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Page 1: 掲載の意図 - Tokyo Shoseki · 1 深 アーケードの読書休憩室を舞台に、受け継がれてゆく思い。百科事典少女 「新編 新しい国語」編集委員会では、新しい教科書にふさわしい文学作

「新編 新しい国語」新学習材

掲載の意図

私たちはこう考えました。

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1

百科事典少女

アーケードの読書休憩室を舞台に、受け継がれてゆく思い。

 「新編 新しい国語」編集委員会では、新しい教科書にふさわしい文学作

品を探し続けてきました。中学生に感じたり考えたりしてほしい内容で、広

がりや深みのあるものを。語彙を豊かにしたり解釈や表現の力を磨いたりす

る言葉の学びに資するものを。三年では、学習指導要領で求められている批

評の学習にも適したものを。―そんな願いに応える作品として、小川洋子

の短編小説「百科事典少女」が選定されました。百科事典を好んだ少女と、

彼女の亡き後の父の姿が描かれ、細やかに選びぬかれた言葉から、登場人物

たちの本への思い、人への思いが静かに浮かび上がってくる作品です。

文学

三年38ページ

百科事典少女 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1

作者の

言葉 百科事典のセールスマン(小川洋子)

「批評」に取り組む

文学の新規掲載作品 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4

飛べ 

かもめ  

杉 

みき子

二つのアザミ  

堀江敏幸

未来へ  

谷川俊太郎

生ましめんかな  

栗原貞子

メッセージをどう聞くか  

加賀美幸子

スズメは本当に減っているか ・・・・・・・・・・・・・

6

筆者の

言葉 身近なスズメを題材に、見慣れない文章を

(三上 修)

〈吟味・判断〉系統で「考える技術」を学ぶ

目 次

いつものように新聞が届いた

 ―メディアと東日本大震災 ・・・・

10

筆者の

言葉  

「忘れていない」というメッセージを

(今野俊宏)

編者の

言葉 言葉とともに生きる(相澤秀夫)

編集部よ

 掲載の経緯・意図

先生が

声 宮城・福島・岩手・高知の先生がたから

「読書への招待」新規掲載作品 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

16

歴史の物差し

―水月湖の年ね

縞こう 

 

山根一眞

集まって住む  

元倉眞琴

落語の秘密  

大友 

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3 2

 

子供の頃はよく、セールスマンが不意に訪

ねてきた。布団、鍋、化粧品、生命保険……。

扱われる商品はさまざまだが、特に印象に

残っているのは百科事典を売るセールスマン

だ。百科事典の持つ広大で重厚なイメージが、

彼にどこか特別な雰囲気をまとわせていたか

らだろうか。他の人にはない、永遠のさすら

い人といったロマンチックな風情を子供なが

らに感じ取り、母の背中越しにじっと様子を

うかがっていた。

 

もちろんその人は百科事典全巻を持ってき

たわけではない。たった一冊の見本と、薄っ

ぺらなパンフレットを玄関先に広げただけで

ある。しかし私にはそれで十分だった。偉く

て恐そうな外国人の顔、何の役に立つのか見

当もつかない機械、崩れかけた遺跡、珍妙な

動物等々、脈絡のないものたちがお互い自ら

の存在を主張しながらも、一枚のページに集

い、定められた順番どおりに並び、仲良く納

まっている。思わず私は感嘆の声をあげそう

になった。「ああ、世界とはつまり、こんな

た。

 

あのときのセールスマンがたどり着いたの

が、最果てアーケードだ。子供の私は、Rちゃ

んの隣でいっしょに百科事典をめくっている。

ふうになっているのか」と。

 

自分の生活とは無関係な、生涯決して足を

踏み入れるはずもない場所にも、ちゃんと世

界が存在していること。自分が見たり聞いた

り知っていたり手出しできたりする範囲を超

えた世界のほうが、ずっとずっと広いことを

初めて教えてくれたのが、百科事典のセール

スマンだった。突き詰めればこれが、この世

に存在している自分の不思議と出会った瞬間

だったのかもしれない。

 

当然私は百科事典が欲しくてたまらなかっ

た。買って、お願い買って、と心の中で母に

訴え続けた。しかしその声が母に届くことは

なかった。我が家の家計にとって、百科事典

はあまりにも高価すぎた。

 

見本とパンフレットを黒いかばんにしまい、

セールスマンは玄関を出ていった。かばんは

くたくたにくたびれ、変色し、持ち手は擦り

切れていた。がっかりした様子の背中は、ひ

どくほっそりして見えた。私は一人、彼がこ

れから旅する、遠い果ての風景を思い浮かべ

作者の

言葉 

百科事典のセールスマン

一九六二年、岡山県出身。小説家。一九八八年、

「揚羽蝶が壊れる時」(海燕新人文学賞)でデ

ビューし、一九九一年、「妊娠カレンダー」で

芥川賞受賞。ほかに、「博士の愛した数式」(読

売文学賞、本屋大賞)、「ブラフマンの埋葬」(泉

鏡花文学賞)、「ミーナの行進」(谷崎潤一郎賞)、

「猫を抱いて象と泳ぐ」など多数の作品がある。

教科書掲載の「百科事典少女」は、二〇一二年

刊行の短編集「最果てアーケード」に収められ

た作品。

小川洋子

 

各学年の〈文学一〉系統では、短めの作品と長めの作品の二編を並べて掲載

しています。短めの作品を読む学習を通して「言葉の力」を身につけ、その力

を生かして長めの作品を読んでいく、という構成で、読むための技能の習得と

活用が円滑に行えるようになっています。

 

三年では、学習指導要領に示された言語活動例「物語や小説などを読んで批

評すること」を通して、指導事項「文章を読み比べるなどして、構成や展開、

表現の仕方について評価すること」などに対応した学習をすることが求められ

ています。教科書として、それに適した学習材を準備する必要がありました。

●「形」でつかむ批評の力

 

三年〈文学一〉系統の短めの作品として、菊池寛の小説「形」を掲載。この

小説は、古典作品の「松山新介の勇将中村新兵衛が事」という話をもとにして

書かれたとされています。この古典作品を「てびき」に掲載し、小説「形」と

読み比べる課題を設定しています。「形」では古典作品からどんな変更がなさ

れているのか、そのことによってどんな意味や効果が生まれているのかを考え

ていくことで、「形」の批評に無理なく取り組むことが可能です。

●「百科事典少女」で批評の学びを深める

 

新規掲載の「百科事典少女」では、「形」の学習でつかんだ批評の力を生か

して、学びを深めていきます。とはいえ、長い作品の全体を批評の対象とする

と、学習活動が大がかりになり、難易度も上がります。そこで、「てびき」では、

作品の最後の部分の記述に絞って、批評の課題を設定しています。

 

自分の考えを短くまとめたり、話し合ったりするだけでなく、本格的な批評

文を書く活動まで行いたい、という場合には、資料編「書評に親しもう」(283ペー

ジ)を参考に、書評を書く学習に取り組むこともできます。

「批評」に取り組む

3 年 p.32~「形」

p.38~「百科事典少女」p.283「書評に親しもう」

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5 4

二年巻頭

未来へ�

谷川俊太郎

二年18ページ

メッセージを

  どう聞くか

加賀美幸子

三年212ページ

生ましめんかな

栗原貞子

一年36ページ

飛べ かもめ�

杉 みき子

 

かつてNHKのアナウンサーを務めた

筆者が農家を訪ね、先祖から受け継いだ

茅ぶき屋根の家や古い農機具をだいじに

しながら暮らす人の生き方に心を動かさ

れ、この随筆が生まれました。声や文字

になった言葉だけでなく、身の回りの物

や環境からもメッセージを感じ取る。聞

く力、読む力を深く養ってゆくうえで、

大切な視点が提示されています。

 

原爆投下後の広島を題材としたこの詩か

らは、生命の尊厳が切々と伝わってきます。

言語表現の力に触れるとともに、平和への

思いを深める。そんな学びの時間をもたら

してくれる作品です。

 

悠久の時の流れの中に花開く「いのち」

の輝きを、リズムよく研ぎ澄まされた言葉

に乗せてうたいあげた詩が、二年の巻頭詩

に選ばれました。声に出して読み、言葉の

響きを楽しみながら、生徒一人一人が自分

の未来を見つめる機会にもなれば、と願っ

ています。

三年18ページ

二つのアザミ�

堀江敏幸

 

子供の頃、原っぱで出会ったアザミと、本の中で出会っ

た「薊あ

ざみ

」。出会いを通して、言葉の世界が豊かに育って

ゆく。そんな様子が柔らかな筆致でつづられた、味わい

深い作品です。中学三年生の国語学習の初めにふさわし

い、言葉に関する随筆を掲載したい、という編集委員会

からの願いを受けて、書き下ろされました。言葉の学び

へ、読書生活へと、生徒たちを優しくいざないます。

 

かもめとの出会いを通

して変容してゆく少年の

心を、丁寧にすくい取っ

た小説です。中学生に

なって教科書で初めて接

する小説作品ということ

で、短く、平易で、小説の

読み方の基本が確認でき

て、しかも新生活への希

望の持てる内容のものを

選定しました。「飛べ 

かもめ」という題名は、

作者の提案により、この

教科書のために新たに付

けられたものです。

文学の新規掲載作品

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7 6

説明文〈吟味・判断〉

一年98ページ

年 羽数(月) 年 羽数(月) 年 羽数(月) 年 羽数(月) 年 羽数(月)

1963 245 (₁₁) 1973 131 (1) 1983 115 (5) 1993 56 (7) 2003 29 (9)

1964 217 (₁₂) 1974 95 (5) 1984 115 (6) 1994 38 (6) 2004 12 (₁₁)

1965 293 (5) 1975 139 (7) 1985 74 (6) 1995 63 (5) 2005 13 (3)

1966 202 (5) 1976 110 (5) 1986 139 (2) 1996 39(1,3) 2006 13 (6)

1967 140 (5) 1977 97 (6) 1987 123 (5) 1997 30(6,9) 2007 36 (1)

1968 136 (3) 1978 92 (6) 1988 93 (5) 1998 53 (5) 2008 46 (6)

1969 124 (5) 1979 116 (1) 1989 94 (₁₁) 1999 50 (1)

1970 259 (6) 1980 149 (5) 1990 73 (₁₂) 2000 12 (2)

1971 119 (7) 1981 89 (2) 1991 92 (2) 2001 33 (4)

1972 106 (1) 1982 136 (2) 1992 44 (7) 2002 30(1,2)

0

50

100

150

200

250

300

1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 年

0

1990 1995 2000 2005 2010 年度

6万

4万

2万

0

80万

160万

240万

被害面積(ha)

水稲田の作付面積(ha)

被害面積水稲田の作付面積

1997年~ 2002年黒丸の地域数 大:398 中:145 小:330

スズメは本当に減っているか

さまざまな図表を読み解きながら、スズメの謎に迫る。

 近年よく「減っている」と言われるスズメ。この学習材は、スズメ

が本当に減っているかどうかを科学的に検証していく文章です。デー

タ(事実)からどんな推測が可能なのか

―その論の展開を追うおも

しろさは、推理小説を読む経験にも似ています。「科学って、ここま

で慎重に考えないといけないものなのか!」と中学生は思うかもしれ

ません。そんな「科学的な見方」を追体験できる文章です。

 

今回、掲載される文章は、拙著「スズメの

謎」(誠文堂新光社)の内容の一部を教科書

のために書き下ろしたものです。この「スズ

メの謎」の全体の趣旨は、自分で謎を見つけ

てそれを解いてみよう、というものです。そ

のときに謎を解明するやり方として、私は科

学者ですから、客観的な視点でものを見る重

要さを折り込みました。

 

今回、教科書用に書き下ろした部分でも科

学的な視点に立つことをだいじにしています。

この部分は、「スズメが減っている」という

当時一般的に言われていたうわさに対し、私

が「本当にそうなのだろうか」と疑問を持ち、

確かめようとする部分です。情報を集め、そ

れを吟味し、自分の考えに対しても批判的に

なりながら、最後に「スズメは減っている」

との結論に至ります。

 

科学的な判断を下す場面ですので、理系的

な文章の書き方を基本としています。パラグ

ラフ・ライティングとよばれる手法を用いて

いて、具体的には、段落によって話のかたま

の本(緑陰図書)に選定されたこともありま

すので、内容的には中学生でも読めると太鼓

判を押していただけたと勝手に思い込んでお

ります。

 

更に身勝手なことを書けば、生徒さんたち

が、今回採用された文章を読んで「あれ、ス

ズメってどんな鳥だっただろう?」「スズメ

が減ったって書いてあるけど、それって悪い

ことなのかな?」と、疑問を広げてもらえた

ら、こんなにうれしいことはありません。そ

れは、もう欣喜雀躍するほどに。

りを明示し、段落の冒頭には接続表現を持っ

てきて前段落からの論理の展開を明瞭にして

います。

 

文章としては硬めですし、図や表から情報

を読み取る必要があるので、慣れていない生

徒さんにはたいへんかもしれません。恥ずか

しながら、私は中学生のとき、本を読む習慣

が全くなかったので、きっと中学生の私が読

んだら苦戦したと思います。国語の教科書に

はあまりないタイプの文章でしょうから、そ

の意味でも読んだ生徒さんは戸惑うかもしれ

ません。ただ、こういった図表を用いながら

内容を読み取っていく技術は、たくさんの情

報があふれている時代だからこそ、未来を担

う子供たちには持っていてほしい能力です。

加えて、このようなタイプの文章もあるのだ

と、文章の多様さに触れてもらう機会になれ

ばと思います。

 

難しい部分はあるとは思いますが、題材そ

のものは身近な生き物のことですし、また原

著の「スズメの謎」は、中学生向けの夏休み

筆者の

言葉 

身近なスズメを題材に、見慣れない文章を

一九七四年、島根県出身。鳥類学者。北海道教

育大学函館校准教授。著書に「スズメの謎」「ス

ズメ

―つかず・はなれず・二千年」などがある。

三上 修

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9 8

 

〈吟味・判断〉は説明文の第二系統で、第一系統の〈構成・展開〉に続くも

のです。文章の構成・展開を理解したり内容を解釈したりすることにとどまら

ず、論の展開を(ときに批判的に)吟味する力や、知識や体験と結び付けるな

どして自分の考えを持つ力を育むことに重点が置かれています。三学年を通し

て、思考を深めるための技術を学ぶことができる系統です。

一年「スズメは本当に減っているか」で図表を読み解く

 

減っていると言われるスズメが「本当に減っているか」を、科学者である筆

者が検証する文章です。検証に使えそうなデータを探し、データを図表化して

事実を読み取り、そこから推測し、更にその推測を批判的に吟味するというス

テップをいくつも積み重ねて、スズメは減少しているとの結論に至ります。事

実と考えを読み分けながら論の展開を捉えることを通して、「科学的な見方」

の理解へと導きます。

二年「哲学的思考のすすめ」で正解のない問いに挑む

 

哲学者である筆者が、「恥ずかしい」という感情の正体を論証してみせるこ

三年「黄金の扇風機」と「サハラ砂漠の茶会」を読み比べる

 

「美しさ」をめぐって、作家と画家が自分の体験をもとにそれぞれの立場か

ら論じた文章を読み比べます。一つの文章を読むだけだと、その主張に納得し

てしまいがちですが、対照的な二つの文章を読み比べると、主張や根拠の比較

ができるため、視野が広がり思考が深まります。また、例えば文章構成は、一

方が三部構成なのに対して他方は二部構成であり、文体は、一方が常体で慎重

な言い回しなのに対して他方は敬体で断言調であるなど、文章の構成や表現に

ついても読み比べができる学習材です。

とを通して、「うまく考えるためのだいじな技術」を伝授します。例えば、あ

る考えに対してそれに当てはまらない具体例(反例)がないかを探すことや、

その反例も含めたより多くの具体例を説明できる考えを探ることは、社会生活

や全教科の学習においてたいへん重要な思考技術です。文章の結びでは、そう

いった技術を使って筆者の結論に反論してみるようにもいざなっています。

〈吟味・判断〉系統で「考える技術」を学ぶ

1 年 p.98~「スズメは本当に減っているか」

2年 p.90~「哲学的思考のすすめ」3年 p.94~「黄金の扇風機」「サハラ砂漠の茶会」

美しさとはさまざまであり、

しかも、それは変化する。

美しいものは

誰が見ても美しいのです。

適切なデータを探し、図表から事実を読み取る

事実を根拠にして推測する

同じ事実から別の推測ができないかを吟味する

複数の根拠を合わせて結論(判断)を導く

考える技術

具体例を集めて一般化し、仮の結論を出す

仮の結論に対する反例を探し、それをも説明できる考えを探る

似ている事柄と比較する

異なる方向からも見て、よりよい考えの可能性を探る

考える技術

文章を読み比べて、考えの共通点と相違点を整理する

考えの根拠を比較して、その妥当性を吟味する

文章の構成や展開を比較して、その意図や効果を捉える

文末表現や言葉の使い方を比較して、その意図や効果を捉える

自分の知識や体験とも関連づけて、自分の考えをまとめる

考える技術

どうしたって哲学的に考えることは

試行錯誤になる。

いろいろな考えを検討しながら、

手探りで少しずつ前進する。

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11 10

説明文〈言葉とメディア〉

三年184ページ

いつものように新聞が届いた

  ―メディアと東日本大震災

記者たちは今もなお震災と向き合い、伝え続けている。

 「新しい国語」では、

平成二十四年度版から、

学年末近くに〈言葉とメ

ディア〉という三学年を

貫く系統を設けています。

平成二十八年度版では、

東日本大震災について、

地元の新聞記者がどう受

け止め、伝えてきたか、

そして今どう考えている

かをつづった文章を三年

に掲載しました。

 

東日本大震災の被災地を今も駆け回ってい

る記者たちは、「伝えなければ」「語り継いで

いこう」という強い使命感で記事を書き続け

ています。

 

日々揺れ動く被災者の心情に寄り添うには

どうしたらいいのか。明確な答えはなく、悩

みながら取材を続けています。現役の新聞記

者が中学国語の教科書に書くことは珍しいか

もしれませんが、そうした記者たちの思いや

葛藤が中学生の皆さんの心に少しでも届くの

なら、うれしい限りです。

 

東日本大震災の被災地は、震災の記憶の風

化、福島第一原発事故による風評という二つ

の「風」にさいなまれています。全国的には

「復興はもう終わったのでは」という声も聞

かれます。誤解です。これからが本格的な復

興の始まり、まちづくりの正念場です。

 

風化の意味とは何でしょう。広辞苑で「風

化」を引くと、最初に「徳によって教化する

こと」と出てきます。広く理解されている「心

にきざまれたものが弱くなって行くこと」は

めていく主役は、小中高校生を中心とした子

供たちだと信じています。

 

新聞業界は、NIE(ニュースペーパー・

イン・エデュケーション

―教育に新聞を)

運動に力を入れています。学習指導要領に国

語や社会の授業で新聞を活用することが盛り

込まれました。この教材が、新聞社の仕事や

新聞とはどんな媒体なのかを理解していただ

く一助にもなれば、と願ってやみません。

二番目です。風化は必ずしも否定的な意味で

はありません。震災を「わがこと」として教

訓を学ぶ。教訓があたりまえのこととして広

く定着し、地域の文化となる。それがよい意

味での風化です。

 

自然災害から逃れることはできません。震

災当時の出来事を記録した教材が、防災・減

災を考えるきっかけになってほしい。そして

被災地の人々にとって、今だからこそ、前を

向く原動力となるのは「私たちは忘れていな

い」というメッセージなのだ、ということも

受け止めていただきたいと痛感しています。

 

被災地の中学生や先生がたにとっては、文

章の内容や写真がつらい記憶を呼び起こすこ

とにつながるかもしれません。家族や知人を

失い、故郷の風景を奪われた悲しみ。それは、

何年たとうが癒やされることなどありません。

大震災の傷痕は深いものがあります。

 

それでも、復興が道半ばという困難な環境

と向き合いながら、震災の教訓を後世に伝え

ていく。そして、新しい地域づくりを前に進

筆者の

言葉 

「忘れていない」というメッセージを

一九六〇年、宮城県出身。新聞記者。河か

北ほく

新報社

気仙沼総局長等を経て、現在、編集局次長兼報

道部長。

今野俊宏

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13 12

 

〈言葉とメディア〉の系統は、メディアリ

テラシーを育むことをねらいとしています。

メディアリテラシー教育の主たる柱は、「メ

ディアの伝える情報を批判的に吟味する力の

育成」であると考えますが、一年の「ニュー

スの見方を考えよう」と二年の「『正しい』

言葉は信じられるか」(いずれも平成二十四

年度版教科書からの継続掲載)は、まさにそ

れに合致した学習材として、高いご評価をい

ただいております。

 

一方、東日本大震災が起こり、メディアの

伝える情報に日々接する中で、報道の役割の

重要性、情報の発信者の思いや願いに焦点を

当てた学習材も必要だ、と私どもは考え、探

し求めてもいました。

 

仙台の新聞社・河北新報社の今野俊宏さん

の「大震災報道現場からの報告」と題するご

講演を私どもが拝聴したのは、平成二十四年

の夏でした。その内容はたいへん感銘深いも

のであり、教科書で取り上げることはできな

いだろうか、と思わずにはいられませんでし

た。東日本大震災を教科書で扱う場合、各教

した。この学習材でご指導なさる先生がたに

は、地域や学校の環境・実情に応じて、最適

と考える扱い方をなさっていただきたく存じ

ます。

 

最後にどうしても申し述べなければならな

いことがあります。目の前の一人一人の生徒

さんの被災体験と状況によっては、この学習

材をどうしても扱えないという事態が生じう

ることは、否定することができません。そう

した場合に対応するために、教師用指導書に

は、この学習材と学習目標を同じくする代替

学習材をご用意させていただきます。全国で

使用される教科書にこの学習材が掲載される

意義に鑑み、どうかご理解を賜りますよう、

お願い申しあげます。

(東京書籍 

中学国語編集部)

代替学習材(教師用指導書に掲載)

「報道記者として何を伝えるか」(仮題)

科の目標や特性に合致した適切な取り上げ方

があると思いますが、この内容ならば、「言

葉の力」を育む国語教科書として大いに意味

のあるものになるとも考えました。

 

書き下ろしの依頼をご快諾くださった今野

さんから届いた第一稿は、ご講演での印象に

も増して、私どもの胸に刺さる、涙なしには

読むことができないものでした。これが文章

の力かと思うと同時に、津波被害の最も激し

かった地域の生徒さん、先生がたにお届けす

るということも念頭に置いて検討する必要が

あると考えました。そこで、現地の先生がた

にもご意見をいただきながら、一部のエピ

ソードを削ったり、表現を和らげたりするな

どの修正を、何度か今野さんにお願いしまし

た。また、掲載する写真の選定にも気を配り

ました。

 

最終的に完成された学習材は、「言葉とメ

ディア」をねらいとしながらも、「命の教育」

「防災・減災教育」あるいは、記者たちの姿

に触れることを通しての「キャリア教育」と

いった多角的な意義を内包したものになりま

編集部よ

「いつものように新聞が届いた

―メディアと東日本大震災」を掲載した経緯・意図をご説明します。

1 言葉を失う

 

平成二十三年三月十一日午後二時四十六分、

宮城県沖を震源とする震度七の巨大地震が起

こりました。それは大津波を引き起こし、東

日本の沿岸を襲いました。私は海岸から数百

メートルの所にいて、辛くも難を逃れました。

犠牲者は震災関連死も含め、二万人を超えま

す。私も、身内や大切な友人を失いました。

 

東日本大震災は、人々の命や財産、生活の

全てを奪っただけではありませんでした。

人々の言葉を奪いました。冷たい風に揺れる

ろうそくの灯火の中で、被災した人々は言葉

なく、大きな悲しみと苦しみ、悔しさを感じ

つつ、震度五や六の余震におびえていました。

2 確かな言葉を求める

 

絶望的な状況の下で、人々は確かな情報を

求めました。余震が続く中、夜を徹して確か

な言葉を届けようと必死の努力を続けていた

人々がいました。東北一円に「河北新報」を

発刊している仙台の新聞社の人たちでした。

 

翌朝、冷たい空気を破る「コトン」という

生きぬく力となりえます。言葉を伝えるとは、

言葉を通して確かな情報を共有するとともに、

思いや考えを分かち合うことであることを、

私も含め被災者は学びました。

 

新教材「いつものように新聞が届いた

メディアと東日本大震災」は、これからの時

代を担う中学生の皆さんに、改めて言葉、そ

して情報の在り方や役割について考えを深め

てもらうことを願って設定されたものです。

言葉とともに生きることについて、それぞれ

の国語教室で学び合うことを期待しています。

音が玄関先で響きました。我が家の新聞受け

に新聞が配達された音でした。

 

そこには、「宮城 

震度7 

大津波」とい

う白抜きの大見出しがありました。私は紙面

に繰り返し繰り返し目を向けました。何が起

こったのか、今、私たちがどのような状況に

置かれているのか、これからどうなるのかな

ど、確かな情報を探し求めていました。

3 言葉とともに生きる

 

その後も新聞やテレビ、ラジオは言葉や映

像等を通して、被災地の現状や復興の進み具

合、被災した人々の思いを伝え続けていまし

た。被災地では小学校や中学校に多くの避難

者が集まったこと、それらの人々を支え励ま

したのが中学生や高校生等であったことなど。

 

今回の未曽有の自然災害を通して、私たち

は改めて、言葉と向き合うことになりました。

言葉について考えることを求められました。

私たちは、言葉とともに生きざるをえません。

言葉はときに苦しみや悲しみを引き起こしま

すが、一方で、希望を与えてくれ、生きる力、

編者の

言葉 

言葉とともに生きる

一九四九年、宮城県出身。「新編 新しい国語」

編集委員会代表。教育学者。宮城教育大学名誉

教授。元文部省初等中等教育局教科調査官。

相澤秀夫

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15 14

未来を担っていく子供たちだからこそ

 

重みのある文章である。淡々と事実を語りながら、情報発信す

る側の思いが切迫感をもって描かれ、読む者に深い感動を与える。

教材として扱う際に注意したいのは、読み取りの対象を被災その

ものにシフトしすぎないことである。筆者が訴えているのは、極

限状況の中で、メディアが自らの在り方を問い直し、役割をあら

ためて自覚していく過程にほかならない。したがって、発信する

側のどんな思いがどういう形になって現れたか、そしてそれが受

信する側である人々の思いにどうつながったのか、の両面から内

容を的確に押さえることが大切だと考える。更に、本教材を通し

て、情報発信ということの意味や責任の重さにも目を向けさせた

い。発信する側のまなざしと心は、常に受信する側に向けられて

いるべきだということを、プロフェッショナルが教えている。説

得力は十分である。情報が氾濫する社会に生きる子供たち、そし

て震災を風化させることなく未来を担っていく子供たちだからこ

そ、メディアの持つ使命やその影響についても、じっくり考えさ

せる機会としたい。

(宮城県石巻市立住吉中学校前校長 

菅原義明)

「いつものように新聞が届いた

―メディアと東日本大震災」

について、宮城・福島・岩手・高知の先生がたからいただい

たメッセージを紹介します。

防災学習の深化のために

 

勤務校の国語科教科部会で、いにしえの教えから学ぶ「現代に

受け継がれる『方丈記』の教え」と題して、教材研究を行った。

国語科の授業の中でも、「防災」に関する教材を扱いたいという

思いからだった。「方丈記」に記された災害は過去の物語ではない。

「私たちは何を心がけて過ごせばよいのか。」ということを生徒

たちに問いかけたかった。そういう教材が必要だと感じた。

 

本校は「生きる力」をつける防災教育を日々の教育活動の中で

実践している。和歌山県の出来事をもとにした「稲村の火」と、

本県出身の物理学者である寺田寅彦の「天災は忘れた頃来る」と

いった警句を総合学習の教材とした。また、美術部がそれを題材

として、本校の防火扉をキャンパスに絵を描くなど、学校として

取り組んでいる。総合学習で学んだことから、教科学習につなげ

て、防災学習を深化させていく取り組みを進めているところであ

る。

 

本教材は、学習指導要領に示されている第三学年の「読書と情

報活用に関する指導事項」を学習できる。また、NIE活動の意

義を考えると、情報の背後にある発信者の思い(意図や願い)を

想像したり、考えたりする教材としても、ぜひ扱ってみたい。

 

「伝えなくてはいけない」という地元新聞社の思いが、非常に

よく伝わり、「伝える力」を育成する教材としても適切である。

国語科教材の中で、防災学習を深化させたいという願いがかなう

気がする。

(高知県中学校教諭)

言葉の受け止め方

 

「元気を与えたい。」被災地支援のために訪れたボランティア

のかたがたからよく聞かれた言葉である。

 

言葉に関わる仕事をしてきただけに、何となく引っかかるもの

を感じた。「与える」という言葉は「与える者」と「与えられる者」

という関係で成り立っている。

 

言葉の受け止め方はさまざまである。あの災害の受け止め方も

またさまざまである。

 

では、教壇に立つ者は震災に関わる教材とどのように向き合え

ばよいのだろうか。震災はまだ記憶が生々しくいろいろな要素と

微妙な問題を抱えている。

 

本教材は、筆者が新聞記者という職業柄、取材という手法を駆

使しつつ客観的かつ冷静な目で表現されている。しかし、教材が

どんなに優れたものだとしても、筆者の意に反して受け止められ

ることもあるし、扱いによってはどのような方向へも導くことが

できることも再認識しなければならない。願いたいのは、本教材

の重さにとらわれすぎ、価値目標にだけ振り回されるようであっ

てはならないということである。最終的には、国語教育の本質を

見失わず、単元の目標やしっかりとした本時の目標の下に授業を

つくることだと思う。

 

「忘れてしまいたい」「触れてほしくない」と思っている人が

いる事実は重い。ただ、あれだけの災害を直接体験した世代とし

ては後世へ伝えることも重要な使命の一つであり、覚悟を持って

指導に当たりたい。

(福島県元中学校長)

「未来のために伝え続ける」ことの意味

 

パソコンや携帯型情報端末機器等の普及に伴い、誰もが情報発

信の主体となりうる現代。自分の意見を伝えることによる積極的

な社会参画をうれしく思う一方、安易な気持ちで発信された情報

が社会問題として報道されることも多く、胸を痛める。水や空気

と同様に、存在することがあたりまえと捉えるような、情報に対

する感覚のまひがそこにはないだろうか。

 

そのような中で、本教材の果たす意義は大きい。東日本大震災

では、家族や仲間の命を守るために、情報がどれだけ貴重なもの

であったのかということを改めて認識させられる。著者の経験を

出発点として、情報の価値や意義、メディアの役割について生徒

個々が思いを巡らし、経験や既有の知識をもとに話し合いを重ね

るなど、多様な授業展開を構想することが可能であり、メディア

リテラシーの育成に大きく資すると思われる。生徒の状況に応じ

た配慮は当然必要となるが、目を背けてはならない事実を大切に

扱いたい。

 

震災で学んだことの「風化」が懸念される今、先の震災での体

験を「悲しくつらいこと」だけで終わらせることなく、体験で得

た思いや気づきを、学びとして構築していくこと。それは、著者

今野氏が主張する「未来のために伝え続ける」という言葉のとお

り、未来の担い手を育成する私たちの使命である。メディアリテ

ラシーの育成を貫き、被災県民として、日本人として、豊かな日

本の未来の創造につながる教材として、新しい社会への一歩を踏

み出そうとしている中学三年の子供たちに学んでほしい。

(岩手大学教育学部附属中学校教諭 

楠美富栄)

生先

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17 16

二年174ページ 〈科学・歴史〉

歴史の物差し―水月湖の年ね

縞こう

山根一眞

一年174ページ 〈暮らし・文化〉

集まって住む�

元倉眞琴

三年84ページ 〈日本文化〉

落語の秘密�大友 浩

 

福井県若狭町にある美しい湖、水月

湖。二〇一二年、その湖底に降り積もっ

た地層「年縞」が、歴史的な年代測定

の基準として国際会議で認定され、脚

光を浴びました。日本人を中心とした

研究チームが、考古学の分野で「世界

の歴史を書き換える」とまで言われる

成果をあげたのです。この水月湖の年

縞研究について、分かりやすく説いた

文章を掲載しました。生徒たちに、「こ

んな科学もあるのか」という驚きと、

歴史を解き明かす研究の醍醐味を感じ

てもらいたいと考えています。

 

過去から現代にかけての家や街の変遷、また世界各地の

さまざまな住まいの形態が、建築家の筆者によるやさしい

語り口とイラストで紹介されています。読者は、多様な暮

らしの在り方を概観し、その違いを理解する一方で、いろ

いろな形があっても「人は集まって住む」という共通点に

ついて、思考をめぐらせることになります。この先、より

大きなコミュニティや社会へと羽ばたいていく生徒たちに、

ぜひ考えてもらいたい内容です。

 

日本の伝統芸能として人気の高い落語。その演目に触れ

てみるだけではなく、芸としての奥深さも感じてもらいた

いと考え、演芸研究家による文章を掲載しました。落語の

成り立ちや、噺は

なし

家か

の巧みな技術などを知ることで、文章の

末尾に掲載された演目「猫の皿」をいっそう楽しむことが

できます。熟練の落語家が実際に「猫の皿」を演じている

映像をウェブページや教師用指導書でご提供しますので、

併せてご活用いただくのも効果的です。

「読書への招待」新規掲載作品

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本社 〒114-8524 東京都北区堀船2-17-1 Tel:03-5390-7355(国語編集部) Fax:03-5390-7350支社・出張所 札幌 011-562-5721 仙台 022-297-2666 東京 03-5390-7467 金沢 076-222-7581 名古屋 052-939-2722 大阪 06-6397-1350 広島 082-568-2577 福岡 092-771-1536 那覇 098-834-8084ホームページ http://www.tokyo-shoseki.co.jp

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