李白「擬古十二首」訓釈repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/2120/1/...李白「擬古十二首」訓釈...

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李白「擬古十二首」訓釈 鈴木敏雄 李白の「擬古十二首」 〈注1>は、恐らくはその晩年、『文選』所載の主要作品 の一つである「古詩十九首」中から十二首を選定し、その一篇一篇に擬作した一連 の作品群である。 この「十二首」は、李白が五言古詩の始祖である「十九首」から如何なる触発を 受けて詩作を行っているかを語り〈注2>、さらには李白とr文選』との関わりを 考察するための幾つかの手がかりをも与えてくれる。 一方、その模倣形態を一見する限りにおいては、六朝以来のこのタイプの擬古詩 とやや異なり、原詩を特定しにくい印象を受ける。それは擬作詩の変遷過程に在っ て、李自が何らかの意図もしくは詩才による変形を余儀なくされたことに因るもの であろう。とりわけ原詩とのこの差異は、古典に対する李白の関わり方を浮き彫り にしていると思われる。 今ここに簡易な訓釈を施し、それら考察の便宜に資したい。その際、各篇の訓釈 中に、宋の柵工の評点本に付された「明人批」を挙げておきたい。 「明人批」 (以 下、 [明人批])は、明代の某が「十二首」の原詩の特定を試みた早期のものとし て看過できない。なお、原詩および擬作詩が共有するテーマも、併せて添えておき たい([一]以下に示す〈注1>)。これらテーマは、「十九首」が李白を触発 して向かわせる追究対象となっている。 【其一】擬「⑧再再孤生竹」 青天何歴歴 明星白如石 黄姑與織女 相学不幽翠 銀河無鵠橋 非時將安適 閨人理統素 遊子悲行役 瓶氷知冬寒 霜露欺遠客 青天 何ぞ歴々たる 明星 白きこと石のごとし 黄姑と織女と 相去ること尺に盈たず 銀河に鵠の橋無ければ 時に非ずして将た安くにか適く 閨人 紋素を理め 遊子 行役を悲しむ 瓶氷に冬の寒きを知り 霜露は遠客を欺く 一1一

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Page 1: 李白「擬古十二首」訓釈repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/2120/1/...李白「擬古十二首」訓釈 鈴木敏雄 李白の「擬古十二首」 〈注1>は、恐らくはその晩年、『文選』所載の主要作品

李白「擬古十二首」訓釈

鈴木敏雄

 李白の「擬古十二首」 〈注1>は、恐らくはその晩年、『文選』所載の主要作品

の一つである「古詩十九首」中から十二首を選定し、その一篇一篇に擬作した一連

の作品群である。

 この「十二首」は、李白が五言古詩の始祖である「十九首」から如何なる触発を

受けて詩作を行っているかを語り〈注2>、さらには李白とr文選』との関わりを

考察するための幾つかの手がかりをも与えてくれる。

 一方、その模倣形態を一見する限りにおいては、六朝以来のこのタイプの擬古詩

とやや異なり、原詩を特定しにくい印象を受ける。それは擬作詩の変遷過程に在っ

て、李自が何らかの意図もしくは詩才による変形を余儀なくされたことに因るもの

であろう。とりわけ原詩とのこの差異は、古典に対する李白の関わり方を浮き彫り

にしていると思われる。

 今ここに簡易な訓釈を施し、それら考察の便宜に資したい。その際、各篇の訓釈

中に、宋の柵工の評点本に付された「明人批」を挙げておきたい。 「明人批」 (以

下、 [明人批])は、明代の某が「十二首」の原詩の特定を試みた早期のものとし

て看過できない。なお、原詩および擬作詩が共有するテーマも、併せて添えておき

たい([一]以下に示す〈注1>)。これらテーマは、「十九首」が李白を触発

して向かわせる追究対象となっている。

【其一】擬「⑧再再孤生竹」

青天何歴歴

明星白如石

黄姑與織女

相学不幽翠

銀河無鵠橋

非時將安適

閨人理統素

遊子悲行役

瓶氷知冬寒

霜露欺遠客

青天 何ぞ歴々たる

明星 白きこと石のごとし

黄姑と織女と

相去ること尺に盈たず

銀河に鵠の橋無ければ

時に非ずして将た安くにか適く

閨人 紋素を理め

遊子 行役を悲しむ

瓶氷に冬の寒きを知り

霜露は遠客を欺く

一1一

Page 2: 李白「擬古十二首」訓釈repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/2120/1/...李白「擬古十二首」訓釈 鈴木敏雄 李白の「擬古十二首」 〈注1>は、恐らくはその晩年、『文選』所載の主要作品

客似秋葉飛

醜態不言蹄

別後羅帯長

痙攣去鮮衣

乗月託宵夢

因之寄金徽

客は秋葉の飛ぶに似

瓢緩として帰るを言はず

別後 羅帯長く

愁ひて寛し去時の三

月に乗じて宵夢に託し

翻れに因りて金茶を寄せん

○歴歴 居並び、明るく耀くさま。「十九首」に「玉衡指孟冬、衆星何歴歴」とあ

 る。

○黄姑 牽牛星。 「河鼓」とも言い、牽牛の北にある三星を指す場合もある。

○欺 あなどる、しのぐ。李白の他の詩にも「流光欺人忽蹉路」 「白日欺紅顔」 「

 風被霜露欺」等と見える。

O別後… 李白は「古風』其二十六にも見られるように、夫の帰りを待ちわびる女

 性に不遇の自分を擬えることがある。その女性の思いと連続して皇帝補佐の思い

 が思い出としてしばしば語られる晩年の李白の詩を彷彿とさせる。

○金徽 琴を指すか。一説に「金倉」の誤りとして、地名であると言う。

[明人批] 「前半は『邉遣牽牛星』に擬するに似、後半は則ち別調に入る。此れ擬

 古と難ども、然れども古の縛る所と爲らず。起の六句は深く脱化の妙を得たり。

 『霜露』以下は自ら己が意を出だし。意は椀やかにして語は逸、瓢然として塵を

 絶す。」 (原詩未詳と言うが、【其一】は「再再孤生竹」詩に擬している。)

[3-d]時宜を逸して夫と隔てられてしまった妻の歎き一原詩と同様、前六句

 で比喩を用いて夫婦関係を表現し、会面には時宜が欠かせないことをテーマに詠

 む。結聯で誠実を確認する点も、原詩を漏れなく踏まえている。

【其二】擬「⑤西北有高棲」

高棲入青天

下有白玉堂

明月看欲堕

當宙懸清光

当夜一美人

羅衣謡秋霜

含情弄構音

弾作土上桑

畠聲何激烈

高楼 青天に入り

下に有り白玉の堂

明月 看すみす堕ちんと欲し

窓に当たりて清光を畏く

遥夜の一美人

羅衣 秋霜に謡ふ

情を含みて柔慧を弄し

弾きて介す匪」一ヒ桑

弦声 何ぞ激烈なる

一2一

Page 3: 李白「擬古十二首」訓釈repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/2120/1/...李白「擬古十二首」訓釈 鈴木敏雄 李白の「擬古十二首」 〈注1>は、恐らくはその晩年、『文選』所載の主要作品

風巻饒飛梁

行人粗篭濁

棲鳥去回翔

但鼻曲市営

莫僻此曲傷

願逢同心者

活作紫勤皇

風巻きて飛梁に饒る

行人 皆事序とし

棲鳥 去るも回翔す

但だ妾が意の出しきを写すのみにして

此の曲の傷ましきを辞する莫し

願はくは同心の者に逢ひ

飛びで作らん紫の鴛奮

○美人… 李白は、夫の王仁の主君である趙モの求めを箏曲「陪上桑」を作っ.て拒

 絶したその妻羅敷に自らを喩えており(原詩の杞梁の類話〉、永王瑳の徴から逃

 れて後の作を思わせる。

[明人批] 「古詩は拙質なるも、此れは則ち更に之れに奇を加ふ、稽や得たるは此

 れに在り、失ふも亦た此れに在り。」「古への勢ひを顛倒し、微か似たるも意は

 則ち全く別なり。」 (「古へ」は、原詩を指す。)

[3-e]楼上に居る不幸な女性を傷む  【其一】の杞梁の妻と同様、王仁の妻

 羅敷の故事を用いて今の不幸を歎く。作詩背景の含みを別にすれば、この詩も原

 詩を漏れなく踏襲していることになる。

【其三】擬「⑮生年不満百」

長縄難繋日

自前共悲辛

黄金高北斗

不惜買陽春

石火無留光

還如世中人

即事已如夢

後來我誰身

提壺莫碧落

取奪回四鄭

仙人殊祝惚

未若寒中眞

長縄は日を繋ぎ難く

古へより共に悲辛す

黄金 北斗より高ければ

陽春を買ふを惜しまず

石火は光を留むる無く

還た紅中の人のごとし

事に即くは已に夢のごとく

後来 我れ誰が身ならん

壷を提げて貧を辞する莫く

酒を取りて四隣を会す

仙人は殊に祝惚たれば

未だ若かず酔中の真に

0長縄繋日 時の経つのを止められないこと。傅玄の「九曲歌」に「歳暮景適群光

 絶、安得長縄繋白日」 (歳暮景適きて群光絶ゆれば、安にか長縄を得て白日を繋

一3一

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 がん)とあるのに基づく。

O黄金… 北斗よりも高く金を積む。当時の俗語で、多いことを言う。

0石火 火打ち石の火花。

○仙人… 李白は仙人の存在を否定的に見ていることから、夜郎流諦後から最晩年

 にかけての作とも考えられる。

[明人批] 「其の意を襲ひて其の調べを易ふ。」 (「其」は原詩を指す。)

[4-a]短促かっ憂い多き人生からの救いを快楽に求める一テーマは原詩に近

 似しているが、直接「酒」に快楽を求めている点は、認識が限定される。テーマ

 追究の手段は原詩と異なり、 「長縄」 「北斗」等、天文に関する誇大な語を李白

 は使用する。

【其四】擬「⑨庭中有奇樹」

清都緑玉樹

灼燥瑠全智

筆花弄秀色

早引天仙人

香風送紫蘂

直到扶桑津

恥辱世上甲

所貴心耳珍

相思傳一笑

聯欲示情親

清都 緑玉の樹

瑠台の春に灼礫たり

花を筆ぢて秀色を弄で

遠く天仙の人に贈る

香風 弾琴を送り

直ちに到る扶桑の津

世.kの艶を綴るを恥つるも

貴ぶ所は心の珍なり

相思ひて一笑を伝へ

聯か情の親しむを示さんと欲す

O天仙人  「天仙の人」に花を贈るのは恐らく李白特有の表現である。

O世上艶 この花は地上での艶やかさを極めたもの。[明人批] 「前六句は句句歩趨するなり。 『天仙』・『扶桑』は略ぼ面貌を換へ、

 亦た好し、但だ後の四句は軍薄なるのみ。1σ歩趨」は前者の歩みに随う意。)

[2-b]春の花を手にしっっ遠き人を思う  展開形式は原詩に類似させつつ、

 テーマは異なっていて、思うべき人は世人の中にいないと言う。俗世では心は伝

 わらず、天仙の人に託すことになれば、原詩のような世人への省察は、李白によ

 っては示されないことになる。

一4一

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【其五】擬「④今日良宴會」

今日風日好

明日恐不如

春風笑話人

旧藩愁幽居

吹管舞彩鳳

酌言忌神魚

千金買一面

取樂不求饒

達士遺天地

東門有二躁

愚夫同誌石

弓才知玉壷

無事民謡苦

塊然洞轍魚

今日 風日好きも

明日は恐らく如かざらん

春風 人に笑へば

何ぞ乃ち愁ひて自ら居る

笛を吹きで彩鳳を舞ひ

醒を酌みて神魚を胎にす

千金もて一丁を買ひ

楽しみを取りて饒を求めず

達士は天地を遺れ

東門に二宮有り

愚夫は瓦石に同じく

有才は巻野を知る

事とする無かれ坐ろ悲苦し

塊然として洞轍の魚たるを

○吹笛 笛を吹いて鳳厘を呼び昇仙した薫史の故事を踏まえる。

○神魚大魚。0遺天地 万物の外に在って、捉われないこと。

〇二疏… 漢の疏廣とその甥の疏受の故事に基づく。二人はそれぞれ太子太傅少傅

 となって一族の中で栄誉に耀いたが、「足るを知れば辱められず、止むを知れば

 殆からず」と言い、適当なところで職を辞し、惜しまれながら東都門を出て故郷

 へ帰った。李白に若い頃からあって、宮廷に入ってまもなく顕著になる「功成れ

 ば身を退く」の考え方を反映している。

○塊然独りぼっちで居るさま。

O十指… 澗轍の鮒魚。『荘子』外物篇中の故事に基づき、今をよく生きることを

 言う。王i埼が乾元二年の作とする李白の「江夏使君叔席上贈史郎中」詩中にも「

 議官思流水、浮雲失蕾居」と見える(李白の現存の詩中では、この二例のみであ る)。

[明人批] 「初めて看るは喪えざるも、吟日』の二字を以って看出だせば、細や

 かに節奏を翫びて大約測れなり。但だ古へは一ら直ちに下り、此れは稽や頓挫す

 べきのみ。」 (「是」は「古へ」すなわち原詩を指す。)

[4-c]人生の短詩さの救いを快楽に求めっっ、人生のはかなさを思う一追究

するテーマに微妙なズレがあり、原詩では徳ある者に貧賎を囲わず栄達を楽しむ

 よう言うのに対し、李白は達士に富や栄達を願わず出処進退の際を見極めるよう

言う。李白はこの詩では栄達への理解をさほど示していないことになる。

一5一

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【其六】擬「⑦明月較夜光」

運速天地閉

胡風結飛霜

百草死心月

六龍頽西荒

太白玉東方

彗星揚精光

鴛二心越鳥

何爲春心翔

惟聾心將犬

今爲侯與王

二水成二品

三池奪三皇

北斗不面部

南二三二品

運速かにして天地閉ぢ

胡風 飛霜を結ぶ

百草 冬月に死し

六龍 西荒に頽る

太白 東方に出で

彗星 精光を揚ぐ

鴛鴛は越鳥に非ざれば

何為れぞ南を春みて翔けん

惟れ昔の鷹と犬と

今は侯と王とと為る

水を得て鮫龍と成れば

池を争ひて鳳皇を奪ふ

北斗は酒を酌まず

南箕は空しく簸面す

0胡風… 嘉禄山の乱に喩える。以下の各語も寓意があるとされる。

〇六龍… 玄宗の蜀への亡命に喩える。

0太白  『新唐書』天文志に、至徳二年七月から十一月の間、白昼に太白星が見え

 た等の記載がある。王碕に至徳元年の作とされる李白の「経齪後將避地釧中留贈

 崔宣城」詩中にも「太白書経天、頽陽掩蝕照」と見える。

0彗星 妖星といわれ、災いの予兆。

0鴛鴛 北方に展開する王師に喩える。

O鷹・犬臣下に喩える。O言揚 箕であおって籾殻を取り除く。「空」は有用のはずが、役立たないこと。

[明人批] 「錬ること稽や過ぎ、微か濯なるを畳ゆるも、然れども御って濃く、稽

 や色有り。」

[3-a]今や得意の境地にあり旧知を顧みない者を憤る一天文を題材にして展

 開する形式は、原詩に同じ。テーマも旧知の潜越を憤るものであるが、原詩では

 友人間での問題を、李白は君臣間の問題として捉えている。前半で詠む天体の運

 行と関連させやすい題材に変更した(テーマの追究対象を理想化した)可能性が

 ある。

一6一

Page 7: 李白「擬古十二首」訓釈repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/2120/1/...李白「擬古十二首」訓釈 鈴木敏雄 李白の「擬古十二首」 〈注1>は、恐らくはその晩年、『文選』所載の主要作品

【其七】擬「⑪廻車駕言遭」

世路今太行

逼車寛何時

三族皆勝勢

遂無少可樂

嚥野多白骨

幽魂共錆画

工貴當及時

春華宜照灼

人非箆山羊

生得長理即

身没期不朽

榮名在麟閣

世路は今太行にして

車を廻らすも寛に何にか託せん

万族は皆境野し

遂に少しも楽しむべき無し

畷野に白骨多く

幽魂 共に錆糊す

栄貴は当に時に及ぶべく

春華は宜しく照堕すべし

人は甲山の玉に非ざれば

安んぞ長く伊野たるを得ん

身没して朽ちざるを期し

栄名 麟閣に在らん

○太行 世路の険しいこと。太行山の登り路は羊腸のように曲がりくねっている。

O白骨 黒埼に至徳元年の作とされる李白の「経翫後將避地刹中留贈崔宣城」詩中

 にも「蒼生疑落葉、白骨空相弔」と見え、また乾元二年秋の作とされる「経齪離

 後天恩流夜郎憶菖遊唄懐贈江夏章太守良宰」詩中にも「白骨成駒山、蒼生寛何罪」

 と見える。

○理錯 玉の光耀くさま。

O榮名 人は長寿でない以上、せめて名声だけでも遺そうとする考え方。原詩に「

 人生非金石、豊能長壽考。奄忽型物化、榮名以爲寳」とある。

○麟閣 麟麟閣。功臣の肖像画を掛けてある。

[明人批] 「『華族』の二句は是れ『所遇無故物、安得不速老』に擬す。然れども

 彼れは大だ是れ野草にして、此れは則ち拙漣なること殊に甚し、何ぞ比べて論ず

ぺけんや。」 (「彼」は原詩を、「此」は擬古詩を、それぞれ指す。)

[4-c]短促な人生からの救いを早き栄達に求めようとする一原詩に従い、【

其五】では示さない栄達への認識を、擬作詩ではテーマに組み入れている。ただ

 し、「太行」 「白骨」 「幽魂」の語を用いた展開形式は、擬作詩の背景に世路の

 険難があることを想定させ、その様な世相であるからこそ「榮貴」「榮名」を求

 めるべきだという牽強な論理的理解を、李白は提示したことになる。[明人批]

 は的を射ている。

一7一

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【其八】擬「⑬駆車上東門」

月色不可掃

客愁不可握

玉露錦秋衣

流螢飛百草

日月終錆殿

天地同士画

才姑暗青松

安見此樹燧

金丹比誤俗

昧者難精討

爾非千歳翁

多恨去再生

飲酒入玉壷

藏身以爲寳

月色は掃ふべからず

客愁は道ふべからず

玉露 秋衣に生じ

流蛍 百草に飛ぶ

日月も終に錆塾し

天地も同に枯稿せん

嬉姑 青松に暗くも

安んぞ此の樹の老ゆるを見ん

金丹 寧ろ俗を誤るも

昧者は精血し難し

爾は千歳の翁に非ざれば

世を去るの早きを恨むこと多し

酒を飲みで玉壷に入り

身を蔵して以って宝と為さん

0道言いおさめる。O嬉姑 夏蝉、つくつくぼうし。 「十九首」に「嬉姑多鳴悲」とある。 「嬉姑」は

 人を喩え、 「青松」は「日月・天地」を喩える。

O玉壺 王碕に李白最晩年の上元二年の作とされる「封雪酔後贈王歴陽」詩中にも

 「君看昔日汝南市、白頭仙人隠玉壺」と見える(ただしこの詩は詩風が李白らし

 くないことから、後世の偽作ではないかとも疑われている)。

O入玉壺 酔境に入る。後漢の費長房の故事を踏まえる。費長房は市場役人になつ

 た時、市が退けて人がいなくなった後、薬売りの翁が店頭に掛けてあった一酒壷

 の中に入るのを見かける。不思議に思い、酒と肴を持参して丁重に尋ねたところ、

 壷中の荘厳華麗な玉堂に導かれ、そこでふんだんの馳走にあずかったという。

[明人批] 「此れは是れ『駆車上東門ヨに擬するも、而も故より其の調べを饗ず。」

 「起二句は瞼快の甚しきも、然れども御って古たるを傷まず。『露・螢』は是れ

 月中の景にして、正に是れ掃ふべからざる虚なり。『憾姑』の二句を以って、『

 人生首肯寄、壽無金石固』に擬するは、眞に妙絶なり。極めて平らかに極めて常

 に理を道ひ、極めて淺く極めて顯らかに話を説くも、乃ち一たび太白の口を経れ

 ば便ち情有り致す有るを畳ゆ、立動奇を成し、語語皆仙なり。『日月』の二句は

 便ち是れ身を九害の外に立つるの語なり。」

[4-a]短促な人生の救済を快楽への没入に求める一原詩が前八句で「墓」 「

 死人」 「黄泉」などの語を用いて死後の世界に言及するのに対し、李白は仙語で

一8一

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一篇を統括し、死後の世界を予感させない。原詩が追究したテーマの一部に関し、

李白は認知を省いている可能性がある。

【其九】擬「⑭去土日以疏」

生者爲過客

死者爲二人

天地一二旅

同悲上古二

月免空播藥

扶桑二成三

白骨寂無言

青松宣知春

前後更歎息

二二管足三

生者は過客と為り

死者は二人と為る

天地は一思旅なれば

同に万古の塵たるを悲しむ

月兎は空しく薬を濤き

扶桑は已に薪と成る

白骨は寂として言無く

青松も豊に春を知らんや

前後 更に歎息すれば

浮葉 何ぞ珍しとするに足りんや

0逆旅 旅の宿。

○扶桑 日の出る東方成下の端にあるという高さ万初の木で、池に浴した太陽がこ

 の木を払った時、日の出となると言う。

O白骨 王埼に至徳元年の作とされる李白の「経齪後將旧地釧中留贈崔宣城」詩中

 にも「蒼生疑落葉、白骨空相弔」と見え、また乾元二年秋の作とされる「纏齪離

 後天恩翌夜郎憶薔六書懐育江夏章太守良宰」詩中にも「白骨成丘山、蒼生寛何罪」

 と見えている。

○青松… 擢かれて薪にされれば春を迎えられない。「十九首」に「松柏擢爲薪」

 とある。

0前後 互いに前後となる人。古人、今人、後人。

[明人批] 「彼は淡く、此れは濃し、各おの致す有り。」(「彼」は原詩を、 「此」

 は擬古詩を、それぞれ指す。)

[4-d]死後も時間は推移し、死者の上にも一層の不幸がもたらされる  原詩

 とは趣を異にする「逆旅」の喩えや、「月免」「扶桑」などの仙語を用いてテーマ

 を追究している。結句で栄達の無意味を断言する認識も、原詩には見られない。

 また、死後の不幸も李白は認識の外に在る。

一9一

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【面面】擬「⑱客從遠方來」

仙人騎繰鳳

昨下閥風零

海水三清淺

桃源一見尋

遺我緑玉盃

兼之紫瑳琴

三二傾美酒

琴以閑素心

二物島回有

何論珠前金

琴弾松裏風

盃渤天上月

風月血相知

世人面條忽

仙人 繰鳳に騎り

昨ふ下る葉風の琴

海水 三たび清く浅く

桃源 一たび尋ねらる

我に遺る緑玉の盃

之れに紫環の琴を兼ぬ

盃は以って美酒を傾け

琴は以って素心を閑かにす

二物は世に有るに非ず

何ぞ珠と金とを論ぜん

琴は弾く松裏の風

力は勧む天上の月

風と月と長く相知れば

世人 何ぞ面面たる

○仙人…  【其十】は、仙人が贈り物を届けることを詠む点で、長安追放後(天寳

 舶載)の李白が、宮廷での生活を画仙に喩え、その夢は醒める(仙界は空想世界

 である)ことをよく詠んだことと趣向がきわめて類似する。

O閥風零 嵐脊山の中層にあるという峰の名。玄圃山とも。

O海水… 東海も三たび陵陸と為り桑田と為るということから、激しく世が移り変

 つたのを何遍も見たことを言う。

O桃源… 「見」が受動を表すことから、我が桃源を尋ねてきたことを言うとする。

[明人批] 「何に擬するかを知らず。句はr長歌行』に似たり。」 (原詩未詳と言

 うが、【其十】は「客從遠方來」詩に擬している。)

[2-c]時間の推移の中に増大する不幸に抵抗し、自己の誠実を捧げようと言う

 一【其四】と同様、この詩も原詩とテーマが異なり、誠実を捧げる相手が大き

 く変わっている。誠意を捧げる相手を世俗に求めることを、李白は避けているこ

 とになる。

【七十一】擬「⑥渉江采芙蓉」

渉江弄秋水  江を渉りて秋水を弄で

丁霊荷花盛  此の荷花の鮮かなるを愛す

一10一

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撃荷弄県下

蕩毒筆成圓

佳期繰三重

欲康平回天

相思無由見

恨望涼風前

章を筆ぢて其の珠を弄つるも

管下として円きを成さず

二期 繰愛重なり

贈らんと欲するも聖天を隔っ

相思ふも見るに由し無く

県下す涼風の前

○言語賢人が重言に遭って流落するさまに喩えると言う。

O佳期 佳人との約束。

O繰雲 謁回する者に喩える。

[明人批] 「一氣呵成にして、略ぼ痕跡無く、最も輕妙なり。」

[2-b]春の花を手にしっっ遠き人を思う  原詩はテーマの中に将来に続く不

 幸をも詠むが、李白はその認識を示さない。

【其十二】擬「①行行重行行」

去去復去去

辛辛還辛辛

漢水既殊流

楚山千此分

人生難構意

豊得長爲群

越燕喜々日

燕鴻思朔士

別久単解晩

瑛耳不能飯

日落潮天昏

夢長毘道遠

望夫登高山

化石寛不興

去り去りて猛た去り去り

君を辞して顧た君を憶ふ

漢水 既に流れを殊にし

楚山も亦た此れ分かる

人生は意に称ひ難く

宣に長く群れを為すを得んや

越燕は海日を喜び

燕鴻は朔雲を思ふ

別れ久しければ眼華痺れ

娘耳も飯する能はず

日落ちて天の昏きを知り

夢長くして道の遠きを覚ゆ

夫を望みて高山に登り

石と化して寛に返らざらん

○漢水・楚山… 夫との間を山川が隔てていること。

○瑛耳美玉のことであるが、ここは美食に喩える。

O望夫 『幽明録』にある夫の旅立ちを見送って石と化してしまった妻を記した「

 望筆石」の故事を踏まえる。李白の「別内野徴」其一の中にも「白玉高棲看不見、

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Page 12: 李白「擬古十二首」訓釈repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/2120/1/...李白「擬古十二首」訓釈 鈴木敏雄 李白の「擬古十二首」 〈注1>は、恐らくはその晩年、『文選』所載の主要作品

相思須上望夫山」と見える。「別内赴徴」其一は、王埼は、至徳元年の末、永王

瑳に徴される時の作とする。この【其十二】は、薫士賛は「国を去」つた時の作

であるとし、唐汝詞は「主を恋ふるの情を写す」と言い、磨時は「君を懐ひ国を

憂ふるの意有り」と言う。これらに拠れば、長安追放後の作も想定される。

[明人批] 「前十句は未だ手段を見ざるも、後附句は大だ妙なり。」 (「十……六

句」ママ。)

[2-a]相思慕しっっも遠く隔てられてしまった人の悲しみ  不幸な時間が持

続し、更にそれが蓄積していく様子を漸次に詠む前十二は、原詩の展開方式を漏

れなく再現している。

 李白は主として「古詩十九首」の論理展開に触発されている。それは李白自身と

しては、従来さほど積極的には用いなかった展開形式ではなかったか。 「十九首」

の形式こそ、そのテーマ追究にふさわしい。そう気づいたであろう李白は、その形

式を使い、時間の推移がもたらす不幸という古来のテーマを「十九首」とともに追

究しようとする。ただし李白の場合は、テーマ追究の手段として、例えば【其四】

【堅雪】に見たように仙語を用いざるを得ない。したがってその干渉を受け、原詩

との間で、追究したテーマに些かのずれが生ずることになる。それが李白の独自性

となって見えている。

 李白の「擬古十二首」中のテーマでは、原詩のように時間の推移のなかに悲哀感

を吐露するものは多くない。むしろ【忍野】に見たような、天地の運行さえも終焉

に至るという誇大な宇宙観の中で感情を吐露している。それが何を意味するのか、

何に由来するのか等は、ここでは論ずる紙幅を持たない。李白の時間観と天文観お

よびその関連において捕捉する必要があるように思う。

〈注>

1 宋蜀刻本r李太白文集』を底本とし、虐鎮主編『李白全集校注彙繹集評』(一

九九六年、百花文藝出版社)を参照した。また、「古詩十九首」は『文選』胡刻

本所収のものを底本とし、訓釈に当たっては吉川幸次郎「推移の悲哀」  古詩

十九首の主題一を逐次参照した。擬古題に見えている「①・④・……・⑱」等

の数字は「十九首」の篇次であり、訓釈中に見える[4-d]等の表示は「推移

の悲哀」第四章d項を表すものとする。

2 『朱子語類』春一百四十に言う「李太白始終野選詩、所以好」に関わる諸要素を指す。

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