優秀賞 社会科を学びたくなるような授業を目指して …34 1 はじめに...

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34 1 はじめに 1)社会科のとらえ方 「社会科は暗記教科である」と一般的には よく言われている。「内容を覚えていけばい い教科だ」といったイメージを持たれがちで あるように思う。しかし,私はそうはとらえ てはいない。社会科は「社会に出てから役に 立つ力を身に付ける教科」であると考えてい る。だからこそ,児童たちには,「暗記教科」 といったような固定概念を持たせたくない。 そこで私は,たとえ何年生を担任したとし ても,4月の最初の社会科の授業で,次のよ うな内容のガイダンスをする。「社会科とは 不思議な教科である。何が不思議かというと, これからあなたたちが学習することは,大人 になった時にはもしかすると役に立たなくな ってしまっているかもしれない。なぜなら社 会は常に変化しており,今の教科書に載って いることでも,大人になって社会に出る頃に は違ったものとなっている可能性がある。」 「だから,社会の物事の見方や考え方,判断 する基となる情報の手の入れ方や読み取り方 などをしっかりと身に付けてほしい。」と。 2)こんな授業を目指したい 私は,児童たちがおもわず社会科を学びた くなるような授業をしたい。社会科の楽しさ に気付かせたいのである。そこで,以下の3 点に着目して授業計画を工夫することにした。 ① 知的好奇心をくすぐり,学習意欲を引き 出すような魅力ある授業 ② 社会科の学び方を理解させ,自ら学ぶこ とができる力を育成する授業 ③ 社会科を学んでいく上で重要な役割を果 たす資料活用の大切さに気付かせる授業 3おもわず社会科を学びたくなるような 授業の工夫 ア 児童の学習意欲を引き出す授業展開を企画 する 「学力」の中で重要な位置を占める「学習 意欲」を引き出すことが,学力向上のポイン トのひとつであると考えている。この学習意 欲を引き出すことができれば,児童は自然に 生き生きと学んでいくようになる。そこで, 学習に興味・関心を持たせることができるよ うな授業を計画する。例えば,「社会の豆知 識コーナー」(児童が命名)という社会一般 の楽しくてちょっとためになるような雑学知 識を紹介するコーナーを設けたり,児童たち の興味・関心を引くような内容や仕掛けを授 業の中に織り込んだりして,知らず知らずの うちに授業に引き込んでいきたい。 同時に,常に児童の様子にも目を配り,実 態にあった指導を心掛けていくようにする。 特に,児童のささやきに耳を傾け,ちょっと した言葉を拾い上げ,それを糸口に学習を発 展させていくように努めていきたい。 イ 「学び方」の指導の時間を設定する 「社会科は楽しい」という意識を育てたい と考えている。社会科を楽しくさせるために いわゆる「学び方」についての指導を丁寧に 行い,子どもたちの「なぜ?」を解決する方 ● 優秀賞 社会科を学びたくなるような授業を目指して 埼玉県東松山市立松山第一小学校 いわ もと のり ひろ

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Page 1: 優秀賞 社会科を学びたくなるような授業を目指して …34 1 はじめに (1)社会科のとらえ方 「社会科は暗記教科である」と一般的には

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1 はじめに

(1)社会科のとらえ方 「社会科は暗記教科である」と一般的にはよく言われている。「内容を覚えていけばいい教科だ」といったイメージを持たれがちであるように思う。しかし,私はそうはとらえてはいない。社会科は「社会に出てから役に立つ力を身に付ける教科」であると考えている。だからこそ,児童たちには,「暗記教科」といったような固定概念を持たせたくない。 そこで私は,たとえ何年生を担任したとしても,4月の最初の社会科の授業で,次のような内容のガイダンスをする。「社会科とは不思議な教科である。何が不思議かというと,これからあなたたちが学習することは,大人になった時にはもしかすると役に立たなくなってしまっているかもしれない。なぜなら社会は常に変化しており,今の教科書に載っていることでも,大人になって社会に出る頃には違ったものとなっている可能性がある。」

「だから,社会の物事の見方や考え方,判断する基となる情報の手の入れ方や読み取り方などをしっかりと身に付けてほしい。」と。

(2)こんな授業を目指したい 私は,児童たちがおもわず社会科を学びたくなるような授業をしたい。社会科の楽しさに気付かせたいのである。そこで,以下の3点に着目して授業計画を工夫することにした。① 知的好奇心をくすぐり,学習意欲を引き

出すような魅力ある授業

② 社会科の学び方を理解させ,自ら学ぶことができる力を育成する授業

③ 社会科を学んでいく上で重要な役割を果たす資料活用の大切さに気付かせる授業

(3) おもわず社会科を学びたくなるような 授業の工夫

ア 児童の学習意欲を引き出す授業展開を企画する

 「学力」の中で重要な位置を占める「学習意欲」を引き出すことが,学力向上のポイントのひとつであると考えている。この学習意欲を引き出すことができれば,児童は自然に生き生きと学んでいくようになる。そこで,学習に興味・関心を持たせることができるような授業を計画する。例えば,「社会の豆知識コーナー」(児童が命名)という社会一般の楽しくてちょっとためになるような雑学知識を紹介するコーナーを設けたり,児童たちの興味・関心を引くような内容や仕掛けを授業の中に織り込んだりして,知らず知らずのうちに授業に引き込んでいきたい。 同時に,常に児童の様子にも目を配り,実態にあった指導を心掛けていくようにする。特に,児童のささやきに耳を傾け,ちょっとした言葉を拾い上げ,それを糸口に学習を発展させていくように努めていきたい。イ 「学び方」の指導の時間を設定する

 「社会科は楽しい」という意識を育てたいと考えている。社会科を楽しくさせるためにいわゆる「学び方」についての指導を丁寧に行い,子どもたちの「なぜ?」を解決する方

●優秀賞

社会科を学びたくなるような授業を目指して

埼玉県東松山市立松山第一小学校 岩いわ

本もと

教のり

裕ひろ

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法を理解させて身に付けさせたり,解決のための足がかりを示して自ら学ぶことを支援したりして,児童が社会科に楽しく取り組めるようにしていく。 社会を理解していく上で不可欠とも言える問題解決能力を育成していくため,「学び方」についての指導の時間を確保することにした。しかし,時間数は限られているため,単元の指導計画の中に様々な要素の「学び方」の学習を分散して配置し,少しずつ身に付けさせていくことにした。「学び方」を指導する特別な授業を設定するのではなく,45分間の授業の中の10分前後(多くても15分程度)を「学び方」の指導に充て,その授業の後半で,学んだことを即実践という1時間の流れの形をとることにした。これにより,原則として,教科書に基づいた指導計画で授業を展開していくことが可能となった。既存の指導計画を基本としたので,わざわざ校外体験活動などの特別な企画をしたり,独自の指導計画を立てたりせず,教科書に沿って学習を進めていくこととなったが,教科書に書か

れた内容を機械的にまとめるような通り一遍の授業ではなく,「学び方」の指導とその定着が図られるようなオリジナリティのある部分も兼ね備えていたいと考え,様々な工夫を凝らしていくことにした。ウ 資料を大切にする態度を育成する

 「学び方」の学習が生かされるような授業構成を心掛けることにした。中でも,資料の取扱いについて特に意識を注ぐことにした。学習を進めていく上で,教科書に掲載されている資料のみを扱うのではなく,様々な資料提供を試みていく。つまり,学習内容に関わる新聞や雑誌の記事・テレビ番組の録画・マンガ作品・ウェブページ等を,リアルタイムの資料として活用していく。同時に,教室掲示を工夫し,学習に活用した資料・写真・統計図表・学習内容に関連した新聞記事等を掲示する。また,単元の導入にあたる授業では特に地図の活用を意識し,地図資料を展開の柱とした授業を工夫する。こうした取組から資料の有益性に気付かせ,積極的に資料に関わっていこうとする態度の涵養を図る。

2 「学び方」等に関連する指導計画(本研究では,1学期の指導計画内でまとめた )(東京書籍 「新編 新しい社会 5上」 )

(1)「わたしたちの生活と食料生産」(4月から6月 26時間扱い)

① 米づくりのさかんな庄内平野(12時間)

第1時

第2時

第4時

第10時

「喜ばれる米を」

「庄内平野の土地の様子」

「米作りを調べる計画を立てよう」

「庄内から新種の米を」

地図活用の動機付け       【事例1】

土地利用図を読み取る

計画を立てる

米づくり新聞をつくる

※社会科見学にあわせて、この時期に自動車工業の小単元の一部を指導

変則的 「自動車工場の見学計画」 見学の仕方

② 水産業のさかんな枕崎市(8時間)

第1時

第2時

第4時

「かつお漁のしかた」

「近海一本づり」

「水産業の変化」

写真を読み取る

主題図を読み取る

グラフを読み取る        【事例2】

③ これからの食料生産とわたしたち(6時間)

第5時 「消費者と生産者がともに考える」 意見交換をする

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3 授業の工夫と実践

(1)児童の学習意欲を引き出す授業【事例1】 「米づくりのさかんな庄内平野」の第1時 『地図活用の動機付け』ア 「地図って面白い」ことを知ってほしい

 4月当初,地図帳を積極的に活用していこうという姿勢は全体的にはあまり感じられなかった。中学年で学習した基本的な地図の利用については理解されているものの,地図帳が学習に生かされたり,進んで地図帳を開いたりといった習慣はあまり身に付いていない児童が多く,地図活用の意識化を図る必要を感じた。 そこで,「地図って面白い。」「調べることは楽しいことだ。」といった学習意欲を啓発するため,「米づくりのさかんな庄内平野」の導入の第1時に,地図活用の動機付けを強く意識した授業を計画した。イ 地図帳が「宝の泉」に大変身!(指導時間は,計画では20分・実際には25分間)

 教科書8ページの写真の拡大コピーを提示し,「この写真の中央に写っている川の名前を当ててください。」と発問したところ,「えーっ!そんなー。」「分かんないよ。」「無理,無理。」という声が多く,手当たり次第に知っている川の名前を言う児童もいたが,この発問に対しては全体的に拒否的な反応であった。意欲付けを目的とした授業にもかかわらず無理難題を押し付けるような言い方をしながらも,解決の糸口となりそうな補助発問を続けた。「川をよく見て‥‥。」「川のそばは何?」などと続けていくうちに,児童たちは,

「川の周りには田が広がっている。」「米づく

りのさかんな地域らしい。」ということに気付いた。 そこで,地図帳(帝国書院「楽しく学ぶ小学生の地図帳」)の「都道府県別統計資料」

(2001年データ)にあたらせ,米の生産量の多い都道府県をピックアップさせた。ここでは便宜的に生産量が40万トン以上の都道府県としたので,新潟県,北海道,秋田県,福島県,宮城県,山形県,茨城県の7カ所が拾い出された。この段階で,「先生,みんな(日本の)東側の県ばっかりだ。」という声が上がった。児童による稲作の盛んな地方の発見である。続いて「平野」や「盆地」といった用語が児童の口から出始め,最初は拒否的であった本時の課題であったが,児童たちはいつの間にやら授業に引き込まれ,地図帳を夢中になって見ている姿へと変わっていた。 ここで第2のヒントである「写真の後ろの方にも目を向けよう。」という投げかけをした。だれもが「高い山がある」とばかりに,先ほどの都道府県の中から,「平野」(一部の児童は「盆地」)のすぐ近くに高い山のある場所を探し始めた。新潟県の越後平野と大日岳,北海道の十勝平野と日高山脈,福島県の郡山盆地と安達太良山,宮城県の仙台平野と船形山,山形県の庄内平野と鳥海山が児童によって拾い出され,秋田県と茨城県は外された。ここで,低地部と山の位置関係を考えさせて福島県の郡山盆地と安達太良山,写真に大都市である仙台市らしき町並みがないことから宮城県の仙台平野と船形山,写真の山は独立峰であることから北海道の十勝平野と日高山脈が外された。残るは越後平野と庄内平野であるが,ここまでくると教室内では児童

(2)「わたしたちの生活と工業生産」(7月から10月 20時間扱い)

①自動車をつくる工業(10時間)

第1時

第2時

「自動車づくりを調べよう」

「自動車づくりを調べよう」

地図資料の有効活用       【事例3】

学習問題の見つけ方

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それぞれが自分なりの意見を出し合い,もう大騒ぎであった。多少時間をとった後にそれぞれの意見を集約した。越後平野を支持する児童は,「新潟県は日本一の米どころ。」「やっぱり有名。」という理由が大半を占めた。それに対して庄内平野を支持する児童は,漠然とした理由のものもあったが,「平野のすぐ近くに山がある。」「前回の授業でやった都道府県別特産物で山形県は米だった。」(ちなみに,新潟県の特産物は「いかめし」が掲載されている。)という,第3,第4のヒントとして用意していた決め手をズバリ言い当てた児童がいた。ごく自然な感じで「先生,この写真は庄内平野でしょう。」ということになった。「それでは,庄内平野を流れる川を探しましょう。」と言う間もなく,月光川,日向川,最上川,赤川の名前が出された。写真から見て取れる山との距離感から最上川と赤川は違いそうだということになり,月光川と日向川のいずれかであるということになった。どちらも鳥海山の方から流れてくるが,平野部に入ってから山の裾野に沿って大きく曲がる月光川ではなく,平野の中を流れる日向川が,児童たちが最終的に選択した河川であった。「大当たり~」の声とともに,教室は割れんばかりの大喝采であった。苦労しながらもみんなでたどり着いた正解に,どの児童も大喜びであった。 本時の活動を通して,児童たちは地図帳の中に描き込まれている様々な情報を自らの力で発掘することができた。このような地図利用の面白さや楽しさを体感することによって,今まで地名探し程度の利用に過ぎなかった地図帳が急に「宝の泉」へと大変身を遂げた。休み時間などにも地図帳を開いている児童の姿が見られるようになり,地図の活発な活用の礎となる授業となった。 本時は,確かな学力を育むために必要不可欠な「興味・関心を持たせ,学習意欲を引き出す」という当初の目的を十分に達成できた

と考える。生き生きと学ぶ子どもたちの姿に,指導者自身も大喜びの1時間であった。ウ 「地図の面白さが分かったよ。」

 ・ 先生,面白い。先生,面白い。(この言葉を連発)

 ・地図ってすごい。 ・ どうして(川の名前が)分かったんだか,

不思議だ。 ・ 地図には色々な見方があることが分かっ

た。今までは地図にはただ地名が書いてあるだけと思っていたが,たくさんのこと(情報)が入っているんだなぁと思った。

 ・社会科が好きになりそう。 ※ なんだかとっても面白い地図の授業をし

たそうですね。子どもが,詳しく説明してくれました。 (8月に実施した家庭訪問の時の保護者の言葉)

●写真1/地図って面白い!

●写真2/「ねえねえ, みつかったよ。」

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(2) 「学び方」を指導する時間を組み込んだ授業【事例2】

 「水産業のさかんな枕崎市」の第4時 『グラフを読み取る』ア 「学び方」をしっかりと身に付けてほしい

 第5学年社会科では日本の産業などについて学ぶが,同時に,資料の探し方や読み方,効果的な活用の仕方,あるいは調べた事実について自分なりの考えを持つことやまとめて表現することなども重要な学習の内容であると考えている。第4学年までに学んできたことを基にしながら,より具体的な確かな学びの実現を図りたい。しかし,「水産業」の小単元では,本校においては体験学習を計画することが困難であるため,写真や主題図,統計資料やグラフなどを多数用意し,「学び方」としてそれらの活用方法について指導しながら,我が国の水産業の様子をしっかりととらえさせていくことにした。 水産業の小単元は私たちの生活を支える食料生産の学習であるので,実生活に結びつけながら学習を進めていく必要があると考えた。そこで,前小単元の稲作の学習と同様に,日々の食生活を思い浮かばせながら学習に取り組ませることによって学習への課題意識を高め,「学び方」を理解させながら児童に興味・関心を持たせ,一人一人に考えさせていく授業を組み立てていく。イ グラフを簡単にしてみよう(指導時間は,計画では10分・実際には15分間)

 児童は既に算数でグラフの学習はしているが,基本的な事項を忘れてしまっていたり,学習していないタイプのグラフは読み取ることができなかったりなどの実態であった。そこで本時では,まず,数種類のグラフの名称と特徴を押さえた後,棒グラフと折れ線グラフの読み取り方について指導した。できる限り重要ポイントを印象づけるため,「グラフの右肩上がりの変化(増加)・右肩下がりの変化(減少)の意味」と「読み取りをするた

めのグラフの簡略化テクニック」の2点を焦点化して指導した。(重点指導ポイントはいずれの「学び方」の場合も2つとした)なお,簡略化のテクニックとしては, ◎ 棒グラフ・柱状グラフの場合は,その頂

点に注目すること。    グラフを見やすくするために,頂点に

しるしを付けるのもよい。 ◎ 細かい変化にとらわれず,大まかな変化

の傾向に着目すること。    一本の直線,または,一カ所のみ曲が

り角のある直線を上書きする。などを指導をした。その後,授業の後半部分で教科書に載っている4つのグラフを読み取る学習に取り組ませ,実践的に定着を図った。実際にグラフの読み取りを行うことによって,資料活用の自信がついてきたようであった。

●図1/「グラフの簡略化テクニック」

●写真3/「学び方」の掲示物

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ウ 「グラフって,簡単にすると分かり易いね。」

・グラフが読めるようになって嬉しい。(グラフの読み方が分かった。)

・今まで,グラフはごちゃごちゃしているものと思っていたのだが,直線に置き換えてみると,けっこう簡単だった。

・(数字が並んでいる)表よりもグラフを見た方が,水産業の様子がよく分かる。

・おもわず,教科書の他のページのグラフを探してしまった。

・まとめの新聞で,グラフを使いたい。・「学び方」の掲示物があると,(参考となる

ので)安心できる。

(3) 資料活用の大切さに気付かせる授業(本時では,特に地図資料の活用)【事例3】

 「自動車をつくる工業」の第1時  『自動車工業のさかんな地域』ア 学習に広がりと深まりを持たせる資料活用の大切さに気付いてほしい

 自動車工場の見学が6月上旬に実施されたため,「自動車をつくる工業」の指導計画は変則的なものとなってしまった。社会科見学にあわせて組み立て工場についての内容の一部を先に学習しているため,ここでは自動車工業を概観することを通して,工業単元の後半の「工業地域」や「運輸・貿易」に学習を発展させていこうと考えた。このことから学習の広がりと深まりを感じ取らせ,資料活用の有益性について気付かせていきたい。 単元の導入にあたる授業は特に地図の活用を意識した授業を計画するという基本姿勢を受けて,工業単元の正式な導入にあたる本時では地図活用を展開の柱とした授業を組み立てることにした。まず,地図帳に載っている自動車関係の「工業の製品記号」を探して白地図にまとめていく作業を通して,自動車工業の盛んな地域を一目で分かるようにさせる。そして,それを基にして本単元の学習問題を一人一人に考えさせる第2時につなげていく。

イ 白地図に何かが浮かび上がってくる(指導時間は,45分間)

 まず,県境の線が入っている白地図を配布した。「先生,何をするの。」の言葉を受けながら,黒板に『自動車工業のさかんな地域』と板書し,白地図の題名の枠内に書かせた。ここで「今日は,自動車工業の盛んな地域について学習していきますが,これ(白地図のプリント)だけではできませんね。」と投げかけをした。すると間髪を入れずに「地図帳!」と声が返ってきた。「今日は地図帳を使って‥‥」と言いながら,黒板に青いチョークで自動車のマークと「自動車工場」という言葉(凡例)を書いた。児童の方に体を向けた時には,既にマーク探しが始まっていた。最初なので,九州地方のページを開かせて作業の方法を説明した。自動車マークのあるところを探し出させ,白地図に青色の印をつけさせた。児童たちは競い合うように自動車マークを探し出し,歓声を上げていた。マーク探しを進める中で,「トラックのマークがある。」「バスもあるよ。」ということになり,それらも含めて探すことにした。ただし,トラクターや二輪車は除外させた。一通り探し出せた様子を見てから,「自動車に関係がありそうなマークは他にありませんでしたか。」と発問した。「自動車部品」という工場のマークや,「カーステレオ」「タイヤ」といった関連工業製品のマークが拾い出された。そこで,第2段階のマーク探しを始めた。部品関係は白地図に緑色の印をつけさせた。さらに授業の終盤で,「自動車って何からできているのですか。」という発問をし,「製鉄」「鉄鋼」といった第3段階のマーク探しに取り組ませた。原材料関係のマークについては,白地図に赤色の印をつけさせた。授業としてはここで時間切れとなってしまったため,探しきれなかった部分については宿題とした。 次時は,完成した白地図をもとに気付いたことを発表し合い,学習問題を設定していく

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授業である。工業の盛んな地域(太平洋ベルト)については,ほとんどの児童がすぐに気付くことができた。この白地図に,高速道路を重ね合わせることによって「運輸」を,主な商港を重ね合わせることによって「貿易」を意識化し,学習問題とさせることができた。 なお,本時及び第2時の児童の様子から,

「地図」という資料を活用することによって学習に広がりが生まれるということや、積極的に資料を活用する学習は楽しいものだといった様子が感じられたので,本時の主目的は達せられたと考えている。ウ 「地図を使ったら,いろんなことが見えてきたよ。」

・地図帳を見るのが楽しくなった。・地図には色々なこと(情報)

が書かれていることに気が付いた。

・世の中のことは色々つながっているんだなぁと思った。

・自動車は,一つの工場ではできないことが分かった。

・自動車は,色々な工場(関連工業)が関わってできているようだ。

・農業や水産業のマークも集めてみたい。

4 おわりに

(1)「社会科が好き」という児童が倍増 小学校5年生の社会科は事例を通して社会的事象を理解していくものであるが,それと同時に,社会的事象を見る目や自分なりの考えを持つ態度を養うことも大切である。ただ単に事例の内容をとらえさせるだけでは,扱った事例の範囲内に学習が留まってしまいがちである。確かな学習を得るためには,児童一人一人が学び方を身に付けるとともに,社会に興味・関心を持って学習に取り組んでいく意欲的・主体的な態度が育成されなければならないと考えている。それこそが生き生きと学ぶ子どもの姿である。 本研究では,児童の学習意欲を育む内容的な面(「興味・関心」を引き出す授業や資料),学習意欲を支える技術的な面(「学び方」)に焦点を当て,実践に取り組んできた。教科についてのアンケートで「社会科が好き」と答えた児童は,4月は10名(36パーセント)しかいなかったものが9月には20名(72パーセント)と倍増したことから,その成果があったものと判断する。実際にも,「社会科が面白い。」とか「調べてみたいな。」といった社会科の授業に前向きに取り組んでいこうという態度が育ってきているように感じている。

●写真4/作業白地図

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まだまだ短期間の実践ではあるが,「社会科の楽しさ」を多少なりとも児童に感じ取らせることができたようである。

(2) 「さらに社会科を学びたくなるような授業」を目指して

 全体としては計画通りに進めることができたが,時間的な余裕はなく,急ぎ足の授業となってしまったこともあった。指導する内容を精選し,指導計画を工夫・改善する必要がある。また,教師の願いが色濃く出た授業構成になっていると考えられるので,今後は児童の思いを実現していくような授業を目指していく。与えられたものよりも自ら求めていくものの方がより質の高い学習を実現することは自明のことである。児童個々の学習の状態を把握し,どのような授業形態であっても一人一人の学習を保障できるように,児童自らの学ぶ力を育成していきたい。それが次段階の学習意欲をさらに高めることとなり,児童たちの生き生きとした姿となって現れてくるものと考えている。 今後は,自ら課題を持って意欲的に学習に取り組ませていくための工夫や,社会科が好きになるような評価の在り方等についても研究を深めていきたい。 さらに「社会科を学びたくなるような授業」を目指して様々な角度から工夫を凝らし,児童の心を惹き付ける魅力ある授業を創造していきたい。とにかく児童に社会科の楽しさを感じ取ってもらいたいのである。そして,全ての児童に「社会に出てから役に立つ力」を楽しく学びながら身に付けてほしいと願ってやまない。