特集 大同特殊鋼...

6
19 Vol.52 2011No.8 SOKEIZAI 熱間加工磁石は、その独自の製造方法により磁気特性の向上と高価元素 であるジスプロシウムの低減を実現した。それらを可能としたのは熱間 加工磁石のナノレベルの微細結晶組織による。本稿では、熱間加工磁石 について、製造方法とその組織に起因する特徴を紹介する。 超急冷粉末を原料とした省 Dy Nd Fe B系熱間加工磁石の開発 1.はじめに 日 置 敬 子  服 部  篤 大同特殊鋼 ㈱ 近年、温暖化ガス削減のため、これまで石油エネ ルギーが利用されていた機器(自動車エンジン、油 圧式パワーステアリング)へのモータ適用が推進さ れるようになり、モータの適用範囲が従来の家電、 OA機器などから使用環境の厳しい自動車用途に拡 大した。そのため、モータの主要部品である永久磁 石に対して、従来よりも高磁力・高耐熱性化の要求 が高まっている。しかし、その一方で昨今の資源問 題(世界第一位のレアアース輸出国である中国の輸 出規制)により、原料である希土類価格が高騰し、 原料の安定的な入手が困難なのが現状である。その ため、希土類の中でも特に高価な重希土類(ジスプ ロシウム、テルビウム)使用量を低減し、かつ、高 特性の磁石を生産する技術開発が磁石業界最大の課 題となっている。 本稿では、独自の製造方法により省重希土類と高 磁力・高耐熱性化の両立を可能にした NdFeB系 熱間加工磁石について紹介する。 2.1 永久磁石の分類 永久磁石の種類と磁気特性を表1 図1 に示す(図 1 の両軸は磁石の特性を示す代表的な指標で、y 軸 は磁力、x軸は耐熱性に相当している。すなわち、 図の右上の磁石ほど高特性となる)。 現在最強の磁気特性を示す NdFeB 系磁石 1) は、 希土類磁石の一種である。希土類磁石、とりわけ NdFeB系磁石が開発されてから、永久磁石は工 業用モータや自動車搭載用モータの主要部品として 不可欠な材料となっている。モータ部品として使用 される磁石種類と用途を図2 に示す。小型及び高出 力モータほど、希土類磁石が使われていることが明 確である。 2.NdFeB 系磁石について 1 永久磁石の種類 材料系 材質 製法 磁性 フェライト SrO・6Fe 2 O 3 焼結 異方性 BaO・6Fe 2 O 3 ボンド 等方性 アルニコ FeAlNiCo 鋳造・圧延 異方性 FeCrCo 焼結・ボンド 等方性 希土類 SmCo 5 焼結 異方性 Sm 2 Co 17 ボンド 等方性 Nd 2 Fe 14 B 焼結 異方性 熱間加工 異方性 ボンド 異方性 等方性 Sm 2 Fe 17 N 3 ボンド 異方性 SmFe 9 N ボンド 等方性

Upload: others

Post on 12-Nov-2020

3 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 特集 大同特殊鋼 110729sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201108hioki.pdf等方性SmFeNボンド磁石 異方性SmFeN ボンド磁石 (リング形状) フェライト

19Vol.52(2011)No.8 SOKEIZAI

熱間加工磁石は、その独自の製造方法により磁気特性の向上と高価元素であるジスプロシウムの低減を実現した。それらを可能としたのは熱間加工磁石のナノレベルの微細結晶組織による。本稿では、熱間加工磁石について、製造方法とその組織に起因する特徴を紹介する。

超急冷粉末を原料とした省Dy型Nd-Fe-B系熱間加工磁石の開発

1.はじめに

日 置 敬 子  服 部  篤大同特殊鋼㈱

 近年、温暖化ガス削減のため、これまで石油エネルギーが利用されていた機器(自動車エンジン、油圧式パワーステアリング)へのモータ適用が推進されるようになり、モータの適用範囲が従来の家電、OA機器などから使用環境の厳しい自動車用途に拡大した。そのため、モータの主要部品である永久磁石に対して、従来よりも高磁力・高耐熱性化の要求が高まっている。しかし、その一方で昨今の資源問題(世界第一位のレアアース輸出国である中国の輸

出規制)により、原料である希土類価格が高騰し、原料の安定的な入手が困難なのが現状である。そのため、希土類の中でも特に高価な重希土類(ジスプロシウム、テルビウム)使用量を低減し、かつ、高特性の磁石を生産する技術開発が磁石業界最大の課題となっている。 本稿では、独自の製造方法により省重希土類と高磁力・高耐熱性化の両立を可能にしたNd-Fe-B系熱間加工磁石について紹介する。

2.1 永久磁石の分類 永久磁石の種類と磁気特性を表 1と図 1に示す(図1の両軸は磁石の特性を示す代表的な指標で、y軸は磁力、x軸は耐熱性に相当している。すなわち、図の右上の磁石ほど高特性となる)。 現在最強の磁気特性を示すNd-Fe-B系磁石1)は、希土類磁石の一種である。希土類磁石、とりわけNd-Fe-B系磁石が開発されてから、永久磁石は工業用モータや自動車搭載用モータの主要部品として不可欠な材料となっている。モータ部品として使用される磁石種類と用途を図 2に示す。小型及び高出力モータほど、希土類磁石が使われていることが明確である。

2.Nd-Fe-B系磁石について

表 1 永久磁石の種類

材料系 材質 製法 磁性

フェライトSrO・6Fe2O3 焼結 異方性BaO・6Fe2O3 ボンド 等方性

アルニコFeAlNiCo 鋳造・圧延 異方性FeCrCo 焼結・ボンド 等方性

希土類

SmCo5 焼結 異方性Sm2Co17 ボンド 等方性

Nd2Fe14B

焼結 異方性熱間加工 異方性

ボンド異方性等方性

Sm2Fe17N3 ボンド 異方性SmFe9N ボンド 等方性

Page 2: 特集 大同特殊鋼 110729sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201108hioki.pdf等方性SmFeNボンド磁石 異方性SmFeN ボンド磁石 (リング形状) フェライト

20 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.8

 Nd-Fe-B系磁石は、焼結法とボンド法の他に、熱間塑性加工での製造が可能である(熱間加工磁石は、2011年現在、㈱ダイドー電子のみで工業生産されている磁石で、MQ3 磁石とも呼ばれている)。また、磁性面(結晶の配向状態上)では、異方性と等方性で大別することができる。ボンド磁石のような等方性磁石は、磁石材料の結晶の方向がランダムであり、磁力はそれほど高くはないが、比較的容易な製造プロセスにより製造される。一方、熱間加工磁石や焼結磁石のような異方性磁石は、磁石材料の結晶の方向が特定の方向に揃っており、高い磁力が得られるが製造プロセスは等方性よりも複雑となる。本稿で紹介する熱間加工磁石は、焼結磁石と同じ金属磁石に分類されるが、製法の違いにより若干異なる特徴を持っている。

2.2 Nd-Fe-B系磁石の基礎物性 磁石特性を示す主な指標(残留磁束密度Br と保磁力Hcj)は、成分組成と最終製品の結晶組織によって決まる。Nd-Fe-B 系磁石の組織は、95~98%を占める主相(RE2Fe14B 三元金属間化合物である磁石相)と主相を取り囲むように存在する粒界相(非磁石相)から構成されている。主相の体積率が高く、そして磁気的に高配向であるほど高磁力磁石となる。 Nd2Fe14B結晶(正方晶)の結晶構造を図3に示す2)~5)。c 軸が磁気容易軸で、SN極の方向に対応する。磁石の最大エネルギー積(BH)maxは式(1)のように材料

中の磁石成分含有率とその配向度に比例して決まる。

  (BH)max ∝ (1/2×Br)2 ∝ Js・V・Ra ・・・・・(1)

 ここで、Js は磁石相の飽和磁化(磁石相の組成で決まる)、V は磁石相の体積含有率、Ra は結晶配向度である。最大エネルギー積については式(1)で表すことができる。一方、保磁力(反磁界・高温に対する耐性)については発現メカニズムが完全には解明されておらず、実際の磁石からは理論的に導出されている値の15~20%程度しか得られていない。しかし、一般的には、結晶粒が途切れなく粒界相に覆われており、かつ、微細組織であるほど高保磁力となる。

異方性NdFeBボンド磁石

異方性焼結NdFeB磁石

アルニコ最大

エネル

ギー積

(BH) m

ax

30252015105

45

50

40

35

30

25

20

15

10

5

(kOe)

異方性SmCo焼結磁石

等方性NdFeBボンド磁石

(板,セグメント形状)

等方性SmFeNボンド磁石

異方性SmFeNボンド磁石

(リング形状)

フェライト

(kJ/m

3 )400

320

240

160

80

0 0

(MGOe)

保磁力 HcJ

2400160080000

(kA/m)

ラジアル異方性熱間加工NdFeB磁石

(リング形状)

図 1 永久磁石の磁気特性

0

1

10

100

1,000

10,000

100,000

10 70モータ外径 (mm)

モータ出

力(W

)

希土類ボンド

希土類焼結,熱間加工磁石

フェライト焼結

携帯電話

MD,CD プレーヤー

HDD,FDD,DVD,CD-ROM

光ピックアップ

プリンタ紙送り

FA(ロボット搬送等)AC サーボモータ

FA(ロボット下部搬送等)AC サーボモータ

HEV

ブロワー

コラム・ピニオンEPS洗濯機、掃除機

ワイパー

エアコン電動膨張弁

EGRドアロック

小型

高出力

エアコンファン

産業用ポンプ

産業用パワーモータ

プリンター用 STM

小型 AC サーボモータ

30020010090806050403020

図 2 永久磁石の用途

NdFe

B

c 軸

a 軸

磁化しやすい

磁化しにくい

図 3 Nd2Fe14B結晶構造

3.1 製造工程 熱間加工磁石の特長は、結晶組織が微細なことで

ある。その要因となる製造方法を図 4で説明する。 まず、磁石組成であるが、成形性と保磁力発現に

3.熱間加工磁石の特徴

Page 3: 特集 大同特殊鋼 110729sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201108hioki.pdf等方性SmFeNボンド磁石 異方性SmFeN ボンド磁石 (リング形状) フェライト

21Vol.52(2011)No.8 SOKEIZAI

特集 粉体成形による磁性部品の製造

必要な粒界相を確保するためにNd2Fe14B の化学量論比よりも希土類が高めの組成が選択される。狙い組成の合金から、超急冷法6),7)により得られた薄帯を~150µm程度に粉砕し、原料粉として使用する(超急冷法は、溶解した原料を回転ロール上に噴射し、急冷することにより~30nmの微細な結晶組織を持つ薄帯を得る手法)。この時点では、一つの粉末に微細な主相(Nd2Fe14B 結晶粒)がランダムな方向を向いて存在している。この原料粉を室温で冷間プレス、800℃前後で熱間プレスすることによりほぼ真密度の等方性磁石(以後、MQ2と呼ぶことにする)を得ることができる。この工程まで、主相は磁気的に配向しておらず、超急冷後の薄帯組織と比較すると結晶粒は若干成長している。続いて、磁石としての異方性発現のため、熱間塑性加工による結晶粒の配向という手段が用いられる。熱間塑性加工に十分な液相が生成される800℃付近までMQ2を加熱し、熱間押出しをする。すると、Nd2Fe14B結晶粒のc 軸と垂直な方向への異方成長が起こり、それに伴ない結晶が粒界すべりによって回転することで応力の方向(図 4の場合は円周方向)と同方向にNd2Fe14B 結晶粒のc軸は配向する。a、b 軸方向への優先性長のため最終的な結晶粒の形状は円盤型をしており、厚み方向とc 軸が一致している。一連の加工は800℃程度で行なわれるため、最終成形品の結晶組織は図 5(b)のように円盤の直径方向でも200~500nm程度である。 焼結磁石は、原料合金をストリップキャスト法に

より作製した後、ジェットミル等でミクロンオーダーの単結晶からなる微粉とする。原料粉を磁場中でプレスすることにより結晶粒を配向させ、その成型体を焼結して高密度化させることにより得られる。その後、後工程として、高保磁力化を促進するための熱処理を行なうのが一般的である。初期原料の結晶組織サイズおよび焼結温度(1,100℃程度)の影響で、最終製品の結晶組織は図 5(a)のように 5 ~10µm程度となり、熱間加工磁石の方が 1オーダー微細組織であることがわかる。 通常、Nd-Fe-B系磁石の耐熱性を改善する有効な手段は、Nd2Fe14B 結晶のNdをDy、Tbに置換して主相の異方性磁界を上げることである。しかし、重希土類とFeの磁気モーメントは反平行であるため、互いの磁気モーメントを打ち消しあい磁力が低下する。組成調整による磁力と保磁力の関係はいわゆるトレードオフであり、省Dyという時代の流れからも避けたい手段である。そのため、結晶組織微細化が高保磁力化の手段として選択されるのであるが、熱間加工磁石の微細結晶組織は製造方法に起因するため、製造プロセスを改善してさらに組織の微細化を推進することにより、磁力を下げずに従来以上の保磁力を得ることが可能となる。

3.2 結晶粒の配向メカニズム 熱間加工磁石の配向メカニズムについてはこれまでも報告されてきたが8)~11)、ここでは最近のTEM観察により得られたメカニズムを紹介する12),13)。 図 6(a)~(d)は、圧縮率を変えて作製した試料(圧縮率R=0、20、40、60%。組織凍結のため、加工後に水冷)、図 6(e)~(h)は、圧縮率 R=0 で熱処理しただけの超急冷薄帯の観察結果である。画面縦方向は応力方向と一致する。また、圧縮率Rは式(2)のように定義する。ここで、試料の元高さはMQ2の高さを、加工後高さは熱間加工後の高さを示す。

R=(試料の元高さ-加工後高さ)/元高さ×100(%)       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

熱間押し出し

超急冷

冷間プレス 熱間プレス

等方性 異方性

Nd-Fe-B 薄片

原料合金作製

一粉末多結晶

~150 mm

~800 ℃~800 ℃

30 nm 前後

200~500 nm

~50 nm

図 4 熱間加工磁石の製造方法

10µm10µm

粉末粒

結晶粒

10µm10µm

200nm200nm

図 5 (a)焼結磁石と(b)熱間加工磁石の組織比較(両方ともc軸に垂直な面の組織)

Page 4: 特集 大同特殊鋼 110729sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201108hioki.pdf等方性SmFeNボンド磁石 異方性SmFeN ボンド磁石 (リング形状) フェライト

22 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.8

 高温に加熱しただけの圧縮率 0%の試料(図 6(a))においても結晶粒は円盤状に異方成長をしており、結晶の方向はランダムである(円盤状結晶の厚み方向はc 軸に一致している)。圧縮率が大きくなるにしたがって(図 6(b)→(d))結晶粒の配列が進み、圧縮率 60%ではほとんどの結晶粒のc 軸は応力方向と同方向に配向している。 図 6(e)~(h)の無負荷状態で熱処理した超急冷薄帯においては、熱処理時間が長くなるとNd2Fe14B 結晶粒が異方成長することが確認されたが(図 6(h)中の矢印)、応力を与えた場合に比べて異方成長は起こりにくく、アスペクト比(円盤状結晶粒の直径 /厚み)も小さいことがわかる。応力を与えた場合と応力無しの場合の Nd2Fe14B 結晶の組織変化を対比することにより、異方成長に一軸圧縮応力状態は必ずしも必要でなく、Nd2Fe14B 結晶固有の性質として常にc 軸と垂直な方向に異方成長することが言える14)。ただし、圧力負荷によって異方成長が促進されていると考えられる。 以上の結果から推測されるNd2Fe14B 結晶粒の配向メカニズムを図 7に示した。配向の主な要因は、c 軸と垂直な方向へ異方成長した RE2Fe14B 結晶が粒界すべりによって回転することであると考えられる。また、粒界相が原子の拡散による粒成長、粒界

すべり運動やそれに伴う応力集中の緩和の役割を担っており、成形速度が大きくなるとその緩和機能が十分でなくなり、配向度の低下や割れ・空隙の発生につながると推測される。 熱間加工した試料について、比較的配向が進んだ領域を選び出し、画像解析によって局所的な領域のc 軸方向の角度ばらつき(結晶配向度と定義、標準偏差が小さいほど結晶配向度が高いとする)と結晶粒の形状(アスペクト比=直径/高さ)の関係を調べた。図 8にその結果を示す。 c 軸の配向方向からのずれ(=結晶配向度)とアスペクト比には強い相関が見られた。アスペクト比が大きい、すなわち異方成長が進んだ領域ほど、c 軸方向のばらつきが小さくなり、結晶配向度が高くなっている。これは、アスペクト比が大きい結晶粒ほど、応力方向に対するc 軸に垂直な面の結晶粒面積が広くなり、c 軸が応力方向に揃うような結晶粒の回転が起こり易くなるためであると考えられる。適切な速度でひずみが十分に与えられた場合の到達配向度は、Nd2Fe14B 結晶粒のアスペクト比(直径 /厚さ比)が大きいほど高くなる。

(e) (f) (g)

100 nm 100 nm 100 nm

(h)

100 nm

200 nm

(a) (b) (c) (d)

200 nm 200 nm 200 nm

Hot-deform

anneal

 (a)圧縮率 0% (b)20% (c)40% (d)60%(画面 y軸方向は応力方向に一致) (e)超急冷まま (f)750℃×1 min熱処理 (g)3 min (h)10min       

図 6 熱間加工磁石のTEM像と超急冷薄帯のTEM像

Nd2Fe14B 結晶粒(矢印:磁化容易軸)粒界相

優先的結晶成長(⊥磁化容易軸) 結晶配向結晶回転と結晶成長

応力

1 3 4 5Standarddeviationof

θ/degree

Average aspect ratio (d/tav)

0

5

10

15

20

25

●A1 ○B1▲A2 △B2◆A3 ◇B3

平均アスペクト比

c軸の配向方向からのずれ

2

図 7 Nd2Fe14B結晶粒の配向メカニズム図 8 c 軸の配向方向からのずれの標準偏差と平均アスペクト  比の関係。観察試料と部位によってマークが異なる 

Page 5: 特集 大同特殊鋼 110729sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201108hioki.pdf等方性SmFeNボンド磁石 異方性SmFeN ボンド磁石 (リング形状) フェライト

23Vol.52(2011)No.8 SOKEIZAI

特集 粉体成形による磁性部品の製造

 熱間加工磁石の磁気特性は結晶組織に強く影響される。そこで、成形の代表的なパラメータが結晶組織および磁石特性に与える影響を紹介する15)。 図 9と図10に代表的組成の磁石原料粉を成形温度を変えて作製した場合の保磁力Hcj と同試料の結晶組織を示した。保磁力は成形温度が高いほど低下している。また、図10 では成形温度が高温になるほど

結晶粒径が大きくなる傾向が観察され、保磁力の変化傾向と一致しており、過度な入熱による結晶粒の粗大化は保磁力の低下を促進している。 本稿では詳細を割愛するが、保磁力について数値解析した結果、結晶粒の微細化は高温下での保磁力減少を抑制するため耐熱性向上に有効であるという結果が得られている。そのため、組織の微細化が得意な熱間加工磁石は、高耐熱性磁石の製造に適していると言える。

省ジスプロシウム型磁石製品 図11に㈱ダイドー電子のリング磁石の製品一覧を示す16)。量産品は大きくDyフリー磁石と、少量のDyが添加されている高耐熱磁石に分けられる。量産品で最高特性を示しているのは35SHRで、同等特性の焼結磁石と比較してDy使用量は約50%である。しかし、熱間加工プロセスの最適化により結晶組織のさらなる微細化を行なった結果、さらに高磁力(35SHRの10%増)かつジスプロシウム使用量を低減(35SHRの60%減)した43SHRの開発に成功した。

4.熱間加工磁石のプロセス条件と磁気特性の関係

1000

1050

1100

1150

1200

1250

1300

1350

1400

780 800 820 840 860 880 900 920

Deforming Temperature (℃)

Hcj(kA/m)

800℃ 850℃ 900℃800℃ 850℃ 900℃

500nm500nm 500nm500nm 500nm500nm

25

30

35

40

45

50

55

10 15 20 25 30

最大エネルギー積(BH)max

,MGOe

保磁力 iHc, kOe

高磁力Dyフリー型(開発中)

高耐熱省Dy型(開発中)

(400)

(360)

(320)

(280)

(240)

kJ/m3

(1200) (1600) (2000) kA/m

Dyフリー型

新開発製品

高耐熱省Dy型

43R

39R

35HR

31HR31SHR

35SHR

39SHR

43SHR

図 9 保磁力の成形温度依存性

図10 成形温度 800, 850, 900℃試料のc 軸に垂直面の結晶組織

図11 ㈱ダイドー電子熱間加工リング磁石(NEO-QUENCH DR)の一覧。図中の記号はグレード名を示す

Page 6: 特集 大同特殊鋼 110729sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201108hioki.pdf等方性SmFeNボンド磁石 異方性SmFeN ボンド磁石 (リング形状) フェライト

24 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.8

 熱間加工リング磁石は、製造方法に起因した次の特長を持つ。(1)背の高いリング磁石が製造可能、(2)円周方向の磁気特性が均一、(3)小径の磁石でも高い磁気特性が得られる。(1)、(3)については図12に写真を示す。また、特に(2)については、熱間塑性加工により機械的にNd2Fe14B 結晶粒を配向させているため、焼結磁石で行なわれている磁界配向よりも高い配向度が得られることに起因している。 リング高さ方向の磁気特性が均一であることと微細組織であることは、滑らかな着磁波形を得るのに有利である。そのため、特に滑らかな回転(低コギング、低トルクリップル)が要求されるFA用サーボモータや電動パワーステアリング用モータは、熱間加工磁石が適していると考えている17)~19)。 熱間加工磁石の磁気特性以外の特長としては、金型成形のためニアネットシェイプで成形できること、そして、磁石形状の自由度の高さが上げられる(板、かわら、多角形筒など。ただし現在量産しているのは図13に示した廻り止めを含むリング形状磁石)。弊社では、この特長を活かすため、磁石材料単体ではなく、磁石をモータに組み込んだときにトータルの性能が向上するような磁石設計(磁気特性・形状)を意識して開発を進めている。

 参考文献1 ) M. Sagawa, S. Fujimura, N. Togawa, H. Yamamoto and Y. Matsuura: J. Appl. Phys., 55(1984)2083.

2 ) J. F. Herbst,J. J. Croat,F. E. Pinkerton and W. B. Yelon:Phys. Rev. 29(1984)4176.

3 ) 佐川眞人,広沢哲,山本日登志,松浦裕,藤沢節夫:固体物理 21(1986)37.

4 ) 佐川眞人,浜野正昭,平林眞編:永久磁石,アグネ技術センター.

5)俵好夫,大橋健:希土類永久磁石,森北出版.6) J. J. Croat, J. F. Herbst, R. W. Lee and F. E. Pinkerton: J. Appl. Phys., 55(1984)6, 2078.

7 ) J. J. Croat, J. F. Herbst, R. W. Lee and F. E. Pinkerton: Appl. Phys. Lett. 44(1984)148.

8 )R. W. Lee: Appl. Phys. Lett., 46(1985)8, 790.9 )Raja K. Mishra: J. Appl. Phys., 62(1987)3,967.10)Raja K. Mishra: J. Mater. Eng., 11(1989)1,87.11) R. K. Mishra, T. -Y. Chu and L. K. Rabenberg: J. Magn. Magn. Mater., 84(1990)88.

12) 塩井亮介,橋野早人,宮脇寛:日本金属学会講演概要,147(2010)336.

13) 塩井亮介,宮脇寛,森田敏之:電気製鋼,82 to be published(2012).

14) P. Tenaud, A. Chamberod and F. Vanoni: Soli State Commum., 63(1987)4, 303.

15)森田敏之:電気製鋼,82 to be published(2012).16)服部篤:電気製鋼,82 to be published(2012).17) 入山恭彦,山田人巳,薮見崇生,吉川紀夫,山田日吉:日本応用磁気学会第 147 回研究会資料(2006)p.7.

18)薮見崇生:電気製鋼,76(2005)171.19)薮見崇生:磁気学会,31(2007)23.

5.おわりに

Φ19

Φ17

Φ19

Φ17

図12 (左)小径、長尺、(右)薄肉の強力ラジアル異方性リング磁石

廻り止め溝

廻り止め付MQ3 磁石

シャフト

差込接着

廻り止め溝

廻り止め付MQ3 磁石

シャフト

差込接着

図 13 Nd-Fe-B系磁石の廻り止め

大同特殊鋼株式会社研究開発本部 電磁材料研究所〒457-8545 愛知県名古屋市南区大同町 2-30TEL. 052-611-2522 FAX. 052-611-9004