量⼦技術序論 - 東京大学5 第14章量子技術の概要 157 14.1 量子計算. . . . . . ....

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量⼦技術序論 ⻑⽥ 有登 野⼝ 篤史 ⼭崎 歴⾈

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量技術序論

有登

野 篤史崎 歴

Q-LEAP量子技術教育プログラム量子技術序論

Alto Rekishu Atsushi

March 2021

1

目 次

01 量子情報における共通言語 7

02 異なる量子物理系 8

03 温度の概念 8

04 本書の構成 10

第 I部 12

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 13

11 ベクトル空間 13

111 3次元空間ベクトル 13

112 多次元空間への拡張 16

113 行列と演算子 16

114 正方行列 18

115 多次元空間でのベクトルの性質と行列の成分表示のまとめ 20

12 古典と量子の運動方程式 21

13 波動関数 22

131 波動関数の内積 22

132 連続的な波動関数と離散的な波動関数 22

133 演算子 24

14 Dirac表示 25

15 行列表示 26

16 波動関数の主な性質 28

17 合成系 29

171 合成系の演算子 31

172 合成系の行列表示 32

173 量子もつれ状態 33

174 しばしば使われる量子状態の記述 35

18 固有ベクトルと固有値 36

19 演算子の種類 37

191 Hermite演算子 37

192 射影演算子 38

193 ユニタリー演算子 39

2

194 Pauli行列 39

195 演算子関数 40

110 密度演算子 41

1101 混合状態の例 43

1102 密度演算子の一般的性質 43

1103 合成系の密度演算子とその縮約 43

111 交換子と反交換子 45

1111 Heisenbergの不確定性原理 45

第 2章 量子力学の基礎 48

21 時間発展 48

211 時間に依存しない Schrodinger方程式 48

212 ユニタリー演算子を用いた時間発展 49

213 3つの描像 50

214 Heisenbergの運動方程式 53

22 回転系へのユニタリ変換 53

第 3章 摂動論 55

31 時間に依存しない摂動論 55

311 Zeeman効果 57

32 時間に依存する摂動論 58

321 時間依存した摂動展開 62

第 II部 65

第 4章 二準位系と電磁波 66

41 二準位系スピンおよび Bloch球 66

42 電磁波 67

421 調和振動子の昇降演算子 69

43 二準位系と電磁波の相互作用 70

431 Jaynes-Cummings相互作用 70

44 二準位系と電磁波の例 71

441 自然放出と誘導放出 74

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 76

51 Bloch方程式と緩和 76

511 Bloch方程式 76

512 緩和がある場合の Bloch方程式 78

52 Rabi振動 80

53 Ramsey干渉 81

3

54 スピンエコー法 82

第 6章 調和振動子 84

61 Fock状態 84

62 コヒーレント状態 84

63 スクイーズド状態 87

64 熱的状態 89

65 光子相関 89

651 振幅相関 一次のコヒーレンス 90

652 強度相関 二次のコヒーレンス 90

66 Wigner関数 91

661 導入 91

662 Wigner関数の例 92

663 コヒーレント状態 92

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 95

71 Jaynes-Cummingsモデル 95

72 弱結合強結合領域 96

73 分散領域 98

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 101

81 共振器の性質 101

811 Q値 102

812 フィネス(Finesse) 103

82 共振器の測定 104

821 反射測定と透過測定 104

822 実際の測定系 106

83 入出力理論 [17] 106

831 伝播モードと入出力関係 106

832 1ポートの測定 108

833 2ポートの測定 110

834 二準位系の自然放出 111

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系 112

第 9章 量子実験系における種々の結合 116

91 原子イオンの例 116

911 原子-光相互作用 116

912 サイドバンド遷移 118

913 フォノン-フォノン相互作用 119

92 超伝導量子回路 121

921 LC共振器の量子化 122

4

922 超伝導量子ビット 123

923 共振器とトランズモンの結合 125

93 共振器オプトメカニクス 126

931 導入 126

932 オプトメカニカル相互作用 128

933 オプトメカニカル相互作用の線形化 129

第 III部 131

第 10章 量子ゲート 132

101 一量子ビットゲート 133

1011 X ゲート 133

1012 Z ゲート 133

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T 134

102 二量子ビットゲート 134

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート 135

1022 制御 Z(CZ)ゲート 135

1023 iSWAPゲートと SWAPゲート 135

1024 XX ゲートと ZZ ゲート 136

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出 136

103 Cliffordゲートと non-Cliffordゲート 138

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 140

111 射影測定と一般化測定 140

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ 141

113 フィデリティ 142

114 量子ゲートエラーの評価 143

115 ノイズ演算子 143

116 量子プロセストモグラフィ 145

1161 ゲートフィデリティ 146

117 Randomized benchmarking 147

第 12章 量子エラー訂正の基礎 149

121 スタビライザーによる定式化 150

122 三量子ビット反復符号 151

123 Shor符号 152

124 発展的な量子ビットの符号化 154

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 155

5

第 14章 量子技術の概要 157

141 量子計算 157

1411 Groverのアルゴリズム 157

142 量子鍵配送 158

1421 BB84 158

143 量子センシング 159

1431 Ramsey干渉 159

1432 エンタングルメントによる量子センシング 160

144 量子シミュレーション 161

145 量子インターネット 161

付 録A 位置表示と運動量表示 162

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例 163

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出 165

付 録D 原子の量子状態 168

D1 Bohrモデル 168

D2 微細構造 169

D3 超微細構造 170

付 録E 量子マスター方程式 171

E1 Liouville-von Neumann方程式 171

E2 系と熱浴との相互作用 172

E3 レート方程式 178

E4 光 Bloch方程式 179

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 181

F1 一般的な手順 181

F2 頻出する例 182

F21 駆動されたスピン系 182

F22 駆動されたスピン系の一般化 183

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 184

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 186

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却 186

H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式 186

H12 共振器冷却の冷却限界 189

6

付 録 I 量子もつれとその応用 191

I1 分離可能状態と量子もつれ状態 191

I2 量子もつれの尺度 191

I21 エンタングルメントエントロピー 192

I22 ネガティビティ 193

I3 量子テレポーテーション 195

I4 エンタングルメントスワッピング 197

I5 Local operation and classical communication (LOCC) 199

付 録 J 量子複製禁止定理 200

7

はじめに

01 量子情報における共通言語量子力学は 1900年代初頭からEinsteinDiracHeisenbergSchrodingerなど名

高い物理学者による数々の議論により肉付けられ相対論などとの融合も踏まえ大きく発展してきたその枠組みから予想される一見非自明な物理現象の数々は多くの物理学者を困らせたがこの長い歴史の中で未だにその体系が間違っているという観測は報告されていない量子力学自体は長い歴史をもつが過去 50年間の量子力学の発展は実験的手法の

成熟とそれに支えられた量子力学のさらなる考察にも大きく支えられてきている核磁気共鳴(NMR)の発展による核スピン状態の観測操作真空中の原子やイオンの分光実験高性能レーザーの開発や非線形光学の発展による光の量子性の検証また外乱が多く量子性の担保がが難しいと言われてきた固体素子の中でも様々な量子操作が確認されるようになってきているこれらの多彩な実験は量子力学を様々な角度から検証することを可能とすると伴にこれまでその性質を見極めるための「観測」がメインであった量子を「操作」の対象として成熟させたつまり今までは見ることが目的であった量子を人類は自由に操作する術を手に入れたのであるそんな中この 20年くらいの間に大きく発展してきたのが量子情報科学という分野

である実験手法の発展により各々の物理系の操作性が向上しまたそれら物理系がもつ固有の特色が顕になってきたそれら操作性や物理系の特色を活かした情報技術特に量子の性質を活かした情報操作を行うという試みが大きく展開されてきたのであるこの量子情報の研究により幾つかの新しい知見が生まれてきたそれは一見全く異なる物理系においても量子を情報の起源と捉えることにより多くの類似性を持つことがわかってきたのであるこれまで各々の物理系はそれぞれ独立に進歩してきたしかしこれらを量子情報という枠組みで俯瞰する事により異なる物理系を統一した共通言語のもとに包括的に理解することが可能となってきた本プロジェクトはその俯瞰的な視点を若い研究者に提供することによりこれまでの

量子物理系の特色を量子情報という枠組みの中で捉え今まで以上の量子系の発展を促す試みである量子情報技術が社会へ進出するまでにはまだ時間が必要かもしれないしかし量子計算機量子通信インターネット量子シミュレーション量子センサーなど既存の技術を大きく超える提案が数々なされそれらは社会のあり方さえも大きく変革すると言われているこれら量子技術の躍進には既存の量子技術と伴に若い人達の新しいアイデアが鍵となると考えているこれからの量子技術の発展のために皆さんの力を大きく発揮していただきたい

8

02 異なる量子物理系本プロジェクトでは異なる量子系の操作とその特色を学んでいく様々な量子系例

えばイオントラップ冷却原子量子ドット超伝導回路など多くの系が存在するが各々の量子系の特長によりもちろんそれぞれの強みと弱みが異なる例えば既存のコンピューターが個々の部品CPUメモリーハードドライブインターネットアダプタで構成されているように各々の量子系も活躍舞台が異なってくるまた幾つかの共通要素を持つ量子系も多くある例えば作製方法(ファブリケーション)が似ている操作に用いる装置が類似しているデバイスの置かれている環境(温度など)が同じなどである類似な系では一つの量子系を学ぶと他の理解が容易な場合が多くあるまた一見大きく異る量子系でも実は主要素をよく考えるととても似ていると言う場合が多くあるそのためにも多くの物理系を学ぶことで包括的な理解が進むことが期待されるまた先述のように量子情報という枠においてその特色や類似性を捉えることが今まで予想もしなかった形で容易になることが多くあるそのような意味でもこれら多くの物理系の特色を学んでいくことが重要になる量子操作の成熟と伴に各々の量子系の長所を伸ばし短所を抑圧するために幾つか

の量子系を結合させた「ハイブリッド量子系」と呼ばれる量子系の開発も世界的に進められている例えば光ファイバー中の光子は長距離の量子状態伝送を可能とするがその代わりに光子(つまり量子状態)を 1箇所にとどめておくのは非常に困難であるこの時に原子やイオントラップなどと光ファイバーを結合させることにより量子状態を原子やイオンにとどめておくまた必要なときには光子として取り出しファイバーに送り込むというようなことをすることでメモリーと伝送の機能を両立させた新たな量子系の開発が可能となるこれらハイブリッド量子系の開発にも各々の物理系の特色を学ぶことが重要となってくる

03 温度の概念量子系には様々な類似点があげられることを述べてきたが実験的に重要な特長とし

て量子系のエネルギーと操作に用いられる電磁波があげられるそれは実験時に量子系を設置する環境の温度と密接に関係していることを以下に述べる多くの量子操作では単一量子の操作が求められるがその手法は原子のエネルギー

準位を用いると簡単に説明ができる例えば図 11にあるように異なる 2つのエネルギー準位基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩を持つ原子があり各々のエネルギーがEgEeとする通常電子は基底状態にいるがエネルギー準位の差を埋めるようなエネルギーを持つ電磁波(E0 = Ee minus Eg)が吸収されると電子は励起状態に上がる(図 11)このときの電磁波が実験に用いられた電磁波であればよいがそうでない場合はこちらが操作しようとしていないのに原子のエネルギー準位が変わってしまったことになるこの「実験にもちいた以外の電磁波」はどこから来るのかを考える環境温度が T

のときその環境において熱平衡にあるボゾン粒子を考えるボゾン粒子のエネルギー

9

図 1 エネルギー固有状態間の遷移「電磁波」あるいは遷移を引き起こす粒子は実験で意図したものとは限らず熱的に励起された固体中のフォノンやスピンなど周囲の環境からのノイズも含まれる

が粒子の振動角周波数 ωを用いて EBoson = hωと書かれる時その平均粒子数 ⟨n⟩はBose-Einstein分布を用いて

⟨n⟩ = 1

ehωkBT minus 1

(031)

と記述されるここで h = h2π kBはそれぞれDirac係数とBoltzman係数であるDirac係数は Planck係数を 2π で割ったものであるが量子光学や量子情報科学ではPlanck係数よりも頻繁に用いられる温度の換算エネルギー kBT がボゾン粒子のエネルギー hωより十分高いときこの

式は⟨n⟩ ≃ kBT

hωminus 1

2 (032)

で近似されるこの式からわかるように量子を取り巻く環境ではその温度 T に比例した平均粒子数 ⟨n⟩のボゾン粒子がうようよしている固体中ではフォノンなどの素励起粒子真空中ではその周りの壁の温度 T に熱平衡な電磁波(光子)といったボゾン粒子が飛び回っているこれら温度 T の環境にうよめく ldquo熱ボゾン粒子rdquoが邪魔者である「実験にもちいた以外の電磁波」になるのであるこの影響を十分抑制するには実験に用いる電磁波の角周波数 ω0 = E0hにおいてボゾン粒子が環境にほぼいない状況つまり ⟨n⟩ ≪ 1の状況を作れれば良いそこから導かれる環境温度の条件は以下の式で与えられる

T ≪ hω0

kB (033)

この式は環境温度が電磁波の換算温度(T0 = hω0kB)より十分低ければ⟨n⟩ ≪ 1とな

り熱ボゾン粒子の影響が小さくなることをあらわしている電磁波を用いた量子操作実験ではマイクロ波もしくは光が用いられることが多いが各々の周波数換算温度実際量子実験に用いられる装置の環境温度を表 1にまとめた

10

表 1 電磁波周波数と実験環境温度の関係

電磁波 周波数(ω02π) 換算温度(T0) 実際の実験温度(T)マイクロ波 10 GHz 500 mK 10 mK

光 200 THz 10000 K 300 K

この表からわかるようにマイクロ波を用いる実験では電磁波の換算温度が 500 mK

程度であることから環境は希釈冷凍機などを用いてそれより十分低温にする必要がある逆に光を用いる実験では光の換算温度が 10000 K程度なため室温の 300 Kでも十分実験できることがわかるこれは我々の環境の壁(300 K)が熱で光っていないことからも ⟨n⟩ ≪ 1が満たされているのがわかると思うこのように量子操作に用いる電磁波の周波数によって装置の環境温度は大きく異

るまたこれによりマイクロ波と光では同じ電磁波でも実験に関する技術が異なることを覚えておきたい

04 本書の構成本書は上記のような量子系を俯瞰的に見る目やそれを筋よく実現するにはどうすれ

ばよいかという感覚を養うための下地としての基礎的な事柄を一冊の文書にまとめるという目的で執筆されたものである構成として大きく三つに分かれており第部では量子技術で頻繁に用いる線形代数に基づいた量子状態の記述および基礎的な量子力学の知識を量子技術を知るうえで最低限必要と思われるものに関して抜粋し簡潔な形でまとめてある第部では二準位系や電磁波を実際にどのようにとらえそれらがどのように相互作用するのかそして二準位系や電磁波あるいは調和振動子とその間の相互作用が実際にどのように実現されるのかについて記した特に現在の量子技術ではほぼ必須の道具である共振器とその測定の仕方について詳説してある第部では量子ビットという抽象化された量子系の操作測定エラー訂正そして量子技術の概要について書き記した解析力学統計力学量子力学電磁気学の講義を一度は受けたことがある程度の知

識があればそれらを参照しつつ本書を読み進めることはできると思われるとくに第部は量子力学の復習であるため一度量子力学の本を読みとおした経験がある読者は第部から読み始め適宜第部に立ち戻りながら読み進めていくような読み方でよいだろうただし第部に量子技術で頻繁にみられる記述の仕方や概念等も含まれており目を通しておくことをお勧めしたいこういった意味で本書の対象はあえて言えば順当に勉学を進めてきた学部34年生あたりにあるただし意欲的な12年生も読み進められると期待しているし大学院生ひいては量子技術分野内外の研究者にとっても読んで得るものがあることを期待しているまた全体として物理現象として何が起こっているかのイメージの獲得と理解を優先したため理論的な厳密さを欠く部分が散見されるであろうことはご承知いただきたい

11

本書の執筆にあたり文章の校正計算チェックなどにご協力いただいた東京大学野口研究室の重藤真人氏中島悠来氏渡辺玄哉氏内容についてのたいへん有用なアドバイスをいただいた増山雄太氏にこの場で感謝の意を表したい

第I部

13

第1章 量子力学における状態の記述と演算子

この章では量子力学の基礎を簡単にさらう一般的に多くの大学では初級量子力学の授業において波動関数を用いた表示が多いが量子情報科学では行列表示を用いる場合が多いしかし例外も多く量子間の相互作用の導出など波動関数を用いることも多々あるため波動関数表示と行列表示を行ったり来たりする場合が頻繁に出てくるそのため読者には両方の知識をつけてもらいたいここでは 2つの表示方法ならびに量子力学の基礎そしてツールとして用いられる線形代数の基礎またこれらの表示の簡素化が可能なDirac表記を復習する

11 ベクトル空間量子状態はベクトル空間におけるベクトルとして扱われるがここでは簡単にベクト

ル空間の基礎を後に頻繁に用いられる用語を紹介しながら復習する

111 3次元空間ベクトル3次元空間における 2つの任意のベクトル

V = Vx x+ Vy y + Vz z (111)

W = Wx x+Wy y +Wz z (112)

があるとするベクトルは基底 (basis)とよばれる単位成分ベクトル x y zとその振幅 (amplitude)である係数 Vx Vy Vz およびWx Wy Wz から構成される計算に便利な行列表示を用いるとき状態ベクトルは通常縦ベクトルで表される単位成分ベクトルは

x =

1

0

0

y =

0

1

0

z =0

0

1

(113)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 14

と表され

V = Vx

1

0

0

+ Vy

0

1

0

+ Vz

0

0

1

=

VxVyVz

(114)

W = Wx

1

0

0

+Wy

0

1

0

+Wz

0

0

1

=

Wx

Wy

Wz

(115)

となる

内積

2つのベクトルの内積 (inner product)は

V middot W = VxWx + VyWy + VzWz (116)

と定義されベクトルの内積からはスカラー(数字)が計算される行列表示を用いると内積はベクトルの転置 (transpose)

V T =(Vx Vy Vz

)(117)

を用いて

V middot W = V T W =(Vx Vy Vz

)Wx

Wy

Wz

= VxWx + VyWy + VzWz (118)

となる上記でわかるように内積をとる 2つのベクトルの次元数は同じでなければならない

正規直交基底

上記のようにベクトル空間の基底は通常長さ 1になるように正規化 (normalized)されておりまたこの例では図 11(左)のように x y zは全て直交しているこのような基底を正規直交基底 (Orthonormal set of basis)とよぶ基底 x y zを xi i = 123

で表すと正規直交基底はxi middot xj = δij (119)

の式を満たす一般的には基底は正規化もしくは直交している必要はない図 11(右)にあるよう

に正規直交基底ではない基底 xprime yprime zprimeを用いて V を記述することもできるが各々の成分が他に依存しない正規直交基底の方がもちろん便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 15

図 11 (左) 正規直交基底 x y z(右) 正規直交ではない基底 xprime yprime zprimeでも同じ V を記述することは可能

ベクトルの成分

ベクトル V があたえられているときその振幅を内積を用いて求めることができる例えば Vxを求めたい場合

Vx = x middot V (1110)

と計算することができる行列表示を用いると

Vx =(1 0 0

)VxVyVz

= Vx (1111)

となる

ノルム

各々の振幅からベクトルの ldquo長さrdquoを計算することが出来るがベクトルの ldquo長さrdquoは一般的にノルム (norm)とよばれ内積を用いて

norm(V ) =radicV middot V =

radicV 2x + V 2

y + V 2z (1112)

と定義されるこのノルムを用いて任意のベクトル V を単位ベクトル vに変換したい場合もとのベクトルをノルムで割ることで

v =V

norm(V ) (1113)

と計算することができもちろん元のベクトルは

V = norm(V )v (1114)

と書くことができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 16

外積

先述した内積は2つのベクトルからスカラーが計算されたがベクトルの外積は 2

つのベクトルから行列が計算される先程用いたベクトル V W の外積は行列表示を用いると

V otimes W = V W T =

VxVyVz

(Wx Wy Wz

)(1115)

=

VxWx VxWy VxWz

VyWx VyWy VyWz

VzWx VzWy VzWz

(1116)

となる上記ではどちらも 3次元のベクトルから 3times 3の行列が計算されたが外積の場合には 2つのベクトルは次元数が異なっていても大丈夫であるm次元と n次元のベクトルからはmtimes nの大きさの行列が計算される

112 多次元空間への拡張これまでは実空間の 3次元の例を用いたが量子状態を扱うヒルベルト空間とよば

れる多次元ベクトル空間では3次元以上への拡張が必要となる(x y z) rarr (xi i =

1 2 3 4 )と拡張すると多次元における任意のベクトルは

V =sumi

Vixi (1117)

W =sumi

Wixi (1118)

と記述できる

113 行列と演算子先述では外積を用いてベクトルから行列が計算されたがmtimes n次元の行列 Aは

A =

A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

(1119)

のように成分Aij をもつ行列表示ができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 17

行列成分

行列のある成分例えばA21は単位ベクトル

x1 =

1

0

0

0

x2 =0

1

0

0

(1120)

を用いて

A21 =(0 1 0 0

)A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

1

0

0

0

(1121)

と書ける一般化するとAij = xTi A xj (1122)

のように行列成分は横ベクトル行列縦ベクトルの積で書けることがわかる

転置行列

先述のmtimes n次元の行列 Aの転置行列 AT は

AT =

A11 A21 An1

A12 A22 An2

A1m A2m Anm

(1123)

のように ntimesm次元の行列となり行列要素は

ATij = Aji (1124)

を満たす

行列の積

行列の積によって新たな行列が計算できるが例えば C = ABのとき Cの行列要素は

Cij =sumk

AikBkj (1125)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 18

を満たすこの式からもわかるように計算された Cが ltimes nの行列Aが ltimesmの行列のとき行列 Bはmtimes nと次元数があっていなければならないこの行列 C の転置行列 CT の行列成分は指数を交換した形で

CTij = Cji =sumk

AjkBki (1126)

と表される

114 正方行列縦と横の次元数が同じ m times mの行列は正方行列と呼ばれ最も使われる行列群で

ある

行列のトレース

正方行列 Aがあるとき行列 Aのトレースは

Tr A =sumi

Aii (1127)

となるが対角成分の和となっているまた 2つの行列の積 C = ABが正方行列のときそのトレースは

TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1128)

と表される

単位行列

特殊な正方行列の 1つである単位行列 Iは対角の全ての成分が 1で他は全て 0の行列である3times 3の単位行列は

I =

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1129)

であり行列成分 Iij はIij = δij (1130)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 19

を満たすまた単位行列は正規直交基底の外積を用いて

I =sumi

xixTi (1131)

=

1 0 0

0 0 0

0 0 0

+

0 0 0

0 1 0

0 0 0

+ middot middot middot+

0 0 0

0 0 0

0 0 1

(1132)

=

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1133)

と表すことができる

演算子としての行列

ベクトル空間におけるベクトルは演算子によって作用を受けるが行列演算を用いると簡単に記述できるベクトル W が行列 Aとベクトル V の積で計算されるとき

W = AV (1134)

と記述される行列表示で

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(1135)

V =

V1V2V3

(1136)

であるとき

W = AV =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

V1V2V3

=

A11V1 +A12V2 +A13V3

A21V2 +A22V2 +A23V3

A31V3 +A32V3 +A33V3

(1137)

となる指数を用いた表示では

Wi =sumj

AijVj (1138)

と記述できる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 20

115 多次元空間でのベクトルの性質と行列の成分表示のまとめ多次元空間でのベクトルの性質ならびに行列の成分表示は後のマテリアルで頻繁に

使われるため重要な式を以下にまとめる

多次元空間でのベクトル

正規直交基底 xixj = δij (1139)

ベクトル成分 Vi = xi middot V (1140)

ベクトルの正規化sumi

V 2i = 1 (1141)

ノルム norm(V ) =

radicsumi

V 2i (1142)

内積 V middot W =sumi

ViWi (1143)

外積 (V otimes W )ij = ViWj (1144)

最後の外積だけは計算された V otimes W の行列成分を表している元のベクトルが各々m次元と n次元の場合i = 1 m j = 1 nである

行列の成分表示

行列 A B C = ABがありまたベクトル V W が W = AV を満たすとき

行列成分と基底の関係 Aij = xTi A xj (1145)

積で与えられた行列の成分 Cij =sumk

AikBkj (1146)

転置行列 CTij = Cji =sumk

AjkBki (1147)

トレース TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1148)

単位行列 I =sumi

xixTi (1149)

行列ベクトル積 Wi =sumj

AijVj (1150)

となる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 21

図 12 古典的な運動 (左)と量子的な運動(右)

12 古典と量子の運動方程式古典力学でも量子力学でも我々は「モノ」の運動について考えるが何故か多くの

人にとって量子力学はとっつきにくいものである古典力学では図 1aのようにあるポテンシャル V (x)を質点mが運動するさまをニュートンの法則を使って

mx = minuspartV (x)

partx(121)

と記述できるここで x = dxdt = d2xdt2を表すそれに対して量子力学では図 1bのように割れたコップから流れ出た液体のような

波動関数の運動を Schrodinger方程式を用いて

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (122)

と記述しこの方程式を解くことによって波動関数 Ψを得るこの 2つの力学では圧倒的に異なる部分がある古典力学ではモノの位置 x(t)が直接計算できその他の物理量 v(t) = dx

dt や p = mvなどもすぐに導けるしかし量子力学ではこの波動関数Ψ(x)と呼ばれるぷよぷよしたモノの関数が与えられるだけであるなんとも面倒だ

この波動関数から有益な情報や物理量を抽出したり波動関数自体を操作するためには演算子 (オペレーター)を使わなくてはいけない多くの学生にとってこの量子力学特有の手続きと不思議な全体構成が量子力学自体の敷居を上げているようにみえるしかし物理学者も色々工夫することで量子力学を簡素化してきたその一つが線形代数であるすべての量子状態はヒルベルト空間上でベクトルとして記述されそれらの時間発展や物理量の抽出などはオペレーターを用いて可能であるつまりかなり抽象的な ldquo波動関数rdquoとその操作と言う概念をベクトルや行列を用いて表現できることを我々は知っているこの章ではその基礎となる線形代数と量子力学の基礎を簡単にレビューする

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 22

13 波動関数131 波動関数の内積1次元系における任意の波動関数Ψ(x)は関数空間における一つのベクトルとして考

えられる状態がベクトルで記述できるとき内積の定義が必要になるが2つの波動関数Ψと Φがあるときその内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dx (131)

と定義されるこのときΨlowastはΨの複素共役を表す波動関数Ψ(x)は線形独立な基底 ψi(x)を用いて

Ψ(x) = c1ψ1(x) + c2ψ2(x) + middot middot middot+ cnψn(x)

=

nsumi=1

ciψi(x) (132)

と記述することができるciは複素数の係数であるこのとき基底 ψiは正規直交化されており int infin

minusinfinψlowasti (x)ψj(x)dx = δij (133)

を満たすこれを用いて波動関数Ψ自体の内積を計算するとint infin

minusinfinΨlowast(x)Ψ(x)dx =

int infin

minusinfin

nsumij=1

clowasti cjψlowasti (x)ψj(x)dx

=nsum

ij=1

clowasti cjδij =nsumi=1

|ci|2

となるため波動関数の規格化はnsumi=1

|ci|2 = 1 (134)

と書くことができる

132 連続的な波動関数と離散的な波動関数波動関数の内積と規格化が定義できたので少し具体的に見てみよう対象としている

粒子を量子力学の初めに 1次元の位置 xに対して図 13(a)のような波動関数

Ψ = Ψ(x) (135)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 23

図 13 (a) 連続的な波動関数 (b) 離散的な波動関数

として習ったと思う波動関数の絶対値の二乗(|Ψ|2 = ΨlowastΨ)は確率密度を表すのでa le x le bに粒子がいる確率 P (a le x le b)は

P (a le x le b) =

int b

adx|Ψ(x)|2 (136)

で求めれる量子情報ではこのような波動関数を扱う場合もあるが情報をビットとして扱う場合

など十分離散的な図 13(b)のような波動関数を扱う場合が多いこの場合x = a付近にいるΨaとx = b付近にいるΨbの 2つの状態を個別の状態と考える

Ψa = Ψ(x) for xa minus δx lt x lt xa + δx (137)

Ψb = Ψ(x) for xb minus δx lt x lt xb + δx (138)

このとき δxは x = a bの周辺で各々の波動関数を十分カバーする距離である各々の波動関数を規格化し

ψa =Ψa(x)radicint a+δx

aminusδx dx|Ψa|2(139)

ψb =Ψb(x)radicint b+δx

bminusδx dx|Ψb|2(1310)

としたときψaと ψbは重なりがないのでint infin

minusinfindxψlowast

i ψj = δij (1311)

を満たし正規直交基底として扱えるこの波動関数を用いると全体の波動関数Ψは

Ψ(x) = ca ψa(x) + cb ψb(x) (1312)

と表されるこのとき |ca|2 + |cb|2 = 1である連続的に分布している波動関数もあるパラメーターで十分分離されていれば(この例では位置 xに対して ψa ψbが分離されていた)離散的な状態として考えることができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 24

図 14 離散的な波動関数のエネルギースペクトル

後に述べる量子ビットの多くは図 14のように波動関数を位置 xによる状態表記ではなくエネルギー軸での状態を用いているこの場合同様の手法を用いて

Ψ = cg ψg + ce ψe (1313)

と表せる同様に波動関数全体の規格化条件から

|Ψ|2 = |cg|2 + |ce|2 = 1 (1314)

であり基底状態には |cg|2励起状態には |ce|2の確率で離散的な状態に粒子が存在するように記述できる実験的にはエネルギーというパラメーターに対して連続的に分布する量子状態もその分布が十分別れていれば必要な範囲だけ積分することで幾つかの離散的な状態として扱えるこのような状態を用いて 0の状態を ψ0 equiv ψg1の状態を ψ1 equiv ψeとすることで量子ビットの状態

Ψ = c0 ψ0 + c1 ψ1 (1315)

として用いることができる

133 演算子演算子 (operator)は波動関数に対する作用素として与えられ本書の前半では区別

のため Aとアクセント記号を付けて記述する本書後半ではたくさんの演算子が登場し見た目が少しごちゃごちゃするのでアクセント記号を省略する読者には後半に進むまでに式の中のどれが演算子かわかるようになっていただきたいオペレーター Aを波動関数に作用させると作用後の新たな波動関数は

Ψprime = AΨ (1316)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 25

となるある物理量Oに対するオペレーターが Oの場合波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =int infin

minusinfinΨlowast(x)OΨ(x)dx (1317)

を用いて求めることができる

14 Dirac表示上記の波動関数及びオペレーターの記述をDirac表示という方法を用いて記述する

この方法は様々な意味で表示が簡素化され直感的にもわかりやすい記述になっていることがすぐに理解できると思うなお以下の議論に本来必要な位置表示などの詳細は付録 Aに記載する波動関数Ψで表される量子状態はDirac表示を用いて

Ψ rarr |Ψ⟩ (141)

と表す英語で括弧のことを braketと呼ぶのにちなんで ketベクトルと呼ばれるこの ketベクトルには相対空間にある braベクトルというベクトルが存在し

Ψlowast rarr ⟨Ψ| (142)

と記されるまた波動関数が複数の量子数 (n lm )で表される場合などはその量子数を用いて

Ψnlm rarr |nlm⟩ (143)

と書かれることが多いこのDirac表示を用いて 2つの量子状態 |Ψ⟩と |Φ⟩の内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dxrarr ⟨Ψ|Φ⟩ (144)

と表示される感の良い読者は気づいたかもしれないが|Ψ⟩や ⟨Ψ|のように braketが閉じていないものはベクトル状態であり閉じているものは内積が取られた数字(スカラー)であるこの便利なDirac表示を用いて量子状態の記述を以下にさらう(多次元空間ベクトルのまとめ式 1139-1144と比較していただきたい)波動関数 |Ψ⟩は線形独立な基底 |ψi⟩を用いて

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

=nsumi=1

ci |ψi⟩ (145)

と記述するこができるまたこの状態に対応した braベクトルは

⟨Ψ| = clowast1 ⟨ψ1|+ clowast2 ⟨ψ2|+ middot middot middot+ clowastn ⟨ψn|

=nsumi=1

clowasti ⟨ψi| (146)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 26

である基底の正規直交化条件および波動関数 |Ψ⟩の規格化条件は各々

⟨ψi|ψj⟩ = δij (147)

⟨Ψ|Ψ⟩ =sumij

ciclowastj ⟨ψj |ψi⟩ =

nsumij=1

ciclowastjδij

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (148)

と非常に簡便に書くことができる同様に演算子の作用もDirac表示で記述できるAの作用を受けた状態 |Ψ⟩は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩ (149)

となり波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =langΨ∣∣∣OΨ

rang= ⟨Ψ| O |Ψ⟩ (1410)

と記述できるもちろん物理量の期待値は数字として出てくるため braketに囲まれた形になっている最後の等号は同じことを表しているが

∣∣∣OΨrangは演算子 Oが |Ψ⟩に作

用した後の状態というニュアンスが明示的に書かれている

15 行列表示Dirac表示に続き状態の行列表示もここで紹介しよう波動関数表示では関数を状態

ベクトルとして捉えていたがベクトルとしては我々に馴染み深い行列の形で量子状態を記述することができるketベクトル |Ψ⟩は通常縦ベクトルとして記述されるこのとき正規直交化された基

底 |ψi⟩を用いると

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

= c1

1

0

0

+ c2

0

1

0

+ middot middot middot+ cn

0

0

1

=

c1

c2

cn

(151)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 27

と表されるこれに対し ⟨Ψ|は |Ψ⟩を横ベクトルにしたものに対して複素共役をとった

⟨Ψ| =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)(152)

と記述される内積は braと ketベクトルをそのまま並べて行列計算ができるように

⟨Ψ|Ψ⟩ =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)c1

c2

cn

(153)

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (154)

となっているまた上記から

langΨ∣∣Ψprimerang =

(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)cprime1cprime2

cprimen

(155)

=nsumi=1

clowasti cprimei =

nsumi=1

(cicprimelowasti )

lowast (156)

=langΨprime∣∣Ψranglowast (157)

である演算子は行列として表され例えば 3つの基底からなる演算子 Aは

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(158)

の形で表され演算子の作用は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩

=

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

c1c2c3

=

c1A11 + c2A12 + c3A13

c1A21 + c2A22 + c3A23

c1A31 + c2A32 + c3A33

(159)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 28

のように記述できるまた式 (152)よりlangΨprime∣∣ (1510)

=(clowast1A

lowast11 + clowast2A

lowast12 + clowast3A

lowast13 clowast1A

lowast21 + clowast2A

lowast22 + clowast3A

lowast23 clowast1A

lowast31 + clowast2A

lowast32 + clowast3A

lowast33

)

=(clowast1 clowast2 clowast3

)Alowast11 Alowast

21 Alowast31

Alowast12 Alowast

22 Alowast31

Alowast13 Alowast

23 Alowast33

= ⟨Ψ| Adagger (1511)

となる最後の行の Adagger = (AT )lowastは後に詳細を示すが行列 AのHermite共役であるまた先述の ⟨Ψ|Ψprime⟩ = ⟨Ψprime|Ψ⟩lowastを用いると

langΦ∣∣Ψprimerang =

langΨprime∣∣Φranglowast (1512)lang

Φ∣∣A∣∣Ψprimerang = ⟨Ψ|Adagger|Φ⟩lowast (1513)

が導かれる量子系の解析では多くの演算子は正方行列として用いられるため演算子のトレース

が定義できる行列のトレースと同じく

Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1514)

と定義される

16 波動関数の主な性質波動関数の主な性質を下記にまとめる先述した ldquo多次元空間でのベクトルと行列の

成分表示rdquoと一対一の対応があるので慣れていなければ一度見返していただきたい

正規直交基底 ⟨ψi|ψj⟩ = δij (161)

波動関数成分 ci = ⟨ψi|Ψ⟩ (162)

波動関数の正規化sumi

|ci|2 = 1 (163)

ノルム norm(Ψ) =

radicsumi

⟨Ψ|Ψ⟩ =radicsum

i

|ci|2 (164)

波動関数の内積 ⟨Ψa|Ψb⟩ =sumi

alowasti bi (165)

波動関数の外積 (|Ψa⟩ ⟨Ψb|)ij = ⟨ψi|Ψa⟩ ⟨Ψb|ψj⟩ = alowasti bj (166)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 29

演算子成分と基底の関係 Aij = ⟨ψi|A|ψj⟩ (167)

積で与えられた演算子の成分 Cij = ⟨ψi|C|ψj⟩

=sumk

⟨ψi|A|ψk⟩ ⟨ψk|B|ψl⟩

=sumk

AikBkl (168)

演算子のHermite共役 Cdaggerij = ⟨ψi|Cdagger|ψj⟩= ⟨ψj |C|ψi⟩lowast

=sumk

⟨ψj |A |ψk⟩⟨ψk| B|ψi⟩lowast =sumk

AlowastjkB

lowastki (169)

トレース Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1610)

完全系 I =sumi

|ψi⟩⟨ψi| (1611)

演算子の作用 cprimei =langψi∣∣Ψprimerang =sum

j

⟨ψi|A|ψj⟩ ⟨ψj |Ψ⟩

=sumj

Aijcj (1612)

上記では |Ψ⟩ =sum

i ci |ψi⟩ |Ψprime⟩ =sum

i cprimei |ψi⟩ C = ABを用いた

17 合成系

図 15 二つの量子ビットの合成系

これまでは単一粒子の状態について考えてきたが異なる粒子を同時に考えたりお互いの粒子が結合している様子を考える場合複数の量子状態を 1つの状態として簡便に記述する必要がある例えば図 15のように 2つの量子ビットがある場合これを 1つの合成系と考えると直積記号otimesを用いて

ψaと ψbの合成系  |ψa⟩ otimes |ψb⟩ (171)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 30

と記述できるこの合成系は下記の線形特性を持っている

α(|ψa⟩ otimes |ψb⟩) = (α |ψa⟩)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes (α |ψb⟩) (172)(|ψa⟩+

∣∣ψprimea

rang)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩+

∣∣ψprimea

rangotimes |ψb⟩ (173)

|ψa⟩ otimes(|ψb⟩+

∣∣ψprimeb

rang)= |ψa⟩ otimes |ψb⟩+ |ψa⟩ otimes

∣∣ψprimeb

rang (174)

また 2つ以上の粒子ψ1 ψ2 middot middot middotψnを扱う場合も

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (175)

と拡張できる記述を簡便にするために

|ψa⟩ otimes |ψb⟩ equiv |ψa⟩ |ψb⟩ equiv |ψ⟩a |ψ⟩b equiv |ψaψb⟩ (176)

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (177)

equiv |ψ1⟩ |ψ2⟩ middot middot middot |ψn⟩ equiv |ψ⟩1 |ψ⟩2 middot middot middot |ψ⟩n equiv |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩ (178)

など文献によって様々な記述がある3つ目の記述方法 |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩は前述した複数の量子数を持つ状態Ψnlm equiv |nlm⟩と混同する場合があるので気をつけていただきたい2つの合成系の状態が正規直交基底 |ψi⟩|ϕi⟩を用いて

|Ψa⟩ = |ψa⟩ |ϕaprime⟩ (179)

|Ψb⟩ = |ψb⟩ |ϕbprime⟩ (1710)

と表されるとき2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ = ⟨ψa|ψb⟩ ⟨ϕaprime |ϕbprime⟩= δabδaprimebprime (1711)

となるつまり個別系の片方でも直交している場合は合成系も直交していることとなるこれを拡張して任意の状態が

|Ψa⟩ =sumij

cij |ψi⟩ |ϕj⟩ (1712)

|Ψb⟩ =sumkl

dkl |ψk⟩ |ϕl⟩ (1713)

と表されるときこの 2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ =sumijkl

clowastijdkl ⟨ψi|ψk⟩ ⟨ϕj |ϕl⟩

=sumijkl

clowastijdklδikδjl

=sumik

clowastiidkk (1714)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 31

となるさて図 15の系を用いて具体的な例を紹介しよう2つの量子状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ (1715)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ (1716)

のように与えられ各々の量子状態 |ψi⟩は規格化されているので1sumi=0

|ai|2 =1sumi=0

alowasti ai = |a0|2 + |a1|2 = 1 (1717)

1sumj=0

|bj |2 =1sumj=0

blowastjbj = |b0|2 + |b1|2 = 1 (1718)

であるこのとき合成系は

|Ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩= (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)= a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩ (1719)

となるここで例えば |01⟩は粒子 aが 0状態 (|0⟩)に粒子 bが 1状態 (|1⟩)にいる状態である先述のように |00⟩|01⟩|10⟩と |11⟩はお互いに直交した状態であるこの合成系の内積は

⟨Ψ|Ψ⟩ = (alowast0blowast0 ⟨00|+ alowast0b

lowast1 ⟨01|+ alowast1b

lowast0 ⟨10|+ alowast1b

lowast1 ⟨11|)

times(a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩)= alowast0a0b

lowast0b0 + alowast0a0b

lowast1b1 + alowast1a1b

lowast0b0 + alowast1a1b

lowast1b1

= (alowast0a0 + alowast1a1)(blowast0b0 + blowast1b1) = (|a0|2 + |a1|2)(|b0|2 + |b1|2) = 1

(1720)

となり合成前の状態 |ψa⟩|ψb⟩が規格化されていれば合成系である |Ψ⟩は自動的に規格化されているのがわかる

171 合成系の演算子図 15のように 2つの量子ビットが十分離れていて各々操作ができる場合当然片方

の操作はもう片方に影響がないつまり量子状態が |ψ⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩で書かれ|ψa⟩|ψb⟩に対応する演算子が ABの場合合成系に作用する演算子は

Aotimes B (1721)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 32

と記述されその作用は

(Aotimes B) |ψ⟩ = (Aotimes B) |ψa⟩ otimes |ψb⟩= A |ψa⟩ otimes B |ψb⟩ (1722)

となる合成系のうち |ψa⟩にだけ Aを作用させるときは図 16のように片方だけ演算子が作用し合成系には Aotimes I が作用される合成系の演算子 Aotimes BのHermite共役

図 16 二つの量子ビットの合成系

もしばしば必要となるが(Aotimes B)dagger = Adagger otimes Bdagger (1723)

となり基本的には各々が独立しているのがわかる

172 合成系の行列表示合成系の演算も行列表示を用いると簡便なことが多い先述のように 2つの量子ビッ

トの状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ =

(a0

a1

)(1724)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ =

(b0

b1

)(1725)

である場合合成系 |ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩は行列表示を用いて

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 33

|ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩

=

(a0

a1

)otimes

(b0

b1

)

=

a0

(b0

b1

)

a1

(b0

b1

)

=

a0b0

a0b1

a1b0

a1b1

(1726)

と「入れ子」の形で記述される同様に |ψa⟩に作用する Xaと ψbに作用する Zbが各々

Xa =

(0 1

1 0

)(1727)

Zb =

(1 0

0 minus1

)(1728)

とある場合合成系の演算子は

Xa otimes Zb =

0 middot

(1 0

0 minus1

)1 middot

(1 0

0 minus1

)

1 middot

(1 0

0 minus1

)0 middot

(1 0

0 minus1

) =

0 0 1 0

0 0 0 minus1

1 0 0 0

0 minus1 0 0

(1729)

と同じく入れ子の形で記述される当然入れ子の順番を間違えると変な行列ができてしまうので気をつけていただきたい

173 量子もつれ状態先程の例は 2つの個別粒子の量子状態を直積の形で表したが直積では記述できない

ような混合系の量子状態が存在する例えば

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1730)

と言う状態を考えたときこの状態は直積状態として |ψa⟩ otimes |ψb⟩の形で記述できない直積で記述できる具体的な例として |Ψ⟩ = |00⟩+ |01⟩は

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |01⟩) = |0⟩ otimes 1radic

2(|0⟩+ |1⟩) (1731)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 34

のように直積で記述できる式 (1730)ように直積で表せない状態を量子もつれ状態 (Entanglement State)(も

しくはもつれ状態もつれ合い状態)とよび量子情報では非常に重要な状態である2つの量子ビットで頻繁に用いられるもつれ合い状態として以下の 4つのベル状態とよばれるものがある

|Φ+⟩ =1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1732)

|Φminus⟩ =1radic2(|00⟩ minus |11⟩) (1733)

|Ψ+⟩ =1radic2(|01⟩+ |10⟩) (1734)

|Ψminus⟩ =1radic2(|01⟩ minus |10⟩) (1735)

式 (1730)の例はベル状態の 1つであることがわかるこのもつれ合い状態例えば|Φ+⟩ = 1radic

2(|00⟩+ |11⟩)は測定した場合50の確率で |00⟩か |11⟩に確定する

図 17 ベル状態の測定

これはよく考えるととても不思議である例えば |Φ+⟩にある状態の 2個の量子ビットのうち 1個めを自分がもう 1つのを友人に渡した後その友人は月まで行ってしまったとするある日自分が思いつきで自分の量子ビットを測定したとき |1⟩が観測されたこの瞬間状態は |11⟩だということが確定するので友人が持っている量子ビットが |1⟩だということが自分にはわかるそれはまるで月までいる友人の量子ビットの状態の情報がこちらに一瞬で飛んで来たようであるちなみに 2人が前述した|ψa⟩ |ψb⟩ = (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)のような直積で記述できる状態を持っていると例えば私が自分の状態が |1⟩だとわかっても月の友人の状態は |0⟩か |1⟩かわからないもつれ合い状態から生まれるこの不思議な相関(2つの粒子の関係性)は量子相

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 35

関とよばれ量子状態でのみ起きる古典的には無い相関であるこの量子相関が量子情報処理などではそのパワーの重要な源として上げられるためとても重要な概念である

174 しばしば使われる量子状態の記述

図 18 離散的な量子状態の記法の例

表 11 物理状態のよくある記述

物理系 状態 表記原子 基底状態 |g⟩

励起状態 |e⟩さらに上の励起状態 |f⟩ |h⟩ middot middot middot

量子ビット 0状態 |0⟩1状態 |1⟩

調和振動子 n状態 (0 1 2 middot middot middot n) |0⟩ |1⟩ |2⟩ middot middot middot |n⟩光子 縦偏光 |⟩

横偏光 |harr⟩斜め右偏光 |⟩斜め左偏光 |⟩

その他 補助準位 |a⟩

本書では様々な量子状態を扱うが主に二準位系と調和振動子の状態を扱っていく二準位系の代表として量子ビットがあるが|0⟩と |1⟩を用いてその状態を表せるまた調和振動子はその粒子数から |n⟩と言う状態で記述することができるしかし実験的には例えば原子などエネルギー状態を扱う場合図 18(a)のように基底状態は |g⟩励

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 36

起状態は |e⟩さらに実験的補助準位として用いられるさらに上の状態は |f⟩|h⟩ middotと表記されることが多いまた様々な量子系でこれらの補助準位 (auxiliary state もしくはancillary state)として |a⟩が用いられることがしばしばあるまた光子ではその偏光状態を用いた状態記述など扱う量子系によって同じ二準位系や調和振動子を扱いながらも直感的にわかりやすい記述が各々の系で用いられることが多い本書でも扱う代表的な状態表記を表 11にまとめる

18 固有ベクトルと固有値量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には演算子に付随する固有値

と固有ベクトルというものが存在する演算子 Aが状態 |ψ⟩に作用し

A |ψ⟩ = a |ψ⟩ (181)

となるときaを演算子 Aの固有値そして |ψ⟩は固有値 aに対応する固有ベクトルとよぶ任意の演算子 Aの固有値は特性関数

c(λ) equiv det |Aminus λI| = 0 (182)

の解 λとして計算できるこのとき I は単位行列を表す特性関数の式を見るとわかるが固有値 λは複数存在できるが代数学からの帰結と

して少なくとも 1つの固有値またそれに対応する固有ベクトルが任意の演算子には存在することが知られている後に詳細を述べる重要な演算してとして物理量の演算子がある例えば運動量の演算子 pを運動量の固有状態である波動関数 |Ψp⟩に作用させると

p |Ψp⟩ = p |Ψp⟩ (183)

となり運動量 pが固有値として導けるある演算子に複数の固有値 λiが存在しそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩が正規直

交化できる場合

A =nsumi

λi |ψi⟩ ⟨ψi|

=

λ1

λ2

λn

(184)

と記述できる場合があるこのとき行列の非対角項は全て 0であるこの表現を演算子の対角表現とよび対角化できる演算子のことを対角化可能な演算子とよぶ対角化された演算子の重要性は様々あり計算が簡単なことや固有状態との対応がわかりやすいなどある他にも後に述べる状態の量子測定などに便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 37

19 演算子の種類量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には様々なものがあるが演算

子の特徴により分類分けができるここでは後に重要となるHermiteユニタリーそして正の演算子の定義とそれらが量子力学においてどのような性質を持つかを述べる

191 Hermite演算子任意の演算子 Aに対してHermite共役演算子 Hdaggerは波動関数の内積を用いてlang

ϕ∣∣∣Hψrang =

intψlowastHϕdx =

intψ(Hdaggerϕ)lowastdx =

langHdaggerϕ

∣∣∣ψrang (191)

を満たす演算子と定義できる行列を用いた表現だと Hdaggerは非常に簡単に求めることができ

Hdagger = (HT )lowast (192)

と表されるこのとき HT は行列 Hの転置つまりもとの行列 Hの転置と複素共役を取れば Hermite共役演算子が導けるまた行列表示を用いると以下の Hermite共役演算子の特徴が簡単に導ける

(Hdagger)dagger = (((HT )lowast)T )lowast = (HT )T = H (193)

(cH)dagger = clowastHdagger (194)

(H1 + H2)dagger = H1

dagger+ H2

dagger(195)

(H1H2)dagger = H2

daggerH1

dagger(196)

ある演算子 H のHermite共役演算子が Hdaggerが元の演算子と同じ場合つまり

Hdagger = H (197)

のときH は Hermite演算子とよばれるHermite演算子は波動関数の内積に関して以下の特徴をもつ lang

ψ∣∣∣Hϕrang =

langHψ

∣∣∣ϕrang (198)

Hermite演算子は物理量と密接に結びついており我々が測定する物理量に対応する演算子は全てHermite演算子である測定される物理量はその性質上全て実数でなければならないためもちろん期待値

も実数になるはずである以下では逆証明になるがHermite演算子の期待値や固有値は実数になることを示すHermite演算子 H の期待値の複素共役を取ると

⟨H⟩lowast =langΨ∣∣∣HΨ

ranglowast=langHΨ

∣∣∣Ψrang =langΨ∣∣∣HΨ

rang= ⟨H⟩ (199)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 38

演算子 Hの期待値と同じになるつまりこれは期待値が実数であることを表しているまた同様にHermite演算子の固有値 λiとそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩があるとき ⟨H⟩lowastは

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (λi ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λlowasti (1910)

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (langHψi∣∣∣ψirang)lowast (1911)

= (λlowasti ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λi (1912)

と 2つの答えが出るがこれを満たす固有値 λi は実数でなければならないつまりHermite演算子は必ずその固有値が実数になり全ての物理量はHermite演算子で記述される

192 射影演算子Hermite演算子の中でも重要な演算子が射影演算子であるある任意の状態 |Ψ⟩があ

りこの状態を基底 |ψi⟩ equiv |i⟩で展開すると|Ψ⟩ =

sumi

ci |i⟩ (1913)

となるときこの状態 |Ψ⟩を基底 |ψm⟩ equiv |m⟩に射影する演算子は

|m⟩⟨m| (1914)

と書かれ射影後の状態 |Ψ⟩は|m⟩ ⟨m|Ψ⟩ =

sumi

ci |m⟩ ⟨m|i⟩ = cm |m⟩ (1915)

となり基底 |m⟩と射影成分 cm = ⟨m|Ψ⟩で表されるベクトル空間を張る正規直交基底 (|j⟩)の射影演算子の和 P は

P =sumj

|j⟩⟨j| =sumj

|ψj⟩⟨ψj | = I (1916)

となるこの性質は非常に使いやすい例えばある波動関数 |Φ⟩が先述とは異なる基底|ϕi⟩を用いて

|Φ⟩ =sumi

di |ϕi⟩ (1917)

のように記述されている場合式 (1916)を用いて|Ψ⟩ =

sumi

diI |ϕi⟩ (1918)

=sumij

di |ψj⟩ ⟨ψj |ϕi⟩ (1919)

=sumj

djαji |ψj⟩ (1920)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 39

のように簡単に基底変換つまり任意の基底に書き換えることができるこのときαji =

⟨ψj |ϕi⟩である

193 ユニタリー演算子ある演算子 U が

U daggerU = I (1921)

を満たすときU はユニタリー演算子とよばれる任意の状態ベクトル |ψ⟩と |ϕ⟩に演算子 U を作用させたとき (|ψ⟩ |ϕ⟩ rarr U |ψ⟩ equiv |α⟩ U |ϕ⟩ equiv |β⟩)この 2つの状態ベクトルの内積は

⟨α|β⟩ = ⟨ψ| U daggerU |ϕ⟩= ⟨ψ|ϕ⟩ (1922)

となり内積が保存されていることがわかる後に詳細を述べるが閉じた量子系における時間発展は全てユニタリー演算子を用いた変換ユニタリー変換によって記述できるまた式(1921)は Uminus1 = U daggerつまり全てのユニタリー演算子には逆演算子が存在すると言う意味であるこれは物理的に言うと全てのユニタリー演算子で行える操作は可逆操作であることを表す量子情報のコンテクストでは全ての操作を損失なく可逆に行えるようにするのが理想であるそのためしばしば「理想の量子的な操作」と言う意味で「ユニタリーな操作」と言われることがある

194 Pauli行列量子操作に重要な演算子として Pauli演算子があるPauli行列とも呼ばれるこの演

算子は後に述べるスピン-12の角運動量を記述するのにのに用いられるほか物理全般で頻繁に使われるため是非覚えていただきたい   Pauli演算子の表記には幾つかの異なる方法があるが一般的に

σ0 equiv I equiv

(1 0

0 1

)(1923)

σ1 equiv σx equiv X equiv

(0 1

1 0

)(1924)

σ2 equiv σy equiv Y equiv

(0 minusii 0

)(1925)

σ3 equiv σz equiv Z equiv

(1 0

0 minus1

)(1926)

このどれかで記述される

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 40

Pauli演算子は全て

σdaggeri = σi (1927)

σdaggeriσi = I (1928)

なのでHermiteでありユニタリーな演算子であるまた

σ21 = σ22 = σ23 = minusiσ1σ2σ3 = I (1929)

を満たす後に示すBloch球を用いた二準位系の記述ではPauli演算子の指数演算子がBloch球

上での回転演算子 Ri(θ)が導けるA2 = I の演算子には

eiθA = cos θI + i sin θA (1930)

が使えるので

Rx(θ) equiv eminusiθ2X =

(cos θ2 minusi sin θ

2

minusi sin θ2 cos θ2

)(1931)

Ry(θ) equiv eminusiθ2Y =

(cos θ2 minus sin θ

2

sin θ2 cos θ2

)(1932)

Rz(θ) equiv eminusiθ2Z =

(eminusiθ2 0

0 eiθ2

)(1933)

となるRi(θ)は i軸に対して θの回転を施す演算子となっている

195 演算子関数演算子 Aが関数の形 f(A)を取って出てくることがしばしばあるTaylor展開で任意

の関数 f(x)がf(x) = f(0) + f prime(0)x+ middot middot middot 1

nf (n)(0)xn + middot middot middot (1934)

と書けるのと同様に演算子の関数は

f(A) = f(0)I + f prime(0)A+ middot middot middot 1nf (n)(0)An + middot middot middot (1935)

と定義されるこのとき An = A middot middot middot Aと n個の演算子 Aの積である特に重要なのは演算子の指数関数で以下のように表される

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot (1936)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 41

上記の計算は面倒な時もあるが幾つかの特別な場合に演算子関数は簡単に導ける例えば関数 f(x) =

suminfini=0 cix

iのような多項式の場合

f(A) =

infinsumi=0

ciAi (1937)

であるこのとき |ψn⟩が Aの固有ベクトルの 1つでその固有値が anであるとすると

Ai |ψn⟩ = (an)i |ψn⟩ (1938)

rArr f(A) |ψn⟩ = f(an) |ψn⟩ (1939)

となるこの例と類似したもので重要なのが Aが対角化されているときである例えば

A =

A1

A2

A3

(1940)

とすると(省略している非対角要素は全て 0である)

An =

An1 An2An3

(1941)

となるため

f(A) =

f(A1)

f(A2)

f(A3)

(1942)

となるのがわかる後に詳細を述べるユニタリー演算子などではeAのような演算子の指数関数が頻繁

に出てくる下記に指数関数演算子の便利な公式を記すBaker-Hausdorff identity

eαABeminusαA = B + α[A B

]+α2

2

[A[A B

]]+ middot middot middot (1943)

Glauberrsquos formula

eAeB = eA+Be12 [AB] (1944)

110 密度演算子ここまでは量子状態を ketベクトル |ψ⟩で表してきたこの表し方によればその

基底の張る複素ベクトル空間の元としての重ね合わせ状態や基底のテンソル積により

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 42

張られる拡大された複素ベクトル空間における合成系の量子状態の記述が可能になる例えば Stern-Gerlachの実験のセットアップで単一の上向きスピンの電子を入射させたときの電子の量子状態の時間発展はこの電子の量子状態 |uarr⟩に対する Schrodinger方程式を解析することで得られるのであるこのように ketベクトルで書き表せるような量子状態を純粋状態という現実的には例えばタングステン線などからでる熱電子のうち単一の電子をもしも取

り出せたとしてそれが上向きスピンであるか下向きスピンであるかは五分五分であるこのようなときにはどういう量子状態になっているだろうかもしも ketベクトルで表したいならば上向きスピンと下向きスピンの重ね合わせ状態として表現することになるだろうしかしこのように重ね合わせ状態として書き表せるならばどこかの方向についてみればスピンの向きが確定しているはずである現実には熱電子はどの方向で見てもスピンの向きが確定していないように統計的にばらついているものであるため重ね合わせ状態を含めた純粋状態はこのような単一の熱電子の量子状態を正しく表せないより一般的な量子状態としてある一定の確率でとある純粋状態に見出されるという

ようなものを考えようただし異なる純粋状態の間には重ね合わせ状態のように位相関係が定まってなくてもよいという点で単なる重ね合わせ状態よりも広範な量子状態に対応できるこのような量子状態を混合状態といい熱電子の量子状態をよく表すものである具体的に混合状態をどのように表記するかを以下に導入するまず電子の上向きスピン |uarr⟩ = |ψ1⟩と下向きスピン |darr⟩ = |ψ2⟩がそれぞれ統計的な確

率 p1p2で混合したようなものを考えるこのような混合状態に対し実験で観測される物理量O(例えばスピンの z成分など)の期待値を考えたい純粋状態 |ψ⟩に対する期待値は ⟨ψ|O |ψ⟩であるがこれをのちの便宜を図るため完全系 |m⟩を挿入して⟨ψ|O |ψ⟩ =

summn ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψ⟩ =

summn ⟨n|ψ⟩ ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ = Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|O]

とトレースを用いた形に変形できることを示しておくさて混合状態に対する期待値は統計的に混合される各純粋状態に対する期待値を用いて

⟨O⟩ = p1 ⟨ψ1|O |ψ1⟩+ p2 ⟨ψ2|O |ψ2⟩ =sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1101)

と書けるこれを純粋状態の時同様トレースを用いた形に変形していくと⟨O⟩ =

sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1102)

=summn

sumi

pi ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψi⟩ (1103)

=summn

sumi

pi ⟨n|ψi⟩ ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ (1104)

= Tr

[sumi

pi |ψi⟩ ⟨ψi|O

](1105)

となるつまり純粋状態における物理量の計算に現れた |ψ⟩ ⟨ψ| が混合状態ではsumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|に置き換わるもっと言えばある pi のみ 1でほかがすべて 0の場合

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 43

として混合状態における結果は純粋状態のものを含む形にできているこの量 ρ =sumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|はその意味で量子状態の記述の自然な拡張になっており密度行列あるい

は密度演算子という名前が与えられているここで出てくる統計的な混合の重み pi ge 0

は重ね合わせ状態の各係数のような量子的な確率(振幅)とは本質的に異なるものであることに十分注意したい

1101 混合状態の例先ほどの熱電子のスピン状態の例でいえばこれは上向きスピンと下向きスピンの量

子状態が統計的に等確率で混合されたものであるからその密度演算子は ρ = (|uarr⟩ ⟨uarr|+|darr⟩ ⟨darr|)2と書ける電子スピンに関しては |uarr⟩と |darr⟩で完全系をなすから ρ = I2となるこれは単一のスピン 12系に関する完全混合状態と呼ばれるものであるもうひとつの例として調和振動子の熱的状態というものもある調和振動子はのちに

解説するように量子化された振動が ldquo何個rdquoあるかによって量子状態を指定できるのだが熱的状態はその個数状態 |n⟩がBoltzmann分布に従って統計的に混合されている具体的に書き下せば熱的状態の調和振動子の密度演算子 ρthは

ρth =infinsumn=0

eminusnhωkBT (1minus eminushωkBT ) |n⟩ ⟨n| (1106)

と書ける上式に出てきた hωkBT はそれぞれ Planck定数を 2πで除したもの調和振動子の固有角周波数Boltzmann定数熱的状態の温度である

1102 密度演算子の一般的性質ここでは密度演算子 ρの一般的な性質をみていこうまず密度演算子のトレースは

常に 1であるTr [ρ] = 1これは統計的な混合確率に関してsumi pi = 1が成り立つことから直ちに導かれるまたこれより密度演算子が Hermite演算子であることも言える密度演算子は半正定値つまり任意の |ϕ⟩に対して ⟨ϕ| ρ |ϕ⟩ ge 0が成立するこれは pi ge 0よりいえることでありさらにこれより密度演算子の固有値が非負値であることがわかる特に純粋状態についてはある基底で密度演算子を行列表現したときの対角成分は対応する量子状態の占有確率に一致するまた純粋状態に対しては ρ2 = ρ

が成立する一般の密度演算子に対しては Tr[ρ2]le 1であるのだが純粋状態のとき

のみTr[ρ2]= Tr [ρ] = 1となるためTr

[ρ2]を purityといって純粋状態と混合状態を

見分ける量と見なすことができるまた前節で計算したようにある物理量 Oの期待値は Tr [ρO]により与えられる

1103 合成系の密度演算子とその縮約独立に用意した二つの量子系がありその密度演算子が ρ1ρ2と書けるとしようこ

れら二つの量子系の合成系の密度演算子 ρは分離可能な純粋状態であれば ketベクト

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 44

ルのテンソル積によって定義することができた一般に混合状態まで考えるとしてもテンソル積を braベクトルと ketベクトル両方について考え統計的な重みをつけて足すだけで結局分離可能状態であれば ρ = ρ1 otimes ρ2と書くことができるこのようにして用意した合成系をHamiltonianに従って発展させその後の各量子系

の最終的な状態を知りたいとしようただしρ2が多自由度系すなわち多数のスピンや調和振動子の集まりからなる系の密度演算子で全体の密度演算子の測定による再構成が極めて困難である場合を考えるこのようなときには興味のある量子系のみを考えるほかないではρ2の情報がないまま注目している系に関する情報を得ようとするのはどういった操作に対応するだろうか密度演算子 ρ1ρ2の系を記述する完全系をそれぞれ |k1⟩ k1 = 0 1 2 3 middot middot middotK1|k2⟩ k2 = 0 1 2 3 middot middot middotK2としよう時間発展後の合成系の密度演算子 ρprimeで注目している系の物理量Oの期待値を評価すると

⟨O⟩ = Tr12[ρprimeO] 

=sumk1k2

⟨k1| otimes ⟨k2| ρprimeO |k1⟩ otimes |k2⟩

=sumk1

⟨k1|

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O |k1⟩

= Tr1

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O

= Tr1

[(Tr2ρ

prime)O]= Tr1

[ρprime1O

](1107)

であるここで添え字付きのトレース操作は ρ1と ρ2の系のどちらかあるいはどちらについてもトレースを取ることを意味している片方の系のみについてのトレース操作を部分トレースともいう最終的な表式を見るとρprime1 = Tr2ρ

primeという情報を得られない系に関してのみトレースをとった縮約密度演算子が時間発展後の ρ1系の密度演算子であると思うことにすればこれによって演算子Oの期待値を評価した形になっているこのように合成系の部分系のみの物理量を測定するときには縮約密度演算子が用いられるここでひとつ注意しておかねばならないのは時間発展後の密度演算子 ρprimeが必ずし

も ρprime = Tr2ρprime otimesTr1ρ

primeのようには書けないという点である逆に言えばそのように書くことができるのは ρprimeが分離可能状態であるときだけであり合成系の各部分系の間に量子もつれが生じている場合には片方の系に関する部分トレース操作はもう片方の系に関する情報の喪失を招く例えば ρ1系が量子ビットρ2系が調和振動子の集まりであり量子ビット系が調和振動子の集団と相互作用しているような場合には時間発展後には量子ビット系と調和振動子の集団のあいだに極めて複雑な量子もつれ状態が形成され量子ビットの状態がコヒーレンスを失ってしまう

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 45

111 交換子と反交換子量子力学では複数の演算子が可換性が重要となってくるが演算子の交換子と反交換

子は各々 [A B

]equiv AB minus BA (1111)

A B

equiv AB + BA (1112)

と定義される 交換子は特に量子力学では重要となってくるが[A B

]= 0(AB = BA)

のとき Aと Bは可換であり[A B

]= 0(AB = BA)のとき Aと Bは非可換である

という1つの重要な帰結として物理量ABの演算子が可換なとき

1111 Heisenbergの不確定性原理上記の交換関係を用いて一般化された不確定性原理を導くことが出来るある物理

量Aがあるとき古典的なAの平均 ⟨A⟩不確かさ∆A分散 σAはそれぞれ

⟨A⟩ =1

n

nsumi

Ai (1113)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1114)

σ2A =lang(∆A)2

rang=lang(Aminus ⟨A⟩)2

rang(1115)

と定義される同様に量子系ではそれぞれ

⟨A⟩ = ⟨Ψ|A|Ψ⟩ (1116)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1117)

σ2A = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)2 |Ψ⟩=

lang(Aminus ⟨A⟩)Ψ

∣∣∣(Aminus ⟨A⟩)Ψrang

(1118)

と与えられる最後の行では全ての物理量がHermite演算子で表されることを用いた2つの物理量ABがあるとき

|a⟩ equiv (Aminus ⟨A⟩) |Ψ⟩ (1119)

|b⟩ equiv (B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩ (11110)

と定義すると

σ2A = ⟨a|a⟩ (11111)

σ2B = ⟨b|b⟩ (11112)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 46

でありシュワルツの不等式を用いてσ2Aσ

2B = ⟨a|a⟩ ⟨b|b⟩ ge | ⟨a|b⟩ |2 (11113)

と書けるさらに ⟨a|b⟩ = α+ iβと実部と虚部に分けると

| ⟨a|b⟩ |2 = α2 + β2 ge β2 =

(⟨a|b⟩ minus ⟨a|b⟩

2i

)2

(11114)

が導かれるここで⟨a|b⟩ = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)(B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩

= ⟨Ψ| (AB minus ⟨A⟩ B minus ⟨B⟩ A+ ⟨A⟩ ⟨B⟩) |Ψ⟩= ⟨AB⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11115)

となり同様に⟨b|a⟩ = ⟨BA⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11116)

となるので⟨a|b⟩ minus ⟨b|a⟩ = ⟨AB⟩ minus ⟨BA⟩ =

lang[A B

]rang(11117)

がえられる最後に式 (11113-1111)をまとめると

σ2Aσ2B ge

(1

2i

lang[A B

]rang)2

(11118)

となるこれは一般化された Heisenbergの不確定性原理を物理量の演算子 Aと Bの交換子で記述したものであるよく知られている交換関係 [x p] = ihを用いると有名な位置と運動量の不確定性原理

σ2xσ2p ge

(h

2

)2

(11119)

σxσp geh

2(11120)

が導かれる他の例としてスピンの交換関係を考えてみるスピン-12のスピン演算子 SiはPauli

演算子 σiを用いてSi =

h

2σi (11121)

と書かれ交換関係は[Si Sj ] = ihϵijkSk (11122)

であるこのとき ϵijkは Levi-Civita記号とよばれ

ϵijk =

0 for i=j j=k or k=i

+1 for (ijk) in (123)(231)(312)

minus1 for (ijk) in (132)(321)(213)

(11123)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 47

の値を取るi = x j = y k = zのとき

SxSy ge ihSz (11124)

σSxσSy ge h

2

langSz

rang(11125)

となる量子ビットは |0⟩と |1⟩の 2次元の自由度を持つがこれはスピン-12の |uarr⟩と |darr⟩と基

本的には同じため量子ビットは ldquo擬スピンrdquoともよばれる後に詳細を述べるがBloch

球を使うと量子ビットの状態を原点から直径 1の球面上に向かう矢印で示すことが出来る詳しくは節を参照していただきたい

48

第2章 量子力学の基礎

21 時間発展211 時間に依存しない Schrodinger方程式Schrodinger方程式は通常

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (211)

と書かれるがポテンシャル V (x)は時間に依存しないときが多いこのとき変数分離を用いて波動関数を時間と空間の関数に分けてΨ(x t) = ψ(x)φ(t)と記述できるこのとき各々の波動関数の満たす Schrodinger方程式は空間と時間の式

minus h2

2m

part2ψ(x t)

partx2+ V ψ(x t) = Eψ (212)

dt= minus iE

hφ (213)

に分けられる式 (213)よりφ(t) = eminusiEth (214)

が導け波動関数Ψ(x t)はΨ(x t) = ψ(x)eminusiEth (215)

となる系の Hamiltonianがエネルギー固有状態 ψn(x)と対応するエネルギー固有値Enを持つとき系の任意の状態は

Ψ(x t) =sumn

cnψn(x)eminusiEnth (216)

となりその時間発展は各々の固有状態の位相が回る形となる量子ビットはエネルギー固有状態を用いられる場合が多くあり基底状態 |0⟩と励起

状態 |1⟩が各々対応するエネルギー E0 = 0E1 = hωをもつとき量子ビットの時間発展は

|Ψ(t)⟩ = c0 |0⟩+ c1eminusihωth |1⟩ (217)

と記述され基底状態に対し励起状態の位相が状態間のエネルギー差 ωに比例して回転する

第 2章 量子力学の基礎 49

212 ユニタリー演算子を用いた時間発展量子状態 |Ψ⟩の時間発展は Schrodinger方程式によって

ihpart

partt|Ψ⟩ = H |Ψ⟩ (218)

のように記述されこの方程式を満たす |Ψ⟩を解くことで波動関数を導くことが出来るここでは別の方法時間発展をユニタリーな時間発展演算子として記述することで任意の時間 tにおける波動関数を求める我々は古典情報処理で離散的なデジタル論理ゲート(AND XORなど)を逐次実行する事により計算を進めていく方法を知っているが時間発展演算子自体を 1つのゲートとしても考えることができ量子情報の枠組みでは非常に便利である初期時刻 t = 0における波動関数 |ψ0⟩が時間発展演算子 ˆU(t)により |ψ(t)⟩に時間

発展したとする|ψ(t)⟩ = U(t) |ψ0⟩ (219)

この時間発展演算子 U(t)自体の時間変化は

ihpartU(t)

partt= HU(t) (2110)

なので積分すると時間発展演算子 ˆU(t)は

U(t) = U0eminusiHth

= eminusiHth (2111)

と求めることができるがこのとき H は時間に依らないものとした一般的に時間に依存するHamiltonianH = H(t)でもこの方法は少し変化した形で扱えるがここでは簡単のために時間変化のないHamiltonianを取り扱う最後の行では基準となる t = 0

のときにはまだ時間変化が無いので U0 = I とした この時間発展演算子 U(t)を用いて波動関数 |ψ(t)⟩の任意の時間 t1から t2への時間発展は

|ψ(t2)⟩ = U(t2 minus t1) |ψ(t1)⟩ = eminusiH(t2minust1)h |ψ(t1)⟩ (2112)

と記述することができる後に Bloch球という量子ビットの状態空間を扱うがここで Bloch球上の量子状態

は回転行列 Rx(θ) = eminusiθ2X(これはX 軸に対して θの回転)などを用いて Bloch球上

での回転操作を行うことができることを示す実験的には上記の U(t)を見ると系のHamiltonianH に X Y Z などの行列が入っていると例えば H = hαX であればU(t) = eminusiαXtとなり時間発展により量子ビットをX軸に対して任意の角度 θ = 2αt回転させられることがわかる

第 2章 量子力学の基礎 50

213 3つの描像時間発展を記述するユニタリー演算子 U(t)を用いて量子状態の時間変化を見てきた

が通常我々が実験で測定できるものは波動関数自体ではなく何らかの物理量である波動関数が時間に対して変化するとともに物理量Aの期待値も

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ(t)| A |ψ(t)⟩= ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩ (2113)

と変化する上記の物理量の時間変化を状態や演算子の変化として考えるが主に 3

つの描像(もしくは立場)が存在する以下では Schrodinger描像Heisenberg描像Dirac描像の 3つの描像を紹介するが表記が複雑になりやすいため

|ψ0⟩ 時間に依存しない初期状態A0 時間に依存しない初期演算子

AS |ψ⟩S Schrodinger描像の演算子と状態AH |ψ⟩H Heisenberg描像の演算子と状態AI |ψ⟩I Dirac描像の演算子と状態

を用いて表記する

Schrodinger描像

これまでの説明では初期波動関数 ψ0が時間的に変化し物理量の演算子 Aは時間に依らないという立場で考えてきた波動関数は

d |ψ(t)⟩dt

= minus i

hH |ψ(t)⟩ (2114)

の形で時間発展するこの描像のことを Schrodinger描像とよび状態と演算子はそれぞれ

|ψ⟩S = |ψ(t)⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ (2115)

AS = A0 (2116)

という形をとり波動関数だけが時間発展する

第 2章 量子力学の基礎 51

Heisenberg描像

Heisenberg描像では式 (2113)を

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| A(t) |ψ0⟩ (2117)

のように状態 ψ0は変化せず演算子が時間変化するという立場を取るこのとき

A(t) = eiHthAeminusiHth (2118)

であるHeisenberg描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩H = |ψ0⟩ (2119)

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2120)

という形をとり演算子だけが時間発展するここで感の良い読者は「演算子が時間により変化するのであればHamiltonian自

体も時間変化を起こすのでHamiltonianを含む式 (2120)はもっと複雑になるはずだ」という指摘が出るかもしれない実際Hamiltonianの時間発展は

HH = eiHthHeminusiHth (2121)

と記述され時間変化があるように思えるが式 (1936)

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot

でみたようにeiHthは H の多項式で表せるため H と可換であり

HH = eiHthHeminusiHth = H (2122)

となるためHamiltonianは時間変化しない

Dirac描像

Dirac描像は相互作用描像とも言われるがSchrodinger描像とHeisenberg描像の合わせ技のような描像になっているこの描像では定常的な HamiltonianH0にさらなるHamiltonianV が加わった

H = H0 + V (2123)

のようなHamiltonianを考える

第 2章 量子力学の基礎 52

これは物理系の操作を考える時に特に重要である例えば水素原子の電子状態を外部から電場を加えて操作するとしよう水素原子の核は外場 0の状態でも電子に影響を与えているので定常的であり水素原子のHamiltonianが H0となってそこに加える電場のHamiltonianが V で書けるようになるつまり常に影響を与えているHamiltonian

を H0に 我々の操作で用いる部分だけを V に押し込めて記述できるので便利である式 (2113)は

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| ei(H0+V )thAeminusi(H0+V )th |ψ0⟩= ⟨ψ0| eiV th middot eiH0thAeminusiH0th middot eminusiV th |ψ0⟩= ⟨ψ(t)| A(t) |ψ(t)⟩ (2124)

となり状態も演算子もともに時間変化するという立場を取るこのとき時間変化の形が状態と演算子で異なり各々V と H0に対する時間変化

|ψ(t)⟩ = eminusiV th |ψ0⟩ (2125)

A(t) = eiH0thAeminusiH0th (2126)

として記述されることに注意するDirac描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩I = |ψ(t)⟩I = eminusiV th |ψ0⟩ = eiH0theminusi(H0+V )th |ψ0⟩= eiH0th |ψ⟩S (2127)

AI = AI(t) = eiH0thAeminusiH0th (2128)

という形をとり状態も演算子もともに時間発展する状態の記述では式 (2115)の |ψ⟩S =

eminusiHth |ψ0⟩を用いた下付きの I は相互作用 (Interaction)に由来するDirac描像では演算子も時間発展するので先程のようにHamiltonianH = H0 + V の

時間発展を確認しておこう

H0I = eiH0thH0eminusiH0th = H0 (2129)

VI = eiH0thV eminusiH0th (2130)

定常的な HamiltonianH0 は時間変化が無いままだがVI は HamiltonianH0 の影響を受けて時間変化するここでDirac描像で書かれた状態の時間発展を考える|ψ⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ならびに

|ψ⟩I = eiH0th |ψ⟩S をもちいるとd |ψ⟩Idt

=i

hH0 |ψ⟩I + eiH0th

d |ψ⟩Sdt

=i

heiH0thH0e

minusiH0th |ψ⟩I minusi

heiH0thHeminusiH0th |ψ⟩I

= minus i

heiH0thV eminusiH0th = minus i

hVI |ψ⟩I (2131)

第 2章 量子力学の基礎 53

すなわちd |ψ⟩Idt

= minus i

hVI |ψ⟩I (2132)

と書ける

214 Heisenbergの運動方程式Heisenberg描像では

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2133)

となり演算子が時間発展していくがこれを具体的に記述すると

dAH(t)

dt=

iH

hHeiHthA0e

minusiHth minus eiHthA0iH

heminusiHth +

partA

partt

=i

hHeiHth

[H A

]eminusiHth +

partA

partt(2134)

となりdA(t)

dt=i

h

[H A(t)

]+partA(t)

partt(2135)

が得られるこの式をHeisenbergの運動方程式とよびSchrodinger方程式が波動関数の時間発展つまり系の発展を表すようにHeisenberg描像では系の発展が演算子の時間発展で記述されるここで partA(t)

partt は Aが明示的に時間に依存する時だけ入る項である

22 回転系へのユニタリ変換量子系のダイナミクスをある周波数で回転する系で解析するのが望ましい場面がた

いへん頻繁にある駆動周波数 ωdで回転する回転系へのユニタリ変換は相互作用のない系のHamiltonian Hを用いたユニタリ演算子U(t) = exp[i(H(ωd)h)t]により定まるがこのとき状態ベクトル |ψ⟩は |ϕ⟩ = U(t) |ψ⟩という変換を受けるこれによってSchrodinger方程式は

ihd|ϕ⟩dt

= ihdU

dt|ψ⟩+ ihU

d|ψ⟩dt

= ihU |ψ⟩+ UH |ψ⟩= ihUU dagger |ϕ⟩+ UHU dagger |ϕ⟩= (UHU dagger minus ihUU dagger) |ϕ⟩ (221)

第 2章 量子力学の基礎 54

と書き直されるただし式変形に 0 = d(UU dagger)dt = UU dagger + UU daggerを用いたHは変換前のHamiltonianであり上式の変形により回転系に変換されたHamiltonianは

Hprime = UHU dagger minus ihUU dagger (222)

となることがわかる基本的にはこのユニタリ変換にしたがって量子系の解析に都合の良い周波数の回転系に乗り時間発展や定常状態を調べていくことが多い調和振動子や量子ビット系についての例を付録(付録 B)に示してある

55

第3章 摂動論

31 時間に依存しない摂動論

図 31 摂動論のイメージ図

摂動論は外部からの影響による量子系の変化を定量的に求めるために使われる量子力学の重要なツールの 1つである摂動論のイメージを図 31に示す実線で描かれた円三角四角は何も影響を受けていないときの ldquo素の量子状態rdquoとしここでは円の状態に注目するこの量子系が外部から何らかの影響を受けるとその影響により円は少し押され元の円と異なる位置に移動する(点線の円)この新しい円は概ね元の円であるが円の外部の三角や四角の成分がわずかながらに加えられるもちろん状態の変化に伴い状態のエネルギーも変化するこの変化を定量的に計算できるのが摂動論である実験的にこの ldquoずれrdquoは様々な形で現れる気づいていない電場や磁場ノイズの影響

また実験用にプローブとして自分が入れた光によって系がシフトすることも考えられ実験家には悩みの種となりうることも多いしかし逆に考えると能動的に外場を導入することで様々なシフトをキャンセルする道具のようにも使えるここでは摂動論と幾つかの応用を紹介する外部の影響が入る前の系のHamiltonianを H0エネルギー固有状態を

∣∣ψ0n

rangそして対応するエネルギーをE0

nとするとこれらは

第 3章 摂動論 56

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(311)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (312)

と変化したとするこのとき V は外部から導入された擾乱そして λは V の大きさを表すパラメータで λ≪ 1と考えて良いこの新しいHamiltonian Hの固有状態 |ψn⟩とそれに対応した固有エネルギーEnは

H |ψn⟩ = En |ψn⟩  (313)

を満たすこの新たな固有状態 |ψn⟩と固有エネルギーEnを元の固有状態∣∣ψ0n

rangならびにE0

nで記述することがゴールであるパラメーター λを使いシステムの状態とエネルギーを λのべき級数で展開すると

|ψn⟩ =∣∣ψ0n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot (314)

En = E0n + λE1

n + λ2E2n + middot middot middot (315)

となるこのときEと ψの上付きの数字は補正の次数つまり∣∣ψ1n

rang E1

nは 1次補正∣∣ψ2n

rang E2

n は 2次補正をあらわすこれら状態の補正∣∣ψ1n

rang∣∣ψ2n

rang エネルギーの補

正E1n E

2n を各々

∣∣ψ0n

rangとE0nで記述していく

式 (314315)を式 (313)に代入すると

(H0 + λV )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

= (E0

n + λE1n + λ2E2

n + middot middot middot )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

(316)

となりλの次数が同じ項だけを取り出すと

λ0 H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(317)

λ1 H0∣∣ψ1n

rang+ V

∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

∣∣ψ0n

rang(318)

λ2 H0∣∣ψ2n

rang+ V

∣∣ψ1n

rang= E1

n

∣∣ψ1n

rang+ E2

n

∣∣ψ0n

rang(319)

が得られるがλ0の項は元々の系の状態を表しているのがわかる式 (318)を langψ0n

∣∣で内積をとるとlang

ψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang+langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

langψ0n

∣∣ψ0n

rang(3110)

となりH0がHermite演算子であることを用いるとlangψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang=langH0ψ0

n

∣∣∣ψ1n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang(3111)

第 3章 摂動論 57

なのでエネルギーの 1次補正E1nは

E1n =

langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang(3112)

となる次に波動関数の 1次補正∣∣ψ1n

rangを考える∣∣ψ1n

rangを元の波動関数 ψ0mで展開した∣∣ψ1

n

rang=summ =n

cm∣∣ψ0m

rang(3113)

を同様に式 (318)に代入しlangψ0k

∣∣で内積を取るとsumm=n

cmlangψ0k

∣∣ H0∣∣ψ0m

rang+langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang=

summ=n

cmE0n

langψ0k

∣∣ψ0m

rang+ E1

n

langψ0k

∣∣ψ0n

rangckE

0k +

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= ckE

0n (3114)

となりck =

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

k

(3115)

を得る式 (3113)に代入すると波動関数の 1次補正

∣∣ψ1n

rang=summ =n

langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

m

∣∣ψ0m

rang(3116)

が導かれる結果だけを紹介するとエネルギーの 2次補正は

E2n =

summ =n

|langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ1n

rang|2

E0n minus E0

m

(3117)

となる同様の手続きを通すと 2次やさらに高次のエネルギー及び波動関数の補正も計算できるが補正の精度も悪くなってくるので一般的には 1次もしくは 2次までの補正を使う場合が多い上記の摂動論では縮退があったケースを省いた1次のエネルギー補正の式 (3112)

を見ると分母に異なる状態のエネルギー差E0n minusE0

mがあるが縮退している 2つの状態間ではこの項が 0になりエネルギーシフトが破綻するように思えるH0と V が同時対角化可能な基底を使うとこの問題が回避できることが多くの量子力学の教科書で詳細まで記述されているのでここでは割愛する必要な読者は他の教科書を参考にしていただきたい

311 Zeeman効果時間に依存しない摂動の例を見てみようZeeman効果は軌道角運動量Lとスピン角

運動量 Sをもった電子に対して

第 3章 摂動論 58

HZ =e

2m(L+ 2S) middotBext (3118)

で表されるHamiltonianであるこのときLSはそれぞれ電子の軌道角運動量とスピン角運動量の演算子eとmは電気素量と電子の質量Bextは外部から与えられた磁場であるZeeman効果は原子や固体中の電子などと外部磁場との相互作用なので様々な物理系で現れる効果であるため重要である角運動量とスピンを持った電子は各々から実効的な磁場Bintを発生するので内部の磁場(LS由来)と外部の磁場との相互作用もっと平たく言うと外場を作っている磁石に電子系が作る ldquo磁石rdquoが反応していると考えて良いBint ≫ Bextのときこの効果は小さな摂動と考えることが出来るエネルギーの 1

次補正は式 (3112)を用いて

E1Z = ⟨nljmj | HZ |nljmj⟩ =

e

2m⟨L+ 2S⟩ middotBext (3119)

となるこのとき電子の状態は |ψ⟩ = |nljmj⟩と主量子数 n軌道角運動量量子数 l主全角運動量量子数 jと第二全角運動量量子数mj からなる状態にあるLandeの g因子1(gJ)を用いて ⟨L+ 2S⟩を記述すると

⟨L+ 2S⟩ = gJ ⟨J⟩ (3120)

となりE1Z = microBgJBextmj (3121)

が導かれるmicroB equiv eh2m = 579 times 10minus5 eVT はボーア磁子とよばれる定数である

j = 12の状態は第二全角運動量量子数mj = plusmn12をもつのでこの 2つのmj = 12mj = minus12の状態は磁場によって各々エネルギーE1

Z 上と下にシフトする実験では外部からの磁場によってある程度量子のエネルギーを調整出来るのがわか

ると思うイオントラップでは並べられたイオンに勾配のある磁場(強いところと弱い所がある)をかけることで一つ一つのイオンが異なるエネルギーをもつような操作に用いられるZeeman効果は時に両刃の剣ともなりえエネルギー状態が外場によって変わってほしくない実験では磁気シールドなどを用いて外場を抑制する必要があるまた磁場による感度が高い(エネルギーシフトが大きい)ものは量子のエネルギーシフトを測定することによって磁場の動きが間接的に観測できる磁場センサーとしても応用できるなど様々な利用方法がある

32 時間に依存する摂動論時間に依存する摂動論では系に時間に依存した擾乱が入り

H0 rarr H = H0 + λV (t) (321)

1Landeの g因子は gJ = 1 + j(j+1)minusl(l+1)+342j(j+1)

と j と lを用いて計算できる

第 3章 摂動論 59

と変化したときの系の時間発展を記述する方法である例に習って λは擾乱 V の大きさを表すパラメータだがひとまず λ = 1 つまり λV rarr V とおくこのとき元の Hamiltonian H0は時間に依存せずその固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有値E0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(322)

を満たすここでは先述したDirac描像を使うと見通しが良くなるSchrodinger描像における

波動関数の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩S

dt= H |ψ(t)⟩S (323)

で表されるDirac描像における波動関数 |ψ(t)⟩I は状態 |ψ⟩S を用いて

|ψ(t)⟩I = eiH0th |ψ(t)⟩S (324)

と書けるので|ψ(t)⟩I の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩I

dt= ih

(eiH

0thd |ψ⟩Sdt

+iH0

heiH

0th |ψ⟩S

)= eiH

0th(H minus H0

)|ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0theiH0th |ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0th |ψ(t)⟩I  = VI(t) |ψ(t)⟩I  (325)

となる最後の行ではVI(t) = eiH0thV (t)eminusiH

0thを用いた次に |ψ(t)⟩I を時間依存しないHamiltonian H0の固有状態

∣∣ψ0n

rangを用いて展開した|ψ(t)⟩I =

sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(326)

を式(325)に代入すると

ihsumn

dcn(t)

dt

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ VI(t)∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiH

0th∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiE

0nth

∣∣ψ0n

rang(327)

となる

第 3章 摂動論 60

この式を langψ0m

∣∣で内積を取るとihsumn

cn(t)langψ0m

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣ eiH0thV (t)eminusiE0nth

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t) |ψn⟩ ei(E0mminusE0

n)th (328)

が導けるlangψ0m

∣∣ψ0n

rang= δmnを用いると

ihcm(t) =sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t)∣∣ψ0n

rangei(E

0mminusE0

n)th (329)

が得られる

二準位系の時間発展

図 32 二準位系の時間発展(a) エネルギー E1E2を持つ二準位系 H0に周波数 ω

で振動する外場 V が印加された様子初期状態は状態 1にあるとする(b)外場の影響を受けた二準位系の占有数は状態 1と 2の間を Rabi振動する(c)外場が切られた後は切られた瞬間の占有数で系が静止する

ここまでは摂動論は用いていないが上記の結果を踏まえて外場(擾乱)を加えたときの量子系の時間発展の具体的な例を見てみよう原子の下の二状態もしくは量子ビットなどは 2つのエネルギー準位からなる二準位系を考える図 32(a)のようにこの二準位系に周波数 ωで振動する外場を加えたとき二準位系のもとの Hamiltonian

H0と外乱 V (t)は

H0 =

(E0

1 0

0 E02

)(3210)

V (t) =

(0 αeiωt

αeminusiωt 0

)(3211)

第 3章 摂動論 61

の形で記述できるαは擾乱の実効的な振幅と考えてよい式 329はc(t) =

(c1(t)

c2(t)

)を用いて

ihd

dt

(c1(t)

c2(t)

)=

(0 αei(ωminusω21)t

αeminusi(ωminusω21)t 0

)(c1(t)

c2(t)

)

=

(αei(ωminusω21)t c2(t)

αeminusi(ωminusω21)t c1(t)

)(3212)

となるこのとき ω21 =E0

2minusE01

h であるこの式を c2(t)だけの形に変形すると

c2(t) + i(ω minus ω21)c2(t) +(αh

)2c2(t) = 0 (3213)

となり解としてc2(t) = Aeminusi(ωminusω21)t2 sinΩt (3214)

が求まるこのときΩ =[(

ωminusω212

)2+(αh

)2]12は(一般化)Rabi周波数とよばれるパラメータである初期条件 c1(t = 0) = 1c2(t = 0) = 0を用いると係数Aが

A =

[ (αh

)2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2]12

(3215)

と求まる上記より状態 1および 2の占有数は

|c1|2 = 1minus |c2|2 (3216)

|c2|2 =(αh )

2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2 sin2Ωt (3217)

と求まる初期状態は状態 1からスタートするが外場の影響により状態 1から状態 2

への遷移が起こり周波数 Ω2で占有数は振動する (図 32(b))この占有数の振動のことをRabi振動とよび量子状態操作で最も頻繁に使われる方法である外場の周波数 ωが二準位のエネルギー差をDirac係数で割った周波数 ω21に等しい

とき状態 2の占有数は 0から 1までを振動するω21をこの二準位系の共鳴周波数とよび外場の周波数をこの共鳴周波数に合わせることで二状態間の占有数を 0から 1

まで操作することが可能となる逆に言うと外場の周波数 ωが共振周波数 ω21と異なる場合きれいな状態転送 (|1⟩ rarr |2⟩)が行えない外場が入り続けている限り占有数はこの二状態間を振動するが外場を切った時点でその動きは止まりその時の占有数のまま保持される (図 32(c))ここまで説明してきた二状態を状態 1 equiv |0⟩状態2 equiv |1⟩とおくことで量子ビットとして用いることができるなおRabi振動の Bloch

方程式を用いた導出Bloch球を用いた視覚化については後に詳細を述べる

第 3章 摂動論 62

321 時間依存した摂動展開二準位系の例では外場がきれいな振動 (ω)で記述され系の運動を簡単に追えたし

かし一般的に時間依存した擾乱 V (t)では系の Hamiltonian H = H0 + V (t) を満たす解析的な解は存在しないため計算が困難となるここでは外場の時間依存を摂動展開して計算できる近似方法について述べる先述のように外部からの影響を受ける前の系の固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有エネルギーE0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(3218)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (3219)

と変化したとするDirac描像を用いた波動関数の時間発展は一般的に

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(3220)

と記述されるこのとき

cn(t) = c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) + (3221)

でありcinの上付き添字 iはパラメータ λのべき級数で展開される補正の次数であるこの係数 cinを V (t)および

∣∣ψ0n

rangを用いて記述することがゴールであるまずDirac描像において時間 t0における初期状態 |ψ(t0)⟩I equiv |i⟩からの時間発展を

時間発展演算子 UI(t t0)を用いて記述すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ (3222)

となるこれをDirac描像の Schrodinger方程式

ihd |ψ(t)⟩I

dt= λVI(t) |ψ(t)⟩I (3223)

に代入するとihdUI(t t0)

dt|i⟩ = λVI(t)UI(t t0) |i⟩ (3224)

となるがこの式は任意の初期状態 |i⟩について満たされるので

ihdUI(t t0)

dt= λVI(t)UI(t t0) (3225)

第 3章 摂動論 63

のように演算子の運動方程式に置き換わるここで VI = eiH0thV eminusiH

0th であるUI(t t0)は時間発展の演算子を表すがもちろん初期時間 t0から時間経過しない U(t0 t0) =

I であるこの演算子の運動方程式を積分すると左辺は

ih

int t

t0

dtprimedUI(t

prime t0)

dt= ih

[UI(t t0)minus UI(t0 t0)

]= ih

[UI(t t0)minus I

](3226)

となるのでUI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0) (3227)

が導かれるこの式は UI(t t0)にたいして入れ子になっているので

UI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime)UI(tprimeprime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime) +

(3228)

=infinsumn=0

(minus i

h

)n int t

t0

dt1middot middot middotint tnminus1

t0

dtn λnVI(t1)VI(t2) VI(tn) (3229)

と展開できる最後の行では和の n = 0の項は I であり時間変数は tprime rarr t1 tprimeprime rarr

t2 middot middot middot rarr tnと略した具体的な時間発展演算子 UI(t t0)の形が求められたので式 3222にある初期状態

|i⟩からの時間発展を考える外部からの影響を受ける前の系の固有状態 |n⟩ equiv∣∣ψ0n

rangを用いて展開すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ =sumn

|n⟩⟨n| UI(t t0) |i⟩

=sumn

⟨n|UI(t t0)|i⟩ |n⟩ (3230)

=sumn

[⟨n|I|i⟩+ λ

(minus i

h

)int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩ (3231)

+λ2(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩+

]|n⟩

第 3章 摂動論 64

となるまた式 3220と 3221の

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t) |n⟩

=sumn

(c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) +

)|n⟩ (3232)

と対応付けると

c0n(t) = ⟨n|I|i⟩ = δni (3233)

c1n(t) = minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩

= minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnitprime

(3234)

c2n(t) = minus 1

h2

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime) |m⟩⟨m| VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|V (tprime)|m⟩ ⟨m|V (tprimeprime)|i⟩ eiωnmtprime+iωmitprimeprime

(3235)

が導かれる途中で VI = eiH0thV eminusiH

0thであることを用いて

⟨n|VI(t)|i⟩ = ⟨n|eiH0thV eminusiH0th|i⟩ (3236)

= ⟨n|V (t)|i⟩ eiωnit (3237)

を使ったこのとき ωni = ωn minus ωiである時間に依存した摂動論は状態がある初期状態 |i⟩から状態 |n⟩遷移確率を計算する

のに頻繁に用いられる着目する終状態 |n⟩が初期状態と異なるときc0n(t) = 0となり 1次近似 c1n(t)が重要となるある時間 tにおける状態 |n⟩への遷移確率 Pirarrnはこの1次近似を用いて

Pirarrn =

∣∣∣∣ 1ihint t

0dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnit

prime∣∣∣∣2 (3238)

で表される

第II部

66

第4章 二準位系と電磁波

41 二準位系スピンおよびBloch球量子系の操作の対象として量子ビット(quantum bit)というものを考えよう量

子ビットは二つの直交した量子状態 |g⟩と |e⟩からなるものであり⟨g|g⟩ = ⟨e|e⟩ = 1

と ⟨g|e⟩ = 0を満たすベクトル表記では |g⟩ = (0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義されるこの量子状態の組は二準位系とも呼ばれるスピン 12の系のように自然と二準位系になっているものもあるがある個別量子系がもつ多数の量子状態から電磁波による操作性コヒーレンスといった量子操作に関わるメリットを勘案して二つの量子状態が選ばれることが多い量子情報はこの |g⟩ |e⟩で構成される量子ビットに記録される一般にはこの量子ビットは多数個を扱うことになるがまずは一つの量子ビットのHamiltonianを基底状態(ground state)のエネルギー hωgと励起状態(excited state)のエネルギー hωeに射影演算子 |g⟩⟨g| と |e⟩⟨e|をそれぞれつけて

H = hωg|g⟩⟨g|+ hωe|e⟩⟨e| (411)

と書こう当然この Hamiltonianを |g⟩や |e⟩で挟んで期待値を計算すればそれぞれ基底状態と励起状態のエネルギーが得られるここでこのHamiltonianを次のPauli演算子

σx =

(0 1

1 0

)= |e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e| (412)

σy =

(0 minusii 0

)= minusi|e⟩⟨g|+ i|g⟩⟨e| (413)

σz =

(1 0

0 minus1

)= minus|g⟩⟨g|+ |e⟩⟨e| (414)

を用いて書き直したいなお本書ではこれ以降特に混乱がない限り演算子を表すのによく用いられるハット記号を省略するこれらを用いると

H =h(ωe minus ωg)

2σz +

h(ωe + ωg)

2I

=hωq2σz (415)

となるがここで右辺第二項は単位行列に比例し系全体のエネルギーのオフセットとなるのみであるから無視するωq = ωeminusωgは量子ビットの遷移周波数であり後の節

第 4章 二準位系と電磁波 67

で見るように量子ビットの状態を変化させるために印加されるべき電磁波の周波数を与えるここで一旦 Pauli 演算子 (412)-(414) の性質を見ておこうまず Pauli 演算子は

Hermite演算子であるすなわち σdaggerξ = σξ (ξ = x y z)が成立するしたがってPauli

演算子は可観測量となりなんらかの物理量に対応するものと解釈できるもう一つの性質はもう少し込み入ったものだが重要であるそれは演算子の交換子 [AB] = ABminusBAに関してPauli演算子が

[σx σy] = 2iσz [σy σz] = 2iσx [σz σx] = 2iσy (416)

という関係を満たすことである上記の関係式は次のようにまとめることができる

[σi σj ] = 2iϵijkσk (417)

ただし (i j k) = (1 2 3) (2 3 1) (3 1 2)でありそれ以外の場合には σ2x = σ2y =

σ2z = I となっているまたϵijk は Levi-Civita記号であるPauli演算子は実は特殊ユニタリー群 SU(2)の生成子になっておりスピン 12系を良く記述するすなわち量子ビットはスピン 12系とみなすことができるのであるこの対応によって実はPauli演算子の期待値 σξ はいまや ξ 軸のスピン成分と読み替えることができるようになり量子ビットの状態を Bloch球(図 41)上の一点で表現することが可能になるBloch球上では (|g⟩+ |e⟩)

radic2 (|g⟩minus |e⟩)

radic2 (|g⟩minus i |e⟩)

radic2 (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 and

|e⟩ |g⟩がそれぞれ x y z 軸となる1もし量子ビットが純粋状態 |ψ⟩にあればパラメータ θと ϕを用いて |ψ⟩ = cos (θ2) |e⟩+ eiϕ sin (θ2) |g⟩あるいは Bloch球上の(sin θ cosϕ sin θ sinϕ cos θ)で表されるかくして Bloch球上の点として量子状態を表現することができ量子ビットの量子

状態の可視化ができたわけであるがここで不確定性関係について注意しておきたい(416)(417)式にあるように σξ は非可換であるためそのうち二つの Pauli演算子を同時に測定した際には不確定性関係に表されているような量子ゆらぎが存在するはずである図 41の矢印の先の点が少しぼやけた点になっているのはこの「気持ち」を表している

42 電磁波量子系を操るうえで量子ビットの状態 |g⟩と |e⟩の間を自由に行き来しかつその

重ね合わせ状態などを作る必要がある量子ビットが物質の電子状態やスピンにより構成される場合基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩は一般に縮退しておらずそのエネルギー差を hωqとするこのエネルギーに対応する(角)周波数すなわち遷移周波数 ωqの電磁波を照射することにより量子ビットの状態を操ることができるのであるこのときやはり量子系を操るという観点では電磁場を量子的に扱う必要がしばしば

ある電磁場の量子論(quantum electrodynamics)はそれ自体非常に示唆に富み非1これらの基底ベクトルが σx σy σz の固有ベクトルとなっている

第 4章 二準位系と電磁波 68

図 41 Bloch球による量子ビットの表示

常に学びがいのあるトピックであるしかしながら電磁場の量子論の包括的な記述は本書の趣旨から逸れるため詳細は文献 [1]を参照してもらうなどしてここではそのさわりを述べるにとどめるここでは有限の体積を持つ光モードつまり Fabry-Perot共振器などのもつ光共振器

(optical resonator optical cavity)モードについて考えよう状況を簡単にするために単一の共振モードのみを考えるとそのエネルギーは

E =1

2

intcavity

(ε0E

2 +1

micro0B2

)  dV

= 2ε0Vcavityω2cA middotAlowast (421)

と書けるここでE B Aはそれぞれ共振モードの電場磁場ベクトルポテンシャルである2さらに ε0 と micro0は真空の誘電率と透磁率でありVcavity および ωc は共振モードのモード体積(mode volume)と共振(角)周波数である正準変数 qpと偏光ベクトル εによってA =

radic14ε0Vcavityω2

c (ωcq + ip)εと書き直すことにより

E =1

2(p2 + ω2

cq2) (422)

と書けるがこれは調和振動子(harmonic oscillator)のエネルギーである正準変数が演算子に置き換わることで上式は量子力学的なHamiltonianとなる古典力学における調和振動子は位相空間上において点 (q p)が円を描くことはご存じだろう量子力学的には位相空間上のある分布が円を描くように運動するqを in-phasepを quadratureと

2ベクトルポテンシャルがAeminusiωct+ikmiddotr+Alowasteiωctminusikmiddotrの形にかけることを仮定しているE = minuspartAdtと B = nablatimesA の関係式も用いた

第 4章 二準位系と電磁波 69

呼ぶこともある通常の手続きに従って消滅演算子aを用いてA =radich2ε0Vcavityωcaε

としようこうすれば

E = hωc

(adaggera+

1

2

)(423)

と書けて量子力学的な調和振動子のHamiltonianとしてよく見る形になるゼロ点エネルギー hωc2は以後無視し E = hωca

daggeraとするがこれは n = adaggeraが共振モード中の光子の数を表すことから共振モードにある振動量子の総エネルギーの演算子となっていることが明らかであるこのように生成消滅演算子を用いた書き方にすると電場と磁場は次のようになる

E = i

radichωc

2ε0Vcavityε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (424)

B = i

radich

2ε0Vcavityωck times ε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (425)

これを回転系に乗らずにかつ位相を適切に選んで書くと

E = Ezpf(a+ adagger)ε (426)

B = Bzpf(a+ adagger)k times ε (427)

というシンプルな形になるここでEzpf =radichωc2ε0Vcavity と Bzpf =

radich2ε0Vcavityωc

は共振器場の真空ゆらぎ(vacuum fluctuationまたは zero-point fluctuation)でありモード体積が小さければ小さいほど真空ゆらぎが大きくなることは覚えておいて損はない

421 調和振動子の昇降演算子ここでさきほど出てきた調和振動子の生成消滅演算子 aadaggerについて性質をみて

おこうと思うまず交換関係 [a adagger] = 1より [n a] = minusa[n adagger] = adaggerがすぐに導けるいまn = adaggeraの固有状態 |λ⟩を考えよう固有値 λは調和振動子の振動量子の数になっておりn |λ⟩ = λ |λ⟩とまとめてかけるこの固有状態 |λ⟩に上の交換関係を作用させてみる例えば

(naminus an) |λ⟩ = (naminus λa) |λ⟩ = minusa |λ⟩(nadagger minus adaggern) |λ⟩ = (nadagger minus λadagger) |λ⟩ = adagger |λ⟩

と固有値 n |λ⟩ = λ |λ⟩を用いて書き直せるがこれは

n(a |λ⟩) = (λminus 1)(a |λ⟩) (428)

n(adagger |λ⟩) = (λ+ 1)(adagger |λ⟩) (429)

第 4章 二準位系と電磁波 70

と整理できるこれらの式の意味するところは明快で振動量子の数が λ個の量子状態 |λ⟩に生成消滅演算子 adaggeraが作用した状態 adagger |λ⟩および a |λ⟩は振動量子の数を数える演算子 adaggeraの固有値 λ+ 1あるいは λminus 1の固有状態である言い換えると生成演算子は振動量子の数を一つ増やし消滅演算子は振動量子の数を一つ減らすような演算子であることがわかるすなわちこれらは量子ビットにおける昇降演算子に対応した調和振動子の昇降演算子であるといえる

43 二準位系と電磁波の相互作用 

431 Jaynes-Cummings相互作用量子ビットを構成する量子状態は理想的には互いに直交するようなものであるそ

して |g⟩からある状態例えば |e⟩や (|g⟩+ |e⟩)radic2といった所望の状態にするためには

何らかの方法で |g⟩と |e⟩を ldquo混ぜ合わせるrdquoことが不可欠である量子ビットを構成する量子状態は非調和振動子の基底状態と第一励起状態であったりスピンの ldquo上向きrdquo

と ldquo下向きrdquoであったりと様々だが遷移双極子モーメント(transition dipole moment)でつながる二つの量子状態 3が選ばれ量子状態間の遷移が電磁場により引き起こされるということは共通している4遷移双極子モーメント dは直観的には例えば電場や磁場によって誘起される古典的な電気双極子モーメント erや磁気双極子モーメント microと思えばよいこれの量子力学的な演算子の導出は文献 [2]に譲り具体的な形を書き下そう

d = micro (|e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e|)= micro(σ+ + σminus) (431)

この表式では次の演算子を新たに定義している

σ+ = |e⟩⟨g| =

(0 1

0 0

)=σx + iσy

2(432)

σminus = |g⟩⟨e| =

(0 0

1 0

)=σx minus iσy

2 (433)

これらの演算子は見ての通り量子ビット系に対して昇降演算子として作用するすなわちその双極子モーメントを外場で誘起することによって量子ビットの操作を行うことができる

3四重極モーメント(quandrupole moment)でつながる二準位により量子ビットが構成されることもある

4光子の偏光のようなエネルギー的に縮退した状況もあれば中間準位 |r⟩を経由して |g⟩と |e⟩を電磁波で遷移させる場合もあり後者のような場合の取り扱いは付録 Cに記載してある

第 4章 二準位系と電磁波 71

電場で誘起されるような双極子モーメントに対して平行な電場を持つ電磁波5が量子ビット系に印加されたとしようこのときHamiltonianには相互作用項が追加されるがこれは一般の多重極モーメントを考慮すると電場の多項式となるところが今は双極子モーメントのみを考えているため電場の1次のみで d middotEとなる演算子の表現 [2] d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いると相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (434)

と書くことができるさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であることを仮定しようするとσ+adaggerのような項は周波数ωq+ωcで ldquo速く振動するrdquo

項であり無視することができるこれを回転波近似(rotating-wave approximation)というこれにより相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (435)

という形になるこれを Jaynes-Cummings相互作用 [3]といい結合定数(coupling

constant)が g = microEzpfhで与えられる6この相互作用項の物理的な意味は単純で電磁波の量子つまり光子が一つ吸収 (放出)され同時に量子ビットが励起される(脱励起する)ような過程を表している特殊な状況ではanti-Jaynes-Cummings相互作用も扱うことがあるので紹介してお

こうこれはHint = hgprime(σ+a

dagger + σminusa) (436)

という形をしておりちょうど Jaynes-Cummings相互作用を得た際に残した項と無視した項が入れ替わった形である例えば系を周波数 ωq+ωcで駆動するような場合には量子ビットの励起と光子の生成が同時に起こりanti-Jaynes-Cummings相互作用でよく記述される状況となるまた原子イオン系に対して二つのレーザー光を照射しイオンの振動を調和振動子とした Jaynes-Cummings相互作用と anti-Jaynes-Cummings

相互作用を同時に引き起こすことでMoslashlmer-Soslashrensenゲート [4]と呼ばれる現時点で最も高精度な二量子ビット操作が実現されている [5]

44 二準位系と電磁波の例核磁気共鳴における二準位系

核磁気共鳴は物質科学における分光法として頻繁に用いられるほかMRI(magnetic

resonance imaging)という医療機器に用いられる技術としても馴染み深い核磁気共5ここでは簡単のため単一のモードを考える6用語の解説を少ししておく 通常 (anti-)Jaynes-Cummings 相互作用は量子ビットと調和振動子の

結合に用いられる用語である 二つの調和振動子(消滅演算子が a と b)の場合 hg(adaggerb + abdagger) やhg(adaggerbdagger + ab)で書かれる相互作用はそれぞれビームスプリッター相互作用パラメトリックゲイン相互作用などと呼ばれる 量子ビットどうしの相互作用については σx otimes σx や σx otimes σy のようなものがあるがこれらはそのまま XX 相互作用や XY 相互作用などと呼ばれる

第 4章 二準位系と電磁波 72

図 42 カルシウムイオンとイッテルビウムイオンのエネルギー準位の一部

鳴においては磁場下で Zeeman分裂した核スピンの二つの状態 |uarr⟩と |darr⟩が二準位系となる核スピンといってもそれ単体であるわけではなくなんらかの分子の中のリン原子や水素原子なりの原子核(水素原子の場合は単に陽子)の核スピンを扱うことが多い分子が溶け込んだ溶液に対して 1 T程度の磁場を印可し数十MHzほどのZeeman

分裂をした核スピン自由度に対して対応する周波数のRF磁場を印可することで二準位系と電磁波の相互作用が実装される使用する分子によって核スピンの数やコヒーレンス時間は変化するがコヒーレンス時間に関しては測定が困難なほど長いものもあるこれは核スピンというものが物質の中でも非常によく外界から隔離されたものであることを意味している

原子における二準位系

中性原子気体あるいは原子イオンを用いた系はその内部構造の豊富さから多様な二準位系の構成が可能であるここでは特に原子イオン系でよく用いられる光領域で動作するものとマイクロ波領域で動作するものについて紹介しようなお以下の説明で超微細構造というものが出てくるがこちらに関しては付録 Dを参照してほしいまず光領域で動作する二準位系の説明のために例としてカルシウム(Ca)原子(一

価)イオンのエネルギー準位を図 42に示すアルカリ土類金属原子であるCaイオンは最外殻電子が一つであり中性アルカリ金属原子と同様に基底状態が S状態であり寿命が数ナノ秒程度の励起状態であるP状態への電気双極子による光遷移を有するそのほかにD状態もありこれは寿命が 1秒程度と長いため準安定状態とみなされるD状態から P状態への光学遷移も許容されているがS状態と D状態のあいだの光学遷移は電気四重極子遷移と呼ばれ双極子遷移により許容されていないため非常に弱い遷移でかつ特殊な光の照射の仕方をしなければならないしかしながらこの光学遷移を用いる事で S状態を基底状態 |g⟩D状態を励起状態 |e⟩として扱うことができるマイクロ波領域で動作する二準位系の説明にはイッテルビウム(Yb)原子(一価)

第 4章 二準位系と電磁波 73

図 43 量子ドットの励起子(左)と量子ドットに閉じ込められた電子(右)破線はFermiエネルギーを模式的に書いたもの

イオンが適切だろうYbイオンの基底状態は S状態でありかつ核スピンが 12であるこれより基底状態の超微細構造は F = 0と F = 1の二つであり微細構造分裂は周波数にして 126 GHz程度となっているF = 0の状態はmF = 0という一つの状態しかなくF = 1の状態はmF = minus1 0 1の三つとなっておりF = 0の状態を基底状態 |g⟩F = 1の状態のひとつを励起状態 |e⟩とし126 GHzのマイクロ波を照射するあるいは光のRaman遷移を用いる事によって二つの状態間を遷移させることができるこの超微細構造を用いた二準位系の場合にはどちらの状態も基底状態であるから寿命はほとんど無限と思ってよいほどの長さになる7原子あるいは原子イオンを用いると非常に寿命の長くかつ全く性質の同じ二準位系

を多数用意できるという点が利点として挙げられるただし原子が周囲の気体と衝突するとよくないので超高真空(10minus10 Pa程度)にする必要がありかつ集積性や系の安定性に関して課題を抱えている

固体量子欠陥における二準位系

金属でない個体中の原子が一つ抜けているような欠陥は量子欠陥と呼ばれバルクの個体とは異なる光学遷移を有することが知られているこの光学遷移がバンドギャップ内にあるためにこれをコヒーレントに駆動することが可能であるため量子技術に有用な二準位系を作ることができるものとして着目される

第 4章 二準位系と電磁波 74

光学的に制御される半導体量子ドットにおける二準位系

半導体の結晶成長技術は原子一層ずつの積層すら可能にしこの成膜技術を駆使することによりバンドギャップの小さい物質(例えば InAs)のナノメートルサイズの領域をバンドギャップの大きな物質中(InAsに対してGaAsなど)に作製することが可能であるこのバンドギャップの小さい物質のナノメートルサイズの領域を量子ドットと呼びそこには単一あるいは二つの電子が捕獲されることからこの電子の光学遷移およびスピン状態の量子レベルでの制御が着目されている量子ドットを 1次元的に概念図にしたものが図 43である量子ドット中の電子は十

数ナノメートルの空間に局在したいていの場合単一の電子のみが量子ドット中に存在することになる量子ドットの ldquo伝導帯rdquoにも電子の存在できるエネルギー準位(寿命は数百ピコ秒)がありこの ldquo価電子帯rdquo= |g⟩から ldquo伝導帯rdquo= |e⟩へ電子が遷移することによる素励起を励起子というこの光学遷移が量子ドットの主たる光学遷移およびそれに対応する二準位系になるまた価電子帯で閉じ込められた電子自身のスピン自由度も二準位系として用いる事

ができる(図 43右)数 Tの磁場のもとでスピンのコヒーレンス時間が数マイクロ秒程度あるため誘導Raman遷移などの光学的な手法によってこのスピン状態を量子的に操作することが可能であるとくに半導体はバンドギャップの制御によってこの量子ドットの光学遷移の波長が紫

外域から近赤外光まで幅広く変化させることができる点が魅力的であるまた半導体の微細加工技術を活用すると量子ドットをフォトニック結晶共振器中に配置し強く結合させることも可能である

超伝導回路における二準位系

詳細は 92節で述べるが超伝導体でキャパシタと Josephson接合(量子トンネル効果が顕著となるくらい微細なキャパシタ構造)の並列回路を作るとこの回路は非線形LC共振器としてふるまう非線形な LC共振器の基底状態から第一励起状態までと第一励起状態から第二励起状態までの遷移エネルギーが異なることを利用してこの回路の基底状態を |g⟩第一励起状態を |e⟩とする二準位系を構成することが可能であるこの遷移エネルギーは設計にもよるが数 GHzから 20 GHz程度まで多様であるまた超伝導回路は設計次第で電磁波と量子ビットの結合強度を非常に強くすることができ強分散領域という結合領域にも容易に到達できるという利点もある

441 自然放出と誘導放出二準位系に電磁波が関与する過程としてここでは自然放出と誘導吸収誘導放出と

いう二つの過程を紹介しておこうまず自然放出(spontaneous emission)は二準位

7一応磁気双極子遷移であるとして寿命を見積もることはできるが何万年とか何億年とかの寿命が算出される

第 4章 二準位系と電磁波 75

系を励起状態に用意した際に何もしなくても励起所状態から基底状態に遷移してしまいその時に遷移周波数に対応する電磁波を放出するという現象である電子が原子核からの復元力をうけて振動しているというような古典的な原子の描像でいうと電子の振動が電磁場の振動つまり電磁波を発生させてエネルギーを失っていくようなイメージであるもちろんこの状況で電子はどんどんエネルギーを失って原子核に ldquo落ちてrdquo行ってしまうがそうならないというのが古典力学の不十分さと量子論の必要性を浮き彫りにしている量子論ひいては量子力学では原子のなかで離散的なエネルギーの状態しか取れないため量子的な描像では励起状態にある原子が基底状態に遷移しそのときに対応するエネルギーの光子が一個飛び出るということになるこの時に放出される電磁波の位相は完全にランダムでありこのランダムさがのちに導入する位相緩和に自然放出が寄与を持つ理由であるまた自然放出が起こる理由は二準位系の遷移周波数に対応する周波数の電磁波の真空ゆらぎが二準位系の遷移に作用しこの直後に述べる誘導放出を引き起こすためと考えてもよい自然放出と対照的なのが誘導吸収(induced absorption)と誘導放出(induced emis-

sion)であるこれらは電磁波が二準位系に照射された時に光子が基底状態の二準位系に吸収される過程と励起状態の二準位系が光子を照射された電磁波の位相に従って放出する過程である誘導吸収と誘導放出は逆過程であるため同じ頻度で起こるしたがって連続的な電磁波をいくら強く当てても二準位系の占有確率が励起状態のみになるということはなく定常状態ではせいぜい基底状態と励起状態の占有確率が半々になる程度である自然放出もあわせると定常状態での励起状態の占有確率は 05以下になることがわかるのちにRabi振動やRamsey干渉といった現象で見るように誘導放出と誘導吸収は照射された電磁波の位相と二準位系の量子状態がきれいに対応するような過程(コヒーレントな過程)である

76

第5章 二準位系のダイナミクスと緩和

51 Bloch方程式と緩和511 Bloch方程式前節では量子ビットがスピン 12系と等価であることを見たスピンの基本的なダ

イナミクスは量子技術の観点では電磁波との相互作用により引き起こされるあるいは周囲の環境との相互作用による量子ビットの緩和もまた考えなければならない1946年には Felix Blochが印加磁場まわりのスピン (より正確には磁化)の歳差運動を記述する方程式を見出したこの Bloch方程式は基本的に核磁気共鳴や電子スピン共鳴のような実際のスピン系におけるダイナミクスを記述するものであるしかしながら1957年Richard P Feynmanは仮想的なスピン 12系である量子ビットのダイナミクスに関してもこのBloch 方程式が適用可能であることを見出した本節ではまず量子ビットに対する密度演算子を導入しそのスピン 12系との対応そして密度演算子のダイナミクスを与えるマスター方程式について述べるさらに具体的なケースとして量子ビットに関する Bloch方程式を導出しよう密度演算子 ρは単一の量子状態 |ψ⟩で表される純粋状態 ρ = |ψ⟩ ⟨ψ|だけでなく

いくつかの量子状態 |ψi⟩を確率 pi で取るような混合状態 ρ =sum

i pi|ψi⟩⟨ψi|をも表現することができる点でketベクトルよりも一般的な量子状態を記述できるここでは|ψ⟩ = cg|g⟩+ ce|e⟩の密度演算子

ρ = |ψ⟩⟨ψ|= ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=

(|ce|2 clowastgce

cgclowaste |cg|2

)(511)

を主に考えていこうこの密度演算子のダイナミクスはどのようなものであろうかこれを見るためにSchrodinger表示の状態ベクトル |ψ(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψ⟩ = Ut |ψ⟩が系の HamiltonianHに従って時間発展するとしようすると密度演算子 ρ(t) = UtρU

daggert の

時間微分はdρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) + i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (512)

と計算されLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (513)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 77

を得るここで密度演算子に対する Liouville-von Neumann方程式 (513)と演算子Aに対するHeisenberg方程式 ihpartApartt = [AH]の違いに注意したい次に量子ビットが電磁波(とくに断らない限り電気双極子遷移を用いた量子ビットを

イメージすればよい)で駆動(よく driveという)されているような状況を当面は後に導入する緩和を抜きに考える駆動された量子ビットの Hamiltonianは付録 Cにもあるような方法で次のように与えられる

H =hωq2σz +

2(σ+e

minusiωdt + σminuseiωdt) (514)

ここで電場の振幅Edを用いてΩ = microEdというパラメータを導入したSchrodinger表示ではHamiltonianは指数関数の肩に乗って量子状態を時間発展させるのでこのパラメータは量子ビットの状態遷移のタイムスケールに関与するであろう回転系への変換(付録 B参照)をユニタリ行列 U = exp[i(ωd2)σzt]によって施すと

H =h∆q

2σz +

2(σ+ + σminus) (515)

となるここで離調(detuning)∆q = ωq minus ωdを定義したこれを Louville-von Neu-

mann方程式(513)に代入し|g⟩や |e⟩で挟んで ρij = ⟨i| ρ |j⟩を評価することで次の式を得る

dρeedt

= iΩ

2(ρeg minus ρge) (516)

dρggdt

= minusiΩ2(ρeg minus ρge) (517)

dρegdt

= minusi∆qρeg minus iΩ

2(ρgg minus ρee) (518)

dρgedt

= i∆qρge + iΩ

2(ρgg minus ρee) (519)

ここでsx = ρge + ρeg sy = minusi(ρge minus ρeg) sz = ρee minus ρgg

によって仮想的なスピン成分に対応する量を定義しようなぜこれがスピン成分と思えるかというと密度演算子が

ρ = ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=1

2(I + sxσx + syσy + szσz) (5110)

と書けるからであるこれらの量を用いる事で上記の微分方程式の組が次のようにまと

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 78

められるdsxdt

= minus∆qsy

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz

dszdt

= Ωsy

lArrrArr d

dt

sxsysz

=

Ω

0

∆q

times

sxsysz

lArrrArr ds

dt= B times s

これが Feynmanの見出した緩和なしの量子ビットに対する Bloch方程式でありたしかに最後の式は ldquo磁場rdquoB = (Ω 0∆q)の周りを ldquoスピンrdquosが歳差運動するような形となっている

512 緩和がある場合のBloch方程式マスター方程式(master equation導出については付録 E参照)はLiouville-von

Neumann方程式に緩和(relaxation)を取り込む点でもう少し一般的なプロセスを記述できる緩和のダイナミクスは緩和を表す演算子Λおよびそれを用いた Lindbladian

あるいは Lindblad superoperator

L(Λ)ρ = 2ΛρΛdagger minus ΛdaggerΛρminus ρΛdaggerΛ (5111)

を Liouville-von Neumann方程式に導入することで表される緩和に関して自然放出(spontaneous emission)など環境の温度によらないレートを Γ熱浴(thermal bath

あるいは単に bath)の温度に依存するレートを Γprimeとすると一般的なマスター方程式は次のようなものである

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(

radicΓ + ΓprimeΛ)ρ+

1

2L(

radicΓprimeΛ)ρ (5112)

環境の温度によって決まるレート Γprimeだが大抵の場合は量子ビットの遷移エネルギーhωqに対して十分小さなエネルギースケールまで量子ビットの置かれる環境の温度 T を冷却する(kBT ≪ hωq)ためΓに対して十分小さくなり無視できる環境温度によらない緩和としてここでは二つの緩和を考えるひとつは自然放出あるいは縦緩和(longitudinal relaxation)と呼ばれるこれは励起状態 |e⟩の寿命が有限であることに起因しL(

radicΓ1σminus)という Lindbladianで表されるもうひとつは位相緩和(dephasing)

あるいは横緩和(transverse relaxation)と呼ばれその原因は電磁場環境のゆらぎなど多岐にわたる位相緩和は L(

radic2Γ2σz2)という Lindbladianによって表現される

これらの緩和を考慮に入れると量子系を取り扱ううえで最も基本的なマスター方程式が得られる

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(radic

Γ1σminus)ρ+1

2L(radic

Γ2σz)ρ (5113)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 79

図 51 縦緩和あるいは自然放出によるBloch球の変化(左)と横緩和あるいは位相緩和によるもの(右)

Bloch方程式を導いた時と同様に密度演算子の成分ごとの方程式に書き直して sx sy sz

としてまとめることで緩和を含んだ Bloch方程式が得られるdsxdt

= minus∆qsy minusΓ1 + 2Γ2

2sx (5114)

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz minusΓ1 + 2Γ2

2sy (5115)

dszdt

= Ωsy minus Γ1(sz + 1) (5116)

lArrrArr ds

dt= B times sminus

Γ1+2Γ2

2 sxΓ1+2Γ2

2 sy

Γ1(sz + 1)

(5117)

とくに今の場合には Γprimeの効果を無視しているこの近似は光周波数(波長 1 micromならばおよそ 300 THz)領域の量子ビットが室温環境(kB times 300 K≃ h times 6 THz)で扱われる場合に特によく成り立つことから光学的Bloch方程式(optical Bloch equation)とも呼ばれる上の方程式から見て取れるようにΓ1は励起状態 |e⟩から基底状態 |g⟩への遷移のレートを表している1この過程は自然放出と呼ばれるがこれは照射された電磁波による誘導放出ではなく真空場による誘導放出と考えることができる余談だが二準位系の緩和レート Γが純粋に真空場による誘導放出によるものすなわち自然放出過程によるものとみなせる場合二準位系の遷移双極子モーメント microと次の関係式

1Γ2 = 0sz(t = 0) = 1に関して Bloch方程式を解いてみよ励起状態の占有確率の指数関数的な減衰がみられるはずである

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 80

図 52 離調がない場合(左)とある場合 (右) のRabi振動

が成り立つ

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(5118)

Γ2 で表される緩和は占有確率の変化を引き起こさないがBlochベクトル (sx sy sz)

のうち sxと syを ldquo縮めるrdquo効果を持つ (図 51)これは結果として量子ビットが重ね合わせ状態などに関する位相の情報を失っていくことを意味しておりそれゆえに位相緩和と呼ばれる自然放出による位相緩和も含めた Γ1 + 2Γ2がトータルの位相緩和レートとなるためΓ2はとくに純位相緩和レート(pure dephasing rate)と呼ばれることもある

52 Rabi振動さて電磁波による駆動と緩和のもとでの量子ビットのダイナミクスを記述する方

程式が得られたため実際にどのような振る舞いになるかを見てみようといってもBloch方程式を解析的に解くのは特殊な場合を除いて簡単ではないためまず理想的な場合として離調がなく (∆q = 0)緩和もない(Γ1 = Γ2 = 0)状況を見てみようこの時の Bloch方程式は

dsxdt

= 0dsydt

= minusΩszdszdt

= Ωsy

となり初めに量子ビットが基底状態にある(sz(t = 0) = minus1)という初期条件のもとで sx = 0sz = minus cos (Ωt)sy = sin (Ωt)という解が得られるこの解ははじめ |g⟩にあった Blochベクトルが (Ω 0 0)つまり Bloch球でいうと図 52の左側のように x

軸まわりに回転することを意味しているΩは Rabi周波数(Rabi frequency)と呼ば

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 81

図 53 Rabi振動における |e⟩の占有確率左 自然放出がないとしたときの様々な離調 δに対する振る舞い右 離調がないとしたときの様々な自然放出レートに対する振る舞い数値計算にはQuTiP [6]を用いた

れるが見ての通り Blochベクトルが回転する周波数になっているRabi周波数には駆動電場と Ω = microEd2hという関係があるので駆動電場をオンにしている時間と強度によって回転角が決まるつぎにもう少し複雑な状況を考えるべく離調がゼロでない∆q = 0場合を見てみよう

このときにはBlochベクトルが (Ω 0∆q)というx軸から角度 θ = arctan (∆qΩ)だけ傾いたベクトルの周りに回転することになる(図 52の右側)つまり|e⟩の占有確率は離調がゼロの時のように 1には至らずかつベクトル (Ω 0∆q)の長さΩprime =

radicΩ2 +∆2

q

で占有確率が振動する(図 53左)この Ωprimeを一般化 Rabi周波数(generalized Rabi

frequency)ともいう最後にΓ1と Γ2がゼロでない場合つまり緩和がある場合を考えようこのときに

はRabi振動は緩和によって振幅を失っていきszはある値に収束するこの値は駆動の強さと緩和の強さがバランスすることによって決まり定常状態を解析することで得られるダイナミクス自体は通常QuTiP [6]などの数値計算パッケージを用いて図 53

右のように解析することができる

53 Ramsey干渉もうひとつ量子ビットのダイナミクスを利用した量子力学的現象に Ramsey干渉

(Ramsey interference)というものがあるRamsey干渉においては量子ビットはまず|g⟩と |e⟩の重ね合わせ状態にされある時間ののちに異なる位相を獲得した |g⟩と |e⟩が再び干渉しldquo干渉縞(interference fringe)rdquoが現れるRamsey干渉は量子ビットの位相(sxsy成分)の時間発展を知りたい場合に便利な現象でありこれをBloch球とBlochベクトルを用いて理解することが本節の目標である初めにRabi振動において回転角が π2となるようパルス幅∆t = π2Ωの共鳴電

磁波を照射するこれを π2パルスと呼ぶこれによってはじめ |g⟩にあったBlochベ

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 82

クトルは (|g⟩ minus i |e⟩)radic2に移される(図 54左)その後ある一定時間 τ我々は何も

せず量子ビットは自由に時間発展をする環境に何もノイズがなければBlochベクトルはこの間なにも変化を受けないが現実には様々な環境由来のノイズによってBloch

ベクトルが時間発展をする(図 54中央)そして最後に再び π2パルスを照射するとxy平面内の時間発展が xz平面に移される(図 54右)ここに至り量子ビットの位相の時間発展を szすなわち量子ビットの基底状態あるいは励起状態の占有確率に転写することができたもし一切の緩和や位相のドリフトがなければ最後の π2パルスによって sz = 1が得られるが位相緩和がある場合には τ が長くなるにつれて sz

が(量子ビットの遷移周波数の回転系では)指数関数的に減衰しゼロへ収束し駆動電磁波の強度ゆらぎなどによる位相ドリフトがある場合にはτ に対し位相ドリフトに特徴的な時間スケールで sz が変動する

54 スピンエコー法スピンエコー法(spin-echo)とはある一定の条件下で上記のような位相ドリフト

の効果を打ち消すような量子ビットの制御シークエンスのことである基本的なアイデアはシンプルである位相ドリフトはBloch球上での z軸まわりの回転とみることができるがもし位相ドリフトが十分ゆっくりであればRabi振動で回転角がちょうど π

となる πパルスを量子ビットに作用させることで位相ドリフトを「巻き戻す」ことができる例えば精密な πパルスを作用させたいときに少量の z軸まわりの回転が入り込んでしまうとそれが πパルスの精密さに限界を与えてしまうスピンエコー法はこのような場合に z軸まわりの回転の影響をキャンセルするのに有用であるこのためにスピンエコー法では本来 πパルスであるべき制御シークエンスを時

間 τ だけ間隔をあけた二つの π2パルスに分割し二つのパルスのちょうど中間τ2だけ経過したタイミングに π パルスを挿入するはじめ量子ビットが |g⟩にあるとすると初めの π2パルスで |minusi⟩状態に遷移しその後 τ2だけ位相ドリフトが生じる(図 55上段左中央)次の πパルスによって y軸まわりにBlochベクトルが回転し

図 54 Ramsey干渉の概略

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 83

図 55 スピンエコー法の概略

た後再度 τ2だけ位相ドリフトが起こるとシークエンス全体としての位相ドリフトがキャンセルされて |minusi⟩状態に戻っていることがわかる(図 55上段右下段左)最後に π2パルスを作用させることで当初の目的であった |e⟩への精密な πパルスを実現できるということになる(図 55下段中央)上記の説明ではπパルスなどが有限の時間かかることによる追加の位相ドリフトに関して簡単のため無視したが実際の実験ではパルス幅の調整により位相ドリフトが全体でキャンセルされるようにキャリブレーションを行うというのが実情であろう

84

第6章 調和振動子

61 Fock状態光音モノの振動など我々が日常で見る波は物理の言葉では様々な媒体の調和

振動(harmonic oscillation)として理解されている調和振動はしばしば正準変数 qとpによりHamiltonian

H =p2

2m+

1

2mω2q2

によって記述される1ここでmは質量ωは調和振動の固有(角)周波数である量子力学的な描像に移るためにq rarr qprarr p = (hi)ddqと演算子に置き換えるハット記号は混乱がない限り省略する消滅演算子を a =

radicmω2h [q + (imω)p]と定義すれば上記のHamiltonianは

H = hω

(adaggera+

1

2

)(611)

と書きかえられこのHamiltonianの固有状態 |n⟩ n = 0 1 2 middot middot middot は Fock状態と呼ばれる|n⟩の nは調和振動の振動量子が何個あるかを表すためFock状態は数状態と呼ばれることもあるFock状態は完全正規直交系をなすさらに |n⟩は平均の量子の数が n個量子の数

のゆらぎがゼロの状態であるこういった性質と物理的なわかりやすさからFock状態は様々な量子状態を展開する基底としても重要な役割を果たす

62 コヒーレント状態Fock状態は調和振動子のHamiltonianの固有状態であるが現実世界でFock状態を

目の当たりにすることは容易ではない日常で目にする調和振動といえば振り子のように単一の振動数での正弦波で書かれる現象を想像するだろうではどのような量子状態がもっともこの正弦波的な(言い換えると「古典(力学)的な」)振動に近いものだろうか古典力学的な振動は通常外力による駆動つまり強制振動によって誘起されるので量子力学的な強制振動を考えその結果として生成される量子状態が求めるものに近いであろうと期待される

1光は質量をもたずこの Hamiltonianでは記述できないが調和振動として記述できることには変わりない

第 6章 調和振動子 85

調和振動子の外力による駆動はビームスプリッタ(beam splitter)相互作用Hd =

ihΩ(badagger minus bdaggera)により調和振動子にエネルギーを供給することで可能となるここで a

は先ほどもあった駆動したい調和振動子の消滅演算子bは駆動のための場の消滅演算子でありbも aと同様調和振動子として書かれる駆動場はふつう非常に強いものを考えるのでこれを演算子ではなく古典的な振幅を表すただの数 βで置き換えよう2駆動の時間を τ としα = Ωβτ と定義すると相互作用自体はHd = ih

[(ατ)adagger minus (αlowastτ)a

]となりこれによる時間発展演算子は次のようになる

D(α) = eminusiHdhτ = eαa

daggerminusαlowasta

このユニタリー演算子 D(α)は変位演算子(displacement operator)と呼ばれるこれがなぜ変位演算子と呼ばれるかを明らかにするためまずD(α)のいくつかの重要な性質を見ようまず真空 |0⟩が強制振動により |α⟩ def

= D(α) |0⟩という状態になったとしようするとこの |α⟩は古典力学的な振動の量子版となっていることが期待される天下り的ではあるがaを |α⟩に作用させてみよう

a |α⟩ = aeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= aeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= α |α⟩ (621)

2行目と 4行目ではBaker-Campbell-Hausdorffの公式 eAeB = eA+B+[AB]2 を用いた3行目では aeαa

dagger の指数関数部分を Taylor展開して交換関係 [a adagger] = 1を繰り返し用いeαadaggera+αeαa

dagger となることを用いたこれら二つの項のうち第一項は |0⟩に作用するとゼロとなることにも注意したいこうして量子状態 |α⟩は消滅演算子 aの固有状態でかつ固有値が αであることがわかるこれによってq =

radic2hmω(a+ adagger)2と p =

radic2mhω(aminus adagger)2iの期待値の計算が

容易にできるようになった実際a |α⟩ = α |α⟩と ⟨α| adagger = ⟨α|αlowastを用いると

⟨q⟩ = ⟨α| q |α⟩ =radic

2h

α+ αlowast

2=

radic2h

mωRe[α] (622)

⟨p⟩ = ⟨α| p |α⟩ =radic2mhω

αminus αlowast

2i=

radic2mhωIm[α] (623)

となるさらに qと pの分散も計算したいが⟨α| aa |α⟩ = α2⟨α| adaggera |α⟩ = |α|2そ

2ここで勘のいい読者はこれは循環論法になっていることに気が付くと思う論理的にきっちりやるのであれば例えばコヒーレント状態を消滅演算子の固有状態と定義してしまうのが常道だが著者はあえて物理的な意味の分かりやすい説明をしたいと思う

第 6章 調和振動子 86

して ⟨α| aadagger |α⟩ = |α|2 + 1に留意すると次の表式を得る

∆qdef=

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radic2h

α2 + αlowast2 + 2|α|2 + 1minus α2 minus 2|α|2 minus αlowast2

4

=

radich

2mω (624)

∆pdef=

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radic2mhω

minusα2 minus αlowast2 + 2|α|2 + 1 + α2 + αlowast2minus 2|α|24

=

radicmhω

2 (625)

さて位相空間(qp平面)を考えると|α⟩が点 (radic(2hmω)Re[α]

radic2mhωIm[α])を

中心に q方向にradic(h2mω)p方向に

radic(mhω2)の分散を持った分布となっているこ

とがわかるちなみに後のWigner関数の節でみるようにこの分布は Gauss分布となっており∆q∆p = h2つまり |α⟩は最小不確定状態となっている古典力学的な振動は回転座標系では位相空間上の一点であったことを思い出すとたしかに |α⟩は古典力学的な正弦波的振動の量子版であるといえるだろう|α⟩は位相空間上での偏角も有限の期待値を持つような状態でありそれゆえにコヒーレント状態(coherent state)と呼ばれる3|α⟩ を Fock 状態で展開した係数 An について考えてみよう|α⟩ =

suminfinn=0An |n⟩

a |α⟩ = α |α⟩ からただちに An+1 = αAnradicn+ 1 という漸化式が得られこれより

An = αnA0radicnと求まるこれで |α⟩ =

suminfinn=0(α

nradicn)A0 |n⟩と書けるのだが残っ

たA0については規格化条件 ⟨α |α⟩ = 1からA0 = eminus|α|22と決まるすなわち最終的に

|α⟩ =infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩ (626)

を得る各係数の二乗はコヒーレント状態の数分布であり

Pn =|α|2n

neminus|α|2 (627)

数分布の分散は

∆ndef=

radic⟨(adaggera)2⟩ minus ⟨adaggera⟩2 = |α| (628)

となりPnと併せてコヒーレント状態の数分布が Poisson分布になっていることがわかる

3ldquocoherentrdquoという単語は ldquoco-hererdquoつまり「一貫したまとまった」という意味を持つつまり専門用語ではないので日常会話で coherentという単語が出てきても「おっ物理専攻かな」とそわそわしてはいけない

第 6章 調和振動子 87

63 スクイーズド状態光と物質の相互作用はとても多様で線形な応答を示す現象だけでなく非線形な光学

効果が種々存在する頻繁に目にする非線形性は例えば二次の非線形光学効果のもととなる χ(2)非線形性でHamiltonianには ihg(aaadagger minus adaggeradaggera)のように演算子の 3次の項が入るまた三次の非線形光学効果に寄与する χ(3)非線形性はHamiltonianに演算子の 4次の項が現れるこういった非線形な項に対してちょうど前節の冒頭でやったように一つあるいは二つの演算子をコヒーレントに駆動しただの数に置き換えるといわゆるスクイージング(squeezing)Hamiltonian

Hs = ihr

2τ(eiϕa2 minus eminusiϕadagger

2) (631)

およびこの Hamiltonianによる時間発展を表すスクイージング演算子(squeezing op-

erator)S(r) = eminusi

Hshτ = e

r2(eiϕa2minuseminusiϕadagger

2) (632)

が得られる任意の量子状態に対するスクイージング演算子の作用を計算するのは難しいがコ

ヒーレント状態に対しての作用は比較的容易に計算できかつスクイージング演算子の性質を垣間見ることができるこれを見るためにSdagger(r)aS(r)という量を計算してみようBaker-Campbell-Hausdorffの公式と S = (ra2 minus rlowastadagger

2)(ただし r = reiϕ2)を

用いることでSdagger(r)aS(r)は次のように計算されるSdagger(r)aS(r) = eminusSaeS

= aminus[S a

]+

1

2

[S[S a

]]minus 1

3

[S[S[S a

]]]+ middot middot middot

= a+1

222|r|2a+ 1

424|r|4a+ middot middot middot

minus 2rlowastadagger minus 1

323rlowast|r|2adagger minus 1

525rlowast|r|4adagger minus middot middot middot

= ainfinsumn=0

|2r|2n

(2n)minus adagger

rlowast

|r|

infinsumn=0

|2r|2n+1

(2n+ 1)

= a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r (633)

これによって |r α⟩ def= S(r) |α⟩で qと pの期待値を計算することができ

⟨q⟩ def= ⟨r α| q |r α⟩

=

radich

2mω⟨α|Sdagger(r)(a+ adagger)S(r) |α⟩

=

radich

2mω(α cosh r minus αlowasteminusiϕ sinh r + αlowast cosh r minus αeiϕ sinh r)

=

radich

2mω[(α+ αlowast) cosh r minus (αeiϕ + αlowasteminusiϕ) sinh r] (634)

第 6章 調和振動子 88

および

⟨p⟩ def= ⟨r α| p |r α⟩

=

radicmhω

2[(αminus αlowast) cosh r + (αeiϕ minus αlowasteminusiϕ) sinh r] (635)

が得られるさらに分散を計算するために langq2rang def= ⟨r α| q2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)q2S(r) |α⟩

と langp2rang def

= ⟨r α| p2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)p2S(r) |α⟩ を評価しようSdagger(r)q2S(r) はたとえば Sdagger(r)aaS(r) のような項を含むがS(r)Sdagger(r) = 1 を適切に挟むことによってSdagger(r)aaS(r) = Sdagger(r)aS(r)Sdagger(r)aS(r) = (a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r)2 のように計算が簡単になるこのようにして

∆q =

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radich

2mω(cosh 2r minus cosϕ sinh 2r)

∆p =

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radicmhω

2(cosh 2r + cosϕ sinh 2r) (636)

という最終的な分散の表式にたどり着くこれらの結果から分散の積を計算すると∆q∆p = (h2)

radiccosh2 2r minus cos2 ϕ sinh2 2rであり ϕ = 0または r = 0のときに最小値

h2をとるϕ = 0のとき∆q =

radich2mωeminusr と書けるがこれはもとのコヒーレント状態の

q方向の分散よりも eminusr だけ小さくなっており一方で∆p =radicmhω2er はもとのコ

ヒーレント状態の p方向の分散の er 倍になるつまり状態 |r α⟩は位相空間上でコヒーレント状態 |α⟩が q方向につぶれ p方向に伸びるように ldquo絞られたrdquoように見える特に |r 0⟩ = S(r) |0⟩ def

= |r⟩はスクイーズド真空状態(squeezed vacuum state)と呼ばれるがこれについて Fock状態で書き直してみよう準備として

S(r)aSdagger(r) = a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r (637)

が成立することを式(633)と同様に確かめておくとよいこの左辺はスクイーズド真空状態に作用したときにゼロとなるS(r)aSdagger(r)S(r) |0⟩ = S(r)a |0⟩ = 0これよりスクイーズド真空状態は演算子 a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r

def= microa+ νadaggerの固有値ゼロの固

有状態とみることができる|r⟩ =suminfin

n=0Cn |n⟩と書いて microa+ νadaggerを作用させれば漸化式

microradicn+ 2Cn+2 + ν

radicnCn = 0 (638)

が導かれるここで C0 と C1 を求める必要があるが(microa + νadagger)C1 |1⟩ = C1micro |0⟩ +radic2νC2 |2⟩であるから C1 = 0したがって C2n+1 = 0となるC0 = 1

radiccosh rは再び

第 6章 調和振動子 89

規格化条件から決まり

|r⟩ = 1radiccosh r

infinsumn=0

(minus1)neminusinϕ(tanh r)nradic(2n)

2nn|2n⟩ (639)

という表式を得る

64 熱的状態熱的状態(thermal state)は純粋状態ではなくFock状態 |n⟩にある確率が次のよ

うに Boltzmann分布で表される混合状態である

pn =eminusnβhωsuminfinn=0 e

minusnβhω = eminusnβhω(1minus eminusβhω) (641)

ここで β = 1kBT は逆温度kBは Boltzmann定数で T は系の温度である一つの調和振動子の温度というと違和感はあるがこれが温度 T の熱浴と平衡状態にあるときにはこのような熱的状態が実現されるこの熱的状態は密度演算子によって

ρth =

infinsumn=0

pn |n⟩ ⟨n| (642)

と書かれる統計力学でもおなじみの計算により数状態についてその平均値 ⟨n⟩ =suminfinn=0 pn ⟨n| adaggera |n⟩ =

suminfinn=0 npn分散 ∆n =

radic⟨n2⟩ minus ⟨n⟩2 は容易に求まる実際suminfin

n=0 neminusnβhω =

suminfinn=0(minus1hω)(partpartβ)eminusnβhω = (minus1hω)(partpartβ)(1 minus eminusβhω)という

関係を用いることで

⟨n⟩ = eminusβhω

1minus eminusβhω (643)

∆n =

radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩ (644)

となり熱的状態では数分布の分散はその平均値と同程度であることがわかる

65 光子相関調和振動子について何が古典力学的で何が量子的なのだろうか実現されたある状

態はそのくらいコヒーレントなのだろうかこれに対するある程度の答えは本節で導入する二つの相関関数(correlation function)が与えてくれる

第 6章 調和振動子 90

651 振幅相関 一次のコヒーレンス例えば電磁波の電場のような振幅に関する自己相関の量子版は次の一次の相関関数

(first-order correlation function)g(1)によって定められる

g(1)(τ) =

langadagger(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(651)

コヒーレント状態に関してはHeisenberg描像で a(t) = aeminusiωtであるから

g(1)(τ) =

langadaggerarangeminusiωτ

⟨adaggera⟩= eminusiωτ (652)

となりきれいな単色波が自己相関関数として出てくる別の例を考えよう二つのモード a1と a2があるとしその振幅の交差相関関数(cross correlation function)

g(1)12 (τ) =

langadagger1(t)a2(t+ τ)

rangradiclang

adagger1(t)a1(t)ranglang

adagger2(t+ τ)a2(t+ τ)rang (653)

を見てみよう二つのモードがともにコヒーレント状態であればg(1)12 (τ) = eminusiωτ が再び得られるしかしながらFock状態 |n1 n2⟩に関しては g

(1)12 (τ) = 0となってしまう

ことが容易にわかる振幅の相関関数は波動としての干渉効果を表すものであるから|g(1)| = 1のときに波動としての干渉性が最大になりg(1) = 0のときには波動としての可干渉性が全くないと言い換えることができる前者の場合はコヒーレント後者はインコヒーレントともいわれ0 lt g(1) lt 1のときには部分的にコヒーレントなどといわれる

652 強度相関 二次のコヒーレンス強度に関する自己相関の量子版は次の二次の相関関数(second-order correlation

function)g(2)によって定められる

g(2)(τ) =

langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(654)

単色光においては langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rang=langadaggeradaggeraa

rang=langadagger(aadagger minus 1)a

rang=langn2rangminus

⟨n⟩であるから二次の相関関数は次のように書かれる

g(2)(τ) =

langn2rangminus ⟨n⟩

⟨n⟩2= 1 +

(∆n

⟨n⟩

)2

minus 1

⟨n⟩ (655)

したがってコヒーレント状態については∆n =radic⟨n⟩より g(2)(τ) = 1となる熱的

状態に関しては∆n =radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩でありτ = 0においては上式が成立するから g(2)(

第 6章 調和振動子 91

0) = 2である一般論としては古典理論で記述可能な状態に対しては g(2)(τ) ge 1となることが知られている古典理論で記述できない状態として Fock状態を考えてみようFock状態 |n⟩は分散がゼロであるからg(2)(τ) = 1minus1n lt 1となるつまりFock

状態は確かに古典的な対応物がなく 純粋に量子的な状態であることが二次の相関関数からわかるこのように二次の相関関数はある状態がいかに量子的であるかの尺度になっている

66 Wigner関数661 導入密度演算子は量子状態のすべての情報を含むが本節ではこれを位相空間上で表現し

たいそこで密度演算子をWeyl変換する

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rangdqprime (661)

W (q p)はWigner関数として知られているものであるWigner関数が実関数であることはただちにわかるが必ずしも非負値を取らなくてもよい点でこれは確率密度分布にはなっていない二つの変数のうち片方について 2πδ(q) =

intinfinminusinfin dpeminusipq を用いて積分することで周

辺分布(marginal distribution)が得られる

W (q) =

int infin

infinW (q p)dp

=1

2πh

int infin

minusinfindp

int infin

minusinfindqprimeeminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang=

int infin

minusinfindqprimeδqprime

langq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang= ⟨q| ρ |q⟩ (662)

W (q)は明らかに非負である4純粋状態に対してはW (q)が q表現の波動関数を二乗したものであるとみることができるW (p) =

intinfininfin W (q p)dqはどうだろうか少し技

巧的だがintinfinminusinfin |p⟩ ⟨p|dp = 1を二回挿入し ⟨q |p⟩ = eipqh

radic2πhを用いると

W (q) = ⟨p| ρ |p⟩ (663)

であることがわかるつまりこちらの周辺分布W (q)も p表現の波動関数を二乗したものであるとみてよい結局周辺分布はどちらも波動関数の二乗の確率密度関数でありint infin

minusinfinW (q)dq =

int infin

minusinfinW (p)dp =

int infin

infin

int infin

infinW (q p)dqdp = 1

4ρ =sum

|ci|2 |ψi⟩ ⟨ψi|sum

|ci|2 = 1に対して確かめてみよ

第 6章 調和振動子 92

を満たす重複するがWigner関数は負の値を取りうるため確率密度関数ではないが規格化(二

つの変数について積分すると 1を得る)はされているために擬確率密度関数(pseudo-

probability density)とも呼ばれるだからといってWigner関数それ自体の重要性は見逃してはいけないなぜなら古典対応物の存在する量子状態のWigner関数は負の値を取らないことが知られているからだ言い換えればWigner関数の負値は非古典性(nonclassicality)の傍証となるのである

662 Wigner関数の例本節ではいくつかの純粋状態に関してWigner関数を計算してみる純粋状態 |ψ⟩に

対してWigner関数は次のように書かれる

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primeψ

(q +

qprime

2

)ρψlowast

(q minus qprime

2

)dqprime

663 コヒーレント状態最初の例はコヒーレント状態であるまず初めにコヒーレント状態の q表示 ⟨q |α⟩

を求めておくべきであろう

⟨q |α⟩ = ⟨x|infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩

= ⟨x|infinsumn=0

αn

neminus

|α|22 adagger

n |0⟩

= ⟨x| eminus|α|22 eαa

dagger |0⟩

= eminus|α|22 ⟨x| eα

radicmω2h (qminusi

pmω ) |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 ⟨x| eαradic

mω2hqe

minusiα pradic2mhω |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusiαradic2mhω

hi

ddq ⟨x |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hq

langxminus α

radich

2mω|0

rang

= Aeminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusmω2h

(qminusα

radich

2mω

)2

= Aeminusmω

2h

(qminusα

radic2hmω

)2

(664)

この計算では eγ(ddq)f(q) = f(x + γ)と ⟨x |0⟩ = Aeminusmω2hq2 を用いた最後の行では簡

単のため αは実数とした

第 6章 調和振動子 93

図 61 コヒーレント状態 |α⟩(左)とその重ね合わせ状態 (|α⟩ + |minusα⟩)2(右)のWigner関数各軸は真空ゆらぎで規格化してある

さてWigner関数を評価するにあたりGauss積分 intinfinminusinfin eminusa(x+b)

2dx =

radicπa(aは

実数bは複素数)に注意すると

Wα(q p) =

radic2A2

radicπmhω

eminusmω

h

(qminusα

radic2hmω

)2

eminusp2

mhω (665)

と計算できるこれは中心が αradic2hmωq 方向の分散が

radichmωp方向の分散がradic

12mhωのGauss分布となっていることがわかるだろうコヒーレント状態のWigner

関数を図 61の左に例示した

コヒーレント状態の重ね合わせ状態

次に|α⟩+ eiθ |minusα⟩という重ね合わせ状態のWigner関数を計算してみようこの計算は先ほどよりも少し長くなるが基本的にはただのGauss積分になり最終的には

W (q p) =Wα(q p) +Wminusα(q p) + Aeminusmωhq2eminus

p2

mhω cos

(2p

radic2h

mωα+ θ

)(666)

となるただし Aは積分の結果出てくる定数であるもともと重ね合わされた二つのコヒーレント状態のWigner関数WαとWminusαに二つのコヒーレント状態の干渉項とでもいうべき第三項が加わっているこの干渉項は図 61の右のように各コヒーレント状態のWigner関数を結ぶ直線に直交する方向の縞構造として現れるこの縞の数はコヒーレント状態の振幅 αに比例して増えていく

Fock状態

Fock状態の波動関数を求めるには特殊関数の知識が必要であるがこれに関しては初等的な量子力学の成書を参照されたいFock状態の波動関数は Hermite多項式を

第 6章 調和振動子 94

図 62 Fock状態 |n⟩のWigner関数

Hn(x) = (minus1)nex22(partnpartxn)ex

22として次のようなものである

|ψn(q)|2 =1

2nn

radicmω

πheminus

mωq2

h Hn

(radicmω

hq

)(667)

|ψn(p)|2 =1

2nn

radic1

πmhωeminus

p2

mhωHn

(radic1

mhωp

)(668)

周辺分布としてこれらを生成するWigner関数は天下り的ではあるが Laguerre多項式 Ln(x) =

sumnj=0 nCj(minusx)jjを用いて次のように与えられる

W (q p) =(minus1)n

πheminus 1

h

(mωq2+ p2

)Ln

(2

h

(mωq2 +

p2

)) (669)

95

第7章 共振器量子電磁力学(cavity QED)

71 Jaynes-Cummingsモデル共振器量子電磁力学系 (cavity quantum electrodynamicscavity QED) 1は電磁場

の共振器内部に二準位系を配置した系(図 )であり共振器光子の量子的振る舞いの研究あるいは共振器内部にある二準位系の制御が可能となる二準位系と単一の共振モードが相互作用するこのような状況は Jaynes-Cummingsモデルにより記述されるJaynes-Cummings Hamiltonianは

HJC =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (711)

であるこのモデルを用いて共振器量子電磁力学系という量子系を操る単純だが強力な舞台を見ていこうはじめに二準位系にも共振器にも緩和がない場合の Jaynes-Cummings Hamiltonian

の固有エネルギーを調べよう共振器光子が n個量子ビットが |ξ⟩ (ξ = g e)のときの合成系の量子状態を |ξ n⟩と書こうHamiltonianの行列要素 ⟨ξprimem|HJC |ξ n⟩を調べるとこのHamiltonianはブロック対角であることがわかるというのも非対角要素を与える σ+a+ adaggerσminusという相互作用(係数は省略してある)が |g n⟩と |e nminus 1⟩のみを繋ぐようなものだからであるそのブロック行列H(n)

JC をあらわに書くと

H(n)JC =

(minus hωq

2 + hωcn hgradicn

hgradicn

hωq

2 + hωc(nminus 1)

)(712)

となるここで一番目と二番目の行列はそれぞれ |g n⟩と |e nminus 1⟩の要素を表しているn ge 1にも注意このブロック行列は固有値λplusmn = hωc(nminus12)plusmn(h2)

radic(ωc minus ωq)2 + 4g2n

を有し量子ビットと共振器が共鳴している ωc = ωq = ω0の場合には

λplusmn = hω0 plusmn hgradicn (713)

と書けるこのように|g n⟩と |e nminus 1⟩の結合によってできる n番目の(励起)状態は 2hg

radicnだけエネルギー間隔のあいた二つの量子状態であり二準位系と共振器の結

合系である Jaynes-Cummingsモデルのエネルギースペクトルは等間隔ではないこのエネルギースペクトルを Jaynes-Cummings ladderともいう

1量子技術においては共振器全般を cavityと呼ぶことが多いが別の業界では cavityといえば虫歯である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 96

図 71 緩和があるときの Jaynes-Cummingsモデルの概念図

72 弱結合強結合領域今度は Jaynes-Cummingsモデルに緩和を取り込んだ系(図 71)について調べよう

量子ビットの自然放出レートを γ共振器から光が失われるレート(単にロスレートともいう)を κとするユニタリ演算子 U = exp[iωadaggerat+ i(ω2)σzt]を用いて Jaynes-

CummingsモデルのHamiltonianを回転系でみると2

HJC =h∆q

2σz + h∆ca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (721)

ここで離調∆q = ωq minus ω∆c = ωc minus ωを定義したこの Hamiltonianを用いて aとσminusについてのHeisenberg方程式を書き下そう

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus igσminus (722)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus igσza (723)

この方程式において量子ビットが強い励起を受けていないすなわちほとんど基底状態 |g⟩にあるという近似をするとσzをその期待値minus1で置き換えることができるこれによってminusgσzaという厄介な項は+gaとなり扱いやすくなるまた量子ビットがほとんど励起されていないため共振器内部の光子数も小さいであろうしたがって光子数が 0と 1の状態のみを考えることにするこういった近似のもとHeisenberg方程式を行列で書き直すと

d

dt

(a

σminus

)=

(minus(i∆c +

κ2

)minusig

ig minus(i∆q

2 + γ2

))( a

σminus

) (724)

この方程式全体を |e 1⟩に作用させるあるいは Hermite共役をとって状態 |g 0⟩に作用させるなどすると状態の時間発展を表す Schrodinger方程式と類似していることが

2相互作用項 hg(σ+a + adaggerσminus) は場合によっては minusihg(σ+a minus adaggerσminus) という形で現れるがU =exp[i(π2)adaggera]あるいは U = exp[i(π2)σz] というユニタリ変換のもとで等価である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 97

わかるしたがって右辺の行列の固有値は量子ビット-共振器結合系の固有エネルギーと考えて差し支えない対角化によりその固有値Eplusmnは

Eplusmnih

= minus1

2

[(i∆c +

κ

2

)+(i∆q +

γ

2

)]plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

(725)

と求まり対応する固有ベクトルは

|ψplusmn⟩ =1radicAplusmn

[1

2

[(i∆c +

κ

2

)minus(i∆q

2+γ

2

)]

plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

|g 1⟩ minus g |e 0⟩

(726)

であるただし 1radicAplusmnは規格化のための係数であるこれらからわかるように緩和

を考慮することによって固有エネルギーEplusmnは一般に複素数となりその実部はエネルギーを虚部は損失を表すこれは固有状態の時間発展が eminusi(Eplusmnh)tで与えられることからも妥当であろうここまでくれば共振器量子電磁力学系の弱結合領域強結合領域について議論するこ

とができるこれらはEplusmnの実部が同じ値となるか否かによって分けられるのだが簡単のため∆c = ∆q = 0つまり量子ビットと共振器がピッタリ共鳴の場合を考えよう結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも小さいとき系は弱結合領域(weak coupling regime)にあるといわれるEplusmn の表式のうち平方根の中身は正であるため固有エネルギーは縮退している言い換えれば量子ビットと共振器はエネルギースペクトル上で同じ位置にあり線幅のみが異なる緩和に対して結合定数が小さいため一切のエネルギーシフトが起こらないのである代わりにというべきか量子ビットと共振器の緩和レートはもともとの各々のレートから変化する共振器の緩和レートの方が大きい状況κ4 ≫ γ4 ≫ gを考えEplusmnの表式に出てくる平方根を近似的に展開すると

Eplusmnih

= minus1

2

(κ2+γ

2

)plusmn 1

2

(κ2minus γ

2

)[1minus 1

2

g2(κminusγ4

)2]

= minusκ∓ κ

4minus γ plusmn γ

4∓ 1

2

g2

κminusγ4

(727)

と書けるここで Γ+ = E+ihΓminus = Eminusihと分けて書こう

Γ+ = minusγ2

(1 +

g2

γ2κminusγ2

)≃ minusγ

2

(1 +

4g2

κγ

) (728)

Γminus = minusκ2

(1minus g2

κ2κminusγ2

)≃ minusκ

2

(1minus 4g2

κ2

) (729)

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 98

図 72 結合定数に対するロスレートあるいは線幅(左)とエネルギー(右)の依存性およびエネルギーの離調に対する依存性(右)

まず言えることはgをゼロとした時の値からΓ+とΓminusがそれぞれ量子ビットと共振器の緩和レートに対応することであるそして結合定数 gが有限の値をとるとき例えば量子ビットの緩和レートは Fp = 4g2κγのぶんだけ増加するのであるこの緩和レートの増強因子FpをPurcell因子あるいは文脈によっては協働係数(cooperativity)と呼ぶ次に結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも大きいときを考えようこの場合には Eplusmnの

表式の平方根の中身が負になりE+とEminusの実部はもはや同じ値ではなくなるこれは量子ビットと共振器が結合した新たなモードが二個あることを意味しており簡単のため∆c = ∆q = 0とすると

Eplusmn = ∓h

radicg2 minus

(κminus γ

4

)2

minus ih

2

(κ2+γ

2

)(7210)

となるこれより直ちにわかるのは量子ビットと共振器が結合してできた二つの新たな量子状態の緩和レートは量子ビットと共振器の緩和レートの平均値となることであるこれは新たにできた量子状態が「半分量子ビット半分共振器」の励起状態であることから当然ともいえるそしてエネルギーシフト∆Eplusmn = ∓hΩ0 = ∓h

radicg2 minus [(κminus γ)4]2

によって二つの量子状態は 2hΩ0だけエネルギー的に分裂することになるがこのエネルギー分裂を真空Rabi分裂(vacuum Rabi splitting)と呼ぶこのように真空Rabi分裂が起こるほど結合定数が大きなパラメータ領域を強結合領域(strong coupling regime)といい図 72には緩和レート(スペクトル線幅)やエネルギーの結合強度や離調に対する振る舞いを示した

73 分散領域前節ではJaynes-Cummingsモデルを量子ビットと共振器がほとんど共鳴的な状況

で調べ強弱結合領域という興味深い状況が現れることが分かったこの節では量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 99

図 73  分散領域における Jaynes-Cummingsモデルのスペクトル特性

子ビットと共振器の間の離調が各々の線幅よりも十分大きいが結合定数も大きいために分散的(dispersive)に結合するような場合に実現されるもう一つの興味深い結合領域をみてみよう再び Jaynes-Cummingsモデルから出発しよう

H =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ σminusadagger) (731)

ユニタリ演算子 U = exp[iωcadaggerat+ i(ωc2)σzt]によるユニタリ変換により ωcでまわる

回転系では∆ = ωq minus ωcとしてHamiltonianがHprime = (h∆2)σz + hg(σ+a+ σminusadagger)と

なるここでSchrieffer-Wolff変換(付録 Fを参照)によりこのHamiltonianを近似的に対角化したいユニタリー演算子 eS = exp[(g∆)(σ+aminus σminusa

dagger)]によるユニタリ変換を施し|g∆| ≪ 1のもとでその摂動展開を途中までで切るとHprimeprime = (h∆2)σz +

h(g2∆)(adaggera+ 12)σz となり回転系からもとの系に戻ると

Hprimeprimeprime =hωq2σz + hωca

daggera+hg2

(adaggera+

1

2

)σz (732)

これがしばしば分散 Hamiltonian(dispersive Hamiltonian)と呼ばれるもので当初の目論見通り σzと adaggeraのみによってあらわされているつまり対角化されたものとなっているこれは次の二通りに解釈が可能であるまずはじめに次のように書こう

Hprimeprimeprime =h

2

(ωq +

g2

)σz + h

[ωc +

g2

∆σz

]adaggera (733)

ここには二種類の周波数シフトが見て取れるひとつは量子ビットの g2∆だけの周波数シフトでありこれは共振器の真空場と量子ビットの結合による Lambシフトである一方で共振器のほうにも (g2∆)σzで書かれる周波数シフトがあるこれは量子ビットの状態に依存して光共振器に符号の異なる周波数シフトが起こることを意味しており分散シフト(dispersive shift)と呼ばれるたとえば共振器からもれる光子の量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 100

を周波数軸上で測定すると量子ビットの基底状態と励起状態の占有確率を反映した量の光子が周波数軸上で二つのピークを形成することになる(図 73左)これらのピークは 2g2∆ gt γであればはっきり分かれたスペクトルを示す次に同じHamiltonianを次のように書く

Hprimeprimeprime = h

[ωq +

g2

(adaggera+

1

2

)]σz + hωca

daggera (734)

この形に書けば今度は Lambシフトのほかに共振器内の光子数に応じて量子ビットの周波数が複数のピークに分裂する(図 73右)ことを意味しているこれらのピークはg2∆ gt κであるときに分解して見えこれを用いた光子数分布の測定の実験が行われている [8]

101

第8章 電磁波共振器と入出力理論

単一の量子系を操るだけであれば強いレーザーやマイクロ波などの電磁波を照射するだけで良い(光子そのものを除く)しかしながら単一の量子系の量子状態を光子に決定論的にすなわち確実に光子に変換することが必要な場合にはその限りではない電磁波の共振器はこのような場面において単一量子系と単一光子の相互作用の増強に用いられるため量子技術全体においても特に重要な構成要素である本節ではこの電磁波共振器の諸性質とその測定の一般論を述べよう具体的な概念としては共振器のQ

値と共振器光子の寿命Fabry-Perot共振器におけるフィネス共振器の内部ロスと外部結合およびその入出力理論による取扱いについて解説する

81 共振器の性質電磁波共振器(electromagnetic resonatorcavityあるいは単に cavity)はその共振

(角)周波数ωcと共振器光子の寿命(lifetime)τcで特徴づけられると考えてよい共振器光子の寿命とはいっても実際に寿命 τcが何秒であるという風に評価することはほとんどなく寿命 τcというよりはその逆数をとった共振器光子のロスレート κc = 2πτc

で考えることが多い電場Ecで考えると角周波数 ωcで振動しレート κc2で減衰する光子数のロスレートが光子数自体によらないという仮定が入っているがこれは光子同士の相互作用が弱いためほとんどの状況において良いモデル化となっている上記のような性質を持つ光共振モードの周波数スペクトル Sc(ω)は指数関数の Fourier変換が Lorentz関数であることから

Sc(ω) prop1

(ω minus ωc)2 + (κc2)2(811)

という形になることが期待されるこれを見るとロスレート κcはこの Lorentzianスペクトルの半値全幅となっていることがわかる(図 81)共振器といえば通常電磁波をある領域に閉じ込めておくものでありその共振モード

の性能を示す指標としてはいかに長時間閉じ込めておけるかというものが挙げられるこれについては Q値(quality factor)とフィネス(finesse)という量があり定義の仕方は異なるが本質的には共振器内の光子の寿命あるいはロスレートに関係した量であるQ値とフィネスの使い分けは簡単であるもののあまり意識されないものであるため後で詳述することにしようもう一つの指標としてはいかに小さな体積に電磁波を閉じ込められるかという指標であるモード体積 V がある42節で取り上げたように

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 102

図 81 電磁波共振器の周波数特性

共振モードの真空ゆらぎは 1radicV に比例するから物質との相互作用を増強するため

にはモード体積を非常に小さくすることが望ましいモード体積については共振器の形状によって決まる量であるがQ値とフィネスにつ

いては場合に応じて時間領域(time-domain)測定か周波数領域(frequency-domain)測定が行われるこの評価方法については後で述べるとしてQ値とフィネスについて説明しよう

811 Q値Q値とは共振モードが示す Lorentzianスペクトルの中心周波数とロスレートの比

Q = ωcκcで与えられる量であるその物理的意味は電磁波の振動周期 τc = 2πωc

とロスの時定数 τloss = 2πκc で書き直して Q = τlossτc と書けば少しわかりやすくなるだろうかこれはロスの時定数の間に電磁波が何回振動できるかを表す量であるこれは暗に共振器内の電磁波が常にロスにさらされ続けることを念頭においているFabry-Perot共振器などの共振器を除いてほとんどの場合にQ値がいい性能指標になると考えてよいQ値はロスがなければ無限大になるものだが実際には様々なロスがあるため有限の

値になるこのとき各種のロスのレートを κi = ωcQiと書いた時にはこれらを合計した共振器のロスレートはsumi κiとなるでは Q値 Qtotの方はどうなるかというとQ = ωcκcで ωcは共通だから

Qtot =

(sumi

1

Qi

)minus1

(812)

となる例えば後に入出力理論でやるような共振器の内部ロスと導波路への外部結合を考慮して実験系を設計するときなどはQ値よりもロスレートの方で考えたほうが計算がやりやすいし物理的な状況もわかりやすい

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 103

図 82 Fabry-Perot共振器とその共振スペクトル

812 フィネス(Finesse)おそらく最も簡単な光共振器は図 82のように合わせ鏡にして光を閉じ込めるFabry-

Perot共振器であろうこの共振器では電磁波がミラーの間を往復して戻ってくるときに電磁波の振動の位相が 2πの整数倍進んでいる時に電磁場が強め合って共振するそれ以外のときは多数回往復したすべての電場の重ね合わせはゼロになってしまうため共振器の内部に電場が存在することができなくなる共振条件は上記の条件を「共振器一周ぶんの光路長が電磁波の波長 λの整数倍である」と読み替えて

2nL = λN hArr ν =c

λ=

c

2nLN (813)

と書けるただしN は自然数であるしたがって周波数軸上で見ると共振モードはc2nLで等間隔に並んでいるこの周波数間隔をFSR(Free spectral range)という共振モードがロスを持つ場合にはこの周波数軸上の194797状のスペクトル一本一本が Lorentz

型になるこの半値全幅 κcが共振モードのロスレートであるところでFabry-Perot共振器のロスの原因は何であろうか電磁波がミラーの間を

往復して飛んでいる時通常用いられる波長の電磁波では空気はほとんどロスの原因にならないロスの主な原因になるのはミラーにおける共振器外への望まぬ散乱とミラーの反射率の不完全さであるつまりFabry-Perot共振器のロスレートは一秒間に何回ミラーによる反射が起きるかに比例するとすると共振器長が長くなればなるほどロスレートが減りQ値は大きくなっていくこのような状況では Q値はロスレートを表す量ではあるもののFabry-Perot共振器の特性を表した量としてはあまり好ましくないこのように光子の寿命ではなくて「共振器内を光子が何往復できるか」で測るべきだろうというときに用いられるのがフィネスF であるこれは共振器の FSRを用いて

F =FSR

κc2π(814)

と書かれる量である1FSR = 2nLcは共振器を一周するのにかかる時間2πκcは電磁波のロスの時定数であるから光子が共振器からいなくなるまでに共振器を何周できるかを表す量であることがわかるだろう

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 104

図 83 反射測定と透過測定の模式図

82 共振器の測定量子系の実験において頻繁に登場する共振器であるがその測定の仕方は物理系に

よってさまざまであるしかしながら電磁波を共振器に入射して何らかの応答を見るという点では本質的にはどの共振器でも同じであるこの事実は次節で導入する入出力理論を用いるとより鮮明になるのだがその準備として本節では共振器の主要な測定方法についてみていこう

821 反射測定と透過測定一般に共振器というものは電磁波を閉じ込める構造になっているのだから共振器外

部から入射する電磁波は逆にはじき返されるしかしながら入射した電磁波のうち一定の割合は共振器の中に入ることになる共振器から跳ね返ってくる電磁波つまり電磁波の反射量を測定すると共振器の共鳴周波数においては反射量が減少するこれを測定するのが反射測定である一方共振器から漏れ出てくる電磁波を測定することもできるこれを測定するのが透過測定であるイメージをつかむためには図 のFabry-Perot共振器の例がわかりやすいだろうスペクトル測定共振器を測定するもっとも一般的な手法はその電磁波応答を周波数軸上で測定する

ことであるより具体的に言うと共振器の反射なり透過なりの信号を入射する電磁波の角周波数 ωを変えながら測定するのである前述の図 にある信号をイメージしてもらえればよいこの手法は共振器の線幅が入射する電磁波のスペクトル線幅よりも太い場合に有効

でありほとんどの実験的な状況ではそのような状況になるしかしながら電磁波のスペクトル線幅が共振器の線幅よりも大きい場合にはスペクトルをとっても電磁波のスペクトルが現れるだけである(逆にこのような状況を利用すれば電磁波のスペクトルを測定できる)そのような場合には次のリングダウン測定と呼ばれる時間領域での測定が用いられる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 105

図 84 リングダウン測定における入射電磁波強度(上)と観測される信号(下)

図 85 実際の測定系の Fabry-Perot共振器(左)リング共振維(中央)LC共振器(右)に関する模式図

リングダウン測定共振器に共鳴する電磁波を入射し続けた状態では定常状態として一定数の光子が

共振器中に蓄積されている状態になるこの状態で突然光を遮るあるいは光の周波数を非共鳴にすると共振器内に蓄積された光子が少しずつ漏れていくことになるこの漏れの時間変化は共振器の周波数スペクトルが Lorentzianであることから共振時に得られていた信号の指数関数的な減衰となって現れるこれはちょうどベルをコーンと叩いてその音の減衰を調べる様子と似ていることからリングダウン測定(ring-down

measurement)と呼ばれる(図 84)リングダウン測定は時間領域で共振器への電磁波を素早く変調しなければならな

いしたがって線幅の太いすなわち減衰の時定数が非常に速い共振器を測定するのは難しい逆に線幅の細い減衰の時定数がとても長い共振器の測定はリングダウン測定によって測定しやすく前節の周波数スペクトルの測定では周波数分解能の問題で測定できないような場合に有用な手法となる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 106

822 実際の測定系まず光共振器の主な測定方法について概観してみよう代表的なものとしてFabry-

Perot共振器とリング共振器を取り上げるFabry-Perot共振器では図 85左のように二枚のミラーの片方に共振器から漏れ出る光の伝播モードと同じ方向同じビーム径でレーザー光を入射する一枚目のミラーで反射される光を偏光の調節により取り出しディテクタで受け取ることで反射測定が実現されるまた二枚目のミラーから漏れ出てくる光をディテクタで受け取れば透過測定が可能になるこのときの光共振器へ光子が出入りするレートは光共振モードの自由空間への漏れと入射レーザーの空間分布の重なりの良さと光共振器のミラーの反射率依存する空間的な重なりが良ければ良いほど光共振器への入出力レートは高くなりまたミラーの反射率が低ければ低いほど入出力レートが高くなるリング共振器(図 85中央)についてはFabry-Perot共振器でやったような自由空

間からのアクセスは難しいこの場合にはリング共振器の共振モードの染み出し光(エバネッセント光evanescent wave)に着目して光導波路のエバネッセント光をリング共振器に近づけることでリング共振器に光を導入するこのときには光導波路を通る光が共振器に共鳴しているときだけ光導波路の透過光強度が下がるような信号が得られる次に電気回路の共振器について紹介しようまず図 85右にあるような LC共振器回

路を考えるこの一部にキャパシタで結合する配線を追加するとその配線から電磁波を入射して共振器の反射測定を行うことができるさらに似たようなポートをもう一つ作れば片方の配線から電磁波を入射しもう一つの配線へ漏れ出る信号をみるという透過測定が可能になるこの LC共振器への電磁波の導入というのはキャパシタで行う場合もあればインダクタで行う場合もあるこれは LC共振器の電磁波の電場と磁場のどちらにアクセスするかという違いでしかなくその有利不利は共振器の電磁場のプロファイルと設計上の都合を勘案して決められるコプラーナ共振器空洞共振器やループギャップ共振器といった様々な電気回路共振器でも事情はほとんど同じである

83 入出力理論 [17]

831 伝播モードと入出力関係この節では先に述べた反射測定や透過測定において見えるべき信号がどのような

ものかそして見える信号から共振器や入射ポートから共振器への光子の導入のレート(外部結合レート)の情報がどこまで得られるかといったものを計算したいしかしこれまで本書で述べてきた物理系の扱いは共振器や静止した量子ビットといった空間的に局在した系であった本節では空間を伝播する電磁波を扱わねばならず共振器と伝播モード(propagating mode)が出会う境界で成立する条件を有効活用して系を解析しなければならないこの方法を与える入出力理論(input-output theory)とその枠組みで伝播モードと共振モードの境での境界条件を与える入出力関係(input-output

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 107

relation)の導出の仕方を見いくつかの応用例から実際に共振器測定の理屈を学ぶことがここでの目的であるここでは一次元的な伝搬モードの光子の消滅演算子を c(ω)生成演算子を c(ω)daggerと書

いて [c(ω) cdagger(ωprime)] = 2πδ(ωminus ωprime)を要請する生成消滅演算子が周波数に依存した形になっているのは伝播モードである以上周波数の選択性はなく連続的な周波数のモードが存在してもいいからであるこのモードとの結合により共振器の測定をモデル化してみよう

Htot = hωcadaggera+

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω)minus ih

radicκ

int infin

minusinfin

[adaggerc(ω)minus cdagger(ω)a

] (831)

第二項と第三項はそれぞれ伝搬モードのエネルギーと共振器と伝搬モードの結合を表し外部結合レート(external coupling rate)と呼ばれるこの結合レートを κと書く伝搬モードに関するHeisenberg方程式を求めようdc(ω)

dt=i

h[Htot c(ω t)] =

i

h

[int infin

minusinfin

dωprime

2πhωprimecdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+i

h

[minusih

radicκ

int infin

minusinfin

dωprime

[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a

] c(ω)

]=

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime[cdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a c(ω)

]= minus

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime(2π)δ(ω minus ωprime)c(ωprime) +

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ(2π)δ(ω minus ωprime)a

= minusiωc(ω) +radicκa (832)

一方で共振器に関するHeisenberg方程式はda

dt=i

h[Hs a]minus

radicκ

int infin

minusinfin

2πc(ω) (833)

ここで伝搬モードのHeisenberg方程式を形式的に解くのだが過去の時間 t0 lt tを参照する解 cinと未来の時間 t1 gt tを参照する解 coutの二つがあり得るすなわち

cin(ω t) = eiω(tminust0)c(ω t0) +radicκ

int t

t0

dτeminusiω(tminusτ)a(τ) (834)

cout(ω t) = eminusiω(tminust1)c(ω t1)minusradicκ

int t1

tdτeminusiω(tminusτ)a(τ) (835)

これらを共振器の演算子のHeisenberg方程式に代入するとda

dt=i

h[Hs a]minus

κ

2aminus

radicκcine

minusiΩt (836)

da

dt=i

h[Hs a] +

κ

2aminus

radicκcoute

minusiΩt (837)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 108

図 86 1ポート測定の概略図

が得られるここでMarkov近似によって伝搬モードに関するm重(m ge 2)積分を無視することができ

cineminusiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust0)c(ω t0) (838)

couteiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust1)c(ω t1) (839)

とおいたここで注意しておきたいことがあるcinと coutはいまや周波数で積分された量であるから[

radicHz]という単位を持つしたがって演算子 ninout = cdaggerinoutcinout

は [Hz]の単位を持つ量であり光子の流束(flux)になるそして上記の二つの微分方程式を組み合わせると次の入出力関係が得られる

cout = cin +radicκaeiΩt (8310)

この入出力関係とHeisenberg方程式のセットによって吸収発光スペクトル(absorp-

tionemission spectrum)など実験的に観測される様々な量を計算することができるしばしば回転系にのって cout = cin +

radicκaという入出力関係が用いられる

832 1ポートの測定簡単かつ頻出する状況の計算例として1ポートの共振器測定を考えようこれはリ

ング共振器が一本の光導波路に結合しているような状況や電気回路の共振器に一本だけ電磁波導入用の配線がある場合などに対応するHamiltonianとしては共振器のものH = h∆ca

daggeraを用い伝搬モードの Hamiltonianはあらわに考えなくともよいもし Heisenberg方程式にどのように緩和や結合が入るかがわからなくなったら前節の議論に沿って改めて計算することで正しい表式を得ることができる共振器自体の緩和レートを κin共振器と導波路の結合レートを κexとすれば(図 86)共振器の演算子

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 109

に対するHeisenberg方程式はda

dt= minusi∆caminus

κin2aminus κex

2aminus

radicκexain (8311)

であり入出力関係は aout = ain +radicκexaになる定常状態では dadt = 0から

a = minusradicκex

i∆c +κin+κex

2

ain (8312)

とすることができるこれとこの Hermite共役から共振器内部の光子数 ncav = adaggera

と入力光子の流束 nin = adaggerinainの関係式を得る

ncav =κex

∆2c + [(κin + κex)2]2

nin (8313)

つまり駆動周波数が共振器に共鳴していて共振器自体の緩和が小さいとき共振器内光子数はざっくり入力光子の流束を共振器の緩和レートで除したものになるさらに aの表式を入出力関係に代入すると

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain

=i∆c +

κinminusκex2

i∆c +κin+κex

2

ain (8314)

となる導波路の透過率 T は出力光子数(あるいは流束)と入力光子数(あるいは流束)の比を取ることで計算できるから⟨nout⟩⟨nin⟩ = ⟨adaggeroutaout⟩⟨a

daggerinain⟩をもちいて

T =∆2c +

(κinminusκex

2

)2∆2c +

(κin+κex

2

)2 = 1minus κinκex

∆2c +

(κin+κex

2

)2 (8315)

であるこの式からただちにわかるように透過スペクトルには共振器が Lorentz関数のディップとして現れる(図 88)このスペクトルに関連して共振器と導波路の結合には三つのパラメータ領域があることに言及しておきたいまず導波路との結合(一般に外部結合と呼ばれる)κexが共振器の緩和(内部ロスintrinsicinternal lossと呼ばれる)κinより小さく κex lt κinであるとき共振器と導波路の結合はアンダーカップリング(undercoupling)であるといわれる

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain (8316)

から式 ⟨aout⟩⟨ain⟩を複素平面(位相空間とみても良い)上にプロットしたものが図 88

の左のものである共鳴時にくるりと位相空間上で円を描く様子がわかるがアンダーカップリングのときには位相空間上で原点に至ることはなく位相変化も πを上回ることはないこれよりアンダーカップリングのときは透過率がゼロまで下がることはなくこれは外部結合が小さく共振器に入ることなく通り抜ける光子が多数あるからであ

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 110

図 87 アンダー(左)クリティカル(中央)オーバー(右)カップリング時の位相空間での信号

図 88 κin = 1のもとでのさまざまな κexに対する分光信号

ると解釈できるκex = κinになるときをクリティカルカップリング(critical coupling)というがこのとき位相空間上でちょうど原点を通るようになりしたがって透過率が共鳴のときにゼロになる(図 88の中央)これは導波路から注入した光がすべて共振器によって消費されて消失していることを意味する共振器のスペクトル幅は κin+κex

になるがクリティカルカップリングのときにはこれが 2κinとなる最後に κex gt κin

のときをオーバーカップリング(overcoupling)というこの時には図 88の右のように位相空間上の円は原点を囲むようになり透過率がゼロにならない位相が 2π回る線幅が太くなる等の特徴があるこの状況は共振器に対して強い外部結合がありガバガバと共振器に光子が入っていくがそのぶんガバガバと共振器から導波路に戻ってきてしまうために共振器で消費されきることがないというふうに理解できる様々な結合領域のときの共振器の透過測定信号を図 87に示した

833 2ポートの測定次の例としてFabry-Perot共振器や配線が 2本ついた LC共振器のような状況を考

えようこの場合の入出力関係はどうなるかというと2つの電磁波入出力ポートでのそれぞれの境界条件として入出力関係を考えれば十分である電磁波を入射するポート

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 111

図 89 2ポート測定の実験系の概略

と等価を測定するポートの外部結合レートをそれぞれ κ1 κ2 として消滅演算子を入射電磁波について ain反射電磁波について aout透過電磁波に対して bout としようHeisenberg方程式は先ほどと同じく

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus

radicκ1ain (8317)

となるただしここで κ = κin + κ1 + κ2であるこれは共振器光子のロスレートがもともとあるロスレートに加えて二つのポートへの漏れも含んでいる形となっている入出力関係は入射ポートと等価ポートそれぞれに関して

aout = ain +radicκ1a bout =

radicκ2a (8318)

となるこれらもまたきちんと計算すれば出てくるのであるが各ポートでの光子の収支を考えると至極妥当であろうこれらを da

dt = 0の定常状態について解くことで反射率R =

langadaggeroutaout

ranglangadaggerinain

rangと透過率 T =

langbdaggeroutbout

ranglangadaggerinain

rangが

R = 1minus κ1(κin + κ2)

∆2c + (κ2)2

(8319)

T =κ1κ2

∆2c + (κ2)2

(8320)

と得られるR + T = 1minus κinκ1(∆2c + (κ2)2)で 1とならないのは共振器から二つ

のポート以外へ光子がロスする過程があるためであるκ1 = κin + κ2のときに反射率は共鳴時にゼロとなる

834 二準位系の自然放出上記の議論のちょっとしたバリエーションを二準位系の自然放出に適用してみよう

HamiltonianはHq = h∆qσz で伝搬モードがシングルモードであるという仮定をして全体のHamiltonianを

Htot = Hq +

int infin

minusinfin

2πhωbdagger(ω)b(ω)minus ih

radicγ

int infin

minusinfin

[σ+b(ω)minus bdagger(ω)σminus

] (8321)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 112

図 810 導波路結合した量子ビット-共振器結合系

共振器の場合と全く同じ計算過程をたどることによって

σminus = minusi∆qσminus minus γ

2σminus +

radicγσzbin (8322)

というHeisenberg方程式を得るここで駆動項に σzの因子が付いていることに注意しようこれは原子が基底状態にいるときには期待値minus1をとるが駆動が強くなるにつれて σz の期待値はゼロになっていき駆動に対する反応が小さくなり原子が飽和する状況を再現している強い電磁波の照射により原子が飽和すると光の透過率は共鳴時でも 1となってしまうこれで定性的な振る舞いはわかるが正しい原子スペクトルの表式はマスター方程式および Bloch方程式を用いた解析をすべきである

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系最後の例として図 810のように量子ビット-共振器結合系が導波路結合している

ような系を考え導波路の透過測定によって量子ビット-共振器結合系がどのように観測されるかをみてみようここで共振器はフォトニック結晶共振器にエバネッセント光によって結合しているような場合を考えるHamiltonianは単純な Jaynes-Cummings

モデルであり

H =hωq2σz + hadaggeraminus ihg(σ+aminus σminusa

dagger) (8323)

とするここでは κ = κin + 2κexである導波路の左側から電磁波を入射するとして入射モードを bin透過するものを bout反射するものを coutとしよう駆動周波数 ω

の回転系に乗ってHeisenberg方程式da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus gσminus minus

radicκexbin (8324)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus gσza (8325)

dσzdt

= 2g(σ+a+ σminusadagger) (8326)

および入出力関係

bout = bin +radicκexa cout =

radicκexa (8327)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 113

から透過率と反射率を計算したいしかしながら量子ビットが非線形であることに由来してこの方程式には非線形項があり単純には解けなくなっているさらに言えばJaynes-Cummingsモデルを解析した際に行ったような量子ビットが非常に弱くしか励起されないという近似は用いないことにしようつまり量子ビットの駆動が強い場合も考えたいそこでコヒーレントな電磁波である binboutcoutおよびコヒーレントに駆動されているPauli演算子 σzと σminusをすべて演算子ではなく普通の数 bin bout cout sz s

に置き換えて定常状態での振る舞いを調べることにするすると少し込み入った計算の後

cout = minusr(∆c∆q)bin (8328)

bout = [1minus r(∆c∆q)]bin (8329)

sz = minus 1

1 +X (8330)

s = minusradic

1

η

1

1 +X

2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)bin (8331)

という表式が得られる ただし

η =g2

κex (8332)

r0(∆c) =κex

i∆c + κ2 (8333)

r(∆c∆q) =

[1minus 2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)

1

1 +X

]r0(∆c) (8334)

X =|bin|2

Ps (8335)

Ps =1

8ηκ2ex

[∆2q +

(γ2

)2] [∆2c +

(κ2

)2]+ η2κ2ex minus 2ηκex∆q∆c +

γηκexκ

2

(8336)

というパラメータを導入してあるr(∆c∆q)は量子ビット-共振器結合系の反射率を表しておりr0(∆c)は量子ビットがない時の共振器のみの反射率であるPsは量子ビットが飽和する光子の流束X はこれで規格化された入力光子の流束になっている

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 114

図 811 上段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトルと σz の期待値(インセット)下段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトル

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 115

図 812 さまざまな結合強度(上段)と離調(下段)に対する透過スペクトル

116

第9章 量子実験系における種々の結合

この節ではいくつかの量子系を例にとって量子技術に出てくる様々な相互作用を概観し実際に相互作用の大きさつまり結合定数を求めてみよう基本的な方針としては古典的な相互作用の表式を考えそれを量子化してHamiltonianに入る相互作用項の形を求め結合定数を相互作用している物理系の真空ゆらぎの積として得るというものになる

91 原子イオンの例原子あるいは原子イオンの系は固体光共振器などを用いる特殊な場合でない限りに

は解析的に種々の結合が計算できる

911 原子-光相互作用これは 43節の繰り返しになるが電場の1次のみで双極子遷移 d middotEを考えるとき

d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いて相互作用Hamiltonianが

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (911)

と書けるのであったさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であれば回転波近似により相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (912)

という形になるこの Jaynes-Cummings相互作用の結合定数が g = microEzpfhで与えられるこれは遷移双極子モーメントと共振器光の電場の真空ゆらぎの積となっている二準位系の遷移双極子モーメント microは実験的に観測される遷移の自然幅 Γとの間に

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(913)

という関係式が成り立つことから計算できる参考までにストロンチウムイオンの波長 422 nmの遷移の自然幅が約 23 MHzであり上式から計算される遷移双極子モーメントは 139times 10minus29 Cmiddotmである

第 9章 量子実験系における種々の結合 117

図 91   Fabry-Perot共振器の内部に原子が配置された系の概念図

次に光共振器として図に示すような Fabry-Perot共振器(共振器長がLミラーの曲率半径がRビーム半径がw0)を考えよう高フィネスのFabry-Perot共振器に用いられるミラーは通常誘電体多層膜ミラーであり厳密には共振器長は誘電体多層膜ミラーへの ldquoしみこみrdquoを考慮した実効的な長さとなるがこのしみこみはせいぜい光の波長程度のものであるので無視しようこの共振器における光の電場は共振器長とミラーの曲率半径が波長より十分大きいという条件のもとで

E(r) = sin2πx

λexp

[minusy

2 + z2

w20

](914)

と書けるこの共振モードのモード体積を電場の二乗の積分で定義する上記のようにかけている場合には計算が簡単で

V =

int L

0dx

int infin

minusinfindy

int infin

minusinfindzE(r)2 =

πw20

4L (915)

となるビーム径は

w0 =

radicLλ

(2Rminus L

L

) 14

(916)

と書ける []からモード体積は

V =λ

8

radicL3(2Rminus L) (917)

となる波長 422 nm共振器長 200 microm曲率半径 1 mmのミラーを用いる場合には V = 63 times 106 microm3 となるモード体積を用いて共振器光の電場の真空ゆらぎはEzpf =

radichωc2ε0V と書かれることはすでに述べた

第 9章 量子実験系における種々の結合 118

図 92 イオンの量子化された振動(左)とサイドバンド遷移(右)

以上より原子と光の結合定数はg2π = 096 MHzと求められる自然幅が2πtimes23 MHz

であるからこれは光共振器の線幅に関わらず弱結合領域であるより大きな原子と光の相互作用を実現するためにはいくつかの改善をしなければならないひとつには自然幅 Γのより細い遷移を使うということである単純に考えると Γの減少は遷移双極子モーメントの減少すなわち結合定数の減少を招くように思えるが式 913をみるとΓが小さくなってもωqが小さくすなわち波長が長くなっていればΓの減少を補って余りある可能性がある結合強度が変わらずに自然幅すなわち強結合領域のためのハードルが下がるのであるもうひとつは共振器のモード体積を小さくして電場の真空ゆらぎをそして結合強度自体を大きくするという方法がある共振器長を短くするのはもちろんミラーの曲率半径を小さくしてビーム径を小さくするのも効果的である

912 サイドバンド遷移振動電場によって生成した荷電粒子に対する調和ポテンシャルに原子イオン(以後

混乱のない限り単にイオンと記す)を捕獲するのがイオントラップのなかでも Paulトラップと呼ばれる技術であるこのときイオンはトラップ中で調和振動をすることになりこの振動量子を便宜上フォノン(phonon)と呼び単一イオンのフォノンは空間三方向あわせて三つ存在するこれを考慮すると原子の位置はフォノンによって振動することになるこれはレーザー冷却によってイオンがフォノンの基底状態にあってすらもフォノンの真空ゆらぎにより位置が揺らいでいることを意味するレーザー光がイオンに照射されている時前節では原子が静止していることを暗に

仮定していたが今度は原子の位置 xも含めて考えようこれは原子に当たる電場をE(x) = Ezpfe

ikx(a+ adagger)と空間依存する位相因子を含めて書くことで可能になるただし k = 2πλは光の波数であるこれによる双極子遷移はフォノンの生成演算子を b

第 9章 量子実験系における種々の結合 119

真空ゆらぎを xzpf として

hgeikx(σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hgeikxzpf(b+bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger)

≃ hg[1 + ikxzpf(b+ bdagger)](σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hg(σ+ + σminus)(a+ adagger)

+ hηg(b+ bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger) (918)

ここで無次元のパラメータ η = kxzpf は Lamb-Dickeパラメータと呼ばれる第一項は前節でも扱ったような相互作用である(サイドバンド相互作用を考えるときには carrier

遷移とも呼ばれる)から今はフォノンも関わるような遷移である第二項に着目しよう簡単化するために光がコヒーレント振幅 αで置き換えられる(すなわち強いレーザー光を照射する)状況を考えるこのとき光の周波数がイオンの周波数 ωq からフォノンの周波数 ωmだけ小さな周波数 ωq minusωmを持つとき回転波近似を行うことによって上記の相互作用の第二項は

hηgα(σ+b+ σminusbdagger) (919)

と書かれるこれはイオンの量子ビットとフォノンで構成された Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から赤方離調されたレーザーにより駆動されるためレッドサイドバンド(red sideband)遷移という逆に光の周波数がイオンの周波数からフォノンの周波数だけ大きな周波数 ωq+ωmを

持つとき回転波近似で残る相互作用は

hηgα(σ+bdagger + σminusb) (9110)

であるこれは anti-Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から青方離調されたレーザーにより駆動されるためブルーサイドバンド(blue sideband)遷移というもしも周波数 ωq minus ωmと ωq + ωmの二本のレーザーが同時に照射された時には上記の二つの相互作用が同時に駆動されると考えればよい

913 フォノン-フォノン相互作用ふたつのイオン(ともに一価イオンとする)が同一の調和ポテンシャル中でCoulomb

相互作用しているときフォノン同士の相互作用が生じるこの相互作用Hamiltonianと強さを簡単な計算から求めてみよう状況としては図のように距離Zだけ離れた二つのイオンがあるとしその各々の平衡位置からの変位を r1 = (x1 y1 z1) r2 = (x2 y2 z2)

第 9章 量子実験系における種々の結合 120

図 93 Z = z2 minus z1だけ離れた二つのイオンが調和振動をおこないその調和振動同士が相互作用をする

とするCoulomb相互作用のエネルギーを変形していこう

Ephminusph =1

2

e2

4πϵ0

1

|r1 minus r2|

=e2

8πϵ0

1radic(x1 minus x2)2 + (y1 minus y2)2 + (Z + z1 minus z2)2

=e2

8πϵ0Z

[1 +

2(z1 minus z2)

Z+

(z1 minus z2)2

Z2+

(x1 minus x2)2

Z2+

(y1 minus y2)2

Z2

]minus 12

≃ e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2minus 1

2

(x1 minus x2)2

Z2minus 1

2

(y1 minus y2)2

Z2

](9111)

今回は z方向のフォノンのみを考えることにしてx1 = x2 = y1 = y2 = 0としておこうすると上記のエネルギーは

Ephminusph =e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2

](9112)

となるここで変位 ziをフォノンの位置演算子 zi = zizpf (adaggeri + ai)で置き換えるフォ

ノン―フォノン相互作用は上式の第三項から出てくるのでそれに着目すると

Hphminusph =e2

16πϵ0Z

(z1 minus z2)2

Z2

=e2z1zpfz

2zpf

16πϵ0Z3

[adagger1

2 + a21 + adagger22 + a22 + (2adagger1a1 + 1) + (2adagger2a2 + 1)

minus2(adagger1adagger2 + a1a2)minus 2(adagger1a2 + a1a

dagger2)]

(9113)

このうち二つのフォノンモードの周波数が同じ ωmとすると回転波近似によって残る項は

Hphminusph =e2z1zpfz

2zpf

8πϵ0Z3

[adagger1a1 + adagger2a2 minus adagger1a2 minus a1a

dagger2

](9114)

第 9章 量子実験系における種々の結合 121

図 94 Josephson接合とその回路記号

となる初めの二つの項はフォノンのエネルギーシフトになるのみであるから無視して結局相互作用Hamiltonianは

Hphminusph = minushgphminusph

(adagger1a2 + a1a

dagger2

) (9115)

すなわちビームスプリッタ型の Hamiltonianになるフォノンが片方のイオンからもう片方に移るような過程を考えると物理的にも妥当であることがわかるgphminusph =

e2z1zpfz2zpf8hπϵ0Z

3 が結合定数の表式であるこれを見積もるためにはフォノンの真空ゆらぎを知る必要があるこれはゼロ点エネルギーが調和振動子のポテンシャルエネルギーに等しいすなわち hωm2 = mω2

m(zizpf )

22という等式からzizpf =radichmωm

という形になることがわかるしたがって

gphminusph =e2

8πϵ0mωmZ3(9116)

と表すことができるこれは二つのイオンの質量などが同じ場合のものだが真空ゆらぎの表式を変えるだけで一般的な場合に拡張できるさて実際のパラメータを入れて結合定数を評価してみよう典型的なイオンの間隔

として Z = 10 micromカルシウムを想定してm = 40timesmp(mpは陽子の質量)フォノンの周波数が 100 kHzであるとすると相互作用の大きさは g2π = 440 kHz程度となる

92 超伝導量子回路BCS(Bardeen-Cooper-Schrieffer)理論が適用できる超伝導体においては電子―

フォノン相互作用を介し波数空間で引力相互作用をする電子のペアがCooper対を形成するCooper対はひとまとまりの超伝導体全体にわたる巨視的な波動関数を共有し干渉などの量子効果を発現する超伝導体において電気抵抗がゼロになるということは常伝導体において Joule熱という損失により制限されていた LC共振器のQ値が飛躍的

第 9章 量子実験系における種々の結合 122

に向上するということを意味しておりHarocheらによる Rydberg原子の量子状態制御にも用いられたまた超伝導体にナノメートルオーダーの絶縁体薄膜が挟まれている Josephson接合(Josephson junction)と呼ばれる構造においてその絶縁体薄膜をCooper対が量子トンネル効果により ldquo通過rdquoし有限の伝導率を示す Josephson効果が表れるとくに交流 Josephson効果においては電流が I(t) = I0 sin (2πΦJΦ0)というように回路を貫く磁束ΦJ に対し振動するここでΦ0 = h2eでe(lt 0)は素電荷であるJosephson効果の平易な導出に関しては文献 [7]を参照していただきたい通常のインダクタ(インダクタンスL)については電流はLに比例するためJosephson接合が非線形インダクタとして働くことがわかるさらに LC共振器のLを Josephson接合で置き換えることで非調和振動子が実現されこの最低エネルギー状態と第一励起状態を量子ビットとして用いる事ができる本節では LC共振器の量子的な取り扱いと上記の非線形振動子として表現できるトランズモンと呼ばれる超伝導量子ビットそして共振器と超伝導量子ビット(superconducting qubit)の間の結合についてみていこう

921 LC共振器の量子化図のようにインダクタLとキャパシタCが並列に繋がったLC共振器を考えようも

ちろん共振周波数は 12πradicLCで与えられるがここではこのLC共振器のHamiltonian

を求め量子化することが目的であるキャパシタの電荷をQ共振回路を貫く磁束をΦとするとこれらは電圧 V電流 I を用いて

Q = CV Φ = LI (921)

と書くことができるまた電流と電圧はそれぞれ電荷と磁束の変化率として

I = minusdQ

dt V =

dt(922)

と書けるからこれらからQに関する微分方程式が

d2Q

dt2= minus Q

LC(923)

と求まるこれは確かに共振周波数 1πradicLCで振動する解を与える同様にしてΦに

ついてもd2Φ

dt2= minus Φ

LC(924)

という微分方程式が得られるさてこれらを Euler-Lagrange 方程式として与えるLagrangian Lはどのようなものになるかというと

L =Q2

2Cminus L

2

(dQ

dt

)2

(925)

第 9章 量子実験系における種々の結合 123

図 95 LC共振器(左)と本章で扱う超伝導量子ビット(右)

というものになるQ の共役となる正準変数は Φ となることはすぐにわかるのでHamiltonianHLCは

HLC =Q2

2C+

Φ2

2L(926)

となることがわかる第 1項がキャパシタのエネルギー第 2項がインダクタのエネルギーになっていることがわかるだろう期待通りQと Φを正準変数とする調和振動子の形にかけたのでこれらを演算子と

みなし交換関係 [QΦ] = ihを要請することで量子化の手続きが完了する共振器光子の生成消滅演算子を

a =1

2h

radicL

CQ+

i

2h

radicC

LΦ (927)

adagger =1

2h

radicL

CQminus i

2h

radicC

LΦ (928)

とすることで交換関係は [a adagger] = 1となりHamiltonianは

HLC = hωLC

(adaggera+

1

2

)(929)

となる

922 超伝導量子ビット次にLC共振器のインダクタを Josephson接合で置き換えた図のような回路を考え

ようJosephson効果において絶縁体を挟んだ超伝導体間の位相差を θJosephson

接合をまたぐ電流と電圧を IV として

I = I0 sin θ V =h

2e

dt(9210)

が成立するここで磁束量子 Φ0 = h2eを用い磁束を ΦJ = (θ2π)Φ0と定義すれば

I(t) = I0 sin

(2π

ΦJΦ0

) V =

dΦJdt

(9211)

第 9章 量子実験系における種々の結合 124

と書き直すことができる電荷の時間微分が電流であるからdQ

dt= C

dV

dt= minusI0 sin

(2π

ΦJΦ0

)(9212)

となりV = dΦJdtと併せて ΦJ に関する微分方程式

Cd2ΦJdt2

= minusI0 sin(2π

ΦJΦ0

)(9213)

を得るこれを Lagrange方程式として持つ Lagrangian Lq は

Lq =C

2

(dΦJdt

)2

+I0Φ0

2πcos

(2π

ΦJΦ0

)(9214)

である第 1項はキャパシタのエネルギーQ22C の形にそのまま書き直せて第 2項は Josephson接合をトンネルするCooper対によるエネルギーであるとみることができる第 2項の係数をEJ = I0Φ02πと書きJosephsonエネルギーと呼ぶさらに電荷エネルギーをEC = e22CとしCooper対の個数を表す nC = Q2eも定義すると上記の Lagrangianを Legendre変換して得られるHamiltonian Hq は

Hq = 4ECn2C + EJ cos θ (9215)

と書き表されるここで再び cos関数の引数を θ に書き直したcos θ = 1 minus θ22 +

θ44minus middot middot middot と展開して考えるともしも θ2の項まで取って高次の項を無視するならばこれは単なる調和振動子になることがわかるここでひとつ仮定をしようJosephsonエネルギーは電荷エネルギーよりも十分大き

い(EJEC ≪ 50)とするのである本来 Josephson接合によって非線形なインダクタが導入され非調和振動子となったこの回路だが非調和性が小さいすなわち物理量が調和振動子のようにふるまうとしてもそこまで悪い近似ではないという仮定でもあるLC共振器の量子化の手順に倣い [QΦJ ] = ihを要請しようこうすると [nC θ] = iという交換関係も導かれるそして生成消滅演算子を次のように定義する

nC =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 (9216)

θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2 (9217)

非線形性が小さいという仮定から cos θ ≃ 1minus θ22 + θ44と非線形性の現れる最低次の項までを残し上記の生成消滅演算子での nC と θの表記をHamiltonianに代入することで最終的に

Hq = (radic

8ECEJ minus EC)adaggeraminus EC

2adaggeradaggeraa

= hωqadaggera+

hαq2adaggeradaggeraa (9218)

第 9章 量子実験系における種々の結合 125

図 96 LC共振器とトランズモンの結合系

というHamiltonianを得るここで量子ビットの周波数は hωq =radic8ECEJminusECであり

非調和性を表すαq = minusEChを導入した典型的なパラメータとしてはωq ≃ 10 GHzEJEC ge 50αq sim minus200 MHzほどである一見すると JosephsonエネルギーEJ が電荷エネルギーEC よりも大きいという仮定

はJosephson接合が非線形インダクタとして働くということから非線形性が大きいことを意味するようにも思えるが実は θの係数にもEJECの因子があるように非線形性が小さくなることを意味することが分かるこれはnCの真空ゆらぎ δnC = (EJ8EC)

14

を考えるとより直観的になるEJEC が小さいときには δnC は小さくCooper対が 0

個から 1個になるか 1個から 2個になるかでCooper対間の相互作用による遷移エネルギーの違いが出るすなわち非線形性があるしかしEJEC ≫ 1のときには δnCが非常に大きいすなわちもはやこの領域での固有状態は数状態ではうまく書けないものになるのだがあえてCooper対の個数でいうならば 1個増えようがそこからさらにもう1個増えようが数状態の分布が少しシフトするだけで遷移エネルギーにおける違いがほとんどないような状況になるすなわち非線形性が小さくなるのである今回考えたような超伝導回路で大きなEJEC を持つものをトランズモン(transmon)と呼ぶ逆に EJEC が小さくなると非線形性が大きくなるがこういった超伝導回路を Cooper

pair boxと呼ぶ

923 共振器とトランズモンの結合最後に超伝導量子ビットと共振器が図のようにキャパシタを介して接続されている

ような回路を考えよう電圧キャパシタの電荷磁束その他のパラメータは図中に示してあるのでそちらを参照してほしい結合キャパシタ(coupling capacitor)Ccの扱いが肝だがキャパシタンスがCqCrに比べ小さいとし超伝導量子ビット共振器結合キャパシタのエネルギーを足し上げたものとして Hamiltonianを求めてみることにする結合キャパシタにかかる電圧は Vc = Vr minus Vq = QrCr minusQqCqでありこれ

第 9章 量子実験系における種々の結合 126

を結合キャパシタのもつエネルギー CcV2c 2に代入したものを含めたHamiltonianは

H =Q2r

2Cr

(1 +

CcCr

)+

Φ2r

2L+

Q2q

2Cq

(1 +

CcCq

)+ EJ cos θ minus CcVrVq

=Q2r

2C primer

+Φ2r

2L+

Q2q

2C primeq

+ EJ cos θ minus CcVrVq (9219)

となるここで C primeξ = CξCc(Cξ + Cc)(ξ = r c)としてあり最後の項はあえて電圧

に表現を戻してあるこのHamiltonianにある演算子を共振器の生成消滅演算子 cdagger c

と超伝導量子ビットの生成消滅演算子 adagger aすなわち

Qr = h

radicC primer

L(c+ cdagger) Φr =

h

i

radicL

C primer

(cminus cdagger) (9220)

Qq =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2

(9221)

で書き直そう定数項を無視すればこれは次のようになる

H = hωLCcdaggerc+ hωqa

daggera+hαq2adaggeradaggeraaminus hg(c+ cdagger)(a+ adagger) (9222)

結合定数 gはここでは

g =Cch

(h

C primer

radicC primer

L

)[2e

C primeq

(EJ8EC

) 14 1radic

2

](9223)

であり結合キャパシタのキャパシタンス Cc共振器の電場の真空ゆらぎ超伝導量子ビットの電場の真空ゆらぎの積の形になっているここから回転波近似を行うことでJaynes-Cummings相互作用が導かれる実際の超伝導量子ビットの設計の際には微小なキャパシタや Josephson接合などの素

子を経験的な値と数値計算によってシミュレートする必要があるこれは例えばキャパシタ以外の配線部がもつ微小なキャパシタンスやインダクタンスが無視できないためであるまた上記のような結合キャパシタンスが小さいという状況にも必ずしもならず超伝導量子ビット特にトランズモンを扱う際には数値計算による結合の見積もりは結局必須である

93 共振器オプトメカニクス931 導入巨大なミラーによって数キロメートルにわたる驚くほど長大なMichelson干渉計を

構成する重力波干渉計(gravitational wave interferometer)によって重力波による極微な時空のひずみが捕らえられたミラーは超高フィネスの連成光共振器の部品で

第 9章 量子実験系における種々の結合 127

図 97 共振器オプトメカニクス系の概念図

ありこれが極微の信号をとらえるための検出感度向上の要であるその検出感度は我々の想像を超えており光共振器の長さがミラーを構成する物質の格子定数よりもはるかに小さな量だけ変化してもそれを検出することが可能であるこれは逆にミラーの機械振動(mechanical oscillationvibrationこの量子は固体中の格子振動と同じくフォノンとよばれる)が重力波検出器に致命的なノイズとなることをも意味しているこのようなノイズを避けるべく干渉計は真空中に入れられ低温に冷やされワイヤーでミラーをつるして制振を図るなどさまざまな工夫がなされている周囲の環境から孤立したこのような系ではミラーの機械振動は極めて高いQ値を持つようになるこのような機械振動モードによる光への影響が特に機械振動の量子限界測定(quantum-noise-limited measurement)の観点から Braginskyによって調べられたこのような一連の研究の中で共振器オプトメカニクス(cavity optomehanics)は産

声を上げた共振器オプトメカニクスにおいては共振器の光子と機械振動のフォノンの相互作用が扱われ光子によるフォノンのあるいはフォノンによる光子の制御が期待され研究がすすめられたフォノンは共振器光子の非弾性散乱を生みそれが光のサイドバンドとなって検出されるフォノンの周波数が共振器のスペクトル幅よりも十分大きい時にはこのサイドバンドがスペクトル上で分離して観測されるフォノンの周波数が高ければ熱励起の影響を受けにくくなるなどの理由から共振器オプトメカニクスでは高周波フォノンが希求されてきた高周波フォノンのもう一つの良い点としてフォノンモードのレーザー冷却の限界温度が共振器のスペクトルとサイドバンドが分離できないときに比べて低くなることが挙げられる(より詳しくは付録 H参照)このようにフォノンをレーザー冷却などで量子的な領域にまで冷却し機械振動という巨視的な対象の量子的な振る舞いの研究や制御を試みる動きも盛んであるこの節では共振器オプトメカニクスにおけるオプトメカニカル相互作用(optome-

chanical interaction)を概説する

第 9章 量子実験系における種々の結合 128

932 オプトメカニカル相互作用初めに共振器光子のエネルギー hωca

daggeraとフォノンのエネルギー hωmbdaggerbを含む基

本的なHamiltonianを書き下そうこれは単純に二つの和で

H = hωc(x)adaggera+ hωmb

daggerb (931)

と書けるが共振器の共鳴周波数ωc(x)がフォノンの ldquo変位rdquoxに依存しているとしたこれは光共振器の共振器長が機械振動により振動的に変化するなどの状況に対応している例えばFabry-Perot共振器のミラーの機械振動を扱う場合などである(図 97)ここでフォノンの変位が微小であることから ωc(x) = ωc minusGx+ middot middot middot と共振周波数を展開しようGは光共振器の構造などに依存する係数であるこうすることで摂動をうけたHamiltonianを

H = h(ωc minusGx)adaggera+ hωmbdaggerb

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hGadaggerax

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hg0adaggera(b+ bdagger) (932)

と線形の範疇で ωc(x)を展開して書き下すことができるここでフォノンの変位が x =

xzpf(b+bdagger)と書けることを用いておりxzpf =

radich2mωmはフォノンの真空ゆらぎを表

すmは機械振動子の真空ゆらぎであるこれより相互作用の結合定数は g0 = xzpfG

であることがわかるこの Hamiltonianは共振器オプトメカニクスの系に対して広く適用可能なものになっており例えばばねに片方のミラーが繋がれた Fabry-Perot共振器であったりFabry-Perot共振器の中に透明薄膜機械振動子があるような系であったりフォトニック-フォノニック結晶共振器(photonic-phononic crystal cavity)や果ては LC共振器のキャパシタ電極が機械振動子になっているようなエレクトロメカニクス(electromechanics)系においても通用するオプトメカニカル相互作用Hint = hg0a

daggera(b + bdagger)についてみてみようこれは光子の数に応じた力が機械振動子にかかっている時のエネルギーとみることもできるオプトメカニカル相互作用の静的な作用は輻射圧(radiation pressure)あるいは光ばね効果(optical spring effect)と呼ばれるこれは光子による機械振動子への運動量の受け渡し(光子がキックするとも言われる)による圧力で機械振動子が少し平衡位置から変位する効果であると解釈される動的な現象としてはHint = hg0(a

daggerab+ adaggerabdagger)の各項の表す過程を考えればおのずと物理的な状況がみえてくるadaggerabという項は光子とフォノンが消滅し光子が生成されるRaman過程であるエネルギー保存則から生成される光子のエネルギーはもともとの消滅した光子よりもフォノンのエネルギー分だけ多きくならなければならずanti-Stokes散乱となっていることがわかるadaggerabdaggerという項は第一項のHermite共役すなわち逆過程であり光子が消滅し光子とフォノンが生成されるRaman過程であるこれまたエネルギー保存則よりこの過程が Stokes散乱つまり生成される光子のエネルギーが消滅した光子のものよりも小さくなる過程であることがわかるこれらの非弾性散乱は共振器の共鳴周波数から正負にフォノンの周

第 9章 量子実験系における種々の結合 129

波数分だけずれたところにサイドバンドを生むがこれを共振器に対する離調に応じてレッドサイドバンドブルーサイドバンドなどという共振器オプトメカニクスにおけるフォノンモードのレーザー冷却はこのレッドサイドバンドとブルーサイドバンドの比を著しく偏らせることが肝となっている

933 オプトメカニカル相互作用の線形化オプトメカニカル相互作用を線形化したものもよく目にするため紹介しておこう状

況としては系を周波数 ωlのレーザーで駆動するようなものを考える共振器のみこの駆動周波数の回転系に乗るとHamiltonianの第一項は h(ωc minus ωl)a

daggera = h∆cadaggeraとな

りほかの二つの項は変わらないそして駆動レーザーが共振器光子をコヒーレントに注入するとしてaを α + δaで置き換える本文中や付録のあちこちにも出てきているが複素数 αはコヒーレント状態の振幅であるδaは量子ノイズあるいは量子ゆらぎを担う演算子になっているこうすることで

Hint = minushg0(|α|2 + αlowastδa+ αδadagger + δadaggerδa

)(b+ bdagger)

= minushg0ncav(b+ bdagger)minus hg0radicncav(δa+ δadagger)(b+ bdagger) (933)

を得るただし ncav = |α|2とし量子ゆらぎの二次の項は無視した第一項は静的な輻射圧をあらわしており以降では無視しよう線形化されたオプトメカニカル相互作用の結合定数は駆動レーザーの振幅を含めて g = g0

radicncav と書かれるため強く駆動

するほど結合が大きくなるまたaを∆c の回転系にbを ωm の回転系に乗せて時間依存性をあらわにすると駆動周波数に応じて次の二つの場合に分けられることがわかる

Hint = minushg(δaeminusi∆ct + δadaggerei∆ct)(beminusiωmt + bdaggereiωmt)

=

minushg(δabdagger + δadaggerb) when ∆c = ωm rArr ω = ωc minus ωm

minushg(δadaggerbdagger + δab) when ∆c = minusωm rArr ω = ωc + ωm(934)

これらはそれぞれビームスプリッタ型の相互作用とパラメトリックゲイン型の相互作用になっているこれらで起こっていることは非常に直観的でもあるωl = ωcminusωmで駆動周波数がレッドサイドバンド遷移を引き起こすときには ωc minus ωmの光子が消滅しωcの光子が共鳴における増強によって生成されそしてフォノンは光子にエネルギーを渡して消滅するのである(図 98(a)参照)この過程の逆過程は駆動周波数が共振器に共鳴しているときに起こるこのようにして駆動周波数が ωl = ωc minus ωmのときにはStokes散乱と anti-Stokes散乱の非対称性が共振器の存在により生じフォノンが消滅する過程が生成される過程よりも優勢になるようにすることができるこれがフォノンのレーザー冷却あるいはサイドバンド冷却と呼ばれるものの基本的な機序であるさて一方で ωl = ωc + ωmのときつまり駆動周波数がブルーサイドバンド遷移を引き起こすようなときにはどうなるかというとωcの光子とフォノンが同時に生成されるか

第 9章 量子実験系における種々の結合 130

図 98 共振器オプトメカニクス系における (a) ビームスプリッタ型と (b) パラメトリックゲイン型の相互作用

同時に消滅するかという過程が引き起こされる(図 98(b))このような場合とくにωl = ωc + ωmではフォノンモードへとエネルギーがつぎ込まれていきフォノン数が大きくなっていくフォノン数が大きくなるにつれて bdaggerbdaggerbbのようなフォノンの非線形項つまりフォノンどうしの相互作用が無視できなくなり最終的にはフォノンどうしが互いの位相を揃えて発振するフォノンレーザーが実現される付録 Hにサイドバンド冷却について詳述したので興味のある方はそちらもご参照頂きたい

第III部

132

第10章 量子ゲート

Rabi振動を利用すると電磁波のパルス面積(パルス強度とパルス時間の積)によって量子ビットの状態を Bloch球上で好きな角度で ldquoまわすrdquoことができるしかしながら量子技術の応用に向けて必要な量子操作はこれに留まらない量子技術では任意の単一量子ビットの量子状態はもちろんエンタングルド状態などを含む任意の多量子ビット状態を作る必要がある幸いにもいくつかの量子操作(量子ゲートと呼ばれる)があればその組み合わせによって任意の量子状態を生成することが可能であることが知られているこのように任意の量子状態を実現できる量子ゲートの組をユニバーサルな量子ゲートの組(universal gate set)という例えば一量子ビットゲートと CNOT

ゲートの組はユニバーサルであるしかしながらユニバーサルな量子ゲートの組み合わせは一意的ではないこの節ではよく用いられる一量子ビットゲートと二量子ビットゲートを紹介しようさらにこの節では実際のHamiltonianの時間発展からこれらの量子ゲートをどのように構成するかを見ていく本題に進む前に一つだけ注意点を述べる我々は基底状態と励起状態を |g⟩ =

(0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義したところが量子情報処理の文脈では|g⟩ = (1 0)t |e⟩ =(0 1)tと逆に書くのであるこれに従って密度演算子の書き方も一行目一列目が基底状態の要素になって

ρ =

(|cg|2 clowastecg

ceclowastg |ce|2

) (1001)

となるのである量子ゲートは通常この表記で書かれるため本節ではこの慣習に従おうこの慣習を採用するとBloch球の上下が入れ替わるほかPauli演算子の行列表現に関

しても行と列の順番が逆になってしまうのだが実は行列表現は例えば σz =

(1 0

0 minus1

)と書かれ本書でいままで使用してきたものと変わらないつまり Hamitlonian が(hωq2)σz であるならば励起状態の方がエネルギーが低くなってしまいたいへん気持ち悪い現実と consistentにするならばHamiltonianをminus(hωq2)σzとしなければならないところであるこのように本節以降で採用する記法は現実の物理系との対応がややこしいがもし誤り耐性量子ゲートを行うところまで量子ビットが抽象的な対象となったらもうHamiltonianをはじめ現実の物理系を気にする必要がなくなり純粋に情報理論的な対象となっていると思えばよい

第 10章 量子ゲート 133

101 一量子ビットゲート一量子ビットの量子状態はBloch球上の点で表されるため任意の一量子ビットゲー

ト(single-qubit gate)は全体に係る位相因子を除いて Bloch球上のある点をほかの点に移す回転行列で表すことができるこの回転行列はベクトルn = (nx ny nz)を用いて

Rn(θ) = eminusiθ2(nxσx+nyσy+nzσz) = I cos

θ

2minus i(nxσx + nyσy + nzσz) sin

θ

2

=

(cos θ2 + inz sin

θ2 minus(ny + inx) sin

θ2

(ny minus inx) sinθ2 cos θ2 minus inz sin

θ2

)(1011)

と表されるここではベクトル nの周りに Blochベクトルが θだけ回転するようなかたちになっている1この一般的な回転のうちx軸まわりや z軸まわりの回転がよく用いられるためこれらを見てみよう2

1011 Xゲート初めにみる一量子ビットゲートはX ゲート

Rx(π) = minusiX =

(0 minusiminusi 0

)= minusi |e⟩ ⟨g| minus i |g⟩ ⟨e| (1012)

であり基本的には |g⟩と |e⟩を入れ替えるような働きをするX ゲート自体は X =

iRx(π)を指すが実際の実験においては上式のように x軸まわりの角度 πの回転はminusiXとなるそしてパルス時間が∆t = πΩのRabi振動がこのゲート操作と等価であるこのパルスを πパルスとも呼ぶ

1012 Zゲート次は Z ゲート

Rz(π) = minusiZ = minusi

(1 0

0 minus1

)= minusi(|g⟩ ⟨g| minus |e⟩ ⟨e|) (1013)

であるこのゲート操作は |e⟩状態に πの位相シフトを与え|g⟩には何も位相シフトを及ぼさないこの量子ゲートは z軸まわりの角度 πの回転となっておりZ = iRz(π)

が Z ゲートと呼ばれるではこれはどのような方法によって実現されるだろうか思い返せばBloch球上のBlochベクトルが静止しているようにかけるのは回転系で見ているからであり回転系でなければ Blochベクトルは量子ビットの周波数 ωq で z軸まわりに回転しているのであったすなわちπωq の時間だけただ待てば何もしなくて

1じつは nは密度演算子を Pauli演算子で分解した係数をまとめたスピン sと同一のものである2Y = Rz(

π2)XRz(minusπ

2)

第 10章 量子ゲート 134

もZゲートが実行できるとはいえ数十MHzの量子ビットならともかく光遷移を持つような場合にはこのような高速制御は現状では到底現実的でないもうひとつあり得る方法は制御機器側の位相の基準を πずらすという方法であるこれは簡単だが依然として光に関しては位相の安定的な制御自体が課題である最後に紹介する方法としては離調の非常に大きなレーザーによりRabi振動を引き起こすことであるRabi振動は (Ω 0∆q)というベクトルを軸にBlochベクトルを回転させるためΩ ≪ ∆qの条件で π∆qの時間だけ時間発展させると πの位相がつくただしΩ∆q程度の割合でX ゲートあるいは Y ゲートが混ざりこんでしまいゲートにエラーが生じることは避けられない

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T

これまでに出てきたゲートを応用したものとしてあと 3つ一量子ビットゲートを紹介しよう一つ目はHadamardゲート

H =1radic2

(1 1

1 minus1

)=X + Zradic

2 (1014)

であり|g⟩ rarr (|g⟩+ |e⟩)radic2|e⟩ rarr (|g⟩ minus |e⟩)

radic2という変換を引き起こすこれら

はどちらも nh = (1radic2 0 1

radic2)まわりの π回転であるHadamardゲートは明らかに

Hdagger = HでありかつXとZを相互に変換する作用があるHXH = ZHZH = X残り二つは Z ゲートとよく似ており

S =

(1 0

0 i

)= ei

π4Rz

(π2

)(1015)

T =

(1 0

0 eiπ4

)= ei

π8Rz

(π4

)(1016)

である実際S2 = Z T 2 = Sが成立するSゲートを用いると Y = SXSとなる

102 二量子ビットゲート二量子ビットゲート(two-qubit gate)は二量子ビット系に作用する量子ゲートであ

る簡単な例としてはXiを i = 1 2番目に作用するX ゲートとしたときにX1 otimesX2

のようなものであるこの例は一量子ビットゲートが単にそれぞれに作用するだけであるが制御量子ゲートのように片方の量子ビットの状態に応じてもう片方にかかる量子操作が変わるようなものもある本節ではこれらについてみていこう

第 10章 量子ゲート 135

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート制御NOTゲート(Controlled-NOTCNOTCXゲートなどと呼ばれる)は制御量

子ビット(2番目の量子ビットとしよう)が |e⟩のときに標的量子ビット(1番目の量子ビット)にXゲートが作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作である行列の形で書くと22 times 22の行列で

CNOT =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 0 1

0 0 1 0

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimesX (1021)

と書かれ|gg⟩ rarr |gg⟩|ge⟩ rarr |ge⟩|eg⟩ rarr |ee⟩|ee⟩ rarr |eg⟩という変換を引き起こすものである

1022 制御Z(CZ)ゲート制御 Z(CZ)ゲートは制御量子ビットが |e⟩のときに標的量子ビットに Z ゲートが

作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作であり行列の形は次のようになる

CZ =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 minus1

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimes Z (1022)

1023 iSWAPゲートと SWAPゲートiSWAPゲートと SWAPゲートは次のようなものである

iSWAP =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(1023)

SWAP =

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(1024)

上式から直ちに見て取れるようにSWAPゲートは二つの量子ビットの状態を入れ替える作用がありiSWAPゲートはこれに加えて iの因子が付加されるというようなものである

第 10章 量子ゲート 136

1024 XXゲートとZZゲートXX ゲートと ZZ ゲートは

XX(θ) =

cos θ2 0 0 minusi sin θ

2

0 cos θ2 minusi sin θ2 0

0 minusi sin θ2 cos θ2 0

minusi sin θ2 0 0 cos θ2

= I otimes I cosθ

2minus iX otimesX sin

θ

2

(1025)

ZZ(θ) =

ei

θ2 0 0 0

0 eminusiθ2 0 0

0 0 eminusiθ2 0

0 0 0 eiθ2

= I otimes I cosθ

2minus iZ otimes Z sin

θ

2 (1026)

と定義されるこれらは物性物理における Ising相互作用との関連から Ising結合ゲートと呼ばれることもある

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出量子ビット系を実現する物理系は様々であり量子ビット間の相互作用もさまざま

であるでは相互作用 Hamiltonian Hintが与えられたときにどのようなゲート操作が可能になるだろうかこれを明らかにするために量子系の時間発展はマスター方程式あるいは緩和を無視すると Schrodinger方程式によって記述されることを思い出そう相互作用表示での Schrodinger方程式(Tomonaga-Schwinger方程式ともいう)ih(partpartt) |ψ⟩ = Hint |ψ⟩を形式的に解くと |ψ(t)⟩ = exp[minusi(Hinth)t] |ψ(0)⟩となるしたがって我々のすべきことは極めてシンプルで相互作用Hamiltonian Hint を指数関数の方に乗せ量子系に対する演算子 exp[minusi(Hinth)t]の作用を明らかにすればよい初めに調和振動子の場合におけるビームスプリッタ相互作用のような量子ビット間

相互作用

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) =hg

2(σxσx + σyσy) (1027)

を考えるここでσ+σminusやσxσxのような項は本来一番目の演算子が一番目の量子ビットに作用するというような意味合いを明らかにするために σ+otimesσminusや σxotimesσxと書くべきものであるが混乱が生じない限りにおいてはotimesを省くそしてこの最初の例に関しては量子ゲートの形にたどり着くまでの計算を追うことにしようまず (σxσx+σyσy)2

第 10章 量子ゲート 137

をあらわに書き下そう

σxσx + σyσy2

=1

2

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+1

2

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

=

O

0 0

1 0

0 1

0 0O

equiv A (1028)

A2 = diag(0 1 1 0)A3 = A はただちに確かめられるのでexp[minusi(Hinth)t] =

exp[minusigAt]は

eminusigAt = 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A3 +

(gt)4

4A4 + middot middot middot

= 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A+

(gt)4

4A2 + middot middot middot

= diag(1 0 0 1) +

(1minus (gt)2

2+

(gt)4

4minus middot middot middot

)diag(0 1 1 0)

minus i

((gt)minus (gt)3

3+

(gt)5

5minus middot middot middot

)A

=

1 0 0 0

0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

0 0 0 1

(1029)

と計算できるこの時間発展は |gg⟩と |ee⟩に何も影響を及ぼさないが |ge⟩と |eg⟩の間にRabi振動のような占有確率の振動を引き起こすとくに t = 3π2gのときiSWAP

になる

eminusi3π2A =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(10210)

次にパラメトリックゲイン相互作用のような次の相互作用を考えよう

Hint = hg(σ+σ+ + σminusσminus) =hg

2(σxσx minus σyσy) (10211)

これもほぼ同じ計算によって

eminusig(σxσxminusσyσy)

2t =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 1 0 0

0 0 1 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10212)

第 10章 量子ゲート 138

となる今度は |gg⟩ |ee⟩で張られる部分系での ldquoRabi振動rdquoになるt = 3π2gのときは特別に bSWAPゲートと呼ぶ今度は上記の二つの相互作用を同じ結合強度で同時に働かせてみようHamiltonianは

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) + hg(σ+σ+ + σminusσminus) = hgσxσx (10213)

であり見るからにXXゲートを与えそうに思われるがあえて一般的な式exp[minusiσξσξα] =cosαI otimes I minus i sinασξ otimes σξ(証明は容易である)から計算すると

eminusigσxσxt =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10214)

となり実際にXXゲートとなることがわかる同様にZZゲートは σzσzという相互作用項から生じる最後にHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (10215)

を考えようこれは上記のケースよりも少し複雑な計算が必要になるが詳細は付録( G節)に譲り結果を述べると

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(10216)

となりt = π2gで全体の位相因子を除き SWAPゲートを与える

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t = eminusi

π4

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(10217)

ここまでみてCNOTゲートや CZゲートのような制御量子ゲートが物理学で頻繁に目にする ldquo自然なrdquo相互作用からは直接導かれないことに気づく制御量子ゲートは通常SWAPゲートなどの二量子ビットゲートと一量子ビットゲートを組み合わせて実現される

103 Cliffordゲートとnon-Cliffordゲート本節では量子ゲートのもう少し一般的な側面について言及しておこう手始めに n量

子ビットの Pauli群を導入する群とは単位元と逆元を含みある演算に関して閉じて

第 10章 量子ゲート 139

いるようなものの集合であり詳細は成書に譲るn量子ビット Pauli群 Pnは

Pn = eiπ2ΘΞ1 otimes middot middot middotΞn |Θ = 0 1 2 3 Ξi = Ii Xi Yi Zi (1031)

で定義され添え字の iは i番目の量子ビットに作用することを意味するPnの元は全体にかかる因子 1minus1iminusiを除けば一量子ビットゲートのテンソル積で書けるPauli群の元を Pauli群の元に移すようなユニタリ変換の集合を考えるとこれは群をなしClifford群 Cnとして知られているものとなるn量子ビットに対するユニタリ変換の集合を Unと書くときちんと定義を書けば

Cn = V isin Un |V PnV dagger = Pn (1032)

であるClifford群の元を Cliffordゲートというが例えばHXH = ZHZH = XSXS = Y などからHadamardゲート H と S ゲートは一量子ビットのCliffordゲートであることがわかる一量子ビットのClifford群の位数すなわち元の数はいくつになるだろうか一量子ビットのPauli群の元はある軸周りの回転に対応するためClifford

ゲートは xyz軸を(右手系を保ったまま)入れ替える操作に対応するすなわち正負の向きも含めて x軸を決めるのに 6通りそれに直交するように y軸を決めるのに 4

通りありこれらが決まれば自然と z 軸が決まるため6 times 4 = 24通りとなる二量子ビットゲートに関してはどうだろうか例えば CNOT(X otimes I)CNOT = X otimes X やCNOT(I otimes Z)CNOT = Z otimes Z などからCNOTゲートが二量子ビットCliffordゲートとなる [9]ことはわかるでは C2の位数はいくつあるかというと11 520個である一般には Cnの位数は 2n

2+2nprodnj=1(4

j minus 1)であることが知られている残念なことにかのGottesman-Knillの定理によればPauli演算子の固有状態が初期

状態でこれにCliffordゲートのみを作用させて実行される量子計算は ldquo確率的古典コンピュータrdquoによって効率的に(多項式時間で)シミュレート可能であることが知られているさらにCliffordゲートのみでは任意の量子状態を生成することができないことも知られているしたがってユニバーサルな量子操作を達成し古典コンピュータでは効率的に実行できない計算タスクを遂行するためにはnon-Cliffordゲート即ちClifford

群にない量子ゲートが不可欠である3そして喜ばしいことにT ゲートは non-Clifford

ゲートであるこれが任意の量子状態を生成できることはHadamardゲートとの組み合わせで THTH という演算の回転角が θTHTH = 2arccos [cos2 (π8)]と πの無理数倍になることからわかるそして Solovey-Kitaevの定理のいうところによれば十分な精度で任意の量子状態を近似するのには多項式時間あればよいこれらのトピックについての詳細はRef [[9]]を参照されたい

3魔法状態(magic state)|ψm⟩ = cos θ8|g⟩+ sin θ

8|e⟩を用いれば Cliffordゲートのみでも任意の量子

状態を生成可能であるnon-Cliffordゲートの難しさを魔法状態の準備に押し付けているだけとも言える

140

第11章 量子状態の測定とエラーの評価

111 射影測定と一般化測定一般に量子状態に対する測定は測定される量子状態を大きく変えてしまうこれ

が量子測定(quantum measurement)についてここで一節を割く理由であるがきちんとした量子測定の定式化によって測定の後の量子状態が記述でき量子エラー訂正などで役に立つという理由もある [9]|ψ⟩ =

sumi ci |φi⟩という量子状態を測定するとしよう実際の実験においては測りたい

対象である量子系Tと測定のための量子系Pを用意しそれらの間の何らかの相互作用で量子系Tの状態と量子系Pの測定で得られる物理量の対応が付くようにすることが多い射影測定(projective measurement)とは状態 |φi⟩の占有確率 pi = |ci|2を抽出し測定後の状態が |φi⟩に ldquo射影rdquoされるようなものである射影演算子 Pi = |φi⟩ ⟨φi|を用いると射影測定によって(ひとまず規格化を無視して)|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩ = ci |φi⟩と状態が変化するこれを密度演算子で記述しかつ規格化条件も考慮すると

|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩radicpi

(1111)

ρ = |ψ⟩ ⟨ψ| rarr Pi |ψ⟩ ⟨ψ|Pipi

(1112)

という状態の変化が射影測定によって生じる上記は純粋状態に対する表式であるから混合状態ふくむ一般の量子状態 ρについてかつ射影測定のみならず一般的な測定についても有用な測定の定式化を紹介しようこのためにKraus演算子を導入しようKraus演算子は量子測定においては測定による状態変化を表すものと考えてよいすなわち射影測定の場合には射影演算子Mg = |g⟩ ⟨g|とMe = |e⟩ ⟨e|がKraus演算子となるし蛍光測定(photoluminescence measurement)のように基底状態が測定されると基底状態のままだが励起状態が測定される場合に量子状態が基底状態へと変わるようなものではMg = |g⟩ ⟨g|とMe = |g⟩ ⟨e|が Kraus演算子となる量子ビットの場合には測定に係る量子状態が二つであるから Kraus演算子は二つでこれらをMi (i = g e)

と書く添え字は測定の結果そうであったと判明した状態を表しiの状態が測定された時には密度演算子はMiρM

daggeri のように変化を受けるこれを状態 iに見出す確率 piを

用いて規格化すると測定後の状態は測定に誤差がない場合に一般に

ρrarrMiρM

daggeri

pi(1113)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 141

と書けるもう一つ重要な概念として positive operator-valued measure (POVM) について述べておく1これはKraus演算子に対しEi =Mi

daggerMiで定義される量で各状態に見出される確率の合計が 1であるという条件と等価なsumiEi = I が成立するこれを用いると状態 iに見出す確率 piは pi = Tr

[MiρM

daggeri

]= Tr

[M daggeriMiρ

]= Tr [Eiρ]と

書けるPOVMは蛍光測定のような場合にも射影演算子と一致するがこのような測定を射影測定と区別して誤差のない測定と呼ぶこれよりも一般的な誤差のある測定について詳細は成書を参照していただくとして射影測定を例に触れておこう射影測定で生じるエラーとして(i)検出器のノイズなどにより本来信号を検出しない量子状態の測定であるのに信号を検出してしまったならびに (ii)検出器の量子効率が 1

でないために本来信号を検出すべき量子状態の測定で信号を検出できなかったという二つの場合を考えどちらも確率が ϵで起こるとするこのときの Kraus演算子はMg =

radic1minus ϵ |g⟩ ⟨g|+

radicϵ |e⟩ ⟨e|とMg =

radicϵ |g⟩ ⟨g|+

radic1minus ϵ |e⟩ ⟨e|となるこのような

誤差のある測定の場合にはKraus演算子も POVMも射影演算子と一致しないもうひとつ重要な概念として量子非破壊測定(quantum non-demolition measurement

QND measurement)について述べておく量子非破壊測定は射影測定すなわち測定の結果判明した量子状態に射影される測定の中でもさらに次の条件が付くそれは同じ量子状態に対する測定を複数回行ったときに測定後の量子状態のアンサンブル平均の状態が測定前の量子状態と同じ占有確率を与えるという条件である測りたい対象である量子系 Tと測定のための量子系 Pがあるという設定を思い出そう量子非破壊測定は量子系Tと量子系 Pの間の相互作用と量子系Tの測定される物理量が可換であるような測定と言い換えることもできる量子ビット系に関しては σz を測定することになるがこの文脈における量子非破壊測定はZZ相互作用やZX相互作用のように興味のある量子ビットに対して σzの作用をする相互作用を用いたものであるといってよいさらに砕けた言い方をすると量子非破壊測定とは測定したい量子ビットに対する測定の ldquo反作用rdquoを量子ビットの位相変化に押し付けられるような測定である

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ量子ビットのある状態から出発して量子ゲートによりなんらかの目的の状態を生成

したいとするこのとき初期状態量子ゲート測定のエラーといったさまざまな要因により最終的な量子状態は目的の量子状態とは異なるものになってしまい得るしたがって手持ちの量子状態がどんなものであるかを評価しなければならないここでは未知の量子状態がどのような状態であるかを明らかにするための量子状態トモグラフィという手法について説明する一量子ビット系の密度演算子は ρ = (12)(I + sxσx+ syσy + szσz)と表されることは

すでに述べたこの量子状態を知るためにはスピン成分である係数 sxsysz を決定すればよいだろうPauli演算子 σξとその積 σξσζ (ξ = ζ)はトレースがゼロであることに注意するとスピン成分は sξ = Tr [ρσξ]によって求まることがわかるではこの

1ややこしいがPOVMの measureは測度の意味

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 142

量を実際にはどうやって測定すればよいだろうか量子実験においてはほとんどの場合量子状態に関して得られる信号は量子状態の占有確率すなわち sz に関するものである逆に言えば sxや sy 分の情報を通常の測定から得ることはできないそのためBlochベクトルを回転させてBlochベクトルの x成分や y成分を z軸にそろえsxや sy

を szの測定に焼きなおす必要がある例えば sxの測定ではRy(π2)という量子ゲートにより |+⟩ = (|g⟩+ |e⟩)

radic2 rarr |g⟩ |minus⟩ = (|g⟩ minus |e⟩)

radic2 rarr |e⟩という変換(回転)

が起こるつまり Blochベクトルの x成分である sxが量子ゲートの後には z成分に変わっておりz成分の測定により sxがわかるようになるのである同様にRx(π2)という量子ゲートによって |+i⟩ = (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 rarr |g⟩|minusi⟩ = (|g⟩ minus i |e⟩)

radic2 rarr |e⟩

という変換がされsxの測定が可能になるこのようにして s = (sx sy sz)が多数回の測定によりわかれば測定者は密度演算子 ρの係数を明らかにすることができ量子状態のすべての情報を得ることができるこの一連の測定を量子状態トモグラフィ(quantum state tomography)という

113 フィデリティ量子状態の同定が済めば次にそれが所望の量子状態にどの程度近いかを表す指標を

用いて評価する必要があるこの指標としてよく用いられるのがフィデリティ(fidelity)であるフィデリティは量子状態の間の距離の数学的な定義は満たさないが量子状態が直交しているときに 0同じ時に 1となりかつ直感的な指標として広く用いられている一般の密度演算子で表された量子状態 ρと σに対してフィデリティF の定義を

F = Tr [ρσ] (1131)

とするこれは二つの量子状態が同じ場合には F = Tr[ρ2]= 1である二つの量子状

態が直交する場合には直交できる二つの量子状態はどちらも純粋状態でなければならずF = 0となる2ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティは

F = Tr [ρ |ψ⟩ ⟨ψ|] = Tr [⟨ψ| ρ |ψ⟩] = ⟨ψ| ρ |ψ⟩ (1132)

となる実際に生成した未知の量子状態が既知の量子状態とどれだけ近いかという評価にはこの形がもっともよく用いられるさらに単純化して ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|だとするとF = | ⟨ψ|ϕ⟩ |2つまり単に二つの量子状態の内積の二乗となる余談として完全混合状態どうしのフィデリティについて述べておこう一量子ビッ

トの完全混合状態の密度演算子は I2であるからフィデリティはトレースに注意してF = 12となる完全混合状態は量子ビットが一切のコヒーレンスを失った状態であるから最も量子制御と縁遠いものであるがそれでも(一量子ビットにおいては)05というフィデリティの値が出てしまうむしろフィデリティがゼロのときには必ず量子状

2この逆つまり F = 0となるのは二つの量子状態が直交するときのみであることも示すことができる

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 143

態が直交するということなのでその意味では信頼性が高い状態準備ができているともいえる多量子ビット系になると完全混合状態の密度演算子は Iotimesn2nとなり二つの完全混合状態の間のフィデリティは 2n(12n)(12n) = 12nとなるので結局フィデリティは高い方が良いという指標になる最後にフィデリティのもう一つの定義を紹介する上記では密度演算子の積のト

レースによりフィデリティを定義したが密度演算子の積の平方根のトレースで定義することもある

f = Tr

[radicradicρσ

radicρ

] (1133)

これついて ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティはトレースの巡回性から f = Tr

[radicradicρ |ψ⟩ ⟨ψ|radicρ

]=radic⟨ψ| ρ |ψ⟩Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|] =radic

⟨ψ| ρ |ψ⟩となるさらに ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|と書ければf = | ⟨ψ|ϕ⟩ |となる

114 量子ゲートエラーの評価一量子ビットなどの量子ゲートはパルス面積を決めて電磁波を量子ビットに照射する

ことで実現されるしかしながら実験的あるいは原理的な様々な理由によって実行したい量子ゲートの理想的な操作からはずれてしまうものだいくつかその原因の例を挙げるとパルス時間の制御機器の時間領域における精度が十分でないとか照射する電磁波に強度の変調がかかってしまっているだとか照射電磁波の位相がドリフトしてしまい xゲートを実行したつもりが Y ゲートも少し混ざってしまうとかそういったものであるであるから前節の量子状態トモグラフィと併せて量子ゲートの精度を測定するための手法とその評価のためにある量子状態が別の量子状態とどれだけ近いかを表す指標が必要である本節ではノイズに関する短い導入の後これらについてみていこう

115 ノイズ演算子純粋状態の場合量子系の発展は量子状態 |ψ⟩に何かしらの演算子が作用するという

ふうに記述されるもし混合状態も含めた一般的な量子仮定の記述をしたければ密度演算子に関する作用を考えなければならないこれはKraus演算子Aiを用いて次のように書かれる

E(ρ) =sumi

AiρAdaggeri (1151)

当然Kraus演算子から構成される POVMは確率の総和が 1になるという条件を満たさねばならない例えばE(ρ) = XρX は量子ビットが確率 1でフリップする(|g⟩と|e⟩が入れ替わる)過程を表す純粋状態についてはXρX = X |ψ⟩ ⟨ψ|Xdaggerと単にX |ψ⟩の密度演算子となることからも納得はできるであろうこの完璧な操作に対し実際に

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 144

行われる操作は環境のノイズが混ざった不完全なものであるこのノイズにより確率的に引き起こされる過程をΛと書くとこれは英語では superoperatorと呼ばれる密度演算子(密度演算子)に対する演算子となるもしノイズが pの確率で量子ビットをフリップさせるようなものならこのビットフリップエラー(bit-flip error)の演算子Λx

Λxρ = (1minus p)ρ+ pXρX (1152)

と書かれるもうひとつ例を挙げるともしノイズにより確率 pで位相がフリップする(π回転する)ならばこの位相フリップエラー(phase-flip error)に対応するノイズ演算子 Λz は

Λzρ = (1minus p)ρ+ pZρZ (1153)

これらは x軸と z 軸まわりの量子ビットのフリップが確率的に起こる過程を表しているy軸まわりのものはビット-位相フリップエラー(bit-phase-flip error)と呼ばれ

Λyρ = (1minus p)ρ+ pY ρY (1154)

であるもうひとつ上記のすべてが等確率で起こるものとして脱分極(depolarizing)エラー

Λdρ = (1minus p)ρ+p

3(XρX + Y ρY + ZρZ) (1155)

があるしかしながらこの過程は実際には非現実的でその対称性による理論的な取り扱いやすさから導入されたものと思われるさてノイズ演算子(noise superoperator)について例を挙げつつ説明したが実は現

実に起こるエラーとして最も重要なのは次の自然放出に起因するエラーであるこれは amplitude dampingともいわれ

Λampρ = A0ρAdagger0 +A1ρA

dagger1 (1156)

と書かれるKraus演算子は

A0 =

(1 0

0radic1minus p

) A1 =

(0

radicp

0 0

) (1157)

と書かれるひとつめのKraus演算子A0は |e⟩の占有確率が減少する過程を表しておりふたつめの Kraus演算子 A1はその過程が |e⟩から |g⟩への遷移に起因することを示しているそして励起状態の占有確率の減少と |e⟩から |g⟩への遷移の二つは同時に確率 pで起こる自然放出は真空場による誘導放出と解釈できるためノイズ源はなんと真空場であり不可避である

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 145

116 量子プロセストモグラフィ量子プロセストモグラフィ(quantum process tomography)は量子状態トモグラ

フィのように量子過程を完全に同定するための手法である量子プロセストモグラフィをする目的としては実験的に実装された量子ゲートが理想的な量子ゲートにどれだけ近いかを量的に評価することであるある量子状態 ρにどれだけ理想的なゲートからずれているかわからない ldquo未知のrdquo

量子ゲートを作用させるとしよう種々のノイズの結果としてこの量子ゲートによる作用は E(ρ) =

sumiAiρA

daggeri と書けるであろうn量子ビット系の量子状態は d = 2n次元

のHilbert空間となるがこれに対するKraus演算子は常に n量子ビット系に d個ある直交する演算子を用いて Ai =

summ aimEm m = 1 2 dと表現することができる

これを E(ρ)に代入すると

E(ρ) =summn

χmnEmρEdaggern (1161)

と書き直すことができるここで χ行列 χmn =sum

i aimalowastinを導入したこれはPauli行

列と恒等演算子という非常に扱いやすい演算子のセットで未知の量子状態を特徴づけるものとなる実験においては量子ビット系を d2個ある線形独立な状態の中からひとつの状態 ρj

に用意し量子ゲートを作用させるそして量子ビットの状態を量子状態トモグラフィにより同定するこの一連の工程によって最終的な状態は E(ρj) =

sumk cjkρkと書ける

ρjが線形独立であることからEmρjEdaggern =

sumk βmnjkρkという展開も可能であるからsum

k

cjkρk =summn

sumk

χmnβmnjkρk hArr cjk =summn

χmnβmnjk (1162)

したがって βmnjkの逆行列を用いると次を得る

χmn =sumjk

βminus1mnjkcjk (1163)

右辺では cjkが量子状態トモグラフィによって実験的に明らかにできるパラメータでありβmnjkは ρkが理想的な場合の EmρkE

daggern =

sumk βmnjkρkから計算により求めること

ができるしたがってχ行列は d2個の ρkに対して上記のような工程を行い評価することができるのである演算子の組 Eiは一量子ビット系では IX Y Z二量子ビット系では II IX Y Z ZZでありχ行列は一量子ビット系では 4times 4二量子ビット系では 16times 16の行列となるここでひとつ量子プロセストモグラフィについて注意しておきたいことがある量

子技術においては量子系の初期状態の準備量子ゲートによる操作そして測定が行われ測定結果はさらにそのあと作用する量子ゲートへとフィードバックされたりするこういった工程のなかで量子プロセストモグラフィが検出するのは一連の工程で生じたすべてのエラーを含んだものであるすなわち量子状態準備と量子測定のエラー

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 146

(state preparation and measurementで SPaMエラーと略される)は分離できないのであるまた量子プロセストモグラフィは量子ビットの数が増えると指数関数的に実験時間が増えかつ扱う行列のサイズも指数関数的に大きくなるため大規模化した量子系での量子プロセストモグラフィは現実的ではない

1161 ゲートフィデリティ量子プロセストモグラフィを現実にやるかどうかはともかく量子ゲートが特徴づ

けられてしまえば量子状態のフィデリティのように理想的な量子ゲート U と現実に行われた操作がどれだけ近いかを表す指標が必要であろうここでゲートフィデリティ(gate fidelity)を理想的な場合に生成されるべき量子状態UρU daggerと現実の操作で生成された状態 E(ρ)のフィデリティ

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]として定義したいところであるこれは次のように書きなおすことができる

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]= Tr

[UρU dagger

summ

χmEmρEdaggerm

]

= Tr

[Uρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

dagger

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

daggerU

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermU

]= Tr [ρΛ] (1164)

ここでノイズ演算子 λを Λ =sum

m χmmLmρLdaggerm with Lm = U daggerEmで定義している

もしも実行された量子ゲートが完璧であり E(ρ) = UρU daggerとなるのであれば当然ゲートフィデリティは同じ量子状態の間のフィデリティと等価になってFg = Tr

[ρ2]= 1

となる実際には種々のエラーが量子操作に紛れ込み初期状態として用意した純粋状態が混合状態へと劣化してしまうこのときにはF prime

g lt 1に低下するところがゲートフィデリティは密度演算子 ρによって値が変わってしまうことに

注意しよう例としてビットフリップゲートX が所望の量子ゲートであるとし確率 pで Zになってしまうすなわち位相フリップエラーが起こるとしようこのときρ = |g⟩ ⟨g|あるいは ρ = |e⟩ ⟨e|のときには位相フリップエラーの影響があらわには出ずこれではエラーを検知できずに F prime

g が 1になってしまうこれを避けるためにゲートフィデリティFgは任意の純粋状態 |ψ⟩に対して F prime

gを計算したなかの最小値であると定義しよう

Fg = min|ψ⟩

Tr[U |ψ⟩ ⟨ψ|U daggerE(|ψ⟩ ⟨ψ|)

] (1165)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 147

これによって量子ゲートのエラーを過小評価することはなくなったためしに先ほどの例すなわちビットフリップゲートXが所望の量子ゲートであり確率 pでZになってしまう場合について計算してみよう

Fg = min|ψ⟩

Tr [X |ψ⟩ ⟨ψ|XE(|ψ⟩ ⟨ψ|)]

= min|ψ⟩

Tr [⟨ψ|X[(1minus p)X |ψ⟩ ⟨ψ|X + pZ |ψ⟩ ⟨ψ|Z]X |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

Tr [⟨ψ|Y |ψ⟩ ⟨ψ|Y |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

(⟨ψ|Y |ψ⟩)2

= 1minus p (1166)

からこの量子ゲートのゲートフィデリティは 1minus pであるといえる量子プロセストモグラフィを用いて量子ゲートの素性を明らかにした場合にはその結果を E(|ψ⟩ ⟨ψ|)として代入し同様の計算をすることになる

117 Randomized benchmarking

量子プロセストモグラフィはSPaMエラーとゲートのエラーを区別できないこと以上に多量子ビット系になるにつれてゲートの評価自体に用いる χ行列の次元が指数関数的な増大を見せることから現実的でないと思われているこの問題から実際の実験では randomized benchmarkingという量子ゲートの評価手法が広く用いられているRandomized benchmarkingはいくつかの仮定の下に量子ゲートのゲートフィデリティを見積もる方法でありそれらの仮定が実際の状況に即しているかは慎重に見極めなければならないそれを差し引いてもこの手法はゲートエラート SPaMエラーを分離して測定できるかつ量子プロセストモグラフィよりも圧倒的にゲートエラーの評価が容易であるというメリットからしばしば用いられるRandomized benchmarkingの実際の手順を箇条書きで述べよう

bull 量子ビット系を |ψi⟩に初期化する

bull ランダムに選ばれた l isin N 個の Cliffordゲートを作用させる

bull 上記の Cliffordゲート列の全体の逆元を作用させる

bull 最終的な状態 ρf が |ψi⟩ ⟨ψi|と同じであるかどうか確かめる

bull lを増加させたときの ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティの減衰からゲートフィデリティを見積もる

Cliffordゲートの数 lが増加するにしたがって ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティは指数関数的に減衰するこの指数関数的減衰をフィッティングしてゲートフィデリティ

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 148

を得るというのが randamized benchmarkingであるそしてゲートの数に対するフィデリティの減衰を評価する手法であるからSPaMエラーとゲートエラーを別々に評価できるということも明らかであろう実験で行う解析を二量子ビット系で考えてみよう量子プロセストモグラフィでは 16 times 16の行列とその逆行列を扱うことになりrandomized benchmarkingでは 11 520個のCliffiordゲートがまんべんなく登場するようにシークエンスを整えることになるどちらも一長一短に思えるうえrandomized

benchmarkingでは Cliffordゲート全体のゲートフィデリティの平均値が求まるのみという点はあるものの自動的にゲートを乱数で生成するプログラムがあればよく直観的でもありSPaMエラーとの分離も可能でinterleaved randomized benchmarking

と呼ばれる方法で個別のゲートフィデリティの評価も可能な randomized benchmarking

が用いられることは多いRandomized benchmarkingはこのように便利に思えるが上記のようにゲートフィ

デリティを得るうえで仮定されていることがいくつかあるこれらの中には現実的でないものも含まれるがひとまず列挙してみよう

bull すべてのノイズ演算子があらゆる Clifford演算子に等しく含まれる

bull 平均のゲートフィデリティはノイズがあたかも脱分極エラーであったかのように計算される

bull ノイズはマルコフ過程的であるすなわちノイズに時間相関はない

これらの仮定は特に一つめと二つめについては実験的な観点では到底現実的ではない例えば一つめに関しては量子系ごとに量子ゲートの得意不得意がありすべての量子ゲートが等しくすべてのノイズ演算子を持つというのは考えにくい二つめについて脱分極エラーがそもそも現実に即していないというケチが付くむしろ自然放出と位相緩和が主な実験的エラーであることがほとんどだ三つめに関してはノイズがMarkov過程的であるという根拠はないが実験的にはノイズをMarkov過程でモデルすると物理現象をうまく説明できることが多く実験的には妥当であろうと思われるこのような事情にもかかわらず randomized benchmarkingはその簡便さから頻繁に用いられる余談であるが自然放出によるエラーは状態空間を非一様に覆うように作用してしまうためrandomized benchmarkingの仮定が崩れてしまうこれに対処するためにトワリング(twirling) [10]というBlochベクトルをわざとぐるぐる回転させてこの効果を打ち消す方法がある

149

第12章 量子エラー訂正の基礎

従来のコンピュータで用いられるようなビットでもそうであるように量子ビットも常にノイズにさらされエラーが発生する現実的な量子技術は 106回以上の量子状態準備量子ゲート量子測定量子操作が必要となるといわれているこのような大きな数の操作と立て続けに行うと例えばゲートフィデリティが 09999という精度を持っていても 1 000回で 09100 000回で 10minus5まで全体の量子操作のゲートフィデリティが低下してしまうしたがって量子ゲートのエラーは従来のコンピュータでも行うようにエラー訂正をしなければ使い物にならない量子ビットに対するこのようなエラー訂正を量子エラー訂正(quantum error correction)とよぶ従来のコンピュータで行うエラー訂正は多数決の方法をとっているすなわちビッ

トのコピーを複数用意しておきエラーが発生するレートが低いという仮定の下で複数のコピーの中で多数である方を正しい結果として採用する一方で量子エラー訂正は従来のエラー訂正のように簡単ではないこれは次のような事情があるためである

(i) エラーは Bloch球上で連続的に発生する

(ii) 複製禁止定理によって量子状態のコピーを作ることができない(付録 J)

(iii) 測定は量子状態をlsquolsquo 破壊 rsquorsquoする

これらの条件のもとでのエラー訂正は一筋縄ではなくいままでに考案されてきた量子エラー訂正のコード(量子エラー訂正ができるように複数の量子ビットから一つの量子ビットを構成する方法)は上記の問題を巧みに回避しているつまり量子エラー訂正を実行するために量子状態は壊すことなく量子ビットに起こるエラーを ldquoデジタルrdquo

に検出するのである量子エラー訂正ができるようになることによる代償もあるそれは従来のビットに対する多数決の方法のように量子ビットを数多く使用して冗長性を確保しなければならないことであるさらに量子エラー訂正が動作するためのエラー閾値というものがあるがこれが非常に厳しい要求となっている言い換えると量子操作全般に対するフィデリティが現状の最先端技術を駆使しても達成困難なほど高くなければならないのである本節ではこのような状況を概観するために量子エラー訂正の基本的な考え方をみていく本節で網羅できない詳細については成書 [9 11]

をあたってほしい

第 12章 量子エラー訂正の基礎 150

121 スタビライザーによる定式化量子エラー訂正の話に進む前にスタビライザー(stabilizer)による定式化につい

て少し述べておくとのちに便利であるスタビライザー群 Sはn量子ビット Pauli群Pnの可換な部分群であり次の条件をみたすものである

S = Si | minus I isin S [Si Sj ] = 0 for all Si Sj isin S le Pn (1211)

ここで群に対する不等号は部分群であることを意味するn量子ビット Pauli群 Pnの部分群でありかつスタビライザー群の元であるスタビライザー演算子 S isin S は固有値plusmn1をもつまたスタビライザー群のすべての元が可換であることからスタビライザー群のすべての元に共通の固有状態があることもわかるところで群は生成子というその積によって元の群が作られるような部分集合により特徴づけられるスタビライザー群の生成子 Sg の集合をスタビライザー生成子と呼ぶスタビライザー生成子のある元がほかの元の積によって書かれないように最小限の元だけで構成されるスタビライザー群はスタビライザー生成子から生成される(S = ⟨Sg⟩とかく)が

そのスタビライザー生成子の数は |S|をスタビライザー群の位数(元の数)として高々log |S|個であることが知られているここにスタビライザー群を用いた量子系の記述に関するメリットのひとつが浮き彫りになるすなわち量子系が拡大していくにつれて指数関数的に状態の数が増えていくもののスタビライザーによる定式化を用いれば高々量子ビット数に比例する程度でしか増えないスタビライザー生成子で量子状態を指定することが可能になるのであるスタビライザー演算子は可換であるからすべてのスタビライザー演算子の同時固有

状態が存在することはすでに述べたこの固有状態のうち任意の Si isin S に対して固有値が 1すなわち Si |ψ⟩ = |ψ⟩となるものが存在するこの固有状態 |ψ⟩をスタビライザー状態といいスタビライザー状態により張られる固有空間 Vsを Sのスタビライザー部分空間ともいうのちの便宜を図るためスタビライザー演算子について固有値がminus1の固有空間を V prime

s と書くことにするS = ⟨Z1 middot middot middotZnX1 middot middot middotXn⟩ (n 偶数)というスタビライザー群を例にとるとこの

スタビライザー部分空間は

|ψ⟩ = |g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩radic2

であるただし |ξ1⟩ otimes |ξ2⟩ otimes middot middot middot otimes |ξn⟩を |ξ1ξ2 middot middot middot ξn⟩と表記しているもう一つの例としてX1 middot middot middotXn を除いて S = ⟨Z1 middot middot middotZn⟩というスタビライザー群を考えるとスタビライザー部分空間は |g middot middot middot g⟩ |e middot middot middot e⟩となるもしもこのスタビライザー部分空間に対して一つの量子ビットがフリップするような過程が起こるとその量子状態は|eg middot middot middot g⟩ |ge middot middot middot g⟩ |gg middot middot middot e⟩で張られるような部分空間に入ってしまうこれらは実は演算子 Z1 middot middot middotZnに対しては固有値が minus1となるような状態になっている言い換えるとこのビットフリップエラーによってもともと Vsにあった量子状態が V prime

s へと移ってしまうのであるこれを用いるとZ1 middot middot middotZnの測定によりビットフリップエラー

第 12章 量子エラー訂正の基礎 151

が検出できることになるしかしながらこの測定によってその量子ビットがフリップしたかは判別できない量子エラー訂正をするためにはもういくつかの工夫をしなければならないしかしながらきちんとした量子エラー訂正の符号(quantum error

correction code)すなわち複数の物理的な量子ビット(physical wubit)によりひとつの論理量子ビット(logical qubit)を構成するやり方が与えられればその記述がスタビライザーによる定式化により整理されスタビライザー部分空間に量子ビットがエンコードされスタビライザー生成子の測定によりエラーが検出されそしてエラーの訂正が行われるというふうに系統的に量子エラー訂正を理解することができる

122 三量子ビット反復符号完全な量子エラー訂正の符号に入る前に三量子ビット反復符号(three-qubit rep-

etition code)というビットフリップエラーを検出し訂正することが可能な符号についてみておこう三量子ビット反復符号のスタビライザー群は S = ⟨Z1Z2 Z2Z3⟩でありスタビライザー部分空間は Vs = |ggg⟩ |eee⟩となるこのスタビライザー部分空間に論理量子ビット |0L⟩ |1L⟩をエンコードするがそのやり方はいたって単純で |0L⟩ = |ggg⟩|1L⟩ = |eee⟩とすればよいこのときに論理量子ビットに対する論理Pauli演算子がXL = X1X2X3と ZL = Z1Z2Z3であることはほとんど自明だろうこのもとでスタビライザー生成子の測定によって何がわかるかをみてみようまずZ1Z2

と Z2Z3はZ |g⟩ = |g⟩Z |e⟩ = minus |e⟩から常にスタビライザー状態に対して+1という固有値を持つことがわかるこれは上記のスタビライザー生成子が偶数個の Z の積であるためであるこれは Vsの定義から明らかであろうではビットフリップエラーが起こるとどうなるであろうかここでは一番目の量子

ビットにフィットフリップエラーが発生しa |ggg⟩+ b |eee⟩というスタビライザー状態が a |egg⟩+ b |gee⟩となってしまったとしようするとZ1Z2の測定はminus1という値を返しZ2Z3は+1という値を返すこととなるとここまで説明すればZiZj の測定値がi番目と j 番目の量子ビットが同じ状態(+1)か異なる状態(minus1)かを判別するものになっていることに気が付くこのような測定をパリティ測定(parity measurement)という逆に Z1Z2と Z2Z3のふたつのパリティ測定の結果から1番目と 2番目の量子ビットは異なる状態だが 2番目と 3番目の量子ビットは同じ状態にあるということを知ることができるエラーの発生確率が十分低く二つ以上の量子ビットがいっぺんにフリップするようなことは起こらないという仮定のもとでこの情報は 1番目の量子ビットにエラーが発生しているということを示しているパリティ測定によってどの量子ビットにエラーが起こっているかを判別する一連の測定をシンドローム測定(syndrome

measurement)というシンドローム測定のために測定のための補助(ancillary は差別的な表現である

として最近は auxiliary がよく用いられる)量子ビットをスタビライザー生成子ひとつにつき 1個つけておこうZ1Z2 の測定のための補助量子ビットを添え字 aであらわすと初め |0L⟩ |ga⟩ であったとしエラーによって |egg⟩ |ga⟩ になってしまったと

第 12章 量子エラー訂正の基礎 152

しようこのときに 1 番目と 2 番目の量子ビットをそれぞれ制御量子ビットとするCNOTゲートCNOT1aCNOT1bを補助量子ビットに作用させると|egg⟩ |ga⟩

CNOT1ararr|egg⟩ |ea⟩

CNOT2ararr |egg⟩ |ea⟩というように補助量子ビットの量子状態が変化し補助量子ビットの σz の測定値すなわち 1番目と 2番目の量子ビットに関するパリティ測定の結果がminus1となる2番目と 3番目の量子ビットに関しても同様に補助量子ビットを用意してパリティ測定を行うと補助量子ビットの状態は変わらずパリティ測定の結果として+1を得るこのようにして得られた測定結果に応じてエラーのある量子ビットにX ゲートをかけるようなシステムを構築すればビットフリップエラーに対する量子エラー訂正ができることになるエラーが訂正されれば当然量子状態はスタビライザー部分空間 Vsに戻るここで上記の量子エラー訂正によって正しい量子状態が保たれる確率がどうなるか

を議論しよう論理量子ビットを構成する三つの量子ビットにエラーが全く起きない確率は一つの量子ビットにエラーが起きる確率を pとして (1minusp)3であるこれはそのままでは pに比例する項があるのだがもしエラー訂正が可能となり一つの量子ビットがフリップしても正しい状態に戻すことができるとなればこの確率は (1minusp)3+3(1minusp)2p =1minus 3p2 + 2p3となりpに比例する項が消えpが十分小さい場合には量子エラー訂正後の正しい状態を得る確率は量子エラー訂正なしの場合よりも高くなるここで述べた三量子ビット反復符号はビットフリップエラーを検出し訂正できるもの

であるもしスタビライザー群が S = ⟨X1X2 X2X3⟩であればスタビライザー部分空間は |+++⟩ |minus minus minus⟩になり本節の議論を少し変更するだけでこれが位相フリップエラーを訂正できる三量子ビット反復符号になっていることがわかるだろう同様にビット-位相フリップエラーについても三量子ビット反復符号によって量子エラー訂正が可能であるしかしながらこれらはそれぞれ 1種類のエラーしか訂正できない現実の量子ビットはこれらのすべてのエラーにさらされるのだから三つのエラーを検出し訂正できるような量子エラー訂正の符号が必要である

123 Shor符号前節で紹介した三量子ビット反復符号はビットフリップエラー位相フリップエラー

ビット-位相フリップエラーのどれか一つだけについて量子エラー訂正が可能となる符号であった本節では量子ビットに対するエラーを完全に訂正できる符号化の方法としてPeter Shorが導入した(九量子ビット)Shor符号(nine-qubit Shor code)を紹介しようこの符号化によってアナログな(連続的な)エラーにさらされる量子コンピュータがエラー耐性を獲得しうることが示された点で歴史的に非常に重要なマイルストーンであるShor符号において論理量子ビットは 9つの量子ビットを用いて次

第 12章 量子エラー訂正の基礎 153

のようにエンコードされる

|0L⟩ =(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)

2radic2

(1231)

|1L⟩ =(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)

2radic2

(1232)

これらは次のスタビライザー群のスタビライザー状態であることはすぐわかる

S = ⟨Z1Z2 Z2Z3 Z4Z5 Z5Z6 Z7Z8 Z8Z9 (1233)

X1X2X3X4X5X6 X4X5X6X7X8X9⟩ (1234)

そして論理量子ビットに対する論理 Pauli演算子は

ZL = X1X2X3X4X5X6X7X8X9 (1235)

XL = Z1Z2Z3Z4Z5Z6Z7Z8Z9 (1236)

であるShor符号は小さなまとまりとしてビットフリップエラーに対する反復符号がありその論理量子ビットからさらに位相フリップコードを構成したような形になっていることに気が付くであろうこのような入れ子(英語では nestedがこの意味に近いがconcatenatedの方がよくつかわれる)の符号化は論理量子ビットのエラー耐性を増強するうえで今や定番の手法となっているシンドローム測定のうち Zotimes2の形のスタビライザー生成子は一番小さな三量子ビットのまとまりの中でビットフリップエラーを検出できXotimes6の形のスタビライザー生成子によって論理量子ビットの各括弧をひとまとまりと見た時にその位相フリップエラーを検出できるようになっているこの符号化の際にはシンドローム測定のために補助量子ビットを最低 8個つけておかねばならないXotimes6の測定のために 1つの補助量子ビットを 6つの量子ビットと相互作用させるのは一般に簡単ではないから実際にはより多くの補助量子ビットが必要になるだろうさてこのコードによってエラーが訂正されるための大前提は 9個のうち 2個以上の

量子ビットに同時にエラーが起こる確率が非常に小さいことであり三量子ビットの反復符号よりも厳しい条件ではあるもののそこまでエラー訂正のための条件が厳しいようには一見思えない実際三量子ビット反復符号のときのような確率の計算をすれば現在の最も精度の高い量子ゲートならば十分であるということになるかもしれないしかしながらここではもう少し現実的な状況を考えるすなわちいままではエラーが一度発生したらそれを検出するための測定や量子ゲート測定結果に応じたエラー訂正用の量子ゲートにはエラーは入らないと仮定していたのだがこれらすべてにエラーが入ると考えるのである最終的に量子エラー訂正が可能となった場合には量子ゲートと量子測定がすべてエラー耐性のある(fault-tolerantな)ものとなっているべきでエラーが確率 pで発生する際にそのエラーが別の量子操作にそのまま pで伝播するのではなくp2になって伝播するようにエラーを抑制しなければならない(error mitigation

といわれる)文献 [9]にあるようにきちんと解析するとある量子エラー訂正の符号

第 12章 量子エラー訂正の基礎 154

化に対してエラー耐性のある量子計算を行うためにどのくらいのエラー発生確率であれば許容できるかというエラー閾値(error threshold)が計算される単純な Shor符号の場合にはエラー閾値が 10minus7のオーダーであることが知られておりこれは現存するどんな技術においても達成されていないエラー発生確率である

124 発展的な量子ビットの符号化Shor符号はその単純さから比較的理解しやすいものだが10minus7程度というエラー閾

値が実装に対する厳しい制約となっている現状で最も精度の良い一量子ビットゲートのエラー率がsim 10minus6そして二量子ビットゲートについてはsim 10minus4であり近い将来における Shor符号の実装は絶望的であるこのような状況においてよりエラー閾値の高いあるいはエラー率を抑制できる量子ビットの符号化に興味がもたれいくつかの重要な発展をもたらした代表的なものとして表面符号とGottesman-Kitaev-Preskill

(GKP)符号がある表面符号(surface code)はトポロジカル符号(topological code)トーリック符号

(toric code)とも呼ばれるもので非常に大きな数の量子ビットの 2次元配列を用意しそれによって論理量子ビットを構成するものである表面符号が特徴的なのはエラー閾値がコヒーレントエラーなしの場合に 001コヒーレントエラーを含めても 10minus4程度と現在知られている量子エラー訂正符号のなかで最も高いエラー率を許容する点であるまた表面符号と物性物理学理論の関連も量子情報科学と物性物理学の橋渡しとなる興味深いトピックである欠点としては表面符号の構成に 1 000量子ビット以上のとにかく多数の系に大規模化しないければいけない点で大規模化に伴ってどの程度エラー率が悪化するかあるいは悪化しないで大規模化を達成できるかそして多数の量子ビットを制御するための電気光配線や制御系が現実的に可能かどうかが現在の量子系大規模化の潮流の中で盛んに調べられているふたつめのGKP符号 [13]は調和振動子の量子状態つまり Fock空間のなかで量

子ビットを構成する方法として注目を集めているもう少し具体的には位相空間上で二次元グリッド状に並んだ点としてあらわされる量子状態を生成しこれとグリッドの周期の半分だけ位相空間上でずれた状態のふたつの状態を論理量子ビットとするものである論理量子ビットをGKP量子ビットともいう実際に位相空間上の点を実現するのはinfin dBのスクイージングに対応し現実的でないため実際には有限の幅を持つグリッド状に並んだ分布で近似的に直交する二つの量子状態を構成することになり現在のところ原子イオンの振動自由度を使ったもの [14]と超伝導量子ビットとマイクロ波共振器の結合系 [15]における実証実験が行われているGKP符号の特徴としては表面符号で多数の量子ビットを用いて確保していた大きなHilbert空間を無限次元のHilbert

空間である調和振動子によって代替していることであるエラー耐性を持たせるために多数の GKP量子ビットを用いて構成した表面符号を構成するとエラー閾値が 10minus4

となることが知られているこれが実用的かどうかは甚だ疑問だが調和振動子の量子技術の一例として非常に興味深いものである

155

第13章 個別量子系に関するDiVincenzo

の基準

原子光子固体中の点欠陥超伝導量子回路などある個別量子系があったときにそれが量子技術への応用にどのくらい堪えるものかを見積もるための基準がDiVincenzo

によって提示された [20]これを以下に列挙しよう

(i) 拡張性があり特性の良くわかった量子ビットを内包すること個別量子系は他の量子状態のなかで主として量子ビットに用いられる二つの量子状態に占有確率を持つことさらに実際の応用に向けてこの多数の量子ビット系を一ヵ所に集積することができること雑な見積もりではあるがShorのアルゴリズムによって 1 000桁の数の因数分解をエラー耐性量子計算により行いたい場合には1 000量子ビットにより 1個の論理量子ビットを構成するとして1 000

論理量子ビットすなわち 106個の量子ビットが必要になる

(ii) 量子ビットの初期化ができること精度の高い量子ゲートが必要であるように量子ビットをある基準となる状態(ふつうは基底状態といって語弊はない)に初期化できるということも非常に重要である量子ビットが正しく初期化されない場合初期化されていることがわかる信号をもとに条件付きで量子情報処理をはじめることはできるしかし一量子ビットでさえ確率的となると多数量子ビットでは通常指数関数的に初期化される確率が減少していく

(iii) 十分長いコヒーレンス時間1を持つこと個別量子系の操作の実験は周囲の環境や実験装置自体のノイズによる様々なデコヒーレンスとの戦いであるこのデコヒーレンスは基本的に量子系を望ましい状態に用意したとしても徐々に量子状態が望まぬもの特に混合状態へと変わっていってしまうこの時定数がコヒーレンス時間であるしたがって量子ゲートあるいは量子計算全体はコヒーレンス時間よりも十分速く行われなければならないざっくりした計算になるが量子ゲートのパルス時間が τgでコヒーレンス時間が τcであるときにエラー率は τgτc程度になりゲートフィデリティは 1minus τgτc

程度になるというのがそれなりに実験とも合致する経験則である

(iv) ユニバーサルな量子ゲート操作が可能であることユニバーサルな量子ゲート操作は少なくとも一つの non-Cliffordゲートを含む一

1デコヒーレンス時間ということもある同じものを指している

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 156

量子ビットゲートと二量子ビットゲートのセットで実現できる一量子ビットゲートは量子ビットと電磁波の相互作用などを用いて実現され二量子ビットゲートは量子ビット間の相互作用を誘起することで実装される

(v) 量子ビットに応じた量子状態の測定ができること量子ビットは一般的な量子測定で記述される何らかの方法で量子測定が可能でなければならないそれは射影測定であるかもしれないし蛍光測定のような単なる誤差のない測定であるかもしれない正確にはあらゆる測定はノイズによって誤差のある測定となっているともかくこの量子測定によって量子状態トモグラフィなどが行われる

(vi) 局在した量子ビットと伝搬量子ビットの間の信頼性のある相互変換が可能であることふつうDiVincenzoの基準というと上の 5つまでをいうことが多いがこのこの 6

番目の基準を抜きに語られることもほとんどないので一緒くたにしてしまうこの基準は上野 5つとは違って量子ネットワーク [16]を意識した内容になっている局在した量子ビットとしては原子イオンや超伝導量子回路などの量子ビットを伝搬量子ビットとしては光子を思い浮かべればわかりやすい要するに共振器量子電磁力学系(cavity QED系)を用いて量子ビットの量子状態を光子の量子状態に高いフィデリティで転写することが可能であること

157

第14章 量子技術の概要

この章ではこれまで述べてきた量子技術によって実現される応用例を紹介する

141 量子計算量子系を巧みに利用することである種の計算を高速に実行することができる場合が

あるこのような計算を量子計算と呼ぶ量子計算では量子ビットを情報の担い手として用いるこれまで見てみたように量子ビットは射影測定によって離散的な結果を出力するが測定されるまでは重ね合わせ状態をとれるつまり量子ビットは重ね合わせ状態の複素数係数という本質的にアナログ的な情報を持つこの意味において量子計算は従来の計算とは大きく性質が異なる量子ビットがアナログ的な性質を持つために操作の不完全性や量子状態の寿命によ

るエラーの問題が生じるエラーは操作ごとに蓄積していき最終的な出力を信頼できないものにしてしまう巨大な量子干渉計である大規模な量子計算ではごくわずかなエラーのために結果が変化してしまうこの問題を解決するため現行のデジタル計算が有限のエラーの元で動作しているように「閾値動作」する量子計算が考えらえれているこれを誤り耐性(デジタル)量子計算と呼ぶこれは量子ビットの状態や各操作のエラーを量子誤り訂正によって訂正することによって実現する各種の量子操作がある閾値よりも小さいエラーに抑えられているとき量子操作の不完全性の影響を受けることなく巨大な量子干渉計である量子アルゴリズムを実行することができる一方で蓄積するエラーの下で計算を行うアナログ量子計算についても研究が進めら

れている量子アニーリングやNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)といったアナログ量子計算ではサンプリング問題や基底状態の特徴を評価するという問題を扱うことによって巨大な量子干渉計を構成することなしに計算結果を出力する

1411 Groverのアルゴリズム量子アルゴリズムの例としてGroverの量子探索アルゴリズムを紹介する4つの

値をとる変数 iに対して

f(x) =

1 x = x0

0 x = = x0(1411)

第 14章 量子技術の概要 158

となる関数 f について未知の x0を決定する問題を考えるfの構造を調べることなしに x0を決定するにはx = 0 1 2 3を順番に f に代入し出力を見るのが分かりやすい方法であるこの決定方法は平均して 2回最悪の場合 3回f への代入を必要とする一方でこの値を 1回の f への作用で決定する量子アルゴリズムがある以下の演算

子 U W を導入する

U |x⟩ = exp(if(x)π)|x⟩ =

minus|x⟩ x = x0

|x⟩ x = x0(1412)

W |x⟩ =

minus|0⟩ x = 0

|x⟩ x = 0(1413)

この二つの演算子を初期状態 |++⟩にある 2量子ビットに順番に作用させる

Hotimes2W Hotimes2U |++⟩ = |x0⟩ (1414)

となる出力の量子状態を測定することによりfを含む演算子 U を一度作用させるだけでi0を決定することができる1

142 量子鍵配送量子ビットは射影測定によって0か 1の離散的な出力をするまた測定後の状態

は初期状態に依らずこれら出力に対応する状態に射影され初期状態の痕跡が消えるこのことを暗号通信のための秘密鍵共有に利用する技術を量子鍵配送と呼ぶまた量子鍵を利用した暗号を量子暗号と呼ぶこともある量子鍵配送プロトコルは 1984年にCharles BennettとGilles Brassardによって初め

て提案されたこのプロトコルは彼らの頭文字をとって BB84と呼ばれている

1421 BB84

BB84では鍵配送に光子の偏光状態を利用する偏光と情報を対応つける方法として表 141のような 2種類の方法を考える送信者は方法Aと Bをランダムに選び情報を受信者に送る一方で受信者は送

られてきた光子をランダムに方法Aないしは方法 Bで検出する

|H⟩ = 1radic2(|+ 45⟩+ | minus 45⟩) (1421)

などの関係から異なった方法でエンコードされた情報は受信者側では完全にランダムな出力として観測される一方で送信者と受信者で同じ方法でエンコードしていた

1Hotimes2 は二つの量子ビット両方に Hadamardゲートを作用させることを意味する

第 14章 量子技術の概要 159

状態 0 状態 1

A 水平鉛直 水平 垂直B 斜め 斜め+45度 斜め-45度

表 141 BB84の偏光状態

場合は送信側と受信側で結果は完全に相関するはずである盗聴者の有無を調べるために受信者は測定された結果のうちいくつかをランダムにピックアップしてその結果とそのときの方法を通常の回線で送信者に送るもし盗聴者が光子の情報を盗み見た場合その測定結果に応じて光子の状態は変化し送信者と受信者の間の相関が壊されるため送信者は盗聴者の存在に気付くことができる送信者はこのように盗聴者の存在を確認しながら受信側と通信することが可能になる

143 量子センシング量子系を使って対象を精密に測る手法を量子センシングという量子センシングで

は量子状態制御技術や量子系の観測技術を用いてセンサーを構成する代表的な例として

bull ダイヤモンド中の色中心 (NV center)

bull 超伝導量子干渉素子 (SQUID)

bull 原子ガス

bull 共振器オプトメカニクス

などを用いたものが挙げられる量子センシングでは多くの場合量子系のエネルギー変化を精密に測定することにより外場の大きさを測定する量子コヒーレンスを利用してエネルギー変化を精密に測る手法として広く用いられるいるものの一つがRamsey干渉と呼ばれる手法である

1431 Ramsey干渉Ramsey干渉では2回のX軸回りの π2回転(Rx(π2))を時間差 tをつけて作用

させる量子ビットのエネルギーが∆Eだけ変化するとき

exp

(∆Et

2hσz

)(1431)

第 14章 量子技術の概要 160

という Z軸回りの回転が量子ビットに作用するそのためRamsey干渉の結果0を出力する確率は

|⟨0|Rx(π2) exp(∆Et

2hσz

)Rx(π2)|0⟩|2 (1432)

= sin2∆Et

2h(1433)

となるこの関係から逆に量子ビットの測定からエネルギー変化をセンシングすることができるとくに∆Et2h = π4のとき確率は∆Eの変化に最も敏感になる

1432 エンタングルメントによる量子センシング量子効果をより積極的に利用しエンタングルメントを用いることでセンシングの感

度を向上することができる前節のRamsey干渉の測定精度について考える式 (1433)

よりエネルギーの測定精度 δEは確率の測定精度 δP を用いて

δEh sim δPt (1434)

と書ける量子ビットの測定結果は 2項分布するため独立な測定を N 回行う場合δP は

δP =1

2radicN

(1435)

となるつまり測定回数N について 1radicN に比例して測定精度はあがる

一方でN 量子ビットからなる量子もつれ状態として

|ψ⟩ = 1radic2(|111 1⟩+ |000 0⟩) (1436)

という状態を考えるN 量子ビットに同様にエネルギー変化が起こるとしてエネルギー変化

∆Etot =Nsumi

∆Eσ(i)z (1437)

の元での時間発展の結果初期状態との忠実度は

⟨ψ| exp (∆Etotth) |ψ⟩ (1438)

= cos2(N∆Et

2h) (1439)

となるこの関係から測定精度 δEenを見積もると

δEen prop 1N (14310)

となり量子ビット数の-1乗に比例して感度が上がるこれは大きなN に対して独立な量子ビットN 個を使ったセンサーよりも高感度な量子センシングが可能であることを示している

第 14章 量子技術の概要 161

144 量子シミュレーション重ね合わせ状態が許される量子系においては粒子数が増えると系の複雑さが指数

関数的に増大するその計算時間のため多くの場合では粒子数が多い系に対しては第一原理的な計算は難しくなるそこで計算の難しい複雑な振る舞いをシミュレートするために系をモデル化する理想的な量子系を用意し実際の系の代わりにそのモデル系の振る舞いを調べることで実際の系をシミュレートするこのような計算手法を量子シミュレーションと呼ぶHubbardモデルやスピンのHeisenbergモデルなどいくつかのモデルのシミュレーションやその量子相転移の観測などが実験的に報告されているこのように対応する量子系を実際に作る量子シミュレーションだけでなく量子回路上で物理モデルの下での時間発展やエネルギー固有状態を計算する量子シミュレーションも多く存在する量子化学計算などに代表されるこうしたアルゴリズムはNISQ

の応用として近年盛んに研究されている

145 量子インターネットいまや我々の生活にとって直接的もしくは間接的にインターネットの存在はなく

てはならないものになっている量子コンピュータ量子センサや量子鍵配送といった各種量子技術を組み合わせたネットワークを考えるとき通信路として量子状態のやり取りを許した量子ネットワークの実現が重要になるこうした量子ネットワーク全体からなるシステムを量子インターネットと呼ぶ量子インターネットではクラウド型量子計算量子秘匿計算量子超高密度通信また量子センサーの感度向上などより強力な量子機能が現れる量子インターネットでは光子からスピンスピンからマイクロ波などといった各種の量子メディア変換や量子誤り訂正量子中継技術など究極的な量子技術が必要になるこれらは現在原理検証レベルに留まっておりテストベッドの実現や大きく異なる個々の量子系の時間スケールや動作環境などの個性を受容する高性能なインターフェイスの実現が必要となる

162

付 録A 位置表示と運動量表示

ブラケット記法をもちいるDirac表示では量子状態は(純粋状態であれば)ketベクトル |Ψ⟩であらわされたこれは実はΨ(q)のような波動関数よりも一段抽象的な量子状態の扱い方であるというのも「ldquo位置表示rdquoするとΨ(q)が得られる」というものを |Ψ⟩と定義するしさらには |Ψ⟩を ldquo運動量表示rdquoすることによって運動量 pの関数としての波動関数Ψ(p)も得られるためであるこの付録ではこの位置表示と運動量表示についてメモ書き程度ではあるがおさらいしようまず位置演算子 qの固有状態 |q⟩を定義しようこれは固有値が qであり

q |q⟩ = q |q⟩ (A01)

を満たす同様に運動量演算子 pの固有状態 |p⟩をp |p⟩ = p |p⟩ (A02)

によって定義する量子状態 |Ψ⟩の位置表示と運動量表示はそれぞれΨ(q) = ⟨q|Ψ⟩ Ψ(p) = ⟨p|Ψ⟩ (A03)

と書かれこれらが位置や運動量の関数としての波動関数である|q⟩や |p⟩は連続無限個の基底となって離散的な基底に対して成立した完全性の関係sumi |i⟩ ⟨i| = 1は|q⟩と |p⟩に対しては int

dq |q⟩ ⟨q| = 1

intdp |p⟩ ⟨p| = 1 (A04)

となるさてΨ(p)とΨ(q)は互いに Fourier変換でうつることができ

⟨q|Ψ⟩ = 1radic2πh

intdpeipqh ⟨p|Ψ⟩  (A05)

が成り立つ一方で int dp |p⟩ ⟨p| = 1を ⟨q|と |Ψ⟩で挟むと

⟨q|Ψ⟩ =int

dp ⟨q|p⟩ ⟨p|Ψ⟩ (A06)

となるから式 (A05)と見比べて

⟨q|p⟩ = 1radic2πh

eipqh (A07)

がいえるこれは |p⟩を位置表示すると平面波つまり運動量が確定した状態が得られるというごく当たり前の結果であるが66の計算のようにひょんなところで役に立つ関係式である

163

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例

最初の例として単一モードの調和振動子のHamiltonianH = hωcadaggeraをユニタリ変

換U(t) = exp[iωadaggerat

]によってωでまわる回転系に乗ってみてみようU(t)はTaylor展開により定義されるようなものであるが指数関数の肩にある演算子はHamiltonianと可換であるからU(t)もHamiltonianと可換になるこれによってユニタリ変換 (222)

は非常に簡単に計算できてUHU dagger = UU daggerH = Hから

Hprime = Hminus ihUU dagger = hωcadaggeraminus ihU(minusiωadaggera)U dagger

= h(ωc minus ω)adaggera

= h∆cadaggera (B01)

となるこれを見るとわかる通り回転系に乗った後のHamiltonianには調和振動子の周波数 ωcと回転系の周波数 ωの差∆c = ωc minus ωが現れるこれを離調という全く持って似たような議論をスピン 12系のHamiltonianH = hωaσz2の U(t) =

exp[iω(σz2)t]によるユニタリ変換に対しても適用することができ回転系でのHamil-

tonianはHprime = h∆aσz2と計算されるここで再び離調∆a = ωa minus ωが登場するもう少し発展的な例としてJaynes-Cummings Hamiltonian

HJC =hωa2σz + hωca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B02)

を考えようこの Hamiltonianをユニタリ変換 U(t) = eiωσzt2+iωadaggerat = U1(t)U2(t)に

よって変換するただし便宜上 U1(t) = exp[iωσzt2]と U2(t) = exp[iωadaggerat

]に分けて書いたこれは量子ビットも電磁波共振器の光子も駆動周波数 ωを基準に眺めることを意味している調和振動子の生成消滅演算子と量子ビットの Pauli演算子は可換であるからJaynes-Cummings Hamiltonianの最初の二項は先ほどまでの例と同様にh∆aσz2 + h∆ca

daggeraというふうに変換されるところが相互作用項は Hamiltonianと可換でないためそれほど単純には計算できないこの計算を進めるためには Baker-

Campbell-Hausdorffの公式

eminusSHeS = H + [HS] +1

2[[HS] S] +

1

3[[[HS] S] S] + middot middot middot (B03)

が有用であるさらに有用な関係式として交換関係 [adaggera a] = minusa[adaggera adagger] = adagger[σz σplusmn] = plusmn2σplusmnを挙げておこうこれらを用いて相互作用項をまず U2(t)でユニタリ

付 録 B 回転系へのユニタリ変換の例 164

変換してみようU2(t)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)

= eiωadaggerat(σ+aminus adaggerσminus)e

minusiωadaggerat

= (σ+aminus adaggerσminus) +[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]+

1

2

[[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]minusiωadaggerat

]+ middot middot middot

= (σ+aminus adaggerσminus) + (minusiωt)(σ+a+ adaggerσminus)

+(minusiωt)2

2(σ+aminus adaggerσminus) +

(minusiωt)3

3(σ+a+ adaggerσminus) + middot middot middot

=

[1 + (minusiωt) + (minusiωt)2

2+

(minusiωt)3

3+ middot middot middot

]σ+a

minus[1minus (minusiωt) + (minusiωt)2

2minus (minusiωt)3

3+ middot middot middot

]adaggerσminus

= eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus (B04)

この U2(t)による変換の後のHamiltonianをさらに U1(t)によって変換すると結局U1(t)(e

minusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= eiωσzt2(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)eminusiωσzt2

= eminusiωta(eiωσzt2σ+e

minusiωσzt2)minus eiωtadagger

(eiωσzt2σminuse

minusiωσzt2)

(B05)

という計算に

eiωσzt2σplusmneminusiωσzt2 = σplusmn +

[σplusmnminusi

ωσzt

2

]+

1

2

[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+

1

3

[[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+ middot middot middot

= σplusmn ∓ (minusiωt)σplusmn +1

2(minusiωt)2σplusmn ∓ 1

3(minusiωt)3σplusmn + middot middot middot

= eplusmniωtσplusmn (B06)

であることを適用して回転系での Jaynes-Cummings相互作用U1(t)U2(t)(minusihg)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)U

dagger1(t)

= U1(t)(minusihg)(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= minusihg(σ+aminus adaggerσminus) (B07)

が導かれるこれは回転系へのユニタリ変換前と同じ形になっている以上より回転系での Jaynes-Cummings Hamiltonianの最終的な形は

HprimeJC =

h∆a

2σz + h∆ca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B08)

と求まる

165

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出

図 C1 Λ型の三準位系

三つの量子状態 |g⟩ |e⟩ |r⟩からなる三準位系で|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を考えようこの系のHamiltonianは次のようになる

H = hωg |g⟩ ⟨g|+ hωe |e⟩ ⟨e|+ hωr |r⟩ ⟨r|

+ hg1(|r⟩ ⟨g| a1 + |g⟩ ⟨r| adagger1) + hg2(|r⟩ ⟨e| a2 + |e⟩ ⟨r| adagger2) (C01)

そしてコヒーレントな駆動により a1 rarr α1eminusi(ωrminusωg+δ1)ta2 rarr α2e

minusi(ωrminusωe+δ2)t と置きかえようこの置きかえはより厳密には量子ゆらぎ δa が付随して a1 rarr (α1 +

δa1)eminusi(ωrminusωg+δ1)tとなるべきではあるがδaが小さいとしてここでは無視する|g⟩ ⟨g|

は ωrminusωg+ δ1|e⟩ ⟨e|は ωrminusωe+ δ2で回転系に移るユニタリ変換を施しさらに giαi

を Ωi (i = 1 2)とおくと式 (B)を用いて

Hprime = hδ1 |g⟩ ⟨g|+ hδ2 |e⟩ ⟨e|+ hΩ1(|r⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨r|) + hΩ2(|r⟩ ⟨e|+ |e⟩ ⟨r|) (C02)

と変換されるただし hωrI という項が出てくるが全体のエネルギーシフトとなるのみなので無視している本節で我々が行いたいのは電子的な励起状態 |r⟩を断熱的に消

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 166

去しふたつの基底状態 |g⟩と |e⟩の二準位系を構成することであるこれらの準位は基底状態であれば寿命はほとんど無限大に近いほど長いが裏を返すとこれらの間の電磁波の遷移は少なくとも双極子モーメントが極めて小さく通常の方法では制御に望ましい Rabi周波数が得られないということである|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を駆動しているのは遷移が禁じられている二つの量子状態をRaman遷移によってつなぐためであるこのような目的のもとSchrieffer-Wolff変換をしようSchrieffer-Wolff変換の詳細

は付録 Fを参照してほしい変換のための演算子 Sは S = minus(Ω1δ1)(|r⟩ ⟨g|minus |g⟩ ⟨r|)minus(Ω2δ2)(|r⟩ ⟨e| minus |e⟩ ⟨r|) ととるがここで離調 δ1 と δ2 がそれぞれの遷移の Rabi 周波数よりも十分大きいことを仮定しているともかく Schrieffer-Wolff 変換によってHamiltonianは近似的に対角化されてΩiδiの一次まで残すと

Hprimeeff = h

(δ1 +

Ω21

δ1

)|g⟩ ⟨g|+ h

(δ2 +

Ω22

δ2

)|e⟩ ⟨e|

+ h

(Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

)(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C03)

ただし先ほど述べたように Ω1δ1Ω2δ2 ≪ 1を仮定している|r⟩のAC Starkシフトminush(Ω2

1δ1+Ω22δ2) |r⟩ ⟨r|も出てくるのだが|r⟩に実励起はほとんど起こらず|g⟩ |e⟩

で閉じる系のダイナミクスに寄与しないため無視してよいただし |r⟩のロスやデコヒーレンスの効果が(ほんの少しの実励起を通して)無視できないときには量子ゲートのフィデリティが低下するなどの影響が出るここでパラメータを定義しなおそう

δprime1 = δ1 +Ω21

δ1 δprime2 = δ2 +

Ω22

δ2 Ωprime =

Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

このようにして係数をすっきりさせると初めに三準位系であったものが二準位系に落とし込まれたことがわかる

Hprimeeff = hδprime1 |g⟩ ⟨g|+ hδprime2 |e⟩ ⟨e|+ hΩprime(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C04)

ここで本節の目的は達成されたわけだがもう少しこの系の様子を知るために |r⟩も含めた系の Hamiltonianの固有状態を調べてみようHamiltonian(317)を行列の形式に書くと三準位系なので 3times 3の行列で書けて

Hprime = h

δ1 Ω1 0

Ω1 0 Ω2

0 Ω2 δ2

(C05)

となり固有値λは固有方程式λ(λminusδ1)(λminusδ2)minusΩ22(λminusδ1)minusΩ2

1(λminusδ2) = 0を解くことで得られる簡単のため二光子離調 δ1minusδ2がゼロすなわち δ1 = δ2 = δとなるような場合を扱うことにすると固有値は λ = δ equiv λ0と λ = (δ2)plusmn

radic(δ2)2 +Ω2

1 +Ω22 equiv λplusmn

になるここで固有値 λ0に対応する固有状態が|g⟩と |e⟩のみを含み |r⟩を含まないことがわかる電子的な励起状態を含まないこの固有状態は自然放出によって光らず

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 167

それゆえに緩和が起こらないもので暗状態と呼ばれる一方で λplusmnに対応する固有状態は電子の励起状態 |r⟩を含むため自然放出により緩和してしまうこのような状態を暗状態と対比して明状態と呼ぶ

168

付 録D 原子の量子状態

Rutherfordの実験以来原子は原子核の周りを電子がまわっているというようなモデルでとらえられるようになったが加速度運動をする電子は電磁波を出しながら原子核に向かって落ちていくはずだという古典力学的な推論と原子は実際に安定に存在できるという事実の板挟みの解消には量子論の登場を待たねばならなかったここでは最も簡単な構造を持つ原子である水素原子のBohrモデルを取り上げ更に微細構造や超微細構造などの原子の量子状態について簡単な計算をもとに考えてみよう

D1 BohrモデルBohrモデルは電子の波動性を仮定しながらも電子が陽子の周りを回るという描像

で系の性質を考察する電子が陽子の周りを一周する時に物質波としての電子の位相が2πの整数倍だけ進むという風に考えるがこれは電子の回る速さすなわち軌道角運動量が離散化されているという風に考え直して電子の質量をm速さを v軌道半径をrとして

mvr = hn (D11)

という関係式(nは自然数)を要請するのが Bohrモデルの特徴であるあくまで電子が古典的な軌道運動をするというイメージのもと電子が静止しているような系では遠心力がクーロン力と釣り合っていると考えていいように思われるので

mv2

r=

1

4πϵ0

e2

r2(D12)

を用いることにすると上の二つの式から vを消去して

r =4πϵ0h

2

me2n2 (D13)

を得るすなわち電子の軌道半径は上式に従って離散的な値を取らねばならないこれを用いて水素原子のエネルギーEを計算する

E =1

2mv2 minus 1

4πϵ0

e2

r(D14)

= minus 1

4πϵ0

e2

2r(D15)

= minus me4

2(4πϵ0)2h2

1

n2 (D16)

付 録D 原子の量子状態 169

このようにBohrモデルを用いると水素原子のエネルギーが離散的な値しか取れないこともわかるそして n = 1のときと n = infinのときのエネルギーの差からイオン化エネルギーが 136 eVともとまりこれが実験値と非常によく一致することやRydberg

による原子スペクトルの経験的な式を再現することがBohrモデルの信憑性を高める決め手となった水素原子の量子力学的な取り扱いは成書 [18 ]を参照してほしいがそのさわりだ

け述べようまずBohrモデルによる水素原子のエネルギーの式は特殊相対性理論の効果を取り込まない範囲においては量子力学的な解に一致することが知られているこの取り扱いの範囲では水素原子の量子状態は (n lm)という三つの整数の組でよくあらわされ主量子数 nは自然数であり方位量子数あるいは軌道角運動量 lは 0からn minus 1までの値を磁気量子数mは minuslから lまでの整数値を取るBohrモデルではn = 1の状態つまり水素原子の基底状態は電子が回っている状態であったがきちんと Schrodinger方程式を解いて出てくる水素原子の基底状態は l = 0つまり電子は回っていないどころか動径方向の波動関数をみると原子核の位置をピークとした球対称な分布をもつということに注意したいさらに原子のなかの電子の速度は非常に大きく特殊相対性理論的な効果は無視でき

ないこの効果を取り込むには相対論的量子力学に基づいてDirac方程式を解く必要がありそこから電子スピン微細構造そして超微細構造といった重要な概念が出現することになるしかしながら相対論的量子力学を本書に納めるのは極めて困難であるため以下では電子や原子核の持つスピン自由度を認めたうえで簡単なモデルを使って微細構造と超微細構造がどのようなものであるかをみてみよう

D2 微細構造ここでは再び電子が原子核の周りをまわっているという立場で考えようこれを電

子の静止系で見ると原子核が電子の周りをまわっているように見えるだろう原子核(水素原子の場合には陽子)の電荷が+eであるとするとこの原子核による円電流I = ev2πrが電子の位置に作る磁場の大きさは

B =micro0I

2r=micro0ev

4πr2=

micro0eL

4πmr3(D21)

でありここで L = mvrは軌道角運動量の大きさであるこの磁場によって電子スピンが Zeeman効果をうけると考えるとそのエネルギーシフトは

minusmicro middotB =gmicroBhS middot micro0e

4πm2r3L = minus gmicroBe

2

8πm2r3S middot L (D22)

と書かれるここで g sim 2は Landeの g因子microB = eh2mは Bohr磁子と呼ばれるこれをもとの電子が回っている系に戻ってみてみると電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンが相互作用しているような項として解釈することができるこれをスピン-軌道相互作用と呼ぶこの相互作用は電子スピンと軌道角運動量が同じ向き

付 録D 原子の量子状態 170

を向いている状態ではエネルギーが上がり反並行のときにはエネルギーが下がるようなものとなっているこのような時には J = S + Lが量子状態を特徴づける良い量子数となっており例えば s軌道(方位量子数 l = 0)の場合にはスピン-軌道相互作用はゼロとなるがp軌道(方位量子数 l = 1)の場合には角運動量の合成のルールに従って |J | = 12 32の二つの値を取りこの二つに対応したエネルギー固有状態にスペクトルが分裂するこのスピン-軌道相互作用によって分裂したような構造を微細構造分裂というこの分裂の大きさは原子種にもよるが例えばアルカリ金属の S-P 遷移で言うならばだいたい遷移波長の 1100程度の影響となって現れる上式にあるような微細構造定数の見積もりは実は特殊相対論的効果(Thomas precession)を無視しており正しい大きさは gを g minus 1としたものになる

D3 超微細構造前節では電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンの相互作用を考えたが

本節ではさらに核スピンと電子のつくる磁場の相互作用を考えよう基底状態が s軌道であるような場合には原子核の位置にも電子の存在確率が有限となってその場所での電子の存在確率 |ψ(0)|2に比例した電子スピン(軌道角運動量がある場合にはその効果も入る)による磁場を原子核が感じるだろう電子が作る磁場は一様に磁化した球の磁束密度 B = (23)micro0M に対してM = minus(23)micro0microBg|ψ(0)|2J を代入したものと考えるこの磁場を感じて核スピン microNI が Zeemanシフトを受けると

minusmicroN middotB =2

3microNmicro0microBg|ψ(0)|2I middot J equiv AI middot J (D31)

という相互作用項が得られる1微細構造分裂のときと同じくこのような状況で系のエネルギーを特徴づける良い量子数は F = J + I = S + L + I となっておりI middot J の値に依存してエネルギー分裂が生じるこれを超微細構造分裂というまた超微細構造分裂は核磁気モーメント microN が電子の磁気モーメント microBのだいたい 11000以下と小さく超微細構造分裂は周波数にして数GHzのオーダーのものになる

1この相互作用は磁気双極子相互作用のもののみであり実際の原子スペクトル測定では磁気四重極子相互作用の寄与も双極子レベルのものと同じくらいの影響を持つことが知られている詳細は文献 []を参照

171

付 録E 量子マスター方程式

本節では密度演算子のダイナミクスを記述する方程式としてまず緩和がない場合の Liouville-von Neumann方程式を導入しさらに緩和を取り込むことができる量子マスター方程式へと進んでいこうその後量子マスター方程式からレート方程式や(光)Bloch方程式が導出されることをみる

E1 Liouville-von Neumann方程式ひとまず緩和を考えずに密度演算子のダイナミクスを考えるためにまずSchrodinger

表示の状態ベクトルの時間発展 |ψk(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψk⟩ = Ut |ψk⟩を思い出そうここでHは系のHamiltonianであるすると密度演算子の時間発展は ρ(t) = UtρU

daggert とな

るこれは純粋状態 |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|の時間発展がUt |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|U daggert で書けることから

も類推できるそれでは ρ(t) = UtρUdaggert の時間微分を計算してみよう

dρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) +

i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (E11)

これよりLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (E12)

が得られるこれはHeisenberg方程式と似ているが右辺の符号が異なるので注意状態に対するLiouville-von Neumann方程式は ihdρ

dt = [H ρ]で演算子Aに対するHeisenberg

方程式は ihdAdt = [AH]となる

トレースの性質に関するメモ

ここで少し後の便宜を図るためにトレース操作の簡単な性質をおさらいしようここで述べる性質は直接的な成分の計算によって証明が可能であるから証明は各自に任せて結果を羅列することにするまずトレース操作は線形性を持つ

Tr [A+B] = Tr [A] + Tr [B] (E13)

Tr [cA] = cTr [A] (E14)

付 録 E 量子マスター方程式 172

またトレース演算は巡回性を持つ

Tr [AB] = Tr [BA] (E15)

Tr [ABC] = Tr [CAB] = Tr [BCA] (E16)

middot middot middot (E17)

行列のテンソル積のトレースは行列のトレースの積となる

Tr [AotimesB] = Tr [A] Tr [B] (E18)

E2 系と熱浴との相互作用いよいよ量子系と熱浴の相互作用に関して密度演算子を用いてみていこう出発点

は入出力理論(付録 83参照)で用いたHamiltonianと同じである全体のHamiltonian

はHtot = Hs +Hb +Hiと書かれ系の持つエネルギーHs熱浴のエネルギーHbおよび系と熱浴の相互作用Hiである調和振動子を興味のある系として具体的な形に書き下すと

Hs = hωcadaggera (E21)

Hb =

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω) (E22)

Hi = minusihint infin

minusinfin

[f(ω)adaggerc(ω)minus flowast(ω)cdagger(ω)a

](E23)

となるここで系と熱浴の結合定数は一般的に周波数に依存する形で f(ω)としてあるが大抵の状況においてはradic

κと定数で書かれるさらに次の演算子を定義しよう

Rminus =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω) (E24)

R+ =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω) (E25)

これによって相互作用Hamiltonianは

Hi = minusih(adaggerRminus minus aR+

)(E26)

と見やすい形になるここで相互作用表示での量子状態と演算子の時間発展について触れておく証明は

省略して結果のみを述べるがこれらの時間発展を記述する方程式は

ihd|ψ(t)⟩

dt= Hi |ψ(t)⟩ (E27)

ihdρ(t)

dt= [Hi ρ(t)] (E28)

ihdA(t)

dt= [A(t)Hs +Hb] (E29)

付 録 E 量子マスター方程式 173

であり一つめはTomonaga-Schwinger方程式二つめはLiouville-von Neumann方程式三つめは Heisenberg方程式と呼ばれるこれらの方程式を眺めればわかることだが相互作用表示においては状態は相互作用 HamiltonianHiによって時間発展し演算子は ldquo非摂動rdquoHamiltonianHs+Hbにより時間発展する形であるもともとこの表示は量子電気力学における摂動展開において発明されたものである以降では Schrodinger表示から相互作用表示に切り替えよう密度演算子とHamilto-

nianの相互作用表示への変換は

ρ(t) = eiHs+Hb

htρ(t)eminusi

Hs+Hbh

t (E210)

Hi = eiHs+Hb

htHie

minusiHs+Hbh

t

= minusih(adaggereiωctRminus minus aeminusiωctR+

)(E211)

により行われるがここでは以下の量を定義した

Rminus = eiHs+Hb

htRminuseminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω)eminusiωt (E212)

R+ = eiHs+Hb

htR+eminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω)eiωt (E213)

したがって相互作用表示での Liouville-von Neumann方程式は再掲となるが

ihdρ(t)

dt=[Hi(t) ρ(t)

] (E214)

である相互作用表示での議論が主となるため以下では相互作用表示を表すチルダを省略する系と熱浴の相互作用のもとでの密度演算子のダイナミクスをより詳細に調べるため

にLiouville-von Neumann方程式を用いて密度演算子を微小時間∆tだけ時間発展させてみる密度演算子の微小変化∆ρ(t)は

∆ρ(t) = ρ(t+∆t)minus ρ(t) =1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(tprime)]

=1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(t)]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]

(E215)

と逐次展開の二次まで残す形で書けるここでは系の部分のダイナミクスのみに興味があるから興味のない部分は密度演算

子でトレースを取ることで系についての縮約密度演算子 σ(t) = Trb [ρ(t)]ならびに熱浴の縮約密度演算子 σb(t) = Trs [ρ(t)]を考えようここで大きな仮定として全体の密度

付 録 E 量子マスター方程式 174

演算子はこれらの二つの縮約密度演算子のテンソル積で書けるすなわち系と熱浴は分離可能であるとしよう

ρ(t) = σ(t)otimes σb(t) (E216)

これは系と熱浴の密度演算子に時間相関が存在しないことも表しているさらに熱浴は定常的であることすなわち σb(t) = σb(0) = σbを要請するこれによって σbは熱浴の HamiltonianHbと可換になるそれでは∆ρ(t)を熱浴についてトレースを取り熱浴の自由度を消して系のダイナミクスを調べるとしよう

Trb [∆ρ(t)] =1

ih

int t+∆t

tdtprimeTrb

[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprimeTrb

[[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(E217)

ここで右辺の第一項はゼロになる実際

Trb[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

= Trb[[Hi(t

prime) σ(t)otimes σb(t)]]

= minusihadaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]= minusih

adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

= 0 (E218)

上記の計算では ⟨c(ω)⟩b =langcdagger(ω)

rangb= 0を用いている⟨middot⟩bは熱浴の自由度に関する期

待値を表しており以降では下付き添え字 bを省略するするとゼロにならない右辺第二項を計算せねばならないトレースの中の交換子を

展開すると非常に雑多な項が現れるがトレースを取ることによって 8つの項のみがゼロとならず残る

Trb [[Hi(tprime) [Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(minusih)2=

minuslangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangadagger(tprime)a(tprimeprime)σ(t)minus

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

ranga(tprime)adagger(tprimeprime)σ(t)

+langRminus(tprimeprime)R+(tprime)

ranga(tprime)σ(t)adagger(tprimeprime) +

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangadagger(tprime)σ(t)a(tprimeprime)

+langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

ranga(tprimeprime)σ(t)adagger(tprime) +

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

rangadagger(tprimeprime)σ(t)a(tprime)

minuslangRminus(tprimeprime)R+(tprime)

rangσ(t)adagger(tprimeprime)a(tprime)minus

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangσ(t)a(tprimeprime)adagger(tprime) (E219)

上式では調和振動子の演算子の時間依存する指数関数部分は演算子自身に含めて書いているa(t) = aeminusiωctおよび adagger(t) = adaggereiωctである

付 録 E 量子マスター方程式 175

上式から熱浴の演算子をなくすために時間相関関数 ⟨Rminus(tprime)R+(tprimeprime)⟩および ⟨R+(tprimeprime)Rminus(tprime)⟩を評価しようこれらはlangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rang=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime)

langc(ω)cdagger(ωprime)

rangeminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime) [⟨n(ω)⟩+ 1] 2πδ(ω minus ωprime)eminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusiω(t

primeminustprimeprime)

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rang= middot middot middot =

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusiω(tprimeminustprimeprime) (E220)

と計算されるこれを tprimeと tprimeprimeについて積分するがτ = tprime minus tprimeprimeとしてint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime =

int t+∆t

tdtprimeint tprimeminust

0dτ =

int ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime (E221)

というように積分区間を変換するさらに ⟨Rminus(tprime)R+(tprime minus τ)⟩と ⟨R+(tprime minus τ)Rminus(tprime)⟩がτ ≪ ∆tのときのみ非零の寄与を持つつまり熱浴の演算子の時間発展が乱雑でほとんどデルタ関数的な時間発展を持つとすると積分範囲をint ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime =

int infin

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime ≃

int infin

0dτ

int t+∆t

tdtprime (E222)

と広げられるここで注意したいのは∆trarr +0がのちにとられるので上記の仮定はMarkov近似すなわち熱浴のダイナミクスは乱雑で時間相関がないという近似によって正当化されるこれらの近似を用いることで次のように計算を進めることができるint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangRminus(τ)R+(0)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangR+(0)Rminus(τ)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ (E223)

ここで収束因子 eminusϵτ は ω = ωcで被積分関数が発散しないようにしているこれらの積

付 録 E 量子マスター方程式 176

図 E1 積分の変数変換

分はさらに計算を進められて

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

ωc minus ω+

1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] δ(ωc minus ω)

]∆t

= i(∆ +∆prime) +Γ + Γprime

2(E224)

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ ∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

+1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω)

]∆t

=

[i∆prime +

Γprime

2

]∆t (E225)

付 録 E 量子マスター方程式 177

となるここでDiracの恒等式 limϵrarr+0 1 [(ωc minus ω) + iϵ] = P(ωc minus ω)minus iπδ(ωc minus ω)

を用いているパラメータ∆と∆primeは

∆ = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2

ωc minus ω (E226)

∆prime = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

(E227)

で定義されるものでありどちらも系と熱浴の結合による周波数シフトを表している一方で Γと Γprimeは

Γ =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2δ(ωc minus ω) = |f(ωc)|2 (E228)

Γprime =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω) = ⟨n(ωc)⟩Γ (E229)

と書かれる量でありΓは自然放出つまり真空場による誘導放出に対応しΓprimeは熱浴の熱分布に起因する誘導放出を表しているここまでに得られた結果を用いることでdσ(t)dt = lim∆trarr+0Trb [∆ρ(t)] ∆tとい

う系の密度演算子の時間発展を表す量はpartσ(t)

partt= minus i

h

[h∆adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

](E230)

でありSchrodinger表示に戻すと次のようなものになることがわかるdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E231)

これが本節で目標としていた(量子)マスター方程式であるLindblad演算子

L [A]σ(t) = 2Aσ(t)Adagger minusAdaggerAσ(t)minus σ(t)AdaggerA (E232)

を用いるとマスター方程式はdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

1

2L[radic

Γ + Γprimea]σ(t) +

1

2L[radic

Γprimeadagger]σ(t)

(E233)

とシンプルに書かれる第一項は系自体のコヒーレントなダイナミクスを記述する第二項と第三項は非常に粗っぽい言い方をすれば熱浴への緩和と熱浴からの熱流入をそれぞれ表している

付 録 E 量子マスター方程式 178

E3 レート方程式マスター方程式を再掲する

dσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E31)

これはこのままだとなんとも演算子だらけで抽象的だが状況に応じて様々な基底で演算子の成分を書き下す(状態ベクトルでサンドイッチする)ことでより具体的な系の時間発展の記述となるここではマスター方程式を Fock基底 |N⟩で評価してレート方程式と呼ばれるものを導出しよう|N⟩でマスター方程式をサンドイッチすればΓuarr = Γprimeと Γdarr = Γ + Γprimeを用いて

dP (N)

dt=(Γ + Γprime) [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γprime [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

= Γdarr [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γuarr [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

(E32)

となりレート方程式d⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minus ΓdarrsumN

NP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minusΓ ⟨N⟩+ Γprime

= minusΓ ⟨N⟩+ Γ ⟨n(ωc)⟩ (E33)

を得るここで3 行目の式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N + 1)2P (N + 1) とsuminfinN=0N(N + 1)P (N + 1) =

suminfinN=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれは調和振動子の数

分布のうち個数がN の状態について第一項がN +1の状態からN の状態へ Γのレートで緩和してくる過程第二項が熱浴から流入して過程を表している

付 録 E 量子マスター方程式 179

E4 光Bloch方程式次に二準位系を考えてマスター方程式を |g⟩と |e⟩で評価しよう二準位系の密度

演算子 ρ(t)に対するマスター方程式は次のように書かれるdρ(t)

dt= minus i

h[Hs ρ(t)] +

Γ + Γprime

2[2σminusρ(t)σ+ minus σ+σminusρ(t)minus ρ(t)σ+σminus]

+Γprime

2[2σ+ρ(t)σminus minus σminusσ+ρ(t)minus ρ(t)σminusσ+]

(E41)

ここで系のHamitonianはHs = h(∆q2)σz + h(Ω2)(σ+ + σminus)としており第二項は二準位系の電磁波による駆動を表している(付録 Cも参照)この両辺を |g⟩と |e⟩でサンドイッチして密度演算子の成分 ρij = ⟨i| ρ |j⟩に書き直すと

dρeedt

= minus(Γ + Γprime)ρee + Γprimeρgg + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E42)

dρggdt

= (Γ + Γprime)ρee minus Γprimeρgg minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E43)

dρegdt

=

(minusi∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E44)

dρgedt

=

(i∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E45)

となるこれが得られれば目的の方程式はもうすぐそこであるここではさらに二準位系の遷移

周波数が光の領域(hωc sim kBtimes10 000 K)にあるとしようこのとき熱浴(kBtimes300 K=

h times 7 THz)には光はほとんど ldquo熱励起rdquoされていないつまりマスター方程式にあった緩和項に関して言うと ⟨n(ωc)⟩ = 1(ehωckBT minus 1) ≃ 0であるから Γprime = 0となるしたがって上記の方程式の組は

dρeedt

= minusΓρee + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E46)

dρggdt

= Γρee minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E47)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E48)

dρgedt

=

(i∆q minus

Γ

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E49)

と書かれるこれを光Bloch方程式というw = ρggminus ρeeと置くことによって光Bloch

方程式と ρgg + ρee = 1から導かれる 2Γρee = Γρee+Γ(1minus ρgg) = minusΓw+Γからwすなわち二準位系の状態占有確率の差に関する方程式

dw

dt= minusΓw minus iΩ(ρeg minus ρlowasteg) + Γ (E410)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2w (E411)

付 録 E 量子マスター方程式 180

が得られるこの定常解を左辺をゼロと置いて求めるとwと ρee はそれぞれ

w =1

1 + s (E412)

ρee =1

2

s

1 + s=

(Ω2)2

(∆q)2 + (Γ2)2(E413)

と書かれるただし

s =s0

1 + (2∆qΓ)2 (E414)

s0 =2Ω2

Γ2 (E415)

Γ = Γradic1 + s0 (E416)

と定義したこの表式からわかる重要な点はふたつあるひとつは駆動電磁波が強くなるにつれて基底状態と励起状態の占有確率はどちらも 12に漸近するこれは駆動による誘導吸収と誘導放出そして自然放出が均衡した結果である駆動電磁波が十分に強い場合には誘導吸収も誘導放出も自然放出よりもずっと大きなレートで起こり誘導吸収と誘導放出のみの均衡になると思えば占有確率が 12に近づいていく理由も納得できるだろうふたつめのポイントは実効的な電磁波の遷移の線幅が Γで与えられるわけだがこの線幅が駆動電磁波が強くなるにつれて広がっていくことであるこれを遷移スペクトルのパワー広がりという

181

付 録F Schrieffer-Wolff変換

いろんな粒子がそれぞれ孤立して存在している系では系のエネルギーはそれぞれの粒子のエネルギーの和となる例えば電磁波モード(HEM = hωca

daggera)と二準位系(HTLS = hωqσz2)が相互作用していないようなときには全体のエネルギーはそれぞれの和になりHamiltonianはH = HEM +HTLS = hωca

daggera + hωqσz2となるしかしながらこれではつまらない我々は常に相互作用する粒子を考えるし相互作用する粒子はそれが単独で存在する場合とは異なる固有状態固有エネルギーを持っているものだこの固有エネルギーを求める作業は相互作用を含めた Hamiltonianを行列として対角化することに対応している相互作用があまりに強いと解析的に固有エネルギーが求まる場合以外には大変難しい問題となるしかしながら相互作用が ldquo十分にrdquo弱いときには摂動展開によって近似的に対角化されたHamiltonianを求めることができる本節ではその方法として Schrieffer-Wolff変換という手法を紹介する

F1 一般的な手順もともとのHamiltonian がH = H0 + λV というように非摂動部分H0と摂動(相互

作用)部分 λV に分けて書かれているとしようλは摂動の次数がわかりやすいようにつけた係数で最後に λ = 1とすればよい通常非摂動部分H0は対角化されているものとし非摂動項 λV は非対角要素を含むようなものになっているSを何らかの演算子としてHamiltonianを eλS でユニタリ変換しよう

eλSHeminusλS = H0 + λV + λ [SH0] + λ2 [S V ] +λ2

2[S [SH0]] +

λ3

2[S [S V ]] + middot middot middot

(F11)

ここで eS がユニタリ演算子であるためには Sが反 Hermiteすなわち Sdagger = minusSでなければならないλの一次の項が消えるようにするためには

[H0 S] = V (F12)

となるように反 Hermite演算子 S を決める必要があるこのもとでHamiltonianは一次までは対角化されて

Heff = eλSHeminusλS = H0 +λ2

2[S V ] +O(λ3) (F13)

という有効Hamiltonianが得られる反Hermite演算子 Sの決め方は ldquo経験と勘rdquoによるところが大きく以下で実例を見ることでその雰囲気を感じてもらいたい

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 182

F2 頻出する例F21 駆動されたスピン系例として駆動されたスピン系を表すHamiltonian

H = ωsz + g(s+ + sminus) (F21)

をみてみるここで h = 1 としさらにスピン演算子 sz s+ および sminus は交換関係[sz splusmn] = plusmnsplusmn[s+ sminus] = 2sz を満たすものとする反 Hermite演算子 S としてはS = α (s+ minus sminus)を用い計算の最後に Hamioltonianが対角化されるような αを決めることとしようでは実際に U = exp[α (s+ minus sminus)]によって Schrieffer-Wolff変換を施してみる

UHU dagger = ωsz + g(s+ + sminus) + [α (s+ minus sminus) ωsz] + [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]

+1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) ωsz]] +

1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]] + middot middot middot

= ωsz + g(s+ + sminus)minus α [ω(s+ + sminus)minus 4gsz]minus1

2α2 [4ωsz + 4g(s+ + sminus)]

+1

3α3 [4ω(s+ + sminus)minus 16gsz] + middot middot middot

= sz

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)+ 2g

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]+ (s+ + sminus)

[g

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)minus ω

2

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]= [ω cos 2α+ 2g sin 2α] sz +

[g cos 2αminus ω

2sin 2α

](s+ + sminus) (F22)

さてここまで計算したところで非対角項を消すという目的を思い出そうこのためには

tan 2α =2g

ω(F23)

とすれば任意の次数の摂動において非対角項が消えることになるこれより

cos 2α =1radic

1 + 4g2

ω2

sin 2α =2gωradic

1 + 4g2

ω2

(F24)

であるから対角化されたHamiltonianは次のように求まる

Heff = ωsz

radic1 +

4g2

ω2 (F25)

このHamiltonianからスピンを駆動する強さを強くしていくにしたがってスピンの基底状態と励起状態のエネルギー差が大きくなっていくことがわかるこれは共鳴条件でのAC Starkシフトとみることができる

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 183

F22 駆動されたスピン系の一般化ここでは次の形にかけるような駆動されたスピン系が一般化されたものを考え

よう

H = ∆Xz + g(X+ +Xminus) (F26)

ただし演算子は [Xz Xplusmn] = plusmnXplusmn と [X+ Xminus] = P (Xz)を満たすものとするP (Xz)

はXzの多項式である上記のHamiltonianの第二項が摂動として扱われるがこれを摂動として扱える条件として g∆ ≪ 1を要請しよう実際の例としてはX+ = aσ+2Xminus = adaggerσminus2Xz = σz2として Jaynes-Cummings Hamiltonianの分散領域を調べるときなどがあるともあれ上記のHamiltonianを近似的に対角化するユニタリ変換として U = exp[(g∆)(X+ minusXminus)]を用いることができる変換後の有効Hamiltonian

は摂動の二次まで取ると

Heff = ∆Xz +g2

∆P (Xz) (F27)

であり対角化されていることがわかる

184

付 録G Heisenberg HamiltonianからSWAPゲートの導出

出発点はHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (G01)

であるこれを指数関数の肩に乗せる前にD = σxσx + σyσy + σzσz の標識をあらわに求めさらにその累乗Dnを計算しておこうまずはDの具体的な形だが

D = σxσx + σyσy + σzσz

=

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

+

1 0 0 0

0 minus1 0 0

0 0 minus1 0

0 0 0 1

=

1 0 0 0

0 minus1 2 0

0 2 minus1 0

0 0 0 1

(G02)

となるDはブロック対角行列の形になっているからブロック行列を対角化すればよいすると(

minus1 2

2 minus1

)n=

[1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 minus3

)1radic2

(1 1

1 minus1

)]n

=1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 (minus3)n

)1radic2

(1 1

1 minus1

)

=

(1+(minus3)n

21minus(minus3)n

21minus(minus3)n

21+(minus3)n

2

) (G03)

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 185

のようにDnが計算できる次にeminusiDαを計算しようこれは定義よりsuminfinn=0(minusiDα)nn

と展開できるので

eminusiDα =infinsumn=0

(minusi)nαn

nDn

=

infinsumn=0

(minusi)nαn

n

diag(1 0 0 1) +0 0 0 0

0 1+(minus3)n

21minus(minus3)n

2 0

0 1minus(minus3)n

21+(minus3)n

2 0

0 0 0 0

(G04)

= diag(eminusiα 0 0 eminusiα) +

0 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 0

=

eminusiα 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 eminusiα

(G05)

であるしたがって最終的に

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(G06)

という結果を得る

186

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式共振器オプトメカニクス系のハイライトであるフォノンのサイドバンド冷却につい

て本節では定量的に述べていこう前節で述べたようにこのサイドバンド冷却はレッドサイドバンド遷移を駆動して達成されるなおイオントラップにおけるサイドバンド冷却と(ほとんど同じだが)区別して共振器冷却と呼ぶことも多い何が起こるかそしてどのくらいまで冷却することができるかを定量的に見るため

に量子ノイズを用いたアプローチを試みよう量子力学における物理量のノイズスペクトルは

Scc(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨c(τ)c(0)⟩ (H11)

と古典的な量と同様に定義されるここで ⟨middot⟩は期待位置を取ることを表しているc(t)が演算子とその期待値の差であるならばSccはまさしくノイズスペクトルとなるここでは機械振動との結合がある状況における光のノイズスペクトルに興味がありそのノイズスペクトルから何がわかるかを見ていきたい相互作用部分における光のノイズは次のように書かれる

Hint = hg0

(adaggeraminus

langadaggerarang)

(b+ bdagger) = hg0ν(t)(b+ bdagger) (H12)

ここで相互作用部分の位相を回して符号を正に変えてあるこのオプトメカニカル相互作用は摂動としてはたらくため相互作用表示に移ることで見通しが良くなることが期待されるSchrodinger表示でのフォノンの Fock状態を |N⟩(bdaggerb|N⟩ = N |N⟩をみたす)とすると相互作用表示では |N t⟩ = UI(t)|N⟩と書けてユニタリ演算子 UI(t)は

ihpartUI(t)

partt= HI

int(t)UI(t) (H13)

に従って時間発展するここで

HIint(t) = ei

H0htHinte

minusiH0ht

= hg0ν(t)(beminusiωmt + bdaggereiωmt) (H14)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 187

であるこの方程式の形式的な解を展開していくと

UI(t) = 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)UI(τ)

= 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)

[1minus i

h

int t

0dτ primeHI

int(τprime)(1 + middot middot middot

)]≃ 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ) (H15)

と一次までで書ける次に相互作用を時間 tだけ経験した後に |N t⟩が |N plusmn 1⟩へと変化するような事象の確率振幅 αNrarrNplusmn1を求めたい

αNrarrN+1 = ⟨N + 1 |N t⟩

= ⟨N + 1 |N⟩ minus ig0

int t

0dτν(τ) ⟨N + 1| beminusiωmτ + bdaggereiωmτ |N⟩

= minusig0int t

0dτν(τ)

[⟨N + 1| b |N⟩ eminusiωmτ + ⟨N + 1| bdagger |N⟩ eiωmτ

]= minusig

radicN + 1

int t

0dτν(τ)eiωmτ

αNrarrNminus1 = middot middot middot

= minusigradicN

int t

0dτν(τ)eminusiωmτ (H16)

と計算を進められるからαの二乗を取ることで時間発展後に |N plusmn 1⟩に系を見出す確率を得ることができる

PNrarrN+1 =langαlowastNrarrN+1αNrarrN+1

rang= g20(N + 1)

int t

0dτ

int t

0dτ primelangν(τ)ν(τ prime)

rangeminusiωm(τminusτ prime)

= g20(N + 1)

int t

0dτSνν(minusωm)

= g20(N + 1)tSνν(minusωm) (H17)

PNrarrNminus1 =langαlowastNrarrNminus1αNrarrNminus1

rang= middot middot middot= g20NtSνν(ωm) (H18)

ここで相関関数のFourier変換がスペクトルを与えるというWiener-Khinchinの定理を用いるために上式一行目のノイズの相関関数が τ = τ prime付近のみで有限の値をもつとし積分範囲を無限大まで拡張するなどしているこれらの式から上記の二つの過程の遷移レートは

ΓNrarrN+1 =dPNrarrN+1

dt= g20(N + 1)Sνν(minusωm) = (N + 1)Γuarr (H19)

ΓNrarrNminus1 =dPNrarrNminus1

dt= g20NSνν(ωm) = NΓdarr (H110)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 188

と求まるここまでくれば量子ノイズスペクトルが遷移レートと密接なかかわりを持っており共振器オプトメカニクスにおいて重要な役割を果たすことがわかるであろうここで遷移レート

Γuarr = g20Sνν(minusωm) (H111)

Γdarr = g20Sνν(ωm) (H112)

はそれぞれフォノンが一つ増える過程と一つ減る過程に対応しているSνν(ω)の具体的な形を求める前にフォノン数状態のダイナミクスに関してもう一歩

踏み込んで調べておこうここで調べたいのはフォノン数の期待値 ⟨N⟩ =sum

N NP (N)

の時間変化であるこれは次のように変形していくことができるd⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minussumN

ΓdarrNP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minus(Γdarr minus Γuarr) ⟨N⟩+ Γuarr

= minusΓopt ⟨N⟩+ Γuarr (H113)

ここで式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N+1)2P (N+1)とsuminfinN=0N(N+1)P (N+

1) =suminfin

N=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれがフォノンが本来持つ緩和を考慮しない場合の機械振動子のフォノンのレート方程式であるΓopt = Γdarr minusΓuarrは光による減衰効果を表しており共振器冷却の本質を担う項であるフォノン自体の緩和レート Γmと平均フォノン数 nthの熱浴の影響を取り入れる場合レート方程式は

d⟨N⟩dt

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩+ ⟨N + 1⟩Γthuarr minus ⟨N⟩Γthdarr

= minus(Γopt + Γm) ⟨N⟩+ Γuarr + nthΓm (H114)

と修正を受けるここで Γthuarr = nthΓmΓthdarr = (nth + 1)Γmである共振器冷却の結果最終的に得られるフォノン数の期待値は

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H115)

となる

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 189

H12 共振器冷却の冷却限界前節の最後に得た表式から共振器冷却によってどこまでフォノン数を減らせるかを知

るためには量子ノイズスペクトル

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨ν(τ)ν(0)⟩ (H116)

を評価する必要があるここで ν(t) = adaggeraminuslangadaggerarangであるこれを ⟨ν(τ)ν(0)⟩に代入し

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =lang(adagger(τ)a(τ)minus

langadagger(τ)a(τ)

rang)(adagger(0)a(0)minus

langadagger(0)a(0)

rang)rang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)minus adagger(τ)a(τ)

langadagger(0)a(0)

rangrangminuslangadagger(0)a(0)

langadagger(τ)a(τ)

rang+langadagger(τ)a(τ)

ranglangadagger(0)a(0)

rangrang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus 2

langadagger(0)a(0)

rang2+langadagger(0)a(0)

rang2=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav (H117)

と変形しよう光子の演算子 aが a(t) = [α+ d(t)] eminusiωltと書かれておりαがコヒーレントな振幅d(t)がそのゆらぎを表すものとしようaが状態に作用するときにはd(t) |ψ(t)⟩ = ⟨ψ(t)| ddagger(t) = 0としてa(t) |ψ(t)⟩ = αeminusiωlt |ψ(t)⟩が成立するlangadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)rangを計算するにあたりゼロにならないのは dが一番左にddaggerが一番右に来るようなものと演算子を全く含まないものになって

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav

= αlowastααlowastα+ αlowastαlangd(τ)ddagger(0)

rangminus n2cav

= ncav

langd(τ)ddagger(0)

rang(H118)

となるここに至って langd(τ)ddagger(0)rangという項が出てきた一見取っ付き難そうであるがldquoquantum regression theoremrdquo [22](あえて日本語訳するなら量子回帰定理だろうか)によって langd(τ)ddagger(0)rangの時間発展を d(t)の時間発展と同じ方程式で記述してよいすなわち κを共振器の緩和レートとして

dlangd(τ)ddagger(0)

rangdt

= minusi∆c

langd(τ)ddagger(0)

rang∓ κ

2

langd(τ)ddagger(0)

rangfor t0 (H119)

が成立するから素直に解いて langd(τ)ddagger(0)

rang= exp[minusi∆ctminus (κ2)t] を得るただし

∆c = ωcminusωlであるこれにより量子ノイズスペクトルがあらわに計算できるようになって

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτexp

[minusi∆ctminus

κ

2t]

=κncav

(∆c minus ω)2 + (κ2)2(H120)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 190

という表式が得られるレート方程式には Sνν(plusmnωm)という形でノイズスペクトルが現れたがこれらは光に対して機械振動が引き起こした変調によるノイズ(あるいは信号)で有る登理解することができplusmnωmに Lorentz関数のピークを呈するこれまでの結果を用いれば Γuarrと Γoptもすぐに計算することができる

Γuarr = g20Sνν(minusωm)

= g20κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2ncav (H121)

Γopt = g20 [Sνν(ωm)minus Sνν(minusωm)]

= g20

(∆c minus ωm)2 + (κ2)2minus κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2

]ncav (H122)

それでは共振器冷却で到達可能な平均フォノン数の限界をもう一度見てみよう

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H123)

大抵の場合には共振器の線幅よりもフォノンの周波数の方が大きくノイズスペクトルが共振器のスペクトルと分離できるこれをサイドバンド分解領域(resolved sideband

regime)というΓoptが Γmよりも十分小さい場合には ⟨N⟩trarrinfin = nthが自明に成立するすなわちフォノンは熱浴と平衡状態にあって同じ温度で熱分布している光の駆動を強くして Γopt ≫ Γmを達成した場合

⟨N⟩trarrinfin =ΓuarrΓopt

=(∆c minus ωm)

2 + (κ2)2

4ωm∆c(H124)

となって∆c = ωmつまり駆動レーザーがレッドサイドバンドにぴったり共鳴するときに最も良いフォノン数の冷却限界 κ216ω2

m が得られるいま κ ≪ ωm であるからκ216ω2

mは 1よりもずっと小さいすなわち機械振動子のフォノンモードは量子基底状態に限りなく近いところまで冷却することが可能である

191

付 録I 量子もつれとその応用

この付録では量子もつれとその有名かつ有用な応用例としての量子テレポーテーションとエンタングルメントスワッピングについて述べる

I1 分離可能状態と量子もつれ状態1と 2でラベルがつけられた二つの量子系があったとしようこの二つの量子系の合

成系は例えば |ψ1⟩otimes |ψ2⟩def= |ψ1ψ2⟩のようにかけるこれはふたつの量子系が別々に扱

えるという点で我々の直感に合った合成系であるこのように合成系の量子状態がそれを構成する各量子系の量子状態の直積 otimesで書けるような場合その合成系の量子状態は分離可能(separable)であるという密度演算子で混合状態まで含めた一般的な場合について書くと合成系の量子状態 ρが分離可能であるとき確率 piと各部分系の密度演算子 ρi1と ρi2を用いて ρ =

sumi piρ

i1 otimes ρi2と書ける

一方で分離可能状態のように各部分系の状態の直積に分解できない状態も存在するもっとも有名なのは Bell状態

∣∣Ψplusmn12

rang= (|e1g2⟩ plusmn |g1e2⟩)

radic2と

∣∣Φplusmn12

rang= (|e1e2⟩ plusmn

|g1g2⟩)radic2だろう4つの Bell状態は二量子ビット系の完全正規直交系をなしかつ

分離可能状態のように部分系の直積の形に書くことが不可能であることが背理法により簡単に証明できるほかの例としては Schrodingerの猫状態 (|g⟩ |α⟩ + |e⟩ |minusα⟩)

radic2

(|plusmnα⟩ は調和振動子のコヒーレント状態)Greenberger-Horne-Zeilinger(GHZ)状態 (|g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩)

radic2ふたつの調和振動子からなるN00N(rdquonoonrdquoとよむ)状態

(|N⟩ |0⟩ + |0⟩ |N⟩)radic2といったものがあるこれらのように分離可能状態でないもの

を量子もつれ状態あるいはエンタングルド状態という

I2 量子もつれの尺度ここではある量子状態にどのくらい量子もつれがあるかを計る尺度について述べよ

うこの尺度としてはいろいろなものがあり一般の量子状態に対して満足のいく尺度となる量はまだわかっていないしかしながら 2量子ビット系に対しては量子もつれの存在とその度合いを表すよい尺度が存在する純粋状態に対して良い尺度となるエンタングルメントエントロピーと混合状態に対しても良い尺度となるネガティビティについて述べよう

付 録 I 量子もつれとその応用 192

I21 エンタングルメントエントロピー合成系のうちある部分系のみに着目した密度演算子を縮約密度演算子というが量子

もつれの存在はこの縮約密度演算子に影響を及ぼすことを以下にみるそしてこの縮約密度演算子に対する von Neumannエントロピーがエンタングルメントエントロピーと呼ばれる量である1と 2でラベルがつけられた二つの量子系の合成系を考えるとき縮約密度演算子

ρ1あるいは ρ2は合成系の密度演算子 ρ12を片方の部分系についてトレースを取ったものであるきちんとかくと ρ1 = Tr2ρ12 あるいは ρ2 = Tr1ρ12 である分離可能状態|Ψ0⟩ = |g1⟩ (|g2⟩ + |e2⟩)

radic2と Bell状態 |Φ+⟩ = (|g1 g2⟩ + |e1 e2⟩)

radic2の二つの例に

ついて考えてみよう分離可能状態 |Ψ0⟩の縮約密度演算子は極めて簡単に計算できてρ1 = |g1⟩ ⟨g1|と ρ2 = (|g2⟩+ |e2⟩)(⟨g2|+ ⟨e2|)2でどちらももとの密度演算子を構成する各部分系の純粋状態を保っている一方でBell状態 |Φ+⟩の縮約密度演算子はトレースを計算すると ρ1 = I2と ρ2 = I2になりどちらも完全混合状態になってしまうのであるつまり量子もつれ状態は片方の量子系のみに着目すると量子状態が完全に壊れてしまうという不思議な性質を持っている量子もつれ状態はもつれているすべての部分系を一緒に扱わないといけないということでもある情報理論の Shannonエントロピーに倣って密度演算子 ρでかかれる量子状態の von

NeumannエントロピーをminusTr [ρ log ρ]で定義する純粋状態 |ψ⟩に対しては その密度演算子の固有値を λk とするとminusTr [ρ log ρ] = minus

sumk λk log λk = 0という計算から von

Neumannエントロピーがゼロとなることがわかるなぜかというと純粋状態については適切な基底を選べば固有値がひとつは 1でほかは 0になるようにできるからである具体的には |ψ⟩から始めて Schmidt分解によって直交基底を構成する1 log 1 = 0

はいいだろうが0 log 0については limxrarr+0 x log x = 0を用いた純粋状態はエントロピーが最も小さい状態だというのは理解できるだろう完全混合状態 I2についてはminusTr [(I2) log (I2)] = minus(12) log (12) minus (12) log (12) = log 2である完全混合状態が最もエントロピーが大きいというのも納得できるだろう準備は整ったので量子もつれを計る尺度の一つであるエンタングルメントエントロ

ピーを導入しようエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子のvon Neumann

エントロピーとして

S1 = minusTr [ρ1 log ρ1] S2 = minusTr [ρ2 log ρ2] (I21)

で定義される量である前述の合成系の量子状態 |Ψ0⟩については縮約密度演算子がどちらも純粋状態であったから S1 = S2 = 0であるこの例に限らず分離可能状態であればエンタングルメントエントロピーはゼロになるBell状態 |Φ+⟩はどちらの部分系の縮約密度演算子も完全混合状態であるからエンタングルメントエントロピーはlog 2になるこのようにエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子を取ることによって量子状態がいかに壊れるかを計る量であるように思えるしかしながらこれが通用するのは純粋状態のときのみである例えば ρ12 = I otimes I4のような完全混合状態(分離可能状態でもある)でエンタングルメントエントロピーを計算すると縮約

付 録 I 量子もつれとその応用 193

密度演算子も完全混合状態になってエンタングルメントエントロピーは log 2という値を出してしまう次節で導入するネガティビティはこのような混合状態でも量子もつれの尺度を与える

I22 ネガティビティ前節の最後では縮約密度演算子を扱うと量子もつれ状態と完全混合状態が同じエンタ

ングルメントエントロピーの値をもつことをみたここでは量子ビットAと Bからなる合成系の密度演算子 ρに立ち戻り混合状態でも通用する量子もつれの尺度を考えることとしよう密度演算子は ρdagger =

(ρT)lowast

= ρを満たすすなわち Hermite行列であるから実数の固有値を持つさらにその対角成分は状態の占有確率を表すため非負であることから物理的状態を記述する密度演算子の固有値は非負でなければならないことがわかるこれを踏まえて密度演算子 ρの部分転置を取った ρTA について考えよう部分転置の定義だが密度演算子を一般に

ρ =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ξA⟩ ⟨ηA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I22)

と |ξA⟩ |ηA⟩ isin |gA⟩ |eA⟩および |ξB⟩ |ηB⟩ isin |gB⟩ |eB⟩を用いて展開するとき

ρTA =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ηA⟩ ⟨ξA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I23)

によって部分転置された密度演算子を定義する部分転置された密度演算子はやはりHermite行列であるしかしながらその固有値は非負である必要がなくなっている例外的に分離可能状態であるときには部分系に関する行列の転置がもう一方の部分系に対して何も影響を及ぼさないため部分転置された密度演算子は元の密度演算子と同じ固有値すなわち非負の固有値のみをもつPeres-Horodecki [23]によればρが分離可能状態であるならばρTA のすべての固有値は非負であるこの対偶として ρTA

の負の固有値の存在が量子もつれの存在を意味していることがわかるさらに言えば二量子ビット系においては上記の逆も成立するすなわち ρが分離可能状態であることと ρTA の固有値がすべて非負であることが二量子ビット系では等価になるこれが本節で導入するもうひとつの量子もつれの尺度であるネガティビティの基本的

な考えであるネガティビティN (ρ)はρTA の負の固有値の絶対値の和として

N (ρ) =sumλnlt0

|λn| (I24)

と定義されるここで λnは ρTA の固有値であるρTA は単なる ρの部分転置であるからトレースは保存されていてTr [ρ] = Tr

[ρTA

]= 1であるしたがって 1 =

sumn λn =sum

λngt0 λn minussum

λnlt0 |λn| という等式が成り立つさらにトレースノルム ||ρTA ||1def=

付 録 I 量子もつれとその応用 194

Tr

[radic(ρTA)dagger ρTA

]を導入しようこれは定義からして ρTA の固有値の絶対値を足し

上げるものなので||ρTA ||1 =sum

n |λn| = 2sum

λnlt0 |λn|+1と書き直せるこれによりトレースノルムを用いたネガティビティの表式

N (ρ) =||ρTA ||1 minus 1

2(I25)

が得られるPeres-Horodeckiの結果は混合状態にも適用可能であるから純粋状態でのみ良い指標となったエンタングルメントエントロピーよりも適用範囲の広い量子もつれの尺度であるといえるネガティビティは二つの量子系の分離可能な合成系に対してエンタングルメントエントロピーのような加法性がないためかわりに対数ネガティビティL(ρ)

def= log 2N (ρ) + 1を考えることがあるこれについてはL(ρ1otimesρ2) = L(ρ1)+L(ρ2)

となり加法性が満たされるネガティビティの計算例をいくつか挙げておこう分離可能状態に対してはネガティ

ビティはゼロであることが明らかであるからまず Bell状態 |Φ+⟩についてみてみる密度演算子 ρΦ+ は

ρΦ+ =1

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

(I26)

となりこの部分転置行列は

ρTAΦ+ =

1

2

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(I27)

であるこの部分転置行列の固有値は 12が 3個とminus12が 1個であるしたがってネガティビティは 12であり対数ネガティビティは log 2となるより興味深い例としてWerner状態

ρW = p∣∣Φ+

rang langΦ+∣∣+ (1minus p)

I otimes I

4

=p

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

+1minus p

4

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 1

=

1+p4 0 0 p

2

0 1minusp4 0 0

0 0 1minusp4 0

p2 0 0 1+p

4

(I28)

付 録 I 量子もつれとその応用 195

図 I1 量子テレポーテーションの概略

を考えようこれは p isin [0 1]の値によって完全混合状態か量子もつれ状態かがきまるネガティビティを用いるとどのくらいの pから量子もつれがあるといえるかがわかるのでこれを明らかにしていこうまず部分転置行列は

ρTAW =

1+p4 0 0 0

0 1minusp4

p2 0

0 p2

1minusp4 0

0 0 0 1+p4

(I29)

とかけるがこの固有値は (1+p)4が 3個と (1minus3p)4が 1個である固有値 (1minus3p)4

のみ 13 lt p le 1のもとで負となるためネガティビティが有限の値をとる言い換えれば13 lt p le 1のときにWerner状態は量子もつれ状態であり0 le p le 13のときには分離可能状態となることが上記の計算により明らかになるのであるこれは次のことも示唆している13 lt p le 1のWerner状態は本節の最後で説明する LOCC

(local operation and classical communication)によって生成することができないが0 le p le 13のWerner状態であれば LOCCでつくれてしまうのである

I3 量子テレポーテーションいよいよ量子もつれ状態の応用としても量子力学の世界の不思議な現象としても重

要な量子テレポーテーションについて説明する量子テレポーテーションの目的として

付 録 I 量子もつれとその応用 196

は送信者である Aliceがある未知の状態 |ψ⟩ = cg |gψ⟩ + ce |e⟩ψ を受信者である Bob

に送るというものである以下添え字の ψはこの未知の量子状態 |ψ⟩に関するものとする量子状態 |ψ⟩は測定すると壊れてしまう複製ができないという性質があるため我々が今日用いる通信(古典通信)のようにはいかないのが量子通信の肝であるこのような制約の下では未知の量子状態を送るためには量子もつれ状態の不思議な性質を全面的に活用したトリックが必要になる量子テレポーテーションにおいてまずやるべきことはAliceとBobが量子もつれ状態

にある光子のペア例えばBell状態のひとつである∣∣Ψminus

ab

rang= (|ea⟩ |gb⟩+|ga⟩ |eb⟩)

radic2の片

割れを 1個ずつ持つことである添え字の aと bはこのAliceとBobがもつ量子もつれ状態の片割れの光子をさす未知の量子状態 |ψ⟩と併せた全体の量子状態は |ψ⟩

∣∣Ψminusab

rangと書けるこの量子状態をAliceの量子もつれペアの片割れと未知の量子状態 |ψ⟩にある量子ビットψとのBell状態で書き直してみよう

langΨplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (plusmncg |gb⟩minusce |eb⟩)2

radic2

やlangΦplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (ce |gb⟩ ∓ cg |eb⟩)2

radic2を用いることで

|ψ⟩∣∣Ψminus

ab

rang=cg |gψ⟩+ ce |eψ⟩radic

2

|ea⟩ |gb⟩+ |ga⟩ |eb⟩radic2

=

∣∣∣Ψ+ψa

rang2

(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)minus

∣∣∣Ψminusψa

rang2

(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

+

∣∣∣Φ+ψa

rang2

(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) +

∣∣∣Φminusψa

rang2

(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I31)

と計算することができるこれを念頭においてAliceは手持ちの量子もつれペアの片割れに X ゲート Xa を作用させ続いて Aliceの量子ビットを制御量子ビットとする量子ビット ψへのCNOTゲートを作用させるすると

∣∣∣Ψplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Ψplusmnψa

rang=

|gψ⟩ (plusmn |ga⟩ + |ea⟩)radic2や

∣∣∣Φplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Φplusmnψa

rang= |eψ⟩ (|ga⟩ plusmn |ea⟩)

radic2という

作用が ψと aの合成系(ψa系と略記する)に起こり最終的に HadanardゲートHa

をAliceの量子ビットに施すことで∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ga⟩ (cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ea⟩ (cg |gb⟩+ ce |eb⟩)∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)

= |eψ⟩ |ga⟩ (ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩)

= minus |eψ⟩ |ea⟩ (ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I32)

という状態になるここで ψa系を測定しようψa系が |gψ⟩ |ga⟩|gψ⟩ |ea⟩|eψ⟩ |ga⟩

付 録 I 量子もつれとその応用 197

|eψ⟩ |ea⟩のどれであるかを明らかにすることは ψa系がどの Bell状態にあったかを明らかにすることに対応しておりこの測定を Bell測定ともいうAliceの Bell測定で|gψ⟩ |ga⟩という結果が得られればBobはZゲートZbを手持ちの量子ビットに作用させれば cg |gb⟩+ ce |e⟩bが手元に得られる測定結果が |eψ⟩ |ga⟩のときにはBobはZbゲートのあとにX ゲートXbを作用させればよい|eψ⟩ |ea⟩という結果のときにはXbゲートのみで十分である測定により |gψ⟩ |ea⟩であったと分かった場合には Bobは何もしなくてよいこのようにAliceのBell測定の結果を(古典)通信でBobに知らせBob

はその結果に応じて手持ちの量子ビットに量子ゲートを作用させれば最終的に Bob

の手元にはまさにAliceが送りたかった未知の量子状態 cg |gb⟩+ ce |e⟩bが残っているのであるもともと未知の量子状態だった ψ系はどうなったかというとBell測定によって壊

れているしたがってこれは量子状態の複製を行ったことにもなっていないもう一点注意しておきたいだがよく SF小説などで量子テレポーテーションで瞬時に情報が転送されるなどという設定がされているがこれは間違いである1Bobは最後に正しい量子状態を得るためにAliceからBell測定の結果を電話なりメールなりで聞かねばならないAliceからBobへの情報伝達速度は光速を超えることがないため量子テレポーテーションによる情報の転送も光速を超えることはない

I4 エンタングルメントスワッピング量子テレポーテーションの親戚のような手法にエンタングルメントスワッピングという

ものがあり量子通信でよく用いられる状況は次のようなものであるAliceとBobは既知の量子もつれ光子ペア

∣∣Φ+A

rang= (|g1g2⟩+ |e1e2⟩)

radic2と

∣∣Φ+B

rang= (|g3g4⟩+ |e3e4⟩)

radic2

をそれぞれ持っているがこのときに Aliceと Bobは何とかしてこれらの Bell状態を用いて Aliceと Bobにまたがる量子もつれペアを生成したいというような問題であるこのために用いられる手法がエンタングルメントスワッピングであり端的に言えばAliceとBobのもつ量子もつれペアの片割れを 1個ずつとってきてBell測定をしその結果に応じてAliceまたはBobの残りの量子もつれペアに量子ゲートを作用させることで達成される以下これについて詳しく見ていこうAliceと Bobの量子系の全体系 |Ψ⟩書き下すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

A

rangotimes∣∣Φ+

B

rang=

|g1g2g3g4⟩+ |g1g2e3e4⟩+ |e1e2g3g4⟩+ |e1e2e3e4⟩2

(I41)

となるここで 1と 4(2と 3)の添え字のついた系をまとめて部分系とみなしBell状態∣∣Ψplusmn

14

rangと ∣∣Φplusmn14

rang(∣∣Ψplusmn23

rangと ∣∣Φplusmn23

rang)を定義しようこれにより |Ψ⟩を前節のように書き

1著者の好きな SF小説にもこの手の記述がありこの話題が小説で出てくるたびに気が散って仕方がなかった

付 録 I 量子もつれとその応用 198

図 I2 エンタングルメントスワッピングの概略

直すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

14

rang ∣∣Φ+23

rang+∣∣Φminus

14

rang ∣∣Φminus23

rang+∣∣Ψ+

14

rang ∣∣Ψ+23

rang+∣∣Ψminus

14

rang ∣∣Ψminus23

rang2

(I42)

という表式が導かれるでは添え字 2と 3からなる部分系についてBell測定を行おうもしBell測定で 2と 3からなる部分系が

∣∣Φ+23

rangにあるという結果が得られれば残りの系は

∣∣Φ+14

rangにあることになるもし ∣∣Φminus23

rangにあれば1の量子ビットにZゲートZ1を作用させると

∣∣Φminus14

rangは ∣∣Φ+14

rangに変換される∣∣Ψ+23

rangに測定された場合には 1の量子ビットにX ゲートX1を作用させることでX1

∣∣Ψ+14

rang=∣∣Φ+

14

rangを得る最後に ∣∣Ψminus23

rangという結果が得られた場合にはZ1X1を作用させることで

∣∣Φ+14

rangを得ることができるこのようにAliceと Bobのもつ量子もつれペアの片割れを Bell測定した結果に応じてAlice

が量子もつれペアの残りに量子ゲートを行うことで最終的に Aliceと Bobにまたがる量子もつれ状態

∣∣Φ+14

rangが得られるこれはもともとのローカルな量子もつれ状態がAliceとBobにまたがる量子もつれ状態に入れ替わっているようにも見えることがエンタングルメントスワッピングという名前の由来である

付 録 I 量子もつれとその応用 199

I5 Local operation and classical communication (LOCC)

量子テレポーテーションやエンタングルメントスワッピングで行った操作は次のように纏められる(i)量子ビットの測定(Kraus演算子をMAとする)(ii)測定結果の古典通信(iii)量子ゲート操作 UB通信にかかる時間を乱暴にも無視してしまうとLOCCの後の密度演算子はsumr UB(r)MA(r)ρM

daggerA(r)U

daggerB(r)となっている(rは測定結果

に対応する添え字)ここで強調したいのは量子操作はすべてAliceなりBobなりの内部で完結することと古典通信のみを用いて情報交換をしていることである言い換えるとAliceとBobにまたがる二量子ビットゲートや測定光子の量子状態そのものによる伝達といった ldquo無茶rdquoはしていない現実的に無理のない手法だといえるこのような古典通信とローカルな量子操作のみで構成される操作を LOCC(local operation and

classical communication)と呼ぶ詳細な議論は成書 [9]に譲るがここでは LOCCのいくつかの重要な性質について言及しておく

bull LOCCは確率 1で量子もつれの尺度を増大させることはできない

bull LOCCは分離可能状態を量子もつれ状態にすることはできない

bull LOCCによって確率的にであれば量子もつれの尺度を増加させることはできる具体的にはエンタングルメント蒸留などの手法が開発されている

200

付 録J 量子複製禁止定理

古典情報では許され量子情報では出来ない操作の重要なものが状態のコピー(複製)をすることである例えば通常 xが与えられていて y = x2 + xを計算したければxをコピーし元の xに 1を足してコピーした xをかければ

y = x2 + x = x(x+ 1) (J01)

が計算できるが量子情報では「量子複製禁止定理」というものにより未知の量子状態のコピーが許されておらず同様の計算が出来ないこれは量子計算に取って非常に大きなハンディキャップに見えるしかしコピーが出来なくても様々な方法で有用な量子計算が出来ることが知られているので心配はいらない以下では簡単にこの量子複製禁止定理を証明する仮に任意の量子状態 |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩ともう一つの量子状態 |i⟩がありユニタリー

な操作 U を用いて |i⟩ rarr |ψ⟩とコピーができるつまり

U |ψ⟩ |i⟩ = |ψ⟩ |ψ⟩ (J02)

という 2量子ビットゲートが存在するとしよう同様に異なる量子状態 |ϕ⟩も U はコピーできるつまり

U |ϕ⟩ |i⟩ = |ϕ⟩ |ϕ⟩ (J03)

も成り立つとすると

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨i|ψ⟩ |i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ ⟨i|i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ (J04)

同様に

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨ϕ|ψ⟩ |ψ⟩= ⟨ϕ|ψ⟩2 (J05)

となり ⟨ϕ|ψ⟩ = ⟨ϕ|ψ⟩2を満たさねばならないがこれは ⟨ϕ|ψ⟩ = 0もしくは ⟨ϕ|ψ⟩ = 1

が成り立つということである後者は |ϕ⟩ = |ψ⟩という場合の自明なときなので無視す

付 録 J 量子複製禁止定理 201

ると前者は直交した 2つの状態ならコピーできるが任意の量子状態のコピーが不可能なことを証明しているもう少し具体的な例で見てみよう例えば U は |0⟩|1⟩を各々コピーできるとする

U |0⟩ |i⟩ = |0⟩ |0⟩ (J06)

U |1⟩ |i⟩ = |1⟩ |1⟩ (J07)

この時 |ψ⟩ = a |0⟩ + b |1⟩をコピーしたいとしよう量子情報では測定するとその状態が変わるのでこのような重ね合わせの任意の状態が何かわからないままコピーできなければならない|ψ⟩を同じ方法でコピーすると

U |ψ⟩ |i⟩ = U(a |0⟩+ b |1⟩) |i⟩ = aU |0⟩ |i⟩+ bU |1⟩ |i⟩= a |0⟩ |0⟩+ b |1⟩ |1⟩ (J08)

となる一見うまく行ったように見えるかもしれないがコピーしようと思っていた状態は |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩なのでコピーが出来ているとすると

|ψ⟩ |ψ⟩ = (a |0⟩+ b |1⟩)(a |0⟩+ b |1⟩)= a2 |00⟩+ b2 |11⟩+ ab(|01⟩+ |10⟩) (J09)

になるはずなのでコピーは全然出来ていないつまり既知の直交した状態においてコピーが可能だとしても任意の(未知の)量子状態をコピーすることは出来無い

202

関連図書

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Page 2: 量⼦技術序論 - 東京大学5 第14章量子技術の概要 157 14.1 量子計算. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 157 14.1.1 Groverのアルゴリズム

Q-LEAP量子技術教育プログラム量子技術序論

Alto Rekishu Atsushi

March 2021

1

目 次

01 量子情報における共通言語 7

02 異なる量子物理系 8

03 温度の概念 8

04 本書の構成 10

第 I部 12

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 13

11 ベクトル空間 13

111 3次元空間ベクトル 13

112 多次元空間への拡張 16

113 行列と演算子 16

114 正方行列 18

115 多次元空間でのベクトルの性質と行列の成分表示のまとめ 20

12 古典と量子の運動方程式 21

13 波動関数 22

131 波動関数の内積 22

132 連続的な波動関数と離散的な波動関数 22

133 演算子 24

14 Dirac表示 25

15 行列表示 26

16 波動関数の主な性質 28

17 合成系 29

171 合成系の演算子 31

172 合成系の行列表示 32

173 量子もつれ状態 33

174 しばしば使われる量子状態の記述 35

18 固有ベクトルと固有値 36

19 演算子の種類 37

191 Hermite演算子 37

192 射影演算子 38

193 ユニタリー演算子 39

2

194 Pauli行列 39

195 演算子関数 40

110 密度演算子 41

1101 混合状態の例 43

1102 密度演算子の一般的性質 43

1103 合成系の密度演算子とその縮約 43

111 交換子と反交換子 45

1111 Heisenbergの不確定性原理 45

第 2章 量子力学の基礎 48

21 時間発展 48

211 時間に依存しない Schrodinger方程式 48

212 ユニタリー演算子を用いた時間発展 49

213 3つの描像 50

214 Heisenbergの運動方程式 53

22 回転系へのユニタリ変換 53

第 3章 摂動論 55

31 時間に依存しない摂動論 55

311 Zeeman効果 57

32 時間に依存する摂動論 58

321 時間依存した摂動展開 62

第 II部 65

第 4章 二準位系と電磁波 66

41 二準位系スピンおよび Bloch球 66

42 電磁波 67

421 調和振動子の昇降演算子 69

43 二準位系と電磁波の相互作用 70

431 Jaynes-Cummings相互作用 70

44 二準位系と電磁波の例 71

441 自然放出と誘導放出 74

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 76

51 Bloch方程式と緩和 76

511 Bloch方程式 76

512 緩和がある場合の Bloch方程式 78

52 Rabi振動 80

53 Ramsey干渉 81

3

54 スピンエコー法 82

第 6章 調和振動子 84

61 Fock状態 84

62 コヒーレント状態 84

63 スクイーズド状態 87

64 熱的状態 89

65 光子相関 89

651 振幅相関 一次のコヒーレンス 90

652 強度相関 二次のコヒーレンス 90

66 Wigner関数 91

661 導入 91

662 Wigner関数の例 92

663 コヒーレント状態 92

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 95

71 Jaynes-Cummingsモデル 95

72 弱結合強結合領域 96

73 分散領域 98

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 101

81 共振器の性質 101

811 Q値 102

812 フィネス(Finesse) 103

82 共振器の測定 104

821 反射測定と透過測定 104

822 実際の測定系 106

83 入出力理論 [17] 106

831 伝播モードと入出力関係 106

832 1ポートの測定 108

833 2ポートの測定 110

834 二準位系の自然放出 111

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系 112

第 9章 量子実験系における種々の結合 116

91 原子イオンの例 116

911 原子-光相互作用 116

912 サイドバンド遷移 118

913 フォノン-フォノン相互作用 119

92 超伝導量子回路 121

921 LC共振器の量子化 122

4

922 超伝導量子ビット 123

923 共振器とトランズモンの結合 125

93 共振器オプトメカニクス 126

931 導入 126

932 オプトメカニカル相互作用 128

933 オプトメカニカル相互作用の線形化 129

第 III部 131

第 10章 量子ゲート 132

101 一量子ビットゲート 133

1011 X ゲート 133

1012 Z ゲート 133

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T 134

102 二量子ビットゲート 134

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート 135

1022 制御 Z(CZ)ゲート 135

1023 iSWAPゲートと SWAPゲート 135

1024 XX ゲートと ZZ ゲート 136

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出 136

103 Cliffordゲートと non-Cliffordゲート 138

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 140

111 射影測定と一般化測定 140

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ 141

113 フィデリティ 142

114 量子ゲートエラーの評価 143

115 ノイズ演算子 143

116 量子プロセストモグラフィ 145

1161 ゲートフィデリティ 146

117 Randomized benchmarking 147

第 12章 量子エラー訂正の基礎 149

121 スタビライザーによる定式化 150

122 三量子ビット反復符号 151

123 Shor符号 152

124 発展的な量子ビットの符号化 154

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 155

5

第 14章 量子技術の概要 157

141 量子計算 157

1411 Groverのアルゴリズム 157

142 量子鍵配送 158

1421 BB84 158

143 量子センシング 159

1431 Ramsey干渉 159

1432 エンタングルメントによる量子センシング 160

144 量子シミュレーション 161

145 量子インターネット 161

付 録A 位置表示と運動量表示 162

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例 163

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出 165

付 録D 原子の量子状態 168

D1 Bohrモデル 168

D2 微細構造 169

D3 超微細構造 170

付 録E 量子マスター方程式 171

E1 Liouville-von Neumann方程式 171

E2 系と熱浴との相互作用 172

E3 レート方程式 178

E4 光 Bloch方程式 179

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 181

F1 一般的な手順 181

F2 頻出する例 182

F21 駆動されたスピン系 182

F22 駆動されたスピン系の一般化 183

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 184

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 186

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却 186

H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式 186

H12 共振器冷却の冷却限界 189

6

付 録 I 量子もつれとその応用 191

I1 分離可能状態と量子もつれ状態 191

I2 量子もつれの尺度 191

I21 エンタングルメントエントロピー 192

I22 ネガティビティ 193

I3 量子テレポーテーション 195

I4 エンタングルメントスワッピング 197

I5 Local operation and classical communication (LOCC) 199

付 録 J 量子複製禁止定理 200

7

はじめに

01 量子情報における共通言語量子力学は 1900年代初頭からEinsteinDiracHeisenbergSchrodingerなど名

高い物理学者による数々の議論により肉付けられ相対論などとの融合も踏まえ大きく発展してきたその枠組みから予想される一見非自明な物理現象の数々は多くの物理学者を困らせたがこの長い歴史の中で未だにその体系が間違っているという観測は報告されていない量子力学自体は長い歴史をもつが過去 50年間の量子力学の発展は実験的手法の

成熟とそれに支えられた量子力学のさらなる考察にも大きく支えられてきている核磁気共鳴(NMR)の発展による核スピン状態の観測操作真空中の原子やイオンの分光実験高性能レーザーの開発や非線形光学の発展による光の量子性の検証また外乱が多く量子性の担保がが難しいと言われてきた固体素子の中でも様々な量子操作が確認されるようになってきているこれらの多彩な実験は量子力学を様々な角度から検証することを可能とすると伴にこれまでその性質を見極めるための「観測」がメインであった量子を「操作」の対象として成熟させたつまり今までは見ることが目的であった量子を人類は自由に操作する術を手に入れたのであるそんな中この 20年くらいの間に大きく発展してきたのが量子情報科学という分野

である実験手法の発展により各々の物理系の操作性が向上しまたそれら物理系がもつ固有の特色が顕になってきたそれら操作性や物理系の特色を活かした情報技術特に量子の性質を活かした情報操作を行うという試みが大きく展開されてきたのであるこの量子情報の研究により幾つかの新しい知見が生まれてきたそれは一見全く異なる物理系においても量子を情報の起源と捉えることにより多くの類似性を持つことがわかってきたのであるこれまで各々の物理系はそれぞれ独立に進歩してきたしかしこれらを量子情報という枠組みで俯瞰する事により異なる物理系を統一した共通言語のもとに包括的に理解することが可能となってきた本プロジェクトはその俯瞰的な視点を若い研究者に提供することによりこれまでの

量子物理系の特色を量子情報という枠組みの中で捉え今まで以上の量子系の発展を促す試みである量子情報技術が社会へ進出するまでにはまだ時間が必要かもしれないしかし量子計算機量子通信インターネット量子シミュレーション量子センサーなど既存の技術を大きく超える提案が数々なされそれらは社会のあり方さえも大きく変革すると言われているこれら量子技術の躍進には既存の量子技術と伴に若い人達の新しいアイデアが鍵となると考えているこれからの量子技術の発展のために皆さんの力を大きく発揮していただきたい

8

02 異なる量子物理系本プロジェクトでは異なる量子系の操作とその特色を学んでいく様々な量子系例

えばイオントラップ冷却原子量子ドット超伝導回路など多くの系が存在するが各々の量子系の特長によりもちろんそれぞれの強みと弱みが異なる例えば既存のコンピューターが個々の部品CPUメモリーハードドライブインターネットアダプタで構成されているように各々の量子系も活躍舞台が異なってくるまた幾つかの共通要素を持つ量子系も多くある例えば作製方法(ファブリケーション)が似ている操作に用いる装置が類似しているデバイスの置かれている環境(温度など)が同じなどである類似な系では一つの量子系を学ぶと他の理解が容易な場合が多くあるまた一見大きく異る量子系でも実は主要素をよく考えるととても似ていると言う場合が多くあるそのためにも多くの物理系を学ぶことで包括的な理解が進むことが期待されるまた先述のように量子情報という枠においてその特色や類似性を捉えることが今まで予想もしなかった形で容易になることが多くあるそのような意味でもこれら多くの物理系の特色を学んでいくことが重要になる量子操作の成熟と伴に各々の量子系の長所を伸ばし短所を抑圧するために幾つか

の量子系を結合させた「ハイブリッド量子系」と呼ばれる量子系の開発も世界的に進められている例えば光ファイバー中の光子は長距離の量子状態伝送を可能とするがその代わりに光子(つまり量子状態)を 1箇所にとどめておくのは非常に困難であるこの時に原子やイオントラップなどと光ファイバーを結合させることにより量子状態を原子やイオンにとどめておくまた必要なときには光子として取り出しファイバーに送り込むというようなことをすることでメモリーと伝送の機能を両立させた新たな量子系の開発が可能となるこれらハイブリッド量子系の開発にも各々の物理系の特色を学ぶことが重要となってくる

03 温度の概念量子系には様々な類似点があげられることを述べてきたが実験的に重要な特長とし

て量子系のエネルギーと操作に用いられる電磁波があげられるそれは実験時に量子系を設置する環境の温度と密接に関係していることを以下に述べる多くの量子操作では単一量子の操作が求められるがその手法は原子のエネルギー

準位を用いると簡単に説明ができる例えば図 11にあるように異なる 2つのエネルギー準位基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩を持つ原子があり各々のエネルギーがEgEeとする通常電子は基底状態にいるがエネルギー準位の差を埋めるようなエネルギーを持つ電磁波(E0 = Ee minus Eg)が吸収されると電子は励起状態に上がる(図 11)このときの電磁波が実験に用いられた電磁波であればよいがそうでない場合はこちらが操作しようとしていないのに原子のエネルギー準位が変わってしまったことになるこの「実験にもちいた以外の電磁波」はどこから来るのかを考える環境温度が T

のときその環境において熱平衡にあるボゾン粒子を考えるボゾン粒子のエネルギー

9

図 1 エネルギー固有状態間の遷移「電磁波」あるいは遷移を引き起こす粒子は実験で意図したものとは限らず熱的に励起された固体中のフォノンやスピンなど周囲の環境からのノイズも含まれる

が粒子の振動角周波数 ωを用いて EBoson = hωと書かれる時その平均粒子数 ⟨n⟩はBose-Einstein分布を用いて

⟨n⟩ = 1

ehωkBT minus 1

(031)

と記述されるここで h = h2π kBはそれぞれDirac係数とBoltzman係数であるDirac係数は Planck係数を 2π で割ったものであるが量子光学や量子情報科学ではPlanck係数よりも頻繁に用いられる温度の換算エネルギー kBT がボゾン粒子のエネルギー hωより十分高いときこの

式は⟨n⟩ ≃ kBT

hωminus 1

2 (032)

で近似されるこの式からわかるように量子を取り巻く環境ではその温度 T に比例した平均粒子数 ⟨n⟩のボゾン粒子がうようよしている固体中ではフォノンなどの素励起粒子真空中ではその周りの壁の温度 T に熱平衡な電磁波(光子)といったボゾン粒子が飛び回っているこれら温度 T の環境にうよめく ldquo熱ボゾン粒子rdquoが邪魔者である「実験にもちいた以外の電磁波」になるのであるこの影響を十分抑制するには実験に用いる電磁波の角周波数 ω0 = E0hにおいてボゾン粒子が環境にほぼいない状況つまり ⟨n⟩ ≪ 1の状況を作れれば良いそこから導かれる環境温度の条件は以下の式で与えられる

T ≪ hω0

kB (033)

この式は環境温度が電磁波の換算温度(T0 = hω0kB)より十分低ければ⟨n⟩ ≪ 1とな

り熱ボゾン粒子の影響が小さくなることをあらわしている電磁波を用いた量子操作実験ではマイクロ波もしくは光が用いられることが多いが各々の周波数換算温度実際量子実験に用いられる装置の環境温度を表 1にまとめた

10

表 1 電磁波周波数と実験環境温度の関係

電磁波 周波数(ω02π) 換算温度(T0) 実際の実験温度(T)マイクロ波 10 GHz 500 mK 10 mK

光 200 THz 10000 K 300 K

この表からわかるようにマイクロ波を用いる実験では電磁波の換算温度が 500 mK

程度であることから環境は希釈冷凍機などを用いてそれより十分低温にする必要がある逆に光を用いる実験では光の換算温度が 10000 K程度なため室温の 300 Kでも十分実験できることがわかるこれは我々の環境の壁(300 K)が熱で光っていないことからも ⟨n⟩ ≪ 1が満たされているのがわかると思うこのように量子操作に用いる電磁波の周波数によって装置の環境温度は大きく異

るまたこれによりマイクロ波と光では同じ電磁波でも実験に関する技術が異なることを覚えておきたい

04 本書の構成本書は上記のような量子系を俯瞰的に見る目やそれを筋よく実現するにはどうすれ

ばよいかという感覚を養うための下地としての基礎的な事柄を一冊の文書にまとめるという目的で執筆されたものである構成として大きく三つに分かれており第部では量子技術で頻繁に用いる線形代数に基づいた量子状態の記述および基礎的な量子力学の知識を量子技術を知るうえで最低限必要と思われるものに関して抜粋し簡潔な形でまとめてある第部では二準位系や電磁波を実際にどのようにとらえそれらがどのように相互作用するのかそして二準位系や電磁波あるいは調和振動子とその間の相互作用が実際にどのように実現されるのかについて記した特に現在の量子技術ではほぼ必須の道具である共振器とその測定の仕方について詳説してある第部では量子ビットという抽象化された量子系の操作測定エラー訂正そして量子技術の概要について書き記した解析力学統計力学量子力学電磁気学の講義を一度は受けたことがある程度の知

識があればそれらを参照しつつ本書を読み進めることはできると思われるとくに第部は量子力学の復習であるため一度量子力学の本を読みとおした経験がある読者は第部から読み始め適宜第部に立ち戻りながら読み進めていくような読み方でよいだろうただし第部に量子技術で頻繁にみられる記述の仕方や概念等も含まれており目を通しておくことをお勧めしたいこういった意味で本書の対象はあえて言えば順当に勉学を進めてきた学部34年生あたりにあるただし意欲的な12年生も読み進められると期待しているし大学院生ひいては量子技術分野内外の研究者にとっても読んで得るものがあることを期待しているまた全体として物理現象として何が起こっているかのイメージの獲得と理解を優先したため理論的な厳密さを欠く部分が散見されるであろうことはご承知いただきたい

11

本書の執筆にあたり文章の校正計算チェックなどにご協力いただいた東京大学野口研究室の重藤真人氏中島悠来氏渡辺玄哉氏内容についてのたいへん有用なアドバイスをいただいた増山雄太氏にこの場で感謝の意を表したい

第I部

13

第1章 量子力学における状態の記述と演算子

この章では量子力学の基礎を簡単にさらう一般的に多くの大学では初級量子力学の授業において波動関数を用いた表示が多いが量子情報科学では行列表示を用いる場合が多いしかし例外も多く量子間の相互作用の導出など波動関数を用いることも多々あるため波動関数表示と行列表示を行ったり来たりする場合が頻繁に出てくるそのため読者には両方の知識をつけてもらいたいここでは 2つの表示方法ならびに量子力学の基礎そしてツールとして用いられる線形代数の基礎またこれらの表示の簡素化が可能なDirac表記を復習する

11 ベクトル空間量子状態はベクトル空間におけるベクトルとして扱われるがここでは簡単にベクト

ル空間の基礎を後に頻繁に用いられる用語を紹介しながら復習する

111 3次元空間ベクトル3次元空間における 2つの任意のベクトル

V = Vx x+ Vy y + Vz z (111)

W = Wx x+Wy y +Wz z (112)

があるとするベクトルは基底 (basis)とよばれる単位成分ベクトル x y zとその振幅 (amplitude)である係数 Vx Vy Vz およびWx Wy Wz から構成される計算に便利な行列表示を用いるとき状態ベクトルは通常縦ベクトルで表される単位成分ベクトルは

x =

1

0

0

y =

0

1

0

z =0

0

1

(113)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 14

と表され

V = Vx

1

0

0

+ Vy

0

1

0

+ Vz

0

0

1

=

VxVyVz

(114)

W = Wx

1

0

0

+Wy

0

1

0

+Wz

0

0

1

=

Wx

Wy

Wz

(115)

となる

内積

2つのベクトルの内積 (inner product)は

V middot W = VxWx + VyWy + VzWz (116)

と定義されベクトルの内積からはスカラー(数字)が計算される行列表示を用いると内積はベクトルの転置 (transpose)

V T =(Vx Vy Vz

)(117)

を用いて

V middot W = V T W =(Vx Vy Vz

)Wx

Wy

Wz

= VxWx + VyWy + VzWz (118)

となる上記でわかるように内積をとる 2つのベクトルの次元数は同じでなければならない

正規直交基底

上記のようにベクトル空間の基底は通常長さ 1になるように正規化 (normalized)されておりまたこの例では図 11(左)のように x y zは全て直交しているこのような基底を正規直交基底 (Orthonormal set of basis)とよぶ基底 x y zを xi i = 123

で表すと正規直交基底はxi middot xj = δij (119)

の式を満たす一般的には基底は正規化もしくは直交している必要はない図 11(右)にあるよう

に正規直交基底ではない基底 xprime yprime zprimeを用いて V を記述することもできるが各々の成分が他に依存しない正規直交基底の方がもちろん便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 15

図 11 (左) 正規直交基底 x y z(右) 正規直交ではない基底 xprime yprime zprimeでも同じ V を記述することは可能

ベクトルの成分

ベクトル V があたえられているときその振幅を内積を用いて求めることができる例えば Vxを求めたい場合

Vx = x middot V (1110)

と計算することができる行列表示を用いると

Vx =(1 0 0

)VxVyVz

= Vx (1111)

となる

ノルム

各々の振幅からベクトルの ldquo長さrdquoを計算することが出来るがベクトルの ldquo長さrdquoは一般的にノルム (norm)とよばれ内積を用いて

norm(V ) =radicV middot V =

radicV 2x + V 2

y + V 2z (1112)

と定義されるこのノルムを用いて任意のベクトル V を単位ベクトル vに変換したい場合もとのベクトルをノルムで割ることで

v =V

norm(V ) (1113)

と計算することができもちろん元のベクトルは

V = norm(V )v (1114)

と書くことができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 16

外積

先述した内積は2つのベクトルからスカラーが計算されたがベクトルの外積は 2

つのベクトルから行列が計算される先程用いたベクトル V W の外積は行列表示を用いると

V otimes W = V W T =

VxVyVz

(Wx Wy Wz

)(1115)

=

VxWx VxWy VxWz

VyWx VyWy VyWz

VzWx VzWy VzWz

(1116)

となる上記ではどちらも 3次元のベクトルから 3times 3の行列が計算されたが外積の場合には 2つのベクトルは次元数が異なっていても大丈夫であるm次元と n次元のベクトルからはmtimes nの大きさの行列が計算される

112 多次元空間への拡張これまでは実空間の 3次元の例を用いたが量子状態を扱うヒルベルト空間とよば

れる多次元ベクトル空間では3次元以上への拡張が必要となる(x y z) rarr (xi i =

1 2 3 4 )と拡張すると多次元における任意のベクトルは

V =sumi

Vixi (1117)

W =sumi

Wixi (1118)

と記述できる

113 行列と演算子先述では外積を用いてベクトルから行列が計算されたがmtimes n次元の行列 Aは

A =

A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

(1119)

のように成分Aij をもつ行列表示ができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 17

行列成分

行列のある成分例えばA21は単位ベクトル

x1 =

1

0

0

0

x2 =0

1

0

0

(1120)

を用いて

A21 =(0 1 0 0

)A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

1

0

0

0

(1121)

と書ける一般化するとAij = xTi A xj (1122)

のように行列成分は横ベクトル行列縦ベクトルの積で書けることがわかる

転置行列

先述のmtimes n次元の行列 Aの転置行列 AT は

AT =

A11 A21 An1

A12 A22 An2

A1m A2m Anm

(1123)

のように ntimesm次元の行列となり行列要素は

ATij = Aji (1124)

を満たす

行列の積

行列の積によって新たな行列が計算できるが例えば C = ABのとき Cの行列要素は

Cij =sumk

AikBkj (1125)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 18

を満たすこの式からもわかるように計算された Cが ltimes nの行列Aが ltimesmの行列のとき行列 Bはmtimes nと次元数があっていなければならないこの行列 C の転置行列 CT の行列成分は指数を交換した形で

CTij = Cji =sumk

AjkBki (1126)

と表される

114 正方行列縦と横の次元数が同じ m times mの行列は正方行列と呼ばれ最も使われる行列群で

ある

行列のトレース

正方行列 Aがあるとき行列 Aのトレースは

Tr A =sumi

Aii (1127)

となるが対角成分の和となっているまた 2つの行列の積 C = ABが正方行列のときそのトレースは

TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1128)

と表される

単位行列

特殊な正方行列の 1つである単位行列 Iは対角の全ての成分が 1で他は全て 0の行列である3times 3の単位行列は

I =

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1129)

であり行列成分 Iij はIij = δij (1130)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 19

を満たすまた単位行列は正規直交基底の外積を用いて

I =sumi

xixTi (1131)

=

1 0 0

0 0 0

0 0 0

+

0 0 0

0 1 0

0 0 0

+ middot middot middot+

0 0 0

0 0 0

0 0 1

(1132)

=

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1133)

と表すことができる

演算子としての行列

ベクトル空間におけるベクトルは演算子によって作用を受けるが行列演算を用いると簡単に記述できるベクトル W が行列 Aとベクトル V の積で計算されるとき

W = AV (1134)

と記述される行列表示で

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(1135)

V =

V1V2V3

(1136)

であるとき

W = AV =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

V1V2V3

=

A11V1 +A12V2 +A13V3

A21V2 +A22V2 +A23V3

A31V3 +A32V3 +A33V3

(1137)

となる指数を用いた表示では

Wi =sumj

AijVj (1138)

と記述できる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 20

115 多次元空間でのベクトルの性質と行列の成分表示のまとめ多次元空間でのベクトルの性質ならびに行列の成分表示は後のマテリアルで頻繁に

使われるため重要な式を以下にまとめる

多次元空間でのベクトル

正規直交基底 xixj = δij (1139)

ベクトル成分 Vi = xi middot V (1140)

ベクトルの正規化sumi

V 2i = 1 (1141)

ノルム norm(V ) =

radicsumi

V 2i (1142)

内積 V middot W =sumi

ViWi (1143)

外積 (V otimes W )ij = ViWj (1144)

最後の外積だけは計算された V otimes W の行列成分を表している元のベクトルが各々m次元と n次元の場合i = 1 m j = 1 nである

行列の成分表示

行列 A B C = ABがありまたベクトル V W が W = AV を満たすとき

行列成分と基底の関係 Aij = xTi A xj (1145)

積で与えられた行列の成分 Cij =sumk

AikBkj (1146)

転置行列 CTij = Cji =sumk

AjkBki (1147)

トレース TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1148)

単位行列 I =sumi

xixTi (1149)

行列ベクトル積 Wi =sumj

AijVj (1150)

となる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 21

図 12 古典的な運動 (左)と量子的な運動(右)

12 古典と量子の運動方程式古典力学でも量子力学でも我々は「モノ」の運動について考えるが何故か多くの

人にとって量子力学はとっつきにくいものである古典力学では図 1aのようにあるポテンシャル V (x)を質点mが運動するさまをニュートンの法則を使って

mx = minuspartV (x)

partx(121)

と記述できるここで x = dxdt = d2xdt2を表すそれに対して量子力学では図 1bのように割れたコップから流れ出た液体のような

波動関数の運動を Schrodinger方程式を用いて

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (122)

と記述しこの方程式を解くことによって波動関数 Ψを得るこの 2つの力学では圧倒的に異なる部分がある古典力学ではモノの位置 x(t)が直接計算できその他の物理量 v(t) = dx

dt や p = mvなどもすぐに導けるしかし量子力学ではこの波動関数Ψ(x)と呼ばれるぷよぷよしたモノの関数が与えられるだけであるなんとも面倒だ

この波動関数から有益な情報や物理量を抽出したり波動関数自体を操作するためには演算子 (オペレーター)を使わなくてはいけない多くの学生にとってこの量子力学特有の手続きと不思議な全体構成が量子力学自体の敷居を上げているようにみえるしかし物理学者も色々工夫することで量子力学を簡素化してきたその一つが線形代数であるすべての量子状態はヒルベルト空間上でベクトルとして記述されそれらの時間発展や物理量の抽出などはオペレーターを用いて可能であるつまりかなり抽象的な ldquo波動関数rdquoとその操作と言う概念をベクトルや行列を用いて表現できることを我々は知っているこの章ではその基礎となる線形代数と量子力学の基礎を簡単にレビューする

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 22

13 波動関数131 波動関数の内積1次元系における任意の波動関数Ψ(x)は関数空間における一つのベクトルとして考

えられる状態がベクトルで記述できるとき内積の定義が必要になるが2つの波動関数Ψと Φがあるときその内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dx (131)

と定義されるこのときΨlowastはΨの複素共役を表す波動関数Ψ(x)は線形独立な基底 ψi(x)を用いて

Ψ(x) = c1ψ1(x) + c2ψ2(x) + middot middot middot+ cnψn(x)

=

nsumi=1

ciψi(x) (132)

と記述することができるciは複素数の係数であるこのとき基底 ψiは正規直交化されており int infin

minusinfinψlowasti (x)ψj(x)dx = δij (133)

を満たすこれを用いて波動関数Ψ自体の内積を計算するとint infin

minusinfinΨlowast(x)Ψ(x)dx =

int infin

minusinfin

nsumij=1

clowasti cjψlowasti (x)ψj(x)dx

=nsum

ij=1

clowasti cjδij =nsumi=1

|ci|2

となるため波動関数の規格化はnsumi=1

|ci|2 = 1 (134)

と書くことができる

132 連続的な波動関数と離散的な波動関数波動関数の内積と規格化が定義できたので少し具体的に見てみよう対象としている

粒子を量子力学の初めに 1次元の位置 xに対して図 13(a)のような波動関数

Ψ = Ψ(x) (135)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 23

図 13 (a) 連続的な波動関数 (b) 離散的な波動関数

として習ったと思う波動関数の絶対値の二乗(|Ψ|2 = ΨlowastΨ)は確率密度を表すのでa le x le bに粒子がいる確率 P (a le x le b)は

P (a le x le b) =

int b

adx|Ψ(x)|2 (136)

で求めれる量子情報ではこのような波動関数を扱う場合もあるが情報をビットとして扱う場合

など十分離散的な図 13(b)のような波動関数を扱う場合が多いこの場合x = a付近にいるΨaとx = b付近にいるΨbの 2つの状態を個別の状態と考える

Ψa = Ψ(x) for xa minus δx lt x lt xa + δx (137)

Ψb = Ψ(x) for xb minus δx lt x lt xb + δx (138)

このとき δxは x = a bの周辺で各々の波動関数を十分カバーする距離である各々の波動関数を規格化し

ψa =Ψa(x)radicint a+δx

aminusδx dx|Ψa|2(139)

ψb =Ψb(x)radicint b+δx

bminusδx dx|Ψb|2(1310)

としたときψaと ψbは重なりがないのでint infin

minusinfindxψlowast

i ψj = δij (1311)

を満たし正規直交基底として扱えるこの波動関数を用いると全体の波動関数Ψは

Ψ(x) = ca ψa(x) + cb ψb(x) (1312)

と表されるこのとき |ca|2 + |cb|2 = 1である連続的に分布している波動関数もあるパラメーターで十分分離されていれば(この例では位置 xに対して ψa ψbが分離されていた)離散的な状態として考えることができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 24

図 14 離散的な波動関数のエネルギースペクトル

後に述べる量子ビットの多くは図 14のように波動関数を位置 xによる状態表記ではなくエネルギー軸での状態を用いているこの場合同様の手法を用いて

Ψ = cg ψg + ce ψe (1313)

と表せる同様に波動関数全体の規格化条件から

|Ψ|2 = |cg|2 + |ce|2 = 1 (1314)

であり基底状態には |cg|2励起状態には |ce|2の確率で離散的な状態に粒子が存在するように記述できる実験的にはエネルギーというパラメーターに対して連続的に分布する量子状態もその分布が十分別れていれば必要な範囲だけ積分することで幾つかの離散的な状態として扱えるこのような状態を用いて 0の状態を ψ0 equiv ψg1の状態を ψ1 equiv ψeとすることで量子ビットの状態

Ψ = c0 ψ0 + c1 ψ1 (1315)

として用いることができる

133 演算子演算子 (operator)は波動関数に対する作用素として与えられ本書の前半では区別

のため Aとアクセント記号を付けて記述する本書後半ではたくさんの演算子が登場し見た目が少しごちゃごちゃするのでアクセント記号を省略する読者には後半に進むまでに式の中のどれが演算子かわかるようになっていただきたいオペレーター Aを波動関数に作用させると作用後の新たな波動関数は

Ψprime = AΨ (1316)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 25

となるある物理量Oに対するオペレーターが Oの場合波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =int infin

minusinfinΨlowast(x)OΨ(x)dx (1317)

を用いて求めることができる

14 Dirac表示上記の波動関数及びオペレーターの記述をDirac表示という方法を用いて記述する

この方法は様々な意味で表示が簡素化され直感的にもわかりやすい記述になっていることがすぐに理解できると思うなお以下の議論に本来必要な位置表示などの詳細は付録 Aに記載する波動関数Ψで表される量子状態はDirac表示を用いて

Ψ rarr |Ψ⟩ (141)

と表す英語で括弧のことを braketと呼ぶのにちなんで ketベクトルと呼ばれるこの ketベクトルには相対空間にある braベクトルというベクトルが存在し

Ψlowast rarr ⟨Ψ| (142)

と記されるまた波動関数が複数の量子数 (n lm )で表される場合などはその量子数を用いて

Ψnlm rarr |nlm⟩ (143)

と書かれることが多いこのDirac表示を用いて 2つの量子状態 |Ψ⟩と |Φ⟩の内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dxrarr ⟨Ψ|Φ⟩ (144)

と表示される感の良い読者は気づいたかもしれないが|Ψ⟩や ⟨Ψ|のように braketが閉じていないものはベクトル状態であり閉じているものは内積が取られた数字(スカラー)であるこの便利なDirac表示を用いて量子状態の記述を以下にさらう(多次元空間ベクトルのまとめ式 1139-1144と比較していただきたい)波動関数 |Ψ⟩は線形独立な基底 |ψi⟩を用いて

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

=nsumi=1

ci |ψi⟩ (145)

と記述するこができるまたこの状態に対応した braベクトルは

⟨Ψ| = clowast1 ⟨ψ1|+ clowast2 ⟨ψ2|+ middot middot middot+ clowastn ⟨ψn|

=nsumi=1

clowasti ⟨ψi| (146)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 26

である基底の正規直交化条件および波動関数 |Ψ⟩の規格化条件は各々

⟨ψi|ψj⟩ = δij (147)

⟨Ψ|Ψ⟩ =sumij

ciclowastj ⟨ψj |ψi⟩ =

nsumij=1

ciclowastjδij

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (148)

と非常に簡便に書くことができる同様に演算子の作用もDirac表示で記述できるAの作用を受けた状態 |Ψ⟩は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩ (149)

となり波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =langΨ∣∣∣OΨ

rang= ⟨Ψ| O |Ψ⟩ (1410)

と記述できるもちろん物理量の期待値は数字として出てくるため braketに囲まれた形になっている最後の等号は同じことを表しているが

∣∣∣OΨrangは演算子 Oが |Ψ⟩に作

用した後の状態というニュアンスが明示的に書かれている

15 行列表示Dirac表示に続き状態の行列表示もここで紹介しよう波動関数表示では関数を状態

ベクトルとして捉えていたがベクトルとしては我々に馴染み深い行列の形で量子状態を記述することができるketベクトル |Ψ⟩は通常縦ベクトルとして記述されるこのとき正規直交化された基

底 |ψi⟩を用いると

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

= c1

1

0

0

+ c2

0

1

0

+ middot middot middot+ cn

0

0

1

=

c1

c2

cn

(151)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 27

と表されるこれに対し ⟨Ψ|は |Ψ⟩を横ベクトルにしたものに対して複素共役をとった

⟨Ψ| =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)(152)

と記述される内積は braと ketベクトルをそのまま並べて行列計算ができるように

⟨Ψ|Ψ⟩ =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)c1

c2

cn

(153)

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (154)

となっているまた上記から

langΨ∣∣Ψprimerang =

(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)cprime1cprime2

cprimen

(155)

=nsumi=1

clowasti cprimei =

nsumi=1

(cicprimelowasti )

lowast (156)

=langΨprime∣∣Ψranglowast (157)

である演算子は行列として表され例えば 3つの基底からなる演算子 Aは

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(158)

の形で表され演算子の作用は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩

=

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

c1c2c3

=

c1A11 + c2A12 + c3A13

c1A21 + c2A22 + c3A23

c1A31 + c2A32 + c3A33

(159)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 28

のように記述できるまた式 (152)よりlangΨprime∣∣ (1510)

=(clowast1A

lowast11 + clowast2A

lowast12 + clowast3A

lowast13 clowast1A

lowast21 + clowast2A

lowast22 + clowast3A

lowast23 clowast1A

lowast31 + clowast2A

lowast32 + clowast3A

lowast33

)

=(clowast1 clowast2 clowast3

)Alowast11 Alowast

21 Alowast31

Alowast12 Alowast

22 Alowast31

Alowast13 Alowast

23 Alowast33

= ⟨Ψ| Adagger (1511)

となる最後の行の Adagger = (AT )lowastは後に詳細を示すが行列 AのHermite共役であるまた先述の ⟨Ψ|Ψprime⟩ = ⟨Ψprime|Ψ⟩lowastを用いると

langΦ∣∣Ψprimerang =

langΨprime∣∣Φranglowast (1512)lang

Φ∣∣A∣∣Ψprimerang = ⟨Ψ|Adagger|Φ⟩lowast (1513)

が導かれる量子系の解析では多くの演算子は正方行列として用いられるため演算子のトレース

が定義できる行列のトレースと同じく

Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1514)

と定義される

16 波動関数の主な性質波動関数の主な性質を下記にまとめる先述した ldquo多次元空間でのベクトルと行列の

成分表示rdquoと一対一の対応があるので慣れていなければ一度見返していただきたい

正規直交基底 ⟨ψi|ψj⟩ = δij (161)

波動関数成分 ci = ⟨ψi|Ψ⟩ (162)

波動関数の正規化sumi

|ci|2 = 1 (163)

ノルム norm(Ψ) =

radicsumi

⟨Ψ|Ψ⟩ =radicsum

i

|ci|2 (164)

波動関数の内積 ⟨Ψa|Ψb⟩ =sumi

alowasti bi (165)

波動関数の外積 (|Ψa⟩ ⟨Ψb|)ij = ⟨ψi|Ψa⟩ ⟨Ψb|ψj⟩ = alowasti bj (166)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 29

演算子成分と基底の関係 Aij = ⟨ψi|A|ψj⟩ (167)

積で与えられた演算子の成分 Cij = ⟨ψi|C|ψj⟩

=sumk

⟨ψi|A|ψk⟩ ⟨ψk|B|ψl⟩

=sumk

AikBkl (168)

演算子のHermite共役 Cdaggerij = ⟨ψi|Cdagger|ψj⟩= ⟨ψj |C|ψi⟩lowast

=sumk

⟨ψj |A |ψk⟩⟨ψk| B|ψi⟩lowast =sumk

AlowastjkB

lowastki (169)

トレース Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1610)

完全系 I =sumi

|ψi⟩⟨ψi| (1611)

演算子の作用 cprimei =langψi∣∣Ψprimerang =sum

j

⟨ψi|A|ψj⟩ ⟨ψj |Ψ⟩

=sumj

Aijcj (1612)

上記では |Ψ⟩ =sum

i ci |ψi⟩ |Ψprime⟩ =sum

i cprimei |ψi⟩ C = ABを用いた

17 合成系

図 15 二つの量子ビットの合成系

これまでは単一粒子の状態について考えてきたが異なる粒子を同時に考えたりお互いの粒子が結合している様子を考える場合複数の量子状態を 1つの状態として簡便に記述する必要がある例えば図 15のように 2つの量子ビットがある場合これを 1つの合成系と考えると直積記号otimesを用いて

ψaと ψbの合成系  |ψa⟩ otimes |ψb⟩ (171)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 30

と記述できるこの合成系は下記の線形特性を持っている

α(|ψa⟩ otimes |ψb⟩) = (α |ψa⟩)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes (α |ψb⟩) (172)(|ψa⟩+

∣∣ψprimea

rang)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩+

∣∣ψprimea

rangotimes |ψb⟩ (173)

|ψa⟩ otimes(|ψb⟩+

∣∣ψprimeb

rang)= |ψa⟩ otimes |ψb⟩+ |ψa⟩ otimes

∣∣ψprimeb

rang (174)

また 2つ以上の粒子ψ1 ψ2 middot middot middotψnを扱う場合も

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (175)

と拡張できる記述を簡便にするために

|ψa⟩ otimes |ψb⟩ equiv |ψa⟩ |ψb⟩ equiv |ψ⟩a |ψ⟩b equiv |ψaψb⟩ (176)

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (177)

equiv |ψ1⟩ |ψ2⟩ middot middot middot |ψn⟩ equiv |ψ⟩1 |ψ⟩2 middot middot middot |ψ⟩n equiv |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩ (178)

など文献によって様々な記述がある3つ目の記述方法 |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩は前述した複数の量子数を持つ状態Ψnlm equiv |nlm⟩と混同する場合があるので気をつけていただきたい2つの合成系の状態が正規直交基底 |ψi⟩|ϕi⟩を用いて

|Ψa⟩ = |ψa⟩ |ϕaprime⟩ (179)

|Ψb⟩ = |ψb⟩ |ϕbprime⟩ (1710)

と表されるとき2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ = ⟨ψa|ψb⟩ ⟨ϕaprime |ϕbprime⟩= δabδaprimebprime (1711)

となるつまり個別系の片方でも直交している場合は合成系も直交していることとなるこれを拡張して任意の状態が

|Ψa⟩ =sumij

cij |ψi⟩ |ϕj⟩ (1712)

|Ψb⟩ =sumkl

dkl |ψk⟩ |ϕl⟩ (1713)

と表されるときこの 2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ =sumijkl

clowastijdkl ⟨ψi|ψk⟩ ⟨ϕj |ϕl⟩

=sumijkl

clowastijdklδikδjl

=sumik

clowastiidkk (1714)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 31

となるさて図 15の系を用いて具体的な例を紹介しよう2つの量子状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ (1715)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ (1716)

のように与えられ各々の量子状態 |ψi⟩は規格化されているので1sumi=0

|ai|2 =1sumi=0

alowasti ai = |a0|2 + |a1|2 = 1 (1717)

1sumj=0

|bj |2 =1sumj=0

blowastjbj = |b0|2 + |b1|2 = 1 (1718)

であるこのとき合成系は

|Ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩= (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)= a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩ (1719)

となるここで例えば |01⟩は粒子 aが 0状態 (|0⟩)に粒子 bが 1状態 (|1⟩)にいる状態である先述のように |00⟩|01⟩|10⟩と |11⟩はお互いに直交した状態であるこの合成系の内積は

⟨Ψ|Ψ⟩ = (alowast0blowast0 ⟨00|+ alowast0b

lowast1 ⟨01|+ alowast1b

lowast0 ⟨10|+ alowast1b

lowast1 ⟨11|)

times(a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩)= alowast0a0b

lowast0b0 + alowast0a0b

lowast1b1 + alowast1a1b

lowast0b0 + alowast1a1b

lowast1b1

= (alowast0a0 + alowast1a1)(blowast0b0 + blowast1b1) = (|a0|2 + |a1|2)(|b0|2 + |b1|2) = 1

(1720)

となり合成前の状態 |ψa⟩|ψb⟩が規格化されていれば合成系である |Ψ⟩は自動的に規格化されているのがわかる

171 合成系の演算子図 15のように 2つの量子ビットが十分離れていて各々操作ができる場合当然片方

の操作はもう片方に影響がないつまり量子状態が |ψ⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩で書かれ|ψa⟩|ψb⟩に対応する演算子が ABの場合合成系に作用する演算子は

Aotimes B (1721)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 32

と記述されその作用は

(Aotimes B) |ψ⟩ = (Aotimes B) |ψa⟩ otimes |ψb⟩= A |ψa⟩ otimes B |ψb⟩ (1722)

となる合成系のうち |ψa⟩にだけ Aを作用させるときは図 16のように片方だけ演算子が作用し合成系には Aotimes I が作用される合成系の演算子 Aotimes BのHermite共役

図 16 二つの量子ビットの合成系

もしばしば必要となるが(Aotimes B)dagger = Adagger otimes Bdagger (1723)

となり基本的には各々が独立しているのがわかる

172 合成系の行列表示合成系の演算も行列表示を用いると簡便なことが多い先述のように 2つの量子ビッ

トの状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ =

(a0

a1

)(1724)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ =

(b0

b1

)(1725)

である場合合成系 |ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩は行列表示を用いて

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 33

|ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩

=

(a0

a1

)otimes

(b0

b1

)

=

a0

(b0

b1

)

a1

(b0

b1

)

=

a0b0

a0b1

a1b0

a1b1

(1726)

と「入れ子」の形で記述される同様に |ψa⟩に作用する Xaと ψbに作用する Zbが各々

Xa =

(0 1

1 0

)(1727)

Zb =

(1 0

0 minus1

)(1728)

とある場合合成系の演算子は

Xa otimes Zb =

0 middot

(1 0

0 minus1

)1 middot

(1 0

0 minus1

)

1 middot

(1 0

0 minus1

)0 middot

(1 0

0 minus1

) =

0 0 1 0

0 0 0 minus1

1 0 0 0

0 minus1 0 0

(1729)

と同じく入れ子の形で記述される当然入れ子の順番を間違えると変な行列ができてしまうので気をつけていただきたい

173 量子もつれ状態先程の例は 2つの個別粒子の量子状態を直積の形で表したが直積では記述できない

ような混合系の量子状態が存在する例えば

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1730)

と言う状態を考えたときこの状態は直積状態として |ψa⟩ otimes |ψb⟩の形で記述できない直積で記述できる具体的な例として |Ψ⟩ = |00⟩+ |01⟩は

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |01⟩) = |0⟩ otimes 1radic

2(|0⟩+ |1⟩) (1731)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 34

のように直積で記述できる式 (1730)ように直積で表せない状態を量子もつれ状態 (Entanglement State)(も

しくはもつれ状態もつれ合い状態)とよび量子情報では非常に重要な状態である2つの量子ビットで頻繁に用いられるもつれ合い状態として以下の 4つのベル状態とよばれるものがある

|Φ+⟩ =1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1732)

|Φminus⟩ =1radic2(|00⟩ minus |11⟩) (1733)

|Ψ+⟩ =1radic2(|01⟩+ |10⟩) (1734)

|Ψminus⟩ =1radic2(|01⟩ minus |10⟩) (1735)

式 (1730)の例はベル状態の 1つであることがわかるこのもつれ合い状態例えば|Φ+⟩ = 1radic

2(|00⟩+ |11⟩)は測定した場合50の確率で |00⟩か |11⟩に確定する

図 17 ベル状態の測定

これはよく考えるととても不思議である例えば |Φ+⟩にある状態の 2個の量子ビットのうち 1個めを自分がもう 1つのを友人に渡した後その友人は月まで行ってしまったとするある日自分が思いつきで自分の量子ビットを測定したとき |1⟩が観測されたこの瞬間状態は |11⟩だということが確定するので友人が持っている量子ビットが |1⟩だということが自分にはわかるそれはまるで月までいる友人の量子ビットの状態の情報がこちらに一瞬で飛んで来たようであるちなみに 2人が前述した|ψa⟩ |ψb⟩ = (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)のような直積で記述できる状態を持っていると例えば私が自分の状態が |1⟩だとわかっても月の友人の状態は |0⟩か |1⟩かわからないもつれ合い状態から生まれるこの不思議な相関(2つの粒子の関係性)は量子相

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 35

関とよばれ量子状態でのみ起きる古典的には無い相関であるこの量子相関が量子情報処理などではそのパワーの重要な源として上げられるためとても重要な概念である

174 しばしば使われる量子状態の記述

図 18 離散的な量子状態の記法の例

表 11 物理状態のよくある記述

物理系 状態 表記原子 基底状態 |g⟩

励起状態 |e⟩さらに上の励起状態 |f⟩ |h⟩ middot middot middot

量子ビット 0状態 |0⟩1状態 |1⟩

調和振動子 n状態 (0 1 2 middot middot middot n) |0⟩ |1⟩ |2⟩ middot middot middot |n⟩光子 縦偏光 |⟩

横偏光 |harr⟩斜め右偏光 |⟩斜め左偏光 |⟩

その他 補助準位 |a⟩

本書では様々な量子状態を扱うが主に二準位系と調和振動子の状態を扱っていく二準位系の代表として量子ビットがあるが|0⟩と |1⟩を用いてその状態を表せるまた調和振動子はその粒子数から |n⟩と言う状態で記述することができるしかし実験的には例えば原子などエネルギー状態を扱う場合図 18(a)のように基底状態は |g⟩励

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 36

起状態は |e⟩さらに実験的補助準位として用いられるさらに上の状態は |f⟩|h⟩ middotと表記されることが多いまた様々な量子系でこれらの補助準位 (auxiliary state もしくはancillary state)として |a⟩が用いられることがしばしばあるまた光子ではその偏光状態を用いた状態記述など扱う量子系によって同じ二準位系や調和振動子を扱いながらも直感的にわかりやすい記述が各々の系で用いられることが多い本書でも扱う代表的な状態表記を表 11にまとめる

18 固有ベクトルと固有値量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には演算子に付随する固有値

と固有ベクトルというものが存在する演算子 Aが状態 |ψ⟩に作用し

A |ψ⟩ = a |ψ⟩ (181)

となるときaを演算子 Aの固有値そして |ψ⟩は固有値 aに対応する固有ベクトルとよぶ任意の演算子 Aの固有値は特性関数

c(λ) equiv det |Aminus λI| = 0 (182)

の解 λとして計算できるこのとき I は単位行列を表す特性関数の式を見るとわかるが固有値 λは複数存在できるが代数学からの帰結と

して少なくとも 1つの固有値またそれに対応する固有ベクトルが任意の演算子には存在することが知られている後に詳細を述べる重要な演算してとして物理量の演算子がある例えば運動量の演算子 pを運動量の固有状態である波動関数 |Ψp⟩に作用させると

p |Ψp⟩ = p |Ψp⟩ (183)

となり運動量 pが固有値として導けるある演算子に複数の固有値 λiが存在しそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩が正規直

交化できる場合

A =nsumi

λi |ψi⟩ ⟨ψi|

=

λ1

λ2

λn

(184)

と記述できる場合があるこのとき行列の非対角項は全て 0であるこの表現を演算子の対角表現とよび対角化できる演算子のことを対角化可能な演算子とよぶ対角化された演算子の重要性は様々あり計算が簡単なことや固有状態との対応がわかりやすいなどある他にも後に述べる状態の量子測定などに便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 37

19 演算子の種類量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には様々なものがあるが演算

子の特徴により分類分けができるここでは後に重要となるHermiteユニタリーそして正の演算子の定義とそれらが量子力学においてどのような性質を持つかを述べる

191 Hermite演算子任意の演算子 Aに対してHermite共役演算子 Hdaggerは波動関数の内積を用いてlang

ϕ∣∣∣Hψrang =

intψlowastHϕdx =

intψ(Hdaggerϕ)lowastdx =

langHdaggerϕ

∣∣∣ψrang (191)

を満たす演算子と定義できる行列を用いた表現だと Hdaggerは非常に簡単に求めることができ

Hdagger = (HT )lowast (192)

と表されるこのとき HT は行列 Hの転置つまりもとの行列 Hの転置と複素共役を取れば Hermite共役演算子が導けるまた行列表示を用いると以下の Hermite共役演算子の特徴が簡単に導ける

(Hdagger)dagger = (((HT )lowast)T )lowast = (HT )T = H (193)

(cH)dagger = clowastHdagger (194)

(H1 + H2)dagger = H1

dagger+ H2

dagger(195)

(H1H2)dagger = H2

daggerH1

dagger(196)

ある演算子 H のHermite共役演算子が Hdaggerが元の演算子と同じ場合つまり

Hdagger = H (197)

のときH は Hermite演算子とよばれるHermite演算子は波動関数の内積に関して以下の特徴をもつ lang

ψ∣∣∣Hϕrang =

langHψ

∣∣∣ϕrang (198)

Hermite演算子は物理量と密接に結びついており我々が測定する物理量に対応する演算子は全てHermite演算子である測定される物理量はその性質上全て実数でなければならないためもちろん期待値

も実数になるはずである以下では逆証明になるがHermite演算子の期待値や固有値は実数になることを示すHermite演算子 H の期待値の複素共役を取ると

⟨H⟩lowast =langΨ∣∣∣HΨ

ranglowast=langHΨ

∣∣∣Ψrang =langΨ∣∣∣HΨ

rang= ⟨H⟩ (199)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 38

演算子 Hの期待値と同じになるつまりこれは期待値が実数であることを表しているまた同様にHermite演算子の固有値 λiとそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩があるとき ⟨H⟩lowastは

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (λi ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λlowasti (1910)

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (langHψi∣∣∣ψirang)lowast (1911)

= (λlowasti ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λi (1912)

と 2つの答えが出るがこれを満たす固有値 λi は実数でなければならないつまりHermite演算子は必ずその固有値が実数になり全ての物理量はHermite演算子で記述される

192 射影演算子Hermite演算子の中でも重要な演算子が射影演算子であるある任意の状態 |Ψ⟩があ

りこの状態を基底 |ψi⟩ equiv |i⟩で展開すると|Ψ⟩ =

sumi

ci |i⟩ (1913)

となるときこの状態 |Ψ⟩を基底 |ψm⟩ equiv |m⟩に射影する演算子は

|m⟩⟨m| (1914)

と書かれ射影後の状態 |Ψ⟩は|m⟩ ⟨m|Ψ⟩ =

sumi

ci |m⟩ ⟨m|i⟩ = cm |m⟩ (1915)

となり基底 |m⟩と射影成分 cm = ⟨m|Ψ⟩で表されるベクトル空間を張る正規直交基底 (|j⟩)の射影演算子の和 P は

P =sumj

|j⟩⟨j| =sumj

|ψj⟩⟨ψj | = I (1916)

となるこの性質は非常に使いやすい例えばある波動関数 |Φ⟩が先述とは異なる基底|ϕi⟩を用いて

|Φ⟩ =sumi

di |ϕi⟩ (1917)

のように記述されている場合式 (1916)を用いて|Ψ⟩ =

sumi

diI |ϕi⟩ (1918)

=sumij

di |ψj⟩ ⟨ψj |ϕi⟩ (1919)

=sumj

djαji |ψj⟩ (1920)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 39

のように簡単に基底変換つまり任意の基底に書き換えることができるこのときαji =

⟨ψj |ϕi⟩である

193 ユニタリー演算子ある演算子 U が

U daggerU = I (1921)

を満たすときU はユニタリー演算子とよばれる任意の状態ベクトル |ψ⟩と |ϕ⟩に演算子 U を作用させたとき (|ψ⟩ |ϕ⟩ rarr U |ψ⟩ equiv |α⟩ U |ϕ⟩ equiv |β⟩)この 2つの状態ベクトルの内積は

⟨α|β⟩ = ⟨ψ| U daggerU |ϕ⟩= ⟨ψ|ϕ⟩ (1922)

となり内積が保存されていることがわかる後に詳細を述べるが閉じた量子系における時間発展は全てユニタリー演算子を用いた変換ユニタリー変換によって記述できるまた式(1921)は Uminus1 = U daggerつまり全てのユニタリー演算子には逆演算子が存在すると言う意味であるこれは物理的に言うと全てのユニタリー演算子で行える操作は可逆操作であることを表す量子情報のコンテクストでは全ての操作を損失なく可逆に行えるようにするのが理想であるそのためしばしば「理想の量子的な操作」と言う意味で「ユニタリーな操作」と言われることがある

194 Pauli行列量子操作に重要な演算子として Pauli演算子があるPauli行列とも呼ばれるこの演

算子は後に述べるスピン-12の角運動量を記述するのにのに用いられるほか物理全般で頻繁に使われるため是非覚えていただきたい   Pauli演算子の表記には幾つかの異なる方法があるが一般的に

σ0 equiv I equiv

(1 0

0 1

)(1923)

σ1 equiv σx equiv X equiv

(0 1

1 0

)(1924)

σ2 equiv σy equiv Y equiv

(0 minusii 0

)(1925)

σ3 equiv σz equiv Z equiv

(1 0

0 minus1

)(1926)

このどれかで記述される

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 40

Pauli演算子は全て

σdaggeri = σi (1927)

σdaggeriσi = I (1928)

なのでHermiteでありユニタリーな演算子であるまた

σ21 = σ22 = σ23 = minusiσ1σ2σ3 = I (1929)

を満たす後に示すBloch球を用いた二準位系の記述ではPauli演算子の指数演算子がBloch球

上での回転演算子 Ri(θ)が導けるA2 = I の演算子には

eiθA = cos θI + i sin θA (1930)

が使えるので

Rx(θ) equiv eminusiθ2X =

(cos θ2 minusi sin θ

2

minusi sin θ2 cos θ2

)(1931)

Ry(θ) equiv eminusiθ2Y =

(cos θ2 minus sin θ

2

sin θ2 cos θ2

)(1932)

Rz(θ) equiv eminusiθ2Z =

(eminusiθ2 0

0 eiθ2

)(1933)

となるRi(θ)は i軸に対して θの回転を施す演算子となっている

195 演算子関数演算子 Aが関数の形 f(A)を取って出てくることがしばしばあるTaylor展開で任意

の関数 f(x)がf(x) = f(0) + f prime(0)x+ middot middot middot 1

nf (n)(0)xn + middot middot middot (1934)

と書けるのと同様に演算子の関数は

f(A) = f(0)I + f prime(0)A+ middot middot middot 1nf (n)(0)An + middot middot middot (1935)

と定義されるこのとき An = A middot middot middot Aと n個の演算子 Aの積である特に重要なのは演算子の指数関数で以下のように表される

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot (1936)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 41

上記の計算は面倒な時もあるが幾つかの特別な場合に演算子関数は簡単に導ける例えば関数 f(x) =

suminfini=0 cix

iのような多項式の場合

f(A) =

infinsumi=0

ciAi (1937)

であるこのとき |ψn⟩が Aの固有ベクトルの 1つでその固有値が anであるとすると

Ai |ψn⟩ = (an)i |ψn⟩ (1938)

rArr f(A) |ψn⟩ = f(an) |ψn⟩ (1939)

となるこの例と類似したもので重要なのが Aが対角化されているときである例えば

A =

A1

A2

A3

(1940)

とすると(省略している非対角要素は全て 0である)

An =

An1 An2An3

(1941)

となるため

f(A) =

f(A1)

f(A2)

f(A3)

(1942)

となるのがわかる後に詳細を述べるユニタリー演算子などではeAのような演算子の指数関数が頻繁

に出てくる下記に指数関数演算子の便利な公式を記すBaker-Hausdorff identity

eαABeminusαA = B + α[A B

]+α2

2

[A[A B

]]+ middot middot middot (1943)

Glauberrsquos formula

eAeB = eA+Be12 [AB] (1944)

110 密度演算子ここまでは量子状態を ketベクトル |ψ⟩で表してきたこの表し方によればその

基底の張る複素ベクトル空間の元としての重ね合わせ状態や基底のテンソル積により

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 42

張られる拡大された複素ベクトル空間における合成系の量子状態の記述が可能になる例えば Stern-Gerlachの実験のセットアップで単一の上向きスピンの電子を入射させたときの電子の量子状態の時間発展はこの電子の量子状態 |uarr⟩に対する Schrodinger方程式を解析することで得られるのであるこのように ketベクトルで書き表せるような量子状態を純粋状態という現実的には例えばタングステン線などからでる熱電子のうち単一の電子をもしも取

り出せたとしてそれが上向きスピンであるか下向きスピンであるかは五分五分であるこのようなときにはどういう量子状態になっているだろうかもしも ketベクトルで表したいならば上向きスピンと下向きスピンの重ね合わせ状態として表現することになるだろうしかしこのように重ね合わせ状態として書き表せるならばどこかの方向についてみればスピンの向きが確定しているはずである現実には熱電子はどの方向で見てもスピンの向きが確定していないように統計的にばらついているものであるため重ね合わせ状態を含めた純粋状態はこのような単一の熱電子の量子状態を正しく表せないより一般的な量子状態としてある一定の確率でとある純粋状態に見出されるという

ようなものを考えようただし異なる純粋状態の間には重ね合わせ状態のように位相関係が定まってなくてもよいという点で単なる重ね合わせ状態よりも広範な量子状態に対応できるこのような量子状態を混合状態といい熱電子の量子状態をよく表すものである具体的に混合状態をどのように表記するかを以下に導入するまず電子の上向きスピン |uarr⟩ = |ψ1⟩と下向きスピン |darr⟩ = |ψ2⟩がそれぞれ統計的な確

率 p1p2で混合したようなものを考えるこのような混合状態に対し実験で観測される物理量O(例えばスピンの z成分など)の期待値を考えたい純粋状態 |ψ⟩に対する期待値は ⟨ψ|O |ψ⟩であるがこれをのちの便宜を図るため完全系 |m⟩を挿入して⟨ψ|O |ψ⟩ =

summn ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψ⟩ =

summn ⟨n|ψ⟩ ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ = Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|O]

とトレースを用いた形に変形できることを示しておくさて混合状態に対する期待値は統計的に混合される各純粋状態に対する期待値を用いて

⟨O⟩ = p1 ⟨ψ1|O |ψ1⟩+ p2 ⟨ψ2|O |ψ2⟩ =sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1101)

と書けるこれを純粋状態の時同様トレースを用いた形に変形していくと⟨O⟩ =

sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1102)

=summn

sumi

pi ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψi⟩ (1103)

=summn

sumi

pi ⟨n|ψi⟩ ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ (1104)

= Tr

[sumi

pi |ψi⟩ ⟨ψi|O

](1105)

となるつまり純粋状態における物理量の計算に現れた |ψ⟩ ⟨ψ| が混合状態ではsumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|に置き換わるもっと言えばある pi のみ 1でほかがすべて 0の場合

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 43

として混合状態における結果は純粋状態のものを含む形にできているこの量 ρ =sumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|はその意味で量子状態の記述の自然な拡張になっており密度行列あるい

は密度演算子という名前が与えられているここで出てくる統計的な混合の重み pi ge 0

は重ね合わせ状態の各係数のような量子的な確率(振幅)とは本質的に異なるものであることに十分注意したい

1101 混合状態の例先ほどの熱電子のスピン状態の例でいえばこれは上向きスピンと下向きスピンの量

子状態が統計的に等確率で混合されたものであるからその密度演算子は ρ = (|uarr⟩ ⟨uarr|+|darr⟩ ⟨darr|)2と書ける電子スピンに関しては |uarr⟩と |darr⟩で完全系をなすから ρ = I2となるこれは単一のスピン 12系に関する完全混合状態と呼ばれるものであるもうひとつの例として調和振動子の熱的状態というものもある調和振動子はのちに

解説するように量子化された振動が ldquo何個rdquoあるかによって量子状態を指定できるのだが熱的状態はその個数状態 |n⟩がBoltzmann分布に従って統計的に混合されている具体的に書き下せば熱的状態の調和振動子の密度演算子 ρthは

ρth =infinsumn=0

eminusnhωkBT (1minus eminushωkBT ) |n⟩ ⟨n| (1106)

と書ける上式に出てきた hωkBT はそれぞれ Planck定数を 2πで除したもの調和振動子の固有角周波数Boltzmann定数熱的状態の温度である

1102 密度演算子の一般的性質ここでは密度演算子 ρの一般的な性質をみていこうまず密度演算子のトレースは

常に 1であるTr [ρ] = 1これは統計的な混合確率に関してsumi pi = 1が成り立つことから直ちに導かれるまたこれより密度演算子が Hermite演算子であることも言える密度演算子は半正定値つまり任意の |ϕ⟩に対して ⟨ϕ| ρ |ϕ⟩ ge 0が成立するこれは pi ge 0よりいえることでありさらにこれより密度演算子の固有値が非負値であることがわかる特に純粋状態についてはある基底で密度演算子を行列表現したときの対角成分は対応する量子状態の占有確率に一致するまた純粋状態に対しては ρ2 = ρ

が成立する一般の密度演算子に対しては Tr[ρ2]le 1であるのだが純粋状態のとき

のみTr[ρ2]= Tr [ρ] = 1となるためTr

[ρ2]を purityといって純粋状態と混合状態を

見分ける量と見なすことができるまた前節で計算したようにある物理量 Oの期待値は Tr [ρO]により与えられる

1103 合成系の密度演算子とその縮約独立に用意した二つの量子系がありその密度演算子が ρ1ρ2と書けるとしようこ

れら二つの量子系の合成系の密度演算子 ρは分離可能な純粋状態であれば ketベクト

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 44

ルのテンソル積によって定義することができた一般に混合状態まで考えるとしてもテンソル積を braベクトルと ketベクトル両方について考え統計的な重みをつけて足すだけで結局分離可能状態であれば ρ = ρ1 otimes ρ2と書くことができるこのようにして用意した合成系をHamiltonianに従って発展させその後の各量子系

の最終的な状態を知りたいとしようただしρ2が多自由度系すなわち多数のスピンや調和振動子の集まりからなる系の密度演算子で全体の密度演算子の測定による再構成が極めて困難である場合を考えるこのようなときには興味のある量子系のみを考えるほかないではρ2の情報がないまま注目している系に関する情報を得ようとするのはどういった操作に対応するだろうか密度演算子 ρ1ρ2の系を記述する完全系をそれぞれ |k1⟩ k1 = 0 1 2 3 middot middot middotK1|k2⟩ k2 = 0 1 2 3 middot middot middotK2としよう時間発展後の合成系の密度演算子 ρprimeで注目している系の物理量Oの期待値を評価すると

⟨O⟩ = Tr12[ρprimeO] 

=sumk1k2

⟨k1| otimes ⟨k2| ρprimeO |k1⟩ otimes |k2⟩

=sumk1

⟨k1|

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O |k1⟩

= Tr1

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O

= Tr1

[(Tr2ρ

prime)O]= Tr1

[ρprime1O

](1107)

であるここで添え字付きのトレース操作は ρ1と ρ2の系のどちらかあるいはどちらについてもトレースを取ることを意味している片方の系のみについてのトレース操作を部分トレースともいう最終的な表式を見るとρprime1 = Tr2ρ

primeという情報を得られない系に関してのみトレースをとった縮約密度演算子が時間発展後の ρ1系の密度演算子であると思うことにすればこれによって演算子Oの期待値を評価した形になっているこのように合成系の部分系のみの物理量を測定するときには縮約密度演算子が用いられるここでひとつ注意しておかねばならないのは時間発展後の密度演算子 ρprimeが必ずし

も ρprime = Tr2ρprime otimesTr1ρ

primeのようには書けないという点である逆に言えばそのように書くことができるのは ρprimeが分離可能状態であるときだけであり合成系の各部分系の間に量子もつれが生じている場合には片方の系に関する部分トレース操作はもう片方の系に関する情報の喪失を招く例えば ρ1系が量子ビットρ2系が調和振動子の集まりであり量子ビット系が調和振動子の集団と相互作用しているような場合には時間発展後には量子ビット系と調和振動子の集団のあいだに極めて複雑な量子もつれ状態が形成され量子ビットの状態がコヒーレンスを失ってしまう

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 45

111 交換子と反交換子量子力学では複数の演算子が可換性が重要となってくるが演算子の交換子と反交換

子は各々 [A B

]equiv AB minus BA (1111)

A B

equiv AB + BA (1112)

と定義される 交換子は特に量子力学では重要となってくるが[A B

]= 0(AB = BA)

のとき Aと Bは可換であり[A B

]= 0(AB = BA)のとき Aと Bは非可換である

という1つの重要な帰結として物理量ABの演算子が可換なとき

1111 Heisenbergの不確定性原理上記の交換関係を用いて一般化された不確定性原理を導くことが出来るある物理

量Aがあるとき古典的なAの平均 ⟨A⟩不確かさ∆A分散 σAはそれぞれ

⟨A⟩ =1

n

nsumi

Ai (1113)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1114)

σ2A =lang(∆A)2

rang=lang(Aminus ⟨A⟩)2

rang(1115)

と定義される同様に量子系ではそれぞれ

⟨A⟩ = ⟨Ψ|A|Ψ⟩ (1116)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1117)

σ2A = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)2 |Ψ⟩=

lang(Aminus ⟨A⟩)Ψ

∣∣∣(Aminus ⟨A⟩)Ψrang

(1118)

と与えられる最後の行では全ての物理量がHermite演算子で表されることを用いた2つの物理量ABがあるとき

|a⟩ equiv (Aminus ⟨A⟩) |Ψ⟩ (1119)

|b⟩ equiv (B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩ (11110)

と定義すると

σ2A = ⟨a|a⟩ (11111)

σ2B = ⟨b|b⟩ (11112)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 46

でありシュワルツの不等式を用いてσ2Aσ

2B = ⟨a|a⟩ ⟨b|b⟩ ge | ⟨a|b⟩ |2 (11113)

と書けるさらに ⟨a|b⟩ = α+ iβと実部と虚部に分けると

| ⟨a|b⟩ |2 = α2 + β2 ge β2 =

(⟨a|b⟩ minus ⟨a|b⟩

2i

)2

(11114)

が導かれるここで⟨a|b⟩ = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)(B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩

= ⟨Ψ| (AB minus ⟨A⟩ B minus ⟨B⟩ A+ ⟨A⟩ ⟨B⟩) |Ψ⟩= ⟨AB⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11115)

となり同様に⟨b|a⟩ = ⟨BA⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11116)

となるので⟨a|b⟩ minus ⟨b|a⟩ = ⟨AB⟩ minus ⟨BA⟩ =

lang[A B

]rang(11117)

がえられる最後に式 (11113-1111)をまとめると

σ2Aσ2B ge

(1

2i

lang[A B

]rang)2

(11118)

となるこれは一般化された Heisenbergの不確定性原理を物理量の演算子 Aと Bの交換子で記述したものであるよく知られている交換関係 [x p] = ihを用いると有名な位置と運動量の不確定性原理

σ2xσ2p ge

(h

2

)2

(11119)

σxσp geh

2(11120)

が導かれる他の例としてスピンの交換関係を考えてみるスピン-12のスピン演算子 SiはPauli

演算子 σiを用いてSi =

h

2σi (11121)

と書かれ交換関係は[Si Sj ] = ihϵijkSk (11122)

であるこのとき ϵijkは Levi-Civita記号とよばれ

ϵijk =

0 for i=j j=k or k=i

+1 for (ijk) in (123)(231)(312)

minus1 for (ijk) in (132)(321)(213)

(11123)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 47

の値を取るi = x j = y k = zのとき

SxSy ge ihSz (11124)

σSxσSy ge h

2

langSz

rang(11125)

となる量子ビットは |0⟩と |1⟩の 2次元の自由度を持つがこれはスピン-12の |uarr⟩と |darr⟩と基

本的には同じため量子ビットは ldquo擬スピンrdquoともよばれる後に詳細を述べるがBloch

球を使うと量子ビットの状態を原点から直径 1の球面上に向かう矢印で示すことが出来る詳しくは節を参照していただきたい

48

第2章 量子力学の基礎

21 時間発展211 時間に依存しない Schrodinger方程式Schrodinger方程式は通常

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (211)

と書かれるがポテンシャル V (x)は時間に依存しないときが多いこのとき変数分離を用いて波動関数を時間と空間の関数に分けてΨ(x t) = ψ(x)φ(t)と記述できるこのとき各々の波動関数の満たす Schrodinger方程式は空間と時間の式

minus h2

2m

part2ψ(x t)

partx2+ V ψ(x t) = Eψ (212)

dt= minus iE

hφ (213)

に分けられる式 (213)よりφ(t) = eminusiEth (214)

が導け波動関数Ψ(x t)はΨ(x t) = ψ(x)eminusiEth (215)

となる系の Hamiltonianがエネルギー固有状態 ψn(x)と対応するエネルギー固有値Enを持つとき系の任意の状態は

Ψ(x t) =sumn

cnψn(x)eminusiEnth (216)

となりその時間発展は各々の固有状態の位相が回る形となる量子ビットはエネルギー固有状態を用いられる場合が多くあり基底状態 |0⟩と励起

状態 |1⟩が各々対応するエネルギー E0 = 0E1 = hωをもつとき量子ビットの時間発展は

|Ψ(t)⟩ = c0 |0⟩+ c1eminusihωth |1⟩ (217)

と記述され基底状態に対し励起状態の位相が状態間のエネルギー差 ωに比例して回転する

第 2章 量子力学の基礎 49

212 ユニタリー演算子を用いた時間発展量子状態 |Ψ⟩の時間発展は Schrodinger方程式によって

ihpart

partt|Ψ⟩ = H |Ψ⟩ (218)

のように記述されこの方程式を満たす |Ψ⟩を解くことで波動関数を導くことが出来るここでは別の方法時間発展をユニタリーな時間発展演算子として記述することで任意の時間 tにおける波動関数を求める我々は古典情報処理で離散的なデジタル論理ゲート(AND XORなど)を逐次実行する事により計算を進めていく方法を知っているが時間発展演算子自体を 1つのゲートとしても考えることができ量子情報の枠組みでは非常に便利である初期時刻 t = 0における波動関数 |ψ0⟩が時間発展演算子 ˆU(t)により |ψ(t)⟩に時間

発展したとする|ψ(t)⟩ = U(t) |ψ0⟩ (219)

この時間発展演算子 U(t)自体の時間変化は

ihpartU(t)

partt= HU(t) (2110)

なので積分すると時間発展演算子 ˆU(t)は

U(t) = U0eminusiHth

= eminusiHth (2111)

と求めることができるがこのとき H は時間に依らないものとした一般的に時間に依存するHamiltonianH = H(t)でもこの方法は少し変化した形で扱えるがここでは簡単のために時間変化のないHamiltonianを取り扱う最後の行では基準となる t = 0

のときにはまだ時間変化が無いので U0 = I とした この時間発展演算子 U(t)を用いて波動関数 |ψ(t)⟩の任意の時間 t1から t2への時間発展は

|ψ(t2)⟩ = U(t2 minus t1) |ψ(t1)⟩ = eminusiH(t2minust1)h |ψ(t1)⟩ (2112)

と記述することができる後に Bloch球という量子ビットの状態空間を扱うがここで Bloch球上の量子状態

は回転行列 Rx(θ) = eminusiθ2X(これはX 軸に対して θの回転)などを用いて Bloch球上

での回転操作を行うことができることを示す実験的には上記の U(t)を見ると系のHamiltonianH に X Y Z などの行列が入っていると例えば H = hαX であればU(t) = eminusiαXtとなり時間発展により量子ビットをX軸に対して任意の角度 θ = 2αt回転させられることがわかる

第 2章 量子力学の基礎 50

213 3つの描像時間発展を記述するユニタリー演算子 U(t)を用いて量子状態の時間変化を見てきた

が通常我々が実験で測定できるものは波動関数自体ではなく何らかの物理量である波動関数が時間に対して変化するとともに物理量Aの期待値も

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ(t)| A |ψ(t)⟩= ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩ (2113)

と変化する上記の物理量の時間変化を状態や演算子の変化として考えるが主に 3

つの描像(もしくは立場)が存在する以下では Schrodinger描像Heisenberg描像Dirac描像の 3つの描像を紹介するが表記が複雑になりやすいため

|ψ0⟩ 時間に依存しない初期状態A0 時間に依存しない初期演算子

AS |ψ⟩S Schrodinger描像の演算子と状態AH |ψ⟩H Heisenberg描像の演算子と状態AI |ψ⟩I Dirac描像の演算子と状態

を用いて表記する

Schrodinger描像

これまでの説明では初期波動関数 ψ0が時間的に変化し物理量の演算子 Aは時間に依らないという立場で考えてきた波動関数は

d |ψ(t)⟩dt

= minus i

hH |ψ(t)⟩ (2114)

の形で時間発展するこの描像のことを Schrodinger描像とよび状態と演算子はそれぞれ

|ψ⟩S = |ψ(t)⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ (2115)

AS = A0 (2116)

という形をとり波動関数だけが時間発展する

第 2章 量子力学の基礎 51

Heisenberg描像

Heisenberg描像では式 (2113)を

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| A(t) |ψ0⟩ (2117)

のように状態 ψ0は変化せず演算子が時間変化するという立場を取るこのとき

A(t) = eiHthAeminusiHth (2118)

であるHeisenberg描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩H = |ψ0⟩ (2119)

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2120)

という形をとり演算子だけが時間発展するここで感の良い読者は「演算子が時間により変化するのであればHamiltonian自

体も時間変化を起こすのでHamiltonianを含む式 (2120)はもっと複雑になるはずだ」という指摘が出るかもしれない実際Hamiltonianの時間発展は

HH = eiHthHeminusiHth (2121)

と記述され時間変化があるように思えるが式 (1936)

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot

でみたようにeiHthは H の多項式で表せるため H と可換であり

HH = eiHthHeminusiHth = H (2122)

となるためHamiltonianは時間変化しない

Dirac描像

Dirac描像は相互作用描像とも言われるがSchrodinger描像とHeisenberg描像の合わせ技のような描像になっているこの描像では定常的な HamiltonianH0にさらなるHamiltonianV が加わった

H = H0 + V (2123)

のようなHamiltonianを考える

第 2章 量子力学の基礎 52

これは物理系の操作を考える時に特に重要である例えば水素原子の電子状態を外部から電場を加えて操作するとしよう水素原子の核は外場 0の状態でも電子に影響を与えているので定常的であり水素原子のHamiltonianが H0となってそこに加える電場のHamiltonianが V で書けるようになるつまり常に影響を与えているHamiltonian

を H0に 我々の操作で用いる部分だけを V に押し込めて記述できるので便利である式 (2113)は

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| ei(H0+V )thAeminusi(H0+V )th |ψ0⟩= ⟨ψ0| eiV th middot eiH0thAeminusiH0th middot eminusiV th |ψ0⟩= ⟨ψ(t)| A(t) |ψ(t)⟩ (2124)

となり状態も演算子もともに時間変化するという立場を取るこのとき時間変化の形が状態と演算子で異なり各々V と H0に対する時間変化

|ψ(t)⟩ = eminusiV th |ψ0⟩ (2125)

A(t) = eiH0thAeminusiH0th (2126)

として記述されることに注意するDirac描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩I = |ψ(t)⟩I = eminusiV th |ψ0⟩ = eiH0theminusi(H0+V )th |ψ0⟩= eiH0th |ψ⟩S (2127)

AI = AI(t) = eiH0thAeminusiH0th (2128)

という形をとり状態も演算子もともに時間発展する状態の記述では式 (2115)の |ψ⟩S =

eminusiHth |ψ0⟩を用いた下付きの I は相互作用 (Interaction)に由来するDirac描像では演算子も時間発展するので先程のようにHamiltonianH = H0 + V の

時間発展を確認しておこう

H0I = eiH0thH0eminusiH0th = H0 (2129)

VI = eiH0thV eminusiH0th (2130)

定常的な HamiltonianH0 は時間変化が無いままだがVI は HamiltonianH0 の影響を受けて時間変化するここでDirac描像で書かれた状態の時間発展を考える|ψ⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ならびに

|ψ⟩I = eiH0th |ψ⟩S をもちいるとd |ψ⟩Idt

=i

hH0 |ψ⟩I + eiH0th

d |ψ⟩Sdt

=i

heiH0thH0e

minusiH0th |ψ⟩I minusi

heiH0thHeminusiH0th |ψ⟩I

= minus i

heiH0thV eminusiH0th = minus i

hVI |ψ⟩I (2131)

第 2章 量子力学の基礎 53

すなわちd |ψ⟩Idt

= minus i

hVI |ψ⟩I (2132)

と書ける

214 Heisenbergの運動方程式Heisenberg描像では

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2133)

となり演算子が時間発展していくがこれを具体的に記述すると

dAH(t)

dt=

iH

hHeiHthA0e

minusiHth minus eiHthA0iH

heminusiHth +

partA

partt

=i

hHeiHth

[H A

]eminusiHth +

partA

partt(2134)

となりdA(t)

dt=i

h

[H A(t)

]+partA(t)

partt(2135)

が得られるこの式をHeisenbergの運動方程式とよびSchrodinger方程式が波動関数の時間発展つまり系の発展を表すようにHeisenberg描像では系の発展が演算子の時間発展で記述されるここで partA(t)

partt は Aが明示的に時間に依存する時だけ入る項である

22 回転系へのユニタリ変換量子系のダイナミクスをある周波数で回転する系で解析するのが望ましい場面がた

いへん頻繁にある駆動周波数 ωdで回転する回転系へのユニタリ変換は相互作用のない系のHamiltonian Hを用いたユニタリ演算子U(t) = exp[i(H(ωd)h)t]により定まるがこのとき状態ベクトル |ψ⟩は |ϕ⟩ = U(t) |ψ⟩という変換を受けるこれによってSchrodinger方程式は

ihd|ϕ⟩dt

= ihdU

dt|ψ⟩+ ihU

d|ψ⟩dt

= ihU |ψ⟩+ UH |ψ⟩= ihUU dagger |ϕ⟩+ UHU dagger |ϕ⟩= (UHU dagger minus ihUU dagger) |ϕ⟩ (221)

第 2章 量子力学の基礎 54

と書き直されるただし式変形に 0 = d(UU dagger)dt = UU dagger + UU daggerを用いたHは変換前のHamiltonianであり上式の変形により回転系に変換されたHamiltonianは

Hprime = UHU dagger minus ihUU dagger (222)

となることがわかる基本的にはこのユニタリ変換にしたがって量子系の解析に都合の良い周波数の回転系に乗り時間発展や定常状態を調べていくことが多い調和振動子や量子ビット系についての例を付録(付録 B)に示してある

55

第3章 摂動論

31 時間に依存しない摂動論

図 31 摂動論のイメージ図

摂動論は外部からの影響による量子系の変化を定量的に求めるために使われる量子力学の重要なツールの 1つである摂動論のイメージを図 31に示す実線で描かれた円三角四角は何も影響を受けていないときの ldquo素の量子状態rdquoとしここでは円の状態に注目するこの量子系が外部から何らかの影響を受けるとその影響により円は少し押され元の円と異なる位置に移動する(点線の円)この新しい円は概ね元の円であるが円の外部の三角や四角の成分がわずかながらに加えられるもちろん状態の変化に伴い状態のエネルギーも変化するこの変化を定量的に計算できるのが摂動論である実験的にこの ldquoずれrdquoは様々な形で現れる気づいていない電場や磁場ノイズの影響

また実験用にプローブとして自分が入れた光によって系がシフトすることも考えられ実験家には悩みの種となりうることも多いしかし逆に考えると能動的に外場を導入することで様々なシフトをキャンセルする道具のようにも使えるここでは摂動論と幾つかの応用を紹介する外部の影響が入る前の系のHamiltonianを H0エネルギー固有状態を

∣∣ψ0n

rangそして対応するエネルギーをE0

nとするとこれらは

第 3章 摂動論 56

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(311)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (312)

と変化したとするこのとき V は外部から導入された擾乱そして λは V の大きさを表すパラメータで λ≪ 1と考えて良いこの新しいHamiltonian Hの固有状態 |ψn⟩とそれに対応した固有エネルギーEnは

H |ψn⟩ = En |ψn⟩  (313)

を満たすこの新たな固有状態 |ψn⟩と固有エネルギーEnを元の固有状態∣∣ψ0n

rangならびにE0

nで記述することがゴールであるパラメーター λを使いシステムの状態とエネルギーを λのべき級数で展開すると

|ψn⟩ =∣∣ψ0n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot (314)

En = E0n + λE1

n + λ2E2n + middot middot middot (315)

となるこのときEと ψの上付きの数字は補正の次数つまり∣∣ψ1n

rang E1

nは 1次補正∣∣ψ2n

rang E2

n は 2次補正をあらわすこれら状態の補正∣∣ψ1n

rang∣∣ψ2n

rang エネルギーの補

正E1n E

2n を各々

∣∣ψ0n

rangとE0nで記述していく

式 (314315)を式 (313)に代入すると

(H0 + λV )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

= (E0

n + λE1n + λ2E2

n + middot middot middot )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

(316)

となりλの次数が同じ項だけを取り出すと

λ0 H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(317)

λ1 H0∣∣ψ1n

rang+ V

∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

∣∣ψ0n

rang(318)

λ2 H0∣∣ψ2n

rang+ V

∣∣ψ1n

rang= E1

n

∣∣ψ1n

rang+ E2

n

∣∣ψ0n

rang(319)

が得られるがλ0の項は元々の系の状態を表しているのがわかる式 (318)を langψ0n

∣∣で内積をとるとlang

ψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang+langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

langψ0n

∣∣ψ0n

rang(3110)

となりH0がHermite演算子であることを用いるとlangψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang=langH0ψ0

n

∣∣∣ψ1n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang(3111)

第 3章 摂動論 57

なのでエネルギーの 1次補正E1nは

E1n =

langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang(3112)

となる次に波動関数の 1次補正∣∣ψ1n

rangを考える∣∣ψ1n

rangを元の波動関数 ψ0mで展開した∣∣ψ1

n

rang=summ =n

cm∣∣ψ0m

rang(3113)

を同様に式 (318)に代入しlangψ0k

∣∣で内積を取るとsumm=n

cmlangψ0k

∣∣ H0∣∣ψ0m

rang+langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang=

summ=n

cmE0n

langψ0k

∣∣ψ0m

rang+ E1

n

langψ0k

∣∣ψ0n

rangckE

0k +

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= ckE

0n (3114)

となりck =

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

k

(3115)

を得る式 (3113)に代入すると波動関数の 1次補正

∣∣ψ1n

rang=summ =n

langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

m

∣∣ψ0m

rang(3116)

が導かれる結果だけを紹介するとエネルギーの 2次補正は

E2n =

summ =n

|langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ1n

rang|2

E0n minus E0

m

(3117)

となる同様の手続きを通すと 2次やさらに高次のエネルギー及び波動関数の補正も計算できるが補正の精度も悪くなってくるので一般的には 1次もしくは 2次までの補正を使う場合が多い上記の摂動論では縮退があったケースを省いた1次のエネルギー補正の式 (3112)

を見ると分母に異なる状態のエネルギー差E0n minusE0

mがあるが縮退している 2つの状態間ではこの項が 0になりエネルギーシフトが破綻するように思えるH0と V が同時対角化可能な基底を使うとこの問題が回避できることが多くの量子力学の教科書で詳細まで記述されているのでここでは割愛する必要な読者は他の教科書を参考にしていただきたい

311 Zeeman効果時間に依存しない摂動の例を見てみようZeeman効果は軌道角運動量Lとスピン角

運動量 Sをもった電子に対して

第 3章 摂動論 58

HZ =e

2m(L+ 2S) middotBext (3118)

で表されるHamiltonianであるこのときLSはそれぞれ電子の軌道角運動量とスピン角運動量の演算子eとmは電気素量と電子の質量Bextは外部から与えられた磁場であるZeeman効果は原子や固体中の電子などと外部磁場との相互作用なので様々な物理系で現れる効果であるため重要である角運動量とスピンを持った電子は各々から実効的な磁場Bintを発生するので内部の磁場(LS由来)と外部の磁場との相互作用もっと平たく言うと外場を作っている磁石に電子系が作る ldquo磁石rdquoが反応していると考えて良いBint ≫ Bextのときこの効果は小さな摂動と考えることが出来るエネルギーの 1

次補正は式 (3112)を用いて

E1Z = ⟨nljmj | HZ |nljmj⟩ =

e

2m⟨L+ 2S⟩ middotBext (3119)

となるこのとき電子の状態は |ψ⟩ = |nljmj⟩と主量子数 n軌道角運動量量子数 l主全角運動量量子数 jと第二全角運動量量子数mj からなる状態にあるLandeの g因子1(gJ)を用いて ⟨L+ 2S⟩を記述すると

⟨L+ 2S⟩ = gJ ⟨J⟩ (3120)

となりE1Z = microBgJBextmj (3121)

が導かれるmicroB equiv eh2m = 579 times 10minus5 eVT はボーア磁子とよばれる定数である

j = 12の状態は第二全角運動量量子数mj = plusmn12をもつのでこの 2つのmj = 12mj = minus12の状態は磁場によって各々エネルギーE1

Z 上と下にシフトする実験では外部からの磁場によってある程度量子のエネルギーを調整出来るのがわか

ると思うイオントラップでは並べられたイオンに勾配のある磁場(強いところと弱い所がある)をかけることで一つ一つのイオンが異なるエネルギーをもつような操作に用いられるZeeman効果は時に両刃の剣ともなりえエネルギー状態が外場によって変わってほしくない実験では磁気シールドなどを用いて外場を抑制する必要があるまた磁場による感度が高い(エネルギーシフトが大きい)ものは量子のエネルギーシフトを測定することによって磁場の動きが間接的に観測できる磁場センサーとしても応用できるなど様々な利用方法がある

32 時間に依存する摂動論時間に依存する摂動論では系に時間に依存した擾乱が入り

H0 rarr H = H0 + λV (t) (321)

1Landeの g因子は gJ = 1 + j(j+1)minusl(l+1)+342j(j+1)

と j と lを用いて計算できる

第 3章 摂動論 59

と変化したときの系の時間発展を記述する方法である例に習って λは擾乱 V の大きさを表すパラメータだがひとまず λ = 1 つまり λV rarr V とおくこのとき元の Hamiltonian H0は時間に依存せずその固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有値E0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(322)

を満たすここでは先述したDirac描像を使うと見通しが良くなるSchrodinger描像における

波動関数の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩S

dt= H |ψ(t)⟩S (323)

で表されるDirac描像における波動関数 |ψ(t)⟩I は状態 |ψ⟩S を用いて

|ψ(t)⟩I = eiH0th |ψ(t)⟩S (324)

と書けるので|ψ(t)⟩I の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩I

dt= ih

(eiH

0thd |ψ⟩Sdt

+iH0

heiH

0th |ψ⟩S

)= eiH

0th(H minus H0

)|ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0theiH0th |ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0th |ψ(t)⟩I  = VI(t) |ψ(t)⟩I  (325)

となる最後の行ではVI(t) = eiH0thV (t)eminusiH

0thを用いた次に |ψ(t)⟩I を時間依存しないHamiltonian H0の固有状態

∣∣ψ0n

rangを用いて展開した|ψ(t)⟩I =

sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(326)

を式(325)に代入すると

ihsumn

dcn(t)

dt

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ VI(t)∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiH

0th∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiE

0nth

∣∣ψ0n

rang(327)

となる

第 3章 摂動論 60

この式を langψ0m

∣∣で内積を取るとihsumn

cn(t)langψ0m

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣ eiH0thV (t)eminusiE0nth

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t) |ψn⟩ ei(E0mminusE0

n)th (328)

が導けるlangψ0m

∣∣ψ0n

rang= δmnを用いると

ihcm(t) =sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t)∣∣ψ0n

rangei(E

0mminusE0

n)th (329)

が得られる

二準位系の時間発展

図 32 二準位系の時間発展(a) エネルギー E1E2を持つ二準位系 H0に周波数 ω

で振動する外場 V が印加された様子初期状態は状態 1にあるとする(b)外場の影響を受けた二準位系の占有数は状態 1と 2の間を Rabi振動する(c)外場が切られた後は切られた瞬間の占有数で系が静止する

ここまでは摂動論は用いていないが上記の結果を踏まえて外場(擾乱)を加えたときの量子系の時間発展の具体的な例を見てみよう原子の下の二状態もしくは量子ビットなどは 2つのエネルギー準位からなる二準位系を考える図 32(a)のようにこの二準位系に周波数 ωで振動する外場を加えたとき二準位系のもとの Hamiltonian

H0と外乱 V (t)は

H0 =

(E0

1 0

0 E02

)(3210)

V (t) =

(0 αeiωt

αeminusiωt 0

)(3211)

第 3章 摂動論 61

の形で記述できるαは擾乱の実効的な振幅と考えてよい式 329はc(t) =

(c1(t)

c2(t)

)を用いて

ihd

dt

(c1(t)

c2(t)

)=

(0 αei(ωminusω21)t

αeminusi(ωminusω21)t 0

)(c1(t)

c2(t)

)

=

(αei(ωminusω21)t c2(t)

αeminusi(ωminusω21)t c1(t)

)(3212)

となるこのとき ω21 =E0

2minusE01

h であるこの式を c2(t)だけの形に変形すると

c2(t) + i(ω minus ω21)c2(t) +(αh

)2c2(t) = 0 (3213)

となり解としてc2(t) = Aeminusi(ωminusω21)t2 sinΩt (3214)

が求まるこのときΩ =[(

ωminusω212

)2+(αh

)2]12は(一般化)Rabi周波数とよばれるパラメータである初期条件 c1(t = 0) = 1c2(t = 0) = 0を用いると係数Aが

A =

[ (αh

)2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2]12

(3215)

と求まる上記より状態 1および 2の占有数は

|c1|2 = 1minus |c2|2 (3216)

|c2|2 =(αh )

2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2 sin2Ωt (3217)

と求まる初期状態は状態 1からスタートするが外場の影響により状態 1から状態 2

への遷移が起こり周波数 Ω2で占有数は振動する (図 32(b))この占有数の振動のことをRabi振動とよび量子状態操作で最も頻繁に使われる方法である外場の周波数 ωが二準位のエネルギー差をDirac係数で割った周波数 ω21に等しい

とき状態 2の占有数は 0から 1までを振動するω21をこの二準位系の共鳴周波数とよび外場の周波数をこの共鳴周波数に合わせることで二状態間の占有数を 0から 1

まで操作することが可能となる逆に言うと外場の周波数 ωが共振周波数 ω21と異なる場合きれいな状態転送 (|1⟩ rarr |2⟩)が行えない外場が入り続けている限り占有数はこの二状態間を振動するが外場を切った時点でその動きは止まりその時の占有数のまま保持される (図 32(c))ここまで説明してきた二状態を状態 1 equiv |0⟩状態2 equiv |1⟩とおくことで量子ビットとして用いることができるなおRabi振動の Bloch

方程式を用いた導出Bloch球を用いた視覚化については後に詳細を述べる

第 3章 摂動論 62

321 時間依存した摂動展開二準位系の例では外場がきれいな振動 (ω)で記述され系の運動を簡単に追えたし

かし一般的に時間依存した擾乱 V (t)では系の Hamiltonian H = H0 + V (t) を満たす解析的な解は存在しないため計算が困難となるここでは外場の時間依存を摂動展開して計算できる近似方法について述べる先述のように外部からの影響を受ける前の系の固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有エネルギーE0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(3218)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (3219)

と変化したとするDirac描像を用いた波動関数の時間発展は一般的に

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(3220)

と記述されるこのとき

cn(t) = c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) + (3221)

でありcinの上付き添字 iはパラメータ λのべき級数で展開される補正の次数であるこの係数 cinを V (t)および

∣∣ψ0n

rangを用いて記述することがゴールであるまずDirac描像において時間 t0における初期状態 |ψ(t0)⟩I equiv |i⟩からの時間発展を

時間発展演算子 UI(t t0)を用いて記述すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ (3222)

となるこれをDirac描像の Schrodinger方程式

ihd |ψ(t)⟩I

dt= λVI(t) |ψ(t)⟩I (3223)

に代入するとihdUI(t t0)

dt|i⟩ = λVI(t)UI(t t0) |i⟩ (3224)

となるがこの式は任意の初期状態 |i⟩について満たされるので

ihdUI(t t0)

dt= λVI(t)UI(t t0) (3225)

第 3章 摂動論 63

のように演算子の運動方程式に置き換わるここで VI = eiH0thV eminusiH

0th であるUI(t t0)は時間発展の演算子を表すがもちろん初期時間 t0から時間経過しない U(t0 t0) =

I であるこの演算子の運動方程式を積分すると左辺は

ih

int t

t0

dtprimedUI(t

prime t0)

dt= ih

[UI(t t0)minus UI(t0 t0)

]= ih

[UI(t t0)minus I

](3226)

となるのでUI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0) (3227)

が導かれるこの式は UI(t t0)にたいして入れ子になっているので

UI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime)UI(tprimeprime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime) +

(3228)

=infinsumn=0

(minus i

h

)n int t

t0

dt1middot middot middotint tnminus1

t0

dtn λnVI(t1)VI(t2) VI(tn) (3229)

と展開できる最後の行では和の n = 0の項は I であり時間変数は tprime rarr t1 tprimeprime rarr

t2 middot middot middot rarr tnと略した具体的な時間発展演算子 UI(t t0)の形が求められたので式 3222にある初期状態

|i⟩からの時間発展を考える外部からの影響を受ける前の系の固有状態 |n⟩ equiv∣∣ψ0n

rangを用いて展開すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ =sumn

|n⟩⟨n| UI(t t0) |i⟩

=sumn

⟨n|UI(t t0)|i⟩ |n⟩ (3230)

=sumn

[⟨n|I|i⟩+ λ

(minus i

h

)int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩ (3231)

+λ2(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩+

]|n⟩

第 3章 摂動論 64

となるまた式 3220と 3221の

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t) |n⟩

=sumn

(c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) +

)|n⟩ (3232)

と対応付けると

c0n(t) = ⟨n|I|i⟩ = δni (3233)

c1n(t) = minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩

= minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnitprime

(3234)

c2n(t) = minus 1

h2

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime) |m⟩⟨m| VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|V (tprime)|m⟩ ⟨m|V (tprimeprime)|i⟩ eiωnmtprime+iωmitprimeprime

(3235)

が導かれる途中で VI = eiH0thV eminusiH

0thであることを用いて

⟨n|VI(t)|i⟩ = ⟨n|eiH0thV eminusiH0th|i⟩ (3236)

= ⟨n|V (t)|i⟩ eiωnit (3237)

を使ったこのとき ωni = ωn minus ωiである時間に依存した摂動論は状態がある初期状態 |i⟩から状態 |n⟩遷移確率を計算する

のに頻繁に用いられる着目する終状態 |n⟩が初期状態と異なるときc0n(t) = 0となり 1次近似 c1n(t)が重要となるある時間 tにおける状態 |n⟩への遷移確率 Pirarrnはこの1次近似を用いて

Pirarrn =

∣∣∣∣ 1ihint t

0dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnit

prime∣∣∣∣2 (3238)

で表される

第II部

66

第4章 二準位系と電磁波

41 二準位系スピンおよびBloch球量子系の操作の対象として量子ビット(quantum bit)というものを考えよう量

子ビットは二つの直交した量子状態 |g⟩と |e⟩からなるものであり⟨g|g⟩ = ⟨e|e⟩ = 1

と ⟨g|e⟩ = 0を満たすベクトル表記では |g⟩ = (0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義されるこの量子状態の組は二準位系とも呼ばれるスピン 12の系のように自然と二準位系になっているものもあるがある個別量子系がもつ多数の量子状態から電磁波による操作性コヒーレンスといった量子操作に関わるメリットを勘案して二つの量子状態が選ばれることが多い量子情報はこの |g⟩ |e⟩で構成される量子ビットに記録される一般にはこの量子ビットは多数個を扱うことになるがまずは一つの量子ビットのHamiltonianを基底状態(ground state)のエネルギー hωgと励起状態(excited state)のエネルギー hωeに射影演算子 |g⟩⟨g| と |e⟩⟨e|をそれぞれつけて

H = hωg|g⟩⟨g|+ hωe|e⟩⟨e| (411)

と書こう当然この Hamiltonianを |g⟩や |e⟩で挟んで期待値を計算すればそれぞれ基底状態と励起状態のエネルギーが得られるここでこのHamiltonianを次のPauli演算子

σx =

(0 1

1 0

)= |e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e| (412)

σy =

(0 minusii 0

)= minusi|e⟩⟨g|+ i|g⟩⟨e| (413)

σz =

(1 0

0 minus1

)= minus|g⟩⟨g|+ |e⟩⟨e| (414)

を用いて書き直したいなお本書ではこれ以降特に混乱がない限り演算子を表すのによく用いられるハット記号を省略するこれらを用いると

H =h(ωe minus ωg)

2σz +

h(ωe + ωg)

2I

=hωq2σz (415)

となるがここで右辺第二項は単位行列に比例し系全体のエネルギーのオフセットとなるのみであるから無視するωq = ωeminusωgは量子ビットの遷移周波数であり後の節

第 4章 二準位系と電磁波 67

で見るように量子ビットの状態を変化させるために印加されるべき電磁波の周波数を与えるここで一旦 Pauli 演算子 (412)-(414) の性質を見ておこうまず Pauli 演算子は

Hermite演算子であるすなわち σdaggerξ = σξ (ξ = x y z)が成立するしたがってPauli

演算子は可観測量となりなんらかの物理量に対応するものと解釈できるもう一つの性質はもう少し込み入ったものだが重要であるそれは演算子の交換子 [AB] = ABminusBAに関してPauli演算子が

[σx σy] = 2iσz [σy σz] = 2iσx [σz σx] = 2iσy (416)

という関係を満たすことである上記の関係式は次のようにまとめることができる

[σi σj ] = 2iϵijkσk (417)

ただし (i j k) = (1 2 3) (2 3 1) (3 1 2)でありそれ以外の場合には σ2x = σ2y =

σ2z = I となっているまたϵijk は Levi-Civita記号であるPauli演算子は実は特殊ユニタリー群 SU(2)の生成子になっておりスピン 12系を良く記述するすなわち量子ビットはスピン 12系とみなすことができるのであるこの対応によって実はPauli演算子の期待値 σξ はいまや ξ 軸のスピン成分と読み替えることができるようになり量子ビットの状態を Bloch球(図 41)上の一点で表現することが可能になるBloch球上では (|g⟩+ |e⟩)

radic2 (|g⟩minus |e⟩)

radic2 (|g⟩minus i |e⟩)

radic2 (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 and

|e⟩ |g⟩がそれぞれ x y z 軸となる1もし量子ビットが純粋状態 |ψ⟩にあればパラメータ θと ϕを用いて |ψ⟩ = cos (θ2) |e⟩+ eiϕ sin (θ2) |g⟩あるいは Bloch球上の(sin θ cosϕ sin θ sinϕ cos θ)で表されるかくして Bloch球上の点として量子状態を表現することができ量子ビットの量子

状態の可視化ができたわけであるがここで不確定性関係について注意しておきたい(416)(417)式にあるように σξ は非可換であるためそのうち二つの Pauli演算子を同時に測定した際には不確定性関係に表されているような量子ゆらぎが存在するはずである図 41の矢印の先の点が少しぼやけた点になっているのはこの「気持ち」を表している

42 電磁波量子系を操るうえで量子ビットの状態 |g⟩と |e⟩の間を自由に行き来しかつその

重ね合わせ状態などを作る必要がある量子ビットが物質の電子状態やスピンにより構成される場合基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩は一般に縮退しておらずそのエネルギー差を hωqとするこのエネルギーに対応する(角)周波数すなわち遷移周波数 ωqの電磁波を照射することにより量子ビットの状態を操ることができるのであるこのときやはり量子系を操るという観点では電磁場を量子的に扱う必要がしばしば

ある電磁場の量子論(quantum electrodynamics)はそれ自体非常に示唆に富み非1これらの基底ベクトルが σx σy σz の固有ベクトルとなっている

第 4章 二準位系と電磁波 68

図 41 Bloch球による量子ビットの表示

常に学びがいのあるトピックであるしかしながら電磁場の量子論の包括的な記述は本書の趣旨から逸れるため詳細は文献 [1]を参照してもらうなどしてここではそのさわりを述べるにとどめるここでは有限の体積を持つ光モードつまり Fabry-Perot共振器などのもつ光共振器

(optical resonator optical cavity)モードについて考えよう状況を簡単にするために単一の共振モードのみを考えるとそのエネルギーは

E =1

2

intcavity

(ε0E

2 +1

micro0B2

)  dV

= 2ε0Vcavityω2cA middotAlowast (421)

と書けるここでE B Aはそれぞれ共振モードの電場磁場ベクトルポテンシャルである2さらに ε0 と micro0は真空の誘電率と透磁率でありVcavity および ωc は共振モードのモード体積(mode volume)と共振(角)周波数である正準変数 qpと偏光ベクトル εによってA =

radic14ε0Vcavityω2

c (ωcq + ip)εと書き直すことにより

E =1

2(p2 + ω2

cq2) (422)

と書けるがこれは調和振動子(harmonic oscillator)のエネルギーである正準変数が演算子に置き換わることで上式は量子力学的なHamiltonianとなる古典力学における調和振動子は位相空間上において点 (q p)が円を描くことはご存じだろう量子力学的には位相空間上のある分布が円を描くように運動するqを in-phasepを quadratureと

2ベクトルポテンシャルがAeminusiωct+ikmiddotr+Alowasteiωctminusikmiddotrの形にかけることを仮定しているE = minuspartAdtと B = nablatimesA の関係式も用いた

第 4章 二準位系と電磁波 69

呼ぶこともある通常の手続きに従って消滅演算子aを用いてA =radich2ε0Vcavityωcaε

としようこうすれば

E = hωc

(adaggera+

1

2

)(423)

と書けて量子力学的な調和振動子のHamiltonianとしてよく見る形になるゼロ点エネルギー hωc2は以後無視し E = hωca

daggeraとするがこれは n = adaggeraが共振モード中の光子の数を表すことから共振モードにある振動量子の総エネルギーの演算子となっていることが明らかであるこのように生成消滅演算子を用いた書き方にすると電場と磁場は次のようになる

E = i

radichωc

2ε0Vcavityε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (424)

B = i

radich

2ε0Vcavityωck times ε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (425)

これを回転系に乗らずにかつ位相を適切に選んで書くと

E = Ezpf(a+ adagger)ε (426)

B = Bzpf(a+ adagger)k times ε (427)

というシンプルな形になるここでEzpf =radichωc2ε0Vcavity と Bzpf =

radich2ε0Vcavityωc

は共振器場の真空ゆらぎ(vacuum fluctuationまたは zero-point fluctuation)でありモード体積が小さければ小さいほど真空ゆらぎが大きくなることは覚えておいて損はない

421 調和振動子の昇降演算子ここでさきほど出てきた調和振動子の生成消滅演算子 aadaggerについて性質をみて

おこうと思うまず交換関係 [a adagger] = 1より [n a] = minusa[n adagger] = adaggerがすぐに導けるいまn = adaggeraの固有状態 |λ⟩を考えよう固有値 λは調和振動子の振動量子の数になっておりn |λ⟩ = λ |λ⟩とまとめてかけるこの固有状態 |λ⟩に上の交換関係を作用させてみる例えば

(naminus an) |λ⟩ = (naminus λa) |λ⟩ = minusa |λ⟩(nadagger minus adaggern) |λ⟩ = (nadagger minus λadagger) |λ⟩ = adagger |λ⟩

と固有値 n |λ⟩ = λ |λ⟩を用いて書き直せるがこれは

n(a |λ⟩) = (λminus 1)(a |λ⟩) (428)

n(adagger |λ⟩) = (λ+ 1)(adagger |λ⟩) (429)

第 4章 二準位系と電磁波 70

と整理できるこれらの式の意味するところは明快で振動量子の数が λ個の量子状態 |λ⟩に生成消滅演算子 adaggeraが作用した状態 adagger |λ⟩および a |λ⟩は振動量子の数を数える演算子 adaggeraの固有値 λ+ 1あるいは λminus 1の固有状態である言い換えると生成演算子は振動量子の数を一つ増やし消滅演算子は振動量子の数を一つ減らすような演算子であることがわかるすなわちこれらは量子ビットにおける昇降演算子に対応した調和振動子の昇降演算子であるといえる

43 二準位系と電磁波の相互作用 

431 Jaynes-Cummings相互作用量子ビットを構成する量子状態は理想的には互いに直交するようなものであるそ

して |g⟩からある状態例えば |e⟩や (|g⟩+ |e⟩)radic2といった所望の状態にするためには

何らかの方法で |g⟩と |e⟩を ldquo混ぜ合わせるrdquoことが不可欠である量子ビットを構成する量子状態は非調和振動子の基底状態と第一励起状態であったりスピンの ldquo上向きrdquo

と ldquo下向きrdquoであったりと様々だが遷移双極子モーメント(transition dipole moment)でつながる二つの量子状態 3が選ばれ量子状態間の遷移が電磁場により引き起こされるということは共通している4遷移双極子モーメント dは直観的には例えば電場や磁場によって誘起される古典的な電気双極子モーメント erや磁気双極子モーメント microと思えばよいこれの量子力学的な演算子の導出は文献 [2]に譲り具体的な形を書き下そう

d = micro (|e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e|)= micro(σ+ + σminus) (431)

この表式では次の演算子を新たに定義している

σ+ = |e⟩⟨g| =

(0 1

0 0

)=σx + iσy

2(432)

σminus = |g⟩⟨e| =

(0 0

1 0

)=σx minus iσy

2 (433)

これらの演算子は見ての通り量子ビット系に対して昇降演算子として作用するすなわちその双極子モーメントを外場で誘起することによって量子ビットの操作を行うことができる

3四重極モーメント(quandrupole moment)でつながる二準位により量子ビットが構成されることもある

4光子の偏光のようなエネルギー的に縮退した状況もあれば中間準位 |r⟩を経由して |g⟩と |e⟩を電磁波で遷移させる場合もあり後者のような場合の取り扱いは付録 Cに記載してある

第 4章 二準位系と電磁波 71

電場で誘起されるような双極子モーメントに対して平行な電場を持つ電磁波5が量子ビット系に印加されたとしようこのときHamiltonianには相互作用項が追加されるがこれは一般の多重極モーメントを考慮すると電場の多項式となるところが今は双極子モーメントのみを考えているため電場の1次のみで d middotEとなる演算子の表現 [2] d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いると相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (434)

と書くことができるさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であることを仮定しようするとσ+adaggerのような項は周波数ωq+ωcで ldquo速く振動するrdquo

項であり無視することができるこれを回転波近似(rotating-wave approximation)というこれにより相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (435)

という形になるこれを Jaynes-Cummings相互作用 [3]といい結合定数(coupling

constant)が g = microEzpfhで与えられる6この相互作用項の物理的な意味は単純で電磁波の量子つまり光子が一つ吸収 (放出)され同時に量子ビットが励起される(脱励起する)ような過程を表している特殊な状況ではanti-Jaynes-Cummings相互作用も扱うことがあるので紹介してお

こうこれはHint = hgprime(σ+a

dagger + σminusa) (436)

という形をしておりちょうど Jaynes-Cummings相互作用を得た際に残した項と無視した項が入れ替わった形である例えば系を周波数 ωq+ωcで駆動するような場合には量子ビットの励起と光子の生成が同時に起こりanti-Jaynes-Cummings相互作用でよく記述される状況となるまた原子イオン系に対して二つのレーザー光を照射しイオンの振動を調和振動子とした Jaynes-Cummings相互作用と anti-Jaynes-Cummings

相互作用を同時に引き起こすことでMoslashlmer-Soslashrensenゲート [4]と呼ばれる現時点で最も高精度な二量子ビット操作が実現されている [5]

44 二準位系と電磁波の例核磁気共鳴における二準位系

核磁気共鳴は物質科学における分光法として頻繁に用いられるほかMRI(magnetic

resonance imaging)という医療機器に用いられる技術としても馴染み深い核磁気共5ここでは簡単のため単一のモードを考える6用語の解説を少ししておく 通常 (anti-)Jaynes-Cummings 相互作用は量子ビットと調和振動子の

結合に用いられる用語である 二つの調和振動子(消滅演算子が a と b)の場合 hg(adaggerb + abdagger) やhg(adaggerbdagger + ab)で書かれる相互作用はそれぞれビームスプリッター相互作用パラメトリックゲイン相互作用などと呼ばれる 量子ビットどうしの相互作用については σx otimes σx や σx otimes σy のようなものがあるがこれらはそのまま XX 相互作用や XY 相互作用などと呼ばれる

第 4章 二準位系と電磁波 72

図 42 カルシウムイオンとイッテルビウムイオンのエネルギー準位の一部

鳴においては磁場下で Zeeman分裂した核スピンの二つの状態 |uarr⟩と |darr⟩が二準位系となる核スピンといってもそれ単体であるわけではなくなんらかの分子の中のリン原子や水素原子なりの原子核(水素原子の場合は単に陽子)の核スピンを扱うことが多い分子が溶け込んだ溶液に対して 1 T程度の磁場を印可し数十MHzほどのZeeman

分裂をした核スピン自由度に対して対応する周波数のRF磁場を印可することで二準位系と電磁波の相互作用が実装される使用する分子によって核スピンの数やコヒーレンス時間は変化するがコヒーレンス時間に関しては測定が困難なほど長いものもあるこれは核スピンというものが物質の中でも非常によく外界から隔離されたものであることを意味している

原子における二準位系

中性原子気体あるいは原子イオンを用いた系はその内部構造の豊富さから多様な二準位系の構成が可能であるここでは特に原子イオン系でよく用いられる光領域で動作するものとマイクロ波領域で動作するものについて紹介しようなお以下の説明で超微細構造というものが出てくるがこちらに関しては付録 Dを参照してほしいまず光領域で動作する二準位系の説明のために例としてカルシウム(Ca)原子(一

価)イオンのエネルギー準位を図 42に示すアルカリ土類金属原子であるCaイオンは最外殻電子が一つであり中性アルカリ金属原子と同様に基底状態が S状態であり寿命が数ナノ秒程度の励起状態であるP状態への電気双極子による光遷移を有するそのほかにD状態もありこれは寿命が 1秒程度と長いため準安定状態とみなされるD状態から P状態への光学遷移も許容されているがS状態と D状態のあいだの光学遷移は電気四重極子遷移と呼ばれ双極子遷移により許容されていないため非常に弱い遷移でかつ特殊な光の照射の仕方をしなければならないしかしながらこの光学遷移を用いる事で S状態を基底状態 |g⟩D状態を励起状態 |e⟩として扱うことができるマイクロ波領域で動作する二準位系の説明にはイッテルビウム(Yb)原子(一価)

第 4章 二準位系と電磁波 73

図 43 量子ドットの励起子(左)と量子ドットに閉じ込められた電子(右)破線はFermiエネルギーを模式的に書いたもの

イオンが適切だろうYbイオンの基底状態は S状態でありかつ核スピンが 12であるこれより基底状態の超微細構造は F = 0と F = 1の二つであり微細構造分裂は周波数にして 126 GHz程度となっているF = 0の状態はmF = 0という一つの状態しかなくF = 1の状態はmF = minus1 0 1の三つとなっておりF = 0の状態を基底状態 |g⟩F = 1の状態のひとつを励起状態 |e⟩とし126 GHzのマイクロ波を照射するあるいは光のRaman遷移を用いる事によって二つの状態間を遷移させることができるこの超微細構造を用いた二準位系の場合にはどちらの状態も基底状態であるから寿命はほとんど無限と思ってよいほどの長さになる7原子あるいは原子イオンを用いると非常に寿命の長くかつ全く性質の同じ二準位系

を多数用意できるという点が利点として挙げられるただし原子が周囲の気体と衝突するとよくないので超高真空(10minus10 Pa程度)にする必要がありかつ集積性や系の安定性に関して課題を抱えている

固体量子欠陥における二準位系

金属でない個体中の原子が一つ抜けているような欠陥は量子欠陥と呼ばれバルクの個体とは異なる光学遷移を有することが知られているこの光学遷移がバンドギャップ内にあるためにこれをコヒーレントに駆動することが可能であるため量子技術に有用な二準位系を作ることができるものとして着目される

第 4章 二準位系と電磁波 74

光学的に制御される半導体量子ドットにおける二準位系

半導体の結晶成長技術は原子一層ずつの積層すら可能にしこの成膜技術を駆使することによりバンドギャップの小さい物質(例えば InAs)のナノメートルサイズの領域をバンドギャップの大きな物質中(InAsに対してGaAsなど)に作製することが可能であるこのバンドギャップの小さい物質のナノメートルサイズの領域を量子ドットと呼びそこには単一あるいは二つの電子が捕獲されることからこの電子の光学遷移およびスピン状態の量子レベルでの制御が着目されている量子ドットを 1次元的に概念図にしたものが図 43である量子ドット中の電子は十

数ナノメートルの空間に局在したいていの場合単一の電子のみが量子ドット中に存在することになる量子ドットの ldquo伝導帯rdquoにも電子の存在できるエネルギー準位(寿命は数百ピコ秒)がありこの ldquo価電子帯rdquo= |g⟩から ldquo伝導帯rdquo= |e⟩へ電子が遷移することによる素励起を励起子というこの光学遷移が量子ドットの主たる光学遷移およびそれに対応する二準位系になるまた価電子帯で閉じ込められた電子自身のスピン自由度も二準位系として用いる事

ができる(図 43右)数 Tの磁場のもとでスピンのコヒーレンス時間が数マイクロ秒程度あるため誘導Raman遷移などの光学的な手法によってこのスピン状態を量子的に操作することが可能であるとくに半導体はバンドギャップの制御によってこの量子ドットの光学遷移の波長が紫

外域から近赤外光まで幅広く変化させることができる点が魅力的であるまた半導体の微細加工技術を活用すると量子ドットをフォトニック結晶共振器中に配置し強く結合させることも可能である

超伝導回路における二準位系

詳細は 92節で述べるが超伝導体でキャパシタと Josephson接合(量子トンネル効果が顕著となるくらい微細なキャパシタ構造)の並列回路を作るとこの回路は非線形LC共振器としてふるまう非線形な LC共振器の基底状態から第一励起状態までと第一励起状態から第二励起状態までの遷移エネルギーが異なることを利用してこの回路の基底状態を |g⟩第一励起状態を |e⟩とする二準位系を構成することが可能であるこの遷移エネルギーは設計にもよるが数 GHzから 20 GHz程度まで多様であるまた超伝導回路は設計次第で電磁波と量子ビットの結合強度を非常に強くすることができ強分散領域という結合領域にも容易に到達できるという利点もある

441 自然放出と誘導放出二準位系に電磁波が関与する過程としてここでは自然放出と誘導吸収誘導放出と

いう二つの過程を紹介しておこうまず自然放出(spontaneous emission)は二準位

7一応磁気双極子遷移であるとして寿命を見積もることはできるが何万年とか何億年とかの寿命が算出される

第 4章 二準位系と電磁波 75

系を励起状態に用意した際に何もしなくても励起所状態から基底状態に遷移してしまいその時に遷移周波数に対応する電磁波を放出するという現象である電子が原子核からの復元力をうけて振動しているというような古典的な原子の描像でいうと電子の振動が電磁場の振動つまり電磁波を発生させてエネルギーを失っていくようなイメージであるもちろんこの状況で電子はどんどんエネルギーを失って原子核に ldquo落ちてrdquo行ってしまうがそうならないというのが古典力学の不十分さと量子論の必要性を浮き彫りにしている量子論ひいては量子力学では原子のなかで離散的なエネルギーの状態しか取れないため量子的な描像では励起状態にある原子が基底状態に遷移しそのときに対応するエネルギーの光子が一個飛び出るということになるこの時に放出される電磁波の位相は完全にランダムでありこのランダムさがのちに導入する位相緩和に自然放出が寄与を持つ理由であるまた自然放出が起こる理由は二準位系の遷移周波数に対応する周波数の電磁波の真空ゆらぎが二準位系の遷移に作用しこの直後に述べる誘導放出を引き起こすためと考えてもよい自然放出と対照的なのが誘導吸収(induced absorption)と誘導放出(induced emis-

sion)であるこれらは電磁波が二準位系に照射された時に光子が基底状態の二準位系に吸収される過程と励起状態の二準位系が光子を照射された電磁波の位相に従って放出する過程である誘導吸収と誘導放出は逆過程であるため同じ頻度で起こるしたがって連続的な電磁波をいくら強く当てても二準位系の占有確率が励起状態のみになるということはなく定常状態ではせいぜい基底状態と励起状態の占有確率が半々になる程度である自然放出もあわせると定常状態での励起状態の占有確率は 05以下になることがわかるのちにRabi振動やRamsey干渉といった現象で見るように誘導放出と誘導吸収は照射された電磁波の位相と二準位系の量子状態がきれいに対応するような過程(コヒーレントな過程)である

76

第5章 二準位系のダイナミクスと緩和

51 Bloch方程式と緩和511 Bloch方程式前節では量子ビットがスピン 12系と等価であることを見たスピンの基本的なダ

イナミクスは量子技術の観点では電磁波との相互作用により引き起こされるあるいは周囲の環境との相互作用による量子ビットの緩和もまた考えなければならない1946年には Felix Blochが印加磁場まわりのスピン (より正確には磁化)の歳差運動を記述する方程式を見出したこの Bloch方程式は基本的に核磁気共鳴や電子スピン共鳴のような実際のスピン系におけるダイナミクスを記述するものであるしかしながら1957年Richard P Feynmanは仮想的なスピン 12系である量子ビットのダイナミクスに関してもこのBloch 方程式が適用可能であることを見出した本節ではまず量子ビットに対する密度演算子を導入しそのスピン 12系との対応そして密度演算子のダイナミクスを与えるマスター方程式について述べるさらに具体的なケースとして量子ビットに関する Bloch方程式を導出しよう密度演算子 ρは単一の量子状態 |ψ⟩で表される純粋状態 ρ = |ψ⟩ ⟨ψ|だけでなく

いくつかの量子状態 |ψi⟩を確率 pi で取るような混合状態 ρ =sum

i pi|ψi⟩⟨ψi|をも表現することができる点でketベクトルよりも一般的な量子状態を記述できるここでは|ψ⟩ = cg|g⟩+ ce|e⟩の密度演算子

ρ = |ψ⟩⟨ψ|= ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=

(|ce|2 clowastgce

cgclowaste |cg|2

)(511)

を主に考えていこうこの密度演算子のダイナミクスはどのようなものであろうかこれを見るためにSchrodinger表示の状態ベクトル |ψ(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψ⟩ = Ut |ψ⟩が系の HamiltonianHに従って時間発展するとしようすると密度演算子 ρ(t) = UtρU

daggert の

時間微分はdρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) + i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (512)

と計算されLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (513)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 77

を得るここで密度演算子に対する Liouville-von Neumann方程式 (513)と演算子Aに対するHeisenberg方程式 ihpartApartt = [AH]の違いに注意したい次に量子ビットが電磁波(とくに断らない限り電気双極子遷移を用いた量子ビットを

イメージすればよい)で駆動(よく driveという)されているような状況を当面は後に導入する緩和を抜きに考える駆動された量子ビットの Hamiltonianは付録 Cにもあるような方法で次のように与えられる

H =hωq2σz +

2(σ+e

minusiωdt + σminuseiωdt) (514)

ここで電場の振幅Edを用いてΩ = microEdというパラメータを導入したSchrodinger表示ではHamiltonianは指数関数の肩に乗って量子状態を時間発展させるのでこのパラメータは量子ビットの状態遷移のタイムスケールに関与するであろう回転系への変換(付録 B参照)をユニタリ行列 U = exp[i(ωd2)σzt]によって施すと

H =h∆q

2σz +

2(σ+ + σminus) (515)

となるここで離調(detuning)∆q = ωq minus ωdを定義したこれを Louville-von Neu-

mann方程式(513)に代入し|g⟩や |e⟩で挟んで ρij = ⟨i| ρ |j⟩を評価することで次の式を得る

dρeedt

= iΩ

2(ρeg minus ρge) (516)

dρggdt

= minusiΩ2(ρeg minus ρge) (517)

dρegdt

= minusi∆qρeg minus iΩ

2(ρgg minus ρee) (518)

dρgedt

= i∆qρge + iΩ

2(ρgg minus ρee) (519)

ここでsx = ρge + ρeg sy = minusi(ρge minus ρeg) sz = ρee minus ρgg

によって仮想的なスピン成分に対応する量を定義しようなぜこれがスピン成分と思えるかというと密度演算子が

ρ = ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=1

2(I + sxσx + syσy + szσz) (5110)

と書けるからであるこれらの量を用いる事で上記の微分方程式の組が次のようにまと

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 78

められるdsxdt

= minus∆qsy

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz

dszdt

= Ωsy

lArrrArr d

dt

sxsysz

=

Ω

0

∆q

times

sxsysz

lArrrArr ds

dt= B times s

これが Feynmanの見出した緩和なしの量子ビットに対する Bloch方程式でありたしかに最後の式は ldquo磁場rdquoB = (Ω 0∆q)の周りを ldquoスピンrdquosが歳差運動するような形となっている

512 緩和がある場合のBloch方程式マスター方程式(master equation導出については付録 E参照)はLiouville-von

Neumann方程式に緩和(relaxation)を取り込む点でもう少し一般的なプロセスを記述できる緩和のダイナミクスは緩和を表す演算子Λおよびそれを用いた Lindbladian

あるいは Lindblad superoperator

L(Λ)ρ = 2ΛρΛdagger minus ΛdaggerΛρminus ρΛdaggerΛ (5111)

を Liouville-von Neumann方程式に導入することで表される緩和に関して自然放出(spontaneous emission)など環境の温度によらないレートを Γ熱浴(thermal bath

あるいは単に bath)の温度に依存するレートを Γprimeとすると一般的なマスター方程式は次のようなものである

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(

radicΓ + ΓprimeΛ)ρ+

1

2L(

radicΓprimeΛ)ρ (5112)

環境の温度によって決まるレート Γprimeだが大抵の場合は量子ビットの遷移エネルギーhωqに対して十分小さなエネルギースケールまで量子ビットの置かれる環境の温度 T を冷却する(kBT ≪ hωq)ためΓに対して十分小さくなり無視できる環境温度によらない緩和としてここでは二つの緩和を考えるひとつは自然放出あるいは縦緩和(longitudinal relaxation)と呼ばれるこれは励起状態 |e⟩の寿命が有限であることに起因しL(

radicΓ1σminus)という Lindbladianで表されるもうひとつは位相緩和(dephasing)

あるいは横緩和(transverse relaxation)と呼ばれその原因は電磁場環境のゆらぎなど多岐にわたる位相緩和は L(

radic2Γ2σz2)という Lindbladianによって表現される

これらの緩和を考慮に入れると量子系を取り扱ううえで最も基本的なマスター方程式が得られる

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(radic

Γ1σminus)ρ+1

2L(radic

Γ2σz)ρ (5113)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 79

図 51 縦緩和あるいは自然放出によるBloch球の変化(左)と横緩和あるいは位相緩和によるもの(右)

Bloch方程式を導いた時と同様に密度演算子の成分ごとの方程式に書き直して sx sy sz

としてまとめることで緩和を含んだ Bloch方程式が得られるdsxdt

= minus∆qsy minusΓ1 + 2Γ2

2sx (5114)

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz minusΓ1 + 2Γ2

2sy (5115)

dszdt

= Ωsy minus Γ1(sz + 1) (5116)

lArrrArr ds

dt= B times sminus

Γ1+2Γ2

2 sxΓ1+2Γ2

2 sy

Γ1(sz + 1)

(5117)

とくに今の場合には Γprimeの効果を無視しているこの近似は光周波数(波長 1 micromならばおよそ 300 THz)領域の量子ビットが室温環境(kB times 300 K≃ h times 6 THz)で扱われる場合に特によく成り立つことから光学的Bloch方程式(optical Bloch equation)とも呼ばれる上の方程式から見て取れるようにΓ1は励起状態 |e⟩から基底状態 |g⟩への遷移のレートを表している1この過程は自然放出と呼ばれるがこれは照射された電磁波による誘導放出ではなく真空場による誘導放出と考えることができる余談だが二準位系の緩和レート Γが純粋に真空場による誘導放出によるものすなわち自然放出過程によるものとみなせる場合二準位系の遷移双極子モーメント microと次の関係式

1Γ2 = 0sz(t = 0) = 1に関して Bloch方程式を解いてみよ励起状態の占有確率の指数関数的な減衰がみられるはずである

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 80

図 52 離調がない場合(左)とある場合 (右) のRabi振動

が成り立つ

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(5118)

Γ2 で表される緩和は占有確率の変化を引き起こさないがBlochベクトル (sx sy sz)

のうち sxと syを ldquo縮めるrdquo効果を持つ (図 51)これは結果として量子ビットが重ね合わせ状態などに関する位相の情報を失っていくことを意味しておりそれゆえに位相緩和と呼ばれる自然放出による位相緩和も含めた Γ1 + 2Γ2がトータルの位相緩和レートとなるためΓ2はとくに純位相緩和レート(pure dephasing rate)と呼ばれることもある

52 Rabi振動さて電磁波による駆動と緩和のもとでの量子ビットのダイナミクスを記述する方

程式が得られたため実際にどのような振る舞いになるかを見てみようといってもBloch方程式を解析的に解くのは特殊な場合を除いて簡単ではないためまず理想的な場合として離調がなく (∆q = 0)緩和もない(Γ1 = Γ2 = 0)状況を見てみようこの時の Bloch方程式は

dsxdt

= 0dsydt

= minusΩszdszdt

= Ωsy

となり初めに量子ビットが基底状態にある(sz(t = 0) = minus1)という初期条件のもとで sx = 0sz = minus cos (Ωt)sy = sin (Ωt)という解が得られるこの解ははじめ |g⟩にあった Blochベクトルが (Ω 0 0)つまり Bloch球でいうと図 52の左側のように x

軸まわりに回転することを意味しているΩは Rabi周波数(Rabi frequency)と呼ば

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 81

図 53 Rabi振動における |e⟩の占有確率左 自然放出がないとしたときの様々な離調 δに対する振る舞い右 離調がないとしたときの様々な自然放出レートに対する振る舞い数値計算にはQuTiP [6]を用いた

れるが見ての通り Blochベクトルが回転する周波数になっているRabi周波数には駆動電場と Ω = microEd2hという関係があるので駆動電場をオンにしている時間と強度によって回転角が決まるつぎにもう少し複雑な状況を考えるべく離調がゼロでない∆q = 0場合を見てみよう

このときにはBlochベクトルが (Ω 0∆q)というx軸から角度 θ = arctan (∆qΩ)だけ傾いたベクトルの周りに回転することになる(図 52の右側)つまり|e⟩の占有確率は離調がゼロの時のように 1には至らずかつベクトル (Ω 0∆q)の長さΩprime =

radicΩ2 +∆2

q

で占有確率が振動する(図 53左)この Ωprimeを一般化 Rabi周波数(generalized Rabi

frequency)ともいう最後にΓ1と Γ2がゼロでない場合つまり緩和がある場合を考えようこのときに

はRabi振動は緩和によって振幅を失っていきszはある値に収束するこの値は駆動の強さと緩和の強さがバランスすることによって決まり定常状態を解析することで得られるダイナミクス自体は通常QuTiP [6]などの数値計算パッケージを用いて図 53

右のように解析することができる

53 Ramsey干渉もうひとつ量子ビットのダイナミクスを利用した量子力学的現象に Ramsey干渉

(Ramsey interference)というものがあるRamsey干渉においては量子ビットはまず|g⟩と |e⟩の重ね合わせ状態にされある時間ののちに異なる位相を獲得した |g⟩と |e⟩が再び干渉しldquo干渉縞(interference fringe)rdquoが現れるRamsey干渉は量子ビットの位相(sxsy成分)の時間発展を知りたい場合に便利な現象でありこれをBloch球とBlochベクトルを用いて理解することが本節の目標である初めにRabi振動において回転角が π2となるようパルス幅∆t = π2Ωの共鳴電

磁波を照射するこれを π2パルスと呼ぶこれによってはじめ |g⟩にあったBlochベ

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 82

クトルは (|g⟩ minus i |e⟩)radic2に移される(図 54左)その後ある一定時間 τ我々は何も

せず量子ビットは自由に時間発展をする環境に何もノイズがなければBlochベクトルはこの間なにも変化を受けないが現実には様々な環境由来のノイズによってBloch

ベクトルが時間発展をする(図 54中央)そして最後に再び π2パルスを照射するとxy平面内の時間発展が xz平面に移される(図 54右)ここに至り量子ビットの位相の時間発展を szすなわち量子ビットの基底状態あるいは励起状態の占有確率に転写することができたもし一切の緩和や位相のドリフトがなければ最後の π2パルスによって sz = 1が得られるが位相緩和がある場合には τ が長くなるにつれて sz

が(量子ビットの遷移周波数の回転系では)指数関数的に減衰しゼロへ収束し駆動電磁波の強度ゆらぎなどによる位相ドリフトがある場合にはτ に対し位相ドリフトに特徴的な時間スケールで sz が変動する

54 スピンエコー法スピンエコー法(spin-echo)とはある一定の条件下で上記のような位相ドリフト

の効果を打ち消すような量子ビットの制御シークエンスのことである基本的なアイデアはシンプルである位相ドリフトはBloch球上での z軸まわりの回転とみることができるがもし位相ドリフトが十分ゆっくりであればRabi振動で回転角がちょうど π

となる πパルスを量子ビットに作用させることで位相ドリフトを「巻き戻す」ことができる例えば精密な πパルスを作用させたいときに少量の z軸まわりの回転が入り込んでしまうとそれが πパルスの精密さに限界を与えてしまうスピンエコー法はこのような場合に z軸まわりの回転の影響をキャンセルするのに有用であるこのためにスピンエコー法では本来 πパルスであるべき制御シークエンスを時

間 τ だけ間隔をあけた二つの π2パルスに分割し二つのパルスのちょうど中間τ2だけ経過したタイミングに π パルスを挿入するはじめ量子ビットが |g⟩にあるとすると初めの π2パルスで |minusi⟩状態に遷移しその後 τ2だけ位相ドリフトが生じる(図 55上段左中央)次の πパルスによって y軸まわりにBlochベクトルが回転し

図 54 Ramsey干渉の概略

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 83

図 55 スピンエコー法の概略

た後再度 τ2だけ位相ドリフトが起こるとシークエンス全体としての位相ドリフトがキャンセルされて |minusi⟩状態に戻っていることがわかる(図 55上段右下段左)最後に π2パルスを作用させることで当初の目的であった |e⟩への精密な πパルスを実現できるということになる(図 55下段中央)上記の説明ではπパルスなどが有限の時間かかることによる追加の位相ドリフトに関して簡単のため無視したが実際の実験ではパルス幅の調整により位相ドリフトが全体でキャンセルされるようにキャリブレーションを行うというのが実情であろう

84

第6章 調和振動子

61 Fock状態光音モノの振動など我々が日常で見る波は物理の言葉では様々な媒体の調和

振動(harmonic oscillation)として理解されている調和振動はしばしば正準変数 qとpによりHamiltonian

H =p2

2m+

1

2mω2q2

によって記述される1ここでmは質量ωは調和振動の固有(角)周波数である量子力学的な描像に移るためにq rarr qprarr p = (hi)ddqと演算子に置き換えるハット記号は混乱がない限り省略する消滅演算子を a =

radicmω2h [q + (imω)p]と定義すれば上記のHamiltonianは

H = hω

(adaggera+

1

2

)(611)

と書きかえられこのHamiltonianの固有状態 |n⟩ n = 0 1 2 middot middot middot は Fock状態と呼ばれる|n⟩の nは調和振動の振動量子が何個あるかを表すためFock状態は数状態と呼ばれることもあるFock状態は完全正規直交系をなすさらに |n⟩は平均の量子の数が n個量子の数

のゆらぎがゼロの状態であるこういった性質と物理的なわかりやすさからFock状態は様々な量子状態を展開する基底としても重要な役割を果たす

62 コヒーレント状態Fock状態は調和振動子のHamiltonianの固有状態であるが現実世界でFock状態を

目の当たりにすることは容易ではない日常で目にする調和振動といえば振り子のように単一の振動数での正弦波で書かれる現象を想像するだろうではどのような量子状態がもっともこの正弦波的な(言い換えると「古典(力学)的な」)振動に近いものだろうか古典力学的な振動は通常外力による駆動つまり強制振動によって誘起されるので量子力学的な強制振動を考えその結果として生成される量子状態が求めるものに近いであろうと期待される

1光は質量をもたずこの Hamiltonianでは記述できないが調和振動として記述できることには変わりない

第 6章 調和振動子 85

調和振動子の外力による駆動はビームスプリッタ(beam splitter)相互作用Hd =

ihΩ(badagger minus bdaggera)により調和振動子にエネルギーを供給することで可能となるここで a

は先ほどもあった駆動したい調和振動子の消滅演算子bは駆動のための場の消滅演算子でありbも aと同様調和振動子として書かれる駆動場はふつう非常に強いものを考えるのでこれを演算子ではなく古典的な振幅を表すただの数 βで置き換えよう2駆動の時間を τ としα = Ωβτ と定義すると相互作用自体はHd = ih

[(ατ)adagger minus (αlowastτ)a

]となりこれによる時間発展演算子は次のようになる

D(α) = eminusiHdhτ = eαa

daggerminusαlowasta

このユニタリー演算子 D(α)は変位演算子(displacement operator)と呼ばれるこれがなぜ変位演算子と呼ばれるかを明らかにするためまずD(α)のいくつかの重要な性質を見ようまず真空 |0⟩が強制振動により |α⟩ def

= D(α) |0⟩という状態になったとしようするとこの |α⟩は古典力学的な振動の量子版となっていることが期待される天下り的ではあるがaを |α⟩に作用させてみよう

a |α⟩ = aeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= aeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= α |α⟩ (621)

2行目と 4行目ではBaker-Campbell-Hausdorffの公式 eAeB = eA+B+[AB]2 を用いた3行目では aeαa

dagger の指数関数部分を Taylor展開して交換関係 [a adagger] = 1を繰り返し用いeαadaggera+αeαa

dagger となることを用いたこれら二つの項のうち第一項は |0⟩に作用するとゼロとなることにも注意したいこうして量子状態 |α⟩は消滅演算子 aの固有状態でかつ固有値が αであることがわかるこれによってq =

radic2hmω(a+ adagger)2と p =

radic2mhω(aminus adagger)2iの期待値の計算が

容易にできるようになった実際a |α⟩ = α |α⟩と ⟨α| adagger = ⟨α|αlowastを用いると

⟨q⟩ = ⟨α| q |α⟩ =radic

2h

α+ αlowast

2=

radic2h

mωRe[α] (622)

⟨p⟩ = ⟨α| p |α⟩ =radic2mhω

αminus αlowast

2i=

radic2mhωIm[α] (623)

となるさらに qと pの分散も計算したいが⟨α| aa |α⟩ = α2⟨α| adaggera |α⟩ = |α|2そ

2ここで勘のいい読者はこれは循環論法になっていることに気が付くと思う論理的にきっちりやるのであれば例えばコヒーレント状態を消滅演算子の固有状態と定義してしまうのが常道だが著者はあえて物理的な意味の分かりやすい説明をしたいと思う

第 6章 調和振動子 86

して ⟨α| aadagger |α⟩ = |α|2 + 1に留意すると次の表式を得る

∆qdef=

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radic2h

α2 + αlowast2 + 2|α|2 + 1minus α2 minus 2|α|2 minus αlowast2

4

=

radich

2mω (624)

∆pdef=

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radic2mhω

minusα2 minus αlowast2 + 2|α|2 + 1 + α2 + αlowast2minus 2|α|24

=

radicmhω

2 (625)

さて位相空間(qp平面)を考えると|α⟩が点 (radic(2hmω)Re[α]

radic2mhωIm[α])を

中心に q方向にradic(h2mω)p方向に

radic(mhω2)の分散を持った分布となっているこ

とがわかるちなみに後のWigner関数の節でみるようにこの分布は Gauss分布となっており∆q∆p = h2つまり |α⟩は最小不確定状態となっている古典力学的な振動は回転座標系では位相空間上の一点であったことを思い出すとたしかに |α⟩は古典力学的な正弦波的振動の量子版であるといえるだろう|α⟩は位相空間上での偏角も有限の期待値を持つような状態でありそれゆえにコヒーレント状態(coherent state)と呼ばれる3|α⟩ を Fock 状態で展開した係数 An について考えてみよう|α⟩ =

suminfinn=0An |n⟩

a |α⟩ = α |α⟩ からただちに An+1 = αAnradicn+ 1 という漸化式が得られこれより

An = αnA0radicnと求まるこれで |α⟩ =

suminfinn=0(α

nradicn)A0 |n⟩と書けるのだが残っ

たA0については規格化条件 ⟨α |α⟩ = 1からA0 = eminus|α|22と決まるすなわち最終的に

|α⟩ =infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩ (626)

を得る各係数の二乗はコヒーレント状態の数分布であり

Pn =|α|2n

neminus|α|2 (627)

数分布の分散は

∆ndef=

radic⟨(adaggera)2⟩ minus ⟨adaggera⟩2 = |α| (628)

となりPnと併せてコヒーレント状態の数分布が Poisson分布になっていることがわかる

3ldquocoherentrdquoという単語は ldquoco-hererdquoつまり「一貫したまとまった」という意味を持つつまり専門用語ではないので日常会話で coherentという単語が出てきても「おっ物理専攻かな」とそわそわしてはいけない

第 6章 調和振動子 87

63 スクイーズド状態光と物質の相互作用はとても多様で線形な応答を示す現象だけでなく非線形な光学

効果が種々存在する頻繁に目にする非線形性は例えば二次の非線形光学効果のもととなる χ(2)非線形性でHamiltonianには ihg(aaadagger minus adaggeradaggera)のように演算子の 3次の項が入るまた三次の非線形光学効果に寄与する χ(3)非線形性はHamiltonianに演算子の 4次の項が現れるこういった非線形な項に対してちょうど前節の冒頭でやったように一つあるいは二つの演算子をコヒーレントに駆動しただの数に置き換えるといわゆるスクイージング(squeezing)Hamiltonian

Hs = ihr

2τ(eiϕa2 minus eminusiϕadagger

2) (631)

およびこの Hamiltonianによる時間発展を表すスクイージング演算子(squeezing op-

erator)S(r) = eminusi

Hshτ = e

r2(eiϕa2minuseminusiϕadagger

2) (632)

が得られる任意の量子状態に対するスクイージング演算子の作用を計算するのは難しいがコ

ヒーレント状態に対しての作用は比較的容易に計算できかつスクイージング演算子の性質を垣間見ることができるこれを見るためにSdagger(r)aS(r)という量を計算してみようBaker-Campbell-Hausdorffの公式と S = (ra2 minus rlowastadagger

2)(ただし r = reiϕ2)を

用いることでSdagger(r)aS(r)は次のように計算されるSdagger(r)aS(r) = eminusSaeS

= aminus[S a

]+

1

2

[S[S a

]]minus 1

3

[S[S[S a

]]]+ middot middot middot

= a+1

222|r|2a+ 1

424|r|4a+ middot middot middot

minus 2rlowastadagger minus 1

323rlowast|r|2adagger minus 1

525rlowast|r|4adagger minus middot middot middot

= ainfinsumn=0

|2r|2n

(2n)minus adagger

rlowast

|r|

infinsumn=0

|2r|2n+1

(2n+ 1)

= a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r (633)

これによって |r α⟩ def= S(r) |α⟩で qと pの期待値を計算することができ

⟨q⟩ def= ⟨r α| q |r α⟩

=

radich

2mω⟨α|Sdagger(r)(a+ adagger)S(r) |α⟩

=

radich

2mω(α cosh r minus αlowasteminusiϕ sinh r + αlowast cosh r minus αeiϕ sinh r)

=

radich

2mω[(α+ αlowast) cosh r minus (αeiϕ + αlowasteminusiϕ) sinh r] (634)

第 6章 調和振動子 88

および

⟨p⟩ def= ⟨r α| p |r α⟩

=

radicmhω

2[(αminus αlowast) cosh r + (αeiϕ minus αlowasteminusiϕ) sinh r] (635)

が得られるさらに分散を計算するために langq2rang def= ⟨r α| q2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)q2S(r) |α⟩

と langp2rang def

= ⟨r α| p2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)p2S(r) |α⟩ を評価しようSdagger(r)q2S(r) はたとえば Sdagger(r)aaS(r) のような項を含むがS(r)Sdagger(r) = 1 を適切に挟むことによってSdagger(r)aaS(r) = Sdagger(r)aS(r)Sdagger(r)aS(r) = (a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r)2 のように計算が簡単になるこのようにして

∆q =

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radich

2mω(cosh 2r minus cosϕ sinh 2r)

∆p =

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radicmhω

2(cosh 2r + cosϕ sinh 2r) (636)

という最終的な分散の表式にたどり着くこれらの結果から分散の積を計算すると∆q∆p = (h2)

radiccosh2 2r minus cos2 ϕ sinh2 2rであり ϕ = 0または r = 0のときに最小値

h2をとるϕ = 0のとき∆q =

radich2mωeminusr と書けるがこれはもとのコヒーレント状態の

q方向の分散よりも eminusr だけ小さくなっており一方で∆p =radicmhω2er はもとのコ

ヒーレント状態の p方向の分散の er 倍になるつまり状態 |r α⟩は位相空間上でコヒーレント状態 |α⟩が q方向につぶれ p方向に伸びるように ldquo絞られたrdquoように見える特に |r 0⟩ = S(r) |0⟩ def

= |r⟩はスクイーズド真空状態(squeezed vacuum state)と呼ばれるがこれについて Fock状態で書き直してみよう準備として

S(r)aSdagger(r) = a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r (637)

が成立することを式(633)と同様に確かめておくとよいこの左辺はスクイーズド真空状態に作用したときにゼロとなるS(r)aSdagger(r)S(r) |0⟩ = S(r)a |0⟩ = 0これよりスクイーズド真空状態は演算子 a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r

def= microa+ νadaggerの固有値ゼロの固

有状態とみることができる|r⟩ =suminfin

n=0Cn |n⟩と書いて microa+ νadaggerを作用させれば漸化式

microradicn+ 2Cn+2 + ν

radicnCn = 0 (638)

が導かれるここで C0 と C1 を求める必要があるが(microa + νadagger)C1 |1⟩ = C1micro |0⟩ +radic2νC2 |2⟩であるから C1 = 0したがって C2n+1 = 0となるC0 = 1

radiccosh rは再び

第 6章 調和振動子 89

規格化条件から決まり

|r⟩ = 1radiccosh r

infinsumn=0

(minus1)neminusinϕ(tanh r)nradic(2n)

2nn|2n⟩ (639)

という表式を得る

64 熱的状態熱的状態(thermal state)は純粋状態ではなくFock状態 |n⟩にある確率が次のよ

うに Boltzmann分布で表される混合状態である

pn =eminusnβhωsuminfinn=0 e

minusnβhω = eminusnβhω(1minus eminusβhω) (641)

ここで β = 1kBT は逆温度kBは Boltzmann定数で T は系の温度である一つの調和振動子の温度というと違和感はあるがこれが温度 T の熱浴と平衡状態にあるときにはこのような熱的状態が実現されるこの熱的状態は密度演算子によって

ρth =

infinsumn=0

pn |n⟩ ⟨n| (642)

と書かれる統計力学でもおなじみの計算により数状態についてその平均値 ⟨n⟩ =suminfinn=0 pn ⟨n| adaggera |n⟩ =

suminfinn=0 npn分散 ∆n =

radic⟨n2⟩ minus ⟨n⟩2 は容易に求まる実際suminfin

n=0 neminusnβhω =

suminfinn=0(minus1hω)(partpartβ)eminusnβhω = (minus1hω)(partpartβ)(1 minus eminusβhω)という

関係を用いることで

⟨n⟩ = eminusβhω

1minus eminusβhω (643)

∆n =

radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩ (644)

となり熱的状態では数分布の分散はその平均値と同程度であることがわかる

65 光子相関調和振動子について何が古典力学的で何が量子的なのだろうか実現されたある状

態はそのくらいコヒーレントなのだろうかこれに対するある程度の答えは本節で導入する二つの相関関数(correlation function)が与えてくれる

第 6章 調和振動子 90

651 振幅相関 一次のコヒーレンス例えば電磁波の電場のような振幅に関する自己相関の量子版は次の一次の相関関数

(first-order correlation function)g(1)によって定められる

g(1)(τ) =

langadagger(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(651)

コヒーレント状態に関してはHeisenberg描像で a(t) = aeminusiωtであるから

g(1)(τ) =

langadaggerarangeminusiωτ

⟨adaggera⟩= eminusiωτ (652)

となりきれいな単色波が自己相関関数として出てくる別の例を考えよう二つのモード a1と a2があるとしその振幅の交差相関関数(cross correlation function)

g(1)12 (τ) =

langadagger1(t)a2(t+ τ)

rangradiclang

adagger1(t)a1(t)ranglang

adagger2(t+ τ)a2(t+ τ)rang (653)

を見てみよう二つのモードがともにコヒーレント状態であればg(1)12 (τ) = eminusiωτ が再び得られるしかしながらFock状態 |n1 n2⟩に関しては g

(1)12 (τ) = 0となってしまう

ことが容易にわかる振幅の相関関数は波動としての干渉効果を表すものであるから|g(1)| = 1のときに波動としての干渉性が最大になりg(1) = 0のときには波動としての可干渉性が全くないと言い換えることができる前者の場合はコヒーレント後者はインコヒーレントともいわれ0 lt g(1) lt 1のときには部分的にコヒーレントなどといわれる

652 強度相関 二次のコヒーレンス強度に関する自己相関の量子版は次の二次の相関関数(second-order correlation

function)g(2)によって定められる

g(2)(τ) =

langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(654)

単色光においては langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rang=langadaggeradaggeraa

rang=langadagger(aadagger minus 1)a

rang=langn2rangminus

⟨n⟩であるから二次の相関関数は次のように書かれる

g(2)(τ) =

langn2rangminus ⟨n⟩

⟨n⟩2= 1 +

(∆n

⟨n⟩

)2

minus 1

⟨n⟩ (655)

したがってコヒーレント状態については∆n =radic⟨n⟩より g(2)(τ) = 1となる熱的

状態に関しては∆n =radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩でありτ = 0においては上式が成立するから g(2)(

第 6章 調和振動子 91

0) = 2である一般論としては古典理論で記述可能な状態に対しては g(2)(τ) ge 1となることが知られている古典理論で記述できない状態として Fock状態を考えてみようFock状態 |n⟩は分散がゼロであるからg(2)(τ) = 1minus1n lt 1となるつまりFock

状態は確かに古典的な対応物がなく 純粋に量子的な状態であることが二次の相関関数からわかるこのように二次の相関関数はある状態がいかに量子的であるかの尺度になっている

66 Wigner関数661 導入密度演算子は量子状態のすべての情報を含むが本節ではこれを位相空間上で表現し

たいそこで密度演算子をWeyl変換する

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rangdqprime (661)

W (q p)はWigner関数として知られているものであるWigner関数が実関数であることはただちにわかるが必ずしも非負値を取らなくてもよい点でこれは確率密度分布にはなっていない二つの変数のうち片方について 2πδ(q) =

intinfinminusinfin dpeminusipq を用いて積分することで周

辺分布(marginal distribution)が得られる

W (q) =

int infin

infinW (q p)dp

=1

2πh

int infin

minusinfindp

int infin

minusinfindqprimeeminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang=

int infin

minusinfindqprimeδqprime

langq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang= ⟨q| ρ |q⟩ (662)

W (q)は明らかに非負である4純粋状態に対してはW (q)が q表現の波動関数を二乗したものであるとみることができるW (p) =

intinfininfin W (q p)dqはどうだろうか少し技

巧的だがintinfinminusinfin |p⟩ ⟨p|dp = 1を二回挿入し ⟨q |p⟩ = eipqh

radic2πhを用いると

W (q) = ⟨p| ρ |p⟩ (663)

であることがわかるつまりこちらの周辺分布W (q)も p表現の波動関数を二乗したものであるとみてよい結局周辺分布はどちらも波動関数の二乗の確率密度関数でありint infin

minusinfinW (q)dq =

int infin

minusinfinW (p)dp =

int infin

infin

int infin

infinW (q p)dqdp = 1

4ρ =sum

|ci|2 |ψi⟩ ⟨ψi|sum

|ci|2 = 1に対して確かめてみよ

第 6章 調和振動子 92

を満たす重複するがWigner関数は負の値を取りうるため確率密度関数ではないが規格化(二

つの変数について積分すると 1を得る)はされているために擬確率密度関数(pseudo-

probability density)とも呼ばれるだからといってWigner関数それ自体の重要性は見逃してはいけないなぜなら古典対応物の存在する量子状態のWigner関数は負の値を取らないことが知られているからだ言い換えればWigner関数の負値は非古典性(nonclassicality)の傍証となるのである

662 Wigner関数の例本節ではいくつかの純粋状態に関してWigner関数を計算してみる純粋状態 |ψ⟩に

対してWigner関数は次のように書かれる

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primeψ

(q +

qprime

2

)ρψlowast

(q minus qprime

2

)dqprime

663 コヒーレント状態最初の例はコヒーレント状態であるまず初めにコヒーレント状態の q表示 ⟨q |α⟩

を求めておくべきであろう

⟨q |α⟩ = ⟨x|infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩

= ⟨x|infinsumn=0

αn

neminus

|α|22 adagger

n |0⟩

= ⟨x| eminus|α|22 eαa

dagger |0⟩

= eminus|α|22 ⟨x| eα

radicmω2h (qminusi

pmω ) |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 ⟨x| eαradic

mω2hqe

minusiα pradic2mhω |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusiαradic2mhω

hi

ddq ⟨x |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hq

langxminus α

radich

2mω|0

rang

= Aeminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusmω2h

(qminusα

radich

2mω

)2

= Aeminusmω

2h

(qminusα

radic2hmω

)2

(664)

この計算では eγ(ddq)f(q) = f(x + γ)と ⟨x |0⟩ = Aeminusmω2hq2 を用いた最後の行では簡

単のため αは実数とした

第 6章 調和振動子 93

図 61 コヒーレント状態 |α⟩(左)とその重ね合わせ状態 (|α⟩ + |minusα⟩)2(右)のWigner関数各軸は真空ゆらぎで規格化してある

さてWigner関数を評価するにあたりGauss積分 intinfinminusinfin eminusa(x+b)

2dx =

radicπa(aは

実数bは複素数)に注意すると

Wα(q p) =

radic2A2

radicπmhω

eminusmω

h

(qminusα

radic2hmω

)2

eminusp2

mhω (665)

と計算できるこれは中心が αradic2hmωq 方向の分散が

radichmωp方向の分散がradic

12mhωのGauss分布となっていることがわかるだろうコヒーレント状態のWigner

関数を図 61の左に例示した

コヒーレント状態の重ね合わせ状態

次に|α⟩+ eiθ |minusα⟩という重ね合わせ状態のWigner関数を計算してみようこの計算は先ほどよりも少し長くなるが基本的にはただのGauss積分になり最終的には

W (q p) =Wα(q p) +Wminusα(q p) + Aeminusmωhq2eminus

p2

mhω cos

(2p

radic2h

mωα+ θ

)(666)

となるただし Aは積分の結果出てくる定数であるもともと重ね合わされた二つのコヒーレント状態のWigner関数WαとWminusαに二つのコヒーレント状態の干渉項とでもいうべき第三項が加わっているこの干渉項は図 61の右のように各コヒーレント状態のWigner関数を結ぶ直線に直交する方向の縞構造として現れるこの縞の数はコヒーレント状態の振幅 αに比例して増えていく

Fock状態

Fock状態の波動関数を求めるには特殊関数の知識が必要であるがこれに関しては初等的な量子力学の成書を参照されたいFock状態の波動関数は Hermite多項式を

第 6章 調和振動子 94

図 62 Fock状態 |n⟩のWigner関数

Hn(x) = (minus1)nex22(partnpartxn)ex

22として次のようなものである

|ψn(q)|2 =1

2nn

radicmω

πheminus

mωq2

h Hn

(radicmω

hq

)(667)

|ψn(p)|2 =1

2nn

radic1

πmhωeminus

p2

mhωHn

(radic1

mhωp

)(668)

周辺分布としてこれらを生成するWigner関数は天下り的ではあるが Laguerre多項式 Ln(x) =

sumnj=0 nCj(minusx)jjを用いて次のように与えられる

W (q p) =(minus1)n

πheminus 1

h

(mωq2+ p2

)Ln

(2

h

(mωq2 +

p2

)) (669)

95

第7章 共振器量子電磁力学(cavity QED)

71 Jaynes-Cummingsモデル共振器量子電磁力学系 (cavity quantum electrodynamicscavity QED) 1は電磁場

の共振器内部に二準位系を配置した系(図 )であり共振器光子の量子的振る舞いの研究あるいは共振器内部にある二準位系の制御が可能となる二準位系と単一の共振モードが相互作用するこのような状況は Jaynes-Cummingsモデルにより記述されるJaynes-Cummings Hamiltonianは

HJC =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (711)

であるこのモデルを用いて共振器量子電磁力学系という量子系を操る単純だが強力な舞台を見ていこうはじめに二準位系にも共振器にも緩和がない場合の Jaynes-Cummings Hamiltonian

の固有エネルギーを調べよう共振器光子が n個量子ビットが |ξ⟩ (ξ = g e)のときの合成系の量子状態を |ξ n⟩と書こうHamiltonianの行列要素 ⟨ξprimem|HJC |ξ n⟩を調べるとこのHamiltonianはブロック対角であることがわかるというのも非対角要素を与える σ+a+ adaggerσminusという相互作用(係数は省略してある)が |g n⟩と |e nminus 1⟩のみを繋ぐようなものだからであるそのブロック行列H(n)

JC をあらわに書くと

H(n)JC =

(minus hωq

2 + hωcn hgradicn

hgradicn

hωq

2 + hωc(nminus 1)

)(712)

となるここで一番目と二番目の行列はそれぞれ |g n⟩と |e nminus 1⟩の要素を表しているn ge 1にも注意このブロック行列は固有値λplusmn = hωc(nminus12)plusmn(h2)

radic(ωc minus ωq)2 + 4g2n

を有し量子ビットと共振器が共鳴している ωc = ωq = ω0の場合には

λplusmn = hω0 plusmn hgradicn (713)

と書けるこのように|g n⟩と |e nminus 1⟩の結合によってできる n番目の(励起)状態は 2hg

radicnだけエネルギー間隔のあいた二つの量子状態であり二準位系と共振器の結

合系である Jaynes-Cummingsモデルのエネルギースペクトルは等間隔ではないこのエネルギースペクトルを Jaynes-Cummings ladderともいう

1量子技術においては共振器全般を cavityと呼ぶことが多いが別の業界では cavityといえば虫歯である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 96

図 71 緩和があるときの Jaynes-Cummingsモデルの概念図

72 弱結合強結合領域今度は Jaynes-Cummingsモデルに緩和を取り込んだ系(図 71)について調べよう

量子ビットの自然放出レートを γ共振器から光が失われるレート(単にロスレートともいう)を κとするユニタリ演算子 U = exp[iωadaggerat+ i(ω2)σzt]を用いて Jaynes-

CummingsモデルのHamiltonianを回転系でみると2

HJC =h∆q

2σz + h∆ca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (721)

ここで離調∆q = ωq minus ω∆c = ωc minus ωを定義したこの Hamiltonianを用いて aとσminusについてのHeisenberg方程式を書き下そう

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus igσminus (722)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus igσza (723)

この方程式において量子ビットが強い励起を受けていないすなわちほとんど基底状態 |g⟩にあるという近似をするとσzをその期待値minus1で置き換えることができるこれによってminusgσzaという厄介な項は+gaとなり扱いやすくなるまた量子ビットがほとんど励起されていないため共振器内部の光子数も小さいであろうしたがって光子数が 0と 1の状態のみを考えることにするこういった近似のもとHeisenberg方程式を行列で書き直すと

d

dt

(a

σminus

)=

(minus(i∆c +

κ2

)minusig

ig minus(i∆q

2 + γ2

))( a

σminus

) (724)

この方程式全体を |e 1⟩に作用させるあるいは Hermite共役をとって状態 |g 0⟩に作用させるなどすると状態の時間発展を表す Schrodinger方程式と類似していることが

2相互作用項 hg(σ+a + adaggerσminus) は場合によっては minusihg(σ+a minus adaggerσminus) という形で現れるがU =exp[i(π2)adaggera]あるいは U = exp[i(π2)σz] というユニタリ変換のもとで等価である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 97

わかるしたがって右辺の行列の固有値は量子ビット-共振器結合系の固有エネルギーと考えて差し支えない対角化によりその固有値Eplusmnは

Eplusmnih

= minus1

2

[(i∆c +

κ

2

)+(i∆q +

γ

2

)]plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

(725)

と求まり対応する固有ベクトルは

|ψplusmn⟩ =1radicAplusmn

[1

2

[(i∆c +

κ

2

)minus(i∆q

2+γ

2

)]

plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

|g 1⟩ minus g |e 0⟩

(726)

であるただし 1radicAplusmnは規格化のための係数であるこれらからわかるように緩和

を考慮することによって固有エネルギーEplusmnは一般に複素数となりその実部はエネルギーを虚部は損失を表すこれは固有状態の時間発展が eminusi(Eplusmnh)tで与えられることからも妥当であろうここまでくれば共振器量子電磁力学系の弱結合領域強結合領域について議論するこ

とができるこれらはEplusmnの実部が同じ値となるか否かによって分けられるのだが簡単のため∆c = ∆q = 0つまり量子ビットと共振器がピッタリ共鳴の場合を考えよう結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも小さいとき系は弱結合領域(weak coupling regime)にあるといわれるEplusmn の表式のうち平方根の中身は正であるため固有エネルギーは縮退している言い換えれば量子ビットと共振器はエネルギースペクトル上で同じ位置にあり線幅のみが異なる緩和に対して結合定数が小さいため一切のエネルギーシフトが起こらないのである代わりにというべきか量子ビットと共振器の緩和レートはもともとの各々のレートから変化する共振器の緩和レートの方が大きい状況κ4 ≫ γ4 ≫ gを考えEplusmnの表式に出てくる平方根を近似的に展開すると

Eplusmnih

= minus1

2

(κ2+γ

2

)plusmn 1

2

(κ2minus γ

2

)[1minus 1

2

g2(κminusγ4

)2]

= minusκ∓ κ

4minus γ plusmn γ

4∓ 1

2

g2

κminusγ4

(727)

と書けるここで Γ+ = E+ihΓminus = Eminusihと分けて書こう

Γ+ = minusγ2

(1 +

g2

γ2κminusγ2

)≃ minusγ

2

(1 +

4g2

κγ

) (728)

Γminus = minusκ2

(1minus g2

κ2κminusγ2

)≃ minusκ

2

(1minus 4g2

κ2

) (729)

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 98

図 72 結合定数に対するロスレートあるいは線幅(左)とエネルギー(右)の依存性およびエネルギーの離調に対する依存性(右)

まず言えることはgをゼロとした時の値からΓ+とΓminusがそれぞれ量子ビットと共振器の緩和レートに対応することであるそして結合定数 gが有限の値をとるとき例えば量子ビットの緩和レートは Fp = 4g2κγのぶんだけ増加するのであるこの緩和レートの増強因子FpをPurcell因子あるいは文脈によっては協働係数(cooperativity)と呼ぶ次に結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも大きいときを考えようこの場合には Eplusmnの

表式の平方根の中身が負になりE+とEminusの実部はもはや同じ値ではなくなるこれは量子ビットと共振器が結合した新たなモードが二個あることを意味しており簡単のため∆c = ∆q = 0とすると

Eplusmn = ∓h

radicg2 minus

(κminus γ

4

)2

minus ih

2

(κ2+γ

2

)(7210)

となるこれより直ちにわかるのは量子ビットと共振器が結合してできた二つの新たな量子状態の緩和レートは量子ビットと共振器の緩和レートの平均値となることであるこれは新たにできた量子状態が「半分量子ビット半分共振器」の励起状態であることから当然ともいえるそしてエネルギーシフト∆Eplusmn = ∓hΩ0 = ∓h

radicg2 minus [(κminus γ)4]2

によって二つの量子状態は 2hΩ0だけエネルギー的に分裂することになるがこのエネルギー分裂を真空Rabi分裂(vacuum Rabi splitting)と呼ぶこのように真空Rabi分裂が起こるほど結合定数が大きなパラメータ領域を強結合領域(strong coupling regime)といい図 72には緩和レート(スペクトル線幅)やエネルギーの結合強度や離調に対する振る舞いを示した

73 分散領域前節ではJaynes-Cummingsモデルを量子ビットと共振器がほとんど共鳴的な状況

で調べ強弱結合領域という興味深い状況が現れることが分かったこの節では量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 99

図 73  分散領域における Jaynes-Cummingsモデルのスペクトル特性

子ビットと共振器の間の離調が各々の線幅よりも十分大きいが結合定数も大きいために分散的(dispersive)に結合するような場合に実現されるもう一つの興味深い結合領域をみてみよう再び Jaynes-Cummingsモデルから出発しよう

H =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ σminusadagger) (731)

ユニタリ演算子 U = exp[iωcadaggerat+ i(ωc2)σzt]によるユニタリ変換により ωcでまわる

回転系では∆ = ωq minus ωcとしてHamiltonianがHprime = (h∆2)σz + hg(σ+a+ σminusadagger)と

なるここでSchrieffer-Wolff変換(付録 Fを参照)によりこのHamiltonianを近似的に対角化したいユニタリー演算子 eS = exp[(g∆)(σ+aminus σminusa

dagger)]によるユニタリ変換を施し|g∆| ≪ 1のもとでその摂動展開を途中までで切るとHprimeprime = (h∆2)σz +

h(g2∆)(adaggera+ 12)σz となり回転系からもとの系に戻ると

Hprimeprimeprime =hωq2σz + hωca

daggera+hg2

(adaggera+

1

2

)σz (732)

これがしばしば分散 Hamiltonian(dispersive Hamiltonian)と呼ばれるもので当初の目論見通り σzと adaggeraのみによってあらわされているつまり対角化されたものとなっているこれは次の二通りに解釈が可能であるまずはじめに次のように書こう

Hprimeprimeprime =h

2

(ωq +

g2

)σz + h

[ωc +

g2

∆σz

]adaggera (733)

ここには二種類の周波数シフトが見て取れるひとつは量子ビットの g2∆だけの周波数シフトでありこれは共振器の真空場と量子ビットの結合による Lambシフトである一方で共振器のほうにも (g2∆)σzで書かれる周波数シフトがあるこれは量子ビットの状態に依存して光共振器に符号の異なる周波数シフトが起こることを意味しており分散シフト(dispersive shift)と呼ばれるたとえば共振器からもれる光子の量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 100

を周波数軸上で測定すると量子ビットの基底状態と励起状態の占有確率を反映した量の光子が周波数軸上で二つのピークを形成することになる(図 73左)これらのピークは 2g2∆ gt γであればはっきり分かれたスペクトルを示す次に同じHamiltonianを次のように書く

Hprimeprimeprime = h

[ωq +

g2

(adaggera+

1

2

)]σz + hωca

daggera (734)

この形に書けば今度は Lambシフトのほかに共振器内の光子数に応じて量子ビットの周波数が複数のピークに分裂する(図 73右)ことを意味しているこれらのピークはg2∆ gt κであるときに分解して見えこれを用いた光子数分布の測定の実験が行われている [8]

101

第8章 電磁波共振器と入出力理論

単一の量子系を操るだけであれば強いレーザーやマイクロ波などの電磁波を照射するだけで良い(光子そのものを除く)しかしながら単一の量子系の量子状態を光子に決定論的にすなわち確実に光子に変換することが必要な場合にはその限りではない電磁波の共振器はこのような場面において単一量子系と単一光子の相互作用の増強に用いられるため量子技術全体においても特に重要な構成要素である本節ではこの電磁波共振器の諸性質とその測定の一般論を述べよう具体的な概念としては共振器のQ

値と共振器光子の寿命Fabry-Perot共振器におけるフィネス共振器の内部ロスと外部結合およびその入出力理論による取扱いについて解説する

81 共振器の性質電磁波共振器(electromagnetic resonatorcavityあるいは単に cavity)はその共振

(角)周波数ωcと共振器光子の寿命(lifetime)τcで特徴づけられると考えてよい共振器光子の寿命とはいっても実際に寿命 τcが何秒であるという風に評価することはほとんどなく寿命 τcというよりはその逆数をとった共振器光子のロスレート κc = 2πτc

で考えることが多い電場Ecで考えると角周波数 ωcで振動しレート κc2で減衰する光子数のロスレートが光子数自体によらないという仮定が入っているがこれは光子同士の相互作用が弱いためほとんどの状況において良いモデル化となっている上記のような性質を持つ光共振モードの周波数スペクトル Sc(ω)は指数関数の Fourier変換が Lorentz関数であることから

Sc(ω) prop1

(ω minus ωc)2 + (κc2)2(811)

という形になることが期待されるこれを見るとロスレート κcはこの Lorentzianスペクトルの半値全幅となっていることがわかる(図 81)共振器といえば通常電磁波をある領域に閉じ込めておくものでありその共振モード

の性能を示す指標としてはいかに長時間閉じ込めておけるかというものが挙げられるこれについては Q値(quality factor)とフィネス(finesse)という量があり定義の仕方は異なるが本質的には共振器内の光子の寿命あるいはロスレートに関係した量であるQ値とフィネスの使い分けは簡単であるもののあまり意識されないものであるため後で詳述することにしようもう一つの指標としてはいかに小さな体積に電磁波を閉じ込められるかという指標であるモード体積 V がある42節で取り上げたように

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 102

図 81 電磁波共振器の周波数特性

共振モードの真空ゆらぎは 1radicV に比例するから物質との相互作用を増強するため

にはモード体積を非常に小さくすることが望ましいモード体積については共振器の形状によって決まる量であるがQ値とフィネスにつ

いては場合に応じて時間領域(time-domain)測定か周波数領域(frequency-domain)測定が行われるこの評価方法については後で述べるとしてQ値とフィネスについて説明しよう

811 Q値Q値とは共振モードが示す Lorentzianスペクトルの中心周波数とロスレートの比

Q = ωcκcで与えられる量であるその物理的意味は電磁波の振動周期 τc = 2πωc

とロスの時定数 τloss = 2πκc で書き直して Q = τlossτc と書けば少しわかりやすくなるだろうかこれはロスの時定数の間に電磁波が何回振動できるかを表す量であるこれは暗に共振器内の電磁波が常にロスにさらされ続けることを念頭においているFabry-Perot共振器などの共振器を除いてほとんどの場合にQ値がいい性能指標になると考えてよいQ値はロスがなければ無限大になるものだが実際には様々なロスがあるため有限の

値になるこのとき各種のロスのレートを κi = ωcQiと書いた時にはこれらを合計した共振器のロスレートはsumi κiとなるでは Q値 Qtotの方はどうなるかというとQ = ωcκcで ωcは共通だから

Qtot =

(sumi

1

Qi

)minus1

(812)

となる例えば後に入出力理論でやるような共振器の内部ロスと導波路への外部結合を考慮して実験系を設計するときなどはQ値よりもロスレートの方で考えたほうが計算がやりやすいし物理的な状況もわかりやすい

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 103

図 82 Fabry-Perot共振器とその共振スペクトル

812 フィネス(Finesse)おそらく最も簡単な光共振器は図 82のように合わせ鏡にして光を閉じ込めるFabry-

Perot共振器であろうこの共振器では電磁波がミラーの間を往復して戻ってくるときに電磁波の振動の位相が 2πの整数倍進んでいる時に電磁場が強め合って共振するそれ以外のときは多数回往復したすべての電場の重ね合わせはゼロになってしまうため共振器の内部に電場が存在することができなくなる共振条件は上記の条件を「共振器一周ぶんの光路長が電磁波の波長 λの整数倍である」と読み替えて

2nL = λN hArr ν =c

λ=

c

2nLN (813)

と書けるただしN は自然数であるしたがって周波数軸上で見ると共振モードはc2nLで等間隔に並んでいるこの周波数間隔をFSR(Free spectral range)という共振モードがロスを持つ場合にはこの周波数軸上の194797状のスペクトル一本一本が Lorentz

型になるこの半値全幅 κcが共振モードのロスレートであるところでFabry-Perot共振器のロスの原因は何であろうか電磁波がミラーの間を

往復して飛んでいる時通常用いられる波長の電磁波では空気はほとんどロスの原因にならないロスの主な原因になるのはミラーにおける共振器外への望まぬ散乱とミラーの反射率の不完全さであるつまりFabry-Perot共振器のロスレートは一秒間に何回ミラーによる反射が起きるかに比例するとすると共振器長が長くなればなるほどロスレートが減りQ値は大きくなっていくこのような状況では Q値はロスレートを表す量ではあるもののFabry-Perot共振器の特性を表した量としてはあまり好ましくないこのように光子の寿命ではなくて「共振器内を光子が何往復できるか」で測るべきだろうというときに用いられるのがフィネスF であるこれは共振器の FSRを用いて

F =FSR

κc2π(814)

と書かれる量である1FSR = 2nLcは共振器を一周するのにかかる時間2πκcは電磁波のロスの時定数であるから光子が共振器からいなくなるまでに共振器を何周できるかを表す量であることがわかるだろう

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 104

図 83 反射測定と透過測定の模式図

82 共振器の測定量子系の実験において頻繁に登場する共振器であるがその測定の仕方は物理系に

よってさまざまであるしかしながら電磁波を共振器に入射して何らかの応答を見るという点では本質的にはどの共振器でも同じであるこの事実は次節で導入する入出力理論を用いるとより鮮明になるのだがその準備として本節では共振器の主要な測定方法についてみていこう

821 反射測定と透過測定一般に共振器というものは電磁波を閉じ込める構造になっているのだから共振器外

部から入射する電磁波は逆にはじき返されるしかしながら入射した電磁波のうち一定の割合は共振器の中に入ることになる共振器から跳ね返ってくる電磁波つまり電磁波の反射量を測定すると共振器の共鳴周波数においては反射量が減少するこれを測定するのが反射測定である一方共振器から漏れ出てくる電磁波を測定することもできるこれを測定するのが透過測定であるイメージをつかむためには図 のFabry-Perot共振器の例がわかりやすいだろうスペクトル測定共振器を測定するもっとも一般的な手法はその電磁波応答を周波数軸上で測定する

ことであるより具体的に言うと共振器の反射なり透過なりの信号を入射する電磁波の角周波数 ωを変えながら測定するのである前述の図 にある信号をイメージしてもらえればよいこの手法は共振器の線幅が入射する電磁波のスペクトル線幅よりも太い場合に有効

でありほとんどの実験的な状況ではそのような状況になるしかしながら電磁波のスペクトル線幅が共振器の線幅よりも大きい場合にはスペクトルをとっても電磁波のスペクトルが現れるだけである(逆にこのような状況を利用すれば電磁波のスペクトルを測定できる)そのような場合には次のリングダウン測定と呼ばれる時間領域での測定が用いられる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 105

図 84 リングダウン測定における入射電磁波強度(上)と観測される信号(下)

図 85 実際の測定系の Fabry-Perot共振器(左)リング共振維(中央)LC共振器(右)に関する模式図

リングダウン測定共振器に共鳴する電磁波を入射し続けた状態では定常状態として一定数の光子が

共振器中に蓄積されている状態になるこの状態で突然光を遮るあるいは光の周波数を非共鳴にすると共振器内に蓄積された光子が少しずつ漏れていくことになるこの漏れの時間変化は共振器の周波数スペクトルが Lorentzianであることから共振時に得られていた信号の指数関数的な減衰となって現れるこれはちょうどベルをコーンと叩いてその音の減衰を調べる様子と似ていることからリングダウン測定(ring-down

measurement)と呼ばれる(図 84)リングダウン測定は時間領域で共振器への電磁波を素早く変調しなければならな

いしたがって線幅の太いすなわち減衰の時定数が非常に速い共振器を測定するのは難しい逆に線幅の細い減衰の時定数がとても長い共振器の測定はリングダウン測定によって測定しやすく前節の周波数スペクトルの測定では周波数分解能の問題で測定できないような場合に有用な手法となる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 106

822 実際の測定系まず光共振器の主な測定方法について概観してみよう代表的なものとしてFabry-

Perot共振器とリング共振器を取り上げるFabry-Perot共振器では図 85左のように二枚のミラーの片方に共振器から漏れ出る光の伝播モードと同じ方向同じビーム径でレーザー光を入射する一枚目のミラーで反射される光を偏光の調節により取り出しディテクタで受け取ることで反射測定が実現されるまた二枚目のミラーから漏れ出てくる光をディテクタで受け取れば透過測定が可能になるこのときの光共振器へ光子が出入りするレートは光共振モードの自由空間への漏れと入射レーザーの空間分布の重なりの良さと光共振器のミラーの反射率依存する空間的な重なりが良ければ良いほど光共振器への入出力レートは高くなりまたミラーの反射率が低ければ低いほど入出力レートが高くなるリング共振器(図 85中央)についてはFabry-Perot共振器でやったような自由空

間からのアクセスは難しいこの場合にはリング共振器の共振モードの染み出し光(エバネッセント光evanescent wave)に着目して光導波路のエバネッセント光をリング共振器に近づけることでリング共振器に光を導入するこのときには光導波路を通る光が共振器に共鳴しているときだけ光導波路の透過光強度が下がるような信号が得られる次に電気回路の共振器について紹介しようまず図 85右にあるような LC共振器回

路を考えるこの一部にキャパシタで結合する配線を追加するとその配線から電磁波を入射して共振器の反射測定を行うことができるさらに似たようなポートをもう一つ作れば片方の配線から電磁波を入射しもう一つの配線へ漏れ出る信号をみるという透過測定が可能になるこの LC共振器への電磁波の導入というのはキャパシタで行う場合もあればインダクタで行う場合もあるこれは LC共振器の電磁波の電場と磁場のどちらにアクセスするかという違いでしかなくその有利不利は共振器の電磁場のプロファイルと設計上の都合を勘案して決められるコプラーナ共振器空洞共振器やループギャップ共振器といった様々な電気回路共振器でも事情はほとんど同じである

83 入出力理論 [17]

831 伝播モードと入出力関係この節では先に述べた反射測定や透過測定において見えるべき信号がどのような

ものかそして見える信号から共振器や入射ポートから共振器への光子の導入のレート(外部結合レート)の情報がどこまで得られるかといったものを計算したいしかしこれまで本書で述べてきた物理系の扱いは共振器や静止した量子ビットといった空間的に局在した系であった本節では空間を伝播する電磁波を扱わねばならず共振器と伝播モード(propagating mode)が出会う境界で成立する条件を有効活用して系を解析しなければならないこの方法を与える入出力理論(input-output theory)とその枠組みで伝播モードと共振モードの境での境界条件を与える入出力関係(input-output

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 107

relation)の導出の仕方を見いくつかの応用例から実際に共振器測定の理屈を学ぶことがここでの目的であるここでは一次元的な伝搬モードの光子の消滅演算子を c(ω)生成演算子を c(ω)daggerと書

いて [c(ω) cdagger(ωprime)] = 2πδ(ωminus ωprime)を要請する生成消滅演算子が周波数に依存した形になっているのは伝播モードである以上周波数の選択性はなく連続的な周波数のモードが存在してもいいからであるこのモードとの結合により共振器の測定をモデル化してみよう

Htot = hωcadaggera+

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω)minus ih

radicκ

int infin

minusinfin

[adaggerc(ω)minus cdagger(ω)a

] (831)

第二項と第三項はそれぞれ伝搬モードのエネルギーと共振器と伝搬モードの結合を表し外部結合レート(external coupling rate)と呼ばれるこの結合レートを κと書く伝搬モードに関するHeisenberg方程式を求めようdc(ω)

dt=i

h[Htot c(ω t)] =

i

h

[int infin

minusinfin

dωprime

2πhωprimecdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+i

h

[minusih

radicκ

int infin

minusinfin

dωprime

[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a

] c(ω)

]=

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime[cdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a c(ω)

]= minus

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime(2π)δ(ω minus ωprime)c(ωprime) +

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ(2π)δ(ω minus ωprime)a

= minusiωc(ω) +radicκa (832)

一方で共振器に関するHeisenberg方程式はda

dt=i

h[Hs a]minus

radicκ

int infin

minusinfin

2πc(ω) (833)

ここで伝搬モードのHeisenberg方程式を形式的に解くのだが過去の時間 t0 lt tを参照する解 cinと未来の時間 t1 gt tを参照する解 coutの二つがあり得るすなわち

cin(ω t) = eiω(tminust0)c(ω t0) +radicκ

int t

t0

dτeminusiω(tminusτ)a(τ) (834)

cout(ω t) = eminusiω(tminust1)c(ω t1)minusradicκ

int t1

tdτeminusiω(tminusτ)a(τ) (835)

これらを共振器の演算子のHeisenberg方程式に代入するとda

dt=i

h[Hs a]minus

κ

2aminus

radicκcine

minusiΩt (836)

da

dt=i

h[Hs a] +

κ

2aminus

radicκcoute

minusiΩt (837)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 108

図 86 1ポート測定の概略図

が得られるここでMarkov近似によって伝搬モードに関するm重(m ge 2)積分を無視することができ

cineminusiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust0)c(ω t0) (838)

couteiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust1)c(ω t1) (839)

とおいたここで注意しておきたいことがあるcinと coutはいまや周波数で積分された量であるから[

radicHz]という単位を持つしたがって演算子 ninout = cdaggerinoutcinout

は [Hz]の単位を持つ量であり光子の流束(flux)になるそして上記の二つの微分方程式を組み合わせると次の入出力関係が得られる

cout = cin +radicκaeiΩt (8310)

この入出力関係とHeisenberg方程式のセットによって吸収発光スペクトル(absorp-

tionemission spectrum)など実験的に観測される様々な量を計算することができるしばしば回転系にのって cout = cin +

radicκaという入出力関係が用いられる

832 1ポートの測定簡単かつ頻出する状況の計算例として1ポートの共振器測定を考えようこれはリ

ング共振器が一本の光導波路に結合しているような状況や電気回路の共振器に一本だけ電磁波導入用の配線がある場合などに対応するHamiltonianとしては共振器のものH = h∆ca

daggeraを用い伝搬モードの Hamiltonianはあらわに考えなくともよいもし Heisenberg方程式にどのように緩和や結合が入るかがわからなくなったら前節の議論に沿って改めて計算することで正しい表式を得ることができる共振器自体の緩和レートを κin共振器と導波路の結合レートを κexとすれば(図 86)共振器の演算子

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 109

に対するHeisenberg方程式はda

dt= minusi∆caminus

κin2aminus κex

2aminus

radicκexain (8311)

であり入出力関係は aout = ain +radicκexaになる定常状態では dadt = 0から

a = minusradicκex

i∆c +κin+κex

2

ain (8312)

とすることができるこれとこの Hermite共役から共振器内部の光子数 ncav = adaggera

と入力光子の流束 nin = adaggerinainの関係式を得る

ncav =κex

∆2c + [(κin + κex)2]2

nin (8313)

つまり駆動周波数が共振器に共鳴していて共振器自体の緩和が小さいとき共振器内光子数はざっくり入力光子の流束を共振器の緩和レートで除したものになるさらに aの表式を入出力関係に代入すると

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain

=i∆c +

κinminusκex2

i∆c +κin+κex

2

ain (8314)

となる導波路の透過率 T は出力光子数(あるいは流束)と入力光子数(あるいは流束)の比を取ることで計算できるから⟨nout⟩⟨nin⟩ = ⟨adaggeroutaout⟩⟨a

daggerinain⟩をもちいて

T =∆2c +

(κinminusκex

2

)2∆2c +

(κin+κex

2

)2 = 1minus κinκex

∆2c +

(κin+κex

2

)2 (8315)

であるこの式からただちにわかるように透過スペクトルには共振器が Lorentz関数のディップとして現れる(図 88)このスペクトルに関連して共振器と導波路の結合には三つのパラメータ領域があることに言及しておきたいまず導波路との結合(一般に外部結合と呼ばれる)κexが共振器の緩和(内部ロスintrinsicinternal lossと呼ばれる)κinより小さく κex lt κinであるとき共振器と導波路の結合はアンダーカップリング(undercoupling)であるといわれる

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain (8316)

から式 ⟨aout⟩⟨ain⟩を複素平面(位相空間とみても良い)上にプロットしたものが図 88

の左のものである共鳴時にくるりと位相空間上で円を描く様子がわかるがアンダーカップリングのときには位相空間上で原点に至ることはなく位相変化も πを上回ることはないこれよりアンダーカップリングのときは透過率がゼロまで下がることはなくこれは外部結合が小さく共振器に入ることなく通り抜ける光子が多数あるからであ

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 110

図 87 アンダー(左)クリティカル(中央)オーバー(右)カップリング時の位相空間での信号

図 88 κin = 1のもとでのさまざまな κexに対する分光信号

ると解釈できるκex = κinになるときをクリティカルカップリング(critical coupling)というがこのとき位相空間上でちょうど原点を通るようになりしたがって透過率が共鳴のときにゼロになる(図 88の中央)これは導波路から注入した光がすべて共振器によって消費されて消失していることを意味する共振器のスペクトル幅は κin+κex

になるがクリティカルカップリングのときにはこれが 2κinとなる最後に κex gt κin

のときをオーバーカップリング(overcoupling)というこの時には図 88の右のように位相空間上の円は原点を囲むようになり透過率がゼロにならない位相が 2π回る線幅が太くなる等の特徴があるこの状況は共振器に対して強い外部結合がありガバガバと共振器に光子が入っていくがそのぶんガバガバと共振器から導波路に戻ってきてしまうために共振器で消費されきることがないというふうに理解できる様々な結合領域のときの共振器の透過測定信号を図 87に示した

833 2ポートの測定次の例としてFabry-Perot共振器や配線が 2本ついた LC共振器のような状況を考

えようこの場合の入出力関係はどうなるかというと2つの電磁波入出力ポートでのそれぞれの境界条件として入出力関係を考えれば十分である電磁波を入射するポート

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 111

図 89 2ポート測定の実験系の概略

と等価を測定するポートの外部結合レートをそれぞれ κ1 κ2 として消滅演算子を入射電磁波について ain反射電磁波について aout透過電磁波に対して bout としようHeisenberg方程式は先ほどと同じく

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus

radicκ1ain (8317)

となるただしここで κ = κin + κ1 + κ2であるこれは共振器光子のロスレートがもともとあるロスレートに加えて二つのポートへの漏れも含んでいる形となっている入出力関係は入射ポートと等価ポートそれぞれに関して

aout = ain +radicκ1a bout =

radicκ2a (8318)

となるこれらもまたきちんと計算すれば出てくるのであるが各ポートでの光子の収支を考えると至極妥当であろうこれらを da

dt = 0の定常状態について解くことで反射率R =

langadaggeroutaout

ranglangadaggerinain

rangと透過率 T =

langbdaggeroutbout

ranglangadaggerinain

rangが

R = 1minus κ1(κin + κ2)

∆2c + (κ2)2

(8319)

T =κ1κ2

∆2c + (κ2)2

(8320)

と得られるR + T = 1minus κinκ1(∆2c + (κ2)2)で 1とならないのは共振器から二つ

のポート以外へ光子がロスする過程があるためであるκ1 = κin + κ2のときに反射率は共鳴時にゼロとなる

834 二準位系の自然放出上記の議論のちょっとしたバリエーションを二準位系の自然放出に適用してみよう

HamiltonianはHq = h∆qσz で伝搬モードがシングルモードであるという仮定をして全体のHamiltonianを

Htot = Hq +

int infin

minusinfin

2πhωbdagger(ω)b(ω)minus ih

radicγ

int infin

minusinfin

[σ+b(ω)minus bdagger(ω)σminus

] (8321)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 112

図 810 導波路結合した量子ビット-共振器結合系

共振器の場合と全く同じ計算過程をたどることによって

σminus = minusi∆qσminus minus γ

2σminus +

radicγσzbin (8322)

というHeisenberg方程式を得るここで駆動項に σzの因子が付いていることに注意しようこれは原子が基底状態にいるときには期待値minus1をとるが駆動が強くなるにつれて σz の期待値はゼロになっていき駆動に対する反応が小さくなり原子が飽和する状況を再現している強い電磁波の照射により原子が飽和すると光の透過率は共鳴時でも 1となってしまうこれで定性的な振る舞いはわかるが正しい原子スペクトルの表式はマスター方程式および Bloch方程式を用いた解析をすべきである

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系最後の例として図 810のように量子ビット-共振器結合系が導波路結合している

ような系を考え導波路の透過測定によって量子ビット-共振器結合系がどのように観測されるかをみてみようここで共振器はフォトニック結晶共振器にエバネッセント光によって結合しているような場合を考えるHamiltonianは単純な Jaynes-Cummings

モデルであり

H =hωq2σz + hadaggeraminus ihg(σ+aminus σminusa

dagger) (8323)

とするここでは κ = κin + 2κexである導波路の左側から電磁波を入射するとして入射モードを bin透過するものを bout反射するものを coutとしよう駆動周波数 ω

の回転系に乗ってHeisenberg方程式da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus gσminus minus

radicκexbin (8324)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus gσza (8325)

dσzdt

= 2g(σ+a+ σminusadagger) (8326)

および入出力関係

bout = bin +radicκexa cout =

radicκexa (8327)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 113

から透過率と反射率を計算したいしかしながら量子ビットが非線形であることに由来してこの方程式には非線形項があり単純には解けなくなっているさらに言えばJaynes-Cummingsモデルを解析した際に行ったような量子ビットが非常に弱くしか励起されないという近似は用いないことにしようつまり量子ビットの駆動が強い場合も考えたいそこでコヒーレントな電磁波である binboutcoutおよびコヒーレントに駆動されているPauli演算子 σzと σminusをすべて演算子ではなく普通の数 bin bout cout sz s

に置き換えて定常状態での振る舞いを調べることにするすると少し込み入った計算の後

cout = minusr(∆c∆q)bin (8328)

bout = [1minus r(∆c∆q)]bin (8329)

sz = minus 1

1 +X (8330)

s = minusradic

1

η

1

1 +X

2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)bin (8331)

という表式が得られる ただし

η =g2

κex (8332)

r0(∆c) =κex

i∆c + κ2 (8333)

r(∆c∆q) =

[1minus 2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)

1

1 +X

]r0(∆c) (8334)

X =|bin|2

Ps (8335)

Ps =1

8ηκ2ex

[∆2q +

(γ2

)2] [∆2c +

(κ2

)2]+ η2κ2ex minus 2ηκex∆q∆c +

γηκexκ

2

(8336)

というパラメータを導入してあるr(∆c∆q)は量子ビット-共振器結合系の反射率を表しておりr0(∆c)は量子ビットがない時の共振器のみの反射率であるPsは量子ビットが飽和する光子の流束X はこれで規格化された入力光子の流束になっている

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 114

図 811 上段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトルと σz の期待値(インセット)下段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトル

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 115

図 812 さまざまな結合強度(上段)と離調(下段)に対する透過スペクトル

116

第9章 量子実験系における種々の結合

この節ではいくつかの量子系を例にとって量子技術に出てくる様々な相互作用を概観し実際に相互作用の大きさつまり結合定数を求めてみよう基本的な方針としては古典的な相互作用の表式を考えそれを量子化してHamiltonianに入る相互作用項の形を求め結合定数を相互作用している物理系の真空ゆらぎの積として得るというものになる

91 原子イオンの例原子あるいは原子イオンの系は固体光共振器などを用いる特殊な場合でない限りに

は解析的に種々の結合が計算できる

911 原子-光相互作用これは 43節の繰り返しになるが電場の1次のみで双極子遷移 d middotEを考えるとき

d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いて相互作用Hamiltonianが

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (911)

と書けるのであったさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であれば回転波近似により相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (912)

という形になるこの Jaynes-Cummings相互作用の結合定数が g = microEzpfhで与えられるこれは遷移双極子モーメントと共振器光の電場の真空ゆらぎの積となっている二準位系の遷移双極子モーメント microは実験的に観測される遷移の自然幅 Γとの間に

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(913)

という関係式が成り立つことから計算できる参考までにストロンチウムイオンの波長 422 nmの遷移の自然幅が約 23 MHzであり上式から計算される遷移双極子モーメントは 139times 10minus29 Cmiddotmである

第 9章 量子実験系における種々の結合 117

図 91   Fabry-Perot共振器の内部に原子が配置された系の概念図

次に光共振器として図に示すような Fabry-Perot共振器(共振器長がLミラーの曲率半径がRビーム半径がw0)を考えよう高フィネスのFabry-Perot共振器に用いられるミラーは通常誘電体多層膜ミラーであり厳密には共振器長は誘電体多層膜ミラーへの ldquoしみこみrdquoを考慮した実効的な長さとなるがこのしみこみはせいぜい光の波長程度のものであるので無視しようこの共振器における光の電場は共振器長とミラーの曲率半径が波長より十分大きいという条件のもとで

E(r) = sin2πx

λexp

[minusy

2 + z2

w20

](914)

と書けるこの共振モードのモード体積を電場の二乗の積分で定義する上記のようにかけている場合には計算が簡単で

V =

int L

0dx

int infin

minusinfindy

int infin

minusinfindzE(r)2 =

πw20

4L (915)

となるビーム径は

w0 =

radicLλ

(2Rminus L

L

) 14

(916)

と書ける []からモード体積は

V =λ

8

radicL3(2Rminus L) (917)

となる波長 422 nm共振器長 200 microm曲率半径 1 mmのミラーを用いる場合には V = 63 times 106 microm3 となるモード体積を用いて共振器光の電場の真空ゆらぎはEzpf =

radichωc2ε0V と書かれることはすでに述べた

第 9章 量子実験系における種々の結合 118

図 92 イオンの量子化された振動(左)とサイドバンド遷移(右)

以上より原子と光の結合定数はg2π = 096 MHzと求められる自然幅が2πtimes23 MHz

であるからこれは光共振器の線幅に関わらず弱結合領域であるより大きな原子と光の相互作用を実現するためにはいくつかの改善をしなければならないひとつには自然幅 Γのより細い遷移を使うということである単純に考えると Γの減少は遷移双極子モーメントの減少すなわち結合定数の減少を招くように思えるが式 913をみるとΓが小さくなってもωqが小さくすなわち波長が長くなっていればΓの減少を補って余りある可能性がある結合強度が変わらずに自然幅すなわち強結合領域のためのハードルが下がるのであるもうひとつは共振器のモード体積を小さくして電場の真空ゆらぎをそして結合強度自体を大きくするという方法がある共振器長を短くするのはもちろんミラーの曲率半径を小さくしてビーム径を小さくするのも効果的である

912 サイドバンド遷移振動電場によって生成した荷電粒子に対する調和ポテンシャルに原子イオン(以後

混乱のない限り単にイオンと記す)を捕獲するのがイオントラップのなかでも Paulトラップと呼ばれる技術であるこのときイオンはトラップ中で調和振動をすることになりこの振動量子を便宜上フォノン(phonon)と呼び単一イオンのフォノンは空間三方向あわせて三つ存在するこれを考慮すると原子の位置はフォノンによって振動することになるこれはレーザー冷却によってイオンがフォノンの基底状態にあってすらもフォノンの真空ゆらぎにより位置が揺らいでいることを意味するレーザー光がイオンに照射されている時前節では原子が静止していることを暗に

仮定していたが今度は原子の位置 xも含めて考えようこれは原子に当たる電場をE(x) = Ezpfe

ikx(a+ adagger)と空間依存する位相因子を含めて書くことで可能になるただし k = 2πλは光の波数であるこれによる双極子遷移はフォノンの生成演算子を b

第 9章 量子実験系における種々の結合 119

真空ゆらぎを xzpf として

hgeikx(σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hgeikxzpf(b+bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger)

≃ hg[1 + ikxzpf(b+ bdagger)](σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hg(σ+ + σminus)(a+ adagger)

+ hηg(b+ bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger) (918)

ここで無次元のパラメータ η = kxzpf は Lamb-Dickeパラメータと呼ばれる第一項は前節でも扱ったような相互作用である(サイドバンド相互作用を考えるときには carrier

遷移とも呼ばれる)から今はフォノンも関わるような遷移である第二項に着目しよう簡単化するために光がコヒーレント振幅 αで置き換えられる(すなわち強いレーザー光を照射する)状況を考えるこのとき光の周波数がイオンの周波数 ωq からフォノンの周波数 ωmだけ小さな周波数 ωq minusωmを持つとき回転波近似を行うことによって上記の相互作用の第二項は

hηgα(σ+b+ σminusbdagger) (919)

と書かれるこれはイオンの量子ビットとフォノンで構成された Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から赤方離調されたレーザーにより駆動されるためレッドサイドバンド(red sideband)遷移という逆に光の周波数がイオンの周波数からフォノンの周波数だけ大きな周波数 ωq+ωmを

持つとき回転波近似で残る相互作用は

hηgα(σ+bdagger + σminusb) (9110)

であるこれは anti-Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から青方離調されたレーザーにより駆動されるためブルーサイドバンド(blue sideband)遷移というもしも周波数 ωq minus ωmと ωq + ωmの二本のレーザーが同時に照射された時には上記の二つの相互作用が同時に駆動されると考えればよい

913 フォノン-フォノン相互作用ふたつのイオン(ともに一価イオンとする)が同一の調和ポテンシャル中でCoulomb

相互作用しているときフォノン同士の相互作用が生じるこの相互作用Hamiltonianと強さを簡単な計算から求めてみよう状況としては図のように距離Zだけ離れた二つのイオンがあるとしその各々の平衡位置からの変位を r1 = (x1 y1 z1) r2 = (x2 y2 z2)

第 9章 量子実験系における種々の結合 120

図 93 Z = z2 minus z1だけ離れた二つのイオンが調和振動をおこないその調和振動同士が相互作用をする

とするCoulomb相互作用のエネルギーを変形していこう

Ephminusph =1

2

e2

4πϵ0

1

|r1 minus r2|

=e2

8πϵ0

1radic(x1 minus x2)2 + (y1 minus y2)2 + (Z + z1 minus z2)2

=e2

8πϵ0Z

[1 +

2(z1 minus z2)

Z+

(z1 minus z2)2

Z2+

(x1 minus x2)2

Z2+

(y1 minus y2)2

Z2

]minus 12

≃ e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2minus 1

2

(x1 minus x2)2

Z2minus 1

2

(y1 minus y2)2

Z2

](9111)

今回は z方向のフォノンのみを考えることにしてx1 = x2 = y1 = y2 = 0としておこうすると上記のエネルギーは

Ephminusph =e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2

](9112)

となるここで変位 ziをフォノンの位置演算子 zi = zizpf (adaggeri + ai)で置き換えるフォ

ノン―フォノン相互作用は上式の第三項から出てくるのでそれに着目すると

Hphminusph =e2

16πϵ0Z

(z1 minus z2)2

Z2

=e2z1zpfz

2zpf

16πϵ0Z3

[adagger1

2 + a21 + adagger22 + a22 + (2adagger1a1 + 1) + (2adagger2a2 + 1)

minus2(adagger1adagger2 + a1a2)minus 2(adagger1a2 + a1a

dagger2)]

(9113)

このうち二つのフォノンモードの周波数が同じ ωmとすると回転波近似によって残る項は

Hphminusph =e2z1zpfz

2zpf

8πϵ0Z3

[adagger1a1 + adagger2a2 minus adagger1a2 minus a1a

dagger2

](9114)

第 9章 量子実験系における種々の結合 121

図 94 Josephson接合とその回路記号

となる初めの二つの項はフォノンのエネルギーシフトになるのみであるから無視して結局相互作用Hamiltonianは

Hphminusph = minushgphminusph

(adagger1a2 + a1a

dagger2

) (9115)

すなわちビームスプリッタ型の Hamiltonianになるフォノンが片方のイオンからもう片方に移るような過程を考えると物理的にも妥当であることがわかるgphminusph =

e2z1zpfz2zpf8hπϵ0Z

3 が結合定数の表式であるこれを見積もるためにはフォノンの真空ゆらぎを知る必要があるこれはゼロ点エネルギーが調和振動子のポテンシャルエネルギーに等しいすなわち hωm2 = mω2

m(zizpf )

22という等式からzizpf =radichmωm

という形になることがわかるしたがって

gphminusph =e2

8πϵ0mωmZ3(9116)

と表すことができるこれは二つのイオンの質量などが同じ場合のものだが真空ゆらぎの表式を変えるだけで一般的な場合に拡張できるさて実際のパラメータを入れて結合定数を評価してみよう典型的なイオンの間隔

として Z = 10 micromカルシウムを想定してm = 40timesmp(mpは陽子の質量)フォノンの周波数が 100 kHzであるとすると相互作用の大きさは g2π = 440 kHz程度となる

92 超伝導量子回路BCS(Bardeen-Cooper-Schrieffer)理論が適用できる超伝導体においては電子―

フォノン相互作用を介し波数空間で引力相互作用をする電子のペアがCooper対を形成するCooper対はひとまとまりの超伝導体全体にわたる巨視的な波動関数を共有し干渉などの量子効果を発現する超伝導体において電気抵抗がゼロになるということは常伝導体において Joule熱という損失により制限されていた LC共振器のQ値が飛躍的

第 9章 量子実験系における種々の結合 122

に向上するということを意味しておりHarocheらによる Rydberg原子の量子状態制御にも用いられたまた超伝導体にナノメートルオーダーの絶縁体薄膜が挟まれている Josephson接合(Josephson junction)と呼ばれる構造においてその絶縁体薄膜をCooper対が量子トンネル効果により ldquo通過rdquoし有限の伝導率を示す Josephson効果が表れるとくに交流 Josephson効果においては電流が I(t) = I0 sin (2πΦJΦ0)というように回路を貫く磁束ΦJ に対し振動するここでΦ0 = h2eでe(lt 0)は素電荷であるJosephson効果の平易な導出に関しては文献 [7]を参照していただきたい通常のインダクタ(インダクタンスL)については電流はLに比例するためJosephson接合が非線形インダクタとして働くことがわかるさらに LC共振器のLを Josephson接合で置き換えることで非調和振動子が実現されこの最低エネルギー状態と第一励起状態を量子ビットとして用いる事ができる本節では LC共振器の量子的な取り扱いと上記の非線形振動子として表現できるトランズモンと呼ばれる超伝導量子ビットそして共振器と超伝導量子ビット(superconducting qubit)の間の結合についてみていこう

921 LC共振器の量子化図のようにインダクタLとキャパシタCが並列に繋がったLC共振器を考えようも

ちろん共振周波数は 12πradicLCで与えられるがここではこのLC共振器のHamiltonian

を求め量子化することが目的であるキャパシタの電荷をQ共振回路を貫く磁束をΦとするとこれらは電圧 V電流 I を用いて

Q = CV Φ = LI (921)

と書くことができるまた電流と電圧はそれぞれ電荷と磁束の変化率として

I = minusdQ

dt V =

dt(922)

と書けるからこれらからQに関する微分方程式が

d2Q

dt2= minus Q

LC(923)

と求まるこれは確かに共振周波数 1πradicLCで振動する解を与える同様にしてΦに

ついてもd2Φ

dt2= minus Φ

LC(924)

という微分方程式が得られるさてこれらを Euler-Lagrange 方程式として与えるLagrangian Lはどのようなものになるかというと

L =Q2

2Cminus L

2

(dQ

dt

)2

(925)

第 9章 量子実験系における種々の結合 123

図 95 LC共振器(左)と本章で扱う超伝導量子ビット(右)

というものになるQ の共役となる正準変数は Φ となることはすぐにわかるのでHamiltonianHLCは

HLC =Q2

2C+

Φ2

2L(926)

となることがわかる第 1項がキャパシタのエネルギー第 2項がインダクタのエネルギーになっていることがわかるだろう期待通りQと Φを正準変数とする調和振動子の形にかけたのでこれらを演算子と

みなし交換関係 [QΦ] = ihを要請することで量子化の手続きが完了する共振器光子の生成消滅演算子を

a =1

2h

radicL

CQ+

i

2h

radicC

LΦ (927)

adagger =1

2h

radicL

CQminus i

2h

radicC

LΦ (928)

とすることで交換関係は [a adagger] = 1となりHamiltonianは

HLC = hωLC

(adaggera+

1

2

)(929)

となる

922 超伝導量子ビット次にLC共振器のインダクタを Josephson接合で置き換えた図のような回路を考え

ようJosephson効果において絶縁体を挟んだ超伝導体間の位相差を θJosephson

接合をまたぐ電流と電圧を IV として

I = I0 sin θ V =h

2e

dt(9210)

が成立するここで磁束量子 Φ0 = h2eを用い磁束を ΦJ = (θ2π)Φ0と定義すれば

I(t) = I0 sin

(2π

ΦJΦ0

) V =

dΦJdt

(9211)

第 9章 量子実験系における種々の結合 124

と書き直すことができる電荷の時間微分が電流であるからdQ

dt= C

dV

dt= minusI0 sin

(2π

ΦJΦ0

)(9212)

となりV = dΦJdtと併せて ΦJ に関する微分方程式

Cd2ΦJdt2

= minusI0 sin(2π

ΦJΦ0

)(9213)

を得るこれを Lagrange方程式として持つ Lagrangian Lq は

Lq =C

2

(dΦJdt

)2

+I0Φ0

2πcos

(2π

ΦJΦ0

)(9214)

である第 1項はキャパシタのエネルギーQ22C の形にそのまま書き直せて第 2項は Josephson接合をトンネルするCooper対によるエネルギーであるとみることができる第 2項の係数をEJ = I0Φ02πと書きJosephsonエネルギーと呼ぶさらに電荷エネルギーをEC = e22CとしCooper対の個数を表す nC = Q2eも定義すると上記の Lagrangianを Legendre変換して得られるHamiltonian Hq は

Hq = 4ECn2C + EJ cos θ (9215)

と書き表されるここで再び cos関数の引数を θ に書き直したcos θ = 1 minus θ22 +

θ44minus middot middot middot と展開して考えるともしも θ2の項まで取って高次の項を無視するならばこれは単なる調和振動子になることがわかるここでひとつ仮定をしようJosephsonエネルギーは電荷エネルギーよりも十分大き

い(EJEC ≪ 50)とするのである本来 Josephson接合によって非線形なインダクタが導入され非調和振動子となったこの回路だが非調和性が小さいすなわち物理量が調和振動子のようにふるまうとしてもそこまで悪い近似ではないという仮定でもあるLC共振器の量子化の手順に倣い [QΦJ ] = ihを要請しようこうすると [nC θ] = iという交換関係も導かれるそして生成消滅演算子を次のように定義する

nC =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 (9216)

θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2 (9217)

非線形性が小さいという仮定から cos θ ≃ 1minus θ22 + θ44と非線形性の現れる最低次の項までを残し上記の生成消滅演算子での nC と θの表記をHamiltonianに代入することで最終的に

Hq = (radic

8ECEJ minus EC)adaggeraminus EC

2adaggeradaggeraa

= hωqadaggera+

hαq2adaggeradaggeraa (9218)

第 9章 量子実験系における種々の結合 125

図 96 LC共振器とトランズモンの結合系

というHamiltonianを得るここで量子ビットの周波数は hωq =radic8ECEJminusECであり

非調和性を表すαq = minusEChを導入した典型的なパラメータとしてはωq ≃ 10 GHzEJEC ge 50αq sim minus200 MHzほどである一見すると JosephsonエネルギーEJ が電荷エネルギーEC よりも大きいという仮定

はJosephson接合が非線形インダクタとして働くということから非線形性が大きいことを意味するようにも思えるが実は θの係数にもEJECの因子があるように非線形性が小さくなることを意味することが分かるこれはnCの真空ゆらぎ δnC = (EJ8EC)

14

を考えるとより直観的になるEJEC が小さいときには δnC は小さくCooper対が 0

個から 1個になるか 1個から 2個になるかでCooper対間の相互作用による遷移エネルギーの違いが出るすなわち非線形性があるしかしEJEC ≫ 1のときには δnCが非常に大きいすなわちもはやこの領域での固有状態は数状態ではうまく書けないものになるのだがあえてCooper対の個数でいうならば 1個増えようがそこからさらにもう1個増えようが数状態の分布が少しシフトするだけで遷移エネルギーにおける違いがほとんどないような状況になるすなわち非線形性が小さくなるのである今回考えたような超伝導回路で大きなEJEC を持つものをトランズモン(transmon)と呼ぶ逆に EJEC が小さくなると非線形性が大きくなるがこういった超伝導回路を Cooper

pair boxと呼ぶ

923 共振器とトランズモンの結合最後に超伝導量子ビットと共振器が図のようにキャパシタを介して接続されている

ような回路を考えよう電圧キャパシタの電荷磁束その他のパラメータは図中に示してあるのでそちらを参照してほしい結合キャパシタ(coupling capacitor)Ccの扱いが肝だがキャパシタンスがCqCrに比べ小さいとし超伝導量子ビット共振器結合キャパシタのエネルギーを足し上げたものとして Hamiltonianを求めてみることにする結合キャパシタにかかる電圧は Vc = Vr minus Vq = QrCr minusQqCqでありこれ

第 9章 量子実験系における種々の結合 126

を結合キャパシタのもつエネルギー CcV2c 2に代入したものを含めたHamiltonianは

H =Q2r

2Cr

(1 +

CcCr

)+

Φ2r

2L+

Q2q

2Cq

(1 +

CcCq

)+ EJ cos θ minus CcVrVq

=Q2r

2C primer

+Φ2r

2L+

Q2q

2C primeq

+ EJ cos θ minus CcVrVq (9219)

となるここで C primeξ = CξCc(Cξ + Cc)(ξ = r c)としてあり最後の項はあえて電圧

に表現を戻してあるこのHamiltonianにある演算子を共振器の生成消滅演算子 cdagger c

と超伝導量子ビットの生成消滅演算子 adagger aすなわち

Qr = h

radicC primer

L(c+ cdagger) Φr =

h

i

radicL

C primer

(cminus cdagger) (9220)

Qq =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2

(9221)

で書き直そう定数項を無視すればこれは次のようになる

H = hωLCcdaggerc+ hωqa

daggera+hαq2adaggeradaggeraaminus hg(c+ cdagger)(a+ adagger) (9222)

結合定数 gはここでは

g =Cch

(h

C primer

radicC primer

L

)[2e

C primeq

(EJ8EC

) 14 1radic

2

](9223)

であり結合キャパシタのキャパシタンス Cc共振器の電場の真空ゆらぎ超伝導量子ビットの電場の真空ゆらぎの積の形になっているここから回転波近似を行うことでJaynes-Cummings相互作用が導かれる実際の超伝導量子ビットの設計の際には微小なキャパシタや Josephson接合などの素

子を経験的な値と数値計算によってシミュレートする必要があるこれは例えばキャパシタ以外の配線部がもつ微小なキャパシタンスやインダクタンスが無視できないためであるまた上記のような結合キャパシタンスが小さいという状況にも必ずしもならず超伝導量子ビット特にトランズモンを扱う際には数値計算による結合の見積もりは結局必須である

93 共振器オプトメカニクス931 導入巨大なミラーによって数キロメートルにわたる驚くほど長大なMichelson干渉計を

構成する重力波干渉計(gravitational wave interferometer)によって重力波による極微な時空のひずみが捕らえられたミラーは超高フィネスの連成光共振器の部品で

第 9章 量子実験系における種々の結合 127

図 97 共振器オプトメカニクス系の概念図

ありこれが極微の信号をとらえるための検出感度向上の要であるその検出感度は我々の想像を超えており光共振器の長さがミラーを構成する物質の格子定数よりもはるかに小さな量だけ変化してもそれを検出することが可能であるこれは逆にミラーの機械振動(mechanical oscillationvibrationこの量子は固体中の格子振動と同じくフォノンとよばれる)が重力波検出器に致命的なノイズとなることをも意味しているこのようなノイズを避けるべく干渉計は真空中に入れられ低温に冷やされワイヤーでミラーをつるして制振を図るなどさまざまな工夫がなされている周囲の環境から孤立したこのような系ではミラーの機械振動は極めて高いQ値を持つようになるこのような機械振動モードによる光への影響が特に機械振動の量子限界測定(quantum-noise-limited measurement)の観点から Braginskyによって調べられたこのような一連の研究の中で共振器オプトメカニクス(cavity optomehanics)は産

声を上げた共振器オプトメカニクスにおいては共振器の光子と機械振動のフォノンの相互作用が扱われ光子によるフォノンのあるいはフォノンによる光子の制御が期待され研究がすすめられたフォノンは共振器光子の非弾性散乱を生みそれが光のサイドバンドとなって検出されるフォノンの周波数が共振器のスペクトル幅よりも十分大きい時にはこのサイドバンドがスペクトル上で分離して観測されるフォノンの周波数が高ければ熱励起の影響を受けにくくなるなどの理由から共振器オプトメカニクスでは高周波フォノンが希求されてきた高周波フォノンのもう一つの良い点としてフォノンモードのレーザー冷却の限界温度が共振器のスペクトルとサイドバンドが分離できないときに比べて低くなることが挙げられる(より詳しくは付録 H参照)このようにフォノンをレーザー冷却などで量子的な領域にまで冷却し機械振動という巨視的な対象の量子的な振る舞いの研究や制御を試みる動きも盛んであるこの節では共振器オプトメカニクスにおけるオプトメカニカル相互作用(optome-

chanical interaction)を概説する

第 9章 量子実験系における種々の結合 128

932 オプトメカニカル相互作用初めに共振器光子のエネルギー hωca

daggeraとフォノンのエネルギー hωmbdaggerbを含む基

本的なHamiltonianを書き下そうこれは単純に二つの和で

H = hωc(x)adaggera+ hωmb

daggerb (931)

と書けるが共振器の共鳴周波数ωc(x)がフォノンの ldquo変位rdquoxに依存しているとしたこれは光共振器の共振器長が機械振動により振動的に変化するなどの状況に対応している例えばFabry-Perot共振器のミラーの機械振動を扱う場合などである(図 97)ここでフォノンの変位が微小であることから ωc(x) = ωc minusGx+ middot middot middot と共振周波数を展開しようGは光共振器の構造などに依存する係数であるこうすることで摂動をうけたHamiltonianを

H = h(ωc minusGx)adaggera+ hωmbdaggerb

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hGadaggerax

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hg0adaggera(b+ bdagger) (932)

と線形の範疇で ωc(x)を展開して書き下すことができるここでフォノンの変位が x =

xzpf(b+bdagger)と書けることを用いておりxzpf =

radich2mωmはフォノンの真空ゆらぎを表

すmは機械振動子の真空ゆらぎであるこれより相互作用の結合定数は g0 = xzpfG

であることがわかるこの Hamiltonianは共振器オプトメカニクスの系に対して広く適用可能なものになっており例えばばねに片方のミラーが繋がれた Fabry-Perot共振器であったりFabry-Perot共振器の中に透明薄膜機械振動子があるような系であったりフォトニック-フォノニック結晶共振器(photonic-phononic crystal cavity)や果ては LC共振器のキャパシタ電極が機械振動子になっているようなエレクトロメカニクス(electromechanics)系においても通用するオプトメカニカル相互作用Hint = hg0a

daggera(b + bdagger)についてみてみようこれは光子の数に応じた力が機械振動子にかかっている時のエネルギーとみることもできるオプトメカニカル相互作用の静的な作用は輻射圧(radiation pressure)あるいは光ばね効果(optical spring effect)と呼ばれるこれは光子による機械振動子への運動量の受け渡し(光子がキックするとも言われる)による圧力で機械振動子が少し平衡位置から変位する効果であると解釈される動的な現象としてはHint = hg0(a

daggerab+ adaggerabdagger)の各項の表す過程を考えればおのずと物理的な状況がみえてくるadaggerabという項は光子とフォノンが消滅し光子が生成されるRaman過程であるエネルギー保存則から生成される光子のエネルギーはもともとの消滅した光子よりもフォノンのエネルギー分だけ多きくならなければならずanti-Stokes散乱となっていることがわかるadaggerabdaggerという項は第一項のHermite共役すなわち逆過程であり光子が消滅し光子とフォノンが生成されるRaman過程であるこれまたエネルギー保存則よりこの過程が Stokes散乱つまり生成される光子のエネルギーが消滅した光子のものよりも小さくなる過程であることがわかるこれらの非弾性散乱は共振器の共鳴周波数から正負にフォノンの周

第 9章 量子実験系における種々の結合 129

波数分だけずれたところにサイドバンドを生むがこれを共振器に対する離調に応じてレッドサイドバンドブルーサイドバンドなどという共振器オプトメカニクスにおけるフォノンモードのレーザー冷却はこのレッドサイドバンドとブルーサイドバンドの比を著しく偏らせることが肝となっている

933 オプトメカニカル相互作用の線形化オプトメカニカル相互作用を線形化したものもよく目にするため紹介しておこう状

況としては系を周波数 ωlのレーザーで駆動するようなものを考える共振器のみこの駆動周波数の回転系に乗るとHamiltonianの第一項は h(ωc minus ωl)a

daggera = h∆cadaggeraとな

りほかの二つの項は変わらないそして駆動レーザーが共振器光子をコヒーレントに注入するとしてaを α + δaで置き換える本文中や付録のあちこちにも出てきているが複素数 αはコヒーレント状態の振幅であるδaは量子ノイズあるいは量子ゆらぎを担う演算子になっているこうすることで

Hint = minushg0(|α|2 + αlowastδa+ αδadagger + δadaggerδa

)(b+ bdagger)

= minushg0ncav(b+ bdagger)minus hg0radicncav(δa+ δadagger)(b+ bdagger) (933)

を得るただし ncav = |α|2とし量子ゆらぎの二次の項は無視した第一項は静的な輻射圧をあらわしており以降では無視しよう線形化されたオプトメカニカル相互作用の結合定数は駆動レーザーの振幅を含めて g = g0

radicncav と書かれるため強く駆動

するほど結合が大きくなるまたaを∆c の回転系にbを ωm の回転系に乗せて時間依存性をあらわにすると駆動周波数に応じて次の二つの場合に分けられることがわかる

Hint = minushg(δaeminusi∆ct + δadaggerei∆ct)(beminusiωmt + bdaggereiωmt)

=

minushg(δabdagger + δadaggerb) when ∆c = ωm rArr ω = ωc minus ωm

minushg(δadaggerbdagger + δab) when ∆c = minusωm rArr ω = ωc + ωm(934)

これらはそれぞれビームスプリッタ型の相互作用とパラメトリックゲイン型の相互作用になっているこれらで起こっていることは非常に直観的でもあるωl = ωcminusωmで駆動周波数がレッドサイドバンド遷移を引き起こすときには ωc minus ωmの光子が消滅しωcの光子が共鳴における増強によって生成されそしてフォノンは光子にエネルギーを渡して消滅するのである(図 98(a)参照)この過程の逆過程は駆動周波数が共振器に共鳴しているときに起こるこのようにして駆動周波数が ωl = ωc minus ωmのときにはStokes散乱と anti-Stokes散乱の非対称性が共振器の存在により生じフォノンが消滅する過程が生成される過程よりも優勢になるようにすることができるこれがフォノンのレーザー冷却あるいはサイドバンド冷却と呼ばれるものの基本的な機序であるさて一方で ωl = ωc + ωmのときつまり駆動周波数がブルーサイドバンド遷移を引き起こすようなときにはどうなるかというとωcの光子とフォノンが同時に生成されるか

第 9章 量子実験系における種々の結合 130

図 98 共振器オプトメカニクス系における (a) ビームスプリッタ型と (b) パラメトリックゲイン型の相互作用

同時に消滅するかという過程が引き起こされる(図 98(b))このような場合とくにωl = ωc + ωmではフォノンモードへとエネルギーがつぎ込まれていきフォノン数が大きくなっていくフォノン数が大きくなるにつれて bdaggerbdaggerbbのようなフォノンの非線形項つまりフォノンどうしの相互作用が無視できなくなり最終的にはフォノンどうしが互いの位相を揃えて発振するフォノンレーザーが実現される付録 Hにサイドバンド冷却について詳述したので興味のある方はそちらもご参照頂きたい

第III部

132

第10章 量子ゲート

Rabi振動を利用すると電磁波のパルス面積(パルス強度とパルス時間の積)によって量子ビットの状態を Bloch球上で好きな角度で ldquoまわすrdquoことができるしかしながら量子技術の応用に向けて必要な量子操作はこれに留まらない量子技術では任意の単一量子ビットの量子状態はもちろんエンタングルド状態などを含む任意の多量子ビット状態を作る必要がある幸いにもいくつかの量子操作(量子ゲートと呼ばれる)があればその組み合わせによって任意の量子状態を生成することが可能であることが知られているこのように任意の量子状態を実現できる量子ゲートの組をユニバーサルな量子ゲートの組(universal gate set)という例えば一量子ビットゲートと CNOT

ゲートの組はユニバーサルであるしかしながらユニバーサルな量子ゲートの組み合わせは一意的ではないこの節ではよく用いられる一量子ビットゲートと二量子ビットゲートを紹介しようさらにこの節では実際のHamiltonianの時間発展からこれらの量子ゲートをどのように構成するかを見ていく本題に進む前に一つだけ注意点を述べる我々は基底状態と励起状態を |g⟩ =

(0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義したところが量子情報処理の文脈では|g⟩ = (1 0)t |e⟩ =(0 1)tと逆に書くのであるこれに従って密度演算子の書き方も一行目一列目が基底状態の要素になって

ρ =

(|cg|2 clowastecg

ceclowastg |ce|2

) (1001)

となるのである量子ゲートは通常この表記で書かれるため本節ではこの慣習に従おうこの慣習を採用するとBloch球の上下が入れ替わるほかPauli演算子の行列表現に関

しても行と列の順番が逆になってしまうのだが実は行列表現は例えば σz =

(1 0

0 minus1

)と書かれ本書でいままで使用してきたものと変わらないつまり Hamitlonian が(hωq2)σz であるならば励起状態の方がエネルギーが低くなってしまいたいへん気持ち悪い現実と consistentにするならばHamiltonianをminus(hωq2)σzとしなければならないところであるこのように本節以降で採用する記法は現実の物理系との対応がややこしいがもし誤り耐性量子ゲートを行うところまで量子ビットが抽象的な対象となったらもうHamiltonianをはじめ現実の物理系を気にする必要がなくなり純粋に情報理論的な対象となっていると思えばよい

第 10章 量子ゲート 133

101 一量子ビットゲート一量子ビットの量子状態はBloch球上の点で表されるため任意の一量子ビットゲー

ト(single-qubit gate)は全体に係る位相因子を除いて Bloch球上のある点をほかの点に移す回転行列で表すことができるこの回転行列はベクトルn = (nx ny nz)を用いて

Rn(θ) = eminusiθ2(nxσx+nyσy+nzσz) = I cos

θ

2minus i(nxσx + nyσy + nzσz) sin

θ

2

=

(cos θ2 + inz sin

θ2 minus(ny + inx) sin

θ2

(ny minus inx) sinθ2 cos θ2 minus inz sin

θ2

)(1011)

と表されるここではベクトル nの周りに Blochベクトルが θだけ回転するようなかたちになっている1この一般的な回転のうちx軸まわりや z軸まわりの回転がよく用いられるためこれらを見てみよう2

1011 Xゲート初めにみる一量子ビットゲートはX ゲート

Rx(π) = minusiX =

(0 minusiminusi 0

)= minusi |e⟩ ⟨g| minus i |g⟩ ⟨e| (1012)

であり基本的には |g⟩と |e⟩を入れ替えるような働きをするX ゲート自体は X =

iRx(π)を指すが実際の実験においては上式のように x軸まわりの角度 πの回転はminusiXとなるそしてパルス時間が∆t = πΩのRabi振動がこのゲート操作と等価であるこのパルスを πパルスとも呼ぶ

1012 Zゲート次は Z ゲート

Rz(π) = minusiZ = minusi

(1 0

0 minus1

)= minusi(|g⟩ ⟨g| minus |e⟩ ⟨e|) (1013)

であるこのゲート操作は |e⟩状態に πの位相シフトを与え|g⟩には何も位相シフトを及ぼさないこの量子ゲートは z軸まわりの角度 πの回転となっておりZ = iRz(π)

が Z ゲートと呼ばれるではこれはどのような方法によって実現されるだろうか思い返せばBloch球上のBlochベクトルが静止しているようにかけるのは回転系で見ているからであり回転系でなければ Blochベクトルは量子ビットの周波数 ωq で z軸まわりに回転しているのであったすなわちπωq の時間だけただ待てば何もしなくて

1じつは nは密度演算子を Pauli演算子で分解した係数をまとめたスピン sと同一のものである2Y = Rz(

π2)XRz(minusπ

2)

第 10章 量子ゲート 134

もZゲートが実行できるとはいえ数十MHzの量子ビットならともかく光遷移を持つような場合にはこのような高速制御は現状では到底現実的でないもうひとつあり得る方法は制御機器側の位相の基準を πずらすという方法であるこれは簡単だが依然として光に関しては位相の安定的な制御自体が課題である最後に紹介する方法としては離調の非常に大きなレーザーによりRabi振動を引き起こすことであるRabi振動は (Ω 0∆q)というベクトルを軸にBlochベクトルを回転させるためΩ ≪ ∆qの条件で π∆qの時間だけ時間発展させると πの位相がつくただしΩ∆q程度の割合でX ゲートあるいは Y ゲートが混ざりこんでしまいゲートにエラーが生じることは避けられない

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T

これまでに出てきたゲートを応用したものとしてあと 3つ一量子ビットゲートを紹介しよう一つ目はHadamardゲート

H =1radic2

(1 1

1 minus1

)=X + Zradic

2 (1014)

であり|g⟩ rarr (|g⟩+ |e⟩)radic2|e⟩ rarr (|g⟩ minus |e⟩)

radic2という変換を引き起こすこれら

はどちらも nh = (1radic2 0 1

radic2)まわりの π回転であるHadamardゲートは明らかに

Hdagger = HでありかつXとZを相互に変換する作用があるHXH = ZHZH = X残り二つは Z ゲートとよく似ており

S =

(1 0

0 i

)= ei

π4Rz

(π2

)(1015)

T =

(1 0

0 eiπ4

)= ei

π8Rz

(π4

)(1016)

である実際S2 = Z T 2 = Sが成立するSゲートを用いると Y = SXSとなる

102 二量子ビットゲート二量子ビットゲート(two-qubit gate)は二量子ビット系に作用する量子ゲートであ

る簡単な例としてはXiを i = 1 2番目に作用するX ゲートとしたときにX1 otimesX2

のようなものであるこの例は一量子ビットゲートが単にそれぞれに作用するだけであるが制御量子ゲートのように片方の量子ビットの状態に応じてもう片方にかかる量子操作が変わるようなものもある本節ではこれらについてみていこう

第 10章 量子ゲート 135

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート制御NOTゲート(Controlled-NOTCNOTCXゲートなどと呼ばれる)は制御量

子ビット(2番目の量子ビットとしよう)が |e⟩のときに標的量子ビット(1番目の量子ビット)にXゲートが作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作である行列の形で書くと22 times 22の行列で

CNOT =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 0 1

0 0 1 0

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimesX (1021)

と書かれ|gg⟩ rarr |gg⟩|ge⟩ rarr |ge⟩|eg⟩ rarr |ee⟩|ee⟩ rarr |eg⟩という変換を引き起こすものである

1022 制御Z(CZ)ゲート制御 Z(CZ)ゲートは制御量子ビットが |e⟩のときに標的量子ビットに Z ゲートが

作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作であり行列の形は次のようになる

CZ =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 minus1

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimes Z (1022)

1023 iSWAPゲートと SWAPゲートiSWAPゲートと SWAPゲートは次のようなものである

iSWAP =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(1023)

SWAP =

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(1024)

上式から直ちに見て取れるようにSWAPゲートは二つの量子ビットの状態を入れ替える作用がありiSWAPゲートはこれに加えて iの因子が付加されるというようなものである

第 10章 量子ゲート 136

1024 XXゲートとZZゲートXX ゲートと ZZ ゲートは

XX(θ) =

cos θ2 0 0 minusi sin θ

2

0 cos θ2 minusi sin θ2 0

0 minusi sin θ2 cos θ2 0

minusi sin θ2 0 0 cos θ2

= I otimes I cosθ

2minus iX otimesX sin

θ

2

(1025)

ZZ(θ) =

ei

θ2 0 0 0

0 eminusiθ2 0 0

0 0 eminusiθ2 0

0 0 0 eiθ2

= I otimes I cosθ

2minus iZ otimes Z sin

θ

2 (1026)

と定義されるこれらは物性物理における Ising相互作用との関連から Ising結合ゲートと呼ばれることもある

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出量子ビット系を実現する物理系は様々であり量子ビット間の相互作用もさまざま

であるでは相互作用 Hamiltonian Hintが与えられたときにどのようなゲート操作が可能になるだろうかこれを明らかにするために量子系の時間発展はマスター方程式あるいは緩和を無視すると Schrodinger方程式によって記述されることを思い出そう相互作用表示での Schrodinger方程式(Tomonaga-Schwinger方程式ともいう)ih(partpartt) |ψ⟩ = Hint |ψ⟩を形式的に解くと |ψ(t)⟩ = exp[minusi(Hinth)t] |ψ(0)⟩となるしたがって我々のすべきことは極めてシンプルで相互作用Hamiltonian Hint を指数関数の方に乗せ量子系に対する演算子 exp[minusi(Hinth)t]の作用を明らかにすればよい初めに調和振動子の場合におけるビームスプリッタ相互作用のような量子ビット間

相互作用

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) =hg

2(σxσx + σyσy) (1027)

を考えるここでσ+σminusやσxσxのような項は本来一番目の演算子が一番目の量子ビットに作用するというような意味合いを明らかにするために σ+otimesσminusや σxotimesσxと書くべきものであるが混乱が生じない限りにおいてはotimesを省くそしてこの最初の例に関しては量子ゲートの形にたどり着くまでの計算を追うことにしようまず (σxσx+σyσy)2

第 10章 量子ゲート 137

をあらわに書き下そう

σxσx + σyσy2

=1

2

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+1

2

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

=

O

0 0

1 0

0 1

0 0O

equiv A (1028)

A2 = diag(0 1 1 0)A3 = A はただちに確かめられるのでexp[minusi(Hinth)t] =

exp[minusigAt]は

eminusigAt = 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A3 +

(gt)4

4A4 + middot middot middot

= 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A+

(gt)4

4A2 + middot middot middot

= diag(1 0 0 1) +

(1minus (gt)2

2+

(gt)4

4minus middot middot middot

)diag(0 1 1 0)

minus i

((gt)minus (gt)3

3+

(gt)5

5minus middot middot middot

)A

=

1 0 0 0

0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

0 0 0 1

(1029)

と計算できるこの時間発展は |gg⟩と |ee⟩に何も影響を及ぼさないが |ge⟩と |eg⟩の間にRabi振動のような占有確率の振動を引き起こすとくに t = 3π2gのときiSWAP

になる

eminusi3π2A =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(10210)

次にパラメトリックゲイン相互作用のような次の相互作用を考えよう

Hint = hg(σ+σ+ + σminusσminus) =hg

2(σxσx minus σyσy) (10211)

これもほぼ同じ計算によって

eminusig(σxσxminusσyσy)

2t =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 1 0 0

0 0 1 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10212)

第 10章 量子ゲート 138

となる今度は |gg⟩ |ee⟩で張られる部分系での ldquoRabi振動rdquoになるt = 3π2gのときは特別に bSWAPゲートと呼ぶ今度は上記の二つの相互作用を同じ結合強度で同時に働かせてみようHamiltonianは

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) + hg(σ+σ+ + σminusσminus) = hgσxσx (10213)

であり見るからにXXゲートを与えそうに思われるがあえて一般的な式exp[minusiσξσξα] =cosαI otimes I minus i sinασξ otimes σξ(証明は容易である)から計算すると

eminusigσxσxt =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10214)

となり実際にXXゲートとなることがわかる同様にZZゲートは σzσzという相互作用項から生じる最後にHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (10215)

を考えようこれは上記のケースよりも少し複雑な計算が必要になるが詳細は付録( G節)に譲り結果を述べると

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(10216)

となりt = π2gで全体の位相因子を除き SWAPゲートを与える

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t = eminusi

π4

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(10217)

ここまでみてCNOTゲートや CZゲートのような制御量子ゲートが物理学で頻繁に目にする ldquo自然なrdquo相互作用からは直接導かれないことに気づく制御量子ゲートは通常SWAPゲートなどの二量子ビットゲートと一量子ビットゲートを組み合わせて実現される

103 Cliffordゲートとnon-Cliffordゲート本節では量子ゲートのもう少し一般的な側面について言及しておこう手始めに n量

子ビットの Pauli群を導入する群とは単位元と逆元を含みある演算に関して閉じて

第 10章 量子ゲート 139

いるようなものの集合であり詳細は成書に譲るn量子ビット Pauli群 Pnは

Pn = eiπ2ΘΞ1 otimes middot middot middotΞn |Θ = 0 1 2 3 Ξi = Ii Xi Yi Zi (1031)

で定義され添え字の iは i番目の量子ビットに作用することを意味するPnの元は全体にかかる因子 1minus1iminusiを除けば一量子ビットゲートのテンソル積で書けるPauli群の元を Pauli群の元に移すようなユニタリ変換の集合を考えるとこれは群をなしClifford群 Cnとして知られているものとなるn量子ビットに対するユニタリ変換の集合を Unと書くときちんと定義を書けば

Cn = V isin Un |V PnV dagger = Pn (1032)

であるClifford群の元を Cliffordゲートというが例えばHXH = ZHZH = XSXS = Y などからHadamardゲート H と S ゲートは一量子ビットのCliffordゲートであることがわかる一量子ビットのClifford群の位数すなわち元の数はいくつになるだろうか一量子ビットのPauli群の元はある軸周りの回転に対応するためClifford

ゲートは xyz軸を(右手系を保ったまま)入れ替える操作に対応するすなわち正負の向きも含めて x軸を決めるのに 6通りそれに直交するように y軸を決めるのに 4

通りありこれらが決まれば自然と z 軸が決まるため6 times 4 = 24通りとなる二量子ビットゲートに関してはどうだろうか例えば CNOT(X otimes I)CNOT = X otimes X やCNOT(I otimes Z)CNOT = Z otimes Z などからCNOTゲートが二量子ビットCliffordゲートとなる [9]ことはわかるでは C2の位数はいくつあるかというと11 520個である一般には Cnの位数は 2n

2+2nprodnj=1(4

j minus 1)であることが知られている残念なことにかのGottesman-Knillの定理によればPauli演算子の固有状態が初期

状態でこれにCliffordゲートのみを作用させて実行される量子計算は ldquo確率的古典コンピュータrdquoによって効率的に(多項式時間で)シミュレート可能であることが知られているさらにCliffordゲートのみでは任意の量子状態を生成することができないことも知られているしたがってユニバーサルな量子操作を達成し古典コンピュータでは効率的に実行できない計算タスクを遂行するためにはnon-Cliffordゲート即ちClifford

群にない量子ゲートが不可欠である3そして喜ばしいことにT ゲートは non-Clifford

ゲートであるこれが任意の量子状態を生成できることはHadamardゲートとの組み合わせで THTH という演算の回転角が θTHTH = 2arccos [cos2 (π8)]と πの無理数倍になることからわかるそして Solovey-Kitaevの定理のいうところによれば十分な精度で任意の量子状態を近似するのには多項式時間あればよいこれらのトピックについての詳細はRef [[9]]を参照されたい

3魔法状態(magic state)|ψm⟩ = cos θ8|g⟩+ sin θ

8|e⟩を用いれば Cliffordゲートのみでも任意の量子

状態を生成可能であるnon-Cliffordゲートの難しさを魔法状態の準備に押し付けているだけとも言える

140

第11章 量子状態の測定とエラーの評価

111 射影測定と一般化測定一般に量子状態に対する測定は測定される量子状態を大きく変えてしまうこれ

が量子測定(quantum measurement)についてここで一節を割く理由であるがきちんとした量子測定の定式化によって測定の後の量子状態が記述でき量子エラー訂正などで役に立つという理由もある [9]|ψ⟩ =

sumi ci |φi⟩という量子状態を測定するとしよう実際の実験においては測りたい

対象である量子系Tと測定のための量子系Pを用意しそれらの間の何らかの相互作用で量子系Tの状態と量子系Pの測定で得られる物理量の対応が付くようにすることが多い射影測定(projective measurement)とは状態 |φi⟩の占有確率 pi = |ci|2を抽出し測定後の状態が |φi⟩に ldquo射影rdquoされるようなものである射影演算子 Pi = |φi⟩ ⟨φi|を用いると射影測定によって(ひとまず規格化を無視して)|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩ = ci |φi⟩と状態が変化するこれを密度演算子で記述しかつ規格化条件も考慮すると

|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩radicpi

(1111)

ρ = |ψ⟩ ⟨ψ| rarr Pi |ψ⟩ ⟨ψ|Pipi

(1112)

という状態の変化が射影測定によって生じる上記は純粋状態に対する表式であるから混合状態ふくむ一般の量子状態 ρについてかつ射影測定のみならず一般的な測定についても有用な測定の定式化を紹介しようこのためにKraus演算子を導入しようKraus演算子は量子測定においては測定による状態変化を表すものと考えてよいすなわち射影測定の場合には射影演算子Mg = |g⟩ ⟨g|とMe = |e⟩ ⟨e|がKraus演算子となるし蛍光測定(photoluminescence measurement)のように基底状態が測定されると基底状態のままだが励起状態が測定される場合に量子状態が基底状態へと変わるようなものではMg = |g⟩ ⟨g|とMe = |g⟩ ⟨e|が Kraus演算子となる量子ビットの場合には測定に係る量子状態が二つであるから Kraus演算子は二つでこれらをMi (i = g e)

と書く添え字は測定の結果そうであったと判明した状態を表しiの状態が測定された時には密度演算子はMiρM

daggeri のように変化を受けるこれを状態 iに見出す確率 piを

用いて規格化すると測定後の状態は測定に誤差がない場合に一般に

ρrarrMiρM

daggeri

pi(1113)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 141

と書けるもう一つ重要な概念として positive operator-valued measure (POVM) について述べておく1これはKraus演算子に対しEi =Mi

daggerMiで定義される量で各状態に見出される確率の合計が 1であるという条件と等価なsumiEi = I が成立するこれを用いると状態 iに見出す確率 piは pi = Tr

[MiρM

daggeri

]= Tr

[M daggeriMiρ

]= Tr [Eiρ]と

書けるPOVMは蛍光測定のような場合にも射影演算子と一致するがこのような測定を射影測定と区別して誤差のない測定と呼ぶこれよりも一般的な誤差のある測定について詳細は成書を参照していただくとして射影測定を例に触れておこう射影測定で生じるエラーとして(i)検出器のノイズなどにより本来信号を検出しない量子状態の測定であるのに信号を検出してしまったならびに (ii)検出器の量子効率が 1

でないために本来信号を検出すべき量子状態の測定で信号を検出できなかったという二つの場合を考えどちらも確率が ϵで起こるとするこのときの Kraus演算子はMg =

radic1minus ϵ |g⟩ ⟨g|+

radicϵ |e⟩ ⟨e|とMg =

radicϵ |g⟩ ⟨g|+

radic1minus ϵ |e⟩ ⟨e|となるこのような

誤差のある測定の場合にはKraus演算子も POVMも射影演算子と一致しないもうひとつ重要な概念として量子非破壊測定(quantum non-demolition measurement

QND measurement)について述べておく量子非破壊測定は射影測定すなわち測定の結果判明した量子状態に射影される測定の中でもさらに次の条件が付くそれは同じ量子状態に対する測定を複数回行ったときに測定後の量子状態のアンサンブル平均の状態が測定前の量子状態と同じ占有確率を与えるという条件である測りたい対象である量子系 Tと測定のための量子系 Pがあるという設定を思い出そう量子非破壊測定は量子系Tと量子系 Pの間の相互作用と量子系Tの測定される物理量が可換であるような測定と言い換えることもできる量子ビット系に関しては σz を測定することになるがこの文脈における量子非破壊測定はZZ相互作用やZX相互作用のように興味のある量子ビットに対して σzの作用をする相互作用を用いたものであるといってよいさらに砕けた言い方をすると量子非破壊測定とは測定したい量子ビットに対する測定の ldquo反作用rdquoを量子ビットの位相変化に押し付けられるような測定である

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ量子ビットのある状態から出発して量子ゲートによりなんらかの目的の状態を生成

したいとするこのとき初期状態量子ゲート測定のエラーといったさまざまな要因により最終的な量子状態は目的の量子状態とは異なるものになってしまい得るしたがって手持ちの量子状態がどんなものであるかを評価しなければならないここでは未知の量子状態がどのような状態であるかを明らかにするための量子状態トモグラフィという手法について説明する一量子ビット系の密度演算子は ρ = (12)(I + sxσx+ syσy + szσz)と表されることは

すでに述べたこの量子状態を知るためにはスピン成分である係数 sxsysz を決定すればよいだろうPauli演算子 σξとその積 σξσζ (ξ = ζ)はトレースがゼロであることに注意するとスピン成分は sξ = Tr [ρσξ]によって求まることがわかるではこの

1ややこしいがPOVMの measureは測度の意味

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 142

量を実際にはどうやって測定すればよいだろうか量子実験においてはほとんどの場合量子状態に関して得られる信号は量子状態の占有確率すなわち sz に関するものである逆に言えば sxや sy 分の情報を通常の測定から得ることはできないそのためBlochベクトルを回転させてBlochベクトルの x成分や y成分を z軸にそろえsxや sy

を szの測定に焼きなおす必要がある例えば sxの測定ではRy(π2)という量子ゲートにより |+⟩ = (|g⟩+ |e⟩)

radic2 rarr |g⟩ |minus⟩ = (|g⟩ minus |e⟩)

radic2 rarr |e⟩という変換(回転)

が起こるつまり Blochベクトルの x成分である sxが量子ゲートの後には z成分に変わっておりz成分の測定により sxがわかるようになるのである同様にRx(π2)という量子ゲートによって |+i⟩ = (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 rarr |g⟩|minusi⟩ = (|g⟩ minus i |e⟩)

radic2 rarr |e⟩

という変換がされsxの測定が可能になるこのようにして s = (sx sy sz)が多数回の測定によりわかれば測定者は密度演算子 ρの係数を明らかにすることができ量子状態のすべての情報を得ることができるこの一連の測定を量子状態トモグラフィ(quantum state tomography)という

113 フィデリティ量子状態の同定が済めば次にそれが所望の量子状態にどの程度近いかを表す指標を

用いて評価する必要があるこの指標としてよく用いられるのがフィデリティ(fidelity)であるフィデリティは量子状態の間の距離の数学的な定義は満たさないが量子状態が直交しているときに 0同じ時に 1となりかつ直感的な指標として広く用いられている一般の密度演算子で表された量子状態 ρと σに対してフィデリティF の定義を

F = Tr [ρσ] (1131)

とするこれは二つの量子状態が同じ場合には F = Tr[ρ2]= 1である二つの量子状

態が直交する場合には直交できる二つの量子状態はどちらも純粋状態でなければならずF = 0となる2ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティは

F = Tr [ρ |ψ⟩ ⟨ψ|] = Tr [⟨ψ| ρ |ψ⟩] = ⟨ψ| ρ |ψ⟩ (1132)

となる実際に生成した未知の量子状態が既知の量子状態とどれだけ近いかという評価にはこの形がもっともよく用いられるさらに単純化して ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|だとするとF = | ⟨ψ|ϕ⟩ |2つまり単に二つの量子状態の内積の二乗となる余談として完全混合状態どうしのフィデリティについて述べておこう一量子ビッ

トの完全混合状態の密度演算子は I2であるからフィデリティはトレースに注意してF = 12となる完全混合状態は量子ビットが一切のコヒーレンスを失った状態であるから最も量子制御と縁遠いものであるがそれでも(一量子ビットにおいては)05というフィデリティの値が出てしまうむしろフィデリティがゼロのときには必ず量子状

2この逆つまり F = 0となるのは二つの量子状態が直交するときのみであることも示すことができる

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 143

態が直交するということなのでその意味では信頼性が高い状態準備ができているともいえる多量子ビット系になると完全混合状態の密度演算子は Iotimesn2nとなり二つの完全混合状態の間のフィデリティは 2n(12n)(12n) = 12nとなるので結局フィデリティは高い方が良いという指標になる最後にフィデリティのもう一つの定義を紹介する上記では密度演算子の積のト

レースによりフィデリティを定義したが密度演算子の積の平方根のトレースで定義することもある

f = Tr

[radicradicρσ

radicρ

] (1133)

これついて ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティはトレースの巡回性から f = Tr

[radicradicρ |ψ⟩ ⟨ψ|radicρ

]=radic⟨ψ| ρ |ψ⟩Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|] =radic

⟨ψ| ρ |ψ⟩となるさらに ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|と書ければf = | ⟨ψ|ϕ⟩ |となる

114 量子ゲートエラーの評価一量子ビットなどの量子ゲートはパルス面積を決めて電磁波を量子ビットに照射する

ことで実現されるしかしながら実験的あるいは原理的な様々な理由によって実行したい量子ゲートの理想的な操作からはずれてしまうものだいくつかその原因の例を挙げるとパルス時間の制御機器の時間領域における精度が十分でないとか照射する電磁波に強度の変調がかかってしまっているだとか照射電磁波の位相がドリフトしてしまい xゲートを実行したつもりが Y ゲートも少し混ざってしまうとかそういったものであるであるから前節の量子状態トモグラフィと併せて量子ゲートの精度を測定するための手法とその評価のためにある量子状態が別の量子状態とどれだけ近いかを表す指標が必要である本節ではノイズに関する短い導入の後これらについてみていこう

115 ノイズ演算子純粋状態の場合量子系の発展は量子状態 |ψ⟩に何かしらの演算子が作用するという

ふうに記述されるもし混合状態も含めた一般的な量子仮定の記述をしたければ密度演算子に関する作用を考えなければならないこれはKraus演算子Aiを用いて次のように書かれる

E(ρ) =sumi

AiρAdaggeri (1151)

当然Kraus演算子から構成される POVMは確率の総和が 1になるという条件を満たさねばならない例えばE(ρ) = XρX は量子ビットが確率 1でフリップする(|g⟩と|e⟩が入れ替わる)過程を表す純粋状態についてはXρX = X |ψ⟩ ⟨ψ|Xdaggerと単にX |ψ⟩の密度演算子となることからも納得はできるであろうこの完璧な操作に対し実際に

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 144

行われる操作は環境のノイズが混ざった不完全なものであるこのノイズにより確率的に引き起こされる過程をΛと書くとこれは英語では superoperatorと呼ばれる密度演算子(密度演算子)に対する演算子となるもしノイズが pの確率で量子ビットをフリップさせるようなものならこのビットフリップエラー(bit-flip error)の演算子Λx

Λxρ = (1minus p)ρ+ pXρX (1152)

と書かれるもうひとつ例を挙げるともしノイズにより確率 pで位相がフリップする(π回転する)ならばこの位相フリップエラー(phase-flip error)に対応するノイズ演算子 Λz は

Λzρ = (1minus p)ρ+ pZρZ (1153)

これらは x軸と z 軸まわりの量子ビットのフリップが確率的に起こる過程を表しているy軸まわりのものはビット-位相フリップエラー(bit-phase-flip error)と呼ばれ

Λyρ = (1minus p)ρ+ pY ρY (1154)

であるもうひとつ上記のすべてが等確率で起こるものとして脱分極(depolarizing)エラー

Λdρ = (1minus p)ρ+p

3(XρX + Y ρY + ZρZ) (1155)

があるしかしながらこの過程は実際には非現実的でその対称性による理論的な取り扱いやすさから導入されたものと思われるさてノイズ演算子(noise superoperator)について例を挙げつつ説明したが実は現

実に起こるエラーとして最も重要なのは次の自然放出に起因するエラーであるこれは amplitude dampingともいわれ

Λampρ = A0ρAdagger0 +A1ρA

dagger1 (1156)

と書かれるKraus演算子は

A0 =

(1 0

0radic1minus p

) A1 =

(0

radicp

0 0

) (1157)

と書かれるひとつめのKraus演算子A0は |e⟩の占有確率が減少する過程を表しておりふたつめの Kraus演算子 A1はその過程が |e⟩から |g⟩への遷移に起因することを示しているそして励起状態の占有確率の減少と |e⟩から |g⟩への遷移の二つは同時に確率 pで起こる自然放出は真空場による誘導放出と解釈できるためノイズ源はなんと真空場であり不可避である

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 145

116 量子プロセストモグラフィ量子プロセストモグラフィ(quantum process tomography)は量子状態トモグラ

フィのように量子過程を完全に同定するための手法である量子プロセストモグラフィをする目的としては実験的に実装された量子ゲートが理想的な量子ゲートにどれだけ近いかを量的に評価することであるある量子状態 ρにどれだけ理想的なゲートからずれているかわからない ldquo未知のrdquo

量子ゲートを作用させるとしよう種々のノイズの結果としてこの量子ゲートによる作用は E(ρ) =

sumiAiρA

daggeri と書けるであろうn量子ビット系の量子状態は d = 2n次元

のHilbert空間となるがこれに対するKraus演算子は常に n量子ビット系に d個ある直交する演算子を用いて Ai =

summ aimEm m = 1 2 dと表現することができる

これを E(ρ)に代入すると

E(ρ) =summn

χmnEmρEdaggern (1161)

と書き直すことができるここで χ行列 χmn =sum

i aimalowastinを導入したこれはPauli行

列と恒等演算子という非常に扱いやすい演算子のセットで未知の量子状態を特徴づけるものとなる実験においては量子ビット系を d2個ある線形独立な状態の中からひとつの状態 ρj

に用意し量子ゲートを作用させるそして量子ビットの状態を量子状態トモグラフィにより同定するこの一連の工程によって最終的な状態は E(ρj) =

sumk cjkρkと書ける

ρjが線形独立であることからEmρjEdaggern =

sumk βmnjkρkという展開も可能であるからsum

k

cjkρk =summn

sumk

χmnβmnjkρk hArr cjk =summn

χmnβmnjk (1162)

したがって βmnjkの逆行列を用いると次を得る

χmn =sumjk

βminus1mnjkcjk (1163)

右辺では cjkが量子状態トモグラフィによって実験的に明らかにできるパラメータでありβmnjkは ρkが理想的な場合の EmρkE

daggern =

sumk βmnjkρkから計算により求めること

ができるしたがってχ行列は d2個の ρkに対して上記のような工程を行い評価することができるのである演算子の組 Eiは一量子ビット系では IX Y Z二量子ビット系では II IX Y Z ZZでありχ行列は一量子ビット系では 4times 4二量子ビット系では 16times 16の行列となるここでひとつ量子プロセストモグラフィについて注意しておきたいことがある量

子技術においては量子系の初期状態の準備量子ゲートによる操作そして測定が行われ測定結果はさらにそのあと作用する量子ゲートへとフィードバックされたりするこういった工程のなかで量子プロセストモグラフィが検出するのは一連の工程で生じたすべてのエラーを含んだものであるすなわち量子状態準備と量子測定のエラー

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 146

(state preparation and measurementで SPaMエラーと略される)は分離できないのであるまた量子プロセストモグラフィは量子ビットの数が増えると指数関数的に実験時間が増えかつ扱う行列のサイズも指数関数的に大きくなるため大規模化した量子系での量子プロセストモグラフィは現実的ではない

1161 ゲートフィデリティ量子プロセストモグラフィを現実にやるかどうかはともかく量子ゲートが特徴づ

けられてしまえば量子状態のフィデリティのように理想的な量子ゲート U と現実に行われた操作がどれだけ近いかを表す指標が必要であろうここでゲートフィデリティ(gate fidelity)を理想的な場合に生成されるべき量子状態UρU daggerと現実の操作で生成された状態 E(ρ)のフィデリティ

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]として定義したいところであるこれは次のように書きなおすことができる

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]= Tr

[UρU dagger

summ

χmEmρEdaggerm

]

= Tr

[Uρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

dagger

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

daggerU

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermU

]= Tr [ρΛ] (1164)

ここでノイズ演算子 λを Λ =sum

m χmmLmρLdaggerm with Lm = U daggerEmで定義している

もしも実行された量子ゲートが完璧であり E(ρ) = UρU daggerとなるのであれば当然ゲートフィデリティは同じ量子状態の間のフィデリティと等価になってFg = Tr

[ρ2]= 1

となる実際には種々のエラーが量子操作に紛れ込み初期状態として用意した純粋状態が混合状態へと劣化してしまうこのときにはF prime

g lt 1に低下するところがゲートフィデリティは密度演算子 ρによって値が変わってしまうことに

注意しよう例としてビットフリップゲートX が所望の量子ゲートであるとし確率 pで Zになってしまうすなわち位相フリップエラーが起こるとしようこのときρ = |g⟩ ⟨g|あるいは ρ = |e⟩ ⟨e|のときには位相フリップエラーの影響があらわには出ずこれではエラーを検知できずに F prime

g が 1になってしまうこれを避けるためにゲートフィデリティFgは任意の純粋状態 |ψ⟩に対して F prime

gを計算したなかの最小値であると定義しよう

Fg = min|ψ⟩

Tr[U |ψ⟩ ⟨ψ|U daggerE(|ψ⟩ ⟨ψ|)

] (1165)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 147

これによって量子ゲートのエラーを過小評価することはなくなったためしに先ほどの例すなわちビットフリップゲートXが所望の量子ゲートであり確率 pでZになってしまう場合について計算してみよう

Fg = min|ψ⟩

Tr [X |ψ⟩ ⟨ψ|XE(|ψ⟩ ⟨ψ|)]

= min|ψ⟩

Tr [⟨ψ|X[(1minus p)X |ψ⟩ ⟨ψ|X + pZ |ψ⟩ ⟨ψ|Z]X |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

Tr [⟨ψ|Y |ψ⟩ ⟨ψ|Y |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

(⟨ψ|Y |ψ⟩)2

= 1minus p (1166)

からこの量子ゲートのゲートフィデリティは 1minus pであるといえる量子プロセストモグラフィを用いて量子ゲートの素性を明らかにした場合にはその結果を E(|ψ⟩ ⟨ψ|)として代入し同様の計算をすることになる

117 Randomized benchmarking

量子プロセストモグラフィはSPaMエラーとゲートのエラーを区別できないこと以上に多量子ビット系になるにつれてゲートの評価自体に用いる χ行列の次元が指数関数的な増大を見せることから現実的でないと思われているこの問題から実際の実験では randomized benchmarkingという量子ゲートの評価手法が広く用いられているRandomized benchmarkingはいくつかの仮定の下に量子ゲートのゲートフィデリティを見積もる方法でありそれらの仮定が実際の状況に即しているかは慎重に見極めなければならないそれを差し引いてもこの手法はゲートエラート SPaMエラーを分離して測定できるかつ量子プロセストモグラフィよりも圧倒的にゲートエラーの評価が容易であるというメリットからしばしば用いられるRandomized benchmarkingの実際の手順を箇条書きで述べよう

bull 量子ビット系を |ψi⟩に初期化する

bull ランダムに選ばれた l isin N 個の Cliffordゲートを作用させる

bull 上記の Cliffordゲート列の全体の逆元を作用させる

bull 最終的な状態 ρf が |ψi⟩ ⟨ψi|と同じであるかどうか確かめる

bull lを増加させたときの ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティの減衰からゲートフィデリティを見積もる

Cliffordゲートの数 lが増加するにしたがって ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティは指数関数的に減衰するこの指数関数的減衰をフィッティングしてゲートフィデリティ

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 148

を得るというのが randamized benchmarkingであるそしてゲートの数に対するフィデリティの減衰を評価する手法であるからSPaMエラーとゲートエラーを別々に評価できるということも明らかであろう実験で行う解析を二量子ビット系で考えてみよう量子プロセストモグラフィでは 16 times 16の行列とその逆行列を扱うことになりrandomized benchmarkingでは 11 520個のCliffiordゲートがまんべんなく登場するようにシークエンスを整えることになるどちらも一長一短に思えるうえrandomized

benchmarkingでは Cliffordゲート全体のゲートフィデリティの平均値が求まるのみという点はあるものの自動的にゲートを乱数で生成するプログラムがあればよく直観的でもありSPaMエラーとの分離も可能でinterleaved randomized benchmarking

と呼ばれる方法で個別のゲートフィデリティの評価も可能な randomized benchmarking

が用いられることは多いRandomized benchmarkingはこのように便利に思えるが上記のようにゲートフィ

デリティを得るうえで仮定されていることがいくつかあるこれらの中には現実的でないものも含まれるがひとまず列挙してみよう

bull すべてのノイズ演算子があらゆる Clifford演算子に等しく含まれる

bull 平均のゲートフィデリティはノイズがあたかも脱分極エラーであったかのように計算される

bull ノイズはマルコフ過程的であるすなわちノイズに時間相関はない

これらの仮定は特に一つめと二つめについては実験的な観点では到底現実的ではない例えば一つめに関しては量子系ごとに量子ゲートの得意不得意がありすべての量子ゲートが等しくすべてのノイズ演算子を持つというのは考えにくい二つめについて脱分極エラーがそもそも現実に即していないというケチが付くむしろ自然放出と位相緩和が主な実験的エラーであることがほとんどだ三つめに関してはノイズがMarkov過程的であるという根拠はないが実験的にはノイズをMarkov過程でモデルすると物理現象をうまく説明できることが多く実験的には妥当であろうと思われるこのような事情にもかかわらず randomized benchmarkingはその簡便さから頻繁に用いられる余談であるが自然放出によるエラーは状態空間を非一様に覆うように作用してしまうためrandomized benchmarkingの仮定が崩れてしまうこれに対処するためにトワリング(twirling) [10]というBlochベクトルをわざとぐるぐる回転させてこの効果を打ち消す方法がある

149

第12章 量子エラー訂正の基礎

従来のコンピュータで用いられるようなビットでもそうであるように量子ビットも常にノイズにさらされエラーが発生する現実的な量子技術は 106回以上の量子状態準備量子ゲート量子測定量子操作が必要となるといわれているこのような大きな数の操作と立て続けに行うと例えばゲートフィデリティが 09999という精度を持っていても 1 000回で 09100 000回で 10minus5まで全体の量子操作のゲートフィデリティが低下してしまうしたがって量子ゲートのエラーは従来のコンピュータでも行うようにエラー訂正をしなければ使い物にならない量子ビットに対するこのようなエラー訂正を量子エラー訂正(quantum error correction)とよぶ従来のコンピュータで行うエラー訂正は多数決の方法をとっているすなわちビッ

トのコピーを複数用意しておきエラーが発生するレートが低いという仮定の下で複数のコピーの中で多数である方を正しい結果として採用する一方で量子エラー訂正は従来のエラー訂正のように簡単ではないこれは次のような事情があるためである

(i) エラーは Bloch球上で連続的に発生する

(ii) 複製禁止定理によって量子状態のコピーを作ることができない(付録 J)

(iii) 測定は量子状態をlsquolsquo 破壊 rsquorsquoする

これらの条件のもとでのエラー訂正は一筋縄ではなくいままでに考案されてきた量子エラー訂正のコード(量子エラー訂正ができるように複数の量子ビットから一つの量子ビットを構成する方法)は上記の問題を巧みに回避しているつまり量子エラー訂正を実行するために量子状態は壊すことなく量子ビットに起こるエラーを ldquoデジタルrdquo

に検出するのである量子エラー訂正ができるようになることによる代償もあるそれは従来のビットに対する多数決の方法のように量子ビットを数多く使用して冗長性を確保しなければならないことであるさらに量子エラー訂正が動作するためのエラー閾値というものがあるがこれが非常に厳しい要求となっている言い換えると量子操作全般に対するフィデリティが現状の最先端技術を駆使しても達成困難なほど高くなければならないのである本節ではこのような状況を概観するために量子エラー訂正の基本的な考え方をみていく本節で網羅できない詳細については成書 [9 11]

をあたってほしい

第 12章 量子エラー訂正の基礎 150

121 スタビライザーによる定式化量子エラー訂正の話に進む前にスタビライザー(stabilizer)による定式化につい

て少し述べておくとのちに便利であるスタビライザー群 Sはn量子ビット Pauli群Pnの可換な部分群であり次の条件をみたすものである

S = Si | minus I isin S [Si Sj ] = 0 for all Si Sj isin S le Pn (1211)

ここで群に対する不等号は部分群であることを意味するn量子ビット Pauli群 Pnの部分群でありかつスタビライザー群の元であるスタビライザー演算子 S isin S は固有値plusmn1をもつまたスタビライザー群のすべての元が可換であることからスタビライザー群のすべての元に共通の固有状態があることもわかるところで群は生成子というその積によって元の群が作られるような部分集合により特徴づけられるスタビライザー群の生成子 Sg の集合をスタビライザー生成子と呼ぶスタビライザー生成子のある元がほかの元の積によって書かれないように最小限の元だけで構成されるスタビライザー群はスタビライザー生成子から生成される(S = ⟨Sg⟩とかく)が

そのスタビライザー生成子の数は |S|をスタビライザー群の位数(元の数)として高々log |S|個であることが知られているここにスタビライザー群を用いた量子系の記述に関するメリットのひとつが浮き彫りになるすなわち量子系が拡大していくにつれて指数関数的に状態の数が増えていくもののスタビライザーによる定式化を用いれば高々量子ビット数に比例する程度でしか増えないスタビライザー生成子で量子状態を指定することが可能になるのであるスタビライザー演算子は可換であるからすべてのスタビライザー演算子の同時固有

状態が存在することはすでに述べたこの固有状態のうち任意の Si isin S に対して固有値が 1すなわち Si |ψ⟩ = |ψ⟩となるものが存在するこの固有状態 |ψ⟩をスタビライザー状態といいスタビライザー状態により張られる固有空間 Vsを Sのスタビライザー部分空間ともいうのちの便宜を図るためスタビライザー演算子について固有値がminus1の固有空間を V prime

s と書くことにするS = ⟨Z1 middot middot middotZnX1 middot middot middotXn⟩ (n 偶数)というスタビライザー群を例にとるとこの

スタビライザー部分空間は

|ψ⟩ = |g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩radic2

であるただし |ξ1⟩ otimes |ξ2⟩ otimes middot middot middot otimes |ξn⟩を |ξ1ξ2 middot middot middot ξn⟩と表記しているもう一つの例としてX1 middot middot middotXn を除いて S = ⟨Z1 middot middot middotZn⟩というスタビライザー群を考えるとスタビライザー部分空間は |g middot middot middot g⟩ |e middot middot middot e⟩となるもしもこのスタビライザー部分空間に対して一つの量子ビットがフリップするような過程が起こるとその量子状態は|eg middot middot middot g⟩ |ge middot middot middot g⟩ |gg middot middot middot e⟩で張られるような部分空間に入ってしまうこれらは実は演算子 Z1 middot middot middotZnに対しては固有値が minus1となるような状態になっている言い換えるとこのビットフリップエラーによってもともと Vsにあった量子状態が V prime

s へと移ってしまうのであるこれを用いるとZ1 middot middot middotZnの測定によりビットフリップエラー

第 12章 量子エラー訂正の基礎 151

が検出できることになるしかしながらこの測定によってその量子ビットがフリップしたかは判別できない量子エラー訂正をするためにはもういくつかの工夫をしなければならないしかしながらきちんとした量子エラー訂正の符号(quantum error

correction code)すなわち複数の物理的な量子ビット(physical wubit)によりひとつの論理量子ビット(logical qubit)を構成するやり方が与えられればその記述がスタビライザーによる定式化により整理されスタビライザー部分空間に量子ビットがエンコードされスタビライザー生成子の測定によりエラーが検出されそしてエラーの訂正が行われるというふうに系統的に量子エラー訂正を理解することができる

122 三量子ビット反復符号完全な量子エラー訂正の符号に入る前に三量子ビット反復符号(three-qubit rep-

etition code)というビットフリップエラーを検出し訂正することが可能な符号についてみておこう三量子ビット反復符号のスタビライザー群は S = ⟨Z1Z2 Z2Z3⟩でありスタビライザー部分空間は Vs = |ggg⟩ |eee⟩となるこのスタビライザー部分空間に論理量子ビット |0L⟩ |1L⟩をエンコードするがそのやり方はいたって単純で |0L⟩ = |ggg⟩|1L⟩ = |eee⟩とすればよいこのときに論理量子ビットに対する論理Pauli演算子がXL = X1X2X3と ZL = Z1Z2Z3であることはほとんど自明だろうこのもとでスタビライザー生成子の測定によって何がわかるかをみてみようまずZ1Z2

と Z2Z3はZ |g⟩ = |g⟩Z |e⟩ = minus |e⟩から常にスタビライザー状態に対して+1という固有値を持つことがわかるこれは上記のスタビライザー生成子が偶数個の Z の積であるためであるこれは Vsの定義から明らかであろうではビットフリップエラーが起こるとどうなるであろうかここでは一番目の量子

ビットにフィットフリップエラーが発生しa |ggg⟩+ b |eee⟩というスタビライザー状態が a |egg⟩+ b |gee⟩となってしまったとしようするとZ1Z2の測定はminus1という値を返しZ2Z3は+1という値を返すこととなるとここまで説明すればZiZj の測定値がi番目と j 番目の量子ビットが同じ状態(+1)か異なる状態(minus1)かを判別するものになっていることに気が付くこのような測定をパリティ測定(parity measurement)という逆に Z1Z2と Z2Z3のふたつのパリティ測定の結果から1番目と 2番目の量子ビットは異なる状態だが 2番目と 3番目の量子ビットは同じ状態にあるということを知ることができるエラーの発生確率が十分低く二つ以上の量子ビットがいっぺんにフリップするようなことは起こらないという仮定のもとでこの情報は 1番目の量子ビットにエラーが発生しているということを示しているパリティ測定によってどの量子ビットにエラーが起こっているかを判別する一連の測定をシンドローム測定(syndrome

measurement)というシンドローム測定のために測定のための補助(ancillary は差別的な表現である

として最近は auxiliary がよく用いられる)量子ビットをスタビライザー生成子ひとつにつき 1個つけておこうZ1Z2 の測定のための補助量子ビットを添え字 aであらわすと初め |0L⟩ |ga⟩ であったとしエラーによって |egg⟩ |ga⟩ になってしまったと

第 12章 量子エラー訂正の基礎 152

しようこのときに 1 番目と 2 番目の量子ビットをそれぞれ制御量子ビットとするCNOTゲートCNOT1aCNOT1bを補助量子ビットに作用させると|egg⟩ |ga⟩

CNOT1ararr|egg⟩ |ea⟩

CNOT2ararr |egg⟩ |ea⟩というように補助量子ビットの量子状態が変化し補助量子ビットの σz の測定値すなわち 1番目と 2番目の量子ビットに関するパリティ測定の結果がminus1となる2番目と 3番目の量子ビットに関しても同様に補助量子ビットを用意してパリティ測定を行うと補助量子ビットの状態は変わらずパリティ測定の結果として+1を得るこのようにして得られた測定結果に応じてエラーのある量子ビットにX ゲートをかけるようなシステムを構築すればビットフリップエラーに対する量子エラー訂正ができることになるエラーが訂正されれば当然量子状態はスタビライザー部分空間 Vsに戻るここで上記の量子エラー訂正によって正しい量子状態が保たれる確率がどうなるか

を議論しよう論理量子ビットを構成する三つの量子ビットにエラーが全く起きない確率は一つの量子ビットにエラーが起きる確率を pとして (1minusp)3であるこれはそのままでは pに比例する項があるのだがもしエラー訂正が可能となり一つの量子ビットがフリップしても正しい状態に戻すことができるとなればこの確率は (1minusp)3+3(1minusp)2p =1minus 3p2 + 2p3となりpに比例する項が消えpが十分小さい場合には量子エラー訂正後の正しい状態を得る確率は量子エラー訂正なしの場合よりも高くなるここで述べた三量子ビット反復符号はビットフリップエラーを検出し訂正できるもの

であるもしスタビライザー群が S = ⟨X1X2 X2X3⟩であればスタビライザー部分空間は |+++⟩ |minus minus minus⟩になり本節の議論を少し変更するだけでこれが位相フリップエラーを訂正できる三量子ビット反復符号になっていることがわかるだろう同様にビット-位相フリップエラーについても三量子ビット反復符号によって量子エラー訂正が可能であるしかしながらこれらはそれぞれ 1種類のエラーしか訂正できない現実の量子ビットはこれらのすべてのエラーにさらされるのだから三つのエラーを検出し訂正できるような量子エラー訂正の符号が必要である

123 Shor符号前節で紹介した三量子ビット反復符号はビットフリップエラー位相フリップエラー

ビット-位相フリップエラーのどれか一つだけについて量子エラー訂正が可能となる符号であった本節では量子ビットに対するエラーを完全に訂正できる符号化の方法としてPeter Shorが導入した(九量子ビット)Shor符号(nine-qubit Shor code)を紹介しようこの符号化によってアナログな(連続的な)エラーにさらされる量子コンピュータがエラー耐性を獲得しうることが示された点で歴史的に非常に重要なマイルストーンであるShor符号において論理量子ビットは 9つの量子ビットを用いて次

第 12章 量子エラー訂正の基礎 153

のようにエンコードされる

|0L⟩ =(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)

2radic2

(1231)

|1L⟩ =(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)

2radic2

(1232)

これらは次のスタビライザー群のスタビライザー状態であることはすぐわかる

S = ⟨Z1Z2 Z2Z3 Z4Z5 Z5Z6 Z7Z8 Z8Z9 (1233)

X1X2X3X4X5X6 X4X5X6X7X8X9⟩ (1234)

そして論理量子ビットに対する論理 Pauli演算子は

ZL = X1X2X3X4X5X6X7X8X9 (1235)

XL = Z1Z2Z3Z4Z5Z6Z7Z8Z9 (1236)

であるShor符号は小さなまとまりとしてビットフリップエラーに対する反復符号がありその論理量子ビットからさらに位相フリップコードを構成したような形になっていることに気が付くであろうこのような入れ子(英語では nestedがこの意味に近いがconcatenatedの方がよくつかわれる)の符号化は論理量子ビットのエラー耐性を増強するうえで今や定番の手法となっているシンドローム測定のうち Zotimes2の形のスタビライザー生成子は一番小さな三量子ビットのまとまりの中でビットフリップエラーを検出できXotimes6の形のスタビライザー生成子によって論理量子ビットの各括弧をひとまとまりと見た時にその位相フリップエラーを検出できるようになっているこの符号化の際にはシンドローム測定のために補助量子ビットを最低 8個つけておかねばならないXotimes6の測定のために 1つの補助量子ビットを 6つの量子ビットと相互作用させるのは一般に簡単ではないから実際にはより多くの補助量子ビットが必要になるだろうさてこのコードによってエラーが訂正されるための大前提は 9個のうち 2個以上の

量子ビットに同時にエラーが起こる確率が非常に小さいことであり三量子ビットの反復符号よりも厳しい条件ではあるもののそこまでエラー訂正のための条件が厳しいようには一見思えない実際三量子ビット反復符号のときのような確率の計算をすれば現在の最も精度の高い量子ゲートならば十分であるということになるかもしれないしかしながらここではもう少し現実的な状況を考えるすなわちいままではエラーが一度発生したらそれを検出するための測定や量子ゲート測定結果に応じたエラー訂正用の量子ゲートにはエラーは入らないと仮定していたのだがこれらすべてにエラーが入ると考えるのである最終的に量子エラー訂正が可能となった場合には量子ゲートと量子測定がすべてエラー耐性のある(fault-tolerantな)ものとなっているべきでエラーが確率 pで発生する際にそのエラーが別の量子操作にそのまま pで伝播するのではなくp2になって伝播するようにエラーを抑制しなければならない(error mitigation

といわれる)文献 [9]にあるようにきちんと解析するとある量子エラー訂正の符号

第 12章 量子エラー訂正の基礎 154

化に対してエラー耐性のある量子計算を行うためにどのくらいのエラー発生確率であれば許容できるかというエラー閾値(error threshold)が計算される単純な Shor符号の場合にはエラー閾値が 10minus7のオーダーであることが知られておりこれは現存するどんな技術においても達成されていないエラー発生確率である

124 発展的な量子ビットの符号化Shor符号はその単純さから比較的理解しやすいものだが10minus7程度というエラー閾

値が実装に対する厳しい制約となっている現状で最も精度の良い一量子ビットゲートのエラー率がsim 10minus6そして二量子ビットゲートについてはsim 10minus4であり近い将来における Shor符号の実装は絶望的であるこのような状況においてよりエラー閾値の高いあるいはエラー率を抑制できる量子ビットの符号化に興味がもたれいくつかの重要な発展をもたらした代表的なものとして表面符号とGottesman-Kitaev-Preskill

(GKP)符号がある表面符号(surface code)はトポロジカル符号(topological code)トーリック符号

(toric code)とも呼ばれるもので非常に大きな数の量子ビットの 2次元配列を用意しそれによって論理量子ビットを構成するものである表面符号が特徴的なのはエラー閾値がコヒーレントエラーなしの場合に 001コヒーレントエラーを含めても 10minus4程度と現在知られている量子エラー訂正符号のなかで最も高いエラー率を許容する点であるまた表面符号と物性物理学理論の関連も量子情報科学と物性物理学の橋渡しとなる興味深いトピックである欠点としては表面符号の構成に 1 000量子ビット以上のとにかく多数の系に大規模化しないければいけない点で大規模化に伴ってどの程度エラー率が悪化するかあるいは悪化しないで大規模化を達成できるかそして多数の量子ビットを制御するための電気光配線や制御系が現実的に可能かどうかが現在の量子系大規模化の潮流の中で盛んに調べられているふたつめのGKP符号 [13]は調和振動子の量子状態つまり Fock空間のなかで量

子ビットを構成する方法として注目を集めているもう少し具体的には位相空間上で二次元グリッド状に並んだ点としてあらわされる量子状態を生成しこれとグリッドの周期の半分だけ位相空間上でずれた状態のふたつの状態を論理量子ビットとするものである論理量子ビットをGKP量子ビットともいう実際に位相空間上の点を実現するのはinfin dBのスクイージングに対応し現実的でないため実際には有限の幅を持つグリッド状に並んだ分布で近似的に直交する二つの量子状態を構成することになり現在のところ原子イオンの振動自由度を使ったもの [14]と超伝導量子ビットとマイクロ波共振器の結合系 [15]における実証実験が行われているGKP符号の特徴としては表面符号で多数の量子ビットを用いて確保していた大きなHilbert空間を無限次元のHilbert

空間である調和振動子によって代替していることであるエラー耐性を持たせるために多数の GKP量子ビットを用いて構成した表面符号を構成するとエラー閾値が 10minus4

となることが知られているこれが実用的かどうかは甚だ疑問だが調和振動子の量子技術の一例として非常に興味深いものである

155

第13章 個別量子系に関するDiVincenzo

の基準

原子光子固体中の点欠陥超伝導量子回路などある個別量子系があったときにそれが量子技術への応用にどのくらい堪えるものかを見積もるための基準がDiVincenzo

によって提示された [20]これを以下に列挙しよう

(i) 拡張性があり特性の良くわかった量子ビットを内包すること個別量子系は他の量子状態のなかで主として量子ビットに用いられる二つの量子状態に占有確率を持つことさらに実際の応用に向けてこの多数の量子ビット系を一ヵ所に集積することができること雑な見積もりではあるがShorのアルゴリズムによって 1 000桁の数の因数分解をエラー耐性量子計算により行いたい場合には1 000量子ビットにより 1個の論理量子ビットを構成するとして1 000

論理量子ビットすなわち 106個の量子ビットが必要になる

(ii) 量子ビットの初期化ができること精度の高い量子ゲートが必要であるように量子ビットをある基準となる状態(ふつうは基底状態といって語弊はない)に初期化できるということも非常に重要である量子ビットが正しく初期化されない場合初期化されていることがわかる信号をもとに条件付きで量子情報処理をはじめることはできるしかし一量子ビットでさえ確率的となると多数量子ビットでは通常指数関数的に初期化される確率が減少していく

(iii) 十分長いコヒーレンス時間1を持つこと個別量子系の操作の実験は周囲の環境や実験装置自体のノイズによる様々なデコヒーレンスとの戦いであるこのデコヒーレンスは基本的に量子系を望ましい状態に用意したとしても徐々に量子状態が望まぬもの特に混合状態へと変わっていってしまうこの時定数がコヒーレンス時間であるしたがって量子ゲートあるいは量子計算全体はコヒーレンス時間よりも十分速く行われなければならないざっくりした計算になるが量子ゲートのパルス時間が τgでコヒーレンス時間が τcであるときにエラー率は τgτc程度になりゲートフィデリティは 1minus τgτc

程度になるというのがそれなりに実験とも合致する経験則である

(iv) ユニバーサルな量子ゲート操作が可能であることユニバーサルな量子ゲート操作は少なくとも一つの non-Cliffordゲートを含む一

1デコヒーレンス時間ということもある同じものを指している

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 156

量子ビットゲートと二量子ビットゲートのセットで実現できる一量子ビットゲートは量子ビットと電磁波の相互作用などを用いて実現され二量子ビットゲートは量子ビット間の相互作用を誘起することで実装される

(v) 量子ビットに応じた量子状態の測定ができること量子ビットは一般的な量子測定で記述される何らかの方法で量子測定が可能でなければならないそれは射影測定であるかもしれないし蛍光測定のような単なる誤差のない測定であるかもしれない正確にはあらゆる測定はノイズによって誤差のある測定となっているともかくこの量子測定によって量子状態トモグラフィなどが行われる

(vi) 局在した量子ビットと伝搬量子ビットの間の信頼性のある相互変換が可能であることふつうDiVincenzoの基準というと上の 5つまでをいうことが多いがこのこの 6

番目の基準を抜きに語られることもほとんどないので一緒くたにしてしまうこの基準は上野 5つとは違って量子ネットワーク [16]を意識した内容になっている局在した量子ビットとしては原子イオンや超伝導量子回路などの量子ビットを伝搬量子ビットとしては光子を思い浮かべればわかりやすい要するに共振器量子電磁力学系(cavity QED系)を用いて量子ビットの量子状態を光子の量子状態に高いフィデリティで転写することが可能であること

157

第14章 量子技術の概要

この章ではこれまで述べてきた量子技術によって実現される応用例を紹介する

141 量子計算量子系を巧みに利用することである種の計算を高速に実行することができる場合が

あるこのような計算を量子計算と呼ぶ量子計算では量子ビットを情報の担い手として用いるこれまで見てみたように量子ビットは射影測定によって離散的な結果を出力するが測定されるまでは重ね合わせ状態をとれるつまり量子ビットは重ね合わせ状態の複素数係数という本質的にアナログ的な情報を持つこの意味において量子計算は従来の計算とは大きく性質が異なる量子ビットがアナログ的な性質を持つために操作の不完全性や量子状態の寿命によ

るエラーの問題が生じるエラーは操作ごとに蓄積していき最終的な出力を信頼できないものにしてしまう巨大な量子干渉計である大規模な量子計算ではごくわずかなエラーのために結果が変化してしまうこの問題を解決するため現行のデジタル計算が有限のエラーの元で動作しているように「閾値動作」する量子計算が考えらえれているこれを誤り耐性(デジタル)量子計算と呼ぶこれは量子ビットの状態や各操作のエラーを量子誤り訂正によって訂正することによって実現する各種の量子操作がある閾値よりも小さいエラーに抑えられているとき量子操作の不完全性の影響を受けることなく巨大な量子干渉計である量子アルゴリズムを実行することができる一方で蓄積するエラーの下で計算を行うアナログ量子計算についても研究が進めら

れている量子アニーリングやNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)といったアナログ量子計算ではサンプリング問題や基底状態の特徴を評価するという問題を扱うことによって巨大な量子干渉計を構成することなしに計算結果を出力する

1411 Groverのアルゴリズム量子アルゴリズムの例としてGroverの量子探索アルゴリズムを紹介する4つの

値をとる変数 iに対して

f(x) =

1 x = x0

0 x = = x0(1411)

第 14章 量子技術の概要 158

となる関数 f について未知の x0を決定する問題を考えるfの構造を調べることなしに x0を決定するにはx = 0 1 2 3を順番に f に代入し出力を見るのが分かりやすい方法であるこの決定方法は平均して 2回最悪の場合 3回f への代入を必要とする一方でこの値を 1回の f への作用で決定する量子アルゴリズムがある以下の演算

子 U W を導入する

U |x⟩ = exp(if(x)π)|x⟩ =

minus|x⟩ x = x0

|x⟩ x = x0(1412)

W |x⟩ =

minus|0⟩ x = 0

|x⟩ x = 0(1413)

この二つの演算子を初期状態 |++⟩にある 2量子ビットに順番に作用させる

Hotimes2W Hotimes2U |++⟩ = |x0⟩ (1414)

となる出力の量子状態を測定することによりfを含む演算子 U を一度作用させるだけでi0を決定することができる1

142 量子鍵配送量子ビットは射影測定によって0か 1の離散的な出力をするまた測定後の状態

は初期状態に依らずこれら出力に対応する状態に射影され初期状態の痕跡が消えるこのことを暗号通信のための秘密鍵共有に利用する技術を量子鍵配送と呼ぶまた量子鍵を利用した暗号を量子暗号と呼ぶこともある量子鍵配送プロトコルは 1984年にCharles BennettとGilles Brassardによって初め

て提案されたこのプロトコルは彼らの頭文字をとって BB84と呼ばれている

1421 BB84

BB84では鍵配送に光子の偏光状態を利用する偏光と情報を対応つける方法として表 141のような 2種類の方法を考える送信者は方法Aと Bをランダムに選び情報を受信者に送る一方で受信者は送

られてきた光子をランダムに方法Aないしは方法 Bで検出する

|H⟩ = 1radic2(|+ 45⟩+ | minus 45⟩) (1421)

などの関係から異なった方法でエンコードされた情報は受信者側では完全にランダムな出力として観測される一方で送信者と受信者で同じ方法でエンコードしていた

1Hotimes2 は二つの量子ビット両方に Hadamardゲートを作用させることを意味する

第 14章 量子技術の概要 159

状態 0 状態 1

A 水平鉛直 水平 垂直B 斜め 斜め+45度 斜め-45度

表 141 BB84の偏光状態

場合は送信側と受信側で結果は完全に相関するはずである盗聴者の有無を調べるために受信者は測定された結果のうちいくつかをランダムにピックアップしてその結果とそのときの方法を通常の回線で送信者に送るもし盗聴者が光子の情報を盗み見た場合その測定結果に応じて光子の状態は変化し送信者と受信者の間の相関が壊されるため送信者は盗聴者の存在に気付くことができる送信者はこのように盗聴者の存在を確認しながら受信側と通信することが可能になる

143 量子センシング量子系を使って対象を精密に測る手法を量子センシングという量子センシングで

は量子状態制御技術や量子系の観測技術を用いてセンサーを構成する代表的な例として

bull ダイヤモンド中の色中心 (NV center)

bull 超伝導量子干渉素子 (SQUID)

bull 原子ガス

bull 共振器オプトメカニクス

などを用いたものが挙げられる量子センシングでは多くの場合量子系のエネルギー変化を精密に測定することにより外場の大きさを測定する量子コヒーレンスを利用してエネルギー変化を精密に測る手法として広く用いられるいるものの一つがRamsey干渉と呼ばれる手法である

1431 Ramsey干渉Ramsey干渉では2回のX軸回りの π2回転(Rx(π2))を時間差 tをつけて作用

させる量子ビットのエネルギーが∆Eだけ変化するとき

exp

(∆Et

2hσz

)(1431)

第 14章 量子技術の概要 160

という Z軸回りの回転が量子ビットに作用するそのためRamsey干渉の結果0を出力する確率は

|⟨0|Rx(π2) exp(∆Et

2hσz

)Rx(π2)|0⟩|2 (1432)

= sin2∆Et

2h(1433)

となるこの関係から逆に量子ビットの測定からエネルギー変化をセンシングすることができるとくに∆Et2h = π4のとき確率は∆Eの変化に最も敏感になる

1432 エンタングルメントによる量子センシング量子効果をより積極的に利用しエンタングルメントを用いることでセンシングの感

度を向上することができる前節のRamsey干渉の測定精度について考える式 (1433)

よりエネルギーの測定精度 δEは確率の測定精度 δP を用いて

δEh sim δPt (1434)

と書ける量子ビットの測定結果は 2項分布するため独立な測定を N 回行う場合δP は

δP =1

2radicN

(1435)

となるつまり測定回数N について 1radicN に比例して測定精度はあがる

一方でN 量子ビットからなる量子もつれ状態として

|ψ⟩ = 1radic2(|111 1⟩+ |000 0⟩) (1436)

という状態を考えるN 量子ビットに同様にエネルギー変化が起こるとしてエネルギー変化

∆Etot =Nsumi

∆Eσ(i)z (1437)

の元での時間発展の結果初期状態との忠実度は

⟨ψ| exp (∆Etotth) |ψ⟩ (1438)

= cos2(N∆Et

2h) (1439)

となるこの関係から測定精度 δEenを見積もると

δEen prop 1N (14310)

となり量子ビット数の-1乗に比例して感度が上がるこれは大きなN に対して独立な量子ビットN 個を使ったセンサーよりも高感度な量子センシングが可能であることを示している

第 14章 量子技術の概要 161

144 量子シミュレーション重ね合わせ状態が許される量子系においては粒子数が増えると系の複雑さが指数

関数的に増大するその計算時間のため多くの場合では粒子数が多い系に対しては第一原理的な計算は難しくなるそこで計算の難しい複雑な振る舞いをシミュレートするために系をモデル化する理想的な量子系を用意し実際の系の代わりにそのモデル系の振る舞いを調べることで実際の系をシミュレートするこのような計算手法を量子シミュレーションと呼ぶHubbardモデルやスピンのHeisenbergモデルなどいくつかのモデルのシミュレーションやその量子相転移の観測などが実験的に報告されているこのように対応する量子系を実際に作る量子シミュレーションだけでなく量子回路上で物理モデルの下での時間発展やエネルギー固有状態を計算する量子シミュレーションも多く存在する量子化学計算などに代表されるこうしたアルゴリズムはNISQ

の応用として近年盛んに研究されている

145 量子インターネットいまや我々の生活にとって直接的もしくは間接的にインターネットの存在はなく

てはならないものになっている量子コンピュータ量子センサや量子鍵配送といった各種量子技術を組み合わせたネットワークを考えるとき通信路として量子状態のやり取りを許した量子ネットワークの実現が重要になるこうした量子ネットワーク全体からなるシステムを量子インターネットと呼ぶ量子インターネットではクラウド型量子計算量子秘匿計算量子超高密度通信また量子センサーの感度向上などより強力な量子機能が現れる量子インターネットでは光子からスピンスピンからマイクロ波などといった各種の量子メディア変換や量子誤り訂正量子中継技術など究極的な量子技術が必要になるこれらは現在原理検証レベルに留まっておりテストベッドの実現や大きく異なる個々の量子系の時間スケールや動作環境などの個性を受容する高性能なインターフェイスの実現が必要となる

162

付 録A 位置表示と運動量表示

ブラケット記法をもちいるDirac表示では量子状態は(純粋状態であれば)ketベクトル |Ψ⟩であらわされたこれは実はΨ(q)のような波動関数よりも一段抽象的な量子状態の扱い方であるというのも「ldquo位置表示rdquoするとΨ(q)が得られる」というものを |Ψ⟩と定義するしさらには |Ψ⟩を ldquo運動量表示rdquoすることによって運動量 pの関数としての波動関数Ψ(p)も得られるためであるこの付録ではこの位置表示と運動量表示についてメモ書き程度ではあるがおさらいしようまず位置演算子 qの固有状態 |q⟩を定義しようこれは固有値が qであり

q |q⟩ = q |q⟩ (A01)

を満たす同様に運動量演算子 pの固有状態 |p⟩をp |p⟩ = p |p⟩ (A02)

によって定義する量子状態 |Ψ⟩の位置表示と運動量表示はそれぞれΨ(q) = ⟨q|Ψ⟩ Ψ(p) = ⟨p|Ψ⟩ (A03)

と書かれこれらが位置や運動量の関数としての波動関数である|q⟩や |p⟩は連続無限個の基底となって離散的な基底に対して成立した完全性の関係sumi |i⟩ ⟨i| = 1は|q⟩と |p⟩に対しては int

dq |q⟩ ⟨q| = 1

intdp |p⟩ ⟨p| = 1 (A04)

となるさてΨ(p)とΨ(q)は互いに Fourier変換でうつることができ

⟨q|Ψ⟩ = 1radic2πh

intdpeipqh ⟨p|Ψ⟩  (A05)

が成り立つ一方で int dp |p⟩ ⟨p| = 1を ⟨q|と |Ψ⟩で挟むと

⟨q|Ψ⟩ =int

dp ⟨q|p⟩ ⟨p|Ψ⟩ (A06)

となるから式 (A05)と見比べて

⟨q|p⟩ = 1radic2πh

eipqh (A07)

がいえるこれは |p⟩を位置表示すると平面波つまり運動量が確定した状態が得られるというごく当たり前の結果であるが66の計算のようにひょんなところで役に立つ関係式である

163

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例

最初の例として単一モードの調和振動子のHamiltonianH = hωcadaggeraをユニタリ変

換U(t) = exp[iωadaggerat

]によってωでまわる回転系に乗ってみてみようU(t)はTaylor展開により定義されるようなものであるが指数関数の肩にある演算子はHamiltonianと可換であるからU(t)もHamiltonianと可換になるこれによってユニタリ変換 (222)

は非常に簡単に計算できてUHU dagger = UU daggerH = Hから

Hprime = Hminus ihUU dagger = hωcadaggeraminus ihU(minusiωadaggera)U dagger

= h(ωc minus ω)adaggera

= h∆cadaggera (B01)

となるこれを見るとわかる通り回転系に乗った後のHamiltonianには調和振動子の周波数 ωcと回転系の周波数 ωの差∆c = ωc minus ωが現れるこれを離調という全く持って似たような議論をスピン 12系のHamiltonianH = hωaσz2の U(t) =

exp[iω(σz2)t]によるユニタリ変換に対しても適用することができ回転系でのHamil-

tonianはHprime = h∆aσz2と計算されるここで再び離調∆a = ωa minus ωが登場するもう少し発展的な例としてJaynes-Cummings Hamiltonian

HJC =hωa2σz + hωca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B02)

を考えようこの Hamiltonianをユニタリ変換 U(t) = eiωσzt2+iωadaggerat = U1(t)U2(t)に

よって変換するただし便宜上 U1(t) = exp[iωσzt2]と U2(t) = exp[iωadaggerat

]に分けて書いたこれは量子ビットも電磁波共振器の光子も駆動周波数 ωを基準に眺めることを意味している調和振動子の生成消滅演算子と量子ビットの Pauli演算子は可換であるからJaynes-Cummings Hamiltonianの最初の二項は先ほどまでの例と同様にh∆aσz2 + h∆ca

daggeraというふうに変換されるところが相互作用項は Hamiltonianと可換でないためそれほど単純には計算できないこの計算を進めるためには Baker-

Campbell-Hausdorffの公式

eminusSHeS = H + [HS] +1

2[[HS] S] +

1

3[[[HS] S] S] + middot middot middot (B03)

が有用であるさらに有用な関係式として交換関係 [adaggera a] = minusa[adaggera adagger] = adagger[σz σplusmn] = plusmn2σplusmnを挙げておこうこれらを用いて相互作用項をまず U2(t)でユニタリ

付 録 B 回転系へのユニタリ変換の例 164

変換してみようU2(t)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)

= eiωadaggerat(σ+aminus adaggerσminus)e

minusiωadaggerat

= (σ+aminus adaggerσminus) +[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]+

1

2

[[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]minusiωadaggerat

]+ middot middot middot

= (σ+aminus adaggerσminus) + (minusiωt)(σ+a+ adaggerσminus)

+(minusiωt)2

2(σ+aminus adaggerσminus) +

(minusiωt)3

3(σ+a+ adaggerσminus) + middot middot middot

=

[1 + (minusiωt) + (minusiωt)2

2+

(minusiωt)3

3+ middot middot middot

]σ+a

minus[1minus (minusiωt) + (minusiωt)2

2minus (minusiωt)3

3+ middot middot middot

]adaggerσminus

= eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus (B04)

この U2(t)による変換の後のHamiltonianをさらに U1(t)によって変換すると結局U1(t)(e

minusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= eiωσzt2(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)eminusiωσzt2

= eminusiωta(eiωσzt2σ+e

minusiωσzt2)minus eiωtadagger

(eiωσzt2σminuse

minusiωσzt2)

(B05)

という計算に

eiωσzt2σplusmneminusiωσzt2 = σplusmn +

[σplusmnminusi

ωσzt

2

]+

1

2

[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+

1

3

[[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+ middot middot middot

= σplusmn ∓ (minusiωt)σplusmn +1

2(minusiωt)2σplusmn ∓ 1

3(minusiωt)3σplusmn + middot middot middot

= eplusmniωtσplusmn (B06)

であることを適用して回転系での Jaynes-Cummings相互作用U1(t)U2(t)(minusihg)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)U

dagger1(t)

= U1(t)(minusihg)(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= minusihg(σ+aminus adaggerσminus) (B07)

が導かれるこれは回転系へのユニタリ変換前と同じ形になっている以上より回転系での Jaynes-Cummings Hamiltonianの最終的な形は

HprimeJC =

h∆a

2σz + h∆ca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B08)

と求まる

165

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出

図 C1 Λ型の三準位系

三つの量子状態 |g⟩ |e⟩ |r⟩からなる三準位系で|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を考えようこの系のHamiltonianは次のようになる

H = hωg |g⟩ ⟨g|+ hωe |e⟩ ⟨e|+ hωr |r⟩ ⟨r|

+ hg1(|r⟩ ⟨g| a1 + |g⟩ ⟨r| adagger1) + hg2(|r⟩ ⟨e| a2 + |e⟩ ⟨r| adagger2) (C01)

そしてコヒーレントな駆動により a1 rarr α1eminusi(ωrminusωg+δ1)ta2 rarr α2e

minusi(ωrminusωe+δ2)t と置きかえようこの置きかえはより厳密には量子ゆらぎ δa が付随して a1 rarr (α1 +

δa1)eminusi(ωrminusωg+δ1)tとなるべきではあるがδaが小さいとしてここでは無視する|g⟩ ⟨g|

は ωrminusωg+ δ1|e⟩ ⟨e|は ωrminusωe+ δ2で回転系に移るユニタリ変換を施しさらに giαi

を Ωi (i = 1 2)とおくと式 (B)を用いて

Hprime = hδ1 |g⟩ ⟨g|+ hδ2 |e⟩ ⟨e|+ hΩ1(|r⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨r|) + hΩ2(|r⟩ ⟨e|+ |e⟩ ⟨r|) (C02)

と変換されるただし hωrI という項が出てくるが全体のエネルギーシフトとなるのみなので無視している本節で我々が行いたいのは電子的な励起状態 |r⟩を断熱的に消

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 166

去しふたつの基底状態 |g⟩と |e⟩の二準位系を構成することであるこれらの準位は基底状態であれば寿命はほとんど無限大に近いほど長いが裏を返すとこれらの間の電磁波の遷移は少なくとも双極子モーメントが極めて小さく通常の方法では制御に望ましい Rabi周波数が得られないということである|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を駆動しているのは遷移が禁じられている二つの量子状態をRaman遷移によってつなぐためであるこのような目的のもとSchrieffer-Wolff変換をしようSchrieffer-Wolff変換の詳細

は付録 Fを参照してほしい変換のための演算子 Sは S = minus(Ω1δ1)(|r⟩ ⟨g|minus |g⟩ ⟨r|)minus(Ω2δ2)(|r⟩ ⟨e| minus |e⟩ ⟨r|) ととるがここで離調 δ1 と δ2 がそれぞれの遷移の Rabi 周波数よりも十分大きいことを仮定しているともかく Schrieffer-Wolff 変換によってHamiltonianは近似的に対角化されてΩiδiの一次まで残すと

Hprimeeff = h

(δ1 +

Ω21

δ1

)|g⟩ ⟨g|+ h

(δ2 +

Ω22

δ2

)|e⟩ ⟨e|

+ h

(Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

)(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C03)

ただし先ほど述べたように Ω1δ1Ω2δ2 ≪ 1を仮定している|r⟩のAC Starkシフトminush(Ω2

1δ1+Ω22δ2) |r⟩ ⟨r|も出てくるのだが|r⟩に実励起はほとんど起こらず|g⟩ |e⟩

で閉じる系のダイナミクスに寄与しないため無視してよいただし |r⟩のロスやデコヒーレンスの効果が(ほんの少しの実励起を通して)無視できないときには量子ゲートのフィデリティが低下するなどの影響が出るここでパラメータを定義しなおそう

δprime1 = δ1 +Ω21

δ1 δprime2 = δ2 +

Ω22

δ2 Ωprime =

Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

このようにして係数をすっきりさせると初めに三準位系であったものが二準位系に落とし込まれたことがわかる

Hprimeeff = hδprime1 |g⟩ ⟨g|+ hδprime2 |e⟩ ⟨e|+ hΩprime(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C04)

ここで本節の目的は達成されたわけだがもう少しこの系の様子を知るために |r⟩も含めた系の Hamiltonianの固有状態を調べてみようHamiltonian(317)を行列の形式に書くと三準位系なので 3times 3の行列で書けて

Hprime = h

δ1 Ω1 0

Ω1 0 Ω2

0 Ω2 δ2

(C05)

となり固有値λは固有方程式λ(λminusδ1)(λminusδ2)minusΩ22(λminusδ1)minusΩ2

1(λminusδ2) = 0を解くことで得られる簡単のため二光子離調 δ1minusδ2がゼロすなわち δ1 = δ2 = δとなるような場合を扱うことにすると固有値は λ = δ equiv λ0と λ = (δ2)plusmn

radic(δ2)2 +Ω2

1 +Ω22 equiv λplusmn

になるここで固有値 λ0に対応する固有状態が|g⟩と |e⟩のみを含み |r⟩を含まないことがわかる電子的な励起状態を含まないこの固有状態は自然放出によって光らず

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 167

それゆえに緩和が起こらないもので暗状態と呼ばれる一方で λplusmnに対応する固有状態は電子の励起状態 |r⟩を含むため自然放出により緩和してしまうこのような状態を暗状態と対比して明状態と呼ぶ

168

付 録D 原子の量子状態

Rutherfordの実験以来原子は原子核の周りを電子がまわっているというようなモデルでとらえられるようになったが加速度運動をする電子は電磁波を出しながら原子核に向かって落ちていくはずだという古典力学的な推論と原子は実際に安定に存在できるという事実の板挟みの解消には量子論の登場を待たねばならなかったここでは最も簡単な構造を持つ原子である水素原子のBohrモデルを取り上げ更に微細構造や超微細構造などの原子の量子状態について簡単な計算をもとに考えてみよう

D1 BohrモデルBohrモデルは電子の波動性を仮定しながらも電子が陽子の周りを回るという描像

で系の性質を考察する電子が陽子の周りを一周する時に物質波としての電子の位相が2πの整数倍だけ進むという風に考えるがこれは電子の回る速さすなわち軌道角運動量が離散化されているという風に考え直して電子の質量をm速さを v軌道半径をrとして

mvr = hn (D11)

という関係式(nは自然数)を要請するのが Bohrモデルの特徴であるあくまで電子が古典的な軌道運動をするというイメージのもと電子が静止しているような系では遠心力がクーロン力と釣り合っていると考えていいように思われるので

mv2

r=

1

4πϵ0

e2

r2(D12)

を用いることにすると上の二つの式から vを消去して

r =4πϵ0h

2

me2n2 (D13)

を得るすなわち電子の軌道半径は上式に従って離散的な値を取らねばならないこれを用いて水素原子のエネルギーEを計算する

E =1

2mv2 minus 1

4πϵ0

e2

r(D14)

= minus 1

4πϵ0

e2

2r(D15)

= minus me4

2(4πϵ0)2h2

1

n2 (D16)

付 録D 原子の量子状態 169

このようにBohrモデルを用いると水素原子のエネルギーが離散的な値しか取れないこともわかるそして n = 1のときと n = infinのときのエネルギーの差からイオン化エネルギーが 136 eVともとまりこれが実験値と非常によく一致することやRydberg

による原子スペクトルの経験的な式を再現することがBohrモデルの信憑性を高める決め手となった水素原子の量子力学的な取り扱いは成書 [18 ]を参照してほしいがそのさわりだ

け述べようまずBohrモデルによる水素原子のエネルギーの式は特殊相対性理論の効果を取り込まない範囲においては量子力学的な解に一致することが知られているこの取り扱いの範囲では水素原子の量子状態は (n lm)という三つの整数の組でよくあらわされ主量子数 nは自然数であり方位量子数あるいは軌道角運動量 lは 0からn minus 1までの値を磁気量子数mは minuslから lまでの整数値を取るBohrモデルではn = 1の状態つまり水素原子の基底状態は電子が回っている状態であったがきちんと Schrodinger方程式を解いて出てくる水素原子の基底状態は l = 0つまり電子は回っていないどころか動径方向の波動関数をみると原子核の位置をピークとした球対称な分布をもつということに注意したいさらに原子のなかの電子の速度は非常に大きく特殊相対性理論的な効果は無視でき

ないこの効果を取り込むには相対論的量子力学に基づいてDirac方程式を解く必要がありそこから電子スピン微細構造そして超微細構造といった重要な概念が出現することになるしかしながら相対論的量子力学を本書に納めるのは極めて困難であるため以下では電子や原子核の持つスピン自由度を認めたうえで簡単なモデルを使って微細構造と超微細構造がどのようなものであるかをみてみよう

D2 微細構造ここでは再び電子が原子核の周りをまわっているという立場で考えようこれを電

子の静止系で見ると原子核が電子の周りをまわっているように見えるだろう原子核(水素原子の場合には陽子)の電荷が+eであるとするとこの原子核による円電流I = ev2πrが電子の位置に作る磁場の大きさは

B =micro0I

2r=micro0ev

4πr2=

micro0eL

4πmr3(D21)

でありここで L = mvrは軌道角運動量の大きさであるこの磁場によって電子スピンが Zeeman効果をうけると考えるとそのエネルギーシフトは

minusmicro middotB =gmicroBhS middot micro0e

4πm2r3L = minus gmicroBe

2

8πm2r3S middot L (D22)

と書かれるここで g sim 2は Landeの g因子microB = eh2mは Bohr磁子と呼ばれるこれをもとの電子が回っている系に戻ってみてみると電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンが相互作用しているような項として解釈することができるこれをスピン-軌道相互作用と呼ぶこの相互作用は電子スピンと軌道角運動量が同じ向き

付 録D 原子の量子状態 170

を向いている状態ではエネルギーが上がり反並行のときにはエネルギーが下がるようなものとなっているこのような時には J = S + Lが量子状態を特徴づける良い量子数となっており例えば s軌道(方位量子数 l = 0)の場合にはスピン-軌道相互作用はゼロとなるがp軌道(方位量子数 l = 1)の場合には角運動量の合成のルールに従って |J | = 12 32の二つの値を取りこの二つに対応したエネルギー固有状態にスペクトルが分裂するこのスピン-軌道相互作用によって分裂したような構造を微細構造分裂というこの分裂の大きさは原子種にもよるが例えばアルカリ金属の S-P 遷移で言うならばだいたい遷移波長の 1100程度の影響となって現れる上式にあるような微細構造定数の見積もりは実は特殊相対論的効果(Thomas precession)を無視しており正しい大きさは gを g minus 1としたものになる

D3 超微細構造前節では電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンの相互作用を考えたが

本節ではさらに核スピンと電子のつくる磁場の相互作用を考えよう基底状態が s軌道であるような場合には原子核の位置にも電子の存在確率が有限となってその場所での電子の存在確率 |ψ(0)|2に比例した電子スピン(軌道角運動量がある場合にはその効果も入る)による磁場を原子核が感じるだろう電子が作る磁場は一様に磁化した球の磁束密度 B = (23)micro0M に対してM = minus(23)micro0microBg|ψ(0)|2J を代入したものと考えるこの磁場を感じて核スピン microNI が Zeemanシフトを受けると

minusmicroN middotB =2

3microNmicro0microBg|ψ(0)|2I middot J equiv AI middot J (D31)

という相互作用項が得られる1微細構造分裂のときと同じくこのような状況で系のエネルギーを特徴づける良い量子数は F = J + I = S + L + I となっておりI middot J の値に依存してエネルギー分裂が生じるこれを超微細構造分裂というまた超微細構造分裂は核磁気モーメント microN が電子の磁気モーメント microBのだいたい 11000以下と小さく超微細構造分裂は周波数にして数GHzのオーダーのものになる

1この相互作用は磁気双極子相互作用のもののみであり実際の原子スペクトル測定では磁気四重極子相互作用の寄与も双極子レベルのものと同じくらいの影響を持つことが知られている詳細は文献 []を参照

171

付 録E 量子マスター方程式

本節では密度演算子のダイナミクスを記述する方程式としてまず緩和がない場合の Liouville-von Neumann方程式を導入しさらに緩和を取り込むことができる量子マスター方程式へと進んでいこうその後量子マスター方程式からレート方程式や(光)Bloch方程式が導出されることをみる

E1 Liouville-von Neumann方程式ひとまず緩和を考えずに密度演算子のダイナミクスを考えるためにまずSchrodinger

表示の状態ベクトルの時間発展 |ψk(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψk⟩ = Ut |ψk⟩を思い出そうここでHは系のHamiltonianであるすると密度演算子の時間発展は ρ(t) = UtρU

daggert とな

るこれは純粋状態 |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|の時間発展がUt |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|U daggert で書けることから

も類推できるそれでは ρ(t) = UtρUdaggert の時間微分を計算してみよう

dρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) +

i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (E11)

これよりLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (E12)

が得られるこれはHeisenberg方程式と似ているが右辺の符号が異なるので注意状態に対するLiouville-von Neumann方程式は ihdρ

dt = [H ρ]で演算子Aに対するHeisenberg

方程式は ihdAdt = [AH]となる

トレースの性質に関するメモ

ここで少し後の便宜を図るためにトレース操作の簡単な性質をおさらいしようここで述べる性質は直接的な成分の計算によって証明が可能であるから証明は各自に任せて結果を羅列することにするまずトレース操作は線形性を持つ

Tr [A+B] = Tr [A] + Tr [B] (E13)

Tr [cA] = cTr [A] (E14)

付 録 E 量子マスター方程式 172

またトレース演算は巡回性を持つ

Tr [AB] = Tr [BA] (E15)

Tr [ABC] = Tr [CAB] = Tr [BCA] (E16)

middot middot middot (E17)

行列のテンソル積のトレースは行列のトレースの積となる

Tr [AotimesB] = Tr [A] Tr [B] (E18)

E2 系と熱浴との相互作用いよいよ量子系と熱浴の相互作用に関して密度演算子を用いてみていこう出発点

は入出力理論(付録 83参照)で用いたHamiltonianと同じである全体のHamiltonian

はHtot = Hs +Hb +Hiと書かれ系の持つエネルギーHs熱浴のエネルギーHbおよび系と熱浴の相互作用Hiである調和振動子を興味のある系として具体的な形に書き下すと

Hs = hωcadaggera (E21)

Hb =

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω) (E22)

Hi = minusihint infin

minusinfin

[f(ω)adaggerc(ω)minus flowast(ω)cdagger(ω)a

](E23)

となるここで系と熱浴の結合定数は一般的に周波数に依存する形で f(ω)としてあるが大抵の状況においてはradic

κと定数で書かれるさらに次の演算子を定義しよう

Rminus =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω) (E24)

R+ =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω) (E25)

これによって相互作用Hamiltonianは

Hi = minusih(adaggerRminus minus aR+

)(E26)

と見やすい形になるここで相互作用表示での量子状態と演算子の時間発展について触れておく証明は

省略して結果のみを述べるがこれらの時間発展を記述する方程式は

ihd|ψ(t)⟩

dt= Hi |ψ(t)⟩ (E27)

ihdρ(t)

dt= [Hi ρ(t)] (E28)

ihdA(t)

dt= [A(t)Hs +Hb] (E29)

付 録 E 量子マスター方程式 173

であり一つめはTomonaga-Schwinger方程式二つめはLiouville-von Neumann方程式三つめは Heisenberg方程式と呼ばれるこれらの方程式を眺めればわかることだが相互作用表示においては状態は相互作用 HamiltonianHiによって時間発展し演算子は ldquo非摂動rdquoHamiltonianHs+Hbにより時間発展する形であるもともとこの表示は量子電気力学における摂動展開において発明されたものである以降では Schrodinger表示から相互作用表示に切り替えよう密度演算子とHamilto-

nianの相互作用表示への変換は

ρ(t) = eiHs+Hb

htρ(t)eminusi

Hs+Hbh

t (E210)

Hi = eiHs+Hb

htHie

minusiHs+Hbh

t

= minusih(adaggereiωctRminus minus aeminusiωctR+

)(E211)

により行われるがここでは以下の量を定義した

Rminus = eiHs+Hb

htRminuseminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω)eminusiωt (E212)

R+ = eiHs+Hb

htR+eminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω)eiωt (E213)

したがって相互作用表示での Liouville-von Neumann方程式は再掲となるが

ihdρ(t)

dt=[Hi(t) ρ(t)

] (E214)

である相互作用表示での議論が主となるため以下では相互作用表示を表すチルダを省略する系と熱浴の相互作用のもとでの密度演算子のダイナミクスをより詳細に調べるため

にLiouville-von Neumann方程式を用いて密度演算子を微小時間∆tだけ時間発展させてみる密度演算子の微小変化∆ρ(t)は

∆ρ(t) = ρ(t+∆t)minus ρ(t) =1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(tprime)]

=1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(t)]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]

(E215)

と逐次展開の二次まで残す形で書けるここでは系の部分のダイナミクスのみに興味があるから興味のない部分は密度演算

子でトレースを取ることで系についての縮約密度演算子 σ(t) = Trb [ρ(t)]ならびに熱浴の縮約密度演算子 σb(t) = Trs [ρ(t)]を考えようここで大きな仮定として全体の密度

付 録 E 量子マスター方程式 174

演算子はこれらの二つの縮約密度演算子のテンソル積で書けるすなわち系と熱浴は分離可能であるとしよう

ρ(t) = σ(t)otimes σb(t) (E216)

これは系と熱浴の密度演算子に時間相関が存在しないことも表しているさらに熱浴は定常的であることすなわち σb(t) = σb(0) = σbを要請するこれによって σbは熱浴の HamiltonianHbと可換になるそれでは∆ρ(t)を熱浴についてトレースを取り熱浴の自由度を消して系のダイナミクスを調べるとしよう

Trb [∆ρ(t)] =1

ih

int t+∆t

tdtprimeTrb

[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprimeTrb

[[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(E217)

ここで右辺の第一項はゼロになる実際

Trb[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

= Trb[[Hi(t

prime) σ(t)otimes σb(t)]]

= minusihadaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]= minusih

adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

= 0 (E218)

上記の計算では ⟨c(ω)⟩b =langcdagger(ω)

rangb= 0を用いている⟨middot⟩bは熱浴の自由度に関する期

待値を表しており以降では下付き添え字 bを省略するするとゼロにならない右辺第二項を計算せねばならないトレースの中の交換子を

展開すると非常に雑多な項が現れるがトレースを取ることによって 8つの項のみがゼロとならず残る

Trb [[Hi(tprime) [Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(minusih)2=

minuslangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangadagger(tprime)a(tprimeprime)σ(t)minus

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

ranga(tprime)adagger(tprimeprime)σ(t)

+langRminus(tprimeprime)R+(tprime)

ranga(tprime)σ(t)adagger(tprimeprime) +

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangadagger(tprime)σ(t)a(tprimeprime)

+langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

ranga(tprimeprime)σ(t)adagger(tprime) +

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

rangadagger(tprimeprime)σ(t)a(tprime)

minuslangRminus(tprimeprime)R+(tprime)

rangσ(t)adagger(tprimeprime)a(tprime)minus

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangσ(t)a(tprimeprime)adagger(tprime) (E219)

上式では調和振動子の演算子の時間依存する指数関数部分は演算子自身に含めて書いているa(t) = aeminusiωctおよび adagger(t) = adaggereiωctである

付 録 E 量子マスター方程式 175

上式から熱浴の演算子をなくすために時間相関関数 ⟨Rminus(tprime)R+(tprimeprime)⟩および ⟨R+(tprimeprime)Rminus(tprime)⟩を評価しようこれらはlangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rang=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime)

langc(ω)cdagger(ωprime)

rangeminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime) [⟨n(ω)⟩+ 1] 2πδ(ω minus ωprime)eminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusiω(t

primeminustprimeprime)

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rang= middot middot middot =

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusiω(tprimeminustprimeprime) (E220)

と計算されるこれを tprimeと tprimeprimeについて積分するがτ = tprime minus tprimeprimeとしてint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime =

int t+∆t

tdtprimeint tprimeminust

0dτ =

int ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime (E221)

というように積分区間を変換するさらに ⟨Rminus(tprime)R+(tprime minus τ)⟩と ⟨R+(tprime minus τ)Rminus(tprime)⟩がτ ≪ ∆tのときのみ非零の寄与を持つつまり熱浴の演算子の時間発展が乱雑でほとんどデルタ関数的な時間発展を持つとすると積分範囲をint ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime =

int infin

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime ≃

int infin

0dτ

int t+∆t

tdtprime (E222)

と広げられるここで注意したいのは∆trarr +0がのちにとられるので上記の仮定はMarkov近似すなわち熱浴のダイナミクスは乱雑で時間相関がないという近似によって正当化されるこれらの近似を用いることで次のように計算を進めることができるint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangRminus(τ)R+(0)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangR+(0)Rminus(τ)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ (E223)

ここで収束因子 eminusϵτ は ω = ωcで被積分関数が発散しないようにしているこれらの積

付 録 E 量子マスター方程式 176

図 E1 積分の変数変換

分はさらに計算を進められて

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

ωc minus ω+

1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] δ(ωc minus ω)

]∆t

= i(∆ +∆prime) +Γ + Γprime

2(E224)

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ ∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

+1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω)

]∆t

=

[i∆prime +

Γprime

2

]∆t (E225)

付 録 E 量子マスター方程式 177

となるここでDiracの恒等式 limϵrarr+0 1 [(ωc minus ω) + iϵ] = P(ωc minus ω)minus iπδ(ωc minus ω)

を用いているパラメータ∆と∆primeは

∆ = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2

ωc minus ω (E226)

∆prime = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

(E227)

で定義されるものでありどちらも系と熱浴の結合による周波数シフトを表している一方で Γと Γprimeは

Γ =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2δ(ωc minus ω) = |f(ωc)|2 (E228)

Γprime =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω) = ⟨n(ωc)⟩Γ (E229)

と書かれる量でありΓは自然放出つまり真空場による誘導放出に対応しΓprimeは熱浴の熱分布に起因する誘導放出を表しているここまでに得られた結果を用いることでdσ(t)dt = lim∆trarr+0Trb [∆ρ(t)] ∆tとい

う系の密度演算子の時間発展を表す量はpartσ(t)

partt= minus i

h

[h∆adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

](E230)

でありSchrodinger表示に戻すと次のようなものになることがわかるdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E231)

これが本節で目標としていた(量子)マスター方程式であるLindblad演算子

L [A]σ(t) = 2Aσ(t)Adagger minusAdaggerAσ(t)minus σ(t)AdaggerA (E232)

を用いるとマスター方程式はdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

1

2L[radic

Γ + Γprimea]σ(t) +

1

2L[radic

Γprimeadagger]σ(t)

(E233)

とシンプルに書かれる第一項は系自体のコヒーレントなダイナミクスを記述する第二項と第三項は非常に粗っぽい言い方をすれば熱浴への緩和と熱浴からの熱流入をそれぞれ表している

付 録 E 量子マスター方程式 178

E3 レート方程式マスター方程式を再掲する

dσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E31)

これはこのままだとなんとも演算子だらけで抽象的だが状況に応じて様々な基底で演算子の成分を書き下す(状態ベクトルでサンドイッチする)ことでより具体的な系の時間発展の記述となるここではマスター方程式を Fock基底 |N⟩で評価してレート方程式と呼ばれるものを導出しよう|N⟩でマスター方程式をサンドイッチすればΓuarr = Γprimeと Γdarr = Γ + Γprimeを用いて

dP (N)

dt=(Γ + Γprime) [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γprime [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

= Γdarr [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γuarr [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

(E32)

となりレート方程式d⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minus ΓdarrsumN

NP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minusΓ ⟨N⟩+ Γprime

= minusΓ ⟨N⟩+ Γ ⟨n(ωc)⟩ (E33)

を得るここで3 行目の式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N + 1)2P (N + 1) とsuminfinN=0N(N + 1)P (N + 1) =

suminfinN=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれは調和振動子の数

分布のうち個数がN の状態について第一項がN +1の状態からN の状態へ Γのレートで緩和してくる過程第二項が熱浴から流入して過程を表している

付 録 E 量子マスター方程式 179

E4 光Bloch方程式次に二準位系を考えてマスター方程式を |g⟩と |e⟩で評価しよう二準位系の密度

演算子 ρ(t)に対するマスター方程式は次のように書かれるdρ(t)

dt= minus i

h[Hs ρ(t)] +

Γ + Γprime

2[2σminusρ(t)σ+ minus σ+σminusρ(t)minus ρ(t)σ+σminus]

+Γprime

2[2σ+ρ(t)σminus minus σminusσ+ρ(t)minus ρ(t)σminusσ+]

(E41)

ここで系のHamitonianはHs = h(∆q2)σz + h(Ω2)(σ+ + σminus)としており第二項は二準位系の電磁波による駆動を表している(付録 Cも参照)この両辺を |g⟩と |e⟩でサンドイッチして密度演算子の成分 ρij = ⟨i| ρ |j⟩に書き直すと

dρeedt

= minus(Γ + Γprime)ρee + Γprimeρgg + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E42)

dρggdt

= (Γ + Γprime)ρee minus Γprimeρgg minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E43)

dρegdt

=

(minusi∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E44)

dρgedt

=

(i∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E45)

となるこれが得られれば目的の方程式はもうすぐそこであるここではさらに二準位系の遷移

周波数が光の領域(hωc sim kBtimes10 000 K)にあるとしようこのとき熱浴(kBtimes300 K=

h times 7 THz)には光はほとんど ldquo熱励起rdquoされていないつまりマスター方程式にあった緩和項に関して言うと ⟨n(ωc)⟩ = 1(ehωckBT minus 1) ≃ 0であるから Γprime = 0となるしたがって上記の方程式の組は

dρeedt

= minusΓρee + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E46)

dρggdt

= Γρee minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E47)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E48)

dρgedt

=

(i∆q minus

Γ

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E49)

と書かれるこれを光Bloch方程式というw = ρggminus ρeeと置くことによって光Bloch

方程式と ρgg + ρee = 1から導かれる 2Γρee = Γρee+Γ(1minus ρgg) = minusΓw+Γからwすなわち二準位系の状態占有確率の差に関する方程式

dw

dt= minusΓw minus iΩ(ρeg minus ρlowasteg) + Γ (E410)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2w (E411)

付 録 E 量子マスター方程式 180

が得られるこの定常解を左辺をゼロと置いて求めるとwと ρee はそれぞれ

w =1

1 + s (E412)

ρee =1

2

s

1 + s=

(Ω2)2

(∆q)2 + (Γ2)2(E413)

と書かれるただし

s =s0

1 + (2∆qΓ)2 (E414)

s0 =2Ω2

Γ2 (E415)

Γ = Γradic1 + s0 (E416)

と定義したこの表式からわかる重要な点はふたつあるひとつは駆動電磁波が強くなるにつれて基底状態と励起状態の占有確率はどちらも 12に漸近するこれは駆動による誘導吸収と誘導放出そして自然放出が均衡した結果である駆動電磁波が十分に強い場合には誘導吸収も誘導放出も自然放出よりもずっと大きなレートで起こり誘導吸収と誘導放出のみの均衡になると思えば占有確率が 12に近づいていく理由も納得できるだろうふたつめのポイントは実効的な電磁波の遷移の線幅が Γで与えられるわけだがこの線幅が駆動電磁波が強くなるにつれて広がっていくことであるこれを遷移スペクトルのパワー広がりという

181

付 録F Schrieffer-Wolff変換

いろんな粒子がそれぞれ孤立して存在している系では系のエネルギーはそれぞれの粒子のエネルギーの和となる例えば電磁波モード(HEM = hωca

daggera)と二準位系(HTLS = hωqσz2)が相互作用していないようなときには全体のエネルギーはそれぞれの和になりHamiltonianはH = HEM +HTLS = hωca

daggera + hωqσz2となるしかしながらこれではつまらない我々は常に相互作用する粒子を考えるし相互作用する粒子はそれが単独で存在する場合とは異なる固有状態固有エネルギーを持っているものだこの固有エネルギーを求める作業は相互作用を含めた Hamiltonianを行列として対角化することに対応している相互作用があまりに強いと解析的に固有エネルギーが求まる場合以外には大変難しい問題となるしかしながら相互作用が ldquo十分にrdquo弱いときには摂動展開によって近似的に対角化されたHamiltonianを求めることができる本節ではその方法として Schrieffer-Wolff変換という手法を紹介する

F1 一般的な手順もともとのHamiltonian がH = H0 + λV というように非摂動部分H0と摂動(相互

作用)部分 λV に分けて書かれているとしようλは摂動の次数がわかりやすいようにつけた係数で最後に λ = 1とすればよい通常非摂動部分H0は対角化されているものとし非摂動項 λV は非対角要素を含むようなものになっているSを何らかの演算子としてHamiltonianを eλS でユニタリ変換しよう

eλSHeminusλS = H0 + λV + λ [SH0] + λ2 [S V ] +λ2

2[S [SH0]] +

λ3

2[S [S V ]] + middot middot middot

(F11)

ここで eS がユニタリ演算子であるためには Sが反 Hermiteすなわち Sdagger = minusSでなければならないλの一次の項が消えるようにするためには

[H0 S] = V (F12)

となるように反 Hermite演算子 S を決める必要があるこのもとでHamiltonianは一次までは対角化されて

Heff = eλSHeminusλS = H0 +λ2

2[S V ] +O(λ3) (F13)

という有効Hamiltonianが得られる反Hermite演算子 Sの決め方は ldquo経験と勘rdquoによるところが大きく以下で実例を見ることでその雰囲気を感じてもらいたい

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 182

F2 頻出する例F21 駆動されたスピン系例として駆動されたスピン系を表すHamiltonian

H = ωsz + g(s+ + sminus) (F21)

をみてみるここで h = 1 としさらにスピン演算子 sz s+ および sminus は交換関係[sz splusmn] = plusmnsplusmn[s+ sminus] = 2sz を満たすものとする反 Hermite演算子 S としてはS = α (s+ minus sminus)を用い計算の最後に Hamioltonianが対角化されるような αを決めることとしようでは実際に U = exp[α (s+ minus sminus)]によって Schrieffer-Wolff変換を施してみる

UHU dagger = ωsz + g(s+ + sminus) + [α (s+ minus sminus) ωsz] + [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]

+1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) ωsz]] +

1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]] + middot middot middot

= ωsz + g(s+ + sminus)minus α [ω(s+ + sminus)minus 4gsz]minus1

2α2 [4ωsz + 4g(s+ + sminus)]

+1

3α3 [4ω(s+ + sminus)minus 16gsz] + middot middot middot

= sz

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)+ 2g

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]+ (s+ + sminus)

[g

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)minus ω

2

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]= [ω cos 2α+ 2g sin 2α] sz +

[g cos 2αminus ω

2sin 2α

](s+ + sminus) (F22)

さてここまで計算したところで非対角項を消すという目的を思い出そうこのためには

tan 2α =2g

ω(F23)

とすれば任意の次数の摂動において非対角項が消えることになるこれより

cos 2α =1radic

1 + 4g2

ω2

sin 2α =2gωradic

1 + 4g2

ω2

(F24)

であるから対角化されたHamiltonianは次のように求まる

Heff = ωsz

radic1 +

4g2

ω2 (F25)

このHamiltonianからスピンを駆動する強さを強くしていくにしたがってスピンの基底状態と励起状態のエネルギー差が大きくなっていくことがわかるこれは共鳴条件でのAC Starkシフトとみることができる

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 183

F22 駆動されたスピン系の一般化ここでは次の形にかけるような駆動されたスピン系が一般化されたものを考え

よう

H = ∆Xz + g(X+ +Xminus) (F26)

ただし演算子は [Xz Xplusmn] = plusmnXplusmn と [X+ Xminus] = P (Xz)を満たすものとするP (Xz)

はXzの多項式である上記のHamiltonianの第二項が摂動として扱われるがこれを摂動として扱える条件として g∆ ≪ 1を要請しよう実際の例としてはX+ = aσ+2Xminus = adaggerσminus2Xz = σz2として Jaynes-Cummings Hamiltonianの分散領域を調べるときなどがあるともあれ上記のHamiltonianを近似的に対角化するユニタリ変換として U = exp[(g∆)(X+ minusXminus)]を用いることができる変換後の有効Hamiltonian

は摂動の二次まで取ると

Heff = ∆Xz +g2

∆P (Xz) (F27)

であり対角化されていることがわかる

184

付 録G Heisenberg HamiltonianからSWAPゲートの導出

出発点はHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (G01)

であるこれを指数関数の肩に乗せる前にD = σxσx + σyσy + σzσz の標識をあらわに求めさらにその累乗Dnを計算しておこうまずはDの具体的な形だが

D = σxσx + σyσy + σzσz

=

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

+

1 0 0 0

0 minus1 0 0

0 0 minus1 0

0 0 0 1

=

1 0 0 0

0 minus1 2 0

0 2 minus1 0

0 0 0 1

(G02)

となるDはブロック対角行列の形になっているからブロック行列を対角化すればよいすると(

minus1 2

2 minus1

)n=

[1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 minus3

)1radic2

(1 1

1 minus1

)]n

=1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 (minus3)n

)1radic2

(1 1

1 minus1

)

=

(1+(minus3)n

21minus(minus3)n

21minus(minus3)n

21+(minus3)n

2

) (G03)

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 185

のようにDnが計算できる次にeminusiDαを計算しようこれは定義よりsuminfinn=0(minusiDα)nn

と展開できるので

eminusiDα =infinsumn=0

(minusi)nαn

nDn

=

infinsumn=0

(minusi)nαn

n

diag(1 0 0 1) +0 0 0 0

0 1+(minus3)n

21minus(minus3)n

2 0

0 1minus(minus3)n

21+(minus3)n

2 0

0 0 0 0

(G04)

= diag(eminusiα 0 0 eminusiα) +

0 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 0

=

eminusiα 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 eminusiα

(G05)

であるしたがって最終的に

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(G06)

という結果を得る

186

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式共振器オプトメカニクス系のハイライトであるフォノンのサイドバンド冷却につい

て本節では定量的に述べていこう前節で述べたようにこのサイドバンド冷却はレッドサイドバンド遷移を駆動して達成されるなおイオントラップにおけるサイドバンド冷却と(ほとんど同じだが)区別して共振器冷却と呼ぶことも多い何が起こるかそしてどのくらいまで冷却することができるかを定量的に見るため

に量子ノイズを用いたアプローチを試みよう量子力学における物理量のノイズスペクトルは

Scc(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨c(τ)c(0)⟩ (H11)

と古典的な量と同様に定義されるここで ⟨middot⟩は期待位置を取ることを表しているc(t)が演算子とその期待値の差であるならばSccはまさしくノイズスペクトルとなるここでは機械振動との結合がある状況における光のノイズスペクトルに興味がありそのノイズスペクトルから何がわかるかを見ていきたい相互作用部分における光のノイズは次のように書かれる

Hint = hg0

(adaggeraminus

langadaggerarang)

(b+ bdagger) = hg0ν(t)(b+ bdagger) (H12)

ここで相互作用部分の位相を回して符号を正に変えてあるこのオプトメカニカル相互作用は摂動としてはたらくため相互作用表示に移ることで見通しが良くなることが期待されるSchrodinger表示でのフォノンの Fock状態を |N⟩(bdaggerb|N⟩ = N |N⟩をみたす)とすると相互作用表示では |N t⟩ = UI(t)|N⟩と書けてユニタリ演算子 UI(t)は

ihpartUI(t)

partt= HI

int(t)UI(t) (H13)

に従って時間発展するここで

HIint(t) = ei

H0htHinte

minusiH0ht

= hg0ν(t)(beminusiωmt + bdaggereiωmt) (H14)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 187

であるこの方程式の形式的な解を展開していくと

UI(t) = 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)UI(τ)

= 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)

[1minus i

h

int t

0dτ primeHI

int(τprime)(1 + middot middot middot

)]≃ 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ) (H15)

と一次までで書ける次に相互作用を時間 tだけ経験した後に |N t⟩が |N plusmn 1⟩へと変化するような事象の確率振幅 αNrarrNplusmn1を求めたい

αNrarrN+1 = ⟨N + 1 |N t⟩

= ⟨N + 1 |N⟩ minus ig0

int t

0dτν(τ) ⟨N + 1| beminusiωmτ + bdaggereiωmτ |N⟩

= minusig0int t

0dτν(τ)

[⟨N + 1| b |N⟩ eminusiωmτ + ⟨N + 1| bdagger |N⟩ eiωmτ

]= minusig

radicN + 1

int t

0dτν(τ)eiωmτ

αNrarrNminus1 = middot middot middot

= minusigradicN

int t

0dτν(τ)eminusiωmτ (H16)

と計算を進められるからαの二乗を取ることで時間発展後に |N plusmn 1⟩に系を見出す確率を得ることができる

PNrarrN+1 =langαlowastNrarrN+1αNrarrN+1

rang= g20(N + 1)

int t

0dτ

int t

0dτ primelangν(τ)ν(τ prime)

rangeminusiωm(τminusτ prime)

= g20(N + 1)

int t

0dτSνν(minusωm)

= g20(N + 1)tSνν(minusωm) (H17)

PNrarrNminus1 =langαlowastNrarrNminus1αNrarrNminus1

rang= middot middot middot= g20NtSνν(ωm) (H18)

ここで相関関数のFourier変換がスペクトルを与えるというWiener-Khinchinの定理を用いるために上式一行目のノイズの相関関数が τ = τ prime付近のみで有限の値をもつとし積分範囲を無限大まで拡張するなどしているこれらの式から上記の二つの過程の遷移レートは

ΓNrarrN+1 =dPNrarrN+1

dt= g20(N + 1)Sνν(minusωm) = (N + 1)Γuarr (H19)

ΓNrarrNminus1 =dPNrarrNminus1

dt= g20NSνν(ωm) = NΓdarr (H110)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 188

と求まるここまでくれば量子ノイズスペクトルが遷移レートと密接なかかわりを持っており共振器オプトメカニクスにおいて重要な役割を果たすことがわかるであろうここで遷移レート

Γuarr = g20Sνν(minusωm) (H111)

Γdarr = g20Sνν(ωm) (H112)

はそれぞれフォノンが一つ増える過程と一つ減る過程に対応しているSνν(ω)の具体的な形を求める前にフォノン数状態のダイナミクスに関してもう一歩

踏み込んで調べておこうここで調べたいのはフォノン数の期待値 ⟨N⟩ =sum

N NP (N)

の時間変化であるこれは次のように変形していくことができるd⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minussumN

ΓdarrNP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minus(Γdarr minus Γuarr) ⟨N⟩+ Γuarr

= minusΓopt ⟨N⟩+ Γuarr (H113)

ここで式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N+1)2P (N+1)とsuminfinN=0N(N+1)P (N+

1) =suminfin

N=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれがフォノンが本来持つ緩和を考慮しない場合の機械振動子のフォノンのレート方程式であるΓopt = Γdarr minusΓuarrは光による減衰効果を表しており共振器冷却の本質を担う項であるフォノン自体の緩和レート Γmと平均フォノン数 nthの熱浴の影響を取り入れる場合レート方程式は

d⟨N⟩dt

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩+ ⟨N + 1⟩Γthuarr minus ⟨N⟩Γthdarr

= minus(Γopt + Γm) ⟨N⟩+ Γuarr + nthΓm (H114)

と修正を受けるここで Γthuarr = nthΓmΓthdarr = (nth + 1)Γmである共振器冷却の結果最終的に得られるフォノン数の期待値は

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H115)

となる

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 189

H12 共振器冷却の冷却限界前節の最後に得た表式から共振器冷却によってどこまでフォノン数を減らせるかを知

るためには量子ノイズスペクトル

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨ν(τ)ν(0)⟩ (H116)

を評価する必要があるここで ν(t) = adaggeraminuslangadaggerarangであるこれを ⟨ν(τ)ν(0)⟩に代入し

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =lang(adagger(τ)a(τ)minus

langadagger(τ)a(τ)

rang)(adagger(0)a(0)minus

langadagger(0)a(0)

rang)rang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)minus adagger(τ)a(τ)

langadagger(0)a(0)

rangrangminuslangadagger(0)a(0)

langadagger(τ)a(τ)

rang+langadagger(τ)a(τ)

ranglangadagger(0)a(0)

rangrang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus 2

langadagger(0)a(0)

rang2+langadagger(0)a(0)

rang2=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav (H117)

と変形しよう光子の演算子 aが a(t) = [α+ d(t)] eminusiωltと書かれておりαがコヒーレントな振幅d(t)がそのゆらぎを表すものとしようaが状態に作用するときにはd(t) |ψ(t)⟩ = ⟨ψ(t)| ddagger(t) = 0としてa(t) |ψ(t)⟩ = αeminusiωlt |ψ(t)⟩が成立するlangadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)rangを計算するにあたりゼロにならないのは dが一番左にddaggerが一番右に来るようなものと演算子を全く含まないものになって

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav

= αlowastααlowastα+ αlowastαlangd(τ)ddagger(0)

rangminus n2cav

= ncav

langd(τ)ddagger(0)

rang(H118)

となるここに至って langd(τ)ddagger(0)rangという項が出てきた一見取っ付き難そうであるがldquoquantum regression theoremrdquo [22](あえて日本語訳するなら量子回帰定理だろうか)によって langd(τ)ddagger(0)rangの時間発展を d(t)の時間発展と同じ方程式で記述してよいすなわち κを共振器の緩和レートとして

dlangd(τ)ddagger(0)

rangdt

= minusi∆c

langd(τ)ddagger(0)

rang∓ κ

2

langd(τ)ddagger(0)

rangfor t0 (H119)

が成立するから素直に解いて langd(τ)ddagger(0)

rang= exp[minusi∆ctminus (κ2)t] を得るただし

∆c = ωcminusωlであるこれにより量子ノイズスペクトルがあらわに計算できるようになって

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτexp

[minusi∆ctminus

κ

2t]

=κncav

(∆c minus ω)2 + (κ2)2(H120)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 190

という表式が得られるレート方程式には Sνν(plusmnωm)という形でノイズスペクトルが現れたがこれらは光に対して機械振動が引き起こした変調によるノイズ(あるいは信号)で有る登理解することができplusmnωmに Lorentz関数のピークを呈するこれまでの結果を用いれば Γuarrと Γoptもすぐに計算することができる

Γuarr = g20Sνν(minusωm)

= g20κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2ncav (H121)

Γopt = g20 [Sνν(ωm)minus Sνν(minusωm)]

= g20

(∆c minus ωm)2 + (κ2)2minus κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2

]ncav (H122)

それでは共振器冷却で到達可能な平均フォノン数の限界をもう一度見てみよう

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H123)

大抵の場合には共振器の線幅よりもフォノンの周波数の方が大きくノイズスペクトルが共振器のスペクトルと分離できるこれをサイドバンド分解領域(resolved sideband

regime)というΓoptが Γmよりも十分小さい場合には ⟨N⟩trarrinfin = nthが自明に成立するすなわちフォノンは熱浴と平衡状態にあって同じ温度で熱分布している光の駆動を強くして Γopt ≫ Γmを達成した場合

⟨N⟩trarrinfin =ΓuarrΓopt

=(∆c minus ωm)

2 + (κ2)2

4ωm∆c(H124)

となって∆c = ωmつまり駆動レーザーがレッドサイドバンドにぴったり共鳴するときに最も良いフォノン数の冷却限界 κ216ω2

m が得られるいま κ ≪ ωm であるからκ216ω2

mは 1よりもずっと小さいすなわち機械振動子のフォノンモードは量子基底状態に限りなく近いところまで冷却することが可能である

191

付 録I 量子もつれとその応用

この付録では量子もつれとその有名かつ有用な応用例としての量子テレポーテーションとエンタングルメントスワッピングについて述べる

I1 分離可能状態と量子もつれ状態1と 2でラベルがつけられた二つの量子系があったとしようこの二つの量子系の合

成系は例えば |ψ1⟩otimes |ψ2⟩def= |ψ1ψ2⟩のようにかけるこれはふたつの量子系が別々に扱

えるという点で我々の直感に合った合成系であるこのように合成系の量子状態がそれを構成する各量子系の量子状態の直積 otimesで書けるような場合その合成系の量子状態は分離可能(separable)であるという密度演算子で混合状態まで含めた一般的な場合について書くと合成系の量子状態 ρが分離可能であるとき確率 piと各部分系の密度演算子 ρi1と ρi2を用いて ρ =

sumi piρ

i1 otimes ρi2と書ける

一方で分離可能状態のように各部分系の状態の直積に分解できない状態も存在するもっとも有名なのは Bell状態

∣∣Ψplusmn12

rang= (|e1g2⟩ plusmn |g1e2⟩)

radic2と

∣∣Φplusmn12

rang= (|e1e2⟩ plusmn

|g1g2⟩)radic2だろう4つの Bell状態は二量子ビット系の完全正規直交系をなしかつ

分離可能状態のように部分系の直積の形に書くことが不可能であることが背理法により簡単に証明できるほかの例としては Schrodingerの猫状態 (|g⟩ |α⟩ + |e⟩ |minusα⟩)

radic2

(|plusmnα⟩ は調和振動子のコヒーレント状態)Greenberger-Horne-Zeilinger(GHZ)状態 (|g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩)

radic2ふたつの調和振動子からなるN00N(rdquonoonrdquoとよむ)状態

(|N⟩ |0⟩ + |0⟩ |N⟩)radic2といったものがあるこれらのように分離可能状態でないもの

を量子もつれ状態あるいはエンタングルド状態という

I2 量子もつれの尺度ここではある量子状態にどのくらい量子もつれがあるかを計る尺度について述べよ

うこの尺度としてはいろいろなものがあり一般の量子状態に対して満足のいく尺度となる量はまだわかっていないしかしながら 2量子ビット系に対しては量子もつれの存在とその度合いを表すよい尺度が存在する純粋状態に対して良い尺度となるエンタングルメントエントロピーと混合状態に対しても良い尺度となるネガティビティについて述べよう

付 録 I 量子もつれとその応用 192

I21 エンタングルメントエントロピー合成系のうちある部分系のみに着目した密度演算子を縮約密度演算子というが量子

もつれの存在はこの縮約密度演算子に影響を及ぼすことを以下にみるそしてこの縮約密度演算子に対する von Neumannエントロピーがエンタングルメントエントロピーと呼ばれる量である1と 2でラベルがつけられた二つの量子系の合成系を考えるとき縮約密度演算子

ρ1あるいは ρ2は合成系の密度演算子 ρ12を片方の部分系についてトレースを取ったものであるきちんとかくと ρ1 = Tr2ρ12 あるいは ρ2 = Tr1ρ12 である分離可能状態|Ψ0⟩ = |g1⟩ (|g2⟩ + |e2⟩)

radic2と Bell状態 |Φ+⟩ = (|g1 g2⟩ + |e1 e2⟩)

radic2の二つの例に

ついて考えてみよう分離可能状態 |Ψ0⟩の縮約密度演算子は極めて簡単に計算できてρ1 = |g1⟩ ⟨g1|と ρ2 = (|g2⟩+ |e2⟩)(⟨g2|+ ⟨e2|)2でどちらももとの密度演算子を構成する各部分系の純粋状態を保っている一方でBell状態 |Φ+⟩の縮約密度演算子はトレースを計算すると ρ1 = I2と ρ2 = I2になりどちらも完全混合状態になってしまうのであるつまり量子もつれ状態は片方の量子系のみに着目すると量子状態が完全に壊れてしまうという不思議な性質を持っている量子もつれ状態はもつれているすべての部分系を一緒に扱わないといけないということでもある情報理論の Shannonエントロピーに倣って密度演算子 ρでかかれる量子状態の von

NeumannエントロピーをminusTr [ρ log ρ]で定義する純粋状態 |ψ⟩に対しては その密度演算子の固有値を λk とするとminusTr [ρ log ρ] = minus

sumk λk log λk = 0という計算から von

Neumannエントロピーがゼロとなることがわかるなぜかというと純粋状態については適切な基底を選べば固有値がひとつは 1でほかは 0になるようにできるからである具体的には |ψ⟩から始めて Schmidt分解によって直交基底を構成する1 log 1 = 0

はいいだろうが0 log 0については limxrarr+0 x log x = 0を用いた純粋状態はエントロピーが最も小さい状態だというのは理解できるだろう完全混合状態 I2についてはminusTr [(I2) log (I2)] = minus(12) log (12) minus (12) log (12) = log 2である完全混合状態が最もエントロピーが大きいというのも納得できるだろう準備は整ったので量子もつれを計る尺度の一つであるエンタングルメントエントロ

ピーを導入しようエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子のvon Neumann

エントロピーとして

S1 = minusTr [ρ1 log ρ1] S2 = minusTr [ρ2 log ρ2] (I21)

で定義される量である前述の合成系の量子状態 |Ψ0⟩については縮約密度演算子がどちらも純粋状態であったから S1 = S2 = 0であるこの例に限らず分離可能状態であればエンタングルメントエントロピーはゼロになるBell状態 |Φ+⟩はどちらの部分系の縮約密度演算子も完全混合状態であるからエンタングルメントエントロピーはlog 2になるこのようにエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子を取ることによって量子状態がいかに壊れるかを計る量であるように思えるしかしながらこれが通用するのは純粋状態のときのみである例えば ρ12 = I otimes I4のような完全混合状態(分離可能状態でもある)でエンタングルメントエントロピーを計算すると縮約

付 録 I 量子もつれとその応用 193

密度演算子も完全混合状態になってエンタングルメントエントロピーは log 2という値を出してしまう次節で導入するネガティビティはこのような混合状態でも量子もつれの尺度を与える

I22 ネガティビティ前節の最後では縮約密度演算子を扱うと量子もつれ状態と完全混合状態が同じエンタ

ングルメントエントロピーの値をもつことをみたここでは量子ビットAと Bからなる合成系の密度演算子 ρに立ち戻り混合状態でも通用する量子もつれの尺度を考えることとしよう密度演算子は ρdagger =

(ρT)lowast

= ρを満たすすなわち Hermite行列であるから実数の固有値を持つさらにその対角成分は状態の占有確率を表すため非負であることから物理的状態を記述する密度演算子の固有値は非負でなければならないことがわかるこれを踏まえて密度演算子 ρの部分転置を取った ρTA について考えよう部分転置の定義だが密度演算子を一般に

ρ =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ξA⟩ ⟨ηA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I22)

と |ξA⟩ |ηA⟩ isin |gA⟩ |eA⟩および |ξB⟩ |ηB⟩ isin |gB⟩ |eB⟩を用いて展開するとき

ρTA =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ηA⟩ ⟨ξA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I23)

によって部分転置された密度演算子を定義する部分転置された密度演算子はやはりHermite行列であるしかしながらその固有値は非負である必要がなくなっている例外的に分離可能状態であるときには部分系に関する行列の転置がもう一方の部分系に対して何も影響を及ぼさないため部分転置された密度演算子は元の密度演算子と同じ固有値すなわち非負の固有値のみをもつPeres-Horodecki [23]によればρが分離可能状態であるならばρTA のすべての固有値は非負であるこの対偶として ρTA

の負の固有値の存在が量子もつれの存在を意味していることがわかるさらに言えば二量子ビット系においては上記の逆も成立するすなわち ρが分離可能状態であることと ρTA の固有値がすべて非負であることが二量子ビット系では等価になるこれが本節で導入するもうひとつの量子もつれの尺度であるネガティビティの基本的

な考えであるネガティビティN (ρ)はρTA の負の固有値の絶対値の和として

N (ρ) =sumλnlt0

|λn| (I24)

と定義されるここで λnは ρTA の固有値であるρTA は単なる ρの部分転置であるからトレースは保存されていてTr [ρ] = Tr

[ρTA

]= 1であるしたがって 1 =

sumn λn =sum

λngt0 λn minussum

λnlt0 |λn| という等式が成り立つさらにトレースノルム ||ρTA ||1def=

付 録 I 量子もつれとその応用 194

Tr

[radic(ρTA)dagger ρTA

]を導入しようこれは定義からして ρTA の固有値の絶対値を足し

上げるものなので||ρTA ||1 =sum

n |λn| = 2sum

λnlt0 |λn|+1と書き直せるこれによりトレースノルムを用いたネガティビティの表式

N (ρ) =||ρTA ||1 minus 1

2(I25)

が得られるPeres-Horodeckiの結果は混合状態にも適用可能であるから純粋状態でのみ良い指標となったエンタングルメントエントロピーよりも適用範囲の広い量子もつれの尺度であるといえるネガティビティは二つの量子系の分離可能な合成系に対してエンタングルメントエントロピーのような加法性がないためかわりに対数ネガティビティL(ρ)

def= log 2N (ρ) + 1を考えることがあるこれについてはL(ρ1otimesρ2) = L(ρ1)+L(ρ2)

となり加法性が満たされるネガティビティの計算例をいくつか挙げておこう分離可能状態に対してはネガティ

ビティはゼロであることが明らかであるからまず Bell状態 |Φ+⟩についてみてみる密度演算子 ρΦ+ は

ρΦ+ =1

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

(I26)

となりこの部分転置行列は

ρTAΦ+ =

1

2

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(I27)

であるこの部分転置行列の固有値は 12が 3個とminus12が 1個であるしたがってネガティビティは 12であり対数ネガティビティは log 2となるより興味深い例としてWerner状態

ρW = p∣∣Φ+

rang langΦ+∣∣+ (1minus p)

I otimes I

4

=p

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

+1minus p

4

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 1

=

1+p4 0 0 p

2

0 1minusp4 0 0

0 0 1minusp4 0

p2 0 0 1+p

4

(I28)

付 録 I 量子もつれとその応用 195

図 I1 量子テレポーテーションの概略

を考えようこれは p isin [0 1]の値によって完全混合状態か量子もつれ状態かがきまるネガティビティを用いるとどのくらいの pから量子もつれがあるといえるかがわかるのでこれを明らかにしていこうまず部分転置行列は

ρTAW =

1+p4 0 0 0

0 1minusp4

p2 0

0 p2

1minusp4 0

0 0 0 1+p4

(I29)

とかけるがこの固有値は (1+p)4が 3個と (1minus3p)4が 1個である固有値 (1minus3p)4

のみ 13 lt p le 1のもとで負となるためネガティビティが有限の値をとる言い換えれば13 lt p le 1のときにWerner状態は量子もつれ状態であり0 le p le 13のときには分離可能状態となることが上記の計算により明らかになるのであるこれは次のことも示唆している13 lt p le 1のWerner状態は本節の最後で説明する LOCC

(local operation and classical communication)によって生成することができないが0 le p le 13のWerner状態であれば LOCCでつくれてしまうのである

I3 量子テレポーテーションいよいよ量子もつれ状態の応用としても量子力学の世界の不思議な現象としても重

要な量子テレポーテーションについて説明する量子テレポーテーションの目的として

付 録 I 量子もつれとその応用 196

は送信者である Aliceがある未知の状態 |ψ⟩ = cg |gψ⟩ + ce |e⟩ψ を受信者である Bob

に送るというものである以下添え字の ψはこの未知の量子状態 |ψ⟩に関するものとする量子状態 |ψ⟩は測定すると壊れてしまう複製ができないという性質があるため我々が今日用いる通信(古典通信)のようにはいかないのが量子通信の肝であるこのような制約の下では未知の量子状態を送るためには量子もつれ状態の不思議な性質を全面的に活用したトリックが必要になる量子テレポーテーションにおいてまずやるべきことはAliceとBobが量子もつれ状態

にある光子のペア例えばBell状態のひとつである∣∣Ψminus

ab

rang= (|ea⟩ |gb⟩+|ga⟩ |eb⟩)

radic2の片

割れを 1個ずつ持つことである添え字の aと bはこのAliceとBobがもつ量子もつれ状態の片割れの光子をさす未知の量子状態 |ψ⟩と併せた全体の量子状態は |ψ⟩

∣∣Ψminusab

rangと書けるこの量子状態をAliceの量子もつれペアの片割れと未知の量子状態 |ψ⟩にある量子ビットψとのBell状態で書き直してみよう

langΨplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (plusmncg |gb⟩minusce |eb⟩)2

radic2

やlangΦplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (ce |gb⟩ ∓ cg |eb⟩)2

radic2を用いることで

|ψ⟩∣∣Ψminus

ab

rang=cg |gψ⟩+ ce |eψ⟩radic

2

|ea⟩ |gb⟩+ |ga⟩ |eb⟩radic2

=

∣∣∣Ψ+ψa

rang2

(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)minus

∣∣∣Ψminusψa

rang2

(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

+

∣∣∣Φ+ψa

rang2

(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) +

∣∣∣Φminusψa

rang2

(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I31)

と計算することができるこれを念頭においてAliceは手持ちの量子もつれペアの片割れに X ゲート Xa を作用させ続いて Aliceの量子ビットを制御量子ビットとする量子ビット ψへのCNOTゲートを作用させるすると

∣∣∣Ψplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Ψplusmnψa

rang=

|gψ⟩ (plusmn |ga⟩ + |ea⟩)radic2や

∣∣∣Φplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Φplusmnψa

rang= |eψ⟩ (|ga⟩ plusmn |ea⟩)

radic2という

作用が ψと aの合成系(ψa系と略記する)に起こり最終的に HadanardゲートHa

をAliceの量子ビットに施すことで∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ga⟩ (cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ea⟩ (cg |gb⟩+ ce |eb⟩)∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)

= |eψ⟩ |ga⟩ (ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩)

= minus |eψ⟩ |ea⟩ (ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I32)

という状態になるここで ψa系を測定しようψa系が |gψ⟩ |ga⟩|gψ⟩ |ea⟩|eψ⟩ |ga⟩

付 録 I 量子もつれとその応用 197

|eψ⟩ |ea⟩のどれであるかを明らかにすることは ψa系がどの Bell状態にあったかを明らかにすることに対応しておりこの測定を Bell測定ともいうAliceの Bell測定で|gψ⟩ |ga⟩という結果が得られればBobはZゲートZbを手持ちの量子ビットに作用させれば cg |gb⟩+ ce |e⟩bが手元に得られる測定結果が |eψ⟩ |ga⟩のときにはBobはZbゲートのあとにX ゲートXbを作用させればよい|eψ⟩ |ea⟩という結果のときにはXbゲートのみで十分である測定により |gψ⟩ |ea⟩であったと分かった場合には Bobは何もしなくてよいこのようにAliceのBell測定の結果を(古典)通信でBobに知らせBob

はその結果に応じて手持ちの量子ビットに量子ゲートを作用させれば最終的に Bob

の手元にはまさにAliceが送りたかった未知の量子状態 cg |gb⟩+ ce |e⟩bが残っているのであるもともと未知の量子状態だった ψ系はどうなったかというとBell測定によって壊

れているしたがってこれは量子状態の複製を行ったことにもなっていないもう一点注意しておきたいだがよく SF小説などで量子テレポーテーションで瞬時に情報が転送されるなどという設定がされているがこれは間違いである1Bobは最後に正しい量子状態を得るためにAliceからBell測定の結果を電話なりメールなりで聞かねばならないAliceからBobへの情報伝達速度は光速を超えることがないため量子テレポーテーションによる情報の転送も光速を超えることはない

I4 エンタングルメントスワッピング量子テレポーテーションの親戚のような手法にエンタングルメントスワッピングという

ものがあり量子通信でよく用いられる状況は次のようなものであるAliceとBobは既知の量子もつれ光子ペア

∣∣Φ+A

rang= (|g1g2⟩+ |e1e2⟩)

radic2と

∣∣Φ+B

rang= (|g3g4⟩+ |e3e4⟩)

radic2

をそれぞれ持っているがこのときに Aliceと Bobは何とかしてこれらの Bell状態を用いて Aliceと Bobにまたがる量子もつれペアを生成したいというような問題であるこのために用いられる手法がエンタングルメントスワッピングであり端的に言えばAliceとBobのもつ量子もつれペアの片割れを 1個ずつとってきてBell測定をしその結果に応じてAliceまたはBobの残りの量子もつれペアに量子ゲートを作用させることで達成される以下これについて詳しく見ていこうAliceと Bobの量子系の全体系 |Ψ⟩書き下すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

A

rangotimes∣∣Φ+

B

rang=

|g1g2g3g4⟩+ |g1g2e3e4⟩+ |e1e2g3g4⟩+ |e1e2e3e4⟩2

(I41)

となるここで 1と 4(2と 3)の添え字のついた系をまとめて部分系とみなしBell状態∣∣Ψplusmn

14

rangと ∣∣Φplusmn14

rang(∣∣Ψplusmn23

rangと ∣∣Φplusmn23

rang)を定義しようこれにより |Ψ⟩を前節のように書き

1著者の好きな SF小説にもこの手の記述がありこの話題が小説で出てくるたびに気が散って仕方がなかった

付 録 I 量子もつれとその応用 198

図 I2 エンタングルメントスワッピングの概略

直すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

14

rang ∣∣Φ+23

rang+∣∣Φminus

14

rang ∣∣Φminus23

rang+∣∣Ψ+

14

rang ∣∣Ψ+23

rang+∣∣Ψminus

14

rang ∣∣Ψminus23

rang2

(I42)

という表式が導かれるでは添え字 2と 3からなる部分系についてBell測定を行おうもしBell測定で 2と 3からなる部分系が

∣∣Φ+23

rangにあるという結果が得られれば残りの系は

∣∣Φ+14

rangにあることになるもし ∣∣Φminus23

rangにあれば1の量子ビットにZゲートZ1を作用させると

∣∣Φminus14

rangは ∣∣Φ+14

rangに変換される∣∣Ψ+23

rangに測定された場合には 1の量子ビットにX ゲートX1を作用させることでX1

∣∣Ψ+14

rang=∣∣Φ+

14

rangを得る最後に ∣∣Ψminus23

rangという結果が得られた場合にはZ1X1を作用させることで

∣∣Φ+14

rangを得ることができるこのようにAliceと Bobのもつ量子もつれペアの片割れを Bell測定した結果に応じてAlice

が量子もつれペアの残りに量子ゲートを行うことで最終的に Aliceと Bobにまたがる量子もつれ状態

∣∣Φ+14

rangが得られるこれはもともとのローカルな量子もつれ状態がAliceとBobにまたがる量子もつれ状態に入れ替わっているようにも見えることがエンタングルメントスワッピングという名前の由来である

付 録 I 量子もつれとその応用 199

I5 Local operation and classical communication (LOCC)

量子テレポーテーションやエンタングルメントスワッピングで行った操作は次のように纏められる(i)量子ビットの測定(Kraus演算子をMAとする)(ii)測定結果の古典通信(iii)量子ゲート操作 UB通信にかかる時間を乱暴にも無視してしまうとLOCCの後の密度演算子はsumr UB(r)MA(r)ρM

daggerA(r)U

daggerB(r)となっている(rは測定結果

に対応する添え字)ここで強調したいのは量子操作はすべてAliceなりBobなりの内部で完結することと古典通信のみを用いて情報交換をしていることである言い換えるとAliceとBobにまたがる二量子ビットゲートや測定光子の量子状態そのものによる伝達といった ldquo無茶rdquoはしていない現実的に無理のない手法だといえるこのような古典通信とローカルな量子操作のみで構成される操作を LOCC(local operation and

classical communication)と呼ぶ詳細な議論は成書 [9]に譲るがここでは LOCCのいくつかの重要な性質について言及しておく

bull LOCCは確率 1で量子もつれの尺度を増大させることはできない

bull LOCCは分離可能状態を量子もつれ状態にすることはできない

bull LOCCによって確率的にであれば量子もつれの尺度を増加させることはできる具体的にはエンタングルメント蒸留などの手法が開発されている

200

付 録J 量子複製禁止定理

古典情報では許され量子情報では出来ない操作の重要なものが状態のコピー(複製)をすることである例えば通常 xが与えられていて y = x2 + xを計算したければxをコピーし元の xに 1を足してコピーした xをかければ

y = x2 + x = x(x+ 1) (J01)

が計算できるが量子情報では「量子複製禁止定理」というものにより未知の量子状態のコピーが許されておらず同様の計算が出来ないこれは量子計算に取って非常に大きなハンディキャップに見えるしかしコピーが出来なくても様々な方法で有用な量子計算が出来ることが知られているので心配はいらない以下では簡単にこの量子複製禁止定理を証明する仮に任意の量子状態 |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩ともう一つの量子状態 |i⟩がありユニタリー

な操作 U を用いて |i⟩ rarr |ψ⟩とコピーができるつまり

U |ψ⟩ |i⟩ = |ψ⟩ |ψ⟩ (J02)

という 2量子ビットゲートが存在するとしよう同様に異なる量子状態 |ϕ⟩も U はコピーできるつまり

U |ϕ⟩ |i⟩ = |ϕ⟩ |ϕ⟩ (J03)

も成り立つとすると

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨i|ψ⟩ |i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ ⟨i|i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ (J04)

同様に

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨ϕ|ψ⟩ |ψ⟩= ⟨ϕ|ψ⟩2 (J05)

となり ⟨ϕ|ψ⟩ = ⟨ϕ|ψ⟩2を満たさねばならないがこれは ⟨ϕ|ψ⟩ = 0もしくは ⟨ϕ|ψ⟩ = 1

が成り立つということである後者は |ϕ⟩ = |ψ⟩という場合の自明なときなので無視す

付 録 J 量子複製禁止定理 201

ると前者は直交した 2つの状態ならコピーできるが任意の量子状態のコピーが不可能なことを証明しているもう少し具体的な例で見てみよう例えば U は |0⟩|1⟩を各々コピーできるとする

U |0⟩ |i⟩ = |0⟩ |0⟩ (J06)

U |1⟩ |i⟩ = |1⟩ |1⟩ (J07)

この時 |ψ⟩ = a |0⟩ + b |1⟩をコピーしたいとしよう量子情報では測定するとその状態が変わるのでこのような重ね合わせの任意の状態が何かわからないままコピーできなければならない|ψ⟩を同じ方法でコピーすると

U |ψ⟩ |i⟩ = U(a |0⟩+ b |1⟩) |i⟩ = aU |0⟩ |i⟩+ bU |1⟩ |i⟩= a |0⟩ |0⟩+ b |1⟩ |1⟩ (J08)

となる一見うまく行ったように見えるかもしれないがコピーしようと思っていた状態は |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩なのでコピーが出来ているとすると

|ψ⟩ |ψ⟩ = (a |0⟩+ b |1⟩)(a |0⟩+ b |1⟩)= a2 |00⟩+ b2 |11⟩+ ab(|01⟩+ |10⟩) (J09)

になるはずなのでコピーは全然出来ていないつまり既知の直交した状態においてコピーが可能だとしても任意の(未知の)量子状態をコピーすることは出来無い

202

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mixed states necessary and sufficient conditionsrdquo Physics Letters A 223 1ndash8

(1996)

Page 3: 量⼦技術序論 - 東京大学5 第14章量子技術の概要 157 14.1 量子計算. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 157 14.1.1 Groverのアルゴリズム

1

目 次

01 量子情報における共通言語 7

02 異なる量子物理系 8

03 温度の概念 8

04 本書の構成 10

第 I部 12

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 13

11 ベクトル空間 13

111 3次元空間ベクトル 13

112 多次元空間への拡張 16

113 行列と演算子 16

114 正方行列 18

115 多次元空間でのベクトルの性質と行列の成分表示のまとめ 20

12 古典と量子の運動方程式 21

13 波動関数 22

131 波動関数の内積 22

132 連続的な波動関数と離散的な波動関数 22

133 演算子 24

14 Dirac表示 25

15 行列表示 26

16 波動関数の主な性質 28

17 合成系 29

171 合成系の演算子 31

172 合成系の行列表示 32

173 量子もつれ状態 33

174 しばしば使われる量子状態の記述 35

18 固有ベクトルと固有値 36

19 演算子の種類 37

191 Hermite演算子 37

192 射影演算子 38

193 ユニタリー演算子 39

2

194 Pauli行列 39

195 演算子関数 40

110 密度演算子 41

1101 混合状態の例 43

1102 密度演算子の一般的性質 43

1103 合成系の密度演算子とその縮約 43

111 交換子と反交換子 45

1111 Heisenbergの不確定性原理 45

第 2章 量子力学の基礎 48

21 時間発展 48

211 時間に依存しない Schrodinger方程式 48

212 ユニタリー演算子を用いた時間発展 49

213 3つの描像 50

214 Heisenbergの運動方程式 53

22 回転系へのユニタリ変換 53

第 3章 摂動論 55

31 時間に依存しない摂動論 55

311 Zeeman効果 57

32 時間に依存する摂動論 58

321 時間依存した摂動展開 62

第 II部 65

第 4章 二準位系と電磁波 66

41 二準位系スピンおよび Bloch球 66

42 電磁波 67

421 調和振動子の昇降演算子 69

43 二準位系と電磁波の相互作用 70

431 Jaynes-Cummings相互作用 70

44 二準位系と電磁波の例 71

441 自然放出と誘導放出 74

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 76

51 Bloch方程式と緩和 76

511 Bloch方程式 76

512 緩和がある場合の Bloch方程式 78

52 Rabi振動 80

53 Ramsey干渉 81

3

54 スピンエコー法 82

第 6章 調和振動子 84

61 Fock状態 84

62 コヒーレント状態 84

63 スクイーズド状態 87

64 熱的状態 89

65 光子相関 89

651 振幅相関 一次のコヒーレンス 90

652 強度相関 二次のコヒーレンス 90

66 Wigner関数 91

661 導入 91

662 Wigner関数の例 92

663 コヒーレント状態 92

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 95

71 Jaynes-Cummingsモデル 95

72 弱結合強結合領域 96

73 分散領域 98

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 101

81 共振器の性質 101

811 Q値 102

812 フィネス(Finesse) 103

82 共振器の測定 104

821 反射測定と透過測定 104

822 実際の測定系 106

83 入出力理論 [17] 106

831 伝播モードと入出力関係 106

832 1ポートの測定 108

833 2ポートの測定 110

834 二準位系の自然放出 111

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系 112

第 9章 量子実験系における種々の結合 116

91 原子イオンの例 116

911 原子-光相互作用 116

912 サイドバンド遷移 118

913 フォノン-フォノン相互作用 119

92 超伝導量子回路 121

921 LC共振器の量子化 122

4

922 超伝導量子ビット 123

923 共振器とトランズモンの結合 125

93 共振器オプトメカニクス 126

931 導入 126

932 オプトメカニカル相互作用 128

933 オプトメカニカル相互作用の線形化 129

第 III部 131

第 10章 量子ゲート 132

101 一量子ビットゲート 133

1011 X ゲート 133

1012 Z ゲート 133

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T 134

102 二量子ビットゲート 134

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート 135

1022 制御 Z(CZ)ゲート 135

1023 iSWAPゲートと SWAPゲート 135

1024 XX ゲートと ZZ ゲート 136

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出 136

103 Cliffordゲートと non-Cliffordゲート 138

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 140

111 射影測定と一般化測定 140

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ 141

113 フィデリティ 142

114 量子ゲートエラーの評価 143

115 ノイズ演算子 143

116 量子プロセストモグラフィ 145

1161 ゲートフィデリティ 146

117 Randomized benchmarking 147

第 12章 量子エラー訂正の基礎 149

121 スタビライザーによる定式化 150

122 三量子ビット反復符号 151

123 Shor符号 152

124 発展的な量子ビットの符号化 154

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 155

5

第 14章 量子技術の概要 157

141 量子計算 157

1411 Groverのアルゴリズム 157

142 量子鍵配送 158

1421 BB84 158

143 量子センシング 159

1431 Ramsey干渉 159

1432 エンタングルメントによる量子センシング 160

144 量子シミュレーション 161

145 量子インターネット 161

付 録A 位置表示と運動量表示 162

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例 163

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出 165

付 録D 原子の量子状態 168

D1 Bohrモデル 168

D2 微細構造 169

D3 超微細構造 170

付 録E 量子マスター方程式 171

E1 Liouville-von Neumann方程式 171

E2 系と熱浴との相互作用 172

E3 レート方程式 178

E4 光 Bloch方程式 179

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 181

F1 一般的な手順 181

F2 頻出する例 182

F21 駆動されたスピン系 182

F22 駆動されたスピン系の一般化 183

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 184

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 186

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却 186

H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式 186

H12 共振器冷却の冷却限界 189

6

付 録 I 量子もつれとその応用 191

I1 分離可能状態と量子もつれ状態 191

I2 量子もつれの尺度 191

I21 エンタングルメントエントロピー 192

I22 ネガティビティ 193

I3 量子テレポーテーション 195

I4 エンタングルメントスワッピング 197

I5 Local operation and classical communication (LOCC) 199

付 録 J 量子複製禁止定理 200

7

はじめに

01 量子情報における共通言語量子力学は 1900年代初頭からEinsteinDiracHeisenbergSchrodingerなど名

高い物理学者による数々の議論により肉付けられ相対論などとの融合も踏まえ大きく発展してきたその枠組みから予想される一見非自明な物理現象の数々は多くの物理学者を困らせたがこの長い歴史の中で未だにその体系が間違っているという観測は報告されていない量子力学自体は長い歴史をもつが過去 50年間の量子力学の発展は実験的手法の

成熟とそれに支えられた量子力学のさらなる考察にも大きく支えられてきている核磁気共鳴(NMR)の発展による核スピン状態の観測操作真空中の原子やイオンの分光実験高性能レーザーの開発や非線形光学の発展による光の量子性の検証また外乱が多く量子性の担保がが難しいと言われてきた固体素子の中でも様々な量子操作が確認されるようになってきているこれらの多彩な実験は量子力学を様々な角度から検証することを可能とすると伴にこれまでその性質を見極めるための「観測」がメインであった量子を「操作」の対象として成熟させたつまり今までは見ることが目的であった量子を人類は自由に操作する術を手に入れたのであるそんな中この 20年くらいの間に大きく発展してきたのが量子情報科学という分野

である実験手法の発展により各々の物理系の操作性が向上しまたそれら物理系がもつ固有の特色が顕になってきたそれら操作性や物理系の特色を活かした情報技術特に量子の性質を活かした情報操作を行うという試みが大きく展開されてきたのであるこの量子情報の研究により幾つかの新しい知見が生まれてきたそれは一見全く異なる物理系においても量子を情報の起源と捉えることにより多くの類似性を持つことがわかってきたのであるこれまで各々の物理系はそれぞれ独立に進歩してきたしかしこれらを量子情報という枠組みで俯瞰する事により異なる物理系を統一した共通言語のもとに包括的に理解することが可能となってきた本プロジェクトはその俯瞰的な視点を若い研究者に提供することによりこれまでの

量子物理系の特色を量子情報という枠組みの中で捉え今まで以上の量子系の発展を促す試みである量子情報技術が社会へ進出するまでにはまだ時間が必要かもしれないしかし量子計算機量子通信インターネット量子シミュレーション量子センサーなど既存の技術を大きく超える提案が数々なされそれらは社会のあり方さえも大きく変革すると言われているこれら量子技術の躍進には既存の量子技術と伴に若い人達の新しいアイデアが鍵となると考えているこれからの量子技術の発展のために皆さんの力を大きく発揮していただきたい

8

02 異なる量子物理系本プロジェクトでは異なる量子系の操作とその特色を学んでいく様々な量子系例

えばイオントラップ冷却原子量子ドット超伝導回路など多くの系が存在するが各々の量子系の特長によりもちろんそれぞれの強みと弱みが異なる例えば既存のコンピューターが個々の部品CPUメモリーハードドライブインターネットアダプタで構成されているように各々の量子系も活躍舞台が異なってくるまた幾つかの共通要素を持つ量子系も多くある例えば作製方法(ファブリケーション)が似ている操作に用いる装置が類似しているデバイスの置かれている環境(温度など)が同じなどである類似な系では一つの量子系を学ぶと他の理解が容易な場合が多くあるまた一見大きく異る量子系でも実は主要素をよく考えるととても似ていると言う場合が多くあるそのためにも多くの物理系を学ぶことで包括的な理解が進むことが期待されるまた先述のように量子情報という枠においてその特色や類似性を捉えることが今まで予想もしなかった形で容易になることが多くあるそのような意味でもこれら多くの物理系の特色を学んでいくことが重要になる量子操作の成熟と伴に各々の量子系の長所を伸ばし短所を抑圧するために幾つか

の量子系を結合させた「ハイブリッド量子系」と呼ばれる量子系の開発も世界的に進められている例えば光ファイバー中の光子は長距離の量子状態伝送を可能とするがその代わりに光子(つまり量子状態)を 1箇所にとどめておくのは非常に困難であるこの時に原子やイオントラップなどと光ファイバーを結合させることにより量子状態を原子やイオンにとどめておくまた必要なときには光子として取り出しファイバーに送り込むというようなことをすることでメモリーと伝送の機能を両立させた新たな量子系の開発が可能となるこれらハイブリッド量子系の開発にも各々の物理系の特色を学ぶことが重要となってくる

03 温度の概念量子系には様々な類似点があげられることを述べてきたが実験的に重要な特長とし

て量子系のエネルギーと操作に用いられる電磁波があげられるそれは実験時に量子系を設置する環境の温度と密接に関係していることを以下に述べる多くの量子操作では単一量子の操作が求められるがその手法は原子のエネルギー

準位を用いると簡単に説明ができる例えば図 11にあるように異なる 2つのエネルギー準位基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩を持つ原子があり各々のエネルギーがEgEeとする通常電子は基底状態にいるがエネルギー準位の差を埋めるようなエネルギーを持つ電磁波(E0 = Ee minus Eg)が吸収されると電子は励起状態に上がる(図 11)このときの電磁波が実験に用いられた電磁波であればよいがそうでない場合はこちらが操作しようとしていないのに原子のエネルギー準位が変わってしまったことになるこの「実験にもちいた以外の電磁波」はどこから来るのかを考える環境温度が T

のときその環境において熱平衡にあるボゾン粒子を考えるボゾン粒子のエネルギー

9

図 1 エネルギー固有状態間の遷移「電磁波」あるいは遷移を引き起こす粒子は実験で意図したものとは限らず熱的に励起された固体中のフォノンやスピンなど周囲の環境からのノイズも含まれる

が粒子の振動角周波数 ωを用いて EBoson = hωと書かれる時その平均粒子数 ⟨n⟩はBose-Einstein分布を用いて

⟨n⟩ = 1

ehωkBT minus 1

(031)

と記述されるここで h = h2π kBはそれぞれDirac係数とBoltzman係数であるDirac係数は Planck係数を 2π で割ったものであるが量子光学や量子情報科学ではPlanck係数よりも頻繁に用いられる温度の換算エネルギー kBT がボゾン粒子のエネルギー hωより十分高いときこの

式は⟨n⟩ ≃ kBT

hωminus 1

2 (032)

で近似されるこの式からわかるように量子を取り巻く環境ではその温度 T に比例した平均粒子数 ⟨n⟩のボゾン粒子がうようよしている固体中ではフォノンなどの素励起粒子真空中ではその周りの壁の温度 T に熱平衡な電磁波(光子)といったボゾン粒子が飛び回っているこれら温度 T の環境にうよめく ldquo熱ボゾン粒子rdquoが邪魔者である「実験にもちいた以外の電磁波」になるのであるこの影響を十分抑制するには実験に用いる電磁波の角周波数 ω0 = E0hにおいてボゾン粒子が環境にほぼいない状況つまり ⟨n⟩ ≪ 1の状況を作れれば良いそこから導かれる環境温度の条件は以下の式で与えられる

T ≪ hω0

kB (033)

この式は環境温度が電磁波の換算温度(T0 = hω0kB)より十分低ければ⟨n⟩ ≪ 1とな

り熱ボゾン粒子の影響が小さくなることをあらわしている電磁波を用いた量子操作実験ではマイクロ波もしくは光が用いられることが多いが各々の周波数換算温度実際量子実験に用いられる装置の環境温度を表 1にまとめた

10

表 1 電磁波周波数と実験環境温度の関係

電磁波 周波数(ω02π) 換算温度(T0) 実際の実験温度(T)マイクロ波 10 GHz 500 mK 10 mK

光 200 THz 10000 K 300 K

この表からわかるようにマイクロ波を用いる実験では電磁波の換算温度が 500 mK

程度であることから環境は希釈冷凍機などを用いてそれより十分低温にする必要がある逆に光を用いる実験では光の換算温度が 10000 K程度なため室温の 300 Kでも十分実験できることがわかるこれは我々の環境の壁(300 K)が熱で光っていないことからも ⟨n⟩ ≪ 1が満たされているのがわかると思うこのように量子操作に用いる電磁波の周波数によって装置の環境温度は大きく異

るまたこれによりマイクロ波と光では同じ電磁波でも実験に関する技術が異なることを覚えておきたい

04 本書の構成本書は上記のような量子系を俯瞰的に見る目やそれを筋よく実現するにはどうすれ

ばよいかという感覚を養うための下地としての基礎的な事柄を一冊の文書にまとめるという目的で執筆されたものである構成として大きく三つに分かれており第部では量子技術で頻繁に用いる線形代数に基づいた量子状態の記述および基礎的な量子力学の知識を量子技術を知るうえで最低限必要と思われるものに関して抜粋し簡潔な形でまとめてある第部では二準位系や電磁波を実際にどのようにとらえそれらがどのように相互作用するのかそして二準位系や電磁波あるいは調和振動子とその間の相互作用が実際にどのように実現されるのかについて記した特に現在の量子技術ではほぼ必須の道具である共振器とその測定の仕方について詳説してある第部では量子ビットという抽象化された量子系の操作測定エラー訂正そして量子技術の概要について書き記した解析力学統計力学量子力学電磁気学の講義を一度は受けたことがある程度の知

識があればそれらを参照しつつ本書を読み進めることはできると思われるとくに第部は量子力学の復習であるため一度量子力学の本を読みとおした経験がある読者は第部から読み始め適宜第部に立ち戻りながら読み進めていくような読み方でよいだろうただし第部に量子技術で頻繁にみられる記述の仕方や概念等も含まれており目を通しておくことをお勧めしたいこういった意味で本書の対象はあえて言えば順当に勉学を進めてきた学部34年生あたりにあるただし意欲的な12年生も読み進められると期待しているし大学院生ひいては量子技術分野内外の研究者にとっても読んで得るものがあることを期待しているまた全体として物理現象として何が起こっているかのイメージの獲得と理解を優先したため理論的な厳密さを欠く部分が散見されるであろうことはご承知いただきたい

11

本書の執筆にあたり文章の校正計算チェックなどにご協力いただいた東京大学野口研究室の重藤真人氏中島悠来氏渡辺玄哉氏内容についてのたいへん有用なアドバイスをいただいた増山雄太氏にこの場で感謝の意を表したい

第I部

13

第1章 量子力学における状態の記述と演算子

この章では量子力学の基礎を簡単にさらう一般的に多くの大学では初級量子力学の授業において波動関数を用いた表示が多いが量子情報科学では行列表示を用いる場合が多いしかし例外も多く量子間の相互作用の導出など波動関数を用いることも多々あるため波動関数表示と行列表示を行ったり来たりする場合が頻繁に出てくるそのため読者には両方の知識をつけてもらいたいここでは 2つの表示方法ならびに量子力学の基礎そしてツールとして用いられる線形代数の基礎またこれらの表示の簡素化が可能なDirac表記を復習する

11 ベクトル空間量子状態はベクトル空間におけるベクトルとして扱われるがここでは簡単にベクト

ル空間の基礎を後に頻繁に用いられる用語を紹介しながら復習する

111 3次元空間ベクトル3次元空間における 2つの任意のベクトル

V = Vx x+ Vy y + Vz z (111)

W = Wx x+Wy y +Wz z (112)

があるとするベクトルは基底 (basis)とよばれる単位成分ベクトル x y zとその振幅 (amplitude)である係数 Vx Vy Vz およびWx Wy Wz から構成される計算に便利な行列表示を用いるとき状態ベクトルは通常縦ベクトルで表される単位成分ベクトルは

x =

1

0

0

y =

0

1

0

z =0

0

1

(113)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 14

と表され

V = Vx

1

0

0

+ Vy

0

1

0

+ Vz

0

0

1

=

VxVyVz

(114)

W = Wx

1

0

0

+Wy

0

1

0

+Wz

0

0

1

=

Wx

Wy

Wz

(115)

となる

内積

2つのベクトルの内積 (inner product)は

V middot W = VxWx + VyWy + VzWz (116)

と定義されベクトルの内積からはスカラー(数字)が計算される行列表示を用いると内積はベクトルの転置 (transpose)

V T =(Vx Vy Vz

)(117)

を用いて

V middot W = V T W =(Vx Vy Vz

)Wx

Wy

Wz

= VxWx + VyWy + VzWz (118)

となる上記でわかるように内積をとる 2つのベクトルの次元数は同じでなければならない

正規直交基底

上記のようにベクトル空間の基底は通常長さ 1になるように正規化 (normalized)されておりまたこの例では図 11(左)のように x y zは全て直交しているこのような基底を正規直交基底 (Orthonormal set of basis)とよぶ基底 x y zを xi i = 123

で表すと正規直交基底はxi middot xj = δij (119)

の式を満たす一般的には基底は正規化もしくは直交している必要はない図 11(右)にあるよう

に正規直交基底ではない基底 xprime yprime zprimeを用いて V を記述することもできるが各々の成分が他に依存しない正規直交基底の方がもちろん便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 15

図 11 (左) 正規直交基底 x y z(右) 正規直交ではない基底 xprime yprime zprimeでも同じ V を記述することは可能

ベクトルの成分

ベクトル V があたえられているときその振幅を内積を用いて求めることができる例えば Vxを求めたい場合

Vx = x middot V (1110)

と計算することができる行列表示を用いると

Vx =(1 0 0

)VxVyVz

= Vx (1111)

となる

ノルム

各々の振幅からベクトルの ldquo長さrdquoを計算することが出来るがベクトルの ldquo長さrdquoは一般的にノルム (norm)とよばれ内積を用いて

norm(V ) =radicV middot V =

radicV 2x + V 2

y + V 2z (1112)

と定義されるこのノルムを用いて任意のベクトル V を単位ベクトル vに変換したい場合もとのベクトルをノルムで割ることで

v =V

norm(V ) (1113)

と計算することができもちろん元のベクトルは

V = norm(V )v (1114)

と書くことができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 16

外積

先述した内積は2つのベクトルからスカラーが計算されたがベクトルの外積は 2

つのベクトルから行列が計算される先程用いたベクトル V W の外積は行列表示を用いると

V otimes W = V W T =

VxVyVz

(Wx Wy Wz

)(1115)

=

VxWx VxWy VxWz

VyWx VyWy VyWz

VzWx VzWy VzWz

(1116)

となる上記ではどちらも 3次元のベクトルから 3times 3の行列が計算されたが外積の場合には 2つのベクトルは次元数が異なっていても大丈夫であるm次元と n次元のベクトルからはmtimes nの大きさの行列が計算される

112 多次元空間への拡張これまでは実空間の 3次元の例を用いたが量子状態を扱うヒルベルト空間とよば

れる多次元ベクトル空間では3次元以上への拡張が必要となる(x y z) rarr (xi i =

1 2 3 4 )と拡張すると多次元における任意のベクトルは

V =sumi

Vixi (1117)

W =sumi

Wixi (1118)

と記述できる

113 行列と演算子先述では外積を用いてベクトルから行列が計算されたがmtimes n次元の行列 Aは

A =

A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

(1119)

のように成分Aij をもつ行列表示ができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 17

行列成分

行列のある成分例えばA21は単位ベクトル

x1 =

1

0

0

0

x2 =0

1

0

0

(1120)

を用いて

A21 =(0 1 0 0

)A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

1

0

0

0

(1121)

と書ける一般化するとAij = xTi A xj (1122)

のように行列成分は横ベクトル行列縦ベクトルの積で書けることがわかる

転置行列

先述のmtimes n次元の行列 Aの転置行列 AT は

AT =

A11 A21 An1

A12 A22 An2

A1m A2m Anm

(1123)

のように ntimesm次元の行列となり行列要素は

ATij = Aji (1124)

を満たす

行列の積

行列の積によって新たな行列が計算できるが例えば C = ABのとき Cの行列要素は

Cij =sumk

AikBkj (1125)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 18

を満たすこの式からもわかるように計算された Cが ltimes nの行列Aが ltimesmの行列のとき行列 Bはmtimes nと次元数があっていなければならないこの行列 C の転置行列 CT の行列成分は指数を交換した形で

CTij = Cji =sumk

AjkBki (1126)

と表される

114 正方行列縦と横の次元数が同じ m times mの行列は正方行列と呼ばれ最も使われる行列群で

ある

行列のトレース

正方行列 Aがあるとき行列 Aのトレースは

Tr A =sumi

Aii (1127)

となるが対角成分の和となっているまた 2つの行列の積 C = ABが正方行列のときそのトレースは

TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1128)

と表される

単位行列

特殊な正方行列の 1つである単位行列 Iは対角の全ての成分が 1で他は全て 0の行列である3times 3の単位行列は

I =

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1129)

であり行列成分 Iij はIij = δij (1130)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 19

を満たすまた単位行列は正規直交基底の外積を用いて

I =sumi

xixTi (1131)

=

1 0 0

0 0 0

0 0 0

+

0 0 0

0 1 0

0 0 0

+ middot middot middot+

0 0 0

0 0 0

0 0 1

(1132)

=

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1133)

と表すことができる

演算子としての行列

ベクトル空間におけるベクトルは演算子によって作用を受けるが行列演算を用いると簡単に記述できるベクトル W が行列 Aとベクトル V の積で計算されるとき

W = AV (1134)

と記述される行列表示で

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(1135)

V =

V1V2V3

(1136)

であるとき

W = AV =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

V1V2V3

=

A11V1 +A12V2 +A13V3

A21V2 +A22V2 +A23V3

A31V3 +A32V3 +A33V3

(1137)

となる指数を用いた表示では

Wi =sumj

AijVj (1138)

と記述できる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 20

115 多次元空間でのベクトルの性質と行列の成分表示のまとめ多次元空間でのベクトルの性質ならびに行列の成分表示は後のマテリアルで頻繁に

使われるため重要な式を以下にまとめる

多次元空間でのベクトル

正規直交基底 xixj = δij (1139)

ベクトル成分 Vi = xi middot V (1140)

ベクトルの正規化sumi

V 2i = 1 (1141)

ノルム norm(V ) =

radicsumi

V 2i (1142)

内積 V middot W =sumi

ViWi (1143)

外積 (V otimes W )ij = ViWj (1144)

最後の外積だけは計算された V otimes W の行列成分を表している元のベクトルが各々m次元と n次元の場合i = 1 m j = 1 nである

行列の成分表示

行列 A B C = ABがありまたベクトル V W が W = AV を満たすとき

行列成分と基底の関係 Aij = xTi A xj (1145)

積で与えられた行列の成分 Cij =sumk

AikBkj (1146)

転置行列 CTij = Cji =sumk

AjkBki (1147)

トレース TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1148)

単位行列 I =sumi

xixTi (1149)

行列ベクトル積 Wi =sumj

AijVj (1150)

となる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 21

図 12 古典的な運動 (左)と量子的な運動(右)

12 古典と量子の運動方程式古典力学でも量子力学でも我々は「モノ」の運動について考えるが何故か多くの

人にとって量子力学はとっつきにくいものである古典力学では図 1aのようにあるポテンシャル V (x)を質点mが運動するさまをニュートンの法則を使って

mx = minuspartV (x)

partx(121)

と記述できるここで x = dxdt = d2xdt2を表すそれに対して量子力学では図 1bのように割れたコップから流れ出た液体のような

波動関数の運動を Schrodinger方程式を用いて

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (122)

と記述しこの方程式を解くことによって波動関数 Ψを得るこの 2つの力学では圧倒的に異なる部分がある古典力学ではモノの位置 x(t)が直接計算できその他の物理量 v(t) = dx

dt や p = mvなどもすぐに導けるしかし量子力学ではこの波動関数Ψ(x)と呼ばれるぷよぷよしたモノの関数が与えられるだけであるなんとも面倒だ

この波動関数から有益な情報や物理量を抽出したり波動関数自体を操作するためには演算子 (オペレーター)を使わなくてはいけない多くの学生にとってこの量子力学特有の手続きと不思議な全体構成が量子力学自体の敷居を上げているようにみえるしかし物理学者も色々工夫することで量子力学を簡素化してきたその一つが線形代数であるすべての量子状態はヒルベルト空間上でベクトルとして記述されそれらの時間発展や物理量の抽出などはオペレーターを用いて可能であるつまりかなり抽象的な ldquo波動関数rdquoとその操作と言う概念をベクトルや行列を用いて表現できることを我々は知っているこの章ではその基礎となる線形代数と量子力学の基礎を簡単にレビューする

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 22

13 波動関数131 波動関数の内積1次元系における任意の波動関数Ψ(x)は関数空間における一つのベクトルとして考

えられる状態がベクトルで記述できるとき内積の定義が必要になるが2つの波動関数Ψと Φがあるときその内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dx (131)

と定義されるこのときΨlowastはΨの複素共役を表す波動関数Ψ(x)は線形独立な基底 ψi(x)を用いて

Ψ(x) = c1ψ1(x) + c2ψ2(x) + middot middot middot+ cnψn(x)

=

nsumi=1

ciψi(x) (132)

と記述することができるciは複素数の係数であるこのとき基底 ψiは正規直交化されており int infin

minusinfinψlowasti (x)ψj(x)dx = δij (133)

を満たすこれを用いて波動関数Ψ自体の内積を計算するとint infin

minusinfinΨlowast(x)Ψ(x)dx =

int infin

minusinfin

nsumij=1

clowasti cjψlowasti (x)ψj(x)dx

=nsum

ij=1

clowasti cjδij =nsumi=1

|ci|2

となるため波動関数の規格化はnsumi=1

|ci|2 = 1 (134)

と書くことができる

132 連続的な波動関数と離散的な波動関数波動関数の内積と規格化が定義できたので少し具体的に見てみよう対象としている

粒子を量子力学の初めに 1次元の位置 xに対して図 13(a)のような波動関数

Ψ = Ψ(x) (135)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 23

図 13 (a) 連続的な波動関数 (b) 離散的な波動関数

として習ったと思う波動関数の絶対値の二乗(|Ψ|2 = ΨlowastΨ)は確率密度を表すのでa le x le bに粒子がいる確率 P (a le x le b)は

P (a le x le b) =

int b

adx|Ψ(x)|2 (136)

で求めれる量子情報ではこのような波動関数を扱う場合もあるが情報をビットとして扱う場合

など十分離散的な図 13(b)のような波動関数を扱う場合が多いこの場合x = a付近にいるΨaとx = b付近にいるΨbの 2つの状態を個別の状態と考える

Ψa = Ψ(x) for xa minus δx lt x lt xa + δx (137)

Ψb = Ψ(x) for xb minus δx lt x lt xb + δx (138)

このとき δxは x = a bの周辺で各々の波動関数を十分カバーする距離である各々の波動関数を規格化し

ψa =Ψa(x)radicint a+δx

aminusδx dx|Ψa|2(139)

ψb =Ψb(x)radicint b+δx

bminusδx dx|Ψb|2(1310)

としたときψaと ψbは重なりがないのでint infin

minusinfindxψlowast

i ψj = δij (1311)

を満たし正規直交基底として扱えるこの波動関数を用いると全体の波動関数Ψは

Ψ(x) = ca ψa(x) + cb ψb(x) (1312)

と表されるこのとき |ca|2 + |cb|2 = 1である連続的に分布している波動関数もあるパラメーターで十分分離されていれば(この例では位置 xに対して ψa ψbが分離されていた)離散的な状態として考えることができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 24

図 14 離散的な波動関数のエネルギースペクトル

後に述べる量子ビットの多くは図 14のように波動関数を位置 xによる状態表記ではなくエネルギー軸での状態を用いているこの場合同様の手法を用いて

Ψ = cg ψg + ce ψe (1313)

と表せる同様に波動関数全体の規格化条件から

|Ψ|2 = |cg|2 + |ce|2 = 1 (1314)

であり基底状態には |cg|2励起状態には |ce|2の確率で離散的な状態に粒子が存在するように記述できる実験的にはエネルギーというパラメーターに対して連続的に分布する量子状態もその分布が十分別れていれば必要な範囲だけ積分することで幾つかの離散的な状態として扱えるこのような状態を用いて 0の状態を ψ0 equiv ψg1の状態を ψ1 equiv ψeとすることで量子ビットの状態

Ψ = c0 ψ0 + c1 ψ1 (1315)

として用いることができる

133 演算子演算子 (operator)は波動関数に対する作用素として与えられ本書の前半では区別

のため Aとアクセント記号を付けて記述する本書後半ではたくさんの演算子が登場し見た目が少しごちゃごちゃするのでアクセント記号を省略する読者には後半に進むまでに式の中のどれが演算子かわかるようになっていただきたいオペレーター Aを波動関数に作用させると作用後の新たな波動関数は

Ψprime = AΨ (1316)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 25

となるある物理量Oに対するオペレーターが Oの場合波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =int infin

minusinfinΨlowast(x)OΨ(x)dx (1317)

を用いて求めることができる

14 Dirac表示上記の波動関数及びオペレーターの記述をDirac表示という方法を用いて記述する

この方法は様々な意味で表示が簡素化され直感的にもわかりやすい記述になっていることがすぐに理解できると思うなお以下の議論に本来必要な位置表示などの詳細は付録 Aに記載する波動関数Ψで表される量子状態はDirac表示を用いて

Ψ rarr |Ψ⟩ (141)

と表す英語で括弧のことを braketと呼ぶのにちなんで ketベクトルと呼ばれるこの ketベクトルには相対空間にある braベクトルというベクトルが存在し

Ψlowast rarr ⟨Ψ| (142)

と記されるまた波動関数が複数の量子数 (n lm )で表される場合などはその量子数を用いて

Ψnlm rarr |nlm⟩ (143)

と書かれることが多いこのDirac表示を用いて 2つの量子状態 |Ψ⟩と |Φ⟩の内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dxrarr ⟨Ψ|Φ⟩ (144)

と表示される感の良い読者は気づいたかもしれないが|Ψ⟩や ⟨Ψ|のように braketが閉じていないものはベクトル状態であり閉じているものは内積が取られた数字(スカラー)であるこの便利なDirac表示を用いて量子状態の記述を以下にさらう(多次元空間ベクトルのまとめ式 1139-1144と比較していただきたい)波動関数 |Ψ⟩は線形独立な基底 |ψi⟩を用いて

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

=nsumi=1

ci |ψi⟩ (145)

と記述するこができるまたこの状態に対応した braベクトルは

⟨Ψ| = clowast1 ⟨ψ1|+ clowast2 ⟨ψ2|+ middot middot middot+ clowastn ⟨ψn|

=nsumi=1

clowasti ⟨ψi| (146)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 26

である基底の正規直交化条件および波動関数 |Ψ⟩の規格化条件は各々

⟨ψi|ψj⟩ = δij (147)

⟨Ψ|Ψ⟩ =sumij

ciclowastj ⟨ψj |ψi⟩ =

nsumij=1

ciclowastjδij

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (148)

と非常に簡便に書くことができる同様に演算子の作用もDirac表示で記述できるAの作用を受けた状態 |Ψ⟩は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩ (149)

となり波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =langΨ∣∣∣OΨ

rang= ⟨Ψ| O |Ψ⟩ (1410)

と記述できるもちろん物理量の期待値は数字として出てくるため braketに囲まれた形になっている最後の等号は同じことを表しているが

∣∣∣OΨrangは演算子 Oが |Ψ⟩に作

用した後の状態というニュアンスが明示的に書かれている

15 行列表示Dirac表示に続き状態の行列表示もここで紹介しよう波動関数表示では関数を状態

ベクトルとして捉えていたがベクトルとしては我々に馴染み深い行列の形で量子状態を記述することができるketベクトル |Ψ⟩は通常縦ベクトルとして記述されるこのとき正規直交化された基

底 |ψi⟩を用いると

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

= c1

1

0

0

+ c2

0

1

0

+ middot middot middot+ cn

0

0

1

=

c1

c2

cn

(151)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 27

と表されるこれに対し ⟨Ψ|は |Ψ⟩を横ベクトルにしたものに対して複素共役をとった

⟨Ψ| =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)(152)

と記述される内積は braと ketベクトルをそのまま並べて行列計算ができるように

⟨Ψ|Ψ⟩ =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)c1

c2

cn

(153)

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (154)

となっているまた上記から

langΨ∣∣Ψprimerang =

(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)cprime1cprime2

cprimen

(155)

=nsumi=1

clowasti cprimei =

nsumi=1

(cicprimelowasti )

lowast (156)

=langΨprime∣∣Ψranglowast (157)

である演算子は行列として表され例えば 3つの基底からなる演算子 Aは

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(158)

の形で表され演算子の作用は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩

=

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

c1c2c3

=

c1A11 + c2A12 + c3A13

c1A21 + c2A22 + c3A23

c1A31 + c2A32 + c3A33

(159)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 28

のように記述できるまた式 (152)よりlangΨprime∣∣ (1510)

=(clowast1A

lowast11 + clowast2A

lowast12 + clowast3A

lowast13 clowast1A

lowast21 + clowast2A

lowast22 + clowast3A

lowast23 clowast1A

lowast31 + clowast2A

lowast32 + clowast3A

lowast33

)

=(clowast1 clowast2 clowast3

)Alowast11 Alowast

21 Alowast31

Alowast12 Alowast

22 Alowast31

Alowast13 Alowast

23 Alowast33

= ⟨Ψ| Adagger (1511)

となる最後の行の Adagger = (AT )lowastは後に詳細を示すが行列 AのHermite共役であるまた先述の ⟨Ψ|Ψprime⟩ = ⟨Ψprime|Ψ⟩lowastを用いると

langΦ∣∣Ψprimerang =

langΨprime∣∣Φranglowast (1512)lang

Φ∣∣A∣∣Ψprimerang = ⟨Ψ|Adagger|Φ⟩lowast (1513)

が導かれる量子系の解析では多くの演算子は正方行列として用いられるため演算子のトレース

が定義できる行列のトレースと同じく

Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1514)

と定義される

16 波動関数の主な性質波動関数の主な性質を下記にまとめる先述した ldquo多次元空間でのベクトルと行列の

成分表示rdquoと一対一の対応があるので慣れていなければ一度見返していただきたい

正規直交基底 ⟨ψi|ψj⟩ = δij (161)

波動関数成分 ci = ⟨ψi|Ψ⟩ (162)

波動関数の正規化sumi

|ci|2 = 1 (163)

ノルム norm(Ψ) =

radicsumi

⟨Ψ|Ψ⟩ =radicsum

i

|ci|2 (164)

波動関数の内積 ⟨Ψa|Ψb⟩ =sumi

alowasti bi (165)

波動関数の外積 (|Ψa⟩ ⟨Ψb|)ij = ⟨ψi|Ψa⟩ ⟨Ψb|ψj⟩ = alowasti bj (166)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 29

演算子成分と基底の関係 Aij = ⟨ψi|A|ψj⟩ (167)

積で与えられた演算子の成分 Cij = ⟨ψi|C|ψj⟩

=sumk

⟨ψi|A|ψk⟩ ⟨ψk|B|ψl⟩

=sumk

AikBkl (168)

演算子のHermite共役 Cdaggerij = ⟨ψi|Cdagger|ψj⟩= ⟨ψj |C|ψi⟩lowast

=sumk

⟨ψj |A |ψk⟩⟨ψk| B|ψi⟩lowast =sumk

AlowastjkB

lowastki (169)

トレース Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1610)

完全系 I =sumi

|ψi⟩⟨ψi| (1611)

演算子の作用 cprimei =langψi∣∣Ψprimerang =sum

j

⟨ψi|A|ψj⟩ ⟨ψj |Ψ⟩

=sumj

Aijcj (1612)

上記では |Ψ⟩ =sum

i ci |ψi⟩ |Ψprime⟩ =sum

i cprimei |ψi⟩ C = ABを用いた

17 合成系

図 15 二つの量子ビットの合成系

これまでは単一粒子の状態について考えてきたが異なる粒子を同時に考えたりお互いの粒子が結合している様子を考える場合複数の量子状態を 1つの状態として簡便に記述する必要がある例えば図 15のように 2つの量子ビットがある場合これを 1つの合成系と考えると直積記号otimesを用いて

ψaと ψbの合成系  |ψa⟩ otimes |ψb⟩ (171)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 30

と記述できるこの合成系は下記の線形特性を持っている

α(|ψa⟩ otimes |ψb⟩) = (α |ψa⟩)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes (α |ψb⟩) (172)(|ψa⟩+

∣∣ψprimea

rang)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩+

∣∣ψprimea

rangotimes |ψb⟩ (173)

|ψa⟩ otimes(|ψb⟩+

∣∣ψprimeb

rang)= |ψa⟩ otimes |ψb⟩+ |ψa⟩ otimes

∣∣ψprimeb

rang (174)

また 2つ以上の粒子ψ1 ψ2 middot middot middotψnを扱う場合も

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (175)

と拡張できる記述を簡便にするために

|ψa⟩ otimes |ψb⟩ equiv |ψa⟩ |ψb⟩ equiv |ψ⟩a |ψ⟩b equiv |ψaψb⟩ (176)

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (177)

equiv |ψ1⟩ |ψ2⟩ middot middot middot |ψn⟩ equiv |ψ⟩1 |ψ⟩2 middot middot middot |ψ⟩n equiv |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩ (178)

など文献によって様々な記述がある3つ目の記述方法 |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩は前述した複数の量子数を持つ状態Ψnlm equiv |nlm⟩と混同する場合があるので気をつけていただきたい2つの合成系の状態が正規直交基底 |ψi⟩|ϕi⟩を用いて

|Ψa⟩ = |ψa⟩ |ϕaprime⟩ (179)

|Ψb⟩ = |ψb⟩ |ϕbprime⟩ (1710)

と表されるとき2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ = ⟨ψa|ψb⟩ ⟨ϕaprime |ϕbprime⟩= δabδaprimebprime (1711)

となるつまり個別系の片方でも直交している場合は合成系も直交していることとなるこれを拡張して任意の状態が

|Ψa⟩ =sumij

cij |ψi⟩ |ϕj⟩ (1712)

|Ψb⟩ =sumkl

dkl |ψk⟩ |ϕl⟩ (1713)

と表されるときこの 2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ =sumijkl

clowastijdkl ⟨ψi|ψk⟩ ⟨ϕj |ϕl⟩

=sumijkl

clowastijdklδikδjl

=sumik

clowastiidkk (1714)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 31

となるさて図 15の系を用いて具体的な例を紹介しよう2つの量子状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ (1715)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ (1716)

のように与えられ各々の量子状態 |ψi⟩は規格化されているので1sumi=0

|ai|2 =1sumi=0

alowasti ai = |a0|2 + |a1|2 = 1 (1717)

1sumj=0

|bj |2 =1sumj=0

blowastjbj = |b0|2 + |b1|2 = 1 (1718)

であるこのとき合成系は

|Ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩= (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)= a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩ (1719)

となるここで例えば |01⟩は粒子 aが 0状態 (|0⟩)に粒子 bが 1状態 (|1⟩)にいる状態である先述のように |00⟩|01⟩|10⟩と |11⟩はお互いに直交した状態であるこの合成系の内積は

⟨Ψ|Ψ⟩ = (alowast0blowast0 ⟨00|+ alowast0b

lowast1 ⟨01|+ alowast1b

lowast0 ⟨10|+ alowast1b

lowast1 ⟨11|)

times(a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩)= alowast0a0b

lowast0b0 + alowast0a0b

lowast1b1 + alowast1a1b

lowast0b0 + alowast1a1b

lowast1b1

= (alowast0a0 + alowast1a1)(blowast0b0 + blowast1b1) = (|a0|2 + |a1|2)(|b0|2 + |b1|2) = 1

(1720)

となり合成前の状態 |ψa⟩|ψb⟩が規格化されていれば合成系である |Ψ⟩は自動的に規格化されているのがわかる

171 合成系の演算子図 15のように 2つの量子ビットが十分離れていて各々操作ができる場合当然片方

の操作はもう片方に影響がないつまり量子状態が |ψ⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩で書かれ|ψa⟩|ψb⟩に対応する演算子が ABの場合合成系に作用する演算子は

Aotimes B (1721)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 32

と記述されその作用は

(Aotimes B) |ψ⟩ = (Aotimes B) |ψa⟩ otimes |ψb⟩= A |ψa⟩ otimes B |ψb⟩ (1722)

となる合成系のうち |ψa⟩にだけ Aを作用させるときは図 16のように片方だけ演算子が作用し合成系には Aotimes I が作用される合成系の演算子 Aotimes BのHermite共役

図 16 二つの量子ビットの合成系

もしばしば必要となるが(Aotimes B)dagger = Adagger otimes Bdagger (1723)

となり基本的には各々が独立しているのがわかる

172 合成系の行列表示合成系の演算も行列表示を用いると簡便なことが多い先述のように 2つの量子ビッ

トの状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ =

(a0

a1

)(1724)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ =

(b0

b1

)(1725)

である場合合成系 |ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩は行列表示を用いて

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 33

|ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩

=

(a0

a1

)otimes

(b0

b1

)

=

a0

(b0

b1

)

a1

(b0

b1

)

=

a0b0

a0b1

a1b0

a1b1

(1726)

と「入れ子」の形で記述される同様に |ψa⟩に作用する Xaと ψbに作用する Zbが各々

Xa =

(0 1

1 0

)(1727)

Zb =

(1 0

0 minus1

)(1728)

とある場合合成系の演算子は

Xa otimes Zb =

0 middot

(1 0

0 minus1

)1 middot

(1 0

0 minus1

)

1 middot

(1 0

0 minus1

)0 middot

(1 0

0 minus1

) =

0 0 1 0

0 0 0 minus1

1 0 0 0

0 minus1 0 0

(1729)

と同じく入れ子の形で記述される当然入れ子の順番を間違えると変な行列ができてしまうので気をつけていただきたい

173 量子もつれ状態先程の例は 2つの個別粒子の量子状態を直積の形で表したが直積では記述できない

ような混合系の量子状態が存在する例えば

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1730)

と言う状態を考えたときこの状態は直積状態として |ψa⟩ otimes |ψb⟩の形で記述できない直積で記述できる具体的な例として |Ψ⟩ = |00⟩+ |01⟩は

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |01⟩) = |0⟩ otimes 1radic

2(|0⟩+ |1⟩) (1731)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 34

のように直積で記述できる式 (1730)ように直積で表せない状態を量子もつれ状態 (Entanglement State)(も

しくはもつれ状態もつれ合い状態)とよび量子情報では非常に重要な状態である2つの量子ビットで頻繁に用いられるもつれ合い状態として以下の 4つのベル状態とよばれるものがある

|Φ+⟩ =1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1732)

|Φminus⟩ =1radic2(|00⟩ minus |11⟩) (1733)

|Ψ+⟩ =1radic2(|01⟩+ |10⟩) (1734)

|Ψminus⟩ =1radic2(|01⟩ minus |10⟩) (1735)

式 (1730)の例はベル状態の 1つであることがわかるこのもつれ合い状態例えば|Φ+⟩ = 1radic

2(|00⟩+ |11⟩)は測定した場合50の確率で |00⟩か |11⟩に確定する

図 17 ベル状態の測定

これはよく考えるととても不思議である例えば |Φ+⟩にある状態の 2個の量子ビットのうち 1個めを自分がもう 1つのを友人に渡した後その友人は月まで行ってしまったとするある日自分が思いつきで自分の量子ビットを測定したとき |1⟩が観測されたこの瞬間状態は |11⟩だということが確定するので友人が持っている量子ビットが |1⟩だということが自分にはわかるそれはまるで月までいる友人の量子ビットの状態の情報がこちらに一瞬で飛んで来たようであるちなみに 2人が前述した|ψa⟩ |ψb⟩ = (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)のような直積で記述できる状態を持っていると例えば私が自分の状態が |1⟩だとわかっても月の友人の状態は |0⟩か |1⟩かわからないもつれ合い状態から生まれるこの不思議な相関(2つの粒子の関係性)は量子相

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 35

関とよばれ量子状態でのみ起きる古典的には無い相関であるこの量子相関が量子情報処理などではそのパワーの重要な源として上げられるためとても重要な概念である

174 しばしば使われる量子状態の記述

図 18 離散的な量子状態の記法の例

表 11 物理状態のよくある記述

物理系 状態 表記原子 基底状態 |g⟩

励起状態 |e⟩さらに上の励起状態 |f⟩ |h⟩ middot middot middot

量子ビット 0状態 |0⟩1状態 |1⟩

調和振動子 n状態 (0 1 2 middot middot middot n) |0⟩ |1⟩ |2⟩ middot middot middot |n⟩光子 縦偏光 |⟩

横偏光 |harr⟩斜め右偏光 |⟩斜め左偏光 |⟩

その他 補助準位 |a⟩

本書では様々な量子状態を扱うが主に二準位系と調和振動子の状態を扱っていく二準位系の代表として量子ビットがあるが|0⟩と |1⟩を用いてその状態を表せるまた調和振動子はその粒子数から |n⟩と言う状態で記述することができるしかし実験的には例えば原子などエネルギー状態を扱う場合図 18(a)のように基底状態は |g⟩励

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 36

起状態は |e⟩さらに実験的補助準位として用いられるさらに上の状態は |f⟩|h⟩ middotと表記されることが多いまた様々な量子系でこれらの補助準位 (auxiliary state もしくはancillary state)として |a⟩が用いられることがしばしばあるまた光子ではその偏光状態を用いた状態記述など扱う量子系によって同じ二準位系や調和振動子を扱いながらも直感的にわかりやすい記述が各々の系で用いられることが多い本書でも扱う代表的な状態表記を表 11にまとめる

18 固有ベクトルと固有値量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には演算子に付随する固有値

と固有ベクトルというものが存在する演算子 Aが状態 |ψ⟩に作用し

A |ψ⟩ = a |ψ⟩ (181)

となるときaを演算子 Aの固有値そして |ψ⟩は固有値 aに対応する固有ベクトルとよぶ任意の演算子 Aの固有値は特性関数

c(λ) equiv det |Aminus λI| = 0 (182)

の解 λとして計算できるこのとき I は単位行列を表す特性関数の式を見るとわかるが固有値 λは複数存在できるが代数学からの帰結と

して少なくとも 1つの固有値またそれに対応する固有ベクトルが任意の演算子には存在することが知られている後に詳細を述べる重要な演算してとして物理量の演算子がある例えば運動量の演算子 pを運動量の固有状態である波動関数 |Ψp⟩に作用させると

p |Ψp⟩ = p |Ψp⟩ (183)

となり運動量 pが固有値として導けるある演算子に複数の固有値 λiが存在しそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩が正規直

交化できる場合

A =nsumi

λi |ψi⟩ ⟨ψi|

=

λ1

λ2

λn

(184)

と記述できる場合があるこのとき行列の非対角項は全て 0であるこの表現を演算子の対角表現とよび対角化できる演算子のことを対角化可能な演算子とよぶ対角化された演算子の重要性は様々あり計算が簡単なことや固有状態との対応がわかりやすいなどある他にも後に述べる状態の量子測定などに便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 37

19 演算子の種類量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には様々なものがあるが演算

子の特徴により分類分けができるここでは後に重要となるHermiteユニタリーそして正の演算子の定義とそれらが量子力学においてどのような性質を持つかを述べる

191 Hermite演算子任意の演算子 Aに対してHermite共役演算子 Hdaggerは波動関数の内積を用いてlang

ϕ∣∣∣Hψrang =

intψlowastHϕdx =

intψ(Hdaggerϕ)lowastdx =

langHdaggerϕ

∣∣∣ψrang (191)

を満たす演算子と定義できる行列を用いた表現だと Hdaggerは非常に簡単に求めることができ

Hdagger = (HT )lowast (192)

と表されるこのとき HT は行列 Hの転置つまりもとの行列 Hの転置と複素共役を取れば Hermite共役演算子が導けるまた行列表示を用いると以下の Hermite共役演算子の特徴が簡単に導ける

(Hdagger)dagger = (((HT )lowast)T )lowast = (HT )T = H (193)

(cH)dagger = clowastHdagger (194)

(H1 + H2)dagger = H1

dagger+ H2

dagger(195)

(H1H2)dagger = H2

daggerH1

dagger(196)

ある演算子 H のHermite共役演算子が Hdaggerが元の演算子と同じ場合つまり

Hdagger = H (197)

のときH は Hermite演算子とよばれるHermite演算子は波動関数の内積に関して以下の特徴をもつ lang

ψ∣∣∣Hϕrang =

langHψ

∣∣∣ϕrang (198)

Hermite演算子は物理量と密接に結びついており我々が測定する物理量に対応する演算子は全てHermite演算子である測定される物理量はその性質上全て実数でなければならないためもちろん期待値

も実数になるはずである以下では逆証明になるがHermite演算子の期待値や固有値は実数になることを示すHermite演算子 H の期待値の複素共役を取ると

⟨H⟩lowast =langΨ∣∣∣HΨ

ranglowast=langHΨ

∣∣∣Ψrang =langΨ∣∣∣HΨ

rang= ⟨H⟩ (199)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 38

演算子 Hの期待値と同じになるつまりこれは期待値が実数であることを表しているまた同様にHermite演算子の固有値 λiとそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩があるとき ⟨H⟩lowastは

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (λi ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λlowasti (1910)

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (langHψi∣∣∣ψirang)lowast (1911)

= (λlowasti ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λi (1912)

と 2つの答えが出るがこれを満たす固有値 λi は実数でなければならないつまりHermite演算子は必ずその固有値が実数になり全ての物理量はHermite演算子で記述される

192 射影演算子Hermite演算子の中でも重要な演算子が射影演算子であるある任意の状態 |Ψ⟩があ

りこの状態を基底 |ψi⟩ equiv |i⟩で展開すると|Ψ⟩ =

sumi

ci |i⟩ (1913)

となるときこの状態 |Ψ⟩を基底 |ψm⟩ equiv |m⟩に射影する演算子は

|m⟩⟨m| (1914)

と書かれ射影後の状態 |Ψ⟩は|m⟩ ⟨m|Ψ⟩ =

sumi

ci |m⟩ ⟨m|i⟩ = cm |m⟩ (1915)

となり基底 |m⟩と射影成分 cm = ⟨m|Ψ⟩で表されるベクトル空間を張る正規直交基底 (|j⟩)の射影演算子の和 P は

P =sumj

|j⟩⟨j| =sumj

|ψj⟩⟨ψj | = I (1916)

となるこの性質は非常に使いやすい例えばある波動関数 |Φ⟩が先述とは異なる基底|ϕi⟩を用いて

|Φ⟩ =sumi

di |ϕi⟩ (1917)

のように記述されている場合式 (1916)を用いて|Ψ⟩ =

sumi

diI |ϕi⟩ (1918)

=sumij

di |ψj⟩ ⟨ψj |ϕi⟩ (1919)

=sumj

djαji |ψj⟩ (1920)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 39

のように簡単に基底変換つまり任意の基底に書き換えることができるこのときαji =

⟨ψj |ϕi⟩である

193 ユニタリー演算子ある演算子 U が

U daggerU = I (1921)

を満たすときU はユニタリー演算子とよばれる任意の状態ベクトル |ψ⟩と |ϕ⟩に演算子 U を作用させたとき (|ψ⟩ |ϕ⟩ rarr U |ψ⟩ equiv |α⟩ U |ϕ⟩ equiv |β⟩)この 2つの状態ベクトルの内積は

⟨α|β⟩ = ⟨ψ| U daggerU |ϕ⟩= ⟨ψ|ϕ⟩ (1922)

となり内積が保存されていることがわかる後に詳細を述べるが閉じた量子系における時間発展は全てユニタリー演算子を用いた変換ユニタリー変換によって記述できるまた式(1921)は Uminus1 = U daggerつまり全てのユニタリー演算子には逆演算子が存在すると言う意味であるこれは物理的に言うと全てのユニタリー演算子で行える操作は可逆操作であることを表す量子情報のコンテクストでは全ての操作を損失なく可逆に行えるようにするのが理想であるそのためしばしば「理想の量子的な操作」と言う意味で「ユニタリーな操作」と言われることがある

194 Pauli行列量子操作に重要な演算子として Pauli演算子があるPauli行列とも呼ばれるこの演

算子は後に述べるスピン-12の角運動量を記述するのにのに用いられるほか物理全般で頻繁に使われるため是非覚えていただきたい   Pauli演算子の表記には幾つかの異なる方法があるが一般的に

σ0 equiv I equiv

(1 0

0 1

)(1923)

σ1 equiv σx equiv X equiv

(0 1

1 0

)(1924)

σ2 equiv σy equiv Y equiv

(0 minusii 0

)(1925)

σ3 equiv σz equiv Z equiv

(1 0

0 minus1

)(1926)

このどれかで記述される

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 40

Pauli演算子は全て

σdaggeri = σi (1927)

σdaggeriσi = I (1928)

なのでHermiteでありユニタリーな演算子であるまた

σ21 = σ22 = σ23 = minusiσ1σ2σ3 = I (1929)

を満たす後に示すBloch球を用いた二準位系の記述ではPauli演算子の指数演算子がBloch球

上での回転演算子 Ri(θ)が導けるA2 = I の演算子には

eiθA = cos θI + i sin θA (1930)

が使えるので

Rx(θ) equiv eminusiθ2X =

(cos θ2 minusi sin θ

2

minusi sin θ2 cos θ2

)(1931)

Ry(θ) equiv eminusiθ2Y =

(cos θ2 minus sin θ

2

sin θ2 cos θ2

)(1932)

Rz(θ) equiv eminusiθ2Z =

(eminusiθ2 0

0 eiθ2

)(1933)

となるRi(θ)は i軸に対して θの回転を施す演算子となっている

195 演算子関数演算子 Aが関数の形 f(A)を取って出てくることがしばしばあるTaylor展開で任意

の関数 f(x)がf(x) = f(0) + f prime(0)x+ middot middot middot 1

nf (n)(0)xn + middot middot middot (1934)

と書けるのと同様に演算子の関数は

f(A) = f(0)I + f prime(0)A+ middot middot middot 1nf (n)(0)An + middot middot middot (1935)

と定義されるこのとき An = A middot middot middot Aと n個の演算子 Aの積である特に重要なのは演算子の指数関数で以下のように表される

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot (1936)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 41

上記の計算は面倒な時もあるが幾つかの特別な場合に演算子関数は簡単に導ける例えば関数 f(x) =

suminfini=0 cix

iのような多項式の場合

f(A) =

infinsumi=0

ciAi (1937)

であるこのとき |ψn⟩が Aの固有ベクトルの 1つでその固有値が anであるとすると

Ai |ψn⟩ = (an)i |ψn⟩ (1938)

rArr f(A) |ψn⟩ = f(an) |ψn⟩ (1939)

となるこの例と類似したもので重要なのが Aが対角化されているときである例えば

A =

A1

A2

A3

(1940)

とすると(省略している非対角要素は全て 0である)

An =

An1 An2An3

(1941)

となるため

f(A) =

f(A1)

f(A2)

f(A3)

(1942)

となるのがわかる後に詳細を述べるユニタリー演算子などではeAのような演算子の指数関数が頻繁

に出てくる下記に指数関数演算子の便利な公式を記すBaker-Hausdorff identity

eαABeminusαA = B + α[A B

]+α2

2

[A[A B

]]+ middot middot middot (1943)

Glauberrsquos formula

eAeB = eA+Be12 [AB] (1944)

110 密度演算子ここまでは量子状態を ketベクトル |ψ⟩で表してきたこの表し方によればその

基底の張る複素ベクトル空間の元としての重ね合わせ状態や基底のテンソル積により

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 42

張られる拡大された複素ベクトル空間における合成系の量子状態の記述が可能になる例えば Stern-Gerlachの実験のセットアップで単一の上向きスピンの電子を入射させたときの電子の量子状態の時間発展はこの電子の量子状態 |uarr⟩に対する Schrodinger方程式を解析することで得られるのであるこのように ketベクトルで書き表せるような量子状態を純粋状態という現実的には例えばタングステン線などからでる熱電子のうち単一の電子をもしも取

り出せたとしてそれが上向きスピンであるか下向きスピンであるかは五分五分であるこのようなときにはどういう量子状態になっているだろうかもしも ketベクトルで表したいならば上向きスピンと下向きスピンの重ね合わせ状態として表現することになるだろうしかしこのように重ね合わせ状態として書き表せるならばどこかの方向についてみればスピンの向きが確定しているはずである現実には熱電子はどの方向で見てもスピンの向きが確定していないように統計的にばらついているものであるため重ね合わせ状態を含めた純粋状態はこのような単一の熱電子の量子状態を正しく表せないより一般的な量子状態としてある一定の確率でとある純粋状態に見出されるという

ようなものを考えようただし異なる純粋状態の間には重ね合わせ状態のように位相関係が定まってなくてもよいという点で単なる重ね合わせ状態よりも広範な量子状態に対応できるこのような量子状態を混合状態といい熱電子の量子状態をよく表すものである具体的に混合状態をどのように表記するかを以下に導入するまず電子の上向きスピン |uarr⟩ = |ψ1⟩と下向きスピン |darr⟩ = |ψ2⟩がそれぞれ統計的な確

率 p1p2で混合したようなものを考えるこのような混合状態に対し実験で観測される物理量O(例えばスピンの z成分など)の期待値を考えたい純粋状態 |ψ⟩に対する期待値は ⟨ψ|O |ψ⟩であるがこれをのちの便宜を図るため完全系 |m⟩を挿入して⟨ψ|O |ψ⟩ =

summn ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψ⟩ =

summn ⟨n|ψ⟩ ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ = Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|O]

とトレースを用いた形に変形できることを示しておくさて混合状態に対する期待値は統計的に混合される各純粋状態に対する期待値を用いて

⟨O⟩ = p1 ⟨ψ1|O |ψ1⟩+ p2 ⟨ψ2|O |ψ2⟩ =sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1101)

と書けるこれを純粋状態の時同様トレースを用いた形に変形していくと⟨O⟩ =

sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1102)

=summn

sumi

pi ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψi⟩ (1103)

=summn

sumi

pi ⟨n|ψi⟩ ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ (1104)

= Tr

[sumi

pi |ψi⟩ ⟨ψi|O

](1105)

となるつまり純粋状態における物理量の計算に現れた |ψ⟩ ⟨ψ| が混合状態ではsumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|に置き換わるもっと言えばある pi のみ 1でほかがすべて 0の場合

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 43

として混合状態における結果は純粋状態のものを含む形にできているこの量 ρ =sumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|はその意味で量子状態の記述の自然な拡張になっており密度行列あるい

は密度演算子という名前が与えられているここで出てくる統計的な混合の重み pi ge 0

は重ね合わせ状態の各係数のような量子的な確率(振幅)とは本質的に異なるものであることに十分注意したい

1101 混合状態の例先ほどの熱電子のスピン状態の例でいえばこれは上向きスピンと下向きスピンの量

子状態が統計的に等確率で混合されたものであるからその密度演算子は ρ = (|uarr⟩ ⟨uarr|+|darr⟩ ⟨darr|)2と書ける電子スピンに関しては |uarr⟩と |darr⟩で完全系をなすから ρ = I2となるこれは単一のスピン 12系に関する完全混合状態と呼ばれるものであるもうひとつの例として調和振動子の熱的状態というものもある調和振動子はのちに

解説するように量子化された振動が ldquo何個rdquoあるかによって量子状態を指定できるのだが熱的状態はその個数状態 |n⟩がBoltzmann分布に従って統計的に混合されている具体的に書き下せば熱的状態の調和振動子の密度演算子 ρthは

ρth =infinsumn=0

eminusnhωkBT (1minus eminushωkBT ) |n⟩ ⟨n| (1106)

と書ける上式に出てきた hωkBT はそれぞれ Planck定数を 2πで除したもの調和振動子の固有角周波数Boltzmann定数熱的状態の温度である

1102 密度演算子の一般的性質ここでは密度演算子 ρの一般的な性質をみていこうまず密度演算子のトレースは

常に 1であるTr [ρ] = 1これは統計的な混合確率に関してsumi pi = 1が成り立つことから直ちに導かれるまたこれより密度演算子が Hermite演算子であることも言える密度演算子は半正定値つまり任意の |ϕ⟩に対して ⟨ϕ| ρ |ϕ⟩ ge 0が成立するこれは pi ge 0よりいえることでありさらにこれより密度演算子の固有値が非負値であることがわかる特に純粋状態についてはある基底で密度演算子を行列表現したときの対角成分は対応する量子状態の占有確率に一致するまた純粋状態に対しては ρ2 = ρ

が成立する一般の密度演算子に対しては Tr[ρ2]le 1であるのだが純粋状態のとき

のみTr[ρ2]= Tr [ρ] = 1となるためTr

[ρ2]を purityといって純粋状態と混合状態を

見分ける量と見なすことができるまた前節で計算したようにある物理量 Oの期待値は Tr [ρO]により与えられる

1103 合成系の密度演算子とその縮約独立に用意した二つの量子系がありその密度演算子が ρ1ρ2と書けるとしようこ

れら二つの量子系の合成系の密度演算子 ρは分離可能な純粋状態であれば ketベクト

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 44

ルのテンソル積によって定義することができた一般に混合状態まで考えるとしてもテンソル積を braベクトルと ketベクトル両方について考え統計的な重みをつけて足すだけで結局分離可能状態であれば ρ = ρ1 otimes ρ2と書くことができるこのようにして用意した合成系をHamiltonianに従って発展させその後の各量子系

の最終的な状態を知りたいとしようただしρ2が多自由度系すなわち多数のスピンや調和振動子の集まりからなる系の密度演算子で全体の密度演算子の測定による再構成が極めて困難である場合を考えるこのようなときには興味のある量子系のみを考えるほかないではρ2の情報がないまま注目している系に関する情報を得ようとするのはどういった操作に対応するだろうか密度演算子 ρ1ρ2の系を記述する完全系をそれぞれ |k1⟩ k1 = 0 1 2 3 middot middot middotK1|k2⟩ k2 = 0 1 2 3 middot middot middotK2としよう時間発展後の合成系の密度演算子 ρprimeで注目している系の物理量Oの期待値を評価すると

⟨O⟩ = Tr12[ρprimeO] 

=sumk1k2

⟨k1| otimes ⟨k2| ρprimeO |k1⟩ otimes |k2⟩

=sumk1

⟨k1|

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O |k1⟩

= Tr1

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O

= Tr1

[(Tr2ρ

prime)O]= Tr1

[ρprime1O

](1107)

であるここで添え字付きのトレース操作は ρ1と ρ2の系のどちらかあるいはどちらについてもトレースを取ることを意味している片方の系のみについてのトレース操作を部分トレースともいう最終的な表式を見るとρprime1 = Tr2ρ

primeという情報を得られない系に関してのみトレースをとった縮約密度演算子が時間発展後の ρ1系の密度演算子であると思うことにすればこれによって演算子Oの期待値を評価した形になっているこのように合成系の部分系のみの物理量を測定するときには縮約密度演算子が用いられるここでひとつ注意しておかねばならないのは時間発展後の密度演算子 ρprimeが必ずし

も ρprime = Tr2ρprime otimesTr1ρ

primeのようには書けないという点である逆に言えばそのように書くことができるのは ρprimeが分離可能状態であるときだけであり合成系の各部分系の間に量子もつれが生じている場合には片方の系に関する部分トレース操作はもう片方の系に関する情報の喪失を招く例えば ρ1系が量子ビットρ2系が調和振動子の集まりであり量子ビット系が調和振動子の集団と相互作用しているような場合には時間発展後には量子ビット系と調和振動子の集団のあいだに極めて複雑な量子もつれ状態が形成され量子ビットの状態がコヒーレンスを失ってしまう

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 45

111 交換子と反交換子量子力学では複数の演算子が可換性が重要となってくるが演算子の交換子と反交換

子は各々 [A B

]equiv AB minus BA (1111)

A B

equiv AB + BA (1112)

と定義される 交換子は特に量子力学では重要となってくるが[A B

]= 0(AB = BA)

のとき Aと Bは可換であり[A B

]= 0(AB = BA)のとき Aと Bは非可換である

という1つの重要な帰結として物理量ABの演算子が可換なとき

1111 Heisenbergの不確定性原理上記の交換関係を用いて一般化された不確定性原理を導くことが出来るある物理

量Aがあるとき古典的なAの平均 ⟨A⟩不確かさ∆A分散 σAはそれぞれ

⟨A⟩ =1

n

nsumi

Ai (1113)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1114)

σ2A =lang(∆A)2

rang=lang(Aminus ⟨A⟩)2

rang(1115)

と定義される同様に量子系ではそれぞれ

⟨A⟩ = ⟨Ψ|A|Ψ⟩ (1116)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1117)

σ2A = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)2 |Ψ⟩=

lang(Aminus ⟨A⟩)Ψ

∣∣∣(Aminus ⟨A⟩)Ψrang

(1118)

と与えられる最後の行では全ての物理量がHermite演算子で表されることを用いた2つの物理量ABがあるとき

|a⟩ equiv (Aminus ⟨A⟩) |Ψ⟩ (1119)

|b⟩ equiv (B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩ (11110)

と定義すると

σ2A = ⟨a|a⟩ (11111)

σ2B = ⟨b|b⟩ (11112)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 46

でありシュワルツの不等式を用いてσ2Aσ

2B = ⟨a|a⟩ ⟨b|b⟩ ge | ⟨a|b⟩ |2 (11113)

と書けるさらに ⟨a|b⟩ = α+ iβと実部と虚部に分けると

| ⟨a|b⟩ |2 = α2 + β2 ge β2 =

(⟨a|b⟩ minus ⟨a|b⟩

2i

)2

(11114)

が導かれるここで⟨a|b⟩ = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)(B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩

= ⟨Ψ| (AB minus ⟨A⟩ B minus ⟨B⟩ A+ ⟨A⟩ ⟨B⟩) |Ψ⟩= ⟨AB⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11115)

となり同様に⟨b|a⟩ = ⟨BA⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11116)

となるので⟨a|b⟩ minus ⟨b|a⟩ = ⟨AB⟩ minus ⟨BA⟩ =

lang[A B

]rang(11117)

がえられる最後に式 (11113-1111)をまとめると

σ2Aσ2B ge

(1

2i

lang[A B

]rang)2

(11118)

となるこれは一般化された Heisenbergの不確定性原理を物理量の演算子 Aと Bの交換子で記述したものであるよく知られている交換関係 [x p] = ihを用いると有名な位置と運動量の不確定性原理

σ2xσ2p ge

(h

2

)2

(11119)

σxσp geh

2(11120)

が導かれる他の例としてスピンの交換関係を考えてみるスピン-12のスピン演算子 SiはPauli

演算子 σiを用いてSi =

h

2σi (11121)

と書かれ交換関係は[Si Sj ] = ihϵijkSk (11122)

であるこのとき ϵijkは Levi-Civita記号とよばれ

ϵijk =

0 for i=j j=k or k=i

+1 for (ijk) in (123)(231)(312)

minus1 for (ijk) in (132)(321)(213)

(11123)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 47

の値を取るi = x j = y k = zのとき

SxSy ge ihSz (11124)

σSxσSy ge h

2

langSz

rang(11125)

となる量子ビットは |0⟩と |1⟩の 2次元の自由度を持つがこれはスピン-12の |uarr⟩と |darr⟩と基

本的には同じため量子ビットは ldquo擬スピンrdquoともよばれる後に詳細を述べるがBloch

球を使うと量子ビットの状態を原点から直径 1の球面上に向かう矢印で示すことが出来る詳しくは節を参照していただきたい

48

第2章 量子力学の基礎

21 時間発展211 時間に依存しない Schrodinger方程式Schrodinger方程式は通常

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (211)

と書かれるがポテンシャル V (x)は時間に依存しないときが多いこのとき変数分離を用いて波動関数を時間と空間の関数に分けてΨ(x t) = ψ(x)φ(t)と記述できるこのとき各々の波動関数の満たす Schrodinger方程式は空間と時間の式

minus h2

2m

part2ψ(x t)

partx2+ V ψ(x t) = Eψ (212)

dt= minus iE

hφ (213)

に分けられる式 (213)よりφ(t) = eminusiEth (214)

が導け波動関数Ψ(x t)はΨ(x t) = ψ(x)eminusiEth (215)

となる系の Hamiltonianがエネルギー固有状態 ψn(x)と対応するエネルギー固有値Enを持つとき系の任意の状態は

Ψ(x t) =sumn

cnψn(x)eminusiEnth (216)

となりその時間発展は各々の固有状態の位相が回る形となる量子ビットはエネルギー固有状態を用いられる場合が多くあり基底状態 |0⟩と励起

状態 |1⟩が各々対応するエネルギー E0 = 0E1 = hωをもつとき量子ビットの時間発展は

|Ψ(t)⟩ = c0 |0⟩+ c1eminusihωth |1⟩ (217)

と記述され基底状態に対し励起状態の位相が状態間のエネルギー差 ωに比例して回転する

第 2章 量子力学の基礎 49

212 ユニタリー演算子を用いた時間発展量子状態 |Ψ⟩の時間発展は Schrodinger方程式によって

ihpart

partt|Ψ⟩ = H |Ψ⟩ (218)

のように記述されこの方程式を満たす |Ψ⟩を解くことで波動関数を導くことが出来るここでは別の方法時間発展をユニタリーな時間発展演算子として記述することで任意の時間 tにおける波動関数を求める我々は古典情報処理で離散的なデジタル論理ゲート(AND XORなど)を逐次実行する事により計算を進めていく方法を知っているが時間発展演算子自体を 1つのゲートとしても考えることができ量子情報の枠組みでは非常に便利である初期時刻 t = 0における波動関数 |ψ0⟩が時間発展演算子 ˆU(t)により |ψ(t)⟩に時間

発展したとする|ψ(t)⟩ = U(t) |ψ0⟩ (219)

この時間発展演算子 U(t)自体の時間変化は

ihpartU(t)

partt= HU(t) (2110)

なので積分すると時間発展演算子 ˆU(t)は

U(t) = U0eminusiHth

= eminusiHth (2111)

と求めることができるがこのとき H は時間に依らないものとした一般的に時間に依存するHamiltonianH = H(t)でもこの方法は少し変化した形で扱えるがここでは簡単のために時間変化のないHamiltonianを取り扱う最後の行では基準となる t = 0

のときにはまだ時間変化が無いので U0 = I とした この時間発展演算子 U(t)を用いて波動関数 |ψ(t)⟩の任意の時間 t1から t2への時間発展は

|ψ(t2)⟩ = U(t2 minus t1) |ψ(t1)⟩ = eminusiH(t2minust1)h |ψ(t1)⟩ (2112)

と記述することができる後に Bloch球という量子ビットの状態空間を扱うがここで Bloch球上の量子状態

は回転行列 Rx(θ) = eminusiθ2X(これはX 軸に対して θの回転)などを用いて Bloch球上

での回転操作を行うことができることを示す実験的には上記の U(t)を見ると系のHamiltonianH に X Y Z などの行列が入っていると例えば H = hαX であればU(t) = eminusiαXtとなり時間発展により量子ビットをX軸に対して任意の角度 θ = 2αt回転させられることがわかる

第 2章 量子力学の基礎 50

213 3つの描像時間発展を記述するユニタリー演算子 U(t)を用いて量子状態の時間変化を見てきた

が通常我々が実験で測定できるものは波動関数自体ではなく何らかの物理量である波動関数が時間に対して変化するとともに物理量Aの期待値も

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ(t)| A |ψ(t)⟩= ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩ (2113)

と変化する上記の物理量の時間変化を状態や演算子の変化として考えるが主に 3

つの描像(もしくは立場)が存在する以下では Schrodinger描像Heisenberg描像Dirac描像の 3つの描像を紹介するが表記が複雑になりやすいため

|ψ0⟩ 時間に依存しない初期状態A0 時間に依存しない初期演算子

AS |ψ⟩S Schrodinger描像の演算子と状態AH |ψ⟩H Heisenberg描像の演算子と状態AI |ψ⟩I Dirac描像の演算子と状態

を用いて表記する

Schrodinger描像

これまでの説明では初期波動関数 ψ0が時間的に変化し物理量の演算子 Aは時間に依らないという立場で考えてきた波動関数は

d |ψ(t)⟩dt

= minus i

hH |ψ(t)⟩ (2114)

の形で時間発展するこの描像のことを Schrodinger描像とよび状態と演算子はそれぞれ

|ψ⟩S = |ψ(t)⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ (2115)

AS = A0 (2116)

という形をとり波動関数だけが時間発展する

第 2章 量子力学の基礎 51

Heisenberg描像

Heisenberg描像では式 (2113)を

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| A(t) |ψ0⟩ (2117)

のように状態 ψ0は変化せず演算子が時間変化するという立場を取るこのとき

A(t) = eiHthAeminusiHth (2118)

であるHeisenberg描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩H = |ψ0⟩ (2119)

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2120)

という形をとり演算子だけが時間発展するここで感の良い読者は「演算子が時間により変化するのであればHamiltonian自

体も時間変化を起こすのでHamiltonianを含む式 (2120)はもっと複雑になるはずだ」という指摘が出るかもしれない実際Hamiltonianの時間発展は

HH = eiHthHeminusiHth (2121)

と記述され時間変化があるように思えるが式 (1936)

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot

でみたようにeiHthは H の多項式で表せるため H と可換であり

HH = eiHthHeminusiHth = H (2122)

となるためHamiltonianは時間変化しない

Dirac描像

Dirac描像は相互作用描像とも言われるがSchrodinger描像とHeisenberg描像の合わせ技のような描像になっているこの描像では定常的な HamiltonianH0にさらなるHamiltonianV が加わった

H = H0 + V (2123)

のようなHamiltonianを考える

第 2章 量子力学の基礎 52

これは物理系の操作を考える時に特に重要である例えば水素原子の電子状態を外部から電場を加えて操作するとしよう水素原子の核は外場 0の状態でも電子に影響を与えているので定常的であり水素原子のHamiltonianが H0となってそこに加える電場のHamiltonianが V で書けるようになるつまり常に影響を与えているHamiltonian

を H0に 我々の操作で用いる部分だけを V に押し込めて記述できるので便利である式 (2113)は

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| ei(H0+V )thAeminusi(H0+V )th |ψ0⟩= ⟨ψ0| eiV th middot eiH0thAeminusiH0th middot eminusiV th |ψ0⟩= ⟨ψ(t)| A(t) |ψ(t)⟩ (2124)

となり状態も演算子もともに時間変化するという立場を取るこのとき時間変化の形が状態と演算子で異なり各々V と H0に対する時間変化

|ψ(t)⟩ = eminusiV th |ψ0⟩ (2125)

A(t) = eiH0thAeminusiH0th (2126)

として記述されることに注意するDirac描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩I = |ψ(t)⟩I = eminusiV th |ψ0⟩ = eiH0theminusi(H0+V )th |ψ0⟩= eiH0th |ψ⟩S (2127)

AI = AI(t) = eiH0thAeminusiH0th (2128)

という形をとり状態も演算子もともに時間発展する状態の記述では式 (2115)の |ψ⟩S =

eminusiHth |ψ0⟩を用いた下付きの I は相互作用 (Interaction)に由来するDirac描像では演算子も時間発展するので先程のようにHamiltonianH = H0 + V の

時間発展を確認しておこう

H0I = eiH0thH0eminusiH0th = H0 (2129)

VI = eiH0thV eminusiH0th (2130)

定常的な HamiltonianH0 は時間変化が無いままだがVI は HamiltonianH0 の影響を受けて時間変化するここでDirac描像で書かれた状態の時間発展を考える|ψ⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ならびに

|ψ⟩I = eiH0th |ψ⟩S をもちいるとd |ψ⟩Idt

=i

hH0 |ψ⟩I + eiH0th

d |ψ⟩Sdt

=i

heiH0thH0e

minusiH0th |ψ⟩I minusi

heiH0thHeminusiH0th |ψ⟩I

= minus i

heiH0thV eminusiH0th = minus i

hVI |ψ⟩I (2131)

第 2章 量子力学の基礎 53

すなわちd |ψ⟩Idt

= minus i

hVI |ψ⟩I (2132)

と書ける

214 Heisenbergの運動方程式Heisenberg描像では

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2133)

となり演算子が時間発展していくがこれを具体的に記述すると

dAH(t)

dt=

iH

hHeiHthA0e

minusiHth minus eiHthA0iH

heminusiHth +

partA

partt

=i

hHeiHth

[H A

]eminusiHth +

partA

partt(2134)

となりdA(t)

dt=i

h

[H A(t)

]+partA(t)

partt(2135)

が得られるこの式をHeisenbergの運動方程式とよびSchrodinger方程式が波動関数の時間発展つまり系の発展を表すようにHeisenberg描像では系の発展が演算子の時間発展で記述されるここで partA(t)

partt は Aが明示的に時間に依存する時だけ入る項である

22 回転系へのユニタリ変換量子系のダイナミクスをある周波数で回転する系で解析するのが望ましい場面がた

いへん頻繁にある駆動周波数 ωdで回転する回転系へのユニタリ変換は相互作用のない系のHamiltonian Hを用いたユニタリ演算子U(t) = exp[i(H(ωd)h)t]により定まるがこのとき状態ベクトル |ψ⟩は |ϕ⟩ = U(t) |ψ⟩という変換を受けるこれによってSchrodinger方程式は

ihd|ϕ⟩dt

= ihdU

dt|ψ⟩+ ihU

d|ψ⟩dt

= ihU |ψ⟩+ UH |ψ⟩= ihUU dagger |ϕ⟩+ UHU dagger |ϕ⟩= (UHU dagger minus ihUU dagger) |ϕ⟩ (221)

第 2章 量子力学の基礎 54

と書き直されるただし式変形に 0 = d(UU dagger)dt = UU dagger + UU daggerを用いたHは変換前のHamiltonianであり上式の変形により回転系に変換されたHamiltonianは

Hprime = UHU dagger minus ihUU dagger (222)

となることがわかる基本的にはこのユニタリ変換にしたがって量子系の解析に都合の良い周波数の回転系に乗り時間発展や定常状態を調べていくことが多い調和振動子や量子ビット系についての例を付録(付録 B)に示してある

55

第3章 摂動論

31 時間に依存しない摂動論

図 31 摂動論のイメージ図

摂動論は外部からの影響による量子系の変化を定量的に求めるために使われる量子力学の重要なツールの 1つである摂動論のイメージを図 31に示す実線で描かれた円三角四角は何も影響を受けていないときの ldquo素の量子状態rdquoとしここでは円の状態に注目するこの量子系が外部から何らかの影響を受けるとその影響により円は少し押され元の円と異なる位置に移動する(点線の円)この新しい円は概ね元の円であるが円の外部の三角や四角の成分がわずかながらに加えられるもちろん状態の変化に伴い状態のエネルギーも変化するこの変化を定量的に計算できるのが摂動論である実験的にこの ldquoずれrdquoは様々な形で現れる気づいていない電場や磁場ノイズの影響

また実験用にプローブとして自分が入れた光によって系がシフトすることも考えられ実験家には悩みの種となりうることも多いしかし逆に考えると能動的に外場を導入することで様々なシフトをキャンセルする道具のようにも使えるここでは摂動論と幾つかの応用を紹介する外部の影響が入る前の系のHamiltonianを H0エネルギー固有状態を

∣∣ψ0n

rangそして対応するエネルギーをE0

nとするとこれらは

第 3章 摂動論 56

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(311)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (312)

と変化したとするこのとき V は外部から導入された擾乱そして λは V の大きさを表すパラメータで λ≪ 1と考えて良いこの新しいHamiltonian Hの固有状態 |ψn⟩とそれに対応した固有エネルギーEnは

H |ψn⟩ = En |ψn⟩  (313)

を満たすこの新たな固有状態 |ψn⟩と固有エネルギーEnを元の固有状態∣∣ψ0n

rangならびにE0

nで記述することがゴールであるパラメーター λを使いシステムの状態とエネルギーを λのべき級数で展開すると

|ψn⟩ =∣∣ψ0n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot (314)

En = E0n + λE1

n + λ2E2n + middot middot middot (315)

となるこのときEと ψの上付きの数字は補正の次数つまり∣∣ψ1n

rang E1

nは 1次補正∣∣ψ2n

rang E2

n は 2次補正をあらわすこれら状態の補正∣∣ψ1n

rang∣∣ψ2n

rang エネルギーの補

正E1n E

2n を各々

∣∣ψ0n

rangとE0nで記述していく

式 (314315)を式 (313)に代入すると

(H0 + λV )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

= (E0

n + λE1n + λ2E2

n + middot middot middot )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

(316)

となりλの次数が同じ項だけを取り出すと

λ0 H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(317)

λ1 H0∣∣ψ1n

rang+ V

∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

∣∣ψ0n

rang(318)

λ2 H0∣∣ψ2n

rang+ V

∣∣ψ1n

rang= E1

n

∣∣ψ1n

rang+ E2

n

∣∣ψ0n

rang(319)

が得られるがλ0の項は元々の系の状態を表しているのがわかる式 (318)を langψ0n

∣∣で内積をとるとlang

ψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang+langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

langψ0n

∣∣ψ0n

rang(3110)

となりH0がHermite演算子であることを用いるとlangψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang=langH0ψ0

n

∣∣∣ψ1n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang(3111)

第 3章 摂動論 57

なのでエネルギーの 1次補正E1nは

E1n =

langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang(3112)

となる次に波動関数の 1次補正∣∣ψ1n

rangを考える∣∣ψ1n

rangを元の波動関数 ψ0mで展開した∣∣ψ1

n

rang=summ =n

cm∣∣ψ0m

rang(3113)

を同様に式 (318)に代入しlangψ0k

∣∣で内積を取るとsumm=n

cmlangψ0k

∣∣ H0∣∣ψ0m

rang+langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang=

summ=n

cmE0n

langψ0k

∣∣ψ0m

rang+ E1

n

langψ0k

∣∣ψ0n

rangckE

0k +

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= ckE

0n (3114)

となりck =

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

k

(3115)

を得る式 (3113)に代入すると波動関数の 1次補正

∣∣ψ1n

rang=summ =n

langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

m

∣∣ψ0m

rang(3116)

が導かれる結果だけを紹介するとエネルギーの 2次補正は

E2n =

summ =n

|langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ1n

rang|2

E0n minus E0

m

(3117)

となる同様の手続きを通すと 2次やさらに高次のエネルギー及び波動関数の補正も計算できるが補正の精度も悪くなってくるので一般的には 1次もしくは 2次までの補正を使う場合が多い上記の摂動論では縮退があったケースを省いた1次のエネルギー補正の式 (3112)

を見ると分母に異なる状態のエネルギー差E0n minusE0

mがあるが縮退している 2つの状態間ではこの項が 0になりエネルギーシフトが破綻するように思えるH0と V が同時対角化可能な基底を使うとこの問題が回避できることが多くの量子力学の教科書で詳細まで記述されているのでここでは割愛する必要な読者は他の教科書を参考にしていただきたい

311 Zeeman効果時間に依存しない摂動の例を見てみようZeeman効果は軌道角運動量Lとスピン角

運動量 Sをもった電子に対して

第 3章 摂動論 58

HZ =e

2m(L+ 2S) middotBext (3118)

で表されるHamiltonianであるこのときLSはそれぞれ電子の軌道角運動量とスピン角運動量の演算子eとmは電気素量と電子の質量Bextは外部から与えられた磁場であるZeeman効果は原子や固体中の電子などと外部磁場との相互作用なので様々な物理系で現れる効果であるため重要である角運動量とスピンを持った電子は各々から実効的な磁場Bintを発生するので内部の磁場(LS由来)と外部の磁場との相互作用もっと平たく言うと外場を作っている磁石に電子系が作る ldquo磁石rdquoが反応していると考えて良いBint ≫ Bextのときこの効果は小さな摂動と考えることが出来るエネルギーの 1

次補正は式 (3112)を用いて

E1Z = ⟨nljmj | HZ |nljmj⟩ =

e

2m⟨L+ 2S⟩ middotBext (3119)

となるこのとき電子の状態は |ψ⟩ = |nljmj⟩と主量子数 n軌道角運動量量子数 l主全角運動量量子数 jと第二全角運動量量子数mj からなる状態にあるLandeの g因子1(gJ)を用いて ⟨L+ 2S⟩を記述すると

⟨L+ 2S⟩ = gJ ⟨J⟩ (3120)

となりE1Z = microBgJBextmj (3121)

が導かれるmicroB equiv eh2m = 579 times 10minus5 eVT はボーア磁子とよばれる定数である

j = 12の状態は第二全角運動量量子数mj = plusmn12をもつのでこの 2つのmj = 12mj = minus12の状態は磁場によって各々エネルギーE1

Z 上と下にシフトする実験では外部からの磁場によってある程度量子のエネルギーを調整出来るのがわか

ると思うイオントラップでは並べられたイオンに勾配のある磁場(強いところと弱い所がある)をかけることで一つ一つのイオンが異なるエネルギーをもつような操作に用いられるZeeman効果は時に両刃の剣ともなりえエネルギー状態が外場によって変わってほしくない実験では磁気シールドなどを用いて外場を抑制する必要があるまた磁場による感度が高い(エネルギーシフトが大きい)ものは量子のエネルギーシフトを測定することによって磁場の動きが間接的に観測できる磁場センサーとしても応用できるなど様々な利用方法がある

32 時間に依存する摂動論時間に依存する摂動論では系に時間に依存した擾乱が入り

H0 rarr H = H0 + λV (t) (321)

1Landeの g因子は gJ = 1 + j(j+1)minusl(l+1)+342j(j+1)

と j と lを用いて計算できる

第 3章 摂動論 59

と変化したときの系の時間発展を記述する方法である例に習って λは擾乱 V の大きさを表すパラメータだがひとまず λ = 1 つまり λV rarr V とおくこのとき元の Hamiltonian H0は時間に依存せずその固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有値E0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(322)

を満たすここでは先述したDirac描像を使うと見通しが良くなるSchrodinger描像における

波動関数の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩S

dt= H |ψ(t)⟩S (323)

で表されるDirac描像における波動関数 |ψ(t)⟩I は状態 |ψ⟩S を用いて

|ψ(t)⟩I = eiH0th |ψ(t)⟩S (324)

と書けるので|ψ(t)⟩I の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩I

dt= ih

(eiH

0thd |ψ⟩Sdt

+iH0

heiH

0th |ψ⟩S

)= eiH

0th(H minus H0

)|ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0theiH0th |ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0th |ψ(t)⟩I  = VI(t) |ψ(t)⟩I  (325)

となる最後の行ではVI(t) = eiH0thV (t)eminusiH

0thを用いた次に |ψ(t)⟩I を時間依存しないHamiltonian H0の固有状態

∣∣ψ0n

rangを用いて展開した|ψ(t)⟩I =

sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(326)

を式(325)に代入すると

ihsumn

dcn(t)

dt

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ VI(t)∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiH

0th∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiE

0nth

∣∣ψ0n

rang(327)

となる

第 3章 摂動論 60

この式を langψ0m

∣∣で内積を取るとihsumn

cn(t)langψ0m

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣ eiH0thV (t)eminusiE0nth

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t) |ψn⟩ ei(E0mminusE0

n)th (328)

が導けるlangψ0m

∣∣ψ0n

rang= δmnを用いると

ihcm(t) =sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t)∣∣ψ0n

rangei(E

0mminusE0

n)th (329)

が得られる

二準位系の時間発展

図 32 二準位系の時間発展(a) エネルギー E1E2を持つ二準位系 H0に周波数 ω

で振動する外場 V が印加された様子初期状態は状態 1にあるとする(b)外場の影響を受けた二準位系の占有数は状態 1と 2の間を Rabi振動する(c)外場が切られた後は切られた瞬間の占有数で系が静止する

ここまでは摂動論は用いていないが上記の結果を踏まえて外場(擾乱)を加えたときの量子系の時間発展の具体的な例を見てみよう原子の下の二状態もしくは量子ビットなどは 2つのエネルギー準位からなる二準位系を考える図 32(a)のようにこの二準位系に周波数 ωで振動する外場を加えたとき二準位系のもとの Hamiltonian

H0と外乱 V (t)は

H0 =

(E0

1 0

0 E02

)(3210)

V (t) =

(0 αeiωt

αeminusiωt 0

)(3211)

第 3章 摂動論 61

の形で記述できるαは擾乱の実効的な振幅と考えてよい式 329はc(t) =

(c1(t)

c2(t)

)を用いて

ihd

dt

(c1(t)

c2(t)

)=

(0 αei(ωminusω21)t

αeminusi(ωminusω21)t 0

)(c1(t)

c2(t)

)

=

(αei(ωminusω21)t c2(t)

αeminusi(ωminusω21)t c1(t)

)(3212)

となるこのとき ω21 =E0

2minusE01

h であるこの式を c2(t)だけの形に変形すると

c2(t) + i(ω minus ω21)c2(t) +(αh

)2c2(t) = 0 (3213)

となり解としてc2(t) = Aeminusi(ωminusω21)t2 sinΩt (3214)

が求まるこのときΩ =[(

ωminusω212

)2+(αh

)2]12は(一般化)Rabi周波数とよばれるパラメータである初期条件 c1(t = 0) = 1c2(t = 0) = 0を用いると係数Aが

A =

[ (αh

)2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2]12

(3215)

と求まる上記より状態 1および 2の占有数は

|c1|2 = 1minus |c2|2 (3216)

|c2|2 =(αh )

2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2 sin2Ωt (3217)

と求まる初期状態は状態 1からスタートするが外場の影響により状態 1から状態 2

への遷移が起こり周波数 Ω2で占有数は振動する (図 32(b))この占有数の振動のことをRabi振動とよび量子状態操作で最も頻繁に使われる方法である外場の周波数 ωが二準位のエネルギー差をDirac係数で割った周波数 ω21に等しい

とき状態 2の占有数は 0から 1までを振動するω21をこの二準位系の共鳴周波数とよび外場の周波数をこの共鳴周波数に合わせることで二状態間の占有数を 0から 1

まで操作することが可能となる逆に言うと外場の周波数 ωが共振周波数 ω21と異なる場合きれいな状態転送 (|1⟩ rarr |2⟩)が行えない外場が入り続けている限り占有数はこの二状態間を振動するが外場を切った時点でその動きは止まりその時の占有数のまま保持される (図 32(c))ここまで説明してきた二状態を状態 1 equiv |0⟩状態2 equiv |1⟩とおくことで量子ビットとして用いることができるなおRabi振動の Bloch

方程式を用いた導出Bloch球を用いた視覚化については後に詳細を述べる

第 3章 摂動論 62

321 時間依存した摂動展開二準位系の例では外場がきれいな振動 (ω)で記述され系の運動を簡単に追えたし

かし一般的に時間依存した擾乱 V (t)では系の Hamiltonian H = H0 + V (t) を満たす解析的な解は存在しないため計算が困難となるここでは外場の時間依存を摂動展開して計算できる近似方法について述べる先述のように外部からの影響を受ける前の系の固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有エネルギーE0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(3218)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (3219)

と変化したとするDirac描像を用いた波動関数の時間発展は一般的に

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(3220)

と記述されるこのとき

cn(t) = c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) + (3221)

でありcinの上付き添字 iはパラメータ λのべき級数で展開される補正の次数であるこの係数 cinを V (t)および

∣∣ψ0n

rangを用いて記述することがゴールであるまずDirac描像において時間 t0における初期状態 |ψ(t0)⟩I equiv |i⟩からの時間発展を

時間発展演算子 UI(t t0)を用いて記述すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ (3222)

となるこれをDirac描像の Schrodinger方程式

ihd |ψ(t)⟩I

dt= λVI(t) |ψ(t)⟩I (3223)

に代入するとihdUI(t t0)

dt|i⟩ = λVI(t)UI(t t0) |i⟩ (3224)

となるがこの式は任意の初期状態 |i⟩について満たされるので

ihdUI(t t0)

dt= λVI(t)UI(t t0) (3225)

第 3章 摂動論 63

のように演算子の運動方程式に置き換わるここで VI = eiH0thV eminusiH

0th であるUI(t t0)は時間発展の演算子を表すがもちろん初期時間 t0から時間経過しない U(t0 t0) =

I であるこの演算子の運動方程式を積分すると左辺は

ih

int t

t0

dtprimedUI(t

prime t0)

dt= ih

[UI(t t0)minus UI(t0 t0)

]= ih

[UI(t t0)minus I

](3226)

となるのでUI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0) (3227)

が導かれるこの式は UI(t t0)にたいして入れ子になっているので

UI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime)UI(tprimeprime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime) +

(3228)

=infinsumn=0

(minus i

h

)n int t

t0

dt1middot middot middotint tnminus1

t0

dtn λnVI(t1)VI(t2) VI(tn) (3229)

と展開できる最後の行では和の n = 0の項は I であり時間変数は tprime rarr t1 tprimeprime rarr

t2 middot middot middot rarr tnと略した具体的な時間発展演算子 UI(t t0)の形が求められたので式 3222にある初期状態

|i⟩からの時間発展を考える外部からの影響を受ける前の系の固有状態 |n⟩ equiv∣∣ψ0n

rangを用いて展開すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ =sumn

|n⟩⟨n| UI(t t0) |i⟩

=sumn

⟨n|UI(t t0)|i⟩ |n⟩ (3230)

=sumn

[⟨n|I|i⟩+ λ

(minus i

h

)int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩ (3231)

+λ2(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩+

]|n⟩

第 3章 摂動論 64

となるまた式 3220と 3221の

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t) |n⟩

=sumn

(c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) +

)|n⟩ (3232)

と対応付けると

c0n(t) = ⟨n|I|i⟩ = δni (3233)

c1n(t) = minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩

= minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnitprime

(3234)

c2n(t) = minus 1

h2

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime) |m⟩⟨m| VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|V (tprime)|m⟩ ⟨m|V (tprimeprime)|i⟩ eiωnmtprime+iωmitprimeprime

(3235)

が導かれる途中で VI = eiH0thV eminusiH

0thであることを用いて

⟨n|VI(t)|i⟩ = ⟨n|eiH0thV eminusiH0th|i⟩ (3236)

= ⟨n|V (t)|i⟩ eiωnit (3237)

を使ったこのとき ωni = ωn minus ωiである時間に依存した摂動論は状態がある初期状態 |i⟩から状態 |n⟩遷移確率を計算する

のに頻繁に用いられる着目する終状態 |n⟩が初期状態と異なるときc0n(t) = 0となり 1次近似 c1n(t)が重要となるある時間 tにおける状態 |n⟩への遷移確率 Pirarrnはこの1次近似を用いて

Pirarrn =

∣∣∣∣ 1ihint t

0dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnit

prime∣∣∣∣2 (3238)

で表される

第II部

66

第4章 二準位系と電磁波

41 二準位系スピンおよびBloch球量子系の操作の対象として量子ビット(quantum bit)というものを考えよう量

子ビットは二つの直交した量子状態 |g⟩と |e⟩からなるものであり⟨g|g⟩ = ⟨e|e⟩ = 1

と ⟨g|e⟩ = 0を満たすベクトル表記では |g⟩ = (0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義されるこの量子状態の組は二準位系とも呼ばれるスピン 12の系のように自然と二準位系になっているものもあるがある個別量子系がもつ多数の量子状態から電磁波による操作性コヒーレンスといった量子操作に関わるメリットを勘案して二つの量子状態が選ばれることが多い量子情報はこの |g⟩ |e⟩で構成される量子ビットに記録される一般にはこの量子ビットは多数個を扱うことになるがまずは一つの量子ビットのHamiltonianを基底状態(ground state)のエネルギー hωgと励起状態(excited state)のエネルギー hωeに射影演算子 |g⟩⟨g| と |e⟩⟨e|をそれぞれつけて

H = hωg|g⟩⟨g|+ hωe|e⟩⟨e| (411)

と書こう当然この Hamiltonianを |g⟩や |e⟩で挟んで期待値を計算すればそれぞれ基底状態と励起状態のエネルギーが得られるここでこのHamiltonianを次のPauli演算子

σx =

(0 1

1 0

)= |e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e| (412)

σy =

(0 minusii 0

)= minusi|e⟩⟨g|+ i|g⟩⟨e| (413)

σz =

(1 0

0 minus1

)= minus|g⟩⟨g|+ |e⟩⟨e| (414)

を用いて書き直したいなお本書ではこれ以降特に混乱がない限り演算子を表すのによく用いられるハット記号を省略するこれらを用いると

H =h(ωe minus ωg)

2σz +

h(ωe + ωg)

2I

=hωq2σz (415)

となるがここで右辺第二項は単位行列に比例し系全体のエネルギーのオフセットとなるのみであるから無視するωq = ωeminusωgは量子ビットの遷移周波数であり後の節

第 4章 二準位系と電磁波 67

で見るように量子ビットの状態を変化させるために印加されるべき電磁波の周波数を与えるここで一旦 Pauli 演算子 (412)-(414) の性質を見ておこうまず Pauli 演算子は

Hermite演算子であるすなわち σdaggerξ = σξ (ξ = x y z)が成立するしたがってPauli

演算子は可観測量となりなんらかの物理量に対応するものと解釈できるもう一つの性質はもう少し込み入ったものだが重要であるそれは演算子の交換子 [AB] = ABminusBAに関してPauli演算子が

[σx σy] = 2iσz [σy σz] = 2iσx [σz σx] = 2iσy (416)

という関係を満たすことである上記の関係式は次のようにまとめることができる

[σi σj ] = 2iϵijkσk (417)

ただし (i j k) = (1 2 3) (2 3 1) (3 1 2)でありそれ以外の場合には σ2x = σ2y =

σ2z = I となっているまたϵijk は Levi-Civita記号であるPauli演算子は実は特殊ユニタリー群 SU(2)の生成子になっておりスピン 12系を良く記述するすなわち量子ビットはスピン 12系とみなすことができるのであるこの対応によって実はPauli演算子の期待値 σξ はいまや ξ 軸のスピン成分と読み替えることができるようになり量子ビットの状態を Bloch球(図 41)上の一点で表現することが可能になるBloch球上では (|g⟩+ |e⟩)

radic2 (|g⟩minus |e⟩)

radic2 (|g⟩minus i |e⟩)

radic2 (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 and

|e⟩ |g⟩がそれぞれ x y z 軸となる1もし量子ビットが純粋状態 |ψ⟩にあればパラメータ θと ϕを用いて |ψ⟩ = cos (θ2) |e⟩+ eiϕ sin (θ2) |g⟩あるいは Bloch球上の(sin θ cosϕ sin θ sinϕ cos θ)で表されるかくして Bloch球上の点として量子状態を表現することができ量子ビットの量子

状態の可視化ができたわけであるがここで不確定性関係について注意しておきたい(416)(417)式にあるように σξ は非可換であるためそのうち二つの Pauli演算子を同時に測定した際には不確定性関係に表されているような量子ゆらぎが存在するはずである図 41の矢印の先の点が少しぼやけた点になっているのはこの「気持ち」を表している

42 電磁波量子系を操るうえで量子ビットの状態 |g⟩と |e⟩の間を自由に行き来しかつその

重ね合わせ状態などを作る必要がある量子ビットが物質の電子状態やスピンにより構成される場合基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩は一般に縮退しておらずそのエネルギー差を hωqとするこのエネルギーに対応する(角)周波数すなわち遷移周波数 ωqの電磁波を照射することにより量子ビットの状態を操ることができるのであるこのときやはり量子系を操るという観点では電磁場を量子的に扱う必要がしばしば

ある電磁場の量子論(quantum electrodynamics)はそれ自体非常に示唆に富み非1これらの基底ベクトルが σx σy σz の固有ベクトルとなっている

第 4章 二準位系と電磁波 68

図 41 Bloch球による量子ビットの表示

常に学びがいのあるトピックであるしかしながら電磁場の量子論の包括的な記述は本書の趣旨から逸れるため詳細は文献 [1]を参照してもらうなどしてここではそのさわりを述べるにとどめるここでは有限の体積を持つ光モードつまり Fabry-Perot共振器などのもつ光共振器

(optical resonator optical cavity)モードについて考えよう状況を簡単にするために単一の共振モードのみを考えるとそのエネルギーは

E =1

2

intcavity

(ε0E

2 +1

micro0B2

)  dV

= 2ε0Vcavityω2cA middotAlowast (421)

と書けるここでE B Aはそれぞれ共振モードの電場磁場ベクトルポテンシャルである2さらに ε0 と micro0は真空の誘電率と透磁率でありVcavity および ωc は共振モードのモード体積(mode volume)と共振(角)周波数である正準変数 qpと偏光ベクトル εによってA =

radic14ε0Vcavityω2

c (ωcq + ip)εと書き直すことにより

E =1

2(p2 + ω2

cq2) (422)

と書けるがこれは調和振動子(harmonic oscillator)のエネルギーである正準変数が演算子に置き換わることで上式は量子力学的なHamiltonianとなる古典力学における調和振動子は位相空間上において点 (q p)が円を描くことはご存じだろう量子力学的には位相空間上のある分布が円を描くように運動するqを in-phasepを quadratureと

2ベクトルポテンシャルがAeminusiωct+ikmiddotr+Alowasteiωctminusikmiddotrの形にかけることを仮定しているE = minuspartAdtと B = nablatimesA の関係式も用いた

第 4章 二準位系と電磁波 69

呼ぶこともある通常の手続きに従って消滅演算子aを用いてA =radich2ε0Vcavityωcaε

としようこうすれば

E = hωc

(adaggera+

1

2

)(423)

と書けて量子力学的な調和振動子のHamiltonianとしてよく見る形になるゼロ点エネルギー hωc2は以後無視し E = hωca

daggeraとするがこれは n = adaggeraが共振モード中の光子の数を表すことから共振モードにある振動量子の総エネルギーの演算子となっていることが明らかであるこのように生成消滅演算子を用いた書き方にすると電場と磁場は次のようになる

E = i

radichωc

2ε0Vcavityε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (424)

B = i

radich

2ε0Vcavityωck times ε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (425)

これを回転系に乗らずにかつ位相を適切に選んで書くと

E = Ezpf(a+ adagger)ε (426)

B = Bzpf(a+ adagger)k times ε (427)

というシンプルな形になるここでEzpf =radichωc2ε0Vcavity と Bzpf =

radich2ε0Vcavityωc

は共振器場の真空ゆらぎ(vacuum fluctuationまたは zero-point fluctuation)でありモード体積が小さければ小さいほど真空ゆらぎが大きくなることは覚えておいて損はない

421 調和振動子の昇降演算子ここでさきほど出てきた調和振動子の生成消滅演算子 aadaggerについて性質をみて

おこうと思うまず交換関係 [a adagger] = 1より [n a] = minusa[n adagger] = adaggerがすぐに導けるいまn = adaggeraの固有状態 |λ⟩を考えよう固有値 λは調和振動子の振動量子の数になっておりn |λ⟩ = λ |λ⟩とまとめてかけるこの固有状態 |λ⟩に上の交換関係を作用させてみる例えば

(naminus an) |λ⟩ = (naminus λa) |λ⟩ = minusa |λ⟩(nadagger minus adaggern) |λ⟩ = (nadagger minus λadagger) |λ⟩ = adagger |λ⟩

と固有値 n |λ⟩ = λ |λ⟩を用いて書き直せるがこれは

n(a |λ⟩) = (λminus 1)(a |λ⟩) (428)

n(adagger |λ⟩) = (λ+ 1)(adagger |λ⟩) (429)

第 4章 二準位系と電磁波 70

と整理できるこれらの式の意味するところは明快で振動量子の数が λ個の量子状態 |λ⟩に生成消滅演算子 adaggeraが作用した状態 adagger |λ⟩および a |λ⟩は振動量子の数を数える演算子 adaggeraの固有値 λ+ 1あるいは λminus 1の固有状態である言い換えると生成演算子は振動量子の数を一つ増やし消滅演算子は振動量子の数を一つ減らすような演算子であることがわかるすなわちこれらは量子ビットにおける昇降演算子に対応した調和振動子の昇降演算子であるといえる

43 二準位系と電磁波の相互作用 

431 Jaynes-Cummings相互作用量子ビットを構成する量子状態は理想的には互いに直交するようなものであるそ

して |g⟩からある状態例えば |e⟩や (|g⟩+ |e⟩)radic2といった所望の状態にするためには

何らかの方法で |g⟩と |e⟩を ldquo混ぜ合わせるrdquoことが不可欠である量子ビットを構成する量子状態は非調和振動子の基底状態と第一励起状態であったりスピンの ldquo上向きrdquo

と ldquo下向きrdquoであったりと様々だが遷移双極子モーメント(transition dipole moment)でつながる二つの量子状態 3が選ばれ量子状態間の遷移が電磁場により引き起こされるということは共通している4遷移双極子モーメント dは直観的には例えば電場や磁場によって誘起される古典的な電気双極子モーメント erや磁気双極子モーメント microと思えばよいこれの量子力学的な演算子の導出は文献 [2]に譲り具体的な形を書き下そう

d = micro (|e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e|)= micro(σ+ + σminus) (431)

この表式では次の演算子を新たに定義している

σ+ = |e⟩⟨g| =

(0 1

0 0

)=σx + iσy

2(432)

σminus = |g⟩⟨e| =

(0 0

1 0

)=σx minus iσy

2 (433)

これらの演算子は見ての通り量子ビット系に対して昇降演算子として作用するすなわちその双極子モーメントを外場で誘起することによって量子ビットの操作を行うことができる

3四重極モーメント(quandrupole moment)でつながる二準位により量子ビットが構成されることもある

4光子の偏光のようなエネルギー的に縮退した状況もあれば中間準位 |r⟩を経由して |g⟩と |e⟩を電磁波で遷移させる場合もあり後者のような場合の取り扱いは付録 Cに記載してある

第 4章 二準位系と電磁波 71

電場で誘起されるような双極子モーメントに対して平行な電場を持つ電磁波5が量子ビット系に印加されたとしようこのときHamiltonianには相互作用項が追加されるがこれは一般の多重極モーメントを考慮すると電場の多項式となるところが今は双極子モーメントのみを考えているため電場の1次のみで d middotEとなる演算子の表現 [2] d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いると相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (434)

と書くことができるさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であることを仮定しようするとσ+adaggerのような項は周波数ωq+ωcで ldquo速く振動するrdquo

項であり無視することができるこれを回転波近似(rotating-wave approximation)というこれにより相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (435)

という形になるこれを Jaynes-Cummings相互作用 [3]といい結合定数(coupling

constant)が g = microEzpfhで与えられる6この相互作用項の物理的な意味は単純で電磁波の量子つまり光子が一つ吸収 (放出)され同時に量子ビットが励起される(脱励起する)ような過程を表している特殊な状況ではanti-Jaynes-Cummings相互作用も扱うことがあるので紹介してお

こうこれはHint = hgprime(σ+a

dagger + σminusa) (436)

という形をしておりちょうど Jaynes-Cummings相互作用を得た際に残した項と無視した項が入れ替わった形である例えば系を周波数 ωq+ωcで駆動するような場合には量子ビットの励起と光子の生成が同時に起こりanti-Jaynes-Cummings相互作用でよく記述される状況となるまた原子イオン系に対して二つのレーザー光を照射しイオンの振動を調和振動子とした Jaynes-Cummings相互作用と anti-Jaynes-Cummings

相互作用を同時に引き起こすことでMoslashlmer-Soslashrensenゲート [4]と呼ばれる現時点で最も高精度な二量子ビット操作が実現されている [5]

44 二準位系と電磁波の例核磁気共鳴における二準位系

核磁気共鳴は物質科学における分光法として頻繁に用いられるほかMRI(magnetic

resonance imaging)という医療機器に用いられる技術としても馴染み深い核磁気共5ここでは簡単のため単一のモードを考える6用語の解説を少ししておく 通常 (anti-)Jaynes-Cummings 相互作用は量子ビットと調和振動子の

結合に用いられる用語である 二つの調和振動子(消滅演算子が a と b)の場合 hg(adaggerb + abdagger) やhg(adaggerbdagger + ab)で書かれる相互作用はそれぞれビームスプリッター相互作用パラメトリックゲイン相互作用などと呼ばれる 量子ビットどうしの相互作用については σx otimes σx や σx otimes σy のようなものがあるがこれらはそのまま XX 相互作用や XY 相互作用などと呼ばれる

第 4章 二準位系と電磁波 72

図 42 カルシウムイオンとイッテルビウムイオンのエネルギー準位の一部

鳴においては磁場下で Zeeman分裂した核スピンの二つの状態 |uarr⟩と |darr⟩が二準位系となる核スピンといってもそれ単体であるわけではなくなんらかの分子の中のリン原子や水素原子なりの原子核(水素原子の場合は単に陽子)の核スピンを扱うことが多い分子が溶け込んだ溶液に対して 1 T程度の磁場を印可し数十MHzほどのZeeman

分裂をした核スピン自由度に対して対応する周波数のRF磁場を印可することで二準位系と電磁波の相互作用が実装される使用する分子によって核スピンの数やコヒーレンス時間は変化するがコヒーレンス時間に関しては測定が困難なほど長いものもあるこれは核スピンというものが物質の中でも非常によく外界から隔離されたものであることを意味している

原子における二準位系

中性原子気体あるいは原子イオンを用いた系はその内部構造の豊富さから多様な二準位系の構成が可能であるここでは特に原子イオン系でよく用いられる光領域で動作するものとマイクロ波領域で動作するものについて紹介しようなお以下の説明で超微細構造というものが出てくるがこちらに関しては付録 Dを参照してほしいまず光領域で動作する二準位系の説明のために例としてカルシウム(Ca)原子(一

価)イオンのエネルギー準位を図 42に示すアルカリ土類金属原子であるCaイオンは最外殻電子が一つであり中性アルカリ金属原子と同様に基底状態が S状態であり寿命が数ナノ秒程度の励起状態であるP状態への電気双極子による光遷移を有するそのほかにD状態もありこれは寿命が 1秒程度と長いため準安定状態とみなされるD状態から P状態への光学遷移も許容されているがS状態と D状態のあいだの光学遷移は電気四重極子遷移と呼ばれ双極子遷移により許容されていないため非常に弱い遷移でかつ特殊な光の照射の仕方をしなければならないしかしながらこの光学遷移を用いる事で S状態を基底状態 |g⟩D状態を励起状態 |e⟩として扱うことができるマイクロ波領域で動作する二準位系の説明にはイッテルビウム(Yb)原子(一価)

第 4章 二準位系と電磁波 73

図 43 量子ドットの励起子(左)と量子ドットに閉じ込められた電子(右)破線はFermiエネルギーを模式的に書いたもの

イオンが適切だろうYbイオンの基底状態は S状態でありかつ核スピンが 12であるこれより基底状態の超微細構造は F = 0と F = 1の二つであり微細構造分裂は周波数にして 126 GHz程度となっているF = 0の状態はmF = 0という一つの状態しかなくF = 1の状態はmF = minus1 0 1の三つとなっておりF = 0の状態を基底状態 |g⟩F = 1の状態のひとつを励起状態 |e⟩とし126 GHzのマイクロ波を照射するあるいは光のRaman遷移を用いる事によって二つの状態間を遷移させることができるこの超微細構造を用いた二準位系の場合にはどちらの状態も基底状態であるから寿命はほとんど無限と思ってよいほどの長さになる7原子あるいは原子イオンを用いると非常に寿命の長くかつ全く性質の同じ二準位系

を多数用意できるという点が利点として挙げられるただし原子が周囲の気体と衝突するとよくないので超高真空(10minus10 Pa程度)にする必要がありかつ集積性や系の安定性に関して課題を抱えている

固体量子欠陥における二準位系

金属でない個体中の原子が一つ抜けているような欠陥は量子欠陥と呼ばれバルクの個体とは異なる光学遷移を有することが知られているこの光学遷移がバンドギャップ内にあるためにこれをコヒーレントに駆動することが可能であるため量子技術に有用な二準位系を作ることができるものとして着目される

第 4章 二準位系と電磁波 74

光学的に制御される半導体量子ドットにおける二準位系

半導体の結晶成長技術は原子一層ずつの積層すら可能にしこの成膜技術を駆使することによりバンドギャップの小さい物質(例えば InAs)のナノメートルサイズの領域をバンドギャップの大きな物質中(InAsに対してGaAsなど)に作製することが可能であるこのバンドギャップの小さい物質のナノメートルサイズの領域を量子ドットと呼びそこには単一あるいは二つの電子が捕獲されることからこの電子の光学遷移およびスピン状態の量子レベルでの制御が着目されている量子ドットを 1次元的に概念図にしたものが図 43である量子ドット中の電子は十

数ナノメートルの空間に局在したいていの場合単一の電子のみが量子ドット中に存在することになる量子ドットの ldquo伝導帯rdquoにも電子の存在できるエネルギー準位(寿命は数百ピコ秒)がありこの ldquo価電子帯rdquo= |g⟩から ldquo伝導帯rdquo= |e⟩へ電子が遷移することによる素励起を励起子というこの光学遷移が量子ドットの主たる光学遷移およびそれに対応する二準位系になるまた価電子帯で閉じ込められた電子自身のスピン自由度も二準位系として用いる事

ができる(図 43右)数 Tの磁場のもとでスピンのコヒーレンス時間が数マイクロ秒程度あるため誘導Raman遷移などの光学的な手法によってこのスピン状態を量子的に操作することが可能であるとくに半導体はバンドギャップの制御によってこの量子ドットの光学遷移の波長が紫

外域から近赤外光まで幅広く変化させることができる点が魅力的であるまた半導体の微細加工技術を活用すると量子ドットをフォトニック結晶共振器中に配置し強く結合させることも可能である

超伝導回路における二準位系

詳細は 92節で述べるが超伝導体でキャパシタと Josephson接合(量子トンネル効果が顕著となるくらい微細なキャパシタ構造)の並列回路を作るとこの回路は非線形LC共振器としてふるまう非線形な LC共振器の基底状態から第一励起状態までと第一励起状態から第二励起状態までの遷移エネルギーが異なることを利用してこの回路の基底状態を |g⟩第一励起状態を |e⟩とする二準位系を構成することが可能であるこの遷移エネルギーは設計にもよるが数 GHzから 20 GHz程度まで多様であるまた超伝導回路は設計次第で電磁波と量子ビットの結合強度を非常に強くすることができ強分散領域という結合領域にも容易に到達できるという利点もある

441 自然放出と誘導放出二準位系に電磁波が関与する過程としてここでは自然放出と誘導吸収誘導放出と

いう二つの過程を紹介しておこうまず自然放出(spontaneous emission)は二準位

7一応磁気双極子遷移であるとして寿命を見積もることはできるが何万年とか何億年とかの寿命が算出される

第 4章 二準位系と電磁波 75

系を励起状態に用意した際に何もしなくても励起所状態から基底状態に遷移してしまいその時に遷移周波数に対応する電磁波を放出するという現象である電子が原子核からの復元力をうけて振動しているというような古典的な原子の描像でいうと電子の振動が電磁場の振動つまり電磁波を発生させてエネルギーを失っていくようなイメージであるもちろんこの状況で電子はどんどんエネルギーを失って原子核に ldquo落ちてrdquo行ってしまうがそうならないというのが古典力学の不十分さと量子論の必要性を浮き彫りにしている量子論ひいては量子力学では原子のなかで離散的なエネルギーの状態しか取れないため量子的な描像では励起状態にある原子が基底状態に遷移しそのときに対応するエネルギーの光子が一個飛び出るということになるこの時に放出される電磁波の位相は完全にランダムでありこのランダムさがのちに導入する位相緩和に自然放出が寄与を持つ理由であるまた自然放出が起こる理由は二準位系の遷移周波数に対応する周波数の電磁波の真空ゆらぎが二準位系の遷移に作用しこの直後に述べる誘導放出を引き起こすためと考えてもよい自然放出と対照的なのが誘導吸収(induced absorption)と誘導放出(induced emis-

sion)であるこれらは電磁波が二準位系に照射された時に光子が基底状態の二準位系に吸収される過程と励起状態の二準位系が光子を照射された電磁波の位相に従って放出する過程である誘導吸収と誘導放出は逆過程であるため同じ頻度で起こるしたがって連続的な電磁波をいくら強く当てても二準位系の占有確率が励起状態のみになるということはなく定常状態ではせいぜい基底状態と励起状態の占有確率が半々になる程度である自然放出もあわせると定常状態での励起状態の占有確率は 05以下になることがわかるのちにRabi振動やRamsey干渉といった現象で見るように誘導放出と誘導吸収は照射された電磁波の位相と二準位系の量子状態がきれいに対応するような過程(コヒーレントな過程)である

76

第5章 二準位系のダイナミクスと緩和

51 Bloch方程式と緩和511 Bloch方程式前節では量子ビットがスピン 12系と等価であることを見たスピンの基本的なダ

イナミクスは量子技術の観点では電磁波との相互作用により引き起こされるあるいは周囲の環境との相互作用による量子ビットの緩和もまた考えなければならない1946年には Felix Blochが印加磁場まわりのスピン (より正確には磁化)の歳差運動を記述する方程式を見出したこの Bloch方程式は基本的に核磁気共鳴や電子スピン共鳴のような実際のスピン系におけるダイナミクスを記述するものであるしかしながら1957年Richard P Feynmanは仮想的なスピン 12系である量子ビットのダイナミクスに関してもこのBloch 方程式が適用可能であることを見出した本節ではまず量子ビットに対する密度演算子を導入しそのスピン 12系との対応そして密度演算子のダイナミクスを与えるマスター方程式について述べるさらに具体的なケースとして量子ビットに関する Bloch方程式を導出しよう密度演算子 ρは単一の量子状態 |ψ⟩で表される純粋状態 ρ = |ψ⟩ ⟨ψ|だけでなく

いくつかの量子状態 |ψi⟩を確率 pi で取るような混合状態 ρ =sum

i pi|ψi⟩⟨ψi|をも表現することができる点でketベクトルよりも一般的な量子状態を記述できるここでは|ψ⟩ = cg|g⟩+ ce|e⟩の密度演算子

ρ = |ψ⟩⟨ψ|= ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=

(|ce|2 clowastgce

cgclowaste |cg|2

)(511)

を主に考えていこうこの密度演算子のダイナミクスはどのようなものであろうかこれを見るためにSchrodinger表示の状態ベクトル |ψ(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψ⟩ = Ut |ψ⟩が系の HamiltonianHに従って時間発展するとしようすると密度演算子 ρ(t) = UtρU

daggert の

時間微分はdρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) + i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (512)

と計算されLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (513)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 77

を得るここで密度演算子に対する Liouville-von Neumann方程式 (513)と演算子Aに対するHeisenberg方程式 ihpartApartt = [AH]の違いに注意したい次に量子ビットが電磁波(とくに断らない限り電気双極子遷移を用いた量子ビットを

イメージすればよい)で駆動(よく driveという)されているような状況を当面は後に導入する緩和を抜きに考える駆動された量子ビットの Hamiltonianは付録 Cにもあるような方法で次のように与えられる

H =hωq2σz +

2(σ+e

minusiωdt + σminuseiωdt) (514)

ここで電場の振幅Edを用いてΩ = microEdというパラメータを導入したSchrodinger表示ではHamiltonianは指数関数の肩に乗って量子状態を時間発展させるのでこのパラメータは量子ビットの状態遷移のタイムスケールに関与するであろう回転系への変換(付録 B参照)をユニタリ行列 U = exp[i(ωd2)σzt]によって施すと

H =h∆q

2σz +

2(σ+ + σminus) (515)

となるここで離調(detuning)∆q = ωq minus ωdを定義したこれを Louville-von Neu-

mann方程式(513)に代入し|g⟩や |e⟩で挟んで ρij = ⟨i| ρ |j⟩を評価することで次の式を得る

dρeedt

= iΩ

2(ρeg minus ρge) (516)

dρggdt

= minusiΩ2(ρeg minus ρge) (517)

dρegdt

= minusi∆qρeg minus iΩ

2(ρgg minus ρee) (518)

dρgedt

= i∆qρge + iΩ

2(ρgg minus ρee) (519)

ここでsx = ρge + ρeg sy = minusi(ρge minus ρeg) sz = ρee minus ρgg

によって仮想的なスピン成分に対応する量を定義しようなぜこれがスピン成分と思えるかというと密度演算子が

ρ = ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=1

2(I + sxσx + syσy + szσz) (5110)

と書けるからであるこれらの量を用いる事で上記の微分方程式の組が次のようにまと

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 78

められるdsxdt

= minus∆qsy

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz

dszdt

= Ωsy

lArrrArr d

dt

sxsysz

=

Ω

0

∆q

times

sxsysz

lArrrArr ds

dt= B times s

これが Feynmanの見出した緩和なしの量子ビットに対する Bloch方程式でありたしかに最後の式は ldquo磁場rdquoB = (Ω 0∆q)の周りを ldquoスピンrdquosが歳差運動するような形となっている

512 緩和がある場合のBloch方程式マスター方程式(master equation導出については付録 E参照)はLiouville-von

Neumann方程式に緩和(relaxation)を取り込む点でもう少し一般的なプロセスを記述できる緩和のダイナミクスは緩和を表す演算子Λおよびそれを用いた Lindbladian

あるいは Lindblad superoperator

L(Λ)ρ = 2ΛρΛdagger minus ΛdaggerΛρminus ρΛdaggerΛ (5111)

を Liouville-von Neumann方程式に導入することで表される緩和に関して自然放出(spontaneous emission)など環境の温度によらないレートを Γ熱浴(thermal bath

あるいは単に bath)の温度に依存するレートを Γprimeとすると一般的なマスター方程式は次のようなものである

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(

radicΓ + ΓprimeΛ)ρ+

1

2L(

radicΓprimeΛ)ρ (5112)

環境の温度によって決まるレート Γprimeだが大抵の場合は量子ビットの遷移エネルギーhωqに対して十分小さなエネルギースケールまで量子ビットの置かれる環境の温度 T を冷却する(kBT ≪ hωq)ためΓに対して十分小さくなり無視できる環境温度によらない緩和としてここでは二つの緩和を考えるひとつは自然放出あるいは縦緩和(longitudinal relaxation)と呼ばれるこれは励起状態 |e⟩の寿命が有限であることに起因しL(

radicΓ1σminus)という Lindbladianで表されるもうひとつは位相緩和(dephasing)

あるいは横緩和(transverse relaxation)と呼ばれその原因は電磁場環境のゆらぎなど多岐にわたる位相緩和は L(

radic2Γ2σz2)という Lindbladianによって表現される

これらの緩和を考慮に入れると量子系を取り扱ううえで最も基本的なマスター方程式が得られる

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(radic

Γ1σminus)ρ+1

2L(radic

Γ2σz)ρ (5113)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 79

図 51 縦緩和あるいは自然放出によるBloch球の変化(左)と横緩和あるいは位相緩和によるもの(右)

Bloch方程式を導いた時と同様に密度演算子の成分ごとの方程式に書き直して sx sy sz

としてまとめることで緩和を含んだ Bloch方程式が得られるdsxdt

= minus∆qsy minusΓ1 + 2Γ2

2sx (5114)

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz minusΓ1 + 2Γ2

2sy (5115)

dszdt

= Ωsy minus Γ1(sz + 1) (5116)

lArrrArr ds

dt= B times sminus

Γ1+2Γ2

2 sxΓ1+2Γ2

2 sy

Γ1(sz + 1)

(5117)

とくに今の場合には Γprimeの効果を無視しているこの近似は光周波数(波長 1 micromならばおよそ 300 THz)領域の量子ビットが室温環境(kB times 300 K≃ h times 6 THz)で扱われる場合に特によく成り立つことから光学的Bloch方程式(optical Bloch equation)とも呼ばれる上の方程式から見て取れるようにΓ1は励起状態 |e⟩から基底状態 |g⟩への遷移のレートを表している1この過程は自然放出と呼ばれるがこれは照射された電磁波による誘導放出ではなく真空場による誘導放出と考えることができる余談だが二準位系の緩和レート Γが純粋に真空場による誘導放出によるものすなわち自然放出過程によるものとみなせる場合二準位系の遷移双極子モーメント microと次の関係式

1Γ2 = 0sz(t = 0) = 1に関して Bloch方程式を解いてみよ励起状態の占有確率の指数関数的な減衰がみられるはずである

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 80

図 52 離調がない場合(左)とある場合 (右) のRabi振動

が成り立つ

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(5118)

Γ2 で表される緩和は占有確率の変化を引き起こさないがBlochベクトル (sx sy sz)

のうち sxと syを ldquo縮めるrdquo効果を持つ (図 51)これは結果として量子ビットが重ね合わせ状態などに関する位相の情報を失っていくことを意味しておりそれゆえに位相緩和と呼ばれる自然放出による位相緩和も含めた Γ1 + 2Γ2がトータルの位相緩和レートとなるためΓ2はとくに純位相緩和レート(pure dephasing rate)と呼ばれることもある

52 Rabi振動さて電磁波による駆動と緩和のもとでの量子ビットのダイナミクスを記述する方

程式が得られたため実際にどのような振る舞いになるかを見てみようといってもBloch方程式を解析的に解くのは特殊な場合を除いて簡単ではないためまず理想的な場合として離調がなく (∆q = 0)緩和もない(Γ1 = Γ2 = 0)状況を見てみようこの時の Bloch方程式は

dsxdt

= 0dsydt

= minusΩszdszdt

= Ωsy

となり初めに量子ビットが基底状態にある(sz(t = 0) = minus1)という初期条件のもとで sx = 0sz = minus cos (Ωt)sy = sin (Ωt)という解が得られるこの解ははじめ |g⟩にあった Blochベクトルが (Ω 0 0)つまり Bloch球でいうと図 52の左側のように x

軸まわりに回転することを意味しているΩは Rabi周波数(Rabi frequency)と呼ば

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 81

図 53 Rabi振動における |e⟩の占有確率左 自然放出がないとしたときの様々な離調 δに対する振る舞い右 離調がないとしたときの様々な自然放出レートに対する振る舞い数値計算にはQuTiP [6]を用いた

れるが見ての通り Blochベクトルが回転する周波数になっているRabi周波数には駆動電場と Ω = microEd2hという関係があるので駆動電場をオンにしている時間と強度によって回転角が決まるつぎにもう少し複雑な状況を考えるべく離調がゼロでない∆q = 0場合を見てみよう

このときにはBlochベクトルが (Ω 0∆q)というx軸から角度 θ = arctan (∆qΩ)だけ傾いたベクトルの周りに回転することになる(図 52の右側)つまり|e⟩の占有確率は離調がゼロの時のように 1には至らずかつベクトル (Ω 0∆q)の長さΩprime =

radicΩ2 +∆2

q

で占有確率が振動する(図 53左)この Ωprimeを一般化 Rabi周波数(generalized Rabi

frequency)ともいう最後にΓ1と Γ2がゼロでない場合つまり緩和がある場合を考えようこのときに

はRabi振動は緩和によって振幅を失っていきszはある値に収束するこの値は駆動の強さと緩和の強さがバランスすることによって決まり定常状態を解析することで得られるダイナミクス自体は通常QuTiP [6]などの数値計算パッケージを用いて図 53

右のように解析することができる

53 Ramsey干渉もうひとつ量子ビットのダイナミクスを利用した量子力学的現象に Ramsey干渉

(Ramsey interference)というものがあるRamsey干渉においては量子ビットはまず|g⟩と |e⟩の重ね合わせ状態にされある時間ののちに異なる位相を獲得した |g⟩と |e⟩が再び干渉しldquo干渉縞(interference fringe)rdquoが現れるRamsey干渉は量子ビットの位相(sxsy成分)の時間発展を知りたい場合に便利な現象でありこれをBloch球とBlochベクトルを用いて理解することが本節の目標である初めにRabi振動において回転角が π2となるようパルス幅∆t = π2Ωの共鳴電

磁波を照射するこれを π2パルスと呼ぶこれによってはじめ |g⟩にあったBlochベ

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 82

クトルは (|g⟩ minus i |e⟩)radic2に移される(図 54左)その後ある一定時間 τ我々は何も

せず量子ビットは自由に時間発展をする環境に何もノイズがなければBlochベクトルはこの間なにも変化を受けないが現実には様々な環境由来のノイズによってBloch

ベクトルが時間発展をする(図 54中央)そして最後に再び π2パルスを照射するとxy平面内の時間発展が xz平面に移される(図 54右)ここに至り量子ビットの位相の時間発展を szすなわち量子ビットの基底状態あるいは励起状態の占有確率に転写することができたもし一切の緩和や位相のドリフトがなければ最後の π2パルスによって sz = 1が得られるが位相緩和がある場合には τ が長くなるにつれて sz

が(量子ビットの遷移周波数の回転系では)指数関数的に減衰しゼロへ収束し駆動電磁波の強度ゆらぎなどによる位相ドリフトがある場合にはτ に対し位相ドリフトに特徴的な時間スケールで sz が変動する

54 スピンエコー法スピンエコー法(spin-echo)とはある一定の条件下で上記のような位相ドリフト

の効果を打ち消すような量子ビットの制御シークエンスのことである基本的なアイデアはシンプルである位相ドリフトはBloch球上での z軸まわりの回転とみることができるがもし位相ドリフトが十分ゆっくりであればRabi振動で回転角がちょうど π

となる πパルスを量子ビットに作用させることで位相ドリフトを「巻き戻す」ことができる例えば精密な πパルスを作用させたいときに少量の z軸まわりの回転が入り込んでしまうとそれが πパルスの精密さに限界を与えてしまうスピンエコー法はこのような場合に z軸まわりの回転の影響をキャンセルするのに有用であるこのためにスピンエコー法では本来 πパルスであるべき制御シークエンスを時

間 τ だけ間隔をあけた二つの π2パルスに分割し二つのパルスのちょうど中間τ2だけ経過したタイミングに π パルスを挿入するはじめ量子ビットが |g⟩にあるとすると初めの π2パルスで |minusi⟩状態に遷移しその後 τ2だけ位相ドリフトが生じる(図 55上段左中央)次の πパルスによって y軸まわりにBlochベクトルが回転し

図 54 Ramsey干渉の概略

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 83

図 55 スピンエコー法の概略

た後再度 τ2だけ位相ドリフトが起こるとシークエンス全体としての位相ドリフトがキャンセルされて |minusi⟩状態に戻っていることがわかる(図 55上段右下段左)最後に π2パルスを作用させることで当初の目的であった |e⟩への精密な πパルスを実現できるということになる(図 55下段中央)上記の説明ではπパルスなどが有限の時間かかることによる追加の位相ドリフトに関して簡単のため無視したが実際の実験ではパルス幅の調整により位相ドリフトが全体でキャンセルされるようにキャリブレーションを行うというのが実情であろう

84

第6章 調和振動子

61 Fock状態光音モノの振動など我々が日常で見る波は物理の言葉では様々な媒体の調和

振動(harmonic oscillation)として理解されている調和振動はしばしば正準変数 qとpによりHamiltonian

H =p2

2m+

1

2mω2q2

によって記述される1ここでmは質量ωは調和振動の固有(角)周波数である量子力学的な描像に移るためにq rarr qprarr p = (hi)ddqと演算子に置き換えるハット記号は混乱がない限り省略する消滅演算子を a =

radicmω2h [q + (imω)p]と定義すれば上記のHamiltonianは

H = hω

(adaggera+

1

2

)(611)

と書きかえられこのHamiltonianの固有状態 |n⟩ n = 0 1 2 middot middot middot は Fock状態と呼ばれる|n⟩の nは調和振動の振動量子が何個あるかを表すためFock状態は数状態と呼ばれることもあるFock状態は完全正規直交系をなすさらに |n⟩は平均の量子の数が n個量子の数

のゆらぎがゼロの状態であるこういった性質と物理的なわかりやすさからFock状態は様々な量子状態を展開する基底としても重要な役割を果たす

62 コヒーレント状態Fock状態は調和振動子のHamiltonianの固有状態であるが現実世界でFock状態を

目の当たりにすることは容易ではない日常で目にする調和振動といえば振り子のように単一の振動数での正弦波で書かれる現象を想像するだろうではどのような量子状態がもっともこの正弦波的な(言い換えると「古典(力学)的な」)振動に近いものだろうか古典力学的な振動は通常外力による駆動つまり強制振動によって誘起されるので量子力学的な強制振動を考えその結果として生成される量子状態が求めるものに近いであろうと期待される

1光は質量をもたずこの Hamiltonianでは記述できないが調和振動として記述できることには変わりない

第 6章 調和振動子 85

調和振動子の外力による駆動はビームスプリッタ(beam splitter)相互作用Hd =

ihΩ(badagger minus bdaggera)により調和振動子にエネルギーを供給することで可能となるここで a

は先ほどもあった駆動したい調和振動子の消滅演算子bは駆動のための場の消滅演算子でありbも aと同様調和振動子として書かれる駆動場はふつう非常に強いものを考えるのでこれを演算子ではなく古典的な振幅を表すただの数 βで置き換えよう2駆動の時間を τ としα = Ωβτ と定義すると相互作用自体はHd = ih

[(ατ)adagger minus (αlowastτ)a

]となりこれによる時間発展演算子は次のようになる

D(α) = eminusiHdhτ = eαa

daggerminusαlowasta

このユニタリー演算子 D(α)は変位演算子(displacement operator)と呼ばれるこれがなぜ変位演算子と呼ばれるかを明らかにするためまずD(α)のいくつかの重要な性質を見ようまず真空 |0⟩が強制振動により |α⟩ def

= D(α) |0⟩という状態になったとしようするとこの |α⟩は古典力学的な振動の量子版となっていることが期待される天下り的ではあるがaを |α⟩に作用させてみよう

a |α⟩ = aeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= aeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= α |α⟩ (621)

2行目と 4行目ではBaker-Campbell-Hausdorffの公式 eAeB = eA+B+[AB]2 を用いた3行目では aeαa

dagger の指数関数部分を Taylor展開して交換関係 [a adagger] = 1を繰り返し用いeαadaggera+αeαa

dagger となることを用いたこれら二つの項のうち第一項は |0⟩に作用するとゼロとなることにも注意したいこうして量子状態 |α⟩は消滅演算子 aの固有状態でかつ固有値が αであることがわかるこれによってq =

radic2hmω(a+ adagger)2と p =

radic2mhω(aminus adagger)2iの期待値の計算が

容易にできるようになった実際a |α⟩ = α |α⟩と ⟨α| adagger = ⟨α|αlowastを用いると

⟨q⟩ = ⟨α| q |α⟩ =radic

2h

α+ αlowast

2=

radic2h

mωRe[α] (622)

⟨p⟩ = ⟨α| p |α⟩ =radic2mhω

αminus αlowast

2i=

radic2mhωIm[α] (623)

となるさらに qと pの分散も計算したいが⟨α| aa |α⟩ = α2⟨α| adaggera |α⟩ = |α|2そ

2ここで勘のいい読者はこれは循環論法になっていることに気が付くと思う論理的にきっちりやるのであれば例えばコヒーレント状態を消滅演算子の固有状態と定義してしまうのが常道だが著者はあえて物理的な意味の分かりやすい説明をしたいと思う

第 6章 調和振動子 86

して ⟨α| aadagger |α⟩ = |α|2 + 1に留意すると次の表式を得る

∆qdef=

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radic2h

α2 + αlowast2 + 2|α|2 + 1minus α2 minus 2|α|2 minus αlowast2

4

=

radich

2mω (624)

∆pdef=

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radic2mhω

minusα2 minus αlowast2 + 2|α|2 + 1 + α2 + αlowast2minus 2|α|24

=

radicmhω

2 (625)

さて位相空間(qp平面)を考えると|α⟩が点 (radic(2hmω)Re[α]

radic2mhωIm[α])を

中心に q方向にradic(h2mω)p方向に

radic(mhω2)の分散を持った分布となっているこ

とがわかるちなみに後のWigner関数の節でみるようにこの分布は Gauss分布となっており∆q∆p = h2つまり |α⟩は最小不確定状態となっている古典力学的な振動は回転座標系では位相空間上の一点であったことを思い出すとたしかに |α⟩は古典力学的な正弦波的振動の量子版であるといえるだろう|α⟩は位相空間上での偏角も有限の期待値を持つような状態でありそれゆえにコヒーレント状態(coherent state)と呼ばれる3|α⟩ を Fock 状態で展開した係数 An について考えてみよう|α⟩ =

suminfinn=0An |n⟩

a |α⟩ = α |α⟩ からただちに An+1 = αAnradicn+ 1 という漸化式が得られこれより

An = αnA0radicnと求まるこれで |α⟩ =

suminfinn=0(α

nradicn)A0 |n⟩と書けるのだが残っ

たA0については規格化条件 ⟨α |α⟩ = 1からA0 = eminus|α|22と決まるすなわち最終的に

|α⟩ =infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩ (626)

を得る各係数の二乗はコヒーレント状態の数分布であり

Pn =|α|2n

neminus|α|2 (627)

数分布の分散は

∆ndef=

radic⟨(adaggera)2⟩ minus ⟨adaggera⟩2 = |α| (628)

となりPnと併せてコヒーレント状態の数分布が Poisson分布になっていることがわかる

3ldquocoherentrdquoという単語は ldquoco-hererdquoつまり「一貫したまとまった」という意味を持つつまり専門用語ではないので日常会話で coherentという単語が出てきても「おっ物理専攻かな」とそわそわしてはいけない

第 6章 調和振動子 87

63 スクイーズド状態光と物質の相互作用はとても多様で線形な応答を示す現象だけでなく非線形な光学

効果が種々存在する頻繁に目にする非線形性は例えば二次の非線形光学効果のもととなる χ(2)非線形性でHamiltonianには ihg(aaadagger minus adaggeradaggera)のように演算子の 3次の項が入るまた三次の非線形光学効果に寄与する χ(3)非線形性はHamiltonianに演算子の 4次の項が現れるこういった非線形な項に対してちょうど前節の冒頭でやったように一つあるいは二つの演算子をコヒーレントに駆動しただの数に置き換えるといわゆるスクイージング(squeezing)Hamiltonian

Hs = ihr

2τ(eiϕa2 minus eminusiϕadagger

2) (631)

およびこの Hamiltonianによる時間発展を表すスクイージング演算子(squeezing op-

erator)S(r) = eminusi

Hshτ = e

r2(eiϕa2minuseminusiϕadagger

2) (632)

が得られる任意の量子状態に対するスクイージング演算子の作用を計算するのは難しいがコ

ヒーレント状態に対しての作用は比較的容易に計算できかつスクイージング演算子の性質を垣間見ることができるこれを見るためにSdagger(r)aS(r)という量を計算してみようBaker-Campbell-Hausdorffの公式と S = (ra2 minus rlowastadagger

2)(ただし r = reiϕ2)を

用いることでSdagger(r)aS(r)は次のように計算されるSdagger(r)aS(r) = eminusSaeS

= aminus[S a

]+

1

2

[S[S a

]]minus 1

3

[S[S[S a

]]]+ middot middot middot

= a+1

222|r|2a+ 1

424|r|4a+ middot middot middot

minus 2rlowastadagger minus 1

323rlowast|r|2adagger minus 1

525rlowast|r|4adagger minus middot middot middot

= ainfinsumn=0

|2r|2n

(2n)minus adagger

rlowast

|r|

infinsumn=0

|2r|2n+1

(2n+ 1)

= a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r (633)

これによって |r α⟩ def= S(r) |α⟩で qと pの期待値を計算することができ

⟨q⟩ def= ⟨r α| q |r α⟩

=

radich

2mω⟨α|Sdagger(r)(a+ adagger)S(r) |α⟩

=

radich

2mω(α cosh r minus αlowasteminusiϕ sinh r + αlowast cosh r minus αeiϕ sinh r)

=

radich

2mω[(α+ αlowast) cosh r minus (αeiϕ + αlowasteminusiϕ) sinh r] (634)

第 6章 調和振動子 88

および

⟨p⟩ def= ⟨r α| p |r α⟩

=

radicmhω

2[(αminus αlowast) cosh r + (αeiϕ minus αlowasteminusiϕ) sinh r] (635)

が得られるさらに分散を計算するために langq2rang def= ⟨r α| q2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)q2S(r) |α⟩

と langp2rang def

= ⟨r α| p2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)p2S(r) |α⟩ を評価しようSdagger(r)q2S(r) はたとえば Sdagger(r)aaS(r) のような項を含むがS(r)Sdagger(r) = 1 を適切に挟むことによってSdagger(r)aaS(r) = Sdagger(r)aS(r)Sdagger(r)aS(r) = (a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r)2 のように計算が簡単になるこのようにして

∆q =

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radich

2mω(cosh 2r minus cosϕ sinh 2r)

∆p =

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radicmhω

2(cosh 2r + cosϕ sinh 2r) (636)

という最終的な分散の表式にたどり着くこれらの結果から分散の積を計算すると∆q∆p = (h2)

radiccosh2 2r minus cos2 ϕ sinh2 2rであり ϕ = 0または r = 0のときに最小値

h2をとるϕ = 0のとき∆q =

radich2mωeminusr と書けるがこれはもとのコヒーレント状態の

q方向の分散よりも eminusr だけ小さくなっており一方で∆p =radicmhω2er はもとのコ

ヒーレント状態の p方向の分散の er 倍になるつまり状態 |r α⟩は位相空間上でコヒーレント状態 |α⟩が q方向につぶれ p方向に伸びるように ldquo絞られたrdquoように見える特に |r 0⟩ = S(r) |0⟩ def

= |r⟩はスクイーズド真空状態(squeezed vacuum state)と呼ばれるがこれについて Fock状態で書き直してみよう準備として

S(r)aSdagger(r) = a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r (637)

が成立することを式(633)と同様に確かめておくとよいこの左辺はスクイーズド真空状態に作用したときにゼロとなるS(r)aSdagger(r)S(r) |0⟩ = S(r)a |0⟩ = 0これよりスクイーズド真空状態は演算子 a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r

def= microa+ νadaggerの固有値ゼロの固

有状態とみることができる|r⟩ =suminfin

n=0Cn |n⟩と書いて microa+ νadaggerを作用させれば漸化式

microradicn+ 2Cn+2 + ν

radicnCn = 0 (638)

が導かれるここで C0 と C1 を求める必要があるが(microa + νadagger)C1 |1⟩ = C1micro |0⟩ +radic2νC2 |2⟩であるから C1 = 0したがって C2n+1 = 0となるC0 = 1

radiccosh rは再び

第 6章 調和振動子 89

規格化条件から決まり

|r⟩ = 1radiccosh r

infinsumn=0

(minus1)neminusinϕ(tanh r)nradic(2n)

2nn|2n⟩ (639)

という表式を得る

64 熱的状態熱的状態(thermal state)は純粋状態ではなくFock状態 |n⟩にある確率が次のよ

うに Boltzmann分布で表される混合状態である

pn =eminusnβhωsuminfinn=0 e

minusnβhω = eminusnβhω(1minus eminusβhω) (641)

ここで β = 1kBT は逆温度kBは Boltzmann定数で T は系の温度である一つの調和振動子の温度というと違和感はあるがこれが温度 T の熱浴と平衡状態にあるときにはこのような熱的状態が実現されるこの熱的状態は密度演算子によって

ρth =

infinsumn=0

pn |n⟩ ⟨n| (642)

と書かれる統計力学でもおなじみの計算により数状態についてその平均値 ⟨n⟩ =suminfinn=0 pn ⟨n| adaggera |n⟩ =

suminfinn=0 npn分散 ∆n =

radic⟨n2⟩ minus ⟨n⟩2 は容易に求まる実際suminfin

n=0 neminusnβhω =

suminfinn=0(minus1hω)(partpartβ)eminusnβhω = (minus1hω)(partpartβ)(1 minus eminusβhω)という

関係を用いることで

⟨n⟩ = eminusβhω

1minus eminusβhω (643)

∆n =

radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩ (644)

となり熱的状態では数分布の分散はその平均値と同程度であることがわかる

65 光子相関調和振動子について何が古典力学的で何が量子的なのだろうか実現されたある状

態はそのくらいコヒーレントなのだろうかこれに対するある程度の答えは本節で導入する二つの相関関数(correlation function)が与えてくれる

第 6章 調和振動子 90

651 振幅相関 一次のコヒーレンス例えば電磁波の電場のような振幅に関する自己相関の量子版は次の一次の相関関数

(first-order correlation function)g(1)によって定められる

g(1)(τ) =

langadagger(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(651)

コヒーレント状態に関してはHeisenberg描像で a(t) = aeminusiωtであるから

g(1)(τ) =

langadaggerarangeminusiωτ

⟨adaggera⟩= eminusiωτ (652)

となりきれいな単色波が自己相関関数として出てくる別の例を考えよう二つのモード a1と a2があるとしその振幅の交差相関関数(cross correlation function)

g(1)12 (τ) =

langadagger1(t)a2(t+ τ)

rangradiclang

adagger1(t)a1(t)ranglang

adagger2(t+ τ)a2(t+ τ)rang (653)

を見てみよう二つのモードがともにコヒーレント状態であればg(1)12 (τ) = eminusiωτ が再び得られるしかしながらFock状態 |n1 n2⟩に関しては g

(1)12 (τ) = 0となってしまう

ことが容易にわかる振幅の相関関数は波動としての干渉効果を表すものであるから|g(1)| = 1のときに波動としての干渉性が最大になりg(1) = 0のときには波動としての可干渉性が全くないと言い換えることができる前者の場合はコヒーレント後者はインコヒーレントともいわれ0 lt g(1) lt 1のときには部分的にコヒーレントなどといわれる

652 強度相関 二次のコヒーレンス強度に関する自己相関の量子版は次の二次の相関関数(second-order correlation

function)g(2)によって定められる

g(2)(τ) =

langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(654)

単色光においては langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rang=langadaggeradaggeraa

rang=langadagger(aadagger minus 1)a

rang=langn2rangminus

⟨n⟩であるから二次の相関関数は次のように書かれる

g(2)(τ) =

langn2rangminus ⟨n⟩

⟨n⟩2= 1 +

(∆n

⟨n⟩

)2

minus 1

⟨n⟩ (655)

したがってコヒーレント状態については∆n =radic⟨n⟩より g(2)(τ) = 1となる熱的

状態に関しては∆n =radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩でありτ = 0においては上式が成立するから g(2)(

第 6章 調和振動子 91

0) = 2である一般論としては古典理論で記述可能な状態に対しては g(2)(τ) ge 1となることが知られている古典理論で記述できない状態として Fock状態を考えてみようFock状態 |n⟩は分散がゼロであるからg(2)(τ) = 1minus1n lt 1となるつまりFock

状態は確かに古典的な対応物がなく 純粋に量子的な状態であることが二次の相関関数からわかるこのように二次の相関関数はある状態がいかに量子的であるかの尺度になっている

66 Wigner関数661 導入密度演算子は量子状態のすべての情報を含むが本節ではこれを位相空間上で表現し

たいそこで密度演算子をWeyl変換する

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rangdqprime (661)

W (q p)はWigner関数として知られているものであるWigner関数が実関数であることはただちにわかるが必ずしも非負値を取らなくてもよい点でこれは確率密度分布にはなっていない二つの変数のうち片方について 2πδ(q) =

intinfinminusinfin dpeminusipq を用いて積分することで周

辺分布(marginal distribution)が得られる

W (q) =

int infin

infinW (q p)dp

=1

2πh

int infin

minusinfindp

int infin

minusinfindqprimeeminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang=

int infin

minusinfindqprimeδqprime

langq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang= ⟨q| ρ |q⟩ (662)

W (q)は明らかに非負である4純粋状態に対してはW (q)が q表現の波動関数を二乗したものであるとみることができるW (p) =

intinfininfin W (q p)dqはどうだろうか少し技

巧的だがintinfinminusinfin |p⟩ ⟨p|dp = 1を二回挿入し ⟨q |p⟩ = eipqh

radic2πhを用いると

W (q) = ⟨p| ρ |p⟩ (663)

であることがわかるつまりこちらの周辺分布W (q)も p表現の波動関数を二乗したものであるとみてよい結局周辺分布はどちらも波動関数の二乗の確率密度関数でありint infin

minusinfinW (q)dq =

int infin

minusinfinW (p)dp =

int infin

infin

int infin

infinW (q p)dqdp = 1

4ρ =sum

|ci|2 |ψi⟩ ⟨ψi|sum

|ci|2 = 1に対して確かめてみよ

第 6章 調和振動子 92

を満たす重複するがWigner関数は負の値を取りうるため確率密度関数ではないが規格化(二

つの変数について積分すると 1を得る)はされているために擬確率密度関数(pseudo-

probability density)とも呼ばれるだからといってWigner関数それ自体の重要性は見逃してはいけないなぜなら古典対応物の存在する量子状態のWigner関数は負の値を取らないことが知られているからだ言い換えればWigner関数の負値は非古典性(nonclassicality)の傍証となるのである

662 Wigner関数の例本節ではいくつかの純粋状態に関してWigner関数を計算してみる純粋状態 |ψ⟩に

対してWigner関数は次のように書かれる

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primeψ

(q +

qprime

2

)ρψlowast

(q minus qprime

2

)dqprime

663 コヒーレント状態最初の例はコヒーレント状態であるまず初めにコヒーレント状態の q表示 ⟨q |α⟩

を求めておくべきであろう

⟨q |α⟩ = ⟨x|infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩

= ⟨x|infinsumn=0

αn

neminus

|α|22 adagger

n |0⟩

= ⟨x| eminus|α|22 eαa

dagger |0⟩

= eminus|α|22 ⟨x| eα

radicmω2h (qminusi

pmω ) |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 ⟨x| eαradic

mω2hqe

minusiα pradic2mhω |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusiαradic2mhω

hi

ddq ⟨x |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hq

langxminus α

radich

2mω|0

rang

= Aeminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusmω2h

(qminusα

radich

2mω

)2

= Aeminusmω

2h

(qminusα

radic2hmω

)2

(664)

この計算では eγ(ddq)f(q) = f(x + γ)と ⟨x |0⟩ = Aeminusmω2hq2 を用いた最後の行では簡

単のため αは実数とした

第 6章 調和振動子 93

図 61 コヒーレント状態 |α⟩(左)とその重ね合わせ状態 (|α⟩ + |minusα⟩)2(右)のWigner関数各軸は真空ゆらぎで規格化してある

さてWigner関数を評価するにあたりGauss積分 intinfinminusinfin eminusa(x+b)

2dx =

radicπa(aは

実数bは複素数)に注意すると

Wα(q p) =

radic2A2

radicπmhω

eminusmω

h

(qminusα

radic2hmω

)2

eminusp2

mhω (665)

と計算できるこれは中心が αradic2hmωq 方向の分散が

radichmωp方向の分散がradic

12mhωのGauss分布となっていることがわかるだろうコヒーレント状態のWigner

関数を図 61の左に例示した

コヒーレント状態の重ね合わせ状態

次に|α⟩+ eiθ |minusα⟩という重ね合わせ状態のWigner関数を計算してみようこの計算は先ほどよりも少し長くなるが基本的にはただのGauss積分になり最終的には

W (q p) =Wα(q p) +Wminusα(q p) + Aeminusmωhq2eminus

p2

mhω cos

(2p

radic2h

mωα+ θ

)(666)

となるただし Aは積分の結果出てくる定数であるもともと重ね合わされた二つのコヒーレント状態のWigner関数WαとWminusαに二つのコヒーレント状態の干渉項とでもいうべき第三項が加わっているこの干渉項は図 61の右のように各コヒーレント状態のWigner関数を結ぶ直線に直交する方向の縞構造として現れるこの縞の数はコヒーレント状態の振幅 αに比例して増えていく

Fock状態

Fock状態の波動関数を求めるには特殊関数の知識が必要であるがこれに関しては初等的な量子力学の成書を参照されたいFock状態の波動関数は Hermite多項式を

第 6章 調和振動子 94

図 62 Fock状態 |n⟩のWigner関数

Hn(x) = (minus1)nex22(partnpartxn)ex

22として次のようなものである

|ψn(q)|2 =1

2nn

radicmω

πheminus

mωq2

h Hn

(radicmω

hq

)(667)

|ψn(p)|2 =1

2nn

radic1

πmhωeminus

p2

mhωHn

(radic1

mhωp

)(668)

周辺分布としてこれらを生成するWigner関数は天下り的ではあるが Laguerre多項式 Ln(x) =

sumnj=0 nCj(minusx)jjを用いて次のように与えられる

W (q p) =(minus1)n

πheminus 1

h

(mωq2+ p2

)Ln

(2

h

(mωq2 +

p2

)) (669)

95

第7章 共振器量子電磁力学(cavity QED)

71 Jaynes-Cummingsモデル共振器量子電磁力学系 (cavity quantum electrodynamicscavity QED) 1は電磁場

の共振器内部に二準位系を配置した系(図 )であり共振器光子の量子的振る舞いの研究あるいは共振器内部にある二準位系の制御が可能となる二準位系と単一の共振モードが相互作用するこのような状況は Jaynes-Cummingsモデルにより記述されるJaynes-Cummings Hamiltonianは

HJC =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (711)

であるこのモデルを用いて共振器量子電磁力学系という量子系を操る単純だが強力な舞台を見ていこうはじめに二準位系にも共振器にも緩和がない場合の Jaynes-Cummings Hamiltonian

の固有エネルギーを調べよう共振器光子が n個量子ビットが |ξ⟩ (ξ = g e)のときの合成系の量子状態を |ξ n⟩と書こうHamiltonianの行列要素 ⟨ξprimem|HJC |ξ n⟩を調べるとこのHamiltonianはブロック対角であることがわかるというのも非対角要素を与える σ+a+ adaggerσminusという相互作用(係数は省略してある)が |g n⟩と |e nminus 1⟩のみを繋ぐようなものだからであるそのブロック行列H(n)

JC をあらわに書くと

H(n)JC =

(minus hωq

2 + hωcn hgradicn

hgradicn

hωq

2 + hωc(nminus 1)

)(712)

となるここで一番目と二番目の行列はそれぞれ |g n⟩と |e nminus 1⟩の要素を表しているn ge 1にも注意このブロック行列は固有値λplusmn = hωc(nminus12)plusmn(h2)

radic(ωc minus ωq)2 + 4g2n

を有し量子ビットと共振器が共鳴している ωc = ωq = ω0の場合には

λplusmn = hω0 plusmn hgradicn (713)

と書けるこのように|g n⟩と |e nminus 1⟩の結合によってできる n番目の(励起)状態は 2hg

radicnだけエネルギー間隔のあいた二つの量子状態であり二準位系と共振器の結

合系である Jaynes-Cummingsモデルのエネルギースペクトルは等間隔ではないこのエネルギースペクトルを Jaynes-Cummings ladderともいう

1量子技術においては共振器全般を cavityと呼ぶことが多いが別の業界では cavityといえば虫歯である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 96

図 71 緩和があるときの Jaynes-Cummingsモデルの概念図

72 弱結合強結合領域今度は Jaynes-Cummingsモデルに緩和を取り込んだ系(図 71)について調べよう

量子ビットの自然放出レートを γ共振器から光が失われるレート(単にロスレートともいう)を κとするユニタリ演算子 U = exp[iωadaggerat+ i(ω2)σzt]を用いて Jaynes-

CummingsモデルのHamiltonianを回転系でみると2

HJC =h∆q

2σz + h∆ca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (721)

ここで離調∆q = ωq minus ω∆c = ωc minus ωを定義したこの Hamiltonianを用いて aとσminusについてのHeisenberg方程式を書き下そう

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus igσminus (722)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus igσza (723)

この方程式において量子ビットが強い励起を受けていないすなわちほとんど基底状態 |g⟩にあるという近似をするとσzをその期待値minus1で置き換えることができるこれによってminusgσzaという厄介な項は+gaとなり扱いやすくなるまた量子ビットがほとんど励起されていないため共振器内部の光子数も小さいであろうしたがって光子数が 0と 1の状態のみを考えることにするこういった近似のもとHeisenberg方程式を行列で書き直すと

d

dt

(a

σminus

)=

(minus(i∆c +

κ2

)minusig

ig minus(i∆q

2 + γ2

))( a

σminus

) (724)

この方程式全体を |e 1⟩に作用させるあるいは Hermite共役をとって状態 |g 0⟩に作用させるなどすると状態の時間発展を表す Schrodinger方程式と類似していることが

2相互作用項 hg(σ+a + adaggerσminus) は場合によっては minusihg(σ+a minus adaggerσminus) という形で現れるがU =exp[i(π2)adaggera]あるいは U = exp[i(π2)σz] というユニタリ変換のもとで等価である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 97

わかるしたがって右辺の行列の固有値は量子ビット-共振器結合系の固有エネルギーと考えて差し支えない対角化によりその固有値Eplusmnは

Eplusmnih

= minus1

2

[(i∆c +

κ

2

)+(i∆q +

γ

2

)]plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

(725)

と求まり対応する固有ベクトルは

|ψplusmn⟩ =1radicAplusmn

[1

2

[(i∆c +

κ

2

)minus(i∆q

2+γ

2

)]

plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

|g 1⟩ minus g |e 0⟩

(726)

であるただし 1radicAplusmnは規格化のための係数であるこれらからわかるように緩和

を考慮することによって固有エネルギーEplusmnは一般に複素数となりその実部はエネルギーを虚部は損失を表すこれは固有状態の時間発展が eminusi(Eplusmnh)tで与えられることからも妥当であろうここまでくれば共振器量子電磁力学系の弱結合領域強結合領域について議論するこ

とができるこれらはEplusmnの実部が同じ値となるか否かによって分けられるのだが簡単のため∆c = ∆q = 0つまり量子ビットと共振器がピッタリ共鳴の場合を考えよう結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも小さいとき系は弱結合領域(weak coupling regime)にあるといわれるEplusmn の表式のうち平方根の中身は正であるため固有エネルギーは縮退している言い換えれば量子ビットと共振器はエネルギースペクトル上で同じ位置にあり線幅のみが異なる緩和に対して結合定数が小さいため一切のエネルギーシフトが起こらないのである代わりにというべきか量子ビットと共振器の緩和レートはもともとの各々のレートから変化する共振器の緩和レートの方が大きい状況κ4 ≫ γ4 ≫ gを考えEplusmnの表式に出てくる平方根を近似的に展開すると

Eplusmnih

= minus1

2

(κ2+γ

2

)plusmn 1

2

(κ2minus γ

2

)[1minus 1

2

g2(κminusγ4

)2]

= minusκ∓ κ

4minus γ plusmn γ

4∓ 1

2

g2

κminusγ4

(727)

と書けるここで Γ+ = E+ihΓminus = Eminusihと分けて書こう

Γ+ = minusγ2

(1 +

g2

γ2κminusγ2

)≃ minusγ

2

(1 +

4g2

κγ

) (728)

Γminus = minusκ2

(1minus g2

κ2κminusγ2

)≃ minusκ

2

(1minus 4g2

κ2

) (729)

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 98

図 72 結合定数に対するロスレートあるいは線幅(左)とエネルギー(右)の依存性およびエネルギーの離調に対する依存性(右)

まず言えることはgをゼロとした時の値からΓ+とΓminusがそれぞれ量子ビットと共振器の緩和レートに対応することであるそして結合定数 gが有限の値をとるとき例えば量子ビットの緩和レートは Fp = 4g2κγのぶんだけ増加するのであるこの緩和レートの増強因子FpをPurcell因子あるいは文脈によっては協働係数(cooperativity)と呼ぶ次に結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも大きいときを考えようこの場合には Eplusmnの

表式の平方根の中身が負になりE+とEminusの実部はもはや同じ値ではなくなるこれは量子ビットと共振器が結合した新たなモードが二個あることを意味しており簡単のため∆c = ∆q = 0とすると

Eplusmn = ∓h

radicg2 minus

(κminus γ

4

)2

minus ih

2

(κ2+γ

2

)(7210)

となるこれより直ちにわかるのは量子ビットと共振器が結合してできた二つの新たな量子状態の緩和レートは量子ビットと共振器の緩和レートの平均値となることであるこれは新たにできた量子状態が「半分量子ビット半分共振器」の励起状態であることから当然ともいえるそしてエネルギーシフト∆Eplusmn = ∓hΩ0 = ∓h

radicg2 minus [(κminus γ)4]2

によって二つの量子状態は 2hΩ0だけエネルギー的に分裂することになるがこのエネルギー分裂を真空Rabi分裂(vacuum Rabi splitting)と呼ぶこのように真空Rabi分裂が起こるほど結合定数が大きなパラメータ領域を強結合領域(strong coupling regime)といい図 72には緩和レート(スペクトル線幅)やエネルギーの結合強度や離調に対する振る舞いを示した

73 分散領域前節ではJaynes-Cummingsモデルを量子ビットと共振器がほとんど共鳴的な状況

で調べ強弱結合領域という興味深い状況が現れることが分かったこの節では量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 99

図 73  分散領域における Jaynes-Cummingsモデルのスペクトル特性

子ビットと共振器の間の離調が各々の線幅よりも十分大きいが結合定数も大きいために分散的(dispersive)に結合するような場合に実現されるもう一つの興味深い結合領域をみてみよう再び Jaynes-Cummingsモデルから出発しよう

H =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ σminusadagger) (731)

ユニタリ演算子 U = exp[iωcadaggerat+ i(ωc2)σzt]によるユニタリ変換により ωcでまわる

回転系では∆ = ωq minus ωcとしてHamiltonianがHprime = (h∆2)σz + hg(σ+a+ σminusadagger)と

なるここでSchrieffer-Wolff変換(付録 Fを参照)によりこのHamiltonianを近似的に対角化したいユニタリー演算子 eS = exp[(g∆)(σ+aminus σminusa

dagger)]によるユニタリ変換を施し|g∆| ≪ 1のもとでその摂動展開を途中までで切るとHprimeprime = (h∆2)σz +

h(g2∆)(adaggera+ 12)σz となり回転系からもとの系に戻ると

Hprimeprimeprime =hωq2σz + hωca

daggera+hg2

(adaggera+

1

2

)σz (732)

これがしばしば分散 Hamiltonian(dispersive Hamiltonian)と呼ばれるもので当初の目論見通り σzと adaggeraのみによってあらわされているつまり対角化されたものとなっているこれは次の二通りに解釈が可能であるまずはじめに次のように書こう

Hprimeprimeprime =h

2

(ωq +

g2

)σz + h

[ωc +

g2

∆σz

]adaggera (733)

ここには二種類の周波数シフトが見て取れるひとつは量子ビットの g2∆だけの周波数シフトでありこれは共振器の真空場と量子ビットの結合による Lambシフトである一方で共振器のほうにも (g2∆)σzで書かれる周波数シフトがあるこれは量子ビットの状態に依存して光共振器に符号の異なる周波数シフトが起こることを意味しており分散シフト(dispersive shift)と呼ばれるたとえば共振器からもれる光子の量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 100

を周波数軸上で測定すると量子ビットの基底状態と励起状態の占有確率を反映した量の光子が周波数軸上で二つのピークを形成することになる(図 73左)これらのピークは 2g2∆ gt γであればはっきり分かれたスペクトルを示す次に同じHamiltonianを次のように書く

Hprimeprimeprime = h

[ωq +

g2

(adaggera+

1

2

)]σz + hωca

daggera (734)

この形に書けば今度は Lambシフトのほかに共振器内の光子数に応じて量子ビットの周波数が複数のピークに分裂する(図 73右)ことを意味しているこれらのピークはg2∆ gt κであるときに分解して見えこれを用いた光子数分布の測定の実験が行われている [8]

101

第8章 電磁波共振器と入出力理論

単一の量子系を操るだけであれば強いレーザーやマイクロ波などの電磁波を照射するだけで良い(光子そのものを除く)しかしながら単一の量子系の量子状態を光子に決定論的にすなわち確実に光子に変換することが必要な場合にはその限りではない電磁波の共振器はこのような場面において単一量子系と単一光子の相互作用の増強に用いられるため量子技術全体においても特に重要な構成要素である本節ではこの電磁波共振器の諸性質とその測定の一般論を述べよう具体的な概念としては共振器のQ

値と共振器光子の寿命Fabry-Perot共振器におけるフィネス共振器の内部ロスと外部結合およびその入出力理論による取扱いについて解説する

81 共振器の性質電磁波共振器(electromagnetic resonatorcavityあるいは単に cavity)はその共振

(角)周波数ωcと共振器光子の寿命(lifetime)τcで特徴づけられると考えてよい共振器光子の寿命とはいっても実際に寿命 τcが何秒であるという風に評価することはほとんどなく寿命 τcというよりはその逆数をとった共振器光子のロスレート κc = 2πτc

で考えることが多い電場Ecで考えると角周波数 ωcで振動しレート κc2で減衰する光子数のロスレートが光子数自体によらないという仮定が入っているがこれは光子同士の相互作用が弱いためほとんどの状況において良いモデル化となっている上記のような性質を持つ光共振モードの周波数スペクトル Sc(ω)は指数関数の Fourier変換が Lorentz関数であることから

Sc(ω) prop1

(ω minus ωc)2 + (κc2)2(811)

という形になることが期待されるこれを見るとロスレート κcはこの Lorentzianスペクトルの半値全幅となっていることがわかる(図 81)共振器といえば通常電磁波をある領域に閉じ込めておくものでありその共振モード

の性能を示す指標としてはいかに長時間閉じ込めておけるかというものが挙げられるこれについては Q値(quality factor)とフィネス(finesse)という量があり定義の仕方は異なるが本質的には共振器内の光子の寿命あるいはロスレートに関係した量であるQ値とフィネスの使い分けは簡単であるもののあまり意識されないものであるため後で詳述することにしようもう一つの指標としてはいかに小さな体積に電磁波を閉じ込められるかという指標であるモード体積 V がある42節で取り上げたように

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 102

図 81 電磁波共振器の周波数特性

共振モードの真空ゆらぎは 1radicV に比例するから物質との相互作用を増強するため

にはモード体積を非常に小さくすることが望ましいモード体積については共振器の形状によって決まる量であるがQ値とフィネスにつ

いては場合に応じて時間領域(time-domain)測定か周波数領域(frequency-domain)測定が行われるこの評価方法については後で述べるとしてQ値とフィネスについて説明しよう

811 Q値Q値とは共振モードが示す Lorentzianスペクトルの中心周波数とロスレートの比

Q = ωcκcで与えられる量であるその物理的意味は電磁波の振動周期 τc = 2πωc

とロスの時定数 τloss = 2πκc で書き直して Q = τlossτc と書けば少しわかりやすくなるだろうかこれはロスの時定数の間に電磁波が何回振動できるかを表す量であるこれは暗に共振器内の電磁波が常にロスにさらされ続けることを念頭においているFabry-Perot共振器などの共振器を除いてほとんどの場合にQ値がいい性能指標になると考えてよいQ値はロスがなければ無限大になるものだが実際には様々なロスがあるため有限の

値になるこのとき各種のロスのレートを κi = ωcQiと書いた時にはこれらを合計した共振器のロスレートはsumi κiとなるでは Q値 Qtotの方はどうなるかというとQ = ωcκcで ωcは共通だから

Qtot =

(sumi

1

Qi

)minus1

(812)

となる例えば後に入出力理論でやるような共振器の内部ロスと導波路への外部結合を考慮して実験系を設計するときなどはQ値よりもロスレートの方で考えたほうが計算がやりやすいし物理的な状況もわかりやすい

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 103

図 82 Fabry-Perot共振器とその共振スペクトル

812 フィネス(Finesse)おそらく最も簡単な光共振器は図 82のように合わせ鏡にして光を閉じ込めるFabry-

Perot共振器であろうこの共振器では電磁波がミラーの間を往復して戻ってくるときに電磁波の振動の位相が 2πの整数倍進んでいる時に電磁場が強め合って共振するそれ以外のときは多数回往復したすべての電場の重ね合わせはゼロになってしまうため共振器の内部に電場が存在することができなくなる共振条件は上記の条件を「共振器一周ぶんの光路長が電磁波の波長 λの整数倍である」と読み替えて

2nL = λN hArr ν =c

λ=

c

2nLN (813)

と書けるただしN は自然数であるしたがって周波数軸上で見ると共振モードはc2nLで等間隔に並んでいるこの周波数間隔をFSR(Free spectral range)という共振モードがロスを持つ場合にはこの周波数軸上の194797状のスペクトル一本一本が Lorentz

型になるこの半値全幅 κcが共振モードのロスレートであるところでFabry-Perot共振器のロスの原因は何であろうか電磁波がミラーの間を

往復して飛んでいる時通常用いられる波長の電磁波では空気はほとんどロスの原因にならないロスの主な原因になるのはミラーにおける共振器外への望まぬ散乱とミラーの反射率の不完全さであるつまりFabry-Perot共振器のロスレートは一秒間に何回ミラーによる反射が起きるかに比例するとすると共振器長が長くなればなるほどロスレートが減りQ値は大きくなっていくこのような状況では Q値はロスレートを表す量ではあるもののFabry-Perot共振器の特性を表した量としてはあまり好ましくないこのように光子の寿命ではなくて「共振器内を光子が何往復できるか」で測るべきだろうというときに用いられるのがフィネスF であるこれは共振器の FSRを用いて

F =FSR

κc2π(814)

と書かれる量である1FSR = 2nLcは共振器を一周するのにかかる時間2πκcは電磁波のロスの時定数であるから光子が共振器からいなくなるまでに共振器を何周できるかを表す量であることがわかるだろう

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 104

図 83 反射測定と透過測定の模式図

82 共振器の測定量子系の実験において頻繁に登場する共振器であるがその測定の仕方は物理系に

よってさまざまであるしかしながら電磁波を共振器に入射して何らかの応答を見るという点では本質的にはどの共振器でも同じであるこの事実は次節で導入する入出力理論を用いるとより鮮明になるのだがその準備として本節では共振器の主要な測定方法についてみていこう

821 反射測定と透過測定一般に共振器というものは電磁波を閉じ込める構造になっているのだから共振器外

部から入射する電磁波は逆にはじき返されるしかしながら入射した電磁波のうち一定の割合は共振器の中に入ることになる共振器から跳ね返ってくる電磁波つまり電磁波の反射量を測定すると共振器の共鳴周波数においては反射量が減少するこれを測定するのが反射測定である一方共振器から漏れ出てくる電磁波を測定することもできるこれを測定するのが透過測定であるイメージをつかむためには図 のFabry-Perot共振器の例がわかりやすいだろうスペクトル測定共振器を測定するもっとも一般的な手法はその電磁波応答を周波数軸上で測定する

ことであるより具体的に言うと共振器の反射なり透過なりの信号を入射する電磁波の角周波数 ωを変えながら測定するのである前述の図 にある信号をイメージしてもらえればよいこの手法は共振器の線幅が入射する電磁波のスペクトル線幅よりも太い場合に有効

でありほとんどの実験的な状況ではそのような状況になるしかしながら電磁波のスペクトル線幅が共振器の線幅よりも大きい場合にはスペクトルをとっても電磁波のスペクトルが現れるだけである(逆にこのような状況を利用すれば電磁波のスペクトルを測定できる)そのような場合には次のリングダウン測定と呼ばれる時間領域での測定が用いられる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 105

図 84 リングダウン測定における入射電磁波強度(上)と観測される信号(下)

図 85 実際の測定系の Fabry-Perot共振器(左)リング共振維(中央)LC共振器(右)に関する模式図

リングダウン測定共振器に共鳴する電磁波を入射し続けた状態では定常状態として一定数の光子が

共振器中に蓄積されている状態になるこの状態で突然光を遮るあるいは光の周波数を非共鳴にすると共振器内に蓄積された光子が少しずつ漏れていくことになるこの漏れの時間変化は共振器の周波数スペクトルが Lorentzianであることから共振時に得られていた信号の指数関数的な減衰となって現れるこれはちょうどベルをコーンと叩いてその音の減衰を調べる様子と似ていることからリングダウン測定(ring-down

measurement)と呼ばれる(図 84)リングダウン測定は時間領域で共振器への電磁波を素早く変調しなければならな

いしたがって線幅の太いすなわち減衰の時定数が非常に速い共振器を測定するのは難しい逆に線幅の細い減衰の時定数がとても長い共振器の測定はリングダウン測定によって測定しやすく前節の周波数スペクトルの測定では周波数分解能の問題で測定できないような場合に有用な手法となる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 106

822 実際の測定系まず光共振器の主な測定方法について概観してみよう代表的なものとしてFabry-

Perot共振器とリング共振器を取り上げるFabry-Perot共振器では図 85左のように二枚のミラーの片方に共振器から漏れ出る光の伝播モードと同じ方向同じビーム径でレーザー光を入射する一枚目のミラーで反射される光を偏光の調節により取り出しディテクタで受け取ることで反射測定が実現されるまた二枚目のミラーから漏れ出てくる光をディテクタで受け取れば透過測定が可能になるこのときの光共振器へ光子が出入りするレートは光共振モードの自由空間への漏れと入射レーザーの空間分布の重なりの良さと光共振器のミラーの反射率依存する空間的な重なりが良ければ良いほど光共振器への入出力レートは高くなりまたミラーの反射率が低ければ低いほど入出力レートが高くなるリング共振器(図 85中央)についてはFabry-Perot共振器でやったような自由空

間からのアクセスは難しいこの場合にはリング共振器の共振モードの染み出し光(エバネッセント光evanescent wave)に着目して光導波路のエバネッセント光をリング共振器に近づけることでリング共振器に光を導入するこのときには光導波路を通る光が共振器に共鳴しているときだけ光導波路の透過光強度が下がるような信号が得られる次に電気回路の共振器について紹介しようまず図 85右にあるような LC共振器回

路を考えるこの一部にキャパシタで結合する配線を追加するとその配線から電磁波を入射して共振器の反射測定を行うことができるさらに似たようなポートをもう一つ作れば片方の配線から電磁波を入射しもう一つの配線へ漏れ出る信号をみるという透過測定が可能になるこの LC共振器への電磁波の導入というのはキャパシタで行う場合もあればインダクタで行う場合もあるこれは LC共振器の電磁波の電場と磁場のどちらにアクセスするかという違いでしかなくその有利不利は共振器の電磁場のプロファイルと設計上の都合を勘案して決められるコプラーナ共振器空洞共振器やループギャップ共振器といった様々な電気回路共振器でも事情はほとんど同じである

83 入出力理論 [17]

831 伝播モードと入出力関係この節では先に述べた反射測定や透過測定において見えるべき信号がどのような

ものかそして見える信号から共振器や入射ポートから共振器への光子の導入のレート(外部結合レート)の情報がどこまで得られるかといったものを計算したいしかしこれまで本書で述べてきた物理系の扱いは共振器や静止した量子ビットといった空間的に局在した系であった本節では空間を伝播する電磁波を扱わねばならず共振器と伝播モード(propagating mode)が出会う境界で成立する条件を有効活用して系を解析しなければならないこの方法を与える入出力理論(input-output theory)とその枠組みで伝播モードと共振モードの境での境界条件を与える入出力関係(input-output

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 107

relation)の導出の仕方を見いくつかの応用例から実際に共振器測定の理屈を学ぶことがここでの目的であるここでは一次元的な伝搬モードの光子の消滅演算子を c(ω)生成演算子を c(ω)daggerと書

いて [c(ω) cdagger(ωprime)] = 2πδ(ωminus ωprime)を要請する生成消滅演算子が周波数に依存した形になっているのは伝播モードである以上周波数の選択性はなく連続的な周波数のモードが存在してもいいからであるこのモードとの結合により共振器の測定をモデル化してみよう

Htot = hωcadaggera+

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω)minus ih

radicκ

int infin

minusinfin

[adaggerc(ω)minus cdagger(ω)a

] (831)

第二項と第三項はそれぞれ伝搬モードのエネルギーと共振器と伝搬モードの結合を表し外部結合レート(external coupling rate)と呼ばれるこの結合レートを κと書く伝搬モードに関するHeisenberg方程式を求めようdc(ω)

dt=i

h[Htot c(ω t)] =

i

h

[int infin

minusinfin

dωprime

2πhωprimecdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+i

h

[minusih

radicκ

int infin

minusinfin

dωprime

[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a

] c(ω)

]=

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime[cdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a c(ω)

]= minus

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime(2π)δ(ω minus ωprime)c(ωprime) +

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ(2π)δ(ω minus ωprime)a

= minusiωc(ω) +radicκa (832)

一方で共振器に関するHeisenberg方程式はda

dt=i

h[Hs a]minus

radicκ

int infin

minusinfin

2πc(ω) (833)

ここで伝搬モードのHeisenberg方程式を形式的に解くのだが過去の時間 t0 lt tを参照する解 cinと未来の時間 t1 gt tを参照する解 coutの二つがあり得るすなわち

cin(ω t) = eiω(tminust0)c(ω t0) +radicκ

int t

t0

dτeminusiω(tminusτ)a(τ) (834)

cout(ω t) = eminusiω(tminust1)c(ω t1)minusradicκ

int t1

tdτeminusiω(tminusτ)a(τ) (835)

これらを共振器の演算子のHeisenberg方程式に代入するとda

dt=i

h[Hs a]minus

κ

2aminus

radicκcine

minusiΩt (836)

da

dt=i

h[Hs a] +

κ

2aminus

radicκcoute

minusiΩt (837)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 108

図 86 1ポート測定の概略図

が得られるここでMarkov近似によって伝搬モードに関するm重(m ge 2)積分を無視することができ

cineminusiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust0)c(ω t0) (838)

couteiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust1)c(ω t1) (839)

とおいたここで注意しておきたいことがあるcinと coutはいまや周波数で積分された量であるから[

radicHz]という単位を持つしたがって演算子 ninout = cdaggerinoutcinout

は [Hz]の単位を持つ量であり光子の流束(flux)になるそして上記の二つの微分方程式を組み合わせると次の入出力関係が得られる

cout = cin +radicκaeiΩt (8310)

この入出力関係とHeisenberg方程式のセットによって吸収発光スペクトル(absorp-

tionemission spectrum)など実験的に観測される様々な量を計算することができるしばしば回転系にのって cout = cin +

radicκaという入出力関係が用いられる

832 1ポートの測定簡単かつ頻出する状況の計算例として1ポートの共振器測定を考えようこれはリ

ング共振器が一本の光導波路に結合しているような状況や電気回路の共振器に一本だけ電磁波導入用の配線がある場合などに対応するHamiltonianとしては共振器のものH = h∆ca

daggeraを用い伝搬モードの Hamiltonianはあらわに考えなくともよいもし Heisenberg方程式にどのように緩和や結合が入るかがわからなくなったら前節の議論に沿って改めて計算することで正しい表式を得ることができる共振器自体の緩和レートを κin共振器と導波路の結合レートを κexとすれば(図 86)共振器の演算子

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 109

に対するHeisenberg方程式はda

dt= minusi∆caminus

κin2aminus κex

2aminus

radicκexain (8311)

であり入出力関係は aout = ain +radicκexaになる定常状態では dadt = 0から

a = minusradicκex

i∆c +κin+κex

2

ain (8312)

とすることができるこれとこの Hermite共役から共振器内部の光子数 ncav = adaggera

と入力光子の流束 nin = adaggerinainの関係式を得る

ncav =κex

∆2c + [(κin + κex)2]2

nin (8313)

つまり駆動周波数が共振器に共鳴していて共振器自体の緩和が小さいとき共振器内光子数はざっくり入力光子の流束を共振器の緩和レートで除したものになるさらに aの表式を入出力関係に代入すると

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain

=i∆c +

κinminusκex2

i∆c +κin+κex

2

ain (8314)

となる導波路の透過率 T は出力光子数(あるいは流束)と入力光子数(あるいは流束)の比を取ることで計算できるから⟨nout⟩⟨nin⟩ = ⟨adaggeroutaout⟩⟨a

daggerinain⟩をもちいて

T =∆2c +

(κinminusκex

2

)2∆2c +

(κin+κex

2

)2 = 1minus κinκex

∆2c +

(κin+κex

2

)2 (8315)

であるこの式からただちにわかるように透過スペクトルには共振器が Lorentz関数のディップとして現れる(図 88)このスペクトルに関連して共振器と導波路の結合には三つのパラメータ領域があることに言及しておきたいまず導波路との結合(一般に外部結合と呼ばれる)κexが共振器の緩和(内部ロスintrinsicinternal lossと呼ばれる)κinより小さく κex lt κinであるとき共振器と導波路の結合はアンダーカップリング(undercoupling)であるといわれる

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain (8316)

から式 ⟨aout⟩⟨ain⟩を複素平面(位相空間とみても良い)上にプロットしたものが図 88

の左のものである共鳴時にくるりと位相空間上で円を描く様子がわかるがアンダーカップリングのときには位相空間上で原点に至ることはなく位相変化も πを上回ることはないこれよりアンダーカップリングのときは透過率がゼロまで下がることはなくこれは外部結合が小さく共振器に入ることなく通り抜ける光子が多数あるからであ

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 110

図 87 アンダー(左)クリティカル(中央)オーバー(右)カップリング時の位相空間での信号

図 88 κin = 1のもとでのさまざまな κexに対する分光信号

ると解釈できるκex = κinになるときをクリティカルカップリング(critical coupling)というがこのとき位相空間上でちょうど原点を通るようになりしたがって透過率が共鳴のときにゼロになる(図 88の中央)これは導波路から注入した光がすべて共振器によって消費されて消失していることを意味する共振器のスペクトル幅は κin+κex

になるがクリティカルカップリングのときにはこれが 2κinとなる最後に κex gt κin

のときをオーバーカップリング(overcoupling)というこの時には図 88の右のように位相空間上の円は原点を囲むようになり透過率がゼロにならない位相が 2π回る線幅が太くなる等の特徴があるこの状況は共振器に対して強い外部結合がありガバガバと共振器に光子が入っていくがそのぶんガバガバと共振器から導波路に戻ってきてしまうために共振器で消費されきることがないというふうに理解できる様々な結合領域のときの共振器の透過測定信号を図 87に示した

833 2ポートの測定次の例としてFabry-Perot共振器や配線が 2本ついた LC共振器のような状況を考

えようこの場合の入出力関係はどうなるかというと2つの電磁波入出力ポートでのそれぞれの境界条件として入出力関係を考えれば十分である電磁波を入射するポート

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 111

図 89 2ポート測定の実験系の概略

と等価を測定するポートの外部結合レートをそれぞれ κ1 κ2 として消滅演算子を入射電磁波について ain反射電磁波について aout透過電磁波に対して bout としようHeisenberg方程式は先ほどと同じく

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus

radicκ1ain (8317)

となるただしここで κ = κin + κ1 + κ2であるこれは共振器光子のロスレートがもともとあるロスレートに加えて二つのポートへの漏れも含んでいる形となっている入出力関係は入射ポートと等価ポートそれぞれに関して

aout = ain +radicκ1a bout =

radicκ2a (8318)

となるこれらもまたきちんと計算すれば出てくるのであるが各ポートでの光子の収支を考えると至極妥当であろうこれらを da

dt = 0の定常状態について解くことで反射率R =

langadaggeroutaout

ranglangadaggerinain

rangと透過率 T =

langbdaggeroutbout

ranglangadaggerinain

rangが

R = 1minus κ1(κin + κ2)

∆2c + (κ2)2

(8319)

T =κ1κ2

∆2c + (κ2)2

(8320)

と得られるR + T = 1minus κinκ1(∆2c + (κ2)2)で 1とならないのは共振器から二つ

のポート以外へ光子がロスする過程があるためであるκ1 = κin + κ2のときに反射率は共鳴時にゼロとなる

834 二準位系の自然放出上記の議論のちょっとしたバリエーションを二準位系の自然放出に適用してみよう

HamiltonianはHq = h∆qσz で伝搬モードがシングルモードであるという仮定をして全体のHamiltonianを

Htot = Hq +

int infin

minusinfin

2πhωbdagger(ω)b(ω)minus ih

radicγ

int infin

minusinfin

[σ+b(ω)minus bdagger(ω)σminus

] (8321)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 112

図 810 導波路結合した量子ビット-共振器結合系

共振器の場合と全く同じ計算過程をたどることによって

σminus = minusi∆qσminus minus γ

2σminus +

radicγσzbin (8322)

というHeisenberg方程式を得るここで駆動項に σzの因子が付いていることに注意しようこれは原子が基底状態にいるときには期待値minus1をとるが駆動が強くなるにつれて σz の期待値はゼロになっていき駆動に対する反応が小さくなり原子が飽和する状況を再現している強い電磁波の照射により原子が飽和すると光の透過率は共鳴時でも 1となってしまうこれで定性的な振る舞いはわかるが正しい原子スペクトルの表式はマスター方程式および Bloch方程式を用いた解析をすべきである

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系最後の例として図 810のように量子ビット-共振器結合系が導波路結合している

ような系を考え導波路の透過測定によって量子ビット-共振器結合系がどのように観測されるかをみてみようここで共振器はフォトニック結晶共振器にエバネッセント光によって結合しているような場合を考えるHamiltonianは単純な Jaynes-Cummings

モデルであり

H =hωq2σz + hadaggeraminus ihg(σ+aminus σminusa

dagger) (8323)

とするここでは κ = κin + 2κexである導波路の左側から電磁波を入射するとして入射モードを bin透過するものを bout反射するものを coutとしよう駆動周波数 ω

の回転系に乗ってHeisenberg方程式da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus gσminus minus

radicκexbin (8324)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus gσza (8325)

dσzdt

= 2g(σ+a+ σminusadagger) (8326)

および入出力関係

bout = bin +radicκexa cout =

radicκexa (8327)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 113

から透過率と反射率を計算したいしかしながら量子ビットが非線形であることに由来してこの方程式には非線形項があり単純には解けなくなっているさらに言えばJaynes-Cummingsモデルを解析した際に行ったような量子ビットが非常に弱くしか励起されないという近似は用いないことにしようつまり量子ビットの駆動が強い場合も考えたいそこでコヒーレントな電磁波である binboutcoutおよびコヒーレントに駆動されているPauli演算子 σzと σminusをすべて演算子ではなく普通の数 bin bout cout sz s

に置き換えて定常状態での振る舞いを調べることにするすると少し込み入った計算の後

cout = minusr(∆c∆q)bin (8328)

bout = [1minus r(∆c∆q)]bin (8329)

sz = minus 1

1 +X (8330)

s = minusradic

1

η

1

1 +X

2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)bin (8331)

という表式が得られる ただし

η =g2

κex (8332)

r0(∆c) =κex

i∆c + κ2 (8333)

r(∆c∆q) =

[1minus 2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)

1

1 +X

]r0(∆c) (8334)

X =|bin|2

Ps (8335)

Ps =1

8ηκ2ex

[∆2q +

(γ2

)2] [∆2c +

(κ2

)2]+ η2κ2ex minus 2ηκex∆q∆c +

γηκexκ

2

(8336)

というパラメータを導入してあるr(∆c∆q)は量子ビット-共振器結合系の反射率を表しておりr0(∆c)は量子ビットがない時の共振器のみの反射率であるPsは量子ビットが飽和する光子の流束X はこれで規格化された入力光子の流束になっている

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 114

図 811 上段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトルと σz の期待値(インセット)下段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトル

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 115

図 812 さまざまな結合強度(上段)と離調(下段)に対する透過スペクトル

116

第9章 量子実験系における種々の結合

この節ではいくつかの量子系を例にとって量子技術に出てくる様々な相互作用を概観し実際に相互作用の大きさつまり結合定数を求めてみよう基本的な方針としては古典的な相互作用の表式を考えそれを量子化してHamiltonianに入る相互作用項の形を求め結合定数を相互作用している物理系の真空ゆらぎの積として得るというものになる

91 原子イオンの例原子あるいは原子イオンの系は固体光共振器などを用いる特殊な場合でない限りに

は解析的に種々の結合が計算できる

911 原子-光相互作用これは 43節の繰り返しになるが電場の1次のみで双極子遷移 d middotEを考えるとき

d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いて相互作用Hamiltonianが

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (911)

と書けるのであったさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であれば回転波近似により相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (912)

という形になるこの Jaynes-Cummings相互作用の結合定数が g = microEzpfhで与えられるこれは遷移双極子モーメントと共振器光の電場の真空ゆらぎの積となっている二準位系の遷移双極子モーメント microは実験的に観測される遷移の自然幅 Γとの間に

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(913)

という関係式が成り立つことから計算できる参考までにストロンチウムイオンの波長 422 nmの遷移の自然幅が約 23 MHzであり上式から計算される遷移双極子モーメントは 139times 10minus29 Cmiddotmである

第 9章 量子実験系における種々の結合 117

図 91   Fabry-Perot共振器の内部に原子が配置された系の概念図

次に光共振器として図に示すような Fabry-Perot共振器(共振器長がLミラーの曲率半径がRビーム半径がw0)を考えよう高フィネスのFabry-Perot共振器に用いられるミラーは通常誘電体多層膜ミラーであり厳密には共振器長は誘電体多層膜ミラーへの ldquoしみこみrdquoを考慮した実効的な長さとなるがこのしみこみはせいぜい光の波長程度のものであるので無視しようこの共振器における光の電場は共振器長とミラーの曲率半径が波長より十分大きいという条件のもとで

E(r) = sin2πx

λexp

[minusy

2 + z2

w20

](914)

と書けるこの共振モードのモード体積を電場の二乗の積分で定義する上記のようにかけている場合には計算が簡単で

V =

int L

0dx

int infin

minusinfindy

int infin

minusinfindzE(r)2 =

πw20

4L (915)

となるビーム径は

w0 =

radicLλ

(2Rminus L

L

) 14

(916)

と書ける []からモード体積は

V =λ

8

radicL3(2Rminus L) (917)

となる波長 422 nm共振器長 200 microm曲率半径 1 mmのミラーを用いる場合には V = 63 times 106 microm3 となるモード体積を用いて共振器光の電場の真空ゆらぎはEzpf =

radichωc2ε0V と書かれることはすでに述べた

第 9章 量子実験系における種々の結合 118

図 92 イオンの量子化された振動(左)とサイドバンド遷移(右)

以上より原子と光の結合定数はg2π = 096 MHzと求められる自然幅が2πtimes23 MHz

であるからこれは光共振器の線幅に関わらず弱結合領域であるより大きな原子と光の相互作用を実現するためにはいくつかの改善をしなければならないひとつには自然幅 Γのより細い遷移を使うということである単純に考えると Γの減少は遷移双極子モーメントの減少すなわち結合定数の減少を招くように思えるが式 913をみるとΓが小さくなってもωqが小さくすなわち波長が長くなっていればΓの減少を補って余りある可能性がある結合強度が変わらずに自然幅すなわち強結合領域のためのハードルが下がるのであるもうひとつは共振器のモード体積を小さくして電場の真空ゆらぎをそして結合強度自体を大きくするという方法がある共振器長を短くするのはもちろんミラーの曲率半径を小さくしてビーム径を小さくするのも効果的である

912 サイドバンド遷移振動電場によって生成した荷電粒子に対する調和ポテンシャルに原子イオン(以後

混乱のない限り単にイオンと記す)を捕獲するのがイオントラップのなかでも Paulトラップと呼ばれる技術であるこのときイオンはトラップ中で調和振動をすることになりこの振動量子を便宜上フォノン(phonon)と呼び単一イオンのフォノンは空間三方向あわせて三つ存在するこれを考慮すると原子の位置はフォノンによって振動することになるこれはレーザー冷却によってイオンがフォノンの基底状態にあってすらもフォノンの真空ゆらぎにより位置が揺らいでいることを意味するレーザー光がイオンに照射されている時前節では原子が静止していることを暗に

仮定していたが今度は原子の位置 xも含めて考えようこれは原子に当たる電場をE(x) = Ezpfe

ikx(a+ adagger)と空間依存する位相因子を含めて書くことで可能になるただし k = 2πλは光の波数であるこれによる双極子遷移はフォノンの生成演算子を b

第 9章 量子実験系における種々の結合 119

真空ゆらぎを xzpf として

hgeikx(σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hgeikxzpf(b+bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger)

≃ hg[1 + ikxzpf(b+ bdagger)](σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hg(σ+ + σminus)(a+ adagger)

+ hηg(b+ bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger) (918)

ここで無次元のパラメータ η = kxzpf は Lamb-Dickeパラメータと呼ばれる第一項は前節でも扱ったような相互作用である(サイドバンド相互作用を考えるときには carrier

遷移とも呼ばれる)から今はフォノンも関わるような遷移である第二項に着目しよう簡単化するために光がコヒーレント振幅 αで置き換えられる(すなわち強いレーザー光を照射する)状況を考えるこのとき光の周波数がイオンの周波数 ωq からフォノンの周波数 ωmだけ小さな周波数 ωq minusωmを持つとき回転波近似を行うことによって上記の相互作用の第二項は

hηgα(σ+b+ σminusbdagger) (919)

と書かれるこれはイオンの量子ビットとフォノンで構成された Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から赤方離調されたレーザーにより駆動されるためレッドサイドバンド(red sideband)遷移という逆に光の周波数がイオンの周波数からフォノンの周波数だけ大きな周波数 ωq+ωmを

持つとき回転波近似で残る相互作用は

hηgα(σ+bdagger + σminusb) (9110)

であるこれは anti-Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から青方離調されたレーザーにより駆動されるためブルーサイドバンド(blue sideband)遷移というもしも周波数 ωq minus ωmと ωq + ωmの二本のレーザーが同時に照射された時には上記の二つの相互作用が同時に駆動されると考えればよい

913 フォノン-フォノン相互作用ふたつのイオン(ともに一価イオンとする)が同一の調和ポテンシャル中でCoulomb

相互作用しているときフォノン同士の相互作用が生じるこの相互作用Hamiltonianと強さを簡単な計算から求めてみよう状況としては図のように距離Zだけ離れた二つのイオンがあるとしその各々の平衡位置からの変位を r1 = (x1 y1 z1) r2 = (x2 y2 z2)

第 9章 量子実験系における種々の結合 120

図 93 Z = z2 minus z1だけ離れた二つのイオンが調和振動をおこないその調和振動同士が相互作用をする

とするCoulomb相互作用のエネルギーを変形していこう

Ephminusph =1

2

e2

4πϵ0

1

|r1 minus r2|

=e2

8πϵ0

1radic(x1 minus x2)2 + (y1 minus y2)2 + (Z + z1 minus z2)2

=e2

8πϵ0Z

[1 +

2(z1 minus z2)

Z+

(z1 minus z2)2

Z2+

(x1 minus x2)2

Z2+

(y1 minus y2)2

Z2

]minus 12

≃ e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2minus 1

2

(x1 minus x2)2

Z2minus 1

2

(y1 minus y2)2

Z2

](9111)

今回は z方向のフォノンのみを考えることにしてx1 = x2 = y1 = y2 = 0としておこうすると上記のエネルギーは

Ephminusph =e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2

](9112)

となるここで変位 ziをフォノンの位置演算子 zi = zizpf (adaggeri + ai)で置き換えるフォ

ノン―フォノン相互作用は上式の第三項から出てくるのでそれに着目すると

Hphminusph =e2

16πϵ0Z

(z1 minus z2)2

Z2

=e2z1zpfz

2zpf

16πϵ0Z3

[adagger1

2 + a21 + adagger22 + a22 + (2adagger1a1 + 1) + (2adagger2a2 + 1)

minus2(adagger1adagger2 + a1a2)minus 2(adagger1a2 + a1a

dagger2)]

(9113)

このうち二つのフォノンモードの周波数が同じ ωmとすると回転波近似によって残る項は

Hphminusph =e2z1zpfz

2zpf

8πϵ0Z3

[adagger1a1 + adagger2a2 minus adagger1a2 minus a1a

dagger2

](9114)

第 9章 量子実験系における種々の結合 121

図 94 Josephson接合とその回路記号

となる初めの二つの項はフォノンのエネルギーシフトになるのみであるから無視して結局相互作用Hamiltonianは

Hphminusph = minushgphminusph

(adagger1a2 + a1a

dagger2

) (9115)

すなわちビームスプリッタ型の Hamiltonianになるフォノンが片方のイオンからもう片方に移るような過程を考えると物理的にも妥当であることがわかるgphminusph =

e2z1zpfz2zpf8hπϵ0Z

3 が結合定数の表式であるこれを見積もるためにはフォノンの真空ゆらぎを知る必要があるこれはゼロ点エネルギーが調和振動子のポテンシャルエネルギーに等しいすなわち hωm2 = mω2

m(zizpf )

22という等式からzizpf =radichmωm

という形になることがわかるしたがって

gphminusph =e2

8πϵ0mωmZ3(9116)

と表すことができるこれは二つのイオンの質量などが同じ場合のものだが真空ゆらぎの表式を変えるだけで一般的な場合に拡張できるさて実際のパラメータを入れて結合定数を評価してみよう典型的なイオンの間隔

として Z = 10 micromカルシウムを想定してm = 40timesmp(mpは陽子の質量)フォノンの周波数が 100 kHzであるとすると相互作用の大きさは g2π = 440 kHz程度となる

92 超伝導量子回路BCS(Bardeen-Cooper-Schrieffer)理論が適用できる超伝導体においては電子―

フォノン相互作用を介し波数空間で引力相互作用をする電子のペアがCooper対を形成するCooper対はひとまとまりの超伝導体全体にわたる巨視的な波動関数を共有し干渉などの量子効果を発現する超伝導体において電気抵抗がゼロになるということは常伝導体において Joule熱という損失により制限されていた LC共振器のQ値が飛躍的

第 9章 量子実験系における種々の結合 122

に向上するということを意味しておりHarocheらによる Rydberg原子の量子状態制御にも用いられたまた超伝導体にナノメートルオーダーの絶縁体薄膜が挟まれている Josephson接合(Josephson junction)と呼ばれる構造においてその絶縁体薄膜をCooper対が量子トンネル効果により ldquo通過rdquoし有限の伝導率を示す Josephson効果が表れるとくに交流 Josephson効果においては電流が I(t) = I0 sin (2πΦJΦ0)というように回路を貫く磁束ΦJ に対し振動するここでΦ0 = h2eでe(lt 0)は素電荷であるJosephson効果の平易な導出に関しては文献 [7]を参照していただきたい通常のインダクタ(インダクタンスL)については電流はLに比例するためJosephson接合が非線形インダクタとして働くことがわかるさらに LC共振器のLを Josephson接合で置き換えることで非調和振動子が実現されこの最低エネルギー状態と第一励起状態を量子ビットとして用いる事ができる本節では LC共振器の量子的な取り扱いと上記の非線形振動子として表現できるトランズモンと呼ばれる超伝導量子ビットそして共振器と超伝導量子ビット(superconducting qubit)の間の結合についてみていこう

921 LC共振器の量子化図のようにインダクタLとキャパシタCが並列に繋がったLC共振器を考えようも

ちろん共振周波数は 12πradicLCで与えられるがここではこのLC共振器のHamiltonian

を求め量子化することが目的であるキャパシタの電荷をQ共振回路を貫く磁束をΦとするとこれらは電圧 V電流 I を用いて

Q = CV Φ = LI (921)

と書くことができるまた電流と電圧はそれぞれ電荷と磁束の変化率として

I = minusdQ

dt V =

dt(922)

と書けるからこれらからQに関する微分方程式が

d2Q

dt2= minus Q

LC(923)

と求まるこれは確かに共振周波数 1πradicLCで振動する解を与える同様にしてΦに

ついてもd2Φ

dt2= minus Φ

LC(924)

という微分方程式が得られるさてこれらを Euler-Lagrange 方程式として与えるLagrangian Lはどのようなものになるかというと

L =Q2

2Cminus L

2

(dQ

dt

)2

(925)

第 9章 量子実験系における種々の結合 123

図 95 LC共振器(左)と本章で扱う超伝導量子ビット(右)

というものになるQ の共役となる正準変数は Φ となることはすぐにわかるのでHamiltonianHLCは

HLC =Q2

2C+

Φ2

2L(926)

となることがわかる第 1項がキャパシタのエネルギー第 2項がインダクタのエネルギーになっていることがわかるだろう期待通りQと Φを正準変数とする調和振動子の形にかけたのでこれらを演算子と

みなし交換関係 [QΦ] = ihを要請することで量子化の手続きが完了する共振器光子の生成消滅演算子を

a =1

2h

radicL

CQ+

i

2h

radicC

LΦ (927)

adagger =1

2h

radicL

CQminus i

2h

radicC

LΦ (928)

とすることで交換関係は [a adagger] = 1となりHamiltonianは

HLC = hωLC

(adaggera+

1

2

)(929)

となる

922 超伝導量子ビット次にLC共振器のインダクタを Josephson接合で置き換えた図のような回路を考え

ようJosephson効果において絶縁体を挟んだ超伝導体間の位相差を θJosephson

接合をまたぐ電流と電圧を IV として

I = I0 sin θ V =h

2e

dt(9210)

が成立するここで磁束量子 Φ0 = h2eを用い磁束を ΦJ = (θ2π)Φ0と定義すれば

I(t) = I0 sin

(2π

ΦJΦ0

) V =

dΦJdt

(9211)

第 9章 量子実験系における種々の結合 124

と書き直すことができる電荷の時間微分が電流であるからdQ

dt= C

dV

dt= minusI0 sin

(2π

ΦJΦ0

)(9212)

となりV = dΦJdtと併せて ΦJ に関する微分方程式

Cd2ΦJdt2

= minusI0 sin(2π

ΦJΦ0

)(9213)

を得るこれを Lagrange方程式として持つ Lagrangian Lq は

Lq =C

2

(dΦJdt

)2

+I0Φ0

2πcos

(2π

ΦJΦ0

)(9214)

である第 1項はキャパシタのエネルギーQ22C の形にそのまま書き直せて第 2項は Josephson接合をトンネルするCooper対によるエネルギーであるとみることができる第 2項の係数をEJ = I0Φ02πと書きJosephsonエネルギーと呼ぶさらに電荷エネルギーをEC = e22CとしCooper対の個数を表す nC = Q2eも定義すると上記の Lagrangianを Legendre変換して得られるHamiltonian Hq は

Hq = 4ECn2C + EJ cos θ (9215)

と書き表されるここで再び cos関数の引数を θ に書き直したcos θ = 1 minus θ22 +

θ44minus middot middot middot と展開して考えるともしも θ2の項まで取って高次の項を無視するならばこれは単なる調和振動子になることがわかるここでひとつ仮定をしようJosephsonエネルギーは電荷エネルギーよりも十分大き

い(EJEC ≪ 50)とするのである本来 Josephson接合によって非線形なインダクタが導入され非調和振動子となったこの回路だが非調和性が小さいすなわち物理量が調和振動子のようにふるまうとしてもそこまで悪い近似ではないという仮定でもあるLC共振器の量子化の手順に倣い [QΦJ ] = ihを要請しようこうすると [nC θ] = iという交換関係も導かれるそして生成消滅演算子を次のように定義する

nC =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 (9216)

θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2 (9217)

非線形性が小さいという仮定から cos θ ≃ 1minus θ22 + θ44と非線形性の現れる最低次の項までを残し上記の生成消滅演算子での nC と θの表記をHamiltonianに代入することで最終的に

Hq = (radic

8ECEJ minus EC)adaggeraminus EC

2adaggeradaggeraa

= hωqadaggera+

hαq2adaggeradaggeraa (9218)

第 9章 量子実験系における種々の結合 125

図 96 LC共振器とトランズモンの結合系

というHamiltonianを得るここで量子ビットの周波数は hωq =radic8ECEJminusECであり

非調和性を表すαq = minusEChを導入した典型的なパラメータとしてはωq ≃ 10 GHzEJEC ge 50αq sim minus200 MHzほどである一見すると JosephsonエネルギーEJ が電荷エネルギーEC よりも大きいという仮定

はJosephson接合が非線形インダクタとして働くということから非線形性が大きいことを意味するようにも思えるが実は θの係数にもEJECの因子があるように非線形性が小さくなることを意味することが分かるこれはnCの真空ゆらぎ δnC = (EJ8EC)

14

を考えるとより直観的になるEJEC が小さいときには δnC は小さくCooper対が 0

個から 1個になるか 1個から 2個になるかでCooper対間の相互作用による遷移エネルギーの違いが出るすなわち非線形性があるしかしEJEC ≫ 1のときには δnCが非常に大きいすなわちもはやこの領域での固有状態は数状態ではうまく書けないものになるのだがあえてCooper対の個数でいうならば 1個増えようがそこからさらにもう1個増えようが数状態の分布が少しシフトするだけで遷移エネルギーにおける違いがほとんどないような状況になるすなわち非線形性が小さくなるのである今回考えたような超伝導回路で大きなEJEC を持つものをトランズモン(transmon)と呼ぶ逆に EJEC が小さくなると非線形性が大きくなるがこういった超伝導回路を Cooper

pair boxと呼ぶ

923 共振器とトランズモンの結合最後に超伝導量子ビットと共振器が図のようにキャパシタを介して接続されている

ような回路を考えよう電圧キャパシタの電荷磁束その他のパラメータは図中に示してあるのでそちらを参照してほしい結合キャパシタ(coupling capacitor)Ccの扱いが肝だがキャパシタンスがCqCrに比べ小さいとし超伝導量子ビット共振器結合キャパシタのエネルギーを足し上げたものとして Hamiltonianを求めてみることにする結合キャパシタにかかる電圧は Vc = Vr minus Vq = QrCr minusQqCqでありこれ

第 9章 量子実験系における種々の結合 126

を結合キャパシタのもつエネルギー CcV2c 2に代入したものを含めたHamiltonianは

H =Q2r

2Cr

(1 +

CcCr

)+

Φ2r

2L+

Q2q

2Cq

(1 +

CcCq

)+ EJ cos θ minus CcVrVq

=Q2r

2C primer

+Φ2r

2L+

Q2q

2C primeq

+ EJ cos θ minus CcVrVq (9219)

となるここで C primeξ = CξCc(Cξ + Cc)(ξ = r c)としてあり最後の項はあえて電圧

に表現を戻してあるこのHamiltonianにある演算子を共振器の生成消滅演算子 cdagger c

と超伝導量子ビットの生成消滅演算子 adagger aすなわち

Qr = h

radicC primer

L(c+ cdagger) Φr =

h

i

radicL

C primer

(cminus cdagger) (9220)

Qq =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2

(9221)

で書き直そう定数項を無視すればこれは次のようになる

H = hωLCcdaggerc+ hωqa

daggera+hαq2adaggeradaggeraaminus hg(c+ cdagger)(a+ adagger) (9222)

結合定数 gはここでは

g =Cch

(h

C primer

radicC primer

L

)[2e

C primeq

(EJ8EC

) 14 1radic

2

](9223)

であり結合キャパシタのキャパシタンス Cc共振器の電場の真空ゆらぎ超伝導量子ビットの電場の真空ゆらぎの積の形になっているここから回転波近似を行うことでJaynes-Cummings相互作用が導かれる実際の超伝導量子ビットの設計の際には微小なキャパシタや Josephson接合などの素

子を経験的な値と数値計算によってシミュレートする必要があるこれは例えばキャパシタ以外の配線部がもつ微小なキャパシタンスやインダクタンスが無視できないためであるまた上記のような結合キャパシタンスが小さいという状況にも必ずしもならず超伝導量子ビット特にトランズモンを扱う際には数値計算による結合の見積もりは結局必須である

93 共振器オプトメカニクス931 導入巨大なミラーによって数キロメートルにわたる驚くほど長大なMichelson干渉計を

構成する重力波干渉計(gravitational wave interferometer)によって重力波による極微な時空のひずみが捕らえられたミラーは超高フィネスの連成光共振器の部品で

第 9章 量子実験系における種々の結合 127

図 97 共振器オプトメカニクス系の概念図

ありこれが極微の信号をとらえるための検出感度向上の要であるその検出感度は我々の想像を超えており光共振器の長さがミラーを構成する物質の格子定数よりもはるかに小さな量だけ変化してもそれを検出することが可能であるこれは逆にミラーの機械振動(mechanical oscillationvibrationこの量子は固体中の格子振動と同じくフォノンとよばれる)が重力波検出器に致命的なノイズとなることをも意味しているこのようなノイズを避けるべく干渉計は真空中に入れられ低温に冷やされワイヤーでミラーをつるして制振を図るなどさまざまな工夫がなされている周囲の環境から孤立したこのような系ではミラーの機械振動は極めて高いQ値を持つようになるこのような機械振動モードによる光への影響が特に機械振動の量子限界測定(quantum-noise-limited measurement)の観点から Braginskyによって調べられたこのような一連の研究の中で共振器オプトメカニクス(cavity optomehanics)は産

声を上げた共振器オプトメカニクスにおいては共振器の光子と機械振動のフォノンの相互作用が扱われ光子によるフォノンのあるいはフォノンによる光子の制御が期待され研究がすすめられたフォノンは共振器光子の非弾性散乱を生みそれが光のサイドバンドとなって検出されるフォノンの周波数が共振器のスペクトル幅よりも十分大きい時にはこのサイドバンドがスペクトル上で分離して観測されるフォノンの周波数が高ければ熱励起の影響を受けにくくなるなどの理由から共振器オプトメカニクスでは高周波フォノンが希求されてきた高周波フォノンのもう一つの良い点としてフォノンモードのレーザー冷却の限界温度が共振器のスペクトルとサイドバンドが分離できないときに比べて低くなることが挙げられる(より詳しくは付録 H参照)このようにフォノンをレーザー冷却などで量子的な領域にまで冷却し機械振動という巨視的な対象の量子的な振る舞いの研究や制御を試みる動きも盛んであるこの節では共振器オプトメカニクスにおけるオプトメカニカル相互作用(optome-

chanical interaction)を概説する

第 9章 量子実験系における種々の結合 128

932 オプトメカニカル相互作用初めに共振器光子のエネルギー hωca

daggeraとフォノンのエネルギー hωmbdaggerbを含む基

本的なHamiltonianを書き下そうこれは単純に二つの和で

H = hωc(x)adaggera+ hωmb

daggerb (931)

と書けるが共振器の共鳴周波数ωc(x)がフォノンの ldquo変位rdquoxに依存しているとしたこれは光共振器の共振器長が機械振動により振動的に変化するなどの状況に対応している例えばFabry-Perot共振器のミラーの機械振動を扱う場合などである(図 97)ここでフォノンの変位が微小であることから ωc(x) = ωc minusGx+ middot middot middot と共振周波数を展開しようGは光共振器の構造などに依存する係数であるこうすることで摂動をうけたHamiltonianを

H = h(ωc minusGx)adaggera+ hωmbdaggerb

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hGadaggerax

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hg0adaggera(b+ bdagger) (932)

と線形の範疇で ωc(x)を展開して書き下すことができるここでフォノンの変位が x =

xzpf(b+bdagger)と書けることを用いておりxzpf =

radich2mωmはフォノンの真空ゆらぎを表

すmは機械振動子の真空ゆらぎであるこれより相互作用の結合定数は g0 = xzpfG

であることがわかるこの Hamiltonianは共振器オプトメカニクスの系に対して広く適用可能なものになっており例えばばねに片方のミラーが繋がれた Fabry-Perot共振器であったりFabry-Perot共振器の中に透明薄膜機械振動子があるような系であったりフォトニック-フォノニック結晶共振器(photonic-phononic crystal cavity)や果ては LC共振器のキャパシタ電極が機械振動子になっているようなエレクトロメカニクス(electromechanics)系においても通用するオプトメカニカル相互作用Hint = hg0a

daggera(b + bdagger)についてみてみようこれは光子の数に応じた力が機械振動子にかかっている時のエネルギーとみることもできるオプトメカニカル相互作用の静的な作用は輻射圧(radiation pressure)あるいは光ばね効果(optical spring effect)と呼ばれるこれは光子による機械振動子への運動量の受け渡し(光子がキックするとも言われる)による圧力で機械振動子が少し平衡位置から変位する効果であると解釈される動的な現象としてはHint = hg0(a

daggerab+ adaggerabdagger)の各項の表す過程を考えればおのずと物理的な状況がみえてくるadaggerabという項は光子とフォノンが消滅し光子が生成されるRaman過程であるエネルギー保存則から生成される光子のエネルギーはもともとの消滅した光子よりもフォノンのエネルギー分だけ多きくならなければならずanti-Stokes散乱となっていることがわかるadaggerabdaggerという項は第一項のHermite共役すなわち逆過程であり光子が消滅し光子とフォノンが生成されるRaman過程であるこれまたエネルギー保存則よりこの過程が Stokes散乱つまり生成される光子のエネルギーが消滅した光子のものよりも小さくなる過程であることがわかるこれらの非弾性散乱は共振器の共鳴周波数から正負にフォノンの周

第 9章 量子実験系における種々の結合 129

波数分だけずれたところにサイドバンドを生むがこれを共振器に対する離調に応じてレッドサイドバンドブルーサイドバンドなどという共振器オプトメカニクスにおけるフォノンモードのレーザー冷却はこのレッドサイドバンドとブルーサイドバンドの比を著しく偏らせることが肝となっている

933 オプトメカニカル相互作用の線形化オプトメカニカル相互作用を線形化したものもよく目にするため紹介しておこう状

況としては系を周波数 ωlのレーザーで駆動するようなものを考える共振器のみこの駆動周波数の回転系に乗るとHamiltonianの第一項は h(ωc minus ωl)a

daggera = h∆cadaggeraとな

りほかの二つの項は変わらないそして駆動レーザーが共振器光子をコヒーレントに注入するとしてaを α + δaで置き換える本文中や付録のあちこちにも出てきているが複素数 αはコヒーレント状態の振幅であるδaは量子ノイズあるいは量子ゆらぎを担う演算子になっているこうすることで

Hint = minushg0(|α|2 + αlowastδa+ αδadagger + δadaggerδa

)(b+ bdagger)

= minushg0ncav(b+ bdagger)minus hg0radicncav(δa+ δadagger)(b+ bdagger) (933)

を得るただし ncav = |α|2とし量子ゆらぎの二次の項は無視した第一項は静的な輻射圧をあらわしており以降では無視しよう線形化されたオプトメカニカル相互作用の結合定数は駆動レーザーの振幅を含めて g = g0

radicncav と書かれるため強く駆動

するほど結合が大きくなるまたaを∆c の回転系にbを ωm の回転系に乗せて時間依存性をあらわにすると駆動周波数に応じて次の二つの場合に分けられることがわかる

Hint = minushg(δaeminusi∆ct + δadaggerei∆ct)(beminusiωmt + bdaggereiωmt)

=

minushg(δabdagger + δadaggerb) when ∆c = ωm rArr ω = ωc minus ωm

minushg(δadaggerbdagger + δab) when ∆c = minusωm rArr ω = ωc + ωm(934)

これらはそれぞれビームスプリッタ型の相互作用とパラメトリックゲイン型の相互作用になっているこれらで起こっていることは非常に直観的でもあるωl = ωcminusωmで駆動周波数がレッドサイドバンド遷移を引き起こすときには ωc minus ωmの光子が消滅しωcの光子が共鳴における増強によって生成されそしてフォノンは光子にエネルギーを渡して消滅するのである(図 98(a)参照)この過程の逆過程は駆動周波数が共振器に共鳴しているときに起こるこのようにして駆動周波数が ωl = ωc minus ωmのときにはStokes散乱と anti-Stokes散乱の非対称性が共振器の存在により生じフォノンが消滅する過程が生成される過程よりも優勢になるようにすることができるこれがフォノンのレーザー冷却あるいはサイドバンド冷却と呼ばれるものの基本的な機序であるさて一方で ωl = ωc + ωmのときつまり駆動周波数がブルーサイドバンド遷移を引き起こすようなときにはどうなるかというとωcの光子とフォノンが同時に生成されるか

第 9章 量子実験系における種々の結合 130

図 98 共振器オプトメカニクス系における (a) ビームスプリッタ型と (b) パラメトリックゲイン型の相互作用

同時に消滅するかという過程が引き起こされる(図 98(b))このような場合とくにωl = ωc + ωmではフォノンモードへとエネルギーがつぎ込まれていきフォノン数が大きくなっていくフォノン数が大きくなるにつれて bdaggerbdaggerbbのようなフォノンの非線形項つまりフォノンどうしの相互作用が無視できなくなり最終的にはフォノンどうしが互いの位相を揃えて発振するフォノンレーザーが実現される付録 Hにサイドバンド冷却について詳述したので興味のある方はそちらもご参照頂きたい

第III部

132

第10章 量子ゲート

Rabi振動を利用すると電磁波のパルス面積(パルス強度とパルス時間の積)によって量子ビットの状態を Bloch球上で好きな角度で ldquoまわすrdquoことができるしかしながら量子技術の応用に向けて必要な量子操作はこれに留まらない量子技術では任意の単一量子ビットの量子状態はもちろんエンタングルド状態などを含む任意の多量子ビット状態を作る必要がある幸いにもいくつかの量子操作(量子ゲートと呼ばれる)があればその組み合わせによって任意の量子状態を生成することが可能であることが知られているこのように任意の量子状態を実現できる量子ゲートの組をユニバーサルな量子ゲートの組(universal gate set)という例えば一量子ビットゲートと CNOT

ゲートの組はユニバーサルであるしかしながらユニバーサルな量子ゲートの組み合わせは一意的ではないこの節ではよく用いられる一量子ビットゲートと二量子ビットゲートを紹介しようさらにこの節では実際のHamiltonianの時間発展からこれらの量子ゲートをどのように構成するかを見ていく本題に進む前に一つだけ注意点を述べる我々は基底状態と励起状態を |g⟩ =

(0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義したところが量子情報処理の文脈では|g⟩ = (1 0)t |e⟩ =(0 1)tと逆に書くのであるこれに従って密度演算子の書き方も一行目一列目が基底状態の要素になって

ρ =

(|cg|2 clowastecg

ceclowastg |ce|2

) (1001)

となるのである量子ゲートは通常この表記で書かれるため本節ではこの慣習に従おうこの慣習を採用するとBloch球の上下が入れ替わるほかPauli演算子の行列表現に関

しても行と列の順番が逆になってしまうのだが実は行列表現は例えば σz =

(1 0

0 minus1

)と書かれ本書でいままで使用してきたものと変わらないつまり Hamitlonian が(hωq2)σz であるならば励起状態の方がエネルギーが低くなってしまいたいへん気持ち悪い現実と consistentにするならばHamiltonianをminus(hωq2)σzとしなければならないところであるこのように本節以降で採用する記法は現実の物理系との対応がややこしいがもし誤り耐性量子ゲートを行うところまで量子ビットが抽象的な対象となったらもうHamiltonianをはじめ現実の物理系を気にする必要がなくなり純粋に情報理論的な対象となっていると思えばよい

第 10章 量子ゲート 133

101 一量子ビットゲート一量子ビットの量子状態はBloch球上の点で表されるため任意の一量子ビットゲー

ト(single-qubit gate)は全体に係る位相因子を除いて Bloch球上のある点をほかの点に移す回転行列で表すことができるこの回転行列はベクトルn = (nx ny nz)を用いて

Rn(θ) = eminusiθ2(nxσx+nyσy+nzσz) = I cos

θ

2minus i(nxσx + nyσy + nzσz) sin

θ

2

=

(cos θ2 + inz sin

θ2 minus(ny + inx) sin

θ2

(ny minus inx) sinθ2 cos θ2 minus inz sin

θ2

)(1011)

と表されるここではベクトル nの周りに Blochベクトルが θだけ回転するようなかたちになっている1この一般的な回転のうちx軸まわりや z軸まわりの回転がよく用いられるためこれらを見てみよう2

1011 Xゲート初めにみる一量子ビットゲートはX ゲート

Rx(π) = minusiX =

(0 minusiminusi 0

)= minusi |e⟩ ⟨g| minus i |g⟩ ⟨e| (1012)

であり基本的には |g⟩と |e⟩を入れ替えるような働きをするX ゲート自体は X =

iRx(π)を指すが実際の実験においては上式のように x軸まわりの角度 πの回転はminusiXとなるそしてパルス時間が∆t = πΩのRabi振動がこのゲート操作と等価であるこのパルスを πパルスとも呼ぶ

1012 Zゲート次は Z ゲート

Rz(π) = minusiZ = minusi

(1 0

0 minus1

)= minusi(|g⟩ ⟨g| minus |e⟩ ⟨e|) (1013)

であるこのゲート操作は |e⟩状態に πの位相シフトを与え|g⟩には何も位相シフトを及ぼさないこの量子ゲートは z軸まわりの角度 πの回転となっておりZ = iRz(π)

が Z ゲートと呼ばれるではこれはどのような方法によって実現されるだろうか思い返せばBloch球上のBlochベクトルが静止しているようにかけるのは回転系で見ているからであり回転系でなければ Blochベクトルは量子ビットの周波数 ωq で z軸まわりに回転しているのであったすなわちπωq の時間だけただ待てば何もしなくて

1じつは nは密度演算子を Pauli演算子で分解した係数をまとめたスピン sと同一のものである2Y = Rz(

π2)XRz(minusπ

2)

第 10章 量子ゲート 134

もZゲートが実行できるとはいえ数十MHzの量子ビットならともかく光遷移を持つような場合にはこのような高速制御は現状では到底現実的でないもうひとつあり得る方法は制御機器側の位相の基準を πずらすという方法であるこれは簡単だが依然として光に関しては位相の安定的な制御自体が課題である最後に紹介する方法としては離調の非常に大きなレーザーによりRabi振動を引き起こすことであるRabi振動は (Ω 0∆q)というベクトルを軸にBlochベクトルを回転させるためΩ ≪ ∆qの条件で π∆qの時間だけ時間発展させると πの位相がつくただしΩ∆q程度の割合でX ゲートあるいは Y ゲートが混ざりこんでしまいゲートにエラーが生じることは避けられない

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T

これまでに出てきたゲートを応用したものとしてあと 3つ一量子ビットゲートを紹介しよう一つ目はHadamardゲート

H =1radic2

(1 1

1 minus1

)=X + Zradic

2 (1014)

であり|g⟩ rarr (|g⟩+ |e⟩)radic2|e⟩ rarr (|g⟩ minus |e⟩)

radic2という変換を引き起こすこれら

はどちらも nh = (1radic2 0 1

radic2)まわりの π回転であるHadamardゲートは明らかに

Hdagger = HでありかつXとZを相互に変換する作用があるHXH = ZHZH = X残り二つは Z ゲートとよく似ており

S =

(1 0

0 i

)= ei

π4Rz

(π2

)(1015)

T =

(1 0

0 eiπ4

)= ei

π8Rz

(π4

)(1016)

である実際S2 = Z T 2 = Sが成立するSゲートを用いると Y = SXSとなる

102 二量子ビットゲート二量子ビットゲート(two-qubit gate)は二量子ビット系に作用する量子ゲートであ

る簡単な例としてはXiを i = 1 2番目に作用するX ゲートとしたときにX1 otimesX2

のようなものであるこの例は一量子ビットゲートが単にそれぞれに作用するだけであるが制御量子ゲートのように片方の量子ビットの状態に応じてもう片方にかかる量子操作が変わるようなものもある本節ではこれらについてみていこう

第 10章 量子ゲート 135

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート制御NOTゲート(Controlled-NOTCNOTCXゲートなどと呼ばれる)は制御量

子ビット(2番目の量子ビットとしよう)が |e⟩のときに標的量子ビット(1番目の量子ビット)にXゲートが作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作である行列の形で書くと22 times 22の行列で

CNOT =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 0 1

0 0 1 0

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimesX (1021)

と書かれ|gg⟩ rarr |gg⟩|ge⟩ rarr |ge⟩|eg⟩ rarr |ee⟩|ee⟩ rarr |eg⟩という変換を引き起こすものである

1022 制御Z(CZ)ゲート制御 Z(CZ)ゲートは制御量子ビットが |e⟩のときに標的量子ビットに Z ゲートが

作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作であり行列の形は次のようになる

CZ =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 minus1

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimes Z (1022)

1023 iSWAPゲートと SWAPゲートiSWAPゲートと SWAPゲートは次のようなものである

iSWAP =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(1023)

SWAP =

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(1024)

上式から直ちに見て取れるようにSWAPゲートは二つの量子ビットの状態を入れ替える作用がありiSWAPゲートはこれに加えて iの因子が付加されるというようなものである

第 10章 量子ゲート 136

1024 XXゲートとZZゲートXX ゲートと ZZ ゲートは

XX(θ) =

cos θ2 0 0 minusi sin θ

2

0 cos θ2 minusi sin θ2 0

0 minusi sin θ2 cos θ2 0

minusi sin θ2 0 0 cos θ2

= I otimes I cosθ

2minus iX otimesX sin

θ

2

(1025)

ZZ(θ) =

ei

θ2 0 0 0

0 eminusiθ2 0 0

0 0 eminusiθ2 0

0 0 0 eiθ2

= I otimes I cosθ

2minus iZ otimes Z sin

θ

2 (1026)

と定義されるこれらは物性物理における Ising相互作用との関連から Ising結合ゲートと呼ばれることもある

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出量子ビット系を実現する物理系は様々であり量子ビット間の相互作用もさまざま

であるでは相互作用 Hamiltonian Hintが与えられたときにどのようなゲート操作が可能になるだろうかこれを明らかにするために量子系の時間発展はマスター方程式あるいは緩和を無視すると Schrodinger方程式によって記述されることを思い出そう相互作用表示での Schrodinger方程式(Tomonaga-Schwinger方程式ともいう)ih(partpartt) |ψ⟩ = Hint |ψ⟩を形式的に解くと |ψ(t)⟩ = exp[minusi(Hinth)t] |ψ(0)⟩となるしたがって我々のすべきことは極めてシンプルで相互作用Hamiltonian Hint を指数関数の方に乗せ量子系に対する演算子 exp[minusi(Hinth)t]の作用を明らかにすればよい初めに調和振動子の場合におけるビームスプリッタ相互作用のような量子ビット間

相互作用

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) =hg

2(σxσx + σyσy) (1027)

を考えるここでσ+σminusやσxσxのような項は本来一番目の演算子が一番目の量子ビットに作用するというような意味合いを明らかにするために σ+otimesσminusや σxotimesσxと書くべきものであるが混乱が生じない限りにおいてはotimesを省くそしてこの最初の例に関しては量子ゲートの形にたどり着くまでの計算を追うことにしようまず (σxσx+σyσy)2

第 10章 量子ゲート 137

をあらわに書き下そう

σxσx + σyσy2

=1

2

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+1

2

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

=

O

0 0

1 0

0 1

0 0O

equiv A (1028)

A2 = diag(0 1 1 0)A3 = A はただちに確かめられるのでexp[minusi(Hinth)t] =

exp[minusigAt]は

eminusigAt = 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A3 +

(gt)4

4A4 + middot middot middot

= 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A+

(gt)4

4A2 + middot middot middot

= diag(1 0 0 1) +

(1minus (gt)2

2+

(gt)4

4minus middot middot middot

)diag(0 1 1 0)

minus i

((gt)minus (gt)3

3+

(gt)5

5minus middot middot middot

)A

=

1 0 0 0

0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

0 0 0 1

(1029)

と計算できるこの時間発展は |gg⟩と |ee⟩に何も影響を及ぼさないが |ge⟩と |eg⟩の間にRabi振動のような占有確率の振動を引き起こすとくに t = 3π2gのときiSWAP

になる

eminusi3π2A =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(10210)

次にパラメトリックゲイン相互作用のような次の相互作用を考えよう

Hint = hg(σ+σ+ + σminusσminus) =hg

2(σxσx minus σyσy) (10211)

これもほぼ同じ計算によって

eminusig(σxσxminusσyσy)

2t =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 1 0 0

0 0 1 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10212)

第 10章 量子ゲート 138

となる今度は |gg⟩ |ee⟩で張られる部分系での ldquoRabi振動rdquoになるt = 3π2gのときは特別に bSWAPゲートと呼ぶ今度は上記の二つの相互作用を同じ結合強度で同時に働かせてみようHamiltonianは

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) + hg(σ+σ+ + σminusσminus) = hgσxσx (10213)

であり見るからにXXゲートを与えそうに思われるがあえて一般的な式exp[minusiσξσξα] =cosαI otimes I minus i sinασξ otimes σξ(証明は容易である)から計算すると

eminusigσxσxt =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10214)

となり実際にXXゲートとなることがわかる同様にZZゲートは σzσzという相互作用項から生じる最後にHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (10215)

を考えようこれは上記のケースよりも少し複雑な計算が必要になるが詳細は付録( G節)に譲り結果を述べると

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(10216)

となりt = π2gで全体の位相因子を除き SWAPゲートを与える

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t = eminusi

π4

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(10217)

ここまでみてCNOTゲートや CZゲートのような制御量子ゲートが物理学で頻繁に目にする ldquo自然なrdquo相互作用からは直接導かれないことに気づく制御量子ゲートは通常SWAPゲートなどの二量子ビットゲートと一量子ビットゲートを組み合わせて実現される

103 Cliffordゲートとnon-Cliffordゲート本節では量子ゲートのもう少し一般的な側面について言及しておこう手始めに n量

子ビットの Pauli群を導入する群とは単位元と逆元を含みある演算に関して閉じて

第 10章 量子ゲート 139

いるようなものの集合であり詳細は成書に譲るn量子ビット Pauli群 Pnは

Pn = eiπ2ΘΞ1 otimes middot middot middotΞn |Θ = 0 1 2 3 Ξi = Ii Xi Yi Zi (1031)

で定義され添え字の iは i番目の量子ビットに作用することを意味するPnの元は全体にかかる因子 1minus1iminusiを除けば一量子ビットゲートのテンソル積で書けるPauli群の元を Pauli群の元に移すようなユニタリ変換の集合を考えるとこれは群をなしClifford群 Cnとして知られているものとなるn量子ビットに対するユニタリ変換の集合を Unと書くときちんと定義を書けば

Cn = V isin Un |V PnV dagger = Pn (1032)

であるClifford群の元を Cliffordゲートというが例えばHXH = ZHZH = XSXS = Y などからHadamardゲート H と S ゲートは一量子ビットのCliffordゲートであることがわかる一量子ビットのClifford群の位数すなわち元の数はいくつになるだろうか一量子ビットのPauli群の元はある軸周りの回転に対応するためClifford

ゲートは xyz軸を(右手系を保ったまま)入れ替える操作に対応するすなわち正負の向きも含めて x軸を決めるのに 6通りそれに直交するように y軸を決めるのに 4

通りありこれらが決まれば自然と z 軸が決まるため6 times 4 = 24通りとなる二量子ビットゲートに関してはどうだろうか例えば CNOT(X otimes I)CNOT = X otimes X やCNOT(I otimes Z)CNOT = Z otimes Z などからCNOTゲートが二量子ビットCliffordゲートとなる [9]ことはわかるでは C2の位数はいくつあるかというと11 520個である一般には Cnの位数は 2n

2+2nprodnj=1(4

j minus 1)であることが知られている残念なことにかのGottesman-Knillの定理によればPauli演算子の固有状態が初期

状態でこれにCliffordゲートのみを作用させて実行される量子計算は ldquo確率的古典コンピュータrdquoによって効率的に(多項式時間で)シミュレート可能であることが知られているさらにCliffordゲートのみでは任意の量子状態を生成することができないことも知られているしたがってユニバーサルな量子操作を達成し古典コンピュータでは効率的に実行できない計算タスクを遂行するためにはnon-Cliffordゲート即ちClifford

群にない量子ゲートが不可欠である3そして喜ばしいことにT ゲートは non-Clifford

ゲートであるこれが任意の量子状態を生成できることはHadamardゲートとの組み合わせで THTH という演算の回転角が θTHTH = 2arccos [cos2 (π8)]と πの無理数倍になることからわかるそして Solovey-Kitaevの定理のいうところによれば十分な精度で任意の量子状態を近似するのには多項式時間あればよいこれらのトピックについての詳細はRef [[9]]を参照されたい

3魔法状態(magic state)|ψm⟩ = cos θ8|g⟩+ sin θ

8|e⟩を用いれば Cliffordゲートのみでも任意の量子

状態を生成可能であるnon-Cliffordゲートの難しさを魔法状態の準備に押し付けているだけとも言える

140

第11章 量子状態の測定とエラーの評価

111 射影測定と一般化測定一般に量子状態に対する測定は測定される量子状態を大きく変えてしまうこれ

が量子測定(quantum measurement)についてここで一節を割く理由であるがきちんとした量子測定の定式化によって測定の後の量子状態が記述でき量子エラー訂正などで役に立つという理由もある [9]|ψ⟩ =

sumi ci |φi⟩という量子状態を測定するとしよう実際の実験においては測りたい

対象である量子系Tと測定のための量子系Pを用意しそれらの間の何らかの相互作用で量子系Tの状態と量子系Pの測定で得られる物理量の対応が付くようにすることが多い射影測定(projective measurement)とは状態 |φi⟩の占有確率 pi = |ci|2を抽出し測定後の状態が |φi⟩に ldquo射影rdquoされるようなものである射影演算子 Pi = |φi⟩ ⟨φi|を用いると射影測定によって(ひとまず規格化を無視して)|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩ = ci |φi⟩と状態が変化するこれを密度演算子で記述しかつ規格化条件も考慮すると

|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩radicpi

(1111)

ρ = |ψ⟩ ⟨ψ| rarr Pi |ψ⟩ ⟨ψ|Pipi

(1112)

という状態の変化が射影測定によって生じる上記は純粋状態に対する表式であるから混合状態ふくむ一般の量子状態 ρについてかつ射影測定のみならず一般的な測定についても有用な測定の定式化を紹介しようこのためにKraus演算子を導入しようKraus演算子は量子測定においては測定による状態変化を表すものと考えてよいすなわち射影測定の場合には射影演算子Mg = |g⟩ ⟨g|とMe = |e⟩ ⟨e|がKraus演算子となるし蛍光測定(photoluminescence measurement)のように基底状態が測定されると基底状態のままだが励起状態が測定される場合に量子状態が基底状態へと変わるようなものではMg = |g⟩ ⟨g|とMe = |g⟩ ⟨e|が Kraus演算子となる量子ビットの場合には測定に係る量子状態が二つであるから Kraus演算子は二つでこれらをMi (i = g e)

と書く添え字は測定の結果そうであったと判明した状態を表しiの状態が測定された時には密度演算子はMiρM

daggeri のように変化を受けるこれを状態 iに見出す確率 piを

用いて規格化すると測定後の状態は測定に誤差がない場合に一般に

ρrarrMiρM

daggeri

pi(1113)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 141

と書けるもう一つ重要な概念として positive operator-valued measure (POVM) について述べておく1これはKraus演算子に対しEi =Mi

daggerMiで定義される量で各状態に見出される確率の合計が 1であるという条件と等価なsumiEi = I が成立するこれを用いると状態 iに見出す確率 piは pi = Tr

[MiρM

daggeri

]= Tr

[M daggeriMiρ

]= Tr [Eiρ]と

書けるPOVMは蛍光測定のような場合にも射影演算子と一致するがこのような測定を射影測定と区別して誤差のない測定と呼ぶこれよりも一般的な誤差のある測定について詳細は成書を参照していただくとして射影測定を例に触れておこう射影測定で生じるエラーとして(i)検出器のノイズなどにより本来信号を検出しない量子状態の測定であるのに信号を検出してしまったならびに (ii)検出器の量子効率が 1

でないために本来信号を検出すべき量子状態の測定で信号を検出できなかったという二つの場合を考えどちらも確率が ϵで起こるとするこのときの Kraus演算子はMg =

radic1minus ϵ |g⟩ ⟨g|+

radicϵ |e⟩ ⟨e|とMg =

radicϵ |g⟩ ⟨g|+

radic1minus ϵ |e⟩ ⟨e|となるこのような

誤差のある測定の場合にはKraus演算子も POVMも射影演算子と一致しないもうひとつ重要な概念として量子非破壊測定(quantum non-demolition measurement

QND measurement)について述べておく量子非破壊測定は射影測定すなわち測定の結果判明した量子状態に射影される測定の中でもさらに次の条件が付くそれは同じ量子状態に対する測定を複数回行ったときに測定後の量子状態のアンサンブル平均の状態が測定前の量子状態と同じ占有確率を与えるという条件である測りたい対象である量子系 Tと測定のための量子系 Pがあるという設定を思い出そう量子非破壊測定は量子系Tと量子系 Pの間の相互作用と量子系Tの測定される物理量が可換であるような測定と言い換えることもできる量子ビット系に関しては σz を測定することになるがこの文脈における量子非破壊測定はZZ相互作用やZX相互作用のように興味のある量子ビットに対して σzの作用をする相互作用を用いたものであるといってよいさらに砕けた言い方をすると量子非破壊測定とは測定したい量子ビットに対する測定の ldquo反作用rdquoを量子ビットの位相変化に押し付けられるような測定である

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ量子ビットのある状態から出発して量子ゲートによりなんらかの目的の状態を生成

したいとするこのとき初期状態量子ゲート測定のエラーといったさまざまな要因により最終的な量子状態は目的の量子状態とは異なるものになってしまい得るしたがって手持ちの量子状態がどんなものであるかを評価しなければならないここでは未知の量子状態がどのような状態であるかを明らかにするための量子状態トモグラフィという手法について説明する一量子ビット系の密度演算子は ρ = (12)(I + sxσx+ syσy + szσz)と表されることは

すでに述べたこの量子状態を知るためにはスピン成分である係数 sxsysz を決定すればよいだろうPauli演算子 σξとその積 σξσζ (ξ = ζ)はトレースがゼロであることに注意するとスピン成分は sξ = Tr [ρσξ]によって求まることがわかるではこの

1ややこしいがPOVMの measureは測度の意味

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 142

量を実際にはどうやって測定すればよいだろうか量子実験においてはほとんどの場合量子状態に関して得られる信号は量子状態の占有確率すなわち sz に関するものである逆に言えば sxや sy 分の情報を通常の測定から得ることはできないそのためBlochベクトルを回転させてBlochベクトルの x成分や y成分を z軸にそろえsxや sy

を szの測定に焼きなおす必要がある例えば sxの測定ではRy(π2)という量子ゲートにより |+⟩ = (|g⟩+ |e⟩)

radic2 rarr |g⟩ |minus⟩ = (|g⟩ minus |e⟩)

radic2 rarr |e⟩という変換(回転)

が起こるつまり Blochベクトルの x成分である sxが量子ゲートの後には z成分に変わっておりz成分の測定により sxがわかるようになるのである同様にRx(π2)という量子ゲートによって |+i⟩ = (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 rarr |g⟩|minusi⟩ = (|g⟩ minus i |e⟩)

radic2 rarr |e⟩

という変換がされsxの測定が可能になるこのようにして s = (sx sy sz)が多数回の測定によりわかれば測定者は密度演算子 ρの係数を明らかにすることができ量子状態のすべての情報を得ることができるこの一連の測定を量子状態トモグラフィ(quantum state tomography)という

113 フィデリティ量子状態の同定が済めば次にそれが所望の量子状態にどの程度近いかを表す指標を

用いて評価する必要があるこの指標としてよく用いられるのがフィデリティ(fidelity)であるフィデリティは量子状態の間の距離の数学的な定義は満たさないが量子状態が直交しているときに 0同じ時に 1となりかつ直感的な指標として広く用いられている一般の密度演算子で表された量子状態 ρと σに対してフィデリティF の定義を

F = Tr [ρσ] (1131)

とするこれは二つの量子状態が同じ場合には F = Tr[ρ2]= 1である二つの量子状

態が直交する場合には直交できる二つの量子状態はどちらも純粋状態でなければならずF = 0となる2ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティは

F = Tr [ρ |ψ⟩ ⟨ψ|] = Tr [⟨ψ| ρ |ψ⟩] = ⟨ψ| ρ |ψ⟩ (1132)

となる実際に生成した未知の量子状態が既知の量子状態とどれだけ近いかという評価にはこの形がもっともよく用いられるさらに単純化して ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|だとするとF = | ⟨ψ|ϕ⟩ |2つまり単に二つの量子状態の内積の二乗となる余談として完全混合状態どうしのフィデリティについて述べておこう一量子ビッ

トの完全混合状態の密度演算子は I2であるからフィデリティはトレースに注意してF = 12となる完全混合状態は量子ビットが一切のコヒーレンスを失った状態であるから最も量子制御と縁遠いものであるがそれでも(一量子ビットにおいては)05というフィデリティの値が出てしまうむしろフィデリティがゼロのときには必ず量子状

2この逆つまり F = 0となるのは二つの量子状態が直交するときのみであることも示すことができる

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 143

態が直交するということなのでその意味では信頼性が高い状態準備ができているともいえる多量子ビット系になると完全混合状態の密度演算子は Iotimesn2nとなり二つの完全混合状態の間のフィデリティは 2n(12n)(12n) = 12nとなるので結局フィデリティは高い方が良いという指標になる最後にフィデリティのもう一つの定義を紹介する上記では密度演算子の積のト

レースによりフィデリティを定義したが密度演算子の積の平方根のトレースで定義することもある

f = Tr

[radicradicρσ

radicρ

] (1133)

これついて ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティはトレースの巡回性から f = Tr

[radicradicρ |ψ⟩ ⟨ψ|radicρ

]=radic⟨ψ| ρ |ψ⟩Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|] =radic

⟨ψ| ρ |ψ⟩となるさらに ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|と書ければf = | ⟨ψ|ϕ⟩ |となる

114 量子ゲートエラーの評価一量子ビットなどの量子ゲートはパルス面積を決めて電磁波を量子ビットに照射する

ことで実現されるしかしながら実験的あるいは原理的な様々な理由によって実行したい量子ゲートの理想的な操作からはずれてしまうものだいくつかその原因の例を挙げるとパルス時間の制御機器の時間領域における精度が十分でないとか照射する電磁波に強度の変調がかかってしまっているだとか照射電磁波の位相がドリフトしてしまい xゲートを実行したつもりが Y ゲートも少し混ざってしまうとかそういったものであるであるから前節の量子状態トモグラフィと併せて量子ゲートの精度を測定するための手法とその評価のためにある量子状態が別の量子状態とどれだけ近いかを表す指標が必要である本節ではノイズに関する短い導入の後これらについてみていこう

115 ノイズ演算子純粋状態の場合量子系の発展は量子状態 |ψ⟩に何かしらの演算子が作用するという

ふうに記述されるもし混合状態も含めた一般的な量子仮定の記述をしたければ密度演算子に関する作用を考えなければならないこれはKraus演算子Aiを用いて次のように書かれる

E(ρ) =sumi

AiρAdaggeri (1151)

当然Kraus演算子から構成される POVMは確率の総和が 1になるという条件を満たさねばならない例えばE(ρ) = XρX は量子ビットが確率 1でフリップする(|g⟩と|e⟩が入れ替わる)過程を表す純粋状態についてはXρX = X |ψ⟩ ⟨ψ|Xdaggerと単にX |ψ⟩の密度演算子となることからも納得はできるであろうこの完璧な操作に対し実際に

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 144

行われる操作は環境のノイズが混ざった不完全なものであるこのノイズにより確率的に引き起こされる過程をΛと書くとこれは英語では superoperatorと呼ばれる密度演算子(密度演算子)に対する演算子となるもしノイズが pの確率で量子ビットをフリップさせるようなものならこのビットフリップエラー(bit-flip error)の演算子Λx

Λxρ = (1minus p)ρ+ pXρX (1152)

と書かれるもうひとつ例を挙げるともしノイズにより確率 pで位相がフリップする(π回転する)ならばこの位相フリップエラー(phase-flip error)に対応するノイズ演算子 Λz は

Λzρ = (1minus p)ρ+ pZρZ (1153)

これらは x軸と z 軸まわりの量子ビットのフリップが確率的に起こる過程を表しているy軸まわりのものはビット-位相フリップエラー(bit-phase-flip error)と呼ばれ

Λyρ = (1minus p)ρ+ pY ρY (1154)

であるもうひとつ上記のすべてが等確率で起こるものとして脱分極(depolarizing)エラー

Λdρ = (1minus p)ρ+p

3(XρX + Y ρY + ZρZ) (1155)

があるしかしながらこの過程は実際には非現実的でその対称性による理論的な取り扱いやすさから導入されたものと思われるさてノイズ演算子(noise superoperator)について例を挙げつつ説明したが実は現

実に起こるエラーとして最も重要なのは次の自然放出に起因するエラーであるこれは amplitude dampingともいわれ

Λampρ = A0ρAdagger0 +A1ρA

dagger1 (1156)

と書かれるKraus演算子は

A0 =

(1 0

0radic1minus p

) A1 =

(0

radicp

0 0

) (1157)

と書かれるひとつめのKraus演算子A0は |e⟩の占有確率が減少する過程を表しておりふたつめの Kraus演算子 A1はその過程が |e⟩から |g⟩への遷移に起因することを示しているそして励起状態の占有確率の減少と |e⟩から |g⟩への遷移の二つは同時に確率 pで起こる自然放出は真空場による誘導放出と解釈できるためノイズ源はなんと真空場であり不可避である

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 145

116 量子プロセストモグラフィ量子プロセストモグラフィ(quantum process tomography)は量子状態トモグラ

フィのように量子過程を完全に同定するための手法である量子プロセストモグラフィをする目的としては実験的に実装された量子ゲートが理想的な量子ゲートにどれだけ近いかを量的に評価することであるある量子状態 ρにどれだけ理想的なゲートからずれているかわからない ldquo未知のrdquo

量子ゲートを作用させるとしよう種々のノイズの結果としてこの量子ゲートによる作用は E(ρ) =

sumiAiρA

daggeri と書けるであろうn量子ビット系の量子状態は d = 2n次元

のHilbert空間となるがこれに対するKraus演算子は常に n量子ビット系に d個ある直交する演算子を用いて Ai =

summ aimEm m = 1 2 dと表現することができる

これを E(ρ)に代入すると

E(ρ) =summn

χmnEmρEdaggern (1161)

と書き直すことができるここで χ行列 χmn =sum

i aimalowastinを導入したこれはPauli行

列と恒等演算子という非常に扱いやすい演算子のセットで未知の量子状態を特徴づけるものとなる実験においては量子ビット系を d2個ある線形独立な状態の中からひとつの状態 ρj

に用意し量子ゲートを作用させるそして量子ビットの状態を量子状態トモグラフィにより同定するこの一連の工程によって最終的な状態は E(ρj) =

sumk cjkρkと書ける

ρjが線形独立であることからEmρjEdaggern =

sumk βmnjkρkという展開も可能であるからsum

k

cjkρk =summn

sumk

χmnβmnjkρk hArr cjk =summn

χmnβmnjk (1162)

したがって βmnjkの逆行列を用いると次を得る

χmn =sumjk

βminus1mnjkcjk (1163)

右辺では cjkが量子状態トモグラフィによって実験的に明らかにできるパラメータでありβmnjkは ρkが理想的な場合の EmρkE

daggern =

sumk βmnjkρkから計算により求めること

ができるしたがってχ行列は d2個の ρkに対して上記のような工程を行い評価することができるのである演算子の組 Eiは一量子ビット系では IX Y Z二量子ビット系では II IX Y Z ZZでありχ行列は一量子ビット系では 4times 4二量子ビット系では 16times 16の行列となるここでひとつ量子プロセストモグラフィについて注意しておきたいことがある量

子技術においては量子系の初期状態の準備量子ゲートによる操作そして測定が行われ測定結果はさらにそのあと作用する量子ゲートへとフィードバックされたりするこういった工程のなかで量子プロセストモグラフィが検出するのは一連の工程で生じたすべてのエラーを含んだものであるすなわち量子状態準備と量子測定のエラー

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 146

(state preparation and measurementで SPaMエラーと略される)は分離できないのであるまた量子プロセストモグラフィは量子ビットの数が増えると指数関数的に実験時間が増えかつ扱う行列のサイズも指数関数的に大きくなるため大規模化した量子系での量子プロセストモグラフィは現実的ではない

1161 ゲートフィデリティ量子プロセストモグラフィを現実にやるかどうかはともかく量子ゲートが特徴づ

けられてしまえば量子状態のフィデリティのように理想的な量子ゲート U と現実に行われた操作がどれだけ近いかを表す指標が必要であろうここでゲートフィデリティ(gate fidelity)を理想的な場合に生成されるべき量子状態UρU daggerと現実の操作で生成された状態 E(ρ)のフィデリティ

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]として定義したいところであるこれは次のように書きなおすことができる

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]= Tr

[UρU dagger

summ

χmEmρEdaggerm

]

= Tr

[Uρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

dagger

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

daggerU

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermU

]= Tr [ρΛ] (1164)

ここでノイズ演算子 λを Λ =sum

m χmmLmρLdaggerm with Lm = U daggerEmで定義している

もしも実行された量子ゲートが完璧であり E(ρ) = UρU daggerとなるのであれば当然ゲートフィデリティは同じ量子状態の間のフィデリティと等価になってFg = Tr

[ρ2]= 1

となる実際には種々のエラーが量子操作に紛れ込み初期状態として用意した純粋状態が混合状態へと劣化してしまうこのときにはF prime

g lt 1に低下するところがゲートフィデリティは密度演算子 ρによって値が変わってしまうことに

注意しよう例としてビットフリップゲートX が所望の量子ゲートであるとし確率 pで Zになってしまうすなわち位相フリップエラーが起こるとしようこのときρ = |g⟩ ⟨g|あるいは ρ = |e⟩ ⟨e|のときには位相フリップエラーの影響があらわには出ずこれではエラーを検知できずに F prime

g が 1になってしまうこれを避けるためにゲートフィデリティFgは任意の純粋状態 |ψ⟩に対して F prime

gを計算したなかの最小値であると定義しよう

Fg = min|ψ⟩

Tr[U |ψ⟩ ⟨ψ|U daggerE(|ψ⟩ ⟨ψ|)

] (1165)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 147

これによって量子ゲートのエラーを過小評価することはなくなったためしに先ほどの例すなわちビットフリップゲートXが所望の量子ゲートであり確率 pでZになってしまう場合について計算してみよう

Fg = min|ψ⟩

Tr [X |ψ⟩ ⟨ψ|XE(|ψ⟩ ⟨ψ|)]

= min|ψ⟩

Tr [⟨ψ|X[(1minus p)X |ψ⟩ ⟨ψ|X + pZ |ψ⟩ ⟨ψ|Z]X |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

Tr [⟨ψ|Y |ψ⟩ ⟨ψ|Y |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

(⟨ψ|Y |ψ⟩)2

= 1minus p (1166)

からこの量子ゲートのゲートフィデリティは 1minus pであるといえる量子プロセストモグラフィを用いて量子ゲートの素性を明らかにした場合にはその結果を E(|ψ⟩ ⟨ψ|)として代入し同様の計算をすることになる

117 Randomized benchmarking

量子プロセストモグラフィはSPaMエラーとゲートのエラーを区別できないこと以上に多量子ビット系になるにつれてゲートの評価自体に用いる χ行列の次元が指数関数的な増大を見せることから現実的でないと思われているこの問題から実際の実験では randomized benchmarkingという量子ゲートの評価手法が広く用いられているRandomized benchmarkingはいくつかの仮定の下に量子ゲートのゲートフィデリティを見積もる方法でありそれらの仮定が実際の状況に即しているかは慎重に見極めなければならないそれを差し引いてもこの手法はゲートエラート SPaMエラーを分離して測定できるかつ量子プロセストモグラフィよりも圧倒的にゲートエラーの評価が容易であるというメリットからしばしば用いられるRandomized benchmarkingの実際の手順を箇条書きで述べよう

bull 量子ビット系を |ψi⟩に初期化する

bull ランダムに選ばれた l isin N 個の Cliffordゲートを作用させる

bull 上記の Cliffordゲート列の全体の逆元を作用させる

bull 最終的な状態 ρf が |ψi⟩ ⟨ψi|と同じであるかどうか確かめる

bull lを増加させたときの ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティの減衰からゲートフィデリティを見積もる

Cliffordゲートの数 lが増加するにしたがって ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティは指数関数的に減衰するこの指数関数的減衰をフィッティングしてゲートフィデリティ

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 148

を得るというのが randamized benchmarkingであるそしてゲートの数に対するフィデリティの減衰を評価する手法であるからSPaMエラーとゲートエラーを別々に評価できるということも明らかであろう実験で行う解析を二量子ビット系で考えてみよう量子プロセストモグラフィでは 16 times 16の行列とその逆行列を扱うことになりrandomized benchmarkingでは 11 520個のCliffiordゲートがまんべんなく登場するようにシークエンスを整えることになるどちらも一長一短に思えるうえrandomized

benchmarkingでは Cliffordゲート全体のゲートフィデリティの平均値が求まるのみという点はあるものの自動的にゲートを乱数で生成するプログラムがあればよく直観的でもありSPaMエラーとの分離も可能でinterleaved randomized benchmarking

と呼ばれる方法で個別のゲートフィデリティの評価も可能な randomized benchmarking

が用いられることは多いRandomized benchmarkingはこのように便利に思えるが上記のようにゲートフィ

デリティを得るうえで仮定されていることがいくつかあるこれらの中には現実的でないものも含まれるがひとまず列挙してみよう

bull すべてのノイズ演算子があらゆる Clifford演算子に等しく含まれる

bull 平均のゲートフィデリティはノイズがあたかも脱分極エラーであったかのように計算される

bull ノイズはマルコフ過程的であるすなわちノイズに時間相関はない

これらの仮定は特に一つめと二つめについては実験的な観点では到底現実的ではない例えば一つめに関しては量子系ごとに量子ゲートの得意不得意がありすべての量子ゲートが等しくすべてのノイズ演算子を持つというのは考えにくい二つめについて脱分極エラーがそもそも現実に即していないというケチが付くむしろ自然放出と位相緩和が主な実験的エラーであることがほとんどだ三つめに関してはノイズがMarkov過程的であるという根拠はないが実験的にはノイズをMarkov過程でモデルすると物理現象をうまく説明できることが多く実験的には妥当であろうと思われるこのような事情にもかかわらず randomized benchmarkingはその簡便さから頻繁に用いられる余談であるが自然放出によるエラーは状態空間を非一様に覆うように作用してしまうためrandomized benchmarkingの仮定が崩れてしまうこれに対処するためにトワリング(twirling) [10]というBlochベクトルをわざとぐるぐる回転させてこの効果を打ち消す方法がある

149

第12章 量子エラー訂正の基礎

従来のコンピュータで用いられるようなビットでもそうであるように量子ビットも常にノイズにさらされエラーが発生する現実的な量子技術は 106回以上の量子状態準備量子ゲート量子測定量子操作が必要となるといわれているこのような大きな数の操作と立て続けに行うと例えばゲートフィデリティが 09999という精度を持っていても 1 000回で 09100 000回で 10minus5まで全体の量子操作のゲートフィデリティが低下してしまうしたがって量子ゲートのエラーは従来のコンピュータでも行うようにエラー訂正をしなければ使い物にならない量子ビットに対するこのようなエラー訂正を量子エラー訂正(quantum error correction)とよぶ従来のコンピュータで行うエラー訂正は多数決の方法をとっているすなわちビッ

トのコピーを複数用意しておきエラーが発生するレートが低いという仮定の下で複数のコピーの中で多数である方を正しい結果として採用する一方で量子エラー訂正は従来のエラー訂正のように簡単ではないこれは次のような事情があるためである

(i) エラーは Bloch球上で連続的に発生する

(ii) 複製禁止定理によって量子状態のコピーを作ることができない(付録 J)

(iii) 測定は量子状態をlsquolsquo 破壊 rsquorsquoする

これらの条件のもとでのエラー訂正は一筋縄ではなくいままでに考案されてきた量子エラー訂正のコード(量子エラー訂正ができるように複数の量子ビットから一つの量子ビットを構成する方法)は上記の問題を巧みに回避しているつまり量子エラー訂正を実行するために量子状態は壊すことなく量子ビットに起こるエラーを ldquoデジタルrdquo

に検出するのである量子エラー訂正ができるようになることによる代償もあるそれは従来のビットに対する多数決の方法のように量子ビットを数多く使用して冗長性を確保しなければならないことであるさらに量子エラー訂正が動作するためのエラー閾値というものがあるがこれが非常に厳しい要求となっている言い換えると量子操作全般に対するフィデリティが現状の最先端技術を駆使しても達成困難なほど高くなければならないのである本節ではこのような状況を概観するために量子エラー訂正の基本的な考え方をみていく本節で網羅できない詳細については成書 [9 11]

をあたってほしい

第 12章 量子エラー訂正の基礎 150

121 スタビライザーによる定式化量子エラー訂正の話に進む前にスタビライザー(stabilizer)による定式化につい

て少し述べておくとのちに便利であるスタビライザー群 Sはn量子ビット Pauli群Pnの可換な部分群であり次の条件をみたすものである

S = Si | minus I isin S [Si Sj ] = 0 for all Si Sj isin S le Pn (1211)

ここで群に対する不等号は部分群であることを意味するn量子ビット Pauli群 Pnの部分群でありかつスタビライザー群の元であるスタビライザー演算子 S isin S は固有値plusmn1をもつまたスタビライザー群のすべての元が可換であることからスタビライザー群のすべての元に共通の固有状態があることもわかるところで群は生成子というその積によって元の群が作られるような部分集合により特徴づけられるスタビライザー群の生成子 Sg の集合をスタビライザー生成子と呼ぶスタビライザー生成子のある元がほかの元の積によって書かれないように最小限の元だけで構成されるスタビライザー群はスタビライザー生成子から生成される(S = ⟨Sg⟩とかく)が

そのスタビライザー生成子の数は |S|をスタビライザー群の位数(元の数)として高々log |S|個であることが知られているここにスタビライザー群を用いた量子系の記述に関するメリットのひとつが浮き彫りになるすなわち量子系が拡大していくにつれて指数関数的に状態の数が増えていくもののスタビライザーによる定式化を用いれば高々量子ビット数に比例する程度でしか増えないスタビライザー生成子で量子状態を指定することが可能になるのであるスタビライザー演算子は可換であるからすべてのスタビライザー演算子の同時固有

状態が存在することはすでに述べたこの固有状態のうち任意の Si isin S に対して固有値が 1すなわち Si |ψ⟩ = |ψ⟩となるものが存在するこの固有状態 |ψ⟩をスタビライザー状態といいスタビライザー状態により張られる固有空間 Vsを Sのスタビライザー部分空間ともいうのちの便宜を図るためスタビライザー演算子について固有値がminus1の固有空間を V prime

s と書くことにするS = ⟨Z1 middot middot middotZnX1 middot middot middotXn⟩ (n 偶数)というスタビライザー群を例にとるとこの

スタビライザー部分空間は

|ψ⟩ = |g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩radic2

であるただし |ξ1⟩ otimes |ξ2⟩ otimes middot middot middot otimes |ξn⟩を |ξ1ξ2 middot middot middot ξn⟩と表記しているもう一つの例としてX1 middot middot middotXn を除いて S = ⟨Z1 middot middot middotZn⟩というスタビライザー群を考えるとスタビライザー部分空間は |g middot middot middot g⟩ |e middot middot middot e⟩となるもしもこのスタビライザー部分空間に対して一つの量子ビットがフリップするような過程が起こるとその量子状態は|eg middot middot middot g⟩ |ge middot middot middot g⟩ |gg middot middot middot e⟩で張られるような部分空間に入ってしまうこれらは実は演算子 Z1 middot middot middotZnに対しては固有値が minus1となるような状態になっている言い換えるとこのビットフリップエラーによってもともと Vsにあった量子状態が V prime

s へと移ってしまうのであるこれを用いるとZ1 middot middot middotZnの測定によりビットフリップエラー

第 12章 量子エラー訂正の基礎 151

が検出できることになるしかしながらこの測定によってその量子ビットがフリップしたかは判別できない量子エラー訂正をするためにはもういくつかの工夫をしなければならないしかしながらきちんとした量子エラー訂正の符号(quantum error

correction code)すなわち複数の物理的な量子ビット(physical wubit)によりひとつの論理量子ビット(logical qubit)を構成するやり方が与えられればその記述がスタビライザーによる定式化により整理されスタビライザー部分空間に量子ビットがエンコードされスタビライザー生成子の測定によりエラーが検出されそしてエラーの訂正が行われるというふうに系統的に量子エラー訂正を理解することができる

122 三量子ビット反復符号完全な量子エラー訂正の符号に入る前に三量子ビット反復符号(three-qubit rep-

etition code)というビットフリップエラーを検出し訂正することが可能な符号についてみておこう三量子ビット反復符号のスタビライザー群は S = ⟨Z1Z2 Z2Z3⟩でありスタビライザー部分空間は Vs = |ggg⟩ |eee⟩となるこのスタビライザー部分空間に論理量子ビット |0L⟩ |1L⟩をエンコードするがそのやり方はいたって単純で |0L⟩ = |ggg⟩|1L⟩ = |eee⟩とすればよいこのときに論理量子ビットに対する論理Pauli演算子がXL = X1X2X3と ZL = Z1Z2Z3であることはほとんど自明だろうこのもとでスタビライザー生成子の測定によって何がわかるかをみてみようまずZ1Z2

と Z2Z3はZ |g⟩ = |g⟩Z |e⟩ = minus |e⟩から常にスタビライザー状態に対して+1という固有値を持つことがわかるこれは上記のスタビライザー生成子が偶数個の Z の積であるためであるこれは Vsの定義から明らかであろうではビットフリップエラーが起こるとどうなるであろうかここでは一番目の量子

ビットにフィットフリップエラーが発生しa |ggg⟩+ b |eee⟩というスタビライザー状態が a |egg⟩+ b |gee⟩となってしまったとしようするとZ1Z2の測定はminus1という値を返しZ2Z3は+1という値を返すこととなるとここまで説明すればZiZj の測定値がi番目と j 番目の量子ビットが同じ状態(+1)か異なる状態(minus1)かを判別するものになっていることに気が付くこのような測定をパリティ測定(parity measurement)という逆に Z1Z2と Z2Z3のふたつのパリティ測定の結果から1番目と 2番目の量子ビットは異なる状態だが 2番目と 3番目の量子ビットは同じ状態にあるということを知ることができるエラーの発生確率が十分低く二つ以上の量子ビットがいっぺんにフリップするようなことは起こらないという仮定のもとでこの情報は 1番目の量子ビットにエラーが発生しているということを示しているパリティ測定によってどの量子ビットにエラーが起こっているかを判別する一連の測定をシンドローム測定(syndrome

measurement)というシンドローム測定のために測定のための補助(ancillary は差別的な表現である

として最近は auxiliary がよく用いられる)量子ビットをスタビライザー生成子ひとつにつき 1個つけておこうZ1Z2 の測定のための補助量子ビットを添え字 aであらわすと初め |0L⟩ |ga⟩ であったとしエラーによって |egg⟩ |ga⟩ になってしまったと

第 12章 量子エラー訂正の基礎 152

しようこのときに 1 番目と 2 番目の量子ビットをそれぞれ制御量子ビットとするCNOTゲートCNOT1aCNOT1bを補助量子ビットに作用させると|egg⟩ |ga⟩

CNOT1ararr|egg⟩ |ea⟩

CNOT2ararr |egg⟩ |ea⟩というように補助量子ビットの量子状態が変化し補助量子ビットの σz の測定値すなわち 1番目と 2番目の量子ビットに関するパリティ測定の結果がminus1となる2番目と 3番目の量子ビットに関しても同様に補助量子ビットを用意してパリティ測定を行うと補助量子ビットの状態は変わらずパリティ測定の結果として+1を得るこのようにして得られた測定結果に応じてエラーのある量子ビットにX ゲートをかけるようなシステムを構築すればビットフリップエラーに対する量子エラー訂正ができることになるエラーが訂正されれば当然量子状態はスタビライザー部分空間 Vsに戻るここで上記の量子エラー訂正によって正しい量子状態が保たれる確率がどうなるか

を議論しよう論理量子ビットを構成する三つの量子ビットにエラーが全く起きない確率は一つの量子ビットにエラーが起きる確率を pとして (1minusp)3であるこれはそのままでは pに比例する項があるのだがもしエラー訂正が可能となり一つの量子ビットがフリップしても正しい状態に戻すことができるとなればこの確率は (1minusp)3+3(1minusp)2p =1minus 3p2 + 2p3となりpに比例する項が消えpが十分小さい場合には量子エラー訂正後の正しい状態を得る確率は量子エラー訂正なしの場合よりも高くなるここで述べた三量子ビット反復符号はビットフリップエラーを検出し訂正できるもの

であるもしスタビライザー群が S = ⟨X1X2 X2X3⟩であればスタビライザー部分空間は |+++⟩ |minus minus minus⟩になり本節の議論を少し変更するだけでこれが位相フリップエラーを訂正できる三量子ビット反復符号になっていることがわかるだろう同様にビット-位相フリップエラーについても三量子ビット反復符号によって量子エラー訂正が可能であるしかしながらこれらはそれぞれ 1種類のエラーしか訂正できない現実の量子ビットはこれらのすべてのエラーにさらされるのだから三つのエラーを検出し訂正できるような量子エラー訂正の符号が必要である

123 Shor符号前節で紹介した三量子ビット反復符号はビットフリップエラー位相フリップエラー

ビット-位相フリップエラーのどれか一つだけについて量子エラー訂正が可能となる符号であった本節では量子ビットに対するエラーを完全に訂正できる符号化の方法としてPeter Shorが導入した(九量子ビット)Shor符号(nine-qubit Shor code)を紹介しようこの符号化によってアナログな(連続的な)エラーにさらされる量子コンピュータがエラー耐性を獲得しうることが示された点で歴史的に非常に重要なマイルストーンであるShor符号において論理量子ビットは 9つの量子ビットを用いて次

第 12章 量子エラー訂正の基礎 153

のようにエンコードされる

|0L⟩ =(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)

2radic2

(1231)

|1L⟩ =(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)

2radic2

(1232)

これらは次のスタビライザー群のスタビライザー状態であることはすぐわかる

S = ⟨Z1Z2 Z2Z3 Z4Z5 Z5Z6 Z7Z8 Z8Z9 (1233)

X1X2X3X4X5X6 X4X5X6X7X8X9⟩ (1234)

そして論理量子ビットに対する論理 Pauli演算子は

ZL = X1X2X3X4X5X6X7X8X9 (1235)

XL = Z1Z2Z3Z4Z5Z6Z7Z8Z9 (1236)

であるShor符号は小さなまとまりとしてビットフリップエラーに対する反復符号がありその論理量子ビットからさらに位相フリップコードを構成したような形になっていることに気が付くであろうこのような入れ子(英語では nestedがこの意味に近いがconcatenatedの方がよくつかわれる)の符号化は論理量子ビットのエラー耐性を増強するうえで今や定番の手法となっているシンドローム測定のうち Zotimes2の形のスタビライザー生成子は一番小さな三量子ビットのまとまりの中でビットフリップエラーを検出できXotimes6の形のスタビライザー生成子によって論理量子ビットの各括弧をひとまとまりと見た時にその位相フリップエラーを検出できるようになっているこの符号化の際にはシンドローム測定のために補助量子ビットを最低 8個つけておかねばならないXotimes6の測定のために 1つの補助量子ビットを 6つの量子ビットと相互作用させるのは一般に簡単ではないから実際にはより多くの補助量子ビットが必要になるだろうさてこのコードによってエラーが訂正されるための大前提は 9個のうち 2個以上の

量子ビットに同時にエラーが起こる確率が非常に小さいことであり三量子ビットの反復符号よりも厳しい条件ではあるもののそこまでエラー訂正のための条件が厳しいようには一見思えない実際三量子ビット反復符号のときのような確率の計算をすれば現在の最も精度の高い量子ゲートならば十分であるということになるかもしれないしかしながらここではもう少し現実的な状況を考えるすなわちいままではエラーが一度発生したらそれを検出するための測定や量子ゲート測定結果に応じたエラー訂正用の量子ゲートにはエラーは入らないと仮定していたのだがこれらすべてにエラーが入ると考えるのである最終的に量子エラー訂正が可能となった場合には量子ゲートと量子測定がすべてエラー耐性のある(fault-tolerantな)ものとなっているべきでエラーが確率 pで発生する際にそのエラーが別の量子操作にそのまま pで伝播するのではなくp2になって伝播するようにエラーを抑制しなければならない(error mitigation

といわれる)文献 [9]にあるようにきちんと解析するとある量子エラー訂正の符号

第 12章 量子エラー訂正の基礎 154

化に対してエラー耐性のある量子計算を行うためにどのくらいのエラー発生確率であれば許容できるかというエラー閾値(error threshold)が計算される単純な Shor符号の場合にはエラー閾値が 10minus7のオーダーであることが知られておりこれは現存するどんな技術においても達成されていないエラー発生確率である

124 発展的な量子ビットの符号化Shor符号はその単純さから比較的理解しやすいものだが10minus7程度というエラー閾

値が実装に対する厳しい制約となっている現状で最も精度の良い一量子ビットゲートのエラー率がsim 10minus6そして二量子ビットゲートについてはsim 10minus4であり近い将来における Shor符号の実装は絶望的であるこのような状況においてよりエラー閾値の高いあるいはエラー率を抑制できる量子ビットの符号化に興味がもたれいくつかの重要な発展をもたらした代表的なものとして表面符号とGottesman-Kitaev-Preskill

(GKP)符号がある表面符号(surface code)はトポロジカル符号(topological code)トーリック符号

(toric code)とも呼ばれるもので非常に大きな数の量子ビットの 2次元配列を用意しそれによって論理量子ビットを構成するものである表面符号が特徴的なのはエラー閾値がコヒーレントエラーなしの場合に 001コヒーレントエラーを含めても 10minus4程度と現在知られている量子エラー訂正符号のなかで最も高いエラー率を許容する点であるまた表面符号と物性物理学理論の関連も量子情報科学と物性物理学の橋渡しとなる興味深いトピックである欠点としては表面符号の構成に 1 000量子ビット以上のとにかく多数の系に大規模化しないければいけない点で大規模化に伴ってどの程度エラー率が悪化するかあるいは悪化しないで大規模化を達成できるかそして多数の量子ビットを制御するための電気光配線や制御系が現実的に可能かどうかが現在の量子系大規模化の潮流の中で盛んに調べられているふたつめのGKP符号 [13]は調和振動子の量子状態つまり Fock空間のなかで量

子ビットを構成する方法として注目を集めているもう少し具体的には位相空間上で二次元グリッド状に並んだ点としてあらわされる量子状態を生成しこれとグリッドの周期の半分だけ位相空間上でずれた状態のふたつの状態を論理量子ビットとするものである論理量子ビットをGKP量子ビットともいう実際に位相空間上の点を実現するのはinfin dBのスクイージングに対応し現実的でないため実際には有限の幅を持つグリッド状に並んだ分布で近似的に直交する二つの量子状態を構成することになり現在のところ原子イオンの振動自由度を使ったもの [14]と超伝導量子ビットとマイクロ波共振器の結合系 [15]における実証実験が行われているGKP符号の特徴としては表面符号で多数の量子ビットを用いて確保していた大きなHilbert空間を無限次元のHilbert

空間である調和振動子によって代替していることであるエラー耐性を持たせるために多数の GKP量子ビットを用いて構成した表面符号を構成するとエラー閾値が 10minus4

となることが知られているこれが実用的かどうかは甚だ疑問だが調和振動子の量子技術の一例として非常に興味深いものである

155

第13章 個別量子系に関するDiVincenzo

の基準

原子光子固体中の点欠陥超伝導量子回路などある個別量子系があったときにそれが量子技術への応用にどのくらい堪えるものかを見積もるための基準がDiVincenzo

によって提示された [20]これを以下に列挙しよう

(i) 拡張性があり特性の良くわかった量子ビットを内包すること個別量子系は他の量子状態のなかで主として量子ビットに用いられる二つの量子状態に占有確率を持つことさらに実際の応用に向けてこの多数の量子ビット系を一ヵ所に集積することができること雑な見積もりではあるがShorのアルゴリズムによって 1 000桁の数の因数分解をエラー耐性量子計算により行いたい場合には1 000量子ビットにより 1個の論理量子ビットを構成するとして1 000

論理量子ビットすなわち 106個の量子ビットが必要になる

(ii) 量子ビットの初期化ができること精度の高い量子ゲートが必要であるように量子ビットをある基準となる状態(ふつうは基底状態といって語弊はない)に初期化できるということも非常に重要である量子ビットが正しく初期化されない場合初期化されていることがわかる信号をもとに条件付きで量子情報処理をはじめることはできるしかし一量子ビットでさえ確率的となると多数量子ビットでは通常指数関数的に初期化される確率が減少していく

(iii) 十分長いコヒーレンス時間1を持つこと個別量子系の操作の実験は周囲の環境や実験装置自体のノイズによる様々なデコヒーレンスとの戦いであるこのデコヒーレンスは基本的に量子系を望ましい状態に用意したとしても徐々に量子状態が望まぬもの特に混合状態へと変わっていってしまうこの時定数がコヒーレンス時間であるしたがって量子ゲートあるいは量子計算全体はコヒーレンス時間よりも十分速く行われなければならないざっくりした計算になるが量子ゲートのパルス時間が τgでコヒーレンス時間が τcであるときにエラー率は τgτc程度になりゲートフィデリティは 1minus τgτc

程度になるというのがそれなりに実験とも合致する経験則である

(iv) ユニバーサルな量子ゲート操作が可能であることユニバーサルな量子ゲート操作は少なくとも一つの non-Cliffordゲートを含む一

1デコヒーレンス時間ということもある同じものを指している

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 156

量子ビットゲートと二量子ビットゲートのセットで実現できる一量子ビットゲートは量子ビットと電磁波の相互作用などを用いて実現され二量子ビットゲートは量子ビット間の相互作用を誘起することで実装される

(v) 量子ビットに応じた量子状態の測定ができること量子ビットは一般的な量子測定で記述される何らかの方法で量子測定が可能でなければならないそれは射影測定であるかもしれないし蛍光測定のような単なる誤差のない測定であるかもしれない正確にはあらゆる測定はノイズによって誤差のある測定となっているともかくこの量子測定によって量子状態トモグラフィなどが行われる

(vi) 局在した量子ビットと伝搬量子ビットの間の信頼性のある相互変換が可能であることふつうDiVincenzoの基準というと上の 5つまでをいうことが多いがこのこの 6

番目の基準を抜きに語られることもほとんどないので一緒くたにしてしまうこの基準は上野 5つとは違って量子ネットワーク [16]を意識した内容になっている局在した量子ビットとしては原子イオンや超伝導量子回路などの量子ビットを伝搬量子ビットとしては光子を思い浮かべればわかりやすい要するに共振器量子電磁力学系(cavity QED系)を用いて量子ビットの量子状態を光子の量子状態に高いフィデリティで転写することが可能であること

157

第14章 量子技術の概要

この章ではこれまで述べてきた量子技術によって実現される応用例を紹介する

141 量子計算量子系を巧みに利用することである種の計算を高速に実行することができる場合が

あるこのような計算を量子計算と呼ぶ量子計算では量子ビットを情報の担い手として用いるこれまで見てみたように量子ビットは射影測定によって離散的な結果を出力するが測定されるまでは重ね合わせ状態をとれるつまり量子ビットは重ね合わせ状態の複素数係数という本質的にアナログ的な情報を持つこの意味において量子計算は従来の計算とは大きく性質が異なる量子ビットがアナログ的な性質を持つために操作の不完全性や量子状態の寿命によ

るエラーの問題が生じるエラーは操作ごとに蓄積していき最終的な出力を信頼できないものにしてしまう巨大な量子干渉計である大規模な量子計算ではごくわずかなエラーのために結果が変化してしまうこの問題を解決するため現行のデジタル計算が有限のエラーの元で動作しているように「閾値動作」する量子計算が考えらえれているこれを誤り耐性(デジタル)量子計算と呼ぶこれは量子ビットの状態や各操作のエラーを量子誤り訂正によって訂正することによって実現する各種の量子操作がある閾値よりも小さいエラーに抑えられているとき量子操作の不完全性の影響を受けることなく巨大な量子干渉計である量子アルゴリズムを実行することができる一方で蓄積するエラーの下で計算を行うアナログ量子計算についても研究が進めら

れている量子アニーリングやNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)といったアナログ量子計算ではサンプリング問題や基底状態の特徴を評価するという問題を扱うことによって巨大な量子干渉計を構成することなしに計算結果を出力する

1411 Groverのアルゴリズム量子アルゴリズムの例としてGroverの量子探索アルゴリズムを紹介する4つの

値をとる変数 iに対して

f(x) =

1 x = x0

0 x = = x0(1411)

第 14章 量子技術の概要 158

となる関数 f について未知の x0を決定する問題を考えるfの構造を調べることなしに x0を決定するにはx = 0 1 2 3を順番に f に代入し出力を見るのが分かりやすい方法であるこの決定方法は平均して 2回最悪の場合 3回f への代入を必要とする一方でこの値を 1回の f への作用で決定する量子アルゴリズムがある以下の演算

子 U W を導入する

U |x⟩ = exp(if(x)π)|x⟩ =

minus|x⟩ x = x0

|x⟩ x = x0(1412)

W |x⟩ =

minus|0⟩ x = 0

|x⟩ x = 0(1413)

この二つの演算子を初期状態 |++⟩にある 2量子ビットに順番に作用させる

Hotimes2W Hotimes2U |++⟩ = |x0⟩ (1414)

となる出力の量子状態を測定することによりfを含む演算子 U を一度作用させるだけでi0を決定することができる1

142 量子鍵配送量子ビットは射影測定によって0か 1の離散的な出力をするまた測定後の状態

は初期状態に依らずこれら出力に対応する状態に射影され初期状態の痕跡が消えるこのことを暗号通信のための秘密鍵共有に利用する技術を量子鍵配送と呼ぶまた量子鍵を利用した暗号を量子暗号と呼ぶこともある量子鍵配送プロトコルは 1984年にCharles BennettとGilles Brassardによって初め

て提案されたこのプロトコルは彼らの頭文字をとって BB84と呼ばれている

1421 BB84

BB84では鍵配送に光子の偏光状態を利用する偏光と情報を対応つける方法として表 141のような 2種類の方法を考える送信者は方法Aと Bをランダムに選び情報を受信者に送る一方で受信者は送

られてきた光子をランダムに方法Aないしは方法 Bで検出する

|H⟩ = 1radic2(|+ 45⟩+ | minus 45⟩) (1421)

などの関係から異なった方法でエンコードされた情報は受信者側では完全にランダムな出力として観測される一方で送信者と受信者で同じ方法でエンコードしていた

1Hotimes2 は二つの量子ビット両方に Hadamardゲートを作用させることを意味する

第 14章 量子技術の概要 159

状態 0 状態 1

A 水平鉛直 水平 垂直B 斜め 斜め+45度 斜め-45度

表 141 BB84の偏光状態

場合は送信側と受信側で結果は完全に相関するはずである盗聴者の有無を調べるために受信者は測定された結果のうちいくつかをランダムにピックアップしてその結果とそのときの方法を通常の回線で送信者に送るもし盗聴者が光子の情報を盗み見た場合その測定結果に応じて光子の状態は変化し送信者と受信者の間の相関が壊されるため送信者は盗聴者の存在に気付くことができる送信者はこのように盗聴者の存在を確認しながら受信側と通信することが可能になる

143 量子センシング量子系を使って対象を精密に測る手法を量子センシングという量子センシングで

は量子状態制御技術や量子系の観測技術を用いてセンサーを構成する代表的な例として

bull ダイヤモンド中の色中心 (NV center)

bull 超伝導量子干渉素子 (SQUID)

bull 原子ガス

bull 共振器オプトメカニクス

などを用いたものが挙げられる量子センシングでは多くの場合量子系のエネルギー変化を精密に測定することにより外場の大きさを測定する量子コヒーレンスを利用してエネルギー変化を精密に測る手法として広く用いられるいるものの一つがRamsey干渉と呼ばれる手法である

1431 Ramsey干渉Ramsey干渉では2回のX軸回りの π2回転(Rx(π2))を時間差 tをつけて作用

させる量子ビットのエネルギーが∆Eだけ変化するとき

exp

(∆Et

2hσz

)(1431)

第 14章 量子技術の概要 160

という Z軸回りの回転が量子ビットに作用するそのためRamsey干渉の結果0を出力する確率は

|⟨0|Rx(π2) exp(∆Et

2hσz

)Rx(π2)|0⟩|2 (1432)

= sin2∆Et

2h(1433)

となるこの関係から逆に量子ビットの測定からエネルギー変化をセンシングすることができるとくに∆Et2h = π4のとき確率は∆Eの変化に最も敏感になる

1432 エンタングルメントによる量子センシング量子効果をより積極的に利用しエンタングルメントを用いることでセンシングの感

度を向上することができる前節のRamsey干渉の測定精度について考える式 (1433)

よりエネルギーの測定精度 δEは確率の測定精度 δP を用いて

δEh sim δPt (1434)

と書ける量子ビットの測定結果は 2項分布するため独立な測定を N 回行う場合δP は

δP =1

2radicN

(1435)

となるつまり測定回数N について 1radicN に比例して測定精度はあがる

一方でN 量子ビットからなる量子もつれ状態として

|ψ⟩ = 1radic2(|111 1⟩+ |000 0⟩) (1436)

という状態を考えるN 量子ビットに同様にエネルギー変化が起こるとしてエネルギー変化

∆Etot =Nsumi

∆Eσ(i)z (1437)

の元での時間発展の結果初期状態との忠実度は

⟨ψ| exp (∆Etotth) |ψ⟩ (1438)

= cos2(N∆Et

2h) (1439)

となるこの関係から測定精度 δEenを見積もると

δEen prop 1N (14310)

となり量子ビット数の-1乗に比例して感度が上がるこれは大きなN に対して独立な量子ビットN 個を使ったセンサーよりも高感度な量子センシングが可能であることを示している

第 14章 量子技術の概要 161

144 量子シミュレーション重ね合わせ状態が許される量子系においては粒子数が増えると系の複雑さが指数

関数的に増大するその計算時間のため多くの場合では粒子数が多い系に対しては第一原理的な計算は難しくなるそこで計算の難しい複雑な振る舞いをシミュレートするために系をモデル化する理想的な量子系を用意し実際の系の代わりにそのモデル系の振る舞いを調べることで実際の系をシミュレートするこのような計算手法を量子シミュレーションと呼ぶHubbardモデルやスピンのHeisenbergモデルなどいくつかのモデルのシミュレーションやその量子相転移の観測などが実験的に報告されているこのように対応する量子系を実際に作る量子シミュレーションだけでなく量子回路上で物理モデルの下での時間発展やエネルギー固有状態を計算する量子シミュレーションも多く存在する量子化学計算などに代表されるこうしたアルゴリズムはNISQ

の応用として近年盛んに研究されている

145 量子インターネットいまや我々の生活にとって直接的もしくは間接的にインターネットの存在はなく

てはならないものになっている量子コンピュータ量子センサや量子鍵配送といった各種量子技術を組み合わせたネットワークを考えるとき通信路として量子状態のやり取りを許した量子ネットワークの実現が重要になるこうした量子ネットワーク全体からなるシステムを量子インターネットと呼ぶ量子インターネットではクラウド型量子計算量子秘匿計算量子超高密度通信また量子センサーの感度向上などより強力な量子機能が現れる量子インターネットでは光子からスピンスピンからマイクロ波などといった各種の量子メディア変換や量子誤り訂正量子中継技術など究極的な量子技術が必要になるこれらは現在原理検証レベルに留まっておりテストベッドの実現や大きく異なる個々の量子系の時間スケールや動作環境などの個性を受容する高性能なインターフェイスの実現が必要となる

162

付 録A 位置表示と運動量表示

ブラケット記法をもちいるDirac表示では量子状態は(純粋状態であれば)ketベクトル |Ψ⟩であらわされたこれは実はΨ(q)のような波動関数よりも一段抽象的な量子状態の扱い方であるというのも「ldquo位置表示rdquoするとΨ(q)が得られる」というものを |Ψ⟩と定義するしさらには |Ψ⟩を ldquo運動量表示rdquoすることによって運動量 pの関数としての波動関数Ψ(p)も得られるためであるこの付録ではこの位置表示と運動量表示についてメモ書き程度ではあるがおさらいしようまず位置演算子 qの固有状態 |q⟩を定義しようこれは固有値が qであり

q |q⟩ = q |q⟩ (A01)

を満たす同様に運動量演算子 pの固有状態 |p⟩をp |p⟩ = p |p⟩ (A02)

によって定義する量子状態 |Ψ⟩の位置表示と運動量表示はそれぞれΨ(q) = ⟨q|Ψ⟩ Ψ(p) = ⟨p|Ψ⟩ (A03)

と書かれこれらが位置や運動量の関数としての波動関数である|q⟩や |p⟩は連続無限個の基底となって離散的な基底に対して成立した完全性の関係sumi |i⟩ ⟨i| = 1は|q⟩と |p⟩に対しては int

dq |q⟩ ⟨q| = 1

intdp |p⟩ ⟨p| = 1 (A04)

となるさてΨ(p)とΨ(q)は互いに Fourier変換でうつることができ

⟨q|Ψ⟩ = 1radic2πh

intdpeipqh ⟨p|Ψ⟩  (A05)

が成り立つ一方で int dp |p⟩ ⟨p| = 1を ⟨q|と |Ψ⟩で挟むと

⟨q|Ψ⟩ =int

dp ⟨q|p⟩ ⟨p|Ψ⟩ (A06)

となるから式 (A05)と見比べて

⟨q|p⟩ = 1radic2πh

eipqh (A07)

がいえるこれは |p⟩を位置表示すると平面波つまり運動量が確定した状態が得られるというごく当たり前の結果であるが66の計算のようにひょんなところで役に立つ関係式である

163

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例

最初の例として単一モードの調和振動子のHamiltonianH = hωcadaggeraをユニタリ変

換U(t) = exp[iωadaggerat

]によってωでまわる回転系に乗ってみてみようU(t)はTaylor展開により定義されるようなものであるが指数関数の肩にある演算子はHamiltonianと可換であるからU(t)もHamiltonianと可換になるこれによってユニタリ変換 (222)

は非常に簡単に計算できてUHU dagger = UU daggerH = Hから

Hprime = Hminus ihUU dagger = hωcadaggeraminus ihU(minusiωadaggera)U dagger

= h(ωc minus ω)adaggera

= h∆cadaggera (B01)

となるこれを見るとわかる通り回転系に乗った後のHamiltonianには調和振動子の周波数 ωcと回転系の周波数 ωの差∆c = ωc minus ωが現れるこれを離調という全く持って似たような議論をスピン 12系のHamiltonianH = hωaσz2の U(t) =

exp[iω(σz2)t]によるユニタリ変換に対しても適用することができ回転系でのHamil-

tonianはHprime = h∆aσz2と計算されるここで再び離調∆a = ωa minus ωが登場するもう少し発展的な例としてJaynes-Cummings Hamiltonian

HJC =hωa2σz + hωca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B02)

を考えようこの Hamiltonianをユニタリ変換 U(t) = eiωσzt2+iωadaggerat = U1(t)U2(t)に

よって変換するただし便宜上 U1(t) = exp[iωσzt2]と U2(t) = exp[iωadaggerat

]に分けて書いたこれは量子ビットも電磁波共振器の光子も駆動周波数 ωを基準に眺めることを意味している調和振動子の生成消滅演算子と量子ビットの Pauli演算子は可換であるからJaynes-Cummings Hamiltonianの最初の二項は先ほどまでの例と同様にh∆aσz2 + h∆ca

daggeraというふうに変換されるところが相互作用項は Hamiltonianと可換でないためそれほど単純には計算できないこの計算を進めるためには Baker-

Campbell-Hausdorffの公式

eminusSHeS = H + [HS] +1

2[[HS] S] +

1

3[[[HS] S] S] + middot middot middot (B03)

が有用であるさらに有用な関係式として交換関係 [adaggera a] = minusa[adaggera adagger] = adagger[σz σplusmn] = plusmn2σplusmnを挙げておこうこれらを用いて相互作用項をまず U2(t)でユニタリ

付 録 B 回転系へのユニタリ変換の例 164

変換してみようU2(t)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)

= eiωadaggerat(σ+aminus adaggerσminus)e

minusiωadaggerat

= (σ+aminus adaggerσminus) +[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]+

1

2

[[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]minusiωadaggerat

]+ middot middot middot

= (σ+aminus adaggerσminus) + (minusiωt)(σ+a+ adaggerσminus)

+(minusiωt)2

2(σ+aminus adaggerσminus) +

(minusiωt)3

3(σ+a+ adaggerσminus) + middot middot middot

=

[1 + (minusiωt) + (minusiωt)2

2+

(minusiωt)3

3+ middot middot middot

]σ+a

minus[1minus (minusiωt) + (minusiωt)2

2minus (minusiωt)3

3+ middot middot middot

]adaggerσminus

= eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus (B04)

この U2(t)による変換の後のHamiltonianをさらに U1(t)によって変換すると結局U1(t)(e

minusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= eiωσzt2(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)eminusiωσzt2

= eminusiωta(eiωσzt2σ+e

minusiωσzt2)minus eiωtadagger

(eiωσzt2σminuse

minusiωσzt2)

(B05)

という計算に

eiωσzt2σplusmneminusiωσzt2 = σplusmn +

[σplusmnminusi

ωσzt

2

]+

1

2

[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+

1

3

[[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+ middot middot middot

= σplusmn ∓ (minusiωt)σplusmn +1

2(minusiωt)2σplusmn ∓ 1

3(minusiωt)3σplusmn + middot middot middot

= eplusmniωtσplusmn (B06)

であることを適用して回転系での Jaynes-Cummings相互作用U1(t)U2(t)(minusihg)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)U

dagger1(t)

= U1(t)(minusihg)(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= minusihg(σ+aminus adaggerσminus) (B07)

が導かれるこれは回転系へのユニタリ変換前と同じ形になっている以上より回転系での Jaynes-Cummings Hamiltonianの最終的な形は

HprimeJC =

h∆a

2σz + h∆ca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B08)

と求まる

165

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出

図 C1 Λ型の三準位系

三つの量子状態 |g⟩ |e⟩ |r⟩からなる三準位系で|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を考えようこの系のHamiltonianは次のようになる

H = hωg |g⟩ ⟨g|+ hωe |e⟩ ⟨e|+ hωr |r⟩ ⟨r|

+ hg1(|r⟩ ⟨g| a1 + |g⟩ ⟨r| adagger1) + hg2(|r⟩ ⟨e| a2 + |e⟩ ⟨r| adagger2) (C01)

そしてコヒーレントな駆動により a1 rarr α1eminusi(ωrminusωg+δ1)ta2 rarr α2e

minusi(ωrminusωe+δ2)t と置きかえようこの置きかえはより厳密には量子ゆらぎ δa が付随して a1 rarr (α1 +

δa1)eminusi(ωrminusωg+δ1)tとなるべきではあるがδaが小さいとしてここでは無視する|g⟩ ⟨g|

は ωrminusωg+ δ1|e⟩ ⟨e|は ωrminusωe+ δ2で回転系に移るユニタリ変換を施しさらに giαi

を Ωi (i = 1 2)とおくと式 (B)を用いて

Hprime = hδ1 |g⟩ ⟨g|+ hδ2 |e⟩ ⟨e|+ hΩ1(|r⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨r|) + hΩ2(|r⟩ ⟨e|+ |e⟩ ⟨r|) (C02)

と変換されるただし hωrI という項が出てくるが全体のエネルギーシフトとなるのみなので無視している本節で我々が行いたいのは電子的な励起状態 |r⟩を断熱的に消

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 166

去しふたつの基底状態 |g⟩と |e⟩の二準位系を構成することであるこれらの準位は基底状態であれば寿命はほとんど無限大に近いほど長いが裏を返すとこれらの間の電磁波の遷移は少なくとも双極子モーメントが極めて小さく通常の方法では制御に望ましい Rabi周波数が得られないということである|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を駆動しているのは遷移が禁じられている二つの量子状態をRaman遷移によってつなぐためであるこのような目的のもとSchrieffer-Wolff変換をしようSchrieffer-Wolff変換の詳細

は付録 Fを参照してほしい変換のための演算子 Sは S = minus(Ω1δ1)(|r⟩ ⟨g|minus |g⟩ ⟨r|)minus(Ω2δ2)(|r⟩ ⟨e| minus |e⟩ ⟨r|) ととるがここで離調 δ1 と δ2 がそれぞれの遷移の Rabi 周波数よりも十分大きいことを仮定しているともかく Schrieffer-Wolff 変換によってHamiltonianは近似的に対角化されてΩiδiの一次まで残すと

Hprimeeff = h

(δ1 +

Ω21

δ1

)|g⟩ ⟨g|+ h

(δ2 +

Ω22

δ2

)|e⟩ ⟨e|

+ h

(Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

)(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C03)

ただし先ほど述べたように Ω1δ1Ω2δ2 ≪ 1を仮定している|r⟩のAC Starkシフトminush(Ω2

1δ1+Ω22δ2) |r⟩ ⟨r|も出てくるのだが|r⟩に実励起はほとんど起こらず|g⟩ |e⟩

で閉じる系のダイナミクスに寄与しないため無視してよいただし |r⟩のロスやデコヒーレンスの効果が(ほんの少しの実励起を通して)無視できないときには量子ゲートのフィデリティが低下するなどの影響が出るここでパラメータを定義しなおそう

δprime1 = δ1 +Ω21

δ1 δprime2 = δ2 +

Ω22

δ2 Ωprime =

Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

このようにして係数をすっきりさせると初めに三準位系であったものが二準位系に落とし込まれたことがわかる

Hprimeeff = hδprime1 |g⟩ ⟨g|+ hδprime2 |e⟩ ⟨e|+ hΩprime(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C04)

ここで本節の目的は達成されたわけだがもう少しこの系の様子を知るために |r⟩も含めた系の Hamiltonianの固有状態を調べてみようHamiltonian(317)を行列の形式に書くと三準位系なので 3times 3の行列で書けて

Hprime = h

δ1 Ω1 0

Ω1 0 Ω2

0 Ω2 δ2

(C05)

となり固有値λは固有方程式λ(λminusδ1)(λminusδ2)minusΩ22(λminusδ1)minusΩ2

1(λminusδ2) = 0を解くことで得られる簡単のため二光子離調 δ1minusδ2がゼロすなわち δ1 = δ2 = δとなるような場合を扱うことにすると固有値は λ = δ equiv λ0と λ = (δ2)plusmn

radic(δ2)2 +Ω2

1 +Ω22 equiv λplusmn

になるここで固有値 λ0に対応する固有状態が|g⟩と |e⟩のみを含み |r⟩を含まないことがわかる電子的な励起状態を含まないこの固有状態は自然放出によって光らず

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 167

それゆえに緩和が起こらないもので暗状態と呼ばれる一方で λplusmnに対応する固有状態は電子の励起状態 |r⟩を含むため自然放出により緩和してしまうこのような状態を暗状態と対比して明状態と呼ぶ

168

付 録D 原子の量子状態

Rutherfordの実験以来原子は原子核の周りを電子がまわっているというようなモデルでとらえられるようになったが加速度運動をする電子は電磁波を出しながら原子核に向かって落ちていくはずだという古典力学的な推論と原子は実際に安定に存在できるという事実の板挟みの解消には量子論の登場を待たねばならなかったここでは最も簡単な構造を持つ原子である水素原子のBohrモデルを取り上げ更に微細構造や超微細構造などの原子の量子状態について簡単な計算をもとに考えてみよう

D1 BohrモデルBohrモデルは電子の波動性を仮定しながらも電子が陽子の周りを回るという描像

で系の性質を考察する電子が陽子の周りを一周する時に物質波としての電子の位相が2πの整数倍だけ進むという風に考えるがこれは電子の回る速さすなわち軌道角運動量が離散化されているという風に考え直して電子の質量をm速さを v軌道半径をrとして

mvr = hn (D11)

という関係式(nは自然数)を要請するのが Bohrモデルの特徴であるあくまで電子が古典的な軌道運動をするというイメージのもと電子が静止しているような系では遠心力がクーロン力と釣り合っていると考えていいように思われるので

mv2

r=

1

4πϵ0

e2

r2(D12)

を用いることにすると上の二つの式から vを消去して

r =4πϵ0h

2

me2n2 (D13)

を得るすなわち電子の軌道半径は上式に従って離散的な値を取らねばならないこれを用いて水素原子のエネルギーEを計算する

E =1

2mv2 minus 1

4πϵ0

e2

r(D14)

= minus 1

4πϵ0

e2

2r(D15)

= minus me4

2(4πϵ0)2h2

1

n2 (D16)

付 録D 原子の量子状態 169

このようにBohrモデルを用いると水素原子のエネルギーが離散的な値しか取れないこともわかるそして n = 1のときと n = infinのときのエネルギーの差からイオン化エネルギーが 136 eVともとまりこれが実験値と非常によく一致することやRydberg

による原子スペクトルの経験的な式を再現することがBohrモデルの信憑性を高める決め手となった水素原子の量子力学的な取り扱いは成書 [18 ]を参照してほしいがそのさわりだ

け述べようまずBohrモデルによる水素原子のエネルギーの式は特殊相対性理論の効果を取り込まない範囲においては量子力学的な解に一致することが知られているこの取り扱いの範囲では水素原子の量子状態は (n lm)という三つの整数の組でよくあらわされ主量子数 nは自然数であり方位量子数あるいは軌道角運動量 lは 0からn minus 1までの値を磁気量子数mは minuslから lまでの整数値を取るBohrモデルではn = 1の状態つまり水素原子の基底状態は電子が回っている状態であったがきちんと Schrodinger方程式を解いて出てくる水素原子の基底状態は l = 0つまり電子は回っていないどころか動径方向の波動関数をみると原子核の位置をピークとした球対称な分布をもつということに注意したいさらに原子のなかの電子の速度は非常に大きく特殊相対性理論的な効果は無視でき

ないこの効果を取り込むには相対論的量子力学に基づいてDirac方程式を解く必要がありそこから電子スピン微細構造そして超微細構造といった重要な概念が出現することになるしかしながら相対論的量子力学を本書に納めるのは極めて困難であるため以下では電子や原子核の持つスピン自由度を認めたうえで簡単なモデルを使って微細構造と超微細構造がどのようなものであるかをみてみよう

D2 微細構造ここでは再び電子が原子核の周りをまわっているという立場で考えようこれを電

子の静止系で見ると原子核が電子の周りをまわっているように見えるだろう原子核(水素原子の場合には陽子)の電荷が+eであるとするとこの原子核による円電流I = ev2πrが電子の位置に作る磁場の大きさは

B =micro0I

2r=micro0ev

4πr2=

micro0eL

4πmr3(D21)

でありここで L = mvrは軌道角運動量の大きさであるこの磁場によって電子スピンが Zeeman効果をうけると考えるとそのエネルギーシフトは

minusmicro middotB =gmicroBhS middot micro0e

4πm2r3L = minus gmicroBe

2

8πm2r3S middot L (D22)

と書かれるここで g sim 2は Landeの g因子microB = eh2mは Bohr磁子と呼ばれるこれをもとの電子が回っている系に戻ってみてみると電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンが相互作用しているような項として解釈することができるこれをスピン-軌道相互作用と呼ぶこの相互作用は電子スピンと軌道角運動量が同じ向き

付 録D 原子の量子状態 170

を向いている状態ではエネルギーが上がり反並行のときにはエネルギーが下がるようなものとなっているこのような時には J = S + Lが量子状態を特徴づける良い量子数となっており例えば s軌道(方位量子数 l = 0)の場合にはスピン-軌道相互作用はゼロとなるがp軌道(方位量子数 l = 1)の場合には角運動量の合成のルールに従って |J | = 12 32の二つの値を取りこの二つに対応したエネルギー固有状態にスペクトルが分裂するこのスピン-軌道相互作用によって分裂したような構造を微細構造分裂というこの分裂の大きさは原子種にもよるが例えばアルカリ金属の S-P 遷移で言うならばだいたい遷移波長の 1100程度の影響となって現れる上式にあるような微細構造定数の見積もりは実は特殊相対論的効果(Thomas precession)を無視しており正しい大きさは gを g minus 1としたものになる

D3 超微細構造前節では電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンの相互作用を考えたが

本節ではさらに核スピンと電子のつくる磁場の相互作用を考えよう基底状態が s軌道であるような場合には原子核の位置にも電子の存在確率が有限となってその場所での電子の存在確率 |ψ(0)|2に比例した電子スピン(軌道角運動量がある場合にはその効果も入る)による磁場を原子核が感じるだろう電子が作る磁場は一様に磁化した球の磁束密度 B = (23)micro0M に対してM = minus(23)micro0microBg|ψ(0)|2J を代入したものと考えるこの磁場を感じて核スピン microNI が Zeemanシフトを受けると

minusmicroN middotB =2

3microNmicro0microBg|ψ(0)|2I middot J equiv AI middot J (D31)

という相互作用項が得られる1微細構造分裂のときと同じくこのような状況で系のエネルギーを特徴づける良い量子数は F = J + I = S + L + I となっておりI middot J の値に依存してエネルギー分裂が生じるこれを超微細構造分裂というまた超微細構造分裂は核磁気モーメント microN が電子の磁気モーメント microBのだいたい 11000以下と小さく超微細構造分裂は周波数にして数GHzのオーダーのものになる

1この相互作用は磁気双極子相互作用のもののみであり実際の原子スペクトル測定では磁気四重極子相互作用の寄与も双極子レベルのものと同じくらいの影響を持つことが知られている詳細は文献 []を参照

171

付 録E 量子マスター方程式

本節では密度演算子のダイナミクスを記述する方程式としてまず緩和がない場合の Liouville-von Neumann方程式を導入しさらに緩和を取り込むことができる量子マスター方程式へと進んでいこうその後量子マスター方程式からレート方程式や(光)Bloch方程式が導出されることをみる

E1 Liouville-von Neumann方程式ひとまず緩和を考えずに密度演算子のダイナミクスを考えるためにまずSchrodinger

表示の状態ベクトルの時間発展 |ψk(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψk⟩ = Ut |ψk⟩を思い出そうここでHは系のHamiltonianであるすると密度演算子の時間発展は ρ(t) = UtρU

daggert とな

るこれは純粋状態 |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|の時間発展がUt |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|U daggert で書けることから

も類推できるそれでは ρ(t) = UtρUdaggert の時間微分を計算してみよう

dρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) +

i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (E11)

これよりLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (E12)

が得られるこれはHeisenberg方程式と似ているが右辺の符号が異なるので注意状態に対するLiouville-von Neumann方程式は ihdρ

dt = [H ρ]で演算子Aに対するHeisenberg

方程式は ihdAdt = [AH]となる

トレースの性質に関するメモ

ここで少し後の便宜を図るためにトレース操作の簡単な性質をおさらいしようここで述べる性質は直接的な成分の計算によって証明が可能であるから証明は各自に任せて結果を羅列することにするまずトレース操作は線形性を持つ

Tr [A+B] = Tr [A] + Tr [B] (E13)

Tr [cA] = cTr [A] (E14)

付 録 E 量子マスター方程式 172

またトレース演算は巡回性を持つ

Tr [AB] = Tr [BA] (E15)

Tr [ABC] = Tr [CAB] = Tr [BCA] (E16)

middot middot middot (E17)

行列のテンソル積のトレースは行列のトレースの積となる

Tr [AotimesB] = Tr [A] Tr [B] (E18)

E2 系と熱浴との相互作用いよいよ量子系と熱浴の相互作用に関して密度演算子を用いてみていこう出発点

は入出力理論(付録 83参照)で用いたHamiltonianと同じである全体のHamiltonian

はHtot = Hs +Hb +Hiと書かれ系の持つエネルギーHs熱浴のエネルギーHbおよび系と熱浴の相互作用Hiである調和振動子を興味のある系として具体的な形に書き下すと

Hs = hωcadaggera (E21)

Hb =

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω) (E22)

Hi = minusihint infin

minusinfin

[f(ω)adaggerc(ω)minus flowast(ω)cdagger(ω)a

](E23)

となるここで系と熱浴の結合定数は一般的に周波数に依存する形で f(ω)としてあるが大抵の状況においてはradic

κと定数で書かれるさらに次の演算子を定義しよう

Rminus =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω) (E24)

R+ =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω) (E25)

これによって相互作用Hamiltonianは

Hi = minusih(adaggerRminus minus aR+

)(E26)

と見やすい形になるここで相互作用表示での量子状態と演算子の時間発展について触れておく証明は

省略して結果のみを述べるがこれらの時間発展を記述する方程式は

ihd|ψ(t)⟩

dt= Hi |ψ(t)⟩ (E27)

ihdρ(t)

dt= [Hi ρ(t)] (E28)

ihdA(t)

dt= [A(t)Hs +Hb] (E29)

付 録 E 量子マスター方程式 173

であり一つめはTomonaga-Schwinger方程式二つめはLiouville-von Neumann方程式三つめは Heisenberg方程式と呼ばれるこれらの方程式を眺めればわかることだが相互作用表示においては状態は相互作用 HamiltonianHiによって時間発展し演算子は ldquo非摂動rdquoHamiltonianHs+Hbにより時間発展する形であるもともとこの表示は量子電気力学における摂動展開において発明されたものである以降では Schrodinger表示から相互作用表示に切り替えよう密度演算子とHamilto-

nianの相互作用表示への変換は

ρ(t) = eiHs+Hb

htρ(t)eminusi

Hs+Hbh

t (E210)

Hi = eiHs+Hb

htHie

minusiHs+Hbh

t

= minusih(adaggereiωctRminus minus aeminusiωctR+

)(E211)

により行われるがここでは以下の量を定義した

Rminus = eiHs+Hb

htRminuseminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω)eminusiωt (E212)

R+ = eiHs+Hb

htR+eminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω)eiωt (E213)

したがって相互作用表示での Liouville-von Neumann方程式は再掲となるが

ihdρ(t)

dt=[Hi(t) ρ(t)

] (E214)

である相互作用表示での議論が主となるため以下では相互作用表示を表すチルダを省略する系と熱浴の相互作用のもとでの密度演算子のダイナミクスをより詳細に調べるため

にLiouville-von Neumann方程式を用いて密度演算子を微小時間∆tだけ時間発展させてみる密度演算子の微小変化∆ρ(t)は

∆ρ(t) = ρ(t+∆t)minus ρ(t) =1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(tprime)]

=1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(t)]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]

(E215)

と逐次展開の二次まで残す形で書けるここでは系の部分のダイナミクスのみに興味があるから興味のない部分は密度演算

子でトレースを取ることで系についての縮約密度演算子 σ(t) = Trb [ρ(t)]ならびに熱浴の縮約密度演算子 σb(t) = Trs [ρ(t)]を考えようここで大きな仮定として全体の密度

付 録 E 量子マスター方程式 174

演算子はこれらの二つの縮約密度演算子のテンソル積で書けるすなわち系と熱浴は分離可能であるとしよう

ρ(t) = σ(t)otimes σb(t) (E216)

これは系と熱浴の密度演算子に時間相関が存在しないことも表しているさらに熱浴は定常的であることすなわち σb(t) = σb(0) = σbを要請するこれによって σbは熱浴の HamiltonianHbと可換になるそれでは∆ρ(t)を熱浴についてトレースを取り熱浴の自由度を消して系のダイナミクスを調べるとしよう

Trb [∆ρ(t)] =1

ih

int t+∆t

tdtprimeTrb

[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprimeTrb

[[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(E217)

ここで右辺の第一項はゼロになる実際

Trb[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

= Trb[[Hi(t

prime) σ(t)otimes σb(t)]]

= minusihadaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]= minusih

adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

= 0 (E218)

上記の計算では ⟨c(ω)⟩b =langcdagger(ω)

rangb= 0を用いている⟨middot⟩bは熱浴の自由度に関する期

待値を表しており以降では下付き添え字 bを省略するするとゼロにならない右辺第二項を計算せねばならないトレースの中の交換子を

展開すると非常に雑多な項が現れるがトレースを取ることによって 8つの項のみがゼロとならず残る

Trb [[Hi(tprime) [Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(minusih)2=

minuslangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangadagger(tprime)a(tprimeprime)σ(t)minus

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

ranga(tprime)adagger(tprimeprime)σ(t)

+langRminus(tprimeprime)R+(tprime)

ranga(tprime)σ(t)adagger(tprimeprime) +

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangadagger(tprime)σ(t)a(tprimeprime)

+langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

ranga(tprimeprime)σ(t)adagger(tprime) +

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

rangadagger(tprimeprime)σ(t)a(tprime)

minuslangRminus(tprimeprime)R+(tprime)

rangσ(t)adagger(tprimeprime)a(tprime)minus

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangσ(t)a(tprimeprime)adagger(tprime) (E219)

上式では調和振動子の演算子の時間依存する指数関数部分は演算子自身に含めて書いているa(t) = aeminusiωctおよび adagger(t) = adaggereiωctである

付 録 E 量子マスター方程式 175

上式から熱浴の演算子をなくすために時間相関関数 ⟨Rminus(tprime)R+(tprimeprime)⟩および ⟨R+(tprimeprime)Rminus(tprime)⟩を評価しようこれらはlangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rang=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime)

langc(ω)cdagger(ωprime)

rangeminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime) [⟨n(ω)⟩+ 1] 2πδ(ω minus ωprime)eminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusiω(t

primeminustprimeprime)

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rang= middot middot middot =

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusiω(tprimeminustprimeprime) (E220)

と計算されるこれを tprimeと tprimeprimeについて積分するがτ = tprime minus tprimeprimeとしてint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime =

int t+∆t

tdtprimeint tprimeminust

0dτ =

int ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime (E221)

というように積分区間を変換するさらに ⟨Rminus(tprime)R+(tprime minus τ)⟩と ⟨R+(tprime minus τ)Rminus(tprime)⟩がτ ≪ ∆tのときのみ非零の寄与を持つつまり熱浴の演算子の時間発展が乱雑でほとんどデルタ関数的な時間発展を持つとすると積分範囲をint ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime =

int infin

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime ≃

int infin

0dτ

int t+∆t

tdtprime (E222)

と広げられるここで注意したいのは∆trarr +0がのちにとられるので上記の仮定はMarkov近似すなわち熱浴のダイナミクスは乱雑で時間相関がないという近似によって正当化されるこれらの近似を用いることで次のように計算を進めることができるint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangRminus(τ)R+(0)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangR+(0)Rminus(τ)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ (E223)

ここで収束因子 eminusϵτ は ω = ωcで被積分関数が発散しないようにしているこれらの積

付 録 E 量子マスター方程式 176

図 E1 積分の変数変換

分はさらに計算を進められて

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

ωc minus ω+

1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] δ(ωc minus ω)

]∆t

= i(∆ +∆prime) +Γ + Γprime

2(E224)

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ ∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

+1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω)

]∆t

=

[i∆prime +

Γprime

2

]∆t (E225)

付 録 E 量子マスター方程式 177

となるここでDiracの恒等式 limϵrarr+0 1 [(ωc minus ω) + iϵ] = P(ωc minus ω)minus iπδ(ωc minus ω)

を用いているパラメータ∆と∆primeは

∆ = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2

ωc minus ω (E226)

∆prime = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

(E227)

で定義されるものでありどちらも系と熱浴の結合による周波数シフトを表している一方で Γと Γprimeは

Γ =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2δ(ωc minus ω) = |f(ωc)|2 (E228)

Γprime =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω) = ⟨n(ωc)⟩Γ (E229)

と書かれる量でありΓは自然放出つまり真空場による誘導放出に対応しΓprimeは熱浴の熱分布に起因する誘導放出を表しているここまでに得られた結果を用いることでdσ(t)dt = lim∆trarr+0Trb [∆ρ(t)] ∆tとい

う系の密度演算子の時間発展を表す量はpartσ(t)

partt= minus i

h

[h∆adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

](E230)

でありSchrodinger表示に戻すと次のようなものになることがわかるdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E231)

これが本節で目標としていた(量子)マスター方程式であるLindblad演算子

L [A]σ(t) = 2Aσ(t)Adagger minusAdaggerAσ(t)minus σ(t)AdaggerA (E232)

を用いるとマスター方程式はdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

1

2L[radic

Γ + Γprimea]σ(t) +

1

2L[radic

Γprimeadagger]σ(t)

(E233)

とシンプルに書かれる第一項は系自体のコヒーレントなダイナミクスを記述する第二項と第三項は非常に粗っぽい言い方をすれば熱浴への緩和と熱浴からの熱流入をそれぞれ表している

付 録 E 量子マスター方程式 178

E3 レート方程式マスター方程式を再掲する

dσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E31)

これはこのままだとなんとも演算子だらけで抽象的だが状況に応じて様々な基底で演算子の成分を書き下す(状態ベクトルでサンドイッチする)ことでより具体的な系の時間発展の記述となるここではマスター方程式を Fock基底 |N⟩で評価してレート方程式と呼ばれるものを導出しよう|N⟩でマスター方程式をサンドイッチすればΓuarr = Γprimeと Γdarr = Γ + Γprimeを用いて

dP (N)

dt=(Γ + Γprime) [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γprime [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

= Γdarr [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γuarr [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

(E32)

となりレート方程式d⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minus ΓdarrsumN

NP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minusΓ ⟨N⟩+ Γprime

= minusΓ ⟨N⟩+ Γ ⟨n(ωc)⟩ (E33)

を得るここで3 行目の式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N + 1)2P (N + 1) とsuminfinN=0N(N + 1)P (N + 1) =

suminfinN=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれは調和振動子の数

分布のうち個数がN の状態について第一項がN +1の状態からN の状態へ Γのレートで緩和してくる過程第二項が熱浴から流入して過程を表している

付 録 E 量子マスター方程式 179

E4 光Bloch方程式次に二準位系を考えてマスター方程式を |g⟩と |e⟩で評価しよう二準位系の密度

演算子 ρ(t)に対するマスター方程式は次のように書かれるdρ(t)

dt= minus i

h[Hs ρ(t)] +

Γ + Γprime

2[2σminusρ(t)σ+ minus σ+σminusρ(t)minus ρ(t)σ+σminus]

+Γprime

2[2σ+ρ(t)σminus minus σminusσ+ρ(t)minus ρ(t)σminusσ+]

(E41)

ここで系のHamitonianはHs = h(∆q2)σz + h(Ω2)(σ+ + σminus)としており第二項は二準位系の電磁波による駆動を表している(付録 Cも参照)この両辺を |g⟩と |e⟩でサンドイッチして密度演算子の成分 ρij = ⟨i| ρ |j⟩に書き直すと

dρeedt

= minus(Γ + Γprime)ρee + Γprimeρgg + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E42)

dρggdt

= (Γ + Γprime)ρee minus Γprimeρgg minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E43)

dρegdt

=

(minusi∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E44)

dρgedt

=

(i∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E45)

となるこれが得られれば目的の方程式はもうすぐそこであるここではさらに二準位系の遷移

周波数が光の領域(hωc sim kBtimes10 000 K)にあるとしようこのとき熱浴(kBtimes300 K=

h times 7 THz)には光はほとんど ldquo熱励起rdquoされていないつまりマスター方程式にあった緩和項に関して言うと ⟨n(ωc)⟩ = 1(ehωckBT minus 1) ≃ 0であるから Γprime = 0となるしたがって上記の方程式の組は

dρeedt

= minusΓρee + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E46)

dρggdt

= Γρee minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E47)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E48)

dρgedt

=

(i∆q minus

Γ

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E49)

と書かれるこれを光Bloch方程式というw = ρggminus ρeeと置くことによって光Bloch

方程式と ρgg + ρee = 1から導かれる 2Γρee = Γρee+Γ(1minus ρgg) = minusΓw+Γからwすなわち二準位系の状態占有確率の差に関する方程式

dw

dt= minusΓw minus iΩ(ρeg minus ρlowasteg) + Γ (E410)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2w (E411)

付 録 E 量子マスター方程式 180

が得られるこの定常解を左辺をゼロと置いて求めるとwと ρee はそれぞれ

w =1

1 + s (E412)

ρee =1

2

s

1 + s=

(Ω2)2

(∆q)2 + (Γ2)2(E413)

と書かれるただし

s =s0

1 + (2∆qΓ)2 (E414)

s0 =2Ω2

Γ2 (E415)

Γ = Γradic1 + s0 (E416)

と定義したこの表式からわかる重要な点はふたつあるひとつは駆動電磁波が強くなるにつれて基底状態と励起状態の占有確率はどちらも 12に漸近するこれは駆動による誘導吸収と誘導放出そして自然放出が均衡した結果である駆動電磁波が十分に強い場合には誘導吸収も誘導放出も自然放出よりもずっと大きなレートで起こり誘導吸収と誘導放出のみの均衡になると思えば占有確率が 12に近づいていく理由も納得できるだろうふたつめのポイントは実効的な電磁波の遷移の線幅が Γで与えられるわけだがこの線幅が駆動電磁波が強くなるにつれて広がっていくことであるこれを遷移スペクトルのパワー広がりという

181

付 録F Schrieffer-Wolff変換

いろんな粒子がそれぞれ孤立して存在している系では系のエネルギーはそれぞれの粒子のエネルギーの和となる例えば電磁波モード(HEM = hωca

daggera)と二準位系(HTLS = hωqσz2)が相互作用していないようなときには全体のエネルギーはそれぞれの和になりHamiltonianはH = HEM +HTLS = hωca

daggera + hωqσz2となるしかしながらこれではつまらない我々は常に相互作用する粒子を考えるし相互作用する粒子はそれが単独で存在する場合とは異なる固有状態固有エネルギーを持っているものだこの固有エネルギーを求める作業は相互作用を含めた Hamiltonianを行列として対角化することに対応している相互作用があまりに強いと解析的に固有エネルギーが求まる場合以外には大変難しい問題となるしかしながら相互作用が ldquo十分にrdquo弱いときには摂動展開によって近似的に対角化されたHamiltonianを求めることができる本節ではその方法として Schrieffer-Wolff変換という手法を紹介する

F1 一般的な手順もともとのHamiltonian がH = H0 + λV というように非摂動部分H0と摂動(相互

作用)部分 λV に分けて書かれているとしようλは摂動の次数がわかりやすいようにつけた係数で最後に λ = 1とすればよい通常非摂動部分H0は対角化されているものとし非摂動項 λV は非対角要素を含むようなものになっているSを何らかの演算子としてHamiltonianを eλS でユニタリ変換しよう

eλSHeminusλS = H0 + λV + λ [SH0] + λ2 [S V ] +λ2

2[S [SH0]] +

λ3

2[S [S V ]] + middot middot middot

(F11)

ここで eS がユニタリ演算子であるためには Sが反 Hermiteすなわち Sdagger = minusSでなければならないλの一次の項が消えるようにするためには

[H0 S] = V (F12)

となるように反 Hermite演算子 S を決める必要があるこのもとでHamiltonianは一次までは対角化されて

Heff = eλSHeminusλS = H0 +λ2

2[S V ] +O(λ3) (F13)

という有効Hamiltonianが得られる反Hermite演算子 Sの決め方は ldquo経験と勘rdquoによるところが大きく以下で実例を見ることでその雰囲気を感じてもらいたい

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 182

F2 頻出する例F21 駆動されたスピン系例として駆動されたスピン系を表すHamiltonian

H = ωsz + g(s+ + sminus) (F21)

をみてみるここで h = 1 としさらにスピン演算子 sz s+ および sminus は交換関係[sz splusmn] = plusmnsplusmn[s+ sminus] = 2sz を満たすものとする反 Hermite演算子 S としてはS = α (s+ minus sminus)を用い計算の最後に Hamioltonianが対角化されるような αを決めることとしようでは実際に U = exp[α (s+ minus sminus)]によって Schrieffer-Wolff変換を施してみる

UHU dagger = ωsz + g(s+ + sminus) + [α (s+ minus sminus) ωsz] + [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]

+1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) ωsz]] +

1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]] + middot middot middot

= ωsz + g(s+ + sminus)minus α [ω(s+ + sminus)minus 4gsz]minus1

2α2 [4ωsz + 4g(s+ + sminus)]

+1

3α3 [4ω(s+ + sminus)minus 16gsz] + middot middot middot

= sz

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)+ 2g

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]+ (s+ + sminus)

[g

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)minus ω

2

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]= [ω cos 2α+ 2g sin 2α] sz +

[g cos 2αminus ω

2sin 2α

](s+ + sminus) (F22)

さてここまで計算したところで非対角項を消すという目的を思い出そうこのためには

tan 2α =2g

ω(F23)

とすれば任意の次数の摂動において非対角項が消えることになるこれより

cos 2α =1radic

1 + 4g2

ω2

sin 2α =2gωradic

1 + 4g2

ω2

(F24)

であるから対角化されたHamiltonianは次のように求まる

Heff = ωsz

radic1 +

4g2

ω2 (F25)

このHamiltonianからスピンを駆動する強さを強くしていくにしたがってスピンの基底状態と励起状態のエネルギー差が大きくなっていくことがわかるこれは共鳴条件でのAC Starkシフトとみることができる

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 183

F22 駆動されたスピン系の一般化ここでは次の形にかけるような駆動されたスピン系が一般化されたものを考え

よう

H = ∆Xz + g(X+ +Xminus) (F26)

ただし演算子は [Xz Xplusmn] = plusmnXplusmn と [X+ Xminus] = P (Xz)を満たすものとするP (Xz)

はXzの多項式である上記のHamiltonianの第二項が摂動として扱われるがこれを摂動として扱える条件として g∆ ≪ 1を要請しよう実際の例としてはX+ = aσ+2Xminus = adaggerσminus2Xz = σz2として Jaynes-Cummings Hamiltonianの分散領域を調べるときなどがあるともあれ上記のHamiltonianを近似的に対角化するユニタリ変換として U = exp[(g∆)(X+ minusXminus)]を用いることができる変換後の有効Hamiltonian

は摂動の二次まで取ると

Heff = ∆Xz +g2

∆P (Xz) (F27)

であり対角化されていることがわかる

184

付 録G Heisenberg HamiltonianからSWAPゲートの導出

出発点はHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (G01)

であるこれを指数関数の肩に乗せる前にD = σxσx + σyσy + σzσz の標識をあらわに求めさらにその累乗Dnを計算しておこうまずはDの具体的な形だが

D = σxσx + σyσy + σzσz

=

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

+

1 0 0 0

0 minus1 0 0

0 0 minus1 0

0 0 0 1

=

1 0 0 0

0 minus1 2 0

0 2 minus1 0

0 0 0 1

(G02)

となるDはブロック対角行列の形になっているからブロック行列を対角化すればよいすると(

minus1 2

2 minus1

)n=

[1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 minus3

)1radic2

(1 1

1 minus1

)]n

=1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 (minus3)n

)1radic2

(1 1

1 minus1

)

=

(1+(minus3)n

21minus(minus3)n

21minus(minus3)n

21+(minus3)n

2

) (G03)

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 185

のようにDnが計算できる次にeminusiDαを計算しようこれは定義よりsuminfinn=0(minusiDα)nn

と展開できるので

eminusiDα =infinsumn=0

(minusi)nαn

nDn

=

infinsumn=0

(minusi)nαn

n

diag(1 0 0 1) +0 0 0 0

0 1+(minus3)n

21minus(minus3)n

2 0

0 1minus(minus3)n

21+(minus3)n

2 0

0 0 0 0

(G04)

= diag(eminusiα 0 0 eminusiα) +

0 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 0

=

eminusiα 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 eminusiα

(G05)

であるしたがって最終的に

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(G06)

という結果を得る

186

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式共振器オプトメカニクス系のハイライトであるフォノンのサイドバンド冷却につい

て本節では定量的に述べていこう前節で述べたようにこのサイドバンド冷却はレッドサイドバンド遷移を駆動して達成されるなおイオントラップにおけるサイドバンド冷却と(ほとんど同じだが)区別して共振器冷却と呼ぶことも多い何が起こるかそしてどのくらいまで冷却することができるかを定量的に見るため

に量子ノイズを用いたアプローチを試みよう量子力学における物理量のノイズスペクトルは

Scc(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨c(τ)c(0)⟩ (H11)

と古典的な量と同様に定義されるここで ⟨middot⟩は期待位置を取ることを表しているc(t)が演算子とその期待値の差であるならばSccはまさしくノイズスペクトルとなるここでは機械振動との結合がある状況における光のノイズスペクトルに興味がありそのノイズスペクトルから何がわかるかを見ていきたい相互作用部分における光のノイズは次のように書かれる

Hint = hg0

(adaggeraminus

langadaggerarang)

(b+ bdagger) = hg0ν(t)(b+ bdagger) (H12)

ここで相互作用部分の位相を回して符号を正に変えてあるこのオプトメカニカル相互作用は摂動としてはたらくため相互作用表示に移ることで見通しが良くなることが期待されるSchrodinger表示でのフォノンの Fock状態を |N⟩(bdaggerb|N⟩ = N |N⟩をみたす)とすると相互作用表示では |N t⟩ = UI(t)|N⟩と書けてユニタリ演算子 UI(t)は

ihpartUI(t)

partt= HI

int(t)UI(t) (H13)

に従って時間発展するここで

HIint(t) = ei

H0htHinte

minusiH0ht

= hg0ν(t)(beminusiωmt + bdaggereiωmt) (H14)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 187

であるこの方程式の形式的な解を展開していくと

UI(t) = 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)UI(τ)

= 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)

[1minus i

h

int t

0dτ primeHI

int(τprime)(1 + middot middot middot

)]≃ 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ) (H15)

と一次までで書ける次に相互作用を時間 tだけ経験した後に |N t⟩が |N plusmn 1⟩へと変化するような事象の確率振幅 αNrarrNplusmn1を求めたい

αNrarrN+1 = ⟨N + 1 |N t⟩

= ⟨N + 1 |N⟩ minus ig0

int t

0dτν(τ) ⟨N + 1| beminusiωmτ + bdaggereiωmτ |N⟩

= minusig0int t

0dτν(τ)

[⟨N + 1| b |N⟩ eminusiωmτ + ⟨N + 1| bdagger |N⟩ eiωmτ

]= minusig

radicN + 1

int t

0dτν(τ)eiωmτ

αNrarrNminus1 = middot middot middot

= minusigradicN

int t

0dτν(τ)eminusiωmτ (H16)

と計算を進められるからαの二乗を取ることで時間発展後に |N plusmn 1⟩に系を見出す確率を得ることができる

PNrarrN+1 =langαlowastNrarrN+1αNrarrN+1

rang= g20(N + 1)

int t

0dτ

int t

0dτ primelangν(τ)ν(τ prime)

rangeminusiωm(τminusτ prime)

= g20(N + 1)

int t

0dτSνν(minusωm)

= g20(N + 1)tSνν(minusωm) (H17)

PNrarrNminus1 =langαlowastNrarrNminus1αNrarrNminus1

rang= middot middot middot= g20NtSνν(ωm) (H18)

ここで相関関数のFourier変換がスペクトルを与えるというWiener-Khinchinの定理を用いるために上式一行目のノイズの相関関数が τ = τ prime付近のみで有限の値をもつとし積分範囲を無限大まで拡張するなどしているこれらの式から上記の二つの過程の遷移レートは

ΓNrarrN+1 =dPNrarrN+1

dt= g20(N + 1)Sνν(minusωm) = (N + 1)Γuarr (H19)

ΓNrarrNminus1 =dPNrarrNminus1

dt= g20NSνν(ωm) = NΓdarr (H110)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 188

と求まるここまでくれば量子ノイズスペクトルが遷移レートと密接なかかわりを持っており共振器オプトメカニクスにおいて重要な役割を果たすことがわかるであろうここで遷移レート

Γuarr = g20Sνν(minusωm) (H111)

Γdarr = g20Sνν(ωm) (H112)

はそれぞれフォノンが一つ増える過程と一つ減る過程に対応しているSνν(ω)の具体的な形を求める前にフォノン数状態のダイナミクスに関してもう一歩

踏み込んで調べておこうここで調べたいのはフォノン数の期待値 ⟨N⟩ =sum

N NP (N)

の時間変化であるこれは次のように変形していくことができるd⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minussumN

ΓdarrNP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minus(Γdarr minus Γuarr) ⟨N⟩+ Γuarr

= minusΓopt ⟨N⟩+ Γuarr (H113)

ここで式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N+1)2P (N+1)とsuminfinN=0N(N+1)P (N+

1) =suminfin

N=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれがフォノンが本来持つ緩和を考慮しない場合の機械振動子のフォノンのレート方程式であるΓopt = Γdarr minusΓuarrは光による減衰効果を表しており共振器冷却の本質を担う項であるフォノン自体の緩和レート Γmと平均フォノン数 nthの熱浴の影響を取り入れる場合レート方程式は

d⟨N⟩dt

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩+ ⟨N + 1⟩Γthuarr minus ⟨N⟩Γthdarr

= minus(Γopt + Γm) ⟨N⟩+ Γuarr + nthΓm (H114)

と修正を受けるここで Γthuarr = nthΓmΓthdarr = (nth + 1)Γmである共振器冷却の結果最終的に得られるフォノン数の期待値は

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H115)

となる

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 189

H12 共振器冷却の冷却限界前節の最後に得た表式から共振器冷却によってどこまでフォノン数を減らせるかを知

るためには量子ノイズスペクトル

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨ν(τ)ν(0)⟩ (H116)

を評価する必要があるここで ν(t) = adaggeraminuslangadaggerarangであるこれを ⟨ν(τ)ν(0)⟩に代入し

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =lang(adagger(τ)a(τ)minus

langadagger(τ)a(τ)

rang)(adagger(0)a(0)minus

langadagger(0)a(0)

rang)rang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)minus adagger(τ)a(τ)

langadagger(0)a(0)

rangrangminuslangadagger(0)a(0)

langadagger(τ)a(τ)

rang+langadagger(τ)a(τ)

ranglangadagger(0)a(0)

rangrang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus 2

langadagger(0)a(0)

rang2+langadagger(0)a(0)

rang2=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav (H117)

と変形しよう光子の演算子 aが a(t) = [α+ d(t)] eminusiωltと書かれておりαがコヒーレントな振幅d(t)がそのゆらぎを表すものとしようaが状態に作用するときにはd(t) |ψ(t)⟩ = ⟨ψ(t)| ddagger(t) = 0としてa(t) |ψ(t)⟩ = αeminusiωlt |ψ(t)⟩が成立するlangadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)rangを計算するにあたりゼロにならないのは dが一番左にddaggerが一番右に来るようなものと演算子を全く含まないものになって

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav

= αlowastααlowastα+ αlowastαlangd(τ)ddagger(0)

rangminus n2cav

= ncav

langd(τ)ddagger(0)

rang(H118)

となるここに至って langd(τ)ddagger(0)rangという項が出てきた一見取っ付き難そうであるがldquoquantum regression theoremrdquo [22](あえて日本語訳するなら量子回帰定理だろうか)によって langd(τ)ddagger(0)rangの時間発展を d(t)の時間発展と同じ方程式で記述してよいすなわち κを共振器の緩和レートとして

dlangd(τ)ddagger(0)

rangdt

= minusi∆c

langd(τ)ddagger(0)

rang∓ κ

2

langd(τ)ddagger(0)

rangfor t0 (H119)

が成立するから素直に解いて langd(τ)ddagger(0)

rang= exp[minusi∆ctminus (κ2)t] を得るただし

∆c = ωcminusωlであるこれにより量子ノイズスペクトルがあらわに計算できるようになって

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτexp

[minusi∆ctminus

κ

2t]

=κncav

(∆c minus ω)2 + (κ2)2(H120)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 190

という表式が得られるレート方程式には Sνν(plusmnωm)という形でノイズスペクトルが現れたがこれらは光に対して機械振動が引き起こした変調によるノイズ(あるいは信号)で有る登理解することができplusmnωmに Lorentz関数のピークを呈するこれまでの結果を用いれば Γuarrと Γoptもすぐに計算することができる

Γuarr = g20Sνν(minusωm)

= g20κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2ncav (H121)

Γopt = g20 [Sνν(ωm)minus Sνν(minusωm)]

= g20

(∆c minus ωm)2 + (κ2)2minus κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2

]ncav (H122)

それでは共振器冷却で到達可能な平均フォノン数の限界をもう一度見てみよう

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H123)

大抵の場合には共振器の線幅よりもフォノンの周波数の方が大きくノイズスペクトルが共振器のスペクトルと分離できるこれをサイドバンド分解領域(resolved sideband

regime)というΓoptが Γmよりも十分小さい場合には ⟨N⟩trarrinfin = nthが自明に成立するすなわちフォノンは熱浴と平衡状態にあって同じ温度で熱分布している光の駆動を強くして Γopt ≫ Γmを達成した場合

⟨N⟩trarrinfin =ΓuarrΓopt

=(∆c minus ωm)

2 + (κ2)2

4ωm∆c(H124)

となって∆c = ωmつまり駆動レーザーがレッドサイドバンドにぴったり共鳴するときに最も良いフォノン数の冷却限界 κ216ω2

m が得られるいま κ ≪ ωm であるからκ216ω2

mは 1よりもずっと小さいすなわち機械振動子のフォノンモードは量子基底状態に限りなく近いところまで冷却することが可能である

191

付 録I 量子もつれとその応用

この付録では量子もつれとその有名かつ有用な応用例としての量子テレポーテーションとエンタングルメントスワッピングについて述べる

I1 分離可能状態と量子もつれ状態1と 2でラベルがつけられた二つの量子系があったとしようこの二つの量子系の合

成系は例えば |ψ1⟩otimes |ψ2⟩def= |ψ1ψ2⟩のようにかけるこれはふたつの量子系が別々に扱

えるという点で我々の直感に合った合成系であるこのように合成系の量子状態がそれを構成する各量子系の量子状態の直積 otimesで書けるような場合その合成系の量子状態は分離可能(separable)であるという密度演算子で混合状態まで含めた一般的な場合について書くと合成系の量子状態 ρが分離可能であるとき確率 piと各部分系の密度演算子 ρi1と ρi2を用いて ρ =

sumi piρ

i1 otimes ρi2と書ける

一方で分離可能状態のように各部分系の状態の直積に分解できない状態も存在するもっとも有名なのは Bell状態

∣∣Ψplusmn12

rang= (|e1g2⟩ plusmn |g1e2⟩)

radic2と

∣∣Φplusmn12

rang= (|e1e2⟩ plusmn

|g1g2⟩)radic2だろう4つの Bell状態は二量子ビット系の完全正規直交系をなしかつ

分離可能状態のように部分系の直積の形に書くことが不可能であることが背理法により簡単に証明できるほかの例としては Schrodingerの猫状態 (|g⟩ |α⟩ + |e⟩ |minusα⟩)

radic2

(|plusmnα⟩ は調和振動子のコヒーレント状態)Greenberger-Horne-Zeilinger(GHZ)状態 (|g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩)

radic2ふたつの調和振動子からなるN00N(rdquonoonrdquoとよむ)状態

(|N⟩ |0⟩ + |0⟩ |N⟩)radic2といったものがあるこれらのように分離可能状態でないもの

を量子もつれ状態あるいはエンタングルド状態という

I2 量子もつれの尺度ここではある量子状態にどのくらい量子もつれがあるかを計る尺度について述べよ

うこの尺度としてはいろいろなものがあり一般の量子状態に対して満足のいく尺度となる量はまだわかっていないしかしながら 2量子ビット系に対しては量子もつれの存在とその度合いを表すよい尺度が存在する純粋状態に対して良い尺度となるエンタングルメントエントロピーと混合状態に対しても良い尺度となるネガティビティについて述べよう

付 録 I 量子もつれとその応用 192

I21 エンタングルメントエントロピー合成系のうちある部分系のみに着目した密度演算子を縮約密度演算子というが量子

もつれの存在はこの縮約密度演算子に影響を及ぼすことを以下にみるそしてこの縮約密度演算子に対する von Neumannエントロピーがエンタングルメントエントロピーと呼ばれる量である1と 2でラベルがつけられた二つの量子系の合成系を考えるとき縮約密度演算子

ρ1あるいは ρ2は合成系の密度演算子 ρ12を片方の部分系についてトレースを取ったものであるきちんとかくと ρ1 = Tr2ρ12 あるいは ρ2 = Tr1ρ12 である分離可能状態|Ψ0⟩ = |g1⟩ (|g2⟩ + |e2⟩)

radic2と Bell状態 |Φ+⟩ = (|g1 g2⟩ + |e1 e2⟩)

radic2の二つの例に

ついて考えてみよう分離可能状態 |Ψ0⟩の縮約密度演算子は極めて簡単に計算できてρ1 = |g1⟩ ⟨g1|と ρ2 = (|g2⟩+ |e2⟩)(⟨g2|+ ⟨e2|)2でどちらももとの密度演算子を構成する各部分系の純粋状態を保っている一方でBell状態 |Φ+⟩の縮約密度演算子はトレースを計算すると ρ1 = I2と ρ2 = I2になりどちらも完全混合状態になってしまうのであるつまり量子もつれ状態は片方の量子系のみに着目すると量子状態が完全に壊れてしまうという不思議な性質を持っている量子もつれ状態はもつれているすべての部分系を一緒に扱わないといけないということでもある情報理論の Shannonエントロピーに倣って密度演算子 ρでかかれる量子状態の von

NeumannエントロピーをminusTr [ρ log ρ]で定義する純粋状態 |ψ⟩に対しては その密度演算子の固有値を λk とするとminusTr [ρ log ρ] = minus

sumk λk log λk = 0という計算から von

Neumannエントロピーがゼロとなることがわかるなぜかというと純粋状態については適切な基底を選べば固有値がひとつは 1でほかは 0になるようにできるからである具体的には |ψ⟩から始めて Schmidt分解によって直交基底を構成する1 log 1 = 0

はいいだろうが0 log 0については limxrarr+0 x log x = 0を用いた純粋状態はエントロピーが最も小さい状態だというのは理解できるだろう完全混合状態 I2についてはminusTr [(I2) log (I2)] = minus(12) log (12) minus (12) log (12) = log 2である完全混合状態が最もエントロピーが大きいというのも納得できるだろう準備は整ったので量子もつれを計る尺度の一つであるエンタングルメントエントロ

ピーを導入しようエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子のvon Neumann

エントロピーとして

S1 = minusTr [ρ1 log ρ1] S2 = minusTr [ρ2 log ρ2] (I21)

で定義される量である前述の合成系の量子状態 |Ψ0⟩については縮約密度演算子がどちらも純粋状態であったから S1 = S2 = 0であるこの例に限らず分離可能状態であればエンタングルメントエントロピーはゼロになるBell状態 |Φ+⟩はどちらの部分系の縮約密度演算子も完全混合状態であるからエンタングルメントエントロピーはlog 2になるこのようにエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子を取ることによって量子状態がいかに壊れるかを計る量であるように思えるしかしながらこれが通用するのは純粋状態のときのみである例えば ρ12 = I otimes I4のような完全混合状態(分離可能状態でもある)でエンタングルメントエントロピーを計算すると縮約

付 録 I 量子もつれとその応用 193

密度演算子も完全混合状態になってエンタングルメントエントロピーは log 2という値を出してしまう次節で導入するネガティビティはこのような混合状態でも量子もつれの尺度を与える

I22 ネガティビティ前節の最後では縮約密度演算子を扱うと量子もつれ状態と完全混合状態が同じエンタ

ングルメントエントロピーの値をもつことをみたここでは量子ビットAと Bからなる合成系の密度演算子 ρに立ち戻り混合状態でも通用する量子もつれの尺度を考えることとしよう密度演算子は ρdagger =

(ρT)lowast

= ρを満たすすなわち Hermite行列であるから実数の固有値を持つさらにその対角成分は状態の占有確率を表すため非負であることから物理的状態を記述する密度演算子の固有値は非負でなければならないことがわかるこれを踏まえて密度演算子 ρの部分転置を取った ρTA について考えよう部分転置の定義だが密度演算子を一般に

ρ =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ξA⟩ ⟨ηA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I22)

と |ξA⟩ |ηA⟩ isin |gA⟩ |eA⟩および |ξB⟩ |ηB⟩ isin |gB⟩ |eB⟩を用いて展開するとき

ρTA =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ηA⟩ ⟨ξA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I23)

によって部分転置された密度演算子を定義する部分転置された密度演算子はやはりHermite行列であるしかしながらその固有値は非負である必要がなくなっている例外的に分離可能状態であるときには部分系に関する行列の転置がもう一方の部分系に対して何も影響を及ぼさないため部分転置された密度演算子は元の密度演算子と同じ固有値すなわち非負の固有値のみをもつPeres-Horodecki [23]によればρが分離可能状態であるならばρTA のすべての固有値は非負であるこの対偶として ρTA

の負の固有値の存在が量子もつれの存在を意味していることがわかるさらに言えば二量子ビット系においては上記の逆も成立するすなわち ρが分離可能状態であることと ρTA の固有値がすべて非負であることが二量子ビット系では等価になるこれが本節で導入するもうひとつの量子もつれの尺度であるネガティビティの基本的

な考えであるネガティビティN (ρ)はρTA の負の固有値の絶対値の和として

N (ρ) =sumλnlt0

|λn| (I24)

と定義されるここで λnは ρTA の固有値であるρTA は単なる ρの部分転置であるからトレースは保存されていてTr [ρ] = Tr

[ρTA

]= 1であるしたがって 1 =

sumn λn =sum

λngt0 λn minussum

λnlt0 |λn| という等式が成り立つさらにトレースノルム ||ρTA ||1def=

付 録 I 量子もつれとその応用 194

Tr

[radic(ρTA)dagger ρTA

]を導入しようこれは定義からして ρTA の固有値の絶対値を足し

上げるものなので||ρTA ||1 =sum

n |λn| = 2sum

λnlt0 |λn|+1と書き直せるこれによりトレースノルムを用いたネガティビティの表式

N (ρ) =||ρTA ||1 minus 1

2(I25)

が得られるPeres-Horodeckiの結果は混合状態にも適用可能であるから純粋状態でのみ良い指標となったエンタングルメントエントロピーよりも適用範囲の広い量子もつれの尺度であるといえるネガティビティは二つの量子系の分離可能な合成系に対してエンタングルメントエントロピーのような加法性がないためかわりに対数ネガティビティL(ρ)

def= log 2N (ρ) + 1を考えることがあるこれについてはL(ρ1otimesρ2) = L(ρ1)+L(ρ2)

となり加法性が満たされるネガティビティの計算例をいくつか挙げておこう分離可能状態に対してはネガティ

ビティはゼロであることが明らかであるからまず Bell状態 |Φ+⟩についてみてみる密度演算子 ρΦ+ は

ρΦ+ =1

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

(I26)

となりこの部分転置行列は

ρTAΦ+ =

1

2

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(I27)

であるこの部分転置行列の固有値は 12が 3個とminus12が 1個であるしたがってネガティビティは 12であり対数ネガティビティは log 2となるより興味深い例としてWerner状態

ρW = p∣∣Φ+

rang langΦ+∣∣+ (1minus p)

I otimes I

4

=p

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

+1minus p

4

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 1

=

1+p4 0 0 p

2

0 1minusp4 0 0

0 0 1minusp4 0

p2 0 0 1+p

4

(I28)

付 録 I 量子もつれとその応用 195

図 I1 量子テレポーテーションの概略

を考えようこれは p isin [0 1]の値によって完全混合状態か量子もつれ状態かがきまるネガティビティを用いるとどのくらいの pから量子もつれがあるといえるかがわかるのでこれを明らかにしていこうまず部分転置行列は

ρTAW =

1+p4 0 0 0

0 1minusp4

p2 0

0 p2

1minusp4 0

0 0 0 1+p4

(I29)

とかけるがこの固有値は (1+p)4が 3個と (1minus3p)4が 1個である固有値 (1minus3p)4

のみ 13 lt p le 1のもとで負となるためネガティビティが有限の値をとる言い換えれば13 lt p le 1のときにWerner状態は量子もつれ状態であり0 le p le 13のときには分離可能状態となることが上記の計算により明らかになるのであるこれは次のことも示唆している13 lt p le 1のWerner状態は本節の最後で説明する LOCC

(local operation and classical communication)によって生成することができないが0 le p le 13のWerner状態であれば LOCCでつくれてしまうのである

I3 量子テレポーテーションいよいよ量子もつれ状態の応用としても量子力学の世界の不思議な現象としても重

要な量子テレポーテーションについて説明する量子テレポーテーションの目的として

付 録 I 量子もつれとその応用 196

は送信者である Aliceがある未知の状態 |ψ⟩ = cg |gψ⟩ + ce |e⟩ψ を受信者である Bob

に送るというものである以下添え字の ψはこの未知の量子状態 |ψ⟩に関するものとする量子状態 |ψ⟩は測定すると壊れてしまう複製ができないという性質があるため我々が今日用いる通信(古典通信)のようにはいかないのが量子通信の肝であるこのような制約の下では未知の量子状態を送るためには量子もつれ状態の不思議な性質を全面的に活用したトリックが必要になる量子テレポーテーションにおいてまずやるべきことはAliceとBobが量子もつれ状態

にある光子のペア例えばBell状態のひとつである∣∣Ψminus

ab

rang= (|ea⟩ |gb⟩+|ga⟩ |eb⟩)

radic2の片

割れを 1個ずつ持つことである添え字の aと bはこのAliceとBobがもつ量子もつれ状態の片割れの光子をさす未知の量子状態 |ψ⟩と併せた全体の量子状態は |ψ⟩

∣∣Ψminusab

rangと書けるこの量子状態をAliceの量子もつれペアの片割れと未知の量子状態 |ψ⟩にある量子ビットψとのBell状態で書き直してみよう

langΨplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (plusmncg |gb⟩minusce |eb⟩)2

radic2

やlangΦplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (ce |gb⟩ ∓ cg |eb⟩)2

radic2を用いることで

|ψ⟩∣∣Ψminus

ab

rang=cg |gψ⟩+ ce |eψ⟩radic

2

|ea⟩ |gb⟩+ |ga⟩ |eb⟩radic2

=

∣∣∣Ψ+ψa

rang2

(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)minus

∣∣∣Ψminusψa

rang2

(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

+

∣∣∣Φ+ψa

rang2

(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) +

∣∣∣Φminusψa

rang2

(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I31)

と計算することができるこれを念頭においてAliceは手持ちの量子もつれペアの片割れに X ゲート Xa を作用させ続いて Aliceの量子ビットを制御量子ビットとする量子ビット ψへのCNOTゲートを作用させるすると

∣∣∣Ψplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Ψplusmnψa

rang=

|gψ⟩ (plusmn |ga⟩ + |ea⟩)radic2や

∣∣∣Φplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Φplusmnψa

rang= |eψ⟩ (|ga⟩ plusmn |ea⟩)

radic2という

作用が ψと aの合成系(ψa系と略記する)に起こり最終的に HadanardゲートHa

をAliceの量子ビットに施すことで∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ga⟩ (cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ea⟩ (cg |gb⟩+ ce |eb⟩)∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)

= |eψ⟩ |ga⟩ (ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩)

= minus |eψ⟩ |ea⟩ (ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I32)

という状態になるここで ψa系を測定しようψa系が |gψ⟩ |ga⟩|gψ⟩ |ea⟩|eψ⟩ |ga⟩

付 録 I 量子もつれとその応用 197

|eψ⟩ |ea⟩のどれであるかを明らかにすることは ψa系がどの Bell状態にあったかを明らかにすることに対応しておりこの測定を Bell測定ともいうAliceの Bell測定で|gψ⟩ |ga⟩という結果が得られればBobはZゲートZbを手持ちの量子ビットに作用させれば cg |gb⟩+ ce |e⟩bが手元に得られる測定結果が |eψ⟩ |ga⟩のときにはBobはZbゲートのあとにX ゲートXbを作用させればよい|eψ⟩ |ea⟩という結果のときにはXbゲートのみで十分である測定により |gψ⟩ |ea⟩であったと分かった場合には Bobは何もしなくてよいこのようにAliceのBell測定の結果を(古典)通信でBobに知らせBob

はその結果に応じて手持ちの量子ビットに量子ゲートを作用させれば最終的に Bob

の手元にはまさにAliceが送りたかった未知の量子状態 cg |gb⟩+ ce |e⟩bが残っているのであるもともと未知の量子状態だった ψ系はどうなったかというとBell測定によって壊

れているしたがってこれは量子状態の複製を行ったことにもなっていないもう一点注意しておきたいだがよく SF小説などで量子テレポーテーションで瞬時に情報が転送されるなどという設定がされているがこれは間違いである1Bobは最後に正しい量子状態を得るためにAliceからBell測定の結果を電話なりメールなりで聞かねばならないAliceからBobへの情報伝達速度は光速を超えることがないため量子テレポーテーションによる情報の転送も光速を超えることはない

I4 エンタングルメントスワッピング量子テレポーテーションの親戚のような手法にエンタングルメントスワッピングという

ものがあり量子通信でよく用いられる状況は次のようなものであるAliceとBobは既知の量子もつれ光子ペア

∣∣Φ+A

rang= (|g1g2⟩+ |e1e2⟩)

radic2と

∣∣Φ+B

rang= (|g3g4⟩+ |e3e4⟩)

radic2

をそれぞれ持っているがこのときに Aliceと Bobは何とかしてこれらの Bell状態を用いて Aliceと Bobにまたがる量子もつれペアを生成したいというような問題であるこのために用いられる手法がエンタングルメントスワッピングであり端的に言えばAliceとBobのもつ量子もつれペアの片割れを 1個ずつとってきてBell測定をしその結果に応じてAliceまたはBobの残りの量子もつれペアに量子ゲートを作用させることで達成される以下これについて詳しく見ていこうAliceと Bobの量子系の全体系 |Ψ⟩書き下すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

A

rangotimes∣∣Φ+

B

rang=

|g1g2g3g4⟩+ |g1g2e3e4⟩+ |e1e2g3g4⟩+ |e1e2e3e4⟩2

(I41)

となるここで 1と 4(2と 3)の添え字のついた系をまとめて部分系とみなしBell状態∣∣Ψplusmn

14

rangと ∣∣Φplusmn14

rang(∣∣Ψplusmn23

rangと ∣∣Φplusmn23

rang)を定義しようこれにより |Ψ⟩を前節のように書き

1著者の好きな SF小説にもこの手の記述がありこの話題が小説で出てくるたびに気が散って仕方がなかった

付 録 I 量子もつれとその応用 198

図 I2 エンタングルメントスワッピングの概略

直すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

14

rang ∣∣Φ+23

rang+∣∣Φminus

14

rang ∣∣Φminus23

rang+∣∣Ψ+

14

rang ∣∣Ψ+23

rang+∣∣Ψminus

14

rang ∣∣Ψminus23

rang2

(I42)

という表式が導かれるでは添え字 2と 3からなる部分系についてBell測定を行おうもしBell測定で 2と 3からなる部分系が

∣∣Φ+23

rangにあるという結果が得られれば残りの系は

∣∣Φ+14

rangにあることになるもし ∣∣Φminus23

rangにあれば1の量子ビットにZゲートZ1を作用させると

∣∣Φminus14

rangは ∣∣Φ+14

rangに変換される∣∣Ψ+23

rangに測定された場合には 1の量子ビットにX ゲートX1を作用させることでX1

∣∣Ψ+14

rang=∣∣Φ+

14

rangを得る最後に ∣∣Ψminus23

rangという結果が得られた場合にはZ1X1を作用させることで

∣∣Φ+14

rangを得ることができるこのようにAliceと Bobのもつ量子もつれペアの片割れを Bell測定した結果に応じてAlice

が量子もつれペアの残りに量子ゲートを行うことで最終的に Aliceと Bobにまたがる量子もつれ状態

∣∣Φ+14

rangが得られるこれはもともとのローカルな量子もつれ状態がAliceとBobにまたがる量子もつれ状態に入れ替わっているようにも見えることがエンタングルメントスワッピングという名前の由来である

付 録 I 量子もつれとその応用 199

I5 Local operation and classical communication (LOCC)

量子テレポーテーションやエンタングルメントスワッピングで行った操作は次のように纏められる(i)量子ビットの測定(Kraus演算子をMAとする)(ii)測定結果の古典通信(iii)量子ゲート操作 UB通信にかかる時間を乱暴にも無視してしまうとLOCCの後の密度演算子はsumr UB(r)MA(r)ρM

daggerA(r)U

daggerB(r)となっている(rは測定結果

に対応する添え字)ここで強調したいのは量子操作はすべてAliceなりBobなりの内部で完結することと古典通信のみを用いて情報交換をしていることである言い換えるとAliceとBobにまたがる二量子ビットゲートや測定光子の量子状態そのものによる伝達といった ldquo無茶rdquoはしていない現実的に無理のない手法だといえるこのような古典通信とローカルな量子操作のみで構成される操作を LOCC(local operation and

classical communication)と呼ぶ詳細な議論は成書 [9]に譲るがここでは LOCCのいくつかの重要な性質について言及しておく

bull LOCCは確率 1で量子もつれの尺度を増大させることはできない

bull LOCCは分離可能状態を量子もつれ状態にすることはできない

bull LOCCによって確率的にであれば量子もつれの尺度を増加させることはできる具体的にはエンタングルメント蒸留などの手法が開発されている

200

付 録J 量子複製禁止定理

古典情報では許され量子情報では出来ない操作の重要なものが状態のコピー(複製)をすることである例えば通常 xが与えられていて y = x2 + xを計算したければxをコピーし元の xに 1を足してコピーした xをかければ

y = x2 + x = x(x+ 1) (J01)

が計算できるが量子情報では「量子複製禁止定理」というものにより未知の量子状態のコピーが許されておらず同様の計算が出来ないこれは量子計算に取って非常に大きなハンディキャップに見えるしかしコピーが出来なくても様々な方法で有用な量子計算が出来ることが知られているので心配はいらない以下では簡単にこの量子複製禁止定理を証明する仮に任意の量子状態 |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩ともう一つの量子状態 |i⟩がありユニタリー

な操作 U を用いて |i⟩ rarr |ψ⟩とコピーができるつまり

U |ψ⟩ |i⟩ = |ψ⟩ |ψ⟩ (J02)

という 2量子ビットゲートが存在するとしよう同様に異なる量子状態 |ϕ⟩も U はコピーできるつまり

U |ϕ⟩ |i⟩ = |ϕ⟩ |ϕ⟩ (J03)

も成り立つとすると

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨i|ψ⟩ |i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ ⟨i|i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ (J04)

同様に

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨ϕ|ψ⟩ |ψ⟩= ⟨ϕ|ψ⟩2 (J05)

となり ⟨ϕ|ψ⟩ = ⟨ϕ|ψ⟩2を満たさねばならないがこれは ⟨ϕ|ψ⟩ = 0もしくは ⟨ϕ|ψ⟩ = 1

が成り立つということである後者は |ϕ⟩ = |ψ⟩という場合の自明なときなので無視す

付 録 J 量子複製禁止定理 201

ると前者は直交した 2つの状態ならコピーできるが任意の量子状態のコピーが不可能なことを証明しているもう少し具体的な例で見てみよう例えば U は |0⟩|1⟩を各々コピーできるとする

U |0⟩ |i⟩ = |0⟩ |0⟩ (J06)

U |1⟩ |i⟩ = |1⟩ |1⟩ (J07)

この時 |ψ⟩ = a |0⟩ + b |1⟩をコピーしたいとしよう量子情報では測定するとその状態が変わるのでこのような重ね合わせの任意の状態が何かわからないままコピーできなければならない|ψ⟩を同じ方法でコピーすると

U |ψ⟩ |i⟩ = U(a |0⟩+ b |1⟩) |i⟩ = aU |0⟩ |i⟩+ bU |1⟩ |i⟩= a |0⟩ |0⟩+ b |1⟩ |1⟩ (J08)

となる一見うまく行ったように見えるかもしれないがコピーしようと思っていた状態は |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩なのでコピーが出来ているとすると

|ψ⟩ |ψ⟩ = (a |0⟩+ b |1⟩)(a |0⟩+ b |1⟩)= a2 |00⟩+ b2 |11⟩+ ab(|01⟩+ |10⟩) (J09)

になるはずなのでコピーは全然出来ていないつまり既知の直交した状態においてコピーが可能だとしても任意の(未知の)量子状態をコピーすることは出来無い

202

関連図書

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Page 4: 量⼦技術序論 - 東京大学5 第14章量子技術の概要 157 14.1 量子計算. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 157 14.1.1 Groverのアルゴリズム

2

194 Pauli行列 39

195 演算子関数 40

110 密度演算子 41

1101 混合状態の例 43

1102 密度演算子の一般的性質 43

1103 合成系の密度演算子とその縮約 43

111 交換子と反交換子 45

1111 Heisenbergの不確定性原理 45

第 2章 量子力学の基礎 48

21 時間発展 48

211 時間に依存しない Schrodinger方程式 48

212 ユニタリー演算子を用いた時間発展 49

213 3つの描像 50

214 Heisenbergの運動方程式 53

22 回転系へのユニタリ変換 53

第 3章 摂動論 55

31 時間に依存しない摂動論 55

311 Zeeman効果 57

32 時間に依存する摂動論 58

321 時間依存した摂動展開 62

第 II部 65

第 4章 二準位系と電磁波 66

41 二準位系スピンおよび Bloch球 66

42 電磁波 67

421 調和振動子の昇降演算子 69

43 二準位系と電磁波の相互作用 70

431 Jaynes-Cummings相互作用 70

44 二準位系と電磁波の例 71

441 自然放出と誘導放出 74

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 76

51 Bloch方程式と緩和 76

511 Bloch方程式 76

512 緩和がある場合の Bloch方程式 78

52 Rabi振動 80

53 Ramsey干渉 81

3

54 スピンエコー法 82

第 6章 調和振動子 84

61 Fock状態 84

62 コヒーレント状態 84

63 スクイーズド状態 87

64 熱的状態 89

65 光子相関 89

651 振幅相関 一次のコヒーレンス 90

652 強度相関 二次のコヒーレンス 90

66 Wigner関数 91

661 導入 91

662 Wigner関数の例 92

663 コヒーレント状態 92

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 95

71 Jaynes-Cummingsモデル 95

72 弱結合強結合領域 96

73 分散領域 98

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 101

81 共振器の性質 101

811 Q値 102

812 フィネス(Finesse) 103

82 共振器の測定 104

821 反射測定と透過測定 104

822 実際の測定系 106

83 入出力理論 [17] 106

831 伝播モードと入出力関係 106

832 1ポートの測定 108

833 2ポートの測定 110

834 二準位系の自然放出 111

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系 112

第 9章 量子実験系における種々の結合 116

91 原子イオンの例 116

911 原子-光相互作用 116

912 サイドバンド遷移 118

913 フォノン-フォノン相互作用 119

92 超伝導量子回路 121

921 LC共振器の量子化 122

4

922 超伝導量子ビット 123

923 共振器とトランズモンの結合 125

93 共振器オプトメカニクス 126

931 導入 126

932 オプトメカニカル相互作用 128

933 オプトメカニカル相互作用の線形化 129

第 III部 131

第 10章 量子ゲート 132

101 一量子ビットゲート 133

1011 X ゲート 133

1012 Z ゲート 133

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T 134

102 二量子ビットゲート 134

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート 135

1022 制御 Z(CZ)ゲート 135

1023 iSWAPゲートと SWAPゲート 135

1024 XX ゲートと ZZ ゲート 136

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出 136

103 Cliffordゲートと non-Cliffordゲート 138

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 140

111 射影測定と一般化測定 140

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ 141

113 フィデリティ 142

114 量子ゲートエラーの評価 143

115 ノイズ演算子 143

116 量子プロセストモグラフィ 145

1161 ゲートフィデリティ 146

117 Randomized benchmarking 147

第 12章 量子エラー訂正の基礎 149

121 スタビライザーによる定式化 150

122 三量子ビット反復符号 151

123 Shor符号 152

124 発展的な量子ビットの符号化 154

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 155

5

第 14章 量子技術の概要 157

141 量子計算 157

1411 Groverのアルゴリズム 157

142 量子鍵配送 158

1421 BB84 158

143 量子センシング 159

1431 Ramsey干渉 159

1432 エンタングルメントによる量子センシング 160

144 量子シミュレーション 161

145 量子インターネット 161

付 録A 位置表示と運動量表示 162

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例 163

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出 165

付 録D 原子の量子状態 168

D1 Bohrモデル 168

D2 微細構造 169

D3 超微細構造 170

付 録E 量子マスター方程式 171

E1 Liouville-von Neumann方程式 171

E2 系と熱浴との相互作用 172

E3 レート方程式 178

E4 光 Bloch方程式 179

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 181

F1 一般的な手順 181

F2 頻出する例 182

F21 駆動されたスピン系 182

F22 駆動されたスピン系の一般化 183

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 184

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 186

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却 186

H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式 186

H12 共振器冷却の冷却限界 189

6

付 録 I 量子もつれとその応用 191

I1 分離可能状態と量子もつれ状態 191

I2 量子もつれの尺度 191

I21 エンタングルメントエントロピー 192

I22 ネガティビティ 193

I3 量子テレポーテーション 195

I4 エンタングルメントスワッピング 197

I5 Local operation and classical communication (LOCC) 199

付 録 J 量子複製禁止定理 200

7

はじめに

01 量子情報における共通言語量子力学は 1900年代初頭からEinsteinDiracHeisenbergSchrodingerなど名

高い物理学者による数々の議論により肉付けられ相対論などとの融合も踏まえ大きく発展してきたその枠組みから予想される一見非自明な物理現象の数々は多くの物理学者を困らせたがこの長い歴史の中で未だにその体系が間違っているという観測は報告されていない量子力学自体は長い歴史をもつが過去 50年間の量子力学の発展は実験的手法の

成熟とそれに支えられた量子力学のさらなる考察にも大きく支えられてきている核磁気共鳴(NMR)の発展による核スピン状態の観測操作真空中の原子やイオンの分光実験高性能レーザーの開発や非線形光学の発展による光の量子性の検証また外乱が多く量子性の担保がが難しいと言われてきた固体素子の中でも様々な量子操作が確認されるようになってきているこれらの多彩な実験は量子力学を様々な角度から検証することを可能とすると伴にこれまでその性質を見極めるための「観測」がメインであった量子を「操作」の対象として成熟させたつまり今までは見ることが目的であった量子を人類は自由に操作する術を手に入れたのであるそんな中この 20年くらいの間に大きく発展してきたのが量子情報科学という分野

である実験手法の発展により各々の物理系の操作性が向上しまたそれら物理系がもつ固有の特色が顕になってきたそれら操作性や物理系の特色を活かした情報技術特に量子の性質を活かした情報操作を行うという試みが大きく展開されてきたのであるこの量子情報の研究により幾つかの新しい知見が生まれてきたそれは一見全く異なる物理系においても量子を情報の起源と捉えることにより多くの類似性を持つことがわかってきたのであるこれまで各々の物理系はそれぞれ独立に進歩してきたしかしこれらを量子情報という枠組みで俯瞰する事により異なる物理系を統一した共通言語のもとに包括的に理解することが可能となってきた本プロジェクトはその俯瞰的な視点を若い研究者に提供することによりこれまでの

量子物理系の特色を量子情報という枠組みの中で捉え今まで以上の量子系の発展を促す試みである量子情報技術が社会へ進出するまでにはまだ時間が必要かもしれないしかし量子計算機量子通信インターネット量子シミュレーション量子センサーなど既存の技術を大きく超える提案が数々なされそれらは社会のあり方さえも大きく変革すると言われているこれら量子技術の躍進には既存の量子技術と伴に若い人達の新しいアイデアが鍵となると考えているこれからの量子技術の発展のために皆さんの力を大きく発揮していただきたい

8

02 異なる量子物理系本プロジェクトでは異なる量子系の操作とその特色を学んでいく様々な量子系例

えばイオントラップ冷却原子量子ドット超伝導回路など多くの系が存在するが各々の量子系の特長によりもちろんそれぞれの強みと弱みが異なる例えば既存のコンピューターが個々の部品CPUメモリーハードドライブインターネットアダプタで構成されているように各々の量子系も活躍舞台が異なってくるまた幾つかの共通要素を持つ量子系も多くある例えば作製方法(ファブリケーション)が似ている操作に用いる装置が類似しているデバイスの置かれている環境(温度など)が同じなどである類似な系では一つの量子系を学ぶと他の理解が容易な場合が多くあるまた一見大きく異る量子系でも実は主要素をよく考えるととても似ていると言う場合が多くあるそのためにも多くの物理系を学ぶことで包括的な理解が進むことが期待されるまた先述のように量子情報という枠においてその特色や類似性を捉えることが今まで予想もしなかった形で容易になることが多くあるそのような意味でもこれら多くの物理系の特色を学んでいくことが重要になる量子操作の成熟と伴に各々の量子系の長所を伸ばし短所を抑圧するために幾つか

の量子系を結合させた「ハイブリッド量子系」と呼ばれる量子系の開発も世界的に進められている例えば光ファイバー中の光子は長距離の量子状態伝送を可能とするがその代わりに光子(つまり量子状態)を 1箇所にとどめておくのは非常に困難であるこの時に原子やイオントラップなどと光ファイバーを結合させることにより量子状態を原子やイオンにとどめておくまた必要なときには光子として取り出しファイバーに送り込むというようなことをすることでメモリーと伝送の機能を両立させた新たな量子系の開発が可能となるこれらハイブリッド量子系の開発にも各々の物理系の特色を学ぶことが重要となってくる

03 温度の概念量子系には様々な類似点があげられることを述べてきたが実験的に重要な特長とし

て量子系のエネルギーと操作に用いられる電磁波があげられるそれは実験時に量子系を設置する環境の温度と密接に関係していることを以下に述べる多くの量子操作では単一量子の操作が求められるがその手法は原子のエネルギー

準位を用いると簡単に説明ができる例えば図 11にあるように異なる 2つのエネルギー準位基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩を持つ原子があり各々のエネルギーがEgEeとする通常電子は基底状態にいるがエネルギー準位の差を埋めるようなエネルギーを持つ電磁波(E0 = Ee minus Eg)が吸収されると電子は励起状態に上がる(図 11)このときの電磁波が実験に用いられた電磁波であればよいがそうでない場合はこちらが操作しようとしていないのに原子のエネルギー準位が変わってしまったことになるこの「実験にもちいた以外の電磁波」はどこから来るのかを考える環境温度が T

のときその環境において熱平衡にあるボゾン粒子を考えるボゾン粒子のエネルギー

9

図 1 エネルギー固有状態間の遷移「電磁波」あるいは遷移を引き起こす粒子は実験で意図したものとは限らず熱的に励起された固体中のフォノンやスピンなど周囲の環境からのノイズも含まれる

が粒子の振動角周波数 ωを用いて EBoson = hωと書かれる時その平均粒子数 ⟨n⟩はBose-Einstein分布を用いて

⟨n⟩ = 1

ehωkBT minus 1

(031)

と記述されるここで h = h2π kBはそれぞれDirac係数とBoltzman係数であるDirac係数は Planck係数を 2π で割ったものであるが量子光学や量子情報科学ではPlanck係数よりも頻繁に用いられる温度の換算エネルギー kBT がボゾン粒子のエネルギー hωより十分高いときこの

式は⟨n⟩ ≃ kBT

hωminus 1

2 (032)

で近似されるこの式からわかるように量子を取り巻く環境ではその温度 T に比例した平均粒子数 ⟨n⟩のボゾン粒子がうようよしている固体中ではフォノンなどの素励起粒子真空中ではその周りの壁の温度 T に熱平衡な電磁波(光子)といったボゾン粒子が飛び回っているこれら温度 T の環境にうよめく ldquo熱ボゾン粒子rdquoが邪魔者である「実験にもちいた以外の電磁波」になるのであるこの影響を十分抑制するには実験に用いる電磁波の角周波数 ω0 = E0hにおいてボゾン粒子が環境にほぼいない状況つまり ⟨n⟩ ≪ 1の状況を作れれば良いそこから導かれる環境温度の条件は以下の式で与えられる

T ≪ hω0

kB (033)

この式は環境温度が電磁波の換算温度(T0 = hω0kB)より十分低ければ⟨n⟩ ≪ 1とな

り熱ボゾン粒子の影響が小さくなることをあらわしている電磁波を用いた量子操作実験ではマイクロ波もしくは光が用いられることが多いが各々の周波数換算温度実際量子実験に用いられる装置の環境温度を表 1にまとめた

10

表 1 電磁波周波数と実験環境温度の関係

電磁波 周波数(ω02π) 換算温度(T0) 実際の実験温度(T)マイクロ波 10 GHz 500 mK 10 mK

光 200 THz 10000 K 300 K

この表からわかるようにマイクロ波を用いる実験では電磁波の換算温度が 500 mK

程度であることから環境は希釈冷凍機などを用いてそれより十分低温にする必要がある逆に光を用いる実験では光の換算温度が 10000 K程度なため室温の 300 Kでも十分実験できることがわかるこれは我々の環境の壁(300 K)が熱で光っていないことからも ⟨n⟩ ≪ 1が満たされているのがわかると思うこのように量子操作に用いる電磁波の周波数によって装置の環境温度は大きく異

るまたこれによりマイクロ波と光では同じ電磁波でも実験に関する技術が異なることを覚えておきたい

04 本書の構成本書は上記のような量子系を俯瞰的に見る目やそれを筋よく実現するにはどうすれ

ばよいかという感覚を養うための下地としての基礎的な事柄を一冊の文書にまとめるという目的で執筆されたものである構成として大きく三つに分かれており第部では量子技術で頻繁に用いる線形代数に基づいた量子状態の記述および基礎的な量子力学の知識を量子技術を知るうえで最低限必要と思われるものに関して抜粋し簡潔な形でまとめてある第部では二準位系や電磁波を実際にどのようにとらえそれらがどのように相互作用するのかそして二準位系や電磁波あるいは調和振動子とその間の相互作用が実際にどのように実現されるのかについて記した特に現在の量子技術ではほぼ必須の道具である共振器とその測定の仕方について詳説してある第部では量子ビットという抽象化された量子系の操作測定エラー訂正そして量子技術の概要について書き記した解析力学統計力学量子力学電磁気学の講義を一度は受けたことがある程度の知

識があればそれらを参照しつつ本書を読み進めることはできると思われるとくに第部は量子力学の復習であるため一度量子力学の本を読みとおした経験がある読者は第部から読み始め適宜第部に立ち戻りながら読み進めていくような読み方でよいだろうただし第部に量子技術で頻繁にみられる記述の仕方や概念等も含まれており目を通しておくことをお勧めしたいこういった意味で本書の対象はあえて言えば順当に勉学を進めてきた学部34年生あたりにあるただし意欲的な12年生も読み進められると期待しているし大学院生ひいては量子技術分野内外の研究者にとっても読んで得るものがあることを期待しているまた全体として物理現象として何が起こっているかのイメージの獲得と理解を優先したため理論的な厳密さを欠く部分が散見されるであろうことはご承知いただきたい

11

本書の執筆にあたり文章の校正計算チェックなどにご協力いただいた東京大学野口研究室の重藤真人氏中島悠来氏渡辺玄哉氏内容についてのたいへん有用なアドバイスをいただいた増山雄太氏にこの場で感謝の意を表したい

第I部

13

第1章 量子力学における状態の記述と演算子

この章では量子力学の基礎を簡単にさらう一般的に多くの大学では初級量子力学の授業において波動関数を用いた表示が多いが量子情報科学では行列表示を用いる場合が多いしかし例外も多く量子間の相互作用の導出など波動関数を用いることも多々あるため波動関数表示と行列表示を行ったり来たりする場合が頻繁に出てくるそのため読者には両方の知識をつけてもらいたいここでは 2つの表示方法ならびに量子力学の基礎そしてツールとして用いられる線形代数の基礎またこれらの表示の簡素化が可能なDirac表記を復習する

11 ベクトル空間量子状態はベクトル空間におけるベクトルとして扱われるがここでは簡単にベクト

ル空間の基礎を後に頻繁に用いられる用語を紹介しながら復習する

111 3次元空間ベクトル3次元空間における 2つの任意のベクトル

V = Vx x+ Vy y + Vz z (111)

W = Wx x+Wy y +Wz z (112)

があるとするベクトルは基底 (basis)とよばれる単位成分ベクトル x y zとその振幅 (amplitude)である係数 Vx Vy Vz およびWx Wy Wz から構成される計算に便利な行列表示を用いるとき状態ベクトルは通常縦ベクトルで表される単位成分ベクトルは

x =

1

0

0

y =

0

1

0

z =0

0

1

(113)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 14

と表され

V = Vx

1

0

0

+ Vy

0

1

0

+ Vz

0

0

1

=

VxVyVz

(114)

W = Wx

1

0

0

+Wy

0

1

0

+Wz

0

0

1

=

Wx

Wy

Wz

(115)

となる

内積

2つのベクトルの内積 (inner product)は

V middot W = VxWx + VyWy + VzWz (116)

と定義されベクトルの内積からはスカラー(数字)が計算される行列表示を用いると内積はベクトルの転置 (transpose)

V T =(Vx Vy Vz

)(117)

を用いて

V middot W = V T W =(Vx Vy Vz

)Wx

Wy

Wz

= VxWx + VyWy + VzWz (118)

となる上記でわかるように内積をとる 2つのベクトルの次元数は同じでなければならない

正規直交基底

上記のようにベクトル空間の基底は通常長さ 1になるように正規化 (normalized)されておりまたこの例では図 11(左)のように x y zは全て直交しているこのような基底を正規直交基底 (Orthonormal set of basis)とよぶ基底 x y zを xi i = 123

で表すと正規直交基底はxi middot xj = δij (119)

の式を満たす一般的には基底は正規化もしくは直交している必要はない図 11(右)にあるよう

に正規直交基底ではない基底 xprime yprime zprimeを用いて V を記述することもできるが各々の成分が他に依存しない正規直交基底の方がもちろん便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 15

図 11 (左) 正規直交基底 x y z(右) 正規直交ではない基底 xprime yprime zprimeでも同じ V を記述することは可能

ベクトルの成分

ベクトル V があたえられているときその振幅を内積を用いて求めることができる例えば Vxを求めたい場合

Vx = x middot V (1110)

と計算することができる行列表示を用いると

Vx =(1 0 0

)VxVyVz

= Vx (1111)

となる

ノルム

各々の振幅からベクトルの ldquo長さrdquoを計算することが出来るがベクトルの ldquo長さrdquoは一般的にノルム (norm)とよばれ内積を用いて

norm(V ) =radicV middot V =

radicV 2x + V 2

y + V 2z (1112)

と定義されるこのノルムを用いて任意のベクトル V を単位ベクトル vに変換したい場合もとのベクトルをノルムで割ることで

v =V

norm(V ) (1113)

と計算することができもちろん元のベクトルは

V = norm(V )v (1114)

と書くことができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 16

外積

先述した内積は2つのベクトルからスカラーが計算されたがベクトルの外積は 2

つのベクトルから行列が計算される先程用いたベクトル V W の外積は行列表示を用いると

V otimes W = V W T =

VxVyVz

(Wx Wy Wz

)(1115)

=

VxWx VxWy VxWz

VyWx VyWy VyWz

VzWx VzWy VzWz

(1116)

となる上記ではどちらも 3次元のベクトルから 3times 3の行列が計算されたが外積の場合には 2つのベクトルは次元数が異なっていても大丈夫であるm次元と n次元のベクトルからはmtimes nの大きさの行列が計算される

112 多次元空間への拡張これまでは実空間の 3次元の例を用いたが量子状態を扱うヒルベルト空間とよば

れる多次元ベクトル空間では3次元以上への拡張が必要となる(x y z) rarr (xi i =

1 2 3 4 )と拡張すると多次元における任意のベクトルは

V =sumi

Vixi (1117)

W =sumi

Wixi (1118)

と記述できる

113 行列と演算子先述では外積を用いてベクトルから行列が計算されたがmtimes n次元の行列 Aは

A =

A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

(1119)

のように成分Aij をもつ行列表示ができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 17

行列成分

行列のある成分例えばA21は単位ベクトル

x1 =

1

0

0

0

x2 =0

1

0

0

(1120)

を用いて

A21 =(0 1 0 0

)A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

1

0

0

0

(1121)

と書ける一般化するとAij = xTi A xj (1122)

のように行列成分は横ベクトル行列縦ベクトルの積で書けることがわかる

転置行列

先述のmtimes n次元の行列 Aの転置行列 AT は

AT =

A11 A21 An1

A12 A22 An2

A1m A2m Anm

(1123)

のように ntimesm次元の行列となり行列要素は

ATij = Aji (1124)

を満たす

行列の積

行列の積によって新たな行列が計算できるが例えば C = ABのとき Cの行列要素は

Cij =sumk

AikBkj (1125)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 18

を満たすこの式からもわかるように計算された Cが ltimes nの行列Aが ltimesmの行列のとき行列 Bはmtimes nと次元数があっていなければならないこの行列 C の転置行列 CT の行列成分は指数を交換した形で

CTij = Cji =sumk

AjkBki (1126)

と表される

114 正方行列縦と横の次元数が同じ m times mの行列は正方行列と呼ばれ最も使われる行列群で

ある

行列のトレース

正方行列 Aがあるとき行列 Aのトレースは

Tr A =sumi

Aii (1127)

となるが対角成分の和となっているまた 2つの行列の積 C = ABが正方行列のときそのトレースは

TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1128)

と表される

単位行列

特殊な正方行列の 1つである単位行列 Iは対角の全ての成分が 1で他は全て 0の行列である3times 3の単位行列は

I =

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1129)

であり行列成分 Iij はIij = δij (1130)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 19

を満たすまた単位行列は正規直交基底の外積を用いて

I =sumi

xixTi (1131)

=

1 0 0

0 0 0

0 0 0

+

0 0 0

0 1 0

0 0 0

+ middot middot middot+

0 0 0

0 0 0

0 0 1

(1132)

=

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1133)

と表すことができる

演算子としての行列

ベクトル空間におけるベクトルは演算子によって作用を受けるが行列演算を用いると簡単に記述できるベクトル W が行列 Aとベクトル V の積で計算されるとき

W = AV (1134)

と記述される行列表示で

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(1135)

V =

V1V2V3

(1136)

であるとき

W = AV =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

V1V2V3

=

A11V1 +A12V2 +A13V3

A21V2 +A22V2 +A23V3

A31V3 +A32V3 +A33V3

(1137)

となる指数を用いた表示では

Wi =sumj

AijVj (1138)

と記述できる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 20

115 多次元空間でのベクトルの性質と行列の成分表示のまとめ多次元空間でのベクトルの性質ならびに行列の成分表示は後のマテリアルで頻繁に

使われるため重要な式を以下にまとめる

多次元空間でのベクトル

正規直交基底 xixj = δij (1139)

ベクトル成分 Vi = xi middot V (1140)

ベクトルの正規化sumi

V 2i = 1 (1141)

ノルム norm(V ) =

radicsumi

V 2i (1142)

内積 V middot W =sumi

ViWi (1143)

外積 (V otimes W )ij = ViWj (1144)

最後の外積だけは計算された V otimes W の行列成分を表している元のベクトルが各々m次元と n次元の場合i = 1 m j = 1 nである

行列の成分表示

行列 A B C = ABがありまたベクトル V W が W = AV を満たすとき

行列成分と基底の関係 Aij = xTi A xj (1145)

積で与えられた行列の成分 Cij =sumk

AikBkj (1146)

転置行列 CTij = Cji =sumk

AjkBki (1147)

トレース TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1148)

単位行列 I =sumi

xixTi (1149)

行列ベクトル積 Wi =sumj

AijVj (1150)

となる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 21

図 12 古典的な運動 (左)と量子的な運動(右)

12 古典と量子の運動方程式古典力学でも量子力学でも我々は「モノ」の運動について考えるが何故か多くの

人にとって量子力学はとっつきにくいものである古典力学では図 1aのようにあるポテンシャル V (x)を質点mが運動するさまをニュートンの法則を使って

mx = minuspartV (x)

partx(121)

と記述できるここで x = dxdt = d2xdt2を表すそれに対して量子力学では図 1bのように割れたコップから流れ出た液体のような

波動関数の運動を Schrodinger方程式を用いて

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (122)

と記述しこの方程式を解くことによって波動関数 Ψを得るこの 2つの力学では圧倒的に異なる部分がある古典力学ではモノの位置 x(t)が直接計算できその他の物理量 v(t) = dx

dt や p = mvなどもすぐに導けるしかし量子力学ではこの波動関数Ψ(x)と呼ばれるぷよぷよしたモノの関数が与えられるだけであるなんとも面倒だ

この波動関数から有益な情報や物理量を抽出したり波動関数自体を操作するためには演算子 (オペレーター)を使わなくてはいけない多くの学生にとってこの量子力学特有の手続きと不思議な全体構成が量子力学自体の敷居を上げているようにみえるしかし物理学者も色々工夫することで量子力学を簡素化してきたその一つが線形代数であるすべての量子状態はヒルベルト空間上でベクトルとして記述されそれらの時間発展や物理量の抽出などはオペレーターを用いて可能であるつまりかなり抽象的な ldquo波動関数rdquoとその操作と言う概念をベクトルや行列を用いて表現できることを我々は知っているこの章ではその基礎となる線形代数と量子力学の基礎を簡単にレビューする

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 22

13 波動関数131 波動関数の内積1次元系における任意の波動関数Ψ(x)は関数空間における一つのベクトルとして考

えられる状態がベクトルで記述できるとき内積の定義が必要になるが2つの波動関数Ψと Φがあるときその内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dx (131)

と定義されるこのときΨlowastはΨの複素共役を表す波動関数Ψ(x)は線形独立な基底 ψi(x)を用いて

Ψ(x) = c1ψ1(x) + c2ψ2(x) + middot middot middot+ cnψn(x)

=

nsumi=1

ciψi(x) (132)

と記述することができるciは複素数の係数であるこのとき基底 ψiは正規直交化されており int infin

minusinfinψlowasti (x)ψj(x)dx = δij (133)

を満たすこれを用いて波動関数Ψ自体の内積を計算するとint infin

minusinfinΨlowast(x)Ψ(x)dx =

int infin

minusinfin

nsumij=1

clowasti cjψlowasti (x)ψj(x)dx

=nsum

ij=1

clowasti cjδij =nsumi=1

|ci|2

となるため波動関数の規格化はnsumi=1

|ci|2 = 1 (134)

と書くことができる

132 連続的な波動関数と離散的な波動関数波動関数の内積と規格化が定義できたので少し具体的に見てみよう対象としている

粒子を量子力学の初めに 1次元の位置 xに対して図 13(a)のような波動関数

Ψ = Ψ(x) (135)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 23

図 13 (a) 連続的な波動関数 (b) 離散的な波動関数

として習ったと思う波動関数の絶対値の二乗(|Ψ|2 = ΨlowastΨ)は確率密度を表すのでa le x le bに粒子がいる確率 P (a le x le b)は

P (a le x le b) =

int b

adx|Ψ(x)|2 (136)

で求めれる量子情報ではこのような波動関数を扱う場合もあるが情報をビットとして扱う場合

など十分離散的な図 13(b)のような波動関数を扱う場合が多いこの場合x = a付近にいるΨaとx = b付近にいるΨbの 2つの状態を個別の状態と考える

Ψa = Ψ(x) for xa minus δx lt x lt xa + δx (137)

Ψb = Ψ(x) for xb minus δx lt x lt xb + δx (138)

このとき δxは x = a bの周辺で各々の波動関数を十分カバーする距離である各々の波動関数を規格化し

ψa =Ψa(x)radicint a+δx

aminusδx dx|Ψa|2(139)

ψb =Ψb(x)radicint b+δx

bminusδx dx|Ψb|2(1310)

としたときψaと ψbは重なりがないのでint infin

minusinfindxψlowast

i ψj = δij (1311)

を満たし正規直交基底として扱えるこの波動関数を用いると全体の波動関数Ψは

Ψ(x) = ca ψa(x) + cb ψb(x) (1312)

と表されるこのとき |ca|2 + |cb|2 = 1である連続的に分布している波動関数もあるパラメーターで十分分離されていれば(この例では位置 xに対して ψa ψbが分離されていた)離散的な状態として考えることができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 24

図 14 離散的な波動関数のエネルギースペクトル

後に述べる量子ビットの多くは図 14のように波動関数を位置 xによる状態表記ではなくエネルギー軸での状態を用いているこの場合同様の手法を用いて

Ψ = cg ψg + ce ψe (1313)

と表せる同様に波動関数全体の規格化条件から

|Ψ|2 = |cg|2 + |ce|2 = 1 (1314)

であり基底状態には |cg|2励起状態には |ce|2の確率で離散的な状態に粒子が存在するように記述できる実験的にはエネルギーというパラメーターに対して連続的に分布する量子状態もその分布が十分別れていれば必要な範囲だけ積分することで幾つかの離散的な状態として扱えるこのような状態を用いて 0の状態を ψ0 equiv ψg1の状態を ψ1 equiv ψeとすることで量子ビットの状態

Ψ = c0 ψ0 + c1 ψ1 (1315)

として用いることができる

133 演算子演算子 (operator)は波動関数に対する作用素として与えられ本書の前半では区別

のため Aとアクセント記号を付けて記述する本書後半ではたくさんの演算子が登場し見た目が少しごちゃごちゃするのでアクセント記号を省略する読者には後半に進むまでに式の中のどれが演算子かわかるようになっていただきたいオペレーター Aを波動関数に作用させると作用後の新たな波動関数は

Ψprime = AΨ (1316)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 25

となるある物理量Oに対するオペレーターが Oの場合波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =int infin

minusinfinΨlowast(x)OΨ(x)dx (1317)

を用いて求めることができる

14 Dirac表示上記の波動関数及びオペレーターの記述をDirac表示という方法を用いて記述する

この方法は様々な意味で表示が簡素化され直感的にもわかりやすい記述になっていることがすぐに理解できると思うなお以下の議論に本来必要な位置表示などの詳細は付録 Aに記載する波動関数Ψで表される量子状態はDirac表示を用いて

Ψ rarr |Ψ⟩ (141)

と表す英語で括弧のことを braketと呼ぶのにちなんで ketベクトルと呼ばれるこの ketベクトルには相対空間にある braベクトルというベクトルが存在し

Ψlowast rarr ⟨Ψ| (142)

と記されるまた波動関数が複数の量子数 (n lm )で表される場合などはその量子数を用いて

Ψnlm rarr |nlm⟩ (143)

と書かれることが多いこのDirac表示を用いて 2つの量子状態 |Ψ⟩と |Φ⟩の内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dxrarr ⟨Ψ|Φ⟩ (144)

と表示される感の良い読者は気づいたかもしれないが|Ψ⟩や ⟨Ψ|のように braketが閉じていないものはベクトル状態であり閉じているものは内積が取られた数字(スカラー)であるこの便利なDirac表示を用いて量子状態の記述を以下にさらう(多次元空間ベクトルのまとめ式 1139-1144と比較していただきたい)波動関数 |Ψ⟩は線形独立な基底 |ψi⟩を用いて

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

=nsumi=1

ci |ψi⟩ (145)

と記述するこができるまたこの状態に対応した braベクトルは

⟨Ψ| = clowast1 ⟨ψ1|+ clowast2 ⟨ψ2|+ middot middot middot+ clowastn ⟨ψn|

=nsumi=1

clowasti ⟨ψi| (146)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 26

である基底の正規直交化条件および波動関数 |Ψ⟩の規格化条件は各々

⟨ψi|ψj⟩ = δij (147)

⟨Ψ|Ψ⟩ =sumij

ciclowastj ⟨ψj |ψi⟩ =

nsumij=1

ciclowastjδij

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (148)

と非常に簡便に書くことができる同様に演算子の作用もDirac表示で記述できるAの作用を受けた状態 |Ψ⟩は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩ (149)

となり波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =langΨ∣∣∣OΨ

rang= ⟨Ψ| O |Ψ⟩ (1410)

と記述できるもちろん物理量の期待値は数字として出てくるため braketに囲まれた形になっている最後の等号は同じことを表しているが

∣∣∣OΨrangは演算子 Oが |Ψ⟩に作

用した後の状態というニュアンスが明示的に書かれている

15 行列表示Dirac表示に続き状態の行列表示もここで紹介しよう波動関数表示では関数を状態

ベクトルとして捉えていたがベクトルとしては我々に馴染み深い行列の形で量子状態を記述することができるketベクトル |Ψ⟩は通常縦ベクトルとして記述されるこのとき正規直交化された基

底 |ψi⟩を用いると

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

= c1

1

0

0

+ c2

0

1

0

+ middot middot middot+ cn

0

0

1

=

c1

c2

cn

(151)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 27

と表されるこれに対し ⟨Ψ|は |Ψ⟩を横ベクトルにしたものに対して複素共役をとった

⟨Ψ| =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)(152)

と記述される内積は braと ketベクトルをそのまま並べて行列計算ができるように

⟨Ψ|Ψ⟩ =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)c1

c2

cn

(153)

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (154)

となっているまた上記から

langΨ∣∣Ψprimerang =

(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)cprime1cprime2

cprimen

(155)

=nsumi=1

clowasti cprimei =

nsumi=1

(cicprimelowasti )

lowast (156)

=langΨprime∣∣Ψranglowast (157)

である演算子は行列として表され例えば 3つの基底からなる演算子 Aは

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(158)

の形で表され演算子の作用は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩

=

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

c1c2c3

=

c1A11 + c2A12 + c3A13

c1A21 + c2A22 + c3A23

c1A31 + c2A32 + c3A33

(159)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 28

のように記述できるまた式 (152)よりlangΨprime∣∣ (1510)

=(clowast1A

lowast11 + clowast2A

lowast12 + clowast3A

lowast13 clowast1A

lowast21 + clowast2A

lowast22 + clowast3A

lowast23 clowast1A

lowast31 + clowast2A

lowast32 + clowast3A

lowast33

)

=(clowast1 clowast2 clowast3

)Alowast11 Alowast

21 Alowast31

Alowast12 Alowast

22 Alowast31

Alowast13 Alowast

23 Alowast33

= ⟨Ψ| Adagger (1511)

となる最後の行の Adagger = (AT )lowastは後に詳細を示すが行列 AのHermite共役であるまた先述の ⟨Ψ|Ψprime⟩ = ⟨Ψprime|Ψ⟩lowastを用いると

langΦ∣∣Ψprimerang =

langΨprime∣∣Φranglowast (1512)lang

Φ∣∣A∣∣Ψprimerang = ⟨Ψ|Adagger|Φ⟩lowast (1513)

が導かれる量子系の解析では多くの演算子は正方行列として用いられるため演算子のトレース

が定義できる行列のトレースと同じく

Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1514)

と定義される

16 波動関数の主な性質波動関数の主な性質を下記にまとめる先述した ldquo多次元空間でのベクトルと行列の

成分表示rdquoと一対一の対応があるので慣れていなければ一度見返していただきたい

正規直交基底 ⟨ψi|ψj⟩ = δij (161)

波動関数成分 ci = ⟨ψi|Ψ⟩ (162)

波動関数の正規化sumi

|ci|2 = 1 (163)

ノルム norm(Ψ) =

radicsumi

⟨Ψ|Ψ⟩ =radicsum

i

|ci|2 (164)

波動関数の内積 ⟨Ψa|Ψb⟩ =sumi

alowasti bi (165)

波動関数の外積 (|Ψa⟩ ⟨Ψb|)ij = ⟨ψi|Ψa⟩ ⟨Ψb|ψj⟩ = alowasti bj (166)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 29

演算子成分と基底の関係 Aij = ⟨ψi|A|ψj⟩ (167)

積で与えられた演算子の成分 Cij = ⟨ψi|C|ψj⟩

=sumk

⟨ψi|A|ψk⟩ ⟨ψk|B|ψl⟩

=sumk

AikBkl (168)

演算子のHermite共役 Cdaggerij = ⟨ψi|Cdagger|ψj⟩= ⟨ψj |C|ψi⟩lowast

=sumk

⟨ψj |A |ψk⟩⟨ψk| B|ψi⟩lowast =sumk

AlowastjkB

lowastki (169)

トレース Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1610)

完全系 I =sumi

|ψi⟩⟨ψi| (1611)

演算子の作用 cprimei =langψi∣∣Ψprimerang =sum

j

⟨ψi|A|ψj⟩ ⟨ψj |Ψ⟩

=sumj

Aijcj (1612)

上記では |Ψ⟩ =sum

i ci |ψi⟩ |Ψprime⟩ =sum

i cprimei |ψi⟩ C = ABを用いた

17 合成系

図 15 二つの量子ビットの合成系

これまでは単一粒子の状態について考えてきたが異なる粒子を同時に考えたりお互いの粒子が結合している様子を考える場合複数の量子状態を 1つの状態として簡便に記述する必要がある例えば図 15のように 2つの量子ビットがある場合これを 1つの合成系と考えると直積記号otimesを用いて

ψaと ψbの合成系  |ψa⟩ otimes |ψb⟩ (171)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 30

と記述できるこの合成系は下記の線形特性を持っている

α(|ψa⟩ otimes |ψb⟩) = (α |ψa⟩)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes (α |ψb⟩) (172)(|ψa⟩+

∣∣ψprimea

rang)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩+

∣∣ψprimea

rangotimes |ψb⟩ (173)

|ψa⟩ otimes(|ψb⟩+

∣∣ψprimeb

rang)= |ψa⟩ otimes |ψb⟩+ |ψa⟩ otimes

∣∣ψprimeb

rang (174)

また 2つ以上の粒子ψ1 ψ2 middot middot middotψnを扱う場合も

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (175)

と拡張できる記述を簡便にするために

|ψa⟩ otimes |ψb⟩ equiv |ψa⟩ |ψb⟩ equiv |ψ⟩a |ψ⟩b equiv |ψaψb⟩ (176)

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (177)

equiv |ψ1⟩ |ψ2⟩ middot middot middot |ψn⟩ equiv |ψ⟩1 |ψ⟩2 middot middot middot |ψ⟩n equiv |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩ (178)

など文献によって様々な記述がある3つ目の記述方法 |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩は前述した複数の量子数を持つ状態Ψnlm equiv |nlm⟩と混同する場合があるので気をつけていただきたい2つの合成系の状態が正規直交基底 |ψi⟩|ϕi⟩を用いて

|Ψa⟩ = |ψa⟩ |ϕaprime⟩ (179)

|Ψb⟩ = |ψb⟩ |ϕbprime⟩ (1710)

と表されるとき2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ = ⟨ψa|ψb⟩ ⟨ϕaprime |ϕbprime⟩= δabδaprimebprime (1711)

となるつまり個別系の片方でも直交している場合は合成系も直交していることとなるこれを拡張して任意の状態が

|Ψa⟩ =sumij

cij |ψi⟩ |ϕj⟩ (1712)

|Ψb⟩ =sumkl

dkl |ψk⟩ |ϕl⟩ (1713)

と表されるときこの 2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ =sumijkl

clowastijdkl ⟨ψi|ψk⟩ ⟨ϕj |ϕl⟩

=sumijkl

clowastijdklδikδjl

=sumik

clowastiidkk (1714)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 31

となるさて図 15の系を用いて具体的な例を紹介しよう2つの量子状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ (1715)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ (1716)

のように与えられ各々の量子状態 |ψi⟩は規格化されているので1sumi=0

|ai|2 =1sumi=0

alowasti ai = |a0|2 + |a1|2 = 1 (1717)

1sumj=0

|bj |2 =1sumj=0

blowastjbj = |b0|2 + |b1|2 = 1 (1718)

であるこのとき合成系は

|Ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩= (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)= a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩ (1719)

となるここで例えば |01⟩は粒子 aが 0状態 (|0⟩)に粒子 bが 1状態 (|1⟩)にいる状態である先述のように |00⟩|01⟩|10⟩と |11⟩はお互いに直交した状態であるこの合成系の内積は

⟨Ψ|Ψ⟩ = (alowast0blowast0 ⟨00|+ alowast0b

lowast1 ⟨01|+ alowast1b

lowast0 ⟨10|+ alowast1b

lowast1 ⟨11|)

times(a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩)= alowast0a0b

lowast0b0 + alowast0a0b

lowast1b1 + alowast1a1b

lowast0b0 + alowast1a1b

lowast1b1

= (alowast0a0 + alowast1a1)(blowast0b0 + blowast1b1) = (|a0|2 + |a1|2)(|b0|2 + |b1|2) = 1

(1720)

となり合成前の状態 |ψa⟩|ψb⟩が規格化されていれば合成系である |Ψ⟩は自動的に規格化されているのがわかる

171 合成系の演算子図 15のように 2つの量子ビットが十分離れていて各々操作ができる場合当然片方

の操作はもう片方に影響がないつまり量子状態が |ψ⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩で書かれ|ψa⟩|ψb⟩に対応する演算子が ABの場合合成系に作用する演算子は

Aotimes B (1721)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 32

と記述されその作用は

(Aotimes B) |ψ⟩ = (Aotimes B) |ψa⟩ otimes |ψb⟩= A |ψa⟩ otimes B |ψb⟩ (1722)

となる合成系のうち |ψa⟩にだけ Aを作用させるときは図 16のように片方だけ演算子が作用し合成系には Aotimes I が作用される合成系の演算子 Aotimes BのHermite共役

図 16 二つの量子ビットの合成系

もしばしば必要となるが(Aotimes B)dagger = Adagger otimes Bdagger (1723)

となり基本的には各々が独立しているのがわかる

172 合成系の行列表示合成系の演算も行列表示を用いると簡便なことが多い先述のように 2つの量子ビッ

トの状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ =

(a0

a1

)(1724)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ =

(b0

b1

)(1725)

である場合合成系 |ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩は行列表示を用いて

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 33

|ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩

=

(a0

a1

)otimes

(b0

b1

)

=

a0

(b0

b1

)

a1

(b0

b1

)

=

a0b0

a0b1

a1b0

a1b1

(1726)

と「入れ子」の形で記述される同様に |ψa⟩に作用する Xaと ψbに作用する Zbが各々

Xa =

(0 1

1 0

)(1727)

Zb =

(1 0

0 minus1

)(1728)

とある場合合成系の演算子は

Xa otimes Zb =

0 middot

(1 0

0 minus1

)1 middot

(1 0

0 minus1

)

1 middot

(1 0

0 minus1

)0 middot

(1 0

0 minus1

) =

0 0 1 0

0 0 0 minus1

1 0 0 0

0 minus1 0 0

(1729)

と同じく入れ子の形で記述される当然入れ子の順番を間違えると変な行列ができてしまうので気をつけていただきたい

173 量子もつれ状態先程の例は 2つの個別粒子の量子状態を直積の形で表したが直積では記述できない

ような混合系の量子状態が存在する例えば

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1730)

と言う状態を考えたときこの状態は直積状態として |ψa⟩ otimes |ψb⟩の形で記述できない直積で記述できる具体的な例として |Ψ⟩ = |00⟩+ |01⟩は

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |01⟩) = |0⟩ otimes 1radic

2(|0⟩+ |1⟩) (1731)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 34

のように直積で記述できる式 (1730)ように直積で表せない状態を量子もつれ状態 (Entanglement State)(も

しくはもつれ状態もつれ合い状態)とよび量子情報では非常に重要な状態である2つの量子ビットで頻繁に用いられるもつれ合い状態として以下の 4つのベル状態とよばれるものがある

|Φ+⟩ =1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1732)

|Φminus⟩ =1radic2(|00⟩ minus |11⟩) (1733)

|Ψ+⟩ =1radic2(|01⟩+ |10⟩) (1734)

|Ψminus⟩ =1radic2(|01⟩ minus |10⟩) (1735)

式 (1730)の例はベル状態の 1つであることがわかるこのもつれ合い状態例えば|Φ+⟩ = 1radic

2(|00⟩+ |11⟩)は測定した場合50の確率で |00⟩か |11⟩に確定する

図 17 ベル状態の測定

これはよく考えるととても不思議である例えば |Φ+⟩にある状態の 2個の量子ビットのうち 1個めを自分がもう 1つのを友人に渡した後その友人は月まで行ってしまったとするある日自分が思いつきで自分の量子ビットを測定したとき |1⟩が観測されたこの瞬間状態は |11⟩だということが確定するので友人が持っている量子ビットが |1⟩だということが自分にはわかるそれはまるで月までいる友人の量子ビットの状態の情報がこちらに一瞬で飛んで来たようであるちなみに 2人が前述した|ψa⟩ |ψb⟩ = (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)のような直積で記述できる状態を持っていると例えば私が自分の状態が |1⟩だとわかっても月の友人の状態は |0⟩か |1⟩かわからないもつれ合い状態から生まれるこの不思議な相関(2つの粒子の関係性)は量子相

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 35

関とよばれ量子状態でのみ起きる古典的には無い相関であるこの量子相関が量子情報処理などではそのパワーの重要な源として上げられるためとても重要な概念である

174 しばしば使われる量子状態の記述

図 18 離散的な量子状態の記法の例

表 11 物理状態のよくある記述

物理系 状態 表記原子 基底状態 |g⟩

励起状態 |e⟩さらに上の励起状態 |f⟩ |h⟩ middot middot middot

量子ビット 0状態 |0⟩1状態 |1⟩

調和振動子 n状態 (0 1 2 middot middot middot n) |0⟩ |1⟩ |2⟩ middot middot middot |n⟩光子 縦偏光 |⟩

横偏光 |harr⟩斜め右偏光 |⟩斜め左偏光 |⟩

その他 補助準位 |a⟩

本書では様々な量子状態を扱うが主に二準位系と調和振動子の状態を扱っていく二準位系の代表として量子ビットがあるが|0⟩と |1⟩を用いてその状態を表せるまた調和振動子はその粒子数から |n⟩と言う状態で記述することができるしかし実験的には例えば原子などエネルギー状態を扱う場合図 18(a)のように基底状態は |g⟩励

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 36

起状態は |e⟩さらに実験的補助準位として用いられるさらに上の状態は |f⟩|h⟩ middotと表記されることが多いまた様々な量子系でこれらの補助準位 (auxiliary state もしくはancillary state)として |a⟩が用いられることがしばしばあるまた光子ではその偏光状態を用いた状態記述など扱う量子系によって同じ二準位系や調和振動子を扱いながらも直感的にわかりやすい記述が各々の系で用いられることが多い本書でも扱う代表的な状態表記を表 11にまとめる

18 固有ベクトルと固有値量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には演算子に付随する固有値

と固有ベクトルというものが存在する演算子 Aが状態 |ψ⟩に作用し

A |ψ⟩ = a |ψ⟩ (181)

となるときaを演算子 Aの固有値そして |ψ⟩は固有値 aに対応する固有ベクトルとよぶ任意の演算子 Aの固有値は特性関数

c(λ) equiv det |Aminus λI| = 0 (182)

の解 λとして計算できるこのとき I は単位行列を表す特性関数の式を見るとわかるが固有値 λは複数存在できるが代数学からの帰結と

して少なくとも 1つの固有値またそれに対応する固有ベクトルが任意の演算子には存在することが知られている後に詳細を述べる重要な演算してとして物理量の演算子がある例えば運動量の演算子 pを運動量の固有状態である波動関数 |Ψp⟩に作用させると

p |Ψp⟩ = p |Ψp⟩ (183)

となり運動量 pが固有値として導けるある演算子に複数の固有値 λiが存在しそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩が正規直

交化できる場合

A =nsumi

λi |ψi⟩ ⟨ψi|

=

λ1

λ2

λn

(184)

と記述できる場合があるこのとき行列の非対角項は全て 0であるこの表現を演算子の対角表現とよび対角化できる演算子のことを対角化可能な演算子とよぶ対角化された演算子の重要性は様々あり計算が簡単なことや固有状態との対応がわかりやすいなどある他にも後に述べる状態の量子測定などに便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 37

19 演算子の種類量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には様々なものがあるが演算

子の特徴により分類分けができるここでは後に重要となるHermiteユニタリーそして正の演算子の定義とそれらが量子力学においてどのような性質を持つかを述べる

191 Hermite演算子任意の演算子 Aに対してHermite共役演算子 Hdaggerは波動関数の内積を用いてlang

ϕ∣∣∣Hψrang =

intψlowastHϕdx =

intψ(Hdaggerϕ)lowastdx =

langHdaggerϕ

∣∣∣ψrang (191)

を満たす演算子と定義できる行列を用いた表現だと Hdaggerは非常に簡単に求めることができ

Hdagger = (HT )lowast (192)

と表されるこのとき HT は行列 Hの転置つまりもとの行列 Hの転置と複素共役を取れば Hermite共役演算子が導けるまた行列表示を用いると以下の Hermite共役演算子の特徴が簡単に導ける

(Hdagger)dagger = (((HT )lowast)T )lowast = (HT )T = H (193)

(cH)dagger = clowastHdagger (194)

(H1 + H2)dagger = H1

dagger+ H2

dagger(195)

(H1H2)dagger = H2

daggerH1

dagger(196)

ある演算子 H のHermite共役演算子が Hdaggerが元の演算子と同じ場合つまり

Hdagger = H (197)

のときH は Hermite演算子とよばれるHermite演算子は波動関数の内積に関して以下の特徴をもつ lang

ψ∣∣∣Hϕrang =

langHψ

∣∣∣ϕrang (198)

Hermite演算子は物理量と密接に結びついており我々が測定する物理量に対応する演算子は全てHermite演算子である測定される物理量はその性質上全て実数でなければならないためもちろん期待値

も実数になるはずである以下では逆証明になるがHermite演算子の期待値や固有値は実数になることを示すHermite演算子 H の期待値の複素共役を取ると

⟨H⟩lowast =langΨ∣∣∣HΨ

ranglowast=langHΨ

∣∣∣Ψrang =langΨ∣∣∣HΨ

rang= ⟨H⟩ (199)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 38

演算子 Hの期待値と同じになるつまりこれは期待値が実数であることを表しているまた同様にHermite演算子の固有値 λiとそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩があるとき ⟨H⟩lowastは

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (λi ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λlowasti (1910)

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (langHψi∣∣∣ψirang)lowast (1911)

= (λlowasti ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λi (1912)

と 2つの答えが出るがこれを満たす固有値 λi は実数でなければならないつまりHermite演算子は必ずその固有値が実数になり全ての物理量はHermite演算子で記述される

192 射影演算子Hermite演算子の中でも重要な演算子が射影演算子であるある任意の状態 |Ψ⟩があ

りこの状態を基底 |ψi⟩ equiv |i⟩で展開すると|Ψ⟩ =

sumi

ci |i⟩ (1913)

となるときこの状態 |Ψ⟩を基底 |ψm⟩ equiv |m⟩に射影する演算子は

|m⟩⟨m| (1914)

と書かれ射影後の状態 |Ψ⟩は|m⟩ ⟨m|Ψ⟩ =

sumi

ci |m⟩ ⟨m|i⟩ = cm |m⟩ (1915)

となり基底 |m⟩と射影成分 cm = ⟨m|Ψ⟩で表されるベクトル空間を張る正規直交基底 (|j⟩)の射影演算子の和 P は

P =sumj

|j⟩⟨j| =sumj

|ψj⟩⟨ψj | = I (1916)

となるこの性質は非常に使いやすい例えばある波動関数 |Φ⟩が先述とは異なる基底|ϕi⟩を用いて

|Φ⟩ =sumi

di |ϕi⟩ (1917)

のように記述されている場合式 (1916)を用いて|Ψ⟩ =

sumi

diI |ϕi⟩ (1918)

=sumij

di |ψj⟩ ⟨ψj |ϕi⟩ (1919)

=sumj

djαji |ψj⟩ (1920)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 39

のように簡単に基底変換つまり任意の基底に書き換えることができるこのときαji =

⟨ψj |ϕi⟩である

193 ユニタリー演算子ある演算子 U が

U daggerU = I (1921)

を満たすときU はユニタリー演算子とよばれる任意の状態ベクトル |ψ⟩と |ϕ⟩に演算子 U を作用させたとき (|ψ⟩ |ϕ⟩ rarr U |ψ⟩ equiv |α⟩ U |ϕ⟩ equiv |β⟩)この 2つの状態ベクトルの内積は

⟨α|β⟩ = ⟨ψ| U daggerU |ϕ⟩= ⟨ψ|ϕ⟩ (1922)

となり内積が保存されていることがわかる後に詳細を述べるが閉じた量子系における時間発展は全てユニタリー演算子を用いた変換ユニタリー変換によって記述できるまた式(1921)は Uminus1 = U daggerつまり全てのユニタリー演算子には逆演算子が存在すると言う意味であるこれは物理的に言うと全てのユニタリー演算子で行える操作は可逆操作であることを表す量子情報のコンテクストでは全ての操作を損失なく可逆に行えるようにするのが理想であるそのためしばしば「理想の量子的な操作」と言う意味で「ユニタリーな操作」と言われることがある

194 Pauli行列量子操作に重要な演算子として Pauli演算子があるPauli行列とも呼ばれるこの演

算子は後に述べるスピン-12の角運動量を記述するのにのに用いられるほか物理全般で頻繁に使われるため是非覚えていただきたい   Pauli演算子の表記には幾つかの異なる方法があるが一般的に

σ0 equiv I equiv

(1 0

0 1

)(1923)

σ1 equiv σx equiv X equiv

(0 1

1 0

)(1924)

σ2 equiv σy equiv Y equiv

(0 minusii 0

)(1925)

σ3 equiv σz equiv Z equiv

(1 0

0 minus1

)(1926)

このどれかで記述される

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 40

Pauli演算子は全て

σdaggeri = σi (1927)

σdaggeriσi = I (1928)

なのでHermiteでありユニタリーな演算子であるまた

σ21 = σ22 = σ23 = minusiσ1σ2σ3 = I (1929)

を満たす後に示すBloch球を用いた二準位系の記述ではPauli演算子の指数演算子がBloch球

上での回転演算子 Ri(θ)が導けるA2 = I の演算子には

eiθA = cos θI + i sin θA (1930)

が使えるので

Rx(θ) equiv eminusiθ2X =

(cos θ2 minusi sin θ

2

minusi sin θ2 cos θ2

)(1931)

Ry(θ) equiv eminusiθ2Y =

(cos θ2 minus sin θ

2

sin θ2 cos θ2

)(1932)

Rz(θ) equiv eminusiθ2Z =

(eminusiθ2 0

0 eiθ2

)(1933)

となるRi(θ)は i軸に対して θの回転を施す演算子となっている

195 演算子関数演算子 Aが関数の形 f(A)を取って出てくることがしばしばあるTaylor展開で任意

の関数 f(x)がf(x) = f(0) + f prime(0)x+ middot middot middot 1

nf (n)(0)xn + middot middot middot (1934)

と書けるのと同様に演算子の関数は

f(A) = f(0)I + f prime(0)A+ middot middot middot 1nf (n)(0)An + middot middot middot (1935)

と定義されるこのとき An = A middot middot middot Aと n個の演算子 Aの積である特に重要なのは演算子の指数関数で以下のように表される

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot (1936)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 41

上記の計算は面倒な時もあるが幾つかの特別な場合に演算子関数は簡単に導ける例えば関数 f(x) =

suminfini=0 cix

iのような多項式の場合

f(A) =

infinsumi=0

ciAi (1937)

であるこのとき |ψn⟩が Aの固有ベクトルの 1つでその固有値が anであるとすると

Ai |ψn⟩ = (an)i |ψn⟩ (1938)

rArr f(A) |ψn⟩ = f(an) |ψn⟩ (1939)

となるこの例と類似したもので重要なのが Aが対角化されているときである例えば

A =

A1

A2

A3

(1940)

とすると(省略している非対角要素は全て 0である)

An =

An1 An2An3

(1941)

となるため

f(A) =

f(A1)

f(A2)

f(A3)

(1942)

となるのがわかる後に詳細を述べるユニタリー演算子などではeAのような演算子の指数関数が頻繁

に出てくる下記に指数関数演算子の便利な公式を記すBaker-Hausdorff identity

eαABeminusαA = B + α[A B

]+α2

2

[A[A B

]]+ middot middot middot (1943)

Glauberrsquos formula

eAeB = eA+Be12 [AB] (1944)

110 密度演算子ここまでは量子状態を ketベクトル |ψ⟩で表してきたこの表し方によればその

基底の張る複素ベクトル空間の元としての重ね合わせ状態や基底のテンソル積により

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 42

張られる拡大された複素ベクトル空間における合成系の量子状態の記述が可能になる例えば Stern-Gerlachの実験のセットアップで単一の上向きスピンの電子を入射させたときの電子の量子状態の時間発展はこの電子の量子状態 |uarr⟩に対する Schrodinger方程式を解析することで得られるのであるこのように ketベクトルで書き表せるような量子状態を純粋状態という現実的には例えばタングステン線などからでる熱電子のうち単一の電子をもしも取

り出せたとしてそれが上向きスピンであるか下向きスピンであるかは五分五分であるこのようなときにはどういう量子状態になっているだろうかもしも ketベクトルで表したいならば上向きスピンと下向きスピンの重ね合わせ状態として表現することになるだろうしかしこのように重ね合わせ状態として書き表せるならばどこかの方向についてみればスピンの向きが確定しているはずである現実には熱電子はどの方向で見てもスピンの向きが確定していないように統計的にばらついているものであるため重ね合わせ状態を含めた純粋状態はこのような単一の熱電子の量子状態を正しく表せないより一般的な量子状態としてある一定の確率でとある純粋状態に見出されるという

ようなものを考えようただし異なる純粋状態の間には重ね合わせ状態のように位相関係が定まってなくてもよいという点で単なる重ね合わせ状態よりも広範な量子状態に対応できるこのような量子状態を混合状態といい熱電子の量子状態をよく表すものである具体的に混合状態をどのように表記するかを以下に導入するまず電子の上向きスピン |uarr⟩ = |ψ1⟩と下向きスピン |darr⟩ = |ψ2⟩がそれぞれ統計的な確

率 p1p2で混合したようなものを考えるこのような混合状態に対し実験で観測される物理量O(例えばスピンの z成分など)の期待値を考えたい純粋状態 |ψ⟩に対する期待値は ⟨ψ|O |ψ⟩であるがこれをのちの便宜を図るため完全系 |m⟩を挿入して⟨ψ|O |ψ⟩ =

summn ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψ⟩ =

summn ⟨n|ψ⟩ ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ = Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|O]

とトレースを用いた形に変形できることを示しておくさて混合状態に対する期待値は統計的に混合される各純粋状態に対する期待値を用いて

⟨O⟩ = p1 ⟨ψ1|O |ψ1⟩+ p2 ⟨ψ2|O |ψ2⟩ =sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1101)

と書けるこれを純粋状態の時同様トレースを用いた形に変形していくと⟨O⟩ =

sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1102)

=summn

sumi

pi ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψi⟩ (1103)

=summn

sumi

pi ⟨n|ψi⟩ ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ (1104)

= Tr

[sumi

pi |ψi⟩ ⟨ψi|O

](1105)

となるつまり純粋状態における物理量の計算に現れた |ψ⟩ ⟨ψ| が混合状態ではsumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|に置き換わるもっと言えばある pi のみ 1でほかがすべて 0の場合

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 43

として混合状態における結果は純粋状態のものを含む形にできているこの量 ρ =sumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|はその意味で量子状態の記述の自然な拡張になっており密度行列あるい

は密度演算子という名前が与えられているここで出てくる統計的な混合の重み pi ge 0

は重ね合わせ状態の各係数のような量子的な確率(振幅)とは本質的に異なるものであることに十分注意したい

1101 混合状態の例先ほどの熱電子のスピン状態の例でいえばこれは上向きスピンと下向きスピンの量

子状態が統計的に等確率で混合されたものであるからその密度演算子は ρ = (|uarr⟩ ⟨uarr|+|darr⟩ ⟨darr|)2と書ける電子スピンに関しては |uarr⟩と |darr⟩で完全系をなすから ρ = I2となるこれは単一のスピン 12系に関する完全混合状態と呼ばれるものであるもうひとつの例として調和振動子の熱的状態というものもある調和振動子はのちに

解説するように量子化された振動が ldquo何個rdquoあるかによって量子状態を指定できるのだが熱的状態はその個数状態 |n⟩がBoltzmann分布に従って統計的に混合されている具体的に書き下せば熱的状態の調和振動子の密度演算子 ρthは

ρth =infinsumn=0

eminusnhωkBT (1minus eminushωkBT ) |n⟩ ⟨n| (1106)

と書ける上式に出てきた hωkBT はそれぞれ Planck定数を 2πで除したもの調和振動子の固有角周波数Boltzmann定数熱的状態の温度である

1102 密度演算子の一般的性質ここでは密度演算子 ρの一般的な性質をみていこうまず密度演算子のトレースは

常に 1であるTr [ρ] = 1これは統計的な混合確率に関してsumi pi = 1が成り立つことから直ちに導かれるまたこれより密度演算子が Hermite演算子であることも言える密度演算子は半正定値つまり任意の |ϕ⟩に対して ⟨ϕ| ρ |ϕ⟩ ge 0が成立するこれは pi ge 0よりいえることでありさらにこれより密度演算子の固有値が非負値であることがわかる特に純粋状態についてはある基底で密度演算子を行列表現したときの対角成分は対応する量子状態の占有確率に一致するまた純粋状態に対しては ρ2 = ρ

が成立する一般の密度演算子に対しては Tr[ρ2]le 1であるのだが純粋状態のとき

のみTr[ρ2]= Tr [ρ] = 1となるためTr

[ρ2]を purityといって純粋状態と混合状態を

見分ける量と見なすことができるまた前節で計算したようにある物理量 Oの期待値は Tr [ρO]により与えられる

1103 合成系の密度演算子とその縮約独立に用意した二つの量子系がありその密度演算子が ρ1ρ2と書けるとしようこ

れら二つの量子系の合成系の密度演算子 ρは分離可能な純粋状態であれば ketベクト

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 44

ルのテンソル積によって定義することができた一般に混合状態まで考えるとしてもテンソル積を braベクトルと ketベクトル両方について考え統計的な重みをつけて足すだけで結局分離可能状態であれば ρ = ρ1 otimes ρ2と書くことができるこのようにして用意した合成系をHamiltonianに従って発展させその後の各量子系

の最終的な状態を知りたいとしようただしρ2が多自由度系すなわち多数のスピンや調和振動子の集まりからなる系の密度演算子で全体の密度演算子の測定による再構成が極めて困難である場合を考えるこのようなときには興味のある量子系のみを考えるほかないではρ2の情報がないまま注目している系に関する情報を得ようとするのはどういった操作に対応するだろうか密度演算子 ρ1ρ2の系を記述する完全系をそれぞれ |k1⟩ k1 = 0 1 2 3 middot middot middotK1|k2⟩ k2 = 0 1 2 3 middot middot middotK2としよう時間発展後の合成系の密度演算子 ρprimeで注目している系の物理量Oの期待値を評価すると

⟨O⟩ = Tr12[ρprimeO] 

=sumk1k2

⟨k1| otimes ⟨k2| ρprimeO |k1⟩ otimes |k2⟩

=sumk1

⟨k1|

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O |k1⟩

= Tr1

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O

= Tr1

[(Tr2ρ

prime)O]= Tr1

[ρprime1O

](1107)

であるここで添え字付きのトレース操作は ρ1と ρ2の系のどちらかあるいはどちらについてもトレースを取ることを意味している片方の系のみについてのトレース操作を部分トレースともいう最終的な表式を見るとρprime1 = Tr2ρ

primeという情報を得られない系に関してのみトレースをとった縮約密度演算子が時間発展後の ρ1系の密度演算子であると思うことにすればこれによって演算子Oの期待値を評価した形になっているこのように合成系の部分系のみの物理量を測定するときには縮約密度演算子が用いられるここでひとつ注意しておかねばならないのは時間発展後の密度演算子 ρprimeが必ずし

も ρprime = Tr2ρprime otimesTr1ρ

primeのようには書けないという点である逆に言えばそのように書くことができるのは ρprimeが分離可能状態であるときだけであり合成系の各部分系の間に量子もつれが生じている場合には片方の系に関する部分トレース操作はもう片方の系に関する情報の喪失を招く例えば ρ1系が量子ビットρ2系が調和振動子の集まりであり量子ビット系が調和振動子の集団と相互作用しているような場合には時間発展後には量子ビット系と調和振動子の集団のあいだに極めて複雑な量子もつれ状態が形成され量子ビットの状態がコヒーレンスを失ってしまう

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 45

111 交換子と反交換子量子力学では複数の演算子が可換性が重要となってくるが演算子の交換子と反交換

子は各々 [A B

]equiv AB minus BA (1111)

A B

equiv AB + BA (1112)

と定義される 交換子は特に量子力学では重要となってくるが[A B

]= 0(AB = BA)

のとき Aと Bは可換であり[A B

]= 0(AB = BA)のとき Aと Bは非可換である

という1つの重要な帰結として物理量ABの演算子が可換なとき

1111 Heisenbergの不確定性原理上記の交換関係を用いて一般化された不確定性原理を導くことが出来るある物理

量Aがあるとき古典的なAの平均 ⟨A⟩不確かさ∆A分散 σAはそれぞれ

⟨A⟩ =1

n

nsumi

Ai (1113)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1114)

σ2A =lang(∆A)2

rang=lang(Aminus ⟨A⟩)2

rang(1115)

と定義される同様に量子系ではそれぞれ

⟨A⟩ = ⟨Ψ|A|Ψ⟩ (1116)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1117)

σ2A = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)2 |Ψ⟩=

lang(Aminus ⟨A⟩)Ψ

∣∣∣(Aminus ⟨A⟩)Ψrang

(1118)

と与えられる最後の行では全ての物理量がHermite演算子で表されることを用いた2つの物理量ABがあるとき

|a⟩ equiv (Aminus ⟨A⟩) |Ψ⟩ (1119)

|b⟩ equiv (B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩ (11110)

と定義すると

σ2A = ⟨a|a⟩ (11111)

σ2B = ⟨b|b⟩ (11112)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 46

でありシュワルツの不等式を用いてσ2Aσ

2B = ⟨a|a⟩ ⟨b|b⟩ ge | ⟨a|b⟩ |2 (11113)

と書けるさらに ⟨a|b⟩ = α+ iβと実部と虚部に分けると

| ⟨a|b⟩ |2 = α2 + β2 ge β2 =

(⟨a|b⟩ minus ⟨a|b⟩

2i

)2

(11114)

が導かれるここで⟨a|b⟩ = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)(B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩

= ⟨Ψ| (AB minus ⟨A⟩ B minus ⟨B⟩ A+ ⟨A⟩ ⟨B⟩) |Ψ⟩= ⟨AB⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11115)

となり同様に⟨b|a⟩ = ⟨BA⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11116)

となるので⟨a|b⟩ minus ⟨b|a⟩ = ⟨AB⟩ minus ⟨BA⟩ =

lang[A B

]rang(11117)

がえられる最後に式 (11113-1111)をまとめると

σ2Aσ2B ge

(1

2i

lang[A B

]rang)2

(11118)

となるこれは一般化された Heisenbergの不確定性原理を物理量の演算子 Aと Bの交換子で記述したものであるよく知られている交換関係 [x p] = ihを用いると有名な位置と運動量の不確定性原理

σ2xσ2p ge

(h

2

)2

(11119)

σxσp geh

2(11120)

が導かれる他の例としてスピンの交換関係を考えてみるスピン-12のスピン演算子 SiはPauli

演算子 σiを用いてSi =

h

2σi (11121)

と書かれ交換関係は[Si Sj ] = ihϵijkSk (11122)

であるこのとき ϵijkは Levi-Civita記号とよばれ

ϵijk =

0 for i=j j=k or k=i

+1 for (ijk) in (123)(231)(312)

minus1 for (ijk) in (132)(321)(213)

(11123)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 47

の値を取るi = x j = y k = zのとき

SxSy ge ihSz (11124)

σSxσSy ge h

2

langSz

rang(11125)

となる量子ビットは |0⟩と |1⟩の 2次元の自由度を持つがこれはスピン-12の |uarr⟩と |darr⟩と基

本的には同じため量子ビットは ldquo擬スピンrdquoともよばれる後に詳細を述べるがBloch

球を使うと量子ビットの状態を原点から直径 1の球面上に向かう矢印で示すことが出来る詳しくは節を参照していただきたい

48

第2章 量子力学の基礎

21 時間発展211 時間に依存しない Schrodinger方程式Schrodinger方程式は通常

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (211)

と書かれるがポテンシャル V (x)は時間に依存しないときが多いこのとき変数分離を用いて波動関数を時間と空間の関数に分けてΨ(x t) = ψ(x)φ(t)と記述できるこのとき各々の波動関数の満たす Schrodinger方程式は空間と時間の式

minus h2

2m

part2ψ(x t)

partx2+ V ψ(x t) = Eψ (212)

dt= minus iE

hφ (213)

に分けられる式 (213)よりφ(t) = eminusiEth (214)

が導け波動関数Ψ(x t)はΨ(x t) = ψ(x)eminusiEth (215)

となる系の Hamiltonianがエネルギー固有状態 ψn(x)と対応するエネルギー固有値Enを持つとき系の任意の状態は

Ψ(x t) =sumn

cnψn(x)eminusiEnth (216)

となりその時間発展は各々の固有状態の位相が回る形となる量子ビットはエネルギー固有状態を用いられる場合が多くあり基底状態 |0⟩と励起

状態 |1⟩が各々対応するエネルギー E0 = 0E1 = hωをもつとき量子ビットの時間発展は

|Ψ(t)⟩ = c0 |0⟩+ c1eminusihωth |1⟩ (217)

と記述され基底状態に対し励起状態の位相が状態間のエネルギー差 ωに比例して回転する

第 2章 量子力学の基礎 49

212 ユニタリー演算子を用いた時間発展量子状態 |Ψ⟩の時間発展は Schrodinger方程式によって

ihpart

partt|Ψ⟩ = H |Ψ⟩ (218)

のように記述されこの方程式を満たす |Ψ⟩を解くことで波動関数を導くことが出来るここでは別の方法時間発展をユニタリーな時間発展演算子として記述することで任意の時間 tにおける波動関数を求める我々は古典情報処理で離散的なデジタル論理ゲート(AND XORなど)を逐次実行する事により計算を進めていく方法を知っているが時間発展演算子自体を 1つのゲートとしても考えることができ量子情報の枠組みでは非常に便利である初期時刻 t = 0における波動関数 |ψ0⟩が時間発展演算子 ˆU(t)により |ψ(t)⟩に時間

発展したとする|ψ(t)⟩ = U(t) |ψ0⟩ (219)

この時間発展演算子 U(t)自体の時間変化は

ihpartU(t)

partt= HU(t) (2110)

なので積分すると時間発展演算子 ˆU(t)は

U(t) = U0eminusiHth

= eminusiHth (2111)

と求めることができるがこのとき H は時間に依らないものとした一般的に時間に依存するHamiltonianH = H(t)でもこの方法は少し変化した形で扱えるがここでは簡単のために時間変化のないHamiltonianを取り扱う最後の行では基準となる t = 0

のときにはまだ時間変化が無いので U0 = I とした この時間発展演算子 U(t)を用いて波動関数 |ψ(t)⟩の任意の時間 t1から t2への時間発展は

|ψ(t2)⟩ = U(t2 minus t1) |ψ(t1)⟩ = eminusiH(t2minust1)h |ψ(t1)⟩ (2112)

と記述することができる後に Bloch球という量子ビットの状態空間を扱うがここで Bloch球上の量子状態

は回転行列 Rx(θ) = eminusiθ2X(これはX 軸に対して θの回転)などを用いて Bloch球上

での回転操作を行うことができることを示す実験的には上記の U(t)を見ると系のHamiltonianH に X Y Z などの行列が入っていると例えば H = hαX であればU(t) = eminusiαXtとなり時間発展により量子ビットをX軸に対して任意の角度 θ = 2αt回転させられることがわかる

第 2章 量子力学の基礎 50

213 3つの描像時間発展を記述するユニタリー演算子 U(t)を用いて量子状態の時間変化を見てきた

が通常我々が実験で測定できるものは波動関数自体ではなく何らかの物理量である波動関数が時間に対して変化するとともに物理量Aの期待値も

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ(t)| A |ψ(t)⟩= ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩ (2113)

と変化する上記の物理量の時間変化を状態や演算子の変化として考えるが主に 3

つの描像(もしくは立場)が存在する以下では Schrodinger描像Heisenberg描像Dirac描像の 3つの描像を紹介するが表記が複雑になりやすいため

|ψ0⟩ 時間に依存しない初期状態A0 時間に依存しない初期演算子

AS |ψ⟩S Schrodinger描像の演算子と状態AH |ψ⟩H Heisenberg描像の演算子と状態AI |ψ⟩I Dirac描像の演算子と状態

を用いて表記する

Schrodinger描像

これまでの説明では初期波動関数 ψ0が時間的に変化し物理量の演算子 Aは時間に依らないという立場で考えてきた波動関数は

d |ψ(t)⟩dt

= minus i

hH |ψ(t)⟩ (2114)

の形で時間発展するこの描像のことを Schrodinger描像とよび状態と演算子はそれぞれ

|ψ⟩S = |ψ(t)⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ (2115)

AS = A0 (2116)

という形をとり波動関数だけが時間発展する

第 2章 量子力学の基礎 51

Heisenberg描像

Heisenberg描像では式 (2113)を

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| A(t) |ψ0⟩ (2117)

のように状態 ψ0は変化せず演算子が時間変化するという立場を取るこのとき

A(t) = eiHthAeminusiHth (2118)

であるHeisenberg描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩H = |ψ0⟩ (2119)

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2120)

という形をとり演算子だけが時間発展するここで感の良い読者は「演算子が時間により変化するのであればHamiltonian自

体も時間変化を起こすのでHamiltonianを含む式 (2120)はもっと複雑になるはずだ」という指摘が出るかもしれない実際Hamiltonianの時間発展は

HH = eiHthHeminusiHth (2121)

と記述され時間変化があるように思えるが式 (1936)

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot

でみたようにeiHthは H の多項式で表せるため H と可換であり

HH = eiHthHeminusiHth = H (2122)

となるためHamiltonianは時間変化しない

Dirac描像

Dirac描像は相互作用描像とも言われるがSchrodinger描像とHeisenberg描像の合わせ技のような描像になっているこの描像では定常的な HamiltonianH0にさらなるHamiltonianV が加わった

H = H0 + V (2123)

のようなHamiltonianを考える

第 2章 量子力学の基礎 52

これは物理系の操作を考える時に特に重要である例えば水素原子の電子状態を外部から電場を加えて操作するとしよう水素原子の核は外場 0の状態でも電子に影響を与えているので定常的であり水素原子のHamiltonianが H0となってそこに加える電場のHamiltonianが V で書けるようになるつまり常に影響を与えているHamiltonian

を H0に 我々の操作で用いる部分だけを V に押し込めて記述できるので便利である式 (2113)は

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| ei(H0+V )thAeminusi(H0+V )th |ψ0⟩= ⟨ψ0| eiV th middot eiH0thAeminusiH0th middot eminusiV th |ψ0⟩= ⟨ψ(t)| A(t) |ψ(t)⟩ (2124)

となり状態も演算子もともに時間変化するという立場を取るこのとき時間変化の形が状態と演算子で異なり各々V と H0に対する時間変化

|ψ(t)⟩ = eminusiV th |ψ0⟩ (2125)

A(t) = eiH0thAeminusiH0th (2126)

として記述されることに注意するDirac描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩I = |ψ(t)⟩I = eminusiV th |ψ0⟩ = eiH0theminusi(H0+V )th |ψ0⟩= eiH0th |ψ⟩S (2127)

AI = AI(t) = eiH0thAeminusiH0th (2128)

という形をとり状態も演算子もともに時間発展する状態の記述では式 (2115)の |ψ⟩S =

eminusiHth |ψ0⟩を用いた下付きの I は相互作用 (Interaction)に由来するDirac描像では演算子も時間発展するので先程のようにHamiltonianH = H0 + V の

時間発展を確認しておこう

H0I = eiH0thH0eminusiH0th = H0 (2129)

VI = eiH0thV eminusiH0th (2130)

定常的な HamiltonianH0 は時間変化が無いままだがVI は HamiltonianH0 の影響を受けて時間変化するここでDirac描像で書かれた状態の時間発展を考える|ψ⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ならびに

|ψ⟩I = eiH0th |ψ⟩S をもちいるとd |ψ⟩Idt

=i

hH0 |ψ⟩I + eiH0th

d |ψ⟩Sdt

=i

heiH0thH0e

minusiH0th |ψ⟩I minusi

heiH0thHeminusiH0th |ψ⟩I

= minus i

heiH0thV eminusiH0th = minus i

hVI |ψ⟩I (2131)

第 2章 量子力学の基礎 53

すなわちd |ψ⟩Idt

= minus i

hVI |ψ⟩I (2132)

と書ける

214 Heisenbergの運動方程式Heisenberg描像では

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2133)

となり演算子が時間発展していくがこれを具体的に記述すると

dAH(t)

dt=

iH

hHeiHthA0e

minusiHth minus eiHthA0iH

heminusiHth +

partA

partt

=i

hHeiHth

[H A

]eminusiHth +

partA

partt(2134)

となりdA(t)

dt=i

h

[H A(t)

]+partA(t)

partt(2135)

が得られるこの式をHeisenbergの運動方程式とよびSchrodinger方程式が波動関数の時間発展つまり系の発展を表すようにHeisenberg描像では系の発展が演算子の時間発展で記述されるここで partA(t)

partt は Aが明示的に時間に依存する時だけ入る項である

22 回転系へのユニタリ変換量子系のダイナミクスをある周波数で回転する系で解析するのが望ましい場面がた

いへん頻繁にある駆動周波数 ωdで回転する回転系へのユニタリ変換は相互作用のない系のHamiltonian Hを用いたユニタリ演算子U(t) = exp[i(H(ωd)h)t]により定まるがこのとき状態ベクトル |ψ⟩は |ϕ⟩ = U(t) |ψ⟩という変換を受けるこれによってSchrodinger方程式は

ihd|ϕ⟩dt

= ihdU

dt|ψ⟩+ ihU

d|ψ⟩dt

= ihU |ψ⟩+ UH |ψ⟩= ihUU dagger |ϕ⟩+ UHU dagger |ϕ⟩= (UHU dagger minus ihUU dagger) |ϕ⟩ (221)

第 2章 量子力学の基礎 54

と書き直されるただし式変形に 0 = d(UU dagger)dt = UU dagger + UU daggerを用いたHは変換前のHamiltonianであり上式の変形により回転系に変換されたHamiltonianは

Hprime = UHU dagger minus ihUU dagger (222)

となることがわかる基本的にはこのユニタリ変換にしたがって量子系の解析に都合の良い周波数の回転系に乗り時間発展や定常状態を調べていくことが多い調和振動子や量子ビット系についての例を付録(付録 B)に示してある

55

第3章 摂動論

31 時間に依存しない摂動論

図 31 摂動論のイメージ図

摂動論は外部からの影響による量子系の変化を定量的に求めるために使われる量子力学の重要なツールの 1つである摂動論のイメージを図 31に示す実線で描かれた円三角四角は何も影響を受けていないときの ldquo素の量子状態rdquoとしここでは円の状態に注目するこの量子系が外部から何らかの影響を受けるとその影響により円は少し押され元の円と異なる位置に移動する(点線の円)この新しい円は概ね元の円であるが円の外部の三角や四角の成分がわずかながらに加えられるもちろん状態の変化に伴い状態のエネルギーも変化するこの変化を定量的に計算できるのが摂動論である実験的にこの ldquoずれrdquoは様々な形で現れる気づいていない電場や磁場ノイズの影響

また実験用にプローブとして自分が入れた光によって系がシフトすることも考えられ実験家には悩みの種となりうることも多いしかし逆に考えると能動的に外場を導入することで様々なシフトをキャンセルする道具のようにも使えるここでは摂動論と幾つかの応用を紹介する外部の影響が入る前の系のHamiltonianを H0エネルギー固有状態を

∣∣ψ0n

rangそして対応するエネルギーをE0

nとするとこれらは

第 3章 摂動論 56

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(311)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (312)

と変化したとするこのとき V は外部から導入された擾乱そして λは V の大きさを表すパラメータで λ≪ 1と考えて良いこの新しいHamiltonian Hの固有状態 |ψn⟩とそれに対応した固有エネルギーEnは

H |ψn⟩ = En |ψn⟩  (313)

を満たすこの新たな固有状態 |ψn⟩と固有エネルギーEnを元の固有状態∣∣ψ0n

rangならびにE0

nで記述することがゴールであるパラメーター λを使いシステムの状態とエネルギーを λのべき級数で展開すると

|ψn⟩ =∣∣ψ0n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot (314)

En = E0n + λE1

n + λ2E2n + middot middot middot (315)

となるこのときEと ψの上付きの数字は補正の次数つまり∣∣ψ1n

rang E1

nは 1次補正∣∣ψ2n

rang E2

n は 2次補正をあらわすこれら状態の補正∣∣ψ1n

rang∣∣ψ2n

rang エネルギーの補

正E1n E

2n を各々

∣∣ψ0n

rangとE0nで記述していく

式 (314315)を式 (313)に代入すると

(H0 + λV )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

= (E0

n + λE1n + λ2E2

n + middot middot middot )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

(316)

となりλの次数が同じ項だけを取り出すと

λ0 H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(317)

λ1 H0∣∣ψ1n

rang+ V

∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

∣∣ψ0n

rang(318)

λ2 H0∣∣ψ2n

rang+ V

∣∣ψ1n

rang= E1

n

∣∣ψ1n

rang+ E2

n

∣∣ψ0n

rang(319)

が得られるがλ0の項は元々の系の状態を表しているのがわかる式 (318)を langψ0n

∣∣で内積をとるとlang

ψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang+langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

langψ0n

∣∣ψ0n

rang(3110)

となりH0がHermite演算子であることを用いるとlangψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang=langH0ψ0

n

∣∣∣ψ1n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang(3111)

第 3章 摂動論 57

なのでエネルギーの 1次補正E1nは

E1n =

langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang(3112)

となる次に波動関数の 1次補正∣∣ψ1n

rangを考える∣∣ψ1n

rangを元の波動関数 ψ0mで展開した∣∣ψ1

n

rang=summ =n

cm∣∣ψ0m

rang(3113)

を同様に式 (318)に代入しlangψ0k

∣∣で内積を取るとsumm=n

cmlangψ0k

∣∣ H0∣∣ψ0m

rang+langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang=

summ=n

cmE0n

langψ0k

∣∣ψ0m

rang+ E1

n

langψ0k

∣∣ψ0n

rangckE

0k +

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= ckE

0n (3114)

となりck =

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

k

(3115)

を得る式 (3113)に代入すると波動関数の 1次補正

∣∣ψ1n

rang=summ =n

langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

m

∣∣ψ0m

rang(3116)

が導かれる結果だけを紹介するとエネルギーの 2次補正は

E2n =

summ =n

|langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ1n

rang|2

E0n minus E0

m

(3117)

となる同様の手続きを通すと 2次やさらに高次のエネルギー及び波動関数の補正も計算できるが補正の精度も悪くなってくるので一般的には 1次もしくは 2次までの補正を使う場合が多い上記の摂動論では縮退があったケースを省いた1次のエネルギー補正の式 (3112)

を見ると分母に異なる状態のエネルギー差E0n minusE0

mがあるが縮退している 2つの状態間ではこの項が 0になりエネルギーシフトが破綻するように思えるH0と V が同時対角化可能な基底を使うとこの問題が回避できることが多くの量子力学の教科書で詳細まで記述されているのでここでは割愛する必要な読者は他の教科書を参考にしていただきたい

311 Zeeman効果時間に依存しない摂動の例を見てみようZeeman効果は軌道角運動量Lとスピン角

運動量 Sをもった電子に対して

第 3章 摂動論 58

HZ =e

2m(L+ 2S) middotBext (3118)

で表されるHamiltonianであるこのときLSはそれぞれ電子の軌道角運動量とスピン角運動量の演算子eとmは電気素量と電子の質量Bextは外部から与えられた磁場であるZeeman効果は原子や固体中の電子などと外部磁場との相互作用なので様々な物理系で現れる効果であるため重要である角運動量とスピンを持った電子は各々から実効的な磁場Bintを発生するので内部の磁場(LS由来)と外部の磁場との相互作用もっと平たく言うと外場を作っている磁石に電子系が作る ldquo磁石rdquoが反応していると考えて良いBint ≫ Bextのときこの効果は小さな摂動と考えることが出来るエネルギーの 1

次補正は式 (3112)を用いて

E1Z = ⟨nljmj | HZ |nljmj⟩ =

e

2m⟨L+ 2S⟩ middotBext (3119)

となるこのとき電子の状態は |ψ⟩ = |nljmj⟩と主量子数 n軌道角運動量量子数 l主全角運動量量子数 jと第二全角運動量量子数mj からなる状態にあるLandeの g因子1(gJ)を用いて ⟨L+ 2S⟩を記述すると

⟨L+ 2S⟩ = gJ ⟨J⟩ (3120)

となりE1Z = microBgJBextmj (3121)

が導かれるmicroB equiv eh2m = 579 times 10minus5 eVT はボーア磁子とよばれる定数である

j = 12の状態は第二全角運動量量子数mj = plusmn12をもつのでこの 2つのmj = 12mj = minus12の状態は磁場によって各々エネルギーE1

Z 上と下にシフトする実験では外部からの磁場によってある程度量子のエネルギーを調整出来るのがわか

ると思うイオントラップでは並べられたイオンに勾配のある磁場(強いところと弱い所がある)をかけることで一つ一つのイオンが異なるエネルギーをもつような操作に用いられるZeeman効果は時に両刃の剣ともなりえエネルギー状態が外場によって変わってほしくない実験では磁気シールドなどを用いて外場を抑制する必要があるまた磁場による感度が高い(エネルギーシフトが大きい)ものは量子のエネルギーシフトを測定することによって磁場の動きが間接的に観測できる磁場センサーとしても応用できるなど様々な利用方法がある

32 時間に依存する摂動論時間に依存する摂動論では系に時間に依存した擾乱が入り

H0 rarr H = H0 + λV (t) (321)

1Landeの g因子は gJ = 1 + j(j+1)minusl(l+1)+342j(j+1)

と j と lを用いて計算できる

第 3章 摂動論 59

と変化したときの系の時間発展を記述する方法である例に習って λは擾乱 V の大きさを表すパラメータだがひとまず λ = 1 つまり λV rarr V とおくこのとき元の Hamiltonian H0は時間に依存せずその固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有値E0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(322)

を満たすここでは先述したDirac描像を使うと見通しが良くなるSchrodinger描像における

波動関数の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩S

dt= H |ψ(t)⟩S (323)

で表されるDirac描像における波動関数 |ψ(t)⟩I は状態 |ψ⟩S を用いて

|ψ(t)⟩I = eiH0th |ψ(t)⟩S (324)

と書けるので|ψ(t)⟩I の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩I

dt= ih

(eiH

0thd |ψ⟩Sdt

+iH0

heiH

0th |ψ⟩S

)= eiH

0th(H minus H0

)|ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0theiH0th |ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0th |ψ(t)⟩I  = VI(t) |ψ(t)⟩I  (325)

となる最後の行ではVI(t) = eiH0thV (t)eminusiH

0thを用いた次に |ψ(t)⟩I を時間依存しないHamiltonian H0の固有状態

∣∣ψ0n

rangを用いて展開した|ψ(t)⟩I =

sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(326)

を式(325)に代入すると

ihsumn

dcn(t)

dt

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ VI(t)∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiH

0th∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiE

0nth

∣∣ψ0n

rang(327)

となる

第 3章 摂動論 60

この式を langψ0m

∣∣で内積を取るとihsumn

cn(t)langψ0m

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣ eiH0thV (t)eminusiE0nth

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t) |ψn⟩ ei(E0mminusE0

n)th (328)

が導けるlangψ0m

∣∣ψ0n

rang= δmnを用いると

ihcm(t) =sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t)∣∣ψ0n

rangei(E

0mminusE0

n)th (329)

が得られる

二準位系の時間発展

図 32 二準位系の時間発展(a) エネルギー E1E2を持つ二準位系 H0に周波数 ω

で振動する外場 V が印加された様子初期状態は状態 1にあるとする(b)外場の影響を受けた二準位系の占有数は状態 1と 2の間を Rabi振動する(c)外場が切られた後は切られた瞬間の占有数で系が静止する

ここまでは摂動論は用いていないが上記の結果を踏まえて外場(擾乱)を加えたときの量子系の時間発展の具体的な例を見てみよう原子の下の二状態もしくは量子ビットなどは 2つのエネルギー準位からなる二準位系を考える図 32(a)のようにこの二準位系に周波数 ωで振動する外場を加えたとき二準位系のもとの Hamiltonian

H0と外乱 V (t)は

H0 =

(E0

1 0

0 E02

)(3210)

V (t) =

(0 αeiωt

αeminusiωt 0

)(3211)

第 3章 摂動論 61

の形で記述できるαは擾乱の実効的な振幅と考えてよい式 329はc(t) =

(c1(t)

c2(t)

)を用いて

ihd

dt

(c1(t)

c2(t)

)=

(0 αei(ωminusω21)t

αeminusi(ωminusω21)t 0

)(c1(t)

c2(t)

)

=

(αei(ωminusω21)t c2(t)

αeminusi(ωminusω21)t c1(t)

)(3212)

となるこのとき ω21 =E0

2minusE01

h であるこの式を c2(t)だけの形に変形すると

c2(t) + i(ω minus ω21)c2(t) +(αh

)2c2(t) = 0 (3213)

となり解としてc2(t) = Aeminusi(ωminusω21)t2 sinΩt (3214)

が求まるこのときΩ =[(

ωminusω212

)2+(αh

)2]12は(一般化)Rabi周波数とよばれるパラメータである初期条件 c1(t = 0) = 1c2(t = 0) = 0を用いると係数Aが

A =

[ (αh

)2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2]12

(3215)

と求まる上記より状態 1および 2の占有数は

|c1|2 = 1minus |c2|2 (3216)

|c2|2 =(αh )

2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2 sin2Ωt (3217)

と求まる初期状態は状態 1からスタートするが外場の影響により状態 1から状態 2

への遷移が起こり周波数 Ω2で占有数は振動する (図 32(b))この占有数の振動のことをRabi振動とよび量子状態操作で最も頻繁に使われる方法である外場の周波数 ωが二準位のエネルギー差をDirac係数で割った周波数 ω21に等しい

とき状態 2の占有数は 0から 1までを振動するω21をこの二準位系の共鳴周波数とよび外場の周波数をこの共鳴周波数に合わせることで二状態間の占有数を 0から 1

まで操作することが可能となる逆に言うと外場の周波数 ωが共振周波数 ω21と異なる場合きれいな状態転送 (|1⟩ rarr |2⟩)が行えない外場が入り続けている限り占有数はこの二状態間を振動するが外場を切った時点でその動きは止まりその時の占有数のまま保持される (図 32(c))ここまで説明してきた二状態を状態 1 equiv |0⟩状態2 equiv |1⟩とおくことで量子ビットとして用いることができるなおRabi振動の Bloch

方程式を用いた導出Bloch球を用いた視覚化については後に詳細を述べる

第 3章 摂動論 62

321 時間依存した摂動展開二準位系の例では外場がきれいな振動 (ω)で記述され系の運動を簡単に追えたし

かし一般的に時間依存した擾乱 V (t)では系の Hamiltonian H = H0 + V (t) を満たす解析的な解は存在しないため計算が困難となるここでは外場の時間依存を摂動展開して計算できる近似方法について述べる先述のように外部からの影響を受ける前の系の固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有エネルギーE0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(3218)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (3219)

と変化したとするDirac描像を用いた波動関数の時間発展は一般的に

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(3220)

と記述されるこのとき

cn(t) = c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) + (3221)

でありcinの上付き添字 iはパラメータ λのべき級数で展開される補正の次数であるこの係数 cinを V (t)および

∣∣ψ0n

rangを用いて記述することがゴールであるまずDirac描像において時間 t0における初期状態 |ψ(t0)⟩I equiv |i⟩からの時間発展を

時間発展演算子 UI(t t0)を用いて記述すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ (3222)

となるこれをDirac描像の Schrodinger方程式

ihd |ψ(t)⟩I

dt= λVI(t) |ψ(t)⟩I (3223)

に代入するとihdUI(t t0)

dt|i⟩ = λVI(t)UI(t t0) |i⟩ (3224)

となるがこの式は任意の初期状態 |i⟩について満たされるので

ihdUI(t t0)

dt= λVI(t)UI(t t0) (3225)

第 3章 摂動論 63

のように演算子の運動方程式に置き換わるここで VI = eiH0thV eminusiH

0th であるUI(t t0)は時間発展の演算子を表すがもちろん初期時間 t0から時間経過しない U(t0 t0) =

I であるこの演算子の運動方程式を積分すると左辺は

ih

int t

t0

dtprimedUI(t

prime t0)

dt= ih

[UI(t t0)minus UI(t0 t0)

]= ih

[UI(t t0)minus I

](3226)

となるのでUI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0) (3227)

が導かれるこの式は UI(t t0)にたいして入れ子になっているので

UI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime)UI(tprimeprime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime) +

(3228)

=infinsumn=0

(minus i

h

)n int t

t0

dt1middot middot middotint tnminus1

t0

dtn λnVI(t1)VI(t2) VI(tn) (3229)

と展開できる最後の行では和の n = 0の項は I であり時間変数は tprime rarr t1 tprimeprime rarr

t2 middot middot middot rarr tnと略した具体的な時間発展演算子 UI(t t0)の形が求められたので式 3222にある初期状態

|i⟩からの時間発展を考える外部からの影響を受ける前の系の固有状態 |n⟩ equiv∣∣ψ0n

rangを用いて展開すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ =sumn

|n⟩⟨n| UI(t t0) |i⟩

=sumn

⟨n|UI(t t0)|i⟩ |n⟩ (3230)

=sumn

[⟨n|I|i⟩+ λ

(minus i

h

)int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩ (3231)

+λ2(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩+

]|n⟩

第 3章 摂動論 64

となるまた式 3220と 3221の

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t) |n⟩

=sumn

(c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) +

)|n⟩ (3232)

と対応付けると

c0n(t) = ⟨n|I|i⟩ = δni (3233)

c1n(t) = minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩

= minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnitprime

(3234)

c2n(t) = minus 1

h2

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime) |m⟩⟨m| VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|V (tprime)|m⟩ ⟨m|V (tprimeprime)|i⟩ eiωnmtprime+iωmitprimeprime

(3235)

が導かれる途中で VI = eiH0thV eminusiH

0thであることを用いて

⟨n|VI(t)|i⟩ = ⟨n|eiH0thV eminusiH0th|i⟩ (3236)

= ⟨n|V (t)|i⟩ eiωnit (3237)

を使ったこのとき ωni = ωn minus ωiである時間に依存した摂動論は状態がある初期状態 |i⟩から状態 |n⟩遷移確率を計算する

のに頻繁に用いられる着目する終状態 |n⟩が初期状態と異なるときc0n(t) = 0となり 1次近似 c1n(t)が重要となるある時間 tにおける状態 |n⟩への遷移確率 Pirarrnはこの1次近似を用いて

Pirarrn =

∣∣∣∣ 1ihint t

0dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnit

prime∣∣∣∣2 (3238)

で表される

第II部

66

第4章 二準位系と電磁波

41 二準位系スピンおよびBloch球量子系の操作の対象として量子ビット(quantum bit)というものを考えよう量

子ビットは二つの直交した量子状態 |g⟩と |e⟩からなるものであり⟨g|g⟩ = ⟨e|e⟩ = 1

と ⟨g|e⟩ = 0を満たすベクトル表記では |g⟩ = (0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義されるこの量子状態の組は二準位系とも呼ばれるスピン 12の系のように自然と二準位系になっているものもあるがある個別量子系がもつ多数の量子状態から電磁波による操作性コヒーレンスといった量子操作に関わるメリットを勘案して二つの量子状態が選ばれることが多い量子情報はこの |g⟩ |e⟩で構成される量子ビットに記録される一般にはこの量子ビットは多数個を扱うことになるがまずは一つの量子ビットのHamiltonianを基底状態(ground state)のエネルギー hωgと励起状態(excited state)のエネルギー hωeに射影演算子 |g⟩⟨g| と |e⟩⟨e|をそれぞれつけて

H = hωg|g⟩⟨g|+ hωe|e⟩⟨e| (411)

と書こう当然この Hamiltonianを |g⟩や |e⟩で挟んで期待値を計算すればそれぞれ基底状態と励起状態のエネルギーが得られるここでこのHamiltonianを次のPauli演算子

σx =

(0 1

1 0

)= |e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e| (412)

σy =

(0 minusii 0

)= minusi|e⟩⟨g|+ i|g⟩⟨e| (413)

σz =

(1 0

0 minus1

)= minus|g⟩⟨g|+ |e⟩⟨e| (414)

を用いて書き直したいなお本書ではこれ以降特に混乱がない限り演算子を表すのによく用いられるハット記号を省略するこれらを用いると

H =h(ωe minus ωg)

2σz +

h(ωe + ωg)

2I

=hωq2σz (415)

となるがここで右辺第二項は単位行列に比例し系全体のエネルギーのオフセットとなるのみであるから無視するωq = ωeminusωgは量子ビットの遷移周波数であり後の節

第 4章 二準位系と電磁波 67

で見るように量子ビットの状態を変化させるために印加されるべき電磁波の周波数を与えるここで一旦 Pauli 演算子 (412)-(414) の性質を見ておこうまず Pauli 演算子は

Hermite演算子であるすなわち σdaggerξ = σξ (ξ = x y z)が成立するしたがってPauli

演算子は可観測量となりなんらかの物理量に対応するものと解釈できるもう一つの性質はもう少し込み入ったものだが重要であるそれは演算子の交換子 [AB] = ABminusBAに関してPauli演算子が

[σx σy] = 2iσz [σy σz] = 2iσx [σz σx] = 2iσy (416)

という関係を満たすことである上記の関係式は次のようにまとめることができる

[σi σj ] = 2iϵijkσk (417)

ただし (i j k) = (1 2 3) (2 3 1) (3 1 2)でありそれ以外の場合には σ2x = σ2y =

σ2z = I となっているまたϵijk は Levi-Civita記号であるPauli演算子は実は特殊ユニタリー群 SU(2)の生成子になっておりスピン 12系を良く記述するすなわち量子ビットはスピン 12系とみなすことができるのであるこの対応によって実はPauli演算子の期待値 σξ はいまや ξ 軸のスピン成分と読み替えることができるようになり量子ビットの状態を Bloch球(図 41)上の一点で表現することが可能になるBloch球上では (|g⟩+ |e⟩)

radic2 (|g⟩minus |e⟩)

radic2 (|g⟩minus i |e⟩)

radic2 (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 and

|e⟩ |g⟩がそれぞれ x y z 軸となる1もし量子ビットが純粋状態 |ψ⟩にあればパラメータ θと ϕを用いて |ψ⟩ = cos (θ2) |e⟩+ eiϕ sin (θ2) |g⟩あるいは Bloch球上の(sin θ cosϕ sin θ sinϕ cos θ)で表されるかくして Bloch球上の点として量子状態を表現することができ量子ビットの量子

状態の可視化ができたわけであるがここで不確定性関係について注意しておきたい(416)(417)式にあるように σξ は非可換であるためそのうち二つの Pauli演算子を同時に測定した際には不確定性関係に表されているような量子ゆらぎが存在するはずである図 41の矢印の先の点が少しぼやけた点になっているのはこの「気持ち」を表している

42 電磁波量子系を操るうえで量子ビットの状態 |g⟩と |e⟩の間を自由に行き来しかつその

重ね合わせ状態などを作る必要がある量子ビットが物質の電子状態やスピンにより構成される場合基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩は一般に縮退しておらずそのエネルギー差を hωqとするこのエネルギーに対応する(角)周波数すなわち遷移周波数 ωqの電磁波を照射することにより量子ビットの状態を操ることができるのであるこのときやはり量子系を操るという観点では電磁場を量子的に扱う必要がしばしば

ある電磁場の量子論(quantum electrodynamics)はそれ自体非常に示唆に富み非1これらの基底ベクトルが σx σy σz の固有ベクトルとなっている

第 4章 二準位系と電磁波 68

図 41 Bloch球による量子ビットの表示

常に学びがいのあるトピックであるしかしながら電磁場の量子論の包括的な記述は本書の趣旨から逸れるため詳細は文献 [1]を参照してもらうなどしてここではそのさわりを述べるにとどめるここでは有限の体積を持つ光モードつまり Fabry-Perot共振器などのもつ光共振器

(optical resonator optical cavity)モードについて考えよう状況を簡単にするために単一の共振モードのみを考えるとそのエネルギーは

E =1

2

intcavity

(ε0E

2 +1

micro0B2

)  dV

= 2ε0Vcavityω2cA middotAlowast (421)

と書けるここでE B Aはそれぞれ共振モードの電場磁場ベクトルポテンシャルである2さらに ε0 と micro0は真空の誘電率と透磁率でありVcavity および ωc は共振モードのモード体積(mode volume)と共振(角)周波数である正準変数 qpと偏光ベクトル εによってA =

radic14ε0Vcavityω2

c (ωcq + ip)εと書き直すことにより

E =1

2(p2 + ω2

cq2) (422)

と書けるがこれは調和振動子(harmonic oscillator)のエネルギーである正準変数が演算子に置き換わることで上式は量子力学的なHamiltonianとなる古典力学における調和振動子は位相空間上において点 (q p)が円を描くことはご存じだろう量子力学的には位相空間上のある分布が円を描くように運動するqを in-phasepを quadratureと

2ベクトルポテンシャルがAeminusiωct+ikmiddotr+Alowasteiωctminusikmiddotrの形にかけることを仮定しているE = minuspartAdtと B = nablatimesA の関係式も用いた

第 4章 二準位系と電磁波 69

呼ぶこともある通常の手続きに従って消滅演算子aを用いてA =radich2ε0Vcavityωcaε

としようこうすれば

E = hωc

(adaggera+

1

2

)(423)

と書けて量子力学的な調和振動子のHamiltonianとしてよく見る形になるゼロ点エネルギー hωc2は以後無視し E = hωca

daggeraとするがこれは n = adaggeraが共振モード中の光子の数を表すことから共振モードにある振動量子の総エネルギーの演算子となっていることが明らかであるこのように生成消滅演算子を用いた書き方にすると電場と磁場は次のようになる

E = i

radichωc

2ε0Vcavityε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (424)

B = i

radich

2ε0Vcavityωck times ε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (425)

これを回転系に乗らずにかつ位相を適切に選んで書くと

E = Ezpf(a+ adagger)ε (426)

B = Bzpf(a+ adagger)k times ε (427)

というシンプルな形になるここでEzpf =radichωc2ε0Vcavity と Bzpf =

radich2ε0Vcavityωc

は共振器場の真空ゆらぎ(vacuum fluctuationまたは zero-point fluctuation)でありモード体積が小さければ小さいほど真空ゆらぎが大きくなることは覚えておいて損はない

421 調和振動子の昇降演算子ここでさきほど出てきた調和振動子の生成消滅演算子 aadaggerについて性質をみて

おこうと思うまず交換関係 [a adagger] = 1より [n a] = minusa[n adagger] = adaggerがすぐに導けるいまn = adaggeraの固有状態 |λ⟩を考えよう固有値 λは調和振動子の振動量子の数になっておりn |λ⟩ = λ |λ⟩とまとめてかけるこの固有状態 |λ⟩に上の交換関係を作用させてみる例えば

(naminus an) |λ⟩ = (naminus λa) |λ⟩ = minusa |λ⟩(nadagger minus adaggern) |λ⟩ = (nadagger minus λadagger) |λ⟩ = adagger |λ⟩

と固有値 n |λ⟩ = λ |λ⟩を用いて書き直せるがこれは

n(a |λ⟩) = (λminus 1)(a |λ⟩) (428)

n(adagger |λ⟩) = (λ+ 1)(adagger |λ⟩) (429)

第 4章 二準位系と電磁波 70

と整理できるこれらの式の意味するところは明快で振動量子の数が λ個の量子状態 |λ⟩に生成消滅演算子 adaggeraが作用した状態 adagger |λ⟩および a |λ⟩は振動量子の数を数える演算子 adaggeraの固有値 λ+ 1あるいは λminus 1の固有状態である言い換えると生成演算子は振動量子の数を一つ増やし消滅演算子は振動量子の数を一つ減らすような演算子であることがわかるすなわちこれらは量子ビットにおける昇降演算子に対応した調和振動子の昇降演算子であるといえる

43 二準位系と電磁波の相互作用 

431 Jaynes-Cummings相互作用量子ビットを構成する量子状態は理想的には互いに直交するようなものであるそ

して |g⟩からある状態例えば |e⟩や (|g⟩+ |e⟩)radic2といった所望の状態にするためには

何らかの方法で |g⟩と |e⟩を ldquo混ぜ合わせるrdquoことが不可欠である量子ビットを構成する量子状態は非調和振動子の基底状態と第一励起状態であったりスピンの ldquo上向きrdquo

と ldquo下向きrdquoであったりと様々だが遷移双極子モーメント(transition dipole moment)でつながる二つの量子状態 3が選ばれ量子状態間の遷移が電磁場により引き起こされるということは共通している4遷移双極子モーメント dは直観的には例えば電場や磁場によって誘起される古典的な電気双極子モーメント erや磁気双極子モーメント microと思えばよいこれの量子力学的な演算子の導出は文献 [2]に譲り具体的な形を書き下そう

d = micro (|e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e|)= micro(σ+ + σminus) (431)

この表式では次の演算子を新たに定義している

σ+ = |e⟩⟨g| =

(0 1

0 0

)=σx + iσy

2(432)

σminus = |g⟩⟨e| =

(0 0

1 0

)=σx minus iσy

2 (433)

これらの演算子は見ての通り量子ビット系に対して昇降演算子として作用するすなわちその双極子モーメントを外場で誘起することによって量子ビットの操作を行うことができる

3四重極モーメント(quandrupole moment)でつながる二準位により量子ビットが構成されることもある

4光子の偏光のようなエネルギー的に縮退した状況もあれば中間準位 |r⟩を経由して |g⟩と |e⟩を電磁波で遷移させる場合もあり後者のような場合の取り扱いは付録 Cに記載してある

第 4章 二準位系と電磁波 71

電場で誘起されるような双極子モーメントに対して平行な電場を持つ電磁波5が量子ビット系に印加されたとしようこのときHamiltonianには相互作用項が追加されるがこれは一般の多重極モーメントを考慮すると電場の多項式となるところが今は双極子モーメントのみを考えているため電場の1次のみで d middotEとなる演算子の表現 [2] d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いると相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (434)

と書くことができるさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であることを仮定しようするとσ+adaggerのような項は周波数ωq+ωcで ldquo速く振動するrdquo

項であり無視することができるこれを回転波近似(rotating-wave approximation)というこれにより相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (435)

という形になるこれを Jaynes-Cummings相互作用 [3]といい結合定数(coupling

constant)が g = microEzpfhで与えられる6この相互作用項の物理的な意味は単純で電磁波の量子つまり光子が一つ吸収 (放出)され同時に量子ビットが励起される(脱励起する)ような過程を表している特殊な状況ではanti-Jaynes-Cummings相互作用も扱うことがあるので紹介してお

こうこれはHint = hgprime(σ+a

dagger + σminusa) (436)

という形をしておりちょうど Jaynes-Cummings相互作用を得た際に残した項と無視した項が入れ替わった形である例えば系を周波数 ωq+ωcで駆動するような場合には量子ビットの励起と光子の生成が同時に起こりanti-Jaynes-Cummings相互作用でよく記述される状況となるまた原子イオン系に対して二つのレーザー光を照射しイオンの振動を調和振動子とした Jaynes-Cummings相互作用と anti-Jaynes-Cummings

相互作用を同時に引き起こすことでMoslashlmer-Soslashrensenゲート [4]と呼ばれる現時点で最も高精度な二量子ビット操作が実現されている [5]

44 二準位系と電磁波の例核磁気共鳴における二準位系

核磁気共鳴は物質科学における分光法として頻繁に用いられるほかMRI(magnetic

resonance imaging)という医療機器に用いられる技術としても馴染み深い核磁気共5ここでは簡単のため単一のモードを考える6用語の解説を少ししておく 通常 (anti-)Jaynes-Cummings 相互作用は量子ビットと調和振動子の

結合に用いられる用語である 二つの調和振動子(消滅演算子が a と b)の場合 hg(adaggerb + abdagger) やhg(adaggerbdagger + ab)で書かれる相互作用はそれぞれビームスプリッター相互作用パラメトリックゲイン相互作用などと呼ばれる 量子ビットどうしの相互作用については σx otimes σx や σx otimes σy のようなものがあるがこれらはそのまま XX 相互作用や XY 相互作用などと呼ばれる

第 4章 二準位系と電磁波 72

図 42 カルシウムイオンとイッテルビウムイオンのエネルギー準位の一部

鳴においては磁場下で Zeeman分裂した核スピンの二つの状態 |uarr⟩と |darr⟩が二準位系となる核スピンといってもそれ単体であるわけではなくなんらかの分子の中のリン原子や水素原子なりの原子核(水素原子の場合は単に陽子)の核スピンを扱うことが多い分子が溶け込んだ溶液に対して 1 T程度の磁場を印可し数十MHzほどのZeeman

分裂をした核スピン自由度に対して対応する周波数のRF磁場を印可することで二準位系と電磁波の相互作用が実装される使用する分子によって核スピンの数やコヒーレンス時間は変化するがコヒーレンス時間に関しては測定が困難なほど長いものもあるこれは核スピンというものが物質の中でも非常によく外界から隔離されたものであることを意味している

原子における二準位系

中性原子気体あるいは原子イオンを用いた系はその内部構造の豊富さから多様な二準位系の構成が可能であるここでは特に原子イオン系でよく用いられる光領域で動作するものとマイクロ波領域で動作するものについて紹介しようなお以下の説明で超微細構造というものが出てくるがこちらに関しては付録 Dを参照してほしいまず光領域で動作する二準位系の説明のために例としてカルシウム(Ca)原子(一

価)イオンのエネルギー準位を図 42に示すアルカリ土類金属原子であるCaイオンは最外殻電子が一つであり中性アルカリ金属原子と同様に基底状態が S状態であり寿命が数ナノ秒程度の励起状態であるP状態への電気双極子による光遷移を有するそのほかにD状態もありこれは寿命が 1秒程度と長いため準安定状態とみなされるD状態から P状態への光学遷移も許容されているがS状態と D状態のあいだの光学遷移は電気四重極子遷移と呼ばれ双極子遷移により許容されていないため非常に弱い遷移でかつ特殊な光の照射の仕方をしなければならないしかしながらこの光学遷移を用いる事で S状態を基底状態 |g⟩D状態を励起状態 |e⟩として扱うことができるマイクロ波領域で動作する二準位系の説明にはイッテルビウム(Yb)原子(一価)

第 4章 二準位系と電磁波 73

図 43 量子ドットの励起子(左)と量子ドットに閉じ込められた電子(右)破線はFermiエネルギーを模式的に書いたもの

イオンが適切だろうYbイオンの基底状態は S状態でありかつ核スピンが 12であるこれより基底状態の超微細構造は F = 0と F = 1の二つであり微細構造分裂は周波数にして 126 GHz程度となっているF = 0の状態はmF = 0という一つの状態しかなくF = 1の状態はmF = minus1 0 1の三つとなっておりF = 0の状態を基底状態 |g⟩F = 1の状態のひとつを励起状態 |e⟩とし126 GHzのマイクロ波を照射するあるいは光のRaman遷移を用いる事によって二つの状態間を遷移させることができるこの超微細構造を用いた二準位系の場合にはどちらの状態も基底状態であるから寿命はほとんど無限と思ってよいほどの長さになる7原子あるいは原子イオンを用いると非常に寿命の長くかつ全く性質の同じ二準位系

を多数用意できるという点が利点として挙げられるただし原子が周囲の気体と衝突するとよくないので超高真空(10minus10 Pa程度)にする必要がありかつ集積性や系の安定性に関して課題を抱えている

固体量子欠陥における二準位系

金属でない個体中の原子が一つ抜けているような欠陥は量子欠陥と呼ばれバルクの個体とは異なる光学遷移を有することが知られているこの光学遷移がバンドギャップ内にあるためにこれをコヒーレントに駆動することが可能であるため量子技術に有用な二準位系を作ることができるものとして着目される

第 4章 二準位系と電磁波 74

光学的に制御される半導体量子ドットにおける二準位系

半導体の結晶成長技術は原子一層ずつの積層すら可能にしこの成膜技術を駆使することによりバンドギャップの小さい物質(例えば InAs)のナノメートルサイズの領域をバンドギャップの大きな物質中(InAsに対してGaAsなど)に作製することが可能であるこのバンドギャップの小さい物質のナノメートルサイズの領域を量子ドットと呼びそこには単一あるいは二つの電子が捕獲されることからこの電子の光学遷移およびスピン状態の量子レベルでの制御が着目されている量子ドットを 1次元的に概念図にしたものが図 43である量子ドット中の電子は十

数ナノメートルの空間に局在したいていの場合単一の電子のみが量子ドット中に存在することになる量子ドットの ldquo伝導帯rdquoにも電子の存在できるエネルギー準位(寿命は数百ピコ秒)がありこの ldquo価電子帯rdquo= |g⟩から ldquo伝導帯rdquo= |e⟩へ電子が遷移することによる素励起を励起子というこの光学遷移が量子ドットの主たる光学遷移およびそれに対応する二準位系になるまた価電子帯で閉じ込められた電子自身のスピン自由度も二準位系として用いる事

ができる(図 43右)数 Tの磁場のもとでスピンのコヒーレンス時間が数マイクロ秒程度あるため誘導Raman遷移などの光学的な手法によってこのスピン状態を量子的に操作することが可能であるとくに半導体はバンドギャップの制御によってこの量子ドットの光学遷移の波長が紫

外域から近赤外光まで幅広く変化させることができる点が魅力的であるまた半導体の微細加工技術を活用すると量子ドットをフォトニック結晶共振器中に配置し強く結合させることも可能である

超伝導回路における二準位系

詳細は 92節で述べるが超伝導体でキャパシタと Josephson接合(量子トンネル効果が顕著となるくらい微細なキャパシタ構造)の並列回路を作るとこの回路は非線形LC共振器としてふるまう非線形な LC共振器の基底状態から第一励起状態までと第一励起状態から第二励起状態までの遷移エネルギーが異なることを利用してこの回路の基底状態を |g⟩第一励起状態を |e⟩とする二準位系を構成することが可能であるこの遷移エネルギーは設計にもよるが数 GHzから 20 GHz程度まで多様であるまた超伝導回路は設計次第で電磁波と量子ビットの結合強度を非常に強くすることができ強分散領域という結合領域にも容易に到達できるという利点もある

441 自然放出と誘導放出二準位系に電磁波が関与する過程としてここでは自然放出と誘導吸収誘導放出と

いう二つの過程を紹介しておこうまず自然放出(spontaneous emission)は二準位

7一応磁気双極子遷移であるとして寿命を見積もることはできるが何万年とか何億年とかの寿命が算出される

第 4章 二準位系と電磁波 75

系を励起状態に用意した際に何もしなくても励起所状態から基底状態に遷移してしまいその時に遷移周波数に対応する電磁波を放出するという現象である電子が原子核からの復元力をうけて振動しているというような古典的な原子の描像でいうと電子の振動が電磁場の振動つまり電磁波を発生させてエネルギーを失っていくようなイメージであるもちろんこの状況で電子はどんどんエネルギーを失って原子核に ldquo落ちてrdquo行ってしまうがそうならないというのが古典力学の不十分さと量子論の必要性を浮き彫りにしている量子論ひいては量子力学では原子のなかで離散的なエネルギーの状態しか取れないため量子的な描像では励起状態にある原子が基底状態に遷移しそのときに対応するエネルギーの光子が一個飛び出るということになるこの時に放出される電磁波の位相は完全にランダムでありこのランダムさがのちに導入する位相緩和に自然放出が寄与を持つ理由であるまた自然放出が起こる理由は二準位系の遷移周波数に対応する周波数の電磁波の真空ゆらぎが二準位系の遷移に作用しこの直後に述べる誘導放出を引き起こすためと考えてもよい自然放出と対照的なのが誘導吸収(induced absorption)と誘導放出(induced emis-

sion)であるこれらは電磁波が二準位系に照射された時に光子が基底状態の二準位系に吸収される過程と励起状態の二準位系が光子を照射された電磁波の位相に従って放出する過程である誘導吸収と誘導放出は逆過程であるため同じ頻度で起こるしたがって連続的な電磁波をいくら強く当てても二準位系の占有確率が励起状態のみになるということはなく定常状態ではせいぜい基底状態と励起状態の占有確率が半々になる程度である自然放出もあわせると定常状態での励起状態の占有確率は 05以下になることがわかるのちにRabi振動やRamsey干渉といった現象で見るように誘導放出と誘導吸収は照射された電磁波の位相と二準位系の量子状態がきれいに対応するような過程(コヒーレントな過程)である

76

第5章 二準位系のダイナミクスと緩和

51 Bloch方程式と緩和511 Bloch方程式前節では量子ビットがスピン 12系と等価であることを見たスピンの基本的なダ

イナミクスは量子技術の観点では電磁波との相互作用により引き起こされるあるいは周囲の環境との相互作用による量子ビットの緩和もまた考えなければならない1946年には Felix Blochが印加磁場まわりのスピン (より正確には磁化)の歳差運動を記述する方程式を見出したこの Bloch方程式は基本的に核磁気共鳴や電子スピン共鳴のような実際のスピン系におけるダイナミクスを記述するものであるしかしながら1957年Richard P Feynmanは仮想的なスピン 12系である量子ビットのダイナミクスに関してもこのBloch 方程式が適用可能であることを見出した本節ではまず量子ビットに対する密度演算子を導入しそのスピン 12系との対応そして密度演算子のダイナミクスを与えるマスター方程式について述べるさらに具体的なケースとして量子ビットに関する Bloch方程式を導出しよう密度演算子 ρは単一の量子状態 |ψ⟩で表される純粋状態 ρ = |ψ⟩ ⟨ψ|だけでなく

いくつかの量子状態 |ψi⟩を確率 pi で取るような混合状態 ρ =sum

i pi|ψi⟩⟨ψi|をも表現することができる点でketベクトルよりも一般的な量子状態を記述できるここでは|ψ⟩ = cg|g⟩+ ce|e⟩の密度演算子

ρ = |ψ⟩⟨ψ|= ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=

(|ce|2 clowastgce

cgclowaste |cg|2

)(511)

を主に考えていこうこの密度演算子のダイナミクスはどのようなものであろうかこれを見るためにSchrodinger表示の状態ベクトル |ψ(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψ⟩ = Ut |ψ⟩が系の HamiltonianHに従って時間発展するとしようすると密度演算子 ρ(t) = UtρU

daggert の

時間微分はdρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) + i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (512)

と計算されLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (513)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 77

を得るここで密度演算子に対する Liouville-von Neumann方程式 (513)と演算子Aに対するHeisenberg方程式 ihpartApartt = [AH]の違いに注意したい次に量子ビットが電磁波(とくに断らない限り電気双極子遷移を用いた量子ビットを

イメージすればよい)で駆動(よく driveという)されているような状況を当面は後に導入する緩和を抜きに考える駆動された量子ビットの Hamiltonianは付録 Cにもあるような方法で次のように与えられる

H =hωq2σz +

2(σ+e

minusiωdt + σminuseiωdt) (514)

ここで電場の振幅Edを用いてΩ = microEdというパラメータを導入したSchrodinger表示ではHamiltonianは指数関数の肩に乗って量子状態を時間発展させるのでこのパラメータは量子ビットの状態遷移のタイムスケールに関与するであろう回転系への変換(付録 B参照)をユニタリ行列 U = exp[i(ωd2)σzt]によって施すと

H =h∆q

2σz +

2(σ+ + σminus) (515)

となるここで離調(detuning)∆q = ωq minus ωdを定義したこれを Louville-von Neu-

mann方程式(513)に代入し|g⟩や |e⟩で挟んで ρij = ⟨i| ρ |j⟩を評価することで次の式を得る

dρeedt

= iΩ

2(ρeg minus ρge) (516)

dρggdt

= minusiΩ2(ρeg minus ρge) (517)

dρegdt

= minusi∆qρeg minus iΩ

2(ρgg minus ρee) (518)

dρgedt

= i∆qρge + iΩ

2(ρgg minus ρee) (519)

ここでsx = ρge + ρeg sy = minusi(ρge minus ρeg) sz = ρee minus ρgg

によって仮想的なスピン成分に対応する量を定義しようなぜこれがスピン成分と思えるかというと密度演算子が

ρ = ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=1

2(I + sxσx + syσy + szσz) (5110)

と書けるからであるこれらの量を用いる事で上記の微分方程式の組が次のようにまと

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 78

められるdsxdt

= minus∆qsy

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz

dszdt

= Ωsy

lArrrArr d

dt

sxsysz

=

Ω

0

∆q

times

sxsysz

lArrrArr ds

dt= B times s

これが Feynmanの見出した緩和なしの量子ビットに対する Bloch方程式でありたしかに最後の式は ldquo磁場rdquoB = (Ω 0∆q)の周りを ldquoスピンrdquosが歳差運動するような形となっている

512 緩和がある場合のBloch方程式マスター方程式(master equation導出については付録 E参照)はLiouville-von

Neumann方程式に緩和(relaxation)を取り込む点でもう少し一般的なプロセスを記述できる緩和のダイナミクスは緩和を表す演算子Λおよびそれを用いた Lindbladian

あるいは Lindblad superoperator

L(Λ)ρ = 2ΛρΛdagger minus ΛdaggerΛρminus ρΛdaggerΛ (5111)

を Liouville-von Neumann方程式に導入することで表される緩和に関して自然放出(spontaneous emission)など環境の温度によらないレートを Γ熱浴(thermal bath

あるいは単に bath)の温度に依存するレートを Γprimeとすると一般的なマスター方程式は次のようなものである

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(

radicΓ + ΓprimeΛ)ρ+

1

2L(

radicΓprimeΛ)ρ (5112)

環境の温度によって決まるレート Γprimeだが大抵の場合は量子ビットの遷移エネルギーhωqに対して十分小さなエネルギースケールまで量子ビットの置かれる環境の温度 T を冷却する(kBT ≪ hωq)ためΓに対して十分小さくなり無視できる環境温度によらない緩和としてここでは二つの緩和を考えるひとつは自然放出あるいは縦緩和(longitudinal relaxation)と呼ばれるこれは励起状態 |e⟩の寿命が有限であることに起因しL(

radicΓ1σminus)という Lindbladianで表されるもうひとつは位相緩和(dephasing)

あるいは横緩和(transverse relaxation)と呼ばれその原因は電磁場環境のゆらぎなど多岐にわたる位相緩和は L(

radic2Γ2σz2)という Lindbladianによって表現される

これらの緩和を考慮に入れると量子系を取り扱ううえで最も基本的なマスター方程式が得られる

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(radic

Γ1σminus)ρ+1

2L(radic

Γ2σz)ρ (5113)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 79

図 51 縦緩和あるいは自然放出によるBloch球の変化(左)と横緩和あるいは位相緩和によるもの(右)

Bloch方程式を導いた時と同様に密度演算子の成分ごとの方程式に書き直して sx sy sz

としてまとめることで緩和を含んだ Bloch方程式が得られるdsxdt

= minus∆qsy minusΓ1 + 2Γ2

2sx (5114)

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz minusΓ1 + 2Γ2

2sy (5115)

dszdt

= Ωsy minus Γ1(sz + 1) (5116)

lArrrArr ds

dt= B times sminus

Γ1+2Γ2

2 sxΓ1+2Γ2

2 sy

Γ1(sz + 1)

(5117)

とくに今の場合には Γprimeの効果を無視しているこの近似は光周波数(波長 1 micromならばおよそ 300 THz)領域の量子ビットが室温環境(kB times 300 K≃ h times 6 THz)で扱われる場合に特によく成り立つことから光学的Bloch方程式(optical Bloch equation)とも呼ばれる上の方程式から見て取れるようにΓ1は励起状態 |e⟩から基底状態 |g⟩への遷移のレートを表している1この過程は自然放出と呼ばれるがこれは照射された電磁波による誘導放出ではなく真空場による誘導放出と考えることができる余談だが二準位系の緩和レート Γが純粋に真空場による誘導放出によるものすなわち自然放出過程によるものとみなせる場合二準位系の遷移双極子モーメント microと次の関係式

1Γ2 = 0sz(t = 0) = 1に関して Bloch方程式を解いてみよ励起状態の占有確率の指数関数的な減衰がみられるはずである

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 80

図 52 離調がない場合(左)とある場合 (右) のRabi振動

が成り立つ

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(5118)

Γ2 で表される緩和は占有確率の変化を引き起こさないがBlochベクトル (sx sy sz)

のうち sxと syを ldquo縮めるrdquo効果を持つ (図 51)これは結果として量子ビットが重ね合わせ状態などに関する位相の情報を失っていくことを意味しておりそれゆえに位相緩和と呼ばれる自然放出による位相緩和も含めた Γ1 + 2Γ2がトータルの位相緩和レートとなるためΓ2はとくに純位相緩和レート(pure dephasing rate)と呼ばれることもある

52 Rabi振動さて電磁波による駆動と緩和のもとでの量子ビットのダイナミクスを記述する方

程式が得られたため実際にどのような振る舞いになるかを見てみようといってもBloch方程式を解析的に解くのは特殊な場合を除いて簡単ではないためまず理想的な場合として離調がなく (∆q = 0)緩和もない(Γ1 = Γ2 = 0)状況を見てみようこの時の Bloch方程式は

dsxdt

= 0dsydt

= minusΩszdszdt

= Ωsy

となり初めに量子ビットが基底状態にある(sz(t = 0) = minus1)という初期条件のもとで sx = 0sz = minus cos (Ωt)sy = sin (Ωt)という解が得られるこの解ははじめ |g⟩にあった Blochベクトルが (Ω 0 0)つまり Bloch球でいうと図 52の左側のように x

軸まわりに回転することを意味しているΩは Rabi周波数(Rabi frequency)と呼ば

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 81

図 53 Rabi振動における |e⟩の占有確率左 自然放出がないとしたときの様々な離調 δに対する振る舞い右 離調がないとしたときの様々な自然放出レートに対する振る舞い数値計算にはQuTiP [6]を用いた

れるが見ての通り Blochベクトルが回転する周波数になっているRabi周波数には駆動電場と Ω = microEd2hという関係があるので駆動電場をオンにしている時間と強度によって回転角が決まるつぎにもう少し複雑な状況を考えるべく離調がゼロでない∆q = 0場合を見てみよう

このときにはBlochベクトルが (Ω 0∆q)というx軸から角度 θ = arctan (∆qΩ)だけ傾いたベクトルの周りに回転することになる(図 52の右側)つまり|e⟩の占有確率は離調がゼロの時のように 1には至らずかつベクトル (Ω 0∆q)の長さΩprime =

radicΩ2 +∆2

q

で占有確率が振動する(図 53左)この Ωprimeを一般化 Rabi周波数(generalized Rabi

frequency)ともいう最後にΓ1と Γ2がゼロでない場合つまり緩和がある場合を考えようこのときに

はRabi振動は緩和によって振幅を失っていきszはある値に収束するこの値は駆動の強さと緩和の強さがバランスすることによって決まり定常状態を解析することで得られるダイナミクス自体は通常QuTiP [6]などの数値計算パッケージを用いて図 53

右のように解析することができる

53 Ramsey干渉もうひとつ量子ビットのダイナミクスを利用した量子力学的現象に Ramsey干渉

(Ramsey interference)というものがあるRamsey干渉においては量子ビットはまず|g⟩と |e⟩の重ね合わせ状態にされある時間ののちに異なる位相を獲得した |g⟩と |e⟩が再び干渉しldquo干渉縞(interference fringe)rdquoが現れるRamsey干渉は量子ビットの位相(sxsy成分)の時間発展を知りたい場合に便利な現象でありこれをBloch球とBlochベクトルを用いて理解することが本節の目標である初めにRabi振動において回転角が π2となるようパルス幅∆t = π2Ωの共鳴電

磁波を照射するこれを π2パルスと呼ぶこれによってはじめ |g⟩にあったBlochベ

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 82

クトルは (|g⟩ minus i |e⟩)radic2に移される(図 54左)その後ある一定時間 τ我々は何も

せず量子ビットは自由に時間発展をする環境に何もノイズがなければBlochベクトルはこの間なにも変化を受けないが現実には様々な環境由来のノイズによってBloch

ベクトルが時間発展をする(図 54中央)そして最後に再び π2パルスを照射するとxy平面内の時間発展が xz平面に移される(図 54右)ここに至り量子ビットの位相の時間発展を szすなわち量子ビットの基底状態あるいは励起状態の占有確率に転写することができたもし一切の緩和や位相のドリフトがなければ最後の π2パルスによって sz = 1が得られるが位相緩和がある場合には τ が長くなるにつれて sz

が(量子ビットの遷移周波数の回転系では)指数関数的に減衰しゼロへ収束し駆動電磁波の強度ゆらぎなどによる位相ドリフトがある場合にはτ に対し位相ドリフトに特徴的な時間スケールで sz が変動する

54 スピンエコー法スピンエコー法(spin-echo)とはある一定の条件下で上記のような位相ドリフト

の効果を打ち消すような量子ビットの制御シークエンスのことである基本的なアイデアはシンプルである位相ドリフトはBloch球上での z軸まわりの回転とみることができるがもし位相ドリフトが十分ゆっくりであればRabi振動で回転角がちょうど π

となる πパルスを量子ビットに作用させることで位相ドリフトを「巻き戻す」ことができる例えば精密な πパルスを作用させたいときに少量の z軸まわりの回転が入り込んでしまうとそれが πパルスの精密さに限界を与えてしまうスピンエコー法はこのような場合に z軸まわりの回転の影響をキャンセルするのに有用であるこのためにスピンエコー法では本来 πパルスであるべき制御シークエンスを時

間 τ だけ間隔をあけた二つの π2パルスに分割し二つのパルスのちょうど中間τ2だけ経過したタイミングに π パルスを挿入するはじめ量子ビットが |g⟩にあるとすると初めの π2パルスで |minusi⟩状態に遷移しその後 τ2だけ位相ドリフトが生じる(図 55上段左中央)次の πパルスによって y軸まわりにBlochベクトルが回転し

図 54 Ramsey干渉の概略

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 83

図 55 スピンエコー法の概略

た後再度 τ2だけ位相ドリフトが起こるとシークエンス全体としての位相ドリフトがキャンセルされて |minusi⟩状態に戻っていることがわかる(図 55上段右下段左)最後に π2パルスを作用させることで当初の目的であった |e⟩への精密な πパルスを実現できるということになる(図 55下段中央)上記の説明ではπパルスなどが有限の時間かかることによる追加の位相ドリフトに関して簡単のため無視したが実際の実験ではパルス幅の調整により位相ドリフトが全体でキャンセルされるようにキャリブレーションを行うというのが実情であろう

84

第6章 調和振動子

61 Fock状態光音モノの振動など我々が日常で見る波は物理の言葉では様々な媒体の調和

振動(harmonic oscillation)として理解されている調和振動はしばしば正準変数 qとpによりHamiltonian

H =p2

2m+

1

2mω2q2

によって記述される1ここでmは質量ωは調和振動の固有(角)周波数である量子力学的な描像に移るためにq rarr qprarr p = (hi)ddqと演算子に置き換えるハット記号は混乱がない限り省略する消滅演算子を a =

radicmω2h [q + (imω)p]と定義すれば上記のHamiltonianは

H = hω

(adaggera+

1

2

)(611)

と書きかえられこのHamiltonianの固有状態 |n⟩ n = 0 1 2 middot middot middot は Fock状態と呼ばれる|n⟩の nは調和振動の振動量子が何個あるかを表すためFock状態は数状態と呼ばれることもあるFock状態は完全正規直交系をなすさらに |n⟩は平均の量子の数が n個量子の数

のゆらぎがゼロの状態であるこういった性質と物理的なわかりやすさからFock状態は様々な量子状態を展開する基底としても重要な役割を果たす

62 コヒーレント状態Fock状態は調和振動子のHamiltonianの固有状態であるが現実世界でFock状態を

目の当たりにすることは容易ではない日常で目にする調和振動といえば振り子のように単一の振動数での正弦波で書かれる現象を想像するだろうではどのような量子状態がもっともこの正弦波的な(言い換えると「古典(力学)的な」)振動に近いものだろうか古典力学的な振動は通常外力による駆動つまり強制振動によって誘起されるので量子力学的な強制振動を考えその結果として生成される量子状態が求めるものに近いであろうと期待される

1光は質量をもたずこの Hamiltonianでは記述できないが調和振動として記述できることには変わりない

第 6章 調和振動子 85

調和振動子の外力による駆動はビームスプリッタ(beam splitter)相互作用Hd =

ihΩ(badagger minus bdaggera)により調和振動子にエネルギーを供給することで可能となるここで a

は先ほどもあった駆動したい調和振動子の消滅演算子bは駆動のための場の消滅演算子でありbも aと同様調和振動子として書かれる駆動場はふつう非常に強いものを考えるのでこれを演算子ではなく古典的な振幅を表すただの数 βで置き換えよう2駆動の時間を τ としα = Ωβτ と定義すると相互作用自体はHd = ih

[(ατ)adagger minus (αlowastτ)a

]となりこれによる時間発展演算子は次のようになる

D(α) = eminusiHdhτ = eαa

daggerminusαlowasta

このユニタリー演算子 D(α)は変位演算子(displacement operator)と呼ばれるこれがなぜ変位演算子と呼ばれるかを明らかにするためまずD(α)のいくつかの重要な性質を見ようまず真空 |0⟩が強制振動により |α⟩ def

= D(α) |0⟩という状態になったとしようするとこの |α⟩は古典力学的な振動の量子版となっていることが期待される天下り的ではあるがaを |α⟩に作用させてみよう

a |α⟩ = aeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= aeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= α |α⟩ (621)

2行目と 4行目ではBaker-Campbell-Hausdorffの公式 eAeB = eA+B+[AB]2 を用いた3行目では aeαa

dagger の指数関数部分を Taylor展開して交換関係 [a adagger] = 1を繰り返し用いeαadaggera+αeαa

dagger となることを用いたこれら二つの項のうち第一項は |0⟩に作用するとゼロとなることにも注意したいこうして量子状態 |α⟩は消滅演算子 aの固有状態でかつ固有値が αであることがわかるこれによってq =

radic2hmω(a+ adagger)2と p =

radic2mhω(aminus adagger)2iの期待値の計算が

容易にできるようになった実際a |α⟩ = α |α⟩と ⟨α| adagger = ⟨α|αlowastを用いると

⟨q⟩ = ⟨α| q |α⟩ =radic

2h

α+ αlowast

2=

radic2h

mωRe[α] (622)

⟨p⟩ = ⟨α| p |α⟩ =radic2mhω

αminus αlowast

2i=

radic2mhωIm[α] (623)

となるさらに qと pの分散も計算したいが⟨α| aa |α⟩ = α2⟨α| adaggera |α⟩ = |α|2そ

2ここで勘のいい読者はこれは循環論法になっていることに気が付くと思う論理的にきっちりやるのであれば例えばコヒーレント状態を消滅演算子の固有状態と定義してしまうのが常道だが著者はあえて物理的な意味の分かりやすい説明をしたいと思う

第 6章 調和振動子 86

して ⟨α| aadagger |α⟩ = |α|2 + 1に留意すると次の表式を得る

∆qdef=

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radic2h

α2 + αlowast2 + 2|α|2 + 1minus α2 minus 2|α|2 minus αlowast2

4

=

radich

2mω (624)

∆pdef=

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radic2mhω

minusα2 minus αlowast2 + 2|α|2 + 1 + α2 + αlowast2minus 2|α|24

=

radicmhω

2 (625)

さて位相空間(qp平面)を考えると|α⟩が点 (radic(2hmω)Re[α]

radic2mhωIm[α])を

中心に q方向にradic(h2mω)p方向に

radic(mhω2)の分散を持った分布となっているこ

とがわかるちなみに後のWigner関数の節でみるようにこの分布は Gauss分布となっており∆q∆p = h2つまり |α⟩は最小不確定状態となっている古典力学的な振動は回転座標系では位相空間上の一点であったことを思い出すとたしかに |α⟩は古典力学的な正弦波的振動の量子版であるといえるだろう|α⟩は位相空間上での偏角も有限の期待値を持つような状態でありそれゆえにコヒーレント状態(coherent state)と呼ばれる3|α⟩ を Fock 状態で展開した係数 An について考えてみよう|α⟩ =

suminfinn=0An |n⟩

a |α⟩ = α |α⟩ からただちに An+1 = αAnradicn+ 1 という漸化式が得られこれより

An = αnA0radicnと求まるこれで |α⟩ =

suminfinn=0(α

nradicn)A0 |n⟩と書けるのだが残っ

たA0については規格化条件 ⟨α |α⟩ = 1からA0 = eminus|α|22と決まるすなわち最終的に

|α⟩ =infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩ (626)

を得る各係数の二乗はコヒーレント状態の数分布であり

Pn =|α|2n

neminus|α|2 (627)

数分布の分散は

∆ndef=

radic⟨(adaggera)2⟩ minus ⟨adaggera⟩2 = |α| (628)

となりPnと併せてコヒーレント状態の数分布が Poisson分布になっていることがわかる

3ldquocoherentrdquoという単語は ldquoco-hererdquoつまり「一貫したまとまった」という意味を持つつまり専門用語ではないので日常会話で coherentという単語が出てきても「おっ物理専攻かな」とそわそわしてはいけない

第 6章 調和振動子 87

63 スクイーズド状態光と物質の相互作用はとても多様で線形な応答を示す現象だけでなく非線形な光学

効果が種々存在する頻繁に目にする非線形性は例えば二次の非線形光学効果のもととなる χ(2)非線形性でHamiltonianには ihg(aaadagger minus adaggeradaggera)のように演算子の 3次の項が入るまた三次の非線形光学効果に寄与する χ(3)非線形性はHamiltonianに演算子の 4次の項が現れるこういった非線形な項に対してちょうど前節の冒頭でやったように一つあるいは二つの演算子をコヒーレントに駆動しただの数に置き換えるといわゆるスクイージング(squeezing)Hamiltonian

Hs = ihr

2τ(eiϕa2 minus eminusiϕadagger

2) (631)

およびこの Hamiltonianによる時間発展を表すスクイージング演算子(squeezing op-

erator)S(r) = eminusi

Hshτ = e

r2(eiϕa2minuseminusiϕadagger

2) (632)

が得られる任意の量子状態に対するスクイージング演算子の作用を計算するのは難しいがコ

ヒーレント状態に対しての作用は比較的容易に計算できかつスクイージング演算子の性質を垣間見ることができるこれを見るためにSdagger(r)aS(r)という量を計算してみようBaker-Campbell-Hausdorffの公式と S = (ra2 minus rlowastadagger

2)(ただし r = reiϕ2)を

用いることでSdagger(r)aS(r)は次のように計算されるSdagger(r)aS(r) = eminusSaeS

= aminus[S a

]+

1

2

[S[S a

]]minus 1

3

[S[S[S a

]]]+ middot middot middot

= a+1

222|r|2a+ 1

424|r|4a+ middot middot middot

minus 2rlowastadagger minus 1

323rlowast|r|2adagger minus 1

525rlowast|r|4adagger minus middot middot middot

= ainfinsumn=0

|2r|2n

(2n)minus adagger

rlowast

|r|

infinsumn=0

|2r|2n+1

(2n+ 1)

= a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r (633)

これによって |r α⟩ def= S(r) |α⟩で qと pの期待値を計算することができ

⟨q⟩ def= ⟨r α| q |r α⟩

=

radich

2mω⟨α|Sdagger(r)(a+ adagger)S(r) |α⟩

=

radich

2mω(α cosh r minus αlowasteminusiϕ sinh r + αlowast cosh r minus αeiϕ sinh r)

=

radich

2mω[(α+ αlowast) cosh r minus (αeiϕ + αlowasteminusiϕ) sinh r] (634)

第 6章 調和振動子 88

および

⟨p⟩ def= ⟨r α| p |r α⟩

=

radicmhω

2[(αminus αlowast) cosh r + (αeiϕ minus αlowasteminusiϕ) sinh r] (635)

が得られるさらに分散を計算するために langq2rang def= ⟨r α| q2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)q2S(r) |α⟩

と langp2rang def

= ⟨r α| p2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)p2S(r) |α⟩ を評価しようSdagger(r)q2S(r) はたとえば Sdagger(r)aaS(r) のような項を含むがS(r)Sdagger(r) = 1 を適切に挟むことによってSdagger(r)aaS(r) = Sdagger(r)aS(r)Sdagger(r)aS(r) = (a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r)2 のように計算が簡単になるこのようにして

∆q =

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radich

2mω(cosh 2r minus cosϕ sinh 2r)

∆p =

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radicmhω

2(cosh 2r + cosϕ sinh 2r) (636)

という最終的な分散の表式にたどり着くこれらの結果から分散の積を計算すると∆q∆p = (h2)

radiccosh2 2r minus cos2 ϕ sinh2 2rであり ϕ = 0または r = 0のときに最小値

h2をとるϕ = 0のとき∆q =

radich2mωeminusr と書けるがこれはもとのコヒーレント状態の

q方向の分散よりも eminusr だけ小さくなっており一方で∆p =radicmhω2er はもとのコ

ヒーレント状態の p方向の分散の er 倍になるつまり状態 |r α⟩は位相空間上でコヒーレント状態 |α⟩が q方向につぶれ p方向に伸びるように ldquo絞られたrdquoように見える特に |r 0⟩ = S(r) |0⟩ def

= |r⟩はスクイーズド真空状態(squeezed vacuum state)と呼ばれるがこれについて Fock状態で書き直してみよう準備として

S(r)aSdagger(r) = a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r (637)

が成立することを式(633)と同様に確かめておくとよいこの左辺はスクイーズド真空状態に作用したときにゼロとなるS(r)aSdagger(r)S(r) |0⟩ = S(r)a |0⟩ = 0これよりスクイーズド真空状態は演算子 a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r

def= microa+ νadaggerの固有値ゼロの固

有状態とみることができる|r⟩ =suminfin

n=0Cn |n⟩と書いて microa+ νadaggerを作用させれば漸化式

microradicn+ 2Cn+2 + ν

radicnCn = 0 (638)

が導かれるここで C0 と C1 を求める必要があるが(microa + νadagger)C1 |1⟩ = C1micro |0⟩ +radic2νC2 |2⟩であるから C1 = 0したがって C2n+1 = 0となるC0 = 1

radiccosh rは再び

第 6章 調和振動子 89

規格化条件から決まり

|r⟩ = 1radiccosh r

infinsumn=0

(minus1)neminusinϕ(tanh r)nradic(2n)

2nn|2n⟩ (639)

という表式を得る

64 熱的状態熱的状態(thermal state)は純粋状態ではなくFock状態 |n⟩にある確率が次のよ

うに Boltzmann分布で表される混合状態である

pn =eminusnβhωsuminfinn=0 e

minusnβhω = eminusnβhω(1minus eminusβhω) (641)

ここで β = 1kBT は逆温度kBは Boltzmann定数で T は系の温度である一つの調和振動子の温度というと違和感はあるがこれが温度 T の熱浴と平衡状態にあるときにはこのような熱的状態が実現されるこの熱的状態は密度演算子によって

ρth =

infinsumn=0

pn |n⟩ ⟨n| (642)

と書かれる統計力学でもおなじみの計算により数状態についてその平均値 ⟨n⟩ =suminfinn=0 pn ⟨n| adaggera |n⟩ =

suminfinn=0 npn分散 ∆n =

radic⟨n2⟩ minus ⟨n⟩2 は容易に求まる実際suminfin

n=0 neminusnβhω =

suminfinn=0(minus1hω)(partpartβ)eminusnβhω = (minus1hω)(partpartβ)(1 minus eminusβhω)という

関係を用いることで

⟨n⟩ = eminusβhω

1minus eminusβhω (643)

∆n =

radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩ (644)

となり熱的状態では数分布の分散はその平均値と同程度であることがわかる

65 光子相関調和振動子について何が古典力学的で何が量子的なのだろうか実現されたある状

態はそのくらいコヒーレントなのだろうかこれに対するある程度の答えは本節で導入する二つの相関関数(correlation function)が与えてくれる

第 6章 調和振動子 90

651 振幅相関 一次のコヒーレンス例えば電磁波の電場のような振幅に関する自己相関の量子版は次の一次の相関関数

(first-order correlation function)g(1)によって定められる

g(1)(τ) =

langadagger(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(651)

コヒーレント状態に関してはHeisenberg描像で a(t) = aeminusiωtであるから

g(1)(τ) =

langadaggerarangeminusiωτ

⟨adaggera⟩= eminusiωτ (652)

となりきれいな単色波が自己相関関数として出てくる別の例を考えよう二つのモード a1と a2があるとしその振幅の交差相関関数(cross correlation function)

g(1)12 (τ) =

langadagger1(t)a2(t+ τ)

rangradiclang

adagger1(t)a1(t)ranglang

adagger2(t+ τ)a2(t+ τ)rang (653)

を見てみよう二つのモードがともにコヒーレント状態であればg(1)12 (τ) = eminusiωτ が再び得られるしかしながらFock状態 |n1 n2⟩に関しては g

(1)12 (τ) = 0となってしまう

ことが容易にわかる振幅の相関関数は波動としての干渉効果を表すものであるから|g(1)| = 1のときに波動としての干渉性が最大になりg(1) = 0のときには波動としての可干渉性が全くないと言い換えることができる前者の場合はコヒーレント後者はインコヒーレントともいわれ0 lt g(1) lt 1のときには部分的にコヒーレントなどといわれる

652 強度相関 二次のコヒーレンス強度に関する自己相関の量子版は次の二次の相関関数(second-order correlation

function)g(2)によって定められる

g(2)(τ) =

langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(654)

単色光においては langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rang=langadaggeradaggeraa

rang=langadagger(aadagger minus 1)a

rang=langn2rangminus

⟨n⟩であるから二次の相関関数は次のように書かれる

g(2)(τ) =

langn2rangminus ⟨n⟩

⟨n⟩2= 1 +

(∆n

⟨n⟩

)2

minus 1

⟨n⟩ (655)

したがってコヒーレント状態については∆n =radic⟨n⟩より g(2)(τ) = 1となる熱的

状態に関しては∆n =radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩でありτ = 0においては上式が成立するから g(2)(

第 6章 調和振動子 91

0) = 2である一般論としては古典理論で記述可能な状態に対しては g(2)(τ) ge 1となることが知られている古典理論で記述できない状態として Fock状態を考えてみようFock状態 |n⟩は分散がゼロであるからg(2)(τ) = 1minus1n lt 1となるつまりFock

状態は確かに古典的な対応物がなく 純粋に量子的な状態であることが二次の相関関数からわかるこのように二次の相関関数はある状態がいかに量子的であるかの尺度になっている

66 Wigner関数661 導入密度演算子は量子状態のすべての情報を含むが本節ではこれを位相空間上で表現し

たいそこで密度演算子をWeyl変換する

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rangdqprime (661)

W (q p)はWigner関数として知られているものであるWigner関数が実関数であることはただちにわかるが必ずしも非負値を取らなくてもよい点でこれは確率密度分布にはなっていない二つの変数のうち片方について 2πδ(q) =

intinfinminusinfin dpeminusipq を用いて積分することで周

辺分布(marginal distribution)が得られる

W (q) =

int infin

infinW (q p)dp

=1

2πh

int infin

minusinfindp

int infin

minusinfindqprimeeminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang=

int infin

minusinfindqprimeδqprime

langq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang= ⟨q| ρ |q⟩ (662)

W (q)は明らかに非負である4純粋状態に対してはW (q)が q表現の波動関数を二乗したものであるとみることができるW (p) =

intinfininfin W (q p)dqはどうだろうか少し技

巧的だがintinfinminusinfin |p⟩ ⟨p|dp = 1を二回挿入し ⟨q |p⟩ = eipqh

radic2πhを用いると

W (q) = ⟨p| ρ |p⟩ (663)

であることがわかるつまりこちらの周辺分布W (q)も p表現の波動関数を二乗したものであるとみてよい結局周辺分布はどちらも波動関数の二乗の確率密度関数でありint infin

minusinfinW (q)dq =

int infin

minusinfinW (p)dp =

int infin

infin

int infin

infinW (q p)dqdp = 1

4ρ =sum

|ci|2 |ψi⟩ ⟨ψi|sum

|ci|2 = 1に対して確かめてみよ

第 6章 調和振動子 92

を満たす重複するがWigner関数は負の値を取りうるため確率密度関数ではないが規格化(二

つの変数について積分すると 1を得る)はされているために擬確率密度関数(pseudo-

probability density)とも呼ばれるだからといってWigner関数それ自体の重要性は見逃してはいけないなぜなら古典対応物の存在する量子状態のWigner関数は負の値を取らないことが知られているからだ言い換えればWigner関数の負値は非古典性(nonclassicality)の傍証となるのである

662 Wigner関数の例本節ではいくつかの純粋状態に関してWigner関数を計算してみる純粋状態 |ψ⟩に

対してWigner関数は次のように書かれる

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primeψ

(q +

qprime

2

)ρψlowast

(q minus qprime

2

)dqprime

663 コヒーレント状態最初の例はコヒーレント状態であるまず初めにコヒーレント状態の q表示 ⟨q |α⟩

を求めておくべきであろう

⟨q |α⟩ = ⟨x|infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩

= ⟨x|infinsumn=0

αn

neminus

|α|22 adagger

n |0⟩

= ⟨x| eminus|α|22 eαa

dagger |0⟩

= eminus|α|22 ⟨x| eα

radicmω2h (qminusi

pmω ) |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 ⟨x| eαradic

mω2hqe

minusiα pradic2mhω |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusiαradic2mhω

hi

ddq ⟨x |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hq

langxminus α

radich

2mω|0

rang

= Aeminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusmω2h

(qminusα

radich

2mω

)2

= Aeminusmω

2h

(qminusα

radic2hmω

)2

(664)

この計算では eγ(ddq)f(q) = f(x + γ)と ⟨x |0⟩ = Aeminusmω2hq2 を用いた最後の行では簡

単のため αは実数とした

第 6章 調和振動子 93

図 61 コヒーレント状態 |α⟩(左)とその重ね合わせ状態 (|α⟩ + |minusα⟩)2(右)のWigner関数各軸は真空ゆらぎで規格化してある

さてWigner関数を評価するにあたりGauss積分 intinfinminusinfin eminusa(x+b)

2dx =

radicπa(aは

実数bは複素数)に注意すると

Wα(q p) =

radic2A2

radicπmhω

eminusmω

h

(qminusα

radic2hmω

)2

eminusp2

mhω (665)

と計算できるこれは中心が αradic2hmωq 方向の分散が

radichmωp方向の分散がradic

12mhωのGauss分布となっていることがわかるだろうコヒーレント状態のWigner

関数を図 61の左に例示した

コヒーレント状態の重ね合わせ状態

次に|α⟩+ eiθ |minusα⟩という重ね合わせ状態のWigner関数を計算してみようこの計算は先ほどよりも少し長くなるが基本的にはただのGauss積分になり最終的には

W (q p) =Wα(q p) +Wminusα(q p) + Aeminusmωhq2eminus

p2

mhω cos

(2p

radic2h

mωα+ θ

)(666)

となるただし Aは積分の結果出てくる定数であるもともと重ね合わされた二つのコヒーレント状態のWigner関数WαとWminusαに二つのコヒーレント状態の干渉項とでもいうべき第三項が加わっているこの干渉項は図 61の右のように各コヒーレント状態のWigner関数を結ぶ直線に直交する方向の縞構造として現れるこの縞の数はコヒーレント状態の振幅 αに比例して増えていく

Fock状態

Fock状態の波動関数を求めるには特殊関数の知識が必要であるがこれに関しては初等的な量子力学の成書を参照されたいFock状態の波動関数は Hermite多項式を

第 6章 調和振動子 94

図 62 Fock状態 |n⟩のWigner関数

Hn(x) = (minus1)nex22(partnpartxn)ex

22として次のようなものである

|ψn(q)|2 =1

2nn

radicmω

πheminus

mωq2

h Hn

(radicmω

hq

)(667)

|ψn(p)|2 =1

2nn

radic1

πmhωeminus

p2

mhωHn

(radic1

mhωp

)(668)

周辺分布としてこれらを生成するWigner関数は天下り的ではあるが Laguerre多項式 Ln(x) =

sumnj=0 nCj(minusx)jjを用いて次のように与えられる

W (q p) =(minus1)n

πheminus 1

h

(mωq2+ p2

)Ln

(2

h

(mωq2 +

p2

)) (669)

95

第7章 共振器量子電磁力学(cavity QED)

71 Jaynes-Cummingsモデル共振器量子電磁力学系 (cavity quantum electrodynamicscavity QED) 1は電磁場

の共振器内部に二準位系を配置した系(図 )であり共振器光子の量子的振る舞いの研究あるいは共振器内部にある二準位系の制御が可能となる二準位系と単一の共振モードが相互作用するこのような状況は Jaynes-Cummingsモデルにより記述されるJaynes-Cummings Hamiltonianは

HJC =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (711)

であるこのモデルを用いて共振器量子電磁力学系という量子系を操る単純だが強力な舞台を見ていこうはじめに二準位系にも共振器にも緩和がない場合の Jaynes-Cummings Hamiltonian

の固有エネルギーを調べよう共振器光子が n個量子ビットが |ξ⟩ (ξ = g e)のときの合成系の量子状態を |ξ n⟩と書こうHamiltonianの行列要素 ⟨ξprimem|HJC |ξ n⟩を調べるとこのHamiltonianはブロック対角であることがわかるというのも非対角要素を与える σ+a+ adaggerσminusという相互作用(係数は省略してある)が |g n⟩と |e nminus 1⟩のみを繋ぐようなものだからであるそのブロック行列H(n)

JC をあらわに書くと

H(n)JC =

(minus hωq

2 + hωcn hgradicn

hgradicn

hωq

2 + hωc(nminus 1)

)(712)

となるここで一番目と二番目の行列はそれぞれ |g n⟩と |e nminus 1⟩の要素を表しているn ge 1にも注意このブロック行列は固有値λplusmn = hωc(nminus12)plusmn(h2)

radic(ωc minus ωq)2 + 4g2n

を有し量子ビットと共振器が共鳴している ωc = ωq = ω0の場合には

λplusmn = hω0 plusmn hgradicn (713)

と書けるこのように|g n⟩と |e nminus 1⟩の結合によってできる n番目の(励起)状態は 2hg

radicnだけエネルギー間隔のあいた二つの量子状態であり二準位系と共振器の結

合系である Jaynes-Cummingsモデルのエネルギースペクトルは等間隔ではないこのエネルギースペクトルを Jaynes-Cummings ladderともいう

1量子技術においては共振器全般を cavityと呼ぶことが多いが別の業界では cavityといえば虫歯である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 96

図 71 緩和があるときの Jaynes-Cummingsモデルの概念図

72 弱結合強結合領域今度は Jaynes-Cummingsモデルに緩和を取り込んだ系(図 71)について調べよう

量子ビットの自然放出レートを γ共振器から光が失われるレート(単にロスレートともいう)を κとするユニタリ演算子 U = exp[iωadaggerat+ i(ω2)σzt]を用いて Jaynes-

CummingsモデルのHamiltonianを回転系でみると2

HJC =h∆q

2σz + h∆ca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (721)

ここで離調∆q = ωq minus ω∆c = ωc minus ωを定義したこの Hamiltonianを用いて aとσminusについてのHeisenberg方程式を書き下そう

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus igσminus (722)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus igσza (723)

この方程式において量子ビットが強い励起を受けていないすなわちほとんど基底状態 |g⟩にあるという近似をするとσzをその期待値minus1で置き換えることができるこれによってminusgσzaという厄介な項は+gaとなり扱いやすくなるまた量子ビットがほとんど励起されていないため共振器内部の光子数も小さいであろうしたがって光子数が 0と 1の状態のみを考えることにするこういった近似のもとHeisenberg方程式を行列で書き直すと

d

dt

(a

σminus

)=

(minus(i∆c +

κ2

)minusig

ig minus(i∆q

2 + γ2

))( a

σminus

) (724)

この方程式全体を |e 1⟩に作用させるあるいは Hermite共役をとって状態 |g 0⟩に作用させるなどすると状態の時間発展を表す Schrodinger方程式と類似していることが

2相互作用項 hg(σ+a + adaggerσminus) は場合によっては minusihg(σ+a minus adaggerσminus) という形で現れるがU =exp[i(π2)adaggera]あるいは U = exp[i(π2)σz] というユニタリ変換のもとで等価である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 97

わかるしたがって右辺の行列の固有値は量子ビット-共振器結合系の固有エネルギーと考えて差し支えない対角化によりその固有値Eplusmnは

Eplusmnih

= minus1

2

[(i∆c +

κ

2

)+(i∆q +

γ

2

)]plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

(725)

と求まり対応する固有ベクトルは

|ψplusmn⟩ =1radicAplusmn

[1

2

[(i∆c +

κ

2

)minus(i∆q

2+γ

2

)]

plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

|g 1⟩ minus g |e 0⟩

(726)

であるただし 1radicAplusmnは規格化のための係数であるこれらからわかるように緩和

を考慮することによって固有エネルギーEplusmnは一般に複素数となりその実部はエネルギーを虚部は損失を表すこれは固有状態の時間発展が eminusi(Eplusmnh)tで与えられることからも妥当であろうここまでくれば共振器量子電磁力学系の弱結合領域強結合領域について議論するこ

とができるこれらはEplusmnの実部が同じ値となるか否かによって分けられるのだが簡単のため∆c = ∆q = 0つまり量子ビットと共振器がピッタリ共鳴の場合を考えよう結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも小さいとき系は弱結合領域(weak coupling regime)にあるといわれるEplusmn の表式のうち平方根の中身は正であるため固有エネルギーは縮退している言い換えれば量子ビットと共振器はエネルギースペクトル上で同じ位置にあり線幅のみが異なる緩和に対して結合定数が小さいため一切のエネルギーシフトが起こらないのである代わりにというべきか量子ビットと共振器の緩和レートはもともとの各々のレートから変化する共振器の緩和レートの方が大きい状況κ4 ≫ γ4 ≫ gを考えEplusmnの表式に出てくる平方根を近似的に展開すると

Eplusmnih

= minus1

2

(κ2+γ

2

)plusmn 1

2

(κ2minus γ

2

)[1minus 1

2

g2(κminusγ4

)2]

= minusκ∓ κ

4minus γ plusmn γ

4∓ 1

2

g2

κminusγ4

(727)

と書けるここで Γ+ = E+ihΓminus = Eminusihと分けて書こう

Γ+ = minusγ2

(1 +

g2

γ2κminusγ2

)≃ minusγ

2

(1 +

4g2

κγ

) (728)

Γminus = minusκ2

(1minus g2

κ2κminusγ2

)≃ minusκ

2

(1minus 4g2

κ2

) (729)

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 98

図 72 結合定数に対するロスレートあるいは線幅(左)とエネルギー(右)の依存性およびエネルギーの離調に対する依存性(右)

まず言えることはgをゼロとした時の値からΓ+とΓminusがそれぞれ量子ビットと共振器の緩和レートに対応することであるそして結合定数 gが有限の値をとるとき例えば量子ビットの緩和レートは Fp = 4g2κγのぶんだけ増加するのであるこの緩和レートの増強因子FpをPurcell因子あるいは文脈によっては協働係数(cooperativity)と呼ぶ次に結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも大きいときを考えようこの場合には Eplusmnの

表式の平方根の中身が負になりE+とEminusの実部はもはや同じ値ではなくなるこれは量子ビットと共振器が結合した新たなモードが二個あることを意味しており簡単のため∆c = ∆q = 0とすると

Eplusmn = ∓h

radicg2 minus

(κminus γ

4

)2

minus ih

2

(κ2+γ

2

)(7210)

となるこれより直ちにわかるのは量子ビットと共振器が結合してできた二つの新たな量子状態の緩和レートは量子ビットと共振器の緩和レートの平均値となることであるこれは新たにできた量子状態が「半分量子ビット半分共振器」の励起状態であることから当然ともいえるそしてエネルギーシフト∆Eplusmn = ∓hΩ0 = ∓h

radicg2 minus [(κminus γ)4]2

によって二つの量子状態は 2hΩ0だけエネルギー的に分裂することになるがこのエネルギー分裂を真空Rabi分裂(vacuum Rabi splitting)と呼ぶこのように真空Rabi分裂が起こるほど結合定数が大きなパラメータ領域を強結合領域(strong coupling regime)といい図 72には緩和レート(スペクトル線幅)やエネルギーの結合強度や離調に対する振る舞いを示した

73 分散領域前節ではJaynes-Cummingsモデルを量子ビットと共振器がほとんど共鳴的な状況

で調べ強弱結合領域という興味深い状況が現れることが分かったこの節では量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 99

図 73  分散領域における Jaynes-Cummingsモデルのスペクトル特性

子ビットと共振器の間の離調が各々の線幅よりも十分大きいが結合定数も大きいために分散的(dispersive)に結合するような場合に実現されるもう一つの興味深い結合領域をみてみよう再び Jaynes-Cummingsモデルから出発しよう

H =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ σminusadagger) (731)

ユニタリ演算子 U = exp[iωcadaggerat+ i(ωc2)σzt]によるユニタリ変換により ωcでまわる

回転系では∆ = ωq minus ωcとしてHamiltonianがHprime = (h∆2)σz + hg(σ+a+ σminusadagger)と

なるここでSchrieffer-Wolff変換(付録 Fを参照)によりこのHamiltonianを近似的に対角化したいユニタリー演算子 eS = exp[(g∆)(σ+aminus σminusa

dagger)]によるユニタリ変換を施し|g∆| ≪ 1のもとでその摂動展開を途中までで切るとHprimeprime = (h∆2)σz +

h(g2∆)(adaggera+ 12)σz となり回転系からもとの系に戻ると

Hprimeprimeprime =hωq2σz + hωca

daggera+hg2

(adaggera+

1

2

)σz (732)

これがしばしば分散 Hamiltonian(dispersive Hamiltonian)と呼ばれるもので当初の目論見通り σzと adaggeraのみによってあらわされているつまり対角化されたものとなっているこれは次の二通りに解釈が可能であるまずはじめに次のように書こう

Hprimeprimeprime =h

2

(ωq +

g2

)σz + h

[ωc +

g2

∆σz

]adaggera (733)

ここには二種類の周波数シフトが見て取れるひとつは量子ビットの g2∆だけの周波数シフトでありこれは共振器の真空場と量子ビットの結合による Lambシフトである一方で共振器のほうにも (g2∆)σzで書かれる周波数シフトがあるこれは量子ビットの状態に依存して光共振器に符号の異なる周波数シフトが起こることを意味しており分散シフト(dispersive shift)と呼ばれるたとえば共振器からもれる光子の量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 100

を周波数軸上で測定すると量子ビットの基底状態と励起状態の占有確率を反映した量の光子が周波数軸上で二つのピークを形成することになる(図 73左)これらのピークは 2g2∆ gt γであればはっきり分かれたスペクトルを示す次に同じHamiltonianを次のように書く

Hprimeprimeprime = h

[ωq +

g2

(adaggera+

1

2

)]σz + hωca

daggera (734)

この形に書けば今度は Lambシフトのほかに共振器内の光子数に応じて量子ビットの周波数が複数のピークに分裂する(図 73右)ことを意味しているこれらのピークはg2∆ gt κであるときに分解して見えこれを用いた光子数分布の測定の実験が行われている [8]

101

第8章 電磁波共振器と入出力理論

単一の量子系を操るだけであれば強いレーザーやマイクロ波などの電磁波を照射するだけで良い(光子そのものを除く)しかしながら単一の量子系の量子状態を光子に決定論的にすなわち確実に光子に変換することが必要な場合にはその限りではない電磁波の共振器はこのような場面において単一量子系と単一光子の相互作用の増強に用いられるため量子技術全体においても特に重要な構成要素である本節ではこの電磁波共振器の諸性質とその測定の一般論を述べよう具体的な概念としては共振器のQ

値と共振器光子の寿命Fabry-Perot共振器におけるフィネス共振器の内部ロスと外部結合およびその入出力理論による取扱いについて解説する

81 共振器の性質電磁波共振器(electromagnetic resonatorcavityあるいは単に cavity)はその共振

(角)周波数ωcと共振器光子の寿命(lifetime)τcで特徴づけられると考えてよい共振器光子の寿命とはいっても実際に寿命 τcが何秒であるという風に評価することはほとんどなく寿命 τcというよりはその逆数をとった共振器光子のロスレート κc = 2πτc

で考えることが多い電場Ecで考えると角周波数 ωcで振動しレート κc2で減衰する光子数のロスレートが光子数自体によらないという仮定が入っているがこれは光子同士の相互作用が弱いためほとんどの状況において良いモデル化となっている上記のような性質を持つ光共振モードの周波数スペクトル Sc(ω)は指数関数の Fourier変換が Lorentz関数であることから

Sc(ω) prop1

(ω minus ωc)2 + (κc2)2(811)

という形になることが期待されるこれを見るとロスレート κcはこの Lorentzianスペクトルの半値全幅となっていることがわかる(図 81)共振器といえば通常電磁波をある領域に閉じ込めておくものでありその共振モード

の性能を示す指標としてはいかに長時間閉じ込めておけるかというものが挙げられるこれについては Q値(quality factor)とフィネス(finesse)という量があり定義の仕方は異なるが本質的には共振器内の光子の寿命あるいはロスレートに関係した量であるQ値とフィネスの使い分けは簡単であるもののあまり意識されないものであるため後で詳述することにしようもう一つの指標としてはいかに小さな体積に電磁波を閉じ込められるかという指標であるモード体積 V がある42節で取り上げたように

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 102

図 81 電磁波共振器の周波数特性

共振モードの真空ゆらぎは 1radicV に比例するから物質との相互作用を増強するため

にはモード体積を非常に小さくすることが望ましいモード体積については共振器の形状によって決まる量であるがQ値とフィネスにつ

いては場合に応じて時間領域(time-domain)測定か周波数領域(frequency-domain)測定が行われるこの評価方法については後で述べるとしてQ値とフィネスについて説明しよう

811 Q値Q値とは共振モードが示す Lorentzianスペクトルの中心周波数とロスレートの比

Q = ωcκcで与えられる量であるその物理的意味は電磁波の振動周期 τc = 2πωc

とロスの時定数 τloss = 2πκc で書き直して Q = τlossτc と書けば少しわかりやすくなるだろうかこれはロスの時定数の間に電磁波が何回振動できるかを表す量であるこれは暗に共振器内の電磁波が常にロスにさらされ続けることを念頭においているFabry-Perot共振器などの共振器を除いてほとんどの場合にQ値がいい性能指標になると考えてよいQ値はロスがなければ無限大になるものだが実際には様々なロスがあるため有限の

値になるこのとき各種のロスのレートを κi = ωcQiと書いた時にはこれらを合計した共振器のロスレートはsumi κiとなるでは Q値 Qtotの方はどうなるかというとQ = ωcκcで ωcは共通だから

Qtot =

(sumi

1

Qi

)minus1

(812)

となる例えば後に入出力理論でやるような共振器の内部ロスと導波路への外部結合を考慮して実験系を設計するときなどはQ値よりもロスレートの方で考えたほうが計算がやりやすいし物理的な状況もわかりやすい

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 103

図 82 Fabry-Perot共振器とその共振スペクトル

812 フィネス(Finesse)おそらく最も簡単な光共振器は図 82のように合わせ鏡にして光を閉じ込めるFabry-

Perot共振器であろうこの共振器では電磁波がミラーの間を往復して戻ってくるときに電磁波の振動の位相が 2πの整数倍進んでいる時に電磁場が強め合って共振するそれ以外のときは多数回往復したすべての電場の重ね合わせはゼロになってしまうため共振器の内部に電場が存在することができなくなる共振条件は上記の条件を「共振器一周ぶんの光路長が電磁波の波長 λの整数倍である」と読み替えて

2nL = λN hArr ν =c

λ=

c

2nLN (813)

と書けるただしN は自然数であるしたがって周波数軸上で見ると共振モードはc2nLで等間隔に並んでいるこの周波数間隔をFSR(Free spectral range)という共振モードがロスを持つ場合にはこの周波数軸上の194797状のスペクトル一本一本が Lorentz

型になるこの半値全幅 κcが共振モードのロスレートであるところでFabry-Perot共振器のロスの原因は何であろうか電磁波がミラーの間を

往復して飛んでいる時通常用いられる波長の電磁波では空気はほとんどロスの原因にならないロスの主な原因になるのはミラーにおける共振器外への望まぬ散乱とミラーの反射率の不完全さであるつまりFabry-Perot共振器のロスレートは一秒間に何回ミラーによる反射が起きるかに比例するとすると共振器長が長くなればなるほどロスレートが減りQ値は大きくなっていくこのような状況では Q値はロスレートを表す量ではあるもののFabry-Perot共振器の特性を表した量としてはあまり好ましくないこのように光子の寿命ではなくて「共振器内を光子が何往復できるか」で測るべきだろうというときに用いられるのがフィネスF であるこれは共振器の FSRを用いて

F =FSR

κc2π(814)

と書かれる量である1FSR = 2nLcは共振器を一周するのにかかる時間2πκcは電磁波のロスの時定数であるから光子が共振器からいなくなるまでに共振器を何周できるかを表す量であることがわかるだろう

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 104

図 83 反射測定と透過測定の模式図

82 共振器の測定量子系の実験において頻繁に登場する共振器であるがその測定の仕方は物理系に

よってさまざまであるしかしながら電磁波を共振器に入射して何らかの応答を見るという点では本質的にはどの共振器でも同じであるこの事実は次節で導入する入出力理論を用いるとより鮮明になるのだがその準備として本節では共振器の主要な測定方法についてみていこう

821 反射測定と透過測定一般に共振器というものは電磁波を閉じ込める構造になっているのだから共振器外

部から入射する電磁波は逆にはじき返されるしかしながら入射した電磁波のうち一定の割合は共振器の中に入ることになる共振器から跳ね返ってくる電磁波つまり電磁波の反射量を測定すると共振器の共鳴周波数においては反射量が減少するこれを測定するのが反射測定である一方共振器から漏れ出てくる電磁波を測定することもできるこれを測定するのが透過測定であるイメージをつかむためには図 のFabry-Perot共振器の例がわかりやすいだろうスペクトル測定共振器を測定するもっとも一般的な手法はその電磁波応答を周波数軸上で測定する

ことであるより具体的に言うと共振器の反射なり透過なりの信号を入射する電磁波の角周波数 ωを変えながら測定するのである前述の図 にある信号をイメージしてもらえればよいこの手法は共振器の線幅が入射する電磁波のスペクトル線幅よりも太い場合に有効

でありほとんどの実験的な状況ではそのような状況になるしかしながら電磁波のスペクトル線幅が共振器の線幅よりも大きい場合にはスペクトルをとっても電磁波のスペクトルが現れるだけである(逆にこのような状況を利用すれば電磁波のスペクトルを測定できる)そのような場合には次のリングダウン測定と呼ばれる時間領域での測定が用いられる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 105

図 84 リングダウン測定における入射電磁波強度(上)と観測される信号(下)

図 85 実際の測定系の Fabry-Perot共振器(左)リング共振維(中央)LC共振器(右)に関する模式図

リングダウン測定共振器に共鳴する電磁波を入射し続けた状態では定常状態として一定数の光子が

共振器中に蓄積されている状態になるこの状態で突然光を遮るあるいは光の周波数を非共鳴にすると共振器内に蓄積された光子が少しずつ漏れていくことになるこの漏れの時間変化は共振器の周波数スペクトルが Lorentzianであることから共振時に得られていた信号の指数関数的な減衰となって現れるこれはちょうどベルをコーンと叩いてその音の減衰を調べる様子と似ていることからリングダウン測定(ring-down

measurement)と呼ばれる(図 84)リングダウン測定は時間領域で共振器への電磁波を素早く変調しなければならな

いしたがって線幅の太いすなわち減衰の時定数が非常に速い共振器を測定するのは難しい逆に線幅の細い減衰の時定数がとても長い共振器の測定はリングダウン測定によって測定しやすく前節の周波数スペクトルの測定では周波数分解能の問題で測定できないような場合に有用な手法となる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 106

822 実際の測定系まず光共振器の主な測定方法について概観してみよう代表的なものとしてFabry-

Perot共振器とリング共振器を取り上げるFabry-Perot共振器では図 85左のように二枚のミラーの片方に共振器から漏れ出る光の伝播モードと同じ方向同じビーム径でレーザー光を入射する一枚目のミラーで反射される光を偏光の調節により取り出しディテクタで受け取ることで反射測定が実現されるまた二枚目のミラーから漏れ出てくる光をディテクタで受け取れば透過測定が可能になるこのときの光共振器へ光子が出入りするレートは光共振モードの自由空間への漏れと入射レーザーの空間分布の重なりの良さと光共振器のミラーの反射率依存する空間的な重なりが良ければ良いほど光共振器への入出力レートは高くなりまたミラーの反射率が低ければ低いほど入出力レートが高くなるリング共振器(図 85中央)についてはFabry-Perot共振器でやったような自由空

間からのアクセスは難しいこの場合にはリング共振器の共振モードの染み出し光(エバネッセント光evanescent wave)に着目して光導波路のエバネッセント光をリング共振器に近づけることでリング共振器に光を導入するこのときには光導波路を通る光が共振器に共鳴しているときだけ光導波路の透過光強度が下がるような信号が得られる次に電気回路の共振器について紹介しようまず図 85右にあるような LC共振器回

路を考えるこの一部にキャパシタで結合する配線を追加するとその配線から電磁波を入射して共振器の反射測定を行うことができるさらに似たようなポートをもう一つ作れば片方の配線から電磁波を入射しもう一つの配線へ漏れ出る信号をみるという透過測定が可能になるこの LC共振器への電磁波の導入というのはキャパシタで行う場合もあればインダクタで行う場合もあるこれは LC共振器の電磁波の電場と磁場のどちらにアクセスするかという違いでしかなくその有利不利は共振器の電磁場のプロファイルと設計上の都合を勘案して決められるコプラーナ共振器空洞共振器やループギャップ共振器といった様々な電気回路共振器でも事情はほとんど同じである

83 入出力理論 [17]

831 伝播モードと入出力関係この節では先に述べた反射測定や透過測定において見えるべき信号がどのような

ものかそして見える信号から共振器や入射ポートから共振器への光子の導入のレート(外部結合レート)の情報がどこまで得られるかといったものを計算したいしかしこれまで本書で述べてきた物理系の扱いは共振器や静止した量子ビットといった空間的に局在した系であった本節では空間を伝播する電磁波を扱わねばならず共振器と伝播モード(propagating mode)が出会う境界で成立する条件を有効活用して系を解析しなければならないこの方法を与える入出力理論(input-output theory)とその枠組みで伝播モードと共振モードの境での境界条件を与える入出力関係(input-output

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 107

relation)の導出の仕方を見いくつかの応用例から実際に共振器測定の理屈を学ぶことがここでの目的であるここでは一次元的な伝搬モードの光子の消滅演算子を c(ω)生成演算子を c(ω)daggerと書

いて [c(ω) cdagger(ωprime)] = 2πδ(ωminus ωprime)を要請する生成消滅演算子が周波数に依存した形になっているのは伝播モードである以上周波数の選択性はなく連続的な周波数のモードが存在してもいいからであるこのモードとの結合により共振器の測定をモデル化してみよう

Htot = hωcadaggera+

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω)minus ih

radicκ

int infin

minusinfin

[adaggerc(ω)minus cdagger(ω)a

] (831)

第二項と第三項はそれぞれ伝搬モードのエネルギーと共振器と伝搬モードの結合を表し外部結合レート(external coupling rate)と呼ばれるこの結合レートを κと書く伝搬モードに関するHeisenberg方程式を求めようdc(ω)

dt=i

h[Htot c(ω t)] =

i

h

[int infin

minusinfin

dωprime

2πhωprimecdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+i

h

[minusih

radicκ

int infin

minusinfin

dωprime

[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a

] c(ω)

]=

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime[cdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a c(ω)

]= minus

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime(2π)δ(ω minus ωprime)c(ωprime) +

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ(2π)δ(ω minus ωprime)a

= minusiωc(ω) +radicκa (832)

一方で共振器に関するHeisenberg方程式はda

dt=i

h[Hs a]minus

radicκ

int infin

minusinfin

2πc(ω) (833)

ここで伝搬モードのHeisenberg方程式を形式的に解くのだが過去の時間 t0 lt tを参照する解 cinと未来の時間 t1 gt tを参照する解 coutの二つがあり得るすなわち

cin(ω t) = eiω(tminust0)c(ω t0) +radicκ

int t

t0

dτeminusiω(tminusτ)a(τ) (834)

cout(ω t) = eminusiω(tminust1)c(ω t1)minusradicκ

int t1

tdτeminusiω(tminusτ)a(τ) (835)

これらを共振器の演算子のHeisenberg方程式に代入するとda

dt=i

h[Hs a]minus

κ

2aminus

radicκcine

minusiΩt (836)

da

dt=i

h[Hs a] +

κ

2aminus

radicκcoute

minusiΩt (837)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 108

図 86 1ポート測定の概略図

が得られるここでMarkov近似によって伝搬モードに関するm重(m ge 2)積分を無視することができ

cineminusiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust0)c(ω t0) (838)

couteiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust1)c(ω t1) (839)

とおいたここで注意しておきたいことがあるcinと coutはいまや周波数で積分された量であるから[

radicHz]という単位を持つしたがって演算子 ninout = cdaggerinoutcinout

は [Hz]の単位を持つ量であり光子の流束(flux)になるそして上記の二つの微分方程式を組み合わせると次の入出力関係が得られる

cout = cin +radicκaeiΩt (8310)

この入出力関係とHeisenberg方程式のセットによって吸収発光スペクトル(absorp-

tionemission spectrum)など実験的に観測される様々な量を計算することができるしばしば回転系にのって cout = cin +

radicκaという入出力関係が用いられる

832 1ポートの測定簡単かつ頻出する状況の計算例として1ポートの共振器測定を考えようこれはリ

ング共振器が一本の光導波路に結合しているような状況や電気回路の共振器に一本だけ電磁波導入用の配線がある場合などに対応するHamiltonianとしては共振器のものH = h∆ca

daggeraを用い伝搬モードの Hamiltonianはあらわに考えなくともよいもし Heisenberg方程式にどのように緩和や結合が入るかがわからなくなったら前節の議論に沿って改めて計算することで正しい表式を得ることができる共振器自体の緩和レートを κin共振器と導波路の結合レートを κexとすれば(図 86)共振器の演算子

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 109

に対するHeisenberg方程式はda

dt= minusi∆caminus

κin2aminus κex

2aminus

radicκexain (8311)

であり入出力関係は aout = ain +radicκexaになる定常状態では dadt = 0から

a = minusradicκex

i∆c +κin+κex

2

ain (8312)

とすることができるこれとこの Hermite共役から共振器内部の光子数 ncav = adaggera

と入力光子の流束 nin = adaggerinainの関係式を得る

ncav =κex

∆2c + [(κin + κex)2]2

nin (8313)

つまり駆動周波数が共振器に共鳴していて共振器自体の緩和が小さいとき共振器内光子数はざっくり入力光子の流束を共振器の緩和レートで除したものになるさらに aの表式を入出力関係に代入すると

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain

=i∆c +

κinminusκex2

i∆c +κin+κex

2

ain (8314)

となる導波路の透過率 T は出力光子数(あるいは流束)と入力光子数(あるいは流束)の比を取ることで計算できるから⟨nout⟩⟨nin⟩ = ⟨adaggeroutaout⟩⟨a

daggerinain⟩をもちいて

T =∆2c +

(κinminusκex

2

)2∆2c +

(κin+κex

2

)2 = 1minus κinκex

∆2c +

(κin+κex

2

)2 (8315)

であるこの式からただちにわかるように透過スペクトルには共振器が Lorentz関数のディップとして現れる(図 88)このスペクトルに関連して共振器と導波路の結合には三つのパラメータ領域があることに言及しておきたいまず導波路との結合(一般に外部結合と呼ばれる)κexが共振器の緩和(内部ロスintrinsicinternal lossと呼ばれる)κinより小さく κex lt κinであるとき共振器と導波路の結合はアンダーカップリング(undercoupling)であるといわれる

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain (8316)

から式 ⟨aout⟩⟨ain⟩を複素平面(位相空間とみても良い)上にプロットしたものが図 88

の左のものである共鳴時にくるりと位相空間上で円を描く様子がわかるがアンダーカップリングのときには位相空間上で原点に至ることはなく位相変化も πを上回ることはないこれよりアンダーカップリングのときは透過率がゼロまで下がることはなくこれは外部結合が小さく共振器に入ることなく通り抜ける光子が多数あるからであ

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 110

図 87 アンダー(左)クリティカル(中央)オーバー(右)カップリング時の位相空間での信号

図 88 κin = 1のもとでのさまざまな κexに対する分光信号

ると解釈できるκex = κinになるときをクリティカルカップリング(critical coupling)というがこのとき位相空間上でちょうど原点を通るようになりしたがって透過率が共鳴のときにゼロになる(図 88の中央)これは導波路から注入した光がすべて共振器によって消費されて消失していることを意味する共振器のスペクトル幅は κin+κex

になるがクリティカルカップリングのときにはこれが 2κinとなる最後に κex gt κin

のときをオーバーカップリング(overcoupling)というこの時には図 88の右のように位相空間上の円は原点を囲むようになり透過率がゼロにならない位相が 2π回る線幅が太くなる等の特徴があるこの状況は共振器に対して強い外部結合がありガバガバと共振器に光子が入っていくがそのぶんガバガバと共振器から導波路に戻ってきてしまうために共振器で消費されきることがないというふうに理解できる様々な結合領域のときの共振器の透過測定信号を図 87に示した

833 2ポートの測定次の例としてFabry-Perot共振器や配線が 2本ついた LC共振器のような状況を考

えようこの場合の入出力関係はどうなるかというと2つの電磁波入出力ポートでのそれぞれの境界条件として入出力関係を考えれば十分である電磁波を入射するポート

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 111

図 89 2ポート測定の実験系の概略

と等価を測定するポートの外部結合レートをそれぞれ κ1 κ2 として消滅演算子を入射電磁波について ain反射電磁波について aout透過電磁波に対して bout としようHeisenberg方程式は先ほどと同じく

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus

radicκ1ain (8317)

となるただしここで κ = κin + κ1 + κ2であるこれは共振器光子のロスレートがもともとあるロスレートに加えて二つのポートへの漏れも含んでいる形となっている入出力関係は入射ポートと等価ポートそれぞれに関して

aout = ain +radicκ1a bout =

radicκ2a (8318)

となるこれらもまたきちんと計算すれば出てくるのであるが各ポートでの光子の収支を考えると至極妥当であろうこれらを da

dt = 0の定常状態について解くことで反射率R =

langadaggeroutaout

ranglangadaggerinain

rangと透過率 T =

langbdaggeroutbout

ranglangadaggerinain

rangが

R = 1minus κ1(κin + κ2)

∆2c + (κ2)2

(8319)

T =κ1κ2

∆2c + (κ2)2

(8320)

と得られるR + T = 1minus κinκ1(∆2c + (κ2)2)で 1とならないのは共振器から二つ

のポート以外へ光子がロスする過程があるためであるκ1 = κin + κ2のときに反射率は共鳴時にゼロとなる

834 二準位系の自然放出上記の議論のちょっとしたバリエーションを二準位系の自然放出に適用してみよう

HamiltonianはHq = h∆qσz で伝搬モードがシングルモードであるという仮定をして全体のHamiltonianを

Htot = Hq +

int infin

minusinfin

2πhωbdagger(ω)b(ω)minus ih

radicγ

int infin

minusinfin

[σ+b(ω)minus bdagger(ω)σminus

] (8321)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 112

図 810 導波路結合した量子ビット-共振器結合系

共振器の場合と全く同じ計算過程をたどることによって

σminus = minusi∆qσminus minus γ

2σminus +

radicγσzbin (8322)

というHeisenberg方程式を得るここで駆動項に σzの因子が付いていることに注意しようこれは原子が基底状態にいるときには期待値minus1をとるが駆動が強くなるにつれて σz の期待値はゼロになっていき駆動に対する反応が小さくなり原子が飽和する状況を再現している強い電磁波の照射により原子が飽和すると光の透過率は共鳴時でも 1となってしまうこれで定性的な振る舞いはわかるが正しい原子スペクトルの表式はマスター方程式および Bloch方程式を用いた解析をすべきである

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系最後の例として図 810のように量子ビット-共振器結合系が導波路結合している

ような系を考え導波路の透過測定によって量子ビット-共振器結合系がどのように観測されるかをみてみようここで共振器はフォトニック結晶共振器にエバネッセント光によって結合しているような場合を考えるHamiltonianは単純な Jaynes-Cummings

モデルであり

H =hωq2σz + hadaggeraminus ihg(σ+aminus σminusa

dagger) (8323)

とするここでは κ = κin + 2κexである導波路の左側から電磁波を入射するとして入射モードを bin透過するものを bout反射するものを coutとしよう駆動周波数 ω

の回転系に乗ってHeisenberg方程式da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus gσminus minus

radicκexbin (8324)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus gσza (8325)

dσzdt

= 2g(σ+a+ σminusadagger) (8326)

および入出力関係

bout = bin +radicκexa cout =

radicκexa (8327)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 113

から透過率と反射率を計算したいしかしながら量子ビットが非線形であることに由来してこの方程式には非線形項があり単純には解けなくなっているさらに言えばJaynes-Cummingsモデルを解析した際に行ったような量子ビットが非常に弱くしか励起されないという近似は用いないことにしようつまり量子ビットの駆動が強い場合も考えたいそこでコヒーレントな電磁波である binboutcoutおよびコヒーレントに駆動されているPauli演算子 σzと σminusをすべて演算子ではなく普通の数 bin bout cout sz s

に置き換えて定常状態での振る舞いを調べることにするすると少し込み入った計算の後

cout = minusr(∆c∆q)bin (8328)

bout = [1minus r(∆c∆q)]bin (8329)

sz = minus 1

1 +X (8330)

s = minusradic

1

η

1

1 +X

2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)bin (8331)

という表式が得られる ただし

η =g2

κex (8332)

r0(∆c) =κex

i∆c + κ2 (8333)

r(∆c∆q) =

[1minus 2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)

1

1 +X

]r0(∆c) (8334)

X =|bin|2

Ps (8335)

Ps =1

8ηκ2ex

[∆2q +

(γ2

)2] [∆2c +

(κ2

)2]+ η2κ2ex minus 2ηκex∆q∆c +

γηκexκ

2

(8336)

というパラメータを導入してあるr(∆c∆q)は量子ビット-共振器結合系の反射率を表しておりr0(∆c)は量子ビットがない時の共振器のみの反射率であるPsは量子ビットが飽和する光子の流束X はこれで規格化された入力光子の流束になっている

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 114

図 811 上段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトルと σz の期待値(インセット)下段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトル

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 115

図 812 さまざまな結合強度(上段)と離調(下段)に対する透過スペクトル

116

第9章 量子実験系における種々の結合

この節ではいくつかの量子系を例にとって量子技術に出てくる様々な相互作用を概観し実際に相互作用の大きさつまり結合定数を求めてみよう基本的な方針としては古典的な相互作用の表式を考えそれを量子化してHamiltonianに入る相互作用項の形を求め結合定数を相互作用している物理系の真空ゆらぎの積として得るというものになる

91 原子イオンの例原子あるいは原子イオンの系は固体光共振器などを用いる特殊な場合でない限りに

は解析的に種々の結合が計算できる

911 原子-光相互作用これは 43節の繰り返しになるが電場の1次のみで双極子遷移 d middotEを考えるとき

d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いて相互作用Hamiltonianが

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (911)

と書けるのであったさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であれば回転波近似により相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (912)

という形になるこの Jaynes-Cummings相互作用の結合定数が g = microEzpfhで与えられるこれは遷移双極子モーメントと共振器光の電場の真空ゆらぎの積となっている二準位系の遷移双極子モーメント microは実験的に観測される遷移の自然幅 Γとの間に

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(913)

という関係式が成り立つことから計算できる参考までにストロンチウムイオンの波長 422 nmの遷移の自然幅が約 23 MHzであり上式から計算される遷移双極子モーメントは 139times 10minus29 Cmiddotmである

第 9章 量子実験系における種々の結合 117

図 91   Fabry-Perot共振器の内部に原子が配置された系の概念図

次に光共振器として図に示すような Fabry-Perot共振器(共振器長がLミラーの曲率半径がRビーム半径がw0)を考えよう高フィネスのFabry-Perot共振器に用いられるミラーは通常誘電体多層膜ミラーであり厳密には共振器長は誘電体多層膜ミラーへの ldquoしみこみrdquoを考慮した実効的な長さとなるがこのしみこみはせいぜい光の波長程度のものであるので無視しようこの共振器における光の電場は共振器長とミラーの曲率半径が波長より十分大きいという条件のもとで

E(r) = sin2πx

λexp

[minusy

2 + z2

w20

](914)

と書けるこの共振モードのモード体積を電場の二乗の積分で定義する上記のようにかけている場合には計算が簡単で

V =

int L

0dx

int infin

minusinfindy

int infin

minusinfindzE(r)2 =

πw20

4L (915)

となるビーム径は

w0 =

radicLλ

(2Rminus L

L

) 14

(916)

と書ける []からモード体積は

V =λ

8

radicL3(2Rminus L) (917)

となる波長 422 nm共振器長 200 microm曲率半径 1 mmのミラーを用いる場合には V = 63 times 106 microm3 となるモード体積を用いて共振器光の電場の真空ゆらぎはEzpf =

radichωc2ε0V と書かれることはすでに述べた

第 9章 量子実験系における種々の結合 118

図 92 イオンの量子化された振動(左)とサイドバンド遷移(右)

以上より原子と光の結合定数はg2π = 096 MHzと求められる自然幅が2πtimes23 MHz

であるからこれは光共振器の線幅に関わらず弱結合領域であるより大きな原子と光の相互作用を実現するためにはいくつかの改善をしなければならないひとつには自然幅 Γのより細い遷移を使うということである単純に考えると Γの減少は遷移双極子モーメントの減少すなわち結合定数の減少を招くように思えるが式 913をみるとΓが小さくなってもωqが小さくすなわち波長が長くなっていればΓの減少を補って余りある可能性がある結合強度が変わらずに自然幅すなわち強結合領域のためのハードルが下がるのであるもうひとつは共振器のモード体積を小さくして電場の真空ゆらぎをそして結合強度自体を大きくするという方法がある共振器長を短くするのはもちろんミラーの曲率半径を小さくしてビーム径を小さくするのも効果的である

912 サイドバンド遷移振動電場によって生成した荷電粒子に対する調和ポテンシャルに原子イオン(以後

混乱のない限り単にイオンと記す)を捕獲するのがイオントラップのなかでも Paulトラップと呼ばれる技術であるこのときイオンはトラップ中で調和振動をすることになりこの振動量子を便宜上フォノン(phonon)と呼び単一イオンのフォノンは空間三方向あわせて三つ存在するこれを考慮すると原子の位置はフォノンによって振動することになるこれはレーザー冷却によってイオンがフォノンの基底状態にあってすらもフォノンの真空ゆらぎにより位置が揺らいでいることを意味するレーザー光がイオンに照射されている時前節では原子が静止していることを暗に

仮定していたが今度は原子の位置 xも含めて考えようこれは原子に当たる電場をE(x) = Ezpfe

ikx(a+ adagger)と空間依存する位相因子を含めて書くことで可能になるただし k = 2πλは光の波数であるこれによる双極子遷移はフォノンの生成演算子を b

第 9章 量子実験系における種々の結合 119

真空ゆらぎを xzpf として

hgeikx(σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hgeikxzpf(b+bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger)

≃ hg[1 + ikxzpf(b+ bdagger)](σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hg(σ+ + σminus)(a+ adagger)

+ hηg(b+ bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger) (918)

ここで無次元のパラメータ η = kxzpf は Lamb-Dickeパラメータと呼ばれる第一項は前節でも扱ったような相互作用である(サイドバンド相互作用を考えるときには carrier

遷移とも呼ばれる)から今はフォノンも関わるような遷移である第二項に着目しよう簡単化するために光がコヒーレント振幅 αで置き換えられる(すなわち強いレーザー光を照射する)状況を考えるこのとき光の周波数がイオンの周波数 ωq からフォノンの周波数 ωmだけ小さな周波数 ωq minusωmを持つとき回転波近似を行うことによって上記の相互作用の第二項は

hηgα(σ+b+ σminusbdagger) (919)

と書かれるこれはイオンの量子ビットとフォノンで構成された Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から赤方離調されたレーザーにより駆動されるためレッドサイドバンド(red sideband)遷移という逆に光の周波数がイオンの周波数からフォノンの周波数だけ大きな周波数 ωq+ωmを

持つとき回転波近似で残る相互作用は

hηgα(σ+bdagger + σminusb) (9110)

であるこれは anti-Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から青方離調されたレーザーにより駆動されるためブルーサイドバンド(blue sideband)遷移というもしも周波数 ωq minus ωmと ωq + ωmの二本のレーザーが同時に照射された時には上記の二つの相互作用が同時に駆動されると考えればよい

913 フォノン-フォノン相互作用ふたつのイオン(ともに一価イオンとする)が同一の調和ポテンシャル中でCoulomb

相互作用しているときフォノン同士の相互作用が生じるこの相互作用Hamiltonianと強さを簡単な計算から求めてみよう状況としては図のように距離Zだけ離れた二つのイオンがあるとしその各々の平衡位置からの変位を r1 = (x1 y1 z1) r2 = (x2 y2 z2)

第 9章 量子実験系における種々の結合 120

図 93 Z = z2 minus z1だけ離れた二つのイオンが調和振動をおこないその調和振動同士が相互作用をする

とするCoulomb相互作用のエネルギーを変形していこう

Ephminusph =1

2

e2

4πϵ0

1

|r1 minus r2|

=e2

8πϵ0

1radic(x1 minus x2)2 + (y1 minus y2)2 + (Z + z1 minus z2)2

=e2

8πϵ0Z

[1 +

2(z1 minus z2)

Z+

(z1 minus z2)2

Z2+

(x1 minus x2)2

Z2+

(y1 minus y2)2

Z2

]minus 12

≃ e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2minus 1

2

(x1 minus x2)2

Z2minus 1

2

(y1 minus y2)2

Z2

](9111)

今回は z方向のフォノンのみを考えることにしてx1 = x2 = y1 = y2 = 0としておこうすると上記のエネルギーは

Ephminusph =e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2

](9112)

となるここで変位 ziをフォノンの位置演算子 zi = zizpf (adaggeri + ai)で置き換えるフォ

ノン―フォノン相互作用は上式の第三項から出てくるのでそれに着目すると

Hphminusph =e2

16πϵ0Z

(z1 minus z2)2

Z2

=e2z1zpfz

2zpf

16πϵ0Z3

[adagger1

2 + a21 + adagger22 + a22 + (2adagger1a1 + 1) + (2adagger2a2 + 1)

minus2(adagger1adagger2 + a1a2)minus 2(adagger1a2 + a1a

dagger2)]

(9113)

このうち二つのフォノンモードの周波数が同じ ωmとすると回転波近似によって残る項は

Hphminusph =e2z1zpfz

2zpf

8πϵ0Z3

[adagger1a1 + adagger2a2 minus adagger1a2 minus a1a

dagger2

](9114)

第 9章 量子実験系における種々の結合 121

図 94 Josephson接合とその回路記号

となる初めの二つの項はフォノンのエネルギーシフトになるのみであるから無視して結局相互作用Hamiltonianは

Hphminusph = minushgphminusph

(adagger1a2 + a1a

dagger2

) (9115)

すなわちビームスプリッタ型の Hamiltonianになるフォノンが片方のイオンからもう片方に移るような過程を考えると物理的にも妥当であることがわかるgphminusph =

e2z1zpfz2zpf8hπϵ0Z

3 が結合定数の表式であるこれを見積もるためにはフォノンの真空ゆらぎを知る必要があるこれはゼロ点エネルギーが調和振動子のポテンシャルエネルギーに等しいすなわち hωm2 = mω2

m(zizpf )

22という等式からzizpf =radichmωm

という形になることがわかるしたがって

gphminusph =e2

8πϵ0mωmZ3(9116)

と表すことができるこれは二つのイオンの質量などが同じ場合のものだが真空ゆらぎの表式を変えるだけで一般的な場合に拡張できるさて実際のパラメータを入れて結合定数を評価してみよう典型的なイオンの間隔

として Z = 10 micromカルシウムを想定してm = 40timesmp(mpは陽子の質量)フォノンの周波数が 100 kHzであるとすると相互作用の大きさは g2π = 440 kHz程度となる

92 超伝導量子回路BCS(Bardeen-Cooper-Schrieffer)理論が適用できる超伝導体においては電子―

フォノン相互作用を介し波数空間で引力相互作用をする電子のペアがCooper対を形成するCooper対はひとまとまりの超伝導体全体にわたる巨視的な波動関数を共有し干渉などの量子効果を発現する超伝導体において電気抵抗がゼロになるということは常伝導体において Joule熱という損失により制限されていた LC共振器のQ値が飛躍的

第 9章 量子実験系における種々の結合 122

に向上するということを意味しておりHarocheらによる Rydberg原子の量子状態制御にも用いられたまた超伝導体にナノメートルオーダーの絶縁体薄膜が挟まれている Josephson接合(Josephson junction)と呼ばれる構造においてその絶縁体薄膜をCooper対が量子トンネル効果により ldquo通過rdquoし有限の伝導率を示す Josephson効果が表れるとくに交流 Josephson効果においては電流が I(t) = I0 sin (2πΦJΦ0)というように回路を貫く磁束ΦJ に対し振動するここでΦ0 = h2eでe(lt 0)は素電荷であるJosephson効果の平易な導出に関しては文献 [7]を参照していただきたい通常のインダクタ(インダクタンスL)については電流はLに比例するためJosephson接合が非線形インダクタとして働くことがわかるさらに LC共振器のLを Josephson接合で置き換えることで非調和振動子が実現されこの最低エネルギー状態と第一励起状態を量子ビットとして用いる事ができる本節では LC共振器の量子的な取り扱いと上記の非線形振動子として表現できるトランズモンと呼ばれる超伝導量子ビットそして共振器と超伝導量子ビット(superconducting qubit)の間の結合についてみていこう

921 LC共振器の量子化図のようにインダクタLとキャパシタCが並列に繋がったLC共振器を考えようも

ちろん共振周波数は 12πradicLCで与えられるがここではこのLC共振器のHamiltonian

を求め量子化することが目的であるキャパシタの電荷をQ共振回路を貫く磁束をΦとするとこれらは電圧 V電流 I を用いて

Q = CV Φ = LI (921)

と書くことができるまた電流と電圧はそれぞれ電荷と磁束の変化率として

I = minusdQ

dt V =

dt(922)

と書けるからこれらからQに関する微分方程式が

d2Q

dt2= minus Q

LC(923)

と求まるこれは確かに共振周波数 1πradicLCで振動する解を与える同様にしてΦに

ついてもd2Φ

dt2= minus Φ

LC(924)

という微分方程式が得られるさてこれらを Euler-Lagrange 方程式として与えるLagrangian Lはどのようなものになるかというと

L =Q2

2Cminus L

2

(dQ

dt

)2

(925)

第 9章 量子実験系における種々の結合 123

図 95 LC共振器(左)と本章で扱う超伝導量子ビット(右)

というものになるQ の共役となる正準変数は Φ となることはすぐにわかるのでHamiltonianHLCは

HLC =Q2

2C+

Φ2

2L(926)

となることがわかる第 1項がキャパシタのエネルギー第 2項がインダクタのエネルギーになっていることがわかるだろう期待通りQと Φを正準変数とする調和振動子の形にかけたのでこれらを演算子と

みなし交換関係 [QΦ] = ihを要請することで量子化の手続きが完了する共振器光子の生成消滅演算子を

a =1

2h

radicL

CQ+

i

2h

radicC

LΦ (927)

adagger =1

2h

radicL

CQminus i

2h

radicC

LΦ (928)

とすることで交換関係は [a adagger] = 1となりHamiltonianは

HLC = hωLC

(adaggera+

1

2

)(929)

となる

922 超伝導量子ビット次にLC共振器のインダクタを Josephson接合で置き換えた図のような回路を考え

ようJosephson効果において絶縁体を挟んだ超伝導体間の位相差を θJosephson

接合をまたぐ電流と電圧を IV として

I = I0 sin θ V =h

2e

dt(9210)

が成立するここで磁束量子 Φ0 = h2eを用い磁束を ΦJ = (θ2π)Φ0と定義すれば

I(t) = I0 sin

(2π

ΦJΦ0

) V =

dΦJdt

(9211)

第 9章 量子実験系における種々の結合 124

と書き直すことができる電荷の時間微分が電流であるからdQ

dt= C

dV

dt= minusI0 sin

(2π

ΦJΦ0

)(9212)

となりV = dΦJdtと併せて ΦJ に関する微分方程式

Cd2ΦJdt2

= minusI0 sin(2π

ΦJΦ0

)(9213)

を得るこれを Lagrange方程式として持つ Lagrangian Lq は

Lq =C

2

(dΦJdt

)2

+I0Φ0

2πcos

(2π

ΦJΦ0

)(9214)

である第 1項はキャパシタのエネルギーQ22C の形にそのまま書き直せて第 2項は Josephson接合をトンネルするCooper対によるエネルギーであるとみることができる第 2項の係数をEJ = I0Φ02πと書きJosephsonエネルギーと呼ぶさらに電荷エネルギーをEC = e22CとしCooper対の個数を表す nC = Q2eも定義すると上記の Lagrangianを Legendre変換して得られるHamiltonian Hq は

Hq = 4ECn2C + EJ cos θ (9215)

と書き表されるここで再び cos関数の引数を θ に書き直したcos θ = 1 minus θ22 +

θ44minus middot middot middot と展開して考えるともしも θ2の項まで取って高次の項を無視するならばこれは単なる調和振動子になることがわかるここでひとつ仮定をしようJosephsonエネルギーは電荷エネルギーよりも十分大き

い(EJEC ≪ 50)とするのである本来 Josephson接合によって非線形なインダクタが導入され非調和振動子となったこの回路だが非調和性が小さいすなわち物理量が調和振動子のようにふるまうとしてもそこまで悪い近似ではないという仮定でもあるLC共振器の量子化の手順に倣い [QΦJ ] = ihを要請しようこうすると [nC θ] = iという交換関係も導かれるそして生成消滅演算子を次のように定義する

nC =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 (9216)

θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2 (9217)

非線形性が小さいという仮定から cos θ ≃ 1minus θ22 + θ44と非線形性の現れる最低次の項までを残し上記の生成消滅演算子での nC と θの表記をHamiltonianに代入することで最終的に

Hq = (radic

8ECEJ minus EC)adaggeraminus EC

2adaggeradaggeraa

= hωqadaggera+

hαq2adaggeradaggeraa (9218)

第 9章 量子実験系における種々の結合 125

図 96 LC共振器とトランズモンの結合系

というHamiltonianを得るここで量子ビットの周波数は hωq =radic8ECEJminusECであり

非調和性を表すαq = minusEChを導入した典型的なパラメータとしてはωq ≃ 10 GHzEJEC ge 50αq sim minus200 MHzほどである一見すると JosephsonエネルギーEJ が電荷エネルギーEC よりも大きいという仮定

はJosephson接合が非線形インダクタとして働くということから非線形性が大きいことを意味するようにも思えるが実は θの係数にもEJECの因子があるように非線形性が小さくなることを意味することが分かるこれはnCの真空ゆらぎ δnC = (EJ8EC)

14

を考えるとより直観的になるEJEC が小さいときには δnC は小さくCooper対が 0

個から 1個になるか 1個から 2個になるかでCooper対間の相互作用による遷移エネルギーの違いが出るすなわち非線形性があるしかしEJEC ≫ 1のときには δnCが非常に大きいすなわちもはやこの領域での固有状態は数状態ではうまく書けないものになるのだがあえてCooper対の個数でいうならば 1個増えようがそこからさらにもう1個増えようが数状態の分布が少しシフトするだけで遷移エネルギーにおける違いがほとんどないような状況になるすなわち非線形性が小さくなるのである今回考えたような超伝導回路で大きなEJEC を持つものをトランズモン(transmon)と呼ぶ逆に EJEC が小さくなると非線形性が大きくなるがこういった超伝導回路を Cooper

pair boxと呼ぶ

923 共振器とトランズモンの結合最後に超伝導量子ビットと共振器が図のようにキャパシタを介して接続されている

ような回路を考えよう電圧キャパシタの電荷磁束その他のパラメータは図中に示してあるのでそちらを参照してほしい結合キャパシタ(coupling capacitor)Ccの扱いが肝だがキャパシタンスがCqCrに比べ小さいとし超伝導量子ビット共振器結合キャパシタのエネルギーを足し上げたものとして Hamiltonianを求めてみることにする結合キャパシタにかかる電圧は Vc = Vr minus Vq = QrCr minusQqCqでありこれ

第 9章 量子実験系における種々の結合 126

を結合キャパシタのもつエネルギー CcV2c 2に代入したものを含めたHamiltonianは

H =Q2r

2Cr

(1 +

CcCr

)+

Φ2r

2L+

Q2q

2Cq

(1 +

CcCq

)+ EJ cos θ minus CcVrVq

=Q2r

2C primer

+Φ2r

2L+

Q2q

2C primeq

+ EJ cos θ minus CcVrVq (9219)

となるここで C primeξ = CξCc(Cξ + Cc)(ξ = r c)としてあり最後の項はあえて電圧

に表現を戻してあるこのHamiltonianにある演算子を共振器の生成消滅演算子 cdagger c

と超伝導量子ビットの生成消滅演算子 adagger aすなわち

Qr = h

radicC primer

L(c+ cdagger) Φr =

h

i

radicL

C primer

(cminus cdagger) (9220)

Qq =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2

(9221)

で書き直そう定数項を無視すればこれは次のようになる

H = hωLCcdaggerc+ hωqa

daggera+hαq2adaggeradaggeraaminus hg(c+ cdagger)(a+ adagger) (9222)

結合定数 gはここでは

g =Cch

(h

C primer

radicC primer

L

)[2e

C primeq

(EJ8EC

) 14 1radic

2

](9223)

であり結合キャパシタのキャパシタンス Cc共振器の電場の真空ゆらぎ超伝導量子ビットの電場の真空ゆらぎの積の形になっているここから回転波近似を行うことでJaynes-Cummings相互作用が導かれる実際の超伝導量子ビットの設計の際には微小なキャパシタや Josephson接合などの素

子を経験的な値と数値計算によってシミュレートする必要があるこれは例えばキャパシタ以外の配線部がもつ微小なキャパシタンスやインダクタンスが無視できないためであるまた上記のような結合キャパシタンスが小さいという状況にも必ずしもならず超伝導量子ビット特にトランズモンを扱う際には数値計算による結合の見積もりは結局必須である

93 共振器オプトメカニクス931 導入巨大なミラーによって数キロメートルにわたる驚くほど長大なMichelson干渉計を

構成する重力波干渉計(gravitational wave interferometer)によって重力波による極微な時空のひずみが捕らえられたミラーは超高フィネスの連成光共振器の部品で

第 9章 量子実験系における種々の結合 127

図 97 共振器オプトメカニクス系の概念図

ありこれが極微の信号をとらえるための検出感度向上の要であるその検出感度は我々の想像を超えており光共振器の長さがミラーを構成する物質の格子定数よりもはるかに小さな量だけ変化してもそれを検出することが可能であるこれは逆にミラーの機械振動(mechanical oscillationvibrationこの量子は固体中の格子振動と同じくフォノンとよばれる)が重力波検出器に致命的なノイズとなることをも意味しているこのようなノイズを避けるべく干渉計は真空中に入れられ低温に冷やされワイヤーでミラーをつるして制振を図るなどさまざまな工夫がなされている周囲の環境から孤立したこのような系ではミラーの機械振動は極めて高いQ値を持つようになるこのような機械振動モードによる光への影響が特に機械振動の量子限界測定(quantum-noise-limited measurement)の観点から Braginskyによって調べられたこのような一連の研究の中で共振器オプトメカニクス(cavity optomehanics)は産

声を上げた共振器オプトメカニクスにおいては共振器の光子と機械振動のフォノンの相互作用が扱われ光子によるフォノンのあるいはフォノンによる光子の制御が期待され研究がすすめられたフォノンは共振器光子の非弾性散乱を生みそれが光のサイドバンドとなって検出されるフォノンの周波数が共振器のスペクトル幅よりも十分大きい時にはこのサイドバンドがスペクトル上で分離して観測されるフォノンの周波数が高ければ熱励起の影響を受けにくくなるなどの理由から共振器オプトメカニクスでは高周波フォノンが希求されてきた高周波フォノンのもう一つの良い点としてフォノンモードのレーザー冷却の限界温度が共振器のスペクトルとサイドバンドが分離できないときに比べて低くなることが挙げられる(より詳しくは付録 H参照)このようにフォノンをレーザー冷却などで量子的な領域にまで冷却し機械振動という巨視的な対象の量子的な振る舞いの研究や制御を試みる動きも盛んであるこの節では共振器オプトメカニクスにおけるオプトメカニカル相互作用(optome-

chanical interaction)を概説する

第 9章 量子実験系における種々の結合 128

932 オプトメカニカル相互作用初めに共振器光子のエネルギー hωca

daggeraとフォノンのエネルギー hωmbdaggerbを含む基

本的なHamiltonianを書き下そうこれは単純に二つの和で

H = hωc(x)adaggera+ hωmb

daggerb (931)

と書けるが共振器の共鳴周波数ωc(x)がフォノンの ldquo変位rdquoxに依存しているとしたこれは光共振器の共振器長が機械振動により振動的に変化するなどの状況に対応している例えばFabry-Perot共振器のミラーの機械振動を扱う場合などである(図 97)ここでフォノンの変位が微小であることから ωc(x) = ωc minusGx+ middot middot middot と共振周波数を展開しようGは光共振器の構造などに依存する係数であるこうすることで摂動をうけたHamiltonianを

H = h(ωc minusGx)adaggera+ hωmbdaggerb

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hGadaggerax

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hg0adaggera(b+ bdagger) (932)

と線形の範疇で ωc(x)を展開して書き下すことができるここでフォノンの変位が x =

xzpf(b+bdagger)と書けることを用いておりxzpf =

radich2mωmはフォノンの真空ゆらぎを表

すmは機械振動子の真空ゆらぎであるこれより相互作用の結合定数は g0 = xzpfG

であることがわかるこの Hamiltonianは共振器オプトメカニクスの系に対して広く適用可能なものになっており例えばばねに片方のミラーが繋がれた Fabry-Perot共振器であったりFabry-Perot共振器の中に透明薄膜機械振動子があるような系であったりフォトニック-フォノニック結晶共振器(photonic-phononic crystal cavity)や果ては LC共振器のキャパシタ電極が機械振動子になっているようなエレクトロメカニクス(electromechanics)系においても通用するオプトメカニカル相互作用Hint = hg0a

daggera(b + bdagger)についてみてみようこれは光子の数に応じた力が機械振動子にかかっている時のエネルギーとみることもできるオプトメカニカル相互作用の静的な作用は輻射圧(radiation pressure)あるいは光ばね効果(optical spring effect)と呼ばれるこれは光子による機械振動子への運動量の受け渡し(光子がキックするとも言われる)による圧力で機械振動子が少し平衡位置から変位する効果であると解釈される動的な現象としてはHint = hg0(a

daggerab+ adaggerabdagger)の各項の表す過程を考えればおのずと物理的な状況がみえてくるadaggerabという項は光子とフォノンが消滅し光子が生成されるRaman過程であるエネルギー保存則から生成される光子のエネルギーはもともとの消滅した光子よりもフォノンのエネルギー分だけ多きくならなければならずanti-Stokes散乱となっていることがわかるadaggerabdaggerという項は第一項のHermite共役すなわち逆過程であり光子が消滅し光子とフォノンが生成されるRaman過程であるこれまたエネルギー保存則よりこの過程が Stokes散乱つまり生成される光子のエネルギーが消滅した光子のものよりも小さくなる過程であることがわかるこれらの非弾性散乱は共振器の共鳴周波数から正負にフォノンの周

第 9章 量子実験系における種々の結合 129

波数分だけずれたところにサイドバンドを生むがこれを共振器に対する離調に応じてレッドサイドバンドブルーサイドバンドなどという共振器オプトメカニクスにおけるフォノンモードのレーザー冷却はこのレッドサイドバンドとブルーサイドバンドの比を著しく偏らせることが肝となっている

933 オプトメカニカル相互作用の線形化オプトメカニカル相互作用を線形化したものもよく目にするため紹介しておこう状

況としては系を周波数 ωlのレーザーで駆動するようなものを考える共振器のみこの駆動周波数の回転系に乗るとHamiltonianの第一項は h(ωc minus ωl)a

daggera = h∆cadaggeraとな

りほかの二つの項は変わらないそして駆動レーザーが共振器光子をコヒーレントに注入するとしてaを α + δaで置き換える本文中や付録のあちこちにも出てきているが複素数 αはコヒーレント状態の振幅であるδaは量子ノイズあるいは量子ゆらぎを担う演算子になっているこうすることで

Hint = minushg0(|α|2 + αlowastδa+ αδadagger + δadaggerδa

)(b+ bdagger)

= minushg0ncav(b+ bdagger)minus hg0radicncav(δa+ δadagger)(b+ bdagger) (933)

を得るただし ncav = |α|2とし量子ゆらぎの二次の項は無視した第一項は静的な輻射圧をあらわしており以降では無視しよう線形化されたオプトメカニカル相互作用の結合定数は駆動レーザーの振幅を含めて g = g0

radicncav と書かれるため強く駆動

するほど結合が大きくなるまたaを∆c の回転系にbを ωm の回転系に乗せて時間依存性をあらわにすると駆動周波数に応じて次の二つの場合に分けられることがわかる

Hint = minushg(δaeminusi∆ct + δadaggerei∆ct)(beminusiωmt + bdaggereiωmt)

=

minushg(δabdagger + δadaggerb) when ∆c = ωm rArr ω = ωc minus ωm

minushg(δadaggerbdagger + δab) when ∆c = minusωm rArr ω = ωc + ωm(934)

これらはそれぞれビームスプリッタ型の相互作用とパラメトリックゲイン型の相互作用になっているこれらで起こっていることは非常に直観的でもあるωl = ωcminusωmで駆動周波数がレッドサイドバンド遷移を引き起こすときには ωc minus ωmの光子が消滅しωcの光子が共鳴における増強によって生成されそしてフォノンは光子にエネルギーを渡して消滅するのである(図 98(a)参照)この過程の逆過程は駆動周波数が共振器に共鳴しているときに起こるこのようにして駆動周波数が ωl = ωc minus ωmのときにはStokes散乱と anti-Stokes散乱の非対称性が共振器の存在により生じフォノンが消滅する過程が生成される過程よりも優勢になるようにすることができるこれがフォノンのレーザー冷却あるいはサイドバンド冷却と呼ばれるものの基本的な機序であるさて一方で ωl = ωc + ωmのときつまり駆動周波数がブルーサイドバンド遷移を引き起こすようなときにはどうなるかというとωcの光子とフォノンが同時に生成されるか

第 9章 量子実験系における種々の結合 130

図 98 共振器オプトメカニクス系における (a) ビームスプリッタ型と (b) パラメトリックゲイン型の相互作用

同時に消滅するかという過程が引き起こされる(図 98(b))このような場合とくにωl = ωc + ωmではフォノンモードへとエネルギーがつぎ込まれていきフォノン数が大きくなっていくフォノン数が大きくなるにつれて bdaggerbdaggerbbのようなフォノンの非線形項つまりフォノンどうしの相互作用が無視できなくなり最終的にはフォノンどうしが互いの位相を揃えて発振するフォノンレーザーが実現される付録 Hにサイドバンド冷却について詳述したので興味のある方はそちらもご参照頂きたい

第III部

132

第10章 量子ゲート

Rabi振動を利用すると電磁波のパルス面積(パルス強度とパルス時間の積)によって量子ビットの状態を Bloch球上で好きな角度で ldquoまわすrdquoことができるしかしながら量子技術の応用に向けて必要な量子操作はこれに留まらない量子技術では任意の単一量子ビットの量子状態はもちろんエンタングルド状態などを含む任意の多量子ビット状態を作る必要がある幸いにもいくつかの量子操作(量子ゲートと呼ばれる)があればその組み合わせによって任意の量子状態を生成することが可能であることが知られているこのように任意の量子状態を実現できる量子ゲートの組をユニバーサルな量子ゲートの組(universal gate set)という例えば一量子ビットゲートと CNOT

ゲートの組はユニバーサルであるしかしながらユニバーサルな量子ゲートの組み合わせは一意的ではないこの節ではよく用いられる一量子ビットゲートと二量子ビットゲートを紹介しようさらにこの節では実際のHamiltonianの時間発展からこれらの量子ゲートをどのように構成するかを見ていく本題に進む前に一つだけ注意点を述べる我々は基底状態と励起状態を |g⟩ =

(0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義したところが量子情報処理の文脈では|g⟩ = (1 0)t |e⟩ =(0 1)tと逆に書くのであるこれに従って密度演算子の書き方も一行目一列目が基底状態の要素になって

ρ =

(|cg|2 clowastecg

ceclowastg |ce|2

) (1001)

となるのである量子ゲートは通常この表記で書かれるため本節ではこの慣習に従おうこの慣習を採用するとBloch球の上下が入れ替わるほかPauli演算子の行列表現に関

しても行と列の順番が逆になってしまうのだが実は行列表現は例えば σz =

(1 0

0 minus1

)と書かれ本書でいままで使用してきたものと変わらないつまり Hamitlonian が(hωq2)σz であるならば励起状態の方がエネルギーが低くなってしまいたいへん気持ち悪い現実と consistentにするならばHamiltonianをminus(hωq2)σzとしなければならないところであるこのように本節以降で採用する記法は現実の物理系との対応がややこしいがもし誤り耐性量子ゲートを行うところまで量子ビットが抽象的な対象となったらもうHamiltonianをはじめ現実の物理系を気にする必要がなくなり純粋に情報理論的な対象となっていると思えばよい

第 10章 量子ゲート 133

101 一量子ビットゲート一量子ビットの量子状態はBloch球上の点で表されるため任意の一量子ビットゲー

ト(single-qubit gate)は全体に係る位相因子を除いて Bloch球上のある点をほかの点に移す回転行列で表すことができるこの回転行列はベクトルn = (nx ny nz)を用いて

Rn(θ) = eminusiθ2(nxσx+nyσy+nzσz) = I cos

θ

2minus i(nxσx + nyσy + nzσz) sin

θ

2

=

(cos θ2 + inz sin

θ2 minus(ny + inx) sin

θ2

(ny minus inx) sinθ2 cos θ2 minus inz sin

θ2

)(1011)

と表されるここではベクトル nの周りに Blochベクトルが θだけ回転するようなかたちになっている1この一般的な回転のうちx軸まわりや z軸まわりの回転がよく用いられるためこれらを見てみよう2

1011 Xゲート初めにみる一量子ビットゲートはX ゲート

Rx(π) = minusiX =

(0 minusiminusi 0

)= minusi |e⟩ ⟨g| minus i |g⟩ ⟨e| (1012)

であり基本的には |g⟩と |e⟩を入れ替えるような働きをするX ゲート自体は X =

iRx(π)を指すが実際の実験においては上式のように x軸まわりの角度 πの回転はminusiXとなるそしてパルス時間が∆t = πΩのRabi振動がこのゲート操作と等価であるこのパルスを πパルスとも呼ぶ

1012 Zゲート次は Z ゲート

Rz(π) = minusiZ = minusi

(1 0

0 minus1

)= minusi(|g⟩ ⟨g| minus |e⟩ ⟨e|) (1013)

であるこのゲート操作は |e⟩状態に πの位相シフトを与え|g⟩には何も位相シフトを及ぼさないこの量子ゲートは z軸まわりの角度 πの回転となっておりZ = iRz(π)

が Z ゲートと呼ばれるではこれはどのような方法によって実現されるだろうか思い返せばBloch球上のBlochベクトルが静止しているようにかけるのは回転系で見ているからであり回転系でなければ Blochベクトルは量子ビットの周波数 ωq で z軸まわりに回転しているのであったすなわちπωq の時間だけただ待てば何もしなくて

1じつは nは密度演算子を Pauli演算子で分解した係数をまとめたスピン sと同一のものである2Y = Rz(

π2)XRz(minusπ

2)

第 10章 量子ゲート 134

もZゲートが実行できるとはいえ数十MHzの量子ビットならともかく光遷移を持つような場合にはこのような高速制御は現状では到底現実的でないもうひとつあり得る方法は制御機器側の位相の基準を πずらすという方法であるこれは簡単だが依然として光に関しては位相の安定的な制御自体が課題である最後に紹介する方法としては離調の非常に大きなレーザーによりRabi振動を引き起こすことであるRabi振動は (Ω 0∆q)というベクトルを軸にBlochベクトルを回転させるためΩ ≪ ∆qの条件で π∆qの時間だけ時間発展させると πの位相がつくただしΩ∆q程度の割合でX ゲートあるいは Y ゲートが混ざりこんでしまいゲートにエラーが生じることは避けられない

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T

これまでに出てきたゲートを応用したものとしてあと 3つ一量子ビットゲートを紹介しよう一つ目はHadamardゲート

H =1radic2

(1 1

1 minus1

)=X + Zradic

2 (1014)

であり|g⟩ rarr (|g⟩+ |e⟩)radic2|e⟩ rarr (|g⟩ minus |e⟩)

radic2という変換を引き起こすこれら

はどちらも nh = (1radic2 0 1

radic2)まわりの π回転であるHadamardゲートは明らかに

Hdagger = HでありかつXとZを相互に変換する作用があるHXH = ZHZH = X残り二つは Z ゲートとよく似ており

S =

(1 0

0 i

)= ei

π4Rz

(π2

)(1015)

T =

(1 0

0 eiπ4

)= ei

π8Rz

(π4

)(1016)

である実際S2 = Z T 2 = Sが成立するSゲートを用いると Y = SXSとなる

102 二量子ビットゲート二量子ビットゲート(two-qubit gate)は二量子ビット系に作用する量子ゲートであ

る簡単な例としてはXiを i = 1 2番目に作用するX ゲートとしたときにX1 otimesX2

のようなものであるこの例は一量子ビットゲートが単にそれぞれに作用するだけであるが制御量子ゲートのように片方の量子ビットの状態に応じてもう片方にかかる量子操作が変わるようなものもある本節ではこれらについてみていこう

第 10章 量子ゲート 135

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート制御NOTゲート(Controlled-NOTCNOTCXゲートなどと呼ばれる)は制御量

子ビット(2番目の量子ビットとしよう)が |e⟩のときに標的量子ビット(1番目の量子ビット)にXゲートが作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作である行列の形で書くと22 times 22の行列で

CNOT =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 0 1

0 0 1 0

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimesX (1021)

と書かれ|gg⟩ rarr |gg⟩|ge⟩ rarr |ge⟩|eg⟩ rarr |ee⟩|ee⟩ rarr |eg⟩という変換を引き起こすものである

1022 制御Z(CZ)ゲート制御 Z(CZ)ゲートは制御量子ビットが |e⟩のときに標的量子ビットに Z ゲートが

作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作であり行列の形は次のようになる

CZ =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 minus1

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimes Z (1022)

1023 iSWAPゲートと SWAPゲートiSWAPゲートと SWAPゲートは次のようなものである

iSWAP =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(1023)

SWAP =

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(1024)

上式から直ちに見て取れるようにSWAPゲートは二つの量子ビットの状態を入れ替える作用がありiSWAPゲートはこれに加えて iの因子が付加されるというようなものである

第 10章 量子ゲート 136

1024 XXゲートとZZゲートXX ゲートと ZZ ゲートは

XX(θ) =

cos θ2 0 0 minusi sin θ

2

0 cos θ2 minusi sin θ2 0

0 minusi sin θ2 cos θ2 0

minusi sin θ2 0 0 cos θ2

= I otimes I cosθ

2minus iX otimesX sin

θ

2

(1025)

ZZ(θ) =

ei

θ2 0 0 0

0 eminusiθ2 0 0

0 0 eminusiθ2 0

0 0 0 eiθ2

= I otimes I cosθ

2minus iZ otimes Z sin

θ

2 (1026)

と定義されるこれらは物性物理における Ising相互作用との関連から Ising結合ゲートと呼ばれることもある

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出量子ビット系を実現する物理系は様々であり量子ビット間の相互作用もさまざま

であるでは相互作用 Hamiltonian Hintが与えられたときにどのようなゲート操作が可能になるだろうかこれを明らかにするために量子系の時間発展はマスター方程式あるいは緩和を無視すると Schrodinger方程式によって記述されることを思い出そう相互作用表示での Schrodinger方程式(Tomonaga-Schwinger方程式ともいう)ih(partpartt) |ψ⟩ = Hint |ψ⟩を形式的に解くと |ψ(t)⟩ = exp[minusi(Hinth)t] |ψ(0)⟩となるしたがって我々のすべきことは極めてシンプルで相互作用Hamiltonian Hint を指数関数の方に乗せ量子系に対する演算子 exp[minusi(Hinth)t]の作用を明らかにすればよい初めに調和振動子の場合におけるビームスプリッタ相互作用のような量子ビット間

相互作用

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) =hg

2(σxσx + σyσy) (1027)

を考えるここでσ+σminusやσxσxのような項は本来一番目の演算子が一番目の量子ビットに作用するというような意味合いを明らかにするために σ+otimesσminusや σxotimesσxと書くべきものであるが混乱が生じない限りにおいてはotimesを省くそしてこの最初の例に関しては量子ゲートの形にたどり着くまでの計算を追うことにしようまず (σxσx+σyσy)2

第 10章 量子ゲート 137

をあらわに書き下そう

σxσx + σyσy2

=1

2

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+1

2

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

=

O

0 0

1 0

0 1

0 0O

equiv A (1028)

A2 = diag(0 1 1 0)A3 = A はただちに確かめられるのでexp[minusi(Hinth)t] =

exp[minusigAt]は

eminusigAt = 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A3 +

(gt)4

4A4 + middot middot middot

= 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A+

(gt)4

4A2 + middot middot middot

= diag(1 0 0 1) +

(1minus (gt)2

2+

(gt)4

4minus middot middot middot

)diag(0 1 1 0)

minus i

((gt)minus (gt)3

3+

(gt)5

5minus middot middot middot

)A

=

1 0 0 0

0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

0 0 0 1

(1029)

と計算できるこの時間発展は |gg⟩と |ee⟩に何も影響を及ぼさないが |ge⟩と |eg⟩の間にRabi振動のような占有確率の振動を引き起こすとくに t = 3π2gのときiSWAP

になる

eminusi3π2A =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(10210)

次にパラメトリックゲイン相互作用のような次の相互作用を考えよう

Hint = hg(σ+σ+ + σminusσminus) =hg

2(σxσx minus σyσy) (10211)

これもほぼ同じ計算によって

eminusig(σxσxminusσyσy)

2t =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 1 0 0

0 0 1 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10212)

第 10章 量子ゲート 138

となる今度は |gg⟩ |ee⟩で張られる部分系での ldquoRabi振動rdquoになるt = 3π2gのときは特別に bSWAPゲートと呼ぶ今度は上記の二つの相互作用を同じ結合強度で同時に働かせてみようHamiltonianは

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) + hg(σ+σ+ + σminusσminus) = hgσxσx (10213)

であり見るからにXXゲートを与えそうに思われるがあえて一般的な式exp[minusiσξσξα] =cosαI otimes I minus i sinασξ otimes σξ(証明は容易である)から計算すると

eminusigσxσxt =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10214)

となり実際にXXゲートとなることがわかる同様にZZゲートは σzσzという相互作用項から生じる最後にHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (10215)

を考えようこれは上記のケースよりも少し複雑な計算が必要になるが詳細は付録( G節)に譲り結果を述べると

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(10216)

となりt = π2gで全体の位相因子を除き SWAPゲートを与える

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t = eminusi

π4

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(10217)

ここまでみてCNOTゲートや CZゲートのような制御量子ゲートが物理学で頻繁に目にする ldquo自然なrdquo相互作用からは直接導かれないことに気づく制御量子ゲートは通常SWAPゲートなどの二量子ビットゲートと一量子ビットゲートを組み合わせて実現される

103 Cliffordゲートとnon-Cliffordゲート本節では量子ゲートのもう少し一般的な側面について言及しておこう手始めに n量

子ビットの Pauli群を導入する群とは単位元と逆元を含みある演算に関して閉じて

第 10章 量子ゲート 139

いるようなものの集合であり詳細は成書に譲るn量子ビット Pauli群 Pnは

Pn = eiπ2ΘΞ1 otimes middot middot middotΞn |Θ = 0 1 2 3 Ξi = Ii Xi Yi Zi (1031)

で定義され添え字の iは i番目の量子ビットに作用することを意味するPnの元は全体にかかる因子 1minus1iminusiを除けば一量子ビットゲートのテンソル積で書けるPauli群の元を Pauli群の元に移すようなユニタリ変換の集合を考えるとこれは群をなしClifford群 Cnとして知られているものとなるn量子ビットに対するユニタリ変換の集合を Unと書くときちんと定義を書けば

Cn = V isin Un |V PnV dagger = Pn (1032)

であるClifford群の元を Cliffordゲートというが例えばHXH = ZHZH = XSXS = Y などからHadamardゲート H と S ゲートは一量子ビットのCliffordゲートであることがわかる一量子ビットのClifford群の位数すなわち元の数はいくつになるだろうか一量子ビットのPauli群の元はある軸周りの回転に対応するためClifford

ゲートは xyz軸を(右手系を保ったまま)入れ替える操作に対応するすなわち正負の向きも含めて x軸を決めるのに 6通りそれに直交するように y軸を決めるのに 4

通りありこれらが決まれば自然と z 軸が決まるため6 times 4 = 24通りとなる二量子ビットゲートに関してはどうだろうか例えば CNOT(X otimes I)CNOT = X otimes X やCNOT(I otimes Z)CNOT = Z otimes Z などからCNOTゲートが二量子ビットCliffordゲートとなる [9]ことはわかるでは C2の位数はいくつあるかというと11 520個である一般には Cnの位数は 2n

2+2nprodnj=1(4

j minus 1)であることが知られている残念なことにかのGottesman-Knillの定理によればPauli演算子の固有状態が初期

状態でこれにCliffordゲートのみを作用させて実行される量子計算は ldquo確率的古典コンピュータrdquoによって効率的に(多項式時間で)シミュレート可能であることが知られているさらにCliffordゲートのみでは任意の量子状態を生成することができないことも知られているしたがってユニバーサルな量子操作を達成し古典コンピュータでは効率的に実行できない計算タスクを遂行するためにはnon-Cliffordゲート即ちClifford

群にない量子ゲートが不可欠である3そして喜ばしいことにT ゲートは non-Clifford

ゲートであるこれが任意の量子状態を生成できることはHadamardゲートとの組み合わせで THTH という演算の回転角が θTHTH = 2arccos [cos2 (π8)]と πの無理数倍になることからわかるそして Solovey-Kitaevの定理のいうところによれば十分な精度で任意の量子状態を近似するのには多項式時間あればよいこれらのトピックについての詳細はRef [[9]]を参照されたい

3魔法状態(magic state)|ψm⟩ = cos θ8|g⟩+ sin θ

8|e⟩を用いれば Cliffordゲートのみでも任意の量子

状態を生成可能であるnon-Cliffordゲートの難しさを魔法状態の準備に押し付けているだけとも言える

140

第11章 量子状態の測定とエラーの評価

111 射影測定と一般化測定一般に量子状態に対する測定は測定される量子状態を大きく変えてしまうこれ

が量子測定(quantum measurement)についてここで一節を割く理由であるがきちんとした量子測定の定式化によって測定の後の量子状態が記述でき量子エラー訂正などで役に立つという理由もある [9]|ψ⟩ =

sumi ci |φi⟩という量子状態を測定するとしよう実際の実験においては測りたい

対象である量子系Tと測定のための量子系Pを用意しそれらの間の何らかの相互作用で量子系Tの状態と量子系Pの測定で得られる物理量の対応が付くようにすることが多い射影測定(projective measurement)とは状態 |φi⟩の占有確率 pi = |ci|2を抽出し測定後の状態が |φi⟩に ldquo射影rdquoされるようなものである射影演算子 Pi = |φi⟩ ⟨φi|を用いると射影測定によって(ひとまず規格化を無視して)|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩ = ci |φi⟩と状態が変化するこれを密度演算子で記述しかつ規格化条件も考慮すると

|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩radicpi

(1111)

ρ = |ψ⟩ ⟨ψ| rarr Pi |ψ⟩ ⟨ψ|Pipi

(1112)

という状態の変化が射影測定によって生じる上記は純粋状態に対する表式であるから混合状態ふくむ一般の量子状態 ρについてかつ射影測定のみならず一般的な測定についても有用な測定の定式化を紹介しようこのためにKraus演算子を導入しようKraus演算子は量子測定においては測定による状態変化を表すものと考えてよいすなわち射影測定の場合には射影演算子Mg = |g⟩ ⟨g|とMe = |e⟩ ⟨e|がKraus演算子となるし蛍光測定(photoluminescence measurement)のように基底状態が測定されると基底状態のままだが励起状態が測定される場合に量子状態が基底状態へと変わるようなものではMg = |g⟩ ⟨g|とMe = |g⟩ ⟨e|が Kraus演算子となる量子ビットの場合には測定に係る量子状態が二つであるから Kraus演算子は二つでこれらをMi (i = g e)

と書く添え字は測定の結果そうであったと判明した状態を表しiの状態が測定された時には密度演算子はMiρM

daggeri のように変化を受けるこれを状態 iに見出す確率 piを

用いて規格化すると測定後の状態は測定に誤差がない場合に一般に

ρrarrMiρM

daggeri

pi(1113)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 141

と書けるもう一つ重要な概念として positive operator-valued measure (POVM) について述べておく1これはKraus演算子に対しEi =Mi

daggerMiで定義される量で各状態に見出される確率の合計が 1であるという条件と等価なsumiEi = I が成立するこれを用いると状態 iに見出す確率 piは pi = Tr

[MiρM

daggeri

]= Tr

[M daggeriMiρ

]= Tr [Eiρ]と

書けるPOVMは蛍光測定のような場合にも射影演算子と一致するがこのような測定を射影測定と区別して誤差のない測定と呼ぶこれよりも一般的な誤差のある測定について詳細は成書を参照していただくとして射影測定を例に触れておこう射影測定で生じるエラーとして(i)検出器のノイズなどにより本来信号を検出しない量子状態の測定であるのに信号を検出してしまったならびに (ii)検出器の量子効率が 1

でないために本来信号を検出すべき量子状態の測定で信号を検出できなかったという二つの場合を考えどちらも確率が ϵで起こるとするこのときの Kraus演算子はMg =

radic1minus ϵ |g⟩ ⟨g|+

radicϵ |e⟩ ⟨e|とMg =

radicϵ |g⟩ ⟨g|+

radic1minus ϵ |e⟩ ⟨e|となるこのような

誤差のある測定の場合にはKraus演算子も POVMも射影演算子と一致しないもうひとつ重要な概念として量子非破壊測定(quantum non-demolition measurement

QND measurement)について述べておく量子非破壊測定は射影測定すなわち測定の結果判明した量子状態に射影される測定の中でもさらに次の条件が付くそれは同じ量子状態に対する測定を複数回行ったときに測定後の量子状態のアンサンブル平均の状態が測定前の量子状態と同じ占有確率を与えるという条件である測りたい対象である量子系 Tと測定のための量子系 Pがあるという設定を思い出そう量子非破壊測定は量子系Tと量子系 Pの間の相互作用と量子系Tの測定される物理量が可換であるような測定と言い換えることもできる量子ビット系に関しては σz を測定することになるがこの文脈における量子非破壊測定はZZ相互作用やZX相互作用のように興味のある量子ビットに対して σzの作用をする相互作用を用いたものであるといってよいさらに砕けた言い方をすると量子非破壊測定とは測定したい量子ビットに対する測定の ldquo反作用rdquoを量子ビットの位相変化に押し付けられるような測定である

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ量子ビットのある状態から出発して量子ゲートによりなんらかの目的の状態を生成

したいとするこのとき初期状態量子ゲート測定のエラーといったさまざまな要因により最終的な量子状態は目的の量子状態とは異なるものになってしまい得るしたがって手持ちの量子状態がどんなものであるかを評価しなければならないここでは未知の量子状態がどのような状態であるかを明らかにするための量子状態トモグラフィという手法について説明する一量子ビット系の密度演算子は ρ = (12)(I + sxσx+ syσy + szσz)と表されることは

すでに述べたこの量子状態を知るためにはスピン成分である係数 sxsysz を決定すればよいだろうPauli演算子 σξとその積 σξσζ (ξ = ζ)はトレースがゼロであることに注意するとスピン成分は sξ = Tr [ρσξ]によって求まることがわかるではこの

1ややこしいがPOVMの measureは測度の意味

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 142

量を実際にはどうやって測定すればよいだろうか量子実験においてはほとんどの場合量子状態に関して得られる信号は量子状態の占有確率すなわち sz に関するものである逆に言えば sxや sy 分の情報を通常の測定から得ることはできないそのためBlochベクトルを回転させてBlochベクトルの x成分や y成分を z軸にそろえsxや sy

を szの測定に焼きなおす必要がある例えば sxの測定ではRy(π2)という量子ゲートにより |+⟩ = (|g⟩+ |e⟩)

radic2 rarr |g⟩ |minus⟩ = (|g⟩ minus |e⟩)

radic2 rarr |e⟩という変換(回転)

が起こるつまり Blochベクトルの x成分である sxが量子ゲートの後には z成分に変わっておりz成分の測定により sxがわかるようになるのである同様にRx(π2)という量子ゲートによって |+i⟩ = (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 rarr |g⟩|minusi⟩ = (|g⟩ minus i |e⟩)

radic2 rarr |e⟩

という変換がされsxの測定が可能になるこのようにして s = (sx sy sz)が多数回の測定によりわかれば測定者は密度演算子 ρの係数を明らかにすることができ量子状態のすべての情報を得ることができるこの一連の測定を量子状態トモグラフィ(quantum state tomography)という

113 フィデリティ量子状態の同定が済めば次にそれが所望の量子状態にどの程度近いかを表す指標を

用いて評価する必要があるこの指標としてよく用いられるのがフィデリティ(fidelity)であるフィデリティは量子状態の間の距離の数学的な定義は満たさないが量子状態が直交しているときに 0同じ時に 1となりかつ直感的な指標として広く用いられている一般の密度演算子で表された量子状態 ρと σに対してフィデリティF の定義を

F = Tr [ρσ] (1131)

とするこれは二つの量子状態が同じ場合には F = Tr[ρ2]= 1である二つの量子状

態が直交する場合には直交できる二つの量子状態はどちらも純粋状態でなければならずF = 0となる2ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティは

F = Tr [ρ |ψ⟩ ⟨ψ|] = Tr [⟨ψ| ρ |ψ⟩] = ⟨ψ| ρ |ψ⟩ (1132)

となる実際に生成した未知の量子状態が既知の量子状態とどれだけ近いかという評価にはこの形がもっともよく用いられるさらに単純化して ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|だとするとF = | ⟨ψ|ϕ⟩ |2つまり単に二つの量子状態の内積の二乗となる余談として完全混合状態どうしのフィデリティについて述べておこう一量子ビッ

トの完全混合状態の密度演算子は I2であるからフィデリティはトレースに注意してF = 12となる完全混合状態は量子ビットが一切のコヒーレンスを失った状態であるから最も量子制御と縁遠いものであるがそれでも(一量子ビットにおいては)05というフィデリティの値が出てしまうむしろフィデリティがゼロのときには必ず量子状

2この逆つまり F = 0となるのは二つの量子状態が直交するときのみであることも示すことができる

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 143

態が直交するということなのでその意味では信頼性が高い状態準備ができているともいえる多量子ビット系になると完全混合状態の密度演算子は Iotimesn2nとなり二つの完全混合状態の間のフィデリティは 2n(12n)(12n) = 12nとなるので結局フィデリティは高い方が良いという指標になる最後にフィデリティのもう一つの定義を紹介する上記では密度演算子の積のト

レースによりフィデリティを定義したが密度演算子の積の平方根のトレースで定義することもある

f = Tr

[radicradicρσ

radicρ

] (1133)

これついて ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティはトレースの巡回性から f = Tr

[radicradicρ |ψ⟩ ⟨ψ|radicρ

]=radic⟨ψ| ρ |ψ⟩Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|] =radic

⟨ψ| ρ |ψ⟩となるさらに ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|と書ければf = | ⟨ψ|ϕ⟩ |となる

114 量子ゲートエラーの評価一量子ビットなどの量子ゲートはパルス面積を決めて電磁波を量子ビットに照射する

ことで実現されるしかしながら実験的あるいは原理的な様々な理由によって実行したい量子ゲートの理想的な操作からはずれてしまうものだいくつかその原因の例を挙げるとパルス時間の制御機器の時間領域における精度が十分でないとか照射する電磁波に強度の変調がかかってしまっているだとか照射電磁波の位相がドリフトしてしまい xゲートを実行したつもりが Y ゲートも少し混ざってしまうとかそういったものであるであるから前節の量子状態トモグラフィと併せて量子ゲートの精度を測定するための手法とその評価のためにある量子状態が別の量子状態とどれだけ近いかを表す指標が必要である本節ではノイズに関する短い導入の後これらについてみていこう

115 ノイズ演算子純粋状態の場合量子系の発展は量子状態 |ψ⟩に何かしらの演算子が作用するという

ふうに記述されるもし混合状態も含めた一般的な量子仮定の記述をしたければ密度演算子に関する作用を考えなければならないこれはKraus演算子Aiを用いて次のように書かれる

E(ρ) =sumi

AiρAdaggeri (1151)

当然Kraus演算子から構成される POVMは確率の総和が 1になるという条件を満たさねばならない例えばE(ρ) = XρX は量子ビットが確率 1でフリップする(|g⟩と|e⟩が入れ替わる)過程を表す純粋状態についてはXρX = X |ψ⟩ ⟨ψ|Xdaggerと単にX |ψ⟩の密度演算子となることからも納得はできるであろうこの完璧な操作に対し実際に

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 144

行われる操作は環境のノイズが混ざった不完全なものであるこのノイズにより確率的に引き起こされる過程をΛと書くとこれは英語では superoperatorと呼ばれる密度演算子(密度演算子)に対する演算子となるもしノイズが pの確率で量子ビットをフリップさせるようなものならこのビットフリップエラー(bit-flip error)の演算子Λx

Λxρ = (1minus p)ρ+ pXρX (1152)

と書かれるもうひとつ例を挙げるともしノイズにより確率 pで位相がフリップする(π回転する)ならばこの位相フリップエラー(phase-flip error)に対応するノイズ演算子 Λz は

Λzρ = (1minus p)ρ+ pZρZ (1153)

これらは x軸と z 軸まわりの量子ビットのフリップが確率的に起こる過程を表しているy軸まわりのものはビット-位相フリップエラー(bit-phase-flip error)と呼ばれ

Λyρ = (1minus p)ρ+ pY ρY (1154)

であるもうひとつ上記のすべてが等確率で起こるものとして脱分極(depolarizing)エラー

Λdρ = (1minus p)ρ+p

3(XρX + Y ρY + ZρZ) (1155)

があるしかしながらこの過程は実際には非現実的でその対称性による理論的な取り扱いやすさから導入されたものと思われるさてノイズ演算子(noise superoperator)について例を挙げつつ説明したが実は現

実に起こるエラーとして最も重要なのは次の自然放出に起因するエラーであるこれは amplitude dampingともいわれ

Λampρ = A0ρAdagger0 +A1ρA

dagger1 (1156)

と書かれるKraus演算子は

A0 =

(1 0

0radic1minus p

) A1 =

(0

radicp

0 0

) (1157)

と書かれるひとつめのKraus演算子A0は |e⟩の占有確率が減少する過程を表しておりふたつめの Kraus演算子 A1はその過程が |e⟩から |g⟩への遷移に起因することを示しているそして励起状態の占有確率の減少と |e⟩から |g⟩への遷移の二つは同時に確率 pで起こる自然放出は真空場による誘導放出と解釈できるためノイズ源はなんと真空場であり不可避である

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 145

116 量子プロセストモグラフィ量子プロセストモグラフィ(quantum process tomography)は量子状態トモグラ

フィのように量子過程を完全に同定するための手法である量子プロセストモグラフィをする目的としては実験的に実装された量子ゲートが理想的な量子ゲートにどれだけ近いかを量的に評価することであるある量子状態 ρにどれだけ理想的なゲートからずれているかわからない ldquo未知のrdquo

量子ゲートを作用させるとしよう種々のノイズの結果としてこの量子ゲートによる作用は E(ρ) =

sumiAiρA

daggeri と書けるであろうn量子ビット系の量子状態は d = 2n次元

のHilbert空間となるがこれに対するKraus演算子は常に n量子ビット系に d個ある直交する演算子を用いて Ai =

summ aimEm m = 1 2 dと表現することができる

これを E(ρ)に代入すると

E(ρ) =summn

χmnEmρEdaggern (1161)

と書き直すことができるここで χ行列 χmn =sum

i aimalowastinを導入したこれはPauli行

列と恒等演算子という非常に扱いやすい演算子のセットで未知の量子状態を特徴づけるものとなる実験においては量子ビット系を d2個ある線形独立な状態の中からひとつの状態 ρj

に用意し量子ゲートを作用させるそして量子ビットの状態を量子状態トモグラフィにより同定するこの一連の工程によって最終的な状態は E(ρj) =

sumk cjkρkと書ける

ρjが線形独立であることからEmρjEdaggern =

sumk βmnjkρkという展開も可能であるからsum

k

cjkρk =summn

sumk

χmnβmnjkρk hArr cjk =summn

χmnβmnjk (1162)

したがって βmnjkの逆行列を用いると次を得る

χmn =sumjk

βminus1mnjkcjk (1163)

右辺では cjkが量子状態トモグラフィによって実験的に明らかにできるパラメータでありβmnjkは ρkが理想的な場合の EmρkE

daggern =

sumk βmnjkρkから計算により求めること

ができるしたがってχ行列は d2個の ρkに対して上記のような工程を行い評価することができるのである演算子の組 Eiは一量子ビット系では IX Y Z二量子ビット系では II IX Y Z ZZでありχ行列は一量子ビット系では 4times 4二量子ビット系では 16times 16の行列となるここでひとつ量子プロセストモグラフィについて注意しておきたいことがある量

子技術においては量子系の初期状態の準備量子ゲートによる操作そして測定が行われ測定結果はさらにそのあと作用する量子ゲートへとフィードバックされたりするこういった工程のなかで量子プロセストモグラフィが検出するのは一連の工程で生じたすべてのエラーを含んだものであるすなわち量子状態準備と量子測定のエラー

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 146

(state preparation and measurementで SPaMエラーと略される)は分離できないのであるまた量子プロセストモグラフィは量子ビットの数が増えると指数関数的に実験時間が増えかつ扱う行列のサイズも指数関数的に大きくなるため大規模化した量子系での量子プロセストモグラフィは現実的ではない

1161 ゲートフィデリティ量子プロセストモグラフィを現実にやるかどうかはともかく量子ゲートが特徴づ

けられてしまえば量子状態のフィデリティのように理想的な量子ゲート U と現実に行われた操作がどれだけ近いかを表す指標が必要であろうここでゲートフィデリティ(gate fidelity)を理想的な場合に生成されるべき量子状態UρU daggerと現実の操作で生成された状態 E(ρ)のフィデリティ

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]として定義したいところであるこれは次のように書きなおすことができる

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]= Tr

[UρU dagger

summ

χmEmρEdaggerm

]

= Tr

[Uρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

dagger

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

daggerU

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermU

]= Tr [ρΛ] (1164)

ここでノイズ演算子 λを Λ =sum

m χmmLmρLdaggerm with Lm = U daggerEmで定義している

もしも実行された量子ゲートが完璧であり E(ρ) = UρU daggerとなるのであれば当然ゲートフィデリティは同じ量子状態の間のフィデリティと等価になってFg = Tr

[ρ2]= 1

となる実際には種々のエラーが量子操作に紛れ込み初期状態として用意した純粋状態が混合状態へと劣化してしまうこのときにはF prime

g lt 1に低下するところがゲートフィデリティは密度演算子 ρによって値が変わってしまうことに

注意しよう例としてビットフリップゲートX が所望の量子ゲートであるとし確率 pで Zになってしまうすなわち位相フリップエラーが起こるとしようこのときρ = |g⟩ ⟨g|あるいは ρ = |e⟩ ⟨e|のときには位相フリップエラーの影響があらわには出ずこれではエラーを検知できずに F prime

g が 1になってしまうこれを避けるためにゲートフィデリティFgは任意の純粋状態 |ψ⟩に対して F prime

gを計算したなかの最小値であると定義しよう

Fg = min|ψ⟩

Tr[U |ψ⟩ ⟨ψ|U daggerE(|ψ⟩ ⟨ψ|)

] (1165)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 147

これによって量子ゲートのエラーを過小評価することはなくなったためしに先ほどの例すなわちビットフリップゲートXが所望の量子ゲートであり確率 pでZになってしまう場合について計算してみよう

Fg = min|ψ⟩

Tr [X |ψ⟩ ⟨ψ|XE(|ψ⟩ ⟨ψ|)]

= min|ψ⟩

Tr [⟨ψ|X[(1minus p)X |ψ⟩ ⟨ψ|X + pZ |ψ⟩ ⟨ψ|Z]X |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

Tr [⟨ψ|Y |ψ⟩ ⟨ψ|Y |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

(⟨ψ|Y |ψ⟩)2

= 1minus p (1166)

からこの量子ゲートのゲートフィデリティは 1minus pであるといえる量子プロセストモグラフィを用いて量子ゲートの素性を明らかにした場合にはその結果を E(|ψ⟩ ⟨ψ|)として代入し同様の計算をすることになる

117 Randomized benchmarking

量子プロセストモグラフィはSPaMエラーとゲートのエラーを区別できないこと以上に多量子ビット系になるにつれてゲートの評価自体に用いる χ行列の次元が指数関数的な増大を見せることから現実的でないと思われているこの問題から実際の実験では randomized benchmarkingという量子ゲートの評価手法が広く用いられているRandomized benchmarkingはいくつかの仮定の下に量子ゲートのゲートフィデリティを見積もる方法でありそれらの仮定が実際の状況に即しているかは慎重に見極めなければならないそれを差し引いてもこの手法はゲートエラート SPaMエラーを分離して測定できるかつ量子プロセストモグラフィよりも圧倒的にゲートエラーの評価が容易であるというメリットからしばしば用いられるRandomized benchmarkingの実際の手順を箇条書きで述べよう

bull 量子ビット系を |ψi⟩に初期化する

bull ランダムに選ばれた l isin N 個の Cliffordゲートを作用させる

bull 上記の Cliffordゲート列の全体の逆元を作用させる

bull 最終的な状態 ρf が |ψi⟩ ⟨ψi|と同じであるかどうか確かめる

bull lを増加させたときの ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティの減衰からゲートフィデリティを見積もる

Cliffordゲートの数 lが増加するにしたがって ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティは指数関数的に減衰するこの指数関数的減衰をフィッティングしてゲートフィデリティ

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 148

を得るというのが randamized benchmarkingであるそしてゲートの数に対するフィデリティの減衰を評価する手法であるからSPaMエラーとゲートエラーを別々に評価できるということも明らかであろう実験で行う解析を二量子ビット系で考えてみよう量子プロセストモグラフィでは 16 times 16の行列とその逆行列を扱うことになりrandomized benchmarkingでは 11 520個のCliffiordゲートがまんべんなく登場するようにシークエンスを整えることになるどちらも一長一短に思えるうえrandomized

benchmarkingでは Cliffordゲート全体のゲートフィデリティの平均値が求まるのみという点はあるものの自動的にゲートを乱数で生成するプログラムがあればよく直観的でもありSPaMエラーとの分離も可能でinterleaved randomized benchmarking

と呼ばれる方法で個別のゲートフィデリティの評価も可能な randomized benchmarking

が用いられることは多いRandomized benchmarkingはこのように便利に思えるが上記のようにゲートフィ

デリティを得るうえで仮定されていることがいくつかあるこれらの中には現実的でないものも含まれるがひとまず列挙してみよう

bull すべてのノイズ演算子があらゆる Clifford演算子に等しく含まれる

bull 平均のゲートフィデリティはノイズがあたかも脱分極エラーであったかのように計算される

bull ノイズはマルコフ過程的であるすなわちノイズに時間相関はない

これらの仮定は特に一つめと二つめについては実験的な観点では到底現実的ではない例えば一つめに関しては量子系ごとに量子ゲートの得意不得意がありすべての量子ゲートが等しくすべてのノイズ演算子を持つというのは考えにくい二つめについて脱分極エラーがそもそも現実に即していないというケチが付くむしろ自然放出と位相緩和が主な実験的エラーであることがほとんどだ三つめに関してはノイズがMarkov過程的であるという根拠はないが実験的にはノイズをMarkov過程でモデルすると物理現象をうまく説明できることが多く実験的には妥当であろうと思われるこのような事情にもかかわらず randomized benchmarkingはその簡便さから頻繁に用いられる余談であるが自然放出によるエラーは状態空間を非一様に覆うように作用してしまうためrandomized benchmarkingの仮定が崩れてしまうこれに対処するためにトワリング(twirling) [10]というBlochベクトルをわざとぐるぐる回転させてこの効果を打ち消す方法がある

149

第12章 量子エラー訂正の基礎

従来のコンピュータで用いられるようなビットでもそうであるように量子ビットも常にノイズにさらされエラーが発生する現実的な量子技術は 106回以上の量子状態準備量子ゲート量子測定量子操作が必要となるといわれているこのような大きな数の操作と立て続けに行うと例えばゲートフィデリティが 09999という精度を持っていても 1 000回で 09100 000回で 10minus5まで全体の量子操作のゲートフィデリティが低下してしまうしたがって量子ゲートのエラーは従来のコンピュータでも行うようにエラー訂正をしなければ使い物にならない量子ビットに対するこのようなエラー訂正を量子エラー訂正(quantum error correction)とよぶ従来のコンピュータで行うエラー訂正は多数決の方法をとっているすなわちビッ

トのコピーを複数用意しておきエラーが発生するレートが低いという仮定の下で複数のコピーの中で多数である方を正しい結果として採用する一方で量子エラー訂正は従来のエラー訂正のように簡単ではないこれは次のような事情があるためである

(i) エラーは Bloch球上で連続的に発生する

(ii) 複製禁止定理によって量子状態のコピーを作ることができない(付録 J)

(iii) 測定は量子状態をlsquolsquo 破壊 rsquorsquoする

これらの条件のもとでのエラー訂正は一筋縄ではなくいままでに考案されてきた量子エラー訂正のコード(量子エラー訂正ができるように複数の量子ビットから一つの量子ビットを構成する方法)は上記の問題を巧みに回避しているつまり量子エラー訂正を実行するために量子状態は壊すことなく量子ビットに起こるエラーを ldquoデジタルrdquo

に検出するのである量子エラー訂正ができるようになることによる代償もあるそれは従来のビットに対する多数決の方法のように量子ビットを数多く使用して冗長性を確保しなければならないことであるさらに量子エラー訂正が動作するためのエラー閾値というものがあるがこれが非常に厳しい要求となっている言い換えると量子操作全般に対するフィデリティが現状の最先端技術を駆使しても達成困難なほど高くなければならないのである本節ではこのような状況を概観するために量子エラー訂正の基本的な考え方をみていく本節で網羅できない詳細については成書 [9 11]

をあたってほしい

第 12章 量子エラー訂正の基礎 150

121 スタビライザーによる定式化量子エラー訂正の話に進む前にスタビライザー(stabilizer)による定式化につい

て少し述べておくとのちに便利であるスタビライザー群 Sはn量子ビット Pauli群Pnの可換な部分群であり次の条件をみたすものである

S = Si | minus I isin S [Si Sj ] = 0 for all Si Sj isin S le Pn (1211)

ここで群に対する不等号は部分群であることを意味するn量子ビット Pauli群 Pnの部分群でありかつスタビライザー群の元であるスタビライザー演算子 S isin S は固有値plusmn1をもつまたスタビライザー群のすべての元が可換であることからスタビライザー群のすべての元に共通の固有状態があることもわかるところで群は生成子というその積によって元の群が作られるような部分集合により特徴づけられるスタビライザー群の生成子 Sg の集合をスタビライザー生成子と呼ぶスタビライザー生成子のある元がほかの元の積によって書かれないように最小限の元だけで構成されるスタビライザー群はスタビライザー生成子から生成される(S = ⟨Sg⟩とかく)が

そのスタビライザー生成子の数は |S|をスタビライザー群の位数(元の数)として高々log |S|個であることが知られているここにスタビライザー群を用いた量子系の記述に関するメリットのひとつが浮き彫りになるすなわち量子系が拡大していくにつれて指数関数的に状態の数が増えていくもののスタビライザーによる定式化を用いれば高々量子ビット数に比例する程度でしか増えないスタビライザー生成子で量子状態を指定することが可能になるのであるスタビライザー演算子は可換であるからすべてのスタビライザー演算子の同時固有

状態が存在することはすでに述べたこの固有状態のうち任意の Si isin S に対して固有値が 1すなわち Si |ψ⟩ = |ψ⟩となるものが存在するこの固有状態 |ψ⟩をスタビライザー状態といいスタビライザー状態により張られる固有空間 Vsを Sのスタビライザー部分空間ともいうのちの便宜を図るためスタビライザー演算子について固有値がminus1の固有空間を V prime

s と書くことにするS = ⟨Z1 middot middot middotZnX1 middot middot middotXn⟩ (n 偶数)というスタビライザー群を例にとるとこの

スタビライザー部分空間は

|ψ⟩ = |g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩radic2

であるただし |ξ1⟩ otimes |ξ2⟩ otimes middot middot middot otimes |ξn⟩を |ξ1ξ2 middot middot middot ξn⟩と表記しているもう一つの例としてX1 middot middot middotXn を除いて S = ⟨Z1 middot middot middotZn⟩というスタビライザー群を考えるとスタビライザー部分空間は |g middot middot middot g⟩ |e middot middot middot e⟩となるもしもこのスタビライザー部分空間に対して一つの量子ビットがフリップするような過程が起こるとその量子状態は|eg middot middot middot g⟩ |ge middot middot middot g⟩ |gg middot middot middot e⟩で張られるような部分空間に入ってしまうこれらは実は演算子 Z1 middot middot middotZnに対しては固有値が minus1となるような状態になっている言い換えるとこのビットフリップエラーによってもともと Vsにあった量子状態が V prime

s へと移ってしまうのであるこれを用いるとZ1 middot middot middotZnの測定によりビットフリップエラー

第 12章 量子エラー訂正の基礎 151

が検出できることになるしかしながらこの測定によってその量子ビットがフリップしたかは判別できない量子エラー訂正をするためにはもういくつかの工夫をしなければならないしかしながらきちんとした量子エラー訂正の符号(quantum error

correction code)すなわち複数の物理的な量子ビット(physical wubit)によりひとつの論理量子ビット(logical qubit)を構成するやり方が与えられればその記述がスタビライザーによる定式化により整理されスタビライザー部分空間に量子ビットがエンコードされスタビライザー生成子の測定によりエラーが検出されそしてエラーの訂正が行われるというふうに系統的に量子エラー訂正を理解することができる

122 三量子ビット反復符号完全な量子エラー訂正の符号に入る前に三量子ビット反復符号(three-qubit rep-

etition code)というビットフリップエラーを検出し訂正することが可能な符号についてみておこう三量子ビット反復符号のスタビライザー群は S = ⟨Z1Z2 Z2Z3⟩でありスタビライザー部分空間は Vs = |ggg⟩ |eee⟩となるこのスタビライザー部分空間に論理量子ビット |0L⟩ |1L⟩をエンコードするがそのやり方はいたって単純で |0L⟩ = |ggg⟩|1L⟩ = |eee⟩とすればよいこのときに論理量子ビットに対する論理Pauli演算子がXL = X1X2X3と ZL = Z1Z2Z3であることはほとんど自明だろうこのもとでスタビライザー生成子の測定によって何がわかるかをみてみようまずZ1Z2

と Z2Z3はZ |g⟩ = |g⟩Z |e⟩ = minus |e⟩から常にスタビライザー状態に対して+1という固有値を持つことがわかるこれは上記のスタビライザー生成子が偶数個の Z の積であるためであるこれは Vsの定義から明らかであろうではビットフリップエラーが起こるとどうなるであろうかここでは一番目の量子

ビットにフィットフリップエラーが発生しa |ggg⟩+ b |eee⟩というスタビライザー状態が a |egg⟩+ b |gee⟩となってしまったとしようするとZ1Z2の測定はminus1という値を返しZ2Z3は+1という値を返すこととなるとここまで説明すればZiZj の測定値がi番目と j 番目の量子ビットが同じ状態(+1)か異なる状態(minus1)かを判別するものになっていることに気が付くこのような測定をパリティ測定(parity measurement)という逆に Z1Z2と Z2Z3のふたつのパリティ測定の結果から1番目と 2番目の量子ビットは異なる状態だが 2番目と 3番目の量子ビットは同じ状態にあるということを知ることができるエラーの発生確率が十分低く二つ以上の量子ビットがいっぺんにフリップするようなことは起こらないという仮定のもとでこの情報は 1番目の量子ビットにエラーが発生しているということを示しているパリティ測定によってどの量子ビットにエラーが起こっているかを判別する一連の測定をシンドローム測定(syndrome

measurement)というシンドローム測定のために測定のための補助(ancillary は差別的な表現である

として最近は auxiliary がよく用いられる)量子ビットをスタビライザー生成子ひとつにつき 1個つけておこうZ1Z2 の測定のための補助量子ビットを添え字 aであらわすと初め |0L⟩ |ga⟩ であったとしエラーによって |egg⟩ |ga⟩ になってしまったと

第 12章 量子エラー訂正の基礎 152

しようこのときに 1 番目と 2 番目の量子ビットをそれぞれ制御量子ビットとするCNOTゲートCNOT1aCNOT1bを補助量子ビットに作用させると|egg⟩ |ga⟩

CNOT1ararr|egg⟩ |ea⟩

CNOT2ararr |egg⟩ |ea⟩というように補助量子ビットの量子状態が変化し補助量子ビットの σz の測定値すなわち 1番目と 2番目の量子ビットに関するパリティ測定の結果がminus1となる2番目と 3番目の量子ビットに関しても同様に補助量子ビットを用意してパリティ測定を行うと補助量子ビットの状態は変わらずパリティ測定の結果として+1を得るこのようにして得られた測定結果に応じてエラーのある量子ビットにX ゲートをかけるようなシステムを構築すればビットフリップエラーに対する量子エラー訂正ができることになるエラーが訂正されれば当然量子状態はスタビライザー部分空間 Vsに戻るここで上記の量子エラー訂正によって正しい量子状態が保たれる確率がどうなるか

を議論しよう論理量子ビットを構成する三つの量子ビットにエラーが全く起きない確率は一つの量子ビットにエラーが起きる確率を pとして (1minusp)3であるこれはそのままでは pに比例する項があるのだがもしエラー訂正が可能となり一つの量子ビットがフリップしても正しい状態に戻すことができるとなればこの確率は (1minusp)3+3(1minusp)2p =1minus 3p2 + 2p3となりpに比例する項が消えpが十分小さい場合には量子エラー訂正後の正しい状態を得る確率は量子エラー訂正なしの場合よりも高くなるここで述べた三量子ビット反復符号はビットフリップエラーを検出し訂正できるもの

であるもしスタビライザー群が S = ⟨X1X2 X2X3⟩であればスタビライザー部分空間は |+++⟩ |minus minus minus⟩になり本節の議論を少し変更するだけでこれが位相フリップエラーを訂正できる三量子ビット反復符号になっていることがわかるだろう同様にビット-位相フリップエラーについても三量子ビット反復符号によって量子エラー訂正が可能であるしかしながらこれらはそれぞれ 1種類のエラーしか訂正できない現実の量子ビットはこれらのすべてのエラーにさらされるのだから三つのエラーを検出し訂正できるような量子エラー訂正の符号が必要である

123 Shor符号前節で紹介した三量子ビット反復符号はビットフリップエラー位相フリップエラー

ビット-位相フリップエラーのどれか一つだけについて量子エラー訂正が可能となる符号であった本節では量子ビットに対するエラーを完全に訂正できる符号化の方法としてPeter Shorが導入した(九量子ビット)Shor符号(nine-qubit Shor code)を紹介しようこの符号化によってアナログな(連続的な)エラーにさらされる量子コンピュータがエラー耐性を獲得しうることが示された点で歴史的に非常に重要なマイルストーンであるShor符号において論理量子ビットは 9つの量子ビットを用いて次

第 12章 量子エラー訂正の基礎 153

のようにエンコードされる

|0L⟩ =(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)

2radic2

(1231)

|1L⟩ =(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)

2radic2

(1232)

これらは次のスタビライザー群のスタビライザー状態であることはすぐわかる

S = ⟨Z1Z2 Z2Z3 Z4Z5 Z5Z6 Z7Z8 Z8Z9 (1233)

X1X2X3X4X5X6 X4X5X6X7X8X9⟩ (1234)

そして論理量子ビットに対する論理 Pauli演算子は

ZL = X1X2X3X4X5X6X7X8X9 (1235)

XL = Z1Z2Z3Z4Z5Z6Z7Z8Z9 (1236)

であるShor符号は小さなまとまりとしてビットフリップエラーに対する反復符号がありその論理量子ビットからさらに位相フリップコードを構成したような形になっていることに気が付くであろうこのような入れ子(英語では nestedがこの意味に近いがconcatenatedの方がよくつかわれる)の符号化は論理量子ビットのエラー耐性を増強するうえで今や定番の手法となっているシンドローム測定のうち Zotimes2の形のスタビライザー生成子は一番小さな三量子ビットのまとまりの中でビットフリップエラーを検出できXotimes6の形のスタビライザー生成子によって論理量子ビットの各括弧をひとまとまりと見た時にその位相フリップエラーを検出できるようになっているこの符号化の際にはシンドローム測定のために補助量子ビットを最低 8個つけておかねばならないXotimes6の測定のために 1つの補助量子ビットを 6つの量子ビットと相互作用させるのは一般に簡単ではないから実際にはより多くの補助量子ビットが必要になるだろうさてこのコードによってエラーが訂正されるための大前提は 9個のうち 2個以上の

量子ビットに同時にエラーが起こる確率が非常に小さいことであり三量子ビットの反復符号よりも厳しい条件ではあるもののそこまでエラー訂正のための条件が厳しいようには一見思えない実際三量子ビット反復符号のときのような確率の計算をすれば現在の最も精度の高い量子ゲートならば十分であるということになるかもしれないしかしながらここではもう少し現実的な状況を考えるすなわちいままではエラーが一度発生したらそれを検出するための測定や量子ゲート測定結果に応じたエラー訂正用の量子ゲートにはエラーは入らないと仮定していたのだがこれらすべてにエラーが入ると考えるのである最終的に量子エラー訂正が可能となった場合には量子ゲートと量子測定がすべてエラー耐性のある(fault-tolerantな)ものとなっているべきでエラーが確率 pで発生する際にそのエラーが別の量子操作にそのまま pで伝播するのではなくp2になって伝播するようにエラーを抑制しなければならない(error mitigation

といわれる)文献 [9]にあるようにきちんと解析するとある量子エラー訂正の符号

第 12章 量子エラー訂正の基礎 154

化に対してエラー耐性のある量子計算を行うためにどのくらいのエラー発生確率であれば許容できるかというエラー閾値(error threshold)が計算される単純な Shor符号の場合にはエラー閾値が 10minus7のオーダーであることが知られておりこれは現存するどんな技術においても達成されていないエラー発生確率である

124 発展的な量子ビットの符号化Shor符号はその単純さから比較的理解しやすいものだが10minus7程度というエラー閾

値が実装に対する厳しい制約となっている現状で最も精度の良い一量子ビットゲートのエラー率がsim 10minus6そして二量子ビットゲートについてはsim 10minus4であり近い将来における Shor符号の実装は絶望的であるこのような状況においてよりエラー閾値の高いあるいはエラー率を抑制できる量子ビットの符号化に興味がもたれいくつかの重要な発展をもたらした代表的なものとして表面符号とGottesman-Kitaev-Preskill

(GKP)符号がある表面符号(surface code)はトポロジカル符号(topological code)トーリック符号

(toric code)とも呼ばれるもので非常に大きな数の量子ビットの 2次元配列を用意しそれによって論理量子ビットを構成するものである表面符号が特徴的なのはエラー閾値がコヒーレントエラーなしの場合に 001コヒーレントエラーを含めても 10minus4程度と現在知られている量子エラー訂正符号のなかで最も高いエラー率を許容する点であるまた表面符号と物性物理学理論の関連も量子情報科学と物性物理学の橋渡しとなる興味深いトピックである欠点としては表面符号の構成に 1 000量子ビット以上のとにかく多数の系に大規模化しないければいけない点で大規模化に伴ってどの程度エラー率が悪化するかあるいは悪化しないで大規模化を達成できるかそして多数の量子ビットを制御するための電気光配線や制御系が現実的に可能かどうかが現在の量子系大規模化の潮流の中で盛んに調べられているふたつめのGKP符号 [13]は調和振動子の量子状態つまり Fock空間のなかで量

子ビットを構成する方法として注目を集めているもう少し具体的には位相空間上で二次元グリッド状に並んだ点としてあらわされる量子状態を生成しこれとグリッドの周期の半分だけ位相空間上でずれた状態のふたつの状態を論理量子ビットとするものである論理量子ビットをGKP量子ビットともいう実際に位相空間上の点を実現するのはinfin dBのスクイージングに対応し現実的でないため実際には有限の幅を持つグリッド状に並んだ分布で近似的に直交する二つの量子状態を構成することになり現在のところ原子イオンの振動自由度を使ったもの [14]と超伝導量子ビットとマイクロ波共振器の結合系 [15]における実証実験が行われているGKP符号の特徴としては表面符号で多数の量子ビットを用いて確保していた大きなHilbert空間を無限次元のHilbert

空間である調和振動子によって代替していることであるエラー耐性を持たせるために多数の GKP量子ビットを用いて構成した表面符号を構成するとエラー閾値が 10minus4

となることが知られているこれが実用的かどうかは甚だ疑問だが調和振動子の量子技術の一例として非常に興味深いものである

155

第13章 個別量子系に関するDiVincenzo

の基準

原子光子固体中の点欠陥超伝導量子回路などある個別量子系があったときにそれが量子技術への応用にどのくらい堪えるものかを見積もるための基準がDiVincenzo

によって提示された [20]これを以下に列挙しよう

(i) 拡張性があり特性の良くわかった量子ビットを内包すること個別量子系は他の量子状態のなかで主として量子ビットに用いられる二つの量子状態に占有確率を持つことさらに実際の応用に向けてこの多数の量子ビット系を一ヵ所に集積することができること雑な見積もりではあるがShorのアルゴリズムによって 1 000桁の数の因数分解をエラー耐性量子計算により行いたい場合には1 000量子ビットにより 1個の論理量子ビットを構成するとして1 000

論理量子ビットすなわち 106個の量子ビットが必要になる

(ii) 量子ビットの初期化ができること精度の高い量子ゲートが必要であるように量子ビットをある基準となる状態(ふつうは基底状態といって語弊はない)に初期化できるということも非常に重要である量子ビットが正しく初期化されない場合初期化されていることがわかる信号をもとに条件付きで量子情報処理をはじめることはできるしかし一量子ビットでさえ確率的となると多数量子ビットでは通常指数関数的に初期化される確率が減少していく

(iii) 十分長いコヒーレンス時間1を持つこと個別量子系の操作の実験は周囲の環境や実験装置自体のノイズによる様々なデコヒーレンスとの戦いであるこのデコヒーレンスは基本的に量子系を望ましい状態に用意したとしても徐々に量子状態が望まぬもの特に混合状態へと変わっていってしまうこの時定数がコヒーレンス時間であるしたがって量子ゲートあるいは量子計算全体はコヒーレンス時間よりも十分速く行われなければならないざっくりした計算になるが量子ゲートのパルス時間が τgでコヒーレンス時間が τcであるときにエラー率は τgτc程度になりゲートフィデリティは 1minus τgτc

程度になるというのがそれなりに実験とも合致する経験則である

(iv) ユニバーサルな量子ゲート操作が可能であることユニバーサルな量子ゲート操作は少なくとも一つの non-Cliffordゲートを含む一

1デコヒーレンス時間ということもある同じものを指している

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 156

量子ビットゲートと二量子ビットゲートのセットで実現できる一量子ビットゲートは量子ビットと電磁波の相互作用などを用いて実現され二量子ビットゲートは量子ビット間の相互作用を誘起することで実装される

(v) 量子ビットに応じた量子状態の測定ができること量子ビットは一般的な量子測定で記述される何らかの方法で量子測定が可能でなければならないそれは射影測定であるかもしれないし蛍光測定のような単なる誤差のない測定であるかもしれない正確にはあらゆる測定はノイズによって誤差のある測定となっているともかくこの量子測定によって量子状態トモグラフィなどが行われる

(vi) 局在した量子ビットと伝搬量子ビットの間の信頼性のある相互変換が可能であることふつうDiVincenzoの基準というと上の 5つまでをいうことが多いがこのこの 6

番目の基準を抜きに語られることもほとんどないので一緒くたにしてしまうこの基準は上野 5つとは違って量子ネットワーク [16]を意識した内容になっている局在した量子ビットとしては原子イオンや超伝導量子回路などの量子ビットを伝搬量子ビットとしては光子を思い浮かべればわかりやすい要するに共振器量子電磁力学系(cavity QED系)を用いて量子ビットの量子状態を光子の量子状態に高いフィデリティで転写することが可能であること

157

第14章 量子技術の概要

この章ではこれまで述べてきた量子技術によって実現される応用例を紹介する

141 量子計算量子系を巧みに利用することである種の計算を高速に実行することができる場合が

あるこのような計算を量子計算と呼ぶ量子計算では量子ビットを情報の担い手として用いるこれまで見てみたように量子ビットは射影測定によって離散的な結果を出力するが測定されるまでは重ね合わせ状態をとれるつまり量子ビットは重ね合わせ状態の複素数係数という本質的にアナログ的な情報を持つこの意味において量子計算は従来の計算とは大きく性質が異なる量子ビットがアナログ的な性質を持つために操作の不完全性や量子状態の寿命によ

るエラーの問題が生じるエラーは操作ごとに蓄積していき最終的な出力を信頼できないものにしてしまう巨大な量子干渉計である大規模な量子計算ではごくわずかなエラーのために結果が変化してしまうこの問題を解決するため現行のデジタル計算が有限のエラーの元で動作しているように「閾値動作」する量子計算が考えらえれているこれを誤り耐性(デジタル)量子計算と呼ぶこれは量子ビットの状態や各操作のエラーを量子誤り訂正によって訂正することによって実現する各種の量子操作がある閾値よりも小さいエラーに抑えられているとき量子操作の不完全性の影響を受けることなく巨大な量子干渉計である量子アルゴリズムを実行することができる一方で蓄積するエラーの下で計算を行うアナログ量子計算についても研究が進めら

れている量子アニーリングやNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)といったアナログ量子計算ではサンプリング問題や基底状態の特徴を評価するという問題を扱うことによって巨大な量子干渉計を構成することなしに計算結果を出力する

1411 Groverのアルゴリズム量子アルゴリズムの例としてGroverの量子探索アルゴリズムを紹介する4つの

値をとる変数 iに対して

f(x) =

1 x = x0

0 x = = x0(1411)

第 14章 量子技術の概要 158

となる関数 f について未知の x0を決定する問題を考えるfの構造を調べることなしに x0を決定するにはx = 0 1 2 3を順番に f に代入し出力を見るのが分かりやすい方法であるこの決定方法は平均して 2回最悪の場合 3回f への代入を必要とする一方でこの値を 1回の f への作用で決定する量子アルゴリズムがある以下の演算

子 U W を導入する

U |x⟩ = exp(if(x)π)|x⟩ =

minus|x⟩ x = x0

|x⟩ x = x0(1412)

W |x⟩ =

minus|0⟩ x = 0

|x⟩ x = 0(1413)

この二つの演算子を初期状態 |++⟩にある 2量子ビットに順番に作用させる

Hotimes2W Hotimes2U |++⟩ = |x0⟩ (1414)

となる出力の量子状態を測定することによりfを含む演算子 U を一度作用させるだけでi0を決定することができる1

142 量子鍵配送量子ビットは射影測定によって0か 1の離散的な出力をするまた測定後の状態

は初期状態に依らずこれら出力に対応する状態に射影され初期状態の痕跡が消えるこのことを暗号通信のための秘密鍵共有に利用する技術を量子鍵配送と呼ぶまた量子鍵を利用した暗号を量子暗号と呼ぶこともある量子鍵配送プロトコルは 1984年にCharles BennettとGilles Brassardによって初め

て提案されたこのプロトコルは彼らの頭文字をとって BB84と呼ばれている

1421 BB84

BB84では鍵配送に光子の偏光状態を利用する偏光と情報を対応つける方法として表 141のような 2種類の方法を考える送信者は方法Aと Bをランダムに選び情報を受信者に送る一方で受信者は送

られてきた光子をランダムに方法Aないしは方法 Bで検出する

|H⟩ = 1radic2(|+ 45⟩+ | minus 45⟩) (1421)

などの関係から異なった方法でエンコードされた情報は受信者側では完全にランダムな出力として観測される一方で送信者と受信者で同じ方法でエンコードしていた

1Hotimes2 は二つの量子ビット両方に Hadamardゲートを作用させることを意味する

第 14章 量子技術の概要 159

状態 0 状態 1

A 水平鉛直 水平 垂直B 斜め 斜め+45度 斜め-45度

表 141 BB84の偏光状態

場合は送信側と受信側で結果は完全に相関するはずである盗聴者の有無を調べるために受信者は測定された結果のうちいくつかをランダムにピックアップしてその結果とそのときの方法を通常の回線で送信者に送るもし盗聴者が光子の情報を盗み見た場合その測定結果に応じて光子の状態は変化し送信者と受信者の間の相関が壊されるため送信者は盗聴者の存在に気付くことができる送信者はこのように盗聴者の存在を確認しながら受信側と通信することが可能になる

143 量子センシング量子系を使って対象を精密に測る手法を量子センシングという量子センシングで

は量子状態制御技術や量子系の観測技術を用いてセンサーを構成する代表的な例として

bull ダイヤモンド中の色中心 (NV center)

bull 超伝導量子干渉素子 (SQUID)

bull 原子ガス

bull 共振器オプトメカニクス

などを用いたものが挙げられる量子センシングでは多くの場合量子系のエネルギー変化を精密に測定することにより外場の大きさを測定する量子コヒーレンスを利用してエネルギー変化を精密に測る手法として広く用いられるいるものの一つがRamsey干渉と呼ばれる手法である

1431 Ramsey干渉Ramsey干渉では2回のX軸回りの π2回転(Rx(π2))を時間差 tをつけて作用

させる量子ビットのエネルギーが∆Eだけ変化するとき

exp

(∆Et

2hσz

)(1431)

第 14章 量子技術の概要 160

という Z軸回りの回転が量子ビットに作用するそのためRamsey干渉の結果0を出力する確率は

|⟨0|Rx(π2) exp(∆Et

2hσz

)Rx(π2)|0⟩|2 (1432)

= sin2∆Et

2h(1433)

となるこの関係から逆に量子ビットの測定からエネルギー変化をセンシングすることができるとくに∆Et2h = π4のとき確率は∆Eの変化に最も敏感になる

1432 エンタングルメントによる量子センシング量子効果をより積極的に利用しエンタングルメントを用いることでセンシングの感

度を向上することができる前節のRamsey干渉の測定精度について考える式 (1433)

よりエネルギーの測定精度 δEは確率の測定精度 δP を用いて

δEh sim δPt (1434)

と書ける量子ビットの測定結果は 2項分布するため独立な測定を N 回行う場合δP は

δP =1

2radicN

(1435)

となるつまり測定回数N について 1radicN に比例して測定精度はあがる

一方でN 量子ビットからなる量子もつれ状態として

|ψ⟩ = 1radic2(|111 1⟩+ |000 0⟩) (1436)

という状態を考えるN 量子ビットに同様にエネルギー変化が起こるとしてエネルギー変化

∆Etot =Nsumi

∆Eσ(i)z (1437)

の元での時間発展の結果初期状態との忠実度は

⟨ψ| exp (∆Etotth) |ψ⟩ (1438)

= cos2(N∆Et

2h) (1439)

となるこの関係から測定精度 δEenを見積もると

δEen prop 1N (14310)

となり量子ビット数の-1乗に比例して感度が上がるこれは大きなN に対して独立な量子ビットN 個を使ったセンサーよりも高感度な量子センシングが可能であることを示している

第 14章 量子技術の概要 161

144 量子シミュレーション重ね合わせ状態が許される量子系においては粒子数が増えると系の複雑さが指数

関数的に増大するその計算時間のため多くの場合では粒子数が多い系に対しては第一原理的な計算は難しくなるそこで計算の難しい複雑な振る舞いをシミュレートするために系をモデル化する理想的な量子系を用意し実際の系の代わりにそのモデル系の振る舞いを調べることで実際の系をシミュレートするこのような計算手法を量子シミュレーションと呼ぶHubbardモデルやスピンのHeisenbergモデルなどいくつかのモデルのシミュレーションやその量子相転移の観測などが実験的に報告されているこのように対応する量子系を実際に作る量子シミュレーションだけでなく量子回路上で物理モデルの下での時間発展やエネルギー固有状態を計算する量子シミュレーションも多く存在する量子化学計算などに代表されるこうしたアルゴリズムはNISQ

の応用として近年盛んに研究されている

145 量子インターネットいまや我々の生活にとって直接的もしくは間接的にインターネットの存在はなく

てはならないものになっている量子コンピュータ量子センサや量子鍵配送といった各種量子技術を組み合わせたネットワークを考えるとき通信路として量子状態のやり取りを許した量子ネットワークの実現が重要になるこうした量子ネットワーク全体からなるシステムを量子インターネットと呼ぶ量子インターネットではクラウド型量子計算量子秘匿計算量子超高密度通信また量子センサーの感度向上などより強力な量子機能が現れる量子インターネットでは光子からスピンスピンからマイクロ波などといった各種の量子メディア変換や量子誤り訂正量子中継技術など究極的な量子技術が必要になるこれらは現在原理検証レベルに留まっておりテストベッドの実現や大きく異なる個々の量子系の時間スケールや動作環境などの個性を受容する高性能なインターフェイスの実現が必要となる

162

付 録A 位置表示と運動量表示

ブラケット記法をもちいるDirac表示では量子状態は(純粋状態であれば)ketベクトル |Ψ⟩であらわされたこれは実はΨ(q)のような波動関数よりも一段抽象的な量子状態の扱い方であるというのも「ldquo位置表示rdquoするとΨ(q)が得られる」というものを |Ψ⟩と定義するしさらには |Ψ⟩を ldquo運動量表示rdquoすることによって運動量 pの関数としての波動関数Ψ(p)も得られるためであるこの付録ではこの位置表示と運動量表示についてメモ書き程度ではあるがおさらいしようまず位置演算子 qの固有状態 |q⟩を定義しようこれは固有値が qであり

q |q⟩ = q |q⟩ (A01)

を満たす同様に運動量演算子 pの固有状態 |p⟩をp |p⟩ = p |p⟩ (A02)

によって定義する量子状態 |Ψ⟩の位置表示と運動量表示はそれぞれΨ(q) = ⟨q|Ψ⟩ Ψ(p) = ⟨p|Ψ⟩ (A03)

と書かれこれらが位置や運動量の関数としての波動関数である|q⟩や |p⟩は連続無限個の基底となって離散的な基底に対して成立した完全性の関係sumi |i⟩ ⟨i| = 1は|q⟩と |p⟩に対しては int

dq |q⟩ ⟨q| = 1

intdp |p⟩ ⟨p| = 1 (A04)

となるさてΨ(p)とΨ(q)は互いに Fourier変換でうつることができ

⟨q|Ψ⟩ = 1radic2πh

intdpeipqh ⟨p|Ψ⟩  (A05)

が成り立つ一方で int dp |p⟩ ⟨p| = 1を ⟨q|と |Ψ⟩で挟むと

⟨q|Ψ⟩ =int

dp ⟨q|p⟩ ⟨p|Ψ⟩ (A06)

となるから式 (A05)と見比べて

⟨q|p⟩ = 1radic2πh

eipqh (A07)

がいえるこれは |p⟩を位置表示すると平面波つまり運動量が確定した状態が得られるというごく当たり前の結果であるが66の計算のようにひょんなところで役に立つ関係式である

163

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例

最初の例として単一モードの調和振動子のHamiltonianH = hωcadaggeraをユニタリ変

換U(t) = exp[iωadaggerat

]によってωでまわる回転系に乗ってみてみようU(t)はTaylor展開により定義されるようなものであるが指数関数の肩にある演算子はHamiltonianと可換であるからU(t)もHamiltonianと可換になるこれによってユニタリ変換 (222)

は非常に簡単に計算できてUHU dagger = UU daggerH = Hから

Hprime = Hminus ihUU dagger = hωcadaggeraminus ihU(minusiωadaggera)U dagger

= h(ωc minus ω)adaggera

= h∆cadaggera (B01)

となるこれを見るとわかる通り回転系に乗った後のHamiltonianには調和振動子の周波数 ωcと回転系の周波数 ωの差∆c = ωc minus ωが現れるこれを離調という全く持って似たような議論をスピン 12系のHamiltonianH = hωaσz2の U(t) =

exp[iω(σz2)t]によるユニタリ変換に対しても適用することができ回転系でのHamil-

tonianはHprime = h∆aσz2と計算されるここで再び離調∆a = ωa minus ωが登場するもう少し発展的な例としてJaynes-Cummings Hamiltonian

HJC =hωa2σz + hωca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B02)

を考えようこの Hamiltonianをユニタリ変換 U(t) = eiωσzt2+iωadaggerat = U1(t)U2(t)に

よって変換するただし便宜上 U1(t) = exp[iωσzt2]と U2(t) = exp[iωadaggerat

]に分けて書いたこれは量子ビットも電磁波共振器の光子も駆動周波数 ωを基準に眺めることを意味している調和振動子の生成消滅演算子と量子ビットの Pauli演算子は可換であるからJaynes-Cummings Hamiltonianの最初の二項は先ほどまでの例と同様にh∆aσz2 + h∆ca

daggeraというふうに変換されるところが相互作用項は Hamiltonianと可換でないためそれほど単純には計算できないこの計算を進めるためには Baker-

Campbell-Hausdorffの公式

eminusSHeS = H + [HS] +1

2[[HS] S] +

1

3[[[HS] S] S] + middot middot middot (B03)

が有用であるさらに有用な関係式として交換関係 [adaggera a] = minusa[adaggera adagger] = adagger[σz σplusmn] = plusmn2σplusmnを挙げておこうこれらを用いて相互作用項をまず U2(t)でユニタリ

付 録 B 回転系へのユニタリ変換の例 164

変換してみようU2(t)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)

= eiωadaggerat(σ+aminus adaggerσminus)e

minusiωadaggerat

= (σ+aminus adaggerσminus) +[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]+

1

2

[[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]minusiωadaggerat

]+ middot middot middot

= (σ+aminus adaggerσminus) + (minusiωt)(σ+a+ adaggerσminus)

+(minusiωt)2

2(σ+aminus adaggerσminus) +

(minusiωt)3

3(σ+a+ adaggerσminus) + middot middot middot

=

[1 + (minusiωt) + (minusiωt)2

2+

(minusiωt)3

3+ middot middot middot

]σ+a

minus[1minus (minusiωt) + (minusiωt)2

2minus (minusiωt)3

3+ middot middot middot

]adaggerσminus

= eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus (B04)

この U2(t)による変換の後のHamiltonianをさらに U1(t)によって変換すると結局U1(t)(e

minusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= eiωσzt2(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)eminusiωσzt2

= eminusiωta(eiωσzt2σ+e

minusiωσzt2)minus eiωtadagger

(eiωσzt2σminuse

minusiωσzt2)

(B05)

という計算に

eiωσzt2σplusmneminusiωσzt2 = σplusmn +

[σplusmnminusi

ωσzt

2

]+

1

2

[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+

1

3

[[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+ middot middot middot

= σplusmn ∓ (minusiωt)σplusmn +1

2(minusiωt)2σplusmn ∓ 1

3(minusiωt)3σplusmn + middot middot middot

= eplusmniωtσplusmn (B06)

であることを適用して回転系での Jaynes-Cummings相互作用U1(t)U2(t)(minusihg)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)U

dagger1(t)

= U1(t)(minusihg)(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= minusihg(σ+aminus adaggerσminus) (B07)

が導かれるこれは回転系へのユニタリ変換前と同じ形になっている以上より回転系での Jaynes-Cummings Hamiltonianの最終的な形は

HprimeJC =

h∆a

2σz + h∆ca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B08)

と求まる

165

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出

図 C1 Λ型の三準位系

三つの量子状態 |g⟩ |e⟩ |r⟩からなる三準位系で|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を考えようこの系のHamiltonianは次のようになる

H = hωg |g⟩ ⟨g|+ hωe |e⟩ ⟨e|+ hωr |r⟩ ⟨r|

+ hg1(|r⟩ ⟨g| a1 + |g⟩ ⟨r| adagger1) + hg2(|r⟩ ⟨e| a2 + |e⟩ ⟨r| adagger2) (C01)

そしてコヒーレントな駆動により a1 rarr α1eminusi(ωrminusωg+δ1)ta2 rarr α2e

minusi(ωrminusωe+δ2)t と置きかえようこの置きかえはより厳密には量子ゆらぎ δa が付随して a1 rarr (α1 +

δa1)eminusi(ωrminusωg+δ1)tとなるべきではあるがδaが小さいとしてここでは無視する|g⟩ ⟨g|

は ωrminusωg+ δ1|e⟩ ⟨e|は ωrminusωe+ δ2で回転系に移るユニタリ変換を施しさらに giαi

を Ωi (i = 1 2)とおくと式 (B)を用いて

Hprime = hδ1 |g⟩ ⟨g|+ hδ2 |e⟩ ⟨e|+ hΩ1(|r⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨r|) + hΩ2(|r⟩ ⟨e|+ |e⟩ ⟨r|) (C02)

と変換されるただし hωrI という項が出てくるが全体のエネルギーシフトとなるのみなので無視している本節で我々が行いたいのは電子的な励起状態 |r⟩を断熱的に消

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 166

去しふたつの基底状態 |g⟩と |e⟩の二準位系を構成することであるこれらの準位は基底状態であれば寿命はほとんど無限大に近いほど長いが裏を返すとこれらの間の電磁波の遷移は少なくとも双極子モーメントが極めて小さく通常の方法では制御に望ましい Rabi周波数が得られないということである|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を駆動しているのは遷移が禁じられている二つの量子状態をRaman遷移によってつなぐためであるこのような目的のもとSchrieffer-Wolff変換をしようSchrieffer-Wolff変換の詳細

は付録 Fを参照してほしい変換のための演算子 Sは S = minus(Ω1δ1)(|r⟩ ⟨g|minus |g⟩ ⟨r|)minus(Ω2δ2)(|r⟩ ⟨e| minus |e⟩ ⟨r|) ととるがここで離調 δ1 と δ2 がそれぞれの遷移の Rabi 周波数よりも十分大きいことを仮定しているともかく Schrieffer-Wolff 変換によってHamiltonianは近似的に対角化されてΩiδiの一次まで残すと

Hprimeeff = h

(δ1 +

Ω21

δ1

)|g⟩ ⟨g|+ h

(δ2 +

Ω22

δ2

)|e⟩ ⟨e|

+ h

(Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

)(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C03)

ただし先ほど述べたように Ω1δ1Ω2δ2 ≪ 1を仮定している|r⟩のAC Starkシフトminush(Ω2

1δ1+Ω22δ2) |r⟩ ⟨r|も出てくるのだが|r⟩に実励起はほとんど起こらず|g⟩ |e⟩

で閉じる系のダイナミクスに寄与しないため無視してよいただし |r⟩のロスやデコヒーレンスの効果が(ほんの少しの実励起を通して)無視できないときには量子ゲートのフィデリティが低下するなどの影響が出るここでパラメータを定義しなおそう

δprime1 = δ1 +Ω21

δ1 δprime2 = δ2 +

Ω22

δ2 Ωprime =

Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

このようにして係数をすっきりさせると初めに三準位系であったものが二準位系に落とし込まれたことがわかる

Hprimeeff = hδprime1 |g⟩ ⟨g|+ hδprime2 |e⟩ ⟨e|+ hΩprime(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C04)

ここで本節の目的は達成されたわけだがもう少しこの系の様子を知るために |r⟩も含めた系の Hamiltonianの固有状態を調べてみようHamiltonian(317)を行列の形式に書くと三準位系なので 3times 3の行列で書けて

Hprime = h

δ1 Ω1 0

Ω1 0 Ω2

0 Ω2 δ2

(C05)

となり固有値λは固有方程式λ(λminusδ1)(λminusδ2)minusΩ22(λminusδ1)minusΩ2

1(λminusδ2) = 0を解くことで得られる簡単のため二光子離調 δ1minusδ2がゼロすなわち δ1 = δ2 = δとなるような場合を扱うことにすると固有値は λ = δ equiv λ0と λ = (δ2)plusmn

radic(δ2)2 +Ω2

1 +Ω22 equiv λplusmn

になるここで固有値 λ0に対応する固有状態が|g⟩と |e⟩のみを含み |r⟩を含まないことがわかる電子的な励起状態を含まないこの固有状態は自然放出によって光らず

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 167

それゆえに緩和が起こらないもので暗状態と呼ばれる一方で λplusmnに対応する固有状態は電子の励起状態 |r⟩を含むため自然放出により緩和してしまうこのような状態を暗状態と対比して明状態と呼ぶ

168

付 録D 原子の量子状態

Rutherfordの実験以来原子は原子核の周りを電子がまわっているというようなモデルでとらえられるようになったが加速度運動をする電子は電磁波を出しながら原子核に向かって落ちていくはずだという古典力学的な推論と原子は実際に安定に存在できるという事実の板挟みの解消には量子論の登場を待たねばならなかったここでは最も簡単な構造を持つ原子である水素原子のBohrモデルを取り上げ更に微細構造や超微細構造などの原子の量子状態について簡単な計算をもとに考えてみよう

D1 BohrモデルBohrモデルは電子の波動性を仮定しながらも電子が陽子の周りを回るという描像

で系の性質を考察する電子が陽子の周りを一周する時に物質波としての電子の位相が2πの整数倍だけ進むという風に考えるがこれは電子の回る速さすなわち軌道角運動量が離散化されているという風に考え直して電子の質量をm速さを v軌道半径をrとして

mvr = hn (D11)

という関係式(nは自然数)を要請するのが Bohrモデルの特徴であるあくまで電子が古典的な軌道運動をするというイメージのもと電子が静止しているような系では遠心力がクーロン力と釣り合っていると考えていいように思われるので

mv2

r=

1

4πϵ0

e2

r2(D12)

を用いることにすると上の二つの式から vを消去して

r =4πϵ0h

2

me2n2 (D13)

を得るすなわち電子の軌道半径は上式に従って離散的な値を取らねばならないこれを用いて水素原子のエネルギーEを計算する

E =1

2mv2 minus 1

4πϵ0

e2

r(D14)

= minus 1

4πϵ0

e2

2r(D15)

= minus me4

2(4πϵ0)2h2

1

n2 (D16)

付 録D 原子の量子状態 169

このようにBohrモデルを用いると水素原子のエネルギーが離散的な値しか取れないこともわかるそして n = 1のときと n = infinのときのエネルギーの差からイオン化エネルギーが 136 eVともとまりこれが実験値と非常によく一致することやRydberg

による原子スペクトルの経験的な式を再現することがBohrモデルの信憑性を高める決め手となった水素原子の量子力学的な取り扱いは成書 [18 ]を参照してほしいがそのさわりだ

け述べようまずBohrモデルによる水素原子のエネルギーの式は特殊相対性理論の効果を取り込まない範囲においては量子力学的な解に一致することが知られているこの取り扱いの範囲では水素原子の量子状態は (n lm)という三つの整数の組でよくあらわされ主量子数 nは自然数であり方位量子数あるいは軌道角運動量 lは 0からn minus 1までの値を磁気量子数mは minuslから lまでの整数値を取るBohrモデルではn = 1の状態つまり水素原子の基底状態は電子が回っている状態であったがきちんと Schrodinger方程式を解いて出てくる水素原子の基底状態は l = 0つまり電子は回っていないどころか動径方向の波動関数をみると原子核の位置をピークとした球対称な分布をもつということに注意したいさらに原子のなかの電子の速度は非常に大きく特殊相対性理論的な効果は無視でき

ないこの効果を取り込むには相対論的量子力学に基づいてDirac方程式を解く必要がありそこから電子スピン微細構造そして超微細構造といった重要な概念が出現することになるしかしながら相対論的量子力学を本書に納めるのは極めて困難であるため以下では電子や原子核の持つスピン自由度を認めたうえで簡単なモデルを使って微細構造と超微細構造がどのようなものであるかをみてみよう

D2 微細構造ここでは再び電子が原子核の周りをまわっているという立場で考えようこれを電

子の静止系で見ると原子核が電子の周りをまわっているように見えるだろう原子核(水素原子の場合には陽子)の電荷が+eであるとするとこの原子核による円電流I = ev2πrが電子の位置に作る磁場の大きさは

B =micro0I

2r=micro0ev

4πr2=

micro0eL

4πmr3(D21)

でありここで L = mvrは軌道角運動量の大きさであるこの磁場によって電子スピンが Zeeman効果をうけると考えるとそのエネルギーシフトは

minusmicro middotB =gmicroBhS middot micro0e

4πm2r3L = minus gmicroBe

2

8πm2r3S middot L (D22)

と書かれるここで g sim 2は Landeの g因子microB = eh2mは Bohr磁子と呼ばれるこれをもとの電子が回っている系に戻ってみてみると電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンが相互作用しているような項として解釈することができるこれをスピン-軌道相互作用と呼ぶこの相互作用は電子スピンと軌道角運動量が同じ向き

付 録D 原子の量子状態 170

を向いている状態ではエネルギーが上がり反並行のときにはエネルギーが下がるようなものとなっているこのような時には J = S + Lが量子状態を特徴づける良い量子数となっており例えば s軌道(方位量子数 l = 0)の場合にはスピン-軌道相互作用はゼロとなるがp軌道(方位量子数 l = 1)の場合には角運動量の合成のルールに従って |J | = 12 32の二つの値を取りこの二つに対応したエネルギー固有状態にスペクトルが分裂するこのスピン-軌道相互作用によって分裂したような構造を微細構造分裂というこの分裂の大きさは原子種にもよるが例えばアルカリ金属の S-P 遷移で言うならばだいたい遷移波長の 1100程度の影響となって現れる上式にあるような微細構造定数の見積もりは実は特殊相対論的効果(Thomas precession)を無視しており正しい大きさは gを g minus 1としたものになる

D3 超微細構造前節では電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンの相互作用を考えたが

本節ではさらに核スピンと電子のつくる磁場の相互作用を考えよう基底状態が s軌道であるような場合には原子核の位置にも電子の存在確率が有限となってその場所での電子の存在確率 |ψ(0)|2に比例した電子スピン(軌道角運動量がある場合にはその効果も入る)による磁場を原子核が感じるだろう電子が作る磁場は一様に磁化した球の磁束密度 B = (23)micro0M に対してM = minus(23)micro0microBg|ψ(0)|2J を代入したものと考えるこの磁場を感じて核スピン microNI が Zeemanシフトを受けると

minusmicroN middotB =2

3microNmicro0microBg|ψ(0)|2I middot J equiv AI middot J (D31)

という相互作用項が得られる1微細構造分裂のときと同じくこのような状況で系のエネルギーを特徴づける良い量子数は F = J + I = S + L + I となっておりI middot J の値に依存してエネルギー分裂が生じるこれを超微細構造分裂というまた超微細構造分裂は核磁気モーメント microN が電子の磁気モーメント microBのだいたい 11000以下と小さく超微細構造分裂は周波数にして数GHzのオーダーのものになる

1この相互作用は磁気双極子相互作用のもののみであり実際の原子スペクトル測定では磁気四重極子相互作用の寄与も双極子レベルのものと同じくらいの影響を持つことが知られている詳細は文献 []を参照

171

付 録E 量子マスター方程式

本節では密度演算子のダイナミクスを記述する方程式としてまず緩和がない場合の Liouville-von Neumann方程式を導入しさらに緩和を取り込むことができる量子マスター方程式へと進んでいこうその後量子マスター方程式からレート方程式や(光)Bloch方程式が導出されることをみる

E1 Liouville-von Neumann方程式ひとまず緩和を考えずに密度演算子のダイナミクスを考えるためにまずSchrodinger

表示の状態ベクトルの時間発展 |ψk(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψk⟩ = Ut |ψk⟩を思い出そうここでHは系のHamiltonianであるすると密度演算子の時間発展は ρ(t) = UtρU

daggert とな

るこれは純粋状態 |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|の時間発展がUt |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|U daggert で書けることから

も類推できるそれでは ρ(t) = UtρUdaggert の時間微分を計算してみよう

dρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) +

i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (E11)

これよりLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (E12)

が得られるこれはHeisenberg方程式と似ているが右辺の符号が異なるので注意状態に対するLiouville-von Neumann方程式は ihdρ

dt = [H ρ]で演算子Aに対するHeisenberg

方程式は ihdAdt = [AH]となる

トレースの性質に関するメモ

ここで少し後の便宜を図るためにトレース操作の簡単な性質をおさらいしようここで述べる性質は直接的な成分の計算によって証明が可能であるから証明は各自に任せて結果を羅列することにするまずトレース操作は線形性を持つ

Tr [A+B] = Tr [A] + Tr [B] (E13)

Tr [cA] = cTr [A] (E14)

付 録 E 量子マスター方程式 172

またトレース演算は巡回性を持つ

Tr [AB] = Tr [BA] (E15)

Tr [ABC] = Tr [CAB] = Tr [BCA] (E16)

middot middot middot (E17)

行列のテンソル積のトレースは行列のトレースの積となる

Tr [AotimesB] = Tr [A] Tr [B] (E18)

E2 系と熱浴との相互作用いよいよ量子系と熱浴の相互作用に関して密度演算子を用いてみていこう出発点

は入出力理論(付録 83参照)で用いたHamiltonianと同じである全体のHamiltonian

はHtot = Hs +Hb +Hiと書かれ系の持つエネルギーHs熱浴のエネルギーHbおよび系と熱浴の相互作用Hiである調和振動子を興味のある系として具体的な形に書き下すと

Hs = hωcadaggera (E21)

Hb =

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω) (E22)

Hi = minusihint infin

minusinfin

[f(ω)adaggerc(ω)minus flowast(ω)cdagger(ω)a

](E23)

となるここで系と熱浴の結合定数は一般的に周波数に依存する形で f(ω)としてあるが大抵の状況においてはradic

κと定数で書かれるさらに次の演算子を定義しよう

Rminus =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω) (E24)

R+ =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω) (E25)

これによって相互作用Hamiltonianは

Hi = minusih(adaggerRminus minus aR+

)(E26)

と見やすい形になるここで相互作用表示での量子状態と演算子の時間発展について触れておく証明は

省略して結果のみを述べるがこれらの時間発展を記述する方程式は

ihd|ψ(t)⟩

dt= Hi |ψ(t)⟩ (E27)

ihdρ(t)

dt= [Hi ρ(t)] (E28)

ihdA(t)

dt= [A(t)Hs +Hb] (E29)

付 録 E 量子マスター方程式 173

であり一つめはTomonaga-Schwinger方程式二つめはLiouville-von Neumann方程式三つめは Heisenberg方程式と呼ばれるこれらの方程式を眺めればわかることだが相互作用表示においては状態は相互作用 HamiltonianHiによって時間発展し演算子は ldquo非摂動rdquoHamiltonianHs+Hbにより時間発展する形であるもともとこの表示は量子電気力学における摂動展開において発明されたものである以降では Schrodinger表示から相互作用表示に切り替えよう密度演算子とHamilto-

nianの相互作用表示への変換は

ρ(t) = eiHs+Hb

htρ(t)eminusi

Hs+Hbh

t (E210)

Hi = eiHs+Hb

htHie

minusiHs+Hbh

t

= minusih(adaggereiωctRminus minus aeminusiωctR+

)(E211)

により行われるがここでは以下の量を定義した

Rminus = eiHs+Hb

htRminuseminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω)eminusiωt (E212)

R+ = eiHs+Hb

htR+eminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω)eiωt (E213)

したがって相互作用表示での Liouville-von Neumann方程式は再掲となるが

ihdρ(t)

dt=[Hi(t) ρ(t)

] (E214)

である相互作用表示での議論が主となるため以下では相互作用表示を表すチルダを省略する系と熱浴の相互作用のもとでの密度演算子のダイナミクスをより詳細に調べるため

にLiouville-von Neumann方程式を用いて密度演算子を微小時間∆tだけ時間発展させてみる密度演算子の微小変化∆ρ(t)は

∆ρ(t) = ρ(t+∆t)minus ρ(t) =1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(tprime)]

=1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(t)]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]

(E215)

と逐次展開の二次まで残す形で書けるここでは系の部分のダイナミクスのみに興味があるから興味のない部分は密度演算

子でトレースを取ることで系についての縮約密度演算子 σ(t) = Trb [ρ(t)]ならびに熱浴の縮約密度演算子 σb(t) = Trs [ρ(t)]を考えようここで大きな仮定として全体の密度

付 録 E 量子マスター方程式 174

演算子はこれらの二つの縮約密度演算子のテンソル積で書けるすなわち系と熱浴は分離可能であるとしよう

ρ(t) = σ(t)otimes σb(t) (E216)

これは系と熱浴の密度演算子に時間相関が存在しないことも表しているさらに熱浴は定常的であることすなわち σb(t) = σb(0) = σbを要請するこれによって σbは熱浴の HamiltonianHbと可換になるそれでは∆ρ(t)を熱浴についてトレースを取り熱浴の自由度を消して系のダイナミクスを調べるとしよう

Trb [∆ρ(t)] =1

ih

int t+∆t

tdtprimeTrb

[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprimeTrb

[[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(E217)

ここで右辺の第一項はゼロになる実際

Trb[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

= Trb[[Hi(t

prime) σ(t)otimes σb(t)]]

= minusihadaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]= minusih

adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

= 0 (E218)

上記の計算では ⟨c(ω)⟩b =langcdagger(ω)

rangb= 0を用いている⟨middot⟩bは熱浴の自由度に関する期

待値を表しており以降では下付き添え字 bを省略するするとゼロにならない右辺第二項を計算せねばならないトレースの中の交換子を

展開すると非常に雑多な項が現れるがトレースを取ることによって 8つの項のみがゼロとならず残る

Trb [[Hi(tprime) [Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(minusih)2=

minuslangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangadagger(tprime)a(tprimeprime)σ(t)minus

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

ranga(tprime)adagger(tprimeprime)σ(t)

+langRminus(tprimeprime)R+(tprime)

ranga(tprime)σ(t)adagger(tprimeprime) +

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangadagger(tprime)σ(t)a(tprimeprime)

+langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

ranga(tprimeprime)σ(t)adagger(tprime) +

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

rangadagger(tprimeprime)σ(t)a(tprime)

minuslangRminus(tprimeprime)R+(tprime)

rangσ(t)adagger(tprimeprime)a(tprime)minus

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangσ(t)a(tprimeprime)adagger(tprime) (E219)

上式では調和振動子の演算子の時間依存する指数関数部分は演算子自身に含めて書いているa(t) = aeminusiωctおよび adagger(t) = adaggereiωctである

付 録 E 量子マスター方程式 175

上式から熱浴の演算子をなくすために時間相関関数 ⟨Rminus(tprime)R+(tprimeprime)⟩および ⟨R+(tprimeprime)Rminus(tprime)⟩を評価しようこれらはlangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rang=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime)

langc(ω)cdagger(ωprime)

rangeminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime) [⟨n(ω)⟩+ 1] 2πδ(ω minus ωprime)eminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusiω(t

primeminustprimeprime)

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rang= middot middot middot =

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusiω(tprimeminustprimeprime) (E220)

と計算されるこれを tprimeと tprimeprimeについて積分するがτ = tprime minus tprimeprimeとしてint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime =

int t+∆t

tdtprimeint tprimeminust

0dτ =

int ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime (E221)

というように積分区間を変換するさらに ⟨Rminus(tprime)R+(tprime minus τ)⟩と ⟨R+(tprime minus τ)Rminus(tprime)⟩がτ ≪ ∆tのときのみ非零の寄与を持つつまり熱浴の演算子の時間発展が乱雑でほとんどデルタ関数的な時間発展を持つとすると積分範囲をint ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime =

int infin

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime ≃

int infin

0dτ

int t+∆t

tdtprime (E222)

と広げられるここで注意したいのは∆trarr +0がのちにとられるので上記の仮定はMarkov近似すなわち熱浴のダイナミクスは乱雑で時間相関がないという近似によって正当化されるこれらの近似を用いることで次のように計算を進めることができるint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangRminus(τ)R+(0)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangR+(0)Rminus(τ)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ (E223)

ここで収束因子 eminusϵτ は ω = ωcで被積分関数が発散しないようにしているこれらの積

付 録 E 量子マスター方程式 176

図 E1 積分の変数変換

分はさらに計算を進められて

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

ωc minus ω+

1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] δ(ωc minus ω)

]∆t

= i(∆ +∆prime) +Γ + Γprime

2(E224)

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ ∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

+1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω)

]∆t

=

[i∆prime +

Γprime

2

]∆t (E225)

付 録 E 量子マスター方程式 177

となるここでDiracの恒等式 limϵrarr+0 1 [(ωc minus ω) + iϵ] = P(ωc minus ω)minus iπδ(ωc minus ω)

を用いているパラメータ∆と∆primeは

∆ = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2

ωc minus ω (E226)

∆prime = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

(E227)

で定義されるものでありどちらも系と熱浴の結合による周波数シフトを表している一方で Γと Γprimeは

Γ =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2δ(ωc minus ω) = |f(ωc)|2 (E228)

Γprime =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω) = ⟨n(ωc)⟩Γ (E229)

と書かれる量でありΓは自然放出つまり真空場による誘導放出に対応しΓprimeは熱浴の熱分布に起因する誘導放出を表しているここまでに得られた結果を用いることでdσ(t)dt = lim∆trarr+0Trb [∆ρ(t)] ∆tとい

う系の密度演算子の時間発展を表す量はpartσ(t)

partt= minus i

h

[h∆adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

](E230)

でありSchrodinger表示に戻すと次のようなものになることがわかるdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E231)

これが本節で目標としていた(量子)マスター方程式であるLindblad演算子

L [A]σ(t) = 2Aσ(t)Adagger minusAdaggerAσ(t)minus σ(t)AdaggerA (E232)

を用いるとマスター方程式はdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

1

2L[radic

Γ + Γprimea]σ(t) +

1

2L[radic

Γprimeadagger]σ(t)

(E233)

とシンプルに書かれる第一項は系自体のコヒーレントなダイナミクスを記述する第二項と第三項は非常に粗っぽい言い方をすれば熱浴への緩和と熱浴からの熱流入をそれぞれ表している

付 録 E 量子マスター方程式 178

E3 レート方程式マスター方程式を再掲する

dσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E31)

これはこのままだとなんとも演算子だらけで抽象的だが状況に応じて様々な基底で演算子の成分を書き下す(状態ベクトルでサンドイッチする)ことでより具体的な系の時間発展の記述となるここではマスター方程式を Fock基底 |N⟩で評価してレート方程式と呼ばれるものを導出しよう|N⟩でマスター方程式をサンドイッチすればΓuarr = Γprimeと Γdarr = Γ + Γprimeを用いて

dP (N)

dt=(Γ + Γprime) [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γprime [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

= Γdarr [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γuarr [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

(E32)

となりレート方程式d⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minus ΓdarrsumN

NP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minusΓ ⟨N⟩+ Γprime

= minusΓ ⟨N⟩+ Γ ⟨n(ωc)⟩ (E33)

を得るここで3 行目の式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N + 1)2P (N + 1) とsuminfinN=0N(N + 1)P (N + 1) =

suminfinN=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれは調和振動子の数

分布のうち個数がN の状態について第一項がN +1の状態からN の状態へ Γのレートで緩和してくる過程第二項が熱浴から流入して過程を表している

付 録 E 量子マスター方程式 179

E4 光Bloch方程式次に二準位系を考えてマスター方程式を |g⟩と |e⟩で評価しよう二準位系の密度

演算子 ρ(t)に対するマスター方程式は次のように書かれるdρ(t)

dt= minus i

h[Hs ρ(t)] +

Γ + Γprime

2[2σminusρ(t)σ+ minus σ+σminusρ(t)minus ρ(t)σ+σminus]

+Γprime

2[2σ+ρ(t)σminus minus σminusσ+ρ(t)minus ρ(t)σminusσ+]

(E41)

ここで系のHamitonianはHs = h(∆q2)σz + h(Ω2)(σ+ + σminus)としており第二項は二準位系の電磁波による駆動を表している(付録 Cも参照)この両辺を |g⟩と |e⟩でサンドイッチして密度演算子の成分 ρij = ⟨i| ρ |j⟩に書き直すと

dρeedt

= minus(Γ + Γprime)ρee + Γprimeρgg + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E42)

dρggdt

= (Γ + Γprime)ρee minus Γprimeρgg minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E43)

dρegdt

=

(minusi∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E44)

dρgedt

=

(i∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E45)

となるこれが得られれば目的の方程式はもうすぐそこであるここではさらに二準位系の遷移

周波数が光の領域(hωc sim kBtimes10 000 K)にあるとしようこのとき熱浴(kBtimes300 K=

h times 7 THz)には光はほとんど ldquo熱励起rdquoされていないつまりマスター方程式にあった緩和項に関して言うと ⟨n(ωc)⟩ = 1(ehωckBT minus 1) ≃ 0であるから Γprime = 0となるしたがって上記の方程式の組は

dρeedt

= minusΓρee + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E46)

dρggdt

= Γρee minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E47)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E48)

dρgedt

=

(i∆q minus

Γ

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E49)

と書かれるこれを光Bloch方程式というw = ρggminus ρeeと置くことによって光Bloch

方程式と ρgg + ρee = 1から導かれる 2Γρee = Γρee+Γ(1minus ρgg) = minusΓw+Γからwすなわち二準位系の状態占有確率の差に関する方程式

dw

dt= minusΓw minus iΩ(ρeg minus ρlowasteg) + Γ (E410)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2w (E411)

付 録 E 量子マスター方程式 180

が得られるこの定常解を左辺をゼロと置いて求めるとwと ρee はそれぞれ

w =1

1 + s (E412)

ρee =1

2

s

1 + s=

(Ω2)2

(∆q)2 + (Γ2)2(E413)

と書かれるただし

s =s0

1 + (2∆qΓ)2 (E414)

s0 =2Ω2

Γ2 (E415)

Γ = Γradic1 + s0 (E416)

と定義したこの表式からわかる重要な点はふたつあるひとつは駆動電磁波が強くなるにつれて基底状態と励起状態の占有確率はどちらも 12に漸近するこれは駆動による誘導吸収と誘導放出そして自然放出が均衡した結果である駆動電磁波が十分に強い場合には誘導吸収も誘導放出も自然放出よりもずっと大きなレートで起こり誘導吸収と誘導放出のみの均衡になると思えば占有確率が 12に近づいていく理由も納得できるだろうふたつめのポイントは実効的な電磁波の遷移の線幅が Γで与えられるわけだがこの線幅が駆動電磁波が強くなるにつれて広がっていくことであるこれを遷移スペクトルのパワー広がりという

181

付 録F Schrieffer-Wolff変換

いろんな粒子がそれぞれ孤立して存在している系では系のエネルギーはそれぞれの粒子のエネルギーの和となる例えば電磁波モード(HEM = hωca

daggera)と二準位系(HTLS = hωqσz2)が相互作用していないようなときには全体のエネルギーはそれぞれの和になりHamiltonianはH = HEM +HTLS = hωca

daggera + hωqσz2となるしかしながらこれではつまらない我々は常に相互作用する粒子を考えるし相互作用する粒子はそれが単独で存在する場合とは異なる固有状態固有エネルギーを持っているものだこの固有エネルギーを求める作業は相互作用を含めた Hamiltonianを行列として対角化することに対応している相互作用があまりに強いと解析的に固有エネルギーが求まる場合以外には大変難しい問題となるしかしながら相互作用が ldquo十分にrdquo弱いときには摂動展開によって近似的に対角化されたHamiltonianを求めることができる本節ではその方法として Schrieffer-Wolff変換という手法を紹介する

F1 一般的な手順もともとのHamiltonian がH = H0 + λV というように非摂動部分H0と摂動(相互

作用)部分 λV に分けて書かれているとしようλは摂動の次数がわかりやすいようにつけた係数で最後に λ = 1とすればよい通常非摂動部分H0は対角化されているものとし非摂動項 λV は非対角要素を含むようなものになっているSを何らかの演算子としてHamiltonianを eλS でユニタリ変換しよう

eλSHeminusλS = H0 + λV + λ [SH0] + λ2 [S V ] +λ2

2[S [SH0]] +

λ3

2[S [S V ]] + middot middot middot

(F11)

ここで eS がユニタリ演算子であるためには Sが反 Hermiteすなわち Sdagger = minusSでなければならないλの一次の項が消えるようにするためには

[H0 S] = V (F12)

となるように反 Hermite演算子 S を決める必要があるこのもとでHamiltonianは一次までは対角化されて

Heff = eλSHeminusλS = H0 +λ2

2[S V ] +O(λ3) (F13)

という有効Hamiltonianが得られる反Hermite演算子 Sの決め方は ldquo経験と勘rdquoによるところが大きく以下で実例を見ることでその雰囲気を感じてもらいたい

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 182

F2 頻出する例F21 駆動されたスピン系例として駆動されたスピン系を表すHamiltonian

H = ωsz + g(s+ + sminus) (F21)

をみてみるここで h = 1 としさらにスピン演算子 sz s+ および sminus は交換関係[sz splusmn] = plusmnsplusmn[s+ sminus] = 2sz を満たすものとする反 Hermite演算子 S としてはS = α (s+ minus sminus)を用い計算の最後に Hamioltonianが対角化されるような αを決めることとしようでは実際に U = exp[α (s+ minus sminus)]によって Schrieffer-Wolff変換を施してみる

UHU dagger = ωsz + g(s+ + sminus) + [α (s+ minus sminus) ωsz] + [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]

+1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) ωsz]] +

1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]] + middot middot middot

= ωsz + g(s+ + sminus)minus α [ω(s+ + sminus)minus 4gsz]minus1

2α2 [4ωsz + 4g(s+ + sminus)]

+1

3α3 [4ω(s+ + sminus)minus 16gsz] + middot middot middot

= sz

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)+ 2g

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]+ (s+ + sminus)

[g

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)minus ω

2

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]= [ω cos 2α+ 2g sin 2α] sz +

[g cos 2αminus ω

2sin 2α

](s+ + sminus) (F22)

さてここまで計算したところで非対角項を消すという目的を思い出そうこのためには

tan 2α =2g

ω(F23)

とすれば任意の次数の摂動において非対角項が消えることになるこれより

cos 2α =1radic

1 + 4g2

ω2

sin 2α =2gωradic

1 + 4g2

ω2

(F24)

であるから対角化されたHamiltonianは次のように求まる

Heff = ωsz

radic1 +

4g2

ω2 (F25)

このHamiltonianからスピンを駆動する強さを強くしていくにしたがってスピンの基底状態と励起状態のエネルギー差が大きくなっていくことがわかるこれは共鳴条件でのAC Starkシフトとみることができる

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 183

F22 駆動されたスピン系の一般化ここでは次の形にかけるような駆動されたスピン系が一般化されたものを考え

よう

H = ∆Xz + g(X+ +Xminus) (F26)

ただし演算子は [Xz Xplusmn] = plusmnXplusmn と [X+ Xminus] = P (Xz)を満たすものとするP (Xz)

はXzの多項式である上記のHamiltonianの第二項が摂動として扱われるがこれを摂動として扱える条件として g∆ ≪ 1を要請しよう実際の例としてはX+ = aσ+2Xminus = adaggerσminus2Xz = σz2として Jaynes-Cummings Hamiltonianの分散領域を調べるときなどがあるともあれ上記のHamiltonianを近似的に対角化するユニタリ変換として U = exp[(g∆)(X+ minusXminus)]を用いることができる変換後の有効Hamiltonian

は摂動の二次まで取ると

Heff = ∆Xz +g2

∆P (Xz) (F27)

であり対角化されていることがわかる

184

付 録G Heisenberg HamiltonianからSWAPゲートの導出

出発点はHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (G01)

であるこれを指数関数の肩に乗せる前にD = σxσx + σyσy + σzσz の標識をあらわに求めさらにその累乗Dnを計算しておこうまずはDの具体的な形だが

D = σxσx + σyσy + σzσz

=

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

+

1 0 0 0

0 minus1 0 0

0 0 minus1 0

0 0 0 1

=

1 0 0 0

0 minus1 2 0

0 2 minus1 0

0 0 0 1

(G02)

となるDはブロック対角行列の形になっているからブロック行列を対角化すればよいすると(

minus1 2

2 minus1

)n=

[1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 minus3

)1radic2

(1 1

1 minus1

)]n

=1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 (minus3)n

)1radic2

(1 1

1 minus1

)

=

(1+(minus3)n

21minus(minus3)n

21minus(minus3)n

21+(minus3)n

2

) (G03)

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 185

のようにDnが計算できる次にeminusiDαを計算しようこれは定義よりsuminfinn=0(minusiDα)nn

と展開できるので

eminusiDα =infinsumn=0

(minusi)nαn

nDn

=

infinsumn=0

(minusi)nαn

n

diag(1 0 0 1) +0 0 0 0

0 1+(minus3)n

21minus(minus3)n

2 0

0 1minus(minus3)n

21+(minus3)n

2 0

0 0 0 0

(G04)

= diag(eminusiα 0 0 eminusiα) +

0 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 0

=

eminusiα 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 eminusiα

(G05)

であるしたがって最終的に

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(G06)

という結果を得る

186

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式共振器オプトメカニクス系のハイライトであるフォノンのサイドバンド冷却につい

て本節では定量的に述べていこう前節で述べたようにこのサイドバンド冷却はレッドサイドバンド遷移を駆動して達成されるなおイオントラップにおけるサイドバンド冷却と(ほとんど同じだが)区別して共振器冷却と呼ぶことも多い何が起こるかそしてどのくらいまで冷却することができるかを定量的に見るため

に量子ノイズを用いたアプローチを試みよう量子力学における物理量のノイズスペクトルは

Scc(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨c(τ)c(0)⟩ (H11)

と古典的な量と同様に定義されるここで ⟨middot⟩は期待位置を取ることを表しているc(t)が演算子とその期待値の差であるならばSccはまさしくノイズスペクトルとなるここでは機械振動との結合がある状況における光のノイズスペクトルに興味がありそのノイズスペクトルから何がわかるかを見ていきたい相互作用部分における光のノイズは次のように書かれる

Hint = hg0

(adaggeraminus

langadaggerarang)

(b+ bdagger) = hg0ν(t)(b+ bdagger) (H12)

ここで相互作用部分の位相を回して符号を正に変えてあるこのオプトメカニカル相互作用は摂動としてはたらくため相互作用表示に移ることで見通しが良くなることが期待されるSchrodinger表示でのフォノンの Fock状態を |N⟩(bdaggerb|N⟩ = N |N⟩をみたす)とすると相互作用表示では |N t⟩ = UI(t)|N⟩と書けてユニタリ演算子 UI(t)は

ihpartUI(t)

partt= HI

int(t)UI(t) (H13)

に従って時間発展するここで

HIint(t) = ei

H0htHinte

minusiH0ht

= hg0ν(t)(beminusiωmt + bdaggereiωmt) (H14)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 187

であるこの方程式の形式的な解を展開していくと

UI(t) = 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)UI(τ)

= 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)

[1minus i

h

int t

0dτ primeHI

int(τprime)(1 + middot middot middot

)]≃ 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ) (H15)

と一次までで書ける次に相互作用を時間 tだけ経験した後に |N t⟩が |N plusmn 1⟩へと変化するような事象の確率振幅 αNrarrNplusmn1を求めたい

αNrarrN+1 = ⟨N + 1 |N t⟩

= ⟨N + 1 |N⟩ minus ig0

int t

0dτν(τ) ⟨N + 1| beminusiωmτ + bdaggereiωmτ |N⟩

= minusig0int t

0dτν(τ)

[⟨N + 1| b |N⟩ eminusiωmτ + ⟨N + 1| bdagger |N⟩ eiωmτ

]= minusig

radicN + 1

int t

0dτν(τ)eiωmτ

αNrarrNminus1 = middot middot middot

= minusigradicN

int t

0dτν(τ)eminusiωmτ (H16)

と計算を進められるからαの二乗を取ることで時間発展後に |N plusmn 1⟩に系を見出す確率を得ることができる

PNrarrN+1 =langαlowastNrarrN+1αNrarrN+1

rang= g20(N + 1)

int t

0dτ

int t

0dτ primelangν(τ)ν(τ prime)

rangeminusiωm(τminusτ prime)

= g20(N + 1)

int t

0dτSνν(minusωm)

= g20(N + 1)tSνν(minusωm) (H17)

PNrarrNminus1 =langαlowastNrarrNminus1αNrarrNminus1

rang= middot middot middot= g20NtSνν(ωm) (H18)

ここで相関関数のFourier変換がスペクトルを与えるというWiener-Khinchinの定理を用いるために上式一行目のノイズの相関関数が τ = τ prime付近のみで有限の値をもつとし積分範囲を無限大まで拡張するなどしているこれらの式から上記の二つの過程の遷移レートは

ΓNrarrN+1 =dPNrarrN+1

dt= g20(N + 1)Sνν(minusωm) = (N + 1)Γuarr (H19)

ΓNrarrNminus1 =dPNrarrNminus1

dt= g20NSνν(ωm) = NΓdarr (H110)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 188

と求まるここまでくれば量子ノイズスペクトルが遷移レートと密接なかかわりを持っており共振器オプトメカニクスにおいて重要な役割を果たすことがわかるであろうここで遷移レート

Γuarr = g20Sνν(minusωm) (H111)

Γdarr = g20Sνν(ωm) (H112)

はそれぞれフォノンが一つ増える過程と一つ減る過程に対応しているSνν(ω)の具体的な形を求める前にフォノン数状態のダイナミクスに関してもう一歩

踏み込んで調べておこうここで調べたいのはフォノン数の期待値 ⟨N⟩ =sum

N NP (N)

の時間変化であるこれは次のように変形していくことができるd⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minussumN

ΓdarrNP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minus(Γdarr minus Γuarr) ⟨N⟩+ Γuarr

= minusΓopt ⟨N⟩+ Γuarr (H113)

ここで式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N+1)2P (N+1)とsuminfinN=0N(N+1)P (N+

1) =suminfin

N=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれがフォノンが本来持つ緩和を考慮しない場合の機械振動子のフォノンのレート方程式であるΓopt = Γdarr minusΓuarrは光による減衰効果を表しており共振器冷却の本質を担う項であるフォノン自体の緩和レート Γmと平均フォノン数 nthの熱浴の影響を取り入れる場合レート方程式は

d⟨N⟩dt

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩+ ⟨N + 1⟩Γthuarr minus ⟨N⟩Γthdarr

= minus(Γopt + Γm) ⟨N⟩+ Γuarr + nthΓm (H114)

と修正を受けるここで Γthuarr = nthΓmΓthdarr = (nth + 1)Γmである共振器冷却の結果最終的に得られるフォノン数の期待値は

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H115)

となる

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 189

H12 共振器冷却の冷却限界前節の最後に得た表式から共振器冷却によってどこまでフォノン数を減らせるかを知

るためには量子ノイズスペクトル

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨ν(τ)ν(0)⟩ (H116)

を評価する必要があるここで ν(t) = adaggeraminuslangadaggerarangであるこれを ⟨ν(τ)ν(0)⟩に代入し

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =lang(adagger(τ)a(τ)minus

langadagger(τ)a(τ)

rang)(adagger(0)a(0)minus

langadagger(0)a(0)

rang)rang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)minus adagger(τ)a(τ)

langadagger(0)a(0)

rangrangminuslangadagger(0)a(0)

langadagger(τ)a(τ)

rang+langadagger(τ)a(τ)

ranglangadagger(0)a(0)

rangrang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus 2

langadagger(0)a(0)

rang2+langadagger(0)a(0)

rang2=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav (H117)

と変形しよう光子の演算子 aが a(t) = [α+ d(t)] eminusiωltと書かれておりαがコヒーレントな振幅d(t)がそのゆらぎを表すものとしようaが状態に作用するときにはd(t) |ψ(t)⟩ = ⟨ψ(t)| ddagger(t) = 0としてa(t) |ψ(t)⟩ = αeminusiωlt |ψ(t)⟩が成立するlangadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)rangを計算するにあたりゼロにならないのは dが一番左にddaggerが一番右に来るようなものと演算子を全く含まないものになって

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav

= αlowastααlowastα+ αlowastαlangd(τ)ddagger(0)

rangminus n2cav

= ncav

langd(τ)ddagger(0)

rang(H118)

となるここに至って langd(τ)ddagger(0)rangという項が出てきた一見取っ付き難そうであるがldquoquantum regression theoremrdquo [22](あえて日本語訳するなら量子回帰定理だろうか)によって langd(τ)ddagger(0)rangの時間発展を d(t)の時間発展と同じ方程式で記述してよいすなわち κを共振器の緩和レートとして

dlangd(τ)ddagger(0)

rangdt

= minusi∆c

langd(τ)ddagger(0)

rang∓ κ

2

langd(τ)ddagger(0)

rangfor t0 (H119)

が成立するから素直に解いて langd(τ)ddagger(0)

rang= exp[minusi∆ctminus (κ2)t] を得るただし

∆c = ωcminusωlであるこれにより量子ノイズスペクトルがあらわに計算できるようになって

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτexp

[minusi∆ctminus

κ

2t]

=κncav

(∆c minus ω)2 + (κ2)2(H120)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 190

という表式が得られるレート方程式には Sνν(plusmnωm)という形でノイズスペクトルが現れたがこれらは光に対して機械振動が引き起こした変調によるノイズ(あるいは信号)で有る登理解することができplusmnωmに Lorentz関数のピークを呈するこれまでの結果を用いれば Γuarrと Γoptもすぐに計算することができる

Γuarr = g20Sνν(minusωm)

= g20κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2ncav (H121)

Γopt = g20 [Sνν(ωm)minus Sνν(minusωm)]

= g20

(∆c minus ωm)2 + (κ2)2minus κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2

]ncav (H122)

それでは共振器冷却で到達可能な平均フォノン数の限界をもう一度見てみよう

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H123)

大抵の場合には共振器の線幅よりもフォノンの周波数の方が大きくノイズスペクトルが共振器のスペクトルと分離できるこれをサイドバンド分解領域(resolved sideband

regime)というΓoptが Γmよりも十分小さい場合には ⟨N⟩trarrinfin = nthが自明に成立するすなわちフォノンは熱浴と平衡状態にあって同じ温度で熱分布している光の駆動を強くして Γopt ≫ Γmを達成した場合

⟨N⟩trarrinfin =ΓuarrΓopt

=(∆c minus ωm)

2 + (κ2)2

4ωm∆c(H124)

となって∆c = ωmつまり駆動レーザーがレッドサイドバンドにぴったり共鳴するときに最も良いフォノン数の冷却限界 κ216ω2

m が得られるいま κ ≪ ωm であるからκ216ω2

mは 1よりもずっと小さいすなわち機械振動子のフォノンモードは量子基底状態に限りなく近いところまで冷却することが可能である

191

付 録I 量子もつれとその応用

この付録では量子もつれとその有名かつ有用な応用例としての量子テレポーテーションとエンタングルメントスワッピングについて述べる

I1 分離可能状態と量子もつれ状態1と 2でラベルがつけられた二つの量子系があったとしようこの二つの量子系の合

成系は例えば |ψ1⟩otimes |ψ2⟩def= |ψ1ψ2⟩のようにかけるこれはふたつの量子系が別々に扱

えるという点で我々の直感に合った合成系であるこのように合成系の量子状態がそれを構成する各量子系の量子状態の直積 otimesで書けるような場合その合成系の量子状態は分離可能(separable)であるという密度演算子で混合状態まで含めた一般的な場合について書くと合成系の量子状態 ρが分離可能であるとき確率 piと各部分系の密度演算子 ρi1と ρi2を用いて ρ =

sumi piρ

i1 otimes ρi2と書ける

一方で分離可能状態のように各部分系の状態の直積に分解できない状態も存在するもっとも有名なのは Bell状態

∣∣Ψplusmn12

rang= (|e1g2⟩ plusmn |g1e2⟩)

radic2と

∣∣Φplusmn12

rang= (|e1e2⟩ plusmn

|g1g2⟩)radic2だろう4つの Bell状態は二量子ビット系の完全正規直交系をなしかつ

分離可能状態のように部分系の直積の形に書くことが不可能であることが背理法により簡単に証明できるほかの例としては Schrodingerの猫状態 (|g⟩ |α⟩ + |e⟩ |minusα⟩)

radic2

(|plusmnα⟩ は調和振動子のコヒーレント状態)Greenberger-Horne-Zeilinger(GHZ)状態 (|g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩)

radic2ふたつの調和振動子からなるN00N(rdquonoonrdquoとよむ)状態

(|N⟩ |0⟩ + |0⟩ |N⟩)radic2といったものがあるこれらのように分離可能状態でないもの

を量子もつれ状態あるいはエンタングルド状態という

I2 量子もつれの尺度ここではある量子状態にどのくらい量子もつれがあるかを計る尺度について述べよ

うこの尺度としてはいろいろなものがあり一般の量子状態に対して満足のいく尺度となる量はまだわかっていないしかしながら 2量子ビット系に対しては量子もつれの存在とその度合いを表すよい尺度が存在する純粋状態に対して良い尺度となるエンタングルメントエントロピーと混合状態に対しても良い尺度となるネガティビティについて述べよう

付 録 I 量子もつれとその応用 192

I21 エンタングルメントエントロピー合成系のうちある部分系のみに着目した密度演算子を縮約密度演算子というが量子

もつれの存在はこの縮約密度演算子に影響を及ぼすことを以下にみるそしてこの縮約密度演算子に対する von Neumannエントロピーがエンタングルメントエントロピーと呼ばれる量である1と 2でラベルがつけられた二つの量子系の合成系を考えるとき縮約密度演算子

ρ1あるいは ρ2は合成系の密度演算子 ρ12を片方の部分系についてトレースを取ったものであるきちんとかくと ρ1 = Tr2ρ12 あるいは ρ2 = Tr1ρ12 である分離可能状態|Ψ0⟩ = |g1⟩ (|g2⟩ + |e2⟩)

radic2と Bell状態 |Φ+⟩ = (|g1 g2⟩ + |e1 e2⟩)

radic2の二つの例に

ついて考えてみよう分離可能状態 |Ψ0⟩の縮約密度演算子は極めて簡単に計算できてρ1 = |g1⟩ ⟨g1|と ρ2 = (|g2⟩+ |e2⟩)(⟨g2|+ ⟨e2|)2でどちらももとの密度演算子を構成する各部分系の純粋状態を保っている一方でBell状態 |Φ+⟩の縮約密度演算子はトレースを計算すると ρ1 = I2と ρ2 = I2になりどちらも完全混合状態になってしまうのであるつまり量子もつれ状態は片方の量子系のみに着目すると量子状態が完全に壊れてしまうという不思議な性質を持っている量子もつれ状態はもつれているすべての部分系を一緒に扱わないといけないということでもある情報理論の Shannonエントロピーに倣って密度演算子 ρでかかれる量子状態の von

NeumannエントロピーをminusTr [ρ log ρ]で定義する純粋状態 |ψ⟩に対しては その密度演算子の固有値を λk とするとminusTr [ρ log ρ] = minus

sumk λk log λk = 0という計算から von

Neumannエントロピーがゼロとなることがわかるなぜかというと純粋状態については適切な基底を選べば固有値がひとつは 1でほかは 0になるようにできるからである具体的には |ψ⟩から始めて Schmidt分解によって直交基底を構成する1 log 1 = 0

はいいだろうが0 log 0については limxrarr+0 x log x = 0を用いた純粋状態はエントロピーが最も小さい状態だというのは理解できるだろう完全混合状態 I2についてはminusTr [(I2) log (I2)] = minus(12) log (12) minus (12) log (12) = log 2である完全混合状態が最もエントロピーが大きいというのも納得できるだろう準備は整ったので量子もつれを計る尺度の一つであるエンタングルメントエントロ

ピーを導入しようエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子のvon Neumann

エントロピーとして

S1 = minusTr [ρ1 log ρ1] S2 = minusTr [ρ2 log ρ2] (I21)

で定義される量である前述の合成系の量子状態 |Ψ0⟩については縮約密度演算子がどちらも純粋状態であったから S1 = S2 = 0であるこの例に限らず分離可能状態であればエンタングルメントエントロピーはゼロになるBell状態 |Φ+⟩はどちらの部分系の縮約密度演算子も完全混合状態であるからエンタングルメントエントロピーはlog 2になるこのようにエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子を取ることによって量子状態がいかに壊れるかを計る量であるように思えるしかしながらこれが通用するのは純粋状態のときのみである例えば ρ12 = I otimes I4のような完全混合状態(分離可能状態でもある)でエンタングルメントエントロピーを計算すると縮約

付 録 I 量子もつれとその応用 193

密度演算子も完全混合状態になってエンタングルメントエントロピーは log 2という値を出してしまう次節で導入するネガティビティはこのような混合状態でも量子もつれの尺度を与える

I22 ネガティビティ前節の最後では縮約密度演算子を扱うと量子もつれ状態と完全混合状態が同じエンタ

ングルメントエントロピーの値をもつことをみたここでは量子ビットAと Bからなる合成系の密度演算子 ρに立ち戻り混合状態でも通用する量子もつれの尺度を考えることとしよう密度演算子は ρdagger =

(ρT)lowast

= ρを満たすすなわち Hermite行列であるから実数の固有値を持つさらにその対角成分は状態の占有確率を表すため非負であることから物理的状態を記述する密度演算子の固有値は非負でなければならないことがわかるこれを踏まえて密度演算子 ρの部分転置を取った ρTA について考えよう部分転置の定義だが密度演算子を一般に

ρ =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ξA⟩ ⟨ηA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I22)

と |ξA⟩ |ηA⟩ isin |gA⟩ |eA⟩および |ξB⟩ |ηB⟩ isin |gB⟩ |eB⟩を用いて展開するとき

ρTA =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ηA⟩ ⟨ξA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I23)

によって部分転置された密度演算子を定義する部分転置された密度演算子はやはりHermite行列であるしかしながらその固有値は非負である必要がなくなっている例外的に分離可能状態であるときには部分系に関する行列の転置がもう一方の部分系に対して何も影響を及ぼさないため部分転置された密度演算子は元の密度演算子と同じ固有値すなわち非負の固有値のみをもつPeres-Horodecki [23]によればρが分離可能状態であるならばρTA のすべての固有値は非負であるこの対偶として ρTA

の負の固有値の存在が量子もつれの存在を意味していることがわかるさらに言えば二量子ビット系においては上記の逆も成立するすなわち ρが分離可能状態であることと ρTA の固有値がすべて非負であることが二量子ビット系では等価になるこれが本節で導入するもうひとつの量子もつれの尺度であるネガティビティの基本的

な考えであるネガティビティN (ρ)はρTA の負の固有値の絶対値の和として

N (ρ) =sumλnlt0

|λn| (I24)

と定義されるここで λnは ρTA の固有値であるρTA は単なる ρの部分転置であるからトレースは保存されていてTr [ρ] = Tr

[ρTA

]= 1であるしたがって 1 =

sumn λn =sum

λngt0 λn minussum

λnlt0 |λn| という等式が成り立つさらにトレースノルム ||ρTA ||1def=

付 録 I 量子もつれとその応用 194

Tr

[radic(ρTA)dagger ρTA

]を導入しようこれは定義からして ρTA の固有値の絶対値を足し

上げるものなので||ρTA ||1 =sum

n |λn| = 2sum

λnlt0 |λn|+1と書き直せるこれによりトレースノルムを用いたネガティビティの表式

N (ρ) =||ρTA ||1 minus 1

2(I25)

が得られるPeres-Horodeckiの結果は混合状態にも適用可能であるから純粋状態でのみ良い指標となったエンタングルメントエントロピーよりも適用範囲の広い量子もつれの尺度であるといえるネガティビティは二つの量子系の分離可能な合成系に対してエンタングルメントエントロピーのような加法性がないためかわりに対数ネガティビティL(ρ)

def= log 2N (ρ) + 1を考えることがあるこれについてはL(ρ1otimesρ2) = L(ρ1)+L(ρ2)

となり加法性が満たされるネガティビティの計算例をいくつか挙げておこう分離可能状態に対してはネガティ

ビティはゼロであることが明らかであるからまず Bell状態 |Φ+⟩についてみてみる密度演算子 ρΦ+ は

ρΦ+ =1

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

(I26)

となりこの部分転置行列は

ρTAΦ+ =

1

2

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(I27)

であるこの部分転置行列の固有値は 12が 3個とminus12が 1個であるしたがってネガティビティは 12であり対数ネガティビティは log 2となるより興味深い例としてWerner状態

ρW = p∣∣Φ+

rang langΦ+∣∣+ (1minus p)

I otimes I

4

=p

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

+1minus p

4

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 1

=

1+p4 0 0 p

2

0 1minusp4 0 0

0 0 1minusp4 0

p2 0 0 1+p

4

(I28)

付 録 I 量子もつれとその応用 195

図 I1 量子テレポーテーションの概略

を考えようこれは p isin [0 1]の値によって完全混合状態か量子もつれ状態かがきまるネガティビティを用いるとどのくらいの pから量子もつれがあるといえるかがわかるのでこれを明らかにしていこうまず部分転置行列は

ρTAW =

1+p4 0 0 0

0 1minusp4

p2 0

0 p2

1minusp4 0

0 0 0 1+p4

(I29)

とかけるがこの固有値は (1+p)4が 3個と (1minus3p)4が 1個である固有値 (1minus3p)4

のみ 13 lt p le 1のもとで負となるためネガティビティが有限の値をとる言い換えれば13 lt p le 1のときにWerner状態は量子もつれ状態であり0 le p le 13のときには分離可能状態となることが上記の計算により明らかになるのであるこれは次のことも示唆している13 lt p le 1のWerner状態は本節の最後で説明する LOCC

(local operation and classical communication)によって生成することができないが0 le p le 13のWerner状態であれば LOCCでつくれてしまうのである

I3 量子テレポーテーションいよいよ量子もつれ状態の応用としても量子力学の世界の不思議な現象としても重

要な量子テレポーテーションについて説明する量子テレポーテーションの目的として

付 録 I 量子もつれとその応用 196

は送信者である Aliceがある未知の状態 |ψ⟩ = cg |gψ⟩ + ce |e⟩ψ を受信者である Bob

に送るというものである以下添え字の ψはこの未知の量子状態 |ψ⟩に関するものとする量子状態 |ψ⟩は測定すると壊れてしまう複製ができないという性質があるため我々が今日用いる通信(古典通信)のようにはいかないのが量子通信の肝であるこのような制約の下では未知の量子状態を送るためには量子もつれ状態の不思議な性質を全面的に活用したトリックが必要になる量子テレポーテーションにおいてまずやるべきことはAliceとBobが量子もつれ状態

にある光子のペア例えばBell状態のひとつである∣∣Ψminus

ab

rang= (|ea⟩ |gb⟩+|ga⟩ |eb⟩)

radic2の片

割れを 1個ずつ持つことである添え字の aと bはこのAliceとBobがもつ量子もつれ状態の片割れの光子をさす未知の量子状態 |ψ⟩と併せた全体の量子状態は |ψ⟩

∣∣Ψminusab

rangと書けるこの量子状態をAliceの量子もつれペアの片割れと未知の量子状態 |ψ⟩にある量子ビットψとのBell状態で書き直してみよう

langΨplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (plusmncg |gb⟩minusce |eb⟩)2

radic2

やlangΦplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (ce |gb⟩ ∓ cg |eb⟩)2

radic2を用いることで

|ψ⟩∣∣Ψminus

ab

rang=cg |gψ⟩+ ce |eψ⟩radic

2

|ea⟩ |gb⟩+ |ga⟩ |eb⟩radic2

=

∣∣∣Ψ+ψa

rang2

(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)minus

∣∣∣Ψminusψa

rang2

(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

+

∣∣∣Φ+ψa

rang2

(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) +

∣∣∣Φminusψa

rang2

(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I31)

と計算することができるこれを念頭においてAliceは手持ちの量子もつれペアの片割れに X ゲート Xa を作用させ続いて Aliceの量子ビットを制御量子ビットとする量子ビット ψへのCNOTゲートを作用させるすると

∣∣∣Ψplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Ψplusmnψa

rang=

|gψ⟩ (plusmn |ga⟩ + |ea⟩)radic2や

∣∣∣Φplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Φplusmnψa

rang= |eψ⟩ (|ga⟩ plusmn |ea⟩)

radic2という

作用が ψと aの合成系(ψa系と略記する)に起こり最終的に HadanardゲートHa

をAliceの量子ビットに施すことで∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ga⟩ (cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ea⟩ (cg |gb⟩+ ce |eb⟩)∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)

= |eψ⟩ |ga⟩ (ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩)

= minus |eψ⟩ |ea⟩ (ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I32)

という状態になるここで ψa系を測定しようψa系が |gψ⟩ |ga⟩|gψ⟩ |ea⟩|eψ⟩ |ga⟩

付 録 I 量子もつれとその応用 197

|eψ⟩ |ea⟩のどれであるかを明らかにすることは ψa系がどの Bell状態にあったかを明らかにすることに対応しておりこの測定を Bell測定ともいうAliceの Bell測定で|gψ⟩ |ga⟩という結果が得られればBobはZゲートZbを手持ちの量子ビットに作用させれば cg |gb⟩+ ce |e⟩bが手元に得られる測定結果が |eψ⟩ |ga⟩のときにはBobはZbゲートのあとにX ゲートXbを作用させればよい|eψ⟩ |ea⟩という結果のときにはXbゲートのみで十分である測定により |gψ⟩ |ea⟩であったと分かった場合には Bobは何もしなくてよいこのようにAliceのBell測定の結果を(古典)通信でBobに知らせBob

はその結果に応じて手持ちの量子ビットに量子ゲートを作用させれば最終的に Bob

の手元にはまさにAliceが送りたかった未知の量子状態 cg |gb⟩+ ce |e⟩bが残っているのであるもともと未知の量子状態だった ψ系はどうなったかというとBell測定によって壊

れているしたがってこれは量子状態の複製を行ったことにもなっていないもう一点注意しておきたいだがよく SF小説などで量子テレポーテーションで瞬時に情報が転送されるなどという設定がされているがこれは間違いである1Bobは最後に正しい量子状態を得るためにAliceからBell測定の結果を電話なりメールなりで聞かねばならないAliceからBobへの情報伝達速度は光速を超えることがないため量子テレポーテーションによる情報の転送も光速を超えることはない

I4 エンタングルメントスワッピング量子テレポーテーションの親戚のような手法にエンタングルメントスワッピングという

ものがあり量子通信でよく用いられる状況は次のようなものであるAliceとBobは既知の量子もつれ光子ペア

∣∣Φ+A

rang= (|g1g2⟩+ |e1e2⟩)

radic2と

∣∣Φ+B

rang= (|g3g4⟩+ |e3e4⟩)

radic2

をそれぞれ持っているがこのときに Aliceと Bobは何とかしてこれらの Bell状態を用いて Aliceと Bobにまたがる量子もつれペアを生成したいというような問題であるこのために用いられる手法がエンタングルメントスワッピングであり端的に言えばAliceとBobのもつ量子もつれペアの片割れを 1個ずつとってきてBell測定をしその結果に応じてAliceまたはBobの残りの量子もつれペアに量子ゲートを作用させることで達成される以下これについて詳しく見ていこうAliceと Bobの量子系の全体系 |Ψ⟩書き下すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

A

rangotimes∣∣Φ+

B

rang=

|g1g2g3g4⟩+ |g1g2e3e4⟩+ |e1e2g3g4⟩+ |e1e2e3e4⟩2

(I41)

となるここで 1と 4(2と 3)の添え字のついた系をまとめて部分系とみなしBell状態∣∣Ψplusmn

14

rangと ∣∣Φplusmn14

rang(∣∣Ψplusmn23

rangと ∣∣Φplusmn23

rang)を定義しようこれにより |Ψ⟩を前節のように書き

1著者の好きな SF小説にもこの手の記述がありこの話題が小説で出てくるたびに気が散って仕方がなかった

付 録 I 量子もつれとその応用 198

図 I2 エンタングルメントスワッピングの概略

直すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

14

rang ∣∣Φ+23

rang+∣∣Φminus

14

rang ∣∣Φminus23

rang+∣∣Ψ+

14

rang ∣∣Ψ+23

rang+∣∣Ψminus

14

rang ∣∣Ψminus23

rang2

(I42)

という表式が導かれるでは添え字 2と 3からなる部分系についてBell測定を行おうもしBell測定で 2と 3からなる部分系が

∣∣Φ+23

rangにあるという結果が得られれば残りの系は

∣∣Φ+14

rangにあることになるもし ∣∣Φminus23

rangにあれば1の量子ビットにZゲートZ1を作用させると

∣∣Φminus14

rangは ∣∣Φ+14

rangに変換される∣∣Ψ+23

rangに測定された場合には 1の量子ビットにX ゲートX1を作用させることでX1

∣∣Ψ+14

rang=∣∣Φ+

14

rangを得る最後に ∣∣Ψminus23

rangという結果が得られた場合にはZ1X1を作用させることで

∣∣Φ+14

rangを得ることができるこのようにAliceと Bobのもつ量子もつれペアの片割れを Bell測定した結果に応じてAlice

が量子もつれペアの残りに量子ゲートを行うことで最終的に Aliceと Bobにまたがる量子もつれ状態

∣∣Φ+14

rangが得られるこれはもともとのローカルな量子もつれ状態がAliceとBobにまたがる量子もつれ状態に入れ替わっているようにも見えることがエンタングルメントスワッピングという名前の由来である

付 録 I 量子もつれとその応用 199

I5 Local operation and classical communication (LOCC)

量子テレポーテーションやエンタングルメントスワッピングで行った操作は次のように纏められる(i)量子ビットの測定(Kraus演算子をMAとする)(ii)測定結果の古典通信(iii)量子ゲート操作 UB通信にかかる時間を乱暴にも無視してしまうとLOCCの後の密度演算子はsumr UB(r)MA(r)ρM

daggerA(r)U

daggerB(r)となっている(rは測定結果

に対応する添え字)ここで強調したいのは量子操作はすべてAliceなりBobなりの内部で完結することと古典通信のみを用いて情報交換をしていることである言い換えるとAliceとBobにまたがる二量子ビットゲートや測定光子の量子状態そのものによる伝達といった ldquo無茶rdquoはしていない現実的に無理のない手法だといえるこのような古典通信とローカルな量子操作のみで構成される操作を LOCC(local operation and

classical communication)と呼ぶ詳細な議論は成書 [9]に譲るがここでは LOCCのいくつかの重要な性質について言及しておく

bull LOCCは確率 1で量子もつれの尺度を増大させることはできない

bull LOCCは分離可能状態を量子もつれ状態にすることはできない

bull LOCCによって確率的にであれば量子もつれの尺度を増加させることはできる具体的にはエンタングルメント蒸留などの手法が開発されている

200

付 録J 量子複製禁止定理

古典情報では許され量子情報では出来ない操作の重要なものが状態のコピー(複製)をすることである例えば通常 xが与えられていて y = x2 + xを計算したければxをコピーし元の xに 1を足してコピーした xをかければ

y = x2 + x = x(x+ 1) (J01)

が計算できるが量子情報では「量子複製禁止定理」というものにより未知の量子状態のコピーが許されておらず同様の計算が出来ないこれは量子計算に取って非常に大きなハンディキャップに見えるしかしコピーが出来なくても様々な方法で有用な量子計算が出来ることが知られているので心配はいらない以下では簡単にこの量子複製禁止定理を証明する仮に任意の量子状態 |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩ともう一つの量子状態 |i⟩がありユニタリー

な操作 U を用いて |i⟩ rarr |ψ⟩とコピーができるつまり

U |ψ⟩ |i⟩ = |ψ⟩ |ψ⟩ (J02)

という 2量子ビットゲートが存在するとしよう同様に異なる量子状態 |ϕ⟩も U はコピーできるつまり

U |ϕ⟩ |i⟩ = |ϕ⟩ |ϕ⟩ (J03)

も成り立つとすると

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨i|ψ⟩ |i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ ⟨i|i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ (J04)

同様に

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨ϕ|ψ⟩ |ψ⟩= ⟨ϕ|ψ⟩2 (J05)

となり ⟨ϕ|ψ⟩ = ⟨ϕ|ψ⟩2を満たさねばならないがこれは ⟨ϕ|ψ⟩ = 0もしくは ⟨ϕ|ψ⟩ = 1

が成り立つということである後者は |ϕ⟩ = |ψ⟩という場合の自明なときなので無視す

付 録 J 量子複製禁止定理 201

ると前者は直交した 2つの状態ならコピーできるが任意の量子状態のコピーが不可能なことを証明しているもう少し具体的な例で見てみよう例えば U は |0⟩|1⟩を各々コピーできるとする

U |0⟩ |i⟩ = |0⟩ |0⟩ (J06)

U |1⟩ |i⟩ = |1⟩ |1⟩ (J07)

この時 |ψ⟩ = a |0⟩ + b |1⟩をコピーしたいとしよう量子情報では測定するとその状態が変わるのでこのような重ね合わせの任意の状態が何かわからないままコピーできなければならない|ψ⟩を同じ方法でコピーすると

U |ψ⟩ |i⟩ = U(a |0⟩+ b |1⟩) |i⟩ = aU |0⟩ |i⟩+ bU |1⟩ |i⟩= a |0⟩ |0⟩+ b |1⟩ |1⟩ (J08)

となる一見うまく行ったように見えるかもしれないがコピーしようと思っていた状態は |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩なのでコピーが出来ているとすると

|ψ⟩ |ψ⟩ = (a |0⟩+ b |1⟩)(a |0⟩+ b |1⟩)= a2 |00⟩+ b2 |11⟩+ ab(|01⟩+ |10⟩) (J09)

になるはずなのでコピーは全然出来ていないつまり既知の直交した状態においてコピーが可能だとしても任意の(未知の)量子状態をコピーすることは出来無い

202

関連図書

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Page 5: 量⼦技術序論 - 東京大学5 第14章量子技術の概要 157 14.1 量子計算. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 157 14.1.1 Groverのアルゴリズム

3

54 スピンエコー法 82

第 6章 調和振動子 84

61 Fock状態 84

62 コヒーレント状態 84

63 スクイーズド状態 87

64 熱的状態 89

65 光子相関 89

651 振幅相関 一次のコヒーレンス 90

652 強度相関 二次のコヒーレンス 90

66 Wigner関数 91

661 導入 91

662 Wigner関数の例 92

663 コヒーレント状態 92

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 95

71 Jaynes-Cummingsモデル 95

72 弱結合強結合領域 96

73 分散領域 98

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 101

81 共振器の性質 101

811 Q値 102

812 フィネス(Finesse) 103

82 共振器の測定 104

821 反射測定と透過測定 104

822 実際の測定系 106

83 入出力理論 [17] 106

831 伝播モードと入出力関係 106

832 1ポートの測定 108

833 2ポートの測定 110

834 二準位系の自然放出 111

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系 112

第 9章 量子実験系における種々の結合 116

91 原子イオンの例 116

911 原子-光相互作用 116

912 サイドバンド遷移 118

913 フォノン-フォノン相互作用 119

92 超伝導量子回路 121

921 LC共振器の量子化 122

4

922 超伝導量子ビット 123

923 共振器とトランズモンの結合 125

93 共振器オプトメカニクス 126

931 導入 126

932 オプトメカニカル相互作用 128

933 オプトメカニカル相互作用の線形化 129

第 III部 131

第 10章 量子ゲート 132

101 一量子ビットゲート 133

1011 X ゲート 133

1012 Z ゲート 133

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T 134

102 二量子ビットゲート 134

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート 135

1022 制御 Z(CZ)ゲート 135

1023 iSWAPゲートと SWAPゲート 135

1024 XX ゲートと ZZ ゲート 136

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出 136

103 Cliffordゲートと non-Cliffordゲート 138

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 140

111 射影測定と一般化測定 140

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ 141

113 フィデリティ 142

114 量子ゲートエラーの評価 143

115 ノイズ演算子 143

116 量子プロセストモグラフィ 145

1161 ゲートフィデリティ 146

117 Randomized benchmarking 147

第 12章 量子エラー訂正の基礎 149

121 スタビライザーによる定式化 150

122 三量子ビット反復符号 151

123 Shor符号 152

124 発展的な量子ビットの符号化 154

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 155

5

第 14章 量子技術の概要 157

141 量子計算 157

1411 Groverのアルゴリズム 157

142 量子鍵配送 158

1421 BB84 158

143 量子センシング 159

1431 Ramsey干渉 159

1432 エンタングルメントによる量子センシング 160

144 量子シミュレーション 161

145 量子インターネット 161

付 録A 位置表示と運動量表示 162

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例 163

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出 165

付 録D 原子の量子状態 168

D1 Bohrモデル 168

D2 微細構造 169

D3 超微細構造 170

付 録E 量子マスター方程式 171

E1 Liouville-von Neumann方程式 171

E2 系と熱浴との相互作用 172

E3 レート方程式 178

E4 光 Bloch方程式 179

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 181

F1 一般的な手順 181

F2 頻出する例 182

F21 駆動されたスピン系 182

F22 駆動されたスピン系の一般化 183

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 184

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 186

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却 186

H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式 186

H12 共振器冷却の冷却限界 189

6

付 録 I 量子もつれとその応用 191

I1 分離可能状態と量子もつれ状態 191

I2 量子もつれの尺度 191

I21 エンタングルメントエントロピー 192

I22 ネガティビティ 193

I3 量子テレポーテーション 195

I4 エンタングルメントスワッピング 197

I5 Local operation and classical communication (LOCC) 199

付 録 J 量子複製禁止定理 200

7

はじめに

01 量子情報における共通言語量子力学は 1900年代初頭からEinsteinDiracHeisenbergSchrodingerなど名

高い物理学者による数々の議論により肉付けられ相対論などとの融合も踏まえ大きく発展してきたその枠組みから予想される一見非自明な物理現象の数々は多くの物理学者を困らせたがこの長い歴史の中で未だにその体系が間違っているという観測は報告されていない量子力学自体は長い歴史をもつが過去 50年間の量子力学の発展は実験的手法の

成熟とそれに支えられた量子力学のさらなる考察にも大きく支えられてきている核磁気共鳴(NMR)の発展による核スピン状態の観測操作真空中の原子やイオンの分光実験高性能レーザーの開発や非線形光学の発展による光の量子性の検証また外乱が多く量子性の担保がが難しいと言われてきた固体素子の中でも様々な量子操作が確認されるようになってきているこれらの多彩な実験は量子力学を様々な角度から検証することを可能とすると伴にこれまでその性質を見極めるための「観測」がメインであった量子を「操作」の対象として成熟させたつまり今までは見ることが目的であった量子を人類は自由に操作する術を手に入れたのであるそんな中この 20年くらいの間に大きく発展してきたのが量子情報科学という分野

である実験手法の発展により各々の物理系の操作性が向上しまたそれら物理系がもつ固有の特色が顕になってきたそれら操作性や物理系の特色を活かした情報技術特に量子の性質を活かした情報操作を行うという試みが大きく展開されてきたのであるこの量子情報の研究により幾つかの新しい知見が生まれてきたそれは一見全く異なる物理系においても量子を情報の起源と捉えることにより多くの類似性を持つことがわかってきたのであるこれまで各々の物理系はそれぞれ独立に進歩してきたしかしこれらを量子情報という枠組みで俯瞰する事により異なる物理系を統一した共通言語のもとに包括的に理解することが可能となってきた本プロジェクトはその俯瞰的な視点を若い研究者に提供することによりこれまでの

量子物理系の特色を量子情報という枠組みの中で捉え今まで以上の量子系の発展を促す試みである量子情報技術が社会へ進出するまでにはまだ時間が必要かもしれないしかし量子計算機量子通信インターネット量子シミュレーション量子センサーなど既存の技術を大きく超える提案が数々なされそれらは社会のあり方さえも大きく変革すると言われているこれら量子技術の躍進には既存の量子技術と伴に若い人達の新しいアイデアが鍵となると考えているこれからの量子技術の発展のために皆さんの力を大きく発揮していただきたい

8

02 異なる量子物理系本プロジェクトでは異なる量子系の操作とその特色を学んでいく様々な量子系例

えばイオントラップ冷却原子量子ドット超伝導回路など多くの系が存在するが各々の量子系の特長によりもちろんそれぞれの強みと弱みが異なる例えば既存のコンピューターが個々の部品CPUメモリーハードドライブインターネットアダプタで構成されているように各々の量子系も活躍舞台が異なってくるまた幾つかの共通要素を持つ量子系も多くある例えば作製方法(ファブリケーション)が似ている操作に用いる装置が類似しているデバイスの置かれている環境(温度など)が同じなどである類似な系では一つの量子系を学ぶと他の理解が容易な場合が多くあるまた一見大きく異る量子系でも実は主要素をよく考えるととても似ていると言う場合が多くあるそのためにも多くの物理系を学ぶことで包括的な理解が進むことが期待されるまた先述のように量子情報という枠においてその特色や類似性を捉えることが今まで予想もしなかった形で容易になることが多くあるそのような意味でもこれら多くの物理系の特色を学んでいくことが重要になる量子操作の成熟と伴に各々の量子系の長所を伸ばし短所を抑圧するために幾つか

の量子系を結合させた「ハイブリッド量子系」と呼ばれる量子系の開発も世界的に進められている例えば光ファイバー中の光子は長距離の量子状態伝送を可能とするがその代わりに光子(つまり量子状態)を 1箇所にとどめておくのは非常に困難であるこの時に原子やイオントラップなどと光ファイバーを結合させることにより量子状態を原子やイオンにとどめておくまた必要なときには光子として取り出しファイバーに送り込むというようなことをすることでメモリーと伝送の機能を両立させた新たな量子系の開発が可能となるこれらハイブリッド量子系の開発にも各々の物理系の特色を学ぶことが重要となってくる

03 温度の概念量子系には様々な類似点があげられることを述べてきたが実験的に重要な特長とし

て量子系のエネルギーと操作に用いられる電磁波があげられるそれは実験時に量子系を設置する環境の温度と密接に関係していることを以下に述べる多くの量子操作では単一量子の操作が求められるがその手法は原子のエネルギー

準位を用いると簡単に説明ができる例えば図 11にあるように異なる 2つのエネルギー準位基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩を持つ原子があり各々のエネルギーがEgEeとする通常電子は基底状態にいるがエネルギー準位の差を埋めるようなエネルギーを持つ電磁波(E0 = Ee minus Eg)が吸収されると電子は励起状態に上がる(図 11)このときの電磁波が実験に用いられた電磁波であればよいがそうでない場合はこちらが操作しようとしていないのに原子のエネルギー準位が変わってしまったことになるこの「実験にもちいた以外の電磁波」はどこから来るのかを考える環境温度が T

のときその環境において熱平衡にあるボゾン粒子を考えるボゾン粒子のエネルギー

9

図 1 エネルギー固有状態間の遷移「電磁波」あるいは遷移を引き起こす粒子は実験で意図したものとは限らず熱的に励起された固体中のフォノンやスピンなど周囲の環境からのノイズも含まれる

が粒子の振動角周波数 ωを用いて EBoson = hωと書かれる時その平均粒子数 ⟨n⟩はBose-Einstein分布を用いて

⟨n⟩ = 1

ehωkBT minus 1

(031)

と記述されるここで h = h2π kBはそれぞれDirac係数とBoltzman係数であるDirac係数は Planck係数を 2π で割ったものであるが量子光学や量子情報科学ではPlanck係数よりも頻繁に用いられる温度の換算エネルギー kBT がボゾン粒子のエネルギー hωより十分高いときこの

式は⟨n⟩ ≃ kBT

hωminus 1

2 (032)

で近似されるこの式からわかるように量子を取り巻く環境ではその温度 T に比例した平均粒子数 ⟨n⟩のボゾン粒子がうようよしている固体中ではフォノンなどの素励起粒子真空中ではその周りの壁の温度 T に熱平衡な電磁波(光子)といったボゾン粒子が飛び回っているこれら温度 T の環境にうよめく ldquo熱ボゾン粒子rdquoが邪魔者である「実験にもちいた以外の電磁波」になるのであるこの影響を十分抑制するには実験に用いる電磁波の角周波数 ω0 = E0hにおいてボゾン粒子が環境にほぼいない状況つまり ⟨n⟩ ≪ 1の状況を作れれば良いそこから導かれる環境温度の条件は以下の式で与えられる

T ≪ hω0

kB (033)

この式は環境温度が電磁波の換算温度(T0 = hω0kB)より十分低ければ⟨n⟩ ≪ 1とな

り熱ボゾン粒子の影響が小さくなることをあらわしている電磁波を用いた量子操作実験ではマイクロ波もしくは光が用いられることが多いが各々の周波数換算温度実際量子実験に用いられる装置の環境温度を表 1にまとめた

10

表 1 電磁波周波数と実験環境温度の関係

電磁波 周波数(ω02π) 換算温度(T0) 実際の実験温度(T)マイクロ波 10 GHz 500 mK 10 mK

光 200 THz 10000 K 300 K

この表からわかるようにマイクロ波を用いる実験では電磁波の換算温度が 500 mK

程度であることから環境は希釈冷凍機などを用いてそれより十分低温にする必要がある逆に光を用いる実験では光の換算温度が 10000 K程度なため室温の 300 Kでも十分実験できることがわかるこれは我々の環境の壁(300 K)が熱で光っていないことからも ⟨n⟩ ≪ 1が満たされているのがわかると思うこのように量子操作に用いる電磁波の周波数によって装置の環境温度は大きく異

るまたこれによりマイクロ波と光では同じ電磁波でも実験に関する技術が異なることを覚えておきたい

04 本書の構成本書は上記のような量子系を俯瞰的に見る目やそれを筋よく実現するにはどうすれ

ばよいかという感覚を養うための下地としての基礎的な事柄を一冊の文書にまとめるという目的で執筆されたものである構成として大きく三つに分かれており第部では量子技術で頻繁に用いる線形代数に基づいた量子状態の記述および基礎的な量子力学の知識を量子技術を知るうえで最低限必要と思われるものに関して抜粋し簡潔な形でまとめてある第部では二準位系や電磁波を実際にどのようにとらえそれらがどのように相互作用するのかそして二準位系や電磁波あるいは調和振動子とその間の相互作用が実際にどのように実現されるのかについて記した特に現在の量子技術ではほぼ必須の道具である共振器とその測定の仕方について詳説してある第部では量子ビットという抽象化された量子系の操作測定エラー訂正そして量子技術の概要について書き記した解析力学統計力学量子力学電磁気学の講義を一度は受けたことがある程度の知

識があればそれらを参照しつつ本書を読み進めることはできると思われるとくに第部は量子力学の復習であるため一度量子力学の本を読みとおした経験がある読者は第部から読み始め適宜第部に立ち戻りながら読み進めていくような読み方でよいだろうただし第部に量子技術で頻繁にみられる記述の仕方や概念等も含まれており目を通しておくことをお勧めしたいこういった意味で本書の対象はあえて言えば順当に勉学を進めてきた学部34年生あたりにあるただし意欲的な12年生も読み進められると期待しているし大学院生ひいては量子技術分野内外の研究者にとっても読んで得るものがあることを期待しているまた全体として物理現象として何が起こっているかのイメージの獲得と理解を優先したため理論的な厳密さを欠く部分が散見されるであろうことはご承知いただきたい

11

本書の執筆にあたり文章の校正計算チェックなどにご協力いただいた東京大学野口研究室の重藤真人氏中島悠来氏渡辺玄哉氏内容についてのたいへん有用なアドバイスをいただいた増山雄太氏にこの場で感謝の意を表したい

第I部

13

第1章 量子力学における状態の記述と演算子

この章では量子力学の基礎を簡単にさらう一般的に多くの大学では初級量子力学の授業において波動関数を用いた表示が多いが量子情報科学では行列表示を用いる場合が多いしかし例外も多く量子間の相互作用の導出など波動関数を用いることも多々あるため波動関数表示と行列表示を行ったり来たりする場合が頻繁に出てくるそのため読者には両方の知識をつけてもらいたいここでは 2つの表示方法ならびに量子力学の基礎そしてツールとして用いられる線形代数の基礎またこれらの表示の簡素化が可能なDirac表記を復習する

11 ベクトル空間量子状態はベクトル空間におけるベクトルとして扱われるがここでは簡単にベクト

ル空間の基礎を後に頻繁に用いられる用語を紹介しながら復習する

111 3次元空間ベクトル3次元空間における 2つの任意のベクトル

V = Vx x+ Vy y + Vz z (111)

W = Wx x+Wy y +Wz z (112)

があるとするベクトルは基底 (basis)とよばれる単位成分ベクトル x y zとその振幅 (amplitude)である係数 Vx Vy Vz およびWx Wy Wz から構成される計算に便利な行列表示を用いるとき状態ベクトルは通常縦ベクトルで表される単位成分ベクトルは

x =

1

0

0

y =

0

1

0

z =0

0

1

(113)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 14

と表され

V = Vx

1

0

0

+ Vy

0

1

0

+ Vz

0

0

1

=

VxVyVz

(114)

W = Wx

1

0

0

+Wy

0

1

0

+Wz

0

0

1

=

Wx

Wy

Wz

(115)

となる

内積

2つのベクトルの内積 (inner product)は

V middot W = VxWx + VyWy + VzWz (116)

と定義されベクトルの内積からはスカラー(数字)が計算される行列表示を用いると内積はベクトルの転置 (transpose)

V T =(Vx Vy Vz

)(117)

を用いて

V middot W = V T W =(Vx Vy Vz

)Wx

Wy

Wz

= VxWx + VyWy + VzWz (118)

となる上記でわかるように内積をとる 2つのベクトルの次元数は同じでなければならない

正規直交基底

上記のようにベクトル空間の基底は通常長さ 1になるように正規化 (normalized)されておりまたこの例では図 11(左)のように x y zは全て直交しているこのような基底を正規直交基底 (Orthonormal set of basis)とよぶ基底 x y zを xi i = 123

で表すと正規直交基底はxi middot xj = δij (119)

の式を満たす一般的には基底は正規化もしくは直交している必要はない図 11(右)にあるよう

に正規直交基底ではない基底 xprime yprime zprimeを用いて V を記述することもできるが各々の成分が他に依存しない正規直交基底の方がもちろん便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 15

図 11 (左) 正規直交基底 x y z(右) 正規直交ではない基底 xprime yprime zprimeでも同じ V を記述することは可能

ベクトルの成分

ベクトル V があたえられているときその振幅を内積を用いて求めることができる例えば Vxを求めたい場合

Vx = x middot V (1110)

と計算することができる行列表示を用いると

Vx =(1 0 0

)VxVyVz

= Vx (1111)

となる

ノルム

各々の振幅からベクトルの ldquo長さrdquoを計算することが出来るがベクトルの ldquo長さrdquoは一般的にノルム (norm)とよばれ内積を用いて

norm(V ) =radicV middot V =

radicV 2x + V 2

y + V 2z (1112)

と定義されるこのノルムを用いて任意のベクトル V を単位ベクトル vに変換したい場合もとのベクトルをノルムで割ることで

v =V

norm(V ) (1113)

と計算することができもちろん元のベクトルは

V = norm(V )v (1114)

と書くことができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 16

外積

先述した内積は2つのベクトルからスカラーが計算されたがベクトルの外積は 2

つのベクトルから行列が計算される先程用いたベクトル V W の外積は行列表示を用いると

V otimes W = V W T =

VxVyVz

(Wx Wy Wz

)(1115)

=

VxWx VxWy VxWz

VyWx VyWy VyWz

VzWx VzWy VzWz

(1116)

となる上記ではどちらも 3次元のベクトルから 3times 3の行列が計算されたが外積の場合には 2つのベクトルは次元数が異なっていても大丈夫であるm次元と n次元のベクトルからはmtimes nの大きさの行列が計算される

112 多次元空間への拡張これまでは実空間の 3次元の例を用いたが量子状態を扱うヒルベルト空間とよば

れる多次元ベクトル空間では3次元以上への拡張が必要となる(x y z) rarr (xi i =

1 2 3 4 )と拡張すると多次元における任意のベクトルは

V =sumi

Vixi (1117)

W =sumi

Wixi (1118)

と記述できる

113 行列と演算子先述では外積を用いてベクトルから行列が計算されたがmtimes n次元の行列 Aは

A =

A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

(1119)

のように成分Aij をもつ行列表示ができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 17

行列成分

行列のある成分例えばA21は単位ベクトル

x1 =

1

0

0

0

x2 =0

1

0

0

(1120)

を用いて

A21 =(0 1 0 0

)A11 A12 A1n

A21 A22 A2n

Am1 Am2 Amn

1

0

0

0

(1121)

と書ける一般化するとAij = xTi A xj (1122)

のように行列成分は横ベクトル行列縦ベクトルの積で書けることがわかる

転置行列

先述のmtimes n次元の行列 Aの転置行列 AT は

AT =

A11 A21 An1

A12 A22 An2

A1m A2m Anm

(1123)

のように ntimesm次元の行列となり行列要素は

ATij = Aji (1124)

を満たす

行列の積

行列の積によって新たな行列が計算できるが例えば C = ABのとき Cの行列要素は

Cij =sumk

AikBkj (1125)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 18

を満たすこの式からもわかるように計算された Cが ltimes nの行列Aが ltimesmの行列のとき行列 Bはmtimes nと次元数があっていなければならないこの行列 C の転置行列 CT の行列成分は指数を交換した形で

CTij = Cji =sumk

AjkBki (1126)

と表される

114 正方行列縦と横の次元数が同じ m times mの行列は正方行列と呼ばれ最も使われる行列群で

ある

行列のトレース

正方行列 Aがあるとき行列 Aのトレースは

Tr A =sumi

Aii (1127)

となるが対角成分の和となっているまた 2つの行列の積 C = ABが正方行列のときそのトレースは

TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1128)

と表される

単位行列

特殊な正方行列の 1つである単位行列 Iは対角の全ての成分が 1で他は全て 0の行列である3times 3の単位行列は

I =

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1129)

であり行列成分 Iij はIij = δij (1130)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 19

を満たすまた単位行列は正規直交基底の外積を用いて

I =sumi

xixTi (1131)

=

1 0 0

0 0 0

0 0 0

+

0 0 0

0 1 0

0 0 0

+ middot middot middot+

0 0 0

0 0 0

0 0 1

(1132)

=

1 0 0

0 1 0

0 0 1

(1133)

と表すことができる

演算子としての行列

ベクトル空間におけるベクトルは演算子によって作用を受けるが行列演算を用いると簡単に記述できるベクトル W が行列 Aとベクトル V の積で計算されるとき

W = AV (1134)

と記述される行列表示で

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(1135)

V =

V1V2V3

(1136)

であるとき

W = AV =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

V1V2V3

=

A11V1 +A12V2 +A13V3

A21V2 +A22V2 +A23V3

A31V3 +A32V3 +A33V3

(1137)

となる指数を用いた表示では

Wi =sumj

AijVj (1138)

と記述できる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 20

115 多次元空間でのベクトルの性質と行列の成分表示のまとめ多次元空間でのベクトルの性質ならびに行列の成分表示は後のマテリアルで頻繁に

使われるため重要な式を以下にまとめる

多次元空間でのベクトル

正規直交基底 xixj = δij (1139)

ベクトル成分 Vi = xi middot V (1140)

ベクトルの正規化sumi

V 2i = 1 (1141)

ノルム norm(V ) =

radicsumi

V 2i (1142)

内積 V middot W =sumi

ViWi (1143)

外積 (V otimes W )ij = ViWj (1144)

最後の外積だけは計算された V otimes W の行列成分を表している元のベクトルが各々m次元と n次元の場合i = 1 m j = 1 nである

行列の成分表示

行列 A B C = ABがありまたベクトル V W が W = AV を満たすとき

行列成分と基底の関係 Aij = xTi A xj (1145)

積で与えられた行列の成分 Cij =sumk

AikBkj (1146)

転置行列 CTij = Cji =sumk

AjkBki (1147)

トレース TrC =sumi

Cii =sumij

AijBji (1148)

単位行列 I =sumi

xixTi (1149)

行列ベクトル積 Wi =sumj

AijVj (1150)

となる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 21

図 12 古典的な運動 (左)と量子的な運動(右)

12 古典と量子の運動方程式古典力学でも量子力学でも我々は「モノ」の運動について考えるが何故か多くの

人にとって量子力学はとっつきにくいものである古典力学では図 1aのようにあるポテンシャル V (x)を質点mが運動するさまをニュートンの法則を使って

mx = minuspartV (x)

partx(121)

と記述できるここで x = dxdt = d2xdt2を表すそれに対して量子力学では図 1bのように割れたコップから流れ出た液体のような

波動関数の運動を Schrodinger方程式を用いて

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (122)

と記述しこの方程式を解くことによって波動関数 Ψを得るこの 2つの力学では圧倒的に異なる部分がある古典力学ではモノの位置 x(t)が直接計算できその他の物理量 v(t) = dx

dt や p = mvなどもすぐに導けるしかし量子力学ではこの波動関数Ψ(x)と呼ばれるぷよぷよしたモノの関数が与えられるだけであるなんとも面倒だ

この波動関数から有益な情報や物理量を抽出したり波動関数自体を操作するためには演算子 (オペレーター)を使わなくてはいけない多くの学生にとってこの量子力学特有の手続きと不思議な全体構成が量子力学自体の敷居を上げているようにみえるしかし物理学者も色々工夫することで量子力学を簡素化してきたその一つが線形代数であるすべての量子状態はヒルベルト空間上でベクトルとして記述されそれらの時間発展や物理量の抽出などはオペレーターを用いて可能であるつまりかなり抽象的な ldquo波動関数rdquoとその操作と言う概念をベクトルや行列を用いて表現できることを我々は知っているこの章ではその基礎となる線形代数と量子力学の基礎を簡単にレビューする

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 22

13 波動関数131 波動関数の内積1次元系における任意の波動関数Ψ(x)は関数空間における一つのベクトルとして考

えられる状態がベクトルで記述できるとき内積の定義が必要になるが2つの波動関数Ψと Φがあるときその内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dx (131)

と定義されるこのときΨlowastはΨの複素共役を表す波動関数Ψ(x)は線形独立な基底 ψi(x)を用いて

Ψ(x) = c1ψ1(x) + c2ψ2(x) + middot middot middot+ cnψn(x)

=

nsumi=1

ciψi(x) (132)

と記述することができるciは複素数の係数であるこのとき基底 ψiは正規直交化されており int infin

minusinfinψlowasti (x)ψj(x)dx = δij (133)

を満たすこれを用いて波動関数Ψ自体の内積を計算するとint infin

minusinfinΨlowast(x)Ψ(x)dx =

int infin

minusinfin

nsumij=1

clowasti cjψlowasti (x)ψj(x)dx

=nsum

ij=1

clowasti cjδij =nsumi=1

|ci|2

となるため波動関数の規格化はnsumi=1

|ci|2 = 1 (134)

と書くことができる

132 連続的な波動関数と離散的な波動関数波動関数の内積と規格化が定義できたので少し具体的に見てみよう対象としている

粒子を量子力学の初めに 1次元の位置 xに対して図 13(a)のような波動関数

Ψ = Ψ(x) (135)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 23

図 13 (a) 連続的な波動関数 (b) 離散的な波動関数

として習ったと思う波動関数の絶対値の二乗(|Ψ|2 = ΨlowastΨ)は確率密度を表すのでa le x le bに粒子がいる確率 P (a le x le b)は

P (a le x le b) =

int b

adx|Ψ(x)|2 (136)

で求めれる量子情報ではこのような波動関数を扱う場合もあるが情報をビットとして扱う場合

など十分離散的な図 13(b)のような波動関数を扱う場合が多いこの場合x = a付近にいるΨaとx = b付近にいるΨbの 2つの状態を個別の状態と考える

Ψa = Ψ(x) for xa minus δx lt x lt xa + δx (137)

Ψb = Ψ(x) for xb minus δx lt x lt xb + δx (138)

このとき δxは x = a bの周辺で各々の波動関数を十分カバーする距離である各々の波動関数を規格化し

ψa =Ψa(x)radicint a+δx

aminusδx dx|Ψa|2(139)

ψb =Ψb(x)radicint b+δx

bminusδx dx|Ψb|2(1310)

としたときψaと ψbは重なりがないのでint infin

minusinfindxψlowast

i ψj = δij (1311)

を満たし正規直交基底として扱えるこの波動関数を用いると全体の波動関数Ψは

Ψ(x) = ca ψa(x) + cb ψb(x) (1312)

と表されるこのとき |ca|2 + |cb|2 = 1である連続的に分布している波動関数もあるパラメーターで十分分離されていれば(この例では位置 xに対して ψa ψbが分離されていた)離散的な状態として考えることができる

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 24

図 14 離散的な波動関数のエネルギースペクトル

後に述べる量子ビットの多くは図 14のように波動関数を位置 xによる状態表記ではなくエネルギー軸での状態を用いているこの場合同様の手法を用いて

Ψ = cg ψg + ce ψe (1313)

と表せる同様に波動関数全体の規格化条件から

|Ψ|2 = |cg|2 + |ce|2 = 1 (1314)

であり基底状態には |cg|2励起状態には |ce|2の確率で離散的な状態に粒子が存在するように記述できる実験的にはエネルギーというパラメーターに対して連続的に分布する量子状態もその分布が十分別れていれば必要な範囲だけ積分することで幾つかの離散的な状態として扱えるこのような状態を用いて 0の状態を ψ0 equiv ψg1の状態を ψ1 equiv ψeとすることで量子ビットの状態

Ψ = c0 ψ0 + c1 ψ1 (1315)

として用いることができる

133 演算子演算子 (operator)は波動関数に対する作用素として与えられ本書の前半では区別

のため Aとアクセント記号を付けて記述する本書後半ではたくさんの演算子が登場し見た目が少しごちゃごちゃするのでアクセント記号を省略する読者には後半に進むまでに式の中のどれが演算子かわかるようになっていただきたいオペレーター Aを波動関数に作用させると作用後の新たな波動関数は

Ψprime = AΨ (1316)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 25

となるある物理量Oに対するオペレーターが Oの場合波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =int infin

minusinfinΨlowast(x)OΨ(x)dx (1317)

を用いて求めることができる

14 Dirac表示上記の波動関数及びオペレーターの記述をDirac表示という方法を用いて記述する

この方法は様々な意味で表示が簡素化され直感的にもわかりやすい記述になっていることがすぐに理解できると思うなお以下の議論に本来必要な位置表示などの詳細は付録 Aに記載する波動関数Ψで表される量子状態はDirac表示を用いて

Ψ rarr |Ψ⟩ (141)

と表す英語で括弧のことを braketと呼ぶのにちなんで ketベクトルと呼ばれるこの ketベクトルには相対空間にある braベクトルというベクトルが存在し

Ψlowast rarr ⟨Ψ| (142)

と記されるまた波動関数が複数の量子数 (n lm )で表される場合などはその量子数を用いて

Ψnlm rarr |nlm⟩ (143)

と書かれることが多いこのDirac表示を用いて 2つの量子状態 |Ψ⟩と |Φ⟩の内積はint infin

minusinfinΨlowast(x)Φ(x)dxrarr ⟨Ψ|Φ⟩ (144)

と表示される感の良い読者は気づいたかもしれないが|Ψ⟩や ⟨Ψ|のように braketが閉じていないものはベクトル状態であり閉じているものは内積が取られた数字(スカラー)であるこの便利なDirac表示を用いて量子状態の記述を以下にさらう(多次元空間ベクトルのまとめ式 1139-1144と比較していただきたい)波動関数 |Ψ⟩は線形独立な基底 |ψi⟩を用いて

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

=nsumi=1

ci |ψi⟩ (145)

と記述するこができるまたこの状態に対応した braベクトルは

⟨Ψ| = clowast1 ⟨ψ1|+ clowast2 ⟨ψ2|+ middot middot middot+ clowastn ⟨ψn|

=nsumi=1

clowasti ⟨ψi| (146)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 26

である基底の正規直交化条件および波動関数 |Ψ⟩の規格化条件は各々

⟨ψi|ψj⟩ = δij (147)

⟨Ψ|Ψ⟩ =sumij

ciclowastj ⟨ψj |ψi⟩ =

nsumij=1

ciclowastjδij

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (148)

と非常に簡便に書くことができる同様に演算子の作用もDirac表示で記述できるAの作用を受けた状態 |Ψ⟩は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩ (149)

となり波動関数Ψに対する物理量Oの期待値は

⟨O⟩ =langΨ∣∣∣OΨ

rang= ⟨Ψ| O |Ψ⟩ (1410)

と記述できるもちろん物理量の期待値は数字として出てくるため braketに囲まれた形になっている最後の等号は同じことを表しているが

∣∣∣OΨrangは演算子 Oが |Ψ⟩に作

用した後の状態というニュアンスが明示的に書かれている

15 行列表示Dirac表示に続き状態の行列表示もここで紹介しよう波動関数表示では関数を状態

ベクトルとして捉えていたがベクトルとしては我々に馴染み深い行列の形で量子状態を記述することができるketベクトル |Ψ⟩は通常縦ベクトルとして記述されるこのとき正規直交化された基

底 |ψi⟩を用いると

|Ψ⟩ = c1 |ψ1⟩+ c2 |ψ2⟩+ middot middot middot+ cn |ψn⟩

= c1

1

0

0

+ c2

0

1

0

+ middot middot middot+ cn

0

0

1

=

c1

c2

cn

(151)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 27

と表されるこれに対し ⟨Ψ|は |Ψ⟩を横ベクトルにしたものに対して複素共役をとった

⟨Ψ| =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)(152)

と記述される内積は braと ketベクトルをそのまま並べて行列計算ができるように

⟨Ψ|Ψ⟩ =(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)c1

c2

cn

(153)

=nsumi=1

|ci|2 = 1 (154)

となっているまた上記から

langΨ∣∣Ψprimerang =

(clowast1 clowast2 middot middot middot clowastn

)cprime1cprime2

cprimen

(155)

=nsumi=1

clowasti cprimei =

nsumi=1

(cicprimelowasti )

lowast (156)

=langΨprime∣∣Ψranglowast (157)

である演算子は行列として表され例えば 3つの基底からなる演算子 Aは

A =

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

(158)

の形で表され演算子の作用は∣∣Ψprimerang = A |Ψ⟩

=

A11 A12 A13

A21 A22 A23

A31 A32 A33

c1c2c3

=

c1A11 + c2A12 + c3A13

c1A21 + c2A22 + c3A23

c1A31 + c2A32 + c3A33

(159)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 28

のように記述できるまた式 (152)よりlangΨprime∣∣ (1510)

=(clowast1A

lowast11 + clowast2A

lowast12 + clowast3A

lowast13 clowast1A

lowast21 + clowast2A

lowast22 + clowast3A

lowast23 clowast1A

lowast31 + clowast2A

lowast32 + clowast3A

lowast33

)

=(clowast1 clowast2 clowast3

)Alowast11 Alowast

21 Alowast31

Alowast12 Alowast

22 Alowast31

Alowast13 Alowast

23 Alowast33

= ⟨Ψ| Adagger (1511)

となる最後の行の Adagger = (AT )lowastは後に詳細を示すが行列 AのHermite共役であるまた先述の ⟨Ψ|Ψprime⟩ = ⟨Ψprime|Ψ⟩lowastを用いると

langΦ∣∣Ψprimerang =

langΨprime∣∣Φranglowast (1512)lang

Φ∣∣A∣∣Ψprimerang = ⟨Ψ|Adagger|Φ⟩lowast (1513)

が導かれる量子系の解析では多くの演算子は正方行列として用いられるため演算子のトレース

が定義できる行列のトレースと同じく

Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1514)

と定義される

16 波動関数の主な性質波動関数の主な性質を下記にまとめる先述した ldquo多次元空間でのベクトルと行列の

成分表示rdquoと一対一の対応があるので慣れていなければ一度見返していただきたい

正規直交基底 ⟨ψi|ψj⟩ = δij (161)

波動関数成分 ci = ⟨ψi|Ψ⟩ (162)

波動関数の正規化sumi

|ci|2 = 1 (163)

ノルム norm(Ψ) =

radicsumi

⟨Ψ|Ψ⟩ =radicsum

i

|ci|2 (164)

波動関数の内積 ⟨Ψa|Ψb⟩ =sumi

alowasti bi (165)

波動関数の外積 (|Ψa⟩ ⟨Ψb|)ij = ⟨ψi|Ψa⟩ ⟨Ψb|ψj⟩ = alowasti bj (166)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 29

演算子成分と基底の関係 Aij = ⟨ψi|A|ψj⟩ (167)

積で与えられた演算子の成分 Cij = ⟨ψi|C|ψj⟩

=sumk

⟨ψi|A|ψk⟩ ⟨ψk|B|ψl⟩

=sumk

AikBkl (168)

演算子のHermite共役 Cdaggerij = ⟨ψi|Cdagger|ψj⟩= ⟨ψj |C|ψi⟩lowast

=sumk

⟨ψj |A |ψk⟩⟨ψk| B|ψi⟩lowast =sumk

AlowastjkB

lowastki (169)

トレース Tr A =sumi

⟨ψi|A|ψi⟩ =sum

Aii (1610)

完全系 I =sumi

|ψi⟩⟨ψi| (1611)

演算子の作用 cprimei =langψi∣∣Ψprimerang =sum

j

⟨ψi|A|ψj⟩ ⟨ψj |Ψ⟩

=sumj

Aijcj (1612)

上記では |Ψ⟩ =sum

i ci |ψi⟩ |Ψprime⟩ =sum

i cprimei |ψi⟩ C = ABを用いた

17 合成系

図 15 二つの量子ビットの合成系

これまでは単一粒子の状態について考えてきたが異なる粒子を同時に考えたりお互いの粒子が結合している様子を考える場合複数の量子状態を 1つの状態として簡便に記述する必要がある例えば図 15のように 2つの量子ビットがある場合これを 1つの合成系と考えると直積記号otimesを用いて

ψaと ψbの合成系  |ψa⟩ otimes |ψb⟩ (171)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 30

と記述できるこの合成系は下記の線形特性を持っている

α(|ψa⟩ otimes |ψb⟩) = (α |ψa⟩)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes (α |ψb⟩) (172)(|ψa⟩+

∣∣ψprimea

rang)otimes |ψb⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩+

∣∣ψprimea

rangotimes |ψb⟩ (173)

|ψa⟩ otimes(|ψb⟩+

∣∣ψprimeb

rang)= |ψa⟩ otimes |ψb⟩+ |ψa⟩ otimes

∣∣ψprimeb

rang (174)

また 2つ以上の粒子ψ1 ψ2 middot middot middotψnを扱う場合も

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (175)

と拡張できる記述を簡便にするために

|ψa⟩ otimes |ψb⟩ equiv |ψa⟩ |ψb⟩ equiv |ψ⟩a |ψ⟩b equiv |ψaψb⟩ (176)

|ψ1⟩ otimes |ψ2⟩ otimes middot middot middot |ψn⟩ (177)

equiv |ψ1⟩ |ψ2⟩ middot middot middot |ψn⟩ equiv |ψ⟩1 |ψ⟩2 middot middot middot |ψ⟩n equiv |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩ (178)

など文献によって様々な記述がある3つ目の記述方法 |ψ1ψ2 middot middot middotψn⟩は前述した複数の量子数を持つ状態Ψnlm equiv |nlm⟩と混同する場合があるので気をつけていただきたい2つの合成系の状態が正規直交基底 |ψi⟩|ϕi⟩を用いて

|Ψa⟩ = |ψa⟩ |ϕaprime⟩ (179)

|Ψb⟩ = |ψb⟩ |ϕbprime⟩ (1710)

と表されるとき2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ = ⟨ψa|ψb⟩ ⟨ϕaprime |ϕbprime⟩= δabδaprimebprime (1711)

となるつまり個別系の片方でも直交している場合は合成系も直交していることとなるこれを拡張して任意の状態が

|Ψa⟩ =sumij

cij |ψi⟩ |ϕj⟩ (1712)

|Ψb⟩ =sumkl

dkl |ψk⟩ |ϕl⟩ (1713)

と表されるときこの 2つの状態の内積は

⟨Ψa|Ψb⟩ =sumijkl

clowastijdkl ⟨ψi|ψk⟩ ⟨ϕj |ϕl⟩

=sumijkl

clowastijdklδikδjl

=sumik

clowastiidkk (1714)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 31

となるさて図 15の系を用いて具体的な例を紹介しよう2つの量子状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ (1715)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ (1716)

のように与えられ各々の量子状態 |ψi⟩は規格化されているので1sumi=0

|ai|2 =1sumi=0

alowasti ai = |a0|2 + |a1|2 = 1 (1717)

1sumj=0

|bj |2 =1sumj=0

blowastjbj = |b0|2 + |b1|2 = 1 (1718)

であるこのとき合成系は

|Ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩= (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)= a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩ (1719)

となるここで例えば |01⟩は粒子 aが 0状態 (|0⟩)に粒子 bが 1状態 (|1⟩)にいる状態である先述のように |00⟩|01⟩|10⟩と |11⟩はお互いに直交した状態であるこの合成系の内積は

⟨Ψ|Ψ⟩ = (alowast0blowast0 ⟨00|+ alowast0b

lowast1 ⟨01|+ alowast1b

lowast0 ⟨10|+ alowast1b

lowast1 ⟨11|)

times(a0b0 |00⟩+ a0b1 |01⟩+ a1b0 |10⟩+ a1b1 |11⟩)= alowast0a0b

lowast0b0 + alowast0a0b

lowast1b1 + alowast1a1b

lowast0b0 + alowast1a1b

lowast1b1

= (alowast0a0 + alowast1a1)(blowast0b0 + blowast1b1) = (|a0|2 + |a1|2)(|b0|2 + |b1|2) = 1

(1720)

となり合成前の状態 |ψa⟩|ψb⟩が規格化されていれば合成系である |Ψ⟩は自動的に規格化されているのがわかる

171 合成系の演算子図 15のように 2つの量子ビットが十分離れていて各々操作ができる場合当然片方

の操作はもう片方に影響がないつまり量子状態が |ψ⟩ = |ψa⟩ otimes |ψb⟩で書かれ|ψa⟩|ψb⟩に対応する演算子が ABの場合合成系に作用する演算子は

Aotimes B (1721)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 32

と記述されその作用は

(Aotimes B) |ψ⟩ = (Aotimes B) |ψa⟩ otimes |ψb⟩= A |ψa⟩ otimes B |ψb⟩ (1722)

となる合成系のうち |ψa⟩にだけ Aを作用させるときは図 16のように片方だけ演算子が作用し合成系には Aotimes I が作用される合成系の演算子 Aotimes BのHermite共役

図 16 二つの量子ビットの合成系

もしばしば必要となるが(Aotimes B)dagger = Adagger otimes Bdagger (1723)

となり基本的には各々が独立しているのがわかる

172 合成系の行列表示合成系の演算も行列表示を用いると簡便なことが多い先述のように 2つの量子ビッ

トの状態が

|ψa⟩ = a0 |0⟩+ a1 |1⟩ =

(a0

a1

)(1724)

|ψb⟩ = b0 |0⟩+ b1 |1⟩ =

(b0

b1

)(1725)

である場合合成系 |ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩は行列表示を用いて

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 33

|ψ⟩ = |ψa⟩ |ψb⟩

=

(a0

a1

)otimes

(b0

b1

)

=

a0

(b0

b1

)

a1

(b0

b1

)

=

a0b0

a0b1

a1b0

a1b1

(1726)

と「入れ子」の形で記述される同様に |ψa⟩に作用する Xaと ψbに作用する Zbが各々

Xa =

(0 1

1 0

)(1727)

Zb =

(1 0

0 minus1

)(1728)

とある場合合成系の演算子は

Xa otimes Zb =

0 middot

(1 0

0 minus1

)1 middot

(1 0

0 minus1

)

1 middot

(1 0

0 minus1

)0 middot

(1 0

0 minus1

) =

0 0 1 0

0 0 0 minus1

1 0 0 0

0 minus1 0 0

(1729)

と同じく入れ子の形で記述される当然入れ子の順番を間違えると変な行列ができてしまうので気をつけていただきたい

173 量子もつれ状態先程の例は 2つの個別粒子の量子状態を直積の形で表したが直積では記述できない

ような混合系の量子状態が存在する例えば

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1730)

と言う状態を考えたときこの状態は直積状態として |ψa⟩ otimes |ψb⟩の形で記述できない直積で記述できる具体的な例として |Ψ⟩ = |00⟩+ |01⟩は

|Ψ⟩ = 1radic2(|00⟩+ |01⟩) = |0⟩ otimes 1radic

2(|0⟩+ |1⟩) (1731)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 34

のように直積で記述できる式 (1730)ように直積で表せない状態を量子もつれ状態 (Entanglement State)(も

しくはもつれ状態もつれ合い状態)とよび量子情報では非常に重要な状態である2つの量子ビットで頻繁に用いられるもつれ合い状態として以下の 4つのベル状態とよばれるものがある

|Φ+⟩ =1radic2(|00⟩+ |11⟩) (1732)

|Φminus⟩ =1radic2(|00⟩ minus |11⟩) (1733)

|Ψ+⟩ =1radic2(|01⟩+ |10⟩) (1734)

|Ψminus⟩ =1radic2(|01⟩ minus |10⟩) (1735)

式 (1730)の例はベル状態の 1つであることがわかるこのもつれ合い状態例えば|Φ+⟩ = 1radic

2(|00⟩+ |11⟩)は測定した場合50の確率で |00⟩か |11⟩に確定する

図 17 ベル状態の測定

これはよく考えるととても不思議である例えば |Φ+⟩にある状態の 2個の量子ビットのうち 1個めを自分がもう 1つのを友人に渡した後その友人は月まで行ってしまったとするある日自分が思いつきで自分の量子ビットを測定したとき |1⟩が観測されたこの瞬間状態は |11⟩だということが確定するので友人が持っている量子ビットが |1⟩だということが自分にはわかるそれはまるで月までいる友人の量子ビットの状態の情報がこちらに一瞬で飛んで来たようであるちなみに 2人が前述した|ψa⟩ |ψb⟩ = (a0 |0⟩+ a1 |1⟩)otimes (b0 |0⟩+ b1 |1⟩)のような直積で記述できる状態を持っていると例えば私が自分の状態が |1⟩だとわかっても月の友人の状態は |0⟩か |1⟩かわからないもつれ合い状態から生まれるこの不思議な相関(2つの粒子の関係性)は量子相

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 35

関とよばれ量子状態でのみ起きる古典的には無い相関であるこの量子相関が量子情報処理などではそのパワーの重要な源として上げられるためとても重要な概念である

174 しばしば使われる量子状態の記述

図 18 離散的な量子状態の記法の例

表 11 物理状態のよくある記述

物理系 状態 表記原子 基底状態 |g⟩

励起状態 |e⟩さらに上の励起状態 |f⟩ |h⟩ middot middot middot

量子ビット 0状態 |0⟩1状態 |1⟩

調和振動子 n状態 (0 1 2 middot middot middot n) |0⟩ |1⟩ |2⟩ middot middot middot |n⟩光子 縦偏光 |⟩

横偏光 |harr⟩斜め右偏光 |⟩斜め左偏光 |⟩

その他 補助準位 |a⟩

本書では様々な量子状態を扱うが主に二準位系と調和振動子の状態を扱っていく二準位系の代表として量子ビットがあるが|0⟩と |1⟩を用いてその状態を表せるまた調和振動子はその粒子数から |n⟩と言う状態で記述することができるしかし実験的には例えば原子などエネルギー状態を扱う場合図 18(a)のように基底状態は |g⟩励

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 36

起状態は |e⟩さらに実験的補助準位として用いられるさらに上の状態は |f⟩|h⟩ middotと表記されることが多いまた様々な量子系でこれらの補助準位 (auxiliary state もしくはancillary state)として |a⟩が用いられることがしばしばあるまた光子ではその偏光状態を用いた状態記述など扱う量子系によって同じ二準位系や調和振動子を扱いながらも直感的にわかりやすい記述が各々の系で用いられることが多い本書でも扱う代表的な状態表記を表 11にまとめる

18 固有ベクトルと固有値量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には演算子に付随する固有値

と固有ベクトルというものが存在する演算子 Aが状態 |ψ⟩に作用し

A |ψ⟩ = a |ψ⟩ (181)

となるときaを演算子 Aの固有値そして |ψ⟩は固有値 aに対応する固有ベクトルとよぶ任意の演算子 Aの固有値は特性関数

c(λ) equiv det |Aminus λI| = 0 (182)

の解 λとして計算できるこのとき I は単位行列を表す特性関数の式を見るとわかるが固有値 λは複数存在できるが代数学からの帰結と

して少なくとも 1つの固有値またそれに対応する固有ベクトルが任意の演算子には存在することが知られている後に詳細を述べる重要な演算してとして物理量の演算子がある例えば運動量の演算子 pを運動量の固有状態である波動関数 |Ψp⟩に作用させると

p |Ψp⟩ = p |Ψp⟩ (183)

となり運動量 pが固有値として導けるある演算子に複数の固有値 λiが存在しそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩が正規直

交化できる場合

A =nsumi

λi |ψi⟩ ⟨ψi|

=

λ1

λ2

λn

(184)

と記述できる場合があるこのとき行列の非対角項は全て 0であるこの表現を演算子の対角表現とよび対角化できる演算子のことを対角化可能な演算子とよぶ対角化された演算子の重要性は様々あり計算が簡単なことや固有状態との対応がわかりやすいなどある他にも後に述べる状態の量子測定などに便利である

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 37

19 演算子の種類量子状態が記述されるベクトル空間に作用する演算子には様々なものがあるが演算

子の特徴により分類分けができるここでは後に重要となるHermiteユニタリーそして正の演算子の定義とそれらが量子力学においてどのような性質を持つかを述べる

191 Hermite演算子任意の演算子 Aに対してHermite共役演算子 Hdaggerは波動関数の内積を用いてlang

ϕ∣∣∣Hψrang =

intψlowastHϕdx =

intψ(Hdaggerϕ)lowastdx =

langHdaggerϕ

∣∣∣ψrang (191)

を満たす演算子と定義できる行列を用いた表現だと Hdaggerは非常に簡単に求めることができ

Hdagger = (HT )lowast (192)

と表されるこのとき HT は行列 Hの転置つまりもとの行列 Hの転置と複素共役を取れば Hermite共役演算子が導けるまた行列表示を用いると以下の Hermite共役演算子の特徴が簡単に導ける

(Hdagger)dagger = (((HT )lowast)T )lowast = (HT )T = H (193)

(cH)dagger = clowastHdagger (194)

(H1 + H2)dagger = H1

dagger+ H2

dagger(195)

(H1H2)dagger = H2

daggerH1

dagger(196)

ある演算子 H のHermite共役演算子が Hdaggerが元の演算子と同じ場合つまり

Hdagger = H (197)

のときH は Hermite演算子とよばれるHermite演算子は波動関数の内積に関して以下の特徴をもつ lang

ψ∣∣∣Hϕrang =

langHψ

∣∣∣ϕrang (198)

Hermite演算子は物理量と密接に結びついており我々が測定する物理量に対応する演算子は全てHermite演算子である測定される物理量はその性質上全て実数でなければならないためもちろん期待値

も実数になるはずである以下では逆証明になるがHermite演算子の期待値や固有値は実数になることを示すHermite演算子 H の期待値の複素共役を取ると

⟨H⟩lowast =langΨ∣∣∣HΨ

ranglowast=langHΨ

∣∣∣Ψrang =langΨ∣∣∣HΨ

rang= ⟨H⟩ (199)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 38

演算子 Hの期待値と同じになるつまりこれは期待値が実数であることを表しているまた同様にHermite演算子の固有値 λiとそれに対応する固有ベクトル |ψi⟩があるとき ⟨H⟩lowastは

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (λi ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λlowasti (1910)

⟨H⟩lowast =(langψi

∣∣∣Hψirang)lowast = (langHψi∣∣∣ψirang)lowast (1911)

= (λlowasti ⟨ψi|ψi⟩)lowast = λi (1912)

と 2つの答えが出るがこれを満たす固有値 λi は実数でなければならないつまりHermite演算子は必ずその固有値が実数になり全ての物理量はHermite演算子で記述される

192 射影演算子Hermite演算子の中でも重要な演算子が射影演算子であるある任意の状態 |Ψ⟩があ

りこの状態を基底 |ψi⟩ equiv |i⟩で展開すると|Ψ⟩ =

sumi

ci |i⟩ (1913)

となるときこの状態 |Ψ⟩を基底 |ψm⟩ equiv |m⟩に射影する演算子は

|m⟩⟨m| (1914)

と書かれ射影後の状態 |Ψ⟩は|m⟩ ⟨m|Ψ⟩ =

sumi

ci |m⟩ ⟨m|i⟩ = cm |m⟩ (1915)

となり基底 |m⟩と射影成分 cm = ⟨m|Ψ⟩で表されるベクトル空間を張る正規直交基底 (|j⟩)の射影演算子の和 P は

P =sumj

|j⟩⟨j| =sumj

|ψj⟩⟨ψj | = I (1916)

となるこの性質は非常に使いやすい例えばある波動関数 |Φ⟩が先述とは異なる基底|ϕi⟩を用いて

|Φ⟩ =sumi

di |ϕi⟩ (1917)

のように記述されている場合式 (1916)を用いて|Ψ⟩ =

sumi

diI |ϕi⟩ (1918)

=sumij

di |ψj⟩ ⟨ψj |ϕi⟩ (1919)

=sumj

djαji |ψj⟩ (1920)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 39

のように簡単に基底変換つまり任意の基底に書き換えることができるこのときαji =

⟨ψj |ϕi⟩である

193 ユニタリー演算子ある演算子 U が

U daggerU = I (1921)

を満たすときU はユニタリー演算子とよばれる任意の状態ベクトル |ψ⟩と |ϕ⟩に演算子 U を作用させたとき (|ψ⟩ |ϕ⟩ rarr U |ψ⟩ equiv |α⟩ U |ϕ⟩ equiv |β⟩)この 2つの状態ベクトルの内積は

⟨α|β⟩ = ⟨ψ| U daggerU |ϕ⟩= ⟨ψ|ϕ⟩ (1922)

となり内積が保存されていることがわかる後に詳細を述べるが閉じた量子系における時間発展は全てユニタリー演算子を用いた変換ユニタリー変換によって記述できるまた式(1921)は Uminus1 = U daggerつまり全てのユニタリー演算子には逆演算子が存在すると言う意味であるこれは物理的に言うと全てのユニタリー演算子で行える操作は可逆操作であることを表す量子情報のコンテクストでは全ての操作を損失なく可逆に行えるようにするのが理想であるそのためしばしば「理想の量子的な操作」と言う意味で「ユニタリーな操作」と言われることがある

194 Pauli行列量子操作に重要な演算子として Pauli演算子があるPauli行列とも呼ばれるこの演

算子は後に述べるスピン-12の角運動量を記述するのにのに用いられるほか物理全般で頻繁に使われるため是非覚えていただきたい   Pauli演算子の表記には幾つかの異なる方法があるが一般的に

σ0 equiv I equiv

(1 0

0 1

)(1923)

σ1 equiv σx equiv X equiv

(0 1

1 0

)(1924)

σ2 equiv σy equiv Y equiv

(0 minusii 0

)(1925)

σ3 equiv σz equiv Z equiv

(1 0

0 minus1

)(1926)

このどれかで記述される

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 40

Pauli演算子は全て

σdaggeri = σi (1927)

σdaggeriσi = I (1928)

なのでHermiteでありユニタリーな演算子であるまた

σ21 = σ22 = σ23 = minusiσ1σ2σ3 = I (1929)

を満たす後に示すBloch球を用いた二準位系の記述ではPauli演算子の指数演算子がBloch球

上での回転演算子 Ri(θ)が導けるA2 = I の演算子には

eiθA = cos θI + i sin θA (1930)

が使えるので

Rx(θ) equiv eminusiθ2X =

(cos θ2 minusi sin θ

2

minusi sin θ2 cos θ2

)(1931)

Ry(θ) equiv eminusiθ2Y =

(cos θ2 minus sin θ

2

sin θ2 cos θ2

)(1932)

Rz(θ) equiv eminusiθ2Z =

(eminusiθ2 0

0 eiθ2

)(1933)

となるRi(θ)は i軸に対して θの回転を施す演算子となっている

195 演算子関数演算子 Aが関数の形 f(A)を取って出てくることがしばしばあるTaylor展開で任意

の関数 f(x)がf(x) = f(0) + f prime(0)x+ middot middot middot 1

nf (n)(0)xn + middot middot middot (1934)

と書けるのと同様に演算子の関数は

f(A) = f(0)I + f prime(0)A+ middot middot middot 1nf (n)(0)An + middot middot middot (1935)

と定義されるこのとき An = A middot middot middot Aと n個の演算子 Aの積である特に重要なのは演算子の指数関数で以下のように表される

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot (1936)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 41

上記の計算は面倒な時もあるが幾つかの特別な場合に演算子関数は簡単に導ける例えば関数 f(x) =

suminfini=0 cix

iのような多項式の場合

f(A) =

infinsumi=0

ciAi (1937)

であるこのとき |ψn⟩が Aの固有ベクトルの 1つでその固有値が anであるとすると

Ai |ψn⟩ = (an)i |ψn⟩ (1938)

rArr f(A) |ψn⟩ = f(an) |ψn⟩ (1939)

となるこの例と類似したもので重要なのが Aが対角化されているときである例えば

A =

A1

A2

A3

(1940)

とすると(省略している非対角要素は全て 0である)

An =

An1 An2An3

(1941)

となるため

f(A) =

f(A1)

f(A2)

f(A3)

(1942)

となるのがわかる後に詳細を述べるユニタリー演算子などではeAのような演算子の指数関数が頻繁

に出てくる下記に指数関数演算子の便利な公式を記すBaker-Hausdorff identity

eαABeminusαA = B + α[A B

]+α2

2

[A[A B

]]+ middot middot middot (1943)

Glauberrsquos formula

eAeB = eA+Be12 [AB] (1944)

110 密度演算子ここまでは量子状態を ketベクトル |ψ⟩で表してきたこの表し方によればその

基底の張る複素ベクトル空間の元としての重ね合わせ状態や基底のテンソル積により

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 42

張られる拡大された複素ベクトル空間における合成系の量子状態の記述が可能になる例えば Stern-Gerlachの実験のセットアップで単一の上向きスピンの電子を入射させたときの電子の量子状態の時間発展はこの電子の量子状態 |uarr⟩に対する Schrodinger方程式を解析することで得られるのであるこのように ketベクトルで書き表せるような量子状態を純粋状態という現実的には例えばタングステン線などからでる熱電子のうち単一の電子をもしも取

り出せたとしてそれが上向きスピンであるか下向きスピンであるかは五分五分であるこのようなときにはどういう量子状態になっているだろうかもしも ketベクトルで表したいならば上向きスピンと下向きスピンの重ね合わせ状態として表現することになるだろうしかしこのように重ね合わせ状態として書き表せるならばどこかの方向についてみればスピンの向きが確定しているはずである現実には熱電子はどの方向で見てもスピンの向きが確定していないように統計的にばらついているものであるため重ね合わせ状態を含めた純粋状態はこのような単一の熱電子の量子状態を正しく表せないより一般的な量子状態としてある一定の確率でとある純粋状態に見出されるという

ようなものを考えようただし異なる純粋状態の間には重ね合わせ状態のように位相関係が定まってなくてもよいという点で単なる重ね合わせ状態よりも広範な量子状態に対応できるこのような量子状態を混合状態といい熱電子の量子状態をよく表すものである具体的に混合状態をどのように表記するかを以下に導入するまず電子の上向きスピン |uarr⟩ = |ψ1⟩と下向きスピン |darr⟩ = |ψ2⟩がそれぞれ統計的な確

率 p1p2で混合したようなものを考えるこのような混合状態に対し実験で観測される物理量O(例えばスピンの z成分など)の期待値を考えたい純粋状態 |ψ⟩に対する期待値は ⟨ψ|O |ψ⟩であるがこれをのちの便宜を図るため完全系 |m⟩を挿入して⟨ψ|O |ψ⟩ =

summn ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψ⟩ =

summn ⟨n|ψ⟩ ⟨ψ|m⟩ ⟨m|O |n⟩ = Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|O]

とトレースを用いた形に変形できることを示しておくさて混合状態に対する期待値は統計的に混合される各純粋状態に対する期待値を用いて

⟨O⟩ = p1 ⟨ψ1|O |ψ1⟩+ p2 ⟨ψ2|O |ψ2⟩ =sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1101)

と書けるこれを純粋状態の時同様トレースを用いた形に変形していくと⟨O⟩ =

sumi

pi ⟨ψi|O |ψi⟩ (1102)

=summn

sumi

pi ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ ⟨n|ψi⟩ (1103)

=summn

sumi

pi ⟨n|ψi⟩ ⟨ψi|m⟩ ⟨m|O |n⟩ (1104)

= Tr

[sumi

pi |ψi⟩ ⟨ψi|O

](1105)

となるつまり純粋状態における物理量の計算に現れた |ψ⟩ ⟨ψ| が混合状態ではsumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|に置き換わるもっと言えばある pi のみ 1でほかがすべて 0の場合

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 43

として混合状態における結果は純粋状態のものを含む形にできているこの量 ρ =sumi pi |ψi⟩ ⟨ψi|はその意味で量子状態の記述の自然な拡張になっており密度行列あるい

は密度演算子という名前が与えられているここで出てくる統計的な混合の重み pi ge 0

は重ね合わせ状態の各係数のような量子的な確率(振幅)とは本質的に異なるものであることに十分注意したい

1101 混合状態の例先ほどの熱電子のスピン状態の例でいえばこれは上向きスピンと下向きスピンの量

子状態が統計的に等確率で混合されたものであるからその密度演算子は ρ = (|uarr⟩ ⟨uarr|+|darr⟩ ⟨darr|)2と書ける電子スピンに関しては |uarr⟩と |darr⟩で完全系をなすから ρ = I2となるこれは単一のスピン 12系に関する完全混合状態と呼ばれるものであるもうひとつの例として調和振動子の熱的状態というものもある調和振動子はのちに

解説するように量子化された振動が ldquo何個rdquoあるかによって量子状態を指定できるのだが熱的状態はその個数状態 |n⟩がBoltzmann分布に従って統計的に混合されている具体的に書き下せば熱的状態の調和振動子の密度演算子 ρthは

ρth =infinsumn=0

eminusnhωkBT (1minus eminushωkBT ) |n⟩ ⟨n| (1106)

と書ける上式に出てきた hωkBT はそれぞれ Planck定数を 2πで除したもの調和振動子の固有角周波数Boltzmann定数熱的状態の温度である

1102 密度演算子の一般的性質ここでは密度演算子 ρの一般的な性質をみていこうまず密度演算子のトレースは

常に 1であるTr [ρ] = 1これは統計的な混合確率に関してsumi pi = 1が成り立つことから直ちに導かれるまたこれより密度演算子が Hermite演算子であることも言える密度演算子は半正定値つまり任意の |ϕ⟩に対して ⟨ϕ| ρ |ϕ⟩ ge 0が成立するこれは pi ge 0よりいえることでありさらにこれより密度演算子の固有値が非負値であることがわかる特に純粋状態についてはある基底で密度演算子を行列表現したときの対角成分は対応する量子状態の占有確率に一致するまた純粋状態に対しては ρ2 = ρ

が成立する一般の密度演算子に対しては Tr[ρ2]le 1であるのだが純粋状態のとき

のみTr[ρ2]= Tr [ρ] = 1となるためTr

[ρ2]を purityといって純粋状態と混合状態を

見分ける量と見なすことができるまた前節で計算したようにある物理量 Oの期待値は Tr [ρO]により与えられる

1103 合成系の密度演算子とその縮約独立に用意した二つの量子系がありその密度演算子が ρ1ρ2と書けるとしようこ

れら二つの量子系の合成系の密度演算子 ρは分離可能な純粋状態であれば ketベクト

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 44

ルのテンソル積によって定義することができた一般に混合状態まで考えるとしてもテンソル積を braベクトルと ketベクトル両方について考え統計的な重みをつけて足すだけで結局分離可能状態であれば ρ = ρ1 otimes ρ2と書くことができるこのようにして用意した合成系をHamiltonianに従って発展させその後の各量子系

の最終的な状態を知りたいとしようただしρ2が多自由度系すなわち多数のスピンや調和振動子の集まりからなる系の密度演算子で全体の密度演算子の測定による再構成が極めて困難である場合を考えるこのようなときには興味のある量子系のみを考えるほかないではρ2の情報がないまま注目している系に関する情報を得ようとするのはどういった操作に対応するだろうか密度演算子 ρ1ρ2の系を記述する完全系をそれぞれ |k1⟩ k1 = 0 1 2 3 middot middot middotK1|k2⟩ k2 = 0 1 2 3 middot middot middotK2としよう時間発展後の合成系の密度演算子 ρprimeで注目している系の物理量Oの期待値を評価すると

⟨O⟩ = Tr12[ρprimeO] 

=sumk1k2

⟨k1| otimes ⟨k2| ρprimeO |k1⟩ otimes |k2⟩

=sumk1

⟨k1|

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O |k1⟩

= Tr1

sumk2

⟨k2| ρprime |k2⟩

O

= Tr1

[(Tr2ρ

prime)O]= Tr1

[ρprime1O

](1107)

であるここで添え字付きのトレース操作は ρ1と ρ2の系のどちらかあるいはどちらについてもトレースを取ることを意味している片方の系のみについてのトレース操作を部分トレースともいう最終的な表式を見るとρprime1 = Tr2ρ

primeという情報を得られない系に関してのみトレースをとった縮約密度演算子が時間発展後の ρ1系の密度演算子であると思うことにすればこれによって演算子Oの期待値を評価した形になっているこのように合成系の部分系のみの物理量を測定するときには縮約密度演算子が用いられるここでひとつ注意しておかねばならないのは時間発展後の密度演算子 ρprimeが必ずし

も ρprime = Tr2ρprime otimesTr1ρ

primeのようには書けないという点である逆に言えばそのように書くことができるのは ρprimeが分離可能状態であるときだけであり合成系の各部分系の間に量子もつれが生じている場合には片方の系に関する部分トレース操作はもう片方の系に関する情報の喪失を招く例えば ρ1系が量子ビットρ2系が調和振動子の集まりであり量子ビット系が調和振動子の集団と相互作用しているような場合には時間発展後には量子ビット系と調和振動子の集団のあいだに極めて複雑な量子もつれ状態が形成され量子ビットの状態がコヒーレンスを失ってしまう

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 45

111 交換子と反交換子量子力学では複数の演算子が可換性が重要となってくるが演算子の交換子と反交換

子は各々 [A B

]equiv AB minus BA (1111)

A B

equiv AB + BA (1112)

と定義される 交換子は特に量子力学では重要となってくるが[A B

]= 0(AB = BA)

のとき Aと Bは可換であり[A B

]= 0(AB = BA)のとき Aと Bは非可換である

という1つの重要な帰結として物理量ABの演算子が可換なとき

1111 Heisenbergの不確定性原理上記の交換関係を用いて一般化された不確定性原理を導くことが出来るある物理

量Aがあるとき古典的なAの平均 ⟨A⟩不確かさ∆A分散 σAはそれぞれ

⟨A⟩ =1

n

nsumi

Ai (1113)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1114)

σ2A =lang(∆A)2

rang=lang(Aminus ⟨A⟩)2

rang(1115)

と定義される同様に量子系ではそれぞれ

⟨A⟩ = ⟨Ψ|A|Ψ⟩ (1116)

∆A = Aminus ⟨A⟩ (1117)

σ2A = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)2 |Ψ⟩=

lang(Aminus ⟨A⟩)Ψ

∣∣∣(Aminus ⟨A⟩)Ψrang

(1118)

と与えられる最後の行では全ての物理量がHermite演算子で表されることを用いた2つの物理量ABがあるとき

|a⟩ equiv (Aminus ⟨A⟩) |Ψ⟩ (1119)

|b⟩ equiv (B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩ (11110)

と定義すると

σ2A = ⟨a|a⟩ (11111)

σ2B = ⟨b|b⟩ (11112)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 46

でありシュワルツの不等式を用いてσ2Aσ

2B = ⟨a|a⟩ ⟨b|b⟩ ge | ⟨a|b⟩ |2 (11113)

と書けるさらに ⟨a|b⟩ = α+ iβと実部と虚部に分けると

| ⟨a|b⟩ |2 = α2 + β2 ge β2 =

(⟨a|b⟩ minus ⟨a|b⟩

2i

)2

(11114)

が導かれるここで⟨a|b⟩ = ⟨Ψ| (Aminus ⟨A⟩)(B minus ⟨B⟩) |Ψ⟩

= ⟨Ψ| (AB minus ⟨A⟩ B minus ⟨B⟩ A+ ⟨A⟩ ⟨B⟩) |Ψ⟩= ⟨AB⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11115)

となり同様に⟨b|a⟩ = ⟨BA⟩ minus ⟨A⟩ ⟨B⟩ (11116)

となるので⟨a|b⟩ minus ⟨b|a⟩ = ⟨AB⟩ minus ⟨BA⟩ =

lang[A B

]rang(11117)

がえられる最後に式 (11113-1111)をまとめると

σ2Aσ2B ge

(1

2i

lang[A B

]rang)2

(11118)

となるこれは一般化された Heisenbergの不確定性原理を物理量の演算子 Aと Bの交換子で記述したものであるよく知られている交換関係 [x p] = ihを用いると有名な位置と運動量の不確定性原理

σ2xσ2p ge

(h

2

)2

(11119)

σxσp geh

2(11120)

が導かれる他の例としてスピンの交換関係を考えてみるスピン-12のスピン演算子 SiはPauli

演算子 σiを用いてSi =

h

2σi (11121)

と書かれ交換関係は[Si Sj ] = ihϵijkSk (11122)

であるこのとき ϵijkは Levi-Civita記号とよばれ

ϵijk =

0 for i=j j=k or k=i

+1 for (ijk) in (123)(231)(312)

minus1 for (ijk) in (132)(321)(213)

(11123)

第 1章 量子力学における状態の記述と演算子 47

の値を取るi = x j = y k = zのとき

SxSy ge ihSz (11124)

σSxσSy ge h

2

langSz

rang(11125)

となる量子ビットは |0⟩と |1⟩の 2次元の自由度を持つがこれはスピン-12の |uarr⟩と |darr⟩と基

本的には同じため量子ビットは ldquo擬スピンrdquoともよばれる後に詳細を述べるがBloch

球を使うと量子ビットの状態を原点から直径 1の球面上に向かう矢印で示すことが出来る詳しくは節を参照していただきたい

48

第2章 量子力学の基礎

21 時間発展211 時間に依存しない Schrodinger方程式Schrodinger方程式は通常

minus ihpartΨ(x t)

partt= minus h2

2m

part2Ψ(x t)

partx2+ V (x)Ψ(x t) (211)

と書かれるがポテンシャル V (x)は時間に依存しないときが多いこのとき変数分離を用いて波動関数を時間と空間の関数に分けてΨ(x t) = ψ(x)φ(t)と記述できるこのとき各々の波動関数の満たす Schrodinger方程式は空間と時間の式

minus h2

2m

part2ψ(x t)

partx2+ V ψ(x t) = Eψ (212)

dt= minus iE

hφ (213)

に分けられる式 (213)よりφ(t) = eminusiEth (214)

が導け波動関数Ψ(x t)はΨ(x t) = ψ(x)eminusiEth (215)

となる系の Hamiltonianがエネルギー固有状態 ψn(x)と対応するエネルギー固有値Enを持つとき系の任意の状態は

Ψ(x t) =sumn

cnψn(x)eminusiEnth (216)

となりその時間発展は各々の固有状態の位相が回る形となる量子ビットはエネルギー固有状態を用いられる場合が多くあり基底状態 |0⟩と励起

状態 |1⟩が各々対応するエネルギー E0 = 0E1 = hωをもつとき量子ビットの時間発展は

|Ψ(t)⟩ = c0 |0⟩+ c1eminusihωth |1⟩ (217)

と記述され基底状態に対し励起状態の位相が状態間のエネルギー差 ωに比例して回転する

第 2章 量子力学の基礎 49

212 ユニタリー演算子を用いた時間発展量子状態 |Ψ⟩の時間発展は Schrodinger方程式によって

ihpart

partt|Ψ⟩ = H |Ψ⟩ (218)

のように記述されこの方程式を満たす |Ψ⟩を解くことで波動関数を導くことが出来るここでは別の方法時間発展をユニタリーな時間発展演算子として記述することで任意の時間 tにおける波動関数を求める我々は古典情報処理で離散的なデジタル論理ゲート(AND XORなど)を逐次実行する事により計算を進めていく方法を知っているが時間発展演算子自体を 1つのゲートとしても考えることができ量子情報の枠組みでは非常に便利である初期時刻 t = 0における波動関数 |ψ0⟩が時間発展演算子 ˆU(t)により |ψ(t)⟩に時間

発展したとする|ψ(t)⟩ = U(t) |ψ0⟩ (219)

この時間発展演算子 U(t)自体の時間変化は

ihpartU(t)

partt= HU(t) (2110)

なので積分すると時間発展演算子 ˆU(t)は

U(t) = U0eminusiHth

= eminusiHth (2111)

と求めることができるがこのとき H は時間に依らないものとした一般的に時間に依存するHamiltonianH = H(t)でもこの方法は少し変化した形で扱えるがここでは簡単のために時間変化のないHamiltonianを取り扱う最後の行では基準となる t = 0

のときにはまだ時間変化が無いので U0 = I とした この時間発展演算子 U(t)を用いて波動関数 |ψ(t)⟩の任意の時間 t1から t2への時間発展は

|ψ(t2)⟩ = U(t2 minus t1) |ψ(t1)⟩ = eminusiH(t2minust1)h |ψ(t1)⟩ (2112)

と記述することができる後に Bloch球という量子ビットの状態空間を扱うがここで Bloch球上の量子状態

は回転行列 Rx(θ) = eminusiθ2X(これはX 軸に対して θの回転)などを用いて Bloch球上

での回転操作を行うことができることを示す実験的には上記の U(t)を見ると系のHamiltonianH に X Y Z などの行列が入っていると例えば H = hαX であればU(t) = eminusiαXtとなり時間発展により量子ビットをX軸に対して任意の角度 θ = 2αt回転させられることがわかる

第 2章 量子力学の基礎 50

213 3つの描像時間発展を記述するユニタリー演算子 U(t)を用いて量子状態の時間変化を見てきた

が通常我々が実験で測定できるものは波動関数自体ではなく何らかの物理量である波動関数が時間に対して変化するとともに物理量Aの期待値も

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ(t)| A |ψ(t)⟩= ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩ (2113)

と変化する上記の物理量の時間変化を状態や演算子の変化として考えるが主に 3

つの描像(もしくは立場)が存在する以下では Schrodinger描像Heisenberg描像Dirac描像の 3つの描像を紹介するが表記が複雑になりやすいため

|ψ0⟩ 時間に依存しない初期状態A0 時間に依存しない初期演算子

AS |ψ⟩S Schrodinger描像の演算子と状態AH |ψ⟩H Heisenberg描像の演算子と状態AI |ψ⟩I Dirac描像の演算子と状態

を用いて表記する

Schrodinger描像

これまでの説明では初期波動関数 ψ0が時間的に変化し物理量の演算子 Aは時間に依らないという立場で考えてきた波動関数は

d |ψ(t)⟩dt

= minus i

hH |ψ(t)⟩ (2114)

の形で時間発展するこの描像のことを Schrodinger描像とよび状態と演算子はそれぞれ

|ψ⟩S = |ψ(t)⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ (2115)

AS = A0 (2116)

という形をとり波動関数だけが時間発展する

第 2章 量子力学の基礎 51

Heisenberg描像

Heisenberg描像では式 (2113)を

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| A(t) |ψ0⟩ (2117)

のように状態 ψ0は変化せず演算子が時間変化するという立場を取るこのとき

A(t) = eiHthAeminusiHth (2118)

であるHeisenberg描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩H = |ψ0⟩ (2119)

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2120)

という形をとり演算子だけが時間発展するここで感の良い読者は「演算子が時間により変化するのであればHamiltonian自

体も時間変化を起こすのでHamiltonianを含む式 (2120)はもっと複雑になるはずだ」という指摘が出るかもしれない実際Hamiltonianの時間発展は

HH = eiHthHeminusiHth (2121)

と記述され時間変化があるように思えるが式 (1936)

eA equivinfinsumn=0

An

n= I + A+

A2

2+A3

3middot middot middot

でみたようにeiHthは H の多項式で表せるため H と可換であり

HH = eiHthHeminusiHth = H (2122)

となるためHamiltonianは時間変化しない

Dirac描像

Dirac描像は相互作用描像とも言われるがSchrodinger描像とHeisenberg描像の合わせ技のような描像になっているこの描像では定常的な HamiltonianH0にさらなるHamiltonianV が加わった

H = H0 + V (2123)

のようなHamiltonianを考える

第 2章 量子力学の基礎 52

これは物理系の操作を考える時に特に重要である例えば水素原子の電子状態を外部から電場を加えて操作するとしよう水素原子の核は外場 0の状態でも電子に影響を与えているので定常的であり水素原子のHamiltonianが H0となってそこに加える電場のHamiltonianが V で書けるようになるつまり常に影響を与えているHamiltonian

を H0に 我々の操作で用いる部分だけを V に押し込めて記述できるので便利である式 (2113)は

⟨A(t)⟩ = ⟨ψ0| eiHthAeminusiHth |ψ0⟩= ⟨ψ0| ei(H0+V )thAeminusi(H0+V )th |ψ0⟩= ⟨ψ0| eiV th middot eiH0thAeminusiH0th middot eminusiV th |ψ0⟩= ⟨ψ(t)| A(t) |ψ(t)⟩ (2124)

となり状態も演算子もともに時間変化するという立場を取るこのとき時間変化の形が状態と演算子で異なり各々V と H0に対する時間変化

|ψ(t)⟩ = eminusiV th |ψ0⟩ (2125)

A(t) = eiH0thAeminusiH0th (2126)

として記述されることに注意するDirac描像で状態と演算子の時間発展をまとめると

|ψ⟩I = |ψ(t)⟩I = eminusiV th |ψ0⟩ = eiH0theminusi(H0+V )th |ψ0⟩= eiH0th |ψ⟩S (2127)

AI = AI(t) = eiH0thAeminusiH0th (2128)

という形をとり状態も演算子もともに時間発展する状態の記述では式 (2115)の |ψ⟩S =

eminusiHth |ψ0⟩を用いた下付きの I は相互作用 (Interaction)に由来するDirac描像では演算子も時間発展するので先程のようにHamiltonianH = H0 + V の

時間発展を確認しておこう

H0I = eiH0thH0eminusiH0th = H0 (2129)

VI = eiH0thV eminusiH0th (2130)

定常的な HamiltonianH0 は時間変化が無いままだがVI は HamiltonianH0 の影響を受けて時間変化するここでDirac描像で書かれた状態の時間発展を考える|ψ⟩S = eminusiHth |ψ0⟩ならびに

|ψ⟩I = eiH0th |ψ⟩S をもちいるとd |ψ⟩Idt

=i

hH0 |ψ⟩I + eiH0th

d |ψ⟩Sdt

=i

heiH0thH0e

minusiH0th |ψ⟩I minusi

heiH0thHeminusiH0th |ψ⟩I

= minus i

heiH0thV eminusiH0th = minus i

hVI |ψ⟩I (2131)

第 2章 量子力学の基礎 53

すなわちd |ψ⟩Idt

= minus i

hVI |ψ⟩I (2132)

と書ける

214 Heisenbergの運動方程式Heisenberg描像では

AH = AH(t) = eiHthA0eminusiHth (2133)

となり演算子が時間発展していくがこれを具体的に記述すると

dAH(t)

dt=

iH

hHeiHthA0e

minusiHth minus eiHthA0iH

heminusiHth +

partA

partt

=i

hHeiHth

[H A

]eminusiHth +

partA

partt(2134)

となりdA(t)

dt=i

h

[H A(t)

]+partA(t)

partt(2135)

が得られるこの式をHeisenbergの運動方程式とよびSchrodinger方程式が波動関数の時間発展つまり系の発展を表すようにHeisenberg描像では系の発展が演算子の時間発展で記述されるここで partA(t)

partt は Aが明示的に時間に依存する時だけ入る項である

22 回転系へのユニタリ変換量子系のダイナミクスをある周波数で回転する系で解析するのが望ましい場面がた

いへん頻繁にある駆動周波数 ωdで回転する回転系へのユニタリ変換は相互作用のない系のHamiltonian Hを用いたユニタリ演算子U(t) = exp[i(H(ωd)h)t]により定まるがこのとき状態ベクトル |ψ⟩は |ϕ⟩ = U(t) |ψ⟩という変換を受けるこれによってSchrodinger方程式は

ihd|ϕ⟩dt

= ihdU

dt|ψ⟩+ ihU

d|ψ⟩dt

= ihU |ψ⟩+ UH |ψ⟩= ihUU dagger |ϕ⟩+ UHU dagger |ϕ⟩= (UHU dagger minus ihUU dagger) |ϕ⟩ (221)

第 2章 量子力学の基礎 54

と書き直されるただし式変形に 0 = d(UU dagger)dt = UU dagger + UU daggerを用いたHは変換前のHamiltonianであり上式の変形により回転系に変換されたHamiltonianは

Hprime = UHU dagger minus ihUU dagger (222)

となることがわかる基本的にはこのユニタリ変換にしたがって量子系の解析に都合の良い周波数の回転系に乗り時間発展や定常状態を調べていくことが多い調和振動子や量子ビット系についての例を付録(付録 B)に示してある

55

第3章 摂動論

31 時間に依存しない摂動論

図 31 摂動論のイメージ図

摂動論は外部からの影響による量子系の変化を定量的に求めるために使われる量子力学の重要なツールの 1つである摂動論のイメージを図 31に示す実線で描かれた円三角四角は何も影響を受けていないときの ldquo素の量子状態rdquoとしここでは円の状態に注目するこの量子系が外部から何らかの影響を受けるとその影響により円は少し押され元の円と異なる位置に移動する(点線の円)この新しい円は概ね元の円であるが円の外部の三角や四角の成分がわずかながらに加えられるもちろん状態の変化に伴い状態のエネルギーも変化するこの変化を定量的に計算できるのが摂動論である実験的にこの ldquoずれrdquoは様々な形で現れる気づいていない電場や磁場ノイズの影響

また実験用にプローブとして自分が入れた光によって系がシフトすることも考えられ実験家には悩みの種となりうることも多いしかし逆に考えると能動的に外場を導入することで様々なシフトをキャンセルする道具のようにも使えるここでは摂動論と幾つかの応用を紹介する外部の影響が入る前の系のHamiltonianを H0エネルギー固有状態を

∣∣ψ0n

rangそして対応するエネルギーをE0

nとするとこれらは

第 3章 摂動論 56

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(311)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (312)

と変化したとするこのとき V は外部から導入された擾乱そして λは V の大きさを表すパラメータで λ≪ 1と考えて良いこの新しいHamiltonian Hの固有状態 |ψn⟩とそれに対応した固有エネルギーEnは

H |ψn⟩ = En |ψn⟩  (313)

を満たすこの新たな固有状態 |ψn⟩と固有エネルギーEnを元の固有状態∣∣ψ0n

rangならびにE0

nで記述することがゴールであるパラメーター λを使いシステムの状態とエネルギーを λのべき級数で展開すると

|ψn⟩ =∣∣ψ0n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot (314)

En = E0n + λE1

n + λ2E2n + middot middot middot (315)

となるこのときEと ψの上付きの数字は補正の次数つまり∣∣ψ1n

rang E1

nは 1次補正∣∣ψ2n

rang E2

n は 2次補正をあらわすこれら状態の補正∣∣ψ1n

rang∣∣ψ2n

rang エネルギーの補

正E1n E

2n を各々

∣∣ψ0n

rangとE0nで記述していく

式 (314315)を式 (313)に代入すると

(H0 + λV )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

= (E0

n + λE1n + λ2E2

n + middot middot middot )∣∣ψ0

n

rang+ λ

∣∣ψ1n

rang+ λ2

∣∣ψ2n

rang+ middot middot middot

(316)

となりλの次数が同じ項だけを取り出すと

λ0 H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(317)

λ1 H0∣∣ψ1n

rang+ V

∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

∣∣ψ0n

rang(318)

λ2 H0∣∣ψ2n

rang+ V

∣∣ψ1n

rang= E1

n

∣∣ψ1n

rang+ E2

n

∣∣ψ0n

rang(319)

が得られるがλ0の項は元々の系の状態を表しているのがわかる式 (318)を langψ0n

∣∣で内積をとるとlang

ψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang+langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang+ E1

n

langψ0n

∣∣ψ0n

rang(3110)

となりH0がHermite演算子であることを用いるとlangψ0n

∣∣ H0∣∣ψ1n

rang=langH0ψ0

n

∣∣∣ψ1n

rang= E0

n

langψ0n

∣∣ψ1n

rang(3111)

第 3章 摂動論 57

なのでエネルギーの 1次補正E1nは

E1n =

langψ0n

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang(3112)

となる次に波動関数の 1次補正∣∣ψ1n

rangを考える∣∣ψ1n

rangを元の波動関数 ψ0mで展開した∣∣ψ1

n

rang=summ =n

cm∣∣ψ0m

rang(3113)

を同様に式 (318)に代入しlangψ0k

∣∣で内積を取るとsumm=n

cmlangψ0k

∣∣ H0∣∣ψ0m

rang+langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang=

summ=n

cmE0n

langψ0k

∣∣ψ0m

rang+ E1

n

langψ0k

∣∣ψ0n

rangckE

0k +

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rang= ckE

0n (3114)

となりck =

langψ0k

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

k

(3115)

を得る式 (3113)に代入すると波動関数の 1次補正

∣∣ψ1n

rang=summ =n

langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ0n

rangE0n minus E0

m

∣∣ψ0m

rang(3116)

が導かれる結果だけを紹介するとエネルギーの 2次補正は

E2n =

summ =n

|langψ0m

∣∣ V ∣∣ψ1n

rang|2

E0n minus E0

m

(3117)

となる同様の手続きを通すと 2次やさらに高次のエネルギー及び波動関数の補正も計算できるが補正の精度も悪くなってくるので一般的には 1次もしくは 2次までの補正を使う場合が多い上記の摂動論では縮退があったケースを省いた1次のエネルギー補正の式 (3112)

を見ると分母に異なる状態のエネルギー差E0n minusE0

mがあるが縮退している 2つの状態間ではこの項が 0になりエネルギーシフトが破綻するように思えるH0と V が同時対角化可能な基底を使うとこの問題が回避できることが多くの量子力学の教科書で詳細まで記述されているのでここでは割愛する必要な読者は他の教科書を参考にしていただきたい

311 Zeeman効果時間に依存しない摂動の例を見てみようZeeman効果は軌道角運動量Lとスピン角

運動量 Sをもった電子に対して

第 3章 摂動論 58

HZ =e

2m(L+ 2S) middotBext (3118)

で表されるHamiltonianであるこのときLSはそれぞれ電子の軌道角運動量とスピン角運動量の演算子eとmは電気素量と電子の質量Bextは外部から与えられた磁場であるZeeman効果は原子や固体中の電子などと外部磁場との相互作用なので様々な物理系で現れる効果であるため重要である角運動量とスピンを持った電子は各々から実効的な磁場Bintを発生するので内部の磁場(LS由来)と外部の磁場との相互作用もっと平たく言うと外場を作っている磁石に電子系が作る ldquo磁石rdquoが反応していると考えて良いBint ≫ Bextのときこの効果は小さな摂動と考えることが出来るエネルギーの 1

次補正は式 (3112)を用いて

E1Z = ⟨nljmj | HZ |nljmj⟩ =

e

2m⟨L+ 2S⟩ middotBext (3119)

となるこのとき電子の状態は |ψ⟩ = |nljmj⟩と主量子数 n軌道角運動量量子数 l主全角運動量量子数 jと第二全角運動量量子数mj からなる状態にあるLandeの g因子1(gJ)を用いて ⟨L+ 2S⟩を記述すると

⟨L+ 2S⟩ = gJ ⟨J⟩ (3120)

となりE1Z = microBgJBextmj (3121)

が導かれるmicroB equiv eh2m = 579 times 10minus5 eVT はボーア磁子とよばれる定数である

j = 12の状態は第二全角運動量量子数mj = plusmn12をもつのでこの 2つのmj = 12mj = minus12の状態は磁場によって各々エネルギーE1

Z 上と下にシフトする実験では外部からの磁場によってある程度量子のエネルギーを調整出来るのがわか

ると思うイオントラップでは並べられたイオンに勾配のある磁場(強いところと弱い所がある)をかけることで一つ一つのイオンが異なるエネルギーをもつような操作に用いられるZeeman効果は時に両刃の剣ともなりえエネルギー状態が外場によって変わってほしくない実験では磁気シールドなどを用いて外場を抑制する必要があるまた磁場による感度が高い(エネルギーシフトが大きい)ものは量子のエネルギーシフトを測定することによって磁場の動きが間接的に観測できる磁場センサーとしても応用できるなど様々な利用方法がある

32 時間に依存する摂動論時間に依存する摂動論では系に時間に依存した擾乱が入り

H0 rarr H = H0 + λV (t) (321)

1Landeの g因子は gJ = 1 + j(j+1)minusl(l+1)+342j(j+1)

と j と lを用いて計算できる

第 3章 摂動論 59

と変化したときの系の時間発展を記述する方法である例に習って λは擾乱 V の大きさを表すパラメータだがひとまず λ = 1 つまり λV rarr V とおくこのとき元の Hamiltonian H0は時間に依存せずその固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有値E0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(322)

を満たすここでは先述したDirac描像を使うと見通しが良くなるSchrodinger描像における

波動関数の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩S

dt= H |ψ(t)⟩S (323)

で表されるDirac描像における波動関数 |ψ(t)⟩I は状態 |ψ⟩S を用いて

|ψ(t)⟩I = eiH0th |ψ(t)⟩S (324)

と書けるので|ψ(t)⟩I の時間発展は

ihd |ψ(t)⟩I

dt= ih

(eiH

0thd |ψ⟩Sdt

+iH0

heiH

0th |ψ⟩S

)= eiH

0th(H minus H0

)|ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0theiH0th |ψ⟩S

= eiH0thV (t)eminusiH

0th |ψ(t)⟩I  = VI(t) |ψ(t)⟩I  (325)

となる最後の行ではVI(t) = eiH0thV (t)eminusiH

0thを用いた次に |ψ(t)⟩I を時間依存しないHamiltonian H0の固有状態

∣∣ψ0n

rangを用いて展開した|ψ(t)⟩I =

sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(326)

を式(325)に代入すると

ihsumn

dcn(t)

dt

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ VI(t)∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiH

0th∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)λ eiH0thV (t)eminusiE

0nth

∣∣ψ0n

rang(327)

となる

第 3章 摂動論 60

この式を langψ0m

∣∣で内積を取るとihsumn

cn(t)langψ0m

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣ eiH0thV (t)eminusiE0nth

∣∣ψ0n

rang=

sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t) |ψn⟩ ei(E0mminusE0

n)th (328)

が導けるlangψ0m

∣∣ψ0n

rang= δmnを用いると

ihcm(t) =sumn

cn(t)langψ0m

∣∣V (t)∣∣ψ0n

rangei(E

0mminusE0

n)th (329)

が得られる

二準位系の時間発展

図 32 二準位系の時間発展(a) エネルギー E1E2を持つ二準位系 H0に周波数 ω

で振動する外場 V が印加された様子初期状態は状態 1にあるとする(b)外場の影響を受けた二準位系の占有数は状態 1と 2の間を Rabi振動する(c)外場が切られた後は切られた瞬間の占有数で系が静止する

ここまでは摂動論は用いていないが上記の結果を踏まえて外場(擾乱)を加えたときの量子系の時間発展の具体的な例を見てみよう原子の下の二状態もしくは量子ビットなどは 2つのエネルギー準位からなる二準位系を考える図 32(a)のようにこの二準位系に周波数 ωで振動する外場を加えたとき二準位系のもとの Hamiltonian

H0と外乱 V (t)は

H0 =

(E0

1 0

0 E02

)(3210)

V (t) =

(0 αeiωt

αeminusiωt 0

)(3211)

第 3章 摂動論 61

の形で記述できるαは擾乱の実効的な振幅と考えてよい式 329はc(t) =

(c1(t)

c2(t)

)を用いて

ihd

dt

(c1(t)

c2(t)

)=

(0 αei(ωminusω21)t

αeminusi(ωminusω21)t 0

)(c1(t)

c2(t)

)

=

(αei(ωminusω21)t c2(t)

αeminusi(ωminusω21)t c1(t)

)(3212)

となるこのとき ω21 =E0

2minusE01

h であるこの式を c2(t)だけの形に変形すると

c2(t) + i(ω minus ω21)c2(t) +(αh

)2c2(t) = 0 (3213)

となり解としてc2(t) = Aeminusi(ωminusω21)t2 sinΩt (3214)

が求まるこのときΩ =[(

ωminusω212

)2+(αh

)2]12は(一般化)Rabi周波数とよばれるパラメータである初期条件 c1(t = 0) = 1c2(t = 0) = 0を用いると係数Aが

A =

[ (αh

)2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2]12

(3215)

と求まる上記より状態 1および 2の占有数は

|c1|2 = 1minus |c2|2 (3216)

|c2|2 =(αh )

2(αh

)2+(ωminusω21

2

)2 sin2Ωt (3217)

と求まる初期状態は状態 1からスタートするが外場の影響により状態 1から状態 2

への遷移が起こり周波数 Ω2で占有数は振動する (図 32(b))この占有数の振動のことをRabi振動とよび量子状態操作で最も頻繁に使われる方法である外場の周波数 ωが二準位のエネルギー差をDirac係数で割った周波数 ω21に等しい

とき状態 2の占有数は 0から 1までを振動するω21をこの二準位系の共鳴周波数とよび外場の周波数をこの共鳴周波数に合わせることで二状態間の占有数を 0から 1

まで操作することが可能となる逆に言うと外場の周波数 ωが共振周波数 ω21と異なる場合きれいな状態転送 (|1⟩ rarr |2⟩)が行えない外場が入り続けている限り占有数はこの二状態間を振動するが外場を切った時点でその動きは止まりその時の占有数のまま保持される (図 32(c))ここまで説明してきた二状態を状態 1 equiv |0⟩状態2 equiv |1⟩とおくことで量子ビットとして用いることができるなおRabi振動の Bloch

方程式を用いた導出Bloch球を用いた視覚化については後に詳細を述べる

第 3章 摂動論 62

321 時間依存した摂動展開二準位系の例では外場がきれいな振動 (ω)で記述され系の運動を簡単に追えたし

かし一般的に時間依存した擾乱 V (t)では系の Hamiltonian H = H0 + V (t) を満たす解析的な解は存在しないため計算が困難となるここでは外場の時間依存を摂動展開して計算できる近似方法について述べる先述のように外部からの影響を受ける前の系の固有状態

∣∣ψ0n

rangおよび固有エネルギーE0nは

H0∣∣ψ0n

rang= E0

n

∣∣ψ0n

rang(3218)

を満たすここに外部からの影響が入り

H0 rarr H = H0 + λV (3219)

と変化したとするDirac描像を用いた波動関数の時間発展は一般的に

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t)∣∣ψ0n

rang(3220)

と記述されるこのとき

cn(t) = c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) + (3221)

でありcinの上付き添字 iはパラメータ λのべき級数で展開される補正の次数であるこの係数 cinを V (t)および

∣∣ψ0n

rangを用いて記述することがゴールであるまずDirac描像において時間 t0における初期状態 |ψ(t0)⟩I equiv |i⟩からの時間発展を

時間発展演算子 UI(t t0)を用いて記述すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ (3222)

となるこれをDirac描像の Schrodinger方程式

ihd |ψ(t)⟩I

dt= λVI(t) |ψ(t)⟩I (3223)

に代入するとihdUI(t t0)

dt|i⟩ = λVI(t)UI(t t0) |i⟩ (3224)

となるがこの式は任意の初期状態 |i⟩について満たされるので

ihdUI(t t0)

dt= λVI(t)UI(t t0) (3225)

第 3章 摂動論 63

のように演算子の運動方程式に置き換わるここで VI = eiH0thV eminusiH

0th であるUI(t t0)は時間発展の演算子を表すがもちろん初期時間 t0から時間経過しない U(t0 t0) =

I であるこの演算子の運動方程式を積分すると左辺は

ih

int t

t0

dtprimedUI(t

prime t0)

dt= ih

[UI(t t0)minus UI(t0 t0)

]= ih

[UI(t t0)minus I

](3226)

となるのでUI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0) (3227)

が導かれるこの式は UI(t t0)にたいして入れ子になっているので

UI(t t0) = I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime)UI(t

prime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime)UI(tprimeprime t0)

= I minus i

h

int t

t0

dtprimeλVI(tprime) +

(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime λ2VI(tprime)VI(t

primeprime) +

(3228)

=infinsumn=0

(minus i

h

)n int t

t0

dt1middot middot middotint tnminus1

t0

dtn λnVI(t1)VI(t2) VI(tn) (3229)

と展開できる最後の行では和の n = 0の項は I であり時間変数は tprime rarr t1 tprimeprime rarr

t2 middot middot middot rarr tnと略した具体的な時間発展演算子 UI(t t0)の形が求められたので式 3222にある初期状態

|i⟩からの時間発展を考える外部からの影響を受ける前の系の固有状態 |n⟩ equiv∣∣ψ0n

rangを用いて展開すると

|ψ(t)⟩I = UI(t t0) |i⟩ =sumn

|n⟩⟨n| UI(t t0) |i⟩

=sumn

⟨n|UI(t t0)|i⟩ |n⟩ (3230)

=sumn

[⟨n|I|i⟩+ λ

(minus i

h

)int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩ (3231)

+λ2(minus i

h

)2 int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩+

]|n⟩

第 3章 摂動論 64

となるまた式 3220と 3221の

|ψ(t)⟩I =sumn

cn(t) |n⟩

=sumn

(c0n(t) + c1n(t) + c2n(t) +

)|n⟩ (3232)

と対応付けると

c0n(t) = ⟨n|I|i⟩ = δni (3233)

c1n(t) = minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|VI(tprime)|i⟩

= minus i

h

int t

t0

dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnitprime

(3234)

c2n(t) = minus 1

h2

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime)VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|VI(tprime) |m⟩⟨m| VI(tprimeprime)|i⟩

= minus 1

h2

summ

int t

t0

dtprimeint tprime

t0

dtprimeprime ⟨n|V (tprime)|m⟩ ⟨m|V (tprimeprime)|i⟩ eiωnmtprime+iωmitprimeprime

(3235)

が導かれる途中で VI = eiH0thV eminusiH

0thであることを用いて

⟨n|VI(t)|i⟩ = ⟨n|eiH0thV eminusiH0th|i⟩ (3236)

= ⟨n|V (t)|i⟩ eiωnit (3237)

を使ったこのとき ωni = ωn minus ωiである時間に依存した摂動論は状態がある初期状態 |i⟩から状態 |n⟩遷移確率を計算する

のに頻繁に用いられる着目する終状態 |n⟩が初期状態と異なるときc0n(t) = 0となり 1次近似 c1n(t)が重要となるある時間 tにおける状態 |n⟩への遷移確率 Pirarrnはこの1次近似を用いて

Pirarrn =

∣∣∣∣ 1ihint t

0dtprime ⟨n|V (tprime)|i⟩ eiωnit

prime∣∣∣∣2 (3238)

で表される

第II部

66

第4章 二準位系と電磁波

41 二準位系スピンおよびBloch球量子系の操作の対象として量子ビット(quantum bit)というものを考えよう量

子ビットは二つの直交した量子状態 |g⟩と |e⟩からなるものであり⟨g|g⟩ = ⟨e|e⟩ = 1

と ⟨g|e⟩ = 0を満たすベクトル表記では |g⟩ = (0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義されるこの量子状態の組は二準位系とも呼ばれるスピン 12の系のように自然と二準位系になっているものもあるがある個別量子系がもつ多数の量子状態から電磁波による操作性コヒーレンスといった量子操作に関わるメリットを勘案して二つの量子状態が選ばれることが多い量子情報はこの |g⟩ |e⟩で構成される量子ビットに記録される一般にはこの量子ビットは多数個を扱うことになるがまずは一つの量子ビットのHamiltonianを基底状態(ground state)のエネルギー hωgと励起状態(excited state)のエネルギー hωeに射影演算子 |g⟩⟨g| と |e⟩⟨e|をそれぞれつけて

H = hωg|g⟩⟨g|+ hωe|e⟩⟨e| (411)

と書こう当然この Hamiltonianを |g⟩や |e⟩で挟んで期待値を計算すればそれぞれ基底状態と励起状態のエネルギーが得られるここでこのHamiltonianを次のPauli演算子

σx =

(0 1

1 0

)= |e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e| (412)

σy =

(0 minusii 0

)= minusi|e⟩⟨g|+ i|g⟩⟨e| (413)

σz =

(1 0

0 minus1

)= minus|g⟩⟨g|+ |e⟩⟨e| (414)

を用いて書き直したいなお本書ではこれ以降特に混乱がない限り演算子を表すのによく用いられるハット記号を省略するこれらを用いると

H =h(ωe minus ωg)

2σz +

h(ωe + ωg)

2I

=hωq2σz (415)

となるがここで右辺第二項は単位行列に比例し系全体のエネルギーのオフセットとなるのみであるから無視するωq = ωeminusωgは量子ビットの遷移周波数であり後の節

第 4章 二準位系と電磁波 67

で見るように量子ビットの状態を変化させるために印加されるべき電磁波の周波数を与えるここで一旦 Pauli 演算子 (412)-(414) の性質を見ておこうまず Pauli 演算子は

Hermite演算子であるすなわち σdaggerξ = σξ (ξ = x y z)が成立するしたがってPauli

演算子は可観測量となりなんらかの物理量に対応するものと解釈できるもう一つの性質はもう少し込み入ったものだが重要であるそれは演算子の交換子 [AB] = ABminusBAに関してPauli演算子が

[σx σy] = 2iσz [σy σz] = 2iσx [σz σx] = 2iσy (416)

という関係を満たすことである上記の関係式は次のようにまとめることができる

[σi σj ] = 2iϵijkσk (417)

ただし (i j k) = (1 2 3) (2 3 1) (3 1 2)でありそれ以外の場合には σ2x = σ2y =

σ2z = I となっているまたϵijk は Levi-Civita記号であるPauli演算子は実は特殊ユニタリー群 SU(2)の生成子になっておりスピン 12系を良く記述するすなわち量子ビットはスピン 12系とみなすことができるのであるこの対応によって実はPauli演算子の期待値 σξ はいまや ξ 軸のスピン成分と読み替えることができるようになり量子ビットの状態を Bloch球(図 41)上の一点で表現することが可能になるBloch球上では (|g⟩+ |e⟩)

radic2 (|g⟩minus |e⟩)

radic2 (|g⟩minus i |e⟩)

radic2 (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 and

|e⟩ |g⟩がそれぞれ x y z 軸となる1もし量子ビットが純粋状態 |ψ⟩にあればパラメータ θと ϕを用いて |ψ⟩ = cos (θ2) |e⟩+ eiϕ sin (θ2) |g⟩あるいは Bloch球上の(sin θ cosϕ sin θ sinϕ cos θ)で表されるかくして Bloch球上の点として量子状態を表現することができ量子ビットの量子

状態の可視化ができたわけであるがここで不確定性関係について注意しておきたい(416)(417)式にあるように σξ は非可換であるためそのうち二つの Pauli演算子を同時に測定した際には不確定性関係に表されているような量子ゆらぎが存在するはずである図 41の矢印の先の点が少しぼやけた点になっているのはこの「気持ち」を表している

42 電磁波量子系を操るうえで量子ビットの状態 |g⟩と |e⟩の間を自由に行き来しかつその

重ね合わせ状態などを作る必要がある量子ビットが物質の電子状態やスピンにより構成される場合基底状態 |g⟩と励起状態 |e⟩は一般に縮退しておらずそのエネルギー差を hωqとするこのエネルギーに対応する(角)周波数すなわち遷移周波数 ωqの電磁波を照射することにより量子ビットの状態を操ることができるのであるこのときやはり量子系を操るという観点では電磁場を量子的に扱う必要がしばしば

ある電磁場の量子論(quantum electrodynamics)はそれ自体非常に示唆に富み非1これらの基底ベクトルが σx σy σz の固有ベクトルとなっている

第 4章 二準位系と電磁波 68

図 41 Bloch球による量子ビットの表示

常に学びがいのあるトピックであるしかしながら電磁場の量子論の包括的な記述は本書の趣旨から逸れるため詳細は文献 [1]を参照してもらうなどしてここではそのさわりを述べるにとどめるここでは有限の体積を持つ光モードつまり Fabry-Perot共振器などのもつ光共振器

(optical resonator optical cavity)モードについて考えよう状況を簡単にするために単一の共振モードのみを考えるとそのエネルギーは

E =1

2

intcavity

(ε0E

2 +1

micro0B2

)  dV

= 2ε0Vcavityω2cA middotAlowast (421)

と書けるここでE B Aはそれぞれ共振モードの電場磁場ベクトルポテンシャルである2さらに ε0 と micro0は真空の誘電率と透磁率でありVcavity および ωc は共振モードのモード体積(mode volume)と共振(角)周波数である正準変数 qpと偏光ベクトル εによってA =

radic14ε0Vcavityω2

c (ωcq + ip)εと書き直すことにより

E =1

2(p2 + ω2

cq2) (422)

と書けるがこれは調和振動子(harmonic oscillator)のエネルギーである正準変数が演算子に置き換わることで上式は量子力学的なHamiltonianとなる古典力学における調和振動子は位相空間上において点 (q p)が円を描くことはご存じだろう量子力学的には位相空間上のある分布が円を描くように運動するqを in-phasepを quadratureと

2ベクトルポテンシャルがAeminusiωct+ikmiddotr+Alowasteiωctminusikmiddotrの形にかけることを仮定しているE = minuspartAdtと B = nablatimesA の関係式も用いた

第 4章 二準位系と電磁波 69

呼ぶこともある通常の手続きに従って消滅演算子aを用いてA =radich2ε0Vcavityωcaε

としようこうすれば

E = hωc

(adaggera+

1

2

)(423)

と書けて量子力学的な調和振動子のHamiltonianとしてよく見る形になるゼロ点エネルギー hωc2は以後無視し E = hωca

daggeraとするがこれは n = adaggeraが共振モード中の光子の数を表すことから共振モードにある振動量子の総エネルギーの演算子となっていることが明らかであるこのように生成消滅演算子を用いた書き方にすると電場と磁場は次のようになる

E = i

radichωc

2ε0Vcavityε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (424)

B = i

radich

2ε0Vcavityωck times ε(aeminusiωct+ikmiddotr minus adaggereiωctminusikmiddotr) (425)

これを回転系に乗らずにかつ位相を適切に選んで書くと

E = Ezpf(a+ adagger)ε (426)

B = Bzpf(a+ adagger)k times ε (427)

というシンプルな形になるここでEzpf =radichωc2ε0Vcavity と Bzpf =

radich2ε0Vcavityωc

は共振器場の真空ゆらぎ(vacuum fluctuationまたは zero-point fluctuation)でありモード体積が小さければ小さいほど真空ゆらぎが大きくなることは覚えておいて損はない

421 調和振動子の昇降演算子ここでさきほど出てきた調和振動子の生成消滅演算子 aadaggerについて性質をみて

おこうと思うまず交換関係 [a adagger] = 1より [n a] = minusa[n adagger] = adaggerがすぐに導けるいまn = adaggeraの固有状態 |λ⟩を考えよう固有値 λは調和振動子の振動量子の数になっておりn |λ⟩ = λ |λ⟩とまとめてかけるこの固有状態 |λ⟩に上の交換関係を作用させてみる例えば

(naminus an) |λ⟩ = (naminus λa) |λ⟩ = minusa |λ⟩(nadagger minus adaggern) |λ⟩ = (nadagger minus λadagger) |λ⟩ = adagger |λ⟩

と固有値 n |λ⟩ = λ |λ⟩を用いて書き直せるがこれは

n(a |λ⟩) = (λminus 1)(a |λ⟩) (428)

n(adagger |λ⟩) = (λ+ 1)(adagger |λ⟩) (429)

第 4章 二準位系と電磁波 70

と整理できるこれらの式の意味するところは明快で振動量子の数が λ個の量子状態 |λ⟩に生成消滅演算子 adaggeraが作用した状態 adagger |λ⟩および a |λ⟩は振動量子の数を数える演算子 adaggeraの固有値 λ+ 1あるいは λminus 1の固有状態である言い換えると生成演算子は振動量子の数を一つ増やし消滅演算子は振動量子の数を一つ減らすような演算子であることがわかるすなわちこれらは量子ビットにおける昇降演算子に対応した調和振動子の昇降演算子であるといえる

43 二準位系と電磁波の相互作用 

431 Jaynes-Cummings相互作用量子ビットを構成する量子状態は理想的には互いに直交するようなものであるそ

して |g⟩からある状態例えば |e⟩や (|g⟩+ |e⟩)radic2といった所望の状態にするためには

何らかの方法で |g⟩と |e⟩を ldquo混ぜ合わせるrdquoことが不可欠である量子ビットを構成する量子状態は非調和振動子の基底状態と第一励起状態であったりスピンの ldquo上向きrdquo

と ldquo下向きrdquoであったりと様々だが遷移双極子モーメント(transition dipole moment)でつながる二つの量子状態 3が選ばれ量子状態間の遷移が電磁場により引き起こされるということは共通している4遷移双極子モーメント dは直観的には例えば電場や磁場によって誘起される古典的な電気双極子モーメント erや磁気双極子モーメント microと思えばよいこれの量子力学的な演算子の導出は文献 [2]に譲り具体的な形を書き下そう

d = micro (|e⟩⟨g|+ |g⟩⟨e|)= micro(σ+ + σminus) (431)

この表式では次の演算子を新たに定義している

σ+ = |e⟩⟨g| =

(0 1

0 0

)=σx + iσy

2(432)

σminus = |g⟩⟨e| =

(0 0

1 0

)=σx minus iσy

2 (433)

これらの演算子は見ての通り量子ビット系に対して昇降演算子として作用するすなわちその双極子モーメントを外場で誘起することによって量子ビットの操作を行うことができる

3四重極モーメント(quandrupole moment)でつながる二準位により量子ビットが構成されることもある

4光子の偏光のようなエネルギー的に縮退した状況もあれば中間準位 |r⟩を経由して |g⟩と |e⟩を電磁波で遷移させる場合もあり後者のような場合の取り扱いは付録 Cに記載してある

第 4章 二準位系と電磁波 71

電場で誘起されるような双極子モーメントに対して平行な電場を持つ電磁波5が量子ビット系に印加されたとしようこのときHamiltonianには相互作用項が追加されるがこれは一般の多重極モーメントを考慮すると電場の多項式となるところが今は双極子モーメントのみを考えているため電場の1次のみで d middotEとなる演算子の表現 [2] d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いると相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (434)

と書くことができるさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であることを仮定しようするとσ+adaggerのような項は周波数ωq+ωcで ldquo速く振動するrdquo

項であり無視することができるこれを回転波近似(rotating-wave approximation)というこれにより相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (435)

という形になるこれを Jaynes-Cummings相互作用 [3]といい結合定数(coupling

constant)が g = microEzpfhで与えられる6この相互作用項の物理的な意味は単純で電磁波の量子つまり光子が一つ吸収 (放出)され同時に量子ビットが励起される(脱励起する)ような過程を表している特殊な状況ではanti-Jaynes-Cummings相互作用も扱うことがあるので紹介してお

こうこれはHint = hgprime(σ+a

dagger + σminusa) (436)

という形をしておりちょうど Jaynes-Cummings相互作用を得た際に残した項と無視した項が入れ替わった形である例えば系を周波数 ωq+ωcで駆動するような場合には量子ビットの励起と光子の生成が同時に起こりanti-Jaynes-Cummings相互作用でよく記述される状況となるまた原子イオン系に対して二つのレーザー光を照射しイオンの振動を調和振動子とした Jaynes-Cummings相互作用と anti-Jaynes-Cummings

相互作用を同時に引き起こすことでMoslashlmer-Soslashrensenゲート [4]と呼ばれる現時点で最も高精度な二量子ビット操作が実現されている [5]

44 二準位系と電磁波の例核磁気共鳴における二準位系

核磁気共鳴は物質科学における分光法として頻繁に用いられるほかMRI(magnetic

resonance imaging)という医療機器に用いられる技術としても馴染み深い核磁気共5ここでは簡単のため単一のモードを考える6用語の解説を少ししておく 通常 (anti-)Jaynes-Cummings 相互作用は量子ビットと調和振動子の

結合に用いられる用語である 二つの調和振動子(消滅演算子が a と b)の場合 hg(adaggerb + abdagger) やhg(adaggerbdagger + ab)で書かれる相互作用はそれぞれビームスプリッター相互作用パラメトリックゲイン相互作用などと呼ばれる 量子ビットどうしの相互作用については σx otimes σx や σx otimes σy のようなものがあるがこれらはそのまま XX 相互作用や XY 相互作用などと呼ばれる

第 4章 二準位系と電磁波 72

図 42 カルシウムイオンとイッテルビウムイオンのエネルギー準位の一部

鳴においては磁場下で Zeeman分裂した核スピンの二つの状態 |uarr⟩と |darr⟩が二準位系となる核スピンといってもそれ単体であるわけではなくなんらかの分子の中のリン原子や水素原子なりの原子核(水素原子の場合は単に陽子)の核スピンを扱うことが多い分子が溶け込んだ溶液に対して 1 T程度の磁場を印可し数十MHzほどのZeeman

分裂をした核スピン自由度に対して対応する周波数のRF磁場を印可することで二準位系と電磁波の相互作用が実装される使用する分子によって核スピンの数やコヒーレンス時間は変化するがコヒーレンス時間に関しては測定が困難なほど長いものもあるこれは核スピンというものが物質の中でも非常によく外界から隔離されたものであることを意味している

原子における二準位系

中性原子気体あるいは原子イオンを用いた系はその内部構造の豊富さから多様な二準位系の構成が可能であるここでは特に原子イオン系でよく用いられる光領域で動作するものとマイクロ波領域で動作するものについて紹介しようなお以下の説明で超微細構造というものが出てくるがこちらに関しては付録 Dを参照してほしいまず光領域で動作する二準位系の説明のために例としてカルシウム(Ca)原子(一

価)イオンのエネルギー準位を図 42に示すアルカリ土類金属原子であるCaイオンは最外殻電子が一つであり中性アルカリ金属原子と同様に基底状態が S状態であり寿命が数ナノ秒程度の励起状態であるP状態への電気双極子による光遷移を有するそのほかにD状態もありこれは寿命が 1秒程度と長いため準安定状態とみなされるD状態から P状態への光学遷移も許容されているがS状態と D状態のあいだの光学遷移は電気四重極子遷移と呼ばれ双極子遷移により許容されていないため非常に弱い遷移でかつ特殊な光の照射の仕方をしなければならないしかしながらこの光学遷移を用いる事で S状態を基底状態 |g⟩D状態を励起状態 |e⟩として扱うことができるマイクロ波領域で動作する二準位系の説明にはイッテルビウム(Yb)原子(一価)

第 4章 二準位系と電磁波 73

図 43 量子ドットの励起子(左)と量子ドットに閉じ込められた電子(右)破線はFermiエネルギーを模式的に書いたもの

イオンが適切だろうYbイオンの基底状態は S状態でありかつ核スピンが 12であるこれより基底状態の超微細構造は F = 0と F = 1の二つであり微細構造分裂は周波数にして 126 GHz程度となっているF = 0の状態はmF = 0という一つの状態しかなくF = 1の状態はmF = minus1 0 1の三つとなっておりF = 0の状態を基底状態 |g⟩F = 1の状態のひとつを励起状態 |e⟩とし126 GHzのマイクロ波を照射するあるいは光のRaman遷移を用いる事によって二つの状態間を遷移させることができるこの超微細構造を用いた二準位系の場合にはどちらの状態も基底状態であるから寿命はほとんど無限と思ってよいほどの長さになる7原子あるいは原子イオンを用いると非常に寿命の長くかつ全く性質の同じ二準位系

を多数用意できるという点が利点として挙げられるただし原子が周囲の気体と衝突するとよくないので超高真空(10minus10 Pa程度)にする必要がありかつ集積性や系の安定性に関して課題を抱えている

固体量子欠陥における二準位系

金属でない個体中の原子が一つ抜けているような欠陥は量子欠陥と呼ばれバルクの個体とは異なる光学遷移を有することが知られているこの光学遷移がバンドギャップ内にあるためにこれをコヒーレントに駆動することが可能であるため量子技術に有用な二準位系を作ることができるものとして着目される

第 4章 二準位系と電磁波 74

光学的に制御される半導体量子ドットにおける二準位系

半導体の結晶成長技術は原子一層ずつの積層すら可能にしこの成膜技術を駆使することによりバンドギャップの小さい物質(例えば InAs)のナノメートルサイズの領域をバンドギャップの大きな物質中(InAsに対してGaAsなど)に作製することが可能であるこのバンドギャップの小さい物質のナノメートルサイズの領域を量子ドットと呼びそこには単一あるいは二つの電子が捕獲されることからこの電子の光学遷移およびスピン状態の量子レベルでの制御が着目されている量子ドットを 1次元的に概念図にしたものが図 43である量子ドット中の電子は十

数ナノメートルの空間に局在したいていの場合単一の電子のみが量子ドット中に存在することになる量子ドットの ldquo伝導帯rdquoにも電子の存在できるエネルギー準位(寿命は数百ピコ秒)がありこの ldquo価電子帯rdquo= |g⟩から ldquo伝導帯rdquo= |e⟩へ電子が遷移することによる素励起を励起子というこの光学遷移が量子ドットの主たる光学遷移およびそれに対応する二準位系になるまた価電子帯で閉じ込められた電子自身のスピン自由度も二準位系として用いる事

ができる(図 43右)数 Tの磁場のもとでスピンのコヒーレンス時間が数マイクロ秒程度あるため誘導Raman遷移などの光学的な手法によってこのスピン状態を量子的に操作することが可能であるとくに半導体はバンドギャップの制御によってこの量子ドットの光学遷移の波長が紫

外域から近赤外光まで幅広く変化させることができる点が魅力的であるまた半導体の微細加工技術を活用すると量子ドットをフォトニック結晶共振器中に配置し強く結合させることも可能である

超伝導回路における二準位系

詳細は 92節で述べるが超伝導体でキャパシタと Josephson接合(量子トンネル効果が顕著となるくらい微細なキャパシタ構造)の並列回路を作るとこの回路は非線形LC共振器としてふるまう非線形な LC共振器の基底状態から第一励起状態までと第一励起状態から第二励起状態までの遷移エネルギーが異なることを利用してこの回路の基底状態を |g⟩第一励起状態を |e⟩とする二準位系を構成することが可能であるこの遷移エネルギーは設計にもよるが数 GHzから 20 GHz程度まで多様であるまた超伝導回路は設計次第で電磁波と量子ビットの結合強度を非常に強くすることができ強分散領域という結合領域にも容易に到達できるという利点もある

441 自然放出と誘導放出二準位系に電磁波が関与する過程としてここでは自然放出と誘導吸収誘導放出と

いう二つの過程を紹介しておこうまず自然放出(spontaneous emission)は二準位

7一応磁気双極子遷移であるとして寿命を見積もることはできるが何万年とか何億年とかの寿命が算出される

第 4章 二準位系と電磁波 75

系を励起状態に用意した際に何もしなくても励起所状態から基底状態に遷移してしまいその時に遷移周波数に対応する電磁波を放出するという現象である電子が原子核からの復元力をうけて振動しているというような古典的な原子の描像でいうと電子の振動が電磁場の振動つまり電磁波を発生させてエネルギーを失っていくようなイメージであるもちろんこの状況で電子はどんどんエネルギーを失って原子核に ldquo落ちてrdquo行ってしまうがそうならないというのが古典力学の不十分さと量子論の必要性を浮き彫りにしている量子論ひいては量子力学では原子のなかで離散的なエネルギーの状態しか取れないため量子的な描像では励起状態にある原子が基底状態に遷移しそのときに対応するエネルギーの光子が一個飛び出るということになるこの時に放出される電磁波の位相は完全にランダムでありこのランダムさがのちに導入する位相緩和に自然放出が寄与を持つ理由であるまた自然放出が起こる理由は二準位系の遷移周波数に対応する周波数の電磁波の真空ゆらぎが二準位系の遷移に作用しこの直後に述べる誘導放出を引き起こすためと考えてもよい自然放出と対照的なのが誘導吸収(induced absorption)と誘導放出(induced emis-

sion)であるこれらは電磁波が二準位系に照射された時に光子が基底状態の二準位系に吸収される過程と励起状態の二準位系が光子を照射された電磁波の位相に従って放出する過程である誘導吸収と誘導放出は逆過程であるため同じ頻度で起こるしたがって連続的な電磁波をいくら強く当てても二準位系の占有確率が励起状態のみになるということはなく定常状態ではせいぜい基底状態と励起状態の占有確率が半々になる程度である自然放出もあわせると定常状態での励起状態の占有確率は 05以下になることがわかるのちにRabi振動やRamsey干渉といった現象で見るように誘導放出と誘導吸収は照射された電磁波の位相と二準位系の量子状態がきれいに対応するような過程(コヒーレントな過程)である

76

第5章 二準位系のダイナミクスと緩和

51 Bloch方程式と緩和511 Bloch方程式前節では量子ビットがスピン 12系と等価であることを見たスピンの基本的なダ

イナミクスは量子技術の観点では電磁波との相互作用により引き起こされるあるいは周囲の環境との相互作用による量子ビットの緩和もまた考えなければならない1946年には Felix Blochが印加磁場まわりのスピン (より正確には磁化)の歳差運動を記述する方程式を見出したこの Bloch方程式は基本的に核磁気共鳴や電子スピン共鳴のような実際のスピン系におけるダイナミクスを記述するものであるしかしながら1957年Richard P Feynmanは仮想的なスピン 12系である量子ビットのダイナミクスに関してもこのBloch 方程式が適用可能であることを見出した本節ではまず量子ビットに対する密度演算子を導入しそのスピン 12系との対応そして密度演算子のダイナミクスを与えるマスター方程式について述べるさらに具体的なケースとして量子ビットに関する Bloch方程式を導出しよう密度演算子 ρは単一の量子状態 |ψ⟩で表される純粋状態 ρ = |ψ⟩ ⟨ψ|だけでなく

いくつかの量子状態 |ψi⟩を確率 pi で取るような混合状態 ρ =sum

i pi|ψi⟩⟨ψi|をも表現することができる点でketベクトルよりも一般的な量子状態を記述できるここでは|ψ⟩ = cg|g⟩+ ce|e⟩の密度演算子

ρ = |ψ⟩⟨ψ|= ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=

(|ce|2 clowastgce

cgclowaste |cg|2

)(511)

を主に考えていこうこの密度演算子のダイナミクスはどのようなものであろうかこれを見るためにSchrodinger表示の状態ベクトル |ψ(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψ⟩ = Ut |ψ⟩が系の HamiltonianHに従って時間発展するとしようすると密度演算子 ρ(t) = UtρU

daggert の

時間微分はdρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) + i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (512)

と計算されLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (513)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 77

を得るここで密度演算子に対する Liouville-von Neumann方程式 (513)と演算子Aに対するHeisenberg方程式 ihpartApartt = [AH]の違いに注意したい次に量子ビットが電磁波(とくに断らない限り電気双極子遷移を用いた量子ビットを

イメージすればよい)で駆動(よく driveという)されているような状況を当面は後に導入する緩和を抜きに考える駆動された量子ビットの Hamiltonianは付録 Cにもあるような方法で次のように与えられる

H =hωq2σz +

2(σ+e

minusiωdt + σminuseiωdt) (514)

ここで電場の振幅Edを用いてΩ = microEdというパラメータを導入したSchrodinger表示ではHamiltonianは指数関数の肩に乗って量子状態を時間発展させるのでこのパラメータは量子ビットの状態遷移のタイムスケールに関与するであろう回転系への変換(付録 B参照)をユニタリ行列 U = exp[i(ωd2)σzt]によって施すと

H =h∆q

2σz +

2(σ+ + σminus) (515)

となるここで離調(detuning)∆q = ωq minus ωdを定義したこれを Louville-von Neu-

mann方程式(513)に代入し|g⟩や |e⟩で挟んで ρij = ⟨i| ρ |j⟩を評価することで次の式を得る

dρeedt

= iΩ

2(ρeg minus ρge) (516)

dρggdt

= minusiΩ2(ρeg minus ρge) (517)

dρegdt

= minusi∆qρeg minus iΩ

2(ρgg minus ρee) (518)

dρgedt

= i∆qρge + iΩ

2(ρgg minus ρee) (519)

ここでsx = ρge + ρeg sy = minusi(ρge minus ρeg) sz = ρee minus ρgg

によって仮想的なスピン成分に対応する量を定義しようなぜこれがスピン成分と思えるかというと密度演算子が

ρ = ρgg|g⟩⟨g|+ ρge|g⟩⟨e|+ ρeg|e⟩⟨g|+ ρee|e⟩⟨e|

=1

2(I + sxσx + syσy + szσz) (5110)

と書けるからであるこれらの量を用いる事で上記の微分方程式の組が次のようにまと

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 78

められるdsxdt

= minus∆qsy

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz

dszdt

= Ωsy

lArrrArr d

dt

sxsysz

=

Ω

0

∆q

times

sxsysz

lArrrArr ds

dt= B times s

これが Feynmanの見出した緩和なしの量子ビットに対する Bloch方程式でありたしかに最後の式は ldquo磁場rdquoB = (Ω 0∆q)の周りを ldquoスピンrdquosが歳差運動するような形となっている

512 緩和がある場合のBloch方程式マスター方程式(master equation導出については付録 E参照)はLiouville-von

Neumann方程式に緩和(relaxation)を取り込む点でもう少し一般的なプロセスを記述できる緩和のダイナミクスは緩和を表す演算子Λおよびそれを用いた Lindbladian

あるいは Lindblad superoperator

L(Λ)ρ = 2ΛρΛdagger minus ΛdaggerΛρminus ρΛdaggerΛ (5111)

を Liouville-von Neumann方程式に導入することで表される緩和に関して自然放出(spontaneous emission)など環境の温度によらないレートを Γ熱浴(thermal bath

あるいは単に bath)の温度に依存するレートを Γprimeとすると一般的なマスター方程式は次のようなものである

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(

radicΓ + ΓprimeΛ)ρ+

1

2L(

radicΓprimeΛ)ρ (5112)

環境の温度によって決まるレート Γprimeだが大抵の場合は量子ビットの遷移エネルギーhωqに対して十分小さなエネルギースケールまで量子ビットの置かれる環境の温度 T を冷却する(kBT ≪ hωq)ためΓに対して十分小さくなり無視できる環境温度によらない緩和としてここでは二つの緩和を考えるひとつは自然放出あるいは縦緩和(longitudinal relaxation)と呼ばれるこれは励起状態 |e⟩の寿命が有限であることに起因しL(

radicΓ1σminus)という Lindbladianで表されるもうひとつは位相緩和(dephasing)

あるいは横緩和(transverse relaxation)と呼ばれその原因は電磁場環境のゆらぎなど多岐にわたる位相緩和は L(

radic2Γ2σz2)という Lindbladianによって表現される

これらの緩和を考慮に入れると量子系を取り扱ううえで最も基本的なマスター方程式が得られる

dt= minus i

h[H ρ] +

1

2L(radic

Γ1σminus)ρ+1

2L(radic

Γ2σz)ρ (5113)

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 79

図 51 縦緩和あるいは自然放出によるBloch球の変化(左)と横緩和あるいは位相緩和によるもの(右)

Bloch方程式を導いた時と同様に密度演算子の成分ごとの方程式に書き直して sx sy sz

としてまとめることで緩和を含んだ Bloch方程式が得られるdsxdt

= minus∆qsy minusΓ1 + 2Γ2

2sx (5114)

dsydt

= ∆qsx minus Ωsz minusΓ1 + 2Γ2

2sy (5115)

dszdt

= Ωsy minus Γ1(sz + 1) (5116)

lArrrArr ds

dt= B times sminus

Γ1+2Γ2

2 sxΓ1+2Γ2

2 sy

Γ1(sz + 1)

(5117)

とくに今の場合には Γprimeの効果を無視しているこの近似は光周波数(波長 1 micromならばおよそ 300 THz)領域の量子ビットが室温環境(kB times 300 K≃ h times 6 THz)で扱われる場合に特によく成り立つことから光学的Bloch方程式(optical Bloch equation)とも呼ばれる上の方程式から見て取れるようにΓ1は励起状態 |e⟩から基底状態 |g⟩への遷移のレートを表している1この過程は自然放出と呼ばれるがこれは照射された電磁波による誘導放出ではなく真空場による誘導放出と考えることができる余談だが二準位系の緩和レート Γが純粋に真空場による誘導放出によるものすなわち自然放出過程によるものとみなせる場合二準位系の遷移双極子モーメント microと次の関係式

1Γ2 = 0sz(t = 0) = 1に関して Bloch方程式を解いてみよ励起状態の占有確率の指数関数的な減衰がみられるはずである

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 80

図 52 離調がない場合(左)とある場合 (右) のRabi振動

が成り立つ

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(5118)

Γ2 で表される緩和は占有確率の変化を引き起こさないがBlochベクトル (sx sy sz)

のうち sxと syを ldquo縮めるrdquo効果を持つ (図 51)これは結果として量子ビットが重ね合わせ状態などに関する位相の情報を失っていくことを意味しておりそれゆえに位相緩和と呼ばれる自然放出による位相緩和も含めた Γ1 + 2Γ2がトータルの位相緩和レートとなるためΓ2はとくに純位相緩和レート(pure dephasing rate)と呼ばれることもある

52 Rabi振動さて電磁波による駆動と緩和のもとでの量子ビットのダイナミクスを記述する方

程式が得られたため実際にどのような振る舞いになるかを見てみようといってもBloch方程式を解析的に解くのは特殊な場合を除いて簡単ではないためまず理想的な場合として離調がなく (∆q = 0)緩和もない(Γ1 = Γ2 = 0)状況を見てみようこの時の Bloch方程式は

dsxdt

= 0dsydt

= minusΩszdszdt

= Ωsy

となり初めに量子ビットが基底状態にある(sz(t = 0) = minus1)という初期条件のもとで sx = 0sz = minus cos (Ωt)sy = sin (Ωt)という解が得られるこの解ははじめ |g⟩にあった Blochベクトルが (Ω 0 0)つまり Bloch球でいうと図 52の左側のように x

軸まわりに回転することを意味しているΩは Rabi周波数(Rabi frequency)と呼ば

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 81

図 53 Rabi振動における |e⟩の占有確率左 自然放出がないとしたときの様々な離調 δに対する振る舞い右 離調がないとしたときの様々な自然放出レートに対する振る舞い数値計算にはQuTiP [6]を用いた

れるが見ての通り Blochベクトルが回転する周波数になっているRabi周波数には駆動電場と Ω = microEd2hという関係があるので駆動電場をオンにしている時間と強度によって回転角が決まるつぎにもう少し複雑な状況を考えるべく離調がゼロでない∆q = 0場合を見てみよう

このときにはBlochベクトルが (Ω 0∆q)というx軸から角度 θ = arctan (∆qΩ)だけ傾いたベクトルの周りに回転することになる(図 52の右側)つまり|e⟩の占有確率は離調がゼロの時のように 1には至らずかつベクトル (Ω 0∆q)の長さΩprime =

radicΩ2 +∆2

q

で占有確率が振動する(図 53左)この Ωprimeを一般化 Rabi周波数(generalized Rabi

frequency)ともいう最後にΓ1と Γ2がゼロでない場合つまり緩和がある場合を考えようこのときに

はRabi振動は緩和によって振幅を失っていきszはある値に収束するこの値は駆動の強さと緩和の強さがバランスすることによって決まり定常状態を解析することで得られるダイナミクス自体は通常QuTiP [6]などの数値計算パッケージを用いて図 53

右のように解析することができる

53 Ramsey干渉もうひとつ量子ビットのダイナミクスを利用した量子力学的現象に Ramsey干渉

(Ramsey interference)というものがあるRamsey干渉においては量子ビットはまず|g⟩と |e⟩の重ね合わせ状態にされある時間ののちに異なる位相を獲得した |g⟩と |e⟩が再び干渉しldquo干渉縞(interference fringe)rdquoが現れるRamsey干渉は量子ビットの位相(sxsy成分)の時間発展を知りたい場合に便利な現象でありこれをBloch球とBlochベクトルを用いて理解することが本節の目標である初めにRabi振動において回転角が π2となるようパルス幅∆t = π2Ωの共鳴電

磁波を照射するこれを π2パルスと呼ぶこれによってはじめ |g⟩にあったBlochベ

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 82

クトルは (|g⟩ minus i |e⟩)radic2に移される(図 54左)その後ある一定時間 τ我々は何も

せず量子ビットは自由に時間発展をする環境に何もノイズがなければBlochベクトルはこの間なにも変化を受けないが現実には様々な環境由来のノイズによってBloch

ベクトルが時間発展をする(図 54中央)そして最後に再び π2パルスを照射するとxy平面内の時間発展が xz平面に移される(図 54右)ここに至り量子ビットの位相の時間発展を szすなわち量子ビットの基底状態あるいは励起状態の占有確率に転写することができたもし一切の緩和や位相のドリフトがなければ最後の π2パルスによって sz = 1が得られるが位相緩和がある場合には τ が長くなるにつれて sz

が(量子ビットの遷移周波数の回転系では)指数関数的に減衰しゼロへ収束し駆動電磁波の強度ゆらぎなどによる位相ドリフトがある場合にはτ に対し位相ドリフトに特徴的な時間スケールで sz が変動する

54 スピンエコー法スピンエコー法(spin-echo)とはある一定の条件下で上記のような位相ドリフト

の効果を打ち消すような量子ビットの制御シークエンスのことである基本的なアイデアはシンプルである位相ドリフトはBloch球上での z軸まわりの回転とみることができるがもし位相ドリフトが十分ゆっくりであればRabi振動で回転角がちょうど π

となる πパルスを量子ビットに作用させることで位相ドリフトを「巻き戻す」ことができる例えば精密な πパルスを作用させたいときに少量の z軸まわりの回転が入り込んでしまうとそれが πパルスの精密さに限界を与えてしまうスピンエコー法はこのような場合に z軸まわりの回転の影響をキャンセルするのに有用であるこのためにスピンエコー法では本来 πパルスであるべき制御シークエンスを時

間 τ だけ間隔をあけた二つの π2パルスに分割し二つのパルスのちょうど中間τ2だけ経過したタイミングに π パルスを挿入するはじめ量子ビットが |g⟩にあるとすると初めの π2パルスで |minusi⟩状態に遷移しその後 τ2だけ位相ドリフトが生じる(図 55上段左中央)次の πパルスによって y軸まわりにBlochベクトルが回転し

図 54 Ramsey干渉の概略

第 5章 二準位系のダイナミクスと緩和 83

図 55 スピンエコー法の概略

た後再度 τ2だけ位相ドリフトが起こるとシークエンス全体としての位相ドリフトがキャンセルされて |minusi⟩状態に戻っていることがわかる(図 55上段右下段左)最後に π2パルスを作用させることで当初の目的であった |e⟩への精密な πパルスを実現できるということになる(図 55下段中央)上記の説明ではπパルスなどが有限の時間かかることによる追加の位相ドリフトに関して簡単のため無視したが実際の実験ではパルス幅の調整により位相ドリフトが全体でキャンセルされるようにキャリブレーションを行うというのが実情であろう

84

第6章 調和振動子

61 Fock状態光音モノの振動など我々が日常で見る波は物理の言葉では様々な媒体の調和

振動(harmonic oscillation)として理解されている調和振動はしばしば正準変数 qとpによりHamiltonian

H =p2

2m+

1

2mω2q2

によって記述される1ここでmは質量ωは調和振動の固有(角)周波数である量子力学的な描像に移るためにq rarr qprarr p = (hi)ddqと演算子に置き換えるハット記号は混乱がない限り省略する消滅演算子を a =

radicmω2h [q + (imω)p]と定義すれば上記のHamiltonianは

H = hω

(adaggera+

1

2

)(611)

と書きかえられこのHamiltonianの固有状態 |n⟩ n = 0 1 2 middot middot middot は Fock状態と呼ばれる|n⟩の nは調和振動の振動量子が何個あるかを表すためFock状態は数状態と呼ばれることもあるFock状態は完全正規直交系をなすさらに |n⟩は平均の量子の数が n個量子の数

のゆらぎがゼロの状態であるこういった性質と物理的なわかりやすさからFock状態は様々な量子状態を展開する基底としても重要な役割を果たす

62 コヒーレント状態Fock状態は調和振動子のHamiltonianの固有状態であるが現実世界でFock状態を

目の当たりにすることは容易ではない日常で目にする調和振動といえば振り子のように単一の振動数での正弦波で書かれる現象を想像するだろうではどのような量子状態がもっともこの正弦波的な(言い換えると「古典(力学)的な」)振動に近いものだろうか古典力学的な振動は通常外力による駆動つまり強制振動によって誘起されるので量子力学的な強制振動を考えその結果として生成される量子状態が求めるものに近いであろうと期待される

1光は質量をもたずこの Hamiltonianでは記述できないが調和振動として記述できることには変わりない

第 6章 調和振動子 85

調和振動子の外力による駆動はビームスプリッタ(beam splitter)相互作用Hd =

ihΩ(badagger minus bdaggera)により調和振動子にエネルギーを供給することで可能となるここで a

は先ほどもあった駆動したい調和振動子の消滅演算子bは駆動のための場の消滅演算子でありbも aと同様調和振動子として書かれる駆動場はふつう非常に強いものを考えるのでこれを演算子ではなく古典的な振幅を表すただの数 βで置き換えよう2駆動の時間を τ としα = Ωβτ と定義すると相互作用自体はHd = ih

[(ατ)adagger minus (αlowastτ)a

]となりこれによる時間発展演算子は次のようになる

D(α) = eminusiHdhτ = eαa

daggerminusαlowasta

このユニタリー演算子 D(α)は変位演算子(displacement operator)と呼ばれるこれがなぜ変位演算子と呼ばれるかを明らかにするためまずD(α)のいくつかの重要な性質を見ようまず真空 |0⟩が強制振動により |α⟩ def

= D(α) |0⟩という状態になったとしようするとこの |α⟩は古典力学的な振動の量子版となっていることが期待される天下り的ではあるがaを |α⟩に作用させてみよう

a |α⟩ = aeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= aeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggereminusα

lowastaeminus|α|22 |0⟩

= αeαadaggerminusαlowasta |0⟩

= α |α⟩ (621)

2行目と 4行目ではBaker-Campbell-Hausdorffの公式 eAeB = eA+B+[AB]2 を用いた3行目では aeαa

dagger の指数関数部分を Taylor展開して交換関係 [a adagger] = 1を繰り返し用いeαadaggera+αeαa

dagger となることを用いたこれら二つの項のうち第一項は |0⟩に作用するとゼロとなることにも注意したいこうして量子状態 |α⟩は消滅演算子 aの固有状態でかつ固有値が αであることがわかるこれによってq =

radic2hmω(a+ adagger)2と p =

radic2mhω(aminus adagger)2iの期待値の計算が

容易にできるようになった実際a |α⟩ = α |α⟩と ⟨α| adagger = ⟨α|αlowastを用いると

⟨q⟩ = ⟨α| q |α⟩ =radic

2h

α+ αlowast

2=

radic2h

mωRe[α] (622)

⟨p⟩ = ⟨α| p |α⟩ =radic2mhω

αminus αlowast

2i=

radic2mhωIm[α] (623)

となるさらに qと pの分散も計算したいが⟨α| aa |α⟩ = α2⟨α| adaggera |α⟩ = |α|2そ

2ここで勘のいい読者はこれは循環論法になっていることに気が付くと思う論理的にきっちりやるのであれば例えばコヒーレント状態を消滅演算子の固有状態と定義してしまうのが常道だが著者はあえて物理的な意味の分かりやすい説明をしたいと思う

第 6章 調和振動子 86

して ⟨α| aadagger |α⟩ = |α|2 + 1に留意すると次の表式を得る

∆qdef=

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radic2h

α2 + αlowast2 + 2|α|2 + 1minus α2 minus 2|α|2 minus αlowast2

4

=

radich

2mω (624)

∆pdef=

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radic2mhω

minusα2 minus αlowast2 + 2|α|2 + 1 + α2 + αlowast2minus 2|α|24

=

radicmhω

2 (625)

さて位相空間(qp平面)を考えると|α⟩が点 (radic(2hmω)Re[α]

radic2mhωIm[α])を

中心に q方向にradic(h2mω)p方向に

radic(mhω2)の分散を持った分布となっているこ

とがわかるちなみに後のWigner関数の節でみるようにこの分布は Gauss分布となっており∆q∆p = h2つまり |α⟩は最小不確定状態となっている古典力学的な振動は回転座標系では位相空間上の一点であったことを思い出すとたしかに |α⟩は古典力学的な正弦波的振動の量子版であるといえるだろう|α⟩は位相空間上での偏角も有限の期待値を持つような状態でありそれゆえにコヒーレント状態(coherent state)と呼ばれる3|α⟩ を Fock 状態で展開した係数 An について考えてみよう|α⟩ =

suminfinn=0An |n⟩

a |α⟩ = α |α⟩ からただちに An+1 = αAnradicn+ 1 という漸化式が得られこれより

An = αnA0radicnと求まるこれで |α⟩ =

suminfinn=0(α

nradicn)A0 |n⟩と書けるのだが残っ

たA0については規格化条件 ⟨α |α⟩ = 1からA0 = eminus|α|22と決まるすなわち最終的に

|α⟩ =infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩ (626)

を得る各係数の二乗はコヒーレント状態の数分布であり

Pn =|α|2n

neminus|α|2 (627)

数分布の分散は

∆ndef=

radic⟨(adaggera)2⟩ minus ⟨adaggera⟩2 = |α| (628)

となりPnと併せてコヒーレント状態の数分布が Poisson分布になっていることがわかる

3ldquocoherentrdquoという単語は ldquoco-hererdquoつまり「一貫したまとまった」という意味を持つつまり専門用語ではないので日常会話で coherentという単語が出てきても「おっ物理専攻かな」とそわそわしてはいけない

第 6章 調和振動子 87

63 スクイーズド状態光と物質の相互作用はとても多様で線形な応答を示す現象だけでなく非線形な光学

効果が種々存在する頻繁に目にする非線形性は例えば二次の非線形光学効果のもととなる χ(2)非線形性でHamiltonianには ihg(aaadagger minus adaggeradaggera)のように演算子の 3次の項が入るまた三次の非線形光学効果に寄与する χ(3)非線形性はHamiltonianに演算子の 4次の項が現れるこういった非線形な項に対してちょうど前節の冒頭でやったように一つあるいは二つの演算子をコヒーレントに駆動しただの数に置き換えるといわゆるスクイージング(squeezing)Hamiltonian

Hs = ihr

2τ(eiϕa2 minus eminusiϕadagger

2) (631)

およびこの Hamiltonianによる時間発展を表すスクイージング演算子(squeezing op-

erator)S(r) = eminusi

Hshτ = e

r2(eiϕa2minuseminusiϕadagger

2) (632)

が得られる任意の量子状態に対するスクイージング演算子の作用を計算するのは難しいがコ

ヒーレント状態に対しての作用は比較的容易に計算できかつスクイージング演算子の性質を垣間見ることができるこれを見るためにSdagger(r)aS(r)という量を計算してみようBaker-Campbell-Hausdorffの公式と S = (ra2 minus rlowastadagger

2)(ただし r = reiϕ2)を

用いることでSdagger(r)aS(r)は次のように計算されるSdagger(r)aS(r) = eminusSaeS

= aminus[S a

]+

1

2

[S[S a

]]minus 1

3

[S[S[S a

]]]+ middot middot middot

= a+1

222|r|2a+ 1

424|r|4a+ middot middot middot

minus 2rlowastadagger minus 1

323rlowast|r|2adagger minus 1

525rlowast|r|4adagger minus middot middot middot

= ainfinsumn=0

|2r|2n

(2n)minus adagger

rlowast

|r|

infinsumn=0

|2r|2n+1

(2n+ 1)

= a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r (633)

これによって |r α⟩ def= S(r) |α⟩で qと pの期待値を計算することができ

⟨q⟩ def= ⟨r α| q |r α⟩

=

radich

2mω⟨α|Sdagger(r)(a+ adagger)S(r) |α⟩

=

radich

2mω(α cosh r minus αlowasteminusiϕ sinh r + αlowast cosh r minus αeiϕ sinh r)

=

radich

2mω[(α+ αlowast) cosh r minus (αeiϕ + αlowasteminusiϕ) sinh r] (634)

第 6章 調和振動子 88

および

⟨p⟩ def= ⟨r α| p |r α⟩

=

radicmhω

2[(αminus αlowast) cosh r + (αeiϕ minus αlowasteminusiϕ) sinh r] (635)

が得られるさらに分散を計算するために langq2rang def= ⟨r α| q2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)q2S(r) |α⟩

と langp2rang def

= ⟨r α| p2 |r α⟩ = ⟨α|Sdagger(r)p2S(r) |α⟩ を評価しようSdagger(r)q2S(r) はたとえば Sdagger(r)aaS(r) のような項を含むがS(r)Sdagger(r) = 1 を適切に挟むことによってSdagger(r)aaS(r) = Sdagger(r)aS(r)Sdagger(r)aS(r) = (a cosh r minus adaggereminusiϕ sinh r)2 のように計算が簡単になるこのようにして

∆q =

radic⟨q2⟩ minus ⟨q⟩2

=

radich

2mω(cosh 2r minus cosϕ sinh 2r)

∆p =

radic⟨p2⟩ minus ⟨p⟩2

=

radicmhω

2(cosh 2r + cosϕ sinh 2r) (636)

という最終的な分散の表式にたどり着くこれらの結果から分散の積を計算すると∆q∆p = (h2)

radiccosh2 2r minus cos2 ϕ sinh2 2rであり ϕ = 0または r = 0のときに最小値

h2をとるϕ = 0のとき∆q =

radich2mωeminusr と書けるがこれはもとのコヒーレント状態の

q方向の分散よりも eminusr だけ小さくなっており一方で∆p =radicmhω2er はもとのコ

ヒーレント状態の p方向の分散の er 倍になるつまり状態 |r α⟩は位相空間上でコヒーレント状態 |α⟩が q方向につぶれ p方向に伸びるように ldquo絞られたrdquoように見える特に |r 0⟩ = S(r) |0⟩ def

= |r⟩はスクイーズド真空状態(squeezed vacuum state)と呼ばれるがこれについて Fock状態で書き直してみよう準備として

S(r)aSdagger(r) = a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r (637)

が成立することを式(633)と同様に確かめておくとよいこの左辺はスクイーズド真空状態に作用したときにゼロとなるS(r)aSdagger(r)S(r) |0⟩ = S(r)a |0⟩ = 0これよりスクイーズド真空状態は演算子 a cosh r + adaggereminusiϕ sinh r

def= microa+ νadaggerの固有値ゼロの固

有状態とみることができる|r⟩ =suminfin

n=0Cn |n⟩と書いて microa+ νadaggerを作用させれば漸化式

microradicn+ 2Cn+2 + ν

radicnCn = 0 (638)

が導かれるここで C0 と C1 を求める必要があるが(microa + νadagger)C1 |1⟩ = C1micro |0⟩ +radic2νC2 |2⟩であるから C1 = 0したがって C2n+1 = 0となるC0 = 1

radiccosh rは再び

第 6章 調和振動子 89

規格化条件から決まり

|r⟩ = 1radiccosh r

infinsumn=0

(minus1)neminusinϕ(tanh r)nradic(2n)

2nn|2n⟩ (639)

という表式を得る

64 熱的状態熱的状態(thermal state)は純粋状態ではなくFock状態 |n⟩にある確率が次のよ

うに Boltzmann分布で表される混合状態である

pn =eminusnβhωsuminfinn=0 e

minusnβhω = eminusnβhω(1minus eminusβhω) (641)

ここで β = 1kBT は逆温度kBは Boltzmann定数で T は系の温度である一つの調和振動子の温度というと違和感はあるがこれが温度 T の熱浴と平衡状態にあるときにはこのような熱的状態が実現されるこの熱的状態は密度演算子によって

ρth =

infinsumn=0

pn |n⟩ ⟨n| (642)

と書かれる統計力学でもおなじみの計算により数状態についてその平均値 ⟨n⟩ =suminfinn=0 pn ⟨n| adaggera |n⟩ =

suminfinn=0 npn分散 ∆n =

radic⟨n2⟩ minus ⟨n⟩2 は容易に求まる実際suminfin

n=0 neminusnβhω =

suminfinn=0(minus1hω)(partpartβ)eminusnβhω = (minus1hω)(partpartβ)(1 minus eminusβhω)という

関係を用いることで

⟨n⟩ = eminusβhω

1minus eminusβhω (643)

∆n =

radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩ (644)

となり熱的状態では数分布の分散はその平均値と同程度であることがわかる

65 光子相関調和振動子について何が古典力学的で何が量子的なのだろうか実現されたある状

態はそのくらいコヒーレントなのだろうかこれに対するある程度の答えは本節で導入する二つの相関関数(correlation function)が与えてくれる

第 6章 調和振動子 90

651 振幅相関 一次のコヒーレンス例えば電磁波の電場のような振幅に関する自己相関の量子版は次の一次の相関関数

(first-order correlation function)g(1)によって定められる

g(1)(τ) =

langadagger(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(651)

コヒーレント状態に関してはHeisenberg描像で a(t) = aeminusiωtであるから

g(1)(τ) =

langadaggerarangeminusiωτ

⟨adaggera⟩= eminusiωτ (652)

となりきれいな単色波が自己相関関数として出てくる別の例を考えよう二つのモード a1と a2があるとしその振幅の交差相関関数(cross correlation function)

g(1)12 (τ) =

langadagger1(t)a2(t+ τ)

rangradiclang

adagger1(t)a1(t)ranglang

adagger2(t+ τ)a2(t+ τ)rang (653)

を見てみよう二つのモードがともにコヒーレント状態であればg(1)12 (τ) = eminusiωτ が再び得られるしかしながらFock状態 |n1 n2⟩に関しては g

(1)12 (τ) = 0となってしまう

ことが容易にわかる振幅の相関関数は波動としての干渉効果を表すものであるから|g(1)| = 1のときに波動としての干渉性が最大になりg(1) = 0のときには波動としての可干渉性が全くないと言い換えることができる前者の場合はコヒーレント後者はインコヒーレントともいわれ0 lt g(1) lt 1のときには部分的にコヒーレントなどといわれる

652 強度相関 二次のコヒーレンス強度に関する自己相関の量子版は次の二次の相関関数(second-order correlation

function)g(2)によって定められる

g(2)(τ) =

langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rangradic⟨adagger(t)a(t)⟩ ⟨adagger(t+ τ)a(t+ τ)⟩

(654)

単色光においては langadagger(t)adagger(t+ τ)a(t)a(t+ τ)

rang=langadaggeradaggeraa

rang=langadagger(aadagger minus 1)a

rang=langn2rangminus

⟨n⟩であるから二次の相関関数は次のように書かれる

g(2)(τ) =

langn2rangminus ⟨n⟩

⟨n⟩2= 1 +

(∆n

⟨n⟩

)2

minus 1

⟨n⟩ (655)

したがってコヒーレント状態については∆n =radic⟨n⟩より g(2)(τ) = 1となる熱的

状態に関しては∆n =radic⟨n⟩2 + ⟨n⟩でありτ = 0においては上式が成立するから g(2)(

第 6章 調和振動子 91

0) = 2である一般論としては古典理論で記述可能な状態に対しては g(2)(τ) ge 1となることが知られている古典理論で記述できない状態として Fock状態を考えてみようFock状態 |n⟩は分散がゼロであるからg(2)(τ) = 1minus1n lt 1となるつまりFock

状態は確かに古典的な対応物がなく 純粋に量子的な状態であることが二次の相関関数からわかるこのように二次の相関関数はある状態がいかに量子的であるかの尺度になっている

66 Wigner関数661 導入密度演算子は量子状態のすべての情報を含むが本節ではこれを位相空間上で表現し

たいそこで密度演算子をWeyl変換する

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rangdqprime (661)

W (q p)はWigner関数として知られているものであるWigner関数が実関数であることはただちにわかるが必ずしも非負値を取らなくてもよい点でこれは確率密度分布にはなっていない二つの変数のうち片方について 2πδ(q) =

intinfinminusinfin dpeminusipq を用いて積分することで周

辺分布(marginal distribution)が得られる

W (q) =

int infin

infinW (q p)dp

=1

2πh

int infin

minusinfindp

int infin

minusinfindqprimeeminusipq

primelangq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang=

int infin

minusinfindqprimeδqprime

langq +

qprime

2

∣∣∣∣ ρ ∣∣∣∣q minus qprime

2

rang= ⟨q| ρ |q⟩ (662)

W (q)は明らかに非負である4純粋状態に対してはW (q)が q表現の波動関数を二乗したものであるとみることができるW (p) =

intinfininfin W (q p)dqはどうだろうか少し技

巧的だがintinfinminusinfin |p⟩ ⟨p|dp = 1を二回挿入し ⟨q |p⟩ = eipqh

radic2πhを用いると

W (q) = ⟨p| ρ |p⟩ (663)

であることがわかるつまりこちらの周辺分布W (q)も p表現の波動関数を二乗したものであるとみてよい結局周辺分布はどちらも波動関数の二乗の確率密度関数でありint infin

minusinfinW (q)dq =

int infin

minusinfinW (p)dp =

int infin

infin

int infin

infinW (q p)dqdp = 1

4ρ =sum

|ci|2 |ψi⟩ ⟨ψi|sum

|ci|2 = 1に対して確かめてみよ

第 6章 調和振動子 92

を満たす重複するがWigner関数は負の値を取りうるため確率密度関数ではないが規格化(二

つの変数について積分すると 1を得る)はされているために擬確率密度関数(pseudo-

probability density)とも呼ばれるだからといってWigner関数それ自体の重要性は見逃してはいけないなぜなら古典対応物の存在する量子状態のWigner関数は負の値を取らないことが知られているからだ言い換えればWigner関数の負値は非古典性(nonclassicality)の傍証となるのである

662 Wigner関数の例本節ではいくつかの純粋状態に関してWigner関数を計算してみる純粋状態 |ψ⟩に

対してWigner関数は次のように書かれる

W (q p) =1

2πh

int infin

minusinfineminusipq

primeψ

(q +

qprime

2

)ρψlowast

(q minus qprime

2

)dqprime

663 コヒーレント状態最初の例はコヒーレント状態であるまず初めにコヒーレント状態の q表示 ⟨q |α⟩

を求めておくべきであろう

⟨q |α⟩ = ⟨x|infinsumn=0

αnradicneminus

|α|22 |n⟩

= ⟨x|infinsumn=0

αn

neminus

|α|22 adagger

n |0⟩

= ⟨x| eminus|α|22 eαa

dagger |0⟩

= eminus|α|22 ⟨x| eα

radicmω2h (qminusi

pmω ) |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 ⟨x| eαradic

mω2hqe

minusiα pradic2mhω |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusiαradic2mhω

hi

ddq ⟨x |0⟩

= eminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hq

langxminus α

radich

2mω|0

rang

= Aeminus|α|22 eminus

α2

4 eαradic

mω2hqe

minusmω2h

(qminusα

radich

2mω

)2

= Aeminusmω

2h

(qminusα

radic2hmω

)2

(664)

この計算では eγ(ddq)f(q) = f(x + γ)と ⟨x |0⟩ = Aeminusmω2hq2 を用いた最後の行では簡

単のため αは実数とした

第 6章 調和振動子 93

図 61 コヒーレント状態 |α⟩(左)とその重ね合わせ状態 (|α⟩ + |minusα⟩)2(右)のWigner関数各軸は真空ゆらぎで規格化してある

さてWigner関数を評価するにあたりGauss積分 intinfinminusinfin eminusa(x+b)

2dx =

radicπa(aは

実数bは複素数)に注意すると

Wα(q p) =

radic2A2

radicπmhω

eminusmω

h

(qminusα

radic2hmω

)2

eminusp2

mhω (665)

と計算できるこれは中心が αradic2hmωq 方向の分散が

radichmωp方向の分散がradic

12mhωのGauss分布となっていることがわかるだろうコヒーレント状態のWigner

関数を図 61の左に例示した

コヒーレント状態の重ね合わせ状態

次に|α⟩+ eiθ |minusα⟩という重ね合わせ状態のWigner関数を計算してみようこの計算は先ほどよりも少し長くなるが基本的にはただのGauss積分になり最終的には

W (q p) =Wα(q p) +Wminusα(q p) + Aeminusmωhq2eminus

p2

mhω cos

(2p

radic2h

mωα+ θ

)(666)

となるただし Aは積分の結果出てくる定数であるもともと重ね合わされた二つのコヒーレント状態のWigner関数WαとWminusαに二つのコヒーレント状態の干渉項とでもいうべき第三項が加わっているこの干渉項は図 61の右のように各コヒーレント状態のWigner関数を結ぶ直線に直交する方向の縞構造として現れるこの縞の数はコヒーレント状態の振幅 αに比例して増えていく

Fock状態

Fock状態の波動関数を求めるには特殊関数の知識が必要であるがこれに関しては初等的な量子力学の成書を参照されたいFock状態の波動関数は Hermite多項式を

第 6章 調和振動子 94

図 62 Fock状態 |n⟩のWigner関数

Hn(x) = (minus1)nex22(partnpartxn)ex

22として次のようなものである

|ψn(q)|2 =1

2nn

radicmω

πheminus

mωq2

h Hn

(radicmω

hq

)(667)

|ψn(p)|2 =1

2nn

radic1

πmhωeminus

p2

mhωHn

(radic1

mhωp

)(668)

周辺分布としてこれらを生成するWigner関数は天下り的ではあるが Laguerre多項式 Ln(x) =

sumnj=0 nCj(minusx)jjを用いて次のように与えられる

W (q p) =(minus1)n

πheminus 1

h

(mωq2+ p2

)Ln

(2

h

(mωq2 +

p2

)) (669)

95

第7章 共振器量子電磁力学(cavity QED)

71 Jaynes-Cummingsモデル共振器量子電磁力学系 (cavity quantum electrodynamicscavity QED) 1は電磁場

の共振器内部に二準位系を配置した系(図 )であり共振器光子の量子的振る舞いの研究あるいは共振器内部にある二準位系の制御が可能となる二準位系と単一の共振モードが相互作用するこのような状況は Jaynes-Cummingsモデルにより記述されるJaynes-Cummings Hamiltonianは

HJC =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (711)

であるこのモデルを用いて共振器量子電磁力学系という量子系を操る単純だが強力な舞台を見ていこうはじめに二準位系にも共振器にも緩和がない場合の Jaynes-Cummings Hamiltonian

の固有エネルギーを調べよう共振器光子が n個量子ビットが |ξ⟩ (ξ = g e)のときの合成系の量子状態を |ξ n⟩と書こうHamiltonianの行列要素 ⟨ξprimem|HJC |ξ n⟩を調べるとこのHamiltonianはブロック対角であることがわかるというのも非対角要素を与える σ+a+ adaggerσminusという相互作用(係数は省略してある)が |g n⟩と |e nminus 1⟩のみを繋ぐようなものだからであるそのブロック行列H(n)

JC をあらわに書くと

H(n)JC =

(minus hωq

2 + hωcn hgradicn

hgradicn

hωq

2 + hωc(nminus 1)

)(712)

となるここで一番目と二番目の行列はそれぞれ |g n⟩と |e nminus 1⟩の要素を表しているn ge 1にも注意このブロック行列は固有値λplusmn = hωc(nminus12)plusmn(h2)

radic(ωc minus ωq)2 + 4g2n

を有し量子ビットと共振器が共鳴している ωc = ωq = ω0の場合には

λplusmn = hω0 plusmn hgradicn (713)

と書けるこのように|g n⟩と |e nminus 1⟩の結合によってできる n番目の(励起)状態は 2hg

radicnだけエネルギー間隔のあいた二つの量子状態であり二準位系と共振器の結

合系である Jaynes-Cummingsモデルのエネルギースペクトルは等間隔ではないこのエネルギースペクトルを Jaynes-Cummings ladderともいう

1量子技術においては共振器全般を cavityと呼ぶことが多いが別の業界では cavityといえば虫歯である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 96

図 71 緩和があるときの Jaynes-Cummingsモデルの概念図

72 弱結合強結合領域今度は Jaynes-Cummingsモデルに緩和を取り込んだ系(図 71)について調べよう

量子ビットの自然放出レートを γ共振器から光が失われるレート(単にロスレートともいう)を κとするユニタリ演算子 U = exp[iωadaggerat+ i(ω2)σzt]を用いて Jaynes-

CummingsモデルのHamiltonianを回転系でみると2

HJC =h∆q

2σz + h∆ca

daggera+ hg(σ+a+ adaggerσminus) (721)

ここで離調∆q = ωq minus ω∆c = ωc minus ωを定義したこの Hamiltonianを用いて aとσminusについてのHeisenberg方程式を書き下そう

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus igσminus (722)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus igσza (723)

この方程式において量子ビットが強い励起を受けていないすなわちほとんど基底状態 |g⟩にあるという近似をするとσzをその期待値minus1で置き換えることができるこれによってminusgσzaという厄介な項は+gaとなり扱いやすくなるまた量子ビットがほとんど励起されていないため共振器内部の光子数も小さいであろうしたがって光子数が 0と 1の状態のみを考えることにするこういった近似のもとHeisenberg方程式を行列で書き直すと

d

dt

(a

σminus

)=

(minus(i∆c +

κ2

)minusig

ig minus(i∆q

2 + γ2

))( a

σminus

) (724)

この方程式全体を |e 1⟩に作用させるあるいは Hermite共役をとって状態 |g 0⟩に作用させるなどすると状態の時間発展を表す Schrodinger方程式と類似していることが

2相互作用項 hg(σ+a + adaggerσminus) は場合によっては minusihg(σ+a minus adaggerσminus) という形で現れるがU =exp[i(π2)adaggera]あるいは U = exp[i(π2)σz] というユニタリ変換のもとで等価である

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 97

わかるしたがって右辺の行列の固有値は量子ビット-共振器結合系の固有エネルギーと考えて差し支えない対角化によりその固有値Eplusmnは

Eplusmnih

= minus1

2

[(i∆c +

κ

2

)+(i∆q +

γ

2

)]plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

(725)

と求まり対応する固有ベクトルは

|ψplusmn⟩ =1radicAplusmn

[1

2

[(i∆c +

κ

2

)minus(i∆q

2+γ

2

)]

plusmn

radic[1

2

(i∆c +

κ

2

)minus 1

2

(i∆q

2+γ

2

)]2minus g2

|g 1⟩ minus g |e 0⟩

(726)

であるただし 1radicAplusmnは規格化のための係数であるこれらからわかるように緩和

を考慮することによって固有エネルギーEplusmnは一般に複素数となりその実部はエネルギーを虚部は損失を表すこれは固有状態の時間発展が eminusi(Eplusmnh)tで与えられることからも妥当であろうここまでくれば共振器量子電磁力学系の弱結合領域強結合領域について議論するこ

とができるこれらはEplusmnの実部が同じ値となるか否かによって分けられるのだが簡単のため∆c = ∆q = 0つまり量子ビットと共振器がピッタリ共鳴の場合を考えよう結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも小さいとき系は弱結合領域(weak coupling regime)にあるといわれるEplusmn の表式のうち平方根の中身は正であるため固有エネルギーは縮退している言い換えれば量子ビットと共振器はエネルギースペクトル上で同じ位置にあり線幅のみが異なる緩和に対して結合定数が小さいため一切のエネルギーシフトが起こらないのである代わりにというべきか量子ビットと共振器の緩和レートはもともとの各々のレートから変化する共振器の緩和レートの方が大きい状況κ4 ≫ γ4 ≫ gを考えEplusmnの表式に出てくる平方根を近似的に展開すると

Eplusmnih

= minus1

2

(κ2+γ

2

)plusmn 1

2

(κ2minus γ

2

)[1minus 1

2

g2(κminusγ4

)2]

= minusκ∓ κ

4minus γ plusmn γ

4∓ 1

2

g2

κminusγ4

(727)

と書けるここで Γ+ = E+ihΓminus = Eminusihと分けて書こう

Γ+ = minusγ2

(1 +

g2

γ2κminusγ2

)≃ minusγ

2

(1 +

4g2

κγ

) (728)

Γminus = minusκ2

(1minus g2

κ2κminusγ2

)≃ minusκ

2

(1minus 4g2

κ2

) (729)

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 98

図 72 結合定数に対するロスレートあるいは線幅(左)とエネルギー(右)の依存性およびエネルギーの離調に対する依存性(右)

まず言えることはgをゼロとした時の値からΓ+とΓminusがそれぞれ量子ビットと共振器の緩和レートに対応することであるそして結合定数 gが有限の値をとるとき例えば量子ビットの緩和レートは Fp = 4g2κγのぶんだけ増加するのであるこの緩和レートの増強因子FpをPurcell因子あるいは文脈によっては協働係数(cooperativity)と呼ぶ次に結合定数 gが |κ4minus γ4|よりも大きいときを考えようこの場合には Eplusmnの

表式の平方根の中身が負になりE+とEminusの実部はもはや同じ値ではなくなるこれは量子ビットと共振器が結合した新たなモードが二個あることを意味しており簡単のため∆c = ∆q = 0とすると

Eplusmn = ∓h

radicg2 minus

(κminus γ

4

)2

minus ih

2

(κ2+γ

2

)(7210)

となるこれより直ちにわかるのは量子ビットと共振器が結合してできた二つの新たな量子状態の緩和レートは量子ビットと共振器の緩和レートの平均値となることであるこれは新たにできた量子状態が「半分量子ビット半分共振器」の励起状態であることから当然ともいえるそしてエネルギーシフト∆Eplusmn = ∓hΩ0 = ∓h

radicg2 minus [(κminus γ)4]2

によって二つの量子状態は 2hΩ0だけエネルギー的に分裂することになるがこのエネルギー分裂を真空Rabi分裂(vacuum Rabi splitting)と呼ぶこのように真空Rabi分裂が起こるほど結合定数が大きなパラメータ領域を強結合領域(strong coupling regime)といい図 72には緩和レート(スペクトル線幅)やエネルギーの結合強度や離調に対する振る舞いを示した

73 分散領域前節ではJaynes-Cummingsモデルを量子ビットと共振器がほとんど共鳴的な状況

で調べ強弱結合領域という興味深い状況が現れることが分かったこの節では量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 99

図 73  分散領域における Jaynes-Cummingsモデルのスペクトル特性

子ビットと共振器の間の離調が各々の線幅よりも十分大きいが結合定数も大きいために分散的(dispersive)に結合するような場合に実現されるもう一つの興味深い結合領域をみてみよう再び Jaynes-Cummingsモデルから出発しよう

H =hωq2σz + hωca

daggera+ hg(σ+a+ σminusadagger) (731)

ユニタリ演算子 U = exp[iωcadaggerat+ i(ωc2)σzt]によるユニタリ変換により ωcでまわる

回転系では∆ = ωq minus ωcとしてHamiltonianがHprime = (h∆2)σz + hg(σ+a+ σminusadagger)と

なるここでSchrieffer-Wolff変換(付録 Fを参照)によりこのHamiltonianを近似的に対角化したいユニタリー演算子 eS = exp[(g∆)(σ+aminus σminusa

dagger)]によるユニタリ変換を施し|g∆| ≪ 1のもとでその摂動展開を途中までで切るとHprimeprime = (h∆2)σz +

h(g2∆)(adaggera+ 12)σz となり回転系からもとの系に戻ると

Hprimeprimeprime =hωq2σz + hωca

daggera+hg2

(adaggera+

1

2

)σz (732)

これがしばしば分散 Hamiltonian(dispersive Hamiltonian)と呼ばれるもので当初の目論見通り σzと adaggeraのみによってあらわされているつまり対角化されたものとなっているこれは次の二通りに解釈が可能であるまずはじめに次のように書こう

Hprimeprimeprime =h

2

(ωq +

g2

)σz + h

[ωc +

g2

∆σz

]adaggera (733)

ここには二種類の周波数シフトが見て取れるひとつは量子ビットの g2∆だけの周波数シフトでありこれは共振器の真空場と量子ビットの結合による Lambシフトである一方で共振器のほうにも (g2∆)σzで書かれる周波数シフトがあるこれは量子ビットの状態に依存して光共振器に符号の異なる周波数シフトが起こることを意味しており分散シフト(dispersive shift)と呼ばれるたとえば共振器からもれる光子の量

第 7章 共振器量子電磁力学(cavity QED) 100

を周波数軸上で測定すると量子ビットの基底状態と励起状態の占有確率を反映した量の光子が周波数軸上で二つのピークを形成することになる(図 73左)これらのピークは 2g2∆ gt γであればはっきり分かれたスペクトルを示す次に同じHamiltonianを次のように書く

Hprimeprimeprime = h

[ωq +

g2

(adaggera+

1

2

)]σz + hωca

daggera (734)

この形に書けば今度は Lambシフトのほかに共振器内の光子数に応じて量子ビットの周波数が複数のピークに分裂する(図 73右)ことを意味しているこれらのピークはg2∆ gt κであるときに分解して見えこれを用いた光子数分布の測定の実験が行われている [8]

101

第8章 電磁波共振器と入出力理論

単一の量子系を操るだけであれば強いレーザーやマイクロ波などの電磁波を照射するだけで良い(光子そのものを除く)しかしながら単一の量子系の量子状態を光子に決定論的にすなわち確実に光子に変換することが必要な場合にはその限りではない電磁波の共振器はこのような場面において単一量子系と単一光子の相互作用の増強に用いられるため量子技術全体においても特に重要な構成要素である本節ではこの電磁波共振器の諸性質とその測定の一般論を述べよう具体的な概念としては共振器のQ

値と共振器光子の寿命Fabry-Perot共振器におけるフィネス共振器の内部ロスと外部結合およびその入出力理論による取扱いについて解説する

81 共振器の性質電磁波共振器(electromagnetic resonatorcavityあるいは単に cavity)はその共振

(角)周波数ωcと共振器光子の寿命(lifetime)τcで特徴づけられると考えてよい共振器光子の寿命とはいっても実際に寿命 τcが何秒であるという風に評価することはほとんどなく寿命 τcというよりはその逆数をとった共振器光子のロスレート κc = 2πτc

で考えることが多い電場Ecで考えると角周波数 ωcで振動しレート κc2で減衰する光子数のロスレートが光子数自体によらないという仮定が入っているがこれは光子同士の相互作用が弱いためほとんどの状況において良いモデル化となっている上記のような性質を持つ光共振モードの周波数スペクトル Sc(ω)は指数関数の Fourier変換が Lorentz関数であることから

Sc(ω) prop1

(ω minus ωc)2 + (κc2)2(811)

という形になることが期待されるこれを見るとロスレート κcはこの Lorentzianスペクトルの半値全幅となっていることがわかる(図 81)共振器といえば通常電磁波をある領域に閉じ込めておくものでありその共振モード

の性能を示す指標としてはいかに長時間閉じ込めておけるかというものが挙げられるこれについては Q値(quality factor)とフィネス(finesse)という量があり定義の仕方は異なるが本質的には共振器内の光子の寿命あるいはロスレートに関係した量であるQ値とフィネスの使い分けは簡単であるもののあまり意識されないものであるため後で詳述することにしようもう一つの指標としてはいかに小さな体積に電磁波を閉じ込められるかという指標であるモード体積 V がある42節で取り上げたように

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 102

図 81 電磁波共振器の周波数特性

共振モードの真空ゆらぎは 1radicV に比例するから物質との相互作用を増強するため

にはモード体積を非常に小さくすることが望ましいモード体積については共振器の形状によって決まる量であるがQ値とフィネスにつ

いては場合に応じて時間領域(time-domain)測定か周波数領域(frequency-domain)測定が行われるこの評価方法については後で述べるとしてQ値とフィネスについて説明しよう

811 Q値Q値とは共振モードが示す Lorentzianスペクトルの中心周波数とロスレートの比

Q = ωcκcで与えられる量であるその物理的意味は電磁波の振動周期 τc = 2πωc

とロスの時定数 τloss = 2πκc で書き直して Q = τlossτc と書けば少しわかりやすくなるだろうかこれはロスの時定数の間に電磁波が何回振動できるかを表す量であるこれは暗に共振器内の電磁波が常にロスにさらされ続けることを念頭においているFabry-Perot共振器などの共振器を除いてほとんどの場合にQ値がいい性能指標になると考えてよいQ値はロスがなければ無限大になるものだが実際には様々なロスがあるため有限の

値になるこのとき各種のロスのレートを κi = ωcQiと書いた時にはこれらを合計した共振器のロスレートはsumi κiとなるでは Q値 Qtotの方はどうなるかというとQ = ωcκcで ωcは共通だから

Qtot =

(sumi

1

Qi

)minus1

(812)

となる例えば後に入出力理論でやるような共振器の内部ロスと導波路への外部結合を考慮して実験系を設計するときなどはQ値よりもロスレートの方で考えたほうが計算がやりやすいし物理的な状況もわかりやすい

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 103

図 82 Fabry-Perot共振器とその共振スペクトル

812 フィネス(Finesse)おそらく最も簡単な光共振器は図 82のように合わせ鏡にして光を閉じ込めるFabry-

Perot共振器であろうこの共振器では電磁波がミラーの間を往復して戻ってくるときに電磁波の振動の位相が 2πの整数倍進んでいる時に電磁場が強め合って共振するそれ以外のときは多数回往復したすべての電場の重ね合わせはゼロになってしまうため共振器の内部に電場が存在することができなくなる共振条件は上記の条件を「共振器一周ぶんの光路長が電磁波の波長 λの整数倍である」と読み替えて

2nL = λN hArr ν =c

λ=

c

2nLN (813)

と書けるただしN は自然数であるしたがって周波数軸上で見ると共振モードはc2nLで等間隔に並んでいるこの周波数間隔をFSR(Free spectral range)という共振モードがロスを持つ場合にはこの周波数軸上の194797状のスペクトル一本一本が Lorentz

型になるこの半値全幅 κcが共振モードのロスレートであるところでFabry-Perot共振器のロスの原因は何であろうか電磁波がミラーの間を

往復して飛んでいる時通常用いられる波長の電磁波では空気はほとんどロスの原因にならないロスの主な原因になるのはミラーにおける共振器外への望まぬ散乱とミラーの反射率の不完全さであるつまりFabry-Perot共振器のロスレートは一秒間に何回ミラーによる反射が起きるかに比例するとすると共振器長が長くなればなるほどロスレートが減りQ値は大きくなっていくこのような状況では Q値はロスレートを表す量ではあるもののFabry-Perot共振器の特性を表した量としてはあまり好ましくないこのように光子の寿命ではなくて「共振器内を光子が何往復できるか」で測るべきだろうというときに用いられるのがフィネスF であるこれは共振器の FSRを用いて

F =FSR

κc2π(814)

と書かれる量である1FSR = 2nLcは共振器を一周するのにかかる時間2πκcは電磁波のロスの時定数であるから光子が共振器からいなくなるまでに共振器を何周できるかを表す量であることがわかるだろう

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 104

図 83 反射測定と透過測定の模式図

82 共振器の測定量子系の実験において頻繁に登場する共振器であるがその測定の仕方は物理系に

よってさまざまであるしかしながら電磁波を共振器に入射して何らかの応答を見るという点では本質的にはどの共振器でも同じであるこの事実は次節で導入する入出力理論を用いるとより鮮明になるのだがその準備として本節では共振器の主要な測定方法についてみていこう

821 反射測定と透過測定一般に共振器というものは電磁波を閉じ込める構造になっているのだから共振器外

部から入射する電磁波は逆にはじき返されるしかしながら入射した電磁波のうち一定の割合は共振器の中に入ることになる共振器から跳ね返ってくる電磁波つまり電磁波の反射量を測定すると共振器の共鳴周波数においては反射量が減少するこれを測定するのが反射測定である一方共振器から漏れ出てくる電磁波を測定することもできるこれを測定するのが透過測定であるイメージをつかむためには図 のFabry-Perot共振器の例がわかりやすいだろうスペクトル測定共振器を測定するもっとも一般的な手法はその電磁波応答を周波数軸上で測定する

ことであるより具体的に言うと共振器の反射なり透過なりの信号を入射する電磁波の角周波数 ωを変えながら測定するのである前述の図 にある信号をイメージしてもらえればよいこの手法は共振器の線幅が入射する電磁波のスペクトル線幅よりも太い場合に有効

でありほとんどの実験的な状況ではそのような状況になるしかしながら電磁波のスペクトル線幅が共振器の線幅よりも大きい場合にはスペクトルをとっても電磁波のスペクトルが現れるだけである(逆にこのような状況を利用すれば電磁波のスペクトルを測定できる)そのような場合には次のリングダウン測定と呼ばれる時間領域での測定が用いられる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 105

図 84 リングダウン測定における入射電磁波強度(上)と観測される信号(下)

図 85 実際の測定系の Fabry-Perot共振器(左)リング共振維(中央)LC共振器(右)に関する模式図

リングダウン測定共振器に共鳴する電磁波を入射し続けた状態では定常状態として一定数の光子が

共振器中に蓄積されている状態になるこの状態で突然光を遮るあるいは光の周波数を非共鳴にすると共振器内に蓄積された光子が少しずつ漏れていくことになるこの漏れの時間変化は共振器の周波数スペクトルが Lorentzianであることから共振時に得られていた信号の指数関数的な減衰となって現れるこれはちょうどベルをコーンと叩いてその音の減衰を調べる様子と似ていることからリングダウン測定(ring-down

measurement)と呼ばれる(図 84)リングダウン測定は時間領域で共振器への電磁波を素早く変調しなければならな

いしたがって線幅の太いすなわち減衰の時定数が非常に速い共振器を測定するのは難しい逆に線幅の細い減衰の時定数がとても長い共振器の測定はリングダウン測定によって測定しやすく前節の周波数スペクトルの測定では周波数分解能の問題で測定できないような場合に有用な手法となる

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 106

822 実際の測定系まず光共振器の主な測定方法について概観してみよう代表的なものとしてFabry-

Perot共振器とリング共振器を取り上げるFabry-Perot共振器では図 85左のように二枚のミラーの片方に共振器から漏れ出る光の伝播モードと同じ方向同じビーム径でレーザー光を入射する一枚目のミラーで反射される光を偏光の調節により取り出しディテクタで受け取ることで反射測定が実現されるまた二枚目のミラーから漏れ出てくる光をディテクタで受け取れば透過測定が可能になるこのときの光共振器へ光子が出入りするレートは光共振モードの自由空間への漏れと入射レーザーの空間分布の重なりの良さと光共振器のミラーの反射率依存する空間的な重なりが良ければ良いほど光共振器への入出力レートは高くなりまたミラーの反射率が低ければ低いほど入出力レートが高くなるリング共振器(図 85中央)についてはFabry-Perot共振器でやったような自由空

間からのアクセスは難しいこの場合にはリング共振器の共振モードの染み出し光(エバネッセント光evanescent wave)に着目して光導波路のエバネッセント光をリング共振器に近づけることでリング共振器に光を導入するこのときには光導波路を通る光が共振器に共鳴しているときだけ光導波路の透過光強度が下がるような信号が得られる次に電気回路の共振器について紹介しようまず図 85右にあるような LC共振器回

路を考えるこの一部にキャパシタで結合する配線を追加するとその配線から電磁波を入射して共振器の反射測定を行うことができるさらに似たようなポートをもう一つ作れば片方の配線から電磁波を入射しもう一つの配線へ漏れ出る信号をみるという透過測定が可能になるこの LC共振器への電磁波の導入というのはキャパシタで行う場合もあればインダクタで行う場合もあるこれは LC共振器の電磁波の電場と磁場のどちらにアクセスするかという違いでしかなくその有利不利は共振器の電磁場のプロファイルと設計上の都合を勘案して決められるコプラーナ共振器空洞共振器やループギャップ共振器といった様々な電気回路共振器でも事情はほとんど同じである

83 入出力理論 [17]

831 伝播モードと入出力関係この節では先に述べた反射測定や透過測定において見えるべき信号がどのような

ものかそして見える信号から共振器や入射ポートから共振器への光子の導入のレート(外部結合レート)の情報がどこまで得られるかといったものを計算したいしかしこれまで本書で述べてきた物理系の扱いは共振器や静止した量子ビットといった空間的に局在した系であった本節では空間を伝播する電磁波を扱わねばならず共振器と伝播モード(propagating mode)が出会う境界で成立する条件を有効活用して系を解析しなければならないこの方法を与える入出力理論(input-output theory)とその枠組みで伝播モードと共振モードの境での境界条件を与える入出力関係(input-output

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 107

relation)の導出の仕方を見いくつかの応用例から実際に共振器測定の理屈を学ぶことがここでの目的であるここでは一次元的な伝搬モードの光子の消滅演算子を c(ω)生成演算子を c(ω)daggerと書

いて [c(ω) cdagger(ωprime)] = 2πδ(ωminus ωprime)を要請する生成消滅演算子が周波数に依存した形になっているのは伝播モードである以上周波数の選択性はなく連続的な周波数のモードが存在してもいいからであるこのモードとの結合により共振器の測定をモデル化してみよう

Htot = hωcadaggera+

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω)minus ih

radicκ

int infin

minusinfin

[adaggerc(ω)minus cdagger(ω)a

] (831)

第二項と第三項はそれぞれ伝搬モードのエネルギーと共振器と伝搬モードの結合を表し外部結合レート(external coupling rate)と呼ばれるこの結合レートを κと書く伝搬モードに関するHeisenberg方程式を求めようdc(ω)

dt=i

h[Htot c(ω t)] =

i

h

[int infin

minusinfin

dωprime

2πhωprimecdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+i

h

[minusih

radicκ

int infin

minusinfin

dωprime

[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a

] c(ω)

]=

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime[cdagger(ωprime)c(ωprime) c(ω)

]+

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ[adaggerc(ωprime)minus cdagger(ωprime)a c(ω)

]= minus

int infin

minusinfin

dωprime

2πiωprime(2π)δ(ω minus ωprime)c(ωprime) +

int infin

minusinfin

dωprime

radicκ(2π)δ(ω minus ωprime)a

= minusiωc(ω) +radicκa (832)

一方で共振器に関するHeisenberg方程式はda

dt=i

h[Hs a]minus

radicκ

int infin

minusinfin

2πc(ω) (833)

ここで伝搬モードのHeisenberg方程式を形式的に解くのだが過去の時間 t0 lt tを参照する解 cinと未来の時間 t1 gt tを参照する解 coutの二つがあり得るすなわち

cin(ω t) = eiω(tminust0)c(ω t0) +radicκ

int t

t0

dτeminusiω(tminusτ)a(τ) (834)

cout(ω t) = eminusiω(tminust1)c(ω t1)minusradicκ

int t1

tdτeminusiω(tminusτ)a(τ) (835)

これらを共振器の演算子のHeisenberg方程式に代入するとda

dt=i

h[Hs a]minus

κ

2aminus

radicκcine

minusiΩt (836)

da

dt=i

h[Hs a] +

κ

2aminus

radicκcoute

minusiΩt (837)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 108

図 86 1ポート測定の概略図

が得られるここでMarkov近似によって伝搬モードに関するm重(m ge 2)積分を無視することができ

cineminusiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust0)c(ω t0) (838)

couteiΩt =

int infin

minusinfin

2πeminusiω(tminust1)c(ω t1) (839)

とおいたここで注意しておきたいことがあるcinと coutはいまや周波数で積分された量であるから[

radicHz]という単位を持つしたがって演算子 ninout = cdaggerinoutcinout

は [Hz]の単位を持つ量であり光子の流束(flux)になるそして上記の二つの微分方程式を組み合わせると次の入出力関係が得られる

cout = cin +radicκaeiΩt (8310)

この入出力関係とHeisenberg方程式のセットによって吸収発光スペクトル(absorp-

tionemission spectrum)など実験的に観測される様々な量を計算することができるしばしば回転系にのって cout = cin +

radicκaという入出力関係が用いられる

832 1ポートの測定簡単かつ頻出する状況の計算例として1ポートの共振器測定を考えようこれはリ

ング共振器が一本の光導波路に結合しているような状況や電気回路の共振器に一本だけ電磁波導入用の配線がある場合などに対応するHamiltonianとしては共振器のものH = h∆ca

daggeraを用い伝搬モードの Hamiltonianはあらわに考えなくともよいもし Heisenberg方程式にどのように緩和や結合が入るかがわからなくなったら前節の議論に沿って改めて計算することで正しい表式を得ることができる共振器自体の緩和レートを κin共振器と導波路の結合レートを κexとすれば(図 86)共振器の演算子

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 109

に対するHeisenberg方程式はda

dt= minusi∆caminus

κin2aminus κex

2aminus

radicκexain (8311)

であり入出力関係は aout = ain +radicκexaになる定常状態では dadt = 0から

a = minusradicκex

i∆c +κin+κex

2

ain (8312)

とすることができるこれとこの Hermite共役から共振器内部の光子数 ncav = adaggera

と入力光子の流束 nin = adaggerinainの関係式を得る

ncav =κex

∆2c + [(κin + κex)2]2

nin (8313)

つまり駆動周波数が共振器に共鳴していて共振器自体の緩和が小さいとき共振器内光子数はざっくり入力光子の流束を共振器の緩和レートで除したものになるさらに aの表式を入出力関係に代入すると

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain

=i∆c +

κinminusκex2

i∆c +κin+κex

2

ain (8314)

となる導波路の透過率 T は出力光子数(あるいは流束)と入力光子数(あるいは流束)の比を取ることで計算できるから⟨nout⟩⟨nin⟩ = ⟨adaggeroutaout⟩⟨a

daggerinain⟩をもちいて

T =∆2c +

(κinminusκex

2

)2∆2c +

(κin+κex

2

)2 = 1minus κinκex

∆2c +

(κin+κex

2

)2 (8315)

であるこの式からただちにわかるように透過スペクトルには共振器が Lorentz関数のディップとして現れる(図 88)このスペクトルに関連して共振器と導波路の結合には三つのパラメータ領域があることに言及しておきたいまず導波路との結合(一般に外部結合と呼ばれる)κexが共振器の緩和(内部ロスintrinsicinternal lossと呼ばれる)κinより小さく κex lt κinであるとき共振器と導波路の結合はアンダーカップリング(undercoupling)であるといわれる

aout =

(1minus κex

i∆c +κin+κex

2

)ain (8316)

から式 ⟨aout⟩⟨ain⟩を複素平面(位相空間とみても良い)上にプロットしたものが図 88

の左のものである共鳴時にくるりと位相空間上で円を描く様子がわかるがアンダーカップリングのときには位相空間上で原点に至ることはなく位相変化も πを上回ることはないこれよりアンダーカップリングのときは透過率がゼロまで下がることはなくこれは外部結合が小さく共振器に入ることなく通り抜ける光子が多数あるからであ

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 110

図 87 アンダー(左)クリティカル(中央)オーバー(右)カップリング時の位相空間での信号

図 88 κin = 1のもとでのさまざまな κexに対する分光信号

ると解釈できるκex = κinになるときをクリティカルカップリング(critical coupling)というがこのとき位相空間上でちょうど原点を通るようになりしたがって透過率が共鳴のときにゼロになる(図 88の中央)これは導波路から注入した光がすべて共振器によって消費されて消失していることを意味する共振器のスペクトル幅は κin+κex

になるがクリティカルカップリングのときにはこれが 2κinとなる最後に κex gt κin

のときをオーバーカップリング(overcoupling)というこの時には図 88の右のように位相空間上の円は原点を囲むようになり透過率がゼロにならない位相が 2π回る線幅が太くなる等の特徴があるこの状況は共振器に対して強い外部結合がありガバガバと共振器に光子が入っていくがそのぶんガバガバと共振器から導波路に戻ってきてしまうために共振器で消費されきることがないというふうに理解できる様々な結合領域のときの共振器の透過測定信号を図 87に示した

833 2ポートの測定次の例としてFabry-Perot共振器や配線が 2本ついた LC共振器のような状況を考

えようこの場合の入出力関係はどうなるかというと2つの電磁波入出力ポートでのそれぞれの境界条件として入出力関係を考えれば十分である電磁波を入射するポート

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 111

図 89 2ポート測定の実験系の概略

と等価を測定するポートの外部結合レートをそれぞれ κ1 κ2 として消滅演算子を入射電磁波について ain反射電磁波について aout透過電磁波に対して bout としようHeisenberg方程式は先ほどと同じく

da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus

radicκ1ain (8317)

となるただしここで κ = κin + κ1 + κ2であるこれは共振器光子のロスレートがもともとあるロスレートに加えて二つのポートへの漏れも含んでいる形となっている入出力関係は入射ポートと等価ポートそれぞれに関して

aout = ain +radicκ1a bout =

radicκ2a (8318)

となるこれらもまたきちんと計算すれば出てくるのであるが各ポートでの光子の収支を考えると至極妥当であろうこれらを da

dt = 0の定常状態について解くことで反射率R =

langadaggeroutaout

ranglangadaggerinain

rangと透過率 T =

langbdaggeroutbout

ranglangadaggerinain

rangが

R = 1minus κ1(κin + κ2)

∆2c + (κ2)2

(8319)

T =κ1κ2

∆2c + (κ2)2

(8320)

と得られるR + T = 1minus κinκ1(∆2c + (κ2)2)で 1とならないのは共振器から二つ

のポート以外へ光子がロスする過程があるためであるκ1 = κin + κ2のときに反射率は共鳴時にゼロとなる

834 二準位系の自然放出上記の議論のちょっとしたバリエーションを二準位系の自然放出に適用してみよう

HamiltonianはHq = h∆qσz で伝搬モードがシングルモードであるという仮定をして全体のHamiltonianを

Htot = Hq +

int infin

minusinfin

2πhωbdagger(ω)b(ω)minus ih

radicγ

int infin

minusinfin

[σ+b(ω)minus bdagger(ω)σminus

] (8321)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 112

図 810 導波路結合した量子ビット-共振器結合系

共振器の場合と全く同じ計算過程をたどることによって

σminus = minusi∆qσminus minus γ

2σminus +

radicγσzbin (8322)

というHeisenberg方程式を得るここで駆動項に σzの因子が付いていることに注意しようこれは原子が基底状態にいるときには期待値minus1をとるが駆動が強くなるにつれて σz の期待値はゼロになっていき駆動に対する反応が小さくなり原子が飽和する状況を再現している強い電磁波の照射により原子が飽和すると光の透過率は共鳴時でも 1となってしまうこれで定性的な振る舞いはわかるが正しい原子スペクトルの表式はマスター方程式および Bloch方程式を用いた解析をすべきである

835 導波路結合した量子ビット-共振器結合系最後の例として図 810のように量子ビット-共振器結合系が導波路結合している

ような系を考え導波路の透過測定によって量子ビット-共振器結合系がどのように観測されるかをみてみようここで共振器はフォトニック結晶共振器にエバネッセント光によって結合しているような場合を考えるHamiltonianは単純な Jaynes-Cummings

モデルであり

H =hωq2σz + hadaggeraminus ihg(σ+aminus σminusa

dagger) (8323)

とするここでは κ = κin + 2κexである導波路の左側から電磁波を入射するとして入射モードを bin透過するものを bout反射するものを coutとしよう駆動周波数 ω

の回転系に乗ってHeisenberg方程式da

dt= minusi∆caminus

κ

2aminus gσminus minus

radicκexbin (8324)

dσminusdt

= minusi∆q

2σminus minus γ

2σminus minus gσza (8325)

dσzdt

= 2g(σ+a+ σminusadagger) (8326)

および入出力関係

bout = bin +radicκexa cout =

radicκexa (8327)

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 113

から透過率と反射率を計算したいしかしながら量子ビットが非線形であることに由来してこの方程式には非線形項があり単純には解けなくなっているさらに言えばJaynes-Cummingsモデルを解析した際に行ったような量子ビットが非常に弱くしか励起されないという近似は用いないことにしようつまり量子ビットの駆動が強い場合も考えたいそこでコヒーレントな電磁波である binboutcoutおよびコヒーレントに駆動されているPauli演算子 σzと σminusをすべて演算子ではなく普通の数 bin bout cout sz s

に置き換えて定常状態での振る舞いを調べることにするすると少し込み入った計算の後

cout = minusr(∆c∆q)bin (8328)

bout = [1minus r(∆c∆q)]bin (8329)

sz = minus 1

1 +X (8330)

s = minusradic

1

η

1

1 +X

2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)bin (8331)

という表式が得られる ただし

η =g2

κex (8332)

r0(∆c) =κex

i∆c + κ2 (8333)

r(∆c∆q) =

[1minus 2ηr0(∆c)

2ηr0(∆c) + 2(i∆q + γ2)

1

1 +X

]r0(∆c) (8334)

X =|bin|2

Ps (8335)

Ps =1

8ηκ2ex

[∆2q +

(γ2

)2] [∆2c +

(κ2

)2]+ η2κ2ex minus 2ηκex∆q∆c +

γηκexκ

2

(8336)

というパラメータを導入してあるr(∆c∆q)は量子ビット-共振器結合系の反射率を表しておりr0(∆c)は量子ビットがない時の共振器のみの反射率であるPsは量子ビットが飽和する光子の流束X はこれで規格化された入力光子の流束になっている

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 114

図 811 上段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトルと σz の期待値(インセット)下段はさまざまな入射光強度に対する透過スペクトル

第 8章 電磁波共振器と入出力理論 115

図 812 さまざまな結合強度(上段)と離調(下段)に対する透過スペクトル

116

第9章 量子実験系における種々の結合

この節ではいくつかの量子系を例にとって量子技術に出てくる様々な相互作用を概観し実際に相互作用の大きさつまり結合定数を求めてみよう基本的な方針としては古典的な相互作用の表式を考えそれを量子化してHamiltonianに入る相互作用項の形を求め結合定数を相互作用している物理系の真空ゆらぎの積として得るというものになる

91 原子イオンの例原子あるいは原子イオンの系は固体光共振器などを用いる特殊な場合でない限りに

は解析的に種々の結合が計算できる

911 原子-光相互作用これは 43節の繰り返しになるが電場の1次のみで双極子遷移 d middotEを考えるとき

d = micro(σ+ + σminus)とE = Ezpf(a+ adagger)を用いて相互作用Hamiltonianが

Hint = microEzpf(σ+ + σminus)(a+ adagger) (911)

と書けるのであったさらに電磁波の周波数 ωcと量子ビットの遷移周波数 ωqが近い値であれば回転波近似により相互作用Hamiltonianは

Hint = microEzpf(σ+a+ σminusadagger)

= hg(σ+a+ σminusadagger) (912)

という形になるこの Jaynes-Cummings相互作用の結合定数が g = microEzpfhで与えられるこれは遷移双極子モーメントと共振器光の電場の真空ゆらぎの積となっている二準位系の遷移双極子モーメント microは実験的に観測される遷移の自然幅 Γとの間に

Γ =micro2ω3

q

3πhϵ0c3lArrrArr micro =

radic3πhϵ0c3Γ

ω3q

(913)

という関係式が成り立つことから計算できる参考までにストロンチウムイオンの波長 422 nmの遷移の自然幅が約 23 MHzであり上式から計算される遷移双極子モーメントは 139times 10minus29 Cmiddotmである

第 9章 量子実験系における種々の結合 117

図 91   Fabry-Perot共振器の内部に原子が配置された系の概念図

次に光共振器として図に示すような Fabry-Perot共振器(共振器長がLミラーの曲率半径がRビーム半径がw0)を考えよう高フィネスのFabry-Perot共振器に用いられるミラーは通常誘電体多層膜ミラーであり厳密には共振器長は誘電体多層膜ミラーへの ldquoしみこみrdquoを考慮した実効的な長さとなるがこのしみこみはせいぜい光の波長程度のものであるので無視しようこの共振器における光の電場は共振器長とミラーの曲率半径が波長より十分大きいという条件のもとで

E(r) = sin2πx

λexp

[minusy

2 + z2

w20

](914)

と書けるこの共振モードのモード体積を電場の二乗の積分で定義する上記のようにかけている場合には計算が簡単で

V =

int L

0dx

int infin

minusinfindy

int infin

minusinfindzE(r)2 =

πw20

4L (915)

となるビーム径は

w0 =

radicLλ

(2Rminus L

L

) 14

(916)

と書ける []からモード体積は

V =λ

8

radicL3(2Rminus L) (917)

となる波長 422 nm共振器長 200 microm曲率半径 1 mmのミラーを用いる場合には V = 63 times 106 microm3 となるモード体積を用いて共振器光の電場の真空ゆらぎはEzpf =

radichωc2ε0V と書かれることはすでに述べた

第 9章 量子実験系における種々の結合 118

図 92 イオンの量子化された振動(左)とサイドバンド遷移(右)

以上より原子と光の結合定数はg2π = 096 MHzと求められる自然幅が2πtimes23 MHz

であるからこれは光共振器の線幅に関わらず弱結合領域であるより大きな原子と光の相互作用を実現するためにはいくつかの改善をしなければならないひとつには自然幅 Γのより細い遷移を使うということである単純に考えると Γの減少は遷移双極子モーメントの減少すなわち結合定数の減少を招くように思えるが式 913をみるとΓが小さくなってもωqが小さくすなわち波長が長くなっていればΓの減少を補って余りある可能性がある結合強度が変わらずに自然幅すなわち強結合領域のためのハードルが下がるのであるもうひとつは共振器のモード体積を小さくして電場の真空ゆらぎをそして結合強度自体を大きくするという方法がある共振器長を短くするのはもちろんミラーの曲率半径を小さくしてビーム径を小さくするのも効果的である

912 サイドバンド遷移振動電場によって生成した荷電粒子に対する調和ポテンシャルに原子イオン(以後

混乱のない限り単にイオンと記す)を捕獲するのがイオントラップのなかでも Paulトラップと呼ばれる技術であるこのときイオンはトラップ中で調和振動をすることになりこの振動量子を便宜上フォノン(phonon)と呼び単一イオンのフォノンは空間三方向あわせて三つ存在するこれを考慮すると原子の位置はフォノンによって振動することになるこれはレーザー冷却によってイオンがフォノンの基底状態にあってすらもフォノンの真空ゆらぎにより位置が揺らいでいることを意味するレーザー光がイオンに照射されている時前節では原子が静止していることを暗に

仮定していたが今度は原子の位置 xも含めて考えようこれは原子に当たる電場をE(x) = Ezpfe

ikx(a+ adagger)と空間依存する位相因子を含めて書くことで可能になるただし k = 2πλは光の波数であるこれによる双極子遷移はフォノンの生成演算子を b

第 9章 量子実験系における種々の結合 119

真空ゆらぎを xzpf として

hgeikx(σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hgeikxzpf(b+bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger)

≃ hg[1 + ikxzpf(b+ bdagger)](σ+ + σminus)(a+ adagger)

= hg(σ+ + σminus)(a+ adagger)

+ hηg(b+ bdagger)(σ+ + σminus)(a+ adagger) (918)

ここで無次元のパラメータ η = kxzpf は Lamb-Dickeパラメータと呼ばれる第一項は前節でも扱ったような相互作用である(サイドバンド相互作用を考えるときには carrier

遷移とも呼ばれる)から今はフォノンも関わるような遷移である第二項に着目しよう簡単化するために光がコヒーレント振幅 αで置き換えられる(すなわち強いレーザー光を照射する)状況を考えるこのとき光の周波数がイオンの周波数 ωq からフォノンの周波数 ωmだけ小さな周波数 ωq minusωmを持つとき回転波近似を行うことによって上記の相互作用の第二項は

hηgα(σ+b+ σminusbdagger) (919)

と書かれるこれはイオンの量子ビットとフォノンで構成された Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から赤方離調されたレーザーにより駆動されるためレッドサイドバンド(red sideband)遷移という逆に光の周波数がイオンの周波数からフォノンの周波数だけ大きな周波数 ωq+ωmを

持つとき回転波近似で残る相互作用は

hηgα(σ+bdagger + σminusb) (9110)

であるこれは anti-Jaynes-Cummings相互作用でありイオンの遷移の共鳴から青方離調されたレーザーにより駆動されるためブルーサイドバンド(blue sideband)遷移というもしも周波数 ωq minus ωmと ωq + ωmの二本のレーザーが同時に照射された時には上記の二つの相互作用が同時に駆動されると考えればよい

913 フォノン-フォノン相互作用ふたつのイオン(ともに一価イオンとする)が同一の調和ポテンシャル中でCoulomb

相互作用しているときフォノン同士の相互作用が生じるこの相互作用Hamiltonianと強さを簡単な計算から求めてみよう状況としては図のように距離Zだけ離れた二つのイオンがあるとしその各々の平衡位置からの変位を r1 = (x1 y1 z1) r2 = (x2 y2 z2)

第 9章 量子実験系における種々の結合 120

図 93 Z = z2 minus z1だけ離れた二つのイオンが調和振動をおこないその調和振動同士が相互作用をする

とするCoulomb相互作用のエネルギーを変形していこう

Ephminusph =1

2

e2

4πϵ0

1

|r1 minus r2|

=e2

8πϵ0

1radic(x1 minus x2)2 + (y1 minus y2)2 + (Z + z1 minus z2)2

=e2

8πϵ0Z

[1 +

2(z1 minus z2)

Z+

(z1 minus z2)2

Z2+

(x1 minus x2)2

Z2+

(y1 minus y2)2

Z2

]minus 12

≃ e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2minus 1

2

(x1 minus x2)2

Z2minus 1

2

(y1 minus y2)2

Z2

](9111)

今回は z方向のフォノンのみを考えることにしてx1 = x2 = y1 = y2 = 0としておこうすると上記のエネルギーは

Ephminusph =e2

8πϵ0Z

[1minus z1 minus z2

Zminus 1

2

(z1 minus z2)2

Z2

](9112)

となるここで変位 ziをフォノンの位置演算子 zi = zizpf (adaggeri + ai)で置き換えるフォ

ノン―フォノン相互作用は上式の第三項から出てくるのでそれに着目すると

Hphminusph =e2

16πϵ0Z

(z1 minus z2)2

Z2

=e2z1zpfz

2zpf

16πϵ0Z3

[adagger1

2 + a21 + adagger22 + a22 + (2adagger1a1 + 1) + (2adagger2a2 + 1)

minus2(adagger1adagger2 + a1a2)minus 2(adagger1a2 + a1a

dagger2)]

(9113)

このうち二つのフォノンモードの周波数が同じ ωmとすると回転波近似によって残る項は

Hphminusph =e2z1zpfz

2zpf

8πϵ0Z3

[adagger1a1 + adagger2a2 minus adagger1a2 minus a1a

dagger2

](9114)

第 9章 量子実験系における種々の結合 121

図 94 Josephson接合とその回路記号

となる初めの二つの項はフォノンのエネルギーシフトになるのみであるから無視して結局相互作用Hamiltonianは

Hphminusph = minushgphminusph

(adagger1a2 + a1a

dagger2

) (9115)

すなわちビームスプリッタ型の Hamiltonianになるフォノンが片方のイオンからもう片方に移るような過程を考えると物理的にも妥当であることがわかるgphminusph =

e2z1zpfz2zpf8hπϵ0Z

3 が結合定数の表式であるこれを見積もるためにはフォノンの真空ゆらぎを知る必要があるこれはゼロ点エネルギーが調和振動子のポテンシャルエネルギーに等しいすなわち hωm2 = mω2

m(zizpf )

22という等式からzizpf =radichmωm

という形になることがわかるしたがって

gphminusph =e2

8πϵ0mωmZ3(9116)

と表すことができるこれは二つのイオンの質量などが同じ場合のものだが真空ゆらぎの表式を変えるだけで一般的な場合に拡張できるさて実際のパラメータを入れて結合定数を評価してみよう典型的なイオンの間隔

として Z = 10 micromカルシウムを想定してm = 40timesmp(mpは陽子の質量)フォノンの周波数が 100 kHzであるとすると相互作用の大きさは g2π = 440 kHz程度となる

92 超伝導量子回路BCS(Bardeen-Cooper-Schrieffer)理論が適用できる超伝導体においては電子―

フォノン相互作用を介し波数空間で引力相互作用をする電子のペアがCooper対を形成するCooper対はひとまとまりの超伝導体全体にわたる巨視的な波動関数を共有し干渉などの量子効果を発現する超伝導体において電気抵抗がゼロになるということは常伝導体において Joule熱という損失により制限されていた LC共振器のQ値が飛躍的

第 9章 量子実験系における種々の結合 122

に向上するということを意味しておりHarocheらによる Rydberg原子の量子状態制御にも用いられたまた超伝導体にナノメートルオーダーの絶縁体薄膜が挟まれている Josephson接合(Josephson junction)と呼ばれる構造においてその絶縁体薄膜をCooper対が量子トンネル効果により ldquo通過rdquoし有限の伝導率を示す Josephson効果が表れるとくに交流 Josephson効果においては電流が I(t) = I0 sin (2πΦJΦ0)というように回路を貫く磁束ΦJ に対し振動するここでΦ0 = h2eでe(lt 0)は素電荷であるJosephson効果の平易な導出に関しては文献 [7]を参照していただきたい通常のインダクタ(インダクタンスL)については電流はLに比例するためJosephson接合が非線形インダクタとして働くことがわかるさらに LC共振器のLを Josephson接合で置き換えることで非調和振動子が実現されこの最低エネルギー状態と第一励起状態を量子ビットとして用いる事ができる本節では LC共振器の量子的な取り扱いと上記の非線形振動子として表現できるトランズモンと呼ばれる超伝導量子ビットそして共振器と超伝導量子ビット(superconducting qubit)の間の結合についてみていこう

921 LC共振器の量子化図のようにインダクタLとキャパシタCが並列に繋がったLC共振器を考えようも

ちろん共振周波数は 12πradicLCで与えられるがここではこのLC共振器のHamiltonian

を求め量子化することが目的であるキャパシタの電荷をQ共振回路を貫く磁束をΦとするとこれらは電圧 V電流 I を用いて

Q = CV Φ = LI (921)

と書くことができるまた電流と電圧はそれぞれ電荷と磁束の変化率として

I = minusdQ

dt V =

dt(922)

と書けるからこれらからQに関する微分方程式が

d2Q

dt2= minus Q

LC(923)

と求まるこれは確かに共振周波数 1πradicLCで振動する解を与える同様にしてΦに

ついてもd2Φ

dt2= minus Φ

LC(924)

という微分方程式が得られるさてこれらを Euler-Lagrange 方程式として与えるLagrangian Lはどのようなものになるかというと

L =Q2

2Cminus L

2

(dQ

dt

)2

(925)

第 9章 量子実験系における種々の結合 123

図 95 LC共振器(左)と本章で扱う超伝導量子ビット(右)

というものになるQ の共役となる正準変数は Φ となることはすぐにわかるのでHamiltonianHLCは

HLC =Q2

2C+

Φ2

2L(926)

となることがわかる第 1項がキャパシタのエネルギー第 2項がインダクタのエネルギーになっていることがわかるだろう期待通りQと Φを正準変数とする調和振動子の形にかけたのでこれらを演算子と

みなし交換関係 [QΦ] = ihを要請することで量子化の手続きが完了する共振器光子の生成消滅演算子を

a =1

2h

radicL

CQ+

i

2h

radicC

LΦ (927)

adagger =1

2h

radicL

CQminus i

2h

radicC

LΦ (928)

とすることで交換関係は [a adagger] = 1となりHamiltonianは

HLC = hωLC

(adaggera+

1

2

)(929)

となる

922 超伝導量子ビット次にLC共振器のインダクタを Josephson接合で置き換えた図のような回路を考え

ようJosephson効果において絶縁体を挟んだ超伝導体間の位相差を θJosephson

接合をまたぐ電流と電圧を IV として

I = I0 sin θ V =h

2e

dt(9210)

が成立するここで磁束量子 Φ0 = h2eを用い磁束を ΦJ = (θ2π)Φ0と定義すれば

I(t) = I0 sin

(2π

ΦJΦ0

) V =

dΦJdt

(9211)

第 9章 量子実験系における種々の結合 124

と書き直すことができる電荷の時間微分が電流であるからdQ

dt= C

dV

dt= minusI0 sin

(2π

ΦJΦ0

)(9212)

となりV = dΦJdtと併せて ΦJ に関する微分方程式

Cd2ΦJdt2

= minusI0 sin(2π

ΦJΦ0

)(9213)

を得るこれを Lagrange方程式として持つ Lagrangian Lq は

Lq =C

2

(dΦJdt

)2

+I0Φ0

2πcos

(2π

ΦJΦ0

)(9214)

である第 1項はキャパシタのエネルギーQ22C の形にそのまま書き直せて第 2項は Josephson接合をトンネルするCooper対によるエネルギーであるとみることができる第 2項の係数をEJ = I0Φ02πと書きJosephsonエネルギーと呼ぶさらに電荷エネルギーをEC = e22CとしCooper対の個数を表す nC = Q2eも定義すると上記の Lagrangianを Legendre変換して得られるHamiltonian Hq は

Hq = 4ECn2C + EJ cos θ (9215)

と書き表されるここで再び cos関数の引数を θ に書き直したcos θ = 1 minus θ22 +

θ44minus middot middot middot と展開して考えるともしも θ2の項まで取って高次の項を無視するならばこれは単なる調和振動子になることがわかるここでひとつ仮定をしようJosephsonエネルギーは電荷エネルギーよりも十分大き

い(EJEC ≪ 50)とするのである本来 Josephson接合によって非線形なインダクタが導入され非調和振動子となったこの回路だが非調和性が小さいすなわち物理量が調和振動子のようにふるまうとしてもそこまで悪い近似ではないという仮定でもあるLC共振器の量子化の手順に倣い [QΦJ ] = ihを要請しようこうすると [nC θ] = iという交換関係も導かれるそして生成消滅演算子を次のように定義する

nC =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 (9216)

θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2 (9217)

非線形性が小さいという仮定から cos θ ≃ 1minus θ22 + θ44と非線形性の現れる最低次の項までを残し上記の生成消滅演算子での nC と θの表記をHamiltonianに代入することで最終的に

Hq = (radic

8ECEJ minus EC)adaggeraminus EC

2adaggeradaggeraa

= hωqadaggera+

hαq2adaggeradaggeraa (9218)

第 9章 量子実験系における種々の結合 125

図 96 LC共振器とトランズモンの結合系

というHamiltonianを得るここで量子ビットの周波数は hωq =radic8ECEJminusECであり

非調和性を表すαq = minusEChを導入した典型的なパラメータとしてはωq ≃ 10 GHzEJEC ge 50αq sim minus200 MHzほどである一見すると JosephsonエネルギーEJ が電荷エネルギーEC よりも大きいという仮定

はJosephson接合が非線形インダクタとして働くということから非線形性が大きいことを意味するようにも思えるが実は θの係数にもEJECの因子があるように非線形性が小さくなることを意味することが分かるこれはnCの真空ゆらぎ δnC = (EJ8EC)

14

を考えるとより直観的になるEJEC が小さいときには δnC は小さくCooper対が 0

個から 1個になるか 1個から 2個になるかでCooper対間の相互作用による遷移エネルギーの違いが出るすなわち非線形性があるしかしEJEC ≫ 1のときには δnCが非常に大きいすなわちもはやこの領域での固有状態は数状態ではうまく書けないものになるのだがあえてCooper対の個数でいうならば 1個増えようがそこからさらにもう1個増えようが数状態の分布が少しシフトするだけで遷移エネルギーにおける違いがほとんどないような状況になるすなわち非線形性が小さくなるのである今回考えたような超伝導回路で大きなEJEC を持つものをトランズモン(transmon)と呼ぶ逆に EJEC が小さくなると非線形性が大きくなるがこういった超伝導回路を Cooper

pair boxと呼ぶ

923 共振器とトランズモンの結合最後に超伝導量子ビットと共振器が図のようにキャパシタを介して接続されている

ような回路を考えよう電圧キャパシタの電荷磁束その他のパラメータは図中に示してあるのでそちらを参照してほしい結合キャパシタ(coupling capacitor)Ccの扱いが肝だがキャパシタンスがCqCrに比べ小さいとし超伝導量子ビット共振器結合キャパシタのエネルギーを足し上げたものとして Hamiltonianを求めてみることにする結合キャパシタにかかる電圧は Vc = Vr minus Vq = QrCr minusQqCqでありこれ

第 9章 量子実験系における種々の結合 126

を結合キャパシタのもつエネルギー CcV2c 2に代入したものを含めたHamiltonianは

H =Q2r

2Cr

(1 +

CcCr

)+

Φ2r

2L+

Q2q

2Cq

(1 +

CcCq

)+ EJ cos θ minus CcVrVq

=Q2r

2C primer

+Φ2r

2L+

Q2q

2C primeq

+ EJ cos θ minus CcVrVq (9219)

となるここで C primeξ = CξCc(Cξ + Cc)(ξ = r c)としてあり最後の項はあえて電圧

に表現を戻してあるこのHamiltonianにある演算子を共振器の生成消滅演算子 cdagger c

と超伝導量子ビットの生成消滅演算子 adagger aすなわち

Qr = h

radicC primer

L(c+ cdagger) Φr =

h

i

radicL

C primer

(cminus cdagger) (9220)

Qq =

(EJ8EC

) 14 a+ adaggerradic

2 θ =

(8ECEJ

) 14 aminus adagger

iradic2

(9221)

で書き直そう定数項を無視すればこれは次のようになる

H = hωLCcdaggerc+ hωqa

daggera+hαq2adaggeradaggeraaminus hg(c+ cdagger)(a+ adagger) (9222)

結合定数 gはここでは

g =Cch

(h

C primer

radicC primer

L

)[2e

C primeq

(EJ8EC

) 14 1radic

2

](9223)

であり結合キャパシタのキャパシタンス Cc共振器の電場の真空ゆらぎ超伝導量子ビットの電場の真空ゆらぎの積の形になっているここから回転波近似を行うことでJaynes-Cummings相互作用が導かれる実際の超伝導量子ビットの設計の際には微小なキャパシタや Josephson接合などの素

子を経験的な値と数値計算によってシミュレートする必要があるこれは例えばキャパシタ以外の配線部がもつ微小なキャパシタンスやインダクタンスが無視できないためであるまた上記のような結合キャパシタンスが小さいという状況にも必ずしもならず超伝導量子ビット特にトランズモンを扱う際には数値計算による結合の見積もりは結局必須である

93 共振器オプトメカニクス931 導入巨大なミラーによって数キロメートルにわたる驚くほど長大なMichelson干渉計を

構成する重力波干渉計(gravitational wave interferometer)によって重力波による極微な時空のひずみが捕らえられたミラーは超高フィネスの連成光共振器の部品で

第 9章 量子実験系における種々の結合 127

図 97 共振器オプトメカニクス系の概念図

ありこれが極微の信号をとらえるための検出感度向上の要であるその検出感度は我々の想像を超えており光共振器の長さがミラーを構成する物質の格子定数よりもはるかに小さな量だけ変化してもそれを検出することが可能であるこれは逆にミラーの機械振動(mechanical oscillationvibrationこの量子は固体中の格子振動と同じくフォノンとよばれる)が重力波検出器に致命的なノイズとなることをも意味しているこのようなノイズを避けるべく干渉計は真空中に入れられ低温に冷やされワイヤーでミラーをつるして制振を図るなどさまざまな工夫がなされている周囲の環境から孤立したこのような系ではミラーの機械振動は極めて高いQ値を持つようになるこのような機械振動モードによる光への影響が特に機械振動の量子限界測定(quantum-noise-limited measurement)の観点から Braginskyによって調べられたこのような一連の研究の中で共振器オプトメカニクス(cavity optomehanics)は産

声を上げた共振器オプトメカニクスにおいては共振器の光子と機械振動のフォノンの相互作用が扱われ光子によるフォノンのあるいはフォノンによる光子の制御が期待され研究がすすめられたフォノンは共振器光子の非弾性散乱を生みそれが光のサイドバンドとなって検出されるフォノンの周波数が共振器のスペクトル幅よりも十分大きい時にはこのサイドバンドがスペクトル上で分離して観測されるフォノンの周波数が高ければ熱励起の影響を受けにくくなるなどの理由から共振器オプトメカニクスでは高周波フォノンが希求されてきた高周波フォノンのもう一つの良い点としてフォノンモードのレーザー冷却の限界温度が共振器のスペクトルとサイドバンドが分離できないときに比べて低くなることが挙げられる(より詳しくは付録 H参照)このようにフォノンをレーザー冷却などで量子的な領域にまで冷却し機械振動という巨視的な対象の量子的な振る舞いの研究や制御を試みる動きも盛んであるこの節では共振器オプトメカニクスにおけるオプトメカニカル相互作用(optome-

chanical interaction)を概説する

第 9章 量子実験系における種々の結合 128

932 オプトメカニカル相互作用初めに共振器光子のエネルギー hωca

daggeraとフォノンのエネルギー hωmbdaggerbを含む基

本的なHamiltonianを書き下そうこれは単純に二つの和で

H = hωc(x)adaggera+ hωmb

daggerb (931)

と書けるが共振器の共鳴周波数ωc(x)がフォノンの ldquo変位rdquoxに依存しているとしたこれは光共振器の共振器長が機械振動により振動的に変化するなどの状況に対応している例えばFabry-Perot共振器のミラーの機械振動を扱う場合などである(図 97)ここでフォノンの変位が微小であることから ωc(x) = ωc minusGx+ middot middot middot と共振周波数を展開しようGは光共振器の構造などに依存する係数であるこうすることで摂動をうけたHamiltonianを

H = h(ωc minusGx)adaggera+ hωmbdaggerb

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hGadaggerax

= hωcadaggera+ hωmb

daggerbminus hg0adaggera(b+ bdagger) (932)

と線形の範疇で ωc(x)を展開して書き下すことができるここでフォノンの変位が x =

xzpf(b+bdagger)と書けることを用いておりxzpf =

radich2mωmはフォノンの真空ゆらぎを表

すmは機械振動子の真空ゆらぎであるこれより相互作用の結合定数は g0 = xzpfG

であることがわかるこの Hamiltonianは共振器オプトメカニクスの系に対して広く適用可能なものになっており例えばばねに片方のミラーが繋がれた Fabry-Perot共振器であったりFabry-Perot共振器の中に透明薄膜機械振動子があるような系であったりフォトニック-フォノニック結晶共振器(photonic-phononic crystal cavity)や果ては LC共振器のキャパシタ電極が機械振動子になっているようなエレクトロメカニクス(electromechanics)系においても通用するオプトメカニカル相互作用Hint = hg0a

daggera(b + bdagger)についてみてみようこれは光子の数に応じた力が機械振動子にかかっている時のエネルギーとみることもできるオプトメカニカル相互作用の静的な作用は輻射圧(radiation pressure)あるいは光ばね効果(optical spring effect)と呼ばれるこれは光子による機械振動子への運動量の受け渡し(光子がキックするとも言われる)による圧力で機械振動子が少し平衡位置から変位する効果であると解釈される動的な現象としてはHint = hg0(a

daggerab+ adaggerabdagger)の各項の表す過程を考えればおのずと物理的な状況がみえてくるadaggerabという項は光子とフォノンが消滅し光子が生成されるRaman過程であるエネルギー保存則から生成される光子のエネルギーはもともとの消滅した光子よりもフォノンのエネルギー分だけ多きくならなければならずanti-Stokes散乱となっていることがわかるadaggerabdaggerという項は第一項のHermite共役すなわち逆過程であり光子が消滅し光子とフォノンが生成されるRaman過程であるこれまたエネルギー保存則よりこの過程が Stokes散乱つまり生成される光子のエネルギーが消滅した光子のものよりも小さくなる過程であることがわかるこれらの非弾性散乱は共振器の共鳴周波数から正負にフォノンの周

第 9章 量子実験系における種々の結合 129

波数分だけずれたところにサイドバンドを生むがこれを共振器に対する離調に応じてレッドサイドバンドブルーサイドバンドなどという共振器オプトメカニクスにおけるフォノンモードのレーザー冷却はこのレッドサイドバンドとブルーサイドバンドの比を著しく偏らせることが肝となっている

933 オプトメカニカル相互作用の線形化オプトメカニカル相互作用を線形化したものもよく目にするため紹介しておこう状

況としては系を周波数 ωlのレーザーで駆動するようなものを考える共振器のみこの駆動周波数の回転系に乗るとHamiltonianの第一項は h(ωc minus ωl)a

daggera = h∆cadaggeraとな

りほかの二つの項は変わらないそして駆動レーザーが共振器光子をコヒーレントに注入するとしてaを α + δaで置き換える本文中や付録のあちこちにも出てきているが複素数 αはコヒーレント状態の振幅であるδaは量子ノイズあるいは量子ゆらぎを担う演算子になっているこうすることで

Hint = minushg0(|α|2 + αlowastδa+ αδadagger + δadaggerδa

)(b+ bdagger)

= minushg0ncav(b+ bdagger)minus hg0radicncav(δa+ δadagger)(b+ bdagger) (933)

を得るただし ncav = |α|2とし量子ゆらぎの二次の項は無視した第一項は静的な輻射圧をあらわしており以降では無視しよう線形化されたオプトメカニカル相互作用の結合定数は駆動レーザーの振幅を含めて g = g0

radicncav と書かれるため強く駆動

するほど結合が大きくなるまたaを∆c の回転系にbを ωm の回転系に乗せて時間依存性をあらわにすると駆動周波数に応じて次の二つの場合に分けられることがわかる

Hint = minushg(δaeminusi∆ct + δadaggerei∆ct)(beminusiωmt + bdaggereiωmt)

=

minushg(δabdagger + δadaggerb) when ∆c = ωm rArr ω = ωc minus ωm

minushg(δadaggerbdagger + δab) when ∆c = minusωm rArr ω = ωc + ωm(934)

これらはそれぞれビームスプリッタ型の相互作用とパラメトリックゲイン型の相互作用になっているこれらで起こっていることは非常に直観的でもあるωl = ωcminusωmで駆動周波数がレッドサイドバンド遷移を引き起こすときには ωc minus ωmの光子が消滅しωcの光子が共鳴における増強によって生成されそしてフォノンは光子にエネルギーを渡して消滅するのである(図 98(a)参照)この過程の逆過程は駆動周波数が共振器に共鳴しているときに起こるこのようにして駆動周波数が ωl = ωc minus ωmのときにはStokes散乱と anti-Stokes散乱の非対称性が共振器の存在により生じフォノンが消滅する過程が生成される過程よりも優勢になるようにすることができるこれがフォノンのレーザー冷却あるいはサイドバンド冷却と呼ばれるものの基本的な機序であるさて一方で ωl = ωc + ωmのときつまり駆動周波数がブルーサイドバンド遷移を引き起こすようなときにはどうなるかというとωcの光子とフォノンが同時に生成されるか

第 9章 量子実験系における種々の結合 130

図 98 共振器オプトメカニクス系における (a) ビームスプリッタ型と (b) パラメトリックゲイン型の相互作用

同時に消滅するかという過程が引き起こされる(図 98(b))このような場合とくにωl = ωc + ωmではフォノンモードへとエネルギーがつぎ込まれていきフォノン数が大きくなっていくフォノン数が大きくなるにつれて bdaggerbdaggerbbのようなフォノンの非線形項つまりフォノンどうしの相互作用が無視できなくなり最終的にはフォノンどうしが互いの位相を揃えて発振するフォノンレーザーが実現される付録 Hにサイドバンド冷却について詳述したので興味のある方はそちらもご参照頂きたい

第III部

132

第10章 量子ゲート

Rabi振動を利用すると電磁波のパルス面積(パルス強度とパルス時間の積)によって量子ビットの状態を Bloch球上で好きな角度で ldquoまわすrdquoことができるしかしながら量子技術の応用に向けて必要な量子操作はこれに留まらない量子技術では任意の単一量子ビットの量子状態はもちろんエンタングルド状態などを含む任意の多量子ビット状態を作る必要がある幸いにもいくつかの量子操作(量子ゲートと呼ばれる)があればその組み合わせによって任意の量子状態を生成することが可能であることが知られているこのように任意の量子状態を実現できる量子ゲートの組をユニバーサルな量子ゲートの組(universal gate set)という例えば一量子ビットゲートと CNOT

ゲートの組はユニバーサルであるしかしながらユニバーサルな量子ゲートの組み合わせは一意的ではないこの節ではよく用いられる一量子ビットゲートと二量子ビットゲートを紹介しようさらにこの節では実際のHamiltonianの時間発展からこれらの量子ゲートをどのように構成するかを見ていく本題に進む前に一つだけ注意点を述べる我々は基底状態と励起状態を |g⟩ =

(0 1)t |e⟩ = (1 0)tと定義したところが量子情報処理の文脈では|g⟩ = (1 0)t |e⟩ =(0 1)tと逆に書くのであるこれに従って密度演算子の書き方も一行目一列目が基底状態の要素になって

ρ =

(|cg|2 clowastecg

ceclowastg |ce|2

) (1001)

となるのである量子ゲートは通常この表記で書かれるため本節ではこの慣習に従おうこの慣習を採用するとBloch球の上下が入れ替わるほかPauli演算子の行列表現に関

しても行と列の順番が逆になってしまうのだが実は行列表現は例えば σz =

(1 0

0 minus1

)と書かれ本書でいままで使用してきたものと変わらないつまり Hamitlonian が(hωq2)σz であるならば励起状態の方がエネルギーが低くなってしまいたいへん気持ち悪い現実と consistentにするならばHamiltonianをminus(hωq2)σzとしなければならないところであるこのように本節以降で採用する記法は現実の物理系との対応がややこしいがもし誤り耐性量子ゲートを行うところまで量子ビットが抽象的な対象となったらもうHamiltonianをはじめ現実の物理系を気にする必要がなくなり純粋に情報理論的な対象となっていると思えばよい

第 10章 量子ゲート 133

101 一量子ビットゲート一量子ビットの量子状態はBloch球上の点で表されるため任意の一量子ビットゲー

ト(single-qubit gate)は全体に係る位相因子を除いて Bloch球上のある点をほかの点に移す回転行列で表すことができるこの回転行列はベクトルn = (nx ny nz)を用いて

Rn(θ) = eminusiθ2(nxσx+nyσy+nzσz) = I cos

θ

2minus i(nxσx + nyσy + nzσz) sin

θ

2

=

(cos θ2 + inz sin

θ2 minus(ny + inx) sin

θ2

(ny minus inx) sinθ2 cos θ2 minus inz sin

θ2

)(1011)

と表されるここではベクトル nの周りに Blochベクトルが θだけ回転するようなかたちになっている1この一般的な回転のうちx軸まわりや z軸まわりの回転がよく用いられるためこれらを見てみよう2

1011 Xゲート初めにみる一量子ビットゲートはX ゲート

Rx(π) = minusiX =

(0 minusiminusi 0

)= minusi |e⟩ ⟨g| minus i |g⟩ ⟨e| (1012)

であり基本的には |g⟩と |e⟩を入れ替えるような働きをするX ゲート自体は X =

iRx(π)を指すが実際の実験においては上式のように x軸まわりの角度 πの回転はminusiXとなるそしてパルス時間が∆t = πΩのRabi振動がこのゲート操作と等価であるこのパルスを πパルスとも呼ぶ

1012 Zゲート次は Z ゲート

Rz(π) = minusiZ = minusi

(1 0

0 minus1

)= minusi(|g⟩ ⟨g| minus |e⟩ ⟨e|) (1013)

であるこのゲート操作は |e⟩状態に πの位相シフトを与え|g⟩には何も位相シフトを及ぼさないこの量子ゲートは z軸まわりの角度 πの回転となっておりZ = iRz(π)

が Z ゲートと呼ばれるではこれはどのような方法によって実現されるだろうか思い返せばBloch球上のBlochベクトルが静止しているようにかけるのは回転系で見ているからであり回転系でなければ Blochベクトルは量子ビットの周波数 ωq で z軸まわりに回転しているのであったすなわちπωq の時間だけただ待てば何もしなくて

1じつは nは密度演算子を Pauli演算子で分解した係数をまとめたスピン sと同一のものである2Y = Rz(

π2)XRz(minusπ

2)

第 10章 量子ゲート 134

もZゲートが実行できるとはいえ数十MHzの量子ビットならともかく光遷移を持つような場合にはこのような高速制御は現状では到底現実的でないもうひとつあり得る方法は制御機器側の位相の基準を πずらすという方法であるこれは簡単だが依然として光に関しては位相の安定的な制御自体が課題である最後に紹介する方法としては離調の非常に大きなレーザーによりRabi振動を引き起こすことであるRabi振動は (Ω 0∆q)というベクトルを軸にBlochベクトルを回転させるためΩ ≪ ∆qの条件で π∆qの時間だけ時間発展させると πの位相がつくただしΩ∆q程度の割合でX ゲートあるいは Y ゲートが混ざりこんでしまいゲートにエラーが生じることは避けられない

1013 HadamardゲートH位相ゲート Sπ8ゲート T

これまでに出てきたゲートを応用したものとしてあと 3つ一量子ビットゲートを紹介しよう一つ目はHadamardゲート

H =1radic2

(1 1

1 minus1

)=X + Zradic

2 (1014)

であり|g⟩ rarr (|g⟩+ |e⟩)radic2|e⟩ rarr (|g⟩ minus |e⟩)

radic2という変換を引き起こすこれら

はどちらも nh = (1radic2 0 1

radic2)まわりの π回転であるHadamardゲートは明らかに

Hdagger = HでありかつXとZを相互に変換する作用があるHXH = ZHZH = X残り二つは Z ゲートとよく似ており

S =

(1 0

0 i

)= ei

π4Rz

(π2

)(1015)

T =

(1 0

0 eiπ4

)= ei

π8Rz

(π4

)(1016)

である実際S2 = Z T 2 = Sが成立するSゲートを用いると Y = SXSとなる

102 二量子ビットゲート二量子ビットゲート(two-qubit gate)は二量子ビット系に作用する量子ゲートであ

る簡単な例としてはXiを i = 1 2番目に作用するX ゲートとしたときにX1 otimesX2

のようなものであるこの例は一量子ビットゲートが単にそれぞれに作用するだけであるが制御量子ゲートのように片方の量子ビットの状態に応じてもう片方にかかる量子操作が変わるようなものもある本節ではこれらについてみていこう

第 10章 量子ゲート 135

1021 制御NOT(Controlled-NOT CNOT)ゲート制御NOTゲート(Controlled-NOTCNOTCXゲートなどと呼ばれる)は制御量

子ビット(2番目の量子ビットとしよう)が |e⟩のときに標的量子ビット(1番目の量子ビット)にXゲートが作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作である行列の形で書くと22 times 22の行列で

CNOT =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 0 1

0 0 1 0

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimesX (1021)

と書かれ|gg⟩ rarr |gg⟩|ge⟩ rarr |ge⟩|eg⟩ rarr |ee⟩|ee⟩ rarr |eg⟩という変換を引き起こすものである

1022 制御Z(CZ)ゲート制御 Z(CZ)ゲートは制御量子ビットが |e⟩のときに標的量子ビットに Z ゲートが

作用し制御量子ビットが |g⟩のときに標的量子ビットには何もしないようなゲート操作であり行列の形は次のようになる

CZ =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 minus1

= |g⟩ ⟨g| otimes I + |e⟩ ⟨e| otimes Z (1022)

1023 iSWAPゲートと SWAPゲートiSWAPゲートと SWAPゲートは次のようなものである

iSWAP =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(1023)

SWAP =

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(1024)

上式から直ちに見て取れるようにSWAPゲートは二つの量子ビットの状態を入れ替える作用がありiSWAPゲートはこれに加えて iの因子が付加されるというようなものである

第 10章 量子ゲート 136

1024 XXゲートとZZゲートXX ゲートと ZZ ゲートは

XX(θ) =

cos θ2 0 0 minusi sin θ

2

0 cos θ2 minusi sin θ2 0

0 minusi sin θ2 cos θ2 0

minusi sin θ2 0 0 cos θ2

= I otimes I cosθ

2minus iX otimesX sin

θ

2

(1025)

ZZ(θ) =

ei

θ2 0 0 0

0 eminusiθ2 0 0

0 0 eminusiθ2 0

0 0 0 eiθ2

= I otimes I cosθ

2minus iZ otimes Z sin

θ

2 (1026)

と定義されるこれらは物性物理における Ising相互作用との関連から Ising結合ゲートと呼ばれることもある

1025 Hamiltonianから二量子ビットゲートの導出量子ビット系を実現する物理系は様々であり量子ビット間の相互作用もさまざま

であるでは相互作用 Hamiltonian Hintが与えられたときにどのようなゲート操作が可能になるだろうかこれを明らかにするために量子系の時間発展はマスター方程式あるいは緩和を無視すると Schrodinger方程式によって記述されることを思い出そう相互作用表示での Schrodinger方程式(Tomonaga-Schwinger方程式ともいう)ih(partpartt) |ψ⟩ = Hint |ψ⟩を形式的に解くと |ψ(t)⟩ = exp[minusi(Hinth)t] |ψ(0)⟩となるしたがって我々のすべきことは極めてシンプルで相互作用Hamiltonian Hint を指数関数の方に乗せ量子系に対する演算子 exp[minusi(Hinth)t]の作用を明らかにすればよい初めに調和振動子の場合におけるビームスプリッタ相互作用のような量子ビット間

相互作用

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) =hg

2(σxσx + σyσy) (1027)

を考えるここでσ+σminusやσxσxのような項は本来一番目の演算子が一番目の量子ビットに作用するというような意味合いを明らかにするために σ+otimesσminusや σxotimesσxと書くべきものであるが混乱が生じない限りにおいてはotimesを省くそしてこの最初の例に関しては量子ゲートの形にたどり着くまでの計算を追うことにしようまず (σxσx+σyσy)2

第 10章 量子ゲート 137

をあらわに書き下そう

σxσx + σyσy2

=1

2

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+1

2

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

=

O

0 0

1 0

0 1

0 0O

equiv A (1028)

A2 = diag(0 1 1 0)A3 = A はただちに確かめられるのでexp[minusi(Hinth)t] =

exp[minusigAt]は

eminusigAt = 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A3 +

(gt)4

4A4 + middot middot middot

= 1minus igtAminus (gt)2

2A2 + i

(gt)3

3A+

(gt)4

4A2 + middot middot middot

= diag(1 0 0 1) +

(1minus (gt)2

2+

(gt)4

4minus middot middot middot

)diag(0 1 1 0)

minus i

((gt)minus (gt)3

3+

(gt)5

5minus middot middot middot

)A

=

1 0 0 0

0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

0 0 0 1

(1029)

と計算できるこの時間発展は |gg⟩と |ee⟩に何も影響を及ぼさないが |ge⟩と |eg⟩の間にRabi振動のような占有確率の振動を引き起こすとくに t = 3π2gのときiSWAP

になる

eminusi3π2A =

1 0 0 0

0 0 i 0

0 i 0 0

0 0 0 1

(10210)

次にパラメトリックゲイン相互作用のような次の相互作用を考えよう

Hint = hg(σ+σ+ + σminusσminus) =hg

2(σxσx minus σyσy) (10211)

これもほぼ同じ計算によって

eminusig(σxσxminusσyσy)

2t =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 1 0 0

0 0 1 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10212)

第 10章 量子ゲート 138

となる今度は |gg⟩ |ee⟩で張られる部分系での ldquoRabi振動rdquoになるt = 3π2gのときは特別に bSWAPゲートと呼ぶ今度は上記の二つの相互作用を同じ結合強度で同時に働かせてみようHamiltonianは

Hint = hg(σ+σminus + σminusσ+) + hg(σ+σ+ + σminusσminus) = hgσxσx (10213)

であり見るからにXXゲートを与えそうに思われるがあえて一般的な式exp[minusiσξσξα] =cosαI otimes I minus i sinασξ otimes σξ(証明は容易である)から計算すると

eminusigσxσxt =

cos gt 0 0 minusi sin gt0 cos gt minusi sin gt 0

0 minusi sin gt cos gt 0

minusi sin gt 0 0 cos gt

(10214)

となり実際にXXゲートとなることがわかる同様にZZゲートは σzσzという相互作用項から生じる最後にHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (10215)

を考えようこれは上記のケースよりも少し複雑な計算が必要になるが詳細は付録( G節)に譲り結果を述べると

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(10216)

となりt = π2gで全体の位相因子を除き SWAPゲートを与える

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t = eminusi

π4

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(10217)

ここまでみてCNOTゲートや CZゲートのような制御量子ゲートが物理学で頻繁に目にする ldquo自然なrdquo相互作用からは直接導かれないことに気づく制御量子ゲートは通常SWAPゲートなどの二量子ビットゲートと一量子ビットゲートを組み合わせて実現される

103 Cliffordゲートとnon-Cliffordゲート本節では量子ゲートのもう少し一般的な側面について言及しておこう手始めに n量

子ビットの Pauli群を導入する群とは単位元と逆元を含みある演算に関して閉じて

第 10章 量子ゲート 139

いるようなものの集合であり詳細は成書に譲るn量子ビット Pauli群 Pnは

Pn = eiπ2ΘΞ1 otimes middot middot middotΞn |Θ = 0 1 2 3 Ξi = Ii Xi Yi Zi (1031)

で定義され添え字の iは i番目の量子ビットに作用することを意味するPnの元は全体にかかる因子 1minus1iminusiを除けば一量子ビットゲートのテンソル積で書けるPauli群の元を Pauli群の元に移すようなユニタリ変換の集合を考えるとこれは群をなしClifford群 Cnとして知られているものとなるn量子ビットに対するユニタリ変換の集合を Unと書くときちんと定義を書けば

Cn = V isin Un |V PnV dagger = Pn (1032)

であるClifford群の元を Cliffordゲートというが例えばHXH = ZHZH = XSXS = Y などからHadamardゲート H と S ゲートは一量子ビットのCliffordゲートであることがわかる一量子ビットのClifford群の位数すなわち元の数はいくつになるだろうか一量子ビットのPauli群の元はある軸周りの回転に対応するためClifford

ゲートは xyz軸を(右手系を保ったまま)入れ替える操作に対応するすなわち正負の向きも含めて x軸を決めるのに 6通りそれに直交するように y軸を決めるのに 4

通りありこれらが決まれば自然と z 軸が決まるため6 times 4 = 24通りとなる二量子ビットゲートに関してはどうだろうか例えば CNOT(X otimes I)CNOT = X otimes X やCNOT(I otimes Z)CNOT = Z otimes Z などからCNOTゲートが二量子ビットCliffordゲートとなる [9]ことはわかるでは C2の位数はいくつあるかというと11 520個である一般には Cnの位数は 2n

2+2nprodnj=1(4

j minus 1)であることが知られている残念なことにかのGottesman-Knillの定理によればPauli演算子の固有状態が初期

状態でこれにCliffordゲートのみを作用させて実行される量子計算は ldquo確率的古典コンピュータrdquoによって効率的に(多項式時間で)シミュレート可能であることが知られているさらにCliffordゲートのみでは任意の量子状態を生成することができないことも知られているしたがってユニバーサルな量子操作を達成し古典コンピュータでは効率的に実行できない計算タスクを遂行するためにはnon-Cliffordゲート即ちClifford

群にない量子ゲートが不可欠である3そして喜ばしいことにT ゲートは non-Clifford

ゲートであるこれが任意の量子状態を生成できることはHadamardゲートとの組み合わせで THTH という演算の回転角が θTHTH = 2arccos [cos2 (π8)]と πの無理数倍になることからわかるそして Solovey-Kitaevの定理のいうところによれば十分な精度で任意の量子状態を近似するのには多項式時間あればよいこれらのトピックについての詳細はRef [[9]]を参照されたい

3魔法状態(magic state)|ψm⟩ = cos θ8|g⟩+ sin θ

8|e⟩を用いれば Cliffordゲートのみでも任意の量子

状態を生成可能であるnon-Cliffordゲートの難しさを魔法状態の準備に押し付けているだけとも言える

140

第11章 量子状態の測定とエラーの評価

111 射影測定と一般化測定一般に量子状態に対する測定は測定される量子状態を大きく変えてしまうこれ

が量子測定(quantum measurement)についてここで一節を割く理由であるがきちんとした量子測定の定式化によって測定の後の量子状態が記述でき量子エラー訂正などで役に立つという理由もある [9]|ψ⟩ =

sumi ci |φi⟩という量子状態を測定するとしよう実際の実験においては測りたい

対象である量子系Tと測定のための量子系Pを用意しそれらの間の何らかの相互作用で量子系Tの状態と量子系Pの測定で得られる物理量の対応が付くようにすることが多い射影測定(projective measurement)とは状態 |φi⟩の占有確率 pi = |ci|2を抽出し測定後の状態が |φi⟩に ldquo射影rdquoされるようなものである射影演算子 Pi = |φi⟩ ⟨φi|を用いると射影測定によって(ひとまず規格化を無視して)|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩ = ci |φi⟩と状態が変化するこれを密度演算子で記述しかつ規格化条件も考慮すると

|ψ⟩ rarr Pi |ψ⟩radicpi

(1111)

ρ = |ψ⟩ ⟨ψ| rarr Pi |ψ⟩ ⟨ψ|Pipi

(1112)

という状態の変化が射影測定によって生じる上記は純粋状態に対する表式であるから混合状態ふくむ一般の量子状態 ρについてかつ射影測定のみならず一般的な測定についても有用な測定の定式化を紹介しようこのためにKraus演算子を導入しようKraus演算子は量子測定においては測定による状態変化を表すものと考えてよいすなわち射影測定の場合には射影演算子Mg = |g⟩ ⟨g|とMe = |e⟩ ⟨e|がKraus演算子となるし蛍光測定(photoluminescence measurement)のように基底状態が測定されると基底状態のままだが励起状態が測定される場合に量子状態が基底状態へと変わるようなものではMg = |g⟩ ⟨g|とMe = |g⟩ ⟨e|が Kraus演算子となる量子ビットの場合には測定に係る量子状態が二つであるから Kraus演算子は二つでこれらをMi (i = g e)

と書く添え字は測定の結果そうであったと判明した状態を表しiの状態が測定された時には密度演算子はMiρM

daggeri のように変化を受けるこれを状態 iに見出す確率 piを

用いて規格化すると測定後の状態は測定に誤差がない場合に一般に

ρrarrMiρM

daggeri

pi(1113)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 141

と書けるもう一つ重要な概念として positive operator-valued measure (POVM) について述べておく1これはKraus演算子に対しEi =Mi

daggerMiで定義される量で各状態に見出される確率の合計が 1であるという条件と等価なsumiEi = I が成立するこれを用いると状態 iに見出す確率 piは pi = Tr

[MiρM

daggeri

]= Tr

[M daggeriMiρ

]= Tr [Eiρ]と

書けるPOVMは蛍光測定のような場合にも射影演算子と一致するがこのような測定を射影測定と区別して誤差のない測定と呼ぶこれよりも一般的な誤差のある測定について詳細は成書を参照していただくとして射影測定を例に触れておこう射影測定で生じるエラーとして(i)検出器のノイズなどにより本来信号を検出しない量子状態の測定であるのに信号を検出してしまったならびに (ii)検出器の量子効率が 1

でないために本来信号を検出すべき量子状態の測定で信号を検出できなかったという二つの場合を考えどちらも確率が ϵで起こるとするこのときの Kraus演算子はMg =

radic1minus ϵ |g⟩ ⟨g|+

radicϵ |e⟩ ⟨e|とMg =

radicϵ |g⟩ ⟨g|+

radic1minus ϵ |e⟩ ⟨e|となるこのような

誤差のある測定の場合にはKraus演算子も POVMも射影演算子と一致しないもうひとつ重要な概念として量子非破壊測定(quantum non-demolition measurement

QND measurement)について述べておく量子非破壊測定は射影測定すなわち測定の結果判明した量子状態に射影される測定の中でもさらに次の条件が付くそれは同じ量子状態に対する測定を複数回行ったときに測定後の量子状態のアンサンブル平均の状態が測定前の量子状態と同じ占有確率を与えるという条件である測りたい対象である量子系 Tと測定のための量子系 Pがあるという設定を思い出そう量子非破壊測定は量子系Tと量子系 Pの間の相互作用と量子系Tの測定される物理量が可換であるような測定と言い換えることもできる量子ビット系に関しては σz を測定することになるがこの文脈における量子非破壊測定はZZ相互作用やZX相互作用のように興味のある量子ビットに対して σzの作用をする相互作用を用いたものであるといってよいさらに砕けた言い方をすると量子非破壊測定とは測定したい量子ビットに対する測定の ldquo反作用rdquoを量子ビットの位相変化に押し付けられるような測定である

112 量子状態の評価 -量子状態トモグラフィ量子ビットのある状態から出発して量子ゲートによりなんらかの目的の状態を生成

したいとするこのとき初期状態量子ゲート測定のエラーといったさまざまな要因により最終的な量子状態は目的の量子状態とは異なるものになってしまい得るしたがって手持ちの量子状態がどんなものであるかを評価しなければならないここでは未知の量子状態がどのような状態であるかを明らかにするための量子状態トモグラフィという手法について説明する一量子ビット系の密度演算子は ρ = (12)(I + sxσx+ syσy + szσz)と表されることは

すでに述べたこの量子状態を知るためにはスピン成分である係数 sxsysz を決定すればよいだろうPauli演算子 σξとその積 σξσζ (ξ = ζ)はトレースがゼロであることに注意するとスピン成分は sξ = Tr [ρσξ]によって求まることがわかるではこの

1ややこしいがPOVMの measureは測度の意味

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 142

量を実際にはどうやって測定すればよいだろうか量子実験においてはほとんどの場合量子状態に関して得られる信号は量子状態の占有確率すなわち sz に関するものである逆に言えば sxや sy 分の情報を通常の測定から得ることはできないそのためBlochベクトルを回転させてBlochベクトルの x成分や y成分を z軸にそろえsxや sy

を szの測定に焼きなおす必要がある例えば sxの測定ではRy(π2)という量子ゲートにより |+⟩ = (|g⟩+ |e⟩)

radic2 rarr |g⟩ |minus⟩ = (|g⟩ minus |e⟩)

radic2 rarr |e⟩という変換(回転)

が起こるつまり Blochベクトルの x成分である sxが量子ゲートの後には z成分に変わっておりz成分の測定により sxがわかるようになるのである同様にRx(π2)という量子ゲートによって |+i⟩ = (|g⟩+ i |e⟩)

radic2 rarr |g⟩|minusi⟩ = (|g⟩ minus i |e⟩)

radic2 rarr |e⟩

という変換がされsxの測定が可能になるこのようにして s = (sx sy sz)が多数回の測定によりわかれば測定者は密度演算子 ρの係数を明らかにすることができ量子状態のすべての情報を得ることができるこの一連の測定を量子状態トモグラフィ(quantum state tomography)という

113 フィデリティ量子状態の同定が済めば次にそれが所望の量子状態にどの程度近いかを表す指標を

用いて評価する必要があるこの指標としてよく用いられるのがフィデリティ(fidelity)であるフィデリティは量子状態の間の距離の数学的な定義は満たさないが量子状態が直交しているときに 0同じ時に 1となりかつ直感的な指標として広く用いられている一般の密度演算子で表された量子状態 ρと σに対してフィデリティF の定義を

F = Tr [ρσ] (1131)

とするこれは二つの量子状態が同じ場合には F = Tr[ρ2]= 1である二つの量子状

態が直交する場合には直交できる二つの量子状態はどちらも純粋状態でなければならずF = 0となる2ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティは

F = Tr [ρ |ψ⟩ ⟨ψ|] = Tr [⟨ψ| ρ |ψ⟩] = ⟨ψ| ρ |ψ⟩ (1132)

となる実際に生成した未知の量子状態が既知の量子状態とどれだけ近いかという評価にはこの形がもっともよく用いられるさらに単純化して ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|だとするとF = | ⟨ψ|ϕ⟩ |2つまり単に二つの量子状態の内積の二乗となる余談として完全混合状態どうしのフィデリティについて述べておこう一量子ビッ

トの完全混合状態の密度演算子は I2であるからフィデリティはトレースに注意してF = 12となる完全混合状態は量子ビットが一切のコヒーレンスを失った状態であるから最も量子制御と縁遠いものであるがそれでも(一量子ビットにおいては)05というフィデリティの値が出てしまうむしろフィデリティがゼロのときには必ず量子状

2この逆つまり F = 0となるのは二つの量子状態が直交するときのみであることも示すことができる

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 143

態が直交するということなのでその意味では信頼性が高い状態準備ができているともいえる多量子ビット系になると完全混合状態の密度演算子は Iotimesn2nとなり二つの完全混合状態の間のフィデリティは 2n(12n)(12n) = 12nとなるので結局フィデリティは高い方が良いという指標になる最後にフィデリティのもう一つの定義を紹介する上記では密度演算子の積のト

レースによりフィデリティを定義したが密度演算子の積の平方根のトレースで定義することもある

f = Tr

[radicradicρσ

radicρ

] (1133)

これついて ρが未知の状態σは既知の純粋状態で σ = |ψ⟩ ⟨ψ|であるとするとフィデリティはトレースの巡回性から f = Tr

[radicradicρ |ψ⟩ ⟨ψ|radicρ

]=radic⟨ψ| ρ |ψ⟩Tr [|ψ⟩ ⟨ψ|] =radic

⟨ψ| ρ |ψ⟩となるさらに ρも純粋状態で ρ = |ϕ⟩ ⟨ϕ|と書ければf = | ⟨ψ|ϕ⟩ |となる

114 量子ゲートエラーの評価一量子ビットなどの量子ゲートはパルス面積を決めて電磁波を量子ビットに照射する

ことで実現されるしかしながら実験的あるいは原理的な様々な理由によって実行したい量子ゲートの理想的な操作からはずれてしまうものだいくつかその原因の例を挙げるとパルス時間の制御機器の時間領域における精度が十分でないとか照射する電磁波に強度の変調がかかってしまっているだとか照射電磁波の位相がドリフトしてしまい xゲートを実行したつもりが Y ゲートも少し混ざってしまうとかそういったものであるであるから前節の量子状態トモグラフィと併せて量子ゲートの精度を測定するための手法とその評価のためにある量子状態が別の量子状態とどれだけ近いかを表す指標が必要である本節ではノイズに関する短い導入の後これらについてみていこう

115 ノイズ演算子純粋状態の場合量子系の発展は量子状態 |ψ⟩に何かしらの演算子が作用するという

ふうに記述されるもし混合状態も含めた一般的な量子仮定の記述をしたければ密度演算子に関する作用を考えなければならないこれはKraus演算子Aiを用いて次のように書かれる

E(ρ) =sumi

AiρAdaggeri (1151)

当然Kraus演算子から構成される POVMは確率の総和が 1になるという条件を満たさねばならない例えばE(ρ) = XρX は量子ビットが確率 1でフリップする(|g⟩と|e⟩が入れ替わる)過程を表す純粋状態についてはXρX = X |ψ⟩ ⟨ψ|Xdaggerと単にX |ψ⟩の密度演算子となることからも納得はできるであろうこの完璧な操作に対し実際に

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 144

行われる操作は環境のノイズが混ざった不完全なものであるこのノイズにより確率的に引き起こされる過程をΛと書くとこれは英語では superoperatorと呼ばれる密度演算子(密度演算子)に対する演算子となるもしノイズが pの確率で量子ビットをフリップさせるようなものならこのビットフリップエラー(bit-flip error)の演算子Λx

Λxρ = (1minus p)ρ+ pXρX (1152)

と書かれるもうひとつ例を挙げるともしノイズにより確率 pで位相がフリップする(π回転する)ならばこの位相フリップエラー(phase-flip error)に対応するノイズ演算子 Λz は

Λzρ = (1minus p)ρ+ pZρZ (1153)

これらは x軸と z 軸まわりの量子ビットのフリップが確率的に起こる過程を表しているy軸まわりのものはビット-位相フリップエラー(bit-phase-flip error)と呼ばれ

Λyρ = (1minus p)ρ+ pY ρY (1154)

であるもうひとつ上記のすべてが等確率で起こるものとして脱分極(depolarizing)エラー

Λdρ = (1minus p)ρ+p

3(XρX + Y ρY + ZρZ) (1155)

があるしかしながらこの過程は実際には非現実的でその対称性による理論的な取り扱いやすさから導入されたものと思われるさてノイズ演算子(noise superoperator)について例を挙げつつ説明したが実は現

実に起こるエラーとして最も重要なのは次の自然放出に起因するエラーであるこれは amplitude dampingともいわれ

Λampρ = A0ρAdagger0 +A1ρA

dagger1 (1156)

と書かれるKraus演算子は

A0 =

(1 0

0radic1minus p

) A1 =

(0

radicp

0 0

) (1157)

と書かれるひとつめのKraus演算子A0は |e⟩の占有確率が減少する過程を表しておりふたつめの Kraus演算子 A1はその過程が |e⟩から |g⟩への遷移に起因することを示しているそして励起状態の占有確率の減少と |e⟩から |g⟩への遷移の二つは同時に確率 pで起こる自然放出は真空場による誘導放出と解釈できるためノイズ源はなんと真空場であり不可避である

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 145

116 量子プロセストモグラフィ量子プロセストモグラフィ(quantum process tomography)は量子状態トモグラ

フィのように量子過程を完全に同定するための手法である量子プロセストモグラフィをする目的としては実験的に実装された量子ゲートが理想的な量子ゲートにどれだけ近いかを量的に評価することであるある量子状態 ρにどれだけ理想的なゲートからずれているかわからない ldquo未知のrdquo

量子ゲートを作用させるとしよう種々のノイズの結果としてこの量子ゲートによる作用は E(ρ) =

sumiAiρA

daggeri と書けるであろうn量子ビット系の量子状態は d = 2n次元

のHilbert空間となるがこれに対するKraus演算子は常に n量子ビット系に d個ある直交する演算子を用いて Ai =

summ aimEm m = 1 2 dと表現することができる

これを E(ρ)に代入すると

E(ρ) =summn

χmnEmρEdaggern (1161)

と書き直すことができるここで χ行列 χmn =sum

i aimalowastinを導入したこれはPauli行

列と恒等演算子という非常に扱いやすい演算子のセットで未知の量子状態を特徴づけるものとなる実験においては量子ビット系を d2個ある線形独立な状態の中からひとつの状態 ρj

に用意し量子ゲートを作用させるそして量子ビットの状態を量子状態トモグラフィにより同定するこの一連の工程によって最終的な状態は E(ρj) =

sumk cjkρkと書ける

ρjが線形独立であることからEmρjEdaggern =

sumk βmnjkρkという展開も可能であるからsum

k

cjkρk =summn

sumk

χmnβmnjkρk hArr cjk =summn

χmnβmnjk (1162)

したがって βmnjkの逆行列を用いると次を得る

χmn =sumjk

βminus1mnjkcjk (1163)

右辺では cjkが量子状態トモグラフィによって実験的に明らかにできるパラメータでありβmnjkは ρkが理想的な場合の EmρkE

daggern =

sumk βmnjkρkから計算により求めること

ができるしたがってχ行列は d2個の ρkに対して上記のような工程を行い評価することができるのである演算子の組 Eiは一量子ビット系では IX Y Z二量子ビット系では II IX Y Z ZZでありχ行列は一量子ビット系では 4times 4二量子ビット系では 16times 16の行列となるここでひとつ量子プロセストモグラフィについて注意しておきたいことがある量

子技術においては量子系の初期状態の準備量子ゲートによる操作そして測定が行われ測定結果はさらにそのあと作用する量子ゲートへとフィードバックされたりするこういった工程のなかで量子プロセストモグラフィが検出するのは一連の工程で生じたすべてのエラーを含んだものであるすなわち量子状態準備と量子測定のエラー

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 146

(state preparation and measurementで SPaMエラーと略される)は分離できないのであるまた量子プロセストモグラフィは量子ビットの数が増えると指数関数的に実験時間が増えかつ扱う行列のサイズも指数関数的に大きくなるため大規模化した量子系での量子プロセストモグラフィは現実的ではない

1161 ゲートフィデリティ量子プロセストモグラフィを現実にやるかどうかはともかく量子ゲートが特徴づ

けられてしまえば量子状態のフィデリティのように理想的な量子ゲート U と現実に行われた操作がどれだけ近いかを表す指標が必要であろうここでゲートフィデリティ(gate fidelity)を理想的な場合に生成されるべき量子状態UρU daggerと現実の操作で生成された状態 E(ρ)のフィデリティ

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]として定義したいところであるこれは次のように書きなおすことができる

F primeg = Tr

[UρU daggerE(ρ)

]= Tr

[UρU dagger

summ

χmEmρEdaggerm

]

= Tr

[Uρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

dagger

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermUU

daggerU

]

= Tr

[ρsumm

χmmUdaggerEmρE

daggermU

]= Tr [ρΛ] (1164)

ここでノイズ演算子 λを Λ =sum

m χmmLmρLdaggerm with Lm = U daggerEmで定義している

もしも実行された量子ゲートが完璧であり E(ρ) = UρU daggerとなるのであれば当然ゲートフィデリティは同じ量子状態の間のフィデリティと等価になってFg = Tr

[ρ2]= 1

となる実際には種々のエラーが量子操作に紛れ込み初期状態として用意した純粋状態が混合状態へと劣化してしまうこのときにはF prime

g lt 1に低下するところがゲートフィデリティは密度演算子 ρによって値が変わってしまうことに

注意しよう例としてビットフリップゲートX が所望の量子ゲートであるとし確率 pで Zになってしまうすなわち位相フリップエラーが起こるとしようこのときρ = |g⟩ ⟨g|あるいは ρ = |e⟩ ⟨e|のときには位相フリップエラーの影響があらわには出ずこれではエラーを検知できずに F prime

g が 1になってしまうこれを避けるためにゲートフィデリティFgは任意の純粋状態 |ψ⟩に対して F prime

gを計算したなかの最小値であると定義しよう

Fg = min|ψ⟩

Tr[U |ψ⟩ ⟨ψ|U daggerE(|ψ⟩ ⟨ψ|)

] (1165)

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 147

これによって量子ゲートのエラーを過小評価することはなくなったためしに先ほどの例すなわちビットフリップゲートXが所望の量子ゲートであり確率 pでZになってしまう場合について計算してみよう

Fg = min|ψ⟩

Tr [X |ψ⟩ ⟨ψ|XE(|ψ⟩ ⟨ψ|)]

= min|ψ⟩

Tr [⟨ψ|X[(1minus p)X |ψ⟩ ⟨ψ|X + pZ |ψ⟩ ⟨ψ|Z]X |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

Tr [⟨ψ|Y |ψ⟩ ⟨ψ|Y |ψ⟩]

= (1minus p) + pmin|ψ⟩

(⟨ψ|Y |ψ⟩)2

= 1minus p (1166)

からこの量子ゲートのゲートフィデリティは 1minus pであるといえる量子プロセストモグラフィを用いて量子ゲートの素性を明らかにした場合にはその結果を E(|ψ⟩ ⟨ψ|)として代入し同様の計算をすることになる

117 Randomized benchmarking

量子プロセストモグラフィはSPaMエラーとゲートのエラーを区別できないこと以上に多量子ビット系になるにつれてゲートの評価自体に用いる χ行列の次元が指数関数的な増大を見せることから現実的でないと思われているこの問題から実際の実験では randomized benchmarkingという量子ゲートの評価手法が広く用いられているRandomized benchmarkingはいくつかの仮定の下に量子ゲートのゲートフィデリティを見積もる方法でありそれらの仮定が実際の状況に即しているかは慎重に見極めなければならないそれを差し引いてもこの手法はゲートエラート SPaMエラーを分離して測定できるかつ量子プロセストモグラフィよりも圧倒的にゲートエラーの評価が容易であるというメリットからしばしば用いられるRandomized benchmarkingの実際の手順を箇条書きで述べよう

bull 量子ビット系を |ψi⟩に初期化する

bull ランダムに選ばれた l isin N 個の Cliffordゲートを作用させる

bull 上記の Cliffordゲート列の全体の逆元を作用させる

bull 最終的な状態 ρf が |ψi⟩ ⟨ψi|と同じであるかどうか確かめる

bull lを増加させたときの ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティの減衰からゲートフィデリティを見積もる

Cliffordゲートの数 lが増加するにしたがって ρf と |ψi⟩ ⟨ψi|の間のフィデリティは指数関数的に減衰するこの指数関数的減衰をフィッティングしてゲートフィデリティ

第 11章 量子状態の測定とエラーの評価 148

を得るというのが randamized benchmarkingであるそしてゲートの数に対するフィデリティの減衰を評価する手法であるからSPaMエラーとゲートエラーを別々に評価できるということも明らかであろう実験で行う解析を二量子ビット系で考えてみよう量子プロセストモグラフィでは 16 times 16の行列とその逆行列を扱うことになりrandomized benchmarkingでは 11 520個のCliffiordゲートがまんべんなく登場するようにシークエンスを整えることになるどちらも一長一短に思えるうえrandomized

benchmarkingでは Cliffordゲート全体のゲートフィデリティの平均値が求まるのみという点はあるものの自動的にゲートを乱数で生成するプログラムがあればよく直観的でもありSPaMエラーとの分離も可能でinterleaved randomized benchmarking

と呼ばれる方法で個別のゲートフィデリティの評価も可能な randomized benchmarking

が用いられることは多いRandomized benchmarkingはこのように便利に思えるが上記のようにゲートフィ

デリティを得るうえで仮定されていることがいくつかあるこれらの中には現実的でないものも含まれるがひとまず列挙してみよう

bull すべてのノイズ演算子があらゆる Clifford演算子に等しく含まれる

bull 平均のゲートフィデリティはノイズがあたかも脱分極エラーであったかのように計算される

bull ノイズはマルコフ過程的であるすなわちノイズに時間相関はない

これらの仮定は特に一つめと二つめについては実験的な観点では到底現実的ではない例えば一つめに関しては量子系ごとに量子ゲートの得意不得意がありすべての量子ゲートが等しくすべてのノイズ演算子を持つというのは考えにくい二つめについて脱分極エラーがそもそも現実に即していないというケチが付くむしろ自然放出と位相緩和が主な実験的エラーであることがほとんどだ三つめに関してはノイズがMarkov過程的であるという根拠はないが実験的にはノイズをMarkov過程でモデルすると物理現象をうまく説明できることが多く実験的には妥当であろうと思われるこのような事情にもかかわらず randomized benchmarkingはその簡便さから頻繁に用いられる余談であるが自然放出によるエラーは状態空間を非一様に覆うように作用してしまうためrandomized benchmarkingの仮定が崩れてしまうこれに対処するためにトワリング(twirling) [10]というBlochベクトルをわざとぐるぐる回転させてこの効果を打ち消す方法がある

149

第12章 量子エラー訂正の基礎

従来のコンピュータで用いられるようなビットでもそうであるように量子ビットも常にノイズにさらされエラーが発生する現実的な量子技術は 106回以上の量子状態準備量子ゲート量子測定量子操作が必要となるといわれているこのような大きな数の操作と立て続けに行うと例えばゲートフィデリティが 09999という精度を持っていても 1 000回で 09100 000回で 10minus5まで全体の量子操作のゲートフィデリティが低下してしまうしたがって量子ゲートのエラーは従来のコンピュータでも行うようにエラー訂正をしなければ使い物にならない量子ビットに対するこのようなエラー訂正を量子エラー訂正(quantum error correction)とよぶ従来のコンピュータで行うエラー訂正は多数決の方法をとっているすなわちビッ

トのコピーを複数用意しておきエラーが発生するレートが低いという仮定の下で複数のコピーの中で多数である方を正しい結果として採用する一方で量子エラー訂正は従来のエラー訂正のように簡単ではないこれは次のような事情があるためである

(i) エラーは Bloch球上で連続的に発生する

(ii) 複製禁止定理によって量子状態のコピーを作ることができない(付録 J)

(iii) 測定は量子状態をlsquolsquo 破壊 rsquorsquoする

これらの条件のもとでのエラー訂正は一筋縄ではなくいままでに考案されてきた量子エラー訂正のコード(量子エラー訂正ができるように複数の量子ビットから一つの量子ビットを構成する方法)は上記の問題を巧みに回避しているつまり量子エラー訂正を実行するために量子状態は壊すことなく量子ビットに起こるエラーを ldquoデジタルrdquo

に検出するのである量子エラー訂正ができるようになることによる代償もあるそれは従来のビットに対する多数決の方法のように量子ビットを数多く使用して冗長性を確保しなければならないことであるさらに量子エラー訂正が動作するためのエラー閾値というものがあるがこれが非常に厳しい要求となっている言い換えると量子操作全般に対するフィデリティが現状の最先端技術を駆使しても達成困難なほど高くなければならないのである本節ではこのような状況を概観するために量子エラー訂正の基本的な考え方をみていく本節で網羅できない詳細については成書 [9 11]

をあたってほしい

第 12章 量子エラー訂正の基礎 150

121 スタビライザーによる定式化量子エラー訂正の話に進む前にスタビライザー(stabilizer)による定式化につい

て少し述べておくとのちに便利であるスタビライザー群 Sはn量子ビット Pauli群Pnの可換な部分群であり次の条件をみたすものである

S = Si | minus I isin S [Si Sj ] = 0 for all Si Sj isin S le Pn (1211)

ここで群に対する不等号は部分群であることを意味するn量子ビット Pauli群 Pnの部分群でありかつスタビライザー群の元であるスタビライザー演算子 S isin S は固有値plusmn1をもつまたスタビライザー群のすべての元が可換であることからスタビライザー群のすべての元に共通の固有状態があることもわかるところで群は生成子というその積によって元の群が作られるような部分集合により特徴づけられるスタビライザー群の生成子 Sg の集合をスタビライザー生成子と呼ぶスタビライザー生成子のある元がほかの元の積によって書かれないように最小限の元だけで構成されるスタビライザー群はスタビライザー生成子から生成される(S = ⟨Sg⟩とかく)が

そのスタビライザー生成子の数は |S|をスタビライザー群の位数(元の数)として高々log |S|個であることが知られているここにスタビライザー群を用いた量子系の記述に関するメリットのひとつが浮き彫りになるすなわち量子系が拡大していくにつれて指数関数的に状態の数が増えていくもののスタビライザーによる定式化を用いれば高々量子ビット数に比例する程度でしか増えないスタビライザー生成子で量子状態を指定することが可能になるのであるスタビライザー演算子は可換であるからすべてのスタビライザー演算子の同時固有

状態が存在することはすでに述べたこの固有状態のうち任意の Si isin S に対して固有値が 1すなわち Si |ψ⟩ = |ψ⟩となるものが存在するこの固有状態 |ψ⟩をスタビライザー状態といいスタビライザー状態により張られる固有空間 Vsを Sのスタビライザー部分空間ともいうのちの便宜を図るためスタビライザー演算子について固有値がminus1の固有空間を V prime

s と書くことにするS = ⟨Z1 middot middot middotZnX1 middot middot middotXn⟩ (n 偶数)というスタビライザー群を例にとるとこの

スタビライザー部分空間は

|ψ⟩ = |g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩radic2

であるただし |ξ1⟩ otimes |ξ2⟩ otimes middot middot middot otimes |ξn⟩を |ξ1ξ2 middot middot middot ξn⟩と表記しているもう一つの例としてX1 middot middot middotXn を除いて S = ⟨Z1 middot middot middotZn⟩というスタビライザー群を考えるとスタビライザー部分空間は |g middot middot middot g⟩ |e middot middot middot e⟩となるもしもこのスタビライザー部分空間に対して一つの量子ビットがフリップするような過程が起こるとその量子状態は|eg middot middot middot g⟩ |ge middot middot middot g⟩ |gg middot middot middot e⟩で張られるような部分空間に入ってしまうこれらは実は演算子 Z1 middot middot middotZnに対しては固有値が minus1となるような状態になっている言い換えるとこのビットフリップエラーによってもともと Vsにあった量子状態が V prime

s へと移ってしまうのであるこれを用いるとZ1 middot middot middotZnの測定によりビットフリップエラー

第 12章 量子エラー訂正の基礎 151

が検出できることになるしかしながらこの測定によってその量子ビットがフリップしたかは判別できない量子エラー訂正をするためにはもういくつかの工夫をしなければならないしかしながらきちんとした量子エラー訂正の符号(quantum error

correction code)すなわち複数の物理的な量子ビット(physical wubit)によりひとつの論理量子ビット(logical qubit)を構成するやり方が与えられればその記述がスタビライザーによる定式化により整理されスタビライザー部分空間に量子ビットがエンコードされスタビライザー生成子の測定によりエラーが検出されそしてエラーの訂正が行われるというふうに系統的に量子エラー訂正を理解することができる

122 三量子ビット反復符号完全な量子エラー訂正の符号に入る前に三量子ビット反復符号(three-qubit rep-

etition code)というビットフリップエラーを検出し訂正することが可能な符号についてみておこう三量子ビット反復符号のスタビライザー群は S = ⟨Z1Z2 Z2Z3⟩でありスタビライザー部分空間は Vs = |ggg⟩ |eee⟩となるこのスタビライザー部分空間に論理量子ビット |0L⟩ |1L⟩をエンコードするがそのやり方はいたって単純で |0L⟩ = |ggg⟩|1L⟩ = |eee⟩とすればよいこのときに論理量子ビットに対する論理Pauli演算子がXL = X1X2X3と ZL = Z1Z2Z3であることはほとんど自明だろうこのもとでスタビライザー生成子の測定によって何がわかるかをみてみようまずZ1Z2

と Z2Z3はZ |g⟩ = |g⟩Z |e⟩ = minus |e⟩から常にスタビライザー状態に対して+1という固有値を持つことがわかるこれは上記のスタビライザー生成子が偶数個の Z の積であるためであるこれは Vsの定義から明らかであろうではビットフリップエラーが起こるとどうなるであろうかここでは一番目の量子

ビットにフィットフリップエラーが発生しa |ggg⟩+ b |eee⟩というスタビライザー状態が a |egg⟩+ b |gee⟩となってしまったとしようするとZ1Z2の測定はminus1という値を返しZ2Z3は+1という値を返すこととなるとここまで説明すればZiZj の測定値がi番目と j 番目の量子ビットが同じ状態(+1)か異なる状態(minus1)かを判別するものになっていることに気が付くこのような測定をパリティ測定(parity measurement)という逆に Z1Z2と Z2Z3のふたつのパリティ測定の結果から1番目と 2番目の量子ビットは異なる状態だが 2番目と 3番目の量子ビットは同じ状態にあるということを知ることができるエラーの発生確率が十分低く二つ以上の量子ビットがいっぺんにフリップするようなことは起こらないという仮定のもとでこの情報は 1番目の量子ビットにエラーが発生しているということを示しているパリティ測定によってどの量子ビットにエラーが起こっているかを判別する一連の測定をシンドローム測定(syndrome

measurement)というシンドローム測定のために測定のための補助(ancillary は差別的な表現である

として最近は auxiliary がよく用いられる)量子ビットをスタビライザー生成子ひとつにつき 1個つけておこうZ1Z2 の測定のための補助量子ビットを添え字 aであらわすと初め |0L⟩ |ga⟩ であったとしエラーによって |egg⟩ |ga⟩ になってしまったと

第 12章 量子エラー訂正の基礎 152

しようこのときに 1 番目と 2 番目の量子ビットをそれぞれ制御量子ビットとするCNOTゲートCNOT1aCNOT1bを補助量子ビットに作用させると|egg⟩ |ga⟩

CNOT1ararr|egg⟩ |ea⟩

CNOT2ararr |egg⟩ |ea⟩というように補助量子ビットの量子状態が変化し補助量子ビットの σz の測定値すなわち 1番目と 2番目の量子ビットに関するパリティ測定の結果がminus1となる2番目と 3番目の量子ビットに関しても同様に補助量子ビットを用意してパリティ測定を行うと補助量子ビットの状態は変わらずパリティ測定の結果として+1を得るこのようにして得られた測定結果に応じてエラーのある量子ビットにX ゲートをかけるようなシステムを構築すればビットフリップエラーに対する量子エラー訂正ができることになるエラーが訂正されれば当然量子状態はスタビライザー部分空間 Vsに戻るここで上記の量子エラー訂正によって正しい量子状態が保たれる確率がどうなるか

を議論しよう論理量子ビットを構成する三つの量子ビットにエラーが全く起きない確率は一つの量子ビットにエラーが起きる確率を pとして (1minusp)3であるこれはそのままでは pに比例する項があるのだがもしエラー訂正が可能となり一つの量子ビットがフリップしても正しい状態に戻すことができるとなればこの確率は (1minusp)3+3(1minusp)2p =1minus 3p2 + 2p3となりpに比例する項が消えpが十分小さい場合には量子エラー訂正後の正しい状態を得る確率は量子エラー訂正なしの場合よりも高くなるここで述べた三量子ビット反復符号はビットフリップエラーを検出し訂正できるもの

であるもしスタビライザー群が S = ⟨X1X2 X2X3⟩であればスタビライザー部分空間は |+++⟩ |minus minus minus⟩になり本節の議論を少し変更するだけでこれが位相フリップエラーを訂正できる三量子ビット反復符号になっていることがわかるだろう同様にビット-位相フリップエラーについても三量子ビット反復符号によって量子エラー訂正が可能であるしかしながらこれらはそれぞれ 1種類のエラーしか訂正できない現実の量子ビットはこれらのすべてのエラーにさらされるのだから三つのエラーを検出し訂正できるような量子エラー訂正の符号が必要である

123 Shor符号前節で紹介した三量子ビット反復符号はビットフリップエラー位相フリップエラー

ビット-位相フリップエラーのどれか一つだけについて量子エラー訂正が可能となる符号であった本節では量子ビットに対するエラーを完全に訂正できる符号化の方法としてPeter Shorが導入した(九量子ビット)Shor符号(nine-qubit Shor code)を紹介しようこの符号化によってアナログな(連続的な)エラーにさらされる量子コンピュータがエラー耐性を獲得しうることが示された点で歴史的に非常に重要なマイルストーンであるShor符号において論理量子ビットは 9つの量子ビットを用いて次

第 12章 量子エラー訂正の基礎 153

のようにエンコードされる

|0L⟩ =(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)(|ggg⟩+ |eee⟩)

2radic2

(1231)

|1L⟩ =(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)(|ggg⟩ minus |eee⟩)

2radic2

(1232)

これらは次のスタビライザー群のスタビライザー状態であることはすぐわかる

S = ⟨Z1Z2 Z2Z3 Z4Z5 Z5Z6 Z7Z8 Z8Z9 (1233)

X1X2X3X4X5X6 X4X5X6X7X8X9⟩ (1234)

そして論理量子ビットに対する論理 Pauli演算子は

ZL = X1X2X3X4X5X6X7X8X9 (1235)

XL = Z1Z2Z3Z4Z5Z6Z7Z8Z9 (1236)

であるShor符号は小さなまとまりとしてビットフリップエラーに対する反復符号がありその論理量子ビットからさらに位相フリップコードを構成したような形になっていることに気が付くであろうこのような入れ子(英語では nestedがこの意味に近いがconcatenatedの方がよくつかわれる)の符号化は論理量子ビットのエラー耐性を増強するうえで今や定番の手法となっているシンドローム測定のうち Zotimes2の形のスタビライザー生成子は一番小さな三量子ビットのまとまりの中でビットフリップエラーを検出できXotimes6の形のスタビライザー生成子によって論理量子ビットの各括弧をひとまとまりと見た時にその位相フリップエラーを検出できるようになっているこの符号化の際にはシンドローム測定のために補助量子ビットを最低 8個つけておかねばならないXotimes6の測定のために 1つの補助量子ビットを 6つの量子ビットと相互作用させるのは一般に簡単ではないから実際にはより多くの補助量子ビットが必要になるだろうさてこのコードによってエラーが訂正されるための大前提は 9個のうち 2個以上の

量子ビットに同時にエラーが起こる確率が非常に小さいことであり三量子ビットの反復符号よりも厳しい条件ではあるもののそこまでエラー訂正のための条件が厳しいようには一見思えない実際三量子ビット反復符号のときのような確率の計算をすれば現在の最も精度の高い量子ゲートならば十分であるということになるかもしれないしかしながらここではもう少し現実的な状況を考えるすなわちいままではエラーが一度発生したらそれを検出するための測定や量子ゲート測定結果に応じたエラー訂正用の量子ゲートにはエラーは入らないと仮定していたのだがこれらすべてにエラーが入ると考えるのである最終的に量子エラー訂正が可能となった場合には量子ゲートと量子測定がすべてエラー耐性のある(fault-tolerantな)ものとなっているべきでエラーが確率 pで発生する際にそのエラーが別の量子操作にそのまま pで伝播するのではなくp2になって伝播するようにエラーを抑制しなければならない(error mitigation

といわれる)文献 [9]にあるようにきちんと解析するとある量子エラー訂正の符号

第 12章 量子エラー訂正の基礎 154

化に対してエラー耐性のある量子計算を行うためにどのくらいのエラー発生確率であれば許容できるかというエラー閾値(error threshold)が計算される単純な Shor符号の場合にはエラー閾値が 10minus7のオーダーであることが知られておりこれは現存するどんな技術においても達成されていないエラー発生確率である

124 発展的な量子ビットの符号化Shor符号はその単純さから比較的理解しやすいものだが10minus7程度というエラー閾

値が実装に対する厳しい制約となっている現状で最も精度の良い一量子ビットゲートのエラー率がsim 10minus6そして二量子ビットゲートについてはsim 10minus4であり近い将来における Shor符号の実装は絶望的であるこのような状況においてよりエラー閾値の高いあるいはエラー率を抑制できる量子ビットの符号化に興味がもたれいくつかの重要な発展をもたらした代表的なものとして表面符号とGottesman-Kitaev-Preskill

(GKP)符号がある表面符号(surface code)はトポロジカル符号(topological code)トーリック符号

(toric code)とも呼ばれるもので非常に大きな数の量子ビットの 2次元配列を用意しそれによって論理量子ビットを構成するものである表面符号が特徴的なのはエラー閾値がコヒーレントエラーなしの場合に 001コヒーレントエラーを含めても 10minus4程度と現在知られている量子エラー訂正符号のなかで最も高いエラー率を許容する点であるまた表面符号と物性物理学理論の関連も量子情報科学と物性物理学の橋渡しとなる興味深いトピックである欠点としては表面符号の構成に 1 000量子ビット以上のとにかく多数の系に大規模化しないければいけない点で大規模化に伴ってどの程度エラー率が悪化するかあるいは悪化しないで大規模化を達成できるかそして多数の量子ビットを制御するための電気光配線や制御系が現実的に可能かどうかが現在の量子系大規模化の潮流の中で盛んに調べられているふたつめのGKP符号 [13]は調和振動子の量子状態つまり Fock空間のなかで量

子ビットを構成する方法として注目を集めているもう少し具体的には位相空間上で二次元グリッド状に並んだ点としてあらわされる量子状態を生成しこれとグリッドの周期の半分だけ位相空間上でずれた状態のふたつの状態を論理量子ビットとするものである論理量子ビットをGKP量子ビットともいう実際に位相空間上の点を実現するのはinfin dBのスクイージングに対応し現実的でないため実際には有限の幅を持つグリッド状に並んだ分布で近似的に直交する二つの量子状態を構成することになり現在のところ原子イオンの振動自由度を使ったもの [14]と超伝導量子ビットとマイクロ波共振器の結合系 [15]における実証実験が行われているGKP符号の特徴としては表面符号で多数の量子ビットを用いて確保していた大きなHilbert空間を無限次元のHilbert

空間である調和振動子によって代替していることであるエラー耐性を持たせるために多数の GKP量子ビットを用いて構成した表面符号を構成するとエラー閾値が 10minus4

となることが知られているこれが実用的かどうかは甚だ疑問だが調和振動子の量子技術の一例として非常に興味深いものである

155

第13章 個別量子系に関するDiVincenzo

の基準

原子光子固体中の点欠陥超伝導量子回路などある個別量子系があったときにそれが量子技術への応用にどのくらい堪えるものかを見積もるための基準がDiVincenzo

によって提示された [20]これを以下に列挙しよう

(i) 拡張性があり特性の良くわかった量子ビットを内包すること個別量子系は他の量子状態のなかで主として量子ビットに用いられる二つの量子状態に占有確率を持つことさらに実際の応用に向けてこの多数の量子ビット系を一ヵ所に集積することができること雑な見積もりではあるがShorのアルゴリズムによって 1 000桁の数の因数分解をエラー耐性量子計算により行いたい場合には1 000量子ビットにより 1個の論理量子ビットを構成するとして1 000

論理量子ビットすなわち 106個の量子ビットが必要になる

(ii) 量子ビットの初期化ができること精度の高い量子ゲートが必要であるように量子ビットをある基準となる状態(ふつうは基底状態といって語弊はない)に初期化できるということも非常に重要である量子ビットが正しく初期化されない場合初期化されていることがわかる信号をもとに条件付きで量子情報処理をはじめることはできるしかし一量子ビットでさえ確率的となると多数量子ビットでは通常指数関数的に初期化される確率が減少していく

(iii) 十分長いコヒーレンス時間1を持つこと個別量子系の操作の実験は周囲の環境や実験装置自体のノイズによる様々なデコヒーレンスとの戦いであるこのデコヒーレンスは基本的に量子系を望ましい状態に用意したとしても徐々に量子状態が望まぬもの特に混合状態へと変わっていってしまうこの時定数がコヒーレンス時間であるしたがって量子ゲートあるいは量子計算全体はコヒーレンス時間よりも十分速く行われなければならないざっくりした計算になるが量子ゲートのパルス時間が τgでコヒーレンス時間が τcであるときにエラー率は τgτc程度になりゲートフィデリティは 1minus τgτc

程度になるというのがそれなりに実験とも合致する経験則である

(iv) ユニバーサルな量子ゲート操作が可能であることユニバーサルな量子ゲート操作は少なくとも一つの non-Cliffordゲートを含む一

1デコヒーレンス時間ということもある同じものを指している

第 13章 個別量子系に関するDiVincenzoの基準 156

量子ビットゲートと二量子ビットゲートのセットで実現できる一量子ビットゲートは量子ビットと電磁波の相互作用などを用いて実現され二量子ビットゲートは量子ビット間の相互作用を誘起することで実装される

(v) 量子ビットに応じた量子状態の測定ができること量子ビットは一般的な量子測定で記述される何らかの方法で量子測定が可能でなければならないそれは射影測定であるかもしれないし蛍光測定のような単なる誤差のない測定であるかもしれない正確にはあらゆる測定はノイズによって誤差のある測定となっているともかくこの量子測定によって量子状態トモグラフィなどが行われる

(vi) 局在した量子ビットと伝搬量子ビットの間の信頼性のある相互変換が可能であることふつうDiVincenzoの基準というと上の 5つまでをいうことが多いがこのこの 6

番目の基準を抜きに語られることもほとんどないので一緒くたにしてしまうこの基準は上野 5つとは違って量子ネットワーク [16]を意識した内容になっている局在した量子ビットとしては原子イオンや超伝導量子回路などの量子ビットを伝搬量子ビットとしては光子を思い浮かべればわかりやすい要するに共振器量子電磁力学系(cavity QED系)を用いて量子ビットの量子状態を光子の量子状態に高いフィデリティで転写することが可能であること

157

第14章 量子技術の概要

この章ではこれまで述べてきた量子技術によって実現される応用例を紹介する

141 量子計算量子系を巧みに利用することである種の計算を高速に実行することができる場合が

あるこのような計算を量子計算と呼ぶ量子計算では量子ビットを情報の担い手として用いるこれまで見てみたように量子ビットは射影測定によって離散的な結果を出力するが測定されるまでは重ね合わせ状態をとれるつまり量子ビットは重ね合わせ状態の複素数係数という本質的にアナログ的な情報を持つこの意味において量子計算は従来の計算とは大きく性質が異なる量子ビットがアナログ的な性質を持つために操作の不完全性や量子状態の寿命によ

るエラーの問題が生じるエラーは操作ごとに蓄積していき最終的な出力を信頼できないものにしてしまう巨大な量子干渉計である大規模な量子計算ではごくわずかなエラーのために結果が変化してしまうこの問題を解決するため現行のデジタル計算が有限のエラーの元で動作しているように「閾値動作」する量子計算が考えらえれているこれを誤り耐性(デジタル)量子計算と呼ぶこれは量子ビットの状態や各操作のエラーを量子誤り訂正によって訂正することによって実現する各種の量子操作がある閾値よりも小さいエラーに抑えられているとき量子操作の不完全性の影響を受けることなく巨大な量子干渉計である量子アルゴリズムを実行することができる一方で蓄積するエラーの下で計算を行うアナログ量子計算についても研究が進めら

れている量子アニーリングやNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)といったアナログ量子計算ではサンプリング問題や基底状態の特徴を評価するという問題を扱うことによって巨大な量子干渉計を構成することなしに計算結果を出力する

1411 Groverのアルゴリズム量子アルゴリズムの例としてGroverの量子探索アルゴリズムを紹介する4つの

値をとる変数 iに対して

f(x) =

1 x = x0

0 x = = x0(1411)

第 14章 量子技術の概要 158

となる関数 f について未知の x0を決定する問題を考えるfの構造を調べることなしに x0を決定するにはx = 0 1 2 3を順番に f に代入し出力を見るのが分かりやすい方法であるこの決定方法は平均して 2回最悪の場合 3回f への代入を必要とする一方でこの値を 1回の f への作用で決定する量子アルゴリズムがある以下の演算

子 U W を導入する

U |x⟩ = exp(if(x)π)|x⟩ =

minus|x⟩ x = x0

|x⟩ x = x0(1412)

W |x⟩ =

minus|0⟩ x = 0

|x⟩ x = 0(1413)

この二つの演算子を初期状態 |++⟩にある 2量子ビットに順番に作用させる

Hotimes2W Hotimes2U |++⟩ = |x0⟩ (1414)

となる出力の量子状態を測定することによりfを含む演算子 U を一度作用させるだけでi0を決定することができる1

142 量子鍵配送量子ビットは射影測定によって0か 1の離散的な出力をするまた測定後の状態

は初期状態に依らずこれら出力に対応する状態に射影され初期状態の痕跡が消えるこのことを暗号通信のための秘密鍵共有に利用する技術を量子鍵配送と呼ぶまた量子鍵を利用した暗号を量子暗号と呼ぶこともある量子鍵配送プロトコルは 1984年にCharles BennettとGilles Brassardによって初め

て提案されたこのプロトコルは彼らの頭文字をとって BB84と呼ばれている

1421 BB84

BB84では鍵配送に光子の偏光状態を利用する偏光と情報を対応つける方法として表 141のような 2種類の方法を考える送信者は方法Aと Bをランダムに選び情報を受信者に送る一方で受信者は送

られてきた光子をランダムに方法Aないしは方法 Bで検出する

|H⟩ = 1radic2(|+ 45⟩+ | minus 45⟩) (1421)

などの関係から異なった方法でエンコードされた情報は受信者側では完全にランダムな出力として観測される一方で送信者と受信者で同じ方法でエンコードしていた

1Hotimes2 は二つの量子ビット両方に Hadamardゲートを作用させることを意味する

第 14章 量子技術の概要 159

状態 0 状態 1

A 水平鉛直 水平 垂直B 斜め 斜め+45度 斜め-45度

表 141 BB84の偏光状態

場合は送信側と受信側で結果は完全に相関するはずである盗聴者の有無を調べるために受信者は測定された結果のうちいくつかをランダムにピックアップしてその結果とそのときの方法を通常の回線で送信者に送るもし盗聴者が光子の情報を盗み見た場合その測定結果に応じて光子の状態は変化し送信者と受信者の間の相関が壊されるため送信者は盗聴者の存在に気付くことができる送信者はこのように盗聴者の存在を確認しながら受信側と通信することが可能になる

143 量子センシング量子系を使って対象を精密に測る手法を量子センシングという量子センシングで

は量子状態制御技術や量子系の観測技術を用いてセンサーを構成する代表的な例として

bull ダイヤモンド中の色中心 (NV center)

bull 超伝導量子干渉素子 (SQUID)

bull 原子ガス

bull 共振器オプトメカニクス

などを用いたものが挙げられる量子センシングでは多くの場合量子系のエネルギー変化を精密に測定することにより外場の大きさを測定する量子コヒーレンスを利用してエネルギー変化を精密に測る手法として広く用いられるいるものの一つがRamsey干渉と呼ばれる手法である

1431 Ramsey干渉Ramsey干渉では2回のX軸回りの π2回転(Rx(π2))を時間差 tをつけて作用

させる量子ビットのエネルギーが∆Eだけ変化するとき

exp

(∆Et

2hσz

)(1431)

第 14章 量子技術の概要 160

という Z軸回りの回転が量子ビットに作用するそのためRamsey干渉の結果0を出力する確率は

|⟨0|Rx(π2) exp(∆Et

2hσz

)Rx(π2)|0⟩|2 (1432)

= sin2∆Et

2h(1433)

となるこの関係から逆に量子ビットの測定からエネルギー変化をセンシングすることができるとくに∆Et2h = π4のとき確率は∆Eの変化に最も敏感になる

1432 エンタングルメントによる量子センシング量子効果をより積極的に利用しエンタングルメントを用いることでセンシングの感

度を向上することができる前節のRamsey干渉の測定精度について考える式 (1433)

よりエネルギーの測定精度 δEは確率の測定精度 δP を用いて

δEh sim δPt (1434)

と書ける量子ビットの測定結果は 2項分布するため独立な測定を N 回行う場合δP は

δP =1

2radicN

(1435)

となるつまり測定回数N について 1radicN に比例して測定精度はあがる

一方でN 量子ビットからなる量子もつれ状態として

|ψ⟩ = 1radic2(|111 1⟩+ |000 0⟩) (1436)

という状態を考えるN 量子ビットに同様にエネルギー変化が起こるとしてエネルギー変化

∆Etot =Nsumi

∆Eσ(i)z (1437)

の元での時間発展の結果初期状態との忠実度は

⟨ψ| exp (∆Etotth) |ψ⟩ (1438)

= cos2(N∆Et

2h) (1439)

となるこの関係から測定精度 δEenを見積もると

δEen prop 1N (14310)

となり量子ビット数の-1乗に比例して感度が上がるこれは大きなN に対して独立な量子ビットN 個を使ったセンサーよりも高感度な量子センシングが可能であることを示している

第 14章 量子技術の概要 161

144 量子シミュレーション重ね合わせ状態が許される量子系においては粒子数が増えると系の複雑さが指数

関数的に増大するその計算時間のため多くの場合では粒子数が多い系に対しては第一原理的な計算は難しくなるそこで計算の難しい複雑な振る舞いをシミュレートするために系をモデル化する理想的な量子系を用意し実際の系の代わりにそのモデル系の振る舞いを調べることで実際の系をシミュレートするこのような計算手法を量子シミュレーションと呼ぶHubbardモデルやスピンのHeisenbergモデルなどいくつかのモデルのシミュレーションやその量子相転移の観測などが実験的に報告されているこのように対応する量子系を実際に作る量子シミュレーションだけでなく量子回路上で物理モデルの下での時間発展やエネルギー固有状態を計算する量子シミュレーションも多く存在する量子化学計算などに代表されるこうしたアルゴリズムはNISQ

の応用として近年盛んに研究されている

145 量子インターネットいまや我々の生活にとって直接的もしくは間接的にインターネットの存在はなく

てはならないものになっている量子コンピュータ量子センサや量子鍵配送といった各種量子技術を組み合わせたネットワークを考えるとき通信路として量子状態のやり取りを許した量子ネットワークの実現が重要になるこうした量子ネットワーク全体からなるシステムを量子インターネットと呼ぶ量子インターネットではクラウド型量子計算量子秘匿計算量子超高密度通信また量子センサーの感度向上などより強力な量子機能が現れる量子インターネットでは光子からスピンスピンからマイクロ波などといった各種の量子メディア変換や量子誤り訂正量子中継技術など究極的な量子技術が必要になるこれらは現在原理検証レベルに留まっておりテストベッドの実現や大きく異なる個々の量子系の時間スケールや動作環境などの個性を受容する高性能なインターフェイスの実現が必要となる

162

付 録A 位置表示と運動量表示

ブラケット記法をもちいるDirac表示では量子状態は(純粋状態であれば)ketベクトル |Ψ⟩であらわされたこれは実はΨ(q)のような波動関数よりも一段抽象的な量子状態の扱い方であるというのも「ldquo位置表示rdquoするとΨ(q)が得られる」というものを |Ψ⟩と定義するしさらには |Ψ⟩を ldquo運動量表示rdquoすることによって運動量 pの関数としての波動関数Ψ(p)も得られるためであるこの付録ではこの位置表示と運動量表示についてメモ書き程度ではあるがおさらいしようまず位置演算子 qの固有状態 |q⟩を定義しようこれは固有値が qであり

q |q⟩ = q |q⟩ (A01)

を満たす同様に運動量演算子 pの固有状態 |p⟩をp |p⟩ = p |p⟩ (A02)

によって定義する量子状態 |Ψ⟩の位置表示と運動量表示はそれぞれΨ(q) = ⟨q|Ψ⟩ Ψ(p) = ⟨p|Ψ⟩ (A03)

と書かれこれらが位置や運動量の関数としての波動関数である|q⟩や |p⟩は連続無限個の基底となって離散的な基底に対して成立した完全性の関係sumi |i⟩ ⟨i| = 1は|q⟩と |p⟩に対しては int

dq |q⟩ ⟨q| = 1

intdp |p⟩ ⟨p| = 1 (A04)

となるさてΨ(p)とΨ(q)は互いに Fourier変換でうつることができ

⟨q|Ψ⟩ = 1radic2πh

intdpeipqh ⟨p|Ψ⟩  (A05)

が成り立つ一方で int dp |p⟩ ⟨p| = 1を ⟨q|と |Ψ⟩で挟むと

⟨q|Ψ⟩ =int

dp ⟨q|p⟩ ⟨p|Ψ⟩ (A06)

となるから式 (A05)と見比べて

⟨q|p⟩ = 1radic2πh

eipqh (A07)

がいえるこれは |p⟩を位置表示すると平面波つまり運動量が確定した状態が得られるというごく当たり前の結果であるが66の計算のようにひょんなところで役に立つ関係式である

163

付 録B 回転系へのユニタリ変換の例

最初の例として単一モードの調和振動子のHamiltonianH = hωcadaggeraをユニタリ変

換U(t) = exp[iωadaggerat

]によってωでまわる回転系に乗ってみてみようU(t)はTaylor展開により定義されるようなものであるが指数関数の肩にある演算子はHamiltonianと可換であるからU(t)もHamiltonianと可換になるこれによってユニタリ変換 (222)

は非常に簡単に計算できてUHU dagger = UU daggerH = Hから

Hprime = Hminus ihUU dagger = hωcadaggeraminus ihU(minusiωadaggera)U dagger

= h(ωc minus ω)adaggera

= h∆cadaggera (B01)

となるこれを見るとわかる通り回転系に乗った後のHamiltonianには調和振動子の周波数 ωcと回転系の周波数 ωの差∆c = ωc minus ωが現れるこれを離調という全く持って似たような議論をスピン 12系のHamiltonianH = hωaσz2の U(t) =

exp[iω(σz2)t]によるユニタリ変換に対しても適用することができ回転系でのHamil-

tonianはHprime = h∆aσz2と計算されるここで再び離調∆a = ωa minus ωが登場するもう少し発展的な例としてJaynes-Cummings Hamiltonian

HJC =hωa2σz + hωca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B02)

を考えようこの Hamiltonianをユニタリ変換 U(t) = eiωσzt2+iωadaggerat = U1(t)U2(t)に

よって変換するただし便宜上 U1(t) = exp[iωσzt2]と U2(t) = exp[iωadaggerat

]に分けて書いたこれは量子ビットも電磁波共振器の光子も駆動周波数 ωを基準に眺めることを意味している調和振動子の生成消滅演算子と量子ビットの Pauli演算子は可換であるからJaynes-Cummings Hamiltonianの最初の二項は先ほどまでの例と同様にh∆aσz2 + h∆ca

daggeraというふうに変換されるところが相互作用項は Hamiltonianと可換でないためそれほど単純には計算できないこの計算を進めるためには Baker-

Campbell-Hausdorffの公式

eminusSHeS = H + [HS] +1

2[[HS] S] +

1

3[[[HS] S] S] + middot middot middot (B03)

が有用であるさらに有用な関係式として交換関係 [adaggera a] = minusa[adaggera adagger] = adagger[σz σplusmn] = plusmn2σplusmnを挙げておこうこれらを用いて相互作用項をまず U2(t)でユニタリ

付 録 B 回転系へのユニタリ変換の例 164

変換してみようU2(t)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)

= eiωadaggerat(σ+aminus adaggerσminus)e

minusiωadaggerat

= (σ+aminus adaggerσminus) +[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]+

1

2

[[(σ+aminus adaggerσminus)minusiωadaggerat

]minusiωadaggerat

]+ middot middot middot

= (σ+aminus adaggerσminus) + (minusiωt)(σ+a+ adaggerσminus)

+(minusiωt)2

2(σ+aminus adaggerσminus) +

(minusiωt)3

3(σ+a+ adaggerσminus) + middot middot middot

=

[1 + (minusiωt) + (minusiωt)2

2+

(minusiωt)3

3+ middot middot middot

]σ+a

minus[1minus (minusiωt) + (minusiωt)2

2minus (minusiωt)3

3+ middot middot middot

]adaggerσminus

= eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus (B04)

この U2(t)による変換の後のHamiltonianをさらに U1(t)によって変換すると結局U1(t)(e

minusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= eiωσzt2(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)eminusiωσzt2

= eminusiωta(eiωσzt2σ+e

minusiωσzt2)minus eiωtadagger

(eiωσzt2σminuse

minusiωσzt2)

(B05)

という計算に

eiωσzt2σplusmneminusiωσzt2 = σplusmn +

[σplusmnminusi

ωσzt

2

]+

1

2

[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+

1

3

[[[σplusmnminusi

ωσzt

2

]minusiωσzt

2

]minusiωσzt

2

]+ middot middot middot

= σplusmn ∓ (minusiωt)σplusmn +1

2(minusiωt)2σplusmn ∓ 1

3(minusiωt)3σplusmn + middot middot middot

= eplusmniωtσplusmn (B06)

であることを適用して回転系での Jaynes-Cummings相互作用U1(t)U2(t)(minusihg)(σ+aminus adaggerσminus)U

dagger2(t)U

dagger1(t)

= U1(t)(minusihg)(eminusiωtσ+aminus eiωtadaggerσminus)Udagger1(t)

= minusihg(σ+aminus adaggerσminus) (B07)

が導かれるこれは回転系へのユニタリ変換前と同じ形になっている以上より回転系での Jaynes-Cummings Hamiltonianの最終的な形は

HprimeJC =

h∆a

2σz + h∆ca

daggeraminus ihg(σ+aminus adaggerσminus) (B08)

と求まる

165

付 録C 三準位系からの二準位系の抽出

図 C1 Λ型の三準位系

三つの量子状態 |g⟩ |e⟩ |r⟩からなる三準位系で|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を考えようこの系のHamiltonianは次のようになる

H = hωg |g⟩ ⟨g|+ hωe |e⟩ ⟨e|+ hωr |r⟩ ⟨r|

+ hg1(|r⟩ ⟨g| a1 + |g⟩ ⟨r| adagger1) + hg2(|r⟩ ⟨e| a2 + |e⟩ ⟨r| adagger2) (C01)

そしてコヒーレントな駆動により a1 rarr α1eminusi(ωrminusωg+δ1)ta2 rarr α2e

minusi(ωrminusωe+δ2)t と置きかえようこの置きかえはより厳密には量子ゆらぎ δa が付随して a1 rarr (α1 +

δa1)eminusi(ωrminusωg+δ1)tとなるべきではあるがδaが小さいとしてここでは無視する|g⟩ ⟨g|

は ωrminusωg+ δ1|e⟩ ⟨e|は ωrminusωe+ δ2で回転系に移るユニタリ変換を施しさらに giαi

を Ωi (i = 1 2)とおくと式 (B)を用いて

Hprime = hδ1 |g⟩ ⟨g|+ hδ2 |e⟩ ⟨e|+ hΩ1(|r⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨r|) + hΩ2(|r⟩ ⟨e|+ |e⟩ ⟨r|) (C02)

と変換されるただし hωrI という項が出てくるが全体のエネルギーシフトとなるのみなので無視している本節で我々が行いたいのは電子的な励起状態 |r⟩を断熱的に消

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 166

去しふたつの基底状態 |g⟩と |e⟩の二準位系を構成することであるこれらの準位は基底状態であれば寿命はほとんど無限大に近いほど長いが裏を返すとこれらの間の電磁波の遷移は少なくとも双極子モーメントが極めて小さく通常の方法では制御に望ましい Rabi周波数が得られないということである|g⟩ harr |r⟩と |e⟩ harr |r⟩の遷移を駆動しているのは遷移が禁じられている二つの量子状態をRaman遷移によってつなぐためであるこのような目的のもとSchrieffer-Wolff変換をしようSchrieffer-Wolff変換の詳細

は付録 Fを参照してほしい変換のための演算子 Sは S = minus(Ω1δ1)(|r⟩ ⟨g|minus |g⟩ ⟨r|)minus(Ω2δ2)(|r⟩ ⟨e| minus |e⟩ ⟨r|) ととるがここで離調 δ1 と δ2 がそれぞれの遷移の Rabi 周波数よりも十分大きいことを仮定しているともかく Schrieffer-Wolff 変換によってHamiltonianは近似的に対角化されてΩiδiの一次まで残すと

Hprimeeff = h

(δ1 +

Ω21

δ1

)|g⟩ ⟨g|+ h

(δ2 +

Ω22

δ2

)|e⟩ ⟨e|

+ h

(Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

)(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C03)

ただし先ほど述べたように Ω1δ1Ω2δ2 ≪ 1を仮定している|r⟩のAC Starkシフトminush(Ω2

1δ1+Ω22δ2) |r⟩ ⟨r|も出てくるのだが|r⟩に実励起はほとんど起こらず|g⟩ |e⟩

で閉じる系のダイナミクスに寄与しないため無視してよいただし |r⟩のロスやデコヒーレンスの効果が(ほんの少しの実励起を通して)無視できないときには量子ゲートのフィデリティが低下するなどの影響が出るここでパラメータを定義しなおそう

δprime1 = δ1 +Ω21

δ1 δprime2 = δ2 +

Ω22

δ2 Ωprime =

Ω1Ω2

2δ1+

Ω1Ω2

2δ2

このようにして係数をすっきりさせると初めに三準位系であったものが二準位系に落とし込まれたことがわかる

Hprimeeff = hδprime1 |g⟩ ⟨g|+ hδprime2 |e⟩ ⟨e|+ hΩprime(|e⟩ ⟨g|+ |g⟩ ⟨e|) (C04)

ここで本節の目的は達成されたわけだがもう少しこの系の様子を知るために |r⟩も含めた系の Hamiltonianの固有状態を調べてみようHamiltonian(317)を行列の形式に書くと三準位系なので 3times 3の行列で書けて

Hprime = h

δ1 Ω1 0

Ω1 0 Ω2

0 Ω2 δ2

(C05)

となり固有値λは固有方程式λ(λminusδ1)(λminusδ2)minusΩ22(λminusδ1)minusΩ2

1(λminusδ2) = 0を解くことで得られる簡単のため二光子離調 δ1minusδ2がゼロすなわち δ1 = δ2 = δとなるような場合を扱うことにすると固有値は λ = δ equiv λ0と λ = (δ2)plusmn

radic(δ2)2 +Ω2

1 +Ω22 equiv λplusmn

になるここで固有値 λ0に対応する固有状態が|g⟩と |e⟩のみを含み |r⟩を含まないことがわかる電子的な励起状態を含まないこの固有状態は自然放出によって光らず

付 録 C 三準位系からの二準位系の抽出 167

それゆえに緩和が起こらないもので暗状態と呼ばれる一方で λplusmnに対応する固有状態は電子の励起状態 |r⟩を含むため自然放出により緩和してしまうこのような状態を暗状態と対比して明状態と呼ぶ

168

付 録D 原子の量子状態

Rutherfordの実験以来原子は原子核の周りを電子がまわっているというようなモデルでとらえられるようになったが加速度運動をする電子は電磁波を出しながら原子核に向かって落ちていくはずだという古典力学的な推論と原子は実際に安定に存在できるという事実の板挟みの解消には量子論の登場を待たねばならなかったここでは最も簡単な構造を持つ原子である水素原子のBohrモデルを取り上げ更に微細構造や超微細構造などの原子の量子状態について簡単な計算をもとに考えてみよう

D1 BohrモデルBohrモデルは電子の波動性を仮定しながらも電子が陽子の周りを回るという描像

で系の性質を考察する電子が陽子の周りを一周する時に物質波としての電子の位相が2πの整数倍だけ進むという風に考えるがこれは電子の回る速さすなわち軌道角運動量が離散化されているという風に考え直して電子の質量をm速さを v軌道半径をrとして

mvr = hn (D11)

という関係式(nは自然数)を要請するのが Bohrモデルの特徴であるあくまで電子が古典的な軌道運動をするというイメージのもと電子が静止しているような系では遠心力がクーロン力と釣り合っていると考えていいように思われるので

mv2

r=

1

4πϵ0

e2

r2(D12)

を用いることにすると上の二つの式から vを消去して

r =4πϵ0h

2

me2n2 (D13)

を得るすなわち電子の軌道半径は上式に従って離散的な値を取らねばならないこれを用いて水素原子のエネルギーEを計算する

E =1

2mv2 minus 1

4πϵ0

e2

r(D14)

= minus 1

4πϵ0

e2

2r(D15)

= minus me4

2(4πϵ0)2h2

1

n2 (D16)

付 録D 原子の量子状態 169

このようにBohrモデルを用いると水素原子のエネルギーが離散的な値しか取れないこともわかるそして n = 1のときと n = infinのときのエネルギーの差からイオン化エネルギーが 136 eVともとまりこれが実験値と非常によく一致することやRydberg

による原子スペクトルの経験的な式を再現することがBohrモデルの信憑性を高める決め手となった水素原子の量子力学的な取り扱いは成書 [18 ]を参照してほしいがそのさわりだ

け述べようまずBohrモデルによる水素原子のエネルギーの式は特殊相対性理論の効果を取り込まない範囲においては量子力学的な解に一致することが知られているこの取り扱いの範囲では水素原子の量子状態は (n lm)という三つの整数の組でよくあらわされ主量子数 nは自然数であり方位量子数あるいは軌道角運動量 lは 0からn minus 1までの値を磁気量子数mは minuslから lまでの整数値を取るBohrモデルではn = 1の状態つまり水素原子の基底状態は電子が回っている状態であったがきちんと Schrodinger方程式を解いて出てくる水素原子の基底状態は l = 0つまり電子は回っていないどころか動径方向の波動関数をみると原子核の位置をピークとした球対称な分布をもつということに注意したいさらに原子のなかの電子の速度は非常に大きく特殊相対性理論的な効果は無視でき

ないこの効果を取り込むには相対論的量子力学に基づいてDirac方程式を解く必要がありそこから電子スピン微細構造そして超微細構造といった重要な概念が出現することになるしかしながら相対論的量子力学を本書に納めるのは極めて困難であるため以下では電子や原子核の持つスピン自由度を認めたうえで簡単なモデルを使って微細構造と超微細構造がどのようなものであるかをみてみよう

D2 微細構造ここでは再び電子が原子核の周りをまわっているという立場で考えようこれを電

子の静止系で見ると原子核が電子の周りをまわっているように見えるだろう原子核(水素原子の場合には陽子)の電荷が+eであるとするとこの原子核による円電流I = ev2πrが電子の位置に作る磁場の大きさは

B =micro0I

2r=micro0ev

4πr2=

micro0eL

4πmr3(D21)

でありここで L = mvrは軌道角運動量の大きさであるこの磁場によって電子スピンが Zeeman効果をうけると考えるとそのエネルギーシフトは

minusmicro middotB =gmicroBhS middot micro0e

4πm2r3L = minus gmicroBe

2

8πm2r3S middot L (D22)

と書かれるここで g sim 2は Landeの g因子microB = eh2mは Bohr磁子と呼ばれるこれをもとの電子が回っている系に戻ってみてみると電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンが相互作用しているような項として解釈することができるこれをスピン-軌道相互作用と呼ぶこの相互作用は電子スピンと軌道角運動量が同じ向き

付 録D 原子の量子状態 170

を向いている状態ではエネルギーが上がり反並行のときにはエネルギーが下がるようなものとなっているこのような時には J = S + Lが量子状態を特徴づける良い量子数となっており例えば s軌道(方位量子数 l = 0)の場合にはスピン-軌道相互作用はゼロとなるがp軌道(方位量子数 l = 1)の場合には角運動量の合成のルールに従って |J | = 12 32の二つの値を取りこの二つに対応したエネルギー固有状態にスペクトルが分裂するこのスピン-軌道相互作用によって分裂したような構造を微細構造分裂というこの分裂の大きさは原子種にもよるが例えばアルカリ金属の S-P 遷移で言うならばだいたい遷移波長の 1100程度の影響となって現れる上式にあるような微細構造定数の見積もりは実は特殊相対論的効果(Thomas precession)を無視しており正しい大きさは gを g minus 1としたものになる

D3 超微細構造前節では電子の軌道運動による磁気モーメントと電子スピンの相互作用を考えたが

本節ではさらに核スピンと電子のつくる磁場の相互作用を考えよう基底状態が s軌道であるような場合には原子核の位置にも電子の存在確率が有限となってその場所での電子の存在確率 |ψ(0)|2に比例した電子スピン(軌道角運動量がある場合にはその効果も入る)による磁場を原子核が感じるだろう電子が作る磁場は一様に磁化した球の磁束密度 B = (23)micro0M に対してM = minus(23)micro0microBg|ψ(0)|2J を代入したものと考えるこの磁場を感じて核スピン microNI が Zeemanシフトを受けると

minusmicroN middotB =2

3microNmicro0microBg|ψ(0)|2I middot J equiv AI middot J (D31)

という相互作用項が得られる1微細構造分裂のときと同じくこのような状況で系のエネルギーを特徴づける良い量子数は F = J + I = S + L + I となっておりI middot J の値に依存してエネルギー分裂が生じるこれを超微細構造分裂というまた超微細構造分裂は核磁気モーメント microN が電子の磁気モーメント microBのだいたい 11000以下と小さく超微細構造分裂は周波数にして数GHzのオーダーのものになる

1この相互作用は磁気双極子相互作用のもののみであり実際の原子スペクトル測定では磁気四重極子相互作用の寄与も双極子レベルのものと同じくらいの影響を持つことが知られている詳細は文献 []を参照

171

付 録E 量子マスター方程式

本節では密度演算子のダイナミクスを記述する方程式としてまず緩和がない場合の Liouville-von Neumann方程式を導入しさらに緩和を取り込むことができる量子マスター方程式へと進んでいこうその後量子マスター方程式からレート方程式や(光)Bloch方程式が導出されることをみる

E1 Liouville-von Neumann方程式ひとまず緩和を考えずに密度演算子のダイナミクスを考えるためにまずSchrodinger

表示の状態ベクトルの時間発展 |ψk(t)⟩ = eminusi(Hh)t |ψk⟩ = Ut |ψk⟩を思い出そうここでHは系のHamiltonianであるすると密度演算子の時間発展は ρ(t) = UtρU

daggert とな

るこれは純粋状態 |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|の時間発展がUt |ψk(t)⟩ ⟨ψk(t)|U daggert で書けることから

も類推できるそれでは ρ(t) = UtρUdaggert の時間微分を計算してみよう

dρ(t)

dt=

dUtdt

ρU daggert + Utρ

dU daggert

dt= minus i

hHρ(t) +

i

hρ(t)H =

1

ih[H ρ(t)] (E11)

これよりLiouville-von Neumann方程式

ihdρ

dt= [H ρ] (E12)

が得られるこれはHeisenberg方程式と似ているが右辺の符号が異なるので注意状態に対するLiouville-von Neumann方程式は ihdρ

dt = [H ρ]で演算子Aに対するHeisenberg

方程式は ihdAdt = [AH]となる

トレースの性質に関するメモ

ここで少し後の便宜を図るためにトレース操作の簡単な性質をおさらいしようここで述べる性質は直接的な成分の計算によって証明が可能であるから証明は各自に任せて結果を羅列することにするまずトレース操作は線形性を持つ

Tr [A+B] = Tr [A] + Tr [B] (E13)

Tr [cA] = cTr [A] (E14)

付 録 E 量子マスター方程式 172

またトレース演算は巡回性を持つ

Tr [AB] = Tr [BA] (E15)

Tr [ABC] = Tr [CAB] = Tr [BCA] (E16)

middot middot middot (E17)

行列のテンソル積のトレースは行列のトレースの積となる

Tr [AotimesB] = Tr [A] Tr [B] (E18)

E2 系と熱浴との相互作用いよいよ量子系と熱浴の相互作用に関して密度演算子を用いてみていこう出発点

は入出力理論(付録 83参照)で用いたHamiltonianと同じである全体のHamiltonian

はHtot = Hs +Hb +Hiと書かれ系の持つエネルギーHs熱浴のエネルギーHbおよび系と熱浴の相互作用Hiである調和振動子を興味のある系として具体的な形に書き下すと

Hs = hωcadaggera (E21)

Hb =

int infin

minusinfin

2πhωcdagger(ω)c(ω) (E22)

Hi = minusihint infin

minusinfin

[f(ω)adaggerc(ω)minus flowast(ω)cdagger(ω)a

](E23)

となるここで系と熱浴の結合定数は一般的に周波数に依存する形で f(ω)としてあるが大抵の状況においてはradic

κと定数で書かれるさらに次の演算子を定義しよう

Rminus =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω) (E24)

R+ =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω) (E25)

これによって相互作用Hamiltonianは

Hi = minusih(adaggerRminus minus aR+

)(E26)

と見やすい形になるここで相互作用表示での量子状態と演算子の時間発展について触れておく証明は

省略して結果のみを述べるがこれらの時間発展を記述する方程式は

ihd|ψ(t)⟩

dt= Hi |ψ(t)⟩ (E27)

ihdρ(t)

dt= [Hi ρ(t)] (E28)

ihdA(t)

dt= [A(t)Hs +Hb] (E29)

付 録 E 量子マスター方程式 173

であり一つめはTomonaga-Schwinger方程式二つめはLiouville-von Neumann方程式三つめは Heisenberg方程式と呼ばれるこれらの方程式を眺めればわかることだが相互作用表示においては状態は相互作用 HamiltonianHiによって時間発展し演算子は ldquo非摂動rdquoHamiltonianHs+Hbにより時間発展する形であるもともとこの表示は量子電気力学における摂動展開において発明されたものである以降では Schrodinger表示から相互作用表示に切り替えよう密度演算子とHamilto-

nianの相互作用表示への変換は

ρ(t) = eiHs+Hb

htρ(t)eminusi

Hs+Hbh

t (E210)

Hi = eiHs+Hb

htHie

minusiHs+Hbh

t

= minusih(adaggereiωctRminus minus aeminusiωctR+

)(E211)

により行われるがここでは以下の量を定義した

Rminus = eiHs+Hb

htRminuseminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πf(ω)c(ω)eminusiωt (E212)

R+ = eiHs+Hb

htR+eminusi

Hs+Hbh

t =

int infin

minusinfin

2πflowast(ω)cdagger(ω)eiωt (E213)

したがって相互作用表示での Liouville-von Neumann方程式は再掲となるが

ihdρ(t)

dt=[Hi(t) ρ(t)

] (E214)

である相互作用表示での議論が主となるため以下では相互作用表示を表すチルダを省略する系と熱浴の相互作用のもとでの密度演算子のダイナミクスをより詳細に調べるため

にLiouville-von Neumann方程式を用いて密度演算子を微小時間∆tだけ時間発展させてみる密度演算子の微小変化∆ρ(t)は

∆ρ(t) = ρ(t+∆t)minus ρ(t) =1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(tprime)]

=1

ih

int t+∆t

tdtprime[Hi(t

prime) ρ(t)]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]

(E215)

と逐次展開の二次まで残す形で書けるここでは系の部分のダイナミクスのみに興味があるから興味のない部分は密度演算

子でトレースを取ることで系についての縮約密度演算子 σ(t) = Trb [ρ(t)]ならびに熱浴の縮約密度演算子 σb(t) = Trs [ρ(t)]を考えようここで大きな仮定として全体の密度

付 録 E 量子マスター方程式 174

演算子はこれらの二つの縮約密度演算子のテンソル積で書けるすなわち系と熱浴は分離可能であるとしよう

ρ(t) = σ(t)otimes σb(t) (E216)

これは系と熱浴の密度演算子に時間相関が存在しないことも表しているさらに熱浴は定常的であることすなわち σb(t) = σb(0) = σbを要請するこれによって σbは熱浴の HamiltonianHbと可換になるそれでは∆ρ(t)を熱浴についてトレースを取り熱浴の自由度を消して系のダイナミクスを調べるとしよう

Trb [∆ρ(t)] =1

ih

int t+∆t

tdtprimeTrb

[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

+

(1

ih

)2 int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprimeTrb

[[Hi(t

prime)[Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(E217)

ここで右辺の第一項はゼロになる実際

Trb[[Hi(t

prime) ρ(t)]]

= Trb[[Hi(t

prime) σ(t)otimes σb(t)]]

= minusihadaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprimeTrb

[Rminus(tprime)σb

]minus aeminusiωctprimeTrb

[R+(tprime)σb

]= minusih

adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

σ(t)

+ ihσ(t)adaggereiωctprime

langRminus(tprime)

rangbminus aeminusiωctprime

langR+(tprime)

rangb

= 0 (E218)

上記の計算では ⟨c(ω)⟩b =langcdagger(ω)

rangb= 0を用いている⟨middot⟩bは熱浴の自由度に関する期

待値を表しており以降では下付き添え字 bを省略するするとゼロにならない右辺第二項を計算せねばならないトレースの中の交換子を

展開すると非常に雑多な項が現れるがトレースを取ることによって 8つの項のみがゼロとならず残る

Trb [[Hi(tprime) [Hi(t

primeprime) ρ(t)]]]

(minusih)2=

minuslangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangadagger(tprime)a(tprimeprime)σ(t)minus

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

ranga(tprime)adagger(tprimeprime)σ(t)

+langRminus(tprimeprime)R+(tprime)

ranga(tprime)σ(t)adagger(tprimeprime) +

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangadagger(tprime)σ(t)a(tprimeprime)

+langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

ranga(tprimeprime)σ(t)adagger(tprime) +

langR+(tprime)Rminus(tprimeprime)

rangadagger(tprimeprime)σ(t)a(tprime)

minuslangRminus(tprimeprime)R+(tprime)

rangσ(t)adagger(tprimeprime)a(tprime)minus

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangσ(t)a(tprimeprime)adagger(tprime) (E219)

上式では調和振動子の演算子の時間依存する指数関数部分は演算子自身に含めて書いているa(t) = aeminusiωctおよび adagger(t) = adaggereiωctである

付 録 E 量子マスター方程式 175

上式から熱浴の演算子をなくすために時間相関関数 ⟨Rminus(tprime)R+(tprimeprime)⟩および ⟨R+(tprimeprime)Rminus(tprime)⟩を評価しようこれらはlangRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rang=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime)

langc(ω)cdagger(ωprime)

rangeminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

int infin

minusinfin

dωprime

2πf(ω)flowast(ωprime) [⟨n(ω)⟩+ 1] 2πδ(ω minus ωprime)eminusiωt

primeeiω

primetprimeprime

=

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusiω(t

primeminustprimeprime)

langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rang= middot middot middot =

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusiω(tprimeminustprimeprime) (E220)

と計算されるこれを tprimeと tprimeprimeについて積分するがτ = tprime minus tprimeprimeとしてint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime =

int t+∆t

tdtprimeint tprimeminust

0dτ =

int ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime (E221)

というように積分区間を変換するさらに ⟨Rminus(tprime)R+(tprime minus τ)⟩と ⟨R+(tprime minus τ)Rminus(tprime)⟩がτ ≪ ∆tのときのみ非零の寄与を持つつまり熱浴の演算子の時間発展が乱雑でほとんどデルタ関数的な時間発展を持つとすると積分範囲をint ∆t

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime =

int infin

0dτ

int t+∆t

t+τdtprime ≃

int infin

0dτ

int t+∆t

tdtprime (E222)

と広げられるここで注意したいのは∆trarr +0がのちにとられるので上記の仮定はMarkov近似すなわち熱浴のダイナミクスは乱雑で時間相関がないという近似によって正当化されるこれらの近似を用いることで次のように計算を進めることができるint t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langRminus(tprime)R+(tprimeprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangRminus(τ)R+(0)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ int t+∆t

tdtprimeint tprime

tdtprimeprime[langR+(tprimeprime)Rminus(tprime)

rangeiωc(tprimeminustprimeprime)

]= ∆t

int infin

0dτlangR+(0)Rminus(τ)

rangeiωcτ

= ∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ (E223)

ここで収束因子 eminusϵτ は ω = ωcで被積分関数が発散しないようにしているこれらの積

付 録 E 量子マスター方程式 176

図 E1 積分の変数変換

分はさらに計算を進められて

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1]

ωc minus ω+

1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 [⟨n(ω)⟩+ 1] δ(ωc minus ω)

]∆t

= i(∆ +∆prime) +Γ + Γprime

2(E224)

∆t

int infin

0dτ

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ eminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩

[minusiint infin

0dτeminusi(ωminusωc)τeminusϵτ

]∆t

= i

int infin

minusinfin

2π|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ ∆t

(ωc minus ω) + iϵ

ϵrarr+0minusrarr[iPint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

+1

2

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω)

]∆t

=

[i∆prime +

Γprime

2

]∆t (E225)

付 録 E 量子マスター方程式 177

となるここでDiracの恒等式 limϵrarr+0 1 [(ωc minus ω) + iϵ] = P(ωc minus ω)minus iπδ(ωc minus ω)

を用いているパラメータ∆と∆primeは

∆ = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2

ωc minus ω (E226)

∆prime = Pint infin

minusinfin

|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ωc minus ω

(E227)

で定義されるものでありどちらも系と熱浴の結合による周波数シフトを表している一方で Γと Γprimeは

Γ =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2δ(ωc minus ω) = |f(ωc)|2 (E228)

Γprime =

int infin

minusinfindω|f(ω)|2 ⟨n(ω)⟩ δ(ωc minus ω) = ⟨n(ωc)⟩Γ (E229)

と書かれる量でありΓは自然放出つまり真空場による誘導放出に対応しΓprimeは熱浴の熱分布に起因する誘導放出を表しているここまでに得られた結果を用いることでdσ(t)dt = lim∆trarr+0Trb [∆ρ(t)] ∆tとい

う系の密度演算子の時間発展を表す量はpartσ(t)

partt= minus i

h

[h∆adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

](E230)

でありSchrodinger表示に戻すと次のようなものになることがわかるdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E231)

これが本節で目標としていた(量子)マスター方程式であるLindblad演算子

L [A]σ(t) = 2Aσ(t)Adagger minusAdaggerAσ(t)minus σ(t)AdaggerA (E232)

を用いるとマスター方程式はdσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

1

2L[radic

Γ + Γprimea]σ(t) +

1

2L[radic

Γprimeadagger]σ(t)

(E233)

とシンプルに書かれる第一項は系自体のコヒーレントなダイナミクスを記述する第二項と第三項は非常に粗っぽい言い方をすれば熱浴への緩和と熱浴からの熱流入をそれぞれ表している

付 録 E 量子マスター方程式 178

E3 レート方程式マスター方程式を再掲する

dσ(t)

dt= minus i

h

[h(ωc +∆)adaggera σ(t)

]+

Γ + Γprime

2

[2aσ(t)adagger minus adaggeraσ(t)minus σ(t)adaggera

]+

Γprime

2

[2adaggerσ(t)aminus aadaggerσ(t)minus σ(t)aadagger

]

(E31)

これはこのままだとなんとも演算子だらけで抽象的だが状況に応じて様々な基底で演算子の成分を書き下す(状態ベクトルでサンドイッチする)ことでより具体的な系の時間発展の記述となるここではマスター方程式を Fock基底 |N⟩で評価してレート方程式と呼ばれるものを導出しよう|N⟩でマスター方程式をサンドイッチすればΓuarr = Γprimeと Γdarr = Γ + Γprimeを用いて

dP (N)

dt=(Γ + Γprime) [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γprime [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

= Γdarr [(N + 1)P (N + 1)minusNP (N)] + Γuarr [NP (N minus 1)minus (N + 1)P (N)]

(E32)

となりレート方程式d⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minus ΓdarrsumN

NP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minusΓ ⟨N⟩+ Γprime

= minusΓ ⟨N⟩+ Γ ⟨n(ωc)⟩ (E33)

を得るここで3 行目の式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N + 1)2P (N + 1) とsuminfinN=0N(N + 1)P (N + 1) =

suminfinN=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれは調和振動子の数

分布のうち個数がN の状態について第一項がN +1の状態からN の状態へ Γのレートで緩和してくる過程第二項が熱浴から流入して過程を表している

付 録 E 量子マスター方程式 179

E4 光Bloch方程式次に二準位系を考えてマスター方程式を |g⟩と |e⟩で評価しよう二準位系の密度

演算子 ρ(t)に対するマスター方程式は次のように書かれるdρ(t)

dt= minus i

h[Hs ρ(t)] +

Γ + Γprime

2[2σminusρ(t)σ+ minus σ+σminusρ(t)minus ρ(t)σ+σminus]

+Γprime

2[2σ+ρ(t)σminus minus σminusσ+ρ(t)minus ρ(t)σminusσ+]

(E41)

ここで系のHamitonianはHs = h(∆q2)σz + h(Ω2)(σ+ + σminus)としており第二項は二準位系の電磁波による駆動を表している(付録 Cも参照)この両辺を |g⟩と |e⟩でサンドイッチして密度演算子の成分 ρij = ⟨i| ρ |j⟩に書き直すと

dρeedt

= minus(Γ + Γprime)ρee + Γprimeρgg + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E42)

dρggdt

= (Γ + Γprime)ρee minus Γprimeρgg minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E43)

dρegdt

=

(minusi∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E44)

dρgedt

=

(i∆q

2minus Γ + 2Γprime

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E45)

となるこれが得られれば目的の方程式はもうすぐそこであるここではさらに二準位系の遷移

周波数が光の領域(hωc sim kBtimes10 000 K)にあるとしようこのとき熱浴(kBtimes300 K=

h times 7 THz)には光はほとんど ldquo熱励起rdquoされていないつまりマスター方程式にあった緩和項に関して言うと ⟨n(ωc)⟩ = 1(ehωckBT minus 1) ≃ 0であるから Γprime = 0となるしたがって上記の方程式の組は

dρeedt

= minusΓρee + iΩ

2(ρeg minus ρge) (E46)

dρggdt

= Γρee minus iΩ

2(ρeg minus ρge) (E47)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E48)

dρgedt

=

(i∆q minus

Γ

2

)ρge + i

Ω

2(ρgg minus ρee) (E49)

と書かれるこれを光Bloch方程式というw = ρggminus ρeeと置くことによって光Bloch

方程式と ρgg + ρee = 1から導かれる 2Γρee = Γρee+Γ(1minus ρgg) = minusΓw+Γからwすなわち二準位系の状態占有確率の差に関する方程式

dw

dt= minusΓw minus iΩ(ρeg minus ρlowasteg) + Γ (E410)

dρegdt

=

(minusi∆q minus

Γ

2

)ρeg minus i

Ω

2w (E411)

付 録 E 量子マスター方程式 180

が得られるこの定常解を左辺をゼロと置いて求めるとwと ρee はそれぞれ

w =1

1 + s (E412)

ρee =1

2

s

1 + s=

(Ω2)2

(∆q)2 + (Γ2)2(E413)

と書かれるただし

s =s0

1 + (2∆qΓ)2 (E414)

s0 =2Ω2

Γ2 (E415)

Γ = Γradic1 + s0 (E416)

と定義したこの表式からわかる重要な点はふたつあるひとつは駆動電磁波が強くなるにつれて基底状態と励起状態の占有確率はどちらも 12に漸近するこれは駆動による誘導吸収と誘導放出そして自然放出が均衡した結果である駆動電磁波が十分に強い場合には誘導吸収も誘導放出も自然放出よりもずっと大きなレートで起こり誘導吸収と誘導放出のみの均衡になると思えば占有確率が 12に近づいていく理由も納得できるだろうふたつめのポイントは実効的な電磁波の遷移の線幅が Γで与えられるわけだがこの線幅が駆動電磁波が強くなるにつれて広がっていくことであるこれを遷移スペクトルのパワー広がりという

181

付 録F Schrieffer-Wolff変換

いろんな粒子がそれぞれ孤立して存在している系では系のエネルギーはそれぞれの粒子のエネルギーの和となる例えば電磁波モード(HEM = hωca

daggera)と二準位系(HTLS = hωqσz2)が相互作用していないようなときには全体のエネルギーはそれぞれの和になりHamiltonianはH = HEM +HTLS = hωca

daggera + hωqσz2となるしかしながらこれではつまらない我々は常に相互作用する粒子を考えるし相互作用する粒子はそれが単独で存在する場合とは異なる固有状態固有エネルギーを持っているものだこの固有エネルギーを求める作業は相互作用を含めた Hamiltonianを行列として対角化することに対応している相互作用があまりに強いと解析的に固有エネルギーが求まる場合以外には大変難しい問題となるしかしながら相互作用が ldquo十分にrdquo弱いときには摂動展開によって近似的に対角化されたHamiltonianを求めることができる本節ではその方法として Schrieffer-Wolff変換という手法を紹介する

F1 一般的な手順もともとのHamiltonian がH = H0 + λV というように非摂動部分H0と摂動(相互

作用)部分 λV に分けて書かれているとしようλは摂動の次数がわかりやすいようにつけた係数で最後に λ = 1とすればよい通常非摂動部分H0は対角化されているものとし非摂動項 λV は非対角要素を含むようなものになっているSを何らかの演算子としてHamiltonianを eλS でユニタリ変換しよう

eλSHeminusλS = H0 + λV + λ [SH0] + λ2 [S V ] +λ2

2[S [SH0]] +

λ3

2[S [S V ]] + middot middot middot

(F11)

ここで eS がユニタリ演算子であるためには Sが反 Hermiteすなわち Sdagger = minusSでなければならないλの一次の項が消えるようにするためには

[H0 S] = V (F12)

となるように反 Hermite演算子 S を決める必要があるこのもとでHamiltonianは一次までは対角化されて

Heff = eλSHeminusλS = H0 +λ2

2[S V ] +O(λ3) (F13)

という有効Hamiltonianが得られる反Hermite演算子 Sの決め方は ldquo経験と勘rdquoによるところが大きく以下で実例を見ることでその雰囲気を感じてもらいたい

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 182

F2 頻出する例F21 駆動されたスピン系例として駆動されたスピン系を表すHamiltonian

H = ωsz + g(s+ + sminus) (F21)

をみてみるここで h = 1 としさらにスピン演算子 sz s+ および sminus は交換関係[sz splusmn] = plusmnsplusmn[s+ sminus] = 2sz を満たすものとする反 Hermite演算子 S としてはS = α (s+ minus sminus)を用い計算の最後に Hamioltonianが対角化されるような αを決めることとしようでは実際に U = exp[α (s+ minus sminus)]によって Schrieffer-Wolff変換を施してみる

UHU dagger = ωsz + g(s+ + sminus) + [α (s+ minus sminus) ωsz] + [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]

+1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) ωsz]] +

1

2[α (s+ minus sminus) [α (s+ minus sminus) g(s+ + sminus)]] + middot middot middot

= ωsz + g(s+ + sminus)minus α [ω(s+ + sminus)minus 4gsz]minus1

2α2 [4ωsz + 4g(s+ + sminus)]

+1

3α3 [4ω(s+ + sminus)minus 16gsz] + middot middot middot

= sz

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)+ 2g

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]+ (s+ + sminus)

[g

(1minus (2α)2

2+ middot middot middot

)minus ω

2

(2αminus (2α)3

3+ middot middot middot

)]= [ω cos 2α+ 2g sin 2α] sz +

[g cos 2αminus ω

2sin 2α

](s+ + sminus) (F22)

さてここまで計算したところで非対角項を消すという目的を思い出そうこのためには

tan 2α =2g

ω(F23)

とすれば任意の次数の摂動において非対角項が消えることになるこれより

cos 2α =1radic

1 + 4g2

ω2

sin 2α =2gωradic

1 + 4g2

ω2

(F24)

であるから対角化されたHamiltonianは次のように求まる

Heff = ωsz

radic1 +

4g2

ω2 (F25)

このHamiltonianからスピンを駆動する強さを強くしていくにしたがってスピンの基底状態と励起状態のエネルギー差が大きくなっていくことがわかるこれは共鳴条件でのAC Starkシフトとみることができる

付 録 F Schrieffer-Wolff変換 183

F22 駆動されたスピン系の一般化ここでは次の形にかけるような駆動されたスピン系が一般化されたものを考え

よう

H = ∆Xz + g(X+ +Xminus) (F26)

ただし演算子は [Xz Xplusmn] = plusmnXplusmn と [X+ Xminus] = P (Xz)を満たすものとするP (Xz)

はXzの多項式である上記のHamiltonianの第二項が摂動として扱われるがこれを摂動として扱える条件として g∆ ≪ 1を要請しよう実際の例としてはX+ = aσ+2Xminus = adaggerσminus2Xz = σz2として Jaynes-Cummings Hamiltonianの分散領域を調べるときなどがあるともあれ上記のHamiltonianを近似的に対角化するユニタリ変換として U = exp[(g∆)(X+ minusXminus)]を用いることができる変換後の有効Hamiltonian

は摂動の二次まで取ると

Heff = ∆Xz +g2

∆P (Xz) (F27)

であり対角化されていることがわかる

184

付 録G Heisenberg HamiltonianからSWAPゲートの導出

出発点はHeisenberg相互作用

Hint = hgσxσx + σyσy + σzσz

2 (G01)

であるこれを指数関数の肩に乗せる前にD = σxσx + σyσy + σzσz の標識をあらわに求めさらにその累乗Dnを計算しておこうまずはDの具体的な形だが

D = σxσx + σyσy + σzσz

=

O

0 1

1 0

0 1

1 0O

+

O

0 minus1

1 0

0 1

minus1 0O

+

1 0 0 0

0 minus1 0 0

0 0 minus1 0

0 0 0 1

=

1 0 0 0

0 minus1 2 0

0 2 minus1 0

0 0 0 1

(G02)

となるDはブロック対角行列の形になっているからブロック行列を対角化すればよいすると(

minus1 2

2 minus1

)n=

[1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 minus3

)1radic2

(1 1

1 minus1

)]n

=1radic2

(1 1

1 minus1

)(1 0

0 (minus3)n

)1radic2

(1 1

1 minus1

)

=

(1+(minus3)n

21minus(minus3)n

21minus(minus3)n

21+(minus3)n

2

) (G03)

付 録G Heisenberg Hamiltonianから SWAPゲートの導出 185

のようにDnが計算できる次にeminusiDαを計算しようこれは定義よりsuminfinn=0(minusiDα)nn

と展開できるので

eminusiDα =infinsumn=0

(minusi)nαn

nDn

=

infinsumn=0

(minusi)nαn

n

diag(1 0 0 1) +0 0 0 0

0 1+(minus3)n

21minus(minus3)n

2 0

0 1minus(minus3)n

21+(minus3)n

2 0

0 0 0 0

(G04)

= diag(eminusiα 0 0 eminusiα) +

0 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 0

=

eminusiα 0 0 0

0 eminusiα+e3iα

2eminusiαminuse3iα

2 0

0 eminusiαminuse3iα2

eminusiα+e3iα

2 0

0 0 0 eminusiα

(G05)

であるしたがって最終的に

eminusigσxσx+σyσy+σzσz

2t =

eminusi

g2t 0 0 0

0 eminusig2 t+e3i

g2 t

2eminusi

g2 tminuse3i

g2 t

2 0

0 eminusig2 tminuse3i

g2 t

2eminusi

g2 t+e3i

g2 t

2 0

0 0 0 eminusig2t

(G06)

という結果を得る

186

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却

H1 機械振動モードのサイドバンド冷却H11 量子ノイズスペクトルとレート方程式共振器オプトメカニクス系のハイライトであるフォノンのサイドバンド冷却につい

て本節では定量的に述べていこう前節で述べたようにこのサイドバンド冷却はレッドサイドバンド遷移を駆動して達成されるなおイオントラップにおけるサイドバンド冷却と(ほとんど同じだが)区別して共振器冷却と呼ぶことも多い何が起こるかそしてどのくらいまで冷却することができるかを定量的に見るため

に量子ノイズを用いたアプローチを試みよう量子力学における物理量のノイズスペクトルは

Scc(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨c(τ)c(0)⟩ (H11)

と古典的な量と同様に定義されるここで ⟨middot⟩は期待位置を取ることを表しているc(t)が演算子とその期待値の差であるならばSccはまさしくノイズスペクトルとなるここでは機械振動との結合がある状況における光のノイズスペクトルに興味がありそのノイズスペクトルから何がわかるかを見ていきたい相互作用部分における光のノイズは次のように書かれる

Hint = hg0

(adaggeraminus

langadaggerarang)

(b+ bdagger) = hg0ν(t)(b+ bdagger) (H12)

ここで相互作用部分の位相を回して符号を正に変えてあるこのオプトメカニカル相互作用は摂動としてはたらくため相互作用表示に移ることで見通しが良くなることが期待されるSchrodinger表示でのフォノンの Fock状態を |N⟩(bdaggerb|N⟩ = N |N⟩をみたす)とすると相互作用表示では |N t⟩ = UI(t)|N⟩と書けてユニタリ演算子 UI(t)は

ihpartUI(t)

partt= HI

int(t)UI(t) (H13)

に従って時間発展するここで

HIint(t) = ei

H0htHinte

minusiH0ht

= hg0ν(t)(beminusiωmt + bdaggereiωmt) (H14)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 187

であるこの方程式の形式的な解を展開していくと

UI(t) = 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)UI(τ)

= 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ)

[1minus i

h

int t

0dτ primeHI

int(τprime)(1 + middot middot middot

)]≃ 1minus i

h

int t

0dτHI

int(τ) (H15)

と一次までで書ける次に相互作用を時間 tだけ経験した後に |N t⟩が |N plusmn 1⟩へと変化するような事象の確率振幅 αNrarrNplusmn1を求めたい

αNrarrN+1 = ⟨N + 1 |N t⟩

= ⟨N + 1 |N⟩ minus ig0

int t

0dτν(τ) ⟨N + 1| beminusiωmτ + bdaggereiωmτ |N⟩

= minusig0int t

0dτν(τ)

[⟨N + 1| b |N⟩ eminusiωmτ + ⟨N + 1| bdagger |N⟩ eiωmτ

]= minusig

radicN + 1

int t

0dτν(τ)eiωmτ

αNrarrNminus1 = middot middot middot

= minusigradicN

int t

0dτν(τ)eminusiωmτ (H16)

と計算を進められるからαの二乗を取ることで時間発展後に |N plusmn 1⟩に系を見出す確率を得ることができる

PNrarrN+1 =langαlowastNrarrN+1αNrarrN+1

rang= g20(N + 1)

int t

0dτ

int t

0dτ primelangν(τ)ν(τ prime)

rangeminusiωm(τminusτ prime)

= g20(N + 1)

int t

0dτSνν(minusωm)

= g20(N + 1)tSνν(minusωm) (H17)

PNrarrNminus1 =langαlowastNrarrNminus1αNrarrNminus1

rang= middot middot middot= g20NtSνν(ωm) (H18)

ここで相関関数のFourier変換がスペクトルを与えるというWiener-Khinchinの定理を用いるために上式一行目のノイズの相関関数が τ = τ prime付近のみで有限の値をもつとし積分範囲を無限大まで拡張するなどしているこれらの式から上記の二つの過程の遷移レートは

ΓNrarrN+1 =dPNrarrN+1

dt= g20(N + 1)Sνν(minusωm) = (N + 1)Γuarr (H19)

ΓNrarrNminus1 =dPNrarrNminus1

dt= g20NSνν(ωm) = NΓdarr (H110)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 188

と求まるここまでくれば量子ノイズスペクトルが遷移レートと密接なかかわりを持っており共振器オプトメカニクスにおいて重要な役割を果たすことがわかるであろうここで遷移レート

Γuarr = g20Sνν(minusωm) (H111)

Γdarr = g20Sνν(ωm) (H112)

はそれぞれフォノンが一つ増える過程と一つ減る過程に対応しているSνν(ω)の具体的な形を求める前にフォノン数状態のダイナミクスに関してもう一歩

踏み込んで調べておこうここで調べたいのはフォノン数の期待値 ⟨N⟩ =sum

N NP (N)

の時間変化であるこれは次のように変形していくことができるd⟨N⟩dt

=d

dt

sumN

NP (N)

=sumN

N [(N + 1)P (N + 1)Γdarr +NP (N minus 1)Γuarr minus (N + 1)P (N)Γuarr minusNP (N)Γdarr]

= ΓuarrsumN

(N + 1)P (N)minussumN

ΓdarrNP (N)

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩= minus(Γdarr minus Γuarr) ⟨N⟩+ Γuarr

= minusΓopt ⟨N⟩+ Γuarr (H113)

ここで式変形にsuminfinN=0N

2P (N) =suminfin

N=0(N+1)2P (N+1)とsuminfinN=0N(N+1)P (N+

1) =suminfin

N=0(N minus 1)NP (N)を用いたこれがフォノンが本来持つ緩和を考慮しない場合の機械振動子のフォノンのレート方程式であるΓopt = Γdarr minusΓuarrは光による減衰効果を表しており共振器冷却の本質を担う項であるフォノン自体の緩和レート Γmと平均フォノン数 nthの熱浴の影響を取り入れる場合レート方程式は

d⟨N⟩dt

= Γuarr ⟨N + 1⟩ minus Γdarr ⟨N⟩+ ⟨N + 1⟩Γthuarr minus ⟨N⟩Γthdarr

= minus(Γopt + Γm) ⟨N⟩+ Γuarr + nthΓm (H114)

と修正を受けるここで Γthuarr = nthΓmΓthdarr = (nth + 1)Γmである共振器冷却の結果最終的に得られるフォノン数の期待値は

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H115)

となる

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 189

H12 共振器冷却の冷却限界前節の最後に得た表式から共振器冷却によってどこまでフォノン数を減らせるかを知

るためには量子ノイズスペクトル

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτ ⟨ν(τ)ν(0)⟩ (H116)

を評価する必要があるここで ν(t) = adaggeraminuslangadaggerarangであるこれを ⟨ν(τ)ν(0)⟩に代入し

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =lang(adagger(τ)a(τ)minus

langadagger(τ)a(τ)

rang)(adagger(0)a(0)minus

langadagger(0)a(0)

rang)rang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)minus adagger(τ)a(τ)

langadagger(0)a(0)

rangrangminuslangadagger(0)a(0)

langadagger(τ)a(τ)

rang+langadagger(τ)a(τ)

ranglangadagger(0)a(0)

rangrang=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus 2

langadagger(0)a(0)

rang2+langadagger(0)a(0)

rang2=langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav (H117)

と変形しよう光子の演算子 aが a(t) = [α+ d(t)] eminusiωltと書かれておりαがコヒーレントな振幅d(t)がそのゆらぎを表すものとしようaが状態に作用するときにはd(t) |ψ(t)⟩ = ⟨ψ(t)| ddagger(t) = 0としてa(t) |ψ(t)⟩ = αeminusiωlt |ψ(t)⟩が成立するlangadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)rangを計算するにあたりゼロにならないのは dが一番左にddaggerが一番右に来るようなものと演算子を全く含まないものになって

⟨ν(τ)ν(0)⟩ =langadagger(τ)a(τ)adagger(0)a(0)

rangminus n2cav

= αlowastααlowastα+ αlowastαlangd(τ)ddagger(0)

rangminus n2cav

= ncav

langd(τ)ddagger(0)

rang(H118)

となるここに至って langd(τ)ddagger(0)rangという項が出てきた一見取っ付き難そうであるがldquoquantum regression theoremrdquo [22](あえて日本語訳するなら量子回帰定理だろうか)によって langd(τ)ddagger(0)rangの時間発展を d(t)の時間発展と同じ方程式で記述してよいすなわち κを共振器の緩和レートとして

dlangd(τ)ddagger(0)

rangdt

= minusi∆c

langd(τ)ddagger(0)

rang∓ κ

2

langd(τ)ddagger(0)

rangfor t0 (H119)

が成立するから素直に解いて langd(τ)ddagger(0)

rang= exp[minusi∆ctminus (κ2)t] を得るただし

∆c = ωcminusωlであるこれにより量子ノイズスペクトルがあらわに計算できるようになって

Sνν(ω) =

int infin

minusinfindτeiωτexp

[minusi∆ctminus

κ

2t]

=κncav

(∆c minus ω)2 + (κ2)2(H120)

付 録H オプトメカニクスと共振器冷却 190

という表式が得られるレート方程式には Sνν(plusmnωm)という形でノイズスペクトルが現れたがこれらは光に対して機械振動が引き起こした変調によるノイズ(あるいは信号)で有る登理解することができplusmnωmに Lorentz関数のピークを呈するこれまでの結果を用いれば Γuarrと Γoptもすぐに計算することができる

Γuarr = g20Sνν(minusωm)

= g20κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2ncav (H121)

Γopt = g20 [Sνν(ωm)minus Sνν(minusωm)]

= g20

(∆c minus ωm)2 + (κ2)2minus κ

(∆c + ωm)2 + (κ2)2

]ncav (H122)

それでは共振器冷却で到達可能な平均フォノン数の限界をもう一度見てみよう

⟨N⟩trarrinfin =Γuarr + nthΓmΓopt + Γm

(H123)

大抵の場合には共振器の線幅よりもフォノンの周波数の方が大きくノイズスペクトルが共振器のスペクトルと分離できるこれをサイドバンド分解領域(resolved sideband

regime)というΓoptが Γmよりも十分小さい場合には ⟨N⟩trarrinfin = nthが自明に成立するすなわちフォノンは熱浴と平衡状態にあって同じ温度で熱分布している光の駆動を強くして Γopt ≫ Γmを達成した場合

⟨N⟩trarrinfin =ΓuarrΓopt

=(∆c minus ωm)

2 + (κ2)2

4ωm∆c(H124)

となって∆c = ωmつまり駆動レーザーがレッドサイドバンドにぴったり共鳴するときに最も良いフォノン数の冷却限界 κ216ω2

m が得られるいま κ ≪ ωm であるからκ216ω2

mは 1よりもずっと小さいすなわち機械振動子のフォノンモードは量子基底状態に限りなく近いところまで冷却することが可能である

191

付 録I 量子もつれとその応用

この付録では量子もつれとその有名かつ有用な応用例としての量子テレポーテーションとエンタングルメントスワッピングについて述べる

I1 分離可能状態と量子もつれ状態1と 2でラベルがつけられた二つの量子系があったとしようこの二つの量子系の合

成系は例えば |ψ1⟩otimes |ψ2⟩def= |ψ1ψ2⟩のようにかけるこれはふたつの量子系が別々に扱

えるという点で我々の直感に合った合成系であるこのように合成系の量子状態がそれを構成する各量子系の量子状態の直積 otimesで書けるような場合その合成系の量子状態は分離可能(separable)であるという密度演算子で混合状態まで含めた一般的な場合について書くと合成系の量子状態 ρが分離可能であるとき確率 piと各部分系の密度演算子 ρi1と ρi2を用いて ρ =

sumi piρ

i1 otimes ρi2と書ける

一方で分離可能状態のように各部分系の状態の直積に分解できない状態も存在するもっとも有名なのは Bell状態

∣∣Ψplusmn12

rang= (|e1g2⟩ plusmn |g1e2⟩)

radic2と

∣∣Φplusmn12

rang= (|e1e2⟩ plusmn

|g1g2⟩)radic2だろう4つの Bell状態は二量子ビット系の完全正規直交系をなしかつ

分離可能状態のように部分系の直積の形に書くことが不可能であることが背理法により簡単に証明できるほかの例としては Schrodingerの猫状態 (|g⟩ |α⟩ + |e⟩ |minusα⟩)

radic2

(|plusmnα⟩ は調和振動子のコヒーレント状態)Greenberger-Horne-Zeilinger(GHZ)状態 (|g middot middot middot g⟩+ |e middot middot middot e⟩)

radic2ふたつの調和振動子からなるN00N(rdquonoonrdquoとよむ)状態

(|N⟩ |0⟩ + |0⟩ |N⟩)radic2といったものがあるこれらのように分離可能状態でないもの

を量子もつれ状態あるいはエンタングルド状態という

I2 量子もつれの尺度ここではある量子状態にどのくらい量子もつれがあるかを計る尺度について述べよ

うこの尺度としてはいろいろなものがあり一般の量子状態に対して満足のいく尺度となる量はまだわかっていないしかしながら 2量子ビット系に対しては量子もつれの存在とその度合いを表すよい尺度が存在する純粋状態に対して良い尺度となるエンタングルメントエントロピーと混合状態に対しても良い尺度となるネガティビティについて述べよう

付 録 I 量子もつれとその応用 192

I21 エンタングルメントエントロピー合成系のうちある部分系のみに着目した密度演算子を縮約密度演算子というが量子

もつれの存在はこの縮約密度演算子に影響を及ぼすことを以下にみるそしてこの縮約密度演算子に対する von Neumannエントロピーがエンタングルメントエントロピーと呼ばれる量である1と 2でラベルがつけられた二つの量子系の合成系を考えるとき縮約密度演算子

ρ1あるいは ρ2は合成系の密度演算子 ρ12を片方の部分系についてトレースを取ったものであるきちんとかくと ρ1 = Tr2ρ12 あるいは ρ2 = Tr1ρ12 である分離可能状態|Ψ0⟩ = |g1⟩ (|g2⟩ + |e2⟩)

radic2と Bell状態 |Φ+⟩ = (|g1 g2⟩ + |e1 e2⟩)

radic2の二つの例に

ついて考えてみよう分離可能状態 |Ψ0⟩の縮約密度演算子は極めて簡単に計算できてρ1 = |g1⟩ ⟨g1|と ρ2 = (|g2⟩+ |e2⟩)(⟨g2|+ ⟨e2|)2でどちらももとの密度演算子を構成する各部分系の純粋状態を保っている一方でBell状態 |Φ+⟩の縮約密度演算子はトレースを計算すると ρ1 = I2と ρ2 = I2になりどちらも完全混合状態になってしまうのであるつまり量子もつれ状態は片方の量子系のみに着目すると量子状態が完全に壊れてしまうという不思議な性質を持っている量子もつれ状態はもつれているすべての部分系を一緒に扱わないといけないということでもある情報理論の Shannonエントロピーに倣って密度演算子 ρでかかれる量子状態の von

NeumannエントロピーをminusTr [ρ log ρ]で定義する純粋状態 |ψ⟩に対しては その密度演算子の固有値を λk とするとminusTr [ρ log ρ] = minus

sumk λk log λk = 0という計算から von

Neumannエントロピーがゼロとなることがわかるなぜかというと純粋状態については適切な基底を選べば固有値がひとつは 1でほかは 0になるようにできるからである具体的には |ψ⟩から始めて Schmidt分解によって直交基底を構成する1 log 1 = 0

はいいだろうが0 log 0については limxrarr+0 x log x = 0を用いた純粋状態はエントロピーが最も小さい状態だというのは理解できるだろう完全混合状態 I2についてはminusTr [(I2) log (I2)] = minus(12) log (12) minus (12) log (12) = log 2である完全混合状態が最もエントロピーが大きいというのも納得できるだろう準備は整ったので量子もつれを計る尺度の一つであるエンタングルメントエントロ

ピーを導入しようエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子のvon Neumann

エントロピーとして

S1 = minusTr [ρ1 log ρ1] S2 = minusTr [ρ2 log ρ2] (I21)

で定義される量である前述の合成系の量子状態 |Ψ0⟩については縮約密度演算子がどちらも純粋状態であったから S1 = S2 = 0であるこの例に限らず分離可能状態であればエンタングルメントエントロピーはゼロになるBell状態 |Φ+⟩はどちらの部分系の縮約密度演算子も完全混合状態であるからエンタングルメントエントロピーはlog 2になるこのようにエンタングルメントエントロピーは縮約密度演算子を取ることによって量子状態がいかに壊れるかを計る量であるように思えるしかしながらこれが通用するのは純粋状態のときのみである例えば ρ12 = I otimes I4のような完全混合状態(分離可能状態でもある)でエンタングルメントエントロピーを計算すると縮約

付 録 I 量子もつれとその応用 193

密度演算子も完全混合状態になってエンタングルメントエントロピーは log 2という値を出してしまう次節で導入するネガティビティはこのような混合状態でも量子もつれの尺度を与える

I22 ネガティビティ前節の最後では縮約密度演算子を扱うと量子もつれ状態と完全混合状態が同じエンタ

ングルメントエントロピーの値をもつことをみたここでは量子ビットAと Bからなる合成系の密度演算子 ρに立ち戻り混合状態でも通用する量子もつれの尺度を考えることとしよう密度演算子は ρdagger =

(ρT)lowast

= ρを満たすすなわち Hermite行列であるから実数の固有値を持つさらにその対角成分は状態の占有確率を表すため非負であることから物理的状態を記述する密度演算子の固有値は非負でなければならないことがわかるこれを踏まえて密度演算子 ρの部分転置を取った ρTA について考えよう部分転置の定義だが密度演算子を一般に

ρ =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ξA⟩ ⟨ηA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I22)

と |ξA⟩ |ηA⟩ isin |gA⟩ |eA⟩および |ξB⟩ |ηB⟩ isin |gB⟩ |eB⟩を用いて展開するとき

ρTA =sum

ξAηAξB ηB

pξAηAξBηB |ηA⟩ ⟨ξA| otimes |ξB⟩ ⟨ηB| (I23)

によって部分転置された密度演算子を定義する部分転置された密度演算子はやはりHermite行列であるしかしながらその固有値は非負である必要がなくなっている例外的に分離可能状態であるときには部分系に関する行列の転置がもう一方の部分系に対して何も影響を及ぼさないため部分転置された密度演算子は元の密度演算子と同じ固有値すなわち非負の固有値のみをもつPeres-Horodecki [23]によればρが分離可能状態であるならばρTA のすべての固有値は非負であるこの対偶として ρTA

の負の固有値の存在が量子もつれの存在を意味していることがわかるさらに言えば二量子ビット系においては上記の逆も成立するすなわち ρが分離可能状態であることと ρTA の固有値がすべて非負であることが二量子ビット系では等価になるこれが本節で導入するもうひとつの量子もつれの尺度であるネガティビティの基本的

な考えであるネガティビティN (ρ)はρTA の負の固有値の絶対値の和として

N (ρ) =sumλnlt0

|λn| (I24)

と定義されるここで λnは ρTA の固有値であるρTA は単なる ρの部分転置であるからトレースは保存されていてTr [ρ] = Tr

[ρTA

]= 1であるしたがって 1 =

sumn λn =sum

λngt0 λn minussum

λnlt0 |λn| という等式が成り立つさらにトレースノルム ||ρTA ||1def=

付 録 I 量子もつれとその応用 194

Tr

[radic(ρTA)dagger ρTA

]を導入しようこれは定義からして ρTA の固有値の絶対値を足し

上げるものなので||ρTA ||1 =sum

n |λn| = 2sum

λnlt0 |λn|+1と書き直せるこれによりトレースノルムを用いたネガティビティの表式

N (ρ) =||ρTA ||1 minus 1

2(I25)

が得られるPeres-Horodeckiの結果は混合状態にも適用可能であるから純粋状態でのみ良い指標となったエンタングルメントエントロピーよりも適用範囲の広い量子もつれの尺度であるといえるネガティビティは二つの量子系の分離可能な合成系に対してエンタングルメントエントロピーのような加法性がないためかわりに対数ネガティビティL(ρ)

def= log 2N (ρ) + 1を考えることがあるこれについてはL(ρ1otimesρ2) = L(ρ1)+L(ρ2)

となり加法性が満たされるネガティビティの計算例をいくつか挙げておこう分離可能状態に対してはネガティ

ビティはゼロであることが明らかであるからまず Bell状態 |Φ+⟩についてみてみる密度演算子 ρΦ+ は

ρΦ+ =1

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

(I26)

となりこの部分転置行列は

ρTAΦ+ =

1

2

1 0 0 0

0 0 1 0

0 1 0 0

0 0 0 1

(I27)

であるこの部分転置行列の固有値は 12が 3個とminus12が 1個であるしたがってネガティビティは 12であり対数ネガティビティは log 2となるより興味深い例としてWerner状態

ρW = p∣∣Φ+

rang langΦ+∣∣+ (1minus p)

I otimes I

4

=p

2

1 0 0 1

0 0 0 0

0 0 0 0

1 0 0 1

+1minus p

4

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 1

=

1+p4 0 0 p

2

0 1minusp4 0 0

0 0 1minusp4 0

p2 0 0 1+p

4

(I28)

付 録 I 量子もつれとその応用 195

図 I1 量子テレポーテーションの概略

を考えようこれは p isin [0 1]の値によって完全混合状態か量子もつれ状態かがきまるネガティビティを用いるとどのくらいの pから量子もつれがあるといえるかがわかるのでこれを明らかにしていこうまず部分転置行列は

ρTAW =

1+p4 0 0 0

0 1minusp4

p2 0

0 p2

1minusp4 0

0 0 0 1+p4

(I29)

とかけるがこの固有値は (1+p)4が 3個と (1minus3p)4が 1個である固有値 (1minus3p)4

のみ 13 lt p le 1のもとで負となるためネガティビティが有限の値をとる言い換えれば13 lt p le 1のときにWerner状態は量子もつれ状態であり0 le p le 13のときには分離可能状態となることが上記の計算により明らかになるのであるこれは次のことも示唆している13 lt p le 1のWerner状態は本節の最後で説明する LOCC

(local operation and classical communication)によって生成することができないが0 le p le 13のWerner状態であれば LOCCでつくれてしまうのである

I3 量子テレポーテーションいよいよ量子もつれ状態の応用としても量子力学の世界の不思議な現象としても重

要な量子テレポーテーションについて説明する量子テレポーテーションの目的として

付 録 I 量子もつれとその応用 196

は送信者である Aliceがある未知の状態 |ψ⟩ = cg |gψ⟩ + ce |e⟩ψ を受信者である Bob

に送るというものである以下添え字の ψはこの未知の量子状態 |ψ⟩に関するものとする量子状態 |ψ⟩は測定すると壊れてしまう複製ができないという性質があるため我々が今日用いる通信(古典通信)のようにはいかないのが量子通信の肝であるこのような制約の下では未知の量子状態を送るためには量子もつれ状態の不思議な性質を全面的に活用したトリックが必要になる量子テレポーテーションにおいてまずやるべきことはAliceとBobが量子もつれ状態

にある光子のペア例えばBell状態のひとつである∣∣Ψminus

ab

rang= (|ea⟩ |gb⟩+|ga⟩ |eb⟩)

radic2の片

割れを 1個ずつ持つことである添え字の aと bはこのAliceとBobがもつ量子もつれ状態の片割れの光子をさす未知の量子状態 |ψ⟩と併せた全体の量子状態は |ψ⟩

∣∣Ψminusab

rangと書けるこの量子状態をAliceの量子もつれペアの片割れと未知の量子状態 |ψ⟩にある量子ビットψとのBell状態で書き直してみよう

langΨplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (plusmncg |gb⟩minusce |eb⟩)2

radic2

やlangΦplusmnψa

∣∣∣ (|ψ⟩ ∣∣Ψminusab

rang) = (ce |gb⟩ ∓ cg |eb⟩)2

radic2を用いることで

|ψ⟩∣∣Ψminus

ab

rang=cg |gψ⟩+ ce |eψ⟩radic

2

|ea⟩ |gb⟩+ |ga⟩ |eb⟩radic2

=

∣∣∣Ψ+ψa

rang2

(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)minus

∣∣∣Ψminusψa

rang2

(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

+

∣∣∣Φ+ψa

rang2

(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) +

∣∣∣Φminusψa

rang2

(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I31)

と計算することができるこれを念頭においてAliceは手持ちの量子もつれペアの片割れに X ゲート Xa を作用させ続いて Aliceの量子ビットを制御量子ビットとする量子ビット ψへのCNOTゲートを作用させるすると

∣∣∣Ψplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Ψplusmnψa

rang=

|gψ⟩ (plusmn |ga⟩ + |ea⟩)radic2や

∣∣∣Φplusmnψa

rangrarr CNOT middotXa

∣∣∣Φplusmnψa

rang= |eψ⟩ (|ga⟩ plusmn |ea⟩)

radic2という

作用が ψと aの合成系(ψa系と略記する)に起こり最終的に HadanardゲートHa

をAliceの量子ビットに施すことで∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψ+ψa

rang(cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ga⟩ (cg |gb⟩ minus ce |eb⟩)∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Ψminusψa

rang(cg |gb⟩+ ce |eb⟩)

= |gψ⟩ |ea⟩ (cg |gb⟩+ ce |eb⟩)∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φ+ψa

rang(ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)

= |eψ⟩ |ga⟩ (ce |gb⟩ minus cg |eb⟩)∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩) rarr Ha middot CNOT middotXa

∣∣∣Φminusψa

rang(ce |gb⟩+ cg |eb⟩)

= minus |eψ⟩ |ea⟩ (ce |gb⟩+ cg |eb⟩) (I32)

という状態になるここで ψa系を測定しようψa系が |gψ⟩ |ga⟩|gψ⟩ |ea⟩|eψ⟩ |ga⟩

付 録 I 量子もつれとその応用 197

|eψ⟩ |ea⟩のどれであるかを明らかにすることは ψa系がどの Bell状態にあったかを明らかにすることに対応しておりこの測定を Bell測定ともいうAliceの Bell測定で|gψ⟩ |ga⟩という結果が得られればBobはZゲートZbを手持ちの量子ビットに作用させれば cg |gb⟩+ ce |e⟩bが手元に得られる測定結果が |eψ⟩ |ga⟩のときにはBobはZbゲートのあとにX ゲートXbを作用させればよい|eψ⟩ |ea⟩という結果のときにはXbゲートのみで十分である測定により |gψ⟩ |ea⟩であったと分かった場合には Bobは何もしなくてよいこのようにAliceのBell測定の結果を(古典)通信でBobに知らせBob

はその結果に応じて手持ちの量子ビットに量子ゲートを作用させれば最終的に Bob

の手元にはまさにAliceが送りたかった未知の量子状態 cg |gb⟩+ ce |e⟩bが残っているのであるもともと未知の量子状態だった ψ系はどうなったかというとBell測定によって壊

れているしたがってこれは量子状態の複製を行ったことにもなっていないもう一点注意しておきたいだがよく SF小説などで量子テレポーテーションで瞬時に情報が転送されるなどという設定がされているがこれは間違いである1Bobは最後に正しい量子状態を得るためにAliceからBell測定の結果を電話なりメールなりで聞かねばならないAliceからBobへの情報伝達速度は光速を超えることがないため量子テレポーテーションによる情報の転送も光速を超えることはない

I4 エンタングルメントスワッピング量子テレポーテーションの親戚のような手法にエンタングルメントスワッピングという

ものがあり量子通信でよく用いられる状況は次のようなものであるAliceとBobは既知の量子もつれ光子ペア

∣∣Φ+A

rang= (|g1g2⟩+ |e1e2⟩)

radic2と

∣∣Φ+B

rang= (|g3g4⟩+ |e3e4⟩)

radic2

をそれぞれ持っているがこのときに Aliceと Bobは何とかしてこれらの Bell状態を用いて Aliceと Bobにまたがる量子もつれペアを生成したいというような問題であるこのために用いられる手法がエンタングルメントスワッピングであり端的に言えばAliceとBobのもつ量子もつれペアの片割れを 1個ずつとってきてBell測定をしその結果に応じてAliceまたはBobの残りの量子もつれペアに量子ゲートを作用させることで達成される以下これについて詳しく見ていこうAliceと Bobの量子系の全体系 |Ψ⟩書き下すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

A

rangotimes∣∣Φ+

B

rang=

|g1g2g3g4⟩+ |g1g2e3e4⟩+ |e1e2g3g4⟩+ |e1e2e3e4⟩2

(I41)

となるここで 1と 4(2と 3)の添え字のついた系をまとめて部分系とみなしBell状態∣∣Ψplusmn

14

rangと ∣∣Φplusmn14

rang(∣∣Ψplusmn23

rangと ∣∣Φplusmn23

rang)を定義しようこれにより |Ψ⟩を前節のように書き

1著者の好きな SF小説にもこの手の記述がありこの話題が小説で出てくるたびに気が散って仕方がなかった

付 録 I 量子もつれとその応用 198

図 I2 エンタングルメントスワッピングの概略

直すと

|Ψ⟩ =∣∣Φ+

14

rang ∣∣Φ+23

rang+∣∣Φminus

14

rang ∣∣Φminus23

rang+∣∣Ψ+

14

rang ∣∣Ψ+23

rang+∣∣Ψminus

14

rang ∣∣Ψminus23

rang2

(I42)

という表式が導かれるでは添え字 2と 3からなる部分系についてBell測定を行おうもしBell測定で 2と 3からなる部分系が

∣∣Φ+23

rangにあるという結果が得られれば残りの系は

∣∣Φ+14

rangにあることになるもし ∣∣Φminus23

rangにあれば1の量子ビットにZゲートZ1を作用させると

∣∣Φminus14

rangは ∣∣Φ+14

rangに変換される∣∣Ψ+23

rangに測定された場合には 1の量子ビットにX ゲートX1を作用させることでX1

∣∣Ψ+14

rang=∣∣Φ+

14

rangを得る最後に ∣∣Ψminus23

rangという結果が得られた場合にはZ1X1を作用させることで

∣∣Φ+14

rangを得ることができるこのようにAliceと Bobのもつ量子もつれペアの片割れを Bell測定した結果に応じてAlice

が量子もつれペアの残りに量子ゲートを行うことで最終的に Aliceと Bobにまたがる量子もつれ状態

∣∣Φ+14

rangが得られるこれはもともとのローカルな量子もつれ状態がAliceとBobにまたがる量子もつれ状態に入れ替わっているようにも見えることがエンタングルメントスワッピングという名前の由来である

付 録 I 量子もつれとその応用 199

I5 Local operation and classical communication (LOCC)

量子テレポーテーションやエンタングルメントスワッピングで行った操作は次のように纏められる(i)量子ビットの測定(Kraus演算子をMAとする)(ii)測定結果の古典通信(iii)量子ゲート操作 UB通信にかかる時間を乱暴にも無視してしまうとLOCCの後の密度演算子はsumr UB(r)MA(r)ρM

daggerA(r)U

daggerB(r)となっている(rは測定結果

に対応する添え字)ここで強調したいのは量子操作はすべてAliceなりBobなりの内部で完結することと古典通信のみを用いて情報交換をしていることである言い換えるとAliceとBobにまたがる二量子ビットゲートや測定光子の量子状態そのものによる伝達といった ldquo無茶rdquoはしていない現実的に無理のない手法だといえるこのような古典通信とローカルな量子操作のみで構成される操作を LOCC(local operation and

classical communication)と呼ぶ詳細な議論は成書 [9]に譲るがここでは LOCCのいくつかの重要な性質について言及しておく

bull LOCCは確率 1で量子もつれの尺度を増大させることはできない

bull LOCCは分離可能状態を量子もつれ状態にすることはできない

bull LOCCによって確率的にであれば量子もつれの尺度を増加させることはできる具体的にはエンタングルメント蒸留などの手法が開発されている

200

付 録J 量子複製禁止定理

古典情報では許され量子情報では出来ない操作の重要なものが状態のコピー(複製)をすることである例えば通常 xが与えられていて y = x2 + xを計算したければxをコピーし元の xに 1を足してコピーした xをかければ

y = x2 + x = x(x+ 1) (J01)

が計算できるが量子情報では「量子複製禁止定理」というものにより未知の量子状態のコピーが許されておらず同様の計算が出来ないこれは量子計算に取って非常に大きなハンディキャップに見えるしかしコピーが出来なくても様々な方法で有用な量子計算が出来ることが知られているので心配はいらない以下では簡単にこの量子複製禁止定理を証明する仮に任意の量子状態 |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩ともう一つの量子状態 |i⟩がありユニタリー

な操作 U を用いて |i⟩ rarr |ψ⟩とコピーができるつまり

U |ψ⟩ |i⟩ = |ψ⟩ |ψ⟩ (J02)

という 2量子ビットゲートが存在するとしよう同様に異なる量子状態 |ϕ⟩も U はコピーできるつまり

U |ϕ⟩ |i⟩ = |ϕ⟩ |ϕ⟩ (J03)

も成り立つとすると

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨i|ψ⟩ |i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ ⟨i|i⟩= ⟨ϕ|ψ⟩ (J04)

同様に

⟨ϕ| ⟨i|U daggerU |ψ⟩ |i⟩ = ⟨ϕ| ⟨ϕ|ψ⟩ |ψ⟩= ⟨ϕ|ψ⟩2 (J05)

となり ⟨ϕ|ψ⟩ = ⟨ϕ|ψ⟩2を満たさねばならないがこれは ⟨ϕ|ψ⟩ = 0もしくは ⟨ϕ|ψ⟩ = 1

が成り立つということである後者は |ϕ⟩ = |ψ⟩という場合の自明なときなので無視す

付 録 J 量子複製禁止定理 201

ると前者は直交した 2つの状態ならコピーできるが任意の量子状態のコピーが不可能なことを証明しているもう少し具体的な例で見てみよう例えば U は |0⟩|1⟩を各々コピーできるとする

U |0⟩ |i⟩ = |0⟩ |0⟩ (J06)

U |1⟩ |i⟩ = |1⟩ |1⟩ (J07)

この時 |ψ⟩ = a |0⟩ + b |1⟩をコピーしたいとしよう量子情報では測定するとその状態が変わるのでこのような重ね合わせの任意の状態が何かわからないままコピーできなければならない|ψ⟩を同じ方法でコピーすると

U |ψ⟩ |i⟩ = U(a |0⟩+ b |1⟩) |i⟩ = aU |0⟩ |i⟩+ bU |1⟩ |i⟩= a |0⟩ |0⟩+ b |1⟩ |1⟩ (J08)

となる一見うまく行ったように見えるかもしれないがコピーしようと思っていた状態は |ψ⟩ = a |0⟩+ b |1⟩なのでコピーが出来ているとすると

|ψ⟩ |ψ⟩ = (a |0⟩+ b |1⟩)(a |0⟩+ b |1⟩)= a2 |00⟩+ b2 |11⟩+ ab(|01⟩+ |10⟩) (J09)

になるはずなのでコピーは全然出来ていないつまり既知の直交した状態においてコピーが可能だとしても任意の(未知の)量子状態をコピーすることは出来無い

202

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