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企業経営と自由経済システム 西 ・に 自由経済システムの問題点(特に環境破壊・資源浪費をめぐって)と企業経 営のあり方について考察してみたい.自由経済システムは,企業が経済活 動を展開する舞台であり,その特質・ルールは企業行動を規定する.従っ て,企業行動について研究するには,企業の経済活動の場である自由経済 システムの特質・ルールの考察が不可欠であり,また,自由経済システム に問題点かおるなら,それは,企業経営ないし経営学にとって決してなお ざりにはできない.これが本テーマを取り上げた動機である. 自由経済システムをとる国々では,その下での企業による自由な経済活 動の結果,経済が高度に発展し,物質的には大変豊かな生活が実現した. 計画経済システムをとった旧ソ連や東欧の現状を見る時,自由経済システ ムはめでたく勝利をおさめたと見てよい.しかし,一方では環境破壊・汚 染や資源浪費,それと密接に絡んだ南北問題,それに精神的ゆとりのなさ (イ上事中毒)など困難な問題を抱えるようになったのも事実である(もちろ O ん計画経済システム下でも環境問題などは深刻化しているが). これら困難な問題は,いわば自由経済システム下での副作用であるが, そこで我々にとって課題になるのは,そうした副作用を極力抑えながら豊 かな社会を持続させていくこと,もっと言えば,物質的豊かさと,美しい 一一20-

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企業経営と自由経済システム

西 岡 健 夫

は じ め ・に

 自由経済システムの問題点(特に環境破壊・資源浪費をめぐって)と企業経

営のあり方について考察してみたい.自由経済システムは,企業が経済活

動を展開する舞台であり,その特質・ルールは企業行動を規定する.従っ

て,企業行動について研究するには,企業の経済活動の場である自由経済

システムの特質・ルールの考察が不可欠であり,また,自由経済システム

に問題点かおるなら,それは,企業経営ないし経営学にとって決してなお

ざりにはできない.これが本テーマを取り上げた動機である.

 自由経済システムをとる国々では,その下での企業による自由な経済活

動の結果,経済が高度に発展し,物質的には大変豊かな生活が実現した.

計画経済システムをとった旧ソ連や東欧の現状を見る時,自由経済システ

ムはめでたく勝利をおさめたと見てよい.しかし,一方では環境破壊・汚

染や資源浪費,それと密接に絡んだ南北問題,それに精神的ゆとりのなさ

(イ上事中毒)など困難な問題を抱えるようになったのも事実である(もちろ

                         Oん計画経済システム下でも環境問題などは深刻化しているが).

 これら困難な問題は,いわば自由経済システム下での副作用であるが,

そこで我々にとって課題になるのは,そうした副作用を極力抑えながら豊

かな社会を持続させていくこと,もっと言えば,物質的豊かさと,美しい

                一一20-

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           企業経営と自由経済システム

自然環境や精神的ゆとりとをなんとか両立させていくことであまニこ

とは,企業経営にとっても経営学にとっても根本問題である.なぜなら,

豊かな社会の実現(と副作用の発現)に主として係わってきたのは企業であ

り,また,企業が副作用に配慮せず,仮に経済第一主義をとり続ければ,

自らの存在基盤である自由経済システムそのものを掘り崩してしまうから

である.

 以下,自由経済システムの問題点,それへの対処の順に,企業経営の観

点から整理してみたい.しかし,その前に準備として,自由経済システム

とは何かについて復習しておく必要があるので,それに簡単に触れておく.

自由経済システムのエッセンス

(I)競争経済をめぐって

 生産手段の私的所有,および,営利的経済活動の自由が認められており,

その見返りに自助が原則とされている.自助とは,自分の生活のことは自

分で責任を持つということである,計画経済におけるように,指令通りに

働いていれば生活ができるのとは,わけが違う.このため,人々は経済活

動に励むことになり,経済をめぐる競争はいきおい激しくなる.この競争

は,効率向上に役立つものとして,一般に奨励されている.

 各人の自由な経済活動は市場メカニズムによって調整される.財・サー

ビスの需給が需要供給の原理によって調整されるのがそれである.また,

市場における各人の競争を通じて,財・サービス(経済財)の分配はもと

より,関係財(地位や名誉)の分配も決まる.例えば,経済競争の勝者は,

物質的に(経済財の面で)厚く分配されるし,地位や名誉(関係財)にも恵

まれる.

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企業経営と自由経済システム

(2)交換経済をめぐって                   ノ

 自由経済システム下での経済活動とは,売れるモノをつくニつてどんどん

売ることである.そうしなければ,満足な分配にあずかれない.売るため

にモノをつくること自体は,自給自足でない交換経済下では当然のことで

ある.しかし,自由経済システム下では,単に販売(交換)のためにモノ

を生産し,生産したモノを交換するというだけではない.すなわち,交換

によって各人が足らざるを補いあうというだけにとどまらず,交換の場

(市場)において,できるだけ利益を得ようと各人が躍起になる.

 利益をあげるには,販売を伸ばさねばならない.販売を伸ばすには,受

動的に消費者の意向に従って売れそうなモノをつくるだけでは足らず,能

動的に消費者に働きかけて「需要創造」を行う.さらに,販売できる領域

を広げるべく,交換の輪そのものの拡大をはかる.その結果,今では地球

の隅々まで市場と化そうとしている.            ‥

(3)貨幣経済をめぐって

 経済活動は,モノでなく,カネベースで行われる.これはもちろん,現

代経済は物々交換でなく貨幣経済下にあるからである.

 確かに,貨幣のおかげで,経済は今日のように発展した.しかし,後で

詳しく述べるように貨幣経済はモノ(資源)ベースでのロスを招くことが

ある.

 以上,自由経済システムのエッセンスを,競争経済,交換経済,貨幣経

済の三つに分けて述べた.企業活動め観点からまとめて言えば,「売るた

めに」モノを生産し,それを通じて最大限に「貨幣」利益を獲得しようと

する,そして,それをめぐって互いに激しく「競争」し,その競争に勝ち

残らねば,満足な分配と序列にあずかれない,というのが自由経済システ

ムである.

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           企業経営と自由経済システム

 社会の中で各人が必要とするモノを単に分業により生産し,単に交換し

あうような経済システムの下でなら,社会が物質的に豊かになって必要な

モノが無くなれば,経済活動は落ち着いていくはずである.しかし,自由

経済システムの下では,社会がいくら豊かになっても,経済活動は際限無

くエスカレートしてゆく.それは,交換の場(市場)において「単に」交

換が行われるのではなく,いかにたくさん販売し,いかに多くの利益をあ

げるか,そしてそれをめぐる競争にいかに勝ちのこるかが問題になってお

り,その競争によって経済財・関係財の分配が決定されるからである.

自由経済システムの問題点

(I)競争経済をめぐって

 (l-.共倒れ,資源浪費

 競争は,互いの切磋琢磨を通して活力を高め,創造性を剌激し技術進歩

を促す.また,経済効率を高め,物価低下をもたらす.さらに,うがった

見方をすれば,競争は一種のゲームのようなもので,人々を大いに楽しま

せてくれる.

 しかし,競争が過度になり,「囚人のジレンマ」など泥沼状況になると.

            3)「共倒れ」や「共有地の悲劇」といった悲惨な事態を招く.

 また,経済の過当競争が,新製品ラッシュ,重複投資,広告合戦のよう

な形で現れると,資源の浪費になることは言うまでもない.

 (1)-2.グレシャムの法則

 もし競争ルールが不備・不適当であるなら,悪徳企業をチェックできな

いため,良心的企業は市場から駆逐されてしまい.悪徳企業のみ存続する.

これはまさに悪貨が良貨を駆逐するグレシャムの法則の貫徹だと言える.

 例えば,ルールをつくらず,企業の良心だけにゆだねると,リサイクル

などには協力せず,平気で公共財のフリーライトをする横着な企業がはび

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企業経営と自由経済システム

こるだろう. (もちろんルールとして明文化しなくても,経営倫理が高まればそ

うはならないが)

(2)交換経済をめぐって

 (2)-l.経済の水膨れ

 交換経済の場で各企業が利益をあげるために行う「需要創造」は,商品

のバラエティーを増したり,大量生産による価格低下を可能にしたりする.

 しかし,需要創造が行き過ぎると,経済の水膨れを招く.例えば,不用

不急の商品,過剰機能・サービス,過度のモデルチェンジなどがそれであ

る.                   犬

 各人が,互いに需要創造しあうと,マクロ的には均衡する.互いに高付

加価値化しあっ犬り,宣伝費や交際費を使いあったりする場合も同じぐ均

衡する.各人が需要創造したり高付加価値化したモノを互いに売りあい買

いあいする結果,お互い様になるからである.しかし,そこに行き過ぎが

あれば,均衡水準は水膨れとなる.ここで水膨れを含む経済成長は,むし

ろ経済膨張と呼ぶべきだろう.

 市場メカニズムは,需要と供給とを貨幣的に均衡させるが,均衡水準が

水膨れかどうか, GNPの中身におかしいモノが含まれていないかどうか

とかはチェックできない.

 しかも,たとえ水膨れでも,均衡しさえすれば少なくとも当座はしのげ

るため,水膨れ状況は継続する.また,時の経済に既得権が根を張るため,

水膨れはなかなか是正できない.            =

 (2)-2.私的財と公共財の不均衡

 企業の営利活動が盛んになると,民間企業で供給できる私的財が豊かに

なり,相対的に見て公共財がたち遅れる傾向がある.その中でも最も厄介

なのは,一方ではすばらしい自動車や電気製品に囲まれ,きれいなマン

ションに住んでいながら,他方では,汚染される一方で容易には改善でき

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企業経営と自由経済システム

ない自然環境(大気や水)の中で暮らさねばならないという現在のアンバ

ランスである.自然環境のように,私的所有権が設定できず皆の共有物と

して仲間で使わざるをえない公共財は,民間企業では供給できないことは

もちろん,公徳心にでも訴えてフリーライトを排除する他に適当なやり方

                    ・I)がないため,どうしてもたち遅れるのである.      \

 逆に,民間企業は,供給すべきでないモノにまで手を染めることがある.

ブラックビジネスや兵器がその最たるものであるが,福祉・教育・医療な

どにおいて,がりに過度の営利追求がなされたとすれば,それも含めても

よいだろう.                    ・.

 (2)-3.ラディカル・モノポリー

 交換の輪の拡大,商品化領域の拡大は,シンプルライフの自由や,競争

に参加しないでおく自由を奪ってしまう.   ,

 交換経済の輪が広がると,誰もが交換経済,競争経済に巻き込まれ,そ

の結果,自給自足の自由や,競争しないでおく自由は失われる.例えば,

発展途上国は先進国と同じ土俵に立だされ,農業は工業の論理で経営させ

られ,ユックリストはせちがらい競争をさせられる.

 また,交換経済の下で企業の営利活動が活発になると,生活様式が企業

によって決められてしまう.例えば,現代社会ではモータリゼーションが

進んだ結果,道路事情から見て自転車は非常に不便になった.また,都市

化が進んだ結果,庭付きの家に住み家庭菜園を持つことは困難になった.

また,スーパーを中心に流通革命が進んだ結果,例えば食品に関しては,

土の香りのする農産物は手にはいらなくなり,台所のゴミ箱は食品包装で

またたく間にあふれるようになった.こうした生活様式の変化は,¬産業

内の独占問題ではなく,生活の根元的(ラディカル)な面にかかわる独占

                           5)と考えられるから,ラディカル・モノポリーと呼ばれている.

 さらに,企業は営利的に行動するから,高付加価値商品しか売ろうとし

ない.その結果,過剰な機能のついていないモノや,過度に高級化してい

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企業経営と自由経済システム

ないモノを使って,シンプルな生活をしようと思らても大変困難になった.

シンプルライフの自由も妨げられているのである.また,企業は大量に売

れるモノしか売ろうとしない.その結果,少数派のニーズは満たされなく

なった.これが,例えば,専門書とか難病の薬のように,需要はまとまら

なくても社会的ニーズの高いモノ(少量必須財)にかかわってくると,問

題になる.私的財についても市場の決定だけには任せられない.

(3)貨幣経済をめぐって

 (3)-1.モノ(資源)ベースでのムダ

 企業は,モノ(資源)ベースでなくカネ(貨幣)ベースで√‥言い換える

と,使用価値ベースでなく交換価値ベースで経済活動をする.貨幣経済の

下では,これは合理的な経済活動である.しかしレ資源環境の面からはし

ばしば非合理的な結果をともなう.費用と収益に分けて見てみよう.

 費用の面では,使用価値があっても(まだ使えても),交換価値の低いモ

ノ(安いモノ)は大事にしない.安い資材は使い捨てするし,回収すれば

使える容器類もレ引き合わないと言ってはリサイクルしない.また,モノ

をなくすと資源の面では損失であるのに,保険金や賠償金がもらえればそ

れでよしとするj

 収益の面では,高付加価値化は貨幣利益を増やすうえでは合理的である

が,それにより原材料費や輸送費が割安になり,原材料や輸送用の資源エ

ネルギーがそれだけ多消費され√環境も汚染することになる.貨幣ベース

では合理的でも,資源環境的には非合理的なのである.また,製品の値下

がりを防ぐために折角つくったモノを廃棄処分することがあるが,これは

貨幣利益の面では合理的な行動である.しかし,資源環境の面ではおかし

いことは言うまでもない.

 (3)-2.再生不能資源の識別

 市場メカニズムは,上記のような資源環境非合理的な経済行動をチェツ

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            企業経営と自由経済システム

クできないばかりか,再生不可能資源(太陽エネルギー,水,動植物,=労働

力)と不能資源(イヒ石燃料,鉱産物)を識別することができない.それは,

市場での価格は需要と供給のフローによって決定され,資源量などのス

トックは価格に十分反映されないからである.再生不能資源の価格は,資

源枯渇(ストンク減少)の状況が反映されればもっと上がるはずであるの

に,十分には反映されず安いままであるため,資源は浪費される傾向にあ

7)る.

問題点への個別的対処

 以上に挙げた問題点は,自由経済システムがうまく作動:した際の問題点

である.よく,「市場の失敗」はとりあげられるが,ここで私がとりあげ

ているのは言わば「市場の成功」による問題点であり,その意味で,よ/り

重要なポイントである.

(1)競争経済をめぐって

 (1)-Iに対して

 過当な競争に陥り,共倒れの恐れのある場合は,お互いに「競争のため

の競争をしていないか」をよぐ反省してみて,共存・共生の道を模索する.

そこから「意地を張り合う」のはつまらないといった自覚が出てくるだろ

う(囚人ジレンマゲームの実験では,自分から=は裏切らない戦略が最善の結果を生

         8)むことが知られている).

 また,過当競争が資源浪費をもたらす場合には,原点に返って「一体何

のための競争なのか」よく考えてみる必要かおる.それにより,資源・環

境面で行き詰まれば,地球自体が崩壊して「元も子もなくなる」というこ

とがよくわかるだろう. 犬

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企業経営と自由経済システム

(1)-2に対して                ダ

 グレシャムの法則の貫徹を防ぐには,まず適正なルールを整備しなけれ

ばならない.この場合,個の自由尊重の見地から,直接的なレギュレー

ションより間接的な手段(税・補助金による誘導や排出権の取引など,市場へ

の内部化)の方が望ましい.また,ルールは上からではなく,自主的につ

くられるのが望ましい.

 明文化したルールだけに頼るのではなく,経営倫理のようなモラリティ

を向上させることも重要である.あくどいことをしたり,資源浪費や環境

破壊をもたらすようなことをづして競争に勝つのは,うしろめたいことなの

だ,そんなことをして勝っても少しも偉くはないのだという,社会的風潮

が高まれば,悪徳行為に対する大きな抑止力になるだろう.

(2)交換経済をめぐって

 (2)-l,(2)-2に対して

 水膨れに対しては,「これ以上物質的豊かさを追求して果して幸福は増

すのか」と自問してみる必要かおる.モノであふれるほどになった現在,

限界効用逓減の法則から見ても,これ以上モノを増やして幸福が増す=とは

考えられない.先進国では,物質よりも自然や精神的ゆ=とりの方が求めら

れている.企業もこうした新たなニーズに応えられるように自己変革しな

ければならない.

 また,供給されている製品(GNPの中身)について,本当に必要なモノ

なのか,いかがわしいモノではないのかを十分チェックすることが重要で

ある.こうしたチェックは市場システムだけには任せておけない.価値判

断が入ってきて難しいが,それはやむをえない.

 さらに,一般に「拡大や成長が常に善なのか」を問い直す必要かおる.

規模の利益,大量生産の原理,迂回生産,高次加工化,広城化(グローバ

ル化)などについて,その得失を個別に十分吟味しなければならない.

               -28-

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企業経営と自由経済システム

 (2-3に対して

 ラディカル・モノポリーに対しては,マイノリティ・少数意見を尊重し,

多様性を認める姿勢が大切である.これは,民主主義の基本原理でもある.

経済性の観県からは供給できない財・サービスも,他の眺点,からは供給す

る必要があることも多い.また,すべてを工業の論理,競争の論理で包み

こんでいいわけではない.

(3)貨幣経済をめぐって

 (3)-1に対して

 モノ(資源)ベースの領域を広げる.例えば,労力銀行(ワーク・エクス

チェンジ),不要品交換(バーター),家庭内自足(菜園や裁縫)などがそれ

 9)だが,企業内での物量計画とか,地域での相互扶助(昔の結(ゆい))も実

はずっと大きなモノベースの領域である.

 より根本的には,モノペースでの「もったいなさ」を再評価する必要が

あるレまだ使えても安いモノは捨ててももったいなくはないが,おカネは

落としたらもったいない,という考え方からもわかるように,貨幣経済の

下では「もったいなさ」をカネベースだけで考えるようになってしまって

いる.この考え方は是正しなければならない.

 (3)-2に対して

 いわゆる循環経済化をはかる.具体的には第一に,できるだけ再生可能

資源を使う.エネルギーは太陽エネルギー,農業は有機農業,原材料は天

然素材というのが,その典型例であるが,人間の労力も再生可能資源とし

て見落とすべきでない.よく経済性の視点から省力化が進められるが,省

力化は,再生可能資源(労力)を再生不能資源(機械をつくる鉱産物,機械を

動かす化石燃料)に代替させることにほかならず,資源環境面からは合理

的ではない.

 第二に,再生不能資源については,極力リサイクルを進める.リサイク

                -29-

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企業経営と自由経済システム

ルは,エントロピー増大の法則(閉鎖系ではいくらリサイクルしても,エネル

                           10)ギーは結局は劣化して利用できない形に変わってしまう)から見て限界がある

かもしれないが,今のところ他に適当な手だてがないレ

企業経営のあり方

(1)原因療法(過度の物質主義・競争主義の是正)

 上記において個別的に対処を述べてきたが,全体を通して言えることは,

いずれも経営のおり方,理念,倫理が問題になるということである.資源

浪費や共倒れをもたらす過度の競争を避けたり,経済の水膨れを招く過度

の需要創造を止めたり,個人の自由を損なうラディカル・モノポリーを避

けたり,資源浪費・環境破壊につながる貨幣ベース偏重を是正したりする

のは,すべて結局は経営のおり方,経営の倫理と関係している.そして,

その内容は一言で言えば,物質主義,競争主義(社会ダーウィニズム)の行

き過ぎを改めようということであり,それは「足るを知る」ことを重んじ

る東洋倫理の見直しに通じている.

 これはまた,対症療法ではなくに原因療法である.経営のおり方や倫理

は,物事の根本にかかわるからである.現代のような時代の曲がり角にお

いてはとりわけ,一時しのぎの対症療法に終わるのではなく;原点に帰っ

て原因療法を考えてみることが肝要である.

 もとより,原因療法を考えねばならないのは,企業だけではない.当然

消費者の方も資源環境などに配慮して生活スタイルを考え直してみる必要

かおる.

(2)経営理念・倫理と人間社会

 経営のあり方・理念や経営倫理は,価値が絡むだけに取り扱いかたが難

しく,社会科学ではとかく敬して遠ざけられてきた.しかし,遺伝・本能

               -30-

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企業経営と自由経済システム

によって機械的に動く動物社会とは異なり,人間社会は,価値や意味,理

念や倫理によって動いていると言っても過言ではない.企業経営に関して

は,どこまで商品化してよいか(例えば兵器ビジネスや臓器売買はどうか),

どこまで営利は認められるか(例えば福祉,医療においてはどうか), フェ

アーな取引とは何か,社会的責任はどこまで負うべきかなどすべて,何か

大切か(価値),いかに行動すべきか(倫理)についての,社会の合意事項

(人間どうしの相互作用から生まれる)によって決ってくる.従って,経営理

念や経営倫理は,避けて通ることのできない重要な問題である.

 倫理とか価値と言えば,とかく主観的になると言われることが多い.し

かし,そうとも限らない.まず第一に,前提ないし公理としての価値かお

る.例えば,人間の生命はほぼ無条件に尊重される.なぜ尊重すべきかは

さておき(宗教やカント哲学で扱われていると思われるが,これに対する答えは

無いと思う.仏教の「無記」である),現代社会では生命の尊重は一種の公理

のようになっている.企業経営もそうした公理に立脚して行われる.

 第二に,状況からおのずと決ってくることもある.「状況の法則」の働

きである.例えば,環境破壊や資源枯渇の状況から見て,環境や資源に配

慮して経営すべきこと,リサイクル・廃棄まで視野に入れてモノを製造す

べきことは,大部分の人が認めるだろう.

 第三に,絶対的真理・科学法則という意味ではなく,他者と考え方を共

有するという意味での客観性かおる.この意味での客観性を確保すること

ならそれほど難しくない.だいたい,何に価値かおり,どんな倫理を守る

べきかは,人間どうしの交流,考え方の交換を通して自然に生まれてくる

ものであり,それは「状況」から見て次第に収れんするものだからである.

これは一種の合意事項であり,コンセンサスである.もちろん,この際,

権力が入り込み強いものの勝ちで決まることもあるかもしれない.しかし,

そのような無理をした決定は長続きしない.バーサードの「権限受容説」

が説く=通りである.

                -31

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企業経営と自由経済システム

ここまで倫理の重要性について述べたが,もちろん,倫理のことばかり

言えば,人間は息が詰まってしまう.経済社会の活力も無くなるかもしれ

ない.人間は√互いに対抗心を抱き,意地やミエを張り合う.退屈には耐

えられず,いつも面白さや刺激を求める.ギャンブルや「悪」の魅力にも

弱い.とう尽や破壊の衝動もある.これが人間の自然の姿とすれば,企業

経営においても,経済競争や需要創造はごく自然の発露である.経営倫理

の上で物質主義や競争主義の行き過ぎを是正すべきだと言っても,人間性

は無視してはならないレ人間性を考えに入れて倫理を確立せねばならない.

 しかし,経営倫理とおおげさに言わなくても,「状況」を正しく認識す

るだけで事態はかなり改善できるものである.例えば,競争に勝つことが

企業の目的のようになっている(本来の目的は財・サービスの供給であるの

に)現状を認識すれば,そんなつまらないことはお互いに止そうというこ

とになるだろう.また,豊かさの上塗りをしているような状況や,限界効

用逓減の法則をよく理解すれば,行き過ぎた物質主義は改めようという気

運が高まるだろう.

(3)企業間競争と経営倫理(社会的責任)

 物質主義,競争主義の行き過ぎを是正するといった倫理的な行動をとっ

て社会的責任を果していくうえで障害になるのは,他社との競争が避けら

れないことである.自社だけ社会的責任を果たそうとすれば,責任ある行

動をしない横着な企業に負けるかもしれない(グレシャムの法則).そこで

どうすべきかは難しいが,一応は次のような戦略(脱過当競争戦略)が考え

られよう.

 (ア)消費者を味方にする

 社会的責任をきっちり果たしていれば,消費者に支持される.製品を

買ってもらえる.また,例えば,長持ちする製品や環境汚染しない製品は,

従来の製品より高くても,消費者に認められれば,それは一種の高付加価

               -32-

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企業経営と自由経済システム

値化になる.第一,無責任な企業は少なくとも長期的には立ちいかないは

ずである.

 (イ)イ也企業と自主的にルールをつくる

 環境破壊・資源浪費をもたらす新製品・新設備・新店舗競争や,共倒れ

を招く過当競争を回避できるようなルールを,できるだけ産業界で自主的

にっくる.「囚人のジレンマ」を回避するには,コミュニケーションをよ

くして相互信頼を高める以外にない.

 (ウ)組織や制度の面で工夫する

 :互いに参加しあえるような組織(社外重役など),オープンな情報(情報

公開,情報交換),消費者などの組織参加(モニターやオンブズマン)など,

組織・制度面で工夫する.これにより,組織の暴走をくいとめ,無謀な行

動をチェックできるレ

 (エ)競争の領域を考え直してみる

 利益やシェアをめぐる競争だけが競争ではないはずである.経営理念や

経営美学をめぐる競争がもっとあってもよい.

 (オ)企業の目的・存在意義を問い直す

 企業の目的は,利益を追求することや,それをめぐる競争に勝つことな

のか,よく考えてみる.採算にはのせねばならないが,社会的に貢献する

ことも企業の目的・存在意義であってよい.こうなると,理念や価値観の

問題になる.

              参 考 文 献

O 宇沢弘文『豊かな社会の貧しさ』(岩波書店, 1989年)

 暉峻淑子『豊かさとは何か』(岩波新書, 1989年)

2)三戸公「随伴的結果」(『経営行動J Vol. 7, No. 4, 1992年』

 三戸公「環境問題と管理論」(『産業経営研究』(日本大学経済学部産業経営研

 究所)第14号, 1993年)

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Page 15: 企業経営と自由経済システム - i-repository.net · 企業経営と自由経済システム 自然環境や精神的ゆとりとをなんとか両立させていくことであまニこ

企業経営と自由経済システム

3)Gソヽ-ディン『地球に生きる倫理』(松井巻之助訳,祐学社, 1975年)

4)J・K・ガルブレイス『豊かな社会』(鈴木哲太郎訳,岩波書店, 1978年)

5)I. Illich,Tools For Conviviality (Harper & Row, 1973)

6)C・I・バーナード(ビジネス・モラ)レの基本的情況」(W・B・ウォルフ,

 ニ飯野春樹編『経営者の哲学,バーナード論文集』(文真堂, 1986年)第11

 章)      ノ        プ             ・‥

7)原油などが一部の国に偏在しており,それらの国は必ずしも高く売らなく

 てもよいことにも原因かおる。

8)奥野正寛「ゲーム理論と合理性」(奥野編著『現代経済学のフロンティア』

  (日本経済新聞社, 1990年)第5章)           悦

9)=朝日新聞 1987. 12. 8 家庭欄「できる仕事を交換」

10)室田武『エネルギーとエントロピーの経済学』(東洋経済新報, 1979年)。

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(平成6年3月1日受理)