desで債務消滅益課税が発生、約3億円の賠償命令...

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No.648 2016.6.27 4 中小企業のオーナーが会社に資金などを貸 し付けることが珍しくないなか、オーナーが 資金を貸し付けたまま死亡した場合には、そ の貸付金は相続財産として相続税の課税対象 となる。そのため、会社に対する多額の貸付 金の相続税対策に頭を悩めるオーナーは少な くないようだ。 本件の発端は、不動産の賃貸管理を目的と する原告会社(債務超過状態)に対し、その 代表者が貸し付けていた約11億円の本件債 権について、代表者が被告税理士法人(原告 会社と税務顧問契約を締結)に相続税対策を 相談したことに始まる(参照)。 相談を受けた被告税理士法人は、代表者に 対し、「原告会社が現物出資をして新会社を 設立し、その後原告会社を解散・清算する方 DES で債務消滅益課税が発生、約 3 億円の賠償命令 税理士法人が相続税の節税策として提案したDESにより法人税課税が発生し たと主張して、クライアントが税理士法人に対し約3億2,900万円の損害賠償を請求してい た事件で東京地裁は平成 28 年 5 月 30 日、税理士法人に全額の支払いを命じる判決を下した。 裁判所は、税理士法人が DES により生じ得る課税リスク(債務消滅益課税)の説明を怠った 点に説明義務違反があったと判断。DES に伴う債務消滅益に係る法人税約 3 億円などをクライ アントの損害と認めた。税理士や税理士法人が相続税などの “節税対策” を売りにするケース が少なくないなか、本件は節税対策に潜む税賠リスクを浮き彫りにしたものといえそうだ。 相続税の節税策めぐり 税理士法人が全面敗訴 DES による債務消滅益は課税対象、平成18 年度税制改正で明確化 DES(デット・エクイティ・スワップ)とは、企業の債務(デット)を資本(エクイティ)に 交換(スワップ)する取引のことで、債務者に対する債権を現物出資して株式の割り当てを受け る現物出資型の DES が代表的である。平成 18 年度税制改正では、現物出資する債権の時価がそ の券面額を下回る場合には、債務者側において債権の券面額と時価との差額を債務消滅益として 認識する必要があることが明確化される一方で、法的整理(会社更生等)によりDESが行われ る場合には、DESにより発生する債務消滅益を期限切れ欠損金と相殺することが可能とされた。 相続税の節税策めぐり 税理士法人が全面敗訴 会社に対する約11億円の貸付債権、相続税対策でDESを提案

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Page 1: DESで債務消滅益課税が発生、約3億円の賠償命令 …DESで債務消滅益課税が発生、約3億円の賠償命令 税理士法人が相続税の節税策として提案したDESにより法人税課税が発生し

No.648 2016.6.274

 中小企業のオーナーが会社に資金などを貸し付けることが珍しくないなか、オーナーが資金を貸し付けたまま死亡した場合には、その貸付金は相続財産として相続税の課税対象となる。そのため、会社に対する多額の貸付金の相続税対策に頭を悩めるオーナーは少なくないようだ。 本件の発端は、不動産の賃貸管理を目的と

する原告会社(債務超過状態)に対し、その代表者が貸し付けていた約11億円の本件債権について、代表者が被告税理士法人(原告会社と税務顧問契約を締結)に相続税対策を相談したことに始まる(図参照)。 相談を受けた被告税理士法人は、代表者に対し、「原告会社が現物出資をして新会社を設立し、その後原告会社を解散・清算する方

DESで債務消滅益課税が発生、約3億円の賠償命令

 税理士法人が相続税の節税策として提案したDESにより法人税課税が発生したと主張して、クライアントが税理士法人に対し約3億2,900万円の損害賠償を請求していた事件で東京地裁は平成28年5月30日、税理士法人に全額の支払いを命じる判決を下した。 裁判所は、税理士法人がDESにより生じ得る課税リスク(債務消滅益課税)の説明を怠った点に説明義務違反があったと判断。DESに伴う債務消滅益に係る法人税約3億円などをクライアントの損害と認めた。税理士や税理士法人が相続税などの “節税対策” を売りにするケースが少なくないなか、本件は節税対策に潜む税賠リスクを浮き彫りにしたものといえそうだ。

相続税の節税策めぐり税理士法人が全面敗訴

DESによる債務消滅益は課税対象、平成18年度税制改正で明確化 DES(デット・エクイティ・スワップ)とは、企業の債務(デット)を資本(エクイティ)に交換(スワップ)する取引のことで、債務者に対する債権を現物出資して株式の割り当てを受ける現物出資型のDESが代表的である。平成18年度税制改正では、現物出資する債権の時価がその券面額を下回る場合には、債務者側において債権の券面額と時価との差額を債務消滅益として認識する必要があることが明確化される一方で、法的整理(会社更生等)によりDESが行われる場合には、DESにより発生する債務消滅益を期限切れ欠損金と相殺することが可能とされた。

相続税の節税策めぐり税理士法人が全面敗訴

会社に対する約11億円の貸付債権、相続税対策でDESを提案

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No.648 2016.6.27 5

式」(以下「清算方式」)と「代表者が保有する債権を原告会社に現物出資し、代表者に対して原告会社株式の割当てを行うという方式」(以下「DES方式」)の2つの方式を書面により提案した。 提案書には、清算方式のメリットとして、原告会社が債務免除を受けると債務免除益が発生するが原告会社を解散することで税額はなく、債権消滅により代表者の相続に係る相続税課税がなくなることが挙げられていた。 また、DES方式のメリットとして、原告会社には繰越利益剰余金がマイナス約10億円あることから代表者が債権を10億円まで現物出資しても株式評価は0円であるとしたうえで、債権に係る相続税が軽減されることなどが挙げられていたものの、DES方式の実行に伴う債務消滅益に対する課税リスクや課税された場合の税額の試算などに関する記載はなかった。 代表者は、DES方式によっても清算方式と同様に法人税が課税される心配はなく、総合的にみて清算方式よりも有利であると考え、DES方式を採用することを決定し、原告会社に対する長期貸付債権の全額(9億9,000万円)を原告会社に対して現物出資した。DES実行の4か月後に代表者が死亡 DES方式による現物出資の実行から約4か月後に代表者が死亡したことから、相続人(代表者の子)は、別の税理士法人であるA

税理士法人に相続税の申告を依頼した。 ところが、相続人は、A税理士法人の担当者から、DESの実行により原告会社には債務消滅益に係る法人税が確実に課税されるはずであるとの指摘を受けたため、被告税理士法人に対し対応を確認。被告税理士法人は相続人に対し、DESはなかったことにして法人税等の申告をするつもりであるという方針を示した。これに対し相続人は、納得はできなかったものの、DESに伴う債務消滅益の発生を前提とする納税資金(約2億9,000万円)の手当てが困難であったことなどから、被告税理士法人の方針を了承。被告税理士法人は、DESはなかったという前提で作成した法人税申告書を期限内に提出した。原告、課税リスクの説明がなかったと主張 原告会社は、納税資金の手当てが完了したことから同額を納付し、DESに伴う債務消滅益の発生を前提とする法人税の修正申告書を提出したうえで、被告税理士法人に対し損害賠償を請求する訴訟を提起した。 裁判のなかで、原告会社は、平成18年度税制改正によりDESを実行した場合に債権の額面金額と時価との差額が債務消滅益として計上され、課税対象とされたことについて被告税理士法人から何らの説明もなかったなどと指摘し、債務消滅益に係る法人税額を含む約3億2,900万円の損害賠償を被告税理士法人に対し請求した。

押印がある申告書(第二次申告書)を法定期限後に提出。

期限後申告を理由に無申告加算税の賦課決定処分。

押印のない相続税の共同申告書(第一次申告書)を法定期限内に提出。

押印がないため申告書を改めて提出するよう依頼。

税務署

【図1】資本金額の説明義務違反により、約950万円の賠償命令が下された事件【図1】押印のない相続税の共同申告書が期限内申告書として有効と判断された事件

【図2】金地金の申告漏れに関する相続税更正処分および重加算税賦課決定処分が取り消された事件

【図2】課否判定のミスにより、加算税や修正申告手数料について賠償命令が下された事件

被告税理士

被告税理士 原告会社

原告代表者

被相続人

請求人(相続人)

裁判所

▶医療法人設立の主な目的は節税であった。被告税理士は節税の目的に沿うよう資本金を1,000万円未満にするように説明・指導する義務があったにもかかわらずこれを怠った。

▶資本金を1,000万円未満とした場合に免除されるはずであった2期分の消費税1,574万円のうち、その全額が経費計上されていたことによる減税効果(1,574万円×法定実効税率39.24%)を差し引いた956万円について被告税理士に対し賠償命令。

節税対策として個人医院の法人化を相談。

法人化をした方が節税効果あり。医療法人設立認可などの手続きなどの一部を被告税理士が行う旨の本件契約を締結。

金地金18.4kgを業者から取得。18.4kgのうち1.5kgは親族へ贈与。

金地金14.8kgを申告漏れ財産と認定。相続税更正処分および重加算税賦課処分。

❶申告書作成などを内容とする税理士顧問契約を締結。

❺過少申告加算税・延滞税、修正申告書の作成手数料(総額8万7,300円)について損害賠償を請求。

❷被告税理士が作成した消費税申告書などを提出。

❸税務調査のなかで、不課税取引に当たる香典・見舞金、アルバイト料を課税取引とした点などが誤りであると指摘。

❹他の税理士に修正申告書の作成を依頼したうえで修正申告。

❹設立後2期分の消費税が免除となるように、資本金を1,000万円未満とするよう指導すべき義務があった。設立後2期分の消費税相当額(1,574万円)の損害賠償を請求。

国税不服審判所

国税不服審判所

資本金1億円超で原告医療法人を設立。設立後2期分の消費税1,574万円を納付。

被告税理士が一部敗訴

▶第一次申告書は請求人の意思に基づいて提出されたものと認められる。また、第一次申告書は、押印を除き、申告書の要件を具備しているため、押印がないことは単なる押印漏れにすぎない。したがって、第一次申告書は、期限内申告書(通則法17)に該当する。無申告加算税を全部取消し

▶原処分庁が主張する事情(①生前、被相続人の下に多数の金地金が保有されていたこと、②調査対象業者等に売却した事実がないこと、③被相続人が金地金を贈与した事実がないこと)は、本件相続開始日に本件金地金が被相続人の相続財産として存在したと認めるには十分とはいえないため、本件金地金は請求人が取得した相続財産であるとは認められない。相続税更正処分および重加算税を全部取消し

裁判所

原告会社は、他の税理士法人の税理士に修正申告書の作成業務を依頼して消費税の追加納税をしたほか、過少申告加算税および延滞税にくわえ、修正申告手数料の負担を余儀なくされた。本件顧問契約上の善管注意義務違反による損害賠償として、被告税理士に対し8万7300円の賠償命令。

被告税理士が敗訴

原告医療法人個人医院

原処分庁(税務署)

原処分庁(税務署)

請求人(相続人)

❷❸❹押印がある申告書(第二次申告書)を法定期限後に提出。

期限後申告を理由に無申告加算税の賦課決定処分。

金地金2.3kgを被相続人の相続財産として申告。

金地金14.8kgを申告漏れ財産と認定。相続税更正処分および重加算税賦課決定処分。

❸金地金2.3kgを被相続人の相続財産として申告。

押印のない相続税の共同申告書(第一次申告書)を法定期限内に提出。

押印がないため申告書を改めて提出するよう依頼。

無申告加算税の取り消しを求め審査請求。

被相続人に関する相続が発生。

❺更正処分等の取り消しを求め審査請求。

被相続人の死亡により相続が発生。

❺更正処分等の取り消しを求め審査請求。

請求人(相続人)

被相続人

金地金18.4kgを業者から取得。(18.4kgのうち1.5kgは親族へ贈与。)

【図】被告税理士法人が提案した相続税対策

被告税理士法人 原告会社代表者 原告会社

(債務超過)

❸原告会社に対する債権(約11億円)の相続税対策を相談

DES方式を採用し、債権(約10億円)を現物出資

清算方式とDES方式を提案

原告会社に債務消滅益が発生

【図】被告税理士法人が提案した相続税対策

被告税理士法人 原告会社代表者 原告会社

(債務超過)

❸原告会社に対する債権(約11億円)の相続税対策を相談

DES方式を採用し、債権(約10億円)を現物出資

清算方式とDES方式の2つの方式を提案

【図】被告税理士法人が提案した相続税対策

被告税理士法人 原告会社代表者 原告会社

(債務超過)

❸原告会社に対する債権(約11億円)の相続税対策を相談

DES方式を採用し、債権(約10億円)を現物出資

清算方式とDES方式を提案

原告会社に債務消滅益が発生

【図】被告税理士法人が提案した相続税対策

被告税理士法人 原告会社代表者 原告会社

(債務超過)

❸原告会社に対する債権(約11億円)の相続税対策を相談

DES方式を採用し、債権(約10億円)を現物出資(原告会社に債務消滅益が発生)

清算方式とDES方式を提案

原告会社に債務消滅益が発生

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Page 3: DESで債務消滅益課税が発生、約3億円の賠償命令 …DESで債務消滅益課税が発生、約3億円の賠償命令 税理士法人が相続税の節税策として提案したDESにより法人税課税が発生し

No.648 2016.6.276

 裁判所は、まず、被告税理士法人は税務の専門家として原告会社と税務顧問契約を締結していたことを踏まえれば、DES方式を提案するに当たりDESにより生じ得る課税リスク(DESに伴い発生することが見込まれる債務消滅益課税)について、課税される可能性、予想される課税額等を含めた具体的な説明をすべき義務があったと判断した。 そして、説明義務違反に関し裁判所は、DES方式に関する提案書に債務消滅益課税の可能性、その予想される税額等についての記載がないことなどに照らすと、被告税理士法人はDESにより発生する法人税等の額の試算すらしていなかったのではないかと推察されると指摘。被告税理士法人は債務消滅益に対する課税を看過または軽視し、DESに伴う債務消滅益に対する課税の問題について原告会社に対して全くまたはほとんど説明をしていなかったものと認められるとした。 そのうえで、裁判所は、被告税理士法人はDESに係る債務消滅益課税のリスクについ

ての説明義務を怠ったことが明らかであり、被告税理士法人はこの点について債務不履行責任及び不法行為責任は免れないと判断した。約3億2,900万円の損害賠償を命じる 次に、裁判所は、原告会社が清算方式を採用していれば、本件債権に係る相続税だけでなくDESにより発生する法人税等(約2億9,000万円)を免れることができたと指摘(下囲み参照)。また、被告税理士法人がDES方式の提案をした際に、DESに伴って原告会社に債務消滅益が発生すること、これに係る法人税等は約2億9,000万円になることを正しく説明していたとすれば、原告会社はDES方式を採用することなく清算方式を採用したものと合理的に推認することができると指摘し、債務消滅益に係る法人税額などを含む約3億2,900万円の損害賠償を被告税理士法人に命じた。全面敗訴した税理士法人は控訴を提起 なお、全面敗訴した税理士法人は、6月11日付けで控訴を提起している。

清算方式採用なら法人税・相続税課税は発生せず 裁判所は、原告会社が清算方式(原告会社を解散・清算する方式)を採用した場合の課税関係について、次のような判断を示した。 まず、法人税に関し裁判所は、原告会社は9億6,711万7,425円(平成24年期末時点)の債務超過状態となっており、代表者による債務免除額を同額以下とすれば、債務超過は解消せずに残余財産がないと見込まれるため(法基通12-3-8)、期限切れ欠損金の控除規定(法法59③、法令118)の適用要件を充足すると指摘。代表者による債務免除額から期限切れ欠損金9億8,300万7,337円(平成24年期末時点)を控除すると、原告会社の所得金額は0円となり、納付すべき法人税額は存在しないことになると指摘した。 次に、相続税に関し裁判所は、原告会社が清算方式を採用し実行していた場合には、代表者の原告会社に対する債務免除により、相続税の課税対象となる本件債権は存在しないことになるから、本件債権に係る相続税も発生することはなかったと指摘している。

裁判所、清算方式を採用すれば債務消滅益課税を免れたと指摘

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