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-1- 河川整備基金助成事業 調査・試験・研究部門 実績報告書 平成17年度

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河川整備基金助成事業

調査・試験・研究部門

実績報告書

平成17年度

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河川中流域において流下する水生昆虫類の

日変化と季節変化

助成番号 17-1215-17号

平成18年6月

平林 公男助成事業者

(信州大学 繊維学部 助教授)

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助成事業者紹介

平林 公男

現職:信州大学繊維学部助教授(医学博士)

主な著書:外来種ハンドブック (地人書館 平成 年)14Lake Kizaki - Limnology and Ecology of a Japanese Lake.

( )Backhuys Publishere, The Netherlands 2001ユスリカの世界 (培風館 平成 年)13

( )ソロモン諸島とマラリア 日本熱帯医学協会 平成 年7生き物の話しあれこれ(松本生物学・遺伝学談話会

)平成 年15アオコの消えた諏訪湖(信濃毎日新聞社 平成 年)16

ほか

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1. はじめに 河川における生物は、一方向への流れに影響を受け、それに適応して生活し

ている。そのような生物の大部分は底生無脊椎動物、特に水生昆虫類の幼虫が

占めている。河川水中の底生無脊椎動物やデトリタス、藻類などの物質は、水

の流れによって流下物となって下流に運ばれる。(Horn & Goldman,1994)

水生昆虫の中でも、生体の流下は産卵・飛翔行動と組み合わされて定着の仮

説(Colonization Cycle)として研究されてきた(Muller,1982)。また水生昆

虫の脱皮殻の流下量を調べることで、河川における生産量を推測することもで

きる(津田・吉田,1960)

無脊椎動物の流下は、洪水などの環境の異常変化による破滅的な

(catastrophic)流下、季節や時間に一定の周期性を持つ能動的な(behavioral)

流下、全ての無脊椎動物に常に一定の量で発生する定常の(constant)流下の

三種類があることが知られている(Waters,1972)。中でも水生昆虫類の生体の

能動的な流下に関する研究は多く、季節では春に、一日のうちでは夜間に多く

の流下量があることが知られている。(Cowell & Carew,1976;Matzinger & Bass,

1995;Cereghino et al.,2004)

本研究では、河川における流下の生物学について、以下の3点に着目し、流

下物調査を行った。

① 流速は、藻類や無脊椎動物に対して良好な生息状況である河床材料を提

供する。そのため底生動物の現存量に影響を与えることが知られている(Horn &

Goldman,1994)。そこで、調査地点の違い(流速の違いなど)が水生昆虫類の

流下量とその割合に対してどのように影響を与えるか調査を行った。

② 河川環境は地域的、局所的に変化に富み、これに応じて底生動物群集は

特徴的な分布様式をとっている(水野・御勢,1993)。そこで千曲川上・中流域において4地域を選別し、水生昆虫類の流下量とその割合に対してどのよう

な違いが認められるのか調査を行った。

③ 流下密度は季節によって変化する水温に依存することが知られている

(Matzinger & Bass,1995)。そこで、各季節に水生昆虫類がどのような量と割

合で流下するかを、同一地点・同一地域において調査を行った。

2. 千曲川概要 千曲川は、長野県・山梨県・埼玉県の三県にまたがる甲武信岳(2,475m)に

水源を発する。槍ヶ岳(3,180m)を水源とする犀川と長野市東部において合流し、その後、北流、新潟県に入り信濃川と名を改める。信濃川全体の総延長は

367km で日本最長の河川である。千曲川部分の長さは 214km に及び、流域面

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積は 7,163 ㎡で長野県全体の面積の 50%に及ぶ。流域内人口は約 150 万人で長野県全人口のおよそ 70%に及ぶ。中流域ではアユやウグイの釣り場としても全国的に知られ、「つけば漁」も盛んである。

3. 方 法 3.1. 調査地点 本調査は千曲川上・中流域の4地点で行なった(図1)。千曲川上流部であ

る川上村樋沢地区を最上流とし(県境から 170km:以下「樋沢」)、臼田町臼田橋付近(県境から 145km:以下「臼田」)、上田市上田橋付近(県境から 105km:以下「生田」)、坂城町鼠橋付近(県境から 97km:以下「鼠」)において行なった。臼田、生田、鼠は河川形態では中流域に属する。

3.2. 調査日時 以下の3調査を行なった。 [調査1]同一地域・同一時刻において調査地点が異なる(図2)

2005 年 8 月 2 日 10:00~3 日 10:00 に、流速に有意な差(Welch の方法,p<0.05)が認められた 2 地点を生田地域で選び、地点毎に流下物を2時間毎に集めた。それぞれの地点の流速は 28.2±4.7cm/s(以下 St. 1)と 71.9±7.6cm/s(以下 St. 2)であった。

[調査2]同一時期・同一時刻において地域が異なる(図1) 2005 年 8 月 9 日 10:00~10 日 10:00 まで2時間おきに、4地域全てで、流下物を集めた。

[調査3]同一地域・同一時刻において季節が異なる(図3) 生田地点において 2005 年 5 月 23 日 10:00~25 日 10:00(以下「春」)、2005年 8 月 8 日 10:00~10 日 10:00(以下「夏」)、2005 年 10 月 17 日 10:00~19日 10:00(以下「秋」)、2005 年 12 月 20 日 10:00~21 日 10:00(以下「冬)」の4回にわたって2時間おきに流下物を集めた。 3.3. 調査方法 調査は口径 0.3×0.3m・長さ 1m・網目 435μm のサーバネットを流路に直

角に 180 秒間設置し、流下してくる水生昆虫類を捕獲した(図4)。 得られたサンプルは現地で 70%アルコールを用いて固定し、実験室に持ち帰

った。その後、実体顕微鏡下で形態的特徴をもとに、ハエ目(ユスリカ科、ガ

ガンボ科、その他のハエ目)、カゲロウ目、トビケラ目、その他に分類した。さ

らにユスリカ科、ガガンボ科、カゲロウ目、トビケラ目に着目し、それぞれの

分類群ごとに幼虫、蛹、成虫、幼虫の脱皮殻、蛹の脱皮殻に分類した。分類に

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は、川合・谷田(2005)、近藤ほか(2001)を用いた。またユスリカ科については、幼虫・成虫は外部形態をもとにいくつかのタイプに分け、プレパラート

標本を作製して、エリユスリカ亜科、ユスリカ亜科、モンユスリカ亜科に分類

した。各プレパラート標本は、それぞれのタイプごとに 2 匹づつ(2 匹いないタイプについては1匹)を代表としてランダムに選んで作成した。蛹は外部形

態を元にエリユスリカ亜科、ユスリカ亜科に分類した。破損しやすい脱皮殻の

処理法については、幼虫の脱皮殻は頭部が残っているものを、蛹の脱皮殻は頭

部と胸部が残っている物を 1 カウントとした。また、得られたデータは、サーバネットを通過した河川水量で割って、河川水 1 ㎥中で流下した個体数に換算した。捕獲されたサンプルは、日没を境に昼間と夜間とに区別した。 環境要因としては、水温、溶存酸素濃度(以下 DO)、電気伝導度(以下 EC)、流速を、サンプル捕獲と同時に測定した。

4.結果と考察

4.1. 同一時刻・同一地域において調査地点が異なる場合の水生昆虫類の

流下 (1)生物群集ごとの組成 図5に、調査時間内(24h)に捕獲された生物群集の流下数と流下割合を示した。捕獲されたものはハエ目(ユスリカ科、ガガンボ科、その他のハエ目)、

カゲロウ目、トビケラ目、その他であった。流下個体数を見ると St.1(流速28cm/s)で多く、St.2(72cm/s)で少なかった。流下した割合を見ると、ハエ目、トビケラ目が優占し、St.1 ではハエ目が 48%、トビケラ目が 44%、St.2 ではハエ目が 46%、トビケラ目が 38%捕獲された。ハエ目に注目すると、ユスリカ科がそのほとんどを占めていた。 以下、ユスリカ科、カゲロウ目、トビケラ目の3つの分類群に着目する。 (2)生体と脱皮殻の組成 上記の3分類群の、生体と脱皮殻の流下個体数とその割合に注目した。流下

個体数では、生体、脱皮殻ともに St.1(137 個体/㎥,1309 個体/㎥)で多くSt.2(78 個体/㎥,831 個体/㎥)で少なかった。流下している割合では、いずれの地点においても脱皮殻が多く、St.1 で 90.5%、St.2 で 91.2%を占めた。したがって、流下している生体と脱皮殻の割合は、St.1 と St.2 で同様の傾向を示した。 分類群ごとに注目すると、カゲロウ目の脱皮殻のみが St.1(110 個体/㎥)

で少なく、St.2(178 個体/㎥)で多かった。他の分類群は生体、脱皮殻ともに St.1 で多い傾向を示した。ユスリカ科は生体と脱皮殻がともに両地点で同程

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度の割合で流下する傾向を示した。トビケラ目は生体と脱皮殻がともに St.1で多く流下する傾向を示した。

(3)各分類群のステージごとの時間変化 ユスリカ科はいずれのステージでも St.1 では 22:00 に多くの流下があった

が、同時刻に St.2 では同様の傾向が認められなかった。カゲロウ目はいずれの

地点においても、幼虫が夜間に多く流下する傾向を示した。また、幼虫の脱皮

殻は、St.2 においては 12:00 から 20:00 の間に多くが流下する傾向を示した。

トビケラ目はいずれの地点においても、20:00 に蛹の脱皮殻と成虫が多く流

下していた。以上のことから、脱皮殻が多く流れる時間帯が、それぞれの生物

群集の羽化時間帯であることが推測された。

(4)ユスリカ科の亜科別の流下

ユスリカ科の亜科別の流下個体数と割合、24 時間を 100%とした各時間の割合の時間変化に注目した。St.1 ではエリユスリカ亜科が 54.5%、ユスリカ亜科が 45.5%、St.2 ではそれぞれ 35.1%、64.9%であった。いずれの地点でもモンユスリカ亜科は捕獲されなかった。エリユスリカ亜科の各ステージとユスリカ

亜科の成虫が、St.1 において 22:00 に多くの流下があった。St.2 においては

明確な時間変化は認められなかった。 4.2.同一時期・同一時刻において地域が異なる場合の水生昆虫類の流下

(千曲川上・中流域4地点における水生昆虫類の流下) (1)環境要因 DO は臼田と生田の間で有意な差が認められた。水温と EC は、生田と鼠以外の組み合わせでは全て有意な差が認められた。流速は臼田と鼠以外の組み合

わせで全て有意な差が認められた(Tukeyの方法,p<0.05)。

(2)生物群集ごとの組成 捕獲されたものはハエ目(ユスリカ科、ガガンボ科、その他のハエ目)、カゲ

ロウ目、トビケラ目、その他であった。流下個体数をみると、樋沢で最も多く、

臼田、生田と少なくなり、鼠で最も少なかった。流下した割合では、いずれの

地点でもハエ目、カゲロウ目が多く、樋沢ではそれぞれ 65.6%と 33.6%、臼田では 48.2%と 48.4%、生田では 52.2%と 41.3%、鼠では 59.6%と 34.1%を占めていた。ハエ目に注目すると、ユスリカ科が最も多く、生物群集の 46.7%から 65.6%を占めていた。 以下、ユスリカ科、カゲロウ目、トビケラ目の3つの分類群に着目する。

(3)生体と脱皮殻の組成

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上記の3分類群の、生体と脱皮殻の流下個体数とその割合を図6に示した。

流下個体数を見ると、脱皮殻は樋沢(1332 個体/㎥)で最も多く、臼田(933個体/㎥)、生田(427 個体/㎥)と少なくなり、鼠(203 個体/㎥)で最も少なかった。生体は臼田(75 個体/㎥)で最も多く、生田(45 個体/㎥)、鼠(29個体/㎥)と減少し、鼠において最も少なかった。流下している割合を見ると、

いずれの地点でも脱皮殻の割合が多く、88.2%~97.2%を占めていた。生体と脱皮殻の割合を川下に向かってみていくと、生体の割合が増加し、脱皮殻の割

合が減少する傾向を示した。 各地点の分類群ごとの生体の流下個体数とその割合、脱皮殻の流下個体数と

その割合を、図7に示した。それぞれの地点における、各分類群の生体の流下

個体数と脱皮殻の流下個体数をみると、生体はユスリカ科が臼田(63 個体/㎥)において最も多く、カゲロウ目は鼠(15 個体/㎥)で最も多かった。脱皮殻はユスリカ科が樋沢(869 個体/㎥)で最も多く、臼田(417 個体/㎥)、生田(218個体/㎥)と少なくなり、鼠(125 個体/㎥)で最も少なかった。カゲロウ目は臼田(489 個体/㎥)で最も多く、生田(185 個体/㎥)、鼠(67 個体/㎥)と減少し、鼠において最も少なかった。 それぞれの地点における、各分類群の生体の割合と脱皮殻の割合を見ると、

生体の割合は、カゲロウ目が樋沢(14.1%)から臼田(15.6%)、生田(31.7%)、鼠(51.8%)と、川下に向かうにつれて増加する傾向を示した。また脱皮殻は、ユスリカ科が臼田(43.8%)から生田(50.3%)、鼠(61.1%)に向かうにつれて増加する傾向を示した。 (4)各分類群のステージごとの時間変化 各分類群のステージごとの流下個体数を、24 時間を 100%とした各時間の変化を割合で図8に示した。カゲロウ目の幼虫は臼田・生田・鼠において夜間に

多く、幼虫の脱皮殻は樋沢・臼田・生田において昼間に多いという傾向を示し、

それぞれに有意な差が認められた(Tukey の方法,p<0.05)。ユスリカ科、トビケラ目の各ステージは、各地点において特に傾向は認められなかった。 ユスリカ科の亜科別の流下個体数とその割合について注目した。いずれの地

点でもエリユスリカ亜科が多くを占め(100.0%~67.3%)、臼田地点と生田地点ではユスリカ亜科がほぼ同じ割合を示した。モンユスリカ亜科は樋沢でわず

かに捕獲されたのみであった。時間変化をみると、地点に共通した傾向は認め

られなかった。 4.3.同一地域・同一時刻において季節が異なる場合の水生昆虫類の流下

(流下する水生昆虫類の季節変化) (1)環境要因 水温、EC、DO については、全ての季節の間で有意な差が認められた。流速

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は秋と冬の間以外の組み合わせでは、全て有意な差が認められた(Tukey の方法,p<0.05)。

(2)生物群集ごとの組成 図9に捕獲された生物群集を示した。捕獲されたものはハエ目(ユスリカ科、

ガガンボ科、その他のハエ目)、カゲロウ目、トビケラ目、その他であった。流

下個体数をみると、春に最も多く、夏と秋に同程度の量の流下があり、冬の流

下が最も少なかった。流下した割合をみると、いずれの季節でもハエ目、カゲ

ロウ目が優占し、春ではそれぞれ 60.4%と 34.0%、夏では 52.0%と 41.6%、秋では 73.5%と 19.4%、冬では 36.4%と 61.4%を占めていた。ハエ目に注目すると、春から秋にはユスリカ科が最も多く、ハエ目のうち 97.1%から 98.5%を占めていた。また冬にはガガンボ科の割合が増え、ハエ目のうち 14.3%を占めていた。 以下、ユスリカ科、ガガンボ科、カゲロウ目、トビケラ目の4つの分類群に

着目する。 (3)生体と脱皮殻の組成 上記の4分類群の、生体と脱皮殻の流下個体数を図 10 に示した。脱皮殻は

春(8134 個体/㎥)で最も多く、夏(436 個体/㎥)、秋(332 個体/㎥)に同程度の量の流下があり、冬(52 個体/㎥)の流下が最も少なかった。生体は春(792 個体/㎥)に最も多く、夏(50 個体/㎥)、秋(16 個体/㎥)と減少し、冬(13 個体/㎥)において最も少なかった。流下している割合では、いずれの季節においても脱皮殻の割合が多く、80.3%~95.5%を占めていた。生体と脱皮殻の割合を季節ごとにみていくと、秋に最も脱皮殻の割合が多くなり、

冬に最も生体の割合が多くなるという傾向を示した。 各季節の分類群ごとの生体の流下個体数とその割合、脱皮殻の流下個体数と

その割合に注目した。いずれの分類群においても生体、脱皮殻ともに春に最も

多くの流下があった。それぞれの季節における各分類群の生体の割合と脱皮殻

の割合をみると、生体はいずれの季節においてもユスリカ科が多く、春には

90.9%を占めていた。ガガンボ科は春、夏、秋においてはほとんど流下していなかったが、冬はカゲロウ目と同程度流下する傾向を示した。カゲロウ目は夏

に多くなり、秋と冬は同程度の割合を示した。脱皮殻は、春と夏においてはユ

スリカ科とカゲロウ目の割合が多く、秋にはユスリカ科が多く流下し、冬は脱

皮殻のほとんどがカゲロウ目に占められた(図9)。

(4)各分類群のステージごとの時間変化 各分類群のステージごとの流下個体数を、24 時間を 100%とした各時間の変化を割合で図 11 に示した。春には、各分類群の多くのステージで、日没から

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夜明けにかけて減少していく傾向が示された。また、ユスリカ科の各ステージ、

ガガンボ科の幼虫の脱皮殻、カゲロウ目とトビケラ目の幼虫、トビケラ目の蛹

の脱皮殻は、日没後に多くの流下が行なわれる傾向が示された。また、カゲロ

ウ目については、幼虫の脱皮殻が春・夏において昼間に流下が多い傾向を示し

た。トビケラ目については、蛹の脱皮殻が春・夏・秋において夜間に流下が集

中していた。 ユスリカの亜科別の季節変化では、何れの季節においてもエリユスリカ亜科

が多く、夏にのみユスリカ亜科が捕獲された。モンユスリカ亜科は冬にわずか

に捕獲されたのみであった。時間変化をみると、季節に共通した傾向は認めら

れなかった。

5. まとめ 千曲川上・中流域においては、同一時期、同一地域においては、流下組成に

大きな違いは認められないこと、季節、地域に関わらず常に流下物のほとんど

がユスリカ科とカゲロウ目の脱皮殻であること、同一時期でも地域によって流

下の組成は大きく異なり、川上ではユスリカ科の生体が多いという傾向が示さ

れた。(図 12, 13) 水野・御勢(1993)によれば、脱皮殻の流下量が多いことは、幼虫の脱皮や

蛹の羽化が盛んに行なわれていることである。したがって、千曲川上、中流域

においては、春に多くの水生昆虫類の脱皮や羽化が起こっていると推測される。

6.謝 辞 本研究を遂行するにあたり、千曲川河川水の概況等の情報を詳細にいただい

た国土交通省北陸地方整備局千曲川河川事務所の方々にこの場をおかりして御

礼を申し上げます。また、本研究の一部は千曲川における河川生態学術研究会

の総合的な調査研究の一環として実施されたものであります。また、本研究は

(財)河川環境管理財団より研究補助を受けて行われたものであり、心より感

謝申し上げます。

7.引用文献

アレキサンダー,J,ホーン・チャールズ,R,ゴールドマン(1993):陸水学, 手塚泰彦(訳),385-416.京都大学学術出版会

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図4.調査方法

• 2時間ごとに24時間、サーバネットを用いてサンプルを採取

• 持ち帰って体積あたりの値に換算(流下個体数/㎥)

口径30×30㎝

長さ1m

網目435μm

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図2.調査地点

生田付近 夏(8月)

流速:28.2±4.7cm/s

流速:71.9±7.6cm/s

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図5.同一時刻・同一地域における流下割合(生田)

トビケラ類44%

カゲロウ類8%

ユスリカ類48%

ユスリカ類46%

カゲロウ類16%

トビケラ類38%

   流下数

1447個体/m3

  流下数

909個体/m3

流速:28.2±4.7cm/s

流速:71.9±7.6cm/s

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図1.調査地点

鼠橋付近

生田付近

臼田付近

樋沢地区

夏(8月)

夏(8月)

夏(8月)

夏(8月)

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0

1500

樋沢 臼田 生田 鼠

0

150図6.4地点の分類群ごとの流下物

流下個体数/㎥

生体

脱皮殻

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2034279331332

0%

100%

樋沢 臼田 生田 鼠

トビケラ類

カゲロウ類

ユスリカ類

38 75 45 29

0%

100%

図7.4地点の分類群ごとの流下物流下個体数/㎥

生体

脱皮殻

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図8.分類群の各ステージの流下割合

0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

幼虫

成虫

幼虫蛹成虫

ユスリカ類        カゲロウ類

樋沢

臼田

生田

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0

10000

春 夏 秋 冬

0

1000

図10.各季節ごとの流下物流下個体数/㎥

生体

脱皮殻

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図3.調査地点

生田付近 春・夏・秋・冬(5月・8月・10月・12月)

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0

10000

春 夏 秋 冬

0

1000

図10.各季節ごとの流下物流下個体数/㎥

生体

脱皮殻

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131650792

0%

100%

8134 436 332 52

0%

100%

春 夏 秋 冬

トビケラ類カゲロウ類ユスリカ類

図9.季節ごとの流下物流下個体数/㎥

生体

脱皮殻

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0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

0%

50%

図11.各ステージの流下割合幼虫

蛹成虫

幼虫

成虫

ユスリカ類        カゲロウ類

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図12.千曲川上・中流域の傾向(夏)

樋沢

臼田

生田

ユスリカ類

カゲロウ類

トビケラ類

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図13.生田地域の流下季節変化春 夏 秋 冬

羽化量

流下量

多 少

多 少