紫雲膏の有効作用機序の研究 - st. marianna university school...

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緒  言 紫雲膏は,漢方剤として,古くからよく用いられて いる 12。本軟膏は,100.0 g 中,生薬である紫根 10.0 g と当帰 10.0 g をゴマ油 100.0 g で抽出した油性エキス 71.2 g をサラシミツ蜜蝋 27.0 g と豚指 1.8 g で練合した 赤紫色を呈する製剤である。この紫雲膏は,効能効果 として,火傷(熱傷) 3~5,痔核疼痛 6,肛門裂傷 6アトピー性皮膚炎 7と多岐にわたり適用されている。 熱傷急性期の創部管理にも,紫雲膏は用いられるが, 上皮化後の熱傷瘢痕,そしてケロイドや肥厚性瘢痕に おける,創部発赤や掻痒感に有効であることを,著者 らは経験している。しかしながら,その作用機序は複 雑であると推察され,この紫雲膏の有効作用機序に関 しては,ほとんど研究がなされていない。そこで今回, 著者は,多分にその使用に関して経験に負う処が多い 紫雲膏の有効性に関して,1)培養線維芽細胞に及ぼ す効果。すなわち創治癒過程の炎症期に深く関与して いる PGE2Prostaglandin E2),結合組織代謝に関与す TGF-β1Transforming growth factor-β1)による I 439 217 聖マリアンナ医科大学 形成外科学教室 原  著 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 30, pp.439–445, 2002 紫雲膏の有効作用機序の研究 ──特にケロイド,肥厚性瘢痕の止痒効果── 発赤に及ぼす影響 こう 井上 いのうえ はじめ なべ 雅祥 まさよし 大島 おおしま ひで なが 健彦 たけひこ 熊谷 くまがい のり (受付:平成 14 8 20 日) 抄  録 【目的】紫雲膏の適応は多岐にわたり,熱傷治療にも使用されてきた。経験的にケロイド肥厚 性瘢痕の創部発赤や掻痒感などを改善することが知られている。今回,本剤の作用機序を明らか にするために,皮膚線維芽細胞を用い,細胞増殖ならびに結合組織代謝に及ぼす作用,またヒト 白血球とラット腹腔遊離細胞を用い,創部発赤や掻痒感に対する作用を基礎的に検討した。 【結果】紫雲膏の存在により I 型コラーゲン産生と線維芽細胞増殖率は,ほとんど影響がなかっ た。PGE2 産生に関しても,影響しなかった。しかし,ヒト白血球とラット腹腔遊離細胞は,両 者とも用量依存的にヒスタミン放出を抑制した。 【考察】紫雲膏のケロイド肥厚性瘢痕に対する発赤や掻痒感に対する改善効果は,本剤が少な くとも,即時型の炎症に関わるヒスタミンなどのメディエイター放出を抑制し,創傷治癒に関わ る幾つかの過程を抑制することで,創部発赤や掻痒感などを改善すると推測される。またトラニ ラストのケロイド,肥厚性瘢痕の有効作用機序に見られる COX-2 への影響は,紫雲膏には,認 められないか,少ないものと思われる。 索引用語 紫雲膏,ケロイド・肥厚性瘢痕,創傷治癒,皮膚掻痒感

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  • 緒  言

    紫雲膏は,漢方剤として,古くからよく用いられて

    いる 1)2)。本軟膏は,100.0 g中,生薬である紫根 10.0 g

    と当帰 10.0 gをゴマ油 100.0 gで抽出した油性エキス

    71.2 gをサラシミツ蜜蝋 27.0 gと豚指 1.8 gで練合した

    赤紫色を呈する製剤である。この紫雲膏は,効能効果

    として,火傷(熱傷)3~5),痔核疼痛 6),肛門裂傷 6),

    アトピー性皮膚炎 7)と多岐にわたり適用されている。

    熱傷急性期の創部管理にも,紫雲膏は用いられるが,

    上皮化後の熱傷瘢痕,そしてケロイドや肥厚性瘢痕に

    おける,創部発赤や掻痒感に有効であることを,著者

    らは経験している。しかしながら,その作用機序は複

    雑であると推察され,この紫雲膏の有効作用機序に関

    しては,ほとんど研究がなされていない。そこで今回,

    著者は,多分にその使用に関して経験に負う処が多い

    紫雲膏の有効性に関して,1)培養線維芽細胞に及ぼ

    す効果。すなわち創治癒過程の炎症期に深く関与して

    いる PGE2(Prostaglandin E2),結合組織代謝に関与す

    る TGF-β1(Transforming growth factor-β1)による I型

    439

    217

    聖マリアンナ医科大学 形成外科学教室

    原  著 聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 30, pp.439–445, 2002

    紫雲膏の有効作用機序の研究

    ──特にケロイド,肥厚性瘢痕の止痒効果──

    発赤に及ぼす影響

    小お

    野の

    浩こう

    二じ

    井上いのうえ

    肇はじめ

    田た

    邊なべ

    雅祥まさよし

    大島おおしま

    秀ひで

    男お

    長なが

    瀬せ

    健彦たけひこ

    熊谷くまがい

    憲のり

    夫お

    (受付:平成 14年 8月 20日)

    抄  録【目的】紫雲膏の適応は多岐にわたり,熱傷治療にも使用されてきた。経験的にケロイド肥厚性瘢痕の創部発赤や掻痒感などを改善することが知られている。今回,本剤の作用機序を明らかにするために,皮膚線維芽細胞を用い,細胞増殖ならびに結合組織代謝に及ぼす作用,またヒト白血球とラット腹腔遊離細胞を用い,創部発赤や掻痒感に対する作用を基礎的に検討した。【結果】紫雲膏の存在により I型コラーゲン産生と線維芽細胞増殖率は,ほとんど影響がなかった。PGE2産生に関しても,影響しなかった。しかし,ヒト白血球とラット腹腔遊離細胞は,両者とも用量依存的にヒスタミン放出を抑制した。【考察】紫雲膏のケロイド肥厚性瘢痕に対する発赤や掻痒感に対する改善効果は,本剤が少なくとも,即時型の炎症に関わるヒスタミンなどのメディエイター放出を抑制し,創傷治癒に関わる幾つかの過程を抑制することで,創部発赤や掻痒感などを改善すると推測される。またトラニラストのケロイド,肥厚性瘢痕の有効作用機序に見られる COX-2への影響は,紫雲膏には,認められないか,少ないものと思われる。

    索引用語紫雲膏,ケロイド・肥厚性瘢痕,創傷治癒,皮膚掻痒感

  • コラーゲン産生に及ぼす紫雲膏の作用を検討した。合

    わせて,2)ケロイド,熱傷瘢痕,肥厚性瘢痕などで,

    しばしば経験する発赤や掻痒感に対する効果,すなわ

    ち,それら組織中に局在する肥満細胞に対する紫雲膏

    の影響を検討し,紫雲膏の有効作用機序の解明を培養

    線維芽細胞,ラット腹腔遊離細胞およびヒト白血球を

    用いて試みた。

    材料および方法

    1.ヒト組織,血液

    本研究は,すべて書面でのインフォームドコンセン

    トを得た患者からの皮膚ならびに血液を用いた。

    2.線維芽細胞の採取と培養

    1)線維芽細胞浮遊液の調製

    得られた全層皮膚を細切,イソジン原液中で 2分間

    消毒した後,常法 8)9)に従って 0.25%トリプシン

    [Gibco]溶液中で,4˚C,18時間酵素消化した。この

    酵素処理済み皮膚を,さらにペニシリンG,カナマイ

    シン[明治製菓],アンホテシリン B[Gibco]を含む

    10% FBS[JRH BIOSIENCES]含有 DME培地(Dulbecco's

    Modified Eagle's Medium)[Gibco]中で 1時間室温で攪

    拌したのちに,細胞浮遊液を得た。4˚C,1200 rpmで

    5分間,この細胞浮遊液を遠心分離し,同様の DME

    培地を用いて再懸濁後,細胞を得た。

    2)線維芽細胞の培養

    線維芽細胞は,2.5 × 103 cell/cm2の細胞密度に調整

    されたのちに,10% FBS含有 DME培地で培養し,最

    初の 24時間後に培地を交換し,以後コンフルエント

    になるまで 2日ごとに同培地を交換した。また,培養

    はすべて 100%湿度中,5% CO2条件下,37˚Cで行っ

    た。

    3.紫根,当帰からの有効成分の抽出

    紫根ならびに当帰[ツムラ]を各々 30 g秤量し,

    300 mlエタノールを用いて,70˚Cで,3時間 3回ソッ

    クスレー抽出した。得られたシコニン,β,β-ジメチル

    シコニンおよび当帰抽出成分を濾過し,その濾液を

    ロータリーエバポレーター[ヤマト科学]を用いて

    50˚C加温下で,30 g ⁄ 300 mlを 30 g ⁄ 150 mlまで濃縮

    した。この時の生薬の濃度を 200 mg/mlと規定し,液

    体窒素中で保存した。解凍後,用時当量ずつ合併し紫

    雲膏抽出溶液(100 mg/ml)被検用原液(最高濃度)

    とし,エタノールで希釈して,実験に用いた。

    4.線維芽細胞からの I型コラーゲン産生における

    紫雲膏の影響

    2500 cell/cm2で線維芽細胞を 24穴マルチプレート

    [FALCON]に播種し,コンフルエントになるまで培

    養した。その後,紫雲膏抽出液(最終濃度 : 0.1, 1,

    10 µg/ml),TGF-β1[Sigma](最終濃度: 1 ng/ml),ま

    たは陰性対照としてデキサメタゾンエタノール溶液

    [Sigma](最終濃度: 1, 10, 100 µM)を含む 10% FBS含

    有 DME(アスコルビン酸,β-アミノプロピオニトリ

    ル含有)培地に交換し,24時間培養した。この培地

    上清を採取し,I型コラーゲン測定まで –80˚Cで保存

    した。

    5.線維芽細胞増殖に及ぼす影響

    2500 cell/wellの細胞密度で 96穴マイクロプレート

    [FALCON]に,線維芽細胞を播種し,最終濃度とし

    て 0.1, 1.0, 10.0 µg/mlの紫雲膏抽出液またはデキサメ

    タゾンエタノール溶液(最終濃度: 0.1, 10, 100 µM)を

    含む 10% FBS含有 DME培地で培養した。培養 48時

    間後にMTS assay(cell Titer 96 Aqeuous)[Promega]法

    を用いて細胞増殖率を測定した。

    6.PG-E2産生実験

    5 × 103 cell/cm2の密度で培養した第 3継代目の線維

    芽細胞がコンフルエントに達したところで,10 U/ml

    の IL-1β(Interleukin-1β)[Genetic]と各種濃度の紫雲

    膏抽出液を含む 10% FBS ⁄ DME培地を添加し,24時

    間培養した。その後培地中に速やかに 10–3 Mインド

    メタシン[Sigma]を添加(最終濃度 10–5 M)し,反

    応を停止した後,冷却下で培地を採取し,測定まで

    –80˚Cで保存した。

    7.ヒト全血からのヒスタミン放出実験

    健常成人橈骨静脈よりヘパリン採血した後,直ちに

    Hanks BSS溶液[Sigma]で 7倍に希釈した。紫雲膏抽

    出液(最終濃度 0.1, 1.0, 10 µg/ml)ならびに陽性対照

    薬であるDSCG(10–4 M = 50 µg/ml)を添加し,37˚C,

    5分反応させた後,Compound 48/80[Sigma](0.5 µg/

    ml)を添加し,37˚Cで 30分間反応させた。反応終了

    後,速やかに氷冷し,1200 rpm,5分間遠心分離し,

    得られた上清中に放出されたヒスタミンを測定した。

    8.ラット腹腔遊離細胞からのヒスタミン放出実験

    ネンブタール麻酔下,Wistar系雄性ラット[250~

    300 g, 日本 SLC]を心室穿刺により放血致死後,腹腔

    内に Tyrode溶液[Sigma]20 mlを投与し,2分間マッ

    小野浩二 井上肇 ら440

    218

  • サージした。このタイロード液を回収し 1200 rpm,5

    分,4˚Cで遠心分離して得た沈渣を Tyrode溶液で 2回

    洗浄した後,一部を採取し,トルイジンブルー陽性細

    胞を算定し,1 × 104 cell/mlの細胞濃度に調整した。

    得られた腹腔遊離細胞に,各種濃度の被験薬物を添加

    し,37˚C,5分反応した後,Compound 48/80(0.5 µg/

    ml)を添加し,37˚Cで 15~20分反応させた。1200 rpm,

    5分,4˚Cで遠心分離し,得られた上清のヒスタミン

    を測定した。

    9.PGE2,PIPおよびヒスタミンの測定

    培地上清中の PGE2は抗 PGE2抗体 EIAキット

    [Cayman]を用いた。PIP測定についてはプロコラー

    ゲン typeI –ペプチド EIAキット[宝酒造]を用いた。

    ヒスタミンは,抗ヒスタミンモノクロナール抗体を用

    いたヒスタミン EIAキット[イムノテック]を用いた。

    10.統計処理

    すべての結果は平均値 ±標準偏差(SEM)で示し

    た。統計学的有意差は,ANOVA検定後,必要に応じ

    て Dunnet's検定を行い,危険率 5%未満を有意差あり

    とした。

    結  果

    1.線維芽細胞からの I型コラーゲン産生における

    紫雲膏の影響

    紫雲膏抽出液単独では,I型コラーゲン産生には影

    響しなかった(Fig. 1)。TGF-β1により,線維芽細胞

    紫雲膏の作用機序 441

    219

    Fig. 1 Effects of Shiunko on spontaneous pro-collagen type1 peptide (P1P) production by cultured human fibroblasts.

    Fig. 2 Effects of Shiunko on pro-collagen type 1 peptide(PIP) production by transforming growth factor-β1 (TGF-β1)-stimulated cultured human fibroblasts.

    Fig. 3 Effects of Shiunko on spontaneous fibroblast prolifera-tion.

    Fig. 4 Effects of Shiunko on spontaneous prostaglandin E2(PGE2) production by cultured human fibroblasts.

  • からの I型コラーゲン産生を刺激しても,紫雲膏抽出

    液では変化しなかった(Fig. 2)。対照として用いたデ

    キサメタゾン添加では,いずれの場合も I型コラーゲ

    ン産生が抑制された。

    2.線維芽細胞増殖に及ぼす影響

    紫雲膏抽出エキスは,線維芽細胞の増殖に対し影響

    しなかった(Fig. 3)。

    3.PGE2産生に及ぼす紫雲膏の影響

    紫雲膏抽出液は,PGE2の自然産生に対しては,ほ

    とんど影響しなかった(Fig. 4)。逆に若干の増強作用

    が認められたが,有意ではなかった。一方 IL-1β刺激

    によって,増強する PGE2産生に対しては,陽性対照

    として用いたトラニラストは,強力に抑制できたが,

    紫雲膏抽出液は若干の抑制傾向を認めるも,有意差は

    なかった(Fig. 5)。

    4.ヒト白血球からのヒスタミン遊離に及ぼす影響

    紫雲膏抽出エキスは,Compound 48/80刺激による

    ヒスタミン放出を用量依存的に有意に抑制した(Fig.

    6)。また陽性対照薬として用いた DSCG(Disodium

    Cromoglycate)も,有意にヒスタミン放出を抑制した。

    抗原刺激による白血球からの遊離に伴う紫雲膏抽出

    液の作用も同様であり,用量依存的にヒスタミン放出

    を有意に抑制した(Fig. 7)。

    5.ラット腹腔遊離細胞からのヒスタミン遊離

    紫雲膏は,ラット腹腔遊離細胞細胞からのヒスタミ

    ン放出を用量依存的に有意に抑制した。同様に陽性対

    小野浩二 井上肇 ら442

    220

    Fig. 5 Effects of Shiunko on prostaglandin E2 (PGE2)production by Interleukin-1β (IL-1β)-stimulated culturedhuman fibroblasts.

    Fig. 6 Effects of Shiunko on histamine release from com-pound 48/80-stimulated human leukocytes.

    Fig. 7 Effects of Shiunko on histamine release from antigen-stimulated human leukocytes.

    Fig. 8 Effects of Shiunko on histamine release from ratperitoneal cells.

  • 照薬である DSCGもヒスタミン放出を有意に抑制し

    た(Fig. 8)。

    考  察

    近年,ケロイド/肥厚性瘢痕の予防や治療に抗アレ

    ルギー薬やステロイド局所注射などによる保存的治療

    が汎用されている 10)。これは瘢痕部位に肥満細胞の

    浸潤が認められ,これら薬物が,発赤や掻痒感などの

    自覚症状の改善や隆起醜形の改善に有効であったため

    である 11)12)。肥満細胞が放出する化学伝達物質やサ

    イトカインは,線維芽細胞の増殖促進作用や結合組織

    代謝亢進作用を有する 13~15)。杉山らは,ケロイド,

    肥厚性瘢痕組織内の肥満細胞の分布について,詳細な

    研究を行い,キマーゼ陽性肥満細胞の増加が,ケロイ

    ド,肥厚性瘢痕の一因として重要であるとも報告して

    いる 16)。したがって,抗アレルギー薬など肥満細胞

    の脱顆粒抑制作用を有する薬物は,化学伝達物質ばか

    りでなく,TGF-β1や IL-4などのサイトカインの放出

    も抑制し,上記線維芽細胞の機能を調整できるものと

    考えられる 17~19)。

    現在唯一,ケロイド,肥厚性瘢痕に対して有効とさ

    れ認可されているトラニラストは,結合組織代謝など

    への複合作用によって有効性を発揮している 20)。こ

    のトラニラストは,IL-1,TGF-β1などを始めとする

    一連のサイトカイン産生を抑制できる 21)22)。実際に

    山中 23)はトラニラストが IL-I 誘導性の PGHS

    (Prostaglandin H synthase)の酵素誘導を抑制すること

    で,炎症増悪因子である PGE2産生を抑制することを

    発見した。さらに Inoueら 24)は,この誘導された酵

    素が PGHS-II{COX-2(Cyclooxygenase)}であること

    を,生化学的,免疫組織学的に証明した。加えて,井

    上ら 25)は,この PGE2産生を阻害することで,コ

    ラーゲン合成を抑制できることも示した。

    一方,このように,肥満細胞や皮膚構成細胞に影響

    する薬物は,線維芽細胞からのコラーゲン産生などに

    も関与することが考えられる 26)。したがって,紫雲

    膏で経験する熱傷瘢痕やケロイドなどの自覚症状の改

    善作用なども,トラニラストの作用の幾つかに,類似

    している可能性も考えられる。

    これら事実に基づき,コラーゲン合成に関与する

    PGE2への紫雲膏抽出エキスの影響,コラーゲン合成

    に及ぼす影響を検討した。有意差は得られなかった

    が,紫雲膏抽出液は,TGF-β1の刺激の有無に関わら

    ず,コラーゲン産生が対照群よりも低下している傾向

    にあった。紫雲膏は線維芽細胞から自然産生される

    PGE2へは,影響しなかった。一方,IL-1βで線維芽細

    胞を刺激することで PGHS-IIが誘導される結果,PGE2

    産生が増強される。この作用をトラニラストは強力に

    抑制するが,紫雲膏抽出物にこの作用は認められな

    かった。

    次に,紫雲膏をケロイド,肥厚性瘢痕周囲に塗布す

    ると,皮膚の発赤,掻痒感を抑制することを我々は経

    験している。この点について検討を加えた。一般に皮

    膚掻痒感,発赤,腫脹に対して,肥満細胞由来ヒスタ

    ミンが中心的役割を演じている。現在,ヒスタミン

    H1受容体への選択性を増した第 2世代の強力な抗掻

    痒作用を有する抗ヒスタミン薬が開発されている。本

    研究結果では,紫雲膏抽出液はラット腹腔遊離細胞か

    らの Compound 48/80に由来するヒスタミン放出を抑

    制するばかりではなく,ヒト白血球からの Compound

    48/80ならびに抗原刺激によるヒスタミン放出をも用

    量依存的に抑制できた。陽性対照薬として DSCGを

    用いて本検討を行った結果,DSCGと同様の結果を得

    た。したがって,紫雲膏抽出物中には,ヒスタミン脱

    顆粒抑制作用も併せ持っているものと推察された。ヒ

    スタミンは,強力な細動脈血管拡張作用と血管透過性

    亢進作用を有し,発赤と腫脹を引き起こす。そして,

    この作用は PGE2によって増強される。

    すなわち紫雲膏の使用は,ケロイドおよび肥厚性瘢

    痕周囲組織に存在するヒスタミン含有細胞(特に肥満

    細胞)などに作用しヒスタミンの脱顆粒放出を抑制す

    ることで,皮膚掻痒感や発赤を減弱している可能性を

    示唆する。この脱顆粒抑制作用は,一般的に肥満細胞

    のキマーゼ放出を抑制する可能性があり,キマーゼに

    よる結合組織代謝異常の発現 27)と絡め,今後興味あ

    る分野と考える。

    以上のことから,本紫雲膏の研究結果より,ケロイ

    ド肥厚性瘢痕に対する効果は,紫雲膏が少なくとも,

    即時型の炎症に関わるヒスタミンなどのメディエイ

    ター放出を抑制し,創傷治癒に関わる幾つかの過程を

    抑制することで,止痒効果や発赤の改善作用を発現し

    ているものと推察された。今後,紫雲膏が創傷治癒過

    程に重要な関与をしている PGHS-2発現,結合組織代

    謝や血管新生にからむキマーゼ機能に及ぼす影響も含

    紫雲膏の作用機序 443

    221

  • めて,研究展開する必要があると考えられる。

    謝  辞本稿を終えるにあたり,本研究にご協力いただいた聖マリアンナ医科大学形成外科学教室の関係各位に深謝いたします。

    本論文の要旨の一部は第 9回日本形成外科学会基礎学術集会(2000年 10月),第 40回聖マリアンナ医科大学医学会学術集会(2000年 12月)にて発表した。

    文  献1) 中島一. 紫雲膏. 日本病院薬剤師会雑誌 1991; 27:

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    3) 佐藤千城 , 江尻友三 , 坂本道哉 , 鈴木康浩 , 吉田進, 新妻賢次, 樋田昇, 佐波古直清, 大木清, 大西人実, 佐藤光雄. 紫雲膏による火傷治癒の一例. 日本病院薬剤師会雑誌 1984; 20: 33-36.

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    6) 坂田寛人. 痔疾患に対する漢方剤(紫雲膏)「EP-406」の使用経験. 基礎と臨床 1988; 22: 289-298.

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    9) Inoue H, Wakisaki N, Tane N, Ando K, Isono E,Yamanaka M, Aihara M and Ishida H. Endothelin-1

    production by normal human cultured keratinocytes

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    10) 早稲田豊美. ケロイド・肥厚性瘢痕の保存的治療. 早稲田豊美著, ケロイド・肥厚性瘢痕の基礎と臨床, 中外医学社, 東京, 1994: 36-60.

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    12) 新井克志 , 中野峰生 , 佐藤俊次 , 浅野伍朗 , 相原薫. 熱傷瘢痕ケロイド発生機序に関する病理組織学的研究. 熱傷 1986; 12: 19-24.

    13) 舘下亨, 小野一郎, 周立軍, 井上正幸, 金子史男.各種サイトカインの人由来線維芽細胞含有Collagenゲル収縮に与える影響に関する研究. 日形会誌 1998; 18: 473-480.

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    紫雲膏の作用機序 445

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    Abstract

    The Mechanism of Shiunko on Redness and Anti-itch Effects

    in Keloid ⁄ Hypertrophic Scar

    Koji Ono, Hajime Inoue, Masayoshi Tanabe, Hideo Oshima,

    Takehiko Nagase, and Norio Kumagai

    [Objective] Shiunko has long been used to treat a wide variety of pathological conditions such as burns. It is

    also known to reduce the redness and itching associated with keloid ⁄ hypertrophic scars. In this basic study, in

    order to elucidate the mechanism of action of Shiunko, we investigated its effects on cellular growth and connec-

    tive tissue metabolism by using dermal fibroblasts, and its effect on the redness and itching (i.e., histamine release)

    by using human leukocyte and rat peritoneal cells.

    [Results] We found Shiunko had very little effect both on the production of type I collagen and on the growth

    rate of fibroblasts. We also found that Shiunko did not suppress the production of PGE2 in IL-1β-stimulatedfibroblast. However, the study showed that Shiunko suppressed the release of histamine from rat peritoneal cells

    and human leukocyte in a dose-dependent manner.

    [Discussion] These results suggest that Shiunko mitigates itching of the keloid ⁄ hypertrophic scar region by

    suppressing the release of the mediator such as histamine related to the inflammation of immediate type and thus by

    suppressing several processes of wound healing.

    On the other hand, the results suggest that, not like tranilast's mechanism influencing on the redness and

    itching associated with keloid ⁄ hypertrophic scars, Shiunko's effect on COX2 expression in IL-1β-stimulatedfibroblasts may be non-existent or minimal. (St. Marianna Med. J., 30: 439–445, 2002)

    Department of Plastic and Reconstructive Surgery

    St. Marianna University School of Medicine, 2-16-1 Sugao, Miyamae-ku, Kawasaki 216-8511, Japan