腸炎ビブリオ食中毒事例におけるpcr法を用いた食...

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腸炎ビブリオ食中毒事例における PCR 法を用いた食品からの 耐熱性溶血毒(TDH)産生菌の分離 1) 東京都健康安全研究センター微生物部食品微生物研究科, 2) 麻布大学環境保健学部 尾畑 浩魅 下島優香子 小西 典子 門間 千枝 矢野 一好 甲斐 明美 諸角 福山 正文 (平成 17 年 12 月 19 日受付) (平成 18 年 3 月 6 日受理) Key words : Vibrio parahaemolyticus , thermostable direct hemolysin, TDH, food-borne, PCR 食品や環境から腸炎ビブリオの病原株と考えられる TDH 産生菌を分離することは,従来から非常に困難 とされている.2000 年から 2004 年の 5 年間に,東京都内で発生した腸炎ビブリオ食中毒事例のうち,食品 検体から腸炎ビブリオが検出されたのは 67 事例であった.これらの事例を対象に PCR 法をスクリーニング 法として応用し,食品からの TDH 産生菌の検出を試みた結果,2000 年に 3 事例,2001 年に 2 事例,2002 年に 2 事例,2003 年に 1 事例,2004 年に 3 事例の合計 11 事例(16.4%)関連の食品 23 検体から患者由来 株と同じ血清型の TDH 産生菌を分離することができた.最も多く検出された血清型は O3:K6(10 検体) で,次いで O3:K5(6 検体),O1:K25(4 検体),O3:K29(2 検体),O4:K8(1 検体),O4:K11(1 検体)の順であった. 今回の検討では PCR 法で toxR 遺伝子および tdh 遺伝子が陽性となった増菌培養液を対象に TDH 産生性 腸炎ビブリオの分離を行った.検討した集落数と検出された TDH 産生菌の集落数は,最も少ないものでは 3 集落の検討で容易に検出できたものから,250 集落検討したが検出されなかったものまで認められた.食 品中の腸炎ビブリオ菌数と TDH 産生菌の検出頻度は食品によって大きく異なり,相関は認められなかっ た. 食品から TDH 産生性腸炎ビブリオを検出することは非常に困難であるが,PCR 法を用いたスクリーニン グは有効な手段である. 〔感染症誌 80:383~390,2006〕 腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)は,海水, なかでも汽水域に生息する食中毒起因菌であり,魚介 類を生食する習慣のある我が国においては重要な食中 毒起因菌の一つである.本菌は 1950 年に大阪で「シ ラス」を原因とする食中毒の原因菌として発見され た.それ以来,本菌は集団食中毒の原因菌として毎年 のように首位を占めてきた .さらに 1996 年には血清 型 O3:K6 による食中毒事例が突如多発し ,事例数 も著しく増加したため,その動向が注目されていた が,1998 年をピークに事例数は減少傾向にある.し かし,依然として血清型 O3:K6 による事例が多く認 められており,本血清型菌による流行は継続してい 腸炎ビブリオの病原因子としては耐熱性溶血毒 (Thermostable direct hemolysin;TDH,または神 奈川溶血毒)と耐熱性溶血毒類似毒(TDH-related hemolysin;TRH)が知られている.腸炎ビブリオ食 中毒の検体から分離される菌を調べると,患者由来株 はTDH(または一部TRH)産生株であるのに対して, 食品や環境からは TDH(あるいは TRH)産生株は分 離されない,あるいは分離することは非常に困難であ ると考えられてきた .一方,近年遺伝子増幅法であ 別刷請求先:(〒1690073)東京都新宿区百人町3―24―1 東京都健康安全研究センター微生物部食品微生 物研究科 尾畑 浩魅 平成18年 7 月20日 383

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腸炎ビブリオ食中毒事例における PCR法を用いた食品からの

耐熱性溶血毒(TDH)産生菌の分離

1)東京都健康安全研究センター微生物部食品微生物研究科,2)麻布大学環境保健学部

尾畑 浩魅1) 下島優香子1) 小西 典子1) 門間 千枝1)

矢野 一好1) 甲斐 明美1) 諸角 聖1) 福山 正文2)

(平成 17 年 12 月 19 日受付)(平成 18 年 3 月 6 日受理)

Key words : Vibrio parahaemolyticus , thermostable direct hemolysin, TDH, food-borne, PCR

要 旨食品や環境から腸炎ビブリオの病原株と考えられるTDH産生菌を分離することは,従来から非常に困難

とされている.2000 年から 2004 年の 5年間に,東京都内で発生した腸炎ビブリオ食中毒事例のうち,食品検体から腸炎ビブリオが検出されたのは 67 事例であった.これらの事例を対象に PCR法をスクリーニング法として応用し,食品からのTDH産生菌の検出を試みた結果,2000 年に 3事例,2001 年に 2事例,2002年に 2事例,2003 年に 1事例,2004 年に 3事例の合計 11 事例(16.4%)関連の食品 23 検体から患者由来株と同じ血清型のTDH産生菌を分離することができた.最も多く検出された血清型はO3:K6(10 検体)で,次いでO3:K5(6 検体),O1:K25(4 検体),O3:K29(2 検体),O4:K8(1 検体),O4:K11(1検体)の順であった.今回の検討では PCR法で toxR遺伝子および tdh遺伝子が陽性となった増菌培養液を対象にTDH産生性

腸炎ビブリオの分離を行った.検討した集落数と検出されたTDH産生菌の集落数は,最も少ないものでは3集落の検討で容易に検出できたものから,250 集落検討したが検出されなかったものまで認められた.食品中の腸炎ビブリオ菌数とTDH産生菌の検出頻度は食品によって大きく異なり,相関は認められなかった.食品からTDH産生性腸炎ビブリオを検出することは非常に困難であるが,PCR法を用いたスクリーニン

グは有効な手段である.〔感染症誌 80:383~390,2006〕

緒 言腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)は,海水,

なかでも汽水域に生息する食中毒起因菌であり,魚介類を生食する習慣のある我が国においては重要な食中毒起因菌の一つである.本菌は 1950 年に大阪で「シラス」を原因とする食中毒の原因菌として発見された.それ以来,本菌は集団食中毒の原因菌として毎年のように首位を占めてきた1).さらに 1996 年には血清型O3:K6 による食中毒事例が突如多発し2),事例数も著しく増加したため,その動向が注目されていた

が,1998 年をピークに事例数は減少傾向にある.しかし,依然として血清型O3:K6 による事例が多く認められており,本血清型菌による流行は継続している3)4).腸炎ビブリオの病原因子としては耐熱性溶血毒

(Thermostable direct hemolysin;TDH,または神奈川溶血毒)と耐熱性溶血毒類似毒(TDH-relatedhemolysin;TRH)が知られている.腸炎ビブリオ食中毒の検体から分離される菌を調べると,患者由来株はTDH(または一部TRH)産生株であるのに対して,食品や環境からはTDH(あるいはTRH)産生株は分離されない,あるいは分離することは非常に困難であると考えられてきた5).一方,近年遺伝子増幅法であ

原 著

別刷請求先:(〒169―0073)東京都新宿区百人町3―24―1東京都健康安全研究センター微生物部食品微生物研究科 尾畑 浩魅

平成18年 7月20日

383

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Fig. 1 Scheme for the isolation of V. parahaemolyticus from food

る PCR(Polymerase chain reaction)法が細菌検査にも応用されるようになってきた.そこで東京都で発生した腸炎ビブリオ食中毒事例を対象に,PCR法をTDH産生菌の検出のためのスクリーニング法として応用してTDH産生菌の分離を試み,その意義について検討したので報告する.

材料と方法1.検査対象2000 年から 2004 年の 5年間に,東京都内で発生し

た食中毒事例(有症苦情または東京以外の自治体で発生した関連食中毒事例を含む)の調査として,搬入された検体について食中毒起因菌の検査を行った結果,患者ふん便から腸炎ビブリオが分離された事例は 227事例であった.その内訳は 2000 年 65 事例,2001 年 33事 例,2002 年 49 事 例,2003 年 29 事 例,2004 年 51事例であった.これらの事例の患者ふん便および食品を対象に検討を行った.2.検査方法ふん便の腸炎ビブリオ検査は,TCBS寒天(日水製

薬)を用いた直接分離培養法と 2%NaCl 加アルカリ性ペプトン水(pH8.6,自家調製)による増菌培養法で行った.食品の検査方法は,Fig. 1に示した.食品をストマッ

カー用袋に 10~20g秤量し,ペプトン食塩緩衝液(pH7.0,日水製薬)で 5倍または 10 倍乳剤を作製し,その約 0.1mLを TCBS寒天に直接分離培養すると同時に,中試験管に分注した 2%NaCl 加アルカリ性ペプトン水(10mL)に約 0.5mL接種して 37℃18 時間培養

を行った.さらに,残りの乳剤に 2倍濃度に調製した2%NaCl 加アルカリペプトンを等量添加して 37℃で18 時間増菌培養する大量培養も並行して行った.直接および増菌培養からは,TCBS寒天を用いて腸炎ビブリオの分離を行った.一方,大量培養について,腸炎ビブリオに特異的な toxR遺伝子を標的とした PCRを行い,腸炎ビブリオの有無をスクリーニングした.陽性となったものについては,さらに本菌の主な毒素遺伝子である tdh遺伝子の有無について PCR法で確認した.tdh遺伝子が陽性となった検体については,大量培養した増菌培養液からTCBS寒天あるいはクロモアガービブリオ(関東化学)各 5枚に分離培養し,腸炎ビブリオ様集落について約 100 集落を目標に釣菌してTDH産生性の確認を行った.毒素産生菌が分離された場合は,常法6)に従い腸炎ビブリオの同定と血清型別を行った.3.PCR法による toxR遺伝子および tdh遺伝子の検

出PCR用のテンプレートは,増菌培養液 1mLを 12,000

rpmで 10 分間遠心し,その沈渣を 25mM NaOH液100µLに懸濁,95℃,10 分間加熱(アルカリ処理)後,2�25M Tris-HCl 液(pH7.0)を 100µL加え,中和して作製した.使用したプライマーは,toxR遺伝子検出用にはKimら7)が報告した vptoxR-1 と vptoxR-2を,tdh遺伝子検出用には伊藤ら8)が報告したTDF-1およびTDF-2を用いた.各プライマーによる PCR産物のサイズは toxRが 368bp,tdhが 434bp である.PCR法はTaq DNAポリメラーゼ(TaKaRa)を使用

感染症学雑誌 第80巻 第 4号

384 尾畑 浩魅 他

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Table 1 Most frequent serotypes of V. paeahaemolyticus isolates from patients in outbreaks, Tokyo, 2000-2004.

2004(51)

2003(29)

2002(49)

2001(33)

2000 (65) *

Year

(41) O3:K6(18) O3:K6(38) O3:K6(27) O3:K6(57) O3:K61stFrequency:

(5)O1:K25 (3)O1:K25 (5)O1:K25 (3)O1:K25 (4)O4:K682nd

(3)O3:K57 (5)O4:K8

(4)O1:KUT (2)O1:KUT (4)O3:K29 (2)O1:K1 (3)O1:K253rd

(2)O3:K5 (2)O1:KUT (3)O4:KUT

(2)O4:K68 (2)O3:K7

(2)O9:K44 (2)O4:K8

(2)O4:K11

*No. of outbreaks, There were some outbreaks that two or more serotypes of V. parahaemolyticus was detected in one outbreak.

Table 2 Outbreaks in which V. parahaemolyticus

was isolated from food samples

No. of positivesNo. of tested

YearTDH(+)-VPVP

321652000

2 5332001

217492002

110292003

314512004

1167227 Total

VP:V. parahaemolyticus,

TDH(+)-VP:TDH-producing V. parahaemolyticus

し,全量 25.0µLの系で行った.PCR反応は,94℃5分前熱変性後,熱変性 94℃30 秒,アニーリング 55℃30 秒,伸長 72℃30 秒の条件で 30 サイクル実施後,最終伸長は 72℃で 3分間行った.増幅DNAの確認は 2%アガロースゲル(Agarose S:ニッポンジーン)を使用して 100V,30 分間電気泳動後,エチジウム・ブロマイド液で染色し,UV(302nm)照射下で写真撮影した.増幅DNAを確認したものについてtoxRおよび tdh遺伝子陽性と判定した.4.TDH産生性の確認TDH産生性の確認は,市販のKAP-RPLA試薬(デ

ンカ生研)を用いて調べた.すなわち,腸炎ビブリオ菌株をKP培地に接種し,37℃で 18 時間振盪培養(115 回�分)した後,遠心上清を供試した.KP培地は,精製水 1,000mLにバクトペプトン(Difco)20g,NaCl 50gを加え溶解後,pH7.4 に調整し,中試験管に4mL分注,121℃15 分間滅菌して調製した.5.パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法に

よるDNA解析腸炎ビブリオ菌株を 3%NaCl 加トリプチケースソ

イブロス(BBL)で一晩静置培養した培養液を 1ブロックあたり 75µL遠心して集菌し,常法9)に準じてアガロースブロックを作製した.作製したブロックは 1�2の大きさに切断し,制限酵素 Not I(New England Bio

Lab.)で消化(10U,37℃,4時間)したものを 1%PFCアガロース(Bio-Rad)に埋め込み,14℃設定の0.5xTBE buffer で電気泳動した.泳動条件は,CHEFMapper(Bio-Rad)で,分離するDNAサイズを 10~500kb に設定したオートアルゴリズムモードで行った.すなわち,電圧 6.0�cm,パルス角度 120 度,スイッチタイム 0.47 秒~44.69 秒(勾配:Linear),泳動時間 20 時間 18 分で行った.泳動後は PCR法と同様に染色して写真撮影を行った.

結 果1.東京都における腸炎ビブリオ食中毒発生状況と

原因菌の血清型2000 年から 2004 年の 5年間の東京都内で発生した

腸炎ビブリオ食中毒は 227 事例であり,患者由来腸炎ビブリオ血清型の上位 3血清型をTable 1にまとめた.各年の事例数は,2000 年が 65 事例,2001 年が 33事例,2002 年が 49 事例,2003 年が 29 事例および 2004年が 51 事例で増減を繰り返している.原因菌の血清型は,O3:K6 によるものが大半を占めており,その割合は各年 87.7%,81.8%,77.6%,62.1%,80.4%であった.2.食品からの腸炎ビブリオおよびTDH産生性腸

炎ビブリオの分離5年間に確認された腸炎ビブリオ食中毒 227 事例の

うち,食品検体(残品,参考品,同一品および検食)から腸炎ビブリオが分離されたのは 67 事例であった(Table 2).そのうち,TDH産生性の腸炎ビブリオが分離された事例は 11 事例(16.4%)で,2000 年が21 事例中 3事例,2001 年が 5事例中 2事例,2002 年が 17 事例中 2事例,2003 年が 10 事例中 1事例,2004年が 14 事例中 3事例であった.TDH産生菌が分離された食品は青柳や寿司,生はまぐりなどの生鮮魚介類の他に,煮物,ナムル,玉子焼きなどのように加熱調理後に二次汚染したと推定される食品であった.3.食品からTDH産生菌検出のための検討集落数PCR法で toxR遺伝子および tdh遺伝子が陽性と

平成18年 7月20日

385食品からのTDH産生性腸炎ビブリオの分離

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Table 3 Isolation of TDH(+)V. parahaemolyticus from tdh-positive enrichment culture broth of food by PCR

Outbreak’ s No. **

SerotypeNo. of coloniesVP isolation by:

FoodNo.TDH(+)TestedEnrichment broth Direct plating

1O3:K66 7 +(+) *+Seaweed, boiled 1

O3:K63 3+(+)-Boiled fish paste 2

2O3:K63113+(+)-Cooked shellfish 3

3O3:K64 43+(+)-Trough shell, raw 4

4 O1:K251 54+(+)+Cooked food 5

O4:K112 54+(+)+ 〃

O4:K81 9+(+)+Appetizer 6

5O3:K62 28+(+)+Crab, boiled 7

O3:K61 3+(+)+Sushi(shrimp) 8

O3:K64 4+(+)+Sushi(egg) 9

O3:K61 13+(+)+Sushi(shellfish)10

6 O3:K291 10+(+)+Shellfish, raw 11

7 O3:K291136+(+)+Packed lunch 12

8O3:K53 3+(+)-Tuna, raw13

O3:K53 3+(+)-Tuna, raw14

O3:K53 3+(+)-Omelette15

O3:K56 6+(+)+Raw tuna with leek16

O3:K53 3+(+)-Flatfish, raw17

O3:K53 3+(+)-Fish, raw18

9O3:K61200+(+)+Boiled carrot 19

O1:K253200+(+)-Boiled bean sprout20

10 O1:K252130+(+)-Omelette21

11O3:K61100+(+)-Chicken roll22

O1:K2576 100+(+)+Food prepared withsweetened vinegar B

23

0 34+(+)-Sushi(cooked eel)24

0 1+(+)-Sushi(tuna, raw)25

0173+(+)-Sushi(rice)26

0 95+(+)-Trough shell, raw27

0113+(+)-Trough shell, raw28

0 26+(+)-Trough shell, raw29

0 85+(+)-Shellfish, raw 30

0 54+(+)-Shellfish, raw 31

0 67+(+)-Ark shell, raw32

0 33+(+)-Raw fish33

0 84+(+)-Sea urchin eggs, raw34

0250+(+)-Ark shell35

0200+(+)-Food prepared withsweetened vinegar A

36

0200+(+)-Steamed egg37

0 0-(+)-Sushi(tuna, raw)38

0 0-(+)-Kitchen waste 39

VP:V. parahaemolyticus,*( ):PCR ,** Refer to Table 4.

なった 39 検体中 23 検体からTDH産生菌が分離された.検討した集落数と検出された毒素産生菌集落数はTable 3に示した通りである.TDH産生菌が検出された食品 23 件についてみると分離された腸炎ビブリオのうち,TDH産生菌の占める割合は検体毎で著しく異なり,事例 8の食品のように 3集落の検査で検出できたものもあれば,200 集落検討して 1集落検出されたものもあった.すなわち,検討した集落数が 10 集落以下でTDH産生菌を検出したものが 12 件,11~50

集落が 3件,51~100 集落が 3件,101 集落以上検討して検出したものが 5件であった.また,16 検体はスクリーニング検査で tdh遺伝子陽性であったが,最高 250 集落検討してもTDH産生菌は分離できなかった.4.食品からTDH産生性腸炎ビブリオが検出され

た食中毒事例の細菌学的疫学解析食品からTDH産生性腸炎ビブリオが検出された

11 事例の概要をTable 4にまとめた.全事例におい

感染症学雑誌 第80巻 第 4号

386 尾畑 浩魅 他

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Table 4 Outline of V. parahaemolyticus food-borne outbreaks in which V. parahaemolyticus was isolated from food samples

Serotype of VPisolated from food

FoodTDH(+)-VP isolated

Serotypes of VPisolated from patients

Place occurredNo. of patients/persons at risk

Month,Year

OutbreakNo.

O3:K6Seaweed, boiledO3:K6 (3)Restaurant102/UnknownJune 2000 1

O3:K6Boiled fish pasteO4:K68 (1)

O3:K6Cooked shellfishO3:K6 (1)Restaurant2/2Jul. 2000 2

O3:K6Trough shell, rawO3:K6 (13)Restaurat(catering)20/60Aug. 2000 3

O1:K25Cooked foodO1:K25 (6)Restaurat(catering)63/101Jul. 2001 4

O4:K11 〃O3:K6 (4)

O4:K8AppetizerO4:K8 (4)

O4:K11 (5)

O3:K6Crab, boiledO3:K6 (15)Restaurant24/31Jul. 2001 5

O3:K6Sushi(shrimp)

O3:K6Sushi(egg)

O3:K6Sushi(shellfish)

O3:K29Shellfish, raw O3:K6 (4)Restaurant30/37Jul. 2002 6

O3:K29(12)

O4:K8 (4)

O3:K29Packed lunch O3:K29 (7)Restaurant17/25Jul. 2002 7

O3:K5Tuna, rawO3:K5 (14)Sushi restaurant29/1174June 2003 8

O3:K5Tuna, raw

O3:K5Omelette

O3:K5Raw tuna with leek

O3:K5Flatfish, raw

O3:K5Fish, raw

O3:K6Boiled carrot O3:K6 (9)Restaurant99/202Jul. 2004 9

O1:K25Boiled bean sprout

O1:K25OmeletteO1:K25 (2)Meals at cafeteria6/22Aug. 200410

O3:K6 (1)on company

O3:K6Chicken rollO3:K6 (13)Restaurant(catering)93/128Aug. 200411

O1:K25Food prepared with O3:K54 (1)

sweetened vinegar BO8:K41 (1)

VP:V. parahaemolyticus, TDH(+):TDH-producing V. parahaemolyticus

Table 5 PFGE patterns of V. parahaemolyticus isolated

from patients and food

Isolates from:Serotype

OutbreakNo. FoodPatients

IaIaO3:K61

IbIbO3:K62

IbIbO3:K63

IcIcO3:K65

IbIaO3:K69

IdIaO3:K611

IfIe O1:K254①

IgIg O1:K2510

I VbI Va O3:K296

I VbI Vb O3:K297

I IbI IaO4:K84②

I I IaI I Ia O4:K114③

Vb,VcVaO3:K58

て,食品から患者由来株と同じ血清型のTDH産生菌が分離された.食品から最も多く検出された血清型はO3:K6(10)で,次いでO3:K5(6),O1:K25(4),O3:K29(2),O4:K8(1),O4:K11(1)の 順 で

あった.多いものでは 1事例で 6検体の食品から患者由来株と同一血清型のTDH産生菌が検出された.また,事例 4の「煮物」からは血清型O1:K25 と O4:K11 の 2 種類の血清型のTDH産生菌が検出された.食品からTDH産生腸炎ビブリオが分離された 11

事例について,患者由来の代表株と食品由来株でPFGE法によるDNA解析を行い,そのパターンを比較した(Table 5).患者と食品由来株の PFGEパターンを比較すると 11 事例中 7事例で完全に一致していた(Fig. 2).また,血清型ごとで比較すると,O3:K6 と O1:

K25 の PFGEパターンはどちらも I型に分類され非常に類似していたが,それ以外の血清型ではO3:K29は IV型,O4:K8 は II 型,O4:K11 は III 型,O3:K5 は V型と血清型毎に異なるパターンを示した.また各血清型の中でも,O4:K11 は患者由来株と食品由来株が同一パターンであったが,それ以外の血清型ではバンドの数が 1~数本異なるもの(a~g)が認められた.

平成18年 7月20日

387食品からのTDH産生性腸炎ビブリオの分離

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Fig. 2 PFGE patterns of V. parahaemolyticus isolates from patients and food after digestion with Not I

S : Isolates from food, K : Isolates from patients, M : λ marker

考 察腸炎ビブリオは,患者由来株ではTDH(あるいは

TRH)産生性であるのに対し,食品や環境由来株では,そのほとんどが毒素非産生といわれている.その理由としては,検査した食品中には毒素産生菌が存在していなかった,または存在していたとしても毒素産生菌の菌数(割合)が非産生菌に比べて非常に少ないため通常の検査法では毒素産生菌の検出は難しいと考えられる.小川ら10)は腸炎ビブリオ食中毒の原因食品から通常の検査方法では検出できなかった神奈川現象陽性菌(KP+)すなわちTDH産生菌を 10-3-100法により検出したことを報告している.これは 10gの食品から 3枚のTCBS寒天を用いて腸炎ビブリオ 100集落を分離し,それらの集落からTDH産生菌を分離するという方法であった.食品から腸炎ビブリオを検出し,その中からTDH産生菌の検出を試みる方法は労力的にも経済的にも非常に負担がかかる方法である.著者らは PCR法を用いて食品や拭き取りなどの増菌培養液中に目的とする菌の遺伝子が存在するか否かを迅速に確認または調べることでスクリーニングする方法を開発した11).本スクリーニング法を用いることにより全ての検体について精査するのではなく,PCR法で陽性になったものに絞り込むことにより特に食品から非常に効率的に目的菌を検出することが可能となった.また,酵素基質を添加した分離培地も開発され,従来から使用されていたTCBS寒天と併用することで,腸炎ビブリオの集落がこれまで以上に分離しやすくなり,多くの集落を釣菌することが可能となった.このような方法を用いることにより,2000 年から

2004 年の 5年間に東京都内で発生した腸炎ビブリオ

食中毒事例を対象に,原因食品を明確にする目的でPCR法を用いて食品からのTDH産生菌の検出を行った結果,11 事例の食品 23 検体からTDH産生菌を検出することができた.食品中のTDH産生菌の検出頻度をみると食品に

よってかなり差が認められた.事例 1の「わかめ」や「かまぼこ」,事例 8の「マグロ中トロ」などの刺身類のように直接培養あるいは増菌培養から純培養状にTDH産生菌が検出できた食品もあるが,事例 2の「つぶ貝ボイル」,事例 9の「にんじん(ナムル)」,事例10 の「玉子焼き」,事例 11 の「鶏ヤマゴボウ巻」のように 100~200 集落を調べてTDH産生菌が数集落検出された食品もあった.すなわち,検出された腸炎ビブリオ菌数とTDH産生菌数に相関性のないことが明らかとなった.一方,PCR法で tdh遺伝子が陽性でありながら,

菌を分離することができなかった食品が 17 件あったが,これらは食品の加熱により菌は生残しないが遺伝子のみが残っていた,あるいはさらに多くの集落について調べればTDH産生菌を検出することができた可能性はある.しかし腸炎ビブリオ以外の菌が優勢な場合には多数の腸炎ビブリオ菌株を分離することは困難である.今回分離培地にTCBS寒天とクロモアガービブリオを併用した.腸炎ビブリオの分離に一般的に用いられているTCBS寒天はビブリオ属菌の選択性が高く,非常に有効な選択分離培地である.しかし,V. alginolyticus等の腸炎ビブリオ以外のビブリオが優勢に存在する場合には,腸炎ビブリオの分離が困難となり,さらに時間とともに色調が変化して判別が難しい.一方,今回併用したクロモアガービブリオはTCBS寒天に比べ選択性は弱いが,集落の色調を目安に腸炎

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ビブリオを判別することができるため,多数の集落の中から腸炎ビブリオを分離しやすい場合も多い.本研究では,これら性質の異なる分離培地 2種類を用いて,TDH産生菌の分離を試みたが,分離できない検体もあったことから,更に検査法の改良が必要である.今回は増菌培地に 2%NaCl 加アルカリ性ペプトン

水を使用したが,これは通常の検査でコレラ菌やその他のビブリオも検査の対象としているためで,腸炎ビブリオだけを目的とするならば食塩ポリミキシンブイヨンを使用する方法もあるが,著者らの検討では両者に著しい有意差は認められなかった.さらに血清型O3:K6 菌の検出を目的とするならば,K6抗原に対する免疫磁気ビーズを用いて食品の増菌培養液からO3:K6 菌を濃縮する方法も有効な手段の一つかもしれない12)13).しかし,食中毒事例の原因菌は血清型O3:K6に限定されないため,免疫磁気ビーズ法で特定の血清型菌を濃縮する方法だけでは不十分である.従来からTDH産生菌の食品からの検出は非常に困難であると言われてきたが,食品の増菌培養液を PCR法を用いてスクリーニングし,さらに性質の異なる 2種類の分離培地を用いることにより,TDH産生菌を効率的に分離できることを明らかにした.また食品から腸炎ビブリオが検出できた 67 事例中の 11 事例(16.4%)において,患者と同一血清型,TDH産生菌を検出することができた.今回の成績からみて,直ちに日常の食中毒検査において食品からのTDH産生菌の分離を試みることは,その労力から考えても困難である.今後もさらに検査法を改良するとともに,食品中の腸炎ビブリオとTDH産生菌の菌数を定量して食品中でのTDH産生菌の動態を明らかにし,食中毒との関連を究明していく必要がある.

文 献1)厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課:平成 14 年食中毒統計.

2)国立感染症研究所:〈特集〉腸炎ビブリオ1996~1998.病原微生物検出情報(国立感染症研究所) 1999;20:159―60.

3)尾畑浩魅,甲斐明美,諸角 聖:東京都における腸炎ビブリオ食中毒の発生動向:1989~2000年.感染症誌 2001;75:485―9.

4)厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課:平成 14 年全国食中毒事件録.

5)Sakazaki R, Tamura K, Kato T, Obara Y, YamaiS:Studies on the enteropathogenic, faculta-tively halophilic bacterium, Vibrio parahaemolyti-cus. 3.Enteropathogenicity. Jpn J Med Sci Biol1968;21:325―31.

6)荒川英二,島田俊雄:1.腸炎ビブリオ.食品衛生検査指針・微生物編,厚生労働省監修,社団法人日本食品衛生協会,東京,2004;p. 201―13.

7)Kim YB, Okuda J, Matsumoto C, Takahashi N,Hashimoto S, Nishibuchi M:Identification of Vi-brio parahaemolyticus strains at the species levelby PCR targeted to the toxR gene. J Clin Micro-biol 1999;37:1173―7.

8)伊藤文明,吉野谷進,平野千春,山岡弘二,松石武昭,荻野武雄,他:遺伝子増幅法を用いた腸炎ビブリオ tdh遺伝子検出法の検討.臨床と微生物 1993;20:208.

9)山本耕一郎:パルスフィールド電気泳動法.日本細菌学会教育委員会監修,細菌学技術叢書 12細菌性病原因子研究の基礎的手技と臨床検査への応用.菜根出版,東京,1993;p. 161―3.

10)小川博美,福田伸治,佐々木実己子,門田達尚:腸炎ビブリオ食中毒における原因食品からの神奈川現象陽性株回収法の検討(10-3-100 法).食品と微生物 1992;8:189―95.

11)尾畑浩魅,畠山 薫,小西典子,門間千枝,甲斐明美,諸角 聖:食品からの腸炎ビブリオ検出のための toxR遺伝子を標的とした PCR法の有用性.臨床と微生物 2001;28:230.

12)刑部陽宅,細呂木志保,磯部順子,田中大祐,北村 敬:免疫磁気ビーズによる海水からの耐熱性溶血毒産生性腸炎ビブリオO3:K6 の分離.日食微生物会誌 2000;17:5―10.

13)工藤由起子,杉山寛治,仁科徳啓,齋藤章暢,中川 弘,市原 智,他:免疫磁気ビーズ法および酵素基質培地を用いたTDH産生性腸炎ビブリオO3:K6 の自然汚染貝からの検出.感染症誌 2001;75:955―60.

平成18年 7 月20日

389食品からのTDH産生性腸炎ビブリオの分離

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Isolation of Thermostable Direct Hemolysin Producing Vibrio parahaemolyticusfrom Food Using Screening by PCR in Food-borne Outbreaks

Hiromi OBATA1), Yukako SHIMOJIMA1), Noriko KONISHI1), Chie MONMA1), Kazuyoshi YANO1),Akemi KAI1), Satoshi MOROZUMI1)& Masafumi FUKUYAMA2)

1)Department of Microbiology, Tokyo Metropolitan Institute of Public Health, 2)Azabu University

The producibility of thermostable direct hemolysin (TDH) is the most important pathogenic factor in Vi-brio parahaemolyticus. TDH (+) V. parahaemolyticus is usually isolated from patients having V. parahaemolyticusfood-borne disease. TDH (+) V. parahaemolyticus is, however, very difficult to isolate from food and environ-mental samples.

In the 5 years from 2000 to 2004 in Tokyo, V. parahaemolyticus was isolated from food samples related to67 of 227 V. parahaemolyticus food-borne outbreaks. In these outbreaks, TDH (+) strains were also tried toisolate using PCR as the screening methods. TDH (+) V. parahaemolyticus strains were able to isolate fromenrichment broth in which toxR and tdh genes become positive in PCR. TDH (+) strains of the same sero-type with patients were able to be isolated from 23 food samples related to 11 outbreaks (16.4%);3 out-breaks in 2000, 2 in 2001, 2 in 2002, 1 in 2003, and 3 in 2004. The serotypes of V. parahaemolyticus isolatedfrom food were O3:K6 (10 samples), O3:K5 (6 samples), O1:K25 (4 samples), O3:K29 (2 samples), O4:K8 (1 sample), and O4:K11 (1 sample).

The isolation rate of the TDH (+) strain from enrichment broth differed with samples. In several sam-ples TDH (+) strains were isolated easily only by examining 3 colonies, hence no TDH (+) strains were iso-lated in spite of the examination of 250 colonies. No correlation was seen between the number of V. para-haemolyticus and the isolation rate of TDH (+) strains in food samples.

Screening using PCR is very effective method for isolating TDH (+) V. parahaemolyticus from food sam-ples.

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