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動画像分析を用いた時空間地理情報分析手法の開発 於保 俊 Development of analyzing method for spatiotemporal geographical information using motion image analysis Suguru OHO Abstract : A newly developed method of spatiotemporal analysis using the motion image analysis was applied to the Eastern-hills of Nagoya from Meiji era to the present. Dynamic changes of land use were investigated by applying the motion prediction method to the spatiotemporal geographical information. Spatial and temporal changes of land use were also analyzed by the 3D visualization of the land use maps. These analyses clarified the characteristics of the process of urbanization in the studied region. Keywords : 時空間分析(spatiotemporal analysis),景観分析(landscape analysis),土地利用変化 (land use change),可視化(visualization) 1. はじめに 我々の生活する環境は過去の変化の積み重ね により成立しており,これらの変化を分析する ことは,現在の状況を把握するだけでなく将来 の環境の予測をする上でも有用である.特に, 緑地や残存生態系の保全や市街地の縮小が問題 となっている都市部において,これまでの景観 の変化を評価し今後の都市計画に生かすことは 有意義であるといえる.近年,国土地理院の国 土変遷アーカイブ事業などにより明治期以降の 時空間地理情報の整備が進み,山林の土地被覆 の時間的変化に注目した研究が行われているが (小荒井ほか,2006;長澤・伊藤,2007),都市部 の土地利用に着目した研究はほとんどない.そ こで本研究では,都市化が進展した名古屋市東 部丘陵地域を対象に,動画像処理や三次元可視 化を用いた時空間分析手法を開発し,当該地域 の明治から現在までの土地利用の変化を分析し た. 2. 対象地域 本研究の対象地域として,愛知県名古屋市千 種区に位置する名古屋大学東山キャンパスや名 於保 俊:〒464-8601 名古屋市千種区不老町 名古屋大学 環境学研究科 都市環境学専攻 電話:052-789-7697 e-mail[email protected]

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Page 1: 動画像分析を用いた時空間地理情報分析 ...€¦ · こで本研究では,都市化が進展した名古屋市東 部丘陵地域を対象に,動画像処理や三次元可視

動画像分析を用いた時空間地理情報分析手法の開発

於保 俊

Development of analyzing method for spatiotemporal geographical information using motion image analysis

Suguru OHO

Abstract : A newly developed method of spatiotemporal analysis using the motion image analysis

was applied to the Eastern-hills of Nagoya from Meiji era to the present. Dynamic changes of land

use were investigated by applying the motion prediction method to the spatiotemporal geographical

information. Spatial and temporal changes of land use were also analyzed by the 3D visualization of

the land use maps. These analyses clarified the characteristics of the process of urbanization in the

studied region.

Keywords : 時空間分析(spatiotemporal analysis),景観分析(landscape analysis),土地利用変化

(land use change),可視化(visualization)

1. はじめに

我々の生活する環境は過去の変化の積み重ね

により成立しており,これらの変化を分析する

ことは,現在の状況を把握するだけでなく将来

の環境の予測をする上でも有用である.特に,

緑地や残存生態系の保全や市街地の縮小が問題

となっている都市部において,これまでの景観

の変化を評価し今後の都市計画に生かすことは

有意義であるといえる.近年,国土地理院の国

土変遷アーカイブ事業などにより明治期以降の

時空間地理情報の整備が進み,山林の土地被覆

の時間的変化に注目した研究が行われているが

(小荒井ほか,2006;長澤・伊藤,2007),都市部

の土地利用に着目した研究はほとんどない.そ

こで本研究では,都市化が進展した名古屋市東

部丘陵地域を対象に,動画像処理や三次元可視

化を用いた時空間分析手法を開発し,当該地域

の明治から現在までの土地利用の変化を分析し

た.

2. 対象地域

本研究の対象地域として,愛知県名古屋市千

種区に位置する名古屋大学東山キャンパスや名

於保 俊:〒464-8601 名古屋市千種区不老町

名古屋大学 環境学研究科 都市環境学専攻

電話:052-789-7697

e-mail:[email protected]

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古 屋 市 昭 和 区 八 事 周 辺 を 含 む お よ そ

3.5km×4.5km の矩形領域を選定した.対象地域は,

江戸時代には尾張藩の藩有林や周辺村落の入会

地としての山林が広がっていたが,戦後の都市

開発により住宅地へと変化してきた.しかし,

東山動植物園やその周辺には今なお豊かな緑地

が広がっており,都市内緑地として機能してい

る.資源利用を目的とした里山から緑地共生型

の都市に至る対象地域の履歴は,都市内生態系

保全や都市化過程の分析という観点から興味深

い.

3. 地理情報の作成手法

本研究では,国土地理院の 2 万 5 千分の 1 地

形図図歴のうち 1927 年から 2001 年までの 8 時

点における対象地域が含まれる『名古屋南部』

図幅の地形図を用いた.また,大日本帝国陸地

測量部による 1891 年測量の正式 2 万分の 1 地形

図の『名古屋』および『熱田』を用いた.使用

した地形図を表 1 に示す.

表 1 使用した地形図

発行 作業年 図名 図歴番号

1893 1981 名古屋

1893 1891 熱田

1929 1927 名古屋南部 2-1-2

1947 1938 名古屋南部 2-1-4

1950 1947 名古屋南部 2-1-5

1971 1968 名古屋南部 2-1-6

1981 1980 名古屋南部 2-1-9

1992 1991 名古屋南部 2-1-12

1997 1996 名古屋南部 2-1-14

2002 2001 名古屋南部 2-1-15

これらの地形図をスキャナで読み込みデジタ

ル画像データとした後,地形図上の地図記号に

基づいて土地利用の境界をエッジとするポリゴ

ンとしてデジタイズした.この際,重ね合わせ

精度の向上のために,最新年代(2002 年発行)

の地図のデジタルデータをベースにし,このデ

ータに対する変化部分を補正しながら年代が新

しい地図順にデジタイズを行った.各ポリゴン

には属性値として 40 種類の土地利用コードを設

定した.

4. 分析方法

各地点における各年代間の都市化の活発度を

分析するために,動画像圧縮等で動画の動きを

予測するために用いられるブロックマッチング

法を利用してオプティカルフロー(画像内の物

体の動きをベクトルで表したもの)の抽出を行

った.まず,各ポリゴンの土地利用属性を都市

化の度合いによって 10 段階に再分類し,10m の

メッシュにラスタライズし画像としてエクスポ

ートした.次に,ブロックサイズ 8 ピクセル,

探索エリアサイズ 32 ピクセルでブロックマッチ

ング法を用いてオプティカルフローの抽出を行

った.さらに,各グリッドに対して隣接する 4

グリッドからのオプティカルフローの総和とし

て都市化への変化圧を計算した.すなわち,位

置(i, j)のグリッドの変化圧 ),( jiP は,式

),1(),1()1,()1,(),( jivjivjivjivjiP xxyy +−−++−−=

によって定義した.ここで vx,vyはそれぞれオプ

ティカルフローの x 成分, y 成分である.

また,緑地や都市部の分布の時間変化を分析

するために,土地利用の時空間情報の三次元可

視化を行った.土地利用コードに基づいて各ポ

リゴンの土地利用属性を緑地,都市部,その他

の 3 種類に再分類し,ボクセル三次元モデル作

成ソフトウェアを用いて各年代のマップレイヤ

を年代順に積み重ねた.その際,各マップレイ

ヤの高さは年代に比例するように設定した.作

成したボクセルを任意の面で切断し,切断面に

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沿った地点における緑地や都市部の分布の時間

変化を観察した.

5. 結果

図 1 に各年代における都市化の変化圧を示す.

変化圧が高い地点ほど都市化が活発であること

を示している.1938 年には対象地域全域にわた

って都市化が活発であるが(a),これはこの時期

に対象地域で土地区画整理が行われ全域にわた

って道路が整備されたためであると考えられる.

1947 年では図の上部に変化が集中しているが

(b),これはこの地域に路面電車や幹線道路が

通る古くからの市街地が広がっていたことから,

この地域で戦後すぐに復興が始められたことを

示していると考えられる.また,1968 年の全域

にわたる活発な都市化は(c),高度経済成長に伴

う住宅需要の急増により丘陵地でも盛んに宅地

造成が行われたことを反映していると考えられ

る.1980 年以降では,都市化の活発な地域が図

右中央部に位置する東山丘陵に向かって次第に

縮小してきており(d-f),東山丘陵周辺の緑地を

保全しつつ都市化が進行してきた過程が見てと

れる.

図 2 に対象地域の土地利用分布の 1891 年から

2001 年までの時間変化を示す.(a),(c)はそれ

ぞれ緑地,都市部の分布の変化を表し,(b),(d)

はそれぞれ(a),(c)のボクセルを切断したもの

である.(c),(d)は(a),(b)とは時間軸を反

転させて表示した.(a)からは,過去においてマ

トリクスとして広範囲に存在していた緑地が次

第に分断され,島嶼状のパッチとして都市部の

中に取り残されていく様子が見てとれる.ボク

セルは任意の切断面を観察できるが,例えば,

(b)に示す現在でも比較的多くの緑地が残って

いる地域の切断面からは,1938 年頃の土地区画

整理以降,もともと連続していた緑地が道路に

より櫛状に分断され島嶼状に残ったことが分か

る.(c),(d)からは,古くからの集落が拡大し

つつ柱状に残る一方で,西側に位置する名古屋

市中心部から広がってくる都市化により対象地

域の西側でより早くから都市化が進行し,全体

的に西側が高く東側が低い傾向が見られる.こ

のことから,対象地域の都市部は古くからの集

落が広がっただけではなく,名古屋市中心部か

らのより大きな都市化の流れに飲み込まれる形

で形成されてきたと考えられる.

6. まとめ

本研究では,名古屋市東部丘陵を対象にブロ

ックマッチング法を用いた動画像処理を応用し,

明治以降の各年代における都市化の進行の特徴

を分析した.また,時系列土地利用分布を三次

元可視化し,対象地域でどのように都市化が進

行してきたかを分析した.その結果,対象地域

では土地区画整理,戦後復興,高度経済成長に

伴う都市化と名古屋市中心部から広がるより大

規模な都市化が重なって,現在の都市部が形成

されてきたことがわかった.

謝辞

本稿の執筆にあたり名古屋大学の岡部ゆりえ

氏の協力に感謝する.本研究では ESRI ジャパン

株式会社の大学向け GIS 利用支援プログラムか

らソフトウェアの支援を受けた.

参考文献

小荒井衛・長谷川裕之・杉村尚・吉田剛司(2006)

国土変遷アーカイブデータを活用した多摩丘

陵での植生遷移の把握,「地理情報システム学

会講演論文集」,Vol.15/2006,361-366 頁.

長澤良太・伊藤麻子(2007) 明治期以降の山林利

用の歴史と植生景観の変遷,「日本地理学会発

表要旨集」,No.71,22 頁.

須崎亮太郎・荻野友隆・内村創(2004) 『フルス

クラッチによるグラフィックスプログラミン

グ入門』,313-320 頁,秀和システム.

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図 2. 土地利用の時間変化の三次元可視化.

(a)は緑地,(c)は都市部の 1891 年から 2001 年までの分布領域を表す.(b)と(d)はそれぞれ(a)と(c)を垂

直方向に切断したもの.(a)と(c)から緑地の減少と都市部の増加がほぼ対応していることが分かる.

図 1. 各年代における都市化の活発度

緑地,都市部,その他に 3 分類した土地利用図の上にモザイク様の都市化の変化圧マップを重ねて

表示した.変化圧が高い地点ほど都市化が活発であることを示す.