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国際法における国家管轄権原理 その重層的構造についての断想 問題の所在 国家管轄権原理の重層的構造 国家の属性と国家管轄権根拠 国家システムへの自覚と一方的自制 国際法規範による国家管轄権の制約 重層的原理構造から試みる機能的解析 国家管轄権根拠の意義と限界 許容的システムと禁止的システムの対立 国際私法の管轄権原理アプローチの可能性と限界 結びにかえて 問題の所在 国際法における国家管轄権の課題は、広く捉えれば、国際関係における 国家間の管轄権の配分・調整、ひいては国家のすべての権限主張・行使の 合法性および正当性にかかわり、原理上、国際法そのものの発達程度と直 接関連する。もともと、一般に行為規範として存在する国際法規範の多く は諸国家の権限の配分・調整にも機能する。 分権的な国際社会の法規範は、独立・平等の地位をもつ、自らの利益追 求を政治目標とする諸国家の対立的主張・行動を調整する必要に応じて発 展を成し遂げる。国家は自らの行動に一定の基準を設定できるものの、そ 1

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国際法における国家管轄権原理その重層的構造についての断想

王 志 安

Ⅰ 問題の所在

Ⅱ 国家管轄権原理の重層的構造

1 国家の属性と国家管轄権根拠

2 国家システムへの自覚と一方的自制

3 国際法規範による国家管轄権の制約

Ⅲ 重層的原理構造から試みる機能的解析

1 国家管轄権根拠の意義と限界

2 許容的システムと禁止的システムの対立

3 国際私法の管轄権原理アプローチの可能性と限界

Ⅳ 結びにかえて

Ⅰ 問題の所在

国際法における国家管轄権の課題は、広く捉えれば、国際関係における

国家間の管轄権の配分・調整、ひいては国家のすべての権限主張・行使の

合法性および正当性にかかわり、原理上、国際法そのものの発達程度と直

接関連する。もともと、一般に行為規範として存在する国際法規範の多く

は諸国家の権限の配分・調整にも機能する。

分権的な国際社会の法規範は、独立・平等の地位をもつ、自らの利益追

求を政治目標とする諸国家の対立的主張・行動を調整する必要に応じて発

展を成し遂げる。国家は自らの行動に一定の基準を設定できるものの、そ

1

一九四

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れをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

同様、国家は自らの管轄権について一定の基準をもって主張し行使できる

としても、一方的に管轄権に関する規範を作り出すことはできない。この

点は甚だ自明なことである。

ただ、国家管轄権は、国内法制度に基づく国家の強力発動の一形態をな

し、厳格な適法要件・基準をもった権限行使という特徴をもつ。しかも、

国家間管轄権の配分・調整にかかわる国際法上の基本原理の多くは、そう

した国家の一定形態の権限行使と密接に関連し、ひいてはそれに大きく依

存している。さらに国際法は領域的政治実体の存在およびその意味を十分

に認める上で展開される法体系である。こうしたことから、国家管轄権原

理は、他の分野の国際法規範の状況と比べ、国内法との間に一層親和的で

複雑な交差を有するものと解されよう(1)。

国際法上、国家管轄権の配分・調整は、主に国際社会における国家の法

的権限の水平的配分に関連し(2)、実行上国家権限の主張・行使の対立を背

景に法規範の規律対象事項または理論的関心課題となる。国際法規範は国

際社会における国家の強力のすべてを規律するまでには発達していないの

と同じく、国家管轄権の主張・行使もすべて法規範によって明確に規律さ

れているわけではない。しかも、ここでは、そのような規律は望まれない。

国際法における国家管轄権原理(王)2

一九三

(1) これまで、国家管轄権原理の探求において、国内法における管轄権の実

行、とりわけ渉外事項の管轄に関連する国内判例の分析がもっとも重要な

ウェイトを占めているといえる。たとえば、M Akehurst,“Jurisdiction in

International Law”,British Yearbook of International Law,Vol.46,

1972-1973;F.A.Mann,“The Doctrine of Jurisdiction in International

Law”,Hague Recueil de Cours,Vol.111,1964-I.尚、国際法と国内法の

交錯の視点から国家管轄権の問題を分析した研究について、野村美明「域

外適用の法と理論 国際法と国内法の交錯」阪大法学(1997年)47巻

4・5号。

(2) Patrick Capps, Malcolm Evans and Stratos Konstadinidis (eds.),

Asserting Jurisdiction-International and European Legal Perspectives

(Hart Publishing,2003),p.xix.

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自らの領域にかかわる人、ものおよび出来事に対する国家の法的規制の方

法・慣行がもともと一定の相違をもち、しかも社会生活の変化に対応して、

国内法上規制の方法や範囲の変化は絶えない。それに伴って、国家管轄権

の主張・行使はしばしば新たな形で展開され、時には既存の管轄権の配分・

調整に関する国際法規範に緊張をもたらす。この点は、国家管轄権の現実

的課題がほとんどの場合動態的な国際紛争の形態で展開されていることに

よって裏付けられる。

そもそも、現実的課題としての管轄権問題は規範的に鮮明な挑戦性・開

拓性をもつ。一旦法規範によって明確に調整・規律される国家の権限配分

は、実行上そして理論上法規範の妥当性と実効性の課題と化し、国家管轄

権の課題としてあえて認識される必要性がなくなる。かつて漁業水域の

管轄権をめぐって展開された激しい争いは、1982年国連海洋法条約の成

立によって実行上も理論上も、もはや国家管轄権の課題として議論される

のではなく、条約規範の遵守履行の問題として取り扱われることとなる。

むろん、漁業活動は、現在でも沿岸国の管轄権にかかわる問題であるが、

条約に従う沿岸国の権利義務関係で捉えられることで十分足りるのであ

る。

国家管轄権の課題は、特定国家が国家利益を追求するあるいは国内統治

の実効性を確保する必要性から、国家管轄権を域外にまたは渉外的要素を

含む事項に一方的に拡大させるところから端を発するものである。国家に

よる管轄権の行使は、無秩序の国際社会において本源的に国家たる領域的

実体の力行使の形態であらわれ、国際法規範を遵守する形で行われれば適

法行為となるが、法的に明確に規律されない形態で行われた場合、それが

法的にどのように取り扱われるべきかが大きな問題となる。国家管轄権の

問題意識は、まさにそうした法的に明確に規律されていない形態で展開さ

れる国家の一方的管轄権の主張をめぐる対立を主眼としたものである。

ローチュス号事件が、典型的な管轄権にかかわる事件として取り扱われる

ことの背後には、トルコの刑事法上、慣習的規則と思われる船籍国への管

一九二

国際法における国家管轄権原理(王) 3

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轄権の帰属と違って、公海上の衝突事故で外国船舶に対するトルコの刑事

管轄権が設けられている、という重要な要素が存在していた(3)。

このように、理論上、国家管轄権の課題は、国家の権限行使の必要性ま

たは物理的可能性を横軸とし、法的規律の不確実性を縦軸とする座標の上

で展開するものとして捉えられよう。本来、国際法は、領域、人口および

政治統治といった基本要素を基礎にした国家の管轄権主張・行使を当然の

こととして認め、それに法的根拠付けをも与えている(4)。国際法上、管轄

権の主張・行使に関して、すべての主権国家は、領域的実体あるいは法主

体として、同一標高の横軸の上にたつものであると解される。他方、国際

法は、そうした堅実な横軸を敷いたとはいえ、そこから国家管轄権の具体

的な行使形態・範囲に関して、多くの場合、決して明確な基準を設けてい

るわけではない。その結果、国家管轄権行使の必要性が高く、法的規律の

不確実性も高いとなれば、国家管轄権の課題が突出することとなる。国家

管轄権の理論的研究は、まさにそうした法的規律の不確実性をいかに低く

抑えることができるかを目標としなければならない。

しかし、かかる目標の達成は、すべて国家管轄権としての問題を解消す

る形で、すなわち明確な法規範をもって管轄権の配分を規律するような形

で追求される必要性あるいは可能性はない。従来から、国際合意による管

轄権の処理は、国家管轄権の抵触を解決するための理想的な方法とする主

張がある(5)が、現実では、国際的性格をもつ区域以外に、域外管轄権行使

一九一

(3) ただ、PICJは、トルコの裁判所による訴追を、トルコ刑法6条によって

ではなく、客観的属地主義に基づいて正当化した。PCIJ Series A,No.10

(1927),p.24.小原喜雄『国際的事業活動と国家管轄権』(有斐閣、1993年)

11頁。

(4) 大沼は、現代国際法の基本的観念と枠組みを捉える一側面として、まず

国際法による国家法秩序の妥当範囲の確定をあげている。大沼保昭『国際

法 はじめて学ぶ人のための』(東信堂、2005年)18-21頁。

(5) J. G. Gastel, Extraterritoriality in International Trade (Toronto/

Bancouver,1988),p.289.

国際法における国家管轄権原理(王)4

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または域外適用(extraterritorial jurisdiction)にかかわる多くの問題分野に

関して、国際合意の達成はきわめて困難である。

条約に基づく管轄権の配分は、これまで基本的に国家に属さない国際区

域、または一定の国際的性格をもつ国の機能的管轄区域に関連して、特定

分野・特定問題に限定して行われている。海洋法関連の条約や宇宙空間に

かかわる条約には、管轄権の配分にかかわる多くの法規範が盛り込まれて

いる。そのほか、外交特権免除や投資保護などのように、国家管轄権の行

使に対する一定の制約が条約で定められる場合がある。これらの規制は、

一定の共通した基準で設けられる傾向を示しているが、域外適用によって

惹起される問題への解決に有効な示唆を呈するものは少ない。

今日では、域外適用の問題は、国家管轄権課題の中核を据えるようになっ

ている。もともと、域外活動規制の必要性は、国によって大きな程度の差

をもち、また、域外適用の背後にある利益、価値および優先考慮の抵触も

決して容易に調和されるものではない。実行上、域外適用の事項について

国家が合意に達成することは、むしろ例外的である(6)。そのため、管轄権

の調整というよりも、管轄権の行使に惹起される紛争の解決について国際

合意で一定の制度的メカニズムを創設することがより現実的であるとも考

えられる(7)。そのため、諸国家の対立的または抵触的な管轄権の主張・行

一九〇

(6) たとえば、Agreement between the Government of the United States

of America and the Commission of the European Communities regard-

ing the application of their competition laws,[1995]O.J.L95/47.な

お、独禁法適用の協力に関する国際合意の分析について、Thomas

Lampert, “International Co-Operation among Competition Author-

ities”,European Competition Law Review,Vol. 20 (4), 1999, pp. 214

-224.

(7) こうした視点は、決して域外適用において突出する刑事事項の管轄権を

めぐる対立を解消することに限定されるものではない。実際、民事事項に

おける管轄権の抵触についても、同様な視点が求められている。これにつ

いて、Andrew L.Strauss,“Beyond National Law:The Neglected Role

of the International Law of Personal Jurisdiction in Domestic Courts”,

国際法における国家管轄権原理(王) 5

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使を国際法の平面でより客観的に評価できる理論的枠組みの形成は、きわ

めて重要である。

国際法理論の平面において、国家管轄権の課題は基本的に、他国の権利

または利益にかかわる国家の一方的権限行使の問題として意識される。国

家は、そうした権限を行使するに当たり、当然国家利益を追求する必要に

応じ、少なくとも現存国際法規範に明白には違反しない形で自らの権限行

使を正当化する理由を提示する必要がある。そうした管轄権の主張は外観

上、国際法上の妥当性をもつものとしてとりあえず存在し、他国から対抗

的主張が一切なされていなければ、法的に許容されるものとして認識され

る。対抗的主張がなされた場合、管轄権の行使が国際法上妥当性をもつか

どうかは必然紛争の形で現れる。他国の利益や権利にかかわる一方的権限

の行使は、国際的側面をもち国際法による調整を必要とする。

ノルウェー漁業管轄事件で、国際司法裁判所が述べたように、「海の境界

画定は、常に国際的側面をもち、国内法で表明された沿岸国の意識にのみ

依存することができない。確かに、沿岸国が画定を行う権能をもつゆえに、

画定の事実は必然的に一方的行為であるが、しかし他国に関連して当該画

定の有効性は、国際法に依存するものである」(8)。

このように、理論上、国家管轄権の問題は、法規範に明確に規律されて

いない分野で国家利益の空間を開拓するための国家権限行使の法的妥当性

を問うものであり、国家管轄権原理は、まさにそうした問いへの判断指標

または認識枠組みを提示するためのものでなければならない。現実、同一

の事象と活動に対して複数の国家の管轄権が競合する場面が多く、その相

互の抵触を調整し、優劣関係を確定することは避けられない(9)。

しかし、これを背負う国家管轄権原理の探求は決して容易なことではな一八九

Harvard International Law Journal,Vol.36(1995),pp.416-417.

(8) Anglo-Norwegian Fisheries Case,ICJ Reports 1951,p.132.

(9) 山本草二「国家管轄権の機能とその限界」寺沢一・内田久司編『国際法

の基本問題』(別冊法学教室、1986年)所収116頁。

国際法における国家管轄権原理(王)6

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い。少なくとも3つの理由があげられる。第1に、通常、国家による管轄

権の一方的主張は一定の法的根拠あるいは正当化理由を基礎にしている。

しかも、そうした根拠の多くは国際法上一般に認められている。にもかか

わらず、そうした根拠をもって国家管轄権の抵触を解消できるというわけ

ではなく、むしろかかる根拠の援用自体が対立・紛争を引き起こす原因と

なる場合が多い。

領域原則、国籍原則、効果理論および普遍主義がよく援用される国家管

轄権の根拠である(10)。これらの根拠は、国家利益を保護する必要に応じて

国家によって一定の形態で援用される。管轄権の抵触はむしろ、具体的な

事例でそうした根拠を確認してからはじめて具現化される現実的課題であ

る。国家の同一根拠の異なる援用または異なる根拠の援用で顕在化する管

轄権抵触の課題は、明らかにその原因となる根拠をもって解決されず、根

拠以外の何らかの基準でかかる対立的援用の優劣関係を決めなければなら

ない。

第2に、国家管轄権の抵触は、日常的に発生するが、国家間の利益衝突

の形で国際紛争の形態を呈するものはむしろ少数である。その結果、域外

適用の抵触を解消することに関して、一貫した実行または法規範の蓄積は

非常に少ない。また、管轄権課題の歴史性もあって、日々の国家管轄権の

抵触を解消するために蓄積された方法は、ほとんどの場合、新たな利益衝

突の形で呈する国家管轄権の抵触の解決には満足に機能しない。国際法に

おける国家管轄権を議論する際、刑事法と民事法の管轄権の抵触を分ける

考え方、そして、国際私法上の管轄権抵触の解決方法と国際公法上の管轄

権抵触の解決方法との分断または対立は、そうした現実を物語っている。

第3に、規範上、国家管轄権の問題はその歴史性とともに、明確な挑戦

的性格をももつ。確かに個別の分野で国家管轄権の抵触を解消するための

一八八

(10) そうした管轄権の根拠およびその適用上の問題の分析について、初川満

訳『ヒギンズ国際法 問題解決の過程としての国際法』(信山社、1997

年)87-121頁。

国際法における国家管轄権原理(王) 7

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国際合意の成立は、理論的にはかかる分野での国家管轄権課題そのものの

解決となる。ローチュス号事件の判決で提起された、公海における外国船

舶に対する刑事管轄権行使の妥当性の問いは、公海における船舶の衝突に

関する条約(1952年)の成立によって、基本的に国家管轄権課題としての現

実性を失う。他方、国家は、新しい分野で自らの国益を保護・拡大する必

要に応じて絶えることなく権限の主張・行使を一方的に展開し、既存の法

秩序の無作為で作り出される安定を乱すように一石を投じる。領域外の外

国企業への独禁法の適用、外国企業の域外所得の課税、他国領土に対する

遠隔センシングまたは最近のコンピューターネットワーク上の域外遠隔捜

索(11)などといった今日的な国家管轄権の問題は、すべてそうした形で展開

されているものである。

そこで、本研究は、国家管轄権の抵触にかかわる今日的な課題を念頭に

おきながら、管轄権の配分・調整に関する国際法原理がもつと思われる重

層的な構造を明らかにすることを試みる。そして、かかる視点から、管轄

権課題の位置付けを解明し、対立的または抵触的な管轄権の主張を法的に

評価するための理論的枠組みのあり方を探ってみる。

Ⅱ 国家管轄権原理の重層的構造

国家管轄権の配分・調整を規律する国際法上の原理について、これまで

の理論研究は主として、互に密接に関連する3つの側面から探求している

と思われる。第1に、国家管轄権の根拠である。そうした根拠は、国家権

力の作用の基礎に直接かかわる形で存在すると同時に、国家管轄権を国家

間に配分・調整するための重要な国際法規範としても機能する。第2に、

国家システムの存在を意識し、権限行使における国家の慎重さまたは自制

一八七

(11) かかる問題についての分析について、拙稿「越境コンピューター捜索の

法的地位 サイバー犯罪条約が残した課題 」駒澤法学3巻3号

(2004年)1-14頁。

国際法における国家管轄権原理(王)8

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を促す国際礼譲または相互主義への配慮である。これにより、本質上一方

的行為としてなされる国家管轄権の主張・行使に対する一定の自制がかけ

られることとなる。第3に、管轄権の根拠や国家による自制だけでは解消

されない国家管轄権の積極的抵触を調整する必要性から、管轄権の配分・

調整に妥当とされる国際法上の原理・規則が改めて求められている。これ

には国際法の一般原理・原則の形で存在するものもあれば、学説上あるべ

き妥当な規範として主張されるものもある。

これらの側面は全体として、国家管轄権の配分・調整に適用される原理・

規範を構成するのであるが、決して同一の平面で機能するものではなく、

むしろ異なる事情に対応し、それぞれ異なる機能および限界をもつもので

ある。そうした内実的に異なる管轄権原理の機能および限界を解明するこ

とを通して、国家管轄権の配分・調整が国際法理論的課題となってゆく歴

史的過程を明確に捉えることができるだけでなく、管轄権原理の展開の方

向性を見定めることも可能となろう。

確かに、管轄権を行使する国家の権利の存在は排他的に国際法によって

決められるものである(12)。あるいは「国家が有していない権限の一つは、

自らの権限を決定する権限である」(13)。このことは明らかに、管轄権抵触の

解消または違法な管轄権の認定が国際法に求められなければならないこと

を意味する。ただ、これは決して国家管轄権の行使と国内法との密接な関

係を否定するものではない。実際、国家管轄権の主張・行使は、国内法に

基づく国家権力作用の直接表現であり、その配分・調整の具体的方法は、

通常の国際規範の如く、必然国家間の合意に見出されなければならないと

いう必要はない。外観上一方的行為として現れる国家管轄権は、国家の強

力に深く根を下ろし、国内法の原理に左右される側面を多くもつ。国家管

轄権の根拠と一般にいわれるものが国ごとに異なる管轄権の範囲を生み出

一八六

(12) F.A.Mann,supra note 1,pp.10-11.

(13) Andrew L.Strauss,supra note 7,p.415.

国際法における国家管轄権原理(王) 9

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している現実は、これを裏付ける。そのため、国家管轄権の行使は、最終

的に国際法にその合法性と妥当性を求められなければならないが、その国

内法の側面にも常に留意する必要がある。もともと、国家管轄権の根拠は、

国際法上認められる国家管轄権の調整に適用される規範の側面をもつ一

方、国家の属性に由来し、特定国家の権限のあり方に直接影響されるもの

でもある。この現実の上に、国家管轄権原理の重層的構造の基礎が敷かれ

ているように思われる。

1 国家の属性と国家管轄権根拠

国家管轄権(jurisdiction)は、国家の強力(power)に属するものである

が、それと同義のものではなく、むしろ国内法上明確な規範で規定される

国家の権力作用である。言い換えれば、国家管轄権は、一定範囲の人・も

の・事実に適用し行使する、法令上国家またはその機関に認められる権能

である。その意味で、国家管轄権は、国家にとって法と同じ古い歴史をも

つ。近代国家社会の誕生する随分前から、渉外的要素を含む事項に関する

立法や司法の管轄権が多くの領域的実体によって行使されていた。外国人

の土地取得を禁止したり、外国人との婚姻を禁止したりする法律は、一部

の国の古代法制度において確認される。その意味で、国家管轄権は、領域

的実体の内在的属性に帰すると同時に、国内法においてその形態・範囲が

直接見出される。

近代国際法は、主権という用語を用いて領域的実体のもつそうした権限

または内在的属性を表現し、しかもそれに規範的性格を付与した(14)。国家

たる領域的実体は、国際法上決して単純な事実ではなく、必然的に法的意

義をもつ現実として認められなければならない(15)。そうした規範的性格の一八五

(14) Brownlieは、次のように述べている。「主権は、国家が一般に持つ法的

権限を叙述し、そうした権限の特定機能を指し、またはそうした権限の特

定側面の妥当理由を提供するためにまた使われる」。Ian Brownlie,Princi-

ples of Public International Law,Fifth Edition (Oxford,1997),p.291.

国際法における国家管轄権原理(王)10

Page 11: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

付与によって、国家管轄権は、国内法上国家権力の直接作用の特徴を維持

しながらも、原理的に国際法上の制約を受けるものとして捉えられるよう

になってくる。たとえ国家の領域的属性から直接確立される領域原則に基

づく管轄権であっても、国際法理論では、国家システムのあり方にかかわ

り、法的制約を受けるものとして解される。古くから域内の外国人の取り

扱いに対する国家管轄権の行使は、国際法上一定の制約を受け、国家責任

につながるものとして認識されていた。とりわけ、「相当な注意」という国

際法上の原理を介して確認される国家責任は、ほかならぬ国家の排他的領

域主権に基礎をおくものである(16)。

本来、国内法上、国家管轄権の設定・行使は、一定範囲の人・もの・事

実に向けられるものであり、それぞれ人的・場所的・事項的な基準により

一定の範囲に限定される。自国にまったく無関係の外国人の域外行為につ

いて規律するような国内法は見当たらないと同様、自国の公権を無制限に

他国の領域までに拡大させるような国内法も皆無である。国家は、一定の

領域と人口を基礎に構築された政治共同体であり、かかる基礎を無視する

ような権限を行使するものではない。国際法原理・規範の制約に服する以

前に、国家は、政治的理性を備えた領域的実体としての歴史的使命によっ

て、自らの管轄権の行使について必然一定の制約を設けているのである。

そうした国家の属性を基礎に構築される国際社会の法秩序は、領域、人

口および政治統治を基礎にした国家の間の管轄権配分に関しても、必然国

家実行から洗練された根本的原理を受け入れなければならない。まさにそ

こにおいて、領域原則と国籍原則が国内法上も国際法上も国家管轄権の根

源的な根拠となっている原因が見出されるわけである。つまり、国際法は、

国家の管轄権の及ぶ範囲を限定し、国家の行動に一定の枠を設けることに

よって諸国家の関係を調整することに機能するものである(17)。

一八四

(15)「国家が事実上存在すれば、法上も存在するべきである」。T. C. Chen,

The International Law of Recognition (1951),p.38.

(16) 田畑茂二郎『国際法新講(下)』(東信堂、1991年)20頁。

国際法における国家管轄権原理(王) 11

Page 12: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

ただ、留意すべきなのは、国際法上のこうした限定と制約は、国家の管

轄権行使の場所的・事項的基準、すなわち国家管轄権の根拠から直接演繹

されるものであり、同様な基準に基づいて展開される国家間の管轄権の抵

触を回避することには機能せず、むしろそれを作り出す原因とすらなりう

る、ということである。それゆえ、管轄権根拠からくる制約は、国際法に

おける管轄権の抵触を解消するような規則・規範で構成されるものではな

く、かかる課題の解決にとって、しっかりとした一つの規範的な土俵を提

供するものであるに過ぎない。

むろん、そうした根拠にかかわる規則・規範は歴然とした国際法規則・

規範であることを認識しなければならない。主権が政治的現実であると同

時に、国際法の基本原則あるいは規範でもあると同様、領域や国籍に基づ

く国家の管轄権は、単に国家の強力から推論されるものとしてではなく、

国際法に認められる国家の属性から導かれるものとして捉えなければなら

ない。そもそも、国際法は、独立・領域・人口という3要素をもつ国家の

相互関係に適用される法システムとして存在する以上、そうした国家の属

性から直接演繹される管轄権の根拠を自らの基本原則として認める必要が

ある。しかも、国家管轄権にかかわるいずれの根拠もすべての国家に平等

に認められる。

国際法理論上、国家管轄権の根拠を明確に確認することは、きわめて重

要であるが、国家管轄権原理の探求は明らかに、それにとどまるべきでは

なく、むしろそうした法規範として認められる管轄権の根拠の適用から生

じる対立・抵触を解消する方策を探らなければならない。管轄権根拠の確

一八三

(17) 国家の属性と国家管轄権の関係について、山本草二は、次のような考察

を行っている。「国際法上、国家が他国の介入を排除して場所的に内外人の

区別なく管轄権を行使できるのは、原則として、その領域に対してだけで

ある。言い換えれば、国際慣習法または条約に基づく別段の許容法規のな

い限り、国家は、国際法上の主要な義務として、他国の領域での権力行使

(執行・司法管轄権)をすべて禁止されるのである」。山本、「前掲論文」(注

9)116-117頁。また、大沼、『前掲書』(注4)20-21頁。

国際法における国家管轄権原理(王)12

Page 13: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

認・援用により、抵触が明らかになるのであるから、それを調整するため

の国際法原理があらためて求められるわけである。ここでは、一定の根拠

に基づく管轄権の行使が競合する場合に、いずれの国の管轄権が優位する

かの決定が新たな課題となる。

管轄権根拠の援用に基づくその行使についていかなる調整もなければ、

管轄権の抵触は必然多く生じ、国際秩序の形成に大きな障害をもたらす。

そのため、国家管轄権原理は、同一根拠または異なる根拠の援用から生ず

る管轄権の抵触を解消するための規範性および正当性にかかわる認識枠組

みをまた備える必要がある。

2 国家システムへの自覚と一方的自制

特定根拠の援用に基づく管轄権の行使にかかわる法的制約はまず国家シ

ステムの存在およびそれに対する国家の自覚に求められる。実際、管轄権

の行使にあたり、近代国家は国際社会の一構成員として国家システムの存

在を意識しなければならない。実際、国家は従来からほとんどの場合それ

を自覚し、主に国際礼譲や相互主義を相当に配慮した形で管轄権の主張・

行使を自制的に行っている。これによって域外適用問題を取り扱う具体的

な方法も、各国の実行、とりわけ国内裁判判例を通して形成される。これ

らの方法は、内容的に非常に豊かで、国家管轄権の原理を捉える上で欠く

ことのできない重要な素材である。しかし、同時に性格上一方的自制にと

どまるため、域外適用をめぐる対立を解消する手段としてそれらを期待す

るには一定の慎重さも必要となる。

まず、国際礼譲は国家管轄権の主張・行使に密接に関連していることが

多くの国内裁判において確認される。史的に、国際礼譲の原理は、自らの

領域内において絶対的権限を持つ主権国家がどのようにして自らの主権を

減損または否定せずに、自らの裁判所において外国の法律に承認または効

果を与えることが可能であるかを説明するために発達してきたものであ

る(18)。また、この原理は域外の事項または人に対する主権的権限の適用を

一八二

国際法における国家管轄権原理(王) 13

Page 14: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

制約する一面をももつ。かかる側面こそ、トランスナショナル的法規制関

連の事件における国際礼譲原理の果たしている役割をあらわしてい

る(19)。つまり、これを通して、国際礼譲は、絶対主権の観念がもたらした

硬直さを和らげ、渉外的事件のより円滑な処理を可能にすることに寄与す

るだけでなく、管轄権の根拠に基づく権限行使に起因する抵触を相当な範

囲内で解消できるような機能をも果たす。

また、相互主義の原則は、国家システムの特徴そのものを反映し国際法

規範の形成に重要な意義をもち、国家管轄権の法的規制に関しても大きな

役割を演じている。本来、国家管轄権に対する国際法上の制約に関連して、

決定的な重要性をもつのは、国家の意思であるが、かかる意思は、社会的

に制約された意識であり、相互主義に基礎をおくものである。こうして、

相互主義は、国際法規範の成立と同様、領域管轄権の行使とその制約に関

しても機能する原理である(20)。

確かに、法的意識をもたない国際的社会規範として定義されうる国際礼

一八一

(18) 1895年のHilton v.Guyot (159 US 113)事件において、合衆国裁判所

は、礼譲は、絶対的義務の事項でもなければ、単なる礼儀的事項でもない

と認識し、次のように判事した。「それは、国際義務や便宜および自らの市

民またはその法の保護下に置かれるほかの人々の権利という2つの点に

対して適切に配慮した上、一国がその領域内に他国の立法、行政または司

法行為を許容するという承認である」。これについての分析について、A.

D. Neale & M. L. Stephens, International Business and National

Jurisdiction (Oxford,1988),pp.14-15.尚、国際礼譲概念のもつ多面的意

味について、I.Brownlie,supra note14,p.29.

(19) Harold G.Maier,“Extraterritorial Jurisdiction at a Crossroads:An

Intersection between Public and Private International Law”,American

Journal of International Law,Vol.76,1982,p.281.

(20) 領域管轄権の制約における相互主義の役割について、松井芳郎「国家管

轄権の制約における相互主義の変容」村瀬信也・奥脇直也編集代表『国家

管轄権 国際法と国内法 』(勁草書房、1998年)42-44頁。Richard

A.Falk,“International Jurisdiction:Horizontal and Vertical Concep-

tions of Legal Order”,Temp.L.Q.,Vol.32,1958-1959,pp.315-317.

国際法における国家管轄権原理(王)14

Page 15: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

譲(21)と異なり、相互主義は国際秩序および国際法上の原理として位置づけ

られる(22)。しかし、国際秩序や国際法規範の形成における相互主義の役割

と違い、国家管轄権の抵触を調整する場面において相互主義が果たす役割

は、あくまでも個別国家が理解した国家システムによる制約という本質的

側面から捉えられる必要があろう。その意味で、管轄権の主張・行使にか

かわる制約に関連して、国際礼譲と相互主義は機能的に区別されるもので

はない(23)。

国際礼譲と相互主義は、管轄権の根拠と違って、国家の権限行使に積極

的な根拠付けを与えるものであるというよりも、かかる根拠に基づくその

主張・行使に判断主体の自らの理解する正当性を持たせるための制約的装

置である。そうした自制は具体的な事情や相手国などによって内実的に変

化することもよくみられる。そのため、国家間の管轄権の配分・調整の機

能に関しては、実質的に管轄権の根拠と同様、特定国家の自覚的・主観的

判断に完全に依存するものである。国家間管轄権の抵触の解消に大いに役

立っているその現実的機能を決して過小評価してはならないが、それを

もってすべての管轄権抵触が解消できると断定するのは明らかに妥当では

ない。域外適用の主張で惹起される抵触の多くは、決して国際礼譲や相互

主義を無視したやり方に起因するものであると断じるほど単純な事柄では

ない。

Maierが指摘したように、渉外的事件において、国家間利益の均衡を一

一八〇

(21) これについて、ICJ Reports 1969,p.44,para.77.

(22)「国際法は、力の法にとどまらず、相互主義の法でもある」。Georg

Schwarzenberger, The Frontiers of International Law (Stevens &

Sons,1962),pp.29-30.

(23) Falkによれば、相互主義の原理は、水平関係の自制原理と密接な関係を

もつという。つまり、管轄権の行使を控える形で現れる相互主義は、単に

自制の行使であるが、管轄権の行使を積極的に主張する形であらわれる相

互主義は、競合的利益をもつ国家がこれまで自制をしてこなかったと認識

された場合の対抗である。Richard A.Falk,supra note 20,p.316.

国際法における国家管轄権原理(王) 15

Page 16: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

方的に図ることは、良くても、かかる競合的利益の真の重みおよび複雑に

対する乏しい捉え方にとどまる。つまり、意思決定を一方的になす者に国

際法規範の形成プロセスに機能するさまざまな競合的力のベクターを反映

する結果をもたらすような要求・対応および妥協の国際的プロセスを演出

させることは知的に不可能である。利益の考量から得られる結果は常に、

粗末な分析、公然たる排外主義または立法政策を推進する憲法上の義務に

対する間違った認識に基づく、裁判地国に利する当然の偏見を反映するも

のとなる、というのである(24)。結果として、国家の主権的権利が尊重され

るべき度合いをめぐる対立が存在する場合、国際礼譲や相互主義への配慮

は内在的に国家管轄権の抵触を解消する装置としての機能を果たせないも

のである。そもそもそうした度合いは、国際礼譲や相互主義が何を要請し

ているかに応じて異なるからである(25)。

しかし、他方、そうした基本認識を確認した上、一方的制約によって生

み出される域外適用の妥当性の判断方法を吟味し、その意義、機能および

限界を評価することがきわめて重要である。国内機関、とりわけ国内裁判

が域外適用に当たって決定的な重要性をもつ判断機関であり、そこにおい

て適用される判断基準のいかんでは域外適用をめぐる対立の様子が大きく

変わることとなるからである。また、そうした適用基準に対する批判、改

善の提言は更なる良い基準の展開にもつながる。ある意味で、国際法にお

ける国家管轄権原理の研究の多くは、まさにそうした目的を追い求めるた

めに国際法の原理を用いて国内裁判に適用される特定の基準に対する批判

的分析を展開しているものである。

このように、国家管轄権について、国家は自らの強力、現実的必要性と

実効性との均衡を配慮することから、自発的に一定の限界を設けると同時

に、国家システムの存在を意識し、行過ぎた管轄権の行使は他国の同様な

一七九

(24) Harold G.Maier (1982),supra note 19,p.317.

(25) A.D.Neale& M.L.Stephens,supra note18,p.15.

国際法における国家管轄権原理(王)16

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権限行使を誘発するに違いないという懸念から、自制的に行動しなければ

ならなくなる。こうした必要以上の権限行使の控えおよび国家システムに

対する自覚は、国家管轄権の配分・調整に一種の原初的な規範形態をもた

らし、国際秩序の形成にとって必要不可欠の要素でもある。

ただ、そうした機能は、あくまでも個別国家の意識的行動に基づくもの

であり、直ちに国際法の実定規範によって厳格に規律されているものであ

るとはいえない。実際、国際礼譲であれ、相互主義であれ、すべて特定国

家が管轄権の行使に当たってとっていた主観的立場に基づいたものである

にすぎない。

3 国際法規範による国家管轄権の制約

以上のことから、国際礼譲や相互主義に基づく自制は、国際法上許容さ

れうる限度内にとどまるものであると受け止められているのであれば、国

際法によって規律されている適法の状態としても現れるが、かかる許容の

限度を超えたとされている場合、国際法違反と認識されることとなる。し

かし、そうした違法の判断は、ほとんどの場合、明確な実定法規範に照ら

してなされうるものではない。国家管轄権の根拠と同様、国際礼譲や相互

主義の援用に関しても、国際法は、許容的な枠を与えているものの、許容

の限度を必ずしも明確にしているというわけではないからである。

いまのところ、国家管轄権の規範的制約は、基本原理のレベルにとどまっ

ているにすぎず、多くの場合国家に大きな裁量の余地を許容している。つ

まり、許容の限度として機能しているものは一種の原則的な視点であるに

過ぎない。具体的には、渉外的要素を有する場合、国家は、管轄権を主張

するにあたって一定の自制をもって行動する義務を負い、他国の管轄権に

対する不当な侵害を回避しなければならない。また、完全に自己中心的な

形で管轄権を行使することとなれば、国家は国際法に反するだけでなく、

国際秩序を乱し、政治的、法律及び経済的復仇を招くこととなるに違いな

いという程度のことである(26)。

一七八

国際法における国家管轄権原理(王) 17

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本来、国家の自制に大きく委ねられた管轄権の配分は、明らかに国家管

轄権抵触の原因を作り出すことの最重要の背景であるが、深刻な形で国家

間利益の対立を引き起こさない限り、国際法上許容されるものとして理解

される。伝統的国際法上、国家管轄権の問題はほぼ一貫して許容的アプロー

チで取り扱われていた。ローチュス号事件の判決はこの現実を確認した。

また、特定の形での管轄権行使を禁止する法規範は、国際裁判で違法また

は合法と認定される域外管轄権行使の事例はきわめて少ないという現実も

あって、決して発達したとはいえない状態にある。

そのためか、国家管轄権の抵触に関する国際法の禁止規範の存在を取り

上げる際、多くの理論研究は、きわめて抽象的な内政不干渉の原則に期待

の目を転じている(27)。これに対して、すでに指摘されているように、内政

不干渉の原則を管轄権抵触の規律する規範として取り扱うことは、ほとん

どの場合問題の解決には役立たない。一般的に個人や企業の権利義務に影

響を及ぼす域外管轄権の行使は、多くの場合、他国の内政干渉に当たると

想定しにくい(28)。そのため、管轄権の行使に当たって、国家は自らの権限

一七七

(26) Arthur T. von Mehren & Donald T. Trautman, “Jurisdiction to

Adjudicate:A Suggested Analysis”, Harvard Law Review, Vol. 79

(1966),p.1127;Gary B.Born,“Reflections on Judicial Jurisdiction in

International Cases”,Ga.J.Int’l& Comp.L.Vol.17(1987),p.33.

(27) たとえば、Bowettは、国家管轄権の行使に関する国際法上の制約に関し

て、国家平等、内政不干渉および領土保全といった国際法の原則を取り上

げ、次のように述べている。「かかる適用可能な3つの原則の中に、もっと

も重要で根本的な原則は、内政不干渉の原則であると思われる。」。D.W.

Bowett,“Jurisdiction:Changing Patterns of Authority over Activities

and Resources”,British Yearbook of International Law,Vol.53,1983,

pp.14-18.

(28) 小寺彰、「国家管轄権の構造 立法管轄権の重複とその調整」『法学教

室』2001年254号119頁。同様に、Bowettも、次のように指摘した。「(内

政不干渉)原則の適用は、決して明確な回答を打ち出せるような簡単なこ

とではない。この原則の広さと曖昧さもあって、特定問題への適用は、数

多くの判断および主観的解釈を必要とするものである。しかも、多くの場

国際法における国家管轄権原理(王)18

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の実効性および国家システムの存在をまったく考慮しない形でも行動しな

い限り、内政不干渉のレベルで論じられるほどの管轄権抵触の問題が生じ

ないと考えられる。

確かに、慣習国際法は国家の域外適用に一定の法的制約を課していると

広く信じられている。そうした法的規制は国際法の基礎となす領域主権の

根本原則に根を下ろしているものである。領域主権を認めることにより、

国際関係の展開が重要な起点をえることとなる。これがあって、世界を構

成する諸国の行動を調和させ調整することが、個別国家の利益を実現させ

る一方、国際社会の一般利益をも促進することにもつながる。しかし、国

家の権限をその領域境界内に限定させる考え方は、近代国家の歴史的概念

から引き出されものであるが、国家はその領域外の出来事について時折権

限を行使できるという認識もまた、国家の利益が領域的に定義されている

という原則から逆説的に得られるものであるといわれている(29)。

Lotus号事件において、裁判所は管轄権の主張について次のように述べ

ている。「国際法は、国家はその領域外の人、財産および行為に自らの法律

の適用および裁判所の管轄権を及ぼすことができない、というような一般

的禁止を定めているところか、この点に関して、一定事情の下でのみ禁止

的規則によって制限している以外に、幅広い裁量的余地を国家に認めてい

る。その以外の事情に関しては、いかなる国家も、最善・最適の原則を取

り入れる自由をもつ。」(30)

そのため、合意を基礎においた法システムは、論理上または実行上、そ

一七六

合、国家の管轄権主張が本質上違法なものであるかどうかという形で問題

が提起されるのではなく、単に2つ以上の国の抵触した利益および管轄権

主権が存在した場合、管轄権の行使が妥当であるかどうかという形で問題

が提起されるに過ぎない。」Bowett,ibid.,pp.17-18.

(29) Harold G.Maier,“Jurisdictional Rules in Customary International

Law”,in Karl M.Meessen(ed.),Extraterritorial Jurisdiction in Theory

and Practice(Kluwer Law International,1996),p.65.

(30) SS Lotus (France v Turkey),PCIJ.,Series.A.No.10(1927),p.19.

国際法における国家管轄権原理(王) 19

Page 20: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

の領域内に損害効果をもたらす域外行為の規制を国家に禁止するような規

則を盛り込むことが不可能であるともいえる。国家平等の性格または原則

があるから、国際法上、他国が平等的に主張できる管轄事項を実効的に排

除するような形で一国による域外適用の正当な行使は認められない(31)。同

一の行為および行為主体に対して、管轄権競合の可能性が認められるべき

である。そうした認識があるからこそ、国家は、たとえ規制のための正当

な権限を有するとしても、具体的な事情で抵触した利益を誠実に調整する

ことが要求されるのである(32)。

このように、主権的権限を調整する国際的実体法の存在が望まれるが、

慣習国際法上、そもそも領域実体の階層性は絶対に許容されないため、域

外適用は必然非協力的・競合的性格を持たざるを得ない。しかも、そうし

た現実は、国家の領域的または域外的権限の範囲に対する内在的または超

越的制限に求められるのではなく、皮肉的にもそうした制約を明確に打ち

出せない国際法や国際裁判の無能にその最終的原因が求められるのであ

る。結局、管轄権の抵触に関して制限、禁止および調整の法規範がもっと

も必要とされているにもかかわらず、慣習国際法はかかる抵触の解消に期

待できるほど発達しているわけではない。

そのため、国家管轄権の抵触が国家間関係に深刻な影響を及ぼし始める

と、条約による管轄権の調整が大いに期待されるわけである。そうした傾

向を捉え、奥脇は、次のように指摘した。「人々の関心は、伝統的な国家管

轄権の属地性という原理が内在させていた国際紛争の回避を主たる関心と

する慣習国際法の消極性をいかに乗り越え、管轄権の配分と競合の範囲に

ついて法規範による直接の規律をどのように構築していくかに移ってい

る」。そして、その具体的方法の一つとして、国際条約を通じて特定の事項一七五

(31) Edward M. Morgan, International Law and the Canadian Courts:

Sovereign Immunity,Criminal Jurisdiction,Aliens’Rights and Taxa-

tion Powers (Carswell,1990),p.48.

(32) Harold G.Maier,in Karl M.Meessen (ed.),supra note 29,pp.66-67.

国際法における国家管轄権原理(王)20

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に関する国内法令の域外適用を一定の範囲で容認する方式があげられてい

る(33)。

確かに、国際社会の共通利益や国際的区域にかかわれる事項に関して、

条約による管轄権の調整は大きな成果をあげている。宇宙空間、南極、公

海、排他的経済水域、領海などに関連して国家による管轄権の許容・配分

が規定されている。また、民事事項に関しては、主に訴訟管轄権の容認基

準および判決執行の協力に関連して、一定の条約規範が整備されているに

過ぎない。そして、刑事事項に関しては、捜査協力、犯罪引渡や判決執行

の協力について二国間または地域的条約が存在するにとどまる。

他方、禁止規範または明確な許容規範という側面から域外適用を規律す

るような条約は、きわめて少ない。多数国間条約に関しては、その法典化

作業の推進に関してすら多くの異論が存在する(34)。二国間合意に関して

も、その数及び規律する問題分野が非常に限定されている。特に重要なの

は、域外適用について条約による規律や調整は必ずしも妥当な方向性とし

ては受けられていないということである。そのため、立法的手段による域

外適用課題の解消に期待することは現実的であるとは言えない。

このように、国際法上、管轄権の抵触に関して許容的アプローチは、依

然重要な意義をもち、制限的原理・規範は、その存在が否定されないもの

の、ほとんどの場合、抵触の解消に機能できるほど明確化されていない。

もともと、問題の所在を突き止めたとは言え、それを解決する方策が自ず

とえられるわけではない。域外適用に関連して多くの分野で展開されてい

る多種多様な実行の複雑さからみても、かかる国際法原理の探求は明らか

に容易な作業ではありえない。実際、国際租税、輸出規制、独禁規制、国

際金融規制、サイバー空間の規制といった個別分野での管轄権問題の検討 一七四

(33) 奥脇直也「国家管轄権概念の形成と変容」村瀬・奥脇編集代表『前掲書』

(注20)20-21頁。

(34) Karl M.Messen,“Drafting Rules on Extraterritorial Jurisdiction”,in

Karl M.Messen (ed.),supra note 29,p.227.

国際法における国家管轄権原理(王) 21

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で明らかになるように、管轄権の配分・調整にかかわる規則は各分野で大

きく異なっている。しかも、そうした相違は実行にとどまらず、理論上基

本認識の相違も次第に明確となっている。そのため、管轄権問題について

共通した理論的枠組みを提示することは、大きな困難を伴う(35)。

Ⅲ 重層的原理構造から試みる機能的解析

1 国家管轄権根拠の意義と限界

国際法上、領域原則、国籍原則、保護主義、普遍主義などといった特定

の権原根拠に基づく、国家による一定範囲の管轄権の行使が許容される。

管轄権根拠は、国家間の管轄権配分に機能する重要な原則として一般に認

識されている一方、前にも触れたように、もともと国家の属性に密接に関

連し、直接国内法上の実行から抽出される一面をもつ(36)。

そうした国家の属性または国内法との密接関係は、管轄権根拠の内実や

適用形態が国家によって大きく異なるという現実につながる。実際、性質

上同様な事項に関して、国によって異なる国家管轄権の根拠が適用されう

ることがあれば、同様な根拠に関しても対立的な適用の形態が存在するこ

ともある(37)。この現実こそ、管轄権の配分における管轄権根拠の限界を浮

き彫りにしている。管轄権の根拠は、国際法上規範的性格を与えられてい

一七三

(35) Abdrea Bianchi,in Karl M.Meessen (ed.),supra note 29,pp.76-77.

(36) これにも関連して、国際法理論上、国家管轄権の行使の根拠について

は、国家がそもそも領土に基礎を置き(属地主義の根拠)、かつ国民によっ

て構成される団であり(属人主義の根拠)、さらに国家にとって死活的事項

である(保護主義の根拠)ことによって、すなわち主権によって根拠付け

られると捉えている見解がある。小寺彰、「前掲論文」(注29)119-120頁。

(37) 後に触れるように、域外管轄権に関して、合衆国とヨーロッパが異なる

基本的アプローチを取っている。おな、各国における管轄権行使の実行が

多様性を呈している理由に歴史および地理的要素を求める考えもある。I.

A.Shearer,Starke’s International Law(Butterworths,1994),p.183.

国際法における国家管轄権原理(王)22

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るものの、国家の属性や主権に本質上依存する側面をもつため、その内実

や適用形態は決してそうした規範的性格から簡単に決まった形で捉えられ

るものではない。むしろ、管轄権に関する国際法規範は、常に既存の管轄

権根拠に基づく個別国家の新たな管轄権主張の拡大に刺激され展開される

ものとなっている。

にもかかわらず、直接国家性または国内法からではなく、国際法の視点

で国家管轄権を捉えることは、きわめて重要である。領域、人口および政

治統治を基礎にした国家管轄権に対する国際法の追認は、国家管轄権の配

分および調整にかかわる国際法上の原理を生み出すこととなる。「国家が自

らの領域に関して排他的権限をもつ」という認識(38)は、もはや事実の認定

にとどまらず、管轄権にかかわる国際紛争を解決するための国際法上の基

準として機能する。

このように、「国家の管轄権限の存否や範囲を規律するのは国際法であ

り、主権者としての国家は国際法によって与えられたこの権限を国家法を

通じて執行する」(39)。このような理解がなければ、国際法の規律による国家

管轄権の範囲の変化を適切に捉えることが不可能となる。実際、かつて絶

対的な領域主権は明らかに、国際法、国際組織及び国際人権法の発達といっ

た国際法秩序の発展によって次第に制約されるようになっている(40)。

国家管轄権が国際法上確認される国家主権の帰結として捉えられる視点

が成り立つため、国家は基本的に、国際法上の明確な禁止規則がある場合

一七二

(38) Island of Palmas case(Netherland v.USA)RIAA,Vol.2,1928,p.838.

(39) 奥脇直也、「前掲論文」(注34)9頁。See also F.A.Mann,supra note

1,pp.10-11.

(40) 例えば、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所の上訴法廷は、Tadic事件で

次のように述べている。「確かにかつて主権は国家性の神聖かつ絶対的特

徴であるとされていた時期はあったが、最近、この概念は、民主的諸国家

社会におけるより自由的な力の働きによって次第に浸食されてきてい

る。とりわけ人権分野ではそうである。」Prosecutor v Dusko Tadic,ILM,

Vol.35,1996,p.50.

国際法における国家管轄権原理(王) 23

Page 24: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

を除く、その領域内で管轄権を自由に行使できるものとして解される。よ

くいわれるように、ヨーロッパ諸国の多くは、古くからそうした伝統的な

管轄権原理の機能に重点をおくアプローチをとっている(41)。特に、域外適

用の主張に関しては、一定の国際法規則によって支えられる必要があると

し、領域原則や国籍原則などをその具体的な根拠として示してきている。

このような理論的アプローチは、Lotus号事件に関する PCIJの判決に基

礎をおくものであるが、原則上の抽象的な適法性にとどまり、具体事件に

かかわる管轄権問題の複雑さへの現実的な取り組みの展開を阻害する嫌い

がある。

つまり、このアプローチの下で、競合的管轄権の問題は、学説上管轄権

の抵触を規律する国際的実体規則の存在を否定する形をとるか、または認

められる管轄権の基本規則に則って管轄権の基本原則の優劣関係をもって

とりあえず処理されることとなる。そこでは、領域原則および国籍原則は、

もっとも優位的な原則とされ、そして実体規則の不存在の事情に関して

は、国際紛争の平和的解決規則の適用が主張されるのである(42)。しかし、

国家主権の原則に基づきもともと抵触する主権的事項について、優劣順位

をつけることは論理的に不可能であるといわれている(43)。

他方、アメリカでは、領域原則が当然国家管轄権の根拠として認められ

るが、域外適用に関して領域原則が機能できないものとされ、効果理論と

いう管轄権根拠が構成され、適用されることとなっている(44)。効果理論は

領域原則の一つのバリエーションである。ただ、領域原則が原則にとどま

一七一

(41) Abdrea Bianchi,in Karl M.Meessen (ed.),supra note 29,p.83.

(42) Ibid.,pp.83-84.

(43) M. Koskenniemi, “The Politics of International Law”, European

Journal of International Law,Vol.1(1990),p.14.

(44) つまり、合衆国における国際法の理解では、一般に認められる国際法の

原則として、国家は、「領域外でなされる行為であって、領域内でその実質

的効果を生じているもの、またはそのような効果の生じることを意図した

もの」に関して、法規制を制定する管轄権を有する。Restatement of

国際法における国家管轄権原理(王)24

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る以上、原則のみに依拠してその精確な範囲を特定することは難しいか

ら、効果理論が導入されたわけである(45)。そのさい、域外適用の主張や行

使の合法性は、規制国家と規制対象の行為・事実との間に「実効的で重要

な関連性」(an effective and significant connection)の存在に依存せざるを

えない(46)。

これまで、この理論は、独禁法分野において最も多く適用されている。

外国で行われた経済活動の影響を最小限に食い止めようとして、国家はこ

うした活動に対する規制を積極的に行ってきたのである。その過度な適用

をめぐって激しい議論があるものの、管轄権の根拠として次第に広く認め

られ、国際法上管轄権原理としての地位は否定されないのであろう(47)。実

際、域外適用問題への取り組みに関連して、合衆国は、効果理論に大きく

依存し、主に管轄権の行使における利益の比較考量に焦点を当てるという

基本的アプローチをとっている(48)。

しかし、管轄権の根拠として、効果理論は領域原則よりも高い確率で管

轄権の抵触を引き起こすのである。これに関して少なくとも2つの側面の

一七〇

Froeign Relations Law (Third). The Foreign Relations Law of the

United States (1987),Sect.402.

(45) 小寺彰、「前掲論文」(注29)118-117頁。

(46) 効果理論の適用に関する関連性の考慮や利益考量の方法および分析に

ついて、野村美明、「前掲論文」(注1)979-988頁。熊谷卓「国家管轄権

の域外適用 アメリカ合衆国反トラスト法を中心に 」広島法学18

巻4号(1995年)196-200頁。

(47) Jason Coppel,“A Hard Look at the Effects Doctrine of Jurisdiction

in Public International Law”, Leiden J. Int’l L., Vol. 6 (1993), p. 73

(1993);Margaret Loo,“IBM v.Commissioner:The Effects Test in the

EEC”,B.C.Int’l& Comp.L.Rev.,Vol.10(1987),p.125.

(48) Restatement, supra note 44, Sec. 402 reporters’note;See also A.

Bianchi,“Extraterritoriality and Export Controls:Some Remarks on

the Alleged Antinomy Between European and U. S. Approaches”,

BYIL,vol.35(1992),pp.366-434.

国際法における国家管轄権原理(王) 25

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問題が指摘されよう。

第1に、効果理論の領域的繫がりをすべて否定するわけではないが、管

轄権の行使における利益の比較考量を中心とした合理性原則は、そもそも

領域原則と大きく対立し、それとの間に共通した基盤を持つものとして捉

えられることがまったく不可能である。また、かかる管轄権根拠がどのよ

うな形で具体的に適用されるべきかに関して、特定の国家のアプローチが

一定の方向性を示すことは十分考えられるとしても、諸国国内法上の実行

から客観的で統一的な基準を見出すことはきわめて困難である。実際、特

定の行為が行為地で合法的に行われ、効果理論により被害発生国の管轄に

服従するとされる場合、かかる管轄権の行使に対する抵抗が非常に強くな

る(49)。しかも、合理的な比較考量も容易に機能できるものではない。

たとえば、一国に重大な効果を引き起こしたような域外行為は、その行

為地国の法的規制およびその法的規制に基づいて制定される行動基準に完

全に合致した場合、合理的な比較考量が果たしてどのように機能するので

あろうか。通常、他国の国内法に要求される行為は、国内裁判では、国際

法の原則および国際礼譲に従い許容されるものとして取り扱われる。実

際、合衆国の裁判所において、イギリスの会社は、自国の法律に要求され

た行為の抗弁を展開し、裁判所による管轄権の行使が否定されるべきであ

るとしていた(50)。確かに、これに対して、依然合理的比較考量の原則が適

用されるべきであり、理論的に外国法強制の抗弁と管轄権の抵触とを混同

させることは誤りであるという意見がある。つまり、管轄権の抵触は、法

的命令にかかわるものではなく、利益、価値および優勢考慮にかかわるも

一六九

(49) 1996年合衆国が制定したキューバ制裁法は、その典型的事例である。そ

の問題性の分析について、拙稿「立法管轄権の抵触と国際法の規制

キューバ制裁法が残した課題 」駒大法学論集58号(平成11年)。

(50) Timberlane Lumber Co v Bank of America,N.T.& S.A (549 F.2d

597(9th Cir.1976);Mannington Mills Inc v Congoleum Corp(594 F.2d

1287(3d Cir.1979).

国際法における国家管轄権原理(王)26

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のであるという(51)。しかし、国家行為理論の適用事情にも類するこのよう

な場合に、裁判所の判断は一層慎重とならざるをえないのであろう。

第2に、利益の比較考量のもつ内在的な問題性が指摘される。つまり、

誰によってどのようにして利益の比較考量がなされるかが焦点となる。実

際、効果理論の基本的考えまたはその必要性に関して真正面から批判する

意見は少ない一方、その適用方法、特に公正性と客観性に関しては、学者

だけでなく、関係国からも強い批判がなされている。国内機関に大きな裁

量的な権限を認めている以上、合理性や利益の比較考量は予見可能で確実

な基準に基づいてなされる保証はない。つまり、利益の比較考慮はどのよ

うになされるべきかを問う前に、ここでの利益とはどう捉えられるべきか

という問題を考える必要がある。ここでは、ただ単に国家利益というわけ

でなく、国際法上認められ保護されている利益でなければならない。実際、

国家のすべての利益は当然国際法システムの保護に値するものではないの

である(52)。比較考量の方法・原則は当然には国際法上の管轄権配分の原理

としての性格をもつわけにいかないのである。

そうした問題意識から、比較考量の方法の客観性と妥当性をどのように

確保するかが課題となる。たとえば、山本は、国際法上妥当と思われる域

外適用は次のようなことを条件とするべきであると指摘する。すなわち、

第1に当該事案と管轄権の根拠との間に「実質的かつ善意の関連」が存在

すること、第2に他国の国内管轄事項に干渉してその専属的な立法権を侵

害する結果とならないよう、義務付けられること、第3に相手国の国内法・

管轄権との調整・相互性・均衡性を維持すること、といった条件である(53)。

また、規制国家と規制対象の行為・事実との間に「実効的で重要な関連

一六八(51) Andreas F.Lowenfeld,“Jurisdiction Issues Before National Courts:

The Insurance Antitrust Case”,in Karl M.Meessen(ed.),supra note 29,

pp.10-11.

(52) Abdrea Bianchi,in in Karl M.Meessen (ed.),supra note 29,p.86.

(53) 山本草二、「前掲論文」(注9)122-123頁。

国際法における国家管轄権原理(王) 27

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性」が存在するかどうかの判断を行う際、国内裁判は、国家実行上広く認

められる比較考量の方法をその認定基準とすべきであると、という意見も

みられる。この方法により、関連の実効性と重要性は特定分野で広く認め

られる国家実行に従って決定されることとなる。ほとんどの国が管轄権の

目的で十分実効的かつ重要であると認めているような関連性が存在する場

合、そうした管轄権の主張・行使は国際法上合法的なものとして見なされ

るのである。

この場合、利益の比較考量と大きく異なっているのは、管轄権の競合に

ついて判断を下す国家機関あるいは裁判所は関連する利益を考量するので

はなく、かかわっている関連事項を評価するために、より信頼できる、よ

り客観的な、広く認められる国家実行に目を転じなければならない、とい

うことである(54)。

2 許容的システムと禁止的システムの対立

管轄権原理をめぐる議論において、いわゆる許容的システムとしての管

轄権原理と禁止的システムとしての管轄権原理の争いは Lotus号事件以

後次第に顕在化するようになった。許容的システムは、非常に明快な原理

構造を提示し、国際法の基本原理、とりわけ管轄権根拠とも合致する。他

方、国家実行において、管轄権の主張にかかわる法規範は許容的システム

とは正反対の禁止的システムの方向で展開される一面をもつ。すなわち、

管轄権の行使が許容されている以外に、国家は管轄権の行使が禁じられて

いるという前提にたって行動することが求められる。

ローチュス号事件で確立されている管轄権原理は基本的に管轄権の許容

的な配分システムとも言うべきものである」(55)。すなわち、国家は国際法規

範に反しない限り管轄権を主張できるのである(56)。

一六七

(54) Abdrea Bianchi,in Karl M.Meessen (ed.),supra note 29,pp.90-91.

(55) これに関して、Ⅱの3で引用された判旨に参照されたい(supra note

30)。

国際法における国家管轄権原理(王)28

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Brierlyは、国際法は独立主権国家の自由意思から生まれたものである

という極端な法実証主義の非常に抽象的な命題からローチュス号事件の管

轄権原理の性格を捉えていた(57)。つまり、国家は、管轄権を行使しないこ

とに合意していない以上、自ら選択する管轄権を行使できることとなる。

このように捉えられた管轄権原理は明らかに、国際法は他国の領域内にお

いて自らの管轄権を域外的に行使する国家の行為を禁止しているという

PCIJの判断と完全な整合性を持たない一面をもつ(58)が、管轄権の根拠に

国家属性の側面と管轄権の配分・調整機能を見出すには十分意義のあるも

のである。

また、奥脇は、ローチュス号事件の許容的システムに関連して、次のよ

うに批判的に分析している。つまり、PICJの判決は、立法管轄に関して国

際法の禁止規範が確立しているわけではなく、禁止規範の確立が立証され

ない限り、基本的にその範囲の確定は国家の裁量事項であるということを

前提としていた。それは、立法管轄に関して「主権の残余原理」あるいは

「一般的許容原則」の妥当を認めることとなる。裁判所は、明確に国際法に

よって禁止されていない事項は国際法によって許容されているという前提

をとることによって、国家の主権的自由を擁護したのである(59)。

すでに触れたように、領域・人口・独立という国家の属性から引き出さ

れる国家管轄権の根拠は国家管轄権の配分・調整を規律する第一義的規範

でもある。つまり、管轄権の根拠は、国際関係における国家強力の物的基

礎をもつだけでなく、国家システムの存続を前提とする国際法の確固たる

裏づけをも有している。そのため、許容的システムは国家の属性から引き

出される管轄権根拠に基づく管轄権の行使にとりあえずの合法性と正当性

を認めるものであり、管轄権根拠に基づく権限行使と一体をなすものとし 一六六

(56) Patrick Capps,supra note 2,p.xx-xxii.

(57) JL Brierly“The‘Lotus’Case”LQR,Vol.44,1928,p.155.

(58) PCIJ,Series A,No 10,p.18.

(59) 奥脇、「前掲論文」(注34)15-16頁。

国際法における国家管轄権原理(王) 29

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て捉えられよう。

他方、管轄権の抵触を明確な法規範で調整すべきという視点から、禁止

的システムが主張されている。まず、実定国際法上許容されている場合を

除き、国家による管轄権の行使が禁じられているという理解は古くから存

在する(60)。また、これまでの管轄権の法的規制にかかわる国際立法の試み

は主に国際法上許容される国家管轄権の行使およびその具体的な根拠を明

文化することに向けられてきている。実際、犯罪管轄権に関するハーバー

ド研究草案が、そうした原理の下で国家管轄権に関する規則を定めた(61)。

さらに、国際区域または国際的性格をもつ国家領域に関して、管轄権に関

連する法規範の発展は、明かに許容的システムではなく、禁止的システム

の方向に進められている。

そして、理論上、国際法規範による直接規制が一つの方向性として受け

止められている。つまり、国家管轄権の適用範囲の拡大に伴って生ずる競

合と抵触は、特に公権力の行使を伴う事項については、もはや抵触法規範

の範囲内で国際礼譲とか友好・協調のための政治的考慮だけで解決できる

ものではない。国家管轄権の機能は、今後ますます国際法の直接の規律と

介入により、調整されるほか、国際法上の義務と責任を分担するための機

能に添加していくものと考えられる(62)。

しかし、許容的システムと禁止的システムというような原理的論争は必

ずしもかみ合っているものであるとは思わない。もともと、国家管轄権の

主張と行使は常に、部分的には許容的原理によって裏付けられ、部分的に

は禁止的規範によって制約されているからである。許容的システムが国際

一六五

(60) 合衆国政府が The Cutting Caseにおいて取っていた立場がこれに当た

る。JB Moore,Digest of International Law (Stevens,1906-II),pp.225

-242.

(61) Dickinson’s Commentary to The Harvard Research Draft Conven-

tion on Jurisdiction with Respect to Crime(1935),AJIL Supp.Vol.29,

1935,p.443-.

(62) 山本、「前掲論文」(注9)124頁。奥脇、「前掲論文」20-21頁。

国際法における国家管轄権原理(王)30

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法規範の未発達時代の産物であり、必然禁止的システムにとってかわれる

という認識は正しくない。

すでに指摘したように、許容的システム自身は国家管轄権の根拠に直接

基礎を置くものであり、その配分・調整に大きな役割を演じている。また、

今日であっても、管轄権の抵触に関しては依然許容的システムと禁止的シ

ステムの並存が明白な現実であり、しかも禁止的システムは、常に許容的

システムの展開で国際社会の多くの国にとってもはや許容できなくなった

と認識された時点で、はじめて構築されるのである。

その意味で、国家管轄権原理発展の方向性に関していえば、禁止的シス

テムに向いている側面は否定されない。しかし、そうした方向性があるか

らといって、許容的システムは完全に切り捨てられてゆくとはいえない。

すでに明らかにしてきたように、国家管轄権の根拠、そして許容的システ

ムは国家の属性に密接に関連するものである。領土、人口および政治的統

治を基本要素としての国家性が超克されない限り、かかる根拠およびシス

テムの役割は終わらない。許容的システムが抱えた問題を特定したといっ

ても、明白な禁止的基準をが必ず構築できるような保証はどこにもない。

つまり、国際規範の静なる断面において許容的システムと禁止的システム

の対立があるとしても、動的には国際規範の確立における先行条件として

の許容的システムの地位および主導性が認められるべきである。許容的シ

ステムは国家の力そのものに直接つながっているからである。

3 国際私法の管轄権原理アプローチの可能性と限界

管轄権原理の展開において、古くから国際私法と国際公法のアプローチ

の違いが非常に鮮明で、特に域外適用の問題が抵触法のレベルでそれとも

国際公法のアプローチで取り扱われるべきかについて意見の対立は際立

つ。理論上、国際公法と国際私法を異なる体系として取り扱う傾向はほぼ

定着している。管轄権問題に関連して、Shawが指摘したように、国際法は

国家の統治機能行使の限界を取り扱う規則を確立しようとするものである

一六四

国際法における国家管轄権原理(王) 31

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のに対して、国際私法は、渉外的要素をもつ事件において特定の国がそれ

を決定する管轄権を有するかどうか、そして管轄権があるとされる場合、

かかる国が事件の解決にどのような法規則を適用するかについて規律する

ものである(63)。

他方、これと違って、国際私法のアプローチと国際法のアプローチとは

原理的に対立しないところか、共通した側面を多くもっているとする見解

も存在する(64)。そこでは、国家管轄権の根拠や国際礼譲は国際私法にも国

際法にも共通するもっとも根本的なものとして捉えられている。また、民

事法にかかわる事件で、裁判所による他国の権限の侵害も強く牽制されて

いる。果たして、こうした基本アプローチの対立を統一的な視点から捉え

ることは可能であるか。

まず、国際私法は伝統的に自らの管轄権原理をもつとされている。これ

は、主に2つの原則から捉えられていた。1つは実効性の原則であり、も

う1つは付託の原則である。実効性の原則とは、裁判所は実効性のある判

決を下せるいかなる事項についても管轄権をもち、逆に実効性のある判決

を下せないいかなる事項についても管轄権をもたないというものである。

ここでは、実効性のある判決とは判決が下された国家において執行可能な

判決を指す。そして、付託の原則とは、裁判所は自発的にその管轄権に事

件を付託したいかなる人に対しても管轄権をもつというものである(65)。

こうした原理は、国際私法にかかわる管轄権問題の処理に十分な土台を

提供しているとはいえないが、今でも基本的に機能するものである。現実、

国際私法においては、管轄権原理に関する研究は伝統的な視点からの大き

一六三

(63) Malcolm N. Shaw, International Law (Fourth edition, Cambridge,

1997),p.453.

(64) 合衆国の判例に現れるかかる傾向の分析について、Harold G. Maier

(1982),supra note 19,pp.303-316.

(65) AB Keith (ed),Dicey’s Conflict of Laws (5 ed.,Sweet & Maxwell,

London,1932),pp.30-32;Also JHC Morris (ed),Dicey on the Conflict

of Laws (7 ed,Stevens,London,1958),p.18.

国際法における国家管轄権原理(王)32

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な進展を成し遂げたわけではない(66)。憲法の適正手続条項から創出されて

いた合衆国の国際私法管轄権原理(67)も、また学者が提唱した「正義」や「便

宜」の原則(68)または合理性及び公正性(fairness)の原則(69)に規則をおく管

轄権原理も、基本的にそうした伝統的な視点から大きく離れているわけで

はない。

国際私法には独自の管轄権原理が存在するから、理論上、国家管轄権を

民事的管轄権と刑事的管轄権に分類して分析することが多く見られる。こ

うした分類はおおよそ国際私法の管轄権アプローチと国際公法のアプロー

チの区別と対応する。その認識においては、まず、刑事法分野において管

轄権を行使するためには、行使のための根拠をもちかつ適正な根拠に基づ

く管轄権行使が国際法禁止されていないことが必要であるのに対して、民

事法分野の管轄権の行使はこのような問題を引き起こさないのである。

Akehurstによれば、外国国家、外交官及び国際機構の免除を除く、慣習国

際法は民事的事項に関する国内裁判所の管轄権についてまったく制約を設

けていないという(70)。また、小寺は、民事法に関しては、民事法の適用問

題が国際私法によって規制されることが承認されている以上、国際法上

は、立法管轄権の問題は発生しないとした(71)。

そして、奥脇も同様な分析を行った。つまり、国際法上の国家管轄権問

題との関係では国際私法における法の抵触の問題がとりわけて問題とはな

一六二

(66) J.Hill,“The Exercise of Jurisdiction in Private International Law”,

in Patrick Capps,supra note 2,pp.40-42.

(67) PB Kurland,“The Supreme Court,the Due Process Clause and the In

Personam Jurisdiction of States Courts”,University of Chicago Law

Review,Vol.25,1958,p.569.

(68) Ibid..

(69) Lowenfeld,“International Litigation and the Quest for Reasonable-

ness”,Hague Recueil de Cours,Vol.245,1994-I,p.27.

(70) M Akehurst,supra note 1,p.177.

(71) 小寺、「前掲論文」(注29)118。

国際法における国家管轄権原理(王) 33

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らなかった。それは何よりもまず、国際私法の領域においては法の立法管

轄と裁判所の管轄とが別個の問題であったことによる。外国性のある私人

間の紛争において、裁判所は法律関係の準拠法を決定する際に、その準拠

法の立法管轄権の範囲の問題に悩まされることはなかった。外国判決の承

認執行は、国際の礼譲とみなされ、国際法上の義務と考えられてはいなかっ

た(72)。

しかし、以上のような認識に対して、一般的には国際私法の管轄権アプ

ローチの意義を認めながら、国際法上の統一的な管轄権原理の形成を強く

求め、国際公法による制約は国際私法の管轄権アプローチにも適用される

べきとする考えもみられる(73)。

もともと、国際私法理論において、国際法による制約の意義がまったく

無視されているわけではなく、むしろその存在を意識する見解が広く存在

する。国際的な裁判管轄権の問題を、それが民事・商事に関する場合にも、

国家主権の司法管轄権相互間の抵触の問題とみて、対人主権および領土主

権という国際法上の原則に従って解決しようとする考え方がその一例であ

る(74)。言い換えれば、裁判管轄権が国家間管轄権の一つの行使形態たる以

上、究極的には国際公法的制約の問題が生じてくるのは当然である。一国

の裁判権の行使が国家主権の発動たることは、刑事事件、民事事件、独禁

法その他の行政事件を通じて当然のことである(75)。

そして、国際公法上では、一般に認識されるように、立法、司法および

行政機関による権限の行使は、国内の政治および法システムにかかわる事

一六一

(72) 奥脇、「前掲論文」(注34)12-13頁。

(73) たとえば、Straussは、次のように主張した。国家主権の現実を基礎に

した既存の国際システムを強化したいのであれば、「外国当事者にかかわ

る民事事項において、裁判管轄権の国際法は、国内裁判所によって適用さ

れるべきである」と。Andrew L.Strauss,supra note 7,p.423.

(74) 池原季雄「国際私法における裁判管轄権と当事者の国籍(二・完)」『国

際法外交雑誌』48巻6号(1949年)86頁以下。

(75) 石黒憲一『現代国際私法(上)』(1986年)257-258、309-310頁。

国際法における国家管轄権原理(王)34

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項であるが、その域外適用は国際法の規範に依拠するものである(76)。

ただ、すでに見てきたように、管轄権の抵触に関する明確な禁止規則は

国際法上原則論にとどまり、確立されていないこともあって、結果的に付

言的に国際法上の制約しか検討されないことが多くなる。民事事件にかか

わる管轄権問題の独自性を認めながら、内政不干渉という最低限度の国際

法規範の適用性を強調する考えがこれを裏付けるものである(77)。また、国

家管轄権の調整と配分の原理について、現在の国家実行は明らかに一種の

自己矛盾に陥っているとの嘆きもみられる。つまり、非難されるべく管轄

権の乱用を実効的に取り組む一方で、並行的権限をもつ国家間の優先順位

を規律するいかなる規則をも創設することなく、むしろ意図的にそうした

並行的権限をもつ国家管轄権の最も多くの多様性の存在を促してきてい

る(78)。

そして、民事と刑事の分類は、域外適用におけるそれらの共通した問題

を曖昧にしてしまう危険性をもつ、という指摘もある(79)。つまり、刑事事

項と民事事項における異なる要素の重要性を実践的に強調しすぎると、国

家間の管轄権配分にかかわる基本的原則の侵害が懸念される(80)。そもそも

国内裁判所は民事事件に関しても、刑事事件に関しても、ほぼ共通した目

的・視点をもつ。刑事裁判所の場合、その目的は国内社会の平和と秩序を

保つことにおかれる。そして、民事裁判所の目的は法及び正義に従い裁判

所の管轄権範囲に属している紛争を解決することである。要するに、基本

的に国内社会の利益及び必要に応えるためのものである(81)。また、適用法

一六〇

(76) Malcolm N.Shaw,supra note 63,p.454.

(77) 例えば、小寺は、次のような条件を示した。「もちろん国際私法の適用の

結果、民事法の適用が他国の内政不干渉にあたることは許されない。」小

寺、「前掲論文」(注29)、118頁。

(78) Sir F. Berman,“Jurisdiction:The State”, in Patrick Capps, supra

note 2,pp.12-13.

(79) Ibid.,p.4.

(80) J.Hill,supra note 66,p.44-45.

国際法における国家管轄権原理(王) 35

Page 36: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

の選択、外国刑事法の適用及び刑事法の域外適用はすべての立法的管轄権

にかかわる問題である。ある紛争に自国の法律を適用することは、自国が

かかる紛争に適用する法律を制定する管轄権を持つことを前提とするもの

である(82)。

こうして、民事事項に対する管轄権につき国際法はまったく規律してい

ないという観点に関して、幾つかの異議が提起される。

まず、慣習法の成立にかかわる国家実行が重要であるが、外交的抗議は

決して慣習国際法規則の存在を確認するための唯一の方法ではない。実

際、国際私法において管轄権の規則と外国司法判決の承認・執行との間に

重要な関連性が認められる。民事事項に対する管轄権行使の否定は行過ぎ

た管轄権の行使から得られた外国判決に対する承認または執行の拒否の形

で現れる(83)。

次に、刑事事項に関する国家管轄権の行使について、その正当性の判断

にかかわる国際法規範は疑いなく存在するが、果たして民事事件に関して

いかなる最低の基準をも国際法は設けていないかは甚だ疑わしい。原理

上、外国に対する民事事項と刑事事項の管轄権の主張には大きな違いは存

在しない(84)。民事事項の管轄権行使は、たとえどんなに行過ぎたもので

あっても慣習国際法には抵触しないと主張するのは、やはり問題である。

ここで、重要なのは、国家は自らの選択した形で法律を制定できるという

ことと、国家のそうした立法権限の行使は国際法上合法性をもつかどうか

一五九

(81) Hazel Fox, “Approaches of Domestic Courts to the Assertion of

International Jurisdiction”,in Patrick Capps,supra note 2,p.176.

(82) Adam W.Wegner,Extraterritorial Jurisdiction Under International

Law,The Yunis Decision is a Model for the Prosecution of Terrorists

in U.S.Court,Law and Policy in International Business,vol.22,1991,

p.409,notes 42-45.

(83) J.Hill,supra note 66,p.43.

(84) I Brownlie,Principles of Public International Law (5 ed.,Oxford

University Press,1998),pp.302,313.

国際法における国家管轄権原理(王)36

Page 37: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

ということを区別することである(85)。

さらに、管轄権の原理を異なる分野でまったく異なるものとして捉える

ことはやはり不自然であり、管轄権の原理にかかわる本質及び論理構造を

捉えきれなくなるのである。そもそも、国家の立法管轄権に関しては、刑

事事件も民事事件も同様な原理が適用される。Akehurstによれば、刑事法

における立法管轄権と司法管轄権とが一致する状況と違って、民事法にお

ける立法管轄権と司法管轄権は、必ずしも一致するわけではない。その結

果、民事事項における国家管轄権に対する国際法の制約はないからといっ

て、その立法管轄権に関する制約も欠落しているとは必ずしもいえな

い(86)。

このように、国家の管轄権行使は国際法の規律に服従するものとして理

解されるべきである。言い換えれば、国際法上、国家の違法な管轄権の行

使の結果が規律されている(87)。ただ、私法事項に関する管轄権の行使は国

際公法に合致しなければならないという考えは、一般理論の平面を別にし

て、実践的問題に具体的な解決案を提供しているというわけではない。つ

まり、単純にいえば、私法事件に対する管轄家の行使について国際公法の

原則に合致するかどうかを問うだけでは、国際私法における管轄権の原

理・原則は語れない(88)。一般的な実効性を持つ原則を見出そうとすれば、

必然きわめて抽象的なレベルにとどまることになる。にもかかわらず、国

際私法は国家管轄権に関して国際公法から多くのことを吸収する必要があ

る(89)。

こうしたことからみれば、管轄権原理の重層的構造は国際私法のアプ

一五八

(85) FA Mann,supra note 1,p.9.

(86) M.Akehurst,supra note 1,p.179.

(87) Mann,supra note 1,pp.10-11;F.Vischer,“General Course on Public

International Law”,Hague Recueil de Cours,Vol.232,1992-I,pp.203

-204.

(88) J.Hill,supra note 66,p.61.

(89) Ibid.,p.44.

国際法における国家管轄権原理(王) 37

Page 38: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

ローチにも当てはまる。もともと、国際私法のアプローチは、国家管轄権

の根拠および国際礼譲に完全に依存し、一国の特定法規にかかわる内的視

点から発展されたものである。国際法の視点からみれば、そうしたアプロー

チは、管轄権根拠および国際礼譲で対応される管轄権の抵触は国家間管轄

権の積極的抵触とならない限り、当然許容されるものである。しかも、管

轄権の根拠や国際礼譲によって調整された結果、国家間の利益の対立を深

刻に引き起こすような管轄権の抵触は、刑事事項に関連する場合と比べ、

量的には明らかに少ない。それでも、そのような抵触は、依然生じうるし、

実質的には刑事事項に関連する場合と同様、国際法上の制約的規制に服従

しなければならない。

Ⅳ 結びにかえて

国際法学において国家管轄権問題の核心は、国際法がいかなる範囲の人

の活動や事実を国内法によって規律することを国家に許容しているかとい

うことにある(90)。その意味で、国際法における国家管轄権原理はまさにか

かる許容についての判断基準または枠組みを指し示すものでなければなら

ない。

管轄権の根拠、国際礼譲や相互主義の原則に基づく自制、国際法規範に

よる制限というように、国家管轄権原理は重層的構造をもつ。かかる構造

は、国家権力とりわけその司法的権限を直接具現させる、管轄権の行使を

取り巻く国家性たる重要な事実に基礎をもち、相当な安定性をもつ。国際

法規範の発達が進んでも、かかる構造に根本的な変化は生じない。

これまで、域外適用について、国際法に根拠を求めなければならないと

いう一致した視点からも、管轄権の根拠を重くみる傾向がある一方、国際

法規範による禁止的な規制を強調する動きもある。許容的アプローチと制

一五七

(90) 奥脇、「前掲論文」(注34)3頁。

国際法における国家管轄権原理(王)38

Page 39: 国際法における国家管轄権原理repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29072/kh019-01.pdfれをもって直ちに国際社会の法規範を創設するわけにはいかない。これと

限的アプローチの対立がその典型的表れである。管轄権原理の性格および

制限的規範の発達の現状から見れば、許容的アプローチを否定することが

現実的ではなく、むしろその適用における公正性と妥当性を強化すること

が重要であると思われる。

実際、管轄権の行使において、国家とりわけその司法機関が常に主役を

演じる。そのため、各国の国内裁判および国内法システムは、渉外的事件

に関連して、法適用の実体的定義および手続といった管轄権にかかわる側

面を規律するための規範総体を創設してきている。他方、国際的平面にお

いては、各国のそうした多様な法適用メカニズムは、異なる根拠または異

なる理由に基づく主権国家の異なるあるいは対立する管轄権の主張・行使

を調和させる必要から、次第に一定の国際的に広く許容される国家管轄権

の原理を生み出している。これらの原理は明らかに管轄権に対する国家の

単なる一方的主張に勝る正当性の力をもつ。しかも、そういう形で形成さ

れる国際法の原理は、跳ね返って国内裁判にも大きな影響を及ぼし、その

結果、域外適用にかかわる管轄権の主張・行使は次第に国内法システムで

理解される妥当性と国際法システムで捉えられる正当性の両方を混合させ

ているような形であらわれることとなる(91)。

このように、重層的構造の視点を通して、国家管轄権の主張・行使が国

際法規範の緩やかに規律する枠内で多彩な変化を伴って現れる本当の姿を

より適切に考察することが可能となろう。

(本研究は、駒澤大学2004年度特別研究助成による研究成果の一部である。)

一五六

(91) Edward M.Morgan,supra note 31,p.41-42.

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