新潟県におけるict技術を活用した官民連携の雪崩対策の取り …4.1...

4
新潟県におけるICT技術を活用した官民連携の雪崩対策の取り組み ~冬期の円滑な道路交通の確保に向けた雪崩防災教育とICT技術について~ 吉田 あみ*1・町田 敬*2 1.はじめに 新潟県は全国有数の豪雪地帯であり,雪崩災害は毎年の ように発生している.2017-18冬期には,新潟県が管理す る道路において雪崩発生及び雪崩の危険性により27件の 通行規制を実施した.こうした現状に対して,雪崩による 被害を減らすために,ハード面での雪崩対策事業に加え, ソフト対策も先進的に行っている.本稿では,雪崩災害軽 減の観点から実施している新潟県行政職員へ向けた防災教 育の取り組みについて述べる. 2.新潟県の雪崩防災教育への取り組み 2.1 雪崩防災に関する取り組み概要 新潟県では,雪崩パトロール及び危険箇所カルテの作成 に加え,雪崩講習会や雪崩実働訓練等,職員の人材育成に 向けた取り組みを実施している.雪崩講習会は雪崩防災に 関連する関係課で連携して無雪期及び積雪期の2回行い, 雪崩災害の基礎知識の習得から,雪崩パトロール時のポイ ントまで,雪崩専門家の指導による現地実習を行っている. 大雪・少雪に関わらず毎年講習会を実施することにより, 事業担当者が雪崩防災に関する理解を深める機会となって いる. 22雪崩パトロールに関する取り組み 県内地域整備部においては,雪崩災害発生の恐れがある 場合に雪崩パトロールを実施している.雪崩パトロールに は道路雪崩及び集落雪崩を対象とした2種類のパトロール があり,集落を対象とした雪崩パトロールは人家に被害が 想定される斜面に対して,多量降雪後や気温の著しい上昇 時など日常的に実施しており,道路を対象としたパトロー ルは上記に加えて春先の冬期通行不能区間の規制解除前に も実施している.近年ではUAVを活用し,斜面を上空か ら確認する取り組みも行っている.雪崩危険箇所は主に地 形・積雪条件から抽出された箇所や過去の発生履歴,保全 対象により抽出しており,地域毎にパトロールの優先順位 を設定している。主なパトロール内容は,斜面状況の確認, 写真撮影,報告書作成業務である.地域整備部によっては 独自に重要雪崩パトロール箇所の詳細危険箇所カルテを作 成し,パトロール時の参考としている。このカルテは巡視 ポイントから無雪期写真・空撮写真に過去の発生の雪崩も しくは前兆現象を記載し、初見でもパトロール時のポイン トが一目でわかるよう工夫している.重要施設や過去の雪 崩履歴,写真撮影箇所等を確認し,カルテ上に点検履歴を 残すことで斜面状況の変化が確認でき,斜面毎の特徴を捉 えることで,発生の恐れがある場合の予防対策等を目的と している.南魚沼地域整備部では平成29年にこの独自カ ルテを活用し,スマートフォンアプリを活用した雪崩パト ロールを実施した.GPSによるナビゲーションシステム やカルテの事前登録により,従来の雪崩パトロールと比較 しても初動対応までの時間短縮や報告書作成手間の削減と いった成果を確認している.さらに災害位置へのスムーズ な移動や,写真・報告書の共有,リアルタイム位置情報の 遠隔監視等も行うことでき,このようなICT技術を活用す ることで雪崩災害の軽減に加え,担当職員の負担軽減も期 待される. 1 雪崩危険箇所カルテの一例 2 スマートフォンアプリを試用した雪崩パトロール *1 新潟県土木部道路管理課雪寒事業係,*2 町田建設株式会社

Upload: others

Post on 30-May-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 新潟県におけるICT技術を活用した官民連携の雪崩対策の取り …4.1 無人航空機による空中撮影 マルチローター方式の無人航空機(UnmannedAerial

新潟県におけるICT技術を活用した官民連携の雪崩対策の取り組み

~冬期の円滑な道路交通の確保に向けた雪崩防災教育とICT技術について~

吉田 あみ*1・町田 敬*2

1.はじめに

新潟県は全国有数の豪雪地帯であり,雪崩災害は毎年の

ように発生している.2017-18冬期には,新潟県が管理す

る道路において雪崩発生及び雪崩の危険性により27件の

通行規制を実施した.こうした現状に対して,雪崩による

被害を減らすために,ハード面での雪崩対策事業に加え,

ソフト対策も先進的に行っている.本稿では,雪崩災害軽

減の観点から実施している新潟県行政職員へ向けた防災教

育の取り組みについて述べる. 2.新潟県の雪崩防災教育への取り組み

2.1 雪崩防災に関する取り組み概要 新潟県では,雪崩パトロール及び危険箇所カルテの作成

に加え,雪崩講習会や雪崩実働訓練等,職員の人材育成に

向けた取り組みを実施している.雪崩講習会は雪崩防災に

関連する関係課で連携して無雪期及び積雪期の2回行い,

雪崩災害の基礎知識の習得から,雪崩パトロール時のポイ

ントまで,雪崩専門家の指導による現地実習を行っている.

大雪・少雪に関わらず毎年講習会を実施することにより,

事業担当者が雪崩防災に関する理解を深める機会となって

いる. 2.2雪崩パトロールに関する取り組み 県内地域整備部においては,雪崩災害発生の恐れがある

場合に雪崩パトロールを実施している.雪崩パトロールに

は道路雪崩及び集落雪崩を対象とした2種類のパトロール

があり,集落を対象とした雪崩パトロールは人家に被害が

想定される斜面に対して,多量降雪後や気温の著しい上昇

時など日常的に実施しており,道路を対象としたパトロー

ルは上記に加えて春先の冬期通行不能区間の規制解除前に

も実施している.近年ではUAVを活用し,斜面を上空か

ら確認する取り組みも行っている.雪崩危険箇所は主に地

形・積雪条件から抽出された箇所や過去の発生履歴,保全

対象により抽出しており,地域毎にパトロールの優先順位

を設定している。主なパトロール内容は,斜面状況の確認,

写真撮影,報告書作成業務である.地域整備部によっては

独自に重要雪崩パトロール箇所の詳細危険箇所カルテを作

成し,パトロール時の参考としている。このカルテは巡視

ポイントから無雪期写真・空撮写真に過去の発生の雪崩も

しくは前兆現象を記載し、初見でもパトロール時のポイン

トが一目でわかるよう工夫している.重要施設や過去の雪

崩履歴,写真撮影箇所等を確認し,カルテ上に点検履歴を

残すことで斜面状況の変化が確認でき,斜面毎の特徴を捉

えることで,発生の恐れがある場合の予防対策等を目的と

している.南魚沼地域整備部では平成29年にこの独自カ

ルテを活用し,スマートフォンアプリを活用した雪崩パト

ロールを実施した.GPSによるナビゲーションシステム

やカルテの事前登録により,従来の雪崩パトロールと比較

しても初動対応までの時間短縮や報告書作成手間の削減と

いった成果を確認している.さらに災害位置へのスムーズ

な移動や,写真・報告書の共有,リアルタイム位置情報の

遠隔監視等も行うことでき,このようなICT技術を活用す

ることで雪崩災害の軽減に加え,担当職員の負担軽減も期

待される.

図 1 雪崩危険箇所カルテの一例

図2 スマートフォンアプリを試用した雪崩パトロール

*1 新潟県土木部道路管理課雪寒事業係,*2 町田建設株式会社

Page 2: 新潟県におけるICT技術を活用した官民連携の雪崩対策の取り …4.1 無人航空機による空中撮影 マルチローター方式の無人航空機(UnmannedAerial

3.官民連携による雪崩対応訓練及び講習会

3.1 講習会の概要

南魚沼地域整備部では職員を対象とした雪崩対応訓練

及び講習会を実施している.この訓練は,災害発生後の

初動対応や情報伝達について考察すると共に,本活動を

通じて平時から地域整備部職員および関係者の危機管理

対応力の向上を図ることを目的とした.講習会には南魚

沼地域整備部ほか,南魚沼市消防本部,南魚沼警察署,

南魚沼市役所,雪崩専門家等に参加いただき,座学及び

現地研修を実施した.平成 30 年度の講習内容は以下のと

おり.

実施日時:平成30年3月1日

実施内容:講習1~5

【講習1】南魚沼地域での雪崩災害について

【講習2】ICT雪崩訓練の紹介

【講習3】ドローンを用いたICT技術について

【講習4】雪崩対応訓練

【講習5】班別実習によるUAV体験・ゾンデ訓練・積雪

観測

座学では雪崩専門家による雪崩の基礎知識から過去に発

生した土砂雪崩や地震に起因した雪崩,雪泥流等の災害

事例等幅広い知識を学んだ.また,ドローン(無人飛行

機)については航空法や操縦における基礎知識から防災

分野まで,幅広い活用方法についての講義をうけた.最

新のICT技術に触れることで,参加者からは普段馴染みの

ない幅広い分野について学ぶことができ,貴重な機会と

なったことや,土木分野における利用方法を改めて学ぶ

機会となった等,好評をいただいた.

写真1 講習会における各種UAVの展示

3.2 雪崩対応訓練の概要

午後からは現地研修として講習4の雪崩対応訓練を実

施。国道が雪崩により全面埋塞したという想定の下,南

魚沼市消防本部及び地域整備部職員が出動し,以下のフ

ローで訓練を行った.

図 3 訓練当日のフロー

訓練の課題として,平成 29 年に実施した「雪崩発生時

を想定した実践的な官民連携の危機管理対応訓練」を 受け,災害発生後の初動対応や現地対策本部における情報

伝達に重点に置き,訓練を通じて平時から行政職員およ

び関係者の危機管理対応力の向上を図ることを目的とし

て実施した.訓練の実施状況は以下のとおりである.

13:00~13:05

一般通行車両の運転手が発見,地域整備部に通報.同部

から関係業者へ情報を伝達,かつ現地への出動を要請.

13:20 ~13:30

関係者が現地へ集結して現地対策本部を設置.現場で雪

崩発生状況や,被災状況等を確認.通行規制実施.

13:30~13:55

人や車両等が雪崩に巻き込まれていないか確認.ゾンデ

棒による捜索訓練開始.雪崩に埋もれた被害者(ダミー

人形)を発見,病院へ搬送.

写真2 雪崩対応訓練の全景

14:05~14:15

捜索活動の終了を受け,残雪処理,道路上の排雪作業.

14:20

道路の安全を確認,通行規制を解除し,関係機関に通知.

現地対策本部を解散して訓練終了.

Page 3: 新潟県におけるICT技術を活用した官民連携の雪崩対策の取り …4.1 無人航空機による空中撮影 マルチローター方式の無人航空機(UnmannedAerial

写真3 雪崩対応訓練救助隊の様子

3.3.雪崩対応訓練の特徴

本訓練は道路管理者・交通管理者・消防救助・除雪関係

者が一堂に会して訓練を行った官民連携の点に最大の特

徴がある.特に課題となった現地対策本部の指揮の引き

継ぎについては,関係機関で意見交換を行い,役割分担

と指揮系統の明確化について,対応方針を以下のとおり

とした.

・人命救助及び捜索活動-消防本部

・排雪及び道路開放-道路管理者,除雪関係業者

ただし,現地対策本部における指揮系統の引き継ぎを

明確に行う。これらの課題から,平成 30 年の訓練では現

地対策本部の地域整備部職員について,指揮官、パトロ

ール班リエゾンの役割分担を明確にし,道路管理者と消

防本部の引き継ぎを徹底した.このように道路管理者・

消防救助関係者が一堂に会して雪崩対応訓練を行う事例

は他になく,関係機関との横の連携を強化する貴重な機

会であった.また本訓練を通じて日頃からの防災意識向

上等,雪崩防災教育としての有用性が示された.

写真4 訓練後、現地対策本部テントを視察

3.4.班別実習

訓練後に班別実習として,UAV体験・ゾンデ訓練・積雪

観測研修を行った.ゾンデ訓練では,埋没者の捜索体験

を実施し,ゾンデの使い方から,ゾンデで人体をつくこ

とにより生体の感触をつかむことができ,非常に貴重な

機会となった.

写真5 ゾンデ棒による捜索体験

積雪観測研修では,積雪層や融雪期の浸透水による弱

層の見方や,実際に雪崩パトロールで確認できる簡易的

な積雪断面観測手法であるハンドテストについて説明を

受け,各職員が実践を行い,講習会を終了した.

写真6 ハンドテストの様子

4.各種ICT技術の活用検討

新潟県における雪崩パトロールや防災教育,実働訓練

の場面では,各種 ICT 技術の有用性について考察した.

今回試用した製品は,一般販売されており非常に安価で

ある点が特徴である. 以下に試行した技術について報告

する. 4.1 無人航空機による空中撮影

マルチローター方式の無人航空機(UnmannedAerial Vehicle:以下「UAV」)複数の写真と地上基準点を用い

て,地理座標をもった 3 次元モデルを生成する技術.訓

練時は,雪崩発生箇所周辺を対象に,UAV を利用して 3次元モデルを構築した(図 3).作成した三次元モデルの精

Page 4: 新潟県におけるICT技術を活用した官民連携の雪崩対策の取り …4.1 無人航空機による空中撮影 マルチローター方式の無人航空機(UnmannedAerial

度を検証したところ,高さの精度は低いものの,3 次元

CAD データから任意で横断図が容易に作成できるため,

早期に雪崩量の計算や横断図等を再現し,把握すること

で災害時の有効活用が考えられる.また,訓練時はリア

ルタイムで空撮映像を,現場に設置した車載モニターで

確認した.これにより,地上から雪崩経路が確認できな

い場合等,発生源の特定や二次災害発生の軽減が期待で

きる.

図4 UAV を利用した 3 次元モデル

図5 UAVによるオルソ画像及び三次元点群データ

4 .2 サーモグラフィカメラの捜索活用 実働訓練の班別実習としてゾンデ捜索を実施し、捜索

時にサーモグラフィカメラを試用して埋没者が確認でき

るかどうか検証を行った(図 4).今回試用したカメラは赤

外線を通して映しだされたサーモグラフィの上に,通常

カメラが捉えた人や物の輪郭をオーバーレイする仕組み

を利用したカメラである.表面温度を捉えるため,雪崩

埋没者の特定は困難であったが,直前まで人間が身につ

けていた落下物や車両等を遠方から確認することができ,

山岳地域等広範囲での遭難や,捜索物対応分野や吹雪中

での有用性は期待でき,今後様々な分野での活用が有効

であると思われる.

図6 通常カメラ(左)とサーモグラフィカメラ(右)

4.3 トレイルカメラによる画像配信 自動撮影送信をするトレイルカメラを定点観測カメラ

として用いて実働訓練を撮影した.カメラは耐候性・防

水仕様に優れており,斜面全体を監視できる位置に設置

して 5 分毎の静止画撮影の記録送信設定を行った.撮影

した映像はインターネットを介して事務所内のモニター

で閲覧が可能であり,リアルタイムや時系列比較ができ

る点も優れていた.冬期道路交通状況の把握等において

も活用が期待できる.

写真7 トレイルカメラの現地設置

写真8 トレイルカメラによる被災斜面の画像配信

5.おわりに 新潟県における雪崩防災教育の取り組みは,人材育成

から技術力の伝承等,その意義は極めて大きい.ICT技術

技術活用による効率化や職員の負担軽減、関係機関との

連携強化は今後のキーワードである.新潟県として今後

も継続的な取り組みを実施し.冬期の円滑な道路交通の

確保に向けて努めていく.