『台灣日本語文學報21號』pdf版 西川滿小說中的臺...

24

Upload: others

Post on 24-Jun-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    147

    西川滿小說中的臺灣要素

    -異國情趣原點的探求-

    黃意雯

    立德管理學院講師

    摘要

    本文的目的在於對西川滿的中、短篇小說進行語言學上的分析,

    以探究其異國情趣風格的成因。分析的結果發現西川滿小說的異國情

    趣風格與其在語言文字上大量地使用臺灣要素有很大的關係。這些臺

    灣要素大致上可分為「人、時、地、事、物」五類,而這五類的臺灣

    要素可視為小說中的關鍵字。讀者不僅可以從中推測小說中的主要人

    物、時代、舞台等,也可看出作品之間的關聯性。

    關鍵字:西川滿、臺灣要素、異國情趣、臺灣文學、日本統治期

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    148

    Taiwanese Elements in Mitsuru Nisigawa’s Novels: Discovery the Source of Exoticism

    Huang Yi-Wen Lecture, Leader University

    Abstruct

    This paper is aimed at exploiting the way of linguistic analysis to

    discover the reason why Mitsuru Nisigawa’s middle-length and short-length novels are full of Taiwanese exoticism. The analytic result shows that the exoticism existing in Mitsuru Nisigawa’s novels has a strong correlation with the fact that he used an enormous number of Taiwan elements in his novels. Basically, these Taiwanese elements can be classified into five classes, i.e., people, time, place, event and thing. They usually are the keywords of the analytic samples. With these elements, readers are able to easily figure out not only the roles, times and backgrounds of his novels but also the relationship among his novels. Key words: Mitsuru Nisigawa, Taiwanese elements, exoticism,

    Taiwanese literature, the period of Japanese occupation

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    149

    西川満の小説における台湾的要素

    -エキゾチシズムの原点をめぐって-

    黃意雯 立德管理學院講師

    要旨 本論では、西川満の中短篇小説を対象とし、従来討論されてきた

    その台湾エキゾチシズム風格について、語学的な分析を行った。結

    果として、西川満の小説におけるエキゾチシズム傾向は、文字言語

    上、大量の台湾的要素を通して表現されていることが明らかになっ

    た。これらの台湾的要素は、「人、時、地、事、物」というようにタ

    イプ分けができる。この五大要素に基づいて抽出した使用例が、各

    小説のキーワードのようなものだと言え、そこから小説の登場人物、

    時代と舞台などが推測できるばかりではなく、作品間の繋がりも見

    出される。

    キーワード:西川満 台湾的要素 エキゾチシズム 台湾文学

    日本統治期

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    150

    西川満の小説における台湾的要素

    -エキゾチシズムの原点をめぐって- 1

    黃意雯 立德管理學院講師

    1.はじめに

    日本統治期の台湾文学に言及する時、西川満(1908-1999)は決し

    て避けてはとおれない文壇の中心人物である。西川満の文学活動は

    多彩であり、詩、小説、随筆、散文、評論、翻訳、童話、島民劇な

    どが挙げられる。そして、作品の数量も膨大であり、一九〇八年、

    満二歳で渡台してから、一九四六年、日本に帰国するまでの三十六

    年間、発表した作品は七三八篇にも達する。2だが、作品のジャンル

    を問わず、エキゾチシズムこそ西川満の文学作品の一貫した風格と

    言ってもよかろう。 日本人学者及び台湾人学者による西川満の文学についての研究は

    少なくない。西川満の作品はほとんどエキゾチシズムの一語でしめ

    くくられているが、今までこれについての論述はすべて文学的な観

    点に止まっており、語学的な分析が行われていない。 本稿は、西川満の小説について、非言語要素の抽象的・思想的考

    察、小説の芸術的技巧、政治評論的価値判断などにいっさい触れず、

    もっぱら文字言語の使用に着目しようと思う。このように、小説言

    語の観察によって、西川満の文学のキーワードであるエキゾチシズ

    ムを客観的なデータで抽出し、さらに進んでその特徴を拾ってみる

    ことが本稿の目的である。

    1 本稿作成に当たり、査読者の先生方々及び簡月真氏に多々貴重なご教示いただいたことをここに記し、謝辞に代える。 2 陳藻香(1995)『日本領台時代の日本人作家―西川満を中心として』によると、作品の総数は七三八篇であるが、そのうち重複するものが五四篇。したがって、

    実際に執筆の作品数は六八四篇。

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    151

    以下は、台湾エキゾチシズム文学と西川満、エキゾチシズムの原

    点である台湾的要素の考察といった順序で論述していく。エキゾチ

    シズムの原点である台湾的要素においては、西川満の小説の文字言

    語上の特徴を見出し、この特徴についてタイプ分けをしてみる。考

    察では、これらの分類に基づいて、台湾的要素の数量的分布と台湾

    的要素の内訳の二方向で分析していく。

    2.台湾エキゾチシズム文学と西川満

    「エキゾチシズム」3は、〔Exoticism〕の英語訳や〔Exotisme〕の

    フランス語訳による「エキゾティシズム」、「エキゾチズム」、「エキ

    ゾシズム」4、「エグゾチスム」 5などのカタカナ表記と「異国情調」6、「異国主義」7、「異国趣味」8、「異国情趣」9、「異国情緒」10など

    の漢語訳が見られる。ここでは、表記の便宜上、「エキゾチシズム」

    で統一する。

    3中村哲(1940 年7月)「外地文学の課題」『文芸台湾』第一巻第四号などに見ら

    れる用語。 4(1940 年 11 月)「濱田隼雄の小説」『台湾時報十一月号』第二五一号などに見

    られる用語。 5島田謹二(1941 年5月)「台湾の文学的過現未」『文芸台湾』第二巻第二号など

    に見られる用語。

    6藤井省三(1998)「大正文学と植民地台湾-佐藤春夫『女誡扇綺譚』」『台湾文

    学この百年』などに見られる用語。 7島田謹二(1941 年5月)「台湾の文学的過現未」『文芸台湾』第二巻第二号など

    で言及された邦訳。 8島田謹二(1940 年 9 月)「評論」『詩集華麗島頌歌』などに見られる用語。 9陳藻香(1995 年 8 月)『日本領台時代の日本人作家―西川満を中心として』な

    どに見られる用語。 10邱若山(2002 年 7 月)「佐藤春夫『女誡扇綺譚』とその系譜」『日本学と台湾

    学』創刊号によると、「異国情緒」という用語を使った先駆者は佐藤春夫本人で

    ある。

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    152

    「エキゾチシズム」という語が、統治期の台湾文学界に初出する

    のが、佐藤春夫〈女誡扇綺譚〉11に対する評論である。〈女誡扇綺譚〉

    は台湾外地文学の古典的傑作で、発表以来、日本の文学界が一貫し

    てこれを「異国情調」の文学と評価してきた。12このような視点が

    継承され、当時植民地台湾をめぐるエキゾチシズムの言説は続出し

    ている。特に、西川満の作品をエキゾチシズム文学と評価している

    のは、中島利郎、垂水千恵、藤井省三、陳明台、邱若山などが挙げ

    られる。

    例えば、中島利郎(1995)の「西川満と日本統治期台湾文学-西 川満の文学観」に、次のような一節がある。

    ……しかし、西川満においてはきわめて個人的かつ人工的な要

    素が素材と混淆するのである。そして、この個人的かつ人工的

    要素と素材の混淆が、ロマンチシズムやエキゾチシズムで縁ど

    られてかれの小説に描写される。……〈梨花夫人〉や〈赤嵌記〉

    などの短篇小説の諸作はすべて、以上のような手法で生み出さ

    れた作品である。……

    なお、「戦前の台湾文学 日本との葛藤のなかから」で、垂水千恵

    (1995)が西川満の編集する『文芸台湾』の紹介において、「こうした絢爛たるエキゾチシズムこそが西川満の身上であった」という指摘

    11 佐藤春夫が一九二〇年に、高雄で歯医者を営む友人の誘いで、三ヶ月ほど台湾滞留していた。帰還後、台湾を題材とする紀行文、小説などが発表され、〈女

    誡扇綺譚〉は一九二五年に、安平及び台南を舞台に、台湾人を主たる登場人物

    とした、エキゾチシズムあふれる怪異小説。なお、本稿では、括弧の多用によ

    る混乱を避けるため、通常の論文の体裁とは異なるが、文学作品の篇名に対し

    特に〈 〉を使うこととする。 12 ただし、〈女誡扇綺譚〉は内地人の視点から外地へ旅をして描く作品のため、西川満のような台湾在住日本人からの視点とは異なる。よって、佐藤春夫〈女

    誡扇綺譚〉に対する「異国情調」の評価は、西川満の「エキゾチシズム」とは

    イデオロギー性が多少違うけれども、本論ではとりあえずこのような政治評論

    的価値判断を抜きにしておくことにする。

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    153

    もある。

    藤井省三(1998)が「台湾エキゾチシズム文学における敗戦の予感

    -西川満『赤嵌記』」で次のように記しており、西川満の文学におけ

    るエキゾチシズム論調を再び語った。

    かつて佐藤春夫が〈女誡扇奇譚〉において異国情調の枠組みを

    借りて見事に被支配者台湾人のナショナリズムを描いたように、

    西川満もまたエキゾチシズムと歴史の浪漫とを借りて支配者日

    本人の南方共栄圏イデオロギーを語った。

    さて、台湾文学界での西川満の文学についての評価はどうなるの

    であろうか。近年、台湾本土における台湾文学研究が盛んになる中

    で、中国語訳の『西川満小說集』が一九九七年に出版された。『西川

    満小說集②』に収められた陳明台の「西川満論」で、西川満氏の「南

    方憧憬」文学は、日本統治期在台日本人作家の「異国主義」文学の

    衣鉢を継いだ、という示唆があった。 また、邱若山 (2002)「佐藤春夫『女誡扇綺譚』とその系譜」では、

    「一般は『台湾文芸』が〈外地文学〉〈異国情緒〉の浪漫主義文学を

    代表するものと見ている。〈異国情緒〉及び〈浪漫的色彩〉は西川満

    の文学の特色だと思われている」とも言及されている。

    このように、エキゾチシズムは西川満の作品のキーワードだと言

    えよう。台湾の文化・生活・習慣などは、台湾人にすれば日常的な

    ものにすぎないが、西川満のような日本人の目には、それは「外地

    の特異な、奇妙な、アブノーマルなものであり、そこに起る意識は

    外地への驚異と懐疑である。だから、その驚異はエキゾチシズム、

    ロマンテイシズムの文学と(中村哲 1940,p.262)」なる。 3.エキゾチシズムの原点である台湾的要素

    3.1 西川満の小説の文字言語

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    154

    前節からわかるように、まぎれもなくエキゾチシズムは西川満の

    文学の基底である。しかしながら、このようなエキゾチシズム的傾

    向は、作品の文字言語面において、何か特徴があるのではなかろう

    か。

    黃(2006b)の「日本統治期日本人作家小説における台湾語使用-台

    湾人作家との比較を通して-」では、在台と内地日本人作家の十三

    篇の小説を対象として考察を加えた結果、西川満の〈赤嵌記〉は台

    湾語の使用率が高く、表記方式も多様である、ということがわかっ

    た。ただし、同時期、在台日本人作家である中山侑、川合三良、濱

    田隼雄、及び内地日本人である真杉静枝、中村地平、大鹿卓、窪川

    稲子、丹羽文雄などの作品には、台湾語の使用は稀である。そして、

    これらの台湾語使用の要因として、まずは、エキゾチシズムの表出

    だと考えられる。13すなわち、「小説における台湾語使用=台湾記号

    =エキゾチシズムの表出ということになる。」

    なお、陳藻香(1995)に、「西川満台湾時代全作品に登場する閩南

    語」についての調査があり、総数は異なり語数が 390 語、述べ語数

    が 544 語ある。総語数の中、①神祇・信仰と関わりのある語数が 180

    語、②民俗・生活と関わりのある語数が 297 語、③民謡・俚諺と関

    わりのある語数が 87 語ある。このように、作品に台湾語を散りばめ

    ていたことは、西川満の文学の文字言語面における特徴の一つであ

    ろう。

    さらに、西川満の『詩集華麗島頌歌』に、島田謹二(1940)の評論

    が掲載されており、その中に次のような一節がある。

    それでは西川満氏のこの〔臺灣色豊かな〕藝術はどんな世界

    13黃(2006a)では、台湾人作家の台湾語使用要因には、(一)母語の影響、漢字の

    利便性を利用する、(二)日本語文学作品の台湾化を図る、(三)日本植民体制

    への抵抗を図る、(四)台湾風土のエキゾチシズムを積極的に表現する、の四つ

    が考えられる。一方、黃(2006b)では、日本人作家の台湾語使用要因は、エキゾ

    チシズムの表出と漢字の利便性の利用、という二点にまとめられる、と指摘し

    ている。

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    155

    から成り立つてゐるか。今、その詩材をみると、そこには觀音

    山・凌雲禪寺・劍潭寺・紅毛城・慶安宮・蓬萊閣といふやうな、

    臺北を中心にして、これに淡水・基隆地方を加ふる北部臺灣の

    實在する山嶽・寺院・古城・料亭が採り用ゐられてゐる。(中略)

    かうした詩興を彩る生物は何か。まづ有情無情の動植物を見

    渡すと、そこには榕樹がある、相思樹がある、林投がある、榠

    櫨がある。また鳳梨がある、夾竹桃がある、木蓮花がある、月

    來香がある。これらの香氣高き亞熱帯特有の植物の間に隱顯す

    る動物は何何ぞ。曰く海燕・浮鷗・白雁・白鶴のごとく品たか

    く趣ふかいものである。こほろぎ・蠍・獺のごとく詩情に訴へ

    る妖怪味つよきものである。黃龍・火龍・黑騎・白豚のごとく

    神仙味濃きものである。さうしてこれら有生無生を統べる人物

    は、天上聖母・觀音菩薩・飛霞公主・五通神といふやうな東邦

    民族話中の超人間的存在から、武將・狂子・女巫・做婊・牽手

    などの臺灣土俗中の日常觸目的存在にまで亙つてゐる。かうし

    た語彙は、實にうらやましい程に豊富であり、またその選擇は

    ねたましい迄に適切である。ただこの種の動植物といひ、人物

    といふ異香高きromantiqueロ マ ン チ ツ ク

    な詩材は、うっかりすると、

    「異國趣味エ グ ゾ チ ス ム

    そのもののための異國趣味エ グ ゾ チ ス ム

    」風なかきあつめに終は

    ることがある。……

    要するに,西川満の作品にエキゾチシズムが感じられるのは,作

    品に数多くの台湾語の単語が使われているのみならず,台湾の「人、

    時、地、事、物」についての描写が見られるためである。このよう

    な「人、時、地、事、物」は、文学作品においていわゆる一種の台

    湾的要素だと言え、確実に具体的な文字言語により表現できるもの

    である。これは文学作品の視覚的な要素の一部を構築しており、さ

    らに進んで内容面や思想面などにも影響を及ぼしていく。換言すれ

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    156

    ば、これらの台湾的要素は、西川満の作品におけるエキゾチシズム

    風格の原点であり、作品内の台湾的要素の抽出によって、彼の文字

    言語的な特徴が見られるばかりではなく、従来西川満の作品につい

    ての文学的観点に加え、言語的観点の解釈もできるのではなかろう

    か。

    3.2 台湾的要素の定義及びその構成要素

    小説とは、人間や社会を描く様式であるため、「誰が、何時、何処

    で何をしたか、或いは、何処に何があるか」ということが問われざ

    るを得ない。この問いに対応する構成要素は、それぞれ「人、時、

    地、事、物」である。ゆえに、西川満の小説における台湾的要素は、

    この五類に大別してみることができ、そして、この五要素が種類と

    数量においてそろっているならばそろっているほど、その小説の台

    湾エキゾチシズムという味が濃くなる、と考えてもよかろう。 さて、台湾的要素とは何だろう。台湾の歴史をさかのぼればわか

    るように、一六二一年より、中国から移住してくる漢民族が絶えな

    かった。オランダ人、スペイン人、鄭氏王朝と日本の統治に至って

    も、漢民族は依然として台湾人口の大半を占めていた。一六八四年

    に、台湾が清朝に領有されてから、以後、中国文化からの影響がい

    っそう深まった。したがって、台湾的要素といえば、中国との関わ

    りが無視されてはいけない。そうすると、台湾的要素とは、次のよ

    うに定義したい。

    一、台湾島民独特の現実生活を反映する名称14。例えば:平埔

    蕃、大稲埕、住水鬼15、烏龍茶など。

    14 葉石濤(1987)『台湾文学史綱』頁 81 では、「台湾文学は台湾島民独特の現実生活を反映する文学である」という示唆がある。 15〈雲林記〉頁 256-257 によると、石で河を描き、そして水鬼が河の真中に立っ

    て河の岸に並んでいる子供をつかまえる遊戯。

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    157

    二、中国由来の名称。例えば:玉皇上帝、光緒、湄州、元宵、

    瑟など。 三、日本語としても熟知されるが、台湾と中国由来の名称。例

    えば:陶淵明、清、上海、纏足、甘蔗など。

    上記の定義に基づいて以下に続いて、台湾的要素の構成である「人、

    時、地、事、物」について考えてみようと思う。 まずは、「人」という要素である。実在或いは架空の人物名、職業・

    役職名、身分名、親族名称などが挙げられる。なお、島田謹二(1940)

    で言及された妖怪味つよきもの、神仙味濃きものや東邦民族話中の

    超人間的存在などが、この類に入れるのにふさわしいだろう。

    第二は、「時」という要素である。簡単に言うと、時代名や元号名

    などの時間を表す名詞である。 第三は、「地」という要素である。主に台湾や中国に実在する地名、

    山河名、街道名、建造物名やその一部が考えられる。

    第四は、「事」という要素である。この類に具体的な活動、行事、

    事件、行為から、抽象的な現象、状態まで幅広く含まれている。

    第五は、「物」という要素である。物品、植物、動物、食物、衣服、

    道具、運輸機関、書籍などを指す。

    次節では、上述した台湾的要素を「人、時、地、事、物」に分

    けて、考察を深めていきたいと思う。分類にあたって、同一人物の

    姓名・字・号・別称・あだ名、同一品詞の同音異字(例えば、停仔

    腳/亭仔腳)や、同一品詞の略称がある場合は、/で表し、同じ言

    葉として併せて計算する。ただし、高雄と打狗、士林と八芝蘭、滬

    尾と淡水のような新旧地名が同時に現れる場合は、異なり語彙と見

    做す。なお、表記する際、原則として漢字のみ表記するが、例外と

    して、日本語に仮名ルビで台湾語の読み方が付記されているもの

    (「左側トウピイン

    」、 腸 詰いやんちゃん

    など)は、ルビも併記することにする。このよう

    な日本語漢字も、当然台湾的要素の一つとして見られるだろう。

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    158

    4.考察

    4.1 調査対象

    西川満の文学は作品のジャンルにしても、作品の数量にしても、

    あまりに膨大であり、また、西川満の文学を見るべき重要な時代に

    フォーカスするため、本論は戦後の作品に一切触れずに、西川満の

    在台期間中に発表された中短篇小説のみに絞って調査を行うことに

    する。調査対象は『日本統治期台湾文学 日本人作家作品集』の第

    一巻〔西川満Ⅰ〕と第二巻〔西川満Ⅱ〕に収められた十八篇の小説。

    発表年順に従って、以下のとおりである。

    1.〈城隍爺祭〉1934.6.1

    2.〈鴨母皇帝〉(上)1934.7.1、(下)1934.8.1

    3.〈楚々公主〉1935.11.15

    4.〈梨花夫人〉1937.1.10

    5.〈歌ごゑ〉1937.3.10

    6.〈瘟王爺〉1939.12.1

    7.〈稲江冶春詞〉1940.1.1

    8.〈赤嵌記〉1940.12.1

    9.〈雲林記〉1941.3.1

    10.〈動力の人〉1941.6.1

    11.〈元宵記〉1941.11.1

    12.〈浪曼〉1941.11.20

    13.〈朱氏記〉1942.1.20

    14.〈台湾の汽車〉1942.6.10

    15.〈二人の独逸人技師〉1942.7.20

    16.〈龍脈記〉1942.9.20

    17.〈牛のゐる村〉1943.4.1

    18.〈幾山河〉1945.1.16

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    159

    4.2 調査結果

    4.2.1.台湾的要素の数量的分布

    調査した結果、全十八篇の小説には、すべて上述したような台湾

    的要素が見つかった。そして、採集した台湾的要素は、各篇合計の

    異なり語数は 1,003 語、16延べ語数は 3,192 語である。17各篇に使わ

    れている台湾的要素は、「人、時、地、事、物」の分類を基にして、

    以下の表にまとめた。

    表1 各小説における「人、時、地、事、物」の数量的分布

    小説名 台湾的要素 人 時 地 事 物 合 計

    1〈城隍爺祭〉 20/260 0/0 24/47 13/18 28/49 85/374

    2〈鴨母皇帝〉 26/32 4/23 9/10 14/18 10/17 63/100

    3〈楚々公主〉 4/48 2/3 16/23 4/13 9/12 35/99

    4〈梨花夫人〉 7/37 0/0 3/3 2/2 6/6 18/48

    5〈歌ごゑ〉 2/16 0/0 3/3 0/0 2/3 7/22

    6〈瘟王爺〉 16/47 1/1 9/13 7/7 3/8 36/76

    7〈稲江冶春詞〉 7/14 0/0 3/4 5/6 5/6 20/30

    8〈赤嵌記〉 69/502 11/38 53/174 12/13 36/57 181/784

    9〈雲林記〉 26/68 4/5 56/169 10/12 29/40 125/294

    10〈動力の人〉 5/69 0/0 7/17 2/2 0/0 14/88

    11〈元宵記〉 28/135 2/2 38/126 17/26 43/59 128/348

    12〈浪曼〉 0/0 0/0 10/30 0/0 0/0 10/30

    16 ここで言う異なり語数は、各小説を独立した調査対象として計算した結果である。もちろん、単純に各小説を加算した総数に、各篇の間に重複する言葉の

    数も計算された。したがって、本稿で言う「各篇合計の異なり語数」とは、単

    純に各小説の異なり語数の合計数である。図表などの合計数も同様で、全作品

    の異なり語数とは言わない。 17 計算する際、小説のタイトルは除外し、本文だけを調査対象とした。

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    160

    13〈朱氏記〉 22/51 1/2 9/13 6/24 8/15 46/105

    14〈台湾の汽車〉 20/99 5/29 42/116 4/4 9/15 80/263

    15 〈二人の独

    逸人技師〉 19/40 1/8 25/57 2/2 4/8 51/115

    16〈龍脈記〉 25/156 3/13 42/172 5/5 8/16 83/362

    17〈牛のゐる村〉 0/0 0/0 10/24 0/0 2/5 12/29

    18〈幾山河〉 2/4 0/0 7/21 0/0 0/0 9/25

    合 計 298/1578 34/124 366/1022 103/152 202/316 1003/3192

    *表の数字は異なり語数/延べ語数を示す。

    上表から、次の四点が明らかになった。

    第一に、「人、時、地、事、物」の五大要素に、いくつか欠如して

    いる作品があるにも関わらず、すべての小説に台湾的要素の使用例

    が見つかった。これは、西川満の小説に台湾エキゾチシズムが漂っ

    ているという評価を裏付けるものと言える。

    第二に、各台湾的要素の数量から見てみよう。数が最も多い要素

    と言うと、異なり語数の場合は「地」の 368 語であるのに対し、延

    べ語数の場合は「人」の 1,576 語である。ここから、西川満の小説

    が読者に濃いエキゾチシズムを感じさせるのは、文字言語上、大量

    の台湾の地名と人物を使用しているためである、という観察ができ

    よう。特に、「地」はすべての作品において現れる要素である。登場

    人物が台湾人であれ、日本人であれ、西川満の小説は、取材の舞台

    が台湾を離れたことがない。この点は、来台時は満二歳、早稲田大

    学在学中を除いて、敗戦までずっと台湾に住んでいた西川満の生活

    歴を反映していると言えよう。

    他方、「時」という要素が最も少なく、わずか異なり 34 語、延べ

    124 語である。また、この要素が欠如している作品も多く、十八篇

    の中に十篇しか使用例が見つからなかった。この点は、まさに台湾

    が植民地となった事実を説明しているのではないか。つまり、統治

    期の台湾本島は日本内地と同じように日本領土の一部であるため、

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    161

    時代名などが明治、大正や昭和に変更されたが、本来、台湾に存在

    している人、地、事、物はじかに変動できるわけではない。したが

    って、台湾的要素を採集する際、「人、地、事、物」より「時」の用

    例が少ないのだろう。

    第三に、小説別から見ればわかるように、〈赤嵌記〉は異なり語数

    にしても、述べ語数にしても、台湾的要素が多用される作品である。

    使用例の多寡は本文の文字数にも関係があるが、〈赤嵌記〉は「人、

    時、地、事、物」のすべてが台湾を扱い、台湾の歴史、鄭氏王朝、

    古城赤嵌楼をめぐる野史に取材した伝奇小説なので、台湾的要素が

    著しく多いのだろう。「人」は異なり 69 語、延べ 502 語もあり、ま

    た、「地」も異なり 53 語、延べ 174 語もあり、作品時間、登場人物、

    場面設定のいずれも雄大かつ周到な構成のもとに統一されている。

    第四に、各作品における「人、時、地、事、物」の分布より、小

    説の登場人物、時代、舞台、及び内容の粗筋などが推測できよう。

    五大要素の中に、三つ以上欠如している小説は、〈浪曼〉、〈牛のゐる

    村〉

    と〈幾山河〉である。この三つの作品は、他の十五篇と違って、主

    取材地が台湾であっても、主人公は日本人である。例えば、〈浪曼〉

    は、夫の浮気に傷ついた日本人の妻が、台湾の富貴角灯台で日食観

    測に感激し、生きる希望を取り戻すという筋。調査結果のとおり、

    使用される台湾的要素は「地」ばかりである。

    4.2.2.「人、時、地、事、物」の内訳

    4.2.1 では、すでに台湾的要素である「人、時、地、事、物」の

    数量的分布を討論してきたが、ここでは進んでこの五大要素の使用

    例を見ながら、分析していこうと思う。使用例がおびただしいので、

    各要素の上位三例まで挙げることにする。第三位が複数ある場合は、

    一つの典型例のみ挙げる。各要素の全体的傾向と、各小説における

    「人、時、地、事、物」の消長との複眼的な考察ができるように、

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    162

    表にまとめて例を挙げよう。

    表 2 各小説における「人、時、地、事、物」の使用例

    台湾的要素

    小説名 人 時 地 事 物

    1.

    〈城〉

    張阿梨/阿梨、顏

    素娥/素娥、羅有

    生/有生/羅

    江山樓、新

    舞台、停仔

    『陰』、

    『笑』、臺

    展、

    金紙、烏

    龍茶、拖

    2.

    〈鴨〉

    李老、朱一貴/

    朱、吳外

    大明/

    明、清、康

    熙、永和

    城隍廟、台

    員、基隆河 「好

    ホ ウ

    」、

    「笑」、抽

    筶、金紙、

    蓮霧

    3.

    〈楚〉

    劉楚々/楚々公主

    /公主、天上聖母

    /聖母后天/聖母

    /天后/媽祖、老

    歲仔

    建隆、清 淡水、臺

    灣、支那、

    天后會、蒼

    龍隊

    雪衣娘、

    龍涎香、

    魚翅

    4.

    〈梨〉

    劉生、

    有應公、

    青娘

    二花村、月

    洞門、臺榭

    廻廓

    凌波曲 碧羅春、

    龍鳳舸、

    5.

    〈歌〉

    十二娘、

    媽祖

    觀音山、江

    山樓、慈聖

    長衫、買

    命錢

    6.

    〈瘟〉

    王爺、丘、媽祖 唐 淡水、

    福州、

    龍安宮

    封號、均

    鑒、「死來

    し い ら い

    金德號/

    金德、

    筈、支那

    7.

    〈稲〉

    連雅堂/連先生/

    連、玄壇爺、花娘

    江山樓、

    稻江、

    元宵、迎花

    「香草

    箋」、正鐵

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    163

    大屯 羅漢、長

    8.

    〈赤〉

    鄭克臧/克臧/鄭

    欽/東臺監國/鄭

    監國/監國、鄭經

    /經、馮錫范/馮

    錫範 18/錫范

    明、永曆、

    臺灣、赤崁

    樓、承天府

    元宵、迎花

    燈、同宗

    『臺灣外

    記』/『外

    記』、『偷

    閑集』、長

    9.

    〈雲〉

    鄭芳春/芳春、陳

    林寶/陳林、小青

    光緒、道

    光、清

    斗六、雲

    林、臺灣 「好

    ホ ウ

    」、

    「待て

    まんちゃ

    」、

    住水鬼

    楊琴、甘

    蔗、花燈、

    10.

    〈動〉

    劉阿青/劉、阿

    新、顏

    臺灣、臺

    北、大嵙崁

    「好

    ホ ウ

    々^

    」、

    「三講四

    加落」

    11.

    〈元〉

    潘永清/永清、林

    三/三仔、姚元衡

    /元衡

    同治、咸豐 艋舺、八芝

    蘭、市仔

    科派、登

    科、元宵

    元宵燈、

    蓮花燈、

    排骨湯

    12.

    〈浪〉

    富貴角、大

    屯平/大

    屯、上海

    13.

    〈朱〉

    朱、李鐵拐/鐵

    拐、八仙

    明 臺灣、葫蘆

    巷、萬華

    葫蘆運、仙

    頭、科舉

    長衫、火

    炎木、環

    くわん

    14. 劉銘傳、杜雨田、 清、光緒、 臺灣、臺 科舉、阿片 騰雲 19、

    18本文中、「馮錫范」と「馮錫範」は共に現れるが、史実によれば「馮錫范」の

    方が正しいと思われる。 19「騰雲」は台湾最初の機関車の名。

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    164

    〈台〉 李鴻章 同治 北、上海 戰爭、唐詩 青竹絲、

    四書五經

    15.

    〈二〉

    巡撫劉銘傳/巡撫

    /劉銘傳/銘傳/

    劉、王指南、杜雨

    清 臺灣、六館

    街、臺北

    領台、全台 騰雲、觀

    音素心、

    相思樹

    16.

    〈龍〉

    劉銘傳/銘傳/

    劉、張士瑜、杜子

    清、明、光

    龍穴、獅毬

    嶺、基隆

    葫蘆運、撫

    台、起龍

    相思樹、

    龍眼、騰

    17.

    〈牛〉

    臺灣、斗

    六、本島

    甘蔗、

    烏秋

    18.

    〈幾〉

    李、陳 臺灣、桃

    園、本島

    *スペースの都合により小説名は最初の一字のみ記す

    始めに、縦に表を見て、各要素の全体的傾向を考えよう。

    「人」に現れる多くが人名であり、表の三例に絞った結果、ほと

    んどは作品内の主な登場人物になる。ここで注目すべきなのは、神

    秘的伝奇的中国古典、台湾民俗などによる「媽祖20」、「玄壇爺」、「八

    仙」のような超人間的存在がいくつもある。特に、「媽祖」という語

    は、表2の中に3回も、全作品に延べ 27 語も挙げられ、西川満が媽

    祖に厚い信仰を寄せている一端が窺われる。実は、西川満は日本に

    帰国後も、媽祖の神像を自宅に迎え入れ、「天后会」まで創った。〈楚々

    公主〉は日本で最初に天上聖母説を主張したものと言われ、媽祖を

    めぐる詩集『媽祖祭』(一九三五年)、散文詩〈台湾風土記⑫媽祖廟〉

    (一九三七年)、散文〈天上聖母〉(一九三九年)なども発表された。

    「時」に最も多用される時代名と元号名と言えば、それぞれ「清」

    と「光緒」である。これは日本統治期に対応する中国時代名と皇帝

    20「天上聖母」、「聖母后天」、「聖母」、「天后」などの別称も含めている。

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    165

    年号名とほぼ一致している。

    「地」に挙げられるのは、おおよそ台湾に実在する地名、山河名、

    街道名や建造物名である。ランキングの第一位は、当然ながら「臺

    灣」である。西川満の足跡が、住んでいた台北から基隆、桃園、雲

    林、台南まで及んでいたことが示された。

    「事」についての台湾的要素には、思考・談話中に使われた台湾

    語(「好ホ ウ

    」、「死來し い ら い

    」、「待てまんちゃ

    」、「三講四加落」)、民俗・信仰活動(『陰』、

    『笑』、臺展、抽籤、元宵、迎花燈、起龍)、遊戯(住水鬼、葫蘆運、

    仙頭)などに関わる言葉が見られる。このように、作品内に台湾語

    を頻繁に散りばめていたことは、西川満の文学の特色だと思われる。

    これらの台湾語は、まさに台湾的要素の典型例だと言えよう。

    「物」に関する言葉は、祭祀用品(金紙、筶、龍涎香、買命錢)

    を始め、食物(烏龍茶、碧羅春、正鐵羅漢、魚翅、排骨湯、蓮霧、

    甘蔗、龍眼)、動物(雪衣娘、烏秋、青竹絲)、植物(火炎木、觀音

    素心、相思樹)、書籍(「香草箋」、『臺灣外記』、『偷閑集』、四書五經)

    などが挙げられる。ここで特筆したいのは、「長衫」という言葉がふ

    んだんに使用され、日本内地の和服とは対照的に、台湾を代表する

    民族衣装だ、ということである。

    さて、続いて横に表を見て、各小説の繋がりに目を転じよう。表

    2にまとめられている台湾的要素は、各作品のキーワードのような

    ものだと言え、これより小説の内容とその相互関係を探ることがで

    きよう。

    〈城隍爺祭〉と〈稲江冶春詞〉は、「地」の要素に「江山楼」が共

    に現れる。表に挙げられていないが、「人」の要素に「花娘」、「藝姐」

    も両小説に共通な台湾的要素である。実は、〈城隍爺祭〉と〈稲江冶

    春詞〉は、料亭江山楼近辺の芸者(台湾語で「花娘」か「藝姐」と

    言う)を描いた連作の短篇小説である。西川満が「江山楼」か「花

    娘」を扱った作品には、また〈夏の話題 花妓物語〉(一九三四年)

    〈夏の話題 做嫖綺譚〉(一九三四年)、〈台湾風土記①城隍廟、江山

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    166

    楼附近〉(一九三五年)、〈台湾顕風録(七)城隍廟、花娘〉(一九三

    六年)などがある。

    台湾の歴史、野史、地史に取材した小説は、西川満の文学の大き

    な骨格を形作る。その出発点になった〈鴨母皇帝〉を皮切りに、〈赤

    嵌記〉、〈雲林記〉、〈元宵記〉、〈朱氏記〉などの諸作を生み出す。表

    に挙げられる〈鴨母皇帝〉の朱一貴、〈赤嵌記〉の鄭克臧、鄭經、

    馮錫范、〈雲林記〉の鄭芳春、陳林寶、〈元宵記〉の潘永清、〈朱氏記〉

    の李鐵拐は、架空の人物ではなく、すべて台湾の典籍によるのであ

    る。

    本調査で、「花妖伝奇」系の作品には、〈楚々公主〉、〈梨花夫人〉、

    〈歌ごゑ〉がある。物語の背景は台湾ではなく、古典中国の世界で

    あり、唐宋伝奇風の小説である。ゆえに、人名は「張阿梨」、「顔素

    娥」などのような台湾らしい名前と異なり、「劉楚々」、「青娘」、「十

    二娘」のような中国風に感じられる名前である。

    〈台湾の汽車〉、〈二人の独逸人技師〉と〈龍脈記〉は、連作に近

    い短篇小説で、長篇小説〈台湾縦貫鉄道〉(一九四三から一九四四年

    まで)の前篇である。縦貫鉄道建設創造期の欽差大臣で台湾巡撫だ

    った「劉銘傳」と、台湾最初の機関車「騰雲」とは、三作品に共通

    している台湾的要素である。

    このように、「人、時、地、事、物」という五大台湾的要素の実

    例を述べてきたが、台湾、中国と日本は同じ漢字文化圏に属してい

    るゆえ、小説内、台湾語か中国語の語彙がそのまま使用される例は

    稀ではない、ということも明らかになった。

    5.まとめ

    今まで述べてきたように、西川満の小説に一貫してただようエキ

    ゾチシズム風格は、文字言語上、大量の台湾的要素を通して表現さ

    れているわけである。したがって、西川満の小説における台湾的要

    素は、エキゾチシズムの原点だとも言えよう。小説の観察において

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    167

    は、これらの台湾的要素が、「人、時、地、事、物」に分類できる。

    この五大要素に抽出した使用例は、各小説のキーワードのようなも

    のであり、そこから作品の登場人物、時代と舞台などを推測するこ

    とができる。また、作品間の繋がりも見出される。 本調査で採集した台湾的要素から、登場人物が本島人であるか内

    地人であるかに関わらず、西川満の小説が扱う舞台は、台湾を離れ

    たことがないことがわかる。なお、作品の題材が豊富であり、台湾

    の歴史、野史、地史、民俗、風土から中国の古典、伝奇までが取材

    の対象となった。これは長年、台湾を第二の故郷として住んでいた

    人でないと完成できないものであろう。 西川満の小説は題材と語彙がエキゾチシズムたっぷりなのに、語

    法があくまでも正確な日本語のシンタックスを中心にしている。こ

    れは、戦前日本文学の異形と見られるかもしれないが、統治期の台

    湾文学の宝蔵とも見られよう。

    最後に、西川満の文学には、絵画のような輪郭と色彩の視覚的な

    要素があることもよく取り上げられる。西川満の小説についての色

    彩言語の調査は稿をあらためて論じる。 参考文献

    井手勇(1999)「戦時下の在台日本人作家と『皇民文学』」『台湾文学研究の現在』東京:緑蔭書房 頁 93-113

    島田謹二(1940)「評論」『詩集華麗島頌歌』台北:日孝山房

    頁 113-139

    垂水千恵(1995)「戦前の台湾文学 日本との葛藤のなかから」『ア

    ジアの読本台湾』東京:河出書房 頁 164-169

    中島利郎(1995)「西川満と日本統治期台湾文学-西川満の文学観」『よみがえる台湾文学』東京:東方書店 頁 407-432

    -――編(1998)『日本統治期台湾文学 日本人作家作品集 第一巻、第二巻』東京:緑蔭書房

    中村哲(1940)「外地文学の課題」『文芸台湾』第一巻第四号

  • 『台灣日本語文學報 21 號』PDF版 PDF 版は、広く業績を共有するためにインターネットでの検索と個人の閲覧の便に供する目的で公開しています。インターネット、印刷物、その他いかなる形でも、許可なく転

    載・複製・印刷・刊行・公開することを禁止します。

    168

    頁 262-265

    西川満滿著 葉石濤譯(1997)『西川満滿小說集①』台北:春暉出版 ―――著 陳千武譯(1997)『西川満滿小說集②』台北:春暉出版 長谷川泉・高橋新太郎(1979)『国文学 解釈と鑑賞―文芸用語の基

    礎知識』5月臨時増刊号 東京:至文堂

    藤井省三(1998)「大正文学と植民地台湾-佐藤春夫『女誡扇綺譚』」『台湾文学この百年』東京:東方書店 頁 79-103

    -――(1998)「台湾エキゾチシズム文学における敗戦の予感-西川満『赤嵌記』」『台湾文学この百年』東京:東方書店 頁 104-126

    M.M.バフチン著 伊東一郎訳(1996)『小説の言葉』東京:平凡社 邱若山(2002)「佐藤春夫『女誡扇綺譚』とその系譜」『日本学と台

    湾学』創刊号 静宜大学日本語文学系紀要 頁 97-127 陳藻香(1995)『日本領台時代の日本人作家―西川満を中心として』

    東呉大学日本文学研究所博士論文

    陳可欣(2005)「重讀日據時期再現的殖民地台灣-以西川満滿異國情調的「華麗島文學」為出發點」第二屆全國台灣文學研究生學術

    論文研討會

    淡水牛津文藝編輯委員會(1999)『淡水牛津文藝:西川満滿先生追悼特輯號(下)』第四期 台北:淡水牛津文藝社

    葉石濤(1987)『台灣文學史綱』台北:春暉出版 黃意雯(2006a)「日本統治期台湾人作家小説における台湾語使用」『台

    湾応用日語研究』第三期 台湾応用日語学会 頁 179-192

    ―――(2006b)「日本統治期日本人作家小説における台湾語使用-台湾人作家との比較を通して-」『天理台湾学会年報』第 15 号 天

    理台湾学会 頁 147-161

    蔡培慧等著(2005)『台灣的舊地名』台北:前衛出版 鍾怡彥(2002)『鍾理和文學語言研究』彰化師範大学国文所修士論文