[特集]医薬品分析 (6) 電気化学発光(ecl)法に...

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東レリサーチセンター The TRC News No.114(Nov.2011) 27 ●[特集]医薬品分析(6)電気化学発光(ECL)法によるバイオ医薬品の定量分析 1.はじめに バイオ医薬品、バイオマーカー等の生体試料中濃度測 定やImmunogenicityの評価(抗薬物抗体の測定)には、 抗原抗体反応を利用した対象物質の検出を原理とする Ligand Binding Assayがよく用いられる。 従来から、Ligand Binding Assayとして酵素免疫測定 法(Enzyme-linked immunosorbent assay, ELISA)や表 面プラズモン共鳴(Surface plasmon resonance, SPRが広く用いられてきたが、ここ数年で電気化学発光 Electrochemiluminescence, ECL)法を利用した測定 法が高感度な手法として注目を集めてきている。特に Immunogenicityの評価において重要とされる低親和性抗 体の測定においては、 ECLELISASPRと比較して、 感度の面で優れていることが報告されている 1) (表1)。 弊社では従来からELISAを用いたGLP対応試験を受 託してきたが、新たなニーズにお答えするためにECL SECTOR Imager 6000(Meso Scale Diagnostics, LLC)を導入し(図1)、実績を積んできた。本稿では、 その原理と特徴、弊社で実施した測定系の検討例(抗薬 物抗体測定、バイオマーカー測定、核酸医薬測定)を紹 介する。 2.ECL法の原理と特徴 ECL法の原理 2) についてサンドイッチ法を例にして図2 に示す。マイクロプレートの電極上で電気化学的刺激を 起こし、SULFO-TAGRu錯体)を発光させる。この 発光過程においては以下のような特徴がある。 ・近接反応 電極表面のごく近い部分(1 10µm)に結合した SULFO-TAGのみ検出する(反応液中のSULFO-TAG は発光しないため、非洗浄測定も可能)。 ・シグナルの増幅 SULFO-TAGは複数の励起サイクルを繰り返すため、 発光強度が増大し、検出感度が上がる。 ・少ないバックグラウンドシグナル 反応開始と発光のステップが乖離しているため、非特 異的な発光が少ない。 CCDカメラにて検出 620nmの光を検出する(0~数百万カウント)。ダイナ ミックレンジが広く、サンプル組成との相互作用はない。 これらの特徴から、結果として以下のような測定系へ のメリットが生じ、特にELISAと比較して優れた測定系 となることが期待される。 ・感度が向上し、定量範囲が広くなる。 ・マトリックスの影響を受けにくくなる。 ・サンプルの使用量が少なくて済む。 ・洗浄回数が少なくて済む。 図1 SECTOR Imager 6000 [特集]医薬品分析 (6)電気化学発光(ECL)法による バイオ医薬品の定量分析 薬物動態研究部 清水 浩之 ECL ELISA SPR 570±370 ng/mL 26000±9020 ng/mL 3900 ng/mL 1) 表1 Ligand Binding Assayの比較

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東レリサーチセンター The TRC News No.114(Nov.2011)・27

●[特集]医薬品分析(6)電気化学発光(ECL)法によるバイオ医薬品の定量分析

1.はじめに

 バイオ医薬品、バイオマーカー等の生体試料中濃度測定やImmunogenicityの評価(抗薬物抗体の測定)には、抗原抗体反応を利用した対象物質の検出を原理とするLigand Binding Assayがよく用いられる。 従来から、Ligand Binding Assayとして酵素免疫測定法(Enzyme-linked immunosorbent assay, ELISA)や表面プラズモン共鳴(Surface plasmon resonance, SPR)が広く用いられてきたが、ここ数年で電気化学発光(Electrochemiluminescence, ECL)法を利用した測定法が高感度な手法として注目を集めてきている。特にImmunogenicityの評価において重要とされる低親和性抗体の測定においては、ECLはELISAやSPRと比較して、感度の面で優れていることが報告されている1)(表1)。 弊社では従来からELISAを用いたGLP対応試験を受託してきたが、新たなニーズにお答えするためにECL装 置 SECTOR Imager 6000(Meso Scale Diagnostics, LLC)を導入し(図1)、実績を積んできた。本稿では、その原理と特徴、弊社で実施した測定系の検討例(抗薬物抗体測定、バイオマーカー測定、核酸医薬測定)を紹介する。

2.ECL法の原理と特徴

 ECL法の原理2)についてサンドイッチ法を例にして図2に示す。マイクロプレートの電極上で電気化学的刺激を

起こし、SULFO-TAG(Ru錯体)を発光させる。この発光過程においては以下のような特徴がある。

・近接反応 電極表面のごく近い部分(1~10µm)に結合したSULFO-TAGのみ検出する(反応液中のSULFO-TAGは発光しないため、非洗浄測定も可能)。・シグナルの増幅 SULFO-TAGは複数の励起サイクルを繰り返すため、発光強度が増大し、検出感度が上がる。・少ないバックグラウンドシグナル 反応開始と発光のステップが乖離しているため、非特異的な発光が少ない。・CCDカメラにて検出 620nmの光を検出する(0~数百万カウント)。ダイナミックレンジが広く、サンプル組成との相互作用はない。

 これらの特徴から、結果として以下のような測定系へのメリットが生じ、特にELISAと比較して優れた測定系となることが期待される。

・感度が向上し、定量範囲が広くなる。・マトリックスの影響を受けにくくなる。・サンプルの使用量が少なくて済む。・洗浄回数が少なくて済む。

図1 SECTOR Imager 6000

[特集]医薬品分析

(6)電気化学発光(ECL)法によるバイオ医薬品の定量分析

薬物動態研究部 清水 浩之

ECL ELISA SPR

570±370 ng/mL 26000±9020 ng/mL 3900 ng/mL

1)

表1 Ligand Binding Assayの比較

28・東レリサーチセンター The TRC News No.114(Nov.2011)

●[特集]医薬品分析(6)電気化学発光(ECL)法によるバイオ医薬品の定量分析

図2 ECL 法の原理

3.抗薬物抗体測定

 タンパク質医薬品(薬物)を生体に投与すると、それが異物と認識されて免疫反応が生じ、抗薬物抗体(Anti-drug antibody, ADA)が生成される場合がある。生体に免疫応答を刺激する抗原の強さを免疫原性(Immunogenicity)と呼ぶ。ADAがタンパク質医薬品に対して中和活性をもつことや、薬物動態パラメータを変化させることで、安全性や有効性へ悪影響を与えることが考えられる。従って、タンパク質医薬品の開発においてはImmunogenicityを評価することが重要である。Immunogenicityは直接測定することが困難なため、血中の抗薬物抗体の測定を行うことになる。 ここでは、薬物のモデルとしてマウス抗ヒトC-reactive protein(CRP)抗体を、抗薬物抗体のモデルとしてヤギ抗マウスIgGを用いて、ECL法による抗薬物抗体の測定を図3に示すブリッジング法により検討した。対照としたELISAによる測定では図4の下段に示すように、100%血漿中ではシグナル上昇が著しく抑えられてしまい、50%以下の濃度の血漿を用いた測定しかできないことがわかった。一方、ECL法においては図4の上段に示すように、100%血漿でも影響を受けなかった。

図3 抗薬物抗体測定の模式図

10% Plasma 25% Plasma

100% Plasma

50% Plasma

Concentration (ng/mL)

Abs

ELISA

12.5% Plasma

100% Plasma

10 100 Concentration (ng/mL)

1000 10000

50% Plasma

1

ECL

10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

10^2

図4 抗薬物抗体測定における血漿の影響の比較

 7濃度水準の血漿QCサンプルを用いたバッチ内及びバッチ間再現性を確認したところ、表2に示すように真度・精度とも良好な結果であった。定量下限は2.4ng/mLであり、FDAドラフトガイダンス3)で示される目標定量下限(250~500ng/mL)を十分達成した。一方、対照としたELISAでは血漿を2倍希釈する必要があり、定量下限は312ng/mLであった。定量範囲もECL法の方が広く、抗薬物抗体測定におけるECL法の優位性が示された。

表2 抗薬物抗体測定における再現性

4.バイオマーカー測定

 バイオマーカーの測定は疾病の診断や進行の程度、治療に対しての効果などをモニターするために用いられてきた。新薬の開発においてもバイオマーカーの測定値を指標とすることが多く、近年は、新しいバイオマーカーを用いることで、新薬開発のプロセスを決定することもある。そのような背景のもと、バイオマーカー測定は重

東レリサーチセンター The TRC News No.114(Nov.2011)・29

●[特集]医薬品分析(6)電気化学発光(ECL)法によるバイオ医薬品の定量分析

要性を増している。 ここでは、バイオマーカーであるヒトChemokine (C-C motif) ligand 7(CCL7)の血清中の測定において、市販のサンドイッチ法による某ELISAキットからECL法への手法の移行を検討した。また、ECL法において、洗浄回数及びサンプル使用量の検討を行った。市販のELISAキットを用いた測定では図5の下段に示すように、25%血清存在下においてもベースラインの上昇が認められた。これは内因性レベルの高値もしくは血清の影響によるものと考えられた。一方、ECL法においては図5の上段に示すように、50%以下の濃度の血清を用いた測定において、血清の影響を回避できることがわかった。ELISAキットを用いた測定においては、血清の影響を回避するためには血清の高倍率希釈は避けられず、50%血清で測定が可能なECL法の優位性が示された。以降のECL法の検討は血清QCサンプルを緩衝液で2倍希釈して測定に用いた。

50% Serum

25% Serum

0% Serum

100% Serum

Concentration (pg/mL)

Abs

ELISA

0% Serum

100% Serum

50% Serum

25% Serum

0.1 100 Concentration (pg/mL)

1000 10000 1 10

10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

ECL

図5 バイオマーカー測定における血清の影響の比較

 6濃度水準の血清QCサンプルを用いたバッチ内及びバッチ間再現性を確認したところ、表3に示すように真度・精度とも良好な結果であった。図6の左に示す洗浄回数の検討結果からは、1回のみで十分な洗浄効果が認められた。これは低親和性抗体しか利用することができない場合の測定に有利な可能性をもたらす。図6の右に示すサンプル使用量の検討結果からは、特に低濃度で真度に差があり、25µLが適当な量と判断された。

表3 バイオマーカー測定における再現性

Wash: 0 cycle

Wash: 3 cycleWash: 1 cycle10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

0 100 1000 100001 10Concentration (pg/mL)

Sample: 25 µL

Sample: 100 µL

Sample: 10 µL

10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

0 100 1000 100001 10Concentration (pg/mL)

Wash: 0 cycle

Wash: 3 cycleWash: 1 cycle10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

0 100 1000 100001 10Concentration (pg/mL)

Wash: 0 cycle

Wash: 3 cycleWash: 1 cycle10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

0 100 1000 100001 10Concentration (pg/mL)

0 100 1000 100001 10Concentration (pg/mL)

Sample: 25 µL

Sample: 100 µL

Sample: 10 µL

10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

0 100 1000 100001 10Concentration (pg/mL)

Sample: 25 µL

Sample: 100 µL

Sample: 10 µLSample: 25 µL

Sample: 100 µL

Sample: 10 µL

10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

10^3

10^4

10^5

10^6

Cou

nts

100 1000 100100000 001 10Concentration (pg/mL)

0 100 1000 100001 10Concentration (pg/mL)

0 100 10001 10Concentration (pg/mL)

図6  バイオマーカー測定における洗浄回数とサンプル使用量の検討

5.核酸医薬測定

 核酸医薬は配列特異的な遺伝子発現の制御など、低分子医薬品やタンパク質医薬品にはない特徴をもっている。また、核酸医薬は有機化学的手法で合成できることから、タンパク質医薬品よりも生産が容易とされている。これらの点から、核酸医薬は抗体医薬の次のシーズとして開発が進められている。 ここでは、核酸医薬のモデルとしてアンチセンスDNAを取り上げた。ヒト血漿中における発がん遺伝子c-MycのアンチセンスDNAの測定を、図7に示すハイブリダイゼーションをベースとしたECL法により検討した。本測定法は、①アンチセンスDNAを相補的なビオチン標識DNAにハイブリダイゼーションさせ、②ストレプトアビジン固相化プレートに添加し、③ジゴキシゲニン標識DNAをライゲーションさせ、④Ru錯体標識抗ジゴキシゲニン抗体を添加した後に、⑤電気化学刺激時に生じるRu錯体からの発光を検出するステップから成る。 本測定法はヒト血漿の影響をほぼ受けることがなかった。6濃度水準の血漿QCサンプルを用いたバッチ内再現性を確認したところ、表4に示すように真度・精度とも良好な結果が得られた。また、対照としてハイブリダイゼーションをベースとしたELISAと検量線の比較をしたところ、図8に示すようにECL法の方がより感度が高く、定量範囲が広くなった。参考文献4)ではELISAでの定量下限は50pmol/Lと報告されており、これと比較しても10倍の感度向上が認められた。

30・東レリサーチセンター The TRC News No.114(Nov.2011)

●[特集]医薬品分析(6)電気化学発光(ECL)法によるバイオ医薬品の定量分析

図7 アンチセンスDNA 測定の模式図

表4 アンチセンスDNA 測定における再現性

図8 アンチセンスDNA測定における検量線の比較

6.おわりに

 ここまで、ECL装置SECTOR Imager 6000を用いた抗薬物抗体測定、バイオマーカー測定、核酸医薬測定について紹介した。これらの検討例では、いずれも対照としたELISAと比較して、以下のような利点が認められた。

①  感度が向上し、定量範囲も広がった。このことから、より詳細な薬物やバイオマーカーの動態解析や、定量上限を超えることによる再測定の削減が可能になる。

②  マトリックス(血漿や血清)の影響を受けにくかった。このことから、なるべく試料を希釈せずに測定に用いることができ、感度を落とさなくて済む利点がある。

③  サンプルの使用量、洗浄回数を削減できた。このことから、貴重なサンプルの使用量が少なくて済み、実験操作時間の短縮も見込まれる。また、低親和性抗体の検出・利用も可能となる。

 今後、ECL法を利用したバイオ医薬品の分析に関する最新の科学、技術、規制の動向を把握し、お客様のご要望に応えられるように努力していきたい。

7.参考文献

1) Meina Liang, et al. Detection of High- and Low-Affinity Antibodies Against a Human Monoclonal Antibody Using Various Technology Platforms. ASSAY and Drug Dev. Technol. 5, (5), 655-662 (2007)

2) http://www.mesoscale.com/3) Guidance for Industry: Assay Development for Immunogenicity Testing of Therapeutic Proteins Draft Guidance. U.S. Department of Health and Human Services Food and Drug Administration, Center for Drug Evaluation and Research (CDER), Center for Biologics Evaluation and Research (CBER), December 2009, CMC.

4) Xiaohui Wei, et al. A Specific Picomolar Hybridization-Based ELISA Assay for the Determination of Phosphorothioate Oligonucleotides in Plasma and Cellular Matrices. Pharm. Res. 23, (6), 1251-1264 (2006)

■清水 浩之(しみずひろゆき) 薬物動態研究部 研究員 専門:バイオアッセイ 趣味:テニス