

31

ない中、試行錯誤しながら、各社各様の新しい運用を行っているのが実態と考えられる。現

役選手引退後については、アスリートが継続雇用を希望すれば(アスリートが正社員として

継続雇用されることを選択すれば)、収斂された就業規則の下、一般社員と同じ扱いになる

ので、人事労務管理上の運用の大きな問題はないと言える。課題とすべきことは、A 社以外

の 11 社が、既存の運用の枠組みが無い中、各社各様に試行錯誤しながら取組んでいる、選

手現役時代のアスナビアスリートの新しい人事労務施策の運用と考えられる。

第二に、個別課題抽出で共通のテーマとして抽出されたアスリートの現役時代の教育に

関しては、一義的には引退後の社業へのスムーズな移行、及び社業での有効活用を見据えた

ものであるが、中長期的な視点に立てば、アスリートの引退後の長い人生に係わるキャリア

問題への取組みでもあり、特に後者に係わる企業の考え方は多様と推察される。例えば、現

役選手引退後のスポーツ界での社外キャリア多様化を推進していこうとしている A 社を含

め、指導者や競技団体等での活用について、発話の中で前向きに検討する旨をコメントした

企業が 7 社あり、また方針が未定の企業の中にも、「トップアスリートなど、ある一定の一

流レベルでやっている特異な才能のある人を会社の考えで縛るのは無理ではないか。」(実業

団スポーツ未経験企業 I 社)、「素晴らしい才能を持った人を無理やり会社の型に押し固める

のは、ちょっと頭が固いのではないか。」(実業団スポーツ未経験企業 K 社)という発話もあ

った。アスリートの特性を生かしたキャリアについて、企業として中長期的な視点で向き合

っていくことは、企業にプラスの影響をもたらすアスリートの有効活用につながる可能性

もあり、結果として企業とアスリート双方にとって良い形になるのではないだろうか。

Page 34: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

32

Page 35: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

33

第7章 結論

7-1 まとめ

本研究の目的である人事労務管理から見た企業とアスリートの関係について一部明らか

になった。アスナビをケースとし、雇用に関する概念抽出を通して、実業団スポーツ経験

企業と実業団スポーツ未経験企業の比較検証を行った。【アスリート雇用の意義】並びに

【人事労務管理上の施策】と【人事労務管理上の課題】が確認された。比較を行うことに

より、第一に、実業団スポーツ経験企業と未経験企業の間には、アスナビアスリートを実

業団スポーツの既存の運用に枠組みに組み込んだ A 社を除き、現時点では、人事労務管理

上の施策や課題全体を俯瞰すると、大きな差が無いことが明らかになったが、一方で実業

団スポーツの経験による人事労務施策に係わる知見やノウハウの蓄積の有無、実業団スポ

ーツ OB のロールモデルの存在等、明確な違いがあることも確認された。A 社以外の実業

団スポーツ経験企業は、アスナビアスリートの特殊性も踏まえ、その知見や経験を活用し

つつも、既存の運動部という受け皿がないこともあり、敢えて既存の実業団スポーツと別

の新しい運用の仕組みを作ろうとしている、或はそうせざるを得ない兆しが見えると共

に、そうした違いが、今後講じていく施策に拠っては、将来的なアスナビアスリートの雇

用に係わる方針や運用に影響を与え、実業団スポーツ経験企業と未経験企業の間に差が生

じる可能性も示唆される。第二に、【既存の運用の枠組みを持たないアスナビアスリート

の新しい人事労務施策の運用】、並びに【引退後の社業へのスムーズな移行と社業での活

用及び中長期的視点でのアスリートのキャリアを踏まえた教育】、という 2 点の課題が示

された。

Page 36: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

34

7-2 研究の限界

本研究の限界、及びそれに関連した今後の課題として、第一に、アスナビによる就職決定

状況は、2016 年 12 月 9 日時点で、内定者を含め、89 社、129 名である一方、研究対象は

12 社、39 名であり、限定的なサンプルであることが挙げられる。アスナビを通して、アス

リートを雇用した 12 社以外の企業は全て、実業団スポーツ未経験企業であるが、スポーツ

を本業の事業領域とする企業等、特徴のある事業展開をしている企業がある。また、アスナ

ビを経由せずに、アスナビアスリートと同じ競技種目でオリンピック・パラリンピックにて

活躍実績のある、或はこれから活躍することを目指しているアスリートを社員として雇用

している企業もある。今後、調査対象をこうした企業へ広げることを通じて、より精度の高

い調査と分析が可能になると考えられる。

第二に、本研究では、各企業の人事部長を中心に会社としての考え方や問題認識を聴取し

たので、アスナビアスリート自身や職場で彼(女)らと接している現場管理者、同僚、メンタ

ー等のインタビューを通じて、異なる見解や事実が出てくる可能性もあると考えられる。

第三に、本研究は、人事労務管理の観点から、企業とアスリートの関係を明らかにするこ

とを目的とし、企業としての考え方や問題認識を聴くことに主眼を置いたため、人事部長ま

たはそれに代替する役職者に対応してもらい、半構造化面接を採用した。上林(2012)は、企

業人事部の活動について、雇用管理制度、人材育成制度、評価制度、報酬制度、福利厚生制

度、労使関係制度に分類することができる旨を述べているが 41)、これらの各論について、

構造化されたインタビューを行なった訳ではなく、詳細についてデータを収集していない。

こうした人事労務施策の各論について深堀りしていくことも、今後の課題と考えられる。

Page 37: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

35

第四に、本研究は、未だアスナビ自体の歴史が浅いこともあり、競技生活を引退したア

スリートの事例が少ない段階での調査に基づいている。今後、各社が想定している正社員と

して社業に専念する段階になれば、新たに様々な事象や課題が出てくることも推察される。

例えば、実業団スポーツ未経験企業の内 6 社が【アスリート雇用の意義】として挙げた本業

への活用の進捗や成果、各社が所属アスリートの夏季、冬季夫々のオリンピック・パラリン

ピック、特に東京 2020 オリンピック・パラリンピックへの出場やそこでの活躍を期待する

中、同大会以降のアスナビによるアスリート採用動向に影響が出る可能性等が挙げられる。

従って、将来的に然るべきタイミングで本研究の再検証を行うことが必要と考えられる。

第五に、各社のインタビューを通して、企業属性、各アスリートの属性が示されたが、

本研究では、そうした属性に着眼した分析に踏み込んでいない。特に昨今の人事労務管理上

の重要課題である女性、障がい者といったダイバーシティに係わる論点に焦点を当てた研

究への展開は、企業とアスリートの関係の研究をより深めていく上で有意義と考えられる。

Page 38: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

36

7-3 実践への提言

本研究で、一部明らかになった人事労務管理から見た企業とアスリートの関係は、

既にアスナビアスリートを雇用している企業、或は今後アスナビアスリートの雇用を

考える企業にとって、自社組織に合わせ、アスリートの多様な競技特性を勘案しなが

ら、会社組織におけるアスリートの運用を検討していく上での実践的な叩き台として

参考になるものと考えられる。今後、更に企業雇用視点での研究が進み、より有用な

知見の蓄積が進んでいくことが望まれる。

また、スポーツ科学領域の研究を概観するに、スポーツ界と経済界・産業界の関係

性において、多くの研究は、スポーツ界、すなわち競技団体やアスリート等、スポー

ツを所謂「する」側の視点で行われてきており、経済界や産業界の立場から、スポー

ツ界を捉えた研究は多くないと考えられる。今後、そうした視点で、スポーツ界を検

討していく研究を蓄積していくことは、経済界や産業界の知見と人材がスポーツ界に

還流され、ひいてはスポーツ界の発展に資することにつながり、更にその成果が経済

界、産業界に還元される、というような好循環を生む展開になり得るのではないだろ

うか。その意味においては、本研究が、そのような流れを少しでも促進していく上で

の一助になれば幸いである。

これまで、ワンカンパニー, ワンアスリートの考え方で推進されてきたアスナビは、

既存の実業団スポーツの仕組みと比べ、スポーツと縁のなかった、比較的規模の小さ

い企業でも、経営トップの考え方次第で新規参入が容易である反面、一旦採用したア

スリートの雇用関係は続くとしても、経営トップの考えの風向きが変われば、企業の

Page 39: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

37

取組みとしての撤退が容易な仕組みとも考えられる。東京 2020 オリンピック・パラ

リンピック以降も、アスナビ企業の裾野を広げ、持続可能性の高いプロジェクトとし

て更に発展させていくためには、評価を得ているマッチング機能を有効に生かし、ア

スナビの機能を拡張していく試みが必要ではないだろうか。そこで、アスナビの運営

責任者である JOC に対し、以下の 3 つの提言案を参考に供したい。

第一に、企業が既存の運用の枠組みを持たないアスナビアスリートの人事労務施策

の運用への対応である。既にアスナビアスリートを雇用している企業は勿論、特に新

規参入者に対して、入社後の運用の可視化や可能な範囲での標準化が、より安定的な

プロジェクトとして進化していく鍵であろう。具体的には、先ず各社人事部署の横の

情報交換、連携の機会を作ることが出発点となると考えられ、競技特性を踏まえた種

目別の機会も必要と考えられる。JOC は、アスナビ採用選手活用事例集を発行したり、

企業間の交流を開始しているが、目指すところは、うまく行っている点だけでなく、

うまく行っていない点も含めた検証を含め、今後ベストプラクティス・アプローチ(注

9)の発想で、モデルとなるような新しい枠組みを作っていくことの可能性の追求であ

る。アスナビアスリートを運用していく上で、例えば、モデル運用マニュアルの作成

等も視野に入れ、企業間交流をリードしていくことが望ましいと考える。

第二に、アスナビアスリート用の教育プログラムの開発である。アスナビアスリー

トの現役選手期間中の出社頻度は相当限定的であり、引退後に備えた準備を中心とし

た教育の考え方や施策も企業により多様である。アスリートにポテンシャルがあった

としても、先ず現役期間中に会社とどう向き合うかは悩みの一つであろうし、引退後

Page 40: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

38

に社業へ専念する時のキャッチアップには相当な覚悟がいると考えられる。また、一

企業に属するアスナビアスリートの数が 1 人のところもある等限定的であり、企業と

しても、1 社だけで、少数の特殊要因を抱えたアスリート用に特別な教育プログラム

を開発することは、実効性の観点からも、経済合理性の観点からも容易ではないと推

察される。JOC は、キャリアアカデミー事業としての取り組みに成果を上げているが、

より企業としての取組みやニーズと連動すべく企業人事部との連携により、より実践

的な教育プログラムを考案していくことが望ましいと考える。その際、例えば、社会

的なつながりの中でアスリートのセカンドキャリア施策の展開を試みている民間団

体(注 10)との連携、或は競技特性を踏まえる必要性への対応として競技団体との連携

も一考の価値があるのではないだろうか。

第三に、こうしたアスナビをプロジェクトとして進化させていくための運営人材の

育成である。現在、JOC のアスナビ担当スタッフは、キャリアアカデミー事業ディレ

クター八田茂氏の下、アスナビアスリートを雇用している企業出向者により構成され

ており、アスナビを現状まで成長させた大きな原動力となっている。然しながら、例

えば上記のような機能拡張に向けた取組みを通じてアスナビをプロジェクトとして

更に安定且つ成長させようとすれば、またノウハウや人的ネットワークを JOC の資

産として定着させるためにも、中長期的な視点で、JOC として専門スタッフを育成し

ていくことが望ましいと考える。

Page 41: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

39

謝辞

本研究にあたり、終始ご懇意なご指導を賜りました間野義之教授に厚く御礼申し上げま

す。先生のご指導を今後の研究やキャリアに活かすべく、更に精進して参りたいと存じます。

また、大変ご多忙の中、副査として本論をレビューの上、ご指導を頂きました武藤泰明教

授、明治大学准教授の澤井和彦先生、JOC 理事の藤原庸介先生に心より感謝申し上げます。

本研究を進める中、舟橋弘晃氏をはじめ、間野研究室の現役・OB の皆様には、数々の貴

重なご助言と励ましの言葉を頂きました。特に後期博士課程の上林功氏より、年末年始の追

い込みの段階で、格別の親身なご指導を頂いたことにつき、厚く御礼を申し上げたいと存じ

ます。そして、社会人修士同期の皆様とは、常に励まし合いながら、切磋琢磨し、共に成長

する有意義な時間を過ごすことができました。誠にありがとうございました。

本研究の難しさは、立ち上げから十分時間が経過していない「アスナビ」を通して採用し

た現役トップアスリートの雇用について、企業視点で研究することを企図したことから、会

社としての考え方を聴取することにありました。各社夫々の事情がある中、本研究をご理解

頂き、インタビューにご協力頂いた各企業関係者の皆様、並びにアスナビ立ち上げ当初の経

緯についてご教示頂きました荒木田裕子氏、岡野貞彦氏、原田尚幸氏に心より感謝申し上げ

ます。またインタビュー実現のために多大なご尽力を頂きました JOC キャリアアカデミー

事業の八田茂ディレクターを始め、アスナビご担当の皆様にも、あらためて御礼申し上げま

す。皆様のご理解とご協力がなければ本研究は実現しませんでした。

最後に、本研究を常に応援してくれた勤務先の上司、同僚と家族に感謝の意を表し、本論

にあたっての謝辞と致します。

Page 42: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

40

巻末注

(注 1) データ収集の手続き:一部 JOC の協力を得て、ヒアリングの申し入れを行った。

申し入れに際して、予め研究内容概要を説明し、当日必要に応じ補足を行った上で、

個室にて 60 分~90 分のヒアリングを行った。また、被ヒアリング者の承諾を得た上

で IC レコーダーに録音を実施した。この録音を資料とし、(株)大和速記情報センタ

ーの専門家が逐語録を作成した。

被ヒアリング者の属性:アスナビの発足につながっていく重要な役割を果たしたと

考えられる「平成 21 年度 JOC ゴールドプラン委員会スポーツ将来構想プロジェク

ト~アスリートを取り巻く日本のスポーツ環境の実態~中間報告書」において、荒木

田裕子氏は、JOC 理事・JOC ゴールドプラン委員会委員, スポーツ将来構想プロジ

ェクトサブチーフ, 指導者・選手環境整備ワーキンググループチーフ、公益財団法人

経済同友会の岡野貞彦氏と和光大学の原田尚幸氏は、指導者・選手の環境整備ワーキ

ンググループメンバーであった。八田茂氏は、2008 年から今日まで JOC キャリア

アカデミー事業で勤務している。

インタビュー記録:

① 荒木田裕子氏, 2020 東京オリンピックパラリンピック組織委員会 理事

・日時:2016 年 10 月 28 日(金)16:30-18:00

・場所:公益財団法人日本バレーボール協会会議室

② 岡野貞彦氏, 公益社団法人経済同友会 常務理事

・日時:2016 年 12 月 2 日(金)10:00-11:00

・場所:経済同友会会議室

③ 原田尚幸氏, 和光大学 教授, 経済経営学部 経営学科長

・日時:2016 年 12 月 12 日(月)10:40-11:40

・場所:筆者手配会議室

④ 八田茂氏, 財団法人日本オリンピック委員会, ナショナルトレーニングセンター,

JOC キャリアアカデミー事業 ディレクター

・日時:2016 年 11 月 9 日(水)10:10-11:30

・場所:ナショナルトレーニングセンター会議室

(注 2) 本研究において、企業スポーツを「企業において自社が保有するチームまたは選手を

競技団体(協会)が開催・運営する全国または地域大会等に参加させるなど、対外的に

競うことを目的とするスポーツ活動(いわゆる実業団・社会人競技と称される活

動)(経済産業省, 2001)26)と定義する。また、本研究における実業団スポーツは、企業

スポーツの定義と同じである。但し、本研究の「研究目的」以降の章では、実業団ス

ポーツを用語として用いる。理由は、企業スポーツの表記は、競技大会の協賛、競技

団体の支援、選手個人(あるいは選手の個別のチーム)の支援、商品提供、普及事業の

実施・協賛、競技大会の中継番組を提供、など広範囲な企業によるスポーツ支援活動

の形態を想起させる可能性があるためである。

(注 3) 著者である佐藤郁哉に拠ると、本書で解説されている質的データ分析に関する基本

的発想は、そのかなりの部分をグランデット・セオリー・アプローチの発想によって

いる。しかしながら、本書で紹介した質的データの分析法は、少なくとも次の 3 点に

おいて、同アプローチの本質に関するある種の解釈とは大きく異なっている。①事例

の分析に重点を置く、②文書セグメントがおかれている元の文字テキストの文脈を

重視する、③コーディングの作業において、帰納的アプローチだけでなく演繹的なア

Page 43: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

41

プローチも積極的に活用する。

(注 4) データの収集、データの分析、問題の構造化(定式化)を同時並行的におこなっていく

研究の進め方。

(注 5) コーディングの作業を報告書の作成までつなげていくために、複数のコード同士の

関係やコードと文書セグメントのあいだの関係などについて何度となく比較検討す

るプロセスを通じて概念モデルを構築していく方法。

(注 6) (注 1)の手続きにより、発話を得た。

(注 7) 組織社会化は「個人が組織内の役割を引き受けるのに必要な社会的知識や技術を習

得する過程」と定義される。

(注 8) (注 1)の手続きにより、発話を得た。

(注 9) 佐藤、他 42)によると、戦略的人的資源管理論には、企業の経営戦略と人事戦略や人

事管理制度との関係として、ベストフィット・アプローチとベストプラクティス・ア

プローチの 2 つの考え方があり、前者は、経営戦略によってそれに適合的な人事戦

略や人事管理制度が異なるものとするのに対して、後者は経営戦略とは別に、企業の

好業績をもたらす望ましい人事戦略や人事管理制度が存在すると考えるものである。

(注 10) 例えば一般社団法人アスリートネットワーク等。

Page 44: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

42

引用・参考文献リスト

<引用文献>

1) 武藤泰明 ; 企業スポーツのグランドデザイン, 企業スポーツの現状と展望, (公財)笹川スポ

ーツ財団, pp171, 2016.

2) スポーツ振興基本計画 ; 文部科学省, 2000.

3) JOC ゴールドプラン ~JOC 国際競技力向上戦略~ ; 財団法人日本オリンピック委員会;

2002 新装版

4) スポーツ基本計画 ; 文部科学省, 2012.

5) JOC ホームページ

6) 北川和徳 ; 日本経済新聞電子版, 「アスナビで雇用 100 人突破 企業と選手の新たな関係」,

2016 年 5 月 13 日

7) 公益財団法人日本オリンピック委員会 ;「アスナビ」就職支援アスリートエントリーシート

企業配布用, 平成 28 年 12 月 9 日版.

8) 佐伯年詩雄 ; 現代企業スポーツ論, 不昧堂出版, 2004.

9) 福田拓哉 ; 企業スポーツにおける運営論理の変化に関する史的考察, 立命館経営学, 第 49

巻, 第 1 号, pp183-207, 2010.

10) 荻野勝彦 ; 企業スポーツと人事労務管理, 日本労働研究雑誌 No.564, pp69-79, 2007.

11) 石井智 ; スポーツの価値と企業政策, 同志社政策科学研究, 8 巻, 1 号, pp135-147, 2006.

12) 高橋豪仁、浦上雅代 ; 企業チームからクラブチームへ, スポーツ産業学研究, Vol.14, No.2,

pp25-37, 2004.

13) 鳥羽賢二、海老島均 ; 企業スポーツの変革と日本のスポーツ環境転換に関する連動性の可

能性についての研究, びわこ成蹊スポーツ大学研究紀要, 第 8 号, pp79-91, 2011

14) 上林柿生 ; 企業スポーツ休・廃部の変遷, 企業スポーツの撤退と混迷する日本のスポーツ,

創文企画, pp76-91, 2009.

15) 中村英仁 ; 組織構造にみる企業スポーツの運営, 企業スポーツの現状と展望, (公財)笹川ス

ポーツ財団, pp123-138, 2016.

16) 豊田則成 ; 競技引退に伴う心理的問題と対策, 体育の科学, 第 51 巻, pp368-373, 2001.

17) 高橋潔、重野弘三郎 ; J リーグにおけるキャリアの転機, 日本労働研究雑誌, No.603, pp16-

26, 2010

18) 吉田章、他 ; トップアスリートのセカンドキャリア構築に関する検討(第 1 報), 筑波大学体

育科学系紀要, 29, pp87-95, 2006.

19) 吉田幸司、他 ; トップアスリートのセカンドキャリア構築に関する検討(第 2 報), 筑波大学

体育科学系紀要, 30, pp85-95, 2007.

20) 吉田章、他 ; トップアスリートのセカンドキャリア開発支援システムの構築に関する研究,

平成 22・23・24 年度科学研究費補助金 基盤(B) 課題番号:22300215

21) 独立行政法人日本スポーツ振興センター ; デュアルキャリアに関する調査研究, 平成 25 年

度文部科学省委託事業, 2014.

22) 独立行政法人日本スポーツ振興センター ; 「キャリアデザイン形成支援プログラム」におけ

る「スポーツキャリア形成支援体制の整備に関する実践研究」, 平成 26 年度文部科学省委

託事業, 2015.

23) 公益財団法人笹川スポーツ財団、田中ウルヴェ京 ; オリンピアンのキャリアに関する実態

調査, 2014 年度調査報告書, 2015.

24) Abegglen, C.J. ; The Japanese Factory. Aspects of its Social Organization, The Free Press,

1955/山岡洋一訳「日本の経営<新訳版>」,日本経済新聞社, 2004

25) 澤野雅彦 ; 企業スポーツの栄光と挫折, 青弓社, 2005.

26) 企業とスポーツの新しい関係構築に向けて,企業スポーツ懇談会,経済産業省,2001.

Page 45: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

43

27) JOC ホームページ ; 前掲

28) 奥林康司、他 ; 入門人的資源管理, 2003

29) 佐藤郁哉 ; 質的データ分析法, 新曜社, 2008

30) 荻野勝彦 ; 前掲, pp69, 2007.

31) 佐伯年詩雄 ; 前掲, pp250-259, 2004.

32) 永野仁 ; 新規大卒採用とその成功要因, 政経論業 第 71 巻第 5・6 号, pp44, 2003.

33) JOC 主催「アスナビ」企業説明会配布資料, 前掲, 2016.

34) 平野光俊 ; 日本型人事管理, 中央経済社, pp2, 2006.

35) 厚生労働省労働基準局監督課 ; モデル就業規則, 平成 28 年 3 月.

36) 奥林康司、他 ; 前掲, PP105, 2003.

37) 厚生労働省 ; 平成 27 年度能力開発基本調査.

38) Van Maanen,J. & Schein,E.H. ; Toward a theory of organizational socialization. in Staw,

B.M (eds.), Research in Organizational Behavior, JAI Press Inc., pp209-264, 1979

39) Louis, M.R., et.al ;The availability and helpfulness of Socialization practices, Personnel

Psychology, Voi.36, pp857-866, 1983.

40) Ostroff, C. and S. W. J. Kozlowski ; The role of Mentoring in the Information Gathering

Processes of Newcomers during Early Organization Socialization, Journal of Vocaional

Behavior, Vol.42, pp170-1831, 1993.

41) 上林憲雄 ; 人的資源管理論, 日本労働研究雑誌, No.621, pp39, 2012.

42) 佐藤博樹、他 ; 新しい人事労務管理, 有斐閣アルマ, p281, 1999.

<参考文献>

1) 澤井和彦 ; 日本型企業スポーツの制度と制度移行の課題に関する研究, スポーツ産業学研

究, Vol.21, No.2, pp263-273, 2011.

2) 澤野雅彦 ; 企業スポーツのいままでとこれから, 現代スポーツ評論, 創文企画, pp42-54,

2009

3) 左近充輝一 ; 企業スポーツの新たな可能性, 現代スポーツ評論, 創文企画, pp58-69, 2002

4) 原田宗彦、他 ; スポーツマーケティング, 大修館書店, 2008

5) 原田宗彦、小笠原悦子 ; スポーツマネジメント, 大修館書店, 2008

6) 原田宗彦 ; スポーツ産業論, 杏林書院, 1995

7) 武藤泰明 ; スポーツと財務, 大修館書店, 2004

8) 武藤泰明 ; プロスポーツクラブのマネジメント, 東洋経済新報社, 2013

9) 公益財団法人笹川スポーツ財団 ; スポーツ白書 2014, 2014

10) 公益財団法人大崎企業スポーツ事業研究助成財団 ; 企業スポーツ 2015 Spring, 2015

11) 小川千里 ; セカンドキャリアへの第一歩, J リーグの行動科学, 白桃書房, 2010

12) A.Petitpas、他, Athlete Guide to Career Planning, 1997/田中ウルヴェ京, 重野弘三郎訳「ス

ポーツ選手のためのキャリアプランニング」, 大修館書店, 2005.

13) 豊田則成、中込四郎 ; 競技引退に伴って体験されるアスリートのアイデンティティ最体制

化の検討, 体育学研究, 第 41 巻

14) 間野義之 ; オリンピックレガシー 2020 年東京をこう変える, ポプラ社, 2013

15) 間野義之 ; 奇跡の 3 年 2019・2020・2021 ゴールデン・スポーツイヤーズが地方を変える,

徳間書店, 2015

16) 平田竹男 ; スポーツビジネス最強の教科書, 東洋経済新報社, 2012

17) James C. Abegglen ; 21st Century Japanese Management/山岡洋一訳「新・日本の経営」,

日本経済新聞社, 2004

18) 梶原豊 ; 現代の人的資源管理, 学文社, 2004

Page 46: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

44

19) 服部泰宏 ; 日本企業の心理的契約 組織と従業員の見えざる約束, 白桃書房, 2011

20) 服部泰宏 ; 採用学, 新潮社, 2016

21) John Parchaer Wanous ; Organization Entry Recruitment, Selection, Orientation and

Socialization of Newcomers 2nd Edition, Addison-Wesley Publishing Company, Inc., 1992

22) 尾形真実哉 ; 若年就業者の組織社会化プロセスの包括的検討, 甲南経営研究, 第 48 巻第 4

号, 2008

23) 関本浩矢 ; 入門組織行動論, 中央経済社, 2007

24) 金井壽宏、高橋潔 ; 組織行動の考え方, 東洋経済, 2004

25) 金井壽宏 ; 働く人のためのキャリア・デザイン, PHP 新書, 2002

26) 金井壽宏、鈴木竜太 ; 日本のキャリア研究 組織人のキャリア・ダイナミックス, 白桃書房,

2013

27) 金井壽宏、鈴木竜太 ; 日本のキャリア研究 専門技能とキャリア・デザイン, 白桃書房, 2013

28) Schein,E.H. ; Career Dynamics, Matching Individual and Organizational Needs,

Addison-Wesley/二村敏子, 三善勝代訳「キャリア・ダイナミクス」, 白桃書房, 1991

29) Schein,E.H. ; Career Anchors, Jossey-Bass/Pfeiffer/金井壽宏訳「キャリアアンカー」, 白

桃書房, 2003

30) Schein,E.H. ; Career Survival, Jossey-Bass/Pfeiffer/金井壽宏訳「キャリア・サバイバ

ル」, 白桃書房, 2003

31) William Bridges ; Transitions 2nd Edition/倉光修、小林哲郎役「トランジション」, パン

ローリング株式会社, 2014

32) J. D. Krumboltz、A.S.Levin ; Luck is No Accident/花田光世、他訳「その幸運は偶然では

ないんです!」, ダイヤモンド社, 2005

33) 渡辺三枝子 ; 新版キャリアの心理学, ナカニシヤ出版, 2007

Page 47: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

45

【付録】

Page 48: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

46

逐語録サマリー

1. A 社: Page 47-50

2. B 社: Page 51-55

3. C 社: Page 56-59

4. D 社: Page 60-64

5. E 社: Page 65-69

6. F 社: Page 70-73

7. G 社: Page 74-77

8. H 社: Page 78-82

9. I 社: Page 83-86

10. J 社: Page 87-90

11. K 社: Page 91-94

12. L 社: Page 95-98

Page 49: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

47

A社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 男 4 年生大学 2016/4/1 スケート/ショートトラック 現役

○ アスリート雇用の意義

・従業員の一致団結、士気高揚のための人事労務施策:スポーツの持つ求心力を活用。

・スポーツを通じた社会貢献による地域活性化:グループ企業で東京 2020 オリパラを

契機に、スポーツへの恩返し(雇用、スポンサー、応援など)、スポーツを通じた地域

貢献の機運を盛り上げていく。

・スポーツ・スポーツ選手を応援する会社のイメージを確立:女性スポーツやマイナー

スポーツ、障がい者スポーツなど、これまで陽の当たらなかったスポーツの応援、

アスリートのセカンドキャリア支援等に注力する。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・アスナビを運営する JOC の機能をリスペクトするが、JOC へ社員を派遣する等

自社のネットワークでもアスリートにアクセス可能。

・上述の「アスナビ雇用の意義」における「スポーツを通じた社会貢献による地域

活性化」の通り、グループ企業による東京 2020 オリンピック・パラリンピック

に向けた連絡会をリードする立場であり、独自のアスリートのアクセスルートを

強化していくので、アスナビに依存した採用を行う考えはない。

2) 経緯

・アスナビアスリートを含め、強化運動部のアスリートは、経営トップに認知され

たスポーツへの取組み方針の下、「アスリート雇用の意義」の狙いを持って、採用

される。

・今回のアスナビアスリート採用は、スケート部責任者による A 選手のスカウト

活動と A 選手のアスナビへの登録が合致した経緯があり、JOC への出向者との

協議・調整の結果である。

3) 選考プロセス

・他の実業団スポーツのアスリート、及び個人種目アスリートと全く同様の選考プ

ロセスを経て採用する。

・重点強化運動部の一つであるスケート部に所属することを前提に採用した。

・上述の「アスリート雇用の意義」の狙いの実現、競技引退後に会社業務で活躍し

てもらえる人物であることを大事な判断基準として採用する。

・特に、謙虚さ、礼節、チームワークなどを重んじる。

・現有の強化運動部のスカウトが中心であり、個人種目アスリートについては、

ケースバイケースで対応する。

Page 50: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

48

4) 今後の継続方針

・アスナビによる雇用は、自社強化運動部または個人種目アスリートのスカウト活

動との関連において、今後ケースバイケースで対応する。

2. 処遇

1) 配属

・強化運動部であるスケート部の活動、練習場所を考慮する。

配属組織 業務 競技練習場所

A 選手 本社基盤材料技術部 部の総務、人材育成の

事務業務

スケート部が使用す

る愛知県内の施設

2) 職種

・正社員事技職(他社の総合職に相当)。

・他の運動部アスリート、個人種目アスリートも、原則正社員である。但し、競技

特性と本人の希望に応じ、嘱託契約社員とする場合がある。その場合でも、競技

引退後、本人と協議の上、正社員へ転換すること可(正社員には、事技職以外に、

業務職(他社の一般職に相当)、技能職(所謂現場職)の 3 種類有)。

3) 制度運用

・他の運動部アスリート、個人種目アスリートと同様に、一般正社員の就業規則を

適用する。

・原則、午前中仕事、午後練習。2018 年冬季五輪イヤーは特例措置。

・練習、試合等の競技活動は業務外と定義するが、自主活動として就業時間中に

仕事を抜ける離業扱いとする。

4) 競技力向上支援

・各運動部の運営は、スケート部を含め原則同じ。

・遠征費を含めスケート部運営に必要な予算は、アスリートが入社前に懸念する個

人負担の発生分を全部負担する訳ではないが、競技団体予算を考慮した部の経費

として計上。食費、サプリメント代は個人負担としている。

・怪我への対応の一部として、スケート部が傷害保険を付保。

3. 活用

・上述の「アスリート雇用の意義」における「スポーツを通じた社会貢献による地域活

性化」の活動の一環として、地域住民を対象としたクリニック開催等に貢献している。

・現所属のアスナビアスリートは健常者であるが、会社全体のスポーツ活動を通して、

障がい者スポーツの支援を積極的に行っていく方針であり、社員教育への活用、ハー

ドと心の両面でのバリアフリー化の推進を通して、多様な人材が活躍する共生社会実

現に向けて意義深いと考えている。

4. 社内認知度

・長年、各事業所の福利厚生施策の一環で行われてきた様々なスポーツイベントの

存在、及び各職場に実業団スポーツ OB を含むスポーツ経験者も多いことから、社内

全体に総じてアスリートを受け入れ易い土壌がある。

Page 51: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

49

・上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを実現するため、試合会場へ赴く社員の応援

を増やすべく、各運動部のアスリートの配属先を意図的に分散することを試みている。

但し、部署によっては、アスリートの配属を好まない部署もあり、社内理解活動の継

続が必要。

・スケート/ショートトラックは、強化運動部の種目の一つであり、愛知県地元のスポー

ツとして社員に浸透しており、社内の応援への関心は高い。

・社員の応援動員のための試合の告知、社員との接点を増やすための社内イベントの開

催は、他の運動部と同様にスケート部もこまめに行っている。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・他の運動部のアスリート、個人種目アスリートと同様、選手引退後の社業での活

躍を想定した教育を行っている。

・スケート部を含む強化運動部のメンバーに対し、一般社員とは別の研修メニュー

を設けている。

・アスリート用の CDP は特に用意していないが、他の一般社員と同様、選手現役

時代も、練習等競技活動に支障がない範囲で、人事異動による部署の配置換えを

行うことにより、幅広く社内の仕事に触れ、また同期や社員とのネットワーク作

りを行っておくことが、選手引退後の社業専念への準備として重要と考え、会社

として支援している。

・上述の「アスリート雇用の意義」における「スポーツを通じた社会貢献による地

域活性化」において、自治体や販売店と協働し、アスリート自身が企画を主導し、

実践することにより、社会人としての実践的な場を経験させ、プレゼンスキルや

説明能力開発の場を設けている。

・特にメンター制度は取っていないが、スケート部を含む各運動部の部長が中心と

なって、社会人としての躾やマナー教育を伝統的に厳しく行っている。また、

競技生活と仕事の両立、社業専念への転機のタイミングについて、同年代一般社

員と比較し、悩みを抱えるアスリートがいるので、ケアが必要。

・運動部 OB がいる職場に意図的に配属することにより、仕事と業務の両立や現役

選手引退から社業専念への転機を経験した先輩が身近に存在すること、及びロー

ルモデル的な存在になり得ることのメリットを享受させている。

2) キャリアパス

・各運動部の現場と連携し、アスリート個別に競技力を吟味し、本人とも協議し、

社業へ専念させるタイミングを図るようにしている。現役選手から社業への専念

に転換する回転は速くなる傾向がある。

・現在、約 500 名の運動部出身 OB が正社員として働いており、ロールモデルとな

り得る社員もいるが、オーソドックスな社業専念というキャリアだけでなく、ア

スリート自身の特徴を生かしたキャリアの多様化を進めているところ。

・会社全体の組織構成の特徴として、生産現場とそれを支える管理部署が主体なの

で、本人の希望によっては、出身地のグループ企業の販売会社や製造子会社と連

携し、U ターンによるキャリアの新境地を用意することを検討中。

Page 52: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

50

・他の運動部のアスリートや個人種目アスリートと同様に、アスリートが現役選手

引退後に、指導者や競技団体での道を歩みたい場合、会社での業務を通した経験

を生かして、出向社員として大学、競技団体等へ派遣することにより、スポーツ

界へ恩返しをするキャリアもあると考え、推進していきたい。特に大学スポーツ

に関しては、競技力が東高西低の傾向があり、会社の立地上有望なアスリートを

取りにくくなっているため、会社のリクルートニーズとアスリート本人のセカン

ドキャリアが Win-Win の関係になり得ると考える。また競技団体にも人材ニー

ズがある。

○ 人事労務管理上の課題

1. 課題総括

今のところ、アスナビアスリートの課題は、実業団スポーツ強化運動部としての課

題として位置付ける。

2. 筆者によるインタビューを通じた個別課題抽出

・アスリートを社内でより広範囲に配属するため、強化運動部に係わる社内理解活

動の継続。

・グループ企業の販売会社・地域製造会社と連携しての U ターン配置、競技団体、

大学への出向等選手現役引退後のキャリアの多様化の推進。

○ 参考情報 - アスナビアスリート雇用以外のスポーツ活動

1) 実業団スポーツ

・長年、製造現場の工場を中心としたスポーツ活動に取り組み、グループ企業対抗

競技大会、スポーツセンターの建設、全社駅伝大会、重点強化運動部 7 部と一般

運動部に層別した強化策等を行ってきた。90 年代のバブル経済崩壊後に企業スポ

ーツ休廃部が相次ぐ中でも、休廃部を行ったことはない。

・重点強化運動部7部:ラグビー部、硬式野球部、女子ソフトボール部、陸上長距

離部、女子バスケットボール部、スケート部(ショートトラック)、ビーチバレーボ

ール部 (男子バスケットボール部はプロ化済み)。

2) 個人種目アスリート

・現在、陸上競技 4 名、障がい者スポーツ 2 名のアスリートを雇用している。

3) スポンサーシップ等

・上述の 1 項の「アスリート雇用の意義」で記した企業スポーツ取組みの方針の下、

東京 2020 オリンピック・パラリンピックに向けて、① 経済界協議会でのリーダ

ーシップ、② 世界最先端の車、未来のシステムの披露、③職場の仲間からメダリ

ストの輩出というプロジェクトを推進中。

・ IOC の TOP パートナー契約、IPC のワールドワイド・パラリンピック・パート

ナー契約の締結。

・国内外の各種スポーツイベントのスポンサーシップを提供。

Page 53: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

51

B社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 男 4 年生大学 2014/4/1 テコンドー 引退/退社

B 選手 男 4 年生大学 2014/4/1 レスリング 現役

C 選手 男 4 年生大学 2014/4/1 パラ/アーチェリー 現役

D 選手 女 4 年生大学 2014/9/1 水泳/シンクロ 現役

E 選手 男 4 年生大学 2015/4/1 スケート/ショートトラック 現役

F 選手 男 4 年生大学 2015/8/1 フェンシング/エペ 現役

○ アスリート雇用の意義

・人材の多様化の推進:国内中心で事業展開してきた企業がグローバルビジネスを展開

していく上で、多様な価値観・経験を有する人材を採用していく中で、アスリートの

価値観・経験もその一つと位置付ける。

・アスリートの強みを仕事で生かす:心技体の精神、目標達成意欲、集中力、チーム

ワーク。

・経営理念の浸透:「Changes for the Better」(常により良いものを求め、挑戦し続け

る)を体現し、「変革のシンボル」として社員への好影響を期待。

・職場の一体感、連帯感の醸成の効果:長年、社内の親睦会におけるスポーツ活動、

及び実業団スポーツを通じて経験則として体得してきた効果への継続的な期待。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・実業団スポーツの種目以外のトップアスリートとの接点が無いので、アスナビの

システムは有意義である。

・採用にあたり、JOC のお墨付き、競技団体の推薦状から安心感を貰える。

2) 経緯

・上述の 1 項の「 アスリート雇用の意義」を踏まえ、経営のトップダウンによるコ

ーポレートがコントロールする新たなスポーツ施策の取り組み(実業団スポーツ

については、各事業所に運用を一任)。

3) 選考プロセス

・一般社員、実業団スポーツの社員とは異なる選考プロセスを経て採用する。

・競技と仕事の両立、上述の「アスリート雇用の意義」の狙いの実現、競技引退後

に正社員として会社の業務をやっていけるか、という視点で、アスリートの考え

方、人物、人柄を吟味の上で採用する。

・JOC 強化指定選手を採用時の条件とする。

・種目、男・女、夏季・冬季に特に拘りはない。

Page 54: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

52

4) 今後の継続方針

・継続性の観点から、アスナビアスリートの採用を継続したいものの、上述の 3)項

の「選考プロセス」の考え方を最優先するため、採用の決定は、是々非々となら

ざるを得ない。

2. 処遇

1) 配属

・練習場所を考慮し、ロールモデルになり得るような実業団スポーツ OB の有無等

アスリートを受け入れる職場環境、部署の意向も踏まえながら厳選する。

・基本は、営業、人事、総務関連の業務で、比較的競技活動との両立をしやすい部

署への配属とする。

配属組織 業務 競技練習場所

B 選手 本社 営業 大学(在東京)

C 選手 C 製作所 総務 クラブ(在関西)

D 選手 支社 総務 クラブ(在大阪)

E 選手 A 製作所 総務 クラブ(在相模原)

F 選手 本社 宣伝 NTC

2) 職種

・現役期間中は、社内における競技活動に専念しやすい環境作りのため、嘱託契約

社員とする。選手引退後については、会社は、元来正社員総合職への転換を前提

として採用したものの、協議の上、本人の希望にも配慮し職種を決定する。(一方、

実業団スポーツアスリートは、プロ、嘱託契約社員、正社員が混在しており、嘱

託契約社員の現役選手引退後の職種ついては、本人の希望を尊重し、考え方、就

業観、人物等を確認した上で、決定する。)

3) 制度運用

・一般嘱託契約社員の就業規則に準拠する。

・原則週 3 日出社とする(1 日はフルタイム、2 日は短時間)。

・給与水準は、一般正社員総合職と同一だが、勤務日数が週 3 日より少ないアスリ

ートについては、減額調整を行う。但し、オリンピック・パラリンピック 1 年前

からは、特例期間として、週 1 日勤務を認める。

・練習、試合等の競技活動は業務外と定義する。

・日本代表の合宿招集等、オリンピック・パラリピックに関連する練習、試合等に

ついては、就業免除を認めるが、それ以外の競技活動は有休を取得する、或は給

与額の調整を行う。

・選手現役を引退し、正社員として一般社員と同じ処遇になった時に、大きな違和

感を感じないようにしたい。

4) 競技力向上支援

・遠征費は必要経費として実費精算。ユニフォームは現物支給。

・道具代、サプリメント代、コーチ代、フィジカル・メンタルトレーナ等その他の

Page 55: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

53

費用については、トップアスリート手当として月 5 万円を固定支給し、競技団体、

所属大学・クラブによる負担との関連で、アスリート自身がマネージする。

・会社がトップアスリート用の傷害保険を付保している。

・リオオリンピック・パラリンピックの直前の数字なので、特殊要因がある可能性

はあるが、一人当たり年間約 100 万円程度の予算規模。

3. 活用

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた活用施策を推進する。

・本業での活用事例として、B 選手は、本社営業部門のオリンピック・パラリンピック

推進部で 2020 年に向けたマーケティング調査活動を行っており、アスリートならで

わの視点でのレポートをする等、特徴を出している。

・社内イベントでの事例として、各事業所の福祉厚生施策として実施している社員親睦

会で、アスリートに活動報告をしてもらう等、社員の一体感醸成に有効活用している。

・実業団スポーツの各チームが行っているスポーツ教室にコーチ・選手を派遣する等

地域社会貢献活動については、アスナビアスリートは実績が無く、今後の課題である。

4. 社内認知度

・上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを実現するために、施策を実施する。

・長年、各事業所の福利厚生施策の一環で行われてきた様々なスポーツイベントの存

在、及び各職場に実業団スポーツ OB の正社員、或は大学運動部出身者が多く存在す

るので、また会社の CSR の考え方の中にスポーツ振興が含まれることから、社内に

アスリートを受け入れ易い土壌はあると思われる。

・WEB の活用に加えて、広報部と連携し、グループ会社向け広報誌、試合応援の情報

紙の配布やアナウンス等を実施し、社員の関心を喚起している。

・競技種目によっては、オリンピック・パラリンピック出場の為にポイント制を採用

している競技、海外での試合が多い競技もあり、こまめな報告を重要視している。

・アスナビアスリートの契約内容が、一般社員や他の実業団スポーツのアスリートと

異なることについての社内での理解は得られている。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・競技引退後に正社員として働いてもらうことを前提とした教育を行っている。

・出社時に実際の業務に触れることにより、仕事環境に慣れておくこと、及び同僚

や関連部門とのコミュニケーションを採って人脈を作っておくことが、選手引退

後に、社業専念へよりスムーズに移行できることにつながると考える。

・一般社員と同じ研修の案内を出し、また E ラーニング履行の機会を提供している。

研修に出席できない場合には、資料配布等でキャッチアップを心掛けている。

・アスリート用 CDP は現時点ではないが、今後の課題である。但し、現役選手期間

中は、新しい職場に入ることが負担になり、競技活動に影響が出る可能性がある

ので、配慮が必要な部分である。

・人事部にアスリートの相談窓口を 1名、配属された職場にメンターを 1名配置し、

Page 56: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

54

人事部相談窓口と職場のメンター間の連携も行っている。

・周囲の同僚や同期とのコミュニケーションを通して、アスリートに仕事について

焦りはよく見られる。競技生活と仕事の両立という課題を掲げ、選手引退後の社

業専念への準備をしつつも、少しでも不安を解消し、現役選手期間中は競技活動

に軸足を置き、競技で活躍することで会社に貢献していく考え方を整理できるよ

う支援している

・仕事の時間が絶対的に少ないので、職場でもアスリートに対する仕事の振り方は

難しく、補助的な仕事が多くなりがちなのは、今後の課題である。

2) キャリアパス

・嘱託社員契約の中で、JOC 強化選手でないと契約更新しない旨、但し 1 年間の執

行猶予期間を設ける旨定めている。会社としては、アスリートの競技力との兼ね

合いで、正社員に転換し、社業に専念してもらう転機にもなり得ると考えている。

・引退のタイミング含め、その時点で本人の考え、就業観など、今後のキャリアに

ついて、よく話し合う。

・アスリートが現役選手引退後に、指導者や競技団体での道を歩みたい場合、

本人の意思を尊重するが、出向社員として派遣するつもりはなく、当初の狙い通

り、社業でアスリートとして培った価値観や経験を会社に還元して欲しい。

・正社員に転換した後は、アスリートとしてのキャリアの特徴には配慮するものの、

原則、ローテーションによる人事異動を含め、他の一般社員と同じ扱いとする。

・実業団スポーツ OB の存在は、ある意味ロールモデルにもなり得る。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、長年の実業団スポーツの経験を通してアスリート

を自社組織で扱う経験、知見を蓄積してきた当社にとっても、新しいスポーツ支

援の形である。現役選手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社

頻度や会社業務に携わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、

競技特性、アスリートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重ね、一

定の運用ルールを定めているものの、組織運営上の施策全般に亘り、アスリート

とよく対話を重ねながら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形に

なるよう、継続的な改善に努力していきたい。

2) 筆者によるインタビューを通じた個別課題抽出

・実業団スポーツの各チームが行っているスポーツ教室にコーチ・選手を派遣する等

地域社会貢献活動へのアスナビアスリートの活用。

・アスリート用 CDP と教育プランの策定検討。

・競技と仕事の両立への拘りを会社方針として掲げる中、職場での仕事の振り方を

含めた、アスリートへの対応。

○ 参考情報 - アスナビアスリート以外のスポーツ活動

1) 実業団スポーツ

・事業所毎の親睦会としてのスポーツ活動の中で、全国レベルの競技力を持つよう

Page 57: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

55

になった競技が実業団スポーツとして発展した。A 製作所:テニス、B 製作所:

女子バスケットボール、C 製作所:女子バドミントン、本社:アメリカンフット

ボール(企業グループチームとして運営)。

2) スポンサーシップ

- 東京 2020 オリンピック・パラリンピック競技大会オフィシャルパートナー

- 公益財団法人日本障がい者スポーツ協会のオフィシャルパートナー

- 一般財団法人日本車椅子バスケットボール連盟のオフィシャルスポンサー

- その他、冠スポンサー等、スポーツイベントのスポンサーとして多くの特別

協賛の実績が有る。

Page 58: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

56

C社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 男 4 年生大学 2015/4/1 パラ/卓球 現役

○ アスリート雇用の意義

・アスリートが競技で頑張っている姿を社員に見せて、社員の一体感を醸成し、社員を

元気にするための活動。長年の実業団スポーツ活動で、その効果を経験してきており、

アスナビアスリートの採用も、障がい者スポーツという特性はあるものの、基本は同

じ位置付け。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・会社として、陸上と柔道以外のトップアスリートへの信頼性の高いアクセスがな

いので、JOC のパイプができた意義は大きい。

2) 経緯

・JOC から、パラリンピックのアスリート採用可否の働きかけがあった。元々

会社として興味があった領域なので、経営トップの理解を得て、前向きに検討

した。

3) 選考プロセス

・上述の 1 項「アスリート雇用の意義」の狙いを実現するため、アスリートとして

の競技力のポテンシャル、及び社員から応援してもらえる人物である必要がある

ので人柄を重要視する。また、選手引退後も、本人が会社に残って働きたいので

あれば、他の社員と協働し活躍してもらうため、人柄は重要なポイントである

(実業団スポーツと同じ)。

・20 歳代後半で比較的年齢の若い A 選手に絞り、実業団スポーツの選手の選考と

同様、書類審査、面接を経て、採用を決定した(大分県自治体からの中途採用)。

・オリンピックを目指すレベルの競技種目については、会社は既に陸上部と柔道部

に絞っており、その他の種目については、パラリンピックを目指すアスリートの

みを対象とする。

・男・女、夏季・冬季へ特に拘りはない。

4) 今後の継続方針

・今後も、パラリンピックを目指すアスナビアスリートの採用を継続したいものの、

特に決まった計画はない。是々非々の判断になる。

2. 処遇

1) 配属

・練習場所が九州であることを考慮し、在九州の子会社への配属を前提に検討した

結果、同社の幹部から快諾を得られた。配属部署は企業スポーツ支援を担当して

Page 59: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

57

いる人事部とした。競技活動に支障のない範囲で職務設計を行った。

配属組織 業務 競技練習場所

A 選手 子会社 A 社(在九州) 人事 障害者福祉施設(在九州)

2) 職種

・グループ会社社員と同じ正社員グループ 2(地方の大学を出て、その地方で働く)と

いう社内格付を行った(実業団スポーツアスリートも正社員)。

3) 制度運用

・一般正社員の就業規則を適用する。

・原則週 2 日出社とする。月、木はフルタイム勤務、それ以外の曜日と月、木が遠

征にかかった場合は特別有給休暇扱い。(実業団スポーツ選手は平日の午前に仕事、

午後に練習であり、A 選手と異なる出社と競技活動のパターン)。

・給与水準は、一般正社員グループ 2 と同一。

・練習、試合等の競技活動は業務と認めている。

・実業団スポーツで経験のある C 社としても、A 選手のケースは初めてであり、

今後の課題とする論点もある。

4) 競技力向上支援

・遠征は出張扱いだが、遠征費含め、競技活動に必要な予算を Max300 万円に設定

し、その範囲内で、競技団体の支援も考慮しA選手自身がマネジメントしている。

・怪我への対応は、アスリート用傷害保険は付保しておらず、社員向け健保で対応

している。

3. 活用

・従前から、障がい者を雇用してきたが、障がい者のトップアスリートということもあ

り、より障がい者に対する理解が深まったと考えている。

・九州が拠点の陸上と柔道は、市民が熱心に応援してくれており、市民のお陰で、会社

が地域社会に溶け込むことが出来つつあると感じている。A 選手の雇用においても、

上述の「アスリート雇用の意義」を体現すべく、活用施策を継続し、地元で同様の効

果が生まれてくるのを期待している。

4. 社内認知度

・上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを実現するため、施策を実施する。実際、A

選手は仕事でも試合でも体現してくれている。

・所属子会社 A 社の地場長会議、社内掲示板等を活用し、社内 PR を行っている。

・九州で行われる試合があまりなく、パラリンピックに出るために国際的なランキング

ポイント制が取られているため、国際試合が多く、想定よりも現地応援する機会が少

なかった。数少ない地元開催の試合として、障がい者卓球県大会の時は、手作り応援

グッズを作成し、多数の社員が応援に駆けつけ、社内の士気高揚につながっている。

・子会社 A 社でトップアスリートの雇用は、初めてだったので、週 2 回の勤務が受け入

れられるか少し心配したが、杞憂に終わった。

Page 60: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

58

・会社全体で見ると、実業団スポーツ OB が多数散らばっており、アスリートを受け入

れる文化が存在すると思われる。子会社 A 社については、実業団スポーツ OB はいな

いが、福利厚生施策としてのスポーツクラブ活動経験者は多数おり、社内にスポーツ

を肯定的に捉える土壌はあると思われる。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・競技引退後に正社員として働いてもらうことを前提として、日頃から接している。

・選手引退後の準備として、社内でのコミュニケーションを行って、人的なネット

ワークを作っておくことは重要と考える。

・一般社員と同じ研修の案内を出しているが、出席できない場合、扱いは一般社員

と同じであり、特別な工夫を行っていない。

・アスリート用 CDP はない。

・特にメンターを配置していない。

・職場では、本人が人事の仕事は初めての経験になるので、なるべく丁寧に教える

等により、仕事をマスターしてもらい、仕事面でも本人に貢献してもらう意識を

持ってもらうようにしている。

・陸上部と柔道部のアスリートと大きな相違点はない(換言すれば、これが C 社の

アスリートに対する考え方でもある。)

2) キャリアパス

・引退時に本人と今後のキャリアについて話し合うが、会社としては、競技引退後

も正社員での継続雇用する前提で考えている。

・指導者や競技団体での道を歩みたい場合、学校等社外に出向の形を取ることも

あり得る。

・陸上部、柔道部 OB の中には、監督、コーチ、トレーナー等で、社外も含め、自

身がやってきたスポーツの発展に貢献している者、社内で一般社員として活躍し

ている者等、社内外で活躍のロールモデルを示唆する存在がある。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、長年の実業団スポーツの経験を通してアスリートを

自社組織で扱う経験、知見を蓄積してきた当社にとっても、新しいスポーツ支援の

形ある。現役選手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社頻度

や会社業務に携わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、競技

特性、アスリートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重ね、一定の

運用ルールを定めたものの、組織運営上の施策全般に亘り、アスリートとよく対話

を重ねながら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形になるよう、

継続的な改善に努力していきたい。

2) 筆者に拠るインタビューを通じた個別課題抽出

・「アスリート雇用の意義」を踏まえ、競技特性により、想定よりも応援機会が少な

いことへの対応。

Page 61: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

59

・実業団スポーツで経験のある C社としても初めてのケースであり、人事制度の最

適運用に向けての継続検討。

○ 参考情報 - アスナビアスリート以外のスポーツ活動

1) 実業団スポーツ

・各拠点で社員向け福利厚生施策として始めたスポーツのクラブ活動が発展し、競

技力が向上した競技種目を実業団スポーツとして強化した歴史がある。現在、陸

上部と柔道部が日本のトップレベルで活動しており、その他、福祉厚生として多

くのクラブ活動も継続されている。

・陸上部と柔道部は、オリンピック出場を目指せる国内一線級の選手の採用を目指

し、両部自身のルートで本人、大学、高校に直接スカウト活動を行っている。両

部の活動は経営トップの関心の高い経営問題として扱われる。

・バレーボール部が実業団スポーツとして日本のトップリーグで活動していたこと

もあったが、ライバルチームがプロ化を始めて、資金力でついていけなくなった

ため、撤退を決めた経緯がある。

2) スポンサーシップ

・競技団体のオフィシャルスポンサー契約はないが、国内を中心に柔道、マラソン、

駅伝、ゴルフ等のスポーツイベントの協賛実績は多数ある。

Page 62: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

60

D社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 女 4 年生大学 2015/4/1 レスリング 現役

B 選手 女 4 年生大学 2016/4/1 レスリング 現役

○ アスリート雇用の意義

・同じ会社の同僚であるアスリートが競技活動で頑張っている姿を応援することに

よる社員の一体感醸成、及び士気高揚。

・地域社会での会社のイメージアップのため、地域貢献の文脈での地域人材確保の一環

として、またステイクホールダーとのコミュニケーションツールとしてアスリートを

有効活用。イメージアップの効果として、良質人材のリクルートへの好影響も期待。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・JOC 介在により一企業では成し得ない信頼性の高いトップアスリートへのアク

セス機会を持てること。

・地元大学の女子レスリング部との関係は、アスナビによるアスリート採用後に築

いたもの。

2) 経緯

・中部経済同友会が JOC とアスナビ企業説明会を主催した時、同会代表幹事を務

めていた当社会長のトップダウンの指示で参加し、採用検討を開始した。

・どの種目のどの選手を採用するか検討している過程で、女子レスリングのアスリ

ートを採用することとした。理由は、地元の大学が力を入れている女子レスリン

グ部出身の選手を雇用することによる地域貢献に意義を見出しこと、及び競技団

体の組織運営がしっかりしており、企業の負担が身の丈に合った支援の範囲内に

収まると想定できたこと。

3) 選考プロセス

・一般社員の新卒一括採用と同じスケジュールで採用したが、別枠であり、別の選

考プロセスを踏んだ。

・面接においては、引退後の社業での活用を考慮するも、採用時点での社業適性の

評価には重きを置かず、社員として競技に頑張っていく意思と姿勢を最重要視し

た。入社後、アスリートとして頑張る姿を社員に見せ、アスリート側も所属する

会社とその社風を理解し、会社の一員として競技活動をしているという自覚を持

つことで、自然に社員が応援したくなる人物になることを期待している。そうし

た人物としてのポテンシャルも重視した。

・実質アスリートが複数の候補会社から当社を選ぶ状況であったので、寧ろ会社と

してどのような支援ができるかについて今後一緒に考えていきたい旨を伝えた。

Page 63: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

61

・上述の 2)項の「経緯」の通り、地元大学の女子レスリング部出身に絞っている。

・JOC 強化選手の条件はつけていないが、企業による支援のあり方を考えていく上

で検討課題と認識している。

4) 今後の継続方針

・今後のアスナビアスリート採用方針は未定。採用するとすれば、同じ地元大学の

女子レスリング部出身のアスリートになるが、実際どのような人材がエントリー

してくるか、及び地域貢献に見合った適正人数についての経営判断になると思わ

れるので、現時点では何とも言えない。

・しかしながら、同女子レスリング部は、付属の高校と合わせ、多くの有望なアス

リートを抱えており、目配りは継続していき、地元企業としての支援という切り

口で、雇用という形を取るのか、或は別の形になるのか、検討していく考え。

・中部経済同友会の各社に、アスナビアスリート採用について説明したところ、数

社から検討してみたい旨の問い合わせがあり、当社だけでなく、アスナビアスリ

ートの採用が地域社会の他の企業に広がることは望ましいと考えている。

2. 処遇

1) 配属

・地元大学での競技活動に専念させる制度運用を行うため、人事部のコントロール

下に置くことが最適と判断した。

配属組織 業務 競技練習場所

A 選手 本社 人事 大学(在愛知)

B 選手 本社 人事 大学(在愛知)

2) 職種

・現役期間中は、競技活動に専念するためには、一般正社員と同じ規則で回してい

くのは難しいので、嘱託契約社員とした。但し、選手引退後については、会社は、

本人が希望すれば正社員として登用する(実業団スポーツアスリートは、一部の嘱

託契約社員を除き、原則入社時から正社員)。

3) 制度運用

・一般嘱託契約社員の就業規則を適用する。

・月 1~2回の出社。(国内のトップリーグにいる男子バレーボール部は、原則平日

は午前中仕事、午後練習、リーグ戦試合日程によって、平日の一部を試合準備、

移動に使う。他の運動部は、原則平日は終日仕事、退勤後に練習。)

・給与水準は、一般正社員総合職と同一レベル。

・練習、試合等の競技活動は業務とみなす。

4) 競技力向上支援

・遠征費、合宿の費用等、競技活動に直結する費用については、原則競技団体が負

担する。企業支援の考え方は、本人の意思を尊重しながら、競技団体の支援で足

りないところを埋めていくイメージ。

・会社は、競技に専念できる生活面での支援をするため、一般社員の社宅補助を適

用し、練習場所である地元の大学近くに住居を持たせている。競技成績による報

奨の取り決め有。また食費やサプリメント等栄養費としてスポーツ手当を固定額

Page 64: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

62

で支給。

・怪我への対応として、傷害保険に相当するスポーツ保険を付保している。

・別途、コーチも嘱託契約社員として採用した。

・アスリート本人達に負担をかけ過ぎない応分な支援という考え方だが、一方で東

京オリンピックに向けて、今までと同じ支援で良いのか?という問題意識がある。

3. 活用

・「アスリート雇用の意義」を踏まえ、後述の 4 項の「社内認知度」と関連し、社内で

の応援を広げる施策を推進する。

・社内イベントやプロ野球中日の試合の始球式に登場させる等イベントで活用実績有

る。

・バレーボール部と同様、試合開催地の事業所も含め、社員応援を増やすための呼びか

けや現地応援の工夫をしている。

・社内の技能オリンピックの選手達をメンタルトレーニングで鍛えるため、アスナビア

スリートがオリンピックに向けての心構えというテーマで講演会を行った。

・バレーボール部のような地域バレーボール大会開催への協力、バレーボール教室の

開催といった地域貢献の実績はない。今後の課題。

4. 社内認知度

・経営トップの理解を得た上、「アスリート雇用の意義」の狙いを実現すべく施策を進

めている。

・実業団スポーツと同様のやり方で、社内広報誌、社内 WEB を活用し、社員の認知度

を上げていきたいが、十分でないと感じている。応援する人が増えれば、社内で共通

の話題となり、ネットワークが広がり、上述の 1 項の「アスリート雇用の意義」にあ

る一体感醸成、士気高揚にもつながると考える。

・社外 PR として JOC アスナビニュース、協会 HP 等で取り上げてもらっているもの

の、女子レスリングはバレーボールと比べマスコミ露出が低いので、社内イントラで

試合の映像を流す等の工夫が必要。

・各職場に実業団スポーツ、運動部 OB が多数存在するので、アスリートを受け入れる

にあたり、社内から否定的な声は出難い土壌はあると思われる。

・社員との接点作りのため、コミュニケーションの場作りを支援していく。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・現役選手期間中は、競技生活を最優先する前提で、競技引退後に正社員として

働いてもらうことも視野に入れた教育を行いたいが、アスリート本人達に、選手

としての実績を作りたい気持ちが非常に強く、今後の課題。

・入社式と新入社員研修の導入パートに出席させ、当社社員になったことへの切り

換えを促した。

・出社時には、競技活動の報告をさせているが、社会人としての技量として鍛える

余地がある。

Page 65: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

63

・競技活動優先とし、アスリート用の CDP は作っていない。

・社会人としての悩みも少しずつ出てきているので、個人相談の窓口としてメンタ

ー制度は今後の課題。

・アスリート本人達が、社内での貢献を考える時に、実績を作ることが第一という

意識が強い中、実績を作る過程でも、頑張っている姿を見てもらう意味があると

指導している。

2) キャリアパス

・選手引退までには時間があるので、引退が現実的に見え始めた時に、セカンドキ

ャリアを話し合って一緒に考えたい。正社員に転換する場合、社業の理解や知識

など他の一般社員より遅れている部分はあるので、アスリートとしての個々の経

験や適性を生かせるような職場と業務で活躍してほしい。後輩が入社してきた時

のメンター役としても期待している。

・バレーボール部員の正社員は、現役選手引退後は、ほとんど会社に残っており、

管理職もいる。OB の活躍部署は、広報、人事、総務、TQM、工場の事業企画、

生産管理等、現所属の間接部門。実業団スポーツの現役選手、アスナビアスリー

トにとっても、相談役になったり、ロールモデルになり得る人材もいる。

・現役選手引退後に、指導者や競技団体での道を歩みたい場合、バレーボール部 OB

と同様に、本人の意思を尊重し、出向派遣での活用の仕方もあると考える。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、長年の実業団スポーツの経験を通してアスリート

を自社組織で扱う経験、知見を蓄積してきた当社にとっても、新しいスポーツ支

援の形である。現役選手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出

社頻度や会社業務に携わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事

情、競技特性、アスリートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重

ね、一定の運用ルールを定めたものの、組織運営上の施策全般に亘り、アスリー

トとよく対話を重ねながら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い

形になるよう、継続的な改善に努力していきたい。

2) 筆者によるインタビューを通じた個別課題抽出

・社内認知度が十分でないため、より応援のネットワークを広げ、一体感醸成、士

気高揚の効果を向上させること。

・アスナビアスリートへの競技力支援のあり方、競技力に応じた会社対応の体制の

あり方の議論と検討。

・教育のあり方含め、個人相談窓口としてのメンター制度の導入検討。

○ 参考情報 - アスナビアスリート以外のスポーツ活動

1) 実業団スポーツ

・社内の福利厚生施策として運営してきた運動部が 25 種目、39 クラブあるが、競

争力が向上した競技(男子バレーボール部、男子ソフトボール部、男子バドミント

ン部)が、所謂実業団スポーツとして発展してきた。その中で男子バレーボール

Page 66: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

64

部は国内トップリーグに位置する。

2) スポンサーシップ

- 日本バレーボール協会とオフィシャル・スポンサー。

Page 67: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

65

E社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 男 4 年生大学 2014/4/1 水泳/競泳 現役

B 選手 女 4 年生大学 2015/4/1 7 人制ラグビー 現役

C 選手 男 特別支援学校 2015/7/1 パラ/知的水泳 現役

D 選手 女 4 年生大学 2016/4/1 スケート/ショートトラック 現役

E 選手 男 4 年生大学 2016/4/1 水泳/競泳 現役

*他に 7 名が 2017/4/1 入社予定

○ アスリート雇用の意義

・アスリートとしても社会人としても頑張っている姿や努力の過程を見せてもらい、

それを支援することが、社員の一体感や士気高揚につながる。

・選手時代だけでなく、引退後も、アスリートならでわの世界を舞台に戦ってきた経験

や一般社員の知らない世界を会社の業務を通して還元してもらえることへの期待。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・競技団体が推薦するアスリートを JOC の信頼性の高い枠組みを使って雇用する

ことにより、アスリートを取り巻く関係者が色々な角度で二重にも三重にも支援

することになるし、本人達の頑張ろうという気持ちも強くなると考える。

・2017 年 4 月 1 日入社の 7 名の内 2 名は、会社のエントリーが先でアスナビは平

行して登録させた。理由は、JOC に支援してもらう意味以上に、選手の強化だけ

でなく、就職含め選手の生活全体を競技団体に強く意識して貰うことに役立つと

考えたから。各競技団体のアスリート支援体制は、競技団体によってかなり温度

差があり、どの団体もより良い方向に向かって欲しいという思いがある。

2) 経緯

・後述の参考情報の「実業団スポーツ」にあるサッカークラブで正社員として活動

してきたアスリートが、現役を引退し、会社の本業で活躍している姿を見てきた。

・過去採用した一般社員の中に、日本代表経験を持つアスリートがいたにもかかわ

らず、社会人になると競技生活を辞めてしまう事象を見てきた。そうしたアス

リートを会社として組織化できていないことへの思いがあった。

・経営トップに認知された上述の「アスリート雇用の意義」を踏まえ、多様性を持

った社員を雇用していこう、という発想を持っていたところ、JOC よりアスナビ

の紹介を受けた経緯有。

・検討している過程で、引退するまでは働きながら競技を続け、引退後は企業に貢

献したい、というA選手の考え方と会社の考えに、つながるところがあったので、

経営トップの承認を得て、第一号として採用を決定した。

Page 68: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

66

・A 選手入社後、社内的な関心が高く、応援することを通して、社員への影響力も

あることが分かったので、企業グループとしてアスナビアスリートの採用を毎年

継続している。

3) 選考プロセス

・競技の知名度が高くなく、支援が得られにくい個人種目の頑張っているアスリー

トにスポットを当てたい。

・一般社員と全く同じ選考過程を通過したアスリートのみを採用する。

・選手引退後の社業で活躍してもらい、上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを

実現するためには、人柄を重要視し、加えて得意分野、他人と違った才能・能力・

経験・発想力も加点要素としている。

・JOC 強化指定選手でなくても、新卒の場合は、競技団体の推薦があれば、対象と

する。

・競技種目については、特定種目に偏ることなく、夏、冬バランスよく、寧ろ分散

して採用したい

・そうした中でも、女性と障がい者には特に注目している。

4) 今後の継続方針

・確定計画ではないが、30 歳になると引退するアスリートも出てくるだろうから、

新陳代謝しながら、各代に 1、2 名ずついることを前提に、グループ全体で 20 名

くらいの現役アスナビアスリートを抱えるイメージを持っている。

2. 処遇

1) 配属

・練習場所を考慮し、現役選手時代は、負担の比較的少ない職場に配属している。

・現場はシフト勤務が中心で、若いうちに日々の仕事を通して基本的なスキルやノ

ウハウを蓄積していくので、配属部署と考えていない。

配属組織 業務 競技練習所場所

A 選手 グループ企業 A 宣伝 大学(在東京)

B 選手 グループ企業 A 人事 クラブ(在東京)

C 選手 グループ企業 B 書類管理 クラブ(在大阪)

D 選手 グループ企業 A 人事 クラブ(在長野)

E 選手 グループ企業 C 総務・人事 大学(在東京)

・これ以外に 1 名、グループ企業 A の現役社員の競技力がトップレベルにあるビー

チバレーボール選手を社内的に「逆アスナビ」と称して、アスナビで採用したア

スリートと同様の扱いとすることとし、人事に配置転換した。

2) 職種

・2017 年 4 月 1 日入社予定の 7 名を含む全員が正社員(地域限定なしの転勤有、他

社の総合職に相当)。

3) 制度運用

・一般正社員の就業規則を適用する。

・オフシーズンが週 1、2 日出社、シーズン中は月 1 回程度の出社。

Page 69: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

67

・練習、試合等の競技活動は、みなし勤務とし、業務と定義する。

・遠征は出張として扱う。

4) 競技力向上支援

・遠征費以外では、競技種目によって、競技団体との関連で、企業負担が必要なコ

ーチ、トレーナー、サプリメント等の費用を支援。

・怪我への対応としての傷害保険については、競技団体や所属クラブが付保してい

ると了解しており、一般社員用に掛けている健保を活用可。

・年間予算は、競技種目により相当差があり、平均 300 万円程度だが、1000 万円近

く掛かる競技もある。

3. 活用

・「アスリート雇用の意義」を踏まえた活用施策を推進する。

・グループ企業 A 人事部所属のアスリートは、企業風土改革、企業理念の浸透といった

業務を担当する Way 推進チームに配置し、アスリートが会社の行動指針の一つであ

る「努力と挑戦」を体現し社内にフィードバックしていくサイクルを考えるミッショ

ンを与えている。

・グループ企業にアスリートを派遣し、行動指針の「努力と挑戦」について自らの試合

や練習を通した体験談を講演する企画も行った。

・会社の記念行事に参加し宣伝活動への貢献、地域・自治体のイベントへの参加による

地域貢献活動に活用する等も行っている。

4. 社内認知度

・上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを実現するため、施策を打っている。

・社内に大学運動部出身者も多く、サッカークラブ OB もおり、スポンサーシップを積

極的に手掛けていること、所属契約選手の存在感もあり、全体にスポーツへの理解度

も高く、アスリートを受け入れ易い土壌はあると思われる。

・社員を集めてのアスリート報告会、ホームページでアスリートのページを作り自ら

投稿する、或はオリンピックでのパブリックビューイングや試合での応援団結成など、

社員へ刺激を与える機会作り、社員との接点作りを行っている。

・社内の不公平感への懸念もあり、経営課題であるダイバーシティ推進にあたっての実

践例として活用していく。今後会社は、女性、障がい者、育児、介護といった様々な

制約要因を持つものの、様々な能力や価値観を持つ社員に活躍してもらう職場環境、

社員間相互理解を整えていく必要がある。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・競技引退後を踏まえた将来の会社でのキャリアを考えるよう伝えているが、同期

の仕事での活躍を目にすると、焦りや心配を持つアスリートがいる。遠征など競

技活動での経験を将来のキャリアに生かす意識を持たせる助言をし、遠征のレポ

ートを書かせたり、パワーポイントでプレゼンするような機会を設けている。

・一般社員の研修への参加を案内しているが、フルに参加できないことも多いので

Page 70: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

68

補講、E ラーニング、課題図書指定などにより補完している。

・競技活動を考慮し、現役中は一般社員の CDP を適用していないが、アスリート

向け教育プランが今後必要と考えている。

・まだ入社して時間が経っていないことも考慮し、グループ企業 A の人財関連担当

役員が、人事部 Way 推進グループリーダーと連携し、グループ企業全体のアスナ

ビアスリートをよく見るようにしている。

・引退するアスリートが出た場合、アスリートのフォローのため、グループ企業 A

の人事部所属で活用することも考えている。実際、上述の 2-1)項の「配属」にて

記述した「逆アスナビ」のアスリートは、既に人事部 Way 推進グループに所属し

ており、選手引退後に自身のセカンドキャリアとして、経験を生かし、アスナビ

アスリートを支援することを希望している。

・引退後の社業導入への準備も考慮し、同期とのコミュニケーションを重視してお

り、特に新人時代の内定者イベント、新人教育にもできるだけ参加させるように

し、同期会や SNS を活用したコミュニケーションサークルにも参加させている。

2) キャリアパス

・選手引退後の人生の方が長く、引退後のキャリア形成が重要。

・後述の参考情報の「実業団スポーツ」で参照した元サッカークラブの社員は現在

15~16 人残っているが、様々な部署で活躍し、要職についている者もいる。仕事

をしながら競技活動を行い、引退後に社業に専念し活躍したロールモデルとなり

得る存在がいる意味は大きい。

・引退後の人事ローテーションは他の一般社員と同じ扱いとし、現役選手時代に配

属できなかった現場に、寧ろ引退後は、行って欲しいと考える。元サッカークラ

ブの社員の中には、引退後、現場で活躍している者もいる。アスリートならでわ

の経験を持った人材を全社的に配置していくのが理想。

・競技力との兼ね合いで引退のタイミングで悩むアスリートが既に出ているが、引

退後は 100%競技から離れ、100%社業に専念しなければならない、と思い込んで

いたので、引退後の関わり方には色々ある旨を伝え安心させている。引退時には

本人と今後について、よく話し合いたい。実際、本人が希望すれば、会社に何ら

かの形で還元する前提で、社員のまま、指導者資格を取らせて、その競技に貢献

させたり、或は競技団体、JOC などの機関に出向させたり、といった道を一定期

間歩ませる可能性は高いと考える。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、一時サッカーチームを所有し、アスリートを自社

組織で扱う経験をした当社にとっても、新しいスポーツ支援の形である。現役選

手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社頻度や会社業務に携

わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、競技特性、アスリ

ートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重ね、一定の運用ルール

を定めたものの、組織運営上の施策全般に亘り、アスリートとよく対話を重ねな

がら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形になるよう、継続的

Page 71: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

69

な改善に努力していきたい。

2) 筆者によるインタビューを通じた課題抽出

・アスリート向け教育プランの策定検討。

・グループ企業全体を俯瞰する継続性のあるアスリート支援の組織体制作り。

○ 参考情報 - アスナビアスリート雇用以外のスポーツ活動

1) 実業団スポーツ

・当初社員と契約プロの混成チームからスタートし、後にプロ化したサッカークラ

ブを保有、運営していた実績があるが、業績不振で撤退した歴史を持つ。

・景気や業績に左右されるようなスポーツ支援の在り方への疑問、及びサッカーか

らの撤退が世間で評判がよくなかったことにより、社内で実業団スポーツチーム

を持つことに踏み出せない。

2) スポンサーシップ

- 東京 2020 オリンピックオフィシャルパートナー、東京 2020 パラリンピック

オフィシャルパートナー。

- 主に広告宣伝効果を狙った所属選手契約を締結しているトップアスリートが

2 名在籍。

- その他、冠スポンサー等、スポーツイベントのスポンサーとして多くの特別

協賛の実績が有る。

Page 72: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

70

F社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 男 4 年生大学 2013/5/13 陸上/三段跳び 現役

B 選手 男 4 年生大学 2013/5/13 レスリング 現役

C 選手 男 4 年生大学 2014/4/28 レスリング 現役

○ アスリート雇用の意義

・人材の確保:創業後、会社の知名度が高くない時代に、明朗快活、物事に真剣に取り

組んだ経験、誠実さ、チームでの上下関係・競争・協調の経験等、アスリートの企業

人としてのポテンシャルの高さに着目し、採用対象とした。現在も継続している。

・組織の一体感醸成:現オーナーが、前職時代に勤務していた会社のアメリカンフット

ボールクラブを社員が応援することを通して生まれる部門間コミュニケーションへ

の好影響を経験し、自社にも取り入れようと考えた。

・士気高揚:同じ職場で働いているアスリートが、世界を舞台に勝利を目指し頑張って

いる姿と触れ合い、そうしたアスリートを応援している実感を通じ、社員のモチベー

ション向上に好影響を与える。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・JOC が介在し、競技団体の推薦状を添えて、エントリーしてくるアスリートで

あることへの信頼性。

2) 経緯

・上述の経営に認知された「アスリート雇用の意義」の考え方に沿って、より高い

効果を狙い、オリンピック種目のトップアスリートも対象とすることにした。

3) 選考プロセス

・一般社員と同じプロセスを経て採用する。

・上述の「アスリート雇用の意義」の狙いの実現し、そのために他の社員に応援さ

れ易い人柄(特にコミュニケーション能力)を重視している。

・JOC 強化指定選手の採用枠を用意しているが、必ずしもこれに拘らない。

・セパタクローの選手とアスナビアスリートが全て男性なので、一般社員の半分が

女性であることを考慮すると、次の採用時には、女性を希望している。

・上述の「アスリート雇用の意義」に合致する前提で、当社が支援可能なコストの

範囲に収まるような種目を検討する。また、パラリンピックを目指すアスリート

雇用の是非についても検討する。

4) 今後の継続方針

・アスナビアスリートを 5 名程度抱える体制を想定している。

Page 73: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

71

2. 処遇

1) 配属

・アスナビアスリート、セパタクロー・バレーボールのアスリートはすべて A 事業

本部に属する。練習場所と競技活動も考慮した。

配属組織 業務 競技練習場所

A 選手 東京支店/M 事業本部 内勤 大学(在東京)

B 選手 東京支店/M 事業本部 営業 大学(在東京)

C 選手 東京物流センター/M 事業本部 顧客サービス 大学(在東京)

2) 職種

・正社員総合職(他社のような一般職・事務職の職種区分はない)。

・嘱託契約社員とする議論もあったが、雇用する側がアスリートのキャリアや生活

に責任を持つ腹が決まらないと考え、正社員とすることに決めた。

・セパタクロー、バレーボールのアスリートも正社員総合職。

3) 制度運用

・一般の正社員総合職の就業規則を適用する。

・B 選手と C 選手は、原則週 2~3 日の出社、A 選手とセパタクロー・バレーボール

の選手は平日終日勤務、練習は退勤後。(A 選手を B/C 選手と異なる扱いにしてい

る理由は、アスリートとしての競技力や年齢との関連で、段階的に競技活動と社

業に掛ける時間や労力のバランスを変えていくステージを踏んでいく考え方。)

・B 選手と C 選手は、練習、試合等の競技活動は業務と定義する。A 選手とセパタ

クロー・バレーボールの選手は業務外と定義する。

・給与水準は、一般正社員総合職と同じ。

4) 競技力向上支援

・アスナビアスリート、セパタクローとバレーボールのアスリートをメンバーとし

て「F アスリートクラブ」を社内組織として作った。景気や業績に左右されず、

社会や会社事業に貢献し影響を持つアスリート集団の母体とすることを目指す。

・遠征費等、競技活動に必要な経費の一部は、競技団体の予算との兼ね合いで、「ア

スリートクラブ」の活動費として計上している。但し、食費、サプリメント代は

個人負担。

・怪我については、健保で対応。アスリート用の傷害保険は付保していない。

3. 活用

・上述の「アスリート雇用の意義」も念頭において「F アスリートクラブ」を活用して

いく。

・「F アスリートクラブ」のアスリートの価値を会社の事業や社会で生かしていき、

結果として社内外で受け入れられ、支援を受け、それに対しアスリートが還元してい

くようなサイクルができると、持続的にアスリートが無理なく雇用され続け、より多

くのアスリートを支援することが可能になると考える。

・アスリートを支援することで、社内で得られる活力を会社の顧客にも還元していく

ことは、会社の事業成長にもつながっていくと考える。

Page 74: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

72

・アスリートの競技を通じた地域での横のつながりは、会社に無いものがあるが、彼ら

にしかできない社会貢献活動は掘り起こされずに眠っている。最近の事例として、

レスリングの練習をしている大学でダウン症の子供達にレスリングを通して活力を

与えていく企画を実行した。親御さん達に感謝されただけでなく、自分達の社会的な

価値が生まれていることを実感する機会ともなり、会社としては支援していきたい領

域。

・「F アスリートクラブ」の将来的な発展型として、法人化して、グループ企業、乃至

は地域社会の企業の中から、出資者や協賛者を募って、複数の企業でアスリートを支

えていく仕組みもあり得ると考える。

4. 社内認知度

・上述の 1 項の「アスリート雇用の意義」を実現する為、情報を発信することが重要。

社内外に効果的な発信をするために、「F アスリートクラブ」という媒体を作った

意味は大きいと考える。

・セパタクローの選手を雇用始めた頃、一般社員からの不満の声を解消するため、社員

通しの話し合いによる相互理解に 2 年程掛かった。結果として、A 事業本部内でお互

いを相互に刺激し合うことができる存在としてリスペクトし、選手達を応援する機運

が高まった。アスナビアスリートは、その基盤が出来た後に雇用されている。

・こうした流れをより盤石なものにしていくためには、アスリートを応援することで、

それを自分達の活力に変えていくような企業文化の作りこみが必要。

・会社同僚とのコミュニケーションは、上述の「アスリート雇用の意義」を実践し

ていく上で、また引退後に備えたネットワーク作りの面でも重要。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・「F アスリートクラブ」を教育の実践の器として有効活用し、現役選手時代に、引

退後を想定した準備をしていくことは重要という考え方を意識して接している。

・基本は、出社時の限定された時間の中でも、目標設定し成果を上げていく意識と

仕事の仕方を OJT で考えさせるように仕向けている。

・アスリートには、自身の社会的、地域的なつながりで自分達がスポーツを通じて

できることを自分自身で考えるように、と伝えている。

・オーナーの案で始めた「F アスリートクラブ」活用の事例として、会社として予

算をアスリートに与えて、彼ら自身で事業を企画立案から実行までやらせるプロ

ジェクトを始めた。会社はサポートをするが、自分達で考え、商売の知識やスキ

ルの習得含めて、勉強することで、企業人としての成長を促す取り組み。恐らく

100%自分達でできないので、そこに参加する社員が出てくると面白い。

・一般社員と同じ研修を受けさせることを基本としている。受講できない場合は、

まず本人に工夫させ、それを会社が妥当と考えれば支援するこという考え方。

・不足していると感じるスキルや経験を感じれば、制度的な運用はしていないもの

の、課題図書の提供、顧客訪問に随行させる等々の工夫をしている。

・アスリート用 CDP は作っていないが、A 事業本部内の管理、営業、サービス、内

Page 75: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

73

勤、物流、監査等々、会社としての機能が一通りあるので、本人の適性や選手引

退後の希望も踏まえながら、複数部署の経験を積ませるようにしている。

・同年代の他の社員から仕事の習熟度で遅れをとっていること、引退後の社業での

ビジョンについて会社側が提示していないこともあり、将来を具体的に描けない

といった悩みもある。こうした悩みが出てくるのは、競技活動で結果が出ない時。

会社側も、結果という瞬間的な切り取りではなく、プロセス重視でないと、継続

的な支援は成り立たない、という考え方で接している。

・「F アスリートクラブ」の事務局長に A 選手を任命した。権限も彼に委譲し、

メンター的な存在としてアスリートの相談を受ける体制を取っている。

2) キャリアパス

・選手時代は、A 事業本部所属であるが、引退後は、適材適所の考え方で、会社全

体が異動ローテーションの候補先となる。

・アスリート引退時に本人とよく今後のことについて協議し、引退後に、指導者や

競技団体での道を歩みたい場合、本人の意思を尊重し、それが社会の役に立つこ

とであれば、会社は支援するし、出向社員としての派遣もあり得る。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、他の競技種目でアスリート雇用を経験した当社に

とって、そのベースはあるものの、新しいスポーツ支援の取組みである。現役選

手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社頻度や会社業務に携

わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、競技特性、アスリ

ートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重ね、一定のルールを定

めているものの、組織運営上の施策全般に亘り、アスリートとよく対話を重ねな

がら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形になるよう、継続的

な改善に努力していきたい。

2) 筆者によるインタビューを通じた個別課題抽出

・「F アスリートクラブ」のアスリートに予算を与え、主体的に企画立案から実行ま

で任せるプロジェクトの進捗と教育効果の検証。

・現役選手引退後の社業でのビジョンについて、会社側が提示てきていないことへ

の対応。

○ 参考情報 - アスナビアスリート以外のスポーツ活動

1) アスナビを経由しないアスリートの雇用

・上述の「アスリート雇用の意義」の「人材の確保」を目的とし、バスケットボー

ル、セパタクローのアスリートを雇用した。

・現在もセパタクローの選手を社員として継続雇用中。バスケットボールの選手は

bj リーグにプロ選手として吸収されていき、退社した。

・他に 1 名、バレーボールのクラブチーム所属の選手を雇用している。

Page 76: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

74

G社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 女 4 年生大学 2011/4/1 水泳・競泳 引退/社員

B 選手 女 4 年生大学 2014/4/1 カヌー/スラローム 現役

C 選手 女 4 年生大学 2016/7/1 レスリング 現役

*2017 年 4 月 1 日入社予定の 1 名、空手/形の女性アスリート有。

○ アスリート雇用の意義

・職場の同僚であるアスリートを支援し応援することを通して、社内の一体感の醸成。

・アスリートの努力と挑戦の姿を見せることを通して、社員に刺激と好影響を与える。

・アスリートならでわの経験を基に、社内外へ食の重要性を発信。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・個人種目トップアスリートへのアクセスが可能になること。

・JOC のお墨付き、競技団体の推薦状から得られるエントリーシートの信頼性。

2) 経緯

・経済同友会を通して JOC よりアスナビよるアスリート採用の協力依頼があった。

・会社として、「企業がトップアスリートを雇用や活動の面で支援することにより、

トップアスリートの生活環境を安定させると同時に、企業の社会貢献や社内の連

帯感創出につながることを期待する」というアスナビの趣旨に賛同し、アスナビ

のトップアスリートの採用はスポンサードではなく、就業支援することによる競

技に専念できる環境作りであるという考え方を明確にし、経営のトップダウンの

指示を

3) 受けて採用を検討することとなった。選考プロセス

・一般社員とは異なる選考プロセスを経て採用した。(2017 年 4 月 1 日入社予定の

アスリートは後述する通り正社員採用であり、基本的には一般正社員と同様の

選考を経て採用した。)

・上述の「アスリート雇用の意義」にある人事労務施策を実践するにあたり、また、

競技引退後に働いてもらうことを最優先しているので、人柄を重視した。

・競技引退後、会社で継続雇用されて働きたい意向が強いことを確認した。

・エントリーシートによる書類審査で、女性アスリートであること、新卒であるこ

との順に選考を進め、面接の末に 2 人に絞った。当初 1 人の予定であったが、甲

乙つけがたい旨を経営トップに報告したところ、最終的に2人採用することとな

った。

・JOC 強化指定選手を採用時の条件とはしていない。

・会社のイメージに合わない種目のアスリートは選ばない。

Page 77: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

75

・会社商品のユーザーのターゲット層である主婦層へのアピールを重視し、女性ア

スリートを優先する。

・東京 2020 オリンピック・パラリンピックのスポンサーになったこともあり、夏

季種目優先。

・上述の「アスリート雇用の意義」を実現するため、そうした要件を備えた人物で

あること、及び主観的な見方が入ってしまうが、社員が一体感を持って応援でき

るイメージのし易い種目であること。

4) 今後の継続方針

・常に 2~3 人の現役トップアスリートを抱えているイメージ。

・上述の 3)項に記した選好要素はあるものの、男性アスリート、冬季種目にドア

を閉ざした訳ではなく、4 人目を採用するような状況になった時には選択肢して

検討する。

2. 処遇

1) 配属

・練習場所を含めた、選手現役期間中の競技活動に専念してもらうことを最優先し、

東京本社の間接部門に配属した。

配属組織 業務 競技練習場所

A 選手 東京本社 コーポレート・コミュニケーション 引退

B 選手 東京本社 コーポレート・コミュニケーション クラブ(在東京)

C 選手 東京本社 人事 大学(在東京)

*2017 年 4 月 1 日付入社予定のアスリートの配属先は未定。

2) 職種

・A 選手、B 選手、C 選手は、現役期間中は、嘱託契約社員とした。選手引退後、

アスリート本人が正社員への転換を選択可とする。A 選手は 2013 年 12 月に引退

し、正社員へ転換済みであり、E コース(一般職、転勤なし)を選択した。

・2017 年 4 月 1 日入社予定のアスリートは、入社時から正社員(C コース総合職、

転勤有り)として採用する。

3) 制度運用

・一般嘱託契約社員または一般正社員の就業規則を適用する。

・嘱託契約社員(選手現役時代の A 選手、B 選手、C 選手):月1日程度の出社。

正社員として入社予定のアスリート : 平日の午前中は仕事、午後は練習と毎日の

出社を義務化(練習時間帯との兼ね合いで毎日出社が可能)。

・元来全員正社員で採用したかったが、社内で競技に専念し易い環境作りのため、

他の一般社員の納得感へ配慮し、敢えて嘱託契約社員とし、給与水準の処遇差を

つけた。但し、給与水準以外の条件は、福利厚生を含め、一般正社員と同じ。(2017

年 4 月 1 日入社予定のアスリートは、入社時から正社員とする初の試みになるの

で、他の嘱託契約社員アスリートの理解を含め、周到に準備中。)

・就業時間中の練習、試合等の競技活動は業務とみなす(2017 年 4 月 1 日入社予定

の正社員アスリートについても、同様の解釈とする方向)。

Page 78: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

76

4) 競技力向上支援

・遠征費、道具、ユニフォーム等の備品、コーチ、メンタルコーチ、報奨などの競

技支援のための活動費を競技特性、競技団体等の負担との兼ね合いで、必要なも

のを会社負担により埋めていくイメージ。

・怪我への対応として、リハビリのコストは会社負担とする。

・年間予算は数百万円レベルだが、競技特性以上に、寧ろ競技団体の強弱により、

会社負担額の格差があると感じている。

・社内に、支援を惜しむべきではないという声があるが、人事部としては、アスナ

ビの趣旨に賛同し採用を決めた経緯と上述の「アスリート雇用の意義」に立ち返

ると、スポンサーではないこと、相応の会社支援の限度があって然るべきこと、

給与を支払っているので個人負担がふさわしいコストもあること、等々一過性の

勝つことをすべてに優先させる考えは長続きしないと考える。

3. 活用

・上述の「アスリート雇用の意義」を踏まえた活用施策を検討していく。

・コーポレート・コミュニケーション部所属のアスリートによる食育事業イベントや東

北復興支援といった社会貢献活動、並びに展示会などの営業支援での実績がある。

・2020 東京オリンピック・パラリンピックのオフィシャル・スポンサーなので、経営企

画と連携し、社外への広告宣伝活動、応援のよる一体感醸成策、社内外向け交流イベ

ントなどを強化していくことを検討中。

4. 社内認知度向上

・上述の「アスリート雇用の意義」を実践するため、応援体制を整えることを含め、社

内認知度を高めるための現実的な施策を打つことが必要と考える。

・雇用開始した当初、一般社員の一部から、競技優先を認めて給料を払うこと、競技活

動支援の費用に関し、その分社員に還元すべきではないか、という声があったが、A

選手のオリンピックでの活躍をマスコミ報道や社内報・ネットなどで見ている内に、

不満の声は無くなっていった。

・これまで、A 選手のオリンピックでの活躍前後でのイベントを含め、競技活動の節目

節目で社員との交流会を開催したり、社員と家族の参加によるスポーツ教室を開催す

る等、アスリートと社員の接点作りを行ってきているが、今後も、社内への情報発信

やアスリートとの接点作りは怠れないと考えている。

5. キャリア開発

(1) 教育・サポート

・引退後も会社に残って社業で活躍するためには、社内にコミュニティーを作るこ

とが必要なので、その起点となる同期とのコミュニティー作りを支援している。

・競技活動に専念するため、研修への参加義務はない。今のところ、通信教育、E ラ

ーニング等の工夫を実施していないが、検討の価値あることと考えている。

・アスリート用の CDP を作っておらず、個別に対応していく。

・メンター制度を取っていないが、人事部長と所属部長が連携し、職場での全員サ

Page 79: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

77

ポートを要請している。

・A 選手が産休中(インタビューを実施した 2016 年 10 月 26 日時点)で、その後育

児休業に入る予定。職場復帰後に後進アスリートのメンター役、ロールモデルと

して期待している。

・仕事にかかわることとして、社内用語、社内組織、パソコンなどの業務スキル等

の悩みはあるので、徐々に慣れさせる。

2) キャリアパス

・採用時にも、本人達が、現役選手引退後に会社に残って働きたい意向が強いこと

を確認しているので、会社としては基本的にその前提で考えているが、正社員の

コース選択も含め(A 選手は正社員 E コースを選択済み)、実際引退する時に、

話し合うことになっている。

・正社員に転換すれば、現所属部署に限定せずに、人事ローテーションの適用を受

け、他の一般社員と同じ扱いとする。総合職 C コースであれば転勤もある。

・本人が、引退後に、指導者や競技団体での道を歩みたい場合、本人の意思を尊重

するが、出向社員として派遣するつもりはない。正社員として会社に残る場合は、

原則ダブルジョブを認めないが、就業時間外や休日に、或は年休を取って、会社

の業務に影響しない範囲で活動して貰うことであれば、認める方向。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、オリパラを目指すようなトップアスリートを自社

組織で扱った経験のない当社にとって、新しいスポーツ支援の取組みである。現

役選手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社頻度や会社業務

に携わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、競技特性、ア

スリートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重ね、一定のルール

を定めているものの、組織運営上の施策全般に亘り、アスリートとよく対話を重

ねながら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形になるよう、継

続的な改善に努力していきたい。

2) 筆者によるインタビューを通じた個別課題抽出

・2017 年 4 月 1 日以降、アスナビアスリートの職種が嘱託契約社員と正社員の 2

種類となることへの制度運用対応。

・一般社員の研修に出ることが難しい現状を補完する通信教育・E ラーニングの導

入、業務スキルアップのトレーニング等、アスリート用教育プランの検討。

○ 参考情報 - アスナビアスリート以外のスポーツ活動

1) スポンサーシップ(アスナビアスリート採用後)

- 東京 2020 オリンピック・パラリンピック競技大会オフィシャルパートナー

- 公益財団法人全日本空手道連盟のオフィシャルスポンサー

Page 80: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

78

H社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

B 選手 女 4 年生大学 2015/3/1 陸上/走り幅跳び 現役

C 選手 女 4 年生大学 2015/4/1 カヌー/スプリント 現役

D 選手 女 4 年生大学 2015/4/1 フェンシング/エペ 現役

E 選手 女 4 年生大学 2016/4/1 テコンドー 現役

F 選手 女 4 年生大学 2016/4/1 フェンシング/フルーレ 現役

G 選手 女 専門学校 2016/5/1 スキー/ハーフパイプ 現役

*加えて、1 名、2013 年 7 月 1 日入社でアスナビを経由せず採用したフェンシング・エペ

のアスリート A 選手が在籍。

○ アスリート雇用の意義

・地域社会で金融業を営む会社として、顧客に対し、スポーツの持っている価値を訴え

ていくことにより、スポーツを地域社会の顧客とのコミュニケーションツールとして

活用、顧客との関係を深化し、本業の更なる強化を図りたい。こうした考えを促進す

べく、雇用したトップアスリートには、顧客との接点での貢献を期待している。

・本業の地域社会での金融業を強化するためには、非金融部分で顧客をサポートしてい

くことが必要と認識しており、会社は、本業の金融の知識だけでなく、金融以外の様々

な価値観や経験を持ち合わせる人物像を求め、人材を多様化していく方針。トップア

スリートは、アスリートならでわの経験や価値観を有しており、人材多様化に向けた

象徴的な存在として、社内外で活用していきたい。

・日本のトップや世界を舞台に戦うアスリートが社内にいることで、試合に取り組む姿

勢などを見ること通じて、勇気付けられたり、鼓舞される等、他の社員への刺激とな

り、好影響を与えることを期待している。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・マイナー個人種目のアスリートに会社としてアクセスがない。

・アスナビでエントリーしてくるトップアスリートは、JOC のトレーニングを受け

引退後も働く意思を持った人材である。

2) 経緯

・経営トップが大学で教鞭を取っていた時、スポーツマネジメントを研究している

学生の問題意識に触れたことから、アスリートのセカンドキャリアについて考え

るようになった背景がある。

・A 選手の大学卒業時に、競技を続けるには、自分で仕事を見つけるか、スポンサ

ーを探さないといけない、という話を知人から聴いたことがきっかけ。アスリー

トは一般の人とは違うキャリアを築いているが、引退後にそれを生かせるのはほ

Page 81: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

79

んの一握りであり、そうした特異なスキルを生かせないのは社会的に損失ではな

いかと思い、採用を決定した。

・同じ頃、JOC のアプローチによりアスナビを知るに至り、A 選手以降は、アスナ

ビ経由で採用を重ね、現在、総勢7名のトップアスリートが在籍。同じ社員の元

アスリートのマネージャー2 名を加え、社内組織として「H アスリートクラブ」

を結成した。

3) 選考プロセス

・一般社員とは異なる選考プロセスを経て採用する。

・A 選手採用時には、選手引退後の人生の方が長いので、選手引退後でも社会の役

に立てるようなことを身につけないといけない、一方でそうして身につけたこと

は競技にも生かしていきたい、という考え方に共感し、採用を決定した。

・その後の選手たちも、上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを実現するため、

社内外での接点を通して、顧客や社員が応援したくなるような人物であること、

引退後にどういった仕事を任せられそうかという点を重視し採用する。

・JOC 強化指定選手だけでなく、競技団体推薦のみのアスリートも対象とする。

・競技団体のサポートが十分でなく、スポンサーがつきにくい、企業のサポートを

必要としているようなマイナー個人種目。

・女性が働ける環境の整備、女性ならでわの着眼点の活用、という視点から、女性

アスリートを優先している。

・東京都の地域社会で事業を営んでいる会社として、土地柄、冬季スポーツに顧客

や社員の馴染みが薄いので、夏季スポーツに偏る傾向はある。

・一般社員と同様、障害者雇用の一環としてパラリンピアンの採用も検討中。

4) 今後の継続方針

・特に今後のアスリート採用方針で決まったものはないが、現役を引退するアスリ

ートが出れば、アスナビを通して補充していくようなイメージ。

2. 処遇

1) 配属

・上述の「アスリートの雇用の意義」の狙いと現役選手期間中の競技優先の生活を

考慮し、配属を決定した。

配属組織 業務 主な競技練習場所

A 選手 C 事業部 地域事業開発推進 国立科学センター(在東京)

B 選手 採用研修部 学生採用関連実務 国立科学センター、大学(在東京)

C 選手 C 事業部 地域事業開発推進 国立科学センター(在東京)、

ボート場(在埼玉)

D 選手 採用研修部 学生採用関連実務 国立科学センター(在東京)

E 選手 C 事業部 地域事業開発推進 国立科学センター、大学(在東京)

F 選手 C 事業部 地域事業開発推進 NTC

G 選手 C 事業部 地域事業開発推進 練習競技施設(在埼玉)

Page 82: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

80

* アスナビ採用でない A 選手も表に加えた。

* 上記のメンバーで「H アスリートクラブ」を社内組織化した。同クラブのマ

ネージャー2 名は人事部所属で、アスリートの出張手続き、経費関係処理等を

担当している。

2) 職種

・正社員一般職として採用。

3) 人事制度

・正社員の就業規則を適用する。

・平均週 1~2 回の出社。

・練習、試合等の競技活動は業務と定義する。就業時間以外は自主練。

・遠征は業務出張扱いで処理。

4) 競技力向上支援

・遠征費(宿泊費、交通費)以外にも、ユニフォーム、道具代、コーチ代、フィジカル

・メンタルトレーナ等は、アスリートから申請のあったものについて、必要と認

めたものを支給。

・食費補助、サプリメント代相当の栄養費を毎月固定額で均等に支給。

・アスリート用の報奨規定を定め、競技成績によって支給。

・会社がトップアスリート用の傷害保険を付保している。

・一人当たり年間 1000 万円以下の予算規模だが、競技団体の強弱、同じ競技団体

でも成積の上がっている種目かどうか、競技特性等により予算の格差がある。

3. 活用

・上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを意識した施策を推進する。

・営業店毎に顧客を集めた経営者の会やセミナーを定期的に開催しているが、そこに

アスリートを派遣して、顧客の経営者と直接対話してもらう機会を設けている。

会のセットアップは各店が行い、アスリートならでわの考えやスポーツに対する取り

組み姿勢、キャリアをどう考え、会社にどう貢献していくか、等をしっかり話をして

もらう。

・地域の小学校からも講師としてアスリート派遣に要請があり、同様に対応している。

4. 社内認知度

・「アスリート雇用の意義」を踏まえ施策を進める。

・アスリートの競技活動優先については、社内でも理解を得るよう周知し浸透している

ので、不公平を唱えるような不満は顕在化していない。

・社内でアスリート応援の案内に際しては、「H アスリートクラブ」を有効活用し、

マネージャーとアスリート間の連携が有効に機能している。

・上記の 3 項「活用」における社外での活動についても、「H アスリートクラブ」を有効

活用する。また、他の社員と連携して仕事をすることにより、顧客とのコミュニケー

ションツールとしても機能している姿を見てもらう意義は大きい。

Page 83: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

81

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・入社後、約 2 週間は他の社員と同様の一般研修を受講させ、その後は、一般社員

とは切り分けて研修を実施。「H アスリートクラブ」のマネージャーが、アスリー

ト用研修会、講習会を企画、開催している(管理栄養講座、マナー講座等)。その他、

通信講座、E ラーニングで学習できる仕組みを提供。

・アスリートは、競技優先だが、なぜ自分が雇用されているのかを意識する必要が

あること、また雇用されている企業に対して何ができるのか?を行動や態度で示

していく必要がある旨を伝えている。

・現役選手中は競技優先のため、アスリート用の CDP を特に用意していない。

・メンターは、元アスリートの「H アスリートクラブ」のマネージャー。

・一般社員と幅広くコミュニケーションを取り人脈を作っておくことが、選手引退

後に、社業専念へよりスムーズに移行できることにつながると考えるので、企業

としてその環境作りを行っている。

・五輪に出て是非メダルを取って欲しいし、それが実現すれば素晴らしいが、それ

で一生生活できますか?と常に問い掛けている。現実には実現できないアスリー

トの方が多いので、引退後の人生が長いことを考えるべきだと伝えている。

2) キャリアパス

・現役選手引退後は、後進のアスリートのサポートをしたり、ロールモデルに

なって欲しいこと、及び本業を太くしていくために、地域社会で様々な取り組み

をしているので、特に今取り組んでいる非金融系の仕事で、会社と地域との接点

作りのところで活躍の場はあると伝えている。

・引退時にキャリアについて協議し、アスリートが現役選手引退後に、指導者とし

て大学や競技団体での活躍の道を歩みたいと考えた場合、会社として、出向社員

としての派遣を含め、どう対応するかについては、未だ何も方針を決めていない。

組織対組織の連携の仕方を考えた上での判断になると思われる。

・アスリート引退後の起業支援を会社の事業として検討中。アスリートのスポーツ

界での人的ネットワークの有効活用が可能と見ている。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、オリパラを目指すようなトップアスリートを自社

組織で扱った経験のない当社にとって、新しいスポーツ支援の取組みである。現

役選手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社頻度や会社業務

に携わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、競技特性、ア

スリートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重ね、一定のルール

を定めているが、組織運営上の施策全般に亘り、アスリートとよく対話を重ねな

がら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形になるよう、継続的

な改善に努力していきたい。

2) 筆者によるインタビューを通じた個別課題抽出

・現役選手引退後の社業でのキャリアを見据えた地域社会の顧客とのコミュニケー

Page 84: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

82

ション力向上に向けた実践の場作りと教育の継続的追求。

○ 参考情報 – アスナビアスリート以外のスポーツ活動

1) 1 名、2013 年 7 月 1 日入社でアスナビを経由せず採用したフェンシング・エペのア

スリート A 選手が在籍。アスナビアスリートと同じ扱いで、同じ「H アスリートク

ラブ」の一員。

2) 実業団スポーツ、スポンサーシップで特筆する実績なし。

Page 85: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

83

I社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 女 4 年生大学 2011/4/1 フェンシング/エペ 現役

○ アスリート雇用の意義

・世界を舞台に戦うトップレベルのアスリートならでわのメンタリティーや努力する

姿勢から同じ会社の同僚である社員が応援することを通じて学ぶ意義は大きく、会社

に好影響を与える。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・会社として、アスリートの競技力を評価することは難しいので、JOC が介在する

ことにより、トップアスリートに信頼感の高いアクセスできる。

・JOC の介在により、アスナビでエントリーしてくるアスリートは、企業の社員と

して雇用されながら競技を続けたい、という意思を持っているので、企業側とし

ては検討し易い。

2) 経緯

・トップアスリートを社員として雇用し、現役選手時代に社員として競技活動を

支援し、選手を選手引退後も社業で活躍してもらう、というアスナビの趣旨に

賛同した。

・採用を決定するにあたり、以下の通り経営トップとしての考え方を整理した。

- 実業団スポーツチームを持つことは、景気や業績により休廃部に追い込まれ、

企業の都合でアスリートのスポーツをやれる環境が大きく変わってしまう問題

があり、運営規模としても、会社の身の丈に合わない。

- 主に B to C の大企業がコマーシャルな目的で行うスポンサーシップは、支援

規模として身の丈に合わず、B to B 企業としてのメリットも少ない。

- JOC の予算やスポンサーが付き難く、競技活動を続けることに苦労している

マイナースポーツのアスリートを応援する。

- アスナビは、1 社で多くのアスリートを抱えたチーム運営を必要とせず、アス

リートが多くの企業に分散して支援を受けるので、会社としても、アスリート

としても、全体システムとして持続性が高く、アスリート個人の生活を大切に

した、より安全装置の働く仕組みである。そうした仕組みに参画することは、

スポーツの発展に寄与し、社会的な意義も大きい。

3) 選考プロセス

・上述の 2)項の「経緯」に沿って、一般社員とは別にエントリーシートを検討し、

A 選手の選考を進めることとした。

・実際 A 選手に話を聴いてみると、競技特性上、オリンピック出場が世界ランキン

Page 86: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

84

グによって決められるルールのため、海外で試合に出場する遠征の費用が数百万

要すること、大学時代は親の支援でやってきたが、卒業後は東京で就職できない

と、ナショナルコーチのいるNTCで練習ができないこと等々の事情が分かった。

・引退後の社業で活躍して貰うアスナビの趣旨に賛同しつつ、A 選手を採用した一

番のポイントは、上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを実現するためにポイ

ントとなる人柄、人物。A 選手の人格に出会わなかったら、採用を決断していな

かったかもしれない。

・男女への拘りはないが、冬季種目は、練習場所が関東近郊にないこと、合宿や遠

征で出社頻度が非常に少ないことにより、夏季種目を優先する。アスリート自身

も、他の社員も、アスリートが社員として競技に頑張っていることをお互いに意

識し、一定のコミュニケーションを取っておくことが、一体感をもって応援する

上で重要であるため。

・必ずしも JOC 強化選手を条件とはしていない。

4) 今後の継続方針

・飽くまで是々非々の判断で、毎年の人員計画のように、アスリートを増員してい

こうという考えはない。

・アスナビの考え方の根底に One Company、One Athlete があると理解している。

企業が 1 人の Athlete を抱えること自体は無理なことではなく、アスナビの仕組

みを持続させる前提であり、そうした考え方に賛同し参画している。今は A 選手

という 1 人のアスリートを応援することに重きを置いている。

2. 処遇

1) 配属

・主な練習場所が NTC であるため、アクセスが近く、経営トップに近い部署であ

る管理本部経営企画課に配属した。

配属組織 業務 主な競技練習場所

B 選手 本社 管理本部経営企画 NTC

2) 職種

・正社員(一般的な区分である総合職、一般職の区分はない)。

3) 人事制度

・一般の正社員の就業規則に準拠して、A 選手用の規定を作った。

・同期入社の社員と同じ資格で処遇しており、給与水準は同じ。

・月に数日の出社(但し、短時間勤務)。

・練習、試合等の競技活動は業務外と定義するが、会社として、競合関係での不利

益を回避する条項はあるが、原則就業時間の競技活動を認める。会社が特異な才

能を持つと認知した社員に対し、特例的に活動の自由度を認める考え方。

4) 競技力向上支援

・遠征費、交通費はすべて会社負担。

・コーチ、フィジカルトレーナーの費用は会社負担。本人が望むものを話し合って

会社が支援することを決める考え方。

・怪我への対応として、保険については会社の健保で対応。特にアスリート用の

Page 87: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

85

障害保険には入っていない。

3. 活用

・上述の「アスリート雇用の意義」の実現を第一に考えており、トップアスリートとし

て得たものを社員に還元していく意識が高く、特に社会貢献活動等の後述の 4 項の

「社内認知度」の施策以外の活動を行っていない。

4. 社内認知度

・上述の「アスリート雇用の意義」を実現するため、社内で WEB を活用し、A 選手自

身が考案した「No Fencing、No Life」というタイトルの社員全員向け報告の体制を

構築済み。内容は、海外遠征時の試合や練習の様子、本人としての反省点、課題など。

アスリート本人が社員として認められたい思いが強く、責任感を持って運用してくれ

ている。

・社員向けフェンシング教室の開催等、社員との交流を重視している。

・当社は、本社組織全てが一つのビルの中に住居し、大企業ではないので、同期、同じ

職場の同僚を中心に、既に社内でのコミュニケーションは取れており、特段問題点を

感じていない。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・選手引退後に正社員として働いてもらうことを前提としているものの、今は競技

に集中してもらっており、読書と新聞購読は推奨しているが、それ以外の一般社

員向け研修への参加を含め指示を出していない。

・アスリート用の CDP は作成していない。

・競技に専念した生活により、業務スキルのキャッチアップは遅れるが、それ以上

に競技から学んでいることも多々あると考える。

・リオ五輪出場を逃し、かなり落ち込んでいた時期もある。世界ランキングのポイ

ント獲得の大会にも復帰しているものの、東京オリンピックに向けて 4 年間どう

テンションを保っていくかは課題で、見守っていきたい。

・メンター等は特に置いていないが、管理本部経営管理課というトップに近いとこ

ろに配属し、トップ自らが進んで応援している。

2) キャリアパス

・現役選手引退後のキャリアについては、その時点での協議し、本人の考え方次第

と考えている。

・会社の組織に属する社員として最低限のことは理解しているが、一般と社員と同

じトレーニングを受けていないので、選手引退後に正社員として継続勤務する

選択をすれば、本人の希望を聴いた上で、トレーニングをする必要がある。現

役選手として見せている努力を持続する力、集中力等を発揮すれば、当社で活躍

できる仕事はあるし、いかようにでもなると考える。現在所属している管理本部

や営業の仕事という漠としたイメージはある。

Page 88: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

86

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、オリパラを目指すようなトップアスリートを自社

組織で扱った経験のない当社にとって、新しいスポーツ支援の取組みである。現

役選手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社頻度や会社業務

に携わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、競技特性、ア

スリートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重ね、一定のルール

を定めたものの、組織運営上の施策全般に亘り、アスリートとよく対話を重ねな

がら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形になるよう、継続的

な改善に努力していきたい。

2) 筆者によるインタビューを通じた課題抽出

・本人の希望に応じた会社としての支援のあり方、教育の最適化追求。

○ 参考情報 - アスナビアスリート以外のスポーツ活動

・実業団スポーツ、スポンサーシップ共に実績なし。

Page 89: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

87

J社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 男 4 年生大学 2015/10/1 スキー/ノルディック複合 現役

○ アスリート雇用の意義

・会社として、スポーツ領域にビジネスとして参入する戦略を描く中、製品の共同開発

チームの一員として、トップアスリートの経験、知見、ノウハウを物作りに活用して

もらうこと。

・ベンチャー企業として、厳しいグローバルな競争下において大企業相手にマーケット

ポジションを取っていく成長戦略を描く中、五輪でメダリストを目指し世界で戦うト

ップアスリートは、ジャンルの違いこそあれ、会社の目指す姿と共通点がある。こう

したトップアスリートが、同じ会社の同僚として存在し、彼を応援しながら、成長し

ていくプロセスや感動・興奮といったスポーツの持つ求心力を共有しつつ、刺激を受

けることは、社員のモチベーションマネジメント上、多大なメリットがある。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・JOC 強化選手にアクセスできる信頼性の高い仕組み。JOC 強化選手であること

による練習施設等、強化に向けた Back up 体制のメリットは大きい。

2) 経緯

・上述の「アスリート雇用の意義」で記したスポーツ領域へビジネスとして参入す

る戦略を持っていたところ、JOC のアスナビの紹介を受け、企業説明会に何度か

出席の上、P 事業本部長のトップダウンで採用検討を進めた。

・アスナビのエントリーシートを検討していく中で、夏季種目の水泳と冬季種目

のスキー/ノルディック複合が、A 事業本部取り扱い商品用健康素材の持つストー

リーやイメージと親和性が高いと考え、選考して行く過程で、まずスキー/ノルデ

ィック複合の選手を採用する方針を立てた。

3) 選考プロセス

・上述の「アスナビアスリートの意義」の狙いを実現するため、一般社員とは別に、

選手引退後も見据え社員と協働していくキャラクターに加えて、アスリートとし

てメダルに向けてチャレンジしていく姿勢、アスリートとしてのハングリー精神

等、総合的な人物評価を行った。

・JOC 強化指定選手であることが条件。

・競技種目については、上述の 2)項の「経緯」で記した親和性を考慮し、次の採用

の是非を検討中。

・本来男女はどちらでも良いが、1 人目が男性だったので、次に採用する場合には

女性を希望。女性アスリートと男性アスリートの特性の相違に会社として興味が

Page 90: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

88

ある。

4) 今後の継続方針

・実際 1 人目アスリートを雇用して時間があまり経過しておらず、試行錯誤しなが

ら、運用している一面があるため、現時点では次の採用の是非の検討に止まる。

2. 処遇

1) 配属

・A 事業本部企画開発課。上述の「アスリート雇用の意義」に記したアスリートの

経験、知見、ノウハウを生かした物作りにかかわってもらうため。

配属組織 業務 競技練習所場所

A 選手 本社/P 事業本部 企画開発 競技団体指定施設(在新潟)

2) 職種

・嘱託契約社員。

・正社員で採用したかったが、人事制度上、競技活動に専念すること、及び会社の

競技力向上支援を考慮し、運用が複雑にならないように、嘱託社員として契約を

締結する形にした。

・但し、アスリートに、選手引退後は正社員に転換する選択肢を与えている。

3) 制度運用

・一般の嘱託契約社員の就業規則を適用する。

・正社員と嘱託契約社員の間に給与格差等主な条件面での差はない。

・月に 1 回程度の出社。

・練習、試合等の競技活動は業務と定義する。

・上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを実現すべく、またアスリートにとって

も入社してよかったと思ってもらえるように、試行錯誤しながら、手作りでルー

ルを決めている途上にある。

4) 競技力向上支援

・代表の遠征費等が競技団体負担となることはあるが、原則遠征費、道具代、サプ

リメント代は会社負担。それ以外の施設代、コーチ代、トレーナー代等は JOC 強

化選手ということもあり、会社に負担して欲しいという要望は来ていない。

・スキー/ジャンプ競技で長い歴史のある企業スポーツチームの方法を参考とし、

競技成績による報奨制度を導入した。

・怪我への対応としての傷害保険については、一般社員用健保を利用可。

3. 活用

・上述の「アスリート雇用の意義」に沿った施策を推進する。

・製品開発のためのヒアリングやデータ提供等、現場レベルで協働しているが、丁度入

社後丸一年経ったところであり、これからに期待。

・それ以外では、平昌オリンピックへの出場のための競技力向上を最優先課題として取

り組ませており、それ以外に特筆する社外活動をさせていないが、平昌オリンピック

に向けての社員応援による社員の一体感醸成、モチベーション高揚といった効果にも

期待している。

Page 91: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

89

4. 社内認知度向上

・上述の「アスリート雇用の意義」を実現するため、各種施策を打っている。

・会社としてトップアスリートを雇用した経験がないので、取締役会で一般社員が不

公感を持つのでは?と懸念する意見があった。スポーツをビジネス領域として開発し

ていく会社方針を推進して行く上で必要なこと、という意見が通った形となっている。

・出社した時は、社員との交流の場を設けたり、合宿や遠征の時には、社員限定の

Instagram を活用し、練習や試合のシーンを社内に発信し、情報を共有化している。

社員が A 選手の平昌オリンピックに代表選手として選出されることを一体感をもっ

て応援していくような環境作りに努力しており、そうした雰囲気が生まれてきている。

いるところ。

・福祉厚生施策としての社内スポーツ大会を定期的に開催する等、スポーツを肯定的に

見る土壌があると思われる。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・新人導入時の研修は、生産工場研修等、一通り参加してもらい、出社した時は、

実務も少しずつ覚えて慣れてもらうような工夫をしているが、練習場所が新潟、

海外遠征が多いので、今後はオフシーズンの出社時の有効活用について検討して

いきたい。

・2 人目を採用することになった場合、練習場所に拠っては、練習時間帯との兼ね

合いで将来のキャリアを見据えた実務習得の教育プランを考えていきたい。

・アスリートが会社の仕事のことを殆ど分からない状態のまま、選手引退を迎える

のと、会社で出来ることや貢献できることについて自信が持てる状態にしておく

のでは、客観的に引退後のキャリアをどうしていくか?を考える時に、大きく違

いが出る。前者であれば指導者になるしかない、と思うかもしれないが、後者で

あれば、どちらが Better か選択肢を持てることになる。従って、選手引退を迎え

るまでの教育は非常に大切と考える。

・所属するラインの P 事業本部企画開発課長が直属の上司でもあり、メンターで

もある。

・引退後の社業導入への準備として、会社同僚とのコミュニケーションを重視して

いる。

2) キャリアパス

・A 選手は、将来のキャリアについて決めていないが、希望すれば正社員になれる

選択肢があることは分かっているし、指導者になりたいという思いもあるようだ。

まだ先の話ではあるが、会社と本人が協議して決めることになる。

・本人が引退後に正社員の道を選んだ場合には、現在の製品開発の延長線で企画の

仕事か、或は関連の営業の仕事というイメージはある。トップアスリートとして

経験している継続的な努力の重要性をよく分かっていること、俗にいうガッツが

あること、等々社会人に必要な資質の内、一番大事なところを持っていると思う

ので、現役選手期間中に準備としてできることを支援していきたい。

・2016 年 10 月、会社は多様性を尊重した働き方改革で新人事制度を導入した。基

Page 92: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

90

幹業務に従事するグローバル職、定型的補佐業務に従事し、働く地域を限定した

エリア職を選択可能とし、グローバル職はマネジメント系列とスペシャリスト系

列という複線型の人事制度となった。A 選手も、正社員として生きていこうと思

えば、こうした新人事制度に組み込まれることになる。

・指導者資格を取得し大学、競技団体等への出向し、スポーツ界へ貢献していくよ

うな話があれば、前向きに検討したい。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、オリパラを目指すようなトップアスリートを自

社組織で扱った経験のない当社にとって、新しいスポーツ支援の取組みであ

る。現役選手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社頻度

や会社業務に携わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、

競技特性、アスリートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重

ね、一定のルールを定めたものの、組織運営上の施策全般に亘り、アスリートと

よく対話を重ねながら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形に

なるよう、継続的な改善に努力していきたい。

2) 筆者によるインタビューを通じた課題抽出

・アスリートの専門性を生かした製品開発への取組みの進化

・オフシーズンの有効活用含めた現役選手引退までの教育プログラムの策定検討。

○ 参考情報 - アスナビアスリート雇用以外のスポーツ活動

1) 実業団スポーツ

・経験なし。

・但し、スポーツをビジネス領域して開発しようとしている会社として、将来的に

実業団チームやプロスポーツチームを持つ可能性を否定しない。

2) スポンサーシップ

- 実績として、昨年まで A 事業本部取り扱い商品用健康素材の生産地で開催さ

れる bj リーグ試合の冠スポンサー、今年から B リーグチームのユニフォーム

ロゴのスポンサー、並びにエベレストでの無酸素登頂を目指している登山家

への栄養食品の提供。

Page 93: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

91

K社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 女 4 年生大学 2015/6/1 ビーチバレーボール 現役

B 選手 女 4 年生大学 2015/6/1 アイスホッケー 現役

○ アスリート雇用の意義

・社内の一体感醸成:会社で働く同僚のアスリートを支援している、という社会の一翼

を担っている事実が存在することは、社員が、その家族も含め、会社に誇らしさを感

じることにつながる。その気持ちが、労働意欲向上、生産性の向上、帰属意識の醸成、

個々の充実につながり、一体感のある良い社風が築ける。

・会社全体への刺激:子供達に勉強の場を提供している会社の事業とアスリートが、

ひたむきに目標に向かい努力している姿勢は、通じるものがあり、学ぶべき点が多い。

そうした学びが、社員だけでなく生徒である子供達にも刺激を与え、好影響をもたら

す。

・本業への貢献:アスリートならでわの、一般の社員が持っていない経験、知見、価値

観を生かし、新しいアイディアを本業に還元することを期待している。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・JOC 強化選手へのアクセスが可能な仕組みであること。

・JOC が介在しエントリーシートが用意されることへの信頼性。

2) 経緯

・ビジネスモデルの転換のため、業績の厳しい決算が続く中、取引先から経営トッ

プへの紹介で、アスナビ企業説明会に出席したのが最初のきっかけ。そこでアス

リート達の頑張る姿の発信に感動を受け、何とか採用の道はないものか、検討す

ることにした。

・まず、メリットの前にデメリットを検討した。具体的には、厳しい会社業績の中

で想定される社員の否定的な反応。結果として、トップアスリートのような特異

な才能を持った人は、他の社員と働き方も会社への貢献の仕方も異なることを是

とする考え方を整理し、経営トップの理解を得た。

3) 選考プロセス

・一般社員とは異なる選考プロセスを経て採用した。

・厳しい会社業績の中の採用であるため、上述の「アスリート雇用の意義」にお

ける社内の一体感醸成」や「社員や子供達への刺激」という人事労務管理施策を

実践するにあたり、多くの社員から好感を持たれるような人柄を重視した。

・他に、引退後の社業活用も踏まえ、これまでの競技活動を自立的な判断で、自ら

道を切り開いて歩んできた経験を自分の言葉で表現できる点を評価した。

Page 94: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

92

・会社としてアスリート雇用未経験であるため、相互に助け合いフォローし合え

るように、2人同時採用、同性、夏・冬の組み合わせ(オンシーズンとオフシーズ

ンが逆)、同じ大学出身という条件に嵌まる女性アスリート 2 名を採用することと

した。

・JOC 強化指定選手を採用時の条件とした。

・本来、特に種目、男女、夏冬等への拘りはない。

4) 今後の継続方針

・今後の採用については白紙。当面、採用した 2 人が成功事例となるように、

会社としてトップアスリートの雇用の実践的な経験を積むことを優先したい。

2. 処遇

1) 配属

・入社後、A 選手は広報部、B 選手は人事部/採用に配属し、試行錯誤で実務を経験

させようとしたが、2016 年度より、上述の「アスリート雇用の意義」における「本

業への貢献」に立ち返り、練習場所や競技生活へも配慮しつつ、会社として新規

に発足させた新規事業推進室へ異動させた。

配属組織 業務 競技練習場所

A 選手 本社 新規事業推進 クラブ(在川崎)

B 選手 本社 新規事業推進 クラブ(在東京)

2) 職種

3) ・正社員総合職(一般の 4 年生大学新卒と同じ、転勤有)。人事制度

・一般正社員総合職の就業規則を適用する。

・通常は週 2 日程度の出社(15 時か 16 時までの短時間勤務)。但し、シーズン中は

合宿、遠征でばらつき有。

・給与水準は、一般正社員総合職と同じ。

・練習、試合等の競技活動は業務と定義する。

4) 競技力向上支援

・遠征費は、クラブや競技団体が負担しない時に、活動費として計上。

・A 選手は、ユニフォームはメーカーとサプライヤー契約、他の道具等競技に必要

なものはクラブが対応。実業団チームの新規参入により、現在不在の専属コーチ、

フィジカルトレーナー、メンタルトレーナー等の整備は必須と認識。

・B 選手は、会社はウェア、道具(スティック、スケート靴)程度の負担で、ユニフォ

ーム、コーチ、トレーナー等競技に必要なものはクラブ、競技団体が対応。

・怪我については、会社として傷害保険を付保しておらず、一般社員と同様の健保

で対応。B 選手は、クラブ、または代表の競技活動では競技団体が傷害保険を付

保。過去労災の適用実績有。

3. 活用

・上述の「アスリート雇用の意義」を踏まえた活用を行う。

・今年度より開始した新規事業推進の仕事として、学童保育施設におけるコーディネー

ショントレーニングの開発に従事させている。I Kids Athlete Club として、

Page 95: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

93

月 1 回、年間 12 回のプログラム構成で、実際にアスリート自身が、自分達のトレー

ニングをベースにオリジナルプログラムを開発し、子供達の運動能力を伸ばすことを

目的に、講座を開講している。運動能力の向上は学業成績にもプラスに影響するとの

観点も意識しつつ対応している。

・B 選手の国際イベントに、生徒である子供達と父母の応援動員をかけることになった

が、イベント開催日が授業のある土曜であったものの、声掛け可能な子供達への連絡

に当社営業が奔走する姿を見て、社員の一体感が着実に進んでいる出来事として印象

に残っている。

・他社のアスナビのアスリートと A 選手が共同で当社生徒の子供達向け

にスポーツ教室等のイベント企画を検討中。

4. 社内認知度向上

・上述の「アスリート雇用の意義」の狙いを実現するため、具体的な施策を打っていく

ことが大事と考える。

・競技優先の中、新規事業推進の仕事でも、少しずつでも成果を出しながら、それを社

内でアピールしていくことが肝要と考える。採用前に整理した社内の否定的な見方を

検討した経緯もある。

・アスリート専用のブログ、社内 LAN を活用し、定期的に競技活動情報を社内で発信

している。

・会社は事業の性格上、土日オープンしていること、特に B 選手の場合、ピークシーズ

ンが受験シーズンと重なるため、また殆どの公式試合の会場が北海道と遠隔地である

ため、社員が現地応援に行きにくいのが難点。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・アスリートには、自分の置かれた立場や役割を最大限に生かして、合宿先、遠征

先、様々な機会を通して、経験を積み、知見を吸収する意識を持ってほしい、そ

れを競技引退後に当社事業運営に生かすような提言、行動を期待している、と

伝えている。・アスリート専用の研修プログラムを用意した。新入社員時には、一

般社員と同様の会社導入の研修、その後は月一回程度の研修を実施し、自己のキ

ャリアをどう考え、どう準備するか、アイディアを企画し、実行に移すにはどう

すべきか、今は何ができるか等々を主体的に考えてもらった。

・この研修の後、上述の 3 項の「活用」にある I Kids Athlete Club の講座を、企

画、運営、現地職員とのコミュニケーションを含め、全て2人のアスリートが力

を合わせることで、自分達の力で取り組ませている。後日このプログラムを DVD

画像として纏め上げ、当社の学童施設等で活用することを目標とする。保護者の

理解取り付けを含めた、試合や合宿日程との調整が求められるスケジュールのマ

ネジメント、DVD 作成でのグループ会社との協働含めた会社資源の有効活用を

学ぶ機会としても捉えている。

・特にアスリート用 CDP は用意していない。

・特にメンター制度は敷いていないが、経営トップの指示で、2 人を採用した時の

Page 96: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

94

人事部長(現法務部長)がサポートを継続すること、2 人の入社時の配属部署である

広報部と人事部が引き続き全面支援する体制を取っている。

・上述の 3 項の「活用」にある他社のアスナビのアスリートとの交流機会は、アス

リート同士の意見交換、情報交換の場として貴重と考える。

2) キャリアパス

・2 人とも大学で体育教育を学んだこともあり、元より当社事業との親和性は高い

ので、引退後はアスリートとしての知見、経験を本業に還元して欲しい。当社の

ような学童教育を事業とする会社も、将来的にスポーツや運動を事業領域とする

可能性があると期待しているので、社内外で活躍の場があると考える。

・引退時には本人達と協議し、アスリートが引退後に、指導者や競技団体での道を

歩みたい場合、本人の意思を尊重すると伝えている。状況によっては、当社社員

のまま、出向派遣も有り得るが、そうした経験がないので、まだよく考えていな

い。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、オリパラを目指すようなトップアスリートを自社

組織で扱った経験のない当社にとって、新しいスポーツ支援の取組みである。現

役選手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社頻度や会社業務

に携わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、競技特性、ア

スリートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重ね、一定のルール

を定めたものの、組織運営上の施策全般に亘り、アスリートとよく対話を重ねな

がら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形になるよう、継続的

な改善に努力していきたい。

2) 筆者によるインタビューを通じた個別課題抽出

・アスリートの専門性を活用することにより、新規事業推進での成果を出すことに

よる成功体験作りと社内へのアピール。

・試合の現地応援に行き難いことへの対応。

○ 参考情報 - アスナビアスリート以外のスポーツ活動

1) スポンサーシップ

- 雇用しているアスリートが所属する在川崎のクラブの協賛会員(アスナビア

スリート採用後)。

Page 97: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

95

L社逐語録サマリー

選手属性

性別 最終学歴 入社年月日 種目 選手状況

A 選手 男 4 年生大学 2013/11/1 ビーチバレーボール 現役

B 選手 女 4 年生大学 2016/4/1 ボブスレー 現役

*2017 年 4 月 1 日入社予定の 1 名、トランポリンの男性アスリートを内定済み。

○ アスリート雇用の意義

・保育と幼児教育の現場にトップアスリートの専門性を活用し、最高水準のサービスを

目指す。

・子供達が幼児期からトップアスリートという本物に触れ合うことによる教育効果。

・同じ社員であるトップアスリートを応援し、活躍している姿を見て刺激を受けること

による社内活性化。

○ 人事労務管理上の施策

1. 採用

1) アスナビの利点

・会社から見て専門性のあるトップアスリートへのアクセス。

・JOC ブランドの信頼性。

・JOC の活動への貢献を通じて、日本のスポーツの発展に寄与できること。

2) 経緯

・保育サービスの法人営業をしている中で、アスナビの存在を知ると共に、経営ト

ップも JOC からアスナビの紹介を受け、ボトムアップの動きとトップダウンの

動きがシンクロし、アスナビアスリートの採用を検討することになった。

3) 選考プロセス

・一般社員とは異なるプロセスを経て採用した。

・上述の「アスリート雇用の意義」を実現するため、将来的に専門家として活用し

ていく狙いに合致するポテンシャルを持っていること。A 選手の大学でのスポー

ツ専攻、B 選手の持つ小学校教諭資格も考慮した。

・現場で子供、保護者と接して好感を持たれ、応援してもらえるような人物、人柄

を重視した。

・特に JOC 強化指定選手を採用時の条件としていない。

・種目、男・女、夏季・冬季に特に拘りはないが、幼児期からの運動に使える種目

に関心があり、トランポリンのアスリートを内定済み。

4) 今後の継続方針

・将来的にパラリンピックを目指すアスリートにも興味ある。

Page 98: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

96

2. 処遇

1) 配属

・全国の保育施設のヘッドクォーター的役割のオペレーション部に所属。但し、職

場については、A 選手は月単位で各地の保育現場をローテーションで回り、B 選

手は一つの保育施設に特化している。本業への貢献、練習場所、競技活動を考慮

に入れた。

配属組織 業務 競技練習場所

A 選手 本社 オペレーション クラブ(在川崎)

B 選手 保育施設 オペレーション JOC 公認施設(在長野)、NTC

2) 職種

・A 選手は正社員(準管理職のスーパーバイザー的役割、他の 4 年生大学から採用

する一般社員と同様。)

・B 選手は嘱託契約社員。冬の競技で変則的な勤務になるため、他の社員や A 選手

との公平性を考慮した。但し、引退後は、本人の希望により正社員に転換可だが、

その時点でよく話し合って決めたい。

3) 制度運用

・一般正社員または一般嘱託契約社員の就業規則を適用する。

・A 選手は、平日は午前練習、午後保育施設に出社。月 1 回本社で報告。B 選手は、

オンシーズンは月 1 回程度本社で報告、あとは保育現場に可能な範囲で出社、オ

フシーズンは週 3 回程度出社。

・アスリート 2 人と一般正社員・一般嘱託契約社員の給与は同一水準。

・練習、試合等の競技活動は業務とみなす。

4) 競技力向上支援

・遠征費は出張扱い。遠征費含め、競技活動に必要な費用は、活動費として予算を

決め、その範囲で実費精算。B 選手の場合、日本代表なので、競技団体負担部分

もあるが、今春入社したばかりなので、具体的な予算は今後の課題。いずれにせ

よ、両選手とも、試行錯誤しながら、支援している現状。

・怪我については、会社は他の一般社員と同様の健保で対応。

3. 活用

・「アスリート雇用の意義の狙いに沿って、活用する。

・本社内にある保育と幼児教育の研究所は、海外の大学と共同研究する等、最先端の科

学的な知見も踏まえ、独自の保育と幼児教育の実践手法をまとめた書籍を発行し、都

度アップデートしている。A 選手は、出身大学とも連携を取りながら、例えば、ラダ

ー運動と心肺力の関係性から、幼児期の運動能力向上の教育手法の開発を試みている。

・B 選手については、これからの課題。

4. 社内認知度

・上述の「アスリート雇用の意義」を実現するため、保育と教育の現場でアスリートと

Page 99: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

97

しての専門性を発揮し、子供達や保護者から好感を持たれることがポイント。

・会社業務は、保育現場での活動が中心なので、A 選手には、月 1 回各施設長と本社社

員が集まる全体会議の機会を捉え、競技活動だけでなく、保育現場での子供達との接

点についても、説明をしてもらい、社員の理解を深める工夫をしている。

・社員を応援に誘致するために、社内報としてのグループウェアを活用し、試合スケジ

ュールを案内している。また保護者にも、試合会場が近くの場合など適宜関連した施

設より知らせるようにしている。

・B 選手については、これからの課題。

5. キャリア開発

1) 教育・サポート

・競技引退後も、アスリートとして培った専門性を引き続き保育と教育の現場で

発揮してもらうために、アスリート自身の成長と専門性の追求を支援していく。

・会社の研修には、競技活動が優先になるが、可能な範囲で出席してもらうように

している。

・保育現場でも保育日誌を含め、コンピューターを導入しているので、そうした業

務を行う上での PC やタブレットといったインフラにも慣れてもらうようにして

いる。

・所属部署の上長が面倒を見ており、特にメンターを置いていないが、今後の課

題。

・A 選手には、今後 B 選手や新たに雇用するアスナビアスリートのロールモデルに

なってくれることを期待している。

・アスリート用 CDP は無い。

2) キャリアパス

・競技引退後も、アスリートとして培った専門性を引き続き保育と幼児教育の現場

で発揮してもらうことを期待し、提示している。

・引退時には、アスリート本人達と今後のキャリアについて協議し、アスリートが

引退後に、指導者や競技団体での道を歩みたい場合、長期間に及ぶ出向や派遣は

考えていないが、短期であれば、必要に応じ、検討可。現在でも実施したケース

がある。

○ 人事労務管理上の課題

1) 課題総括

・アスナビアスリートの雇用は、オリパラを目指すようなトップアスリートを自社

組織で扱った経験のない当社にとって、新しいスポーツ支援の取組みである。現

役選手時代の扱いについては、競技優先の生活であるため、出社頻度や会社業務

に携わる時間が相当限定的にならざるを得ない状況下、当社事情、競技特性、ア

スリートの競技力等に応じて、試行錯誤しながら創意工夫を重ね、一定のルール

を定めているが、組織運営上の施策全般に亘り、アスリートとよく対話を重ねな

がら、会社にとっても、アスリートにとっても、より良い形になるよう、継続的

な改善に努力していきたい。

Page 100: 人事労務管理から見た企業とアスリートの 関係につ …...1 第1章 序章 1-1 研究背景 これまで、国内経済の発展とともに拡大し、アスリートの活動の中心を担ってきた企業ス

98

2) 筆者によるインタビューを通じた課題抽出

・本業における専門性発揮の高度化に向けた教育訓練。

・会社としての競技力向上支援のあり方の継続検討。

・メンター等人的な支援のあり方の検討。

○ 参考情報 - アスナビアスリート以外のスポーツ活動

1) 保育サービスへのアスリートの活用

・音楽、絵画、演劇等の専門家と契約し、保育と幼児教育に活用することを行ってき

た。その一環として、ライフセーバー、元オリンピック選手とも契約し、子供の運

動の指導に活用してきた経緯が有る。