comsol multiphysicsのご紹介と バイオ技術分野への適用について€¦ ·...

4
Biotech 2012 東京ビッグサイト (2012427日) COMSOL Multiphysicsのご紹介と バイオ技術分野への適用について 橋口真宜 1) 1) 計測エンジニアリングシステム株式会社 (〒101-0047 東京都千代田区内神田1-9-5 井門内神田ビル5F, E-mail: [email protected]) Key Words : Biology, Multiphysics, finite element analysis, COMSOL Multiphysics 1はじめに バイオ技術分野は我々の生命や環境にとって重要な技 術分野である,バイオロジーは図1のようにマルチスケ ール,マルチフィジックスを取り扱わねばならない. バイオに関わる現象の機構を解明しその性質をうまく 利用する,あるいは積極的に制御する上で,現象論的な 手法に基づく数値解析の有効性に異論はないであろう. しかしながら,取り扱う現象が多岐の物理工学分野にわ たるものでかつそれらが連成する場合,やむを得ず計算 対象を簡略化して取り扱わざるを得ないことがあるであ ろう.理論家においては,いくつかの仮定のもと,現象 の本質を突いた理論を構築したいと願う.製品を開発し 世の中に送り出そうとする研究開発者は多くの事象によ る影響をできる限り事前に評価しておきたいと願うであ ろう.大学教育研究機関では教育的研究と応用的研究, かつそれらにおける理学・工学的アプローチの本質的差 異を認めながらも共通の土台を持ちたいと願うであろう. 本講演では, マルチフィジックスを現象論的偏微分方 程式(以後,PDEと略す)の連成と定義し,有限要素法によ る任意数のマルチフィジックス解析を可能とする現時点 で唯一のソフトウェアと考えられる COMSOL Multiphysicsについて調査し,マルチフィジックス解析を 行う上で必要な機能やバイオ技術分野への適用性を考察 する. 2COMSOL Multiphysicsについて COMSOL Multiphysics(以後,CMと略す)はCOMSOL 社の開発による汎用有限要素解析ソフトウェアであり, 現在バージョンは4.2aである[1]. 市販のテキストも入手 可能である[2].本ソフトウェアはグラフィカルインター フェース(図2)を介して複数のノードを定義していく ことでFEM解析用のデータツリー構造を構成し(図3), CMはそれらを都度,コンパイルしFEM解析用プログラム を自動作成する.その結果,任意数の物理連成を制限な く取り扱えるようにしている.基本モジュールと複数の 専門分野別モジュールから構成され(図4),PDEのレ ベルからアプリケーションを構築していく場合には基本 モジュールを使う.専門分野別モジュールは専門分野ご とに特有のPDE設定が定義済みである.専門分野別モジ 図1 バイオ技術分野のマルチスケールとマルチ フィジックス(図中のカラー図はWikipediaから引用) 図-2 グラフィカルユーザーインターフェース 図-3 設定作業フローと可変データツリー構造

Upload: others

Post on 05-Jun-2020

2 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: COMSOL Multiphysicsのご紹介と バイオ技術分野への適用について€¦ · てはuxと記述すればよい.非等方性の材料を介した連成 に必要なテンソル形式の係数も取り扱える.時間微分は

Biotech 2012 東京ビッグサイト (2012年4月27日)

COMSOL Multiphysicsのご紹介と

バイオ技術分野への適用について

橋口真宜1)

1) 計測エンジニアリングシステム株式会社

(〒101-0047 東京都千代田区内神田1-9-5 井門内神田ビル5F, E-mail: [email protected])

Key Words : Biology, Multiphysics, finite element analysis, COMSOL Multiphysics

1. はじめに

バイオ技術分野は我々の生命や環境にとって重要な技

術分野である,バイオロジーは図1のようにマルチスケ

ール,マルチフィジックスを取り扱わねばならない.

バイオに関わる現象の機構を解明しその性質をうまく

利用する,あるいは積極的に制御する上で,現象論的な

手法に基づく数値解析の有効性に異論はないであろう.

しかしながら,取り扱う現象が多岐の物理工学分野にわ

たるものでかつそれらが連成する場合,やむを得ず計算

対象を簡略化して取り扱わざるを得ないことがあるであ

ろう.理論家においては,いくつかの仮定のもと,現象

の本質を突いた理論を構築したいと願う.製品を開発し

世の中に送り出そうとする研究開発者は多くの事象によ

る影響をできる限り事前に評価しておきたいと願うであ

ろう.大学教育研究機関では教育的研究と応用的研究,

かつそれらにおける理学・工学的アプローチの本質的差

異を認めながらも共通の土台を持ちたいと願うであろう.

本講演では, マルチフィジックスを現象論的偏微分方

程式(以後,PDEと略す)の連成と定義し,有限要素法によ

る任意数のマルチフィジックス解析を可能とする現時点

で 唯 一 の ソ フ ト ウ ェ ア と 考 え ら れ る COMSOL

Multiphysicsについて調査し,マルチフィジックス解析を

行う上で必要な機能やバイオ技術分野への適用性を考察

する.

2. COMSOL Multiphysicsについて

COMSOL Multiphysics(以後,CMと略す)はCOMSOL

社の開発による汎用有限要素解析ソフトウェアであり,

現在バージョンは4.2aである[1]. 市販のテキストも入手

可能である[2].本ソフトウェアはグラフィカルインター

フェース(図2)を介して複数のノードを定義していく

ことでFEM解析用のデータツリー構造を構成し(図3),

CMはそれらを都度,コンパイルしFEM解析用プログラム

を自動作成する.その結果,任意数の物理連成を制限な

く取り扱えるようにしている.基本モジュールと複数の

専門分野別モジュールから構成され(図4),PDEのレ

ベルからアプリケーションを構築していく場合には基本

モジュールを使う.専門分野別モジュールは専門分野ご

とに特有のPDE設定が定義済みである.専門分野別モジ

図1 バイオ技術分野のマルチスケールとマルチ

フィジックス(図中のカラー図はWikipediaから引用)

図-2 グラフィカルユーザーインターフェース

図-3 設定作業フローと可変データツリー構造

Page 2: COMSOL Multiphysicsのご紹介と バイオ技術分野への適用について€¦ · てはuxと記述すればよい.非等方性の材料を介した連成 に必要なテンソル形式の係数も取り扱える.時間微分は

図-4 基本モジュールと専門分野別モジュール

ュールを使えば,PDEを一から定義することなく専門性

の高い分野の問題に取り組むことができる.先端的な研

究開発においては,専門分野別モジュールに既定の内容

では不足することが起こりえるが,そのような場合には

基本モジュールのPDEベースモデリング機能を利用して

不足分を補いそれを既定のモジュールと連成させる.

さて,基本モジュールはCMの核をなしており,まずは

基本モジュールの内容を概観する[3].

方程式ベースモデリング機能とインターフェース

各種物理分野のPDEの共通インターフェースとして係

数型PDEと一般型PDEの二種類が提供されている(図5).

係数は数式を含む形を許しておりユーザーは直感的に自

由に設定できる.数式は偏微分を含んでいてもよく,独

立変数(x,y,z,t)に関する微分項は基本変数u(x,y,z,t)につい

てはuxと記述すればよい.非等方性の材料を介した連成

に必要なテンソル形式の係数も取り扱える.時間微分は

最大2階まで取り扱える.複素型変数も許されており,

時間領域のPDEを周波数領域PDEに変換したPDEも取り

扱える.積分演算子や組み込み関数定義機能も備えてい

る(図6).領域内のPDEの設定内容と境界でのPDEの設

定内容は関連付けがなされており,一貫性のある設定が

実現できる.ラプラス方程式や拡散方程式といった形の

決まったPDEについては既定のものも用意されているの

で教育にも有効と考えられる.変数がベクトルであれば

システム方程式としての定義も可能である.連成系全体

に及ぶ拘束条件を設定する場合には,常微分方程式(ODE)

と代数方程式の連成も可能である.

係数型PDEおよび一般型PDEユーザーインターフェー

スを一般化するためのユーザーインターフェースとして

弱形式ユーザーインターフェースを提供している.この

機能を使えば基礎方程式に簡単に項目を追加することが

図-5 係数型PDE,一般型PDE,ODE,代数方程式

図-6 演算子,組み込み関数など

できる.その際,仮想変分の一般化である重み関数が必

要であるが,例えば uの重み関数は単に test(u)と記述する

だけで済む.例えば,uに関する Poisson 方程式

の弱形式は,

test(ux)*ux+test(uy)*uy+test(uz)*uz-f*test(u)

と記述すれば良い.有限要素法の基本を理解する上から

も注目すべきインターフェースと考えられる.

有限要素法としての特徴

構造,伝熱,静電場はdiv-grad型のPDEであり,ラグラン

ジュ要素が使用される.電磁場解析ではcurl-curl型のPDE

となるのでベクトル要素が使用できる.マルチフィジッ

クス解析ではラグランジュ要素とベクトル要素の混在を

許している.高度な非線形性を有するNavier-Stokes方程式

の解析においては,COMSOL独自の数式処理および数値

微分機能によってPDEの係数に非線形性が入ってきても

良いようになっている.さらにNavier-Stokes方程式で対流

性の強い問題を取り扱う場合には数値拡散を定義できる

Method of linesの考え方に従って,空間離散化と時間方

向の離散化を分けて取り扱っている.

3. 適用事例

パターンの発生はバイオロジーで興味ある現象であり,

理論的なアプローチを代表するものとして非線形物理学

がある.十河は非線形物理学を概観する試みとしてカオ

ス・ソリトン・パターンを挙げている[4].それらにCMを

適用した結果は図7,図8の通り[5]であり,ローレンツ

カオスはODE機能(図5)を利用,ソリトンはKdV方程式の

解として得られるが空間座標に関する3階微分について

は補助変数v=uxxを導入して係数型PDEで取り扱うこと

ができ,Ginzburg-Landau方程式からChemical turbulenceが

生じることは既知であるが複素数係数をもつこのような

式も容易に安定パターンと乱れパターンを求めることが

出来た(図8).理論の検討などに有効と考えられる.

Page 3: COMSOL Multiphysicsのご紹介と バイオ技術分野への適用について€¦ · てはuxと記述すればよい.非等方性の材料を介した連成 に必要なテンソル形式の係数も取り扱える.時間微分は

図-7 ローレンツカオス[5]

図-8Ginzburg-Landau方程式による拡散パターン[5]

続いて実際の研究開発に使えるかという立場でCMを

概観する.実際の場面で扱う形状はその性格上複雑なも

のになることが多い.図9はCMの形状取り扱い機能を見

たものであるが、一次元から3次元までプリミティブ形

状からの図形作成機能に加えて,外部CADで作成した形

状データのインポート機能を備えていることがわかる.

次にメッシュが作成でき要素分割をコントロールできる

かどうかが解析の成否を決めるが図10に示すとおり,

図-9 形状作成とCADデータ読み込みの機能

図-10 構造および非構造格子の混在

構造・非構造格子の混在,回路基板のような非常に薄い

部材へのスウィープメッシュ機能,電磁場解析における

PMLや無限要素設定用補助領域の自動作成機能といった

実用的な内容を備えており,会話型で定義あるいは制御

できる.

図11は固体力学(非線形ゴム),熱対流(弱圧縮流

と輻射),電磁波(光領域)に関する解析例,界面追跡

手法による気液二相流,圧電体(ピエゾ効果と静電場連

成による、固体変形,表面波の解析),電磁石-構造変

形-音響場の連成解析への適用例を示す[6].

図-11シングルおよびマルチフィジックスの解析例

現時点で先進的なマルチフィジックス解析の例を2例

ほど紹介する.マイクロ波加熱[7]を図12に,細胞の液

体ジェットによる非侵襲的刺激とそれに伴う細胞の構造

変形[8]を図13に示す.図12の解析は有機合成の他に

生物の温熱処理にも有効であり,化学反応,温度変化,

複素比誘電率の温度依存性,マイクロ波照射による電磁

場の変化が連成するが,化学反応,生成種の複素比誘電

率についてはユーザー定義を利用した.図13の細胞刺

激では培養液のピペットによる噴射とその流速場、圧力

場の解析を行い,結果として得られる応力テンソルを境

界荷重として細胞に課し超弾性材料を仮定した構造変形

解析を実施した.この研究では細胞の支持方法によって

細胞変形が大きく影響を受けることを示した.音場によ

る細胞刺激も興味ある分野であるが, 音場による音圧を

計算し,粒子トレーシングモジュールとの連成によって

細胞内の微粒子の挙動解析も可能である.磁場も同様で

ある.これらの連成解析ではデータツリー構造のGUI形式

の利点を活かして,単独物理のみの計算,それに続いて

各物理間の連成のチェック,最後に全体的な連成解析へ

Page 4: COMSOL Multiphysicsのご紹介と バイオ技術分野への適用について€¦ · てはuxと記述すればよい.非等方性の材料を介した連成 に必要なテンソル形式の係数も取り扱える.時間微分は

進むといったことが容易に実現でき,連成を律する物理

が何かといったことを考えながら作業を進めることが可

能であった.GUIには方程式表示機能が有り,都度参照す

ることで何を定義しているかを確認しながら作業が行え,

内部の計算式定義も参照可能であり,モデルの定義内容

をレポートする機能の便利さも確認できた(図14).

CMのもつこの透明さは単にGUIの操作法を習得するとい

う作業者育成としての観点から発展してPDEベースで物

理現象を議論できる人材を育成するという視座の獲得に

つながる[5].

図-12化学反応系のマイクロ波加熱の解析例[7]

図-13 液体噴射による細胞刺激の解析[8]

図-14方程式参照機能、レポート機能など

4. まとめ

FEMによるマルチフィジックス解析にとって可変デー

タツリー構造,数式処理機能,自動数値微分機能,要素

関数の自由度の確保,表形式データのハンドリング(ex.

衝突断面積)の装備が重要であり,現状で理学・工学・研

究開発・教育の諸分野でのマルチフィジックス解析への

利用が十分に可能であることが実際への適用を通じてわ

かった.バイオロジー分野への適用例としてパターンの

発生,電気信号伝播,神経細胞への非侵襲的刺激の解析

結果を示した.また,医療やガン治療への応用において

は電磁波による加熱の検討が非常に重要で有るが,その

分野への応用も十分に可能であることを示した.細胞を

音で刺激するような分野の解析も粒子トレーシングモジ

ュールを利用することで細胞内の粒子群の挙動の検討も

可能であることを示した.

COMSOL Multiphysicsはユーザー自身で式を記述でき

る環境を提供しており,使い手次第で独自の先端的解析

環境を構築できる点にも大きな魅力があると言える。

参考文献

[1] COMSOL Multiphysics User’s Guide, Version 4.2a,

http://www.comsol.com

[2] Roger W. Pryor: Multiphysics Modeling Using COMSOL

4; A First Principles Approach, Mercury Learning and

Information, 2012.

[3] Bjorn Sjodin: New Design Paradigm of Multiphysics

Simulation Platform, JSCES Proc. of Computational

Engineering Conference(Kyoto), Vol.17, 2012.

[4] 十河清:非線形物理学 カオス・ソリトン・パター

ン,裳華房フィジックスライブラリ,裳華房, 2010.

[5] 橋口真宜:COMSOL Multiphysicsによる理工横断的先

端シミュレーション,首都大学東京 数電機GPシン

ポジウム,首都大学東京 南大沢キャンパス,2012

年2月19日.

[6] COMSOL Multiphysics Model Library

[7] 橋口真宜:化学反応系のマイクロ波加熱,第16回

計算工学講演会講演論文,2012

[8] 橋口真偽:COMSOL Multiphysicsによる細胞挙動の数

値実験の試み,第1回グリーンフォトニクスセミナ,

超短パルスレーザー細胞プロセス研究会,奈良先端科

学技術大学院大学,細川陽一郎主催,2012 4.13.