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採択課題番号:IDEAS201709 1 複合的な自然環境便益の時空間評価に関する基礎的研究 林 希一郎 * ,大場 真 ** ,町村 尚 *** ,松井 孝典 *** ,福井 弘道 **** ,杉田 暁 **** ,竹島喜芳 **** * :名古屋大学, ** :国立環境研究所, *** :大阪大学, ***** :中部大学 * 1. はじめに 人間社会の自然に対する関与や自然資源の利用の増大が、複合的な環境問題をもたらし、またそれらの問 題解決を困難にしている。今日、これらの問題に対して、時空間的に複合的なデータ分析を通じて、問題解 決を目指す動きが広がりつつある。 本研究では、自然環境からの福利・便益を生態系サービス(文献1)の軸でとらえ、土地利用をもとにした 空間的な把握、および過去、現在、将来におけるその変遷を分析対象としている。本研究における生態系サ ービスの評価は、現地フィールド調査に基づくデータ収集による分析とともに、原単位法による簡易評価を 組み合わせて行った。これらの生態系サービス供給ポテンシャルの分析を通じて、複合的な自然環境問題の 解決に資する情報の整備、研究の推進などを目指している。 これまでにも、生態系サービスの供給ポテンシャル推計は多様な研究が行われており、原単位を用いた研 究も数多く行われている。これらには、現地調査の毎木調査を通じた原単位の作成や、既往研究の原単位の 参照等が行われている。本研究では、地域性を考慮した原単位の作成のために、現地フィールド調査よりも 相対的に簡易な Unmanned Aerial Vehicle (UAV)を用いた手法の開発を進め、将来的には多様な地域の基礎 データの整備を進めることを考えている。その後、これらのデータを活用し、生態系サービスの全国的なマ ッピングに活用することを目指している。 昨年度は、UAV を活用した新たな生態系サービス評価手法の基礎的検討、および時空間分析のための基礎 データの収集を進めた。今年度は、引き続き UAV を用いた生態系サービス評価手法の検討とともに、生態系 サービス統合評価プラットフォーム(文献 2)を活用した生態系サービスマッピング手法の日本への適用に 関する基礎研究を進めた。 このような多様な生態系サービスや環境データを俯瞰し、オーバーレイ、視覚化することにより、大規模 なデータを統合的にとらえ、日本全土や世界的規模の分析が可能となる。本年度は、その端緒となるシステ ムの基礎的なプラットフォームの整備を進めた。 2. 方法 2.1 UAV を用いた生態系サービス評価手法の開発 昨年度は、岐阜県高山市の強度間伐ヒノキ林を事例研究の場所に選定し、UAV の空撮画像および Structure from Motion(SfM)を用いた 3 次元モデルの作成を通じて、生態系サービス評価手法の検討を行った。これに より、炭素固定量、森林体積等を指標とした生態系サービス供給ポテンシャルの推計を行った(文献 3)。昨 年度の調査対象地の強度間伐ヒノキ林は、3 次元モデルの中で個々の樹頂点の特定、地面の特定が比較的容 易な場所であった。なお、昨年度検討した手法を通常の間伐林や普通の広葉樹林などへ適用することは、検 討課題として残された。 そこで、本年度は、通常の間伐林および通常の広葉樹林などに適用可能な手法の検討を行った。調査サイ トは、間伐針葉樹林として岐阜県中津川市のスギ人工林、広葉樹林として春日井市の神社を対象として調査 を行った。年数回の UAV フライトによる画像取得、SfM を用いた画像解析による 3 次元高密度クラウドの作 成、Digital Surface Model(DSM)、Digital Canopy Model(DCM)等の作成を通じて、両方の森林の 3 次元モデ ルを作成した。その後、樹頂点の抽出、樹高の推計を行った。 UAV飛行はDJI GS ProおよびMap Pilot for DJIによる自動航行を用い、また撮影にはPhantom3(1/2.3"CMOS、 1240 万画素)および Phantom4(1”CMOS、2000 万画素)の備え付きのカメラを使用した。Phantom3 は中部大国 際 GIS センターおよび名古屋大学未来材料・システム研究所の機材、Phantom4 は中部大国際 GIS センターの 機材を使用した。季節性を踏まえたデータ取得のために、針葉樹林では 2017 年 8 月 31 日、10 月 31 日、12 月 5 日、広葉樹林では 2016 年 12 月 15 日、2017 年 3 月 13 日に空撮を行った(詳細な空撮条件等は、今後作 成する論文等で記載するために、本稿では省略する)。

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採択課題番号:IDEAS201709

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複合的な自然環境便益の時空間評価に関する基礎的研究

林希一郎*,大場真**,町村尚***,松井孝典***,福井弘道****,杉田暁****,竹島喜芳*****:名古屋大学,**:国立環境研究所,***:大阪大学,*****:中部大学*

1. はじめに

人間社会の自然に対する関与や自然資源の利用の増大が、複合的な環境問題をもたらし、またそれらの問

題解決を困難にしている。今日、これらの問題に対して、時空間的に複合的なデータ分析を通じて、問題解

決を目指す動きが広がりつつある。

本研究では、自然環境からの福利・便益を生態系サービス(文献1)の軸でとらえ、土地利用をもとにした

空間的な把握、および過去、現在、将来におけるその変遷を分析対象としている。本研究における生態系サ

ービスの評価は、現地フィールド調査に基づくデータ収集による分析とともに、原単位法による簡易評価を

組み合わせて行った。これらの生態系サービス供給ポテンシャルの分析を通じて、複合的な自然環境問題の

解決に資する情報の整備、研究の推進などを目指している。

これまでにも、生態系サービスの供給ポテンシャル推計は多様な研究が行われており、原単位を用いた研

究も数多く行われている。これらには、現地調査の毎木調査を通じた原単位の作成や、既往研究の原単位の

参照等が行われている。本研究では、地域性を考慮した原単位の作成のために、現地フィールド調査よりも

相対的に簡易な UnmannedAerialVehicle(UAV)を用いた手法の開発を進め、将来的には多様な地域の基礎

データの整備を進めることを考えている。その後、これらのデータを活用し、生態系サービスの全国的なマ

ッピングに活用することを目指している。

昨年度は、UAV を活用した新たな生態系サービス評価手法の基礎的検討、および時空間分析のための基礎

データの収集を進めた。今年度は、引き続き UAV を用いた生態系サービス評価手法の検討とともに、生態系

サービス統合評価プラットフォーム(文献 2)を活用した生態系サービスマッピング手法の日本への適用に

関する基礎研究を進めた。

このような多様な生態系サービスや環境データを俯瞰し、オーバーレイ、視覚化することにより、大規模

なデータを統合的にとらえ、日本全土や世界的規模の分析が可能となる。本年度は、その端緒となるシステ

ムの基礎的なプラットフォームの整備を進めた。

2. 方法

2.1UAV を用いた生態系サービス評価手法の開発

昨年度は、岐阜県高山市の強度間伐ヒノキ林を事例研究の場所に選定し、UAVの空撮画像および Structure

from Motion(SfM)を用いた 3次元モデルの作成を通じて、生態系サービス評価手法の検討を行った。これに

より、炭素固定量、森林体積等を指標とした生態系サービス供給ポテンシャルの推計を行った(文献 3)。昨

年度の調査対象地の強度間伐ヒノキ林は、3 次元モデルの中で個々の樹頂点の特定、地面の特定が比較的容

易な場所であった。なお、昨年度検討した手法を通常の間伐林や普通の広葉樹林などへ適用することは、検

討課題として残された。

そこで、本年度は、通常の間伐林および通常の広葉樹林などに適用可能な手法の検討を行った。調査サイ

トは、間伐針葉樹林として岐阜県中津川市のスギ人工林、広葉樹林として春日井市の神社を対象として調査

を行った。年数回の UAV フライトによる画像取得、SfM を用いた画像解析による 3 次元高密度クラウドの作

成、DigitalSurfaceModel(DSM)、DigitalCanopyModel(DCM)等の作成を通じて、両方の森林の 3次元モデ

ルを作成した。その後、樹頂点の抽出、樹高の推計を行った。

UAV飛行はDJIGSProおよびMapPilotforDJIによる自動航行を用い、また撮影にはPhantom3(1/2.3"CMOS、

1240 万画素)および Phantom4(1”CMOS、2000 万画素)の備え付きのカメラを使用した。Phantom3 は中部大国

際 GIS センターおよび名古屋大学未来材料・システム研究所の機材、Phantom4は中部大国際 GIS センターの

機材を使用した。季節性を踏まえたデータ取得のために、針葉樹林では 2017 年 8 月 31 日、10 月 31 日、12

月 5日、広葉樹林では 2016 年 12 月 15 日、2017 年 3月 13 日に空撮を行った(詳細な空撮条件等は、今後作

成する論文等で記載するために、本稿では省略する)。

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採択課題番号:IDEAS201709

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幹材積の推計には、針葉樹には(文献 4)の(式 1)、広葉樹には(文献 5)の(式 2)を用いた。この推計値

にバイオマス拡大係数、地上部地下部比率、炭素含有率等を考慮(文献 6)し、炭素固定量を求めた。データ処

理は、PhotoScanProfessional(Agisoft)、ArcGIS10.4.1(ESRI)を用いた。

この幹材積や炭素固定量の推計値を検証するために、各森林に対して現地調査を実施した。現地調査では、

diameteratbreastheight(DBH)が 5cm 以上の樹木の樹種、樹高等を記録した。現地調査では、まず、空撮

画像より樹木位置が特定できる樹木の樹高やDBH を測定した。加えて、広葉樹の調査では、100m2コドラート

内で樹種、DBH、樹高の測定、その周りの 300m2コドラート内では樹種と DBH の測定を行った。100-300m2コド

ラート内では樹高が未測定のため Näslund 式(式 3)(文献 7)を用いて樹高を推計した。調査は、針葉樹では

樹頂点が特定可能な樹木、広葉樹では調査エリア内の樹木の特定が相対的に容易な樹木および調査エリア内

に設置した 2か所の 300m2コドラート内の調査を行った。

𝑣 = 𝜋𝐷%𝐻 4{2(1 − 1.2/𝐻)}1.23⁄ 式1

𝑊6 +𝑊8 = 0.0601(𝐷%𝐻)2.;21 式2

𝐻 = <=

(>?8<)= 式 3

𝑣:幹材積(m3), 𝐷:DBH(cm),𝐻:樹高(m),a, b:係数,𝑊6:幹重(kg),𝑊8:枝重(kg),𝐶:炭素固定量(t)

2.2生態系サービス空間分布のマッピング

空間的に把握した生態系サービス情報をマッピングし視覚化する必要がある。昨年度は、ArcGIS の機能を

活用したマッピングを行った。本年度は、昨年度に引き続き、ArcGIS を活用した視覚化とともに、生態系サ

ービス統合プラットフォームである K.Lab の活用を検討した。K.Lab は Basque Centre for Climate

Change(BC3)(スペイン)の Ferdinando Villa 教授らの研究チーム(文献 2)が開発しているものであり、この

システムの日本への適用を通じて、統合型生態系サービス評価に関する基礎研究を進めている。

本年度は、K.Lab に関するワークショップの開催(2017 年 10 月)、master course への参加を通じて、日

本のデータの取り込みを行った。対象としたのは、愛知県西部地域の生態系サービス空間評価データである。

3. 結果と考察

図 1 に、間伐針葉樹と広葉樹の空撮画像および現地画像を示した。国土地理院作成の Digital Elevation

Model(DEM)や、当該空撮画像より作成したDigitalTerrainModel(DTM)を用いて、空撮画像のデータ処理

を行った後に、DCMを作成した(図 2)。各 DCM 内の個々の樹木の樹頂点を特定し、当該樹頂点を特定した樹木

に対して、現地調査において樹高を測定した。現地調査による測定樹高と、DCM から推定した樹高の比較を図

2に示した。これらの値を用いて材積及び炭素固定量の推計を行った。今回の結果では、両林ともある程度の

精度で推定することが可能であった。

K.Lab はグローバルスケールのモデルであるため、BC3 チームが開発した指標モデル(Proxy model)におい

ては、現時点では数百 m 程度の分解能の土地利用データを用いて炭素固定量、洪水緩和、ポリネーション、

レクリエーション等の推計が可能である。当該 Proxymodel は、簡易モデルの位置づけであるため、利用し

ている土地利用図の分解能が荒いなどの問題がある。BC3 では、Proxymodel に加えて、より複雑なモデルに

よる推計も行っているが、事例研究段階である。そこで、本研究では、より細かい 10m メッシュスケールの

土地利用データを用いて、愛知県西部地域等における生態系サービスの供給ポテンシャル推計を行い、それ

らの K.Lab への搭載を試みた。用いたデータは、別途作成した愛知県西部地域の生態系サービス供給ポテン

シャルデータ(炭素固定、森林体積、地表気温低減、大気汚染浄化、米生産、農作物生産等)である。図 3に

名古屋市における生態系サービス評価事例を示した。

また、複数の大学、研究機関等のメンバーから構成される K.Lab 研究会を立ち上げ、2017 年 7 月、10 月、

2018 年 2月に、ワークショップを名古屋、東京、春日井にて開催した。10月のワークショップでは、BC3 研

究チームを招聘し、デモやトレーニングを行った。また、2018 年 11 月には、BC3 が開催している K.Lab の

mastercourse に参加し、スクリプトやシステムの理解を深めた。

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図 1 間伐針葉樹林(左)と広葉樹林(右)の空撮画像、現地画像

図2 間伐針葉樹林(上)と広葉樹林(下)のDCM と測定樹高と DCM推定樹高の比較(tentative)

図 3 K.Labの生態系サービス評価例

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4. まとめ

多様な生態系サービス供給ポテンシャルについて、全国的な推計を可能とする基礎データの整備とともに、

それを分析するためのプラットフォームの整備を進めるために、本年度は以下の内容の検討を行った。昨年

度に引き続き UAV を用いた生態系サービス評価手法の開発を進めた。本年度は、間伐針葉樹林および間伐未

実施の広葉樹林を対象とした。この結果、精度向上のためには DTM 開発の精緻化の必要性が確認されるとと

もに、ある程度のレベルでの炭素固定量の推計が可能となった。また、当該生態系サービスを空間的に評価

する方法として、今回新たに生態系サービス統合評価プラットフォームの活用を進めた。試行として、愛知

県西部地域における生態系サービス供給ポテンシャル推計のデータを載せることが可能となった。このよう

に、多様な生態系サービスや環境データを俯瞰し、オーバーレイ、視覚化することにより、日本全土や世界

的規模等の大規模な視点から分析することが可能となると考えられ、本年度は、そのシステムの基礎的なプ

ラットフォームの整備を進めた。

今後の課題は、UAV の生態系サービス推計の精度向上のためにライダーデータの活用を検討している。ま

た、多様な地域での原単位の作成とともに、各種の分解能レベルの生態系サービス空間データを K.Lab のシ

ステムに取り込むことにより、統合型の生態系サービスデータを作成していく必要がある。

5. 謝辞

本研究は中部大学問題複合体を対象とするデジタルアース共同利用・共同研究 IDEAS201709 の助成を受け

た。また、中部フォレストマネジメント、八幡社には森林調査の許可を得た。さらに、研究の推進にあたり、

FerdinandoVilla 氏、StefanoBalbi氏、JavierMartinez-Lopez 氏(以上 BC3)及び、藤本彩菜氏、高木洋明

氏などの学生諸氏に協力いただいた。

参考文献

1. MA(Millennium Ecosystem Assessment), 2005. Ecosystems and Human Well-being: Synthesis. Island Press, Washington, DC.

2. Villa, F., Bagstad, K.J., Voigt, B., Johnson, G.W., Portela, R., Honza´k, M., Batker, D., 2014. A methodology for adaptable and robust ecosystem services assessment. PLOS ONE, 9(3), e91001. doi:10.1371/journal.pone.0091001

3. Katada, Y., Hayashi, K., Sugita, S., Machimura, T., Fujimoto, A., 2017. Assessment of Forest Ecosystem Services Using Unmanned Aerial Vehicles. -Case study of Chamaecyparis obtusa forest, in Takayama, Japan-. IAIA17 Conference Proceedings, 37th Annual Conference of the IAIA, 4-7 April 2017, Montréal, Canada: ww.iaia.org

4. 井上昭夫・黒川泰亭(2001):針葉樹における二変数材積式の理論的誘導,日本森林学会誌,83(2),130-

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5. 只木良也・平野綾子・参鍋秀樹・河口順子・平泉智子・星野大介(2004):名古屋大学構内広葉樹二次林の

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6. 国立環境研究所地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)(2016):日本国温室効

果ガスインベントリ報告書,独立行政法人 国立環境研究所,6_10-6_14.

7. 松村直人(2003):長柱の座屈理論に基づく樹高曲線式の応用可能性,統計数理,51(1),11–18.