crmoめ っき皮膜の摩擦・摩耗特性に及ぼす き裂密度の影響*

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1511 日本 機 械 学 会 論 文 集(A編) 74巻748号 (2008-12) 文No.08- 0509 CrMoめっ き皮膜 の摩 擦 ・摩 耗特 性 に及 ぼ す き裂 密 度 の 影 響* 彦*1, 野 載*2 夫*3, 菅 淳*1 Influence of Crack Density on Friction and Wear Properties of Electroplated CrMo Film Masahiko KATO*4, Masanori NOMA, Yoshio TANITA and Atsushi SUGETA *4 Maj. of Mechanical System Engineering, Hiroshima University, 1-4-1 Kagamiyama, Higashi-hiroshima-shi, Hiroshima, 739-8527 Japan In order to clarify the influence of crack density on friction and wear properties of electroplated chromium molybdenum films, the films deposited on tool steel substrate under high and normal current densities were used. The crack density of the film electroplated at high current density was higher than that electroplated at normal current density. Friction and wear properties of the films were evaluated by using a pin-on-disk type wear testing machine under un-lubricated condition. The results showed that the wear rate of both the film and pin was decreased remarkably by increasing crack density. The friction coefficient of the films indicating about 0.2 at the beginning of the wear test increased with increasing the number of rotation cycles and reached a stable value. Detailed observation of wear scar and wear products showed that flake-like delamination of film occurred by repeating sliding load, and friction and wear properties had close relationship with the flake-like delamination property. Key Words: Electroplating, Chromium Molybdenum Film, Friction, Wear, Crack Density 1.緒 硬 質 クロムモ リブデ ンめっ き皮膜 は 耐摩 耗性に優 れ てい るので,航 空産業,自 動車産 業 な ど,数多 くの 分野 で用 い られて いる(1),(2).硬 質 ク ロムモ リブデ ンめっ き皮 膜の 優れ た耐 摩耗性 は,高い硬 度 によ ると されて い る(3).近 年,め っ きコス ト低 減 のた め,め っ き時間 の短縮 が 図 られ る場 合が あ り,大きな電 流密度 を印加 しため っき処 理が施 され る.しか し,大電流 めっき処 理 を行 うと,めっき皮膜 表面 に多数の き裂 が生 じる(4). き裂 を防 ぐため,パ ルス通 電 めっき法 な どの研 究開発 が な され る一 方(5),き 裂密度 と機械 的諸特性の関連に 関す る研 究 がな され てい る. 一般 に ,めっき によ り成膜 した硬質 ク ロム皮 膜 こは 引張残留応力が作用 し,皮膜 き裂が生 じるのは この 残 留応 力 によ ると考え られ て い る(3),(6).Huangら は, Crめっき皮 膜の 耐 食性 とき裂密 度 の関係 につ い て調 べてお り,耐食性 にき裂密度 は依存せ ず,き 裂 の形状 や 基 材が露 出 してい る面積 に依存 す る と してい るが(4), 倉 元 らやNascimentoら き裂密度 が増 加す ると耐 食 性 が低 下す る と報告 してい る(7),(3).ま た,耐疲 労 性に関 して,き 裂が疲 労強 度を低下 させ る一因 であ ると報 告 され てい る(8),(9).耐 摩耗性 に関 しては,Arieta, Gawne らが,(}めっき皮膜について潤滑下で調べ,き裂密度 が増加す ると,濡れ性 が改善 して耐 摩耗 性 が向上す る ことを明ら脳 こしているが(3),(9),無 潤滑下 にお いて き裂 密 度が摩 擦 ・摩耗 特性 に与 え る影響 につい ては明 らか に され ていな いよ うで あ る. そ こで本 研究 では,硬 質CfMo合金 め っき皮 膜 の摩 擦 ・摩耗特性 にお よぼす き裂密度の影響を明 らかにす るため,ピン ・オン ・ディスク方式摩擦 ・摩 耗試験機 を用い,硬質CrMo合金めっき皮膜の摩擦・摩耗特性を, 室 温 および無 潤滑条 件下で評 価す る とともに,摩 耗痕 お よび摩 耗粉 の走査型電 子顕 微鏡 観察,ナ ノイ ンデ ン *原 稿 受 付2008年6月4日 . *1正員 ,広 島 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科(〓739-8527 東広島市鏡 山1-4-1). *2広島 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 . *3マ ツ ダ(株)技術 研 究 所(〓730-8670 広 島県安 芸 郡府 中町 新 町3-1). E-mail: [email protected] 27

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Page 1: CrMoめ っき皮膜の摩擦・摩耗特性に及ぼす き裂密度の影響*

1511

日本機械学会論文集(A編)

74巻748号 (2008-12)論 文No.08- 0509

CrMoめ っき皮膜の摩擦 ・摩耗特性 に及ぼす

き裂密度の影響*

加 藤 昌 彦*1, 野 間 正 載*2

谷 田 芳 夫*3, 菅 田 淳*1

Influence of Crack Density on Friction and Wear Properties of

Electroplated CrMo Film

Masahiko KATO*4, Masanori NOMA,

Yoshio TANITA and Atsushi SUGETA

*4 Maj. of Mechanical System Engineering, Hiroshima University,

1-4-1 Kagamiyama, Higashi-hiroshima-shi, Hiroshima, 739-8527 Japan

In order to clarify the influence of crack density on friction and wear properties of electroplated

chromium molybdenum films, the films deposited on tool steel substrate under high and normal

current densities were used. The crack density of the film electroplated at high current density was

higher than that electroplated at normal current density. Friction and wear properties of the films

were evaluated by using a pin-on-disk type wear testing machine under un-lubricated condition. The

results showed that the wear rate of both the film and pin was decreased remarkably by increasing

crack density. The friction coefficient of the films indicating about 0.2 at the beginning of the wear

test increased with increasing the number of rotation cycles and reached a stable value. Detailed

observation of wear scar and wear products showed that flake-like delamination of film occurred by

repeating sliding load, and friction and wear properties had close relationship with the flake-like

delamination property.

Key Words: Electroplating, Chromium Molybdenum Film, Friction, Wear, Crack Density

1. 緒 言

硬質クロムモ リブデンめっき皮膜は 耐摩 耗性に優

れているので,航 空産業,自 動車産業など,数 多 くの

分野で用 いられている(1),(2).硬質クロムモ リブデンめっ

き皮膜の優れた耐摩耗性 は,高 い硬 度によるとされて

いる(3).近年,め っきコス ト低減のため,め っき時間

の短縮が図られる場合があり,大 きな電流密度を印加

しためっき処理が施 される.し か し,大 電流めっき処

理を行 うと,め っき皮膜表面に多数のき裂が生 じる(4).

き裂を防 ぐため,パ ルス通電めっき法などの研究開発

がなされ る一方(5),き裂密度 と機械 的諸 特性の関連に

関する研究がなされている.

一般 に,めっきにより成膜 した硬質クロム皮膜 こは

引張残留応力が作用 し,皮 膜 き裂が生 じるのは この

残留応力によると考え られている(3),(6).Huangらは,

Crめ っき皮膜の耐食性とき裂密度の関係について調

べてお り,耐 食性 にき裂密度は依存せず,き 裂の形状

や基材が露出 している面積に依存するとしているが(4),

倉元らやNascimentoら は き裂密度が増加すると耐食

性が低下すると報告 している(7),(3).また,耐 疲労性に関

して,き 裂が疲 労強度を低下 させる一因であると報告

されている(8),(9).耐摩耗性 に関 しては, Arieta, Gawne

らが,(}め っき皮 膜について潤 滑下で調べ,き 裂密度

が増加す ると,濡 れ性が改善 して耐摩耗性が向上す る

ことを明ら脳 こしているが(3),(9),無潤滑下においてき裂

密度が摩擦 ・摩耗特性に与える影響については明 らか

にされていないよ うである.

そこで本研究では,硬 質CfMo合 金めっき皮膜の摩

擦 ・摩耗特性 にお よぼす き裂密度の影響を明 らかにす

るため,ピ ン ・オン ・ディスク方式摩擦 ・摩 耗試験機

を用い,硬質CrMo合 金めっき皮膜の摩擦 ・摩 耗特性を,

室温および無潤滑条件下で評価するとともに,摩 耗痕

お よび摩 耗粉の走査型電子顕微鏡観察,ナ ノインデ ン

*原 稿 受付2008年6月4日 .

*1正 員,広 島大 学大 学 院 工学 研 究 科(〓739-8527  東 広島 市 鏡

山1-4-1).*2広 島大学 大学院 工学研 究科

.*3マ ツダ(株)技 術研 究 所(〓730-8670  広 島県安 芸 郡府 中町 新

町3-1).

E-mail: [email protected]

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Page 2: CrMoめ っき皮膜の摩擦・摩耗特性に及ぼす き裂密度の影響*

1512 CrMoめ っき皮膜 の摩擦 ・摩耗 特性 に及ぼす き裂密度 の影響

タを用いた硬 さ・弾性係数評価 を行 うことにより,皮膜

摩耗プロセスの検討を行った.

2. 実験方法

2・1  試料および試験片 基材 として厚 さ8mm

のJIS.S45C板 を用いた.こ れを図1に 示す形状および

寸法に加工し,表 面を研磨により粗 さRa=0.8μmに 仕

上げた後,CrMo合 金 めっきを次のようにして成膜 し

た.ま ず,318~323Kに 保持 しためっき浴(成 分 は

CrO3:260g/l, H2SO4:2.6g/l, Na2MoO42H2O:60g/l, Cr2O3:4g/l,

Fe3+:<5g/l)に基材を浸漬 し,180sの 余熱 を行った 次

に,不 純物除去のための逆電処理(5660A/m2,180s)を

行 ったのち,め っき処理 を行った.め っき処理条件は

3030A/m2で23.4ksま たは4500A/m2で12.6ksの いずれ

かとした.以 下,そ れぞれを通常めっきまたは高速め

っきと区別ける.め っきののち表面を研磨 して,膜 厚

B1を50μmに した そのときの表面粗さRaは 約0.15

μmで ある.

図2に めっき皮膜表面の様子を示 す.表 面には多数

のき裂が認められる(3),(6).き裂密度は,高速めっき皮膜

の方が高い き裂の平均間隔Laveを ライン切断法によ

り求めた(任 意の5箇 所について測定 した)と ころ,

通常めっき皮膜で約7μm,高 速めっき皮膜で約4μm

であった.

めっき皮膜の断面を研磨ののち観察した結果を図3

に示す.い ずれのめっき剣 膜にも多数のき裂が認めら

れ るが,き 裂は膜 厚方向に貫通せず,深 さ方向に数 μ

m~ 十数 μmの 長 さである.ま た,高 速めっき皮 膜は

通常めっき皮月膜に比べき裂の密度が高く,深 さ方向の

長 さが短い これ らき裂 は,め っき過程で水素化クロ

ムが分解され ることにより誘起され る引張 り残留応力

により生 じると考えられる(8).

めっき皮膜の化学組成を電子線マイクロアナライザ

(日本電子(株)製:JXA-8900RL)に より分析 した結果,

めっき条件によらず,Crが93atom%,Moが0.7atom%,

Feが0.7atom%で あ り,め っき速度が 化学組成に影響

をお よぼすことはない、

2・2ピ ン・オ ン ・デ ィス ク方 式摩擦 ・摩 耗試験 試

験 片の摩擦 ・摩 耗試験 に は,図4に 示 す ピン ・オ ン ・

デ ィス ク方 式摩擦 ・摩 耗試 験機 を使 用 した.相 手材料

は ビッカ ース硬 さHV=650の 電 子 ビームチル鋳 鉄(化

学 組成(mass%)は, C:3.47, Si:2.24, Mn:0.40, P:0.194,

S:0.014, Mo:1.50, Ni:1.00, Cr:0.43, Mg:0.008, Cu:0.98,

V:021,Fe:bal.で あ る)と し,こ れ を幅3mm,厚 さ1mm

お よび 長 さ8.5mmに 切 出 し,先 端を 曲率 半径 が2mm

にな るよ う機 械加工 した.試 験 片 をター ンデ ィス クの

上に固定 した後,し ゅ う動 速度vが0.1m/sま た は03m/s

とな る よ うに デ ィ ス ク を 回 転 させ,ピ ン を 荷 重

P=0.98N,2.94Nま た は9.8Nで 押 付けた.そ の ときの

最大ヘ ル ツ応力 を,試 験片が均 質材 と仮定 して見積 も

る と(10),それぞれ57MPa,98MPaま た は180MPaで あFig. 1 Shape and dimensions of specimen

Fig. 2 Surface of electroplated CrMo Film

Fig. 3 Cross section of elecfroplated CrMo Film

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Page 3: CrMoめ っき皮膜の摩擦・摩耗特性に及ぼす き裂密度の影響*

CrMoめ っ き皮膜 の摩擦 ・摩耗特性 に及 ぼす き裂密度の影響 1513

る.所定のサイクル数N毎 に試験 を中断 し,圏擦力F,

ピン摩 耗減 量W,デ ィスクの摩耗深 さhお よび摩耗断

面積Sを 計測した.な お,Fは レバーに貼 り付けたひ

ずみゲージによ り計測 し,A/Dボ ー ドを介 してパー ソ

ナルコンピュータに記録し,圏擦係数μ(戸F/P)を求めた.

皮 膜の摩 耗深 さhお よび摩耗断面積Sは 触金拭 表面

粗さ計((株)ミツ トヨ製SJ-400)を 用いて計測し 任 意

の10か 所測定 し,それらの平均値とした),ピ ンの摩

耗減 量Wは 電子上皿天 秤を用いて計測 した.

2・3ナ ノインデンタによるめっき皮膜の硬さおよ

び弾性係数測定 めっき皮 膜の硬 さH1お よび粥 生

係数Elを ナノインデンタ(アカシ(株)製Mzr-4)を用いて

測定 した.圧子には軸心に対する面角 αが65゜ のダイ

アモン ト製バー コビッチ圧子(E1=1141GPaボ アソン比

ッ1=0.07)を用い,皮 膜表面より圧子を変 位 がhmaxにな

るまで押込んだのち除荷し,圧 子荷重P事変位h曲 線を

得たH1お よびE1は 以下の式により求めた(11).

(1)

(2)

ここで,Pmaxはhmaxに おける圧子荷重,Cは 除荷時の

p-h曲 線のコンプライアンス,Apは 圧子接 触面積,h,

は除荷時 の圧子変位回復量である.

なお,測 定に際 して,表 面をパフ研磨により鏡面に

仕上げた.ま た,圧 子押込み深さは 膜厚(約50μm)

に対 して十分に小さな2μmと し,測 定はそれぞれの

試験 片につき10ヶ 所で行った.

3. 実験結果

3・1め っき皮膜試験片の摩擦 ・摩耗特性 通常

および高速めっき皮 轍 片につい・て,摩 擦サイクル

数Nと ピンの摩 耗減 量W,皮 膜の摩耗探 さh摩 耗断

面積S,お よび摩擦 係数 μの関係を調べた結果を図5

に示す.通 常お よび高速めっき皮 難 験片のW,h,

お よびSは,Nの 増加とともに単調に増加する.μ に

ついてみ ると,摩 擦 ・摩 耗試験開始直後は02程 度と

低いがが,圏擦サイクル数の増加とともに増加して最大

となったのち,定 常値になる.一 般 に,ピ ン ・オン ・

デ ィスク方式の圏 擦 ・摩耗試験 において,摩 耗粉ががほ

とんど発生 しない試験開始直後の摩擦係数はピンとデ

ィスク間のそれを反映するがが,摩耗が進行 すると,後

Fig. 4 Schematic illustration of pin-on-disk type friction and wear testing machine

Fig. 5 Relationship between number of rotation cycles and weight loss of pm, wear depth and wear sectional area of disk, friction coefficient

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Page 4: CrMoめ っき皮膜の摩擦・摩耗特性に及ぼす き裂密度の影響*

1514 CrMoめ っ き皮膜 の摩擦 ・摩耗特性 に及ぼす き裂密度 の影響

述のように摩耗粉が発生 して摩耗痕に堆積するので,

この段階の摩擦係数は,ピ ンと試験片の間に摩耗粉が

介在 した状態のそれを反映する.し たがって,本 結果

は硬質CrMo合 金めっき皮膜 とピンとの摩擦係数は,

摩耗粉の堆積状況に依存す ることを示している.

図5よ り,N=0.8×106に おける摩耗燭面 積Sお よび

摩耗深さhを 求めた結果を図6に 示す 高速めっき皮

膜試験 片のSお よびhは 通常めっき皮膜試験 片のそ

れ らに比べ1β 程度 と著 しく低いことがわかる.

次に,ピ ンの平均摩耗速度dWdN(摩 耗試験 終}了後

のピンの摩 耗減量を,サ イ クル数Nで 除 した)を 図5

より求めた結果について,図7に 示す,dW/dNも また,

高速めっき皮膜試験片のほうが通常めっき皮膜試験 片

よりも低 く,高 速めっきによりディスクの摩 耗断面積

およひ摩耗深 さが改善 されるのみならず,相 手材 撃性

も改善 されることがわかる.

硬質CrMo合 金めっき皮膜の摩擦係数におよぼすす

べ り摩擦速度vの 影響 を調べ るため,通 常お よび高速

めっき皮膜試験片について,ピ ン荷重Pを2.94Nの 一

定とし,vを0.1お よび0.3m/sと 変化 させて摩擦 ・摩

耗試験 を行った.図8に,摩 擦 サイクル数Nと 摩擦係

数 μの関係を示す.い ずれの試験 片も,μ は試験 開始

直後には低く,Nの 増加とともに増加したのち定常値

Fig. 6 Wear sectional area and wear depth of disk at N=0.8×106 cycles

Fig. 7 Wear rate of pin

Fig. 8 Influence of sliding velocity on relationship between number of rotation cycles and friction coefficient

Fig. 9 Influence of pin load on relationship between number of rotation cycles and friction coefficient

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Page 5: CrMoめ っき皮膜の摩擦・摩耗特性に及ぼす き裂密度の影響*

CrMoめ っき皮膜 の摩擦 ・摩耗 特性 に及ぼす き裂密度 の影 響 1515

をとり,本 実験の範囲では,し ゅう動速度が摩擦係数

に影響をおよぼさないことがわかる.

硬質CrMo合 金めっき皮膜の摩擦係数にお よほす ピ

ン荷重の影響を調べるため,通 常お よび高速めっき皮

膜試験 片について,す べ り摩擦速度vを03m/sの 一定

とし,ピ ン荷重Pを0.94N,2.94Nお よび98Nと 変化 さ

せて摩擦 ・摩耗試験を行い,初 期お よび定常摩擦係数

μをピン荷重Pで 整 理した結果を図9に 示す.通 常お

よび高速めっき皮膜試験片ともに初期摩擦孫数は ピ

(a) (b)

ン荷重 によらず一定 とな るが,定 常摩擦係数 は,

P=2.94Nで 極 」値 をとる.

3・2 摩耗痕表面および摩耗粉の顕微鏡観察 通

常および高速めっき皮膜試験片の摩擦 ・摩耗試験終了

後に摩耗痕表面を光学顕微鏡で観察 した伏表 例を図

10に 示す.い ずれにおいても,摩 耗痕には凸凹が認め

られ るが,凸 凹は高速めっき皮膜の方が微細である.

次に摩耗壽験 中に発生する摩耗粉を採取し,走 査型

電 子顕微鏡SEM)で 観 察を行った 図11に 通常および

高速 めっき皮膜試験片を,ピ ン荷重P=0.98Nお よび

2.94Nで 摩擦 ・摩耗試験を行 った ときに発生 した摩耗

粉を示す.い ずれにおいても,板 状の摩耗 紛と微細な

摩耗 粉か らなっている.板 状および微細な摩耗粉それ

ぞれの拡大図を図12(a)および(b)に示す.板状の摩 耗粉

には,ピ ンによる擦過痕が存在す るとともに,そ の寸

法は図10の 凹部寸法にほぼ対応するので,これはめっ

き皮昼鄭 ミ層状にはく離 して形成 されたはく離片である.

また,は く離片の厚 さは図3に 示 したき裂の深 さ方向

の長 さにほぼ対応 している.これ と同様の現象は,S面

らにより報告されてお り,ピ ンの繰返 しすべ り摩擦に

より皮膜内部に生 じる応力により損傷が累積 して皮膜

内にき裂が発生 ・進展 してはく離するとしている(5).

本研究において も,こ れ と同様の理由によりはく離 し

たと考えられる.ま た,図11に 示すP=0.98Nの 通常

めっき皮膜試験 片において,Nが 大きいほうが,は く

離片の寸法が小 さくなっていることから,繰 返ししゅ

う動によりはく離 片が破砕されると考えられる.一方,

図12(b)に示 した微細な摩耗粉をみると,組 成(コ ン ト

ラス ト)の異なる2種 類(図 中にAお よびBで 示す)

が存在す る.こ れ らについて電子線マイクロアナライ

ザにより成分分析を行った結果Aか らはFe,Crお よ

び0が 検出されたが,Bか らはCrは 検出されずにFe

お よび0の みが検出された.し たがって,Aは ピンと

デ ィスクの摩耗粉が摩擦による高温および高圧により

酬 ヒおよび合金化 された複合酸化物であ り,Bは ピン

から発生 した摩耗粉の酸化物であると考えられ る.

3・3 超音波洗浄が摩擦係蜘 こ与える影響 摩 耗

粉がめっき皮膜の摩擦係数 μにおよほす影響を検討す

るため,高速めっき皮膜試験片を,ピン荷重P=2.94N,

すべ り摩擦速度v=03m/sで 摩擦 ・摩耗試験を行い,所

定のサイクル数毎にデ ィスクを謎験 機か ら取外してア

セ トン中で超音波洗浄し,摩 耗痕に堆積 した摩耗粉を

除去 した.得 られた結果を図13に 示す.μ は,摩 擦サ

イクル数Nが 増加すると増加するが,超 音波洗浄を行

った直後では低下するので,摩 耗痕に堆積 した摩耗粉

は摩擦係数を増加させ ることがわかる.ま た,超 音波

Fig. 10 Optical image of wear scar after wear test

(N=0.8×106 cycles, v=0.3m/s)

Fig. 11 SEM images of wear products collected during wear test(v=0.3m/s)

Fin. 12 Detail of wear products(High-sneed platingP=2.94N, v=0.3m/s, N=2.2×10)

31

Page 6: CrMoめ っき皮膜の摩擦・摩耗特性に及ぼす き裂密度の影響*

1516 CrMoめ っき皮膜 の摩擦 ・摩耗 特 性に及 ぼす き裂密度 の影響

洗浄直後の摩擦係数は 試験 開始日寺の02よ り高 くな

る.こ れは めっき皮膜のはく離により摩耗痕の表面

粗さが増加 したためであると考えられる.

3・4 ナノインデン ト試験による硬度および弾性係

数の測定 ナノインデンタを用いて,通 常および高

速めっき皮膜試験 片に圧子を押込み,硬 さH1お よび弾

性 係数E1を 式(1)お よび(2)に より求めた結果を

図14に 示す.な お,上 図の右軸はH1を ビッカース

硬 さHVに 換 算 した もの で あ り,換 算 に は

HV=0.0926H1の 関係を用いた(11毛通常および高速めっ

き嘲 膜のH1お よびElに 有意差は認められない、

3・5 硬質crMo合 金めっき皮膜の摩耗 プロセス

硬質材料1同士の摩擦における摩耗速度Vを 表現す る式

として,以 下に示すArchardの 式がある(12).

(3)

ここで,Pは ピン荷重,隔 はピンとディスクの うち柔

らかい材料側の変形抵 抗,Kは 摩耗係数(材 料定数)

である.上 式より,ピ ン荷重が一定なら,摩 耗速度は

K/pmに 比例する.Pmは 不明であるが,図14で 求めた

硬 さで近似す ると,通 常めっきお よび高速めっき皮膜

は同程度であると推定できる.Kも 同じと考えられる

ので,図6お よび7に 見られた高速めっき皮膜の耐摩

耗 性および相手材攻撃1生改善効果は,Archardの 式では

説明できない

(a) (b)

(c) (d)

これまでの結 果をもとに,本 実験におけるめっき皮

膜の摩擦 ・摩耗プロセスを図15に 模 式的に示 す.微 細

な非貫通き裂が多数存在するめっき皮 膜上をピンが繰

返 ししゅう動 すると,(a)ピ ンおよび波月膜 が摩耗す る

のみではなく,皮 膜内部の表面直下には垂直およびせ

ん断応力が発生 して損傷 ずる.繰 返 しすべ り摩擦によ

る損傷の累積によ り,皮 膜強度が限界値に達すると,

(b)表面とほぼ水平方向にき裂が発生 ・進展す る.(c)

やがてめっき皮 膜はき裂を単位としてはく離を起こし,

摩耗痕上には く離 片として残留する.デ ィスクにはく

離 うが生 じると摩耗 量がその分増加する.(d)ピ ンによ

る繰返 ししゅう動が続 くと,はく離片が細かく砕かれ,

寸法が小 さくなる.上 述のように して生 じたはく離片

のみではなく,ピ ンやディスクからの摩耗粉(ピンの酸

化物およびピンとディスクの酸化物)も発生する.

高速めっき皮膜 の摩擦 ・摩耗プロセスも同様である

が,通 常めっき皮膜と比べ,き 裂密度が高 く,深 さ方

向の長さが短いためは く離片の寸法(大 きさ,厚 さ)

Fig. 13 Influence of surface ultrasonic cleaning on friction coefficient

Fig. 14 Indentation hardness and elastic modulus measured by nano-indentation method

Fig. 15 Wear process of CrMo film

32

Page 7: CrMoめ っき皮膜の摩擦・摩耗特性に及ぼす き裂密度の影響*

CrMoめ っき皮膜 の摩擦 ・摩耗 特性 に及 ぼすき裂 密度の影響 1517

が減少し,皮 膜まく離による摩耗量の増加の程度は小

さくなる.は く離片以外の摩 耗粉発生に伴 う摩耗の増

加量はArchardの 式に従い,通 常お よび高速めっき皮

膜でほとん ど差はないと考えられるので,高 速めっき

皮 膜の摩耗量が減少 したことは(図6),皮 膜摩耗の

主たる因子が,は く離片の生成であることを示 してい

る.次 に,高 速めっき皮 膜の相手材の攻撃性が通常め

っき皮 膜のそ韻 にくらべ低下したことも(図7),ピ

ン摩耗の主因が,はく離片以外の摩耗粉発生ではなく,

はく離片およびはく離片の脱落の結果皮 膜表面に生 じ

た凹凸によるピンの研削 作用であると推定できる.ま

た,皮 膜内部の引張残留応力 もき裂密度に依存し,き

裂密度の増加に伴い引張残留応力が減少す る(7).引張

残留応力は皮 膜の割れおよびはく離を促進す ると考え

られるので 残留応力 もめっき皮 膜摩耗量 低下因子の

一つ であると考えられる.さ らに,高 速めっきにより

めっき皮 膜の組織 が変化 し,き 裂進展速度が 低下 した

ために摩耗量が低下 した可能性もある.

図5お よび図8に おいて摩擦係数はサイクル数 の増

加 とともに増加したのち定常値 とな り,図9に おいて

摩擦係数が極 小となるピン荷重が存在する.ピ ン荷重

が増加すると接触面圧が増加して皮 膜の繰 返し損傷の

程度が大きくなるので,は く離片が短いサイ クル数か

ら形成 しやすくなるが,は く離片の破砕はピン荷重が

大きくなると早く進行すると考えられ,は く離片の寸

法は,サ イクル数の増 加やピン荷重により変化すると

考えられる.ま た,摩 耗粉には ピンの酸化物や ピン

とディスクの合金酸化物も存在 し,そ れ らの割合や形

状(転が りやすさ)なども接触面圧(接 触部 の温度)や

サイクル数により変化する.し たがって,摩 擦係数の

サイクル数の増加に伴 う変化やピン荷重依存性は,こ

れ らの因子の影響により複雑に変化すると推定で'きる.

以上のように,CrMo合 金めっき皮膜のき裂密度を

増加 させると,無 潤滑条件 における摩擦係数はほとん

ど変化せず,耐 摩耗性および相手材攻撃性が著 しく減

少す ることがわか り,高 速めっき皮 膜は単に生産 性を

向上 させるのみではなく,耐 摩耗性の点からも有用で

あることが明らかになったが,ど のようなき裂密度 を

有す るときに最大の改善効果が得 られるか は今後の課

題である.た だ し,き 裂密度が高 くなると,耐 度労性

や耐食性の劣化が懸 念されるので,高 い応力にさらさ

れる環境や腐食環境中へ適用する場 合は注意が必要で

ある.

4.  結 言

硬質CrMo合 金めっき皮 膜のき裂密度がめっき皮 膜

の摩擦・摩耗特 性におよぼす影響を明らか にするため,

2種 類の電 流密度でめっき皮 膜を作成 し,ピン・オン ・

ディスク方式摩擦 ・摩耗試験機を用いて,無 潤滑およ

び常温下での摩擦 ・摩耗特 性を評価するとともに,摩

耗痕およひ摩 耗粉の走査型電子顕微鏡観察,ナ ノイン

デンタを用いた硬 さおよび弾性係数特性評価 を行った.

得 られた結果は以下の通 りである.

1)  通常お よび高速めっき法によ り形成 させた硬質

CrMo皮 膜表面および内部には多数の非貫通き裂が存

在す る.き 裂の密度は高速めっき皮 膜の方が通常めっ

き皮 膜よりも高い

2)  通常および高速めっき皮 膜の初期摩擦 係数は,い

ずれ も02程 度 と低いが,サ イクル数の増加 とともに

増加して定常値 となる.

3)  めっき皮 膜の摩耗量および相手材摩 耗量は,高速

めっき劇 膜の方が通常めっき皮 莫と比べて1/3と 低

くなる.

4)  通常お よび高速めっき皮 膜の摩擦係数は しゅう

動速度が0.1お よび0.3m/sで はほとんど差はないが,

ピン荷重が294Nで 極 小値 をとる.

5)  硬質CrMoめ っき皮 膜の摩耗は くり返 しすべ り

摩擦による損傷の累積により,め っき皮 膜 が片状には

く離 することにより進行ずる.

本研究は,マ ツダ(株)技術研究所からの補助 を得て行っ

た.記 して謝意を表 します.

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Page 8: CrMoめ っき皮膜の摩擦・摩耗特性に及ぼす き裂密度の影響*

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