条件表現―と、ば、たら、なら - fju.edu.t · 2006-01-24 ·...

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1 条件表現―と、ば、たら、なら 発表者:林芳琪 序章 1 研究動機と目的 2 研究方法 第一章 先行研究 1.1 条件表現の定義 1.2 条件表現の特徴‧用法 第二章 日本語における条件表現 2.1 「ト」の場合 (本學期修改) 2.1-1 「ト」の用例分析 2.1-2 「ト」の本質 2.2 「タラ」の場合 (本學期撰寫) 2.2-1 「タラ」の用例分析 2.2-2 「タラ」の本質 2.3 「バ」の場合 (未完成) 2.3-1 「バ」の用例分析 2.3-2 「バ」の本質 2.4 「ナラ」の場合 (未完成) 2.4-1 「ナラ」の用例分析 2.4-2 「ナラ」の本質

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条件表現―と、ば、たら、なら

発表者:林芳琪

目 次

序章

1 研究動機と目的

2 研究方法

第一章 先行研究 1.1 条件表現の定義

1.2 条件表現の特徴‧用法

第二章 日本語における条件表現 2.1 「ト」の場合 (本學期修改)

2.1-1 「ト」の用例分析

2.1-2 「ト」の本質

2.2 「タラ」の場合 (本學期撰寫)

2.2-1 「タラ」の用例分析

2.2-2 「タラ」の本質

2.3 「バ」の場合 (未完成)

2.3-1 「バ」の用例分析

2.3-2 「バ」の本質

2.4 「ナラ」の場合 (未完成)

2.4-1 「ナラ」の用例分析

2.4-2 「ナラ」の本質

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第三章 結論 3.1 主な研究成果

3.2 今後の研究課題

参考文献

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序章

1、研究動機と目的

「~と」、「~ば」、「~たら」、「~なら」などについての条件表現の研究は、日

本語文法における重要な研究課題の一つであると思われる。『新明解国語辞典第

五版』(1999:665)では、条件について、「①ある物事が成立するために必要な

(制限を要する)事柄である。また、②(数学で)変数を含む命題の称。変数

に具体的な数や図形などが代入されると、その真偽が定まることである。」と指

摘している。例えば、「Fは対角線の長さが等しい四角形である。」一般的に言え

ば、日本語には、「条件」は「順接」と「逆接」に分けられ、更に「仮定的」、「確定

的」の両方の用法を含め、「~と」、「~ば」、「~たら」、「~なら」などの四つの

形式で表される。ほかの言語に比べて、日本語には多様な表現形式を持ってい

る。したがって、日本語学習者にとって条件表現を学習することが困難である

と思われる。

従来の研究では、条件表現の分類、各自の用法、特徴などを中心として分析

する研究は多くなされている。森田(1988)、益岡(1993)、蓮沼(1993)、田中

(1994)、鈴木(1994)、藤城(2000)などでは、条件表現の性格、特徴、意味

などについての論述、説明は様々であったが、総合的に考えると、条件表現の

本質、共通点、相違点などに関し、はっきりとつかむことができない。したが

って、本論では、用例を通して、「~と」、「~ば」、「~たら」、「~なら」などの

四形式の独自の本質を探すことを試みたい。また、どのような場合に言い換え

られるのかに対し、比較し、考察を行いたい。

2、研究方法

本論は、「~と」、「~れば」、「~たら」、「~なら」を対象とし、条件表現につ

いての研究を行う。

まず、小説、新聞などの様々な文章の中から、「~と」、「~ば」、「~たら」、「~

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なら」があった用例を取り出す。次に、小説の中の用例を通して、「~と」、「~

ば」、「~たら」、「~なら」などの四形式の独自の本質を探すことを試みたい。ま

た、どのような場合に言い換えられるのかに対し、比較し、考察を行いたい。

第一章 先行研究

1.1 条件表現の定義

条件表現の定義について、益岡(1993:18)によれば、寺村(1981)1は、日

本語の条件表現の「最大公約数的な共通点」は、「ある非現実の事態(P)の実現

が、他のやはり非現実の事態(Q)をひきおこす引き金になるということを話

し手が述べようとする表現」ことにある、と指摘している。

有田(1993:41)によれば、益岡‧田窪(1992)2は条件表現を「二つの事態の

間の依存関係を表すと定義している。これは、後件の事態の成立が何らかの意

味で前件の事態の成立に依存するという意味である」と示している。

田中(1994:62)は、「条件表現は、ある二つの異なる事態間の依存関係を表

すと述べたが、この依存関係には個別的偶発的なものと、一般的原理的なもの

とが考えられる」とする。

以上の先行研究に基づいて、条件表現とは、二つの事柄の依存関係、すなわ

ち、後件が前件によって起こるという関係であるというものでは殆ど一致して

いる。

1.2 条件表現の特徴‧用法

「~と」、「~たら」の特徴‧用法について、森田(1988)、蓮沼(1993)、益岡(1993)、

鈴木(1994)、田中(1994)、藤城(2000)などの先行研究では、いろいろな記

述が見られる。以下は、彼等の研究に対し、叙述している。

1 寺村秀夫の論述については、益岡隆志(1993)「日本語の条件表現について」を参照のこと。 2 益岡隆志、田窪行則の条件表現の定義については、有田節子(1993)「日本語の条件文と知識」

を参照のこと。

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1.2.1 「ト」についての先行研究

森田(1988:447-462)は、「~と」は、「必然性‧連動的な現象を表す」と指

摘している。

(1)春が来ると、花が咲く。

蓮沼(1993:79-80)では、事実的な「と」に対し、「前件の事態が成立した状

況における、後件の事態の成立、あるいはそれに対する認識の成立を、話し手

が外部から観察者の視点で語るような場合に使用される」というように述べて

いる。

(2)医者に言われた通り、朝食後にその薬を飲むと、よく効いて、

昼時には痛みもだいぶおさまった。

益岡(1993:2-17)は、トの基本的特徴について、「前件と後件で表される二

つの事態の一体性を表す点にあると見ることができる。前件で表される事態と

後件で表される事態とが継起的に表現に実現するものとして分かちがたく結び

ついていることを表す、広義の順接並列の表現の一つであるということである。

そして、非実現の事態ではなく、現実に観察された事態を表現するものである」

と指摘している。

(3)国防総省が調査してみると、確かにその海兵隊の倉庫にあった。

鈴木(1994:86-89)は、一般条件のトの基本的性格に対し、「二つの事態を

客体世界における事態間の秩序に沿って結びつけるというものである。その意

味で客観的、自然的である。用法は現に存在する事態間の関係の認定である。

その意味で実際的、経験的である。可能な前句事態について、後句事態が成立

するといった強い言明ではなく、その意味で、偶然的ということも言える」と

述べている。

(4)暖かくなると、ツバメが軒下に巣を作る。

また、鈴木(1994:86-89)において、確定条件のトの場合は、「前後句事態

が生起した時点で成立した、事態間の関係認識を表す。話し手は現在の時点か

ら、過去にあった関係認識について述べることになる」というように示してい

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る。

(5)窓を開けると外が雨だった。

田中(1994:62-67)は、「ト」形式について、「特に話し手が事実として認識

している立場での依存関係を際立たせる働きがある」と指摘している。

(6)製品を混合する過程で酸が混じると、猛毒ガスが発生しやすい。

藤城(2000:688-693)では、条件表現には非事実を表わす用法と既成の事実

を表わす用法がある。前者の中心的なものは未実現の事態を表す仮定的用法で

あり、後者の中心的なものは過去の一回の事実を表わす用法だが、蓮沼(1993)

によって、「事実的用法」を呼ぶ。話し手の視点から考えて、「~と」の意味は、

仮定的、事実的な場合にも関わらず、前件から後件への事態の流れを外側から

の観察者の視点で述べる場合に用いられる。観察者の視点で語るとは、実際に

見たことを語るのではなく、観察者的な立場から語ることを意味している。

(7)ボーナスが出ると、うちの弟はまた車を買うと言い出すよ。 (8)この道ができると、便利になる。

1.2.2 「タラ」についての先行研究

森田(1988:447-462)では、「たら」は、「前件で場面設定をし、その場面で

の種種な事態に対する話し手の判断を後件で示す形式である。時間的には、ま

ず前件の場面が成立し、それから後件の事象が生ずるという先後関係をとる。

また、個別的な事柄の実態‧判断を示す」というように示している。

(9)先生に会ったら、よろしくお伝え下さい。

(10)暑かったら、窓を開けてください。

蓮沼(1993:79-80)は、事実的な「たら」について、「前件の事態が成立した

状況において、後件の事態を話し手が実体験的に認識するといった関係を表す

場合に使用される」と述べている。

(11)[夜遅く帰った父親が片足しか靴をはいていない]

犬嫌いの父が、「うるさい。黙れ!」とどなり、片足で蹴り上げ

る真似をしたら、靴が脱げて工場の塀の中へ落ちてしまった

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というのである。

益岡(1993:2-17)において、「タラ形式は個別的事態間の依存関係を表す点

にあると考えられる。即ち、前件で時空間の中に実現する個別的な事態を表し、

後件でその実現に依存して成立する別の個別的事態を導入する、というもので

ある」と指摘している。

(12)勉強を本格的に始めたら、すぐに分ると思うけどね。

鈴木(1994:86-89)において、「確定条件のタラの場合、現在の時点での前

後句事態間の関係認識を表す。現在から過去の事態を振り返って二事態間の関

係を認定する。それは、一面で過去を対象とした反実仮想文と共通する一面を

持つものと言える」というように示している。

(13)きのう家に帰ったら、山田さんが来ていた。

田中(1994:62-67)では、「タラ」形式も偶発的な依存関係を表すが、事態想

定の結果、特に後件の事態発生に重きを置いた言い方である。事態想定には仮

定的な意味と既定的な意味がある。

①仮定的な意味というのは、未来の予定できない事柄の発生を設定した述

べ立てである。

(14)もしだれか来たら、知らせてください。

②既定的な意味というのは、先刻的、あるいは現在の状況を再度述べ立て

た言い方で、発見、確認的な意味合いが提示される。

(15)引き出しの中をあけてみたら、古い写真が出てきた。

藤城(2000:688-693)では、「タラは前件の事態が成立した状況での、後件

の事態の成立を表す。この際、前件の事態が成立した時点に話者の視点を移動

させ、その時点での事態の展開や話者の意志、希望などを捉えて表す。タラの

話の視点は二つの事態の間に入り込んでいき、そこで事態の展開を捉える」と

指摘している。

(16)宿題が終わったら、遊んでもいいよ。

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第二章 日本語における条件表現

本章では、日本語における条件表現を対象とし、様々な文章の中から「~と」、

「~れば」、「~たら」、「~なら」などの条件表現を抽出し、主に確定条件、仮定

条件、個別的な事態、反復事象、習慣などで、用例を分類し、分析する。そし

て、各自の本質を探すことを試む。

2.1 トの場合 (本學期修改)

本節には、主に二つの部分を分け、分析を行う。一つは、「ト」の用例分析で

ある。もう一つは、「ト」の本質である。2.1.1 に、小説から取り出された用例

を簡単に説明する。2.1.2 に、「ト」の用例を確定条件、仮定条件、個別的な事

態、反復事象、習慣などの部分より、分析を行い、「ト」の本質を探し出したい。

2.1.1 「ト」の用例分析

先行研究に基づいて、条件表現は「順接条件」、「逆接条件」の二つに分られ、

更にそれぞれ「確定条件」と「仮定条件」とが備わっている。『日本語文法大辞

典』(2001:137)において、「確定条件」は「ある既然(既に起こった事態)の

条件のもとで、以下の事態が生じたことを述べる条件表現法の一つ」と指摘さ

れている。以下の例(1)~(15)において、これらは既に起こった事柄である。

また、文脈から見て、ある時に発生した個別的な、単一的な事態であり、時間

を超えた恒常的事態ではない。

(1)大きな白いリボンを胸につけた司会者がはいって来ました。

「アンコールをやっていますが、何か短いものでもきかせてやってくださいませんか。」

すると楽長がきっとなって答えました。

「いけませんな。こういう大物のあとへ何を出したってこっちの気が済むようにはい

くもんではないんです。」

「では楽長さん出てちょっと挨拶してください。」

「だめだ。おい、ゴーシュ君、何か出て弾いてやってくれ。」

「わたしがですか。」ゴーシュは呆気にとられました。

「君だ、君だ。」ヴァイオリンの一番の人がいきなり顔をあげていいました。

「さあ出て行きたまえ。」楽長がいいました。みんなもセロをむりにゴーシュに持たせ

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て扉をあけるといきなり舞台へゴーシュを押し出してしまいました。ゴーシュがその

孔の開いたセロをもってじつに困ってしまって舞台へ出るとみんなはそら見ろうと

いうようにいっそうひどく手を叩きました。わあと叫んだものもあるようでした。

(「セロ弾き」:242)

(2)曲が終わるとゴーシュはもうみんなの方などは見もせずちょうどその猫のようにすば

やくセロをもって楽屋へ逃げ込みました。 (「セロ弾き」:243)

(3)おじいさんは見ているうちに面白くなって、つい声を出したり手を叩いたりしてやり

たくなりました。しかし、そんなことをしては、鼠が驚いて相撲をやめるだろうと思

われたものですから、そんな気持ちをじっとこらえて、木の間から、のぞき見をして

いました。しばらくたって勝負がつかず、その相撲が終わりますと、おじいさんは大

急ぎで家へ帰って来ました。 (「ねずみ」:11)

(4)船乗りは、沖から、お宮のある山をながめておそれました。夜になると、この海の上

は、なんとなくものすごうございました。 (「赤い」:21)

(5)ゴーシュがうちに入ってあかりをつけるとさっきの黒い包みをあけました。それはな

んでもない。あの夕方のごつごつしたセロでした。ゴーシュはそれを床の上にそっと

置くと、いきなり棚からコップをとってバケツの水をごくごくのみました。

(「セロ弾き」:225)

(6)「あ、これをおくれ」といって、さっそく、おばあさんは、この眼鏡を買いました。お

ばあさんが、銭を渡すと、黒い眼鏡をかけた、ひげのある眼鏡売りの男は、立ち去って

しまいました。 (「月夜」:29)

(7)みんなはまたはじめました。ゴーシュも口をまげて一生懸命です。そしてこんどはか

なりすすみました。いいあんばいだと思っていると楽長がおどすような形をして、ま

たぱたっと手を拍ちました。 (「セロ弾き」:224)

(8)その快い羽音が、まだ二人の眠っているうちから、夢心地に耳に聞こえました。

「どれ、もう起きようか。あんなにみつばらがきている」と、二人は申し合わせたよう

に起きました。そして外へ出ると、はたして、太陽は木の梢の上に元気よく輝いてい

ました。 (「野ばら」:22)

(9)その栗の木と白い雪の峰峰にかこまれた山の上の平らに、黒い大きなものがたくさん

輪になって集まって、おのおの雪に黒い影を置き、回教徒の祈るときのように、じっ

と雪にひれふしたままいつまでもいつまでも動かなかった。そしてその雪と月のあか

りで見ると、いちばん高いところに小十郎の死骸が半分すわったようになって置かれ

ていた。 (「なめとこ」:302)

(10)このとき、また外の戸をトン、トンと叩くものがありました。

おばあさんは、耳を傾けました。

「なんという不思議な晩だろう。また、だれかきたようだ。もう、こんなにあそいの

に…」と、おばあさんはいって、時計を見ますと、外は月の光に明るいけれど、時

刻はもうだいぶ更けていました。 (「月夜」:30)

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(11)老人は、そんなら青年も死んだのではないかと思いました。そんなことを気にかけ

ながら石碑の礎に腰をかけて、うつむいていますと、いつか知らず、うとうとと居

眠りをしました。かなたから、大勢の人のくるけはいがしました。見ると、一列の

軍隊でありました。そして馬に乗ってそれを指揮するのは、かの青年でありました。

(「野ばら」:24)

(12)木の間がくれにおじいさんがよく見ると、やせた鼠ば、おじいさんの家の鼠であり

ました。よくこえた、力のありそうな鼠の方は、長者の家の鼠だったのです。

(「ねずみ」:10)

(13)「この大暴風雨では、とても、あの船は助かるまい」と、おじいさんと、おばあさん

は、ぶるぶると震えながら、話をしていました。夜が明けると、沖は真っ暗で、も

のすごい景色でありました。その夜、難船をした船は、数え切れないほどでありま

す。 (「赤い」:19)

(14)おばあさんは、灯火のところで、よくその金を調べてみると、それはお金ではなく

て、貝殻でありました。 (「赤い」:18)

(15)私が六十歳だと答えると、「若いですね。あなたと私の間には三十七年の開きがある」

と言われた。そう言われてみると、確かに三十七年の開きがあった。その時、私は

心の中で、老芸術家が六十歳の時には、自分が幾つであろうかと計算してみた。六

十から三十七を引くと、二十三になった。つまり、老芸術家を、その時の私の年齢

に置いてみると、私自身は二十三歳になった。 (「光陰」:166)

例(16)と例(17)は、既に起こった現実的な事態である。事実に「天気が

いい」というのは、一回的なことではなく、反復的に起きることである故、「気

持ちがせいせいする」という結果は、一回的な事態ではなく、反復的事象であ

る。例(17)で、「寒い」というのも、起こり続いていることであるため、「南

の方を恋しがる」という結果も反復的事象である。上述の例(1)~(15)と違

い、個別的な事柄ではない。

(16)二人は、岩間から湧き出る清水で口をすすぎ、顔を洗いにまいりますと、顔を合せま

した。

「やあ、おはよう。いい天気でございますな。」

「本当にいい天気です。天気がいいと、気持ちがせいせいします。」二人は、そこで

こんな立ち話をしました。 (「野ばら」:22)

(17)冬は、やはりその国にもあったのです。寒くなると老人は、南の方を恋しがりました。

その方には、せがれや、孫が住んでいました。

「早く、暇をもらって帰りたいものだ。」と、老人はいいました。 (「野ばら」:23)

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例(18)~(21)で、これらは現実的な事態である。そして、「いつも」とい

う言葉は、『新明解国語辞典、第五版』(1999:86)において、「時と場合によっ

て、変わることはないこと」、また、「それが特別の事ではなく、いつもしてい

て慣れたものであること」を表わすとされている。そのため、例(18)で、「い

つも出て行っている」ということは、長い時間を経て、反復され、行われる動

作‧習慣である。例(19)において、「長い年月の間」と「いつも」から見て、

これも長い時間を経て、行われる事柄である。例(20)と例(21)では、「いつ

も」と「長い年月の間」がないけれども、これらは例(18)と例(19)の如く、

習慣である。

(18)家といってもそれは町はずれの川ばたにあるこわれた水車小屋で、ゴーシュはそこに

たった一人ですんでいて、午前は小屋のまわりの小さな畑でトマトの枝をきったり、

甘藍の虫をひろったりして昼過ぎになるといつも出て行っていたのです。

(「セロ弾き」:225)

(19)長い年月の間、話をする相手もなく、いつも明るい海の面をあこがれて、暮らして

きたことを思いますと、人魚はたまらなかったのであります。そして、月の明るく

照らす晩に、海の面に浮かんで、岩の上に休んで、いろいろな空想にふけるのが常

でありました。 (「赤い」:8)

(20)「生意気なことをいうな。ねこのくせに。」セロ弾きはしゃくにさわってこのねこの

やつどうしてくれようとしばらく考えました。

「いやご遠慮はありません。どうぞ。わたしはどうも先生の音楽をきかないと眠られ

ないんです。」 (「セロ弾き」:227)

(21)ゴーシュはびっくりして叫びました。「何だと、僕がセロを弾けばみみずくや兎の病

気がなおると。どういうわけだ。それは。」

野鼠は眼を片手でこすりこすりいいました。「はい、ここらのものは病気になるとみ

んな先生のおうちの床下にはいってなおすのでございます。」 (「セロ弾き」:239)

例(22)~(25)において、「次の晩も~」、「前の日のとおり~」、「昨夜のと

おり~」という文から判断して、これらはせめて二回以上の事柄である。しか

し、これらは前述の例(18)~(21)と違い、習慣ではない。

(22)次の晩もゴーシュがまた黒いセロの包みをかついで帰ってきました。

そして水をごくごく飲むとそっくり昨夜のとおりぐんぐんセロを弾き始めました。

十二時は間もなく過ぎ一時も過ぎ二時も過ぎてもゴーシュはまたやめませんでした。

それからもう何時だかも分らず弾いているかも分らずごうごうやっていますと誰が

屋根裏をこつこつと叩くものがあります。 (「セロ弾き」:229)

(23)次の晩もゴーシュは夜中過ぎまでセロを弾いてつかれて水を一杯飲んでいますと、

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また扉をこつこつと叩くものがあります。 (「セロ弾き」:235)

(24)次の晩もゴーシュは夜通しセロを弾いて明け方近く思わずつかれて楽器を持ったま

まうとうとしていますと、また誰か扉をこつこつと叩くものがあります。

(「セロ弾き」:237)

(25)あくる日のこと、おじいさんが芝刈りに行くと、前の日のとおり、やはりデンカショ

ウ、デンカショウという掛け声がしております。その声を目当てに向こうの山へ行っ

て見ると昨日の鼠が相変わらず相撲を取っておりました。 (「ねずみ」:10)

『日本語文法大辞典』(2001:153)においては、「仮定条件」に対し、「現実に

は生じていない事態を「もし―たら」「もし―なら」と仮定(想定)し、その場

合、結果として生じるであろうことを推測するものである。」としている。次の

例で、「手元から離さない」というのがまだ起きない非現実的な事態であるため、

結果がどうかと分らない。しかし、香具師は「悪いこと」という結果があると

言った。従って、ここでは、「手元から離さない」ということはもう起こった事

柄を想定した。その故に、例(26)を仮定条件と見なす。これはある時に生起

した個別的、単一的な事柄である。

(26)年寄り夫婦は、最初のうちは、この娘は、神様がお受けになったのだから、どうし

て売ることができよう。そんなことをしたら、罰が当たるといって承知をしません

でした。香具師は一度、二度断られてもこりずに、またやってきました。そして、

年寄り夫婦に向かって、「人魚は、不吉なものとしてある。いまのうちに、手元から

離さないと、きっと悪いことがある」と、まことしやかに申したのであります。

(「赤い」:15)

上述の例から考えれば、例(1)~(6)、(16)~(21)、(25)、(26)では、「~

扉をあける」や「~舞台へ出る」、「~終わる」、「~家に着く」、「~夜になる」、

「~置く」、「~銭を渡す」、「~天気がいい」、「~寒くなる」、「~昼過ぎになる」、

「~思う」、「~病気になる」、「~先生の音楽をきかない」、「~芝刈りに行く」、

「~手元から離さない」などということは、先に実現された後、それぞれ「舞

台へ~押し出す」、「~手を叩く」、「~逃げ込む」、「~帰ってくる」、「~話して

やる」、「~ものすごう」、「~飲む」、「~立ち去る」、「~気持ちがせいせいする」、

「~南の方を恋しがる」、「~出て行く」、「~堪らない」、「~床下にはいってな

おす」、「~眠られない」、「~掛け声がしておる」、「~悪いことがある」という

ことは行われる。その故に、条件文の前件と後件の間に、継起関係がある。例

(8)~(15)では、「~外へ出る」、「~見る」、「~夜が明ける」、「~その金を

調べてみる」、「~六十から三十七に引く」などということは成立しなければ、

後件で起こったことは発現されない。また、例(7)、(22)~(24)では、前件

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は、それぞれ「~思っている」、「~やっている」、「~飲んでいる」、「~してい

る」というように、「~ている」で、一つの動作をしている時に、もう一つの事

柄が生起するのを表す。或は、前件の状態が存在している時に、後件が発生し

たことを表す。前後事態は、時間的に殆ど同時に発生する。或は、その間にず

れがあると示している。従って、個別的な事態、反復的事象、習慣などにかか

わらず、前件が成立してから、後件が行われるという特性を持っている。前件

と後件との間で時間的に前後関係がある。前後関係があるからには、きっと時

間差があるに違いない。たいてい「時間のずれがある」、「殆ど同時である」と

いう二つの状況を含める。

2.1.2 「ト」の本質

前述の通り、「ト」の場合に、個別事態、反復事象、習慣などにも関わらず、

前件が成立してから、後件が実現している。即ち、前件と後件との間に、前後

関係を持っている。前後関係があるからには、前後事態の間に、きっと時間差

がある。時間差が「ト」の場合に、結局、どのような意味を表すか。「ト」の本

質と、どのようなつながりがあるか。本節に、この点について、検討を行いた

い。

2.1.2.1 現実的な個別事態

(1)大きな白いリボンを胸につけた司会者がはいって来ました。

「アンコールをやっていますが、何か短いものでもきかせてやってくださいませんか。」

すると楽長がきっとなって答えました。

「いけませんな。こういう大物のあとへ何を出したってこっちの気が済むようにはい

くもんではないんです。」

「では楽長さん出てちょっと挨拶してください。」

「だめだ。おい、ゴーシュ君、何か出て弾いてやってくれ。」

「わたしがですか。」ゴーシュは呆気にとられました。

「君だ、君だ。」ヴァイオリンの一番の人がいきなり顔をあげていいました。

「さあ出て行きたまえ。」楽長がいいました。みんなもセロをむりにゴーシュに持たせ

て扉をあけるといきなり舞台へゴーシュを押し出してしまいました。ゴーシュがその

孔の開いたセロをもってじつに困ってしまって舞台へ出るとみんなはそら見ろうと

いうようにいっそうひどく手を叩きました。わあと叫んだものもあるようでした。

(「セロ弾き」:242)

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14

例(1)においては、前後文脈から判断して、「扉をあける」という前件が成立

してから、「舞台へ押し出す」という後件が実現した間に、時間的に、長い時間

を隔たることが不可能である。また、「アンコールをやっている」という語句か

ら、これはアンコールであると分る。従って、観衆が期待に満ちて、じっと舞

台を見つめて、一挙一動に注意そそぐはずであるために、ある人が出るのを見

ると、そっこく雷のような拍手が沸き起こっている。その故に、例(1)では、条

件表現の前後事態の間に、時間差が短い。

(2)曲が終わるとゴーシュはもうみんなの方などは見もせずちょうどその猫のようにすば

やくセロをもって楽屋へ逃げ込みました。 (「セロ弾き」:243)

(3)おじいさんは見ているうちに面白くなって、つい声を出したり手を叩いたりしてやり

たくなりました。しかし、そんなことをしては、鼠が驚いて相撲をやめるだろうと思

われたものですから、そんな気持ちをじっとこらえて、木の間から、のぞき見をして

いました。しばらくたって勝負がつかず、その相撲が終わりますと、おじいさんは大

急ぎで家へ帰って来ました。 (「ねずみ」:11)

例(2)と例(3)においては、まず、ぞれぞれ「すばやく」、「大急ぎ」という言

葉があって、迅速に次の動作をすることを表す。従って、前後事態の成立時間

の差距はとても短い。次に、例(3)では、おじさんがお婆さんに相関的な情況を

話したいので、急いで帰った。それでは、家に着いてから、すぐに詳しい情況

を伝えるはずである。そのため、「家に着く」という前件が成立してから、「二

匹の鼠の相撲のありさまをおばあさんにはなしてやる」という後件が直ちに発

生した。

(4)船乗りは、沖から、お宮のある山をながめておそれました。夜になると、この海の上

は、なんとなくものすごうございました。 (「赤い」:21)

例(4)では、これは過去の事柄に対する単純的な叙述ばかりである。夜になる

と、不思議に人々は恐ろしさ、おそれが感じる。その故に、「夜になる」という

前件が成立してから、「この海の上は、なんとなくものすごうございました」と

いう後件が順当に発生した。前後事態の間に、時間差の長短とは関係がなくて、

両者の間のつながりを表す。

(5)ゴーシュがうちに入ってあかりをつけるとさっきの黒い包みをあけました。それはな

んでもない。あの夕方のごつごつしたセロでした。ゴーシュはそれを床の上にそっと

置くと、いきなり棚からコップをとってバケツの水をごくごくのみました。

(「セロ弾き」:225)

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15

(6)「あ、これをおくれ」といって、さっそく、おばあさんは、この眼鏡を買いました。お

ばあさんが、銭を渡すと、黒い眼鏡をかけた、ひげのある眼鏡売りの男は、立ち去って

しまいました。 (「月夜」:29)

例(5)では、「~床の上にそっと置く」という前件が成立してから、「~コップ

をとる」という後件が行われた。二動作の時間間隔は短い。例(6)も同じく、「銭

を渡す」という前件が完成した後、男子は離れるまでに、長い時間が隔たるこ

とが不可能である。従って、前後事態の時間差も短い。

(7)みんなはまたはじめました。ゴーシュも口をまげて一生懸命です。そしてこんどはか

なりすすみました。いいあんばいだと思っていると楽長がおどすような形をして、ま

たぱたっと手を拍ちました。 (「セロ弾き」:224)

例(7)においては、「~ている」という前件が成立する一方において、後件も

成立することを表す。或は、前件の持続的な状態が存在している時に、後件が

発生したことを表す。時間から言えば、前後事態は続いて行われている。前後

動作の間に、時間差が短い、或は長い、或はすこし重ねる部分があるという三

つの結果がある。この用例は、文脈から判断して、二事態の時間差が短い。

(8)その快い羽音が、まだ二人の眠っているうちから、夢心地に耳に聞こえました。

「どれ、もう起きようか。あんなにみつばらがきている」と、二人は申し合わせたよう

に起きました。そして外へ出ると、はたして、太陽は木の梢の上に元気よく輝いてい

ました。 (「野ばら」:22)

(9)その栗の木と白い雪の峰峰にかこまれた山の上の平らに、黒い大きなものがたくさん

輪になって集まって、おのおの雪に黒い影を置き、回教徒の祈るときのように、じっ

と雪にひれふしたままいつまでもいつまでも動かなかった。そしてその雪と月のあか

りで見ると、いちばん高いところに小十郎の死骸が半分すわったようになって置かれ

ていた。 (「なめとこ」:302)

(10)このとき、また外の戸をトン、トンと叩くものがありました。

おばあさんは、耳を傾けました。

「なんという不思議な晩だろう。また、だれかきたようだ。もう、こんなにあそいの

に…」と、おばあさんはいって、時計を見ますと、外は月の光に明るいけれど、時

刻はもうだいぶ更けていました。 (「月夜」:30)

(11)老人は、そんなら青年も死んだのではないかと思いました。そんなことを気にかけ

ながら石碑の礎に腰をかけて、うつむいていますと、いつか知らず、うとうとと居

眠りをしました。かなたから、大勢の人のくるけはいがしました。見ると、一列の

軍隊でありました。そして馬に乗ってそれを指揮するのは、かの青年でありました。

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(「野ばら」:24)

(12)木の間がくれにおじいさんがよく見ると、やせた鼠ば、おじいさんの家の鼠であり

ました。よくこえた、力のありそうな鼠の方は、長者の家の鼠だったのです。

(「ねずみ」:10)

(13)「この大暴風雨では、とても、あの船は助かるまい」と、おじいさんと、おばあさん

は、ぶるぶると震えながら、話をしていました。夜が明けると、沖は真っ暗で、も

のすごい景色でありました。その夜、難船をした船は、数え切れないほどでありま

す。 (「赤い」:19)

(14)おばあさんは、灯火のところで、よくその金を調べてみると、それはお金ではなく

て、貝殻でありました。 (「赤い」:18)

(15)私が六十歳だと答えると、「若いですね。あなたと私の間には三十七年の開きがある」

と言われた。そう言われてみると、確かに三十七年の開きがあった。その時、私は

心の中で、老芸術家が六十歳の時には、自分が幾つであろうかと計算してみた。六

十から三十七を引くと、二十三になった。つまり、老芸術家を、その時の私の年齢

に置いてみると、私自身は二十三歳になった。 (「光陰」:166)

なお、例(8)では、「外へ出る」というのをした後、「太陽は~元気よく輝いて

いました」という情況が即刻見るため、時間差はとても短い。例(9)~(12)はす

べて視覚と関係がある。視覚というのは、わざと逃避しなくて、一般的な情況

で、聴覚のように、直接に、さっさとイメージを受け取る。時間的に、前後事

態の成立時間はとても接近である。例(13)では、「夜が明ける」と「沖は真っ暗

で、ものすごう景色である」という前後事態は例(8)と同じ、両者の時間差も短

い。例(14)では、お金、貝殻がやすく見分ける故、調査を通して、結局、お金

か、貝殻かを直ちに判断することができる。例(15)では、六十から三十七を引

いた後、二十三という結果は直ちに産生した。運算能力とは関係がない。その

故に、両者の時間差は短い。

現実的な個別事態に対する分析を総合して考えて、「ト」は現実的な個別事態

を表す場合に、前後事態の成立時間が非常に接近している。

2.1.2.2 現実的反復事象と習慣

現実的な個別事態を表す前後事柄の間に、時間差が短い。「ト」は反復事象と

習慣を表す場合に、どのような性質を持っている。

一般的に言えば、反復事象、習慣というのは、長い時間を経て、一つの事柄

に伴って、通常に別の一つの事柄が生起したことである。

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(16)二人は、岩間から湧き出る清水で口をすすぎ、顔を洗いにまいりますと、顔を合せま

した。

「やあ、おはよう。いい天気でございますな。」

「本当にいい天気です。天気がいいと、気持ちがせいせいします。」二人は、そこで

こんな立ち話をしました。 (「野ばら」:22)

(17)冬は、やはりその国にもあったのです。寒くなると老人は、南の方を恋しがりました。

その方には、せがれや、孫が住んでいました。

「早く、暇をもらって帰りたいものだ。」と、老人はいいました。(「野ばら」:23)

例(16)と例(17)は個別事態ではなく、反復的事象である。例(16)では、

「天気がいい」という事態が成立してから、いつも「気持ちがせいせいする」

というのが成立した。同様に、例(17)も同じく、「寒くなる」と「南の方を恋

しがる」という二つの事柄も相互に伴って、産生している。従って、反復的事

象を表す二つの事柄の間に、相関性を持っていて、緊密に結合して、成立して

いる。

(18)家といってもそれは町はずれの川ばたにあるこわれた水車小屋で、ゴーシュはそこに

たった一人ですんでいて、午前は小屋のまわりの小さな畑でトマトの枝をきったり、

甘藍の虫をひろったりして昼過ぎになるといつも出て行っていたのです。

(「セロ弾き」:225)

(19)長い年月の間、話をする相手もなく、いつも明るい海の面をあこがれて、暮らして

きたことを思いますと、人魚はたまらなかったのであります。そして、月の明るく

照らす晩に、海の面に浮かんで、岩の上に休んで、いろいろな空想にふけるのが常

でありました。 (「赤い」:8)

(20)「生意気なことをいうな。ねこのくせに。」セロ弾きはしゃくにさわってこのねこの

やつどうしてくれようとしばらく考えました。

「いやご遠慮はありません。どうぞ。わたしはどうも先生の音楽をきかないと眠られ

ないんです。」 (「セロ弾き」:227)

(21)ゴーシュはびっくりして叫びました。「何だと、僕がセロを弾けばみみずくや兎の病

気がなおると。どういうわけだ。それは。」

野鼠は眼を片手でこすりこすりいいました。「はい、ここらのものは病気になるとみ

んな先生のおうちの床下にはいってなおすのでございます。」 (「セロ弾き」:239)

例(18)~(21)での用例は習慣を示すことである。例(18)において、「昼

過ぎになると、出て行く」ということは習慣である。そのため、「昼過ぎになる」

と「出て行っている」という二つの事態は互いに伴って、発生している。例(19)

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18

~(21)も同じく、前後事態はすべて伴って産生している。

以上の分析を総合して、反復的事象と習慣を表す場合に、「ト」で連接してい

る二つの事柄は相伴って成立して、緊密に結合していると言えよう。即ち、前

件事態が一旦成立すれば、後件事態が成立する特性がある。

(22)次の晩もゴーシュがまた黒いセロの包みをかついで帰ってきました。

そして水をごくごく飲むとそっくり昨夜のとおりぐんぐんセロを弾き始めました。

十二時は間もなく過ぎ一時も過ぎ二時も過ぎてもゴーシュはまたやめませんでした。

それからもう何時だかも分らず弾いているかも分らずごうごうやっていますと誰が

屋根裏をこつこつと叩くものがあります。 (「セロ弾き」:229)

(23)次の晩もゴーシュは夜中過ぎまでセロを弾いてつかれて水を一杯飲んで

いますと、また扉をこつこつと叩くものがあります。 (「セロ弾き」:235)

(24)次の晩もゴーシュは夜通しセロを弾いて明け方近く思わずつかれて楽器を持ったま

まうとうとしていますと、また誰か扉をこつこつと叩くものがあります。

(「セロ弾き」:237)

(25)あくる日のこと、おじいさんが芝刈りに行くと、前の日のとおり、やはりデンカショ

ウ、デンカショウという掛け声がしております。その声を目当てに向こうの山へ行っ

て見ると昨日の鼠が相変わらず相撲を取っておりました。 (「ねずみ」:10)

前述の通り、「~ている」で表す前件の動作と後件の動作の間に、時間差は短

い、或いは長いなどの状況がある。例(22)~(24)においては、文脈から見

れば、結局はどうかと判断しにくいである。しかし、その中の「次の晩も」、「昨

夜のとおり」という言葉から考えると、これらはせめて二回以上発生した事件

である。長い時間を経る反復的事象ではないが、過去のある時間のうちに、前

後事態は確かに伴って発生した。例(25)では、「前の日のとおり」という言葉

を通して、これも例(22)~(24)と同じく、せめて二回以上発生したことで

あると言える。その故に、「芝刈りに行く」、「デンカショウ、デンカショウとい

う掛け声がしておる」という二つ事態はある時間のうちに、伴って成立してい

る。

以上は既に発生した現実的な反復事象、習慣について、分析を行うものであ

る。現実的な反復事象と習慣を示す場合には、時間差の長短に重点をおかなく

て、二事態は相伴って成立している。その間に相関性と緊密性を持っている。

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2.1.2.3 非現実的な個別事態

以上は既に発生した個別事態、反復事象、及び習慣表現に対し、分析してい

るものである。次に、非現実的な仮定の事柄について、「ト」はどのような性質

を持っている。

(26)年寄り夫婦は、最初のうちは、この娘は、神様がお受けになったのだから、どうし

て売ることができよう。そんなことをしたら、罰が当たるといって承知をしません

でした。香具師は一度、二度断られてもこりずに、またやってきました。そして、

年寄り夫婦に向かって、「人魚は、不吉なものとしてある。いまのうちに、手元から

離さないと、きっと悪いことがある」と、まことしやかに申したのであります。

(「赤い」:15)

例(26)では、人魚は不吉なものであるので、手元から離さなくて、きっと

悪いことが発生すると言う。そのため、「手元から離さない」、「悪いことがある」

という二つの事柄は互いに伴って現れる。

以上の分析を総合して考えて、「ト」の場合には、(1)現実的な個別事態を表

す時に、前後事態の時間差は短い。即ち、二事態の成立時間はとても接近であ

ると言える。例えば、例(1、2、3など)。(2)現実的な反復事象、習慣を示す

用例では、二つの事柄は相互に伴って成立して緊密に結合されている特性があ

る。従って、時間差に重点をおかなくて、前後事態の間に必然性に着目をつけ

る。例えば、例(16、17、18 など)。同様に、(3)非現実的な仮定事態を表す場

合に、前後事態は関連性、緊密性を持っている。例えば、例(26)。

結論から言うと、「ト」の本質については、現実的な個別事態、反復事象、非

現実的な事柄などに問わず、前後事態は通常に互いに伴って、緊密に結合され

ている。即ち、前件が成立してから、後件が必ず行われる。それに、両者の間

に関連性と言えよう。

2.2 タラの場合 (本學期撰寫)

本節には、主に二つの部分を分け、分析を行う。一つは、「タラ」の用例分析

である。もう一つは、「タラ」の本質である。2.2.1 に、小説から取り出された

用例を簡単に説明する。2.2.2 に、「タラ」の用例を現実的な個別事態と非現実

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20

的な個別事態という二つの部分より、分析を行い、「タラ」の本質を探し出した

い。

2.2.1 タラの用例分析

例(27)~(37)において、既に起こった現実的な事柄を表わす。文脈から

判断して、これらはある時に発生した個別的、単一的な事柄である。

(27)もちろん今度は前よりひどくガラスにつきあたってかっこうは下へ落ちたまましば

らく身動きもしませんでした。つかまえてドアから飛ばしてやろうとゴーシュが手

を出しましたらいきなりかっこうは眼をひらいて飛びのきました。

(「セロ弾き」:234)

(28)こんなふうだったから、小十郎は熊どもを殺してはいても、決してそれを憎んでは

いなかったのだ。ところがある年の夏、こんなようなおかしなことが起こったのだ。

小十郎が谷をばちゃばちゃわたって一つの岩に登ったら、いきなりすぐ前の木に大

きな熊が猫のように背中を丸くしてよじ登っているのを見た。小十郎はすぐ鉄砲を

つきつけた。犬はもう大よろこびで木の下に行ってそのまわりを恐ろしく馳せめぐ

った。 (「なめとこ」:299)

(29)小十郎は油断なく銃を構えて打つばかりにして近寄って行ったら、熊は両手を挙げ

て叫んだ。「お前は何がほしくておれを殺すんだ。」 (「なめとこ」:299)

(30)小十郎がすぐ下に湧き水のあったのを思い出して、少し山を降りかけたら、驚いた

ことは母親とやっと一歳になるかならないような小熊と二匹、ちょうど人が額に手

をあてて遠くをながめるといったふうに、淡い六日の月光の中を、向こうの谷をし

げしげ見つめているのに会った。 (「なめとこ」:294)

(31)そして大変小さな子供をつれてちょろちょろとゴーシュの前へ歩いてきました。そ

のまた野ねずみのこどもときたらまるでけしごむのくらいしかないのでゴーシュ

はおもわず笑いました。 (「セロ弾き」:237)

(32)「もうたくさんです。どうか出してやってください。」といいました。

「なあんだ、これでいいのか。」ゴーシュはセロをまげて孔のところに手を当てて待

っていましたら間もなくこどもの鼠が出てきました。ゴーシュは、黙ってそれをお

ろしてやりました。見るとすっかり目をつぶってぶるぶるぶるふるえていました。

「どうだったの。いいかい。気分は。」子どもの鼠は少しも返事もしないでまだしば

らく目を瞑ったままぶるぶるぶるぶるふるえていましたがにわかに起き上がって

走り出した。 (「セロ弾き」:240)

(33)それからちょうど二年目だったが、ある朝、小十郎があんまり風が激しくて、木も

かきねも倒れたろうと思って外へ出たら、ひのきのかきねはいつものようにかわり

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なく、その木の下のところに、始終見たことのある赤黒いものが横になっているの

だった。ちょうど二年目だし、あの熊がやって来るかと少し心配するようにしてい

たときだったから、小十郎はどきっとしてしまった。そばに寄って見たら、ちゃん

とこの前の熊が口からいっぱいに血を吐いて倒れていた。

小十郎は思わず拝むようにした。 (「なめとこ」:300)

(34)犬はそんな崖でも負けないというように、やっぱりたびたびすべりそうになりなが

ら雪にかじりついて登ったのだ。やっと崖を登りきったら、そこはまばらに栗の木

もはえた、ごくゆるい斜面の平らで、雪はまるで寒水石というふうにギラギラ光っ

ていたし、きわりにずうっと白い雪の峰がにょきにょきつったっていた。

(「なめとこ」:301)

(35)小十郎がその頂上でやすんでいたときだ。いきなり犬が火のついたように吠え出し

た。小十郎がびっくりしてうしろを見たら、あの夏に目をつけておいた大きな熊が、

両足で立ってこっちへかかって来たのだ。 (「なめとこ」:301)

(36)ところが楽長は立っていいました。「ゴーシュ君、よかったぞお。あんな曲だけれ

どもここではみんなかなり本気になって聞いてたぞ。一週間か十日の間にずいぶん

仕上げたなあ。十日前と比べたらまるで赤ん坊と兵隊だ。やろうと思えばいつでも

やれたんじゃないか、君。」仲間もみんな立って来て「よかったぜ。」とゴーシュに

いいました。 (「セロ弾き」:243)

(37)なんという、さびしい景色だろうと、人魚は思いました。自分たちは、人間とあま

り姿は変わっていない。魚や、また底深い海の中に棲んでいる、気の荒い、いろい

ろな獣物などと比べたら、どれほど人間の方に、心も姿もにているかもしれない。

(「赤い」:7)

例(38)~(44)において、「負ける」、「ばかなことする」、「本当の戦争」、「大

きくなる」、「そんなことをする」、「この箱を見る」、「絵を描く」などという前

件がまだ起こらない非現実的な事態であるため、どのような結果があるかと分

らない。しかし、ここでは、それぞれ「われわれの面目はどうなる」、「鳥にな

る」、「どんなだ」、「りこうな、いい子になる」、「罰が当たる」、「たまげる」、「み

んなが喜んで、ろうそくを買う」という結果があると話した。とりわけ、例(41)

での「きっと~に違いない」と例(44)での「~だろう」とが予測‧推量の意味

を持っている。従って、まだ起きないことをもう生起したことと仮定する。仮

定条件と見なされる。これらも個別的、単一的な事柄である。

(38)音楽を専門にやっているぼくらがあの金沓鍛冶だの砂糖屋の丁稚なんかの寄り集ま

りに負けてしまったら、いったいわれわれの面目はどうなるんだ。

(「セロ弾き」:224)

(39)ゴーシュははじめはむしゃくしゃしていますたがいつまでもつづけて弾いているう

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ちにふっと何だかこれは鳥の方がほんとうのドレミファにはまっているかなという

気がしてきました。どうも弾けば弾くほどかっこうの方がいいような気がするので

した。「えいこんなばかなことしていたらおれは鳥になってしまうんじゃないか。」

とゴーシュはいきなりぴたりとセロをやめました。 (「セロ弾き」:233)

(40)二人は一生懸命で、将棋盤の上で争っても、心は打ち解けていました。

「やあ、これは俺の負けかいな。こう逃げつづけでは苦しくてかなわない。本当の戦

争だったら、どんなだかしれん」と、老人はいって、大きな口を開けて笑いました。

(「野ばら」:22)

(41)「いいとも、なんでもかまわない。神様のお受けなさった子供だから、大事にして

育てよう。きっと大きくなったら、りこうな、いい子になるに違いない」と、お

じいさんも申しました。 (「赤い」:12)

(42)年寄り夫婦は、最初のうちは、この娘は、神様がお受けになったのだから、どうし

て売ることができよう。そんなことをしたら、罰が当たるといって承知をしません

でした。香具師は一度、二度断られてもこりずに、またやってきました。そして、

年寄り夫婦に向かって、「人魚は、不吉なものとしてある。いまのうちに、手元から

離さないと、きっと悪いことがある」と、まことしやかに申したのであります。

(「赤い」:15)

(43)このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、とらや、ししと同じよう

に取り扱おうとしたのであります。ほどなく、この箱を娘が見たら、どんなにたま

げたでありましょう。 (「赤い」:17)

(44)奥の間でおじいさんは、せっせとろうそくを造っていました。娘は、自分の思いつ

きで、きれいな絵を描いたら、みんなが喜んで、ろうそくを買うだろうと思いまし

たから、そのことをおじいさんに話しますと、そんならおまえの好きな絵を、ため

しに描いてみるがいいと答えました。 (「赤い」:12)

『日本語文法大辞典』(2001:143)において、「仮想」について、「現実に存在

しないことが確然としている事実を想像することをいう。」としている。また、

『日本語文法大辞典』(2001:143)によれば、「仮想が対象する事実は、不事実

と反事実との二種に分けることができる。不事実は、事実の存在しないことが

確然としているだけだが、反事実は、事実と矛盾するという積極的な意識が込

められている。反事実を対象とする推量を「反実仮想」という。」と指摘してい

る。例(45)で、文脈から、事実、この山にお宮があると考えられる。そのた

め、「この山にお宮がない」ということは事実を違反する叙述である。反実仮想

と認められる。一般的に言えば、「反実仮想」は仮定条件の一つとも見なされる。

これも個別的、単一的な事態である。

(45)ある夜のことでありました。おばあさんは、おじいさんに向かって、

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23

「私たちが、こうして暮らしているのも、みんな神様のお陰だ。この山にお宮がなか

ったら、ろうそくは売れない。私どもは、ありがたいと思わなければなりません。

そう思ったついでに、私は、これからお山へ上ってお参りをしてきましょう」とい

いました。 (「赤い」:10)

以上の例から見ると、「タラ」は一般的に個別的、単一的な事柄を表す場合で

使用される。例(27)~(32)では、「~手を出す」、「~岩に登る」、「~近寄っ

て行く」、「~山を降りかける」、「~鼠のこどもと来る」、「~手を当てて待つ」

などという前件も、また、例(38)~(45)では、「~負ける」、「~ばかなこと

する」、「~本当の戦争」、「~大きくなる」、「~そんなことをする」、「~見る」、

「~描く」、「~お宮がない」などという前件も先に実現された後、後件は行わ

れる。例(33)~(37)では、「~外へ出る」、「~そばに寄って見る」、「~登り

来る」、「~見る」、「~比べる」などということをしてから、後件の事態を発現

する。文脈から言えば、もし前、後件を互いに交換したら、合理ではない。従

って、時間的に、前件が成立した後、後件が成立するという前後関係を持って

いる。以上の分析によって、前件と後件の間に前後関係を持つ特質は「~と」、

「~たら」の共通点である。

2.2.2 タラの本質

以上の分析によって、「タラ」を反復事態、習慣を表す場合に使うことができ

ない。ただ個別的な事態を表す場合だけに使われる。しかし、タラも前件が成

立してから、後件が生起している前後関係がある。従って、「タラ」の本質は「ト」

の本質とどのような違いがあるか、どのような意味を持っているか。以下の用

例を通して、分析を行いたい。

2.2.2.1 現実的な個別事態

例(27)においては、条理から言えば、人は手を出すと、鳥はすぐに飛んで

離れるはずである。従って、例(27)では、「手を出す」は「かっこうは~飛び

のく」との間の時間差は短いと思われる。

(27)もちろん今度は前よりひどくガラスにつきあたってかっこうは下へ落ちたまましば

らく身動きもしませんでした。つかまえてドアから飛ばしてやろうとゴーシュが手

を出しましたらいきなりかっこうは眼をひらいて飛びのきました。

(「セロ弾き」:234)

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例(28)では、岩に登ってから、直ちに以下の情況を見ると話すより、岩に

登った後、まず周囲を見回して、それからこの情況を見たほうが順当である。

そのため、時間上に、少し長い時間差がある。

(28)こんなふうだったから、小十郎は熊どもを殺してはいても、決してそれを憎んでは

いなかったのだ。ところがある年の夏、こんなようなおかしなことが起こったのだ。

小十郎が谷をばちゃばちゃわたって一つの岩に登ったら、いきなりすぐ前の木に大

きな熊が猫のように背中を丸くしてよじ登っているのを見た。小十郎はすぐ鉄砲を

つきつけた。犬はもう大よろこびで木の下に行ってそのまわりを恐ろしく馳せめぐ

った。 (「なめとこ」:299)

例(29)においては、「小十郎は~近寄って行く」と「熊は両手を挙げて叫ぶ」

という前後事態の間の時間差について、小十郎は近寄ってから、熊は即刻手を

挙げると言うより、むしろ小十郎は近寄って行くことにつれて、ある界限に至

る時までに、熊は手を挙げていると思われる。従って、二事柄の間に時間差が

少し長い。

(29)小十郎は油断なく銃を構えて打つばかりにして近寄って行ったら、熊は両手を挙げ

て叫んだ。「お前は何がほしくておれを殺すんだ。」 (「なめとこ」:299)

例(30)は例(28)と同じく、やや山を降りかけて、即刻以下の情況を見る

と言うより、むしろ周りの環境を見回る時に、以下の情況に会うと思われる。

従って、時間的に言えば、両者の間に差距が長い。

(30)小十郎がすぐ下に湧き水のあったのを思い出して、少し山を降りかけたら、驚いた

ことは母親とやっと一歳になるかならないような小熊と二匹、ちょうど人が額に手

をあてて遠くをながめるといったふうに、淡い六日の月光の中を、向こうの谷をし

げしげ見つめているのに会った。 (「なめとこ」:294)

例(31)においては、後件にある「思わず笑う」というのは思わず反射動作

に属するから、二事態の間に時間差は短い。

(31)そして大変小さな子供をつれてちょろちょろとゴーシュの前へ歩いてきました。そ

のまた野ねずみのこどもときたらまるでけしごむのくらいしかないのでゴーシュ

はおもわず笑いました。 (「セロ弾き」:237)

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例(32)においては、「~ている」で、動作の結果が続いているを表す。しか

も、「間もない」という言葉を通して、前後事態は成立時間が接近であると示す。

(32)「もうたくさんです。どうか出してやってください。」といいました。

「なあんだ、これでいいのか。」ゴーシュはセロをまげて孔のところに手を当てて待

っていましたら間もなくこどもの鼠が出てきました。ゴーシュは、黙ってそれをお

ろしてやりました。見るとすっかり目をつぶってぶるぶるぶるふるえていました。

「どうだったの。いいかい。気分は。」子どもの鼠は少しも返事もしないでまだしば

らく目を瞑ったままぶるぶるぶるぶるふるえていましたがにわかに起き上がって

走り出した。 (「セロ弾き」:240)

例(33)~(35)では、特殊ではない状況で、視覚は直接的、即刻的である。

通常にただ目で見ると、目に入る。その故に、時間差も短い。

(33)それからちょうど二年目だったが、ある朝、小十郎があんまり風が激しくて、木も

かきねも倒れたろうと思って外へ出たら、ひのきのかきねはいつものようにかわり

なく、その木の下のところに、始終見たことのある赤黒いものが横になっているの

だった。ちょうど二年目だし、あの熊がやって来るかと少し心配するようにしてい

たときだったから、小十郎はどきっとしてしまった。そばに寄って見たら、ちゃん

とこの前の熊が口からいっぱいに血を吐いて倒れていた。

小十郎は思わず拝むようにした。 (「なめとこ」:300)

(34)犬はそんな崖でも負けないというように、やっぱりたびたびすべりそうになりなが

ら雪にかじりついて登ったのだ。やっと崖を登りきったら、そこはまばらに栗の木

もはえた、ごくゆるい斜面の平らで、雪はまるで寒水石というふうにギラギラ光っ

ていたし、きわりにずうっと白い雪の峰がにょきにょきつったっていた。

(「なめとこ」:301)

(35)小十郎がその頂上でやすんでいたときだ。いきなり犬が火のついたように吠え出し

た。小十郎がびっくりしてうしろを見たら、あの夏に目をつけておいた大きな熊が、

両足で立ってこっちへかかって来たのだ。 (「なめとこ」:301)

例(36)では、もし、十日前と比べたら、「まるで赤ん坊と兵隊だ」という結

果は直ちに産生して、すぐに判断できる。従って、時間差は短い。例(37)も

同じく、前後事態の時間差は短い。

(36)ところが楽長は立っていいました。「ゴーシュ君、よかったぞお。あんな曲だけれ

どもここではみんなかなり本気になって聞いてたぞ。一週間か十日の間にずいぶん

仕上げたなあ。十日前と比べたらまるで赤ん坊と兵隊だ。やろうと思えばいつでも

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やれたんじゃないか、君。」仲間もみんな立って来て「よかったぜ。」とゴーシュに

いいました。 (「セロ弾き」:243)

(37)なんという、さびしい景色だろうと、人魚は思いました。自分たちは、人間とあま

り姿は変わっていない。魚や、また底深い海の中に棲んでいる、気の荒い、いろい

ろな獣物などと比べたら、どれほど人間の方に、心も姿もにているかもしれない。

(「赤い」:7)

2.2.2.2 非現実的な個別事態

実は、気持ちの反応は通常に瞬間に生起している。例(38)では、後件にあ

る「面目を失う」や「恥をさらす」、「恥ずかしい」などの反応は直ぐに産生す

るため、前後の時間差は短い。

(38)音楽を専門にやっているぼくらがあの金沓鍛冶だの砂糖屋の丁稚なんかの寄り集ま

りに負けてしまったら、いったいわれわれの面目はどうなるんだ。

(「セロ弾き」:224)

例(39)では、もしこのようなことをして続けて、鳥になるかもしれないと

言ったため、前件の継続的な状態が存在している時に、後件も成立したことを

表して、両者の成立時間は接近である。例(40)では、二人が碁を打つという

状況から見て、一方は攻めて、一方はにがるという状況は少し長い時間を経る

はずである。そのため、前後事態は時間の緩和をもっていて、緊密に発生しな

い。

(39)ゴーシュははじめはむしゃくしゃしていますたがいつまでもつづけて弾いているう

ちにふっと何だかこれは鳥の方がほんとうのドレミファにはまっているかなという

気がしてきました。どうも弾けば弾くほどかっこうの方がいいような気がするので

した。「えいこんなばかなことしていたらおれは鳥になってしまうんじゃないか。」

とゴーシュはいきなりぴたりとセロをやめました。 (「セロ弾き」:233)

(40)二人は一生懸命で、将棋盤の上で争っても、心は打ち解けていました。

「やあ、これは俺の負けかいな。こう逃げつづけでは苦しくてかなわない。本当の戦

争だったら、どんなだかしれん」と、老人はいって、大きな口を開けて笑いました。

(「野ばら」:22)

例(41)においては、小さい時から大きくなって、時間の推移に伴って、だ

んだん一人の可愛くて、いい子になる。従って、「大きくなる」と「りこうな、

いい子になる」という二つの事柄は時間差が長い。例(42)では、現実的な状

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況から言えば、「そんなことをする」と「罰が当たる」との間に、時間上に、即

刻であるより、むしろ両者の間に時間の緩和を持っている。

(41)「いいとも、なんでもかまわない。神様のお受けなさった子供だから、大事にして

育てよう。きっと大きくなったら、りこうな、いい子になるに違いない」と、お

じいさんも申しました。 (「赤い」:12)

(42)年寄り夫婦は、最初のうちは、この娘は、神様がお受けになったのだから、どうし

て売ることができよう。そんなことをしたら、罰が当たるといって承知をしません

でした。香具師は一度、二度断られてもこりずに、またやってきました。そして、

年寄り夫婦に向かって、「人魚は、不吉なものとしてある。いまのうちに、手元から

離さないと、きっと悪いことがある」と、まことしやかに申したのであります。

(「赤い」:15)

例(43)では、「見る」という言葉を通して、これは視覚的な表現であると言

える。特殊ではない場合に、視覚は直接的、即刻的である。見てから、すぐに

目に入ると思われる。そのため、時間差は短い。

(43)このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、とらや、ししと同じよう

に取り扱おうとしたのであります。ほどなく、この箱を娘が見たら、どんなにたま

げたでありましょう。 (「赤い」:17)

例(44)では、絵を描いてから、みんなは直ちに好き、買ったと言うより、

むしろ少し時間を経るにつれて、みんなは見に行って、よいと思っていて、更

に好きになって、それから買いに行くほうがいい。その故に、時間の緩和があ

って、即刻ではない。例(45)も同じく、この山にお宮がないと、みんなはす

ぐにろうそくを買わないと言うより、むしろみんなはだんだん必要がないと思

っていて、ろうそくを買わないほうが適当である。従って、両者の時間差は短

くない。

(44)奥の間でおじいさんは、せっせとろうそくを造っていました。娘は、自分の思いつ

きで、きれいな絵を描いたら、みんなが喜んで、ろうそくを買うだろうと思いまし

たから、そのことをおじいさんに話しますと、そんならおまえの好きな絵を、ため

しに描いてみるがいいと答えました。 (「赤い」:12)

(45)ある夜のことでありました。おばあさんは、おじいさんに向かって、

「私たちが、こうして暮らしているのも、みんな神様のお陰だ。この山にお宮がなか

ったら、ろうそくは売れない。私どもは、ありがたいと思わなければなりません。

そう思ったついでに、私は、これからお山へ上ってお参りをしてきましょう」とい

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いました。 (「赤い」:10)

以上の分析を総合して、「タラ」の場合には、時間的に言えば、前後事態の時

間差は主に短いと長いという二つの結果がある。また、前述の通り、タラは多

く個別事態を表す場合に使われている。「個別事態」というのは、あるときに、

ある事件が発生することである。ほかのときに、必ずしも同じな事柄が発生し

ない。従って、二事態は伴って現れなく、両者の間には密接的な関連性と緊密

性がないと思われる。

今後の研究

以上は「ト」、「タラ」の本質に対して、分析を行ったものである。今後、両

者はどのような場合に使い換えられるか、また、両者の相違点、共通点に対し

て、比較、考察を行いたい。それから、「~れば」、「~なら」の小説用例を収集

し続けて、用例を分析して、各自の本質を探し出す。なお、「~と」、「~たら」、

「~れば」、「~なら」という四つの形式の本質について、互いに比較する。

参考文献 (年代順)

森田良行(1988)「条件の言い方-59、60、61」『日本語の類意表現』創拓社、

P447-464

小林賢次(1991)「条件表現の歴史」『講座日本語と日本語教育 10-日本語の

歴史』明治書院、P122-147

益岡隆志(1993)「日本語の条件表現について」、益岡隆志編『日本語の条件

表現』くろしお、P1-20

有田節子(1993)「日本語条件文研究の変遷」、益岡隆志編『日本語の条件表

現』くろしお、P225-278

有田節子(1993)「日本語の条件文と知識」、益岡隆志編『日本語の条件表現』

くろしお、P41-71

蓮沼昭子(1993)「『たら』と『と』の事実的用法をめぐって」、益岡隆志編『日

本語の条件表現』くろしお、P73-97

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鈴木義和(1994)「条件表現各論-バ/ト/タラ/ナラ-」『日本語学』13 卷 8 号

明治書院、P81-91

田中 寛(1994)「条件表現と基本文型」『日本語学』13 卷 8 号 明治書院、

P60-72

前田直子(1998)「非仮定的な事態を接続するト、タラ文の意味、用法」、論

説資料保存会編『日本語論説資料』35、P232-241

小林賢次(1999)「完了性仮定と非完了性仮定の分類について-補説‧大蔵虎

明本狂言の「タラバ」-」、論説資料保存会編『日本語学論説資料』

36、P26-33

藤城浩子(2000)「ト、バ、タラ-基本的な意味からの用法検証-」、論説資

料保存会編『日本語学論説資料』37、P687-693

益岡隆志(2000)「条件表現再考」『日本語文法の諸相』くろしお、P153-175

益岡隆志(2000)「条件文の表現」『複文』くろしお、P47-66

辞典資料

今田一京助、山田忠雄等編(1999)『新明解国語辞典、第五版』三省堂

山口明穂、秋本守英編(2001)『日本語文法大辞典』明治書院 日本国語大辞典編集委員会小学館国語辞典編集部(2002)『日本国語大辞典、

第二版』第 7巻 小学館

小説資料

本論では、小説資料の名称には以下の( )内に示した略称を用いることに

する。

(光陰)「光陰矢の如し」『日文翻訳進階技法』龐春蘭、三思堂、1999

(野ばら)「野ばら」『小川未明童話集』小川未明、新潮社、2003

〈月夜)「月夜と眼鏡」『小川未明童話集』小川未明、新潮社、2003

(赤い)「赤いろうそくと人魚」『小川未明童話集』小川未明、新潮社、2003

(セロ弾き)「セロ弾きのゴーシュ」『銀河鉄道の夜』宮沢賢治、新潮社、2004

(なめとこ)「なめとこ山の熊」『注文の多い料理店』宮沢賢治、新潮社、2004