発達障害のリスク児をスクリーニングするための 基礎的研究やadhd,pdd...

29
修士論文 発達障害のリスク児をスクリーニングするための 基礎的研究 Basic Study of Screening in Risk Children with Developmental Disorders 札幌医科大学大学院保健医療学研究科博士課程前期 理学療法学・作業療法学専攻感覚統合障害学分野 十枝 はるか Toeda Haruka

Upload: others

Post on 22-Oct-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • 修士論文

    発達障害のリスク児をスクリーニングするための

    基礎的研究

    Basic Study of Screening in Risk Children with Developmental Disorders

    札幌医科大学大学院保健医療学研究科博士課程前期

    理学療法学・作業療法学専攻感覚統合障害学分野

    十枝 はるか Toeda Haruka

  • 1

    要旨

    【はじめに】学習障害(以下,LD)や注意欠陥/多動性障害(以下,ADHD)、広汎性発達障害(以下,PDD)といった軽度の発達障害を抱えた子どもの課題は、2 次的障害の予防のために早期発見・早期介入の実施である。しかしながら、行動の問題が顕在化するのは集団生活がはじまる保育所や小学校場面においてで

    あり、保育士や教師が気付きながらも保護者に伝えることが躊躇され専門機関を

    紹介することが遅くなることが現状である。その要因の一つは、LD や ADHD, 高機能 PDD の共通した集団への適応能力の欠如といった「行動面」がスクリーニングの指標として確立するまでには至っていないことである。 【目的】LD や ADHD,高機能 PDD などの発達障害のリスク児を集団の場でスクリーニングできる指標を検討するための基礎的な研究として、1.集団生活にお

    いて何らかの支援が必要とされる幼児がどれほど存在するかを明らかにし、2.

    障害リスクの発達特性を明らかにし、スクリーニングに有用な指標を、質問紙と

    継続的な行動観察により特定化することである。 【方法】対象は、A 市の保育所 6 ヶ所に在籍し、次年度就学を迎える 5~6 歳の幼児(以下,年長児)を対象とし、すでに診断名を受けすでに支援を受けている

    児は除いた。まず、研究 1 として年長児を担当している保育士へ質問紙による実態調査を行った。次に、研究2として保育士からの質問紙によって問題を指摘さ

    れた年長児を約 6ヵ月間継続的に筆者が行動観察を行い行動の発達的変化を調査し終判断した。その後、標準化された検査である日本版ミラー幼児発達スクリー

    ニング検査(以下,JMAP)を実施し、発達障害のリスク児を確定した。 研究1:質問紙は「学習基礎能力」と「行動面」の 2 軸から評価でき、かつ個人内差を見ることが出来るように以下のように考えた。本研究では、質問紙「The Pupil Rating Scale Revised(以下,PRS)」の下位領域である「聴覚的理解と記憶」,「話しことば」,「オリエンテーション」,「運動能力」,「社会的行動」のうち一つ

    でも得点が LD リスク児を疑ってもよい得点であった場合、「学習基礎能力」問題ありと操作的に定義した。また、質問紙「適応行動尺度(以下,ABS)」の下位項目である「攻撃・妨害行動」,「多動・不注意行動」,「引っ込み思案行動」,「自

    己否定感」のうち一つでもありとチェックされた場合、「行動面」問題ありと操

    作的に定義した。質問紙の配布と回収の方法は留め置き調査法を用いた。 研究 2:保育士による質問紙の回答で「学習基礎能力」や「行動面」で問題があると指摘された年長児のうち、OT である筆者へ行動観察と JMAP 施行の依頼があった児を対象とした。6 ヶ所の保育所に約 6 ヵ月間、月に1回参与観察としてビデオ撮影を行った。観察後、ビデオ記録を基に対象児の行動を文章化した。ま

    た、ビデオ記録を見ながら OT3 名以上ともに検討し同意のもと最終判断をした。

  • 2

    この最終判断を、観察後「行動面」とした。参与観察終了時、JMAP を施行しマニュアルしたがって採点を行った。本研究では、JMAP 総合点 25 パーセンタイル以下をリスク児,26 パーセンタイル以上を非リスク児と操作的に定義した。 【結果】 研究 1:有効データ 102 部(女児 53 名と男児 49 名、5.75±0.29 歳)のうち、「学習基礎能力」や「行動面」の問題を指摘された年長児は 59 名(女児 25 名,男児 34名)で全体における割合は 57.8%であった。 研究 2:「学習基礎能力」や「行動面」に問題を指摘された 59 名中、参与観察と JMAP施行の依頼のあった児は 25 名であった。JMAP の結果からリスク児と確定された児は 8(女児 2,男児 6)名であった。リスク児の「学習基礎能力」の質問紙からの特徴は、「学習基礎能力」では有意に下位領域「話しことば」、詳細には「経験を話す

    能力」の問題と「考えを表現する能力」の問題を指摘されていた。一方、リスク児

    の「行動面」の質問紙からの特徴は見いだせなかった。しかしながら、リスク児で

    観察後「行動面」問題あり児と非リスク児で観察後「行動面」問題あり児を比較し

    継続的な参与観察によるその質的行動特徴を検討した結果、リスク児の行動は相手

    に相手に対して意図的でない傾向が認められた。また、JMAP で比較した結果、リスク児は言語領域と複合能力が共に低い傾向が認められた。 【考察】 研究 1:「学習基礎能力」や「行動面」に問題を指摘されていた児の割合は非常に多かった。これは、対象児の年齢や問題とする基準からの影響していると推察さ

    れ、後に問題が解消する児も含まれている可能性が考えられた。 研究2:リスク児で観察後「行動面」問題ありと判断された児の特徴は自分の行

    動が周囲にどう影響を及ぼすかを予測できない傾向があり、その行動は JMAP より聴覚的刺激に対する処理の未熟さと体のイメージの未熟さが背景にあると考

    えられた。 【結語】

    保育所に在籍し特別な支援を受けていない年長児を対象にスクリーニングを

    試みた。その結果、質問紙からは「話しことば」の問題がスクリーニングに有用

    である指標であることが確認され、「行動面」を質問紙により問題の有無だけを

    見るのではなく、行動観察により行動の質を見る、とりわけその行動が相手へど

    のような意図を持って行っているかを観察することも重要なポイントであると

    考えられた。

  • 3

    Ⅰ.はじめに

    学習障害(以下 LD と略す)や注意欠陥/多動性障害(以下 ADHD と略す)、広汎性

    発達障害(以下 PDD と略す)といった軽度の発達障害を抱えた子どもたちの問題が、

    さまざまなメディアでも取り上げられその存在が知られるようになってきている。

    これらの障害は脳の何らかの機能障害が学習や行動制御に影響を与えていると考え

    られているものの、明らかな原因についてはまだ解明されていない現状である。LD

    や ADHD,PDD などの発達障害は、症状が軽度であるため、乳幼児期には発達の個

    人差や個体差と判断されてしまい、支援の必要性が認識されることが学齢期以降に

    なることが多く、学校不適応などの二次的な適応障害を引き起こす1)ことが指摘さ

    れている。このような早期からの対応の遅れは子どもの「心」にも大きな負担をか

    け自我が成熟する思春期になると、精神科的合併症2),引きこもり3),マイナスの自

    己イメージが逆転し空想的な自我の肥大4)などが表面化してくると報告されている。

    2 次的な問題の予防のためにも早期発見・早期介入が課題であり、実際、高機能 PDD

    では早期介入を受けた児童の方が後年の適応が良い5)との報告もある。

    早期発見、すなわちスクリーニングの場として、保健所などで行われている乳幼

    児健康診査(以下健診と略す)があるが、集団生活をする前の時点での 3 歳児健診

    では問題が見えていないこと1)や、たとえ両親が問題に気付いていながらも健診場

    面で見逃される状況がある6)と指摘されている。行動の問題が顕在化するのは集団

    生活のはじまる保育所や小学校場面においてであり、保育士や教師が気付きながら

    も、両親に伝えることが躊躇され専門機関を紹介することが遅くなることが現状で

    ある。実際、小学校等への巡回相談では、特別支援の必要な子どもの保護者への説

    明において作業療法士(以下 OT と略す)など専門家の介入の必要がある7)との報

    告がある。

    保育所や小学校の保育士や教師が、両親に子どもの現状を伝えることに躊躇する

    要因の一つは、言葉の遅れのない LD,ADHD, 高機能 PDD の共通した特徴として集団

    や社会への適応能力の欠如といった「行動面」が指摘されている1)が集団生活内で

    の「行動面」がスクリーニングのための指標として確立するまでには至っていない

    ことである。特に、軽度の発達障害の発達経過において、幼児期には要領の悪い子,

    不器用な子,わがままな子,物覚えの悪い子,落ち着きのない乱暴な子と、様々な

    行動上の特徴は示されているものの、これらの行動特徴が発達障害に移行するのか

    という視点での研究は少ない。追跡調査としては、1 歳 6 ヵ月健診における母親から

    の相談でいちばん多いのは言語発達に関する相談(95.7~100%)8)であるため、言

    葉に関する追跡調査が数多く報告されている。青山ら9)は、1 歳 6 ヵ月健診時に「言

    語遅滞型」に分類されたものは 3 歳時点で 92.3%が発達障害へと発展したと報告し

    ている。また、小泉10)は、1 歳 6 ヵ月時点での「言語遅滞型」が 6 歳時点で 81.8%

    が発達障害に移行したと報告している。小関ら11)も、1 歳 6 ヵ月時点で言語発達の

    スクリーニング・テストである Early Language Milestones Scale と遠城寺式乳幼児分

    析的発達検査を参考にして作成されたチェックリストにて遅れ群と判定された児は

  • 4

    3 歳時点で境界線以下の精神遅滞(以下 MR と略す)と診断されたものが 67.3%,PDD

    と診断されたものが 3.6%,多動傾向のあるものが 18.2%と非遅れ群に比べて有意に

    差があり、特にスクリーニングに有用であった項目は言葉を話す能力の部分であっ

    たと報告している。このように言語に関する問題は、追跡調査の結果かなり高率に

    発達障害へ移行していることが見受けられる。一方、行動に関しては多動傾向を認

    める幼児に対して吉川12)が追跡調査を行った。1 歳 6 ヵ月健診にて親から離れてど

    んどん行ってしまい名前を呼んでも振り向かず親の位置も確認しない幼児が 6 歳時

    点で MR と診断されたものが 2.5%,PDD と診断されたものが 5%,ADHD と診断さ

    れたものが 55%であったと報告している。また、6 歳時点で ADHD と診断された幼

    児全員が 1 歳 6 ヵ月時に親から離れてどんどん行ってしまう行動とっていたことも

    指摘している。青山ら9)は、1歳 6 ヵ月時点で明白な環境要因が主因となり多動を

    呈している「環境因性多動型」を追跡し 3 歳時点でも多動であったものが 36.4%と

    報告している。小泉10)は、1 歳 6 ヵ月時点での「環境因性多動型」が 6 歳時点で

    ADHD と診断されたものが 6.7%であったと報告している。このように多動傾向を認

    める幼児が発達障害へと移行したり継続したりする割合は研究によって結果が様々

    で共通の見解が得られていないのが現状である。

    以上のことから、言語に関する問題は追跡調査の結果、高率に発達障害になる報

    告が多数され、現行の幼児健診においても「言葉の遅れ」が発達障害をスクリーニ

    ングするための指標としてとされている6)。一方、行動面に関しては、多動について

    追跡調査されている程度で発達障害になる割合についての共通見解がなく、チェッ

    クリストと直接観察の両面で研究を進める必要がある11)と言われている。

    本研究の目的は、LD, ADHD,PDD などを含めた発達障害のリスクを集団の場でス

    クリーニングできる指標を検討するための基礎的研究として、1.集団生活におい

    てなんらかの支援が必要さとされる幼児がどれほど存在するかを明らかにし、2.

    障害リスクの発達的特性を明らかにし、スクリーニングに有用な指標を、質問紙と

    継続的な行動観察により特定化することである。

    Ⅱ.研究プロトコール 1.対象

    A 市の保育所 6 ヶ所に在籍し、次年度就学を迎える 5~6 歳の幼児(以下年長児と

    する)を対象とした。通常の保育所に在籍し支援の必要のある発達障害のリスク児

    を抽出するのが目的であるので、すでに専門機関にて診断名を受け療育等の支援を

    受けている年長児は除外した。

    2.リスク児のスクリーニング方法

    障害名の確定は医師の診断によるものであるが、本研究では客観的な標準化され

    た検査によってある程度障害が予測される幼児をリスク児と概念的に定義した。ス

    クリーニングには以下のような大きく二つの手続きを経た。まず、第一段階として

  • 5

    その年長児を担当している保育士へ質問紙による実態調査を行った。次に、第二段

    階として保育士からの質問紙によって何らかの問題を指摘された年長児を約 6 ヶ月

    間継続的に筆者が行動観察を行い、行動特性の発達的変化を調査し行動の特徴を最

    終判断した。その後、行動観察を行った幼児全員に対し標準化された検査である日

    本版ミラー幼児発達スクリーニング検査(以下 JMAP と略す)13)を実施し、発達障

    害のリスク児を確定した(図 1)。本研究では、JMAP 総合点が下位通過率 25 パーセ

    ンタイル以下をリスク児と操作的に定義した。本論文では質問紙による実態調査を

    研究 1 として、その後の参与観察および JMAP による発達経過の分析を研究 2 とし

    て報告する。

    行動観察

    5月-

         

    11月-

    1月-

    JMAP  

    質問紙

    102名

    25名

    問題あり 問題なし

    図1 研究の手順

    Ⅲ.倫理的配慮

    研究に先立ち、その目的と方法を各保育所の所長へ筆者が文書と口頭にて説明し、

    象徴から保育士と年長児およびその保護者に同意を得てもらえるよう依頼した。同

    意が得られた保育所にて研究 1 を行った。また、研究 2 に際しては、保育所から OT

    である筆者へ行動観察と検査の依頼があった年長児のみを対象とした。

    Ⅳ.研究1 質問紙による実態調査 1.方法

    1)質問紙の選定

    文部科学省が実施した「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児

  • 6

    童生徒に関する全国実態調査」で LD,ADHD,高機能自閉症などの特性から「学習

    面」と「行動面」の二軸から評価することの重要性が指摘されている14)ことから、

    本研究でも何らかの支援を必要とするリスク児を抽出するには、幼児期における学

    習面の基礎となる能力を測定できる質問紙と保育所生活の中での行動面の問題を把

    握できる質問紙が必要と考えた。本研究では、幼児期における学習面の基礎となる

    能力のことを「学習基礎能力」と概念的に定義し、幼児期の集団で保育士が求める

    集団適応上の困難性を「行動面」問題ありと概念的に定義した。

    まず、「学習基礎能力」を測定できる質問紙を検索した。臨床で一般的には乳幼児

    の発達全般をみる質問紙として、津守式乳幼児精神発達質問紙15),遠城寺式乳幼児

    分析的発達検査法16),乳幼児発達スケール(KIDS)17)などがある。しかし、これ

    らの質問紙は生活場面に即した発達状況を評価するものであり、学習の基盤である

    認知発達や言語機能を評価する質問紙ではない。そこで、本研究では認知発達や言

    語機能を含む心理神経学的知見の枠組みを用いた「The Pupil Rating Scale Revised(以

    下 PRS と略す)」18)の下位領域「聴覚的理解と記憶」,「話しことば」,「オリエンテ

    ーション」,「運動能力」,「社会的行動」の 5 領域 24 項目をすべて採用した。PRS は、

    適用年齢 5~15 歳で、評定者は対象とする子どもと少なくとも 1 ヵ月以上接して本

    人をよく観察している担任教師もしくはそれに準じるものとされている。相対的な 5

    段階の評定法で回答され、本来は LD 児のスクリーニング・テストとして信頼性,妥

    当性が検討されている。しかしながら、PRS は教師による記入であるために相対的

    な評価になりやすいことや判断の下限がないために LD 以外の発達障害が含まれる1

    9)なども指摘されていること、また PRS を用いての LD リスク児の出現率は 15.3%20)~0.95%21)と幅があり共通の見解が得られていない。このような意味からも、

    本研究では LD 児をスクリーニングするために用いず、「学習基礎能力」を構成する

    認知面や言語機能といった下位領域の個人内差を見るために用いた。すなわち、下

    位領域の得点が手引にある LD リスク児の得点平均20)に 1 標準偏差を加えた得点以

    下である場合、その領域に問題ありと操作的に定義し、1領域でも問題ありの場合

    は「学習基礎能力」に問題ありと操作的に定義した。具体的には、「聴覚理解と記憶」

    は 10 点以下,「話しことば」は 13 点以下,「オリエンテーション」は 11 点以下,「運

    動能力」は 8 点以下,「社会的行動」は 21 点以下を、その領域に問題ありとした。

    もう一つの軸である「行動面」では、LD,ADHD,高機能 PDD の共通した特徴とさ

    れている集団や社会への適応上の困難性1)や、自閉症の中核に位置する症状とされ

    ている「社会性の障害」2)、ADHD 児の幼児期の行動特性として多動であり動作が

    乱暴であること22)、さらに LD 児の教室における行動として自発的行動の少なさ23)

    などが評価できる質問紙が必要と考えた。佐藤24)は、このような社会適応上の困難

    に陥りやすい原因として、ソーシャルスキルの欠如に言及し、「攻撃・妨害行動」,「多

    動・不注意行動」,「引っ込み思案行動」が関与していることを指摘している。また

    二次的障害として不登校を呈した LD 児の行動特徴として、自己評価が低い、つまり

    「自己否定感」があるとの報告もある25)。このことから、本研究では上記のような

  • 7

    「攻撃・妨害行動」,「多動・不注意行動」,「引っ込み思案行動」の有無をチェック

    できる質問紙として、「適応行動尺度(以下 ABS と略す)」26)の第 2 部よりそれぞ

    れ該当する項目「暴力および破壊的行動」,「過動傾向」,「自閉性」のみを採用した。

    また、「自己否定感」に関する項目は ABS にはないため、筆者が ABS の書式に従い

    項目を作成した。ABS の第 2 部は、問題行動の有無をチェックしその内容を無制限

    複数選択法にて回答される。本研究では、質問紙での下位項目「攻撃・妨害行動」,

    「多動・不注意行動」,「引っ込み思案行動」,「自己否定感」のうち一つでもあると

    チェックされた場合をその行動があると操作的に定義し、また一項目でもある場合

    を「行動面」問題ありと操作的に定義した。

    表 1 質問紙

    表 1-1 「学習基礎能力」(PRS) 表 1-2 「行動面」(ABS より改変)

    質問紙項目の内容について表1に示した。

    下位領域 項目

    Ⅰ.聴覚的理解と記憶 単語の意味を理解する力

    指示に従う能力

    クラスでの話し合いを理解する能力

    情報を記憶する能力

    Ⅱ.話しことば ことばの数(語彙)

    文法

    ことばを思い出す能力

    経験を話す能力

    考えを表現する能力

    Ⅲ.オリエンテーション 時間の判断

    土地感覚

    関係の判断

    位置感覚

    Ⅳ.運動能力 一般的な運動

    バランス

    手先の器用さ

    Ⅴ.社会的行動 協調性

    注意力

    手はずを整える能力

    新しい状況に対応する能力

    社会からの受け入れ

    責任感

    課題を理解し処理する能力

    心遣い

    下位項目 内容

    Ⅰ.攻撃・妨害行動 おどしたり暴力を加えたりする

    自分の物を乱暴に扱う

    他人の物を乱暴に扱う

    公共物を乱暴に扱う

    気性が激しく、かんしゃくもちである

    Ⅱ.引っ込み思案行動 極度に自閉的で、まったく動きがない

    自閉的ではあるが、いくぶん動きがある

    引っ込みがちで恥ずかしがりである

    Ⅲ.多動・不注意行動 動きすぎる傾向がある

    Ⅳ.自己否定感 自己評価が低い印象がある

  • 8

    2)実施方法

    2003 年 5 月に質問紙を各保育所所長に郵送し、所長が担当保育士に配布し回収し

    たものを、1~2 ヵ月後、筆者が受け取る留め置き調査法を用いた。

    3)調査結果の分析

    得られた結果は、何らかの問題がある児の人数を総対象人数にしめる比率で示し

    た。群間差の検定には、比率の差の検定(片側)を用いて分析した。各群の個体数

    が 5 以下の場合はフィッシャーの直接確率法による独立性の検定を用いた。また、

    各群内おける「学習基礎能力」の下位領域間と「行動面」の下位項目間の相関はピ

    アソンの相関係数の検定を用いて分析した。

    2.結果

    1)対象人数

    回答者は、保育士 9 名(経験年数 15.3±6.5 年、その児を担当期間 1.3±0.67 年)

    であった。全年長児 124 名分の質問紙を配布し、回収されたのは 121部(回収率 97.5%)、

    そのうち回答不備やすでに専門機関などで診断名を受け何らかの支援を受けながら

    在籍している年長児をのぞく有効データは 102 部(女児 53 名,男児 49 名)で、年

    齢は 5 歳 2 ヵ月~6 歳 2 ヵ月で平均 5.75±0.29 歳であった。

    2)調査結果

    「学習基礎能力」や「行動面」の問題を担当保育士により指摘された年長児は 102

    名中 59(女児 25,男児 34)名で、全体における割合は 57.8%であった。性比は 1:1.4

    と男児がやや多い結果であった。「学習基礎能力」に問題ありは 43(女児 15,男児

    28)名で 42.2%,「行動面」に問題ありは 37(女児 13,男児 24)名で 36.3%,「学習

    基礎能力」と「行動面」ともに問題ありは 21(女児 2,男児 19)名で 20.6%であっ

    た。

    (1)「学習基礎能力」の下位領域

    「学習基礎能力」の下位領域ごとの問題を指摘された人数と全有効数に対する比

    率は、「聴覚的理解と記憶」に問題があると指摘された年長児は 13 名(12.8%),「話

    しことば」では 9 名(8.8%),「オリエンテーション」では 21 名(20.6%),「運動能

    力」では 24 名(23.5%),「社会的行動」では 20 名(19.6%)であった(図 2)。

  • 9

    図2 「学習基礎能力」下位領域の問題を指摘された人数比率

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    聴覚的理解と記憶 話しことば オリエンテーション 運動能力 社会的行動

    %

    (2)「行動面」の下位項目

    「行動面」の下位項目ごとを指摘された人数と全有効数に対する比率は、「攻撃・

    妨害行動」では 22 名(21.6%),「多動・不注意行動」では 5 名(4.9%),「引っ込み

    思案行動」では 16 名(15.7%),「自己否定感」では 22 名(21.6%)であった(図 3)。

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    攻撃・妨害行動 多動・不注意行動 引っ込み思案行動 自己否定感

    図3 「行動面」下位項目を指摘された人数比率

  • 10

    3)群間差

    「学習基礎能力」や「行動面」に問題を指摘された年長児 59 名を、「学習基能力」

    と「行動面」ともに問題がある年長児 21 名を重複群,「学習基能力」のみ問題があ

    る年長児 22 名を学習単独群,「行動面」のみ問題がある年長児 16 名を行動単独群と

    して分類した。

    (1)「学習基礎能力」

    「学習基礎能力」に問題を指摘された年長児、重複群 21 名と学習単独群 22 名で、

    それぞれ下位領域ごとに問題を指摘された人数を各群内の総人数に占める比率で比

    較した(図 4)。重複群は「行動面」も指摘されている児なので当然ながら「社会的

    行動」を指摘されているものが 16 名(76.2%)と、学習単独群の 4 名(18.2%)と

    比較して有意に多い結果であった(z=3.81,p<0.0001)。「社会的行動」以外の下位

    領域では、重複群は「聴覚的理解と記憶」が 8 名(38.1%),「話しことば」が 7 名(33.3%),

    「オリエンテーション」が 8 名(38.1%),「運動能力」が 10 名(47.6%)であり、ど

    の領域も 3~5 割と比較的高率に認められた。一方、学習単独群は「聴覚的理解と記

    憶」が 5 名(22.7%),「話しことば」が 2 名(9.1%),「オリエンテーション」が 13

    名(59.1%),「運動能力」が 14 名(63.6%)であり、下位領域によって 1 割以下~6

    割以上と比率のばらつきが認められた。また両群ともに「オリエンテーション」と

    「運動能力」の問題は 4~5 割程度認められ共に高率に認められた下位領域であった。

    しかしながら、「話しことば」の問題は学習単独群では 1 割にも満たなかったが、重

    複群では 3 割以上認め有意にその問題を指摘される児が多い結果であった(z=1.95,

    p<0.05)。

    図4 「学習基礎能力」下位領域ごと問題を指摘された比率の比較

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    聴覚的理解と記憶 話しことば オリエンテーション 運動能力 社会的行動

    重複群

    学習単独群

  • 11

    それぞれの領域間での相関では、高い相関が認められたのは重複群では「聴覚的

    理解」と「話しことば」「オリエンテーション」「社会的行動」(r=0.68,0.71,0.60,

    p<0.05)であり、学習単独群では「聴覚的理解」と「話しことば」(r=0.72,p<0.05)

    の間であり群間差があった。

    (2)「行動面」

    「行動面」に問題を指摘された年長児、重複群 21 名と行動単独群 16 名の下位項

    目ごとに指摘された人数を各群内の総人数に占める比率で比較した(図 5)。下位項

    目を指摘された年長児の人数と比率は、重複群,行動単独群それぞれにおいて「攻

    撃・妨害行動」が 13 名(61.9%)と 9 名(56.3%),「引っ込み思案行動」が 9 名(42.9%)

    と 7 名(43.8%),「自己否定感」が 13 名(61.9%)と 9 名(56.3%)であり各群 4 割

    以上の比率を認め、群間差は認められなかった。唯一「多動・不注意行動」のみが

    重複群において 5 名(23.8%)指摘されているのに対し行動単独群では 0 名であった。

    図5 「行動面」下位項目ごと指摘された比率の比較

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    攻撃・妨害行動 多動・不注意行動 引っ込み思案行動 自己否定感

    重複群

    行動単独群

    それぞれの項目間での相関では、高い相関が認められたのは重複群では「攻撃・

    妨害行動」と「多動・不注意行動」(r=0.78,p<0.05)であり、行動単独群では「引

    っ込み思案行動」と「自己否定感」(r=0.52,p<0.05)の間であり群間差があった。

    3.考察

    1)出現率

    本研究の結果では、特別な支援を受けていない年長児で「学習基礎能力」や「行

    動面」で問題を持っていると担当保育士が回答した年長児の割合は 57.8%であった。

  • 12

    これは、2002 年に文部科学省が通常学級に在籍する小中学生を対象として行った実

    態調査14)で、「学習面」や「行動面」で著しい困難を持っていると担任教師が回答

    した児童生徒の割合が 6.3%であった結果をはるかに大きく上回った。これは、まず

    文部科学省での実態調査の目的は児童生徒を対象とし教育場面で指導上著しい困難

    をもつ子どもの抽出であるのに対し、本研究の目的は年長児を対象とし保育場面で

    一つでも下位領域や下位項目に問題がある場合をもカウントし、第一段階のスクリ

    ーニングとして幅を持たせているという根本的な違いがあった。すなわち、対象年

    齢が違うこと,問題とする基準が相違点であったためと解釈することができる。ま

    ず、本研究の対象は年長児であり低年齢であったことに関して、PRS では低年齢ほ

    ど評価点が低いこと27)、ABS では幼児の場合は必ずしも不適応行動と考えなくても

    よい項目が含まれている28)ことが報告されており、対象児の年齢が結果に影響して

    いることが推察された。心身ともに未熟で不安定な状態が起こりやすい小児は、発

    達途上の生理的な一過性の逸脱はしばしば見られると言われている29)ことからも、

    本研究では、現時点では何らかの逸脱は認めるが低年齢ゆえの一過性のもので後に

    問題が解消する(キャッチ・アップする)幼児も含まれている可能性が高い。次に

    質問紙の内容と問題とした基準の違いに関して、文部科学省の全国実態調査で用い

    た質問紙は、①学習面として LD に関するチェックリスト,②行動面として ADHD

    に関するチェックリストと高機能自閉症に関するスクリーニング質問紙などからな

    り、基準も質問の試行による信頼度の確認とともに基準を設定しており、障害に焦

    点を当てて障害児を抽出することを目的としている。それに対し本研究では、LD 児

    のスクリーニング・テストを使用しているが LD リスク児を抽出する基準を用いず、

    LD リスク児の平均値より 1 標準偏差を加えた数値以下の得点を示し場合を問題あり

    とし一領域でも問題ありとされた児をカウントし、「行動面」に関しては一つでもあ

    る場合をその項目が認められるとしてカウントしているため、より多くの人数を取

    り込んでいると考えられる。

    2)群間差

    (1)「学習基礎能力」

    本研究では、「学習基礎能力」の下位領域が、重複群はすべての領域で対象児の 3

    割強以上の問題を指摘されているのに対し、学習単独群はそれぞれの領域によって 1

    割以下から 6 割以上の問題の指摘をされており比率にばらつきが認められた結果で

    あった。重複群では下位領域のなかで最も比率が高かったものは「社会的行動」で

    あり、これは「行動面」にも指摘されている重複群では当然のことと解釈できる。

    それ以外の領域は、4割近くの比率で認められていることから各個人が複数の下位

    領域に問題を指摘されていると考えられる。また、「聴覚的理解と記憶」が「話しこ

    とば」,「オリエンテーション」,「社会的行動」との間に相関が認められ、幅広い下

    位領域の問題が言語獲得の最も重要な基盤である「聴覚的理解と記憶」30)を基礎と

    している可能性が示唆される結果であった。先行研究9)~11)では、言語に何らかの

    問題を認める児が高率に発達障害に移行していると報告されているため、本研究に

  • 13

    おける重複群も発達障害リスクである可能性が高いと考えられる。また、PRS はそ

    もそも LD リスク児をスクリーニングするために健常児とはっきり判別することが

    出来る 5 領域を選定して構成されている30)ため、この 5 領域に高率に問題が指摘さ

    れる重複群では、LD を含んだ発達障害のリスクが高いことが予測される。

    学習単独群では、「オリエンテーション」と「運動能力」が高率に認められている

    ことから、この2つの問題を共通して指摘されている児が多いことが考えられる。

    また、「聴覚的理解と記憶」が同じ言語性領域である「話しことば」としか相関がな

    かったことから、学習単独群は問題が言語性の領域よりもむしろ「オリエンテーシ

    ョン」と「運動能力」に特異的に問題が認められる特徴があると考えられる。「オリ

    エンテーション」は、自分から見た時間,場所,方向ならびにそれぞれからみた自

    分との関係について認識する能力であり30)、「運動能力」はこの「オリエンテーシ

    ョン」を背景として、空間時間のなかで運動をスムーズに行う能力である。そのた

    めにこの領域の問題は、環境に適応した運動表出の問題を示していると考えられる。

    先行研究においては、3~4 歳時に低遂行であった運動系項目は就学前には改善した

    ものが多かった31)との報告もあることから、本研究での学習単独群は運動表出の問

    題も改善され、発達障害のリスクが少なくなる可能性もあり経過を追う必要がある。

    (2)「行動面」

    本研究では、「行動面」の下位項目「多動・不注意行動」以外が重複群,単独群共

    にほぼ同率で高率に認められた結果であった。ABS では幼児の場合は必ずしも不適

    応行動と考えなくてもよい項目が含まれている28)とのことからも、「攻撃・妨害行

    動」と「引っ込み思案行動」および本研究にて作成した「自己否定感」の項目は、

    幼児の場合は必ずしも問題と考えなくてもよい可能性がある。一方、重複群のみ「多

    動・不注意行動」が認められたことは、学習の基盤である認知発達の問題が関連し

    ている可能性が考えられた。また、重複群では「多動・不注意行動」が「攻撃・妨

    害行動」との相関が認められており、これらの年長児では多動と動作の乱暴さをと

    もに示す傾向がうかがえた。ADHD 児では認知的問題32)を背景として幼児期の多

    動と乱暴という行動特性22)があると考えられることとの類似性が認められた。しか

    しながら、多数の先行研究9),10),12)が示すように、幼児期の「多動」傾向はその

    後、発達障害となった比率の共通見解が得られていない。すなわち、本研究におい

    ても「多動・不注意行動」を指摘された幼児の経過を追い発達障害のリスクの有無

    を検討することが必要であると考える。

    4.質問紙調査の限界と研究課題

    研究 1 では、質問紙により発達障害リスク児のスクリーニングを試みた。その結

    果、「基礎学習面」や「行動面」に問題のある年長児の出現率が非常に大きかった。

    この理由は、使用した質問紙は対象児の年齢からの影響を受けていることと,「問題

    あり」とする基準が緩やかであったことが挙げられる。しかし、「学習基礎能力」と

    「行動面」ともに問題を指摘された重複群は PRS の下位領域全般に問題を指摘され

  • 14

    ていること,言語性の問題を基盤とする全般的な問題が認められていることから、

    発達障害リスクであるかの可能性が高いと予測できる。一方、「オリエンテーション」

    や「運動能力」に問題を多く指摘された学習単独群や多くの行動面での問題を指摘

    されていた行動単独群が発達障害リスクとして考えてよいかは不明な点が多い。す

    なわち、先行研究が指摘するように質問紙の結果からは予測の範囲にとどまり、直

    接行動を観察する必要性がある11)と考える。

    よって、研究2では研究 1 で導き出された研究課題を検証することと、発達障害

    リスク児の行動特徴を見出すことを目的として行う。

    Ⅴ.研究2 行動観察と JMAP 1. 方法

    1)対象

    研究1で保育士により質問紙にて「学習基礎能力」や「行動面」に問題ありと指

    摘された年長児のうち、保育所から OT である筆者に行動観察と JMAP 施行の依頼の

    あった児を対象とした。

    2)行動観察の方法

    2003 年 5 月から 11 月の約半年間、6ヵ所の保育所に月に 1 回それぞれ合計 6~7

    回の参与観察を行った。それぞれの保育所に月に 1 回、1 日約 8 時間行動観察を行い、

    観察の補助としてビデオ撮影を行った。ビデオ撮影は保育活動における対象児の通

    常の行動を観察できるよう配慮した。観察内容は、質問紙にて指摘された「攻撃・

    妨害行動」,「多動・不注意行動」,「引っ込み思案行動」,「自己否定感」のそれぞれ

    の行動が約半年でどのように変化したかに着目した。観察後、対象児の行動を文章

    化した。また、ビデオ記録を見ながら筆者以外の発達障害領域の作業療法に従事す

    る OT3 名以上とともに検討し、筆者の判断の信頼性を確認した上で最終判断を行っ

    た。このような手続きで最終判断された対象児の行動を、観察後「行動面」と操作

    的に定義した。

    3)JMAP 選定理由と実施方法

    軽度発達障害のリスク児を確定する手段として JMAP を採用した。JMAP は軽度発

    達障害のリスク児を早期に発見しその発達特性の概要を捉えるために標準化された

    検査で、主に対象児の感覚運動機能,認知機能に関連する作業遂行要素を評価し、

    感覚統合機能に関連する項目も多く含まれている。基礎能力(基本的な感覚運動機

    能),協応性(複合的な粗大運動,巧緻運動),言語,非言語,複合能力(感覚運動

    能力と認知能力の複合課題)の 5 つの検査領域によって構成され幅広い発達領域を

    カバーしており、5 領域および総合点は標準サンプルにおける通過率(パーセンタイ

    ル)をもとに 3 段階(危険域:5 パーセンタイル以下,注意域:6~25 パーセンタイ

    ル,標準域:26 パーセンタイル以上)のスコアに変換される。総合点が 5 パーセン

    タイルであれば精査が必要,25 パーセンタイル以下であれば経過観察が必要である

  • 15

    と判断される33)。岩永ら34)はこの 25 パーセンタイルの判別点を用いると高機能

    PDD は全て、ADHD 児は 9 割がスクリーニングされると報告している。このような

    理由から本研究では JMAP を用いることにした。

    JMAP は、行動観察が終了時、2003 年 11 月から 2004 年1月に実施した。JMAP の

    結果は JMAP 検査マニュアル13)に従い採点し、本研究では総合点が通過率下位 25

    パーセンタイル以下を発達障害のリスク児とし、26 パーセンタイル以上を非リスク

    児とした。

    4)結果の分析

    JMAP にてリスク児,非リスク児と判断された幼児の特徴を、保育士により回答さ

    れていた「学習基礎能力」と「行動面」の状況を検討し実人数で示した。さらに、

    リスク児と非リスク児をそれぞれ観察後「行動面」問題ありとなしの群に分け、合

    計4つの群間で行動観察の記録を基に質的行動特徴と JMAP 下位領域のスコア状況

    の特徴についても検討した。

    2. 結果

    1)対象人数

    保育士から「学習基礎能力」および「行動面」で何らかの問題を指摘された幼児

    59 名のうち、保育所側から OT へ経過観察と検査の依頼があったのは 25 名(42.4%)

    であった。25 名の内訳は、重複児は 21 名中 11 名,学習単独児は 22 名中 3 名,行動

    単独児は 16 名中 11 名であった。

    2)観察後「行動面」

    質問紙にて「行動面」問題ありと指摘された年長児は 22 名であったが、観察後「行

    動面」問題ありと判断された児は 12 名であった。「攻撃・妨害行動」は質問紙では

    13 名指摘されており、参与観察後では継続して認められた児が 6 名,新たに認めら

    れたのが 1 名で合計 7 名であった。「多動・不注意行動」は 3 名指摘され観察後も継

    続して認められた児が 3 名全員で新たに認められたのがさらに 3 名おり合計 6 名で

    あった。「引っ込み思案行動」は 9 名指摘され観察後も継続して認められた児は 1 名

    のみで新たに認められた児はいなかった。「自己否定感」は 11 名指摘され観察後も

    継続して認められた児は 4 名で新たに認められた児はいなかった。

  • 16

    3)リスク児

    JMAP 総合点 25 パーセンタイル以下であったリスク児は 8(女児 2,男児 6)名で

    あった。リスク児となったのは、重複群 11 名中 6 名、学習単独群 3 名中 1 名、行動

    単独群 11 名中 1 名でありすべての群にリスク児が存在した(図 6)。

    JMAP  

    保育士への質問紙

    102名

    25名

    図6 結果

    問題あり 問題なし59名

    リスク児1名

    非リスク児2名

    リスク児6名

    非リスク児5名

    リスク児1名

    非リスク児10名

    3名 11名 11名

    学習単独群 22名    

                      

         

     

    重複群 21名

    行動単独群16名               

              

    (1)「学習基礎能力」からの特徴

    保育士が質問紙にて「学習基礎能力」の問題を指摘していた人数をリスク児と非

    リスク児ごとに図 7 に示した。「学習基礎能力」の下位領域については、リスク児で

    は「話しことば」の問題を指摘されていた児が 5 名,「聴覚的理解と記憶」の問題を

    指摘されていた児が 3 名であるのに対して、非リスク児はともに 0 名であり、リス

    ク児のみに指摘されていた領域であった。また、「話しことば」を指摘された幼児 5

    名には同じ言語に関する領域「聴覚的理解と記憶」の問題を指摘された幼児 3 名が

    含まれていた。さらに「話しことば」の問題と「聴覚的理解と記憶」の問題を指摘

    されていた児の下位項目について検討した。「話しことば」の下位項目「経験を話す

    能力」と「考えを表現する能力」は 5 名全員が平均以下と指摘されていたのに対し、

    「ことばの数」と「文法」は 5 名中 3 名が平均以下であった。「聴覚的理解と記憶」

    の下位項目「クラス(集団の中)での話し合いを理解する能力」は 3 名全員が平均

    以下と指摘されていた。

  • 17

    0

    2

    4

    6

    8

    10

    12

    聴覚的理解と記憶 話しことば オリエンテーション 運動能力 社会的行動

    非リスク児 17名

    リスク児 8名

    図7 「学習基礎能力」下位領域ごと問題を指摘されていた人数

    (2)「行動面」からの特徴

    保育士が質問紙にて「行動面」の問題を指摘していた人数をリスク児と非リスク

    児ごとに図 8 に示した。質問紙「行動面」の下位領域については、リスク児と非リ

    スク児それぞれ「攻撃・妨害行動」は 4 名と 9 名、「多動・不注意行動」1 名と2名、

    「引っ込み思案行動」は 4 名と 5 名、「自己否定感」は 4 名と 7 名であり、リスク児

    に特徴的な「行動面」の問題は見いだせなかった。

    0

    2

    4

    6

    8

    10

    12

    14

    攻撃・妨害 多動・不注意 引っ込み思案 自己否定感

    非リスク児 17名

    リスク児 8名

    図8 「行動面」下位項目ごと指摘されていた人数

  • 18

    (3)行動観察と JMAP からの特徴

    リスク児と非リスク児をそれぞれ観察後「行動面」問題ありとなしの群に分け、

    それぞれの群において参与観察による質的な行動特徴と JMAP 下位領域のスコア状

    況の特徴を以下に述べた。

    ①リスク児で観察後「行動面」問題ありと判断された児の特徴

    リスク児で観察後「行動面」問題ありと判断された児は 4 名であった。この 4 名

    の行動面と JMAP 結果について表 2 に示した。相手の行動や反応に無関心で自分の

    したい行動を優先する、つまり周囲の大人や子どもの言動に気付かず、相手の気持

    ちを考慮せずに自分のやりたい行動だけをやってしまい、自分の行動を調整し直す

    ことができていない「攻撃・妨害行動」もしくは「多動・不注意行動」傾向がある

    と判断された児は、重複群の事例 A,B であった。また、課題ができなかった時に関

    係のない人を叩く「攻撃・妨害行動」を示すものや、感情のままに泣き出して課題

    へ再挑戦しない「自己否定感」といった反応を継続して認められるものが重複群の

    事例 C,行動単独群の事例 O であった。共通して 4 名とも、自分がした行動が周囲

    へどう影響を及ぼすのかを予測できない傾向が認められ、保育内での一般的な指導

    でも改善が認められなかった。

    JMAP では 4 名すべてが言語領域 25 パーセンタイル以下であり、4 名中 3 名が複

    合能力 25 パーセンタイル以下であった。下位領域 3 つ以上が 25 パーセンタイル以

    下であるのは、重複群の事例 A と C,行動単独群の事例 O であった。また、行動単

    独群の事例 O は総合点 1 パーセンタイルと低く、すべての下位領域が 25 パーセンタ

    イル以下であり複合能力以外は 5 パーセンタイル以下の危険域であった。

    表 2 リスク児で観察後「行動面」問題あり児の行動面と JMAP

    行動面 JMAP 攻撃・妨害 多動・

    不注意

    引っ込み

    思案

    自己否定

    群 ID 性 前 後 前 後 前 後 前 後

    総合 基礎能

    協応

    言語 非言

    複合

    能力

    重複 A m ☆ ★ 10 1 3 19 99 21

    重複 B m ☆ ★ ☆ ★ 25 58 89 13 30 34

    重複 C m ★ ☆ ☆ ★ 5 41 62 1 7 13

    行動単独 O f ☆ ★ ☆ ★ 1 1 5 1 1 15

    ②リスク児で観察後「行動面」問題なしと判断された児の特徴

    リスク児で観察後「行動面」問題なしと判断された児は 4 名であった。この 4 名

    ☆ :質問紙「行動面」問題あり

    ★ :参与観察後「行動面」問題あり

    :JMAP 通過率下位 25 パーセンタイル以下

  • 19

    の行動面と JMAP 結果について表 3 に示した。この 4 名全員が集団行動からは大き

    く外れることなく大人しく座っていることが多く、その内、重複群の事例 D,E,F

    の 3 名は、自分から集団に関わっていくことが少なく自分を表現することも少ない

    「引っ込み思案行動」もしくは「自己否定感」を指摘はされていた。年度後半では、

    集団内でやるべき事が明確な役割的な行動や指示されたことであればできるように

    なっており、最終的には集団への不適応行動としての行動特性は改善傾向にあると

    判断された。

    JMAP では 4 名中 3 名が言語領域 25 パーセンタイル以下であり、また 4 名中 3 名

    が基礎能力 25 パーセンタイル以下であった。複合能力 25 パーセンタイル以下のも

    のは 4 名中 2 名ではあったが、下位検査項目「人物画」が低スコアであったものは 4

    名中 3 名であった。協応性領域と非言語領域が 25 パーセンタイル以下のものはいな

    かった。

    表 3 リスク児で観察後「行動面」問題なし児の行動面と JMAP

    行動面 JMAP 攻撃・妨害 多動・

    不注意

    引っ込み

    思案

    自己否定

    群 ID 性 前 後 前 後 前 後 前 後

    総合 基礎

    能力

    協応

    言語 非言

    複合

    能力

    重複 D m ☆ ☆ 5 1 27 33 65 13

    重複 E f ☆ ☆ ☆ 4 21 99 1 59 25

    重複 F m ☆ 25 41 42 19 30 66

    学習単独 L m 3 12 62 1 65 34

    ③非リスク児で観察後「行動面」問題ありと判断された児の特徴

    非リスク児で観察後「行動面」問題ありと判断された児は 8 名であった。この 8

    名の行動面と JMAP 結果について表 4 に示した。相手が明らかに不快に感じると判

    っていて叩いたり大声を出したりする「攻撃・妨害行動」もしくは「多動・不注意

    行動」傾向があると判断されたものは、重複群の事例 G と H,学習単独群の事例 Q,

    行動単独群の事例 R の 4 名であった。また、他児と一緒に行動しているものの興奮

    しやすく動き回り、集団の場で出し抜けに答えるなどの「多動・不注意行動」傾向

    があるものが、重複群の事例 I,行動単独群の事例 P,学習単独群の事例 M の 3 名で

    あった。また、相手の反応を気にしすぎることや相手が困るだろうことを予測して

    あえて課題へ挑戦しない「自己否定感」傾向を継続して示すと判断された児は行動

    単独群の事例 R と S の 2 名であった。

    ☆ :質問紙「行動面」問題あり

    ★ :参与観察後「行動面」問題あり

    :JMAP 通過率下位 25パーセンタイル以下

  • 20

    JMAP では「多動・不注意行動」傾向があると判断された 5 名のうち重複群の事例

    H と I,行動単独群の事例 P,学習単独群の事例 M の 4 名が言語領域 25 パーセンタ

    イル以下であった。

    表 4 非リスク児で観察後「行動面」問題あり児の行動面と JMAP 結果

    行動面 JMAP 攻撃・妨害 多動・

    不注意

    引っ込み

    思案

    自己否定

    群 ID 性 前 後 前 後 前 後 前 後

    総合 基礎

    能力

    協応

    言語 非言

    複合

    能力

    重複 G f ☆ ★ ☆ ★ 43 31 99 99 99 55

    重複 H m ☆ ★ ☆ ★ 69 93 62 19 65 99

    重複 I m ☆ ★ 36 30 27 13 65 99

    行動単独 P m ☆ ★ 88 93 89 19 99 99

    学習単独 M m ★ 30 58 62 13 99 21

    行動単独 Q f ☆ ★ 60 58 14 99 59 99

    行動単独 R m ☆ ★ ☆ ☆ ★ 53 99 42 59 65 21

    行動単独 S f ☆ ☆ ★ 43 21 29 55 59 99

    ④非リスク児で観察後「行動面」問題なしと判断された児の特徴

    非リスク児で観察後「行動面」問題なしと判断された児は 9 名であった。この 9

    名の行動面と JMAP 結果について表 5 に示した。この 9 名には保育士から「引っ込

    み思案行動」や「自己否定感」を指摘されている児が多かった。しかし、保育活動

    の中で失敗してもとがめられずむしろ達成できたことを十分に褒められるような対

    応をされたことや、集団内で重要な役割が与えられ達成できたり、難しい課題に対

    して手順を段階的に示され達成できたりして満足そうな表情を見せるようになり、

    年度後半には集団行動上での問題は改善され認められなくなった児が重複群の事例

    J と K,行動単独群の事例 T,U,V の 5 名であった。また、「攻撃・妨害行動」を指

    摘されており、年度前半はとっさに相手を叩くなどの行動が認められたが、年度後

    半では見られなくなり改善傾向であると判断された児は行動単独群の事例 W,X,Y

    の 3 名であった。不適応行動は指摘されず、半年間不適応な行動までにはいたらな

    かった児は学習単独群の事例 N の 1 名であった。

    JMAP では「攻撃・妨害行動」を指摘されたうちの行動単独群の事例 X と Y は非

    言語領域 25 パーセンタイル以下であり、「自己否定感」を指摘されていた行動単独

    ☆ :質問紙「行動面」問題あり

    ★ :参与観察後「行動面」問題あり

    :JMAP 通過率下位 25 パーセンタイル以下

  • 21

    群の事例 U は複合能力が 25 パーセンタイル以下,「引っ込み思案行動」と「自己否

    定感」を指摘されていた行動単独群の事例 T が基礎能力と協応性が 25 パーセンタイ

    ル以下となり、他の 5 名は JMAP 下位領域すべて標準域であった。

    表 5 非リスク児で観察後「行動面」問題なし児の行動面と JMAP 結果

    行動面 JMAP 攻撃・妨害 多動・

    不注意

    引っ込み

    思案

    自己否定

    群 ID 性 前 後 前 後 前 後 前 後

    総合 基礎

    能力

    協応

    言語 非言

    複合

    能力

    学習単独 N m 36 30 27 58 99 66

    重複 J m ☆ 88 78 89 33 99 99

    重複 K m ☆ ☆ 41 30 42 99 65 34

    行動単独 T f ☆ ☆ 58 11 18 99 99 99

    行動単独 U m ☆ 36 58 89 33 99 13

    行動単独 V f ☆ 90 91 81 99 59 55

    行動単独 W f ☆ ☆ 90 73 99 55 99 99

    行動単独 X f ☆ 43 73 56 99 23 55

    行動単独 Y f ☆ 28 91 56 25 23 25

    3.考察

    本研究では重複群から高率にリスク児が認められたが、すべての群からリスク児

    が認められた結果であった。このことから、「学習基能力」と「行動面」ともに問題

    を指摘されていた重複群がリスク児をスクリーニングする際の有用な指標にはなり

    得ないと考えられた。次に「学習基礎能力」と「行動面」からについて考察する。

    (1)「学習基礎能力」

    本研究では、「話しことば」の問題と「聴覚的理解と記憶」の問題といった言語に

    関する領域がリスク児のみに指摘されていた結果であった。さらに詳細に言うと「話

    しことば」の下位項目では「経験を話す能力」と「考えを表現する能力」に問題が

    あり、「聴覚的理解と記憶」の下位項目では「クラス(集団の中)での話し合いを理

    解する能力」に問題があった。このことは、言語に関する問題を追跡調査し高率に

    発達障害になる先行研究9)~11)と一致している。すなわち、本研究からも言語に関

    する問題は、発達障害のリスク児を早期発見するために有用な指標であることが確

    認された。また、「話しことば」を指摘された幼児 5 名には同じ言語に関する領域「聴

    ☆ :質問紙「行動面」問題あり

    ★ :参与観察後「行動面」問題あり

    :JMAP 通過率下位 25 パーセンタイル以下

  • 22

    覚的理解と記憶」の問題を指摘された幼児 3 名が含まれ、統計学的には「話しこと

    ば」がより有意にリスク児に認められた結果であった。この結果は、障害児スクリ

    ーニングを行った際に有用であった項目が言葉を聞き取る能力の項目よりも話す能

    力であった11)との報告とも一致している。すなわち、本研究からも言語に関する問

    題、特に「話しことば」の問題、詳細には「経験を話す能力」の問題と「考えを表

    現する能力」の問題が、スクリーニングの指標として有用であることが確認するこ

    とができた。

    (2)質問紙と参与観察からの「行動面」

    本研究では、リスク児に特徴的な質問紙での「行動面」の問題は見いだせない結

    果であった。すなわち、質問紙による「行動面」の問題の有無だけではリスク児を

    スクリーニングするための有用な指標にはなり得ないことが考えられた。

    また、質問紙にて「行動面」問題ありと指摘された 22 名中、観察後「行動面」問

    題ありと判断された児は 12 名と人数が減少したという結果であった。特に減少した

    行動は「引っ込み思案行動」と「自己否定感」であった。この結果は、年長児が半

    年間の通常の保育活動をとおして「引っ込み思案行動」や「自己否定感」を改善し

    ていく能力があることを示したと考えられる。一方、「多動・不注意行動」は半年間

    継続しさらにこの行動を認めた児が増えたという結果であった。これは、年長児が

    半年間の通常の保育活動をとおして「多動・不注意行動」を改善できなかったこと

    を示し、何らかの専門的な支援が必要なのか、あるいはたった半年だけでは変わり

    にくい行動でさらなる経過観察が必要なのかを検討する必要性があると思われた。

    また、年長児において質問紙で指摘された「行動面」の問題が減少し、「多動・不注

    意行動」では質問紙で指摘されなくても参与観察によって認められたことからも、

    質問紙では一時的な行動を捉えることは出来ても年長児においてダイナミックに変

    わりうる行動までは捉えることが出来なかったと考えられる。

    さらに本研究では、参与観察による質的行動特徴をリスク児と非リスク児での違

    いを検討した。その結果、同じ「多動・不注意行動」や「攻撃・妨害行動」を指摘

    された年長児でも、リスク児の行動は周囲の大人や子どもの言動に気付かず、相手

    の気持ちを考慮せずに自分のやりたい行動だけをやってしまい、自分の行動を調整

    し直すことができていない特徴があり、非リスク児の特徴は相手が明らかに不快に

    感じると判っていての行動であった。同じ「自己否定感」を指摘されていた年長児

    でも、リスク児の行動は課題ができなかった時に感情のままに泣き出して課題へ再

    挑戦しない特徴があり、非リスク児の特徴は相手の反応を気にしすぎることや相手

    が困るだろうことを予測してあえて課題へ挑戦しない行動が認められた結果であっ

    た。すなわち、本研究から「行動」の問題の有無だけではなく、継続的な参与観察

    によるその質的行動特徴、とりわけ対象児が周囲にどのように影響をあたえるかな

    どの相手の気持ちを判っての意図した行動かどうかが、発達障害のリスク児をスク

    リーニングできる指標になる可能性が示された。

  • 23

    (3)「学習基礎能力」と「行動面」と質的行動特徴と JMAP からの考察

    ①リスク児で観察後「行動面」問題ありと判断された児の特徴

    リスク児で観察後「行動面」問題ありと判断された 4 名は、「学習基礎能力」より

    も「行動面」のほうが観察後も継続して問題を認められる傾向があり、「攻撃・妨害

    行動」と「多動・不注意行動」、「引っ込み思案行動」と「自己否定感」という組み

    合わせで観察後「行動面」の問題が認められる傾向にあった。JMAP では、言語領域

    と複合能力が共に低い傾向が認められた。複合能力は、感覚運動能力と認知能力の

    複合能力31)であり、これら年長児では言語や認知能力の発達的基盤である感覚運動

    能力の問題が背景にあると推測される結果であった。実際、言語領域の下位検査項

    目では 4 名全員が「指示の理解」と「文章の反復」に低スコアを認め聴覚的刺激を

    順序だてて記憶することや、複合能力の下位検査項目である「人物画」が低スコア

    で人物画の顔以外が線で描かれている,体幹から直接手が出ているなど体のイメー

    ジの弱さがうかがえた。自分の行動が周囲へどう影響をおよぼすのかを予測できな

    い傾向は、聴覚的刺激に対する処理の未熟さと体のイメージの未熟さが背景に考え

    られる。すなわち、これらの質的行動特徴の問題は、順序だてて行動を制御するこ

    とや自分の行動に対する周囲の言動に注意を向けることが難しいためと考えられる。

    また、言語領域が低く複合能力がやや劣るパターンは Miller35)のいう「言語および

    /または話し言葉の障害の可能性のパターン」と類似している。岩永ら36)は JMAP

    にてこのパターンを示す児の主訴が「言葉の遅れ」のほか「自己中心的」「他児との

    協調性がない」もあり、観察においても聴覚的な注意力,集中力の低さが目立った

    と報告しており、本研究の結果とほぼ一致した。つまり、この年長児らは発達障害

    のパターンを示しており、このパターンが発達障害のスクリーニングに有用な指標

    にもなると考えられる。

    ②リスク児で観察後「行動面」問題なしと判断された児の特徴

    リスク児で観察後「行動面」問題なしと判断された 4 名は、「行動面」よりも「学

    習基礎能力」に問題を指摘されており、下位領域では「話しことば」と「聴覚的理

    解と記憶」と「運動能力」の 3 領域に共通して問題を指摘されている傾向にあった。

    JMAP では、言語領域と基礎能力が共に低い傾向があった。言語領域の下位検査項目

    では 4 名全員が「指示の理解」が低スコアであり 4 名中 3 名が「一般的知識」も低

    スコアであり順序だてて記憶する以前に言語的な知識の少なさがうかがえた。また、

    基礎能力の下位検査項目では 4 名全員が触覚系の検査「立体覚」や「手指判別」が

    低スコアであり基本的な感覚調整の未熟さがうかがえた。さらに、複合能力の下位

    検査項目「人物画」では 4 名中 3 名が低スコアで、顔に目と口しかない,上肢下肢

    が線のみで描かれているなど身体のイメージの弱さがうかがえた。保育士から指摘

    された「学習基礎能力」の下位領域「聴覚的理解と記憶」と「話しことば」の問題

    は、聴覚的刺激を順序だてて覚えることの弱さと言語的知識の少なさと一致してい

    た。また「運動能力」の問題は触覚という基本的な感覚の未熟さが背景とした身体

    知覚と運動企画の未熟さに影響を及ぼしていると考えられ、Ayres37)が提示した発

  • 24

    達性行為障害との関連性もうかがえた。このような特徴は、岩永ら36)による JMAP

    での再分類によると JMAP のみに見られた協応性領域のみが標準域であるパターン

    と類似していた。このパターンを示す幼児は、認知面が全般的に低いレベルで言語

    理解やルールの理解が悪く幼い印象があったと報告されており、本研究との一致点

    も多い。この年長児らは、当初保育士から「引っ込み思案行動」と「自己否定感」

    が行動特徴として指摘されていたが、この行動の背景には言語と行為の未熟さがあ

    ることが示唆された。

    ③非リスク児で観察後「行動面」問題ありと判断された児の特徴

    非リスク児で観察後「行動面」問題ありと判断された児 8 名は、「学習基礎能力」

    よりも観察後「行動面」に多くの問題が認められる傾向があり、「攻撃・妨害行動」

    と「多動・不注意行動」の組み合わせと「自己否定感」が継続する傾向が認められ

    た。JMAP では言語領域のみ低い児が多く、他の下位領域も共に低い児は少ないこと

    から、健常児と比較すると発達段階の未熟性があると考えられる。また、この年長

    児らの質的行動特徴は相手の反応を明らかに予測し意図して行っていることからも、

    今後クラス内での保育的支援でキャッチ・アップする可能性があると考えられる。

    ④非リスク児で観察後「行動面」問題なしと判断された児の特徴

    非リスク児で観察後「行動面」問題なしと判断された児 9 名は、「学習基礎能力」

    も「行動面」にも特徴的な組み合わせとして認められない傾向があった。JMAP でも

    25 パーセンタイル以下を示す領域が少なく、特徴的な組み合わせは見当たらなかっ

    た。つまり「学習基礎能力」や「行動面」の特徴的な問題がないことが JMAP の特

    徴的なスコアの低さがないことが関連していると考えられる。また、この児は現状

    において観察後「行動面」にも問題が認められないため支援の必要がない健常児で

    あると考えられる。

    Ⅵ.結論 通常の保育所に在籍している年長児を対象に質問紙ならびにその後の参与観察と

    標準化された検査でのスクリーニングを試みた。その結果、「学習基礎能力」からの

    リスク児の特徴は、「聴覚的理解と記憶」と「話しことば」と「運動能力」の下位領

    域の問題が組み合わされて指摘され、さらに「話しことば」の問題は「経験を話す

    能力」の問題と「考えを表現する能力」の問題と有意にあり「聴覚的理解と記憶」

    では「クラス(集団の中)での話し合いを理解する能力」の問題が有意に認められ

    た。一方「行動面」での特徴は、「攻撃・妨害行動」と「多動・不注意行動」や「引

    っ込み思案行動」と「自己否定感」の組み合わせで継続して認められたが、有意差

    はなく行動の有無だけでは特徴が見いだせなかった。しかしながら、リスク児の質

    的行動特徴は、とりわけその行動が相手に対して意図的でないことが認められた。

    すなわち、発達障害のリスク児になる可能性が高く経過観察が必要な年長児をス

    クリーニングするための有効な指標は、1.「学習基礎能力」では「経験を話す能力」

  • 25

    と「考えを表現する能力」の問題が認められることやさらに「クラス(集団の中)

    での話し合いを理解する能力」の問題や「運動能力」の問題が組み合わされて認め

    られること、2.「行動面」では「攻撃・妨害行動」と「多動・不注意行動」や「引

    っ込み思案行動」と「自己否定感」が継続して認められることと、さらにその行動

    が相手に対して意図的でないことが本研究から示唆された。

    Ⅶ.今後の課題と本研究の意義 本研究では JMAP 総合点 25 パーセンタイル以下をリスク児と定義したが、実際、

    発達障害であることは確認できなかったという限界があり、見出された特徴も少な

    いサンプル数でのみの傾向を見たにとどまった。今後はサンプル数を増やし、経過

    をより長期的に観察し、実際に発達障害であるのか専門機関とも連携して検討を重

    ねる必要がある。また、本研究では参与観察による観察後「行動面」を、ビデオ記

    録を基に発達障害領域に従事する OT3 名以上の同意のもとに判断したが厳密性にお

    いては欠けていた。今後は、ビデオ記録を基にそれぞれの判定者が本研究で見出さ

    れた発達障害のリスク児になる可能性の高い特徴、とくに行動の質もチェックでき

    るチェックリストを考案して使用し判定者感の一致度が 80%以上のもののみを採用

    するなど、信頼性を高める必要がある。さらに、ビデオ撮影も本研究から見出され

    た発達障害のリスク児になる可能性の高い行動を中心に行うことや、ビデオ記録も

    その行動が明確に出ている部分を編集するなどの工夫することも必要である。

    最後に、本研究の意義は以下の2つがあると考えた。まず一つは、軽度の発達障

    害児のスクリーニングを行う際、質問紙だけでなく対象児の行動を OT が直接観察し

    標準化された検査を行うことにより、ある程度のスクリーニングが出来ることであ

    った。もう一つは、OT が保育活動に参加し行動観察を行うことにより行動の質を観

    ることができ、その行動をよく観察した上で感覚運動能力の検査を行うことにより

    対象児の行動の背景にある感覚運動機能,認知機能を考察できることから、対象児

    の理解と対応について保育所へアドバイスできる可能性があることであった。すな

    わち、本研究にて地域の保育所における OT の役割として、発達障害児のスクリーニ

    ング、つまり早期発見することと、対象児の理解と支援の仕方を提案、つまり早期

    介入する可能性を示すことができたと考えられる。

    本研究は、平成 15 年度大同生命厚生事業団地域保健福祉研究助成によって実施さ

    れた。

    謝辞:御協力を頂きました帯広市のひばり保育所,日赤東保育所,依田保育所,つ

    ばさ保育所,やまびこ保育所,こでまり保育園の年長児ならびに保護者の皆様、ご

    担当保育士ならびに所長園長先生方に深謝いたします。そして、このような機会を

    与えて下さいました故佐藤剛教授に心から感謝申し上げます。

  • 26

    参考文献

    1) 小枝達也:軽度の発達障害について.小枝達也.ADHD,LD,HFPDD,軽度 MR

    児保健指導マニュアル-ちょっと気になる子どもたちへの贈り物.東京,診断と

    治療社,2002,p1-6

    2) 杉山登志朗:高機能広汎性発達障害.杉山登志朗,原仁.特別支援教育のた

    めの精神・神経医学.東京,学研,2003,p63-92

    3) 原仁:LD.杉山登志朗,原仁.特別支援教育のための精神・神経医学.東

    京,学研,2003,p93-118

    4) 杉山登志朗:ADHD DBD マーチと子どもの虐待.杉山登志朗,原仁.特別

    支援教育のための精神・神経医学.東京,学研,2003,p148-154

    5) 杉山登志朗:ライフサイクルと発達援助 乳幼児期.杉山登志朗,辻井正次.

    高機能広汎性発達障害 アスペルガー症候群と高機能自閉症.東京,ブレーン出

    版,1999,p101-112

    6) 杉山登志朗:診断 早期診断を巡る問題.杉山登志朗,辻井正次.高機能広

    汎性発達障害 アスペルガー症候群と高機能自閉症.東京,ブレーン出版,1999,

    p47~54

    7) 岩永竜一郎,十枝はるか:特別支援教育推進体制モデル事業の巡回相談内容

    について.第 39 回日本作業療法学会誌(印刷中)

    8) 伊藤英夫,松田景子,近藤清美:1 歳 6 ヵ月健康診査における発達障害児の

    スクリーニング・システムとそのフォロー体制に関する全国実態調査.小児の精

    神と神経 34(3):107-122,1994

    9) 青山雅子,田先由紀子,小泉毅:言語遅滞児の 1 歳 6 ヵ月健康診査における

    早期発見と早期ケアの試み-5 年間の追跡研究:1 歳 6 ヵ月健診から 3 歳健診まで

    -.小児保健研究 49(4):439-445,1990

    10) 小泉毅:1 歳半健診における発達障害のリスク児の早期発見から 6 歳までの

    地域ケア・フォローの試みおよび ADHD の入学後の予後調査.小児の精神と神

    経 40(2):111-119,2000

    11) 小関圭子,森岡由紀子:1 歳 6 ヶ月児健康診査における発達障害のスクリー

    ニングに関する研究.小児の精神と神経 42(4):301-319,2002

    12) 吉川領一:1 歳 6 ヶ月時の多動と就学前の注意欠陥・多動障害-1 歳 6 ヶ月

    から 6 歳までの追跡調査による-.精神神経学雑誌 99(2):47-67,1997

    13) 日本感覚統合研究所 MAP 標準委員会編訳:日本版ミラー幼児発達スクリー

    ニング検査-検査マニュアル.東京,株式会社 HBJ,1989

    14) 特別支援教育のあり方に関する調査研究協力者会議:今後の特別支援教育の

    在り方について(最終報告).文部科学省,2003

    15) 津守真,磯部景子:乳幼児精神発達診断法-3 才から 7 才まで-.東京,大

    日本図書,1965

  • 27

    16) 遠城寺宗徳,合屋長英:遠城寺式乳幼児分析的発達検査法.東京,慶応通信,

    1977

    17) 三宅和夫 監修:KIDS(キッズ)乳幼児発達スケール.東京,発達科学研

    究教育センター,1991

    18) ヘルマー・R・マイクロバスト:PRS 手引き LD 児診断のためのスクリー

    ニング・テスト.東京,文教資料協会,1992

    19) 汐田まどか,小枝達也,竹下研三:学習障害の実態に関す研究(第 1 報):

    学習障害診断のためのスクリーニング・テスト(PRS)と WISC-R による学習障害

    の2軸診断.脳と発達 27:455-460,1995

    20) 森永良子,隠岐忠彦:日本版 PRS 作成のための標準化研究 A.ヘルマー・R・

    マイクロバスト.PRS 手引 LD 児診断のためのスクリーニング・テスト.東京,

    文教資料協会,1992,p27-49

    21) 汐田まどか,小枝達也,竹下研三:学習障害児の実態に関する研究 第 3 報:

    学習障害児診断のためのスクリーニングテスト(PRS)により学習障害が疑われる

    児の出現率について.脳と発達 29:145-148,1997

    22) 宮本信也:注意欠陥・多動障害.小児の精神と神経 40(4):255-264,2000

    23) McIntosh, R., Vaughn, S., Schumm, J. S., et al:Observation of students w ith

    learning disabilities in general education c lassrooms.Exceptional Children 60:249-

    261,1993

    24) 佐藤正二,金山元春:基本的な社会スキルの習得と問題行動の予防.精神療

    法 27(3):246-253,2001

    25) 奥山みづ穂,庭山英俊,荒谷雅子:学習障害の二次的情緒障害と考えられる

    不登校についての一考察.弘前医学 46:137-142,1994

    26) 冨永芳和,村上英治,松田惺 他:適応行動尺度-児童用・成人用共通-.

    東京,日本文化科学社,1973

    27) 森永良子,隠岐忠彦:日本版 PRS 作成のための標準化研究 B-信頼性の検討-.

    ヘルマー・R・マイクロバスト.PRS 手引 LD 児診断のためのスクリーニング・

    テスト.東京,文教資料協会,1992,p51-59

    28) 冨永芳和,村上英治,松田惺 他:5 才以下の幼児の評定.冨永芳和,村上

    英治,松田惺 他.適応行動尺度-児童用・成人用共通-.東京,日本文化科学

    社,1973,p5-6

    29) 生野照子:行動異常の背景と評価.小児看護 15(13):1695-1700,1992

    30) 森永良子,隠岐忠彦:PRS の構成と使用法.ヘルマー・R・マイクロバスト.

    PRS 手引 LD 児診断のためのスクリーニング・テスト.東京,文教資料協会,

    1992,p1-24

    31) 川崎千里,伊藤斉子,宮下弘子 他:3 歳児健診は就学時の神経発達を予測

    できるか.小児保健研究 56(6):743-748,1997

    32) Hyden A, Billstedt E, Hjelmquist E:Neurocognitive stability inAsperger syndrome,

  • 28

    ADHD, and reading and writing disorder : pilot study.Dev Med Child Neurol 43:

    165-171,2001

    33) 太田篤志,土田玲子:EBOT 時代の評価法 25 日本版ミラー幼児発達スクリ

    ーニング検査(JMAP).OT ジャーナル 38(7):621~625,2004

    34) 岩永竜一郎:日本における JMAP 関連研究.土田玲子,岩永竜一郎.日本版

    ミラー幼児発達スクリーニング検査と JMAP 簡易版-その解釈および関連研究

    -.大阪,パシフィックサプライ株式会社,2003,p183~189

    35) Miller, LJ:Miller Assessment for preschoolers workshop manual.The foundation

    knowledge in development ,1982

    36) 岩永竜一郎,土田玲子:発達障害児における JMAP のスコアパターンについ

    て.感覚統合障害研究 4(1):14~25,1993

    37) Ayres, AJ:発達性行為障害:運動企画障害.Ayres, AJ 佐藤剛 監訳.子ども

    の発達と感覚統合.東京,協同医書出版社,1983,p141~167