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自閉症スペクトラム障害児における内因性瞬目 -てんかん定型発達児との比較- 皆川美雪武中祐司半澤真理杉山敏子田多英興 Endogenous Eyeblinks in Children with Autistic Spectrum Disorders: Comparison with Epileptic and Normal Children Miyuki MINAKAWA, Yuji TAKENAKA, Mari HANZAWA, Toshiko SUGIYAMA, Hideoki TADA 人間情報学研究 第19巻 2014年3月 Reprinted from Journal of Human Informatics vol.19, March 2014 pp.29-37 (東北学院大学 人間情報学研究所)

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自閉症スペクトラム障害児における内因性瞬目−てんかん児と定型発達児との比較−

皆川美雪・武中祐司・半澤真理・ 杉山敏子・田多英興

Endogenous Eyeblinks in Children with Autistic Spectrum Disorders:

Comparison with Epileptic and Normal Children

Miyuki MINAKAWA, Yuji TAKENAKA, Mari HANZAWA,

Toshiko SUGIYAMA, Hideoki TADA

人間情報学研究 第19巻 2014年3月

Reprinted from Journal of Human Informaticsvol.19, March 2014

pp.29-37

(東北学院大学 人間情報学研究所)

別冊表紙2014̲PDF用̲別冊表紙2009 平成 26/03/19 14:06 ページ 3

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人間情報学研究、第19巻2014年、29~37頁

Journal of Human Informatics Vol.19 March,2014

自閉症スペクトラム障害児における内因性瞬目−てんかん児と定型発達児との比較−1

皆川美雪2・武中祐司3・半澤真理4・ 杉山敏子5・田多英興6

Endogenous Eyeblinks in Children with Autistic Spectrum Disorders:Comparison with Epileptic and Normal Children

Miyuki MINAKAWA, Yuji TAKENAKA, Mari HANZAWA,Toshiko SUGIYAMA, Hideoki TADA

Abstract:

The purpose of this study was to investigate the blink behavior of three

groups, children with autism spectrum disorder (ASD), with epilepsy, and

normal volunteers. Twenty‑two children with ASD, 15 with epilepsy, and

37 normal children conducted the same task of viewing a video stimulus

for 3 minutes. The results indicated that the blink behaviors in ASD

children were higher in rate, shorter in blink durations, and faster in

speed, whereas those in children with epilepsy were lower in rate, longer

in durations, and slower in speed, compared with normal children. The

blink behaviors in ASD and epilepsy children were similar to those with

parkinsonism and schizophrenia, respectively. Time differences of quicker

movements in right eyelid eyeblinks were observed in both patient

groups. Flurry rates were frequent in the ASD group and lower in the

epilepsy group, compared with the control group.

Keywords: Endogenous Eyeblinks, Autistic Spectrum Disorders, Children

with Epilepsy

- 原 著 -29

1 本研究は2002年度~2004年度文部省科学研究費補助金基盤研究(C)(課題番号12610090)による補助によって遂行された。2 東北学院大学カウンセリング・センター3 仙台幼児保育専門学校4 長野県小諸養護学校5 東北福祉大学健康科学部保健看護学科6 元東北学院大学教養学部

04皆川ほか2014̲基本体裁 平成 26/03/19 13:39 ページ 29

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皆川美雪・武中祐司・半澤真理・ 杉山敏子・田多英興

人間情報学研究 第19巻 2014年3月

1.はじめに学習障害や注意欠陥/多動性障害、自閉症ス

ペクトラムなどの発達障害を抱えた子どもたちの問題が、教育・臨床のみならず、ここ数年ではメディアにも取り上げられ広く社会的に認知されるようになってきた。とりわけ3症状(社会性の障害・コミュニケーションの障害、想像力の障害およびそれに基づく行動の障害)を示す自閉症スペクトラム児(Autistic Spectrum

Disorders;以下ASDと略す)は、「ちょっと変わった子」として話題に上がりやすく、1~2%の有病率が報告されている(Baird, Simonoff,

Pickles, Chandler, Loucas, Meldrum, &

Charman, 2006; Kim, Leventhal, Koh,

Fombonne, Laska, Lim, Cheon, Kim, Kim, Lee,

Song, & Grinker, 2011)。しかしながら、現在のところ有効な治療法はなく、早期診断に基づく、療育の施行が求められている。学校教育臨床においては、2005年に発達障害者支援法が施行され、2007年には義務教育段階における特別支援教育がはじまり、発達障害児への支援に試行錯誤している状況である。同法で「発達障害者の障害の状況に応じ、適切な教育上の配慮をするものとする」と明文化しているものの、ASD児への教育的介入の在り方は、大枠の共通認識はあるものの未だ確立されていない。そのため環境が整えば素晴らしい天才的な才能を発揮する可能性もある発達障害ではあるが、各々の能力を生かすためには、援助する側も専門的なスキルが必要とされる。持続的・継続的に日常生活を指導・支援する体制の整備が強く求められている段階である。一方では、自閉症の病態解明を目的とした神経生理学的研究、神経心理学的研究および脳機能画像研究などの脳の器質的、機能的障害を明

らかにする試みと、分子生物学的研究により遺伝的要因を明らかにする試みが報告されている(松田・加戸・炭田、2003)。前者については人と人の間に形成される信頼や愛、あるいは人間の活動(経済・政治・社会・家庭)の生物学的基盤にオキシトシンが重要であるが、そのオキシトシン系の障害が自閉症の一つの原因である可能性が指摘されている(東田・棟居、2010)。さらに、自閉症では、早期から縫線核セロトニン(5HT)神経系の活動低下でロコモーションの障害や睡眠覚醒リズムなどの障害が起こり、ドパミン神経系の活動低下による多動、常同行動、パニックなどが起こる(石崎、2006)など、脳内神経伝達物質であるセロトニンやドパミン代謝異常との関連について興味深い報告がされるようになってきた。近年、中枢ドパミン活性に関する非侵襲性のインディケーターとして内因性瞬目が有力視されるようになり、研究が散見されるようになった。ドパミンの過剰による瞬目率の昂進の代表例として統合失調症(Stevens, 1978a; Stevens,

1978b; Stevens & Livermore, 1978; Karson,

Freed, & Kleinman, 1981)を、逆に枯渇による瞬目率の減少の代表例としてパーキンソン病(Agostino, R. Bologna, M. Dinapoli, L. Gregori,

B. Fabbrini, A. Accornero, N. Berardelli, A.,

2008)などの研究がある。同じ線上で、自閉症児では瞬目が昂進することが示唆されている(Goldberg, Maltz, Bow, & Karson, 1987)、一方で逆に減るとする報告(Caplan & Guthrie,

1994)もあり、結果の完全な一致はまだ見ていないのが現状である。本研究は、ASD児における内因性瞬目の基

礎的データを収集し、その瞬目生起の特性を記述することを主たる目的とする。今回は探索的

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自閉症スペクトラム障害児における内因性瞬目

−てんかん児と定型発達児との比較−

Journal of Human Informatics Vol.19 March,2014

にASD児の特徴をより明確化するため、てんかん児及び定型発達児と比較検討を行い、その特性を報告する。てんかん児の選択は、発達障害者同様に脳の器質的な障害であることが指摘されていること、さらに、てんかんに関する基礎データの少なさもからも有益と思われたため、比較対象とした。ASD児の内因性瞬目が医学的・臨床的な指標として有効であれば、測定が比較的簡易であることから治療的・教育的介入の理論的根拠を明確にするうえで大きな一助になる研究であると考えられる。

2.方 法2‑1 被験者宮城県内の小児専門病院A、およびてんかん専門病院Bにおいて、医師によって自閉症圏の診断を受けた22名〔女子6名・男子16名・平均年齢9±2.8:診断名は、自閉症8名・アスペルガー症候群3名・広汎性発達障害(Pervasive

Developmental Disorder ; PDD)11名〕をASD

児群として、てんかんの診断を受けた15名(女子7名・男子8名・平均年齢12.4±4.3)と比較してそのデータを報告する。なお、ASD児およびてんかん児の服薬は中断しなかった。定型発達児のデータは、同じ条件で同じ解析を施したSugiyama & Tada(2006)のデータから、年齢と性を照合した定型発達児37名(女子14名・男子23名・平均年齢9.7±3.6歳)を再解析して使用した。

2‑2 課題被験者には、3分間に編集されたビデオ刺激

を自由に視聴する課題を実施してもらった。ビデオの内容は、NHKの「名曲アルバム」の中から「ドイツメルヘン街道」を3分間に編集した

ものである。映像は、開始から2分間は、子どもたちが遊んでいる場面、その後の1分間は、ドイツの美しい街並の風景になっている。音声は、開始から2分間は、名曲集でモーツアルトのアイネクライネナハトムジーク第三楽章が流れ、その後1分間は、鐘の音が流れている。なお、刺激は数メーター先のテレビ装置から提示された。このビデオ刺激は、既に実施済みの定型発達児のデータとして使用したSugiyama, T. and

Tada, H.(2006)のデータと比較検討する意味でも可能な限り同じ条件を企図したことから得た刺激であり、さらに、年齢や性によって大きな興味の差がない中性的な刺激として選ばれている。

2‑3 手続き被験者とその家族に、病院の心理担当職員からインフォームド・コンセントを行った。十分に実験の目的と内容を理解し、同意書を得た上で実験を始めた。最初に実験の教示を施した後、ビデオの視聴を始めるが、そのビデオ視聴中3分間の瞬目を民生用デジタルビデオカメラ(SONY ハンディーカムDCR‑VX2000, DCR‑

SR872、DCR‑ HC62など)で記録した。視聴課題終了後、利き手・利き目などについての質問紙に回答を得て、終了した。

2‑4 データ解析ビデオ記録された画像データはキャプチャーされた後、まずDitect社製の動画解析ソフトDipp Motionで1次処理をした後、水野ソフト社製の科研費による特注ソフトEvent Markerで、基本的には自動で、最終的には手動で解析した。解析結果は瞬目率以外に波形の振幅や速度、持

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皆川美雪・武中祐司・半澤真理・ 杉山敏子・田多英興

人間情報学研究 第19巻 2014年3月

続時間などの波形の諸属性や群発瞬目、時間分布、注視時間なども算出できる。

3.結果3‑1 ASD・てんかん児・定型発達児の3群の比較3‑1‑1 瞬目率とその他のパラメータの結果

ASD児とてんかん児および定型発達児群の3

群間の比較をするために、瞬目率・閉瞼時間・開瞼時間・瞬目群発・注視率の各パラメータについて解析した。瞬目率は1分間当たりの頻度(Blinks Per Minute; bpm)の単位で表現する。瞬目群発(Flurry)とは1秒間に3回以上、つまり 瞬目間間隔が0.5秒以内の瞬目の頻度である。注視率とはスクリーンを注視していた比率のことである。各パラメータ毎に、群(3)×性(2)の2

要因分散分析によって分析すると大要次のようなことが判明した。まず、瞬目率についての結果はFigure 1に示

す。ここでは群の主効果のみが有意〔F(2,68)=5.503、p=.006〕であり、さらに多重比較ではASD児とてんかん児の間にのみ有意差(p=.02)が認められた。次に、閉瞼時間と開瞼時間の結果をFigure 2

に示す。閉瞼時間および開瞼時間では、閉瞼時間に群の主効果〔F(2,68)=6.915、p=.002)〕があり、開瞼時間では群の主効果(F(2,68)=2.688、p=.075)に傾向が見られたが、いずれも性の主効果は見られなかった。多重比較の結果、閉瞼時間では、定型発達児に比べASD児およびてんかん児が有意(p=.02)に速かった。しかし開瞼時間では、ASD児とてんかん児の間に傾向(p=.07)が見られたのみである。

3‑1‑2 左右眼瞼同期の違い瞬目時に左右の眼瞼がどの程度同期して生起しているかを検討するため、左右眼瞼のピーク時間を、1/30秒(30 Frames / Second)の精度で比較した。具体的には、個人ごとに、左眼瞼瞬目の平均ピーク時間から右眼瞼瞬目の平均ピーク時間を引いた値を左右眼瞼瞬目ピーク時間の左右差として算出して、その値をもってその個人の代表値とした。従って+は右眼瞼が速く、−は左眼瞼が速いことを意味し、Eqは1フレームのズレもないことを意味する。その結果(人数比)がFigure 3である。群と左右差に関してカイ二乗検定を施すと、

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1 1 2014/02/19

27.5

15.722.2

0

10

20

30

40

50

ASD Epilepsy Control

Blin

ks P

er

Min

ute

(bpm

)

Groups

Figure 1. Blink rates in three groups. ASD =

Autism Spectrum Disorder. Error bars indicate

the standard deviations.

1 1 2014/02/19

126.3 124.5 135.6

259.8299.7 274.9

0

100

200

300

400

ASD Epilepsy Control

Dura

tons in m

s

Groups

Closing Reopening

Figure 2. Closing and reopening durations in

three groups. ASD = Autism Spectrum Disorder.

Error bars indicate the standard deviations.

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自閉症スペクトラム障害児における内因性瞬目

−てんかん児と定型発達児との比較−

Journal of Human Informatics Vol.19 March,2014

有意な差が認められた(X2=10.290, P<.05)ので、次に群ごとに左右差を検定するためにEq

反応を除いて、LとRについてカイ二乗検定を行った結果、すべての群で有意差は得られなかった。しかし、ASD児もてんかん児も、右の眼瞼が速い傾向があるのに対して、定型発達児はEqの頻度が高い人が多いことが注目された。

3‑1‑3 瞬目群発の生起率Figure 4は瞬目群発の結果である。ここでは、群の主効果のみが有意〔F(2,66)=8.852、p=.000〕で、交互作用は傾向程度の差が見られた〔F

(2,66)=2.537, P=.087〕。多重比較ではASD児は、てんかん児(P=.048)および定型発達児(P=.002)の両群との間に有意な差が認められた。

さらに、刺激ビデオを画面から目を離さないで注視していた比率を注視率として、定型発達児を除いてASD児とてんかん児に対して分析を試みた。両群の注視率の差を見るためにt検定を施すと、ASD児(81.1%)がてんかん児(95.4%)よりも有意に注視率が低かった(t=‑2.521, P=.0164)。

3‑1‑4 時間経過に伴う瞬目率の変化場面変化と時間経過に伴う瞬目率の生起の変化を時間分布として検討した。先ずは、画像内容と照合し瞬目分布を検討してみると、人物・建物・動き等に対応した瞬目の増減の方向性で見ると、一定の方向性は認められなかった。しかし、瞬目率の増減の最大差は、Table 5に見るように、ASD児において他の2群に比べると、変動が大きかった。さらに、15秒おきの瞬目率の変化を検討したが、特記すべき特徴は見いだせなかった。

3‑2 ASD児群内の比較ASD児群の3つの類型〔自閉症・アスペルガ

ー症候群・広汎性発達障害(PDD)〕による特徴を検討するために、前述の5つの指標についてそれぞれ解析するために、分散分析を施した

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1 1 2014/02/19

6

3

13

5

1

9

11

14

10

0

5

10

15

20

L Eq R

Fre

que

ncy

Quicker Sides

ASD Epilepsy Control

Figure 3. Synchronization ratios of both eyelid

movements in three grouops. ASD = Autism

Spectrum Disorder. L=Left, Eq=Equal, R=Right.

1 1 2014/02/19

0

2

4

6

8

10

15 30 45 60 75 90 105 120 135 150 165 180

Blin

ks p

er

15

sec.

Elapsed time in sec.

ASD Epilepsy Conrol

Figure 5. Transitions of blink rates as a function

of elapsed time.

1 1 2014/02/19

20.9

9.26.9

0

5

10

15

20

25

30

ASD Epilepsy Control

Flu

rry P

erc

ents

Groups

Figure 4. Flurry ratios in three groups. ASD =

Autism Spectrum Disorder. Error bars indicate

the standard deviations.

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皆川美雪・武中祐司・半澤真理・ 杉山敏子・田多英興

人間情報学研究 第19巻 2014年3月

が、いずれも有意な主効果が認められた変数はなかった〔F(2,19)=0.299, p =.0744〕。

4. 考察本研究は、てんかん児及び定型発達児と比較して、ASD児の特徴を浮き彫りにすることを目的としたが、その結果ASD児については以下のような特徴が明らかになった。1)瞬目率の亢進、2)閉瞼・開瞼時間の短さ(速さ)、3)高い群発瞬目率、そして4)低い注視率、である。さらに、本研究の結果を補足すると次のようになる。第1に、自閉症児における瞬目の昂進は先行研究の知見と一致する(Kleinman,

Karson, Weinberger, Freed, Berman, &

Wyatt,1984; Goldberg et al, 1987; Jacobsen,

Hommer, & Hong,1996)ことから、自閉症圏に属する疾患は特に瞬目生起が多いことが特性と考えられる。閉瞼および開瞼時間、さらに瞬目群発に関しては、検討した先行研究が殆どなく、比較することは出来ない新しい知見といえる。高頻度の瞬目率については短い瞬目時間、ひいては瞬目群発でも補われるのかもしれない。通常、瞬目研究では、高頻度の瞬目率は内的世界への注目の反映と考えられて(Hall & Cusack、

1979; Tecce, 1989)おり、短い瞬目時間は看視作業のような外的注意を強いられる際に随伴する(Stern & Skelly, 1984)と考えられている。したがって、この2つの現象が同時に成立することの意味は説明しにくいが、ASD児におけるもう一つの結果である低い注視率などを合わせて考えると、従来指摘されているASD児の課題遂行時における集中と持続に関する指向性注意の脆弱さを反映すると考えられることも可能である。第2にはてんかん児の結果で、Fig.1に見るよ

うに、ASD児とは際だって異なるてんかん児の低頻度瞬目率は、数少ない先行研究の結果(Caplan & Guthrie, 1994)とも一致するし、この先行研究の結果を成人で確認した我々の別の研究結果(Takenaka, Hanzawa, Minakawa,

Sugiyama, & Tada, 2013, 印刷中)とも完全に一致することである。このことはてんかんにおけるこれらの特徴的な瞬目率の振る舞い、つまり低頻度、低速度(この研究では低振幅と長閉瞼時間も見出されている)の瞬目が、発達の初期から一貫して認められることを示唆するであろう。第3は、ASD児群とてんかん児群において、

定型発達児とは際だって異なる瞬目における右眼瞼の運動開始の優先性があり、特にてんかん児群でその特徴が著明であったことである。この左右眼瞼の同期・非同期に関するASD児についての先行研究は恐らく皆無であるが、成人てんかん患者については前述の我々の研究(Takenaka, et al, 2013)でも確認されているので、本研究はてんかん児において確認したことになる。さらに、特徴的なことは、我々の別の研究(Takenaka, et al, 2013、成人)でも、本研究(児童)でも、定型発達群における左右眼瞼の

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1 1 2014/02/19

25.5 33.9

27.1

0

10

20

30

40

50

60

Autism Asperger PDD

Blin

ks P

re M

inute

(bpm

)

Subgroups in ASD group

Figure 6. Blink rates in three subgroups of ASD.

PDD = Pervasive Developmental Disorders.

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自閉症スペクトラム障害児における内因性瞬目

−てんかん児と定型発達児との比較−

Journal of Human Informatics Vol.19 March,2014

同期の一致度は、驚くべき完璧さであることで、この事実はもっと注目すべきであろう。というのは、通常、側性に関しては、利き目・利き手のように、多くは左右の偏りがあるのに対して、眼瞼の共同運動のこの偏りのなさは健常性の証拠になり、偏りはある種の神経学的不調を示唆する可能性を示すかも知れないからである。第4に、ASD児群は連続して惹起する瞬目、

つまり群発瞬目の比率が高いのに対し、てんかん児群では単発がほとんどを占めていることである。群発瞬目についても研究が多くないことから、直接の意味づけは難しいが、鬱(Schwarz & Stern, 1968; Ohira, 1995)や神経症傾向(山田・宮田、1986)を暗示する兆候であるかも知れないし、単に覚醒水準の低下(保坂・渡邊、1983)を意味するか、単に疲労の結果(Stern, Boyer, Schroeder, & Touchstone,

1994))に由来するかも知れない、と諸説あり、まだ確定的ではない。さらに、ASD児の方がてんかん児よりも群発瞬目が多いのは単に瞬目率の頻度が高いからかも知れない、と言う理由の可能性も否定できない。全体的にも、ここでは瞬目に関する行動的な記述に留まって、神経学的背景までは充分に考察できなかったし、特に薬の効果にまで解析が及ばなかったことを考慮すると、本結果を基礎にした上で、より一層の将来的なデータの蓄積が要請される。

5.結論以上、ASD児とてんかん児の瞬目の特徴を

まとめると、前者は高頻度・高速度であるのに対し、後者は低頻度・低速度という対照的な特徴を示唆する。そして、これはFigure 1に典型的に示されるように、定型発達児を中において

対照性をなし、ASD児が統合失調症と、てんかん児がパーキンソン病との近縁性を示唆するかも知れない。しかし、著明さに違いはあるが、瞬目時における眼瞼の動きは右目が速いという共通特性が存在することも注目された。

【謝辞と追記】今回の研究の被験者について全面的にご協力いただいた、曽我孝志先生、海野美千代室長、五十嵐裕先生、今公弥先生、川村素子先生をはじめ、各事務職員、臨床検査技師の皆さまには、診療でお忙しい中にも拘わらず、快くご協力いただき、さらに、有益なアドバイスを頂戴したことを深く感謝申し上げます。本研究の背景は、田多の指導によって2003年度に行われた武中・半澤の東北学院大学教養学部の総合研究を基礎にしている。皆川は当時そのてんかん専門病院の心理士で、杉山は東北大学医学部部保健学科の助教授(同時に東北学院大学大学院人間情報学研究科後期課程の学生)で、定型発達児のデータを提供した。その後のデータの再解析と論文作成は全員で担当した。

【引用文献】1.Agostino, R. Bologna, M. Dinapoli, L.

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S., Loucas, T., Meldrum, D., and Charman,

T.(2006)Prevalence of disorders of the

autism spectrum in a population cohort of

children in South Thames: The Special

35

04皆川ほか2014̲基本体裁 平成 26/03/19 13:39 ページ 35

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皆川美雪・武中祐司・半澤真理・ 杉山敏子・田多英興

人間情報学研究 第19巻 2014年3月

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