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14東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011) ●[特集]SiC半導体(1)SiCパワー半導体関連材料の分析 1.SiCパワー半導体の各種分析手法 弊社では、化合物半導体について、「ウエハからデバ イスまで最新の高度な分析技術を提供する」 という方針 で、新規装置の導入や新規技術の開発を行っている。 高周波ハイパワー電子デバイスとしてはGaN, SiC有力な候補であり、高速用トランジスタとしてはSiGe主流となりつつある。大容量の記録装置としてはブルー レイディスクが主流になっており、ピックアップ用の青 紫色レーザーダイオード、車載用や照明用途で白色発光 ダイオードの開発・実用化が進んでいる。これらのデバ イスはいずれもナノメータースケールの膜厚の量子井戸 (ドット)構造や多層構造、pn接合などから形成されて いる。多層構造界面や各層内で生じる歪み・応力、キャ リア濃度の分布、欠陥や不純物がデバイスの耐久性や歩 留まりの向上に重大な影響を及ぼすことから、今後、ナ ノメータースケールでの構造評価(結晶性、歪み・応 力、欠陥、組成、キャリア濃度)に関する分析ニーズが ますます高まってくると考えられる。 1には化合物半導体を評価する上で代表的な各種分 析手法を示した。 図1 化合物半導体の代表的な各種分析手法 Raman:ラマン分光法、CBED:収束電子線回折法、 n-ED:ナノビーム電子線回折法、X-ray:X線回折法、 XMA:電子プローブ微小部分析法、EELS:電子エネル ギー損失分光法、RBS:ラザフォード後方散乱分光法、 SIMS:二次イオン質量分析法、GIXR:X線反射率法、 PL:フォトルミネッセンス法、CL:カソードルミネッ センス法、TEM:透過型電子顕微鏡、SPM:走査型プ ローブ顕微鏡 2.SiC(エピ)ウエハの評価技術 まず、ウエハやエピウエハの欠陥・結晶性評価には非 破壊測定が要求される。SiCエピウエハの非破壊分析装 置としては、レーザー顕微鏡を用いた分析装置が市販 されているが、いずれも、画像処理によって、欠陥やス テップなどの個数を数えることから、正確な欠陥種の同 定が行えない場合が多い。 これまで、弊社では、ウエハやエピウエハの欠陥・結 晶性評価にはX線トポグラフ法を用いてきたが、測定に 時間がかかることから、平成20年に、高速で、欠陥や転 位の観察が可能なイメージングPL装置を導入した。図2 ab︶に、それぞれ、4H-SiCウエハ全体と拡大部の イメージングPL像を示す。2インチから3インチウエハ は、60秒程度の時間で測定が可能である。さらに、高分 解能で微小部の欠陥や転位分布が測定したい場合は、顕 微モードで約1μmの空間分解能で欠陥や転位分布に関 する情報を得ることができる。現在は4インチウエハま でしか対応できないが、今後、6インチウエハまで対応 できるように装置の改造を検討している。 1.3mm (a) (b) 図2 4H-SiCのイメージングPL像 (a)2インチウエハ全体、(b)拡大図 なお、破壊測定でもよい場合には、膜組成分析にRBS SIMSを利用している。 3.SiO2膜/SiC基板の欠陥評価技術 1に、SiC基板上SiO2膜の代表的な構造評価法を 示 し た。SiC 半 導 体 は、 自 然 酸 化 膜(SiO2)が形成 できるワイドギャップ半導体であり、Metal-Oxide- SemiconductorMOS)トランジスタの性能や耐久性の 向上のためには、良質な酸化膜の作製が必要不可欠と なっている。 現状では、SiO2/SiC基板の界面トラップ密度(Ditと有効固定電荷密度(Qeff)は、いずれも典型的なSiO2/ Si基板(~10 11 cm -2 1よりも12桁高く、これらの原因 でチャネル移動度が大きく低下している 2,3Ditが高い 原因としては、余剰炭素や界面層の影響 43配位の酸素 [特集]SiC半導体 (1)SiCパワー半導体関連材料 の分析 理事・フェロー 吉川 正信

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Page 1: [特集]SiC半導体 (1)SiCパワー半導体関連材料 の分析...16・東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011) [特集]SiC半導体(1)SiCパワー半導体関連材料の分析

14・東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)

●[特集]SiC半導体(1)SiCパワー半導体関連材料の分析

1.SiCパワー半導体の各種分析手法

 弊社では、化合物半導体について、「ウエハからデバイスまで最新の高度な分析技術を提供する」 という方針で、新規装置の導入や新規技術の開発を行っている。 高周波ハイパワー電子デバイスとしてはGaN, SiCが有力な候補であり、高速用トランジスタとしてはSiGeが主流となりつつある。大容量の記録装置としてはブルーレイディスクが主流になっており、ピックアップ用の青紫色レーザーダイオード、車載用や照明用途で白色発光ダイオードの開発・実用化が進んでいる。これらのデバイスはいずれもナノメータースケールの膜厚の量子井戸(ドット)構造や多層構造、pn接合などから形成されている。多層構造界面や各層内で生じる歪み・応力、キャリア濃度の分布、欠陥や不純物がデバイスの耐久性や歩留まりの向上に重大な影響を及ぼすことから、今後、ナノメータースケールでの構造評価(結晶性、歪み・応力、欠陥、組成、キャリア濃度)に関する分析ニーズがますます高まってくると考えられる。 図1には化合物半導体を評価する上で代表的な各種分析手法を示した。

図1 化合物半導体の代表的な各種分析手法

Raman:ラマン分光法、CBED:収束電子線回折法、n-ED:ナノビーム電子線回折法、X-ray:X線回折法、XMA:電子プローブ微小部分析法、EELS:電子エネルギー損失分光法、RBS:ラザフォード後方散乱分光法、SIMS:二次イオン質量分析法、GIXR:X線反射率法、PL:フォトルミネッセンス法、CL:カソードルミネッセンス法、TEM:透過型電子顕微鏡、SPM:走査型プローブ顕微鏡

2.SiC(エピ)ウエハの評価技術

 まず、ウエハやエピウエハの欠陥・結晶性評価には非破壊測定が要求される。SiCエピウエハの非破壊分析装置としては、レーザー顕微鏡を用いた分析装置が市販されているが、いずれも、画像処理によって、欠陥やステップなどの個数を数えることから、正確な欠陥種の同定が行えない場合が多い。 これまで、弊社では、ウエハやエピウエハの欠陥・結晶性評価にはX線トポグラフ法を用いてきたが、測定に時間がかかることから、平成20年に、高速で、欠陥や転位の観察が可能なイメージングPL装置を導入した。図2︵a︶,︵b︶に、それぞれ、4H-SiCウエハ全体と拡大部のイメージングPL像を示す。2インチから3インチウエハは、60秒程度の時間で測定が可能である。さらに、高分解能で微小部の欠陥や転位分布が測定したい場合は、顕微モードで約1μmの空間分解能で欠陥や転位分布に関する情報を得ることができる。現在は4インチウエハまでしか対応できないが、今後、6インチウエハまで対応できるように装置の改造を検討している。

1.3m

m

(a) (b)

図2 4H-SiCのイメージングPL像(a)2インチウエハ全体、(b)拡大図

 なお、破壊測定でもよい場合には、膜組成分析にRBSやSIMSを利用している。

3.SiO2膜/SiC基板の欠陥評価技術

 表1に、SiC基板上SiO2膜の代表的な構造評価法を示した。SiC半導体は、自然酸化膜(SiO2)が形成できるワイドギャップ半導体であり、Metal-Oxide-Semiconductor(MOS)トランジスタの性能や耐久性の向上のためには、良質な酸化膜の作製が必要不可欠となっている。 現状では、SiO2/SiC基板の界面トラップ密度(Dit)と有効固定電荷密度(Qeff)は、いずれも典型的なSiO2/Si基板(~1011cm-2︶1︶よりも1~2桁高く、これらの原因でチャネル移動度が大きく低下している2,3︶。Ditが高い原因としては、余剰炭素や界面層の影響4︶、3配位の酸素

[特集]SiC半導体

(1)SiCパワー半導体関連材料の分析理事・フェロー 吉川 正信

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東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・15

●[特集]SiC半導体(1)SiCパワー半導体関連材料の分析

と格子間炭素に存在する内部欠陥、シリコンや酸素欠損のような点欠陥が挙げられる5︶。 赤外分光法は、非常に高感度であることから、SiO2/ Si基板上のゲート酸化膜(1nm以下)の化学構造の評価に盛んに利用されてきた。一方、SiC基板上の酸化膜の場合、SiC基板の品質が悪く、キャリア濃度が高いため、フリーキャリアの影響で赤外透過スペクトルの測定は難しいが、全反射(Attenuated Total Reflection:ATR)測定モードを利用すると高感度で、最表層の赤外スペクトルを得ることができる。また、カソードルミネッセンス(CL)法は、SiO2薄膜中の欠陥構造について評価することができる分析法である。最近の研究例から、4H-SiC基板上に作製したSiO2薄膜のLO(Longitudi-nal Optical:LO)フォノンがSi基板上に作製したSiO2薄膜よりも低波数側に観測され、SiC-MOSFETのチャネル移動度の減少とともに、LOフォノンのピーク位置が低波数側にシフトし、膜組成が不均一になること、およびCL測定では、チャネル移動度の減少とともに、酸素欠損に由来する発光線の強度が強くなることが分った。今後、赤外分光法やCL法が4H-SiC基板上のSiO2薄膜の有力な欠陥構造評価法になると考えられる。 非破壊でのSiC基板上SiO2膜の膜厚や密度・界面ラフネスの評価には、X線反射率法(Grazing Incidence X-ray Reflectivity:GIXR)を用いている。GIXRは高強度のX線を全反射臨界角近くの低角で試料表面に入射させたときに、反射されたX線の干渉パターンを解析することで、薄膜の膜厚、密度、または表面や界面の凹凸の状態を知る方法である。全反射臨界角から膜密度が、高角度側の振動の振幅から多層膜の密度差に関する情報が、高角度側の強度や振動の減衰の度合いから表面や界面の凹凸に関する情報が、振動の周期から多層膜の膜厚に関する情報がそれぞれ得られる。図3には、一例として、4H-SiCエピ基板上に作製したSiO2膜のGIXRによる測定結果を示す。 測定データへの計算値のフィッティングによって、図3のSi酸化膜の密度は2.27g/cm3であり、膜厚は60nmであることが分かった。このようにGIXRを用いると、非破壊で、ナノメーターレベルの深さ分解能で、多層膜の密

度や膜厚、表面や界面層のラフネスを測定することができる。

4.SPM・CL・ラマン分光法を中心としたデバイスの評価

 デバイスの構造や劣化解析には微小部の歪み・応力、組成、キャリア濃度、欠陥の評価が重要になる。デバイスの歪みや応力の評価には、これまで、X線回折法が用いられてきたが、空間分解能の向上のため、平成19年に、約10μmの空間分解能で半導体や金属の歪みや応力の解析ができる多機能マイクロX線回折装置を導入した。この装置には2次元PSPC検出器が装備されているため、デバイリングの歪みの形を計測して、応力の主成分だけでなく、今まで不可能であったせん断応力の測定が可能になった。半田ボールの応力測定や化合物半導体の微小部および薄膜の応力評価に威力を発揮している。さらに、高空間分解能で歪みや応力の測定が必要な場合は、SPring-8の放射光X線ビームラインや顕微ラマン分光法で対応している。 弊社では国内で初めて顕微ラマン分光装置を導入し、ラマン分光分析に関しては、30年近くの技術の蓄積と高度な解析力を有している。顕微ラマン分光法ではAlやAu,Cuなどの単金属の応力評価はできないが、半導体に関しては、約500nm程度の空間分解能で数MPaの非常に僅かな応力の評価が行える。平成15年からはNEDOの「近接場利用次世代カソードルミネッセンス及びラマン

図3 4H-SiC基板上に作製したSiO2膜のGIXRスペクトル

表1 SiC基板上SiO2膜の代表的な構造評価法

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●[特集]SiC半導体(1)SiCパワー半導体関連材料の分析

分光装置開発」プロジェクトを通じて近接場光を利用したラマン分光法とCLの装置開発を行ってきている。プロジェクトの一環として、紫外の共鳴ラマン効果と特殊形状の近接場プローブを用いた紫外レーザー光励起近接場共鳴ラマン分光装置を開発し、世界で初めて、100nm以下の空間分解能でSiの応力評価に成功した。また、InGaN量子井戸構造に関しては、新規に開発したCL分光装置を用いて、従来のCL装置の空間分解能(100nm)を遥かに超えた10nmの空間分解能で、InGaN量子井戸構造に存在する欠陥“V-defect”の周りの組成変化の測定に成功している。現在は、この装置をSiC半導体の評価に利用することを検討している。 デバイスの劣化解析で、特に重要なナノメータオーダーのキャリア濃度や欠陥の分析には、SPM(SSRM, SCM)やCL法を用いて高度な測定データを提供している。特に、SPMでは市販の装置を改造し、市販の装置よりも₁桁ノイズの低減を図った結果、従来よりも、 ₁桁キャリア濃度の検出限界を向上させた。競争力の高いSPMやCL法を切り口として、不純物濃度の測定にはSIMS、ナノメーターレベルの組成分析や歪み、欠陥・結晶性評価には分析電子顕微鏡をそれぞれ活用している。SIMSに関しては、バックサイドSIMSでノックオンによる妨害を避け、高精度で信頼性の高い、不純物のデプスプロファイルを短納期で提供している。 分析電子顕微鏡に関しては、FIB加工と高度なイオンミリング技術とを組み合わせた弊社独自開発の前処理法を用いて、ダメージの少ないTEM試料を作製し、高分解能TEM像を提供している。組成分析にはTEM-EELSを、歪み・応力評価にはn-EDを活用し、高付加価値のデータを提供している。

5.おわりに

 電子スピン共鳴法は、Si基板上のSiO2薄膜の欠陥評価法として優れた手法である。現在、SiC基板の品質が悪いために、基板の信号に隠されてSiO2薄膜の欠陥を評価することができないが、将来、もっと良質な基板が作製されれば、有力な分析手法となるものと確信している。

弊社では最新の分析・解析機器の導入を積極的に進めているが、平成20年には高分解能RBS装置を導入した。核反応分析(NRA : Nuclear Reaction Analysis)などの機能も有しており、SiC半導体の高精度組成分析に活用している。また、平成20年には、セクター型SIMSを増設し、短納期で、SiC半導体の高精度な不純物分析を行っている。さらに、年内には、最新のEELS検出器を装備した、収差補正透過走査電子顕微鏡を導入し、原子レベルの観察と組成評価を行っていく予定である。また、放射光X線トポグラフ法の技術開発も進めており、ラボレベルで検出できない微小な欠陥評価の検討を行っている。 最後に、弊社で開発している分析技術が、SiCパワーデバイスの実用化のスピードアップに少しでも貢献できれば望外の喜びである。

6.参考文献

1) 吉川正信;2009化合物半導体大全,p.297 (電子ジャーナル︶.

2) M. Yoshikawa et al, Appl. Spectros. 60, 479 (2006︶.3) M. Yoshikawa et al, Appl. Phys. Lett. 91,131908 ︵2007︶.

4) M. Yoshikawa et al, Appl. Phys. Lett. 92, 091903 ︵2008︶.

5) 藤田高弥;2009化合物半導体大全, p.119(電子ジャーナル)

6)M. Yoshikawa et al, Appl. Spectros. 65 (2011︶.

■吉川 正信(よしかわ まさのぶ) 理事、フェロー兼構造化学研究部部長 略歴: 大阪大学工学研究科応用物理学科博士課程終

了、工学博士。1996年同社構造化学研究部室長。1998年5月~10月ドイツフランフォーファー研究所留学。

        専門: 光物性、特にラマン分光法及びCL法を用いた固体材料の評価

        趣味:テニス、キャンプ、つり、映画鑑賞