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56 証券アナリストジャーナル 2014.10 .はじめに .運用機関の運用戦略とESG情報の活用 .ステークホルダーごとのESG要因の影響経路 に関する分析 .インプリケーション(長期投資の一助として) .終わりに ≪参考資料≫ヒアリング調査で得た代表事例 日本証券アナリスト協会に設置された「企業価値分析におけるESG要因研究会」は、「長期投資の観点で企業 価値評価を行う場合の非財務情報の活用状況」について、運用機関7社に対しヒアリング調査を実施した。その 結果、運用機関は、「環境」をリスクと収益機会の両要因、「社会」を収益機会要因、「ガバナンス」をリスク要 因として捉えており、企業価値の評価には、長期保有の判断材料、ネガティブリスクの排除といった視点での活 用が多いことが明らかになった。 企業価値分析におけるESG要因 ―運用機関 (注1) のESG情報の活用例― CMA CMA 経済・産業・実務シリーズ 宮井 博(みやい ひろし) 日興フィナンシャル・インテリジェンス 理事。日本証券アナリスト協会「企業価値分析 におけるESG要因研究会」座長。中央大学大学院国際会計研究科客員教授。1981年筑波 大学大学院環境科学研究科を修了後、87年、日興證券(現SMBC日興証券)に入社ととも に、日興リサーチセンター(現日興フィナンシャル・インテリジェンス)投資分析部に配 属。投資工学研究所、年金研究所歴任。96 98年、年金資産運用研究センターへ出向し、 常勤研究員。2002年日興フィナンシャル・インテリジェンス常務取締役に就任、10年専 務取締役。現在、全国市町村職員共済組合連合会や国民年金基金連合会の資産運用委員会 委員など多数兼務。14月より現職。 杉浦 康之(すぎうら やすゆき) 日興フィナンシャル・インテリジェンス 社会システム研究所アナリスト。日本証券アナ リスト協会「企業価値分析におけるESG要因研究会」委員。2001年東京理科大学理学部 応用数学科(現数理情報学科)卒業後、同年、日興證券(現SMBC日興証券)に入社とと もに、日興リサーチセンター(現日興フィナンシャル・インテリジェンス)投資工学研究 所に配属。05年、社会システム研究所配属。10年、一橋大学大学院国際企業戦略研究科 金融戦略・経営財務コース修了。 (注) 今回の趣旨を理解していただいてヒアリングに快く応じていただいた運用機関には、この場を借りて謝 意を表したい。

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Page 1: 経済・産業・実務シリーズ - saa.or.jp · 日本証券アナリスト協会に設置された「企業価値分析におけるesg要因研究会」は、「長期投資の観点で企業

56� 証券アナリストジャーナル 2014.10

経済・産業・実務シリーズ

1.はじめに

2.運用機関の運用戦略とESG情報の活用

3.ステークホルダーごとのESG要因の影響経路

に関する分析

4.インプリケーション(長期投資の一助として)

5.終わりに

≪参考資料≫ヒアリング調査で得た代表事例

目 次

 日本証券アナリスト協会に設置された「企業価値分析におけるESG要因研究会」は、「長期投資の観点で企業

価値評価を行う場合の非財務情報の活用状況」について、運用機関7社に対しヒアリング調査を実施した。その

結果、運用機関は、「環境」をリスクと収益機会の両要因、「社会」を収益機会要因、「ガバナンス」をリスク要

因として捉えており、企業価値の評価には、長期保有の判断材料、ネガティブリスクの排除といった視点での活

用が多いことが明らかになった。

企業価値分析におけるESG要因―運用機関(注1)のESG情報の活用例―

杉 浦 康 之 CMA宮 井   博 CMA

経済・産業・実務シリーズ

宮井 博(みやい ひろし)

日興フィナンシャル・インテリジェンス 理事。日本証券アナリスト協会「企業価値分析

におけるESG要因研究会」座長。中央大学大学院国際会計研究科客員教授。1981年筑波

大学大学院環境科学研究科を修了後、87年、日興證券(現SMBC日興証券)に入社ととも

に、日興リサーチセンター(現日興フィナンシャル・インテリジェンス)投資分析部に配

属。投資工学研究所、年金研究所歴任。96 ~ 98年、年金資産運用研究センターへ出向し、

常勤研究員。2002年日興フィナンシャル・インテリジェンス常務取締役に就任、10年専

務取締役。現在、全国市町村職員共済組合連合会や国民年金基金連合会の資産運用委員会

委員など多数兼務。14年4月より現職。

杉浦 康之(すぎうら やすゆき)

日興フィナンシャル・インテリジェンス 社会システム研究所アナリスト。日本証券アナ

リスト協会「企業価値分析におけるESG要因研究会」委員。2001年東京理科大学理学部

応用数学科(現数理情報学科)卒業後、同年、日興證券(現SMBC日興証券)に入社とと

もに、日興リサーチセンター(現日興フィナンシャル・インテリジェンス)投資工学研究

所に配属。05年、社会システム研究所配属。10年、一橋大学大学院国際企業戦略研究科

金融戦略・経営財務コース修了。

(注1) 今回の趣旨を理解していただいてヒアリングに快く応じていただいた運用機関には、この場を借りて謝

意を表したい。

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©日本証券アナリスト協会 2014� 57

経済・産業・実務シリーズ

1.�はじめに

 公益社団法人 日本証券アナリスト協会は、

ESG(環境・社会・ガバナンス)要因を明示的に

取り入れた企業価値分析手法の調査・研究を目的

として、2009年に「企業価値分析におけるESG

要因」研究会(以下、ESG研究会)を設置し、10

年6月には「企業価値分析におけるESG要因」報

告書を作成した。この報告書では、アナリストへ

のESG要因に関する意識調査(注2)結果をまとめ

るとともに、ESG要因に関する企業の取り組みに

ついて評価したESGスコア(注3)と企業価値との

統計的関連性や、非財務情報(注4)(ESG情報)

とリスクおよび収益機会(オポチュニティ)の関

連性について分析を行った。

 アナリストへの意識調査結果からは、アナリス

トのESG関連用語に対する認知度は低いものの、

長期的な観点で企業価値評価を行っているアナリ

ストはリスクとオポチュニティの観点からESG要

因を重視する傾向があることがわかった。また、

ESGがリスク要因なのか、収益要因なのかを質問

したところ、アナリストは、「環境」をより長期

的な収益要因、「ガバナンス」をより短期的なリ

スク要因、「社会」をその中間、と認識していた。

 ESGスコアと企業の財務指標との関係性につい

て分析した結果からは、ESGスコアの高い企業は、

企業価値や収益性が低いことから、企業のESGに

関わる行動(例えば企業の社会的責任に関する活

動など)は企業のコストになっている可能性があ

ることが示唆された。ただし、ESGスコアの高い

企業では、長期的には収益性が改善される傾向が

あること、また、企業リスク(注5)が低いこと

が確認された。

 しかし、上記の分析からは、ファンドマネジャ

ーやアナリストがどのようなESG情報を企業価値

評価に利用しているのかが明確ではなかった。本

来、アナリストの業務は、財務情報はもちろんの

こと、無数にある非財務情報の中から、投資先企

業に関する付加価値のある情報を集約し、投資家

に提供することである。ところが、近年、短期志

向の投資家を意識するあまり、アナリストは、四

半期開示情報など短期的な情報の分析に重きを置

き、長期的な企業価値や潜在的なリスクに目を向

けていないという問題がたびたび指摘されてい

る。投資家にとって企業の非財務情報は、その企

業をより長期的に保有しようとするときや、企業

の潜在的なリスクを判断するときに有力な情報源

となりうる。すなわち、次のような命題を与える

ことができる。

命題「長期投資の観点で企業価値評価を行うと

きに、アナリストはどのようなESG情報をどの

ように活用しているのか」

 この命題について分析を行うため、ESG研究会

ではSRIファンド(注6)やメインストリームのフ

ァンドマネジャーやアナリストに対して、ESG情

報の活用に関するヒアリング調査(注7)を行った。

具体的には、まず、ESGを統合した投資戦略(ESG

投資)に積極的に取り組んでいる2社に、ESG研

(注2) 日本証券アナリスト検定会員599名によるインターネットによるアンケート調査。

(注3) 具体的には日本総合研究所が算出するスコアを利用。一般にESGについて積極的な企業ほど、(ESG)

スコアが高い。

(注4) 非財務情報は、環境・社会・ガバナンス(ESG)のいずれかの情報に分類できるものとし、それらESG情報に分類する前の、財務以外の情報と定義する。

(注5) 株式リターンのボラティリティを企業リスクの代理変数として分析を試みている。

(注6) SRIファンドとは、企業の社会的責任や倫理的な側面を投資判断に組み入れたファンド。

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58� 証券アナリストジャーナル 2014.10

経済・産業・実務シリーズ

究会において報告をお願いし、これら2社が投資

の意思決定プロセスにおいて行っている非財務情

報の活用状況を把握した。その結果を踏まえて、

別途運用機関5社に対して、ファンドのコンセプ

トや運用戦略、企業価値評価に利用している非財

務情報や、その利用方法などについて、さらにヒ

アリング調査を実施した。

 ヒアリング調査結果は、その調査内容を基に、

「情報の分類」という側面と「企業価値評価での

活用」という2つの側面により分析を行う。「情

報の分類」という側面では、ファンドマネジャー

やアナリストが活用している非財務情報を、環境、

社会、ガバナンスごとに分類し、加えてその情報

をステークホルダーごとに詳細に整理する(注8)。

一方、「企業価値評価での活用」の側面では、ア

ナリストがその情報をリスクもしくはオポチュニ

ティのどちらと判断しているのか、またオポチュ

ニティ(リスク)に関して、どのような経路でオ

ポチュニティ(リスク)と判断したのかを分析評

価する。ここで、経路とは、投資判断としての活

用方法のことを指す。具体的には、ファンドマネ

ジャーやアナリストがESG情報から、「より長期

的な投資が可能であると判断した」、あるいは「予

測に対する自信を高めた」といったことを指す。

 本稿は、ESGスコアといった包括的な情報を用

いた実証分析結果などに依拠するのではなく、ア

ナリストやファンドマネジャーが実務として実際

に行っている情報活用の方法を分析した。そのた

め、今後新規にESG投資の導入を検討する運用機

関において、アナリストやファンドマネジャーが

企業価値評価にESG情報を組み込んでいく際に、

具体的な参考事例となるだろう。

 ところで、今年(2014年)2月に金融庁は「『責

任ある機関投資家』の諸原則」(日本版スチュワ

ードシップ・コード)(注9)を策定し、わが国の

機関投資家に受け入れを促したところ、主要な機

関投資家が受け入れを表明する結果となった。機

関投資家がスチュワードシップ責任を果たしてい

くためには、企業の持続可能性(持続可能な成長)

を的確に把握する必要があり、企業との長期的で

建設的なコミュニケーションを行う能力が求めら

れている。そのため、アナリストやファンドマネ

ジャーへの期待とその役割は、ますます大きくな

るだろう。一方、企業サイドには、IIRC(国際統

合報告評議会)が策定した「統合報告」のガイド

ラインにもあるように、定量的な財務情報の開示

だけでなく、企業の実情や将来像を的確に説明す

るため、叙述的(narrative)な非財務情報の開示

も求められている。本稿は、投資家サイドには、

非財務情報の活用を発展させていく上でのヒント

(注7) 本ヒアリングでは、著者の他、貝増眞氏(公益社団法人 日本証券アナリスト協会)寺山恵氏(日興フ

ィナンシャル・インテリジェンス株式会社)、松原稔氏(株式会社りそな銀行)、小崎亜依子氏(株式会社

日本総合研究所)にご協力いただいた。この場を借りて、感謝申し上げます。

(注8) これらの分類は、欧米の機関投資家がESG投資において一般的に用いている手法である。

(注9) 日本版スチュワードシップ・コード原則3の指針では、「例えば、投資先企業のガバナンス、企業戦略、

業績、資本構造、リスク(社会・環境問題に関連するリスクを含む)への対応など、非財務面の事項を含

む様々な事項が想定されるが、特にどのような事項に着目するかについては、機関投資家ごとに運用方針

には違いがあり、また、投資先企業ごとに把握すべき事項の重要性も異なることから、機関投資家は、自

らのスチュワードシップ責任に照らし、自ら判断を行うべきである。その際、投資先企業の企業価値を毀

損するおそれのある事項については、これを早期に把握することができるように努めるべきである。」と

記載されている。

http://www.fsa.go.jp/news/25/singi/20140227-2.html

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経済・産業・実務シリーズ

として、また一方、企業サイドには、企業のマテ

リアリティを明確にした上で投資家に向けた情報

開示の改善を考える材料として、参考になるだろ

う。

 本稿の構成は以下の通りである。まず、次章で、

ヒアリング先の運用機関について運用戦略とESG

情報の活用例を整理し、次の第3章でESG情報の

ステークホルダーへの影響経路の分析を行い、機

関投資家がESG情報をどのように企業価値分析に

結び付けているかを明らかにする。そして、第4

章でここまでの分析によって得られたインプリケ

ーションを整理し、第5章では今後の課題を述べ

る。なお、参考資料には、ESG要因の企業価値分

析への影響経路を確認できるように、第3章の分

析に用いた具体的な事例を記載している。

2.�運用機関の運用戦略とESG情報の活

 �企業を取り巻くステークホルダーとESG情

報の分類に関する検討

 ESG研究会で報告された2社は、いずれも日本

におけるESG投資の先駆的な運用機関である。そ

のうちの1社は、全ての株式投資の意思決定プロ

セスにESG情報を活用した運用を行っている。他

方は、SRIファンドを運用する代表的な運用機関

である。

 両運用機関はともに、投資対象の企業価値を評

価する際に、定量化可能な企業価値(見える価値

=有形資産、あるいは財務価値)は、定量化が難

しい企業価値(見えない価値=無形資産、あるい

は非財務価値)によって支えられており、この非

財務価値の評価なくして、企業の長期的な競争力

や成長性を把握することはできないと考えてい

る。

 ここで、非財務価値に関連する情報は、ステー

クホルダーごとに整理しやすい。例えば、資本の

提供者である「投資家」に関連した情報の他、企

業が提供する商品やサービスを購入する「顧客」

の情報や、商品やサービスの生産に必要な原材料

などを提供する、または製品の卸し販売を請け負

う「サプライチェーン」の情報が想定される。こ

の他にも、「従業員」や「環境」、「社会」、「政府・

行政」などに関連した情報が挙げられる。

 さらに、これらステークホルダーは、環境をE

(環境)、従業員、サプライチェーン、顧客、社会

をS(社会)、投資家(以降は、株主に限定)、政府・

行政をG(ガバナンス)としてまとめることがで

きる。そこでヒアリング結果をまとめる際、非財

務情報をステークホルダーおよびESGに分類する

こととした。

 上記2社では、ESG要因を投資の意思決定プロ

セスに組み込む方法がそれぞれ異なっている。企

業価値評価プロセスのあらゆる段階でESG情報を

組み込んでいる運用機関の場合、ESG情報は目標

株価の設定に影響を及ぼす可能性がある。例えば、

ESG情報は将来の収益予想や割引率の設定の際に

用いられる可能性がある。他方SRIファンドのよ

うな特定のファンドの場合、投資ユニバースの決

定等に影響を及ぼす可能性がある。例えば、長期

的には重大な影響を及ぼす可能性のあるリスクで

あることからネガティブスクリーニングが行わ

れ、投資対象ユニバースから外したり、保有して

いる場合は株式の売却が行われるといった影響が

考えられる。つまり、運用機関の投資意思決定プ

ロセスにおけるESG要因のインテグレーションの

レベルの違いによって、企業価値評価に使うESG

要因や位置付けも異なることが予想される。そこ

で、ヒアリング調査を行う際、各社の運用戦略を

明確にした。さらに、その非財務情報に対する企

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経済・産業・実務シリーズ

業価値評価プロセスへの影響、リスクとオポチュ

ニティの認識について検討することとした。これ

らの得られた知見を基にESG情報を用いた企業価

値評価の経路が明らかになるように、具体的な企

業価値評価の事例収集を行った。

 �ヒアリング先運用機関における運用戦略の状

 図表1は、ヒアリングを行った運用機関5社に

ついて、運用戦略と非財務情報の利用方法を整理

したものである。

 ヒアリング先として、メインストリームの運用

チームおよびファンドマネジャー(2社)とSRI

ファンドを運用するチーム(3社)を対象とした。

このうち1社(A社)は、アナリスト全員がESG

評価を行う形式を採用しているため、ESG情報の

活用は、ファンドの運用戦略に依らない。5社の

ESGに関する運用戦略の投資期間は3年以上であ

るのに対して、5社が運用している他のプロダク

トは3年以下が中心であることから、投資期間は

比較的長い。運用スタイルは、中小型グロースの

戦略を取る運用機関が2社、バリュー型の運用機

図表1 各運用機関における運用戦略と非財務情報の活用方法について

A B C D E

銀行 投資顧問 投資顧問 信託銀行 アセットマネジメント

運用プロダクトメインストリーム

(※アナリストによる投資評価にESGを採用)

メインストリーム SRI SRI SRI

投資期間 - 3年以上 3年以上1年ごとに評価するが、3年を目安

3年~5年

運用スタイル -従来のスタイルに

依らないバリュー

中小型寄り、グロース

中小型、グロース寄り

予測期間 3年 最低2年 3年程度 5年3年

(残り7年はGDP成長率)

企業価値評価モデルアナリスト個々の

モデルFCFに着目

決まったバリュエーションモデルはない

残余利益モデルがベース

DCF法、ROIC

投資対象の

コンタクト先

IR担当者 ○○

(原則年4回以上)○

(年4回程度)

○(四半期/業績に

ついてのみ)○

経営者/ CEO ○△

(機会があれば)

CFO ○(半年に1回) ○ ※経理部門

社外取締役

CSR担当部署○

(年1回/担当役員、部長)

×会うことはない

その他

活用する

情報源

アニュアルレポート

○ ○ ○

業界紙○

(経済誌をチェックしその都度ヒアリング)

○ ○

経営者のインタビュー記事

○ ○ ○

IRミーティング○

(IR資料含む)○

(IR資料含む)

市況 ○ ○

CSR報告書 ○○

(生産プロセス等確認する程度)

その他 ウェブESG評価機関の

レポートESG評価

(出所)運用機関へのヒアリングをもとに筆者作成

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経済・産業・実務シリーズ

関が1社であった。企業価値の予測期間は、投資

期間と関連して、3年程度であった。企業価値の

評価モデルは、将来のキャッシュフロー予測等を

ベースにして運用機関が独自に開発したものを使

っている。ヒアリング先の運用機関数は5社でサ

ンプル数が少ない点が懸念されるが、それぞれバ

ラエティに富んだ運用スタイルであり、長期投資

を行う運用機関(ファンド)の全体像をある程度

反映しているものと考えている。

 次に、企業価値評価を行う際の投資対象企業の

コンタクト先についてヒアリングしたところ、そ

の多くはIR担当者であった。経営者(CEO)や

CFOへのコンタクトは一部の運用機関で見られ、

CSR担当者については1社(D社)のみという状

況であった。企業価値評価における情報源は、メ

インストリーム、SRIファンドの違いに関わらず、

アニュアルレポート、業界紙、経営者のインタビ

ュー記事、IRミーティングなどが一般的であり、

SRIファンドを運用する場合、CSR報告書の他、

ESG評価機関のレポートや評価スコアなども利用

していた。

3.�ステークホルダーごとのESG要因の

影響経路に関する分析

 ここでは、上記のヒアリング調査結果に基づい

て、ESG要因の影響経路について分析する。ヒア

リング調査では、非財務情報に関する評価方法に

ついて、具体的な事例を得ることができた。その

際、事例企業の状況などができるだけ正確に理解

できるように、評価企業の個社名も開示していた

だいた。その他に、個社の事例だけでなく、セク

ターごとの事例や、アナリストの考えなどについ

ても回答を得た。本稿では、個社名を開示するこ

とはできないが、できるだけ具体的な非財務情報

の活用状況が理解できるように表現している。以

下、ESG要因ごとに、企業価値評価の事例につい

て 紹 介 す る。 具 体 的 な 内 容 に つ い て は、

≪参考資料≫を確認いただきたい(注10)。

 図表2は、ESG要因の影響経路をステークホル

ダーごとに整理したものである。ステークホルダ

ーは、「環境」をEの要因、「従業員」、「顧客」(こ

こでは商品やサービス自体も含む)、「サプライチ

ェーン」、「社会(コミュニティ)」をSの要因、「投

資家」をGの要因として分類している。各事例は

「ステークホルダーに関するキーワード」、「ステ

ークホルダーに及ぼす影響」、「企業価値に関連す

る項目」、「リスク・オポチュニティ」、「効果」の

視点で評価を行った。加えて、回答を得た「運用

機関」、「SRI / MS(メインストリーム)」を明記

した。

 各運用機関における企業価値評価モデルはさま

ざまであるが、これらの評価モデルでは、長期的

な利益予測や配当予測とその予測精度や予測期

間、ディスカウントされる要因(ネガティブリス

ク)が重要なファクターになっている。そこで、

図表2の「効果」では、企業価値評価への影響を

「A:将来収益予測の精度向上」「B:長期投資の

判断」「C:ネガティブリスク」の3つに分類す

る(注11)。以下では、各ステークホルダーごとに

ヒアリング結果について述べる。

<E:環境>

 環境の事例では、企業のオポチュニティとして

捉えている事例と、自然災害や規制の変化などリ

スクに関する事例を挙げている。企業のオポチュ

(注10) 紙幅の制限があるので、代表的な事例のみ紹介する。

(注11) ここでの分類は、各事例からESG研究会の検討委員によって割り振られたものである。

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62� 証券アナリストジャーナル 2014.10

経済・産業・実務シリーズ図表2 ステークホルダーごとのESG要因の影響経路

要因

ステークホルダ

ーNO.1

ステ

ーク

ホル

ダー

に関

連す

るキ

ーワード

ステークホルダーに与える影響

企業価値に関連する項目

効果

リスク/オポチュニティ

機関

SRI/

MS

E環境

E-1

手術

用ユ

ニホ

ーム

のリ

ユー

スリネンサプライ産業の水問題の解決、

廃棄物削減

新製品・新サービスの提供、

新規顧客・マーケットシェアの拡大

Bオポチュニティ

Eアセット

SRI

E-2

海外

での

環境

規制

環境問題の解決

規制リスクによる売上高への影響

Cリスク

Eアセット

SRI

E-3

テイ

ルリ

スク

(自

然災

害等)

人間の知見の限界

企業価値には反映できない

--

C投資顧問

SRI

E-4

燃費

効率

性の

良い

自動

車消費者の関心

シェアの拡大

Aオポチュニティ

A銀行

MS

S

従業員

S-1

外国

人採

用率

の目

標設

定外国人従業員の増加

長期保有要因

Bオポチュニティ

D信託銀行

SRI

S-2

離職

率の

低下

企業の考えに適した従業員の増加

経営戦略の変化

Bオポチュニティ

D信託銀行

SRI

S-3

高い

従業

員満

足度

企業内競争の低調(ヌクヌク企業)

生産性の低下

B/

Cリスク

D信託銀行

SRI

S-4

女性

活用

成長戦略との一致

企業価値向上

Bオポチュニティ

D信託銀行

SRI

S-5

労働

環境

や企

業風

土(

ブラ

ック

企業)

世間(消費者)の批判

企業予測のディスカウント

Cリスク

A銀行

MS

S-6

R&D費

用と

従業

員(

研究

・開

発者)への

配慮

研究・開発者のモチベーション

(バランスを保つことで)

株主価値が増大

A/

Bオポチュニティ

B投資顧問

MS

顧客

S-7

低コ

スト

での

耐震

性強

化(

建設)

住民の安全・安心

中堅ゼネコンにおける差別化戦略

Bオポチュニティ

D信託銀行

SRI

S-8

独自

の自

動ブ

レー

キ機

能が

ある自動車

運転者の安全

自動車商品の差別化

Bオポチュニティ

D信託銀行

SRI

S-9

薬の

利用

者幸福感の向上

株主利益

Bオポチュニティ

C投資顧問

SRI

S-10

消費

者の

存在

ワイズコンシューマーの存在、

レピュテーションへの影響

企業の持続可能性、収益性

Bオポチュニティ

C投資顧問

SRI

S-11

顧客

ロイ

ヤル

ティ

、ブ

ラン

ド力

リピート率の向上

価格競争力(価格差)、

建値消化率

A/

Bオポチュニティ

B投資顧問

MS

S-12

特許

の数

-キャッシュフローの安定化、

持続可能な成長

A/

Bオポチュニティ

B投資顧問

MS

サプライチェー

ンS-13

児童

労働

問題

SRIフ

ァンドを購入する年金等の顧客

児童労働に加担する企業の除外

Cリスク

D信託銀行

SRI

社会

(コミュニティ

S-14

東南

アジ

ア地

域で

の農

業生

産に

係る

教育

農民の生産性向上

同地域のマーケットシェアの維持

(に対する確信)

Aオポチュニティ

A銀行

MS

S-15

社会

貢献

活動

(社会的な)レピュテーションの向上

企業価値への反映は不明

--

A銀行

MS

G投資家

G-1

社外

取締

役に

よる

経営

者へ

のア

ドバ

イス

株主価値の増大

事業の効率化(物流コストの削減)

Bオポチュニティ

Eアセット

SRI

G-2

反社

会勢

力へ

の融

資(

不祥

事)

株主価値の減少

経営の質

Cリスク

D信託銀行

SRI

G-3

カル

テル

(不

祥事

)課徴金の支払い

カルテル発覚後の競争優位の低下

Cリスク

Eアセット

SRI

G-4

経営

者の

交代

競合他社の株主還元策に影響

株主還元策の変化による

バリュエーションの変化

Bオポチュニティ

A銀行

MS

G-5

社外

取締

役の

存在

・導

入経営者へのアドバイス

リスク管理体制の強化

Cリスク

C投資顧問

SRI

G-6

企業

のキ

ャッ

シュ

リッ

チ株主値価値の減少

ガバナンスの欠如、成長機会の欠如

Cリスク

C投資顧問

SRI

G-7

経営

プロ

の育

成ガバナンスの向上

(ファンドマネジャーにとっての)

投資機会

Bオポチュニティ

C投資顧問

SRI

G-8

議決

権行

使株主にとってのリスク減少

ガバナンスリスクの低減

Cリスク

B投資顧問

MS

G-9

ガバ

ナン

ス(

の機

能不

全)

経営者の暴走

事業(非)効率性(多角化の失敗)

Cリスク

Eアセット

SRI

G-10

女性

役員

の存

在取締役会の柔軟性

経営の質(戦略の柔軟性)

Cオポチュニティ

Eアセット

SRI

(図

表注

)1

.A:

企業

価値

評価

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、B:

長期

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グ結

果を

基に

著者

作成

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経済・産業・実務シリーズ

ニティとして、図表2のE-1の事例は、手術用ユ

ニホームの製造で、トップシェアを誇る企業であ

る。同社の製品は、これまで使い捨てが当たり前

であった手術用ユニホームをリユースすることを

可能にしたことで、病院での産業廃棄物コストの

削減に役立つことになった。すなわち、廃棄物削

減の解決が、新しい企業価値を創造し、競争力の

源となっている。またE-4の自動車セクターにお

ける「燃費効率」の事例は、「環境負荷の軽減」

や「燃料費削減」が消費者の購買力を高めること

になるため、同セクターにおける企業価値評価に

おいて、売上高やシェアを予測する上で重要な項

目に位置付けられている。

 他方、リスクについては、環境規制への対応が

遅れた企業の事例が挙げられている(E-2)。こ

の遅れが他社との競争力の低下をもたらし、売上

が減少するものと見ている。これはB to Cの企業

価値については想定しやすいが、B to Bの企業に

おいても環境負荷軽減や燃費向上のための部品や

素材を提供していると考えれば、「環境」の取り

組みが企業価値評価に影響することが理解できる

だろう。

 このように、「環境」に関する情報は、オポチ

ュニティとリスクの両面がある。オポチュニティ

については、企業の競争力の源泉に焦点を当てた

情報であり、長期投資の判断材料や具体的な指標

(燃費効率)がある場合、売上予測の精度向上に

も役立つ情報といえよう。一方、リスクについて

は、環境規制など、環境への負荷が大きいセクタ

ーなどでのスペシフィック・リスクとなりうる可

能性がある。ただし、E-3の事例のように、自然

災害等などの発生確率の低い事象は、企業価値に

反映させることが困難であると捉えている運用機

関も見られる。

<S:従業員>

 「従業員」は、企業の経営戦略と一致させるこ

とで付加価値を生むので、運用機関は共通してオ

ポチュニティとして認識している。S-1の事例に

あるように、外国人採用率の目標設定が、海外展

開する企業の事業戦略に沿っていれば、長期的な

海外戦略が想定されることから、長期保有の判断

材料として役立つ情報といえる。女性活用(S-4)

についても、単に同業他社との横並び意識で女性

管理職を増やしている場合もあるため、S-1の事

例と同様の考え方で、企業の成長戦略と一致して

いるかを確認し、企業価値向上に結び付けること

ができるかを評価することが重要である。S-2の

事例は、これまで離職率が高かった企業において

離職率が低下する背景として、経営方針に大きな

変化があり、従業員に何らかのモチベーションの

変化が生じた可能性を示している。このことは経

営方針に合った従業員が増えたことで、(長期的

に)企業価値の向上につながる可能性がある。し

かし、S-3の事例にあるように、離職率が低いこ

とは従業員の満足度が高いことを表す反面、企業

内競争の低下をもたらし、生産性が低下する可能

性もある。このように、離職率は、企業の従業員

行動を表す一つの指標にすぎないが、その動向を

捉え、背景を考察することは、企業価値評価の重

要なポイントになる。

 S-5の事例は、近年問題視されている、ブラッ

ク企業に対する企業評価の一例である。このよう

な企業は、低賃金・長時間労働であるため労働コ

ストが安いことから、短期的には業績が良く見え

る場合がある。しかし、このような企業は過労死

や賃金不払い等に関する訴訟リスクだけでなく、

レピュテーション・リスクを抱える可能性がある。

ヒアリング調査を行った運用機関は、このような

問題を、企業の収益予測のディスカウント要因で

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あると捉えている。

 以上、「従業員」に関わる情報は、企業の経営

戦略との一貫性をみる上で重要な情報であり、長

期的な投資判断においては検討しなければならな

い要素に位置付けられよう。

<S:顧客>

 「顧客」に関するESG情報は、企業の売上に直

接的に影響を及ぼす。アナリストやファンドマネ

ジャーは、顧客をオポチュニティの面から捉えて

いる。企業の顧客に対する戦略やアプローチがい

ずれも競争市場で生き残るための、他に模倣でき

ない差別化可能なものであるか否かが、長期的な

企業価値評価において重要であるといえる。例え

ば、S-7の事例は、低コストで建物の耐震強化を

提供するサービスで、東日本大震災以降の安心・

安全意識の高まりを背景にした新たなビジネスモ

デルとして確立し、他社との差別化を図ったもの

である。また、S-8の事例は、自動車に自動ブレ

ーキ機能を搭載して、運転者の安全性向上を差別

化戦略の材料にした自動車セクターの一例であ

る。

 一方、ファンドマネジャーが長期的な投資判断

をする上で、企業理念(もしくは考え方)に記載

されている顧客との関係を重視している事例(S-

9、S-10)もある。S-9の事例は、ある製薬企業

では、薬を単に病気を治すために消費者に提供す

るのではなく、ステークホルダーバリューと企業

価値向上を両立させるという考え方に立ち、患者

の幸福感を上げることを目指していることにファ

ンドマネジャーが共感し、投資しているという事

例である。S-10の事例は、企業の持続性や収益性

は、ワイズコンシューマー(賢い消費者)の影響

を強く受けることから、彼らはどのような消費行

動をとるのかという視点で企業の商品競争力等を

評価することが重要だとしている。

<S:サプライチェーン>

 SRIファンドでは、投資先企業だけでなく、そ

の投資先企業の取引先企業が児童労働を行ってい

ないかどうかは、主要なレピュテーション・リス

クと捉えている(S-13)。原材料の輸入企業にお

いて児童労働問題がなくても、その取引先企業等

で児童労働が行われている場合があり、その事実

が発覚すると、輸入企業のレピュテーションが低

下するだけでなく、その企業に投資しているSRI

ファンドのレピュテーションも大きく低下すると

考えている。

<S:社会(コミュニティ)>

 社会貢献活動に関しては、S-15の事例にあるよ

うに、企業価値とどのように結び付いているかを

判断することが難しい。しかし、経営戦略の一貫

で社会貢献活動が行われている場合、将来の利益

予測の基礎的な情報になる可能性がある。S-14の

事例のように、当該企業は東南アジア地域におい

て農業生産を向上させるための教育を提供してお

り、この地域の経済発展を促し、生活水準向上を

支援するという意味で、重要な社会貢献活動を行

っている。同時に、この企業は農業生産の向上を

支える農業機械を販売メンテナンスしており、こ

の社会貢献活動と結びついているので、同地域に

おける将来のマーケットシェアや収益を予測する

上で重要な判断材料になっている。

<G:投資家>

 企業のガバナンスは、資本の提供者である株主

が最も大きな関心を寄せる問題の1つである。ア

ナリストやファンドマネジャーは、ガバナンスリ

スク(ガバナンスの機能不全)の高い企業への投

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経済・産業・実務シリーズ

資は、企業価値を毀損するリスクが相対的に高い

と考えている。ガバナンスリスクについては、企

業の不祥事対応が最もわかりやすい例である。G-

2の不祥事対応の例のように、不祥事の発生は、

ガバナンスの機能不全を示唆するため、運用機関

は売却する可能性も高い。カルテルの事例(G-

3)、多角化の失敗(G-9)、キャッシュリッチ

企業(G-6)なども、ガバナンスの機能不全が

一要因であるとの見方から同様の認識を持つ。一

方で、ガバナンスリスクを軽減する方策には、社

外取締役の存在(G-5)や経営プロの育成(G-7)

などを挙げている。

 企業のガバナンスは、G-4の事例に示すよう

に、オポチュニティの側面もあると捉えている。

すなわち、社外取締役が経営者にとって良きアド

バイザーとしての役割を果たすだけでなく、ボー

ドダイバーシティなどによって経営の質を向上さ

せる可能性があり、企業価値の向上に貢献するか

らである。社外取締役のアドバイスによって事業

の効率化(物流コストの削減)が実現し、企業価

値向上につながった事例(G-1)や、女性取締

役が企業戦略の新たな視点を提供し、企業価値向

上につながる事例(G-10)などは、長期的な投

資を判断する上でガバナンスが重要な要因である

ことを示している。

4.�インプリケーション(長期投資の一

助として)

 �ESG情報の活用意義

 以上の分析結果から、次の4つのインプリケー

ションが得られた。

① ESG情報は、企業価値評価の精度向上に活用さ

れている

 多くの運用機関では、財務情報を用いた企業の

将来収益予測の期間は、平均で3年程度(長くて

5年)としている。だが、売上高や販管費等の財

務指標の予測においては、長期になるほど不確実

性が増す。ESG情報は、このような将来予測の不

確実性を軽減し、将来収益予測の精度を向上させ

るのに役立つと思われる。本ヒアリング結果にお

いて、得られた事例は多くない。だが、そのよう

な活用方法も一部で行われていることが明らかと

なった。

②ESG情報は長期保有の判断材料になる

 アナリストやファンドマネジャーは、企業の長

期的な経営戦略の一貫性、市場シェアや価格プレ

ミアムを支える(企業や商品の)仕組み(例:ブ

ランド力や顧客ロイヤルティ)など、競合他社と

の差別化戦略を、長期保有の判断材料として用い

ている。これらは定量化が難しく、人によって、

また、時勢によっても評価が異なる可能性もある。

アナリストやファンドマネジャーは、企業が開示

する情報(経営者のメッセージ、経営戦略、経済

誌のインタビュー記事、CSR報告書等)の一貫性、

企業のイノベーションなどが実感されるときに、

長期保有の判断材料として利用していると推察さ

れる。

③ ESG情報は、長期投資におけるネガティブリ

スクの判断材料となる

 アナリストやファンドマネジャーは、企業の不

祥事に関する情報や企業統治の情報(社外取締役

の有無)を、企業のネガティブリスクの判断材料

として利用している。例えば、企業の不祥事は、

企業統治が脆弱である場合や、企業統治を軽視す

る企業文化がある場合等に発生する可能性がある

と解釈されている。さらに、これらの情報は、そ

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の企業が長期投資に適した企業であるか否かの判

断にも利用していると推察される。

④ Sはオポチュニティ、Gはリスク、Eはその両

方としての情報

 ESG情報がリスクの情報であるのか、オポチュ

ニティの情報であるのかという点について、次の

ことが言えよう。環境の情報については、オポチ

ュニティとリスクの両方が含まれており、社会の

情報については、オポチュニティに関する情報が

多く含まれている。さらに、ガバナンスの情報に

ついては、リスクの方にやや偏った情報であると

考えられる。特に、社会に関する結果は、日本証

券アナリスト協会[2010]とは異なる結果とな

った。その理由としては、本分類において、社会

に関するステークホルダーとして「顧客」を含め

ており、企業による「顧客」への差別化戦略がオ

ポチュニティに結び付くと考えていることが挙げ

られる。同報告書では、ガバナンスは主にリスク

要因として認識されていたが、本ヒアリング結果

では、一部オポチュニティとしても捉えている。

その理由は、資本効率や配当政策などもガバナン

ス要因に含めているためである。

 また、ESG情報をリスクと捉えるのか、オポチ

ュニティと捉えるのかという視点と、ファンドの

コンセプトや投資戦略との関係は見られなかっ

た。

 �投資家と企業との建設的なコミュニケーショ

ンとしての活用

 「日本版スチュワードシップ・コード」の受け

入れを表明した機関投資家(注12)の中には、年

金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)、

地方公務員共済組合連合会、企業年金連合会とい

った、わが国を代表する公的年金をはじめ、大手

運用機関、生命保険・損害保険会社、英国・欧州

の年金基金、エンゲージメント・オーバーレイ業

者(注13)などが含まれている。例えば、GPIFは、「ス

チュワードシップ責任を果たすための方

針」(注14)の中で、運用機関による実質的な企業

へのエンゲージメント(対話)活動を重視すると

している。そして事例として、①企業価値を高め

るビジネスモデル(経営理念・ビジョン、具体的

な事業戦略)、②ガバナンスの状況(取締役会等

による執行等に関する監督)、③長期的な資本生

産性の考慮、④リスク(社会・環境問題に関連す

るリスクを含む)への対応、⑤反社会的行為の防

止など、を挙げている。本稿の分析結果に当ては

めれば、「①企業価値を高めるビジネスモデル」

についてはオポチュニティに関する事例が参考に

なる。「②ガバナンスの状況」については、まさ

しく「G」に関する事例が役立つ。「③長期的な

資本生産性の考慮」についても、G-6などが参

考になるだろう。「④リスクへの対応」は、

図表2のリスクに関する事例が参考になる。

 上記のように、ESG情報はこれまでもアナリス

トが利用してきた非財務情報の事例である。その

ため、企業サイドからすれば、統合報告書といっ

た長期保有目的の投資家が利用しやすい情報とし

て、図表2のようなカテゴリーの情報を提供する

ことにより、今後の投資家との建設的なコミュニ

ケーションに役立てることが望まれる。

(注12) 金融庁ホームページ:http://www.fsa.go.jp/news/25/sonota/20140610-1.html(注13) 年金基金等からエンゲージメント活動を受託する外部のサービス・プロバーダーのこと。

(注14) GPIFのホームページ:http://www.gpif.go.jp/public/policy/index.html

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経済・産業・実務シリーズ

5.�終わりに

 今回の運用機関へのヒアリング調査の結果、

ESG情報を企業価値評価に結び付ける経路として

は、企業価値予測の精度向上や、長期保有の判断

材料、ネガティブリスクの排除などが挙げられた。

このようなESG情報と企業価値との関係性につい

ては、実証分析においても資本コストやリスクへ

の影響という面で一致している(El Ghoul et

al.[2011]、Hong and Kacperczyk[2009]、浅野・

佐々木[2014]など)。

 今回のヒアリング調査では、ある程度具体的な

事例に基づいてESG要因の企業価値への影響を検

討したが、より具体的な事例については運用機関

の知識やノウハウに関わるので、取り上げること

が難しいことも事実である。例えば、具体的な投

資判断の中で評価がどのように変化していったの

かといった点である。また長期投資という観点に

ついても、「長期」の定義が曖昧である。海外年

金基金における自家運用など、より長期的に投資

を行っている投資家のESG情報の活用実態と比較

検討することなどが今後の課題となるであろう。

≪参考資料≫

ヒアリング調査で得た代表事例

(ESG要因の企業価値への影響経路のどの部分に相

当するかは、図表2参照)

【ポジティブな非財務情報】

(S-1)外国人採用と経営戦略の一致(X社)

X社はもともとユニバースになかった企業であ

ったが、ESG評価機関から推薦があった。同社

では新しい経営者を迎え、大幅なコスト削減を

行い、業績回復させた。さらなる戦略として、

中国や北米の進出という海外戦略をメインビジ

ネスにするという目標を持っている(現在の海

外比率は1割に満たない)。当戦略とリンクし

た戦略として、ダイバーシティ戦略を打ち出し

ており、具体的には、外国人新卒採用を全体の

1/3としている。非財務情報を利用しない短

期的な投資家であれば、コスト削減で業績を回

復させたという点で売却するが、このような非

財務情報は付加価値を与えてくれる情報である

といえ、さらに上値余地があるため保有継続と

なった。外国人採用を増やす裏には海外進出の

戦略がある。業績への影響はここ数カ月では難

しいと思うが、長期的には業績へポジティブと

考えられるので保有ウェイトを増やしていくこ

とができる。このように、経営戦略とCSRがイ

ンテグレートしていることが大事だ。(D信託

銀行)

(S-12)無形資産

無形資産に着目していること自体が、予測精度

を高めていると考えている。有形資産の最たる

ものは、工場への投資、製品をつくって幅広く

売ること。こうした有形資産にフォーカスして

いる会社と、無形資産を保有している企業の差

は、企業の競争力に出てくる。ブランド力を保

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経済・産業・実務シリーズ

有した会社を模倣しようとしてもできない。例

えば、特許を保有している会社を模倣すること

は困難であるため、特許を多く保有する会社は

持続的な競争優位性が確保できる。そして、そ

うした無形資産に基づいて生み出されるフリー

キャッシュフローは安定する。一方、有形資産

に競争力の源泉を置く企業、例えばメモリーメ

ーカーなどは、投資競争に巻き込まれる。他社

が投資するとすぐに投資をする必要があるた

め、自らコスト増を招く。自分でコントロール

できず、キャッシュマネジメントも難しい。そ

の結果、将来のフリーキャッシュフローの予測

もぶれてくる。(B投資顧問)

【リスクとしての非財務情報】

(G-2)不祥事への対応

不祥事については、ESG評価機関がモニタリン

グを実施しているが、発生時における投資行動

の意思決定はファンドマネジャーが行う必要が

ある。ESG評価機関によるモニタリングに関係

なく、チーム内で協議し、早めに売却すること

も可能だ。(D信託銀行)

(S-5)労働環境や企業風土(ブラック企業)

ブラック企業は企業の体質を表している。世間

から否定されるような企業については、企業価

値への影響も少なくないので、(業績予測など

の)ディスカウント要因になりうる。(A銀行)

【ガバナンスが企業価値に影響を及ぼす事例】

(G-5)社外取締役の存在

鉱山会社の場合、LNGとか自然鉱物はナショ

ナルインタレストがあるため、将来的に社外取

締役を迎えることも考える必要があるかもしれ

ない。また、自動車会社におけるリコール問題

についても、リスクマネジメントの観点からみ

て、取締役が社内のみで構成されていることな

どが影響している。(C投資顧問)

ガバナンス全般

(G-7)ガバナンス向上には、まず日本の経営

のプロが育っていく必要がある。こうしたこ

とを意識してファンドマネジャーは見るよう

にしている。(C投資顧問)

(G-10)女性役員がいる企業は、企業の考え方

が単一的でない、柔軟な戦略を組むことがで

きる企業だということを意味する。(Eアセ

ットマネジメント)

〔参考文献〕

浅野礼美子・佐々木隆文[2014]「企業の環境経営へ

の取り組みと資本コストに関する実証研究」、2014年度日本ファイナンス学会第22回予稿集.

日本証券アナリスト協会[2010]「企業価値分析にお

けるESG要因」報告書.El Ghoul, S., O. Guedhami, C. C. Y. Kwok and D. Mishra[2011]“Does Corporate Social Responsibility Affect

the Cost of Capital?,”Journal of Banking & Finance 35, 2388-2406.

Hong. H and M. Kacperczyk[2009]“The price of sin: The effects of social norms on markets”, Journal of Financial Economics, Vol 93(1), July, pp.15-36.