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埼玉医科大学病院 Saitama Medical University Hospital Copyright © 2013 Saitama Medical University Hospital. All rights reserved. 感染症科・感染制御科 感染症に対する基本的な考え方 1.発熱=感染症、ではありません 2.病原微生物と生体との関係 発熱があればすぐに感染症と考え抗菌薬や解熱薬を使用し がちですが、実際には感染症以外で発熱を呈することがたくさ んあります。不明熱(fever of unknown origin; FUO)として入院し た患者においては、30~40%が感染症、10~25%が悪性腫瘍、 10~25%が膠原病で全体の約2/3を占め、残りの約1/3がその他 の疾患および原因不明となっています。 したがって、感染症の存在を疑うためにはそれなりの証拠が 必要ですし、病原微生物の存在を常に意識しておかなければな りません。 まず「感染」とは病原体が生体内に侵入・定着・増殖し、生体に 何らかの病的変化を与えることをいいます。しかし必ずしも発病 を意味するものではありません。つまり症状として現れなくとも 感染が成立することがあります(不顕性感染)。次に「感染症」と は感染によって炎症を生じた状態であり、自覚的あるいは他覚 的症状を示していわゆる発病している状態です(顕性感染)。一 方、菌は存在するが菌量が少なく炎症反応の上昇が認められな いものを「定着」と定義します。病原体と生体との関係は大きくこ の3つに分けられますが、このほかにも我々が病原微生物を検 出しようとして検体を採取するときに誤って本来関係のない菌 が紛れこんでしまうことがありえます。これを「コンタミネーショ ン」といい、微生物検査の評価の際は常にコンタミネーションの ことを考えておく必要があります。これらの4つの定義を模式化 すると図のようになります。 微生物が生体に定着し、ある程度の量まで増え生体の防御能 が低下すると感染を呈します。さらに生体に炎症を生じさせるよ うになると感染症になるのです。 3.分離菌と感染症の関係 細菌検査で菌が分離されたからと言って、その菌が感染症の 原因菌と確定されるわけではありません。分離された菌が感染 症の原因菌と判断するには根拠が必要です。逆に菌が分離され ていないからといって、ある菌が感染症の原因菌でないともい えません。 一般に常在菌とされる菌種(α-Streptococcus, Neisseria, CNS (コアグラーゼ陰性ブドウ球菌))では、分離されても定着・保菌 (colonization)と考えます(一部には常在菌で炎症を起こすこと もあります)。MRSAや緑膿菌は入院患者や基礎疾患を有する患 者にはしばしば常在しているため、分離されてもほとんどの場 合は定着菌です。逆に、病原性が高い菌(肺炎球菌やインフルエ ンザ菌など)では定着よりも感染症を起こす頻度が高いです。 したがって治療を考慮する際は、ある程度原因菌を推測した うえで、経験的に抗菌薬を選択すること(empiric therapy)が重 要となります。例えば敗血症の診断には血液培養における病原 微生物の検出が必須と以前は考えられてきましたが、Sepsis (セ プシス)の診断には必須でなくなりました。また血液培養検査で は検体採取手技によりコンタミネーションが生じることがしばし ばあります。したがって培養検査を過大評価しないことも重要で す。

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埼玉医科大学病院Saitama Medical University Hospital

Copyright © 2013 Saitama Medical University Hospital. All rights reserved.

感染症科・感染制御科

感染症に対する基本的な考え方

1.発熱=感染症、ではありません

2.病原微生物と生体との関係

 発熱があればすぐに感染症と考え抗菌薬や解熱薬を使用し

がちですが、実際には感染症以外で発熱を呈することがたくさ

んあります。不明熱(fever of unknown origin; FUO)として入院し

た患者においては、30~40%が感染症、10~25%が悪性腫瘍、

10~25%が膠原病で全体の約2/3を占め、残りの約1/3がその他

の疾患および原因不明となっています。

 したがって、感染症の存在を疑うためにはそれなりの証拠が

必要ですし、病原微生物の存在を常に意識しておかなければな

りません。

 まず「感染」とは病原体が生体内に侵入・定着・増殖し、生体に

何らかの病的変化を与えることをいいます。しかし必ずしも発病

を意味するものではありません。つまり症状として現れなくとも

感染が成立することがあります(不顕性感染)。次に「感染症」と

は感染によって炎症を生じた状態であり、自覚的あるいは他覚

的症状を示していわゆる発病している状態です(顕性感染)。一

方、菌は存在するが菌量が少なく炎症反応の上昇が認められな

いものを「定着」と定義します。病原体と生体との関係は大きくこ

の3つに分けられますが、このほかにも我々が病原微生物を検

出しようとして検体を採取するときに誤って本来関係のない菌

が紛れこんでしまうことがありえます。これを「コンタミネーショ

ン」といい、微生物検査の評価の際は常にコンタミネーションの

ことを考えておく必要があります。これらの4つの定義を模式化

すると図のようになります。

 微生物が生体に定着し、ある程度の量まで増え生体の防御能

が低下すると感染を呈します。さらに生体に炎症を生じさせるよ

うになると感染症になるのです。

3.分離菌と感染症の関係

 細菌検査で菌が分離されたからと言って、その菌が感染症の

原因菌と確定されるわけではありません。分離された菌が感染

症の原因菌と判断するには根拠が必要です。逆に菌が分離され

ていないからといって、ある菌が感染症の原因菌でないともい

えません。

 一般に常在菌とされる菌種(α-Streptococcus, Neisseria, CNS

(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌))では、分離されても定着・保菌

(colonization)と考えます(一部には常在菌で炎症を起こすこと

もあります)。MRSAや緑膿菌は入院患者や基礎疾患を有する患

者にはしばしば常在しているため、分離されてもほとんどの場

合は定着菌です。逆に、病原性が高い菌(肺炎球菌やインフルエ

ンザ菌など)では定着よりも感染症を起こす頻度が高いです。

 したがって治療を考慮する際は、ある程度原因菌を推測した

うえで、経験的に抗菌薬を選択すること(empiric therapy)が重

要となります。例えば敗血症の診断には血液培養における病原

微生物の検出が必須と以前は考えられてきましたが、Sepsis(セ

プシス)の診断には必須でなくなりました。また血液培養検査で

は検体採取手技によりコンタミネーションが生じることがしばし

ばあります。したがって培養検査を過大評価しないことも重要で

す。

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4.耐性菌が分離された場合の考え方

 細菌検査でMRSA などの耐性菌が分離された場合、以下の

5つの項目を確認しましょう。まず細菌検査結果から(1)菌量

(2)グラム染色における貪食像、患者の状態から(3)全身の

炎症反応(4)局所の炎症反応(5)患者の全身状態、です。

これらを総合的に判断するのですが、分離された耐性菌が感

染症の原因菌である割合はわずか 10%ほどと考えられていま

す。

 感染症の原因菌であると判断した場合のみ、その耐性菌に

有効な抗菌療法を検討しますが、それ以外の場合は定着であ

るため、抗菌療法は必要なく院内感染防止対策(ほとんどの

場合は接触感染防止対策)を行えば充分です。

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感染症に対する基本的な考え方