企業の不祥事と道徳性発達段階takaura/12yamazaki.pdf3 第1章 序論...
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企業の不祥事と道徳性発達段階
―パロマガス湯沸器事故をケースとして―
B0EB1264 山﨑昂志
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目次 目次 ......................................................................................................................................... 2第1章 序論 ...................................................................................................................... 3第2章 理論編 ................................................................................................................... 4
第1節 CSRとは ........................................................................................................... 4第2節 CSRの三つのカテゴリーと本論文で扱うCSRの範囲 ...................................... 4第3節 コールバーグの道徳性発達段階 ....................................................................... 5
第3章 ケース・スタディ編 ............................................................................................. 9第1節 パロマガス湯沸器事故 ...................................................................................... 9第1項 事故当時のパロマについて ......................................................................... 10第2項 事故の状況 .................................................................................................. 10第3項 事故の原因 ................................................................................................... 11第4項 事故の発覚 ................................................................................................... 11第5項 事故後の事情とパロマの取り組み .............................................................. 13第6項 事故調査と刑事裁判の動き ......................................................................... 15
第2節 理論の適用 ...................................................................................................... 17第1項 パロマへの理論の適用 ................................................................................ 18第2項 行政への理論の適用 .................................................................................... 19第3項 裁判への理論の適用 .................................................................................... 19
第4章 まとめ ................................................................................................................. 21第1節 パロマのケースを通して得られること .......................................................... 21第2節 今日の企業が目指すべき道徳性発達段階とは ............................................... 26
参考文献・参考資料 ............................................................................................................. 27
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第1章 序論 今日、企業による不祥事が毎日のように報道される。インターネットの発達などによっ
て企業の情報は一瞬で世界中に知れ渡る。そして、企業の不祥事は社会の耳目を集め、そ
の企業の事後対応やトップの手腕が厳しく問われることとなる。不祥事にはネガティブな
側面もあるものの、不祥事という非常事態にこそ、その企業の根本的なあり方や本質を垣
間見ることができる。そこで、企業の不祥事についてCSRの観点から分析することにした。
本論文では、過去の不祥事の事例分析を通して、今日の企業が目指すべき道徳性発達段
階を明らかにしようとするものである。そのためにまず、理論編として CSR とコールバー
グの道徳性発達段階を説明する(第 2 章)。次に、ケース・スタディ編としてパロマガス湯
沸器事故を取り上げ、当時のパロマ、行政、裁判所の道徳性発達段階を分析する(第 3 章)。
最後に、今日の企業が目指すべき道徳性発達段階が第 5 もしくは第 6 段階であることを示
す(第 4 章)。
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第2章 理論編 第1節 CSRとは
まず、CSR という概念についておおまかに説明する。CSR とは Corporate Social
Responsibility の略であり、直訳すると企業の社会的責任となる。企業が社会の構成員とし
て果たすべき責務(非営利的活動をも含む)を探求していく分野である。具体的な活動内
容としては、環境保全、消費者保護、人権の尊重、地域社会への貢献などがある。
第2節 CSRの三つのカテゴリーと本論文で扱うCSRの範囲
CSR の定義やその範囲には現在様々な考え方があるが、本論文では、大宮[1]の枠組みに
従って検討していくことにする。
まず、CSR を社会面、環境面、経済面に分ける。そして、それぞれの分野でカテゴリー
を三つに分類する。
第 1 のカテゴリーは、企業として当然守るべき会社関係法令、会計基準、独禁法、安全・
環境規制等の企業活動を取り巻く諸法令・規制等を遵守すること、つまり最低限企業が遵
守すべきコンプライアンス活動である。狭義のコンプライアンスとも呼ぶべき活動で、法
令遵守 CSR とする。
第 2 のカテゴリーは、法規制等を超えて企業を取り巻くステークホルダー、即ち顧客、
株主、社員、地域社会、更には関連企業(債権者を含む。)のために企業が行う自主的 CSR
である。例えば、顧客のために製品やサービスの品質の正確な表示、規制を上回る安全・
性能の製品の供給、販売業であれば廃品の回収や販売フロアーに子供用のコーナーを設け
たりすることも、顧客に対する CSR と言えるであろう。バーゲンセールや値引きも場合に
よって顧客 CSR かも知れない。株主に対しては、会社情報の正確・迅速な開示や株主サー
ビス(株主優待、工場視察、株主総会後の幹部社員との懇親会等)であり、社員に対して
は、育児・スポーツ・医療施設の設置等の福利・厚生の充実や有給休暇の増加、賞与の増額
等があろう。また、地域社会に対しては、規制を超える環境への貢献、工場緑化や地域に
おける清掃、植樹、祭事への参加・寄付等である。こうした活動は、企業にとって義務的
なものではないが、事業遂行に密接に、あるいは密接とはいえなくとも間接的に関連する
CSRである。このように企業とステークホルダーとの間で、何らかの形で繋がりのあるCSR
である。これをステークホルダーCSR とする。
第 3 のカテゴリーは、企業活動との関連は極めて薄いか、あるいは企業の一般的、社会
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的責任を果たすための CSR である。例えば、震災等の災害被害者救済事業、文化、スポー
ツイベント活動、最貧国・途上国支援等の国際協力に対する寄付等の社会貢献であり、入
社を義務付けない奨学金制度等も、これに該当するかも知れない。これを社会貢献 CSR と
する。
なお、三つのカテゴリーの CSR といっても、現実にはそれぞれの境界線は必ずしも明確
ではない。以上の三つのカテゴリーの CSR を図にすると次のようになる。
法令遵守CSR
社会面 環境面
経済面
ステークホルダーCSR
社会貢献CSR
CSRの三つのカテゴリー(大宮[1]、p.54)
図 2.1
本論文では、この枠組みに従いつつ、法令遵守 CSR とステークホルダーCSR が近年どの
ように変容しているかを検討していく。
第3節 コールバーグの道徳性発達段階
本論文では、コールバーグの道徳性発達段階(D・スチュアート[5]、pp.68-69)を使用
理論とする。
道徳性発達段階は徳理論の一種である。徳理論とは、幸福を目指すものであり、その起
源はアリストテレスまで遡ることができる。また、幸福とは感情的な反応をもたらすもの
ではなく、思慮分別によって支配された状態を指す。さらに、幸福とは理性に従った生活
であり、中庸によって導かれる生活を指す(D・スチュアート[5]、p.50)。
アリストテレスは、人間は習慣形成を通じて長期的に道徳的資質を発達させると考えた
が、どのようにして道徳的資質の発達が起こるかということについては何も述べていない。
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道徳的資質の発達についてはハーバード大学の心理学者ローレンス・コールバーグ(L.
Kohlberg)によってなされた。コールバーグは個人の道徳性発達を実験的に追跡調査するこ
とでアリストテレスが述べていた事柄の興味深い展開をデータによって示した。ハーバー
ド大学道徳教育センター所長として、コールバーグは道徳性発達段階を記述するための調
査を主催し、個人の道徳的判断が成熟するに従ってそれぞれの段階を通過していく過程を
明らかにした。
コールバーグは道徳性発達段階を「前慣習的」「慣習的」「脱慣習的」と呼ばれる三つの
水準に分類する。さらにそれぞれの水準ごとに二つの段階が区別され、合計で六つの道徳
性発達段階が示される。前慣習的水準というのは賞と罰で規定される段階である。慣習的
水準では他者からの承認や権威への服従を求める段階である。脱慣習的水準は道徳性発達
段階の最高段階であり、そこで人々は一般的な福祉や普遍的な道徳法則に沿った行動を求
めるようになる。
コールバーグによれば、人はこの発達段階を上昇することはあっても、後退することは
ない(極端な心理的動揺のケースを除く)。また、人は段階を飛ばして進むことはない。た
とえば前慣習的水準からいきなり脱慣習的水準へ移行することはない。道徳性の発達は知
的能力とも呼応しないこともわかっている。コールバーグの見解によれば、あるレベルは
他のレベルの考え方より進んでいるということも言える。たとえば普遍的道徳原則に沿っ
た思考は互酬性にそった思考(私の背中を掻いてくれれば、おまえの背中も掻いてやろう
といったような思考)より優れているということになる。道徳的葛藤場面は往々にして道
徳性発達段階の違う人同士の交流が原因とも言える。コールバーグの研究は個人の道徳性
の発達にのみ焦点を当てたものであったが、企業行動においてもこの道徳性の階層段階を
あてはめてみることは可能である。
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コールバーグの道徳性発達段階(D・スチュアート[5]、pp.70-71)
【前慣習的水準】
[第 1 段階] 罰と服従志向段階
身体的な行動の帰結が善悪を規定する。罰の回避と疑いのない権力への服従がそれ自体
として価値のあることとみなされる。罰や権威の背後にある道徳的命令は認知されていな
い状態。
[第 2 段階] 道具主義的―相対主義的志向段階
正しい行為とは各人の欲求を手段的に満足させる行為からなる。まれには他者の欲求満
足も考慮される。人間関係は市場での取引としての観点からみられ、公平性、互酬性、平
等な共有などの観点もみられるようになるが、それらも常に物理的、実用的なレベルで解
釈される。互酬性も「私の背中を掻いてくれれば、おまえの背中も掻いてやろう」といっ
たレベルで考えられ、忠誠心、謝恩、正義などからの行為はみられない。
【慣習的水準】
[第 3 段階] 人間関係の一致あるいは善い子志向段階
善い行動とは対人関係の中で他者を喜ばせたり、他者を助けたり、他者から承認された
りすること。一般的で「自然な」行動といったステレオタイプのイメージが画一的に存在
している。行動はしばしばその意図から判断される。「善かれと思ってした」という意図が
はじめて重要なものとして勘案されるようになる。行儀が「善い」ということが承認の根
拠となる。
[第 4 段階] 法と命令志向段階
権威、固定化された規則、社会秩序の維持を志向する傾向がみられる。正しい行動とは
義務を果たし、権威に敬意を表し、所与の社会秩序をそのこと自体のために維持しようと
する。
【脱慣習的水準】
[第 5 段階] 社会契約、律法主義志向段階
全般的に功利主義的なトーンの段階。正しい行為とは一般的な個人の権利や社会全体で
批判的に検討され合意された標準といった観点から定義される。法的観点が強調されるが、
合理的な考慮のもとでの法改正の可能性を認める立場。これはアメリカ政府や憲法などが
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公式の道徳性ととらえているもの。
[第 6 段階] 普遍的倫理原則志向段階
正しさは主体的な倫理原則に沿った良心的決断により決定され、行為は論理的包括性、
普遍性、整合性などを要求される。ここでの原則は黄金律やカントの定言命法 1
1 倫理原則は普遍的法則となりうるものでなければならないというカントの見解(D・スチュアート[5]、p.71)。
などのよう
に抽象的、倫理的なものであるが、十戒のように具体的なものではない。
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第3章 ケース・スタディ編 第1節 パロマガス湯沸器事故
本論文では、ケース分析として、パロマガス湯沸器事故を取り上げる。
パロマ工業製ガス湯沸器で一酸化炭素中毒事故が多発していることが発覚するきっかけ
は、2006 年 3 月、1996 年 3 月に起きた死亡事故を巡って、息子を失った母親が警視庁に
再捜査を依頼したことだった(読売新聞[13])。
その後、警視庁から連絡を受けた経済産業省が、パロマ工業製のガス瞬間湯沸器で、排
気ファンの作動不良が原因とみられる一酸化炭素中毒事故が 85 年以降、17 件発生し、15
人が死亡していると、2006 年 7 月 14 日に発表したことにより明るみに出たものである(朝
日新聞[13])。
パロマの湯沸器による事故は複数あるが本論文では、2005 年 11 月 27 日の事故(以下、
本件事故という)を主に分析の対象とする。本件事故はパロマ製の湯沸器による事故だと
判明した当時、業務上過失致死傷罪の公訴時効(5 年)にかからない唯一の事例であった(朝
日新聞[15])。そのため本件事故については、企業側からだけでなく、行政や裁判の側面か
らも多面的に分析することが可能である。下図において事故発生からのおおまかな流れを
示す。
2005年11月27日 東京都港区のアパートで、パロマ工業製瞬間湯沸器を使った大学生
(当時18歳)が一酸化炭素中毒で死亡、兄(当時27歳)が重症とな
った。 2006年2月 1996年3月に同じ東京都港区で発生死亡事故に関して、死亡原因(心
不全)に納得できない遺族が、警察に再捜査を要望した。 2006年3月~6月 警視庁捜査一課が再捜査を実施し、死亡原因が一酸化炭素中毒で、再
現実験の結果パロマ工業製瞬間湯沸器の不具合による疑いが判明し
た。 7月11日 捜査結果が警視庁より、監督官庁である経済産業省(以後「経産省」)
に報告した。 7 月14日 経産省が、パロマ工業製瞬間湯沸器による一酸化炭素中毒事故につい
て報道発表(事故件数17件・死亡者15人)をした。同日、パロマの
小林社長が記者会見をした。一連の事故原因は、器具の延命等を目的
に安全装置を解除したサービス業者による不正改造で、製品には全く
問題ないという認識との発言をする。謝罪表明はなかった。
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7月18日 パロマが再び記者会見をした。経産省の調査とは別に、11件の事故
が判明し、事故件数28件・死亡者21人に。さらに事故原因の一部が
安全装置の劣化であることや、1992年当時社長だった小林会長へ一
連の事故報告がなされていたことを明らかにした。ここで始めて謝罪
表明した。 7月31日 会長と社長は経産省に調査報告書を提出した。この日の記者会見で
も、事故の原因は製品の欠陥ではない。不正改造を指導、容認した事
実はなく、関与した社員もいないと主張した。 8月7日 7月31日に提出した調査報告書が経産省より内容が不十分として、再
度報告を求められる。結果、一連の事故対策が不十分だったと反省し
ている、と見解を修正した。 (失敗知識データベース[7]より著者作成)
第1項 事故当時のパロマについて 2
株式会社パロマ(以下、パロマという)の子会社であるパロマ工業株式会社
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パロマエ業は、創業者の小林家が社長を輩出し、株式も小林家で過半数を所有する非上
場の同族会社である。パロマでは年に 1 度しか取締役会を開いておらず、その取締役会の
議事録も保管されていなかった。
(以下、パ
ロマ工業という)は、ガスコンロ、湯沸器などガス器具を製造するメーカーで、昭和 55(1980)
年 4 月から平成元(1989)年 7 月まで、半密閉式の強制排気式ガス湯沸器を 7 機種、合計 26
万 3,672 台製造し販売している。
ガス事業を監督していた旧通商産業省では LP ガスと都市ガスの所管が異なり、1992 年
に LP ガス使用のパロマ製湯沸し器で死亡事故が発生した際、旧通商産業省は LP ガス業者
には事故防止マニュアルを通達したが、都市ガス業者については対応策を取っていなかっ
た(朝日新聞[16])。
第2項 事故の状況 4
2005 年 11 月 27 日、東京都港区南麻布のマンションの一室に設置されていたパロマ工業
社製の強制排気式ガス湯沸器が、不正改造を原因として不完全燃焼を起こし、居住者 1 名
が死亡、同マンションを訪れていた他 1 名が重傷を負った。
2この項については(齋藤[4])を主に参照した。 3 2011 年 2 月に「パロマ工業株式会社」と「株式会社パロマ」が合併し、新「株式会社パロマ」発足した
(パロマホームページ[10]、「沿革」)。 4 この項については(みずほ情報総研株式会社[8]、p.111)から引用した。
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当日は、被害者 A(死亡、同マンション居住者)のもとに、A の兄である被害者 B(重傷)
が訪問していた。被害者 B は、同日午後 6 時頃、シャワーを浴びるため、台所に設置され
ていた本件湯沸器に点火して廊下でしばらく待っていたところ意識を失い、翌日、病院に
入院した。被害者 A は、1 階洋室で倒れていたところを発見され、死亡が確認された。
第3項 事故の原因 5
まず、製品全般につての事情を説明する。強制排気式ガス湯沸器は、空気を屋内から取
り入れる一方、排気ガスについては、電源を使用して排気ファンを回転させ、強制的に屋
外に排出する構造となっている。電源が入っていない場合には排気ファンが回転せず、排
気不良によって不完全燃焼が生じ、一酸化炭素中毒を招く危険がある。これを防止するた
め、内蔵するコントロールボックス内の回路の機能によって、同回路に通電がないときは
ガスが流入せず、点火も燃焼もしない仕組みとなっている。 しかし、コントロールボック
ス内の回路の配線をつなぎ変えること(短絡という)によって、コントロールボックスが
故障した状態のままでも点火・燃焼をさせることが可能であった。短絡は、コントロール
ボックスの故障に対する修理方法として行われていた。コントロールボックス内のハンダ
割れにより回路に通電しなくなった場合(コントロールボックスが故障した場合)、本来は
コントロールボックスを交換しなければならないが、短絡を行うことによって、コントロ
ールボックスが故障したままであっても点火・燃焼をさせることが可能であった。 短絡を
行った湯沸器であっても、電源を入れて使用することにより強制排気装置が作動するが、
電源が入れられていない状態であったり、停電したりしていた場合には強制排気装置が作
動せず、一酸化炭素中毒事故を招く危険があった。
本件事故の直接の原因は次のようなものである。本件湯沸器は短絡が行われており、電
気プラグはコンセントに差し込まれていなかった。短絡及びコントロールボックスの回路
基板のハンダ割れのほか、電源コードの接続不安定があったが、安全装置等のその他の不
具合は発見されていない。
第4項 事故の発覚 6
2006 年 3 月、警視庁は 1996 年に発生した東京都港区の死亡事件で遺族からの要請に対
して再捜査を開始した。パロマエ業製の瞬間湯沸器との関係が濃厚となり、経済産業省に 7
5 この項については(みずほ情報総研株式会社[8]、p.110)から引用した。 6 この項については(齋藤[4])を主に参照した。
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月 11 日に通報し、製品の回収などの対応を求めた(読売新聞[13])。
経済産業省は再調査の結果、事故が再発する危険があったことから 2006 年 7 月 14 日、
パロマエ業が製造したガス瞬間湯沸器で安全装置の配線の改造が原因とみられる一酸化炭
素中毒の事故が 1985 年以降、17 件発生し、15 人が死亡していたと公表した。
経済産業省の 2006 年 7 月 14 日の公表を受けて、同日、パロマエ業の親会社であるパロ
マの小林弘明社長は記者会見を行い、「製品には、問題はないと考えている」とし、事故の
原因は不正改造によるものと主張。不正改造は「耐用年数を超えた機器を延命するためで
はないか」と指摘し、経済産業省が事故原因を排気ファンの不具合と公表したことに「不
本意だ」と反論した。
しかしその後、1992 年に札幌市で起きたパロマエ業製湯沸し器による死亡事故の損害賠
償訴訟で札幌高等裁判所はパロマ製品の保守・点検を行うパロマサービスステーションの
従業員が不正改造を行っていたと認定していたという事実が報道された。
14 日の社長の記者会見と異なる事実が明らかになったことについて、パロマの総務部長
は「パロマサービスステーションと直接の資本関係にないが、知らないところが勝手にや
ったとは言えない」と弁明した。
更に、経済産業省が把握していなかった死亡事故が次々と明るみになり、北海道帯広市
で 1990 年 2 月に 2 名が死亡し、1992 年 11 月には旭川で家族 3 人が死亡していたことも
明らかになった。
18 日、パロマが再び記者会見をした。経産省の調査とは別に、11 件の事故が判明した。
(最終的には、事故件数 28 件・死亡者 21 人になった。)また、不正改造以外に寒冷地での
温度変化により老朽化が進み、基板のハンダが割れたり、接触不良があったりしたことが
事故原因とし、最初の死亡事故が起きる 2 年前からことをそのことを把握していたと認め
た。そして、メーカーとして責任があったとして謝罪した。小林敏広パロマエ業社長は事故
が全てトップに報告されていなかったと釈明した。「私が安全を強調し過ぎたため、(事故
の)報告が出しにくかったかもしれない」とし、事故対応後に辞任する意向を示した。ハ
ンダ割れが生じる可能性がある部品をパロマエ業は発売 1 年後に設計変更していたが、部
品不具合を公表せず、部品の無償交換や修理も行っていなかったことも明らかとなった。
経済産業省は 2006 年 8 月 10 日立ち入り調査を実施し、製品には事故を誘発する構造上
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の問題があるとして、8 月 28 日に消費生活用製品安全法に基づいて対象製品約 26 万台の
回収を命じた。パロマエ業はこの時、すでに自主回収を行っていたが、テレビなどで CM を
放映するなどして早期回収に努めた。
なお、経済産業省は、2007 年 3 月 13 日、ガス機器中毒事故の集計結果を発表し、過去
21 年間で 95 人の死亡者がいたことが公表された。
第5項 事故後の事情とパロマの取り組み
2006 年 8 月の段階では、警察は死亡事故の原因については不正改造に加えて、排気ファ
ンの電源プラグがコンセントから外されていた 2 つの条件が重なって生じているケースが
多いと公表しつつ、事故責任を慎重に捜査している(齋藤[4])。
一方、パロマは構造上問題があったとの経済産業省の見解を否定している。パロマは有
識者を中心とする第三者委員会を設け、2006 年 12 月 21 日にその委員会は検証結果を公表
した。それによると一斉点検、自主回収を行っておれば死亡事故は防げたとし、それを怠
ったことはパロマのガバナンスに問題があると指摘した。しかし、法的責任については、
裂品は不正改造を誘発しやすい構造であったとしながら、当時の国などの技術向基準はク
リアーし、また事故が発生した製品は製造物責任法施行前(1995 年施行)に引き渡された
ものであり、同法の適法外であるとし、いずれも法的責任は免れると結論付けている。(齋
藤[4])
事故判明後、パロマは次のような取り組みを始めた(パロマホームページ[10]、「安全・
安心への取り組み」)。
① パロマ製品安全の日
全社員が将来に亘り製品安全の強い意思を持ち続けるために、毎年 7 月 14 日を「パロマ
製品安全の日」、7 月を「パロマ製品安全月間」と定めた(2006 年 7 月 14 日制定)。2009
年の「パロマ製品安全月間」に際しては、社長から全社員に対して製品安全に関するメッ
セージを発信している。また、各部門でも、製品安全に関する基本方針である『製品安全
自主行動計画』、およびパロマグループ社員全員の製品安全に対する誓いをまとめた小冊子
「お客様品質へ、全力で。」の読みあわせを実施した。
② 製品安全自主行動計画書
製品安全に関する基本方針として、2007 年 6 月 29 日に『製品安全自主行動計画』を定
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めている。 社員は常にこの内容を念頭に置き、個々の業務に落とし込んで日々行動するこ
とで、消費者重視、製品安全の確保、製品安全文化の醸成の実現を目指すこととしている。
③ 製品事故対策委員会の開催
製品に関わるすべての事故及びクレーム・不具合情報について、リコールすることを前
提に、事故内容の分析・原因究明及び適切な事故処理対応等について審議を行う機関とし
て「製品事故対策委員会」を設置している。この委員会は、生産部門・品質管理部門だけ
ではなく営業部門・総務部門などを含め、部門に偏りのない社員 12 名によって構成されて
いる。 第 1 回を 2007 年 1 月に開催し、これまで(2011 年 11 月時点)に 57 回の委員会
を開催している。
④ 社外有識者委員
上記の製品事故対策委員会においてリコールの必要なしとした全ての事案について、社
外有識者から客観的な立場でそれぞれ専門知識を生かして、事故処理対応の妥当性などに
関しての意見を取り入れている。社外有識者委員の会合を 2007 年 1 月以降 16 回開催して
いる。(2011 年 9 月時点)
⑤ 「ヒヤリ」「ハット」情報通報システム
「ヒヤリ」「ハット」情報通報システムというものによって、潜在的に眠っていて、将来事
故に繋がる懸念のある情報を社内外から広範囲に収集している。これらの情報とそれに基づ
く処置・対策について、常時、社長をはじめとする関連部門がチェックを行い、管理部が監
視・管理を行っている。
⑥ 安全講習会の開催
「消費者の立場で安全・品質を判断する」をテーマに、全社員を対象とした安全講習会を
実施している。 「お客様品質へ、全力で。」という企業理念の下で、「製品安全自主行動計
画」に則り、事故の再発防止や社内構造の改革、社員の意識改革について講習を実施してい
る。
⑦ 安全のお知らせ
製品を使用される消費者の危険を回避するために、企業ホームページに過去の製品事故事
例を公開している。
⑧ 安全資料室の設置
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愛知県清須市にある名古屋研修センター内に、安全資料室を設置している。安全資料室で
は湯沸器事故に関する資料展示コーナーがある。また、湯沸器からコンロ・炊飯器に至るま
で、歴代の商品を振り返ることが出来る。さらに、社員の製品安全に関わる研修施設として、
研修センターと共に活用している。
第6項 事故調査と刑事裁判の動き 7
次に、行政と刑事裁判の動きを説明する。行政と言ってもその範囲は多種多様であるが、
本論文では経済産業省の事故調査に焦点を当てることとする。
まずは、経済産業省の事故調査について説明する。
2006 年 7 月 3 日に、警視庁から経済産業省に対し、ガス湯沸器の事故情報をまとめた資
料の有無について問合せがあり、その後、7 月 14 日に経済産業省が「パロマ工業㈱製瞬間
湯沸器による一酸化炭素中毒事故の再発防止について」をプレス発表している。
7 月 15 日、経済産業省は、関係部局による「瞬間湯沸器事故連絡会議」を設置して今回
の事故の対応にあたらせるとともに 7 月 18 日、大臣官房長を委員長とする局長級の「製品
安全対策に係る総点検委員会」を設置し、製品安全全般に係る検討を集中的に進め、8 月
28 日にパロマ工業株式会社製ガス瞬間湯沸器による一酸化炭素中毒事故への対応を踏まえ
た製品安全対策に係る総点検結果を取りまとめ公表した。
刑事裁判の経過は次のようなものである。 2007 年 10 月にパロマ工業前社長及び前品質
管理部長の 2 人を業務上過失致死傷罪で起訴した。2010 年 5 月 11 日に被告人 2 名に対し
有罪判決が言い渡され確定している。 前社長は禁固 1 年 6 月執行猶予 3 年、前品質管理部
長は禁固 1 年執行猶予 3 年となった。
次に、事故調査報告書等において指摘された原因と刑事裁判で指摘された原因を比較し、
両者にどのような違いがあるのかを説明する。
① 事故発生のメカニズム
事故調査報告書等及び刑事判決が指摘する事故発生のメカニズムは、同じ原因を指摘し
ている。ただし、判決では本件訴訟事件についてのみその原因を分析しているのに対し、
事故調査報告書等では、パロマ工業が点検・回収した 226 台(うち故障原因が特定されて
いる 137 台)についての分析を行い、「ハンダ割れに伴うコントロールボックスの不正改造」
7 この項の説明にあたっては、(みずほ情報総研株式会社[8])から引用した。
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のほかに「水流スイッチの故障が生じた際の排気ファン加熱防止装置の不適切な作動」な
ども事故原因として指摘している。
② 短絡を行ったことの理由
短絡を行った理由としては、両方とも、ハンダ割れによるコントロールボックスの故障
に際して、コントロールボックスを交換することなく、「短絡」によって修理が可能であっ
たことにより、不正改造が行われた点を指摘している。
事故調査報告書等では、パロマ工業が回収・点検を行った機器 137 台(故障原因が特定
されている機器)のうちの約 7 割強でハンダ割れが確認されていることを指摘する一方、
刑事判決では、ハンダ割れによって点火不良がしばしば発生すること、短絡という方法が
容易であった点を指摘している。
③ 不正改造を行った者
刑事判決では、不正改造を行ったものを特定しているが、事故調査報告書等では、裁判
事例のほかについては、誰が行ったかの特定が出来ないとしている。
④ 予見可能性
事故調査報告書等及び刑事判決ともに、かなり早い段階でパロマ工業が、同製品にハン
ダ割れの故障が生じること、ハンダ割れへの対処として短絡という容易な手段が存在した
こと、多くの機種で短絡といった不正改造が行われていたことを認識していたと指摘して
いる。
⑤ 組織(被告人)の責任
事故調査報告書等では、注意喚起に加えて不正改造防止の措置を積極的に講じるべきで
あったとする一方、刑事判決では、注意喚起を徹底することに加え短絡がなされた機器を
回収する義務があったとしている点で、一歩踏み込んだ指摘をしている。
事故調査報告書等によると、パロマ工業という法人としての責任について、「営業所等に
対する注意喚起文書を配布することなどに終始していたことは、適当ではなかった」とし、
「消費者に対して一切注意喚起していないことは、消費者の安全確保の観点から問題」で
あり、「消費者に対し、不正改造による危険性を周知する措置を講ずべきであり、パロマ工
業㈱が積極的に安全装置の不正改造を防止するための措置を講じたとは判断できない。」と
指摘している。
17
一方、刑事判決では、被告人両名には、「一酸化炭素中毒事故を起こす危険性があること
などについて注意喚起を徹底し」かつ、「物理的に把握することが可能であった全ての上記
7 機種を点検して短絡の有無を確認し、短絡がなされた機器を回収するという安全対策を構
ずべき業務上の注意義務があった。」と指摘している。
⑥ 問題点の根底にあるもの
両者の指摘は、対象が法人か個人かという相違はあるが、内容としては概ね一致してい
る。
事故調査報告書等では、パロマ工業という法人が「積極的に安全装置の不正改造を防止
するための措置」を講じなかったこと、及び「消費者に対して、確実に排気扇が回ってい
ることを確認の上使用すべき旨の注意喚起を怠った」ことが、事故の根底にあると指摘し
ている。
一方、刑事判決では、被告人両名が注意喚起の徹底や短絡がなされた機器の回収などの
「義務を怠り」、「漫然、これを放置し続けた」という過失が事故の根底にあると指摘して
いる。
⑦ まとめ
事故調査報告書等は、被害拡大の防止・再発防止及び国としての製品安全対策に重点を
おいているのに対して、刑事裁判では被告人の刑事責任のみを検討している。
また、事故調査報告書等の方が、刑事判決に比べ、取扱い範囲が広いことが指摘できる。
具体的には、事故調査報告書等では、他メーカーの類似製品に対する調査やガス消費機器
及び製品全般の安全対策について指摘している一方、刑事判決では、当然、被告人の義務
と権限範囲、予見可能性、履行可能性などに焦点が置かれている。
さらに、事故調査報告書等では個人の責任についての指摘はなく、パロマ工業という法
人の責任を中心に指摘している。
第2節 理論の適用
次に、パロマやパロマ工業の行動がコールバーグの道徳性発達段階のいずれの段階にあ
たるかを検討する。さらには、近年の行政や裁判所の判断がどの段階まで到達しているの
かについても検討していく。
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第1項 パロマへの理論の適用
① ハンダ割れが生じる可能性がある部品をパロマエ業は発売 1 年後に設計変更していた
が、部品不具合を公表せず、部品の無償交換や修理も行っていなかったことが明らかと
なった点について
これは不具合の公表によって確実に発生する自社へのバッシングを恐れたための行為と
言える。現時点でのブランドの失墜を恐れ、長期的な観点でコストや利益を考えられなか
ったのであろう。潜在的な事故の危険性を無視し、被害拡大の原因になった。
これらの行為は、現時点での自社のブランドの価値を維持できればそれで善いという善
い子志向段階である。よって、第 3 段階(善い子志向段階)と判断できる。
② 締役会の開催数不足や議事録不作成という慣行について
会社法上、取締役会設置会社には 3 ヶ月に 1 回以上、取締役会の開催が義務付けられて
いる(会社法 363 条 2 項参照)。また、取締役会の議事録作成も要求されている(会社法
369 条 3 項参照)。 法令違反の事実からすれば、同社は法令すら軽視するような状態であ
ったと推測される。
ただ、実質的に社会への影響はないという功利主義的な観点に立った行動とも認定でき
る。つまり、発達段階の第 4 段階(法と命令志向段階)と言える。
③ 一連のパロマの責任回避行動について
パロマ側は、初めは自社に責任がないという方向性であったが、状況が一転すると自社
の責任を認めている。このようにパロマ側が場当たり的な対応をしてしまったのは、過去
の事故状況に素早くアクセスできる仕組みがなかったからであろう。この点で、すでに消
費者の安全を軽視しているかのような印象が伝わる。過去の事故情報を一括して把握して
おく仕組みがあれば、重大事故が発生しても過去の事故情報を参照して、自社製品に欠陥
があるのか、それとも自社に関係のない事故なのかを判断しやすい。パロマは事故情報を
共有できていなかったために、自己防衛的行動を取らざるを得なかったと思われる。
パロマの行為は、報道によって自社の責任を認めたのであって主体性は見られない。ま
た、利用者の安全の確保という正義の観点が見られず、責任を法令のレベルまでしか考慮
できていない。よって、第 4 段階(法と命令志向段階)と言える。
④ 事故後のパロマの取り組みについて
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パロマは、パロマ製品安全の日の制定や安全講習会の開催によって組織の風土を改善し
ようとしている。また、「ヒヤリ」「ハット」情報通報システムによって事故情報の把握に
努めている。さらに、社外有識者委員によって外部の風を入れ、公正な対応を担保しよう
としている。このような行動は、より利用者に寄り添ったものである。
しかし、このような取り組みは、事故が明るみに出てから行ったものである。よって、
法令の段階を超えた行為とは言えるが、未だに主体性がそれほど強くはない。したがって、
第 5 段階(社会契約、律法主義志向段階)と判断できる。
第2項 行政への理論の適用
近年における企業の目指すべき道徳性発達段階を明らかにするために、行政の動きにも
コールバーグの道徳性発達段階を適用する。
① 1992 年に LP ガス使用のパロマ製湯沸し器で死亡事故が発生した際、旧通商産業省が
LP ガス業者には事故防止マニュアルを通達したが、都市ガス業者について対応策を取
っていなかった点について
この点については、管轄が違うとはいえ、ガス器具の利用者の立場に立てば対応策を取
るということは当然に思いつくべきだったと言える。つまり他者の立場を考慮していない
ため、功利主義的段階と言えない。管轄の範囲でしか行動しておらず、第 4 段階(法と命
令志向段階)であったと認定できる。
② 2005 年の事故に対する経済産業省の対応や事故調査について
行政の動きの特徴は、刑事手続きよりも迅速に利用者の安全対策をしており、被害者の
保護や被害の拡大防止を重視している点にある。このことから、社会全体の安全を守るこ
とを志向している姿勢が見て取れ、功利主義の立場に立っていると言える。また法に従う
だけでなく、合理的な考慮のもとで動いている。したがって、発達段階の第 5 段階(社会
契約、律法主義志向段階)にあたると言える。
第3項 裁判への理論の適用
刑事手続の特徴としては、慎重な審理のもとで被告人個人の刑事責任を追及する点にあ
る。そのため行政に比較して判決が確定されるのはどうしても遅くなる。また、事件の原
因についても被告人の関与した事実についてのみ審理をするため、必ずしも企業の責任が
明白になるとは言えない。
20
本件事故では、パロマ工業前社長及び前品質管理部長が起訴され有罪判決(業務上過失
致死傷罪)が下され確定している。ただ、判例は地方裁判所のものであることや(被告人
は控訴をしなかった)、経営者の注意義務については未だ議論の余地があること 8
しかし、判例は詳細な事案分析のもとで、製品回収をするべきであったとし、利用者が
短絡の危険性に気付くのが困難であったことなど、従来の判例よりも踏み込んだ認定をし
ている。この点から発達段階にあてはめれば、脱慣習的水準である第 5 段階(社会契約、
律法主義志向段階)と言える。
などから、
注意義務が単に大きくなったとは一概には言えない。
また、本件事故に関しては、民事裁判において遺族がパロマに対して損害賠償請求訴訟
を提起している。被害者の両親らが約 2 億円の請求をした。遺族側は裁判所からたびたび
和解を求められたが「責任をあいまいにしたくない」と判決にこだわった。結果として、
東京地方裁判所において 2012 年 12 月 21 日にパロマに約 1 億 2000 万円の損害賠償の支払
いを命ずる判決が下された(朝日新聞[17])。
8 本件の刑事裁判についての判例評釈としては(神例[2])や(川崎[3])などがある。
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第4章 まとめ 第1節 パロマのケースを通して得られること
パロマの行動は①から④を通して見てみると、発達段階が第 3 段階から第 4、第 5 段階へ
発展していったことが分かる。だが、この発達は行政の取り組みやマスコミによるバッシ
ングに大きな影響を受けて達成されたものである。つまり外圧によって第 5 段階に達した
と言える。
行政や刑事裁判の発達段階が第 5 段階にあったことを考慮すれば、当時のパロマに最低
限求められる発達段階は第 5 段階であったはずである。だが理想としては第 5 段階に満足
せず、主体性を持った対応を心がけ、第 6 段階に少しでも近づけるように努力すべきであ
った。
なぜ、パロマが責任回避行動をとったのか改めて分析する。
当初パロマの経営者等は自分が刑事責任や民事責任を追及されるとの考えが頭をよぎっ
たかもしれない。また、責任を認め、何らかの対策を打つと発言した方が自社の信用を失
うと考えたのかもしれない。そうだとしても責任の話と事故への対応とを分けて考えるべ
きだったのではないか。責任の主体は行政や警察や裁判などで明らかにされるために、多
くの時間を要する。その間に被害が進行してしまう可能性が高い。だとすれば、パロマと
いう知名度のある会社が製品の回収や修理を早期に実施した方が被害の拡大を防止できる
と判断し、製品回収すべきだった。さらにはパロマ自身が主体性を持って、パロマサービ
スステーションや行政に働きかければ、事故の被害が深刻化する前に対策を打てたはずで
ある。
しかし、自主的に回収するとしても莫大なコストが予想される。このコストを誰がどう
負担するのかという問題が残る。もし自主的に行動した企業が製品回収などのコストを全
て負うとすれば、回収が先延ばしになり、うまく機能しないだろう。そこで、企業が利用
者の安全を守るために行動するというインセンティブが働くような制度が必要である。
参考になるものとしては、独占禁止法における課徴金減免制度(公正取引委員会ホーム
ページ[6])がある。課徴金減免制度とは、談合・カルテルなどの独占禁止法違反行為につ
いて、公正取引委員会に違法行為の申出、調査協力した場合、その企業の課徴金を減免す
る制度である(exBuzzwords[11])。
22
この考えを応用してみる。まず、回収が遅れるのは、事故原因を作った企業がすぐには
特定されない場合である。よって、この場合への対策を検討する必要がある。
23
具体的な対策としては次のようなものが考えられる。まず、業界や産業ごとに特定の企
業から独立した団体(仮に「中立団体」と呼ぶことにする)を設立しておく。この中立団
体の職員は、業界ごとに各企業の役員や行政官や学術研究者などを柔軟に登用できること
にする。
その後、製品の欠陥が疑われる事故が発生した場合には、中立団体が欠陥製品の回収と
利用者への返金を行う(図 4.1)。
そして、事故原因の企業が特定される前に、自社に責任があるかもしれないと考える企
業があれば、回収コスト分の金額を預託金のような形で中立団体に対して預け入れること
にする(図 4.1)。
預け入れをした企業に責任がないことが判明した場合、その企業が希望すれば、預託金
は返還されるものとしておく。返金を任意とする理由は、企業がフィランソロピーの一環
として中立団体へ資金提供を行える余地を残しておくためである。
これに加えて、事故とは全く無関係の企業であっても、慈善活動として中立団体に資金
提供することも可能とする。この資金は分かりやすくいえば寄付であって、返金は不可と
する。これもフィランソロピーといえる。
中立団体
A企業
B企業
C企業
返金 製品回収
回収コストの事前預け入れ
+フィランソロピーとしての資金提供
消費者・利用者
図 4.1
24
その後、預け入れをした企業が事故原因だと判明した場合(図 4.2)は、中立団体とその
事故原因企業(図 4.2 では C 企業)が共同して回収コストを支出することにする。この場
合は、中立団体に集まった資金と事故原因企業の預託金で回収コストを賄うことにする。
なお、資金不足の際は、最後の手段として行政から損失補てんを受けることにする。行政
が支出する金銭はもともと税金であるから、国民は税金という形で間接的に製品回収に関
わることになる。
中立団体
A企業
B企業
C企業
行政
事故原因企業
事故の責任がないと判明し、返金を希望する企業には返金
C企業の預託金+収集した資金から回収コストを共同支出
=
最終的な損失は行政が補てん
図 4.2
25
一方、事故原因企業が預け入れを行った企業以外だと判明した場合(図 4.3)は、事故原
因企業(図 4.3 では D 企業)が中立団体に対して製品回収のコストと遅延損害金とを支払
うことにする。ここでいう遅延損害金とは、中立団体への回収コストの支払いを遅延した
ことによる損害賠償金という意味で、事故原因企業にとって、支払いが遅れれば遅れるほ
どその額が大きくなる仕組みにする。
中立団体
A企業
B企業
C企業
回収コスト+遅延損害金の支払い
D企業
事故原因企業
=
事故の責任がないと判明し、返金を希望する企業には返金
図 4.3
なお、事故原因企業については裁判や行政の調査によって特定することとする。
以上は事故発生時の対応についてのみ述べたが、企業がフィランソロピーの一環として
日常的に中立団体に対して資金提供を行うことも考えられる。その場合、上記の仕組みは
言わば基金のような制度になる。実際に存在する制度では消費者支援基金(消費者支援基
金ホームページ[12])の考え方も参考にできるだろう。
重要なことは、責任者は誰かという犯人探しは後にして、今この瞬間に危険にさらされ
ていたり、不正が行われていたりするならば、まずはその危険を除去する、もしくは不正
を是正することである。
ただ、企業に対して責任と安全の確保を分離して行動せよと言っても、マスコミや消費
者の意識にも問題があるだろう。マスコミは責任者を目の前に立たせて謝罪させるという
報道が多いように思われる。それでは経営者は自分の責任にだけ目が行ってしまって、業
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界の一員としてどう行動するべきかという思考にまで至らず、自己防衛的な行動を誘発し
てしまう。マスコミは、第一に事故の製品に関する情報を正しく迅速に報道、利用者の安
全を喚起していくべきだ。そして責任がだれにあるのかという話をなるべく分離して論じ
ていくことが大切になる。
また、パロマの責任回避行動の原因をガバナンスという観点から考えることもできる。
パロマは現在も非上場の株式会社である。非公開会社であれば、株主による影響がないた
めに、一般的に経営者が目先の利益にとらわれず長期的な利益を重視した経営ができると
いうメリットがある。しかし、他方で株主による監視が働かずガバナンスが機能しない恐
れも含んでいる。パロマのケースは、非公開会社のデメリットの部分が露呈したとも言え
るだろう。
第2節 今日の企業が目指すべき道徳性発達段階とは
最後に、ケース・スタディ編での考察を基に今日の企業が目指すべき道徳性発達段階を
明らかにしたいと思う。
行政が発達段階の第 5 段階にあたる現状では、企業側も最低限クリアーすべき水準は第 5
段階である。しかし、今日の企業は第 5 段階に満足せず、第 6 段階に少しでも近づいてい
く努力をすべきである。
前節で述べたような行政や市民も巻き込んだ仕組みを提案し、時代の先駆けを目指して
いくことが重要である。特に、業界のトップ企業などは財力や知名度を生かし、利用者や
消費者の安全を守るなどの倫理的なガイドラインなどをいち早く提案し実施していくこと
が可能であると思われる。なぜなら、一度ガイドライン等を作れば、同業他社もその仕組
みに従わざるをえず、経営上もメリットがあると予想されるからである。
27
参考文献・参考資料 書籍
[1] 大宮正 2010「CSR を法的視点から考える」、『月刊監査役』、第 573 号、pp.52-55
[2] 神例康博 2011「刑事裁判例批評(176)強制排気式ガス湯沸器が不正改造が原因で
不完全燃焼を起こし、居住者他 1 名が一酸化炭素中毒により死傷した事故について、
同湯沸器を製造・販売した会社の代表取締役社長及び品質管理部長に、点検・回収
等の措置を講じなかった過失があるとされて、業務上過失致死傷罪の成立が認めら
れた事例―パロマガス湯沸器事件―」、『刑事法ジャーナル』、第 28 号、pp.102-107
[3] 川崎友巳 2010「企業不祥事と経営者の刑事責任―「パロマガス湯沸器事件」判決の
射程と経営者の注意義務」、『月刊監査役』、第 576 号、pp.18-29
[4] 齋藤憲2007『企業不祥事事典―ケーススタディ150』、日外アソシエーツ、pp.398-400
[5] D・スチュアート(企業倫理研究グループ訳)2001『企業倫理』、白桃書房、
pp.50,68-69,70-71
Web ページ
[6] 公正取引委員会ホームページ、「課徴金減免制度」、
(http://www.jftc.go.jp/dk/genmen/index.html)
[7] 失敗知識データベース、「パロマ湯沸器事故」、
(http://www.sozogaku.com/fkd/cf/CZ0200705.html)
[8] みずほ情報総研株式会社 2010『第Ⅰ部 事故調査報告書等と刑事判決等との比較報
告書』消費者庁、112-120、(http://www.caa.go.jp/safety/pdf/hikaku.pdf)
[9] 第5回事故調査機関の在り方に関する検討会「資料3-2 『過去の消費者事故等
における事故の調査・被害防止策・刑事手続の経緯』」消費者庁、1-2、
(http://www.caa.go.jp/safety/pdf/101224kentoukai_5.pdf)
[10] パロマホームページ、(http://www.paloma.co.jp/top.php)
[11] exBuzzwords、「課徴金減免制度」、
(http://www.exbuzzwords.com/static/keyword_3727.html)
[12] 消費者支援基金ホームページ(http://www.csr-forum.gr.jp/crpf/)
[6]から[12]は 2012 年 12 月 19 日閲覧
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新聞
[13] 読売新聞「湯沸かし器 CO 中毒死 「改造が原因」パロマ弁明 91 年に事故把握」
2006 年 7 月 15 日
[14] 朝日新聞「湯沸かし器で 15 人中毒死 85 年以降のパロマ製、作動不良」2006 年 7
月 15 日
[15] 朝日新聞「パロマ、自社責任認める 91 年ごろ事故把握、「工業」社長辞意 湯沸
かし器事故」2006 年 7 月 19 日
[16] 朝日新聞「「不当改造」92 年に通産省に報告 防止策も約束 パロマ・湯沸かし器
事故」名古屋本社夕刊 2006 年 7 月 15 日
[17] 朝日新聞「パロマの責任認める 大学生死亡、1.2億円賠償命令 湯沸かし器事
故、東京地裁判決」2012 年 12 月 22 日