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2008年 9月号 Vol.4 No.9 2008 http://sangakukan.jp/journal/ 特集 遠藤弥重太・愛媛大学教授が語る 「応用研究への夢と事業化の責務」 オプセル オキサイド 積層金型 JSTベンチャー調査 ベンチャーの 法則 シーズの囁きに どう応える 連載 ・ビジネスゲーム開発による起業教育 東北大学の挑戦 ・大学発特許から見た産学連携  「出願人」の実態 ・新しい技術者像を探る  「女性研究者」への2つの視点

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Page 1: 特集 ベンチャーの - JST · や大学発ベンチャービジネスの成功例が報告されたことにも刺激されたのであろ うか、日本の各大学で地域連携や産学官連携組織の設置が始まった。その後、平

2008年 9月号

Vol.4 No.9 2008 http://sangakukan.jp/journal/

特集

■遠藤弥重太・愛媛大学教授が語る 「応用研究への夢と事業化の責務」■オプセル ■オキサイド ■積層金型 ■JSTベンチャー調査

ベンチャーの法則 シーズの囁きに

どう応える

連載

・ビジネスゲーム開発による起業教育 東北大学の挑戦・大学発特許から見た産学連携 「出願人」の実態・新しい技術者像を探る 「女性研究者」への2つの視点

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 20082http://sangakukan.jp/journal/

●巻頭言 産学官連携の現状 佐伯 浩 ............... 3

●連載 ビジネスゲーム開発による起業教育(上) 東北大学BASEプロジェクトの挑戦 浜田 良樹 ............... 4

●特集

ベンチャーの法則シーズの囁きにどう応える

●インタビュー 愛媛大学教授 遠藤弥重太氏 応用研究への夢と事業化の責務 登坂 和洋 ............... 6

●株式会社積層金型 新手法の樹脂用金型メーカー 自在の冷却水路で成形サイクルを短縮 登坂 和洋 ............... 12

●株式会社オプセル レンズ光軸合わせ「シュリンクフィッター」 大手企業の課題に技術を売る 松尾 義之 ............... 15

●株式会社オキサイド 高品質な光学単結晶メーカー 顧客も経営戦略も世界を視野に展開 小澤 育夫 ............... 18

●JSTのベンチャー企業の実態とその支援策 設立後平均3.8年、60%が研究開発段階 齋藤 和男 ............... 21

●連載 大学発特許から見た産学連携(前編) 大学発特許の「出願人」の実態 金間 大介 ............... 24

●連載 新しい技術者像を探る「女性研究者」への2つの視点 —支援モデル育成事業に携わって— 小川 賀代 ............... 27

●今求められる産学官連携コーディネーター人材育成プログラム 山本 外茂男 ............... 30

●独創技術を商品化するまでの長い道のり —新技術協会の調査研究:10事例が語る開発成功の真実— 飯沼 光夫 ............... 33

●IC無線タグでブランド魚の流通を追跡 高橋 貞三 ............... 36

●イベント・レポート 2008年第1回 名古屋大学起業家セミナー 大学発ベンチャーを中心とした産学官連携 ................................................................................................... 38

●編集後記 .............................................................................................................................................................. 39

CONTENTS

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●産学官連携ジャーナル

http://sangakukan.jp/journal/

佐伯 浩(さえき・ひろし)

北海道大学 総長

◆産学官連携の現状わが国において、産学連携、産学官連携は1990年代から活発になってきた。当時は、経済情況の見通しが定まらない時期であったが、米国における産学連携や大学発ベンチャービジネスの成功例が報告されたことにも刺激されたのであろうか、日本の各大学で地域連携や産学官連携組織の設置が始まった。その後、平成16年度からの国立大学法人化移行を見据え、大学自らの組織的な知的財産戦略・産学連携の推進体制の構築が始まった。

本学においては、平成15年度に知的財産本部が設置され、ほぼ時を同じくして、北海道の自治体、産業界と本学が連携し、本学北キャンパスを中心に一大産学官連携拠点の形成を図ろうとする「北大リサーチ&ビジネスパーク構想」が本格的に動き出した。そのことを踏まえ、創成科学研究機構が、学内における中核機関として位置付けられ、企業等との包括連携や研究成果の事業化に向けたさまざまな取り組みを行ってきた。

しかしながら、組織的な知的財産戦略・産学連携推進を担う組織運営は、文部科学省からの時限付き事業を受けて運営されていたのが実状である。これらが平成19年度で終了することになっていたことから、自立した組織として、新たに平成19年10月より知財・産学連携本部として再構築し、産学官連携、知的財産それに技術移転を一元的にマネジメントし、知的財産の創出、権利化、活用にわたる一連のワンストップ・サービス窓口機能を提供している。産学官連携については、10年の歴史と経験を踏まえ、ようやく完成に近い型となりつつあるところである。

さて、産学官連携をより強化するためには、いまだ多くの課題を残しているのも事実である。1つ目は、本州に拠点を置く大企業や研究型独立行政法人との連携は年々強まっているものの、産業基盤の弱い北海道内の企業との連携の実績が増えないことである。本学のミッションの1つである地域経済強化の駆動力になることについては、残念ながら、成果はこれからに期待するしかない。

2つ目は、地元自治体との連携強化である。国のプロジェクト等については協力して獲得し、その成果は上がっているが、地元産業への貢献にまで至っていない。

3つ目は、知財に結び付くまでの研究には、大学院生、ポスドクの研究者が数多く携わっていて、企業への就職を希望している者も多いが、博士課程修了者の企業への就職情況は厳しいのが現実である。

前述した「北大リサーチ&ビジネスパーク構想」も、しっかりと本学北キャンパスに根付いた。3つのインキュベーション施設、本学の主要な研究所等も創成科学研究棟を中心に設置された。また、今年はシオノギ創薬イノベーションセンターも建設され、産学官連携強化に向けたハード面での対応も型を成してきたといえる。産学官連携の成果としての果実を得ることができるか否かは、これからのわれわれの努力にかかっている。

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 20083

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ビジネスゲーム開発による起業教育(上)東北大学BASEプロジェクトの挑戦

◆日本一の起業教育を目指して筆者の研究室(浜田研)では、ビジネスゲームを使った起業教育プロジェクトを

手掛けている。目標は、「日本一の起業教育の教材を開発し、日本一の起業教育のノウハウを持った集団になること」である。

◆コンセプト浜田研が手掛けているのは、「起業教育」である。立ち位置としては「キャリアデ

ザイン教育」に近い。アントレプレナーシップは、「普通の就職をする」学生にこそ重要だと考えてい

る。就職先が産官学いずれの分野であれ、お金の話は避けて通れない。アントレプレナーシップは、プロジェクトの立ち上げ、企業内起業、出向など、ある日突然に必要となる。しかるに、従来の起業「家」教育は、大学発ベンチャーを目指す学生を想定し、しばしば大学院並みの学習を求めた。もう少し割り切ってダウンサイジングすれば、学生のニーズは大きいのではないか。

◆BASEプロジェクトこのような問題意識から、2004年12月にBASE(Business and Accounting School

for Entrepreneurs)プロジェクトという起業教育プログラムを立ち上げた。特徴を図1に示す。

◆ビジネスゲームを使うBASEでは、参加者にバーチャルな会社を経営

するゲームを行わせ、ゲームのルールを通じて経営と会計のセンスを身に付けさせる。ゲームの進捗状況に応じた講義を織り交ぜる。

ビジネスゲームは、プレイヤー各自に資本金を与えて会社を創業させ、市場から材料を調達して製品を完成させ、プレイヤー同士の入札で販売し、一連のプロセスを記帳して財務諸表を作るという「工場経営ゲーム」である。2007年秋からは、医学部・歯学部の学生のリクエストに応え、オリジナルの「病院経営ゲーム」を追加した。併せて2008年秋からは、「工場経営ゲーム」もオリジナルに移行する。現在、最終の開発を行っている。

浜田 良樹(はまだ・よしき)東北大学大学院 情報科学研究科 講師

BASEプロジェクトの特徴とその効果

必要性は分かるけど忙しい!

集中的に学習同時に思い出も作れる!

2. 温泉で合宿をする

地域経済界から講師派遣!

4. 広範な産学連携体制を構築する

リアルな講義が必要だ!

5. プロジェクト自体を事業化する

補助金頼りでは持続しない!

経営学講義は難解!敷居が高い!

楽しみながら経営・会計のセンスを!

1. ビジネスゲームを使う

担い手不足でノウハウの継承ができない!

モチベーションが上がり急成長する!

3. インストラクターをスカウトし翌年の企画に参加させる

究極のOJTになる!

図1 BASEプロジェクトの特徴とその効果

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 20084http://sangakukan.jp/journal/

学生にバーチャルな会社を経営するゲームを行わせ、そのルールを通じて経営と会計のセンスを身に付けさせる—。東北大学大学院情報科学研究科の浜田良樹講師の研究室はビジネスゲームを使った起業教育プログラムを実施している。東北大学生活協同組合に事業として取り組んでもらい、地域の企業、団体、行政が支援する。大学からの補助金はなし。このユニークな起業教育の仕組みは?

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◆温泉で合宿する(BASE CAMP)BASEが提唱する「普通の学生のためのアントレプレナーシップ」は、企業社会に

デビューする前の学生には理解しにくい。それでもあえて時間を取るのだから、最小限の長さの拘束にとどめたい。短い時間だから、雑音を排除して集中させたい。このため、仙台から車で1時間半ほどの山形蔵王温泉に出向き、2泊3日の合宿で学生を缶詰めにすることにしている。

◆インストラクターをスカウトする合宿のあと、ビジネスゲームの面白さに魅了され、もっとやってみたいという学

生が一定割合で現れる。そういう学生をインストラクターとして登用し、OJTで鍛える。大学は長くても6年以内にすべての人間が入れ替わってしまうところだ。事業を持続する上で、ノウハウの世代間継承は極めて重要である。彼らには「去年と同じことをやっても意味がない、イノベーションの担い手は自分たちだ」という意識を徹底させている。だから、短期間のうちに驚くほどの急成長を遂げる。

◆広範な産学連携体制を構築するBASEは大学公認の組織にはしていない。

できるだけ多くの部局の学生に門戸を開きたいから、あえて特定の部局に付けないのだ。事業主体は東北大学生活協同組合(生協)である。にわかには信じられないだろうが、大学生協もまた、オーソドックスなビジネスモデルの転換期にある。新しいサービスとして教育事業の立ち上げが必要だと熱心に語る職員がいて、筆者はその意欲に打たれたのだ。

実践的なビジネスの講義をしたいが、大学生協にはそのノウハウがない。そこで、筆者は地域に向けて「ともに地域の未来を背負う人材づくりを」と言って協力を要請し続けてきた。その結果、地域のいろいろなセクターが資材、人材、テキストなどを持ち寄り、超党派で応援してくれるようになった。特徴を図2に示す。

◆プロジェクト自体を事業化するBASEは大学からいかなる補助金も受け取っていない。補助金に合わせるために

ポリシーの変更をするのは本末転倒だし、補助金に依存した財務体質をつくっては長続きしないからだ。

また、BASEは東北大学生協の事業だが、企業内プロジェクトとして独立採算を取っている。予算が足りない分はインストラクターが関連事業を提案して賄う。例えば、BASEのPR媒体の空き枠を利用し、イベント会社などに広告の出稿を勧誘するなどだ。まさに究極のOJTである。常に新しいゲーム・カリキュラム開発をしているので資金繰りは常に苦しい。しかし2007年、ついに単独で黒字化を果たした。

◆今後の目標このような活動を通じ、BASEは日本一の起業教育教材とノウハウを持った集団

になろうとしている。今後は東北大学以外の大学、病院、自治体などの研修ニーズに応えたい。農業経営ゲーム、MOTゲームなどゲームのバリエーションも増やしていきたい。その過程で、BASEはアントレプレナーシップに満ちた優秀な人材を輩出する。今後もプロジェクトを持続させ、1人でも多くの学生を育てていきたい。

東北大学浜田研

インストラクター

代表 浜田良樹

組合員(約3万人)

さらに興味を持った学生をスカウト

東北大学生活協同組合 共同研究契約

部局・学年に関係なく勧誘できる

強い興味を持った学生だけが来る

BASEプロジェクトのスキーム

イラストの出典:Microsoftクリップアート

BASE CAMP(年1回・山形蔵王温泉)

主催: 東北大学生活協同組合(事業主体) 東経連事業化センター(講師派遣)共催: 日本政策投資銀行東北支店(ゲーム卓貸与、講師派遣) 中小企業基盤整備機構東北支部(協賛、講師派遣) 東北大学地域イノベーション研究センター(学生向けPR協力) 東北ニュービジネス協議会 株式会社エコーエンタープライズ(ホテル運営会社)特別協賛: アイリスオーヤマ株式会社 株式会社ディスコ後援: 東北経済産業局

産学連携イベントへの協力

新ゲームの開発

次のBASE CAMPの企画

車両・会議室などを保有

「学びと成長」支援事業部

印刷・旅行・保険などの実務

職員(50名)

食堂(8店舗)

購買(7店舗)

MOT研究会の運営

図2 BASEプロジェクトのスキーム

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 20085http://sangakukan.jp/journal/

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インタビュー 愛媛大学教授 遠藤弥重太氏

応用研究への夢と事業化の責務

特集● ベンチャーの法則

——セルフリーサイエンスの設立は2002年7月ですが、事業化は先生ご自身のお考えですか。遠藤 試験管の中で生き物を使わずに化学反応を起こしてタンパク質をつくる、その基本的な技術ができたのが2000年です。その論文を出したら、三菱化学の海外戦略部長の名取さんという人が会いに来て、事業化を勧めてくれたのがきっかけです。その人は理化学研究所発の遺伝子に関するベンチャー企業

遠藤 弥重太(えんどう・やえた)愛媛大学 理事

(学術・国際交流担当)・教授先端研究推進支援機構長無細胞生命科学工学研究センター長株式会社セルフリーサイエンス 取締役

株式会社セルフリーサイエンスは愛媛大学発のバイオベンチャー企業である。同大学の遠藤弥重太教授の開発した「小麦胚芽無細胞タンパク質合成技術(ENDEXT®テクノロジー)」を事業化するために、2002年7月、遠藤教授、愛媛大学、ベンチャーキャピタルなどが出資して横浜市に設立した。

この技術は、タンパク質合成阻害因子を除去した小麦胚芽抽出液(WEPRO®)にアミノ酸などの基質と目的mRNAを加えるだけで、微生物から高等生物、さらには人工タンパク質に至るまで安定して効率的にタンパク質を合成するものである。

この合成技術は世界的に注目され、国内外でタンパク質の機能や構造等の基礎科学から、医薬品候補の探索、ワクチン候補の探索等の産業分野に至るまで幅広く活用されており、ポストゲノム時代のプラットフォーム技術とされる。

同社の事業の柱は2つ。まず、タンパク質合成試薬である小麦胚芽抽出液、ベクター類、合成用バッファーやそれらをコンパクトにパッケージ化したタンパク質合成キットの製造販売。2つ目は、全自動タンパク質合成装置*1の開発販売である。このほか、ENDEXT®テクノロジーを使った約500-600種類/月のタンパク質の生産受託や、がんや感染症の薬剤標的タンパク質の探索やハイスループット化合物スクリーニング技術の開発受託、それらのライセンスアウトも行っている。

前期年間売上高は3億3,000万円余り。大学等のアカデミア向けが約60%、製薬企業向けが約40%だが、製薬向けの比率が年々上がってきている。国内外の比率は半々で、北米が大きく伸びた。同社は早くから海外市場の開拓が重要と考え、2005年に米サンノゼの日本貿易振興機構(JETRO)インキュベーション施設内に営業・技術サポート拠点を設置し、海外展開を模索してきた。現在は、米国Emerald社との販売提携へと形を変え、共同販売体制により市場開拓を活発に行っている。今年度からCambridge Isotope Laboratories社との販売提携をスタートさせ、NMR市場の開拓を足掛かりに、欧州市場の開拓を本格化させる。

会社設立以来、ほぼ増収基調。年次決算では収益を生むまでには至っていないが、前期第2四半期から月次決算で黒字基調が続いており、展望が開けてきた。本年度は、通期黒字化を目指す。

転機は昨年7月、本社・研究部門を横浜から愛媛大学内に移したこと。これと並行して、国内、海外向けと分けていた営業部門(横浜事業所)を統合し、効率化を進めた。改善の余地はあるが、情報の共有を極力行い、地理的には離れたが研究と営業の一体度が増した。

尾澤哲社長は「愛媛大学は無細胞タンパク質合成研究のメッカ。この技術のアドバンテージを活かしたマラリアワクチン候補の探索、バイオマーカーの探索、がんの薬剤標的の探索や自己抗体プロファイリングなど、より医療・産業分野に近いフィールドでの研究も活発。共同研究を進め、試薬、全自動タンパク質合成装置に次ぐ、第3の柱を加えたい」と述べている。       (本誌編集長 登坂和洋)

*1:同社の主力全自動タンパク質合成装置である「Protemist® DTⅡ」は、最大6種類の標的タンパク質を20時間で全自動合成・精製する能力を持つ。6種類のモデルタンパク質での値であるが、6種類それぞれ150-300μg/ウェル(80-90%精製度)、6種類同じタンパク質であれば、約1-2mgの合成能力を持つ。スクリーニング用に少量合成スケールモードも搭載しており、機能の解析やタンパク質のアミノ酸配列異型を複数合成し可溶化の検討などにも威力を発揮する。タンパク質合成そのものは、同社のウェブサイトを通じて公開している一定のプロトコルを再現すれば、全自動合成機がなくともタンパク質合成は可能であるが、Protemist® DTⅡを用いることにより、必要な時に、フレッシュなタンパク質を、毎回同じ品質で、簡便に合成できるという利点を研究者に提供することができる。薬剤標的タンパク質の探索や、化合物スクリーンにおいては、重要な品質特性である。また今年度中に主に構造解析研究者向けにタンパク質100mg超の大量合成可能な Protemist® Xと、この機器用に単位反応容量あたり合成効率を数倍に高めた新抽出液の上市を目指している。

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 20087http://sangakukan.jp/journal/

にかかわっていた。いろんな生き物からcDNAをとって、つまり、タンパク質をコードする遺伝子をとってライブラリーにするビジネスです。完全長cDNAを何万種もそろえていた。その遺伝子を何に使うかという時代だったんですよね。1つはDNAチップという使い道があるとかいう話だったが、われわれの技術は、その遺伝子を放り込んだら、次の日にはタンパク質が何ぼでもできます。そういう網羅的な合成もできる、大量につくって構造解析もできる、機能解析もできる…。——だから、この日本がリードしていた遺伝子資源とタンパク質合成技術の2つがタイアップすれば活用の幅が広がる。遠藤 2つの要素技術を合わせればね。僕のこの技術も事業として立ち上げて、それをタイアップしたら、生き物を使わないでバイオの研究ができる。安く、しかも日本独自の、ということなんですよ。自由自在にタンパク質ができる、それを製薬会社等々を対象にビジネスに持っていこうということだったと思います。

◆研究成果事業化の夢——それ以前に、遠藤先生の中では、ご自身の研究成果を事業化しようという発想はなかったのですか。遠藤 ないではないんですよ。私は40歳ぐらいのときから、研究も楽しいんだけども、何かのネタがあったら会社をやってもいいなと。ただし、自分は経験がないし、そういう状態ですよ。2000年に最初の論文を発表して、最初に接触してきたのはロシュグループでした。発表から1週間ほどでした。ドイツから3人、僕のところに来ました。ロシュは大腸菌による抽出液を使った試験管のタンパク合成法っていうのを売り出して1年から1年半たっていました。僕のパテントが欲しいというんですよ。彼らは、彼らが開発した大腸菌の細胞タンパク合成法に限界があることを既に知っていましたのでね。だから、高等生物からつくった、タンパク質の合成システムが必要だということで、僕のとこへ即近づいてきたんですね。ロシュが高額な値段で売ってほしいと言ったときには、心が動きましたよ、僕は。そのほうが楽でしょう。

だけども、その名取さんの説得だけでなく、大学側も、ぜひ愛媛大学発ということで日本でそのベンチャーを立ち上げてくれんかとということだったんですよ。半年ぐらいで会社をつくった。——先生はその会社の経営のかじ取りには直接かかわっていらっしゃらない。遠藤 直接はやってません。経験もないし。——よく大学発ベンチャーで、大学の先生が実際に社長というか、かじ取りをしているところもあるんですけど、なかなか難しい。遠藤 そういう能力がある人もおるかもしれんけど、そんな経験はないのが普通でしょう。だから、僕はもう初めから、もちはもち屋にと。僕はそれを支える技術開発だとか、あるいは、顧客の研究者に技術の優れた部分、限界や応用

株式会社セルフリーサイエンス代表取締役社長 尾澤 哲氏株式会社セルフリーサイエンスの概要

 本社所在地:愛媛県松山市文京町3番 愛媛大学ベンチャービジネスラボラトリー URL:http://www.cfsciences.com/ 代表取締役社長:尾澤 哲 設立:2002年7月  資本金:2億4,200万円  従業員数:16名

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 20088http://sangakukan.jp/journal/

についてちゃんとした説明するとか、講演するとか、そういう部分ですね。

◆本社を横浜から愛媛大学内に移す——セルフリーサイエンスは横浜で創業し、営業を展開してきましたが、昨年、本社を愛媛大学内に移しました。第2創業的な意味で、もう一度研究からやるという意味もあるのですか。遠藤 なぜ、松山で創業しなかったのか。われわれはこの技術について完璧に自信を持っていますけど、これを世に広める、そしてビジネスにつなげるというときに、やっぱり都じゃないと。つまりそういうことをやっている人が多いところじゃないと話にならない。愛媛でやったって、買う人は誰もおらんわけですよ。東京でやると、海外からいろんなビジネスで来た人が、ついでに寄って見ていってくれるという期待が持てる。さらに、人材の確保の問題です。田舎には、外国語が堪能でビジネスもできるバイオの専門家など1人もいません。だけど、東京都内はちょっと高過ぎるんで、横浜にベンチャーのための施設ができたので借りて入るということになったわけですね。

で、実際に、海外も含めて本当にたくさんの会社が来てくれました。日本にかなり多くの取引先を持つ海外企業の人も、東京へ来たときに、ぱっと寄れるんですよね。ビジネスだけでなく、技術も広がってきました。だから、それは大成功だった。この技術がどのぐらいのものかということを、まず知ってもらって、試してもらってということで、第1段階としては、思惑どおりいったという面があります。

横浜市は安いといってもそんなに安くないですよね、地方と比べたら。横浜の営業の前線の機能を保ちつつ、本社の本籍地を松山に持ってきたということです。これもテクニックですよ、そういうシナリオでいったわけです。

◆大学発ベンチャーへの地元「産」「官」の期待——愛媛大学は2003年4月、遠藤先生を長とする無細胞生命科学工学研究センターを設立し、現在、10人の研究者(教員)で取り組んでいる。また、同センターは2003年から毎年、「プロテイン・アイランド・松山 国際シンポジウム」を開催。このシンポジウムは2回目からは愛媛県、松山市、松山商工会議所との共催であり、大学および地域の期待が大きいわけですね。とはいえ、大学から見ると、登記上の本社をどこに置くかというのは非常に大事なこと。県とか市の立場からしても、松山発のベンチャー企業といっても、本社が横浜にあるのと、こちらにあるのとでは、支援の力の入れ方が違います。遠藤 おっしゃるとおりで。松山市の中村市長は横浜の中田市長と若いときから親しいんだそうですよ。それで、よく会うらしいんだけど、「中田市長から、セルフリーサイエンスの本籍地は横浜だよネ、って言われる」と言うんですね。だから彼は、できることなら本社を松山へ持ってきてくれたらありがたいという思いは強かったと思います。——愛媛大学や松山市のホームページを見ていたら、松山の中村時広市長とサイボウズ株式会社の青野慶久社長と愛媛大学の小松正幸学長の鼎談(ていだん)があり、これが非常に面白い。インターネット用のソフト開発などを行っているサイボウズは東証一部上場、2008年1月期売上高は約40億円、連結で約120億円です。松山市で1997年に創業した当時はもちろん無名のIT企業だったから、人材が集まらないということで、創業地を捨てて東京へ出ていか

全自動タンパク質合成装置卓上型Protemist® DTⅡ

全自動タンパク質合成装置ハイスループット機GenDecoder® 1000

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 20089http://sangakukan.jp/journal/

ざるを得なかったようです。遠藤 同じ理由がありました、われわれが最初、首都圏に出たことにも。われわれのビジネスは科学のこの分野がわからなきゃいかんのですよね、ある程度。それと、外国語ができないと。先ほども言ったように、両方できる人は首都圏だったらおるんですよ、結構。

◆東京はノイズが多過ぎる——IT特有の問題かもしれませんが、この鼎談のなかでサイボウズの青野さんは、「東京のIT企業の多くは米国の見よう見まねで、日本は世界のトップになれないと思う」と言っている。同社は創業地の松山市と愛媛大学のバックアップで松山市に開発拠点をつくり、地域に密着して、やりたいことを10年、20年続けて世界に通用するものを出していきたいという。イメージで言うとシリコンバレーではなく、トヨタだと言うんですね。非常に面白い発想です。イノベーションは東京からは出てこないのでしょうか。遠藤 うん、なかなか出にくい、そうだと思う。だけど、やっぱりNHKの紅白に出ないと芸能人は売れんのですよ。そういう面として、まず本社もみんな晴海に持っていって、いい人も集めて、わっとやって、一応そうなったら、ゆったりとユニークな研究とか、事業ができるところがいいと。見かけ上は、かなり似ていると思いますよ。しかし、根本的には違っている。トヨタのビジネス相手は一般の人で、自動車のなんたるかはみんな知っており、市場が確立しているのでベンチャーではない。多くのベンチャーは、市場づくりから始めないといけないのです。

確かに、東京のような雑多なところではノイズが多過ぎて、どれが本物の音やわからんところがある。ところが、地方から見ていると静かですからね。

◆地方で国際的研究を続ける意味——遠藤先生は幾つもの賞を受けられていますし、国内外で毎年多くの招待講演をなさっています。特に、海外での評価が高く、昨年は、愛媛大学が豪州の研究機関などと取り組むマラリアワクチン研究に米ビル・ゲイツ財団から多額の資金を得ています。先生は東京とか海外に研究の拠点を移したいとお考えになったことはないんですか。遠藤 ないですね、それは。私は流行に乗らんタイプなんですね。人と同じ道は歩きたくないタイプ、何も残ってないからね。東京へ行って、1万円拾おうと思ったって無理でしょう、道路で。松山だったら拾えるんですよ。100万円でも。人がまだ通ってない道がいくらでもあるから。

研究っていうのは、われわれのこのベンチャーにしてもいろいろステージがあるんですよ。今は一番初めのステージで、そういう技術を確立して、小さなビジネス。その次は、いろんな分野の研究者と共同研究。それは別にそこへ研究の場を移す必要はない。次のアプリケーション、テーラーメイドの医療に向かったりとか、新規酵素、産業用の酵素を開発するとか、いろんな道があると思います。

ただ、この技術はあくまで今の段階では、単なる1つのツールなんですよね。これをスコップに当てはめると、遺伝子という世界中が持っているすごい資源を掘り起こすために使うということなんですよね。

遺伝子産物をタンパク質とした場合、タンパク質はこういうアミノ酸からで

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200810http://sangakukan.jp/journal/

きている。ここまではわかるんですよ。けれど、それがどういう機能を持っているかというのは、タンパク質にしないとわからないんですよ、原理的に。言葉で言えば、ゲノム研究の成果によってスペル(遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸の結合順序が判明)は分かったんだけど意味(機能)がわからないというのが、ゲノム時代なんです。意味を解明するには、タンパク質をつくって、その機能を解析する、私らの技術を使って、ゲノムワイドに、網羅的にね。で、その遺伝子の意味するところを1つ1つ解明して辞書をつくる、遺伝子辞書を。その辞書を片手に、DNAに何が書いてあるかという文章を解読していく、こういう方法なんだけどね。

その解読というのは、病気とか、それも人だけじゃなくて、家畜、魚、植物などいろんな生き物が対象です。

◆応用の共同研究に取り組む——研究分野にもよりますが、「基礎」をやっている研究者が一定の成果を出すと、その先は別の人に任せて、基礎的な領域でまた研究を続けるケースが少なくありません。遠藤 いやいや、それは任せられないんですね。このバイオっていうのは広い分野があるでしょう。学部からいっても、すべてに入り込んでいるような分野ですから。さらに、このような使い道がある、という証拠をわれわれが見せないと使ってくれない時代です。タンパク質をどうやってつくるか、つくるときにどういうふうな形のタンパク質、印をつけるかだとか、どうやって分析するかとか、すべてが単独でなく、深くかかわっているんですよ。

例えば僕らはマラリアワクチンをつくるための共同研究に取り組んでいます。これは世界の願いですけど、マラリアはインフルエンザと違って、ワクチンを簡単につくれないんです。インフルエンザウイルスなどは、ニワトリの卵に接種すると簡単に増えるので、これを集めて感染しないような処理をすればワクチンの出来上がりです。しかし、人に感染するヒトマラリアは、人でしか増えないし、ヒトの培養細胞を使っても増殖しない。だから、組み替え法などを使って、1つ1つのマラリア遺伝子からタンパク質をつくることから始めないといけない。だから、何十年もみんな研究している。そうしているうちに、マラリアの遺伝子が6年くらい前に解読された。タンパク質を片っ端からいっぱいつくって、マラリアの患者、しかし発病していないぴんぴんした患者たちの血液と混ぜていったら、そのマラリアのどのタンパク質に対する抗体を持っているから元気だということがわかりますね。そうしたら、そのような不顕性患者血液と反応するタンパク質が、マラリアワクチンキャンディデイトになるんですよ。

このような研究を、豪州、米国のグループの大学、NIHや海軍とも今、われわれはやってます。

あと、ウイルスが原因で起こる病気がありますね。エイズだとか、C型肝炎とかいろいろ。治療中にウイルスがどんどん変異していくから、つまりウイルスがつくるタンパク質がちょっと違った構造になっているから、そのうちに薬が効かなくなる。そこで、治療の始めから治療中に、患者の血液からPCR法でそのウイルスをとってきて、それからタンパク質(ウイルスの酵素)をつくれば、治療前どう性質が違っているか(ウイルスの変異)と、つまり薬が効くかどうか全部チェックできて、個々の患者に最適の治療法が見つかることにな

遠藤弥重太 教授(愛媛大学提供)

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200811http://sangakukan.jp/journal/

る。これはまさにテーラーメイドなんですね。それから精密な病気の診断法のための新規なバイオマーカーの検索とかもやっていますね。

製薬会社とがんに対して、もっと副作用が小さい、そして有効な薬ができないかということもやっている。そのがんのどの遺伝子産物、つまりタンパク質が原因でがんになっているとか、それに結合する薬を探す研究手法の開発とかもやっています。——全部基本的なところにつながっているんですね。遠藤 やっぱり僕らが一番この方法のいいところを知っているから。しかし限界もある、応用に当たってその限界をわれわれは克服していかなきゃいかん面がある。今言ったのは人ばかりだけども、植物だって、魚だって、家畜だって、さらにバクテリアだってある、対象としてね。

◆後ろ姿を見せて学生に気付かせる——大学のシーズというか、若い研究者に関して言うと、東京から離れている地方で研究するうえで、何が一番大切ですか。一昔前とは環境が変わり、大学経営も大変です。遠藤 大変だ、はい。試験にいい点を取って、つまり教科書に書いてあることを短時間で理解して暗記して、それを試験のときにアウトプットして出す。このすごく優れた能力と、教科書がない真っ白なキャンバスに独自の絵をかける能力というのは別なんですよね。ペンキ屋さんと画家の違いといってもいいかもしれない。まねをするほうは、日本人は特にうまい。教科書に書いてあるものじゃないと信用しないし、それが金科玉条、そういう時代がこの2000年間というものずうっときた。しかし、ここまでくると、政治、経済にしても教科書はない。マニュアルがない分野は非常に不得意ですよね。

地方には後者のような、つまり白いキャンパスに自分なりの絵がかける若者は、たまにおるんですよ。そういう能力については、自分自身もわからんことが多いんですよね。だから一度やってみて、面白かったらその分野を楽しむ。始めの知識が最小限でも必要に応じて教科書を読めばいいわけでね。——そういう人を発掘して育てるような環境が必要ですね。遠藤 それが一番。私の一番大事な仕事です。後ろ姿を見せて、研究を通して、学生に自分自身で気付かせる。自分で気が付くというのが一番です。大学ができることは、そのような環境を整える(人材を整える)、これしかないんですよ。

まあ、マニュアルどおりのことをきちっとやれるという、素晴らしい能力を持った人、これは官僚としてはすごいシステムだと思います。先進国や先人に追いつくまではね。だけど、ほぼ近づいてきて借りるマニュアルがなく独自のものが要る時期になったら、このシステムはもう無力を通り越して、百害あって一利なしだと思います。日本の課題は、そういう自他共に優等生と言われていた人たちが、何もかいていないところへ絵をかけるような人を排斥して刹那

(せつな)的な安心感を得たいという、蔓延(まんえん)している風潮にいかに風穴を開けていくか、ということだ思うんですよ。——どうもありがとうございました。

聞き手・本文構成:登坂 和洋(本誌編集長)

無細胞生命科学工学研究センター(CSTRC) (愛媛大学提供)

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200812http://sangakukan.jp/journal/

株式会社積層金型 新手法の樹脂用金型メーカー自在の冷却水路で成形サイクルを短縮

特集● ベンチャーの法則

1980年代、東京大学生産技術研究所の中川威雄教授(現在、東京大学名誉教授)と大学院生の国枝正典氏(現在、東京農工大学教授)が金型の新しい製造方法を提案した。積層金型――文字通り金属の板を積み重ねてつくる方法である。この新技術をそのまま社名にし、その事業化を目指したベンチャー企業が株式会社積層金型である。マツダ株式会社で30年間、自動車用部品の金型設計に携わっていた山崎久男氏(写真1)が2001年4月に設立した。

同社は試行錯誤の末、合成樹脂射出成形(自動車、電気機器の高機能部品など)用の積層金型開発に成功し、営業面でも展望が開けつつある。この工法による金型の最大の特徴は、金型の内部につくる「冷却水路」の設計自由度が高いことである。あらかじめ水路などの加工を施した板材を積み重ねて(結合させて)製作するので、成形品の形状に沿った理想的な水路になる。

◆金型は熱交換器冷却水路には冷たい水を流す。なぜ水路が重要なのか。樹脂射出成形の工程は射出→冷却→型開→突出→型閉である。180〜

450度の熱を加えて液体状態にした樹脂を、圧力を加えて型に押し込んで充填(じゅうてん)する。それが40度前後に冷却されて固まったら取り出す――これが1サイクルである。この冷却に必要なのが、金型の内部に張り巡らせた水路である。

射出から型閉までの1サイクルで一番時間がかかるのが「冷却」で、その60〜70%を占める。この冷却時間をいかに短くするかが生産性を上げ製造コストを下げるカギである。最近、高機能の樹脂成形品では、転写性をよくするため、射出前に蒸気で金型を温めておくケースが増えているという。そうなると、ますます冷却が重要になるわけである。

写真 1株式会社積層金型代表取締役 山崎 久男氏

積層金型という金型の新しい製造方法がある。文字通り金属の板を積み重ねる方法で、1980 年代、東京大学生産技術研究所にいた中川威雄教授らが提案した。この事業化を目指した株式会社積層金型は試行錯誤の末、樹脂射出成形用の金型の開発に成功し、営業面でも軌道に乗りつつある。特徴は金型の中に張り巡らせた「冷却水路」である。

株式会社積層金型の概要 本社所在地:広島県呉市苗代町 445-1 URL:http://www.sekisou.com/pc/ 代表取締役:山崎 久男 設立:2001 年 4 月  資本金:4,250 万円  従業員数:7人

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200813http://sangakukan.jp/journal/

山崎社長は「樹脂成形金型は熱交換器である」という。金型を温めて、冷ます。これを何十秒かの間に行う。その成形サイクルの短縮化(「ハイサイクル化」という)ができて製造のスピードが上がれば、金型の価格が割高でも、成形業者にとってはメリットが大きいはず。ここが積層金型のセールスポイントである(図1)。

◆金属プレス用の金型を目指して会社設立とはいえ同社は、開発が順調に展開したわけでは

なかった。会社設立時は金属プレス用の金型を安く製造するのが狙いだった。「積層金型」との出会いは、山崎社長がマツダのグループ会社の社長だったときのこと。いまから15〜16年前のことである。鋼板の不良在庫を処分しなければならなくなり、その材料を再利用して、付加価値を付けられないかと考えていた。不況だったので、安く金型をつくりたいという思惑もあった。そんなとき、従来から知っていた中川氏の積層金型のことが頭に浮かび、開発を思いたった。

通常の金型は金属ブロックあるいは鋳物を切削加工してつくる。しかし、金属ブロックは切削に、また、鋳物は鋳型づくりにそれぞれ長時間を要した。積層金型の技術を使えば、いわば在庫品の鋼板を活用でき、かつ安く、早く金型ができるのではないか・・・そんなことを考えていた。

そして、山崎氏は定年退職。起業の構想を練って準備し、会社設立・・・。しかし、その間、金型を取り巻く環境が猛烈な勢いで変化していた。あまり削らなくても済む「切削レス」が積層金型の強みだが、NC(数値制御)工作機械で精密な切削が比較的容易にできるようになり、しかもこうした金型の製造が中国へ移っていった。

当初、想定していたマーケットの思わぬ異変。走り始めたばかりの同社は経営戦略の練り直しを余儀なくされた。

当初の金属プレス用から樹脂成形用にターゲットを変え、新たな開発に乗り出した。その基本技術を確立したのは、採択されて取り組んだ科学技術振興機構(JST)の「委託開発」(2002年2月〜2004年8月)だった。課題名は「ハイサイクル樹脂成形用積層金型」だ。

教訓1 環境の変化には、勇気を持って軌道修正せよ

◆拡散結合の活用を共同研究「委託開発」はほぼ順調にいったものの、技術的課題が残っていた。積み重ねた金属の板を1つの固まりとして固定する方法である。接着剤を利用するなどさまざまな方法を試みたが、納得できなかった。それを解決するため2004年から国枝氏と共同研究を始めた。中川氏の研究室にいた国枝氏は、東京農工大学の教授になっていた。中国経済産業局の「地域新規産業創造技

樹脂成形用積層金型の狙い樹脂成形金型=熱交換器

冷却時間の短縮がハイサイクル化の決め手!

成形サイクル時間

冷却

冷却

射出

射出

型開

突出

型閉

型開

突出

型閉

図1 樹脂成形用積層金型の狙い

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200814http://sangakukan.jp/journal/

術開発」補助金など幾つかの資金を得た。そして、「拡散接合」という方法を利用すると、うまくできることがわかり、その技術も確立した(図2)(写真2)。

拡散接合とは次のようなものだ。金属の板と板を密着させ、それらの融点以下の温度条件で、塑性変形をできるだけ生じさせない程度に加圧すると、接合両面に原子の拡散が生じて接合するものである。これを専用の炉の中で行う。

拡散接合は精密機械、航空機などでよく使われる方法で、金型の世界とは無縁な技術だった。それを利用しようという発想が面白い。

もともと積層金型という発想自体が、従来の“削る”方法から“積み上げる”方法への転換という突飛(とっぴ)なものだった。

教訓2 技術的課題解決には逆転の発想で臨め

◆系列の壁に食い込む拡散接合による樹脂射出成形用積層金型の営業に本格的に乗り出してか

ら約2年。鋳物を用いた従来タイプの金型や機械の受託生産も手掛けており、経営はそれらに大きく依存している。2008年3月期の売上高は約7,000万円で前の年度とあまり変わらず、分野別の売上比率は鋳物の金型が60%、拡散接合による積層金型が30%、機械受注が10%だ。積層金型の比率は、前年度の15%から大きく伸びた。

自動車の場合、自動車メーカー ―部品メーカー(樹脂成形など)―金型会社―材料商社という系列の壁もある。

樹脂成形に限らず、どの業界、企業ともコスト引き下げは絶対命令。「高機能の樹脂成形品を効率よく生産できる積層金型はコスト引き下げ効果が大きく、潜在ニーズはある。ビジネスがしやすくなった」と山崎社長は語る。昨年度は独立系の成形会社に食い込んだ。今年度は、部品メーカーと話をして、設計図に基づいて冷却水路を組み込んだ積層ブロックを金型会社に納入するケースが増えている(この場合、金型会社が金型に削る)という。

60歳で会社を起こした山崎氏は現在67歳。会社のナンバー2の専務取締役には息子の拓哉氏がいる。前に進むしかない。

(本誌編集長:登坂 和洋)

金型の中につくった温度調節用の水路

可動側 固定側

図2 金型の中につくった温度調節用の水路

写真2 図2の金型でつくった    成型品

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200815http://sangakukan.jp/journal/

株式会社オプセル レンズ光軸合わせ「シュリンクフィッター」大手企業の課題に技術を売る

特集● ベンチャーの法則

◆ JSTプレベンチャー事業の一期生カメラで日本メーカーが世界市場をほぼ100%独占しているように、光

学分野における日本の技術力は極めて高い。コピー機やプリンターなどはもちろん、半導体製造用のステッパーなども日本のお家芸だ。光学顕微鏡も新たな進化を続け、共焦点顕微鏡などは、細胞を生きた状態で観察できるために、世界中の研究室で使われるようになった。

こうした光学機器でカギとなるのが、レンズ設計。さまざまなレンズを何個も組み合わせて、それぞれの用途に合った性能を引き出す設計技術だ。例えば共焦点顕微鏡1つをとっても、何を観察したいかによって、その性能を引き出すレンズ設計は違ってくる。従って、新製品を作ろうとすれば、新たなレンズ設計が必ず必要になるといってよい。

ここで重要になるのが光軸合わせ。複数個のレンズを組んだとき、それぞれのレンズの軸が、一直線上にすべてきちんと乗ってくるよう組まなければ、望みの性能は出ないからだ。そこには何らかの仕掛けが必要になる。新田勇・新潟大学教授の特許であるシュリンクフィッターは、レンズと鏡筒の間に樹脂(エンプラ)のリングを挿入し、「焼きばめ」によって固定する。加熱した状態でレンズを組み込み、常温に下がる際に樹脂が均質に収縮(シュリンク)して、全体の光軸がうまくそろった状態で固定化される。新田教授は、この樹脂部品(フィッター)に特殊な工夫を施した(写真1)。

平成13年12月、株式会社オプセルはこの技術を生かす形で、独立行政法人科学技術振興機構(JST)のプレベンチャー事業の第一期生として、さいたま市に設立された。マンションの一室からスタートし、現在は川口市のSKIPシティーにある埼玉県産業技術総合センター内のイン

松尾 義之(まつお・よしゆき)株式会社白日社 編集長/東京電力科学誌「イリューム」編集長

写真1 シュリンクフィッター

株式会社オプセル(本社:さいたま市)は、光学の大手企業の技術的課題に応える光ビジネスのベンチャー企業である。複数個のレンズを組み合わせるとき、それらの光軸を合わせることが重要で、これに関する新田勇新潟大学教授の「シュリンクフィッター」という技術を生かすために事業化した。商品を売ること以上に、技術でニッチ市場を攻めるユニークなベンチャー企業経営とは?

株式会社オプセルの概要 本社所在地:埼玉県さいたま市緑区太田窪 1-1-21 埼玉研究室:埼玉県川口市上青木 3-12-18 SAITEC 752 URL:http://www.opcell.co.jp/ 代表取締役社長:小俣 公夫 設立:平成 13 年 12 月 10 日  資本金:1,500 万円  従業員数:4人

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キュベーションラボに部屋を借りている。社員は4人、年間売上は1億円をちょっと超えたあたりだ。

◆事業者は民間出身の小俣社長オプセルの社長である小俣公夫さん(写真2)は、もともと光学技術者。

写植機で有名な株式会社写研に20年勤め、その後、株式会社荏原製作所に移って、ポリゴンミラー(光を走査するのに使う多角形の鏡)用のセラミック軸受けの研究開発にかかわった。その後、セイコーインスツル株式会社に移り、ポリゴンモーターの量産までかかわったが、急きょ、事業が縮小されることになった。

こんなとき、仕事の関係で新田教授(写真3、当時は助教授)と旧知の関係だったこともあり、プレベンチャー事業に応募してオプセルが産声をあげたのである。今年で7年になるが、会社として維持されてきた秘訣(ひけつ)は、小俣さんの営業力にある。大学に籍を置く新田教授は、開発担当の取締役。技術開発の面での役割に徹して事業は小俣さんが全責任を持つ。これがたぶんオプセルが成功しているポイントだ。

現在の主力商品は「レーザ走査イメージャ *1」(写真4)と「レーザ直接描画装置」。ともに新田研究室との合作で、レーザービームのスキャニング技術に基づいており、これがオプセルの「売り」である。特に前者は、10ミリもの広範囲をスキャニングできる共焦点顕微鏡だ。ともに小俣さんが得意としてきた分野の製品である。

オプセルは、商品や部品を設計し、必要な部品をメーカーに製造してもらって、それをもとに組み立てる。つまり、部品の製造は外注し、設計と組み立てと検査をオプセルでやって得意先に納入するのである。組み立てるのはラボの一室の机の上。町工場よりも小さなスペースだ。

面白いのは、会社設立の根拠となったシュリンクフィッターのこと。意外にも、この技術はいまなお開発段階にあり、普通の意味での実用化はできていない。新田教授の研究室にある高精度のプラスチック加工機械によってのみ、作れるものだからだ。当然コストは高い。従って、オプセルの実際の商品は、コストの安い別の方法で作っている。看板技術と会社運営の微妙な違いが面白い。こうした現実をきちんと理解して対応しないと、ベンチャーはやっていけないということだろう。

◆商品を売るより、技術や評判を売る注意したいのは、オプセルはこれらの商品をただ単に売り込んで収益を

上げているわけではないところだ。光学分野では、メーカーが大会社になってしまったこともあって、開発

や研究さえ外部の力ある技術者や小企業に頼るようになっている。外の知恵やアイデア、あるいは部品を購入するように変わってきている。つまり、光学分野にはニッチ(すき間)のビジネスがかなりある。オプセルはここで生きているわけだ。

*1:広視野の共焦点レーザー顕微鏡

写真4 レーザ走査イメージャ

写真2 株式会社オプセル    代表取締役 小俣 公夫氏

写真3 新潟大学 新田勇 教授

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200817http://sangakukan.jp/journal/

また、「レーザ直接描画装置」などは、生産や研究開発の現場をよく知らなければ商品とはなりにくい。さまざまな現場のニーズを吸い上げ、商品に結び付ける開発を絶え間なく進めているからこそ、オプセルは「食べて」いけるのだ。

営業の現場は、例えば「東京ビッグサイトなどで行われる展示会に出品すること」と小俣社長。こうした展示会には、企業の大小に関係なく、「問題を解決したい技術者などがやってくる」という。また、ホームページにも現在まで2万6,000件を超えるアクセスがあって、そこから直接連絡してくるユーザーもいる。

つまりこういうことだ。オプセルは、レーザービームの走査技術や関連する光学分野で、高い技術力を誇っている。一方で、問題を抱えていてそれを解決したい人々がいる。それらが結び付いたとき、オプセルのビジネスが成り立つ。言葉を変えると、ユーザーがオプセルを探し出す機会を増やすこと、究極は「困ったときはオプセルに頼め」という評判を作り上げること、それが営業なのである。だから、お金になる確率は低くても丁寧に応えるようにしている。

◆次なる飛躍を目指して社長さんの立場からは、半導体や電子機器関連の専門商社からの依頼仕

事はありがたい。「お金の面で苦労することがないから」で、このような実感は、実際に社長業をやった人でないと絶対にわからない。営業をやり、開発をやり、経営も考えるベンチャー会社の社長さん、それが小俣さんである。

いま小俣さんが期待しているのは、有機EL(エレクトロルミネッセンス)のプラスチック欠陥検査装置だ。ソニー株式会社が有機ELテレビを発売したり、松下電器産業株式会社が37型の量産化を発表するなど話題に事欠かないが、有機EL表示装置の新たなターゲットは、自動車のダッシュボードやフロントガラスに付けること。従って、曲面にする必要があり、最終的にはすべてプラスチックで作るための研究開発が進んでいる。

有機ELディスプレイは多層の透明薄膜で構成されるが、実は、この実用的な検査装置がいまのところ存在しない。CCDのラインセンサーはあるのだが、これでは見える範囲が狭く、また透明なプラスチックの中にある透明な欠陥を探し出すのは難しい。しかし、オプセルの「レーザ走査イメージャ」ならそれが短時間でできる。レーザー走査技術自体が備えている長所だ。もちろん、要求があればそれに見合うよう、大きさもスペックも変えていかねばならないが、オプセルなら自在に対応できるのも強みである。

ベンチャーが生き残る1つの形として、小俣さんは「オプセルがコアとなって、われわれの仲間が伸びていく」という構想を持っている。実は、小俣さんの周りには、部品加工のプロとか設計のプロとか、1人でやっている実力者がかなりいる。それぞれは独立して仕事をしているのだが、少し大きな仕事が来たとき、何らかの課題が生じたとき、いろいろな組み合わせで集まって、問題を解決している。この「群としての潜在力」を生かしていきたいと小俣さんは考えている。紆余曲折を経て7年。小俣さんの言葉には気負いは見られない。

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株式会社オキサイドは光学用の単結晶を製造販売しているベンチャー企業。スライスして供給する。独立行政法人物質・材料研究機構が支援するベンチャー企業の第2号である。6割が海外向けだ。2年半前に三菱電線工業の光部門を買収し、部品を組み合わせたモジュールまで一貫生産するようになった。そのM&Aの成果は?

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200818http://sangakukan.jp/journal/

株式会社オキサイド 高品質な光学単結晶メーカー顧客も経営戦略も世界を視野に展開

特集● ベンチャーの法則

◆物質・材料研究機構発ベンチャーながら山梨県に立地株式会社オキサイドは、独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS)が支援する「NIMSベンチャー企業」第2号であり、光学単結晶の製造販売を中心事業としている(第1号は「SWING」で、現在は同社の関連会社である)。古川社長(写真1)は民間企業に勤務の後、1996年に米国のスタンフォード大学に留学、帰国後NIMSに勤務した。スタンフォード大時代の友人の多くがベンチャー企業を創業、あるいはベンチャー企業に就職したことに刺激を受けたこともあり、2000年10月、研究成果を事業化すべく同社を創業した。これは、人事院が起業を支援する休職制度を活用した第1号である。創業は山梨県小淵沢町(現在、北杜市)であったが、NIMSのある茨城県から離れて東京を飛び越えている。これは、光学単結晶と類似した水晶の加工が地場産業となっていて蓄積があり、自治体側の体制も整っていたことが理由である。その後、事業の拡大に伴って敷地が手狭になり、2005年6月に同じ山梨県の武川村(現在、北杜市)(写真2)に移転している。同社は、北杜市の工場誘致条例第1号企業である。なお、古川社長は2003年10月にNIMSを退職し、同社の社長業に専念している。

◆世界的なオンリーワン企業主な製品は、光学用の酸化物単結晶であり、スライスしてウエハーとして供給する。電子デバイス用の単結晶としては水晶発振子が広く知られているが、これは電気信号用である。同社の製品はほぼすべてが光学用である。最終的には、大容量通信や、高画質動画を扱うデジタル家電、超精密加工、高精度な医療機器などの分野で使われる。同社の製品は産業界の最上流に位置することもあり、用途の幅は広い。

小澤 育夫(おざわ・いくお)野村證券株式会社 法人企画部 公益法人課主任研究員

株式会社オキサイドの概要 本社所在地:山梨県北杜市武川町牧原 1747 番地 1 URL:http://www.opt-oxide.com/ 代表取締役社長:古川 保典 設立:2000 年 10 月 18 日  資本金:3億 5,000 万円  従業員数:41人

写真1 株式会社オキサイド    代表取締役社長     古川 保典氏

写真2 株式会社オキサイド    本社工場

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200819http://sangakukan.jp/journal/

直接的なアプリケーションは、光学的発振(発光)や波長変換、光変調、光センサー、光フィルター等の部品である。これらはすべてが画像・動画あるいは光信号を扱うため、電気信号用に比べると、極めて高品質な単結晶が要求される。結晶には欠陥の存在がほとんど許されないが、この高品質単結晶の製法こそが、古川社長がNIMSで研究していた「二重ルツボ法」である。従来の方法では、少量の高品質結晶を製造することは可能でも、結晶全体の品質を一定以上にすることは難しかった。二重ルツボ法での欠陥率は、従来に比べて1/100~1/1,000の水準にまで、非常に低く抑えられている(写真3)。同社は量産用に製品を出荷しており、現在は10種類以上の単結晶をラインアップしている。代表製品のスーパーLN/LT単結晶(写真4)では、実質的に世界のオンリーワン企業である。このため6割が海外向けであり、世界市場を対象とした事業となっている。小規模な生産を行うところはあるものの、高品質なLN/LT単結晶を量産できるのは、世界でも同社だけである。同社は2001年5月から販売を開始したものの、歩留まりの向上に手間取り、量産向けに本格出荷できるようになったのは、会社設立から4年後の2004年からだそうである。同社の技術では二重ルツボ法が有名であるが、実際の事業化に際しては、辛抱強く、細かなブレークスルーを積み重ねて、現在の地位を築いている。

写真3 二重ルツボ法単結晶製造装置

写真4 スーパーLN単結晶

◆事業展開に買収も活用古川社長は、創業当初から、単結晶だけでは事業規模が大きくならないと認識していた。そこで、2005年12月に三菱電線工業株式会社の光部品(波長変換部品)事業を買収、川下の部品分野へ進出した(写真5)。現在では、単結晶ウエハーだけでなく、部品・部材を組み合わせたモジュールまで、一貫して製造・供給できる体制となっている。同社の特徴として、技術面だけでなく、買収を活用した事業展開にも注目したい。三菱電線工業からの事業買収に続き、2006年5月には多木化学

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200820http://sangakukan.jp/journal/

株式会社よりTeO2単結晶およびBGO単結晶事業を買収した。買収による事業展開は国内のベンチャーでは比較的珍しいが、海外を中心に光部品関連の業界では一般的に行われている。同社は、戦略面でも世界的視野に立っている。同社は量産向け出荷を開始した2004年9月期以後、順調に事業を拡大している。一度も赤字になることなく、現在では当時の倍を超える5億円の売上高に達している。また、光部品事業の買収により、直接的な売り上げ増はもちろん、川下にまで対応できるようになったので、顧客からの問い合わせや共同開発依頼などが増加した。このため、単結晶のメニュー拡大を含め、全社としての業容そのものが広がった。もし、同社が単結晶だけを供給するメーカーであれば、規模拡大の速度はもっと遅かったと思われる。部品事業の売上比率は現在2割まできたが、今後も成長の中心となり、将来的には売り上げの過半数を占めると期待される。

◆新連携事業でさらに技術開発を進める高度な技術が評価され、2002年4月にはLN/LT単結晶の欠陥制御により、中小企業優秀新技術・新製品賞の中小企業庁長官賞を受賞した。その後も日本結晶成長学会の技術賞、つくばベンチャー大賞などを受賞している。2008年に入り、2月にジャパン・ベンチャー・アワードの創業・ベンチャー国民フォーラム会長表彰、6月にはスーパーLN/LT単結晶とその供給による当該分野の応用開発促進の波及効果などから、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の井上春成賞を受賞した。2007年7月には、関東経済産業局の新連携事業認定計画に同社の案件が認定された。従来は複数の装置でしか実現できなかった広帯域のレーザー発振を、1つの装置で可能とするモジュールの開発を目指す。株式会社タナカ技研、株式会社メガオプト(ともに本社は埼玉県)と連携して、必要となる結晶の開発、高精度の研磨、レーザー装置化を進めていく計画である。実際の単結晶は、一見透明なガラスの塊であり、サンプルは人の握りこぶし程度の大きさである。専門外の筆者にはちょっと変わった形のガラスにしか見えなかったが、これが数百万円の価値を持ち、世界各地で先端技術開発を加速させたかと思うと、感無量であった。

写真5 QPM-PP サンプル

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JSTのベンチャー企業の実態とその支援策

設立後平均3.8年、60%が研究開発段階

特集● ベンチャーの法則

◆はじめに大学等の研究成果を社会還元する手段の1つとして、大学発ベンチャー企業の設立が期待されている。経済産業省の調査*1(以下、「METI調査」という)では、平成18年末時点で1,590社の大学発ベンチャー企業が設立され、年々その数を増やしている。独立行政法人科学技術振興機構(JST)は、その創出を促す「大学発ベンチャー創出推進」事業や、その前身事業である「プレベンチャー事業」のほか、基礎研究事業、産学連携事業、地域関連事業等を通じて大学発ベンチャー企業の設立に貢献しているが、これらの事業を通じて設立された大学発ベンチャー企業(以下、「JST発ベンチャー」という)を対象として、その設立の状況や活動状況を平成18年度に引き続き調査したので、その概要を報告する。なお、今回のJST調査では、JST発ベンチャーの置かれた状況を明らかにするため、一部の事項についてはMETI調査と比較することを試みた。

◆調査結果の概要平成19年11月末現在のJST発ベンチャー数を調査したところ、173社が抽出された(このうち「大学発ベンチャー創出推進」事業と「プレベンチャー事業」により設立されたベンチャー企業は63社)。調査時点は異なるものの、METI調査が把握した大学発ベンチャー企業の約1割強がJST発ベンチャーであった。いずれの調査においても平成16年度をピークに新規設立企業数の伸びは鈍化していた(図1参照)。JST発ベンチャーに対するアンケート調査を平成20年3月に実施した。回答のあった103社の内容を集計したところ、売上高が1億円を超える企業が8社、資本金が1億円を超える企業が19社、従業員が10名を超える企業が24社、上場企業が3社という結果になった。

*1: 平 成18年 度 大 学 発 ベ ンチャーに関する基礎調査報告書

(平成19年3月報告)

図1 ベンチャー企業設立数に占める新規設立比率の推移

科学技術振興機構(JST)はJSTの各種事業を通じて設立された大学発ベンチャー企業の活動状況を調査した。企業数は平成19年11月現在、173社。過去1年間に設立されたのはそのうちの4.0%で、16年度の16.8%をピークに下がり続けている。設立後の平均経過年数は3.8年で、研究開発段階にある企業が60%を占める。まだ、販売する商品が完成していない企業が多いことを示している。

齋藤 和男(さいとう・かずお)独立行政法人 科学技術振興機構産学連携事業本部 技術展開部新規事業創出課 課長

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次いで、回答企業の平均売上高から、JST発ベンチャーの経済波及効果(直接効果〔総売上高〕と間接効果〔生産誘発額等の額〕)を算出した。直接効果は116億円(平成18年度の調査では83億円)、経済波及効果は213億円(同151億円)となり、直接効果、経済波及効果とも大幅に増加していた。METI調査では大学発ベンチャー企業の経済波及効果は5,166億円であり、JST発ベンチャーのそれは約4%にとどまったことになる(両調査とも調査・算出手法は同一)。JST発ベンチャーの設立後経過年数が平均3.8年であり、研究開発段階にある企業が60%であるのに対し、METI調査ではそれぞれ5.3年と49%であることから、JST発ベンチャーでは、いまだに販売すべき商品が完成していない企業が多いことが経済波及効果の少ないことの原因と推定している(図1、図2参照)。営業利益については、1期前、2期前の決算時よりも改善しているが、依然として1社平均で7,800万円の赤字であった。また、直面している課題に関する質問への回答として、資金調達、人材の確保・育成、販路開拓・顧客確保を挙げる企業が多かった。これらの課題は、大学発ベンチャー企業が一般的に抱える課題と見られ、METI調査でも同じ傾向である。これらの課題の背景には、ベンチャー企業においては、研究開発の成功の可能性、経営安定性、将来性、商品・サービス提供の継続性等のリスクへの不安から、社会や市場の信頼が得にくいことがあると思われる。

◆支援策の検討以上のように、JST発ベンチャーは厳しい状況に置かれている企業が少なくないことから、大学等の研究成果の社会還元を進めるためには何らかの支援策が必要である。また、JSTが平成19年4月に開催した「大学発ベンチャー活性化シンポジウム」でも、「大学発ベンチャーの成功を『数』ではなく『質』で議論すべき時期になっているのではないか」「大学発ベンチャー全体に対してはまだ支援が必要」等々の意見が出た。今回の調査結果も踏まえると、研究開発型であるJST発ベンチャーの支援策検討の観点として、起業から商品上市までの研究開発のスピードアップや社会的認知度向上などが重要と思われる。具体的には、次のようなものを検討した。1)人材の紹介や専門家の派遣など、人的支援による研究開発の側面支援2)企業間、業種間等の交流の場等を設置することによる営業機会の提供3)先行企業、外部コンサルティング等による成功事例の紹介や経営戦略のアドバイス

4)起業時までにとどまらず、起業後の研究開発に対する資金援助一部の地域では、これらに類するさまざまな支援策を活用する取り組み

(%)

研究開発の初期段階

研究開発途中の段階

試作品を完成または試験販売中

製品化に目途がたった段階

製品またはサービスとして販売中(単年度赤字)

製品またはサービスとして販売中(単年度黒字だが累積損失あり)

製品またはサービスとして販売中(単年度黒字で累積損失なし)

1.1 3.6

24.5 20.1

19.116.9

14.9

8.4

22.3

22.7

6.4

9.4

11.718.8

JST(n=94)

研究開発段階

事業段階

METI(n=308)

図2 事業ステージの比較

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が既に始まっており、これらの活動により、研究開発型ベンチャー企業の成功例が増加し、その社会的認知度も上がることを期待したい。

◆「大学発ベンチャー創出推進」事業について最後に、JST発ベンチャーの約3分の1を創出してきた「大学発ベンチャー創出推進」事業について触れたい。JSTでは、既存の大学発ベンチャー企業を対象とした上記支援策検討とは別に、本事業を通して新たに設立されるベンチャー企業の質の向上を図るための制度改革を検討してきた。その結果、前述のように一部地域で始まっているベンチャー支援の取り組みを活用することが有効と考えられたので、平成20年度から、その活動の中核を担っている各地の財団等に側面支援機関として本事業に参画していただくことにした。これにより、本事業に採択される方々は、起業前後において、前述支援策の1)~3)の支援も含めて、各種支援を受けられることとなった。幸い、本事業への応募数が平成19年度の59件から71件へ増加(20%増)した。制度改革への理解が得られたものと考えている。また、本事業により設立された既存のベンチャー企業に対してこれまでも展示会出展支援等による交流の場の提供を行ってきたが、平成20年度からは、本事業を通して設立され、設立から間がないベンチャー企業によるビジネスマッチングフェアを開催することとした(9月17~18日:東京国際フォーラム)。このフェアの開催により、生まれたてのベンチャー企業の販路開拓や他企業とのアライアンスなどにつながることを期待している。今後は、これらの支援策の実をあげることや、前述4)に関する制度改革を図り、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャー企業の創出につなげていきたい。

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大学発特許から見た産学連携(前編)

大学発特許の「出願人」の実態

◆大学発特許の出願は以前から活発に行われていた?!図表1に、今回調査した3大学の特許出願状況を示す。これらは、「出願人」に各大学名を含む特許だけではなく、「発明者」に各大学の研究者を含む特許を全て抽出した結果である。一見してわかるように、2004年の法人化前は、大学等に帰属するいわゆる機関帰属特許は非常に少なく*2、しかもその多くはTLOに帰属していることがわかっている。一方、企業(一部、研究者個人)を出願人とする特許は、法人化前から活発に出願されてきたことがわかる。これらの特許の帰属関係を表す最も典型的な例は、「発明者」の欄に大学の研究者および企業の技術者を記入し、「出願人」の欄に『○○株式会社』としているパターンであった。ここに、国立大学が法人化する前の産学連携の実態が見てとれる。企業は、大学の個々の研究室と、共同研究や寄付金を介した緩やかなつながりを維持することにより、大学に蓄積されている科学的な知見や、新たな技術開発等における技術的な評価を得ていた。また、企業は、このようなつながりを通して、実験設備等の設備投資に踏み切る前に、大学にある設備を借用して事前の評価等に活用していた。このような活動の成果が結果的に、大学教官を「発明者」に、企業を「出願人」にした特許出願に結び付いていたと考えられる。ただし、この形式には、いくつかのデメリットがあった。主な例としては、大学として成果の把握が困難、古くからつながりのある企業が有利で他の企業にとっては大学の敷居が高い、利益相反などのポリシーがあいまい、などが挙げられる。このような状況は、次に解説する国立大学の法人

金間 大介(かなま・だいすけ)文部科学省 科学技術政策研究所研究員

* 1:金間大介;奥和田久美.大学関連特許の総合調査(Ⅱ)国立大学法人の特許出願に対する知財関連施策および法人化の影響.科学技術政策研究所,2008 年6 月.

* 2:正確には、法人化前の大学は、その名の通り法人格を有していなかったため、特許の出願人にはなり得ない。ただし、一部の特許において、出願人の欄に「○○大学長」と記入することで、実質的に大学に帰属させていた例が見られる。

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背景と調査研究アプローチ大学の知的財産は今、劇的に変化している。1998年から開始されたTLOの設

立や、2003年の大学知的財産本部整備事業の施行、そして2004年の国立大学の法人化などが大学発特許の在り方に大きなインパクトを与えている。しかしながらわれわれは、大学の研究者がかかわってきた特許出願活動の全容を、必ずしも正確に把握していなかったのが実情であった。そこで科学技術政策研究所では、筑波大学、広島大学、東北大学の3大学をモデルとして、これらの大学の研究者が「発明者」としてかかわったすべての特許出願を把握・分析することで、大学の知的貢献活動の実態を明らかにすることを試みた*1。

本稿では2回にわたり、このプロジェクトの結果およびそこから得られた知見を紹介する。第1回目の今回は、大学発特許の「出願人」の構造に焦点を当てる。

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化により激変することになる。

◆法人化とともに急増する 大学帰属特許特許は通常、出願されてから1年6カ月が経過した段階で特許公開公報として公開される。国立大学は2004年4月に法人化されたことから、これに1年6カ月を加えた2005年9月までの公開公報のデータは、主に法人化前の出願動向を表していることになる。一方、2006年の公開公報のデータは、基本的に法人化後に出願されたものだけを扱っていることになる。この特性を踏まえた上で、再び図表1に目を戻すと、2004年までは全体の数%程度であった機関帰属特許が、法人化を契機に急増していることがわかる。法人化により、多くの大学で原則機関帰属とする方針を打ち出した結果が現れている。ただし、赤い折れ線で示されているように、大学発特許の数そのものが急増したわけではない。それまで主に企業に帰属させていた特許が激減し、大学帰属に切り替わったというのが実態だ。これは産学連携活動にとって非常に大きなインパクトがある。日本には、87校の国立大学が存在する。大まかに推計しただけでも、年間数千件の特許の帰属が企業から大学へ切り替わったことになる。まさに法人化により、大学が法人として知的財産権を所有する時代が到来したといえる。

◆単独出願?それとも共同出願?大学発特許には大学や企業あるいは研究者個人が単独で出願するケース

(単願)と、これらが共同で出願するケース(共願)の2通りが存在する。単願と共願では、運用面や活用面で大きな違いが出る。図表2に、3大学の単願と共願の割合の推移を示す。これを見ると、企業と大学との共願の割合は、大学によって異なっていることがわかる。東北大学では、過去から継続して共願割合は高いが、一方で筑波大学では基本的に低い状態が続いている。広島大学は、法人化によりその割合を増加させている。単願と共願には、それぞれメリットとデメリットが内在している。大学から見れば、単願とすることで特許のライセンス先を限定することなく、

0

50

100

150

200

250

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

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2005

2006

公開年

件数

全体個人または企業に単独で帰属する特許大学またはTLOに帰属する特許(企業との共願を含む)

0

100

200

300

400

500

600

1993

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1996

1997

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1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

公開年

件数全体個人または企業に単独で帰属する特許大学またはTLOに帰属する特許(企業との共願を含む)

0

20

40

60

80

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120

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

公開年

件数

全体個人または企業に単独で帰属する特許大学またはTLOに帰属する特許(企業との共願を含む)

筑波大学

広島大学

東北大学

図表 1 3大学の研究者を発明者に含む特許出願件数の経年変化

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200825http://sangakukan.jp/journal/

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最も有効的に活用してもらえるであろう企業に対し、独自の判断でライセンス活動等を行うことができる。ただし、出願や登録、マーケティングの費用がかさむため、予算に限界がある大学では、おのずとその件数は限られる。また、2007年4月以降に適用された特許関連諸経費の減免処置の変更により、例えばそれ以前は免除されていた審査請求料を、大学は半額分負担することとなった。このように、単願とする場合には、予算面からも高度な知財経営が必要となる。一方、共願とする場合、共同研究等の成果をそのまま参加企業等を変えることなく、同一メンバーで一貫して実用化まで目指すことができる。また、大学側としては、登録等の費用を企業に負担してもらうことも可能なので、予算的な負担を軽減しながら、特許出願等の成果を増やすことができる。ただし、特許法第73条にあるように、特許権の譲渡やライセンス等を実施する場合は、共同出願人すべての同意を得る必要がある。従って、単願の場合に比べ、利権構造が複雑になり、結果的に発明を実施する企業を限定してしまい、研究成果の最大化を阻害させてしまう可能性も否定できない。また、共同出願人となった企業が当該発明を実施する際に、大学側へロイヤルティを支払う等の不実施補償を行うかどうかが昨今問題となっている。大学は、このような単願と共願のメリット・デメリットを考慮しながら、知財戦略を進めていかなければならない。

(公開年)

16%

16%

12%

13%

19%

35%

46%

39%

38%

13%

20%

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16%

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61%

44%

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30%

32%

20%

20%

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6%

9%

13%

5%

0%

1993~2002年

2003~2005年

2006年

1993~2002年

2003~2005年

2006年

1993~2002年

2003~2005年

2006年

筑波大学

広島大学

東北大学

大学関係と民間企業との共同出願大学関係(大学・TLO・個人)の単独出願企業の単独出願その他

100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%

(その他:(独)科学技術振興機構(旧科学技術振興事業団)や(独)NEDO技術開発機構等)

図表 2 全体に占める民間企業との共同出願の割合

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「女性研究者」への2つの視点̶支援モデル育成事業に携わって̶

平成18年度から科学技術振興調整費を活用し、女性研究者の研究と出産・育児等を両立させる「仕組み」の構築に向けた「女性研究者支援モデル育成事業」が進められている。優れた女性研究者がその能力を最大限発揮できるようにするのが目的だ。筆者が所属する日本女子大学は初年度に採択された10大学の1つである。本学はマルチキャリアパス支援――理系の女性研究者の両立支援にとどまらず、育児のために諦めた研究者がもう1度チャレンジする支援、他分野で活躍していた人が研究分野にシフトチェンジする支援、研究職以外で理系の知識を活かすための支援――を目指している。積極的に取り組んでいるのは次のようなものである。・研究補助を行う研究助手の配置および補助を通しての研究助手のキャリアアップ

・自宅に居ながらにして実験環境を整えるためのテレビ会議システムの導入

・出口の確保としてeポートフォリオを活用したジョブマッチングシステムの開発・構築

・すそ野を広げるための啓発活動(子供科学教室、サイエンスカフェ)

◆求められる周囲の理解これらの活動も最終年度を迎え、「仕組み」は徐々に整いつつある。他大学もそれぞれに創意工夫をし、RPD(RestartPostdoctoralFellowship:特別研究員)など他の施策の実施もあり、女性研究者を取り巻く環境は徐々に好転しつつあるといえるだろう。だが、これで十分といえるのだろうか。個人的には納得できない部分が残る。「『仕組み』をつくる」≠「インフラを整える」ではないからである。環境・制度が整うとともに、周囲の理解、本人の意識改革が浸透して初めて女性研究者のすそ野が広がり、その能力を最大限発揮できるのではないだろうか。周囲の理解、これまで育ってきた過程における考え方(性別による役割など)に縛られた本人の考え方が大きな壁となっているように思う。被支援者が、支援を受けることを心苦しく思ってしまうことも、少なくはない。本人の考え方に依存しているのなら、仕組みづくりを支援することはない

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200827http://sangakukan.jp/journal/

女性研究者の研究と出産・育児等を「両立」させる仕組みづくりを目指すのが「女性研究者支援モデル育成事業」。同事業に取り組む大学の1つ、日本女子大に所属する筆者は、仕組みは徐々に整いつつあるが、大事なのは周囲の理解や本人の意識改革だと見る。そして、仕事と家庭の「バランス」と、ロールモデルという2つの視点を提示する。

小川 賀代(おがわ・かよ)日本女子大学 理学部数物科学科准教授

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のではないかと、短絡に考えないでほしい。これまでの社会構造において刷り込まれた考え方を、個人の力だけで変えよというのは無責任である。やはり、今、日本で起きている社会構造の変化の中でみんなが意識の転換をしていく必要があると思う。そのためには、どういう取り組みがあればよいのだろうか。

◆多様な「仕事と家庭のバランス」最近、「ワークライフバランス(WLB)」という言葉をよく耳にする。仕事も家庭もバランスよく・・・ということを意味しているが、個々人によってそのバランスは異なる。時間的にワーク:ライフ=5:5である必要はないのである。ワークとライフはトレードオフの関係ではなく、精神的な充実度の視点から見れば相関の関係にあると考えている。女性研究者は男性とは比べものにならないほど多様なWLBが求められる。ライフイベント(結婚、出産、育児、介護など)に応じて、WLBを余儀なく変化させていく必要があるからである。各自置かれている環境はさまざまであるため、「仕組み」をつくっていく場合、多様なWLBの視点が大切で、それに応えられるようにしていく必要がある。20代、30代はキャリアを形成していくために、ワークに重みを置きたいと思うのは当然のことであるが、育児により時間的・物理的な制約を受け、WLBを実現できずに研究者を断念していった人も少なくない。本学をはじめ、各大学での取り組みは、さまざまな形でこれを支援する仕組みづくりを行ってきているが、子育ては、2、3年で終わるものではなく、就学以降も続くため、もっと長い目で見ていく必要があると感じている。

◆手の届きそうなモデルの役割もう1つ、このプロジェクトを通して女性研究者の数を増やし、両立を促す重要な鍵となるのはロールモデルの存在であると感じている。生き方の多様性を目の当たりにすることは、生き方の選択肢が増えるということである。ロールモデルは、スーパーな能力を持った人がさらりと実現している姿よりも、手の届きそうな人が、地道な努力をし、研究・仕事と育児を両立してワークライフバランスを実現している姿を見せてくれることの方が、効果的であると実感している。優秀な人を大事に育てていき、ロールモデルに仕立てるような、トップ層のレベルアップ的な取り組みでは、女性研究者人口の増加はすぐに頭打ちとなってしまうだろう。やはり、身近にロールモデルが多数存在することで、母数を増やしていくことが研究者増加の1番の近道なのではないかと考える。女性リーダーの数についても問題視されているが、母数が増えれば自然発生的にも増えていくと期待できる。その方が、意図的につくられる女性リーダーではなく、真のリーダーといえるのではないだろうか。この支援プロジェクトが始まって、採択されたどの機関においても妊娠する人が増えたとの報告がある。これは、今まで特別な人・特別な環境の人にしかできないと思っていた両立が、女性研究者支援の開始により身近

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なものとなり、妊娠・出産者が増えたのではないかと考えられる。このように、身近で支援を受け、両立を頑張っている人を見るだけで、両立の一歩を踏み出そうと思う人が増えていくのである。これを、多数の機関で継続的に支援を行うことにより、徐々に両立をする研究者が増え続けていくのではないだろうか。

■      ■

しかし、軌道に乗るには、もうしばらく時間がかかりそうだと思うのが、正直な感想である。「女性研究者支援モデル育成」の実施大学・機関では、各種の取り組みにより、今、やっと糸口が見えてきたところである。少しずつではあるが、意識改革が図られ始めている。本支援を継続していくことで、地道に両立する研究者の数を増やしていき、さまざまなやり方があること、そして、さまざまなキャリアパスがあることを示していくことで、本人および周囲の意識が変わっていくことと思う。意識の変化とともに、仕組みづくりも組織内に定着し、制度・環境の成熟、深化を期待する。そして、男女問わず、研究者が、それぞれの世代に応じたWLBを選択・実現し、やりがいや充実感を得ながら研究、家庭生活を送れる日がくることを切に希望する。

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今求められる産学官連携コーディネーター 人材育成プログラム

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200830http://sangakukan.jp/journal/

◆国際的な人材獲得競争世界では知識経済化を支える優れた人材の獲得競争が激しく展開してい

る。わが国では、特に卓越した研究者や産業人材の獲得競争において社会環境面の問題から海外の優れた人材が集まりにくいといった現状があり、また海外人材の多くを国内にとどめることができていない。さらに、高度な産業技術人材育成のための国立大学等の高等教育機関の抜本的改革には至っていないのが現状であり、従来に無い高度な産学官連携人材育成の重要性は一層高まっている。

国際競争力強化のためには、イノベーションを担う産学官連携人材・経営人材等の人材育成を進めることが急務であり、今こそ国を挙げた効果的・効率的な人材育成の取り組みが必要な状況にある。

◆さまざまな産学官連携人材育成プログラム日本の大学では、実にさまざまなMOTプログラムが実践されているが、

広い意味での産学官連携人材育成プログラムも実に多彩である。文部科学省産学官連携コーディネーターの活動事例集である「産学官連携コーディネーターの成功・失敗事例に学ぶ-産学官連携の新たな展開へ向けて-」

(平成18、19、20年度版)にも多くの事例紹介があるように、各大学で、研究マネジャー育成、中小企業の経営者育成、知的財産人材育成、ものづくり人材育成など目的も多様性を増し、座学からさらにはインターンシップ方式、修士課程の一環として称号の付与など多彩な工夫がされている。また、産学官連携人材育成といっても、企業・自治体職員・大学学生・大学職員・大学教員・起業家などさまざまな人材が対象となり得る。また、育成の目的も違えば育成プログラムの内容も違いがある。

これらの事例から、産学官連携コーディネーターが人材育成プログラムにさまざまな役割を果たしている様子がうかがえる。自身が企画推進しているプログラム、大学の企画に参画しているプログラムなど、かかわりは一様ではないが、産学官連携コーディネーター自身が人材育成プログラムに深く関与している姿が垣間見える。しかしながら、産学官連携コーディネーター自身の育成プログラム事例は見られない。

山本 外茂男(やまもと・ともお)北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究調査センター 文部科学省産学官連携コーディネーター

国際競争力強化のため、イノベーションを担う産学官連携コーディネーターの育成を進めることが急務であると説く。大学にはさまざまなMOT(技術経営)プログラムがあるが、コーディネーターの育成プログラムはみられない。産学官連携活動の進展に伴い、コーディネーターの役割は、発掘した研究成果と企業ニーズをマッチングさせる単純なものでなくなり、プロデュース能力が期待されるようになっているという。

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◆コーディネーター人材育成プログラムの必要性文部科学省が平成13年度に56校56名のコーディネーター配置でスター

トした「産学官連携支援事業」は、その後平成16年度のピーク時には82校110名のコーディネーター配置を行い、さらに平成18年度からは「産学官連携活動高度化促進事業」となり、その活動は大学等内にとどまらず、地域貢献や地域振興へと展開するに至った。平成20年には「産学官連携戦略展開事業(コーディネートプログラム)」となり、地域の知の拠点再生担当や目利き・制度間つなぎ担当などのミッション特化が進んだ。

こうした事業の変遷のなか、コーディネーターとして採用された人材のキャリアを見てみると、8割が理系学部を卒業し、7割弱が企業の技術職からの転身者である(図1)。

しかし、産学官連携活動の進展とともに、コーディネーターを取り巻く外部環境は大きく変化した。発掘した研究成果を企業のニーズにマッチングするような単純な状況ではなく、企業や社会のニーズに従って研究成果を結合し、フィージビリティスタディ(FS)資金を手当し、育て、錬成していく創造的なプロセスをデザインする力量が期待され、初期の目利き人材からプロデューサー人材などへとコーディネーター人材への期待は高度化している。顕在化していない企業・社会のニーズを顕在化してゆく想像力・企画力が求められている。技術・知財の目利き能力だけの人材では相対的に活動範囲が狭まってしまう。つまり、コーディネーターのミッション内容はすでに多様化しており、求められている人材像が変化しているのである。

その結果、活動スタート時点でどれだけ素晴らしいキャリアがあるとはいえ、必然的に自己研さんを求められることになる。法人化後の大学がそれぞれの独自性を発揮すべく、産学官連携活動の評価が明確なアウトプットや新規性のある連携、より質の高いものを求められるなかで、コーディネーターは自助努力でスキルアップに取り組んで行くしかない現状がある。

65%

26%

8% 1%

企業技術職企業営業職大学教員士業

82%

18%

理科系文化系

N=104

N=104

○大学シーズと企業ニーズの把握、発掘○大学シーズと企業ニーズのマッチング○大学研究成果の技術移転、事業化に向けたアドバイス

○大学内外における産学官連携体制の構築支援○モデルとなる産学官連携プロジェクトの企画・助言○教職員への産学官連携意識の醸成

○地域、自治体との連携システムの構築支援○全国的なネットワークを活用して産業界の幅広いニーズに対応

○シーズ創造の促進、目利きによるシーズから事業化へのつなぎ

1対1

1対N

N対N

学内

国内

国際文部科学省産学官連携コーディネーターHP 2005年より

ステージチェンジによるコーディネーター活動の変貌活動の多様化とミッション・フィールドの拡大

グローカルの戦略

コーディネーターのキャリア

コーディネーターの前職

大学出身学部(ステージ1)

(ステージ2)

(ステージ3)

図1 ステージチェンジによるコーディネーター活動の変貌

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200832http://sangakukan.jp/journal/

◆育成すべきコーディネーター人材像とは今や、産学官連携コーディネーターとは、技術や経営、社会までの幅広

い視点を持ち、企業や大学の内外に関係なく、異分野が持つ知恵や能力を融合・協調させるマネジメント力を備えた人材である。従って、その人材育成プログラムは地域・社会・時代の要請(ニーズ)に応え、世界に通用する未来人材を育成する実践的なプログラムであることが必要である。

◆求められる実践的人材育成プログラム実務で役立つ能力を身に付けることや、付加価値・利益を生み出す力を

高めることを目指す人材育成プログラムを設計するためには、実践的教授法を導入することが必須であり、それがプログラムの教授法を革新することにつながる。

ただし、実務に役立つ能力が身に付く人材プログラムを設計するためには、実践的教授法の導入とその科目開発を行うだけでは不足である。これに加え、受講生のニーズ、能力、経験の水準に合わせて講義科目や体験・実習科目などとの相乗作用を視野に入れたり、実践的教授法や講義法、体験・実習法などとの組み合わせ科目を開発したりといった、さまざまな工夫が必要になる。

多種多様な課題に応えられるコーディネーター人材を育成するプログラムには、課題発見力、仮説の構築能力とその仮説を実証する能力だけが期待されているのではない。プロジェクトを遂行する上で必要なコミュニケーション力とリーダーシップ力などを統合した、ターゲットドリブンな実践的能力を育てることも期待されている。

人材育成プログラムを通じてこうした能力を育成していくには、より現実に即した題材で学習させたり、疑似体験をさせたりしながら、受講者が互いに能力を引き出し、高め合える教授法(実践的教授法)を導入することが効果的だと考えられる。例えば、PBL(Problem Based Learning)、ビジネスプラン作成演習、コンサルティング・プロジェクト、インターンシップ、ロールプレイング、ケースメソッドなどである。

◆人材育成プログラムは常に進化すべきコーディネーターに求められる能力は、身に付ける方法が確立され、身

に付ければ確実に役立つスキルが明らかな基礎的なものではなく、むしろ応用的・総合的なものである。このような人材を育てるには、さまざまな内容や方法論が実施され、試行錯誤が行われる中で優れたものが生まれていく状態が大切である。そのため、産学官連携教育プログラムが何かの教育ガイドラインに完全に合致していることでは不十分、あるいはむしろ望ましくないことであり、その教育プログラム独自の取り組みが必ずなされていなければならない。つまり、その時代に即して変化することを義務付けられていなければならない。

佳境に入ったとも思えるわが国の産学官連携活動が今後も連綿と継続されていくためにも、このタイミングで人材育成プログラムとして残すことに大きな意義があるのではないだろうか。

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独創技術を商品化するまでの長い道のり-新技術協会の調査研究:10事例が語る開発成功の真実-

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200833http://sangakukan.jp/journal/

◆はじめに本論は、社団法人新技術協会が財団法人新技術振興渡辺記念会の研究助成を受けて実施した『産学官連携によるイノベーション創出の成功要因に関する調査研究報告書』(調査研究委員会委員長・飯沼光夫:2008年3月)に基づいて、その調査研究成果の概要を述べたものである。調査研究対象として取り上げた10事例は、すべて独立行政法人科学技術振興機構(JST)の技術開発支援制度(独創モデル化事業、委託開発事業、プレベンチャー事業など)を活用し産学官が連携して独創技術の開発・実用化・商品化・事業化に成功した事例である。本調査では、独創技術のアイデアを生み出し、それを実用化し、売れる商品にするまでの経緯を詳細に調査分析し、その中から、成功に至る重要な要因を抽出した。また、企業にとっての成功とは、新商品が一定の売り上げをあげた実績が得られることとした。なお、これらの事例調査は、対象企業の関係者の方々ならびに大学等の研究者の方々に全面的なご協力と資料のご提供などをいただいて初めて実現した。

◆10事例の共通的な特徴点まず、10事例の共通的な特徴点について述べる。10事例は、いずれも独創技術に挑戦し、それを売れる商品にするまでのストーリーを時系列的に詳細に追跡し、その間に直面した数々の困難を明らかにして、それをどのように克服し、成功のゴールに到達したのかを取りまとめたものである。そして、その開発、商品化の過程で産学官が連携して適宜JSTなどの公的技術開発支援制度を効果的に活用していることである。しかも、とりわけ困難が多いことが予想される独創技術に挑戦したこれらの事例は、すべて中堅企業、中小企業、ベンチャー企業の実施事例なのである。これは独創技術開発に対する私見であるが、「独創技術開発とは、今までに全くない新しい価値を創り出し、従来の学会常識や産業常識を意図的に、計画的に非常識にする技術開発活動である」と思っている。それ故、独創技術は生み出すのが難しい。生み出しても正当に評価して

飯沼 光夫(いいぬま・みつお)千葉商科大学 名誉教授

社団法人新技術協会は、独創技術の開発・実用化に成功した10事例を対象にした『産学官連携によるイノベ−ション創出の成功要因に関する調査研究報告書』をまとめた。10事例はすべて科学技術振興機構(JST)の技術開発支援制度を利用したもので、技術のアイデアが売れる商品になるまでに10〜20年近い期間を要している。事例の経緯の調査から抽出された成功要因は?

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200834http://sangakukan.jp/journal/

もらうのも難しい。評価されても、適切な開発支援を得るのも難しい。独創的新商品ができても、なかなか売り上げに結び付かない。これが独創技術の本質であろう。そのような性格をもつ独創技術ゆえに、いずれの事例も、独創技術を「新商品として売り上げをあげる」ところに至るまでには10年から20年近い期間を要している(表1)のも特徴点として挙げておきたい。

企業名 商品名 ※商品化(売上げ)までに要した期間 独創技術開発・商品化の背景

①システムインスツルメンツ(株)創業1972年、社員39名

表面プラズモン共鳴光導波路分光装置(S-SPR-6000)

1995年 ⇩<14年間 > 2008年

大手分析機器メーカーからスピンアウトして創業。創業当初から産学官連携で独自測定法の開発推進。全く新しい測定法なので、商品となるニーズとの結合に苦労。

②(株)先端赤外創業2004年、社員11名

テラヘルツ分光分析装置 1993年 ⇩<15年間> 2007年

テラヘルツ分光は理論限界突破の未開拓技術分野。日本分光(株)から独立して、ベンチャー企業設立。JSTの支援が企業を支えた。

③(株)東京インスツルメンツ創業1981年、社員45名

三次元顕微レーザーラマン分光装置(Nanofinnder30)

1991年 ⇩<16年間 > 2006年

商社から開発型企業への転身。ロシア専門技術者の積極的活用(1991年ソ連邦消滅)。世界に先駆けたサブミクロン以下の分光。

④スタンレー電気(株)創業1920年(大正9年)、社員12,198名

高輝度赤色発光ダイオード(LED)による自動車用ストップランプ

1969年 ⇩<19年間 > 1987年

歴史あるタングステン電球の将来性に対する危機感と米国アポロ宇宙船のLED実装ニュース。世界初最高輝度達成。GM社との共同開発の成功。米国自動車技術会(SAE)標準(世界標準)。

⑤宮本工業(株)創業1918年(大正7年)、社員125名

リサイクル型高強度・耐磨耗性Al-Si 系鍛造品

2000年 ⇩<7年間 > 2006年

冷鍛造業界の老舗で技術レベルも高い。弱電用部品など現業の伸び悩みによる将来への危機感。ホンダとの共同開発成功。量産受注。

⑥(株)放電精密加工研究所創業1961年、社員397名

4軸制御直動式高精度大型デジタルサーボプレス機(ZENFormer)

1990年 ⇩<18年間 > 2007年

放電加工金型業界の草分け的存在。金型専業体質から、精密機械加工業への転換。高精度デジタルサーボプレスの先駆者。加工開発センター開設。燃料電池用精密部品受注。

⑦(株)角弘創業1883年(明治16年)、社員340名

プロテオグリカンの量産化技術(Proteoglycan)

1991年 ⇩<17年間 > 2007年

地元青森の社歴125年の名門企業。現在は鉄鋼、建材、土木資材など販売。地元への貢献が社是。畑違いの分野への新規参入。弘前大学と地元の全面協力。プロテオグリカン研究ネットワーク構築。

⑧(株)エンバイオテック・ ラボラトリーズ創業1999年、社員25名

エビウィルス検査キット(Shrimple)

1999年 ⇩<8年間 > 2006年

東南アジア(タイ)のエビ養殖業のエビ感染症抗体の開発(1993年エビ感染病の世界的流行)。水上社長創業のベンチャー企業。日商岩井の参画。新ビジネスモデルの創造。各種公的支援策のフル活用。

⑨アトー(株) 創業1964年、社員73名

色識別型生体光計測システム(Cellgraph)

1994年 ⇩<13年間 > 2006年

バイオ研究者のための研究支援機器専門メーカー。高感度化、微弱計測化の時代の流れへの対応。ホタルの生物発光と遺伝子工学技術の活用。社名のアトーは、微小計測単位名称10-18を示す。

(株)ツーセル 創業2003年、社員15名

(株)丸菱バイオエンジ創業1954年、社員40名

再生医療用幹細胞自動培養装置 1993年 ⇩<15年間 > 2007年

全くの未知・新規事業である再生医療ビジネスの創出を目的としたベンチャー企業。加藤教授と辻社長の二人で創業したので、ツーセル(2つの細胞)の社名となった。最近4年間で約100件の普及・啓蒙活動実績。医療機器としては薬事法の適用が必要。

表1 独創技術商品の開発・商品化成功事例(全10例)≪産学官連携によるイノベーション創出の成功要因に関する調査研究報告書(2008年3月)≫ (飯沼光夫作成)

※…『商品化(売上げ)までに要した期間』は報告書に基づいて、飯沼が独自に推定したものである。

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◆事例から得られた商品化・事業化への成功要因事例の内容がかなり多岐にわたっていることが表1の事例概要一覧表でわかるが、あえて開発パターンを類型化してみると、以下のようなパターンに分類することができよう。例えば、独創技術の開発には成功したが、商品売り上げに結び付けることのできる最適の具体的なニーズを発見するのに手間取った事例(システムインスツルメンツ株式会社、株式会社先端赤外)、ステップ・バイ・ステップ方式で一段階ずつ困難を解決しながら最終目標に近づいていく事例(株式会社東京インスツルメンツ、株式会社放電精密加工研究所、アトー株式会社)、初めから商品化の最終目標を明確に設定して、何が何でも成功するまでやり抜く事例(スタンレー電気株式会社、宮本工業株式会社、株式会社エンバイオテック・ラボラトリーズ)、全く新しい概念の独創技術であるために既存の市場にはすぐに適合できず、新しいビジネス・モデルを創出するところから始めなくてはならない事例(株式会社角弘、株式会社ツーセル)などのパターンである。しかし、それらの多様で個性的な事例の中から成功要因を抽出してみると、意外にも共通的に浮かび上がってくる要因を発見することができるのである。それが、次に述べる7項目である。

・ 各企業に志の高い経営理念が明快な形で存在し、それを開発関係者たち全員が共有の価値観としていたこと。

・ 新商品や新規事業の実現のための明確で具体的な経営戦略が示され、全員が開発ベクトルを一致させることができていたこと。

・ 長年の地道な先駆的研究開発の実績の上に、新商品や新規事業のビジネス・プランが展開され成功に至ったこと。決して、運良く成功したわけではない。

・ 異なる環境にある産学官の開発関係者たちであるが、お互いに真摯(しんし)な態度で相互信頼の関係をつくりだして、極めて強い求心力のある開発活動を継続できたこと。

・ 強い確固たる信念を持ち、失敗にくじけない挑戦意欲を持った開発リーダーが存在していること。そのリーダーが、ある時は、産学官連携の強い接着剤となり、また、ある時は、潤滑剤の役割を果たしている。

・ JST などの各種の公的技術開発支援制度を良く理解して、技術開発の展開状況に応じて適宜タイミング良く効果的に活用していること。

・ 新商品の独自性を効果的に発揮するために、知的財産権を活用していること。特に独創技術開発においては、そのオリジナリティーある技術アイデアを生み出した研究者への尊敬の念が、成功への不可欠要素となっている。

このような共通的な成功要因を抽出することができたのである。さらに総括的に言えば、独創を生み出す困難、独創を育てる困難、独創を売れる商品にする困難と、その困難さは次第に増大していくように思える。従って、独創新商品は、開発リーダーが新商品を売るところまで責任を持って手掛けることが絶対に必要であろう。まさしく、これが成功を勝ち取る最大の要因と言ってもいいのかもしれない。

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IC無線タグでブランド魚の流通を追跡

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200836http://sangakukan.jp/journal/

平成15~17年、当社は水産業新技術開発事業(水産庁補助事業)、テーマ「『ブランド・ニッポン』漁獲物生産システムの開発」に応募して、東京水産大学(当時)の山中英明教授(現、東京海洋大学名誉教授)、凸版印刷株式会社、株式会社明電舎、中島水産株式会社とコンソーシアム*1を組織し、生産者から消費者までの活魚のトレーサビリティシステム*2構築の実証実験を行った。情報の追跡・遡及(そきゅう)のツールとしてIC無線タグ(RFID)を採用した。事業目的は「関サバ」「関アジ」のような魚価の高い、有名ブランド魚*3を全国各地に作ることで、漁業の先細りを防止することであった。ブランド魚の候補は、全国各地の水産試験場に勤務している山中教授の教え子たちに集まっていただき検討した。初年度は宮崎県の「宮崎カンパチ」*4と島根県のケンサキイカ、2年度は富山県魚津の寒ブリ、3年度は長崎県のハマチ、ヒラマサ、トラフグを対象にした。本稿は筆者がすべて参加した初年度の宮崎カンパチでの実証実験の報告である。凸版印刷からは、13.56メガヘルツのIC無線タグとハンディタイプのリーダライターの提供とシステムエンジニア2名が参加した。明電舎からは、トレーサビリティシステムの構築にシステムエンジニア2名が参加。生産地から消費者向け販売店(東京高島屋)までの流通は中島水産にお願いした。鮮魚流通で大事なことは「鮮度=魚体温度」である。そのため、氷詰めの発砲スチロール製容器内外に温度センサーを設置、さらに、宮崎カンパチの魚体内にも温度センサーを取り付け、宮崎・東京間48時間の30分ごとの温度を計測した(図1)。外気温22度~24度、保冷車内温度10度~12度、氷詰め発砲スチロール内温度は0度~2度であった。途中、築地魚市場で検品のため蓋を開けた時、一瞬6度~7度に上昇したが、発砲スチロール内の温度はいつも0度~2度を保っていた。ブランド魚は鮮度を示す熱貫流率(K値)が低く、価格も他の産地のカンパチより2~3割高かった。

◆30分ごとの温度変化を計測この実証実験では2つの新技術が有効であることが実証された。

高橋 貞三(たかはし・ていぞう)株式会社アーゼロンシステムコンサルタント 代表取締役

*1:1大学4企業の役割分担は、全体統括がアーゼロンシステムコンサルタント、システム構築と補助事業の契約窓口は明電舎、IC無線タグ(RFID)の提供は凸版印刷、流通(生産地魚市場→築地魚市場→東京高島屋中島水産鮮魚売り場)は中島水産。(社)海洋水産システム協会が参加し、補助金の受け渡しと評価委員会を開催した。

*2:食品のトレーサビリティ(追跡可能性)とは「生産、処理・加工、流通・販売のフードチェーンの各段階で、食品とその情報を追跡し遡及できること」(農林水産省.食品トレーサビリティシステム導入の手引き.平成15年4月.)

*3:山中教授はまず、ブランド魚の定義を①高付加価値化した魚介類 ②品質>鮮度 ③活き締め脱血 ④氷結晶を生成していない ⑤活魚 ⑥天然物 ⑦鮮度K値<20%とした。

*4:宮崎カンパチと他産地のカンパチとの食味比較試験を43人の協力者により実行した。宮崎カンパチを活き締め後2日経過後のK値分析(定量的評価)は10%以下であり、うま味、甘み、肉色、血生臭い、テクスチャー(破断強度)、透明感、血栓が見えるか——の7項目の官能検査アンケート結果は宮崎カンパチ(ブランド魚)に軍配が挙がった。

株式会社アーゼロンシステムコンサルタントなど4企業1大学は、活魚のトレーサビリティシステム構築の実証実験を行った。狙いは「関サバ」「関アジ」のようなブランド魚を全国各地につくること。情報の追跡のツールとしてIC無線タグを使った。実証実験のレポートである。

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200837http://sangakukan.jp/journal/

1つはIC無線タグ。入出荷日時の30分ごとの温度変化履歴を計測・確認できた。水産業界初である。その情報の登録・照会は、すべて情報公開を想定したインターネット上で確認でき、IC無線タグによって断片のない、連続データを保持できるトレーサビリティシステムの実用化が可能であることがわかった。2つ目の新技術は山中教授の教え子で宮崎県水産試験場の寺山誠人氏が中心になって開発した「活け締め脱血装置」であった。この装置はカツオ、カンパチ、ハマチ用に開発され、つり上げたカンパチの魚体を固定し、頭からドリルを刺し込み、3秒間で即殺・脱血するという画期的なもの。この装置を船に積み込んでからは、鮮度と生産性を上げることができるようになったとのことである。もちろん特許は出願済みとのことであった。本プロジェクトの意味は、漁獲量の落ち込み、魚価低迷に苦しむ日本の水産業を救済するひとつの手段である。外洋に出て魚を獲る水産業から内海で養殖する水産業に脱皮しつつあるが、「養殖魚の地位が低い=魚価が安い」の構図から脱却するには水産業の産学連携をもっと進める必要性を感じた。つまり、養殖魚の付加価値を高める研究が必要だ。これによって養殖魚のブランド化も可能となり、天然魚に負けないブランド魚が出てくると思う。最近、近畿大学が和歌山県の串本町で行っているマグロの卵孵化・養殖が衆目を集めている。また、浜価格が安く、流通経費が高い仕組みも何とかする必要性を感じた。本プロジェクトで完成した「活魚・鮮魚のトレーサビリティシステム」は明電舎から販売されている。

宮崎カンパチトレーサビリティ(温度変化)・商品名:宮崎カンパチ・出荷者:宮崎県漁業協同組合連合会・出荷日:2003/11/19・入出荷情報

(生産地)宮崎県串間漁港出荷日時

2003/11/19/09:49<流通温度>開始日時:11/19 06:30 終了日時:11/21 08:30

(消費地市場)築地卸売市場入荷日時

2003/11/20/21:51

(販売店)日本橋高島屋入荷日時

2003/11/21/08:21

4035302520151050-5-10

気温

庫内温度

図1 宮崎カンパチトレーサビリティ(温度変化)

作業

輸送 消費地市場築地市場 配送

IC無線タグ温度センサー実装設定

(サーバー) 商品識別コード・測定データ(日時・場所・業務)

履歴参照

配送荷受仕分・保管

輸送活締脱血梱包

業務

消費者場所

販売店高島屋

IC無線タグ(時間・場所・業務)

温度計(30分毎検温)設定

購入

販売

バックヤード荷受

携帯リ-ドライト

バーコード継承

携帯リ-ドライト 携帯リ-ドライト

回収・記録

検索・公開

活魚トレーサビリティシステム フロー図

生産地/串間宮崎カンパチ

図2 活魚トレーサビリティシステムなお、IC無線タグ(RFID)に書き込んだデータは次の通り①事前書き込みデータ;生産地・生産者/出荷者+品名+出荷年月日+その他②流通通過時書き込みデータ;計量魚体重量+入出荷日時+通過場所

●参考資料・社団法人海洋システム協会.(水産庁補助事業)平成15年度水産業新技術開発事業 「ブランド・ニッポン」漁獲物生産システムの開発報告書.平成16年3月.

・山中英明.ブランド魚とトレーサビリティ.東京海洋大学.

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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 200838http://sangakukan.jp/journal/

2008 年 第 1 回 名古屋大学起業家セミナー

大学発ベンチャーを中心とした産学官連携

名古屋大学は7月14日、東山キャンパスで起業家セミナーを開催した。国際展開する研究開発型企業、本多電子株式会社(愛知県豊橋市)の本多洋介社長(写真1)が基調講演。名古屋大学発ベンチャー企業であるプロテウスサイエンス株式会社(名古屋市千種区)の澤田誠取締役が研究開発型経営の成功の秘訣(ひけつ)について講演を行った。155名が参加した(写真2)。

本多電子株式会社は、1956年に世界で初めてトランジスタ・ポータブル魚群探知機を開発した企業。1970年代に米国に進出しバスフィッシングなどレージャーボートに広く使われ、一時は同国でシェアナンバーワンとなったが、急激に円高が進み不振に。その後、トランジスタ・ポータブル魚群探知機で培った超音波用の圧電セラミックス技術を核にさまざまな分野で産学の共同研究を実施し、世界最先端の超音波技術を世の中に提供し続けている。現在、音波による化学反応を研究するソノケミカルの分野や新医療への応用、さらに環境分野への応用などでも各大学や研究機関と共同研究を行っている。

本多氏は「産と学の人のつながりがイノベーションを生み、研究開発を促進した」「20年前に始めた研究が今やっと実用化できた」などの体験談を語った。

共同研究は、1980年に豊橋科学技術大学の榊米一郎学長(当時)の紹介で、超音波顕微鏡の権威である東北大学工学部の中鉢憲賢先生と始めたものが最初。研究は東北大学の西條芳文先生に引き継がれ、医療分野の細胞の観察に利用した。光学顕微鏡でできない観察を可能にしたが、細胞の画像化には丸二日かかった。この研究成果を学会で発表したところ、豊橋科学技術大学の穂積直裕先生

(現、愛知工業大学)からこの対策に関する提案をいただいた。研究を重ねた結果、現在では数秒で観察できる。20年を超える超音波顕微鏡の研究は両校の再度の出会いによって、2002年組織音速顕微鏡として完成した。  「周辺技術の向上を他人任せにしないためには、人との出会い、異分野の方との出会いが非常に重要」という。

プロテウスサイエンス株式会社は、創業者である澤田誠氏(名古屋大学 環境医学研究所 教授)が開発した株化ミクログリアを中心とした脳標的化技術により、薬剤の開発や改良、ドラッグ・デリバリー・システム *1 の研究を行っている。講演では、資金不足により死の谷に陥った経験や、IPOを目指した事業戦略を聞くことができた。

参加者から「産学官連携のポイント等を多面的に聞くことができた」「開発型企業の進め方の一例を学んだ」などの感想が寄せられた。

(上井 大輔:名古屋大学 産学官連携推進本部 起業推進部)

2008年 第1回 名古屋大学起業家セミナー開催日:2008年7月14日(月)会 場:名古屋大学 VBL主 催:名古屋大学 産学官連    携推進本部

*1:ドラッグ・デリバリー・システム(Drug Delivery System, DDS)とは、体内の薬物分布を量的・空間的・時間的に制御し、コントロールする薬物伝達システムのこと

写真1 本多電子株式会社    本多洋介 代表取締役社長

写真2 セミナーの様子

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達成感を得る喜びでより多くの人材を

★北京オリンピックが幕を閉じた。北島康介選手ら多くのアスリートたちが私たちに元気を与えてくれた。想像を絶する努力のあとの栄光がドラマを生み世界中を感動させた。順位を競うスポーツと異なり、先端技術を実用化しようとする研究の成果は簡単には数値で表せない。それでも、ゆっくりではあるが着実に進展している例が私の周りにもある。産学連携で開発している難病に効く薬、日本人の得意な精密機器と医療とのコラボレーション・・・。人知れず、黙々と課題に向かう研究者たちは、患者さんの生活の質向上に寄与することが自らの喜びであり、それによって達成感を得る。華々しくはないが、実を結ぶこと、達成感の喜びをたくさん味わって、産学連携をプロデュースする人材が多く輩出されることが望まれる。 (編集委員・前田裕子)

利益相反マネジメント体制の難しさ

★平成22年度以降、厚生労働省の科学研究費の申請は、申請者の所属の研究・教育機関に利益相反のマネジメント体制がないとできなくなる。一部の研究機関は数年前からこれを構築しつつあるが、ライフサイエンス系の専門分野を持つかなりの割合の大学や研究機関は、慌てて今その準備を始めている。この分野の専門家と言える人は日本ではほとんどおらず、人命を扱う臨床研究の利益相反の問題となると話が複雑化してくる。とは言っても、申請できないとなると、研究活動の死活問題となるところもあろう。大規模の研究機関は、事務的な支援体制も潤沢であろうが、そうでないところは、その負荷にあえいでいるという感は否めない。もちろん、“備えあれば憂いなし” ではあるのだが…。 (編集委員・伊藤正実)

「夢」実現のための初めの1段

★8月17日から18日にかけて当編集部に、原丈人氏の記事「コンピュータの次の世代の基幹産業は何か?」(2005年11月号)を読んで「わが意を得た」といった感想が多数寄せられた。17日朝、原氏がテレビ出演し、興味をもった視聴者がネットで情報を探した結果らしい。その著書『21世紀の国富論』は、同日のネット通販大手の総合ランキングで1位だった。私も番組の終わりの10分ほどを見たが、アフリカへの食糧援助に関して「スピルリナ」という藻類のプロジェクトを喜々として語っていた。ベンチャーキャピタル会社経営だけでなく、多くの顔を持つ原氏。挑戦し続ける「夢」が多くの人を引きつけたのだろう。同番組での言葉。「何かを思い立ち、それが実現するまでには多くの階段がある。まず、初めの1段に踏み出すことだ。」  (編集長・登坂和洋)

産学官連携ジャーナル2008年9月号2008年9月15日発行

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編集責任者:藤井 堅 東京農工大学大学院 技術経営研究科 非常勤講師Copyright ○2005 JST. All Rights Reserved.c

産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008