腸炎ビブリオ抗原の血清学的研究 1新k抗 原型の追加および...

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昭 和56年1月20日 7 腸 炎 ビ ブ リオ抗 原 の 血 清 学 的 研 究 1新K抗 原型の追加およびその出現頻度 岐阜県衛生研究所 (昭 和55年7月16日 受 付) (昭 和55年10月14日 受 理) Key words: Vibrio parahaemolyticus, Serovar, New K antigen 1975~79年 に 岐 阜 県 内で 発 生 した 食 中 毒 あ るい は 散 発 下痢 患 者 ふ ん便 か ら 分 離 され た 腸 炎 ビブ リオ444株 に つ い て血 清 型 別 を行 つ た結 果,317株(71.4%)はK1~K59のK抗 原 型 の い ず れ か に型 別 され た.し か し, 残 り127株(28.6%)は 型別不能株 であつた.こ れ ら の 型 別 不 能株 を 血 清 学 的 に検 討 し,新K抗 原型 として GNK1,2,3お よび4の4抗 原 を追 加 した.こ れ らの 新K抗 原 は,第6回,7回 お よび8回 の腸 炎 ビ ブ リオ 型 別委 員 会 に よ り,GNK1はK60, GNK2はK61, GNK3はK63, GNK4はK64と れ らの 新K抗 原 型 を 加 え たK1~64の 抗血清を用いての全分離株441株 の型別率は94.1%に まであがつた. 各 年 次 に おけ る主 要 菌 型 は1975年 はK60(15.4%),K10(15.4%);1977年 はK4(40.0%、,K15(15.4 %);1978年 はK63(48.6%),K38(11.1%);1979年 はK63(25.6%),K56(15.7%),K8(15.7%),K 15(15.7%)と な つ て お り,年 次 に よ る菌 型 の 入れ 替 わ りが 顕 著 で あ つ た.近 年 の 一 つ の 特 徴 と して新K抗 型が主要歯型 となる傾向があつた. 細 菌性 食 中 毒 の疫 学 的 解 析 は 主 と して,分 離株 の血清学的分類,毒 素型別,フ ァー ジ型 別 等 に よ つ て行 わ れ て い る.腸 炎 ビ ブ リオ食 中毒 に お い て は血 清 型 別 が主 に用 い られ て い る が,患 者 由来 株 と食品由来株 の血清型が一致 しない事例 が多 く, 血 清 学 的分 類 が 必 ず しも因果 関 係 の解 明 に役 立 つ て い な い.そ れ で も なお,血 清 型 別法 が 日常 検 査 に採 用 され て い る のは,腸 炎 ビブ リオの血 清型別 法 は特 異 性,迅 速 性 お よび簡 易 さの 点 で優 れ て お り,特 に,K抗 原 型 の種 類 の多 い こ とは 一面 で は 煩 雑 さを 免 れ な いが,因 果 関 係 の解 明 に 多 くの 手 が か りを 提 供 し得 る等 の点 で疫 学 的 調 査 上 の 意 義 づ け に適 して い るた め で あ る.故 に,血 清学的分 類法を食中毒の疫学的解析に更に有用な方法に近 づけるための基礎的研究が必要である. 腸炎 ビブリオの血清型は主要特異抗原としてO お よびKの2抗 原 の 存 在 を 明 らか に した 坂 崎1)に よ り確立 された.そ の後,本 菌血清型別委員会が 結成 され,一 部 抗 原 型 の削 除,追 加2)3)がなされ た の ち,1974年11月 現 在 本 菌 は12の0群 と1~59 (K2,14,16,27お よび35は 除 外)のK抗 に 型 別 され た4).し か し,1975~79の 岐阜県での 分離株中には,以 上 の1~59の 抗K血 清 で は型 別 され な い 菌 株 が124株(28.1%)も 検 出 され,実 用的には不十分なものになつてきた.著 者 は これ ら型 別 不 能 株 を 血 清 学 的 に検 討 し,4種 の新K抗 原型 を追加 した.そ の結 果,新K抗 原型を加えた 別 刷請 求 先:(〒500)岐 阜 市 野 一 色4-6-3 岐阜 県衛 生 研 究 所 光男

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  • 昭 和56年1月20日 7

    腸炎 ビブ リオ抗原の血清学的研究

    1新K抗 原型の追加およびその出現頻度

    岐阜県衛生研究所

    所 光 男

    (昭和55年7月16日 受付)

    (昭和55年10月14日 受理)

    Key words: Vibrio parahaemolyticus, Serovar, New K antigen

    要 旨

    1975~79年 に岐阜県 内で発生 した食中毒あ るいは散発下痢 患者ふん便 か ら分離 され た 腸炎 ビブ リオ444株 に

    つ いて血清型 別を行 つた結果,317株(71.4%)はK1~K59のK抗 原型のいずれかに型 別 された.し か し,

    残 り127株(28.6%)は 型別不能株 であつ た.こ れ らの 型 別不能株 を 血 清学的に検討 し,新K抗 原型 として

    GNK1,2,3お よび4の4抗 原を追加 した.こ れ らの新K抗 原は,第6回,7回 お よび8回 の腸炎 ビブ リオ

    型 別委 員会に よ り,GNK1はK60, GNK2はK61, GNK3はK63, GNK4はK64と 決定 され た.こ

    れ らの新K抗 原型を加えたK1~64の 抗血清を用いての全分離株441株 の型別率は94.1%に まであがつた.

    各年次に おけ る主要菌型 は1975年 はK60(15.4%),K10(15.4%);1977年 はK4(40.0%、,K15(15.4

    %);1978年 はK63(48.6%),K38(11.1%);1979年 はK63(25.6%),K56(15.7%),K8(15.7%),K

    15(15.7%)と なつてお り,年 次に よる菌型 の入れ替わ りが顕著であつた.近 年の一つの特徴 として新K抗 原

    型が主要歯型 となる傾 向があつた.

    緒 言

    細菌性食中毒の疫学的解析は主 として,分 離株

    の血清学的分類,毒 素型別,フ ァージ型別等によ

    つて行われている.腸 炎 ビブリオ食中毒において

    は血清型別が主に用いられているが,患 者由来株

    と食品由来株の血清型が一致 しない事例が多 く,

    血清学的分類が必ず しも因果関係の解明に役立つ

    ていない.そ れでもなお,血 清型別法が日常検査

    に採用されているのは,腸 炎 ビブリオの血清型別

    法は特異性,迅 速性および簡易さの点で優れてお

    り,特 に,K抗 原型の種類の多いことは一面では

    煩雑さを免れないが,因 果関係の解明に多 くの手

    がか りを提供 し得る等の点で疫学的調査上の意義

    づけに適 しているためである.故 に,血 清学的分

    類法を食中毒の疫学的解析に更に有用な方法に近

    づけるための基礎的研究が必要である.

    腸炎 ビブリオの血清型は主要特異抗原としてO

    およびKの2抗 原の存在を明らかにした坂崎1)に

    より確立された.そ の後,本 菌血清型別委員会が

    結成 され,一 部抗原型の削除,追 加2)3)がなされ

    たのち,1974年11月 現在本菌は12の0群 と1~59

    (K2,14,16,27お よび35は除外)のK抗 原型

    に型別された4).し かし,1975~79の 岐阜県での

    分離株中には,以 上の1~59の 抗K血 清では型別

    されない菌株が124株(28.1%)も 検出 され,実

    用的には不十分なものになつてきた.著 者はこれ

    ら型別不能株を血清学的に検討し,4種 の新K抗

    原型を追加 した.そ の結果,新K抗 原型を加えた別 刷請求先:(〒500)岐 阜市野一色4-6-3

    岐阜 県衛生研究所 所 光 男

  • 8 感染症学雑誌 第55巻 第1号

    抗血清での分離株の型別率は94.1%に まで上がつ

    た.

    本報ではこの4種 の新K抗 原型の追加およびそ

    の出現頻度について報告 し,併 せて,現 在腸炎 ビ

    ブリオの血清学的分類,特 にK抗 原型別法の抱え

    ている問題点に検討を加えた.な お,本 報に述べ

    る新K抗 原型GNK1,2,3お よび4に ついては

    本菌」血清型別委員会5)6)7)により,新K抗 原型 とし

    て承認 され,GNK1はK60,GNK2はK61,

    GNK3はK63,GNK4はK64と 決定 されてい

    る.

    材料および方法

    供試菌株:1975年 から1979年 の5年 間に岐阜県

    内に発生 した集団食中毒事例あるいは散発下痢患

    者から分離 された 菌株を 用いた.分 離菌株は,

    1検 体から3~5個 の集落について血清型別を行

    い,同 一の血清型だけが検出された場合は1株 と

    し,い くつかの異なつた一血清型が認められた場合

    には血清型を異にすることに1株 とした.新K抗

    原型GNK2の 代表株として用いたKY-75-V-8株

    は京都市衛生研究所 より分与された菌株である.

    0群4,K型 別 不能菌株KA-78-V-32,OP-217,

    V-1-27は,そ れぞれ,香 川県衛生研究所,大 阪府

    立公衆衛生研究所,富 山県衛生研究所 より分与 さ

    れた菌株である.な お,こ れら4菌 株はすべて集

    団食中毒事例の患者から分離 されたものである.

    K抗 原パイロッ ト株K1~59の54菌 株は東芝生物

    理化学研究所 より分与 された菌株である.

    分離 お よび生化学的性状試験:微 生物検査必

    携8)および新細菌培地学講座9)10)に準 じて行つた.

    血清型別法:O群 別は市販(東 芝化学製)の 腸

    炎 ビブリオ(O群 別)診 断用血清を用い寺田11)ら

    のグリセ リン加熱法に準 じて,120℃,60分 間処

    理菌を用いてのスライ ド凝集反応により行つた.

    K抗 原型別は市販の腸炎 ビブリオ(K型 別)診 断

    用血清を用い,ス ライ ド凝集反応に より行つた.

    抗K血 清の調製:微 生物検査必携12)に準 じて調

    製 した.

    凝集素価測定試験:凝 集反応用K抗 原は生菌浮

    遊液(1%食 塩液 に約1mg(湿 菌)/ml浮 遊)を

    用 い,各 抗 一血清 階 段 希 釈 液0.5m1に 対 して,凝

    集 反 応 用 抗 原0.5mlず つ 混 和 し,370℃ の 湯槽 中

    で1夜 放 置 した の ち判 定 した.

    吸 収 試 験:抗 血 清 の 凝 集 素 吸 収 試 験 は 細 菌学 実

    習 提 要13)の 方 法 に準 じて 行 つ た.

    成 績

    患 者 由来 株 のK抗 原 型 の 年 次 別 推 移:1975~

    1979年 の5年 間 に分 離 され た 腸 炎 ビ ビ リオ441株

    のK抗 原 型 に よ る血 清 型別 成 績 をTable 1に 示 し

    た.各 年 次 の 主 要 菌型 は1975年 はK10(15.4%),

    K4(13.096),K56(8.3%)で あつ た.1976年

    は 岐 阜 県 で は腸 炎 ビブ リオ 食 中毒 が少 な く14株 分

    離 され た だ け で あ つ た.1977年 は1975年 同様K4

    (40.0%)と 新 た にK15 (15.4%)が 主 要 菌 型 と

    して認 め られ た.し か し,1975年 の主 要 菌 型 で あ

    つ たK10, K56は そ れ ぞ れ1株 しか分 離 され なか

    つ た.1978年 に は1975年 お よび1977年 の主 要 菌 型

    で あつ たK4は 全 く検 出 され ず,1975~1977年 の

    3年 間 全 く検 出 され なか つ たK38(11.1%)へ の

    主 要 菌 型 の交 代 が み られ た.1979年 は1975年 の 主

    要 菌 型 の1つ であ つ たK56(15.7%)と 新 た にK

    8(15.7%),K13(15.7%)が 主 要 菌型 と して

    認 め られ た.し か し,こ れ ら既 知血 清 型 以外 に,

    既 知 のK1~59抗 原 に 型 別 で きな い菌 も多 数検 出

    され た.こ れ ら型 別 不 能株 は1975年 は42株(24.9

    %)あ り,1976年 は1株 と少 な か つ た が,1977年

    は7株(10.8%),1978年 は37株(51.4%),1979

    年 は37株(30.6鬼)と か な り高 い 出現 頻 度 が み ら

    れ た.

    新K抗 原 型 の代 表 菌 株 の 由来 と生 化 学 的 性 状:

    既 知K1~59抗 原 に型 別 で きな い124菌 株 の うち

    神 奈 川 現 象 陽 性 株 は101株 で あ つ た.こ の101株 お

    よび 京 都 市衛 生 研 究所 よ り 分 与 され た0群5,

    K型 別 不 能 菌 株3株 を血 清 学 的 に検 討 した 結 果,

    4種 の新K抗 原 型 に分 類 され た.こ の新K抗 原 型

    (以 下GNKと 仮 称)の 代 表 と した 菌 株 の 由来 と

    抗 原 型 をTable 2に 示 した.GNK 1お よびGNK

    2は1975年 に食 中 毒 患 者 の糞 便 か ら分 離 され た 菌

    株 で あ り,い ず れ もO群 は5で あ つ た.GNK 3

    は1978年4月 に タ イ 国へ の旅 行 者 を検 疫 所 か らの

  • 昭 和56年1月20日9

    Table 1 Serovar of Vibrio parahaemolyticus isolates from food poisoning cases in Gifu from 1975 through 1979

    *: untypable

    Table 2 Sources of new K serovar strains of Vibrio parahaemolyticus

  • 10 感 染症学雑 誌 第55巻 第1号

    Table 3 Biochemical characteristics of new K

    serovar strains GI-75-V-5, KY-75-V-8, GI-78-V-3

    and GI-78-V-64 of Vibrio parahaemolyticus

    a: GI-75-V-5 (05: K ?)b: KY-75-V-8 (05: K ?)c: GI-78-V-3 (04: K ?)d: GI-78-V-64 (01: K ?)

    Table 4 Antigenic specificity of new K

    antigens, GNK 1, GNK 2, GNK 3 and

    GNK 4, of Vibrio parahaemolytiucs

    ND: not done-

    : negative in slide agglutination test by

    commercial antisera

    通 報 で検 査 し,分 離 され た 菌 株 で0群 は4で あつ

    た.GNK4は1978年 に 散 発下 痢 患者 の糞 便 か ら分

    離 され た0群1の 菌株 で あ る.

    こ の4種 のGNK代 表 株 の 生化 学 的 性 状 を

    Table 3に 示 した .GNK2の 代 表 株KY-75-V-8

    が ラ ム ノ ース を分 解 す る点 を 除 い て,そ の 他 の 総

    べ て の 性状 は腸 炎 ビ ブ リオ の 性状 に 一致 した .

    K抗 原 特 異 性 の 検 討:GNK1,2,3お よび4

    のK抗 原特 異 性 を 検 討 した 成 績 をTable 4に 示

    した.4種 のGNKの 特 異 抗 血 清 は そ れ ぞ れ対 応

    す る菌 株 との み640~2,560倍 の凝 集 素 価 を示 し,

    4種 血 清 の 相 互 間 に は 類 属 凝 集 は み られ な か つ

    た.ま た,K1~59の パ イ ロ ッ ト株 に 対 して も

    100倍 以 下 の 凝 集 素 価 で あ つ た.以 上 の 成 績 か

    ら,GNK1,2,3お よび4は 新K抗 原 型 で あ る

    こ とが確 認 され た 。

    GNK3とKA-78-V-32株,OP-217株 お よび

    V-1-78株 のK抗 原 の異 同の 検 討:0群4 ,K型 別

    不 能 株 は1978年 岐 阜 県 内に 発 生 した 腸 炎 ビブ リオ

    食 中 毒 の 患 者 か ら 多 数 分 離 され た.し か しなが

    ら,本 型 別 不 能 株 は1978年 に は 香 川 県,大 阪 府,

    富 山 県 に お いて も分 離 され て い る.そ こで,こ れ

    ら3府 県 で分 離 され た0群4,K型 別 不 能 株 に つ

    いて も血 清 学 的検 討 を 加 え た.Table5に 示 した

    よ うに,GI-78-V-3株 の 抗K血 清 の凝 集 素 はKA-

    78-V-32株,OP-217株 お よびV-1-78株 に よ り完

  • 昭 和56年1月20日 11

    Table 5 Antigenic analysis of new K serovar

    strains, GI-78-V-3, KA-78-V-32, OP-217 and

    V-1-78, by absorption test

    -:negative at a dilution of 1:20 or higher

    全 に吸 収 さ れ た.従 つ て,こ れ ら3菌 株 のK抗 原

    は新K抗 原 型GNK3と 同一 のK抗 原 を有 す る こ

    とが確 認 された.

    新K抗 原 型 株 の 出現 頻 度:新K抗 原型GNK1,

    2,3お よび4の 出現 頻 度 をTable 6に 示 した.

    GNK1に 型 別 され た 菌 株 は1975年 に は26株 が分

    離 され て お り,K10と ともに この 年 の 主要 菌 型 と

    な つ た.し か しなが ら,そ の 後 の 本 菌 の分 離 状 況

    を み る と1977年 に1株 が 分 離 され た の み で 極 め て

    短 期 間 に消 失 した 菌 株 で あ る.GNK2は1975年

    に京 都 市 で3株,滋 賀 県 で6株 分 離 され て い るが

    岐 阜 県 内 で は1979年 に1株 分 離 され た だ け で あつ

    た.GNK3は1978年 に初 め て 出現 し,1978年 は

    35株(48.6%),1979年 は31株(25.6%)と,こ

    の2年 間は全分離株に対する分離頻度が非常に高

    くなつていた.GNK4は1978年 に2株,1979年

    に2株 分離 されているが,1979年 に分離された2

    株はそれぞれマニラおよびタイへの旅行者から分

    離された ものである.こ れ ら4種 のGNKを 追加

    した抗血清での全分離株441株 の 型別率は94.1%

    であつた.し かしながら,26株(5.9%)は4種

    のGNKを 追加 してもなお型別できなかつた.

    考 察

    従来,腸 炎 ビブリオはラムノースは分解 しない

    と報告14)されていた.し かし,Zen-Yoji15)ら は

    他の性状は腸炎 ビブリオに一致するがラムノース

    は分解する菌株を 少数例 ではあるが 報告 してい

    る.新K抗 原型GNK2の 代表株KY-75-V-8は

    その数少ないラムノース分解能を有する腸炎 ビブ

    リオであつた.

    新たに確認された4種 の新K抗 原型を追加した

    K1~64の 抗K血 清を 用いると,全 分離株441株

    の型別率は94.9%ま で高まつた.残 りの型別不能

    株はいずれも他のK抗 原型による集団食中毒事例

    の一部の 患者から分離 されたものであ り,し か

    も,型 別不能株26株 は総て神奈川現象陰性である

    ことを考慮すると,岐 阜県内に発生 した腸炎 ビブ

    リオ食中毒事例の主要起因菌はほぼ完全に型別で

    きるようになつたといえる.

    岐阜県における過去5年 間に分離された腸炎 ビ

    ブリオの血清型を概観すると,主 要菌型の変動が

    著 しく,著 者が提案 したGNKを 加えて検討 して

    Table 6 Incidence of new K serovar strains of Vibrio parahaemolyticus from food

    poisoning cases in Gifu from 1975 through 1979

    * UT: untypable

  • 12 感 染症学雑 誌 第55巻 第1号

    も,主 要菌型の変動がかな りみられ,そ の変動に

    は規則性がないように思われる.工 藤10)らの報告

    でも主要菌型の年次による著しい変動性があるこ

    とを認めており,著 者の成績もほぼこれと一致す

    る.

    GNK 1(K60)は1975年 に突如 として主要菌型

    となつたが,そ の後極めて短期間に消失してしま

    つた.工 藤10)らの報告でも同様の傾向であ り,こ

    れはK60の 生態学的な特徴のように思われる.

    GNK 3(K63)の 代表株 として用いたGI-78-

    V-3株 はタイ国帰 りの散発下痢患者から,食 中毒

    発生時期(6月 から10月)と 比べて非常に早い時

    期,4月4日 に分離 されており,し かも,そ の新

    抗原型がその年の腸炎 ビブリオ食中毒の主要菌型

    (48.6%)に なつたとい う点で注 目される.新K

    抗原型菌の出現機序に関する報告は少なく,出 現

    場所の推定は 困難 ではあるが,一 つの 仮説 とし

    て,新K抗 原型K63は4月 にはすでにタイ国に存

    在 しており,そ れが何かを介 して 日本に持ち込ま

    れた菌型 と推定される.近 年の海外旅行者の急増

    に伴い東南アジア,ア フリカなどか ら旅行者が持

    ち帰る諸種の腸管感染症の原因菌の中では腸炎 ビ

    ブリオが最も多いという報告17)もあ り,K型 別不

    能株もかなりの頻度で分離されている18).こ のよ

    うに旅行者による新抗原型腸炎 ビブリオの持ち込

    みの可能性も考えられるが,旅 行者→海→魚→人

    の食中毒発生機序は考えに くい.む しろ,近 年の

    漁業技術,冷 凍保存法の進歩によつて,ア ジァ,

    アフリカ地域で捕獲した魚介類を生鮮魚介類 とし

    ての持ち帰 り,ま たは輸入が可能になつたこと,

    および腸炎 ビブリオにより汚染 された魚介類は一

    20℃で保存 した場合30日 後でも腸炎 ビブ リオが検

    出されると赤羽19)らが報告 していることを考慮す

    ると,魚 介類に付着 しての侵入の可能性が大きい

    と思われる.

    1975年 にはK60(15.4%),1978年 にはK63

    (48.6%),1979年 にはK63(25.6%)の ように

    新K抗 原型が主要菌型 となる傾向が近年は多かつ

    た.GNK3(K63)は1978年4月4日 に分離 され

    てお り,そ の時点です ぐ抗K血 清を作製 しておい

    たため,そ の年の新K抗 原型K63の35株 は型別可

    能 となり,食 中毒の疫学的解析に利用できた.こ

    のように血清学的分類を食中毒の疫学的解析に利

    用するためには,食 中毒発生時期の前に新抗原型

    菌を分離 し,抗K血 清を作製 してお くことが要求

    される.前 述 したごとく,腸 炎 ビブリオは東南 ア

    ジア,ア フリカから輸入される魚介類に付着 して

    日本国内へ侵入する可能性は非常に大きいことか

    ら,こ れらの地域で分離 される腸炎 ビブリオ菌型

    と日本国内の流行菌型は大いに関連性があること

    が推測される.ま た,こ れらの地域では腸炎 ビブ

    リオは年間を通 じて検出されている.そ れ故,食

    中毒の発生時期に先駆けてこれらの地域からの帰

    国者の検便を強化 し,新 抗原型菌の検出につ とめ

    ることも一つの手段ではなかろ うか.著 者が分離

    した新K抗 原型64は4菌 株にすぎないが,1979年

    に分離 した2菌 株は東南アジア旅行者か ら分離さ

    れた菌株である.柳 井20)らも1978~1979年 の海外

    旅行者由来株の中にK64抗 原型菌が含まれていた

    ことを報告 している.流 行菌型の予測 という観点

    か ら,K64抗 原型菌の今後の出現頻度が注 目され

    る.

    稿を終えるにあたり,御校閲を賜わった岐阜大学医学

    部微生物学教室鈴木祥一郎教授に深謝致します.ま た,

    菌株を分与された東芝生物理化学研究所寺田友次博士,

    京都市衛生研究所西山員喜先生,香川県衛生研究所岡崎

    秀信先生,大 阪府立公衆衛生研究所木下喜雄先生,富山

    県衛生研究所山崎茂一先生に深謝致します.さ らに,御

    指導下さいました,山 田不二造博士,渡 辺実博士,後藤

    喜一先生に深謝致します.

    文 献

    1) Sakazaki, R.: Proc. Cholera Res. Symp.,Honolulu, Hawaii, Edited by Bushnell, O.A.and Bookhyser, D. C., 1965, p. 30-34.

    2) The Committee on the Serological Typing ofVibrio parahaemolyticus: New serotype of Vibrio

    parahaemolyticus, Japan. J. Microbiol., 14:249-250, 1970.

    8) 第3回 「腸 炎 ビ ブ リオ の 血 清 型 別 に 関 す る 委

    員会 」 報 告, メデ ィ ア ・サ ー クル, 16: 148-

    149, 1971.

    4) 第5回 「腸 炎 ビ ブ リオ の 血 清 型 別 に 関 す る 委

    員会 」 報告, 日細 菌 誌, 30: 605, 1975.

  • 昭和56年1月20目 13

    5) 第6回 腸 炎 ビブ リオ の 血 清型 別 に 関 す る 委 員

    会 記 録, 日細 菌 誌, 35: 395, 1980.

    6) 第7回 腸 炎 ビ ブ リオ の 血 清 型 別 に 関 す る 委 員

    会 記 録, 日細 菌 誌, 35: 395, 1980.

    7) 第8回 腸 炎 ビブ リオ の 血 清 型 別 に 関 す る委 員

    会 (1979年11月, 大 阪 市)

    8) 柳 沢 謙: 微 生 物 検 査 必 携, 細菌 ・真 菌検 査,

    第2版, p.228-240, 日本 公衆 衛 生協 会,

    1978.

    9) 坂 崎 利 一: 新 細 菌培 地 学 講 座, 上, P・279-

    404, 近 代 出版, 1978.

    10) 坂 崎 利 一: 新 細 菌 培 地 学 講 座, 下, P・119-

    144, 近 代 出版, 1978.

    11) 寺 田友 次, 横 尾 裕: 腸 炎 ビ ブ リオ 抗 原 の 血 清

    学 的 考 察III. 0郡 別 記 験, 日細 菌 誌, 27: 35

    -41 , 1972.

    12) 柳 沢 謙: 微 生 物 検 査 必 携, P.269-272, 日

    本 公 衆 衛 生 協 会, 1966.

    13) 医 科 学 研 究 所 学 友 会: 改 訂5版. 細 菌 学 実 習 提

    要, p.236-239, 丸 善, 1976.

    14) Sakazaki, R., Iwanami, S. and Fukumi, H.:Studies on the enteropathogenic, facultativelyhalophilic bacteria, Vibrio parahaemolyticus, 1.Morphological, cultural and biochemical pro-

    perties and its taxonomical position. Jap.

    J. M. Sc. Biol., 16: 161-188, 1963.15) Zen-Yoji, H., LeClair, R.A., Ohta, K. and

    Montague, T. S.: Comparison of Vibrio para-haemolyticus cultures isolated in the UnitesStates with those isolated in Japan. J. Infect.Dis., 127: 237-241, 1973.

    16) 工藤 泰雄, 津 野正 朗, 太 田建 爾, 松 下 秀, 坂

    井 千 三: 東京 都 に お け る 過 去3年 間 の 腸 炎 ビ

    ブ リオ 食 中毒 発 生 状 況 と 患 者 分 離 株 の 血 清 型

    お よ び 耐 熱 性 溶 血 毒 産 生 性, 東 京 衛 研 年 報,

    29: 19-23, 1978.

    17) 坂 井 千 三, 太 田建 雨, 工藤 泰 雄, 津 野 正 郎, 松

    下 秀, 大橋 誠: 東 京 都 に お け る 海 外 旅 行

    者 下痢 症 の 細 菌 学 的検 討 (1977年), 東 京 衛 研

    年 報, 29: 1-5, 1978.

    18) 村 松 紘 一, 小 林 正 人, 和 田 正道: 東 南 ア ジ ア

    旅 行 者 か ら分 離 した腸 管 系 病 原 菌, 感 染 症 学 雑

    誌, 53: 628-633, 1979.

    19) 赤 羽 荘 資, 浅 川 豊, 塩沢 寛 治, 利 田直 子:

    魚 介類 の 腸 炎 ビブ リオ増 殖 に お よ ぼす 温 度 の

    影響, 静 岡県 衛 生研 究 所 報 告, 22: 51-56,

    1979.

    20) 柳 井 慶 明, 神 田 輝 雄, 橋本 智, 阿 部 久 夫, 竹

    田 美 文, 三輪 谷俊 夫, 石 橋 正 憲, 本 下 喜 雄:

    第13回 腸 炎 ビブ リオ シ ソ ポ ジ ウ ム ロ演, 1979.

    Serological Studies on Vibrio parahaemolyticus

    1. New K Antigens and Their Occurrence

    Mitsuo TOKORO

    Gifu Prefectural Institute of Public Health

    During between 1975 and 1979, 444 strains of Vibrio parahaemolyticus were isolated from feces of patients

    with food poisoning and acute gastroenteritis in Gifu prefecture. A serological analysis for the typing

    of the organigns was carried out and the following results were obtained.

    1) 317 strains were identified with the known types of Kl-K59, however, the remaining 127

    strains were untypable. They were classified into four new K antigen types, GNK1, GNK2, GNK3

    and GNK4 which were tentatively named by the author, and later determined by the Committee on

    the Serological typing of Vibrio parahaemolyticus, as K60, K61, K63 and K64 respectively.

    2) By addition of newly prepared antisera of K60-64 to the known types of K1-K59, 94.1%

    of 444 isolates were serologically identified with the member of Vibrio parahaemolyticus.

    3) Antigenic analysis of the isolates revealed that prevalent types of Vibrio parahaemolyticus varied

    significantly year by year.